真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝! (AUOジョンソン)
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第一話 聖杯戦争が再開した後に

というわけで、続編スタートでございます。
設定の上塗りなどの所為で矛盾が出てくると思いますが、そこはスルーしていただくかそっと作者に教えていただけると嬉しいです。

それでは、どうぞ。


街には桜が咲き誇る。平行世界が融合し、サーヴァント六体が復活を果たした。

五胡への対応も終わり、少しは落ち着いたなぁ、と少し感慨深くなってくる。

ちなみに、同じ四日間を繰り返すんじゃないか、という心配はもう無い。すでに一ヶ月以上が経っているが、ループする気配が無いからだ。

後、さらっと言われたためにスルーしかけていたが、シャオのところにいったバーサーカーも違和感無く受け入れられていた。

どうやら、シャオがバーサーカーを妙に気に入ったらしく、肩に乗って突撃(ロース)しているのをたまに見る。・・・あれ、イリヤ? 

やはりロリっ娘には往々にしてバーサーカーが割り当てられる運命なのだろうか。

ちなみに、俺もサーヴァントであり、シャオの婿(予定)であるらしいので、呉の人たちから信頼されて真名を預けてもらっている。

 

「・・・お、ここだ」

 

目的地に到着すると同時に思考をいったん切り替える。

今日ははじめての三国会議。考え事をしながら臨むわけにはいかないからな。

 

「あ、ギルさん。おはようございます」

 

「おはよう、朱里」

 

部屋に入り、一番近かった朱里の隣に並ぶ。いつ見てもうちの軍師たちは可愛いなぁ。

そんな風に和んでいると、一刀が入ってくる。

天の御使いである一刀は、三国の平和の象徴として天下三分の要となっている。

まぁ、原作と同じく彼は形だけのトップではあるが、それでも彼の存在は重要だ。

最初は俺が一刀の立場に着くという案も出たらしいが、受肉したとはいえサーヴァントなので、いろいろと不都合も出てくる。

そのために天の御使いとはいえただの人間である一刀に白羽の矢が立ったのだ。

それに、俺は目立つより裏方のほうが似合っている。ま、本音を言えばそんな面倒くさそうな立場には就きたくないという願望も混ざっているのだが。

 

「遅いわよ、一刀。・・・さて、これで全員そろったわね。はじめましょう」

 

こうして、初めての三国会議が始まった。

 

・・・

 

会議の後、月も詠も侍女の仕事のため暇をもてあました俺は、市場へと足を伸ばした。

うんうん、貨幣の統一はうまく言っているようだ。

こんななりでも中身は現代人ということで、それを知っている一刀から相談されたこの貨幣統一の案。

纏め上げるのは面倒だったが、こうして成果が出てくれるのは嬉しいものである。

 

「それにしても、活気が良いなぁ・・・ん?」

 

なんだろう。見なかったことにしたいものが二つ落ちてる・・・。

 

「あ、ギル様。良いところに」

 

「・・・これ、どうしたんだ?」

 

俺に気づいて声をかけてきた警備隊の人間に聞いてみる。

 

「その・・・俺もさっき見つけたばかりなのですが・・・どう見てもその・・・あの人なので、どうしようかと」

 

「だよなぁ・・・。下手に連れて行って、雪蓮あたりに会わせたら・・・」

 

「やめてください。胃が痛くなってきます」

 

「分かった。俺が面倒見ておくよ」

 

「本当ですか!?」

 

本当に嬉しそうにそういった彼は、それではよろしくお願いします、と言って去っていった。

近づいてみると、ぐぅ、と腹が鳴ったのが聞こえたので、取り合えずどこか食事のとれるところに行こうと二人を抱えた。

うわ、軽いな・・・。

 

・・・

 

「がつがつがつ!」

 

「はむはむはむ!」

 

おーおー、良い食べっぷりだ。

 

「店主、まだ食べそうなんでいくつか追加」

 

「おうよ! 任せなぁ!」

 

俺が厨房へ声をかけると、店主の親父が元気な返事を返してくれる。

拾った二人の横には大量の皿が積み重ねられており、かなりの量を食べたことをあらわしている。

周りの客はその食べっぷりに興味津々のようだ。良い食べっぷりだもんな。

 

「はふはふはふ」

 

「もぐもぐもぐ」

 

「あいよ、追加お待ち!」

 

新しく追加された料理に手を伸ばす二人。ふむ、そろそろ満足してきたころかな? 

 

「はふー、おなかいっぱいなのじゃー!」

 

「そうですねー。おいしかったですよー」

 

「それは良かった。・・・で、そろそろ話を聞いても良いか?」

 

皿を片付けてもらいながら、二人・・・袁術と張勲から話を聞く。

なんでも、領土を追い出された後に傭兵団を組織し、賞金稼ぎをしながら放浪していたらしい。

だけど、だんだんと金が無くなり、しばらく食事を取れないままほとんど迷子のように荒野を歩いていて、何とか街には着いたものの、ものを買う金が無く、流石に倒れた、とのこと。

・・・ふむ、なるほど

 

「じゃあ、二人とも」

 

「なにかの?」

 

「なんでしょー」

 

「俺が保護してやるよ。袁術・・・はともかく、張勲。少しは兵も動かせるだろ? ちょっと手伝ってくれれば、衣食住は保障するし、働き次第では給与も出す」

 

「うーん、魅力的ですねー」

 

「また倒れたくは無いだろ? 安全も保障できるしな」

 

「・・・むー、そですね、分かりました。お世話になります。美羽さまも、それで良いですか?」

 

「む? うむ、くるしゅうないのだ!」

 

「というわけなので、これからよろしくお願いしますね。・・・えーと」

 

「ああ、俺はギル。蜀の将だ」

 

「ぎる? ・・・ギルってあの・・・金色の将の・・・?」

 

「・・・なんだその二つ名」

 

「袁紹さんと同じような金色鎧の癖に、その能力は桁違い。噂では、三国全ての将を相手にして大立ち回りをこなしたとか・・・」

 

「・・・ちょっと誇張されてるけど、おおむねそんな感じだ」

 

三国全ての将って・・・無理だろ、あれは。

 

「うーん、これは結構なところにお世話になることになっちゃいましたねぇ」

 

「はは。ま、諦めてくれ。・・・さて、そろそろ城に案内したいんだけど」

 

「あ、分かりましたー」

 

「店主、お金はここに」

 

「へい! ・・・ん? ちょっとギル様! こんなにいただけません!」

 

「迷惑料込みだよ。それじゃ、お邪魔したねー」

 

「ほわー、自然にこういうことできる人っているんですねぇ」

 

「七乃?」

 

「はーい。なんでしょうかー?」

 

「何をぶつぶついっておるのじゃ?」

 

「あははー、ちょっと感動してただけですよー」

 

その後、城に行けば雪蓮がいることを伝えると、二人ともガクブルしていた。

・・・小動物っぽくて和むなぁ。もうちょっといじめたくなる。

 

・・・

 

「ここを使ってくれ」

 

「おおー! ふかふかなのじゃ!」

 

「喜んでいただけて何よりだ」

 

「うむ! お主には世話になりっぱなしじゃのう。何かお礼をしたいのじゃが・・・」

 

「いいよ、そんなこと」

 

「そうじゃ! お主を妾の夫にしてやろうかの」

 

話を聞かない娘だなぁ・・・。

でも、ちょっと嬉しいかな。あれだな、娘に「わたしねー、おおきくなったらぱぱとけっこんするのー」といわれた気分かな。まだ娘いないけど。

 

「ありがとう、嬉しいよ」

 

「うむうむ。よきにはからうのじゃ。それでは、おぬしのことはこれから主様と呼んでやるのじゃ。ありがたく思うのじゃ」

 

「おー、いいね」

 

「うむ! 主様も妾のことは真名の美羽と呼んで良いのじゃ!」

 

「美羽、か。うん、そう呼ばせてもらおう。あと、張勲」

 

「あら、美羽様の旦那様なのですから、七乃で結構ですわ、ご主人様っ」

 

「そう? じゃあ、七乃。みんなに紹介したいし、軍師たちのところに行こうか」

 

「分かりましたー」

 

こうして、美羽と七乃を拾った。後でそのことを詠に相談すると、頭を抱えられたのは言うまでも無いことだろう。

 

・・・

 

「主様! おきてたも!」

 

「・・・ん? 美羽?」

 

真夜中。俺は美羽にたたき起こされた。

 

「なんだよ、こんな真夜中に」

 

「あ、私が説明しますね」

 

「頼む」

 

七乃の説明によると、何でも六つ巴で実戦形式の大規模演習を行うらしい。その中の一つの勢力になったのだが、どう考えても勝てないため助力を求めに来たらしい。

 

「妾の夫は強いと聞いての。・・・だめかの?」

 

「・・・いや、別にそれは良いんだけど。みんなから許可は取ってある?」

 

「えーっと、美羽さまが蜀の王に許可を取りに行ったらしいですよ?」

 

「・・・一人で?」

 

「お一人で」

 

「すごいな、この子。・・・あ、月にも許可取った?」

 

「む? そやつは誰なのじゃ?」

 

「俺の主なんだけどさ、その子は蜀に属してるんだ。だから、他の陣営に行くならそっちにも許可とってほしいんだけど・・・」

 

「あ、それなら大丈夫ですよ」

 

「ほんとか?」

 

「ええ。美羽さまが劉備さんのところに行ってる間に場内の兵士たちに話を聞いていたら、あなたの主の話が聞けまして。ついでなんで許可とっておきました」

 

「すごいな、七乃」

 

「美羽さまのおもしろ・・・雄姿を見るためならば、頑張りますよ?」

 

「・・・うん、まぁいいや。取り合えず、明け四つから戦闘開始なんだろ? なら、いろいろと準備しないとな」

 

「あ、兵たちは表に並ばせてあるので」

 

「へえ、じゃあすぐに出立しようか」

 

「はいっ。ほら、美羽さまいきますよ」

 

「うむっ。苦しゅうないのだ!」

 

こうして、俺は袁術陣営として美羽の陣営で動くこととなった。

 

・・・

 

取り合えず、本陣に美羽、その補佐に七乃、そして将が俺だけという最悪な状況下で蜀魏呉の三国に勝つには、やはり漁夫の利しかありえないだろう。

まず俺は美羽を説き伏せ、山の中で残り一国になるまで待機することにした。

山に隠れる前にはきちんと各国の間諜を撒いておいた。

俺がいることすら露見してはいないだろう。それほどまでに徹底した。

後は美羽と七乃を何とかなだめながら、山の中で待機することに。

・・・暇だし、放った間諜からの報告でも見てるかな。

えーっと、蜀は先鋒に恋と鈴々、翠の三人か。右翼には愛紗と蒲公英で左翼は星と焔耶が担当。

中軍には桔梗と紫苑の二人を配置し、詠とねねは騎馬隊を率いての遊撃担当。そして本陣にはやっぱり桃香が配置され、朱里がその補佐についている。

そして戦闘狂の雪蓮率いる呉は先鋒に思春と明命が。そして祭が魏を警戒するような動きを見せており、さらに亞沙が武官として参戦するらしい。

冥琳と穏の軍師二大巨頭は雪蓮が突き進む道を切り開く役割になったらしい。そして、蓮華は本陣の守備についたとのこと。

で、優勝候補筆頭の魏。

当然というかなんというか、夏候惇が先鋒につき、さらに霞まで先鋒になったらしい。

右翼は夏候淵と郭嘉が。左翼は許緒と典韋が担当している。

楽進たち魏の三羽烏は遊撃隊に。その補佐は程昱になったとのこと。

本陣には華琳と一刀が陣取っている。

 

「・・・ふぅむ」

 

そんな風に状況を分析していると、伝令から蜀が魏呉にはさまれたと報告を受けた。

 

「へえ、そうなったのか」

 

なら、蜀が最初に落ちて、次に呉がおちるな。で、最後まで残った魏を損害なしの袁術軍で蹂躙すればいいかな。

・・・とりあえず、最低限の警戒だけして、後の兵士たちは休憩させることにした。変に緊張させていざというとき動けなかったら困るしな。

 

「交代で最低限の警戒だけして、後は休憩してていい。そう伝えてくれるか」

 

「はっ」

 

伝令がわき目も振らずに走っていく。

よし、後は美羽に少しだけはちみつを与え、七乃を上手にいなしてすごせばいいな。

 

・・・

 

戦いが始まる少し前。詠ちゃんから、気になることを聞いた。

 

「え?」

 

「・・・だから、今日の演習を見学してもらおうとギルの部屋にいったんだけど・・・もぬけの殻だったの」

 

そこで、詠ちゃんと月ちゃんはお城の人間にお兄さんを見なかったか聞いて回ったらしい。

すると、ある兵士さんから、詠ちゃんが部屋を訪ねる少し前にお兄さんがどこかへ言ったという話が聞けた。

 

「もしかしたら、他の陣営にいるのかも」

 

「えー・・・さすがに、宝具使うのは自重するよね?」

 

「・・・宝具を自重したって、元々の能力が高いんだから意味ないわよ」

 

た、確かに。

恋ちゃんと宝具を使わずに素で勝てるお兄さんが、この戦いで現れたりしたら・・・

 

「それにしても・・・どこについてるんだろうね、お兄さん」

 

「さぁ? ・・・でもま、魏の北郷に頼まれたりとか、呉の小連に引っ張られたりとか、袁紹か袁術に無理やり連れて行かれたか、白蓮になきつかれたか・・・」

 

「あ、あははー。全部鮮明に想像できちゃうところが怖いよねぇ・・・」

 

怒りのこもった詠ちゃんの言葉に、私は苦笑いを返すしかなかった。

・・・って、あれ? 怒りがこもって・・・? 

 

「もしかして、詠ちゃん・・・。蜀以外にお兄さんがついちゃったから嫉妬してるの?」

 

私がそういうと、詠ちゃんは一瞬きょとんとした後、耳まで真っ赤にしてあたふたし始めた。

 

「ち、ちがっ、あ、あのねぇっ、ボクは別にギルがどうとかそういうことをいってるんじゃなくて、他の所についたら勝率が下がっちゃうって話を・・・!」

 

「うんうん、わかってるよ、詠ちゃん」

 

「わ、わかってないわよね!?」

 

・・・それにしても、どこにいったんだろ、お兄さん。

できたら、私の隣にいてほしかったんだけどなぁ。

 

・・・

 

蜀が脱落した後、魏は呉へと食らいついた。

しばらくすると呉の左翼は魏の勢いに負け、壊滅した。

右翼と合流した本陣も、新たに投入された夏候惇によって壊滅させられ、呉の牙門旗が倒れた。

 

「呉が落ちた! 袁術軍、戦闘準備!」

 

テキパキと戦闘準備を終わらせ、整列する袁術軍の兵士たちに、赤い槍(ゲイボルグの原典)を掲げながら声を上げる。

 

「行くぞ、みんな! 魏は勝利したものと思い込んでおり、油断している! その隙を突き、俺たちは奇襲をかける!」

 

「応!」

 

「俺たちが目指すのは魏の牙門旗のみ! それ以外は無視していい! 最低限の隊列を維持していれば、後は勢いに任せてしまってかまわん!」

 

練度が低い袁術軍の兵士たちに多くを抱えさせては、もしかすると魏に逆襲されて負けるかもしれないと考えた俺は、簡単な指示だけを与えることにした。

 

「ただし、油断して死なないように! それだけは注意しろ!」

 

「応!!」

 

「行くぞ! 突撃ぃー!」

 

「おーっ!」

 

突撃の銅鑼を鳴らしながら、袁術軍は山から駆け下りる。

 

「うはははーっ、行くのじゃー! 蹴散らすのじゃー!」

 

馬に乗った七乃と、七乃の前に相乗りしている美羽の前を駆けつつ、赤い槍(ゲイボルグの原典)で魏の兵士たちをなぎ払う。

 

「貴様はっ!」

 

「セイヤッ」

 

野性の勘なのか、魏の誰よりも早く立ち直った夏候惇が華琳と俺の間に立ちふさがる。

だが、戦いの後でさすがに疲れているのか、俺の一撃でその大剣を弾き飛ばされてしまう。

その後すぐに腕に巻かれた布を回収し、戦闘不能扱いにする。

 

「すまんな」

 

「なんだとっ・・・!」

 

夏候惇の横をすり抜け、いまだ若干の硬直を見せる夏候淵に向かう。

彼女の弓の腕は確かだからな。ここでつぶしておかなければ、馬上の二人が危ない。

 

「うははははーっ! 妾の強さを見せ付けるのじゃー!」

 

「きゃーんっ、お嬢様さいこーっ!」

 

背後でコントを繰り広げている美羽たちをスルーしつつ、夏候淵へと駆けていく。

 

「くっ・・・!」

 

「二人目っ!」

 

ろくな反撃もできずに夏候淵の布も回収し、兵士を蹴散らしながら華琳の元まで向かう。

・・・そういえば、どっちの牙門旗をとればいいんだろうか。華琳? 一刀? 

 

「・・・両方倒せばいいか」

 

「く、まさかそっちについていたとはね」

 

「マジかよっ!」

 

「マジだよ、すまんね!」

 

華琳が絶を薙いでくるが、赤い槍(ゲイボルグの原典)で簡単に弾いてしまえた。

やっぱり華琳も疲れてるんだなぁ。俺がサーヴァントであることを差し引いても、流石に二つの大軍を相手にした後の疲れは響いているらしい。

 

「うははははーっ! やっぱり妾は最強なのじゃーっ!」

 

「よっ、流石お嬢様! 自分の手柄でもないのにそんなにえらそうにできるなんてっ! そこに痺れる憧れるうっ」

 

「もっと褒めてたもー!」

 

一刀は・・・まぁ、対応できないよな。

夏候惇と華琳は特別だろう。あんなに早く立ち直るのは流石としか言いようがない。

 

「よし、魏の牙門旗は奪ったぞ。袁術軍の勝利だ!」

 

「うははははは~っ!」

 

「よっ、流石ご主人様ですねっ」

 

ふー、終わったかー。

 

「お疲れ、華琳、一刀」

 

「・・・まさか、そっちについてたなんてね」

 

「え? 聞いてなかったのか?」

 

「袁術が桃香に『妾の夫も参戦させてよいかの?』とかいってきたから、どんなのが出てくるかと思って面白半分に許可したのだけど・・・」

 

「あー、夫云々は無視していいぞ」

 

「でしょうね」

 

はぁ、とため息をつく華琳から目をそらし、一刀に視線を向ける。

 

「一刀も、お疲れ様」

 

「あー、なんていうか、気が抜けた」

 

「はは」

 

「ギルならともかく・・・袁術に負けたっていうのは認めたくないなぁ・・・」

 

「ま、ショックだろうなぁ」

 

俺に気づいた蜀や呉の面々がこちらに近づいてくるのが見える。

あ、愛紗とか詠とか完璧に怒ってるなぁ・・・。

 

「あなたも大変ね。・・・ま、一応同情しておくわ」

 

「ありがとさん」

 

・・・

 

「そういえばお兄さん」

 

「なんだ、桃香」

 

ある日の政務で、唐突に桃香が話しかけてきた。

 

「七人の英霊さんの中で、一番強いのって誰なの? やっぱりお兄さん?」

 

「・・・ふーむ」

 

そうだなぁ、桃香にはいろいろと説明しておいたほうがいいかもなぁ。

俺はいったん筆をおく。

 

「ちょっと休憩しようか。ゆっくり話したいし」

 

「うん、お願い」

 

えーと、まずは何から説明するべきか。

 

「まず、七つのクラス・・・役割の事は説明してたよな?」

 

「うんっ。剣士さんとか、それぞれの特徴があるんだよね?」

 

「そのとおり。剣士は最優、槍兵は最速、狂戦士は最強、なんて風にそれぞれ秀でるところがあるんだ」

 

他は知らないけど。何だろう、アーチャーは・・・最善? ライダーは最多、キャスターは最賢、アサシンは最悪・・・かなぁ。

 

「後は、地理とか相性とかマスターからの魔力供給とか英霊本人の人格で強弱は変わってくるから、単純に誰が強いとかははっきりできないなぁ」

 

まぁ、英霊の中で、という縛りならばネイキッド英雄王が一番強いんだけど。

そういうことじゃないよなぁ。

 

「うーん、いろいろ難しいんだねぇ。・・・じゃあ、何もない荒野で、みんなが全力をだせるってなったら、七人の中で一番なのは?」

 

「それだったらやっぱり俺かなぁ。王の財宝(ゲートオブバビロン)と乖離剣エアの天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)があるから、本気で全力なら、すべての英霊に打ち勝てると思うな」

 

「へー! へー! お兄さんってやっぱり強いんだー!」

 

「まぁ、仮にも英雄王だしな。で、次に狂戦士の武蔵坊弁慶、三番はやっぱり最優の英霊、剣士の劉備だな」

 

「はうはう、私とは大違いだよね、正刃さん・・・」

 

「うーん、まぁ、英霊と人間は比べられないからなぁ」

 

うんうんと頷きながら話を続ける。

 

「三国の将の人たちが天下一品武闘会をやるみたいだけど、ギルさんだったら出場者全員に勝てそうだよねー」

 

「んー、そういう公式な仕合とかだと宝具を自重しないといけないから、恋あたりに負けると思うなぁ」

 

「あ、そっか。・・・うーん、むつかしいなぁ」

 

「難しいって・・・桃香は俺に武闘会に出てほしいのか?」

 

「え、えへへー。お兄さんが闘ってるところ、最近見ないから・・・」

 

「いいじゃないか、平和ってことだし」

 

「えー。お兄さんのかっこいいところ見たいのにー」

 

ぶーぶー、とこちらにブーイングを飛ばす桃香に苦笑しつつ

 

「俺の闘ってるところを見たいならたまにセイバーたちと模擬戦してるからそれを見にくれば?」

 

と言ってみたが、いつやってるかわからないじゃない、と返されてしまった。

・・・そりゃそうか。いちいち桃香に報告なんてしてないし、始まるのはいつも唐突にだしな。

 

「・・・じゃ、諦めるしかないな」

 

「うぅー・・・」

 

「ほら、そろそろ休憩終わり。俺たち二人しかいないんだし、さっさと終わらせちゃおうぜ」

 

「・・・うん」

 

・・・若干元気のないように見える桃香が気になったが、ま、すぐに戻るだろうと思い直し、政務に意識を戻した。

 

・・・

 

「へぅ、す、すごいね、詠ちゃん」

 

「う、こんなにおっきいの・・・?」

 

「その本に書いてある中では、腕ほどの太さのもあるとか・・・」

 

「あわわ・・・は、入るのかな・・・」

 

今日は珍しく侍女のお仕事がお休みのため、同じくお休みだった詠ちゃんと朱里ちゃん、雛里ちゃんと私の四人で、朱里ちゃんたちの持ってきた艶本を見ています。

四人で読んだ感想を話し合ったりしていると、突然扉が叩かれました。

 

「月、いるかー?」

 

「ぎ、ギルさんっ・・・!?」

 

「はわわ、本を隠さないと・・・!」

 

「あわわ、とりあえず寝台の下に・・・!」

 

少しばたばたした後、扉の向こうにいるギルさんにどうぞ、と声をかけました。

 

「入るぞー。お、詠。朱里に雛里もいるのか」

 

「あ、はい。今日は軍師の皆さんで討論をしていたんです。私は聞いてるだけなんですけど」

 

「そっか。・・・あ、そうそう。これ」

 

そういってギルさんが渡してくれたのは、磨かれた宝石に紐を通したものでした。

 

「それ、一応持っておいてくれ。持ち主に危機が訪れたときに一瞬で防御結界を展開するっていうものなんだけど」

 

「は、はい。・・・あの、何でそんなものを?」

 

「月にもしものことがあったら嫌だからな。・・・それじゃ、邪魔したな」

 

そういって、私の頭をくしゃっと撫でてから部屋を出て行くギルさん。

へぅ、顔が熱いです・・・。

 

「ふー・・・ギルさんがきちんとのっくしてくれる方で助かりました・・・」

 

「そうね。他のやつらだったらもっと大変なことになってただろうし」

 

「あわわ・・・気を取り直して、読み直しましょう」

 

寝台の下から艶本を取り出し、再び読み始めるみんな。

 

「やっぱり、最初って痛いのかしら」

 

詠ちゃんがつぶやく。

・・・それは、その。

 

「えっと、そうみたいですよ」

 

「あわわ・・・」

 

「・・・痛いけど、そのうち慣れるよ?」

 

あ。

・・・と、思ったときには遅かった。

あわてて自分の口を押さえたけど、三人の目はこちらに向いている。

 

「ゆ、ゆゆゆゆ月っ!? ど、どういうことっ!?」

 

「はわわ・・・月ちゃんは、その、した、んですか?」

 

「あわわ・・・や、やっぱり、ギルさんと・・・?」

 

「へぅ、あの、えっと・・・」

 

じりじりと詰め寄ってくる三人から逃げようと後ずさっていると、壁際まで追い詰められてしまいました。

ど、どうしよう・・・。

別に内緒にしているわけではないけど、やっぱりこういうことを話すのは恥ずかしいです・・・。

 

「ゆーえー! あーそーぼー!」

 

「・・・はぁ、部屋に入る前にはまずノックを・・・おや?」

 

そんなことを考えていると、大声とともに扉が開かれました。

入ってきたのは響ちゃんと孔雀ちゃん。

た、助かった・・・。

 

「・・・おやおや、真昼間から艶本か」

 

「艶本・・・うわ、しかも結構過激なのも・・・」

 

ニヤニヤしながら艶本を見る孔雀ちゃんと、恥ずかしそうにしながらもぺらぺらと中身を読む響ちゃん。

 

「はわわっ! あの、それは・・・!」

 

「あわわっ・・・ええっと・・・!」

 

「ふふ、大丈夫。言いふらすつもりはないよ。・・・そだな、ボクもその読書会に参加させてもらおうかな」

 

「孔雀ちゃん、大胆だねぇ。でも、私も興味あるからちょうどいいかな。私も読むー!」

 

「ど、どうしよう、雛里ちゃん・・・」

 

「と、とりあえず・・・月ちゃんから話を聞きたいな」

 

・・・ぜんぜん助かってなかった・・・!? 

どういうことだい? と二人から事情を聞いた孔雀ちゃんと響ちゃんも興味深そうにこちらへ近づいてきます。

 

「ボクもそういうのはやったことなくてね。経験者の話を是非聞いてみたい」

 

「月ちゃん、一足お先に大人の女になってたんだねー。どんな感じなの?」

 

二人増えて、計五人に詰め寄られてしまいました。

 

「へぅ・・・わ、わかりました・・・お、お話します・・・!」

 

だから、座ってくださいっ。と言って、五人を落ち着かせました。

興味津々と言った表情で椅子に座った五人にお話しするため、緊張しつつ私も椅子に座りました。

 

「えと、初めての時のお話なのですが・・・」

 

・・・




「黄金の将、ギルの評判」「1、鎧が眩しくてちょっとイラッとする」「2、恋人とイチャイチャしててちょっとイラッとする」「3、その上呂布よりも強くてちょっとイラッとする」「完全に私怨じゃないか、それ」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二話 水着の素材のために

「水着と言えば」「ビキニ!」「パレオ」「旧スク」


それでは、どうぞ。


「はっくしょん!」

 

「どうした、ギル。風邪か?」

 

「・・・いや、違うと思う。誰か、噂でもしてるのかなぁ」

 

俺は、一刀に誘われて昼飯を食べに街まで出てきた。

一刀はこっちに来てからというもの、男の友達がいなかったらしい。

なので、俺が暇しているとこうしてよく昼食なんかに誘われる。

 

「そりゃ、ギルは大人気なんだから噂くらいされるだろ」

 

冗談交じりにそういった一刀は、ずずず、とラーメンを啜る。

 

「あまりほめるなよ。照れるだろ」

 

「少しは照れてる顔をしてからそう言ってくれ」

 

こちらを恨めしそうに見てくる一刀に、すまんな、と言ってから、俺もラーメンを啜る。

 

「・・・それにしても、暑いな・・・」

 

「そうか?」

 

「・・・英霊って暑いのとか感じにくいんだっけ?」

 

「そうみたいだな。・・・でもま、最近暑すぎて政務とか大変みたいだし・・・」

 

「あー・・・それについてはギルに感謝してる。ギルがいなかったら、いろいろと仕事がとまってたと思う」

 

「どういたしまして。・・・どっかにレジャー施設でもあればいいんだけどな。時代が時代だし・・・」

 

「レジャー施設ねぇ。川なら近くにあるけど。というかまず、水着っていう概念がないらしいし」

 

「みたいだな。服を着たままか、全裸か。・・・すげえ二択だよな」

 

「同意するよ」

 

「・・・水着、作ってみるか」

 

話をしているうちに、俺は月と詠の水着姿を見てみたくなったのだ。

 

「えっ!?」

 

「素材はわからんが・・・代用品が無いか服屋の人に聞いてみようぜ」

 

「そうだなぁ・・・やるだけやってみるか!」

 

「その意気だ」

 

代金を払い(一刀の分は俺が払った。何でも、魏の三羽烏の食費で大変らしい。南無)、服屋へと向かう。

 

「はぁ、強くてしなやかで、水に濡れてもすぐ乾き、普通の布のように肌に張り付いて邪魔になったりもしない素材・・・ですか?」

 

「やっぱり、心当たりとかは無いか」

 

「申し訳ありません、ギル様」

 

「いや、興味本位だったから、気にしないでくれ」

 

一刀がいろんな服を注文し、その注文どおりに仕立て上げたという職人の腕をもってしても、あの素材は再現できないか。

うーん、と頭を抱えていると、服屋の息子の暑気あたりを見に来たという華佗に出会った。

貂蝉つながりで知り合った彼は五斗米道(ゴッドヴェイドー)を極めるために旅をしている医者で、何でも鍼治療で治す名医だ。

 

「一刀か。それにギルも。どうしたんだ? 涼しい服の相談か?」

 

「実は・・・これこれしかじかの」

 

「かくかくうまうまか。なるほど・・・」

 

・・・通じるんだ、あれで。

 

「確かに難しい問題だな・・・」

 

「華佗でも心当たりは無いか・・・。いろいろなところを旅してきたって聞くから、もしかしたらと思ったけど・・・」

 

「いや、無いことはないぞ」

 

「本当か!?」

 

「ああ。だが、厳しい道のりになる。・・・それでもやるか?」

 

・・・

 

華佗から聞いた素材のありか。

貂蝉と卑弥呼、そして華佗の三人でようやく倒したという龍の皮が水着の素材となりえるらしい。

 

「とりあえず、龍の元へは黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)で向かおう」

 

「・・・いきなり宝具かよ」

 

「当たり前じゃないか。幻想種の龍と戦うんだぞ。消耗は避けたい」

 

「ギルにそういわれると、倒せるかどうか不安になってくるんだけど」

 

「安心しろって。・・・最悪、お前だけでも帰すから」

 

「安心できねえよ! むしろ不安が増すじゃねえか!」

 

「まったく、わがままだなぁ」

 

「そういう問題か!?」

 

「まぁまぁ。後は・・・人手だな。一刀の知り合いで、秘密が守れる奴に心当たりは?」

 

「・・・何人か」

 

「よし、そいつらのところへ行こう」

 

・・・

 

この時間ならあそこにいるな、とつぶやく一刀についていくと、兵士の宿舎にたどり着いた。

宿舎に入ると、いたのは一般の兵士たちだった。

 

「お、大将!」

 

「どうしたんスか?」

 

「ああ、ちょっとな・・・」

 

「って、ギルさままでいるじゃないですか!? 何事ですか!?」

 

「頼みごとがあるんだが・・・一刀、こいつらってお前が以前話してた・・・」

 

「ああ・・・仲間(とも)だ」

 

「なるほど、信用できるな。いいか・・・」

 

兵士たちに簡単に内容を説明する。

水着という下着のようなかたちをした水遊び用の服を作りたい。

しかし、そのためには龍の皮を手に入れる必要があり、そのための人手を集めている。

それから一刀にバトンタッチ。彼らの魂を揺さぶる説得ができるのは一刀だけだ。

水着を着ているときに起こるうれしはずかしハプニングの話やらを聞いているうちに兵士たちは興奮してきたらしい。

 

「それで北郷さま。その水着に使うのが・・・」

 

「そう。さっきも言ったが・・・龍の皮だ」

 

伸縮性に飛んでいて、濡れても丈夫。華佗から聞いた話では、龍の皮が最適だと聞いていた。

その話を出したとたん、彼らの顔は曇った。

・・・流石に、龍に挑むというのは尻込みするか・・・。

 

「厳しくはあるが・・・ギルも協力してくれる! みんなで協力すれば、絶対にできるはずだ!」

 

「分かったッス! 俺、水着のために頑張るッス!」

 

だが、そういって立ち上がったのは魏の兵士のみだった。

・・・流石に、俺が一緒だからと言っても尻込みしてしまうか。

サーヴァントのことを知らない一般の兵士たちの俺への認識は、「飛将軍呂布と張り合える将」といったものだろう。

宝具の存在を知らないのならば、そんなものだ。

 

「やっぱり、厳しいか?」

 

「龍・・・ですよね? いくらなんでも、相手が悪すぎるというか・・・」

 

「みんな、情け無いッスよ! 水着姿の女の子のために、頑張りましょうよ!」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「・・・みんな」

 

一人というのはまずいな。

龍の皮を剥いだり、肉を切ったりする人員は多いほうがいい。

 

「大丈夫だ」

 

「え?」

 

「ぎ、ギル様・・・?」

 

「俺には、龍に勝つ秘策がある。みんなには、その手伝いをしてもらいたいんだ」

 

「秘策・・・本当ですか?」

 

「ああ。・・・ただ、ここでそれを説明することはできない。きてくれた者だけに、俺の秘密とともに教えよう」

 

「・・・みんな、無理は言わない。挑めると思った人だけ、門のところに集合してくれ」

 

俺と一刀はそういった後、宿舎を出た。

 

・・・

 

「みんな・・・!」

 

「大将。二人だけに良い思いはさせませんよ」

 

「そういうことですね。ギル様の秘策、私も信じようと思います」

 

「お供しますよ、地の果てまで」

 

「袁紹さまのおっぱいのために!」

 

「顔良さまのおっぱいのために!」

 

「よし・・・なら、みんなで龍を倒し・・・龍の皮を手に入れるぞーっ!」

 

「おおおーーーっ! !」

 

そういって腕を突き上げる兵士たちとともに、林の中へと入っていく。

 

「これは・・・!」

 

「黄金の船・・・!?」

 

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)を見た兵士たちの驚きの声が聞こえる。

 

「で、でも、何で森の中に船が・・・?」

 

「そうッスよね。川も近くにありませんし・・・」

 

「ちっちっち。違うんだよ」

 

「どういうことですか、北郷さま」

 

「これは、空を飛ぶんだ」

 

一刀がそういったと同時に、兵士たちが絶叫する。

以前一刀もそんな感じの反応をしていたのを思い出す。

 

「龍は空を飛ぶからな。こちらも同じ土俵に立たなければならないだろう」

 

「す、すげーっ!」

 

「どこで手に入れたんですか、こんなもの!」

 

「実はな・・・」

 

兵士たちに他言無用だと前置きして、俺の秘密を話す。

英霊という人間を超えた存在であること、その英霊を英霊たらしめるものが『宝具』と呼ばれるもので、俺の宝具である蔵から取り出したものであることを話した。

 

「・・・す、すげえ・・・」

 

「そんな人と、一緒に戦ってたんですね・・・」

 

「ま、それ以外は人間と同じだから、気にしすぎるなよ?」

 

「了解ッス!」

 

「よし、じゃあ乗り込め! 龍のいる山まで、一直線だ!」

 

「おーーっ!」

 

・・・

 

高速で飛ぶ飛行船。

雲が渦巻き、雷が轟いている山まで一直線に飛ぶ船の中で、最終確認をしていた。

 

「いいか、この飛行船には戦闘能力は無い」

 

「じゃあ、どうやって・・・」

 

「おいおい、あせるなよ。・・・無いなら、付け足せばいいんだ」

 

「おおっ!」

 

「なんと・・・」

 

そう思いついた俺は、雷を操る宝具やら砲弾を発射する宝具やらを組み込み、この飛行船を戦闘船に仕立て上げた。

 

「だから、みんなには砲撃を担当してほしい」

 

「分かったッス!」

 

「ここに全員の担当を書いておいた。それぞれの場所に説明書は置いておいたから、到着までに見ておいてほしい」

 

と言っても、引き金を引く、とか簡単なものなんだけど。

後は少し注意事項を書いておいただけだ。

 

・・・

 

「ギル! 見えたぞ! 龍だ!」

 

外の様子を見ていた一刀が、操縦している俺に向かって叫ぶ。

 

「分かった。総員、戦闘準備! 龍が見えた!」

 

悠々と空を飛ぶ龍へと接近すると、龍もこちらに気づき、この船に匹敵する速度で迫ってくる。

 

「ちっ、流石に早いな・・・!」

 

だが、幻想種の龍とは少し違うようだ。

やはり、世界が違うからか、一般の人間でも数十人集まれば倒せる。

 

「とりあえず様子見だ! 呉の! 砲弾を発射してくれ!」

 

「応!」

 

魔術によってそれぞれの部屋と会話ができるようになっており、俺の目の前にはそれぞれの国の兵士たちと通信するための宝石がある。

そのうちの赤い宝石から呉の兵士の元気な応答が帰ってくると同時に、龍に向かってミサイルのような砲弾が放たれる。

これは宝具ゆえの威力であり、砲弾も魔力で構成されているため、龍の体でも効果はあるだろう。

 

「ギャオオオオオオオオオオオオッ!」

 

龍はその弾丸をいとも簡単によけた。

 

「やっぱり一筋縄ではいかないか・・・」

 

皮に傷をつけない様にしつつ、きちんとダメージを与えないといけないとは・・・。

龍は黄金の船の隣をすれ違うように通り過ぎると、すぐに転進し、船の後ろについた。

 

「ギル様っ! 龍が後ろにつきました!」

 

「ああ、見えてる! 蜀の! 目くらましを!」

 

船の後部に取り付けたのは目くらましようの閃光弾のようなものだ。

急激に発光する火薬やらを配合した弾を、いくつか背後で爆裂させる。

背後で爆裂するので、自分たちにはあまり影響が無い、というのが利点だ。

 

「やりました!」

 

目くらましを食らった龍は、雄たけびを上げながら暴れだす。

 

「よし、袁紹の兄弟は龍に向けて電撃を発射しろ!」

 

「了解だ! 兄者!」

 

「分かっている、弟者!」

 

金色の宝石から聞こえてくる会話の後、龍へ向けて雷が発射される。

袁紹の兄弟が担当しているのは、雷を起こす宝具を利用した雷発射装置だ。

一人が標準を定め、もう一人が鎚のようなものでスイッチを刺激する。

すると、宝具から発生した雷が金具に先導され、標準の方向へと電撃を発射できるのだ。

龍の皮に傷をつけないようにと取り付けたものだったが、何とか機能しているようだ。よかったよかった。

 

「兄者、当たったぞ!」

 

「ああ、弟者、直撃だな」

 

さらに混乱し、高度を下げた龍へと追撃をかける。

 

「魏の! 網を落とせ!」

 

「了解ッス!」

 

船の下部に取り付けたのは、網である。

ただの網ではない。王の財宝(ゲートオブバビロン)に入っていた貪り食うもの(グレイプニール)を、漁師に頼んで網にしてもらったものである。

人間以外、特に四足歩行の存在に対してかなりの捕縛力を誇る縄だが、龍には効果が薄いようだ。

もがきながら高度を落とすものの、拘束には至らない。

だが、これだけ行動を妨害すれば、安全に倒せるだろう。

 

「董の! 光線を!」

 

「おうともさ!」

 

ヴィマーナには、元々太陽光をエネルギーに転換する装置がついていた。

それを攻撃用に転用したのがこのレーザー発射装置だ。

 

「よし、あたったぞ!」

 

光線は見事に龍を直撃した。

顔面を焼かれた龍は地面へと墜落し、しばらくじたばたとした後、動かなくなった。

 

「よ、よっしゃあああ!」

 

俺の隣で支援をしていた一刀が歓声を上げる。

宝石からも、兵士たちの喜びの声が聞こえる。

 

「よし、船を下ろして龍から素材を剥ぎ取るぞ」

 

水着に必要な皮と、華佗に頼まれた龍の肉。頼まれてはいないが、華佗に対する感謝の気持ちとして龍の内臓も持って帰ろう。雷で焼け焦げてないと良いんだけど。

そんなことを考えながら、船を地面ぎりぎりに下ろす。そこからはしごを下ろし、全員で龍の元へと向かう。

みんなの手には、龍を解体するための道具が握られている。

 

「皮は丁寧に剥ぐんだぞー」

 

「部位ごとに分けてくれよ。そうすれば、蔵に入れられるから」

 

「・・・ギルがいてくれてよかったなぁ」

 

「どうしたいきなり」

 

一刀が遠い目をしながら泣き始めたので、あわてて理由を聞く。

 

「いや、ギルがいなかったらたぶん道中で三人はいなくなってただろうし、龍と戦ってる途中で暴露大会が開かれただろうし・・・」

 

「・・・頭でも打ったのか?」

 

「失礼な。まぁ、とにかく感謝してるってことだよ」

 

「ありがとさん。・・・お、皮はそこの風呂敷にまとめて・・・そうそう。天の鎖(エルキドゥ)!」

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)から伸びた鎖が、皮の入った風呂敷を宝物庫へと収納した。

肉も台車に載せ、宝物庫へ。・・・そろそろ、天の鎖(エルキドゥ)も怒るころだと思う。でも、便利なのでやめられないとまらない。

内臓は部位ごとに分けて箱の中へ。一つ一つが大きいので、箱もそれなりに大きくなる。

・・・まぁ、宝物庫はかなりの容量を誇るから、問題は無いだろう。

 

「よし、全部乗せたな。帰ろうか」

 

「おう!」

 

「・・・日帰りで龍を倒すことの恐ろしさにいまさら気づいたんですが、どうしたら良いでしょうか」

 

「? 何ぶつぶつ言ってるんスか?」

 

「いえ、何でもありません」

 

そういって黄金の船へと戻る途中で、真横からタックルされた。

恐ろしくすばやい上にありえないほど気を抜いていたので、ずざざー、と面白いぐらいに地面を横滑りした。恥ずかしい。

 

「兄なのにゃ! どうしたのにゃ?」

 

「・・・それは俺の台詞なんだが・・・なんで俺に突撃してきた」

 

「兄をみつけたからなのにゃー!」

 

よく見てみると、ミケトラシャムの三人も俺に引っ付いていた。

 

「そうか、よく考えたらここ、南蛮の近くだ」

 

美以たちは帰省しているはずだったしな。ここにいても不思議じゃない。

 

「ま、ついでだ。美以、これから蜀に帰るけど、ついてくるか?」

 

「にゃ! 当然なのにゃ」

 

何が当然なのかは分からないが、いつまでも倒れているわけにも行かない。

四人娘を引っ付けたまま、立ち上がる。歩きづらいがしょうがない。この子達と接する上で大切なのは、あきらめることだ。

 

「・・・大将。あの人、四人の女の子を引っ付けたまま立ちあがったんだが・・・」

 

「ギルについては、話を聞いただろ? ・・・超人なんだって」

 

後ろから諦めがたぶんに含まれたため息が聞こえたが、そっちに反応するより美以たちをかまうほうが大変なので、無視した。

 

「・・・みんな、帰るぞー」

 

帰りの船の中では、はやいのにゃー! とはしゃぐ美以たちをなだめるのに気をとられ、何度か山に船をぶつけた。

 

・・・

 

龍の討伐から帰ってきた後、華佗の根回しのおかげで俺たちは「暑気あたりの民のために、龍の肉を手に入れてきた」ことになっており、半日ほど街を離れていたことについてはお咎めなしだった。

華佗が街のみんなへの分配計画を作っているはずなので、後は華佗と朱里たちに任せてきた。

俺たちは俺たちでやることがあるのだ。

 

「・・・ギル、皮は?」

 

「おいおい、英雄王の宝物庫をなめるなよ? 鮮度も品質も一切落ちてないぞ。むしろ上がったといってもいい」

 

「さっすが、ギルの兄貴!」

 

兵士たちからの変な呼び名が定着していることをスルーしつつ、服屋へと急ぐ。

皮と注文書を手渡し、職人たちに腕を振るってもらうためだ。

すぐに服屋へと到着し、宝物庫から取り出しておいた皮を渡す。

一刀は一度城に戻って注文書を取りに行っているから、後で酒屋で合流する手はずとなっている。

 

「・・・水着か」

 

蜀や呉の将たちの水着のデザインも一刀に一任したため、どんなのが出来るかは見てからのお楽しみというわけだ。

兵士たちもよく頑張ってくれたということで、水遊びの際の警備兵に任命することを、俺と一刀が約束した。

さて、後は酒屋へ向かうだけか。

 

・・・

 

「かんぱーい!」

 

八人の男が、杯をぶつけ、一気に酒を飲み干す。

 

「っかー! この一杯のために生きてるッス!」

 

「ははは、おいおい、俺たちはこの一杯のためなんかにあの激戦を潜り抜けたんじゃないぜ?」

 

「そうですよ! 大将、ギル様、あの約束、忘れないでくださいよ?」

 

「大丈夫だ。・・・というか、すでに根回しは終わってる」

 

「なんと!?」

 

「ふっふっふ。俺の無駄な文官スキルをなめるなよ!」

 

「すきる? ・・・よく分からないが、ギルの兄貴がすごいのは分かったぜ!」

 

みんな酔っている所為かテンションが高い。

すっかり出来上がった兵士たちと騒いでいると、華佗がやってきた。

 

「お、やってるな」

 

「ん? ・・・華佗か。配給は終わったのか?」

 

「ああ。暑気あたりの人たちの分はもちろん、他の人たちの分まで確保できた。よくあんなに大量の肉を持って帰れたな」

 

「あ、あはは。街の人たちのためを思えば、あんな量、どうってこと無いさ! な、ギル!」

 

「そうだな!」

 

流石に王の財宝(ゲートオブバビロン)に入れてきたからほとんど全身持って帰れたとはいえない。

それから華佗が龍を倒したときの話を聞いたり、華佗からこっそり龍の唾液から作ったという古の秘薬をもらったりと騒がしいまま夜は更けていった。

・・・とりあえず、月に使ってみるかな。

 

・・・




「月ー、ちょっとこのお茶飲んでみてー」「へぅ、何ですかこれ?」「いいからいいから」「んくっ・・・はれ? なんだか、暑くなってきましたぁ・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三話 サーヴァントたちの日常を知るために

マスターの日常も若干含まれています。


それでは、どうぞ。


朝。暑さで目が覚める。

 

「・・・こう暑いと、仕事する気力も無くすなぁ」

 

まぁ、あまり仕事は回ってこないし、三国同盟の要という立場なので、忙しいことも無いんだけど・・・。

それもこれも、俺の分の仕事をギルが代わってくれているからなんだよなぁ。

あいつは「お前にそんな立場を押し付けたお詫びだと思ってくれ」とか言ってたけど・・・。なんだか申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

「街を巡回するか」

 

以前俺の役職だった警備隊長のころを思い出してみるのも良いかもしれない。

そう思いながら、服を着替え、扉を開ける。

そうだ、サーヴァントが日常で何をしているのか見て回るのも面白いかもな。

 

「よし、そうと決まればまず・・・」

 

セイバーだな、ここからセイバーの巡回ルートに行くのが一番近い。

ギルは一番どこにいるか予想できないから最後にして・・・そういえば、ランサーのマスターも俺と同じ日本人なんだよな・・・。

あの二人は大体家にいるらしいし、二番目はそこに向かうかな。

 

「えーと、この時間はこのあたりをうろついてるはずなんだけど・・・」

 

街へ出てきょろきょろとセイバーを探す。

いつもより過ごしやすいとはいえ、まだまだ気温は高い。

服屋の親父が水着を完成させてくれれば、この暑さも吹っ飛ぶんだけど。

 

「おい、マスター。これで休憩は何度目だ?」

 

「っせーなー。こう暑いと鎧着てるだけで死にそうだってのに。何でお前平気なの? 馬鹿なの?」

 

「・・・すごい言われようだな。おそらくだが、それは私が英霊だからだろう。人を超えた存在である私は、外気温の変化にも少しは耐性があるのだと思う」

 

「本気でうらやましいな。ちょっと俺も英霊になりたいんだけど」

 

「無理じゃないか?」

 

「だよなー」

 

会話の聞こえてきた方向を見てみると、セイバーとそのマスター、銀がいた。

セイバーは余裕綽々と言った表情をしているが、銀は木陰に座り込んでだるそうにしている。

 

「む? ・・・これはこれは、天の御使いさまじゃねーか。あんたもくそ暑そうなカッコしてんなー」

 

銀が俺に気づき、片手を挙げつつやはりだるそうに声をかけてくる。

 

「やぁ。まぁ、これが俺の制服だしな」

 

「一刀か。今日はどうしたんだ?」

 

セイバーも俺に話しかけてくる。銀とは対照的に、涼しそうな顔をしている。

 

「巡回ついでにサーヴァントのみんなの様子を見学しようかなーと」

 

「ほう。それならばいい情報をやろう。先ほど向こうへギルが歩いていったぞ」

 

「本当か!?」

 

思わぬ情報に、大声を出してしまう。

一番見つけづらいと思っていたギルの情報がこんなに早く手に入るなんて。

 

「うむ。妙に上機嫌だったから声をかけたんだが、ちょっとな、とはぐらかされてしまった」

 

「何かあったのかな・・・」

 

「けっ。ギルもすずしそーな顔してよー。まったく」

 

そう愚痴る銀に激しく同意する。サーヴァントってずるいよなー。

とりあえず、セイバー組の様子は十分分かったし、次はギルを追ってみるか。

 

「それじゃ、巡回頑張ってくれよ。俺はギルを追ってみる」

 

「ああ。暑さで倒れたりするなよ」

 

「大丈夫だって。それじゃな!」

 

そういってセイバーたちの元を離れる。ギルの歩いていったという方向は・・・市場だな。

 

・・・

 

「いないなー」

 

人が密集するのでかなり暑い。

密集している人の海の中でも、ギルは特別目立つ。

だからすぐに見つかると思ったんだけど・・・。

 

「おや? 御使いじゃないか」

 

そんな時、声をかけられる。

 

「あんたは・・・えっと、キャスター」

 

「いかにも。どうしたんだい、こんなところで」

 

「ギルを探してたんだ。見なかったか?」

 

「ギル? ギルならついさっき何か買って市場を出て行ったけど。妙に機嫌がよかったから、ちょっと引いたけどね。危うくパワータイプホムンクルスを出すところだった」

 

「どれだけびっくりしたんだよ・・・。で、その話、本当か?」

 

「ああ。私が嘘をつくメリットなんか無いからね」

 

「そっか・・・。ありがとう、キャスター!」

 

俺がそうお礼を言うと、いやいや別になんてことは無い、と謙遜してから

 

「それと、君はもう少し気をつけたほうがいい。君のように立場が高い者が、警備もつけずにこんなところを歩くべきじゃないよ」

 

「あ、ああ。忠告ありがとう。それじゃっ」

 

「気をつけなよ」

 

背後からの声に手を振って答えつつ、市場を抜ける。

ええっと、分かれ道か・・・。

右に行こう。

・・・しばらく道を歩いていると、メイド服を着た少女と出会う。

三国統一後に蜀でメイド服を初めて見たときは驚いたが、どうやらメイド服はギルが最初に広めたらしい。

それからというもの、服装のかわいさから、侍女になりたいという少女が増え、ギルから俺にメイド服のデザインをしてほしいと頼まれたこともある。

そのときは全身全霊を尽くして可愛いメイド服をデザインした。政務でもあんなに本気を出したことは無いと思う。

 

「あれ、一刀さんじゃん。どしたの?」

 

半そでにミニスカートという夏用メイド服に身を包んだ響が小首をかしげながらそういった。

隣にはアサシンも控えているようだ。・・・ようだ、と表現したのは気配遮断によって認識しづらくなっているからである。

 

「いや、ギルを探してるんだけど・・・こっちには来なかった?」

 

「うーん。私もずっとここ歩いてるけど、ギルさんは見てないよ」

 

さっきの分かれ道から響の元へは一本道なので、響が見てないというのならこっちには来てなかったんだろう。

 

「そっか、分かった。ありがとね」

 

「良いってことよ。あ、ギルさんに会ったら桃香さまが呼んでたって伝えておいてー」

 

「了解。それじゃね」

 

「ばいばーい」

 

手を振る響とアサシンに別れを告げ、さっきの分かれ道へと戻る。

・・・アサシンって意外にフレンドリーなんだな。仮面で隠れて表情は分からないけど、手を振ってくれるなんてなかなかいい奴じゃないか。

再び分かれ道へと戻ってきた俺は、左の道を選んで進む。いつもみんなと飲む酒屋はこの通りにある。

 

「・・・」

 

「・・・あれー?」

 

その通りにある建物と建物の間。裏路地への入り口に、バーサーカーが立っていた。

 

「何でこんなところにバーサーカーが・・・。尚香ちゃんはどこいったんだ・・・?」

 

「・・・」

 

「・・・もしかして路地裏で何かしてるのか?」

 

そういってこっそり覗こうとすると

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

「ひいっ! ごめんなさい!」

 

地面のそこから響くような雄たけびがあがる。

街の人たちも何事かと足を止めてこちらを見て、なんだ、とかまたか、とか言ってすぐに歩き始める。

・・・え、これって日常茶飯事なの? 

ちょっと怖いんだけど・・・立ち入らないほうが良いな。

 

「・・・バーサーカーは裏路地への侵入を防いでいる・・・と」

 

心のメモ帳にメモしながら、俺はギルを追うために通りを歩き始めた。

 

・・・

 

「あれ? ここって」

 

通りを歩いているうちに、ランサーとそのマスターの家へとたどり着いた。

ランサーのマスターは以前の名を捨て、甲賀、と名乗っているらしい。

たまにギルのところに顔を出しているのを見るが、家に来るのは初めてかもしれない。

・・・ついでだし、ランサーの家にも寄ってみるかな。

 

「すいませーん」

 

扉をノックすると、とたとたと規則正しい足音が聞こえ、扉が開かれた。

 

「おや? これは天の御使い殿ではありませんか! 何か御用でしょうか!」

 

直立不動で敬礼をするランサーに事情を話し、手を下げてもらう。

 

「なるほど、ギル殿をお探しですか。奇遇ですね。先ほどまでここでお茶を飲んでいらしたんですが」

 

「ここに来てたんだ」

 

「ええ。ギル殿はマスターに生き方を教えてくださった方ですから、たまに様子を見に来てくれるのです」

 

「おい、ランサー。長引いているようだが、誰が来たんだ?」

 

ランサーの背後から渋い声が聞こえてくる。男の生き様というか、よくテレビで見るようなハードボイルドな探偵のような重みを感じさせる声だ。

 

「はっ! ただいま、天の御使い殿がご来訪しております!」

 

「ほお、なんだ、依頼か?」

 

「いえ! ギル殿をお探しのようで」

 

「ああ、ギルか。さっきまで茶を飲んで煎餅食ってたが」

 

「煎餅・・・」

 

煎餅は、食べたいと言い出したギルが開発し、俺がそれを改良し、甲賀が大陸へと広げたお菓子の一つである。

甲賀の家の内装は古い日本家屋といった内装で、常に煎餅や緑茶などが常備されている。

忍者の活動中に寄った倭国からもいろいろと持ってきているらしい。

 

「どこに行く、とか言ってなかったか?」

 

「そうだな・・・そんなこと言ってたか、ランサー」

 

「ふぅむ・・・いえ、どこに行く、とは言っていなかったと思います。妙に上機嫌ではありましたが」

 

・・・やっぱり、機嫌よかったんだな。

 

「で、どうするんだ、御使い。茶でも飲んでくか?」

 

「いや、ギルを追うから、また今度で」

 

「あいつがここを出て行ったのは十分ほど前だ。それじゃあな」

 

「ああ! ありがと!」

 

「では!」

 

びしっ、と敬礼してくれるランサーに手を振りながら、甲賀の家を後にする。

今までに手に入れた情報をまとめると、上機嫌で、市場で何か買い物をして、どこかへ向かっている、と。

・・・うーん、ぜんぜん分からない。

 

「取り合えず、このまま進んでみるか」

 

この先には・・・川に作られた港と、森しかないけど・・・。

 

・・・

 

「お、御使い。元気か」

 

軽い調子で声をかけてきたのは、ライダーのマスターである多喜だった。

 

「元気っちゃあ元気かな。暑いけど」

 

「あー、あっちぃよなぁ。でもよ、ライダーとかはほとんど体が無いも同然だから暑くねえとか言い始めるんだぜ。・・・やってらんねーなー」

 

ああ、それはとても同意する。

 

「あれ? ライダーは?」

 

話題に上りながらも、いつもは多喜と行動をともにしているライダーがいないことに気づいた俺は、多喜に聞いてみる。

 

「ライダーなら、森ん中で材料採取中だぜ」

 

「材料・・・?」

 

「なんでも、今年の祭りで使うらしいけど」

 

「・・・なんだろう、すっげえ不安になる」

 

ハロウィーンに異様な情熱を燃やすあいつのことだ。きっとろくでもないいたずらを考えてるに違いない。

 

「ここんとこ毎日、こうして森の中とかで採取してるぜ。御使いもどうだ? 食べちゃいけないキノコとか見分けられるようになるぜ」

 

それはちょっとお得かもしれない。

考えておくよ、と言おうとした瞬間、森から異様な声が聞こえてきた。

 

「トリィィィィィィィィィック! オア! トリィィィィィィィィィト! キノコをくれなきゃ放火をするぞぉぉぉぉぉぉ!」

 

「おー、派手にやってんなー。・・・で、どーするよ」

 

「い、いや、遠慮しておくよ」

 

何が起こってるかまったくわからないけど、絶対に巻き込まれたくない。

 

「そか? ・・・ま、良いけどよ」

 

そういえば、なんで多喜は炎天下の中こんなところで日に当たっているんだろうか。

 

「なぁ、多喜。なんでこんなところにいるんだ?」

 

「あ? ああ、肌を焼きに来てんだよ。ついでに、ライダーのお守りもしてる」

 

肌を焼いてると、モテるんだぜ、という多喜にああ、そう、とため息混じりに返しながら、後半の言葉に思わず突っ込みを入れてしまう。

・・・ライダーのお守りって・・・。 

まぁ、確かに誰か監督してないと森のキノコを全て取り付くしかねないからな・・・。

 

「それに、これもあるから暑くないしな」

 

「なんだ? それ。宝石みたいだけど」

 

そういって取り出したのは、青い石だった。

 

「キャスターから貰ったんだけどよ、これ、常に一定の風を送ってくれる石なんだ」

 

そう言って多喜は石をこちらに向ける。確かに、そよそよと風が送られてくる。

なるほど、ミニ扇風機か。

 

「いやー、これがあるだけで変わるもんだな。あっちぃのはかわらねえけどさ」

 

「便利だなぁ・・・。後で俺もキャスターに貰おうっと」

 

「そうしろそうしろ。あると無いとじゃ大違いだ」

 

「・・・あ、そうだ。なぁ多喜、ギル見なかったか?」

 

「ギル?」

 

「ああ。妙に上機嫌で森か川に向かってったみたいなんだけど」

 

「んー。少なくとも森には来てないと思うぜ。街から森に行くにはここ通らないといけないけど、ギルが通ったのはみてないしな」

 

「・・・そっか。なら、港のほうかな」

 

「そうかもなー」

 

「分かった。ありがとな」

 

そう言って多喜に手を振りながら川へと向かう。

多喜は石から送られてくるそよ風を受けながら、ぷらぷらと手を振り返してくれていた。

 

・・・

 

「・・・港までやってきたけど・・・」

 

特に変わったところは無いな。

 

「でも、水辺だからか涼しいなぁ」

 

しばらくここで休むのも良いかもしれない。

俺は港の端に腰掛け、足をぶらぶらとさせながら目をつぶった。

この大陸の川は対岸が見えないくらい広い川があるから、一見海と区別がつかないときがある。

子供たちも暑さを嫌ってか涼しいここで遊んでいるようだ。楽しそうな声が聞こえてくる。

 

「おー! 三匹目だ! ギルすげーなー!」

 

「ねーねーギル、二番の竿引いてるよー。私がやってもいい?」

 

「なーギルー。まだ読み終わらないのかよー」

 

「ギルギルー、暇ー」

 

「浩太、三匹程度なら別にすごくないって。まだまだ釣るから、後で持って行け。魅々、何だって挑戦が大事だ。引いてみるといい。司、そっちの雑誌は読み終わったから読んで良いぞー。幸、後で遊んでやるから、あまり引っ張るな」

 

・・・聞き覚えのある名前と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

ちょうど港の先端で、子供に囲まれる金色の男が、黄金の竿を四本立てながら、仁王立ちしていた。

間違いない。あそこにいるのが、この暑い中捜し求めていた人物だ。・・・だが。

 

「・・・なんで釣り・・・?」

 

疑問に思いつつ再びギルの様子を見る。

数人の子供に囲まれて、当たりのきた竿を子供に引かせたり、釣った魚をあげたりと、いつも優しいギルがさらに優しくなっている。

子供には特別優しいのか、釣りの時は上機嫌になっていろいろとはっちゃけているのか・・・。

 

「この川は結構な魚が釣れる。もう少し中央に近づけば、もっと大物がいるだろうな。今度は船でも持ってくるか」

 

「船ー! 乗りたい!」

 

「船釣りかー。ギルー、父ちゃん呼んでもいいかー?」

 

「ギルギルー、船のそうじゅうしたーい!」

 

「船って面白いー?」

 

再び子供に囲まれるギル。ギルが何か言うたびに、子供たちから引っ付かれたり絡まれたりしているようだ。

・・・すごい人気だな。やっぱり民の中で人気ナンバーワンの将なだけある。

 

「・・・とりあえず、今日は帰ろう」

 

なんだか、あのテンションのギルとはかかわりあいたくない。

はっはっはー! と大笑いしているギルを尻目に、俺は港を後にした。

 

・・・

 

最近、とてつもなく暑い。

サーヴァントである俺にはあまり気にならないのだが、月たちは夜寝苦しいらしい。

俺も生前の経験からその気持ちがとてつもなく分かる。この体を手に入れてなければ、暴れていたかもしれない。

しかし、月はこの暑い中俺の隣ですぅすぅと寝息を立てている。何でも、俺を隣に感じていたい、とのことだ。

たまに、だが、月とは逆の方向に詠がいることもある。今日はいないようだが。

 

「・・・すごい汗だな」

 

暑さの所為か、月の額には汗が浮かんでいた。

それを拭いながら、寝台から降りる。

その際、布団がめくれて何も身に着けていない月の身体が見えてしまったので、そっと布団をかけなおす。

最近月は響や孔雀に変なことを吹き込まれているらしい。以前下着姿で布団に包まり待機していたのも、孔雀の入れ知恵らしい。

後で孔雀を問いたださねばならないだろう。

そんなことを考えながら着替えていると、扉が開かれた。

 

「ギル、今日の政務のことなんだ・・・け・・・ど・・・」

 

「ん? 何か問題でもあったか?」

 

「ば、ばばばばばばば・・・」

 

「ば?」

 

「バッカじゃないの!? 着替えてるなら着替えてるって言いなさいよ!」

 

「・・・んな無茶な」

 

「うっさい! ヘンタイ!」

 

詠は大きな音を立てながら扉を閉める。相当恥ずかしかったらしく、耳まで真っ赤になっていた。

うーむ、やっぱり詠は照れてる姿が可愛いよなぁ。

 

「へぅ・・・ギルさん、おふぁようございます・・・」

 

詠が照れながら強がっている姿を妄想しながら服を着ていると、月が目をこすりながら寝台の上で体を起こした。

 

「おはよう、月。起こしちゃったか?」

 

「いえ・・・。あ、あの・・・」

 

「ん?」

 

「きょ、今日は何かご予定がありますか?」

 

「予定? ・・・さっき詠が来て、何か用があるみたいなことを言ってたから、それ次第かな」

 

「そう・・・ですか・・・」

 

明らかにしょぼん、とした顔で自分に掛かっていた布団をくしゅくしゅと弄る月。

何かお気に召さないことがあったらしい。

 

「? ・・・まぁいいや。なんにせよ仕事は午前中に終わるだろうし、一緒に昼でも食べるか」

 

月の昼休みまでに終わらせればまったく問題は無いな。

どうだ? と月に聞いてみると、月はさっきまでのしょんぼりした顔と打って変わって一瞬で嬉しそうな顔を浮かべた。

 

「はいっ! 是非、ご一緒させてください!」

 

あー・・・なんだか、月に犬耳と犬の尻尾をつけたくなってきた。

どう見ても今の月は尻尾を振る犬である。こう、撫で回してから抱きつきたくなる感じとかそっくりだ。

 

「よかった。それじゃあ、昼休みになったら迎えに行くよ」

 

「はい」

 

微笑む月にそれじゃあ、また後でと声をかけてから、部屋を出る。

部屋の外では、壁に寄りかかった詠が腕組みをして待っていた。

とんとんと腕を叩いている指が詠の苛立ちを表現しているようだ。

 

「遅い」

 

「悪いな。ちょっと手間取ってた」

 

「ふん。・・・ほら、行くわよ」

 

「ん。そうだ、手つないでいくか」

 

俺がそう言って詠の手をとると、詠は全身をびくりと震わせて驚きをあらわにした。

 

「な、なに勝手に手繋いでるのよ!」

 

「まぁまぁ。あまり大声出すと暑くなるぞ」

 

「うぅ~・・・」

 

恨めしそうな声を出しつつ、それでも手を離さないのはやっぱり詠らしいと思う。

政務室へ向かう途中、俺の顔を見つめるくせに、俺と目が合うと慌てて視線をそらす詠を存分にからかった。

今日も良い一日になりそうだ。

 

・・・

 

「ふんふんふふーん」

 

「んにゃ? 月ちゃんご機嫌だね。なんかあったの?」

 

「え? ・・・あ、えっと・・・」

 

「・・・なんかあったみたいだね。その様子を見るに・・・ギル関係か」

 

「へぅっ!?」

 

「そういえば最近は月と詠でギルの部屋に入り浸ってるみたいじゃないか。いやはや、この暑いのによくやる」

 

「ばっ! ぼ、ボクはそんなことしてないわよ!」

 

「ほっほう?」

 

慌てて反論した詠に、孔雀が詰め寄る。

 

「『ボクは』? 気になるなぁ。じゃあ月は何してるのかなぁ。何で月がしてることを詠が知ってるのかなぁ・・・?」

 

「あ、あう、し、ししし・・・知らないっ!」

 

そういって部屋を飛び出してしまった詠を見送りながら、孔雀は呟く。

 

「あ。・・・いじめすぎたか」

 

いやー、ついやりすぎちゃうよね、と後頭部をかきながら響に向かって笑いかける孔雀。

 

「んまぁ、詠ちゃんの慌てる姿って可愛いからねー。分からないでもないよ?」

 

でもま、やりすぎだよねー、と冷静に響に責められ、うっ、と言葉に詰まる孔雀。

そんなやり取りに月は苦笑を浮かべるしかないが、自分の話題から外れて少しほっとしていた。

 

「・・・ま、それはそれとして」

 

「そうだね。それはそれとして」

 

先ほどの雰囲気から一転、にやにやと笑う響と孔雀。

 

「この暑いのに、夜な夜なギルと何をしてるのか、聞いてみたいなー」

 

「この暑いのに、詠ちゃんと一緒になってギルさんと燃え上がっちゃってるのかなー?」

 

「あ、あははー・・・。へぅぅ、助けて、ギルさぁん・・・」

 

休憩時間のほとんどを使って、月は最近アーチャーの部屋で何をしているのか、大部分を白状させられた。

 

・・・

 

「月ー?」

 

月が昼休みに入ったのを確認してから、昼飯を食べるために迎えに来たのだが・・・。

 

「あ、ギルさーん!」

 

「レディを待たせるものじゃないよ、ギル」

 

「お、遅かったじゃない!」

 

「へぅ、ごめんなさい、ギルさん」

 

侍女組が全員集合していた。なんじゃこりゃ。

 

「・・・どういうこと?」

 

「あの・・・」

 

おずおずと前に出た月からの説明によると、最近俺の部屋に入り浸っていた月と詠のことを根掘り葉掘り聞かれ、さらについでに今日の昼の予定も聞かれてしまった。

孔雀はその昼食について行こうと言い出し、響もノリノリで賛成。後でその話を聞いた詠も参加することになり、こうして侍女組四人が集まったらしい。

 

「そっか。ま、たまにはこういうのもいいだろ」

 

また今度、埋め合わせするからな、と言いながら頭を撫でる。月が残念そうにしているのは、たぶん二人っきりじゃなくなったからだろう。

それくらい、俺にだってわかるのです。もう誰にも鈍感とは言わせない! 

 

「は、はい・・・!」

 

案の定、嬉しそうにする月。よしよし、俺の判断に間違いは無かったようだ。

 

「さて、それじゃ昼食に行こうか。どこで食べようかなぁ」

 

「んー、そういえばお城出てちょっといったところに新しく出来たお店あるんだけど、そこ行ってみない?」

 

おや、そんな情報知らないぞ。

新しい店なんか出来てたんだな。

 

「じゃあ、そこにするか」

 

「おー!」

 

メイド服を着た少女三人と執事服の少女に囲まれながら、日差しの下を歩く。

今日はまだ風があるので過ごしやすい。熱中症で倒れることも無いだろう。

 

・・・

 

「あれ?」

 

「どうかしましたか、隊長」

 

「いや・・・あっちから歩いてくるの、ギルじゃないか?」

 

「ギルの兄さんやて? ・・・なんか、すごい光景やな」

 

「・・・なんていうか、すごい王様っぽいのー・・・」

 

沙和や真桜の言うとおり、通りの向こうから歩いてくるギルの姿は半端じゃなかった。

メイド服の少女三人と執事服を着た少女一人の計四人に囲まれながら歩いてくるギルは、身にまとう王気(オーラ)の所為で、人ごみをモーゼのように割って歩いてくる。

ギル自身は四人と談笑しながら歩いているため気づいていないのだろうが、将の散歩、というよりは王の凱旋といった雰囲気をかもし出している。

・・・昨日見た釣りしているギルとは似ても似つかないな、と思いながらギルを見ていると、ギルもこちらに気づいたらしい。

気さくによお、と手を上げながら近づいてくる。

 

「一刀じゃないか。巡回か?」

 

「ん、あ、ああ」

 

少し緊張してしまったようだ。言葉がうまく出てこない。

・・・なんでいつもと違うんだろう、ギル。

 

「今日はなんかあったのか? その・・・王気(オーラ)が出てるけど」

 

遠まわしに聞くのも変なので、直球で聞いてみた。

ギルは首をかしげながら、何か変か? と逆にこちらに聞いて来る始末。

 

「・・・いや、ほら、いつもは一人なのに、今日は大勢連れてたり、人ごみを割って歩いてきてたし・・・」

 

俺がそこまで説明してようやく気づいたのか、ギルはきょろきょろと周りを見渡して、しまった、とつぶやいた。

 

「カリスマ切るの忘れてた。みんなと出かけるからって浮かれてたなぁ」

 

そう言って目をつぶり、ふぅと短く息を吐くと、先ほどまであふれ出ていた重みのようなものが和らいだ。

完全に無くなった訳ではなく、ギルからは依然として人知を超えた存在であると証明するかのような『何か』が漏れていたが。

 

「教えてくれて助かったよ」

 

にこりと笑いながらそう言ってくるギル。

うーん、こういう人当たりのいいところとかがモテる秘訣なんだろうか。

メイドと執事少女を侍らせるなんて正直羨ましいぞ、と思っていたが、うん、ギルぐらいの器量がないと無理なんだなぁと再認識した。

俺も、凪たちに愛想をつかれないような隊長でいないとな、なんて気合を入れなおしてみる。

 

「いやー、どうりで道が通りやすいわけだ。そりゃ人がいなきゃ通りやすいよな」

 

少しだけ恥ずかしそうに笑うギルに俺も笑いを返しながら、さっきの言葉を思い出した。

みんなと出かけるといっていたが、どこかへ行くのだろうか。

聞いてみると、ギルはああ、そうだぞと言って

 

「これからみんなで昼飯だ。一刀たちも一緒にどうだ? 奢るぞ」

 

一瞬、心を揺さぶられた。

最近沙和や真桜、たまに凪に昼飯を奢ってあげている所為か、俺の懐はすでに若干寂しい。

その点、ギルは黄金率というスキルで特技が金持ちとかふざけたことを言い出すくらいに金がある。

以前数え役満姉妹に気前良くおごっていたのを見て、やっぱり真似できないなとギルを見直したことさえあるのだ。

そんなギルからのお誘い・・・。

 

「そ、そんな・・・。ギル様に食事を奢っていただくなんて恐れ多いこと・・・!」

 

「でもでも、お腹空いたのー」

 

「そやなぁ。そろそろ昼時やしなぁ」

 

「おい、沙和、真桜。お前たち・・・」

 

そこまで言って、凪のお腹からくぅ、と可愛い音がした。

 

「――っ!」

 

顔を真っ赤にしてお腹を隠すが、たぶんそれじゃ意味が無いと思う。

ギルは柔らかく笑いながら、遠慮するなよ、と凪を説得する。

 

「ま、今日はお言葉に甘えようぜ、凪」

 

「た、隊長・・・。うぅ、それじゃあ、ごちそうになります・・・」

 

「おう、任せろ」

 

それからギルは侍女の少女たちにいいだろ? と確認を取っていた。

もちろん、と即答してくれたのは少し嬉しかった。

 

「で、どこに行くんだ?」

 

隣を歩くギルに聞いてみる。隣と言っても、ギルの周りにはすでに四人の少女がいるので、少し離れているのだが。

 

「ん? 響が新しい店を見つけたとか言ってたから、そこに行ってみようかなって」

 

「へえ。新しい店かぁ」

 

「あ、あれだ!」

 

ギルの一歩前を歩いていた響が指を指した。

そこには、大きな文字で泰山、とだけ書かれていた。

 

「・・・俺、すごくいやな予感がしてきたんだが」

 

「? どうしたんだよギル」

 

「いや、うん、俺の勘違いだよな、たぶん」

 

顔が強張り、変に汗をかき始めたギルに首を傾げつつも、泰山へと入店した。

 

「いらっしゃいませー」

 

店員さんに人数を告げると、すぐに案内してくれた。

案内された席は二つ机が並んでいる所で、やはりというかなんと言うか、ギルの周りには四人の少女が集まっていた。

ギルの隣には月ちゃんと詠ちゃん。対面には響と孔雀ちゃんだ。

いまだこわばった顔で、ギルは採譜をめくる。

 

「お、凪、これ見てみ。激辛マーボーやて」

 

「おお・・・。じゃあ、私はこれで」

 

そう言った凪を、ギルはありえないものでも見るかのように見つめていた。

その後何かぶつぶつつぶやいていたが、俺には外道とかコンゴトモヨロシクといった断片的な言葉しか聞き取れなかった。

 

「うーん、俺はチャーハンで良いかな。月たちは?」

 

「んー。じゃ、私もチャーハン!」

 

「ボクはこの日替わり定食っていうの貰おうかな」

 

「ええっと、私はギルさんのチャーハンを少し貰えれば大丈夫です」

 

「なんだ、あーんしてほしいのか?」

 

「へぅっ!?」

 

にやにやと笑うギルが、月ちゃんをからかう。

顔を真っ赤にした月ちゃんが両頬に手を当てて恥ずかしがる姿を見て、ギルは楽しそうに笑いながら月ちゃんの頭を撫でた。

 

「ぼ、ボクも」

 

「ん?」

 

「ボクも・・・ギルから、貰いたいな。・・・ダメ?」

 

「駄目な訳ないだろ。ふむ、じゃあ俺のチャーハンは大盛りにしたほうが良いかな」

 

少し考え込んだギルだが、すぐに顔を上げてこちらに顔を向ける。

 

「で、一刀たちは決まったか? 遠慮せずにじゃんじゃん食べてくれよ」

 

「えーっと、じゃ、俺は普通の麻婆豆腐に青椒肉絲」

 

「私は先ほどの激辛麻婆豆腐で」

 

「んじゃうちは・・・焼売と・・・」

 

こうして遠慮を知らない真桜と沙和が結構な量を頼んでいたが、ギルは良く食べるなぁ、と笑うだけだった。

・・・いやー、あれが余裕っていうやつか。すごいなぁ・・・。

しばらくして、みんなの前に料理が並んでいく。

おお、良い匂いだ。食べなくてもおいしいと確信できる。

 

「よし、じゃあいただこうか」

 

ギルの音頭で全員が食べ始める。

大量に並んだ料理を前に嬉しそうな顔をする凪たちと、ギルにあーんされて嬉しそうにしている月ちゃんと詠ちゃん。

・・・詠ちゃんがあんなに乙女チックな表情をするのを、はじめてみた。

 

「ギルさんギルさん、私にもあーん」

 

「まったく、響もか。ほら、あーん」

 

「えへへ・・・あーん。はむっ」

 

テーブルに乗り出すようにしてギルからチャーハンを貰った響は、ギルの両隣にいる二人と同じように幸せそうな顔をして席に戻る。

それを見て母親のように微笑んだ孔雀ちゃんが・・・。

 

「よし、次はボクだね。あーん」

 

「孔雀も? 珍しいこともあるもんだ。ほら、あーん」

 

「あむっ」

 

響と同じようにしてギルからチャーハンを分けてもらった孔雀は、いつも浮かべている微笑みからさらに少しだけ口角を上げて席に戻った。

もぐもぐと口を動かす孔雀はいつものようなクールさが抜けて、少女らしい表情を浮かべていた。

 

「うん、おいしいな」

 

それを見届けたギルは、自分でもチャーハンを掬って口に運ぶ。

そんなやり取りを見ていた真桜が、怪しい笑みを浮かべ、自分の目の前にある皿から焼売を取ってギルの方を向く。

 

「ギルの兄さん、焼売も良い感じや。食べてみ?」

 

そう言って真桜はほら、あーん、とギルに迫る。

両隣・・・さらには対面からの恨めしそうな視線に気づかないまま

 

「お、本当か?」

 

なんて言いながら真桜から焼売を貰っていた。

その瞬間の威圧感の増加は、食事を取りに来てたのにいつの間にか戦場に迷い込んだようだった。

 

「た、隊長!」

 

「ん? どうしたの、凪」

 

「え、えっと、その・・・あ、あーん・・・」

 

それに触発されたのか、凪までそういいながら麻婆豆腐を乗せたレンゲを差し出してきた。

照れながら差し出してくれる凪の可愛さに和みながら、その麻婆豆腐をぱくっ、と食べる。

 

「おー、辛いのもなかな・・・か・・・?」

 

最初はピリ辛程度だった辛さが、口の中で爆発する。

 

「か、らっっ!?」

 

ありえないほどの辛さ・・・いや、痺れが舌を攻撃してくる。

こんなもの、凪は涼しい顔で食べてたのか・・・!? 

 

「一刀!? ・・・全く、外道麻婆を食べたのか。仕方ないな・・・」

 

ばたばたと暴れ始めた俺に一瞬驚いた声を上げたギルも、すぐに状況を把握してくれたらしい。

宝物庫の中から瓶入りの牛乳を取り出し、手渡してくれる。

辛い料理を食べた後には牛乳です。辛いカレーの後も、牛乳がよいでしょう。

 

「んぐ、んぐ、んぐ・・・ぷはーっ!」

 

俺の反応がすごかったからか、他のみんなも凪の頼んだ麻婆豆腐に興味を持ってしまい、全員が一度ずつ悶絶して、ギルの牛乳のお世話になった。

まぁ、なんだかんだ言いつつも楽しい食事会になったと思っている。

 

・・・




「今夏だから八月くらいだろ? ハロウィンは10月なんだし、今からキノコ用意してたら腐らないか?」「何いってんだよ、腐って変なにおいした方が雰囲気出るじゃねえか」「絶対に人に投げたり食べさせたりするなよ?」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四話 蜀での水泳大会に行くために

「あ、私はこの水着がいいですっ」「あわわ・・・じゃあ私も、朱里ちゃんと一緒のにしようかな」「・・・読みどおりだな。じゃあ胸元に名前を書いてっと・・・」「成人女性がスク水着てて胸元に名前って・・・」「しっ! ばれなきゃいいんだよ!」


それでは、どうぞ。


いつもの政務中、桃香からこんなことを言われた。

 

「久しぶりに、ご飯を一緒に食べに行かない?」

 

「・・・そうだな、久しぶりに一緒に街へ行ってみるか」

 

「やったっ。それじゃ、がんばって終わらせようねっ」

 

「おお、やる気だな」

 

「もっちろん!」

 

そう言って先ほどよりも早く筆を動かす桃香。

よほど街で息抜きできるのが嬉しいらしい。

これは、俺がしっかりとリードして、桃香に楽しんでもらわないとな。

俺も桃香に負けないように筆を動かしつつ、どこに行こうかと頭の中でプランを組み立てていった。

 

「・・・よしっ、終わったよ、お兄さん!」

 

「ん、俺もだ。じゃあ、行くとするか」

 

「はーいっ」

 

元気に返事をする桃香を見て自然と笑みが浮かんでしまう。

さて、どうするかなぁ。

 

・・・

 

「桃香はどんなものが食べたいんだ?」

 

「ん? んー、ちょっと暑いから、軽いものが食べたいかなぁ」

 

「ふむ・・・じゃあ、饅頭にするか。アレくらいなら、ちょうどいいだろ」

 

「うんっ」

 

そんなことを話しながら目的地まで歩いていく。

最近暑いねー、とか、他愛も無い話題でも、桃香は嬉しそうに話す。

 

「お、ここだ。すいませーん」

 

「はいよ! おや、ギル様じゃないか。今日は劉備様と一緒なんだね」

 

「へー、お兄さん。今日『は』ってどういうことなのかなぁ」

 

にっこりと笑顔でこちらを振り向く桃香。

 

「どういうことなんだろうなー。と、桃香は何にするんだ?」

 

「・・・じゃあ、肉まんにしようかな」

 

「分かった。肉まん二つください」

 

「はいはい、ちょっと待っててくださいな」

 

そう言って奥へと引っ込むおばさん。

いつも大量に買うときにはお世話になっているので、顔も覚えられていたのだろう。

・・・いつも、鈴々とか恋たち大食いの将とくるからなぁ。タイミングが悪かったな。

 

「はい、肉まん二つ。お待ちどうさま」

 

「ありがと。代金は・・・っと」

 

こっそり宝物庫を開き、お金を取り出す。

それを渡すと、おばさんはうん、ちょうどだね。まいどありー、と大きな声をあげた。

俺と桃香は饅頭屋を後にして、歩きながら肉まんを食べる。

 

「あ、あそこの木陰に座ろ、お兄さん」

 

「おお、いいな。涼しそうだし」

 

そう答えると、桃香は俺の手を引いて小走りで木陰へと連れて行く。

そのまま木の根元へ座り込んだ桃香に習うように、俺も腰を下ろす。

 

「ふえー・・・。涼しいねえ」

 

「年寄りみたいだな」

 

「むー! 女の子にそういうこと言ったらだめなんだよ、お兄さん!」

 

そう言って肉まんを持っていない手で俺の頭をぽかぽかと叩いてくる桃香。

ごめんごめん、と謝るが、心が篭ってなーい! と機嫌を直してくれない。

 

「ちょっとした冗談だよ。ほんとにそんなことは思ってないから」

 

「・・・ホント?」

 

「ああ」

 

「なら、いいよ」

 

「ありがと」

 

そう言って桃香の頭を撫でる。前に撫でてほしいって言ってたしな。

突然のことに驚いたみたいだったが、すぐにこちらに頭を寄せてきた。

 

「ん~・・・。お兄さん、頭撫でるの上手だね」

 

「慣れてるからかな」

 

「ふふ。・・・ん、なんか、ねむ、く・・・」

 

桃香は呟く様にそういうと、俺に完全に体を寄りかからせてきた。

寝息が聞こえるので、眠ってしまったんだろう。

 

「全く、また睡眠時間削って勉強してるのか?」

 

以前も桃香は他の王に負けないように、と政務の勉強をしていたことがあった。

その時は睡眠時間を削って勉強していたためか、常に眠そうな顔をしていたのを思い出した。

 

「・・・にしても、こっちのほうが肉まんっぽいよな」

 

俺の腕を抱きこむようにして眠ってしまったので、桃香の二つの凶器が腕に押し付けられているのだ。

全く持ってけしからん。

 

「ふにゅう」

 

奇妙な声を上げながら、桃香がさらにこちらに密着してくる。

 

「全く、可愛いなぁ、うちの王様は」

 

ゆっくりと腕から離れさせて、胡坐を掻いている俺の脚に桃香の頭を乗せる。

女の子が男に膝枕をされて嬉しいのかは分からんが、座ったまま寝るよりはましだろう。

幸いにも木の周りは芝が生い茂っている。体を痛めることは無いだろうが、あまりにも寝すぎるようだったら城に行って寝かせないとな。

桃香の前髪が額に張り付いていたので、撫でるついでにかき上げる。さらさらとした手触りが心地良い。

 

「昼休みが終わるまでは・・・んー、体感的に三十分くらいかな。それまでは、しばらく寝顔を楽しむか」

 

桃香は午後からは何もないはずだし、部屋で寝かせたほうがいいだろう。

通りがかる人たちの暖かい視線を受けながら、俺はしばらく桃香の寝顔を楽しんだ。

 

「お兄さん・・・だいすきぃ・・・」

 

「ありがとう。俺も大好きだ」

 

「えへへぇ・・・」

 

寝言を言う桃香も、とてつもなく可愛い。

これが・・・癒しか。

 

・・・

 

「お兄さん、大好きだよ」

 

「ああ、俺も大好きだ」

 

確実に夢だと分かる夢ってあると思う。

たぶん、これはそんな夢。

でも、なんだか暖かいものが胸に広がるこの感覚は、夢じゃなきゃいいのになぁって思う。

 

「ほんとに、私のこと好き?」

 

「疑り深いなぁ。じゃあ、証明しようか」

 

そう言ってお兄さんの手が私の頬をさらりと撫でて、私は瞳を閉じる。

うっすらと開けたまぶたから、近づいてくるお兄さんの唇を捉えて、あと少しで触れる・・・。

 

「っはうっ!?」

 

「おおう!? びっくりした・・・」

 

・・・なーんてところで、目が覚めてしまいました。

突然奇声を上げた私に驚くお兄さんは、変な夢でも見たか? と言いながら私を背負いなおしました。

って、おんぶされてる!? 

 

「な、なんでおんぶ!?」

 

「え? いやほら、桃香途中で寝ちゃったろ? 俺の昼休みも終わりそうだったから、城で寝かせたほうが良いかなぁって」

 

いやぁ、気持ちよさそうに寝てたから、起こすのも可愛そうだなと思って、と言うお兄さん。

ここからだと後姿しか見えないけど、きっと優しい笑みを浮かべてるんだろうなぁ。

・・・お兄さんの背中、広いなぁ・・・。また、寝ちゃいそう。

 

「まだ眠かったら寝てていいぞ」

 

「・・・ふぇ? でも、重くない?」

 

眠気でちょっと反応が遅れた上に変な返事になっちゃったけど、お兄さんは気にした風も無く

 

「重くなんか無いぞ。むしろ軽いくらいだ。ほら、俺ってサーヴァントだし」

 

「むぅ、それじゃあ、一般の人からしたら重いってことー?」

 

なんだかちょっとお兄さんのことを苛めたくなって、そんな意地悪なことを言いつつ首に回した手をきゅっと締める。

お兄さんとさらに密着しちゃって、ちょっと恥ずかしいけど、それ以上に嬉しいと感じる。

 

「うお、苦しい苦しい。大丈夫だって。普通の人が背負っても、桃香は軽いから」

 

「ふーん。そーなんだー」

 

「うむむ、これ以上はまずいぞー」

 

「知らないっ。もう寝るっ」

 

「おう、おやすみー」

 

こんなに自分勝手に振舞っても、お兄さんはさらっと受け入れる。

・・・んもう、そういうの、反則なんだから。

 

・・・

 

再び寝息を立て始めた桃香を背負って城へと戻る。

いつぞや共に戦った兵士たちがさすが兄貴ですっ! とか良く分からないことを言っていたが、気にしないことにした。

 

「あれ? ギルじゃない」

 

「お、詠。ちょうどよかった。桃香の部屋ってどこだ?」

 

「へ? 桃香の部屋? ・・・って、何であんたの背中で寝てるわけ・・・?」

 

「まぁまぁ。とにかく、部屋に案内してくれよ」

 

はぁ、仕方ないわね、付いてきなさい。と歩き始めた詠の隣に並ぶ。

すると、詠はもじもじとしながら話しかけてきた。

 

「・・・もしかして、桃香と・・・その、なんかしてきたの?」

 

「んー、まぁ、いろいろと」

 

「っ。・・・そう、なんだ」

 

「ああ。よっぽど疲れてたんだろうな」

 

「疲れるようなこと、したんだ」

 

詠は何かぼそりと呟いたが、俺の耳には届かなかった。

何て言ったんだ? と聞く前に、詠は立ち止まって口を開く。

 

「ここ、桃香の部屋よ」

 

「お、ありがと。開けてくれるか?」

 

「・・・仕方ないわね」

 

そう言って扉を開けた詠の後ろに続いて、桃香の部屋へと入る。

桃香の部屋では香を焚いていたのか、甘い香りがする。

優しく、ゆったりと包み込むような甘い香りを感じながら、詠が案内するとおりに寝台へと向かう。

 

「よ・・・っと」

 

桃香を寝台に横たわらせると、薄い布団をかけておく。

いくら暑いといっても、布団を全くかけないでおくと体を冷やしてしまうからだ。

女の子が体を冷やすと良くないと前に何かの本で読んだことがある。

 

「ねえ、ギル?」

 

「なんだ、どうかしたか?」

 

「・・・今日の夜、あんたの部屋に行ってもいいかしら」

 

「構わないぞ。ただ、午後から政務があるから、少し遅くなるかもしれない」

 

「ん、大丈夫。待ってるわ」

 

その後、ほら、政務室まで行くわよ、と言って俺の手を引く詠。

おお、詠から手を握ってくれるなんて。

 

・・・

 

日も沈み、夜空には星が輝きだした頃。

政務を終わらせた後、手伝ってくれた朱里と愛紗に礼を言ってから、帰路へとついた。

すでに詠は部屋で待っていることだろう。

自分の部屋へとたどり着き、扉を開く。

 

「遅れた、ごめんな」

 

「べ、別に、気にしてないわ」

 

俺が入ってきたことに気づいた詠は、肩をびくりと震わせた。

灯りも点けず、寝台の上に座って待っていたらしい。

 

「ありがと」

 

そう言って俺は詠の隣に腰掛ける。

それで、何かあったのか? と聞くと、詠は俯いたまま

 

「・・・あんたってさ、月とはもう・・・し、したの?」

 

「したって・・・ああ、そういうことか。ああ、したよ」

 

それを聞いた詠は、そう、と一言つぶやいてから、顔を上げた。

潤んだ瞳で俺の顔を見上げながら、詠は口を開く。

 

「その・・・ボクのことも、抱いてほしいの」

 

・・・なるほど、あのちょっと追い詰められていたような顔はそのことを考えていたからか。

思えば、月も下着で布団に包まっていた日、同じような顔をしていたように思う。

 

「いいのか? ・・・痛いらしいぞ」

 

「だ、大丈夫よ! あんたくらい、受け入れてやるんだから!」

 

それならいいけど、と言いながら、俺は詠を抱き寄せる。

んひゃ、と可愛い悲鳴を上げながら胸へと飛び込んできた詠と一緒に、寝台に倒れる。

俺の上に乗っかった詠に口づけをして、ゆっくりと服に手をかけていく。

 

「途中で怖くなったりしたら言うんだぞ?」

 

「そんな事言わないわよ!」

 

憎まれ口を叩きつつも、詠の顔は真っ赤に高潮していた。

 

・・・

 

鳥の鳴き声で目が覚める。なんて清々しい目覚めだろうか。

隣に眠る詠を起こさないように気をつけながら、体を起こす。

ぎっ、と寝台が音を鳴らし、その音を聞いたからか、詠がんぅ、と声を上げる。

少しの間のあと、寝息が聞こえてきたので、起こしたわけではないようだ。

寝台から降りて、服を着替える。

・・・ちなみに、だが、俺の体の汚れはほとんど無いといってもいい。

なぜなら、鍛錬の末取得した魔力放出Eがあるからだ。

 

「よっと」

 

効果としては、『自身の魔力を外に放出し、若干の衝撃を発生させられる』程度だが、体の汚れを吹っ飛ばすにはちょうどいい威力だ。

 

「ん、大体取れたな」

 

しかし、服を着た状態から、もしくは裸からの鎧の脱着は一瞬なのに、裸から服を着るまでは自らしなければならないとは。

・・・いや、そこまでずぼらになる気は無いのだが、若干の疑問はある。

まぁいいや。とりあえず、詠の体を拭くための水とか持ってくるかな。・・・かなり、べとべとだし。

ああ、シーツも変えないといけないな。血とかって落ちないしなぁ・・・。

 

「さて、今日も頑張りますか」

 

朝食の時間まではまだ少しある。水を汲んできて、詠を起こして、体を拭けばいいか。

そうと決まれば行動しよう。

桶を片手に、扉を開く。ここから一番近い水汲み場はどこだったかなぁ。

 

・・・

 

あの後、恥ずかしがる詠の身体を隅々まで拭いてやり、朝食を食べた。

今日は街の巡回と称して、服屋の職人から水着を受け取りに行かなければならない。

後で一刀と合流して、服屋へと行くべきだな。

そんな事を考えながら一人城の中を歩いていると、一刀が壁に寄りかかって腕組みをしていた。

 

「・・・ギル」

 

きらり、と白い歯を光らせながら、一刀は俺を呼ぶ。

俺は一刀の前で立ち止まり、一刀のほうを見ないまま口を開く。

 

「服屋はなんと?」

 

「完成させた、と言っていた」

 

使いの人から受け取ったと思われる竹簡を一刀から手渡される。

ざっと中に目を通すと、おおむね一刀の言ったとおりのことが書いてあった。

完成したので、受け取りに来て下さい、という旨の内容だ。

 

「ならば、今日にでも受け取りに行こうか」

 

気分は怪しい取引をしている業者だ。

にや、とニヒルな笑みを浮かべた一刀が、無言でサムズアップする。

こつこつと二人分の足音を響かせながら、俺たちは服屋へと向かった。

・・・後で聞いた話によると、あまりにも鬼気迫る雰囲気を纏っていたため、兵士たちはドン引きしていたという。

 

「ごめんくださーい」

 

一刀が服屋へと入っていくのに続いて、入店する。

 

「おお、これはこれは、いらっしゃいませ、お二人とも」

 

「こんにちわ。例の品は?」

 

「出来ていますとも。・・・量が多いのですが、大丈夫でしょうか?」

 

「ああ、大丈夫だよ。・・・なぁ、ギル?」

 

「もちろんだ。俺の蔵に限界の文字は無い」

 

「はぁ、そうでございますか。それでは、こちらへ」

 

そう言って、店主は俺たちを裏へと通してくれた。

そこには、ずらりとならぶ水着の列。

 

「おお・・・すばらしい・・・!」

 

一刀が立ち並ぶ水着を見て感嘆の声を上げる。

 

「完璧だよ! ありがとう」

 

「いえいえ。こちらも、龍の皮を裁縫するという経験をさせていただき、嬉しく思っていますよ」

 

その後、一刀には店主への支払いをするという事で表に連れて行ってもらい、その間に俺は宝物庫を開ける。

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)

 

真名を開放すると同時に、水着たちが地面へと沈むように消えていく。

きちんと宝物庫の中へ収納されたのを確認してから、俺も表へと戻る。

事前に確認した作戦通り、一刀が店主相手に時間稼ぎのための世間話に興じていた。

 

「一刀、終わったぞ」

 

「お、そうか! じゃあ、俺はこれで」

 

「あ、はい! 毎度あり!」

 

服屋を出て、城へと戻るまで、俺たちは無言だった。

だが、そこには確かに男の友情があった。

 

「・・・それじゃあ、今夜、いつもの酒屋で」

 

「了解。それまでに、予定をつめておく」

 

「ああ、頼んだ」

 

そう言って、俺たちは拳をぶつけ合い、分かれた。

 

「・・・よし、後は・・・っと」

 

・・・

 

俺の財力によって貸切になった酒屋で、俺は黒板 (のようなもの)を前に口を開く。

 

「・・・これで全員か?」

 

「ああ」

 

「よし、それでは、これから計画を発表する」

 

俺以外の男が、わずかに首を縦に振る。

その視線は、期待に彩られており、どれだけ楽しみにしていたかが伺える。

黒板にチョーク(のようなもの)で文字を書き記す。

 

「まず、川へ行く順番だ。まずは鈴々や朱里、雛里といった暑さに強くない小さい子が多い蜀からいこうとおもう」

 

数日前に暑さで雛里が倒れたばかりだし、緊急性が高いのは確かだ。

 

「それから、魏。最後に、一番暑さに耐性がある呉を連れて行こうと思っている」

 

うんうん、と男たちが頷く。

 

「そして重要なのが、見張りの兵の位置だ」

 

ざわ、と雰囲気が変わるのを感じる。

俺は全員の性癖や所属する国を考慮しながら立てた兵の配置図を黒板に張って説明を始めた。

兵たちは納得してくれたようで、露骨に喜びをあらわにするものやこっそりとガッツポーズをとるものなど、さまざまな反応をしていた。

 

「後、一刀の事なんだが・・・」

 

ごくり、と一刀がつばを飲み込む音が聞こえた。

 

「一刀には、水着の発案者として、これからの水着の有用性を確認するため、として俺と一緒に前線に出る事になる」

 

「そ、それってつまり・・・!」

 

「ああ。水着の有用性を確認するためには観察しないといけない。・・・そう! じろじろと水着姿を見ても、文句を言われない立場なのだ! ・・・あ、月と詠のをじろじろ見たら王の財宝(ゲートオブバビロン)な」

 

「あ、ああ。大丈夫だ。節度を持って、怪しまれない程度にチラ見するから」

 

「ならいい。総員、節度を持って楽しく見ようじゃないか!」

 

「応!」

 

俺と一刀のことについては、兵士たちから文句が出ると思ったが・・・特に反発もなく決まったな。

 

「俺と一刀だけみんなに近くなるが、お前たちはいいのか?」

 

俺が単刀直入に聞いてみると、兵士たちはなに言ってんですか、と笑い

 

「そもそも、大将が言い出して兄貴が船を出してくれなかったら、俺たちは水着を見ることすら出来なかったんだぜ?」

 

「そうッスよ。遠くから見られるだけで満足ッス!」

 

「お前ら・・・」

 

一刀の瞳が、感動で潤む。俺も、少し感動してきた。

なんて・・・なんていいやつらなんだ・・・! 

一刀・・・お前、いい仲間(とも)を見つけたな! 

 

「よし! 計画の開始は明日! みんな、体調を整えておけよ!」

 

「応!!」

 

その後、俺たちは翌日に響かないように自重しながら酒を飲み、騒いだ。

おかげで程よく疲れる事が出来て、ぐっすり眠れるだろう。

俺も明日の天気がよくなることを願いながら眠り、翌朝、まぶしい日差しを感じて目を覚ました。

 

「おお・・・!」

 

天気は快晴。じりじりと肌を焼くような日差しは、今日も猛暑になる事を示していた。

これならば、水浴びは確実に受け入れられる事だろう。

 

「よし、早速動こう」

 

いてもたってもいられず、俺は政務室へと急いだ。

 

・・・

 

「あーつーいー!」

 

桃香がへたれ、机に突っ伏した。

ふふふ、いい感じに気温が上がってきている! 

 

「へぅ、大丈夫ですか、桃香さま・・・」

 

月も暑さでふらふらしているようだ。

・・・うーむ、弱っている月も良いな。

 

「月、大丈夫か?」

 

「はい、まだ、大丈夫れす」

 

ああ、暑さで月の呂律がわやわやに・・・

 

「・・・桃香、一つ提案があるんだが」

 

ここは、月の体調を一番に考え、少し早めに計画を発動するとしよう。

 

「ふぇ? なーに、お兄さん」

 

「実はな・・・?」

 

俺は桃香や朱里、愛紗に水浴びをしてはどうかと持ちかけた。

 

「ギル殿が以前話していた暑気払いの話ですね。ですが・・・」

 

当然彼女たちは服を濡らすのはどうか、と言ってきたが、それについてはこちらに解決策がある、と伝える。

 

「解決策、ですか・・・?」

 

「ああ。だから、後はみんなが行きたいかどうか、何だけど」

 

「お兄さんが服の問題は何とかしてくれるみたいだし、行こうよ、愛紗ちゃん。このままじゃ、みんな仕事にならないよ?」

 

「・・・そうですね。確かにこの暑さでやられているのも事実・・・分かりました、将達を集め、川へと行きましょう」

 

「それじゃあ、いろいろと準備が必要ですね」

 

「そうだ。朱里、これを」

 

「ふぇ? これは・・・。見張りの配置図ですか。なるほど、そういうのも必要ですね。使わせていただきますね。ありがとうございます」

 

よし、以前話を通していたからか、唐突にこんなものを出しても怪しまれない。

これは事前準備が功を奏したな。

 

「それでは、愛紗さんは将の皆さんを集めてくださいますか? ギルさんは見張りの兵の人たちの招集をお願いします」

 

「分かった。すぐに向かおう」

 

「了解だ。それじゃあ、後でな、桃香」

 

「うんっ。二人とも、いってらっしゃーい」

 

「いってらっしゃいませ、ギルさん、愛紗さん」

 

元気を取り戻した桃香と、少し回復したもののまだふらふらしている月に見送られながら、俺は一刀の部屋へと急いだ。

部屋に着くと、決められたタイミングで扉をノックする。

 

「ギル、成功したのか」

 

扉を開けるなり、そう聞いてくる一刀に、サムズアップすることで答える。

その後、俺たちは兵士たちが集まっているであろう中庭へと歩き出した。

 

「兄貴! 大将!」

 

中庭に着くと、兵士たちが出迎えてくれた。

 

「その表情・・・成功したみたいですね」

 

「兄者、楽しみだな」

 

「そうだな弟者」

 

「そう考えると、この暑さも気にならなくなってくるッスね!」

 

「ああ、むしろ暑さに感謝したくなってくる」

 

「よし、将達は後少しで門の前に集まるはずだから、先に向かおう」

 

全員が頷いたのを確認して、俺たちは門へと向かう。

宝物庫に入っている水着のすべては頭の中で管理できていて、すぐにでも取り出せるようになっている。

 

「・・・お、集まってきてるな」

 

「あ、お兄さん!」

 

「ギル殿、ご苦労様です」

 

いやいや、全然だよ、と答えると、それでどうするのだ? と鈴々に聞かれた。

 

「川で水浴びはいいけど、服が濡れるのはいやなのだー」

 

「ああ、それは大丈夫。・・・王の財宝(ゲートオブバビロン)

 

警備の兵士のおかげで人払いは出来ているので、人目を気にせずに宝具を展開できる。

地面から、服屋にあったままの姿で水着が出現する。

頭と手足が無いマネキンのようなものに着けられた水着たちは、まるで荒野に突き立つ無限の剣のように並び立つ。

 

「はわわ・・・地面から、下着が生えて来ました・・・!?」

 

「ギル殿っ!? いきなり何を・・・!?」

 

「ああ待て待て、これはだな・・・」

 

一刀と一緒になって、水着の説明をする。

最終的に水を掛けて機能の説明をして、ようやく納得してもらった。

さらに、一刀が発案者であり、水着の有用性を確かめるためについてきてもらう事を話した。

 

「・・・なるほど。・・・というか、その蔵を水着の収納場所に選ぶなんて・・・」

 

神秘の塊である宝具の使い道について若干首を傾げられたが、まぁそこはスルーしてくれ。

 

「好きな水着を選んでいいぞ。着替えてから向こうの川まで来てくれよ? 警備の兵士たちには道案内の役を任せてあるから」

 

俺の言葉に、兵士たちが驚いた顔をする。

最初はそんな話なかったからな。だが、兵士たちにも眼福があってしかるべきだろう。

みんなにばれないように笑いかけると、兵士たちは嬉しそうな視線を向けてくれた。

 

「それじゃあ、俺と一刀は先に行って準備してるよ。頼んだぞ、みんな」

 

「はいっ! お任せください、ギル様!」

 

蜀の兵が元気な声を上げる。

 

「さて、一刀、行くぞ」

 

「ああ!」

 

・・・

 

先に川に来て、日よけのための場所を作ったり、みんなが休むスペースを作ったり、お菓子を置いておいたり。

後は、酒だな。桔梗辺りが飲むだろう。

しばらくすると、みんなやってきた。案内してきた兵士たちは、何人かがくがくしている。・・・大丈夫か、あいつら。

それから、みんなは川の中へ飛び込む。

つめたーい、とか、気持ちいいですね、とかいろいろな声が聞こえてくる。

 

「おお・・・!」

 

一刀が感動の声を上げる。

水の中に入って戯れるみんなを見ていると、それだけで報われた気がする。

 

「あれ、お兄さんは水着、着ないの?」

 

「ん? ああ、俺は着なくても大丈夫だしな」

 

魔力放出で水くらい弾けるし。

 

「そうなんだ。なーんだ、お兄さんの水着姿も見たかったのになぁ」

 

「また今度な」

 

「うんっ。・・・でも、この水着ってやっぱり布の面積が少ないように感じるんだけど」

 

「それでも多いほうだぞ。なぁ、一刀?」

 

「え? あ、ああ。そうだな。・・・もっと、小さい水着を着てるやつだっているしな」

 

その言葉で脳内に浮かぶのは、ある漢女。

うっふぅぅぅぅんとかぶるぁぁぁぁぁとか吼えるあの化け物だ。

 

「うっ・・・」

 

「くっ・・・」

 

「え? え? どうしたの、二人とも」

 

心配し始めた桃香になんでもない、と告げて、ヒモビキニの話をする。

天の衣装には不思議が多いんだねぇ、なんていう桃香たちに苦笑を返しながら、周りを見渡す。

すごいな。ここまで水着の美女美少女が集まるのは、この大陸だけなんじゃなかろうか。

一刀も恥ずかしそうにしながら、ちらちらと水着姿の少女たちを見て楽しんでいる。

 

「・・・あの、ギルさん」

 

そんな時、くいくいと俺の服のすそが引かれる。

誰だろうか、と引っ張った人物を見ると・・・。

 

「へぅ、あの、この水着・・・似合ってますか?」

 

「そ、その、この水着・・・どう?」

 

月と詠の二人が水着姿で立っていた。

月の水着は白一色でひらひらとした装飾が特徴的な水着。

詠の水着は白い生地の中に黄色がアクセントとして使われている水着だった。

こうしてみると、二人の白い肌がかなり露出している。いや、水着だから当たり前なんだけど。

いつもは長袖のメイド服着てるし、さらにハイニーソックス穿いてるから生足なんて見る機会はほとんどない。

 

「二人とも、綺麗だよ」

 

正直それしか浮かばなかったので、恥ずかしがらず、きちんと伝えた。

二人は嬉しそうに笑みを浮かべると、一緒に涼みませんか? と誘ってくれた。

喜んで、と返すと、桔梗が酒盛りをしている場所の近くの岩場までつれてこられた。

ここなら、みんなの楽しむ様子が見られるし、水にも近いから涼しいし、と詠に説明される。

 

「一番は、ギルさんと密着できるから、なんですけど」

 

確かに、今座っている岩は三人が座るには小さく、かなり密着しなければならない。

今の俺の服装は、いつもの暑苦しい姿ではみんなも暑く感じるだろうという事で上は白いTシャツにしているのだが・・・二人の肌が直接触れて、俺は今大変な事になっている。

何だこのすべすべな肌。うおお、寝台の上で触れるのとは違う健康的な肌の感覚が、俺をだめにするぅぅぅ・・・。

救いを求めて一刀を見てみるが、一刀も一刀で水辺でぽーっとしている。どうやら、みんなの水着姿にあてられたらしい。なんだそりゃ。ピュアボーイ過ぎやしませんか。

 

「うう、なんかどきどきするよぅ・・・」

 

「えへへ、私もだよ、詠ちゃん」

 

そういって笑いあう二人を見て、なんだかほんわかとした瞬間。

 

「いっくのだーっ!」

 

「てぇい!」

 

「ぬおう!?」

 

「きゃあっ!?」

 

「ギルッ!?」

 

鈴々の手からすっぽ抜けた木の棒が、俺の顔面にヒットする。

神秘の篭っていない攻撃のため俺には通用しないが、衝撃まで無効化できるわけじゃない。

こぉんっ、と甲高い音を立てて、俺の額に当たった木の棒は、俺を後ろへ倒れさせた。

 

「いつつ・・・」

 

実際そこまで痛くはないが、そこは癖である。

俺に当たった後空中に跳ね返った木の棒が、俺の横に落ちてからんからんと情けない音を立てる。

 

「だ、大丈夫なのか、お兄ちゃんっ!」

 

「大丈夫かよ、ギルっ!」

 

岩の向こうから鈴々と翠の心配そうな声が聞こえる。

木の棒をつかんで起き上がり、岩の上へと上る。

 

「大丈夫だー。ほら、鈴々」

 

ぺいっ、と木の棒を投げて渡す。

見事にキャッチした鈴々は、ごめんなのだー、と少し気落ちした様子で謝って来た

 

「いや、俺でよかったよ。詠や月だったら、こんなのじゃ済まなかっただろうし。だから、鈴々はある意味上手に飛ばしたって事で」

 

「えへへー、そうなのかー?」

 

「そうだよ。ただ、玉をちゃんと打ち返して、すっぽ抜けなかったらもっと上手だな」

 

「分かったのだ! 今度は、玉を打って飛ばすのだ!」

 

危ないから、飛ばす方向も気をつけるんだぞー、と注意してから、岩に座りなおす。

 

「ふふ、ギルさんは将来良いお父さんになりますね」

 

俺たちの目の前で遊んでいた紫苑が、そんな事を言ってきた。

 

「そうか?」

 

「ええ。鈴々ちゃんに危ない事を教えてあげたり、上手に誘導したり。そういうことが出来る人は、良い親になるんですよ」

 

「へえ。紫苑に言われると、真実味が増してちょっと嬉しいな」

 

「ギルお兄ちゃんはおとーさんになるのー?」

 

「そうね。もしかしたら、璃々のお父さんになるかもしれないわよ?」

 

「ぶっ!」

 

「ちょ!」

 

「ふぇっ!?」

 

紫苑の言葉に、俺と月、詠がそれぞれ驚きをあらわにする。

そんな俺たちの様子を見て、紫苑はくすくすと上品に笑うと

 

「璃々の相手もしてもらっていますし、私はギルさんのこと、とても好きですよ?」

 

「そう直球で言われると、照れる前に嬉しく思っちゃうな。ありがとう、紫苑」

 

「いえ、どういたしまして」

 

そんな中、璃々が蟹を捕まえたらしい。嬉しそうにこちらに報告してきた。

 

「おかーさん、お兄ちゃん、カニさん捕まえたー!」

 

「あらあら、小さなカニさんね」

 

「んー」

 

璃々はカニをまじまじと見て、何か考え込み始めた。

その様子をほほえましく見ていると、ぎゅう、と両手の甲をつねられる。

 

「ギルさぁん? まさか、紫苑さんだけじゃなくて璃々ちゃんも一緒にいただいちゃうんですか?」

 

「ギールー? 璃々はまだあんなに小さいんだから、無茶しちゃ駄目なんだからね!?」

 

「なんだと!? 違う、そういう目で見ていたんじゃないぞ!?」

 

「だって、紫苑さんと璃々ちゃんを見て鼻の下を伸ばしてました」

 

「璃々をそのケダモノみたいな視線で見てたくせに」

 

すごい勘違いをされているぞ・・・。

それから、二人の勘違いを正すためにしばらくの時間を要した。

最終的に、璃々がもう少し大きくなってから手を出すのは良い、という事になった。

・・・全く勘違いは直らなかったようだ・・・。

もう勘違いを正すのはあきらめる事にして、目の前のみんなに視線を戻す。

そこでは、朱里と雛里が水を掛け合っていた。・・・スク水で。

 

「それっ」

 

「ひゃっ。・・・朱里ちゃん、やったなぁ・・・!」

 

「雛里ちゃんこそ、やりましたね~!」

 

うわ、何あの空間。飛び込んでいいの? すごい癒されそうなんだけど。

今のこの傷心を癒すのはあの空間しかないと思うんだ・・・。

 

「きゃっ、もう、冷たいよぉ・・・あ、ギルさーん」

 

「えへへ・・・。え? あ、あわわっ。ぎ、ギルさんっ」

 

ずっと見ていたのに気づいたのか、朱里と雛里がこちらに手を振ってくる。

手を振り返すと、二人は水掛けを中断してこちらにやってきた。

 

「ギルさん、この水着というのは機能的でいいですね。水が掛かっても透けませんし、何より動きやすいですっ」

 

「それはよかった。・・・二人はみんなと遊んでこないのか?」

 

あっちで野球っぽいことやってるのとかいるけど。

 

「いえ・・・その、皆さんの本気の遊びにはついていけないというか追いつけないというか・・・」

 

「あー・・・」

 

そうだな、文官の二人に本気で遊ぶ鈴々たちに追いつけというのは無茶だったな。

 

「あら、それなら璃々と遊んであげてくださいませんか? 鈴々ちゃんたちには流石に璃々の力が追いつかないので・・・」

 

「はいっ」

 

雛里が元気に返事を返す。いつもは帽子で隠れる事が多い雛里の表情も、こうして水着だけになると隠される事なく見ることが出来る。

笑顔も照れた顔も楽しそうにはしゃぐ顔も、すごく新鮮に見える。

 

「璃々ちゃん、よかったら、私たちと遊びませんかー?」

 

新鮮といえば、朱里もなんだか新鮮な感じがするな。

水着に着替えてはっちゃけているのか、やはり帽子がないから印象が代わるのか、とても楽しそうに遊んでいる。

 

「わーい! 遊ぶ遊ぶー!」

 

こうして璃々と遊んでいるときも、実に楽しそうな表情で水と戯れている。

・・・水着の力、恐るべし・・・。

 

「桃香さま! 周囲に怪しいものはいませんでした!」

 

そう言って一刀の近くの茂みから出てきたのは、いつもどおりの服装をした焔耶だ。

焔耶も水着を着ればいいのに、お前たちがかかわったものを着れるか! と断言されてしまった。

・・・まぁ、桃香至上主義の焔耶は、同時に少し男嫌いでもあるからなぁ。

目の前で蒲公英にからかわれて真っ赤になっている焔耶を見ながら、でも、もったいないなぁ、と思ってしまうのである。

で、十分に焔耶をからかった蒲公英は、杯を傾けて酒を飲んでいた。

 

「・・・蒲公英って結構飲むんだな」

 

先ほどから桔梗と同じペースで飲み続けているような気が・・・。

 

「おう、ギル。こやつ、なかなかいけるクチだぞ?」

 

「えへへー、いけるくちだぞー!」

 

「へえ、意外だな。月なんか、三杯くらいでふらふらするのに」

 

「ぎ、ギルさんっ」

 

慌てた様子の月が恥ずかしそうに変なこと言わないでくださいっ、とちょっと怒ったように言ってきた。

そんな月も可愛いなぁ、と思いながら、ちょうど酒を飲みきった桔梗の杯に、ワインを注いだ。

 

「ぬおっ?」

 

いきなり空中から注がれたワインに驚き、杯を落としかけていたが、すぐに持ち直した。

 

「いきなりごめんな、桔梗。それ、俺のお勧めのお酒だから飲んでみて」

 

「なんじゃ、ギルの仕業か。酒を貯蔵して置けるとは、便利じゃのう」

 

そう言ってくいっと杯を傾ける桔梗の向こうで、蒲公英が桔梗だけずるーい! と騒ぐ。

 

「大丈夫だって、蒲公英にもあげるから」

 

ぱちん、と指を鳴らし、蒲公英の杯にもワインを注ぐ。

わーい、と喜んだ蒲公英は一気にワインを飲み干した。

 

「ふぇー、なんだろこれ、果物みたいな味がするー」

 

「ああ。ブドウっていう果物から出来た酒なんだ」

 

「ほほう。・・・これは、一気に飲み干す類の酒ではないな? 料理と共に楽しむような酒であろう」

 

「おお、すごいな桔梗。肉料理とか、魚料理とか、料理に合わせて白と赤を分けて飲んだりするんだよ、それ。今はお菓子しかないから、それで我慢してもらうほかないけど」

 

「ふむ。ならば、今度は食事のときに貰おう」

 

まぁ、ワインだけでもおいしいんだけどね。

料理と一緒に飲むと、さらにおいしいというかなんと言うか。

 

「そうしてくれ」

 

おーいしー! と絶賛する蒲公英を見て楽しんでいると、桃香と愛紗、星がこちらに向かって歩いてきていた。

 

「ギル殿、愛紗を見てくれ。こいつをどう思う?」

 

「すごく・・・可愛いです。・・・って、何を言わせるんだ」

 

「いやなに。やはり愛紗のこの姿を見ないのは損だろうと思ってな」

 

先ほど天の御使いにも見せたのだが、鼻血を出して倒れてしまった。と星は続けた。

急いで一刀を見てみると、幸せそうな顔をして倒れていた。

・・・アレはアレで、良い逝き方なのかもな。

 

「は、離せ星! ギル殿の前でこんな事・・・恥ずかしいではないか!」

 

「ほほう? 先ほど、ギル殿はどう思うだろうか、と言っていたのはお主ではないか」

 

「そ、それはっ、ギル殿が用意してきた水着だからであって・・・」

 

「遠慮するな、愛紗。ほうら、見てみろギル殿。この育ちに育った果実を」

 

そう言って、星は背後から愛紗の胸を鷲掴み、むにゅむにゅともみ始めた。

 

「な、なにをっ!?」

 

「おー」

 

「へぅ、すごいです・・・」

 

「アレが・・・巨乳の威力・・・!」

 

愛紗も桃香に負けず劣らずすごいもの持ってるなぁと感心していると、両隣からも驚いたような声が聞こえる。

いやー、女の子から見てもすごいだろうね、アレ。

 

「ちょ、やめ、星っ!」

 

「はははっ。どうですギル殿。ご満足いただけたか?」

 

「ああ、大満足だ。ありがとうな、星、愛紗」

 

「ほら、愛紗。ギル殿がありがとうと言っているぞ?」

 

「うぅっ、嬉しいような恥ずかしいような・・・」

 

ぼそっと何かを言いつつ、愛紗は桃香に慰められていた。

あの二人が一緒にいると、威力が四乗になるよなぁ。

 

「お、星も水着似合ってるじゃないか。綺麗だよ」

 

先ほどまで愛紗の後ろにいたために見えなかった星の水着姿がはっきりと見えた。

 

「む? ・・・ふ、ギル殿は正直に者を言う御仁だな。少し恥ずかしいくらいだ」

 

おお、照れてる星が見れるとは。可愛いじゃないか。

 

「まぁ、ありがとうと言っておこう。それでは、愛紗でも慰めてくるかな」

 

そう言って愛紗のほうへと歩いていく星。

そういえば二人がおとなしいな、と両隣の少女を見てみると

 

「やっぱり胸なのかしら・・・。むむぅ」

 

「へぅ・・・胸が無くても、ギルさんへの気持ちなら負けません・・・」

 

・・・二人とも、胸が小さいの気にしてるのかな。

それとなくそんな事関係なく好きだと伝えるべきか。

 

「どうしたの? お兄さん」

 

「ん? 桃香か」

 

「なんか悩んでるみたいだったから」

 

「いやぁ、みんなでこうやって水浴びが出来るのは良い事だなぁって思ってたんだよ」

 

貧乳の娘をどうフォローしようか考えていた、何ていえないため、当たり障りの無いことを言っておく。

 

「そだね。少し前じゃ、考えられなかったけど」

 

「また、こうしてみんなで来ような」

 

「うんっ。そのためにも、平和な今を続けていかないとね」

 

「そうだな。俺も、微力ながら協力させてもらうよ」

 

「うん、ありがとう。・・・でもたまには、こうしてお休みしながら、ね」

 

桃香の言葉に、そうだな、と答える。

なんだかしんみりしちゃったな。

 

「よし、俺も鈴々たちと遊ぼうかな」

 

「あ、じゃあ、私もー!」

 

「ギルさん、頑張ってくださいね?」

 

「また棒にあたるんじゃないわよー」

 

「分かってるって」

 

こうして、月たちと楽しく水遊びが出来るなら、こうして平和を維持してきた甲斐があったというものだ。

もしかしたらまたなにか問題が起きるかもしれないけど・・・そのときは、七体のサーヴァントが相手になる。

ま、そんな事がこない事を願うばかりだけど。

・・・こうして、暑い夏の一日はゆっくりと過ぎていく。

 

・・・




「これがギルさんの心象風景・・・!?」「それは悲しすぎる」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五話 魏と仲良くなるために

「仲良く・・・か・・・。俺、春蘭と桂花とは仲良くなれる気がしないんだけど・・・」「え? そうか? 意外とギルなら仲良くなれそうだけど」


それでは、どうぞ。


「次は魏か」

 

華琳たちをどう説得して川へと連れて行くか、が問題だな。

とりあえず説得してみる、と玉座の間へ入っていった一刀に取り残されるように、扉の前で待ちぼうけ。

見張りの兵と雑談しつつ時間をつぶしていると、一刀がひょっこりと顔を出した。

 

「水着を見せたいんだ。来てくれ、ギル」

 

「おう。・・・それじゃ、仕事がんばって」

 

「ええ。ギルさまも」

 

兵士に別れを告げ、玉座の間へと入る。

 

「あっ。あんたは、前に私のことを抱きかかえた金髪男!」

 

「・・・第一声がそれか」

 

猫耳軍師、荀彧にびしりと指を指され、大声で糾弾される。

前に、というのはたぶん赤壁のときに沈みかけた船から助けたことだろう。

というか、それ以外に荀彧と接触したことは無い。

 

「うう、北郷がそいつを連れてくるなんて、いやな予感しかしないわ・・・」

 

「一刀、俺ってなんかしたかな」

 

「生まれてから、あんなに男に密着されたことなんか無いのに! ってしばらく騒いでたぞ、あの後」

 

「・・・あー」

 

そりゃ嫌われるか。

 

「だけど、この暑いのを何とかするにはギルの協力が不可欠なんだよ。頼む」

 

「おう。王の財宝(ゲートオブバビロン)

 

「ちょっと、こんなところで宝具を・・・って、なにこれ」

 

一瞬焦りを見せた華琳だが、出てきたのが聖剣や魔剣のような宝具ではなく、水着を着けたあのマネキンもどきであるのを確認すると、訝しげな表情になった。

 

「下着ではないか! こんなところで、そんなものを出すとは・・・!」

 

しゃきん、と七星餓狼を構えた春蘭を慌ててとめる。

その間に、一刀に説明してもらう。これは下着ではなく水着と言って、水遊びのときに着るものである、とか熱弁する一刀を守るように春蘭を押しとどめる。

なんだろうこの威圧感・・・この娘、英霊じゃないよね? 

 

「・・・ふぅん、なるほど?」

 

華琳が納得したように鼻を鳴らす。説得は成功か。

・・・納得したんなら、華琳、この暴走猪とめてほしいんだけど。

 

・・・

 

川へと移動した後、魏の将たちが着替えるのを待つ。

今回は一刀のほうが親しい将が多いので、俺は騒ぎから離れたところで見学することに。

 

「行くぞ北郷ーっ!」

 

「うわ、ちょ、春蘭っ!?」

 

ざっぱーん、と暴れる春蘭に巻き込まれ、一刀が川の中に消える。

・・・まぁ、一刀も水着を着てるし、濡れても大丈夫だけど・・・。

 

「おにーさんは、遊ばないのですかー?」

 

いつの間にか俺の隣で寝転がっていた風がのんびりと口を開く。

 

「そだな、今日は良いかなぁ」

 

「そなのですかー。それじゃ、風と一緒に日向ぼっこですねー」

 

「そうさせてもらうかな。・・・なぁ、風?」

 

「はい? なんでしょうかー」

 

「・・・稟が川に沈んだんだが、アレは大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですよ。いつもはあれより死にそうな目にあってますからー」

 

鼻血とか鼻血とか鼻血のことだろうか。

まぁ、いつも一緒にいる風が大丈夫だというなら大丈夫なのだろうか。

春蘭も、流石に死なせはしないだろうし。

 

「にーいーちゃーんっ!」

 

「季衣っ!? ちょ、今は無理・・・わーっ!?」

 

小柄でも力が強い季衣に飛び込まれて、一刀はしりもちをつく。

跳ねた水が涼しそうだ。

 

「あららー、お兄さんも大変ですねぇ」

 

「にーさま、風さま」

 

一刀をほほえましい視線で見ていると、流琉が話しかけてくる。

流琉とはたまに厨房で出会って食材を提供して食事を作って貰ったりしているため、魏の将の中でも仲が良い。

 

「ん? ・・・流琉か。どうかしたのか?」

 

「いえ、どうかした、というわけではないのですが・・・お二人とも水の中に入っていないようでしたので・・・」

 

「あー、俺は水着ないし。今回は見学ー」

 

「風はこうしてるだけで満足なのですよー」

 

「そうなんですか・・・」

 

ちょっとがっかりした様な顔をする流琉。

どうかしたのだろうか。

 

「流琉はあなたと遊びたいのよ。察してあげなさいな」

 

いつの間にか近くまで来ていた華琳が呆れたようにそう言った。

あなたって・・・俺か? 

確認するように流琉を見てみると、俯き加減にこちらを見つつ、こくりと頷いた。

 

「そっか、なら俺も参加してこようかな。風、華琳、どうする?」

 

「風は寝てるのですよー」

 

「私は・・・そうね、水着姿の桂花でもからかってこようかしら」

 

ざぱざぱと水の中を移動して華琳は荀彧の元へと向かっていった。

 

「にーさま、こっちですよっ」

 

その後ろ姿を見送りながら、俺は流琉に手を引かれて秋蘭の元へ。

なにやら秋蘭と流琉、俺対春蘭と季衣、凜と一刀、で対戦するらしい。

 

「負けないよ、にーちゃん!」

 

「ギルがそっちかよ・・・」

 

「ふはは! ギルなどおそるるに足らず! いっくぞー!」

 

「よし、行くぞ、ギル」

 

「にーさま、がんばりましょうね!」

 

「おっけー、がんばるかな」

 

魏のみんなとはまだ付き合いが浅いからな。

こうやって、ちょっとずつ仲良くなっていけるのは嬉しい。

 

「よーし、まだまだいくよー!」

 

季衣の元気な声が、空へと響いていく。

 

・・・

 

その後、呉にも水泳大会のことを伝えようとしたが、折り悪く暑い日が来ず、しばらく過ごしやすい気候が続いた。

まぁ、まだまだ夏が終わるようなことは無いので、すぐに暑くなると思うが。

それに、連日みんなを水浴びに連れて行くのも変だしな。ちょうど良い休みになるだろう。

 

「・・・はぁ?」

 

「・・・いや、だから春蘭と秋蘭が喧嘩しちゃったんだって」

 

「何とまぁ、珍しいことで」

 

あの二人が喧嘩したところなんか見たこと無いぞ。

まず、秋蘭が春蘭をいないもののように扱うところから始まり、部屋にある春蘭の家具を片付けるのを手伝って欲しいとまでいわれているらしい。

 

「・・・とりあえず、ギルの蔵に家具を入れて、適当な部屋に春蘭を移動させておきたいんだ」

 

「りょーかい。手伝うよ」

 

秋蘭のところへいくと、隣に立つ春蘭を見えないもののように扱いつつにこやかに家具を片付けるように頼まれた。

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)

 

地面に沈むように収納されていく家具。

うーん、しかし、実際に見るとすごい怒りっぷりだな。

露骨な無視じゃなく、本当に春蘭がいなかったかのように振舞うんだから。

 

「うむ、これでさっぱりとした。ありがとうな、ギル」

 

「いやいや、構わないよ。な、一刀」

 

「ああ! ・・・ほら、行くぞ、春蘭」

 

小声でそういうと、一刀は春蘭の手を引いて歩き出した。

うぅー、と唸りながら春蘭は引かれるままに別の部屋へ向かっていった。

 

「それじゃな、秋蘭」

 

「ああ。ギルと北郷も、わざわざ済まないな」

 

・・・これは、手ごわいぞ・・・? 

 

「・・・で、どうするんだ?」

 

翌日、一刀と荀彧と歩いていると、秋蘭に出会った。

秋蘭はいきなり弓を構えると、城の通路を曲がってきた春蘭に向けて矢を放った。

 

「うおっ!?」

 

「秋蘭!? いきなり何してるんだよ!」

 

「いやなに、急にここからあそこの壁際まで矢が届くのか試したくなってな」

 

・・・まぁ、当てる気はないみたいだし、春蘭も矢を弾き始めたので大丈夫だろう。

 

「何とかしなさいよ! あんた、超人なんでしょ!?」

 

こちらを睨む荀彧にそう言われるが、いやぁ、それは無理ってもんですよ。

 

・・・

 

「ギル、何とかならないの?」

 

「・・・なんでみんな、俺のところに来るかね」

 

その日の夜、華琳にまでそういわれた。

まぁ、魏の中でも華琳に告ぐ実力者である二人が喧嘩したままというのはまずいことなのだろう。

うーん、一刀に聞いたところによると、杏仁豆腐のさくらんぼを食べてしまったのがいけないのだと聞く。

だが、その前にもいくつか春蘭は秋蘭のおかずをつまんでいたらしい。好物だから、という理由があったとしても、さくらんぼだけで怒るような人間じゃないはず。

・・・なら、何か他のものと違う出来事があったはずなんだが・・・。

 

「まぁ、いろいろと話を聞いて解決してみるよ」

 

「ええ。一刀の手にも余ってるみたいだから、協力してあげて」

 

「おうさ。じゃあ、失礼するぞ」

 

「構わないわ。それじゃあ、頼んだわよ」

 

「任せろって」

 

そう言って玉座の間を後にする。

・・・うーん、とりあえず一刀にその時の状況を詳しく聞いてみるかな。

うんうんと考えこみつつも、足は一刀の部屋へと向かっていった。

 

「一刀ー、いるかー」

 

こんこん、とノックしながら声を掛けると、おー、いるぞー。入れーと返ってきた。

 

「邪魔するぞ」

 

「ギル、何か進展はあったか?」

 

「いや、華琳にも何とかしてくれって言われたところだ。だから、一刀から起こったときの状況を詳しく聞きに来たんだ」

 

「そっか。それくらいなら、お安い御用だ。ええっと、あの時はだな・・・」

 

一刀から、詳しい話を聞いていく。

ふーむ、それだけ聞いてると、やっぱり好物を取られたから、としか考えられないなぁ。

・・・ふむ、ちょっと確かめてみるか。

 

「怒った理由は分からないが・・・何とか秋蘭から聞き出してみよう」

 

その日は流琉にある頼みごとをしてから眠りについた。

・・・これで何とか仲直りしてくれればいいんだけど。

 

・・・

 

翌日、流琉にお菓子を作ってもらい、秋蘭と一刀、季衣、そして俺の五人で食べようとしていたとき、春蘭がやってきた。

 

「おー、良い匂いがすると思ったら!」

 

ここまでは計画通り・・・ってうお!? 秋蘭の顔に怒りのマークが!? 

ぴくぴくと怒りに震える秋蘭に、あと一人人を呼んでいいかと聞いてみる。

 

「構わんぞ。誰だ? 華琳様か、桂花か?」

 

「えぇ?」

 

「風を呼ぶなら稟も呼ばねば拗ねるしな」

 

「ちょ、秋蘭様・・・?」

 

・・・こりゃ、理由を聞くどころじゃないな・・・。

俺の作戦としては、春蘭がいる前で秋蘭の怒っている理由を話してもらえば、理由も分からずに謝れるかと言い張る春蘭も理由が分かるだろうと思っていたのだが・・・。

しかし、そこで思い切って一刀が口を開いた。

 

「な、なぁ、秋蘭?」

 

「なんだ、北郷?」

 

「その、俺の知り合いの姉妹の話なんだけど、姉が妹を怒らせちゃったんだ。だけど、姉は何で妹が怒っているか分からないって言ってるんだけど・・・」

 

一刀がそういうと、秋蘭は良く分からないといった顔をして

 

「私に姉妹はいないぞ?」

 

「それでもいいから、意見が欲しいんだよ」

 

「ふむ・・・察するに、好物を黙って取られでもしたんじゃないのか? 流石に、許可も無く好物を取られては、その妹も怒るだろう」

 

「・・・!」

 

なるほど、上手いな、一刀。

そういう風に聞き出せば、秋蘭も話しやすいし、春蘭もきちんと理解できるだろう。

実際に、その後はとんとん拍子に進んでいった。

もう黙って人のはとらないし、麻婆茄子一つに対して餃子を二個渡すようにするだとか言いながら、二人は仲直りをしていた。

 

「ふふ、それでは姉者、お菓子を取る皿を持ってきてくれないか」

 

「ああ! ちょっと待っていろ!」

 

そう言ってだだだっ、とどこかへいき、だだだっ、と帰ってきた。

その手には皿を抱えており、嬉しそうな顔をしている。

 

「持ってきたぞ!」

 

「よし、それでは食べようか」

 

「おう! ・・・む? 秋蘭、これをいただくぞ!」

 

「・・・!?」

 

「・・・あー、流琉」

 

「・・・えと、季衣」

 

俺は流琉の手をつかみ、一刀は季衣の手をつかむ。

 

「逃げるぞ」

 

二人同時にそう言って、全速力で駆け出した。

もう、面倒見切れん! 

 

・・・

 

ある日、中庭を何気なく歩いていると、急に地面が消えた。

 

「うおっ!?」

 

急いで天の鎖(エルキドゥ)を上から張り巡らせ、落下を阻止する。

・・・ふう。地面が消えたと思ったのは、落とし穴に落ちたからか・・・。

 

「全く、こんなところに落とし穴を作るなんて」

 

誰だろうか。一瞬で浮かんでくる候補は蒲公英と荀彧だけど。

・・・下には蠢く爬虫類。こういうタイプの精神的にくる罠を仕掛けるのは、荀彧のほうか。

 

「はぁ・・・とりあえず、下の爬虫類たちは逃がして、穴は埋めておくか・・・」

 

ふむ、これはまた、たくさん集めたなぁ。

とりあえず落とし穴を一つ埋めることに成功し、ふぅとため息をついて歩き始める。

・・・二歩目を踏み出した瞬間、地面が消えた。

 

「またかっ!」

 

天の鎖(エルキドゥ)にお世話になりながら、全く、とつぶやく。

次はただの落とし穴だ。・・・うーむ、いくつも落とし穴を作る手口は蒲公英のものだが、これはどちらのなんだろうか。

宝具をフル活用して穴を埋めて、再び一歩を踏み出す。

瞬間、無重力かの様な感覚にとらわれる。

 

「・・・」

 

無言で鎖に引き上げられつつ、ぷつんとどこかで何かが切れた。

 

王の(ゲートオブ)・・・」

 

右手を上げる。宝剣聖剣魔剣聖槍魔槍・・・さまざまな宝具の原典が空中に待機する。

 

財宝(バビロン)ッ!」

 

地面に突き刺さっていく宝具たちは落とし穴を隠すカモフラージュを吹き飛ばし、落とし穴を白日の下へ曝け出す。

 

「・・・こんなに作ってたのか。全く、二人とも懲りないんだから・・・」

 

落とし穴を埋めつつ、地面を平らに整地していく。

後で、それとなく注意しておくか。

 

・・・

 

「ギルさんっ、大変なんですっ」

 

「どうした、月」

 

慌てた様子でこちらに走ってきた月を落ち着かせて、話を聞いてみる。

何でも詠についての話らしいが・・・。

 

「あの、信じられないかもしれませんが・・・詠ちゃんは、不幸を溜め込む体質なんです」

 

「・・・ほほう」

 

周りの不幸を肩代わりしている、ということだろうか。

おおむねそんな認識で間違っていないらしい。

そして、その溜め込んだ不幸が辺りに撒き散らされることがあるらしい。

 

「で、それが今日だと?」

 

「・・・はい」

 

もうすでに、それらしき現象がいくつか起きているらしい。

空腹で倒れた恋を介抱していた詠と響が、ねねの持ってきたお茶を掛けられ服をびしょびしょにされたこと。

その後、着替えた詠が紫苑とぶつかり、メイド服が少し破れてしまったこと。

それを紫苑に直してもらった後、部屋から出るときに璃々とぶつかりそうになり、紫苑の手を掴もうとして服を掴み、びりびりに破いてしまったこと。

その余波で、璃々のお菓子が抜きになったこと。

 

「・・・なるほど」

 

詠から月が聞いた話はそれだけらしいが、今また何か不幸な現象を起こしているのかもしれない、と月は締めくくった。

 

「それで、ギルさんにお願いなんですけど・・・」

 

「ん?」

 

「ギルさんの能力で、幸運って高いですよね?」

 

「・・・ああ、そういうことか」

 

不幸が溜まり、詠の近くに降りかかるなら、それを相殺するように幸運の高い人が一緒にいればいい。

月はその考えに至り、俺に詠の手助けを頼むために探していたらしい。

 

「いいよ。他でもない詠のためだ。そのくらいならお安い御用だ」

 

「・・・気をつけてくださいね」

 

・・・え、そこまで覚悟が必要なこと!? 

 

・・・

 

詠を見つけるために人づてに目撃情報を聞いていると、荀彧が新しく掘っていた落とし穴に春蘭が落ちたとき、近くに詠がいたり、荷物を届けにきた業者が荷台を引かせていた牛が倒れてしまったときに詠が近くにいたり・・・。

何か不幸な出来事が起きた場所をたどっていけば、必ずと言ってもいいほど詠の目撃情報があった。

とりあえず、詠には近づかないようにすること、と軍部に通達し、将や兵に近づかせないようにした。これ以上、犠牲を増やすことは無い。

一刻も早く合流して、詠の不幸を何とかしないと・・・。

 

「あわわ、ギルさん、大変ですっ。軍師会議で、皆さんが・・・!」

 

城の通路の向こうから走ってきた雛里があわあわと慌しくまくし立ててきた。

 

「落ち着いて、雛里。深呼吸をしてくれ」

 

「は、はひっ、す、すぅ、はぁ・・・すぅ、はぁ・・・」

 

数回の深呼吸で落ち着いた雛里は、ゆっくりと話し始める。

さして重要な軍議ではなかったため、お菓子でもつまみながら話し合おうということになったらしい。

ところが、そのお菓子やお茶がまずいことになっていた。

お茶はめんつゆに、肉まんは中身が入っていないスカスカなものになっており、煎餅はかなり古くカチカチになったものだった。

雛里は小腹が空いていたため、事前に少し食事を取っていたらしい。そのため、お菓子に手をつけることなく無事だったのだが、他の軍師は軒並みノックダウン。

なぜか放心しているという詠を残して、助けを求めに雛里は走っていたとのことだ。

 

「分かった、会議をしていた場所へと案内してくれ」

 

「はいっ。こちらです」

 

そう言って走る雛里の後ろについていく。

そのまま軍議を開いているという部屋の前に着くと、声が聞こえてきた。

先に月が何人かを連れてここに来ていたらしい。

 

「近づかないほうがいいわよ。あんたたちもこうなりたくなければ・・・ね」

 

なんだ、立てこもりの犯人みたいな事言ってるぞ、詠。

 

「詠ちゃん、もしかして・・・」

 

「ええ。やっぱり、あれみたいね。久しぶりだから、かなりやばいかも」

 

「ふむ・・・詠よ、不幸体質とは本当なのか?」

 

月に続いて、星が詠に質問する。

詠はもうあきらめた、とでも言うような口調で

 

「これを見たら分かるでしょ。これが不幸体質なのよ」

 

扉を開け、中に入ると、自嘲するかのような表情をしてそう言っている詠がいた。

 

・・・

 

あの後逃げるように去って行った詠。

それを追うより先に、軍師たちの介抱をする必要があった。

武官と違って体が弱いからな。もしかしたら長引く可能性もありうる。

 

「華佗からいろいろと貰っておいてよかった」

 

龍を素材とする薬を飲ませつつ、月に話しかける。

 

「月、詠のこれからの予定は分かるか」

 

その問いかけに、月ではなく星が答える。

 

「む、それならこれから私たちと訓練だったはずだが・・・」

 

「・・・星、急いで訓練の中止を伝えて来い」

 

「了解した」

 

そういうと、星は軽い足取りで走り去っていく。

あの速さなら、詠を追い抜いて先に撤収させる事も可能だろう。

 

「よし、大体大丈夫だな。後は任せたぞ、月、荀彧、雛里」

 

「はい」

 

後は三人に任せて、俺は詠を追う。

 

・・・

 

・・・体質の事を完全に失念してたわね。

 

「ふぅ、しばらく無かったからなぁ」

 

いつからだろう。確か、最後に溜まった不幸が降りかかってきたのは・・・ギルがくるちょっと前ね。

という事は、かなり溜め込んでるんじゃないかしら。

でも、あれだけの数の軍師に不幸が降りかかったわけだし、おそらくアレは終わったわね。

 

「・・・他の軍師たちの代わりに訓練を見に行かないと」

 

みんなの分まで働いて、汚名返上よっ。

 

「なに、朱里がっ!? ・・・それは恐ろしいな」

 

「うむ。私も最初は笑っていたのだが、あの惨状を見ると、流石に眉唾とは思えん」

 

訓練をしている場所へと着くと、愛紗と星がなにやら話し合っていた。

 

「何やってるの。訓練中に兵士を放っておいて雑談なんて」

 

「こ、これは詠!? ど、どどどうしたのだ?」

 

「噂をすれば影。・・・なるほど、恐ろしいな」

 

「なによ。何の話?」

 

私が聞くと、二人は顔を見合わせていや、なんでもないぞ、と口を合わせたように答えた。

・・・二人が後ずさりしているように見えるんだけど、それは気のせいなのかしら。

ためしに一歩近づいてみる。

 

「・・・」

 

ずざっ、と近づいた分だけ離れる二人。

 

「・・・」

 

もう一歩近づく。同じ分だけ二人は離れる。

 

「ははは、どうした、詠。そんなに怖い顔をしていると、鬼も逃げてしまうぞ?」

 

「うむ。娘はやはり笑顔が一番だと思うのだがな」

 

「ええ、ボクもそう思うわ。・・・ねえ、何でさっきから距離が縮まらないのかしら」

 

良く見ると、ボクが近づくと、将軍である二人だけじゃなく後ろの兵士たちも同じ分だけ後ずさっている。

・・・どう見ても避けられてるわね。

 

「あ、あいたたた。急にお腹の調子が・・・」

 

「む、大丈夫か星。これはいかん、訓練どころではないようだな」

 

「・・・ちょっと。将軍が仮病でずる休みなんて士気にかかわるわよ? ちゃんとなさい!」

 

「む、兵の皆も腹の調子がおかしいらしい。先ほど食った肉まんにあたったのだろう」

 

そう言って星が目配せすると、兵士たちもお腹を抱え始める。

仮病だって言うのがばればれで、バカバカしくなってくる。

 

「む? ・・・う、うぐ、何だこれは・・・まさか、本当に・・・?」

 

「これでは訓練にならないな。今日はこれにて終了とする!」

 

そう言って兵士たちに解散を宣言すると、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。

・・・馬鹿ね、もう不幸は終わったのに。って、知らない人には分かるわけもないか。

 

「はいはい。邪魔者は消えるわよ。ふんだ!」

 

そう言って背中を向けた私は、演技ではなく、本当に腹痛に襲われている二人を見る事はなかった。

 

「う、うぅ・・・っ。愛紗、私はこれで失礼するっ」

 

「え? ・・・ちょ、ちょっとまて、私もお腹が・・・!」

 

・・・

 

お腹を抱えながら疾走する星と愛紗を見つけた。

 

「星、愛紗! 詠は!?」

 

「分からん。どこかへ去っていった。・・・いつつ・・・!」

 

「すみませんギル殿、失礼しますっ」

 

そう言って、二人は走り去っていった。

・・・詠、まだ不幸が残ってるのか・・・。

とりあえず、詠の性格からして城から出ているはずだ。

城の中には詠の体質の事を知っている人たちばかりだからな。

って、街に出たらさらに被害が広がらないか・・・!? 

 

「まずいな・・・間に合えよ!」

 

街へ出て大きい通りを走ると、詠と凪が話しているのが目に入った。

周りには・・・頭上の籠から・・・蛇が落ちそうになってる!? 

 

「おっちゃん、この籠借りるよ!」

 

「ええっ!? ギル様、いったい何を・・・!」

 

『幸運にも』近くにあった空の籠を引っつかむと、凪の頭上に構える。

どさどさ、という感覚と共に、落ちてきた蛇が籠へと入ってくる。

 

「すいませーん! 食用の蛇を落としちまいましたー!」

 

「ああ、こちらで受け止めた! 気をつけてくれよー」

 

「ギルっ!?」

 

「ぎ、ギル様っ!?」

 

「ふー。危なかったな」

 

驚く二人を尻目に、持ち主に蛇と籠を返す。

 

「悪いな、いきなり。凪は街の巡回に戻ってくれ。ほら、あっちから沙和と真桜が来てる」

 

「は、はいっ。それでは、失礼します、詠さん、ギル様!」

 

少し緊張した面持ちで去っていく凪を見送り、詠のほうに振り向く。

 

「ようやく見つけた。全く、探したんだぞ」

 

「ボクの事、聞いてないの?」

 

「聞いてる。不幸が降りかかる一日があるんだって?」

 

「・・・なら、離れてなさいよ。あんたも、不幸になるわよ」

 

「ならん。なぜなら、俺の幸運ランクはA++だからな」

 

「なにそれ」

 

くすり、と笑みを浮かべる詠

 

「とりあえず、城に戻るわ。まだ不幸が終わってないなら、町にいるわけにはいかないもの」

 

「ああ、そうしようか」

 

城へと戻り、東屋で休憩しようとすると、兵士から声を掛けられる。

 

「ギル様ー!」

 

「ん?」

 

声の聞こえてきた方向に身体を向けようと立ち止まると、べちゃっ、と何か液状のものが落ちた音がした。

恐る恐る視線を向けてみると、目の前に鳥のフンが落ちていた。・・・危ない。『幸運にも』呼び止められてなければ、直撃してたな。

 

「・・・どうした。って、蜀の」

 

「はい。これを渡すように、と諸葛様から・・・」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

「それでは!」

 

そう言って去っていく蜀の兵士。

 

「なに、それ」

 

「ん? 分からない。たぶん、町の整備がらみだと思うんだけど」

 

「ふぅん・・・」

 

詠からの質問に答えながら、東屋を目指す。

・・・近くにみんなの気配を感じる。

たぶん、巻き込まれないようにしながら詠の不幸が終わるのを確認するつもりだったんだろう。

 

「あ、着いたぞ、詠」

 

「そうね。なんだか、今日は朝から慌しかったから座るのが久しぶりな気がするわね・・・」

 

そういいながら、ベンチのような椅子に座る詠。

俺も詠と卓を挟むようにして背もたれの無い長椅子に座る。

 

「それにしても、助かったわ。あんたみたいなのがいれば、不幸も何とかなりそうだし」

 

「そうか? 詠にそう言ってもらえるなら、助けにきた甲斐があったな」

 

「・・・全く、そういうこと、真顔で言うんじゃないわよ。馬鹿」

 

「ははは、ごめんごめん」

 

それから、詠の不幸体質がいつから始まったのか、なんて話をしながら時間をつぶしていると

 

「ギールーさーんー!」

 

「どうっ!?」

 

背後から誰かにタックルされた。

それによって机に突っ伏すように倒れこむ。

強かに顔面を打つが、全く痛くない。・・・でも、びっくりしたぁ。

 

「危ないのだー!」

 

そして、その直後。

先ほどまで俺の頭があったであろうところに、何かが飛んできた。

ずどん、と鈍い音が聞こえるが、何があったのかは分からない。

 

「ねーねー、なんか今日私お茶被ってから微妙に不幸なんだけど! さっきも水汲みの途中で転んじゃってー!」

 

「きょ、響か? ああ、うん、わかったから、とりあえずどけてくれ!」

 

背後で騒ぐ響と何故か震えている詠。何だこのカオス空間。

鈴々がごめんなのだー、と謝って近づいてくる足音が聞こえる。

そんな中、ようやく身体を起こすと、次は思いのほか背中の響が引っ張る力が強く、仰け反るように後ろに傾いた。

 

「おっとっと」

 

何とか倒れないように耐えていると、目の前を高速で何かが通り過ぎていく。

 

「・・・ボク、今すごいものを見たわ・・・」

 

「ふぅ、ほら響、どうしたんだ?」

 

何とか体勢を建て直し、呆然としている詠を尻目に響から話を聞く。

 

・・・

 

「・・・ねえ、今のって・・・」

 

草むらの影から、桃香が半ば呆然としながら口を開く。

 

「・・・ええ、響がギル殿に飛び込んだ瞬間、ギル殿の頭があったところに鈴々の蛇矛が吹っ飛んできて、柱に突き刺さりましたね」

 

「しかも、その後後ろに引っ張られて仰け反ったときに、鈴々ちゃんが振り回した蛇矛がお兄さんの目の前通っていったよね・・・」

 

「あれは、仰け反っていなければ直撃していましたね」

 

「・・・『幸運にも』、響が飛んでこなければギル殿は・・・」

 

「へぅ、ギルさんの幸運は、やっぱりすごいです・・・」

 

「えーっと、らんくえーぷらすぷらす、っていうのだったよね。それってどのくらいなの?」

 

「ええっと、確か基本の値をを1としたら、えーぷらすっていうのは、ええっと、えーが50で、ぷらすぷらすの効果で三倍まであがりますから・・・」

 

「普通の人の150倍の幸運!?」

 

「袁家ですら勝負にならない位の幸運ですね・・・」

 

全員が驚きながら再びアーチャーを見る。

 

「・・・まぁ、納得だよね」

 

「月、もしよければ、今度ギル殿のすべての能力値を教えてくれないだろうか」

 

「ええっと、ギルさんに許可を得るなら、全然大丈夫ですけど・・・」

 

ほんとに聞くんですか? と視線で訴えてくる月に、愛紗はゆっくりとつぶやく。

 

「・・・うむ、覚悟して聞くとしよう」

 

・・・

 

「でねでね、もうハサンがいなかったら私今頃六着ぐらい着替えてたんだよー・・・」

 

背中に飛び込んできた響は、それからというものマシンガントークを続けていた。

俺と詠は時たま笑いながら話を聞いていくんだが、さっきの鳥のフン以来不幸は起きていないようだ。

 

「・・・詠」

 

「うん、もう終わったみたいね」

 

安心したように笑う詠に笑顔を返しながら、俺は響を慰める。

 

「ほら、響。そろそろ部屋に帰ろうか。日も暮れてきたし、身体も冷えるぞ?」

 

「・・・うん。もう帰るぅ」

 

すっかり凹んでしまった響をつれて、俺は詠と共に城の通路を歩く。

さて、いろいろあったが、これで詠の不幸な一日は終わったと思っていいだろう。

 

「詠、これからは不幸の日になったら俺のところに来るんだぞ?」

 

「ええ、もちろんそうするわ。あんたの幸運、馬鹿に出来ないってわかったしね」

 

・・・




「おにーさん、容赦ないですねー」「そりゃあ、勝負だからな。負けるわけにもいかないだろう」「顔面にあたったのは痛そうでした~」「あー、後で一刀には謝っておくよ」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第六話 将との出会いと戦いに

出会いは大切にしましょう。


それでは、どうぞ。


「ねえお兄さんっ」

 

「お、桃香か。どうした?」

 

蜀への屋敷へ行く道中、桃香に出会った。

桃香は嬉しそうに笑うと、俺の腕に抱きつき、お出かけしよーよ! と上目遣いで誘ってきた。

出会うたびにこうして腕を組まれ、二つの凶器を押し付けられてきて大変だったのだが、最近ようやく慣れてきた。

 

「んー、それも」

 

「ギル殿!」

 

それもいいが、仕事があるんだよ、と続けようとしたとき、後ろから愛紗の声が聞こえる。

・・・しかも、若干ご立腹気味だ。

 

「あ、愛紗ちゃん!」

 

「おはようございます。・・・ギル殿、どこかへお出かけですか?」

 

「い、いや、違うよー? 大丈夫、ちゃんと訓練のことは覚えてたから」

 

「・・・本当ですか? 桃香さまのお誘いに、ずいぶんと乗り気のようでしたが?」

 

・・・聞いてたんですね、愛紗さん。

でもそれ、まだ答えの途中だったんですよ。いや、本当に。

 

「ほ、本当だって!」

 

おそらく怒っている理由は勘違いからによるものだが・・・今は逃げの一手だ。

この世界の将たちは、宝具さえあれば英霊と打ち合えそうな娘が何人かいるから困る。

愛紗もその中の一人で、青龍偃月刀の一撃はこのサーヴァントの身体でも痛みを感じるときがあるほどだ。

なので、怒らせてこの場で仕合になるよりは平和的に逃げる方が良い。

 

「・・・そうですか。では、訓練場まで行きましょう」

 

「あ、ああ。でも、俺屋敷にとりに行くものあるんだ。先に行っててくれないか、愛紗」

 

俺がそういうと、愛紗は俺を見た後、ちらりと桃香を見て、少し目を伏せた後

 

「分かりました。急いでくださいね」

 

きりっとした口調でそう言ってきびすを返し、城へと向かっていった。

その愛紗の後姿を見ていると、急に桃香が

 

「お兄さん、私、ちょっと愛紗ちゃんとお話してくるね?」

 

「おう。・・・悪いけど、ちょっと説明しておいてくれるか?」

 

「ふふ、りょーかい。あ、そうだ。お兄さん、用事があるのに誘っちゃってごめんねっ」

 

両手を合わせ、謝意を表す桃香に、大丈夫、気にしてないよ、と返すと、桃香はもう一度ごめんね、と謝ってから城へと走っていった。

少しして愛紗に追いついた桃香が呼び止めるのを見てから、俺も蜀の屋敷へと向かう。

 

「・・・今日の訓練、ちょっと厳しくなりそうだなぁ・・・」

 

全力で振るわれる愛紗の青龍偃月刀を必死にさばいている俺の姿が容易に想像できた。

・・・うん、良い稽古になると思おう。

 

・・・

 

その後、覚悟して訓練場まで顔を出すと、すでに兵士たちは訓練を始めていた。

愛紗はというと・・・。

 

「・・・あ、あの、ギル、殿」

 

・・・あれ? 

