目が覚めたら赤ん坊になっていた。

 成長したらキンブリーになっていた。

 なぜか頭にはウサ耳が生えていた。

 ダ・レ・ト・クだよ!?

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気が付いたらキンブリー

 気が付いたら知らない場所にいた。

 

 周りを囲む木の柵から見て、おそらくいるのはベット的な何か……。それもかなり小さい。

 

 対する私の体はひどく小さく、まるで赤ん坊のような……。

 

「…………………あぶ?」

 

 というか、赤ん坊だった……。

 

 そして、私は気づく……人では決して生えていてはいけない物体が、私に生えていることに。

 

 それは、少し短いが間違いなく……ウサギの耳!?

 

「あ。アリシエ! 起きた! 起きたよ!! ゾルフが起きた!」

 

 その時だった、一人の無精ひげを生やした眼鏡の男性がベットを覗き込み目が開いた私の姿を見ると、歓喜の笑みを浮かべて誰かを呼び出したのは。

 

 当然その頭には、ちょっとだけ小ぶりなウサギの耳が生えていて、

 

「まぁまぁ貴女ったら……昨日までお仕事だったんですから、ゾルフの面倒くらいは私に任せてくれればいいのに」

 

「この子の笑顔を見ていたら疲れなんて吹っ飛ぶよ!!」

 

 ずいぶんとうれしいことを言ってくれる男性に苦笑をうかべながら、今度はひどくきれいな女性が顔をだした。あふれる金髪に白いウサ耳。優しそうな顔に微笑みを浮かべながら、女性は私の体を抱き上げる。

 

「ほ~らゾルフ~。お父さんですよ~」

 

 どうやら私はガチで赤ん坊になってしまったらしい……。

 

 

 ゾルフ・J・キンブリー。それが今生の私の名前だった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 それから8年後。

 

聖ハルヴァー王国の戦興業は負けが続いていた。

 

 フロニャルドで根強く信仰されているフロニャ教。その総本山のハルヴァーは治癒用の紋章術の大家として知られている。

 

 だが、その紋章術が戦争で使えるかと言われると当然そんなことはない。もとよりフロニャルドの戦争は《怪我をしない》ということが最大の特徴。

 

 攻撃を食らっても獣玉になるだけという絶対の安心と信頼がある戦場で、医療技術など必要とされなかったのだ。

 

 だからこそ、世界の中心である宗教の総本山でありながらハルヴァーは常に《大陸最弱》という不名誉な称号を頭上に掲げる羽目になっていた。

 

「姫様……第二防衛陣突破されました」

 

「……いつものことだけどよぉ、もうちょっと何とかならなかったのかよ?」

 

「所詮最弱(うち)ですから……ガレットの侵攻に抗しうる技術もありませんし」

 

 なんというかあきらめムード一色な自陣の様子にため息を漏らしながら、ハルヴァー王国王女にして《破戒姫》と名高いアリス・アストロ・ハルヴァー・ルロ・フロムは大きなため息を漏らした。

 

 ここ数年、『我々は医療術式だけを作っておけばよい。戦などという野蛮な競技はほかの国どもに任せておればよいのだ』とあまりに負けが続きすぎて意固地になっていた父王に逆らい、回復術式以外の戦争用の術式を考案した彼女は、戦力の底上げのため一般兵士たちにもその紋章をばらまき戦興業においての勝利を狙った。

 

 が、どうやらその術式があまりに個性的すぎてまともに機能しなかったらしい。初めは見たこともない術式に足並みを乱されたガレットだったが、王族にして最強の騎士であるレオンミシェリとガウルが引き連れてきた親衛隊によってそれらはあっさりと一蹴。結局いつも通り、領主の本陣まであと数キロというところまで迫られてしまっていた。

 

 ほら見たことか! と言わんばかりの視線をぶつけてくる父親に舌打ちを漏らしながら、アリスは自分の手にはまった指輪を見つめる。

 

 聖()アルケミーとパラケルスス。

 

 聖なる籠手として知られるこの二つは、破壊と再生の力を持っているとされているが、いまだに領主ではない彼女にはその力を示してくれたことはない。

 

「本当はこの戦いで父様に領主権限を譲ってもらう気だったんだが……」

 

 自分のその願いのために戦興業の相手を引き受けてくれた、友人であるレオンミシェリに心の中で詫びる。

 

 すまない、どうやらお前と決着をつけられるのはまだまだ先になりそうだ……と。

 

 その時だった。

 

 ゴッ!!

