ジョニーライデンに登場した機雷散布型ボールへの対抗策としてガトルがつかわれていたという設定。
ガトルのウィングとか、スキー状パーツのマグネットとか、すべては公式ではありません。「きっとこうだよね」という妄想のもとで書いています。
宇宙世紀0079。
地球衛星軌道上のごくありふれた戦場で。
定期パトロール任務を帯びたムサイ級から、二機の戦闘機が発進した。正式名称ガトル。二つのコックピットと、一撃離脱を想定した重武装が特徴的な、二枚の翼と離着陸用のソリ状パーツを有する機体である。
モビルスーツの実戦投入と地上戦における目まぐるしい活躍の一方で、戦闘能力不足が指摘されながらも、コストの安さから生産が続く傑作機である。ザクが地上で暴れ回っているであろう地球を眼下に、その二機はムサイ級のデッキからゆっくりと滑り出すと、スラスターに火をともし、緩やかに加速し始めた。宇宙では大推力で短時間加速するよりも、低推力で長時間加速した方が航続距離を稼げるのである。まして戦闘中ではないのならば、推進剤は節約すべきだった。
眩いまでの地球を下に、その二機はムサイ級の左右全面に展開する。なぜ前面に展開したのか。ムサイ級の弱点である後方と真下に付くのが普通ではないのか。理由は簡単だった。ジオン軍艦隊を目当てに軌道上に機雷を散布するという戦法が連邦で流行しているらしく、たびたびムサイ級が犠牲になっていたからである。ミノフスキーテリトリーにおける機雷はまさに、薄暗い森に潜む獣と同じであり、有視界で索敵しなくてはならないムサイ級には発見しにくい危険性であった。
そこで、今のところ宇宙においてパトロールか護衛以外の任務の無いガトルを先行させることで早期発見しようというのである。
ガトルはその特徴的な二つのコックピットを持っている。これは、片方が休息をとり片方が機体を操縦するという分担はもちろん、索敵能力の向上にもつながった。
ムサイ級左方に展開したガトルでは、上官と部下という組み合わせが乗っていた。片やルウム戦役にガトルで参加したという男。片や実戦経験の無い若年。いずれにせよ、戦闘機乗りの適性はあっても、モビルスーツの適性の無い二人の組み合わせである。
濃密なミノフスキー粒子の渦の中では、単距離の無線でさえ通じないことがある。そこで宇宙世紀ではレーザーによる通信が実用化されているのである。
ガトル二機と、ムサイ級は、緻密にレーザー通信を取り合いながら、相対速度をゼロにした。
左方のガトルでは、上官と部下が忙しく働いていた。無論、右方でも。
ジェイムズ=ターナー伍長が、無線に言葉をかけた。すぐに返事がやってきた。上官である、シュウ=テンカワ少尉である。二人はコックピット越しに顔を見合わせると、頷いた。いずれもジオン訛りの英語であることは言うまでもない。
「センサー、感なしです。サー」
「だが油断するな伍長。対宙監視を厳となせ」
ガトルのセンサー、特に電波に頼らない観測システムの調整とデータから敵および機雷の位置を割り出すための作業である。画像データを分析。太陽や、地球の光を反射する異物の中で、デブリとは違った球体状を測定する。サーマルなども、有効な手段である。レーダーさえ使えれば楽々に発見できるのだが、ミノフスキー粒子は非情である。
基本的に機雷は動かない。と言っても絶対座標に対して動かないわけではなく、決められた航路を地球の重力に引かれて落ちるまでは進み続けるという意味で、動かない。
機雷は接触することでもしくは急激に接近することで起爆する。つまり接近しなければどうということはないのだが、モビルスーツや戦闘機のように機動性に優れたものとは違い、艦船は巨大であり、接近に感づいたときには既に遅いことが大半である。
センサーが、不審物を捉えた。