あまり怒っていないように見える。

 

「どうかしたのか? 愛紗」

 

「い、いえ。・・・先ほどは、すこし早とちりをしてしまったようで・・・」

 

ああ、なるほど。さっき追いかけていた桃香に事情を説明されたんだろう。

誤解が解けたんなら良いや。元々そんなに気にしていたわけじゃないし。

 

「はは、誤解が解けたんなら何よりだよ、愛紗。・・・よし、これでこの話は終わりだな」

 

「そう言っていただけると助かります」

 

そう言って微笑むと、愛紗はすぅ、はぁ、と深呼吸を一度してから、先ほどまでの目じりが下がったような弱気な顔ではなく、いつもの凛々しい表情を浮かべる。

 

「では、久しぶりに手合わせをお願いします」

 

「・・・ああ、お手柔らかにな」

 

「それはこちらの台詞・・・ですっ!」

 

言い切ると同時に青龍偃月刀を低く構えこちらに突っ込んでくる愛紗。

地面すれすれを低空飛行する龍のように迫る切っ先は、大戦が終わる前の俺なら視認すら難しかっただろう。

だが、今は違う。

青龍偃月刀の軌道の予測すら出来るようになった俺は、半歩だけ引いて、エアを横薙ぎに振るう。

ちょうど下から切り上げるように迫っていた偃月刀にぶつかり、甲高い音と共に偃月刀は横に弾かれ、一瞬の隙が出来る。

 

「なっ・・・!?」

 

弾かれたことが予想外だったのか、愛紗は目を大きく開いて驚きをあらわにする。

だが、そんな動揺も一瞬で無くなり、横に弾かれた勢いを使って独楽のように一回転。

勢いをつけた高速の一撃を、エアを振った後のがら空きの右半身に叩きつけるように振るう。

 

「食らうかっ!」

 

速度が最高速になる前に、自分から青龍偃月刀にぶつかりに行く。

鎧の肩の部分にあたるようにして、衝撃を弱める。

ぶつかり合った鎧と偃月刀が火花を散らし、俺と愛紗が同時に顔をしかめる。

俺は言わずもがな、鎧に偃月刀が当たった衝撃で。流石にすべての衝撃をなくすことは出来なかった。

愛紗は、たたきつけた偃月刀からの反動が思いのほか強かったのか、体を硬直させていた。俺も槍なんかの長物に慣れないときは良くそれに苦しめられた。

 

「は、あっ!」

 

「お、りゃあっ!」

 

再び振るわれた武器が、火花を散らす。

どちらも、相手に当てることを考えたものではない一撃だ。

牽制程度にぶつけた一撃の後、お互いに距離を取る為、後方に跳んだ。

ざり、という土を踏みしめる音がやけに大きく聞こえた。

 

「・・・流石です、ギル殿。あの戦乱を戦い抜いただけはありますね」

 

「いやいや、それはこっちの台詞だよ、愛紗。大戦のときはその力を振るっていたと思うと、改めて敵じゃなくて良かったって思うぜ」

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

腰に手をつけ、ふぅ、と一息。

右手にはエアを持ち、警戒も緩めてはいないが、今の攻防で結構精神をすり減らした。

一息つかないとやってられない。

 

「やはり、あなたのような方には、私のような無骨者よりも――」

 

愛紗は小さな声で何か呟いたが、離れていて何も聞こえなかった。

再び暗い顔をした愛紗が心配になってきた。悩みでもあるのだろうか。

 

「・・・どうかしたのか、愛紗? 何か、悩み事でもありそうな顔だけど」

 

「い、いえっ。何もありません!」

 

慌てて顔を上げた愛紗がそう答えるが、何もないようには見えない。

・・・今は、無理に聞かない方が良いかな。

 

「そう?」

 

「ええ。お気遣い、ありがとうございます」

 

「どういたしまして。でも、何かあったら言ってくれよ? 愛紗がそんな様子だと、俺も元気なくしちゃうから」

 

だから、いつでも相談してくれよ、と笑顔で伝える。

笑顔は人との潤滑油。暗い顔で元気を出せといっても説得力は無いのです。

 

「・・・ええ、分かりました」

 

愛紗も笑顔を返してくれる。

うん、やはり――

 

「笑顔のほうが、愛紗は綺麗だよ」

 

「っ!?」

 

「はは、照れてる愛紗は可愛いなぁ。・・・ほら、続きと行こうじゃないか、愛紗」

 

「ギル殿はずるいです・・・」

 

「ほめ言葉にしか聞こえないね」

 

「・・・ふふっ。行きますよ?」

 

「おう! ドンと来い!」

 

「はいっ!」

 

偃月刀を握りなおした愛紗が、一瞬のタメの後弾丸のように飛び出す。

愛紗の攻撃は激しくなったが・・・少し、すっきりした表情をしているのを見て、まぁいいか、と思ってしまった。

 

・・・

 

結局決着はつかず、兵士たちの休憩に合わせて俺たちも手合わせを終了させた。

木陰の近くにあるベンチに腰掛けると、疲れがどっと押し寄せるようだった。

あー、もう一週間くらい動かなくていいんじゃねえかなぁ、とか思うくらいには疲れた。

 

「お疲れ様です、ギル殿」

 

「愛紗もお疲れ様・・・ってほどには疲れてなさそうだな」

 

「ええ、いつもは鈴々や恋、星と共に手合わせをしているので。まだまだいけますよ」

 

もう一戦しますか? と視線だけで聞いてくる愛紗に首を振って断りを入れる。

少し残念そうにそうですか、とつぶやいた愛紗は、俺の隣に腰掛ける。

 

「ですが、ギル殿もあまり疲れているようには見えませんよ?」

 

「んー、意識的に力を制限してるからかな。その精神的な疲れなのかも知れない」

 

流石に英霊の力を全力で振るうわけにも行かず、意識して魔力の循環を抑えることによって、ステータスのランクをいくつか落としている。

いやはや、そのやり方を身に着けるまでが大変だった。

まぁ、そのおかげで力押しではなく、きちんとした技術を身に着けていくことが出来ているのだが。

ステータスはたぶん全体的に2つ1つくらい落ちてるんじゃないだろうか。

それ以上下げると、愛紗や恋に力で押し負けるため、そこがギリギリの妥協ラインだ。

というか、ステータスのランクCとかDに生身で追いつくとかこっちからしたら驚き以外の何物でもないんだけど。

 

「・・・制限してアレですか」

 

「まぁ、人間とは一線を画してるのが英霊たちだからなぁ」

 

「実際に戦うと、その言葉が身にしみますね。そのおかげで良い訓練になるのですが」

 

愛紗と話していると、休憩が終わった。

 

「さて、次は兵士の訓練だな」

 

先ほどまで走ったり組み手をしていた新兵を、俺と愛紗で集め、別々に手合わせしていく。

数合も持たずに吹き飛ばされるのがほとんどだが、慣れてくると持ちこたえるようになってくる。

それから、だんだんと手加減を弱めていけば、そのうち戦える兵になっていく。

 

「よいしょっと。はい次っ!」

 

こうして、午前中は兵士を吹き飛ばして過ごした。

 

・・・

 

昼の休憩に入ったので、厨房へと向かう。

 

「あ、にーさま!」

 

エプロンをつけ、鍋や包丁を用意している流流に出会った。

食材から見るに・・・チャーハンだな。

 

「流琉か。今から調理か?」

 

「はいっ。あ、にーさま、お昼は食べましたか?」

 

「いや、まだだけど」

 

「良かった。なら、今からおつくりしますね!」

 

「本当か? 助かるよ」

 

「えへへっ、それじゃあ、座って待っててください」

 

「了解。あ、なんか手伝うことあったら遠慮なく言ってくれよ」

 

「はい」

 

嬉しそうにそういうと、鼻歌でも歌いそうなくらいに上機嫌で調理を始める流琉。

 

「ん~ふふーん」

 

訂正、鼻歌を歌うぐらい上機嫌に料理し始めた。

手際は華琳が認めるほどのものなのでもちろん早いし丁寧だ。

俺はそんな流琉の後ろ姿を見ながら、妹がいればこんな感じなのかなぁと微笑ましく思っていた。

 

「よしっ、良い出来」

 

味見をした流琉が、頷きながらそう言った。

料理が出来たらしい。皿にチャーハンを移すと、卓へと運んでくる。

 

「はいっ、どうぞ、にーさま」

 

「ありがとう。いただくよ」

 

「どうぞっ」

 

レンゲですくって口へと運ぶ。

・・・うん、やっぱりおいしい。

 

「ど、どうですか・・・?」

 

「おいしいよ。流琉も食べたらどうだ?」

 

さっきから拳を握って俺がチャーハンを食べる一挙一動を見ている流琉にそう促すと、そうしますっ! と元気に返事をしてくれた。

二人で他愛も無いことを話しながら食事をしていると、チャーハンはすぐになくなってしまった。

 

「ごちそうさま」

 

「お粗末さまです。お茶、飲みますか?」

 

皿を片付けた流琉が、茶葉を手に持ちながら聞いてくる。

欲しいな、と答えると、ちょっと待っててくださいね、と準備に取り掛かる。

 

「はい、お茶です」

 

ことり、と湯飲みが置かれる。

お礼を言ってから一口飲む。・・・当然のことながら美味い。

 

「あ、そういえば、華琳様がにーさまのこと探してましたよ」

 

「え? 華琳が?」

 

「はい。急ぎの用事ではないとおっしゃっていましたが・・・」

 

「そっか。なら、落ち着いたら行ってみるかな」

 

ずず、とお茶を飲みながらなんで呼ばれたのか、と考える。

んー、別に華琳の機嫌を損ねるようなことしてないし・・・。

それとも、前の会議の時に話していた経済支援のことだろうか。

 

「むむー」

 

「どうかしたんですか、にーさま」

 

「いやぁ、なんか華琳に呼ばれるようなことしたかなぁと」

 

「・・・確かに、そうですよねぇ」

 

というか、華琳が直接呼ぶなんて相当なことなんじゃなかろうか。

まさか、第八のサーヴァント呼び出したとか? 

・・・本当にそうだったらすぐに呼ばれるよな。

全く予想がつかないぞ・・・

 

「ふぅ・・・。ま、行けばわかるか」

 

流琉の入れてくれたお茶を飲み干し、再びお礼を言ってから厨房を後にする。

 

・・・

 

道行く兵士に華琳の居場所を尋ねると、玉座の間にいると聞いた。

玉座の間ということは、何か政務での話だろうか。

 

「華琳ー? いるかー」

 

「いるわよ」

 

珍しく一人のようだ。

春蘭とか秋蘭とか荀彧とか凜とか側近がいないのは珍しい。

 

「何か用だって?」

 

「ええ、あなた、これから時間はある?」

 

「有り余ってる」

 

「そう。なら、ちょっと来なさい」

 

そう言って先に歩いていってしまう華琳。

・・・何の用かはいまだに分からないが、とりあえず着いていかないと。

 

「・・・この辺でいいかしら」

 

あまり人の来ない中庭へやってきた。

セイバーと一緒に宝具を使って戦う時なんかにここは良く使うので、ここにあまり近づかないのは暗黙の了解みたいになっている。

 

「で、何の用なんだ? そろそろ教えてくれよ」

 

「ええ、もちろん。用というのは簡単よ。あなたの宝具を見せて欲しいの」

 

「・・・はぁ」

 

今のは呆れた、というはぁでは無く、そうですか、というニュアンスのはぁ、だ。

 

「以前見た時は唐突だったし、混乱もしていた。落ち着いてきた今、あなたの力を少し見ておきたいのよ」

 

あなた、三国の中で一番ありえない存在だから、と締めくくった華琳。

それは俺も思う。英雄王の能力というのは本当にありえないくらいに反則(チート)だ。

・・・まぁ、本気で全力を出した場合は、という前提があるが。

 

「ええっと、あなたの宝具は宝物庫と乖離剣の二つでいいのよね?」

 

「ああ。その二つが俺の宝具だと思って良い」

 

厳密には王の財宝(ゲートオブバビロン)天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)だが、わざわざ今言うことでもないだろう。

それに、横文字は華琳たちには難しいみたいだし。

 

「宝物庫の能力は、大量の剣を発射すること、でいいのかしら?」

 

「んー、それはちょっと違うかな。宝具の原典がすべて入っていて、それを発射したり使用したりすることが出来るってところだな」

 

「宝具の原典?」

 

「そう。英霊を英霊たらしめるものが宝具。で、その宝具の原典になったものがこの宝物庫には入ってる」

 

だから、剣だけじゃなくて槍も斧も鎌も縄も鎖も発射するぜ、と補足する。

何よそれ、反則じゃないの。と呆れる華琳に同意する。

 

「すべての英霊の宝具の原典がこの中には入ってる。だから、もちろんすべての英霊の弱点となる宝具も入ってる」

 

「・・・なるほど? ならば、あらゆる英霊に対して常に弱点をつける、というわけね」

 

「そうだ。そもそもギルガメッシュという英霊は『戦争そのもの』とまで呼ばれる力を持っている。ほら、兵や将や軍には勝てるだろうけど、戦争という概念には勝てないだろ?」

 

まぁ、原作の英雄王さんは油断と慢心のおかげで勝つ可能性が存在してるんだけど。

俺? 俺は言わずもがな、精神的に付け込む隙もあるしまだまだ鍛錬不足だ。『戦争そのもの』には遠い。

 

「ならば、乖離剣のほうは? 私は見たことが無いけれど、刀身の回転で旋風を巻き起こしたと聞いたけど」

 

「えーっと、乖離剣の説明は難しいな。・・・この世界がまだ、あらゆる生命の存在を許さなかった頃の生命の記憶の原初。その光景を再現する宝具、って言って通じる?」

 

「・・・ちょっと待ちなさい」

 

少し俯いた華琳は、頭に指を当てて考え込むそぶりを見せた。

 

「あらゆる生命を許さなかった頃、というのは?」

 

「えーと、それの説明は長くなるんだけど」

 

「構わないわ。今日は珍しく仕事が無いの」

 

「・・・なら、華琳はこの大陸が巨大な球体・・・地球、というものに張り付いてるって言ったら信じる?」

 

「はぁ? ・・・そんなの、裏側の人間が落ちるじゃない」

 

「ええっと、球体の中心が下なんだよ。重力っていうのがあってだな・・・」

 

それからしばらく、重力や引力についての話になる。

数十分をその説明に費やしたからか、華琳はきちんと理解してくれたようだ。

 

「・・・ふむ、地球の概念については大体理解したわ。で、それが何か関係するの?」

 

「地球って言うのは、最初、人間どころかどんな動物も植物も無かった。ただ、地獄が広がっていた」

 

「ああ、だから『あらゆる生命を許さない』のね」

 

「そ。だから乖離剣は別名『地獄を識るもの』とも呼ばれる」

 

「・・・はぁ、反則反則と言ってきたけど、ここまでとはね」

 

「そういわれると言い返せないな」

 

なんともまぁ、ありえない能力を貰ったよなぁ。

使いこなすのも大変だったが、隠しておくのはもっと大変だった。

 

「あ、宝物庫がどうなってるのか、実際に見せてちょうだい」

 

「構わないけど・・・どうすればいい?」

 

「あそこにちょうど良い人形があるわね。アレを目掛けてみて」

 

あの人形は・・・ちょくちょく宝具の標的となっている人形か。

基本この場所に置きっぱなしだもんなぁ。

 

「分かった。王の財宝(ゲートオブバビロン)

 

少しだけ扉を開き、十数本の宝具が人形を串刺しにする。

 

「これでいいか?」

 

「ええ、十分よ。そういえば、鎖も出せるのよね?」

 

「一応。天の鎖(エルキドゥ)!」

 

串刺しになった人形に、四方八方から拘束するように鎖が巻き付く。

宝物庫の扉はある程度離れた場所にも出現させることもできるので、そのまま鎖を戻すことによって相手を引きちぎることも可能だ。

・・・まぁ、英霊相手だと引きちぎる前に拘束から抜けられちゃうんで、対人間用だ。未だ引きちぎったことは無いけど。

 

「ふぅん、それ、便利ねぇ」

 

背筋が冷えるような笑みを浮かべた華琳が、嬉しそうにつぶやく。

 

「ねえ、あなたに頼みたいことがあるんだけど」

 

「ん? 構わないぞ。なんだ?」

 

この頼みの内容を聞かずに頷いてしまったことは、ここ最近でもっとも後悔したことである。

 

・・・

 

「ぎる、ちょっときて」

 

ある昼下がり。恋が現れ、俺をちょいちょいと呼ぶ。

手には軍神五兵(ゴッドフォース)。まさか、手合わせのお誘いだろうか。

 

「どうしたんだ、恋」

 

「ぎる、恋と・・・本気で、戦って欲しい」

 

「・・・えーっと?」

 

「恋も、今ある全部の力使う。ギルも、ほーもつこと、乖離剣使う」

 

「それ、本気で言ってるのか?」

 

「ん」

 

こくり、と首肯する恋。

いったい何がどうしてそんな結論に至ったのか・・・。

 

「・・・恋、天下一品武闘会出れなかった」

 

「え? なんでだろ。恋はかなり強いのに」

 

怪我するから出ちゃだめ、みたいな理由での出場拒否じゃないと思うんだが・・・。

ちなみに、麗羽が出ようとしていたのだが、怪我するとうるさいしたぶん初戦で負けるのが目に見えてるため、と出場拒否されていた。

 

「わかんないけど、みんなにお願いだから出ないでって言われた」

 

「・・・あ、そういうことか」

 

少し考えて答えに至る。

恋が強すぎて仕合にならないからだ。

軍神五兵(ゴッドフォース)を使っている時はもちろん、方天画戟を使っている時でさえサーヴァントを圧倒する飛将軍呂布だ。

そりゃあストレートに勝ち抜くに決まってる。

 

「だから、出れない分をぎると戦って何とかする」

 

「なんとかって・・・愛紗とか鈴々とかと手合わせすればいいじゃないか」

 

愛紗たちも武闘会前の良い訓練になるだろうし、恋もストレス(?)を解消することもできるだろうし・・・。

 

「んーん。思いきり、身体動かしたい。ぎるじゃないと、恋は受け止められない」

 

どれだけ本気で動く気なんだろう、この娘。

場合によっては城を半壊させるくらいまで覚悟しないといけないぞ、これは・・・。

 

「・・・いい?」

 

いつもならやんわりと断っているところだが、先日の華琳の頼みの内容を聞いてもうどうにでもなれー、となっていた俺は頷いてしまった。

俺もいろいろと溜まっていたんだろうか。今思い出しても恋との手合わせを承諾したのが信じられなかった。

 

「じゃあ、やる」

 

手に持った軍神五兵(ゴッドフォース)を構える恋。

形態は矛だ。ならば、スキルの絶武(ほこ、まじえ)無双(るにあたわず)が発動していると思っていいだろう。

防御に圧倒的に有利な補正を受けるスキルで、相手の防御行動に一定の妨害効果がある。

距離を取って戦うのが一番だが、それだと必中無弓(ゆみ、きそうかちなし)で打ち抜かれる。

下手すると打ち抜かれ、隙を無理やり作らされることになる。

一瞬とはいえ、スタン状態は絶体絶命のピンチだ。

しかも、赤兎無尽(せきと、いまだしなず)のおかげでダメージの自然回復までこなす万能武器となっている。

さらに恋自身の戦闘のセンスも合わせて考えると、勝率が見えない。

たぶん王の財宝(ゲートオブバビロン)の宝具の雨すら何とかするんじゃなかろうか。

 

「・・・こないの?」

 

「どうやって戦おうか考えてるんだよ」

 

とりあえず鎧は着て、エアを手に持っているものの、どう戦おうかという点については全く思いつかない。

 

「こないなら、恋から行く」

 

そう言って恋は肩に乗せていた軍神五兵(ゴッドフォース)を両手で構え、こちらに走りこみながら振り下ろす。

こうやって説明しているだけだとゆっくりに思えるが、恋がいく、と言い終わってからこちらに軍神五兵(ゴッドフォース)を振り下ろすまで、二秒も掛かっていない。

 

「ちょっ!」

 

慌ててエアを当て、軍神五兵(ゴッドフォース)を弾く。

危ない。とっさに防御行動を取りそうになったが、恋の攻撃に合わせるように攻撃して何とか相殺した。

・・・ステータスをセーブしてる場合じゃないな。

俺は急いで魔力を身体に循環させ、ステータスを元に戻す。

 

「ん、ぎるも、本気出した」

 

・・・最初の一撃を防げたのは奇跡みたいなものだ。

これは、全力で行かねば負ける。

 

「回れ、エア。恋も本気みたいだし、こっちも出し惜しみなしだ」

 

エアを回し、背後には宝物庫への扉を開けておく。

 

「恋は、こういう風に戦って欲しいんだろ?」

 

「そう」

 

ゆけ、と宝具たちに命ずる。

その瞬間、発射待機状態だった宝具たちが恋目掛けて飛んでいく。

 

「っ」

 

短く息を吐いた恋は、踊るようにステップを踏んで宝具の密度が少ないところへと移動する。

そこでしばらく宝具を弾いた後、また密度が少ないところへ・・・と何度か繰り返す。

いくつか恋の身体を掠る宝具もあったが、赤兎無尽(せきと、いまだしなず)によって軽症ならほとんどタイムラグ無しで修復する恋にはほとんど無視していいものとなっている。

改めて思うが・・・呂布に軍神五兵(ゴッドフォース)は鬼に金棒と同じかそれ以上の相性だ。

 

「は、はは・・・」

 

だが、滾る。

目の前の宝具の雨を凌ぐ英雄を見て、エアを握る手に力が入る。

 

「・・・止まれ」

 

降り注いでいた宝具の雨がぴたりと止まり、地面に突き刺さっていたものも、今にも発射されそうになっていたものもすべて宝物庫の中へ引っ込む。

 

「どうしたの? 疲れた?」

 

恋は軍神五兵(ゴッドフォース)を肩に担ぐいつもの格好で、息も切らさずに聞いてくる。

そんな恋に、違うよ、と答え

 

「発射しても意味無いから、止めたんだ」

 

回転するエアの刀身は、風を巻き起こし、木々を揺らす。

この状態のエアは、全力ではないにしろ天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)を放てるようになる。

その風で宝具が散ってしまうため、俺は宝物庫を閉めたのだ。

 

「行くぞ、恋。俺も今、すごく恋と戦いたくなった」

 

・・・

 

「あ、その洗濯物はそっちに干しておいて、詠ちゃん」

 

「了解。・・・にしても、洗濯するには良い天気よね」

 

「そうだね。すぐに・・・きゃっ!?」

 

「な、なによこれ!?」

 

洗濯物を干していた月と詠の二人は、突然の地震に慌てる。

すぐに収まったが、間隔を置いて何度か地面が揺れる。

 

「魔力反応・・・まさか、ギルさん!?」

 

「じゃあ、まさか・・・ギルが全力出すような相手が出たってこと!?」

 

アーチャーが全力を出せば、世界が揺れることはすでに知られていた。

ならば、今こうして地面が揺れているのも、アーチャーが全力を出しているからだろう。

そう判断した二人は、洗濯物を干すのも放り出し、魔力の反応があるところへと走った。

 

「全くもう、平和になったと思ってたのに!」

 

「ギルさん・・・!」

 

アーチャーの元へと向かう途中、響と孔雀が合流する。

 

「月ちゃん、これってやっぱり・・・?」

 

「たぶん、そうだと思います・・・!」

 

「・・・そっか。ハサン、先に行ってて! もし何かあるようだったら、ハサンが判断して」

 

響が虚空に話しかけるようにアサシンに話しかける。

気配遮断でいないように感じるだけで、アサシンは常に響の周りを警戒しているのだ。

 

「キャスター、何か異常は感知できた?」

 

「いいや、何も。セイバーと本気の手合わせでもしてるのかと思ったけど、この魔力はセイバーじゃないね」

 

「バーサーカーとかランサーとかは?」

 

「どれとも違う。既存の七つのサーヴァントのどの魔力にも当てはまらない」

 

「え・・・? じゃあ、八体目のサーヴァント!?」

 

孔雀が珍しく驚きをあらわにする。

キャスターはなにやらうんうん唸りながら、何が起こっているのかを把握しようとしているらしい。

途中で、後ろからセイバー組が追いついた。

 

「・・・やはり、ギルか」

 

セイバーは諦めたようにつぶやく。

やはり、の部分にはいっそう呆れのようなものが篭っていた。

 

「あ、あははー。ギルさんって罪な男だよねー」

 

「そうね。天変地異が起こったらまずあいつが真っ先に浮かぶものね・・・」

 

はぁ、とため息をつきながらも、走る足は緩めない詠。

 

「いたっ! あそこ!」

 

「あれ、ハサン・・・? 何で突っ立って・・・え?」

 

「ギル、誰と戦って・・・おや?」

 

「ん? おー、みんなそろって。どうした?」

 

「みんな、見に来た?」

 

全員がぽかんとした顔になる。

そこには、アーチャーと恋が武器を持ってたっていたからだ。

 

「え、えーと、ギル? 何をやってるのかな・・・?」

 

孔雀が少し引き気味に質問する。

地面はところどころ抉れ、木の葉は散り、壁には穴があいていた。

 

「何って・・・手合わせだけど。なぁ、恋」

 

「うん。全力の手合わせ」

 

「ば、ば、ば・・・」

 

「ば?」

 

「ば?」

 

詠の言葉に首をかしげる二人。

次の瞬間。

 

「馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁー! !」

 

詠の絶叫が、中庭にこだました。

 

・・・

 

「あんたね、自分が何振り回してたか分かってんの!?」

 

「・・・はい」

 

「恋、あんたも! こんな状況で宝具振り回したら騒ぎになるって分かるでしょ!?」

 

「・・・ごめんなさい」

 

先ほどまで暴風吹き荒れ火花散る戦場だった中庭で、ギルさんと恋ちゃんの二人は正座させられていました。

その目の前では、詠ちゃんが仁王立ちでお説教中です。

 

「大体、何でこんなことになったのよ」

 

「それは――――」

 

かくかくしかじか、とギルさんが詠ちゃんに説明を始めました。

・・・恋ちゃん、武闘会から外されて寂しかったみたいですね。

 

「・・・そう。確かに、今の恋じゃギルくらいしか相手できないわね」

 

「ぎる、悪くない。恋が無理やり誘った」

 

「いやいや、途中で自重を忘れた俺のほうが悪い」

 

「はいはい、分かったわよ。全く」

 

むすっとした顔で詠ちゃんは二人の言葉をさえぎりました。

 

「・・・とりあえず、この中庭何とかすること。いくわよ、月」

 

もう、走ってきたのが馬鹿みたい、とつぶやいてきびすを返す詠ちゃん。

慌てて後ろを追いかけます。

 

「あちゃー、改めてみるとやりすぎたなぁ」

 

「・・・頑張って直す」

 

「そだな、頑張るか」

 

・・・あの二人を二人っきりにするっていうのに若干の抵抗はあるけど、今は詠ちゃんの機嫌を何とかするのが先です。

暴れちゃったギルさんも悪いけど、詠ちゃんも詠ちゃんで心配したんだから、って素直に言えばいいのに。詠ちゃんはやっぱりツン子だなぁ。

 

「まぁ、そこが可愛いんだけど」

 

「月、何か言った?」

 

「んーん、なんでもないよ、詠ちゃん」

 

振り向いて質問してきた詠ちゃんに首を振りつつ答えます。

 

「ぎる、恋の所為で仕事増やしてごめん」

 

「気にしてないよ。だからそんな風に暗い顔するなよ」

 

ちらり、と後ろを見ると、恋ちゃんの頭を撫でているギルさんが見えました。

恋ちゃんも嬉しそうにして・・・とっても仲睦まじいですね。

・・・何故かは知りませんが、ちょっと戻って二人の作業のじゃま・・・げふんげふん、お手伝いしてあげたくなっちゃったなー。

 

「ふ、ふふふ、ふ」

 

「ゆ、月? ちょっと、目が怖いわよ?」

 

詠ちゃんに声を掛けられて顔を戻すと、詠ちゃんが変にこわばった顔をしていました。

 

「え? どうかしたの、詠ちゃん」

 

「・・・ううん、なんでもないわ」

 

変な詠ちゃん。

 

・・・

 

「水泳大会?」

 

本日は晴天なり。気温はかなり高く、政務室にいる雪蓮やシャオが暑い暑いと騒ぎ、蓮華が暑いわねとため息をついていた。

あ、ちょうどいい、と思った俺は、説得しやすそうな雪蓮に水浴びでもしたらどうだと持ちかけた。

 

「・・・ふぅん、水着、ねえ」

 

宝物庫から取り出した水着の中から一つ選びいろいろ弄っている雪蓮。

水を掛けたり引っ張ったりして水浴びに使えるのかどうかを確認しているようだ。

 

「いいじゃない、これ。幸い今日は急ぎの仕事もないし、暇そうな子を何人か誘って行きましょうか」

 

「よしきた。準備はこっちでしておくから、雪蓮は人集め頼んだ」

 

「あら、張り切ってるじゃない」

 

「当然だろ。龍を倒しに行ってまで作った水着だぜ。着てるところを見ないと倒した甲斐がないからな」

 

「そう? じゃあ、目の保養になりそうなのを何人か連れて行こうかしら。・・・あ、シャオは確定ね」

 

「ん、まぁそりゃあそうだろうな」

 

誘わなかったら後が怖いし、シャオがどんな水着を選ぶのかも気になる。

 

「意外ね。嫌がるかと思ったけど」

 

嫌がる? ・・・ああ、いつもシャオに迫られ絡まれてるからか。

 

「別にシャオのことは嫌いじゃないしな。ああやって好かれるのは嬉しいし。・・・ちょっと押しが強すぎるからこっちも引いちゃうっていうのはあるけど」

 

「でも、お淑やかなシャオとか想像できないでしょ?」

 

「・・・なるほど、確かに。あれもシャオの良い所なんだなぁ」

 

俺がそう答えると、雪蓮はにぱっ、と笑って

 

「そうよ、あの子は少し感情を素直に出しすぎるだけなんだから」

 

だから、きちんと受け止めるのよ、と雪蓮はどこか嬉しそうに言った。

 

「了解。分かったよ。それにしても・・・やっぱり雪蓮もお姉さんなんだな」

 

「ん?」

 

「いや、シャオのことキチンと分かってるみたいだし、妹の誤解解く思いやりもあるし」

 

「な、なーに、急に褒めて。何もでないわよ?」

 

いつものようにおちゃらけつつ、恥ずかしそうに苦笑いを返す雪蓮。

そんないつもとは違う雪蓮を見れて嬉しいみたいだ。雪蓮を見て、俺の顔には微笑が浮かんでいる。

 

「俺もシャオを見習って素直になってるんだよ。雪蓮も、素直に受け取っておけ」

 

「・・・ふふ、分かったわ。ありがとね、ギル」

 

「いえいえ。さて、じゃあそろそろ行くか」

 

「ええ。みんなも誘わなきゃだし。・・・あ」

 

「大丈夫。お酒も用意してある」

 

何かを思い出したとばかりに手を叩く雪蓮が何か言う前に答える。

俺の言葉を聞いた雪蓮は一瞬きょとんとしたがすぐに笑みを浮かべ

 

「あら、分かってるじゃない。それじゃ、楽しみにしてるわよ?」

 

「おう、期待しててくれ」

 

そう言って、雪蓮の部屋の前で俺たちは別れた。

さーて、一刀呼んで、兵士かき集めて・・・。ちょっと急ぐかな。

 

・・・

 

少し上流に行った川へとやってきた。

滝があったりといつもより起伏に富んだ地形となっている。

 

「ギールっ、お待たせー!」

 

「おおっと。シャオか。どうだ、水着は」

 

「えへへ、ぴったりだよ。どう? 悩殺されそう?」

 

背中に抱きついてきたシャオが俺の目の前まで移動してくる。

おお、紐じゃないですか。この子、三姉妹の中でも一番セクシー路線を突っ走ってるんじゃなかろうか。ロリぃのに。

 

「すごいな、シャオ。ここまでこの水着を着こなせるなんて」

 

できればスク水着て欲しかったけど。・・・っと、危ない危ない。口が滑った。

 

「んふふっ。こーんな風に、くっついてみちゃったりー・・・」

 

「こ、こら! シャオ!? ギルにそんな破廉恥なこと・・・!」

 

俺に背中を預けたまま艶かしい動きをするシャオに、とうとう蓮華が怒った。

だがシャオはそんなもの聞こえていないかの様に振舞う。

 

「どうどう? シャオのこと、お嫁さんにしたくなっちゃった?」

 

改めて考えると、こうやって堂々と気持ちを言えるっていうのはすごいよなぁ。

 

「しゃ、シャオ! もう、離れなさいって!」

 

「えー? お姉ちゃんもくっついちゃえばいいのに。ギルの背中、あいてるよ?」

 

「うっ・・・せ、背中・・・直接肌に・・・触れ・・・っ!」

 

シャオの言葉を聞いてからぶつぶつ言い始めた蓮華だが、すぐに川へと顔を突っ込んだ。

少しすると顔を上げてこちらを見据え・・・

 

「え、えいっ」

 

俺の背中に、少しだけくっついてきた。

 

「うおっ、蓮華冷たいなぁ。びっくりした」

 

まぁ、さっきまで川に入ってたしなぁ。そりゃ冷えるか。

 

「ふ、ふふふふふ。ここここのくらい、どどどうってことないわね」

 

「お姉ちゃん、声、すっごいどもってるけど・・・」

 

「気のせいよっ」

 

「ふぅん?」

 

「なによ?」

 

・・・どうでもいいんだけど、俺の身体を挟んでにらみ合うのやめてもらっていいですかね・・・? 

というか、蓮華といえば尻に目が行きがちだけど、胸もなかなか・・・。

だめだ。意識するといらんところに血液がいってしまう。何か別のことを考えないと。

 

「亞莎ちゃん、それ~!」

 

「きゃっ!? の、穏さまっ! やりましたね~」

 

「えへへ~、先手必勝なのですよぉ?」

 

きゃっきゃと戯れる亞莎と穏に目を向ける。

亞莎はスク水着用だ。あの野暮ったい感じと亞莎の鋭い目がちょうど良くマッチしていると思う。

穏は・・・あ、駄目だ。また血液が・・・。あの胸、桃香と良い勝負・・・いや、穏の方が攻撃力は上か!? 

とにかく、あの二人は駄目だ。他には・・・。

 

「んー、このお酒、おいしいわねぇ」

 

「何でも、ワインと言うらしいが・・・」

 

「ぷはぁ~! 何杯でもいけるわね!」

 

パラソル(のようなもの)の下で酒を飲みつつ涼む雪蓮と同じく酒を飲みつつ本を読んでいる冥琳が視界に入った。

雪蓮は赤、冥琳は黒の・・・って、あっちも駄目じゃないか。何で呉には巨乳が多いんだ。全く、けしからん。

最後の砦、滝行をしている思春と明命に目を向ける。

 

「・・・ほわぁ」

 

「どこを見ている、明命。今は集中しろ」

 

「は、はいっ!」

 

「・・・穏の胸か」

 

「思春さまも気になりますか!?」

 

「いやでも目に入る。・・・ちっ」

 

「おっきいですよね~・・・もげればいいのに」

 

「? 何か言ったか?」

 

「いいえ、なんでもないです」

 

・・・なんであんな競泳の水着みたいなものまであるんだろう。

一刀、お前・・・ストライクゾーン広いなぁ・・・。

それとも、先見の明があるというべきか・・・。

 

「・・・ふぅ」

 

しかし、あの二人を見ていると自然と落ち着いた。これならば、冷静に対処できるだろう。

そう思っていた矢先・・・。

 

「ギル、この水着、というものはなかなかよいな」

 

祭が黒いビキニとパレオを装備して近くに立っていた。

・・・しまった、忘れてたぞ、この穏と双璧を成す巨大な敵の存在を・・・! 

 

「どうしたのじゃ、ギル。急に固まって」

 

そっちこそどうしたんですか。胸、こぼれそうになってますよ? 

・・・しまった、思考回路にバグが。あまりの衝撃に碌な事考えられん。

 

「い、いや、どうもしてないよ? 祭が綺麗過ぎたから、驚いてたんだ」

 

「そう褒めるな。年甲斐も無く嬉しくなってしまうじゃろう」

 

かっかっか、と笑う祭は髪をかき上げながら雪蓮のほうへと歩いていった。

・・・何とか、凌いだか。

さて、そろそろこっちの二人の相手をしないとな、と思いながら口を開く。

 

「よし、シャオ、蓮華、せっかく水遊びしに来たんだ。遊ぼうぜ」

 

「ほんと!? じゃあ、シャオはギルとおいかけっこしたい!」

 

「そ、それより、ギル。私と向こうで涼まないか・・・?」

 

「えー!? ギルはシャオと追いかけっこするの! お姉ちゃんは一人で涼んでれば!?」

 

「な、まだそう決まったわけではないでしょう!? シャオこそ、一人で走ってきなさいよ!」

 

「まぁまぁ、とりあえず川にいる魚でも探しながら涼むとしよう」

 

もちろん、三人一緒にな、と付け加えるのを忘れない。

姉妹は仲良くしないと。

蓮華とシャオの相手をしているうちに穏や雪蓮に絡まれたりもしたが、とてつもなく充実した時間だったといえるだろう。

・・・あと、雪蓮酒飲みすぎ。

 

・・・




「よっこいしょ。木の生長を促進する宝具を使うか」「ぎる、こっちは?」「そこはこの鉱石を突っ込んどいて」「・・・何の石?」「さぁ。ミスリルとかそんな感じじゃないの?」「・・・みすりる?」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七話 勘違いの後に

「アナスイのことずっとアスナイだと勘違いしてた」「不吉な名前だな。明日がないって・・・」「アナスイは女の子だと思ってた」「ダイバーダウンで何とかしたんだよ!」


それでは、どうぞ。


呉の水泳大会の翌日。

さて政務でもするかと思っていたとき

 

「ギルおにーちゃーん!」

 

扉の向こうから璃々の声が聞こえた。

 

「璃々か。どうしたー?」

 

扉を開けると、小さいメイド服を着てお盆を持っている璃々がたっていた。

お盆の上には湯飲みと急須。湯気がたっていないことから、すでに冷めていることが伺える。

・・・さて、脳をフル回転させようか。

まず、何でメイド服? 何でお茶? というか、何で璃々? 

駄目だ。情報が少なすぎて推理も何もない。

 

「り、璃々、どうしたんだ?」

 

「あのね、月おねーちゃんに、めいどふく着たいって言ったら、璃々の分もよういしてくれたの!」

 

「うんうん」

 

「それで、月おねーちゃんのお手伝いしたいって言ったら、お茶を届けて、って言われたの!」

 

・・・なるほど、それでお茶が冷めてるわけか。

万が一こぼしでもしたら危ないからな。さすが月。気遣いをさせたら右に出るものはいないな。

 

「そっかそっか。ありがとな、璃々」

 

「へへー。ギルおにーちゃん、座ってっ。璃々がお茶入れてあげるー!」

 

「ああ。お願いするよ」

 

俺は椅子に座り、璃々がお茶をいれてくれるのを見守ることにした。

璃々は近くにあった椅子を引っ張り、台にした。足りない身長の分を補完してるんだろう。

 

「ん、んー・・・」

 

とぽとぽ、とぎこちなくもお茶を湯飲みに注ぐ姿は見ていて和む。

 

「よし、もう十分だよ、璃々。ありがとう」

 

あまり続けるのもつらいだろう。そう言って手で制すると、わかったー、と急須を戻す璃々。

だが、椅子という不安定な場所に立っていたからか、璃々は姿勢を戻すと同時に椅子ごと後ろへと傾いてしまった。

 

「あぶなっ・・・!」

 

「ひゃ・・・っ!」

 

急いで手を伸ばして手を掴む。

・・・危ない。何とか間に合ったか。

 

「あ、うぅ~」

 

しかし、間に合ったのは璃々だけだったようだ。

湯飲みと急須に入っていたお茶がすべて璃々に掛かってしまった。

 

「あー・・・ごめんな、璃々。そこまでは気が回らなかった」

 

「だ、大丈夫だよ、ギルお兄ちゃん」

 

「しかし、ぬるいお茶で助かったな。いつもどおりの温度だったらと思うと・・・」

 

「えへへ、そうだね・・・っくち!」

 

「あー、びしょ濡れだもんな。ほら、璃々。一回服脱ごうか」

 

・・・いや、いやらしい意味じゃなくてね? 

応急処置的対応といいますか、濡れたまま帰すわけにも行かないじゃないですか。

って、俺は誰に言い訳を・・・。

 

「うんっ。・・・あ、ギルおにいちゃん、脱ぐの手伝ってー!」

 

「はいはい。えっと、月や詠のと同じなら・・・」

 

万歳をする璃々の正面に回って、ボタンをはずしていく。

あーあー、結構お茶掛かってるなぁ。下着までいっちゃってるかも。

 

「ほら、脱がすぞー。ばんざーい」

 

「もーしてるよー」

 

「そうだったな」

 

ああ、娘を持つ父の気持ちってこんなのだろうか。

そんな風に和んでいると、扉が開いた。

 

「ねーお兄さん、政務のことなんだけど・・・へ?」

 

「はわわ、桃香さま、のっくをしませんと・・・はわ?」

 

「ん? 二人とも、何を固まって・・・っ!?」

 

開いた扉の向こうには、桃香と朱里、そして愛紗の姿が。

ばっちりと目が合った後、三人の視線は俺の手元に向かう。

俺の手元・・・そうだ、今璃々を脱がせてて・・・って

 

「ち、違う! たぶん桃香たちが思ってることはすべて間違ってる!」

 

「お、お兄さん・・・私や愛紗ちゃんに手を出さないと思ったら・・・」

 

「は、はわわ・・・これは、私たちに勝機が・・・?」

 

「ギル・・・殿・・・? う、嘘ですよね・・・?」

 

愕然とする桃香と愛紗。そして何故か軍師の顔になっている朱里。

 

「どーしたの、ギルお兄ちゃん。璃々、下着までびちゃびちゃだから早く脱がせて?」

 

「下着まで・・・」

 

「・・・びちゃびちゃ!?」

 

「違うぞ!? 今のは決定的に言葉が足りなくて・・・」

 

「お、お・・・!」

 

「お?」

 

わなわなと震えながら桃香は後ずさる。おってなんだ。

 

「お兄さんの幼女趣味ー!」

 

そういうことかっ。

というか、なんて失礼な! 

 

「お、お待ちください桃香さまー!?」

 

「っ!」

 

泣きながら走り去る桃香に、それを慌てて追いかける朱里。そして、深刻そうな顔をして部屋を去る愛紗。

・・・不味い。何が不味いってすべてが不味い。

 

「? 桃香さま、どうかしたのかなー」

 

「・・・うん、どうか、したんだよ」

 

もういいや。今から追いかけても無駄だろう。とりあえず、璃々を着替えさせないと。

下着はさすがにないが、俺のTシャツでも着ていてもらうか。

 

「璃々、寒いだろうから寝台にいってていいぞ」

 

「うん」

 

ててて、と走る璃々。

だが、足元に広がるお茶に気づかず、そのままお茶を踏んで

 

「ふにゃっ!」

 

すっころんだ。

 

「・・・ああもう、璃々ってば可愛いなぁ・・・」

 

おっと、和んでいる場合ではない。

下着姿で地面に転んでしまったのだ。相当痛いだろう。

急いで起こさないと。

そう思って璃々の元へと駆け寄る。・・・が

 

「大丈夫か璃々・・・ってうおっ!?」

 

しまった、俺もお茶を失念していた!? 

目の前には・・・璃々! 

 

「うおっと!」

 

璃々に倒れこむ直前、何とか地面に手を着くことができた。

これで俺と地面のサンドイッチになることは防げただろう。

ふう、と安堵の息を吐いた瞬間。

 

「あら、扉が開いてるわね。お邪魔するわ・・・よ・・・?」

 

「おーい、ギルー? 前に言ってた新作の服のはな・・・し・・・」

 

声が聞こえた。しかも、すごく聞きたくない種類の。

ぎぎぎ、と油の切れたような音を出しながら、横を向く。

そこには、何かいけないものを見た、という表情をした華琳と一刀が立っていた。

 

「ごめんなさい。扉が開いていても、のっくはするべきだったわね」

 

「・・・え、えーと、ごめんな、ギル。・・・その、や、優しくしてやれよ?」

 

「よし、分かった。一度落ち着こうか。説明するからこっちに・・・あ、逃げるな!」

 

二人に手を伸ばした瞬間、脱兎のごとく逃げ出された。

なんということだ。これで蜀と魏の二つの国に俺が璃々を襲っているという噂が流れてしまう! 

 

「くそ、呉に見つかる前に何とかするしか・・・!」

 

とりあえず起き上がり、璃々を抱き上げ、寝台の上に。

 

「璃々、とりあえず下着はそのままで我慢して、これに着替えてくれ」

 

今、下手に下着を脱がせたらどんな勘違いが起こるかわからないからな。

 

「うん、分かったー」

 

「あ、転んだとき怪我しなかったか?」

 

「大丈夫だよ。ほら!」

 

そういって璃々は自分の膝を見せてくれるが、特に血が出ているわけでもなさそうだ。

 

「ん、ちょっと赤くなってるだけだな。さ、着替えてくれ」

 

キャミソール(のようなもの)もショーツ(のようなもの)も無事だ。

 

「はーい」

 

んしょ、んしょ、と璃々が着替えている間、こぼれたお茶をふき取る。

・・・さて、後は紫苑のところまで璃々を連れて行けばいいんだが・・・。

 

「ギルお兄ちゃん、この服だぼだぼだよー?」

 

「んー? ・・・うわ、そこはかとない犯罪臭が・・・」

 

下着+Tシャツなんてマニアックな服装を、よりにもよって璃々にさせるなんて・・・。

 

「仕方がない。ここに帯を巻いて、服っぽくしよう」

 

腰に布を巻き、とりあえずワンピースっぽくする。

これで少しはまともになった。ワンピースにしてはミニスカだけど。

 

「わー! ぴったりになったー!」

 

わーい、わーいと喜ぶ璃々を落ち着かせようと声を掛ける。

 

「とりあえず、これから紫苑のところに・・・わぷっ!?」

 

「ギルお兄ちゃんにどーん!」

 

言葉の途中で、璃々が顔面に飛び込んできた。

何とか倒れずに済んだものの、よたよたと足がふらつく。

そして、つま先で何かを踏んだ感触の後、急に前に倒れる。

あ、さっき床を拭いた雑巾ほっといたままだ・・・。

 

「あぶな・・・!」

 

「きゃーっ」

 

焦る俺に対し、璃々は楽しそうな悲鳴を上げる。

ぼふ、と寝台に受け止められる。よかった、床じゃなくて。

 

「あいたた・・・ギルお兄ちゃん、だいじょーぶ?」

 

「・・・一応」

 

しかし、視界が回復しない。

顔には、何か白くて湿っているものがくっついている感触が・・・。

 

「ギルー、いるー? あのワインってお酒なんだけ、どー・・・?」

 

「雪蓮、急に部屋に入るなとあれほど・・・」

 

目前のものが何か、を理解すると同時に、背後からの声が聞こえた。

これは、今日で一番不味い。

顔面に飛び込んできた璃々と寝台に倒れこんだとき、璃々はちょうど寝台に座るように着地。

そして、俺は璃々に引っ張られたため、顔の部分だけ寝台に着地した。

両手は衝撃を和らげるために寝台についたはずだが、細くて柔らかい何かを掴んでいる。

そして、目の前には・・・。

 

「――――!?」

 

慌てて顔を上げる。

予想通り、寝台に座りこんでいる璃々が頭に疑問符を浮かべている。

・・・しかも、手は足を押さえるようになっていたらしい。なんてこった。

間違いない。あの白い布のところに顔を突っ込んでいたのだろう。どこ、とは明言しない。

 

「あ、あー・・・その、お楽しみの所・・・だった?」

 

「・・・ふむ」

 

「や、やめろ! その苦笑いとすべてを理解したような笑みをやめろ!」

 

雪蓮と冥琳にそう叫ぶが、多分無駄だろう。

 

「ごめんねー? ワインについては、また後で尋ねに来るわー。・・・ねえ冥琳、これは、シャオも勝ち目があるんじゃない?」

 

「うむ。小蓮さまは璃々と同じような体型だからな。・・・なるほど、ギルは・・・」

 

「あああっ! 変な勘違い論議をしながら去るんじゃない!」

 

早足でテクテクと去っていく二人を逃さないように追いかけ・・・

 

「へっくち」

 

・・・ようと思ったが、流石に璃々を放置していくわけには行くまい。

この気温で風邪を引くことは無いだろうが、暖かくするに越したことは無い。

 

「ほら、これも着ておけ、璃々」

 

「ほわー、あったかだねー」

 

「多分そのうち暑くなると思うけどな」

 

なんちゃってワンピースの上からフランチェスカの制服を羽織らせると、俺は璃々をつれて部屋を出た。

・・・なんだろう。寒気がする。こう、全身で殺気を受けているというか、恋五人くらいに囲まれたくらいの恐怖というか・・・。

 

「めいどふく、濡れちゃったなー」

 

「紫苑に洗濯してもらえばいいさ」

 

「おかーさん、めいどふく洗えるかなー」

 

「あー・・・。分かった、月に頼んでおくよ」

 

「ほんと!? じゃあ、お願いね、ギルお兄ちゃん!」

 

「ああ」

 

璃々からメイド服を受け取り、宝物庫の中へ収納する。

後で月を探して洗ってもらえるよう頼んでみるか。

 

「お、紫苑の部屋に着いたな。紫苑ー?」

 

声を掛けつつノックするが、反応が無い。

 

「・・・璃々、紫苑はどこか行くとか言ってた?」

 

「えー? んー、わかんない。月おねーちゃんの所でお手伝いしてきなさいって言われただけだから・・・」

 

・・・まぁいい。とりあえず、璃々を部屋に帰そう。

 

「璃々、今日は部屋に戻って、下着を替えて、キチンと服を着るんだぞ」

 

「はーい」

 

「それと、部屋から出ないこと。桃香とか、華琳とか、雪蓮とかがきても扉を開けないこと」

 

「おかーさんは?」

 

「紫苑は例外。きちんと紫苑に今日あったことを報告するんだぞ?」

 

「うん、分かったー!」

 

「よし。じゃあ、俺はそろそろ行くな」

 

「うんっ、ばいばーい!」

 

ぶんぶんと腕を振る璃々に向けて腕を振り替えしながら、紫苑の部屋を後にする。

・・・まずは、桃香たちの誤解から順番に解いていくべきだろうか。それとも、一番重症な勘違いをしている呉から行くべきか。

 

「桃香だな」

 

少し考えて、結論を出した。

泣いてたし、一番心配だ。

 

・・・

 

桃香を探して城を歩いていると、なんだかいつもより兵士たちが騒がしい気がする。

ちょうど会話をしている兵士二人がいたので話を聞こうと近づく。が。

 

「なぁ、聞いたか、ギル様の噂」

 

「ああ。何でも、幼子に手を出したとか・・・」

 

すぐに物陰に隠れた。危ない。すでに噂が拡散されている。

そんなところに噂の張本人が現れては、兵士たちが俺から話を聞こうと集まってくるに違いない。

それは避けなければ・・・。今は兵士に見つからずに桃香を見つけ出し、誤解を解く。

桃香の近くには愛紗と朱里もいるはずだ。愛紗はともかく、朱里ならば論理だてて説明すればきっと理解してくれる。

 

「・・・はぁ」

 

でも、何でこんなことしてるんだろうか。

俺って幸運A++じゃなかったっけ? 

こんなラブコメの王道みたいなこと璃々とやらかすとは思ってもいなかった。

まぁ、どれもこれも誤解を解くまでの辛抱だ。

とりあえず、玉座の間へ行ってみるか。あそこにいる可能性が高そうだ。

 

「おっと」

 

気分は潜入任務中のエージェントだ。

兵士の目をかいくぐり、時には宝具を使って切り抜ける。

 

「・・・着いた」

 

いつもなら十分と掛からない道のりなのだが、変な手間を掛けた所為で三倍ほど時間が掛かった。

 

「おーい・・・桃香ー? いるかー?」

 

小声で呼びかけてみる。

・・・反応が無い。誰もいないのか? 

扉から顔を覗かせる。玉座の間には誰もいないように見えるが・・・。

 

「ギル? 何やってんだ?」

 

「っ! ・・・何だ、銀か」

 

「なんだって何だよ」

 

何やってんだよ、という銀に、今日あったことを話す。

銀はまだ噂を聞いていなかったようで、お前・・・大変だなぁと肩を叩いてきた。

 

「なんというか・・・初めて味方を見付けた気がする」

 

「んな大げさな。それで? 劉備さま捜してるんだっけか」

 

「ああ。見かけなかったか?」

 

「あー・・・んー・・・」

 

唸りながら銀はここにくるまでのことを思い出しているらしい。

 

「あっ」

 

「お、何か思い出したか!?」

 

「ああ。そういや、ここにくる途中に通った通路の反対側で、劉備さまが走ってるの見たぜ」

 

「えっと、銀はあっちからきて、その反対側を・・・どっちに走ってった?」

 

「西」

 

「じゃあ、蜀の屋敷だな」

 

あの方向なら、それが一番可能性が高い。

 

「ありがとう、銀。俺、ちょっと行って来る!」

 

「おーう。俺は兵士たちの誤解でも解いて回ってやる」

 

「すまん。恩に着る」

 

「ははは、良いって事よ。とりあえず、一週間の昼飯な」

 

「ああ、一週間といわず一ヶ月の昼飯は約束しよう」

 

「お、俄然やる気出てきたね」

 

それじゃな、と言って走り出した銀の背中を見送ってから、俺も蜀の屋敷へと急いだ。

 

・・・

 

「桃香っ!」

 

「・・・どうしたの?」

 

「恋。桃香を見なかったか?」

 

蜀の屋敷に入ると、恋が動物にえさをあげているところに遭遇した。

セキトを筆頭に、大小さまざまな動物がえさにぱくついている。

 

「桃香? ・・・あ、多分部屋」

 

「そっか、分かった。ありがと」

 

お礼を伝えつつ、恋の頭を撫でる。

恋も月たちと同じく頭を撫でると喜んでくれる娘だ。

 

「~っ」

 

嬉しそうな顔をして撫でられている恋を見ていると、当初の目的を忘れそうになる。

 

「・・・おっと、いけないいけない」

 

恋の頭から手を離し、手を振って別れを告げる。

 

「ん、ばいばい」

 

「ああ、またな」

 

小走りに屋敷の中を走る。

桃香がこの屋敷でいそうな部屋といえば・・・。

 

「桃香っ!?」

 

「お、お兄さん・・・?」

 

「は、はわわっ。ギルさん!」

 

「な、え、その、えと」

 

部屋の中では、小さい服を無理やり着ようとしている桃香と愛紗、そしてすでに着ている朱里の三人がいた。

朱里は別として、着替えようとしている桃香と愛紗はもちろん下着姿なわけでして・・・。

二人が俺を視認すると、耳を(つんざ)くような悲鳴が上がった。

 

・・・

 

「・・・なるほど、お茶をかぶってしまった璃々ちゃんを着替えさせようと」

 

「そうなんだ。本気で他意なんて無くてだな・・・」

 

「そ、そっか、そうなんだ。お兄さんがその・・・璃々ちゃんくらいの娘しか愛せない人なんじゃないかって勘違いしちゃった」

 

あの悲鳴の後、俺は何とか二人を落ち着かせ、朱里に状況を説明した。

どうしてこうなったのか、と説明した後の言葉が、先ほどのなるほど、だ。

よかった。やはり朱里はきちんと説明すれば分かる娘だったんだ。

 

「し、しかしですね! 璃々だってもう一人で着替えられるじゃないですか!」

 

「はわ、おそらく璃々ちゃんはメイド服を着たのが初めてで、脱ぎ方が分からなかったのでしょう。月ちゃんたちも、最初は脱いだりするときに困ったって言ってましたから」

 

「う、そ、そうなのか」

 

「はい。思い返せば、確かにメイド服は濡れていた気がしますしね」

 

朱里がそこまで状況を思い出すと、桃香はなーんだ、と脱力して座り込んだ。

愛紗もため息をつきつつ椅子に座った。

 

「うぅ、ぜーんぶ、勘違いだったんだね」

 

「はい・・・前回といい今回といい・・・私は早とちりばかりしていますね」

 

「き、気にするなよ。俺だって、ちょっと紛らわしいと思ってたし、今回はタイミング・・・機会が悪かったってことで」

 

「そう言っていただけると助かります・・・」

 

「・・・でも、ギルさんはそういう趣味じゃなかったんですね。ちょっと残念かもです」

 

「ん? 何か言ったか、朱里」

 

「はわわ! なんでもないですっ」

 

・・・? 変な朱里だな。

しかしまぁ、これで桃香たちの誤解は解けたな。

 

「よし、それじゃあちょっと呉と魏の屋敷に行って来る」

 

「え? 何かあったの?」

 

「・・・いや、桃香たちが去ってった後にも不幸な事故があって・・・」

 

その後、華琳と一刀、そして雪蓮と冥琳にそれぞれ勘違いされたことを話した。

すべて話し終えた後、三人は引きつった笑いしか浮かべることができていなかった。

 

「・・・お兄さん、宝具か何かで呪われたんじゃないの?」

 

「そうですね。魔術や妖術なども可能性は高いのではないですか・・・?」

 

「はわわ・・・幸運が高いギルさんがそんなに不運に見舞われるなんて・・・」

 

「まぁ、とりあえずそんなわけなんで、ちょっと行って来るよ」

 

「はい。御武運を」

 

「・・・やっぱり、そこまで覚悟しないといけないか」

 

愛紗の冗談にならない見送りを受けて、俺は蜀の屋敷を後にした。

 

・・・

 

・・・呉の屋敷に着いた。だが、何だろうこの気配。

俺の悪いほうにしか働かない直感が、何か起きると知らせてきている。

屋敷の門を開くのすら恐ろしい。

・・・だが、行かねばならぬ。

 

「こんにち」

 

「ギルーっ!」

 

わ、と言おうとしてキャンセルさせられた。

お察しの通り、シャオが突っ込んできたからだ。

 

「ギルギル、シャオは信じてたよ。やっぱりギルは、シャオみたいな女の子が大好きなんだよねっ!?」

 

「ま、まさか雪蓮から・・・」

 

「うんっ。おねーちゃんから聞いたの! ギルはぺったんこな女の子にしか興味の無い男なんだって!」

 

「なん・・・だと・・・!?」

 

噂が加速している! 俺の尊厳が消えた・・・!? 

 

「そ、それには理由があってだな・・・」

 

「う、うそ・・・」

 

何かに絶望したかのような声が聞こえた後、どさり、と重量のあるものが落ちた音がした。

振り向くと、そこには手で口を押さえてわなわなと震える蓮華の姿が。

 

「ぎ、ギル・・・あなた・・・」

 

何で誤解を解きに来て誤解されなきゃならないんだ・・・! 

 

「違うぞ。良いか、シャオも落ち着いて聞いてくれ」

 

「えー、何々、結婚して欲しいってー? きゃーっ、どうしよー!」

 

「そうなのか・・・!?」

 

何故かはしゃぎだすシャオと、悲しげな声を出す蓮華。

取り合えず二人を落ち着かせないと、と思った瞬間、鈴の音が聞こえた。

 

「ギル。貴様・・・蓮華様を・・・!」

 

「また面倒くさいのが!」

 

背後から振るわれた一撃を宝物庫から宝剣を出すことによって防ぐ。

 

「話が進まない! 悪いけど、無理やり話を聞いてもらうぞ! 天の鎖(エルキドゥ)!」

 

「きゃっ!」

 

「わわっ・・・!」

 

「くっ、不覚っ!」

 

三人を拘束し、ゆっくりと説明していく。

噂は完全に勘違いだということをようやく納得してもらい、鎖を解く。

 

「三人とも、わかってくれた様で何よりだ」

 

「・・・ちょっとがっかりだけどねー」

 

「す、すまないな、ギル。私、変な勘違いを・・・」

 

「ちっ」

 

・・・思春さん、何で舌打ちしたんすか? 

 

「取り合えず、姉さんには私から話しておくわ。冥琳も、きちんと説明すれば分かってくれるでしょう」

 

「ああ、頼んだ。それじゃあ、俺はこれで!」

 

「ええ」

 

よし、蜀と呉は何とか誤解を解くことができたな。最後は魏だ。

 

・・・

 

「あ、兄貴!」

 

「ん?」

 

呉の屋敷から魏の屋敷へと向かう途中、以前一緒に龍を倒しに行った兵士たちがそろっていた。

 

「やはり、兄貴はこちら側の人間だったのですね!」

 

蜀の兵が嬉しそうにそういうと、兵たちはそれぞれに騒ぎ始めた。

 

「ちょ、まさかお前ら、噂を聞いたんじゃ・・・!」

 

「ええ。兄貴がついに幼女趣味に目覚めたという噂を聞きまして。噂にしては信憑性があったのでとうとう、と思っていたのですが」

 

「とうとう、じゃない! あれは勘違いがあってだな・・・」

 

それから、俺は兵士たちにすべての出来事を話した。

なるほど、そうだったんスね、と魏の兵士が言ったので、納得してくれたか、と安堵の息を吐きかけたとき

 

「つまり、おいしい思いをしてるってことじゃないッスか!」

 

「どういう思考回路をしているんだ!」

 

「兄貴、是非そんなおいしい目に会うためのコツを教えてください!」

 

「というか璃々ちゃんに侍女服姿でお茶入れてもらうとかなんて羨ましい! 代わってください!」

 

・・・そういえば、蜀のは朱里や鈴々がストライクゾーンだったか。

 

「いや、それは普通にお断りだわー。っていうか無茶言うな!」

 

「兄者、兄貴はとっかえひっかえ侍女を侍らせているということでいいのか?」

 

「弟者、おそらくそれで大体あっているはずだ」

 

「あってないぞ!」

 

駄目だ・・・火がついたこいつらを俺じゃ止められない・・・。

 

「しかし、兄貴はお嬢様にどう説明するつもりなんですか?」

 

「は?」

 

「いえ、いつもの修羅場を見ている限りではお嬢様は相当に嫉妬深いようなので・・・」

 

董の兵士がつぶやいた一言に、一瞬で思考が固まった。

こいつがいうお嬢様・・・つまり月のことなのだが、確かに月は嫉妬深いところがある。

しかも詠まで参戦しては、おそらく俺一人では対抗できないだろう。

 

「・・・やばいな」

 

「なるほど、ざまぁということですね、兄貴」

 

にやり、と笑う呉の兵士。くそ、今はその笑いに反論できない! 

 

「取り合えず、魏の誤解でも解きに行ったらどうッスか? あそこの噂の伝播速度、半端じゃないッスよ?」

 

「え、そうなのか?」

 

「そッスよ。俺なんか・・・あばばばばばばば」

 

急にバグった魏の兵士が奇声を上げながら倒れた。

急いで呉のが近寄り、声をかける。

 

「ど、どうした! 魏の! 魏のー!」

 

「駄目だ! 気絶してる!」

 

「・・・そんなに恐ろしいことがあったんですか」

 

白目をむいて倒れた魏の兵士を支えながら、呉と董の兵士が叫び、蜀の兵がつぶやく。

 

「特にあそこは楽進将軍たち警備隊の方たちがいるからな、兄者」

 

「ああ、特に李典将軍と于禁将軍はやばいな、弟者」

 

・・・なるほど、あの二人なら頷ける。口が軽いってレベルじゃないからな。

 

「・・・よし、俺、魏の屋敷に行って来る」

 

「手遅れでないことを祈ります」

 

「ありがとう、蜀の」

 

間に合え、と心の中で祈り続けながら、俺は走りだした

 

・・・

 

「一刀! いるか!?」

 

そう叫びながら魏の屋敷へ入る。

・・・ちょうどいい。きょとんとした一刀がこちらを向いて突っ立っていた。

 

「ん? ・・・って、ギル。その・・・もう終わったのか?」

 

まぁ、璃々ちゃんも疲れるだろうし、長く付き合わせるわけには行かないよな、と意味不明の納得をする一刀。

 

「・・・そこへなおれ」

 

「殺されるっ!?」

 

「違う。説明する。・・・断れば」

 

ちらり、と宝物庫から刀身を向けると、一刀はすばやい動きで床に正座した。

 

「取り合えず、あれは勘違いで・・・」

 

しばし正座させた一刀に説明し、納得してもらうことができた。

 

「・・・っていうか、ギル、お前ラブコメの主人公みたいなこと・・・」

 

「言うな。泣きたくなる」

 

「やめてくれよ。俺、ギルの男泣きとか見たくないぜ」

 

「だろうな。・・・取り合えず、華琳にも直接伝えておいてくれよ」

 

「ああ、勘違いしたお詫びだ。それくらいはしておくよ」

 

「サンキュ。それじゃ、俺は帰るよ」

 

「おう、お疲れー」

 

なんだか、一刀と話してるとここが三国志の時代だってこと忘れかけるなー。

 

・・・

 

今日、いつものようにお仕事をしていると、信じられない噂を聞きました。

曰く、ギルさんが璃々ちゃんに手を出した、とかなんとか。

いつもなら『ちょっと』ギルさんとお話しするところなのですが、今回は何か違う気がします。

というかそもそもギルさんはきちんとしている方ですので、璃々ちゃんと・・・その、結ばれたのなら私と詠ちゃんに報告してくれるはずなんです。

それに、ギルさんがもし璃々ちゃんに手を出すとしても、紫苑さんの後のはずです。紫苑さん、張り切ってましたし。

 

「・・・ねえ月?」

 

「うん、多分・・・何かの勘違いだと思うよ」

 

ギルさんは女難の相とかある人なので、九割の確率で勘違いのはずです。

後でお部屋にお邪魔する予定なので、本当のことを聞いてみるとしましょう。

 

「お、いたいた」

 

「誰? ・・・って、銀じゃない」

 

「おう。おつかれさん」

 

そんな話をしていると、銀さんが普段着で声を掛けてきました。

珍しく鎧を着ていなかったので、最初誰だかわからなかったのは内緒です。・・・へぅ、ごめんなさい。

 

「そういや、お前たち噂聞いた?」

 

「ギルの?」

 

「ああ」

 

「聞いてるわよ。ま、多分勘違いだろうけどね」

 

「おろ、珍しいな。お前らが暴走しないなんて」

 

なんだ、つまんね、と言って、銀さんは去っていきました。

 

「何しにきたんだろ、あいつ」

 

「多分、誤解を解きに来てくれたんじゃないかな」

 

「あー・・・変に律儀ねえ、あいつも」

 

ま、いいわ。仕事片付けちゃいましょ、と詠ちゃんは再び手を動かし始めました。

私も早く終わらせてギルさんに会うため、詠ちゃんに続いて手を動かします。

・・・ギルさんのことを信じていても、やっぱり少しだけもしかして、という不安があるのも確かです。

早くこの不安をなくすためにも、ギルさんに会って話を聞かないと。

 

・・・

 

「・・・疲れた」

 

通路を歩きながら、俺はつぶやいた。本当に今日は疲れた・・・。

最初は璃々がお茶を入れてくれるという最高のイベントだったはずなのだが、何をトチ狂ったのかいつの間にかラブコメみたいな勘違いされていた。

仕事をする気もなくした俺は、政務を休むことを朱里に伝え、部屋へと帰ってきた。

 

「あ、お帰りなさい、ギルさん」

 

「お、お帰り、ギル」

 

「おや。月、詠。きてたのか」

 

部屋に入ると、月と詠が卓についてお茶を飲んでいた。

 

「はい。今日はギルさん、噂で大変な思いをしていらっしゃったみたいで」

 

「で? 璃々に手を出したとかってのはただの噂なんでしょ?」

 

「ああ、あれはだな・・・」

 

初めてきちんと聞く姿勢を持った人に説明した気がする。

黒月が出てくるの覚悟してたんだけど・・・いやよかった。

 

「・・・なるほど、なんかボクみたいな不運に巻き込まれてたのね」

 

「ギルさんも、不幸を溜め込む体質なんでしょうか?」

 

「ギルのは、ただの女難な気もするけど」

 

「ふふ、そうかもしれないね」

 

目の前に座る二人はお茶を飲みながら楽しそうにくすくすと笑う。

あー、今日走り回った疲れも、説明に使った精神力も、これを見るためだったのならば受け入れられそうだ。

 

「・・・さて、と。明日は今日やらなかった分の政務も片付けなきゃならないし、早めに寝ようか」

 

「あ、はい」

 

「仕方ないわね」

 

俺が寝台の中にもぐりこむと、すでに寝巻きに着替えていた月たちは両サイドから俺の隣へとくっついてくる。

 

「おやすみなさい、ギルさん」

 

「おやすみ、ギル」

 

「ああ、お休み。月、詠」

 

小柄な二人にくっつかれながら、挨拶を交わす。

目を閉じてしばらくすると、二人の寝息が。

・・・俺も、意識、が、遠く・・・。

 

・・・




「ギル様は幼女趣味らしいぞ」「だろうな」「ギル様は幼女趣味なんだって」「だろうね」「ギル様が幼女趣味らしい」「でしょうね」「そこに直れ国民ども!」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第八話 執事との夜に

「しちゅじ」「執事」「ひつじ」「し、つ、じ」「しつじ」「そうそう。・・・孔雀、意外と滑舌悪いんだな・・・」


それでは、どうぞ。


「ギル、マスターと添い寝してやってくれ」

 

「・・・はぁ?」

 

珍しく城にいたキャスターから声を掛けられ、大事な話があるんだと前置きされた後に、そんなことを言われた。

 

「いきなりすぎて意味が分からない。詳しく説明してくれ」

 

「もちろん、そのつもりだ」

 

それから、キャスターは語り始めた。

孔雀が最近寝るときにうなされている。そうなったのはここ最近のことで、何が原因でそうなっているのか、直接聞いてもはぐらかされてしまう。

彼女はギルには特別心を許しているようなので、一緒に寝るまでは行かなくとも仕事が終わった後の孔雀に話を聞き、できれば解決してあげてくれないか。

というかめんどくさいからさっさと孔雀と一緒に寝て安心させてやってくれ。

・・・大雑把に要約すると、そんな感じのことを言われた。

 

「・・・ちょっと信じられないんだが、俺って孔雀に気に入られてたのか?」

 

「うん? ああ、もちろんだとも。ことあるごとにギルがどうだとかギルはああだとか・・・」

 

「そんな孔雀想像できないな」

 

「まぁ、君ならそういうと思ったよ。・・・でもね、工房で惚気られるこっちの身にもなって欲しいかな」

 

キャスターがため息混じりにそういうと、俺の肩をぽんと叩いて来た。

 

「そこまでなのか!?」

 

う、うーむ・・・クール系美少女だと思っていた孔雀に思わぬ一面が・・・。

 

「と、取り合えず、孔雀にそれとなく切り出してみるよ」

 

「頼んだよ、ギル。マスターの悩みの解決と私の研究のために!」

 

「・・・後半に本音が出てきてるぞ」

 

・・・

 

「孔雀、今日の夜は開いてるか?」

 

政務中、お茶をいれにきてくれた孔雀に思い切って聞いてみる。

最初はきょとんとしていた孔雀も、俺の言っている言葉を理解したのか、笑みを浮かべつつ

 

「どうしたんだい、いきなり。・・・ああ、前に言っていた一緒に寝ようって言う約束、叶えてくれようとしてるのかな?」

 

「あー、うん。孔雀とはもう少し仲良くなりたいなぁと思ってね」

 

本来の目的を隠すことには心が痛むが、孔雀が夜毎うなされているというのは心配だ。

それを解決するためなら、少し心が痛むくらい受け入れてやる。

 

「そ、そうなんだ。・・・まぁ、今夜は何も予定が無いよ。基本的に、ボクって仕事少ないから」

 

「そっか。じゃあ、今夜孔雀の部屋にお邪魔するよ」

 

「ん、分かった。待ってる」

 

入れかけだったお茶をしっかりと入れ、盆を持って退室の準備を進める孔雀。

 

「いきなりですまないな、孔雀」

 

「気にしないでよ。・・・それじゃ、仕事頑張って」

 

そう言って盆を持って部屋を出て行こうとする孔雀。

俺は片手の無い孔雀のために扉を開け、外へ出やすくなるようにする。

 

「ありがと」

 

そう言って部屋から出て歩き始める孔雀。

俺はいいって事よ、と返し、その後姿を見送る。

 

「あ、そうだ」

 

そんな孔雀に声を掛けると、孔雀は背中を向けたまま顔だけこちらに振り向かせて首を傾げつつ、なんだい? と聞いてきた。

俺は先ほど入れてもらったお茶の味を思い出しながら口を開く。

 

「お茶、ごちそうさま。最初の頃より上達したな」

 

孔雀にそう伝えると、孔雀は少し照れたようにはにかみながら口を開く。

 

「・・・ふふ、秘密特訓してたから」

 

「なるほど、納得だ」

 

くく、と笑いが漏れる。俺の笑い声に触発されたのか、孔雀もふふ、と笑いを漏らす。

・・・いつもクールな無表情娘なのに、こうやって笑う顔を見るといつも和むんだよなぁ。

 

「それじゃあ、また夜に」

 

「ああ。お盆、落とすなよ?」

 

「大丈夫さ。もう慣れた」

 

ホテルのウェイターのように盆を持ち、すたすたと早足で歩いていく孔雀。

なるほど、言葉の通り、すでに慣れっこのようだ。

 

「いらん心配だったかな」

 

さて、政務の続きをしなければ。

昨日ほとんど処理していないので、昨日の分と今日の分の二日分を一日で処理しなければならないんだから。

 

・・・

 

「・・・うわ」

 

あれって現実かな? いや、現実のはずだ。後で頬をつねって確認するとしよう。

でも、まさかギルからそんな風に誘ってくれるなんて・・・。

 

「最近は、嫌なこともあったけど・・・もしかしたら、この日のためにあったのかな」

 

ほら、いやなことの後にはいい事があるって良く聞くし? 

 

「し、しかも・・・お茶、上達したなって・・・!」

 

何あの破壊力。笑顔が宝具なんじゃないの? ギルって。

・・・くっ、ボク、今日の夜まで生きていられるだろうか。

 

「あれ? 孔雀さん、こんにちわ」

 

「え? ・・・ああ、月。こんにちわ」

 

一人悶々としていると、月と出会った。

・・・いいよなぁ、月。ギルと恋仲なんだよなぁ・・・。

 

「何かあったのですか? 嬉しそうな顔をなされてますけど・・・」

 

「ああ、ええっと・・・」

 

そういえば、ギルと夜二人っきりってこと、月に報告しておいたほうがいいんだろうか。

・・・ほら、月ってかなり嫉妬深いから。

 

「じ、実は・・・」

 

後でややこしくなるよりは、今言った方がいいよね。

かくかくしかじか、と月にさっきあった事を説明する。

すべての話を聞き終わった月は、そうですか、と笑って

 

「じゃあ、孔雀さんもギルさんに告白するんですか?」

 

「・・・はい?」

 

ちょっとまった。どうしてそうなった? 

 

「え? ・・・だって、孔雀さん、ギルさんのこと好きですよね?」

 

「・・・それは、なんというか・・・」

 

月が不思議そうに質問してくる。

ボクは何でばれてるんだろう、という言葉が頭の中を埋め尽くしていって、その、とか意味の無い言葉が口から漏れるだけだ。

 

「もしかして、隠してるつもりでした?」

 

「・・・うん」

 

何でだろう。感情を抑えたり無表情になったりするのは得意だったんだけど・・・。

 

「だって孔雀さん、ギルさんの前以外で隠す気が無さすぎですから」

 

・・・はっ!? 

そうか、なるほど。確かにボクはギルにはばれないように、と気張りすぎて他の人には特に隠していなかった気がする・・・。

・・・あああ、もしかして、最近キャスターから送られてくる変な視線とかそれが原因かな!? 

 

「以前も、ギルさんに助けられたときのお話とかして貰いましたけど・・・その時の表情が輝きすぎてて・・・」

 

ちょっと気まずそうに視線をそらす月。

それが本当なら、詠とか響とかにもばれちゃって・・・

 

「・・・言いにくいんですけど、侍女のみんなには周知の事実というかなんと言うか・・・」

 

「はうっ!?」

 

「いつギルさんに気持ちがばれるか、という内容で響ちゃんと詠ちゃんが賭けをしていたり・・・」

 

「ううっ!?」

 

「あそこまでやってばれてないなら私もいく! と響ちゃんがノリノリになっちゃったり・・・」

 

「みゃうっ」

 

ぐ、グサグサ刺さる言葉の槍・・・! 

っていうか、言ってくれればいいのに! 

ボクがそういうと、月は苦笑いを浮かべながら口を開く。

 

「そ、その・・・ギルさんの前で気持ちを悟られまいと頑張っている孔雀さんを見ていたらとてもそんなことは・・・」

 

そんなに頑張ってるように見られてたのか・・・。

なんていうか、すごく衝撃を受けたよ。

 

「うぅ、なんかすごく泣きたくなってきた・・・」

 

「ああっ、孔雀さん、泣かないでください」

 

おろおろとしながら月がボクの体を支えてくれた。うぅ、ありがたいです。

 

「取り合えず、いろいろとお話をするためにお部屋にいきましょう?」

 

「うん」

 

・・・

 

「と、言うわけで、みんなに集まってもらったのは他でもありません」

 

響が黒板、という文字を書く板の前に立ち、ばん、と黒板を叩く。

そこには、頑張れ孔雀! と妙に可愛らしい文字が記されており、その下には、今日の議題・・・。

 

「ごくり・・・」

 

「我が侍女組にただ一人の執事! 孔雀ちゃんがギルさんに告白するにはどうしたら良いか考える会議を開催したいと思います!」

 

「わ、わーっ」

 

月がぱちぱち、と手を叩きながら声を上げる。

盛り上げようとしているのだろう。多分、響辺りに事前に言われていたに違いない。

・・・しかし残念ながら、すごくすべっている。

 

「・・・月、別に響に無理やり付き合ってあげなくてもいいのよ?」

 

「でも、響ちゃん、孔雀さんのためにこんなに頑張ってるんだから、私も何かできないかなって・・・」

 

「意見を出したりとか、他の事で手伝ってやればいいのよ!」

 

「う、うん! 頑張るよ、詠ちゃんっ」

 

月っていい子だよねぇ。

 

「はい、ちゅーもーく!」

 

パンパン、と手を叩いて自分に注目を集めた響は、黒板の文字をいったん消し、何かを書き始める。

 

「それじゃ、手順のおさらいね。まず、今日の夜は孔雀ちゃんがギルさんのお部屋に呼ばれてます」

 

「・・・ったく、もう他の女に手を出すのね」

 

「へぅ、詠ちゃん、それは・・・」

 

「分かってるわよ。・・・で?」

 

いつもどおり詠が月にたしなめられた後、詠に急かされて響は説明を再開する。

響は先ほど書いた字の下に追加で文字を書き記していく。そこに書いてあるのは・・・。

 

「経験者のお話! というわけで、月ちゃん、詠ちゃん、ギルさんに告白したときの状況をご説明願います」

 

おお、これはなかなか参考になる話が聞けるんじゃないかな。

 

「へぅっ。え、えーと、私がギルさんに想いを告げたとき・・・ですか」

 

恥ずかしそうにしながら、月は口を開いた。

・・・内容はというと、なんと言うか・・・月らしい、正統派な告白の仕方だと思った。

でも月って以前ギルと結ばれるために下着姿で寝台に待機してたとか言ってなかったっけ。

うーん、大胆なんだか恥ずかしがりやなんだか分からないなぁ・・・。

 

「えっ!? ぼ、ボクも言うの!? ・・・その、恥ずかしいんだけど」

 

ずいぶん渋る詠だったが、響にせっつかれて渋々説明を始めた。

うわ、寝てる月の隣で告白とか・・・ずいぶん命知らず・・・げふんげふん、大胆なことを。

っていうか、告白した勢いで何度も接吻って・・・へ、変態みたいじゃないか・・・。

 

「えーっと、以上を総合して考えると・・・」

 

再び黒板の文字を消し、新しい文字を書く。

 

「直接! ギルさんに! ぶつかる! それだけ!」

 

いちいち区切って言い放った響がびしぃっ! とこちらを指差してくる。

 

「直接、かぁ・・・」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ! 月ちゃんも詠ちゃんも通った道なんだから。ちなみに、後ろには私が続く予定ですっ」

 

今から練習しないとねー、と言う響を尻目に、ボクは心の中で段取りを組み立てていく。

ええっと、まずは部屋に来たギルに・・・。

 

「孔雀さん、自分の世界に閉じこもっちゃいましたね」

 

「しょうがないわ、放っておきなさい。・・・ねえ、それよりも響? あんたも・・・なの?」

 

「ふぇ? ・・・あ、うん。その、最初は月ちゃんが恋仲になったから諦めようと思ってたけど、ほら、詠ちゃんもギルさんと一緒になっちゃったじゃない。それなら、私も想いを伝えたいなー、と」

 

「・・・ふん。そう。ま、頑張りなさいよ」

 

「ふふ、想いを伝えるだけだから、頑張ることなんて無いよ、詠ちゃん」

 

「馬鹿ね。その後に・・・も、求められたらどうするのよ」

 

「なんとっ! その可能性は考えて無かったよ、詠ちゃん!」

 

「ま、せいぜい頑張ることね」

 

「うぅ~・・・いまさら不安になってきた・・・」

 

・・・

 

夜。俺は孔雀の部屋へと向かっていた。

さて、どうやって話を切り出すか。

 

「・・・直接・・・は、キャスターと同じくはぐらかされるだろうしなぁ」

 

間接的に、と言ってもどう話を振ればいいのやら・・・。

ああもう。悩み相談なんて受けたこと無いからなぁ。これなら、サーヴァント相手に戦ったほうがまだましかもしれんな。

 

「あ、もう着いたのか・・・」

 

考え事をしながらでも、キャスターと孔雀の部屋には迷わずたどり着ける。

なぜかと言うと、孔雀の部屋はキャスターの部屋の隣にあるのだが、キャスターの部屋からはその・・・奇妙な空気が漏れている。

その奇妙な空気をたどって歩けば、少しくらい考え事をしていてもいつの間にかたどり着けるのだ。

 

「・・・どうしよう。何も案が浮かばなかったな・・・」

 

でも、来てしまったものは仕方がない。入るしかないだろう。

こんこん、と扉をノック。俺だけどー、と声をかけると

 

「どうぞ」

 

む? なんだか、いつもの孔雀らしくない、硬い声で返事が返ってきた。

どうしたんだろうか。まさか、何か異変が!? 

慌てて扉に手をかけて開く。

 

「お邪魔・・・」

 

「い、いらっしゃいませ! ご主人様っ!」

 

「・・・しましたー」

 

あまりのショックに固まってしまったが、何とか再起動。

ゆっくりと部屋から出て、扉を閉める。

よし、冷静になろうか。

俺は、孔雀が悩んでるようだから相談に乗ってくれとキャスターに言われて、ここに来た。

それで、部屋へと入ると・・・メイド服を着た、孔雀に出迎えられた。しかも妙にきゃぴきゃぴした口調で。

駄目だ。いつものクール系美少女の孔雀しか知らない俺にあの見たことの無い孔雀を相手することは不可能だ。

 

「あれ? どうしたんだい、ギル」

 

「あ、キャスター。いい所に」

 

騒ぎを聞きつけたのか、キャスターが部屋から出てきた。

取り合えず今見たものを説明すると、どれどれ、と言いながらキャスターが扉をノック。

 

「ど、どうぞ」

 

「お邪魔・・・」

 

扉を開いたキャスターが、そのままの体勢で固まった。

 

「いらっしゃいま・・・って、え、きゃ、キャスターっ!? あ、これはその、ちがくて・・・!」

 

「・・・しましたー」

 

先ほどの俺と寸分たがわぬ反応で、キャスターは扉を閉めた。

 

「メイド・・・だったろ?」

 

「うん。・・・しかも、ポーズ付きだった・・・」

 

え、それは本当か。・・・ちょっと見たかったかもしれない。

 

「ね、ねえ! 何でキャスターがいるんだい!?」

 

扉の向こうから、若干必死そうな声が聞こえてきた。

 

「・・・答えてやれよ、キャスター」

 

「取り合えず・・・部屋に入ろうか」

 

「そうするか」

 

扉を開くと、メイド服で立ち尽くす孔雀がいた。

 

「い、いらっしゃい」

 

「お邪魔します」

 

「はは、いや、改めてみると可愛らしくなったじゃないか、マスター。あ、お邪魔するよ」

 

部屋に入って開口一番笑い始めるキャスター。

 

「うぅ、笑わないでくれよ。・・・全く、響め。全力で外したじゃないか」

 

「え? マスター、何か言ったかい?」

 

「なんにも! ・・・で、何でキャスターがいるのさ」

 

「いやなに、外で何やら騒いでいるようだったから、またマスターが何かやらかしたんじゃないかと思ってね。外を見たらギルがいるじゃないか」

 

話しながらキャスターは椅子に座る。俺も近くの椅子に座り、背もたれにもたれる。

 

「で、状況を聞いたら信じられないものを見たとか言い出すから私も覗いたら、って訳。了解したかい、マスター」

 

「・・・大体は」

 

「ならばよろしい。・・・それじゃ、私は失礼するよ。研究も残ってるしね」

 

「うん。お休み、キャスター」

 

「ああ。ギル、こんなマスターだけど、よろしく頼んだよ」

 

「あ、ああ」

 

この状況で帰るんだ、この人。

まぁ、キャスターからの頼みとかは孔雀には伝えてないし、キャスターがいると孔雀も悩みを話してくれないかもしれないしな。

それじゃ、また明日ー、と言いながら部屋から出て行ったキャスターを見送った後、孔雀の方へと向くと、凄いジト目でこちらを見ていた。

 

「まさか、メイド服を着ただけであそこまで動揺されるとは思って無かったよ、ギル」

 

「それは謝る。ごめん」

 

「ふん。もういいよ」

 

そっぽを向きながら不機嫌そうに言い放つ孔雀。

あー、へそ曲げちゃった。どうしようかな、ここから。

 

「それで? 今日はなんか用なの?」

 

どうしようかと悩んでいると、向こうから話を振ってきた。

これに乗っからない手は無いな。

 

「ああ。孔雀には魔術方面でいろいろお世話になってるし、お礼ついでにちょっと話しでもしていこうかなー、と」

 

「・・・そっか。まぁ、月たちに魔術を教えてるのは趣味みたいなものだし、別に気にすること無いよ」

 

「まぁまぁ。おとなしくお礼を受け取っておけって」

 

そう言ってぱちんと指を鳴らす。

宝物庫が開き、ワインが入っている状態の酒器が卓の上に現れる。

 

「いつ見ても凄いね。キャスターもこんなことできたらなぁ」

 

「キャスターにはキャスターのいいところがあるって。取り合えず、飲もうか」

 

「ん」

 

いつも執事服を着ている孔雀がメイド服を着ていることに違和感はあるものの、立ち居振る舞いはいつもどおりの孔雀だ。

なんだか妙な感覚に囚われつつも、ワインを口にする。

 

「いつ飲んでも美味しいね」

 

「ああ、全くだ」

 

ふぅ、とお互いに一息つく。

取り合えず、何か話題を振らないとな。

 

「・・・ところで、孔雀」

 

「ん、なにかな、ギル」

 

「なんで・・・メイド服着てたんだ?」

 

俺の質問に、孔雀は少しびくつくと、諦めたようにため息をついた。

 

「その、響に着せられたんだ」

 

「響に?」

 

何でまた。・・・いや、でも響ならやりかねない。

 

「その・・・ギルは、メイド服が大好きだから、これを着たら喜ぶよ、って」

 

「何でそんな結論に・・・?」

 

「だって、月と詠はメイド服着てるじゃないか」

 

「なるほど、そういうことか」

 

俺と恋仲である月と詠はメイド服を着ているから、俺はメイド服が好きなんじゃないか、と思ったわけだな。

・・・いや、否定はしないけど、董卓の時の服着てる月とか、軍師姿の詠とか結構良いものですよ? 

 

「ってことは、孔雀は俺を喜ばせようとしてくれたのか?」

 

「っ! いや、その! ・・・うん、まぁ、そうなるね」

 

慌てて否定しようとした孔雀だったが、すぐに思い直したらしく、素直に頷いた。

なるほど、キャスターが言っていたように、俺は孔雀に気に入られているらしい。少なくとも、喜ばせようと思うくらいには。

 

「そっかそっか。孔雀もなかなか嬉しいことをしてくれるじゃないか」

 

「い、いつもギルにはお世話になってるからね。これくらいはしないと」

 

最初は少し緊張して強張った顔をしていた孔雀も、少しずつ表情が柔らかくなり、笑顔を見せるようになってきた。

それから、俺は悩み事を聞く、と言う当初の目的を忘れ、ただ普通に話をしていった。

たとえば、孔雀はいつもどんな仕事をしているのか、とかそんな日常の様子を聞いたり、今日の仕事中に響が洗濯物を持ったまま転んだだとか、そんな他愛も無い話だ。

どちらかと言うと騒がしい娘たちが多い中、物静かと言うか冷静な孔雀と話すのは、案外楽しく、時間はすぐに経ち、夜中と言って差し支えない時間となってしまった。

 

「・・・おっと。もうこんな時間だ。そろそろ帰るよ」

 

そう言って立ち上がり、扉へ向かおうときびすを返す。

・・・が、裾をつかまれる感触に足を止めた。

振り向くと、顔をそらした孔雀が、俺の裾を掴みながら立っているのが視界に入った。

 

「どうした、孔雀」

 

「一緒に、寝てくれるんじゃないの?」

 

酔った所為か、恥ずかしいのかは定かではないが、耳まで真っ赤にした孔雀がつぶやくようにそう言った。

まさか本気で寝るつもりだったとは思っていなかったので、少し驚いてしまった。

 

「・・・いいのか?」

 

「だって、約束したじゃないか」

 

少し拗ねたように唇を尖らせた孔雀に、思わず笑いが漏れる。

孔雀の頭を少し乱暴に撫でながら

 

「よし、じゃあ寝ようか」

 

「・・・うん」

 

・・・

 

「・・・狭くない? ギル」

 

「大丈夫だぞ。・・・暑くないか?」

 

「全然。ボク、暑さには強いから」

 

身体、常に冷たいんだ、と続けて、俺の頬に手の甲を当ててくる。

本当に冷たいな。夏は重宝されそうだ。

 

「じゃあ、冬の寒さには弱いのか?」

 

「うん。ずっと火を焚いて、掛け布団いっぱい掛けないと寒くて眠れないんだ」

 

なるほど。現代で言えば、ストーブつけっぱなしで寝るようなものか。

この時代だと、布団も種類は少ないしなぁ。

・・・まぁ、真桜辺りがいろんなの開発しそうだけど。

 

「・・・ねえ」

 

「んー?」

 

変に現実味のある未来を妄想していると、孔雀に話しかけられた。

考え事をしていた所為か、返事が少し曖昧になってしまった。

だが、孔雀はそんなことを気にしないで話を続ける。

 

「最近ね、少し腕に違和感があるんだ」

 

「腕に?」

 

「そう。切れたほうの腕に。なんか、腕があるような、変な感覚」

 

「痛み、とかは?」

 

どこかで、そんな話を聞いたことがある。

無いはずの腕が痛む。腕とか足を切断した後に、無いはずの腕や足があるように感じたり、痛み出したりする。

 

「たまに、かな。最近は夜になると少しだけ痛む」

 

幻肢痛、だったっけ。

 

「いつから?」

 

「違和感なら、切った後、少ししてからかな。痛みは最近」

 

・・・なるほど、最近夜にうなされている、と言うのは孔雀が痛みを感じていたからだろう。

 

「実を言うと、今日一緒に寝ようっていったのは、少し不安になってきたから」

 

「不安に?」

 

「うん。一人でなくなったはずの腕の痛みを感じてると、不安になるんだ」

 

そういいながら恥ずかしそうに笑う孔雀。

 

「ごめん、変なこと言って」

 

「全然変なことじゃない。・・・というか、もっと早く頼ってくれれば良かったのに」

 

「だって・・・無い腕が痛むなんて、変かもしれないって思って・・・」

 

「変じゃないって。大丈夫」

 

そう言うと、孔雀はそうかな、と呟いた。

 

「・・・やっぱり、ギルは優しいなぁ」

 

「前にも言われたな、それ」

 

「ふふ、最初に助けてもらったときにね。・・・その時から、ボクは」

 

「ボクは?」

 

「あ・・・えと」

 

いきなりもじもじとし始める孔雀に首を傾げる。

いつものように冷静な表情など当の昔に消え去っており、眉を八の字にして恥ずかしそうな表情を浮かべている。

しかし、次の瞬間、孔雀の表情はいつもどおりの冷静な表情に変わる。・・・顔は、赤いままだったけど。

 

「・・・もう、白状しちゃうけど、ボク・・・ギルのことが、好きだ」

 

「ええっと、それは・・・」

 

「もちろん、男の人として、ってことなんだけど・・・」

 

いまだに恥ずかしさが抜けないのか、表情は無表情に近いが、視線は俺に合わせようとはしない。

 

「ありがとう、嬉しいよ」

 

そう言って、孔雀を抱き寄せる。

そばに寝ていたので、抱き寄せるのは簡単だった。

 

「・・・うあ、恥ずかしいよ、ギル」

 

「いやだったか?」

 

「・・・全然。むしろ嬉しいよ、ギル」

 

「それなら良かった」

 

「ね、ねえ?」

 

「どうした?」

 

「今日は、これだけなのかな?」

 

「これだけ・・・って?」

 

「・・・月とか、詠とかにしてるようなこと、しないのかなって」

 

なんと。

凄い積極性だな。

 

「俺は今すぐでもしたいけど・・・孔雀は大丈夫なのか?」

 

「・・・ぼ、ボクはむしろ今日するくらいの覚悟だったんだけど」

 

「あ、だからメイド服だったりしたのか?」

 

「実はそうだったり」

 

へへ、と悪戯が成功した子供のように笑う孔雀。

 

「そっか。じゃあ・・・するよ?」

 

「あ、改めて聞かれると緊張するなぁ・・・」

 

寝台に仰向けになった孔雀に覆いかぶさる。

俺が動いたからか、寝台がぎっ、と音を立てる。

 

「ほら、力抜いて」

 

「うぅ、慣れてる人の台詞だ・・・んっ」

 

少し落ち込んだ様子の孔雀に口付けして、メイド服に手を伸ばす。

 

「や、優しくお願いします・・・」

 

「了解したよ、孔雀」

 

妙にしおらしい孔雀に苦笑しながら、メイド服を脱がしていった。

 

・・・

 

「昨夜はお楽しみでしたね」

 

翌朝、俺とほぼ同時に起きた孔雀と共に着替えを終え、少しだけ部屋でのんびりすごしていると、部屋の中へキャスターが入ってきた。

部屋の空気が違うことに気づいたキャスターは、開口一番さっきのような台詞を吐いたのだ。

 

「聞いてたの? キャスター」

 

「聞こえたんだよ、マスター。部屋が隣の上に防音の結界なんて張ってないからね」

 

「くっ・・・こうなったら、令呪で記憶をなくさせるしかないか・・・!」

 

「何言ってるんだいマスター。たかが恥ずかしい声を聞かれただけで」

 

「き、キャスターに分かるものか! この乙女の恥ずかしさを!」

 

「常時執事服の乙女には言われたくないね」

 

必死に問い詰める孔雀と、のらりくらりとかわすキャスター。

何時見てもこのやり取りは面白いな、と思いながら見守っていると、孔雀が俺の手を掴んで歩き出した。

 

「おや、マスター、どこへ?」

 

「仕事!」

 

「そうか。頑張ってくるといい」

 

そう言って笑うキャスターの隣を通って部屋を出る。

 

「・・・ギル、ありがとう」

 

そして、キャスターの隣を通り過ぎるとき、俺の耳元でそう呟いた。

俺は後ろを向かずに手を振って答える。

なんだかんだいって、キャスターも心配だったんだろう。

 

「もう、キャスターには気遣いってものが足りてないよね」

 

部屋から遠ざかると、孔雀はそう言って立ち止まる。

 

「・・・ごめん、ギル。先にお城行っててくれない?」

 

「ん? 孔雀はどうするんだ?」

 

「えと・・・ちょっと、休んでから行く」

 

「・・・ああ、なるほど」

 

これは、あれか。月と詠も陥ったあの・・・。

 

「く、こんなに違和感を覚えるものだとは思わなかった。よくこんなので歩けたな、ボク」

 

下腹部を押さえながら忌々しげに呟く孔雀。

 

「痛むか?」

 

「痛くはない、けど、なんかまだ入ってる感じが・・・」

 

「あー、そっか。それじゃあ・・・」

 

よいしょ、と孔雀を横抱きに抱える。

最初は背負おうかとも思ったが、こちらのほうが負担は少ないだろう。

 

「ギル、いったい何を」

 

「いいから。今日は部屋で休んでろ」

 

「・・・むぅ。仕方がない。そうするよ」

 

孔雀が諦めたように体から力を抜いたので、俺は来た道を戻る。

キャスターはもう部屋に戻っているだろうし、孔雀がまたからかわれることは無いだろう。

なんとか扉を開けて部屋に入り、寝台に孔雀を横たわらせる。

 

「服は・・・まぁ、それで我慢してくれ」

 

「うん。しばらくはこのままで寝てるよ」

 

「それじゃ、ゆっくり休んでろ」

 

「ごめんね、わざわざ」

 

「謝ることじゃないさ。好きな娘を気遣うのは当然だろ?」

 

「そんな台詞、よく素面で言えるね。・・・でも、嬉しいよ。ありがと」

 

皮肉るような口調のあと、ちょっとだけ視線をそらせてお礼を言った孔雀。

じゃあ、俺は行くよ、と伝え、部屋を出る。

すぐ隣にあるキャスターの部屋へと入ると、予想通りキャスターは机に向かって何かを研究しているようだった。

 

「・・・ん? おや、ギルか。どうした?」

 

足音で気づいたのか、後ろを振り向いたキャスター。

机にはさまざまな器具や書物が広げられている。

 

「お邪魔するよ。孔雀のことなんだけど」

 

「マスターがどうかしたのかい?」

 

「ちょっと調子が悪いみたいでな。部屋で寝てるんだ。何かあったら、孔雀のことは頼んだぞ」

 

「ほほう? 昨夜やけにうるさいと思ったら、ギル、マスターに結構無茶しちゃったのかな?」

 

「はっはっは・・・否定はできないです」

 

気まずさを感じた俺は、視線を逸らしつつそう言った。

 

「ま、分かったよ。それとなくマスターの様子は見ておく」

 

「悪いな。俺も仕事が終わったらまた孔雀のところに戻ってくるから」

 

「ああ、了承した。ほら、もう行くと良い」

 

そう言ってしっしっ、と手で出て行けとジェスチャーするキャスター。

 

「おう。研究の邪魔して悪かったな」

 

最後にそういい残して、俺はキャスターの部屋を後にした。

さて、今日も一日、お仕事頑張りますかー。

 

・・・

 

「ギルさん、昨夜はお楽しみでしたね?」

 

「月・・・?」

 

「ギル、昨日はお楽しみだったみたいじゃない?」

 

「詠まで・・・」

 

朝食を食べようと厨房へ行くと、月と詠に出会った。

詠が作ったという朝食を食べていたのだが、そのときにニコニコとこちらを見ている月と、じっとこちらを見つめる詠の行動に首を傾げつつ朝食を取っていたのだ。

朝食を食べた後にどうしたんだ、と聞いたところ、開口一番これである。何これ。流行ってるの? 

 

「全くもう。一緒に来なかったところを見ると・・・まぁ、アレに苦しんでるのね」

 

「へぅ、翌朝気づくんですよね、アレ」

 

月と詠も経験済みだからか、孔雀がいない理由を悟ったようだ。

良かった、説明する手間が省けた。

 

「あ、そうそう。今夜は・・・私と詠ちゃんの二人でお邪魔しますね?」

 

いつもどおりの微笑を浮かべた月はそう言って歩き出した。

 

「そ、その・・・覚悟しておきなさい!」

 

照れながら強がるといういつもどおりのツン子を見せてくれた詠も、月と一緒に歩き出した。

 

「・・・今夜、死なないようにしないとなぁ」

 

ぼそりと呟く。割と本気で切実な呟きだと自分でも思った。

取り合えず、仕事をしないと。昼休みに孔雀の様子を見に行こう。

 

・・・

 

「あ、お兄さん、おはよー」

 

「おはよう、桃香」

 

「おはようございます、ギルさん」

 

「おはよう、朱里。今日は何か急ぎの案件とかある?」

 

「ええっと、今急ぎは・・・あ、天下一品武闘会の開催に関係した書類の整理と、後は・・・」

 

ごそごそと書類を用意し始めた朱里を見ながら、俺も準備を開始する。

墨とか筆とか、政務に必要な道具は意外とあるんです。

 

「んしょ、これくらいですね」

 

どさどさと詰まれた仕事。

 

「うーん・・・少なめだな」

 

「え? ・・・そ、そうですか?」

 

「十分多いと思うけど・・・」

 

俺の一言に、桃香と朱里が反応する。

・・・あれ、俺がおかしいのか? 

 

「ごめん、気にしないでくれ」

 

「うぅ、お兄さんみたいに余裕の発言をしてみたいよぉ~」

 

「はわわ、流石はギルさんです・・・」

 

「・・・取り合えず、仕事始めようか」

 

変な空気を振り払うように声を掛ける。

それぞれ返事をしてくれたので、俺も筆を滑らせる。

えーっと、予算と規模は・・・っと。

 

「そういえばお兄さん?」

 

「なんだ、桃香」

 

始まって少ししか経っていないのに、桃香が話しかけてくる。

一応手は動いているので、少しくらい話しても大丈夫だろう。

 

「あのね、今日のお昼なんだけど・・・」

 

「昼?」

 

「うん。お昼、一緒に食べたいなって」

 

「今から昼飯の話かよ・・・」

 

いまだ仕事は始まったばかり。もちろん太陽はまだ真上より低い位置にあり、さらに言えば朝食を食べたばかりだ。

よく昼飯の話とかできるな。

 

「えー、だってだって、お兄さんいつの間にか他の娘と約束してたりするし。だったら早めに約束しておこうかなって思って」

 

「な、なるほど、勉強になります・・・」

 

桃香の言葉を聞いた朱里が、何やらさらさらとメモを取っていた。

 

「で、どう? お兄さん」

 

「あー、悪いけど、昼は孔雀と約束があるんだ」

 

「えー! 次は孔雀ちゃんなのー!?」

 

「次はってどういうことだ桃香」

 

「・・・だって、前に誘ったときは月ちゃんと詠ちゃんと食べるからって断られて、その前は恋ちゃんと食べに行っちゃうし・・・」

 

ふてくされながら桃香は筆を動かす。

 

「分かったよ。孔雀との用事が終わった後なら、付き合おう」

 

「ほんとっ! 約束だよ、お兄さん!」

 

「ああ、約束だ。・・・さ、それじゃあさっさと終わらせちゃおうぜ」

 

「はーい!」

 

先ほどより倍の速度で、桃香は書類を片付けていく。

・・・現金な奴。さて、昼はなにを食べに行こうかな。

 

・・・

 

ただいま、とある大衆食堂で昼食をとっている最中だ。

右には、言いだしっぺの桃香が胸を押し当てるようにくっついている。

 

「お兄さん、はい、あーん」

 

差し出されるレンゲ。

そこにはチャーハンが乗っており、ほかほかと湯気を立てている。

 

「・・・あーん」

 

周りの視線のほとんどがこちらを向いているのを感じながら、そのチャーハンを食べる。

 

「ぎ、ギル殿! こちらも美味しいですよ。・・・そ、その、あーん・・・?」

 

そして左には愛紗がいて、俺へと麻婆豆腐を乗せたレンゲを差し出してきた。

 

「・・・あーん」

 

それを食べると、愛紗がほっとしたような笑顔を浮かべる。

・・・どうしてこうなった。

もぐもぐと咀嚼しながら、こうなるまでを回想する。

まず、仕事中に異変はなかったはずだ。

仕事が終わった後、孔雀の様子を見に行く前に桃香に「お城の門のところでまってるね」と言われて、分かった、と返したところも問題はない。

そして、孔雀の様子を見に行ったところ、すでに回復して歩けるまでになった孔雀に出迎えられ、話をした後にキャスターに礼を言いに行った。

 

「はは、特に問題もなかったし、別に礼を言われることじゃないよ」

 

とさわやかな笑顔で返された俺は、もう一度だけ礼を言って屋敷から出た。

そして、待ち合わせ場所へと到着すると、桃香が大きく手を振っているのが見えた。さらに、隣で少し恥ずかしそうにしている愛紗も見えた。

 

「おや、愛紗も誘ったんだ」

 

「うんっ。愛紗ちゃんも、お兄さんとお昼食べたいって!」

 

「ちょ、桃香さまっ」

 

「えへへー。じゃ、いこっ、お兄さん、愛紗ちゃん!」

 

そう言って俺と愛紗の手を取った桃香が走り出し、今いる食堂に着いた。

俺の腕を引っ張って隣に座った桃香に勧められ、愛紗は桃香の反対側に座り、もじもじと注文を決めていた。

それから注文した品が来て、三人それぞれ食べていると、先ほどのように桃香があーん、といい始めたのだ。

・・・なるほど、分からん。

 

「ねえねえお兄さん、この後甘いもの食べに行かない?」

 

桃香の声で回想から意識を引き戻される。

 

「ん、甘いものか・・・。桃香、太るぞ?」

 

「むっ、むー! お兄さん、失礼だよー!?」

 

「怒るな怒るな」

 

ぷんすかと怒る桃香の頭を撫で、落ち着かせる。

 

「にしても、甘いものか。・・・愛紗はどうだ?」

 

「わ、私、ですか?」

 

「ああ。愛紗は甘いもの平気か?」

 

「はいっ。大丈夫です」

 

「そうか・・・なら、甘味処に行くのも悪くないな」

 

すっかり機嫌を直した桃香を引き続き撫でながら、どこに行こうかと思案し始める。

そういえばしばらく行ってないところがいくつかあったな。

顔見せるついでに食べていくのも悪くない。

 

「よし、それじゃあ行くか。おばさん、お勘定」

 

「あいよっ」

 

三人分のお金を出して、店を出る。

 

「さて、こっちだったかな・・・」

 

ギル殿に払っていただくなど、申し訳ないです! と言う愛紗を宥めつつ、街を歩く。

愛紗が説明を聞いて納得した頃には、次の目的地である甘味処にたどり着いていた。

 

「おーい、おじさん、久しぶりー」

 

「んー? ・・・おお、ギル様ではありませんか」

 

久しぶりだというのにおじさんは俺の顔を覚えていたらしい。

 

「いくつかお勧めのお菓子とか頼んだ。あ、あとお茶」

 

「分かりました。少しお待ちください」

 

そう言っておじさんは店の中へ入っていく。

俺たちは外に並べられた卓につき、品物が来るまで待つ。

 

「んー、美味しそうな甘い匂いが・・・」

 

「・・・桃香さま、後で私と一緒に身体を動かしましょうね」

 

「えー。大丈夫だよ、太らないよー?」

 

「いいえ、桃香さまは日ごろから運動不足ですので、少しでも身体を動かしておきませんと」

 

「ぶーぶー! おーぼーだよ愛紗ちゃん!」

 

冷静に返す愛紗と、手を大きく動かしながら何とか回避しようと頑張る桃香を見ていると、お茶が運ばれてきた。

それでいったん話は中断され、桃香と愛紗は出されたお茶を飲んでのほほんとしていた。

 

「おまちどうさま」

 

「お、ありがとう」

 

三人分の団子やら饅頭がやってきて、卓の上に並べられる。

 

「ほわー・・・美味しそうだね~」

 

「違うぞ、桃香。美味しそう、じゃなくて美味しいんだ」

 

「ふふ、ギル殿がそこまで言うのならそうなのでしょうね」

 

それでは、いただきましょうか、という愛紗の声に、桃香が真っ先にいただきまーす! と反応した。

はむ、と饅頭にかじり付く姿はハムスターとかその辺りの小動物を髣髴とさせた。

 

「おいひぃね~」

 

「だろう? 愛紗はどうだ?」

 

「はい、とても美味しいです。お茶ともあいますね」

 

うんうん。久しぶりにきたけど、やっぱりここの饅頭とか団子は美味しいな。

多分華琳をつれてきても大丈夫なくらい美味しいんじゃないだろうか。今度つれてきてみよう。

 

・・・




「月は妹。詠は幼馴染。響は後輩。孔雀は姉。ってイメージ」「あー・・・なんとなく分かるかもしれない」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第九話 弓兵として弓を使うために

「弓を使うキャラはなんだか年う・・・」「ひぃっ。ギルの顔面すれすれに矢が!?」「流石は紫苑・・・」


それでは、どうぞ。


「風呂に常時入れるようにしたいと思う」

 

「・・・つってもなー。この辺、温泉なんて出ないぜ? 上下水道も全然だし・・・」

 

ある日の昼下がり、珍しく政務で一緒になった一刀に、休憩を利用して話しかける。

内容は上記の通りだ。今のようにお湯を沸かしてためる方式ではなく、何らかの方法でいつでもお湯を出せるようにする。

そうすれば、女性が多い将も嬉しいだろうし、一番汗をかく兵士たちのリフレッシュにもなるだろう。

・・・まぁ、本音を言えば中身が日本人である俺が風呂に常に入れるようになりたいと思っているだけなのだが。

 

「んー・・・でもま、気持ちは分からないでもないぜ。俺もたまに風呂に入れないとき困るからな」

 

「だよな。取り合えず、これが終わったら甲賀のところに行くか。いろんなところに伝手があるあいつとなら、何か案が出るかもしれないし」

 

「おう。じゃあ、さっさと終わらせようか」

 

速度が二割り増しになった俺たちは予想より早く仕事を終わらせ、甲賀の元へと向かった。

甲賀の住んでいる家と言うか屋敷は目立たないように住宅に囲まれてひっそりと存在している。

まぁ、職業柄目立つ家には住めないので当然だけど。

甲賀の家の扉をノックする。ある一定のリズムで叩かなくては開いてくれないので、いつもこの瞬間は気を使う。

 

「・・・む、何だお前たちか」

 

扉を開けた甲賀が怪訝そうな顔をする。

 

「おはよう、甲賀。あがってもいいか?」

 

「構わんぞ」

 

そう言って家の奥へと戻っていく甲賀の後に続き、俺と一刀も家の中へと足を踏み入れた。

家の中では着物を着た人たちが忙しそうに歩き回っており、日本に帰ってきたのかと錯覚するような光景が広がっている。

たまにランサーの複製がいたりするが、ランサーの格好も大日本帝国軍の制服なので、全く違和感がない。

 

「こっちだ」

 

すすすー、と障子を開けて甲賀はとある部屋の中へと入っていく。

 

「あれ、甲賀の部屋変わったんだ」

 

「うむ。人が増えたし、ランサーと言う労働力もあるからな。増築とまでは行かなくとも、改築は人知れずできるものだ」

 

「・・・改築、したのか」

 

一刀が呆然とした表情で家の中を見回す。

その気持ち、分からないでもないぞ。俺も以前来たときと変わりすぎてて一瞬どこか分からなくなったから。

 

「ま、座れ。・・・ちょっと待ってろ。今茶と茶菓子を持ってくる」

 

「そんなにお構いなくー」

 

「こういうのは、礼儀だ。命の恩人であるお前になら、なおさらな」

 

甲賀は口角を上げるだけの笑みを浮かべて、部屋から出て行く。

 

「・・・なぁギル?」

 

「ん、どうした一刀」

 

「この家だけ、昭和っぽいんだけど」

 

「確かに。白黒テレビとかの家電はさすがに無いみたいだけど、雰囲気は日本のそれだよなぁ・・・」

 

一刀がきょろきょろと部屋を見回しているのに習って俺もきょろきょろと周りを見回す。

良くもまぁここまで再現したものだ。

 

「待たせたな」

 

再び障子を開いて部屋の中に入ってきた甲賀。

その手には盆が乗っており、お茶が人数分あった。

さらに甲賀の後ろからはオリジナルのランサーが入ってきて、お茶菓子をちゃぶ台の上に置いた。

 

「よくいらっしゃいました、北郷殿、ギル殿」

 

「元気か、ランサー」

 

「ええ。ギル殿も息災のようで何より。北郷殿もお元気そうで何よりです」

 

「ああ、ありがとな、ランサー」

 

「・・・それで? 今日は何用だ」

 

「そうそう。早速本題に入るんだけどさ・・・」

 

俺は甲賀とそのそばに正座しているランサーに風呂を作りたいと説明する。

 

「風呂・・・と言うよりは温泉に近いな、それは。・・・しかし、この辺で温泉などあったか・・・?」

 

「湧き出るものはおそらく少ないかと」

 

甲賀とランサーは首をかしげて考え込んでいるようだ。

やっぱり甲賀でも知らなかったか・・・。

 

「うーん・・・もうこうなったら最終手段に出るしかないかなぁ・・・」

 

「最終手段?」

 

きょとんとした顔の一刀が疑問を口にした。

 

「ああ。乖離剣を真名解放して、ドリルみたいにして地面を掘る。いつか何かに突き当たるだろ」

 

「ちょっとまて。ギル、貴様何時からそんな馬鹿になった」

 

焦ったように腰を浮かせた甲賀に笑い返しながら、俺は口を開く。

 

「いやー、流石に半分は冗談だって。温泉が湧き出るかもしれない、って言うところでやるならまだいいけど、何もないところ掘るほど暇じゃないさ」

 

「・・・ギル殿がいうと冗談に聞こえないのが不思議です」

 

「ふむ・・・少し難しいかもしれないが、後は給湯システムを作るしかないんじゃないか?」

 

「給湯システムを?」

 

「ああ。川かどこかと風呂場を繋げて、何らかの手段で風呂場に入れる前に川の水を温める。湯になった川の水を風呂場に流せば、風呂にはなるじゃないか」

 

甲賀が説明してくれたのは、水道があって、給湯のためのボイラーがある前提の話だ。

・・・だが、いい案かもしれない

 

「よし、取り合えず今から俺の宝物庫の中からいくつか使えそうなのを見繕うから、ちょっと検討してみようぜ」

 

「使えそうなのって・・・宝具でか?」

 

「そんなに所帯じみた宝具があるのか・・・?」

 

疑問符を頭の上に浮かべる二人の言葉をスルーしつつ、宝物庫を開く。

中から取り出したのは常に燃える剣。多分何かの炎の剣の原典だとは思うんだけど、常に燃えているのならボイラー代わりにならないだろうか。

 

「うぅむ・・・燃料としてはいいが、それの温度調整はどうするんだ? 流石に沸騰している湯を風呂にはできないだろう」

 

「・・・確かに。もう少し温度が低いものか・・・」

 

常に燃える剣をしまい、ごそごそと宝物庫をあさる。

 

「お、これならどうだ? 水をお湯に替える杖」

 

「何でそんなぴったりなものがあるんだよ!?」

 

ただの木の枝にしか見えない杖を取り出すと、一刀に突っ込みを入れられた。

んなこといわれても、さまざまな宝具の原典が入ってるんだからあっても不思議じゃないだろ。

 

「・・・まぁ、それで湯の問題は解決したな。後は水道か・・・」

 

「川からの水を風呂場に送るのと、風呂場のお湯を川へと戻す二つが必要だな・・・」

 

「それに、川と風呂場の高低差を考えると、何か水を動かすような装置が必要だな。・・・ギル、宝物庫の中に水を操る宝具とかないのか? モーセが持っていたようなの」

 

「・・・一刀、お前結構無茶言うんだな。まぁ、探すけど」

 

水をお湯に替える杖をちゃぶ台の上に置き、再び宝物庫をごそごそ。

 

「あ、こんなのあったぞ」

 

「なんだ?」

 

「水が下から上に流れるようになる珠」

 

「ほほう。なるほど。それなら使いようによっては何とかなるな」

 

「よし、ボイラーと水道はこれでいいとして。後は施設だな」

 

取り出した杖と珠を見ながら、一刀がうんうんと頷く。

 

「まぁいい。施設の建設は任せろ。こっちには労働力が大量にいるからな」

 

確かに。忍者たちはすでに大量に存在しているし、ランサーだってその気になれば千人規模に増えられる。

 

「それに、俺の魔術は何かを組み立てるのに向いてるからな。宝具を使うのは初めてだが、やれないことはないだろう」

 

「よし、頼んだ。俺はまず城の風呂を改装する許可を取ってくる」

 

「そうだな。それが成功したら、兵士の宿舎とか、町に作るのもいいかも」

 

「ああ。風呂に入ればさっぱりするし、みんなも喜ぶだろ」

 

それから、俺と一刀、甲賀とランサーの四人で、内装には富士山を描こうだとか自動的にかぽーん、と鳴るような魔術装置を作ろうだとか様々な話をした。

・・・後半は、確実にボイラーや給湯装置に関係ないことだったのに気づいたのは、話し合いが終わって、帰り道を歩いているときだった。

 

・・・

 

「・・・常に入れるお風呂、ですか」

 

早速朱里と雛里に相談してみる。

真剣な表情になって考え込む二人は、俺の提出した企画書とにらめっこしているように見える。

 

「いいかもしれませんね。今まではお風呂の日じゃないときに訓練すると、水浴びくらいしか身体を洗うすべはなかったようですし・・・」

 

「この・・・宝具と魔術の併用による常時給湯装置、と言うのが気になるのですが・・・」

 

「ああ、それはどうせお湯が流せるんだったらシャワーとか欲しいなぁと思って」

 

「しゃ、しゃわー、ですか?」

 

俺の説明に、朱里と雛里が首を傾げる。そっか、シャワーとか分からないよな。

昨日は一刀や甲賀と話してたから、すっかりここが三国時代だって忘れてた。

 

「ええと、こう、小さい穴がたくさん着いた筒から、お湯が出てくるんだ。で、それで身体の汚れを流したりするんだけど・・・」

 

こんな感じ、と図を描いて説明する。

模型でもいいから作ってくればよかったかな。

 

「はわわ・・・そんな便利なものが・・・」

 

ちなみにその後、シャワーが作れるのならカランも作れるだろうということになったのだが、それでは水の出力が足りないという壁に突き当たった。

そこで再び宝物庫をあさると、流れる水の勢いを加減速させる石が出てきた。

それを使って、水の勢いを高めるとのことだ。

 

「それなら、できそうですね。・・・でも、宿舎や町に作るのは、その宝具がいくつもないといけないですよね?」

 

「そこはまだ検討中だ。取り合えず城内で作ってみて、いろいろと不具合とか使い心地とか聞いてみる。それで大丈夫そうだったら宿舎とかにも水道を伸ばして・・・って感じかな、今のところは」

 

「・・・さすがギルさんですね。そこまで考えてらっしゃるなんて」

 

「はは。ありがと、嬉しいよ。それで、風呂ができたときには朱里と雛里に一緒に入ってもらいたいんだが」

 

「はわわっ!? ギルさんと一緒にですか!?」

 

「あわわ・・・ま、まだ心の準備が・・・」

 

俺の言葉に、顔を真っ赤にしてあたふたし始める二人。

・・・どうしたんだろうか。

 

「俺と一緒にってことじゃないんだが・・・。それに、俺がいなくても怪我するようなことはないから大丈夫だと思うけど・・・?」

 

「そ、そういうことではなくて・・・」

 

「ん? ああ、使い方ならちゃんと説明してから入ってもらうから大丈夫だ」

 

「・・・雛里ちゃん、多分私たちが思ってることと全然違うこと思ってるね、ギルさん」

 

「そだね・・・。先は長そうだよ、朱里ちゃん」

 

次は二人いっせいに落ち込んでため息をつき始め、本気でどうしたんだろうかと心配になった。

そんなに俺と一緒に風呂に入りたかったんだろうか。

 

「・・・大丈夫か、二人とも。そんなに落ち込むほど俺と一緒に入りたかったのか?」

 

「はわわっ!? そんな恐れ多いこと!」

 

「あわわ・・・む、無理です・・・!」

 

・・・よく分からないが、再び混乱し始めた二人を落ち着けさせ、改築の許可を貰った。

早速一刀と共に甲賀の家に行き、計画を始動させる旨を伝えた。

 

「よし、ならば忍者集団の中から、工作活動が得意なのを十数人と、ランサーを二十人ほど連れて行け」

 

「助かるよ」

 

「俺はお前が取り出した宝具をどう給湯装置に組み込むかを考えるから、しばらく工房に篭る。用があるときはオリジナルに言え」

 

「ああ。よし、それじゃ一刀、お前は内装のデザインを頼む」

 

服の意匠を考えたという一刀は、やはりと言うかなんというかデザインの才能があるらしく、衣装を作るときや家の内装といったことを頼むとかなりのクオリティで仕上げてくれる。

 

「おう! 日本と見間違うくらいのもの作ってやるぜ!」

 

「その意気だ。取り合えず、壁とかの素材を作ったりする職人たちの工房の場所、教えとくな」

 

さて、俺はちょっくら宝物庫でものぞいてみるかな。

何か使えるようなのがあれば甲賀のところに持っていくとしよう。

 

・・・

 

「・・・バーサーカー。そういえばお前も日本人なんだよなぁ」

 

「・・・」

 

給湯装置を作成するにあたって、川から風呂場への水道やらの工事を始めることに。

がっこんがっこんと何かを掘り進めたりする音が、土ぼこりが飛ばないようにと引かれた幕の向こうから聞こえてくる。

その様子を見に行こうと街を歩いていると、道中で路地裏への入り口をふさぐ様に立っているバーサーカーを見かけたので、ちょっとだけ話しかけてみたのだ。

・・・まぁ、答えが返ってくるとは思ってないが。

 

「まぁ、次は温泉でも掘り当てるから、そのときはお前も呼ぶよ。城の風呂場はお前には小さいからなぁ」

 

「・・・」

 

仁王立ちの体勢から微動だにしないバーサーカーにそういうと、かすかに首肯してくれたような気がした。

俺は一人で納得しながら、路地裏にいるであろうシャオは何をやってるのか気になった。

 

「・・・にしても、路地裏で何やってるんだ、シャオは」

 

そう言って覗き込もうとすると、今まで無言で仁王立ちしていたバーサーカーが一変した。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「おおおおおおおっ!?」

 

急に雄たけびを上げるバーサーカーから慌てて距離をとる。

まさかシャオから路地裏に他人を入れないように、とか命令されてますかね!? 

 

「・・・というか、周りの人たちがまたか、見たいな顔して通ってくってことは、日常茶飯事なんだな、これ」

 

はぁ、とため息をつく。

まぁいいや。シャオにだって秘密の一つや二つくらいあるだろ。

 

「それじゃあな、バーサーカー。頑張ってくれ」

 

「・・・」

 

無言のバーサーカーに別れを告げて、俺は目的地へと向かう。

水を引くところから始めるつもりだけど、川を分かれさせるなんて簡単にできるものかね? 

 

・・・

 

「・・・うわぁ」

 

できてました。なんていうか、昨日までただの川だったのに今じゃ城への支流ができてるんだもの。

驚いた。凄いな工作部隊とランサーたち。

 

「む・・・? ギル様! どうかいたしましたか?」

 

ランサーの一人が気づくと、全員がこちらを見る。

 

「いや、どれくらい進行してるかなっていう確認をしにきたのと、後どれくらいで終わりそうかなって聞きに着たんだけど・・・」

 

「なるほど。ええっと、ここで計画の統括をしてるのは・・・」

 

「私ですっ」

 

「ああ、そうでした。それではギル様、詳しい話は彼から」

 

そう言ってランサーがよけると、別のランサーが前に出る。

同じ日本人なだけあって顔立ちは似ているが、服装以外はやはり別人だ。

まぁ、服装もちょっとだけ違ってたりするんだけど。

 

「説明させていただきます! 川の支流を城の浴場と繋げる工事は、今のままで行きますと明日には完成すると思われます!」

 

「・・・早いな」

 

「はっ。恐縮です」

 

そう言って敬礼するランサー。甲賀の一件以来、俺にも敬意を払ってくれるようになってちょっとこそばゆく感じる。

まぁ、明日繋がるって言うんなら、後は甲賀の給湯装置がどうなったか、だな。

次はそっちに行ってみるか。

 

「うん、分かった。じゃあ、俺は甲賀が作ってる給湯装置の様子を見に行くよ」

 

「はい。・・・大丈夫ですね。今は家にいるようです」

 

ああ、そういえばランサー同士はお互い一瞬で意思疎通できるんだっけ。

 

「分かった。じゃあ、オリジナルに今から行くこと伝えておいてくれ」

 

「はっ。それでは、お気をつけて!」

 

「ああ、ありがとう」

 

そう言って俺は休憩のときにでも食べてくれ、とランサーに手土産を渡し、別れを告げた。

・・・え? いや、手土産くらい用意しないと。俺たちのわがままで動いてくれてるんだし。

 

・・・

 

「お、ランサー」

 

「・・・ああ、ギル殿ですか。お待ちしておりました」

 

そう言って出迎えてくれるランサーが、それで、何か御用でしょうか、と聞いてきたので、俺はそうそう、と前置きしてから口を開いた。

 

「さっき工事現場を見てきたんだが、明日には完成するって言ってたからさ。甲賀の方はどうかと思って」

 

「なるほど。・・・今ならマスターも大丈夫だそうです」

 

念話かなにかで確認を取ったのか、ランサーは中へどうぞ、と玄関を開けて言った。

お邪魔します、と声を掛けて家の中へ。一応説明はされていたので、工房まで一直線だ。

 

「甲賀、入るぞー」

 

「む、ああ、入れ」

 

入れ、といわれたので遠慮なく入る。

工房は純和風の内装をしており、様々な道具が並んでいる以外は他の部屋と変わらないように見える。

が、周りに張ってある札や置いてある様々な薬品などから魔力を感じるので、結界を張ってあることが分かる。

 

「どうかしたか?」

 

畳に正座しながら宝具を弄っている甲賀は、こちらを見ないまま用件を聞いてくる。

 

「装置のほうはどうかな、と思って。ランサーから聞いてると思うが、明日には支流を繋げる工事も終わるみたいだし、装置の状況はどうかなぁと」

 

「うむ、宝具を弄るのは初めてだったが、何とかコツはつかめた。明日の工事終了までにはできるだろ」

 

「そっか。それは良かった」

 

なら、明日から給湯装置と水道工事の両方を進めていけるだろう。

よし、当面は甲賀たちに任せて大丈夫だろう。後は一刀の様子を見に行ったあと、政務に戻ればいいだろう。

 

・・・

 

「あ、ギルさん。お疲れ様ですっ」

 

一刀の様子を見に行ったがいなかったので、諦めて政務へと戻ることにした。

政務室には朱里だけがいて、俺が入ってきたのでいったん筆を止めてあいさつしてくれた。

 

「お疲れ様。今日は朱里だけか?」

 

「はい。桃香さまは午前中で政務は終わっていますし、さっきまで雛里ちゃんもいたんですけど、愛紗さんと隊列の訓練に行ってしまって・・・」

 

「そうなんだ。よし、じゃあ今日は二人で頑張るか」

 

「ふ、二人・・・二人きり・・・は、はいっ! 頑張りますっ」

 

「そこまで肩肘張らなくていいよ。二人しかいないっていっても仕事は少ないんだし、ゆっくりやっていこうぜ」

 

そう言って朱里の頭を撫でる。こうすると喜んでくれることは経験から分かっている。

俺の予想通り、朱里は少し恥ずかしそうにしながらも笑顔で撫でられている。

 

「はわわ・・・ゆ、ゆっくり頑張りますっ」

 

「おう。ゆっくり頑張ろうぜ」

 

朱里から余計な肩の力が抜けたのを見て、俺も自分の席に座る。

自分で言っておいてなんだが、本当に仕事少ないな。これなら日が暮れる前に終わりそうだ。

 

「・・・あ、あのっ」

 

「んー?」

 

朱里が政務中に声を掛けてくるとは珍しい。

いつもはせっせと一生懸命筆を動かしているだけなのに。

 

「その、ですね・・・。ば、晩ご飯をご一緒させていただきたいのですが・・・!」

 

「晩飯を一緒に食べたいってことかな?」

 

「はいっ・・・。もう、誰かとご予定があったりしますか・・・?」

 

「いや、特にはないよ。・・・うん、今日は一人で食べようと思ってたから大丈夫だ」

 

今日は侍女の仕事が長引いてちょっと遅くなるので、先に食事を取っておいてください、と月に言われてたし。

それに、朱里と一緒に食事するというのは久しぶりじゃなかろうか。

 

「それじゃ、仕事終わったら街に行こうか」

 

「はいっ」

 

さて、どこに連れて行こうかな。

最近は治安も良くなったし、日が暮れても開いてる店は増えてきている。

だから、以前よりはいろいろと選択肢があるんだが、むしろありすぎて困るな。

 

「朱里、何か食べたいものとかあるか?」

 

ただ悩んでるだけで答えが出るわけでもないので、思い切って本人に聞いてみることに。

俺の質問にふぇっ!? と驚いた朱里だったが、次の瞬間えーっと、えーっと、と悩み始めた。

お互いに筆が止まってしまっているが、幸い時間には余裕がある。少しくらい話をしていても大丈夫だろう。

 

「えと、あんまりたくさん食べられないので、量が少ない料理が置いてあるお店がいいです」

 

「なるほど。・・・あ」

 

そうだ。小食の朱里に、ちょうどいいところがある。

あそこなら朱里もちょうどいい量が食べられるだろう。

よし、行くところは決まったな。

 

「うん、行くところが決まったよ、朱里」

 

「はわわ、どこでしょうか・・・?」

 

「はは、まだ内緒」

 

「ギルさんが意地悪です・・・」

 

ぷぅ、と頬を膨らませて怒っていますよ、とでも言いたげにこちらを見つめる朱里に思わず笑みが漏れた。

 

「笑わないでくださいよぅ・・・」

 

「ごめんごめん。別に馬鹿にしたわけじゃないんだよ。ちょっと朱里が可愛かったから」

 

「はわわっ!?」

 

そんな、可愛いなんて、はわわ、と面白いぐらいに取り乱している朱里を見ていると、やっぱり笑みが漏れてしまう。

しかし今度は俺が笑っていることなんか気にならないぐらいに取り乱しているらしく、いまだに顔を真っ赤にしながら俯いている。

しばらくは再起動しなさそうなので、朱里の分の仕事もいくつかやっておく。うむ、このくらいならまだ手伝えるな。

さて、早めに終わらせて、朱里の可愛い姿を見る作業に戻るかな。

 

・・・

 

「はわ~・・・もう日も暮れるのに、人が一杯ですねぇ」

 

はぐれないように、と手を繋いだ朱里から、驚いたような感心したようなどちらとも着かない呟きが聞こえてくる。

大戦も終わり、街の巡回に回せる人員が増えたことや、街を明るくするための工夫のおかげで日が暮れても人がいなくなることはなくなった。

流石に深夜になれば人も出歩かなくなるが、大戦前よりも街の人たちが外出している時間は長くなっただろう。

 

「朱里たち軍師が一刀や俺の案を実現してくれたからだよ。ありがとな、朱里」

 

「はわわっ。そんな、私はただギルさんや北郷さんの案が素晴らしかったから、ちょっとお手伝いしただけで・・・!」

 

「まぁまぁ。謙遜するなって」

 

そんなことを話している間に、目的の場所へと着いた。

ここは街にいくつかある大衆食堂の一つなのだが、ちょっとだけ俺と縁がある店でもある。

以前来たときに店主から相談を受けたのだが、その時の俺の提案が大当たりしたらしく、それ以来ちょくちょく店主に相談を受けることになった。

なので、ここのメニューの半分は俺の提案、もしくはそれに近いものである。

今日はそのうちの一つが朱里にぴったりだと思って連れてきたのだ。

 

「こんばんわ、親父」

 

「おお! ギルさまですか! いらっしゃい!」

 

元気良く迎えてくれた親父と挨拶を交わし、四人がけの卓につく。

 

「朱里、今日は朱里にぴったりな品があるんだ。それを食べてもらいたいんだけど、いいか?」

 

「はいっ。ギルさんのおすすめなら、断る理由なんてないですっ」

 

「そっか。親父! ラーメン一つと、特別定食一つ!」

 

「あいよ!」

 

「あの・・・特別定食って・・・?」

 

「ん、まぁあまり食べられない子供とかのために作られたんだけど、朱里も小食だしちょうどいい量かなって」

 

そんなものが、と呟く朱里。

最初はお子様定食と言う名前にしようとしたけど、それだと頼めるのが子供だけになってしまうので、今の名前になった。

 

「量は少ないけど料理の種類はあるし、ちょっとづつ食べられるから朱里みたいな娘には良いと思うよ」

 

「そうなんですかぁ・・・。どんなのがくるのか、ちょっと楽しみですっ」

 

「はは、気に入ってくれるといいんだけど」

 

客が少なかったからか、料理はすぐに来た。

 

「はいお待ちどうさん! こっちがラーメンで、こっちが定食!」

 

「お、ありがと」

 

「ありがとございますっ」

 

「それで、これは定食のおまけです、諸葛さま。諸葛さまは女性ですから、こういうのがいいと思いまして」

 

「おまけ・・・ですか?」

 

「へい。この定食は子供が良く頼むんで、おまけがついてるんです」

 

なんだか感動した面持ちで、朱里は貰ったおまけを眺めて、特別定食――もうお子様ランチと言うことにしよう――を眺めてをしばらく繰り返してから、スプーンを手に取る。

やはりお子様ランチにはスプーンだということで、お子様ランチの開発と同時にスプーンも作成した。

現代と比べると粗いところがあるが、それでもスプーンとしての役割は完璧にこなしている。

まぁ、みんなにはスプーンではなく匙として認識されているのだが、まぁそれは後でどうとでもなるのでよしとする。

ちなみにおまけもお子様ランチにつき物だということで頼んだ人にはおまけをあげることになっている。

おまけは商人が持っていた工芸品とか玩具とかのあまりものを安く仕入れているので、おまけをつけても負担ではないようだ。

 

「よし、いただこうか。いただきます」

 

「い、いただきますっ」

 

お子様ランチの内容はいたってシンプルだ。

まず山の形に整えられたチャーハン、おかずには餃子がふた切れと麻婆豆腐が少し。

果物を小さく切って現代版お子様ランチのゼリーの代わりにした。

後は親父の気分で惣菜が二つほどつくことになっている。

そして最後に小どんぶりに入ったラーメンがついてきて、なかなか手ごろなお値段なのです。

 

「はむっ」

 

チャーハンの山を崩して、スプーンですくい、口に運ぶ朱里。

流石に爪楊枝にくっついた国旗は用意できなかったので山の頂上には何も突き刺していない。

 

「どうだ、朱里。味のほうは」

 

「とっても美味しいです。それに、このくらいの量なら私でも簡単に食べ切れますし、いろんな種類の料理を少しずつ食べられるのはいいですね」

 

ニコニコと嬉しそうに笑いながら感想を告げてくれる朱里。

うんうん、親父の苦労も報われるだろう。これ作るために、親父の息子とか息子の友達に試食を頼んだらしいし。

 

「喜んでくれたなら、ここを案内した甲斐があったよ」

 

俺も朱里に釣られて笑顔になる。

やっぱり食事は楽しく食べないとね。

お互いに今日の仕事のことや明日の予定のことで話が盛り上がりながら食事をしていると、すぐに皿は空になる。

うん、満足満足。

正面に座る朱里も、満足そうにはふ、と息を吐いている。

 

「よし、じゃあ帰ろうか」

 

宝物庫から代金を出して親父に渡す。

親父に見送られながら、俺と朱里は店を後にした。

 

「はわわ・・・いつもご馳走になっちゃってすみません・・・」

 

「いいって事さ。女の子にご馳走するのは男の特権だからな。素直に奢られると良い」

 

「は、はい。ご馳走様でした」

 

帰り道は人通りも落ち着いていたので、行きとは違って手は繋がなかった。

だが、ふと朱里を見ると、なんだか俺の手を見ては手を伸ばして急に引っ込めたりと忙しそうだ。

多分俺と手を繋ぎたいんだろうな。帰り道もはぐれそうで不安なんだろうか。

まぁ、取り合えず繋いであげればわかるか。勘違いだったら謝って離せばいいんだし。

俺はおずおずと手を伸ばしていた朱里の手に、自分の手を重ねた。

 

「はわわっ!?」

 

「さっきから俺の手に手を伸ばしてたから、こうしたいのかなって思ったんだけど・・・俺の勘違いだったかな?」

 

「い、いえっ。勘違いじゃないです・・・」

 

「そっか。これからは遠慮しないで俺の手を取って良いぞ。別に怒ったりしないから」

 

「はわわ・・・その、が、頑張りますっ!」

 

むむっ、と拳を握って宣言した朱里。

そのときに俺と繋いでいる手にも力が入っていたが、全くと言っていいほど痛くなかった。

俺もちょっとだけ握る手に力をこめる。・・・もちろん、潰そうなんて全く思ってもいない。

 

「あっ・・・」

 

それに気づいたのか、朱里が少しだけ切なそうな声を出した。

・・・その後の帰り道は、すっかり日が暮れたな、とかそんな益体もない話をして帰った。

なんだかほっこりとした心で城へと帰ることができた。

 

・・・

 

サーヴァントにはクラスというものがある。

劉備はセイバー、ハサンはアサシン、といった具合にそれぞれにクラスがあり、さらに、クラスにはクラススキルというものがある。

一番ポピュラーなのは対魔力じゃないだろうか。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダーの四クラスが持っているスキルだ。

そう言ったスキルを有効に活用することが、聖杯戦争で勝ち抜いていくためには必要だろう。

・・・なんでこんな話をしているのかと言うと、ある日自身のステータスを見たときに思ったのだ。

 

「・・・戦闘用のスキルが皆無に近いな・・・」

 

原作のギルガメッシュのスキルは対魔力E、単独行動A+、黄金率A、カリスマA+、神性Bの五つだ。

最初は俺もその五つしかなかったが、こうしてこちらで過ごしているうちにいくつかのステータスがアップし、新しいスキルがついた。

魔力放出E+と、軍略C、そして千里眼Dだ。

軍略は多人数がでないと発動しないし、魔力放出は戦いに使えるランクではない。

唯一使えそうな千里眼も、俺自身が弓を使わないためにほとんど無用の長物と化している。

多人数を動員した戦いでは有利になるが、一対一の戦いの際に使えるものがない。

そんな考えに行きついた俺は、千里眼を生かすために弓を習うことにした。

弓の英霊として召還された以上は、ちょっとくらい弓も使ってみたいのです。

 

「あ、いたいた」

 

宝物庫の中から魔力をつぎ込むほど威力が上がるという弓の宝具を引っ張り出し、城にいるであろう紫苑を探すと、割とすぐ見つけることができた。

蜀で弓といえばやはり紫苑だろう。一応桔梗も弓兵扱いだが、轟天砲はちょっと・・・。

 

「おーい、紫苑」

 

「はい? ・・・あら、ギルさん。いかがなさいましたか?」

 

俺の声に振り向いた紫苑は、柔和な笑みを浮かべている。

こういう母性あふれるところがみんなに頼られる所以なんだろう。

 

「ちょっと頼みがあるんだ。この後、仕事とかあるかな」

 

「ギルさんから頼みごとと言うのは珍しいですね。私にできることなら良いんですけど・・・」

 

「紫苑じゃないと駄目なんだ」

 

「私じゃないと駄目・・・ですか」

 

俺の言葉に、真剣な表情をする紫苑。

そんな紫苑に頼みごとをするため、俺は口を開く。

 

「俺に・・・弓を、教えて欲しいんだ」

 

「・・・弓を?」

 

「ああ、弓を」

 

「なるほど、だから手に弓を持っているんですね。・・・分かりました。私がどれほどお役に立てるか分かりませんが、お手伝いしましょう」

 

「本当か!? ありがとう、紫苑!」

 

よし、と軽いガッツポーズ。

 

「うふふ、それじゃあ、訓練場へ行きましょうか」

 

「ん、よろしく頼む」

 

「はい」

 

・・・

 

「弓の訓練場に来るのは・・・二度目か」

 

前に璃々が遊びに来たときに紫苑を訪ねてきた以来だ。

以前は良く見てなかったので分からなかったが、練習用の矢が矢束に入っていたり、(ゆがけ)や弓が置いてあるのが見える。

 

「ギルさんは弓を持参していらっしゃるから、後は(ゆがけ)と矢ね」

 

「あ、右手だけ籠手出せるから、それを替わりに使うよ」

 

「あら、便利なんですね。じゃあ、矢だけでいいかしら」

 

そう言って、大量の矢を持ってくる紫苑。

紫苑はここにくる途中で部屋に立ち寄り着替えてきているので、自分の弓と籠手を持ってきている。

 

「ギルさん、弓を使ったことは?」

 

「ない。ほとんど剣で戦うか宝具を射出するかだったからなぁ」

 

「なるほど。それでは、基本からゆっくり教えますね」

 

そう言って、紫苑は弓の持ち方から始まり、矢の番え方、引くときの注意点などについて教えてくれた。

日本であったような弓道ではなく、どちらかと言うと戦いのための弓術といった感覚である。

千里眼のおかげか、少し習っただけで基本はマスターできた。

動いたり馬に乗ったりしながら矢を放つのは無理だが、動かずに的に当てるくらいなら九割の成功率だ。

うむ、これからもちょくちょく教わるとしよう。

 

「ギルさんは筋がいいわ。この調子なら、すぐに上手くなるわね」

 

長く話していたからか、紫苑から硬い敬語が抜け、普通に話しかけてくれるようになった。

流石に年上に敬語を使われるのはちょっと抵抗あるからな。

 

「それじゃあ次は・・・」

 

「んー? なんじゃ、紫苑。わしに内緒でギルと逢瀬か?」

 

「あら、桔梗じゃない。どうしたの?」

 

次の練習に移ろうとしたとき、弓を持った桔梗が訓練場へとやってきた。

桔梗は俺と紫苑を見るやいなや、にやり、と笑いながらからかってくる。

 

「なに、轟天砲を調整に出しておってな。ならば久しぶりに弓を引くかと思い立って来てみれば・・・」

 

「そうなの。私は今ギルさんに弓を教えているのよ。想像と違ってて悪いわね」

 

「ほう、弓をな。・・・ふむ、ならば今からわしも教えよう。紫苑、交代じゃ」

 

そう言って紫苑と桔梗が視線をぶつける。二人の間に火花が散るのを見て、ああ、多分これから普通の練習じゃなくなるな、とひそかに覚悟を決めていた。

しばらく視線で押し問答していた二人だが、紫苑が折れたのか、俺から一歩はなれる。

 

「うむ。よし、ギルよ。取り合えず構えて矢を放ってみろ」

 

「分かった。・・・よっ」

 

紫苑の教えのとおりに矢を番え、弓を構え、弦を引く。

きりきりと音を立てて矢が引き絞られていく。

十分ひきつけたところで、勢い良く右手を離す。

 

「ほう・・・」

 

たんっ、と心地いい音を立てて的に突き刺さる矢を見て、桔梗が感心したような声を漏らした。

おお、結構好感触だったり? なんて思いながら姿勢を戻すと、何度か頷いた桔梗が口を開く。

 

「なるほど、基本はばっちりじゃな。引くときに時間を掛けすぎなところがあるが、まぁおいおい直っていくじゃろう」

 

「そっか。ありがとう、桔梗」

 

「なんのなんの。ふむ、後は細かいところなんじゃが・・・」

 

それから数点直しておいたほうが良い所を教えられ、次はそれに気をつけながら弓を引く。

 

「よし、先ほどより良いぞ。この調子でもう二、三本ほどやってみろ」

 

「了解っ」

 

少し離れたところにいる紫苑からもいくつかアドバイスを貰ったりしながら的を撃っていると、背中に何か柔らかいものが押し付けられる。

一瞬何か分からなくて混乱したが、後ろから手を回して姿勢の変なところを密着して直している桔梗の胸が当たっているのだ。

これはまた、桃香とは違った色気を持った柔らかさが心地よく・・・っとと。危ない。暴走しかけた。

 

「どうした、ギル。手が止まっておるぞ?」

 

背後から笑い混じりの声が聞こえる。

・・・ああ、桔梗にからかわれてるなぁ、と確信する。

 

「ごめんごめん。背中に幸せが広がってたから、堪能してた」

 

矢を放つと、たんっ、と的中した音が聞こえる。

確認してみると、なかなかに真ん中に近い場所だ。うん、上達してるな。

 

「はっはっは。ふむ、なかなか嬉しいことを言ってくれる。・・・ま、今の状況で的中させたのは褒めてやろう」

 

そう言って離れる桔梗。・・・なんだか背中が寂しくなった気がする。

 

「・・・桔梗? そろそろ私に代わってくれないかしら?」

 

「ん? ・・・まぁもう少し待て。後二射ほど・・・」

 

また問答が始まるのか、と思った矢先

 

「なんじゃ、ギルがこんなところにいるとは珍しい」

 

「お、祭。こんにちわ」

 

「うむ」

 

「ギルが弓を使っているのを見るのは初めてだな」

 

「秋蘭まで。弓使い勢ぞろいだな」

 

訓練場にやってきたのは、祭と秋蘭だった。

桔梗と同じように、片手には弓を持っている。

 

「祭と秋蘭も練習に?」

 

「ああ。今日は華琳様が姉者と出かけていてな。時間が空いたから練習でもしようかと思ってきたのだが・・・」

 

「儂もそんなようなところじゃ。暇だから酒でも飲んで凄そうかと思っておったんじゃがの。冥琳がうるさくてのう。弓の練習をするといって逃げてきたのじゃが、途中で秋蘭と出会ったのでな。一緒に来たのだ」

 

なるほど。今日は弓使いが暇な日なんだろうか。

 

「それで? ギルが弓を持っているところなんて初めて見るが、一体どうしたんだ?」

 

「あーっと、なんといいますか・・・。俺って弓兵の役割の英霊なのに、弓使わないだろ? せっかくだから使えるようになっておきたくて、紫苑に指導を頼んだんだよ」

 

それで、桔梗も一緒に教えてくれることになって、今に至る、と説明すると、秋蘭はほう、と呟き、祭はかっか、と笑った。

 

「それならば、儂も教えてやろう。蜀の二人よりも経験はあるし、弓がもっと上手くなるじゃろうしな」

 

「ほう? 祭よ、面白いことを言ってくれる。わしと紫苑の二人がかりで教えた弓よりも、おぬし一人のほうが上手く教えられるというか」

 

「なんじゃ、自信がないのか?」

 

祭のその一言に、桔梗もイラッと着たのか、売り言葉に買い言葉で次は祭が教えてくれることに。

・・・だんだんと当初の目的から離れていってるな・・・。

 

「さて、ギル。儂が見ててやるから、何度かやってみよ」

 

「ん、分かった」

 

それから、弓使い四人の視線にさらされつつ矢を放った。

紫苑と桔梗の二人に教えてもらっていた時点で、立ち止まっての射なら完璧に的に当てられるようになっているので、放った矢は大体的の真ん中へと突き刺さった。

 

「・・・ふむ、なんじゃ、つまらんな。いくつかは外すかと思っておったが・・・まぁよい。立ち止まっての射が完璧ならば、次は動きながらの射をするぞ」

 

「ちょっと、まだギルさんは弓を取って一日しかたってないのよ。ちょっと早すぎない?」

 

「ほう。今日だけでアレだけできたのか。ならば次の段階も今日中にはできるようにはなるじゃろ」

 

そう言って祭は秋蘭を呼んだ。

何でも、走ったりしながらの射なら秋蘭のほうが上手らしい。

紫苑や祭も動きながら射ることはできるが、秋蘭にはかなわない、とのこと。

・・・ちなみに、桔梗の武器は轟天砲なので動き回る動き回らない以前の問題だった。

アレを撃つためには立ち止まらなければならないし、半分は大剣だし。

 

「・・・まぁ、私でどこまで力になれるかは分からないが・・・できる限りのことはしよう」

 

こうして、日が暮れるまで弓を射ることに打ち込んだ。

そのおかげで、立ち止まっての射はもちろん、戦いながらや馬上からの射もほぼ完璧となった。

これからもちょっとづつ練習はしていくが、あの四人からお墨付きを貰うくらいには上達したので今度誰かとの手合わせで使ってみよう。

 

「ふぅ。・・・今日は良く眠れそうだなぁ」

 

紫苑や桔梗、祭と秋蘭の四人とも仲良くなれたし、弓も上手くなった。良い日だなぁ。

すでに日が暮れて暗くなった城内で、背伸びをして歩きつつ、そんなことを思った。

 

・・・




「副長に弓を教えたときは苦労したなぁ」「くっ、間違って隊長にぶち当てたのは謝ったじゃないですか!」「サーヴァントじゃなかったら死んでた」「・・・うぅ。まぁそうですけどぉ・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十話 みんなでお風呂に

「お風呂でやりたい放題」「えっ」「えっ」「えっ」「い、いや、玩具の話だよ?」「・・・ついにギルがおかしくなったのかと・・・」「お前俺と同じ現代人だったよね・・・?」


それでは、どうぞ。


弓の練習で疲れた身体を動かしながら、厨房へと向かう。

昼飯を食べてから今までぶっ続けだったので、疲れと同時に空腹もやってきた。

取り合えず何か食べて、それからゆっくり寝よう。

政務はほとんど片付けたから明日は暇だし、いつもより多めに寝ても大丈夫なはず。

とにかく、今はささっと晩飯を食べて眠りたい。

明日の午後には給湯装置も出来るらしいし、風呂はそのときでいいだろう。

 

「・・・おや?」

 

厨房を覗いてみると、何故か蓮華とシャオの姿が。

食事をしているわけではなく、エプロン姿でお玉を持って調理の真っ最中らしかった。

 

「おーい、蓮華、シャオ」

 

「ぎ、ギルっ!? なんでここに!?」

 

「あ、ギルーっ。ねえねえ、今お料理の練習中なんだけど、味見してかない?」

 

「こらっ、シャオ!」

 

「えー、いいじゃん、食べてもらおうよー!」

 

「ちょっとまて。今料理の練習してたのか?」

 

俺がそう聞くと、シャオはにっこりと笑ってうんっ、と首肯した。

蓮華も少し恥ずかしそうに首肯したため、間違いではないようだ。

 

「・・・それにしても、これは・・・」

 

「あのねっ、これはその、ちょっと違くて・・・!」

 

「ねえ聞いてよっ。お姉ちゃんったら華琳に教わったこととかすっぽり忘れて料理するから、大変なんだよー!?」

 

「変な事言わないの!」

 

「なによー。ほんとのことじゃない!」

 

わーきゃーと言い合いを始めた二人をいったんスルーして、台所をちらっと観察。

切ったネギなどの材料が散乱しており、いくつか失敗作らしき作品が並べられている。

 

「・・・で、何でいきなり料理なんか始めようと思ったんだ?」

 

まぁまぁ、と二人を落ち着かせてから事情を聞くことに。

二人は大人しく椅子に座り、シャオが始めに口を開いた。

 

「花嫁修業よ!」

 

「花嫁修業?」

 

「そ! だってシャオはギルのお嫁さんになるんだし、お料理くらい出来ないとね!」

 

「わ、私も一応花嫁修業だが・・・その、姉さまが言うには、私もギルのお嫁さんになるかもしれないからって・・・」

 

「・・・シャオはともかく、蓮華もか? 俺、初耳だぞ」

 

と言うか、シャオを嫁としてもらうことも了承してないんだけど。

何故かとんとん拍子で勝手に進んでいってるが、どうすればいいんだろう。

 

「私は姉さまの後を継がなきゃならないし、まだ早いって言ったんだけど・・・あ、ぎ、ギルがいやだって訳ではなくて・・・!」

 

「あー、うん、大丈夫だ蓮華。雪蓮の性格はわかってるつもりだから。多分、シャオと競わせたら面白そうだなー、とか思ってるんだろう」

 

ほんとにいやって訳じゃないのよ!? とあたふたする蓮華をなだめて落ち着かせる。

蓮華は真面目な娘だから、多分上と下の姉妹の挟み撃ちを食らって引くに引けなくなったんだろう。

 

「そうだ、味見して欲しいとか言ってたな。ちょうど腹も減ってるし、二人の料理食べてみたいな」

 

「わかった! 今すぐ用意するから、ちょっと待っててね?」

 

「その・・・私のも、用意するわね」

 

そう言って二人は再び台所へと立ち、かちゃかちゃと料理の準備をする。

そして、俺の前へと運ばれてきたのは、チャーハンと麻婆豆腐。

どちらも少し不恰好ではあるが、美味しそうな匂いは漂ってくる。

ちなみに、チャーハンはシャオ、麻婆豆腐は蓮華が持ってきた。

 

「そ、その、今日初めて料理したから、ちょっと自信はないんだけど・・・」

 

「ついさっきまで華琳に教わって作ってたものだから、多分美味しいよー!」

 

「へえ、今日初めて作ったにしては上手じゃないか。凄いな」

 

「そんな・・・華琳の教え方が上手かっただけよ」

 

「でも、作ったのは蓮華自身だろ? ちゃんと身についてきてるってことじゃないか」

 

「そ、そうか。・・・ありがとう」

 

「もー! お姉ちゃんと喋ってばかりじゃなくて、料理食べてよー!」

 

俺と蓮華が話しているところに割り込んでそう叫ぶシャオ。

まぁ、確かに飯はさめないうちに食べたほうがいいだろうな。

 

「分かったよ。じゃあ、こっちのチャーハンから」

 

「うん。召し上がれっ」

 

レンゲで掬って一口。

・・・ん、少し焦げてるところもあるけど、不味いってほどじゃない。

と言うか、シャオの身体で中華なべを振れたのが不思議なんだけど・・・。

まぁ、鈴々がアレだけの怪力を持っているんだし、小柄イコール非力って訳じゃないからな、この世界。

 

「美味しいよ、シャオ。これなら完璧にチャーハンを作れる日も近いな」

 

「本当っ!? ありがとうっ!」

 

そう言って俺の元へと飛び込んでくるシャオ。

食器を倒さないようにシャオを受け止める。

 

「こ、こらシャオっ! 危ないじゃない!」

 

「へへーん。ちゃんとギルが受け止めてくれるから危なくないもーん」

 

「だからって・・・!」

 

いきなり飛び込んできたシャオと、いきなりの出来事に怒った蓮華が言い合いを始めそうになるが、それを手で制す。

 

「あー、待った待った。奇跡的に怪我もしなかったから大丈夫だよ。な、蓮華」

 

「そうだけど・・・」

 

「シャオ。これからはこういう危ないことしたら駄目だからな」

 

「はーい。・・・ごめんね、ギル」

 

少し反省したように返事をするシャオ。

うんうん、きちんと謝れる子はいい子になるぞ。

 

「よし。じゃあ、次は蓮華の麻婆豆腐食べようかな」

 

「ど、どうぞ」

 

シャオを地面に下ろしながらそういうと、蓮華は俺の前へ料理を置いてくれた。

またレンゲで掬って口に運ぶ。おお、熱々で美味しいじゃないか。

少し水っぽい感じもするが、今日初めて作ったにしては上出来だ。

二人ともこのまま頑張ればとても料理上手になるだろう。うぅむ、見事に胃から捕まえられそうである。

 

「うん、こっちも美味しいな。これならすぐに上手くなるよ」

 

「そ、そうかしら・・・」

 

「ああ。俺が保障するって。良いお嫁さんになるよ」

 

「っ!? ・・・そ、そう」

 

恥ずかしそうに顔を真っ赤にする蓮華。褒められなれてないんだろうか。

いつもは男言葉の蓮華がここまで柔らかい言葉を使うってことは相当恥ずかしいんだろうな。

こんなことを言っては何だが、とても可愛いものである。

 

「ほら、二人も一緒に食べようぜ」

 

せっかく作ったんだし、みんなで食べたほうが美味しいだろう。

俺の提案に、二人はすぐに返事を返してくれた。

三人で卓について、料理の練習中に起きた出来事なんかを聞きながら食べていると、すぐに料理はなくなった。

 

「ごちそうさま。さて、後は片付けだな」

 

「うぅ、ごめんなさい」

 

食事中、食べさせてもらったお礼と言うことで台所の片づけを手伝う、と言ったところ、蓮華に猛反対された。

散らかしたのは私たちだから、私たちで片付ける、とかそもそも味見のはずだったんだから、ギルがお礼をする必要はない、とか。

美味しいものを食べさせてもらったし、味見とか関係なくお礼したいんだ、と言って何とか納得させたがな。

 

「よし、取り合えず材料の欠片を集めて、こぼれた汁を拭こう」

 

そういいつつ、ジャケットを脱いで厨房にある余ったエプロンを身に着ける。

こういう作業のときには服が汚れるかもしれないからな。

取り合えず俺は崑崙の周りの欠片を集めたり、飛び散ったりこぼれたりした汁をふき取る。

蓮華とシャオの二人もせっせと作業しているようだ。この分なら、十分も掛からずに後片付けは終わるだろう。

・・・にしても、シャオがこうも片付けに精を出すとは思わなかった。

いつものわがまま姫っぷりはなりを潜めているし・・・。もしかしたら、今日の花嫁修業で大人に一歩近づいたのかもしれない。

後で褒めてあげないとな。

 

・・・

 

「おわったー!」

 

「ふぅ、終わりね」

 

「よっし、ご苦労さん」

 

予想通り十分足らずで片づけを終えた俺たち。

先ほどまでの惨状から一転し、きちんとした厨房へと戻っている。

 

「火の元は大丈夫だよな? ・・・うん、大丈夫だ。さ、帰ろうか」

 

「うんっ。・・・ねえねえ、シャオ、ギルのお嫁さんになれるかなぁ?」

 

厨房から出た瞬間に、シャオが腕に抱きついてそんなことを聞いてくる。

・・・うぅむ。料理は美味しかったし、片付けのときの手際も悪くなかった。

現状でこれならば、シャオはまだまだ伸びしろがあるんだし、将来はもしかしたら良妻賢母となるのかもしれない。

 

「・・・そうだな、なれるかもな」

 

「ほんとっ!? やったー!」

 

今は、まだまだ足りないところがあるけど、これから先が楽しみだな。

そんな風に思いながら受け答えをしていると、シャオとは反対側を歩いている蓮華が、俺のジャケットの袖を掴んで引っ張ってくる。

 

「どうした?」

 

「あ、あの・・・私は、どうかしら・・・?」

 

どうかしらって・・・ああ、そうか。蓮華も花嫁修業のために料理してたんだよな。

そりゃあ、花嫁になれるかどうかは気になるか。

 

「ああ、ばっちりだ。俺だったらすぐに貰いたいくらいだよ」

 

「そっ、そう? ・・・ふふ、ありがとう、ギル」

 

蓮華はその猫のような瞳を細めてそっと笑った。

袖を握ってくるという行動もあいまって、凄くドキッとした。

ええい、孫家の姉妹は可愛すぎるだろ! 何だこの姉妹。

いたって冷静そうに装いながら、どういたしまして、と返す。

 

「駄目だよギルっ。ギルのお嫁さんはシャオなんだから!」

 

「まだ決まったわけではないでしょうっ」

 

「だってギルに会ったのはシャオのほうが早いし、その分有利なんだから」

 

俺を挟んで姉妹喧嘩をする二人を微笑ましく思いながら、呉の屋敷へと向かう。

道中は常にどちらかから話しかけられていたので、一切暇しなかった。

二人を屋敷まで送り届けたあと、一人で街を歩くときの寂しさがいつもの倍ぐらいに感じるくらいだった。

 

「さってと・・・予想外に遅くなっちゃったな。ちょっと急ぐか」

 

恋と全力で戦った日の次くらいに疲れた。

帰ったら真っ先に寝台に飛び込もうと思いながら自室の扉を開ける。

 

「あ、お帰りなさい、ギルさん」

 

「お帰り。遅かったじゃない。何やってたのよ」

 

「・・・月。それに詠も。何か用か?」

 

「何も用はないけど・・・用がなきゃ、あんたの部屋にきちゃ駄目なの・・・?」

 

そう言って上目遣いになりながら俺の目を見つめてくる詠。

・・・むむ、確かにそうだな。

 

「えへへ、ご迷惑かと思いましたが、お邪魔してました」

 

「ん、全然構わないよ。・・・ごめんな、詠」

 

謝りながら詠の頭を撫でる。

詠は、ん、と気持ちよさそうに声を上げる。

 

「・・・別に気にしてないわ」

 

頭から手を離すと、詠はその部分を手で押さえて不機嫌そうにそっぽを向く。

不機嫌そう、とはいっても耳まで真っ赤にしているので多分照れ隠しだろう。

二人が座っている寝台に上がり、仰向けに倒れこむと、両隣に二人が寄り添ってくる。

 

「・・・ギルさんのにおいがします」

 

「こっちは月の匂いがするよ」

 

「へぅ・・・今日お風呂入ってないから臭いかもしれないです・・・」

 

「はは、大丈夫。全然そんなことはないよ」

 

強いて言えば少し汗のにおいがするくらいだが、その程度は全く気にならない。

・・・と言うか、女子って問答無用で良い匂いするからずるいと思う。

今となりに寝てる月も詠も、風呂に入ってないとは思えないほど良い匂いがする。

 

「詠も良い匂いするなー」

 

「ちょっ、ばっ、髪の匂い嗅ぐなばかっ」

 

「ふははー、諦めろー」

 

「何棒読みで言って・・・あ、ちょっとどこ触ってるのよ!」

 

「太もも」

 

「答えるなっ」

 

どこ触ってるんだといわれたから答えたら怒られた・・・。

理不尽な気がしなくもないが、まぁ詠が恥ずかしがり屋のツン子だっていうのは前から知ってるし、別に気にすることでもあるまい。

これだけ疲れてるんだ。最後の最後まで疲れきってやる。

 

「あ、ギルさん・・・その、するんですか?」

 

服の中に手を入れられながら、月が潤んだ瞳でそう聞いてくる。

すべすべと柔らかいお腹を撫で回していると、月はくすぐったそうに身をよじる。

もしかしたら俺以上に疲れてるかもしれないと思っていやか? と尋ねてみるが、いいえ、と返してくれた。

 

「えへへ。また私と詠ちゃんを一緒に、なんですね」

 

「うぅ・・・せめてお風呂には入っておきたかった・・・」

 

そんな詠の独白を聞かなかったふりをして、俺は二人の肌へと手を伸ばした。

大丈夫。明日にはいつでも風呂に入れるようになってるはずだから。

 

・・・

 

「・・・朝か」

 

朝日が目に入ると自然に目が覚める。眠気はない。

・・・早起きしすぎたらしい。早朝訓練をしている兵士の声すら聞こえない。

まぁ、健康的でいいとは思うが。

 

「・・・月も詠も、幸せそうに寝てるなぁ」

 

隣ではハイニーソックスとガーターベルトだけを身に着けた二人がすぅすぅと寝息を立てて眠っている。

月と詠に抱きつかれている腕をゆっくりとはずし、起こさないように寝台から降りる。

疲れは取れてるから十分眠れたということだろう。背伸びをすれば、背骨がぱきぽきと気持ちの良い音を立てる。

 

「ふぅ。・・・ちょっと早いけど、朝飯を食べに行くか」

 

二人に布団を掛けなおして、少し乱れている髪を直してから、部屋を出る。

あー、朝日が目にまぶしい・・・。

 

「お、ギルじゃねえか」

 

「ん? ・・・多喜か。どうしたんだ、こんな朝早くから」

 

「そりゃこっちの台詞だぜ。ギルがいっつも起きてくるの、もうちょい後だろ」

 

「あー、なんだか目が覚めてな。眠くないから二度寝もできないし」

 

「つまり暇ってことか」

 

「・・・そういうことになるな」

 

「んじゃ、俺と一緒に走るか?」

 

「走る?」

 

多喜の説明によると、ライダーの採取の間暇なので森の周りを走っていたら走ることにハマッてしまったらしい。

 

「で、どうする?」

 

「んー、そうだな、俺も一緒に走ろうかな」

 

「おう、了解。さっさと着替えてこいよ。運動用の服くらいあるだろ?」

 

「あるけど・・・」

 

そういいつつ宝物庫の服と今の服を交換する。

 

「一瞬で着替えられるから、今すぐでも大丈夫だぜ」

 

「・・・英霊ってずりぃなぁ」

 

「まぁまぁ。ほら、行こうぜ」

 

「あいよ」

 

城壁の上へと向かっている途中、見張りの兵以外の兵には一切出会わなかった。

見張りの兵は俺を見て驚きだす始末だし、いかにこの時間に出歩く人間が珍しいことが分かる。

多喜は見張りの兵と仲が良いらしい。まぁ、城壁ランニングの度に話しかけてるらしいから、仲良くなるのも当然か。

実はこいつ、初対面の人間とも数時間後には一緒に酒飲んでるぐらいに人当たりが良い。

多喜は街の警邏の仕事をしているのだが、店で暴れている暴漢とすら打ち解けて自首させるように導いたことも多々ある。

敵対している奴とすら仲良くなる多喜が、見張りの兵と仲良くならないほうがおかしいのだ。

 

「よっしゃ、まず軽く五周くらい行くか」

 

「五周? 大丈夫なのか、多喜」

 

「あん? 大丈夫に決まってるだろ。最初はきつかったけどな。今は余裕もって走れるぜ」

 

・・・一体何時からやってるんだろ。

 

「よっしゃ! 行くぜ」

 

掛け声と共に走り出す多喜を追うように俺も走り出す。

一定のリズムを崩さずに走る多喜を見て、走り慣れてるなぁと感心する。

かく言う俺もここに来た当初より体力はついている。

ついていけなくなることはないだろうが、ペースは一定に保っていこう。

規則正しい呼吸で走り続ける多喜と共に城壁の上を五周走りきる。

 

「よっしゃ、調子いいからこのまま街を走るか!」

 

そう言って城壁をおり始める多喜。

城壁を走るだけじゃなかったのかと驚きながらもついていくと、宣言どおり街の中を走り始める。

仕事の都合上朝が早い人たちが出てくる時間帯になったからか、まばらながらも人が活動を始めているようだ。

街の人とも仲が良いらしい。おはようさん、とか頑張れー、と多喜に声を掛ける人がかなりいる。

 

「人気だなー、多喜は」

 

「はっ、そうか、ふっ、ねぇ、ふっ」

 

呼吸の合間に言葉を織り交ぜるようにして喋る多喜。

警邏の人間も声を掛けられることはあるだろうが、それと比べても多喜の人気は高いほうだろう。

大体多喜の警邏ルートとは違う場所の人と仲が良いのは驚くしかないだろう。

 

「・・・これも、多喜の才能かもしれないな・・・」

 

破天荒な多喜がなんだかんだいって受け入れられているのは、こういう人当たりの良さとかがあるのかもしれない、と思った朝だった。

・・・ちなみに、この後街の裏路地すべてを走ってから早朝ランニングは終了となった。

今まで知らなかった裏路地のルートやらを教えてもらえたのはラッキーだったな。今度街の散歩でもするときにゆっくりと見るとしよう。

 

・・・

 

ランニングの後、軽く汗を飛ばして服を着替える。

まぁ、後で風呂に入れるとなればこのくらいは我慢できるな。

甲賀が作業している給湯装置設置予定地に向かう。

城の風呂場の後ろに建てられた小屋の中に入ると、中では甲賀が宝具を組み込んでいるところだった。

 

「おはよう、甲賀」

 

「む、ギル。・・・もう朝になったか」

 

「・・・もしかして、徹夜か?」

 

「結果的にはそうなるな。そう心配そうな顔をするな。慣れているから苦ではない」

 

こちらを振り返った甲賀にそういわれ、心配そうな顔をしてたか、と顔を触りながら呟く。

それから少しだけ装置を組み込むために手を動かしていた甲賀だが、装置が完成したのか、蓋らしきものを取り付けてから立ち上がる。

 

「これで完成だ。理論上はこれで動くはずだが、なにぶん宝具を弄ったのは初めてでな。不具合が出るかもしれん」

 

「ありがとう、甲賀。・・・で、操作を教えてもらいたいんだけど」

 

いくつかスイッチらしきものがついているが、俺では全く理解できない。

つまみらしきものがついているので、それで温度調整をするのだろうと推測できるだけだ。

 

「ああ、元よりそのつもりだ。いいか、このボタンで・・・」

 

甲賀の説明によって給湯装置の使い方は理解した。

と言っても、大まかに分けて、お湯を沸かす、温度を調節する、あとは給湯を開始、停止させる機能があるというだけだ。

後は故障したときに甲賀が弄る用の機能がついているだけなので、覚えやすくて助かる。

 

「取り合えず入ってみるか。一刀を呼んで来い」

 

「了解。ちょっと待っててくれ」

 

「ああ。俺は最終的な調整をランサーとやっておくから、別に急がなくても良い」

 

小屋を出る直前にそう声を掛けられつつ、俺は一刀を探しに城へと向かう。

この時間なら、多分城のほうにいるだろう。

 

「・・・やっぱり」

 

「え? ・・・あ、ギル」

 

俺の声に気づいた一刀がこちらに振り返り、駆け寄ってくる。

幸い一人のようだ。連れ出しやすい。

 

「給湯装置が完成したらしくてな。実験ついでに風呂に入ろうかと思って」

 

「ほんとか!? いやー、ちょうど入りたいと思ってたんだよなー」

 

そう言ってにっこり笑う一刀をつれて再び城内の浴場へ。

入り口にはランサーの複製が立っており、すでに脱衣所で甲賀が待っていると伝えてくれた。

 

「ありがと。それじゃあ、入らせてもらうよ」

 

「はっ。ごゆっくりどうぞ!」

 

敬礼をしてくるランサーの複製に手を上げて答えながら、「ゆ」と書かれた暖簾をくぐる。

脱衣所では甲賀とランサーがすでにタオル装備で待っていた。

 

「来たか。大体の調整は終わった。後は入って確かめてみるだけだ」

 

さっさと着替えろ、と目で訴えてくる甲賀に急かされる様に、俺たちは服を脱いで脱衣籠にいれ、タオルを腰に巻く。

先導するように入っていったランサーと甲賀の後ろに続き、浴場へ。

 

「おお」

 

「どうだ? できる限り一刀の設計図に準拠してるつもりだが」

 

以前入った時とは全然違う内装となっている。

いくつか並んで設置されているシャワーとか、口からお湯が出てくるようになっている龍の頭なんかが増設されてある。

壁には富士山の絵が書いてあって、現代日本の銭湯を思い出す内装に替わっていた。

 

「すげー! ここまで無茶な注文して平気かなぁ、とか思ってたけど、かなり再現されてる!」

 

「ああ。俺も一刀の設計図を見たことあるけど、ほとんどこれと一緒だ」

 

「まぁいい。テストもかねてシャワーで身体を洗おう。・・・貴様らから、異常なほど生臭いにおいがする。あと女の甘いにおいも」

 

「うっ」

 

「・・・かたじけない」

 

少し半眼でこちらを睨んでくる甲賀と目を合わせないようにそそくさとシャワーの前まで移動する。

風呂椅子に座ってシャワーの栓をひねる。

 

「お、シャワーだ」

 

楽しそうに一刀がシャワーから流れてくるお湯を身体に受ける。

俺も一刀と同じようにシャワーからのお湯で身体の汚れを流していく。

 

「・・・うわー、なんか向こうで銭湯に行ったときみたいだな」

 

感慨深そうに一刀が呟く。

確かに。こうして両隣に純日本人の外見である一刀と甲賀がいるとどこかの銭湯に着たかのような錯覚を覚える。

 

「ふむ。シャワーに不具合は見られんな」

 

「ええ、こちらも不具合はありません」

 

「次は頑張ってくれた工作忍者たちに入らせてあげてくれよ、甲賀」

 

「ん、元よりそのつもりだ。そのくらいの役得があったほうが良い」

 

男四人が並んで頭を洗い始める。

おー、なんか感動するな、これ。

ちなみにこの排水はこの後下水道を通って川へと戻っていく。

甲賀の話によると一応浄水はするらしいが期待はするな、とのこと。

ふぅむ、しかしこれはいいものだ。

男の意見だけではなく女性の意見も聞きたいので予定通り後で朱里たちにも入ってもらうことにしよう。

 

「そういえば宝具の起動のための魔力ってどうしたんだ?」

 

「霊脈からちょっぱらってきた。近くにいいのがあったからな。少し弄って、宝具が常に発動するくらいの魔力を貰ってる」

 

大元には影響ないから大丈夫だ、と断言する甲賀。

甲賀がそこまで言うなら大丈夫だろう。

 

「さて、頭も身体も洗ってすっきりしたことだし、ついにメインディッシュだ」

 

「おお・・・!」

 

そういいながら立ち上がり、甲賀や一刀が本日のメインディッシュ、浴槽へと歩いていく。

 

・・・

 

「はぁ~」

 

アレから数分。

かぽーん、と魔術によって出された音が浴場内に響く。

このかぽーんという音は五分ごとになるようになっており、入浴中の目安として使えるようになっている。

・・・というか、本当にこの音が出るようにするとは・・・。

 

「いや~、いいねえ、風呂は」

 

満足そうなため息をついた一刀がまた満足そうにそう言った。

再び四人一列に並んで湯に浸かっている俺たちは、頭の上にタオルを乗せながら風呂を堪能していた。

 

「こっちも不具合は無い様だな。・・・うむ、ゆっくり浸かるとするか」

 

しばらくまったりと浸かった後、全員ほくほくとした顔で暖簾をくぐっていた。

 

「大成功だったな。これで城内での風呂の問題は解決したといっても過言ではないな」

 

「ああ。・・・それじゃあ俺は朱里たちに話をつけてくる」

 

「入れるなら夜にしろ。工作忍者たちには日が暮れるまでに入っておけと伝えておく」

 

「分かった。それじゃ、甲賀、ランサー、ありがとな」

 

「ふ、面白そうだと思ったから手伝ったまでだ。礼には及ばん」

 

「また何かあれば是非! 喜んでお手伝いいたします!」

 

「はは、なら、またお言葉に甘えるかもしれないな」

 

そう言ってから三人に改めて別れを告げ、政務室へと歩いた。

 

・・・

 

「はわわ、そうなんですか・・・」

 

「給湯装置にしゃわー・・・。完成したんですね」

 

政務室に行くと朱里と雛里が政務を始めるために準備をしているところだった。

早速話を切り出してみると、今日の夜なら大丈夫です、と二人とも同意してくれた。

 

「よし、じゃあ日が暮れた辺りに迎えに来るから、政務室にいてくれ」

 

「はいっ」

 

「はい・・・!」

 

その後政務の準備を手伝った後、政務室を後にする。

今日は政務の仕事はないし、何より今日はちょっと試すこともある。

日が暮れるまではまだまだ時間があるし、ゆっくりといくかな。

 

「さて、忘れないうちに一つ目はやっておかないと」

 

日が昇っているうちにやるべきことは、大まかに分けて二つある。

一つ目は・・・。

 

「お、こっちか」

 

多喜に今朝教えてもらった裏路地の様々なルートを確認することだ。

こういう通路が放っておかれると、犯罪者なんかが逃走するためや隠れるために使うかもしれない。

・・・まぁ、かなり治安はいいほうなので、そんなことはほとんどないとは思うんだが。

 

「む?」

 

いくつかのルートの安全を確認し、少し狭い隙間を通ると、表通りからは外れた広場に出る。

こんなところがあったのか、と思いながらきょろきょろと回りを見ていると、近くから声が聞こえてくる。

 

「だーかーらー、ギルの好きそうな食べ物を調べて欲しいのよ!」

 

「で、でも・・・私がこっそり忍び寄ってもギル様は気づいてしまわれるんですよぅ」

 

「んもう! 明命もあの黒いのみたいな気配遮断を身につけなさい!」

 

「無茶ですよ! 小蓮さまが直接聞いてはどうですか? ギル様なら、こっそり調べるより簡単に教えてくれそうですよ?」

 

・・・声と会話内容から察するに、ここには明命とシャオがいるらしい。

と言うことは、もしかしてこの広場へ誰も来ないようにバーサーカーに入り口を塞がせていたのか。

うーむ、流石のシャオもこっちのルートから人が来るとは予想していなかったんだろう。俺もこんなところに出るとは予想してなかった。

 

「そんなの意味ないじゃない! 先にギルの好きなものを調べて、それを作れるようになってれば、お姉ちゃんより一歩先にいけるでしょ?」

 

「それは確かにそうですが・・・」

 

先ほどから話を聞いていると、どうやら俺の好きな食べ物を明命に調べさせようとしているらしい。

しかし、明命はその頼みに難色を示している、と。

・・・まぁ、明命はちょっと抜けてるところがあるからなぁ。

猫に目がないところとか。あれは結構致命傷だと思う。

そういえば以前も明命からいろいろ聞かれたりこっそり後を着けられたりしていたのだが、あれもシャオのお願いがらみなんだろうか。

アサシンの気配遮断で慣れている俺はそう言った類の『気配を消そうとする』感覚に敏感になっているのですぐに気づいてしまったのだが。

 

「うぅむ。しかし明命の言うとおり直接聞きにくればいいのに」

 

多分昨日の花嫁修業の一環としてまた料理を食べさせたいと考えてくれているんだろう。

そして、俺に食べさせるのだったら俺の好きな料理のほうが良い、と思いついて明命に調査を依頼、って所か。

直接聞きに来ないのは・・・やはり、サプライズで食べさせてあげたいとか考えてくれているのか・・・? 