 

 という、凄まじい轟音が響き渡ると同時に、戦場となっていたアスレチック場がとてつもない爆炎に包まれた!!

 

「なっ!?」

 

「は?」

 

 驚愕の表情で固まる父と自分の側近の姿。だが、そんなまぬけな姿を見ている余裕もなくアリスも同じように氷結していた。

 

 なぜなら、その爆炎の中央に立っていたのは一般兵士と変わらぬ粗末な武装に身を包んだ一人の少年だったから。

 

 そしてその少年が、自分が望んだこの紋章術の運用方法を100%実現してくれていたから!!

 

「だ、誰だ、あれは!? 今すぐ調べてこいッ!!」

 

 あわてて側近に尋ねるアリス。その疑問の声に氷結していた側近はあわてて姿勢をただし、すぐさま戦に参加している一般人のリストを取りに行った。

 

 結果が出るまで再びアリスの視線は戦場へ向けられる。

 

 少年がまるで祈りをささげるように両手をパンッとあわせ、地面に手を付ける。

 

 瞬間、大地が変形し巨大な壁となってガレットの進軍を阻んだ。それとほぼ同時に生まれたのは無数の砲門。数秒後その砲口からは無数の砲弾がうち放たれ、壁で足止めを食らっていたガレット軍の頭上に降り注いだ。

 

 見る見るうちに数を減らしていくガレット軍。そのあまりに圧倒的な光景に、アリスは思わず息を飲み魅せられる。

 

「これだ……これが私の望んだ紋章術!!」

 

 近接戦闘は、それは花があるのだろうが、それだけでは戦は勝てない。だからこそ彼女は望んだ。王族や一握りの天才でなくとも、ほんのわずかな輝力で大火力の砲撃を行える即興武装創成紋章術。

 

「その名は……」

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「錬金術……ですか。こんなところで《鋼の錬金術師》もどきができるとは思いませんでしたね」

 

 まぁ、自分の名前からしてフラグの匂いがしなかったわけではないですが……と、私――ゾルフ・J・キンブリーはどんどん原作のキンブリーそっくりになってきた顔に閉口しながら苦笑をうかべた。

 

 あれから8年。前世では科学オタクだった私はこのフロニャルドでのんびりしながら地球の技術がちゃんと使えるのかといろいろ実験していた。

 

 そんなことを続けていたせいか、はたまたこの世界では科学ではなく輝力の研究の方が盛んなためか……どちらが理由かはわからないが、私は幼いころにはすっかり変人の称号をほしいままにしていた。

 

 まったく失礼な話です。唯一実験に理解を示してくれたのは両親ですが、あの人たち基本的にどこかずれた天然ボケですからね。彼らの評価はあまりあてになりませんし……。いやまぁ、感謝はしているんですけどね?

 

 そんなときだった。私の家のもとに戦争へ参加してくれという命令というか懇願に近い王宮からの通達がやってきて、私に紋章が与えられたのは。

 

 本当は父が参加する予定だったのですが、あいにくとうちの両親二人は現在夫婦水入らずで、ガレット獅子団領に旅行中でした。

 

 出かける際に「お母さんたち、がんばってゾルフの弟か妹を作ってくるからね!!」といって、父に鼻血を出させていたところを見るとかなり楽しんでいるのではないでしょうか?

 

 閑話休題。

 

 そんな手紙が来た以上、まさか参戦しないわけにもいかず、しかし参戦するべき父は到底戦争までには帰ってこれそうにない。

 

 というわけで私は仕方なくその紋章を両手に宿しこうして戦場に出てきたのですが……いやぁ、まさかこの紋章がまんま鋼錬の錬成陣と同じ効果を持っているとは思いませんでしたよ……。

 

 おまけに、エネルギー消費方式は輝力《消費》ではなく輝力《還元》方式。使うのではなく、エネルギーを循環させることによって術を発動させているため、輝力消費がほとんどないのにこれほど大規模な術を行うことができている。

 

 まぁもっとも、輝力の還元はかなり癖が強い技術のため体得できる人間はかなり少なく、今回の戦場ではまったくの役立たずだったようですが……。

 

しかし、私は鋼錬知識による基礎的な術式理解の補助と近代知識による科学チートの力があります。

 

 よって錬金術を誰よりも早く理解し、使いこなすことができました……その結果。

 