ターナー伍長はパネルを操作するとすぐさま上官へ報告を入れる。その報告は同時にムサイ級とガトルにレーザー通信されていた。
「仰角0.4、十二時方向に不審物を探知! 光学観測の結果、機雷と思われます!」
「なるほど、こいつは機雷だ。ムサイ級に通達。機雷探知。位置座標を送信したか」
「しました!」
ムサイ級が、回避運動に移った。だが発見が遅く、すべてを躱しきれない。一発でも接触すれば、致命傷になりかねない。
ターナー伍長はせわしなくパネルを操作しながら、焦燥感を滲ませて無線に言葉をかけた。
「さらに複数観測しました、サー! 機雷探知間隔をマップ状に危険領域としてマークしました!」
宙域を示すマップに、機雷の大まかな位置と機雷自体の探知距離が赤い靄で記された。つまり靄に突入したら起爆してしまうのである。相対距離、既に至近。直進すれば一分弱で突入してしまう。
テンカワ少尉はキャノピー越しに親指を立てて部下を褒めると、おもむろに操縦桿の安全装置を解除した。レディ、ガン。
「いい仕事だ伍長。もちろんわかっているだろうが回避は間に合わん。ムサイのメガ粒子砲では機雷は小さすぎる。船を守るぞ。機雷を掃討する」
無線、オン。
「こちらベティ1。こちらベティ1。ベティ2聞こえるか? 当機は先行して機雷を片付ける。貴機はブロッケンを守れ」
「ベティ2了解」
「ブロッケンよりベティ隊へ。メガ粒子砲チャージまで三十秒。必要とあれば発砲する。その際、ベティ隊の安全は優先できない」
「ベティ1了解。エンゲージ」
ベティ1の機体が、スタスターに火をともして前進する。ベティ2の機体は前方スラスターを吹かすと、ムサイ級ブロッケンのすぐそばに付いた。
機雷群に対し、テンカワ少尉はゆっくりと機体を向けると、コックピットに装備された四機のバルカン砲を発射した。曳光弾混じりのそれが機雷の一基に接触、破壊する。
宇宙空間では発射音は響かないが、機体から振動で伝わってくる不気味な音は聞こえた。まるで鉄製バケツに水を溜めてバットで殴っているような。
バルカン砲の弾数が見る見るうちに目減りする。
機雷のうちのいくつかの破壊に成功するも、すべてではない。機雷はつぶてをばらまいたように分布しており、どれもが小さい。相対的に動かないとは言っても、小さいものは狙いにくいのである。
二基、三基、四基。
テンカワ少尉は無言で引き金を絞り続け、ムサイ級の前面を覆う機雷を破壊していった。スラスターを微弱に吹かし、あえて機雷群の中に突っこんでいけば、寄って撃つ。とある撃墜王に言わせれば、当たらないのは距離が遠いからである。
少尉の腕は、戦闘機乗りとして優れていた。ガトルのスラスター配置と推進剤の容量を考慮した計算された動きで空間を滑っていき、機雷と機雷が重なる地点を選んで射撃を行う。弾は惜しまない。
ベティ1は、ムサイ級が前進してくる前に、なんとか小さい穴を空けることに成功していた。マップ状の赤い靄に一筋の道が出来上がっていた。ムサイ級のスラスターが青白い火を噴くと、位置を修正した。
ベティ2が撃ち漏らしと、ムサイ級に近い機雷に対して銃撃を行っている。
テンカワ少尉は機雷を始末しながらも、ムサイ級の設計上の不備を感じていた。対宙火器の乏しさである。特に近接防衛火器の貧弱さと言ったら輸送艦にも劣る。多数のメガ粒子砲とミサイルにより対艦戦闘では無数の強さを発揮するものの、機関砲などの小回りが利く火器を装備していないため、こういった場では図体ばかりの艦である。なぜ装備していないのかと言えば、ムサイ級が対艦戦闘を考慮した船であるからに他ならない。防衛はザクに任せ、敵艦を弾幕で潰すというコンセプトがあるからである。逆にザクを搭載していなければ脆いのだ。
「ベティ1、ブロッケンに横付けする」
「こちらベティ2。接触する」