そうだとすると、とてつもなく嬉しく感じる。

昨日の一連の流れから、俺の元にシャオが嫁に来るのも悪くないと思っている辺り悪質である。

まさかシャオ、計算済みか・・・!? 

シャオ、恐ろしい子・・・! 

 

「・・・ま、なんにせよこのまま盗み聞きはよくないな」

 

少し遠回りになるが、いったん戻って別ルートから行こう。

そう思って踵を返した瞬間、足元でぱきっ、と音がした。

慌てて足を見てみると、枯れ枝を踏んでしまったらしい。なんて王道な・・・! 

 

「っ! 誰ですか!?」

 

向こうまで響いたのか、明命が俊敏に音の方向・・・つまり、こちらに向けて構えを取る。

 

「バーサーカーの目をかいくぐってここまで来れるなんて・・・相当やるみたいね」

 

これは出て行くべきなんだろうか。

・・・このまま逃げたら後で大変なことになりそうだ。諦めるしかあるまい。

害意がないことを示すために両手を挙げながら二人の前に歩み出る。

 

「あれ? ギルじゃない」

 

「ぎ、ギル様でしたかっ」

 

俺の姿を見た二人の反応は対照的だった。

きょとんとした顔をしつつも冷静な反応を返したシャオと、構えを解いてあたふたと取り乱した明命。

 

「どしたの、こんなところまで。・・・っていうか、どうやってきたの?」

 

「そ、そうですよっ。ここへの入り口は、バーサーカーさんが塞いでくれてるのに・・・」

 

「あーっと、話すと長くなるんだけど・・・」

 

二人に問い詰められ、俺は裏路地の隠しルートのことを話した。

前も話を聞いてたの? と聞かれ、今日この場所を知ったばかりで、話はちょっとしか聞いてない、と返した。

あの話の中身を全部聞いていたとなると少し面倒くさくなりそうだったので、来てすぐに枯れ枝を踏み、会話内容は詳しく聞こえなかった、と言っておいた。

 

「そ。・・・ならいいわ。過程はなんにせよ、あんなところまで通ってシャオに会いに来てくれた、ってことだもんねっ」

 

そう言って俺へと飛び込んでくるシャオを受け止る。

凄いポジティブシンキングだな、と感心しながら頭を撫でてやる。

 

「で、こんなところで何の話をしてたんだ?」

 

立場的には俺は何も知らない人なので、こういっておかないと怪しまれる。

 

「ん、明命とちょっと訓練してたの」

 

「へえ、花嫁修業といい、シャオは意外と頑張り屋さんなんだな」

 

「えへへー。シャオはちゃんと頑張る子なんだからっ」

 

そう言って嬉しそうに飛び跳ねるシャオ。

 

「明命もお疲れ様。シャオはお転婆で大変だったろ?」

 

「あ、えと・・・その、まぁ」

 

「あー! 何よそれ、ひっどーい!」

 

明命が少しだけ視線をそらしながら気まずそうにそう答えると、シャオが頬を膨らませて怒った様に声を上げる。

まぁまぁ、と言ってなだめるように頭を撫でるとすぐに機嫌が戻ったので、多分本気で怒ったわけではないんだろう。

 

「ま、今日の訓練はもういいわ。ねえギル、シャオと明命と三人でどこか行かない?」

 

「わ、私もですかっ!?」

 

「当たり前じゃない。ね、いいでしょ?」

 

「あー・・・」

 

まぁ、二つ目の目的は一人じゃなきゃ駄目、ってことはないから大丈夫だけど・・・。

 

「別にいいけど・・・午後からは俺、別にやることあるから付き合えないぞ?」

 

「あれ、今日はお仕事休みじゃなかった?」

 

「・・・なんで俺の予定把握してるんだ?」

 

「だって、シャオはギルの奥さんになるんだもん。夫の予定くらい把握してないとねっ」

 

「・・・まぁいいや。仕事じゃなくてな。ちょっとした野暮用なんだけど・・・どうせなら一緒に来るか?」

 

「えっ? いいの?」

 

「ああ。多分作業的には単調になるからな。話し相手が欲しいんだよ」

 

「じゃあじゃあ、シャオが話し相手になってあげる」

 

「そっか」

 

「明命も午後は大丈夫よね?」

 

「はいっ。大丈夫ですけど・・・ご迷惑ではないですか?」

 

シャオから俺へと目線を変えて聞いてくる明命。

 

「全然そんなことないよ。むしろ、明命にもきて欲しいな」

 

「あ・・・。は、はいっ!」

 

嬉しそうに返事をして俺の近くへ寄ってきた明命の頭を撫でてやる。

明命は猫好きだが、明命本人は犬っぽい。

撫でると明命の頭に犬の耳と尻に全力で左右に振られる尻尾が見える。

 

「そだ。バーサーカー、戻っていいよー」

 

いつの間にか広場の入り口にまで来ていたバーサーカーにシャオが声を掛ける。

すると足元から粒子になっていくように霊体化していくバーサーカー。

 

「いこっ、ギル」

 

「ああ」

 

シャオは俺の右腕に両腕を絡ませ、明命はニコニコと左隣を歩いている。

・・・さて、ここから近いところは・・・蜀の屋敷か。

 

・・・

 

二つ目のやるべきこと。

それは俺の宝物庫から出てきた一つの宝具・・・地下に眠るものを探し出すという羅針盤だった。

地下にあるものなら有形無形問わず探せて、探す深さはこめた魔力によって変わる。

これならば温泉も突き止められるのではないかと思い、こうして街中を歩いているのだ。

かれこれ一時間は歩いているが、いまだに羅針盤の針はくるくると回るだけで一方向を指さない。

 

「温泉とかってないのかな、この辺」

 

「温泉?」

 

「そう。地面から湧き出るお湯のことをそういうんだけど・・・」

 

見たことないなぁ、とシャオ。明命も見たことがないと答える。

・・・火山とかないから温泉もないのかね。

 

「・・・ここにはないか。次はあっちだ」

 

「あっちね。いこいこっ」

 

「あ、待ってくださいよー!」

 

次は呉の屋敷の近くを調べてみるか。

俺たちは人ごみを掻き分けながら呉の屋敷へと向かう。

羅針盤にいまだ反応は現れず、くるくると回っているだけだ。

流石に街中にはないか、とため息をつきかけたそのとき、前方から声が聞こえてきた。

 

「ぎ、ギル! 偶然ね」

 

顔を上げてみると、そこには思春を連れた蓮華がいた。

 

「蓮華。それに思春も。こんにちわ」

 

「ええ、こんにちわ。・・・その、ギルは何をしてるの?」

 

「おねーちゃんには関係ないでしょー!」

 

「シャオ!? あなた、どうしてギルと・・・!?」

 

「んふふー。ギルが一緒にいて欲しいって言ってくれたの。ねー、ギル?」

 

「ん? ああ、一人で作業するのが心もとないから、話し相手になってくれってシャオと明命に頼んだんだ」

 

「・・・なんだ、そういうこと」

 

「むー、ちょっと正直に言いすぎじゃない」

 

ほっとした様子の蓮華と頬を膨らませるシャオ。

 

「そういえば、蓮華は何してたんだ?」

 

思春を連れて歩いていたってことは、城に何か用事があったとか・・・? 

 

「え、ええと・・・と、特に何もしてないわ。街を歩こうかなって思ってて・・・」

 

「そうなんだ。あ、ちょっと早いけど俺たちと飯でもどうだ? ちょうど終わりにしようと思ってたし」

 

本当はまだまだ余裕があるが、四人もつれての温泉探索は効率が悪いだろう。

それに、まだまだ日暮れまで時間があるといっても余裕は持っておきたい。

早めに朱里たちの元へ行っておいたほうがいいだろうしな。

 

「そ、そうね・・・。ご一緒させてもらおうかしら」

 

「ん、じゃあ行こうか」

 

新たに二人を加えて俺たちは歩き出す。

向かうのは・・・うーん、どこへ行こうかな。

あ、そういえば前に流々が手伝いをしていた店があったな。あそこにしよう。

 

・・・

 

「いただきまーす!」

 

六人がけの席へと案内された俺たち。

俺の両隣にシャオと蓮華が座り、対面に思春と明命が座った。

その後、それぞれの注文を店主に告げる。

時間が中途半端だからか、客は少ない。

そのためかすぐに注文した料理が来て、一番にシャオがレンゲを手に取り、先ほどの挨拶を口にしたのだ。

それに釣られるように残りの四人もいただきます、と声を合わせる。

 

「ギールー」

 

「んー?」

 

「はいっ、あーん」

 

名前を呼ばれて振り向いてみれば、レンゲに乗ったチャーハンを差し出してくるシャオがいた。

 

「ちょっ、シャオ!?」

 

「あーん」

 

あ、美味しい。うむ、この街の飲食店ははずれがないのがいいよな。

 

「ギルっ!?」

 

蓮華がそんな俺たちを見て何故か声を荒げる。

 

「う、うぅ・・・ぎ、ギルっ!」

 

「おお?」

 

急に蓮華に声を掛けられ、少しびっくりする。

振り返ってみると、蓮華もシャオと同じように箸を突き出してきている。

箸には餃子が挟まれており、蓮華の腕が震えているのか、ぷるぷると餃子も震えている。

 

「あ、あーん!」

 

威嚇するような圧迫感と共にそう言い放つ蓮華。

あれ、あーんってもっとこう、和やかな雰囲気で言い放つ台詞じゃなかったか。

この娘、真剣勝負の時かのように気合入ってるんだけど・・・。

 

「あー」

 

取り合えず食べないことには始まらないので餃子をいただく。

おお、肉汁が良い感じに染み出てくる。

 

「ありがとう、蓮華」

 

その後、シャオと蓮華に俺の麻婆豆腐を食べさせた。

二人とも嬉しそうにしていたのでよしとしよう。

全員が食べ終わった後、五人分の料金を払って店から出る。

 

「ぎ、ギル。自分の分は自分で払うわ」

 

「いいっていいって。お金のことなら気にしなくていいから」

 

黄金率のことは言ってあるはずなのだが、やっぱりみんなは遠慮するみたいだ。

俺と良く食べに行く娘たちはあまり気にしないようになったけど、今日初めて一緒に行った蓮華は遠慮するか。

 

「ギル、ごちそうさまでした。お礼に今度はシャオが何か作ってあげるからね!」

 

「ん、どういたしまして。楽しみにしてるよ」

 

「じゃ、じゃあ、私も今度料理を作る!」

 

「そっか。分かった。そっちも楽しみにしておく」

 

「・・・ふん。一応礼は言っておく」

 

「ごちそうさまでしたっ。じゃあじゃあ、私は今度お仕事のお手伝いしますっ」

 

「おう。何かあったら頼むな」

 

「はいっ」

 

その後、四人を呉の屋敷まで送り、城へと向かう。

そろそろ日も暮れそうだ。朱里たちを迎えに行かないと。

 

・・・

 

政務室へとたどり着く。

こんこん、とノックの後、扉を開ける。

 

「朱里、雛里、いるか?」

 

「あ、ギルさん。二人ともいますよ」

 

「あ、あわわ・・・お疲れ様でしゅ」

 

政務室の中では、二人とも書類を片付けている最中だった。

しかしそれももうすぐ終わるだろう。元々の量が少なかったし、二人の処理能力なら完全に日が暮れたぐらいに片付くはずだ。

かといって何もしないのもあれなので、少しくらいは手伝う。

 

「こっちの書類片付けておくよ」

 

「はわわ、すみません」

 

「いいって事よ。二人にも早くシャワーを体験してもらいたいしな」

 

「あわわ・・・楽しみです」

 

そう言って笑う雛里。

女の子だからやはり身だしなみ関係の充実は嬉しいんだろう。

それなら、宝具を使ってまで改築した甲斐があったというもの。

朱里と雛里がどんな反応をするか想像しながら筆を動かしていると、すぐに片付いた。

 

「よっし、終わった」

 

「こちらも終わりましたっ」

 

「こっちもです・・・!」

 

「ん、じゃあ片づけしておくから二人は風呂に入る準備をしてきてくれ」

 

「はわわっ、そんな、お片づけをお任せするなんて・・・」

 

「大丈夫だから。それに、俺が片付けてる間に二人が準備してきたほうが効率がいいだろ?」

 

「あわ・・・確かにそうです・・・」

 

少し渋った二人だが、半分無理やり納得させる形で準備させに向かわせた。

政務の道具を片付けるのぐらい一人でできるし、女の子の準備は往々にして時間が掛かるものだ。

しばらくして準備を終えた二人が戻ってきた。

 

「よし、じゃあいこっか」

 

「はいっ」

 

「はい・・・!」

 

・・・

 

二人と共に風呂場へと到着する。

取り合えず服を脱ぐ前に説明しておかなくてはならないので、服を着たまま浴場へと入る。

 

「はわわ・・・凄く変わっちゃってますっ!」

 

「あわわ・・・見たことがないものが増えてる・・・」

 

龍の口から常に出てくるお湯や、シャワーとカランに二人は興味津々のようだ。

 

「これがシャワー。で、こっちがカラン。ここの栓を右にひねるとシャワー。左にひねるとカラン」

 

実際に出して説明する。

二人は目をぱちくりとさせて驚いているようだ。

 

「す、凄いです。これなら髪の毛や頭が洗いやすくなります・・・!」

 

「桶にお湯を溜めておけるのも便利ですね」

 

自分でも栓をひねって確かめている二人。

 

「それから、こっちはいつでもお湯が張ってある浴槽。川の水をお湯にしてここの龍の口から出て、この床についている穴を通って川に戻る」

 

「川から水を引っ張ってきたんですか!?」

 

「ああ。まぁ、いろいろと手を借りたけどね」

 

甲賀のところの工作忍者とか複製ランサーとか。

彼らがいなければ完成まで数年掛かっていたかもしれない。

 

「よし、説明はこれくらいでいいだろ。後は実際に使ってみてくれ」

 

脱衣所へと戻り、二人にそう告げて俺は脱衣所から出る。

さて、後は二人が出てくるまで待とうかな。

 

・・・

 

脱衣所で衣類をすべて脱ぎ、生まれたての姿となった朱里と雛里の二人は、手ぬぐいだけを持って浴場へと戻ってきていた。

 

「このしゃわーっていうの、凄いよね」

 

「うん。私は髪が長いから、こういうのがあると洗うのが楽になるから嬉しいな」

 

「あ、そっか。雛里ちゃん、かなり髪の毛長いもんね」

 

そんな他愛もない会話をしながらシャワーを使う二人。

しばらくシャワーの便利さを体感した後、常にお湯が張ってあるという浴槽へと向かう。

龍の頭を模した像の口から、どばどばと絶え間なく湯が出てくる様子は、二人の興味を引いた。

 

「近くで見ると、改めて凄いって思っちゃうね」

 

「うん・・・。ギルさん、宝具を使ったって言ってたけど・・・」

 

「川の水をお湯にしたり、水道を整えたり・・・そんな宝具もあるんだね」

 

「・・・今度、ゆっくりお話したいな」

 

「うん。私も」

 

にこやかに会話をしつつ、二人は湯船に身体を沈める。

 

「ほわぁ・・・沸かしたお湯を溜めてるわけじゃないから、お湯が冷めなくて暖かいね」

 

「そうだね。なんだか、疲れが全部溶けちゃうみたい」

 

「ふふ、確かにそんな感じがするね」

 

「早く皆さんにも試してもらいたいね、シャワーとか」

 

「愛紗さんとかは雛里ちゃん見たいに髪が長いから、喜んでくれるかもね」

 

二人の頭の中には、愛紗や翠といった髪が長めの将の姿が何人か浮かぶ。

 

「兵士さんたち用に同じようなものを作れば、兵士さんたちが気分転換できるようになるかもね」

 

「そっか。兵士さんたちは訓練の後とか凄い汗だもんね」

 

「お風呂からあがったら、ギルさんに聞いてみる? 一つしかこういうのは作れないのか、それともいくつか作れるのか」

 

「うん。そうしようっか。・・・でも今は、もうちょっと寛いでいたいかな」

 

「ふふっ・・・。そうだね、朱里ちゃん」

 

途中でいくつか政務関係の案が浮かんできたが、とりあえずは新しい風呂を堪能することにした二人。

二人が風呂から上がったとき、ちょっと入りすぎでのぼせかけていたのは仕方がないことであろう。

 

・・・

 

ふあ、と何度目かのあくびをかみ殺した頃、朱里と雛里の二人が暖簾をくぐって風呂場から出てきた。

お、あがったか、と声を掛けながら立ち上がると、二人はこちらに駆け寄ってくる。

うぅむ、小柄な二人がこうして駆け寄ってくれる姿にはちょっとした感動すら覚えるな。

 

「ギルさんっ、しゃわーの使い勝手は素晴らしかったですっ。髪の毛や身体を洗う時間が短くなって、効率的にお風呂を使えるようになると思います!」

 

「常にお湯が張ってあるというのも素晴らしいと思います・・・! 好きなときに身体を流せるというのは、とっても嬉しいですっ・・・」

 

俺の前に到着すると同時にまくし立てるように話しかけてくる二人。

よっぽど感動したんだろうな。まぁ、俺もできた風呂を見たときは同じようなことを思ったけど。

 

「なるほど。あ、シャワーとかに不具合はなかった? 使いづらいところとか」

 

こういうのは聞いておかないと。

慣れた俺たちでは気づかないような不具合とか使いづらさとかあるかもしれないしな。

・・・なんてことを思って聞いたのだが、杞憂に終わったようだ。

二人はぶんぶんと頭を激しく振って

 

「全然ありません! むしろ使いやすくて戸惑っちゃうくらいでした!」

 

朱里の言葉に頷く雛里。

 

「そっか。なら、他の娘たちにも使ってもらおうかな。そのときは、朱里と雛里に説明役を頼みたいんだけど、いいかな」

 

元々この二人に新しい風呂に入ってもらったのは、不具合や使いづらさを見つけてもらうこととは別に、他の将に説明する役割をしてほしかったからだ。

頭が回る二人なら、説明も分かりやすくやってくれるだろうしな。・・・といっても、シャワーもカランも使い方が複雑って訳じゃないからあまり意味はないかも知れないけど。

ま、日ごろ政務や訓練なんかで一番苦労を掛けているであろう二人だから、こうやってリフレッシュしてくれたのは良かった。

 

「はいっ。任せてください!」

 

「あわわ・・・が、がんばりましゅっ」

 

やっぱり雛里はちょっと緊張してしまうのか、少し噛んでいたものの、それでも力強く頷いてくれた。

 

「それじゃ、湯冷めしないうちに部屋に戻ろうか」

 

二人にそう促して、俺たちは城の通路を歩き始めた。

とりあえず、これからも温泉の捜索は続けよう。

今は宝具を使って擬似的に水道や給湯装置を作っているが、あれは流石に量産できない。

温泉が発掘できれば効能も期待できるしな。よし、明日からも頑張ろう。

 

・・・




「あたふたする蓮華可愛いなぁ」「えっ!? い、いきなり何よ!?」「蓮華っ、蓮華っ、蓮華!」「えっ、えっ?」「蓮華、れーんふぁ!」「う、うぅ・・・」「イジメか!」


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第十一話 お菓子を食べるために

「お菓子っ!?」「ライダーが今までにない真剣な顔をしている・・・!?」「俺には全然違いが分からない」「あ、ちょっとだけカボチャの中の炎が強くなってる気が・・・」


それでは、どうぞ。


「ギル。頼みがある」

 

朝起きて部屋から出たら、キャスターが立っていた。

驚いて硬直している俺にそう言い放ってからしばらくして、ようやく俺はキャスターに何か頼みごとをされかけていることに気づいた。

 

「・・・頼み?」

 

多分ろくなもんじゃないな、と目の前で笑みを浮かべるキャスターを見て直感する。

こういう笑みは隣の部屋で孔雀の恥ずかしい声を聞いていたとき以来だ。

 

「ああ。・・・そう身構えるな。簡単なことだからさ」

 

「聞くだけは聞こう」

 

「なに、本当に簡単なことさ。・・・私の作ったホムンクルスと戦って欲しい」

 

・・・想像以上にろくでもなかった。

 

「ホムンクルスって・・・あの?」

 

「もちろん。最近は研究環境もよくなってきたからね。いい感じのレシピができたんだ」

 

「・・・ほう」

 

前に部屋を訪れたときも広げていた何かの設計図っぽいものはホムンクルスのレシピだったのか。

・・・まぁ、最近はあまり動いてないし、鈍ってないか確認するためにも受けておくかな。

 

「それくらいならいいだろ」

 

「助かる。私では作り出せはしても性能確認はできないからね。ほら、キャスターだし」

 

自慢になってないけどね、と言いながら薄く笑うキャスター。

・・・そういえば、キャスターって何の英霊なんだろう。

三国大戦のときから今まで、一切キャスターの情報は知らなかったからなぁ。

ホムンクルスくらいしか特徴は知らないから、錬金術師かなぁ、位の憶測しかない。

 

「・・・なぁ」

 

「ん?」

 

「その頼みごと受ける代わりに、俺からの質問に答えてもらっていいか?」

 

「全然構わないよ。なにかな。マスターのスリーサイズ?」

 

「大丈夫。それは知ってる。・・・終わった後でいいよ」

 

「了解した。それじゃ、中庭にでも行こうか」

 

ちょうど良く捕まえた兵士に政務に少し遅れるという連絡を頼み、仲良く連れ立って中庭へ移動する俺たち。

ホムンクルスと戦えといわれたが、俺が思い出すのは一番最初の失敗ホムンクルスと量産型ホムンクルスだ。

前者は一番最初にキャスターが攻めてきたときに遭遇し、後者とは聖杯戦争中何度か戦っている。

・・・一体では足止めくらいしかできないが、何体も出現すればかなり手こずる相手になっていく。

新型はどんな感じなんだろうか。若干楽しみである。

 

「・・・よし、この辺でいいかな」

 

そう言ってキャスターは立ち止まり、持ってきたフラスコに手を伸ばす。

中身は見えないが、八つあるように見える。

 

「ふふふ、とりあえず八連戦位してもらうけど大丈夫かな?」

 

「ん、魔力にも余裕あるし、連戦なんて・・・ふふ、こっちの訓練じゃ連戦なんて日常茶飯事ですよ」

 

愛紗→鈴々→翠→紫苑→恋の連戦のときは本気で死ぬかと思ったけど。

まぁ、そのおかげで技量も上がったし、文句はないんだけど・・・もう少し、自重してくれても良かったんじゃないかな。

・・・ちなみに、そのときに心配してくれた璃々に思わず求婚して紫苑にあらあらまぁまぁと言われながら額を打ち抜かれたのはいい思い出だ。

あれ、英霊じゃなきゃ死んでたよな・・・。

 

「・・・そ、そうかい。なら遠慮はいらないね! ゆけっ、ホムンクルスよ!」

 

そう言ってキャスターはフラスコの一つを地面に叩きつける。

軽い音と共にフラスコが割れ、煙を上げながら中身が外に具現化する。

 

「・・・これは」

 

全体的に緑色なのは変わりないが、手には双剣を持つその姿には見覚えがある。

と言うか、つい先日同じスタイルで戦う奴と模擬戦をしたばかりだ。

 

「ふっふっふ、驚いたかい? 驚いただろう! 私は気づいたのだ! 骨格を一から作るより、すでにあるものを参考にすればいいと!」

 

嬉しそうに語るキャスターの前で、ホムンクルスが剣を構える。

・・・剣にも魔力が宿っているようだ。普通の剣ではないが、かといって宝具でもない・・・微妙な代物だ。

 

「セイバーを筆頭に、七騎のサーヴァントを基にしたホムンクルスを作ってみたのさ!」

 

その言葉と共に、ホムンクルスが突っ込んでくる。

慌てて宝具を発射しそうになったが、キャスターは性能テストと言っていたはずだ。

王の財宝(ゲートオブバビロン)で制圧射撃をしてしまっては、性能を測るどころではないはず。

ならば、普通に戦うのが一番いいか。

そんな結論に至った俺は、宝物庫から一つの宝剣を抜く。

原罪(メロダック)。選定剣の原典になったという剣で、必ず心臓を穿つ、とかの特殊な能力がない代わりに、圧倒的な使いやすさを誇る。

 

「ふっ!」

 

左右から迫る双剣を避けるため、スウェーバックで状態をそらす。

目の前を通り過ぎる双剣の隙を突くように原罪(メロダック)を横薙ぎに振るう。

だが、セイバーを模したというホムンクルスは俺が原罪(メロダック)を振るい始めたときからすでに身体を引いていた。

 

「・・・なんとまぁ」

 

そのままバックステップでホムンクルスは俺から距離を取り、すり足で移動しながらこちらとの間合いを計り、低く構えている。

元になったセイバーの技術を模倣しているのか、その構えは先日見たセイバーのものとほとんど同じだった。

実験体なので倒しても良いと言うお墨付きがなければかなり苦戦するだろう。手加減はかなり難しいのです。

 

「はっ!」

 

魔力放出で踏み込みの速度を加速させ、瞬きよりも早くホムンクルスの目の前へと到達する。

最高速のままでホムンクルスの左から剣を振るう。が、ホムンクルスはしっかりとその速度に反応していた。

俺の顔を見据えたまま、両手に持つ双剣を俺の原罪(メロダック)にぶつけ、下に逸らす。

地面に引っかかる原罪(メロダック)の感触に、あ、やべ、と思わず心の中で呟いた瞬間、目前には双剣が迫ってきていた。

 

「ぬ、おおおっ!?」

 

原罪(メロダック)を一旦離して身体を深く倒す。

風をきりながら俺の頭の上を通っていく双剣。

俺は双剣が通り過ぎたのかを確認しないまま原罪(メロダック)を抜いて、ホムンクルスの背後へと回る。

ホムンクルスが俺に背後をとられたと認識する前に、原罪(メロダック)を振り下ろす。

 

「・・・ふぅ」

 

ホムンクルスの頭を叩ききる直前で、剣を寸止めする。

よかった。もう少し振り下ろすのが遅れてたら、切り裂くしかなかった。

 

「・・・ふむ、まぁこんなものか」

 

そう言って、キャスターは空のフラスコにホムンクルスを戻した。

・・・どうも、あの国民的モンスターゲームを髣髴とさせるよなぁ、あれ。

 

「さて、次はこいつだ!」

 

そんなことを考える俺を尻目に、キャスターは新しいフラスコをこちらに投げてくる。

さて、後七体だ。頑張りますか。

 

・・・

 

あの後、想像通りと言うかなんというか、ランサーを元にしたものやアーチャー・・・つまり俺を元にしたものなど、七騎のサーヴァントを模したホムンクルスが出てきた。

ランサーホムンクルスはスピードに重点を置いているらしく、ステータスで言うならA+の敏捷を誇るらしい。

・・・その代わり、耐久と幸運が哀れになるほど低く、牽制のつもりで入れた蹴りで決着してしまった。

アーチャーホムンクルスは遠距離からの攻撃を中心にしており、キャスター曰く「完全な後方援護用」とのことだった。

接近するまでは手こずったが、懐に入ればすぐに決着はついた。

ライダーホムンクルスは・・・うん、まぁ、ライダーって宝具がないとアサシンやキャスター並みに肉弾戦が苦手らしい。

しかも黒いもやであるという身体の特徴も再現できなかったからか、変な被り物をしたホムンクルスという感じだった。哀れ。

アサシンホムンクルスは右腕が長く、トリッキーな動きでこちらを翻弄してくるタイプだった。

こっちもやっぱり宝具は用意できなかったらしく、トリッキーな動きに慣れればすぐに対処できた。

バーサーカーホムンクルスは一番脅威だった。

量産型ホムンクルスに薙刀を装備させ、パワーをそのままに機動力を上げたという隊長機のような扱いだった。

薙刀を砕いたところでキャスターからストップがかかり、しばらく破壊した中庭を修復することになった。

そして、最後。

キャスターホムンクルスは一番・・・弱かった。

魔力を籠めた石を投げてくるのはなかなかに怖かったが、それがなくなればただのホムンクルスだった。

一切攻撃しないで終わった唯一のホムンクルスである。

 

「・・・ふむ、これで最後まで終わったわけだけど」

 

そして、八つ目のフラスコの中身は貂蝉を模したホムンクルスだった。

・・・妙にリアリティがあり、緑色の身体をしていたサーヴァントホムンクルスとは違い、人間と同じ肌の色をしていた。

しかも、声まで再現しており、そっちに能力の容量の九割を使ったとかで戦闘能力は皆無だったが、倒すのに一番時間が掛かった。

サーヴァントホムンクルスは寸止めで終わらせていたが、この貂蝉ホムンクルスだけは切り裂いた。容赦なく切り裂いた。

キャスターがあー、惜しいことを・・・とか呟いていたが、知るものか。

 

「よし、とりあえず問題点はまとめられたな。・・・また手伝ってくれると嬉しいね」

 

「・・・貂蝉ホムンクルスをやめたらな」

 

「分かった分かった。あそこまで拒否反応が出るとは知らなかったんだ。許してくれ」

 

「分かったならいいんだ。・・・それで、手伝った見返りだけど」

 

「ん? ああ、そんな話してたね。見返りと言っても・・・金は要らないよね? 前にあげたような概念武装でも作るかい?」

 

「いや、一つ聞きたいことがあるんだ」

 

「ほう。いいよ、それくらいならお安い御用だ」

 

意外そうな顔をするキャスターに、ずっと気になっていたことを聞くことにした・

 

「キャスターの真名が知りたい」

 

「・・・へぇ。そういえば誰も知らないんだっけ。あ、マスターは知ってるけど?」

 

「こういうのは本人から聞くものだろ?」

 

確かに孔雀に聞けば嬉々として教えてくれそうだが、それはなんだか意味がないように感じたのだ。

まぁ、それに本人に聞いたほうがいろいろと面白そうだ、っていうのもある。

 

「んー、じゃあ東屋にでも行こうか。腰を落ち着けたほうがいい話だろうし」

 

「ああ、そうしよう」

 

・・・

 

中庭から少し歩いたところにいつもみんなが使っている東屋のひとつがある。

そこに座った俺は、宝物庫からワインと酒器を取り出す。

話をするのに、口を潤すものがないのはどうかと思ったからだ。

 

「お、ずいぶんサービスがいいじゃないか。神代のワインとはね」

 

「昼間から酒っていうのもどうかと思ったが、お茶を用意するのもなんだかな、って思ったんだ」

 

「ま、いっか。遠慮なくいただくよ。・・・それで、私の真名だっけか」

 

「ああ」

 

キャスターの質問に頷く。

 

「私の真名はね、パラケルススっていうんだ。本名はテオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム。長いからパラケルススのほうで呼んでくれて構わない」

 

「・・・錬金術師じゃないかとは思ってたけど、まさかそんな大御所だったとは」

 

「宝具は知ってると思うけど、四大元素の精霊(エレメンタル)アゾット剣(Azoth)アゾット剣(Azoth)のほうは、柄から出した粉を固めて賢者の石にしたり、粉のままエリクサーのような治療薬として使うこともできる」

 

・・・それ、相当凄くないか。

賢者の石、あるいはエリクサーと言うのは、不老不死を与えるといわれている霊薬のことだ。

 

「ま、作り出せるといっても流石に完璧なものは無理だけどね。とりあえず作り出した賢者の石に指向性を持たせることができるのと、ある程度の治療に使えるくらいさ」

 

「それでも凄いだろ」

 

「流石にデメリットもあってね。生成するのに魔力を多めに消費しちゃうのと、生成した賢者の石の内包する魔力は、生成するときに籠めた魔力の半分くらいになっちゃうんだ」

 

「・・・燃費悪いな。バーサーカー並だぞ」

 

「はは。まぁ、時間を掛けて大量に生成して、戦闘になったら一気に使うのが私の戦い方なんだ」

 

「なるほどなぁ・・・」

 

ちなみに、とキャスターは帯刀していたアゾット剣(Azoth)を鞘ごとぬいて立ち上がる。

 

「これが短剣のほかに杖とも呼ばれてたのは、こうして鞘から抜いて使えば短剣にしか見えないけど、こうして鞘に入れて刀身を下に向ければ・・・」

 

そういいながらキャスターは剣の柄が上に来るように鞘を持つ。

それは空想の中でよく見る魔術師が杖をもった姿に見えた。

 

「こういう風にもって柄の先っぽから賢者の石出してたから、杖の先から賢者の石が出ているように見えたんだと思う。それで、これが杖なんじゃないかって話になったんだろうね」

 

「・・・何ともまぁ、すさまじい勘違いだな」

 

「はは、昔の話なんてそんなものさ。・・・さて、これくらいかな。後は聖杯からの情報でも見てくれよ」

 

「ああ。ありがとな、わざわざ」

 

「構わないさ。それを言うなら、私もわざわざ君に頼みごとをしたんだしね」

 

そう言って、俺たちは立ち上がる。

 

「じゃあ、私はホムンクルスを改良してくる」

 

「おう。俺は・・・政務しに行かないとな」

 

大遅刻である。

ま、今日は愛紗がいないみたいだし、このくらいの遅刻ならまだ取り返せる。

昼前には大半の仕事は処理できるだろう。

 

「それじゃ、頑張ってくれ」

 

「そっちこそ」

 

こつ、と靴の音を鳴らしながら、俺たちは正反対の方向へと歩き始めた。

・・・にしても、パラケルスス、ねぇ。

っていうか、あいつ賢者の石遠慮なく爆破させてたのか。

錬金術師が見たら泣きそうな光景だな・・・。

 

・・・

 

「遅いじゃない」

 

「・・・は?」

 

政務室に入ると、女卑弥呼が俺の席に座って政務をしていた。

朱里や雛里、桃香はいないようだ。

 

「何でここに・・・?」

 

「何でって・・・あんたが遅刻するみたいだから、代わりにやっといてるんだけど」

 

何いってんのアンタ? とでも言いたげな顔でしれっと言われてしまった。

 

「・・・何が目的だ?」

 

「ん? 特に何も。暇だったからね。たまには仕事でもするかー、って」

 

「たまには・・・って」

 

「いやー、だってほら、わらわって女王じゃん? たまにはそれっぽい仕事もしておかないと。うちの弟、そういうの厳しいのよねー」

 

ああ、あのどんなところにいても姉に声を届けられる弟のことか。

・・・まぁ、こんな姉を持てば誰でも厳しくはなると思う。いつか会うことがあれば、龍の内臓を材料とした胃の薬をあげよう。

 

「ほらほら、座んなさいよ。わらわの対面で仕事できるんだから、狂喜しなさい」

 

「・・・すげえこと言い出すな、この女王」

 

そんなことを卑弥呼に言いつつ、言われたとおりに卑弥呼の対面に座る。

別にどこに座っても良かったのだが、多分この娘は対面に座らなかったらかんしゃく起こすだろうと思ってのことだ。

 

「ほら、アンタの分」

 

卑弥呼はずず、と机の上の書類をこちらにずらしてくる。

まぁ、卑弥呼がやっておいてくれた分、いつもより少なめだ。

 

「そういえば朱里たちは?」

 

「ああ、はわわはたわわに呼び出されて、あわわはなんかの会議だったかしら」

 

・・・訳すと、朱里は穏に呼び出されてどこかへいき、雛里は軍か何かの会議に行ったのだろう。

 

「それで、ちょうど遊びに来てたわらわが代わりにやってあげてんのよ」

 

遊びに来てた、の辺りで不安になったが、仕事はちゃんとやってるようだ。

流石は女王。ふざけてばかりじゃないんだな。

 

「ふんふーん」

 

しばらく手を動かしていると、静かだった政務室に鼻歌が響き始めた。

目の前の卑弥呼が、筆を動かしながらふんふーん、と歌っているようだ。

 

「何の曲だ?」

 

「・・・へ?」

 

声をかけてみると、顔を上げた卑弥呼と目が合った。

卑弥呼はきょとんとした顔でこちらを見ている。

 

「いや、なんか鼻歌歌ってたから、何の曲かなーと」

 

そこまで言ってようやく卑弥呼は心当たりに思い至ったらしく、ああ、と呟いた。

 

「鼻歌歌ってたのね、わらわ。っていうか、曲とか知らないわ。わらわのセンスがあふれ出たのよ」

 

「・・・そっか」

 

「ええ」

 

再び書類に顔を戻す俺たち。

しばらく筆を動かしていると

 

「ふーんふふーん」

 

紙の上を筆が滑る音しかしなかった政務室に再び聞こえる鼻歌。

・・・なんだろう。卑弥呼が上機嫌な気がする。

いつもは不機嫌そうにむすっと真一文字に結ばれている口も、下弦の月のように曲がってるし、鼻歌まで歌っている。

何かいいことでもあったんだろうか。

 

「あ、そうだ。金ぴか」

 

「・・・せめてギルって呼んでくれ」

 

「う、うん。・・・ギル?」

 

「ん?」

 

「・・・これ終わったらお昼でしょ?」

 

「ああ、そうしようと思ってるけど」

 

「そ。じゃあちょうどいいわね。ギルに街を案内させてあげる。ついでにお昼おごんなさい」

 

「・・・別にいいけど。どうしたんだ、急に」

 

「別にいいじゃない。急に街に行きたくなっただけよ。・・・それともなに? わらわとじゃ嫌なの?」

 

後半の台詞はすさまじく不機嫌そうにこちらを睨んで言った卑弥呼。

心なしか、魔力が収束している気がする。

 

「全然嫌じゃないぞ。あまり卑弥呼と出歩いたことないからな。ちょっと驚いただけだ」

 

「ふん。ならいいのよ」

 

キャスターの真名を教えてもらったからか、卑弥呼のことももうちょっと詳しく知りたいと思ってたところだしな。

・・・管理者のほうの卑弥呼? ごめん、だれそれ? 

 

「じゃあ、さっさと終わらせちゃおうか」

 

「ええ。・・・といっても、わらわは九割方終わらせてるけどね」

 

そういいながら卑弥呼は最後の書類に手を伸ばす。

・・・確かに九割がた終わってるな・・・。

ま、俺もあと少しだし、あまり焦って間違っても大変だからな。

焦らずいつもどおりやっていこう。

 

・・・

 

「で、どこいくの?」

 

「んー、取りあえず腹ごしらえからかな。何か食べたいものあるか?」

 

「なんでもいいわよ。わらわ、嫌いなものないし」

 

「なんでもいいっていわれてもなー」

 

それが一番難しいんだけど。

 

「ま、ぶらぶらしながら気になったところに入ればいいじゃない」

 

「・・・それもそっか。ほら、はぐれるなよ、卑弥呼」

 

俺がそういうと、卑弥呼は腕組みをしつつぷいっ、と顔を背ける。

 

「はん。わらわを子ども扱いしないの。ま、なんかあったら飛べばいいし」

 

「飛ぶな」

 

「な、なによぅ。いいじゃない、便利なんだし」

 

「飛・ぶ・な!」

 

「・・・分かったわよ。飛ばないわよっ」

 

俺の説得が通じたのか、卑弥呼は不承不承といった感じに頷いた。

流石に街中で飛ばれたらとてつもなく困る。

仙人が町に現れた! とか大騒ぎになるに決まってる。

 

「ま、たまには自分の足で歩くのもいいわね。ほら、ギルがリードするのよ」

 

飛ぶなって言ったのあんたなんだから、と言いながらこちらを見上げる卑弥呼に、分かってるよ、と返す。

我がまま女王な卑弥呼の扱いもようやくわかってきた。

戦場以外ではまともに話した事もなかったんだなぁ、といまさら気づく。

こうして外を歩くのは楽しいみたいだし、これからもちょくちょく誘ってみるかな。

 

「? なによ、わらわのことじろじろと見て」

 

「ん、あー、いや、卑弥呼って可愛いなぁって」

 

「・・・当然じゃない。女王よ、わらわ」

 

俺がそうごまかすと、卑弥呼は俺の方とは真逆の方向に顔を向けながら、そんなことを言い放った。

・・・これと似たような反応を詠にされたことがあるな。

その時の詠と同じようなことを卑弥呼が思っているなら、確信は持てないが、照れてるんだと思う。

一人で納得しつつ、テクテクと歩く。うーむ、やっぱりこの辺の活気は凄いな。

 

「あ、ギル。前に月に聞いたんだけど、ここのラーメン、美味しいんだって?」

 

そのまま俺のほうを向かずに歩いていた卑弥呼は、ある一軒の屋台を見つけ、俺の裾を引っ張りつつ屋台を指差しながらそう言った。

卑弥呼が指差した屋台に目を向けてみると・・・ああ、確かにここは美味しいな。

何せ、華琳がなかなかやるわねと褒めていた屋台だからだ。

幸い客も少ないみたいだし、すぐに食べられるだろう。

 

「ああ、なかなかのものだぞ。食べていくか」

 

「ええ。ふふん、わらわの口に合うかどうか、試してやろうじゃない」

 

そう言って不適に笑いながら、卑弥呼は俺の服の裾を引っ張ったまま屋台へと足を向けた。

 

・・・

 

「美味しいじゃないっ。ちょっと、この店うちの城に持って帰りましょうよ」

 

「無茶を言うな。・・・ご馳走様。ほら、行くぞ卑弥呼」

 

二人分の御代を払い、やだやだこの屋台もって帰るのー! と駄々をこねる卑弥呼を持ち上げつつ屋台から離れる。

しばらく俺に運ばれると、騒いでも無駄だと悟ったのか、俺の腕からふわりと地面に降り立つ。

 

「ちっ。いいじゃん、屋台の一つや二つ買ってくれても。損はしないわよ?」

 

「・・・あー、はいはい」

 

「何その生返事! わらわのことを何だと思ってるのよっ」

 

「外見だけ成長した子供」

 

「・・・うぅー。なんか今日は冷たくない?」

 

「冷たくしてるつもりはないんだけどな・・・。疲れてるんだよ、多分」

 

実際今日はキャスターのことやら卑弥呼のわがままやらで意外と疲れている。

・・・まぁ、多少面倒くさいというのもあることは認めよう。

管理者のほうも、魔法使いのほうも、卑弥呼と話しているといつの間にか振り回されている。

 

「ふーん・・・。ま、いいわ。わらわの遊び相手がいなくなると困るものね。今日はこのくらいにしておくわ」

 

城に着いた途端に魔法を発動させる卑弥呼。

 

「ちょっと弟に愚痴ってくる。また来るわ」

 

「ああ、そのときは屋台ぐらい買ってやろう」

 

俺がそう返すと、卑弥呼は一瞬虚を突かれたような表情になる。

だが、すぐに笑顔になると、いいわよ、そんなことしなくても、と苦笑気味に言った。

 

「はは。じゃあ、何か卑弥呼を持て成す案を考えておく」

 

「ええ、楽しみにしてる。じゃね」

 

魔力の残滓を残して平行世界に飛んだ卑弥呼。

少しの間それを見届けた俺は、午後の政務を行うために政務室へと向かった。

 

・・・

 

「お、今度はいるな」

 

部屋に入ると、桃香と朱里、雛里の三人が机に座ってお茶を飲んでいた。

 

「あ、お兄さんだー。お昼食べてきたの?」

 

「ああ、三人は昼飯食べたのか?」

 

「うんっ。それで今は、お仕事前に食後のお茶なの」

 

俺の質問に、桃香が代表して答えた。

朱里と雛里はこくこくと頷いて桃香の言葉を首肯している。

そうなんだ、と桃香に言葉を返しながら、自分の席に着く。

すると、朱里がそうだ、と呟いてから

 

「ギルさんも、お茶いかがですか?」

 

と聞いてくれた。

・・・お茶か。今出かけてきたばかりでちょっと一息つきたい気分だし、貰おうかな。

 

「そうだな・・・。うん、貰おうかな」

 

「分かりました。すぐにご用意しますね」

 

俺の答えを聞いた途端に立ち上がり、かたかたと準備を始める朱里。

 

「あんまり急がなくていいからなー」

 

そんな朱里に声を掛けると、大丈夫ですー、と返答が返ってきた。

 

「そういえばさ、雛里」

 

「あわわっ・・・!? は、はひっ」

 

急に話しかけたからか、雛里はあわわと慌てだす。

雛里の頭に手を置いて落ち着かせてから、再び口を開く。

 

「前にお菓子作ってくれるって言ったじゃないか。それ、今日できるかな」

 

疲れたときには甘いもの、と言う考えが頭によぎったときに思い出した二人との約束。

以前、政務中にお菓子が得意だといった二人に、今度食べさせてくれよ、と俺は返したはず。

で、その機会に恵まれずに今日まで来てしまったが、これはいい機会だと思って頼んでみる。

 

「今日、ですか。・・・材料があれば、多分大丈夫です」

 

「材料か。・・・んー。ああ、そうだ。使わなくて残しちゃったって言うお菓子の材料、確か城にあったな。あれ、もったいないからさっさと使おうと思ってたんだけど・・・それでも大丈夫かな?」

 

確か何かの祭りがあったとき、お菓子を作って振舞おうとしていたのだが、予定していた職人がこれなくなり、材料だけが余ってしまったのだ。

祭りも小規模なものだったし、数十人が食べればすぐになくなってしまうくらいのお菓子しか作れないのだが、二人が作る分にはちょうどいいだろう。

 

「あ、そういえばありましたね。すっかり忘れていました・・・」

 

「まぁ、俺たちが直接取り仕切ったわけじゃないしな。覚えてないのも無理ないよ」

 

確かあの祭りは区画を取り仕切っている長がやりたいと言い出したからちょっと協力しただけだったはずだ。

他の政務に追われていたときに、その内容まで覚えておくというのは難しいだろう。

 

「じゃあ、後で朱里ちゃんと相談してみますね」

 

「ああ。楽しみにしてる」

 

「あ、私も食べたいなー」

 

ニコニコと話を聞いていた桃香は、手を上げながら雛里に言った。

 

「は、はい。桃香さまもどうぞ」

 

恥ずかしいのか、帽子のつばを押さえて俯いてしまう雛里。

 

「お待たせしました、ギルさん。・・・あれ? どうしたの、雛里ちゃん。顔が真っ赤だよ?」

 

「あ、あのね・・・?」

 

タイミングよく戻ってきた朱里は、俺の前にお茶を置いた後、顔を真っ赤にして俯く雛里の顔を覗き込んだ。

雛里は恥ずかしそうにしたまま、いきさつを話した。

 

「お菓子、ですかぁ。確かにしばらく作ってませんし、久しぶりに作ってみるのもいいかもね、雛里ちゃん」

 

「うん。・・・ちょっと、自信ないけど」

 

「えへへ、頑張ろうねっ」

 

「うんっ・・・」

 

「よし、じゃあ残りの政務も片付けて、お菓子の時間にしますか」

 

今からこの量なら・・・うん、ちょうど三時のおやつに間に合うくらいには終わるだろう。

楽しみもできたことだし、今日も頑張るかな。

 

「私、いつもより頑張っちゃうよ~!」

 

「いつも、頑張ってくれればいいんだけどな」

 

「はうっ。そ、そういう意地悪な事言わないでよぉ、ギルさん」

 

「ごめんごめん。つい」

 

「んもー。つい、じゃないよ」

 

頬を膨らませる桃香を見てほんわかと和やかな気持ちになりながら、筆を取る。

ふと朱里たちを見ると、朱里たちもニコニコと笑顔になっている。

・・・こういう風に、人を自然と笑顔にさせられるのも、桃香の才能だよなぁ。

 

・・・

 

政務が終わった後。俺たち四人は厨房へと来ていた。

目の前では朱里と雛里がお菓子作りに精を出している。うむ、エプロンっていいなぁ。

俺の隣にいる桃香も、ニコニコと二人を見守っている。

 

「ふふ、二人とも楽しそうだね~」

 

「ああ。お菓子を作るのが好きなんだろうな」

 

「あ、雛里ちゃん、次それ貸して」

 

「うん。・・・はいっ」

 

「ありがとうっ」

 

二人とも満面の笑みである。

よほど楽しいんだろうなぁ。

・・・思えば、大戦の頃からお菓子を作っていないことになるんだし、そりゃ楽しいか。

 

「朱里ちゃん、あんこできたよ」

 

「あ、俺味見してみたい」

 

「私もっ」

 

出来立てのあんこと言うものに興味が沸いてついつい出てしまった一言だったが、雛里は笑顔でいいですよ、と言ってくれた。

ちゃっかり手を上げていた桃香と一緒に、あんこを味見する。

 

「・・・おお」

 

「おいひーね、おにーさんっ」

 

もごもごと口を動かす桃香に同意を求められ、ああ、と頷く。

あんこだけでもすでに旨い。店を出したら確実に繁盛するだろう腕前だ。

 

「あわわ・・・よ、良かったです」

 

「それでは、もう少しだけお待ちくださいね」

 

俺たちの反応を見た二人は、満足そうに作業に戻る。

これから生地を作ったりするんだろう。

ならば、邪魔しないように静かにしているのが一番だろう。

 

「くんくん・・・美味しそうなにおいがするのだっ!」

 

静かにしようと思った瞬間に、背後から鈴々の声が聞こえた。

 

「まてっ、鈴々っ・・・って、ギル殿!?」

 

そのすぐ後に、愛紗の声も聞こえる。

どうやら匂いを嗅ぎつけた鈴々と、それを追いかけてきた愛紗、ということなんだろう。

 

「あれ、愛紗ちゃん。どうしたの?」

 

「いえ、その・・・鈴々が突然走り始めまして・・・」

 

「あーっ、朱里と雛里、お菓子を作ってるのだ!」

 

「はわわっ、り、鈴々ちゃん?」

 

「あわわ・・・愛紗さんまで・・・」

 

突然現れた二人に、朱里と雛里は持っているものを落としそうになるほど驚いていた。

・・・まぁ、どたどたと大きい音をたてながら走ってくれば、誰でも驚くか。

 

「ほら、鈴々。こっちにおいで。静かに待ってるなら、お菓子を分けてあげるから」

 

そう言って手招きすると、鈴々は

 

「ほんとにっ!? わかったのだー!」

 

元気に返事をして、俺のひざの上へと着席した。

・・・あれ? 

 

「なぁ鈴々、何でひざの上に?」

 

「ふぇ? お兄ちゃんがこっちにおいで、って言ったからなのだ!」

 

「・・・そっか、そういえばそう言ったな」

 

俺の想定していた「こっち」とはちょっと違ったが、まぁ鈴々が嬉しそうなのでいいだろう。

 

「・・・鈴々ちゃん、いいなぁ・・・」

 

「はは、桃香はまた今度な」

 

鈴々を羨ましそうに見ている桃香を撫でつつ言う。

前に桃香にひざを貸したこともあるし、なんだかんだ言って子供っぽい桃香ならではといったところか。

喜ぶポイントが鈴々と同じようなところなのは桃香の可愛いところだ。

 

「ほんとにっ!?」

 

「ああ。俺のひざでいいなら、いつでも」

 

「えへへ、やったー」

 

今にも飛び上がりそうに喜ぶ桃香と、それをいさめる愛紗。

全力でいつもどおりの展開だ。全く問題ない。

 

「・・・いい匂い」

 

「恋殿ぉ~、そんな犬のように四つんばいにならないでくださいませ~!」

 

くんくんと鼻をならしながら散歩中の犬のように厨房へとやってきた恋と、それを必死に止めようとするねね。

・・・とてつもなくねねに同意したい。やめてくれ、恋。

 

「あ、ぎる」

 

「むむっ! ギルですかっ?」

 

「・・・恋、四つんばいはやめなさい。ほら、裾とか汚れまくりじゃないか」

 

「いい匂い、したから」

 

「駄目だぞ、そういうことしたら。女の子がはしたない」

 

ちょいちょいと手招きして恋を呼び、裾についた土やら砂を払う。

ああもう、手のひらも汚いな。水で洗わないとな。・・・水、まだストックあったっけ。

 

「・・・あ、あった。ほら、恋。これで手を洗うと良い」

 

「・・・ん」

 

「いつ見てもその宝物庫とやらは不思議ですなー」

 

それから恋とねねも朱里たちのお菓子を待つことになり、翠や蒲公英、星まで集合する騒ぎになってしまった。

まぁ、元から材料は大量にあったからお菓子も大量に作るつもりだったし、消費する人間は多いほうがいいだろう。

 

「できましたー!」

 

「それでは、中庭に移動しましょうか」

 

そう言って完成したお菓子を持って二人が歩く。

確かに、この人数だと厨房は手狭だし、外は良い天気だ。

ぞろぞろとみんながお菓子を持つ朱里たちについていく。

 

・・・

 

「それでは、皆さんどうぞっ」

 

そう言って朱里がお菓子を並べると、鈴々と恋、そして翠が真っ先に飛びついた。

消えるようになくなっていくお菓子。もう半分ほど消えている。

 

「・・・ふっ!」

 

意識せずもれた気合の声と共に、お菓子に手を伸ばす。

敏捷値に任せた速度で、やっとお菓子を一つ取れる。

・・・なんでこの娘たち、お菓子を取るのに牽制とかフェイントとか掛けてるんだろう。

 

「あむ。・・・おお、良い甘さだ」

 

くど過ぎない甘さは、俺の好みにぴったりと合う。

・・・って、うわ、もう皿の上に何もないぞ・・・。

 

「・・・ギルさん」

 

「ん?」

 

隣から雛里の声が聞こえる。

視線を向けてみると、小さい皿にいくつかのお菓子を乗せて俺にすっと渡してくれた。

 

「こうなるかもって思って、最初にとっておいたんです・・・」

 

「おぉ、ありがと! 桃まんとか一つも食べてないから助かるよ」

 

「あ、そんな、お礼なんて・・・!」

 

いつもの魔女帽子ではなく頭巾をつけている雛里の頭を撫でる。

あわわといつもどおりに照れる雛里にもう一度ありがとうと言ってから、桃まんを手に取る。

 

「・・・どきどき」

 

「・・・わくわく」

 

朱里と雛里が、擬音を口に出しながらこちらを見ている。

・・・なんだか桃まん一つ食べるだけなのに緊張してきたぞ・・・? 

 

「あ、む。・・・おー、こっちも良い感じじゃないか。美味しいよ」

 

「あわわ・・・! やったね、朱里ちゃん・・・!」

 

「うんっ。ギルさん、そちらのお饅頭も食べてみてください!」

 

恋や鈴々が物欲しそうにこちらを見る中、俺は雛里が取っておいてくれたお菓子を一つずつ味わっていく。

美味しいと伝えると、その度に嬉しそうにはしゃぐ二人を見て、こっちも嬉しくなってくる。

・・・うん、また二人にはお菓子を作ってもらおう。

 

「・・・あ、後ですね・・・こ、こちらもどうぞっ」

 

「これは?」

 

目の前に出されたのは、パイ・・・のようなもの。

少なくともこの時代のこの国にはないもののはずだ。

 

「えっと、以前教えてもらった天の国の料理の中で、このパイ、というものだけは材料があったので・・・」

 

「おそらく、祭りでパイを作るつもりだったのでしょう。作り方も一緒にありましたので、その、ギルさんのいた国のお菓子を作ってみたんですっ!」

 

ほほう。

・・・そういわれれば確かに、祭りで珍しいものを作りたいと頼まれて一刀と一緒にパイのレシピを思い出した覚えがある。

俺の財力でそろえた材料と、一刀の努力によって完成したレシピが、まさかそんなところに眠っていたとは・・・。

 

「・・・にしても良くできてるなぁ・・・。俺たちが考えたレシピ、若干怪しいところもあったはずだけど」

 

一刀と二人で「・・・あれ、ここってどんな材料使うんだろ」「えー、なんか白い粉じゃなかった?」「あー・・・名前が思い出せない・・・」「白い粉、でいいだろ」みたいなやり取りが数回あった。

・・・ごめん、嘘ついた。数十回くらいあった。分量とか全力で適当だった。

 

「あ、あはは~・・・。その、作り方と完成図を見てなんとなく推測して作ったんですよ~」

 

「ちょっと失敗もしましたけど・・・味のほうは大丈夫なので・・・」

 

・・・凄いな。あのあやふやなレシピを見て完成させたのか。

 

「・・・えっと、取りあえずいただこうかな。・・・いただきます」

 

そう言って一口かじる。

・・・おおっ、パイだ! これ、パイだ! 

うむうむ、ちょっと味が薄い感じがするが、あやふやレシピで、しかもぶっつけ本番で作ったにしては完璧だ。

 

「あの、取りあえず作り方は別に書き留めておいたので、後で確認してみて欲しいです・・・」

 

「ああ、俺たちが作ったレシピ・・・作り方より、断然そっちのほうがいいと思う」

 

それから俺は、久しぶりに食べられた現代のお菓子が懐かしかったのか、一人ですべて平らげてしまった。

桃香たちには全然構わないよ、といわれたが、流石にそれは気がとがめる。

また材料をそろえるので、桃香たちにも作ってあげてくれ、と朱里に頼んでおく。

・・・そんなこんなで、朱里と雛里のお菓子はとても美味しくいただきました。

 

・・・

 

「・・・は?」

 

「いえ、ですから、手合わせを願いたいのです」

 

二人のお菓子に舌鼓をうった後。

腹ごなしついでに街でも回ってくるか、と考えていた俺に声を掛けてきたのは星だった。

星は自身の獲物である赤い槍、『龍牙』をちらりと見せながら、食後の運動に手合わせでもどうですか? と言ってきたのだ。

そこから、さっきのやり取りに繋がるわけなのだが・・・。

 

「・・・俺より、愛紗とかの方が訓練にはなると思うけど」

 

「何を言っておられる。訓練ではなく、食後の運動・・・腹ごなしですよ」

 

「ですよ、とか言われてもなぁ・・・」

 

「私はいまだに一度もギル殿と手合わせをしたことがないのです。ですから、ここは一つ」

 

「・・・まぁ、断り続けても諦めないだろうしなぁ」

 

自身の背後に手を伸ばし、ゲイボルグの原典を取り出す。

 

「ほほう? ギル殿の獲物は突撃槍のような剣と聞いておりましたが」

 

「リーチ・・・間合いの問題だよ。槍に剣は不利だろ?」

 

「ふむぅ・・・剣のほうも見たかったのですが・・・」

 

「それに、俺の宝具は相手に合わせるのが本来の使い方だからな」

 

不死の生物には不死殺しを。物量には宝具の雨嵐を。

そうして相手を圧倒するのがギルガメッシュの戦い方。・・・だと、俺は思っている。

と言うわけで、相手が長いリーチを持つなら、こっちも長いリーチの獲物を。

 

「ま、俺も槍は使えるから・・・」

 

取り出した原典を星に突きつける。

 

「満足はさせてやれると思うけど」

 

「・・・面白いですね、ギル殿は」

 

原典を構える。鎧はつけない。もし当たっても、神秘を纏っていない武装は俺に通用しないからだ。

 

「ふふ、それでは・・・行きますっ!」

 

不適に笑った星が、力強く地面を蹴る。

ふわりと蝶のように跳んだ星が、上空から突き刺すように龍牙を突き出してくる。

上方から攻撃されることなんて一度もなかったので、一瞬思考に空白ができる。

 

「・・・しっ!」

 

だが、すぐに思考を張り巡らせ、上空の星を迎撃する。

空気を切って迫る槍と槍が中空でぶつかり合う。

一瞬、切っ先が火花を散らし、星と俺の視線が交じり合う。

 

「はっ!」

 

槍を基点に滞空していた星は、そのまま俺の後ろに回るように着地する。

こんなに身軽な人間がいるとは・・・! 

背中合わせで立っていた俺たちは、何かを考える前に一歩前へ足を踏み出していた。

槍は中距離をカバーする武器。密着するほどの距離では真価を発揮しない。

振り返りざまに横薙ぎの一撃。星と考えることは一緒だったらしい。お互いの武器が再びぶつかり合い、火花を散らす。

ぶつかり合った槍は、すぐにお互いの手元に引き戻され、次の攻撃に備える。

 

「・・・やりますな、ギル殿」

 

「星にそう言ってもらえると、自信つくよ」

 

槍に腕を絡めるように構える星と、腰を下ろし、両手で構える俺。

お互いに不敵な笑みを浮かべ、相手の間合いを計る。

少しずつ、少しずつ間合いをつめていく。後数ミリ・・・今! 

 

「はあああああああああぁっ!」

 

「せえええええええええいっ!」

 

お互いが間合いに入ったと感じ取った俺と星は、一歩前に踏み込み、槍を突き出す。

シャッ、と刃物を研いだような音を立てて、お互いの槍がすれ違う。

軌道がずれて顔の横を通っていく赤い切っ先。・・・って、あぶねえな!? 

 

「・・・ふ、ふふ。分かりました。これくらいにしておきましょう」

 

「ん? ・・・いいのか? どう見ても不完全燃焼、って顔してるが」

 

槍を戻した星がいきなりそんなことを言ったので、思わず疑問が口をついて出てきた。

正直言って、決着がつくまでやめないような人間だと思ってたので、とても以外だ・・・。

 

「ええ。この辺でやめておかねば、やめられなさそうになりますので」

 

それはあれか。今まではウォーミングアップだったのよ、と言うことか。

 

「それに、待ち遠しそうにしている娘もいることですし」

 

そう言って、星はちらり、と視線をずらす。

その視線を追ってみると、そこには恋が軍神五兵(ゴッドフォース)をもって立っていた。

 

「・・・えーっと、恋? もしかして・・・手合わせしたい・・・とか?」

 

「ん」

 

こくり、と首肯。

 

「そ、そっかー! じゃあ、俺は街に行くから、星と存分にやっててく・・・」

 

「・・・ぎる、と」

 

最後まで言わせずに、言葉をかぶせてくる恋。

・・・あぁー・・・。

 

「恋、お前はギル殿の奇妙な剣を見たことがあるんだったな?」

 

「・・・ん。かいりけん、って言ってた」

 

「・・・ほほう。申し訳ありませぬ、ギル殿。ギル殿の本気が見たくなってしまいました」

 

そう言って、妖艶に笑う星。・・・あ、いやな予感が。

 

「恋と二人ならば、ギル殿の切り札も引きずり出せましょう。・・・恋、良いな?」

 

「・・・いい。最近はぎるも強いから、多分ちょうどいい」

 

・・・この後、恋と星を相手にしている最中に偶然通りがかった翠、鈴々、雪蓮を追加した五人を相手にし、攻撃を防ぐためとはいえ宝物庫を使うほど追い詰められた。

あ、死んだ、と思ったのは両手では数え切れないほどだ。・・・良く生きてたな、俺。

その後、何とか休憩を入れてもらい、神代の酒を振舞ってうやむやにし、逃げてきたわけだ。

 

「あーよかった、今度こそ、街にいけそうだな・・・」

 

エアを回さないで戦うのがアレだけ辛いとは思わなかった。

・・・まだまだ精進が足りないな。

 

・・・

 

「あ・・・ギルさんっ!」

 

「お、月。・・・なんだか凄く久しぶりな気がするなぁ」

 

駆け寄ってきた月の頭を撫でつつ、そんな感慨にふける。

あー、こうやって月の頭撫でてるだけで、今日のあの激戦の疲れが癒される・・・。

 

「・・・あの、何かあったんですか?」

 

「え?」

 

「いえ、その・・・お疲れのようでしたので」

 

「あー、さっきな―――」

 

かくかくしかじかうまうま、と月に事情を説明する。

 

「・・・恋さんと鈴々ちゃん、それに星さんと翠さんと雪蓮さんを同時に相手して、良く生きていましたね・・・」

 

「やっぱり、月でも引くようなラインナップだったか・・・」

 

若干笑顔が引きつっている月が、お、お疲れ様・・・でした? となんだか気まずそうにねぎらってくれた。

 

「アレに愛紗と春蘭が入っていたら・・・ああ、多分駄目だ」

 

「あ、あはは・・・」

 

「・・・そういえば、月はまだ仕事なのか?」

 

何も持っていないから、もしかした休憩時間かも知れないな、なんて思って聞いてみる。

すると、月は笑顔のままふるふると首を振った。違うらしい。

 

「いえ、今日はお休みなんです。お仕事が夜遅くまでだったので、今まで寝てたんです」

 

「そうだったのか。遅くまでお疲れ様」

 

そういえば、たまに兵士の夜食を作る手伝いとかに行ってたな、と思い出しながら月をねぎらう。

月は両頬に手を当てて、へぅ・・・ありがとうございます、と呟くように答えてくれた。

 

「あ、じゃあ月は今暇なのか?」

 

「は、はい」

 

「じゃあ、街にでも行かないか?」

 

「ぜひっ」

 

「良かった。どこ行こうか? ・・・お任せします、以外でな」

 

「へぅ。・・・え、えーっと・・・」

 

んー、と考え込み始めた月の隣を歩きながら、平和だ、と心の中で呟く。

少なくとも月なら南海覇王を握りながら「血が滾るわ・・・!」とか言わないし、無言で必中無弓(ゆみ、きそうかちなし)を撃ってこないし、地面をへこませるほどの一撃をはしゃぎながら放ってくることもない。

・・・ああ、さっきまで俺、地獄にいたんだなぁ。気がつかなかった。

 

「あ、そうだっ。あの、ギルさん。私、服をみたいですっ」

 

「服?」

 

「はいっ。あの・・・し、下着を、選んで欲しいんですっ」

 

・・・人通りの多い街中で、何をおっしゃってやがりますか、マイマスター! 

ああっ、饅頭屋のおばちゃんの優しい視線が痛い! 

 

「・・・ゆ、月? そういうのは、もうちょっと声を抑えて欲しかったなぁ・・・」

 

「えっ? ・・・あっ・・・。へ、へぅぅ・・・」

 

ようやく周りの状況やら視線に気づいた月は、恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして抱きついてきた。

俺のお腹の辺りに顔を埋めて、恥ずかしそうにいやいやと首を振り、慌てた様子で口を開く。

 

「ち、違うんですっ。その、紫苑さんと下着の話になりまして、いろいろとお話を聞いたんです。それで、その、ギルさんに選んでもらったらどう? といわれまして・・・」

 

・・・煽った紫苑も紫苑だが、素直にそれを実行する月って凄いな・・・。

 

「は、反対したんですけどっ、そ、そうしたら、その、・・・をするときにも、楽しみが増えるわよ、と言われて、ぎ、ギルさんが選んでくれるなら、って・・・」

 

「あー、うん。もういいよ。大丈夫、大体の事情はわかった」

 

「へぅ・・・お恥ずかしいです・・・」

 

「ま、取りあえず行こうか」

 

下着を取り扱っている店へと向かう途中、ようやく落ち着いた月が口を開く。

 

「今日、本当は詠ちゃんも一緒の予定だったんです」

 

「そうだったのか?」

 

「はい。でも、急に軍師のほうのお仕事が入っちゃいまして、一人でお部屋にいるのもなんだかもったいなぁって思ってたんです」

 

「それで、外を散歩してたのか?」

 

「散歩・・・ではないです。ギルさんが今日お仕事だっていうのを聞いて、政務室に向かう途中だったんです」

 

「あぁ、そういうことだったんだ」

 

「そういうことだったんです」

 

そう言って繋いでいる手に力を入れる月。

 

「どうした?」

 

「なんでもないですよ」

 

ニコニコと笑顔でそういうと、月は再び前を向く。

・・・? 

凄く上機嫌だ。卑弥呼といい月といい、なんだか今日は街に出ると上機嫌になる日なんだろうか。

 

「・・・謎だな」

 

余談ではあるが、将に女性が多いからか、街の店も若干女性向けのものが多い。

・・・まぁ、男勝りの武将もいるとあって、飲食店はどちらかと言うと男性向けといった様相を呈しているが。

何を言いたいのかと言うと、下着が売っているところに男が行くべきではない、と言うことだ。

 

「・・・ぎ、ギルさん、そんな顔しないでください。なんだか私まで恥ずかしくなっちゃいます・・・」

 

「いや、無理を言うな。女性用下着売り場(こんなところ)で男に平常心を求めるのは間違いだと思うんだ、俺」

 

「へぅ・・・」

 

気まずい表情をしている俺と、恥ずかしそうに俯く月。

・・・なんだか変な二人組が、女性用下着売り場で立ち往生していた。

うーむ、落ち着いて見回してみると・・・月に合いそうなのがいくつかあるな。

月が落ち着いたら、後でちょっとあわせてみるかな。・・・お、あの白いのとかいいかも。

 

「・・・あ、あの、ギルさん?」

 

「・・・よし、月、いくつか良いのあったから、ちょっとあわせてみようぜ」

 

「え? え? ・・・あの、ちょっと、ギルさんっ・・・!?」

 

・・・

 

「ごめんなさい」

 

「いえ、その、大丈夫ですから、頭を上げてください・・・!」

 

あの後、良い感じに暴走した俺は、数点の下着を選び、月に合わせて確認していた。

三着目あたりからはぅはぅ言い始めた月に気づき、こうして頭を下げているわけだ。

 

「そ、それに・・・ギルさんに選んでもらえて、嬉しかったです」

 

「それはなによりだ。いくつか見繕って、買って行こう。暴走したお詫びと言うわけではないけど、代金は俺が持つ」

 

「自分で払います・・・といっても、無駄なんですよね」

 

「ああ。こういうときに払うのは、男の甲斐性だからな」

 

「・・・それでは、お言葉に甘えることにいたします」

 

数着の下着と、追加で服を見繕う。

やっぱり、メイド服以外の服も見てみたいのだ。

 

「今度一緒に出かけるときは、これを着ていきますね」

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

・・・さらに余談であるが、その夜見た月の下着は、その日買ったうちの一つであったと言っておこう。

 

・・・




「ここでそうびしていくかい?」「おいこの店員バグったぞ。いきなり何言ってんだ。なぁ、月?」「は、はい。ちょっと試着室お借りしますね・・・!」「月!?」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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サーヴァントステータス キャスター

なんと今作まで真名が判明していなかったキャスターさん。
前作では暗躍したり裏切らされたりとキャスターっぽいことをしていましたが、今作ではネタの提供に協力してくれています。


クラス:キャスター

 

真名:パラケルスス 性別:男性 属性:混沌・善

 

クラススキル

 

陣地作成:B

ホムンクルスを設計、作成する際に有利な判定を得られる工房を構築できる。

なお、パラケルススは工房内で賢者の石を生成した場合、消費魔力を三分の一抑えることができる。

 

道具作成:A

魔力を帯びた道具の作成ができる。

賢者の石、ホムンクルスの作成、精霊の調整などの際に必要なスキル。

固有スキルの魔術と合わせ、魔術装置を作ることにも秀でている。

 

固有スキル

 

魔術:A+

一般的な魔術のほかに、錬金術にも精通している。

賢者の石を生み出したとされるその技術力は格段に高く、現代の魔術師よりも高度な魔術行使を可能とする。

 

医術:A

元々は医者であるパラケルススは、魔術だけではなく医術の能力も高い。

もともとのランクはC程度だが、賢者の石との併用によってそのランクを高めている。

困ったときは賢者の石。とっても便利らしい。

 

護身術:D

旅をしている際に自然に身についた護身術。

一対多などの状況ではほとんど役に立たないが、一対一の状況で、なおかつ相手が盗賊などであれば、取りあえず危機は凌げる、といった程度。

英霊との戦いではほとんど役に立たないスキルだが、魔術師相手ならば撃退することができる。

 

学術:B

医学部で教授をこなせる程度には教養を持ってそれを生徒に伝えられる。

人に何かを説明するとき、本来の半分の文書量で伝えることができ、相手を納得させられる。

ただし、自分よりランクの高い者に論破されたときや、理不尽に否定された場合、焚書に走る。

 

能力値

 

 筋力:E+ 魔力:A+ 耐久:E 幸運:D+ 敏捷:E 宝具:A+

 

宝具

 

四大元素の精霊(エレメンタル)

 

 ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:50 最大補足:四人

 

パラケルススが再発見した四大元素。その元素の精霊たちと共に戦える宝具。

赤、緑、青、茶の色に光る野球ボールほどの大きさをした球体にしか見えないが、それぞれに自我がある。

パラケルススと特殊なパスを繋いでおり、パラケルススから供給された魔力によって飛行、攻撃を行う。

火、風、水、土の属性に弱点を持つものに対して大きなアドバンテージを発揮する。

精霊たちの協力がなければ、ホムンクルスは生成できなかったかもしれない、とパラケルススは語る。

 

アゾット剣(Azoht)

 

 ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大補足:一人

 

パラケルススが帯刀している短剣。杖とも言われていた。

魔力の通りやすい短剣として使えるほか、柄では粉末状の賢者の石が生成されており、取り出して使用することができる。

賢者の石を固体にした場合は、前もってその魔力をどのように使うのかを設定しておかなければならない。

爆発させるとしたら、普通に爆発させるだけなのか、何か対象に向けて指向性を持った爆発にするのか、などを設定しなければならないので、攻撃手段としての賢者の石は速度としては劣る。

粉末状、もしくは液状ならば主に霊薬として使う場合がほとんどである。

治療の際に併用したり、固めて固体の賢者の石にしたりと汎用性は高い。

ちなみに、刀身の部分には四大元素の精霊(エレメンタル)を宿すことができ、それぞれの属性を纏った剣として使用することができる。




本名がピカソの次くらいに長いパラケルスス。
マイブームはアゾット剣に精霊たちを宿らせて振るう「魔法戦士ごっこ」。意外と様になっていてカッコいいと評判である。


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第十二話 大人から子供に

「頭脳は?」「大人」「体は?」「大人の事情で大人」「人はそれを成人男性という」


それでは、どうぞ。


俺の宝物庫にはいろいろなものが入っている。

風呂桶やら着替えといった生活用品から、秘薬や宝具までその数は数え切れない。

 

「・・・これは・・・」

 

ある日見つけた秘薬。

それは、ギルガメッシュも使用していた若返りの秘薬。

あの子ギルに変貌する薬である。

その霊薬を見て、俺は疑問に思った。

・・・俺が飲むと、どうなるのか? 

まず一つ目の仮説は、俺の少年期に戻る、と言うもの。

これが一番可能性としては高い。

二つ目は、原作の子ギルが出てくる可能性。

多分可能性は低いだろう。

 

「どっちなんだろう。凄く気になる」

 

ええっと、なになに・・・? 

うわ、ラベルに用法、用量がきちんと書いてある・・・。

まぁ、ぐいっと飲み干せばいいんだろう? 

 

「む、ぐっ、ぐっ・・・ぷはぁっ! 不味い!」

 

ぱぁん、と床にビンを叩きつける。

ありえないほどに不味い! なんだこれ! 飲み干したことを後悔した! 

 

「う、お・・・おおおおおお・・・?」

 

・・・

 

桃香が街へ出ると、子供たちのはしゃぐ声が耳に入ってきた。

 

「あれ、今日は新しい子がいるのかな」

 

子供たちの中に、いつもは見ないような少年が一人混ざっていることに気づいた。

たまに桃香も子供たちの中に混ざるため、いつもは見ない子供がいればすぐに分かる。

その少年は子供たちの輪の中で、中心となっていた。

 

「なぁなぁ、次は何するー!?」

 

「そうだなぁ・・・あ、そうだ。これはボクのところの遊びなんだけど・・・」

 

会話を聞いているだけでも、彼らが楽しそうに遊んでいることが分かる。

 

「でも・・・あんな子、この街にいたんだなぁ」

 

彼の服装は街の子供と同じようなものだ。

しかし、彼の髪は金色。あんな色をしているのはなかなか珍しい。

 

「ふふ、でも、みんな楽しそう」

 

少年を中心にして、なにやら球を蹴り合う遊びを始めたようだ。

みんなが笑顔になって遊んでいるのを見て、自然と笑顔になる桃香であった。

 

・・・

 

「あら?」

 

北郷一刀は、華琳と共に街を歩いていた。

その際、華琳が何かを見つけ、立ち止まった。

 

「ん? どうした、華琳」

 

「・・・ねえ、あの子供・・・」

 

「え?」

 

そう言って華琳が指差したのは、金髪の少年。

何人かの少年少女と遊んでいるようだが、見た目も動きも人目を引く。

 

「凄いな・・・あんな子供なのに、動きが違う」

 

間近で春蘭や霞の動きを見てきたため、一刀も身体の動かし方である程度の実力を見て取れるようになっていた。

そんな一刀の目から見て、少年の動きは一般人とはかけ離れているように見える。

 

「ええ。・・・いいわね、あれ」

 

「いいわねって・・・まさか、武将として雇うわけじゃないだろうな・・・?」

 

「何言ってるの。当たり前じゃない。良い人材は、それをきちんと使いこなせる主の下へ行くべきなのよ」

 

そう言って、少年の下へと向かっていく華琳。

放っておくわけにも行かないので、一刀も後を追う。

 

「あなた、今ちょっといいかしら?」

 

「はい? ・・・ええっと、ごめん、みんな。ボク、抜けるね」

 

華琳と一刀に気づいたのか、少年はこちらに振り向き、二人が誰なのかを確認すると少年たちに別れを告げた。

 

「おう! またな、亞茶!」

 

「うん、また。・・・それで、何か御用でしょうか」

 

再び二人に視線を戻した少年は、人懐っこい笑顔を浮かべ、首を傾げる。

 

「あなた、名前は?」

 

「亞茶です」

 

「そう。亞茶、あなた、私の下で働く気はない?」

 

「曹操様の下で、ですか?」

 

「ええ。あなたの身のこなしは回りの子供より・・・いいえ、そこらの兵士よりも洗練されていた。あなたなら、すぐに一角の将となれるわ」

 

「うーん、褒められて悪い気はしませんが・・・申し訳ありません。お断りさせていただきます」

 

悩んだ表情を見せた少年・・・亞茶が、申し訳なさそうにそう言った。

 

「・・・そう。理由を聞いても?」

 

「はい。ボクには、すでに使えている主がいますので」

 

「その主の名前は?」

 

華琳が亞茶にそう聞くと、彼はぶつぶつと何かを呟いた後に

 

「すみません、明かすことはできません」

 

そう断言した。

表情は笑顔であったが、その身に纏う空気はただの少年のものではなかった。

一刀はその重圧に冷や汗を流す。この子、本当に子供か、と心の中で戦慄していると、華琳が笑みを浮かべながら口を開く。

覇王と称された彼女は、このぐらいの威圧なら跳ね除ける胆力を持っているのだ。

 

「へえ、本当に面白そうね、あなた。まぁいいわ。いずれあなたの主も突き止めてあげる」

 

「ええ、楽しみにしています」

 

亞茶がそういうと、ふっと重圧が消える。

それでは、と別れを告げると、彼は人ごみの中へと走っていった。

 

「それでは、頑張ってください、お兄さん」

 

「えっ?」

 

最後に、意味深な一言を残して。

 

「・・・確かに、凄い子だったなぁ」

 

「ええ。・・・ふふ、絶対に突き止めてやるんだから」

 

「か、華琳・・・?」

 

静かに燃える華琳を何とかなだめていた一刀には、去り際の一言のことなど、すでに頭にはなかった。

 

・・・

 

天下三分によって一時の平和が訪れたといっても、犯罪がなくなったわけではない。

酒に酔った荒くれ者たちが暴れたり、店主を脅して金を強請り取る強盗がいたりする。

そんな中、街に出た武将たちはちょくちょくそんな犯罪者たちを懲らしめたりしているのだが、犯罪がなくなることはない。

今日も、ある一つの飯店の前で、騒ぎが起きていた。

 

「おらおらぁ! この娘がどうなってもいいのかぁ!」

 

「くっ・・・卑怯な!」

 

男が少女を人質に、金を要求しているのだ。

刃物をちらつかせ、少女の首筋に当てる男。

そんな状態では、駆けつけた警備隊も、たまたま近くにいた雪蓮と蓮華も、手を出せずにいた。

 

「・・・隙がないわね。ああいうのは、どこかに付け入る隙があるものだけど」

 

「お姉さま・・・」

 

「待つのよ。焦ると判断を誤るわ」

 

「その通りですね、お姉さん方」

 

「だれっ!?」

 

背後から聞こえる声に振り返ると、そこには金髪の少年が笑顔で立っていた。

 

「こんにちわ! ボクの名前は亞茶、といいます」

 

「そ、そう。私は孫策。・・・あなた、今は離れてたほうがいいわよ。ここは危ないから」

 

雪蓮がそう言って注意するも、少年は聞いていないかのように一歩前に出る。

 

「こらっ、お前・・・」

 

「ああん? なんだ、てめえは」

 

蓮華が止めようと手を伸ばすが、後少しのところで届かなかった。

少年は男の前に出ると、二倍はあるであろう男を見上げながら、怖気づいた様子もなく口を開いた。

 

「こんにちわ、おじさん。・・・その娘、ボクの友達なんですよ。離してもらえませんか?」

 

「はっ。離せるものか。ガキ、てめえはすっこんでろ」

 

少年の言葉は、にべもなく切って捨てられた。

それでも、少年は表情を変えない。

 

「・・・そうですか。確か、あなたの要求はお金、でしたよね?」

 

「あぁ、そうだ。金さえ持ってくれば、ちゃあんと後で嬢ちゃんは返してやるよ」

 

そう言った男の顔を見て、雪蓮は男にそんな気はないのだということを読み取った。

最後まであの少女を人質に、どこかへ逃げた後に処理するつもりなのだろう。

ここから出すわけには行かない。いっそ、打って出るか。

そんな考えが頭をよぎり始めたそのとき、少年・・・亞茶が、懐から袋を取り出した。

その中から一つ、金を取り出す。

 

「この袋には、すべてお金が入っています。これならば、しばらくは暮らしていけるでしょう」

 

「おお! お前、いいとこの坊ちゃんだったのか? ・・・まぁいい。それさえくれれば、お友達は離してやる」

 

「ええ、差し上げます・・・よっ!」

 

亞茶は袋の口を紐で縛ると、上へと放り投げた。

突然の出来事に、全員の視線が袋へと注がれる。

・・・そう、人質を取っていた男でさえも、数瞬、袋へ視線を向けた。

 

「ふっ!」

 

少年には、その数瞬の隙だけで十分だった。

小柄な体躯を弾丸のように加速させた亞茶は、男の手から刃物を奪い、少女を男から引き離す。

 

「なっ、しま」

 

「遅いですよ、おじさん!」

 

刃物を地面に捨てた亞茶は、たん、と地面を蹴って跳び上がる。

そのまま男の顔の前まで跳んだ亞茶は、回し蹴りを男に決めた。

振りぬかれた足は男の顎に当たり、脳を揺らす。

大男、と称されても問題ない巨体が、後ろ向きに倒れる。

 

「・・んー、やっぱりリーチは前のほうがいいですね。わざわざ飛び上がらずとも、拳で狙えますし」

 

どこからか取り出した縄で男を縛りながら、思案顔で何かを呟く亞茶。

男を縛り終えた後、助け出した少女のもとへと向かい、優しく声を掛ける。

 

「大丈夫だったかな。怪我とかしてないといいんだけど」

 

「あ、ありがとね、亞茶くん」

 

涙目ではあるが、もう恐怖は感じていないらしい。

泣き笑いのような表情で、少女は答えた。

 

「なら良かった。・・・お兄さん方、何してるんですか。ほら、早くおじさんを連行しないと」

 

「へ? あ、ああっ。よし、連行するぞ!」

 

「は、はっ!」

 

ようやく正気に戻った警備兵が、縛られた男を連行していく。

 

「・・・あなた、凄いのね」

 

「いえいえ、友達が危険だったので」

 

「えへへ、ありがとね、亞茶くんっ」

 

腕に抱きついてきている少女の頭を撫でながら、雪蓮の言葉に答える亞茶。

 

「ふふ、えらいわね。・・・ねえあなた、呉に来ない?」

 

「ええっと、それは・・・」

 

「もちろん、私のところで将として働かない? ってこと」

 

「ちょ、ちょっと姉さま!? いきなりなにを・・・」

 

「申し訳ありません。お断りします」

 

「そ? ・・・まぁいいわ。別に今は魏や蜀と戦ってるわけでもないし」

 

意外とあっさり引いた雪蓮。

その落差に蓮華が違和感を抱いていると、雪蓮はしれっと爆弾を落とした。

 

「それに、シャオと蓮華の夫には、ギルがいるしねぇ」

 

「姉さまっ!」

 

顔を真っ赤にして雪蓮に詰め寄る蓮華。

二人が騒いでいる間に、少年は人ごみにまぎれていく。

 

「さーて、後会ってないのは・・・っと」

 

・・・

 

朱里と雛里は、詠、ねね、と共にギルを探していた。

今日が休みなのは知っていたが、温泉についての質問がいくつかあったためだ。

時間もあまりとらせないつもりだったし、すぐに解決するかと思ったのだが・・・。

 

「うーん、いませんねぇ、ギルさん」

 

「・・・あいつ、どこに行ったのかしら」

 

城内をくまなく探した四人は、一同にうーん、と悩んでいた。

部屋にはいない、兵士たちにも見かけたら探していたと伝えてほしいと言ってあるが、いまだに誰も会っていないと聞く。

 

「・・・後は、政務室くらいですね。今日はお休みだから、いないと思っていましたが」

 

「桃香あたりに頼まれれば、あやつも断らないでしょうからなー」

 

「あわわ・・・羨ましいなぁ」

 

「? 雛里ちゃん?」

 

雛里はぼそり、と呟いたつもりだったのだが、朱里にはしっかりと聞こえていたらしい。

朱里は雛里に顔を向けてどうしたの、とでも言いたげに名前を呼んだ。

 

「へっ? あっ、な、なんでもないのっ」

 

「そ、そう? ならいいんだけど」

 

慌てる雛里に、なんでもないと本人が言っているなら、あまりしつこくするべきじゃないと判断して切り上げる。

そして、思考はすぐにギルの行方へと移っていく。

 

「あれだけの存在感を放つ方ですから、これだけ回っていないのであれば、街のほうに行っているのかもしれませんね」

 

「そうですなー・・・。取りあえず、政務室を確認してから、なのです」

 

「そうね。・・・まったくもう」

 

政務室の前へとたどり着く四人。

ノックをすると、中からはどうぞー、と声が聞こえてくる。

 

「失礼します。あの、ギルさん・・・は・・・?」

 

「どうしたのよ、朱里」

 

「・・・あの、誰ですか?」

 

そう言って朱里は目線をまっすぐに向けたまま質問する。

詠たちも後から部屋の中に入ってきて、そこにいる人物を確認する。

いつもいる桃香や愛紗ではなく、そこには・・・

 

「こんにちわ」

 

笑顔で手を振っている、金髪の少年がいた。

そんな異常な状況に、四人は驚いた。

見たこともない少年が、兵士たちの警備の目をくぐり、城内を巡回して警戒しているアサシンすら抜けて、政務室で座っている。

その状態が異常といわずして何と言うのか。

 

「まさか、侵入者っ!?」

 

「あ、大丈夫ですよ。危害を加える気はありませんから」

 

「・・・信用できると思ってるの?」

 

「まぁ、されるとは思ってませんが、危害を加える気ならもう四人とも生きてませんよ?」

 

そう言ってにこりと笑う少年。だが、その目は笑っていなかった。

 

「確かに、ここまで誰にも見つからずにやってきた時点で相当な実力者でしょうね。・・・私たちでは、太刀打ちできないぐらいに」

 

「ま、そりゃそうね。・・・で、何が狙いなわけ?」

 

「んー・・・取りあえず皆さんに会って話せただけで目的は達してるんですよねぇ。・・・と、言うわけで」

 

そう言って少年は窓を開け放ち

 

「それではみなさん、お元気でっ」

 

「なっ」

 

「飛び降りたっ!?」

 

慌てて四人が窓に駆け寄り、下を確認するが、すでに少年の姿はどこにもなかった。

 

「・・・な、なんだったんでしょうか・・・?」

 

「とにかく、早急に他の将たちにも伝えねばなりませぬぞー!」

 

「はい。あれほどまでの実力者がいるのなら、英霊の皆さんの力も借りないといけないかもしれませんね」

 

「恋みたいな化け物・・・とは思いたくないけど」

 

四人は急いで桃香たちを探すことにした。

あの少年が何を考えているのかは分からないが、何か対策を取らねばならないだろう。

 

・・・

 

「ん? お前、どこから来たんだ?」

 

「はい? ・・・これはこれは。お姉さん、こんにちわ」

 

「ん、ああ、こんにちわ。・・・それで、お前は誰だ? 見たことのない顔だが・・・」

 

春蘭は目の前に立つ少年を見つめながら、首を傾げる。

 

「ふぅむ・・・誰かの子供か? 迷子なら、私が案内してやるが」

 

「あはは、大丈夫ですよ、お姉さん。お城の中は熟知してるので、完璧です」

 

「そ、そうか。完璧か」

 

「ええ。・・・あ、そうだ」

 

そう言って、少年は饅頭を一つ、春蘭へ渡す。

 

「これ、さっきいただいたものなんですけど、ボク一人じゃ食べ切れなくて。お手伝いしてもらっていいですか?」

 

「む、むぅ。それなら、いただこう」

 

「いただいてください」

 

「はむっ。・・・おお、旨いな!」

 

「それは良かった。・・・それでは、ボクはこれで」

 

「ああ! 饅頭、ありがとなー!」

 

「いえいえ」

 

そう言って去っていった少年を見送り、春蘭はいいやつだったなぁ、と呟きながらその場を後にした。

 

・・・

 

城内は、騒然としていた。

正体不明の少年が侵入していることを知らされた武将たちは、全員でその少年を追っていた。

城内は武将たちが、街には兵士たちが動員されており、かなりの大事になっていることが見て取れる。

 

「あちゃー、やりすぎましたかね。今度の大人のボクは不思議なことにいい人っぽいので自重してるつもりだったんですけど」

 

少年は、やっぱり世界が特殊だからですかねー、とやりすぎたか、と言っている割には反省の色のない言葉を吐いていた。

今彼がいるのは、中庭の東屋である。

そこで優雅にカップを傾ける。中には何故か紅茶が入っている。

 

「んー、後会ってないのは・・・マスターは最後にするとして」

 

「へぇ、誰かに会うのが目的かしら?」

 

「そうなんです・・・よ・・・?」

 

紅茶と考え事に集中しすぎたらしく、いつの間にか少年の周りを武将たちが囲んでいた。

 

「あちゃー、久しぶりすぎて気抜いてましたかね」

 

「・・・侵入者の癖に、優雅に茶を飲んでいるとはね。少し驚きだけれど。・・・たいした根性だと褒めるべきかしら」

 

「まぁ、このくらいでしたら物の数にもなりませんので、別にいいかなー、とか思ってたり」

 

その言葉に、何人かの武将の堪忍袋の緒が切れた。

 

「きさま! 先ほどの饅頭はおとりだったのか!」

 

「あはは、あれは本当に単純におすそ分けですよ。美味しかったでしょう?」

 

「うむ、旨かった!」

 

「・・・春蘭、あなた、正体も知らぬ人間から物を貰っていたの?」

 

「華琳様・・・す、すみません」

 

ああ、またか、とため息が漏れる。

 

「まぁいいわ。取りあえず、この三国の将を物の数にもならぬ、といったこと、後悔させてあげましょうか」

 

「ふふ、久しぶりにわくわくしてきたわ!」

 

「子供とはいえ実力者・・・容赦はせぬぞ!」

 

華琳、雪蓮、愛紗の三人がそう言ったと同時に、春蘭たちが少年に向かって駆ける。

将たちに囲まれ、威圧感をぶつけられても涼しい顔をしていた少年に、すでに容赦する気はないらしい。

朱里たちの言葉もあり、英霊の一人を出し抜くほどの実力者だと思われているのもあるのだろう。

 

「・・・あちゃー、これはほんとに、大人のボクに悪いことしたなぁ・・・」

 

がたん、と椅子から飛び降り、包囲網を跳んで脱出する。

ふわりと着地した少年は、武将たちの方へと振り向く。

その顔には、呆れのような感情が浮かんでいた。

 

「でも、気づかないあなたたちも悪いですよね。今度の大人のボクはボクに性格近いと思うんだけどなー」

 

どうあっても気づかれないってなんか呪いっぽくないですか? ボク、幸運高いんだけどなー、と呟きながら、少年は懐に手を持っていく。

 

「何を言っている!」

 

「・・・しかし、あの身のこなし・・・恋並かも知れぬな」

 

「あはは! 男でまだあんなのがいたのね! 楽しみだわ・・・!」

 

「・・・勝手にヒートアップしてるとこ悪いんですけど、そろそろ終わらせようと思います」

 

「何を・・・!」

 

不敵な笑みを浮かべて立ち尽くす少年に様々な武器が迫る。

刃や矢が迫る中、少年はただ口角を上げて笑い。

 

「それじゃ、返しますね、大人のボク」

 

迫る凶刃や矢は、空中に浮かぶ剣や槍や盾に防がれた。

 

「・・・なんだこりゃ。おいおい、子ギルが何かやらかしたか?」

 

その中央で、元の姿に戻ったギルガメッシュが、エアを構えて愛紗の青龍偃月刀を防いでいた。

全員もれなく驚愕の表情を浮かべている。

 

「あーっと、子ギルが何かしたのなら謝るから、みんな、武器を収めてくれないかなぁ・・・」

 

「え、え・・・」

 

「ぎ、ギル殿?」

 

「こ、子供がギルでギルが子供で・・・?」

 

・・・

 

かくかくしかじかと事情を説明される。

・・・なるほど、原作子ギルになったらしいな。

しっかし、まさか正体を明かさずに動いていたとは・・・俺の偽名の亞茶を使ってたし・・・。

ふぅ、使ってみて分かったが、あれで若返っている間は意識がなくなるみたいだ。

 

「なるほどね、若返りの妙薬とは、ほんとに何でもあるのね、その宝物庫」

 

「ああ・・・。俺もびっくりしてるところだ」

 

あんなに不味かったのもびっくりだよなぁ・・・。

 

「も、申し訳ありませんギル殿! あれだけ似通っていたのに、ギル殿だと気づかなかったとは・・・不覚です・・・!」

 

「あぁ、多分それは仕方ないよ。宝具か何かでごまかしてたんだろ。そういうのいくつかあるし」

 

しょんぼりとしている愛紗をそう言って励ます。

 

「にしても面白いわねぇ・・・あ、そうだ、それ、祭とかに飲ませたらどうなるかしらね?」

 

「ほほう? 策殿、儂がなんですと?」

 

「とか、ってどういう意味かしらね、雪蓮ちゃん?」

 

「そうじゃのう。とか、の中に誰が入っておるのか、聞いてみたいのう?」

 

「あ、あははー・・・じゃねっ!」

 

祭、紫苑、桔梗に詰め寄られて、冷や汗を流しながら逃げる雪蓮。

・・・あーあ、余計な事言うから。

 

「はわわ・・・ご、ごめんなさいギルさん。・・・私たちが、早とちりしたばかりに」

 

「いいって。不用意にあんなの飲んだ俺にも責任はあるし」

 

しゃがんで朱里と視線の高さをあわせつつ、親指で涙をふき取る。

雛里からも同じように謝られたので、頭をくしゃくしゃと撫でて励ます。

 

「気にしてないって。な?」

 

「あわわ・・・はい・・・」

 

「・・・ふん」

 

「あー、詠。・・・怒ってる?」

 

「怒ってないわよ!」

 

あ、怒ってるな、これ。

ねねも同じような状況だし・・・。

 

「詠、ごめんな。今度埋め合わせするから」

 

「べ、別にそんなのいらないわよっ!」

 

「ねねもすまないな」

 

「・・・まぁ、わざとではないようですから、別に許してやってもいいのです」

 

「本当かっ!? ありがとな」

 

「わわっ、ば、バカッ! 降ろすのですー!」

 

嬉しさのあまり思わずねねを抱き上げてしまった。

降ろすのです、とか言ってる割には嬉しそうなので、しばらくやってあげよう。

 

「・・・もう、ばか」

 

後で、詠にはきちんと謝っておかないとなぁ・・・。

 

・・・

 

「・・・って事があったんだよ」

 

「そんなことが・・・子供姿のギルさん・・・ちょっと見てみたかったです」

 

「・・・もう一度あの薬は飲みたくないなぁ」

 

「ふふ。残念です」

 

騒ぎのせいで集まった将に謝り、街で子ギルを捜索していた兵にも謝った後ふらふらと城内を歩いていると、月を見つけた。

声をかけると、今から休憩なので一緒にお茶をどうですか、と誘われ、月と詠の部屋でこうしてお茶をご馳走になっている。

そして、月に今までの顛末を聞かせると、先ほどのような反応が返ってきた、と言うわけである。

 

「あ、もう一杯どうですか?」

 

「うん、貰うよ」

 

とぽとぽと湯飲みにお茶が注がれる。

ふぅ、ようやく一息つけた気分だ・・・。

・・・ちなみに、その夜はふてくされた詠が納得するまで相手させられました。

翌朝、腰が痛いと涙目になっている詠を見て失笑してしまったのは、仕方のないことだと思う。

 

・・・

 

あの騒動の翌日、俺はちょっとした用事で呉の屋敷へときていた。

 

「えーっと、亞莎はどこにいるかな」

 

呉の軍師であれば誰でもいいのだが、冥琳は雪連とどこかへ言ったらしく、不在だった。

ならば、と穏を探すと、本を読んでいたらしく、目が合った瞬間に襲われかけたので逃げてきた。

あれはしばらく近づいてはいけない。

と言うわけで、消去法で残り一人の軍師、亞莎を探しているのだが・・・見つからん。

 

「あれ? ギルさんじゃないですか。どうしたんですか?」

 

「あ、明命。亞莎、知らないか? この書類、渡したいんだけど」

 

朱里から預けられたこの書類には、人口の推移が書いてある。

本当は朱里が自分で渡しにいく予定だったのだが、用事ができて行けなくなった。

それでどうしようかと困っているところに俺が通りかかり、やることもなく暇だったので、代わりにいくことになったのだ。

この後魏の軍師にも渡しに行かなくてはならないので、あまり時間も掛けられないのだが・・・。

 

「亞莎ですか? んー・・・。あっ! もしかしたら・・・」

 

何かに気づいたかのように周りをきょろきょろと見回す明命。

 

「っ!」

 

「そこっ!」

 

誰かの息を呑むような声に反応した明命は、軽い足取りで声の方向へと走っていく。

・・・どうしたんだろうか。もしや、侵入者とか? 

 

「あーうー・・・はーなーしーてー・・・」

 

「やっぱり隠れてたのね」

 

「お、亞莎」

 

廊下の曲がり角から再び現れた明命は、亞莎を引きずってきた。

 

「ギルさん、亞莎です! どうぞっ」

 

「ふぁっ・・・ギル様・・・!」

 

ようやく顔を上げた亞莎。

 

「よかった。ようやく見つかったな。この書類なんだけど・・・」

 

「あ、あの、ご、ごめんなさーい!」

 

「受け取ってほし・・・って、逃げられた・・・?」

 

俺が近づいたとたん、亞莎は凄いスピードで走り去ってしまった。

 

「・・・うぅむ、俺、嫌われてるのか・・・?」

 

「あ、いえ! 多分、その逆だと思います!」

 

「逆・・・? 好かれてるとは思えない反応だったんだが」

 

明命の顔を見る限り嘘ではないようだが・・・。

 

「・・・仕方がない。天の鎖(エルキドゥ)!」

 

背後から伸びる鎖が、亞莎を絡め取る。

もちろん痛くしないように調整はしている。

 

「よっと。捕まえた」

 

引き寄せた亞莎をキャッチすると、驚きすぎてフリーズしてしまっているらしい。

取りあえずおろしてあげないと。

 

「うぅぅ・・・」

 

「大丈夫か、亞莎。できる限り優しくしたつもりだが・・・怪我でも」

 

「い、いえっ! 全然大丈夫ですっ」

 

「そ、そうか」

 

亞莎の勢いに少し驚いたが、とりあえずは用件を済ませないと。

宝物庫から書類を取り出し、説明するべく口を開く。

 

「これ、朱里からのお届け物で、人口の推移表だって。新しい政策も書いてあって、一応機密扱いみたいだから直接渡さないと駄目らしくて」

 

「あ、は、はい・・・」

 

そう言って書類を受け取る亞莎。

・・・だけど、何故か頑なにこちらを見ない。

 

「なぁ、俺って何かしたかな」

 

「い、いえ! ギル様が悪いわけではないのです! ・・・そ、その、ギル様がとても輝いて見えたので・・・」

 

・・・これは予想外だ。

あの金色の鎧を着けているときに聞けば納得できるが、この普段着のときに言われるとは。

 

「か、輝いてる? 俺が?」

 

「は、はい。この近さですと、ギル様の眩しさに耐えられなくて・・・!」

 

先ほども思わず逃げてしまったのです、と顔をそらしたまま答えてくれた。

・・・なるほどねえ。

 

「ふふ、ギルさん、嫌われてるわけじゃないって、信じてくれました?」

 

背後から明命に声をかけられた。

・・・振り返らずとも分かる。この声色は、きっと笑っているのだろう。

 

「ああ、これでようやく納得いったよ。・・・だけど、輝いてるって言われたのはびっくりしたなぁ」

 

「あうう・・・すみません・・・」

 

「謝ることはないよ。・・・まぁ、追々慣れてもらうしかないかなぁ」

 

くしゃりと亞莎の頭を撫でる。

先ほどの騒ぎで帽子を落としてしまったようで、こうして直接頭を撫でてあげられたのだ。

 

「まぁ、嫌われてないってわかってよかったよ」

 

「そ、そんなはずありません! ギル様は天よりいらっしゃった偉大なる英雄様! 嫌いになるなんて、ありえないです!」

 

「・・・そこまで言われると、ちょっと恥ずかしいが・・・。ま、それを聞けただけでよかったよ」

 

そういいながら、亞莎の帽子を拾って被せてやる。

 

「明命、ありがとな」

 

「ひゃいっ!? わ、私は何もしてないですよっ!?」

 

「ほら、亞莎を連れてきてくれただろ?」

 

お礼は建前で、明命の黒髪さらさらストレートヘアーを撫でたかっただけなんだけど。

さてと、次は魏の屋敷だ。・・・気が重い。

 

・・・

 

明命と亞莎に別れを告げ、俺は呉の屋敷を後にした。

次は魏の屋敷・・・なんだけど・・・。

 

「おはようございますッス、兄貴!」

 

「ん、ああ、おはよう」

 

魏の屋敷の周りを巡回していた兵士に挨拶を返す。

む、彼は以前の龍討伐で一緒だった兵士じゃないか。

この特徴的な語尾と呼び方はおそらくそうだろう。

 

「なぁ、今日は屋敷に程昱と郭嘉はいるか?」

 

「ええっと、郭嘉様は先ほど出かけられたッス! 程昱様は・・・ちょっとわかんないッスね。あ、荀彧様ならいるッスよ」

 

「・・・そうか」

 

できればそっちに会わずに済ませたかったのだが・・・。

 

「分かった。桂花・・・荀彧は、どこにいる?」

 

「多分書庫ッスね」

 

「ん、分かった。頑張れよ」

 

「兄貴こそ、頑張ってくださいッス!」

 

「ああ、頑張るよ・・・」

 

取りあえず、書庫への道を歩きつつ、風を探すか。

最後まで希望は捨てちゃ駄目だもんな! 

 

「・・・神はいないのか!」

 

書庫にたどり着くまで、風どころか誰にも会わなかった。

なんだこれ。俺魏の人たちに嫌われてるのかな。

・・・取りあえず、こんなところで足踏みしているのも時間の無駄だろう。

もう心を決めていくしかない。

 

「お邪魔しまーす」

 

「・・・げ」

 

扉を開け、書庫に足を踏み入れると、すぐに目的の人物はいた。

こちらを見た瞬間にいやそうな顔をされた。・・・んな顔されても・・・。

 

「桂花、お前に渡すもの」

 

「喋りかけないでくれる? アンタみたいなのに話しかけられたら、それだけで妊娠するわ」

 

「があるんだけど・・・」

 

・・・くぅ、どれだけ男嫌いなんだ、こいつ。

 

「・・・妊娠しねえよ。なんだ、まだ赤壁のこと根に持ってるのか」

 

「くっ・・・! 思い出させないでよ。あああ、寒気がする・・・何なのよ!」

 

「すっげえ理不尽・・・」

 

俺は多分怒っても良いと思う。

だけどなぁ。こういう娘は意地っ張りだし、嫌ってる対象に何か言われても改めることはないだろう。

 

「・・・まぁいいや。取りあえず、この書類を受け取ってくれ」

 

「いやよ。あんたが触ったものなんか触れないわ」

 

そう言ってそっぽを向いた桂花。

・・・ぷつん、と何かが切れた音がした。

 

「・・・天の鎖(エルキドゥ)!」

 

「きゃあっ!?」

 

四方から伸びた鎖が、桂花をぐるぐる巻きにする。

 

「ふ、ふふふふふ・・・もう我慢の限界だ」

 

「な、なによ! 何するのよ! こんなことして、許されると思ってるの!?」

 

「許されようと許されまいと知ったことか! 王の財宝(ゲートオブバビロン)! 開け宝物庫!」

 

空中に歪みができる。

いつも出てくるのは無数の武器だが、今回は・・・。

 

「筆・・・?」

 

桂花が首を傾げる。

俺はそんな桂花を気にすることなく筆を近づけていく。

 

「ま・・・まさかアンタ・・・!」

 

「それ、こちょこちょ・・・」

 

「あ、あははっ! なにす・・・あはははははは!」

 

無数の筆が桂花の肌をくすぐる。

くすぐられている桂花を見上げながら、ある程度すっきりするのを感じる。

桂花の呼吸が苦しくならないうちにおろす。

 

「く、くぅ・・・!」

 

「はっはっは! いやぁ、面白かったぞ、桂花」

 

「笑うな!」

 

取りあえず溜飲は下がったので書類を渡す。

今度は桂花も罵倒してくることなく受け取ってくれたので、まぁよしとしよう。

 

「それじゃあな、桂花」

 

「ふんっ。さっさと帰りなさいよ!」

 

「今日はこれで許したけど・・・次は・・・ふっふっふ」

 

「な、なによ! なんなのよっ! ・・・ちょっと、中途半端なところで帰らないでよ! ちゃんと全部言ってから帰りなさいよー!」

 

・・・




「桂花って意外と押しに弱いんだな」「まぁ、華琳とのプレイがプレイだからなぁ・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十三話 二人も子供に

「子供の頃、傘はエクスカリバーだったよな」「俺は村正だった」「折り畳み傘は仕込み刀だな」「流石忍者・・・」


それでは、どうぞ。


魏と呉に書類を渡してきたと朱里に報告してから、自室へ戻る。

そして、宝物庫の中から薬と名のつくものをすべて取り出す。

 

「・・・こんなにあったのか」

 

足の置き場もないほどに敷き詰められた薬たち。

昨日の騒ぎを聞きつけたキャスターから頼まれ、若返りの霊薬があるならば疲労回復に効果のある薬もあるだろうと言われて、それっぽいのをいくつか見繕っておくことになったのだ。

何でも、研究して量産するらしい。目指せ栄養ドリンクとか言っていたが・・・。

ついでなので、どんな薬があるかも確認しておこうと思い、こうしてすべての薬を外に出している。

 

「しっかし・・・これは、時間が掛かりそうだな・・・」

 

取りあえず一番近いところにある瓶を手に取る。

・・・なになに? 飲むと巨大化する薬? 

巨人と戦うときに使用してください、とか書いてあるけど・・・巨人と戦うこと、あるかなぁ。

こっちは・・・お、怪我の回復を促進する薬だって。

これは便利そうだな。

 

「・・・く、これは若返りの薬か」

 

いくつかの薬を確かめて宝物庫にしまっていく。

その途中で手に取ったのは昨日の騒動の原因、若返りの薬だ。

後で詳しく調べるために、机の上においておく。

 

「さて、次は・・・っと」

 

しばらく薬を確認していくと、どたどたと足音が聞こえる。

 

「ギルおにーちゃーん!」

 

「ん? ああ、璃々。どうした?」

 

突然扉を開けて入ってきた璃々。

 

「あのね、あのね、一緒に遊ぼ?」

 

「そだな・・・。うん、暇だし、いいぞ」

 

薬を調べるのは、また後日にもできるだろうし。

 

「わーい! 早く行こっ」

 

「おいおい、引っ張るなって」

 

引っ張られつつ、床に宝物庫の入り口を展開し、放置していた薬をすべて宝物庫に戻した。

・・・ここで、きちんと確認していれば良かったなぁと後悔するのは、一時間ほど後のことである。

 

・・・

 

「おーい、ギルー? いるかーい?」

 

主のいない部屋に、声が響く。

 

「・・・あれ? いないのかな。休みって聞いてたんだが」

 

声の主であるキャスターは、首をかしげながら部屋の中へ進入する。

 

「お、あの瓶はもしかして、疲労回復の薬かな?」

 

そう言って、机の上から瓶を三つ手に入れるキャスター。

 

「書置きでも残しておけばいいかな。・・・さて、早速帰って研究するか」

 

鼻歌でも歌いそうなほどに上機嫌で部屋を後にしたキャスター。

自分の研究所兼工房に戻る道すがら、華琳と一刀に出会った。

 

「ん? おや、曹操と北郷じゃないか」

 

「あら? あなたは・・・ああ、魔術師だったかしら?」

 

「こんにちは、キャスターさん」

 

「ああ、こんにちは。・・・二人とも、顔色が悪いね」

 

キャスターが指摘すると、一刀がははは、と苦笑いをする。

 

「珍しく仕事が立て込んでて。華琳と一緒に徹夜だよ」

 

「ほう」

 

「んで、これから軍事演習を見に行くんだけど・・・ふぁーあ・・・」

 

「疲れてるみたいだね。・・・あ」

 

キャスターは自分が持っている瓶のことを思い出した。

 

「なら、これを飲むといい」

 

「・・・なんだこりゃ?」

 

「栄養ドリンク、といえば君には分かりやすいかな」

 

「何でそんなものがあるんだよ」

 

「ふふ、ギルからの頂き物でね。宝具級の霊薬だから、効果は期待していいと思うよ」

 

「・・・そ、そっか」

 

少し引き気味に、キャスターから薬を受け取る一刀。

華琳も、躊躇しつつ受け取る。流石に疲れを感じているらしい。

 

「それじゃ、私はこれを研究して量産しないといけないから、失礼するよ」

 

「あ、ああ! ありがとな!」

 

「はは、礼ならギルに言いたまえ」

 

白衣を翻して去っていくキャスターに手を振った後、一刀は手元の瓶に目を移す。

 

「ま、栄養ドリンクって言うなら飲んでおくか」

 

キャップをひねり、ラベルも見ずに一気に飲み干す一刀。

それを見て華琳も一気に飲み干す。

すべて飲み干した瞬間、一刀は思わずのどを押さえて咳き込む。

 

「げっほ! げっほ! まっず!」

 

「これは・・・水が欲しいわね」

 

「あ、ああ。どこかに井戸は・・・って、おおおおお?」

 

「ちょっと一刀。何を変な声を・・・あ、あら・・・?」

 

・・・

 

「ほらほら、ギルおにーちゃん、こっちだよー!」

 

「ああ、ほらほら焦らない焦らない。焦って走るとまた転ぶぞー」

 

「だいじょう・・・わひゃっ!?」

 

「おっと! ・・・言わんこっちゃない」

 

くるくると回りながら走っていた璃々が、予想通り転びそうになったので支える。

 

「えへへ・・・ありがと、ギルお兄ちゃん」

 

俺に支えられた璃々が、はにかんで顔を赤らめる。

ははは、こやつめ。いっちょまえに照れてるのか。

 

「危ないからこのまま抱っこしていくぞー」

 

「わーい!」

 

きゃっきゃと喜ぶ璃々を抱き上げながら、街を歩いていく。

 

「あっちだよー!」

 

「あっちに何かあるのか?」

 

「あのね、いっつも遊んでるおともだちがいるのー!」

 

「へえ」

 

璃々の友達か。

ちょっと楽しみかな。

 

「ギルお兄ちゃんのことお話したらね、会いたいってみんないってたのー!」

 

「そっか、なんか緊張するな」

 

しばらく璃々の言うとおりに街を歩いていくと、子供たちの騒ぐ声が聞こえてきた。

この近くにある広場で遊んでいるんだろう。子供たちが遊べるような場所はそこしかないからな。

 

「こっちだよー!」

 

「まてよー!」

 

「うふふ、私に追いつけるかしらっ?」

 

追いかけっこをしてるのかな。

 

「あ、いたー! ・・・ってあれ? なんか知らない子がいるー」

 

「知らない子?」

 

「うん。あの金髪の女の子と、黒い髪の毛の男の子ー」

 

・・・んんー? 

あれ、あの金髪ドリルには見覚えが・・・。

 

「まてよー、そうそうー!」

 

「あははっ。ほら、こっちよこっち!」

 

そうそう? ・・・そ、曹操!? 

 

「まてまてー! かずと、頑張れよー!」

 

「おう!」

 

かず・・・と・・・? 

 

「みんなー! いーれーてー!」

 

あまりの驚きに硬直していると、璃々が俺の腕から飛び出していき、その子供たちの輪の中へと走っていった。

 

「あ、璃々だー!」

 

「いいよー、一緒にあそぼー!」

 

「あれー? おにーちゃんは誰ー?」

 

慌てて璃々を追いかけると、子供たちに気づかれた。

わらわらと俺の周りに集まってくる子供たちは、思い思いの言葉を俺にかけてくる。

 

「あのね、璃々の知り合いのお兄ちゃんなのー!」

 

「お兄ちゃん?」

 

「お兄ちゃんだー!」

 

「あそぼー! お兄ちゃんっ!」

 

「あ、ああ、そうだな。遊ぼうか」

 

子供たちの勢いに押されつつ答えていると、先ほど璃々が見たことないと言った二人が近づいてきた。

 

「・・・あなた、名前は?」

 

「俺はギル。よろしくな」

 

「私は曹操よ。よろしくね」

 

「俺はほんごうかずと! よろしくな、ギル!」

 

・・・やっぱりか。この二人、華琳と一刀だ。

何で若返っているのか・・・は、やっぱり、あの霊薬を飲んだのだろう。

でも、どこで手に入れたのだろうか。あれはきちんと宝物庫の中に・・・あれ。

 

「そういえば・・・机の上におきっぱなしだったかも・・・」

 

そうだよ、あの時『床の』薬は片付けたけど、『机の上の』薬は・・・やばい。片付けてない! 

多分キャスター辺りが持っていったのを渡されたんだろう。薬を飲むときはきちんとラベルを読みなさい! 

というか、日本語が読めない華琳はともかく、一刀は読めるだろうに。なぜ読まずに一気なんてことを・・・。

 

「そ、そうか。二人とも、よろしくな」

 

取りあえず、元通りに戻る薬を飲ませないとな・・・。

 

「よーし! じゃあ、探検に行くぞー!」

 

「おー!」

 

「探検!?」

 

広場で遊ぶんじゃないのか!?」

 

「あのね、ギルお兄ちゃんがいるなら、ちょっととおくにあそびにいってもいいかなって。・・・だめなの?」

 

そう言って上目遣いにこちらを見上げてくる璃々。目じりには涙が溜まっている。

・・・むむ、璃々め。こんなに小さい頃からそんなテクニックを見につけているとは・・・お兄さん将来が心配です。

 

「くっ、それは反則だぞ。・・・分かったよ、璃々。ただし! きちんと俺の近くにいること! それが条件だ!」

 

「わーい!」

 

広場で遊んでいれば、薬を飲ませる機会もあったんだが・・・。

街に出れば、おそらく子供の世話で手一杯になるだろう。その状況で子供二人に薬を飲ませるのは至難の業だ。

・・・取りあえず、子供を見失わないようにしないとな・・・。

 

「はぁ・・・どうしてこうなった」

 

・・・

 

「あ、おい! そっちは危ないぞ!」

 

「大丈夫だよー!」

 

「大丈夫じゃないから注意してるんだ!」

 

ああ、四方八方に子供が散らばる! 

 

「・・・何やってんだ、ギル」

 

「多喜! ライダー! ・・・助かった」

 

ライダーのほうは子供に人気があるし、多喜は子供の扱いが上手い。

二人に協力してもらえれば助かる。

 

「助かるって・・・いやな予感しかしないな」

 

「おーい、みんな! ライダーと多喜が遊んでくれるみたいだぞー!」

 

「あー! 仮面のお兄ちゃんだー!」

 

「わー、多喜のお兄ちゃんだー!」

 

・・・ちなみに、だが。

多喜は子供・・・それも男子に妙な人気があり、ほとんど全員に真名を預けている。

多分、このあたりの子供すべてに真名を預けてるんじゃないだろうか。

 

「・・・流石は特級保育士。大人気だな」

 

「なんだその称号! うれしくね・・・うおお、まとわりつくなっ!」

 

「諦めろー、マスター。いつもの流れだろ?」

 

・・・いつもの流れなんだ。

子供たち、特に男の子が多喜とライダーにまとわりついているのを見ていると、背後からぽやっとした声が聞こえた。

 

「あれ? お兄さん、何してるの?」

 

「桃香か! 助かった、こっちに来てくれ!」

 

こちらに声をかけてきた桃香の手を引っ張って、俺のほうへ引き寄せる。

 

「わわわっ。な、なに、そんな急に・・・! 私にも心の準備ががが・・・」

 

「この子達の相手をしてくれ!」

 

「で、でもでもお城に帰ってからなら・・・はえ? 相手?」

 

「ああ。ちょっと俺一人じゃ捌ききれなくてな。頼むよ」

 

これで女の子も大丈夫だろう。

 

「お姉ちゃん、髪飾り見よー!」

 

「これ、綺麗だよね!」

 

「むー、お兄さん、帰ったら・・・え? あ、うん、そうだね。・・・ほわぁ・・・ほんとに綺麗だなぁ」

 

子供たちに引っ張られ、露天の髪飾りに釘付けになる桃香。・・・後でお詫びとして買っておくか。

・・・うん、まぁ、楽しそうならいいか。

 

「みんな楽しそうだね、ギルお兄ちゃん!」

 

「ん、ああ」

 

俺の元に残っているのは、俺に興味を持ってくれた子供たちだけだ。

よしよし、さっきは三十人近くいて混乱していたが、八人程度なら何とかなるか。

 

「しかし・・・周りに人が増えてきたなぁ」

 

妙な騒ぎになっているのを聞きつけたのだろう。周りには暇を持て余しているおばちゃんやらが興味深そうにこちらを覗いている。

 

「・・・よし、城に行こうか!」

 

この人数だ。下手に街で遊ぶよりは城でまとめて相手したほうが楽だろう。

城の兵士たちにも事情を話せば何とかなるだろう。

・・・それに、子供化した華琳たちの問題もあるしな。

 

「お城ー!」

 

「お城を探検だー!」

 

「お姫様もいるのー?」

 

桃香に女子を、ライダーと多喜には男子を半分ほど担当してもらって、城へと向かう。

 

・・・

 

「・・・なんじゃそやつらは」

 

「お、祭だ。・・・ゆけっ、子供たち!」

 

祭を発見してすぐに子供たちをけしかける。

ノリの良い子供たちは俺の声に反応して祭へと突撃していく。

 

「わーい! いけいけー!」

 

「唐突に何をっ!? こら、ギルっ、説明せい!」

 

「ふははー、暇だろ、祭。子供の世話ぐらいしてもばちは当たらない」

 

「ひまだろー!」

 

「ひまなんだろー!」

 

「ぬぬう、こら、引っ付くなっ」

 

祭はまとわりつく子供たちを鬱陶しげにしながらも、あまり乱暴に扱わない。

まぁ、祭は妙に面倒見がいいからな。子供たちを任せても大丈夫だろう。

幸い中庭は広い。子供たちが走り回ろうと、ある程度は大丈夫だ。

 

「おーい、曹操、一刀ー!」

 

「呼んだかしら、ギル」

 

「よんだかー?」

 

二人が近づいてきて俺を見上げる。

 

「ああ、呼んだ。この薬を」

 

「何を騒いでいる!」

 

飲んでくれないか、と続けようとしたそのとき、声が響いた。

・・・この声は・・・。

 

「春蘭かっ!」

 

「そうだ! 私だ! ・・・それで、なぜ城に子供がいるのだ!」

 

腕組みをして仁王立ちの春蘭は、隣に秋蘭を連れて階段の上からこちらを見下ろしている。

まずい。このまま春蘭が暴走すると、確実に面倒くさいことに・・・! 

 

「まて、春蘭! これは説明すると長く・・・」

 

「あら? 春蘭じゃない」

 

「なんだきさ・・・か、華琳様っ!?」

 

俺が事情を説明しようとしたとき、再び話しをさえぎられた。

・・・なんで小さくなった華琳のことを・・・って、そうか。小さい頃から一緒だったんだっけ、あの三人。

 

「華琳様が小さく・・・なるほど、先日の薬の所為か?」

 

春蘭の隣に立っていた秋蘭が、冷静に推理する。

 

「ふふ、秋蘭たちが大きくなると、こんな風になるのね。・・・面白いわ。ちょっと、私の部下は他にもいるのよね?」

 

「え? え、ええ」

 

「なら、その子たちを見に行きましょう。ついてきなさい、春蘭、秋蘭」

 

そう言って城の中へと向かう華琳。

 

「待てかり・・・」

 

「ギルお兄ちゃん、いっちゃだめー!」

 

慌てて三人を追いかけようとしたら、璃々に止められた。

 

「ちょ、璃々! あの三人を止めないと・・・」

 

「だめなのー! 今日は璃々と遊ぶの!」

 

「く・・・なら、一刀だけでも・・・っていねえ!?」

 

一刀だけでも元に戻せば、華琳のストッパーにできるかもしれない、と思って振り返ると、そこには誰もいなかった。

近くにいた少年たちを捕まえて一刀を知らないか、と聞くと

 

「一刀ならあっちに行ったよー?」

 

少年の一人がそういいながら訓練場へ続く道を指差す。

・・・ああもう! 一刀って意外とマイペースなんだな・・・。

 

「璃々、おんぶと肩車、どっちが良い?」

 

「んーとね、かたぐるま!」

 

「よっしゃ!」

 

璃々がどうしても離してくれそうにないので、いっそのこと連れて行くことにする。

肩の上に璃々を乗せ、桃香と祭、そしてライダーと多喜に子供たちを任せて走り出す。

・・・騒ぎだけは起こしてくれるなよ・・・! 

 

・・・

 

北郷一刀は初めて見る城に興奮していた。

 

「おー! 剣だ!」

 

「あん? ・・・おいセイバー、子供が迷い込んでる」

 

「ほう。これ、少年よ」

 

「ん? おおっ、兵士だ!」

 

呼び止められた一刀は、セイバーと銀を見て感動したような表情を見せる。

 

「見たところ一人のようだが・・・迷子か?」

 

「迷子じゃないよ! 探検してるんだ!」

 

「探検って・・・しゃーねー、ギルあたりに預けるか。あいつなら子供の扱い上手いだろ」

 

ため息をつきつつセイバーに提案する銀。

セイバーもそのほうがいいと思ったのか、首肯を返す。

 

「そうするか。・・・少年、名を何と言う?」

 

「俺の名前はかずと!」

 

「かずと? ・・・おいおい、セイバー、こいつ・・・天の御遣いじゃないか?」

 

「なるほど、若返りの薬か。昨日の騒ぎのことは聞いていたが・・・本当にあるとはな」

 

「ギルも多分探してるだろうし、連れてってやろうぜ」

 

「そうしようか。ほら、北郷。ギルのところへ連れて行ってやろう」

 

そう言ってセイバーが一刀の手を引く。

一刀は特に抵抗することなく連れられ、訓練場から出て行く。

 

「マスター、おぬしは他の兵士に声をかけてギルを探してもらってくれ」

 

「おう。悪いけど、そいつのお守りは頼んだ!」

 

そう言って銀は駆け出す。

さて、とセイバーは呟きながら、城内を歩き始める。

ある程度なら魔力をたどっていけるが、サーヴァントが七体いて、マスターもいる以上あまりあてにしないほうがいいだろう。

 

「キャスターならば、個別に嗅ぎ分けるくらいはできるのだろうが・・・。ま、無いものねだりだな」

 

「おー! おっちゃん、あれ剣だよな!」

 

「おっちゃん・・・。ん、ああ、確かに剣だが・・・北郷にはまだ早い」

 

「えー・・・」

 

セイバーの返答に、不満そうな声を漏らす一刀。

 

「良いか? 子供は剣を持つより親の手伝いをして・・・む?」

 

諭そうと口を開いたセイバーだが、いつの間にか一刀の気配がしないことに気づいた。

周りを見渡すが、どこにもその姿はない。

 

「しまった・・・!」

 

子供から目を離すなど、迂闊・・・! と呟きながら、通路を走り始めるセイバー。

必死の形相で城の通路を走るセイバーは、他の兵士たちに何か起こったのかと思わせるのに十分であった。

 

・・・

 

「一刀っ!」

 

「かずとーっ!」

 

訓練場へとたどり着き、声をかける。

・・・が、兵士たちがこちらを見るだけで一刀の姿は見えない。

 

「ここじゃないのか・・・?」

 

「あれ? ギル様じゃないですか。どうなさったんですか?」

 

「お前は・・・龍討伐のとき一緒だった、蜀の」

 

「お久しぶりです。どうやら北郷様を探しておられるようですが・・・」

 

「ああ。その、ややこしいんだが、子供になった一刀を探しててな」

 

俺の言葉に少し考え込んだ蜀のは、あ、と何かを思い出したような顔をして、口を開いた。

 

「子供・・・ああ、それなら、さっき銀と正刃が黒髪の少年を連れてどこかへ行きましたが・・・」

 

いきなり有力な手がかりが見つかった。

少し焦りながら蜀のを問い詰める。

 

「どっちに向かった!?」

 

「どっち、といわれると分かりませんが・・・政務室と厨房のある方向へと行きました」

 

訓練場から出て少し行くと、分かれ道がある。

確かそのまままっすぐ行くと厨房で、右に曲がると政務室へと続く階段があるはずだ。

おそらく蜀のは分かれ道までは見ていたが、それ以降は見ていなかった、ということだろう。

 

「・・・俺を探してくれているなら政務室にいった可能性が高い、か」

 

少年一刀がお腹が減ったと言い出したら、セイバーの性格上厨房に行く可能性もある。

・・・どうする。選択を間違えればかなりの時間ロスになる。

 

「政務室だ!」

 

分かれ道を右に曲がり、階段へと走る。

確か政務室には今・・・愛紗と紫苑がいるはず。

紫苑なら子供の扱いもなれたものだろうから、足止めしてくれていることを願おう。

 

・・・

 

北郷一刀は剣につられてセイバーから離れ、再び迷子となっていた。

 

「あれ? おっちゃんがはぐれた」

 

高い場所にあるので取れなかったが、本物の剣を見られたという満足感を覚えながら、一刀は鼻をひくひくとさせた。

 

「なんか良いにおいがする」

 

匂いのする方へと歩くと、厨房へとたどり着く。

厨房のすぐそばには食堂があり、当番を終えた兵士たちが早めの昼食を取っていた。

 

「おー・・・うまそー」

 

食堂へと足を踏み入れた一刀は、すぐそばで食事をしていた兵士の近くへと歩み寄る。

 

「ん? ・・・兄者、子供がいるぞ」

 

「なんだと? ・・・弟者、この少年、どこかで見たことがあるな」

 

「むむ・・・いや、兄者。俺は見覚えがないな」

 

「そうか・・・ならば、多分俺の勘違いだろう。少年、腹が減ったのか?」

 

金色の鎧を着た兵士が、一刀に優しく声をかける。

その声に一刀が首肯すると、兄者、と呼ばれたほうが新しく定食を持ってきて一刀の目の前に置いた。

 

「少年よ、たくさん食べるといい」

 

「おー! ありがと! いただきまーっす!」

 

「なんとも旨そうに食べる少年だ」

 

一刀が食事を取り終わり、少し落ち着いた頃。

弟者と呼ばれた兵士が口を開いた。

 

「それで・・・少年よ。少年は迷子か?」

 

「迷子じゃないよ。お城の中を探検してるんだ!」

 

「ふむ・・・なるほど、迷子だな」

 

「そうなのか、兄者!?」

 

ぼそぼそと小声で会話する二人。

 

「ああ。子供が一人で城の中に入れるはずがないだろう」

 

「確かに・・・ならば、兵士として少年を親の元へ届けねば!」

 

「ああ! よし、少年よ。取りあえず城の外まで送ろう」

 

「えー。まだ城の上のほうとか行ってないんだけど」

 

「むむ・・・ならば、城の中を案内しよう。・・・弟者、その間に他の兵たちに連絡しておいてくれ」

 

「うむ、了解した、兄者。・・・それでは少年、兄者の言うことを良く聞くのだぞ」

 

「分かった!」

 

元気に答えた一刀と共に立ち上がり、兄者と呼ばれた兵士は通路を歩き始める。

 

「さて・・・まずはいろいろと聞きながら歩いていったほうがいいだろうな」

 

どこかの兵士の息子、と言うこともありえるし、と続けながら歩き始めた兵士に、一刀は素直についていっている。

食事を貰ったからか、なついたらしい。

これではぐれる事はないだろう、と安心して歩く兵士。

その後ろでは、興味深そうに周りを見渡しながら、落ち着かない様子の一刀が歩いていた。

 

・・・

 

「いねえ!」

 

「・・・どうしたのですか、ギル殿」

 

「あ、おかーさんだー!」

 

「璃々? ・・・ギルさん、なにやら急いでいらっしゃるようですけど・・・どうなさいました?」

 

「いや、ここに子供が来なかったか? 黒髪の男の子なんだが」

 

「うーん・・・ここには、私たち以外にはねねしか来ていませんが」

 

その子供がどうかしたのですか? と愛紗は首をかしげながら聞いてくる。

 

「いや、来てないならいいんだ。邪魔したな」

 

そう言って部屋を後にする。

厨房のほうだったか・・・! 

 

・・・

 

部屋から飛び出していったギル。

その後ろ姿を見ていた愛紗は、うぅん、と唸りながら口を開く。

 

「・・・ギル殿、何か焦っていらっしゃるようだったが・・・」

 

「そうねえ。・・・そうだ。愛紗ちゃん、ギルさんのこと、手伝ってあげたら?」

 

「だが、まだ仕事が・・・」

 

突然の紫苑の提案に、渋る様子を見せる愛紗。

あと少しとはいえ仕事が残っている以上、一人だけこの場を去るわけには行かない。

 

「これくらいなら、私一人でも何とかなるわ。それに、もう少しで詠ちゃんも来るし」

 

「し、しかし・・・」

 

「いいのよ。こういうときに良い印象を与えておかなきゃ、何時までたっても進展しないわよ?」

 

「なっ・・・! そ、その、私はギル殿のことをそんな風には・・・!」

 

さらに続く紫苑の言葉に、愛紗は顔を赤くして反論する。

だが、紫苑は年上の余裕でそれを受け流し、柔らかい笑みを浮かべて口を開く。

 

「うふふ。隠さなくてもいいのに。ほら、早くおいきなさい。早くしないと、他の娘に取られちゃうかもしれないわよ?」

 

「~っ! す、すまん! 後は任せる!」

 

「ええ。行ってらっしゃい」

 

ようやく折れた愛紗が部屋を飛び出していくのを見送った紫苑は、柔らかい笑みのまま書類を手に取る。

 

「それにしても、璃々はギルさんに懐いていたわねぇ・・・。そろそろ、璃々もお父さんが欲しい頃かしら?」

 

・・・

 

頭上の璃々のはしゃぐ声を聞きながら、城の通路を疾走する。

兵士たちがぎょっとした顔をして道を開けてくれるのに心の中で感謝しつつ、厨房へ向かう。

 

「一刀!」

 

「かーずとーっ!」

 

訓練場と同じように、兵士たちの視線が俺と璃々に集中する。

近くにいた兵士を捕まえ、黒髪の少年が来なかったか聞いてみると、なんと袁紹の所の兵士が連れて行ったという。

タイミングの悪い・・・! 

 

「ありがとう! 璃々、掴まってろよ・・・!」

 

「はーいっ!」

 

璃々の足をしっかりと掴んで、廊下を走る。

 

「へぅ・・・!? ぎ、ギルさん・・・!?」

 

「おっとと・・・! 月か」

 

曲がり角へ差し掛かったとき、月とぶつかりかけた。

ぺたん、と尻餅をついた月に手を差し出し、立たせる。

 

「どうなさったんですか? お急ぎのようでしたが・・・」

 

「えーっとだな・・・すまん、後で絶対に話すから!」

 

「えっ!? あ、ぎ、ギルさんっ!?」

 

「じゃーねー! 月おねーちゃーん!」

 

「え・・・えぇぇ~?」

 

背後で月の戸惑う声が聞こえたが、今は気にしないことにする。

すまん、月。後でちゃんと説明するから・・・! 