「ふふふふふ……。どうせこの名を背負っているなら、モデル通り派手に行かせてもらうとしましょう!!」

 

 私は現在戦場で無双をしていました。

 

 即席で作り上げた巨大な壁で敵の進軍をさえぎり、アスレチックの場所をランダムで移動させることにより敵を罠にはめ、鋼錬で活躍していた無数の錬金術師の術を使い襲い掛かってくる敵を蹂躙する。

 

 鉄血・白銀・氷結・焔・鋼……そして、

 

「紅蓮……ですね!!」

 

 辺り一帯に爆発が巻き起こる。

 

 爆弾魔……ゾルフ・J・キンブリーが最も得意としていた、火薬錬成錬金術!!

 

 敵は至近距離で唐突に起こったその爆破を回避することもできず飲み込まれ、姿を消した。

 

 ふむ。まるで戦場……いや戦場でしたか。ならばこの名に恥じぬように、私はこの言葉を言わなくてはならない。

 

「あぁ……いい音だ。体の底に響く実にいい音だ。脊髄が悲しく踊り、鼓膜が歓喜に震える。そしてそれを常に死と隣り合わせのこの地で感じることができる喜び」

 

 そこで私は言葉を切り、精一杯キンブリーらしい笑顔で決める!

 

「なんと充実した仕事か!!」

 

 その言葉が終わると同時に飛び出してくる、

 

「「「「「「にゃ~にゃ~」」」」」」

 

「………………………………」

 

 ネコ玉たち……。

 

「いや、あの、すいません……。今いいところなんでニャーニャーいうのやめてくれません?」

 

「にゃ~?」

 

「あぁ、もうくそっ!! 可愛いですね畜生!!」

 

 この世界では絶対キンブリーの物まねはできないと悟った瞬間でした……。

 

ちくせぅ……せっかくこんな顔なのに。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 国民の特徴となるウサ耳は髪にぺったり張り付くように倒されているのか確認できない。しかし、その戸籍は間違いなくハルヴァー王国の国民だった。

 

「ゾルフ・J・キンブリー」

 

 故郷では変わり者……口さがないものならば《変人》と呼び蔑んだ変わり者だったそうだ。だが、

 

「私にとっては救世主だよ、お前は……」

 

 まるで紅蓮の花を咲かせるかのような爆発をひきつれ、進軍するその姿は圧巻の一言。アリスが望んだ錬金術師の姿がそこにはあった。

 

「騎士勲章を用意しろ。あいつを必ず私のもとへ引き入れる!」

 

「はっ!」

 

 即座に踵を返し勲章を取りに行く部下を見送った後、さて称号は何がいいか? と、唖然としながら、たった一人の人間が軍を蹂躙する姿を見ている父に肩をすくめつつ、アリスはそう考える。

 

そして、最後に思い付いたのは、

 

「そうだ……《紅蓮の錬金術師》なんていうのはどうだろうか?」

 

 再び咲いた紅蓮の花を見て、アリスは小さく笑うのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 人間砲台と言わんばかりの火力を見せつけ私が快進撃を続けていると、とうとう敵の本陣が出てきました。

 

 最初に出てきたのは、巨大な鳥――セルクルに騎乗した白い髪をした同い年ぐらいの猫耳少年。活発そうな笑顔には好戦的な色がにじみ出ているのが見て取れました。

 

 先ほど中継で出ていた、領主一族の一人ガウル・ガレット・デ・ロワでしたか?

 

「お前新人にしては滅茶苦茶やってんな?」

 

「えぇ……まぁ。できるのにやらないのは敵に対する最大の侮辱でしょうしね?」

 

「確かに!!」

 

 どうやら私の返答が気に入ったのか、ガウル殿下はニヤッと笑いながら騎乗していたセルクルから飛び降り、両手両足に輝力のカギ爪を顕現させた。

 

「というわけで、俺も最初から全力全開で行かせてもらうぜ!!」

 

 獅子王爪牙!! そう叫ぶと同時に、明らかに身体能力が上昇していると思われるガウル殿下はとんでもない速度で私に向かって疾走してきました。

 

 ですが、残念。速度で錬金術に勝てたのは鋼錬世界では怠惰(スロウス)だけなんですよね……。まさかガウル殿下がブラッドレイ級の目を持っているとも思えませんし。

 

「とりあえず撃墜一ですかね?」

 

 指で小さな輪を作り輝力を循環。それと同時にあたり一帯の空気を酸素へと変換し、錬金術で作った発火布の手袋を着けた手で、指をぱちんと打ち鳴らす。

 

 瞬間。私とガウル殿下の間に巨大な炎の壁が出現した!!