「ブロッケン了解。視界を塞がない位置で頼む」
二機のガトルは掃討をやめると、船体に接近してメガ粒子砲の脇に着艦する。そして、スキー状パーツをぴったりくっ付けた。マグネットが作動して機体をムサイ級に括り付ける。
テンカワ少尉は重いため息を吐くと、ヘルメットのバイザーを上げて、顔の汗を取った。そして無線に問う。
「伍長、次にすべきことはなにか」
「機雷に対して接触する可能性を低くするため、ウィングの可変です、サー!」
「ならすぐにやれ」
ガトルの斜め上方に突き出た二枚の翼が、根元からゆっくりと機体本体の方へ折れ曲がった。本来ならば収納スペースを取らないための設計であるが、こういった場合でも活用できるのである。ベティ2の機体も同じように翼を畳んだ。
ムサイ級ブロッケンは、二機がこじ開けた道に向かってゆっくりと侵入した。すべて掃討することは叶わなかったが、なんとか通れる道が出来上がっていたのである。
やもすれば接触、もしくは感知されてしまいそうな距離を、ムサイ級の不格好な船体が潜り抜ける。宇宙では距離感を掴む風景が存在しない。近距離に居ると思いきや、実際には遠距離に居たなどという話はザラである。ムサイ級ブロッケンの艦橋にて電子強化された望遠レンズを覗き込む士官は生きた心地がしなかった。
「少尉殿。もし接触したらどうなるのでしょうか……?」
テンカワ少尉は目を瞑って、操縦桿から手を放していた。もしムサイから離れれば接触して粉微塵。やれることは、体力を回復することだ。
部下のいかにも不安げな声に少尉は瞳を開くと、こういった。
「遺書が入用になるな。と言っても接触してからじゃ遅いがな」
「少尉殿は、遺書を書かれたのですか?」
「書く相手がいなくてな。身内なんていなかったし、友人も地上で戦っている。いつ死ぬかわからん相手に遺書など、ばかばかしい」
少尉は淡々と受け答えすると、モニタを操作した。推進剤の容量とスラスターの状態に目を通す。宇宙において推進剤は酸素と同じくらいの重要な物資である。
伍長は無線に、それとなく声を落として言葉を返した。
「そうですか。申し訳ありません」
「修正なんてせんぞ。これは自分語りだからな。もしお前が家族を国に残しているのなら遺書と財産について考えておけ」
「ハッ」
それっきり二人は雑談をやめた。黙々と作業をこなす。と言ってもムサイ級に張り付いているガトルにすべき仕事はほとんどなく、すぐそばを通る機雷に心臓を高鳴らせるだけであったが。
ムサイ級が、数分かけて機雷群を抜けた。
テンカワ少尉は接触回線を開くと、ムサイ級ブロッケンに連絡を入れた。
「ベティ1、こちらベティ1。これより帰投する。マグネット解除、スラスター微弱」
「帰投を許可する。デッキ解放。ガイドビーコン投影」
ムサイ級のデッキが開くや、ガイドビーコンが空中に描かれる。まず最初にベティ1のガトルがスラスターを弱く吹かして船体から離れると、後方から接近をかける。
接近速度は秒速数cmという遅さである。戦闘中なら多少強引に着艦しても許されるが、今は非戦闘中である。慎重に作業しても、し過ぎることはない。
テンカワ少尉はスラスターをさらに弱くすると、部下に質問をした。これも訓練の一環である。
「伍長、レーザー受信確認したか」
「しています。すべて順調です」
距離、相対速度、位置などを測定し修正をかけるためのレーザーがガトルとムサイのデッキから相互送信され、さらに近づく。デッキの中では誘導灯を握った作業員がおり、速度を落とすことを要求している。
ガトルの脚部が、カタパルトにドッキングした。マグネットが作動。ロックがかかる。
テンカワ少尉は深く息を吸うと、操縦桿から手を離した。
ガトルの機体は自動でウィングが畳まれ、するすると奥に牽引されていった。
任務完了である。