 

・・・

 

「・・・な、なんだったんでしょう・・・?」

 

ギルが通り過ぎた後。

月は後で話してくれると言っていたし、今は仕事に集中しなければ、と自分を納得させ、再び通路を歩き始める。

璃々ちゃんを肩車して、あれだけ急いでいたのだから、また何か厄介ごとに巻き込まれてるのかなぁ、と心配しながら歩いていると、前方から人影が迫ってくるのに気づいた。

 

「あれ? 愛紗さん」

 

「む? ああ、月か。・・・その、ギル殿を見なかったか?」

 

愛紗は月を見て立ち止まると、少し気まずそうにギルの行方を尋ねた。

 

「ギルさんですか? それなら、この道をまっすぐ走っていかれましたが・・・」

 

「そ、そうか! ありがとう!」

 

「いえ。・・・あの、どうかしたんですか?」

 

「あ・・・。その、だな」

 

再び走り出そうとした愛紗が、顔を曇らせながら動きを止める。

何か言いにくい事があるような表情をしているのを見て、月は何か事情があるのだろうとあたりをつける。

 

「いえ、やっぱりいいです。・・・大体、分かりましたから」

 

「そ、そうか? ・・・すまないな、月」

 

それでは、失礼する、と月に告げて、再び走り始める愛紗。

 

「・・・急いでたみたいだし、多分ああいう訓練なんだろうなぁ。足止めしちゃって、悪いことしたかも」

 

自分は訓練に参加しないから分からないけど、城内を逃げる犯人を追いかける訓練のような物かな、と自分の中で結論付ける。

そして、走り去る愛紗の背中を見ながら、月は一人気合を入れなおしていた。

 

「それにしても・・・」

 

一方、走る愛紗は、先ほどの月の発言を聞いて感心していた。

 

「私の顔を見ただけで、私がギル殿をお慕いしていることがわかるとは・・・流石は、ギル殿の主にして恋人だな」

 

自分で放った言葉に自分で照れながら、よし、と気合を入れなおす愛紗。

 

「今日、ギル殿に想いを伝えよう・・・!」

 

些細なすれ違いから盛大な勘違いをしつつ、愛紗は城内を疾走する。

 

・・・

 

「おー!」

 

「どうだ、少年。城壁から見る街は素晴らしいだろう」

 

「うんっ。凄い高い!」

 

兄者と呼ばれる兵士に連れられ、一刀は城壁に来ていた。

一刀が城壁からの景色に感動していると、弟者と呼ばれた兵士がやってきた。

 

「弟者! どうだ、兵士たちから情報は得られたか?」

 

「すまない、兄者。どうも兵士たちの子供ではないようだ。情報が全然集まらん」

 

「ならば・・・やはり、街まで連れて行ったほうがいいのだろうか」

 

「そうするべ・・・」

 

「あら? あなたたち、何をしてるんですの?」

 

そうするべき、と続けようとしたそのとき、その背後から甲高い声が聞こえてくる。

 

「・・・兄者、凄くいやな予感がするのだが」

 

「ああ、弟者。ろくなことにならない予感がひしひしと・・・」

 

「おー! すっげ! 金髪ドリル!」

 

「んん? ・・・子供じゃありませんの。あなたたちの子供でして?」

 

「あ、もしかしたらこの子、さっき兵士さんに聞いた迷子じゃないですか?」

 

甲高い声の主・・・麗羽が一刀を見つけると、興味深そうにじろじろと眺め始める。

そして、その背後に侍る斗詩が少年を見て思い出したようにそう呟いた。

 

「迷子? ・・・そうですわね、暇ですし、私が親探しを手伝ってあげても良くてよ!」

 

「・・・どうするんだ、兄者。袁紹様がかかわるとろくなことにならない気が・・・」

 

「少年には悪いが、ここは離脱したほうがよさそうだ」

 

そう言ってこそこそと離れていく兵士。

それに気づくことなく、麗羽は少年を質問攻めにしていた。

 

「それで? あなたの名前を教えなさい」

 

「俺? 俺はかずと! よろしくな、ドリルおばさん!」

 

「おばっ・・・! く、こ、子供の言うことですわね・・・!」

 

「ははは! 麗羽様、言われちゃいましたねぇ」

 

「お黙り猪々子さん! ・・・取りあえず、兵士の子供ではないようですし、街まで連れて行けば何とかなるでしょう」

 

「あれ、兵士さんたちはどこに・・・あ! 待ってくださいよ、麗羽様ー!」

 

「ほらほらー! 早く来ないと置いてくぜ、斗詩ー!」

 

「あーん、もう、置いてかないでよー」

 

半分泣きそうになりながら小走りに二人に追いつこうとする斗詩の頭からは、兵士のことなどすっぽ抜けていた。

 

・・・

 

「く・・・! 常に一手遅れてるな・・・」

 

「いって、ってなーに?」

 

「えーっと、先を越されるってこと」

 

「ほほーっ」

 

頭上で得心している璃々をあやしながら、俺は城壁の上で考え込んでいた。

先ほど城壁の見張りをしている兵士から聞いた話では、一刀は袁紹のところの兵士から、麗羽たち袁紹軍の三人に連れて行かれたらしい。

あの三人・・・特に、麗羽が絡んだ場合はやばい。多分兵士二人は逃げ出したのだろう。正しい判断だ。後で拳骨してやろう。

 

「幸いここは見晴らしがいい。あの派手な金髪ドリルなら千里眼で・・・!」

 

目に魔力を集中させると、遠くの町並みの細部まで見ることができる様になる。

城壁の上を歩きながら町を見渡していると、大通りの飯店近くに輝く金髪が見えた。

 

「あそこか!」

 

きゃっきゃとはしゃぐ璃々を落とさないようにしながら、街へと飛び出した。

 

・・・

 

「まてえええええええ!」

 

「なっ!?」

 

城門から街に出ようとした瞬間、横合いから叫び声と共に斬撃が襲ってきた。

慌てて肩に乗る璃々を抱えるようにして反対側に飛び込む。

 

「くっ・・・春蘭!? なんだ、いきなり!」

 

「はっはー! とぼけても無駄だ! 今日は何でも、見つけた英霊と戦って良い日と聞くじゃないか! ならば、いまだ決着のついていない貴様を襲うのは当然だろう!」

 

・・・やばいぞ、何を言っているのか分からない・・・! 

いつも春蘭の思考回路は理解できないが、今日は輪をかけて理解できない! 

なんだその「見つけた英霊と戦って良い日」って! 

 

「ちっ・・・華琳と秋蘭はどこに・・・って、すでに観戦モードに入ってる・・・!」

 

どこから持ってきたのか饅頭と共に観戦する気満々で木陰に座る二人を発見したので、璃々を避難させる。

さすがに璃々を肩車しながら戦える相手じゃない。

 

「行くぞ! ギルっ!」

 

「ああもう! 来るならこい!」

 

エアを抜き出し、回転させる。

手加減とか言ってる場合じゃない。最速で無力化させて、華琳を元に戻す! 

一刀はそれからだ! 

 

「てやぁぁぁぁ! 死ねええええ!」

 

「死ねぇぇ!?」

 

殺す気で来てるよこの娘! 

上段から襲い来る七星餓狼をエアで弾く。

その隙を逃さずに一歩踏み出し、左手で拳を作って春蘭に叩き込む。

 

「が・・・ふっ・・・!」

 

「・・・まさか」

 

左手を突き出した格好で少し固まる。

春蘭は拳が当たる直前、身体を後ろに引いて威力を弱めた・・・と言うか、ほとんど受け流した。

少し呼吸を乱したが、それ以上のダメージはないだろう。

おいおい、恋はともかく、春蘭も英霊に食いつく化け物か。

天の鎖(エルキドゥ)は・・・速度的に無理だろうな。

 

「なかなかやるではないか! 楽しいぞ、ギル!」

 

再び上段から振り下ろされる七星餓狼をエアで受け止める。

回転する刀身が七星餓狼とぶつかり合って火花を散らす。

後で怒られるのを覚悟で七星餓狼を折ろうと力を籠めると、右下から膝蹴りが跳んできた。

 

「ちっ・・・!」

 

ダメージはないが、衝撃がわき腹に走り、エアに籠めた力が霧散する。

つばぜり合いの状態から脱した春蘭は、返す刀で俺の左わき腹に向けて切り上げる。

 

「せやああああああ!」

 

「はあっ!」

 

左手を刀身に叩きつけて軌道をずらす。

切り上げた体勢で隙だらけの春蘭に当て身をしようと手刀を振るう。

 

「甘いっ!」

 

「ぐっ・・・!?」

 

だが、春蘭からの頭突きを食らい、手刀の狙いは狂い、春蘭の右肩に当たる。

一瞬の空白の後、二人とも手元に引き戻した剣を振るう。

甲高い音を立ててお互いの武器がぶつかり合う。

春蘭の野生的勘がここまでのものとは思っていなかったな・・・! 

お互いに一歩ずつ離れた後、春蘭がこちらに突っ込んでくる。

 

「はあああああああああああああああ!」

 

それを受け止めようとエアを構えたそのとき・・・俺の目の前に、黒い影が割り込んできた。

その黒い影は春蘭の七星餓狼を受け止め、弾いた。

 

「貴様・・・!」

 

「愛紗・・・?」

 

「はい、ギル殿。助太刀に参りました」

 

「助かる。・・・どうも何か勘違いされているようでな」

 

「ええ、最初は割り込むつもりなどなかったのですが、どうも様子が違うようでしたので」

 

青龍偃月刀を構えた愛紗が、こちらに背を向けたままそう説明してくれた。

礼を言ってこの場から離脱しようとしたとき、今度は城門のほうから小さい影が突撃してくる。

 

「にゃにゃーっ! お兄ちゃん発見なのだー! 覚悟するのだー!」

 

「鈴々っ!? ・・・まさか、鈴々もあの間違った噂を聞いて・・・!?」

 

一瞬考え込んだ間に、鈴々の丈八蛇矛が振り下ろされていた。

 

「く・・・! 開け!」

 

宝物庫を開き、宝具の頭だけを出して鈴々の攻撃を防ぐ。

くそ、これは不味いぞ・・・! 

 

「あーっ、見つけたよ、お姉さまっ!」

 

「ホントかっ!? ギル、行くぞぉっ!」

 

「翠っ!? 蒲公英も!」

 

不味い! これは昨日と同じことになる流れか・・・! 

しかも、最悪な方向に強力になってるし! 

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

蒲公英の背後に宝物庫の入り口を展開して、鎖で絡め取る。

 

「ふわっ!? ちょ、ずるくない!?」

 

「ずるくない! 後で何かおごるからそこで黙ってろ!」

 

「・・・なら、いいかな。ごめんねー、お姉さまー」

 

「ちっ、蒲公英が脱落か。・・・鈴々、本気で行くぞ」

 

「おうなのだ! お兄ちゃんはとっても強くなったから、本気で行くのだ!」

 

宝物庫から原罪(メロダック)を取り出して備える。

 

「ギル殿! ・・・こら、鈴々! 翠! ギル殿に迷惑を・・・っく!」

 

こちらに声をかけようとした愛紗だが、襲い来る春蘭の攻撃を受けてそれど頃ではなくなってしまったようだ。

 

「余所見をするなど、余裕だな、愛紗ぁ!」

 

「く、はああああ!」

 

・・・愛紗は春蘭の相手でいっぱいいっぱいのようだし、この二人は俺一人で何とかしないといけない、か。

二人を迎撃しようと剣を構えた瞬間、風を切る音が聞こえた。

 

「これは・・・恋か!」

 

必中無弓(ゆみ、きそうかちなし)の矢が飛んでくるのを察知して、その場から離れる。

着弾した矢は光の粒子となって消え、恋の手元へ戻っていく。

 

「・・・鈴々、翠。・・・ギルは、恋が倒す。引っ込んでて」

 

「にゃにゃ! 鈴々が先に見つけたのだ!」

 

「後から来たんだから、偉そうにするなよ!」

 

「・・・なら、三人でやる。文句ない?」

 

「にゃにゃっ。それならいいのだ!」

 

「よっしゃ! 行くぜ、鈴々、恋!」

 

「・・・行く」

 

どんどん状況が悪くなっていく・・・! 

恋が参加したのは辛いな。宝具を持つ恋は、唯一俺に攻撃を通すことができるし・・・。

 

「・・・ぉぉぉぉぉぉおお」

 

いざ、と武器を構えて間合いを計っている最中。

遠くから、雄たけびのような声が聞こえてきた。

 

「ぉぉぉぉぉおおおおおおおお」

 

だんだんと近くなるその雄たけびは、あの壁の向こうから聞こえるような気が・・・。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

突撃(ロース)! 突撃(ロース)! ・・・あーっ、やっぱり、ギルだー! 何してるの? シャオも混ぜてー!」

 

「シャオ!? それに・・・バーサーカー!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「・・・じゃま、するな」

 

「ふーん、そういうこと。・・・やっちゃえバーサーカー! ギルと遊ぶのを邪魔する悪い子に、お仕置きよっ!」

 

シャオが命令すると、バーサーカーは鈴々たち三人に突っ込んで行った。

・・・殺さないよな? 取りあえずシャオには手加減するように注意して、今度こそ街へと向かう。

他のサーヴァントたちに迷惑が掛かってなきゃいいんだけど・・・。

 

・・・

 

街で一刀を探し回る。

璃々はさっきのごたごたで華琳に預けたので、行動に制限がなくなった。

華琳はともかく、秋蘭なら子供二人を守るくらい簡単だろう。

 

「おーっほっほ!」

 

「おーっほっほー」

 

城壁の上から麗羽を見つけたあたりを歩いていると、高笑いが聞こえてくる。

・・・妙に棒読みな笑い声も聞こえてくるが、それはスルーする。

 

「見つけた。・・・って、何やってんだ、あれ・・・」

 

高笑いする麗羽と一刀。そのそばには、大笑いしている猪々子とおろおろしてる斗詩がいた。

・・・あ、斗詩が俺に気づいた。凄く逃げたいが、涙目でこちらに走り寄ってくる斗詩を置いていくわけにも行くまい。

 

「ギルさぁ~ん! 助けてくださいっ。もう無理です! 麗羽様に子供を与えてはいけなかったんです!」

 

「落ち着け、斗詩。何があったんだ?」

 

「それは・・・」

 

かくかくしかじか、と説明された内容を要約すると、子供を見つけた麗羽が親を見つけてやると兵士から引き継ぐ。

そして、街へ出てしばらくすると、何をトチ狂ったのか袁家の作法を教えて差し上げますわ! と一刀に高笑いを教え始める。

妙に乗り気の一刀と、ヒートアップする麗羽。そばで大笑いする猪々子。集まる野次馬。

そんな中で止めようと頑張っていた斗詩だったが、もうどうにもとまらない三人におろおろするしかない状況だった。

そして、俺を見つけて今に至る、と。

 

「・・・お疲れ、斗詩」

 

「うぅ、そう言ってくれるのはギルさんくらいです・・・」

 

っていうか、麗羽って意外と子供好きなんだな・・・。

やっぱり精神年齢が近いからだろうか。

 

「取りあえず、一刀を回収しないとな」

 

「へっ? 一刀って・・・天の御使いのですか!? あの子が!?」

 

「ああ。・・・その、俺の持ってた薬を間違って飲んだらしくてな。ああなっちゃったんだ」

 

「うわぁ・・・お疲れ様です」

 

「ありがとう。さて、一刀を回収するかな」

 

その後、麗羽を正気に戻し、一刀を城へと連れ戻した。

麗羽は最後までぶつぶつ言っていたが、根気良く説得すると「まぁ、ここはギルさんの顔を立ててあげますわ!」と引き下がってくれた。

凄く申し訳なさそうにしていた斗詩の顔が印象的だった。・・・今度、斗詩には何か疲れの取れるものを送っておこう。

 

「ほら、一刀。これを飲んでくれ」

 

「何これ? すげえ緑色だけど。メロンソーダ?」

 

「ああ。ほら、歩き回って喉が渇いただろ?」

 

「うんっ。ありがと、ギル!」

 

そう言ってぐびぐびと薬に口をつける一刀。

味は魔術でごまかしているので、最後まで飲んでくれるだろう。

 

「ぷはーっ! これ、あんまり味が・・・ん、あれ、あれれれれれ・・・?」

 

光に包まれた一刀が、一瞬で元の姿に戻る。

 

「あ、あれ? ・・・俺、何でこんなところに・・・?」

 

「ようやく一人か・・・」

 

それから、一刀に事情を説明しつつ華琳の元へ急ぐ。

いまだに剣戟の音と雄たけびが聞こえるので、多分まだあそこにいるんだろう。

 

・・・

 

「秋蘭、薬を!」

 

「む? ギル。・・・それに、北郷も」

 

「あっ、ギルお兄ちゃん! もー! どこ行ってたのー!?」

 

「すまんな、璃々。・・・さて、これを飲んでくれるか?」

 

そう言って俺は華琳に薬を差し出す。

華琳は訝しげにその薬瓶を見つめ、口を開く。

 

「そんな怪しげなもの飲めないわ」

 

そっぽを向いてしまった華琳にどうしようかという思いを籠めて一刀を見る。

一刀はゆっくりを首を横に振った。・・・どうしようもない、ってか。

 

「あらあら、なんだか大騒ぎね」

 

「紫苑。仕事は大丈夫なのか?」

 

打つ手無しか、と思ったそのとき、紫苑が背後から声をかけてきた。

 

「ええ、すべて終わらせて屋敷へと向かおうとしたらこの大騒ぎですもの。気になっちゃって」

 

「・・・そうだ」

 

紫苑といえば子供の扱いはなれたものだろう。

璃々っていう娘もいるんだしな。

なら、子供と化した華琳に薬を飲ませるための知恵を貸してくれるかもしれない。

 

「紫苑、頼みがあるんだけど・・・」

 

「そのお薬を、華琳ちゃんに飲ませたいのかしら?」

 

俺が口を開くと、紫苑は小声でそう囁いた。

今の状況を見て判断したのだろう。流石は紫苑、鋭いな。

 

「ああ、頼めるか?」

 

「ええ、こういうのは慣れているから。それ、貸してもらえるかしら」

 

そう言って手を差し出した紫苑に、瓶を渡す。

受け取った紫苑はにこりと笑うと、華琳に近づいていく。

 

「・・・大丈夫なのだろうな、ギル」

 

「大丈夫だって。紫苑は優しいからな。きっと上手く飲ませてあげられるさ」

 

心配そうな秋蘭をなだめながら、俺たち三人は紫苑と華琳に注目する。

 

「はーい、このお薬を飲みましょうねー」

 

「ふん、だからそんな怪しい薬は・・・って、ちょっ、何を、もがっ!」

 

優しいのは笑顔だけだった。

紫苑はそっぽを向く華琳を押さえつけ、口を強制的に開けさせ、瓶をねじ込んだ。

そのまま瓶を傾けて中身を流し込み、有無を言わせぬプレッシャーを掛けて薬を飲み込ませる。

・・・こんなに怖い紫苑は、年齢のことを聞いたとき以来だ・・・。

 

「・・・うわぁ」

 

「紫苑は・・・なんだったかな、ギル」

 

「ね、根は優しいんだぜ?」

 

「・・・ふっ」

 

何かを諦めたような笑みを浮かべた秋蘭が、華琳の元へと向かう。

それと入れ違いになるように空の瓶を持った紫苑がこちらへと近づいてくる。

一刀がひぃっ、と短い悲鳴をあげた気がするが、無視することに。

 

「はい、ギルさん。きちんと全部飲ませましたよ」

 

先ほどと変らぬ優しい笑みを浮かべながら、俺に空の瓶を手渡してくる紫苑。

それを宝物庫にしまいながら、ははは、と乾いた笑いを返す。

 

「た、助かったよ、紫苑」

 

「いえ、ギルさんのお役に立てたのなら、嬉しいわ」

 

「でも、その・・・ちょっと強制的過ぎなかったか?」

 

「ふふ、何のことかしら?」

 

あ、やべ、これ以上突っ込んだら俺も不味いことになるな。

 

「・・・いや、なんでもない。今度何かお礼させてくれ」

 

「分かりました。楽しみにしていますね」

 

それでは、と去っていった紫苑を見送り、華琳に視線を戻す。

 

「けほっ、けほっ。・・・何かしら、口に妙な苦味が残っているわね・・・」

 

「華琳さま、水です」

 

「ありがとう、秋蘭。・・・んく、んく」

 

水を飲んだ華琳は、きょろきょろと周りを見渡す。

疲れた様子を見せる俺に、体育座りになってぶつぶつと何かを呟く一刀。

そして少し離れたところでは武将とサーヴァントが入り混じって大混戦となっている。

 

「・・・私が気を失っていた間に、何が起こったの・・・?」

 

首を傾げる華琳を見て、俺は苦笑を返すしかなかった。

 

・・・

 

あの「見つけたサーヴァントと戦っても良い」という噂が流れたのは、走り回っていた俺たちが原因だったらしい。

城内を必死の形相で全力疾走するセイバー、そして愛紗に追いかけられる俺。

それらを見ていた兵士が、ああやって英霊に追いついて戦う訓練なんだ、と推測で話をしていたところ、子供化した華琳たちがそれを偶然聞いた。

そして、英霊に興味を持った華琳が春蘭にサーヴァント討伐を命令し、それを言いふらしながら走った春蘭によって鈴々たちにそのことが知れ渡った、と言うことらしい。

 

「・・・はぁ」

 

秋蘭から聞いた話を頭の中で反芻していると、キャスターの部屋に到着した。

取りあえず、疲労回復の薬と若返りの薬を交換し、若返りの薬は宝物庫へ。

これらの薬は何故か使ったそばから宝物庫の中で復活するので、捨てようが何しようが無駄なのだ。

・・・あ、そういえば桃香に買った髪飾り、渡すの忘れてた。

 

「いや、明日にしよう。今日はもう・・・いろんな意味で無理だ」

 

数日分の騒動を濃縮したような数時間のせいで、疲れがやばい。

 

「こんなときこそ、疲労回復の妙薬か。・・・ごく」

 

薬を飲み干した瞬間、身体が軽くなったような感覚がする。

 

「あー、これはいいな」

 

若干の感動を覚えつつ自室に戻る。

・・・ん? 部屋の前に人影が・・・。

 

「あ、お、おかえりなさいませ・・・!」

 

「・・・あれ? 愛紗? ・・・どうしたんだ?」

 

「え、ええと、その・・・ですね・・・」

 

愛紗に声をかけてみると、いつもの愛紗とは違い、なにやらもじもじとしている。

・・・あれ、結構前にもこんな空気が・・・ま、まさかな。

 

「・・・取りあえず、俺に用なんだろ? 立ち話もなんだし、部屋に入ろうよ」

 

「あ・・・は、はいっ」

 

妙に気合の入った返事を返す愛紗の声。

さらに疑惑が確信に変っていくのを感じながら、部屋に愛紗を招く。

 

「好きなところに座っていいよ。今お茶入れるから」

 

「ギル殿っ、お、お構いなく・・・!」

 

部屋においてある椅子に座った愛紗が、慌てた様子でそう言った。

 

「俺もお茶飲みたいから気にするなよ。一人分も二人分も一緒さ」

 

「すみません・・・。ありがとうございます」

 

苦笑しながらそう返して、顔を赤くして俯きっぱなしの愛紗の前にお茶を置く。

自分の分も卓において、愛紗の対面に座る。

 

「それで、俺に用事みたいだけど・・・何か、言いづらいことか?」

 

「い、言いづらいことではないのですが・・・その、心の準備が必要なことでして・・・」

 

・・・俺も鈍くはないつもりなのでこの先の流れが大体わかった。

かといって、もし外れていたらただのうぬぼれの強い奴になってしまうので愛紗の口から言葉が出てくるのを待つ。

 

「私は・・・その、ギル殿のことを・・・お、お慕いしております・・・!」

 

「・・・そっか」

 

予想通り、と言ってしまっては失礼か。

ある程度考えていたことだったので、驚きは少なかった。

・・・まぁ、俺が愛紗に好かれているなんて信じられない、と言う思いはあるが。

 

「・・・嬉しいよ、ありがとう」

 

「っ、あ、ありがとうなんて、そんな・・・」

 

「いつもの凜としてる愛紗もいいけど、そうやって慌ててるのも可愛いよ」

 

「か、可愛いなどと・・・からかわないでくださいっ」

 

「はは、ごめんごめん」

 

そう言って淹れたお茶を一口。

目の前の愛紗は、ちらり、ちらりとこちらを見ている。

 

「・・・あ、そうだ。愛紗、ちょっとおいで」

 

「え? ・・・は、はい」

 

緊張した面持ちでこちらに近寄ってくる愛紗。

手と足が同時に出てしまっているうえに、顔が凄く強張っている。

 

「屈んでくれるか、愛紗」

 

「そ、そそそそんないきなり口でなんてそんな私にはまだ・・・」

 

混乱しながらも姿勢を低くしてくれた愛紗に手を伸ばす。

愛紗は少し身体を震わせたが、俺が頭を触ると少しずつ落ち着いた。

 

「あ、あの・・・ギル殿・・・?」

 

「ん、いやー、愛紗って美髪公って呼ばれるぐらい髪が綺麗だろ? ・・・前々からちょっと触ってみたかったんだよなー」

 

ポニーテールの部分や、前髪を思う存分弄り回す。

愛紗が俺に好意を持ってくれているとわかったからこそできる芸当だ。

 

「あ・・・そ、そういうことだったのですか・・・私はてっきり・・・あ」

 

口を滑らせた、と表情に思いっきり出している愛紗に笑いかけながら、俺は口を開く。

 

「・・・てっきり、何だって?」

 

「い、いえいえいえいえ! 何でもありません!」

 

愛紗は慌てて首を振りながら答えるが、かなり手遅れだ。

もう一度愛紗の頭に手を乗せ、だんだんと下に下ろしていく。

 

「・・・愛紗、目閉じて」

 

愛紗の頬に手を添えながらそういうと、愛紗はそっと目を閉じた。

座っている俺と姿勢を低くして立っている愛紗の顔は同じ高さだ。

少し顔を前に出すだけで、俺の唇が愛紗の唇に触れた。

 

「ん、ふ・・・」

 

しばらく柔らかさを堪能した後、一旦唇を離す。

その後、ほうけている愛紗を抱えて寝台に寝かせると、愛紗はようやく正気に戻った。

 

「ギル殿・・・私はこんなことをするのは初めてですので・・・や、優しくお願いします・・・」

 

「もちろん。・・・それじゃ、力抜いて」

 

ゆっくりと口付けながら、俺は愛紗に覆いかぶさる。

 

・・・




「全力疾走のギルの肩の上ではしゃぐ璃々ちゃん・・・」「将来有望だな」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十四話 騒動の後に

「女の方の卑弥呼が来ると騒動が終わった後も甚大な被害が残る」「合わせ鏡、はっきりいってオーバーキルだもんなぁ」


それでは、どうぞ。


翌朝、腕にくっついている愛紗を見ながら思う。

・・・この布団を押し上げている二つの凶器の威力は、すさまじかった。

まさか押しつぶされて窒息しかけることになるとは・・・。

 

「・・・ポニーテールもいいけど、ストレートも良いなぁ」

 

流石に寝るときも髪を縛っているのはどうか、と言うことで寝る直前に髪留めを解いたのだが、流石は美髪公と言ったところか。

窓から入ってくる月の光で、きらきらと輝いているように見えた。

 

「さて、と。そろそろ時間かな。・・・おーい、愛紗、起きろー」

 

「う、ん・・・ん? ・・・ぎ、ギル殿っ・・・!」

 

寝台から降りてズボンを穿いたあたりで愛紗の身体を揺すって起こす。

最初は寝ぼけ眼だった愛紗も、俺を認識した瞬間に覚醒した。

身体を起こしながら布団を身体に巻きつけているところを見るに、恥ずかしいのだろう。

 

「そんなに慌てなくとも。昨日全部見た仲じゃないか」

 

「そ、それとこれとは話が別ですっ!」

 

「そういうもんか。・・・ほら、服。下着は・・・諦めてくれ」

 

「え? ・・・こ、これは・・・」

 

愛紗がいつも身に着けている服を渡す。

下着は・・・まぁ、いろいろな物で濡れていて、穿ける状態じゃないだろうな。

 

「どうする? 愛紗さえいいなら、愛紗の部屋から着替えくらい持ってくるけど・・・」

 

「~っ! 自分で行きます!」

 

・・・わーお、ノーパンで走ってったよ、愛紗。

流石は関羽だなぁ。大胆と言うか恥ずかしがると後先考えないというか・・・。

 

「取りあえず、俺も着替えて仕事に行かないとな」

 

・・・その前に、シャワーでも浴びるかな。

余談ではあるが、愛紗は奇跡的に誰にも見つからずに部屋までたどり着いたらしい。

顔を真っ赤にして「私はなんてはしたないことを・・・!」と後悔する愛紗はおもしろ・・・可愛かったと言っておく。

 

・・・

 

「・・・なんだか、久しぶりに政務をした気がする」

 

「いきなりどうしたの、お兄さん?」

 

書類に筆を走らせつつ呟くと、対面に座る桃香が首を傾げる。

 

「何故かは分からないんだけどな。とにかく、こうして政務をするのが久しぶりに感じる、って話」

 

「でも、ちょっと前も朱里ちゃんたちとやってたよね?」

 

「そうなんだよ。・・・あ、そっか、桃香と政務をするのが久しぶりだから、そう感じたのかも」

 

「わ、私っ?」

 

「ああ。・・・うん、きっとそうだ。あー、すっきりした」

 

なんだかこう、胸の辺りにあったもやもやが消えた気がする。

改めて思えば、桃香と一緒に政務なんて本当に久しぶりだ。

そんなことを考えながら手を動かしていると、すぐに書類は片付けられた。

いやー、政務能力上がってるね。

 

「ん、ふー・・・! 終わったぁ!」

 

「お疲れ、桃香。・・・あ、そういえば、桃香に渡すものがあったんだよ」

 

「ふぇ? なんだろ、新しいお仕事だったらいやだよ?」

 

「はは、心配しなくても、仕事じゃないよ。・・・ほら、これ」

 

宝物庫から取り出した包みを桃香の前に置く。

首をかしげて頭の上に疑問符を浮かべている桃香に説明するべく、包みを解きながら口を開く。

 

「ほら、昨日露天の前で女の子たちと一緒に盛り上がってたじゃないか。その時の髪留め、買っておいたんだよ」

 

あの騒ぎの最中に物を買うのは至難の業だったが、何とかやりきった。

自分で自分に良くやったと言ってやりたいほどの手際だったといっておこう。

 

「えっ!? こ、これ、買ってくれてたの!?」

 

髪飾りと俺の顔を交互に見ながら驚きの声を漏らす桃香。

それから、そっと髪留めを手に取り、ほわぁ、という声を出しながらそれを眺める。

 

「良かったら、受け取ってくれるか、桃香」

 

「で、でも、今日は何か特別な日とかじゃないよ・・・?」

 

「そんなに難しく考えるなよ。桃香が気に入ってたみたいだから、買ってあげたいって思っただけだよ」

 

「・・・うぅ、もう、そういうの、駄目なんだよ?」

 

そう言っておずおずと髪留めを手にして、自身の髪を留める桃香。

バレッタのような髪留めは、桃香の後ろ髪を柔らかくまとめた。

 

「うん、いいね。似合ってるよ、桃香」

 

「そ、そうかな。・・・えへへ、ありがと」

 

照れながら礼を言ってくる桃香を撫でて、立ち上がる。

 

「よし、それのお披露目も含めて、街に昼飯を食べに行こうか!」

 

「うんっ! 行こう、お兄さん!」

 

「急に元気になったな。そんなに腹減ってたのか?」

 

「ふふっ、違うもーん」

 

上機嫌に腕を絡めてくる桃香に若干の疑問を抱きながら、街へと繰り出す。

腕を組んだまま歩く桃香は鼻歌なんか歌いながら屋台を眺めている。

昼間だからか、屋台や飯店からいつもより強く匂いが流れてくる。

このあたりは比較的ラーメンの屋台が多く、それぞれの店がしのぎを削っている。

それだけにラーメンのレベルは高く、昼時となればどの屋台にも行列ができる。

 

「ふわぁ・・・みんな、いっぱい並んでるね、お兄さん」

 

「ああ、この辺で食べるのはちょっと難しいかもな」

 

並んでいる間に昼休みが終わってしまいそうだ。

・・・仕方がない。少し歩くが、もう二つほど通りを越えたところにある飯店に行こう。

あそこなら、店も広いし客の回転もまずまずだ。それほど並ばずに食べられるだろう。

そのことを桃香に伝えると、明るい返事と共に首肯を返してくれた。

 

「そういえば、昨日はありがとな、桃香」

 

「へ? な、なにかしたっけ、私」

 

「ほら、子供の世話、手伝ってくれたろ」

 

あの時はライダーと多喜、そして桃香と祭にほとんどの子供を預けて城へと向かってしまった。

事件が一通り終わった後子供たちの様子を確認しに行くと、つかれきった様子の多喜とその隣に立つライダーから、子供たちは無事家に帰った、と報告された。

ライダーと多喜にはその場で礼を言って置いたが、祭と桃香はその場にいなかったので今こうして礼を伝えているわけだ。

・・・祭には、後でお礼と共に酒でもプレゼントしよう。

 

「あ、そのこと。・・・良いよ、お礼なんて。私もみんなと遊べて楽しかったから」

 

「それでも、お礼は言わせてくれよ。あの時は本当に助かった」

 

「・・・ふふ、どーいたしましてっ」

 

「・・・お、あそこだあそこ」

 

桃香と話をしながらしばらく歩くと、その飯店に着いた。

予想通り広い店内にはいくつか空きがあるようだ。

 

「おっきいねぇ~!」

 

「だろ。多分、この街で一番大きいと思う」

 

大きな口を開けて驚く桃香を軽く引っ張りながら店に足を踏み入れる。

ちょうど二人がけの席が空いていたのでそこに座り、採譜を机の上に広げる。これで二人一緒に見れるだろう。

 

「んー、今日はラーメンの気分だなぁ、やっぱ」

 

さっきまで屋台のラーメンのにおいを嗅いでいたので、気分は完璧にラーメンだ。

 

「桃香は決まったか?」

 

採譜から顔を上げて桃香を見てみると、桃香も顔を上げていて、俺とばっちり目が合う。

 

「えへへー、私もラーメンかなー」

 

「ん、了解。・・・すいませーん!」

 

店員を呼び、注文を伝える。

ラーメン二人分ならばすぐに来るだろう。

 

「にしても、最近は桃香も仕事の速度があがったじゃないか。慣れてきたのか?」

 

「うん、そんな感じかなぁ。・・・それに、今日はお兄さんもいたし、ね」

 

「俺が?」

 

聞き返すと、桃香は小さく頷いた。

 

「うん、お兄さんとお仕事してると、こう、背筋がぴしっとなる、っていうか」

 

「はは、変に緊張させちゃってるかな」

 

「ううん、そんなことないよ」

 

そう言って首を振る桃香は、静かな笑みを顔に浮かべていた。

俺も釣られて笑顔になる。・・・和むなぁ。

 

「お待たせしましたーっ!」

 

しばらく見詰め合っていると、店員の元気な声が割り込んできた。

豪快に置かれたどんぶりからは、美味しそうな良い匂いが届いてくる。

早速箸を取り、いただきます、と手を合わせてから食べ始める。

ふぅ、ふぅ、と息を吹きかけてから麺を口に運ぶ桃香を微笑ましく眺めながら、ラーメンを片付けていく。

 

「ぷはー、ご馳走様でした」

 

「はふぅ、あ、ご馳走様でしたっ」

 

俺たちはほぼ同時にラーメンを食べ終わり、同じように挨拶をする。

 

「・・・ふふっ、美味しかったね、お兄さん」

 

「ああ、ここははずれがないからな」

 

少し休んだ後、代金を払って店から出る。

桃香は相変わらず俺の腕に抱きついたままで、周りからの視線を集めている。

 

「次はどこに行こうか、桃香」

 

「んー・・・お昼休みはまだまだあるし・・・。そうだ! お兄さん、私の部屋に来ない?」

 

「桃香の部屋に?」

 

「うんっ。あのね、華琳さんから、珍しいお茶を貰ったんだ。それ、一緒に飲みたいな、って」

 

「へえ、そうなんだ。・・・じゃあ、お邪魔しようかな」

 

「行こうっ、お兄さん!」

 

そう言って俺の腕を引っ張り走り出す桃香。

強引だなぁ、と苦笑しつつ桃香にあわせて走る。

 

・・・

 

「座って待ってて、お兄さん。今お茶を入れてくるからね」

 

桃香は部屋に入るなりそう言って奥へと消えていった。

取りあえず椅子に座って一息つく。

奥からはかちゃかちゃと食器の音が聞こえてくる。

・・・しばらく待って、やることもないから桃香を手伝おうかと立ち上がりかけたとき、盆を持った桃香が戻ってきた。

 

「お待たせ、お兄さん。・・・どうぞ。美味しいかどうかはちょっと自信ないけど」

 

「ありがとう、いただくよ。・・・うん、大丈夫。美味しいよ、桃香」

 

これは良いな。一口飲んだだけで、かなり良い茶だというのが分かる。

 

「ふふ、良かった」

 

安心したようにため息をついた桃香も、湯飲みに口をつける。

 

「・・・ほんとだ。美味しいね」

 

ふう、と息をつきながら湯飲みを卓に置いた桃香。

茶を飲みながらまったりとしていると、そだ、と桃香が口を開いた。

 

「今日、お仕事終わったら暇?」

 

「ん、特に予定は・・・あー、どうだろ」

 

今日は月か詠が来るかもしれんな。

 

「後で月たちに聞かないと分からないかなぁ」

 

「・・・あの、ね。今日の夜は、空けておいて欲しいの」

 

「何か用事か?」

 

「うん。ちょっと、大事なお話」

 

そう言ってから、桃香は急に立ち上がる。

 

「そろそろいこっか、お兄さん」

 

「ああ、もうそんな時間か」

 

「・・・お仕事の後、お願いね?」

 

「分かった。開けておこう」

 

早めに終わらせて、月たちに言っておくか。

 

・・・

 

月と詠、さらに孔雀にも今日は用事があるといっておき、部屋で桃香を待つ。

政務中に、日が沈んだらお邪魔するね、と言われたのでこうして待っているのだが・・・。

 

「・・・暇だな」

 

一人、何もせずに人を待つのがこれほど暇だとは。

寝台の上に背中から倒れこみ、天井を仰ぎ見る。

 

「・・・あー、桃香・・・早く、こないかなぁ・・・」

 

だんだんと、意識が・・・遠く・・・。

 

「・・・お、お兄さーん? ・・・ね、寝てる?」

 

耳に響く声と、寝台から伝わる振動で、目が覚める。

いまだに覚醒しきっていない頭では、何が起こったのか理解できていない。

かろうじて感じるのは、ぎ、と言う寝台が軋む感覚と、顔に掛かる何かさらさらとしたもの。

 

「ん・・・ちゅ・・・」

 

そして、口に何かぬるぬるとしたものがくっついたような感触がして、意識が急に覚醒してゆく。

な、なんだ・・・!? 

 

「う・・・ん・・・おぅっ!?」

 

「ひゃんっ!」

 

慌てて上半身を起こすと、頭にごっ、と衝撃が走る。

何か、硬いものに頭をぶつけたようだ・・・! 

 

「いたた・・・って、桃香?」

 

「はうぅ・・・痛いよぉ、お兄さぁん」

 

「わ、悪い。寝てたか・・・!」

 

「ううん、いいの。遅刻しちゃったのは私だから」

 

お互いに頭を抑えながら謝りあう。

・・・そうか、桃香の頭にぶつけたのか。

桃香はしばらく頭を抑えてしゃがんでいたが、ようやく痛みが引いたのか涙目になりながら立ち上がる。

 

「うぅ、いきなり出鼻をくじかれちゃったね」

 

「すまんな。・・・で、話しがあるんだっけ?」

 

「あ・・・うん。そうなの」

 

こほん、と桃香はわざとらしく咳払いする。

 

「あ、あのね? ・・・愛紗ちゃんと、した、の?」

 

「ぶっ!」

 

「わわっ!?」

 

真剣な顔でいきなり直球な質問が来たので、思わず吹き出してしまった。

桃香はそんな俺の様子に一瞬びっくりしたようだが、すぐに真面目な表情に戻った。

 

「そ、それで・・・どうなの?」

 

寝台に座る俺に、桃香が詰め寄ってくる。

思わず後ろに仰け反ってしまう。・・・凄い気迫だな。

 

「ああ・・・その、したよ」

 

「・・・そう、なんだ」

 

しゅん、とした表情をした桃香だが、次の瞬間、すぐに何かを決意した表情に変わる。

 

「お兄さんっ」

 

「ん、なん・・・むうっ!?」

 

勢い良く飛び込んできた桃香の唇が、俺の唇に触れる。

しかし、勢いが良すぎたのか前歯同士もぶつかってしまう。

 

「いっつぅ!」

 

「あたた・・・」

 

俺を押し倒したまま、桃香は口を押さえる。

かくいう俺も口を押さえる。・・・く、至近距離からの突撃がこれほどまでに痛いとは・・・。

 

「ご、ごめんね、お兄さんっ。怪我とかしてない!?」

 

「大丈夫だ、桃香。・・・そっちこそ、唇切ってないか?」

 

どれどれ、と桃香の唇を見る。

・・・良かった、切れてはいないようだ。

 

「え、えへへ・・・。失敗しちゃった」

 

「失敗しちゃったって・・・やっぱり、あれは」

 

「・・・う、うん」

 

桃香は頷くと、次はゆっくりと顔を近づけてくる。

・・・おー、まつげ長いなぁ、なんて場違いなことを思っていると、唇に柔らかい感触。

 

「ふぅっ・・・お兄さぁん・・・」

 

甘い声を上げながら、桃香が口付けてくる。

ある程度すると満足したのか、桃香は一旦口を離す。

 

「・・・お兄さん、好きだよ」

 

「桃香・・・」

 

「ご、ごめんね、答えも聞かないで、こんな事・・・。でも、もう抑えられなくて・・・!」

 

「ちょ、桃香、おちつ・・・むぐぅっ」

 

・・・この後、桃香の呼吸が苦しくなるまで口付けされた。

 

「・・・ぷはぁっ!」

 

「ぷは!」

 

呼吸を整えていると、桃香が口を開く。

 

「・・・お兄さん・・・」

 

「そんなに切なそうな声を上げるなよ。・・・よっと」

 

「ひゃんっ」

 

桃香の身体に手を回し、身体の位置を入れ替える。

下に桃香を組し抱く格好となると、桃香を撫でながら口を開く。

 

「桃香の気持ちはわかった。・・・良いんだな?」

 

「ここまでして、駄目なんて言わないよ・・・」

 

「・・・ん、分かった」

 

もう一度口付けてから、桃香の服に手を掛ける。

 

・・・

 

・・・良い天気だなぁ。

 

「何現実逃避してるのよ」

 

「・・・いいじゃないか、それくらい。よし、詠、街に行こう」

 

「ふふふ、ギルさん、まだお話は終わってないですよ? 街に行くのは、それからにしてもらっていいですか?」

 

「ハハハ、モチロンデスヨユエサン」

 

「・・・ここまで来ると、なんだか哀れね」

 

愛紗と桃香ともにょもにょした後のこと。

二人との関係を報告しておかないとな、と月たちを探していると、月、詠、孔雀の三人に捕獲された。

・・・まさか、賢者の石を縄に溶かして編みこんだ捕獲ネットなんてものを持ち出してくるとは思わなかったので、とてつもなく焦った。

そして、月が令呪をチラつかせながら凄く良い笑顔で「正座してください」と言ってきたので、速攻で正座。

久々の黒月到来にガクガクブルブルしていると、月を中心としたお説教を食らった。

要約すると、思いに応えるのはいいけど、私たちのことをないがしろにしないでくださいね、と言った内容だった。

・・・ああ、そっか。桃香と話をするときに月たちとの予定断っちゃったからなぁ・・・。

もちろんそれは謝ったのだが、いまだ何かにお怒りっぽい月さんは俺の精神をがりがりと削っていく。

いつもなら可愛らしい笑顔だなぁ、と思う顔も、背後に立ち上る黒いナニカの所為で般若の顔にしか見えない。

 

「・・・まぁ、これから気をつけていただければ良いですし、もうこのお話は終わりにしましょうか」

 

月がそう言うと、背後にあった黒いナニカはすっと消えた。

・・・あれは、黒い聖杯の中にいたとき並の圧迫感だった。できればもう味わいたくないです・・・。

 

「・・・ありがとう、月。さて、じゃあ今日はみんなへのお詫びも兼ねて、月たちの手伝いをするかな」

 

立ち上がり、足をさすりながら三人に言った。

月は先ほどまでの雰囲気なんてなかったかのように目をきらきらとさせながら

 

「ほんとですかっ!?」

 

と言ってきた。

今にも飛び跳ねそうなくらいの喜びようである。

こんなに喜んで貰えるなら、仕事の手伝いくらい軽いものである。

 

「ああ。寂しい思いさせちゃったようだしな。詠、孔雀、いいだろ?」

 

「べ、別に。アンタがどうしても手伝いたいって言うなら、その、手伝わせてあげてもいいわよ?」

 

「是非。ギルと一緒の時間が増えるのは嬉しいからね」

 

「良かった。それじゃあ行こうか」

 

「はいっ」

 

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 

「ほらほら、詠、置いていくよー?」

 

「ちょっ、孔雀ー!?」

 

今日も侍女組は元気みたいだ。良かったよかった。

・・・あれ、誰か忘れているような気が・・・。

 

・・・

 

「ぽつーん」

 

洗濯をしに水場までやってくると、響が一人で体育座りをしていた。

ご丁寧に口で擬音までつけている。

 

「・・・うわー」

 

「ちょっと、アンタどうにかしなさいよ」

 

「俺任せかよ・・・」

 

「むむぅ、ボクもギルがいったほうがいいと思うけど・・・」

 

「へぅ、響ちゃん泣きそうです」

 

ああもう、行けばいいんだろう行けば! 

一人で暗いオーラを背負っている響の元へと駆け寄り、声をかける。

 

「きょ、響、おはよう」

 

「んー? ・・・あー、ギルさんだー。えへへー、おはよー」

 

こちらを見上げる響の顔には、弱ったような笑みが浮かんでいた。

 

「どうしたんだ、響。そんな暗い顔して」

 

「んーとね、なんていうのかなー・・・。ほら、私ってアサシンのマスターじゃない?」

 

「そうだな」

 

「やっぱりサーヴァントとマスターって似通うのかさー、私の影だんだん薄くなっていってるって言うか、むしろ私に気配遮断常に掛かってるんじゃないかっていうか・・・」

 

「・・・そ、そんなことないんじゃないか?」

 

不味いぞ、これは。

予想以上に響が落ち込んでいる・・・! 

 

「今日も月とか詠とか孔雀とかギルさんと一緒に遊んでて楽しそうだったしー・・・」

 

・・・あ、違う。

落ち込んでるんじゃないや。拗ねてるよ、この娘。

 

「・・・あれは遊んでたんじゃないんだが・・・」

 

「ぶーぶー。楽しそうだったじゃん。主に月ちゃんが」

 

「あー、うん、そこは間違ってないな」

 

あの時の月はとても楽しそうだった。

令呪をチラつかせているときの笑顔とかもう・・・! 

 

「ぽつーん」

 

「ずーん」

 

「・・・ちょっと、ギルも一緒に拗ね始めたんだけど」

 

「大の大人が膝を抱えているのを見るのは・・・何と言うか・・・」

 

「へぅ、二人とも、何で私を見るんですか?」

 

壁のシミを数えていると、背後で三人が何か話しているのが聞こえる。

だが、そんなことより俺は壁のシミを数えながら地面に「の」の字を書くのに忙しい。

 

「遊びに着たわよー! 見なさい、これ! 弟に作らせたんだけど、どうよ!」

 

「ふぇ? ・・・あ、卑弥呼さん」

 

「何、その格好」

 

「いいでしょー。わらわの弟が一晩で作ってくれたわ」

 

「へぇ、なかなかにあってるじゃないか、侍女服」

 

背後で卑弥呼たちがはしゃいでいるのが聞こえるが、俺は壁のシミを以下略。

取りあえず、話の流れからして卑弥呼が弟にメイド服を作らせたらしい。

 

「・・・で、ギルは何であんなになってんの?」

 

「それはそのー・・・かなり複雑ないきさつがあるようでないような・・・」

 

「どっちなのよ。・・・取りあえず、説明してみ?」

 

「月が黒くなった」

 

「ああ、なるほど」

 

「納得するんですかっ!?」

 

珍しく月が大声で突っ込みを入れている。

 

「しょーがないわねー。わらわが二人とも連れ戻してやるわよ」

 

後ろにいる卑弥呼がだんだん近づいてきているのを感じる。

 

「ちょっと、ギル。わらわ、こんなに可愛い服着てきたんだけど?」

 

「あー、うん、似合ってるー」

 

「似合ってるよー、卑弥呼ちゃーん」

 

俺が気の抜けた返事をすると、響も同様の答えを返す。

目線は二人とも壁に固定である。

 

「うっわ、何こいつら。合わせ鏡していいの?」

 

「ほんとに似合ってるよー。卑弥呼可愛いよ卑弥呼」

 

「な、なによ。そんな棒読みの台詞じゃ嬉しくないんだからっ」

 

どもりながら後ずさる卑弥呼。

嬉しくないと言いつつ嬉しそうである。褒められなれていないのか。

 

「可愛いよー。卑弥呼ちゃんすっごく似合ってるよー」

 

「ちょっと、響まで・・・やめてよ、わらわ、照れちゃうじゃない」

 

「照れる卑弥呼も可愛いよー」

 

「えへへぇ、ホント?」

 

そこまで言うと、卑弥呼はてれっ、とはにかみながらもじもじし始めた。

時折もうっ、とか言いながら俺の肩をどついてくるのはスルーすることに。

 

「・・・だめだね、卑弥呼、篭絡されちゃったよ」

 

「あいつに任せたのが間違いだったわ」

 

・・・




「ほら卑弥呼もこっち来て「の」の字書こうよ」「このはらいの部分を上手にやらないと駄目なんだよー?」「ふふん、メイド服も着こなす卑弥呼ちゃんがやったろうじゃないの!」「・・・うわぁ、あそこだけ混沌としてるねえ」「やってることに生産性がまるでないわね」


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第十五話 メイド達と本屋に

「本屋に行くとトイレに行きたくなる現象」「青木のりこ現象」「その現象って名前あったんだ! のコーナーでしたー」「くじらさんに怒られねえかな・・・」


それでは、どうぞ。


あれからしばらく。

詠に無理やり引っ張られて立ち直らされた俺も加わって、ようやく響も復活させることができた。

いつもの四人に俺と卑弥呼を足した妙な一団となった俺たちは、変に張り切っている卑弥呼のおかげでかなりスムーズに仕事を進めることができた。

そのため、かなり時間が空いたので、みんなで街に繰り出したのだが・・・。

街の視線を独り占めしてしまっている。・・・いや、まぁ理由は分かるんだけど。

 

「えへへ、ギルさんと街に来たのは・・・へぅ、あの時以来ですね」

 

「!? ちょっとギル!? そんなこと聞いてないわよっ!」

 

「お、ギルギル、あっちに良い感じに怪しい店があるよ。行って見ない?」

 

「ちょっと男女。ギルを引っ張っていくんじゃないわよ。わらわと一緒に服を見に行くんだから」

 

「あ、あははー・・・何この状況。・・・むむぅ、この流れ、乗るしかないねっ」

 

「うおっ、響、そこは流れじゃなくて俺の背中だっ」

 

背中に飛び乗ってきた響を支えながら、こっそりとため息をつく。

前回街に来たときのことを思い出しているのか照れている月とそれを問いただしている詠は俺の半歩前を歩いている。

両隣には孔雀と卑弥呼が陣取っており、二人とも左右それぞれの方向へ服の裾を引っ張る。

そして、極めつけは背中に乗る響である。

そりゃ、街の皆さんも気になりますよねぇ。

 

「・・・あー、ほら、取りあえずどこかで落ち着こうぜ。そこでこれからどこ行こうか決めようじゃないか」

 

まさかここまでカオスになるとは思わなかった。

・・・ちょっとだけ、以前の子供たちの騒動を思い出したのは内緒である。

 

・・・

 

昼時だったので、軽食を取れる店へと立ち寄った俺たちは、食後の茶を楽しみながらこれからについて話し合っていた。

やはりと言うかなんというか、みんなそれぞれ行きたい場所は違うようだ。

孔雀は先ほど言っていた良い感じに怪しい店、卑弥呼は服屋、詠は眼鏡を見たいらしい。

月はギルさんとならどこでも楽しいです、と嬉しいことを言ってくれた。

そして、響の行きたいところは・・・。

 

「はぁ? 本屋ぁ?」

 

きょとんとした顔でそう口にした詠は、月にこら、とたしなめられていた。

・・・しかし、意外だな。響が本を読んでいるところなんて見たことないから、本屋に行きたいなんて言い出すとは・・・。

 

「えへへ、やっぱり意外かな」

 

「・・・だね。詠とか・・・後、朱里とか雛里なら分かるけどさ」

 

「でも、みんなで本屋さんに行くのも楽しいかもしれませんね」

 

照れたように頭を掻く響に孔雀と月がそれぞれ返す。

ま、今日のお出かけは最近構って上げられない響のためのようなもんだし、響の行きたいところに付き合ってみようか。

 

「よし、じゃあ本屋にしようか。みんなも良いか?」

 

「はいっ」

 

「んー、いいわよ。ボクも新刊は気になるし」

 

「わらわも構わないわ」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

他の四人も首を縦に振ってくれたので、次の行き先は本屋に決まった。

・・・にしても、響も本を読むんだなぁ。意外と読書家だったりしてな。

 

・・・

 

ぞろぞろと本屋へとやってきた俺たちは、見たい本が別々なため、一旦ばらばらになることにした。

俺と月は特に見たいものもないので、いろいろと冷やかしながらみんなの様子を見て回ることに。

かなり大きい書店なので、みんなすぐに見えなくなってしまった。

 

「・・・月、なんか見たい本とかあるか?」

 

「んーと・・・あ、お料理の本が見てみたいですっ」

 

月はぽん、と手を叩きながら言った。

料理の本って・・・レシピ本みたいなものか。

そういうの売ってるんだなぁ、と呟くと、それを聞いた月が

 

「大戦も終わって、平和になりましたから。こういう本を書いたり見たりする余裕ができた、と言うことではないでしょうか」

 

「・・・なるほど、そういわれるとそうかもな」

 

戦争が続いていた頃は、料理本を書く余裕も見る余裕もなかっただろう。

今なら、山賊やいまだにいる黄巾党の残党との小競り合いはあるものの、大きな戦は無いと言っても良い。

 

「良く見たら、裁縫の指南書とかもあるんだな」

 

『これであなたも大丈夫! 初めてでも作れる12着!』と言う本を手に取る。

・・・なぜ12着。一ヶ月に1着か? 

 

「その人の本は、初心者に優しく書いてあると評判なんですよ。私も、最初はお世話になりました」

 

そういいながら、いくつかの本を手に取る月。

 

「結構出てるんだな、その本の続編」

 

「はい。そのお裁縫の本と書いてる人は一緒なんですけど、こっちは基礎を身につけた後に役立つ本ですね」

 

凄いな、このシリーズ書いてる人。

 

「・・・ほら、それ持つよ」

 

本も重なれば意外と重いのである。月の細腕では長時間持つのは辛いだろう。

 

「あ・・・すみません、お願いします」

 

「いいって事よ。・・・さて、それじゃあみんなの様子を見て回るか」

 

「はいっ」

 

空いた手で月と手を繋ぎながら、俺たちは四人を探しに歩き出した。

 

・・・

 

「・・・むぅ」

 

その頃。詠はとある本の前で唸っていた。

本の題名は『これであなたも大丈夫! 彼を夢中にさせる24の奥義!』である。

・・・もちろん、書いているのは先ほどの裁縫や料理の本を書いた者と同一人物だ。

 

「どうしようかしら・・・」

 

ちらりと目に入って気になったから目を通してみるだけのつもりだったのだが、案外中身が気になってしまったようだ。

立ち読みで済ませようという考えは流石に無い。そこかしこにいる店員にいやな目で見られるだけだし、数少ない本を一人で独占し続けるのも常識的にいけない。

・・・購入するための金はもちろん足りている。だが、買った後、孔雀や卑弥呼あたりに見つかったら・・・

 

「いや、むしろ・・・ギルに見られたほうが不味いわね」

 

そのことを想像しているのか、一人で百面相している詠の周りには、いつの間にか人がいなくなっている。

この状況を見られても不味いことになるという考えは浮かばないらしい。一人で存分に悶えている。

 

「あれ? 詠、何やってるんだ?」

 

「えっ? ・・・あ、ち、違うのよ! 別にアンタに見られたことを考えてたんじゃなくて・・・!」

 

背後から聞こえてきたギルの声に、詠はとっさに本を背中に隠してしまった。

頭の中ではこの場を切り抜けてどうやってこの本を買うかについて思考し始めていた。

ここまで来てしまった以上、この本を買ってしまうらしい。

 

「? ・・・変な詠だな。なんか良い本は見つかったか?」

 

「み、みみみ見つからないわねっ」

 

「そっか。・・・他の三人はどこにいるかな」

 

そう言い放った詠の目はかなり泳いでいた。

ギルは他の三人を探しているためか、あたりを見回しているおかげでそれには気づかなかったようだが、月は親友のおかしな様子をばっちりと見ていた。

 

「・・・そういえば詠ちゃん、新刊が気になるって言ってなかった? あっちの棚にいろいろあったけど、見てこなくていいの?」

 

「えっ? ・・・あ、ああっ、そうね! ボク、ちょっと新刊見てくるっ!」

 

「ん、分かった。俺たちあっちのほううろうろしてるから、選び終わったらおいで」

 

「分かったわっ!」

 

そう言って半ば逃げるように駆け出していく詠。

感謝を伝えるために月の方を見ると・・・。

 

「・・・」

 

ぱくぱくと口だけを動かして何か伝えようとしているようだ。

ええと、と月の口の動きから何を言おうとしているのか推理する詠。

 

「・・・帰ったら詳しく、ね」

 

笑顔の月に手を振ってありがとうと伝え、会計を済ませるために歩調を速めた。

 

・・・

 

「・・・ふむ」

 

詠が本の会計を済ませている頃。

孔雀は一冊の本の前で考え込んでいた。

 

「この作者の本ははずれがないからなぁ。・・・でも、お金がなぁ」

 

宝石魔術ってお金掛かるんだよねぇ、とため息をつきながら財布を閉じる。

今日は諦めよう。そう決心してその場から離れる。

 

「・・・ふぅ、なんだか物悲しいから、ギルに突撃してくるかな」

 

あたりを見回しながら、本人が聞いたら逃げる準備を始めそうな一言を呟く。

次の瞬間、タイミングよくギルが孔雀の前へと現れ、声をかけてきた。

 

「お、孔雀発見」

 

「せいっ!」

 

「なんでっ!?」

 

ギルの声が聞こえてからの孔雀の動きは早かった。

魔力で無駄に強化した脚力で加速し、常人の反応速度を超えた勢いで腹部へ突撃。

隣にいる月に瞬きすらさせないまさに効率的で効果的な魔術運用の例だといえるだろう。

 

「何の意図があってこんなことを・・・」

 

「あ、うん。なんとなく」

 

ぐぅ、とぶつかられた場所をさすりながら聞くギルに、孔雀はしれっと答える。

ギルは何かを言おうとしたが、結局小さく息を吐くだけに留まった。

 

「・・・もういいや。とりあえず、本を落とさなかったことを褒めてくれ」

 

「凄いや! 流石ギル!」

 

「凄いですギルさん!」

 

「息ぴったりだな、二人とも。・・・で、孔雀は何か良さそうなのあったか?」

 

「ん? ・・・今日のところはないかな。ボクはもう大丈夫だから、他の三人を探しにいこうよ」

 

そう言って歩き出す孔雀を追いかけるように二人も歩き始めた。

 

・・・

 

「構わないわ、と言ったものの・・・。わらわは読むより書く方が好きなのよねぇ」

 

一人呟きながら店内を歩く卑弥呼は、適当な本を手に取ったりして冷やかしていた。

筆やらの筆記用具を見に行こうとも思ったが、少し前に買い換えたばかりだと思い直し、とりあえずぶらぶらと店内を歩いている。

 

「・・・にしても人が多いわねぇ。全員わらわにひれ伏さないかしら」

 

そうしたらもっと通りやすいんだけど、とため息をつく。

 

「・・・何を馬鹿なことを言ってるのよ」

 

「は? ・・・って、なんだ、ゴールドぐるぐるドリルじゃない」

 

「あんたねえ・・・。人の名前くらい覚えなさい。華琳よ」

 

こめかみをひくひくと引きつらせながら答える華琳。

あーそうそう、とぞんざいに返した卑弥呼は、華琳の周りを見て口を開く。

 

「で、今日はどうしたのよ? 右目も左目も猫耳も連れてないじゃない」

 

「・・・春蘭は訓練で、秋蘭はそれに付き合ってるわ。桂花は朱里たちと軍師の集まりがあるとかで朝早くからいないわね」

 

「ふーん。あ、あれは? 御使い」

 

「春蘭に連れてかれたわ。・・・まぁ、死にはしないと思うけど」

 

遠くを見ながらそう言った華琳に、卑弥呼は目をそらしながらそんな事言っても説得力ないわよ、と心の中だけで呟いた。

ま、それはどうでもいいんだけどと自分の中で結論を出しながら、卑弥呼は口を開く。

 

「あー、あれはしぶといからねえ。で、アンタは暇になってこんなところまで?」

 

「ええ。午前中はやることがないの。それで、ここにはまだ来たことなかったし、ちょっと寄ってみたのよ」

 

「そ。ま、いいわ。それじゃね」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

「あによ」

 

立ち去りかけたところに声をかけられたからか、少しだけ機嫌悪そうに言葉を返す卑弥呼。

そんな卑弥呼の様子に気づいていないのか気づいて無視をしているのか、華琳は普段と同じように言葉を続ける。

 

「あなたは・・・その、一人?」

 

「違うけど?」

 

「・・・そう。ならいいわ。引き止めて悪かったわね」

 

「変なの・・・ん? ・・・ははーん」

 

再び立ち去ろうと踵を返しかけた卑弥呼だが、何かに気づいたのか華琳のほうへ顔だけを向けた。

華琳はうろたえた様子をしつつも、怯まずに言葉を返す。

 

「な、なによ」

 

「寂しいのね? アンタ、友達いなさそうだしなぁ」

 

「ぐっ・・・!」

 

「いいわよぉ? 別に、一緒に回ってあげても」

 

「いいわよ別に! ・・・やめなさいその気味の悪い笑顔!」

 

にたにた、と言う表現がぴったりの笑顔を浮かべる卑弥呼は、華琳の肩に腕を回す。

どうみても酔っ払いが絡んでいるようにしか見えない。

 

「・・・おいおい卑弥呼。街の人に絡むなよ・・・って、華琳?」

 

「ギル、いいところに来たわね。この素面の振りした酔っ払い連れてってくれないかしら」

 

「ちょっと聞きなさいよギル。この子、友達がむぐぅっ」

 

「少し黙ってなさい。ほら、ギル。あなたの連れでしょう? さっさと連れて行ってくれないかしら」

 

ギルは怪訝な顔をしつつも卑弥呼を受け取る。

 

「それじゃ、私はそろそろ城に戻るから」

 

「おう。気をつけろよ」

 

分かってるわよ、と背中越しに言い残して、華琳は去っていった。

 

「・・・と言うか、卑弥呼って華琳と仲良かったんだな」

 

「ん、まぁね。ちょっと前にひょんなことから仲良くなったのよ」

 

「ふぅん。・・・あ、卑弥呼は何か良い本あったか?」

 

「んーん。というか、わらわ読むより書く方が好きなのよ」

 

「え? そうなのか?」

 

「うん。なんせ、書いてるときのわらわは弟ですら近寄らなくなるくらいだから」

 

「・・・それは凄いな」

 

なんだか変な顔をしたギルがそう返すが、卑弥呼はそうかしら? と何でそんな顔をするのか分かっていない様子だ。

 

「まぁいいや。それじゃ、響を探しに行こうか」

 

「そうね。そろそろ良い時間でしょうし」

 

途中で会計を終えて追いついた詠も加え、周りの視線を集めながら五人は響を探して歩き始めた。

 

・・・

 

「ふんふふーん」

 

鼻歌を歌いながら店の中をあてもなく歩く響。

本屋に行きたいと言ったのは何か欲しい本があるから、と言うわけではなく、ただ昔本屋で働いていた頃がふと懐かしくなったので立ち寄ってみたいと思っただけだった。

 

「・・・ま、あの頃いた本屋とは大きさも何もかも違うけどねえ」

 

誰に言うでもなく呟くと、再び鼻歌を歌いながら店内を歩く。

歩いているだけでも楽しいらしく、響の表情はずっと笑顔である。

 

「おっと、そろそろギルさんと合流しないと」

 

そうは言ってみたものの、どこにギルがいるのかは分からない。

とりあえず入り口まで戻ってみよう、とあまり悩まずに決めると、進路を変える。

少し進むと、視界の端になにやら妙なものが見えた。

 

「ありゃ、どうしたのかな?」

 

「ふぇ・・・」

 

しゃがみこんで泣いているらしい少女に近づき、優しく声をかける。

少女は涙目のまま響を見上げ、えぐ、えぐとしゃくりあげる。

 

「迷子かな。・・・誰と一緒に来てたの?」

 

「おかーさん」

 

「そっかー」

 

少女をあやしながら、念話でアサシンへ話しかける。

内容は霊体化してこちらまで来て欲しい、というものだ。

 

「もうちょっとだけ待っててね、すぐに見つけてあげるから」

 

実体化し、気配遮断をしながら本棚の上に潜むアサシンに、子供を捜しているそぶりを見せる母親を探して欲しいと追加でお願いする。

すぐに動き始めたアサシンに、頼んだよ、と心の中で呟いて少女と視線を合わせるためにしゃがむ。

 

「お母さんが見つかるまで、お姉ちゃんと一緒にいようね」

 

「・・・うん」

 

どこから来たのか、お母さんはどんな人か、と話を繋いでいると、アサシンからそれらしき人物を発見した、と報告が来た。

視覚を共有して確認してみると、今しがた女の子から聞いた特徴と一致する。

 

「・・・あれ?」

 

ふと、声が漏れた。

母親だけに注目していたから一瞬分からなかったが、周りにはギルたちもいた。

おそらく子供を捜す母親と出会ったギルたちが一緒に探していたんだろう。

偶然に少しくすりと笑いながらも、よっし、と言って立ち上がる。

 

「お母さん見つけたよ。いこっか!」

 

「ほんと?」

 

「ほんと! こっちだよ!」

 

女の子とはぐれないように手を繋ぎながら、アサシンの反応を目指して歩き始める。

向こうもこちらに向かっていたからか、すぐに母親とギルたちを見つけた。

 

「おかーさん!」

 

「うわっと、走ったら危ないよー・・・って、聞いてないよねえ」

 

女の子は母親に駆け寄り、抱きついた。

隣にいたギルたちもほっとした顔をした後、こちらに気づいたようだ。

おーい、とギルが手を振っているのを見て、響も駆け寄って抱きつく。

 

「おっと。おいおい、響もかよ」

 

「えへへー、いいでしょ。ご褒美だよご褒美」

 

ちらりと少女のほうを見てみると、少女もこちらを見ていたらしく、ばっちり目が合った。

一瞬の間のあと、どちらからともなくくすくすと笑いが漏れる。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

「いえいえ、私は偶然その子を見つけただけだし・・・」

 

本屋から出た一行は、先ほどの親子にお礼を言われているところだった。

響は気恥ずかしそうに手を振っているが、顔には笑顔が浮かんでいる。

それでは、と立ち去る母娘に手を振った後、響はギルの手に自分の手を絡めた。

 

「ん? ・・・どうした、響。寂しくなったか?」

 

「・・・んー、ま、そんなとこ」

 

よーっし! それじゃ帰ろうか! と元気な声を出した響は、ギルの手を引きながら半ば走るように城へと向かった。

 

・・・

 

「ふぅ、やっと終わった」

 

「お疲れ様です、ギルさん」

 

「ありがと。さて、風呂に入って寝るかなぁ」

 

仕事が終わり、すっかり日も暮れて真っ暗な中通路を歩きながら独り言のように呟く。

隣を歩く月は、その言葉を聞いて息を呑んだ後

 

「お、お背中を流しましょうかっ!?」

 

なんて言い放った。

あー、それもいいかもしれないなー、と考えながら月の頭を撫でつつ歩いていると、俺の部屋の前に人影が。

あれ? 詠かな。

・・・でも、詠はまだ仕事のはずだし・・・。

 

「あれ、誰かいますね」

 

隣を歩く月も気づいたらしく、前を向いたままそう言った。

月の声で向こうも気づいたらしい。こちらへ歩いてくるのは・・・

 

「あれ、響か」

 

「えへへ、お仕事お疲れ様、ギルさん、月」

 

「ああ、お疲れ。俺の部屋の前にいたみたいだが・・・俺に用か?」

 

「うん。・・・あの、月。ギルさんを少し借りたいんだけど・・・」

 

いつもの元気な様子は鳴りを潜め、伏し目がちに月に声をかける響は、なにやら緊張しているようだった。

・・・まさか、と言う思いが一瞬よぎるが、予想と違う可能性の事を考えてそのことをしまっておいた。

 

「・・・ええ、分かりました。ギルさん、今日はお先に休ませていただきますね」

 

響の言葉に首肯しながら、月は俺にそう伝えてきた。

 

「ん、分かった。すまんな、月」

 

「いえ。・・・響ちゃんのお話、ちゃんと聞いてあげてくださいね?」

 

「ああ。それじゃあ、お休み、月」

 

「はい。おやすみなさい」

 

俺たち二人に挨拶をして、月は自分の部屋へと戻っていった。

できれば送っていきたかったが、流石に響を置いてそんなことはできない。

 

「立ち話もなんだし、入りなよ」

 

扉を開けて響にそう促すと、ゆっくりと頷いた響が部屋の中へと入っていく。

その後ろに続いて部屋に入り、扉を閉めて部屋に灯りを灯す。

寝台に腰掛けると、響が隣に腰を下ろした。

 

「あ、なんか飲むか?」

 

「ううん、いい」

 

「そうか・・・」

 

なんだかしおらしい響と言うのは調子が狂うな・・・。

しばらく響の言葉を待っていると、響は静かに口を開いた。

 

「あ、あの・・・今日は、私のわがままに付き合ってくれてありがと」

 

「ん? ・・・ああ、あれくらいわがままには入らないよ」

 

「えへへ、そう言っていただけると助かります」

 

少しだけおちゃらけた様子で返してきた響は、人差し指で頬を掻きながら続けた。

 

「やっぱりギルさんは優しいねえ」

 

そう言ってそっと身を寄せてくる響。

・・・やっぱり、と推測が確信に変っていくのを感じる。

 

「・・・あの、ギルさんは気づいてるかもしれないけど、私、ギルさんの事が好きです」

 

ああ、と変な納得の声が漏れた。

だが、響はそんな風に考える余裕すら与えてくれないらしい。

すぐに身体を乗り出し、俺に迫りながら口を開く。

 

「えと、お返事いただけますかっ!」

 

こちらに身体を乗り出してきた響に押され、後ろに倒れそうになる。

 

「おい、響お前答え聞く気ないだろ!」

 

押し倒されかけつつも響に返すと、響は笑顔で

 

「もう我慢できないのっ! 返事をどうぞっ!」

 

「うおっ」

 

「きゃっ」

 

ついに押し倒された俺は、寝台に倒れこんだ。

響は俺の上に四つんばいになるようにのしかかってきており、逃がす気はないと態度で示しているようだ。

 

「・・・響、お前の気持ち、受け取らせてもらう」

 

「あ・・・」

 

少し強引だったが、響の元気なところは好きだし、こうして好意をまっすぐに表してくれるのも嬉しかった。

安心させるように、片手で頬を撫でてやると、顔を真っ赤にした響は

 

「は、初めてだから優しくね!? 絶対だよ!?」

 

なんて、まくし立ててきた。

 

「ああ、分かってるって」

 

苦笑しながら、響に口づける。

四つんばいの体勢のままの響の服を脱がせるために、口付けしながら服のボタンに手をかける。

 

・・・




「ああ、並びがばらばらだ。ええっと、一巻がこっち、二巻はその隣、三巻がここで・・・気になると止まんないなぁ」「・・・あの侍女の人、何で店員でもないのに本棚の整理してるんだろ・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十六話 副長と訓練に

「隊長、今日はお腹が痛いので訓練お休みしますね」「・・・まぁ、仕方ないか」「隊長、今日は月に一度のあの日なので訓練お休みしますね」「・・・ふむ、まぁそれも仕方ないか」「隊長、今日もあの日なのでお休みしますね」「月に二度起きてるぞ。大丈夫なのか・・・?」
もちろん、その後嘘がばれて大変なことに。


それでは、どうぞ。


「うぅ、おかーさん、男の人はみんな狼って本当だったんだね・・・」

 

「ちょっと待て。肩を震わせながらそんなことを言ったら勘違いされるだろうが」

 

えぐえぐ、と嘘泣きをする響に軽い突込みを入れる。

響は叩かれた頭をさすりながら布団から起き上がり、はにかむ。

 

「えへへ、じょーだんじょーだん。・・・まぁ、狼って所は本当だけどー」

 

「あー、それについては言い訳しない。・・・ほら、さっさと着替えろ」

 

「はーい!」

 

夜が明け、起きる時間となったのでもぞもぞと布団から這い出た響に服を渡す。

昨日のうちに濡らした布で身体を拭いてはいるものの、できるなら風呂に入ったほうがいいだろう。

 

「時間に余裕があるなら、風呂に行っておけよ?」

 

「お風呂でもう一回戦?」

 

「・・・勘弁してくれ」

 

真顔でそんなことを言ってくる響に、肩を落として答える。

昨日の晩も、疲れを知らないという言葉がぴったりな響によって、全く疲れが取れないまま朝を迎えてしまったのだ。

・・・睡眠時間が二時間取れていればいいほうだろう・・・。

というか、同じくほとんど寝ていない響がこんなに元気なのはなんでなんだろうか。

 

「そっかー。じゃあ、お風呂でするのはまたの機会だねー。・・・よっと。お風呂いってきまーす」

 

いつの間にか用意していた風呂道具一式を持って、響は部屋を飛び出していった。

 

「それじゃあまた後でー!」

 

「おう。転ぶなよー」

 

「はーいっ!」

 

最後まで元気に答えて去っていった響を見送った俺は、一旦部屋に戻る。

今日は兵士たちの訓練が入っていたはずだ。

いろいろと用意してから行かなくてはならないだろう。

 

・・・

 

「・・・」

 

「ごめん、俺腹の調子が・・・」

 

「だいじょうぶ」

 

「何がっ!?」

 

訓練場に到着した俺を迎えたのは、軍神五兵(ゴッドフォース)を持った恋だった。

とりあえず逃げようとしたのだが、すぐにつかまってしまった。なんてこった。

 

「今日は・・・軍神五兵(ゴッドフォース)の新しい力を試す」

 

「・・・新しい力?」

 

「そう。今まで二つの形しか使えなかったけど、もう三つ使えるようになった」

 

・・・あー、軍神五兵(ゴッドフォース)にはそういえば五つの形態があるんだよな、そういえば。

矛と砲しか最初は使えなかったみたいだけど、新しく使えるようになったのか。

 

「だから試したかったけど、ギルじゃないと受け止めきれないから」

 

「んー、そういうことなら仕方がないか」

 

そう言って俺はエアを取り出す。

どんな形態が飛び出すか分からないので、鎧も装着しておく。

 

「よし、これでいいな」

 

あの呂布が軍神五兵(ゴッドフォース)を使ってくるというのだから、これくらいの用心は必要だろう。

 

「・・・それじゃ、行く」

 

そう言って軍神五兵(ゴッドフォース)を手に恋が駆け出す。

迫る恋から気をそらさずに、思考を働かせる。

新しい三つの形態とは何か。

いつでもエアで対応できるように構えていると、恋がその名を呟いた。

 

「『一撃(けん、あわせる)無追(ことかなわず)

 

長剣の形態・・・! 

遠距離の形態ではないからエアならば対応できる、が・・・。

 

「無駄」

 

「むっ・・・!?」

 

一切視線を動かさずに俺の攻撃を弾いた・・・? 

 

「・・・なんだか分からないけど・・・ぎるの動きが分かる」

 

まさか・・・直感スキル!? 

ちょっと待てよ反則過ぎないか・・・! 

だが、恋の反応からしてランクはC程度。

ある程度予見できる、くらいのものだろう。

 

「せいっ!」

 

ならば、まだ何とかなる! 

 

「・・・流石ぎる。もうほとんど読めなくなってきた」

 

何度か打ち合った後、距離を取った恋は、ふとそんなことを言ってきた。

そのままくるりと剣を回すと、再び形態変化の言葉を紡ぐ。

 

「『二刀(これ、ふれる)神速(ことあたわず)』」

 

長剣が縦に別れ、双剣となる。

次は双剣の形態か。手数を増やして、追い込みに来るか・・・? 

 

「はっ・・・!」

 

恋は先ほどと同じように踏み込み、距離を詰めてくる。

それに反応しようとした瞬間。

 

「なっ!?」

 

「遅い・・・!」

 

すでに、目の前に恋が迫っていた。

慌ててエアを振るうも、弾けるのは一つの刀のみ。

もう一つはかわすしかない。

 

「・・・いきなり速くなった・・・?」

 

これまでの経験から、軍神五兵(ゴッドフォース)は一つの形態につき、いくつか有利な効果が付与されると考えていいだろう。

急に速度が上がった、と言うことは・・・敏捷のステータスに補正が掛かったのか。

おそらく、ランクにして一つほど。

 

「・・・考える暇は・・・ない・・・!」

 

「くっ!」

 

迫る二刀に、必死にエアをあわせていく。

途中エアだけでは対応できないときは、鎧の防御力を信じて刀の腹に手刀を入れているが、この猛攻ではそう長くは持たないだろう。

一気に勝負をつける必要がある。

最後の一形態が何か分からないのに勝負をかけるのは不安だが、このままでは最後の形態を見る前に終わってしまう。

思い切りエアを振って恋を引き離し、バックステップで距離を取る。

 

「エア、目覚めろ・・・!」

 

魔力を流し込み、エアの刀身を回転させる。

 

「一気に勝負をかける!」

 

地面を蹴り、一足で彼我の距離をつめる。

二刀の速度にかなわないのなら、一撃の重さで勝負するしかない。

片手で振るう刀では、この一撃を防いで反撃することは不可能だろう。

そのまま押し込められれば、おそらく勝てる・・・が、やはり不安は最後の一形態だ。

近距離形態ばかりだから、もしかしたら遠距離のものが出てくるかもしれない。

・・・今それを考えていても仕方がないか。

 

「はあああああああああああああ!」

 

「っ・・・!」

 

恋は二刀をあわせ、防ぐことを選んだようだ。

 

「ふっ!」

 

「はっ・・・!」

 

エアと二刀がぶつかる瞬間。

恋の口が、何かを呟いて・・・。

 

「な・・・」

 

「これが、最後の形態」

 

そう言って、恋は振り下ろした体勢のままの俺に、一撃を放つ。

隙だらけの胴体に突き刺さったその一撃は、呆けていた俺の意識を目覚めさせるには十分だった。

一旦距離を取って最後の形態の全貌を確認する。

 

「『金剛(たて、くだけ)盾腕(ることなかれ)』」

 

「『盾』の形態・・・」

 

手甲と盾が一体化したようなその形態は、魔力を通したエアですら防ぐ防御力を持っているようだ。

おそらく、Bランクまでの対人宝具ならば問題なく防ぐだろう。

更にあれは盾としてだけではなく、攻撃の際にも役立つ。

何もつけていない拳よりも、手甲で保護された拳のほうが威力は高い。

 

「・・・ふぅ、なるほどな」

 

そこまで思考した俺は、構えをとく。

恋も軍神五兵(ゴッドフォース)を矛の形態に戻し、同じように構えをといた。

 

「ありがとう、ぎる」

 

「なに、構わないよ。俺もいい訓練になった」

 

だいじょうぶ? と言いながら、恋は俺の腹を撫でる。

自分で殴ったとはいえ、優しい恋は気にしたのだろう。可愛いやつめ。

 

「ああ、このくらい大丈夫だよ」

 

そう返しながら恋の頭を撫でる。

心配そうに俺の腹を撫でる恋と、そんな恋の頭を撫でる俺と言う奇妙な組み合わせが出来上がり、周りの兵士も何事かとこちらをちらちら見ている。

 

「・・・さて、そろそろ俺は行くよ」

 

居心地が悪くなった俺は、そう言って離れようとする。が。

 

「・・・だめ。お腹手当てしないと」

 

「と、言われても」

 

今まで撫でていた腹の部分の服を掴んで、逃がさない、と目で語る恋。

・・・多分、折れないだろうなぁ。

 

「分かったよ。医務室に道具があるだろうから、行こうか」

 

「ん」

 

短く答え、こくりと頷いた恋が服を離して隣に並び、俺の腕に抱きつくように自分の腕を絡めてきた。

 

「そんなことしなくても逃げないって」

 

「・・・いちおう」

 

「そっか」

 

妙に弾んだ声で答える恋に、それ以上追求もできず、医務室までの道を歩き始めた。

 

・・・

 

「行くのです、ギルガメ号!」

 

「お、おう?」

 

俺の肩に乗るねねが前方を指差しながら奇妙な名称を俺につけて命令を下す。

とりあえず返事しつつも、どこに行けばいいんだろう、と頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。

 

「・・・とりあえず、訓練場まで戻る」

 

手当てを終えて医務室から出た後、俺の服の裾を握って隣を歩いている恋が、ぼそりと呟いた。

 

「ん、そうするか」

 

他にも将はいるとはいえ、恋も訓練の担当武将だ。

戻って兵士たちに訓練をつけなくてはいけないのだろう。

 

「いつ乗っても高いですなー」

 

「だろう? ・・・どうだ、楽しいか、ねね」

 

ゆさゆさ、とわざと揺らしてみると、いつものような小難しい声ではなく、はしゃぐ子供のような声できゃっきゃと喜んだ。

何だろう、いつもの態度がちょっとそっけないからか、なんだか楽しくなってきたぞ・・・? 

 

「・・・ねね、楽しそう」

 

ぼそり、と恋が呟く。

はしゃいでいるねねには聞こえなかったようだ。

 

「みたいだな」

 

「すきなひとと、一緒にいるから」

 

「はは、恋のこと大好きだもんな、ねねは」

 

俺がそう言うと、恋は首を振った。

・・・? 

 

「・・・んー、ちょっと違う」

 

「え?」

 

どういうことだ、と聞こうとしたが

 

「ついた」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

訓練場に戻ってきてしまったため、会話が打ち切られてしまった。

まぁいいか、と自分の中で結論を出し、ねねを降ろす。

 

「むぅ。もう終わりなのですか」

 

名残惜しそうにこちらを見上げるねね。

また今度な、と頭を撫でてやると、しばらくくすぐったそうに撫でられた後

 

「っ! も、もういいのですっ! やめろですっ」

 

と、顔を真っ赤にしたねねに手を払われてしまった。

うぅむ、ねねのデレタイムは終わりか。残念。

 

「さて、訓練に入るか」

 

そう言って俺の隊へと向かう。

大戦が終わってから街の警備くらいでしか動いていないが、俺の遊撃隊は一応残っている。

それの訓練があったのだが、恋との仕合でのごたごたでしばらく放置してしまっていたのだ。

 

「あ、隊長」

 

「よう。遅れて済まんな」

 

「いえいえ、全然構いませんよ。と言うか何で戻ってきたんですか?」

 

「・・・よし、副長は俺と手合わせな。隊員たちはいつもどおりに訓練を始めててくれ」

 

「隊長、私も隊員たちと同じ訓練がいいです」

 

「遠慮するなよ。ほら、今日こそはいろいろと叩き込まないといけないからな」

 

主に俺に対する敬意とか。

 

「えー」

 

「えーじゃない」

 

「あれ? お兄様じゃん。どしたの?」

 

嫌がる副長をたしなめていると、蒲公英がやってきた。

手には影閃を持っているので、おそらく身体を動かしにでも来たんだろう。

それを見た副長の目がきらりと光り、次の瞬間副長は蒲公英に泣きついていた。

 

「うわーん! 馬岱さまー! 隊長が嫌がる私に無理やり襲い掛かってこようとするんですー!」

 

「え? ・・・えぇー? お兄様、そんな趣味が・・・?」

 

「ないぞ。と言うか副長の言ってることは半分嘘だ」

 

「そなの?」

 

首を傾げる蒲公英に、そうだ、と頷きを返す。

ふぅん、と興味なさげに頷いた蒲公英に、副長が畳み掛ける。

 

「この人、隊長権限で私にあんなことやこんなことを・・・!」

 

「やってないぞ」

 

「あー、うん。大体分かってきたよ、この副長さんのこと」

 

気の抜けたように返事を返す蒲公英。

副長は小さく舌打ちをすると、蒲公英からすっと離れた。

 

「・・・もう、隊長ってば全然焦らないんですね」

 

「こういう事態には慣れてるからな。・・・そうだ。蒲公英、これから時間あるか?」

 

「へ? 私? ・・・あるけど」

 

きょとんとした顔で首を縦に振りつつそう言った蒲公英に、俺は話を切り出した。

 

「なら、副長に稽古つけてやってくれないか?」

 

えっ、と言う驚きの声が蒲公英と副長の両方から聞こえてくる。

 

「ほら、流石に俺と副長が戦うと実力に開きがありすぎるからさ」

 

副長の実力は武将でたとえるなら・・・んー、真正面から明命とぶつかってギリギリ負ける、位だと思う。

流石に愛紗や春蘭といった人外クラスとは打ち合えないみたいだ。

 

「確かに、隊長よりは馬岱さまのほうがお優しいですよね」

 

「あれ、前言撤回したくなってきた。副長、やっぱり俺と二人でやろうか」

 

「も、もちろん隊長もお優しいですよ。なに言ってるんですか、いやですね、もう」

 

一瞬焦ったような表情をした副長が、取り繕うようにそう言った。

・・・聞かなかったことにして、蒲公英と副長の手合わせを見学することに。

蒲公英は影閃を構え、副長はそれなりに装飾された剣と盾を構える。

ちなみに、副長の剣と盾はあの抜くと七年の時が経ったりするあのマスターなソードに瓜二つで、盾は某王国の盾と瓜二つだ。

ええ、俺の趣味全開です。

以前遊撃隊を任されたとき、副長の武器は俺が用意しようと思ったわけですよ。

その時はまだ副長とは会ったことがなくて、どんなものを用意するかは決まっていなかった。

初めて副長と会ったとき、武器はどんなのがいい? と聞いたら。

 

「そうですね・・・特にこだわりはないですが、今まで剣を使っていましたし、できれば剣がいいです」

 

と言うことだったので、初めはエクスカリバーもどきを作ろうとしていた。

だが、こういうのを作ろうと思うんだけど、と副長に相談すると

 

「すいません・・・私、こんなに大きい剣に慣れていないので、ちょっと難しいと思います」

 

と言われてしまったので、設計図を変更。

更に副長から片手で扱えるような盾も欲しいと言われた。

・・・このあたりで副長の遠慮が若干なくなってきているのには気づかず、そういうもんか、と盾も製作することに。

そのとき、剣と盾、で思いついたのは緑の勇者だった。

おお、そういえば彼は片手で剣と盾を操っていたなぁ、と言うところまで考え付いたら、後は勢いだった。

宝物庫の中からできるだけ軽い材料を集め、孔雀とキャスターの魔術加工と華琳に教えてもらった鍛冶屋の親方の技術によって、副長でも片手で扱える剣と盾が出来上がった。

出来上がった後、あれ、やりすぎた? と言う疑問が頭をよぎったが、いやいや、自分の右腕になってもらう人だし、これくらいはしないとと無理やり自分を納得させた。

そして、いざ副長に剣と盾をプレゼントすると

 

「・・・こんなに素晴らしいもの、いただけませんよ」

 

と言われたので、いろいろと説得して、受け取って貰うことができた。

そのとき、剣と盾を胸に抱いて

 

「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」

 

「ああ、そうしてもらえると、頑張って作った甲斐があるというものだ」

 

と、安堵の笑みを浮かべながら伝えると、副長は

 

「・・・きゅん」

 

と、頬を染めつつ奇妙な擬音語を呟く珍しい副長を見られたのも今は昔。

今は無表情で俺へ口撃(誤字にあらず)を仕掛けて来るような部下になってしまったが、まぁ、桂花に比べたら可愛いものだ。

・・・あれ、部下としてそれはどうなんだろう。

まぁいい。

とにかく、そんな過去を経て、伝説の退魔の剣もどきと王国の盾は副長の手にあるのだ。

切れ味は普通の剣よりも遥かに上だし、盾は簡単な魔術ならば防ぎきるほどの防御力を有している。

さらに背中には剣を収め、盾を装着できるようにした鞘を背負っている。

 

「・・・行きますよ、馬岱さま」

 

「うん、どこからでもどうぞ」

 

いつもの蒲公英は鳴りを潜め、真剣な表情で副長を見つめている。

副長もいつもの無表情に近い顔に見えるが、良く見ると目が若干釣りあがっている。

二人とも、お互いの一挙手一投足に注意して神経を尖らせているようだ。

 

「行きますっ!」

 

「こいっ!」

 

剣と盾を手に、副長が駆け出す。

左手に持った剣を蒲公英目掛けて振り下ろす。

蒲公英はそれを危なげなく受け流すと、気合の声と共に槍を突き出す。

 

「ふっ・・・!」

 

盾を構えてそれを防ぐと、副長は剣をふるって牽制し、バックステップで距離を取る。

おお、副長の戦いはしばらく見たことなかったけど、腕が上がってるじゃないか。

 

「やるね、副長さん」

 

「まぁ、いつも隊長に苛められているので、このくらいは」

 

「なるほどね。流石はお兄様の隊の副隊長」

 

「褒められても手加減はできませんよ? 未熟者ですので」

 

「期待はしてない・・・よっ!」

 

「ですよ・・・ねっ!」

 

一言二言言葉を交わすと、二人は地面を蹴り、お互いの距離をつめる。

槍と剣が交差する。

副長は盾で槍を防ぎ、蒲公英の顔ギリギリに刃をつきたてていた。

蒲公英は一瞬驚いた顔をしたものの、すぐににっ、と笑う。

 

「強いなぁ、副長さん」

 

「いえ、まぐれですよ」

 

武器を背中に仕舞った副長が、苦笑しながら言う。

謙遜しなくていいよー、と笑う蒲公英。釣られて副長も笑顔になっていた。

それにしても、強くなってたんだなぁ、副長。

 

「ふぅ・・・隊長、今日は疲れたので休んでていいですか」

 

汗を拭いながら、こちらに歩いてくる副長は、そんなことを言い出した。

・・・まぁ、かなり疲れてるみたいだし、今日くらいはいいかな。

 

「ああ、副長は隊員たちの訓練を見ててくれ」

 

「了解です」

 

そう言ってテクテクと隊員たちが訓練を続けている場所へと歩いていく副長。

どうやら隊員たちは蒲公英と副長の戦いを見ていたらしく、慌てて訓練を再開している。

 

「ほらほら、私たちを見ている暇があるなら少しでも強くなってくださいよ」

 

ぱんぱん、と手を叩いて兵士たちを注意すると、副長は隊員たちに指導し始める。

 

「さて、俺も訓練を見ないとな。ありがとな、蒲公英」

 

「あはは、いーよいーよ。私も勉強になったし。それじゃね、お兄様ーっ!」

 

そう言って駆け出す蒲公英。

その後姿に手を振り、見えなくなったところで俺も兵士たちの元へ。

しばらく副長と一緒に隊員たちの訓練を見て、解散となった。

 

・・・

 

とある案件のため、三国の王と将たちが一つの部屋に集まっていた。

そのすべての王と将たちの視線は、前に立つ俺に向けられていた。

 

「ええと、みんなに資料行き渡ってるか?」

 

足りない、と言う言葉が聞こえないので、そのまま続けることに。

 

「書いてあるとおり、巨大リゾート施設を作ろうと思う!」

 

一刀がある日俺に相談してきた、「リゾート施設の建設」だが、とりあえずの草案ができたとのことでこうして会議にかけることに。

まぁ、温泉がありそうなところを近くに発見したので、そこを中心にスパリゾート施設を建造しようと思っている。

目指せわくわくざぶーん。

 

「りぞーと施設と言うのは、民たちに娯楽を提供する施設・・・と言うことでいいのよね?」

 

「ああ。温泉を作ったときの技術を使えば作成はそう難しくないと思う。大戦が終わった今、民たちにもこういった娯楽が必要だ」

 

天下一品武闘会やライブなんかもあるが、こんな風に常時楽しめる娯楽もいるだろう。

 

「ふぅん・・・なるほど、建築に掛かる費用なんかもちゃんと準備してあるのね」

 

手元の資料を見た雪連がそう言いながら笑う。

うむ、俺の黄金律やらで資金に不安はないし、宝物庫にある材料も使うので建築資材にも困ることはない。

後は動力だが、それはキャスター組と甲賀の協力によって宝具で代替することが可能だ。

どこにも隙のない完璧な計画だと自負している。

 

「そうね・・・それで、この基礎工事の欄に書いてある作業員が二人しかいないのはどういうこと?」

 

「っていうか、ギルの兄さんは分かるけど、何でウチまで作業員に入ってるん!?」

 

「ほら、ドリルって二人しかいないじゃん」

 

華琳と真桜の質問に、俺の隣に立つ一刀が答える。

ドリル? と首を傾げる二人に、ほら、と指を立てて説明を始める。

 

「地面を掘る道具だよ。真桜の武器は前ライブ会場を作るときに地面が掘れるって分かったから整地に使いたいんだ」

 

「俺のエアは温泉を掘り当てるのに使う。・・・まぁ、本当はそういう専用の機械があればいいんだが・・・」

 

弱めとはいえ大地に真名解放なんて不安でしかないが、まぁ大丈夫だろう。

 

・・・

 

「と、言うわけで! このあたりを整地しよう」

 

「ちょっとまちぃ! こんな広さを掘らせるつもりかい!」

 

「当たり前だろう。ほら、基礎工事は大切なんだ。しまっていこー!」

 

真桜の抗議を流し、事前に決めておいた場所に移動する。

エアを突き立て真名解放すると、一瞬で温泉が噴き出す。

 

「おー、出た出たー」

 

「ちょ、熱っ、ギルの兄さん、熱いって!」

 

諦めて地面を掘っていた真桜が、降り注ぐ温泉から逃げ惑う。

 

「はっはっは! 大丈夫大丈夫! 火傷しない温度に調整してるから」

 

「それでも熱いもんは熱いんや!」

 

安全圏へと逃げた真桜が、螺旋槍を振り回しながら抗議してくる。

俺は魔力解放で薄い膜を作って防いでいるので、こうして笑っていられるわけなのだが。

 

「よし、ランサー! やっちゃってくれ!」

 

「はっ! 総員、作業を開始せよ!」

 

「応!」

 

前回と同じように、数百人規模で増幅したランサーが温泉の周りに土台を作成していく。

真桜一人では流石に間に合わないので俺も一緒になって基礎工事をしていき、その後からランサーたちが大雑把に土台を作っていく。

そして、雇った作業員たちが細かい調整を行っていく。

うむ、今のところ順調で完璧である。

この様子なら、一月もあれば完成するだろうか。

・・・いや、このペースなら半月で完成するだろう。

 

・・・

 

と、言うわけで約半月。

完成間近のわくわくざぶーんにやってまいりました。

 

「うわぁ、すごいな。注文どおりだ」

 

流石に現代風の建築物にはできないので、城と同じような外観にしてある。

扉を開け中に入ると、巨大レジャー施設わくわくざぶーんの全貌が見えてくる。

まずは受付とその先にある男女別の更衣室。料金を払った後、更衣室で水着に着替えてもらう。

一応貸し出しもしているので、水着を持っていなくても遊ぶことができるようになっている。

 

「おお、広いな」

 

更衣室に入ってみると、かなり広い空間が広がっている。

・・・誰もいないとはいえ女子更衣室へは入れないので、そこは後で真桜にでも確認してもらうことにしよう。

で、水着に着替えた後はプールやらウォータースライダーやらが目の前に広がる。

湧き出した温泉を適温にして循環させているので、常に温水プールである。

これから秋になっていくので、温水でなければ辛いだろう。

 

「うんうん、きちんとウォータースライダーも機能してるな」

 

これなら明日にでも開けそうだ。

よし、後でみんなにためしに遊んでもらうとしよう。

 

・・・

 

「うわー・・・!」

 

「すごいなぁ、これは」

 

わくわくざぶーんに足を踏み入れたみんなから、感嘆の声が漏れる。

とりあえず、水着姿の月たちを見れただけでだいぶ満足している。

そういえば、孔雀や響の水着姿は初めて見るな。

 

「おぉー、これがぷーる、ってやつだね、ギルさん!」

 

いち早く着替えて出てきた響が、準備運動もそこそこにプールへと飛び込んでいく。

おー、はしゃいでるなー。

 

「鈴々も行くのだー!」

 

「おい鈴々! 準備運動・・・って、聞いてねえな」

 

響と同じくプールに飛び込んだ鈴々は、響となにやら戯れているようだ。

・・・まぁいいか。いざとなったら引き上げてやれば良い。

 

「お、ギル。ギルは泳がないのか?」

 

更衣室から、水着に着替えた一刀が出てきた。

一刀の言葉に、どうしようかな、と答える。

一応水着は持ってきているが・・・そうだな、俺も少し遊んでみるかな。

そうと決まれば話は早い。早速宝物庫にある水着に換装しよう。

 

「・・・それって、鎧だけじゃなかったんだな」

 

俺の早着替えを見た一刀が、何かを諦めたような顔でそんなことを言ってくる。

その気持ち、分かるぞ。ちょっと光ったら着替えが完了してるとか、どこの魔法少女だよって感じだよな。

 

「あ、ギルさん。水着ということは・・・一緒に遊べますね!」

 

着替えを終えて出てきた月は、輝かんばかりの笑顔でこちらに駆け寄ってきた。

詠と孔雀も一緒に出てきたようだ。

しばらくすると全員着替えを終えて更衣室から出てきたので、みんなには適当に遊んでもらって、後で報告書をあげてもらうことになっている。

 

「さて、早速泳いでみるか」

 

準備運動をして、早速プールの中へ。

おお、温かいな。これなら冬でも遊べるな。

 

「ほら、月もおいで」

 

「へぅ・・・あ、温かいですね」

 

ちゃぽん、とプールに入ってきた月が呟きをもらす。

 

「よいしょっと。おお、ほんとだ。温かいねえ」

 

続いて入ってきた孔雀も、同じように呟く。

 

「っていうか、宝具ってこんなことに使っていいのかしら・・・」

 

最後に入ってきた詠が、全く・・・と言いながら入ってくる。

いいじゃないか。戦いに使うだけじゃ寂しいだろう。

 

「・・・まぁ、あんたがいいなら良いんだけど」

 

ついっ、と恥ずかしそうに顔を背ける詠。

そんな詠の頭を撫でてから、ウォータースライダーへと向かう。

 

「わひゃー!」

 

叫び声の後に、どぼーん、と言う着水の音。

声からして、どうやら明命が遊んでいるようだ。

 

「ぷはっ! ・・・あ、ギル様!」

 

「よお、明命。楽しんでるようだな」

 

「はいっ。とっても楽しいです!」

 

もう一度乗ってきますね! と言ってウォータースライダーの階段を上り始める明命。

 

「俺も滑ってみるかな」

 

「あ・・・わ、私も一緒に・・・いいですか?」

 

「もちろん。一緒に滑ろうか」

 

月の手を引きながら階段を上る。

わひゃー! ともう一度聞こえてきたので、明命がまた滑ったのだろう。

階段を上りきった俺はウォータースライダーに腰掛ける。

 

「月、こっちおいで」

 

「へぅ、し、失礼します」

 

俺の足の上に座った月の腰に手を回し、座ったままの姿勢で前に進む。

完全に水の上へと進むと、ウォータースライダーの上を勢い良く滑っていく。

 

「おぉー!」

 

「わ、きゃーっ!?」

 

龍を模したウォータースライダーを縦横無尽に滑っていく。

二人で滑っているからか、速度はなかなかのものだ。

その速度を保ったまま、プールへと突っ込む。

 

「ぷはっ」

 

「ぷはぁっ!」

 

「あははは! いやぁ、久しぶりだったけど楽しいねえ」

 

「はふ。楽しいですね!」

 

水の中から顔を出した俺たちは、お互いに笑いあう。

いやぁ、なかなかのものだった。

そんなことを思いっていると、くいっ、と手を引かれる。

 

「ん? 詠?」

 

「ぼ、ボクも・・・」

 

ボクも、って。

・・・ああ、なるほど。

 

「分かった。一緒に乗ろうか」

 

「っ、そ、そうね。アンタが一緒に乗りたいっていうなら、別にいいケド」

 

「ああ、詠と一緒に乗りたいんだ。いいか?」

 

「い、良いわよ。ほらっ、さっさと行くわよっ」

 

悪い、ちょっと詠ともう一回乗ってくる、と月に伝える。

先ほどと同じように階段を上り、足の上に詠を乗せる。

 

「ふやっ!? へんなとこ触んないでよっ!」

 

「変なとこって・・・ただ手を回しただけだろ」

 

「ううううるさいわねっ。も、もうちょっと・・・その・・・」

 

「大丈夫大丈夫。ほら行くぞー」

 

「ちょっ、大丈夫じゃな・・・っきゃー!?」

 

「あっはっはー!」

 

俺の笑い声と詠の絶叫がウォータースライダー内に木霊する。

腰にまわした俺の手に、詠の手が重ねられる。

そして、プールに着水。

 

「ふぅっ」

 

「ぷはっ」

 

水面に顔を出し、大丈夫だったかー、と声をかける。

 

「あ、う・・・うん」

 

そう答えた詠は、プールに顔半分まで沈め、ぷくぷくと気泡を発生させ続ける。

恥ずかしがってるのか、と思いながら詠を引き上げる。

ばたばたと暴れるものの、しばらくするとおとなしくなる。

 

「お、おかえりギル」

 

「ただいま。いやー、これは良いな。楽しいよ」

 

プールサイドで座っている孔雀に迎えられ、硬直している詠をベンチに座らせる。

 

「じゃ、次はボクだね」

 

そう言って俺に抱きついてくる孔雀。

・・・なんだか凄く自然な流れでもう一度乗ることになっているが、まぁいいや。

 

「ん、良いぞ。行こうか」

 

同じように足の上に孔雀を乗せ、滑り出す。

 

「おーっ、ははっ、早いなぁ!」

 

いつものクールさはなりを潜め、腕を振り回しそうなほどに喜ぶ孔雀。

なんだかとても新鮮である。

 

「わーっ!」

 

ざぱーん、と着水するときまで孔雀のハイテンションは続いていた。

 

「あははっ! いやー、楽しいねえ、ギル!」

 

「そこまで喜んでもらえるなら、作った甲斐があったよ」

 

楽しそうな表情のまま、孔雀はベンチへと戻る。

詠の様子を心配したのか、月もベンチに座っていた。

 

「あ、お帰りなさい、ギルさん」

 

「ただいま。いやー、楽しいな」

 

「そうですね。これなら皆さんにも良い娯楽になると思います」

 

はぅはぅと顔を真っ赤にしながらベンチに寝転ぶ詠を撫でながら、月は微笑む。

・・・と言うか、詠の症状がさっきより悪化してる気がするけど・・・大丈夫か? 

 

「あ・・・詠ちゃんは大丈夫ですよ。ちょっとギルさん分を摂取しすぎただけですから」

 

・・・なんだその謎成分。

まぁ、詠の親友である月が大丈夫と言っているのなら大丈夫なのだろう。

 

「なぁ、ギル」

 

一息ついていると、一刀が話しかけてくる。

 

「ん? どうした一刀」

 

「あの・・・ちょっと俺、席をはずすからさ。なんかあったらフォローよろしくな」

 

「ああ、そういうことか。構わないぞ。行って来い」

 

一刀にそう返すと、一刀はそそくさと更衣室へと去っていった。

・・・っていうか、あれ? あっちって・・・。

 

「まぁいい。深くは考えるまい」

 

こうして、リゾート施設、わくわくざぶーんでの一日は過ぎていった。

 

・・・

 

ある日。

月は、一人で歩いているギルを見つけた。

 

「あ・・・ギルさん」

 

急ぎの仕事もないし、少しだけお話をしようかな、とギルに近づいていくと・・・。

 

「ギルおにーちゃーん!」

 

「あ・・・」

 

背中に璃々が飛び乗ったのを見て、足が止まる。

 

「お、璃々か。どうした?」

 

「あのね、おかーさんがお仕事だから、ギルおにーちゃんとあそぼーとおもって!」

 

「そっかそっか。よーし、俺も暇だから、遊ぼうか」

 

「わーい!」

 

そこまで聞いて、月は踵を返す。

璃々ちゃんとギルさんの邪魔をしちゃいけないよね、と独り言を呟きながら、仕事へと戻る。

また夜には会えるし、と自分に言い聞かせながら通路を歩いた。

 

・・・

 

時は進んで昼。

 

「はふ。休憩ですね」

 

昼食をとりに厨房へと向かう。

厨房へと近づいていくと、誰かの声が聞こえてきた。

 

「おにーさま、もう少しでできますからね!」

 

「ああ、悪いな、わざわざ作ってもらっちゃって」

 

「い、いえ! おにーさまになら、いくらでも作っちゃいますよ!」

 

「そっか。ありがとな、流流」

 

「流流ー! にーちゃんのだけじゃなくて、ボクのもねー!」

 

「分かってるよ、大丈夫だって」

 

話し声からして、ギルさんと流流ちゃんたちがいるみたいだな、と月はあたりをつける。

厨房を覗いてみると、想像通り三人がいた。

ギルと季衣は席についており、流流が調理している。

どうしようかな、と悩んでいると、ギルが月を見つける。

 

「お、月。昼飯か?」

 

「あ、はい」

 

「そっか。流流、一人増えても大丈夫か?」

 

「はい! 元々多めに作ってますし、大丈夫ですよ!」

 

「よし、ほら、月。こっちおいで」

 

「えと、失礼します」

 

ちょこん、とギルの隣に腰掛ける月。

 

「そういえばにーちゃん、前に言ってたわくわくざぶーんってどうなったの?」

 

「ん? ああ、もう一般解放されてるはずだぞ。利用料の調整もついただろうしな」

 

そんな他愛ない話をしながら、四人は楽しく昼食をとった。

 

・・・

 

「よいしょ、っと。じゃあ詠ちゃん、ギルさんたちにお茶を届けに行こうか」

 

「そうね。そろそろあいつらも休憩の時間だろうし」

 

午後の政務が始まってから数時間。

いつもどおりならそろそろ休憩の時間だと言うことで、二人はお茶を淹れて持っていくことに。

 

「失礼します」

 

「はーい、どうぞー!」

 

桃香の声を聞いてから、扉を開ける。

中には、桃香とギル、そしてなぜか鈴々がいた。

 

「そろそろ休憩かなと思って、お茶を持ってきました」

 

「わ、もうそんな時間? お兄さん、休憩にしちゃおっか」

 

「そうだな。鈴々、少し休もう」

 

「分かったのだー・・・」

 

ぐったりとした鈴々がお茶の入った湯飲みを掴む。

 

「ちょっと、何で鈴々がここにいるの? 一番政務室に似合わない将じゃないの」

 

「ああ、ほら、わくわくざぶーんの報告書、鈴々がそんなもの書いたことないって言うからさ。仕事の合間に教えながら一緒に書いてたんだ」

 

「最初は鈴々ちゃんは除外してあげても良いんじゃないかなぁって思ってたんだけど、お兄さんが「将来のためにも、こういうことは教えておいたほうがいい」って言ってね」

 

それもそうだなぁ、って思ったから、一緒にやってるの、と桃香に言われ、詠はふぅん、と納得の声を漏らした。

 

「うぅ、お兄ちゃん、頭が割れそうなのだ~・・・」

 

「そうやってお茶を飲む元気があるうちは大丈夫。これからは武だけじゃ駄目な時代になってくるからな。こうして頭も鍛えないと」

 

「お兄ちゃんはいじめっこなのだぁ・・・」

 

「いじめじゃないぜ。愛の鞭って言うんだ」

 

いじめなのだ、いじめじゃないって、と何度か言い合う二人。

そんな二人を微笑ましく思いながら見ている月と、桃香となにやら話している詠。

しばらくして、休憩の時間も終わり月と詠は飲み終わった後の湯飲みを片付けに戻っていった。

 

「ほら、そろそろ終わるから、頑張っていこー」

 

「りょーかい、お兄さん!」

 

「うぅ~・・・りょーかいなのだー」

 

・・・

 

「あー、今日も働いたなー」

 

腕をぐるぐると回しながら自室への道を歩く。

今日は月が来るといっていたから、多分もう部屋で待っていることだろう。

部屋へ近づくに連れて、月の魔力を感じる。

やはり、すでに部屋で待っているらしい。

 

「すまん、待たせたな、月」

 

そういいながら扉を開けると

 

「お、おかえりなさい、お兄ちゃんっ!」

 

「おおっ!?」

 

あまりのインパクトに、思考がフリーズする。

なんだなんだ。何が起きた。

月が俺を呼ぶときは「ギルさん」だったはずだ。何故いきなり「お兄ちゃん」に!? 

疑問をそのままぶつけてみると、何でも璃々や蒲公英たちに「兄」系統の呼び方をされているのを見て、ちょっと自分も呼んでみたくなったんだそうだ。

な、なるほど。そういわれてみれば、確かに俺を兄と呼んでくれる娘は多い気がする。

 

「おいやでしたらすぐにやめますけど・・・」

 

「・・・いや、今日くらいはその呼び方で」

 

本能が理性をちょびっとだけ上回ったらしい。

「今日だけ」と条件をつける当たり、少しだけ理性も生き残っていたようだけど。

 

「へぅ。分かりました、お兄ちゃん」

 

「ぐっ・・・! これほどまでに強力とは・・・!」

 

とりあえず、お持ち帰りだ! 

 

「ひゃっ、お、お兄ちゃんっ・・・!?」

 

翌日、腰ががたがたになった月に説教されるまで、「お兄ちゃん」呼びは続きましたとさ。

 

・・・




「お兄ちゃんっ」「他には?」「えーと、お兄様?」「あ、結構月のイメージにあってるかも」「兄さん」「んー、それはどっちかって言うと詠っぽいかなぁ」「にーにー」「もうちょっと幼かったらそれでも良かったかもな」「あんちゃん」「ギギギ」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十七話 みんなで健康診断に

「聴診器を当てられたときのあのひやっとした感覚・・・」「ちょうしんき・・・ですか?」「ああ、月はわかんないか。えーと、こんな感じ」「ひゃうんっ!?」「・・・ごめん、ちょっと興奮した」


それでは、どうぞ。


「・・・健康診断?」

 

中庭にいつの間にか立っていた高札。

内容は、健康診断の実施についてのものらしかった。

 

「お兄ちゃん、けんこーしんだんってなんなのだ?」

 

「ん? ・・・そうだなぁ、病気してないかとか、どれくらい身長があるのか、とか調べるんだよ」

 

「鈴々は病気してないのだ!」

 

「自分では分からない病気とかもあるからな。そういうのも纏めて見るんだろう」

 

「その通り」

 

鈴々に説明していると、背後から声が。

 

「華佗。それにキャスターも」

 

背後に立っていたのは、華佗とキャスター。

そういえば、キャスターには医術の心得もあるんだっけ。

 

「医者が一人じゃ大変だろうと思ってね。微力ながら手伝うことにしたのさ」

 

なるほど、と頷く。

 

「実施は一週間後位を予定してるから、立て札を読んでいない将たちにも教えておいてくれないか」

 

「了解。・・・そういえば、何でいきなり健康診断なんかを?」

 

「ああ、ギルは知らないんだっけ? わくわくざぶーんの建設中、天の御使いが風邪をひいてね」

 

なんと。

あの頃は建設の指揮に忙しかったから分からなかった。

そうか、しばらく見てないなと思ったけど、風邪引いてたのか。

 

「それで、他の将にも何か病気の兆候なんかがないかと実施することにしたのさ」

 

「なるほど、得心いった。・・・そういえば、サーヴァントは受けなくていいんだよな? 会場案内の手伝いとかしようか?」

 

俺は受肉しているが、それでも普通の人間とは違う。

健康診断のときは人手も足りなくなりそうだし、と思ってそう言ってみると、キャスターから驚きの返答が。

 

「何を言っているんだ、ギル。もちろんサーヴァントもやるよ?」

 

「霊体だぞ!?」

 

おっと。思わず突っ込みを入れてしまった。

だが、サーヴァントは俺を除いてみんな霊体である。健康診断とか・・・いるのか? 

 

「まぁ、人間と同じ健康診断ではなく、マスターからの魔力はちゃんと供給されて循環してるか、とか魔術的なものになるんだけど」

 

「・・・ああ、そういうことか」

 

それならばサーヴァントにも健康診断があるというのも頷ける。

魔力供給が上手くいかなければサーヴァントは消えてしまうからな。

 

「でもまぁ、サーヴァントは七人しかいないんだし、すぐに終わるだろうから、手伝ってくれるのは嬉しいけどね」

 

「ん、了解した」

 

ふぅむ、健康診断か。

 

・・・

 

と言うわけでやってきました三国合同記録会。

体重を量るの反対、やら胸囲を測るの反対、なんて反発もあったものの、何とかみんなを納得させ、開催することができた。

 

「いやぁん、ご主人様と目が合っちゃったわん。卑弥呼、どうしましょ」

 

「うぬぬ、このようにビシッと目が合ってしもうては妊娠してしまうやもしれんぞ!」

 

・・・あれらは一刀に任せよう。

決して係わり合いになりたくないとかそういうことではないので。あしからず。

あ、いや、やっぱ係わり合いになりたくねえや。

 

「・・・ギルの兄さん、あの面子が暴れだしたら、鎮圧手伝ってな・・・?」

 

そう言った真桜の視線の先には

 

「・・・体重」

 

「・・・おっぱい」

 

血走った目をした将がいた。

・・・いや、誰とはいわないけど。

 

「・・・ああ、尽力しよう」

 

「ほんまか! これで少し気が楽になるわぁ!」

 

「ありがとなのー!」

 

真桜と沙和はそのまま軽い足取りで凪の元へと駆けて行った。

・・・いつでも宝物庫を開けるようにしないとなぁ。

 

「あ、ギルさん」

 

「月。それに詠たちも」

 

ぞろぞろとやってきたのは侍女組+侍女卑弥呼、そして恋だ。

・・・っていうか、卑弥呼はいつまでメイド服でいるつもりなんだろうか。

 

「あれ、卑弥呼も来てるのか」

 

「ええ。偽者が健康診断やるのにわらわがやらないわけには行かないでしょ?」

 

卑弥呼はやる気満々のようだ。

・・・まぁ、別に良いか。

ちらり、と手元にある割り振り表を見る。

ええと、月たちは・・・呉と一緒に回ってもらうことになってるのか。

 

「月たちは呉と一緒らしい」

 

「・・・偽者はどこと一緒にまわるわけ?」

 

「蜀だな。麗羽たちと白蓮もこっちだ」

 

「ならわらわもそっちに行くわ。偽者との決着は直接つけなくちゃならないのよ」

 

「・・・あー、うん、まぁいいや」

 

ここでごねられても困るしな。

 

「じゃあ、俺もちょうど蜀のところで手伝いだから、一緒に行くか。・・・悪いけど、月たちは沙和に着いていってくれ」

 

「はい。それでは、また後で」

 

そう言って去っていく四人を見送った後、卑弥呼と共に槍投げの会場へ。

 

・・・

 

「お、一刀じゃないか。一刀も蜀と一緒に健康診断か?」

 

「ああ、ギル。いや、俺は見回りだよ。・・・それにしても、みんな凄いよな。見てくれよ、この記録」

 

そう言って手渡されたのは、記録表。

それを見てみると・・・おお、凄いなこれ。

 

「ほとんど百メートル越えじゃないか」

 

凄いなぁ。・・・うわ、愛紗とか一番飛ばしてるじゃないか

 

「あ、ギル殿っ!」

 

「凄いじゃないか愛紗。一番だぞ」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

こちらに駆け寄ってきた愛紗をねぎらうと、てれりと俯いてしまった。

 

「さて、次はっと・・・え?」

 

名簿にあったのは、貂蝉と卑弥呼の文字。

・・・まさか。

 

「うーん、ちょっと軽いわねぇん」

 

・・・まさかの人外じゃないか! 

っていうか、貂蝉、卑弥呼、卑弥呼(女)って、事故の予感しかしない! 

 

「ぬっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!」

 

掛け声と共に、圧倒的な気が爆発する。

貂蝉は身体の中を暴れまわる気を収束し、最大の瞬発力を発揮させる。

天まで届けとかご主人様のお尻まで届けとか不穏な言葉が聞こえるが、そこはスルーさせていただく。

 

「ドゥルァァァァァァァァッ!」

 

ドガァン、とおよそ槍投げの際に発するようなものではない音を立てながら、貂蝉は腕を振りぬく。

何かが破裂するような音と共に、槍を中心とした衝撃波が発生する。

・・・あれを人は、ソニックブームと言う。

 

「まさか、だな・・・」

 

卑弥呼と貂蝉以外の将が呆然と空へ消えていった槍を見つめる中、貂蝉がサムズアップした。

さ、流石人外。

 

「貂蝉。・・・甘い、甘いのぅ」

 

「もうちょっとズンズン来る感じならもっと良いんだけどねん」

 

・・・なんて会話を交わし、次は卑弥呼の番だ。

 

「ぬぅんっ!」

 

地面がめくり上がるんじゃないかと言うほどの気の放出。

どうみても貂蝉以上の強さの上、淀みの少ない気のようだ。

 

「ぬっふぅぅぅぅ・・・!」

 

槍を構え、目を閉じる卑弥呼。

周囲の将たちも、しんと静まり返る。

 

「見えたぞ、汗の一滴!」

 

かっと目を見開き、踏み込む。

 

「でえええええええええええええいっ!」

 

その瞬間、爆発が起こった。

 

「槍投げで、爆発だとっ!?」

 

その疑問はごもっともだ、星。

いや、俺も信じたくないが・・・うーん。

空の彼方へと光って消えた槍は・・・って、なんか爆発してる・・・? 

 

「おいおい、何打ち落としたんだよ」

 

千里眼を発動してみるが、爆煙が晴れた頃には何もなくなっていた。

・・・なんだったんだろうか。

 

「・・・よし、わらわの番ね。・・・ちょっと格闘娘。これって自分の持てる力をすべて出し切って槍を遠くへ届かせればいいのよね?」

 

「格闘娘って私ですか・・・? ・・・ええ、そうですけど・・・」

 

「そう。・・・なら、わらわの勝ちね偽者!」

 

「ほう?」

 

卑弥呼(女)の言葉に、興味深そうな表情を浮かべる卑弥呼。

槍を持った卑弥呼(女)は、懐から鏡を取り出す。

 

「行くわよ、合わせ鏡!」

 

その言葉と共に、合わせ鏡になった二枚一対の鏡が四組、斜め上を向いて直線上に並んだ。

合わせ鏡が砲台を形成しているようだ。その鏡は回転しながら魔力を充填し始める。

って、まさか合わせ鏡で槍を加速させて・・・

 

「行きなさい、わらわの超魔力砲!」

 

うわぁ、そのまさかだ! 

っていうか、この人何の躊躇いも無く名前パクッた! 

俺がそんな風に心の中で突っ込みを入れている間に槍は砲台を通り魔力によって加速させられていく。

 

「ぬぅ!?」

 

「あらぁん」

 

音を置き去りにした槍は卑弥呼の槍と同じように空の彼方にある「何か」を撃墜した。

 

「どうよ! わらわのほうがかっ飛んだわよ!」

 

「・・・健康診断だっていうの、忘れてるだろ」

 

「ふむ、なかなかの力・・・流石はワシと同じ名を持つだけはあるわ! ふははははは!」

 

・・・もういやだ。

 

・・・

 

「・・・ぶぅ。なんでわらわが拳骨貰わなきゃならないわけ?」

 

「危ない事したから。あれだけの魔力使ったら大変なことになるって分かってただろ?」

 

「まぁ、平行世界からも魔力引っ張ってきたからね」

 

ふふん、と無い胸を反らしながら卑弥呼は得意げに言った。

・・・卑弥呼に対する対抗心さえなければ元気はつらつなだけの魔法使いなのに・・・。

あれ、それでも駄目な気がしてきた。不思議だなぁ。

 

「・・・まぁ、ギルがそこまでいうならちょっとは自重してあげる」

 

「ありがとさん。・・・さて、魏のテスト会場はここか」

 

「頭の悪い奴らは大変ねえ。こんなのに苦労するなんて」

 

「あら、ならあなたも受けてみなさいよ」

 

卑弥呼の言葉に答えるように声をかけてきたのは、華琳だった。

そばにはいつもどおり春蘭と秋蘭が侍っている。

 

「受けても良いけど・・・一位は貰っちゃうわよ?」

 

「ふぅん? それはいい事を聞いたわ。あなたは・・・蜀と一緒に回っていたはずね。次は蜀が筆記試験のはずだから、そのときを楽しみにしているわ」

 

ばちばちとお互いに火花を散らす二人。

 

「・・・なぁ秋蘭?」

 

「なんだ、ギル」

 

「何で華琳と卑弥呼って仲良いんだ?」

 

俺の言葉に、秋蘭は少しだけ考え込んで

 

「多分、華琳様ご自身と近い感覚を持っているから、だと思うがな」

 

・・・そういうもんか。

 

「そういうものだと思うぞ」

 

そっかそっか、と納得していると、春蘭が話しかけてくる。

 

「それに、華琳様と卑弥呼さんは立場も似通ってらっしゃるという点もあると思いますよ」

 

・・・その言葉を聞いた瞬間、血の気が引いた。

いや、比喩とかではなく確実に俺の顔色は真っ青になっていることだろう。

 

「・・・しゅ、しゅしゅしゅ秋蘭?」

 

「・・・言いたい事は分かるぞギル」

 

「何が起こったんだよ?」

 

秋蘭に顔を寄せ、耳打ちする。

ふぅ、とため息をついた秋蘭は、ぼそりと

 

「ここ数日の勉強漬けが祟ったらしい」

 

うわぁ・・・人格が変わるほどだったのか。

 

「というか、理性的な春蘭とか鬼に金棒みたいなものじゃないか」

 

そう考えないとやっていけない気がする。

 

「お、終わりましたぁ・・・」

 

秋蘭とぼそぼそと話していると、流流が部屋から出てきた。

へとへとになっているようだ。

 

「お疲れ、流流。どうだった?」

 

「あ、にーさま。・・・えと、問題は大体わかったんですけど、問題文が読めなくて・・・」

 

「まぁ、それならこれからの努力しだいで何とでもなるな。秋蘭や・・・今の春蘭に教えてもらうと良い」

 

「え? 秋蘭様はともかく・・・春蘭様は・・・」

 

「私でよければ、喜んでお力になりますよ、流流さん」

 

「っ!?」

 

流流は、ぞぞぞ、と鳥肌の立つ腕で自分を抱きながら、驚愕の表情でこちらを見てくる。

ああ、うん。その反応が多分正しいんだと思う。

そして試験終了の銅鑼が鳴り、残っていた人たちも出てくる。

 

「うぅー・・・頭痛い・・・」

 

「季衣か。お疲れ様」

 

「あ、にーちゃん。にーちゃんも試験受けに来たの?」

 

「俺は案内役の手伝いだよ。大変だったみたいだな」

 

「大変だったよぅ・・・にーちゃんも受ければ良いのに」

 

「俺はもう良いかなぁ、そういうの」

 

曖昧に返しながら言葉を濁していると、桂花も出てきた。

 

「・・・」

 

「桂花、大丈夫か?」

 

だいぶ顔色が悪いが・・・。

 

「お疲れ様です、桂花さん」

 

「ひっ!? あ、あんた・・・」

 

そう言ってこちらを見る桂花。

 

「・・・俺の宝物庫にもいろいろな霊薬があるが、これを治すのは・・・どうだろうか?」

 

「うわーん、華琳様ー!」

 

いつもどおり桂花が華琳に抱きつくのを尻目に、理性的な春蘭に視線を移す。

・・・この状態の春蘭はあと何時間持つのかなぁ・・・。

 

・・・

 

と言うわけで、呉のみんなが身体測定をしている部屋の近くまできました。

ここは流石に中の様子を覗くわけにも行かないので、月あたりが出てきたら感想を聞いてみるかな。

 

「あれ、ギルー!」

 

「ん、おおっ!? ・・・って、シャオか」

 

声に反応するより速く、シャオがこちらにタックルしていた。

 

「あのね、あのね、シャオの身長とおっぱい、ちゃんと大きくなってたんだよ!」

 

「おお、やったな。やっぱり孫家の姫だな」

 

「えへへぇ。・・・でもまぁ、お姉さまたちもきちんと成長してたんだけどね・・・」

 

しゅん、と落ち込むシャオ。

これはいけない。何とかフォローしてあげなくては。

 

「そんなに気にしなくて良いだろ。シャオも成長期なんだからさ。きっとすぐに追いつくさ」

 

「そ、そうだよね、うん!」

 

そう思えば、身体測定も悪くないわね、とご機嫌なシャオ。

そうだ、と何かを思いついたらしい。輝かんばかりの笑顔で

 

「ギルにだけ、こっそり触らせてあげようか?」

 

「おおう!?」

 

「あのね、シャオ・・・ギルにだったら、いいよ・・・?」

 

上目遣いにこちらを見上げるシャオ。

おおお、不味いぞ、この破壊力は不味い・・・! 

 

「ほら、ギルぅ・・・」

 

そう言ってシャオは理性と戦う俺の手を取って自身の胸へと・・・

 

「って、危ねえ!」

 

運ばれる前に、背後からの一閃をギリギリで避ける。

 

「ちっ、惜しい」

 

「惜しいって言った!? 思春さん、惜しいといいましたか!?」

 

「やかましい。全く、油断も隙もない」

 

そう言って思春は獲物を仕舞う。

・・・あぶねえ。ほんとにデンジャーだよこの人。

迷わず首を刈りにきたからな・・・。

 

「小蓮さまも小蓮さまです。もう少し場所と時間をお考えください」

 

「ぶぅ。・・・今日のところは引き下がってあげる」

 

渋々といった様子で、シャオは俺から離れた。

 

「あら? ぎ、ギル・・・?」

 

思春の後に部屋から出てきた蓮華は、こちらを見て頬を赤く染めた。

よぉ、と手を上げると、小走りにこちらへ近づいてきた。

 

「ど、どうしたの? こんなところで・・・」

 

「いろんなところを見て回って手伝ったりしてるんだ」

 

「そうなの? 大変ね。お疲れ様」

 

「いやいやそっちこそ。これから槍投げとか筆記試験もあるんだし」

 

「う・・・そういえばそうだったわね・・・」

 

これから待っているであろう筆記試験のことを思い出したのか、蓮華は少し落ち込んだようだ。

・・・まぁ、こればっかりは頑張ってくれとしか言えない。

 

「・・・槍投げでやらかしそうなのがいないって言うのは良いよな」

 

「え? 何か言った?」

 

蓮華の怪訝そうな声にいや、なんでもないと返す。

さて、ここで手伝えることもないだろうし、月もしばらく出てこなさそうだから他のところ手伝ってこようかな。

 

・・・

 

春蘭が槍投げで槍と共に知性も放り投げたり一刀が魏の身体測定を見に行って桂花に気絶させられたりといったハプニングがあったものの、ある程度平穏に健康診断は終わっていった。

そして朱里と雛里が結果をまとめて発表するので、みんながそれを見に来た。

 

「みなさーん、結果はっぴゅ・・・発表です!」

 

「よっと。こんな感じかな」

 

朱里たちの代わりに立て札を立てる。

俺はお手伝いなので、こうして朱里たちには不向きな力仕事を担当している。

 

「あわ・・・ギルさん、お手伝いありがとうございます・・・」

 

「いやいや、これくらいはしないと」

 

発表されるのは筆記試験の結果と槍投げの記録だったはずだ。

春蘭に筆記試験で負けた桂花がショックを受けたり一刀が身体測定の結果を知りたがって春蘭にしばかれたりといろいろあったが割愛する。

 

「・・・そういえば鈴々。散々季衣と身長で争ってたけど、どっちが上だったんだ?」

 

「あれは引き分けだったのだ!」

 

「引き分け・・・同じ身長だったのか」

 

「でも、明日になったらボクのほうがおっきくなってるもんねー!」

 

「そんなことないのだ!」

 

また言い合いになりそうな二人をたしなめると、桃香が朱里たちに質問した。

 

「そういえば・・・身体検査の記録はどこに保存するの?」

 

「はい。最初は厳重に封印して誰にも分からないところに保管しておこうと思っていたのですが・・・」

 

「ですが?」

 

「それでも万が一、と言うのがありますので、もっと確実で厳重なところに保管することにしました」

 

え、どこどこ? と桃香が聞く。

普通はどこにあるかなんていわないだろうが、保管場所はおそらく誰にも手出しできない場所だ。

言っても構わないだろう。

 

「はい、ギルさんの宝物庫の中へ仕舞わせていただきました」

 

「ギルの宝物庫・・・なるほど、あそこなら本人以外は手出しできんな」

 

朱里から事前に頼まれていたのもあり、資料の入った箱ごと宝物庫へと保管した。

経年劣化もせず、誰にも見られることがない最高の保管場所だと思う。

 

「お、お兄さん、絶対に見ちゃ駄目だよ!?」

 

「分かってる分かってる。そんな信用を無くすような真似しないって」

 

「それに、もし見ようとすれば・・・令呪がありますし」

 

にっこり笑った月が「ですよね、ギルさん」と笑いかけてくる。

本当に令呪を使うとは思えないが、乙女の秘密をわざわざ暴こうとも思わない。

こうして、波乱の健康診断は終わったのだった。

 

・・・

 

「健康診断二日目、サーヴァント一斉検査を始めようと思います。はい拍手ー」

 

「わーぱちぱち」

 

「・・・響、無理に乗ることはないのよ?」

 

「えー、ほら、だって・・・キャスターかわいそうじゃん」

 

唇を尖らせた響がそういうが、キャスターは別に反応があろうがなかろうがどっちでも大丈夫そうだけどな。

 

「ええと、それじゃあ詳しい検査内容を発表させてもらうよ。まずサーヴァントたちがきちんと身体を動かせるか体力測定。そして、霊核やらを検査する身体検査って所かな」

 

孔雀が手元の資料を見ながらそう言った。

まぁ、それくらいが妥当だよな。

 

「と言うわけで、まずは体力測定だね。槍投げから行くよー」

 

「あ、そこは同じなんだ」

 

「うん。槍をきちんと投げられるってことは魔力がちゃんと行き届いていて身体を動かすのに不自由してないってことだから」

 

ほうほう。

 

「はい、と言うわけでこの槍をぶん投げてください」

 

「ならば、まずは私から行こう」

 

そう言ってセイバーが槍を持つ。

槍を持った腕を引き、十分に力を溜めた後、思い切り振りかぶる。

セイバーの腕から離れた槍は、空気を切り裂いて彼方へと飛んでいく。

おー、飛ぶ飛ぶ。流石は英霊だよな。

 

「お、飛ばしたじゃねーかセイバー」

 

心なしか銀も嬉しそうな顔をしている。

やっぱり自分の相棒がいい結果を残すと嬉しいものなんだろう。

 

「よっしゃ、次は俺か」

 

そう言って槍を掴んだのはライダー。

今日も黒い靄は元気である。

 

「せいやぁっ!」

 

ライダーが投げた槍は、セイバーの槍の少し前に刺さった。

おお、接戦だなぁ。

 

「まー、こんなもんかー」

 

「じゃー次はバーサーカーの番ね! 握りつぶさないように投げるのよ!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

シャオから槍を受け取ったバーサーカーは、投げ方なんて気にせずにただただ力づくで槍を投げる。

セイバーとライダーの投げた槍を軽々と飛び越し、肉眼では見づらくなるまで飛んでいった。

 

「・・・さっすがバーサーカー! 力だけはあるね!」

 

だけはって・・・。

それは褒め言葉なのか? 

 

「ランサー、行け」

 

「はっ!」

 

いつもと同じ緑色の軍服を着たランサーが槍を構える。

きびきびとした動きから放たれた槍は・・・

 

「む、惜しいな」

 

セイバーの槍よりも後ろに落ちた槍を見て、甲賀が呟く。

やはりステータスの差なのか、わずかに届かなかったようだ。

 

「ようっし、じゃあハサン、行ってみようか!」

 

響の言葉に頷きながら、アサシンが右腕で槍を持つ。

・・・あれって投げられるのか? なんて思ってしまう。

 

「・・・」

 

助走をつけて投げられた槍は、右腕のリーチの為かかなり飛距離を伸ばした。

おお、ライダーとほぼ同じところだ。

 

「おー、ハサンって意外とやるじゃん!」

 

ね、ね、凄いよねハサン! と俺に絡んでくる響。

そうだな、と言って頭を撫でておく。こうすれば静かにするだろう。

 

「さて、そろそろ私もやっておこうかな」

 

「お、がんばれー」

 

孔雀の気の抜けるような声援を受けながら、槍を構えるキャスター。

その結果は・・・まぁ、あえて触れるまい。

最後は・・・俺か。

 

「ギルさん、頑張ってくださいね」

 

そう言って槍を手渡してくれた月に、もちろん、と頷く。

身体に魔力を循環させ、宝物庫からのバックアップも十分。

槍を投げる一瞬だけ、ステータスが若干上昇するようにしておいて、全身を使って槍を投げる。

槍は空気を切り裂いて飛んでいき・・・

 

「お、バーサーカーと並んだな」

 

見事、バーサーカーの投げた槍の近くに突き刺さった。

 

「凄いですギルさんっ!」

 

今にも飛び跳ねそうなくらいに喜んでいる月を抱きとめる。

うんうん、無邪気にはしゃぐ女の子は可愛いものだ。

槍投げの結果は、同率一位で俺とバーサーカー、そして三位ライダー、四位セイバー、五位アサシン、六位ランサー、七位キャスターとなった。

 

「次は身体検査だね。じゃあ、マスターとサーヴァントのパスを調べていくよー」

 

そう言って、キャスターは一組一組診察していく。

俺も月と一緒に診察されたが、特に異常はないとの事。

以前は不安定だった魔力の供給も、最近はかなり安定しているようだ。

 

「ま、問題はないよ」

 

「そうですか・・・良かった」

 

診断結果を聞いた月がほっと胸をなでおろした。

まぁ、月はこういうのに責任感じるほうだろうしな。

診察が終わった後、みんなの結果を聞いてみる。

一番心配だったのはバーサーカーのマスターであるシャオだったが、弁慶はまだ魔力消費の低いほうらしく、魔力切れで自滅はほぼありえない、との事。

他のサーヴァントたちも特に異常はなく、身体検査は終わった。

 

・・・

 

「ちょっと月」

 

洗濯物を干している最中のこと。

月は背後から聞こえた声に振り向いた。

 

「はい? ・・・卑弥呼さん、どうかしましたか?」

 

「アンタにいいものあげるわ。ちょっとこっち来なさい」

 

「え? で、でもまだ仕事が・・・」

 

「良いから」

 

「だ、だれかー・・・」

 

あーれー、と卑弥呼に引っ張られていく月は、とりあえず考えることをやめた。

 

・・・

 

「ギル、どうよこれ」

 

「ん? なにがどうした・・・って、月?」

 

「へぅ・・・ど、どうですか、ギルさん」

 

いきなり部屋に入ってきた卑弥呼と月へと顔を向けると、そこには驚きの光景が広がっていた。

なんと、月が着物を着ていたのだ。

おそらく一緒にいる卑弥呼が用意したものだろう。

 

「全く。平行世界移動しまくっちゃったわよ。ほら、月はナイチチだからさ、着物とか似合うのよねぇ」

 

わらわのセンスは完璧なのよ、という卑弥呼の背後で月が「ナイチチ・・・ナイチチって・・・」とへこんでいる。

いや、ほら、大丈夫! 胸の大きさイコール魅力じゃないから! 

っていうか、卑弥呼も人のことは言えない気が・・・

 

「あん? ちょっとギル。何わらわの胸を見て・・・」

 

そこまで言うと、卑弥呼はばっと胸に手を当てて隠した。

 

「そんな、わらわがあまりにも魅力的だからってこんな真昼間からなんて・・・」

 

「何を勘違いしてるのか知らないけど、多分それ間違ってるぞ」

 

頬に手を当ててぶんぶんと頭を横に振る卑弥呼にそう言ってみるが、まるで聞いちゃいない。

着物姿で落ち込む月と、メイド服姿で恥ずかしがってる卑弥呼が俺の部屋の中にカオスな空間を作り出している。

・・・どうすりゃいいんだろう、これ。

とりあえず、月から復活させることにしよう。

 

「月、そんなに落ち込むなって」

 

「ギルさん・・・」

 

「胸の事は気にしなくて大丈夫。それよりも、着物着た月をもっと見たいな」

 

「へぅ。ちょ、ちょっと恥ずかしいですけど・・・分かりました」

 

そう言って、月は両手を広げてくるくるとその場で回った。

月の持つ雰囲気と着物はかなりマッチしている。

 

「ど、どうでしょうか?」

 

「ああ、かなり似合ってる。完璧だ」

 

「へぅ・・・ありがとうございます。とっても嬉しいです・・・!」

 

すっかり立ち直った月は、鼻歌を歌いながら鏡に映った着物姿の自分を見ている。

どうやら着物を気に入ったようだ。祭りのときとかに着て貰いたいな、これは。

 

「えへへぇ、もぅ、ギルぅ、そんなところまで・・・」

 

・・・次はこっちか。

寝台の上でくねくねと身体をよじる魔法少女を何とかしないとな。

 

「おーい、卑弥呼。戻ってこーい」

 

期待は一切していないが、とりあえず声をかけてみる。

卑弥呼はいまだ妄想の世界から帰ってこない。

次の手段は・・・揺すってみるか。

 

「おーい、卑弥呼ー!」

 

「はうっ!? ・・・な、何よギル。・・・ってあれ? わらわなんで寝台なんかに・・・」

 

ああ、記憶ないんだ・・・。

 

「まぁいいわ。結構満足したし。ほら月、帰るわよー」

 

寝台から起き上がった卑弥呼は、服についたしわをぱっぱと払うように直すと、月に声をかける。

 

「あ、はい。・・・それでは、また後で、ギルさん」

 

「ああ、二人とも、またな」

 

「ええ、またね」

 

最終的に上機嫌になって帰っていった二人を見送る。

・・・着物、似合ってたなぁ・・・。

 

・・・

 

「どうどう」

 

馬に乗せた鞍にまたがりながら、手綱を引く。

この鞍は宝物庫にあった特別製で、馬を上手に乗りこなせるようになる加護がつく様になっている。

鐙もきちんとあるので、乗馬初心者である俺でもこうして一人前に乗りこなせるのだ。

 

「お、ギル。今日は乗馬か?」

 

「セイバーか。そっちこそ、馬に跨ってどうしたんだ?」

 

「いやなに、この馬は私の宝具と言うか英霊化した愛馬でな、今日は天気もいいし、走らせてやろうかと思って」

 

セイバーの愛馬といえば・・・的盧か。

ふとセイバーのほうを見ると、セイバーは的盧の首を撫でていた。

的盧も嬉しそうに嘶いている。

 

「・・・そうだ、ギル。競争しないか?」

 

「俺とセイバーで?」

 

「ああ」

 

「騎乗スキルのあるお前に勝てるわけないだろう。俺、初心者だぜ?」

 

「はっはっは、見たところ、その鞍や手綱、普通の品ではないだろう?」

 

笑いながらそう聞いてきたセイバーに、まぁそうだけど、と返す。

 

「ならば良いではないか。それに、馬上での動きに慣れるのは大切だぞ?」

 

「・・・はぁ、分かったよ。で、どこでやるんだ?」

 

「もちろん、競馬場だ。着いて来い」

 

ぱっからぱっからと先に進んだセイバーに、ため息をつきつつついて行く。

ちょっと馬の練習をしたいだけだったんだが・・・まぁいいか。

 

・・・

 

「ここを・・・そうだな、先に一周した方が勝ち。それで良いか?」

 

「ん、大丈夫だ」

 

「よし・・・ならば、この石が地面に落ちたら開始だ」

 

そう言ってセイバーは拾った石を上に放り投げる。

その石が落ちるまでの一瞬、俺とセイバーは神経を集中させていく。

 

「・・・せいっ!」

 

「・・・はぁっ!」

 

石が地面についた瞬間、俺たちは同時にスタートを切った。

宝物庫の中身をフルに使った俺の馬と、英霊化したセイバーの愛馬。

その二頭は勢い良く駆ける。

・・・ちっ、流石にセイバーのほうが速いか! 

 

「だが、勝負といわれた以上・・・努力はしないとな」

 

魔力放出。

ランクは低いが、馬を強化することはできる。

鞍と手綱を媒介に、俺の駆る馬の筋力を強化し、速度を上げる。

 

「くっ、そんな手が・・・!」

 

「はっ、勝たせてもらうぞ!」

 

速度が上がっても、鞍によって付加された騎乗スキルによってよどみなく馬を操ることができる。

カーブの際に少しだけ膨らんだセイバーの隙を突き、内側からセイバーを抜く。

 

「なんと、油断したかっ」

 

後ろからセイバーの悔しそうな声が聞こえるが、今はコースの内側を守っていけば良いだろう。

 

「く、ギルよギル! 私の運命を妨げるか!」

 

しかし、最後の直線のとき事は動いた。

セイバーがいきなり叫んで馬に鞭打つと、的盧は突然飛び上がり俺の頭上を越えていく。

呆然とする俺の前を悠々と走って一着でゴールするセイバー。

 

「あ、ありか!? それはアリか、セイバー!」

 

「当たり前だ。私は私の持つすべてを出し切って戦ったのだからな」

 

「・・・そうか、そういうことならこっちにも考えがある」

 

もう一戦だ、と言う俺の言葉に笑顔でおう、良いだろうと答えたセイバー。

・・・見てろよ。

 

・・・

 

「よし、それじゃルール確認だ。直接相手を傷つけない宝具の使用は可能。良いな?」

 

「おう。それで良いだろう。・・・くっくっく、次も勝って見せよう、ギル」

 

「はっ、今のうちに言ってろ。・・・セイバー、開始の合図を」

 

俺がそういうと、セイバーは手に持った石を再び上に放り投げる。

石が地面についた瞬間・・・俺は宝物庫を解放する。

 

「風よ! 俺の背を押し出せ!」

 

風を放出する宝具によって風を生み出させ、それを宝物庫から放つことでスタートダッシュのブースト代わりにする。

急加速によって一瞬馬が慌てるが、上手く手綱を操って落ち着かせる。

いい加速だ。これでだいぶセイバーとの差がついただろう。

 

「くっ、味なまねを・・・頼む、我が兄弟よ!」

 

「おうよ!」

 

「了解だ!」

 

セイバーの掛け声に応じるようにコース前方に現れたのは、関羽と張飛。

彼らは圧倒的な攻撃力を持ってして地面を粉砕し、悪路を作り出した。

 

「コースを破壊するなんてなんとまぁ力ずくな・・・!」

 

「はっはっは! 何とでもいえ!」

 

一瞬戸惑った隙をつかれ、セイバーに抜かれる。

そのまま的盧に鞭打ち、悪路を飛び越えると、カーブに差し掛かった。

・・・さて、俺はどうするかな。

この悪路、もし馬の足でもはまってしまえばその時点で負ける。

かといって、こいつにはこんな重装備でここを飛び越えられるはずもなし・・・。

 

「仕方がない、先に謝っておく。ごめん天の鎖(エルキドゥ)!」

 

背後の宝物庫から鎖が延び、一本の道を作る。

 

「これならば、騎乗スキルで何とでもなる!」

 

同じようにカーブに差し掛かり、セイバーに追いつくと、先ほどのを見ていたのか、呆れながら

 

「あんなどこぞの鉄球使いと同じようなこと、良くやる」

 

なんて言ってきた。

直線に入り、俺とセイバーが並ぶ。

 

「兄弟使って地面破壊するような奴に言われたくはないね」

 

あれ、後で戻しておけよ、と付け加えておく。

 

「分かっている。最後の直線だ! 駆けろ、的盧!」

 

「よし、最後だ、頑張ってくれ!」

 

差はほぼない。

ここでどれだけ相手を離せるかにかかっている・・・! 

そして、一着でゴールしたのは・・・

 

・・・

 

「っぷはー!」

 

競馬が終わった後。

俺とセイバーは酒屋でお互いをねぎらっていた。

先ほどの順位は・・・同着。

地面を破壊した後手持無沙汰になっていた関羽と張飛が見て同着だといっていたので間違いはないのだろう。

その後召喚された関羽と張飛とセイバーと俺の四人で地面を元通りにして、こうして酒屋まで来たのだ。

 

「いやはや、それにしてもギルの宝物庫には何でもあるな!」

 

「だな。大体のものは入ってると思うぜ」

 

馬を上手に乗りこなせる道具でてこい、と念じたところあの鞍が出てきたしな。

ほんとに何でも入ってるのかもしれない。

 

「それにしても、やっぱり英霊化しただけあって的盧は凄かったなぁ」

 

まさか飛び越して抜いてくるとは思いも寄らなかった。

 

「はっはっは! そうだろうそうだろう!」

 

酔ってるのか、上機嫌なセイバーとの酒盛りは、日が暮れるまで続いた。

・・・その後、セイバーともども愛紗に説教を食らったのは言うまでもない。

 

・・・




「ギルおにいちゃん! お医者さんごっこしよう!」「ちょ、響きが危ない!」「ふえ? なんでー?」「・・・俺の心が汚れてるだけか。よし分かった。じゃあ俺が患者さんやるよ」「うんっ。えーっと、お医者さんって患者さんを針で刺せば良いんだよね?」「それは特殊な医者だけかなぁ・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十八話 母娘とプールに

「市民プールとかにあるたこ焼きの自販機、すっげえ驚いた記憶がある」「フライドポテトとかもあったよな。久しぶりに食いたいなぁ」「華琳と流々たち料理の得意な娘たちを集めれば出来そうだけどな」


それでは、どうぞ。


「ギルおにーちゃーん!」

 

「こら、璃々っ」

 

夏も終盤に差し掛かり、うだるような暑さから開放されてきたある日のこと。

城の通路を歩いていると、背後から璃々の声が。

その更に後ろから、紫苑の声も聞こえる。

 

「どうした、璃々。紫苑も」

 

「あのね、あのね、お兄ちゃんと一緒にわくわくざぶーんにいきたいの!」

 

「わくわくざぶーんに?」

 

そういえば、紫苑と璃々には都合がつかなかったから、わくわくざぶーんの試遊にはきてなかったんだっけ。

 

「もう、璃々、ギルさんに変なことを言わないの」

 

「あのね、おかーさんは今日お仕事お休みで、一緒にきてくれるの! ギルおにーちゃんは、今日おひまですか!」

 

首をかしげながら元気にそう聞いてくる璃々に癒されつつ、頭の中で今日の予定を思い起こす。

・・・うん、特に問題はないな。

 

「ああ、俺は大丈夫だよ。紫苑、俺も一緒に行って良いかな?」

 

「ええ、ギルさんが来てくださったら、璃々も喜びますし・・・」

 

でも、本当に大丈夫なのですか? と不安そうにする紫苑に、大丈夫大丈夫、と笑いかける。

 

「よし、行こうか、璃々!」

 

「うんっ! ほら、おかーさんも早くっ」

 

「ふふ、引っ張らなくても大丈夫よ、璃々」

 

俺と紫苑は、璃々に引っ張られながらわくわくざぶーんへと向かった。

 

・・・

 

「わぁー・・・!」

 

「あら・・・」

 

水着に着替えた璃々と紫苑は、わくわくざぶーんのプールを見て驚きの声を漏らした。

やっぱり、はじめて見た人は驚くよなぁ。

 

「すごーい!」

 

「ああほら、璃々、準備運動してからな」

 

なんとか璃々をたしなめ、柔軟体操をしておく。

足がつったりしたら大変だからな。

 

「よし、それじゃあゆっくり入ろうか」

 

一応子供用の浅いプールもあるが、人は確か20センチ水深があれば溺れるらしいからな。

気をつけなくては。

 

「うんっ。・・・ふわぁ、あったか~い!」

 

「あら、ほんとね。お風呂より少しぬるいくらいかしら?」

 

「ああ。冬場でも泳ぐのに問題ないのはこれくらいかと思ってね。これ以上温度を上げると風呂になっちゃうから」

 

その後は、璃々の手をとって泳ぎの練習をしたりしていたのだが、しばらくするとウォータースライダーに興味を持ち始めた。

 

「あのおっきい竜は何~?」

 

「あれはな・・・まぁ、説明するより乗ったほうが早いな。いこうか、璃々」

 

「うんっ」

 

「あら、じゃあ、璃々をお願いしますね、ギルさん」

 

「ああ、任せてくれ」

 

プールサイドで一休みするらしい紫苑に手を振り、階段を上る。

 

「ふわー・・・ここからすべるのー?」

 

「そうだよ。俺と一緒に滑ろうか。俺の脚の上においで」

 

「わかった!」

 

よいしょ、と俺の脚を跨ぐように乗った璃々の腰に手を回し、滑り出す。

最初はあまり早くないものの、すぐに周りの景色が線になるくらいの速度になる。

 

「はやーい!」

 

「はやいだろー!」

 

二人してはしゃぎながらいくつかのカーブを曲がり、プールに着水する。

水面から顔を出すと、璃々がもういっかい、とせがんでくる。

 

「そうだ。紫苑と一緒に乗ったらどうだ?」

 

「おかーさんと?」

 

「ああ。紫苑も璃々と一緒に滑ってみたいって思ってるぞ」

 

まぁ、本音は紫苑にもウォータースライダーを体験してほしいっていうのがあるんだが。

なんていうか、はしゃぐ紫苑を見てみたいというか・・・。

そんなことを考えながらプールサイドに戻ると、驚きの光景が広がっていた。

 

「お願いしますっ。今日だけでいいんで、一緒に遊びませんか!」

 

「ごめんなさい、さっきも言いましたけど、今日は娘と・・・」

 

「そんな嘘つかないでくださいよおねえさぁん。ね、今日だけだから!」

 

・・・・すげえ。ナンパだ。

というか、子持ちだっていっても信じてもらえてないぜ、紫苑。

三人ぐらいの青年に囲まれている紫苑は、笑顔ながらも困ったような表情をにじませている。

とりあえず、ここで何か考えているより助けるのが先か。

俺は璃々と一緒にプールサイドに上がり、紫苑の元へと向かう。

 

「おかーさーん!」

 

「おーい」

 

俺と璃々が声をかけると、紫苑と青年たちがこちらを見る。

紫苑は俺を見つけるや否や、こちらに駆け寄ってきた。

 

「あ、あなたっ!」

 

・・・なんて、爆弾発言をしながら。

 

「ひ、人妻っ!?」

 

「本当に子持ちだったのかよ・・・」

 

「し、信じられない」

 

ひしっ、と俺の腕に抱きついてくる紫苑に驚いているのは、俺だけじゃなかったようだ。

三人の青年も三者三様の驚きをあらわにしていた。

 

「・・・えーと、すまんな」

 

「あ、いえ、その、こちらこそ・・・」

 

意外と話のわかる青年たちだったらしい。

声をかけてみると、ぺこりと会釈しながら去っていった。

 

「・・・っていうか、紫苑。あなたって・・・」

 

「あまりことを荒立てないようにするには、ああするのが良いと思って・・・」

 

「ま、いいけどね」

 

いくら紫苑が将だとはいえ、専門は弓だ。

近接戦闘もできるのかもしれないが、成人男性三人を相手にしては不安もあるのだろう。

・・・というか、女性が男性三人に囲まれれば大体恐れるだろう。

 

「すみません・・・」

 

「いいよ。あなたって言われるのも、悪くないってわかったしな」

 

「そういっていただけると、うれしいです」

 

俺の腕へ絡めた手にきゅっと力を入れながら、紫苑はお礼を言ってくる。

 

「よし、もうこの話は終わり! 紫苑、璃々がお願いがあるらしいんだけど」

 

「え? ・・・なにかしら、璃々」

 

「あのね、あのね、璃々と一緒に、滑り台滑ってほしいの!」

 

「あら、私と?」

 

「うんっ!」

 

「というわけだからさ。璃々と一緒に行っておいでよ」

 

俺は出口で待ってるから、と二人を送り出す。

璃々に手を引っ張られながら、紫苑は階段を上っていく。

・・・さて、滑り台のゴールに行きますか。

 

・・・

 

「きゃあー!」

 

「あはははー!」

 

黄色い声とともに、人がすべる音がする。

・・・そろそろゴールかな。

 

「わー!」

 

ざぱーん、とプールに着水した二人は、すぐに水面に顔を出した。

 

「楽しかったー! ね、おかーさん!」

 

「ええ、そうね・・・っ!」

 

璃々に笑顔で応対していた紫苑が、急に俺に抱きついてきた。

 

「ど、どうした紫苑」

 

とりあえず冷静に返してみたものの、真正面から抱き疲れているためかなり巨大なサイズの双丘が・・・! 