 

「っ!? あちちちち!?」

 

「「「殿下!?」」」

 

 炎の壁の向こうでそんな悲鳴が聞こえるが、そんなことは気にしない。炎の壁の厚さは余裕を持たせて4メートルほど。いくら輝力による武装をしているとはいえ、これをつぶすのはかなりの時間がかかる。

 

 しかし、錬金術にはそのような時間ですら命とり。

 

 音を置き去りにする拳でも使えない限り、錬成を止めることはできない。

 

「さて……」

 

 パンっ! と響かせるのは、両手による手合せ錬成。

 

 そして両手を地面につけるのと同時に、数千近い砲門が炎の壁に向かって錬成される。

 

「てめぇ!! 何しやがる!! 男なら正々堂々近接で戦え!!」

 

「砲撃職に向かって何を言っているんですかあなたは……」

 

 炎の壁が掻き消えると同時に、ちょっとだけ服が焦げ親衛隊の三人に支えられたガウル殿下が不満の声を上げてきましたが、私はその声をあっさりと一蹴。炎の壁が余韻として残した陽炎が消えると同時に、見えてきた目の前の光景にガウル殿下の顔が思いっきりひきつるのを確認しながら、足元にある砲門につながるレバーをけりつける。

 

 瞬間、轟音と共に至近距離から無数の砲弾がガウル殿下に襲い掛かりその姿を爆炎でかき消しました。

 

 《鉄血》と《紅蓮》のコラボレーション。原作では見れなかったちょっとしたロマン錬成に口笛を鳴らしつつ、私はガウル殿下が戦闘不能になったかどうかを確認するために氷結の錬金術で爆炎を収めようとしました。

 

 その時!!

 

「獅子王裂火爆炎斬!!」

 

 その爆炎を切り裂き、巨大な炎の鳳が爆炎を切り裂き現れた!

 

「っ!?」

 

 驚愕で目を見開いたのは一瞬。私はあわてて手合せ錬成で壁を作り出すと同時に面を変形。私を横殴りにするかのように突出してきた土の柱に飛び乗り、高速でその場を離脱する。

 

 瞬間。厚さ数メートルという弾丸ですら貫けないはずの壁をぶち破り、炎の鳳が先ほど私が立っていた場所を蹂躙しました!

 

「ほう。今のをよけるか? アリスの奴……なかなか面白い奴を引き入れたたようじゃな」

 

 道理で今回の戦興業には気合が入っていたわけじゃ……。と、不敵な笑みを浮かべつつケモノ玉になって目を回している、ガウル殿下と親衛隊を押しのけ一人の女傑が現れた。

 

「レオンミシェリ姫殿下」

 

「ふん。ガウルを一蹴するとはな……正直あいつが自信満々に披露してきた錬金術が子供だましすぎて少々飽きておったのじゃが、なるほどなるほど。使うものが使えばこれほど凶悪なものになるとは、《最弱》の国もどうしてどうして侮れない」

 

 じゃが……。と、レオンミシェリは巨大な剣を鮮やかに振るいその切っ先をキンブリーに向けた。

 

「これは友の生涯をかけた対決じゃ。手抜きをするつもりは毛頭ないぞ?」

 

「上の事情聞かされても意味不明なのですが……。まぁ、うちの国でいままともに戦えるのは私だけのようですしね」

 

 私はそう言いつつちらっと自分の背後へ視線を向けてみる。

 

 ネコ玉私が進んできた一帯はネコ玉しか転がっていないのですが、そのさらに奥ではウサ玉だけがコロコロと転がっていました……。何とも見事に分かれたものです……とため息を漏らしつつ、キンブリーは両手に輝力を流し込む。

 

 LEVEL1の輝力状態の紋章が浮かび上がり、錬金術の前準備を行う。

 

「ゾルフ・J・キンブリー……受けて立ちましょう」

 

「レオンミシェリ・ガレット・デ・ロワ。せいぜいあがいて見せろ……最弱の国の切り札よ!!」

 

 不敵に笑われるレオンミシェリ殿下。これが本物の強者か……と震えながら、これは武者震いだと自信を叱責し私は両手を合わせる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 戦端を切り開いたのは驚いたことに戦闘方法に近接を選んだキンブリーだった。