 

「む、胸が・・・」

 

胸? と思わず紫苑の胸に目がいってしまう。

俺の胸で潰れているそれは、かなりやわらかそうで・・・って、あれ、肌色の面積が多いような・・・。

 

「紫苑、水着は!?」

 

「わ、わかりません・・・。滑っていたときは確実にあったのですが・・・」

 

「璃々、ちょっとおいで!」

 

「んー、なーにー?」

 

泳ぎを教えた成果か、ちゃぽちゃぽとゆっくり泳いでくる。

 

「その辺に、紫苑の水着が浮いてないか?」

 

「おかーさんのー?」

 

きょろきょろとする璃々にあわせて、俺もきょろきょろと周りを見渡す。

紫苑は恥ずかしがっているのか、顔をうつむかせたままだ。

いつも笑顔でのほほんとしている印象の強い紫苑なだけに、こうして恥ずかしがってうつむいている姿は新鮮に見える・・・じゃなくて。

やっぱり衆人環境の中で胸を大開帳したのが堪えているのか、水着が見つかるまではこうしているつもりらしい。

 

「ギルおにーちゃーん! あったよー!」

 

ちゃぽちゃぽ、と璃々が手に水着を持ちながらこちらに泳いでくる。

 

「あ、ありがとう、璃々」

 

素早く水着を受け取った紫苑は、手早く水着を装着した。

 

「お、お恥ずかしいところをお見せしました・・・」

 

「いやいや、眼福というかなんというか・・・」

 

まさか、こんなイベントに遭遇するとは思わなかったが・・・。

 

「? おかーさん、ギルおにーちゃん、どーしたの?」

 

そんなことを聞いてくる璃々に、俺と紫苑は苦笑を返すしかなかった。

 

・・・

 

うれしはずかしハプニングの後、俺たちは再び三人で遊び始めた。

璃々は泳ぐのがお気に入りらしく、後ろに進む俺を追いかけてちゃぱちゃぱと泳いでいる。

その近くで、紫苑はニコニコ微笑みながら璃々を見守っている。

 

「よしよし、上手だな、璃々は」

 

「えへへー。璃々、じょうずにおよげてる?」

 

「ああ、泳げてる泳げてる。・・・よし、ちょっと休憩しようか」

 

そろそろ休憩しないと璃々の体力的にもまずいだろう。

そう判断した俺がそういうと、紫苑もそうですねとうなずく。

 

「はーい、きゅーけーしまーす!」

 

おや、意外だな。

もうちょっとごねるかと思っていたら、素直にプールサイドに向かったぞ。

 

「・・・なんか、これが成長か、って感じするなぁ」

 

「あら、ようやく璃々の父になる気になりました?」

 

「・・・そういう冗談、あんまり好きじゃないなぁ」

 

そういって背後にいる紫苑に振り向くと、紫苑はいつものような微笑みを顔に浮かべていた。

 

「冗談ではありませんよ。今まで一緒にすごしてきて、あなたとなら・・・と思ったのは嘘でも冗談でもありません」

 

さ、とりあえずは水からあがりましょう? と言いながら俺の手を引っ張る紫苑。

俺は、先ほどの紫苑の発言のことで頭がいっぱいで、それからどうやって城まで戻ったのかは覚えていない。

覚えているのは、璃々がばいばーい、と手を大きく振っているのと、妙な笑みを浮かべて小さく手を振っている紫苑だけだった。

 

「・・・ふぅ」

 

とりあえず、寝台に転がる。

・・・今日は紫苑の一言のせいで、なんだか変に眠い・・・。

 

「ギルさん」

 

夢の中。

紫苑にのしかかられ、呼びかけられる夢を見ている。

・・・夢にしては妙にリアルだ。

呼びかけられる声、声とともに届く吐息。

 

「し・・・おん・・・?」

 

「はい。私です」

 

なんだ? 俺、そんなに欲求不満だったのか・・・? 

月や詠たちじゃなく、紫苑を夢に見るとは。

 

「ふふ、寝ぼけているのね」

 

そういって、紫苑は俺の頬に手を伸ばし・・・って、あれ? 

寝ぼけて・・・

 

「し、紫苑っ!?」

 

驚きで完全に覚醒した。

おお、なんだこりゃ。すげえ状況だな。

仰向けに寝てる俺にのしかかるように四つんばいになっているからか、紫苑の胸が俺の胸にあたって潰れている。

うおお、愛紗や桃香よりも強力な兵器だ・・・! 

 

「あら、ようやくお目覚めですか? おはようございます」

 

「おはよう、じゃない! ・・・どうしたんだよ、いったい」

 

混乱も落ち着いてきたので、冷静に返すことができた。

そんな俺に、紫苑はゆっくりと話し始めた。

 

「いえ、ギルさんは昼間の話を冗談だと思っているらしいので、本気だって証明しにきました」

 

「証明って・・・まさか、璃々の父にってやつか・・・」

 

「ええ。璃々の父・・・すなわち、私の夫にということですから」

 

「・・・璃々は、良いって言ってるのか?」

 

「聞かなくてもわかりますわ。璃々があんなに懐いた殿方は、今まで見たことありませんから」

 

ああもう、ああいえばこういうというのはこのことか。

どうしても引いてくれないらしいな。

 

「ああもう、据え膳食わぬはなんとやら、だな。わかったよ、紫苑」

 

俺の頬に添えられている紫苑の手を取り、ため息とともにそう伝える。

 

「こうまでして紫苑が気持ちを伝えてくれたんだから、俺も応えないとな」

 

「ふふ、潔いですね」

 

「それに・・・紫苑も璃々も好きだからな。応えないって選択肢はない」

 

「ありがとうございます。・・・今日は、たっぷりかわいがってくださいね?」

 

妖艶に微笑んだ紫苑と口付けしながら、俺、明日大丈夫かな、と少しだけ心配になった。

 

・・・

 

朝、紫苑に起こされる。

 

「ギルさん、起きてください。もう朝ですわ」

 

「ん、ああ・・・。もう朝か・・・」

 

のそり、と上半身を起こす。

・・・ああ、太陽が眩しい・・・。

 

「そういえば、俺の部屋で一晩過ごしたみたいだけど・・・璃々は大丈夫なのか?」

 

「璃々は桔梗に任せています。安心してください」

 

微笑みながらそう言ってくる紫苑に、そっか、と返して寝台から降りる。

さて、紫苑とともに布団に篭るのもなかなかのものだったが、残念なことに今日はお仕事があるのだ。

 

「ふぅ・・・悪いけど、風呂入ってくるわ」

 

「あら、私をおいていかれるのですか?」

 

「・・・勘弁してくれよ」

 

いそいそと用意をした紫苑が隣に立つ。

腕を組んで、さ、行きましょ? とでも言いたげに笑いかけてくる紫苑。

 

「・・・わかったわかった。降参だ」

 

風呂場で再び絞られた後、二人で璃々を迎えにいった。

 

「それじゃ、紫苑、璃々、またな」

 

そう言って手を振る。

 

「またねー、ギルおにーちゃーん!」

 

「ふふ、また後で」

 

さて、まずは政務か。

 

・・・

 

「・・・」

 

さらさらさらーっと筆を滑らせる。

政務室には俺と・・・なぜか、星がいた。

 

「・・・ぷはー」

 

「・・・」

 

しかも、政務の手伝いをするでもなく酒を飲んでいる。

なんでここにいるんだろ? 

酒を飲むだけならここじゃないほうが良いだろうし、政務を手伝いに来たようには見えない。

・・・今は俺だけだから良いけど、愛紗が来たら怒られないか? 

 

「・・・む、酒が・・・」

 

「なぁ、なにやってんだ?」

 

酒が切れたらしい星ががっかりしたような声で呟いたので、思わず声を出してしまった。

・・・いや、別に無視しようと思ってたわけじゃないんだが。

 

「見てわかりませぬか? 酒を飲んでいるのです」

 

「いや、それは見てわかったよ。何でここで飲んでるんだ?」

 

「ははは、いやなに、ギル殿の仕事ぶりを肴にしようかと思いまして」

 

「・・・仕事、手伝わせるぞ」

 

「あっはっは、ご勘弁を。せっかくの休みに仕事・・・しかも政務なんて、明日の仕事に響いてしまいますので」

 

「だったら変な冗談は言わないことだ。・・・これが終わったら昼でも奢ってやるから、大人しくしててくれよ?」

 

「おお、そこまで言われてしまったら、大人しくしているしかありませんな」

 

現金なやつだ。

こちらを見てはいるものの本当に大人しくしている星に内心でため息をつきながら、俺は政務を進めていった。

 

・・・

 

「ごちそうさま」

 

「ごちそうさまでした」

 

手を合わせて挨拶する。

・・・食事の間は特に変わったこともなく、他愛もない話をしているだけだった。

というか、星はメンマ丼に夢中だったので、碌な会話もできなかったというのが正しいのだが。

二人分の料金を払い、店を出る。

 

「さて、昼休みもまだあるし・・・どこか行くか?」

 

「それも良いですな。そうだ、お勧めの店があるのですが、いかがでしょうか」

 

「・・・酒だな?」

 

「おや、ギル殿はいつの間に私の心を読めるように?」

 

それも英霊としての力ですかな? と笑う星。

 

「まぁいいや。行ってみようか。昼から酒を飲んでみるのも悪くはないか」

 

「ギル殿も分かっておりますな。ささ、行きましょう」

 

星についていくと、一軒の店が見えてくる。

 

「ここです」

 

そういって店の中に入っていく星の後に続くと、店の中はかなりすいているようだった。

まぁ、昼から酒を飲もうとする人はそんなに多くないだろうから、それも当たり前なんだが。

 

「へぇ、いろいろとあるんだなぁ」

 

おや、焼酎なんてものもある。

おそらくこれは一刀と華琳が作ってたやつだな。

 

「店主、いつものを二つ持ってきてくれ」

 

「あいよ!」

 

「・・・すごいな。いつもの、で通じるんだ」

 

「ええ。ここには結構通っておりますので」

 

おー、かっこいいな、星。

・・・まぁ、いつもの、で通じるほど通っているって言うのは少し引っかかるところがあるが、今は言わないでおこう。野暮だしな。

 

「おまちどう!」

 

すぐに注文したものがやってくる。

これは・・・? 

 

「私のお勧めの酒でございます」

 

それから星はこの酒について説明してくれた。

今までワインしか飲んだことのない俺だったが、この星お勧めの酒はなかなかにおいしい。

ふむ・・・これからはワイン以外の酒も飲んでいかないといけないなぁ。

 

「どうでしょう、ギル殿?」

 

「うん、おいしいよ。俺こういう酒はあんまり飲まないから大丈夫かと思ったけど、飲みやすい」

 

「はっはっは、そういっていただけると、勧めた甲斐があるというもの」

 

昼からの酒も、悪くはないかもな。

・・・星や桔梗たちのように飲んだくれるのはちょっと考えものではあるが。

 

・・・

 

午後は調練である。

今日も副長をいじめ・・・げふんげふん、鍛え上げるために訓練場へ向かう。

 

「・・・ん?」

 

その準備のために立ち寄った武器庫の前で、変なものを見つけた。

・・・いや、変な人、というべきか・・・。

そこにいたのは、星、朱里、雛里の三人だった。

 

「なんと、軍師殿は・・・ひゃんっ!?」

 

「むぐ、むちゅ・・・星ひゃん?」

 

「ああ、いや、すまない。次は・・・」

 

「ぴちゃ、むぐ」

 

「これはなかなかに淫靡な眺めであるな・・・」

 

・・・なにやってんだろ。二人して、星の指を舐めたりなんかして。

しかし気まずい。武器庫に訓練用の模造刀やらをとりにいきたいのだが、そのためには三人の前を通らなければならない。

終わるまで待つか? いや、でもそれだと訓練の時間が・・・。

 

「どーしよっかなぁ」

 

腕を組んでうーんとうなる。

というか、ああいうことをするなら部屋でやれば良いのに。

何でこんな人目につく場所で・・・まさか、そういう趣味の・・・? 

そんなことを考えながらどうしようとうろうろしていると、お約束のように小枝を踏んでしまった。

ぱきっ、という小気味良い音が鳴り、三人がこちらに気づく。

 

「・・・や、やぁ」

 

とりあえず片手を挙げて挨拶。

しばらく三人は固まっていたが、いの一番に星が再起動を果たしたらしい。

 

「これはこれは。ギル殿」

 

星の言葉に、残る二人も再起動し、赤かった顔をさらに真っ赤にする。

 

「は、はわわっ! こ、こここれは、その・・・!」

 

「あわわ・・・! ち、ちがくて、えっと・・・」

 

と一通りあたふたした後、星の手から本を奪い

 

「ごめんなさぁぁぁーい!」

 

「はうぅぅぅぅー・・・!」

 

二人して、走り去ってしまった。

 

「・・・なんだったんだ?」

 

「はっはっは、ちょっとした練習ですよ、ギル殿」

 

そういって、星は妖しい笑顔を浮かべ

 

「まぁ、すぐに分かるでしょう」

 

なんて、意味深な言葉を残して去っていった。

 

「・・・とりあえず、模造刀を取りに行かないと」

 

武器庫から訓練に使う道具を持ち出しながら、ずっと頭の上には疑問符が浮かんでいた。

ほんと、なにやってたんだろ。

 

・・・

 

「あ、隊長。遅かったですね。何かあったんですか?」

 

訓練場につくと、俺に気づいた副長がそう声をかけてきた。

俺が遅かったからか、他の隊員たちは走りこみなんかの道具を使わなくてもできる訓練を始めてくれていたようだ。

 

「すまんな。ちょっとした用事で、準備が遅れて」

 

「そうだったんですか。もう用事は終わったんですか?」

 

「ああ。もう大丈夫だ」

 

なんだ、心配してくれたのか、と少し嬉しく感じたが、副長はかなり不満そうな顔をしていた。

 

「・・・えぇー」

 

「なんだよ、そのいやそうな声」

 

「だって、隊長が用事でいなくなれば、自主練習ってことでさぼ・・・休めますから」

 

「よし、副長は後で個人訓練な」

 

「ああ、冗談です! やだなぁもう、おちゃめな副長が場の雰囲気を和まそうとやっちゃっただけですから!」

 

焦ったように取り繕おうとする副長。

・・・このやり取り、訓練するたびにやってる気がする。

良くもまぁ、飽きないものだ。

 

「いいや、今日こそは副長をたたきのめ、じゃなく。上司に対する礼儀というのを叩き込まないと」

 

「叩きのめすっていいそうになりませんでしたか?」

 

「なんのことやら。・・・よし、走りこみやめ! 訓練を始めるぞ! まずは二人一組で連携の訓練からだ! ・・・ほら、副長も何人か相手して来い」

 

「・・・む、なにやらうまく話をそらされた気が・・・」

 

副長は最後までぶつぶつ何かを言っていたが、隊員たちからの

 

「副長! 私たちの相手をお願いします!」

 

という声にようやくやる気を出したようだ。

はいはい、と言いながら剣と盾を背中から抜いて構えた。

 

「さて、俺もお仕事しますか!」

 

俺から目をそらしたやつから順に攻撃を仕掛けていく。

はっはっは、俺から目をそらした罰だ。

・・・人はこれを、八つ当たりという。今日もひとつ賢くなった。

 

・・・

 

「ぜ、ぜ・・・ちょ、隊長、今日はやめときません?」

 

「え? 大丈夫だって。俺はまだまだ疲れてないからさ」

 

「あなたの心配をしてるわけではないですよ!?」

 

「そらそら、突っ込みを入れられるならまだまだ元気ってことだ。はりきっていこー!」

 

「せめて休憩を挟んで・・・きゃあぁぁぁっ!? か、風!? 突風が襲って、いやぁぁぁぁっ!?」

 

「おー、飛ぶ飛ぶ」

 

宝具によって起こされた突風を受け、盾を構えたまま副長が吹っ飛んでいく。

すぐに体勢を立て直して着地してるあたり、最初のころからは成長してるんだなぁと感心する。

副長として俺のところに来たときは、一般の兵よりは強かったものの、俺が振るった剣を受け止めきれずに気絶してたからな。

うんうん、こうして部下が成長していくのを見るのは、いいものだ。

 

「あたた・・・まったく、私の自慢のお肌に傷がついたらどうしてくれるんですか、もう」

 

パンパンと服についた土を払いながら、副長が愚痴る。

そんな副長に、俺はできる限りの笑顔で答えた。

 

「大丈夫、傷跡も残さず綺麗に治る薬持ってるから」

 

「この人何回も繰り返す気満々だ!」

 

もちろんだ。何回もやらないと身につかないからな。

 

「そら、次は高速戦闘だ!」

 

「ああもう! 怪我したらちゃんと治してくださいよっ!」

 

吹っ切れたのか、副長は剣と盾を構え、俺の一撃を防ぐ。

お、流石は副長。

この様子なら、来週くらいから星と手合わせさせるのも良いかもな。

 

・・・

 

「ふぃー」

 

あの後、力尽きた副長を部屋まで運び、寝台にぶん投げてから風呂に入った。

副長は明日の朝入るらしい。

・・・明日、風呂に入る体力が残ってれば良いんだけど。

 

「あれ? 扉が開いてる・・・?」

 

部屋を出るときは確実に閉めたはずなのだが、どういうことか中途半端にあいてしまっている。

・・・むむ、もしや侵入者か。

 

「・・・なんてな。月たちが来てるのかね」

 

それで扉を閉め忘れたとか。

まぁいいや。今日も疲れたし、部屋の中にいるであろう侍女組の誰かに癒してもらうとしよう。

 

「ただいまー」

 

そういいながら扉を開け、暗い部屋の中に浮かぶ人影に視線を向ける。

 

「あわわ、朱里ちゃん、帰ってきちゃったよ、ぱたんって・・・!」

 

「だ、大丈夫だよ雛里ちゃんっ。お布団の中で決めたとおりに・・・」

 

「ん?」

 

月たちの声じゃないな。

これは・・・

 

「こ、こんばんわっ」

 

「あわ、こんばんわ・・・」

 

「朱里、雛里もか。どうしたんだ、こんな遅くに」

 

もう夜中といっても差し支えないほどの時間だぞ。

 

「ま、いっか。俺の部屋にいるってことは何か話があるんだろ? ちょっと待ってろ。灯りつけるから」

 

「はわ、ひ、雛里ちゃん、どうしよう・・・!」

 

「あ、灯りなんてつけられたら、恥ずかしくてお顔を見られないよ・・・!」

 

「ん? 二人とも何を・・・」

 

背後の声に振り向くと

 

「こ、こうなったら・・・えいっ!」

 

「あわわ・・・え、えいっ・・・!」

 

勢い良く抱きついてきた二人が恥ずかしそうに俺の服に顔をうずめていた。

 

「あ、あの、灯りはつけないでください・・・!」

 

「・・・恥ずかしいです」

 

「あーっと、分かった。つけないから落ち着いてくれ」

 

深呼吸して、ほら、と促すと、ゆっくりと呼吸を整えた二人。

この二人はたびたびパニックになるからな。落ち着かせるのは大分慣れた。

 

「ごめんなさい、変な事を言って・・・」

 

「いやいや、気にしてないよ」

 

「・・・ありがとうございます」

 

いつもよりさらに輪をかけて物静かな雛里にどういたしましてと返し、立ったままで話を聞く。

・・・座ろうにも、二人が抱きついて離れないからだ。

 

「あ、あの・・・わ、私・・・いえ、私たちは、ギルさんのことを・・・お慕いしています」

 

「・・・こうしてるだけで、どきどきしてしまうくらい、大好きです・・・」

 

・・・なるほど、とすぐに納得した。

まぁ、暗い部屋で二人して寝台に待機していたのを見たときから予想はできたが・・・。

というか、この世界では気になる異性の部屋にある寝台に待機して想いを伝えるのが主流なんだろうか。

 

「どうか、受け止めてください。・・・今宵限りでもいいんです」

 

「もう、想っているだけではだめなんです・・・」

 

「二人とも・・・」

 

「私たち二人分の想い・・・どうか」

 

「・・・ありがとう、二人とも」

 

いまだ腰に抱きついたままの二人の頭をゆっくりと撫でる。

 

「本当に、俺でいいんだな?」

 

「はい。ギルさんじゃないと、駄目なんです」

 

「・・・ギルさん以外は、考えられないです・・・」

 

「そういってくれると、すごく嬉しいよ」

 

二人をゆっくりと離れさせて、視線を合わせるように屈む。

 

「じゃあ、今宵限りじゃなくて・・・これからもずっと、一緒にいてほしいな」

 

「あ・・・はいっ!」

 

「はい・・・!」

 

元気に返事をした二人は、お互いに手をつなぎ、目配せのあとこくりとうなずき

 

「せーの」

 

声を合わせて、同時に俺に口付けた。

 

「・・・えへへ、二人一緒に、初めての口づけです」

 

「あわわ・・・幸せです」

 

「はは、それは良かった。・・・続き、しても良いかな?」

 

「・・・はい」

 

「・・・だいじょぶです」

 

うなずいた二人を寝台に連れて行き、二人の服を脱がせて下着姿に。

 

「出来る限りやさしくするけど・・・痛かったらごめん」

 

「大丈夫です。ギルさんと雛里ちゃんと一緒なら、痛くても我慢できます」

 

「・・・私も、二人と一緒なら・・・平気です・・・」

 

そういって微笑む二人。

・・・ああもう、駄目だな。

かわいすぎるぞ、二人とも。

 

「今から謝っておくけど、ちょっと自制きかないかもしれない」

 

・・・

 

「・・・ああ、昨日はちょっとがんばりすぎた・・・」

 

やはり二人をいっぺんに、というのはかなりきついな・・・。

二人平等に愛さないといけないし、片方に熱中してると片方がおろそかになっちゃうし。

 

「にしても、いきなりズボンを脱がされたときは焦った」

 

大丈夫です! 予習と練習はしています! とか指より太い・・・どうしよう・・・とか言われて、ああ、星となんかやってたのはこれなのか、とすぐに納得はしたが・・・。

絶対悪ふざけでいろいろ仕込んだだろ、星・・・。

 

「確か二人は今日休みのはず。・・・休ませてあげたほうがよさそうだな」

 

寝台の上ですやすやと寝息を立てる二人。

昨日の疲れだけではなく、仕事の疲れもたまっているのだろう。

結構無茶をしたのだが、こうして幸せそうな顔をして眠っているのを見ると、ほっとする。

 

「あの時はごめんな」

 

そういって二人の頭を撫でつつ、起きるまでこの髪のさわり心地を堪能しようと思う。

・・・あー、何で女の子の髪ってこんなに綺麗なんだろうか。

 

「ん・・・むにゃ・・・?」

 

「あ・・・起こしちゃったか」

 

雛里が目を擦りながら上体を起こす。

それから寝ぼけ眼であたりをきょろきょろと見回し、俺と目が合うと・・・。

 

「~っ! あ、あわわ、その、お、おはようございましゅ!」

 

「おはよ。身体はなんともない?」

 

「は、はひっ! だいじょぶれすっ」

 

「そか。雛里は今日仕事ないんだから、無理せずゆっくり休むんだぞ」

 

初めてした女の子は、翌日が辛い(月談)らしいので、雛里に無理しないようにと伝えた。

 

「とりあえず、服着よっか」

 

「あ・・・」

 

自分が何も着ていないことに気づいたのか、雛里は顔を真っ赤にして布団を体に巻きつけた。

 

「あわわ・・・下着は・・・ひゃんっ」

 

「だ、大丈夫か雛里っ」

 

焦りすぎたのか、寝台から落ちてしまった雛里に声をかけると、頭をさすりながら立ち上がり

 

「ら、らいじょぶれふ」

 

「・・・いや、大丈夫じゃないだろ」

 

思わず突っ込んでしまったが、ゆっくりと下着に足を通し始めたから一応大丈夫なのだろう。

そんなことを思っていると、雛里が先ほどまでいたのとは逆側から声が。

 

「んみゅ・・・? 雛里ちゃん、どうした・・・の・・・」

 

雛里と同じく目を擦りながら起き上がった朱里と、ばっちり目が合った。

それだけですべてを察したのか、無言で顔を真っ赤にしていく。

 

「はわわっ・・・! そ、そうでした、昨夜は・・・」

 

あたふたとした後、朱里は布団の中にもぐってしまった。

よっぽど昨日やったことが恥ずかしかったんだろう。

 

「ほらほら、起きたんなら着替えてお風呂に行って来い」

 

「はわわ・・・」

 

布団を剥ぎ取ると、中で丸まっていた朱里を抱えあげる。

昨日散々触ったが、やっぱりさらさらだ。

 

「あわ・・・あの、ギルさん」

 

「ん? どうした雛里」

 

すでに着替え終えて、風呂の準備を始めている雛里が声をかけてきた。

朱里に下着や服を渡してそれに答えると、雛里は

 

「あの・・・お風呂、一緒に入りませんか・・・?」

 

「・・・風呂でもう一回戦は勘弁」

 

「い、いえ、普通にお風呂に入るだけです・・・! す、すぐにもう一回なんてむりれすっ・・・!」

 

「・・・まぁ、それもいいか」

 

俺も風呂の準備をして、二人とともに風呂場へと向かった。

・・・風呂場では二人に背中を流してもらったり湯船で三人並んでまったりしたりとなかなかに癒された。

 

・・・




「隊長、遅いですねぇ。・・・ああ、兵士の皆さんは走りこみでもやっててください」「はいっ」「私は隊長待ってるんで、私のことは気にせず。・・・あー、遅いですねえ。ま、まさかサボり!? いつも私がサボると怒るくせに隊長はサボってもいいって言うんですかっ!? 横暴です!」「・・・副長、今日もはしゃいでらっしゃるな」「隊長がいないときにおかしくなるのはいつものことだけどな」「いてもおかしいけどな」


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第十九話 飲み会に

「飲み会に誘うとやばいことになるランキング第一位」「雪蓮だろ。酔ってるときに南海覇王で首を切られたことがある。物理的に」「あっぶねー・・・。サーヴァントじゃなかったら死んでただろ・・・」「個人的には春蘭に吹き飛ばされて無事な一刀のほうが不思議なんだけど」


それでは、どうぞ。


「今日も今日とて鍛錬だ。そらがんばれ」

 

「ちょ、まっ、呂布将軍と手合わせとか殺す気ですかたいちょー!」

 

「大丈夫。大切な副長を殺すわけ無いだろ。それに、恋だって手加減してくれてるし」

 

「これで手加減してるとか・・・ひゃあぁっ!? ちょ、今防いだら体浮きましたよ!?」

 

「まぁ副長はちっこいからなぁ。浮くだろ」

 

「当然のように言わないでくださいっ!」

 

ある日の訓練のこと。

そろそろ副長の実力も上がってきたということで呂布隊の隊員と手合わせをお願いしていたのだが、途中で恋が参戦。

いつもどおり俺と手合わせした後、恋が副長に興味を持った。

強い? と聞いてくるので、じゃあ手合わせする? と聞き返してみるとこくりと首肯。

そんなわけで、こうして副長は恋と手合わせしているのである。

・・・まぁ、さすがに本気の恋とは一瞬も持たないので手加減してもらっているが。

 

「・・・ふ」

 

「く・・・うわっ!?」

 

何度か恋の攻撃をしのいだものの、さすがに副長も限界が来たのか剣を弾き飛ばされ、しりもちをついたところに軍神五兵(ゴッドフォース)を突きつけられていた。

 

「・・・参りました」

 

「・・・ん」

 

副長の降参の声に、恋が突きつけていた軍神五兵(ゴッドフォース)を戻す。

観戦していた場所から立ち上がり、二人の下へ。

 

「お疲れ、副長」

 

「あーうー・・・まだふらふらします・・・」

 

拾った剣を副長に手渡しながら、恋に礼を伝える。

 

「恋、ありがとな」

 

「・・・別に良い」

 

「助かるよ。・・・で、どうよ、副長は」

 

「ふくちょー、頑張れば強くなる。流石ギルのふくちょー」

 

「お、そういってくれると嬉しいな。副長、これからはもうちょっと段階あげていこうか」

 

「うぅ、隊長がそういうなら頑張りますー・・・」

 

「ん、偉い偉い」

 

背中に盾と剣をしまった副長が俺が出した手をつかむ。

よっと、と引き上げると、副長は服についた土を払った。

 

「うー、でも流石は呂布将軍ですねー。あれで手加減してるっていうんだからずるいです」

 

「ん、恋は強い」

 

・・・自分で強いって言えるのは、恋を含めて少ししかいないだろう。

 

「さて、残りの時間はどうするかな」

 

へばってる副長は当然休憩させるとして・・・。

 

「呂布隊の人たちはまだ大丈夫だよな?」

 

俺の遊撃隊の兵士たちも結構なレベルになってきたので、恋の部隊と組み手をしてもらっているのだ。

かなりの精鋭ぞろいなので、遊撃隊のやつらも良い訓練になるだろう。

 

「ぜんぜん平気。でも、ギルの部隊はちょっと疲れ気味」

 

「だろうなぁ。・・・この辺で、いったん休憩を入れようか」

 

「いいと思う」

 

「よし・・・おーい、休憩にしようかー!」

 

「応!」

 

「お、おー!」

 

上が呂布の部隊で、下が遊撃隊である。

やっぱり、声にも疲れが出てるな。その場で座り込んでぜいぜいと呼吸を整えてるやつもいるし。

 

「恋どのぉー・・・お? ギルもいるですか」

 

「ん? ・・・ねねか。元気だな」

 

「ねねはいつでも元気なのですぞ! ・・・おっとと、目的を忘れるところだったのです。これどうぞ、です恋どの!」

 

「ん、ありがと」

 

そういってねねが渡したのは汗を拭くための布と水だった。

・・・マネージャーみたいだな、ねね。

 

「うー、私もお水ほしいです・・・」

 

「はいはい、ほら、どうぞ」

 

宝物庫から水筒を取り出し、副長に渡す。

まさか本当にもらえるとは思っていなかったのか、副長は驚いた表情を浮かべつつ水筒を受け取る。

 

「ど、どうも。・・・それ、本当に便利ですよね」

 

いいなぁ、と言うめでこちらを見つめながら、副長は水筒に口をつける。

 

「ごく・・・んー、冷たくておいしーです」

 

「そうだろうな。キリマンジャロの雪解け水らしいし」

 

副長はキチンと睡眠をとっているみたいなので、涙が止まらなくなる、なんてことは無いようだ。

 

「ん? おー、恋、ねね、それにギルやないか!」

 

「・・・霞もきた」

 

「みんなして訓練か! ウチも混ぜてーな!」

 

「・・・ん」

 

「俺は別に構わないよ」

 

まぁ、たぶん相手するのは副長だろうし。

 

「よし、そろそろ休憩終わりにしようか! ほらほらみんな、再開するぞー!」

 

ぞろぞろと立ち上がり、再び先ほどのように二人一組になる兵士たち。

 

「んー、じゃあ次は俺と恋が手合わせして、霞は副長とやってもらおうかな」

 

「お、副長とやるのは初めてやな。よろしゅうな!」

 

「は、はい! よろしくお願いしますっ」

 

休憩したおかげか大分ましになった副長が背中の剣と盾を抜いた。

さて、俺も恋と手合わせするかな。

 

・・・

 

「・・・おつかれ」

 

「おーう・・・おつかれー・・・」

 

恋との試合の後、訓練の終了を告げる。

霞と打ち合っていた副長もようやく解放されたと大きく息を吐いていた。

 

「お疲れ様です、ギルさん」

 

「・・・お疲れ」

 

「あれ? 月に詠。どうしたんだ、こんなところで」

 

横からの声に振り向いてみると、なぜか月と詠がいた。

 

「あの、ギルさんの部隊と、恋さんの部隊が合同で訓練をすると聞いて、応援にきちゃいました」

 

「別に、ボクはどうでも良かったんだけどね。月が行くって言うから、仕方なくきたのよ」

 

詠の言葉はかなり冷たいが、顔を見ると真っ赤なので、たぶんツン子モードなんだろう。

ツン子モード時の詠の言葉は大体照れ隠しだと思って良い。

 

「はい、ギルさん、お水です」

 

「お、ありがとう」

 

月から水筒を受け取ると、隣に立っていた詠がん、と布・・・もうタオルでいいか。タオルを差し出してくる。

 

「ありがと、詠」

 

「・・・どういたしまして」

 

そっぽを向いてはいるが、顔は嬉しそうだ。ニヤニヤとしている。

・・・素直じゃないなぁ。そこもかわいいんだけど。

 

「お、なんやなんや、月に詠もきたんか!」

 

「あ、霞さん。お疲れ様です」

 

「・・・お疲れ、霞」

 

「なんや懐かしい顔ぶればっかりやなぁ!」

 

・・・そういえばそうだな。

華雄がいないのを除けば、董卓軍再集合である。

霞と初めて手合わせしたときや、華雄に絡まれたこと、反董卓連合のことが頭の中にフラッシュバックしてくる。

うぅむ、懐かしいなぁ。あれからなんだか十年ぐらいたっている気分だ。

 

「・・・そういえばそうですね。なんだか洛陽にいたときのことを思い出します」

 

微笑みながらそういった月に、霞がそうや! と何かを思いついたのか声を上げた。

 

「このままみんなで飲みにでも行くか! この面子で飲むことなんか無かったからなぁ!」

 

「お、いいねえ」

 

それは面白そうだ、と賛成する。

 

「・・・いく」

 

「恋どのが行くのなら、ねねもついていくのですぞー!」

 

「私も、行ってみたいです」

 

「月が行くなら、ボクもいくわ」

 

「うむうむ、これで全員出席だな。・・・よし、なら店と酒はこっちで押さえておこう。みんな準備を整えて、またここに集合ってことで」

 

「おう!」

 

「・・・わかった」

 

「はいです!」

 

「はい、ギルさん」

 

「分かったわ」

 

五人から返事を聞いた俺は、よし、それじゃ解散! と遊撃隊と副長を解散させた。

副長には今日結構がんばってもらったので、ちょっとだけお小遣いをあげておいた。

これでおいしい酒でも飲んでもらえば嬉しいのだが。

 

「よし、とりあえず店に行くかな」

 

あの人数で騒いでも大丈夫で、品数も豊富といえば・・・あそこがいいかな。

 

・・・

 

とある酒場に、元董卓軍の兵士たちと将たち(華雄除く)が集合していた。

全員そろった後、霞の音頭で乾杯をした。

その後はみんなわいのわいのと飲んだり食べたりしている。

 

「へぅ、ふらふらします・・・」

 

「・・・早いな」

 

二杯目にしてすでに酔いが回っているらしい月が、えへへぇ、と笑う。

そして、隣にいる詠の口に直で酒を飲ませようとする。

 

「ほらえーちゃん、もっと飲まないとぉ」

 

「え、ちょ、月!? 人はそんなに飲めな・・・わぷっ!?」

 

「あー、ほらほら。やめて、それ以上いけない」

 

月を抱えあげてひざの上へ。

これで詠に絡んだりは出来ないだろ。

 

「た、助かったわ・・・月って絡み上戸だったのね・・・」

 

「へぅ、ギルさんはなしてくらさい。えーちゃんがぜんぜん飲んでないんですよぉ・・・」

 

「はいはい、じゃあ俺に酌してくれよ」

 

「いいですよぉ」

 

妙に語尾の延びた言い方で了承した月は、とくとくと俺の杯に酒を注いでいく。

 

「えへへぇ、出来ましたー」

 

「えらいえらい。・・・なぁ、なんか退行してないか?」

 

「・・・ボクもこんなになった月ははじめて見るわ」

 

詠ですら見たことないくらい酔ってるのか・・・酒に弱すぎるだろ、月。

でも俺の蔵のワインを三杯飲んでもこんなには酔わなかったような・・・。

 

「んく・・・あ、これ結構きついやつじゃない。まったく、霞ったらこんなに強いの頼んで・・・」

 

詠が月の飲んでいた酒に口をつけてそう言った。

・・・なんだ、そういうことか。

 

「って、あれ、月がいねえ」

 

「や、やめるのですっ。ねねはそんなにお酒強くな・・・れ、恋どのぉ~」

 

詠と話している間にひざの上から月が消えたと思ったら、ねねの悲痛な叫びが聞こえた。

視線をそちらに向けると、笑顔でねねに酒を飲ませようとしている月がいた。

 

「ああもう、次はねねか」

 

再び絡み始めた月を抱きかかえ、膝の上へ強制連行。

 

「あれ? ギルさんが一人、ギルさんがふたーりー・・・?」

 

「・・・これ、駄目じゃないか?」

 

「駄目っぽいわね」

 

俺の言葉に即答する詠。

なんというか、今の月からは駄目っぽいオーラしか感じない。

 

「・・・ゆえ、もう酔った?」

 

「お、恋。・・・どうもそうみたいだ。結構強い酒らしくてな」

 

「・・・へろへろ」

 

「みたいだな。ほら月、水だぞー」

 

「ふぁい? ・・・んく、んく・・・」

 

宝物庫から水筒を取り出し、月の口に当てると、素直に水を飲んでくれた。

はふ、と息を吐いた月は、少し落ち着いたようにも見える。

・・・酔い覚ましの効果もあるんだろうか、この水。

 

「ふわっ!? 月の次は霞なのですかっ! やめるのです! ねねの口にはそんな量のお酒入らないのですっ」

 

「はっはっはー! 大丈夫や! いけるって!」

 

・・・月の次は霞に絡まれてるのか、ねね。

 

「はいはい、そこまでにしておきなさい馬鹿」

 

「あいたっ。なんや、詠か」

 

「なんや、じゃ無いわよ。ねねはチビなんだから、あまり飲ませたら駄目じゃない」

 

「チビいうなです!」

 

「チビじゃない。胸もボクよりまな板の癖に」

 

「決闘を申し込むのです!」

 

・・・詠、フォローしにいったのかねねを怒らせに行ったのかどっちだよ・・・。

兵士たちもほほえましく眺めるだけで止める気ゼロだし・・・仕方ない、恋に頼むか。

 

「恋、二人を止めてきてくれ」

 

「・・・わかった」

 

そういうと、恋はきしゃー、と両手を挙げて威嚇しているねねの首根っこをつかみあげた。

 

「はーなーしーてーくーだーさーれー! 恋どのぉ、こやつには一発ぶち込まないと気がすまないのですっ」

 

「喧嘩、だめ。・・・みんな仲良く」

 

「ふんっ。いい気味よね。そんなに簡単に持ち上げられるなんて、チビの証よ!」

 

・・・ん? 膝の上の月がまたまたいなくなって・・・あ、詠の後ろにいた。

すごく良い笑顔してるな、あの娘。

 

「えーちゃんも、ギルさんには簡単に持ち上げられたりするよね?」

 

「え? ・・・ゆ、月?」

 

「ちょっと言いすぎな詠ちゃんには、お仕置きが必要かな?」

 

「ちょ、それって凪しか食べない激辛の・・・もがっ!」

 

容赦無く蓮華を詠の口の中に突っ込む月。

・・・こわっ。酔うと黒月のエンカウント率が上がるのか。気をつけよう。

っていうか、あの激辛麻婆豆腐どこから持ってきたんだ・・・? 

 

「おーう! ギル、飲んどるかー!?」

 

「飲んでるよ、霞」

 

霞がやってきて俺の肩に手を回してきた。酒臭い。

・・・次絡まれるのは俺か。

 

「あんまり飲みすぎると明日に響くぞ」

 

「明日は午後からやから大丈夫やもーん」

 

「・・・上機嫌だな」

 

もーん、とか・・・。

 

「そら上機嫌にもなるわ。月のおもろいところも見れたしなっ」

 

「ああ・・・あれは確かに面白い」

 

辛さに悶絶している詠に水を渡す月を見ながら、二人してくすくすと笑う。

周りで騒ぐ兵士たちも、楽しそうに笑っている。

いつもの月からは想像できないぐらいにはっちゃけている姿は、なんだか新鮮で面白かった。

 

「・・・月って意外に容赦ないんだな・・・」

 

いまだに涙目な詠を見て薄く笑う月を見つめながら、そんなことを思う。

酔ってるときに怒らせないように気をつけないと・・・。

 

「ギルしゃん、飲んでまふかぁ?」

 

ぼーっとしながら飲んでいたからか、月の接近に気づかなかった。

・・・って、いつの間にか霞がいない!? 逃げたか、あいつ! 

 

「・・・月、朱里みたいになってるぞ」

 

とりあえず月に声をかける。

だが、月はそんなことお構いなしといった感じに俺の足元へと近づいてくる。

 

「お膝、失礼しましゅね」

 

絶望的な呂律のまま、そういって月は俺の膝の上によじ登ると、俺と対面するように座った。

そのまま俺に抱きつき、んー、とかむにゃむにゃ、とか言いながら俺の体に頬を摺り寄せていた。

 

「ギルさんの・・・匂いがしまふ・・・むにゃ」

 

「寝た・・・だと・・・?」

 

酔うとこんなに自由人になるのか、月って。

 

「・・・たぶん、明日二日酔いだろうなぁ」

 

・・・その日の酒盛りは、深夜になってねねが酔いつぶれたため、お開きとなった。

 

・・・

 

「へぅ・・・頭いたいれふ・・・」

 

「うー・・・舌と頭が痛い・・・」

 

昨夜はあの後酔いつぶれたねねを恋に任せ、酔いに酔ってふらふらになった霞を部屋へ送り届けた後、月と詠を抱えて自室へ戻った。

寝る前にとりあえず水を飲ませてみたが、やっぱり二日酔いになったようだ。

 

「大丈夫か二人とも。ほら、水でも飲んで」

 

「へぅ、ごめんなさいギルさん。・・・ありがとうございます」

 

「うぅ、ありがとギル・・・」

 

水を飲んだ後、布団の中でもぞもぞと動く二人。

 

「にしても、詠はともかく月が二日酔いになるとは思わなかった」

 

なんというか、酔いはしても酔いつぶれないように自重しそう、というか・・・。

 

「ちょっと、ボクはともかくって何よぉ・・・」

 

寝台にうつぶせに倒れている詠がだるそうに口を開く。

 

「・・・辛いなら突っ込み入れなくてもいいんだぞ?」

 

「・・・いつもよりあんたの優しさが身にしみるわね・・・」

 

「そりゃどーも。・・・気分は大丈夫か?」

 

「んー、最悪一歩手前、って感じかしら・・・頭と舌が絶望的に痛いだけね」

 

「ごめんね、詠ちゃん。昨日は無理させちゃって・・・」

 

「良いのよ、月があんなに酔うって自分でも知らなかったんだし、誰が悪いわけでもないわ」

 

「・・・ありがとう、詠ちゃん」

 

台詞だけ聞くと良いシーンなんだが、二人とも寝台に倒れこんでぐでんぐでんになっているためなんだかしまらない。

・・・今日は一日介抱で終わりそうだな・・・。

仕事は・・・仕方ない、明日に回すしかないだろう。

 

「ギルさーん! 月ちゃんが倒れたって本当っ!?」

 

「っ!? うっっっさいわね! 大声出すんじゃないわよっ」

 

「へぅ・・・詠ちゃんも、大声ださないでぇ・・・」

 

何か変な情報を与えられたのか、大声で叫びながら入室してきた響の口を塞ぎながら、今日は大変な一日になりそうだと心の中でため息をついた。

 

・・・

 

あの後、昼過ぎにはだいぶマシになったという二人は、軽い昼食を取って午後からの仕事へ出かけていった。

まぁ、無理しないようには言ってあるし、響と孔雀がそばについていてくれるらしいから、一応は安心していいだろう。

 

「・・・うぅむ、なんだかいまさら眠くなってきたな・・・」

 

朱里のところへ仕事があるか聞きにいったのだが、見事にすべて片付けられていた。

そんなこんなで暇をもてあましているのだが、眠くて仕方がない。

・・・よし、昼寝しよう。

 

「ちょうど中庭にいることだし、木陰で休んでいくか」

 

以前恋に引っ張り込まれたこともあるし、外で寝るのは慣れてる。

そうと決まれば話は早い。

早速木にもたれかかり、目を閉じる。

・・・そよ風が心地よい。これはいい昼寝スポットかもしれない。

 

・・・

 

ギルが木にもたれかかって眠りについてしばらくすると、一人の少女が近づいてきた。

 

「ん? ・・・あれは、ギルですか?」

 

先日の酒盛りのダメージが月と詠の次にひどかったねねである。

彼女も朝方は頭痛で唸っていたが、昼前から復活し、恋が訓練で居らず暇なため、場内を散歩していた。

そして、中庭に足を踏み入れたとき、木陰で眠るギルが目に入った。

 

「むむ、寝ているですか・・・?」

 

訝しげな目をしながら、ねねは寝ているギルに近づいていく。

その様子は、おそるおそる、という言葉が一番合うだろう。

 

「寝ていますなー・・・」

 

なぜかそこでねねはほっと息をついた。

その後、きょろきょろと辺りを見回し、何かを確認した後、人差し指をピンと立ててさらに近づいていく。

視線はギルの顔の辺りに集中している。

 

「・・・つ、つんつん」

 

擬音を口から発しながら、ねねは寝ているギルの頬を突いた。

ギルは小さく唸るだけで起きる気配はない。

 

「むぅ、なんだかつまらないのです」

 

そういいながらも、ねねの指は止まらない。

しばらくつついた後、飽きたのかようやくねねは頬から指を離す。

 

「それにしても、男にしてはきれいな肌ですなー・・・」

 

ぷにぷに、むにむにと大胆に頬をいじり始めたねねがそうつぶやく。

そして、ふと視線を上げると、かなり近くにギルの顔が。

 

「――っ!?」

 

かなりギルに接近していたことに気づき、がばっ、と体を起こし、距離をとるねね。

その息はぜぇぜぇと荒れていた。

 

「ち、違うのですっ。これはギルの頬が気になっただけで、他意は・・・って、ねねは誰に言い訳しているのですかー!?」

 

ねねはしばらく一人であたふたすると、ようやく落ち着いたのか再びギルの近くにいき、腰を下ろした。

 

「・・・なんだか疲れたのです。とりあえず、ここで休んで・・・くぅ・・・」

 

ギルの隣に座ったねねが眠りにつくまで、一分もかからなかった。

 

・・・

 

「・・・む」

 

目が覚める。

座ったまま眠ったからか、間接が少し痛むが、気にするほどでもないだろう。

 

「あれ・・・?」

 

右腕の辺りにほのかな温かみを感じてそちらに視線を向けると、ねねが俺にもたれかかっていた。

・・・珍しいな、ねねがこんなに気を抜いてるなんて。

というか、こんなになつかれてたんだな、俺。嫌われてはいないようで、よかったよかった。

 

「ま、何はともあれこのまま寝かせるわけにはいかないな」

 

座ったままでは体を痛めるだろう。

とりあえず、俺の膝に頭を乗せてっと。

正座ではないが、膝枕だ。

男の膝枕が嬉しいかはわからないが、座ったまま寝るよりはマシだと思う。

下には俺の上着を引いてあるので、服が汚れることもないだろう。

・・・さて、ねねが起きるまではゆったりと過ごすかな。

 

「寝てる間に頭をなでるくらいは良いよな・・・?」

 

帽子を脱がせて、ねねの髪を梳かす様に撫でる。

あー・・・いつもツリ目だったからきつい印象を持ってたけど、寝顔がとてつもなくかわいいぞ。

小動物的可愛さというか・・・頬を突っつきたくなるような可愛さだ。

 

「つんつん」

 

・・・気がついたら頬を突っついていた。

な、何を言ってるかわからねーと思うが以下略。

 

「・・・ねねが可愛いのが駄目なんだ、うん」

 

そう思うことにしよう。

 

・・・

 

すっかり太陽も真上に昇り、じりじりと気温も上がってきた。

ねねもこれでは暑かろうと宝物庫を開いて中の風を開放し、そよ風を生み出してみると、これがなんとも心地よい。

思わずもう一度寝そうになったくらいだ。危ない危ない。

 

「・・・んみゅ」

 

そしてねねが可愛い。思わず襲いそうになったくらいだ。危ない危ない。

・・・ちょっと腹がすいてきた。

昼は何を食べようか。・・・最近同じところばかり行ってる気がするから、たまには違うところで食べてみようかな。

そうだ、流流に何か作ってもらおうかな。あの娘、暇だと良いんだけど。

 

「ふぁ・・・寝てしまったのですか・・・?」

 

「おはよう、ねね。ゆっくり眠れたか?」

 

寝ぼけ眼のねねに話しかけると、ねねは目をこすりながらゆっくりと答える。

 

「それはもうゆっくりと眠れたのです・・・ん? えっ!? な、何でギルがねねを膝枕してるですかっ!」

 

初めは完全に覚醒していなかったから気づかなかったのか、しばらくして自分が枕にしているのが俺の膝だと理解した瞬間にがばっと起き上がってしまった。

少しだけ残念である。

 

「いやほら、座ったままだと体痛めるだろ。大丈夫、変なことはしてないよ」

 

そういいながら、よいしょ、と立ち上がる。

うーむ、座りっぱなしだったからか背骨が鳴る鳴る。

 

「・・・服まで敷いてくれているのです」

 

「ん、なんかいったか?」

 

「なんでもないのですっ」

 

そういいながら立ち上がったねねは、地面に敷いていた上着を拾い、土を払って返してくれた。

 

「ありがと、なのです」

 

顔を真っ赤にして、そっぽを向きながらもきちんとお礼を言うねね。

こういうのがあるから、少し冷たくされても可愛いと思えるのだ。

 

「どういたしまして。さて、俺は昼食べに行くけど、一緒に食うか?」

 

「いいのですよ。特に予定も無いですし、ご一緒するです」

 

「よっしゃ。とりあえず厨房に行ってみよう。流流がいるかもしれないしな」

 

「了解なのですっ」

 

厨房までの道中、肩車したり高い高いをやってみたりと、ねねが喜びそうなことをやりながら歩いていた。

ねねがはしゃいでいたようなので、何よりだと思う。

 

・・・

 

「あ、にーちゃんだ!」

 

「よう、季衣。お、流流もいるな」

 

「へ? ・・・あ、にーさま! お昼ですか?」

 

厨房に行くと、季衣と流流がいた。

季衣は卓について料理を待っていて、流流は料理の準備をしているところだった。

 

「ああ、いい具合に腹が減ったから、流流がいたら何か作ってもらおうかなって思ってたんだ。頼めるかな」

 

「はいっ! 大丈夫です。もともと多く作る予定でしたから、余裕ありますよ」

 

「そっか。じゃ、俺とねねの分も頼んで良いかな?」

 

「はい! じゃあ、座って待っててください」

 

「了解」

 

言われたままに、卓で座って待っていることにしよう。

季衣の向かいに座ると、ねねが隣についた。

しばらく季衣や流流たちと話をしていると、流流の料理が運ばれてくる。

 

「おぉ~・・・上手なのです」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

ねねの言葉に、照れた様子を見せる流流。

季衣はすごいでしょー、となぜか胸を張っている。

 

「それじゃ、いただこうかな」

 

「はい、どうぞ召し上がれっ」

 

いただきます、と言って全員が食べはじめる。

む、いつもどおりうまい。

 

「おいしいよ、流流」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

「むむっ・・・これはおいしいのです。ま、認めてやってもいいのです」

 

「えらそー」

 

偉そうに言い切ったねねに、季衣がジト目で突っ込みを入れていた。

そんなやり取りをしているうちに、出された料理はすべて片付いてしまった。

・・・七割季衣が食べたことについてはもう突っ込みを入れないことにしている。

恋、鈴々、季衣の三人が大食いしていても大して驚かなくなったあたり、慣れって怖いなぁと思う。

 

「ごちそうさま。おいしかったよ、流流。ありがとな」

 

「お粗末さまです。そういってくださると、作った甲斐があります!」

 

「それじゃあ、俺はそろそろ行こうかな。ねねも一緒に訓練所行くだろ?」

 

「いくのですっ。恋どのが今日もいるはずなのですっ」

 

「ん、じゃ行こうか」

 

もう一度流流にお礼を言ってから、厨房を出た。

ねねを再び肩車して、訓練場まで向かう

さて、今日も副長は元気にやってるだろうか。

 

・・・

 

「ちょ、なんか昨日と同じような展開に・・・ひゃっ!? ちょ、関羽さま手加減をお願いしますっ」

 

「手加減は十分しているではないか。その証拠に、副長はきちんと防げているだろう?」

 

「でも防ぐたびに浮いてるんですけどっ!?」

 

「体重が足らんな。きちんと食事は取っているのか?」

 

「私の所為っ!? そして太れとっ!?」

 

おーおー、やってるやってる。

今日は愛紗と打ち合ってるみたいだな。

うんうん、いろいろな人と戦うのはいい経験になるだろう。

 

「恋どのー!」

 

ねねはねねで恋の方へと走っていったし、俺は二人の手合わせでも見学してるかな。

 

「ふっ!」

 

「くっ・・・せいっ!」

 

防いだ一瞬の隙を突き、副長が剣を突き出す。

 

「ほお」

 

愛紗はそれを危なげなく防ぐが、次の瞬間副長は愛紗の横を前転しながら通り過ぎる。

剣を防ぐために自分で視界をさえぎってしまった愛紗からしてみれば、いきなり視界から消えたように見えただろう。

・・・動きがまんま緑の勇者なんだが、装備からしてあれなんだし、突っ込みは入れないようにしよう。

副長はそのまま愛紗の背後を取り、下から鋭く切り上げる。

 

「これでっ・・・!」

 

「甘いっ!」

 

しかし、それも愛紗に防がれてしまった。

っていうか、今ほとんど後ろ見ないで防いだぞ・・・。

さすが愛紗というべきか・・・。

 

「まだまだっ!」

 

「させるかっ!」

 

防がれても諦めずに副長が剣を振るうが、先に愛紗が剣を弾き、隙だらけの副長の首に偃月刀を突きつけた。

 

「・・・参りました」

 

副長のその言葉で、手合わせは終了となった。

 

「お疲れ、副長、愛紗」

 

「あ・・・ギル殿」

 

「たいちょー! 何なんですかこの強敵率っ。ありえないですっ」

 

俺に気づいた副長が、かなりの速度で抱きついてくる。

少し泣いているようで、目じりには涙が浮かんでいた。

 

「まぁ、手加減されてるとはいえ呂布と関羽と手合わせしてあそこまで動けるんだ。かなり上達してきてるってことだろ」

 

「そのとおりです。以前よりもかなり力を挙げていますね。特に最後の奇襲は驚きました」

 

副長をなでて励ましていると、偃月刀を持った愛紗が近づいてそう言って来た。

 

「ありがとうございます。・・・まぁ、昨日みたいに防ぐだけって言うのも情けないし、成功するかはともかく、やってみるかって感じだったんですけど」

 

「それであそこまで思い切ったことが出来るなら大したものだ」

 

「よかったな、副長。恋に続いて愛紗も褒めてくれたぞ」

 

「は、はい。かなりうれしいです」

 

「ま、これからはちょっと段階あげていくから、頑張っていこうな」

 

そういって肩を叩くと、副長は背筋を正して

 

「はい。遊撃隊副長として恥ずかしくないような力量を持って見せます!」

 

なんていってくれた。

うむ、隊長としてはうれしい限りだ。

 

「うんうん、その意気だ」

 

「えへへ、がんばりますっ」

 

なんだか、こんなににっこり笑った副長は初めて見た気がする。

 

・・・

 

「ちょっとギル」

 

「・・・おい、机の上の書類が飛び散ったんだけど」

 

「そりゃそうでしょ。机の上に降り立ったんだから」

 

「城壁の上に行こうぜ。久しぶりに・・・キレちまったよ・・・」

 

「まぁ、落ち着きなさい」

 

誰の所為だよ、と言いつつ散らばった書類を集める。

卑弥呼も手伝ってくれたので、すぐに元通りに。

・・・というか、手伝うくらいなら初めから散らかさないようにしてほしいところである。

 

「で、何の用だ?」

 

ちょうど休憩にしようと思っていたので、卑弥呼の分も含めて二人分のお茶を入れながらそう問いかける。

すると、卑弥呼はため息をつきながら口を開く。

 

「もうね、弟がうるさくて」

 

「へえ、なんて?」

 

「・・・まぁ、とにかくうるさいのよ」

 

詳しく聞いてみようと思ったのだが、卑弥呼は目をそらしながら言葉を濁した。

 

「どううるさいんだよ」

 

「うるさいっ。あんたは気にしなくて良いの!」

 

「なんて理不尽」

 

「まぁ、たとえば・・・いい年してその丈はどうなの、とか」

 

その丈というのはそのミニスカのことだろうか。いや、それしかないだろう。

 

「あれ、そういえば卑弥呼っていくつ?」

 

「・・・」

 

ごにょごにょ、と耳打ちしてくる卑弥呼。

 

「え・・・」

 

「他言無用よ」

 

「了解」

 

もし他人に言ったとしても信じてもらえるかどうか・・・。

 

「ほかのやつらに話そうものなら・・・平行世界ごとぶち抜くわ」

 

「そこまで心配しなくても、誰にも言わないから」

 

「・・・そう。なら、いいんだけど」

 

卑弥呼は前のめりになっていた体を戻し、椅子にもたれ掛かると、湯飲みを手に取りお茶に口をつける。

 

「後はね」

 

「まだあるのか」

 

というか、言いたくないんじゃないのか? 

そんな俺の心の声をよそに、卑弥呼は再び口を開く。

 

「そろそろまともに仕事してくれとか、服は脱ぎ散らかさないようにとか、お前はわらわの母上かっ、って思わず突っ込んじゃったわよ」

 

「え、合わせ鏡で?」

 

「んなわけないじゃない。いくら殴られなれてる弟でも消し炭になるわ」

 

「・・・殴られなれてるんだ」

 

なんだか、卑弥呼に殴られている弟くんが容易に想像できてしまう。

がんばれ、まだ見ぬ卑弥呼弟よ。違う世界で絡まれてる俺もがんばるから! 

 

「何遠い目してるのよ。・・・まぁいいわ。で、そんな日々に嫌気が差したわらわは、家出を決意したわけよ」

 

「はぁ」

 

「で、泊めなさい」

 

「・・・部屋、余ってるかなぁ」

 

「余らせるのよ。何なら、何人か並行世界に送っても良いわ。一秒でドジャァァァンしてあげる」

 

なんてことを言いやがる。

そんな大統領感覚で人を平行世界に送るのはやめてくれ。

 

「それだけはやめてくれ。・・・とりあえず、そこに座って茶でも飲んでてくれ。仕事終わらせたら、空いてる部屋が無いか朱里にでも聞きにいこう」

 

「さっすがギル! 話がわかるわね!」

 

・・・

 

「空き部屋、ですか・・・?」

 

「ああ。卑弥呼が家出してきてな。部屋を用意しないと何をしでかすかわからん」

 

「それは一大事です・・・! ・・・で、でも、今日すぐに使える部屋なんてありませんよぅ・・・」

 

魔法使い卑弥呼=危険人物というのは朱里の頭の中でも通用する等式らしい。だいぶ慌てている。

だが、焦りと反比例するように段々と尻すぼみになっていく朱里の声。

だが、慣れた俺からしたら普通にしゃべっているのと変わらずに聞き取れる。

 

「なんと・・・」

 

「将の人たちやここで働いている人たちでほとんど埋まっていますし、後は物置となってる場所ですし・・・」

 

「・・・んー、それなら仕方ないな。ありがと。別の方法を考えてみる」

 

「はい・・・。申し訳ありません、お力になれずに」

 

「気にしなくて良いよ。そんな泣きそうな顔しないで」

 

「はわわ・・・あ、ありがとうございまふっ!」

 

頭を撫でると、いつもどおり照れる朱里。

やっぱり可愛い。

 

「それじゃあな。・・・あ、そうそう。時間があったら俺の部屋にでも遊びに来てくれよ。最近会えてないし」

 

「は、はわっ! そ、それは、えと・・・か、必ず行きましゅっ」

 

「そんなに緊張しなくても」

 

苦笑しながら、俺はきびすを返す。

 

「それじゃ、また」

 

「はいっ」

 

・・・

 

「部屋、ねえや」

 

「あっそう。残念ね、こうして世界は消えていくのよ」

 

政務室で待ったりしている卑弥呼に部屋が空いてないことを伝えると、そんな言葉が返ってきた。

なんてことを言うんだ、この魔法使いは。

 

「あ、そうだわ。部屋が無いなら、あんたの部屋に行けばいいのよ。わらわを泊めなさい」

 

「卑弥呼がそれで良いなら俺は別に構わんが」

 

「じゃ、そういうことで。ほら、早速案内しなさい」

 

「はいはい」

 

適当に返事をしながら、執務室を出る。

隣に並んだ卑弥呼が、何かを呟いているのに気づいたが、何を言ってるかまでは聞こえなかった。

 

「ほら、ここだ」

 

「邪魔するわ」

 

部屋の前に着くと、卑弥呼は勝手に扉を開けて入っていってしまった。

俺も後ろから続いて入ると、すでに卑弥呼は寝台に倒れこんで寛いでいた。

 

「・・・順応早すぎだろ」

 

「あんたのものは大体わらわのもの。わらわのものも大体わらわのものよ」

 

「・・・なんつージャイアニズム・・・」

 

「なんか言った?」

 

「いいや、何も」

 

もう半分以上諦めている。

 

「・・・にしても質の良い寝台ね。さすがは金ぴか王。金かけてるわね」

 

「あー・・・普通の寝台使ってても、いつの間にかだんだんグレードアップしてるんだよなぁ」

 

ちょっとしたホラーである。

市販のものを買ってきてもだんだんと質が上がっていくのだ。何が起こってるのか俺ですら把握していない。

 

「ふぅん。寝てるだけで物の質を上げるって、便利な体してるわねえ」

 

呆れたように呟いた卑弥呼は、しばらく寝台で寝転がった後

 

「街に行くわよ。お供しなさい」

 

「え、やだ」

 

なんか当然のように言われたので、俺の中の悪魔がちょっとからかってやれよ、と呟いた。

そんな悪魔にしたがって断ってみると、卑弥呼の顔は一瞬で悲しそうな表情になり、涙目になってしまった。

 

「えっ・・・?」

 

「嘘! 嘘だって! ちょっとした悪戯心だったんだって! そんな悲しそうな顔をしないで・・・あああ、泣かないでくれぇ!」

 

「・・・な、生意気!」

 

「いてっ」

 

こいつ、魔力を纏わせた足で脛に蹴り入れてきやがった。

地味に痛かったぞ・・・。

 

「・・・いくわよ」

 

「りょーかい」

 

俺は服の袖を握り締めながら歩き始めた卑弥呼に引っ張られるように部屋を後にした。

・・・早く機嫌直さないとなぁ。

 

・・・

 

「・・・ふむ」

 

「もう五分ぐらいそれ見てるけど・・・買おうか?」

 

「ちょっと待ちなさい。わらわの脳内で今会議してるから」

 

「いえっさー」

 

卑弥呼は店頭に並べられている髪飾りを見ながらそっけなく返してきた。

うーむ、何がそんなにも彼女の琴線に触れたんだろうか。

 

「そうだ。なぁ卑弥呼、まだしばらくここにいるだろ?」

 

「そうね。まだちょっと決めらんないわ」

 

「じゃあ、ちょっと饅頭でも買ってくるよ。そろそろ小腹もすくだろ」

 

「・・・良い案ね。頼むわ」

 

「おう」

 

むむむ、と悩む卑弥呼に苦笑しつつ、饅頭屋を目指す。

さて、どこで買おうかなぁ。

 

・・・

 

「はいよ、毎度ありっ」

 

饅頭屋のおばちゃんに見送られながら店を後にする。

さて、これで後は戻るだけだ。

そう思いながら少し歩くと、先ほどの髪飾りを売っていた店の前に戻ってきた。

卑弥呼はどこかな、ときょろきょろ視線を動かすと、なぜか人だかりが出来ている場所があった。

そこへ近づいていくと、聞きなれた声が耳に入ってきた。

 

「おおっ、美人だっ」

 

「なぁ、いいだろ?」

 

「遊びにいこうよ。なっ?」

 

「はぁ、何度言ったら分かるのよ。わらわは一緒に来てる人がいるの。だから、あんたたちには付き合えない。まぁ、一人だったとしてもあんたらにはついていかないけど」

 

・・・あれ、ものの数分で絡まれてる。

まぁ、性格除いたら卑弥呼って美人だからなぁ。しかもミニスカ和服着用中だし。

というか、卑弥呼がさっさと追っ払わないのって珍しいな。

なんか、いつも合わせ鏡で障害をぶっ飛ばして生きてるイメージだったんだけど。

・・・ああ、「人前で魔法を使わない」っていうの、守ってくれてるのか。

 

「おいおい、あんまり調子に乗ってると、俺らも加減できないよ?」

 

「ちょっと遊んでくれるだけで良いんだって!」

 

あ、卑弥呼のこめかみがぴくぴくしてる・・・。

このままだと魔法を使いそうである。

 

「おい、やめろよ」

 

饅頭の袋を持ったまま、俺は男たちに背を向け守るように卑弥呼と男たちの間に割ってはいる。

 

「弱いもの虐めはよくないぞ」

 

「・・・それ、普通女の子を背中に守らないかしら」

 

「え・・・?」

 

「ちょっと待ちなさい。その「何を言ってるの?」という表情をやめなさい。わらわだって、魔法を使うの我慢してるんだから。今はわらわが弱者じゃないの?」

 

「えっ・・・?」

 

「驚きが大きくなってるわよ!」

 

「おいおい兄ちゃん、いきなり割って入って何のマネだよ」

 

背後にいる男たちに声をかけられた。

以前わくわくざぶーんでナンパしていた人たちとは違い、素直に引かないようだ。

ええい、君たちの命がかかっているんだぞ。退け、退くんだ! 

 

「その子には俺たちのほうが早く声掛けたんだぜ。後から来たやつは引っ込んでろよ!」

 

「いや、その人がわらわの連れなんだけど・・・」

 

「そうだそうだ!」

 

「・・・聞いてねえし。あー、鏡に魔力集めたくなってきたなー!」

 

・・・まずい。卑弥呼が爆発寸前である。

ここでぶっ放されたら間違いなくこの区画が消し飛ぶ。

 

「まぁまぁ、落ち着けよ、な?」

 

「ちょっとそこの男三人差し出しなさい。適度に殴って返すわ」

 

「ストレス解消のサンドバッグ代わり・・・だと・・・?」

 

怖い。何が怖いってナンパしてきた男たちをサンドバッグとしてしか見てない卑弥呼が怖い。

 

「てめえ、そろそろよけろ・・・よ!」

 

「あぶねっ」

 

背後からのパンチをかがんでよける。

生身でサーヴァント殴るとか何考えてるんだこの男。手痛めるぞ。

そのまま勢いづいた男は卑弥呼の前までよろよろと出て行った。

 

「良いわ、顔はその位置よ」

 

「は? 何・・・おぶっ!?」

 

ごっ、と顎を殴って脳を揺らした卑弥呼。

 

「お、おい! 大丈夫かっ」

 

そういって倒れた男に残った二人のうち一人が駆け寄り、声を掛けながら揺すっていた。

 

「やりすぎだ、卑弥呼」

 

「・・・ふんっ。・・・良い、あんたたち。これに懲りたら、人の話はきちんと聞いて、嫌がる女の子にしつこくしないことをお勧めするわ」

 

「てめ、調子乗ってんじゃ・・・」

 

「お、おい、今気づいたけど、あの男って金色の将ってやつじゃ・・・!」

 

「え・・・ちょ、や、やべえ!」

 

二人は俺のほうを見てそういうと、倒れた男に肩を貸しながら逃げていってしまった。

・・・というか、俺ってそんな風に呼ばれてたんだ・・・。

 

「ふぅ。まぁまぁすっきりしたわね」

 

そういう卑弥呼に、やさしめにデコピンする。

 

「いたっ。・・・あによ」

 

「やりすぎ。もうちょっと穏便に済ませられなかったか?」

 

「・・・合わせ鏡をやらなかっただけでも、わらわにとっては最大級のやさしさよ」

 

「あれでやさしいんだ・・・」

 

「それに、わらわは女王よ? 無礼者には、分からせてやらないとね」

 

「・・・こわっ」

 

「大丈夫よ。あんたにはしないから。・・・手合わせ以外では」

 

・・・手合わせでは、やるんだ・・・。

 

・・・

 

あの後、卑弥呼が気に入ったらしい髪飾りを買わされ、俺たちは饅頭を食べながら城に戻った。

 

「さ、なんだか疲れたし、部屋に戻るわよー」

 

「・・・了解」

 

俺も疲れた。

 

「ふぅ。たっだいまー」

 

部屋に入ると、早速寝台に飛び込む卑弥呼。

少しごろごろと転がると、んー、と伸びをしながら立ち上がった。

 

「さて、お風呂入ってくるかな」

 

「いってらっしゃい」

 

どこからか風呂道具を取り出した卑弥呼を送り出し、ふぅ、と一息。

 

「疲れた」

 

何が疲れたってあの髪飾り買って帰るまでの視線で疲れた。

まぁ、みんな悪い印象は持ってなかったみたいだから、迷惑掛けたわけではないだろう。

しばらくそんなことを考えていたら、卑弥呼が戻ってきた。

 

「お、浴衣か」

 

「ん、知ってんのね。そうよ。どう?」

 

「いいね、似合ってる」

 

いつもの束ねた髪ではなく、髪を下ろしているので、それも似合っていた。

 

「どうよ、色っぽいかしら」

 

「とっても」

 

「そう? よかった」

 

「? よかった?」

 

どういうことだ? と聞き返す前に、卑弥呼が行動を起こした。

 

「ええ。ていっ!」

 

「なっ!?」

 

じりじりと距離を縮めていた卑弥呼に飛び掛られ、寝台に押し倒される。

この流れはまさか・・・! 

 

「油断したわねっ。いただいたっ」

 

「むぐっ」

 

ほとんど勢いで俺に口付けした卑弥呼。

前歯があたらなかったのは奇跡と言っていいだろう。

 

「ん、ちゅ、ぷあっ。・・・これが、キスね。・・・思ったよりドキドキするじゃない」

 

「・・・顔真っ赤だぞ。恥ずかしいならこのくらいでやめておけよ?」

 

「ちがうわよ! こ、これは・・・そう! お風呂上りだからよ!」

 

そういいながら、ムキになったのか俺のズボンに手を掛ける卑弥呼。

 

「おおっ!? ちょ、何でそんなに積極的なんだっ」

 

「はんっ、そんなものギルのことが好きだからに決まってんでしょ!」

 

「ここまで勢いに任せた告白は初めて受けたぞっ!」

 

「じゃあわらわの初めてで相殺してあげるわっ!」

 

「何でそんなハイテンション!?」

 

「ほら出てきた。諦めなさい。わらわだって恥ずかしいのよ。男に裸見せるなんて、初めてなんだから」

 

恥じらいながら浴衣をはだけた卑弥呼に迫られて、俺の理性は負けてしまった。

 

・・・

 

「・・・く、まだ入ってる感覚が・・・」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫よ、このくらい」

 

「その、後悔してないのか?」

 

なんか昨日はほとんど勢いみたいなものだったし・・・。

 

「してるわけ無いじゃない。初めて好きになったやつと結ばれたのよ。これで後悔してたら、そいつは頭がやばい子ね」

 

「そっか。なら良いんだ。・・・それにしても、意外だったなぁ。卑弥呼が俺のこと好きでいてくれたなんて」

 

「ふん。わらわはどこかのツン子みたいに分かりやすい顔してないからね」

 

ふいっと卑弥呼が顔をそらしながらそういう。

・・・だが、俺は見逃さなかった。

卑弥呼が顔をそらしつつも頬を赤く染めていたことを・・・! 

 

「・・・ふむ・・・とりあえず、弟に知らせないと」

 

「あれ、家出してるんじゃないのか?」

 

「嘘に決まってんじゃない」

 

「・・・そうですか」

 

「んー・・・ほら、ギル。わらわの事抱きしめなさい」

 

「偉そうに」

 

「偉いもん。ほら、女王を抱きしめられるなんてあんただけなんだから」

 

「そうだな。じゃあ、遠慮なく」

 

寝台に寝転がる卑弥呼を正面から抱きしめる。

全体的にスレンダーな卑弥呼だが、こうして抱きしめると女性特有のやわらかさが感じられる。

 

「ふふ、良い気分ね。幸せだわ」

 

・・・この状態でしばらくいたら、俺を起こしに来た月たちに見られ、ちょっとした騒ぎになったのは言うまでも無い。

 

・・・




「あ、姉さんからの手紙。・・・何々? 「恋人が出来たんだぜ!」ほうほう。・・・え? なん・・・だと・・・?」「はっ、弟君が卑弥呼様からの手紙を読んで戦慄しておられる!」「まさか、凶報だったのか・・・!?」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十話 ちびっ子たちと釣りに

「ギルギル! あそこ見て! クマさんが釣られてる!」「うおおおお釣ったクマー!」「浩太!? 何やってんだっ!?」


それでは、どうぞ。


「・・・あー、疲れたー!」

 

俺の対面で酒を飲みながら管を巻いてるのは、皆さんご存知天の御使い北郷一刀くんである。

今日は珍しく一刀にも政務の仕事が回ってきて、さらに珍しいことに俺と一刀以外に政務をする人間がいなかったのだ。

そのため、いつもはしないような大量の仕事に追われ、昼前に仕事を始めて、日が暮れた今になってようやく政務が終了し、こうして酒屋で疲れを癒しているところである。

 

「一刀、お前おっさんっぽいな」

 

「・・・言うなよ、ギル。俺だって言いたくて言ってるんじゃない」

 

卓に突っ伏しながら一刀が反論してくる。

が、その言葉に力は無く、かなり弱弱しいものとなっている。

・・・うぅむ、さすがに疲れているみたいだな。

今日は珍しく仕事が大量にあったからな。俺も少し手が痛い。

サーヴァントも腱鞘炎にはかなわないか。

 

「仕事の後の一杯がおいしい、ってテレビでよく言うけど、俺今ようやく理解できた」

 

「もう思考回路がサラリーマンだな」

 

苦笑しながら俺も酒に口をつける。

 

「ま、良い経験になったんじゃないか?」

 

「まぁ、うん。それはそうなんだけどさ」

 

「明日は何も無いんだろ? だったらゆっくり休むといいさ」

 

「そうするよ。・・・ふはぁ、酒が美味い」

 

重症だな、と心の中だけで呟く。

 

「あれ? 大将! それに兄貴も!」

 

「本当か、董の兄者! ・・・おお、本当だ!」

 

「ん?」

 

なにやら聞き覚えのある呼称と声が聞こえてきたので視線を向けると、一刀の心の友であり、俺の仲間である兵士一団が店に入ってきたところだった。

 

「おお、お前らか。こっちこいよ、一緒に飲まないか?」

 

「いいッスか!?」

 

「かまわないさ。いいだろ、一刀」

 

「おう、当たり前だ」

 

「だって。ほら、座った座った」

 

「それじゃあ、お邪魔しますね」

 

そういった蜀のを皮切りに、みんなが俺らの座っていた卓にやってきた。

余っている椅子を引っ張ってきたりして、何とか全員座れたようだ。

 

「とりあえず、適当なお酒をもらおうか」

 

「あいよっ!」

 

呉のが店主に人数分の酒を頼む。

店主は元気よく返事をして奥へと引っ込んでいった。

 

「それにしても、大将と兄貴が二人で酒飲んでるなんて、珍しいッスね」

 

「そうだな、いつもは侍女の人たちや将の方と飲んでるのに」

 

「・・・なんだかそれだけ聞くとかなりうらやましく聞こえるんだが、兄者」

 

「まったくだ、弟者」

 

「あー、今日はかくかくしかじかでな」

 

「なるほど、まるまるうまうまというわけか。それは大変だったな、大将」

 

「うぃー」

 

兵士のねぎらいの声に、気の抜けた返事を返す一刀。

もうだいぶ駄目なのかも知れない。

 

「あいよ、お待ちっ!」

 

「お、酒が来たな」

 

「じゃあ、乾杯でもするか」

 

そういってみんなが掲げた杯をぶつけ合う。

 

「今日はおごるよ。好きなだけ頼んでいいぞ」

 

「本当ッスか兄貴! 俺頼みまくっちゃいますよ!?」

 

「ああ、かまわんよ。最近お前らとこうして飲むことなんか無かったからな」

 

それに、どうせ一刀の分をおごるつもりだったんだし、いまさら人が増えても問題は無い。

・・・いやぁ、黄金率の大切さがわかるよなぁ。

 

「そういえば、俺たちが前に飲んだのはいつだったか・・・」

 

「確か・・・水浴びに行ったとき以来じゃないか、弟者」

 

「なるほど、それはかなり前だな、兄者」

 

あ、と董のがぽんと手を打った。

どうした、とみんなの視線が集まる中、董のは口を開く。

 

「そういえば、俺は前に兄貴と飲んだな」

 

「ああ、あの董卓軍の飲み会で」

 

「そうそう。まぁ、そのときは話なんてできなかったんだが」

 

「そうだったのか、兄ぃ」

 

「ああ。お嬢様に賈駆様、呂布様たち董卓軍の将たちに囲まれてたからな」

 

「なんとうらやましい・・・」

 

男たちの視線が突き刺さる。

んなこと言われても・・・。

 

「そういえば、お嬢様があんなに酔っているのは初めて見たな」

 

「董の兄者がいうお嬢様って言うのはあの侍女長のことだよな?」

 

呉のがいうとおり、月は増えすぎてしまった侍女たちをまとめる侍女長としてがんばってくれている。

 

「ああ。いつもおっとりして、儚げな雰囲気のお嬢様が、陳宮さまにお酒を飲ませてたんだ。無理やり」

 

「無理やり!?」

 

「そうだ。俺もあの時は目を疑ったよ。かわいらしい笑顔のまま、酒の入った徳利を陳宮様の口に突っ込むお嬢様なんて、想像できるか・・・?」

 

「そ、想像できないッス・・・」

 

「・・・そういえば、その後そのお嬢様はどうしたんですか?」

 

「ん? いや、それはわからんな。兄貴が賈駆さまと一緒に抱えて帰ってしまったから」

 

「お、お持ち帰りしたのか! うらやま・・・けしからんぞ、兄貴!」

 

「まて、お嬢様と兄貴は恋仲だと聞く。おかしくは無いぞ、弟者」

 

「だが、酔った女性とにゃんにゃんするなど・・・興奮するぞ、兄者!」

 

「落ち着け弟者!」

 

興奮している袁紹弟を、兄が止める。

・・・ちょっと目が血走ってるぞ。大丈夫か、弟。

後半はどう聞いても性癖暴露してるようにしか聞こえないが・・・酔いすぎだろ、袁紹弟。

 

「・・・言っておくけど、あの後は普通に寝てたぞ、あの二人。酔いつぶれてたしな」

 

「そういえば、珍しくお嬢様が急に仕事を休んだりしていたな」

 

「ああ、二日酔いがひどかったらしくてな。頭痛いって唸ってたよ」

 

「二日酔いの侍女長・・・想像できませんね・・・」

 

「それはそれで少し見てみたい気もするがな」

 

「・・・もう二度と月は酔わせん。あれは酷かったからな」

 

「まぁ、確かに」

 

俺の言葉に、董のがうなずく。

実際に見ていたからか、うなずきに説得力があった。

 

「侍女といえば、最近もう一人兄貴の側近の侍女増えましたよね?」

 

「ん?」

 

「ほら、侍女長、賈駆さま、あと楽元ちゃんと程則さんの四人だけでしたよね? それに最近、もう一人加わりませんでしたか?」

 

「あー・・・卑弥呼か?」

 

「ええと、それは・・・」

 

「ああ、真名じゃないよ」

 

「そうですか。卑弥呼さん・・・名前の響きからしてこの大陸の人じゃないですね」

 

「よくわかったな」

 

まぁ、大陸どころか世界が違うんだけど。

 

「というか、侍女を五人も侍らしてるのか、兄貴」

 

「それに、劉備様や関羽様、それに孔明様や鳳統様も最近兄貴の部屋に通っているといううわさも聞くな」

 

「なんと・・・!」

 

呉の情報提供に、袁術のが驚きの声を上げる。

 

「ほんとなんスか?」

 

「・・・まぁ、事実ではあるな」

 

「うらやましーッス!」

 

魏のがこぶしを握って叫んだ。

・・・俺もお前の立場だったら、同じこと叫んでただろうなぁ。

 

「というか、それを言うなら一刀もだろ。凪たち三人とかと仲良いんだろ?」

 

「ん? あー、まぁな」

 

ぽりぽりと頬を掻きながら一刀が答える。

そういえば一刀ってあの三人と華琳以外とのうわさは聞かないな。

魏はちょっと百合っぽいとはいえ、一刀の性格ならもっとモテてそうなんだが。

 

「俺とギルはこうして話したんだし、お前たちはどうなんだ?」

 

「どうといいますと?」

 

「ほら、彼女とか・・・奥さんとかいないのか?」

 

「あー・・・」

 

一刀の言葉に、呉のが声を漏らす。

どうやら、ちょっと遠慮したい話題のようだ。

 

「触れちゃいけないところに触れちゃいましたッスね」

 

「え、まさか・・・」

 

「ええ、そういう話はありませんね。私たちも欲しいとは思っているのですが・・・」

 

「軍だとほとんど出会いが無いからな、弟者」

 

「そうだな。将以外はほとんど男だからな、兄者」

 

そこからはもう暴露大会のようなものである。

こうこうこういう彼女が欲しい、将で例えればあの人だな、というような話になっていく。

こんな話は男同士でしか出来ないため、なんだか新鮮な気分になる。

 

「やっぱり、みんなこだわりみたいなのがあるんだな」

 

「当たり前ッスよ! ・・・あぁ、また水浴びの警護やりたいッス」

 

魏のがため息をつきながらそう呟く。

 

「あー、最近はめっきり涼しくなってきたからなぁ。もう夏も終わるし、来年まで無理じゃないか?」

 

「うぅ、一年は長いッス・・・」

 

しょんぼり、と落ち込んでしまった魏のにつられたのか、ほかの兵士たちもため息をつく。

・・・まぁ、あれは兵士のみんなにとっては素晴らしいイベントだったんだろう。

かくいう俺も月や詠の水着姿を見ることが出来たので、あのイベントにはかなり満足している。

 

「まぁ、一年間楽しみを溜めていくしかないな」

 

「・・・爆発したら死にそうだな、こいつら」

 

俺の一言にぼそりと突っ込みを入れる一刀。

・・・確かに。

 

「夏が待ち遠しいッスよ~」

 

そんなくだらない話をしながら、俺たちは店が閉まるまで飲み続けた。

 

・・・

 

「うーむ、少し飲みすぎたか」

 

若干ふらつきながら部屋へと戻る。

扉を開けて部屋の中へ入ると、小さい寝息が聞こえた。

 

「すぅ・・・ん」

 

「月・・・来てたのか」

 

あれ、でも一刀と飲みに行くから今日の夜は部屋にいないって言っておいたはずなんだが・・・。

起こさないように気をつけながら、掛け布団を直す。

 

「むにゃ・・・あ、ギルさん」

 

「ごめん、起こしちゃったか」

 

「あ、いえ、お気になさらないでください。私が勝手に寝てしまっただけですから・・・」

 

申し訳なさそうにそう言う月の頭を撫で、それこそ気にするなよ、と返す。

頬を赤らめてはにかむ月に癒されつつ、隣にお邪魔する。

 

「えへへ、今日はギルさんを独り占めです」

 

「ん? ああ、そういえば今日は詠がいないな」

 

「はい。こっそり抜け出してきちゃいました」

 

「・・・明日怒鳴られると頭痛くなりそうなんだけど」

 

「大丈夫ですよ。詠ちゃんもきっとわかってくれます」

 

「そうかなぁ」

 

「そうですよ」

 

ニコニコと俺の腕に抱きつきながら自信満々に言い放つ月の様子に、ま、何とかなるかと考えることをやめた。

 

「よし、じゃあ寝るか」

 

「はい。おやすみなさい、ギルさん」

 

「おやすみ」

 

月に返事して寝ようとしたとき、おずおずといった感じで月が口を開いた。

 

「・・・あ、あの、ギルさん」

 

「ん、どうした?」

 

「えと・・・んー・・・」

 

・・・月が目を閉じながら唇を少しつきだしているんだが・・・これはあれをしなきゃならない流れなのか? 

 

「・・・月、それやったらたぶん今日寝れなくなるけどいいのか?」

 

「へぅ・・・えと、頑張りますっ」

 

「そ、そうか」

 

なら良いか、と開き直り、月に口付けしながら服を脱がしていく。

酒を飲んできたからか、少し自重が効かなさそうだ。

今は喋れないので心の中で謝っておくとしよう。すまんな、月。

 

・・・

 

「・・・なにこれ」

 

「ええと、ちょっと自分でも引いてる」

 

「へぅ・・・ち、力入らないです・・・」

 

おそらく二度目であろう腰ががくがくになった月を見た詠の一言が、あれである。

いや、うん。自分でもちょっとやりすぎたなぁと反省しているので、ジト目でこちらを見るのやめてください。

はぁ、とため息をついた詠は、まぁいいわと諦めたようだ。

 

「・・・でも、月が動けないのは困るわね・・・今日の仕事、どうしようかしら」

 

「ん、俺が手伝うよ。こうなったのも俺の所為だし」

 

「あ、いや、ギルはちょっと」

 

「え?」

 

そんな微妙そうな顔をして断られるとは・・・と少しショックを受けていると、詠が慌てて説明を加える。

 

「ち、違うっ。今日はその・・・男のあんたじゃ不都合なのよ」

 

「あー・・・」

 

その言葉で大体理解した。

詳しい仕事内容はわからないが、きっと侍女のみでしか出来ない仕事なんだろう。

女子には秘密がいっぱいだからな。

 

「そうだ。じゃあ、副長貸すよ」

 

「副長ってあんたの隊の?」

 

「ああ。あの子意外と家庭的だし、たぶん手伝いくらいなら出来るだろ」

 

「へぇ、何よ、そいつのことずいぶん推すじゃない」

 

「そりゃ俺の隊の副長だからな」

 

「まぁいいわ。腰の抜けてる月よりは使えるでしょうし」

 

「へぅ・・・ごめんね、詠ちゃん。少し休んだらすぐいくね」

 

「いいわよ、別に。すぐには無理かもしれないけど、ちょっと休んだら動けるようになるでしょ? それからでいいわよ」

 

・・・詠が優しい。

いや、月には最初から優しいか。

 

「うん。分かった」

 

「よし。それじゃ、副長のところ行こうか」

 

「そうね。・・・そういえば、副長って今日休みだったりしないの?」

 

「ん、大丈夫。今日も訓練だから、それから離れられるって言われたらすぐに食いついてくるだろ」

 

「・・・そいつ、ほんとに副長なの?」

 

詠の疑問ももっともだが、副長はあれできちんとやるやつだ。

大丈夫だろう。多分。きっと。おそらく。めいびー。

 

・・・

 

「侍女さんのお手伝い、ですか?」

 

「ああ。今日の訓練は俺が変わるから、午前中だけてつだ」

 

「わかりましたっ!」

 

・・・俺の言葉を遮ってまで答えたぞ、この子。

 

「そういえば、侍女さんのお手伝いって事は侍女服着れたりするんですかね」

 

「着るわよ。もちろんじゃない」

 

「おぉ~! あの服、一回着てみたかったんですよっ」

 

「・・・仕事、ちゃんとしなさいよ?」

 

「はいっ。もちろんですっ」

 

こうして、ルンルン気分で詠と去っていった副長を見送ってから、兵士たちの訓練を始めるのだった。

 

・・・

 

「頭いてぇ・・・」

 

「あっはっは、昨日飲んでたからなぁ、一刀は」

 

「・・・なんでギルは平気なんだよ・・・俺とかあいつらに飲まされまくってたのに・・・」

 

「酒には慣れたからな。それに、俺自身も知らなかったけど、意外と酒に強いらしいぞ、俺」

 

「くっ・・・流石飲兵衛たちに唯一ついていける男・・・」

 

何だその妙な評価。

というか飲兵衛っていうのは・・・まぁ、あのあたりだろうなぁ。

 

「ま、二日酔いも合わせていい経験になるだろ。じっくり苦しめ」

 

「く・・・次は絶対にギルが二日酔いするぐらい飲ませてやるからな・・・!」

 

「おう。いつでも来い」

 

そういって、苦しむ一刀に水を渡す。

 

「サンキュ。・・・ぐぅ、これは辛いな・・・」

 

「みんなこれを乗り越えて大人になっていくのさ・・・」

 

「かっこよく言ってるところにこんなこと言うのもあれだけどさ、ギルはまだ乗り越えてないよな・・・?」

 

「・・・お、俺はもう大人だし?」

 

「そっか。うん、分かったよ」

 

「あ、やめろ! からかったのは謝るから、その目で見るのをやめろ!」

 

なんだか優しげな瞳でこちらを見てくる一刀にそう返すと、一刀は失笑する。

どうやら一本とられたようだ。

 

「はは、これでお返しは出来たかな」

 

「ああ、あのころの純粋でピュアな一刀君はいずこに・・・」

 

こんな人をからかって遊んでくるような子じゃなかったのに・・・。

 

「さて、それじゃそろそろ行くよ」

 

「おう。わざわざ悪いな」

 

「気にすんなって」

 

俺が少し飲ませすぎた罪悪感もあってのことだし、一刀が気にするようなことじゃない。

・・・まぁ、ノリノリだったのは一刀もなんだけど。

 

・・・

 

「よい、しょっと」

 

川に船を浮かべてみる。

・・・黄金の船体と緑色の光が眩しいこいつは、毎度おなじみ黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)である。

龍を倒しにいったときにつけていた装備はすでにはずしてある。

あれをつけっぱの船を川に浮かべるわけにもいかないからな。

 

「よし、これでオッケーだな」

 

何でこんなに目立つものを川に浮かべているのかというと、以前ちらっと言っていた船釣りのためである。

一応船体には認識阻害の魔術をかけてあるので、目立つことは無いだろう。

 

「さて、それじゃあ行こう」

 

「兄ぃぃぃぃー!」

 

「ヘブンっ!?」

 

かな、と言う前に何かに突進されて川に落ちた。

何だこれ! ふにふにしたやわらかいものがくっついて・・・って。

 

「ぷはっ! み、美以!?」

 

「そうなのにゃー!」

 

元気に答える美以を抱えながら、とりあえず川から上がる。

・・・服がびしょ濡れである。まぁ、一瞬で着替えられるんだけど。

 

「主様ー!」

 

「あれ、美羽。それに、ミケトラシャムも」

 

美以がいつも遊んでいるメンバーである。

たまに鈴々とかも加わるのだが、今日はいないようだ。

 

「きらきらしてるのにゃー」

 

「まぶしいのにゃー!」

 

「ごーかなのにゃー・・・」

 

ミケたちは黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)に興味津々のようだ。

 

「金で船を作るなんて、主様はお金持ちじゃの」

 

そういって船を見上げる美羽はちょっとあきれたような顔をしている。

いや、まぁ、俺が作ったんじゃないんだけどなぁ。

 

「兄はどこかにいくのかにゃ?」

 

「ん? いや、どこかにいくんじゃなくて、船釣りをしようかなって」

 

「ちゅり・・・ちゅりはだめにゃ。狩ったほうが早いにゃ」

 

「そうじゃの。釣るより狩ったほうがはやいのじゃ」

 

・・・この二人が釣り? 

たぶん、釣り針に餌を付けなかったからとか、そんな理由で釣れなかったんじゃなかろうか。

 

「じゃあ、俺と一緒に釣りしてみないか?」

 

「兄と一緒ににゃ?」

 

「ああ。この船に乗るついでに、やってみようぜ」

 

「わかったのにゃ。兄がそこまで言うなら一緒にやってみるのにゃ」

 

薄い胸を張りながら、美以が答える。

 

「船に乗るのにゃ?」

 

「乗るにゃー!」

 

「乗るにゃー・・・」

 

ミケトラシャムも乗り気のようだ。

 

「主様主様、妾も乗りたいのじゃ!」

 

「もちろん。さ、みんな乗った乗った」

 

さらに後から来たちびっ子たちも乗り込み、騒がしく船は出港した。

この黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)は思考で操作できる船なので、きちんとちびっ子たちの面倒を見ながら船を操縦することが出来る。

川に落ちないようにしてあげないとな。

 

「ほらほら、幸、あんまり覗き込むと落ちるぞー」

 

「だいじょうぶだよー」

 

妙に甲板を動き回る幸を抱き上げて、落ちないように縁から離す。

本人が大丈夫といっているからといって、油断しているとさらっと落ちるからな。

 

「おー! この船は早いの! 帆も無いのに動いてるのじゃ!」

 

「早いのにゃー! 兄はすごい船を持ってるのにゃ!」

 

「はは、さ、釣りをしようか」

 

一旦引っ込んで、宝物庫から黄金の釣竿を取り出す。

 

「よーし、釣りするぞー」

 

「おー! 俺も手伝うぞー!」

 

「お、浩太、手伝ってくれるか」

 

八本ほどあるので、一人では辛い。

浩太なら父親と釣りに出かけるので慣れているらしく、以前も俺の釣りを手伝ってくれたことがあるので、安心して手伝わせられる。

 

「何を付けてるのじゃ?」

 

「ん? 餌だよ。釣り針には、餌を付けないと魚が寄ってこないからな」

 

「・・・そ、そうなのかえ?」

 

「ああ。・・・もしかして・・・」

 

「う、し、知らなかったのだから仕方ないのじゃ!」

 

・・・やっぱりか。前に釣りをしたときに釣れなかったのは、餌を付けなかったかららしい。

予想通りというかなんと言うか・・・。

 

「さ、美羽と美以も魅々と幸に教えてもらって、ちょっとやってみなよ」

 

「う、うむ。やってみるのじゃ。魅々とやら、よろしく頼むぞ」

 

「にゃ! 幸、頼むのじゃ!」

 

「あ、うんっ!」

 

「わかったよー」

 

二人の元気の良い返事を聞いて、微笑ましいなあ、なんて思いながら釣りを始めた。

 

・・・

 

「釣れたのじゃー!」

 

「釣れたにゃー!」

 

しばらくすると、二人の嬉しそうな声が聞こえる。

 

「釣れたのにゃ、兄!」

 

「おめでとう。釣りも楽しいだろう?」

 

「楽しいのにゃっ」

 

「主様ぁっ、釣れたのじゃ!」

 

「ああ、よかったな。ほら、もっともっと釣ってみようか」

 

「うむっ」

 

二人がびちびちと動く魚を持ってこちらにやってきたので、頭を撫でて褒める。

子供は褒めて伸ばす方針です。いや、まだ子供いないけど。

あれ、そういえばミケたちはどうしているんだろうか。

 

「うにょー! おっきいのが引っかかったのにゃー!」

 

「引っ張るのにゃー!」

 

「引っ張るにゃー」

 

いた。

三人で一つの竿を引っ張ってるようだが・・・うお、すげえでかい魚がかかってる!? 

なにあれ、この川の主!? 

 

「おー! がんばれー!」

 

「でっけー!」

 

司と浩太も興奮しているようだ。

ま、まぁ、楽しそうで何より。

 

「釣れたにゃー!」

 

「うおー! 飛んでるー!」

 

「・・・なんとまぁ」

 

少し目を放した間にあの巨大な魚を釣り上げたらしい。

反動で高く飛び上がった魚が、太陽の光を反射しながらこっちに落下してくる。

 

「あぶなっ!」

 

慌てて天の鎖(エルキドゥ)で魚を雁字搦めにする。

ゆっくりと甲板におろし、動かなくなるまで待つ。

・・・宝物庫を見られてしまったが、まぁこの子達なら大丈夫だろう。

 

「ふむ・・・これだけ釣れたならいいか。よし、港に戻って調理するとしよう」

 

そういって、俺は船の針路を港へと向けた。

 

・・・

 

魚に串を通し、焚き火の周りに刺していく。

これで、たぶん焼けるはず。幸は料理が出来るらしく、アドバイスをしてくれるので助かる。

 

「うおー! 燃えろー!」

 

「・・・なんで浩太はこんなにテンションが高いんだ・・・?」

 

「てんしょん?」

 

「ああ、幸は気にしなくていいんだぞー」

 

そういって頭をなでると、えへへーと笑う幸。

 

「そっかー」

 

「・・・この子、きっと将来桃香みたいになるんだろうなぁ」

 

頭の妙なゆるさとか、ほんわかとした空気とか、似通いすぎだろ。

うん、まぁ、そのままやさしい子に育ってください。

 

「魚! 魚を燃やせー!」

 

「燃やすな! 焼け!」

 

ついに司からの突っ込みが入った。

激しく頭を叩かれたにもかかわらず、楽しそうに笑っている。

・・・あれ、叩かれたからおかしくなったのか・・・? 

 

「お、おい司、あれ大丈夫なのか・・・?」

 

「大丈夫じゃない? 魅々に叩かれてもああなるし」

 

「浩太の立ち位置がわからない・・・」

 

何でそんなに引っ叩かれてるんだ・・・。

あれか、ボケなのか、浩太。

 

「良いにおいがするのじゃ! やっぱり魚は焼くのが良いのじゃっ」

 

「もう大丈夫だと思うよ、ギル」

 

幸がそういうと、みんなが串に刺さった魚を手に取っていく。

俺も一つとって、かぶりついてみる。

 

「おお、おいしい」

 

「えへへー、でしょー」

 

「・・・なぜ魅々が偉そうなんだ」

 

胸を反らして偉ぶった魅々に突っ込みを入れながら、魚を食べ進めていく。

 

「さて、この巨大魚、どうしようか」

 

あ、そうだ。

 

「ちょっと木を刈るか」

 

宝物庫から取り出したグラムで木を一本切り倒す。

その木を加工して、組み立てて・・・っと。

 

「よし、これでいいはず」

 

見よう見まねではあるが、完成した。

 

「これに魚を通して・・・火をつける」

 

ちびっ子たちが興味津々と言ったように周りに集まってくる。

視線を受けながらも、俺は魚を通した棒を回し始める。

ぐるぐると回りながら、魚に火が通っていく。

焼けていく魚を見ながら、タイミングを見計らって・・・。

 

「・・・ここだっ! ・・・よし、上手に焼けましたっ!」

 

気分はハンターである。

いや、特に何も狩らないけどさ。

 

「おー! 上手に焼けたかえ!」

 

「ああ。おそらく完璧だと思う」

 

美以がいつの間にか用意していた巨大な葉っぱの皿に魚を乗せ、切り倒した木から作成した箸をみんなに渡した。

・・・そういえば、どんな魚か分からないまま焼いて食おうとしてるんだけど、大丈夫だろうか。

 

「いただきまーす!」

 

「・・・一応、いろいろな霊薬を用意しておくか・・・」

 

考えているうちにみんなが食べ始めてしまったので、取り合えずだめだった場合の用意だけしておくことにした。

 

・・・

 

「おいしかったー!」

 

「おなかいっぱいなのにゃ!」

 

「なのにゃー!」

 

「なのにゃー」

 

魅々とミケトラシャムが満足そうに叫ぶ。

シャムは若干眠そうな声だったが。

 

「まんぷくなのにゃ」

 

「じゃの」

 

「食った・・・食いきったぞー!」

 

「・・・浩太、元気だなぁ、ほんとに」

 

若干自重しろと思うぐらい元気だ。

 

「お片づけ~、おっかたっづけ~」

 

早速幸が片づけをはじめている。

・・・偉い子だなぁ。こういう娘がほしいものだ。

 

「午後からは何をしようか・・・」

 

あ、そうだ。

 

「うん、午後からは空に行こうか」

 

「空?」

 

司が首をかしげる。

 

「おう。よっしゃ、船に乗り込め!」

 

「お? お、おー!」

 

よく分からない、といった表情のまま、いの一番に浩太が船に駆け込んだ。

それについていくようにミケたちが走り出し、その後ろに美以と美羽が続く。

幸と魅々はゆっくりと船に乗り込んでいく。

 

「よし、みんな乗り込んだな」

 

最後に俺が乗り込んで、船の周りに結界を張る。

川と違って、落ちたら生死に関わるからな。

 

「これで良いな」

 

依然として甲板ではしゃいでいるちびっ子たちを見張りながら、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)を上昇させる。

 

「お・・・? ぎ、ギル! 浮いてる! 船が浮いてる!」

 

「おう、この船な、空飛ぶんだ」

 

「初耳だよ!?」

 

「今初めて言ったからな」

 

司の焦ったような声に、苦笑しながら答える。司の驚いた顔がちょっと面白い。

完全に水から船が離れ、高度を上げていく。

 

「高いのじゃー!」

 

「にゃー! 街が見えるのにゃ!」

 

認識阻害の結界もちゃんと発動しているようだし、ゆっくりと午後の遊覧飛行と行こうじゃないか。

最初はびくびくしていたちびっ子たち(美羽と美以除く)だったが、すぐに慣れたらしく空からの景色を楽しんでいた。

 

「あ! 俺んちだー!」

 

「じゃあ、俺の家はあっちかな」

 

「いつも遊んでる広場があんなに小さいよ、魅々ちゃん!」

 

「うんっ!」

 

「高いのじゃー!」

 

みんな喜んでくれたようでよかった。

その後、日が暮れるのを空から見届け、地面に降りた。

最後にちびっ子たちを家に送り届け、一日が終わったのだった。

 

・・・

 

一人執務をしていたとき、月が休憩しませんか、とお茶を持ってきてくれた。

せっかくなので休憩することにしてお茶を飲んでくつろいでいると、月が俺の湯飲みを持ってない方の手を両手で掴み、さすったり指を絡めたりしてきた。

 

「・・・なにやってんの?」

 

思わず疑問が口をついて出てきてしまった。

いや、でもかなり混乱している。何で? 

 

「ふぇ? え、えと、ギルさんの手を触っています」

 

小首を傾げながらも、俺の手をさするのはやめない月。

 

「うん、それは見たら分かる。何で?」

 

「へぅ・・・だ、だって、ギルさんの手っていうかお肌ってつるつるすべすべじゃないですか。あんなに沢山訓練して、私たち侍女の仕事とかも手伝ってくれるのに、ぜんぜん荒れてないって言うか・・・」

 

「・・・そういう月だってすべすべだが」

 

ずるいです、と小さい声でむくれる月にそう返す。

俺の手を触っている手の感覚だと、それこそ侍女の仕事をしているなんて信じられないくらいだ。

 

「そ、そうですか・・・? ありがとうございます・・・」

 

そういって照れる月だが、未だに手は俺の手を握ったままだ。

 

「~♪」

 

鼻歌まで歌って、相当ご機嫌なようだ。

というか、お茶を差し入れに来たのか俺の手を触りに来たのかどっちなんだ・・・? 

 

・・・

 

あの後、存分に楽しんだのか来たときより二割り増しの笑顔で月は帰っていった。

 

「・・・本当に手を触りに来ただけじゃないんだろうな・・・?」

 

それにしても、未だに月の手の感触が残っている気がする。

 

「邪魔するわよ」

 

こんこん、とノックの後にそんな声が聞こえた。

 

「ん、詠か。どうした?」

 

「・・・別に。暇になったから、ちょっとあんたの手伝いでもしようかなって思っただけ」

 

「それはうれしいね。ぜひ頼むよ。あっちの山から片付けてくれないか?」

 

「ふ、ふんっ。言われなくてもやるわよっ」

 

そういって、筆を準備する詠。

しばらくさらさらと筆を走らせる音だけが部屋の中に響く。

そんな中、俺はふと思いついたことを実行しようと口を開いた。

 

「・・・そうだ、詠」

 

「なによ?」

 

「ちょっと、こっち来てくれないか?」

 

「へ? な、なんで?」

 

「いいから」

 

「・・・」

 

少し怪訝そうな顔をしながら、詠は筆を置いてこちらに寄ってくる。

そして、俺のすぐそばまで来ると、腰に手を当てるいつものポーズをとって

 

「で、なんなのよ」

 

「ちょっと、手を貸してくれないか?」

 

「はぁ? 手伝いなら今してるじゃない」

 

「いや、そういう意味じゃなくて、手をちょっと出してくれないか?」

 

「?」

 

頭の上に疑問符ばかりが浮かんでいる詠が、おずおずと右手をこちらに差し出してくる詠。

その詠の右手を握り、手触りを確かめるようにさすってみる。

 

「ひゃうっ!? ちょ、な、なにを・・・!」

 

「まぁまぁ」

 

「まぁまぁじゃな・・・!」

 

うーん、やっぱりすべすべである。

 

「ちょ、もういいでしょ」

 

「・・・嫌なのか?」

 

「う・・・い、嫌ではないけど・・・は、恥ずかしいじゃない」

 

「裸になるよりは恥ずかしくないだろ」

 

「ばっ・・・! ばかぁっ。変なこと言うんじゃないわよ!」

 

「はっはっは、よし、うるさい詠はこうだ!」

 

そういって、俺は詠を抱き上げ、こちらに背を向けるようにひざの上に乗せる。

これで詠も暴れられまい。俺も満足だし、一石二鳥である。

詠も本気で嫌がっているわけじゃなく、ただ恥ずかしいだけだろうから、そのうちおとなしくなるだろ。

 

「・・・」

 

あれからしばらくした後、詠が予想以上におとなしくなってしまった。

顔を真っ赤にして、詠の手を握っていた俺の手に指を絡めてきている。

・・・うん、なんというか、満足です。

 

・・・

 

あの後、真っ赤になって機能停止した詠を呼び戻した後、政務を終わらせた。

・・・詠が可愛すぎて真昼間から政務室でやらかしてしまったのは反省しておこうと思う。

 

「・・・にしても、二人とも手がきれいだったなぁ」

 

手首を愛する殺人鬼の気持ちが少しだけ分かった気がする。

かといって手首切り落とす趣味はないが。

 

「よっと」

 

「・・・卑弥呼がいきなり来るのにもなれたなぁ」

 

そんなことを考えていると、短い掛け声とともに背中にかすかな衝撃が。

どうやら、背中に卑弥呼がくっついているらしい。

 

「弟くんには会ってきたのか?」

 

「うん。・・・あ、そうそう、弟から手紙」

 

「俺に?」

 

背後から差し出された手紙を受け取る。

・・・今まで話でしか聞かなかった弟君からの手紙か。

 

「そ。・・・さ、あんたの部屋に行くわよ」

 

「いいけど・・・何もないぞ」

 

「何言ってんのよ。寝台があるじゃない」

 

きょとんとした顔の卑弥呼の言葉で、何がしたいのかが分かった。

・・・さっき詠としたばかりなんだが、大丈夫だろうか。

 

「・・・まさか」

 

「そのまさかよ。ほら、日も高いし、体力は有り余ってるでしょ? それとも、わらわじゃ不満?」

 

「んなことはないが・・・ああもう、分かったよ。分かったから涙目になるなっ」

 

「なってない。・・・じゃ、行くわよ」

 

ぐしぐしと服の袖で目元をこすり、卑弥呼が俺の手を引いて歩いていく。

あ、卑弥呼の手もきれいだなぁ、なんて妙なことを考えながら、俺は引っ張られていくのであった。

 

・・・

 

「どれどれ」

 

最後のほうになると「もうらめぇっ」とか呂律が大変なことになっていた卑弥呼を寝台に寝かせてから、俺は卑弥呼の弟さんからの手紙を開く。

うぅむ、少し読みづらいが、読めなくはない。

聖杯からの知識には、どんな言語でも読んだり話したりできるというものがあるようだ。

たぶん一番使用する率が高いものじゃないだろうか。

 

「ええと・・・」

 

なになに? 

 

『いつも私の姉がご迷惑をかけているようで申し訳ありません。先日の帰郷の際、姉から「愛する人ができた」と聞いたときは驚きました。まさかあの頭がイカレ・・・もとい、頭が壊れかけの姉にそんな人が出来るとは思ってもいませんでした』

 

・・・なかなか弟君は辛らつなようだ。いや、身内にはこんなものなのか? 

フォローがフォローになってないし。

 

『このまま姉の貰い手がいなかったら、と心配になっていたころだったので、とても安心しました。お会いしたことはないですが、あなたのことは姉からいつも惚気られているので姉のことは安心して任せることが出来そうです』

 

それにしても丁寧な物腰である。彼が王になったほうが邪馬台国は安定するんじゃなかろうか。

 

『それでは、これからも姉の相手をよろしくお願いします。・・・そうそう、今度倭国に遊びに来てください。全力で歓迎いたします』

 

そこで手紙は終わっていた。

うぅむ、弟君は常識人のようだ。姉があれだから反面教師でそうなったのだろうか。

少しだけ姉の世話を押し付けられたような気がするが、まぁそのぐらいはかまわないだろう。

 

「・・・むにゃ、んぅ」

 

「まぁ、今度暇なときにでも連れて行ってもらおう」

 

この世界の倭国じゃないため、卑弥呼の魔法で一緒に連れて行ってもらうしかないから、後で卑弥呼に相談してみるか。

俺は手紙を宝物庫の中にしまい、筆と紙を取り出す。

とりあえず、弟君に手紙の返事を書かなければ。

 

・・・

 

卑弥呼が復活したので服を着せて少し出かけることに。

詠が手伝ってくれたおかげで今日の仕事はなくなったのでこうして町に出かけても誰にも文句は言われまい。

 

「ん~、なんかご飯って気分じゃないのよねぇ」

 

「腹減ってないのか?」

 

「どうかしら。身体動かしたから減ってるとは思うんだけど・・・」

 

「思うんだけど?」

 

「なーんか気が進まないのよねぇ。ま、いいわ。適当な店に入りましょ。美味しそうな匂いでも嗅げばわらわも食欲わくだろうし」

 

「そうか? あんまり無理するなよ」

 

「分かってるわよ」

 

卑弥呼の様子からして病気ってわけじゃなさそうだが・・・。

まぁ、本人が大丈夫って言ってるんだし、少し気にする程度にしておこう。

あんまりうるさく聞いても困るだろうし。

いつものように人通りが多い大通りを少し歩くと、飯店が見えた。

うむ、これといって何か「食べたい!」っていうものもないし、ここでいいかな。

卑弥呼を連れて店の中に入ると、店員の元気な挨拶が聞こえてくる。

席に座り、採譜を見ると、卑弥呼も食欲が復活してきたらしく

 

「何にしようかしら・・・むぅ、チャーハンかシュウマイか・・・」

 

なんて難しい顔をして眉間に皺を寄せながら悩んでいた。

とりあえずは一安心かな、と内心で安堵のため息をつきながら、俺も食べるものを決める。

 

「決めたっ。シュウマイ定食にするわ!」

 

「そっか。すいませーん」

 

卑弥呼が決まったようなので、店員を呼んで注文する。

 

「そういえば、ギル」

 

「ん?」

 

「弟からの手紙はなんて書いてあったのよ」

 

「あーっと、今度遊びに来てくれって」

 

さすがに頭がイカレ云々は話せない。

弟君が合わせ鏡されても困るからな。

 

「そう・・・そっか。そうね、一度あんたを連れてくのも良いかもしれないわね」

 

「今度長い休みが取れたら倭国に連れてってくれよ」

 

「良いわよ。・・・そういえば、女王のわらわの恋人なんだから、あんた王になるのね」

 

そういえば卑弥呼って女王だったな。

遊んでるイメージしかなかったから、どうも忘れがちだったが。

 

「流石に三国の政務と倭国の政務は兼任できんぞ」

 

「あっはっは、それは大丈夫よ。わらわの弟たちはそれくらいできてるわ」

 

なんともまぁ、大事になったもんだ。

 

「そうなったらいろいろと伝えとかなきゃいけないのか・・・めんどいわね、弟に全部押し付けようかしら」

 

「・・・流石にやめてやれ」

 

「そう? ま、あんたがそこまで言うならやめておこうかしら」

 

「ああ、そうしてやってくれ」

 

弟君も倭国の政務と姉の無茶振りに対応してたら死ぬぞ。

それから、やってきた料理を食べつつ話を続ける。

 

「・・・そういや、後継者育てようと思ってんのよねー」

 

「後継者?」

 

「うん。一番良いのは自分の子供なんだけどさー、娘が生まれるとも限らないじゃない?」

 

「まぁ、そうだなぁ」

 

っていうか、やっぱり後継者は女王じゃないといけないんだな。

 

「それに、生まれるのを待ってたら手遅れになっちゃうかもしれないし」

 

「確かになぁ・・・」

 

「そこでわらわは考えたのよ。自分に子供がいないなら拾ってくれば良いじゃない」

 

「・・・おいこら」

 

「まぁまぁ、落ち着きなさい。あんたとの子供も女子だったら後継者にはするわ。だけど、それまでのつなぎがいるじゃない」

 

「つなぎ、ねぇ」

 

「ついでに言うと、もう後継者候補はいるのよ」

 

「へえ、そうなのか」

 

卑弥呼にしてはずいぶんと行動が早いな。

こういうことこそ弟君に投げっぱなしジャーマンすると思っていたんだが。

 

「ええ。壱与っていうわらわの親族なんだけど、なかなか才能があるのよね」

 

「・・・ほ、ほう」

 

俺の知っている歴史では、卑弥呼の後は男子の王がついたけど、争いが止まなかったからまた女王を立てることになったらしい。

そこで選ばれたのが壱与だったはずだ。

・・・あれ、歴史がちょっと違うぞ。

まぁ、平行世界の倭国だし、卑弥呼が壱与を直接後継者にしていても不思議じゃないな。

 

「このまま順調に行けば第二魔法も使えそうだし、魔術もなかなか良いの使えるのよねぇ」

 

「そういえば、卑弥呼は魔術使えるのか?」

 

「ん? まぁ、一応ね。それでも、魔術だけでいったら壱与のほうがすごいけど」

 

「卑弥呼がそこまで言うなんて、相当すごいんだな」

 

「ええ、すごいわよあの子。なんてったって占いがほとんど予知みたいな的中率なんだから」

 

「卑弥呼の占いは?」

 

「わらわ? わらわは・・・そうね、二割ってとこかしら」

 

ひ、低い・・・! 

あれ、卑弥呼って占いで国の方針とか決めてなかったか? 

 

「わ、わらわは・・・ほら、平行世界にいけるから、それを参考にして国を動かしていけばいいもの」

 

「ああ・・・なるほど」

 

「それが、壱与は魔法を使わなくても分かるってだけだから、あんまり違いはないわね」

 

「じゃあ、魔法を使える壱与が王女になったら安心だな」

 

「そうなのよねぇ。正直あの占いの才能はわらわもほしかったわ。まぁ、魔法が使えたおかげであんたに会えたんだけど」

 

「・・・恥ずかしいことをさらっというな」

 

俺の言葉に、卑弥呼はそう? と首を傾げるだけだ。

 

「ごちそうさま。それじゃ、わらわはちょっと用事思い出したからちょっと帰るわね」

 

「ああ、じゃ、またな」

 

「うん。・・・またね」

 

そういって卑弥呼は俺に口付けをして、店の外へと消えていった。

人目のないところで平行世界を移動するのだろう。

 

「・・・何という恥ずかしいことを。ああ、お客さんの視線が痛い」

 

おいおいマジかよ今は昼だぜ、という視線を向けてくる客たちに耐え切れず、そそくさと金を払って店を出た。

流石はわがまま女王だ。周りの視線なんて気にしてないぜ! 

 

・・・




「ど、どうですかね隊長、私の侍女姿は」「んー、背中に武器背負ってなきゃ完璧なんだけど」「戦って家事も出来る侍女を目指してますので!」「それよりきちんと副長としての仕事が出来るのを目指そうな」


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第二十一話 気づけば社長に

「社長と言えば革張りの椅子だよな。アレをくるりと回して「待っていたよ」とか言うのカッコイイよなぁ」「ティンと来たのか?」「そうそう、ティンとね」


それでは、どうぞ。


「資金援助?」

 

「ええ、そうなのよ」

 

ある日の昼下がりのこと。

一刀経由で華琳に相談があると呼び出され向かうと、そんなことをいわれた。

どうやら、数え役満☆姉妹の活動費用を捻出するのが難しくなっているらしい。

 

「なんでまた。あの子達の活動は魏のときから続いてるんだろ? あのころから比べたら金も潤沢だし、活動費用が出ないってこともないんじゃないか?」

 

「天下三分前の活動だったら、大丈夫だったんだけれど・・・」

 

それから華琳に聞かされたのは、アイドルの弊害というか宿命のようなものだった。

まず、魏の頃からあの姉妹は活動していた。それは俺も聞かされたから知っているのだが、その頃の経理・・・というか、プロデューサーは三女が兼業していたらしい。

最初は一刀を世話役としてあてがおうとしたのだが、まるで狙い済ましたかのように警備隊の仕事が増え、さらに大戦も激化して姉妹たちの活動はほとんど放置状態だったらしい。

移動費、舞台の設置のための人員、護衛、食費などなどの経費は全て国から出していたのだが、若干の余裕はあるとはいえ結構ぎりぎりの金額だったらしい。

さらに、三国からファンが集ってくると、舞台の警備にも金がかかる。

どの子のファンかで派閥すら出来ているらしく、その人たちの抗争もあるとの事。

それを三女が何とかやりくりしていたらしいのだが、問題があった。

長女と次女の存在である。

二人は美味しいもの食べたい、とかおしゃれしたい、とか言って事あるごとに買い物をしようとしていたらしい。

三女がそれを抑えていたのだが、天下三分後は魏だけではなく蜀や呉でも活動することになってしまった。

まぁ、蜀や呉も合同で資金を出していたらしいのだが、活動範囲が広がるということはそれだけ資金も必要になるとの事。

今まではそれを賄えていたのだが、三女一人では二人の姉を抑えきれなかったらしい。

だんだんと浪費が多くなっていった結果、活動資金として渡した金じゃ足りなくなってきたらしい。

そこで、一刀がプロデューサーをギルに任せればいいじゃないか、と言い出したらしい。

 

「・・・なるほどね。つまり、プロデューサーになれということか」

 

「そうなんだ。魏の子たちだから本当は俺がやったほうがいいんだけど、俺だとお金がないからさ」

 

今回必要な人材は、それなりに人を統制するのが得意で、国とは別の資金源を持つ人物、ということなのだろう。

ならば、確かに俺が一番適材か。

 

「ギルにお金のことで頼るのも申し訳ないんだけど、今数え役満☆姉妹の活動を止めるなんて出来ないからさ・・・」

 

申し訳なさそうな顔をする一刀。

確かに、今活動休止、なんてしたら暴動が起きるだろうな。

 

「んー、そうだな、いっそ会社を作ってアイドルとして独立させるか」

 

「お~・・・社長だな!」

 

「そうなるな。一刀、警備隊長をクビになったらうちに来い。アイドルとしてプロデュースしてやるよ」

 

「はは、分かった。そのときは頼むよ」

 

冗談交じりに言った言葉に、一刀も笑いながら冗談を返してくる。

 

「それで、受けてもらえるのかしら?」

 

「もちろん。頑張ってやってみるよ」

 

「頼んだわね。今呼び出して城内にいるから、顔合わせをしてくるといいわ」

 

「そうするよ。それじゃあ、これで」

 

「ええ」

 

「またな、ギル」

 

二人に手を振って、俺は玉座の間を後にした。

 

・・・

 

少し下準備をしてから姉妹たちの下へと向かう。

お茶でも飲んでるんじゃない? という華琳からのアドバイスを元に中庭の東屋を重点的に探す。すると

 

「んー! 天気のいい日に飲むお茶はいいねぇ、ちーちゃん」

 

「ちぃはどっちでもいいんだけど」

 

「それにしても、何の用件なのかしら」

 

東屋から少女たちの声が聞こえる。

ん、あれが数え役満☆姉妹か。

流石はアイドルと言ったところか。容姿はもちろんのこと、スタイルも良いようだ。

そんな彼女たちに近づいていくと、メガネをかけた女の子がこちらに気づく。

メガネをかけているのは張梁だったか。三姉妹でアイドル兼プロデューサーをしてるって言う。

 

「こんにちわ」

 

できる限り明るく声をかけてみる。

 

「? あなた、誰ー?」

 

桃色の髪をした、桃香に似た少女が首を傾げながら聞いてくる。

この子は・・・おそらく、長女の張角だろう。

ならば、最後の一人のサイドポニーの少女は張宝だろう。

 

「俺はギル。華琳から君たちのプロデューサー・・・ええと、そう、世話役を任された者だ」

 

プロデューサー、という言葉が通じないことに気付き若干焦ったが、まぁ問題なく接触できた。

 

「世話役~?」

 

張宝が胡散臭そうな顔でこちらを見上げてくる。

 

「まぁ、後で華琳にでも確認とってくれればいいや。俺が今日来たのはな・・・」

 

姉妹に簡単に事情を説明する。

アイドルとしてプロデュースすること、新しく会社というものを作って、資金的に国から独立すること。

そこに所属して活動してほしいということを伝えた。

 

「ええと、魏から会社っていうやつに所属が変わるの?」

 

「ああ。・・・まぁ、変わるのは所属ぐらいのものだし、後は俺って言う世話役が出来るくらいかな」

 

「ふぅん・・・ま、ちぃは良いわよ」

 

「私も、文句はないよ~」

 

「・・・世話役って言うのは、どんな仕事なの?」

 

張梁の質問に良い質問だ、と心中で呟きつつ答える。

 

「基本的には君たちの補助になるな。後は活動予定の調整とか、雑事なんかを代わりにやって、三人が歌と踊りに集中できるようにすること、かな」

 

「・・・そう。分かった。私も文句はないわ」

 

「よし、なら決定だな」

 

それから、拠点となる小屋に案内してもらった。

 

「・・・ほうほう」

 

舞台はそれなりに大きいが、やはり限界はあるのだろう。

三人が思う存分に踊るには、少し狭く感じる。

それに、小屋のほうも若干古いようだ。補修の後が目立つ。

新しく土地を買って事務所を建てたほうがいいかねえ。

 

「・・・仕方ない。またランサーの力を借りるしかないか」

 

明日までに完成させるには、それしかないだろう。

 

・・・

 

「わぁ・・・!」

 

翌日完成した事務所は、二階建てのビルのような建物だ。

ランサーたちはいつも良い仕事してくれるよなぁ。

 

「ここが新しい事務所になるな。基本的な拠点はここで、あとは少しずつ支部を広げていくか」

 

後は入場料だけじゃなくてグッズ販売やら何やらで利益を得なくちゃいけないから、そのための部門も作らないと。

姉妹たちが売れてくれば、後輩のアイドルたちを育成していくのもいいだろう。

この時代、娯楽に飢えてる人間は沢山いるからなぁ。兵士たちの息抜きとしても有効だしな。

 

「というか・・・昨日までここには何もなかったはずなんだけど・・・」

 

「気にしたら負けだぞ、張梁」

 

「・・・人和でいいわ」

 

ふと、思い出したように張梁がそう言った。

 

「それ、真名だろ? いいのか?」

 

「かまわないわ。これから世話になるんだし、信頼の証ってことで」

 

「そうか? なら、ありがたく預かるよ。・・・俺の真名はそのままギルって言う」

 

「・・・ええ、改めてよろしく、ギル」

 

「おう、よろしくな」

 

人和と真名を交換していると、張宝が事務所から出てきて叫んだ。

 

「れんほー! ちょっとこの事務所すごいわよー!」

 

「・・・だって、人和」

 

「うん。・・・はいはい」

 

人和は少しあきれながらも、張宝の元へと小走りに掛けていった。

うむ、内装もすでに完成しているので、問題はほとんどないだろう。

 

「これで拠点は完成だな。次は営業か」

 

グッズの製作を任せる店と、スポンサー探しだな。

後は経理を任せられる事務員の確保と舞台担当の労働力。

・・・うぅむ、これから忙しくなりそうだ。

政務のほうをすぐに片付ければ余裕はあるだろうし、忙しいのもすぐに終わるだろう。

こうして、俺はプロデュース会社社長兼プロデューサーとしての活動も開始したのだった。

 

・・・

 

黄金率すげー。

そう思うことは、これまでに何度もあった。

経営を任されているわくわくざぶーんは夏も終わるというのに満員御礼だし、そうじゃなくても宝物庫の中には黄金や宝石が無限といっていいほどに収納されている。

それでも、これは予想外だった。

 

「ほあ、ほあ、ほわあああああ!」

 

事務所の完成からしばらくの後のこと、新たに始動した数え役満☆姉妹のライブは、大盛況となっている。

もともとそれなりに知られていたので、少し宣伝するだけでかなりの客を動員することが出来た。

ファンたちは新たにグッズとして販売した法被に身を包んでいる。

うぅむ、一つの事に熱中している人間というのは、誰であろうと凄まじい熱気を持つものだ。

これなら、大成功といっていいだろう。

というか、予想外と言ってもいいかもしれない。

この町のどこからこんなに人が来たのだろうかと思うほど人がひしめいているからなぁ・・・。

 

「遊撃隊も・・・うん、きちんと警備できてるみたいだな」

 

何人かは警備しつつもライブに参加してしまっているようだが、副長が上手くまとめている。

暴れだしたファンや舞台に上がろうとしたファンを取り押さえている姿がよく見える。

・・・あれ、普通に剣を振りかぶってるんだけど大丈夫なのか? 

口の動きを見るに「安心してください、峰打ちです」って言ってるけど、その剣って峰無いよね? 

本当に大丈夫なのか? 運ばれていったファンが痙攣してるけど・・・。

 

「・・・まぁ、流石に副長も殺しはしないだろ」

 

そう信じることにして、俺は舞台のそばにある小屋に入った。

以前まで事務所だったここは、今はライブのときに休憩したり衣装を着替えたりするための場所となっている。

そろそろ休憩の時間なので、水でも用意しておくとしよう。

 

・・・

 

「疲れたー!」

 

「今日は今までで一番お客さんが来たわねー」

 

「・・・売り上げも期待できそう」

 

ライブも終わり、興奮冷めやらぬファンたちがようやく全員帰った後、部隊の隣にある小屋で三人は水を飲んで一息ついていた。

この三人もそうだが、ファンもよくあんなに体力が続いたものだ。

遊撃隊の隊員としてスカウトしてみるのも面白いかもな。

 

「お疲れ様、今日は凄かったな」

 

「ふふん、見とれちゃったでしょー」

 

張宝がそういって薄い胸を張る。

・・・三女より小さいとは、少し不憫である。

 

「ああ、少しだけ仕事を忘れそうになったよ」

 

「そうでしょそうでしょ」

 

「ねえねえれんほーちゃん、今日は大成功を祝して、打ち上げしようよ!」

 

「だめよ。大成功したのは確かだけど、浪費するわけにはいかないわ」

 

「ぶー! れんほーちゃんのいじわる!」

 

「いいじゃない、ちょっとくらい。れんほーだって、少しくらい羽目をはずしたいでしょ」

 

「それはそうだけど・・・油断してると、また前みたいに使いすぎることになるんだから」

 

・・・やはり張角と張宝の二人の浪費を人和が防いでいたんだな。

だがまぁ、今日は会社を建設してからの初ライブだったわけだし、大目に見るか。

 

「仕方ない、今日は会社で打ち上げの代金は持とうじゃないか」

 

「ほんとにっ!?」

 

「ああ。その代わり、これからもがんばってくれよ」

 

「もっちろん! ちぃたちをなめないでよね!」

 

「そかそか、それは安心だ。・・・よし、じゃあどこ行こうかね」

 

「あ、じゃあ、あそこいきたーい!」

 

そういって張角が名前を挙げた店に行くことになった。

人和が「高いけど・・・大丈夫なの?」とこちらを気遣うようなことを言ってくれたので、嬉しくなったのは内緒である。

四人で向かったのはなかなかに高級な場所であり、人和だけでなく張宝まで「ほんとにいいの?」と心配していたが、大して問題はない。

その食事の席で張角と張宝から真名を預かり、姉妹全員と真名を呼び合う仲となったので、ちょっとくらいは認めてくれたのかな、と思う。

 

・・・

 

「・・・ギル」

 

「ん? 恋か、どうした?」

 

背後からの声に振り返ると、恋がいつもどおりの無表情で立っていた。

 

「・・・ねこ、見なかった?」

 

「猫?」

 

「ん。ちょっと前までうちにいたんだけど、最近みない」

 

「飼ってたのか?」

 

俺の質問に、恋は首を横に振って答える。

んー、猫はたとえ飼ってても気ままに生きる動物だからなぁ。

 

「じゃあぶらっと散歩してるだけなんじゃないのか?」

 

「でも、ちょっと心配」

 

「そこまで言うなら少し探してみようか。どんな猫なんだ? 特徴とか」

 

「んー・・・黒い」

 

「そ、そうか。黒いか」

 

それだけの情報じゃ無理だな。

黒猫って結構いるし。

 

「他にはないか?」

 

「ほかに・・・んー・・・。あ、足と尻尾の先が白い」

 

「ふむ・・・それならちょっとは探しやすくなるか」

 

「あと、他の猫より人懐っこい」

 

「なるほどなるほど。分かった、俺もその猫を探してみるよ」

 

「おねがい」

 

そのまま恋は大通りを進んでいったので、俺は路地裏に入っていく。

こっちのほうに猫のたまり場があったはずだ。

 

・・・

 

「お猫様~!」

 

猫のたまり場にたどり着くと、そこには先客が。

明命が目をきらきらと輝かせながら猫に抱きついている姿が見える。

ああ、そういえば彼女は猫が大好きだったか。

 

「明命、こんにちわ」

 

「ふにゃふにゃ~・・・ふぇ? あ、ぎ、ギル様っ!?」

 

猫を抱きかかえたまま驚いて飛び上がる明命。

しばらくはあたふたしてるだろうから、今のうちに猫を探しておくか。

 

「・・・んー、いねえなぁ」

 

「何かお探しなんですか?」

 

だいぶ落ち着いたらしい明名が俺の様子を見て声を掛けてくる。

お、復活したかとそちらを向いてみると、抱いていた猫を地面に下ろした明名が首をかしげていた。

 

「ああ、恋に頼まれてな。猫を探してるんだ」

 

「どんなお猫様でしょうかっ」

 

「んーと、黒猫で、足と尻尾の先が白いらしい」

 

「ふみゅう・・・ここでそんなお猫様は見たことないです」

 

「そうか・・・他をあたってみるかな」

 

「あの・・・もしよろしければお手伝いしましょうか?」

 

明命の申し出に、少し考える。

・・・まぁ、仕事は休みみたいだし、俺の知らない猫情報を知ってるかもしれないから、いいかも。

 

「・・・そうだな。他に猫のたまり場とかあるならそこまで案内してくれると助かる」

 

「はいっ」

 

俺の頼みに快く頷いてくれた明命を連れて、俺はその場を後にした。

 

・・・

 

「ここにもお猫様たちがいっぱいいるんですよ!」

 

「ほうほう」

 

明命に案内されてたどり着いたのは、路地裏を進んだ先にある広場だった。

先ほどのたまり場よりも広く、猫の数もなかなかのようだ。

 

「・・・んー、黒猫黒猫・・・」

 

「お猫様・・・お猫様・・・」

 

「くー」

 

・・・ん? 

 

「あれ、今誰かの声が・・・」

 

「ふぇ? お猫様がしゃべったんでしょうか?」

 

「違うと思うが・・・だけど、人影も見えないしなぁ・・・」

 

「くー」

 

まただ。

どこから聞こえるんだろう。

感じからして寝息のようだが・・・。

 

「あれ? あそこ、なんだか他よりお猫様が集まってませんか?」

 

そういって明命が指差したのは、猫が密集しているところだった。

 

「ほんとだ。なんかを下敷きにしているような・・・」

 

あれ、あのちらっと見える袖と見覚えのある人形は・・・。

 

「・・・風か?」

 

「くー・・・んー? 誰ですかー?」

 

「ああ、やっぱり。風、俺だよ、ギルだ」

 

猫の塊の中から風の声が聞こえたので、核心を持って声を掛ける。

もぞもぞ、と何かが動くと、猫たちがいっせいに散っていく。

 

「おー、ギルさんでしたかー。こんなところまでお散歩とは、変な人ですねー」

 

「・・・変な人とは失敬な」

 

「まぁまぁ。それで、呉の方を連れてこんなところまでお散歩なんて・・・何かあったのですかー?」

 

「んー、そこまで大事じゃないんだけどさ」

 

風にこれまでの経緯を伝える。

ほうほう、と頷いた風は、なら、と頭に宝譿を乗せなおし

 

「私もお手伝いするのですよー。それなりに猫には詳しいつもりですし」

 

「お、そりゃ助かる」

 

「あ・・・。むぅ・・・」

 

「どうした、明命」

 

「へ? あ、いえ、何でもありませんっ!」

 

「そ、そうか? ・・・調子が悪かったりしたらきちんと言ってくれよ。明命もいないとだめなんだから」

 

「は、はいっ。精一杯がんばります!」

 

先ほどから妙に感情の起伏が激しい明命と、いつもどおりほとんど感情に動きのない風。

・・・うぅむ、こんなに正反対な人間と一緒になったのははじめてかもしれん。

 

「よし、とりあえずここの猫たちを調べていこう」

 

「その必要はありませんよ~」

 

「風?」

 

「ここの猫たちは大体見ているから分かるのです。ここに、お探しの猫はいませんよ~」

 

「ふむ、なら、場所を移動しようか。他に猫たちが集まる場所は分かる?」

 

「ええっと、城壁近くの路地に数匹集まっているのをよく見かけますけど・・・」

 

「風が知ってるのはお城近くの飯店の裏路地なのですよ~。あそこは店主が猫に余ったご飯を上げてるので、良く集まっているのを見るのです」

 

「城の近くと城壁の近くか」

 

まぁ、そこくらいしか手がかりはないし、しらみつぶしにあたってみるか。

 

・・・

 

「見つからないなぁ・・・」

 

「ここでも無いとすると・・・うぅ、すみませんギル様、私にはもう思いつかないです・・・」

 

「そんなにしょげるなよ。別に怒らないからさ」

 

しょんぼりとしてしまった明命を撫でながら励ますと、そうですか・・・? と涙目で上目遣いされてしまった。

・・・猫好きなのに、明命自身は犬っぽいんだよな。

ああ、なぜかは分からないが明命に犬の尻尾が見える気がする・・・。

 

「ほ、ほんとですか・・・?」

 

「く、首輪っ。首輪ってどこで売ってるっけ!?」

 

「ギルさーん、落ち着いてくださいね~」

 

「はっ!? ・・・お、俺はいったい何を・・・」

 

「ちょっとおかしいことになってましたね~」

 

「そ、そうか。記憶が定かじゃないが、ありがとう風。助かった」

 

「いえいえ、なのですよ~」

 

一体何を口走ったんだろうか、俺・・・。

まぁいい。それっぽい猫もいないし、一度恋に合流して・・・。

 

「あれ? 風、あんたこんなところで何を・・・げ、あんたもいたの」

 

「げ、とはご挨拶だな桂花。余程お仕置きが欲しいと見える」

 

「ばっ! 華琳様から以外のお仕置きなんていらないわよ!」

 

顔を真っ赤にしながら拒否してくる桂花。

うぅむ、あのくすぐりがかなり効いてたんだな・・・。

 

「大丈夫。華琳から許可は得てる」

 

「そんなことあるわけないでしょ!」

 

「まぁまぁ、落ち着いてください桂花ちゃん」

 

「あんた、どっちの味方なのよ!」

 

「もちろん、ギルさんですよ~」

 

「ああもう!」

 

地団太を踏む桂花を見ていると、フードに目がいく。

 

「・・・もう、桂花でよくね?」

 

「なるほど、良い案ですね~」

 

とりあえず、恋への土産に桂花を持っていくことにした。

 

「よいしょ」

 

「ちょっ、何私を抱えてんのよ! 離しなさいよ全身精液男!」

 

「はっはっは、諦めろ」

 

「いやーっ! 助けてー!」

 

・・・

 

「恋、猫は見つけられなかったんだけど、珍しい猫がいたんで持ってきたぞ」

 

恋の屋敷に戻ってみると、すでに恋は戻っていたらしい。

桂花を降ろしてフードをかぶせ、恋の前に突き出す。

 

「すまないな、これくらいしか出来ないんだ」

 

「ちょっとあんた! 俺の力不足だ・・・みたいな顔してんじゃないわよ!」

 

「・・・猫?」

 

「人よ!」

 

恋が首を傾げて呟いた一言に、桂花は噛み付くように突っ込む。

 

「大丈夫。そのうち猫になるから」

 

「ならないわよ!」

 

「なん・・・だと・・・!?」

 

「何その反応っ!?」

 

「ならないの・・・?」

 

「ああもう! 何なのここ! 言葉通じてないの!?」

 

「落ち着けよ。どうどう」

 

「私は馬でもなーい!」

 

ちなみに、探していた黒猫は俺と恋が分かれた後すぐに恋が見つけていたらしい。

まぁ、捜索してる間は楽しかったしよしとしようか。

 

・・・

 

桂花を生贄にして無事猫捜索も終了し、部屋へと戻っている途中のこと。

背後からどどどど、と猛烈な勢いの足音が聞こえたので振り返ると、そこには身体の一部をぶるんぶるん揺らしながら走ってくる桃香の姿が。

あ、桃香だ、と認識したときにはもう桃香は元気良く地面を蹴ってこちらに飛び込んできていた。

 

「おにーさーんっ」

 

「桃香っ!? ちょ、ダイブはあぶな・・・ふおっ!?」

 

胸、胸がっ、凶器が・・・胸器がっ・・・! 

 

「お仕事疲れたよー!」

 

「ふがふが、ふがー!」

 

「ふぇ? お兄さん、何言ってるの? よく聞こえないよ?」

 

顔面が胸に埋まって声が上手くしゃべれないんだよ! 

なぜそんな狙ったような抱きつき方をするんだ! 

しばらくじたばたしていると、天然の桃香でも気づいたのか慌てて俺から離れた。

 

「わわ、ごめんね! お兄さんの息止めちゃってたかな・・・」

 

「・・・死因は胸で呼吸が止められることによる窒息死とか洒落にならんぞ・・・」

 

「うぅ、わざとじゃないもん」

 

「もん、じゃない。まったく、子供みたいにはしゃぐなよ」

 

というか、いい年した大人が唇を尖らせながら言う台詞じゃないだろ・・・。

あれ、でも桃香なら別に不自然でもない気が・・・。

 

「だってだって、お兄さんに久しぶりに会えたから嬉しくって。えへへ、思ったとおりちゃんと受け止めてくれたからちょっとはしゃぎすぎちゃった」

 

「・・・今度から気をつけてくれればいいや。それで、もう今日は仕事終わったんだって?」

 

「うんっ。あ、そうだ! 聞いてよお兄さん! 愛紗ちゃんったら酷いんだよ! お仕事中の休憩はお茶を飲むだけの短い時間しかくれなかったし、居眠りすると怒るんだよー!?」

 

ぷんすか、と頬を膨らませる桃香だが、それはおかしいだろ。

 

「・・・いや、居眠りしたら怒るのは当たり前だろ」

 

「そのとおりですよ、桃香様」

 

「ふぇ? ・・・あ、愛紗・・・ちゃん?」

 

「こんにちわ。なにやら面白そうなことを話しておりましたが、何を話していたのでしょうか?」

 

ぎぎぎ、と音が鳴りそうなほどにゆっくりと振り向いた桃香の視線の先には、こめかみをぴくぴくとさせた愛紗が。

・・・あーあ、しーらね。

 

「あー、えーっと、その、ね、えっとぉ・・・」

 

しどろもどろになりながら、ちらり、と視線を向けてくる桃香。

その視線は、助けてお兄さん、と言っているようだった。

 

「なんでしょうか?」

 

「あうぅぅ、愛紗ちゃんが怖いぃ・・・助けてお兄さん・・・」

 

あ、口でも言った。

仕方がない、少しだけ助け舟を出してやるか。

 

「まぁまぁ、あい」

 

しゃ、と続けようとしたら、愛紗がこちらに微笑を向けて

 

「ギル殿は、少し黙っててくださいね?」

 

なんていってきたので、こちらも笑顔で即答した。

 

「はい」

 

「お兄さん!?」

 

いや、だってあれはだめだろ。

微笑が怖いなんて思ったのは、月に続き二人目だよ。

え? まさかの黒愛紗? 

あれって感染するの? 

 

「・・・逃げようかな」

 

「お願い待ってぇ!」

 

ぼそりと呟くと、隣にいた桃香が俺の腕に抱きつくようにして制止してきた。

そのせいで愛紗のこめかみのぴくぴくが少し大きくなったような気がするが、きっと嫉妬しているからだろう。それか、こんな状態なのに人に抱きついてる桃香に怒ってるか。

・・・あ、両方とも、っていうのもありえるな・・・。

俺だって女心を学んでいるんだ! このくらいの機微ならきちんと分かるさ! 

 

「・・・お、おいで?」

 

余っているほうの腕を広げながらそういうと、愛紗が目に見えてうろたえ始めた。

 

「はいっ!? あ、えと、その・・・」

 

「ほらほらー」

 

「えっと・・・し、失礼します」

 

そういって抱きついてきた愛紗を撫でて宥め、何とか落ち着いてもらった。

・・・ふっ。月のおかげで黒化対策は完璧なのさ! 

 

「うふふ、ギルさん、楽しそうですね?」

 

「・・・ゆ、月?」

 

良かった良かったと頷いていると、背後からの声。

さっきの桃香のようにぎぎぎ、と振り返ると、そこには微笑みを浮かべた月さんが。

 

「はい。こんにちわ」

 

・・・あ、だめかもしれない。

 

・・・

 

「ど、どうしたんですか、ギル様」

 

「・・・いや、どうもしてないよ」

 

「どうもしてない顔じゃありませんよ!?」

 

大丈夫ですか、何でお怪我を!? と一人で慌てているのは、呉の筆頭犬娘こと明命さんである。

月からのありがたい魔術・・・じゃなく、月からの愛を頂いたので、若干ぼろぼろである。

こんなところで自分の対魔力の低さを実感するとは思わなかった。

 

「しばらくしたら治るし、気にすることはないよ」

 

「そ、そうですか・・・?」

 

「ああ。心配してくれてありがと」

 

そういって頭を撫でると、気持ちよさそうに目をつぶる明命。

うん、今日も良い犬っぷりだ。ぱたぱたとゆれる尻尾が見えるよ。

 

「えへへ、そんな、ありがとうだなんて・・・」

 

頬に手を当てながらくねくねと悶える明命を見て癒されていると、通路の曲がり角から蓮華が顔を出した。

 

「あ、蓮華」

 

「ん? ・・・あ、ギル。き、奇遇ね」

 

「ああ。今日は仕事か?」

 

蓮華が呉の屋敷を出て城まで来る用事といったらそれぐらいしか思いつかないが・・・。

 

「まぁ、そんなところね」

 

「そっか、お疲れ様。・・・で、雪蓮はやっぱり酒か?」

 

「・・・ええ、冥琳が部屋に行ったときはすでに出かけた後だったそうよ」

 

雪蓮が蓮華に家督を譲ってからというもの、雪蓮は祭たちと酒を飲み歩いたりと悠々自適に過ごしているらしい。

いきなり・・・というほどでもないが、姉から呉を任された蓮華は、冥琳や穏たちと協力しながら頑張っている。

 

「そ、そうか。・・・何というか、姉も妹も世話しないといけないって・・・大変だな」

 

「ふ、ふふふ・・・もう慣れたわ・・・」

 

何かを諦めたような目で、明後日の方向を見ながら笑いを漏らす蓮華。

なんだか、この目、どこかで見たような・・・。

ああ、そうだ。

雪蓮に逃げられた後の冥琳の目が、確かこんな感じだったはず。

 

「蓮華様、そろそろ剣術の稽古の・・・む、貴様か」

 

俺が思い出にふけっていると、蓮華を呼びに来た思春がやってきた。

こちらを見た瞬間ピクリと目じりが動いたような気がしたが、そんなの気にしていたらきりがないのでスルーする。

 

「あ、もうそんな時間? ・・・ごめんなさいね、ギル。私、そろそろ失礼するわ」

 

「ん。・・・あ、そうだ」

 

「え? 何?」

 

「もし良かったら、蓮華の稽古見せてもらってもいいかな?」

 

蓮華がどんな風に稽古してるのか気になるし、思春の稽古の仕方を見れば遊撃隊の訓練のときに役立ちそうだし。

 

「え、ええっ!? わ、私の稽古なんて見ててもつまらないわよ・・・?」

 

「いやぁ、蓮華が稽古してるの見たことなかったからさ、気になって。・・・ダメか?」

 

「あ、う、ううん、別に、ダメじゃない」

 

蓮華は人差し指同士をつんつんと合わせ、照れたように俯く。

 

「良かった。思春も、良いかな?」

 

「・・・蓮華様が決めたことならば、反対する理由はない」

 

「よし。じゃあ、早速行こうか」

 

「あ、お、おい・・・!」

 

何か言いたげな思春をスルーしながら、俺は二人の背中を押しながら中庭へと向かった。

 

・・・

 

「いきますっ!」

 

「ええっ!」

 

自分の武器を構えた二人は、思春の掛け声で稽古を開始した。

始まると同時に駆け出した蓮華と、それを待ち構えるように腰を落とす思春。

 

「ふっ!」

 

蓮華が振るう横薙ぎの斬撃を受け流し、思春が口を開く。

 

「まだまだ腰が入っていません! 腕だけではなく、全身で振るうように意識してください!」

 

「分かってる!」

 

そう返して、蓮華はさらに剣を振るっていく。

 

「そうです!」

 

「ふっ! はぁっ!」

 

「その調子です。・・・それでは、次はこちらから行きます!」

 

「はっ・・・くっ・・・!」

 

急に思春が攻めに転じ、剣で攻撃を防ぐ蓮華に連続で仕掛ける。

金属同士がぶつかり合う高い音が中庭に響く。

 

「おお・・・思春が手を抜いてるって言うのもあるんだろうけど、蓮華もなかなかやるなぁ・・・」

 

流石は孫家のお姫様。

雪蓮やシャオにも負けず劣らずの戦闘センスだ。

・・・雪蓮のような戦闘狂にならないように願っておこう・・・。

 

・・・

 

「お疲れ様、蓮華。思春も」

 

「あ、ありがとう」

 

「・・・ふん」

 

稽古を終えた二人を出迎え、飲み物を手渡す。

思春が素直に受け取ってくれたのに驚いた。

少しは俺のこと認めてくれたと思っていいのだろうか。

 

「そういえば、雪蓮は酒飲んでるとして・・・シャオは?」

 

「シャオ? あー・・・明命や亞莎と一緒に何かやってたわね・・・」

 

「・・・明命も、ですか。・・・まったく、何をやっているのやら」

 

蓮華の言葉に思春がこめかみをピクつかせる。

・・・おおう、明命ドンマイ。

 

「また何か企んでいるのかしら・・・もう、あの子ったら」

 

はぁ、とため息をついてやれやれと頭を振る蓮華。

 

「・・・シャオのお母さんみたいだな、蓮華」

 

「おかっ・・・!?」

 

俺の呟きに、蓮華が顔を真っ赤にして後ずさる。

 

「変なこと言わないでっ。そ、それに、お母さんになるような行為もまだ・・・って、何言わせるのっ!」

 

「ちょ、今のはほぼ自爆だろっ! そんな理不尽な! し、思春、ヘルプ!」

 

「へるぷ?」

 

「助けてっ」

 

「・・・私は蓮華様の邪魔をすることは出来ないからな。あきらめろ」

 

「そんな殺生な!」

 

蓮華が振り回す南海覇王を避けながら思春に助けを求めるも見捨てられてしまった。

基本的に思春は蓮華側なので、これが通常運行である。

 

・・・




「またしすたぁずのライブやらないかなぁ。あれ、合法的に人を気絶させられるから大好きです」「・・・副長、いつもよりいらいらしてないか?」「最近隊長殿が訓練にいらっしゃらないからなぁ」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十二話 神様との対話の末に

「俺が・・・俺たちがっ!」「サーヴァントだっ!」「お前ちょっと太陽昇るところ行って謝ってこいよ」


それでは、どうぞ。


「ギル様! こちらの椅子へどうぞ!」

 

「あ、いや、大丈夫、自分で座れるから」

 

「そんな! ギル様は王様なのですから、ご遠慮なさらなくてもいいんですよ!?」

 

「いや、だから俺は王様じゃな・・・」

 

「お茶をお入れしますね!」

 

・・・なんでこんなことになっているかを説明するには、少しだけ時間を遡らなければならないだろう。

つい数時間前、いつもながら唐突に卑弥呼がやってきた。

そこまでは別にいつもどおりなので気にはしない。

だが、今日は少しだけ違った。

隣に少女が一人いたのだ。

 

「・・・その子は?」

 

「ん? ああ、わらわの弟子の壱与よ」

 

「・・・へえ。はじめまして、壱与。俺はギルって言うんだ。よろしくな」

 

あたりをきょろきょろと見回している壱与にそう声をかけ手を伸ばしてみる。

壱与はその手を見て、そのまま視線を上に上げる。

もちろん俺の視線とぶつかるわけだが、俺と目が合った壱与は、両目を見開きわなわなと身体を震わせ、俺の手を両手で掴み、今にも平伏しそうな勢いで跪きながら叫んだ。

 

「は、はじめましてっ! 卑弥呼様からお話は伺っております! 私は壱与と言いますっ、ギル様!」

 

「あ、ああ。よろしく、壱与」

 

なんだか妙に懐かれたんだが・・・。

壱与を見て同じく硬直している卑弥呼に耳打ちする。

 

「壱与っていつもこんな感じなのか?」

 

「・・・わらわもちょっとびっくりしてる。いつもは男が近づくと照れて喋れなくなるか緊張に耐え切れずに逃げるかのどっちかなんだけど・・・」

 

なんと、それは変わり過ぎだろ。

いったいどうしたって言うんだ。

 

「ちょっと、あんまり迫らないでよ、壱与。ギルが困ってるじゃない」

 

瞳をきらきらと輝かせて俺の眼前に迫る壱与の首根っこを引っ張って離した卑弥呼が呆れ気味にそういうと、壱与ははっとして。

 

「も、申し訳ありませんギル様! 私の顔なんて近づけられてご迷惑でしたよねっ。申し訳ありませんっ」

 

がばっ、と土下座してしまった。

というか、土下座に移行するまでが早すぎるだろ。ちょっと残像残ってたぞ。

 

「ああもう、土下座なんかするんじゃない。服が汚れるだろ」

 

「・・・注意する場所ちがくない? あれ? わらわがおかしいの?」

 

壱与の服装は卑弥呼の服装と大差ないが、若干装飾が多いようだ。

やっぱり次期女王だからだろうか。

 

「うぅ、ギル様はお優しいです・・・。私、感動しました!」

 

「・・・ありがとう。・・・卑弥呼、後は頼んだ」

 

「いやよ。このテンションの壱与と二人っきりなんてお断りだわ」

 

「? ギル様、卑弥呼様、どうかなさったんですか?」

 

俺たち二人がこそこそと話をしているのに疑問を持ったのか、壱与が首を傾げている。

 

「・・・なんでもないわ。ほら、ギルはこれから仕事らしいから、邪魔にならないようにどっか行くわよ」

 

「お仕事・・・なら、私お手伝いしたいです!」

 

「・・・わらわとか弟の手伝いはしないくせにこの弟子は・・・! い・く・わ・よ!」

 

「あー・・・ギールーさーまー・・・!」

 

卑弥呼に首根っこをつかまれたまま引き摺られていく壱与を見送りながら、俺は政務室まで向かった。

そこでいつもどおり桃香の面倒を見ながら仕事を終わらせ、ちょっくら休憩するかと政務室を出ると・・・。

 

「お待ちしておりました、ギル様!」

 

出待ちしていたらしい壱与に一瞬で腕をとられた。

混乱する間もなく腕を引っ張られ、通路を進んでいく。

 

「・・・え?」

 

自然と困惑した声が口から出るが、そんなことお構いなしに壱与は俺の手を引いてずんずん歩いていく。

 

「ささ、こちらへ! お茶とお菓子の準備が出来ておりますっ!」

 

「は? あれ? 卑弥呼は?」

 

「卑弥呼様には気ぜ・・・いえいえ、お休みいただいていますっ」

 

・・・気絶、って言いかけたぞこの子・・・。

 

「大丈夫です! 卑弥呼様にいっつも淹れているので、お茶は得意ですから! 美味しいですよっ」

 

「・・・いや、えーっと、まだ仕事が残って・・・」

 

本当は仕事を全て終わらせてあるのだが、取り合えず卑弥呼の様子も見ておきたいので壱与にそう言ってみる。

 

「え? 先ほど予知でギル様のお仕事の終わりは感知したのですが・・・」

 

きょとんとした顔の壱与がしれっとそんなことを言った。どうやら、誤魔化しは通じないらしい。

占いの魔術をこんなところで使うんじゃない! 

 

「先ほどギル様の一日の予定を秒刻みで予知させていただいたので、今日の予定については完璧に把握しております!」

 

「・・・ストーカー?」

 

「すとーかー? なんですか、それ」

 

「なんでもない。気にしないでくれ」

 

「はぁ。そういうことでしたら。・・・ささ、こちらの東屋ですっ」

 

たどり着いた東屋の椅子を引いて俺を座らせた壱与は、そのまま茶と茶菓子の用意を始める。

そして、冒頭に戻るのであった。

 

「どうぞっ」

 

俺が座りやすいように椅子を引いてくれる壱与。

そこに、礼を言いながら座らせてもらう。

 

「ありがとう。・・・これ、なんて茶なんだ?」

 

「さぁ?」

 

「さぁ!? さぁって言ったか今!」

 

名称も分からん怪しい茶葉で入れたお茶を飲んでしまったのか、俺!

 

「えぅ・・・。だ、だってその茶葉は卑弥呼様に連れられて行った並行世界のものでして・・・名称とか分からないんですよ。美味しいし、毒もないので卑弥呼様と一緒に愛飲しているんですけど・・・」

 

しゅん、と落ち込んでしまった壱与の説明を聞いて、なるほど、と納得した。

適当に出したわけではなくて、名前が分からない美味しい茶を出してくれた、ってことか。

 

「すまんな、声を荒げて。顔、上げてくれ」

 

「は、はいっ。ギル様、なんてお優しい・・・」

 

あれ、なんでこの子はきらきらした瞳で見つめてくるんだろうか・・・。

おっかしいなぁ。この子のツボが分からんぞ。

 

「それで、お茶菓子って言うのは?」

 

「あ、これです!」

 

そういって壱与は卓の上にお菓子を並べる。

 

「・・・なんでこの時代に羊羹と和菓子が・・・」

 

「ふぇ? 知ってるんですか? 流石はギル様ですっ! これはですね、卑弥呼様にもらった調理法を元に作成したお菓子なんですけど、とってもお勧めなんですよ!」

 

この花びらの部分を作るのは苦労しましたっ、という壱与の力説を聞きながら、一つずつ平らげていく。

うむ、なかなか美味しいな・・・。

 

「えへへ、ギル様に美味しそうに食べていただけて、うれしいですっ」

 

満足そうに笑う壱与に笑いかけながら、茶と茶菓子を楽しんでいると・・・。

 

「うらぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「おおうっ!?」

 

「ひゃあぁっ!?」

 

すごい勢いで卑弥呼が突っ込んできた。

思わず壱与を抱えて倒れこんだが、かなりぎりぎりだった・・・。

 

「危ないな!」

 

「ちっ、()り損ねたか。どきなさいギル。壱与が殺せないわ」

 

「弟子だろ!? 殺すなよ!」

 

「・・・ふ、ふふふ。背後から後頭部を鈍器(銅鏡)で強打して気絶させてくる上にギルに色目を使うような弟子は・・・()るしかないDeath(デス)よねー」

 

お、おおう・・・? 

卑弥呼の笑顔が怖いぞ・・・。

 

「えへへへ・・・弟子は・・・師匠を超えるものなんですよ?」

 

「言ったわね・・・? やってみなさいよ! こんの馬鹿弟子がぁぁぁ!」

 

ああ、それは!

その台詞はだいぶ不味い!

なんというか、この世界で卑弥呼がその台詞を叫ぶのはいろいろな意味で不味い!

 

「・・・というか、この後中庭を修復するのはきっと俺の役目になるんだろうなぁ・・・」

 

お互いにビームを発射しあう卑弥呼と壱与を見ながら、はぁ、とため息をつく。

いつの間に三国志は光線飛び交うファンタジー世界になってしまったんだろうか。

 

「起きろエア。本当に不本意だろうけど、ちょっと頑張ってもらうぞ」

 

宝物庫から取り出したエアに魔力をつぎ込みながら、目前の二人を射程に捕らえる。

 

「少し、頭冷やそうか」

 

・・・

 

「そこに正座」

 

「はいっ、ギル様っ!」

 

「・・・なんでわらわまで・・・」

 

ぶつぶつと文句を言いながら地面に正座する卑弥呼と、文句すら言わず、むしろ俺が言い切る前に自ら正座した壱与。

・・・この師弟、どっちもどっかネジ吹っ飛んでるんじゃなかろうか。

 

「こんなところで暴れたら駄目だって。直すの大変なんだぞ」

 

「申し訳ありませんっ! でも、ギル様のご命令なら、中庭の修復作業すらご褒美ですっ!」

 

「・・・なんなの、この弟子。わらわ、人選失敗したかしら」

 

ご褒美ときたか・・・。

なんだか、この娘の懐きようが極まってるな。

 

「じゃあ、中庭の修復作業、壱与に任せようかな」

 

冗談交じりにそういってみると、壱与は立ち上がり

 

「了解いたしました! この壱与、ギル様のために全身全霊で中庭を修復いたしまっ、アッー!」

 

立ち上がったまではいいものの、正座のダメージがあったらしい。

すぐにへなへなと地面にへたり込んでしまった。

 

「はうう・・・足、痺れましたぁ。・・・で、でもでも、ギル様に命令された正座で痺れたということは・・・この痺れも、ギル様が与えてくれたもの!? こ、興奮してきました!」

 

「・・・卑弥呼、壱与ってクーリングオフできる?」

 

「くーりんぐおふの意味はわからないけど、きっと無理じゃないかしら。たぶん、あんたに会いたいがために魔法習得する気がするわ」

 

「今はっきりとその未来が幻視できた・・・」

 

「ギル様が・・・ギル様が私の痺れた足をつんつんして、「どうだ、これでもか!」と・・・フヒヒィ」

 

「あ、倒れた」

 

「・・・きっと、キャパオーバーしたのね」

 

どさり、とその場に崩れ落ちた壱与を東屋の椅子に寝かせ、卑弥呼と俺とで中庭を修復した。

こんなこともあろうかと作っておいたスコップが早速役に立った。

宝物庫にあまっているダイヤの塊と、木の棒二つを使って作成したこのスコップ、かなり使いやすい。

 

「さてと、大体元通りね」

 

「おう。お疲れ様」

 

「・・・まぁ、今日はちょっとはしゃぎすぎたわね。また今度来るまでに、壱与を落ち着かせておくわ」

 

「そうしてくれると助かる」

 

「それじゃ、今日はこの辺で失礼するわね・・・よいしょ、っと」

 

東屋に寝かせたままだった壱与を担ぎ、卑弥呼は平行世界へと消えていった。

壱与・・・恐ろしい娘!

 

・・・

 

ようやく落ち着きを取り戻し、午後に向けて腹ごしらえでもしようかと大通りを歩く。

店の人たちや町の人たちが俺に気づいて挨拶してくれるのを嬉しく思いながら、どの店で食べようかと思案する。

・・・うぅむ、なんだか今日はどの店にも食指が動かんな。

 

「らっしゃいらっしゃい! お、ギル様じゃないですかい!」

 

「ん?」

 

声をかけられたほうに顔を向けてみると、どうやら野菜を売っている出店のようだ。

野菜・・・うぅむ、特に厨房で切れている食材なんかはなかったから、特に用は無いが・・・。

 

「今日は何かお買い物で?」

 

「んー、いや、昼飯を食べようと思って店を回ってたんだけどさ、どうもピンとくるところが無くて」

 

「なるほど・・・。そうだ! なら、ご自分で料理なさってみては?」

 

「自炊かー。・・・うーん、出来るかなぁ」

 

料理の経験なんてほとんど無いぞ・・・。

小さいころに親の手伝いでハンバーグ作ったり、学級キャンプの飯盒炊爨(はんごうすいさん)でカレー作ったり、学校の調理実習で味噌汁作った記憶しかないぞ・・・。

あれ、そういえばこっちに来てからは外食するか流々たち料理が出来る将に作ってもらうかしかしてないな・・・。

むむむ、よく考えてみると自分で何も出来ないというのはまずい気がする。

 

「・・・親父、なんか簡単に作れる料理って無いかな」

 

「お、料理する気になったんですかい?」

 

「ああ。思えば、いつも作ってもらうばっかりだったからな」

 

「はっはっは、なるほど、そういえばギル様の周りには世話を焼いてくれそうな娘っこがたくさんいましたなぁ!」

 

「はは、そうなんだよねぇ」

 

「ようっし、そうと決まれば良いものを見繕いますぜ! ちょっとお待ちを!」

 

そういって、店主は自分の店の野菜を選び始めた。

少し待つと、店主が籠にいくつかの野菜を入れて渡してくれた。

 

「これと、後卵なんかを買えば、チャーハンくらいは作れると思いますぜ! もし無くても、調味料さえあれば野菜炒めにはちょうど良いでさぁ!」

 

「ほうほう、野菜炒めなら作れそうだ。・・・チャーハン?」

 

「チャーハンの作り方なら、俺よりもお城の武将さんのほうが詳しいと思いますぜ!」

 

「そっか。・・・流々、今日は非番だったかなぁ・・・」

 

さすがに魏の将の予定までは分からんな・・・。

ま、帰って誰か料理できそうな人に聞いてみるか。

 

「おっと、御代を忘れるところだった。はい、これ」

 

「あいよ! ・・・って、ちょっと多いですぜ!」

 

「教えてくれた情報量ってことで。ま、店じまいしてからちょっと一杯引っ掛けるときの足しにしてくれれば良いよ」

 

「そういうことでしたら・・・。ありがとうございやしたぁ!」

 

「こっちこそ。それじゃ、また」

 

ええと、卵は城にあるし・・・米もあるよな。

うん、買い足すものは無いか。

俺は籠を持ち、城へと踵を返した。

 

・・・

 

城へと戻り、厨房へ向かう。

食材はすでに宝物庫の中に入れているため、鮮度は気にしなくていいだろう。

 

「さて、一番いいのは流々がいることだが・・・」

 

彼女なら俺も頼みやすいし、調理の腕も確かだ。

それなら華琳のほうが調理の腕もピカイチ、教え方も上手いから良いんじゃないかと思うだろうが、おそらくそれにくっ付いてくる人物のことを考えると気後れしてしまう。

桂花ならまだ罵倒だけなので楽なほうだが、春蘭がついてきたら調理から仕合に変わる可能性がある。

それなら、流々に頼んだほうが気も楽というもの。

・・・ああ、一刀に押し付ける手もあるな。

そんな友人を売り飛ばすようなことを考えていると、厨房にたどり着く。

いったん思考から意識を浮上させ、期待をこめながら厨房を覗く。

 

「あれ? にーさま?」

 

そこには、期待通り流々がいた。

何かの下ごしらえをしているらしく、手には包丁を持ち、まな板の上の食材を切っているところだったようだ。

 

「こんにちわ、流々」

 

「こんにちわ。どうしたんですか? ・・・あ、お昼ご飯とか・・・ですか? それだったら、今作ってるのがあるので、少しお待ちいただければ・・・」

 

「ん、昼飯は昼飯なんだけど、今日は自分で作ってみようかと思ってね」

 

「ご自分で・・・?」

 

「ああ。で、料理の経験なんてほとんどないから、教えてもらおうかと流々を探してたんだ」

 

「ふぇ? 私を?」

 

「ああ。一番頼れそうなのは流々くらいしかいなかったし・・・」

 

「え、えへへ・・・頼れる・・・えへへ」

 

頬に手を当て、顔を赤くしながらいやいやと顔を横に振る流々。

 

「おーい?」

 

「あっ、は、はい!」

 

「それで、教えて貰えるかな?」

 

「もっ、もちろんですっ!」

 

「そかそか。それはよかった」

 

よし、じゃあ食材を出すかな。

調理台の上に宝物庫の入り口を開き、先ほど買った食材を乗せる。

 

「・・・それって、宝具っていう凄い蔵なんですよね?」

 

「うん? そうだけど?」

 

「・・・使い方、所帯じみてません?」

 

「・・・ははっ」

 

「ごまかしましたね・・・」

 

ジト目でこちらを見上げてくる流々から視線をそらし、話もそらす。

 

「と、とにかく、チャーハンを作ってみたいんだ。教えてくれるか?」

 

「チャーハンですか・・・。この材料なら・・・後は卵とご飯があれば大丈夫ですね」

 

ちょっと持ってきますね、と厨房から出て行った流々は、すぐに両手に食材を抱えて戻ってきた。

よし、調理開始だ!

 

・・・

 

「きゃっ、きゃー!?」

 

「うぬおぉっ!?」

 

どがしゃぁん、とド派手な音を立てて中華鍋が吹っ飛んだ。

 

「・・・だ、だめだ。筋力ステータスに中華鍋がついてこない・・・」

 

もう結構ステータス落としてるのに・・・。

最初のほうは鍋を振ったら力が入りすぎてチャーハンがすべて天井にくっついてしまったり、思い切り握りすぎて鍋の取っ手がひしゃげたりしてしまったのだ。

これで駄目にした中華鍋は三つ目だ。・・・チャーハンを駄目にした回数は二桁に上る。

人の手を握りつぶさないような調整は出来るくせに、こういう物に対してだと若干加減が分からなくなるようだ。

あれ、俺って料理できないやつだったのか・・・。

 

「わわ、お、落ち込まないでください! 大丈夫ですよ! かなり良くなってきてますから!」

 

「そうか・・・? 流々は優しいなぁ・・・」

 

「ほら、もう一度頑張りましょう?」

 

「・・・おう、頑張るぜ!」

 

「その意気です!」

 

新しい中華鍋を用意し、強火で加熱し、油を投入する。

きった材料をいれ、先にご飯と卵を混ぜておいたものを追加する。

 

「よっし、いい感じだ」

 

「はいっ。この調子で頑張りましょう!」

 

それからしばらく中華鍋と奮闘して、ようやくチャーハンが完成した。

 

「よっしゃー! 完成だ!」

 

「わー!」

 

ぱちぱち、と可愛い拍手をする流々。

やっと出来たチャーハンを二人分皿に盛り、卓に並べる。

 

「よし、食べてみようじゃないか」

 

一口味見してみたが、まずくはなかった。

若干食材は無駄にしたものの、その価値はあったと思う。

まさか自分がここまで料理が出来ないとは思ってなかったからな・・・。

 

「いただきます」

 

「いただきますっ」

 

蓮華を持って、チャーハンの山に突き立てる。

一口分を掬って口に運ぶ。

 

「・・・んむ、まぁまぁじゃないかな」

 

「おいしいですね。数時間程度の練習でここまでなら、十分ですよ」

 

「そか? そういってもらえると嬉しいな」

 

「えへへ」

 

その後、流々に片づけまで手伝わせてしまった。

今度何かお返しするよ、といったら、流々はにっこり笑って

 

「じゃあ、今度は私の料理を食べてくださいね」

 

なんていうものだから、思わず頭をなでてしまった。

健気だなぁ・・・。凄くいい子だ。

 

「はわわわ・・・」

 

「ああ、ごめんごめん。つい」

 

あたふたとする流々を見て、謝りつつ頭から手を離す。

 

「あ、いえ、謝らないでください。・・・嫌じゃ、なかったですから」

 

「それなら良かった。まぁ、いきなりだったのは謝るよ」

 

「ふふ、大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしただけですから」

 

流々はこれから魏の屋敷で仕事があるらしく、少し歩いたところで別れた。

 

「それじゃあ、また!」

 

「ん、また料理作るときは頼むよー!」

 

「はいっ!」

 

・・・

 

突然だが、俺は原作ギルガメッシュと同じく、この世すべての悪(アンリ・マユ)を取り込み、受肉している。

もとよりあるアーチャーのクラススキル、単独行動のランクが上がったりといろいろ英霊とは違うところが存在する。

・・・まぁ、元々俺は英霊というには中途半端な存在なので、それはいまさらという感じがする。

そんなことほとんど忘却の彼方へとぶん投げていた俺は、セイバーの一言でちょっと考え込むことになる。

それは、ある昼下がりのこと。

セイバーとともに甲賀の家に行き、ランサーと共に茶を飲んでいたときに、ふと英霊の話になったのだ。

そのときに、セイバーがそういえば、と前置きしてつぶやくように聞いてきた。

 

「ギル、お前は英霊の座についてるのか?」

 

「む?」

 

「そういえばギル様の情報を聖杯から貰ったときは、確か叙事詩のほうのギルガメッシュの情報が流れてきましたね。本人とはかけ離れている人物像だったので驚いたのを覚えています」

 

「・・・そういえば、俺って何かを成し遂げた英雄とかじゃないから座なんてねえな」

 

交通事故で死んだところを神様に拾われ、能力をインストールしてもらい、管理者たちに引っ張られたんだったか。

そしてあの妙な聖杯戦争に参加し、こうして最終的には受肉しているのだが・・・そういえば、この状態って寿命とかあるのか・・・?

 

「ほほう?」

 

「なんだよ、セイバー。その悪巧みしてる顔」

 

「いやなに、ふと面白いことを思いついただけだ」

 

ずず、と湯飲みに淹れられた茶を飲みながら、くく、と短く笑うセイバー。

 

「私も気になります。どうしたのでしょうか、セイバー」

 

「・・・まぁ、隠すことでもないから言うが、ギル、お前死んだら座に行くんじゃないのか?」

 

「・・・はぁ?」

 

何を突拍子もないことを、と言おうとして止まった。

 

「ギルが受肉していて、英霊の座にいないということは、お前今、普通に英雄の状態なんじゃないのか?」

 

「・・・ああ、なるほど。異世界へと渡り、マスターとともに戦乱の世を駆け、仲間を集めてこの世すべての悪と戦い打ち勝つ。これ以上なく簡単な英雄譚ですね」

 

「いやいやいや、ちょっとまてよ。でも、俺はサーヴァントとして召還されてるんだぜ?」

 

あれ、でも存在的には受肉してるから生きてる・・・いや、生き返ったってことになるのか・・・?

 

「あの筋肉の塊にはそういうことは聞けんのか?」

 

今まで黙って茶を啜っていた甲賀が、ふとそう漏らした。

ああ、確かにあいつらなら何かしらの情報を持っていることだろう。

・・・だけど会いたくないなぁ。出来れば一生。

神様に聞ければ一番早いんだけど、土下座神様とは最初に会ったとき以来何の音沙汰もない。

 

「・・・とりあえず、機会があったら貂蝉たちに聞いてみるよ。・・・にしても、その可能性は考えなかったなぁ」

 

「まぁ、普通の英霊からしたらありえないことだ。あれほどの存在を受け入れ、受肉したにも関わらず、座にはいない英雄。そんなもの、存在する確立が低いだろう」

 

「普通の英霊からしたら、あれを受け入れる、なんていう前提条件がありえませんからね」

 

確かに。

あの時何とかできたのも、この英雄王の力と・・・これは自画自賛になるかもしれないが、俺のやってやるという自暴自棄にも似た意地があったからだ。

 

「さ、今日はこのくらいでお暇しておくか。甲賀、ランサー、馳走になった」

 

「いえいえ。お二人からのお土産もなかなかのものでした。お茶を出すくらいは、当然のことです」

 

「あの饅頭は旨かった。また持って来い。こっちも良い茶葉を用意しておく」

 

「はは、オッケー。よっしゃ、それじゃ帰ろうか、セイバー」

 

帰り道、考え事をしていたせいか、いつもより遅めに城にたどり着いた。

さて、とりあえず軽く城を見回って、貂蝉か管理者のほうの卑弥呼を探してみよう。

あいつらなら、答えとまでは行かないまでも、十分なヒントくらいは得られるはずだ。

 

・・・

 

「・・・いねえ」

 

しばらく探した後、自室に戻り、一人ごちる。

何でこう、必要としないときに出てきて、珍しくこちらから用があるときに出てこないかなぁ。

いやまぁ、八つ当たりって言うのは分かってるんだが、なんだかこう、納得いかない。

 

「お、お邪魔します」

 

「ん? ・・・ああ、月。それに詠も」

 

「こんばんわ。・・・どうか、したのですか? なにやらお疲れの様子ですけど・・・」

 

「あー、えっと・・・」

 

どうしよう、話してみようか。

俺のマスターであり、一番近い存在である月と、魔術に知識があり、頭の回転が速い詠。

二人なら、何か俺じゃ気づかないことに気づいてくれるかもしれない。

話してみる価値は、ありそうだ。

 

「ああ、今日の話なんだけど・・・」

 

そう前置きして、今日セイバーに言われたことを話してみる。

 

「・・・なるほど? 確かに、英霊になる条件は満たしてるみたいね」

 

「へぅ。詳しいことはちょっと分からないんですけど、純粋な英霊じゃないって、ギルさんが自分で言ってましたね・・・」

 

「そうなんだよ。まさかこんなところでこうして響いてくるとは思ってなかったけど」

 

「・・・まぁ、ボクの意見を言わせて貰うなら、たぶん英霊になるんじゃないかしら」

 

「そですね。私もそう思います」

 

「んー、やっぱりか」

 

「よくよく考えてみれば、ランサーの言うとおりよね。英雄譚として語られるくらいのこと、あんたしてるんだから」

 

「えへへ・・・なんだか、私まで嬉しくなってきちゃいます」

 

「それに? もう一個のほうでも英雄みたいだしねー」

 

そういって、ジト目になる詠。

もう一個?

 

「もう一個ってなんだ?」

 

まさか、俺でも気づかないような何かが・・・?

 

「あんた、まさに『英雄色を好む』を体現してるじゃない」

 

「・・・へぅ」

 

「・・・ぐっ」

 

ぽっ、と頬を染める月と、呻きながら胸を押さえる俺。

詠の言葉の意味を理解したのは二人同時だったらしい。今の行動もぴったりのタイミングだった。

 

「ま、そういうのも、英雄としては必要なんじゃない? それだけ、好かれてるってことなんだから」

 

・・・まぁ、好意的に見ればそうなるか。

 

「・・・はぁ。ま、あんまり考え込んでも仕方ないってことだな」

 

その可能性が高いってことだけ、覚えておけば良いか。

まだまだ、先は長いんだし。

 

「とりあえず、今日は色を好むことにするよ」

 

そういいつつ、隣に座る詠を抱きかかえる。

 

「ふぇっ? あ、ちょ、馬鹿っ、そういうつもりで言ったんじゃ・・・!」

 

「へぅ・・・。ギルさん、詠ちゃんの後は・・・」

 

「もちろん。それじゃ詠、脱ぎ脱ぎしましょうねー」

 

「やん、ばか、変なとこさわ・・・あ、んっ!」

 

こうして、夜は更けていく・・・。

 

・・・

 

「・・・ん」

 

閉じた瞼の裏からでもわかる明るさに、もう朝かと意識を覚醒させる。

ぱちりと目を開くと、かなりの明るさに目が眩む。

なんだこりゃ、直接ライトでも当てられたかのようにまぶしいぞ・・・?

 

「ああ、おはようございます。お久しぶり・・・ですよね?」

 

「誰だ・・・?」

 

この声、なんだか聞き覚えのあるような初めて聞いたような・・・。

 

「あれ、覚えてません? まさか、そっちではもう結構な時間が経ってたり?」

 

どうやら、俺の知り合いらしい。

久しぶり、という言葉から、おそらくかなりの時間会っていないのだろうということだけは分かる。

この、軽薄なような重厚なような、区別のつかない声は誰なんだろうか・・・。

そんなことを考えていると、漸く目が慣れてきたようだ。白い光以外のものが目に飛び込んでくる。

そこにいたのは、きょとんとした顔でこちらを見る、少女。

頭上には天使の輪が輝き、髑髏の意匠の髪飾りがおどろおどろしく自己主張している。

ああ、この、どっちかにしろよ、と言いたくなる頭の少女には、一人しか心当たりがいない。

 

「あ、ようやく完全にお目覚めのようですね。おはようございます」

 

「・・・おはよう、土下座神様」

 

「その途轍もなく不敬で単純なあだ名、若干の不満を抱かざるを得ませんが・・・まぁいいでしょう。私と貴方の仲です」

 

「それで、神様、ここは夢の中なのか?」

 

とりあえず、気になったことを聞いてみる。

神様は俺の言葉にええまぁ、と頷きを返し

 

「夢の中って言うかあの時出会った空間っていうか。こっちに貴方を呼び出した感じ?」

 

「感じ? とか言われても」

 

「そーよねー。・・・まぁ、何かそういう空間だって意識で良いです」

 

「そ、そうか」

 

大雑把だぞ、この神様・・・。

 

「それで、なんでここに呼び出されたんだ?」

 

「え? いや、そりゃ貴方が私に用事あるようなこと考えてたからですけど・・・」

 

「え?」

 

「え?」

 

とりあえず、二人して首をかしげる。

 

「あれ、間違ってませんよね。だってメール来ましたもん」

 

「メール?」

 

俺がそう聞くと、神様は俺を送る世界を探したときに使った機械を取り出し、画面をこちらに向けてきた。

長々と書かれた文章を要約すると、俺が神様に用件があるようです、といった内容の文章が書かれていた。

 

「ほら、貴方のスキルに神性ってあるじゃないですか?」

 

「・・・あるな」

 

原作のギルガメッシュは神様を嫌っているためにランクダウンしているが、俺は神様本人と出会っている上に別に嫌っているわけでもないので、元のA+ランクだ。

 

「そのスキルに、ちょっとおまけをつけておいたんですよ。私に用があるとき、私の元にメールが届くようになってるんです」

 

なるほど、確かに今日、神様にちょっと話でも聞けないかなぁと思っていた。

それが神性スキルによってメール発信され、神様が受信。

用があるなら聞いてやろうじゃないか、と俺が呼び出されたわけだ。

 

「・・・そんなに簡単に神様に会えていいのか・・・?」

 

「ほら、そこは神性ランクのおかげってことで。BとかAとかじゃちょっと難しいかもだけど、君くらいなら普通に会えるよ?」

 

「そうか。・・・そうか」

 

「あれ、なんでちょっとガッカリ風味?」

 

「いや、こうして大人になるのかなぁって」

 

「何で急に悟ってるのか知らないけど、とりあえず用事を聞かせてもらおうかな」

 

どうぞ、座って、と神様が言うと、何もなかった空間にテーブルと椅子が現れた。

テーブルの上には紅茶とクッキーなどが置かれており、美味しそうな匂いを漂わせていた。

 

「・・・失礼するよ」

 

すでに座っている神様が、どうぞどうぞ、というので、遠慮なく座る。

 

「で、何?」

 

「・・・ああ、まぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

 

「どうぞ。私に答えられるものなら、答えましょう」

 

これでも、結構えらいんです、とドヤ顔を決めてくる神様に、今日の話をしてみる。

俺の扱いというか、死後というか・・・。

その辺は、どうなるのかという話だ。

 

「ああ、座に着きますよ?」

 

なにいってるんですか? とでも言いたげに、神様は紅茶を飲みながら即答した。

 

「・・・そ、そっか」

 

「ええ。元々転生って形でしたし、あなたの扱いは能力持ってる一般人ってことでしたので」

 

だから、死んだら私が直接座まで持って行きますから、とさらっと言われた。

・・・座まで持ってくって・・・。

 

「ま、あなたの寿命はまだまだありますから、そんなこと心配しなくていいんですよ」

 

「・・・俺の寿命って?」

 

「・・・知ってます? ギルガメッシュさんって、127年間在位して、更にその後旅に出たらしいですよ」

 

「・・・」

 

つまり、127年以上は生きるということだろうか。

つーか、それ大分生きるな。曾孫が成人するぐらいまでは普通に生き残りそうだ・・・。

 

「ま、気長に生きてください。・・・それじゃ、また何か用事があれば会いましょう」

 

そういって神様が手を振ると、意識が遠くなっていく。

どうやら、本当に目覚めるみたいだ。

 

「じゃ、またなー」

 

「ええ、また」

 

・・・

 

「・・・うーむ」

 

起き上がり、頭に手を当てる。

両隣からはすぅすぅと小さい寝息が聞こえてくる。

ま、しばらくはこのことは考えなくても大丈夫そうだ。後でセイバーたちにも話しておくとしよう。

とりあえずは・・・みんなのこと、大切にしていくことだけを考えていけばいいや。

 

「んみゅ・・・あ、おふぁようございまふ・・・」

 

「おはよう、月。・・・詠は今日、休みだよな?」

 

「あ、はい」

 

「じゃ、もう少し寝かせておこう」

 

仕事の疲れもあるだろうし、あとはまぁ、昨日少し集中的に攻めすぎたというか・・・。

とにかく、疲れがたまっているだろうから、寝かせておこう。決して昨日の罪悪感からとかじゃないんだからね!

 

「・・・誰にツンデレてるんだ、俺」

 

「どうかしましたか?」

 

「・・・いや、なんでもない」

 

・・・

 

「ほほう、やはりそうなのか」

 

「やはり、ギル殿は英霊となるのですね」

 

午前と午後の仕事の間の昼休憩。

俺は再び甲賀の家を訪れていた。

そこで神様の話をしてみると、こうして二人にうんうんと頷かれているわけだ。

 

「ま、まだまだ時間はあるみたいだし、ゆっくりと考えるがいいさ」

 

「そうするよ」

 

「それじゃあ、これからは英霊になることも見越して、いろいろと鍛えるとするか!」

 

「我々も全力でサポートいたします!」

 

・・・この発言の後、全サーヴァント、全マスターを巻き込んだ『ギルを最高のサーヴァントにする会』が発足されたのは、翌日のことだった。

発足、されてしまったのだ・・・。

 

・・・

 

再び神様に会って話をしてみたところ、鍛えればスキルが増えたり強化されたりするのは転生特典でもあるらしい。

ならばとセイバーやらランサーやらキャスターやらにさまざまなことを仕込まれた。

この調子で鍛えていけば、更にスキルが増えることだろう。

・・・何ともまぁ、便利な体である。

 

「あいたたた・・・」

 

そんなわけで、セイバーに扱かれた後汗を流すために風呂へと来ている。

脱衣所には、さっきまで訓練をしていたセイバーと、無理やり巻き込んだ一刀が共にいた。

 

「はは、大丈夫かよ、ギル」

 

「・・・笑い事じゃねえぞ、一刀。お前もやってみるか?」

 

桃園結義の中で劉備、関羽、張飛を相手に王の財宝(ゲートオブバビロン)禁止で二時間ぶっ続けで剣術指導だ。

こっちの装備はフルアーマー仕様だったのだが、本当につらかった。

というか、銀が思ったよりノリノリだったのに驚いたな。

かなりの魔力をつぎ込んでたみたいだし。そのせいか、桃園結義が二時間も展開されていたわけなんだけど。

もしものときは令呪も使う気だったらしい。銀いわく、余ったから使っておかないとな、らしい。

三度しか使えない令呪をもったいないからと使い切る気でいる銀に若干の戦慄を覚えながら、浴場へと足を踏み入れる。

 

「あー、しっかしこのシャワーってやつはいいな」

 

セイバーがシャワーで頭を洗いつつそう呟く。

 

「はは、だろ? 宝具を提供してくれたギルには感謝しないとな」

 

「まぁ、俺もできるならシャワーもほしいって思ってたし、別に構わんよ」

 

というか、宝具を提供しただけの俺より、それを組み合わせて宝具ボイラーを作った甲賀のほうが凄くないだろうか。

 

「そういえば、明日もセイバーと訓練なのか?」

 

「いや、さすがにそこまで魔力は持たん。明日はキャスターの魔術講座だ」

 

「・・・座学もあるのか」

 

一刀がうわぁ、と哀れみの声を漏らした。

 

「一刀、お前も受けるか? そろそろ、学校の雰囲気も恋しいころだろう」

 

「い、いやぁ、遠慮しておこうかなぁ。あ、そ、そうだ! 明日は珍しく仕事があるんだよ!」

 

「・・・チッ」

 

「舌打ちした!?」

 

そりゃ、舌打ちもする。

キャスターと長時間二人っきりとか、絶対精神が削られるだろ。

まだ俺は、貂蝉ホムンクルスのことを許したわけじゃないんだぞ。

 

「・・・まぁ、無茶はしないと思うし、大丈夫だろ」

 

・・・

 

「ふぃー、疲れたー」

 

「あ、お邪魔してまーす」

 

「ん? 桃香か」

 

風呂から上がり、ほっこりとしながら自室へ戻ると、桃香がお茶の用意をして待っていた。

 

「ごめんね、勝手にお茶の準備しちゃった」

 

「いや、嬉しいよ。ありがと」

 

「えへへー。どういたしましてー」

 

いつものようにあごの下で手を組んで笑う桃香を微笑ましく見ながら、湯飲みを手に取る。

なかなか美味しい。お茶を淹れる腕が上がっているようだ。

 

「美味しい。腕を上げたな、桃香」

 

「そう? それなら良かった。おかわり、あるよ?」

 

「ん、もう一杯貰っておこうかな」

 

「はーいっ」

 

空になった湯飲みにお茶を注いでもらう。

それを飲みながら、桃香の話を聞く。

 

「えへへ、今日はね、お兄さんと一緒に寝ようかなぁ、なんて」

 

「良いね。最近は桃香も仕事が忙しかったみたいだし、ゆっくり話も出来なかったからな」

 

「ほんとっ!? じゃあじゃあ、早速・・・ね?」

 

「あ、おい、そんな焦らなくても逃げないって」

 

「ぶー。時間は限られてるんだよー!」

 

「・・・はいはい」

 

頬を膨らませて怒った様子を見せる桃香。

まぁ、いつものとおり、ぜんぜん怖くないのだが。

寝台に引き込まれた俺は、仰向けに倒れた桃香に抱きしめられ、その豊満な胸へと顔を埋めさせられていた。

 

「・・・呼吸が、苦しいんだけど」

 

「だーいじょーぶ」

 

「何の根拠があって・・・」

 

確かに息は出来ているが、この状態では眠れないぞ。いろいろな意味で。

 

「お兄さんと一緒に夜を過ごせるなんて久しぶりだから、いっぱいぎゅってするんだー」

 

「うん、それはいいから、ちょっと胸から離れさせて・・・」

 

「だーめっ」

 

語尾にハートマークでも付きそうな一言を言い放った桃香は、更に強く俺を抱きしめた。

あー、でもなんというクッションだ・・・。この柔らかさ、ちょっと反則だろう。

ためしに桃香の胸を枕にして眠ってみたくなってきたぞ・・・。

 

「・・・そういえば、今日はぼろぼろになってたね。何の訓練してたの?」

 

桃香の胸に関して考え込んでいたら、桃香に話しかけられた。

む、何の訓練か、か。

別に隠すことでもないし、良いか。

 

「今日はセイバーの固有結界の中で訓練してたな。しかも、宝物庫使用禁止とか制限されてたから大変だったよ」

 

「ふええ・・・良く生きて帰ってこれたね、お兄さん」

 

「まぁ、セイバーたちも加減はしてくれてたし、俺だって強くなってないわけじゃないし」

 

「そっか・・・そうだよねっ」

 

「? 嬉しそうだな、桃香」

 

「ふぇ? そ、そりゃあ、好きな人が強いって言うのは、女の子としては嬉しいって言うかなんと言うかでして・・・」

 

ぼそぼそとつぶやくような言葉だったが、この至近距離だ。聞こえないわけがない。

そっか、嬉しいか、と一人納得しながら、よいしょ、と桃香の拘束から抜ける。

油断していたらしいので、結構簡単に抜け出せた。

 

「あぁっ、駄目だよ逃げちゃっ」

 

「逃げてないって」

 

すぐに俺を捕まえようとする両手首をつかんで、寝台に押し付ける。

 

「あ、あははー・・・もしかして、捕まっちゃった?」

 

「ついさっき出来た俺の信条のひとつに、やられたらやり返せっていうのがあってな」

 

「お、お手柔らかにおねが・・・んんっ!」

 

「いやー、ちょっと無理かなぁ」

 

「そんなー、明日も仕事なのに、んっ、ちょ、ちょっと待ってよぉ、ぎゅうってしたこと怒ってるなら謝るからぁ」

 

「残念、もう遅い。というかその辺はもうどうでも良い」

 

「ど、どうでもいいっ!? どうでもいいって言った!?」

 

・・・




「やったねギルさん! (戦闘用も)スキルが増えるよ!」「おいやめろ」「・・・いや、やめなくていいだろ」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十三話 趣味と実益の間に

「こっちに来る前のギルの趣味って何だったんだ? ゲームとか?」「貯金」「・・・実益も備えたすばらしい趣味だな」「貯金箱集めるのも好きだったなぁ。豚の貯金箱に、賽銭箱型、ああ、ポストの形した貯金箱もあったかなぁ」


それでは、どうぞ。


「は、はぅぅ・・・こ、腰がぁぁ・・・」

 

「運動不足じゃないか?」

 

「も、もぉ! お兄さんがやめてくれないからでしょ!」

 

「いや、後半のほうは桃香のほうがやめるなって言ってきたんじゃないか・・・」

 

きっちりと覚えているぞ。

そろそろ可哀想だしやめておこうかと思ったらがっちりとだいしゅきホールドされて「やめちゃだめぇ」と切なげに言われたのを。

 

「う、うぅー! それでも!」

 

「なんて理不尽な・・・」

 

翌朝、目覚めるとともに腰を抑えだした桃香に怒られ、若干の理不尽さを感じる。

・・・加減なんてしなきゃよかったかな。今日起きれないくらいにしとけばよかった。

 

「お、お兄さん? め、目が怖いよ・・・?」

 

「・・・大丈夫、骨は拾うから」

 

「へ? なんでそんな話に・・・え、ちょ、朝からっ!? む、無理だって、腰が、それ以前に今日はお仕事がっ!」

 

「分かったよ」

 

押し倒しかけた手を止める。

桃香はほっとした表情を浮かべ

 

「わ、分かってくれた? よかったぁ。じゃあ・・・」

 

「今日は桃香の仕事、代わりにやっておくから」

 

「ぜんぜん分かってくれてなかった!? うわーん、お兄さんが獣になっちゃったー!」

 

「安心しろって。ちょっと午前中は動けなくなるだけだから」

 

「安心できないよ!?」

 

・・・

 

「と、言うわけで、今日は桃香の代わりにがんばります」

 

「は、はぁ」

 

俺の突然の言葉に、朱里がため息のような返事をする。

ちなみに、あきれた、というはぁ、ではなく、そうですか、という意味のはぁ、だ。

・・・あれ、何かデジャヴ。

 

「今日の書類はどのくらい?」

 

「ちょっと多めですね。でも、ギルさんだったら大丈夫です!」

 

「そっか。よし、じゃあはじめようか」

 

「はいっ」

 

お互いに筆を持ち、書類にいろいろと記入していく。

これから町をどう発展させていくか、盗賊や山賊などの犯罪に対してどう対処していくか、軍隊や国の施設にどれだけの金を回していくかなど、結構重要なものばかりだ。

最初のころはこんな重要な案件任せてもらえなかったが、三国統一後は俺の権限は桃香とほとんど同じになっている。

権限といっても別に何かがあるというわけでもないけれど、こうして国の重要な案件を任せられるようになったというのは、それだけ信頼されているのだと思っていいのだろう。

 

「んー」

 

たまにこうして朱里が唸ったりする以外はほとんど音のない執務室でしばらく仕事を続ける。

こうして唸っているときの朱里はあごに手を当てて真剣な表情をしているのだが、宿題に悩む子供のようで微笑ましい。

・・・実際は宿題なんて目じゃないレベルで悩んでいるのだが。

 

「・・・? ギルさん、何か問題でも?」

 

「ん、ああ、いや」

 

おっとっと。少し考え込みすぎたか。

じっと朱里を見ながら考え込んでいたせいか、視線を上げた朱里と目が合い、怪訝な顔をされてしまった。

 

「笑顔の朱里もいいけど、仕事中のまじめな顔も朱里に似合ってるな、と思って」

 

「は、はわわっ。か、からかわないでください・・・」

 

半分くらい本心の言い訳をしてみると、朱里ははわわ、と慌てながらうつむいてしまった。

どうやら照れてるようだ。うむ、良いなぁ。

 

「ま、まじめに仕事してくださいよぉ、もう」

 

「分かった分かった。よし、頑張ろうか」

 

「うぅ、私は最初から頑張ってますっ」

 

ちょっとむくれた朱里の言葉に笑みを浮かべながら、俺は仕事を再開する。

・・・そういえば、後で桃香の様子も見に行かないとな。

 

・・・

 

「どうだ、調子は」

 

「ううぅーっ、お兄さんのばかぁっ! ちょっと前にようやく起き上がれるようになったばかりだよぅ!」

 

「そっか。案外早かったな」

 

昼くらいまでは駄目っぽそうだったんだが。

 

「まぁ、俺も反省してるからさ。機嫌直してくれよ」

 

すぐに理性が吹っ飛ぶのは大分悪い癖だ。

・・・こんな美少女たちに迫られて理性を吹っ飛ばされないのは悟りを開いたセイヴァークラスの猛者だと思う。

 

「むぅ・・・じゃあ、今日は私の言うこと聞くこと! 今日は私が王様ですっ」

 

「王様って言うかどっちかって言うとお姫様?」

 

桃香は王って言うよりは姫のほうが似合っているような・・・。

 

「どっちでもいーの! とりあえず、執務室まで連れてって」

 

「・・・姫は姫でも我が侭姫だな・・・」

 

「?」

 

「・・・天然か」

 

とりあえずお姫様ということなので、お姫様抱っこで行きましょう。

よいしょ、と桃香を横抱きにして、執務室までレッツゴー。

 

・・・

 

「あれ、朱里がいないな」

 

「今日は朱里ちゃんとお仕事だったの?」

 

「ああ」

 

「・・・ふぅん?」

 

「何だよ、その目」

 

「朱里ちゃんと、二人っきりだったんだぁ・・・」

 

「やましいことは何もないからな!」

 

「べっつにー? 私は何も言ってないよーだ」

 

・・・不機嫌である。

お姫様抱っこされている間はあんなに上機嫌だったのに、一瞬で不機嫌である。

理由は大体分かるが、さっきまでと違いすぎやしませんか。

 

「はわ、ギルさん。あ、桃香様。大丈夫なんですか?」

 

「あ、朱里ちゃん。おかえりー」

 

「ただいまです。あの、ギルさんからは・・・えと、腰を痛めたとお聞きしているんですが・・・」

 

「そーなんだよ! ちょっと聞いてよ朱里ちゃん!」

 

「はわわっ、落ち着いてください桃香様っ」

 

桃香に両肩をつかまれ、前後に揺すられながらも、何とか桃香を落ち着かせようとする朱里。

それから、何とか落ち着いた桃香から一連の話を聞き、真っ赤になりながらもこくこくとうなずきを返していた。

・・・まぁ、今日は俺が全体的に悪いから二人が話し込んでいる間に仕事進めているが、本当はもう休憩時間終わってるからな?

 

「そ、それでその後は・・・?」

 

「その後はねー、こう、片手で・・・」

 

「はわわっ!? そ、そんな大胆な・・・」

 

・・・そして、本人の目の前でプレイ内容暴露しないでほしい。

しかも、朱里は真っ赤になりながらメモってるし。やめなさい。

 

「一人だとお兄さんに腰が駄目になるくらいいじめられちゃうから、雛里ちゃんと一緒にしてもらったほうがいいよ」

 

「はわわ・・・経験者のお言葉、参考になりますっ。・・・雛里ちゃんと、二人でしていただく、と・・・」

 

ここにいないのに巻き込まれてしまった雛里に少し同情しながら、最後の書類に手を伸ばすのだった。

その上、俺はアレの時に女の子の腰を痛めるくらい苛める人間だと思われているのが若干不名誉ではあるが、まぁ反論出来るはずがないので黙っておく。

火に油を注ぐ趣味はないのです。

 

・・・

 

結局、朱里にいろいろと吐き出して満足したのか、桃香のお姫様モードは終了してしまい、午後からは自由の身になった。

・・・といっても、自分の分の書類はすべて処理してしまったので、仕事はない。

 

「さて、どうするかな・・・」

 

意味もなく中庭をぷらぷらと歩く。

あわよくば月にでも会えないかなぁと思ってのことだ。

 

「おや? これはこれは、ギル殿ではないですか」

 

「ん? ・・・あれ、星。今日は仕事ないのか?」

 

・・・そういや、星が仕事してるところなんて見たことないな。

でもまぁ、きっと上手いことやっているのだろう。

 

「はは、もう愛紗に替わって貰っております」

 

「ああ、そうだったのか」

 

「ギル殿こそ、仕事はないのですか?」

 

「俺も終わらせてるよ。終わらせすぎて、午後から暇なんだよ」

 

「なるほど。・・・それならちょうど良い。私も暇なのです。一緒に酒でも楽しみませぬか?」

 

「んー、ま、いっか」

 

いまさら月を見つけてもすでに仕事中だろう。

ならば、星と交友を深めるのもいいかもしれない。

また、酒でも飲みたいと思っていたところだし。

 

「よし、それじゃあどこに行こうか?」

 

「ふむ・・・眺めのいい城壁の上など、良いかと」

 

「良いね。早速行こうか」

 

以前星と呑んだ思い出の場所でもある。

断る理由もないので、嬉しそうに前を歩く星について行ったのだった。

 

・・・

 

城壁の上。

町が一望できる場所を星に案内してもらい、宝物庫から椅子とテーブルを取り出す。

二人とも町を見下ろせるように、椅子は隣同士並べておく。

宝物庫の中のものなので、品質は最上級である。

 

「いつ見ても、その蔵は便利ですな」

 

「はは、俺もそう思うよ」

 

神代のワインとグラスを取り出し、一つを星の元へ。

 

「ここまで至れり尽くせりだと、少ししり込みしてしまいますな」

 

「何をいまさら。前に振舞ったときは一気飲みしたくせに」

 

「・・・まさか、あんなに何でもないもののように神代の酒なんて振舞われるとは思ってなかったもので」

 

「それもそうか」

 

「そうそう、ギル殿にこんな良い酒を用意してもらったのです。私からは良いつまみを提供させてもらいましょう」

 

・・・まぁ、そうなるのは予想通りだ。

何が出てくるのかも、大体予想通りである。

 

「この、メンマを」

 

「・・・やっぱりか」

 

「? 何か言いましたかな?」

 

「いいや、美味しそうだって言ったんだよ」

 

「ほほう、さすがはギル殿。見ただけで分かりますか。このメンマ、自慢の一品でして」

 

それからしばらく、ワインを飲みながら町を見下ろしつつ、星のメンマ談義を聞き流した。

いやぁ、いつ呑んでも美味いワインだ。

転生してからというもの、食事や酒は大分舌が肥えてきて良いものが分かるようになってきた。

特にワインはこうして神代のものを飲んでいるため、自分の中での美味しいワインのハードルが大分高くなっていると思う。

 

「・・・というわけなのですよ! ・・・ギル殿?」

 

「ん、ああ、そのとおりだな」

 

「分かってくれますか! いや、愛紗なんかはもう良い、なんていい始める始末でして・・・」

 

そりゃあ、何十回も聞かされてたら嫌にもなるよなぁ・・・。

再び話し始めた星をスルーしつつ、メンマに箸をのばす。

 

「ん、美味しい」

 

今はちょうど、午後三時ほど。

おやつとしてはちょっと濃すぎるが、別に気にすることはないだろう。

・・・あー、大分こっちになじんできたなぁ、俺。

 

「・・・とすればいいと気づいたのです!」

 

「なるほど。・・・とりあえず、食べれば?」

 

「む、そうですな」

 

そういって、メンマに箸をのばす星。

ようやく普通に話せそうだ。

 

「んー、やっぱりメンマには焼酎とかの方が良いかなぁ」

 

なんとなく、メンマにはワインより焼酎ってイメージだけど。

 

「いやいや、私はこのワインと一緒に食べるのも良いものだと思いますぞ」

 

「そういってくれると助かるよ」

 

「・・・そういえば、最近はいろいろと頑張っておるようですな?」

 

「頑張るっていうと?」

 

「英霊・・・サーヴァント、でしたか。彼らとなにやら特訓をしているようで」

 

「あー、まぁ、そうだな。特訓といえば、特訓か」

 

「いつもどこかへ行っているようですが・・・その、秘密特訓の類なのですか?」

 

妙に瞳をキラキラとさせながらずずい、と迫ってくる星。

何だ、何が星の琴線に触れたんだ・・・?

・・・ああ、秘密特訓。そういえば華蝶仮面とかやってたな、この人。

現代で言う、特撮好きみたいなものだよな。秘密特訓という響きに何か惹かれるものがあるのだろう。

 

「あー、秘密でもないんだけど、この世界で行ってるわけでもないというか・・・」

 

「?」

 

「まぁ、見たいなら今度セイバーに頼んでみるよ。人一人ぐらい増えても、固有結界には特に響かないだろうし」

 

「ほほう・・・それは楽しみですな・・・」

 

・・・まぁ、特に迷惑もかけてないみたいだし、しばらくは華蝶仮面の活動を止めることもないだろう。

 

「それでは、しばらくはギル殿の訓練に付き合わせていただきますかな」

 

「しばらくって・・・ほかの訓練にも来る気なのか?」

 

「もちろん。どのような訓練をしているか、すべて見なければ」

 

「・・・別に良いけどさ、参考にならなくても怒るなよ?」

 

「そこまで狭量ではありませぬよ」

 

くく、と笑いながらグラスを傾ける星。

それならいいんだけど。

 

「頑張っているといえばもう一つ・・・あちらのほうでも、頑張っているようですな?」

 

「・・・そっちが本命か」

 

「くっくっく、何のことかな?」

 

そういいつつ、隣に座る俺の太ももに手を伸ばし、なでてくる星。

 

「はぁ・・・そういうのは、日が暮れてからな」

 

そういって手をどけようとするが、ひらりひらりと蝶々のように避けられる。

 

「おいこら、避けるな」

 

「はっはっは、頑張ってくだされ」

 

「・・・もういい、好きにしろ」

 

「ふふふ、それでは好意に甘えることにしましょう」

 

ため息をつきつつ俺もグラスを傾ける。

その間も太ももには星の手の感触があるが、まぁ気にしないことにしよう。

しばらくほっとけば満足するだろ。・・・って、おい!

 

「そこは駄目だろ!」

 

「おや? 好きにしてよろしいのでは?」

 

「そこは不可侵ゾーンだろう!」

 

「ぞーん?」

 

「・・・不可侵域だろ!」

 

「なんと、これは異なことを。その不可侵域を何人の娘が見たことやら」

 

「くっ・・・いやいや、それは・・・」

 

「ならば、私が侵入してはいけない理由にはなりますまい?」

 

「何てことだ・・・屁理屈を言わせたら星に勝てる奴いないな・・・」

 

「はは、お褒めの言葉として受け取っておきます」

 

そういうと、星は俺の太ももに手を置いて、そこから身を乗り出して俺に顔を近づけてくる。

 

「ま、良いではないですか。お嫌いではないのでしょう?」

 

「そりゃあ、好きか嫌いかで言えば好きなほうだけど・・・」

 

あ、駄目だ。大分外堀埋められてきた・・・。

 

「ならば・・・」

 

「ああもう」

 

仕方ない、と受け入れかけたその時。

 

「ギルさぁんっ。どこですかー」

 

「・・・ちっ」

 

雛里の声が聞こえてきた。

 

「桃香様がおよびですよぉ・・・」

 

「・・・残念だったな、星」

 

「まぁ、まだ機会はありまする。・・・油断すれば、すぐにでも」

 

「はいはい」

 

ま、星のからかいから逃れられただけでよしとしようか。

 

「雛里、今行くぞー」

 

「あわわ、ギルさん、そんなところに・・・あわっ! 飛び降りたら危ないですよぉっ・・・!」

 

・・・

 

「にゃー」

 

猫である。

 

「にゃーにゃー」

 

どう見ても、猫である。

 

「にゃーにゃーにゃー」

 

どこを見渡しても、猫である。

 

「ご飯欲しいのにゃー」

 

「・・・この軍勢は、美以のか」

 

「? ぐんぜー、なのにゃ?」

 

「いや、なんでもない」

 

この量産型達はきっとミケトラシャムと同じところから来た娘たちなのだろうな・・・。

 

「兄なのにゃー!」

 

「なのにゃー!」

 

「なのにゃぁ・・・」

 

どこだ・・・どこにミケトラシャムがいる!?

美以以外の見分けが付かんぞ・・・!

 

「・・・美以、何でこんなに部下を連れてきたんだ?」

 

「ちょーれんをするから、部下を一杯連れて来いって言われたのにゃ!」

 

「そうか・・・調練か。誰が呼び寄せたんだろうなぁ」

 

「・・・恋が、呼んだ」

 

「恋?」

 

「ん。・・・南蛮の兵も鍛えないと」

 

・・・まぁ、南蛮自体の戦闘力はその物量と奇妙さが主だからなぁ。

武器もお世辞にも良い物とは言えないし。

 

「武器か」

 

「? にゃー?」

 

俺の目に入ってくるのは、木を削っただけの棍棒、木で作られているパチンコ、木の棒に石をくくりつけただけの斧というどう見ても武器というより子供が作った玩具のようなものだ。

これは、武器の改善をしなければならないか・・・?

 

「ま、それは後で考えるとして。恋、きちんと調練するんだぞ」

 

「ん。わかってる」

 

「それならいいか。・・・ちょっと、見て行こうかな」

 

「・・・ん」

 

首肯されたので、木陰に座って見学することに。

木の近くまで寄ったとき、傍の茂みから人の気配が。

 

「お、お猫様・・・」

 

「・・・明命、なにやってんだ?」

 

「はぅっ!? ぎ、ギル様!?」

 

「こんにちわ」

 

「あ、こ、こんにちわ!」

 

「・・・大体分かるけど、何でここに?」

 

「そ、それはその・・・お猫様がたくさんいらっしゃるので、なぜかなぁと思いながら、観察しています!」

 

ああ、やっぱりか。

猫に目がないからなぁ、明命は。

 

「今調練中らしいから、参加してくれば?」

 

「ええっ!? そ、そんな、恐れ多いです・・・!」

 

恐れ多いと来たか・・・。

 

「なら、こっちにおいでよ。そんな茂みから見ることもないだろ」

 

ぽんぽんと俺の隣に来るように言ってみる。

 

「あぅあぅ、それもそれで恐れ多いというか・・・」

 

「いいからいいから。ほら、こっちこっち」

 

「あうぅ・・・し、失礼します・・・」

 

ちんまりと隣に座った明命。

しばらくは居心地悪そうにしていたが、調練をしている美以たちを見ているうちに目をキラキラさせだした。

・・・これなら、茂みの中よりは楽しめるだろう。

 

「はうあう・・・お猫様、もふもふしたいですぅ・・・」

 

・・・

 

「今日の調練は、終わり」

 

「終わったのにゃー!」

 

「疲れたにょ・・・」

 

「眠たいにゃ・・・」

 

調練中もにゃーにゃー騒がしかったが、調練が終わってからもにゃーにゃー騒がしいようだ。

 

「兄ー!」

 

終わったとたんにこちらに駆け寄ってくる美以。

 

「ちょ、突撃はまず・・・げふっ」

 

座ったままでよけられなかった俺の腹に、美以が突っ込んできた。

 

「みぃ、頑張ったのにゃ! ほめるのにゃ!」

 

「あー、うん、えらいえらい」

 

美以たちにしては珍しく、きちんと人のいうことを聞いて調練に当たっていたと思う。

いつもはあっちへふらふらこっちへふらふら、興味のあるものへ優先的に突撃していく美以たちだが、こういうときはきちんということを聞くようだ。

 

「うにゃにゃー・・・」

 

「あー! 大王しゃま、ずるいのにゃ!」

 

そんな声とともに、ミケトラシャムも俺に突撃してきた。

 

「ばっ、三人はまず・・・がふっ」

 

「お、お猫様が・・・うらやましいですっ」

 

「・・・助けろよ、まず」

 

俺の傍で目をキラキラさせるだけの明命に突っ込みをいれる。

 

「・・・ほら、ミケ、トラ、シャム。隣のお姉さんの膝もあいてるぞー」

 

「にゃー?」

 

「にょー?」

 

「にゃぁ・・・」

 

俺の言葉に、ちらり、と明命に目をやるミケトラシャム。

期待に目を輝かせた明命が自身の膝をぽんぽんと叩く。

 

「・・・こっちのほうがいいのにゃ」

 

「みんめーは、小さいのにゃ」

 

「にい様のほうがいいのにゃ」

 

「が、がーん・・・」

 

「・・・おいおい」

 

三人に容赦ないことを言われ、明命がショックを受けている。

・・・というか、口でがーん、っていう人初めて見たよ。

 

「仕方ないなぁ。ほら」

 

よいしょ、とトラの脇に手をいれ、持ち上げる。

 

「にゃにゃ!?」

 

「ほら、明命」

 

「わ、わわっ、お猫様ですっ!」

 

「にゃー・・・そっちが良かったのにゃあ・・・」

 

「どっちみち、俺一人に四人は不可能だから。ほら、ミケも」

 

「にょー・・・」

 

脇に手を入れて、ミケを持ち上げる。

何をされるか分かっているからか、諦めたような残念なような声が聞こえる。

 

「お猫様がお二人ですっ」

 

「しばらくしたら交代な」

 

「・・・それなら仕方ないのにゃ」

 

「みんめー、いっぱいなでなでするにょ」

 

「はいっ! もちろんです!」

 

「じゃあ、こっちは兄になでてもらうにゃ!」

 

「にい様、おなか、なでなでしてほしいにゃん」

 

俺の首に抱きつく美以と、俺の脚を枕に、ごろん、と腹を見せて転がるシャム。

言われたとおりに美以の頭とシャムの腹を撫でる。

 

「ん~にゃぁ・・・きもちーのにゃぁ・・・」

 

「んみゃぁ・・・おなか、ぽかぽかにゃん」

 

「それは良かった」

 

どうやら満足しているようだ。

隣を見てみると、明命に撫でられて嬉しそうにするミケとトラ。

明命じゃやだと言っていた割には、楽しんでいるようである。

 

「あぅあぅ~・・・幸せです~・・・」

 

「みんめー、なかなかじょうずなのにゃ」

 

「ありがとうございますっ」

 

「みんめー、こっちもなでるにょ」

 

「もちろんですっ」

 

うんうん、お猫様が撫でられて明命も幸せ、撫でてもらってミケたちも幸せ、俺の負担が軽くなって俺も幸せ。完璧じゃないか。

 

「ほれほれー」

 

「んにゃぁ・・・にい様、くすぐったいにゃぁ」

 

シャムの腹をくすぐると、くねくねと体をよじる。

嫌そうな顔をしていないので、もう少し続けるとしよう。

 

「にゃははっ・・・く、くすぐったいにゃぁ・・・」

 

おお、シャムが笑うところなんて初めて見たかもしれないぞ。

いつもは眠そうな顔をしてるところしか見たことがないから、新鮮だ。

 

「よし、そろそろ美以とシャム、交代しようか」

 

「はいっ」

 

「えー、もう交代にゃー?」

 

「にい様にもっとおなかなでなでしてもらいたいにゃぁ・・・」

 

「大丈夫。明命もやってくれるから」

 

「みんめーはなかなかやるやつにょ」

 

「みんめーもいい感じにゃ!」

 

ミケとトラの言葉に、美以とシャムも説得されたようだ。

てこてことかわいらしい動きで明命の元へと向かった。

替わりに、ミケとトラが俺の元へ。

 

「あにしゃまー!」

 

「にぃにぃ、ただいまにゃ!」

 

「あー、うん、おかえりー」

 

両サイドから俺の体に頬を擦り付けるミケとトラ。

なんだ、マーキングされてるのか?

 

「すりすりー、なのにゃ!」

 

「にぃにぃの匂い、いいにおいだにょ!」

 

「おー、そっかー。毎日風呂入ってるからなー」

 

「風呂なのにゃ?」

 

「そう。風呂。今度桃香辺りに言っておくから、入ってみるといいよ」

 

「ん~・・・ミケは、あにしゃまと一緒に入りたいのにゃ!」

 

「あー、そうだなぁ、俺と一緒はまだ早いかなぁ」

 

「早いにょ?」

 

早いというかなんと言うか・・・。

いや、娘を風呂に入れる予行演習だと思えばいいのか?

・・・いやいやいや、駄目だろう。こんなナリでも、この四人は子供じゃないんだ。

こっちの常識がちょっと足らんだけなのだから、一緒に入浴はまずい。

そして、ミケたちと入浴なんてしたら絶対に何かある。

一人でミケたちの面倒を見ることは不可能なのだ。

 

「・・・やっぱり、桃香たちと入ってもらおうかな。それでお風呂の入り方が分かったら、俺と一緒に入ろうな」

 

ま、今はこういっておけば納得するだろう。

後はなんだかんだ言ってごまかしていけばいい。

そのうち一緒に入ると言っていたことも忘れるだろう。

 

「しかたないのにゃ。とーかと一緒にお風呂はいるのにゃ」

 

「その後はにぃにぃとなのにゃ」

 

「おう、分かった分かった」

 

そういえば、この娘たちに、こっちでの常識とか教えておかないとなぁ。

この前、「けんじょーひんにゃ!」と四人が持ってきたさまざまな食べ物が、店のものを狩りと称して強奪してきたものだと知ったときは驚いたものだ。

金を払うという常識すらなかったことに気づき、慌ててその辺は教育したが・・・まぁ、これからも根気強くやっていくしかないだろう。

朱里や雛里も協力してくれるらしいし、後で紫苑にも協力を要請しておこう。

 

・・・

 

「あぅあぅ~、ギルさん、ありがとうございました!」

 

「気にするなよ。俺も、四人のうち二人を受け持ってくれて助かったんだから」

 

あの後、満足したらしい四人は連れてきた量産型たちとともにどこかへ消えていった。

・・・おそらく、南蛮にでも帰ったんじゃなかろうか。

まぁ、そんなこんなで今は明命と二人、日も暮れた城内を歩いている。

 

「それにしても、今日は嬉しいことが沢山あってよかったです!」

 

「そうか? なら、また今度美以たちが遊びに来たときは明命にも声をかけるよ」

 

「は、はいっ」

 

「いい返事だ」

 

ぽんぽんと明命の頭を軽く撫でる。

さて、この後はどうするかな。

・・・そうだ、明命をつれて晩飯でも食べに行くかな。

そう思いつき、頭に手を載せたままの明命に視線を戻す。

 

「なぁみんめ・・・い?」

 

「あぅあぅあぅあぅ・・・」

 

すると、なにやらあぅあぅとつぶやきつつふらふらしている明命が視界に入った。

おいおいどうしたって言うんだ、この娘。

 

「大丈夫か、明命?」

 

「あぅあぅ・・・はっ!? あ、えと、だ、大丈夫です!」

 

「ならいいんだけど。そうそう、今日の晩飯、一緒に食べないか? もちろん、先約があったりするなら良いんだけど・・・」

 

「はぅあっ!? お、お食事ですか!?」

 

「ああ。どうかな?」

 

「え、えと、あぅ、ご、ごめんなさーい!」

 

そういうと、明命はだだっ、と走り去ってしまった。

台詞は気の抜けたものだったが、速度は流石隠密の将というべきか、かなりの速度だった。

敏捷高そうだなぁ、呉の隠密の人たち。

 

「・・・ま、一緒に食事するのが嫌だっていう感じの逃げ方じゃなかったし、良いか」

 

どっちかって言うと恥ずかしくて、という感じだろう。

明命と亞莎には大体あんな感じの対応をされるので、あんまり気にはしていない。

詠のツン子モードをなんでもない顔でスルーで切るようになった俺に、あんまり隙はない!

 

「仕方ない。一人寂しく食事とするとしようか」

 

・・・少しだけ寂しいので、今日の晩御飯は豪勢に行こうかな。

えーっと、あっちに確か、結構良いもの出す店があったはず。

ふふふ、こういうときにカリスマやら黄金率は使うものなのさ!

べ、別にショックを受けたから美味しいもの食べて癒されようとかそんなわけじゃないんだからねっ。

 

・・・

 

「ふぅ、満足だ」

 

高級料理店で食事したのだが、何を隠そうこの店のオーナーは俺なのだ。

俺を・・・最終的には華琳すら満足させるための料理を、金に糸目をつけずに作らせている。

そのおかげか、それなりに金を持っていないとこれない店になってしまったが。

 

「・・・さて、腹も膨れたし、何しようかな」

 

夜にはキャスター先生の魔術講座が待っているが、それまでは暇だ。

・・・帰って仮眠でもとるか? いやいや、別に夜起きてまで何か用事があるわけでもないし・・・。

 

「あれ、俺ってもしかして、一人のときの暇つぶしがない人間なのか・・・」

 

そういえば、こっちでの暇つぶしは月たちと一緒に過ごすか仕事してるかだったからなぁ。

一人で時間をつぶしたことがあんまりないような気がする。

たまに一人の時間があっても、すぐに何かに巻き込まれてたし。

 

「何か、趣味を見つけるか」

 

とりあえず、実用的な趣味だといいな。

例としてあげるなら、家庭菜園とか、裁縫とか。役に立つものだ。

今の俺に役に立つものといえば・・・なんだろう。

 

「後で宝物庫の中を覗いてみるか」

 

いろいろなものの原典やらそれらの派生作品やらが入っている宝物庫なら、何かいいものが入っているかもしれない。

 

「部屋に戻って、早速捜索だな」

 

そう決意して、自室へと帰った。

部屋に戻ってからは、魔術書を探して取り出してみる。

これからキャスターに魔術を習うわけだし、それに魔術でいろいろなものが作れるだろうと思ってのことだ。

 

「お、魔術書」

 

さまざまな魔術が記述してある魔術書がぽんぽん出てくる。

おーおー、これはすごい。後でキャスターの下へ持って行ってみよう。

 

・・・

 

「・・・おいおい、これまさか、全部ギルの宝物庫の中に?」

 

「ああ。どうだ? 何か良さげなのあるか?」

 

「良さげもなにも、全部魔術書としては完璧なレベルだよ。こっちは治癒系統の魔術書、こっちは錬金術・・・おや、こっちには水魔を召還し続ける魔道書まであるじゃないか!」

 

「へぇ・・・」

 

そこまでの物とは・・・いや、正直思ってた。

だって宝物庫だもの。しかも、神様が若干いじくった疑いのある。

最近宝物庫の中には何でもあるんじゃないかと思い始めたところだ。

 

「・・・とりあえず、私でも教えられそうな錬金術からいってみようか」

 

「おーす。先生、よろしくお願いします」

 

「それじゃあ・・・お、良いのがそろってるじゃないかこの魔術書」

 

こうして、パラケルスス先生の魔術講座が始まったのだった。

内容は錬金術から始まり、なぜか黒魔術を経由して治癒の魔術へと至った。

治癒の魔術の内容は、医術と合わさった方法なんかを学んだが、キャスターの怪我の治し方は賢者の石を使ったごり押しらしい。

怪我を治すという指向性を持たせた賢者の石を発動させ、怪我を治していく。

病気の場合も同様らしい。病気を治すという指向性を持たせた賢者の石を患者に飲ませ、体内で発動。

そのとき、患部の特定などで医療の知識を使うらしいが、正直魔力さえあればなんとかなる方法だとキャスター本人が言っていた。

 

「さて、この水魔を召還し続ける魔道書をちょっと使ってみたい気分ではあるが・・・なんだか洒落にならない気がするので今日のところは辞めておこうと思う」

 

たぶんそれが正解だと思います、先生。

というか、水魔を召還し続ける魔道書って・・・螺湮城(プレラーティーズ)教本(・スペルブック)じゃないか?

あぶねえな。暴走したらエアが必要になるレベルだぞそれ。

あれ、でも召還した奴がきちんと制御してれば問題ないのか。

 

「さて、今日の授業はこのくらいにしておくかな」

 

「ありがとうございました。・・・ふぅ、授業なんて久しく受けてなかったから、なんだか疲れたなぁ」

 

「はっはっは、君や北郷にとっては、懐かしいものではないか?」

 

「懐かしいっちゃ懐かしいけど・・・はぁ、仕事のほうが精神的には楽だ」

 

この魔術講座だって理解できてないわけじゃない。

ハイスペックなこの頭脳のおかげで、きちんと理解している。

たぶん、ちょっと魔術を使ってみろといわれたら使えるぐらいにはなっているだろう。

だけどまぁ、現代に生きていた身としては、「授業」というもの自体に何かしらの精神的圧力を感じるように出来ているのだろう。

 

「・・・今日は部屋に戻ってゆっくり休むとするよ」

 

朝からちょっとどたばたしてたしな。

 

「・・・いやぁ、部屋に戻ってもゆっくり休めるかどうか」

 

「は? なにを・・・って、まさか」

 

「そのまさかっぽいね。今マスターから念話でいつまで授業やってるのかとお叱りが来てるから。今はギルの部屋で待機中らしい」

 

「・・・一人?」

 

「・・・侍女組大集合スペシャル、らしい」

 

「ぐ、ぐおおお・・・」

 

神様! 俺何かしましたかね!?

いや嬉しいよ? 嬉しいけどさぁ・・・ぐぅ、いや、みんなの好意を受け入れてきた結果だというなら自業自得だろう。

 

「そうだ・・・世界のすべてを背負った英雄王の力を持つ俺が、女の子の気持ちも背負えなくて英雄王を語れるか!」

 

「おお、よく言った!」

 

「ふふふはははは・・・! 少しくらい寝なくても問題はないさ・・・!」

 

翌朝、元気に仕事をする侍女組と、何かを呻きながら手だけは猛スピードで仕事をする英雄王がいたそうだ。

 

・・・

 

「ぐぅ・・・大分辛い・・・」

 

月たちの相手をした後、そのまま眠らずに政務室で仕事をしていた俺は、昼休みに少しでも寝ておこうとしていたところを恋とねねに襲撃され、昼寝も出来ずに午後の訓練へと向かうことになった。

 

「た、隊長? 大分目が怖いんですけど・・・大丈夫ですか?」

 

いつもは俺を馬鹿にしたような言動しかしない副長ですら心配してくる始末である。

今の俺はかなり心配されるような体調らしい。

 

「大丈夫だ・・・こんなんでも、副長くらいなら軽く葬れる」

 

「葬れる!? 葬る気でいるんですかたいちょー!」

 

「ははは、冗談に決まってるじゃないか」

 

「目! 目が笑ってません! い、いやー! この隊長怖いです! 遊撃隊の皆さん助けて! この人いつもの数百倍怖いで・・・って、誰もいない!? 逃げましたね・・・って、こっちこないで・・・っきゃー!」

 

・・・おっとっと、気を失っていたようだ。

ええと、遊撃隊の訓練をしに来たところまでは覚えているんだが・・・あれ? 何で副長が目の前で体育座りしているんだろうか。

 

「う、ぐすっ、隊長がいじめる・・・」

 

「おい、どうした副長。何で泣いてる」

 

「うぇぇ・・・たいちょー、元に戻ったんですね・・・」

 

怖かったよぉ、と泣きじゃくる副長に、何があったのかを聞き出してみた。

どうやら、俺は半分寝ながら副長をボコボコにしたらしい。

両手に宝具をもち、ありえないぐらい的確に隙を突いて来たとのこと。しかも高笑いしながら。

それは確かに怖い。良く生き延びれたものだ。

そう言ってみると、どうやら俺は寝ぼけていても「訓練」ということを忘れてはいなかったようで、きちんと峰で攻撃していたようだ。それでも十分痛いだろうけど。

しかも、滅茶苦茶上機嫌に改善点を教えてくれるという意味の分からない状態に陥っていて、それが恐怖を何倍にも高めていた、と。

 

「ええと・・・ごめんな、副長」

 

「・・・うぅ、傷とか残ってたら責任とってくださいね」

 

「ああ、その点は大丈夫だ。霊薬でも何でも使って、怪我は残らないようにするから」

 

「・・・そういうことじゃないんですけど、まぁいいです。よいしょ」

 

最後に目をごしごしと拭ってから、副長は立ち上がった。

ぱんぱんと服に付いた土を払い、剣と盾を拾って背中へと収納。

 

「とりあえず、お昼ご飯、奢ってくださいね」

 

「はいはい、了解だ」

 

・・・

 

「おーいしー! もっと持ってきてー!」

 

「もむもむ・・・こちらも中々美味しいですよ、天和さん」

 

「ちぃにもちょーだーい!」

 

「はいはい、沢山あるんだから取り合わないの」

 

「・・・沢山あるって・・・誰のおかげだと・・・いやまぁ、いいんだけど」

 

昼を奢るのは副長だけのはずだったのだが、いつの間にか天和たちにも食事を奢ることになっていた。

何でも、ずっと仕事を天和たち任せにしたお詫びらしい。

ちょっと忙しいから人和に任せていただけだったのだが、予想以上に天和たちの人気が上がっていたらしい。

相当な仕事が入ったらしく、しばらくは遊べなかったんだよー! と理不尽に怒られたのは先ほどの話だ。

若干納得はいかないが、最近構っていなかったのも事実。

ここはおとなしく奢っておくべきかと諦め、こうして好きに食べさせている。

まぁ、ほとんどの将と同じく、美味しいものを食べることがモチベーションの維持に役立つようなので、投資だと思えば良い。

 

「ほら、ギル。あーんっ」

 

「・・・あーん」

 

まぁ、天和たちに懐かれ、こういうことをされるというのは、中々に嬉しいものである。

アイドルにあーんされるなど、そのアイドルのファンにとっては血涙ものだろう。

というか、姉妹(しすたぁず)のファンに背後から刺されかねないぞ、この状況。

天和、地和、人和の三人は言わずもがなアイドルで美少女だし、副長だって口を開かなければ美少女だ。

副長にも隠れファンクラブのようなものが存在しているようだし、今の俺は相当な数の人間から恨まれても仕方がない状況にいるのだろう。

 

「明日天和さんたちのファンに言っておきますね。隊長が天和さんにあーんされて喜んでたって」

 

「副長、お前、何の恨みがあって・・・」

 

「ふっふっふ、今日のこと、未だ許してはいないのです!」

 

「・・・仕方がない、口封じしておくか」

 

「え!? そんな「ちょっと出かけてくるか」くらいの軽さで殺人予告されてもっ!?」

 

「痛いのは一瞬だけだから。な?」

 

「ちょっと! 宝具出さないでくださいよ! 「な?」じゃないですよ!」

 

やめてくださいよー、とかなり必死に俺を止めようとする副長。

仕方ないなぁ、と宝具をしまう。

ほっと安堵のため息をついた副長に、あまり調子に乗るんじゃない、と軽めにデコピン。

 

「うぅー」

 

「昼飯奢ってやってるんだから、それで満足しておけって」

 

「そうしておきます。・・・隊長、意外と鬼畜さんなんですね・・・」

 

こんな騒ぎのすぐ傍にいながら、姉妹(しすたぁず)の三人は食事に夢中みたいだ。

・・・凄いな、この娘たち。アイドルをやるならば、こんなことくらいで騒いでいられないということか。

口に蓮華を咥えてぶつぶつとつぶやく副長を撫でて慰めつつ、シュウマイに手を伸ばす。

 

「お、やっぱ旨いな、ここのシュウマイ」

 

「・・・隊長、慰め方が雑じゃありません?」

 

「慰めてるだけマシじゃないか?」

 

「じ、自分で言いますか・・・」

 

「ほら、いつまでも不貞腐れてないで、食べろって」

 

「む・・・なんだかごまかされた様な気がしますが・・・まぁいいです」

 

そういって、天和たちに負けないよう、再び料理に手を伸ばし始める副長。

ふむ・・・しかし、天和たちのプロデュース、本腰を入れていかなきゃいけないかなぁ。

 

・・・




「ふんふんふーん」「・・・副長って、隊長にボコボコにされればされるほど機嫌よくなるよな」「・・・そういう趣味なんだろ。愛の形にはいろいろあるんだろうさ」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十四話 副長勇者計画実行のために

「あれは作らなくていいのか?」「ん? なんか作ってないのあったっけ?」「タライとホース」「・・・それ作るの、神様に頼まないと無理かなぁ・・・」


それでは、どうぞ。


ある日の朝。

午前中の訓練が行われているはずの中庭を貸し切り、俺と恋が仕合をしていた。

 

一撃(けん、あわせる)無追(ことかなわず)

 

「エア!」

 

長剣形態の軍神五兵(ゴッドフォース)と乖離剣がぶつかり合い、火花を散らした。

すぐに二つは離れ、再び打ち合わされる。

 

「まだ、いく・・・!」

 

「こいっ!」

 

激しい音を立てながら、二つは何度もぶつかり合う。

右からエアが襲い掛かれば、長剣がそれを打ち落とす。

その反撃とばかりに長剣が上から振り下ろされると、エアがそれを受け止める。

 

「く、う・・・! まだまだぁ・・・!」

 

長剣を横に逸らしながら、俺はエアを振るう。

 

二刀(これ、ふれる)神速(ことあたわず)

 

恋は慌てることなく双剣形態に変化させると、片方の剣でエアを逸らし、残った剣で俺の胴を薙いでくる。

一歩踏み出し、剣速が最大になる前に鎧で受ける。

一瞬恋が驚いた顔をするが、すぐに表情を戻し、膝蹴りを放ってくる。

それを左手で受け止め、足ごと体を持ち上げる。

 

「っ!」

 

「ちっ!」

 

だが、完全に持ち上がる前に恋がもう片方の足で俺の胸元に蹴りを入れて離脱する。

蹴りを入れた勢いを利用し、空中で後方にくるりと回りながら後ろに下がった恋は、猫を思わせるしなやかさで地面に着地した。

そのまま流れるような動作で双剣の形態を弓の形態へと変化させ、俺がエアを防御するために構えると同時に矢を発射した。

 

必中無弓(ゆみ、きそうかちなし)

 

「くうっ!」

 

これがヒットしてしまえば、一手隙が出来る。

どんなに短い時間であろうと、恋という強敵を相手に隙を見せるのは致命的だ。

落ち着いて、しかし動作は速く。確実に矢を弾かねばならない。

 

「セイッ!」

 

がぁん、と鈍い音を立ててエアが矢を弾いた。

鈍い振動が腕に響くが、無視できる程度だ。

それよりも、この隙を逃すわけには行かない。

必中無弓(ゆみ、きそうかちなし)は確かに速度も威力も申し分ない形態だ。

だが、それゆえに隙もある。

矢を放った一瞬。どんな行動をとるにしても一瞬体が硬直する。

恋の化け物じみた身体能力を持つならば無視していいほどの硬直だが、このレベルになると無視できないものとなってくる。

迷うことなく俺は地面を蹴る。おそらく土が足の形に抉れているだろうが、そんなものを気にしている暇は無い。

 

「っ・・・!」

 

「・・・絶武(ほこ、まじえるに)・・・」

 

「遅いっ!」

 

恋は形態を変えようとするが、一瞬俺のエアのほうが早かった。

弓のままエアを受け止める恋。

 

「く、はや・・・い・・・!」

 

「俺だって、成長するのさ!」

 

最近は特にな!

セイバーとの特訓では、まず三人を捌く敏捷が必要になるからな。

細かい隙だって、目敏く見つけないといけないし、いろいろと大変なのだ。

 

「でも、恋も・・・強い」

 

全身を使ってエアを押し返した恋は、エアと弓の隙間を縫って掌底を放ってくる。

エアの回転に巻き込まれ、恋の腕が削れて血飛沫が飛ぶ。

すぐに赤兎無尽(せきと、いまだしなず)で回復したものの、まさか回転しているエアをかするように放ってくるとは思ってもいなかったので、驚きでその掌底を避けてしまった。

神秘も何もない攻撃なので額ででも受ければよかったのだろうが、気が動転しているときというのは思わぬ行動を取ってしまうものだ。

 

絶武(ほこ、まじえ)無双(るにあたわず)

 

「ちっ」

 

俺が掌底を避けたとき、すばやく俺から距離を取った恋は、矛の形態に変化させてから再びこちらへ踏み込んでくる。

空気を切り裂きながら頭に迫る横薙ぎの斬撃を、体を反らして避ける。

俺の眼前を刃が通り過ぎ、髪の毛を数本切っていく。

もちろん避けるだけではない。体を反らしながら、エアを上へと斬りあげる。

 

「っ」

 

恋から漏れる、短い吐息。

まさか、という驚きが混ざっているように思える。

 

「んっ・・・!」

 

横薙ぎに振った矛の持ち手を器用に手繰り寄せ、エアの一撃を防いだようだ。

だが、無理な体勢で受け止めたらしく、恋は少し苦しそうな声をあげた。

 

「まだまだっ!」

 

俺は右手に力を入れながら、体勢を戻す。

眉を若干八の字に曲げながらも鋭い瞳を崩さない恋と一瞬だけ目が合う。

この機を逃すほど俺もバカじゃない。

一気に畳み掛ける!

 

「ふっ、はっ、せい!」

 

突き、横薙ぎ、振り下ろし。

そのすべてを恋は矛で受け止め、受け流し、相殺する。

 

金剛(たて、くだけ)盾腕(ることなかれ)・・・!」

 

まだラッシュが続くと判断したのか、恋は俺の攻撃と攻撃の合間に軍神五兵(ゴッドフォース)を盾の形態へと変化させた。

矛を振り回すより小回りが利いて、更に耐久ステータスが上昇する盾の形態のほうが良いと判断したのだろう。

 

「しっ・・・!」

 

鋭い声。

槍のように放たれた拳が振るわれたエアを弾く。

おおよそ拳が放つことは無い音を立ててエアの一撃を防ぐと、形成を逆転しようと二撃目が飛んでくる。

だが、俺もここでわざわざ攻め手を譲ることはしない。

エアを振るう。何度も、何度も。

型なんて無い。きちんと剣の道を修めた人間から見れば、滅茶苦茶と評されても仕方の無いものではあるが、それが俺には向いている剣なのだ。

俺の体は剣士(セイバー)ではない。槍使い(ランサー)でも、騎兵(ライダー)でもない、弓使い(アーチャー)であり、王だ。

故に剣の正しい型やら振るい方なんて知らない。知ったところで、今更直す気もない。

一歩踏み出したら体がぶつかるほどの至近距離で、乖離剣と拳がぶつかり合う。

 

「ギル・・・楽しい・・・恋、楽しい・・・!」

 

「はっ。流石恋だな。俺は一本取るために必死だって言うのに!」

 

珍しく歯が見えるほどに笑った恋に苦笑いを返しながら、そう叫ぶ。

その間も、もちろんお互いに手を休めはしない。

サーヴァントであり、人間を超えている俺に良くここまで食いついてくると思うが、おそらく赤兎無尽(せきと、いまだしなず)で自動回復および身体強化されているためにそんな無茶が可能なのだろう。

常人なら、怪我か痛みですでに膝を折っている頃だ。おそらく恋の脳内ではアドレナリンがドバドバ出ているに違いない。

――ああ、それなら笑っている理由にも納得がいく。

 

「っ!」

 

一瞬。

恋の膝が、かくんと落ちた。

俺たちが好き勝手に踏み、抉ったために生まれた土の段差に足を取られたのだろう。

数ミリにも満たない体勢の変化が、拳の威力と方向をゆがめる。

その拳をエアではじくと、恋の体勢がよろりと崩れた。

 

「はあぁぁぁぁっ!」

 

その隙を逃すわけが無い。

叫びながら、エアを振り下ろす。

 

「ぐ、う・・・あぁぁぁっ・・・!」

 

それに応じるように、体勢を崩しながらもアッパーが放たれ、エアとぶつかる。

そういえば、恋が叫ぶところなんて初めてだな、なんて妙な感慨が頭の隅に浮かぶ。

いくつもの音が混ざったような、ガンともゴンともギンとも聞こえるような音を立て、恋の拳が打ち負ける。

 

「とったっ!」

 

そのまま返す刀で恋の首元へとエアが吸い込まれていき・・・。

 

「・・・まいった。恋の、負け」

 

寸前で、ぴたりと止められていた。

・・・勝った、とは言い辛いかな。

なぜなら、俺の腹の前にも、恋の拳が迫っているからだ。

あの時、恋はアッパーを放った拳がエアにぶつかったと同時に打ち負けることを悟ったらしく、もう片方の手を俺の腹へと放っていた。

今更迎撃は間に合わない、と防ぐより攻撃にエアを振ったのだが、それがこうして先に相手にたどり着いただけのこと。

 

「ふぅ・・・相打ちってところかな」

 

「・・・そんなことない。ギルのほうが勝ってた」

 

「はは、恋があそこで躓いてなければ、俺が負けてたと思うよ」

 

「・・・ん、あれは、びっくり」

 

こくり、と頷きながら恋は足元の土を蹴る。

その後均すように靴底を動かしているのを見るに、少し気にしているらしい。

 

「だから、引き分けってことで」

 

「・・・んーん。それでも、ギルの勝ち。・・・戦場では、何が起こってもおかしくないから」

 

「強情だなぁ」

 

「ギル、も。・・・普通は、勝った事を喜ぶ」

 

まぁ、そういわれればそうなんだけど。

殺す気ではなかったが、宝具を装備して本気だった恋にエアを使用したとはいえ勝利したのだ。

普通なら誇ってもいいことだろう。

つい忘れそうになるが、恋はかの呂布奉先。三国志最強といわれている呂布が宝具である軍神五兵(ゴッドフォース)を持っているのだ。

鬼に金棒ってレベルじゃない。

 

「・・・まぁ、今日は勝った事よりも・・・」

 

「・・・?」

 

「恋が叫んでるのを聞けただけ、よしとしようかな」

 

「・・・! あれは・・・忘れる」

 

ぎゅう、と俺の腰についているマントを引っ張り、上目遣いにこちらを見上げてくる恋。

・・・いや、可愛い。可愛いけど、あれを忘れるのはちょっと難しいかもしれない。

 

「ギル、忘れないと・・・」

 

そこまでいうと、くぅ、と恋の腹の音が聞こえてきた。

勝負の前に腹いっぱい食べたはずなんだが、もう消費したというのか・・・!

まぁ、それであれだけ動けるなら、燃費がいいのかもしれないな。

 

「昼飯、食べに行こうか」

 

朝食を取り、少しの休憩のあと今までぶっ続けで戦ってきたのだ。

少し早い昼食だと思えばいいだろう。

 

「・・・ん」

 

素直に首肯を返す恋の頭を撫でながら、町へと向かう。

歩きながら鎧からライダージャケットへの着替えを済ませ、隣を歩く恋に今日は何を食べるか聞いてみる。

まぁ、沢山食べられれば特にこだわりは無いだろうけど、店を選ぶときに参考になるかなと思ってのことだ。

予想通り何でも良いと返され、さてどこが一番沢山食べられるか考えつつ、町を歩く。

 

「・・・」

 

くい、と少しだけ服を引っ張られる感触。

何度もされていて覚えてしまったこの感覚は、恋が裾を握っているものだろう。

ちらりと引かれている裾へと目を移してみると、そこには考えていたとおり、恋の手が。

 

「・・・掴んでて、良い?」

 

「構わないぞ」

 

いつものように服の裾を握ってくる恋が珍しく戸惑いつつそう聞いてきたので俺も内心戸惑いつつ許可を出す。

ううむ、恋なら許可なんて要らないし普段は許可なんか取らずに掴んでくるのだが、何か心境の変化でもあったのだろうか。

 

「・・・ギル」

 

「ん?」

 

「・・・なんでもない」

 

「はは、変な恋だな」

 

「・・・ん、恋、へんかも」

 

「?」

 

「なんでもない。早く、ごはん」

 

よほど腹が減っているのか、そう急かしてくる恋。

 

「分かってるって」

 

言葉を返しながら、人ごみの中を進んでいく。

午前中のこの時間帯は、町に人があふれる時間帯でもある。

それなりに移動には気を遣わなければならないだろう。

 

「・・・んっ」

 

そんなことを考えていると、唐突に恋が声を上げて俺に抱きつくようにぶつかってきた。

 

「おっと。大丈夫か、恋」

 

どうやら人にぶつかってしまったらしい。

三国志最強の将とはいえ、あの勝負の後では流石に疲労もたまっているのだろう。

腹が空いているというのもあるのかもしれないな。ぶつかられて踏ん張れずに倒れこんだのも理解できる。

 

「ほら、俺の腕で良いなら貸すからさ。つかまって良いぞ」

 

「・・・ありがと」

 

腕全体を抱きしめるようにくっつく恋。

・・・強さとか無口なこととかで忘れそうになるけど、恋って結構胸あるんだよな・・・。

こうして腕に当たる感触からすると・・・Dぐらいか?

煩悩全開でそんなことを考えながら、人ごみの中を歩く。

たまに人に押された恋がその胸を腕に押し付けたときの感触を楽しみつつ、目星の店まで歩いていった。

今日は恋と引き分けるぐらい頑張ったのだから、これくらいの役得はあってもいいだろう。

 

・・・

 

「・・・なぁ、もう城だけど・・・」

 

「?」

 

俺の言葉に、恋は首をかしげてこちらを見上げてくる。

 

「いや、もうつかまらなくて大丈夫じゃないかなぁって」

 

昼食を食べて城まで帰ってきたのだが、いまだに恋は俺の腕を抱きしめて放さない。

どうしたんだろうか。今日はいつにもまして甘えてきている気がする。

 

「何か、あったのか?」

 

「・・・ん」

 

どっちとも取れる返事をして、恋は俺から目を離す。

・・・どうやら、あまり言いたくない理由らしい。

なんだろうか。・・・もしかして、あの仕合でどこか怪我したとか?

確かに今日は恋にしては弱弱しい足取りだし、食事のときもずいぶんおとなしかった気がする。

おかわりも30回くらいしかしてないし・・・あれ? 大人しい・・・?

 

「・・・言いたくなったら、言ってくれよ。相談には乗るから」

 

「・・・ん。ありがと」

 

「どういたしまして。・・・ほら、もう恋の部屋までついたぞ」

 

「はやい・・・」

 

「早い・・・か?」

 

俺の言葉に、首肯を返す恋。

そうかなぁ。恋がくっついているから、いつもの倍以上の時間を掛けて慎重に歩いてきたんだけど。

 

「夜」

 

「ん?」

 

「夜、何してる?」

 

「何って・・・寝てるかな」

 

「そう」

 

それだけつぶやいて、恋は部屋の中へと帰っていった。

・・・?

 

「なんだったんだろうか」

 

「ちーんきゅぅ~」

 

「はっ、この声は・・・!」

 

声の聞こえてきた方向に振り返ると、すでに飛び上がり体勢を整えているねねが見えた。

 

「きぃぃぃっく!」

 

「フィッシュ!」

 

「うなぁう!」

 

跳び蹴りを放ってくるねねの足を掴み、こうして逆さづりにするのも、慣れたものだ。

出来ればあんまり慣れたくは無いけどな・・・。

 

「離すのですー!」

 

「はいはい」

 

よいしょ、とねねの上下を元に戻して地面へとおろす。

 

「で、今日は何のようだ?」

 

「何のようだ? じゃないのです! 恋殿の部屋の前で、何をしてるのですかっ! ま、まさか・・・!」

 

「何してるって・・・ああ、違うよ。今恋を送ったところでな。もう部屋に帰ろうとしてたんだ」

 

「・・・ま、紛らわしいのです!」

 

「・・・ねねって可愛いよなぁ」

 

「い、いきなりなんなのですかっ! な、撫でるななのです!」

 

何が可愛いって自分が勘違いしてることに気づいて頬を真っ赤に染めたりするのが可愛いよな。

この小動物的な可愛さがねねの魅力だよなぁ・・・。

 

「うぅ~・・・」

 

「さて、それじゃあ俺は帰るよ。ねねも、仕事があるなら早く戻るんだぞ」

 

「分かってるのです!」

 

ふん! とそっぽを向いて、そのまま外套を翻して走り去っていくねね。

・・・さて、俺も午後の仕事に行かないとなぁ・・・。

 

・・・

 

「・・・ねえ、壱与を何とかしてくれない?」

 

「それより先に、お前が散らかした書類を何とかしてもらおうか。話はそれからだ」

 

「う・・・。わ、分かったわよ。わらわが拾えばいいんでしょ、拾えば」

 

「ほう? 文句がありそうな口ぶりだなぁ・・・?」

 

「喜んで拾わせていただきますっ!」

 

「よろしい」

 

仕事中の机に転移してきた卑弥呼が再びその衝撃で書類を散らしやがったので、お仕置きついでに書類を拾わせる。

流石に俺も、ここまで仕事の邪魔をされてキレないような聖人君子ではないのだ。

 

「拾ったわよ・・・」

 

「そこにおいといて。で、何だって?」

 

反省しているようだし、これくらいにしておくか。

安心させるように頭を撫でつつ話を聞きだすと、どうやら壱与が大分ハッスルしているらしい。

 

「以前壱与を連れて帰った後、酷かったのよ。わらわに四六時中付きまとって、次はいつ行くんですか、次はいつですか、って・・・あれ、頭おかしくなるんじゃないかと思ったわ」

 

「相当懐かれたみたいだな・・・」

 

「懐かれた、なんて言葉じゃ生ぬるいわ。あんたのことをずいぶんと愛してるみたいよ? わらわ、あの子が書いた家族計画読まされたもの。ギルとの」

 

一目ぼれにしては愛が重くないですか!?

というか、やっぱりあの娘って・・・

 

「す、ストーカー・・・!」

 

「あの子、ギルとの間に五人の子供を授かる気でいるわよ」

 

「部屋の結界強化しておこうかな・・・」

 

本格的に貞操の危機である。

進入してきたことを感知する結界を部屋に張ってあるのだが、それの強化が必要かな、と思ってつぶやいたのだが・・・

 

「無駄よ。あの子、わらわより魔術の才能あるって言ったじゃない。結界なんてなかったかのようにするっと抜けるわよ」

 

「なんて娘を弟子入りさせたんだ・・・」

 

「それは、わらわも反省しているわ・・・」

 

はぁ、と二人してため息をつく。

まさかそこまで想われているとは・・・。

 

「仕方ない、これ以上酷い行動に出る前に、話し合う必要があるな」

 

「・・・ほ、本気で言ってるの?」

 

あの傍若無人を体現したような魔法使いである卑弥呼が戦慄するほどのことを俺は言ってしまったようだ・・・。

ちょっとまて、それマジでやばいんじゃ・・・。

 

「ギルが思ってる数十倍はまずいことになっているわよ?」

 

「・・・いや、それでも一応話はしておこうかな。・・・その様子だと、俺に会うためだけに第二魔法を完成させかねない・・・」

 

「いや、まぁ、もう九割は体得してるんだけどね・・・」

 

「ほぼ完璧じゃないか!」

 

「そんなに褒められると、照れてしまいますね・・・」

 

俺が叫ぶのと同時に、背後から声と魔力反応が。

いやな予感がする・・・振り向きたくない感じのいやな予感が・・・!

 

「・・・ひ、卑弥呼、俺、急に外を走ってきたくなっちゃったなぁ」

 

「ぐ、偶然ね。わらわもちょっと運動しようかなって思ってたところよ」

 

「それなら私も一緒にお願いしますっ」

 

「おわっ!」

 

いきなり背後から抱擁される。

間違いない。この声、妙な行動力・・・壱与だ!

 

「えへへー、ギル様に会うために第二魔法頑張って勉強して、会得してきました!」

 

「ちょ・・・」

 

「何でここにこれたかというと、卑弥呼様の痕跡を辿ってきたからですっ」

 

卑弥呼が何かを聞く前に先回りして答える壱与。

・・・流石は予知に近い占いが出来るだけはある・・・魔法使いになって、更に強力になったんじゃなかろうか。

 

「・・・はぁ、ちょっと落ち着くか」

 

「そうね・・・もう壱与のことで驚くのはやめにしておくわ」

 

「? どうしたんですか、お二人とも・・・あっ、そ、そうだ・・・すみませんギル様、お背中に乗ったりして・・・!」

 

壱与は俺の背中から飛び降りると、すばやく俺の前に回って膝をついた。

完璧な臣下の礼である。なんつーことだ・・・。

 

「いきなりお背中に飛び乗ったりして申し訳ありません! お久しぶりに会えて、嬉しくなっちゃってつい・・・申し訳ありません!」

 

「いや、いいよ。そこまで怒ることじゃないし」

 

書類をばらけさせないだけ卑弥呼よりはましだ。

 

「で? 第二魔法完成させたんだって?」

 

「はいっ! 卑弥呼様がいなかったので、ご報告が遅れました!」

 

「それは良いんだけどね・・・後数年かかると思ってたのに・・・」

 

規格外ね・・・と呆れたように呟く卑弥呼。

その言葉には同意せざるを得ない・・・。

 

「今日はその報告にきただけか?」

 

「いえ! せっかくですので、しばらくギル様の身の回りのお世話などをさせて頂ければと!」

 

「・・・悪いけど、間に合ってるよ」

 

掃除洗濯は侍女たちがやってくれるし、仕事の管理は朱里と雛里が受け持ってくれている。

魔法を使えるようだが、日常生活で魔法を使うような身の回りの世話ってないからなぁ・・・。

 

「えぅ・・・そ、そうですか・・・えぐっ、そうですよねっ。私みたいなのは、要りませんよね・・・」

 

「な、泣くなよ・・・ああもう、分かったから。今日一日、壱与に侍女として俺についてもらうから」

 

「えぐ、ほんと・・・ですか?」

 

「ほんとほんと。だから泣き止めって。ほら、これで涙拭いて」

 

懐にいつも入っているハンカチを壱与に渡すと、少し逡巡した後それで涙を拭いた。

 

「これ、洗って返しますね・・・」

 

「ん? あー、いいよ、洗わなくても」

 

汚れるためにあるようなものなんだから、涙程度でそこまでしてもらうこともないだろう。

涙を拭いた後のハンカチを返してもらおうと手を伸ばすと、壱与はハンカチを抱きしめるようにして俺の手から逃げた。

 

「い、いいえ! 洗ってから返します! それまではお、お借りしておきたいのですが・・・」

 

「・・・なんだかいやな予感がするから返してくれ」

 

「や、やっ!」

 

「やっ、って! 子供か!」

 

・・・はぁ・・・ハンカチの一枚くらい、良いか。

別になくなっても困るものじゃないし・・・。

 

「よし、じゃあ俺は仕事を再開するから、壱与も手伝ってくれるか」

 

身の回りの世話、というカテゴリには入っていないかもしれないが、仕事の補佐くらいは出来るだろう。

邪馬台国女王である卑弥呼の下にいたのだし。

 

「もちろんですっ!」

 

「ん、じゃあこっちの書類を項目別に分けて・・・」

 

「じゃ、わらわはお茶でもいれてくるわー」

 

「お、ありがと」

 

ばたん、と卑弥呼が部屋から出て行く。

卑弥呼の淹れた茶かー・・・初めて飲むかもなぁ・・・って!

 

「しまった、あいつ・・・逃げたな・・・」

 

茶を淹れるのを口実にして、この部屋からの逃亡を図りやがった・・・。

こりゃあしばらくは帰ってこないな・・・。

 

「んーと、これはこっちで・・・」

 

まぁ、仕事はまじめにする娘みたいだし、しばらくは心配ないかな。

卑弥呼と同じく、黙ってりゃ可愛いんだけど・・・。

 

「ぎ、ギル様・・・そんなに見つめられると・・・きゅんっ」

 

・・・うん、もう諦めるとしよう。

 

・・・

 

「はい、お茶」

 

ことん、と目の前に湯飲みが置かれる。

それを横目でちらりと見てみると、湯気が一切立っていない。

 

「ありがと。一時間もかけて淹れてきてくれたんだから、相当美味しいんだろうなぁ」

 

皮肉げに口角を歪めて卑弥呼に言うと、つい、と顔を逸らして一言。

 

「・・・逃げるが勝ちって奴よ」

 

「もういいや・・・」

 

仕事が終わった後。

壱与に書類の片づけをお願いしてあるのでこの部屋にはいない。

それを狙ってか、ようやく卑弥呼が茶を淹れて帰ってきたのだ。

 

「あー、温い・・・」

 

「まぁ、三十分は放置してたからね。当然じゃない?」

 

「おかしい。何かがおかしいぞ卑弥呼」

 

「それよりも・・・ね?」

 

「は? おい、そろそろ壱与も戻ってくる頃だぞ」

 

そっと俺にしなだれかかる卑弥呼をそういって抑える。

だが、卑弥呼に引く気はないらしい。徐々に力を増しながら俺に唇を近づけてくる。

 

「壱与が第二魔法覚えた以上、こうやって二人きりなのも減るかもしれないじゃない? だから、今のうちにわらわと・・・」

 

「・・・はぁ、仕方ないな」

 

効果があるかは分からないけど、執務室に魔術を掛けておこう。

接近を感知する結界と、扉が開かなくなる魔術と・・・後宝具をいくつか使って、扉を打ち付けておこう。

 

「これでちょっとはマシかな」

 

「そうね。・・・じゃ、はい、脱がせて?」

 

「緊張感のない・・・まぁ、いいか」

 

卑弥呼とするのも久しぶりだから、嬉しいのも事実だ。

ノリノリで服を脱がせながら、執務室の机に押し倒す。

 

「興奮してきた・・・服を脱げ」

 

「いや、今脱がしてるじゃないの。どうしたの、ギル?」

 

「・・・いや、平行世界から変な電波を受け取っただけだ。気にするな」

 

「そう?」

 

「ああ。・・・というか、いつも思うんだけどこれちょっと脱がしづらいな・・・」

 

「ん、ここをこうして・・・」

 

半分以上卑弥呼に脱いでもらったりするアクシデントもあったが、無事にすべて脱がせることが出来た。

その後はもちろん、お楽しみタイムでございます。

・・・ちなみに、俺と卑弥呼が一番盛り上がった瞬間に壱与が帰ってきたのは焦った。

扉をノックする壱与に、遠隔で天の鎖(エルキドゥ)を発射して縛っておいた。

嬉しそうに嬌声を上げていたのにはびっくりしたが、まぁ壱与だし、と納得しておいた。

 

・・・

 

卑弥呼も満足し、壱与も俺の身の回りの世話に満足して帰っていった後、俺は部屋にて寝台に倒れこんでいた。

そうかぁ・・・魔法使いが二人かぁ・・・凄いな邪馬台国・・・。

 

「ふぁ・・・にしても、今日は疲れた・・・」

 

そういえば最近は誰か彼かが傍にいたので、一人でこうして眠るのは久しぶりな気がする。

たまには、一人もいいかもしれないな。・・・ちょっとだけ、寂しい気もするけど。

そんな益体もないことを考えていると、だんだんと意識が落ちていく。

・・・そして、鳥の鳴き声と朝日で目を覚ます。

うお、凄いな・・・目を閉じたと思ったら朝だったとは。

体はかなり調子いいので、きちんと睡眠は取れていると思うが・・・なんだか、眠った気がしないというのも事実。

 

「二度寝するかなぁ・・・」

 

午後まで暇だし、朝早く起きてもすることないし・・・。

まどろみつつもう一度寝ようと布団を手繰り寄せると、なんだか違和感が。

 

「・・・?」

 

あれ、なんだか布団の中が暖かいというより・・・暑い?

それに、なんだか腰の辺りが重いような・・・。

 

「っ!」

 

誰かが布団の中に潜んでやがる!

一瞬で覚醒した意識で体を掌握し、高速で自分の布団を剥ぎ取る。

刺客ではないだろうが、知らないうちに布団の中に潜り込まれているというのはちょっと怖い。

 

「・・・おはよ」

 

「・・・恋?」

 

「ん」

 

「何して・・・あ、やめろって、ベルトに手をかけるな!」

 

「?」

 

なんで? という顔をして首をかしげる恋。

いやいや、むしろ何でいいと思ったのだろうか。

 

「ギルは、何もしなくて良い」

 

「いやいやいや、そういうことじゃなくて、何でこんなことをしてるかって・・・」

 

「・・・朱里の持ってる本で、勉強してきた。大丈夫」

 

だ、駄目だ・・・安心できる要素がない。

朱里の本ってあれだろ、艶本だろ。

しかも最近は朱里過激なやつしか集めてないし・・・。

 

「まず、舐める」

 

「ばっ、とりあえず手をはな・・・む、無駄に力強いな・・・!」

 

ぎぎぎ、と恋の腕には万力のような力が篭っていて俺のベルトから手を離さない。

こんなところで三国最強の力を振るわないで欲しいんだが。

 

「恋、ギルのこと大好き。・・・好きな人を気持ち良くさせると喜ばれるって本に書いてあった」

 

「本に書いてあることを鵜呑みにするのもどうかと思うよ俺は」

 

会話をしつつも、恋はベルトにかけた手の力を緩めないし、俺も恋の腕を引き離そうと必死だ。

何がここまで恋を突き動かすのか・・・!

 

「お、落ち着いて話し合おう! 何でこんなことをやらかしたかっていうのは・・・」

 

・・・ああ、それは本人が言ってたな。

俺のことが好きだから、って。・・・ううむ、つい口から出たって感じじゃないよなぁ。

 

「ん。ギルのこと、大好き。好きな人とは、こうするって月も言ってた・・・」

 

月・・・なんてことを教えてくれたんだ!

 

「分かった! 分かったからいったん手を離してくれ!」

 

俺がそういうと、しぶしぶといった様子で恋はベルトから手を離す。

ふぅ、と安堵の息を吐きつつ、警戒は怠らない。

いつ恋が手を伸ばしてくるか分からないからだ。

 

「・・・恋、少し手順を吹き飛ばしすぎだ」

 

「手順?」

 

「そう。まず、お互いが好き合ってることを確認してからじゃないと、こういうことはしちゃいけないんだぞ」

 

何で俺がこんな親のようなことをしなければならないのだ・・・。

 

「・・・ギル、恋のこと好き? 恋は、ギルのこと大好き」

 

「ん、そりゃ、俺も恋のことは好きだ」

 

そりゃあ、弱っている動物を見つけたら放っておけない優しいところとか、昨日みたいに可愛らしいところを見せられて好きじゃないとはいえない。

 

「じゃあ、良い」

 

「だから、ちょっと待てって」

 

ズボンに伸びる手を押さえる。

再び俺に向けてなんで? という視線を向けてくる恋。

 

「そんなに急がなくていいんだぞ、恋」

 

「・・・こんなこと初めてだから、急いでるとか分からない」

 

「あー・・・まぁ、まずは」

 

ゆっくりと恋を抱き寄せ、口付ける。

目を開けたままの恋に少し笑いそうになってしまうが、それを抑えて唇が触れるだけの口づけをする。

 

「こういうのから、はじめていくものだ」

 

「・・・ん。今の、どきどきした」

 

「そっか」

 

「もっと」

 

「はいはい、とりあえず、いけるところまでいってみるか」

 

恋が怖がったりやめて欲しいといったらやめればいいだけだ。

いきなり布団に潜り込んできたのはびっくりしたが、異性を好きになることがなかったからだと思えば可愛いものだ。

 

「ん・・・体が、熱い・・・」

 

恋を寝台に押し倒しながら口付けていると、恋がそんなことを呟く。

 

「恋、触るよ?」

 

どこ、とは言わない。

頷きを返してくれた恋を怖がらせないよう、ゆっくりと服を脱がせていった。

 

・・・

 

「・・・ちょっと、変な感じする」

 

恋と一つになったあと、午後の訓練のために中庭に来ているのだが、軍神五兵(ゴッドフォース)を携えた恋が体を動かしながら首をかしげる。

 

「・・・まだ、入ってるみたいなかんじ」

 

「大事を取って休んでおくか?」

 

「んーん。訓練を見るぐらいなら大丈夫。ギルとか愛紗とかと戦うのは少し難しい」

 

「そうか? ・・・まぁ、恋本人がそういうなら強要はしないけど・・・無理はするなよ?」

 

「ん。大丈夫」

 

「そっか。じゃあ、頑張って」

 

そういって恋の頭を撫でる。

嬉しそうに目を細めた後、恋は頷きを返し、自分の部隊へと向かっていった。

 

「さて、じゃあこっちも訓練開始かな」

 

といっても、副長がすでに遊撃隊の訓練を開始しているので、それを見ながら何をするかを決めていくかな。

あ、そうだ。遊撃隊に弓兵が増えたんだっけな。それの調練でもしておくか。

流石の副長も、弓は専門外だろうし。

・・・ふむ、緑の勇者シリーズで弓も作ってみるか。

 

「よーっし、いったん止めてくれー」

 

「あ、隊長。いらっしゃってたんですね」

 

隊員たちが整列する中、俺の隣にやってきた副長が聞いてくる。

 

「ああ。それで、新しく入った弓兵たちはどこだ?」

 

「えーっと、あっちの班ですね。弓兵とはいえ剣をまったく使わないってわけじゃないので、普通に剣を教えていましたが」

 

「それでいいと思うぞ。よし、弓兵たちはこれから俺と弓の訓練を行う! それ以外の隊員たちは、副長に訓練してもらってくれ」

 

「はっ!」

 

隊員たちが一糸乱れぬ返事をするのを確認して、号令を出す。

 

「それでは、はじめろ!」

 

「はっ!」

 

副長が至近距離で使う武器の訓練場へと兵士を連れて行くのを見送りながら、俺の前に集まった弓兵たちを見回す。

・・・うん、副長の訓練でそれなりに体は温まってるみたいだな。これなら準備運動もしてあるだろうし、すぐに訓練に入っても問題はないか。

 

「よし、各自訓練用の弓と矢は受け取っているな?」

 

「はっ!」

 

「じゃあ良い。練兵場に向かうぞ」

 

「はっ!」

 

何も言わずとも駆け足で向かっていく弓兵たち。

うんうん、中々良い練度じゃないか。

 

「全員弓の経験はあるんだよな?」

 

元々紫苑や桔梗の部隊にいた兵士たちなので、それなりに弓の練度はあると見ていいだろう。

俺の予想通り、ほとんどすべての兵士があると答えた。

まぁ、残りの経験なしの兵士たちは新入りなのだろう。見てみると、顔立ちも若いというより幼げだ。

 

「大戦が終わったとはいえ、俺たちが戦うことは多々あると思う。そんな時、味方を射掛けないよう、きちんと狙った場所に当てられるよう、訓練していこうと思う」

 

全員が元気良く返事する。

それじゃあ、と数十メートル離れた的へ向けて静止状態での射的訓練を始める。

俺が紫苑たちに教えてもらったことをこいつらにも教えればいいだけだ。

それに、プラスして俺の経験で分かったことなんかも伝えられれば良いかな。

 

「よし、今日中に静止状態での的中率が八割を超えるようにするぞー」

 

「応ッ!」

 

誰一人嫌がることなく目標に向けて訓練するのを見て、良い調子だと一人頷く。

これなら、一ヶ月以内に実践投入しても大丈夫なほどに仕上がるかもしれない。

 

・・・




「・・・もう三十分くらい経つわね。完全に湯気が立たなくなったわ」「・・・卑弥呼さん、厨房でそんなにぼうっとしてどうしたんですか?」「別にどうもしてないわ」「お茶にも手をつけてないようですけど・・・何か悩み事ですか?」「いや、これはギルのだから飲んでないだけだけど」「何でにーさまのところに持っていかないんですかっ!?」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十五話 呉の姫と訓練に

「こっちにくるまで訓練と言えば避難訓練ぐらいしかしなかったなぁ」「おかしも、だっけ?」「おはしもじゃね?」「・・・おかしだろ」「おはしだろ!」「・・・あ、あの、華琳さん? 何でギルさんと北郷さんはお菓子かお箸かでもめてるんですか・・・?」「さぁ・・・。天の国ではその二つが何か重要な意味を持つんじゃない?」


それでは、どうぞ。


「ふっ! せい!」

 

「ん?」

 

深夜から早朝に掛けてのキャスター先生の魔術教室のあと、使いすぎた頭を落ち着かせるために城内を散歩していると、偶然通りかかった中庭からなにやら気合の入った声が聞こえた。

掛け声とともにびゅん、と風を切る音が聞こえるので、きっと誰かが鍛錬でもしているのだろうとあたりをつける。

 

「ふむ・・・」

 

頭を使った後だし、眠気覚ましも兼ねて、少し体を動かしていくか。

今日はなんと月が昼食を作ってくれるということなので、出来るだけ腹を空かせておきたいというのもある。

アシスタントとして響が手伝うらしいというのを聞いて、少し不安ではあるが・・・月の手料理なんて途轍もなく久しぶりなので、楽しみだという感情のほうが上回っている。

以前食べたのは・・・確か、一ヶ月くらい前だったかなぁ・・・あいまいにしか思い出せないということは、けっこう久しぶりだということだろう。

 

「はっ! たぁ!」

 

「おっと」

 

危ない危ない。思い出を辿るのに夢中でこっちのことを忘れかけていた。

いつの間にか止まっていた足を動かし中庭へ向かうと、そこには蓮華がいた。

珍しく一人のようだ。いつも一緒に訓練している思春が見当たらない。

南海覇王を振るうたびに、蓮華の額から汗が飛ぶ。

汗の量は結構多く、蓮華が相当長くやっていることを表していた。

流石孫呉の姫一番の真面目娘だ。一人でも真面目に鍛錬に励むとは・・・。

・・・ん、また考え事に没頭していたな・・・そろそろ声を掛けるか。

 

「蓮華」

 

「はっ! ・・・ん? あ、ぎ、ギル?」

 

俺が声を掛けたのに気づくと、蓮華は手の甲で汗を拭いながらこちらへ近づいてくる。

息も若干荒く、頬が高潮しているので色っぽく見えてしまう。・・・おっとっと、いけないいけない。

邪な想像を頭から追い出してから、口を開く。

 

「お疲れ。すまんな、鍛錬の邪魔して」

 

「ううん、気にしないで。そろそろ休憩しようと思ってたところだから」

 

「そうか?」

 

ええ、と首肯を返す蓮華を見るに、嘘ではないようだ。

 

「じゃあ、ほら、水」

 

「あ・・・ありがとう」

 

俺が水の入った水筒を手渡すと、蓮華は一瞬呆けたような声を出した後、すぐに微笑を浮かべて水を受け取ってくれた。

結構な勢いで水を飲む蓮華を見るに、相当のどが渇いていたのだろうと思いながらタオルも渡す。

 

「ありがと。・・・そういえば、ギルはなぜここに?」

 

「ん、ああ。それはな」

 

声を掛けるまでの事情を説明すると、蓮華はそうなの、と頷く。

 

「で、一人でやってるみたいだから、俺も混ぜてもらおうと思って」

 

「ギルも?」

 

「ああ。俺も少し体を動かしたかったし」

 

「そうね・・・うん、いつもと違う相手と手合わせするって言うのも大切よね」

 

「もう少し休憩したら始めようか」

 

「ええ」

 

・・・

 

ふぅ、と息を吐いて、原罪(メロダック)を握る手に力をこめる。

うん、いい感じだ。

流石に恋以外では俺の筋力ステータスを受け止め切れないので、ランクは落としてある。

体にかかる重力が増したかのような感覚になりながら、目の前で構える蓮華に目を移す。

 

「・・・それじゃあ、行くわよ?」

 

「ああ、こっちはいつでも大丈夫だ」

 

「すぅ、はぁ、すぅ・・・はっ!」

 

幾度かの深呼吸の後、蓮華がこちらに向かって駆ける。

すでに体を動かしていたからか、その動きに淀みや硬さはない。

上段から振り下ろされた剣を原罪(メロダック)で受け流し、返す刀で蓮華の脇腹を狙う。

 

「っ!」

 

だが、蓮華はそれを予想していたかのように、刀身を下に向けて構えることによって防ぐ。

ならば、と原罪(メロダック)に力をこめていく。

それなりに抑えているとはいえサーヴァントの筋力だ。蓮華には辛いだろう。

 

「く、う・・・!」

 

必死に原罪(メロダック)に耐えようと力を込める蓮華。

そこで、俺はすっと力を抜く。

 

「えっ・・・?」

 

原罪(メロダック)に込めていた力がそのまま解放され、蓮華の体勢は横に大きく崩れる。

 

「ほら、こっちががら空きだ」

 

「しまっ・・・!」

 

体勢を崩しながらも原罪(メロダック)に南海覇王を合わせるが、込められた力が違う。

あっけなく南海覇王を手元から弾き飛ばされた蓮華は地面に倒れこむ。

 

「これで、一回かな」

 

「・・・凄いわね。あっという間に負けちゃった」

 

「まぁ、これでもサーヴァントだからな。あんまり負けてられないというか」

 

そういって、倒れる蓮華に手を差し出す。

蓮華を引っ張り起こして、拾った南海覇王を手渡す。

 

「ありがと。・・・もうちょっとだけ、付き合ってもらってもいいかしら?」

 

「もちろん。昼飯までなら何回でも」

 

・・・

 

太陽が真上にやってきた頃。

俺たちはようやく手合わせを終わらせて、城内を歩いていた。

 

「それで・・・どうだった、私の腕は」

 

「ん、かなりいい線言ってると思うぞ。咄嗟の出来事にきちんと対応できてたし。日ごろの鍛錬をきちんとしてるんだなっていうのが分かったよ」

 

ほぼ死角となる下方からの攻撃にも、防げなかったとはいえ反応はしていたし、最後のほうは速度に慣れてきたのか堅実に俺の攻撃を防いでいた。

元々手合わせしていた思春が速度重視の攻撃をするのだから、落ち着いて対処すればそれなりの速度までは対応できるのだろう。

・・・まぁ、若干の筋力不足は否定しきれないけど。

 

「そ、そんなに褒められると・・・ちょっと照れるわ」

 

「ちょっと?」

 

「! ば、ばか!」

 

顔を真っ赤にしている蓮華に突っ込みを入れたら怒られてしまった。

俺の腕を叩いてから真っ赤に染めた顔をぷいと逸らす蓮華。

横顔を見る限り少し頬が膨れているのが見えて、微笑ましく思ってしまう。

 

「ごめんごめん、そうむくれるなって」

 

蓮華の頭を、刺激しないようにやさしく撫でる。

 

「・・・ま、まぁ、別に、許さないこともない・・・けど」

 

「そう? なら良かった。ありがとな」

 

蓮華の顔を覗き込むようにして、微笑む。

笑顔で接すれば、きっと機嫌を直してくれるだろうと思ったのだが・・・。

 

「っ、わ、私、こっちだからっ」

 

「あ、おい蓮華?」

 

いきなりそういって廊下を曲がり、小走りに立ち去っていってしまった。

・・・まぁ、蓮華にも頭を冷やす時間が必要なのだろう。

もう少し時間を置いてから、蓮華にもう一度謝りにいくとしよう。

 

「・・・俺が月の料理を食べたいって言う理由もあるんだけど。ごめんな蓮華」

 

もう見えなくなってしまった背中に向けて謝る。

何か手土産でも持っていったほうがいいかな、なんて考えながら、厨房へと足を進めた。

 

・・・

 

「あ! ギルさん、いらっしゃいませ!」

 

「おーう、お邪魔するよー」

 

厨房へと顔を覗かせると、それに気づいた月がこちらに声を掛けてくれた。

月も響も、慣れた手つきで材料や器具を操っている。

・・・ふむ、響の料理の腕前には安心していいみたいだな。

響が聞いたらぷんすかと怒り出しそうなことを頭に浮かべていると、響が何かを思い出したかのように振り返り、調理台から離れてとてとてとこちらに歩いてくる。

む、俺の考えが漏れたかと身構えていたが、響は椅子を引いてちょいちょいと手招き。

 

「ささ、どうぞこちらにー」

 

どうやら、俺の考えすぎだったらしい。

ありがとな、と響の頭を撫でてから、引いてくれた椅子に座る。

俺が座るのに合わせて椅子を押してくれたので、ちょうどいい位置に座れた。

中々出来るじゃないか、響。

 

「もう少しで出来ますから、待ってて下さいね」

 

ことことと何かを煮ながら月が振り向いて微笑む。

・・・新妻、という単語が頭に浮かんだのは、内緒にしておくことにしよう。

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

そういえば、月の料理は一度食べたことあるけど、響の料理を食べるのは初めてだなぁと妙な感慨にふけりながら、調理する二人を見つめること数分。

俺の目の前には様々な料理が並んでいた。

月と響が嬉しそうに説明してくれるが、すまん、もうちょっとゆっくりしゃべってもらっていいか? 名前すら聞き取れたか怪しいレベルなんだが・・・。

 

「それでは、どうぞ召し上がれ」

 

「めっしあがれー!」

 

「・・・いただきます」

 

もちろんそんなことはいえないので、黙って蓮華を持つ。

よし、まずは普通に名称の分かるチャーハンから行こう。

 

「あ、それは私が作ったものです」

 

月の声が弾んでいる。

ふむ、一発目から月の料理とは、幸先がいい。

別に響の料理が駄目ってわけじゃないんだけど・・・って、こんなことより料理だ料理。

もぐ、と一口。

目の前に座る月がその様子をずっと見つめている。

 

「うん、美味しい」

 

俺に専門家のようなコメントを求められても困るが、無理矢理それっぽいことを言うなら、きちんとご飯がぱらぱらになっているのが分かるとか、味付けがしつこすぎないとかそのくらいだ。

まぁとにかく、美味しいことに変わりはない。

 

「本当ですかっ! 嬉しいです!」

 

「じゃあほら、月も食べてみようぜ。あーん」

 

「あ、あーん・・・はむ」

 

まぁ、作った本人なのだから味見ぐらいしているだろうが、それでも一緒に食べるという行為も大事なのです。

ただ単に月にあーんしたかったというのもあるけど。

 

「ほら、響も」

 

「おお! あまりにも触れられないから忘れられてたかと・・・!」

 

「響のこと、忘れるわけがないだろ?」

 

「・・・う、あ、ちょっと待って。今ご飯入らない、かも」

 

言葉にならないような単語をぶつぶつと呟きだした響だが、蓮華を近づけると口を開いた。

なんだ、食べるんじゃないか。

 

「はむ。・・・うん、おいひい。美味しいけど、それ以上に・・・うがーっ」

 

チャーハンを咀嚼し、飲み込んだ後。

響はテーブルに突っ伏してしまった。

 

「・・・どうしたんだ、響の奴」

 

「ふふ、不意打ちは、どんな人にも有効だということですよ、ギルさん」

 

よしよし、と隣に座る響の頭を撫でながら、そんなことを言う月。

良く分からないが、きっと何か女の子同士で通じるものがあるのだろう。

俺がこれ以上何かを言うのも野暮なので、とりあえず食事を続けることに。

 

「む? これは・・・水餃子か」

 

「それ私が作ったんだ!」

 

「・・・復活、早いな」

 

今まで突っ伏していたとは思えないほどの速度で身を乗り出してきた響は、わくわく、といった表情でこちらを見つめる。

いいから早く、と目で訴えかけられている気がしたので、それ以上は何も言うことなく水餃子を口に運ぶ。

 

「おぉ、これも美味しいな」

 

見た目は普通で味が愛紗というのを若干想像していたのだが、なんてことはない。

うんうん、美味しいぞ。

 

「えへへぇ・・・良かった、口にあって。ギルさんにお料理作るなんて初めてだしさ、好みとか分からないから不安だったんだよねぇ」

 

「はは、安心しろって」

 

好きな娘の料理ならどんなのだって大丈夫、と言おうとして、止める。

・・・流石に、俺も愛紗のは・・・。

 

「さて、ほかのも食べないとな」

 

ほかの料理にも手を伸ばす。

その後、料理はすべて三人で食べ終わり、食後の片付けはお礼ということで俺も手伝った。

エプロンを着けて皿を洗う月が、どうも新妻に見えて仕方がないのは諦めることにした。

 

・・・

 

「おーい、蓮華ー? いるかー」

 

「ぎ、ギルっ!?」

 

「ああ。さっきのこと、謝っておきたくてな」

 

昼食の片付けも終わった後、月たちは再び仕事だということで去ってしまった。

その後、一度町へ出て手土産を購入し、こうして蓮華の部屋まで来た。

さっきよりは落ち着いているようだが、さてどうなるか・・・。

 

「は、入っていいわよ」

 

「ん、お邪魔するよ」

 

扉の隙間から顔だけを覗かせた蓮華に招き入れられ、部屋へと足を踏み入れた。

室内はやはりというかなんと言うか、きちんと整頓されている。

 

「これ、桃まん。食後のおやつにどうかなと思ったんだけど」

 

「あ、ええ。ありがとう。じゃあ、お茶淹れてくるわね」

 

「おう、お構いなく」

 

「そういうわけにもいかないわ。ちょっと待ってて」

 

とたとたと小走りで去っていく蓮華。

もう怒ってはいないようだな。・・・むしろ、あの時も本当に怒っていたのかすら疑問だが。

 

「お待たせ」

 

「お、ありがと」

 

目の前に置かれた湯飲みを取り、ゆっくりと口に運んだ。

いい温度に調整してあるな、かなり飲みやすい。

正直沸騰しているお湯を飲んだとしてもなんともないが、やはり美味しいお茶を飲んだほうが精神衛生上もいい。

 

「・・・それで、謝りにきたのよね? ・・・正直、もうそんなに怒ってないって言うか、まず怒ってすらいないというか・・・」

 

「?」

 

「なんでもないわ。まぁ、気にしなくて良いわよ。もう怒ってないし」

 

「そうか? そういってくれると助かるよ」

 

良かった、と胸をなでおろす。

 

「そういえば、蓮華は午後って仕事あるのか?」

 

「え? いいえ、今日は一日丸々休みなのよ。でも思春が水軍の調練の仕事があって、それで私一人で鍛錬してたの」

 

「ああ、成る程。なら、もう少しだけ話していっていいか?」

 

「え、ええ。構わないわ」

 

「そっか。じゃあ、桃まんでも食べながら」

 

「そうね。いただくわ」

 

買ってきたうちの一つをひょいと取って、口をつける蓮華。

流石に恋の様に一口とはいかないようだ。小さくついた歯型が可愛らしい。

 

「もぐもぐ・・・あ、そういえばギル、祭がお礼言ってたわよ?」

 

「お礼?」

 

「何か、凄く美味しいお酒を貰っただかなんだか・・・」

 

「あぁ~・・・」

 

そういえば、子供の面倒を見てもらったお礼にと樽に入れたワインをプレゼントしたんだったか。

神代のワインを最初プレゼントしようと思ったのだが、あれは無限に出てくるとはいえ容器自体が小さい上に宝具である。

故にもう少し質を落とした・・・それでも、十分に美味しいといえるワインが樽に入っていたのでプレゼントしたのだが、気に入ってもらえたなら良かった。

 

「私も一杯貰ったけど、凄い美味しかったわ。今までで一番質の良いお酒だったわね」

 

「はは、それは良かった」

 

「わいん、って言うのよね。果実の香りがして、とてもすっきりしてたわね」

 

「また呑んでみるか? 今なら出せるけど」

 

「そうね・・・ふふ、お昼からお酒を呑むなんて、姉様みたいね。いつもなら駄目って言うところだけど・・・今日はお休みだし、少しくらいならいいかしら」

 

そういって微笑む蓮華の言葉に頷いて、宝物庫を展開する。

そこから出てくるのは、黄金の酒器。

二人ぶんのグラスにワインを注いで、片方を蓮華に渡す。

 

「ありがと」

 

「はい、乾杯」

 

「乾杯」

 

きん、とグラス同士がぶつかった音がする。

そのまま俺と蓮華はグラスを口に運ぶ。

 

「・・・美味しい」

 

驚いたように呟く蓮華。

 

「気に入ったのなら、良かったよ」

 

「これは、気に入らないなんて人いないんじゃない?」

 

ふふ、と会話の中に笑いが混ざりだした。

どうやら、蓮華も大分打ち解けてくれたようだ。

 

「・・・ふぁ」

 

ふと、欠伸が漏れる。

・・・本当は魔術講座がもう少し早く終わって仮眠が取れるはずだったのだが、宝物庫の中からキャスターが見たかったという医術書が出てきてしまって、その講義の所為で眠る時間が取れなかったのだ。

 

「? 眠いの?」

 

「・・・ん、ああ、見られてたか。ちょっと恥ずかしいな。・・・まぁ確かに、少し眠いけど」

 

「ギルが欠伸するところなんて始めてみたかも。あなたっていつも、こう、飄々としてるイメージだから」

 

「はは、それは買い被りすぎだって」

 

「ふぅん? ・・・あ、そうだ」

 

そういうと、蓮華は手に持ったグラスを卓においた。

頭に疑問符を浮かべる俺を尻目に、蓮華は寝台に座る。

そして、自身の太ももをぽんぽんと叩いて微笑みながら口を開いた。

 

「膝枕・・・してあげよっか?」

 

「・・・酔ってるだろ、蓮華」

 

良く見てみれば、蓮華の頬は桜色に染まっている。

蓮華が特別下戸なわけではないだろうが、なんせ神代のワインだ。

酔いやすくても仕方あるまい。

 

「酔ってないわよ。失礼ね」

 

「はいはい、酔ってる人ほど自分は酔ってないって言うもんだ。今日は大人しく休んでおけ。俺もそろそろ失礼しようと思ってたし」

 

正直ここに長時間いると何かに巻き込まれる予感がする。いや、悪寒か。

し、から始まってん、で終わる何かにこう・・・武器を突きつけられるような悪寒に。

 

「・・・やっぱり、私なんかの膝枕じゃいやよね・・・」

 

泣き上戸かよ・・・。

う、ぐす、と啜り泣く蓮華の前で、帰るに帰れなくなった俺。

・・・仕方ない、少しここで仮眠を取っていくとするか。

その後で町にでも出かけるとしよう。今日は元々、午後から町に出て天和たちの様子を見に行くつもりだったし。

 

「分かった。分かったよ。少し眠らせてもらうとするよ」

 

「ほんと?」

 

「ほんとほんと。ほら、もうちょっとそっち行って」

 

何か少し幼児退行してないか、この娘。

 

・・・

 

少し、冷静になった。

その瞬間、再び顔が真っ赤になったのを感じる。

 

「な、何で私、こんなこと・・・」

 

太ももの上に乗っているのは、すやすやと眠るギルの頭。

金色の髪が顔にかかっているけど、それすらも彼の端正な顔立ちを彩っているように見える。

 

「お酒の力って凄いのね・・・だからといって、祭や姉様みたいにはなりたくないけど」

 

心臓はいまだにうるさいけど、少しは落ち着いて今の状況を受け入れられるようになった。

うん、良い方向に捉えればいいのよ、蓮華。

 

「・・・ふふ」

 

思わず漏れた、小さな笑み。

まさか膝枕なんてことするとは思わなかったけど、お、奥さんになるならこれくらいは出来ないとね。

ギルの頭に手を伸ばして、綺麗な髪を指に絡めるように頭を撫でる。

いつも月や朱里たちの頭を撫でているのを見て、月たちがうらやましいと思っていることは内緒だ。

 

「む・・・すぅ」

 

一瞬むず痒そうな顔をした後、すぐに気持ちよさそうな寝顔に戻る。

それから、しばらくの時間ギルの寝顔を見たり頭を撫でたりしていると、ふと頭に考えが浮かんだ。

今口付けしても、気づかれないよね?

 

「・・・」

 

視線はギルの口に一直線だ。

いやいや、寝ている人に内緒で口付けなんて。でもこんなことでもないと口付けなんて・・・。

 

「・・・ええい、ままよっ」

 

ギルの頭を固定して、そっと顔を近づける。

後ちょっとで触れるというところで・・・。

 

「ふぁぁ、よくね・・・むぐっ!?」

 

あ、まずいかも・・・。

 

・・・

 

起きたらキスされてました。

凄いびっくりしたね。

 

「ギギギギギギギギルっ!?」

 

「・・・うん、まぁ、放り投げられたことは気にしないでおくよ」

 

だが、俺より蓮華のほうがびっくりしたらしく、気づいたら俺はころころと転がされるように寝台から転げ落とされていた。

 

「ご、ごめんなさいっ」

 

慌てだす蓮華に苦笑しながら、俺は立ち上がる。

 

「気にするなよ。怪我もしてないし、特に痛くもなかったし」

 

「そ、そう? ・・・ごめんなさい」

 

「謝らなくていいさ。あんな高さから落ちたところで・・・」

 

「ち、違うの。その、勝手に、えと・・・」

 

「あぁ・・・そっちか」

 

勝手にキスをしたことを謝ってたのか。

それこそ、謝らなくていいのに。

というか、蓮華みたいな美少女からキスされて、嬉しくない男は少数派だろう。

 

「っ! え、えと・・・」

 

「うん、まぁ、驚いたけど、嫌ではなかったよ」

 

「ほ、ほんと・・・?」

 

立ち上がった俺を見上げるように見つめる蓮華が、瞳を揺らしながら聞いてくる。

 

「もちろん。蓮華から口付けしてくれるなんて、むしろ嬉しいよ」

 

「も、もう・・・」

 

そっと蓮華の頬に手を添えてみると、頬を赤くしたものの嫌だとは言わない。

そのまま顔を近づけていって、口付ける。

 

「ん・・・あ・・・」

 

「これで、お相子だ」

 

「・・・ばか」

 

「そうでもないぞ」

 

「その、ギルだったら・・・いいわよ」

 

自身の胸に手を当てながら、蓮華は囁いた。

う、む・・・。そういう表情、反則だと思うんだけど。

とりあえず、蓮華の覚悟を無駄にするわけにはいくまいと蓮華に口付ける。

 

「・・・ん、ちゅ。・・・や、やさしく、ね?」

 

「分かってるって。大丈夫、ゆっくりやるから」

 

「・・・信じるわよ?」

 

「ああ、信じろ」

 

・・・ふと思ったんだけど、蓮華の服って脱がさなくても出来そうだよな。

ちょっと試してみようか・・・。

 

・・・

 

服を脱がさずに最後までいけるか挑戦してみたのだが、途中で蓮華が自分から脱いでしまったので途中でチャレンジは中断されてしまった。

また今度、諦めずにチャレンジしたいと思います。

・・・話は変わって、場面は再び中庭。しかし俺の目の前には蓮華ではなく一刀が。

ちなみに、蓮華はただいま寝台で回復中だ。理由は・・・まぁ、ご想像に任せるということで。

何で一刀といるかというと、それは本人からの頼みごとがあると聞いたからだ。

頼みごとって何だよ、と聞いてみると、一刀はその頼みごとを口にした。

 

「俺に、稽古をつけてくれないか?」

 

「ん? いいぜ。じゃあ、訓練場にでもいくか」

 

訓練場へと向かう道中、何でいきなり稽古なんて頼んできたのかを聞いてみると、一刀は照れながら口を開いた。

 

「いや・・・その、俺って警備隊長やってたじゃないか? 実際は凪とか真桜とか沙和に頼りっぱなしだったから、自分でも少しは取り締まったり出来ればいいかなって」

 

常々そういうことは思っていたらしいが、今までどうも踏ん切りがつかなかったとのこと。

今日思い切ったきっかけは、町で悪漢が現れたとき何も出来ずに兵士たちに頼ることしか出来なかったからだという。

 

「・・・まぁ、一刀の役割は指揮と指示で十分だと思うけど」

 

天の御使いに指揮されてると思うだけでこの時代の人たちは士気が上がるものだ。

魏で警備隊長をしていたときもそうだったと聞いていたが・・・。

 

「それでも、自分の身を守れるようになるだけでも違うだろ?」

 

「そっか。いや別に一刀の気持ちを否定しようってわけじゃないんだ。何でかなって気になっただけだから」

 

「はは、まぁ、確かにいきなりだもんな。・・・サンキュな、いきなりだったのに頼み聞いてくれて」

 

「構わんさ。暇だったし、何より一刀からの頼みだからな」

 

「ギル・・・」

 

なんだか感動したような面持ちでこちらを見上げる一刀。

少し照れくさくなって苦笑していると、訓練場へとたどり着いた。

 

「よし、今日は俺の遊撃隊が訓練やってるから訓練場の使用許可は取らなくても大丈夫だろう」

 

副長と七乃に訓練は任せてきたので、今日は俺が出なくてもよいのだ。

え? 七乃が遊撃隊にいるなんて初耳?

・・・あー、説明すると、七乃を拾ったときには部隊の運用なんかを任せようと思っていたのだが、入ったばかりの将に任せるような部隊はなかった。

だから俺が遊撃隊を作ったとき、こっそりと軍師に七乃を登録しておいて、ちょくちょく仕事を任せていたりしたのだ。

ちなみに、副長との仲は良好で、きゃいきゃい姦しく二人で騒ぎながら兵士たちを訓練していた。

二人の雰囲気とは真逆に、訓練内容は厳しいものだったらしく兵士たちは終わった後死にそうになっていた。

 

「お、やってんな」

 

「・・・いつ見ても思うんだけど、あの二人が組むといつもより訓練がえげつないよな」

 

「あー、確かに。俺も何度か兵士たちに涙ながらに懇願されたことあるな。「副長か張勲様かどちらかを引き受けてください」って」

 

「止めてくれ、じゃなくて引き受けてくれ、なところに兵士たちの妙な信頼を感じるな」

 

二人して訓練の様子を眺めていると、副長が兵士をなぎ倒し、七乃が負けた兵士たちに腕立て伏せを強制させる。

腕がプルプルするぐらい腕立て伏せをさせられた兵士が再び副長の前に行き、再びボコボコにされて腕立て伏せ・・・うわぁ、悪循環だ・・・。

 

「かわいそうに」

 

「・・・ギルの隊の人間なんだぜ。助けてやれよ」

 

「はは、断る。今助けてゆるい訓練させて戦場で死ぬより、今死ぬような訓練させて戦場で生き残らせるほうが俺は好きだからな」

 

「良い事言ってるっぽいけど、本音はあの二人と絡みたくないからだろ?」

 

「あれ、お前って心読めたっけ?」

 

「ううん。でも、表情くらいなら、少し。・・・まぁ、苦虫噛み潰して青汁で流し込んだような表情されてれば、誰だってわかるよ」

 

一刀にそういわれて、顔をぺたぺた触ってみる。

そんな顔していたんだろうか。

 

「・・・まぁいいや。それじゃ、早速訓練開始だ」

 

「おう!」

 

「とりあえず・・・うん、これで行こう」

 

そういって取り出した宝具は、無銘の刀。

宝具としてのランクはD程度で、効果は「心の清さに応じて切れ味があがる」こと。

本来ならばもう少しランクが高くてもいいのだが、心の清さに対する判定がありえないぐらい厳しいため、ほとんどの使用者にとって鈍ら刀でしかないため、ランクが落ちてしまったのだ。

ま、水着を見て精神が飛んでいってしまうほどピュアな一刀ならそれなりの切れ味を発揮してくれるだろうと期待してこれを渡してみた。

更に言えば、形が完璧に日本刀だからというのもある。

 

「これ・・・宝具、だよな」

 

「ああ。ま、あまり気負わずにやってくれ」

 

「無茶言うなよ」

 

呆れたように刀を抜く一刀。

 

「よし、とりあえずはウォーミングアップからいこうか」

 

素振りから始まり、いつも宝具の実験台となっている藁人形君を相手に刀を振ってみたりと基礎からはじめていく。

 

「やっぱり、日本刀が馴染むなぁ・・・」

 

ぼそり、と一刀が呟く。

 

「まぁ、剣道やってたらなおさらかもしれないな」

 

「そういうものなのかもな」

 

「よし、それじゃあ俺と仕合だな」

 

「マジかよ・・・絶対無理だって」

 

「大丈夫大丈夫。いくら素振りしてたって、実際に戦ってみないと分からんもんだぜ、いろいろとな」

 

「・・・そこまで言うなら」

 

そういって、一刀は抜き身の刀を正眼に構える。

俺も宝物庫から適当な宝具を抜き出し、ぶらりと構える。

 

「先手は譲るよ。かかって来い、一刀」

 

「おう・・・いくぜっ!」

 

刀を振り上げながら一刀が向かってくる。

面を取りに来る一刀の動きを良く見て、体を半身引く事でよける。

 

「うおっ、くっ」

 

慌てて体制を整えようとする一刀に剣を振るって牽制する。

たたらを踏んで後ずさった一刀は、刀を腰の横に構え、体ごと捻ってこちらを横に薙いできた。

 

「いい判断だ!」

 

だけど、まだ遅い。

まぁ今までろくに戦う事がなかったって言うのと、日本刀を握ったのが初めてだというのもあるのだろう。

素人よりはまし、位の戦闘力だ。

 

「これは、鍛え甲斐のある」

 

それからしばらく、たまに副長も交えながら、一刀の訓練は続いた。

 

・・・

 

「ぜ、はぁ、ぜ、はぁ・・・ぷはぁー! 疲れたー!」

 

「お疲れー。あ、宝具はしばらく貸しておくから、腰にでも差しておけよ」

 

「おう、ありがと」

 

「暇なときにでも素振りしておけば、それなりに慣れてくるだろ。流石に今日は無茶だったな」

 

一刀が振った刀に剣をあわせるだけで体勢が崩れてしまうので、今日は本当に基礎の基礎しか行わなかった。

あと、もうちょっと体力欲しいな。多喜に任せてみるか。あいつ、ランニングやってるし。

 

「よし、決めた」

 

「・・・俺のあずかり知らぬところで大変な事が決められた気が・・・」

 

「まぁまぁ、気にするなって。そうだ、風呂にでも入ろうぜ」

 

「・・・おう」

 

なんだか気落ちしている一刀とともに、浴場へ。

いやー、数ヶ月前だったら「よし、風呂に入ろうぜ」じゃなくて「よし、川に水浴びに行こうぜ」だったんだよなぁ。

そろそろ夏も終わるし、風邪もひきかねないからな。風呂と巨大リゾート施設を作っておいて良かった。

 

「あー、生き返るー・・・」

 

大浴場で風呂につかりながら、二人してリラックス。

いつ来ても気持ちいいなぁ・・・。

 

「確かに・・・疲れも取れそうだ」

 

「きゃんきゃんっ」

 

ん? 俺たちしかいないはずなのに、なんだか甲高い・・・って言うか、この声

 

「やっぱり。セキトじゃないか」

 

「セキト・・・ああ、呂布の」

 

「はは、なんだなんだ、お前も風呂に入りたかったのか」

 

なんだか意外だな。

犬とか動物は風呂に入るのを嫌がりそうなイメージが・・・あれ、それって猫か?

 

「まぁいい、ほらセキト、お前は湯船の前に体を洗わないとな」

 

ざぱ、と湯船からセキトを抱き上げ、シャワーの前へ。

土ぼこりとか落としておかないとな。

 

「よし、このくらいでいいか」

 

洗い上げたセキトを持って再び湯船へ。

ゆっくりと湯に浸からせると、セキトがばふぅ、と気持ちよさげな息を吐いた。

 

「はは、セキトも風呂が気に入ったみたいだな、ギル」

 

「確かに。・・・そういえば、猿が入る温泉とかもあったなぁ」

 

「あー、あったあった」

 

それからしばらく、「現代のなつかし思い出あるある話」に花が咲いた。

 

・・・

 

「・・・のぼせた」

 

「あー、俺もちょっと入りすぎたかな」

 

「ばう・・・」

 

「セキトもちょっとダウン中だな。・・・よし、涼みにいくか」

 

日も暮れてるし、少し城壁の上でも歩いていれば涼しくなるだろ。

 

「あー、先いっててくれ。俺はもうちょっとここで休んでく」

 

「おう。水分補給、ちゃんとしろよー」

 

「おーう」

 

「よし、じゃ、セキト、いくぞ」

 

「ばう」

 

首にタオルを掛けた俺の横を、てこてこついてくるセキト。

ふぃー、しかし、あれほど一刀と温泉について話が盛り上がるとは思わなかったな。

今度甲賀も誘ってみようか、なんて考えているうちに城壁の上に出る。

 

「おー、いい風だ」

 

風がゆっくりと髪を撫でていく。

ちょうどいい気温のようで、城下にはいまだに町民たちが出歩いているのが見える。

日も暮れるのにこれだけの人間が外を出歩いているというのは、それなりに平和になったという事だろう。

 

「セキトー、涼しいかー?」

 

「ばーう」

 

「そっかそっか、良かった」

 

城壁の上を一周するように歩きながら、警備の兵士たちに声を掛けていく。

最初の頃はどんな兵士も直立不動で挨拶を返してくれたものだが、今となっては敬意を失わない程度にフランクに接してくれる。

これも、何度も声を掛けた成果だ。・・・そこ、暇人だから出来たとか言わない!

 

「それなりに涼めたな。そろそろ戻るか、セキト」

 

「わんっ」

 

元気に返事を返してくれたセキトと共に城壁を降りようとしたとき、声が聞こえてきた。

 

「・・・セキト、いた」

 

「ん?」

 

聞き覚えのあるその声に振り返ってみると、ちょうど城壁の上にのぼってきた恋と目が合った。

 

「ギルも、いた」

 

若干頬を朱に染めながらこちらに駆け寄ってきた恋は、自身の胸に飛び込んできたセキトを抱きしめる。

 

「・・・セキト、良い匂いする。ギル、洗ってくれた?」

 

「ん、ああ。なぜか風呂にいたからな。ついでに一緒に洗っちまった」

 

「今日は一杯遊んできたから、洗おうと思ってた。ありがと」

 

「そっか。じゃ、ちょうど良かったみたいだな。良かった良かった」

 

「・・・ギル。お礼したいから、お屋敷まで、来て?」

 

「お礼? いらないって。別にお礼が欲しくて洗ったわけじゃないし」

 

俺がそう返すと、恋はふるふると首を横に振り

 

「お礼だけじゃなくて・・・ギルと、一緒にいたいから」

 

「ああ、そういう・・・分かったよ、お邪魔する」

 

今までは無口無表情無感情だった恋が、変わるものだなぁ、なんて本人を目の前に失礼な事を考えつつ、恋の頭を撫でる。

俺の言葉を聴いて、こちらを上目遣いに見つめて口を開く恋。

 

「ほんと?」

 

「こんな事で嘘つかないって」

 

「・・・嬉しい」

 

さっそく、行く。と俺の手を握って屋敷へと向かい始める恋。

心なしか、足取りが若干速いようだ。

 

・・・

 

「ただいま」

 

「お邪魔しまーす」

 

恋は動物(かぞく)と共に住んでいるため、一軒の屋敷を与えられている。

その屋敷へとお邪魔すると、様々な動物に飛び掛られる。

 

「ちょ、やめろ! お前ら、前に俺が耐えたからって調子に乗ってると・・・くっ、だが、耐えてやる、耐えてやるぞぉぉぉお・・・」

 

大丈夫、南蛮娘四人組をくっ付けながら行動できる俺なら、これくらいは・・・!

 

「ギル・・・すごい」

 

「く、拍手はいいから、ちょっと動物引っぺがしてくれないか・・・?」

 

「・・・ん」

 

ゆっくりと頷いた恋が、俺にくっついている動物たちを一匹ずつはがしていく。

にゃーにゃーわんわんがおがおと俺から離れていくみんなを見送りながら、ふぅと一息。

 

「大変だった。そういえば、町でも絡まれたよな、こいつらに」

 

確か、初めてセキトと会った翌日だったはず。

あの時も頑張って耐えたはずだが・・・なんだろう、俺に動物に好かれるスキルとかあるのかな。

いや、ないはず。ない・・・と思う。

 

「・・・えさの時間」

 

「手伝おうか?」

 

「・・・」

 

こくり、と首肯。

餌が買いだめしてある食料庫まで行って、全員分の餌を運んでくる。

相当な量だ。台車があるからいいものの、これは結構辛くないか。ねねとか。

 

「いつもは、お手伝いの人とかいる」

 

「そうなのか? ・・・今日はいないみたいだけど」

 

「今日は、みんなお休み。だから、セキトがいないのにも少し気づけなかった」

 

ああ、風呂場に迷い込んできたのはその所為か。

 

「セキト見つけたら、ギルもいたから、一緒に誘った」

 

「そっかそっか、そういうことなのか」

 

成る程、と納得しながら餌をあげていく。

よーしよし、猫って可愛いよなぁ。俺に飛び掛ってこなければ。

おーしおし、犬って癒されるよなぁ。俺に飛び掛ってこなければ。

・・・いや、別に飛び掛られるのが嫌なわけじゃないんだよ。

一匹二匹なら俺だって喜んで受け止めるさ。

だけどな、想像してみてくれよ。数十匹の動物が大挙して押し寄せてくる場面を。

あ、これ無理、って思うから。

 

「うっし、これで全員かな」

 

「・・・ん、終わり」

 

わんわんにゃーにゃーごろごろと好き勝手に動き回る動物たち。

 

「・・・明日は、みんなを連れてお散歩」

 

「大所帯だな。どこを歩くんだ?」

 

「城外の森。あそこなら、いっぱい遊べる」

 

「それはいい。明日も天気は良いみたいだし」

 

「・・・ギルも」

 

「俺も行っていいのか?」

 

「・・・」

 

こくり、と首肯。

んー、と考え込むそぶりを見せながら、脳内で予定を確認する。

・・・むむ、ちょっと仕事が立て込んでいるが、午前の政務を午後の訓練の後に詰めておけば、散歩ぐらいは出来るだろう。

ちょっと寝るのが遅くなるぐらいだ。それぐらいなら、誤差の範囲内だし。

 

「分かった。一緒に行くよ」

 

「・・・嬉しい」

 

そっと俺の服を掴み、真正面からこちらを見上げる恋。

ついっ、と更にあごを上げながら、目を瞑る。

・・・これは、たぶんそういうことなんだろうな。

 

「まったく、セキトより甘えん坊だな、恋は」

 

恋の頬に両手を沿え、そっと口付け。

 

「・・・部屋、行く?」

 

「明日起きられるなら、良いけど」

 

俺の言葉に、んー、と考え込む恋。

起きる自信ないのか、なんて苦笑していると、さもいい案が浮かんだ、という顔で口を開いた。

 

「・・・起こして」

 

「はは、良いよ。責任を持って、起こしてあげよう」

 

俺が寝過ごしたらどうするつもりなんだろうか。

・・・まぁいいや。とりあえずは、恋を可愛がる事だけ考えておこう。

 

・・・

 

「すぅ、すぅ・・・」

 

「おーい、起きろー。朝ですよー」

 

隣で静かに寝息を立てる恋を起こしつつ、部屋の窓を開ける。

うむ、清々しい、朝の風が心地よい。

あれだな、これこそまさに正月元旦の朝に新しいパンツを穿いた気分という奴なのだろう。

 

「・・・むにゃ、まだ、眠い」

 

「だけど、散歩行くんだろ?」

 

「行く、けど・・・眠い」

 

「ほらほら、昨日は結構汗かいたんだし、風呂に入ったらすっきりするぞ。なんだったら手でも引っ張ってくから」

 

「・・・お風呂。んー、お風呂、ギルと」

 

「俺と? ・・・仕方ないなぁ。今の恋を放っておいたら湯船の中で寝そうだし」

 

「・・・じゃあ、行く・・・」

 

「あーまてまて! 服を着てくれ! 流石にそれで外は歩けない!」

 

下半身にはいつものニーソとあのぼろぼろのマント、そして上半身はほぼ何もつけていないというなんとも扇情的な格好で屋敷から出ようとした恋を押し留める。

あっぶねえ・・・寝ぼけてるとはいえ、なんて格好で外に行こうとしてるんだ、この娘・・・。

 

「・・・そうだった。服、着ないと。ギル以外に見られるのは・・・恥ずかしい」

 

ぽっ、と頬を染める恋。

・・・いいから服を着るんだ。

 

「ん、しょ」

 

とりあえず着替えた恋と共にまずは風呂へ向かう。

・・・予想通り湯船で眠りかけた恋を掬ったり頭を洗いながら眠る恋の頭を洗ったりして、風呂場を後にする。

屋敷を出る前に手伝いの人たちに屋敷の前に動物たちを出しておくよう頼んでおいたので、すでに屋敷の外には動物たちが勢ぞろいだ。

ここが城外に近い立地でよかったな。こんなに大勢連れてあんまり街中は歩けないからな。

 

「いく。・・・みんな、ついてきて」

 

てくてくと歩き始める恋の後ろには、大小さまざまな動物たち。

隣で歩いている俺にも何匹か懐いてきている。

町を出て、森へと足を踏み入れると、目に見えてみんながはしゃぎ始める。

 

「・・・自由時間。お昼前には、かえっておいで」

 

恋がそういうと、動物たちは森の中やら川やらへと駆け出していく。

 

「ギルは、恋と日向ぼっこ」

 

「ん、いいぞ。ゆったりと過ごすか」

 

恋に手を引かれるままに木陰に座り込み、座ったままの姿勢で背伸び。

何匹か俺たちの周りに残った動物たちが座る俺たちのもとへとやってきて膝やら頭やらいろんなところに乗り始める。

 

「はは、まさか鳥を頭の上に乗せる事があるとはなぁ。人生、何が起きるか分からんな」

 

頭上でちゅんちゅんと鳴く鳥やら膝の上で丸くなる猫に和まされていると、恋が俺の手を握ってくる。

 

「・・・あったかい」

 

「恋の手も、十分暖かいよ」

 

「・・・」

 

照れたのか、何も言わずに俺の膝へコロンと頭を乗せて寝転がる恋。

猫の場所をきちんと残しているのは恋らしいと微笑ましい気持ちになりつつ、俺の膝に乗った頭を撫でる。

 

「・・・ん、きもちいい」

 

ごろん、と俺の腹に顔を押し付けるように抱きついてきた恋を、あやす様に撫でる。

というか、そんなに密着されるとくすぐったいんだが・・・。

 

「・・・いいにおい」

 

「風呂入ったからなぁ。恋も良い匂いすると思うぞ」

 

残念ながら、体勢的に嗅げないのだが。

・・・が、ガッカリなんてしてないよ? ほんとだよ?

 

「んー・・・眠い」

 

「おいおい」

 

動物より自由かもしれないな、なんて苦笑する。

そのまま恋はすりすりと俺の服に顔を擦り付けながら、眠そうに声を上げる。

 

「・・・いい、気持ち。・・・恋、幸せ」

 

「はは、なら良かった。俺も、幸せだよ、恋」

 

「・・・ん、なら、よか・・・った」

 

いつもより長い間の言葉の後、すぅすぅと寝息が聞こえる。

俺の服に顔を埋めたまま眠ってしまったので、注意しないと聞こえないぐらいだ。

そんな恋の頭を撫でた後、俺は木に背中を預ける。

 

「森林浴っていうのも、良いかもな」

 

頭を撫でていた手を背中へと移動させ、ゆったりと撫でる。

 

「ん・・・ふ・・・」

 

もぞもぞと丸まっていく恋。

声色から判断するに、不快ではないようだ。

 

「大きい赤ちゃんみたいだな、こうしてみると」

 

このあと、「おなかへった」と恋が起きるまで、俺は恋の背中やら頭やらを安心させるように撫でるのだった。

 

・・・




「はーい、副長さんに負けた情けない兵士さんはこちらで腕立て伏せですよ~。ちなみに、副長さんに負けた数だけ回数を掛けますので、どんどんひどくなりますので~」「私もちなんでおきますが、絶対にあなたたちに勝たせようとか思ってません。一欠けらも」「・・・俺、この訓練から帰ったら結婚するんだ」「微笑みデブ! そんな絶対に死ぬような台詞を今言わなくても!」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十六話 主人公、限界に

「ギルって限界超えて怒ったことってあるのか?」「そりゃあるさ。こっちに来る前には幼馴染がいたんだが、そいつに泣かされてキレたことが数え切れないほどある」「・・・幼馴染に嫌われてたのか?」「いや、俺も同じくらいの回数泣かせてキレられたことがあるから、お互い様って感じで仲は良かった」「・・・喧嘩するほど何とやらってことか」


それでは、どうぞ。


「ギル、明日は暇かしら?」

 

華琳に呼び出され、早速そんな一言。

 

「明日か? ・・・んー、まぁ、暇を作れと言われたら作れるが。どうした、何か問題でも出来たか?」

 

「・・・ええ、ちょっとね」

 

眉間に手を当てる華琳から聞いたところによると、なんと凛が風邪を引いたらしい。

風は少し遠いところに出かけていて、その凛の抜けた穴を埋める人員が足りなくなってしまった。

魏の文官を数人動員しているが、それでも仕事が間に合わなくなっていると困り顔で華琳が話してくれた。

 

「私はこれから別の用事があってここから離れないといけないし・・・どこからか助っ人を引っ張ってくるしかないのよ」

 

「それで俺に白羽の矢が立ったと」

 

「まぁそんな感じね。どうかしら、頼める?」

 

「ああ、もちろん。困ったときは助け合いだ」

 

「そういってくれると助かるわ。それじゃあ明日、お願いね」

 

「おう」

 

・・・

 

なんてやり取りがあったのが昨日の事。

そして俺は今、華琳の頼みを聞いた事を後悔し始めているのだった。

・・・なんでかって?