 

 まるで地を這うかのような姿勢を低くした疾走。その手には氷で作られた極薄のナイフが握られている。

 

 形状は鋼錬のキャラクター《マース・ヒューズ》が使っていた近接・投擲両用ナイフ。彼の脳裏で鋼錬関係での近接戦闘で真っ先に浮かんだイメージがこれだった。

 

 だが、彼はあくまで科学オタクであってミリタリーオタクではない。すなわち、近接戦闘の訓練など一切積んでいない……。

 

「なんじゃ、その気迫に賭ける突撃は!」

 

 そのことは今まで鍛えてきたレオには手に取るように分かったのだろう。拍子抜けすぎる相手の思わぬ箇所での弱さに、明らかに不機嫌になりながらレオは手に持った大剣を軽々と振り回し、キンブリーを殴りつけようとした。

 

 だが、そんなことは彼自身が一番よく理解している。しかし、遠距離へのがれてしまうとあの巨大な炎の鳥が飛んでくるのだ。錬金術に慣れればあれを防ぎきる壁も作れるのだろうが、戦場慣れしていない彼が即席でそんな壁を作れるかと言われると首を横に振らざるえない。

 

 だからこそ彼は近接を選んだ。なぜなら、

 

「っ!?」

 

 先ほどの戦いから見てレオンミシェルの輝力砲はおそらく爆発や広域殲滅がメイン。近接戦に持ち込みさえすれば自身を巻き込むことを恐れ、おいそれと撃てないはず。そして、

 

「凍てつきなさい」

 

 《錬金術師》たちはこのようなぬるい世界にいる軍人ではなく、本当の生き死にを経験し続けている軍人たち。そこには、遠近の向き不向きなど言っていられないシビアな戦場が広がっている。ゆえに、錬金術師たちは必ずと言っていいほど「近接戦闘で有効な錬金術の使い方」を体得している。

 

 キンブリーはそれを真似した!!

 

 まずは氷結の錬金術師。大地から延びた強固な氷柱が、振るわれたレオの大剣をとらえがっちりと空中に固定した。

 

 驚き目を見開くレオに対し、キンブリーは止まらない。鍛えていない自分などが立ち止まっては瞬く間に敗北が決まることを熟知しているからだ。

 

 だからこそキンブリーは、手に握った氷のナイフをレオののど元に突き立てる。

 

 通常なら致命傷の一撃だが、彼女はフロニャルド人。死にはしないだろうと決めてかかった、勢いのいい渾身の一撃。

 

「っ! なるほど、素人なりにできることはやるというわけじゃな!」

 

 しかし、相手は仮にもガレット最強。何の惜しげもなく大剣を手放しながら、鮮やかなバックステップを踏みその刺突をやすやすと交わした。

 

「ちっ!」

 

 キンブリーは思わず舌打ちを漏らしつつも、両手に握られたナイフを牽制代わりに投擲。こちらも練習していないためか、一本はテンで的外れな方向に飛んで行ったが、もう一本はクルクルと回転しながらも、確かにレオの頬をかすめ牽制の役割を果たす。

 

 その間にキンブリーは指を構え、焔による攻撃を行う。

 

 無手にレオに襲い掛かる巨大な火柱。勝った! キンブリーは眼前まで火柱が迫っても迎撃行動をとらないレオに勝利を確信する。

 

 だが、

 

「獅子王炎陣大爆破!!」

 

 レオが懐から取り出した短剣から、巨大な火柱を放ったのを見てその確信はもろくも崩れ去る。

 

 ただの科学現象ではなく、輝力によって生成された火炎は魔性の焔だ。科学の焔を瞬く間に弾き飛ばし、一直線にキンブリーに向かって襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 キンブリーは再び壁を作りその炎を何とか防ぎきる。そして、その間に彼はあわてて後退。置き土産とばかりにあたり一帯に巨大な石柱を乱立させたあと、そのうちの一つに姿を隠し体勢を立て直すための時間を稼ごうとした。

 

 だが、

 

「やるではないか、キンブリー」

 

 炎を防ぎきられたにもかかわらず、レオは楽しそうな笑みを崩さないまま先ほど発生した焔の余波によって拘束していた氷から解き放たれた大剣を拾う。

 

「じゃが……先ほどのはまだワシの本気ではなくてな。やはりなれぬ武器を使うと紋章砲の威力も落ちる」

 

 その言葉を聞いた瞬間、キンブリーの背中にえも言えない悪寒が走った。

 

「これが、獅子王炎陣大爆破の本当の力じゃ」

 

 瞬間、LEVEL3の紋章がレオの背後に浮かび上がり、その輝力が大剣に一点集中。それをレオが地面にたたきつけると同時に、あたり一帯に噴火のような火柱が乱立した!

 

「なっ!?」

 

「さぁて……防ぎきれるか? 錬金術師!!」

 

 レオがそうつぶやくと同時に、火柱によって打ち上げられた無数の火球が重力に従い降り注いでくる。

 

 当然その範囲にはキンブリーが隠れている石柱の林も存在しており、

 

「くっ!!」

 

 彼があわてて手を合わせた瞬間に、火球は石の柱をへし折りながらあたり一帯に雨のように降り注いだ!!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 爆炎を上げ崩壊していく石柱の柱に、ワシ――レオンミシェリは少しやりすぎたかな? と思いながら頬をかいた。

 

 ミルフィとは違う形の友人……どちらかというと喧嘩仲間のアリス。そんなやつが、ワシにとある手紙を送って来たのがつい先日のことじゃった。

 

 あの事件以来嫌がっていた領主就任に精力的になっていたアリスじゃったが、やはりあの領の気質はあの喧嘩っ早い友人には会わなかったらしく、すぐに愚痴交じりの手紙が送られてくるようになった。

 

 しかし、とうとうあの娘は開き直ることを覚えたのか「気に入らないなら変えればいい」と言わんばかりに、父親に逆らい軍事的な紋章術を作り始めたのじゃ。

 

 ワシとしては領主に就任してからめっきり減ってしまったあいつのとケンカを再開できるなら願ったりかなったりなので、べつに止めはせんかったが……。あ奴が作る術式は独創的すぎてちょっとついていけないというのがわしの印象じゃった。

 

 どうやら領民たちもそうだったらしく、幾人かの理解者を得たはいいものの、いまだに浸透率はゼロに等しいマイナー術式に成り下がってしまったそうじゃ。じゃが、その術式にはあ奴の頑張りが込められていたし、わしとしてはそこを評価してもよいじゃろうと思って満足もしておったのじゃ。

 

 しかし、そんなアリスの失態を見て、なおかついうことをきかない娘を見てあの領主は何を考えたのか『これ以上戦などという野蛮な行いに傾倒するようなら、お前の領主継承権を剥奪する』などとぬかしよったらしい。

 

 戦を馬鹿にされたことも腹に据えかねたが、なによりあの娘の頑張りを否定するようなことを言ったあの父親は許せなかった。そこで、わしとアリスで『あの親父に一泡吹かせてやろう!』と、こたびの戦を画策したのじゃが……。

 

「アリスめ……もうちょっとちゃんと準備しておかんか」

 

 結果はごらんのとおり。いつも通りハルヴァーは最弱で、切り札すらワシが完封してしまった。

 

 いや、だって、ここで手を抜いたら間違いなくあの領主が何かいちゃもんをつけてくるじゃろう? そうならないために全力で戦うと、アリスと共に約束はしておったのじゃ。

 

 しかし、まさかこれほどあっさりと……。

 

 ちょっと信じられなかったワシは、思わず爆炎の方へと歩み寄りそこへ目を凝らしてみる。

 

 何度見ても人影は見えない。どうやらあまりのダメージ量に獣玉になってしまったと思われた。

 

 やっちまったのじゃ~。と、わしは内心で激しく頭を抱えた。次の瞬間!!

 

「何をですか?」

 

「っ!?」

 

 足元から聞こえてきた声に、わしは思わず目を見開くが敵はそんな隙を与えてくれなかった!

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「チェックメイトです。レオンミシェリ姫殿下」

 

 瞬間、巨大な鉄の箱を先端に付けた石柱が地面から飛び出した! 声はその箱の中から聞こえる。キンブリーが中にいるのだ。

 

 それと同時に下から突き破られ、崩落を始める大地。空を飛ぶ手段を持たないレオは当然のごとく崩落に巻き込まれ、地下にいつの間にか作られていた巨大な空間に落下する。

 

「っ! まさか、あのタイミングで地下に避難場所を作ったのか!?」

 

「えぇ……。おかげで燃費がいいはずの錬金術でかなりの輝力を使ってしまいました。もっともそれをするだけの価値はありましたが!」

 

 落下中のレオは体制を整えられていない。不意打ちの衝撃から立ち直るのにもわずかな時間はかかるはず。その間レオはまともな紋章術は使えない!