いや、まぁ可能性を考えなかった俺が悪いといえば悪いんだけどさ。

 

「ちょっとあんた! 手が止まってるわよ! まったくもう、華琳様から助っ人が来るって言うからどんな奴かと思えば・・・」

 

ぶつぶつと文句やら愚痴やら分からないものを吐きながら俺の対面で仕事をしているのは、ご想像通り魏の軍師、桂花である。

凛がダウンし、風がいない。更に秋蘭が華琳と共に出かけてしまったとあれば、書類仕事が出来るのは桂花と霞くらいのものだ。

ちなみに霞はすぐに逃げた。ほんとに早かった。あれが神速かと感心させられた。

 

「ほなな!」

 

という一言が印象に残っている。

・・・というか、男嫌いの桂花の助っ人に俺を向かわせるとか、華琳の嫌がらせかと思った。双方に対しての。

いや、うん、まぁ、我慢は出来る。だが、出来るのであってしたいわけではないのだ。

こちとら精神は現代っ子。キレる若者直撃の年頃である。

自分はそれなりに寛容なほうだとは思っているが、流石に敵意をびしびしぶつけられて穏やかにはいられない。

それは桂花も同じだろう。

男嫌いで華琳至上主義の桂花にとっては、俺に仕事を手伝われるなんてストレスでしかないはずだ。

・・・そんな感じで、妙に重い雰囲気の中、俺たち二人はがさごそと仕事を進めるのだった。

あ、ちなみに、ほかに数人いた文官たちは別室で仕事中だ。

俺たちの雰囲気のせいでギクシャクして仕事をしづらそうにしていたので、自室での仕事を許可しておいた。

もちろん桂花には「勝手な事しないでよ!」と怒鳴られたが、この時間に限って言えば俺は華琳の代理という立場。桂花の上司だ。文句は言えないだろう。

文官からはお世辞やおべっかではない本気の感謝の言葉を残してさっさと自分の仕事をしにいってしまった。

そんなわけで、俺と桂花はこうして二人、若干険悪な雰囲気の中仕事をしているのだった。

何で俺たちも分かれて仕事をしないかというと、文官たちに任せたものより重要性の高い仕事だからだ。

あまり政務室以外でやって欲しくはないものだから、こうして雰囲気が悪くても俺たちは部屋を出れないのだ。

 

「んー、こっちがこうなって・・・」

 

小声で悩む桂花に視線をちらりと向ける。

彼女は本当に「黙っていれば可愛いのに」を地で行く少女だ。

口を開けば華琳様、目を合わせれば妊娠するじゃないと叫ばれ、話しかけたら罵倒される。

・・・魏の兵士が選ぶ、怖い将トップスリーの中で、一位を沙和と争っているだけあるよなぁ。

 

「よっと」

 

「っ!」

 

かたん、と椅子から立って資料を探す。

急に立ったからか桂花がびくんとしていたが、気にしないことにする。

 

「急に立たないでよね!」

 

「・・・すまんな」

 

何で俺がここまで我慢しているかというと、華琳からお願いされただけではなく、一刀からもお願いされたからだ。

一刀が言うには、最近本当に桂花が男に対してキツイらしく、兵士から陳情があがっているらしい。

共に龍を倒した魏のからも話を聞いてみると、沙和の訓練の後に桂花に出会うと、一瞬故郷に帰ろうかと思うほどのダメージを負うらしい。

男であり、それなりに立場がある男といえば俺と一刀しかおらず、更に一刀は自身が桂花の言葉に耐性がないからと俺に頼み込んできていた。

酒の席であんなに泣かれるとは思ってなかった。

まぁ、このままではまずいと俺も思っているし、俺にぶつけてそれなりに大人しくなるなら防風林になってやろうとこうして仕事を共にしているわけだ。

 

「・・・桂花、ここの邑の住人の数なんだけど・・・」

 

「話しかけないでよ。妊娠しちゃうでしょ」

 

「・・・はぁ」

 

そういいつつも資料をぺいっ、と渡してくるあたり仕事はきちんとするようだ。

 

「まったく。あんたみたいな全身精液男と仕事するだけでもいやなのに・・・」

 

「全身精液男は酷いな」

 

いや確かに桂花から見ればいろんな女の子と仲のいい俺はそういう風に見えるのだろうが・・・。

 

「酷くなんてないわ。正当な評価よ。見るたびに違う女と歩いてるじゃない」

 

「そりゃまぁ、みんな仲良し、とまでは行かないけど、いろんな人と仲良くなるのは悪い事じゃないだろ?」

 

もちろん、いいことだけでもないけど。

 

「ふん。私はあんたみたいな男、絶対に認めないからね!」

 

「認め・・・ああもう、いいや」

 

「何よ! 最後まで言いなさいよっ」

 

「・・・落とし穴は、ほどほどにな」

 

「なに? あれに引っかかったの?」

 

あはは、バカみたい、と気分よさそうに笑う桂花。

ふふふ、そろそろ限界ですよ私。

前は天の鎖(エルキドゥ)で拘束からの全身くすぐりで許したけど、今回はもっと酷いからな。

 

「じゃあ私が新しく仕掛けたのも引っかかるかもね。あんた、そんな顔してるもの」

 

・・・確かにホロウでもギルガメッシュは大聖杯の穴に落ちてたな。

何だろう。穴に落ちる相でもあるのか・・・?

 

「ま、せいぜい落ちないようにする事ね」

 

「・・・桂花が作らなければ良い話なんだが」

 

「何であんたの言う事なんて聞かなきゃいけないのよ。男の言う事なんて絶対聞かないわ!」

 

「聞かないわって言われても。今日は桂花の上司だし、聞いてもらわねば困るんだが」

 

「い、や、よ! ただでさえ男と一緒に仕事なんていやなのに、更に男の言う事聞かなきゃならないなんて・・・絶対に嫌!」

 

「・・・ほう」

 

よし分かった。

俺の・・・上司の言う事が聞けないというんだな。

ふふふ、華琳からの伝言その二、桂花が言う事聞かないときは何でもしていいを発動しようじゃないか。

更に俺は少しなら無茶しても良いと華琳から確約を貰っている。

 

「もう怒ったぞ、桂花」

 

「ふんっ。何よ、またあの変な鎖で縛るわけ? やってみなさいよ。すぐに叫んでやるんだから」

 

「そんなものじゃないよ。安心して良い。あんな硬い鎖で縛るなんてことはしないよ。女の子だもんな」

 

そこでようやく俺の変な雰囲気に気づいたのか、桂花が少し身を引く。

 

「な、何よ。脅しなんて聞かないわよ!」

 

「脅しじゃないって。もっと平和的に・・・そう、仲良くしようっていうだけなんだから」

 

「あんたそれ鏡見てからもう一度言ってみなさいよ! 目が笑ってないわよ!?」

 

「大丈夫。一日分の仕事ぐらい、一人でも処理できるから」

 

椅子から立ち上がり、桂花に近づく。

 

「ちょ、ちょっと・・・やだ、こないでよ!」

 

「大丈夫」

 

「どこからそんな自信がわいてくるのよ!?」

 

桂花が逃げようと立ち上がるが、もう遅い。

英霊の敏捷から、運動不足の軍師が逃げられるはずないだろうに。

 

「きゃっ」

 

「よし、フィッシュ」

 

桂花の腕を取って、微笑む。

・・・ああ、別に危ない事をしようってわけじゃない。

ただ、仲良く一緒に仕事をしたいってだけだ。

 

・・・

 

「んー! んー!」

 

「はっはっは、何言ってるかわかんないなー」

 

さらさらと筆を滑らせながら、桂花の言葉に返事する。

桂花は今、椅子に座る俺の股の間に座っている。

騒がれるとうるさいので、口は布で縛ってあるが、それ以外は特に何もしていない。

男嫌いな桂花には、これが一番の罰だろう。

何せ、俺と密着して仕事しないといけないんだからな。

 

「大分すらすら進むな。これも、俺たちが仲良くしてるからかもなー」

 

「んー!」

 

違う、とでも叫んでいるのだろうが、残念俺にはその言葉を理解できない!

大分気分もよくなってきた。

たまに抱きしめてやると、絶叫がオクターブ高くなる。

・・・別に、桂花の事が嫌いなわけではないのだ。まぁ、苦手ではあるけど。

ただ、男が嫌いなのはいいけど、それで迷惑をかけるのは駄目だと教えてるだけだ。

若干俺のストレス発散も入ってはいるけど。

 

「はいはい、よしよし、もうちょっとで終わるからなー」

 

「んー、んー!」

 

・・・というか、本当に男嫌いなのか?

手も足も縛ってないからもっと暴れそうなもんだが、抵抗らしい抵抗は声だけだ。

たまにぺしぺしと俺の太ももを叩くが、それが今のところ一番抵抗らしきものだ。

まさか男が嫌いなんじゃなくて男が怖いんじゃないかと顔を覗き込んでみたが、顔に恐怖の色は見られない。

・・・?

本当に謎である。

 

・・・

 

「はぁ、はぁ・・・あんた、最低ね」

 

「何だよ桂花、そんなに褒めるなって」

 

「貶してるのよ!」

 

「分かってるよ、それぐらい。ま、仕事は終わったんだしいいだろう?」

 

「・・・納得いかないわ。それよりも、あんたと密着した所為で妊娠したらどうしてくれるのよ!」

 

「しないって。何度もそういってるけど、妊娠した事ないだろ?」

 

「当たり前じゃない! 男とそんな行為した事すらないわ!」

 

「じゃあいいじゃないか。ま、少しずつでいいから男と話すの位は慣れたほうがいいぞ」

 

「・・・ふん。まぁ、あんたはちょっとだけ・・・ほんとぉぉぉぉっにちょっとだけ! 見直してやってもいいわよ」

 

・・・なんだと・・・?

桂花が・・・桂花が男を褒めた・・・?

 

「くっ、いつの間に入れ替わっていたんだ・・・本物の桂花をどこにやった!」

 

「ちょっと! そこまで言われるほどのこと!?」

 

がーん、とショックを受けたような顔をする桂花と一通り騒いでから、執務室を後にする。

・・・なんだかんだ言って、桂花と仲良くなれたのでよしとする。

桂花に対する精神攻撃も習得したしな!

・・・喜んでいいのか?

 

・・・

 

あの後、少し経ってから。

俺は再び華琳の待つ玉座へと呼ばれていた。

 

「ギル、あなたやるじゃない。近頃桂花が少し男に優しくなったって聞いたわよ」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。あなたは魏の人間じゃないから実感がないかもしれないけど、兵士からの陳情が目に見えて減ったわ」

 

「・・・兵士から陳情が挙がる時点で若干まずい気もするが」

 

「それでも有能だもの。それに、閨では可愛いのよ?」

 

「はいはい」

 

まともに聞いてたら日が暮れるなと思いつつ頷きを返す。

忘れ気味だったけど、魏って三国一百合百合しい国だったな。

一刀がいるおかげで少しは百合度が下がっているが、それでも華琳を筆頭に百合娘は多い。

 

「そうね。褒美に桂花をあげましょうか? あの子、最近何しても喜ぶから苛め甲斐が無くて」

 

「はいは・・・ちょっとまて。あげましょうかって何だあげましょうかって」

 

そんな事を考えつつ話を右から左へと流していた所為か、華琳の言葉に危うく頷きかけた。

 

「もちろん魏の軍師である事には変わりないけど。桂花にとって初めて認めようと思った男ですもの」

 

あなたも女の扱いは手馴れたものでしょう? と華琳は艶かしい笑みを浮かべながら聞いてくる。

いやまぁ、そりゃ他の男より慣れてる自覚はあるけど・・・流石に桂花が拒否しないか、それ。

そんな俺の胸中を知ってか知らずか、どう? と華琳が再び問いを投げてくる。

 

「どうって・・・そんなことしなくても良いよ。それに、もし桂花とそういうことするにしても、自分で口説くさ」

 

まぁ、今のところそんな予定は無いけど。

華琳も俺の言葉のトーンからそれを見抜いているのか、いつもどおりふぅん、と呟くにとどめた。

・・・諦めてないな、あの目は。というか、華琳って結構独占欲とか強そうなんだが・・・しかも桂花は結構愛してる部類に入るんじゃないのか?

それを俺に譲るだのなんだの・・・冗談だとしてもなんだか妙だ。

 

「そう? まぁいいわ。なら頑張りなさいな」

 

「はは、ほどほどに頑張るよ。それじゃあな、華琳」

 

「ええ」

 

なんだか煮え切らないなぁ、なんて小首を傾げつつ、玉座の間を後にした。

 

・・・

 

「む? ・・・なんだ、貴様か」

 

「・・・思春かぁ」

 

「・・・どうした。何かあったか?」

 

よほど妙な顔色をしていたらしい。

あのデレの無いツンデレといわれる思春からも心配されてしまった。

 

「いや、なんでもないんだ・・・ほんと、何でも」

 

「・・・いくら私でも、目の前でそこまで落ち込まれていたら心配ぐらいする。・・・ほら、なんだ。近しすぎる人間には言いづらいこともあるだろう。話くらいなら・・・その、聞いてやらん事も無い」

 

そういいながら、思春はそっと目を逸らした。

・・・どうしたんだろう、思春。風邪でも拗らせたのかな。

 

「貴様・・・何か失礼な事を考えてないか?」

 

「そんなことないよ。心配してくれて嬉しいなぁって思ってるだけさ」

 

ごめんなさい思いっきり失礼な事考えてました、と心中で謝っておく。

でも思春、ごめんな。いつもツンな思春に心配されると、どうも命の危険を感じるんだ。

 

「なんだか納得がいかないが、まぁいい。それで? 何か悩んでいたのではなかったか」

 

「ん、いやー」

 

・・・華琳から桂花をあげるって言われたんだけど、なんだか様子がおかしいみたいなんだ、なんて言えない。

 

「なんだ、軍の機密関係か? ・・・確かにそれなら言いにくいのも分かるが・・・」

 

「い、いや、ほんと個人的なことだからさ。気にしないでくれよ」

 

「そうか? ・・・まぁいい。それより、蓮華様を見なかったか」

 

「蓮華?」

 

「ああ。この時間になったらいつもは中庭で訓練のはずなのだが・・・数日前からどうも様子がおかしくてな。頻繁にぼうっとなされるようになったのだ」

 

「・・・様子がおかしい?」

 

「何か心当たりがあるか?」

 

「いや、すぐには。・・・んー」

 

とりあえず、思春と一緒に蓮華を探す事になった。

呉の関係者には全員当たってみたとのことなので、あとは蜀か魏しか残っていない。

魏に蓮華が行くとは考えにくいので、まずは蜀の人間を当たってみる事に。

 

「蜀か・・・」

 

「何かあったか?」

 

「いや・・・私は蜀の軍師たちや南蛮の娘たちに怖がられるのでな」

 

「ああ・・・小さい子には、目つきが少し怖いのかもな」

 

今は無表情な思春だが、それでも目の鋭さは変わらない。

こちらをちらりと見やるその目つきも、下手すれば睨んでいると思われても仕方がないほどだ。

・・・亞莎も同じような悩みを持っていなかったか。

 

「こればかりはどうする事も出来ん。蓮華様には「もっと笑ってみたら」と良く言われるのだが」

 

「・・・ちょっと笑ってみてくれないか?」

 

「・・・」

 

こちらを向いてしばし無言になった思春が、突然口角を上げた。

にこっ、とかにぱっ、というよりは、ニタァ、とかニヤリ、というちょっと恐ろしげな笑いだ。

 

「うん、もうちょっと自然に笑えるようになれば良いな」

 

「自然にと言われてもな。・・・そういう貴様はどうなのだ?」

 

「俺? どうって言われてもな。笑うって言うのは、何か楽しい事とか嬉しい事とかがあったときに自然に出るものだからなぁ」

 

「楽しい事や嬉しい事か・・・」

 

そういって考え込んでしまった思春の隣を歩きながら、俺もうーんと考える。

自然に笑えるようにするには・・・まぁ、一番は自分の好きな事をやっているときじゃないだろうか。

思春の好きな事・・・分からん。

そもそも、思春と出会っても話すのは他愛もない世間話のようなものだ。

あまり思春自身に踏み込んだ話はした事ないな。

 

「・・・分からん」

 

「まぁ、今は戦乱の世じゃないんだし、ゆっくり探していったらいいんじゃないかな」

 

「そういうものか」

 

「そういうものだって。無理矢理探したものは「好きな事」とか「楽しい事」にはならないんじゃないのかな?」

 

「・・・一理あるな。お前も、たまには良いことを言う」

 

「そんな年がら年中良い事言えるほど人間出来てるわけじゃないからな。大切なときに一言言えれば十分だろ」

 

「っ・・・」

 

微笑みながらそういうと、思春はばっと顔を背けてしまった。

・・・しまった、クサイ台詞だったかな。

 

「まぁ、なんだ。・・・やはり、お前は他の男とは違うようだな」

 

「ん?」

 

「何でもない。・・・ありがとう、と言っただけだ」

 

そういってこちらを見上げる思春の表情は、少しだけとはいえ笑顔だった。

 

「今、笑えてるじゃないか。そういう風に、素直に感情を出していけば良いんだよ」

 

「・・・そうか」

 

足取りが軽くなった(ように見える)思春の後ろを歩いていると、朱里の部屋から出てくる蓮華が見えた。

 

「む、蓮華様。・・・助かったぞ、ギル」

 

こっちを向いてそういい残した思春に、気にするなと手を振る。

それを見てクールに笑って小走りに去る思春を見送り、踵を返す。

蓮華と少し話をしていくのもいいが、今日は姉妹(しすたぁず)とのミーティングがあるのだ。

数日前に様子を見に行ったとき、人和から予算の事について質問されていたので、その資料の説明やらこれからの活動予定なんかを話し合わないといけない。

・・・それにしても、何で朱里の部屋にいたんだろうか?

 

・・・

 

「というわけなんだが、この予算でいけるか?」

 

「・・・まぁ、無理ではないわね」

 

俺の渡した資料を渋い顔をしながら読んだ人和が不承不承といった感じに呟く。

現在の三人の成果に対しては、このくらいしか出せないのが現状である。

・・・金があるからといってそれを全部活動資金に回してしまっては、人和はともかく天和と地和は湯水のように使うだろう。

飢えさせたいわけではないが、あまり贅沢させるのも考え物だろう。

特に天和は贅沢するとすぐに堕落しそうなイメージがある。

 

「姉さんたちは文句を言うだろうけど・・・こうして安定した資金を出してくれるだけで普通は感謝してもしきれないものだもの」

 

「はは、俺も人和たちがヒット・・・大活躍するのを見込んで出資してるわけだし、善意だけでこんなに金は出せないからな」

 

「・・・ふふ、そうね。私たちは大陸中に歌を響かせるためにこうしてアイドルしてるわけだし」

 

アイドルというのは難しい。

やった事のない俺が言うのもなんだが、歌って踊れるというのが俺の中でのアイドル像である。

アイドルの語源のとおり、崇拝される勢いでファンを増やし、維持し続けなければいけないというのは相当難しく、プレッシャーになるだろう。

・・・まぁ、天和の言動を見るにプレッシャーは感じていないようだが。

ちなみに、人和がアイドルという言葉を知っているのは、もちろん俺が教えたからだ。

ちょうど良い呼び名としてこれほど相応しい単語もあるまい。

彼女たちのライブでは、「ほあーっ!」という熱気溢れる雄叫びをあげるファンたちが集うのだ。

その中心にいるのだから、アイドルという呼び名が相応しい。中身はともかく。

 

「期待してるぞ。・・・さて、折角だし天和たちの様子も見ていくか」

 

「今はたぶん・・・歌の練習でもしてるんじゃないかしら」

 

「へえ。やっぱり歌って踊れるのが必須条件だからな。天和も真面目にやってるか」

 

「そりゃあね。私たちにはこれしかないわけだし。私もちょっと姉さんたちを脅かしてるから」

 

「脅かすって?」

 

「そんなに大仰な事じゃないわ。頑張らないと、お金がなくなるわよってことを時間を掛けて教えただけだから」

 

そういって、メガネをクイッ、とあげる人和。

・・・うわぁ、光を反射してメガネがキラリと光ったぞ・・・。

 

「大分顔が青ざめてたから、しばらくは真面目に練習するんじゃないかしら」

 

そういう人和に連れられ、以前姉妹(しすたぁず)が使っていた小屋へとやってきた。

人気の少ない町のはずれにある事から、歌や踊りの練習をしても周りに迷惑を掛けないと考えられたため、急遽そこをレッスンスタジオへ改装。

まぁ元々小屋が建っていたし、ライブ会場と小屋を少し改装するだけで済んだのであまり手間は掛かっていないが、それなりに良いものにはなっているだろう。

 

「・・・あら? 何も聞こえないわね」

 

「ん? ・・・ああ、そうか。歌の練習してるんだもんな」

 

現代のような防音設備はもちろんないので、ただ壁を厚くしただけの防音設備しかないのだが・・・ここまで近づけば流石に歌声ぐらいは漏れるものである。

 

「人和、嫌な予感してきたんだけど。帰っていいか?」

 

「駄目に決まってるでしょ。あなたが帰ったら姉さんたちを一人で怒らなきゃならないじゃない」

 

「ああ、もう決定してるんだ、それ・・・」

 

「ふふ、あれだけ脅かしたのに、全然分かってないんだもんなぁ、姉さんたち。良い、ギル。私は天和姉さんを何とかするから、地和姉さんをお願い」

 

「・・・ら、ラジャー!」

 

怖い・・・怖いぞこの娘!

というか、天和より地和のほうが言う事聞かせるの難しくないか。

天和は天然ほわわん系の抜けてるお姉さんキャラだから話に乗せるのは意外と簡単だが、地和はなぁ・・・。

どうしようかとうんうん唸りながら、人和の後ろに続いてレッスンスタジオへ入る。

中に入っても歌声が聞こえないという事は残念ながら嫌な予感が当たっているという事だ。

 

「・・・姉さん?」

 

人和の声が一オクターブ低くなる。

目の前には、なにやら騒いでいる天和と地和。

卓に展開されているのは、様々な店の出前の品。

うわ、これって結構高いところの奴じゃないか・・・?

多分、俺につけられてるんだろうなぁ。まぁ、後でもちろん返してもらうけどな!

というか、二人は体が資本の仕事をしている自覚があるんだろうか。

少し前も食べ過ぎて痩せなきゃと騒いでいた天和が満足そうな顔して息をついているんだけど。

あ、地和がこっち気づいた。で、顔を真っ青にした。

 

「れ、人和!?」

 

「えー? あ、ほんとだー。人和ちゃん、遅かったねぇ。もう全部食べちゃったよぉ」

 

・・・すげえ。自分が悪い事してるって言う自覚がないって言うのがすげえ・・・。

そんな二人の姉を見た人和が、こちらを振り向く。

顔は無表情である。が、目には漆黒の炎が宿っている。

あ、駄目だってその炎は宿したら。

 

「ギル? ・・・ちょっと、練習を手伝ってくれない?」

 

「・・・はぁ、了解。俺もちょっと、目に余ると思ってたところだし」

 

性根を叩きなおす必要がありそうだ。

宝物庫から三人のために集めておいた古今東西、歌や踊りや立ち居振る舞いに関する指南書を取り出しながら、二人に向き合う。

 

「スパルタになるが・・・殺しはしない。副長も泣き叫ぶぐらいで翌日にはケロッとしていたから安心しろ」

 

「それ絶対安心できないわよね!? ちょっと姉さん! 今私たちちょっと命の危機よ!?」

 

「えー? あ、人和ちゃん怒ってるからー?」

 

「駄目だこの姉!」

 

地和が若干絶望したように頭を抱えた。

うん、俺も天和の頭のゆるさには頭を抱えたくなる。

・・・というか、天和を見てると桃香を思い浮かべてしまうのは俺だけだろうか。

 

「とにかく! 姉妹(しすたぁず)全体の実力を底上げするために、今日はビシバシ行くぞ!」

 

「え? ビシバシって厳しくってこと? やだよぉ」

 

「ちょっ、姉さん、火に油注がないで! ちぃにも飛び火するんだから!」

 

「もう遅い! すでに炎上しすぎて飛び火するところ無いくらいだから!」

 

その日、レッスンスタジオから出てきた天和と地和は人和に手を引かれないとまっすぐ歩けないほどになっていた事をここに記しておく。

・・・ああ、ちなみに人和は軽めのレッスンにしておいた。人和は今まで真面目に練習してきてるし、自制もきちんと効く娘だからな。心配は要らないだろう。

だからといってずっと休ませるのもあれだから少しは練習させたが。

結局その後は鞭の後には飴をという事で優しく接してあげて、アフターケアをしておいた。

それで二人の機嫌も直ったので、良かった良かったと一人頷いていた事は内緒だ。

 

・・・

 

「ぷはー・・・美味い」

 

ただいま一人で風呂に入っているところだ。

一刀はなにやら忙しそうにしていたし、甲賀は元々城にはあまり寄り付かない。

それに、今日はなんだか一人でゆっくりと浸かりたい気分だったので、こうして一人湯の上に酒の載った盆を浮かべながらまったりとしているのだった。

 

「やー、一回やってみたかったんだよねえ、これ」

 

うーん、後はここから桜でも見れれば完璧なんだが・・・ふむ、何か植えてみるか・・・?

 

「桜・・・んー、桃の木?」

 

桃園でも再現してみるか。

うむ、桃香辺りが喜びそうである。

そうと決まればどこかで苗でも発注するか。どこで発注できるんだろうか。

外を見ながらそんな事を考えていたからか、いつの間にか近くに人の気配がしている事に気づくのが遅れた。

入り口に俺が入っている事をあらわす札を下げておいたのでそれを見た一刀かセイバーでも入りに来たかと視線を気配のほうへと動かす。

 

「おや、やはりギル殿でしたか」

 

「やっべ、そろそろあがらないと上せるなぁ」

 

「まぁまぁ、そんなに焦って出なくても良いではないですか」

 

ギルは逃げ出した! しかし回り込まれた!

なぜか湯船の前にはタオルで前だけを隠した星がいた。

それを避けるように湯船からあがろうとしたが、すたすたと前に回りこまれて肩を抑えられてしまう。

 

「いやいやいや、俺が入ってるって札下げといたはずだけど!?」

 

詳しくは「ただいま男入浴中」という札なのだが。

 

「いえ、風呂に入ろうとしたらその札があったのですが、まぁどうせギル殿が入っているのだろうと思って入ってきてしまいました」

 

「えー・・・なんだその理由・・・」

 

ちょっと納得行かない気がするが・・・。

 

「というか、目の前でしゃがまないでくれ。見えかけてる」

 

俺は湯船の中に入っているので、俺の肩を抑えている星より一段目線が低くなっている。

星は俺の肩を抑えるためにしゃがんでいるので、俺の目線と星のげふんげふんが同じ高さになってしまっているのだ。

タオルが最後の防壁とばかりに頑張っているが、あんな引っかかっただけの布にそこまでの防御力は期待できまい。現に今、風でふわりと煽られてるし。

 

「見たいのですか?」

 

「見たら何か要求されそうだからいらない」

 

「それはひどい。折角ギル殿のために一肌脱ごうと思って来たのですが」

 

「本当に脱がなくていいだろうに」

 

いや、そういう意味じゃないんだろうけど、なんだかなぁ。

 

「それに、こんな美女と共に風呂に入れるのですよ? 喜んだらどうなのですか」

 

「わーい、うれしいなー」

 

「ふふ、それは何より。そんなギル殿にはこの奥を見せてあげましょう」

 

俺の言葉が棒読みだった事に何か思うところがあったのか、星は怪しい笑みと共にタオルをどけようとする。

慌ててその手を押さえるが、まずいぞこの状況!

 

「・・・要求は何だ」

 

「要求などありませんよ。ただ私は風呂に入りに来ただけですから」

 

「じゃあ俺はあがるからゆっくりしていけよ」

 

「いいではありませぬか。そんなに私との入浴がいやなのですかな?」

 

「嫌じゃないけど・・・星は良いのか?」

 

「ふふ、ギル殿にならどこを見られても恥ずかしくはありませぬよ」

 

「・・・はぁ、もういいよ。取り合えず入ってくれ」

 

「ええ、そうさせてもらいます」

 

俺が後ろに下がると、星はゆっくりと湯船に浸かり始める。

ちゃぽちゃぽと湯の上に浮かぶ盆のところまで進むと、お猪口に残っていた酒をぐいっとあおった。

 

「あぁっ、それ、まだまだ試作品で量も少ないのに!」

 

一刀から貰った試作品の酒で、あんまり量もないからわざわざちびちびと飲んでいたのに!

 

「まぁまぁ」

 

そういいながら、星は頭の上にタオルを乗せてくつろぎ始める。

・・・くっ、後三杯分ぐらいしかないな・・・。

しばらく補充も出来ないだろうが・・・まぁいいか、飲まなきゃ死ぬというわけでもないし・・・。

気持ちを切り替えて、星に質問する事に。

 

「で、何でいきなりこんな事を?」

 

「・・・特に理由はないのです。ちょうど風呂に入ろうと思っていたら札が下がっておりまして、念のために脱衣所を覗いてみるとどうもギル殿が入浴中のようでしたので、ギル殿なら良いか、と」

 

「星の行動が気まぐれなのには慣れたつもりだったけど・・・まだまだ甘かったみたいだな」

 

隣に寄り添い始めた星に呆れながら、視線を向けないように気をつける。

風呂にはタオルを浸けないというマナーを守っているのか、湯船でくつろぐ星の体を隠すものは何もない。

 

「? ・・・おや? ギル殿、そんなに不自然に目を逸らして、いかがなさいましたかな?」

 

「星の体があんまり綺麗だから、直視できないだけだよ」

 

「成る程、嬉しい事を言ってくださいますね。ですが、そこまで言っていただけるのなら、じっくりと見ていただいて構わないのですが?」

 

どうせなら、触っても構いませぬよ、と続ける星に、俺は視線を向ける。

一瞬にやりと笑った星だが、俺が視線を向けるだけで何も言わない事に疑問を抱いたらしく、小首をかしげる。

 

「? どうなさい・・・きゃっ」

 

「お言葉に甘えて、星に触らせて貰ったよ」

 

隣に座る星の肩に手を回し、こちらに引き寄せた。

まさかそこまでされるとは思っていなかったのか、星は可愛い悲鳴を上げる。

ふ、ふふふ。その作戦は一刀のようなピュアボーイになら通用していただろう。

だが、俺には通用しないのさ! ちょっと心臓バクバクしてるけどね!

 

「い、いささか驚きました。まさかギル殿がここまで大胆な事をするとは思わず・・・」

 

「星相手に一本取れるなんて、楽しいな」

 

俺がそう言って笑いかけると、星も笑みを返してくれた。

そのまま俺にしなだれかかるように頬を寄せると、星はこちらを見上げて口を開く。

 

「・・・ギル殿、隙ありですよ」

 

「ん、何が・・・むおっ!?」

 

「ちゅ・・・ふふ、私も一本、です」

 

まさかここまでされるとは。

というか俺の入ってる風呂に突入する時点で薄々感ずいてたけど、まさか星も・・・。

 

「ギル殿、続きをしていただけませんか?」

 

「・・・星が良いなら良いんだけど・・・本当に良いのか?」

 

「ふふ、私はこちらも百戦錬磨ですゆえ。問題ありませぬよ」

 

「・・・嘘付け。私初めてですって顔してるぞ」

 

俺がそういうと、星は図星を突かれた、という顔をする。

・・・まぁ、俺がそれを知っている理由はちょっとズルイ理由なのだが、それでも星に無茶をさせるわけにはいくまい。

 

「っ。本当に面白いお人だ、あなたは。・・・白状してしまいますが、こんな事初めてでしてな。というより、殿方に迫るなどという行為自体初めてなもので。どうすれば良いかかなり悩んだものです」

 

「星が悩むところなんて想像できないな」

 

「ふふ、ギル殿が私のことをどう思っているか、少し分かった気がします」

 

「うお、やめろって星!」

 

こいつ、俺の息子握りつぶそうとしてきたぞ!?

 

「私も知識がないわけではないのですぞ? 朱里や雛里からぼっしゅ・・・もとい、借りた本で学びましたので」

 

知識だけならば、月にも負けませぬ、と不適に笑う星。

それでも、俺の息子からは手を離してくれないが。

 

「ギル殿が一人で風呂に入っていると知って、これは好機、と思ったものです。・・・まぁ、少し恥ずかしくはありましたが」

 

「あー、そっか。・・・星は、俺とそういうことしても良いってほどには好きでいてくれてるんだな?」

 

俺がそう問いかけると、星は少し頬を赤く染めて頷いた。

 

「ギル殿には武も智もあり、お人柄も良い。・・・好きにならない方が難しいというものですよ」

 

「そこまで褒められると照れるな」

 

「・・・ささ、ギル殿。あまり長湯していると上せてしまいまする」

 

そういって、星は俺の手を掴んで自身の胸へと誘導してくる。

そんな星に口付けてから、星を湯船から上げて仰向けに寝転がらせる。

 

「・・・少し、恥ずかしいですな」

 

「大丈夫」

 

「ギル殿に言われると、安心します・・・」

 

上に覆いかぶさる俺の背中に手を回しながら、星が呟く。

そんな星の綺麗な体に手を伸ばしながら、首筋に口付ける。

・・・まだまだ時間はあるし、ゆっくりと慣れさせていこう。

 

・・・

 

「ふぅ、少し、上せてしまったようです」

 

「湯船からは上がってたんだけどな」

 

「あんなに暖かいところであんなに激しい運動をすれば、上せもしましょう」

 

「・・・させたのは、星だけどな」

 

「何のことやら?」

 

そういってかわいらしく首を捻った星にため息をつきながら、俺たちは通路を歩く。

星の足取りには若干の違和感があるものの、ぱっと見ただけではそれに気づかない程度である。

愛紗辺りが見れば分かるかもしれないな。

 

「ま、星も大変だったみたいだし、良しとするか」

 

そういって星の頭を撫でると、少しむくれた顔をした星がこちらを見上げた。

 

「・・・子ども扱いは、不服です」

 

「はは、意外と星は子供っぽいんじゃないか?」

 

特撮ヒーローに憧れるところとか、ちょっと耳年増なところもそうかもしれないな。

なんというか、背伸びして無理に大人っぽく振舞うところとかはあると思う。

 

「ギル殿は意地悪だ。・・・ですがまぁ、そういうところも良いと思ってしまうのは惚れた弱みという奴でしょうか」

 

「そうストレートに言われると照れるな」

 

「すと?」

 

「・・・直接的にって意味さ」

 

「ああ、成る程。・・・まぁ、すでにお互いの事を想い合っているのですし、隠す必要もありますまい。それとも、人を好きだというのが恥ずかしい事だと?」

 

俺の言葉に得心がいったと頷きながら、星がそう聞いてくる。

いや、恥ずかしくなんてないさ。素晴らしい事だとも思う。けどさ・・・。

 

「そうはいわないけどさ。恥ずかしいって言うより、二人きりのときならともかく、人前でそういうこと言われるの慣れてないんだよ」

 

城内の通路というのはもちろん俺たちだけが歩いているわけではない。

兵士や侍女、たまに将ともすれ違うわけで・・・。

さっきの星の台詞を聞いた兵士がこちらを二度見してる始末だ。

・・・ああ、後数分もしたら月たちの耳にも入るんだろうなぁ・・・。

 

「・・・ふふ、良いではないですか。月たちも許しているのでしょう?」

 

「そりゃそうだけど・・・」

 

「それに、月たち侍女や愛紗たちは良くて私は駄目という事もないでしょうに」

 

「・・・分かったよ、もう何も言わない」

 

「いえいえ、愛している、位は言ってもらわないと困ります」

 

「そういうことじゃ・・・ああもう・・・星、大好きだよ」

 

星の頭を再び撫でながら、言葉を伝える。

 

「子供扱いは、と言いたい所ですが・・・これは心地よいですな。許すとしましょう」

 

「何でそんな上からなんだ」

 

「ふふ。・・・ああ、本当に心地よい。月たちが進んで撫でられるのもわかるというもの」

 

そういって満足そうに目を閉じる星。

頭から手を離して少し歩くと、星の部屋へと到着した。

 

「・・・ちょっと休まれていきますか?」

 

「絶対休ませる気ないだろ」

 

「おや、ばれてしまいましたか」

 

部屋での一戦の後に風呂でもう一戦というのは何回かやった事あるが、風呂の後に部屋に誘われるのは初めてだ。

まぁ、本当なら別に寄っていっても構わないのだが、今日も姉妹(しすたぁず)達を見に行かなければならない。

今の状況だと、一日休ませたら確実に気を抜くだろうし。

そう言って誘いを断ると、星は少しだけ残念そうな顔をして

 

「それならば仕方がありませぬな。・・・ではまたの機会にお呼びするといたしましょう。む、それより私がそちらに行ったほうが・・・」

 

なにやら顎に手を当てて考え込み始めた星に声を掛けると、なんでもありませぬ、と手を振って誤魔化された。

 

「それなら良いんだけど。それじゃ、俺はもう行くよ」

 

「ええ。私も少し休んだら訓練に行くとします」

 

「・・・すまんな。出来る限りゆっくりはしたんだけど」

 

「お気になさらず。月たちから話は聞いていたので覚悟済みです。それに、あれだけ優しくしていただいたのです。文句などあるはずもない」

 

「そっか」

 

「そうですとも。それに、これで愛紗を本格的にからか・・・げふんげふん、愛紗と語らえるというもの」

 

「・・・心配だなぁ。まぁ、ゆっくりと休めよ?」

 

「もちろんそういたします。流石にこれで愛紗と打ち合うのは難しいですし」

 

「ん、じゃあ、また」

 

「ええ。・・・ギル殿っ」

 

「なん・・・むっ!?」

 

「・・・ふふっ、隙あり、ですな」

 

突然名前を呼ばれて振り返ると、星が俺のもとへと飛び込んできていた。

俺の首に腕を回すと、そのまま抱き寄せるように口付け、地面に降り立つ。

・・・適わないなぁ、こりゃ。

 

「それでは、頑張ってくださいませ」

 

そういって部屋に戻って行く星を見送ってから、俺は事務所へと歩みを進めた。

ふむ・・・あっちに着くまでに何とか平常心に戻っておかなければ。

この状況で姉妹(しすたぁず)のもとに行ったら、襲う自信があるぞ・・・。

天和たちもアイドルなだけあって顔もスタイルも抜群だからな。

・・・いや、仕方がないだろう。あれだけ可愛い子達に毎日迫られてるんだから。

 

・・・




「ちなみに、どんな理由で喧嘩してたんだ?」「俺がプレゼントした貯金箱千円も溜めないうちに破壊したこととかかな」「幼馴染にも貯金趣味広げてたんだ・・・」「あいつ、壊滅的に手元に金を残さない奴だったからなぁ。あいつの母上からも頼まれてたんだ。お小遣い貰っても二日後には大体三桁しか残ってなかったりする」「凄いなその幼馴染・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十七話 軍事訓練に

「はーい、今日の訓練は、山で遭難したときに生き残るためのサバイバル訓練でーす!」「おお、結構ためになりそうだな」「講師はこのお二人、ライダーさんと恋さんでーす!」「とりあえずキノコ」「森には、たべもの、いっぱい」「やべえ・・・理解できねえ・・・」


それでは、どうぞ。


「・・・きょ、今日は何やるの~?」

 

俺が事務所に入ったと同時に掛けられた言葉がこれである。

発言者はしゃべり方で分かると思うが、天和だ。

声から若干の恐怖が漏れ出てるあたり人和のレッスンが効いたと見える。

 

「んー、今日は歌と踊り、どっちかの練習だな。公演は決まってるんだし、それに向けて練習していくだけだ」

 

「ふえーん、あんな練習一ヶ月もやらされたら死んじゃうよぉ!」

 

「はは、あそこまで厳しい練習はあんまりやらないって。天和と地和がちょっとだらけてたから、叩きなおすためにやったようなもんだし」

 

副長に地獄訓練を受けさせたのも、あまりにも隊長の俺に対する態度がひどかったからだし。

・・・いや、ひどかったといっても俺に攻撃的だったとか命令を聞かないとかそういうことじゃない。

あいつ、何とかして訓練を受けない方向に持って行こうとするんだ。話術とかで。

最初の頃はあいつ三日に一回風邪ひいて、四日に一回腕が折れて、五日に一回城壁から落ちた事になってた。

タイミングが合うと風邪ひいた上に腕折れて城壁から落ちてる事もあった。

重症で訓練にこれないとか以前に、死んでると思う。

あまりにも目に余ったので、副長に対して鬼軍曹地獄特訓プログラムを適用し、何とか訓練には出るようにしたのだ。

ああ、あの剣と盾を受け取ったときの感動はどこに。というか、常に敬語で真面目っぽい言動の副長があそこまで嫌がるとは思わなかった。

地獄特訓の後はぐちぐち言いつつも副長としての仕事はこなすようになったので良かった良かったというところか。

・・・あの後からだろうか。副長から妙な視線と毒舌が追加されるようになったのは。

 

「うぅ、本当? もうあんなひどい事しない?」

 

「それは天和たち次第だな。これから真面目に練習して、きちんと公演に当たってくれるならちゃんとご褒美だって出すし」

 

「ごほーび!?」

 

「ああ。それなりなら金を自由に出来る立場だからな、俺。天和たちが好きなシューマイだって気が済むまで食べさせてやれる。だけど、それはきちんと仕事をしてればの話だけどな」

 

「うー、なら、ちゃんとやる」

 

「偉い偉い」

 

涙目の天和をぐりぐりと強めに撫でてやると、くすぐったそうに目を閉じながらも嫌がりはしていないようだ。

さて、これで天和をその気にする事は出来たな。

というか、物で釣れる分地和より説得は楽だろう。

 

「で、地和もきちんとやってくれるな?」

 

「・・・まぁ、あの地獄よりはましよね。きちんとやってればそれなりに見返りもあるんでしょ?」

 

「もちろん。さっきも言ったけど、それなりのものなら用意してやれるし」

 

「じゃ、いいわよ。そこまでされたら真面目にやったほうが楽だろうし」

 

そういって地和も納得してくれたようだ。

人和は・・・まぁ、説得しなくとも大丈夫か。

ちらりと視線を向けると、何かを理解した表情でこくりと頷いてくれたし。

私は大丈夫、というような感じのメッセージが込められているんだろう。うん、勝手に解釈したけど。

 

「よし、じゃあ早速はじめていこうか」

 

元々歌と踊りが好きでこの仕事をやっているんだし、最初はこうして褒美とか物で釣っていけば、それぞれきちんとやる気を出していってくれるだろう。

最終的には、物で釣らなくても自分で練習を始めるくらいのやる気が欲しいね。

ま、その辺は俺の采配次第か? ・・・責任重大だな。頑張らなくては。

 

「それじゃあ、今日は・・・そうだな、昼飯を美味しく食べるために、踊りの練習をして腹を空かせておくか」

 

後で少しくらいなら食事を奢ってやろう。

最初はそのくらい極端なほうが彼女たちのやる気も出やすいだろう。

 

「よっし、がんばろー!」

 

「おー!」

 

「・・・おー」

 

声色とテンションは違うものの、三姉妹は片手を突き上げて気合の声を上げていた。

うんうん、真面目に取り組んでくれるようで何より。

 

・・・

 

「・・・ふぅ」

 

あ、今のは別に賢者モードになったわけじゃないぞ。ちょっと眠気を押し殺していたところだ。

ただいま何をしているかというと、月に膝枕をしてもらっているのだ。

月が木に背中を預けて座り、その膝の上に俺の頭があるのだが、木の葉で柔らかくなった日光が心地よい眠気を誘う。

膝枕というと座っている人に対して横向きに寝転がるのが通常だが、ここは少し坂になっており、横になると重力に誘われて転がり落ちそうになってしまい、ゆっくり出来ない。

なので、今は月の足の延長線上に真っ直ぐになるように寝転がっており、俺の頭頂部が月の柔らかい腹部に当たっている。

・・・太っているとも痩せすぎとも言えないなんとも触り心地の良い月の腹部と、さらさらと俺の髪を梳く月のほっそりとした綺麗な手も、俺の眠気を誘う原因である。

 

「ふふ、ギルさん、眠かったら眠っても良いんですよ?」

 

「・・・んー、いや、もうちょっと起きてるよ。久しぶりにこうして月とゆっくり出来る事だし」

 

「へぅ・・・」

 

ちょっと気障っぽい台詞と共に月の頬を撫でると、照れたように声を漏らす。

くるくると俺の髪を梳く手が「の」の字を描き始めたのも、きっと照れているからだろう。

愛いやつめ。もっと可愛がってやろう。

 

「それにしても、月の膝枕柔らかくて気持ちいいなぁ」

 

「そうですか? それなら良かったです」

 

「ああもう、良い娘だなぁ、月は」

 

なんて可愛いんだっ。

ちょっと俺この娘持って帰る! ・・・はっ、そうだ、ここでやらかしちゃえば良いじゃない!

でも駄目だ! もうちょっと膝枕してもらいたい・・・!

 

「・・・というわけで、もうちょっとだけ膝枕してくれるか?」

 

「? 何がというわけなのか分かりませんけど、もうちょっとなんて言わずにずっとでも良いですよ?」

 

「いや、流石にそれは月も辛いだろ?」

 

「全然辛くなんてないですっ。ギルさんに膝枕してるんですから、辛さなんて感じません」

 

駄目だ・・・まだこらえるんだ・・・まだ、まだ襲っちゃ駄目だ・・・!

日も高いし、それにこの後詠も来るんだし・・・というか何より、屋外でするって確実に誰かに見られるフラグだろ!

可愛い月のあんな姿は誰にも見せん! 当然です。

というわけで、今日部屋に帰るまでは我慢だ我慢。

 

「えへへ・・・なんだか、幸せです。こうしてゆっくりギルさんと過ごすの、一番落ち着くんです」

 

「はは、俺もだよ」

 

そう言って、俺は月の手を握る。

侍女の仕事で少し荒れているが、それでも綺麗な手をしている。

こういうのをなんというのだったか。白魚のような、とか白磁のような、と言うんだったか。

 

「・・・ん、む、流石にちょっと限界か。ごめん月、ちょっとだけ寝る」

 

「はい、分かりました。詠ちゃんが来たら起こしますね?」

 

「ありがとう、頼むよ」

 

そういって、瞼を閉じる。

木漏れ日が瞼の裏からでも分かるほどいい天気だ。結構深く眠っちゃうかもな。

俺の頭を包む柔らかい感触に幸せを感じながら、俺の意識は沈んでいく。

 

・・・

 

「ギルさん、ギルさん」

 

ゆさゆさ、と体が揺れる感覚。

外部からの接触に、俺の意識は急速に覚醒し、体の感覚を取り戻していく。

それと同時に寝る前の状況も思い出し、詠が来たか、と瞼を開いてあたりを見回す。

起き上がらないのは・・・分かるだろ。もうちょっとだけでも月の膝を楽しんでおきたいんだよ。

 

「ふん。おはよう、ギル。ずいぶんぐっすりと眠ってたみたいね?」

 

「いきなり絶好調だな、詠。・・・月、ありがとな」

 

そういいながら起き上がる。

目の前には、腰に手を当てるいつものポーズで立つ詠が。

まぁ、詠は月に負けず劣らずのやきもち焼きだというのは分かっているので、不機嫌になっていてもあまり気にしない。

そりゃ、フォローぐらいはするけどさ。

 

「まったく・・・今日の軍事演習はあんたもいないと始まんないんだからねっ。こんなところで呑気に寝てる場合じゃないんだから!」

 

「はは、分かってるって。でもほら、戦いの前にはゆっくり休息する事も必要だろ?」

 

「それっぽい事言ってごまかさない!」

 

「へぅ、そんな事まで考えてたなんて・・・ギルさん、流石ですっ」

 

「月もごまかされないのっ」

 

ひとしきり突っ込みをいれた詠に苦笑を返してから、立ち上がる。

うん、眠気も完全になくなってる。これなら、十全の力を発揮できるだろう。

 

「ほら、月」

 

「あ・・・はいっ」

 

振り返り、座りっぱなしの月に手を伸ばす。

その手が何なのか理解した月は、嬉しそうに返事しながらその手を掴んだ。

軽く力を入れて引っ張り起こすと、月のスカートについた草なんかを払う。

 

「へぅ、ありがとうございます」

 

「良いって事よ。じゃ、行こうか、二人とも」

 

「はいっ」

 

「分かってるわよ。・・・ん!」

 

月からは元気な返事だけだったが、詠からは返事の後に一文字だけの要求が。

ん、という声と共に伸ばされたのは、詠の片手。・・・ああ、成る程ね。

 

「はいはい。困ったお姫様だなぁ」

 

「ばっ、お、お姫様とかそんな・・・馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ!」

 

そう言いつつも繋いだ手を離したりはしないあたり、詠も可愛いよな。

いやいや、みんな可愛いんだけどさ。それぞれ違った可愛さがあるというか。

 

「さて、それじゃあ久しぶりに軍事訓練に行きますか」

 

・・・

 

今回の軍事演習では、カリスマの力を極力使わないことにしている。

カリスマ全開で事に当たると、敵兵士ですら自身に従わせてしまうからだ。

まぁ俺だってカリスマに頼らないと兵士に言う事を聞かせられないような腑抜けではない。

それに今回使うのは俺の遊撃隊もいる。

俺の指示に従わずに勝手な行動を取る事もないはず。

 

「よーし・・・準備のほうはどうだ?」

 

「ええ、ほぼ完璧といっていいでしょう。なんせ、隊長の地獄の訓練に耐えた私がいるのですから!」

 

「・・・副長、帰ったらもっと訓練しような」

 

「何故に!? 何故にそんなに冷徹な決定を!?」

 

いやほら、副長若干調子に乗ってるっぽいし。

そういうときに天狗の鼻を折るのは隊長である俺の仕事だろう。

 

「まぁ、それは冗談として。副長、今回の訓練はちょっと勝手が違うみたいだ」

 

いつもの軍事訓練は、バランスよく将や軍師、兵士を割り振るものだが、今日は違う。

俺の側・・・何故か俺をトップに据えた軍と、それ以外の三国という意味の分からない分配になっているからだ。

本当に意味が分からない。何とか頼み込んでねじ込めたのが軍師としての朱里と雛里、補佐としての恋、そしてセイバーだけだった。

兵力は遊撃隊が五百人と、恋の部隊六百人。そして、三国から貸し出された三万の合計三万一千百人で向こうに勝たなければいけないらしい。

向こうはほぼすべての将、軍師が出動している上に兵力も三万二千とこちらを上回っている。

まぁやれといわれたからには全力で勝利を取りにいくが、これ辛くないか・・・?

 

「確か後数十分で開始の銅鑼がなるはずだったな・・・朱里、雛里」

 

「は、はいっ」

 

「なんでしゅ・・・なんですか?」

 

「部隊の運用は任せる。そう易々と旗は取らせないから、俺も戦力の一つとして数えてくれていい。なんだったら、前線で一番槍でもやってやる」

 

「はわわ・・・ギルさんが今出せる限界はどれほどですか?」

 

「んー・・・宝物庫は使えないだろうが、装備できる宝具は全て装備してるし、ステータスもそれなりに開放してる。恋より少し上位に考えてくれれば良いかな」

 

「でしたら・・・んー・・・ど、どうしよう。結構悩むね、雛里ちゃん」

 

「うん・・・。賊とかの戦いだと手加減必要ないんだけど・・・怪我させるわけにもいかないから・・・」

 

「そうだよね。ギルさんって縛りがある状況だとこんなに奇妙な戦力になるんだね・・・」

 

はわわあわわと話し合う二人はいったん放っておく事にして、恋とセイバーを呼び出す。

セイバーはいつもの兵士としてではなく、一つの部隊を任せる隊長である。

何とか頼み込んでやってもらっているのだが、問題なく運用できているようで何よりだ。

 

「・・・どうしたの、ギル」

 

「何か問題か?」

 

「いや、そろそろ始まるけど、調子はどうかなって」

 

俺の言葉に、恋とセイバーは力強く頷いて答える。

 

「ばっちり。ご飯もいっぱい食べてきた」

 

「私も万全だ。しかし向こうの戦力が馬鹿げているな。こっちの将ってあれだろ? 一人で数人ぶっ飛ばす感じの・・・」

 

「・・・すまないけど、二人とも頑張ってくれ。俺も前線に出る場合もあるから、それも頭の中に入れておいてくれ」

 

「そりゃそうなったら全力で守るが・・・ううむ、結界の中から二人を呼んでおくか・・・?」

 

本気で悩みだしたセイバーの隣で、恋がこちらをじっと見つめてくる。

 

「どうした?」

 

「・・・ギル、勝ちたい?」

 

「負ける気はないよ。全力を尽くす」

 

「・・・ギルのために、頑張る」

 

「あまり無理はするなよ?」

 

そう声を掛けると、恋はいきなりととと、とこちらに近づいてきた。

そして、軽く頭を下げてくる。

一瞬考え込んでしまったが、すぐに理由に思い当たる。

 

「はは、恋は仕方がないなぁ」

 

片手を伸ばして恋の頭を撫でる。

くしゃくしゃと少し乱暴に撫でると、ん、と声を漏らす。

 

「・・・ありがと。これで、全力、いける」

 

ほう、と軽く息をついた恋が、軍神五兵(ゴッドフォース)を肩に乗せる。

 

「よし、行くぞ」

 

俺の前を去った恋たちが配置につくのとほぼ同時。

開戦の、銅鑼が鳴った。

 

・・・

 

「いく」

 

「サーヴァント、セイバー・・・参るっ!」

 

右翼と左翼、それぞれの先頭では恋とセイバーの二人が爆発的な速度で駆けはじめていた。

ちなみに、恋の持つ軍神五兵(ゴッドフォース)は一般には可変機構持ちの方天画戟として認識されている。

いや、弓に変わるときとか双剣や長剣に変わるときに無理がありすぎだろ。とか、盾の形態は確実に質量が変わっているだろと思うのだが、その辺はみんな何故か疑問に思わないらしい。

宝具故の神秘性のためだろうか。そうなっても仕方ないと思わせる神秘が宿っているのかもしれないな。

今回の軍事訓練、ある程度の実力を持つ人間は自分の獲物を持って来ているのだが、危険性はほとんどないだろう。

以前と同じように、腕についている布を切断、もしくは奪取することによって脱落が決定する。

後は、武器を無くして戦闘力を無くした時とか、降参したときも脱落することになる。

 

「右翼は恋さんを先頭に、遊撃隊、呂布隊が主立って当たってください! まずはそちらを崩します!」

 

「あわわ・・・左翼はセイバーさんを中心に、右翼に相手を受け流してください・・・! 決して無理はせず、右翼に任せるように・・・!」

 

戦法としては、鶴翼の陣の変型だろうか。

右翼に恋と呂布隊、俺の遊撃隊を中心に三万の内の一万程度を配置する。

左翼にはセイバーに二万程度の兵を預け、右翼に兵を受け流すように動いていく。

正直に言って真正面から当たっても勝てる気がしないので、少しでも自分たちに有利になるように動かすしかあるまい。

幸い右翼が当たっている部分には将が少なめなようなので、順調に脱落者が増えているようだ。

大変なのは相手を誘導しないといけない左翼だが、そこはセイバーのカリスマで統率された動きを見せている。

雛里の指示もきちんと行き届いているようだし、しばらくは問題ないだろう。

・・・ただ。

 

「はわわ! 中央を霞さんと翠さんが突撃してきました!」

 

「やっぱりか・・・」

 

どうしても薄くなる中央。

数千ほどの兵力しかいないここは、ある程度の突破力を持っている将ならば駆け抜けることが出来るだろう。

後ろに一人も兵を連れていないところを見るに、左翼から右翼へ移動中の人の波に浚われていったか。

 

「中央を守る戦力は朱里と雛里の防衛に全力を尽くせ! 副長、旗の防衛も頼む!」

 

「了解いたしました! ふっふっふ、隊長の旗は絶対に取らせませんよぉ!」

 

その中央をどうするかという話になったとき。

真っ先に出たのは「俺が相手をする」ことだった。

それなりの技術も持っているし、ステータスも大分全力近くに戻している。

数人ならば俺一人で相手できるし、相手によっては脱落させる事も可能だろう。

 

「任せた!」

 

朱里と雛里、そして旗の防衛のために残した数千の兵は将とともに兵が突破してきたときのためのものだ。

俺は本当に将しか相手にしない。

それ以外の討ちもらした兵は、副長が率いる最後の砦が守る事になっている。

馬には乗らず、自身の足で駆ける。

右手にはゲイボルグの原典を。左手には蛇狩りの鎌(ハルペー)を持ち、二人に突撃していく。

 

「ギルぅっ! やっぱあんたが待ってたかぁっ!」

 

「ギル! あんたはあたしが討ち取らせてもらうよ!」

 

俺の姿を視認したのか、二人が雄たけびを上げる。

 

「そう簡単には討ち取らせない・・・よっ!」

 

まず最初に俺にたどり着いた霞の青龍偃月刀に蛇狩りの鎌(ハルペー)を絡ませる。

勢いと運がよければこのまま武器を絡め落とせるかと思ったが、そこは流石というべきか。

絡め取られかけた青龍偃月刀を一旦離し、バトンのようにくるりと回転させてもう一度手に取った。

 

「あたしもいるんだぞっ!」

 

「分かってるって!」

 

霞と同じく、騎乗したまま放たれた槍の一撃を蛇狩りの鎌(ハルペー)で受け止める。

そのままゲイボルグの原典で腕に巻いてある布を狙うが、霞に邪魔されてしまう。

ちっ、一対一だったら完璧に今ので脱落させられていたんだが・・・。

 

「助かった!」

 

「ぼけっとすなや! ギル、大分本気や!」

 

「分かってるっ!」

 

視線を霞に向けると、すでに馬からは下りているようだ。

馬に乗ったままだと戦いにくいと判断したのかは分からないが、どっちみちやる事は変わらない。

 

「はっ!」

 

足元を狙って蛇狩りの鎌(ハルペー)を振るうと、霞は箒で地面を掃く様にそれを弾いた。

意外だな。身軽な霞だったら、打ち返すより跳んでかわしそうなものだが。

 

「いち、にい、さんっ!」

 

掛け声と共に、ゲイボルグの原典を突き出す。

頭、鳩尾、腕の布だ。

もちろん霞なら避けるだろう。

 

「ふっ、はっ!」

 

俺の予想通り、霞は危なげなくそれを避けた。

 

「そこっ!」

 

弾かれたままだった蛇狩りの鎌(ハルペー)を引き寄せる。

蛇狩りの鎌(ハルペー)は鎌の宝具なので、引き戻すだけで刃の部分が霞の背中を強襲するようになっている。

ついでに足を引っ掛けてやる。

槍を避けるために片方の足に体重を掛けている今、その足に足を引っ掛けてこちら側に引っ張れば、霞は勝手に蛇狩りの鎌(ハルペー)の刃の部分に転んでくれる。

 

「なんやとっ!?」

 

崩れかけた体勢ではこれを避ける事は不可能だろう。

一人では、と続くけど。

 

「せいっ!」

 

翠の声が響くと同時。

俺の腕に衝撃が走り、蛇狩りの鎌(ハルペー)が大きく外側に弾かれる。

霞の背後から接近していた翠が俺の蛇狩りの鎌(ハルペー)を弾いたのだろう。

・・・少し間違えれば霞が真っ二つだって言うのに、凄いなこの二人。

 

「霞、大丈夫かっ!?」

 

「ああ、たすか・・・!? あかん、避けぇ!」

 

「狙い通りだ!」

 

だが、それは俺の思惑にぴったりと合っている。

最初から霞を脱落させようなんて思ってない。

狙いは最初から、意外とこんな状況でのフォローが上手い翠だったのだ。

 

「え、なっ!」

 

蛇狩りの鎌(ハルペー)を弾くために槍を突き出した体勢のままの翠に向けて、ゲイボルグの原典を放つ。

体勢を崩して転びそうになっている霞の上方を通り、狙い違わず翠の伸びきった腕・・・その腕に巻いてある布を切り裂く。

どんなに素早くても、武器を振るった直後は流石に硬直する。

そこならば、今の俺でも十分追いつける。

 

「くっ~・・・!」

 

槍を手元に戻し、悔しそうに切り裂かれ地面に落ちた布を見つめる翠。

・・・ふぅ、これで一対一だ。

 

「・・・やられたわ。あそこまでウチを狙っておいて、本当の狙いは翠だったんかい」

 

「ああ。翠は猪突猛進な所もあるけど、それと同じぐらい手助けが上手だからな」

 

多分蒲公英の姉代わりだったというのもあるのだろう。

あれの世話をしていれば、それなりに気遣いも上手になるというもの。

 

「なるほどなぁ・・・」

 

「正直言って、翠が予想通りに動いてくれて助かったよ。そうじゃなかったら今頃霞は上半身と下半身が着脱可能になってるところだったし」

 

「止める気なかったんかい!」

 

「もちろん本気でやりはしないけど・・・あのまま霞の腕の布を切り裂けたとは思うよ」

 

まぁ、蛇狩りの鎌(ハルペー)の軌道を無理矢理変える、なんて負担掛かる事してたら、その後に隙を突いた翠に俺の布を斬られて終わりだったと思うけど。

 

「さて、そろそろ春蘭辺りが来るころだろうから、霞、お前にも脱落してもらうぞ!」

 

「はっ、やってやろやないの!」

 

お返しとばかりに霞からの鋭い刺突が飛んでくる。

 

「甘い、甘いぞ霞!」

 

ゲイボルグの原典で打ち払い、蛇狩りの鎌(ハルペー)を振り下ろす。

それを防ごうと青龍偃月刀を構えた霞のもとへ、蛇狩りの鎌(ハルペー)ではなくヤクザキックをお見舞いする。

予想以上の方向から来た衝撃に堪えるため、霞の表情が険しくなる。

 

「取ったっ!」

 

弾丸の様に飛び出したゲイボルグの原典が、霞の布を切り裂く。

 

「あ、うぅ~・・・!」

 

そのままがっくりと肩を落とした霞が、ひゅんひゅんと青龍偃月刀を回して肩に乗せる。

 

「いや~、負けたわぁ!」

 

「はっはっは、流石に負けられないからな」

 

こんな序盤で俺が抜かれていたら話にならない。

 

「じゃ、ウチらは見学しとるわ! いくで翠!」

 

「おう。じゃあなギル! 頑張れよー!」

 

「おーう」

 

去っていく二人に手を振りつつ、後退していく。

次の突破者がくるまでは、朱里と雛里の手伝いをしていないといけないのだ。

 

・・・

 

セイバーの受け持つ左翼を見ると、どうもセイバーが苦戦しているように見える。

あれは・・・まずいな、愛紗と鈴々がぶつかってる。流石のセイバーもあの二人相手は難しいだろう。

 

「将がいないのはヤバイなぁ・・・」

 

恋をそちらの救援に迎えさせたいが・・・それだと右翼が大変な事になる。

中央を突破しようと暴れている春蘭もいる事だし、何とかしないととは思うのだが、流石に無いものは使えない。

 

「ん・・・?」

 

いくつかの兵がセイバーを助けようと動き出している。

ああ・・・そういえばあの辺りには銀もいたはずだ。

ここは銀を信じるしかあるまい。

 

「・・・よし、やるか」

 

中央を突破してきた春蘭と・・・あれは・・・雪蓮か。

あの二人を出来るだけ早く倒す。

その後もセイバーがピンチだったらそちらに救援に向かい、大丈夫そうならばそのまま中央を突破し、戦場をかき乱す。

そしてすぐに転進し、旗の守りに戻る。

これならば運が良ければ何人かの将を脱落させることも出来るし、更に仕切りなおす事も出来るだろう。

まぁ俺が突出している間副長には厳しい戦いを強いる事になるが・・・まぁ、副長ならやってくれる。

俺が鍛えて、限界を突破するほどの実力を持たせたのだ。その程度で負けるわけがない。

 

「ギルうぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

「あっはっは! やっぱりここにいたのね!」

 

自分の足で走ってるくせに、下手な馬よりも速い二人がこちらへと駆けてくる。

・・・あの二人に、長物は不利か。

そう判断して、蛇狩りの鎌(ハルペー)とゲイボルグの原典を副長に手渡す。

副長ならきちんと管理してくれるだろうし・・・もしものときは使いこなせるだろう。

そのために剣から弓、ハンマーやら鉄球やらオカリナやらタクトやら空きビンやら、何でも使えるように指導もしてきたんだ。

 

「頼んだぞ、副長」

 

・・・

 

隊長が駆けていくのを見届けつつ、自分の感覚を広げる。

今の自分の実力からして、一番怖いのは明命さんと思春さん。

人ごみの中をすり抜けてやってくる二人は、自分が感知できる限界を超える隠密を見せる。

だから、常に周りを見渡し、その二人が接近してこないかを見張ってないといけない。

・・・まぁ、隊長が抜かせなければいいだけのお話なんですが・・・。

 

「すまん副長! 蒲公英そっちに行った!」

 

「馬鹿ですかっ。絶対防衛線抜かれてるじゃないですかっ!」

 

将は全て止めるって言っていたあのカッコイイ隊長はどこに!

 

「ふっふっふー。お兄様も抜けてるよねー」

 

「・・・ええ、それには同意します」

 

隊長を抜いた後馬から飛び降りこちらに駆けてきた蒲公英さんにそう返しながら、剣と盾を構える。

・・・背後の地面に突き刺さっている槍と鎌は使わないでおきましょう。多分使いこなせませんし。

 

「そういえば、よく隊長を抜いてここまでこれましたね。一応隊長も本気出してたはずですけど」

 

「んー? ああ、簡単だよー。春蘭と雪蓮さまが突撃するって言うから、それなら隙をつけるかなーって思っただけだから。上手くいっちゃってたんぽぽもちょっと驚いてるー」

 

「ああ・・・まぁいいです。私は隊長に言われたとおり、旗を守って時間稼ぎするだけですから」

 

「時間稼ぎ? たんぽぽを倒すー、位は言わないの?」

 

「ええ。だって時間を稼いでいれば隊長が助けに来てくれますから。これほど楽な訓練もありません」

 

そういって、左手に持つ剣をくるりと一回転。

蒲公英さんはにやりと笑いながら、槍を構える。

 

「ふーん? お兄様の事、よっぽど信頼してるんだねー」

 

「そりゃもう。この世界で一番頼りになる人ですから」

 

すでに隊長は二人を圧倒している。

この調子なら、少し時間を稼げば救援に入ってくれるだろう。

 

・・・

 

「ちょっと! その剣反則じゃない!?」

 

「反則じゃない! 避ければ良いだけだろ!」

 

「それが難しいのよっ! ああもう! 南海覇王が真っ二つになったら弁償してもらうんだからね!」

 

雪蓮が焦ったように叫びながら俺の一撃を避ける。

片手に持つ宝具、絶世の名剣(デュランダル)の特性は何でも切り裂く切れ味だ。

防御に回した剣すら斬るこの剣の前に、宝具以外の防御なんて無意味だ。

宝具だとしても、ランクが下ならば斬れるだろう。これはそういう神秘を内包している。

ちなみに、こういうときに一番騒ぎそうな春蘭はすでにリタイアしている。

・・・いやー、猪突猛進な人間って騙しやすいよね!

 

「間違って腕ごと切断したらごめんな。もとの腕が残ってたら孔雀あたりに治して貰えるだろうから。ねちねち言われるだろうけど」

 

「怖い事言わないでよっ!」

 

ビュオッ、と風を切って迫る絶世の名剣(デュランダル)を、頭を傾けて避ける雪蓮。

絶世の名剣(デュランダル)に注目させておいて、原罪(メロダック)を突き出す。

だが、雪蓮はその剣に南海覇王をぶつけて軌道を逸らす。

 

「あっぶな~・・・勘も捨てたもんじゃないわよね」

 

・・・生身でスキル直感Bとかついてるのか、この化け物。

もし俺がセイバークラスでサーヴァント召還する事になったら孫策召還する事にしよう。

あれ、でも雪蓮じゃないとこの直感はないのかな。

 

「ああもう! どう見ても考え事してるのに、何で切っ先が鈍らないのよ!」

 

「え? ・・・ああ、うん」

 

雪蓮の叫びに意識が戻ってくる。

目の前で原罪(メロダック)を避け、時には弾く雪蓮へ絶世の名剣(デュランダル)を叩きつける。

反射的に南海覇王を合わせそうになり、慌てて軌道を変える雪蓮。

 

「隙ありだな、雪蓮」

 

最近は自分の力量がどれほどかも理解できているのだ。

今の俺についてこれるのはもう、恋ぐらいしかいない。

その恋が味方にいる以上、俺はこの戦場で負ける事は無いと言っていいだろう。

雪蓮の布を切り裂きながら、冷静にそう考える。

 

・・・

 

「はっ、せいっ!」

 

「ふ、はっ、とりゃっ」

 

盾で槍を弾き、剣を横に薙ぎ、時には蹴りを繰り出しながら蒲公英さんを旗へと近づけないように戦う。

なんだか戦場のあちこちで人が吹っ飛んでいるようですが、孔雀さんを筆頭に魔術を使う医療班が待機しているので死にはしないでしょう。

・・・おそらく、真っ二つになって即死でもしなければ治療してくれるはずです。

 

「くっ、前より強くなってないっ!?」

 

「当たり前です。皆さんと同じく、私も訓練しているのですから!」

 

そういって剣を振るう。

この剣、隊長の話を聞いたキャスターさんと甲賀さんが面白がって強化した所為で、いろいろと機能がついています。

まず、退魔の力。悪霊だとか悪魔だとか、一般的に悪とされているモノに対しての絶対有利な力ですが・・・悪魔とか悪霊とかそんなわんさかいるわけないじゃないですか。何でこんな力つけたんでしょうか?

次に回転補助機能。力を溜めて振るうと、数回回転して相手に連続攻撃できる回転切りを放てるようになるのですが・・・。

この機能、回転する勢いに補助がついても、私の視界には何も補助がつかずに高速回転してしまうのです。放った後はふらふらになる諸刃の剣・・・。

そのほかにも台座に突き立てるとかっこよく見える機能とか、実戦にはまったく関係しない機能が沢山ついているのですが、剣としてはかなり凄いです。

切れ味が落ちない、刃こぼれしない、刀身は長めなのにあまり重くない、単純にカッコイイなどなど、途轍もなく私好みです。

 

「ふ、ふふっ!」

 

「い、いきなり笑わないでよっ、怖いなぁ・・・」

 

この剣と盾を貰ったとき、本気で隊長に命ささげようと思ったものです。

・・・まぁ、訓練からは逃げに逃げましたが。

 

「怖いとは失敬・・・なっ!」

 

ぐっと溜めた力を解放し、一気に地面を蹴る。

眼前に盾を構えたまま突撃し、剣を振るう。

袈裟斬り、逆袈裟斬り、最後に突き。

急に突撃したからか、蒲公英さんは一撃目で両手ごと槍を上に弾かれ、二撃目で槍を手から弾き飛ばされ、三撃目で腕の布を切り裂かれました。

 

「あぁーっ! や、やられちゃったぁ・・・」

 

がっくりとうな垂れる蒲公英さん。

ふっふっふー、どうだっ・・・って、あー、時間稼ぎだけで良いんでしたっけ。

思わず昂ってしまいましたがまぁ良いとしましょう。

ちらりと隊長へと視線を向けると、二人とも片付けてこちらへと駆けてくるのが見える。

ふふん、これは褒められてしかるべき功績でしょう。もしかしたら、一週間ぐらい訓練受けなくていいよ、とか言ってくれるかもしれません。

いや、むしろ自分から言います。

そんな決意を固めていると、隊長がなにやら叫んでいます。

背後を指しているようですが・・・。

 

「っ!?」

 

悪寒に従い、珍しく働いた直感の通りに振り向いて剣と盾を突き出す。

盾は曲刀を。剣は野太刀をそれぞれ受け止めている。

 

「ほう、まさか防ぐとはな」

 

「しっ、思春さんっ!? それに、明命さんも・・・!」

 

隠密の二人がいっぺんに私のところに来るとか、なんと言う過剰戦力・・・!

というか隊長はこれを教えたかったんですね・・・!?

 

「く、う・・・」

 

ちょっと調子に乗っていたのは認めますが、これはお仕置きとしては辛い部類に入りませんか・・・?

この二人の攻撃を片手で受けるってほとんど拷問ですよ?

 

「今度こそ、時間稼ぎしか出来なさそうですね・・・!」

 

力を振り絞って剣と盾を同時に跳ね上げる。

一瞬の隙間を縫って二人の間を前転して通り抜け、背中を旗に向けて二人と向かい合う。

 

「ほう、中々身軽だな。小さいからか?」

 

「・・・胸が小さいのはお互い様じゃないですかね?」

 

以前お風呂をご一緒したときに見たのですが、私は別として二人とも結構小ぶりだった気が。

私の反論を聞いた思春さんは、こくりと頷いて満足そうに口を開いた。

 

「よく言った、殺す」

 

「ちょ、訓練ですよっ!?」

 

「思春様」

 

「なんだ、明命」

 

明命さんが思春さんを制止しながら声をかける。

ああ良かった、この人はまともな思考回路を・・・。

 

「私も混ぜてくださいね?」

 

「もちろんだ」

 

駄目だった! ただ敵が増えただけでしたちくしょー!

 

「よっ、妖精の弓!」

 

そういって懐から取り出したのは簡単な装飾のなされた弓と、鏃の潰された矢。

別に妖精も精霊も宿っていないのですが、何故か名前は妖精の弓。

普通に弓って名前でいいじゃないですかと言ったら隊長に怒られた記憶が蘇る。

あれ、いまだに何故怒られたのかが分からないので、若干理不尽に思います。

 

「てっ!」

 

向かってくる内、明命さんに向けて射つ。

野太刀に弾かれてしまいましたが、一瞬でも動作が遅れてくれれば御の字です。

なぜなら・・・

 

「っ、後ろっ!?」

 

「ああ、後ろだ」

 

・・・一瞬遅らせれば、隊長がぎりぎり間に合ってくれるからです。

 

・・・

 

「・・・ぶー」

 

「何故ぶーたれる。副長」

 

「いえー、べっつにー」

 

結局あの後、明命と副長が同時に脱落し、その後思春を下したのだが、副長が抜けたのはかなりの痛手だった。

そこで朱里はこのままジリ貧になることを恐れ、右翼と左翼の間を狭め、中央を突破する事にした。

始まったばかりのときとは違い、相手側の兵力のほうが少なくなっていたため、正面突破でも大丈夫だと判断したのだろう。

と言うか、長期戦になればなるほどこちらは不利になってしまうので、あの状態ではそれしか方法がなかったとも言える。

俺は副長の代わりに旗と朱里たちを守る事になり、俺の分の突撃は恋がやってくれる事となった。

そのため若干右翼の被害が増してしまったが、最終的には勝てたのでよしとしよう。実戦ではあんな被害の大きい戦法取れないけどな!

・・・ちなみに、戦闘していたところをばっさり切ったのはあの二人の後特に特筆すべき事もなく訓練が進んでしまったからだ。

恋が突撃している間、セイバーがちまちまと将を撃破してくれたりしていたのに対し、俺は密集している味方兵の隊列を整えるくらいしか役に立っていなかった。

 

「・・・恋、頑張った」

 

「ああ、やったな」

 

最後にはセイバーのアシストを受けた恋が桃香と華琳と蓮華が守る旗を奪って終わった。

 

「ぶー。どうせ役立たずですよー」

 

・・・そして、何故かふくれっ面の副長。

俺の勝手な推測によると、自分が脱落してから戦況が進んだのが面白くないのだと思う。

自分がいなくなってから戦況が有利に進んだ=自分は邪魔だったと言う等式になっているのかもしれない。

 

「役立たずなんかじゃないって。なぁ、恋?」

 

「・・・ん、ふくちょー、頑張った。恋と同じぐらい頑張ってた」

 

「・・・ホントですか?」

 

「ほんと」

 

「いえーい」

 

「チョロイなー、副長」

 

恋に褒められてすぐに機嫌が直った副長に聞こえないように呟く。

・・・だがまぁ、あの呂布に褒められたのなら、機嫌も良くなると言うもの。

副長の事を単純だと言うのも変か。

それに、すぐに気持ちを切り替えられるというのは美点でもある。

 

「隊長、隊長は今日の私頑張ってたと思います?」

 

「ん? ああ、頑張ってたよ。蒲公英を倒したし、思春だって追い詰めてたじゃないか」

 

最終的には負けたけど、副長は良い所までいっていた。

あの思春が若干苦しそうに顔を歪めていたのは明命と戦っているときに何度も見た。

実力は拮抗していただろう。後は・・・そうだな、経験の差だろう。

大戦の前から戦い続けている思春と、大戦の途中で入隊した副長では、やはり経験に差が出る。

 

「ギル、確認終わったぞ」

 

小走りでやってきたセイバーが開口一番そう伝えてくれる。

 

「ありがと。朱里と雛里は?」

 

「片付けの指揮を執ってる」

 

セイバーの答えに、ありがとうと返す。

訓練終了後から、セイバーには重症の兵士がいないか確認を取ってもらっていたのだ。

そういう兵がいれば優先的に孔雀のところに連れて行かねばならないし、気づかずに放っておけば最悪死んでしまうからな。

幸い重症の兵士はいないようで、みんな切り傷とか打ち身、捻挫など治療をすれば問題なく治る怪我ばかりのようだ。

・・・若干名、近くで将の戦いを見てトラウマになりかけているのもいたようだが。

 

「今日で大体七万人近くの訓練か」

 

三国合わせて兵士は五十万近くいる。

まぁ兵士と言っても専業の兵士は少なくなってしまうが、最大数動員出来る人数がそれぐらいだ。

一気に訓練をしてしまって全員が疲労しているときに他国から侵略を受けて負けるとかシャレにもならないので、こうして数万ずつやる事になっているのだが・・・。

 

「・・・とりあえず、今日の理不尽な訓練について文句言ってこないとな」

 

その場の指揮を副長に任せ、俺は華琳たちのもとへと向かった。

・・・後ろで無理ですよっ、出来ませんっ。と叫んでいる副長は、意図的に無視する事にする。

 

・・・




「あれ? 璃々、それって・・・」「ふくちょーさんのぼーしだよっ」「いや、それは分かるんだけど・・・なんで璃々が被ってるんだ?」「あのねー、ふくちょーさんみたいにゆうしゃさんやりたいって言ったらこのぼーしとこれ、かしてくれたのー」「それは・・・! 妖精のパチンコじゃないか・・・! 俺、弓しか作った覚えないぞ・・・?」


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第二十八話 三国の政務室に

「蜀の政務室はふんわり甘いにおいがする。多分桃香が長時間居座ってたりお菓子を食べたりするからだと思う」「魏の政務室はやっぱり空気がぴんと張ってる感じがするな。でも息苦しいって感じじゃないんだよ。不思議な感覚なんだよなぁ・・・」「呉の政務室はどうだ、バーサーカー?」「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」「入ったことないんだってさ」「そりゃあ、一番政務とは程遠い存在だからなぁ・・・春蘭より向いてないだろ・・・」


それでは、どうぞ。


「はぁ? だって、人数合わせるとあなたが勝つ結果しかありえないじゃない」

 

は? え?

 

「そうよね。ギルと十何人か将がいれば、兵力が一万少なくても勝つものね」

 

そ、そうか・・・?

 

「もう全部お兄さん一人でいいんじゃないかな?」

 

そんなどこかのゲル化するヒーローみたいな事言われても!

 

「いいわね。ギル一人対残り四十三万の兵と将。・・・ふふふ、ゾクゾクするわ」

 

駄目だこの国王たち・・・早く何とかしないと。

結局理由はそんな国王たちの思いつき立ったらしい。

あいつサーヴァントだし一人で纏められない? 見たいな思い付きからどんどん暴走していって、あんな妙な人員配置になったらしい。

おっかねえよこの人たち。サーヴァントって言ったって限界はあるんだぜ・・・?

 

「・・・次の軍事訓練は休ませて貰うよ。また一人でやれとか言われたら大変だからな」

 

「あら、そう?」

 

きょとん、といかにも不思議そうにこちらを見上げる華琳。

 

「・・・ま、いいや。それじゃあ片付け手伝ってくる」

 

「うんっ、頑張ってね、お兄さん」

 

ああ、桃香は唯一のオアシスだなぁ・・・。

・・・いや、いかんいかん。騙されんぞ。桃香はさっき俺一人でもいいんじゃないかとか言ってたからな・・・。

 

「・・・とりあえず、月に癒してもらうとするか」

 

まだ日は高い。膝枕でもう一眠りくらいは出来るだろう。

 

・・・

 

「・・・副長の膝枕、ちょっと硬いな」

 

「文句言わないでくれます? と言うか、頼んできたの隊長ですよね・・・?」

 

ただいま俺は副長に膝枕されつつ木漏れ日に目を細めている。

何で月でも詠でもなく副長なのかと言うと、単純に月が忙しかったからだ。

訓練の治療班の仕事が終わった後、溜まった午前の分の侍女の仕事を片付けに行ってしまったのだ。

もちろん侍女でもある詠もそちらに行ってしまい、更に俺に膝枕をしてくれそうな人員は全て訓練の事後処理に追われてしまっていて、残ったのは副長一人だった。

・・・完全に膝枕で眠る気分だった俺は、まぁ副長でもいいかと妥協してこうして膝枕してもらっているのだが・・・。

 

「・・・もうちょっとやわらかく出来ないか。足を中心に脂肪つけてみたり」

 

「私に太れって言うのですか・・・?」

 

ぴく、と副長のこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「それ以外の意味に聞こえたか?」

 

「やだもうこの隊長! 部下に太れって指示する人初めて見ましたよ! しかもすぐにとか無茶振り付きで!」

 

あぁんまりだぁ、と泣きながら叫ぶ副長を慰めるように、俺は言葉をかける。

 

「やったな。これで人類史に偉大な一歩を残せたぞ」

 

「嫌な一歩ですね・・・」

 

ついさっきとはうってかわって、げんなりとする副長。

だが、足をもぞもぞとさせて出来るだけ肉付きの良い所に俺の頭を動かしてみたりと気遣ってはくれているようだ。

うむうむ、きちんと隊長を労えるようになったのも地獄の特訓プログラムのおかげだろう。

 

・・・

 

あの後、璃々と一緒に遊びに来た紫苑にも膝枕をしてもらったのだが、あれは駄目だ。

いや、柔らかさで言えば月よりも柔らかいのだが・・・あの胸!

寝ている俺の呼吸をふさぐあの胸は駄目だ。死ぬ。サーヴァントが胸で窒息死とか笑えない。

え? 璃々? いやぁ、あの娘は無理じゃないかな。まだ小さいので、俺に膝枕するのは辛いだろう。

璃々もするー! とやる気はあるようなので、もうすこし大きくなったらやってもらうことにしよう。

そんなこんなで璃々と遊び紫苑に誘惑され副長に苦笑されつつ時間を過ごすと、日が暮れてしまった。

あぁ、今日は大変だったなぁと思い出しながら、当てもなく城内を歩く。

すでに副長と紫苑たちは部屋に送った。

その後俺は、自室に帰ってもやることないしとこうしてふらふらとしているのだが・・・どうしようか?

 

「あぁっ、ギルっ」

 

「お、シャオじゃないか。どうしたこんな時間に」

 

まるで暇なのを察知してくれたかのように俺の前にタイミングよくやってきたのは、呉の弓腰姫ことシャオである。

・・・思えば、この世界で珍しく性別が反転していない存在である。体系はロリってるけど。

そんな失礼な事を考えていると、頬を膨らませたシャオがこちらへずんずんと近寄ってくる。

足音と表情から推測するに、どうも怒っているらしい。理由は不明である。

 

「雪蓮お姉様から聞いたんだからねっ。シャオより先に蓮華お姉様と恋仲になっちゃって!」

 

「・・・あぁ、そういう・・・」

 

何を怒っているのかと思えば、なるほど得心した。

 

「別に、先に仲良くなったからって後の人が蔑ろにされるわけじゃないだろ」

 

「そうだけどぉ・・・納得は出来ないのっ」

 

「女心は複雑だなぁ・・・」

 

「そうだよ、複雑なんだよっ。と言うわけで、ギル、今日は私とするんだからねっ」

 

「あー、今日は疲れてるからまた今度。駄目か?」

 

「うー、むー・・・」

 

悩んでるなぁ。

シャオだったらそんなの関係ないとばかりに押し切りそうな物だが・・・。

もしかしたら、俺が疲れていると言ったのを気にしてくれてるんだろうか。

成長したなぁ、シャオ・・・。

 

「じゃあ、今日は一緒に寝るだけで勘弁してあげる」

 

「ま、それくらいなら良いか」

 

やることがないとぶらぶらしていた俺が言うのもあれなのだが、寝台に寝転がれば数分で眠る自信がある。

 

「じゃあ早速シャオの部屋までいこっ」

 

そういって俺の手を引くシャオ。

ちみっこくて暖かい手である。

 

・・・

 

「む・・・もう朝か」

 

瞼に朝日を感じて、意識が目覚める。

シャオの部屋で寝たからか、なんだか妙な感覚を覚える。

目を開くと、目の前にシャオの頭が。

・・・ああ、昨日は確かシャオに腕枕しながら寝たんだったか。

そのまま抱き枕のようにして眠ってしまったらしい。

まぁシャオもすやすやと眠っている事だし、不快だったと言う事もあるまい。

 

「あー・・・ヤバイな。今日の仕事サボりたくなる・・・」

 

シャオのこの抱き心地・・・程よく小さくて、程よく細くて・・・抜群の抱き心地だ。

一日中寝てろと言われても大丈夫なぐらいだ。

 

「・・・ぐ、だが今日は昨日の軍事訓練の報告書とか後片付けとか次の軍事訓練の企画書とかいつもより仕事があるんだった・・・」

 

サボると確実に愛紗が飛んでくる。物理的に。

ついでに青龍偃月刀も飛んでくるだろう。

仕事内容的に蓮華あたりも来るだろう。そうすると思春もやってくる。

・・・考えれば考えるほど、サボると大変な事になると分かる。

 

「仕方ない。起きるか・・・」

 

シャオを起こさないように腕を抜く。

ふふふ、月で鍛えたこの技術、今ならばこうして腕を抜いた事も気づかせずに寝台から降りる事も可能になったのだ!

 

「ふ、ん・・・っと。よし、昨日の疲れなんかは全部抜けてるな」

 

あれだけ動いたから何かしら疲れが残るかと思ったが・・・流石だな、英雄王ボディ。

と言うか魔力があるから疲れを感じないだけか?

魔力があればあるだけ活動できそうだしな。

 

「あー、そういえば副長のところに立ち寄って宝具返してもらわないとな」

 

ついでに新しく開発した鏡の盾を渡してこよう。

太陽の反射を利用する事によって相手の目をくらませることも出来、更には三度までならどんな魔術でも吸収する事が出来る優れものだ。

もちろんその後にその魔術を開放する事も出来る完璧な仕様となっている。

きっと副長も泣いて喜ぶに違いない。

まぁ、唯一の欠点は背中に装備していると味方に光が反射してしまうから取り扱いには気をつけないといけないところかな。

・・・なんだって? 副長に何をさせる気かって?

いや、ほら、ロマンと言うかなんと言うか・・・。副長に緑の服を着せてるのも若干そのためだし。

幸いこの世界に魔王はいないようだが、まぁ副長を強くしておけば俺の部隊を任せられるしいいこと尽くめだろう。

副長も結構気に入ってるみたいだし。

 

「おー・・・朝の日差しが気持ち良いなぁ」

 

伸びをしつつ城内を歩く。

後数十分もしたらシャオが起きて騒ぐだろうが、まぁいつもの事だ。

朝早かった(それでも兵士たちは起きはじめる時間)ためか、寝巻きに寝ぼけ眼の副長から宝具を返却してもらい、そのまま副長を着替えさせて訓練場まで引きずっていった。

まったく、世話の焼ける部下だ。

もうちょっと時間がたって目が完全に覚めてから副長には盾を渡す事にしよう。

 

「さて、お仕事お仕事」

 

今日も張り切って書類を片付けるか!

 

・・・

 

「ふえーん、何この書類の量! おかしくない!?」

 

「桃香様、愚痴を言う暇があったら手を動かしてください」

 

「あ、そういえば朝飯食べてないな・・・通りで腹が減ると思ったら」

 

「じゃあお兄さん、お昼一緒に食べに行かないっ!?」

 

「桃香様!」

 

「ひーんっ」

 

・・・面白いなー、桃香。

正直に言ってあそこまでがっつり引っかかるとは思ってなかった。

ただいまこの政務室には俺、桃香、愛紗、朱里、雛里の五人が作業をしている。

いつもの机では広さが足りないので、いくつか机を運び込んでいる。

ちょっと手狭にはなるが仕方あるまい。

何せ桃香一人では昨日の訓練の書類を纏めるなんて不可能なので愛紗の手は必要だ。

そしてその分後回しになってしまう事務書類などの処理と俺の側の訓練報告書なんかを朱里と雛里がやってくれている。

俺はいつもどおりみんなの仕事の手伝いだ。

書類の量は一番多いが、まぁこれくらいならいける。

 

「んー・・・と、これは、三回くらいで・・・」

 

「あわわ、間違えちゃった・・・えとえと、こっちが百二十だから・・・あれ?」

 

政務室の机の上では、桃香が愛紗に怒られながら仕事をこなしている。

運び込まれた机のほうには、俺と朱里、雛里が座っており、少し顔を上げれば対面で仕事をしている二人を見る事が出来る。

真面目な顔で何かの回数を書き込んでいる朱里と、慌てて計算をしなおして首をかしげる雛里。

・・・これは、いいものだ・・・。

もちろん表情にも声にも出さずに二人を眺め、手も止めてはいない。

しばらく作業を進めていると、政務室の扉がノックされる。

 

「はーい、どうぞー」

 

桃香が書類から顔を上げてそう声をかけると、ガチャリと扉が開かれ、月と孔雀が入ってきた。

 

「皆さんお疲れ様です。お茶が入ったので休憩にいたしませんか?」

 

月の言葉に、もうそんなに時間がたったのかと驚く。

机の端に置いておいた『絶対に狂わない時計の宝具』を見てみると、なるほどもう三時間近く経っていた。

ちなみにこの宝具、たとえ異次元に行こうと異世界に行こうと宇宙でブラックホールに飲まれても・・・は分からないけど、とにかく正確な時間を教えてくれる。

しかも知りたいと思った地域の時間を教えてくれるので、たとえここから移動したとしてもその場所での時間を教えてくれるだろう。

 

「わー! 休憩するするー!」

 

「桃香様っ・・・。まったく、仕方ありませんね」

 

そういいつつ愛紗も筆をおく。

休憩自体には賛成なのだろう。

 

「はわ、お茶菓子までありますっ」

 

「あわわ、おいしそう・・・」

 

「ふふ、美味しそうなのではない・・・美味いのだよ」

 

胸を張りながら孔雀は得意そうにそう言った。

 

「・・・孔雀が作ったのか?」

 

「いや? 買ってきた」

 

それがどうかしたのか、とでも言いたげな孔雀にため息を返しつつ、お茶菓子に手を伸ばす。

もふもふとお茶菓子を食べて満足そうな顔を浮かべる朱里たちを見ながら口に運ぶと、桃香たちにお茶を淹れ終わった月がこちらにやってくる。

 

「ギルさんっ、お茶をどうぞ」

 

にっこりと微笑んで湯飲みにお茶を注いでくれる月にお礼と笑顔を返しつつ、背もたれによりかかり息をつく。

 

「お疲れですか・・・?」

 

朱里たちにも同じようにお茶を注いだ月は、こちらを見て心配そうに聞いてくる。

そんな月に苦笑しつつ手を振って否定しながら、湯飲みを口に運ぶ。

 

「大丈夫。気が休まるなぁって思っただけだから」

 

「そうですか」

 

「ああ。ま、疲れたときはまた月の膝枕にお世話になろうかな」

 

「ふふ、分かりました。そのときはまた、ゆっくりしましょうね」

 

それから少しの間休憩して、仕事を再開する。

さて、甘いものも食べたし、昼までもうひと頑張りだ。

 

・・・

 

終わった。全部終わった。

報告書も陳情も草案の手直しも予算の計算も全部終わった!

俺は昼を食べる! 実を言うと大分腹が減ってる。

休憩のときに下手にお茶菓子なんてつまんだからか、もっと溶かすものをよこせと胃が要求してきているようだ。

まぁ、昼を食べたらまた書類と格闘したあとに訓練だけどな。午前中よりは楽だろう。

そんなわけでたまたま立ち寄った飯店にいた亞莎を昼飯に付き合わせ、呉の話を聞きながら食事を楽しんだ。

最初は戸惑って萎縮していた亞莎も、最終的には笑顔で話が出来るようになったので、よしとしよう。

・・・さて、そのまま亞莎をつれて呉の政務室へ。

今日は三国全ての政務の手伝いなので、訓練の後魏の仕事も手伝う事になっている。

 

「そういえば、政務っていつも誰がやってるんだ?」

 

その政務室への道すがら、亞莎に話を振る。

 

「ふぇっ!? え、えっと、いつもは私と冥琳様、穏様、蓮華様が主にやってます。たまに・・・本当にたまーにですけど、祭様もやったりしてます」

 

「・・・雪蓮は?」

 

「・・・私が文官として来てからは、お仕事してるのあんまり見た事ないです」

 

ああ、やっぱりそうなのか・・・。

雪蓮が大人しく机に座ってるところなんて想像できないからな・・・。

 

「あ、着きましたね」

 

おお、ここが呉の政務室だったか。

主に蜀の政務室で仕事をしているから、こうして他の二国の政務室に来る事はあんまりない。

あっても書類を渡してすぐに帰るくらいだ。

そのせいか、政務室についた事すら気づかなかった。

 

「おじゃましまーす」

 

きちんと扉をノックしてから扉を開く。

室内には、背筋を伸ばして椅子に座り、筆を滑らせる冥琳がいた。

 

「む、亞莎か。おお、ギル、来てくれたか」

 

入ってきた俺たちに視線だけを向ける冥琳。

冥琳の掛けているメガネが太陽の光をちらりと反射して、瞳の鋭さを増したように見える。

いつ見てもクールだなぁ、この軍師。

朱里と雛里にこのクールさがくっ付いたら無敵になるのに。

・・・あ、でも今のはわわとあわわの二人も良いなぁ。

結局、みんな違って良いじゃない、と頭の中で結論が出た。

 

「で、俺は何を手伝えば?」

 

「うむ、とりあえず亞莎と手分けして書類を片付けておいてくれ。・・・ああ、機密とかそういうのは気にしなくて良い。ギルならば、どの書類を見ても構わん」

 

「了解。よろしくな、亞莎」

 

「は、はははいっ!」

 

慌てつつも元気に返事をした亞莎を見て頷いた冥琳は、唐突に立ち上がる。

 

「すまないが、しばらくは二人でやっていてくれ」

 

「?」

 

「・・・当初、ギルを含めて四人でやる予定だった仕事なのだ」

 

俺の頭の上に浮かぶ疑問符が見えたのか、冥琳がそう付け足した。

四人? 残りの一人は・・・ああ、雪蓮か。

 

「大変だな。・・・まぁ、頑張って」

 

「人事のように・・・最近あれがギルに興味を持っているようでな。少しすればこうして探しに行くのは私ではなくお前になるのやもしれん」

 

「なん・・・だと・・・!?」

 

雪蓮に興味もたれるとか完璧に何かあるフラグじゃないですかー! やだー!

と言うかあの人愉快犯みたいな性格してるからな・・・。

シャオと蓮華たきつけたのも雪蓮っぽいし。

 

「ふふ、今のうちに楽しんでおく事だな」

 

メガネをくいっ、とあげる冥琳。

再びそれにあわせてメガネが光を反射する。

二人だけになった政務室に、亞莎の言葉が響く。

 

「あ、あの・・・わ、私は味方です、よ・・・?」

 

「・・・ありがとう。ちょっと今泣きそうなくらい嬉しい」

 

「そこまで傷ついてるんですかっ!?」

 

・・・

 

「あれっ? 何でギルがウチの政務室で仕事してるの?」

 

政務室の扉を開けて入ってきた雪蓮と冥琳。

はぁとため息をつきながら入った雪蓮がこちらを見て口に出した第一声がそれだった。

雪蓮の言葉を聞いて、冥琳もため息をつきつつ口を開く。

 

「はぁ・・・。雪蓮、昨日言っておいただろうが。訓練の報告書やらの関係で、明日はこっちにも出向いてくると」

 

「あれぇ・・・? そ、そうだったっけ?」

 

「雪蓮。まだ説教が足りないか・・・?」

 

「つ、次から! 次からはちゃんと覚えておくから! ね!?」

 

冥琳の静かな怒りを感じたのか、ずいぶん必死そうに弁解する雪蓮。

・・・雪蓮って本気で怒られると弱いのかもしれないな。意外だけど。

蓮華にも冥琳にも怒られてタジタジになっていたときがあったし。

そう考えると意外と真面目な性格してるのかもしれない。

 

「・・・さっさと仕事を始めろ、雪蓮。・・・それで、ギル。どれほど進んだ?」

 

「あー、報告書関係は全部終わってて、暇だから亞莎の手伝いしてた。えーっと、今は何やってたんだっけ?」

 

「あ、えっと、各部隊の予算についてですね。ギル様はやっぱり凄いですっ。状況とか季節に応じた予算配分で、二割ほど無駄がなくなりました!」

 

「ほう」

 

「あー、そこまで褒められる事じゃないよ。外の人が見たから分かる問題点みたいなところもあったし」

 

「ふむふむ・・・これからもたまにギルを呼び出して政務を手伝わせるべきだな」

 

しまった! なんか今墓穴ったっぽい!

 

「ちょ、冥琳、それは・・・」

 

「大丈夫だ。そんなに頻繁には呼ばん。今日の報告書のように、うちの人員だけじゃどうにもならなくなったときに頼む事にする」

 

「・・・まぁ、それなら」

 

今の俺ならばそのくらい出来るだろう。

それに、蓮華も政務をするからここで会えるようになるしな。

 

「うむ、話もまとまった事だし政務に戻るぞ、雪蓮」

 

「あ、あははー・・・に、逃げようなんてしてないわよー?」

 

がっしと雪蓮の肩を掴んで座らせ、冥琳も座る。

・・・そういえば雪蓮って政務出来るんだろうか。

 

・・・

 

無事に仕事も終わり、様々な事が起きた一日の事を思い返しながら、俺は風呂に入っていた。

呉の政務の手伝いのあと、恋と星の訓練を手伝い、その後ほぼ休憩なしで魏の政務の手伝いへ。

隣で一息ついている一刀も今日の政務の手伝いをしてくれていた。お疲れさん。

 

「む? おお、ギル、一刀。今日は早いな」

 

「おー、セイバー。訓練帰りかー?」

 

「うむ、そんなところだ。よいせ、っと」

 

三国志の時代に生きた劉備であるセイバーといえど、いきなり湯船に入るような事はしない。

きちんと体を流してから入るように俺と一刀で広めたおかげである。

 

「そういえば今日はギルを見なかったが・・・政務室に篭っていたのか?」

 

「ん? まぁ、そんな感じかなぁ」

 

「昨日の訓練の報告書やら何やらで、今日はずっと三国の政務室で仕事だったんだってさ」

 

俺の返事を一刀が補足すると、なるほどなぁとセイバーが頷く。

 

「私も苦労したものだ。それを考えれば、今の状況は中々にいいものだな」

 

こうして気持ちよく汗をかくだけでいいのだから、なんて笑いながら、体を流したセイバーが湯船に入ってくる。

ちっ、同じサーヴァントなのになんだこの差は。

 

「その点ギルは大変だよな。政務もやって訓練もやってだからな」

 

「更に夜は夜で色々と忙しいしな。ん?」

 

苦笑気味の一刀の後に、ニヤニヤとしながらセイバーが問いかけてくる。

 

「夜? ・・・ああ、そういう。そうだな、ギルは俺より大変だもんな」

 

「くっ・・・。いや、嬉しいんだよ? みんなが俺の事を好いてくれてるのは。・・・サーヴァントとして存在してなかったら、多分俺死んでると思うんだ。腹上死とかで」

 

最初は月と詠だけだったのだが・・・増えたなぁ。

だがまぁ、俺に好意を断る事なんて出来ないし。

 

「あ、あはは・・・冗談だと言い切れないのが辛いところだな」

 

一刀の言葉の直後、かぽーん、と言う気の抜けた音が聞こえる。

俺たちが入ってきてから二回目の音なので、十分経っている事になる。

 

「で、仕事は全て片付いたのか?」

 

「ああ、なんとかな」

 

なんとか、とは言っても、魏の手伝いに行ったときは華琳がほとんど仕事を片付けていたため手伝う仕事がないぐらいだった。

・・・代わりに、呉は大変だった。雪蓮がことあるごとに逃げ出そうとして、冥琳がそれを嗜めて・・・の繰り返しで、その二人はほとんど作業に加わらなかった。

あの時亞莎が「だ、大丈夫ですっ。私頑張りますっ」と言ってくれなかったら逃げてたかもしれない。今度お礼に何か美味しいお菓子を買ってあげるとしよう。

そんなこんなでしばらく男三人でむさむさしく風呂に浸かっていると、がららと浴場の扉が開く。

 

「おや? なんだなんだ、男三人でむさ苦しいなぁ」

 

「・・・キャスター、喧嘩を売っているなら買おうではないか」

 

「あっはっは、ちょっとした冗談だよ。場を和ませるための、ね」

 

自身の発言で立ち上がりかけたセイバーを手で制しながら、笑顔でそう取り繕うキャスター。

いや、むさ苦しいのは認めるが・・・キャスターが来たおかげで男四人になってむさ苦しさが増しただけなんだが・・・。

 

「・・・ぎ、ギルっ」

 

「なんだ、セイバーを落ち着かせるのに忙しいから後で・・・」

 

「いや、ちょ、こっち! こっち見て!」

 

あまりにも一刀が必死そうに呼んでくるので、セイバーを一旦放っておいて一刀の指差すほうに視線を向ける。

 

「ぶっ!?」

 

何故かアサシンが風呂に浸かっていた。

さ、流石気配遮断持ち。一切気づかなかったぞ・・・。

と言うかこれで男五人の大所帯になっちゃたんだけどどうするの? と言うか誰が得するの?

湯船が広いため全然余裕なのだが・・・ビジュアル的にカオスだ。

すっきり青年の一刀、いかにも武人なセイバー、マッドな雰囲気のキャスター、骸骨の仮面装備で不気味なアサシン・・・。

古今東西どこを探してもここまでカオスな面子はないだろう。

ちゃぽちゃぽとみんなと距離を取りつつ、再び湯船の淵に背中を預ける。

 

「そういえば、後ちょっとしたらランサーの団体さんが来るみたいだよ?」

 

「え?」

 

湯船に入ってきたキャスターが唐突にそう言うのと、扉が開くのは同時だった。

入ってきたのは十人ほどのランサー。

 

「皆様も入っていたのですか」

 

「・・・ランサーか」

 

ぞろぞろとやってきたランサーたちの中でも一際存在感を放つランサーがこちらにやってきた。

何だってんだ、今日は。サーヴァント大集合じゃないか。

 

「・・・まさか、バーサーカーとか来ないよな・・・?」

 

「・・・ごめん、一刀」

 

「へ?」

 

一刀が引きつった笑みのまま、こちらを向く。

 

「シャオに話しつけてて、元々今日、来る予定なんだ」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

俺が説明を終えるのと、実体化したバーサーカーが叫ぶのはほとんど同時だった。

以前から思っていた、バーサーカーをこの銭湯に入れる計画。

本当の温泉ではないが、バーサーカーにも楽しんでもらおうと思っていて、ちょうどシャオに誘われたあの夜に頼んでみたのだ。

シャオのバーサーカーの制御は完璧で、特別な命令でもない限り暴れまわる事はない。

だが、それは俺が事情を知っていて更に言えば抑える力を持っているからいえることなのだろう。

一刀は若干テンパっているようだ。

 

「死ぬ!?」

 

「大丈夫だから! シャオはちゃんと制御できてるって!」

 

「そ、そうか・・・ふー、びっくりしたー」

 

ランサーに手伝われつつ体を流したバーサーカーは、広い湯船に入ってきた。

・・・ちょっと湯量が減ったけど、気にしないことにしておく。

 

「ふぃー、今俺、結構凄いところにいるよな」

 

そういって一刀がオレンジ色の何かの上に腕を乗せた。

・・・おい、それ・・・。

 

「ケケケ」

 

「か、カボチャがしゃべ・・・ライダー!?」

 

「イエス! その通りだぜボォォォゥイ!」

 

なんだか知らんがテンションの高いライダーも加わり、浴場はかなり大変な状態に。

繁盛してるスーパー銭湯みたいな状況になってしまっている。

 

「・・・ライダー、それ意味あるのか?」

 

「あんだよぉ。カボチャが風呂入っちゃいけねーってのか?」

 

「そうは言ってないけど」

 

いつもの外套もなく、顔のついたカボチャの状態でぷかぷか浮かぶライダー。

体も見えないし、どう考えてもハロウィンの日にカボチャを風呂に浮かべてるだけにしか見えない。

 

「大丈夫大丈夫。風呂に入る前にマスターに磨いてもらったからよ。綺麗だぜ?」

 

多喜・・・苦労してるんだな。

 

「・・・そういえば、みんなにはマスターがいるんだよな」

 

「いきなりどうした?」

 

「いや、いつもはマスターとどんな事してるのかなぁって。魔術師とかって俺よく知らないし」

 

「あー・・・なるほど」

 

・・・

 

「俺は・・・そうだな、マスターとは大体一緒の部隊で動いてるな。警邏の出番は違ったりするが」

 

「そういえばセイバーは部隊長とかになる気はないのか?」

 

「ないよ。私は死んだ身だし、劉備が二人もいてはいけないだろう? それなりに抑えて過ごして行くさ」

 

確かにセイバーは英霊として座に押し上げられている英雄だ。

女になっている自分がいる時代に召還されるとはなんとも因果な存在だなと苦笑しつつ続きを聞く。

 

「後は・・・そうだな、ギルの訓練の相手もしてるな」

 

「・・・最近は固有結界に引き込まれるようになったけどな」

 

「はは、強くなっているのだからいいだろう。それに、マスターが固有結界の使用を許可してくれているのだ」

 

・・・銀ってそういえば魔力量多いんだっけか。

あの魔法に一番近い魔術と言われる固有結界を一週間に二回も展開させるとか戦争やるわけじゃないのにすごいな。

 

「ああ・・・そういえば固有結界の中は桃園なんだっけ?」

 

「うむ。我ら兄弟の心象風景と言えばそこだからな」

 

「あ、そういえばセイバーのマスターの意外なところとかあるのか?」

 

「意外なところか?」

 

「うん。やっぱりサーヴァントとして一番近くにいるんだし、それなりにお互いの事知ってるのかなって」

 

「うぅむ・・・意外なところか・・・」

 

しばらく考えこむと、セイバーはぽんと手を叩いた。

 

「そういえばあやつ、意外と家事や裁縫なんかの細かい仕事が得意だな。裁縫は特別才能があるようだ」

 

「へえ、裁縫。服に開いた穴をふさいだりって言う、あれ?」

 

「ああ。時間さえあれば服も作れるだろうな。服屋の店主も手際を見て驚いていたよ」

 

何故それを知ったのか詳しく聞いてみると、巡回の途中で服屋の前を通りすがったとき、服屋が騒がしい事に気づいた銀が店主に事情を聞いたんだそうだ。

店主は裁縫を担当する店員が急にこれなくなって、注文の品が間に合わなくなってしまいそうなんだと相談したらしい。

少しなら出来るぜ、と名乗り出た銀が店主を押し切って手伝うと、その手腕は店主が目を見張るほどだったんだそうだ。

へえ、銀にそんな才能が。今度一刀と現代服再現プロジェクトでもやってもらおうかな。

 

「なるほどねえ・・・。銀ってなんていうか・・・そういうのには向かない大雑把そうな性格だと思ってたよ」

 

「うむ、私も最初はそう思っていた。と言うか、私を呼び出した時に聞いた聖杯を得る理由は『楽して生きることが出来るようになる』だからな。大雑把と言っていい性格だろう」

 

「あー、そっか。銀も聖杯にかける願望があってセイバーを呼び出したんだよな」

 

「ああ。従軍しているときに考えが変わって、戦いを止める、って言う思いを持つようになったんだけどな」

 

「なるほど・・・。次は・・・ランサー。ランサーはいつもマスターの甲賀とはどんな感じなんだ?」

 

「私ですか」

 

一瞬虚を突かれたような顔をしたランサーだが、すぐにうむむと考え込み始める。

 

「そうですね・・・特に何かしている、と言う事はありませんね。マスターは忍者を育てる計画を立てたり実際に仕事をしたりしていますし、私たちは私たちでその後方支援や必要なときは隠れ家の改修なんかを行っていますし」

 

「あんまり一緒にはいないのか?」

 

「いえ、そういうわけではありません。仕事が終わればマスターはいつも居間で寛いでいますし、私も居間でお茶を飲んでいたりします」

 

そのときに会話など少々いたしますよ、と付け加えるランサー。

 

「例えば?」

 

「例えば・・・そうですね、お互いの仕事の進捗状況や・・・まぁ、他愛もない話ですね」

 

「そっか。でもあの隠れ家凄いよな。ほとんど日本の家屋だもん」

 

「ええ、まぁ、そういう風に作っていますので」

 

あそこに白黒テレビとか扇風機とかあったら完璧に昭和の住宅である。

甲賀の趣味なのかランサーの趣味なのかは知らないが。

 

「で、そんな甲賀の意外なところは?」

 

「意外なところ、ですか。そうですね、マスターにこんなことを言うのも不敬ですが、ああ見えてお笑い好きですね」

 

「お笑いって言うと・・・芸人とかが漫談するような?」

 

「ええ。たまに私の部下たちにやらせて大笑いしているときがあったりしますよ」

 

・・・なんともまぁ。

いっつもむすっとした顔をしているだけに、その情報は驚きだ。

 

「意外だ・・・後はえーと、キャスター?」

 

「私か? まぁ、一緒にいるときは大抵魔術の研究を一緒にしてるね。私もマスターも魔術師だ。それくらいしかする事がないとも言うけど」

 

「魔術か・・・錬金術が得意なんだっけ、キャスターは」

 

「そうだね。賢者の石も作れるし。得意と言っていいだろうね」

 

「孔雀の得意魔術って何なんだ?」

 

俺の質問に、待ってましたとばかりに笑顔になるキャスター。

 

「マスターは総魔力が低めな割に意外と多才でね。宝石魔術に錬金術、どこから仕入れたのかルーン魔術もそれなりに出来る。・・・その代わりなのか、治療魔術が苦手らしくてね。自身の腕の喪失からそれに拍車が掛かってる」

 

一瞬だけ、キャスターの視線がバーサーカーに向かう。

 

「・・・キャスター」

 

「分かってるって。バーサーカーに何かいうつもりはないよ。あと・・・意外なところねえ。乙女に憧れてるところとか? 意外とフリフリとした服が好きみたいだよ。良く新しい下着を買ってはギルの閨へと通ってるみたいだから」

 

「・・・ああ、そういう裏があったのか。いや、来るたびに下着が新調されているなぁとは思っていたけど」

 

「裏と言うほどでもないけどね。新しい下着を買ってギルのところに行って反応を見て、それをもとにまた新しい下着買いに行ってるみたいだね」

 

・・・そんな甲斐甲斐しいことしてくれてたのか、孔雀。

クールな顔の裏では意外と乙女チックな事考えてたりして。

ふむ、今度お姫様が着るようなドレスでも着せてみるか。案外喜ぶかもしれない。

 

「えーっと、それじゃ次は・・・ライダーかな」

 

「アァン? 俺? あーっと、特にねーなー。キノコ採取したり動物狩ったりを一緒にしてるぐらいだわなー」

 

「なんてサバイバル・・・そういえば多喜って運動が好きだったよな。そういうのも関係してるんだろうか」

 

二人して野生児みたいな事やってるんだな。

それなりに給金貰っているだろうに、動物や野草で腹を満たしてるのか。

 

「後は意外なとこかー。あー、んー、あぁーっと、酔うと泣き易くなるとか?」

 

「泣き上戸?」

 

「あー、それそれ。一滴でも酒が入ると、涙もろくなって困るね。まぁそれはそれで楽しいから一緒に酒は呑むけど」

 

「呑めるの!?」

 

一刀の驚いた声に、ライダーは不満げに声を上げる。

心なしか、目と口の奥に光る炎が大きくなったような気がする。

 

「呑めないわけないだろ。口があるんだぜ?」

 

「いや、あるって言っても・・・」

 

「・・・一刀、そういうものなんだって」

 

「ギル・・・お、おう。納得しておくよ」

 

俺の言葉に何かを感じたのか、とりあえずは納得してくれたようだ。

 

「後は・・・バーサーカーとかは何やってるんだ?」

 

「あー、ちょくちょく裏路地への道を塞いでるのは見るな」

 

「あ、それ俺も見る。何やってんだ?」

 

「俺なんか覗き込もうとしたら吼えられたよ・・・」

 

みんながそれぞれあーだこーだと意見を交換する中に、俺も言葉を投げかける。

 

「あれ、シャオの秘密の場所への道を守ってるんだって」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「・・・っていうか、本人に聞いたのか? それともバーサーカー吹っ飛ばした?」

 

「後者は流石に危ないだろ。この城下町吹っ飛ぶぞ?」

 

・・・確かに、バーサーカーと打ち合うなら町の一つや二つぶっ潰す事も考えないといけないだろう。

いや、もしやるんだったらそうならないようにはするけどさ。

 

「路地裏で迷ってたら偶然その秘密の場所に迷い込んじゃってさ。それからいろいろ聞いたんだよ」

 

「へえ、そういうことだったのか。後・・・アサシンって喋れるの?」

 

「・・・良く響と念話してるのは見るけどな」

 

確か設定的には喋れるはずなんだが・・・。

喋れるのか喋らないのかは分からん。

 

「じゃあラストはギルだな」

 

「俺かぁ・・・。そうだな、二人でいるときはいつもまったり過ごしてるよ。お茶飲んだりな」

 

「恋人どうしだもんな」

 

「まぁね。あと意外なところって言ったら・・・意外と黒い、とか?」

 

「黒いって言うと・・・あれか、前に言ってた黒月って奴か」

 

「そうそう。あのときの月は怖い。少しでも口答えすると令呪ちらつかせてくるし」

 

「想像できないな・・・」

 

「・・・強く生きろ、ギル」

 

ぽん、と一刀に肩を叩かれた。

凄く同情されてる気がする。

 

・・・

 

あの後それぞれのマスター談義に花が咲いてしばらく話し込んでいたのだが、一刀が上せかけたのをきっかけに風呂からあがる事になった。

うーむ、それぞれのマスターの新しい一面を見ることが出来た、有意義な時間だったな。

 

「あ、お帰りなさい、ギルさん」

 

「お、月。来てたのか」

 

「はい・・・ん、ひゃっ、くすぐったいです」

 

くしゃくしゃと月の頭を撫でてから、首に掛けていたタオルを干す。

こうしておけば、明日また使えるだろう。

 

「今までお風呂に入っていたんですか?」

 

「ん? ああ、そうだよ」

 

「とっても長湯ですね。私だったら上せちゃいそうです」

 

「はは、一刀も上せそうになってたな」

 

「北郷さんもいたんですか?」

 

「ああ。サーヴァントの六人もいたし、凄い大所帯だったよ」

 

「ば、バーサーカーさんってお風呂入れるんですか・・・?」

 

きょとんとした顔で月が聞いてくる。

ん、まぁ、疑問に思うよな、そこ。

 

「ああ、シャオがきちんとバーサーカーに言い聞かせてたみたいだし、大丈夫だったよ」

 

「あれ? サーヴァント全員と言うことは・・・ライダーさんとかアサシンさんも・・・?」

 

お風呂入るんですか? と月の視線が問いかけてくる。

その日の夜は、風呂場であった事を話して聞かせ、いつものように二人で眠りについた。

 

・・・




「愛紗(物理)。偃月刀が飛んでくる。」「・・・(特殊)だとどうなるんだ?」「愛紗特製の料理が飛んでくる」「ムドオンカレーと同じレベルなのか・・・」


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第二十九話 再び神様の世界に

「神様っていくつ?」「その質問の答えを知るのと能力全て剥奪されるの、どちらがいいですか?」「年齢聞きたい」「全てを捨てる覚悟だった!?」


それでは、どうぞ。


「ねーねー! 今日はシャオとしてくれるんだよね!?」

 

「いつ俺がそんなこと言った?」

 

「ほら、前に一緒に寝たとき! 今日は疲れてるから今度なって!」

 

「・・・言ったっけ?」

 

「言ったの!」

 

目の前で頬を膨らませて怒っているのは、皆様ご存知呉の弓腰姫、シャオである。

東屋に座る俺の目の前で、卓をばんばんと叩いて怒りを表現しているのだが、俺にどうしろというんだ。

いや、抱けと言われてるのは分かってるんだが・・・やらかしていいものか。

璃々や鈴々の次くらいに手を出したらだめっぽそうな娘だぞ、シャオって。

それに、前自分から暴露してくれた情報によると、初めてのようだし。

 

「朱里の部屋の寝台の下にある本をわざわざ引っ張り出して勉強したし、月たちから情報収集してギルがどういう風に攻めてくるのかも勉強したもん!」

 

「何だろう、直接何かされたわけでもないのに恥ずかしいぞ・・・?」

 

他人に自分の行為を語られるってなんだかとってもむず痒い。

 

「んー、俺もシャオのことは好きだし、そういうことするのも吝かじゃないけど・・・」

 

「むー! じゃあ今しよう! ここ、あまり人来ないし!」

 

「いやいやいや、流石に始めてが青か・・・いやいや、なんでもない」

 

良かった。途中で自分が何言いそうになったか気づいてよかった。

 

「もう! なんなの!?」

 

「落ち着けよ。・・・んー」

 

対面に座っているのに身を乗り出している所為でほぼゼロ距離のシャオを抱え上げる。

シャオが軽いのもあって、簡単に自分の下へと引き寄せる事が出来た。

 

「ひゃっ!? ど、どしたの? する気になった?」

 

「んー、いや、ゆっくりやっていこうかなぁって」

 

思えば、今までは想いを伝えられてからすぐに寝台へゴーだった気がする。

・・・いや、告白場所が寝台に近かったというのもあったかもしれないけど!

だから、シャオとは少しずつ近づいていこうと思ったのだ。

膝の上にシャオを乗せつつ、そんな事を思う。

 

「今日はこのくらいだな。なんか、シャオは無理したら大変な事になりそうだし」

 

「・・・んもうっ。シャオのためって言われたら、文句言えないじゃない」

 

俺の言葉に、大人しくなるシャオ。

先ほどまでの怒りはどこへやらだ。

 

「今日のところはこれで納得してあげるけど、いつかちゃんとしてもらうんだからねっ」

 

「はいはい。大丈夫だって」

 

その後、シャオの頭やら腹やらを撫でさせられ、気づいたら本人は寝ていた。

・・・シャオ、本当に大物だよなぁ。

 

・・・

 

そんなこんなで本格的にシャオとする約束をしてしまった後、眠ってしまったシャオを部屋に戻してから、俺は再び東屋でまったりとお茶を飲んでいた。

最近老けてきたのか、こうして落ち着いてお茶を飲んでいるときに妙に落ち着くようになってしまった。

・・・煎餅、欲しいな。甲賀の家にでも行って食べさせてもらおうかな。

 

「・・・よし、思い立ったが吉日。さっそく行こう」

 

がたん、と立ち上がる。

湯のみやらの片づけを侍女にお願いして、城下町へと出かける。

 

「まーちーなーさーいー!」

 

「・・・ん?」

 

どどどど、となにやら土煙を上げてやってくる人影。

・・・アレは・・・シャオ!?

つい数十分前くらいには寝てたのに!

 

「はぁっ、はぁっ、もうっ、起きたら部屋にいてびっくりしたんだからねっ!」

 

「ああうん、部屋に置いてきたんだし当たり前だろ?」

 

「普通そこはシャオが起きるまで膝の上に乗せてくれるもんじゃないの!?」

 

「風邪ひきそうだったからさ。最近は風も冷たくなってきたし」

 

「ぶーぶー! そこは俺が暖めてやるくらい言ってほしいの!」

 

「分かった分かった。また今度な」

 

「絶対だからね! ・・・で、どこに行くの?」

 

「ん? ・・・ああ、煎餅が食べたくなってな。甲賀の家に行くところだ」

 

「甲賀? んーと・・・あの不思議な格好してる人?」

 

「・・・まぁ、忍者装束は不思議に見えるかもな」

 

アレは忍者固有のイメージみたいなもんだし。

そんな事を話ながら城下町へと出ると、やはり日中だからか、人で溢れている。

うんうん、活気があるのはいいことだ。

隣を歩くシャオとはぐれぬよう、手を繋いで歩く。

嬉しそうにニコニコと繋ぐ手を見るシャオを見るに、俺の行動は正解だったらしい。

 

「そういえば、その人の家ってどこにあるの?」

 

「ええと、あんまり人には言えない場所だから、ついてきてくれるだけでいいよ」

 

「ふーん・・・。そういえば、「忍び」の人って隠れ家が見つかったらいけないんだよね。シャオの秘密の広場みたいなものね」

 

・・・アレは隠していると言うよりはただ侵入者を排除してるだけじゃ・・・。

まぁ、本人が秘密なんだと言うのならそうなんだろう。シャオの中ではな。

 

「おっとっと、通り過ぎるところだった。ここだよ、ここ」

 

「ここ? ・・・なんか、町に紛れて見つけにくいところにあるのね」

 

「そりゃ、見つからない事が忍びの第一条件だからな。住居も町の中に紛れ込ませておかないとな」

 

「ふぅん・・・忍びって大変なのね。明命たちもこんな努力してるのかしら」

 

「うーん・・・そっちは専門外だからなぁ。甲賀に聞いてみたら、意外と分かるかも知れんぞ」

 

「でも・・・怖くない?」

 

少し不安そうな瞳をこちらに向けるシャオ。

・・・意外だな。怖い人なんか無いと思っていたシャオが、甲賀を怖がるとは。

いや、でも甲賀の顔ってクールで鋭い感じがするからなぁ。

イケメンだけど顔が冷たいと言うか、初対面の人からは若干取っ付き難そうだと思わせる顔だ。

だからまぁ、シャオが怖がるのも無理ないか。

 

「ま、根は優しいやつだからさ、安心していいと思うよ」

 

「・・・むー、頑張る」

 

よし、と繋いでいない方の手をぎゅっと握って気合を入れるシャオを連れ、甲賀の家の扉をノックする。

きちんとした回数と間隔で叩かないと警戒されて対応してくれないのだ。

 

「はいっ、今出ます」

 

ランサーの声が聞こえてきた。

 

「どちら様で・・・おや、ギル殿。マスターに何か御用で?」

 

「うん、まぁ用ってほどじゃないんだけどな。煎餅食べにきた」

 

「ああ、なるほど。ならば、良いものがありますよ。ささ、どうぞどうぞ。・・・おや? 今日はお連れ様がいるのですね。はじめまして」

 

今まで俺の影に隠れて見えなかったシャオが視界に入ったのか、ランサーは真面目な顔をして深い礼をする。

 

「こっ、こんにちわっ」

 

珍しくどもりながら挨拶を返すシャオを撫でつつ、玄関で靴を脱ぐ。

慌ててシャオも靴を脱いで俺がやっているのを見よう見まねで靴をそろえ、後をついて来る。

 

「ふわぁ・・・ここ、なんだか不思議なお家ね。匂いが違うわ」

 

鼻をくんくんとさせながら、シャオがそう呟く。

時折すれ違うランサーたちやその他の人たち(おそらく忍びの人だと思われる。普段着なので区別がつかない)と挨拶を交わしつつ、甲賀のいる部屋へとたどり着いた。

 

「失礼します、マスター」

 

「ああ、入れ」

 

「お邪魔するぞー」

 

「お邪魔します」

 

ランサーが開けてくれた障子の向こうには、ちゃぶ台に座ってお茶を啜りながら報告書に目を通す甲賀がいた。

・・・そういえばこういう日本家屋っていうのは魔力が散逸して魔術師的にはよくないって某アイリさんが言っていたのだが、この屋敷には土蔵的なところはあるんだろうか。

 

「良く来たな。煎餅を食いに来たんだったか。新作がいくつかある。食ってけ」

 

ちゃぶ台について運ばれてきたお茶を飲みつつ他愛もない話をしていると、何人かのランサーが煎餅を運んできてくれた。

・・・醤油味だけじゃなくて他にもいろいろ試作品があるらしい。

なんだか甲賀が忍者と言うより煎餅職人のようになってきているが、これが趣味に力を注いだ結果なんだろうか。

 

「これ・・・包みの裏に豆知識が書いてあるんだけど」

 

「ああ、そういう煎餅あったろ? つい懐かしくなってな。作ってしまった」

 

いいのかそれ・・・。

 

「いろいろと向こうであったものを再現してみてるんだ。感想なんかを聞かせてくれると助かる」

 

「ん、まぁそれくらいならお安い御用なんだけど・・・」

 

「シャオも頑張るっ」

 

それからしばらく、四人で煎餅を食べて感想を言い合う時間が続いた。

こうやって見ると、意外と種類あるな、煎餅・・・。

 

・・・

 

「はふぅ・・・もうおせんべはしばらくいいわ・・・」

 

「俺もだ。後半は甲賀ノリノリだったからな・・・」

 

これもどうだ、これも自信作なんだ、こいつは美味いぞと勧められるままに食べているとすぐに満腹になってしまった。

シャオも頑張ってくれたのだが、俺よりも小食なシャオは序盤でリタイアしてしまった。

これなら昼飯は抜いても大丈夫そうだ。と言うか、ちょっとしばらくは物を噛むことを遠慮したい。

 

「・・・さて、これからどうするかなぁ」

 

「シャオはギルについていくんだからねっ」

 

「ん、それは別に良いんだけど・・・さて、どこに行こうかな」

 

あ、いいところがある。

シャオは体を動かすの好きそうだし、目立つのも嫌いじゃないだろう。

それにあいつらもたまには他の女の子と交流するのもよさそうだ。

 

「よし、早速事務所に行こうか」

 

「じむしょ?」

 

「そ。多分、シャオと仲良く慣れそうな娘がいるところだよ」

 

「良くわかんないけど・・・ギルが行くなら行くわ。・・・女の子がいるっていうのも、ほっとけないしね」

 

「それならさっそく行こう。幸い、甲賀の家から事務所までそう遠くない」

 

すっかり俺の腕が気に入ったのか、再び俺の腕に自身の腕を絡めるシャオをつれて、俺は事務所へと向かった。

さっきも言ったとおり近いので、数分歩けばたどり着く。

 

「ここだよここ」

 

「あ、ここっててんほー達が所属してる事務所って奴よね。ギルがえっと、しゃちょー? っていうのやってるのよね!」

 

「お、良く知ってるな。偉い偉い」

 

「んふふー。夫の事はきちんと知っておかないとね!」

 

「よしよし。・・・さて、早速入るか」

 

昼の休憩の時間だし、大体の確率で三人はここにいるだろう。

ほら、あれだ。放課後とか休日に行くところなくてファストフード店でポテトつまんでる女子高生のようなものである。

こっちにフライドポテトないけど。作ってみたいとは思う。

 

「おーい、いるかー?」

 

「はいー? って、ギルじゃない。どしたのよ、いきなり。・・・あっ、い、今は昼休憩だからこうしてるんだからねっ!?」

 

急に俺が来たことに驚いたのか慌てたのか、しなくてもいい弁解をし始める地和。

分かってる分かってると手で制して、ここにきた目的を話す。

 

「ほら、三人ってアイドルだろ? シャオにもちょっと体験させてくれないかなぁって」

 

「そーなの? あ、でもシャオちゃんだったら人気出るかもー。ね、人和ちゃん」

 

「そうね・・・呉のお姫様だし、それなりに動けるだろうから、すぐに人気が出ると思うわよ。・・・稼ぎ時かしら」

 

「あー、いや、そこまで本気なわけじゃなくて、シャオに空気だけでも教えてあげてくれないかなぁと」

 

「アイドルって歌って踊るのよね! シャオも動くのは得意よ。歌うのも・・・うん、それなりにいけるわ!」

 

シャオもノリノリである。

こうして、『アイドル体験一日レッスン~弓腰姫の休日編~』が始まったのである。

 

・・・

 

「楽しかった~!」

 

「そりゃ良かった。天和たちも刺激を受けてくれたみたいだし、これは一石二鳥と言うやつだな」

 

シャオには天性の才能があったのか、すぐに踊りも歌もそれなりのレベルに上がった。

それを見て地和は長くアイドルをしてきたプライドを刺激されたのか、ちぃだって! と燃えはじめ、結局四人そろってへとへとになるまで踊って歌いつくした。

しばらく休憩してからこうして帰り道を歩いているのだが、アレだけ疲れた疲れたと言っていた割には楽しそうである。

 

「そういやシャオ、晩飯はどうするんだ?」

 

「え? 晩御飯? んー、そうねぇ・・・」

 

下唇に人差し指を当て、少し考え込むそぶりを見せるシャオ。

だがすぐに頭上に電球が点ったようで、こちらに振り向いてにっこり笑顔でこう言い放った。

 

「シャオが作ってあげる! んふふー、これでもねえ、上達したんだから!」

 

「お、それはいいね。何作るんだ? 材料買って帰ろうぜ」

 

「うんっ。えっとね、今日は・・・」

 

それから、八百屋のおっさんに兄妹扱いされてシャオがすねたり魚屋のおばさんに兄妹扱いされてシャオがぷんすか怒ったりした以外は特に問題が起こることなく材料を買って帰ることができた。

 

「と、いうわけで! 今日も腕によりを掛けて作ってあげるからねっ!」

 

「おう!」

 

エプロンを着けた辺りから機嫌はすっかり元に戻ったので先ほどの事は忘れる事にしよう。

座って待っててと言われたので、大人しく座って見守る事に。

 

「さーて、まずはこのお鍋を火に掛けて・・・そっか、こっちも刻んでおかないと」

 

ぶつぶつと手順を確認しつつ調理を進めるシャオ。

流々達のように慣れた手つきではないが、心配するほどの手際でもない。

心配のしすぎもいけないなと自分を戒めていると、調理場の入り口から声が聞こえた。

 

「ん~、中々良い匂いが・・・って、ギル? あら、シャオも」

 

「雪蓮? なんだかここで会うのは珍しいな」

 

鈴々や恋辺りが匂いにつられてっていうのはありそうだけど・・・。

表情で俺の言いたいことが伝わったのか、雪蓮は苦笑いしながら口を開く。

 

「あははー、実はね? お酒のおつまみ探してたところだったのよ」

 

「あー・・・その手に持ってるのは酒か」

 

「そ。で、このくらいの時間なら誰か厨房に入ってたりしないかなぁって思って来てみたら良い匂いがするじゃない。で、覗き込んでみたら二人がいたって訳」

 

「なるほど・・・まぁあの様子だと結構多めに作るだろうし、雪蓮も食べていけよ。晩飯はまだだろ?」

 

「そうね、ちょうどお腹もすいてるし・・・妹の手料理を食べてみるっていうのも悪くないかも」

 

そういって微笑んだ雪蓮は、早速とばかりに俺の対面に座った。

 

「・・・それにしてもここまで喋ってて気づかないなんてねぇ。集中してるわね」

 

「ん、ああ、確かにそうだな」

 

別に声を潜めてるわけでもないのにシャオはこちらの様子に気づかず調理を続けている。

相当な集中力なのだろう。

そんなシャオを見て満足げに微笑む雪蓮からは、すっかりいつものおちゃらけた雰囲気を感じられない。

姉として、妹の成長を喜んでいるように見える。

 

「嬉しそうだな」

 

「・・・そりゃ、嬉しいわよ。大戦も終わって、妹が好きな人に料理作って過ごせるようになったのよ?」

 

「流石二妹の姉だな」

 

「その二児の母、みたいな言い方やめてくれる?」

 

非難めいた視線を送ってくる雪蓮にくくくと笑いを返すと、はぁと諦めたようなため息をついた雪蓮は徳利を傾け、お猪口に酒を注いだ。

徳利やらお猪口やら焼酎やら、どうやら一刀の日本酒シリーズの品らしい。酒好きの雪蓮らしい手の早さだ。

 

「にしても、いつの間にかシャオもしっかりした娘になっちゃったわねえ。少し前まで料理作るシャオなんて想像も出来なかったのに」

 

「そうだなぁ。最初に会ったときはもっと子供っぽかったもんな」

 

「ふふ。ギルの奥さんになるのも近いかな?」

 

「・・・シャオと蓮華たき付けたの、やっぱり雪蓮だったか」

 

「なによぉ、人聞きの悪い。たきつけたりなんかしてないわ」

 

「そういうことにしておくよ。・・・お、そろそろ出来るっぽいぞ」

 

「あら、楽しみね」

 

・・・

 

「ギルっ、結構上手く出来たよっ! ・・・って、何でお姉様がいるの!?」

 

「やっほ~。なんだか美味しそうな匂いがしたから来てみました~」

 

「ぶー・・・まぁいいわ。お姉様にも成長した私を見せてあげるんだから!」

 

そういって自信満々に卓の上に料理を並べるシャオ。

 

「ふぅん、美味しそうじゃない。少なくとも、私よりは料理上手みたいね、シャオ」

 

「・・・お姉様って料理した事あるの?」

 

「ないわ」

 

きっぱりと言い切る雪蓮に、シャオはため息を漏らす。

・・・何と言うか、苦労してるんだなぁ。

 

「さ、早速いただきましょうか」

 

「そうだな。いただきます」

 

「召し上がれっ!」

 

雪蓮の隣に座ってこちらをニコニコと見つめてくるシャオの視線を感じつつ、青椒肉絲を口に運ぶ。

・・・おお、これは美味しい。

ちょっと野菜が生っぽいところもあるが、うん、美味しいぞ。

 

「ど、どう?」

 

「美味しいよ、シャオ。上達したな」

 

「え、えへへっ。そーでしょー。蓮華お姉様よりも上手になっちゃったかも。ふふっ」

 

なんとも嬉しそうな笑顔を浮かべ、シャオも箸を持つ。

はむ、となんとも可愛らしく料理を口に運んだシャオは、うんうんと一人頷いている。

自分の中でも合格ラインを超えたのだろう。

 

「美味しいわねぇ。お酒も進むわぁ」

 

雪蓮もパクパクと箸が進んでいるようだ。

同時に酒も凄い勢いで進んでいる。

料理はすぐに無くなり、片付けをした後シャオを部屋まで送り届け、俺も自室に戻った。

・・・え? 雪蓮? 食べ終わったらいつの間にか帰ってたけど?

まぁ、想定内の事態だったのでそこまで目くじら立てることも無いだろうとスルーしたけど。

 

・・・

 

俺が真名開放できる宝具は、『王の財宝(ゲートオブバビロン)』『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』の二つだ。

いきなり何をといいたい気持ちは分かるが、まぁちょっと聞いて欲しい。

この二つの宝具、威力は絶大なのだがその分小回りがきかない。

というかぶっちゃけてしまうとこの二つの宝具は三国志の時代で使うにはあまりにも異質すぎる。

空中から物が出てくる蔵とか、良く分からないガスを噴出しながら回転する突撃槍にしか見えない剣とか、あまり人前でおおっぴらには使えない。

まぁその辺はゲイボルグの原典とか原罪(メロダック)やらでフォローしているのだが、それも本をただせば蔵のものだ。

取り出す動作が必要なので、事前の準備が必要になる。

 

「と言うわけで、どうにかならないかな」

 

「・・・いきなり長々と何を言うのかと思えば・・・あなた、神様を何だと思っているのですか。・・・まぁ、何とかしてみますけど」

 

「ありがとう。それでこそ土下座神様だ」

 

「んー、あー、あれ?」

 

「どうした?」

 

「いやー、プログラムが上手く動かなくて。機種変はちょっと前にやったばかりなので、多分しばらくやってなかったプログラムの更新が原因だと思うのですが・・・」

 

「・・・なんというか、それまるっきりケータイだよなぁ」

 

目の前で土下座神様が操っているのはタブレットのようなものである。

んーとかむーとかいいながらいじっているのを見ると、どうも生前の事を思い出してしまう。

 

「あーもう、いっそのこと更新一気にやっちゃいましょうか。その間暇なのでお茶でも飲み・・・ああっ!」

 

「どうしたんだ、いきなり。ほら、ほうじ茶でも飲んで落ち着いて」

 

「いえいえ、そんな場合ではありませんよ。いいことを思いつきました。ええ、ええ。何でこんな簡単な事に気づかなかったんでしょう」

 

「・・・?」

 

あまりにもテンションの高い神様の言動に若干引きかけていると、ようやく落ち着いたのか椅子に座ってほうじ茶を飲み始めた。

 

「ま、この思い付きを実行するには更新を終わらせないといけないので、お茶でも飲んでましょう」

 

「あ、ああ。うん」

 

この神様意外と危ないんじゃないかとこのとき思いはじめたのだが、まぁ長い付き合いだしその程度どうって事無いかとすぐにどうでもよくなった。

それからいろんなお茶を飲みつつプログラムの更新が終わるのを待つ事数分。

 

「あ、終わりましたね。よっし、これでいろいろといじれますよぉ・・・!」

 

なんだか気合の入った神様が手元の端末を操作する。

 

「いえね、あなたに入れた能力ってあなたの世界ではフィクションだったわけじゃないですか」

 

「・・・まぁ」

 

「と言う事は、その系列で何か別のパラレルな能力があれば共存が可能なのです」

 

「ふむふむ」

 

要するに、『ギルガメッシュ』に関連する能力ならいくつか追加できると言う事だろうか。

 

「それに今は座に上げられる前ですしね。こういう調整は簡単です」

 

「そうなんだ」

 

「そうなんです! ・・・お、ありましたよぉ」

 

「それって神様が勝手にやってもいいことなのか?」

 

転生やらなにやらは神様の不手際がどうとか言う理由があったはずだが、これは確実に面白そうだからと言う感情が混ざっているだろう。

 

「良いんですよぉ。神様って言うのも存外アレなのです。それに、まだそっちには召還枠が一つ余ってますから。その分を使用すれば能力の追加も不備が出ませんし」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「なにそれこわい」

 

今さらっと凄い事言わなかったかこの神様!

 

「召還枠が一つ余ってる・・・?」

 

七つ全ては埋まっていたはずだが・・・。

まさか、アベンジャーの分か!

 

「あはは、やだなぁ、もう。だってあなたは英霊じゃないじゃないですか。ほら、アレですよ。四次で生き残ったギルガメッシュさんも五次アーチャーがいたのにクラスはアーチャーでしたよね?」

 

それとおんなじ感じです、と神様は端末を操作しながら続けた。

・・・おいおい。

なんだ、ちょっと待ってくれ。

だったら俺は『前回の聖杯戦争から継続して存在している』扱いになってて、今の劉備がセイバーである聖杯戦争はまだ始まってすらいなかったと?

 

「あれ? ・・・知って、ました、よね・・・?」

 

「いや、全然」

 

「なんでっ!?」

 

「こっちの台詞だ! おま、普通俺がアーチャーだと思うだろ!?」

 

「だってあなた転生したんですよ!? 座に上がったわけでもないのに英霊になるわけないじゃないですか!」

 

「う、ぐ、それもそうか・・・」

 

俺のクラスのところにアーチャーとあったのも、きっとあっちに転生したときに辻褄あわせするために追加されたのだろう。

元々俺は『転生』する予定だったんだしな。

 

「あれ? じゃあ誰か召還しようとしたらアーチャー召還できるのか?」

 

「ええ。正確には『できた』ですけど」

 

神様の説明によると、今からその空いた『アーチャー』枠を使って神様が見つけたいい能力とやらを引っ張ってくる。

それを現世に召還すると見せかけて、俺の能力にぶち込むらしい。荒業だなぁ。

だからもうあの世界では『アーチャー』の召還は出来ないらしいし、聖杯戦争が終わることも始まることもなくなる。

今の英霊たちだけで、聖杯戦争は完結してしまったらしい。なんともまぁ・・・。

 

「補足説明ですけど、あなたも一応サーヴァント召還できたりしたんですよ?」

 

「なに?」

 

「だってあなた生身ですし。能力持ってるだけで生きてますからね、あなた」

 

「・・・そういわれるとそうか」

 

サーヴァントの召還は『今を生きる者』しか行えなかったはずだ。

・・・まぁ、メディアは小次郎を召還していたが、あいつは魔術師として最高峰。こっちと同列に考えるのがまず間違っている。

で、その式に当てはめるなら俺もサーヴァントの召還は出来たらしい。

 

「それはそれは。まぁ、もうそれも出来ないんだけどな」

 

「あー、うーん」

 

「どうした? ・・・まさか、またなんか言い忘れか?」

 

「ええ、まぁ。と言うかあなた、いろいろと核心つきすぎです」

 

そういって頬を膨らませる神様はいいですか、と前置きして説明を始めた。

 

「まず、英霊の宝具と言うのは生前の行いや逸話、主な武装などが昇華されてなるものです。それは大丈夫ですよね?」

 

「それくらいなら」

 

サー・ランスロットが生前武器もなく小枝だけで敵を追い払った逸話が『騎士は徒手にて死せず(ナイトオブオーナー)』になったり、ヘラクレスが十二の試練をこなして命のストックが増えた『十二の試練(ゴッドハンド)』になったりしたことだろう。

 

「と言うことは、あなたも行いや逸話次第では新たな宝具が追加されることになります。それもいいですね?」

 

「ああ、なるほど、そういう可能性もあるな」

 

「はい。それで、あなたの宝具になりえる行いや逸話と言えば・・・ちょっと待ってくださいね」

 

そういって神様は端末を弄ってから、こちらに画面を向けた。

 

「こんな感じです。ええと、女性落とし、英霊との共闘、大戦での活躍。まぁ大きく分けてこの三つです」

 

「・・・一つ目にそこはかとない悪意を感じる」

 

「その中でもこれです! 英霊との共闘! これはポイント高いと言うか、多分今までの英霊でこんな逸話持ってるのエミヤさんぐらいじゃないでしょうか」

 

スルーしやがったぞ神様・・・。

 

「あー・・・アレもセイバーとの共闘と言えばそうなのか・・・」

 

「それでですね、これを宝具化したらどうなるかと言いますと・・・たぶんですけど、サーヴァント召還系の宝具になると予想されます」

 

「なんでだ?」

 

「まぁ、英霊との共闘と言うのを処理するには、英霊になってからも共闘させるしかないと言うことじゃないでしょうか」

 

「んな適当な・・・」

 

つまりアレか。小枝で敵を追い払った、が自分の持つもの全て宝具になる、に昇華されたように、俺のこの英霊を仲間にして共闘した、が英霊と仲間として共闘できるようになる、になったって感じか?

それを神様に伝えてみると、ぽんと手を打って

 

「多分それですね! 逸話がちょっと大げさになっちゃった様なのが宝具なので、きっと間違いはないと思います!」

 

「あーっと、それで? 今二つ宝具があって、今から神様が追加するのはいくつ?」

 

「一つですね」

 

「で、死後それが追加されたら四つか。ちょっと多いかな、位の数だな」

 

ディルムッドも四つだったし、それと同じくらいか。

まぁしばらくは追加の一つを使いこなすことに専念しよう。

 

「んっと。あなたの更新も終わりましたね。これで目覚める頃には情報も一緒に頭の中に入っているはずです」

 

「いつも世話になるな」

 

「いえいえ。私としてもあなたがいろいろとやるのは楽しみなので」

 

神様のその言葉と共に、俺は意識を失った。

 

・・・

 

「・・・これか、更新って」

 

結構大々的に変更されているようだ。

まぁ、しばらくは使わないだろうし、使い方だけ予習しておくことにしよう。

 

「ギルさん、おはようございます。・・・あ、起きてらっしゃるんですね」

 

「月か。おはよう。ちょっといろいろあってね。いつもより早起きなんだ」

 

「いろいろ、ですか・・・?」

 

小首を傾げて頭上にクエスチョンマークを浮かべる月に朝から癒されつつ、説明しておく。

とりあえず俺が本物のアーチャーじゃなかったこととか、あとは宝具を追加したことだとかその辺のことだ。

まぁ新しい宝具は魔力の消費にバラつきがあるので、真名開放のときは月の許可を取る事にした。

 

「わざわざそんなことしなくても、ギルさんの判断で使っても良いんですよ? 魔力もあまっているようですし・・・」

 

と本人は言ってくれたのだが、そこはまぁマスターを尊重すると言うことで。

 

「へぅ、頑固です」

 

「お互い様だよ。さて、朝飯が食べたいな」

 

「あ、今厨房で詠ちゃんがギルさんの分を作っていますから、今から行けばちょうどいいですね」

 

私が厨房を出たときは完成寸前でしたので、と微笑む月を連れ、厨房へ向かう。

朝から・・・いや、朝だからこそなのか、兵士たちの元気な掛け声が聞こえてくる。

 

「皆さん元気ですね」

 

「ん、ああ。俺には真似できそうにないなぁ」

 

こっちに来てからマシになったものの、朝に弱いのは変わらないようだ。

もし英霊になって聖杯戦争とかに呼ばれたりして朝に襲撃されたらかなり苦戦しそうな気がする。

あれ、でもサーヴァントって眠らなくても良いんだっけ。それなら大丈夫か。

 

「おーっす、おはよう」

 

兵士たちの訓練の声を聞いていると、すぐに厨房にたどり着いた。

挨拶をしながら顔を覗かせると、真っ先に詠が振り向く。

片手でぐつぐつと何かのスープをかき混ぜているようだ。

周りには何人かの侍女や侍女見習いもいるようだ。

 

「おはよう、ギル。いつもより早いじゃない。どうしたのよ、今日は」

 

「早いって言っても少しだけだろ。今日はなんだか早く起きたんだよ」

 

「ふぅん。まぁいいわ。ちょっとそこで座ってなさいよ。すぐに出来るから。・・・月、盛り付け手伝ってもらっていい?」

 

「うん。そういえば、他の二人は?」

 

「何言ってるのよ。孔雀と響は兵舎の朝食作るの手伝ってるじゃない。月が言ったのよ?」

 

「ふぇ? ・・・あ、そうだったね。へぅ、ど忘れしちゃった」

 

恥ずかしそうに頬に手を当てて俯く月に、詠はため息混じりに注意する。

 

「しっかりしなさいよ。侍女長なんだから」

 

「ふふ、了解。これから気をつけるね」

 

二人とも会話をしながらもしっかりと手は動いている。

やはり慣れているんだろうか。

周りで慌しく動いている侍女たちにもしっかり指示を出しているあたり、流石侍女長とその右腕である。

そうこうしているうちに、俺の目の前に食器が置かれていく。

ご飯に焼き魚、漬物と日本の朝食そのものである。

味噌汁がないのは味噌を作るのに手間取っているらしく、完成の目処はまだまだ立っていないらしい。

その代わりに卵のスープがおいてある。

 

「いただきます」

 

手を合わせて食べ始める。うんうん、いつもどおり美味しい。

侍女たちみんなこのレベルの料理なら作れるように教育しているらしいので、この城では大体安定して美味しいご飯が食べられる。

・・・愛紗がこの場にいたら恋も逃げ出すほどの修羅場になるが、まぁそれは気にしないことにする。

それよりも気になるのは、こちらをじっと見つめる詠だ。

ちらりと目線を向けてみると、いつもどおりの腰に手を当てたポーズでツンとした口調で言葉を放つ。

 

「さっさと食べちゃってよね。洗い物ができないじゃない」

 

「ふふっ。さっさとって言ってる割にはギルさんのことずっと見てるね?」

 

「ばっ、ばばっ、そんなわけ・・・ある、けどっ、それは別にギルが美味しそうに食べてるのが見てたいとかそういうわけじゃ・・・!」

 

「どうしたの、詠ちゃん。私はギルさんのことずっと見てるねって言っただけだよ?」

 

「うっ、ぐっ、ゆ、月ぇぇ・・・」

 

先ほどまでのツンツンとした強気な態度はどこにいったのか、今にも泣きそうな声で月を見つめる詠。

どうやら月にからかわれたらしい。

本当に仲がいいなぁ、この二人。

 

「ツンツンしなくても良いのに。詠ちゃんがギルさん大好きだってみんな知ってるんだよ?」

 

「べっ、別にツンツンしてないっ」

 

いや、してるだろ、と心の中だけで突っ込みをいれる。

周りの侍女たちも驚いた顔で詠のほうに振り向いたので、おそらく俺と同じことを考えているんだと思われる。

「それは本気で言っているのか?」と目が語っている。

だが残念ながら詠の発言は照れ隠しがあるとはいえ大体本気の可能性が高い。

 

「落ち着けよツン子、じゃなくて詠」

 

「ツン子いうなっ!」

 

まぁまぁと月に宥められている詠を見ていつもどおりだなぁと笑いつつ、朝食を全て胃の中に収める。

空になった食器を纏めて洗い場に運び、侍女の一人に渡す。

 

「はい、これ」

 

「ありがとうございます、ギル様」

 

様付けはやっぱりちょっと照れるなと内心で一人ごちる。

月と詠はいまだになにやらきゃっきゃしているのようなので、そっとしておこう。

 

「っていうかギル! ツン子って呼ぶのはやめなさいって・・・いない!?」

 

「へぅ、今日はご一緒しようと思ってたのに・・・」

 

「あ、あの~。ギル様なら、先ほどそっと出て行きましたけど・・・」

 

「どっち!?」

 

「え、えと、あちらに・・・」

 

そんなやり取りの後、たたたっ、と足音が聞こえる。

背後を見なくても分かる。二人が追いかけてきたのだろう。

月の言葉からするに、今日は一緒に行動したいみたいだし、少し待つか。

 

・・・




「神様、それ一個くれない?」「神器要求するとか大分ずうずうしくなってきましたね」「神器だったのか、それ。完全に外見タブレット端末だけど」「何を言ってるんですか、これカバー外したら中身私の髪の毛一本しか入ってませんよ?」「え? ・・・うわマジだ! これどうやって動いてんの!?」「だから私の髪の毛です。回路もエネルギーも回線も何もかも全て私の髪の毛一本で賄っています」「・・・神様凄いな」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十話 雨の中の訓練に

「雨の日と言えば!」「服が乾かせんな。ああ、後黒かびが・・・」「ギル、ネガティブすぎるぞ! もっとほら・・・相合傘とか!」「あー、そういえば小さい頃、学校に給食ででたパンを放置してあばばばばばばば・・・」「雨の日になんかトラウマでもあるのか、ギル・・・?」


それでは、どうぞ。


二人を連れてやってきたのは服飾店である。

最近本当に侍女が増えてきたと言うことで、新たに侍女の制服・・・つまりメイド服を新調しに来たのだ。

何で俺が二人を連れてきたのかと言うと、侍女の会計担当が俺だからである。

俺も用事があったし、ついでにそれを片付けられるのではと二人と合流したときに思いついたのだ。

 

「この採寸に合わせて侍女服を作って欲しいんだけど」

 

月から受け取った侍女や侍女見習いのみんなの採寸を記録してある竹簡を職人に渡す。

この人はメイド服から女子高生の制服、フリフリエプロンやら水着を作成した職人その人である。

良く一刀や俺がお世話になっている。

 

「はいよ!」

 

ちなみにこのみんなの身長、体重、スリーサイズなどが書いてある竹簡は将が身体測定したときの竹簡と共に王の財宝(ゲートオブバビロン)に厳重保管してある。

これを男で見れるのは職人さんしかいない。俺や一刀ですら見ると殺されかける。

・・・まぁ、月あたりは聞けば教えてくれそうではあるけど。

 

「この量ですと・・・数日お時間をいただくことになりますが」

 

「大丈夫だよな? 月」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

「ならそれでお願い」

 

「はいっ! 今回も腕によりを掛けて作らせて貰いますよ!」

 

元気に奥に引っ込んでいった職人を見送り、用事は終わったな、と一息。

 

「で、この後どうするの?」

 

「今日は二人の服を見繕おうと思う」

 

「ボクたちの?」

 

「ああ。二人とも基本的にメイド服だろ?」

 

「そうですね。なんだかんだで動きやすかったりするので、休みの日でも着ている気がします」

 

「ボクは軍師として訓練に参加するときなんかは前着てた服着たりするけど・・・基本的にこれね」

 

「と言うわけで、いつもと違う格好の二人を見たいと言うことで、今回服を見て回ろうと思う」

 

俺の偏見ではあるが、服を見て回ると言うのは女子が好きな行為じゃないだろうか。

月たちも息抜きできるし、俺も新鮮な姿の二人が見れるとなれば、一石二鳥である。

ふっふっふ、完璧じゃないかな、このアイディア!

 

「とりあえず、月の服から見てみようか」

 

そんなこんなでしばらく月や詠が着せ替え人形と化していたのだが、いろいろと良いものが見つかったと思う。

二人もいろいろな服を試着したりして楽しんでいた・・・と思う。

心は流石に読めないので表情から感じ取るしかないのだが、楽しそうに笑ってたしな

 

「へぅ、一日であんなに着替えたのは初めてです」

 

「ボクも。でもまぁ・・・ちょっとは楽しめたわ」

 

「それは良かった。・・・さて、一旦休憩しようか」

 

もう昼が近かったので、昼食も兼ねて休憩をとることに。

特に食べるものにこだわりもないので、近くの飯店に入る。

注文もすぐに決まり、店員が食事を持ってくるまで先ほどの服屋で選んだ服などの感想を話し合ってみる。

 

「いろいろ買ったなぁ」

 

「いつもお金出して貰っちゃってすみません」

 

「良いよ良いよ。俺に黄金率があるのは月が一番分かってるじゃないか」

 

「それでも、なんだか申し訳なくて」

 

俺が持っているスキルの中で一番活用しているのは黄金率ではないだろうか。

カリスマのように意図して抑えることが出来ないので、勝手に金がやってくる。

王の財宝(ゲートオブバビロン)の中にある黄金や宝石、この時代の貨幣なんかを合計すると・・・多分、自分で国を立ち上げられるくらいの財貨はあるだろう。

元一般人だった俺からすれば、大金があると言うことになんだか実感が沸かず、特に消費しているだとかは思えない。

月たちのために使うのだって嫌なわけじゃないし、溜め込んでいるよりは使ったほうが良いと思っているからなのだが。

・・・まぁ、そのうち恋人からランクアップするかもなんて考えているので、そのときの予行演習だと思っていれば良いだろう。

思っているのは俺だけなのかもしれないが。・・・それだとずいぶん悲しいな。

店員が運んできた食事を取りつつ、和やかに服の話をしている二人を眺める。

なんだか妙な感慨を受けつつ、二人と楽しい昼を過ごしたのだった。

 

・・・

 

「ふ、あぁ~・・・良く寝た」

 

むくりと体を起こす。

昼食をとった後、急に仕事が入ってしまったと言う二人を見送り、一人ですることもないし昼寝でもするかと木陰で寝ていたのである。

さてこれからどうするかなと目を擦りながら考えていると、横から声が。

 

「おはようございます、ギル様っ!」

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

「あぁんっ! 出会い頭に縛られるのも素敵っ!」

 

「い、いけないいけない。思わず拘束してしまった」

 

壱与の声を聴いた瞬間に思わず発動していた。

催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・。

 

「ああっ・・・そんなっ、もうちょっと縛られていたかったです・・・」

 

ため息をつきつつ解除した天の鎖(エルキドゥ)を名残惜しそうに見送る壱与に、更にため息をつきたくなる。

そんなっ、じゃねえよ。ド変態かお前は。・・・そうだったな。ド変態だったな。

 

「それで、何しにきたんだよ」

 

「何しにって・・・ギル様に会いにですけど・・・」

 

「いや、そうじゃ・・・ああ、うん、それでいいや」

 

何の用があるのか、と言う意味だったのだが・・・このきょとんとした顔を見るに、本当に俺に会いに来ただけらしい。

第二魔法を習得してからと言うもの、壱与の突然訪問は卑弥呼よりも頻繁だ。

そのたびに驚いた俺が天の鎖(エルキドゥ)で拘束するのも頻繁である。と言うか毎回そうしている気がする。

そろそろ慣れるだろ、とか思ってるときに限って慣れないものだ。

 

「ギル様の寝顔をこっそり拝見するつもりだったのですが、卑弥呼様の用事が意外と長引いてしまいまして・・・」

 

「良くやったぞ卑弥呼」

 

ぼそりと卑弥呼を褒めておく。

寝ているときに来られたら何をされていたか分かったもんじゃない。

・・・寝こみを襲われる心配をすることになるとはなぁ・・・。

 

「そういえばさ」

 

「はい?」

 

「・・・俺との家族計画作ってるって聞いたんだけど、ほん」

 

「興味がおありで!? ここにありますけど!」

 

本当か? と聞く前に言葉に割って入られた。

何だこいつ。スキルにインターセプトとかある訳?