 

 彼女を討ち取るのなら絶好の好機!

 

「さぁ、ラストバトルです!」

 

 その言葉とともに、キンブリーはシェルターを分解し石柱から飛び降りた。石柱の側面に足をつけ、滑り降りていくキンブリー。彼の体は瞬く間に落下するレオのもとへと近づいていき、錬金術の射程範囲に入る!

 

 パンッ! という軽やかな音共に、彼の両手が合せられるのを見て、それでもレオは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「最高じゃ! アリスは良い騎士を持った! あいつはいい領主に必ずなれる! じゃが……」

 

 そういうと、レオは落下する瓦礫に足をつけ紋章術を起動! 無理やりそこを足場にした!!

 

「易々と負けてやるつもりは……毛頭ないぞ、キンブリィイイイイイイイイイイイイイイイイイっ!!」

 

 紋章砲用の輝力がレオの手にある大剣に着々と溜まっていく。しかし、それを見たキンブリーは、今度は余裕すら感じさせる笑みを浮かべていた。

 

「えぇ……もとより負けてもらうつもりなど、毛頭ありませんので!」

 

 瞬間。キンブリーの体が加速する。理由は簡単。滑っていた側面が摩擦率の少ない氷に変貌していたからだ。

 

 ほとんど自由落下の速度にくわえ、キンブリー自身が蹴りだす歩みの力が加わり、キンブリーはレオのもとへとモノの数秒でたどり着いた。そして、輝力がこもった大剣に触れ、

 

「破壊錬成!」

 

「なっ!?」

 

 傷の男……スカーの錬金術。大剣の構成物である鉄を瞬時に原子単位まで分解し、レオの紋章砲を強制的にキャンセルした!

 

 紋章砲は物質や武器に込めて放つ砲撃。その媒体がなくなればそこに込められた輝力は霧散するしかない。

 

 それを見届けたキンブリーは、錬金術で石柱に足場を作りそこに降り立つ。

 

 輝力による支えを失い落下していくさなか、それを見たレオは「追撃しないのか!?」とばかりに目を見開いた。しかし、キンブリーは原作通りの不気味な笑みを浮かべて一言、

 

「あぁ……レオンミシェリ殿下。お気を付けください……実はその避難場所、私が出る際に床一面に地雷を仕込んでおいたので」

 

 レオはその言葉を聞くと同時に小さく息を飲み、

 

「はっ……見事!」

 

 それだけ言うと暗い地下へと落下し、

 

ゴォッ!! という音とともに花ひらいた、無数の紅蓮の爆発の中に姿を消した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「以上が今から戦う、聖ハルヴァー王国の将軍ゾルフ・J・キンブリーの戦闘の様子だ」

 

 ビスコッティ共和国ミルヒオーレ姫親衛隊のエクレールが語った戦闘の様子に、勇者シンクは目をキラキラと輝かせていた。

 

「すごい人なんだね。僕たちは二人がかりでやっとだったあのレオ様を……」

 

「まぁ、あのころのレオ様は領主になってまだ短く、戦興業にも不慣れだったところがあるからな……今激突すればどうなるかわからんが……」

 

「でも、強いことには変わりないでしょう?」

 

「そうだな……」

 

 シンクの無邪気な質問にため息をつきながら、エクレールは気を引き締めた。

 

 あの戦い以来、聖ハルヴァー王国はいい方向に変わった。治癒紋章術の大家という歴史と文化を守りつつ、キンブリーが教官を務めることによって錬金術による軍事力の底上げも成功。歴史・文化・実力の三拍子がそろった強大な国となっていた。

 

 特にキンブリーから称号をもらった三大騎士《剛腕》《氷結》《白銀》の錬金術師は近接もできる動く砲台。一騎一騎で数千近い兵を葬る強大な猛者となっている。

 

「にしてもどうしてこんな時期にビスコッティに戦争を? うちは今はガレットが攻めてきて大変だから他国もいろいろ気を使ってくれてるんじゃ……」

 

「まぁ、いろいろ思惑があるのでござるよ、あちらの国にも」

 

 シンクの疑問に答えてくれたのは巨大なセルクル――ムラクモに騎乗したダルキアン卿だ。

 

「レオンミシェリ殿下の豹変ぶりについて聞きたいとか、こちらが召喚した勇者がどの程度何か知りたい……とかでござるな。何せあそこの領主殿はレオンミシェリ殿下のライバルでござる。動向が気になるのは致し方ないかと……」

 

「だったら本人に直接聞けばいいのに……」

 

「ミルヒオーレ様にも会われていないのに、あちらの領主殿があえるわけもないだろう。今レオ様は全面的な面会謝絶状態だ。ガウルではらちが明かんだろうしな」

 

「あ、そっか……」

 

 ビスコッティ一行はそんな会話を交わしながら、開戦の合図をゆったりと待ち続けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「まったく! やるならやると、初めに私に通せよ!? なんでお前が全部取り仕切ってんだよ!?」

 

「最近陛下役立たずでしたしね~。レオ様レオ様ばっかりでまともに私の報告を聞いていなかったじゃないですか?」

 

「ぐっ!?」

 

 思わずうめき声をあげ黙り込むアリスに、私は小さく苦笑を漏らし、肩をすくめた。

 

「呆れてんのか?」

 

「はい?」

 

 しかし、アリスから向けられたうかがうような視線をうけて、私は思わず首をかしげました。

 

「お前がうちの騎士団に入った時『最高の領主になる』と言い切ったのに、結局は友人一人のことで慌てふためく私に、呆れたのかと聞いている」

 

「あぁ……なんだ、そんなことですか」

 

 くだらない。と、結構ひどい言葉でアリスの質問を切り捨てた私に対して、アリスは盛大に顔をひきつらせましたが、いつものような怒涛の罵声は吐かれませんでした。

 

 どうやら相当弱っているようですね……。と、私は少しだけ苦笑をうかべた後、彼女の頭にぽんぽんと手を置いた。

 

「っ!? き、キンブリー!?」

 

「まったくあなたという人は……ガサツに見えて心配性ですね」

 

「ふぁ……ちょ、ミミはやめて……」

 

 どことなくエロい喘ぎ声を上げるアリスに何とも言えない気分になりながら、私はとりあえず彼女の頭を撫でつづけた。

 

「私はいつでもあなたの騎士ですよ。私が異世界の魂を持った異常な存在だと知りながら、あなたはわたしを受け入れてくれた。その時から、私の気持ちは変わっていません」

 

 変わらずあなたの、そばにいたいんですよ。率直にそう告げた私の顔は赤くなってはいないだろうか。

 

 まったく名前と顔に似つかわしくない態度だと私は思う。おそらく今鏡を見たらあまりのギャップと恥ずかしさに死ねる自信が私にはありました。

 

 しかし、そんな代償を支払った結果、

 

「……そっか。すまん……そして、ありがとう」

 

 アリスがいつものように笑顔を浮かべてくれたのを見て、まぁ悪くはなかったかなとと、心の中で思い直す。

 

 錬金術の基本理念は等価交換。それによって手に入れた笑顔を再び絶やさぬようにするために、

 

「さて、参りましょうか……姫」

 

「あぁ……勝つぞ。ビスコッティにじゃない。レオを苦しめているもろもろの何かにだ」

 

 お互いに不敵な笑みを浮かべながら、二人はカメラの前に歩みでる。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「これより聖ハルヴァー王国とビスコッティ王国のヴァンキッシュ砦攻略戦を開催する!!」

 

 オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! と、盛大なときの声と共に無数の錬成反応が起こり、アスレチックや城壁が見る見るうちに形成されていく。

 

 錬金術。聖ハルヴァー王国の戦用主要術式。それによって瞬く間に作られた巨大な砦がビスコッティ軍を威圧した。

 

「さぁ、かかってきなさい……勇者」

 

 そしてその城門の正面に立っているのは、純白のスーツに帽子をかぶった凶悪な笑みを浮かべる男。

 

「《紅蓮の錬金術師》ゾルフ・J・キンブリーがお相手しましょう」

 

 開戦の狼煙が、あがった!!

 




 構想自体はあったんですけどね……書く暇がなくて先延ばしに。

 初めてこの話を思いついたのは、犬日々の第一期。

 爆風の中からあの犬や猫の球体が飛び出してくるのを見て、思いついてしまったのです……。

 爆発=キンブリー

 犬日々に来て一番なえそうな人=キンブリー

 爆発してわくのは?=ケモノ玉

 よろしい! ならばケモノ玉を見て思わずなえるキンブリーをかこう!!


 そんな風にバカすぎる魔が差した作品です……。


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