そのうち日常生活にもインターセプトしてきそうでとても怖い。

・・・ああ、もう大分割り込まれてるか。

 

「どうぞっ」

 

渡され・・・いや、押し付けられた本を受け取り、表紙に視線を走らせる。

『壱与の家族計画~一年目~』と言うタイトルが目に入る。

・・・何年目まであるんだろうか。

ぺら、とページをめくってみる。

 

「おおう・・・」

 

しょっぱなから飛んでるお嬢さんである。

一年目にして五人ほどの子供がいることになっている。

ちょっとまて。何それどういう理論?

しかも五つ子とかそんなことも無く普通に年も違う。

一年で産める子供の数じゃない。

 

「・・・これ、どうやって一年でやるつもりだったんだ?」

 

「気合ですよ、気合。ギル様とだったら出来そうな気がするんです!」

 

無理だろ。気合でどうにかするより普通に数年掛けて計画的に子作りしたほうが絶対にいいぞ・・・?

やんわりと伝えてみると、意外にも理解を示してくれた壱与。

 

「分かりました! じゃあそこの部分は書き換えますね!」

 

・・・ん? 危ない危ない。何故か俺が壱与と子供作る前提で話が進んでいる。

これを狙ったのだとしたら予想以上の効果をあげたぞッ!

 

「名前はどうしましょうか?」

 

「待て待て。俺は壱与とそんなことするとは言ってな・・・」

 

「でも卑弥呼様とはしてますよね?」

 

「まぁ」

 

「だったら弟子の私にもしてくださいませんと!」

 

「その理屈はおかしい」

 

万年零点を取る少年と話している気分になってきた。

こいつ何言っても聞かないな。分かってたけど。

 

「・・・分かった。じゃあこうしよう。壱与が卑弥呼にきちんと認められて、邪馬台国を任せられるまでに成長したら、壱与のその家族計画、乗ってやるよ」

 

「本当ですかっ!? 嘘じゃなく!? 冗談でもなく!? こいつちょろそうだから適当な事言ってごまかしておけばそのうち忘れるだろはっはっはとかそういうことでもなく!?」

 

「どこまで具体的に想像してるんだよ・・・。大丈夫、嘘じゃないから」

 

まぁ、そこまでいけばきっと仕事も忙しくなってこちらに来ることも無くなるだろうからそのうちうやむやになるんじゃないかと言う期待はあるが。

・・・美少女の恋人がまた増えると言うのも男としては嬉しいものだが・・・ん? あんまり断る要素が無いような。

待て待て、これから国を担う少女を俺のところに拘束すると言うのはあんまりよろしくないからな。大丈夫。正しい判断だ。

 

「そっ、それじゃあ早速師匠と重鎮たちを集めてきょうは・・・げふんげふん、説得してきますね!」

 

「お前ってちょくちょく危険思考漏れるよね。日常生活大丈夫なのか?」

 

思わず突っ込みをいれてしまったが、仕方の無いことだろう。

 

「日常生活・・・ですか? 概ね大した障害も無く過ごしていますが・・・」

 

「そっか。きっと壱与は幸せなんだろうな」

 

頭の中が、と言う言葉は口には出さずにおく。

 

「? はいっ、幸せですよ! なんてったってギル様公認ですからね、この家族計画書! 後四十年分はあるので!」

 

・・・逞しい妄想力をお持ちのお嬢さんのようだ。

 

「それ、今度全部持って来い。添削しておく」

 

「了解ですっ。それでは今日はこの辺で!」

 

そういってすぱっと消える壱与。

・・・嵐が去っていったかのような安心感がこみ上げてくる。

それと同時に、やっちまったんじゃね? と言う後悔も少し。

 

「・・・卑弥呼もたまに労ってやらないとなぁ・・・」

 

たまに貰う卑弥呼の弟からの手紙を見るに、壱与は最近大抵あのテンションらしい。

姉が胃痛に苦しむのを初めて見ました。明日はきっと世界が滅亡するのですね。なんて手紙を読んだときは卑弥呼の苦労にちょっと同情したし、弟の認識にちょっと涙したりもした。

 

「邪馬台国。隣の世界のことだけど、この大陸の人たちより個性が濃いんじゃないのか・・・?」

 

・・・

 

「・・・うぅむ」

 

なんともまぁ、珍しい気がする。

と言うか、こうして気にしたのはおそらく初めてではなかろうか。

 

「雨、か」

 

結構良い降りをしている。

こりゃ洗濯物は外に干せないな、なんてくだらない事が脳裏を掠める。

 

「街も静かだな。やっぱり雨が降ってると人も少ないのか」

 

兵士たちのほうはこれ幸いと雨のときを想定した訓練なんかやってるが。

泥に塗れて大変そうだ、なんて他人事のように心配してみる。

 

「うお、こけたぞあいつ」

 

ずしゃぁ、と顔面から滑り込むように転んだのは、何を隠そう我が隊の頼れる右腕(自称)、副長さんである。

あーあー、折角の勇者の服が台無しじゃないか。

・・・仕方ない。この新作のゾー、じゃなくて、青い勇者の服を渡してくるかな。

べっ、別に新作が出来ていつ副長に着せようか迷っていたときにちょうど良く機会が巡ってきたからって喜んでるわけじゃないんだからねっ。

うぅむ、詠のような可愛いツンが出来ない。いや、出来たところで誰得なのだが。

 

「おーい、ふくちょーう」

 

屋根だけの天幕の中から、副長を呼ぶ。

ぐしぐしと顔の泥を拭った後、駆け足でこちらに寄ってくる。

 

「なんでしょーか、隊長。私、転んでて若干泣きたい気分なんですけど」

 

「あー、うん。素直でよろしい。ほら、これで顔拭けって」

 

「うみゅみゅ。・・・ありがとです。まさか鬼畜の権化である隊長にこんな優しくしてもらえるなんて思っても見ませんでした。今度から頻繁に顔面から転んでみようと思います」

 

「女の子の発言じゃないな・・・。顔は大切に。折角黙ってれば可愛い顔なんだから」

 

「口、縫おうかな・・・」

 

「本気で悩むなよ・・・」

 

と言うかそれだと黙ってるととても怖い顔にクラスチェンジすることになるんだが。

とりあえず、変な悩み方をしている副長に青い勇者の服を渡す。

 

「新作ですか? ・・・また変な魔術掛かってますね、これ」

 

「ふっふっふ。気づいたか? キャスターの魔術講座を受けた俺と甲賀の共同開発だ」

 

ふふん、とドヤ顔。

こいつはお気づきの通り水の中での呼吸を可能にし、更に追加で雨に濡れても冷たさを感じず、更に更に洗濯しなくても常に綺麗な状態を保つように魔術を掛けてある。

自分で魔力を取り込む機能と自浄機能を一緒につけるのはとても苦労した。

 

「・・・そういえば私、隊長に採寸とかされた覚えないんですけど、何でぴったりな服作れるんですか?」

 

「気にするな」

 

「いや、でもやっぱり乙女としてはそういうところ気にな」

 

「気に、するな」

 

「了解いたしました隊長っ!」

 

良かった。両肩を握りつぶすほど強く握ったら副長も分かってくれたようだ。

やっぱり話し合いから試さないと駄目だよねぇ。

 

「とりあえず着替えてきますね。・・・あたた」

 

肩をぐるぐると回しながら隣の天幕へと駆け込む副長。

隣の天幕はこちらと違いきちんと壁まであるので、着替えるのには問題ないだろう。

 

「さて、ゴロ・・・じゃなくて、赤い勇者の服はいつ着せるかなぁ」

 

まぁとりあえずは、雨の日の訓練を楽しむか。

 

「ひゃっはー! 私の前に出てきた兵士はみんな死ぬぜぇ!」

 

「真面目にやれっ!」

 

「もっ、もちろんですよたいちょー!」

 

それと、世紀末なのか死神なのかどっちかにしなさい。

死んだように気絶している兵士を医療班に回収させながら、青い勇者の服で無双している副長に目をやる。

汚れないと分かっているからか、泥の中を転がり鏃を潰した矢で兵士を狙い打ちながら高笑いしている様はちょっと・・・いや、かなり危ない人に見える。

 

「ちょー快適! これ凄いですねたいちょー!」

 

一人の兵士をなぎ倒しながら、副長がこちらに振り返って叫ぶ。

次の瞬間、振り返った勢いを利用してそのまま次の兵士に回し蹴りを決めているところを見るに、きちんと訓練をする気はあるらしい。

 

「副長さんは凄いですねぇ」

 

「七乃も混ざってくるか?」

 

「やだなぁもう。冗談はやめてくださいよぅ」

 

「おーい、七乃の剣持ってきてー」

 

「ええっ? ちょっと、冗談ですよね・・・!?」

 

少し焦った声色の七乃に笑みを返しつつ、そろそろこの手合わせを終わらせる頃合かと気づく。

太陽が見えないから時間は分かりにくいが、宝具の時計を見るに昼近い。

 

「よーっし、一旦昼休憩いれるぞー!」

 

兵士たちから安堵の声が混ざった返事が返ってくる。

副長は一人えー、と言う顔をしながら剣を鞘に収めていた。

 

「いいところだったのにー」

 

「じゃあ俺とやるか?」

 

「お昼ご飯、今日は何にしよっかなぁ」

 

「正直なやつだなぁ、副長は。偉い偉い」

 

「馬鹿にされてます・・・?」

 

一通り副長とのやり取りを終え、兵士たちが着替えに戻る中副長と七乃の二人と軽い報告を済ませる。

午後からは個人戦ではなく部隊での訓練もこなさなければならないので、いろいろと大変なのだ。

 

「で、副長。雨の中の戦いはどうだったよ」

 

「この青い服、凄いですねっ。雨も泥も全然気になりませんし」

 

「そうだろうそうだろう。苦労して作ったからな。・・・じゃなくて、兵士の動きとかだよ」

 

「素晴らしいノリ突っ込みですね~」

 

「隊長と私の信頼がなせる技ですからね。・・・っとと。兵士の動きでしたか? やっぱり泥は辛いみたいですね。滑ったり埋まったり散々でしたよ」

 

だろうな。

副長に沈められた兵士の半分ぐらいが泥に足を滑らせたりしている時にやられてたし。

 

「動きにくいってことを前提に行動しないといけないって学んでからはちょっとマシになりましたけど」

 

「ふむ・・・まぁ、午後からの部隊運用訓練ではそのあたりに気をつけつつ動いてくれるか、七乃」

 

「りょーかいです。まぁ、これくらいでしたらすぐにまともな動きを出来るようになりますよ~」

 

七乃の自信ありげな声にほう、と感心する。

まぁ、七乃は適当に見えても出来ないことは出来ないとはっきり言う奴だしな。

 

「よし、それなら午後からも頑張ろうか。副長と七乃、昼でも食べに行くか」

 

「はーいっ。もちろんおごりですよねっ。私今月ちょっと厳しいので!」

 

「・・・お前、先月もそういってたな。何に使ってるんだ?」

 

「い、いやだなぁ、もう。乙女の秘密にはあまり首を突っ込まないほうが良いですよ?」

 

「ま、いいけどな。七乃も大丈夫だろ? 美羽連れて門に集合な」

 

「はぁい、分かりました」

 

・・・

 

「もっ、もうちょっとそっちいけませんかたいちょー!」

 

「・・・無理に決まってるだろ。あーほら、美羽、背中から落ちるなよー」

 

「うむ! 気をつけるのじゃ!」

 

「四人で一つの傘っていうのが無茶なんじゃないですかねぇ・・・」

 

右からぎゅうぎゅうと副長が押してきて、左からむぎゅうと七乃が抱きついてくる。

美羽は俺の背中で手を振り上げて楽しそうだ。

・・・なんでこんなことになっているかと言うと、七乃のいうとおり傘が一つしかないことが原因だ。

それなりに大きいものなので密着していれば濡れずに済むのだが・・・これ、最大収容人数二人だろ。完全にオーバーしてるぞ。

 

「ふぃー・・・やっとついた。ほら、美羽。降りろー」

 

「もう着いてしまったのか。むむぅ・・・」

 

「帰りもおんなじことするんだから、少しぐらい我慢しろって」

 

「了解なのじゃ。よっと」

 

なんとも可愛らしい動作で俺の背中から降りると、美羽はとててと先に店の中へ。

 

「ああもう、お嬢様は落ち着かないところも可愛いですねぇ・・・」

 

そんな美羽を追って七乃も店内へ行ってしまったので、俺たちも店内へ。

もちろん、入る前に傘を畳んで店先に置くことも忘れない。

 

「いらっしゃい! 凄い雨ですねえ」

 

すでに顔見知りとなった店主に出迎えられる。

雨だからか客は少ないようだ。

 

「昨日までは晴れてたんだけどな。あ、傘置かせてもらってるよ」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

笑顔で了承してくれた店主に礼を言って、すでに美羽と七乃が座っている卓へと向かう。

すでに美羽は採譜を見てはしゃいでいるようだ。

 

「主様主様! 妾はこの特別定食とやらが食べたいぞっ。おまけがついてくるのじゃ!」

 

「おーおー、いいんじゃないか? 美羽みたいな娘のために作られたようなもんだからな、それ」

 

よいしょと椅子に座りながら美羽に言葉を返す。

特別って書いてあるけど実質お子様ランチだからな。

 

「妾のためにっ!? おー! それは凄いのじゃ!」

 

「そうですねー、とっても凄いですー」

 

七乃は確か特別定食が子供や小食な人向けのものだと知っているので台詞も棒読みだ。

・・・にしても、さっきから副長が静かだな。

 

「で、副長はさっきから静かだけどどうかしたか?」

 

「いっ、いえっ? どうもしてませんよっ。あ、私はラーメンお願いします!」

 

「・・・何もないって言うなら良いんだけど」

 

その割には動揺してたけどな。

まぁ、本人が何もないと言ってるんだし、そんなに深刻そうなことでもなさそうだから放置しておくとしよう。

 

「で、七乃は?」

 

「私はそんなにおなか空いてないのでー、んー、麻婆豆腐でいいですー」

 

「午後から大丈夫か?」

 

「大丈夫ですよぉ。それに私は職業柄あんまり運動しないので、食べ過ぎるとちょっと・・・」

 

「あー、女の子だもんな。そういうのも気にするのか。・・・まぁ、何人かそれを気にしないのがいるけど」

 

「それはそれと言うことで~」

 

「・・・ま、いっか」

 

店主を呼び、注文を伝える。

俺はそんなに食べたいものがなかったので、副長と同じくラーメンにしておく。

これから動くかもしれないしな。あんまり食べ過ぎるのもやめたほうがいいだろうし。

 

「ああ、そういえば副長は雨に濡れても大丈夫だから傘の外に出しても大丈夫だったんだよな」

 

「それ凄いイジメの現場に見えますよ? 隊長と七乃さんと美羽ちゃんだけ傘に入ってて、そばを歩いてる私は傘の外でトボトボ歩くとか・・・」

 

「・・・あぁー、なるほど。あんまりにも自然に使ってるから忘れがちだけど、あんまり人目に着けられないからなぁ、魔術って」

 

「変なところで抜けてますね、隊長。・・・しかもさっきのを実行すると隣を歩く私は雨に濡れずに歩いてるわけで・・・こ、怖いじゃないですか!」

 

「なんで自分で言って怖がるんだ」

 

「聖剣持ってて幽霊倒せたとしても怖いものは怖いんです!」

 

「・・・仕方ない、今日は雨だし怪談でもするか」

 

「ぶっ飛ばしますよたいちょー!」

 

「やれるもんならやってみろ。返り討ちにして拘束した後延々と怪談聞かせてやるよ」

 

「うひぃ! 鬼畜!」

 

がたたっ、と副長が座る椅子が音を立てる。

相当怖いらしい。

 

「怪談、いいですねぇ。お嬢様も怖い話を聞かせると面白いぐらいに怖がってくれるんですよぉ」

 

七乃が話に入ってきた。

美羽はまだかのまだかの、とはしゃいでいてこちらの話は耳に入っていないようだ。

知らぬが仏と言う奴か。

 

「翌日、おねしょしてそうだな」

 

「分かります? そういう時は一緒に寝ないようにしてるんですよ~」

 

・・・七乃、思ったより腹が黒い・・・。

と言うか、俺より鬼畜じゃないか?

いや、俺が鬼畜だと認めたわけじゃないけど。

 

「ま、そういう点で考えると副長はそういうのないから存分に怖がらせられるけどな」

 

な、と言いつつ副長に視線を向けると、汗を滝のように流しながら視線を逸らしていた。

 

「・・・しない・・・よな?」

 

「は、はは、は・・・」

 

「よっしゃ、今日は一緒に寝るか、副長」

 

「ややややややややめてくださいよたいちょー! 乙女の部屋で一晩過ごすとか誰かにうわさされたら恥ずかしいじゃないですか!」

 

「うるさい。いっちょ前に何をときめきしてるんだ、お前は」

 

だが、そうか。いきなり一緒に寝るか、はちょっと難易度高かったな。

なんだか最近誰かと一緒に寝るのが常になっていたから忘れてたけど。

 

「しかし・・・やるんだな、副長。その年で」

 

「お嬢様と精神年齢変わんないんじゃないですかねぇ?」

 

「ありえる。蜂蜜水とか与えたら喜びそうだ」

 

「今度そっと出してみましょうか~」

 

「知ってるか、天の国には映像を記録する機械があってだな・・・」

 

「ちょっとその話詳しく聞いてもよろしいですかっ!」

 

「目の前で怖い話するのやめてくださいよ! 何で休憩中に精神削られなきゃならないんですか!?」

 

俺と七乃の会話に割って入った副長が叫ぶ。

 

「なんだ、仲間に入れてほしかったのか? 仕方ないなぁ、副長は」

 

「え、ちょっと、何で私が子ども扱いされてるんですか!? 違いますよね? と言うかそんな理由で声を上げてるわけじゃありません!」

 

それから、食事がきてもきゃいきゃいと姦しい副長を受け流しつつ、休憩時間は過ぎていくのだった。

 

・・・

 

「うぅ、隊長は鬼畜、隊長は変態、隊長は・・・」

 

「・・・なにやら副長さんがぶつぶつ恨み言を言っているようなのですが、大丈夫ですか、お兄さん?」

 

「いつものことだろ。俺に恨み言を言わない副長とか別人だって」

 

「すさまじい関係ですね~」

 

いつも飄々としている風が少しだけ身を引いた。

 

「お、始まるぞ」

 

午後からの部隊運用訓練。

その様子を見たいと立候補した風が俺の隣で眠そうな瞳を遊撃隊に向けている。

いつもどおり宝譿とペロキャンは装備されているようだ。

 

「おぉ~、いつもながら士気の高さが凄いですねぇ」

 

俺のカリスマスキルが影響されているのか、俺がいないときでもそれなりの士気と纏まりはある。

まぁ、ここまで戦ってきた俺の経験もあるので、スキルだけと言うことはないだろうが。

確かカリスマがA++までいっていたような・・・。

敵兵だろうと判定次第では従わせると言うもうそれカリスマ超えてないかと言うレベルである。

これからも鍛錬次第では伸びるそうなので、座に上がるまでに鍛えておこうと思う。

 

「それにしても、副長さんの成長っぷりには驚きました。今ならほとんどの武将とそれなりの戦いをするのでは?」

 

「そうだろうな。服とかの装備で底上げしてるとはいえ副長は元々の能力が高いから」

 

「流石はお兄さんの右腕さんですね~」

 

「自称、だけどな」

 

それでも確かに、遊撃隊で動いているときには副長が俺の右腕のような働きをするのを否定はしない。

なんだかんだ言って俺と訓練をこなしているから連携も上手だし、ことあるごとに遊撃隊の指揮権を渡しているので指揮も上手い。

後は掴みにくい性格と俺に敬意を払わないところが治れば完璧だ。

 

「お兄さんの部隊の副長というのはそれなりに重圧もあると思いますし、良くやってるほうじゃないですか?」

 

「・・・そんなに重要な立ち位置か?」

 

「それはもう。お兄さんは自分の客観的な評価を知るべきですね~。・・・そういえばふと思ったのですが、副長さんはどこから見つけてきたんですか?」

 

飴を口に含んだまま、風が首をかしげる。

副長をどこで見つけたかって?

 

「見つけたも何も、志願してきたから採用しただけだけど」

 

「なんと。お兄さんが自分で適正のある方を選んだのかとばかり」

 

「はは、遊撃隊が出来た頃の俺にそんな審美眼があるわけないだろ」

 

あの頃はいろいろといっぱいいっぱいだったときだしな。

 

「でもまぁ、一応面談みたいなことはしてるんだけどな」

 

武器の要望を聞くついでのようなものだったが。

どこに住んでたのかとか、ここに来る前は何をしてたのかとか。

 

「面談、ですか」

 

「そ。驚いたことに、俺が最初に賊と戦った村の出身らしいんだ、副長」

 

「・・・なるほど。それはさぞ驚いたことでしょう」

 

「まぁね。もしかしたら会って話してたのかもな。記憶にはないんだけど」

 

必死に賊を倒して必死に吐き気と戦ってた時だし、長以外の人物の記憶はあんまりない。

俺の言葉に風はなにやら考え込んでいるようで、それから訓練の終わりまで、風が口を開くことはなかった。

 

・・・

 

「あら? ご主人様だけですか? 副長さんと風さんは?」

 

訓練が終わった後、報告に来た七乃が疑問を口にする。

そんな七乃に俺は苦笑しながらある場所を指差す。

 

「なるほど、あんなところでお話してるんですか」

 

隊長様の天幕より少し離れた兵士用の天幕の近くで、二人してなにやら話しているようだった。

兵士用の天幕とは言っても肝心の兵士たちは片付けに奔走しているので天幕には副長と風の二人だけだ。

 

「あの二人が話しているのを見るのは初めてかもしれませんねぇ」

 

「ああ、そういわれれば確かに」

 

と言うか、七乃以外の武将と話している副長の姿をあまり見たことがない気がする。

人見知りするって性格じゃないと思うんだけどなぁ。

そういえば、副長ってば頑なに月とは会いたがらないんだよな。

黒月の話をしたのがまずかったのだろうか。

 

「あ、戻ってきましたね」

 

考え込んでいた俺の隣で休憩していた七乃が声を上げる。

その一言で意識を戻すと、視界にはこちらに向かってくる副長と風の姿が。

 

「お待たせしました~」

 

「あ、お待たせしました、隊長、七乃さん」

 

ここまで来るのに、副長が傘をさしてきたようだ。

副長は装備のおかげで濡れないので、風を重点的に雨から守ってきたらしい。

風にお礼を言われ、いえいえ、と謙遜する副長が傘を畳んで傘立てに置いた。

 

「いや、そんなに待ってないから大丈夫だ。じゃ、報告してもらおうかな。まずは七乃から」

 

「は~い。今回はですね・・・」

 

七乃、副長、風の順番に報告を聞いて、今回は解散となった。

 

・・・

 

「そういえば風、副長と何話してたんだ?」

 

帰り道、風を送り届けている途中。

解散する前から気になっていたことを訊いてみた。

すると、なにがおかしいのか片手を口に当ててふふふと笑い

 

「秘密、ですよ。お兄さん、乙女には秘密が沢山なのです」

 

「・・・それには同意するよ。分かった。詮索はしないでおく」

 

「聞き分けの良い方で助かるのです。あんまり詮索するようでしたら、めっ、とするところでしたが」

 

「はは、ちょっと見てみたかったかもな」

 

「変なお兄さんですねぇ」

 

「それは前からだよ。・・・っと、風の部屋ってここだっけ」

 

「あ、はい。わざわざありがとうございますなのですよ~」

 

「構わんよ。それじゃ、またな」

 

「はい~」

 

そういって去ったはいいものの、副長とした会話がまだ微妙に気になっている。

まぁ、気にしないと言った手前蒸し返すようなことはしないが・・・。

 

「ま、乙女の秘密とまで言われちゃあ、引き下がるしかないか」

 

・・・

 

「また今日も雨ねぇ」

 

副長と風の秘密の会話の翌日。

今日も激しく雨が降っていた。

 

「ああ・・・こうも続くとやることなくて辛いな」

 

流石に二日連続で雨の中での訓練をすることなんて出来ないので、今日は遊撃隊には休暇を言い渡してある。

詠が窓の外を眺めながら呟いてから、お茶を淹れてくれる。

 

「ありがと。にしても、雨が降ってると本当にやることないな」

 

外に出かけるにしてもあんまり遠出は出来ないし、そもそも雨が降ってると店が閉まってることもある。

仕事をすればいいのかもしれないが、今日は珍しく仕事が少なく、もう終わってしまって手持ち無沙汰だ。

 

「暇だなぁ・・・詠、ちょっとおいで」

 

「駄目よ。まだ仕事あるんだから。服が汚れちゃうでしょ」

 

俺がしようとしていることを察したのか、ちょいちょいと詠を呼んだ手がぺしっと叩かれる。

むむ、冷たいなぁ。

まぁ、暇だからと言って誘った俺が悪いのだが。

 

「仕方ない、何か暇つぶしでも考えるか。室内で出来る暇つぶし・・・」

 

一人で考えても仕方ないか。

こういうときは一刀に聞きにいくのが一番だ。

 

「出かけてくるよ」

 

「どこ行くのよ」

 

「一刀のとこ。掃除、頼んだぞ」

 

「はいはい、分かってるって」

 

不機嫌そうな詠を撫でてから、部屋を出る。

少し歩いて階段を降り、左に曲がって更に少し歩くと一刀の部屋だ。

 

「おーい」

 

「はーい? 開いてますよー」

 

「お邪魔ー」

 

「お、ギル。どした?」

 

部屋の中には、なにやら書物を開いている一刀の姿が。

 

「いやなに、かくかくしかじかで」

 

「あぁ、なるほどな。にしても暇つぶし・・・ああ! いいのがあるぞ!」

 

ちょっと待ってくれ、と断ってから、一刀は書類の山を探索し始めた。

そして俺の眼前に掲げられたのは、一枚の書類。

 

「侍女喫茶・・・メイド喫茶のことか?」

 

「その通り! ほら、前に言ってたろ、見習い侍女の練習と資金調達が同時に出来るよなーって」

 

「ああ、確かに」

 

月から最近侍女見習いが増えすぎて教えきれなくなってきたと言われ、あ、メイド喫茶やれば練習しつつ商売になるじゃん、と思いついたのが最初だ。

それを一刀と煮詰め、場所の確保やらの申請をした後めっきり話を聞かなくなったんだが・・・。

 

「申請、全部通ったんだ! 場所も機材も完璧!」

 

「おおっ、良くやった!」

 

正直、内容的に華琳が通すかが一番の問題だった。

桃香と蓮華は口車に乗せやすいが、華琳は別だ。

 

「うむ・・・なら、雨でやることない今のうちに試験でもしておくか」

 

見習い侍女と・・・後は誰か講師役の侍女をつれてくれば良いかな。

 

・・・

 

「と、言うわけで響ちゃんと孔雀ちゃんの! 侍女見習い養成講座ぁ~!」

 

「・・・どんどんぱふぱふー」

 

妙にテンションの高い響と反比例するようにテンションの低い孔雀が、片手で何かをぱふぱふ鳴らしていた。

侍女見習いたちからは真摯な瞳と真面目な拍手が向けられる。

 

「はい、みんな元気ですねー。・・・はれ? 一刀さん、そんなに暴れてどしたん? 危ないよ?」

 

「ちょ、何で俺縛られてるの!? 何かした!?」

 

「いえ、ギルさんから侍女見習いと一緒に講習受けるって聞いたので、後でお着替えさせようと思って」

 

「ギィィィィィィィィルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」

 

ギルどこいったんだよ! 逃げたのか! とヒートアップする一刀に、響がそっと呟く。

 

「んー、でも後で一刀くんと一緒にメイド服着るって言ってたよ?」

 

「ま、マジで!? さっきはへんな事言ってごめん!」

 

「でもどこいったんだろうねぇ。すぐにくるーって言ってたんだけど」

 

響がそうつぶやくと、がらら、と扉が開く。

 

「こんにちわー、ここで王の持て成しが受けられると聞い――罠だ!」

 

「あ、いらっしゃーい!」

 

「脱出・・・天の鎖(エルキドゥ)!? 裏切りましたね! 唯一の親友なのに!」

 

部屋から脱出しようとして王の財宝(ゲートオブバビロン)から伸びる鎖に絡めとられているのは、若返りの薬で子供になったギルだった。

自身の宝具に絡めとられつつ、ばたばたと暴れているが、天の鎖(エルキドゥ)は神性が高いほど拘束が強まる宝具。

最高の神性を持つ子ギルに逃れるすべはなかった。

 

「はーい、お化粧部隊! 一刀さんと子ギルちゃんをお着替え開始!」

 

「了解いたしました!」

 

「どこからっ・・・ぎゃー!? た、たすっ、無理矢理はいやぁぁぁー!」

 

「お、王のっ、王の待遇を要求しまっ」

 

言葉の途中で消えていった二人を見届け、響が額の汗を拭う動作をする。

 

・・・

 

「はいっ、と言うわけで、お着替えも終わったところで講習開始していきたいと思います!」

 

「・・・うぅ」

 

「・・・くぅ」

 

ばっちり侍女の服になった男二人がうな垂れつつ拍手を送る。

 

「まずは挨拶から!」

 

響の挨拶を復唱する侍女たちを尻目に、一刀は子ギルに話しかけた。

 

「・・・そういや、えーっと、子ギル・・・? 君は何でここに・・・?」

 

「ええと、ああ、北郷さんでしたか、たしか。何でって、大人のボクに嵌められたに決まってるじゃないですか。これ、見てくださいよ」

 

「なになに?」

 

一刀が渡された紙に目を走らせる。

『拝啓 子ギルへ。最近はめっきり若返りの薬を使うこともなく過ごしてきましたが、今日は雨が酷く仕事もないので、どうせなら子ギルに息抜きでもしてもらおうかと持て成しの場を用意しました。

是非楽しんでもらえると嬉しいです。 敬具』

 

「・・・うわぁ」

 

「ちょっと期待するじゃないですか。で、来たらこれですよ。いつの間にか宝具の所有権も向こう持ちになってますし」

 

「用意周到だな・・・」

 

「今回の大人のボクは良い人そうだと油断していました。うぅ、何が悲しくてボクがメイドを・・・」

 

「はぁ・・・」

 

男二人分のため息が、部屋の中へ溶けていった。

 

・・・

 

「ここが侍女喫茶の開催場所ね」

 

扉の前で、華琳が誰に問うでもなく呟く。

 

「そのようですね。なにやら声が聞こえてきますし、間違いないのでは?」

 

「申請が上がってきて興味を惹かれたから許可を出してみたものの・・・どんな風になっているかしらね」

 

秋蘭の言葉に答えつつ、華琳は扉を叩く。

中から、響の声ではーい、と返事が返ってきて、しばらくの間。

 

「お帰りなさいませっ、お嬢様!」

 

「妙に低い声・・・ね・・・?」

 

「か、華琳・・・!?」

 

女性にしては妙に低めの声を聞いた華琳が一刀を見つけるのと、一刀が頭を上げるのは同時だった。

ぴたりと目が合ってしまい、一瞬の沈黙。

 

「一刀!? な、なんて格好を・・・ああ、そういう趣味に?」

 

「違う! 絶対に違う! ギルに嵌められたんだ!」

 

「そういえばギルはどうしたの?」

 

「・・・あそこ」

 

「・・・子ギルになってるのね。まぁ、一刀がやるよりは似合ってるわ」

 

「ぐぅっ・・・!」

 

「まぁいいわ。とりあえず注文しましょうか」

 

採譜を頂戴、と言いながら席に着いた華琳に、一刀は採譜を渡す。

子ギルは別の場所で黙々と仕事中だ。逃げようとしても鎖につかまるので、諦めているらしい。

 

・・・




「昔は審美眼なんてなかったけどな。今はほら、このお香に火をつけるだけで・・・審義眼(シンギガン)!」「どこまでトラウマ話引っ張るんだよ!?」「しかも微妙に審美眼じゃなくなってますよ、お兄さん」「とりあえずネジまいておくか?」「かぎゅー」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十一話 夏の終わりに

「夏休み、宿題が終わらないと泣きついてきた幼馴染に、『実は今年の八月は三十二日まであるからあと一日あるんだよ』って言ったら信じちゃって、翌日嘘だと気づいた幼馴染に殴られた」「それは・・・うん、幼馴染、純粋なんだな」「ちなみに小学校六年間ずっと引っかかった」「・・・じゅ、純粋な・・・のか?」「馬鹿なんだと思う」


それでは、どうぞ。


「・・・ふぅ」

 

大人の状態に戻り、俺の意識も表面へと出た。

宝具の所有権は何とか自分のものに出来てたので子ギルの様子を見つつ天の鎖(エルキドゥ)ぶっ放していたのだが、子ギルはきちんと仕事をしてくれたようだ。

自分でやっておいてなんだが、逃げるたびに天の鎖(エルキドゥ)に絡めとられてたら俺でも心折れるからな。

 

「お、子ギルからの置手紙がある。きっと恨み言が書いてあるだろうから、後で読むか」

 

手紙を手に取り、流れるような動作でそのまま宝物庫へイン。

 

「さて、多分居酒屋あたりで一刀は管巻いてるだろうな。行って慰めてくるか」

 

そうと決まれば話は早い。

いつもどおりの軽装で町へと繰り出す。

しばらく歩いて何件か店を覗いてみると、三件目にして一刀を発見した。

予想通り酒を飲みつつ兵士に愚痴っているようだ。

 

「よう、一刀、それに蜀の」

 

「ああ、ギル様ですか」

 

「ギルぅ? ああ、ギルっ。てめ、俺を生贄にしたな!?」

 

「はっはっは。仲間がいたんだから良かったじゃないか」

 

「ちっ・・・。今度絶対に仕返ししてやる!」

 

「今日のところは俺の勝ちだな」

 

苦笑しつつも席に着くと、店主が酒を運んできてくれる。

ちょくちょくここで呑んでるからか、俺が呑む酒を覚えてくれたようだ。

 

「ありがと。・・・ほらほら、呑め呑め」

 

「いわれなくてものんだらぁっ!」

 

後から聞いた話なのだが、一刀はあの後、面白がった華琳にメイド服を着たまま城内を練り歩かされたらしい。南無。

 

・・・

 

「主様ぁ~っ!」

 

「美羽? いきなりどうした?」

 

背後からどたどたと言う足音と共に声が聞こえた。

俺を主様と呼ぶのは一人しかいないので、誰が近づいてきているかは振り向く前から分かった。

美羽は俺のもとへ駆けてきて、その勢いのまま口を開いた。

 

「七乃はどこかのっ!」

 

「七乃? ・・・いつもこの時間だったら訓練中じゃないのか?」

 

「そうなのかえ?」

 

「そうなのかえ、って・・・なんで知らないんだよ」

 

美羽の直属の部下じゃないか。

 

「とっ、とにかく七乃のところに行きたいのじゃっ」

 

「訓練場いけばいいんじゃないのか? ・・・ああ、行き方が分からんのか。分かったよ、付いて行こう」

 

「助かるのじゃっ。流石は主様じゃの」

 

「構わんよ。それに、美羽を放っておいたほうが大変だしな」

 

そういって訓練場へと歩き出す。

ひらひらとした袖を振り回し、美羽は全身で喜びを表しながら俺の隣についてきた。

 

「そういえば七乃は主様の隊で何をしているのじゃ?」

 

「軍師かなぁ。副長も結構成長してきたから、俺がいなくても賊の討伐くらいできるようになってきたし。助かってるよ」

 

「うむ! 七乃はこっちに来る前から頭が良かったからの。路銀稼ぎも困らなかったのじゃ!」

 

路銀稼ぎに困ったから町の真ん中で倒れていたんじゃないのか、とは言わないでおいた。

多分言っても首を傾げられるだけだろうしな。

 

「七乃が主様の役に立っているようで何よりなのじゃ!」

 

「ああ、大助かりだよ」

 

まさか俺の遊撃隊のためだけに朱里たちに付き合ってもらうわけにもいかなかったからな。

どこにも属さない軍師適正のある将というのはそれだけで魅力的だ。

いつもの行動からは想像もつかないほど有能だしな。

 

「あ、ほら、見えてきたぞ」

 

「おぉー。ここが訓練場かの」

 

「初めて来たのか?」

 

「うむ!」

 

多分七乃が「危ないから」と近づけなかったのだろう。

同じ理由で紫苑も璃々には一人で訓練場に近づかないように言いつけてあるからな。

・・・そうか、璃々と同じレベルか・・・。

 

「七乃ぉー!」

 

「お嬢さまっ!? 何でここに・・・って、ご主人様?」

 

「なんか、用があるんだって。代わりに俺が訓練見てるから、ちょっと行ってこいよ」

 

「あ、はい。・・・なんか申し訳ありません~」

 

「はは、七乃がそんな殊勝な言葉を掛けてくれるとは」

 

いつもより眉が下がっている七乃を送り出し、副長が暴れている訓練場へと目を移す。

今日の天候は晴れなので、いつものように緑の服を着ているようだ。

・・・あ、あの酷暑が続いた日に赤い服を渡しておけばよかったのか。

そう思ってもすでに秋に入りそうなこの時期に、あれほどの酷暑はもうないだろう。

惜しいことをしたと歯噛みしていると、副長が武器を仕舞ってため息をつく。

 

「ふぃー、一旦休憩にしましょうか。七乃さんもそれで・・・ってあれ? 七乃さんが隊長みたいになってる・・・!?」

 

「いや、俺だから。本人だから」

 

「ああ、よかったぁ。恐怖のあまり、ついに隊長の幻覚を見るほどになったのかと・・・」

 

てへへ、と苦笑いする副長に軽くデコピンしてから、お疲れと声を掛けた。

 

「あ、いえいえ、その、ありがとです。あれ、そういえば七乃さんはどこへ?」

 

「いきなり美羽が来てな。何か用があるみたいで」

 

「ほえ~」

 

「それにしても、兵の練度もあがったなぁ」

 

「ええ、はい。そりゃあ、アレだけ濃い訓練してればそうなりますとも」

 

「そっか。・・・そういえばそろそろ副長の定期底上げ訓練だな」

 

「ごめんなさい急用が出来そうなのでちょっと失礼します!」

 

「せめて急用が出来てから言えよ、そういうこと」

 

逃げ出そうとする副長をがっちりキャッチ。

いーやーでーすー! とか、ちーかーんー! とか大声で失礼なことを叫ぶ副長を引きずる。

 

「今日は誰にしようかなーっと」

 

「出来るだけ優しい人希望です。・・・ああ、蒲公英さんとか優しげなので希望いたします!」

 

「蒲公英は前に戦ったばかりだからな。次はもっと強い・・・翠とかいいかもな」

 

「翠さんとか殺す気ですか隊長っ! ・・・あ! あの人がいいですっ!」

 

そういって副長が指差したのは、なにやら書類を持って歩いている雛里だった。

 

「お前・・・あれ雛里じゃねえか。完全に非戦闘要員だぞ・・・」

 

「ちょっと押したら多分倒れちゃうと思うんですよね! 最速で訓練が終わります!」

 

なんというか、「訓練に参加しないようにする」から、「訓練を出来る限り早く終わらせる」に副長の目論見がシフトしてきているような気がする。

完全に駄目人間じゃないか、これ。

 

「大人しく訓練を受けろ。・・・今日は恋に出張ってもらうことにするかな」

 

「ごめんなさいっ。真面目にやるんで恋さんだけは勘弁してもらえないですかねっ!?」

 

「よろしい。さて、そうなると誰か良い相手は・・・」

 

ここは幸運スキルに任せてちょっと念じてみようか。

今の副長の相手に良さそうな相手、来い・・・!

 

「あれ? にーさま?」

 

ぐぐ、と念じると、曲がり角から流々がひょっこりと顔を出した。

本当に来た!? 幸運スキルすげえな!

 

「よう、流々」

 

「こんにちわ、にーさま。訓練ですか?」

 

「副長の、な。流々も訓練みたいじゃないか」

 

「はい。なんだか体を動かしたくなっちゃって」

 

「それなら丁度良い。副長と手合わせしてやってくれないか」

 

「ぐぅっ。隊長、この人ってアレですよね、素で地面へこます人ですよね・・・?」

 

小声で耳打ちしてくる副長に、首肯を返す。

よりいっそう嫌そうな顔をしたが、ここで断ると恋との手合わせが待っている。

そのあたりで悩んでいるのだろう。

 

「手合わせですか? もちろんいいですよっ!」

 

副長がそうこう悩んでいるうちに、流々は元気に頷いた。

 

「よし、じゃあほら、早く用意しろって副長」

 

「ぐ、仕方ないですねぇ。やりますよ。応援、よろしくお願いしますね」

 

「はは、おう、任せろ」

 

俺に背を向け、鋭い音を立てて剣を抜く副長。

うむうむ、様になってるじゃないか。

 

「行きますよー!」

 

「どうぞ来て下さい! 出来れば三割ほどの力で!」

 

「流々ー、本気でなー」

 

「もちろんですっ!」

 

「なんとぉー!? 隊長、応援してくれると言う約束はどうなったのですか!?」

 

「え? ほら、流々応援してるじゃん」

 

「屁理屈じゃないですか!」

 

「あーほら、流々が迫ってるぞー」

 

「え? うわっ!」

 

俺の言葉でようやく流々が迫ってることに気づいたのか、飛んでくる伝磁葉々をぎりぎりで防ぐ副長。

 

「隊長への文句は後ですね・・・。とりあえず、倒します!」

 

「出来るものなら!」

 

迫る伝磁葉々を盾で危なげなく防ぎ、副長は大きく回りこみながら流々に接近する。

もちろん何もせずに接近を許す流々ではなく、戻ってくる勢いを利用して伝磁葉々が副長へと再び迫る。

 

「読んでますっ!」

 

言葉のとおり、あらかじめそう来るのが分かっていたかのように副長はスライディングをかます。

土煙を上げながら伝磁葉々の下を潜り抜け、地面に足を引っ掛けて立ち上がりながら盾で流々の手を打った。

 

「くっ・・・! まだまだ!」

 

「わわっ、何で胸倉掴んで・・・っきゃーっ!?」

 

伝磁葉々を持っていた手を打たれ一瞬痛みに顔をしかめたものの、流々は空いた片手で副長の胸倉を掴み、そのまま城壁に向けてブン投げた。

流石あんなでかい武器振り回すだけあるな。とてつもない怪力だ。

 

「引っ掛けます!」

 

ブン投げられて滞空中の副長も負けてはいない。

冷静に懐から鉤爪の形をした武器を装備すると、それを城壁に絡まる蔦へと発射した。

何を隠そうあの武器、鉤爪には鎖がついており、蔦や木材を掴んだり刺したりすることによって、高所への移動などを可能にしたのだ。

・・・いや、やっぱり勇者といったらあれは作らないと。剣、盾、弓、アレは完全に無いと詰むじゃないか。

 

「もう一丁!」

 

爪撃ち(副長はあの武器をそう呼ぶ)は両手に装備する武器で、一つを撃ってる時でも、もう一つを使用することができるのだ。

さらに不意を突けば油断している相手から武器を掴んで奪うこともできる優れものだ。

・・・両手装備に青い服、重い靴で「ズゴッ○」とかやったものだ。

 

「何ですかこの爪っ」

 

流々は伝磁葉々を振り回して爪撃ちを弾いたが、その間に副長は体勢を立て直していた。

城壁にぶつかることなく、爪撃ちを外して安全に地面に降りた副長は、懐に武器を仕舞い、代わりに弓を取り出した。

 

「はっ!」

 

気合の掛け声とともに、引き絞られた弓から矢が飛び出す。

 

「この程度で!」

 

「分かってますよ!」

 

飛んでくる矢程度なら簡単に弾いてしまう流々にそう返すと、副長は更に矢を撃ちながら接近していく。

ある程度距離が縮むと先ほどと同じように懐に弓を仕舞い、剣と盾を背中から抜く。

 

「はぁっ!」

 

副長は飛び上がりながら脳天めがけて剣を振り下ろすが、その程度の攻撃が見えない流々ではない。

伝磁葉々の綱を横にピンと張り、剣を受け止めた。

そのまま副長は一瞬空中で止まるが、すぐに重力に引っ張られて地面へ足をつけた。

少し前に出ればぶつかりそうなほど接近した副長に、流々は笑いながら口を開く。

 

「不用意に近くに来るなんてっ。さっきのこと、忘れちゃいましたか!?」

 

「忘れてませんよ。でも、もうあなたには私を投げられない!」

 

「何を・・・っ!?」

 

先ほどと同じように投げようと副長の腕を掴んだ流々が、驚いた表情を見せた。

 

「投げられないでしょう? ・・・乙女としては複雑ですが、今の私、とっても重いので!」

 

「何でこんな、急にっ・・・!」

 

「今度はこっちの番です! 投げられてちょー怖かったんですからね!」

 

戸惑う流々に向けてそう叫びながら、副長は流々の足を掴んでその場で回転。

 

「とんでっけー!」

 

「きゃあああああああっ!」

 

三回転ほどでぱっと手を離すと、流々は面白いように飛んでいく。

伝磁葉々を手放して軽くなったからか、さっきの副長よりも飛んでいる気がする。

 

「終わらせます!」

 

流々を投げた後、副長は落下地点へと駆ける。

いつの間にか背中へと戻されていた剣と盾を再び抜き放ち、空中で体勢を立て直し、何とか着地した流々へと突きつける。

 

「武器もなし。この距離で剣を突きつけられれば、負けですよね?」

 

「・・・はい、負けちゃいました」

 

「っぷはー! たいちょー! 終わりましたよー!」

 

「分かってるって。大声出さなくても聞こえてるよ」

 

ぴょんぴょん跳ねながらこちらに訓練終了を伝えてくる副長と、そのそばでへたり込んでる流々の元へと向かう。

 

「二人ともお疲れ様。怪我は無いか?」

 

「あ、はい。私は平気です、にーさま」

 

「私もです。投げられたときは冷や冷やしましたが」

 

「・・・そういえば、何で二度目のときはあんなに重かったんですか?」

 

流々が小首を傾げて副長に聞くと、副長はえっへん、と胸を張って

 

「これですよ。重量靴」

 

「これは・・・」

 

「靴の底に着脱できるようになってて、体を重くしたりできるんですよ!」

 

「なるほど、だから急に重くなって、投げられなくなったんですね」

 

青い服とともに渡したあの靴底は、副長の言ったとおり着脱可能な鉄の塊のようなものだ。

副長の足のサイズに合わせたためとても小さいが、重量はなんと副長の体重の十倍ほど。

移動はとてつもなく遅くなるが、その代わりどんな攻撃を受けても後ろに吹き飛ばされなくなる。

先ほどのように投げられそうになっても踏ん張れるようになるのだ。

 

「・・・隊長に無理やりこれ履かされて河に落とされたときは本当に焦りました。いくら水中呼吸が可能な青い服があるとはいえ、いきなりドボンは焦りますよねえ」

 

「ん? ああ、まぁ副長なら大丈夫だろうと思ったからだよ。信頼してなきゃ、あんなことできないだろ?」

 

「た、隊長・・・!」

 

なんだか感動し始めた副長にやっぱりちょろいなー、と心の中で呟きつつ、流々に手を差し出す。

一瞬呆けた顔をした流々が手の意図に気づき、すみません、と言いながら手を掴んで立ち上がった。

 

「それにしても、副長さんの武器は多彩ですね。中でもあの爪の武器が一番驚いちゃいました。蔦とかに絡めて使うんですね」

 

「ええ。まぁ。アレがあればどんな高いところでも上れますからね。結構重宝してます」

 

爪撃ちを作ったときに苦労したのは、鎖を巻き取る機構と蔦や網を掴むだけではなく、木材に刺さるように鉤爪を設計したところだ。

我ながら良く再現できていると感心したものだ。

 

「さて、いつの間にかいい時間になってるし、飯でも食べに行こうか」

 

「さんせーですたいちょー! 今日はチャーハンの気分です!」

 

「はいはい、分かったよ。流々も来るだろ?」

 

副長の頭を撫でて落ち着かせつつ、流々を誘う。

 

「ふぇ? 良いんですか?」

 

「もちろん」

 

小首を傾げた流々にそう返すと、流々が何か思いついたようにぽん、と手をたたいた。

 

「あ・・・そうだ! それじゃあ、私が作りますよ!」

 

「いいのか? 仕合の後すぐだぞ。辛くないか?」

 

「大丈夫です! ちょっと疲れてますけど、この程度なら全然問題ないです!」

 

「そっか。ならお願いしようかな。副長も大丈夫だろ?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。流々さんのお料理、楽しみです」

 

コクコクと頷く副長を連れ、流々と一緒に厨房へと向かった。

 

・・・

 

二人を連れて厨房へとやってきた。

 

「チャーハン、大盛りで頼みますね」

 

「はい。腕によりをかけちゃいます」

 

「楽しみだな。・・・っと、着いたみたい・・・だな・・・?」

 

なにやら、厨房から黒い煙と刺激臭がする。

・・・いやいや、おおよそ厨房で嗅ぐような臭いじゃないぞこれ!

刺激臭のする物質なんて、理科の実験くらいでしか嗅いだこと無いんだが。

 

「・・・に、にーさま? なんだかとっても嫌な臭いが・・・」

 

「たいちょー、嫌な予感もしてきたんで撤退しませんか?」

 

「ああ、そうしよ」

 

そうしよう、と言い切る前に厨房から人影が出てきた。

どうやら、俺たちの会話が聞こえたらしい。

 

「なにやら声がすると思ったら。ギル殿でしたか」

 

「げえっ、関羽」

 

「・・・人の顔を見るなり驚くとは。それに、なぜ真名で呼んで下さらぬのです?」

 

「ああ、いや、うん。ごめん愛紗。ちょっと驚いただけだ。・・・なんで、こんなに煙が?」

 

先ほどの発言についてはすでに流されたらしく、愛紗は神妙に頷きながら事の次第を話し始めた。

 

「いえ、その、ギル殿が副長殿や流々と訓練しているのを見ていた時の事なのですが・・・」

 

「見てたんだ。声くらい掛けてくれればよかったのに」

 

愛紗によると、声を掛けてともに訓練するより、先に昼食を作って振舞ったほうが驚かせられるし俺が喜ぶのではないかと思ったらしい。

それから急いで食材を集め、以前華琳と桃香とともに作った(教えてもらった?)五種盛りだか何だかを作ろうとして、こうなったと。

 

「・・・そうか、俺の料理の失敗も、まだまだ軽いものだったんだなぁ・・・」

 

「に、にーさま?」

 

「・・・隊長の目が、死んだ魚のような目に」

 

「あっ、あの、その、一応完成したのですが・・・」

 

そこまで言うと、もじもじとし始めた愛紗。

・・・ああうん、「食べてほしい」とか言えないもんな、この状況

 

「・・・取り敢えず、換気かな」

 

以前競馬のときにやった、宝物庫からの突風を利用し、厨房からこの黒い煙を含む空気を追い出す。

・・・この中にいてよく平気だったな、愛紗。

後で医者に見てもらわねばならんか。

 

「流々、食材は俺が出すから、副長にチャーハン、作ってやってくれ」

 

「え、えと、にーさまは・・・?」

 

「愛紗が作ってくれたらしいから、良いよ。ごめんな、折角作ろうとしてくれたのに」

 

「い、いえ、大丈夫ですっ、けど・・・大丈夫ですか・・・?」

 

まぁ、死にはしないだろう。

俺は調理台の上に食材を出しながら、四人がけの卓に座る。

 

「よっと。愛紗、料理は?」

 

「こちらに・・・私が言うのもなんですが、本当に大丈夫ですか・・・?」

 

「大丈夫だって。いざとなったら副長もいるし」

 

「・・・私、生きて帰れますかね」

 

そんな言葉を呟きつつも、副長は俺の隣へと座る。

流々は心配そうな顔をしつつも調理を開始し、愛紗は卓の上へ料理を並べていく。

 

「水晶肴肉、海蟹皮、白油鶏、冷鮑魚、棒棒鶏の冷製五種盛り・・・に、なる予定だったものです」

 

流石の愛紗も失敗していることに気づいているらしい。

料理が盛られた皿を卓に置きつつも、すごく気まずそうな顔をしている。

 

「・・・まぁ、見た目的にはすべて黒くなっててどれがどれだか分からなくなってるぐらいしか問題点は見当たらんな」

 

「・・・隊長、目の付け所がすでに間違ってます。「大した問題じゃねえな」みたいな軽い問題じゃないですよ、それ」

 

「臭いは・・・うん、まぁ、理科の実験で直に嗅いだアンモニアよりは軽い感じか」

 

「あの、隊長って実は目とか鼻とかおかしかったりします? ・・・私、料理から鼻を突く臭い、って言うのを感じたの初めてなんですけど」

 

「目は良いぞ。千里眼持ってるからな。鼻は・・・どうだろうか。自分では中々良いほうだと思ってるけど」

 

「勘違いじゃないですかね?」

 

副長とのそんなやり取りを経て、俺は皿とともに置かれた箸を取った。

 

「どれがどれだか分からんから、目に付いたのから食ってくか」

 

料理に適当に箸をつける。

口に運んでみると、妙な苦味とすっぱさが同時に感じられた。

んー、食べられるぎりぎりまで焦がしたゴーヤチャンプルーにレモン一個全部絞った感じかなぁ。

五つに分けられてるのはかろうじて判断できるので、次の料理に行ってみるとしよう。

 

「・・・どうしましょう。隊長、口がもぐもぐしてるんですけど・・・あの黒い物体を食べて、すぐに吐き出したり嚥下したりせずに咀嚼してるんですけど・・・!」

 

次のは・・・なんだこれ? 炭に・・・なってないな。

ほかの料理のがくっ付いただけだろうか。・・・ああ、あの黒い煙の所為か。

 

「クラゲ・・・か?」

 

まぁ取り敢えず食えば分かるだろう。

ひょいぱくと一口。

 

「・・・んー」

 

「止める暇も無いくらい躊躇無くいきましたね。・・・隊長がこれを料理だと認識して味わってるのが不思議な位なんですが」

 

「まぁ、これはそんなに失敗してないと思うな。食べれない物じゃない」

 

「ホントですかぁ? 隊長、恋仲の方の料理だからって贔屓してません?」

 

「はは、んなことしても意味無いだろ。ほら、副長も食ってみ」

 

「ちょ、待ってくださ、これ・・・!」

 

「ほれ、あーん」

 

「あ、あーん」

 

箸を差し出した直後はなにやら戸惑っていたようだが、更に箸を突き出すと諦めたように口を開いた。

副長は箸を口に銜えたままむぐむぐと咀嚼し始める。

ごくん、と飲み込んで、ようやく箸を放した。

 

「・・・まぁ、クラゲから大きく外れてはいませんでしたね」

 

「だろ?」

 

「ですが、料理としてはクラゲからこんなに外れている時点でだめだと思います」

 

「うぐっ・・・!」

 

副長の一言で、愛紗がダメージを受けたようだ。

 

「・・・次のこの・・・鮑、ですか? 食べてみても良いですか、隊長」

 

「構わないぞ。ほら」

 

「あーん。・・・あー、うん、そうですねぇ」

 

「むぐ。・・・あー、うん、そうだなぁ」

 

「水分、多いですねぇ」

 

「水っぽいなぁ」

 

「ぐうっ・・・!」

 

多分切る前の工程で何か躓いたのだろう。

 

「これは・・・鶏肉か」

 

口に運んで咀嚼してみると、もぐがりっ、と食べ物にあるまじき音が鳴った。

 

「・・・大丈夫ですか、隊長。歯か骨が砕けたような音がしましたが」

 

「いや、大丈夫。この料理に神秘でも篭ってない限り、歯も骨も折れん」

 

これは・・・なんだ、炭か?

いや、なんと言うか、炭よりちょっと硬くなってるな。物体Xの誕生か。

 

「まぁ、鶏肉の味はしないな。良く加熱した炭にタレを掛けたような味がする」

 

「およそ食べ物に使う言葉じゃないですね。良く加熱した炭て・・・」

 

「まぁ、総評価は四十点位かな」

 

「零じゃないんですか?」

 

「初期の愛紗の料理は・・・ああ、食べたこと無いのか。あのな、最初は愛紗、すべてを炭にして更になんか・・・うん、良く分からないものが混ざってたんだ」

 

あれ、確か動いていたような気が・・・いやいや、思い出すのはやめておこう。

 

「それから比べたら、余計なものは入ってないし、これを見るに手順を間違えただけらしい。中には食えるものもあるし、零点ではないよ」

 

「・・・ふぅん、そですか」

 

じとりとした目で料理を見つめる副長に苦笑していると、料理を終えたらしい流々が声を掛けてきた。

 

「どうでしたか?」

 

「あ、流々。・・・チャーハン、できたんだな」

 

「はい。あ、にーさまも食べますか?」

 

「ん、いや、いいや。愛紗の料理食べちゃったし、お腹一杯だよ。俺の分は愛紗が食べるといい」

 

「で、ですが・・・」

 

「いいから。流々みたいに料理できる娘の料理を食べて、もっと勉強しないとな。次は炭化する部分を少なくすることを目指そう」

 

「は、はいっ! 更に精進して、ギル殿に百点満点と言って頂ける料理を目指します!」

 

「その意気です愛紗さん! 私もお手伝いしますよ!」

 

「ありがとう流々! 取り敢えず流々のチャーハンを貰って、味の研究をするとしよう!」

 

そういってレンゲを取る愛紗。

副長はいつの間にかパクパクとチャーハンを食べていたようだ。

 

「・・・料理といえば、天下一品武道会の亜種として天下一品料理大会とか開くと面白いかもな」

 

「あの料理を食べた後で良くそんなこと言えますね隊長。尊敬します」

 

「そりゃ副長の上司だからな。尊敬されること言っておかないと」

 

「・・・尊敬されようと思っていえるような台詞じゃないですよ、今の」

 

「取り敢えず、一刀に掛け合ってみるかなぁ」

 

愛紗も料理への情熱を燃やしていることだし、めでたしめでたし。

 

・・・

 

「ん、くぁぁ・・・」

 

あの不思議料理を食べた後、俺は歩きながらあくびをしつつ両手を伸ばす。

どうにも眠い。やっぱり徹夜はするもんじゃないな。

さっき昼飯も食べたから余計眠たいようだ。

 

「・・・部屋まで戻るのも面倒なほどに眠いな。どこか木陰で休むとしようか」

 

夏の暑さもほとんど感じなくなってきたことだし、外で休むのも良いだろう。

幸いそよ風も吹いてるし、心地よく眠れるだろう。

 

「よいしょ。ふー、いいねぇ・・・」

 

大きく息を吐きながら目を閉じると、すぐに眠気がやってくる。

眠気に任せて、俺はゆっくりと背中を木に預けた。

 

「・・・おぉ? お兄さんが風のようなことをなさってますねぇ」

 

なんだか誰かの声が聞こえたような気がしたが、それを確認するよりも先に、俺の意識は沈んでいった。

 

・・・

 

夢の中である。

・・・まさか、自分が夢の中だと自由に認識できるようになるとは思わなかった。

神様に会ったり宝物庫の中とかの精神世界に行き過ぎた所為かもしれない。

 

「っつってもなぁ。神様に会いに来たわけでもないし、宝物庫の中身を確認しに来たわけでもないしなぁ・・・」

 

「まぁまぁ、そっちから会いに来なくとも、私から会いに来ることもあるんですけどね」

 

「・・・神様か」

 

「ええ、はい。お茶でもどうですか?」

 

「いただくかな。何にもしないのも暇だし」

 

いつの間にか真っ白なテーブルと椅子が現れていて、テーブルの上には湯気が立つティーセットが並んでおり、椅子には神様がすでに座っていた。

対面に座ると、ひょいと神様がお茶を淹れてくれた。

 

「今日は煎茶です。懐かしいでしょう?」

 

「まぁね。ドヤ顔なのがいらっとするけどそのとおりだよ」

 

ティーセットから出てくる煎茶というシュールな光景に驚くようなことは無い。

神様のやることにいちいち驚いていたら付き合えないからな。

 

「いえね、意外と急須って高くって。湯飲みと合わせてもちょっときついかなぁって」

 

「・・・妙に生活感漂う台詞だな。神様も買い物とかするんだ」

 

「買い物というか物々交換みたいなものですけどね。神様にお金という概念は定着しにくいんですよ」

 

ティーカップのお茶をずずずと啜りながら神様が呟く。

物々交換・・・なんと言うか、神様が肉とか魚を交換している場面が想像できん。

 

「たまーにいますけどね、お金持ってる人。なんでも、札束や金塊で頬を叩くのが楽しいらしくって」

 

「・・・金塊で頬叩くのか?」

 

「ええ。部下の頬叩いたりしてるの見たことありますよ」

 

・・・怪我しないか、あんな塊で頬叩かれたら。

というか、金の使い道としては間違ってるんじゃないだろうか。

 

「部下の人もお金とか金塊の使用方法を知らないらしくて、それが正しい使用法だと思ってるらしいんですよ」

 

「・・・なんて不憫な・・・」

 

「あ、そうこうしてるうちに目が覚める時間ですね。それでは、また会いましょう。次までには、急須もあることと思います」

 

「ん、そうか。それじゃな」

 

・・・

 

意識が戻ると、なにやら重みを感じた。

確か胡坐をかきながら寝たので、きっと足の上に誰か乗っているのだろう。

璃々か鈴々か、その辺のちびっ子たちだろう。

ならば、好きなだけ座らせておけばいいか。

 

「すー、すー・・・」

 

「・・・あれ? 風?」

 

これは驚きである。

いや、まぁ、寝てることには一切の驚きはないのだが、まさか俺の足の上に乗っているとは・・・。

そんなに仲良かっただろうか。

・・・ま、それだけ気を許してくれているということか。

 

「それにしても良く寝てるなぁ。確か前の会議も寝てなかっただろうか。・・・夜とか眠れてるんだろうか」

 

寝る子は育つというが・・・うぅむ。

寝てもあんまり育たない娘もいるんだなぁ。

 

「・・・なにやら、失礼なことを考えられてる気がしますね~」

 

「起きてたのか」

 

「今、起きたのですよー」

 

「もう少し寝たいなら別に構わんぞ。俺も暇だからな。そのくらいは付き合ってやれる」

 

「お兄さんは心が広いですねぇ。普通、勝手に座って眠ってたら不快に思うと思うのですがー」

 

「風はそういう娘だって知ってるからな。特に嫌だとは思わんさ。それより、それだけ心を許してくれてると分かって嬉しかったよ」

 

「・・・そですかー」

 

「そうそう。ま、そういうわけだからもうちょっと眠るなら好きにどうぞ」

 

「眠ってる間お兄さんが暇そうですから、お話してあげますよ~」

 

「気を使わずとも良いよ。風が寝てる間、頭でも撫でてるから」

 

「ふむぅ・・・お兄さんに撫でられるのは気持ち良いらしいですからねぇ。それも良いですが~・・・むむっ、お話しながら撫でてくれれば一石二鳥の様な気がしますねー・・・」

 

そういいながら、風は頭に載ってる宝譿を取った。

そして頭を少しだけこちらに伸ばしてくる。

・・・撫でろということか。

 

「はいはい」

 

猫を撫でるときのことを思い出しつつ、風の頭を撫でる。

手を動かすたびにおぉぅ、とかにゅぅ、とか気の抜ける声を上げる風。

 

「これは、また眠りそうなほどに心地よいですねー」

 

「風の髪の手触りも気持ち良いよ。綺麗だしね」

 

「おおっ、なんだかお兄さんに褒められてしまいました~」

 

それからしばらく撫で続けると、風は気持ちよさそうに眠ってしまった。

なんだかんだ言いつつ、寝るのが好きなのだろう。

 

「さて、もうしばらく楽しむとしよう」

 

しばらく、風も目を覚まさないだろうし、今のうちに風の感触でも楽しんでおこう。

 

・・・

 

「お兄さん、それでは~。またお膝に乗せてくださいね~」

 

「ああ。気に入ってくれたなら良かったよ」

 

あの後、夕日が沈みかけるころに風は目を覚ました。

ゆったりとした声でお礼を言われた後、部屋まで風を送り届け、今こうして別れたところだ。

どうやら俺の膝は風の御眼鏡に適ったらしい。

ふりふりと手を振る風に手を振り返しながら、通路を歩く。

 

「まだちょっと寝足りないかな。でもま、これ以上寝ると夜眠れそうにないし、ちょっと早いけど晩飯にしようかな」

 

次は桃香あたりが作った料理でも食べてみたいな。

どれだけ上達したのか確認してみたいし。

 

「取り敢えず今日は自分で作るかな」

 

ちょくちょく自分でもやっておかないと、力加減とか忘れてしまうからな。

材料はまだまだ残ってるし、厨房に戻ろうかな。

・・・なんだか今日は厨房での用事が多いな。

 

「よっと。誰かいるかー?」

 

・・・うむ、誰もいないようである。

自分で声を掛けておいてなんだが、いなかったらいなかったで寂しいものだ。

 

「さぁて、今日はいろいろ調味料を調達したからな。アレが作れる」

 

まず、宝物庫よりスパイスなどを取り出す。

それを水に溶かしてから型に注ぎ込み、もう一度宝物庫の中へ。

数秒後、宝物庫から取り出すと・・・

 

「なんと! カレールーができるのです。・・・なんで?」

 

自分で入れて言って良い台詞ではないと思うが、まさしくその台詞がぴったりだ。

ある程度の分量がそろっていれば、宝物庫が勝手にそれを「カレールー」だと判断して、再構成してくれるらしい。

宝物庫の便利さに驚きである。

 

「・・・取り敢えず、野菜を切ろう」

 

インドの人からも「これ、うちのカレーと違う」と言わせるほど独自の進化を遂げた日本のカレーを再現してやろう。

 

「思えば、ほとんど鍋で煮込むだけだから力加減とか関係ないな」

 

それにしても、この野菜を炒めている時点でだいぶおいしそうである。

もう肉と野菜の炒めものでも良いんじゃないかな、という誘惑を振り切りつつ、水を投入。

これでまたしばらく火に掛けて、最後にルーを溶かせば良い・・・はず。

飯盒炊爨以来のカレーに俺の記憶も細かいところまでは思い出せないようだ。

 

「まぁ、食えないものはできないだろう。・・・これでうまくいけば、天下一品料理大会で出してみるのもいいかもな」

 

出来上がったカレーは中々のものでした。

・・・ムドオンされなくて良かった。

 

・・・

 

「はぁ、夏祭りねぇ」

 

「やっぱり夏といえば夏祭りだろ! 資金も大丈夫だし、出店も町の人たちがノリノリで参加表明してくれたし!」

 

「確かに夏といえば夏祭りだな。・・・もう、夏も終わるけど」

 

「だからこそ今やろうって言ってるんだろ!」

 

「まぁ、そこまで準備してるんだったらやらないほうが変だよな。よし、やろう!」

 

「おう。いろんな浴衣が見れるぞ!」

 

というか、ほぼそれが理由である。

すでに卑弥呼に言って浴衣は準備済みだ。

 

「・・・ギル、お前ほんとに自由人だよな・・・」

 

そんな俺の思惑を見透かしたらしい一刀は、呆れたように笑った。

 

「まぁ、そこまで準備万端ならやらないほうが変だな」

 

「おう。場所も取ってあるし、資金も大丈夫。浴衣も今日中に卑弥呼が持ってくるだろうし、出店もすぐに準備できる。サプライズもあるし」

 

「・・・ギル、お前本気出すと凄いよな。まだやるって確定してないのにそこまで準備するとか・・・」

 

「まぁ、夏祭りくらいだったらやろうっていえば出来るだろうと思ってたしな」

 

そういって俺は立ち上がる。

みんなに話をつけて、開催するまで大体二日くらいか。

まぁ、それぐらいあればきちんとできるだろう。

 

「つーわけで、夏祭り実行委員会として頑張ろうぜ」

 

「俺も入ってんの!?」

 

「もちろん。ま、当日は楽しめるようにするからさ。巻き込まれてくれよ」

 

・・・

 

「というわけで、浴衣を持ってきたわよ」

 

「おう、ありがと。ほほー、いろんな柄があるなぁ」

 

「ふふん。・・・あ、壱与もくるらしいから、がんばんなさいよ」

 

「ん、ああ。・・・そういえば、壱与になんか言われたか?」

 

「言われたわよ。「私に女王の座を譲り渡してください」って。ふざけんなってはっ倒したけどね」

 

うん、その様子がとても鮮明に思い浮かべられるな。

 

「ま、あいつが女王になりたい理由聞いたから、何でそんなこと言ったのかは理解したけどね。・・・だからこそ反対したって言うのもあるけど」

 

「ふぅん。やきもちか」

 

「ばっ・・・か、まぁ、そうだけど。まぁいいわ。とりあえずさっさと浴衣を宝物庫にしまいなさい」

 

「おう」

 

話を逸らそうとしてるのに気づいたが、それを追求して照れ隠しに合わせ鏡を放たれても困るので、素直に浴衣を収納する。

後はこれを更衣室に展開し、将のみんなに着てもらうだけだ。

 

「で、わらわの浴衣姿はどうよ」

 

「もちろん似合ってる。綺麗だよ」

 

「・・・へふぅ」

 

「どしたいきなり? ・・・気絶してる」

 

奇声を上げて倒れた卑弥呼を支えつつ声を掛けてみると、どうやら気絶してしまったようだ。

そんなに褒められ耐性低かったのか。

・・・ああ、そういえば前ちょっと褒めただけで照れてたな。

 

「・・・どうすりゃいいんだ、この女王」

 

仕方ない、目覚めるまで背負って行くか。

 

・・・

 

浴衣を用意してから一週間後、夏祭りが開催された。

すでに出店はやっているので、みんなの楽しそうな声は聞こえてくる。

将たちは今浴衣に着替えている最中のはずだ。

 

「ギルさんっ、似合いますか?」

 

以前卑弥呼に和服を着せられて要領を得ている月はいち早く着替えて俺の部屋へとやってきている。

薄い青の染料で風のような波のような模様が月の雰囲気にぴったりだ。

 

「ああ、似合うよ」

 

「うれしいですっ」

 

そのままくるくると回ってどうですか、ともう一度聞いてくる月。

しばらく後、着付けを終えた詠や響たちがやってきてはくるくると回って「似合う?」と聞いてきたのは想像に難くないだろう。

侍女組が全員揃い、卑弥呼が目を覚まして壱与が平行世界からやってきたころ、ようやく夏祭りへと出掛けることになった。

桃香や愛紗たちをまだ見ていないが、先ほど全速力で鈴々が駆けて行ったのでそれを追いかけて先に行ってるだろう。

 

「卑弥呼が来たら行こうか」

 

みんなの着付けを手伝ってるっぽいからもうちょっとかかりそうだけど。

 

「おうよーっ! 楽しみだねえ。夏祭りってアレでしょ? ギルさんの千里眼を使って射的の景品を全部打ち落として射的屋さんを泣かせたり、ギルさんの幸運値に任せてクジ屋さんを泣かせたりするお祭りのことでしょ!?」

 

「・・・え?」

 

「いやいやいや、響、適当なことを言わない。・・・後孔雀、信じない」

 

「・・・あー、良かった。ギルだったらやりかねないことだったから九割信じてた」

 

否定は出来ないな。

というか屋台の人を泣かせるだけの祭りとか誰が得するんだよ・・・。

 

「あれー? 違ったかぁ。ひーちゃんがそう言ってたんだけど・・・」

 

「ひーちゃん?」

 

「卑弥呼ちゃん。もう一人の筋肉さんと区別しないと面倒くさいから、ひーちゃん」

 

「ほう、響にしては良い事いうね。僕もこれからひーちゃんと呼ぼうかな」

 

「ひーちゃん・・・良い響きですね。卑弥呼さんに合っている気がします」

 

「ひーちゃん、ねぇ。ま、区別するためっていうなら中々良いんじゃないの?」

 

侍女組がそう結論を出すと、タイミングよく卑弥呼が部屋に入ってきた。

 

「うーい、ただいまー・・・」

 

「あ、ひーちゃんおかえりー」

 

「お疲れ、ひーちゃん。みんなの着付けは終わった?」

 

「ひーちゃん、お疲れ様です。着付け、ありがとうございます」

 

「ま、まぁ、ひーちゃんにしては良くやったんじゃない?」

 

「ふおおっ!? 何この歓迎のされよう!? ひーちゃん!? 超フレンドリーでびっくりした!」

 

扉を開けて入ってきた卑弥呼が「ひーちゃん」呼びに驚いている。

 

「ちょ、なに? どっきり? ドッキリなの!?」

 

ちょっとどうなのよ、と俺の元までやってくる卑弥呼。

 

「ドッキリじゃないから安心して呼ばれるといいんじゃないかな、ひーちゃん」

 

「ふぅ・・・」

 

「・・・また気絶したぞこの女王」

 

かくんと倒れそうになった卑弥呼を受け止めると、なにやら妙な気配が

 

「今ッ、女王を謀殺するなら今しかないッ!」

 

「壱与!?」

 

いつの間に平行世界を移動してきたのか、壱与が体を捻りながら顔の前に掌を広げて立っていた。

 

「血液のビート刻んで心停止させてやりますよッ!」

 

「お、壱与も浴衣着てるのか。いつもの服とは違った雰囲気で良いね。似合ってるよ」

 

「ちょっと、反応するのそっちなの?」

 

「えっ? あの、は、はひぇ・・・」

 

「・・・気絶したわね」

 

「成功したか。卑弥呼の親類ならもしやと思ったんだ」

 

こうして、俺たちは気絶した人間二人が起きるまで待ち、無事祭りへと出発したのだった。

・・・邪馬台国の二人に対しての扱いを学んだ! スキルポイントが5上がった!

何のポイントだろうか。

 

・・・




「良く関羽さまのあの料理普通に食べれましたね、隊長」「まぁ、幼馴染と毒料理対決ずっとやってたからな。食えないもの耐性は高いと自負してる」「・・・普通の人間ってそういう耐性無いものなんですよ、隊長」「懐かしいなぁ。中身が餡子に見せかけた炭で、それを巻く葉っぱがトリカブトの柏餅とか何度食べたことか・・・」「かしわもちが何かは分かりませんが、取り合えず危ないものを食べさせあっていたのは分かりました」「お返しにカレーに芽の出たジャガイモ入れたりな。いやぁ、あのころは楽しかった」「感性が普通じゃないってこういう人のことを言うんですね」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十二話 祭りの終わりに

「祭りかぁ。焼きとうもろこしとかおいしかったよな」「綿飴ガッチガチに固めて食べて歯が欠けたことあるよ、俺」「祭り!? 祭りっつったかてめぇらっ!」「ライダーか。どうした?」「祭りっつったらハから始まってンで終わる世界的行事があるだろうがっ!」「・・・今日の祭りにライダーを解き放っていいものか」「ま、多喜が何とかしてくれるだろ」


それでは、どうぞ。


「おー、にぎやかだねぇ」

 

「町の人ほとんど来てるからな」

 

警備のために城壁などで仕事している兵士や、事情があって来れない町の人を除けば、八割くらい来てるんじゃないだろうか。

まだ昼を少し過ぎたくらいなのに、賑やかな声がそこかしこから聞こえてくる。

まぁ、警備の人間やこれなかった人たちのためのサプライズも用意してるし、楽しめない人が出ないようにはしたけど・・・。

 

「ようっし、はぐれないよーにギルさん手ぇ繋ご? ・・・って、もう取られてる!?」

 

「ふふ、響ちゃん、早い者勝ち、だよ?」

 

「ギルの手は二本しかないもの。ぱっぱと確保しておくのは当然でしょ?」

 

祭りの会場に来た直後くらいから、俺の両手は月と詠が繋いでいた。

響は少し出遅れたということだ。

 

「く・・・流石は月ちゃんと詠ちゃん・・・! じゃあ私は裾で我慢しようかな」

 

「・・・ボクも裾かな」

 

「卑弥呼様卑弥呼様、私たちは背中と首ですかね?」

 

「ギルが大変そうだからやめてあげなさい。それに、わらわたち今浴衣よ? 背中に乗って足広げたら見えちゃうじゃない」

 

「そうでしたね。じゃあ、私たちは我慢しましょうか」

 

「・・・夜まで、ね」

 

なにやら怪しい会話をしている二人は意図的にスルーしつつ、会場を歩く。

まぁ、後で手は交代してやればいいだろう。

月と詠も物を独り占めするような狭量な娘じゃないからな。

 

「とりあえず何か食べようか」

 

「さんせー!」

 

響が元気に答え、アレ食べたい! と桃飴を指差した。

本当はりんご飴なのだが、やっぱりここといえば桃というイメージで作ってみたのだ。まぁ、中々いいものが出来たと思う。

 

「・・・このときばかりは手を離さないといけませんね」

 

「ま、食べ終わったらまた繋げばいいじゃない」

 

「ふっふっふー、早く食べ終わった人がギルさんの手を取るのさ!」

 

はむはむはむ! とリスのように頬を膨らませて桃飴を口の中にほうばる。

 

「そんなに急いで食べなくても。ほら、口の周りついてるぞ」

 

ほえ? と小首をかしげる響の口周りをきれいにする。

恥ずかしかったのか、かぁ、と頬を赤く染める響。

 

「う、うぅ。子ども扱いはひじょーに不本意だよ!」

 

「じゃあゆっくり上品に食べられるように気をつけるんだな」

 

「むむぅ。了解でーす。・・・はむ、もむもむ」

 

残り半分ほどをゆっくりと食べ始めた響を尻目に、すでに月と詠は俺の手を取っていた。

そのことに気づいた響が戦慄するのはまた別の話である。

更に裾も壱与と卑弥呼に取られてガックリしたのも、別の話である。

 

「ん? ギル、アレはなんだい?」

 

「ん、ああ、わたあめだな」

 

わたあめを作る機械・・・というかからくりは、やっぱりというかなんと言うか、真桜に作成してもらった。

このからくりに気を充填し続けると、電力の代わりになるのだ。

なので、この屋台は凪と同じく気を扱う事が出来る武道家たちが交代制でやっている。

 

「わたあめ・・・本当に綿のようですね」

 

とりあえず一つ購入して、みんなでちぎって食べることに。

おずおずと手を伸ばす詠を皮切りに、みんなが思い思いにちぎって食べ始める。

 

「甘いですね」

 

「ふしぎなあじー!」

 

「・・・ん?」

 

なんか妙に幼い声が・・・。

 

「って、璃々か」

 

「んー?」

 

「なんでもない。ほら、あーん」

 

「あーん!」

 

いきなり璃々が来たのには驚いたが、まぁ璃々のことだ。

はしゃぎすぎて紫苑からはぐれる位は予想できる。

だったら、紫苑と合流するまで一緒にいたほうがいいだろう。

 

「ほーら、肩車してやろう」

 

月たちの浴衣とは違い、璃々の浴衣は動きやすいように少し裾が短くなっている。

肩車しても問題は無いだろう。

 

「わーい! たっかーい!」

 

月たちにはしばらくは手を繋ぐのを我慢してもらうとしよう。

しばらく璃々を肩車してわたあめ二つ目を食べ終わるころ、紫苑の声が聞こえた。

 

「璃々っ!」

 

「あ、おかーさん!」

 

「もうっ、急に走り出して! 心配したんだからね!」

 

「ごめんなさーい・・・。ギルおにーちゃんが見えたから、遊びたかったの」

 

「一言くらい言ってくれれば、一緒に行ったのに。もう」

 

一通り叱った後、紫苑はこちらに謝罪と礼をした。

 

「ごめんなさいね、璃々がお邪魔してしまって」

 

「はは、このくらいなら大丈夫だって。紫苑も一緒に回るか?」

 

「良いんですか?」

 

「もちろん。さ、行こうか」

 

こうして、二人増えた俺たちは、少し動きづらくなりながらも出店を回る。

 

「たーいーちょー!」

 

「あん?」

 

「ちょっとこれ帯が変になって解けてきてるんですけどどうしたらいいですかね!?」

 

「ばっかお前! 何でそんな格好で外出てるんだ!」

 

帯が解けかけ、体中に絡まりながら走ってくる副長を受け止めつつ、全力で叱る。

というかどうやったらこんな器用に絡まれるんだ!?

 

「ああもう、こっちこい! ・・・悪い、その辺回って待っててくれないか」

 

「あ、はい」

 

月たちに声をかけ、俺は副長とともに裏路地へと入る。

 

「・・・ったく、だから卑弥呼や月に教われって言ったのに」

 

「だ、だって・・・その、忙しそうでしたし」

 

絡まった帯を外し、浴衣を合わせて巻きなおす。

 

「遠慮しなくていいんだって。・・・まったく、俺には遠慮ないのにな、っと!」

 

「はうっ! ちょ、ちょっときつ過ぎませんか!?」

 

「このくらいやっとけば解けないだろ?」

 

「確かにちょっとやそっとじゃ解けませんけど! 完全に呼吸阻害してますよねこれ!?」

 

副長がうるさいので、少しだけ緩めてやる。

 

「おー! 凄いです隊長!」

 

「だろ? ・・・さて、月たちも心配だし、そろそろ戻るか」

 

「あ・・・っと、すいません、私母上と待ち合わせしてるので」

 

「ん? そうなのか。挨拶しておきたいが・・・これ以上月たち待たせられないからな・・・また、機会があったらな」

 

「はいっ。ふふっ、それでは!」

 

そういって、副長はからんからんと走り去っていった。

 

「さて、月たちに追いつかないと・・・ん?」

 

「あ、あわわ・・・ここはどこ・・・?」

 

「雛里?」

 

「あわっ! ・・・ぎ、ギルさん? ギルさぁんっ!」

 

「おっとっと」

 

おそらく一人で逸れたのであろう雛里が俺の胸へと飛び込んでくる。

雛里を受け止めて頭を撫でつつ、どうしたのか聞いてみる。

 

「あわわ・・・朱里ちゃんと桃香様と来てたんですけど、誰かにぶつかったときに桃香様の手を離してしまって・・・」

 

「あー、なるほど」

 

桃香が二人と手を繋ぎ、人ごみに流されないようにしていたのだろう。

それが、人とぶつかったときの衝撃で手を離してしまい、今に至ると。

 

「良し、桃香たちが見つかるまで、俺たちと一緒に回ろうか」

 

「あわ・・・ありがとうございますっ」

 

「良いって良いって。ほら、手」

 

「は、はひっ」

 

手を繋ごうと手を伸ばすと、雛里は真っ赤になって俯きながら俺の手を取った。

そのまま月たちの元へと歩く。

おそらくあの娘たちは・・・あ、やっぱり。

変な人垣が出来てる。

 

「おーす、ただいまー。お、射的か」

 

空気で打ち出す銃は普通に作れたので、射的屋は現代とほぼ変わりない。

まぁ、景品はこの時代に即したものだけど。

 

「お、ギル。おかえりー。ほら見て、こんなに取れた」

 

「おー、凄いじゃないか」

 

「ギールーさーん! 取れないんだけど! 千里眼とクラススキル駆使して全部落としてくれない!?」

 

響はお菓子一つしか取れていないようだ。

月と詠はそれぞれに楽しんで二つほど。卑弥呼は打ち出す瞬間に魔力を込めて大物を落とし、壱与は未来予知で一番落としやすい場所を打ち抜いて落としている。孔雀は見学しているようだ。

・・・この時点でもうすでに店の人泣きそうになってるんだけど、トドメを刺せと?

 

「仕方ないな、一つだけだぞ。どれ欲しいんだ?」

 

「あれ」

 

そういって指差されたのは、髪留めのようだ。

あの程度なら、千里眼を使わずとも・・・よっと。

 

「おー、落ちたー!」

 

「よっしゃ。・・・後数発残ってるな。雛里、どれ欲しい?」

 

「ふぇっ!? あ、あわわ、えと、その、わ、私はいいです・・・!」

 

慌てふためきつつも、雛里がちらりと景品の一つに目を向けたのを俺は見逃さなかった。

・・・なるほど、この辺では見かけない本だな。

アレを取るには・・・。

 

「そこっ!」

 

ぽんっ、と軽い音を立てて本は倒れた。

 

「はい、これ」

 

店の人から受け取った本を雛里に渡す。

 

「な、なんで分かったんでしゅ・・・ですか?」

 

「雛里のことだからだよ。・・・ん?」

 

「お兄さーん!」

 

「ギルさーん、雛里ちゃんを見ませんでしたかー!?」

 

人ごみの向こうから俺を見つけてやってきたのは、桃香と朱里の二人。

 

「桃香だ。雛里、桃香と朱里が来たぞ」

 

「あ・・・あの、その、あ、ありがとうございましたっ!」

 

そういって、雛里は景品の本を抱えて走っていった。

・・・ふむ、可愛いなぁ。

 

「ギールーさーん?」

 

「・・・分かってるって。これから一杯いろんなところ回るんだから。な?」

 

「・・・えへへ」

 

・・・

 

日も暮れ、大通りに並べられた提灯に火が灯り始める。

さて、後数刻もすればサプライズの時間である。

 

「んふー、だいぶお腹も一杯になってきたねぇ」

 

「そうだね。いくつか屋台はしごしたし、お腹も満たされてきたころだね。どうする? 解散するにはまだ早いんだろう?」

 

「ああ・・・取り合えず、城壁にでも上ろうか」

 

「? 何で城壁なんて上るのよ。なんかあるの?」

 

詠の言葉に、他の侍女たちも頷く。

そんな侍女たちに笑いかけながら、俺は城へと向かう。

 

「着いてくれば分かるよ」

 

「りょーかいっ! 響ちゃんは着いてくよー!」

 

「ああもうっ。何するか位言ってくれれば良いのに・・・!」

 

「ふふっ。でも、ちょっと楽しみだね、詠ちゃん」

 

「ほら、ひーちゃんたちも行くよー?」

 

「ああもう、待ちなさいよ男女。ほら壱与、それ以上ギルの使ってた箸舐るようだったら置いてくわよ・・・? というか、もうこの時点で置いていきたい・・・」

 

「んぷ、ちゅ・・・わわっ、ギル様があんなに遠くに・・・待ってくださぁーい!」

 

騒がしい声が後ろから聞こえてくる。

みんな着いてきてくれているようだ。

城内はやはり人が少ない。当番ではない兵士は息抜きにとみんな祭りを回っているのだろう。

当番の兵士も極限まで減らしているので、城下町とは正反対に静かだ。

不思議そうな顔をしてついて来るみんなとともに、城壁への階段を上っていく。

浴衣のみんなに合わせてゆっくり上っていると、ちょうど良い時間に城壁の上に着くことができた。

 

「あれ? ギル様、もうお祭りから帰られたのですか?」

 

「はは、まだ祭りは終わってないよ。むしろ、これからさ」

 

「?」

 

何を言ってるのか分からない、とばかりに首をかしげる兵士に苦笑と激励を返し、事前に調べた位置にベンチをセットする。

このベンチ、たくさん作って宝物庫の中に入っているので、数十人なら座れるようになっている。

ま、二つ三つ出せば全員座れるだろう。

 

「これで良し。さ、座ろうか」

 

「座るのは良いけど、何が始まるのか教えなさいよ」

 

「そうね。まさか、星を見るだけってわけじゃないんでしょ?」

 

「星を見るのも良いかもしれないけどな。今日はもうちょっと特別だ」

 

「良く分かりませんけど、少し待っていれば分かるんですよね?」

 

俺の隣で団扇をぱたぱたと仰ぎながら微笑む月。

そのとおり、と頭を撫でながら答えると、詠は渋々と言った感じでベンチに座った。

それを皮切りに、みんなが座りだす。壱与以外は。

むしろ壱与は最初の段階でベンチに正座してた位の速度だった。

 

「あっ、いたいた! おにーさーん!」

 

「ん? お、桃香! 愛紗たちも! 来てくれたか!」

 

「? どういうことギルさん」

 

「ん、ああ、月たちは俺が直接連れてくるから良かったとして、他のみんなには事前にここに来るように言ってたんだよ」

 

ベンチを追加しながら、響の質問に答える。

桃香がこちらに来てえへへぇ、と笑ってから少しすると、ぞろぞろと将たちが集まってきた。

 

「お、大所帯だねぇ。わわっ、今ボクをくすぐった人いるねっ!?」

 

「きゃーん! ねねちゃん可愛いですねぇっ!」

 

「はっ、離すのです響殿っ。れ、恋殿ぉ、お助けを~」

 

「楽しそう」

 

片っ端から声を掛けたからか、なんだか大変混沌としてきたぞ・・・。

 

「お、一刀。やっぱり来たか」

 

「おう。やっぱこればっかりは良い所で見たいからな」

 

「やっぱりあなたたちが何か企んでたのね。こういうときにばっかり元気になるんだから」

 

一刀とともにやってきた華琳がはぁ、とため息をつく。

 

「急にこいつが華琳様を城に連れて行くから何事かと思ったわ! まさか、人がいないことを良い事にあんなことを・・・とか思っちゃったじゃないの! 死ね!」

 

「何で桂花いつもより機嫌悪いんだ・・・? ・・・ああ、そうか!」

 

なるほど、そりゃ機嫌も悪くなるな。

一人うんうんと頷いていると、一刀が何でなんだ? と訊いてくる。

 

「だってほら、浴衣ってフード無いじゃん。猫耳になれないから機嫌悪いんだろ?」

 

「ちっがうわよ! 何であの頭巾がないと機嫌悪くなる、みたいに思われてるわけ!?」

 

「違うのか!?」

 

「違うわよ!」

 

「あら、違うの?」

 

「華琳様まで!?」

 

浴衣姿で崩れ落ちる桂花を見て、三人でくすりと笑った。

なんだかんだで突っ込みを入れてくれる桂花は良い娘なのだろう。

 

「あっ、小蓮さま、ギル様がいましたよ!」

 

「ほんとだっ。ギールーっ!」

 

「ちょっとシャオ!?」

 

ぽふっと軽い衝撃が背中に走った。

やりとりを聞くだけで振り向かなくてもわかる。

 

「シャオか。お、浴衣似合うなぁ」

 

シャオと明命は完璧である。

やっぱり貧乳には映えるなぁ、浴衣。

 

「・・・なーんか、ギルのことぎゅっとしたくなっちゃったかなぁっ!」

 

「ギル様・・・何か妙なことをお考えではないですか・・・?」

 

むっ、思考を読まれたか・・・?

 

「シャオと明命が可愛いから、変なことも考えちゃうさ。ほら、膝の上においで」

 

「きゃーっ、ギルったらだ・い・た・んっ!」

 

「か、かわっ、あぅあぅ・・・!」

 

・・・乗り切ったか。

胸の話になると明命ってたまに取り返しつかないキレ方するからな。

主にマンハントとかで。

素直な二人で助かった。これで紫苑とかだと確実に矢の一発や二発飛んでくるからな・・・。

 

「そこをどくのだーっ! お兄ちゃんの膝は鈴々がいただくのだっ!」

 

「きゃっ。ちょっとぉ! ギルの膝は妻である私のものなんだからねっ」

 

シャオがそう宣言した瞬間、月の手がシャオに伸びた。

的確に太ももを抓っている様だ。

 

「ちょっとお聞きしたいんですけど・・・ギルさんの膝は、なんの、誰のものであるんですか・・・?」

 

「いたっ・・・あ、月? ・・・ちょっと、なんか目がこわ・・・いたたたたたたっ!?」

 

「もう一度お聞きしますね? ギルさんのお膝は、何である、誰のものなのですか・・・?」

 

「そ、それはもうっ! 恋人である、みんなのものですっ!」

 

「・・・よろしいです」

 

背筋をピンと伸ばして答えたシャオに、満足げに頷いて手を離す月。

・・・こ、こえぇ・・・。

目からハイライト消えてたぞ月・・・。

 

「・・・月って、こんなに怖かったっけ・・・?」

 

「これを黒月というんだ。サーヴァントに攻撃を通せるようになるから注意な」

 

「人間超えてるじゃない・・・」

 

うう、ぐすっ、と泣きまねをするシャオをあやしながら、もう片方の膝に鈴々を呼ぶ。

 

「わーい、なのだっ。お兄ちゃんの膝は座り心地が良くて好きなのだっ!」

 

「嬉しい事言ってくれるなぁ、鈴々。うりうり」

 

「にゃっ、くすぐったいのだぁ・・・」

 

頭をぐりぐりと撫で回すと、鈴々は嬉しそうに肩を竦めながら目を閉じた。

 

「お兄さん、みんなをここに呼んで何かするの?」

 

「ああ、そうだよ。まぁ、俺たちは何もせず空を見上げるだけで良いんだけどな」

 

「空を?」

 

「そ。ゆったり空を眺めてれば、何で呼んだのか分かるから」

 

「そっか・・・えへへ、じゃあ私、お兄さんの後ろに座っちゃおっと」

 

桃香はそういうと、ベンチの後ろに回った。

このベンチ、奥行きが結構あるので人が背中合わせに座っても大丈夫なのだ。

 

「ほーらっ、愛紗ちゃんも」

 

「わ、私はそのっ・・・! あ、いえ、その・・・お、お邪魔します」

 

勢いで断りかけた愛紗だが、数秒の沈黙の後、桃香と並んで座った。

 

「あっ、あのっ、本、ありがとうございましたっ!」

 

「はは、さっきも聞いたよ。雛里は律儀だなぁ」

 

「はわ・・・雛里ちゃん、良いなぁ」

 

「朱里にはこれ」

 

「ふぇっ!? わ、私にもでしゅかっ!?」」

 

先ほど響と雛里のために景品を落としたのだが、その後も二発ほど残っていたので朱里の分も落としておいたのだ。

雛里と同じく本と言うのは味気ないので、朱里にはぬいぐるみを取っておいた。

 

「わぁ、ぬいぐるみですね? 作れる人が少なくて、とても珍しいものだと聞いています。ありがとうございますっ。嬉しいでしゅっ! ・・・噛んじゃった」

 

ぬいぐるみを抱きしめて顔を真っ赤にする朱里。

喜んでくれたようで何よりだ、と一人満足していると、美羽の声が聞こえてきた。

 

「主様ー!」

 

「おっとと。お、美羽もちゃんと浴衣着れたんだな」

 

「ちゃんと着せたのは私ですけどね~」

 

美羽は雛里と同じく髪をまとめてアップにしている。

こうしてみるとお嬢様に見えてくるから不思議である。

七乃は物腰柔らかな風貌が、浴衣を着ることで更に増している。

中身はまぁ・・・見なかったことにするとして。

 

「呼ばれて飛び出てきたのですよー」

 

「風。・・・今日はペロキャンじゃなくて桃飴なんだな」

 

「お祭り仕様の風なのですよー。浴衣で魅力も倍増ですねー」

 

いつものように宝譿は頭の上にいるものの、ペロキャンが桃飴に、いつものひらひらとした服が浴衣へと変わっていた。

そのまま、眠そうな目をして俺の膝の上へとやってきた。

先ほどの騒ぎでシャオは俺の膝から・・・と言うより、月のそばから退避していったので、片方空いているのだ。

はふ、と満足げな息をつく風を数回撫でる。

 

「だいぶそろってきたな。・・・うん、時間もちょうど良い」

 

そういって空を見上げると、みんなもそれに釣られて視線を空に向けた。

一瞬の間の後、ひゅるるるる、と光の線が空に上る。

一番高くまで上った後、光の線は大輪の花となった。

まぁ、もうお分かりかもしれないが花火である。

火薬を手に入れ、倭国に何故か存在していた花火職人に作成してもらったのだが、結構な量を用意できたのでよかった。

まぁ、その分いろいろと苦労はあったが・・・それだけの価値はあっただろう。

空を見上げていた将たちから、ため息のような感嘆の声が漏れている。

 

「わぁ・・・!」

 

背中にわずかな重みを感じる。

桃香が俺の背中に乗り出すように体重を掛けているのだろう。

ちらりと一刀のほうへ視線を向けると、一刀もこちらを見ていたようで目が合った。

二人同時に笑い、今回の花火の成功を確信した。

これなら城壁の上で警備している兵士も祭りに参加している気分になれるだろう。

むしろ、城壁の上と言うことで他の人たちより見やすいかもしれない。

 

「・・・ん?」

 

ふと、ベンチに置いていた手を誰かに握られた。

ふっと視線を向けてみると、月が無意識に握っているようだ。

視線は花火に向けたまま、手だけ別の人間になったように動いて俺の手と繋がっている。

花火に照らされた月の顔を横目で眺めながら、来年も絶対花火を作成しようと一人決意するのであった。

 

「あー・・・」

 

しばらく花火を眺めていると、だんだんとあがる数が少なくなり、終わってしまった。

 

「終わっちゃいましたねー」

 

風のその言葉で、みんなに再起動がかかったようだ。

いっせいに息を吐いてそれぞれ感想を言い合ったりしている。

 

「はふー、凄かったねギルさん! ギルさんが見せたかったのってこれだったんだ」

 

「ああ。結構苦労して作ったからな。驚かせたかったんだ」

 

まぁ、苦労して作ったのは職人なのだが。

俺も相応の苦労をしたと言うことで。

 

「凄かったねお兄さんっ。どーんっ、って!」

 

「ああ、凄いだろ?」

 

花火が終わった後も、みんな興奮冷めやらぬと言った感じである。

まぁ当然か。火薬が珍しいこの時代で、火薬を目一杯使った花火なんて見たことあるわけ無いもんな。

 

「とっても綺麗でした。来年も、楽しみです」

 

こうして、三国共同夏祭りは大成功を収めたのだった。

 

・・・

 

夏祭りも終わり、みんな部屋まで送り届けた後、俺は後片付けの指示を出すため祭りの会場へと再度向かっていた。

すると、途中でからころ歩く副長を発見。向こうも気づいたようで、こちらに近づいてくる。

そういえば、副長も城壁に呼んだ一人であったのだが、最後まで来なかったな。

 

「お、副長。何で城壁来なかったんだよ」

 

「・・・ごめんなさい、母上とお祭り回ってたら、すっかり時間が過ぎてしまってて・・・」

 

しゅん、と落ち込む副長に、ちょっと言い過ぎたかと反省する。

 

「それなら仕方ないか。・・・で、その母上はどこに? 今のうちに挨拶しておきたいんだが」

 

「うぅ、更にごめんなさい。母上、もう帰っちゃったんです」

 

「帰った? ここに住んでるのか?」

 

「いいえ。前に隊長が来てくださった村に住んでますけど・・・」

 

「こんなに暗いのに帰ったのか?」

 

現代で夜に帰るのとはわけが違うぞ。

現代だと明かりもあったり交通手段が発達してたり、基本的に犯罪者なんていないからな。

だがこの時代はだいぶ平和になったとはいえまだ賊がいたりして夜の城外なんて危険極まりない。

 

「あ、えっと、ええ、母上もそれなりに腕の立つ方なので、大丈夫でしょう」

 

「・・・ふぅん?」

 

「う、疑ってますね? その目は完全に疑っている目です」

 

「・・・まぁいいや。理由は知らないけど、俺と会わせたくないようだし」

 

「勘が鋭すぎます。仕舞いには泣きますよ?」

 

恨めしそうな顔でこちらを見上げる副長。

泣くのは理不尽すぎないか。

 

「・・・でも、ありがとうございます。察してくれて、ちょっと嬉しいです」

 

「ま、誰にでも事情とか秘密はあるしな」

 

「隊長にも、誰にもいえない秘密があったりします?」

 

「あるぞ、そりゃ」

 

「えへへ、じゃあ、一緒ですね」

 

「何で嬉しそうなんだよ、まったく」

 

良く分からない奴である。

 

「そういえば、どこへ向かっているのですか?」

 

「どこ向かってんのか分からないのに着いてきてるのか?」

 

苦笑交じりにそう返す。

 

「夏祭りの後片付け、指示出しに行こうと思ってな。前もって打ち合わせはしてるけど、それで完璧ってわけじゃないし」

 

「ああ、隊長って実行委員長でしたね。大成功でよかったですね。おめでとうございます」

 

ぱちぱち、と小さい手で拍手を送ってくれる副長。

 

「ありがと。これで経済効果が見込めるって実証できたから、来年からも開けると思うぞ」

 

「・・・そのときは、花火、ご一緒しますね」

 

「何だよ、今日は妙に殊勝じゃないか。浴衣だからか?」

 

「服装で性格変わってたらやってらんないですよ。・・・まぁ、ちょっと気分は上々ですが」

 

そういって、副長は右側頭部に着けているお面を数回撫でた。

まぁ、それなりに楽しんだと言うことだろう。

 

「明日からの訓練も頑張ってくれよ?」

 

「う・・・。か、軽めでお願いします」

 

「仕方が無いなぁ。・・・お、見えてきた見えてきた」

 

屋台を片付けているみんなの様子が視界に入ってくる。

と言っても、取り合えず大事なものは片付けて、後の屋台とかは明日の昼間片付ける予定なので、特に指示を出すようなことは無いだろう。

ぐるっと見て回って、問題が無ければ帰っても大丈夫かな。

 

「なんか、終わった後って寂しいですね、隊長」

 

「そうだなぁ。なんかこう、終わっちゃったなぁ、って感じするよな」

 

「ふふっ。まさか隊長がそんなに繊細な感性の持ち主だとは思ってませんでしたよ」

 

「ほほう? 明日の訓練、よほど恋と戦いたいと見える」

 

「おっ、お茶目な部下の冗談じゃないですかー! やだなぁもう! ・・・だから恋さんは勘弁してもらえませんかね!? 土下座しますんで!」

 

そういって、本当に土下座の体勢に移った副長を慌てて止める。

プライド無さ過ぎだろこいつ・・・。迷い無く土下座を決断しやがったぞ・・・。

 

「ちょっ、馬鹿っ。本当にするんじゃないっ。お前今浴衣着てるんだぞ」

 

「はうっ。そうでした。これ、借り物なんですよね。危ない危ない・・・」

 

膝を着く前に止められて良かった・・・。

 

「分かったよ、仕方ないなぁ。恋は勘弁しておくよ」

 

「ありがとうございますっ」

 

いつものテンションに戻ったようだ。

副長の足取りが軽いように見える。

 

「お礼に私の帯であーれー、ってさせてあげますよ? 確か、この帯つきの服を着てるとき限定の儀式なんですよね?」

 

「お前・・・そんなことしたら回転したまま地面掘り進むことになるけどいいのか?」

 

「隊長の辞書にはちょっと自重するとかそういう言葉は無いんですか!? どれだけ本気で回す気なんですかっ!」

 

「退魔の剣持ってたら回転支援機能もあるからもっといけるな」

 

「何で高速回転前提で話が進んでるんですかっ!? 冗談ですっ! 冗談ですよ!」

 

「なんだ、つまらん」

 

「・・・本気だ・・・本気でつまらないって思ってる顔ですよこの人・・・」

 

勝手に戦慄している副長を尻目に、俺はすべての屋台の様子を見終えた。

まぁ特に問題も起こってないし、帰っても大丈夫だろう。

 

「よし、帰ろうか副長」

 

「ひっ。あ、あーれーは嫌ですっ!」

 

「やんねえよ。あんまりその話引きずると本当はやりたいと判断するぞ」

 

「さ、さーいえっさー! 帰りましょう隊長!」

 

その後、副長は部屋に帰るまでガクガクブルブルと沙和の部下のようになっていた。

・・・ちょっと面白かったので、脅かすように帯に手を伸ばしたりしてみたりもした。

そのときの副長は、雪蓮に出会った美羽の様であったと言っておこう。

 

・・・




「この浴衣っていう服、ちょっと駄目ですね」「? 涼しいし、中々良いもんじゃないか?」「えー? だって爪撃ち片方しか入らなかったし、弓も諦めましたし、重量靴も入りませんし・・・」「いつの間にか副長の服を選ぶ基準が「武器をどれだけ収納できるか」に変わってる・・・」「んもー、あ、こここうしたらもう片方入るな・・・うんっ、ぎりぎり許容範囲ですねっ」「・・・ごめんな、副長」「ふぇっ!? い、いきなりどうしたんですかっ!?」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十三話 新しい能力の発表に

新しい能力が手に入った後の主人公くんは、自分の手をじっと見ながら「・・・これが俺の新しい能力(チカラ)か・・・」と憧れの中二セリフを呟いていました。


「それで、今日のお相手はどなたなんですか?」

 

祭りの翌日、午前中に祭りの片づけを終わらせた俺は、午後の仕事である訓練をするため、訓練場へとやってきていた。

目の前で緑の頭巾を整えながらあたりをきょろきょろと見回す副長は、少し落ち着かない。

 

「目の前にいるだろ」

 

「・・・冗談、ですよね?」

 

「本気だよ。今日は、俺が相手だ」

 

「やめてくださいよー! もー! 恋さんよりタチ悪いじゃないですかー!」

 

地面に寝転がって駄々をこね始めた副長に苦笑する。

なんだかんだ言って、副長のこういうところは気に入ってたりするので、怒るつもりは無い。

 

「ほら、始めるぞ」

 

「うぅ~・・・も、もちろん隊長は乖離剣なし、宝物庫なし、鎖の使用なしですよねっ!?」

 

「・・・そうだな、乖離剣も宝物庫も天の鎖(エルキドゥ)も使わないよ。いつものあの鎧も使わないさ」

 

「そ、それなら大丈夫かも・・・。わっかりました! ここまでくれば、覚悟を決めます!」

 

しゃらん、と剣を抜き放ち、盾を構える副長。

 

「さぁ、隊長、宝物庫から獲物をお抜きください!」

 

「何言ってるんだよ隊長。宝物庫は使わないって言っただろ?」

 

「ふぇ? ・・・じゃ、じゃあ、今日は素手ですか?」

 

「いいや? ・・・これだよ」

 

今日は良い機会だから神様から新しくインストールされた新しい能力を使おうと思ってたんだ。

数秒後、副長のひにゃーっ、という気の抜けた絶叫が訓練場に轟いた。

 

・・・

 

「ずっこい! ずっこいですたいちょー!」

 

あの訓練から数分後。

何とか立ち直った副長は、俺の周りでぴょんぴょん飛び跳ねながら抗議してきていた。

 

「子供かよ。手加減はしたんだから良いだろ?」

 

「・・・もし仮に隊長が半殺し覚悟なぐらいにボコボコにされて今の台詞言われたらどう思います?」

 

「そいつ九分殺しくらいにするな」

 

「聞いておいてなんですが、もうちょっと平和的に行きましょうよ・・・」

 

素で引いている様子の副長に苦笑を返す。

 

「まぁそれは冗談だとして。俺もちょっと大人気なかったな。いくら初めて使う能力だからと言って、もう少し自重するべきだったよ」

 

「ほ、ほほう・・・? これが俗に言うデレ期というやつでしょうか・・・?」

 

「桂花もびっくりな位の鬼ツン見せても良いんだぞ?」

 

「いっ、いえっ、ちょっと口が滑りましたっ」

 

慌てて自分の口を押さえる副長。

むぐむぐと何も言ってないアピールが面白い。

 

「それにしても、強くなったなぁ。これで副長に部隊任せても大丈夫かな?」

 

「ふぇ?」

 

「あの遊撃隊の隊長だよ。副長は十分に経験も積んだし、七乃っていう頭脳もいる。問題ないなと思ってさ」

 

「ああ、えっと、ま、まだ私には隊長の座は早いかなぁ、とか・・・」

 

「なんだ、お得意のサボり癖か?」

 

「そっ、そうですね。私が隊長になんてなったらずっとサボっちゃいますからっ。止めておいたほうがいいと思いますよっ?」

 

妙に必死に止めてくる副長にそんなに忙しくなるのが嫌かと苦笑する。

と言うか、俺の目の前で堂々とサボる宣言しているのに気づいていないのだろうか。

 

「・・・分かったよ。もうしばらく、俺が隊長やってないと駄目そうだ」

 

「ふっふっふ、果たして私を改心させることが出来ますかねっ!?」

 

「取り合えず百発ほど殴っておけば言うこと聞くだろ?」

 

「ぶっ、物理的な説得は反則です! と言うかそれ殴られた部分がぐちゃぐちゃになりませんか!?」

 

「そうだな、筋力値確かAにあがったからな。一発目くらいで吹き飛ぶと思うね」

 

「後の九十九発完全に消化試合じゃないですか!」

 

「お前・・・突っ込みのスキル上がったよなぁ」

 

「・・・そんなところで部下の成長を実感しないでください」

 

しみじみと感動していると、それすら突っ込みを入れられてしまった。

才能があるのかもしれないな。

 

・・・

 

そういえば、新しい能力を使ったはいいけどどんなものかは詳しく教えていないな。

・・・まぁ、副長に能力の説明をしても確実に何の能力かは分からないと思うのだが。

簡単に言うと、今の俺の姿は別のギルガメッシュになっている。

そう、プロトタイプギルガメッシュである。

鎧も武器も変わっており、完全に鎧であったギルガメッシュの鎧から、民族衣装のような趣のある鎧へと変化。

肩のバックパックには終末剣エンキと言う双剣が収まっており、アームが動いて取りやすくなってくれたりする。

二つをあわせて柄の部分を「しなる」様に変形させることで、弓の形態へと変化するのだ。

しかもこれ、発動させて七日経つと、大海嘯「ナピシュテムの大波」を起こすこともできるのだ。

・・・まぁ、流石に手合わせでそんなもの放つと副長どころかこの大陸が大変なことになるので使いはしなかったが。

さらにこれは一つ一つの柄が可動し、トンファーのように使用することもできる万能武器なのだ。

最後に、この宝具で大切なポイントはもう一つある。

それは、これを持つと剣の扱いに関するスキルがいくつか追加されることだ。

これは嬉しい。どれぐらい嬉しいかと言うと、恋が喜んで襲い掛かってくるくらい嬉しい。

・・・ああ、嬉しいなぁ・・・。

ま、まぁ、補助としてのスキルなので特に目立つようなものではないのだが、それでも戦闘用スキルが少ない今の俺には嬉しいものである。

ちなみに鎧以外の外見は一切変わらない。

神様いわく、「そこまですると宝具使うたびにいちいち外見が変わりすぎて大変だろう」と言うことらしいのだが、それには同意である。

 

「いやー、でも強かった。双剣ってあんなに使いやすいものだったか。そりゃあセイバーも強いと言うもんだ」

 

それ関係なくね? と言う突っ込みは無しで。

と言うか双剣だから強いのではなく鍛錬をしたから強いのであろうことは理解している。

今の俺はちょっとテンション上がってるので、勢いだけで発言してしまうのは勘弁してもらいたいものだ。

 

「・・・こっ、恋人の部屋の扉を開けたらその恋人が剣を持ってニヤニヤしている件について」

 

「卑弥呼? ・・・ああ、違うな。ひーちゃんか」

 

終末剣を持ってニヤニヤしているところを見られたらしい。

ドン引きの卑弥呼が部屋の扉を開けた体勢のまま固まっていた。

 

「その呼び方やめいっ。・・・つーか何よ、それ」

 

「新しい宝具。発動させて七日経つと大海嘯を起こせるぞ!」

 

「ついに世界征服することにしたの? そんなのあるんだったら多分一週間で出来るんじゃない?」

 

「ついにって何だ、ついにって」

 

「あら、違ったの? ・・・まぁいいけど」

 

卑弥呼はそういいながら部屋の中へと入ってきて、寝台に座る俺の隣に腰を下ろした。

視線はエンキに向いているのを見るに、興味があるのだろう。

しかし、卑弥呼は唐突に妙なことを言い始めた。

 

「ふぅん・・・ま、いいわ。そういえば一つ謝っておく事があるのよ」

 

「珍しいな、卑弥呼が謝るなんて」

 

「・・・どっちかって言うと誤るって言ったほうがいいかしら」

 

そう言うと、卑弥呼は一瞬間を置いてから再び口を開く。

 

「・・・壱与に、ゴーサイン出しちゃった。てへっ」

 

「ギル様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

卑弥呼がこつんと自分の頭を叩いたのと、部屋の扉が吹き飛ぶように開いたのは同時だった。

どういうことかと卑弥呼のほうを見ると、すでに魔法で隣の世界へ逃げたらしく、魔力の残滓しか残っていなかった。

 

「うっふふふっ! 卑弥呼様から「え? ギルと子作り? そんなのもあったわね・・・まぁいいんじゃない? 多分襲い掛かったらなんだかんだ言いつつ抱いてくれるだろうし。行ってみな?」とのお言葉をいただき、参りました!」

 

「て、テンションが高い・・・!?」

 

「いやー、やりました! 卑弥呼様にお酒をたっぷり飲ませて酩酊状態にした甲斐がありましたよ! 高いだけありますね、銘酒「女王殺し」!」

 

そのままの勢いで壱与はこちらに飛び掛って来た。

背後は寝台とはいえ、流石によけるわけにもいかず受け止めたのだが・・・。

 

「ふふ、ふふふふふ・・・! と言うわけで、卑弥呼様からの了承も出ましたし、子作りいたしましょう! 一年で五人生む計算ですので、お互いがんばっていきましょう!」

 

「おい、それは確か修正したはず・・・!」

 

「修正・・・? 何のことやら!」

 

だ、駄目だ! 何も聞いちゃいねえ・・・!

・・・だがまぁ、卑弥呼に認められたらするという約束はしてしまったしな。

それに、俺としてもこれだけ好かれているのは喜ばしいことだ。

ふ、不本意だが・・・ほんっとうに不本意だが! 壱与としてあげるしかないだろう。

きっと今の俺は苦虫を噛んだような苦渋の表情を浮かべているはずだ。

 

「あっ、そんなに嬉しそうににやけちゃってぇ。私とするの、そんなに楽しみだったんですかー?」

 

・・・浮かべている、はずだ!

 

・・・

 

「ふ、ふへぇ・・・幸せすぎて、死にそぉ・・・」

 

隣で寝転ぶ壱与は、なんと言うか、ふにゃっとしている。

あの後当然のように壱与と一つになったのだが、なんと言うか、所々で気絶されて凄く困った。

服を脱がせては気絶され、素肌に触って気絶され、口付けして気絶され、俺が服を脱いで気絶され・・・悉く気絶してはビクンビクンしてちょっと引いた。

何とか最後まで出来たものの、出来上がったのはこのふにゃふにゃの壱与である。

正直勘弁していただきたい。卑弥呼でもここまで酷くは無かったぞ。・・・まぁ、あいつも二回ほど気絶はしたけど。

 

「ほら、風呂に入って汚れ落とさないと」

 

「いっ、嫌ですっ! と言うかこれは汚れではありません!」

 

「・・・出した本人が言うのもあれだけど、そのままで動かれると凄く複雑な気分になる」

 

「仕方ない、ですか・・・うぅ、さようなら未来のわが子たち・・・」

 

何だろう、この罪悪感。

ごそごそと入浴の準備を整える壱与を横目に、俺も着替える。

 

「はれ? ギル様はお風呂入らないのですか?」

 

「後で入るよ。先にどうぞ」

 

「いっ、一緒に・・・」

 

「入ったらまた気絶するだろ?」

 

「否定はしませんが! でも風呂場で気絶して襲われる状況も私的にはアリかと!」

 

「・・・いいから行ってきなさい」

 

「了解ですっ! ・・・一緒に入りたくなったら、いつでも来ていいですからね!」

 

そういって、壱与は部屋を出て行った。猛スピードで。

途中どこかにぶつかった音が聞こえたので、それなりにハンドリングは狂っているらしい。

・・・後で風呂場を見に行ってのぼせてないか確認しておかないとな。

 

・・・

 

しばらく後に見に行くと予想通りのぼせていたので、取り合えず服を着せて卑弥呼のところへと置いてきた。

その際卑弥呼が盛大なため息をついていたが、まぁがんばってほしいと思う。

思えば、あの娘が将来邪馬台国を背負って行く事になるのか。・・・大丈夫かな。

 

「ま、まぁ、俺が関わらなきゃ普通の次期女王だし、心配しなくても大丈夫か」

 

無理やり自分を納得させる。

そうでもしないと不安でやってられない。

 

「あら? そんな微妙な顔してどうしたのよ」

 

「ん? ・・・ああ、雪蓮か。どうしたんだ、こんなところで・・・って、酒飲んでるのか」

 

「そうよ~。蓮華に家督を譲ってから、お酒が飲みやすくなって助かるわぁ」

 

「蓮華って、苦労人だよな・・・」

 

割と本気でそう思う。

上は飲兵衛でサボタージュの泰斗な姉で、下は自由奔放のわがまま姫・・・良くグレなかったな。

いや、むしろ反面教師になって、蓮華はきちんとするようになったのだろうか。

 

「なんかあの子って自分から苦労背負い込みに行ってない? あたしの気のせい?」

 

「気のせいじゃないか? 普通に雪蓮が背負い込ませてるような気がしてならない」

 

「あっはっはー。まぁねぇ~」

 

まぁねぇて。肯定したよこの人。

 

「・・・じゃあ、そろそろ蓮華の苦労を少しくらい肩代わりしないとな」

 

「え~? 今日はお酒呑んで過ごすって決めたの。お仕事は明日ね」

 

「いやぁ、今日は仕事しかできないんじゃないかなぁ。雪蓮、後ろ後ろー」

 

「へ?」

 

「ずいぶんとご機嫌のようだな、雪蓮?」

 

「めっ、めめめめめめ冥琳っ!?」

 

なんかあの子って、のあたりから後ろに立ってたからな、冥琳。

しばらく青筋ビキビキ言わせて雪蓮の背後に立ってたから、凄い怖かった。

 

「今日の仕事は! 雪蓮も蓮華様も小蓮様も出席するようにと! 言っておいただろう!」

 

一つ一つ区切るように強調し、そのたびに雪蓮の額を小突く冥琳。

・・・真っ赤になってるけど、どのくらいの強さでやってるんだろうか。

 

「うぅ、いったーい!」

 

「痛くしたからな。そうでもないとお前は覚えないだろう?」

 

「ちょっとー! 動物扱い!?」

 

ぶーぶー! と不満を隠そうともしない雪蓮に呆れたようなため息をつくと、いいから行くぞ、と雪蓮を引っ張り出す。

 

「あぁっ! まだ全部呑んでないのに! ギルっ、取らないでよ!」

 

「・・・代わりに全部呑んで良いぞ。私が許す」

 

「ちょっ・・・横暴よ、おーぼー!」

 

きゃーきゃーと騒ぎながら、雪蓮は引っ張られていってしまった。

・・・仕方ない、酒は宝物庫に保存しておくとしよう。

後で返すからな、と今はいない雪蓮に向けて誓う。

 

「雪蓮・・・無茶しやがって」

 

雪蓮に対して俺が自然に取っていたのは、敬礼のポーズだった。

俺は雪蓮に奇妙な友情を感じていた・・・。

 

・・・

 

と言うわけで、今は亡き(死んでないけど)雪蓮の酒を回収して再び城内を歩き始めたのだが、何をしようかな。

正直、書類整理なんかの仕事はやろうと思えば一刻経たずに終わらせられるし、訓練を見に行くのも最近副長や七乃がしっかりしてきたおかげであんまり必要なくなってきたし・・・。

そうだな、今日はあまりしないようなことをしてみようか。

 

「ならまずは・・・雪蓮のように昼間から酒をかっくらってみるか」

 

そうと決まれば早速城下町へ酒を買いに行くとしよう。

神代のワインもいいけどやっぱり時代に即したものを飲むのが一番いいよな。

いろんな種類があるから楽しいし。

今日はアレを飲んでみよう、なんて購入リストを頭に浮かべていると、いつも贔屓にしている酒屋に到着する。

 

「いらっしゃい! お、ギル様じゃないですか。こんな早くからウチにくるなんて珍しいですな!」

 

「ん、ああ。ちょっと太陽の下で酒でも飲もうかなって思って。少し前の祭りで取り寄せてもらったあの酒、まだ置いてるかな」

 

「はいよ! あれから人気が出まして、常にウチにおいてるんですわ! ちょっとお待ち下せえ」

 

そういって店主は店の中へと引っ込んでいった。

うむうむ、あの酒に人気が出て嬉しい限りだ。・・・ん?

なんと、これは銘酒「女王殺し」ではないか。あの卑弥呼が壱与にゴーサイン出す切欠になった逸品だな。

つーか入荷してるんだ・・・なんで邪馬台国原産の日本酒がこんなところにとかは考えちゃいけないんだろうなぁ・・・。

 

「お待たせいたしやした! ん? ああ、女王殺しですか。そいつは度が凄まじくて、ほとんど度胸試しのための酒みたいになっちまって」

 

「だろうなぁ。卑弥呼から飲んだ感想聞いたけど、舐めただけで体温上がるらしいからな」

 

そんな会話もそこそこに、店主に代金を払って酒を受け取る。

後はこれを飲む場所を探すだけだ。

そう思ってあたりを見回すと、見覚えのある人影が視界に入った。

 

「・・・ん? 亞莎か?」

 

「はい? ・・・って、ぎ、ぎぎぎギル様っ!?」

 

俺の声が聞こえたのか、こちらに振り向く亞莎。

いつもどおり後ずさるほどの勢いで驚くと、わたわた慌て始めた。

 

「亞莎も買い物か?」

 

「はっ、はいっ。ご、ゴマ団子を少々・・・」

 

「ああ、確か好物だもんな」

 

しかし、亞莎が持つ袋は一つではない。

それを疑問に思っていると、亞莎が俺の視線に気づいたのか、説明してくれた。

 

「あ、あの、これは、その・・・普通にゴマ団子を買うより自分で作ったほうが安くなるってお団子屋さんに教えてもらって、材料を買ってきたところなんです」

 

「へえ、自分で作るんだ」

 

・・・む、それは中々おいしそうではないか?

亞莎が料理を失敗したと言う話は聞かない。・・・料理をしたという話すら聞かないけど。

それに、今日は普段しないようなことをしようと思っていたのだ。

酒と一緒にお菓子を楽しむのもいいかもしれない。

 

「それ、俺も少し貰えないかな?」

 

「ふぇっ!? い、いえっ、そんなっ! わ、私、作るのは今日が初めてで・・・お、美味しくないかもしれないですからっ」

 

「俺も手伝うから。それに、一人より二人のほうが美味しいだろ?」

 

まぁ、一人の方が良いという孤独なグルメの人もいるかもしれないが。

 

「そう、ですね・・・。えと、作り方も聞いてきたので、早速作ってみましょうっ」

 

「ああ。・・・荷物、持つよ。一人で持つにはちょっと多いだろ?」

 

そういって、亞莎の荷物を半分ほど持った。

亞莎はそんな、と言って聞かなかったが、何度言っても俺が態度を変えないので途中で諦めたらしい。

 

「よし、それじゃあ早速下ごしらえだ」

 

手も洗い、エプロンもつけて準備完了だ。

レシピに書いてあった道具も完璧に準備してあるし、失敗することは無いだろう。

 

「は、はいっ! ええと、まずは・・・」

 

「じゃあ俺はこっちの工程をやっておくな」

 

「あ、お願いします。んーと、これを混ぜて・・・」

 

さて、あまり力を入れると飛び散るからな。

適当に力を抜いて、強すぎず弱すぎずの力で・・・っと。

 

・・・

 

「完成だ!」

 

「はいっ。とっても上手に出来ましたー!」

 

調理台の上で格闘することしばらく。

俺たちの目の前には、店で売っているものには程遠いものの、それなりに美味しそうなゴマ団子が並んでいた。

うんうん、レシピ通りってこんなにすばらしいものなんだな。

・・・一部、レシピ通りに作ってもムドオン料理を完成させる猛者もいるが。

 

「亞莎はお茶でいいだろ?」

 

自前の酒を用意しながら、茶器も取り出す。

 

「え? あ、お茶くらい私が入れますよっ!」

 

「いいからいいから。ゴマ団子は亞莎、お茶は俺。役割分担だよ」

 

「ゴマ団子は半分くらいギル様も関わってらっしゃるじゃないですかっ」

 

「はは、ばれたか。なんてことを話しているうちに用意完了だ。俺のほうが一枚上手だったな」

 

してやられた、と言う顔をする亞莎の前にことりと湯飲みを置く。

俺の目の前には先ほど用意しておいた酒が。

 

「さて、いただくか」

 

「はい! いただきます!」

 

「いただきます」

 

お互いに挨拶をして、ゴマ団子に手を伸ばす。

いまだにホカホカとした暖かさを保つゴマ団子はとても食欲をそそる。

 

「はむっ」

 

「むぐ、もぐもぐ」

 

おおっ、これは・・・とても良い感じだ!

うーまーいーぞー!

流石に口から光線は出ないが、中々良い線いってる。

 

「おいしいれふねっ!」

 

「ああ、これは美味しいな」

 

自分で作ったからと言うのもあるのだろう。

そういうものは達成感も味に響くからな。

 

「酒も良いなぁ・・・たまにはこういうのも悪くないかもしれん」

 

「・・・雪蓮様や祭様のようにはならないでくださいね・・・?」

 

「そこは安心してくれていいぞ。それは無い」

 

「ま、真顔です・・・」

 

気を取り直して二つ目のゴマ団子に手を伸ばす。

うんうん、餡も上手く作れたんじゃないかな。

朱里たちのようにとはいかないまでも、初心者としては合格点だろう。

・・・こうして、俺たちはゴマ団子(俺は酒も)を楽しんだのだった。

 

・・・

 

「いたーっ!」

 

ゴマ団子も消化されてきたかと思うほど時間が経った後のこと。

日も完全に沈み、入浴まで済ませた俺は、さて寝るかと自室へ続く通路を歩いていたら、雪蓮が俺を指差して大声を出していた。

もう日も沈んだんだから静かにしろよ、と内心でため息をつく。

多分今日ボッシュートされた酒の話だろう。十中八九そうだろう。

と言うかそれ以外で血眼になった雪蓮に詰め寄られる理由が無い。

 

「出しなさい」

 

「仕事は?」

 

「もちろん終わらせたわよ。・・・冥琳ったら、自分の仕事しながら目線はほとんどこっち向いてたもの。一瞬の隙も無かったわ・・・」

 

「流石冥琳だな。目を離したら雪蓮が何するか分かってるんだから」

 

「ほんと、冥琳ったら・・・じゃなくって! お酒! 没収されたやつ! あれ凄い珍しいやつなんだからね!」

 

「ああ、あれか」

 

「・・・まさか、呑んだとか言わないわよね? そんなこといったら私・・・蓮華から南海覇王借りてこなきゃいけなくなるもの」

 

酒に命掛けてるなぁ、この人。

これを少しでも別のベクトルに向けられれば、冥琳の気苦労も減ると言うのに。

 

「大丈夫だって。ちゃんと保管してある。ほら」

 

そういって、宝物庫から酒の入った甕を取り出す。

目の前に置かれた甕を見て、ようやく雪蓮から穏やかな空気が流れ出す。

 

「さっすがー! 会いたかったわー! お酒ちゃんっ!」

 

甕に抱きついた雪蓮は、ひとしきり再会を喜んだ後目線をこちらに戻した。

 

「ありがとうねっ。あ、お礼に一杯どう? ご馳走するわよ」

 

「んー・・・ま、いっか。俺もお勧めが一つあるんだ。お互いにご馳走するって言うのはどうだ」

 

「いいわねそれっ! 早速良い場所探しましょうか! ・・・あ、甕もう一回しまって貰って良い?」

 

てへっ、と可愛らしく笑った雪蓮に苦笑いを返しつつ、宝物庫にもう一度甕をしまう。

そのまま、軽い足取りで歩き出した雪蓮の後に続き、城内を歩き始める。

 

・・・

 

ただいま城壁の上で、軽い酒宴のようなものが開かれている。

あの後雪蓮と城内を歩いていたのはいいのだが、何の因果か、道行くところで星やら祭やら紫苑やら桔梗やらの酒好きに出会ったのだ。

ご丁寧に雪蓮がこれから何するかを事細かに説明したので、全員自分のお勧めの酒を持って城壁の上で集合することになってしまった。

会場設営から酒器の用意までやらされ、息つく暇も無いまま酒を持ってきた四人に囲まれた。

それぞれ手には持ち寄った酒と少しの肴。

・・・ああ、星はやっぱりメンマ持ってきたか・・・。

 

「さ、呑みますかっ」

 

「・・・ほどほどにな」

 

「ほどほどに呑んでたらお酒は楽しめませんよ?」

 

「そのとおりじゃ。ほれ、ぐいっといけぃ」

 

「ちょっと待て! これ女王殺しじゃないか!」

 

「うむ。ちょうど・・・なんと言ったか、壱与? だとかいう娘に貰ってな」

 

壱与め・・・卑弥呼に呑ませた後の始末に困って祭に渡したな・・・?

って言うか三分の一ほど減ってるんだが、まさかそれ全部卑弥呼が消費した分じゃないよな・・・。

そうだとしたら良く卑弥呼死ななかったな・・・。

 

「ならばまずはワシからいくか」

 

そういって桔梗が女王殺しを一気に呷った。

一気にといってもお猪口に入った少量なのだが、それでも女王殺しの度は強い。

ほぼ不純物なしのアルコールに「女王殺し」って銘を入れたら完成する、なんて卑弥呼に言わしめるほどの度数の高さだ。

酒なのかただのアルコールなのかとても悩むところである。

 

「む、おぉう、結構くるのお・・・」

 

一瞬で顔が紅潮し、少しだけ呂律も怪しくなり始めている。

やっぱりこれ、呑んでいいものじゃないだろ。

 

「しかたありませんな。ではギル殿にはこのメンマでも楽しんでいただきますかな」

 

「・・・まぁ、アレよりはマシか」

 

星から箸を受け取り、メンマを一口。

うん、食べ過ぎなきゃメンマも美味しいんだよなぁ。

 

「ほれ、こっちも呑め」

 

「ん? ・・・普通の酒だな。いただくよ」

 

祭が注いでくれた酒を一口。

くぅ、やっぱりこれくらいが一番だよ。

強すぎると・・・。

 

「おぉ~? 紫苑が二人ぃ・・・?」

 

・・・ああなるからな。

 

「ほらほら、桔梗? そろそろそっちはやめてこっちにしなさいな」

 

流石に危ないと判断したのか、そっと紫苑が桔梗のフォローに回る。

うんうん、母親なだけあって細かいところに気が回る。

 

「ふふ、ギル殿? 紫苑ばかり見ていては拗ねますぞ?」

 

「・・・そういうのはもうちょっと不機嫌そうな顔を見せてからにしてくれよ」

 

「おや、それは心外ですな。こんなにも私は不機嫌そうな顔をしているのに」

 

「どう見てもニヤついてる。鏡見てこいよ」

 

俺がそういうと、星は何がおかしいのかくつくつと笑った。

 

「ふふ、二人とも、仲良いのね」

 

「ほれ、ギルも呑め呑め。一人だけ素面でいるのは許さんぞ?」

 

そういってほぼ無理やり二杯目を呑まされる。

・・・まぁ、普通の酒だから別にいいけどさ。

 

「ほう、中々いけるクチだな、ギル」

 

「んー? まぁなー」

 

「あ、じゃあこれも呑んでみなさいよ。私のお勧めのお酒」

 

「へえ、なんて銘なんだ?」

 

「えーとー、なんだっけなー。あ、思い出した! 女王殺し!」

 

「・・・え?」

 

・・・

 

焔耶ちゃんに預けた璃々の様子を見て帰ってくると、なにやら様子がおかしいことになっていた。

ギルさんが妙にふらふらしているような気がするけれど・・・何かあったのかしら?

少し足早に近づいてみると、声が聞こえてきた。

 

「おー? 星、酒が減ってないぞ?」

 

「い、いえ、ゆっくり楽しみたいと思ってですな・・・」

 

? 星ちゃんが戸惑っている?

そして、そんな星ちゃんを尻目に、桔梗がそそくさと立ち上がる。

ギルさんはそれを目ざとく見つけ、声を掛ける。

 

「桔梗? どこいくんだー?」

 

「む? ええとだな、少し厠に・・・」

 

「大丈夫、明日でも遅くない」

 

なるほど、と理解した。

多分、酷く酔っているのだろう。

これは明日に響くんじゃないかしら。

ちょっと絡まれたくないけれど、勇気を出して声をかける。

 

「ぎ、ギルさん? 明日のお仕事に響くから、そろそろお開きにしません?」

 

「はっはっは、だいじょーぶ! その気になれば無理矢理行動できるから!」

 

「お、おいギル? そろそろ酒もなくなってきたし、良い頃合じゃないか?」

 

「はっ、宝物庫を舐めるなよ! 樽でいくらでも出せるわ!」

 

ギルさんはだぁんっ、と卓を叩きながら宝物庫を開く。

う、うぅん、こんなに変な酔い方をしたギルさんは初めて見るわね。

何かがあったと考えたほうが自然。・・・と言うか、ここにいる四人とも何がしかやらかしそうな性格してるものね・・・。

桔梗に事情でも聞いておきましょうか。

 

「・・・ねえ桔梗? いつごろからギルさんはこんなことに? 私が少し席を外して帰ってきたらこんなになってたけど・・・」

 

「う、うむ・・・そのな・・・怒らぬか?」

 

「・・・もう、怒ってるわ」

 

そんな子供みたいな言い訳して・・・。

璃々でももうちょっと潔く・・・うぅん、同じくらいかしら・・・?

頭の中でそんなことを一人悩んでいると、桔梗がため息を一つついてあるものを指差した。

 

「むぅ・・・まぁいい。アレを飲ませたのだ」

 

「あれ? ・・・って、女王殺しじゃない。どれくらい飲ませたの?」

 

「一杯だ。いくら強い酒だといっても、一杯であんなになるとは思わなかったのだが・・・」

 

「そうよね・・・桔梗も少しふらついただけで、慣れればそれほどでもないって感じだったし・・・」

 

私も一杯いただいたけれど、あれほどにはならなかった。

以前もギルさんと一緒にお酒を飲んだりしたけれど、あの程度の強さで潰れるほどじゃなかったはず。

・・・あのお酒に何か理由があると考えるほうが自然ね。

まぁ、それは明日にでも魔術師さんたちに聞くとして、今はあの暴走状態のギルさんを止めるほうが先だわ。

 

「そういえばギルさんは女王殺しを呑むのを嫌がっていたけど、どうやって飲ませたの?」

 

「私がお勧めのお酒よー、って言って、呑んだ後に実は女王殺しでしたー、ってやったのよ。その後すぐふらふらになっちゃって」

 

「・・・なるほど、主犯は雪蓮さんね。まぁ、それは明日償ってもらうとして・・・」

 

「今はギルを黙らせるのが先だわな」

 

「物理的に黙らせるのはほぼ不可能ね。恋ちゃんでもいれば話は別だけれど、私たちに宝具なんてないし・・・」

 

「もっと呑ませれば潰れるのではないか? ・・・いや、ギルは人間と違うから潰れるかどうかすら分からぬが・・・」

 

三人で顔を寄せて相談していると、祭さんの声が聞こえてきた。

 

「ぎっ、ギル? ほれ、あっちのほうで紫苑と桔梗が暇しておる。儂らより向こうを構ってやったらどうじゃ?」

 

「そうだなっ。ギル殿、私たちは存分にギル殿に酌して貰った! 次は雪蓮たちの番ではないか!?」

 

っ!? 馬鹿な、あの状態のギルさんをこちらによこすですって!?

ここは全員で協力してギルさんを何とかするのが得策! なのに自ら戦力を分断するなんて!

・・・ギルさんの見たことの無い姿に混乱したわね・・・!

仕方が無い、こうなったら私と桔梗、雪蓮さんでギルさんにお酒を呑ませるしかない。

 

「おー、何だ二人ともー、もうギブアップかー?」

 

ぎぶあっぷ、の意味は分からないけれど、取り合えず反応しておく。

 

「え、ええ。ギルさんはまだ呑めるのかしら?」

 

「んー、んー、まだまだいけるぜー」

 

ゆっくりと頭を左右に振りながら笑顔でそう答えるギルさん。

・・・平時ならとてもときめく表情なのだけれど、今見ると冷や汗と苦笑いしか出てこないわ・・・。

 

「な、ならばもう一杯どうだ。人に勧めるばかりでギルは酒が進んでおらぬでは無いか」

 

「おー、それもそうだな。うん、いただくかなー」

 

「ほ、ほら、私のお勧めのお酒よー? がんがんいっちゃいなさい?」

 

「お? おー!」

 

そういって、ギルさんは雪蓮さんからお猪口で渡された「女王殺し」を一気に呷りました。

更にふらふらするギルさんに、「女王殺し」は有効だと確信します。

 

「・・・桔梗?」

 

「おう、把握しておる」

 

「あー、なんだか眠くなってきたなぁ・・・」

 

予想以上にお酒の回りは速いようです。

これなら、もう一杯ほどでいけるわね・・・。

そう思った次の瞬間、ギルさんから驚きの一言が。

 

「せーいー・・・今日は一緒に寝る約束してたよなぁ~・・・」

 

「おおうっ!? ・・・そ、そういえばそうでしたな。・・・良く覚えてましたな、その状況で」

 

「じゃー、寝るかー」

 

そういわれた星さんは凄く困った顔でこちらを見てきました。

・・・まぁ、酔ったり理性をなくしたときのギルさんが何をするかは、月ちゃんたちを見たら分かるものね。

一度月ちゃんや桃香さまが足腰立たないくらいにされたとか。

それを考えればなるほどその表情も頷けるというもの。

 

「・・・えっ・・・と、ギル殿!? きょ、今日はギル殿も酔っておられることだし、ゆっくりと休まれたほうが・・・」

 

「心配むよーだ、星! この程度の酒で俺が酔うわけないじゃないですかー! やだー!」

 

「全力で酔ってらっしゃるようだが!?」

 

その後、急に真剣な顔になったギルさんが星ちゃんの頬に手を添えながら行こうか、と呟きました。

・・・なんと言うか、星ちゃんがちょっとときめいちゃってるのが不憫だわ・・・。

 

「う、うむ・・・その、ええと・・・っ、そ、そうだ! 紫苑! 紫苑も誘ってはどうかな!?」

 

!? こっちに振ってきた!?

・・・いえ、冷静に考えれば一人より二人のほうが明日に響く確率は低い。

それに・・・最近、ギルさんのお相手してないし・・・あ、べ、別にちょっと良い機会かなぁなんて思ってたりは・・・。

 

「紫苑ー? ・・・んー、そうかー、しばらく一緒に過ごしてないなぁ」

 

「あ、あらあら。困っちゃうわね・・・」

 

「・・・紫苑。もう少し困ったような顔をしてからそういう台詞は吐くものだ。・・・しかし、良い機会かも知れんな」

 

「? 桔梗?」

 

「ギル! 今日はワシも世話になるぞ!」

 

桔梗!? いきなり何を言って・・・!

 

「前々からギルの相手はしてみたかったのだ。今回は良い機会だしな。紫苑もいくというのなら不満はないであろう?」

 

もう、桔梗は気分屋なところがあるし、こういうことがいつか起こるとは思っていたけれど・・・。

今じゃなくとも良いでしょうに。

 

「ワシと紫苑、それに星を相手にギルがどれだけ持つか、少し興味もあるしの」

 

「・・・もう。後悔しても遅いんだから」

 

普通に理性があったときでさえ少し危なかったのに、今の状態だと・・・考えたくも無いわね。

 

「ふむ・・・お主らが挑戦するというのに、儂だけが残るというのもいささか癪に障るの」

 

「・・・祭さんまで。無理することは無いんですよ?」

 

「馬鹿にするでない。それに、以前弓を教えたときから孺子のことは気に入っていたのじゃ」

 

「あー、んー? どうでもいいけど、星は来ないのかー?」

 

「え? あ、ええっと・・・きょ、今日は四人でお邪魔してもよろしいだろうか・・・?」

 

「おーう、大歓迎だー!」

 

妙に機嫌の良いギルさんが、星さんを横抱きに抱えた。

もちろん抱えられた本人は頬を真っ赤に染めているけれど、ギルさんはそんなのお構いなしだ。

・・・いいなぁ、なんて思ったりしながらその後ろをついていく。

 

「・・・ごめんねー、私は今回帰るわ。ギルのに興味はあるし、嫌いなわけじゃないけど・・・蓮華が拗ねちゃうから」

 

「別に、無理にとは言いませんわ。それに、桔梗と祭さんだって無理してるわけじゃないから」

 

「うん、じゃ、また明日・・・えっと、無事だったら」

 

「そ、そうね。無事だったら」

 

そういって、雪蓮さんは去っていった。

今日こそは璃々に妹か弟を連れて帰ることができるかしら?

 

・・・

 

「・・・あれ? ギル様がどうしてここに?」

 

「・・・今日は俺が紫苑と桔梗と祭と星の代わりなんだ」

 

「えぇと、なんの脈絡も無く五つの部隊が集められたのは・・・」

 

「もちろん一気に訓練を見るためだ。ちなみに俺は書類整理もしながらやるので、組み手はとても雑になる。自信が無いやつは俺のそばに近寄るな」

 

「・・・すみません、ギル様。一つ質問が」

 

「どうぞ」

 

「黄忠様たちは・・・?」

 

「今、部屋で月たちに介護・・・じゃなかった、介抱されてる。・・・今日中に復活するのは難しいんじゃないかなぁ・・・」

 

俺のその言葉を聞くとほぼ同時に、兵士たちからひそひそと話し合う言葉が聞こえる。

やれ黄忠様たちを相手にして返り討ちだと・・・!? だの、ギル様は夜も無敵なのかよ・・・だの、言いたい放題である。

良し決めた、その辺の兵士、今日の吹き飛ばし要員に決定な。

 

「じゃーいくぞー。あ、副長、お前に遊撃隊と紫苑の部隊任せるわ。後の部隊の面倒は俺が見るから」

 

「・・・了解です。あの、途中で抜け出してサボるのはありですか?」

 

「なしだな」

 

「がーんですね。出鼻を挫かれました。帰って寝ます」

 

「お、そうかそうか。なら良く眠れるようにこう・・・首をトンッてしてやるよ、全力で。おいで」

 

「・・・さー、遊撃隊と黄忠隊の人は集まってくださいねー」

 

「よーし、副長もやる気を出したところで、祭と星と桔梗の部隊はこっちなー」

 

・・・

 

あの後、何とか五部隊同時訓練と言う大役をこなした俺は、昼休みを利用して自室に戻っていた。

扉を開けると、元々部屋にあった寝台と、急遽一つ増設した寝台に横たわる三人の姿。そして甲斐甲斐しく介護・・・じゃなくて、介抱する侍女の姿が。

 

「・・・えぇと、調子はどうだ?」

 

俺がそう声をかけると、星がじろりとこちらに視線を向けてきた。

 

「すこぶる快調ですよ。どなたかのおかげで」

 

「・・・そうか、それは良かった」

 

「うぅむ・・・孺子と思って油断していたか」

 

「お酒を呑んで酔っ払ってなければ、こちらを気遣ってくれる良い人なのですが・・・」

 

「昨日は誰かさんが女王殺しなんて呑ませたからワシらまでこんなことに・・・だがまぁ、ワシらを相手にここまでできると言うのは男としては中々のものであるな」

 

「確かにのう。たまにならば、アレを呑ませるのもいいかもしれん」

 

そんなことを言って笑う祭と桔梗を嗜めるように、紫苑が口を開く。

 

「もう。雪蓮さんの悪ふざけが発端とはいえ、墓穴を掘ったのは自分たちなんですからね?」

 

そういえば、紫苑はすでに介抱する側に回っている。

おそらく一番症状が軽かったのだろう。

うん、昨日の夜の記憶は一切無いけどそういうことなんだろう。

・・・だよな? 昨日の俺?

 

「くぅ、それにしても、筋肉痛など久しぶりにかかったわ」

 

「うむぅ・・・儂もじゃ。腰に来るのぅ」

 

「・・・それは歳のせいじゃ・・・」

 

「何か言ったか、響」

 

「い、いえー。なんにもー」

 

苦笑いを浮かべながら響はそそくさと祭の近くから退避する。

懸命な判断だろう。あの布団の下では祭が拳を握り締めていたに違いない。

 

「そういえば、部隊の訓練をお任せしてしまったが、無事に終わりましたか?」

 

「ん? ああ、問題は・・・うん、無いよ」

 

「・・・今ギル殿の発言に間があったような気がするのですが・・・?」

 

「は、ははは・・・大丈夫だって。多分」

 

「とてつもなく不安になりますな。・・・んむむ、よっと」

 

「お、起き上がれるのか」

 

「ふ、武人を舐めていただいては困りまする。まぁまだ少しくらいは違和感がありますが、この程度は無視できます」

 

そういって星は髪飾りを整え、その場で一度、くるりと回った。

 

「ふむ、大丈夫なようですな。それでは響、世話になったな」

 

「あー、いえー。着替えその他もろもろは月ちゃんと詠ちゃんなので、お礼はそっちにどうぞー」

 

「うむ、そうするとしよう」

 

では、と短い挨拶を残して、星は部屋を出て行った。

後は・・・この二人か。

 

「あ、ここは私たちに任せて、ギルさんはお仕事に戻ってもよろしいですよ?」

 

「いいよ。しばらくはここにいるさ。祭たちの話し相手になるのも面白そうだし」

 

仕事もほとんど片付いてるしね、と続けると、紫苑はそうですか、とだけ呟いた。

まぁ、彼女たちも武人だし、すぐに星のように復活するだろうしな。

 

・・・




「終末剣エンキ。発動から七日が経過すると大海嘯を起こせるぞ! 必殺技は全てを押し流す大津波、「大海嘯『ナピシュテムの大波(メモリ・七日目)』だ!」「・・・何? その妙な説明口調?」「乖離剣エア。圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は擬似的な時空断層を生み出して敵を全て粉砕するぞ! 必殺技は世界を切り裂き空間を切断する「天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)」だ!」「だから何なのよ!」「・・・後王の財宝(ゲートオブバビロン)とか王律剣バヴ=イルの説明とかあるけど・・・」「・・・ちょ、ちょっと興味あるわね。いいわ、続けなさい」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十四話 とある日常に

「訓練開始→副長の言い訳→副長逃走→あっさり俺に追いつかれて捕縛→土下座までが訓練がある日の日常かな」「・・・ふ、副長さん?」「何ですか壱与さん、その仲間を見るような目は。違いますよ? そんな趣味があるわけ無いじゃないですか」「・・・仲良く、しましょうね?」「話聞いてますかー?」

それでは、どうぞ。


「ふえー、終わったー」

 

あの後、一時間もせずに桔梗たちも復活し、部屋の後片付けも響に手伝ってもらった。

道具を片付けに倉庫まで行くという響に付き合い、こうして荷物の半分を持って通路を歩いているのだが、流石に疲れたらしい。

響はなんだかやりきった表情で、言葉とともに息を深く吐いていた。

 

「悪いな、響たちにまかせっきりにしちゃって」

 

「あはは、別にいいよー。やっぱり訓練とかを止めちゃうのは駄目だしさ。ギルさんしかみんなの代理はできなかったんだから、仕方ないよ。役割分担役割分担」

 

「そういってくれると助かる。今度何かお礼するよ」

 

「んふふー。お礼って言うとー、こう、甘酸っぱい系でも良かったり?」

 

「どんな系統だよ、それ」

 

はは、と軽く笑いを返すと、響も笑った。

 

「甘酸っぱい系っていうのは、うぅん、こう、ちゅ、ちゅーとか?」

 

「・・・恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」

 

「はっ、恥ずかしくても、女の子には言わなきゃならない時があるのです!」

 

「そっかー。はははー、そっかー」

 

「く、うぅぅぅぅ・・・! ば、ばーか!」

 

そういって響は走り去って言ってしまった。

・・・からかいすぎたか。

後で謝っておこう、そう心の中だけで決定すると、響が走り去っていった方向から、こちらに向かってくる足音がする。

・・・? おかしいな、響は走り去っていったのだから足音は遠ざかっていくはずなのに。

疑問に思いながらも顔を上げて足音のほうへ目を向けると、土煙を上げてこちらに駆けてくる響がいた。

 

「ギルさぁぁぁんっ!」

 

「は? ちょ、早っ、むぐうっ」

 

「いったぁぁ! 前歯打ったぁ!」

 

ぐう・・・! 響のやつ、魔術使って速度上げながら突っ込んできやがった・・・!

俺にダメージは無いが、なんか響が口を押さえてる。

言葉のとおり、前歯を打ったのだろう。ガチンと音がしたし。

 

「ぐ・・・加速したちゅーの味は、鉄の味がしましたぁ・・・」

 

「あーもう、ほら」

 

唇を切った程度の傷なら俺の治癒魔術で治せる。

 

「ふえー・・・ありがとね。うぅ、今度はこう、唇に衝撃吸収する魔術かけておこうかな・・・」

 

「普通にするって言う選択肢は無いのか・・・」

 

ぼーっと考え事をする響に目線を合わせて、口付ける。

すると、響は少しこっちを見つめた後、その表情のまま顔を真っ赤に染めた。

 

「きょ、きょきょきょ・・・きょうちゃん、おそとはしってくるぅぅぅぅぅぅ!」

 

「あっ、おい!」

 

意外と不意打ちに弱いんだな。キャラが壊れるほど慌てて去っていったぞ・・・。

可愛いやつめ。

 

・・・

 

「で、このお酒を調べれば良いわけ?」

 

「ああ。孔雀とキャスターなら簡単だろ?」

 

「まぁそりゃそうだけど。・・・凄い銘だね。「女王殺し」か」

 

顎に手を当ててふぅむ、と感心したように息を吐く孔雀の隣で、キャスターが女王殺しに手を当てて静かに目を閉じた。

少しの間の後に目を開くと、あっけに取られたような表情で口を開いた。

 

「んー。今軽く調べてみたけど、特に魔術的な仕掛けは・・・ん?」

 

「どうした? キャスター」

 

「これは・・・これ、ちょっと借りるよ? 意外と面白いことが分かるかもしれない」

 

「そりゃもう、俺か卑弥呼の手元から離れるなら是非」

 

「よし、なら早速解析してみるとしよう」

 

「・・・ボクは役に立てない所にある話みたいだし、大人しく退散するかな」

 

「俺もだ。じゃあキャスター、頼んだぞ」

 

「ああ、頼まれた」

 

早速机に向かったキャスターに声をかけ、俺と孔雀はキャスターの部屋を出た。

孔雀はそのまま隣の自室に戻るのかと思いきや、そのまま何事も無かったかのように俺の隣を歩いている。

 

「さ、どこにいこうか?」

 

「え?」

 

「・・・もう、こういうときは二つ返事でじゃあどこどこに行こうか、って返すものだよ」

 

いきなりの言葉に呆けていた俺に対して、孔雀は片目を瞑り人差し指を立てながらそう返してきた。

表情が少し呆れ気味なので、おそらく乙女心の機微に疎い俺に対してため息をつきたい気分なのかもしれない。

 

「と言うわけで、鈍感ギルはボクと一緒にお出かけだよ。これをギルたちの言葉でなんていうんだっけ? でぇと?」

 

「もうちょっと伸ばす感じだな。ま、いいや。デートしようか」

 

「お、やったね。言ってみるものだよ」

 

「どこに行こうかなぁ。孔雀は甘いものよりもうちょっと渋いものの方が好みだよな」

 

「渋いものって・・・そんな枯れた老人みたいな言い方、あんまり他の女の子には言わないほうがいいよー。なんだっけ、あの弓のお母さんとかさー・・・っ!?」

 

馬鹿、紫苑に向けて年齢の話をするとは愚かな。

止める間もなく言い切ってしまったので、孔雀の頭を少しずらすぐらいしかできなかったが、まぁ十分だろう。

 

「こ、これがうわさの遠距離射撃・・・! と言うかどこから撃ったわけ!? この場所って完全に物陰になってるよね・・・?」

 

「まぁ、あの話をした後の紫苑だからな。矢の軌道くらい操れるさ」

 

「完全に宝具の域だよそれ・・・」

 

壁に刺さった矢を見ながら戦々恐々とする孔雀を連れて、城を出る。

・・・多分、俺が孔雀をかばうのを見越して撃ったのだろう。

こういうときの紫苑は、多分一騎当千できるレベルである。

 

・・・

 

「お、ギルじゃねーか」

 

「多喜? こんなところで何やって・・・うおおおおッ、このカボチャライダーじゃねえか! すげえ自然でびっくりした!」

 

「ケッケッケ」

 

多喜がなにやら露店を開いているようなので見てみると、店先に並んだ野菜たちの中にそっとライダーの頭部が並べてあったのだ。

他の野菜たちの中に馴染んでいて普通に手を伸ばしてしまった。

これ、子供とかにやったら完全にトラウマ物だぞ・・・。

 

「いやー、最近街中も平和になってきたじゃんか。そうなると警備隊ってあんまり出張らなくなってきて、俺の出番も少なくなるわけよ」

 

「そうだな。ま、いいことなんじゃないか?」

 

「よくねえよ! 俺の財布的に! またお前にツケんぞ! キュッとツケんぞ!」

 

カッ! と目を見開いて叫ぶ多喜。

・・・いやいや、お前、反省してないな?

 

「何だその斬新な脅し文句。次やったら市中引き回しって言ったよな?」

 

「ちょっ、多喜? どんだけツケたらギルがこれほどまでに怒るのさ・・・」

 

「ギルの怒りが怖くてツケができるか!」

 

「よく言ったマスター!」

 

「ライダーまで乗らないでよ! この場をボク一人で収拾する自信ないよ!?」

 

ガバッ、と野菜の陳列台から体を引き抜きかけたライダーを、ズボッと陳列台に押し戻す孔雀。

まぁいいや。これくらいにしておかないと孔雀のクールなイメージが崩れそうだし、去っておこう。

 

「・・・ま、自分で稼ごうって思ったのはいいことだ。がんばれよ。応援してる」

 

「ん、おー。ま、売れ行きは結構良い方だし、心配しなくてもいいぜ」

 

「はは、安心した。また今度、買いに来るよ。孔雀、行こうか」

 

「あ、うん。・・・じゃ、じゃあね。多喜、ライダー」

 

「おう。せいぜいギルに可愛がってもらうんだなー」

 

「ケッケッ! 爆発しろ!」

 

「もうやだこのカボチャ系サーヴァント」

 

・・・

 

「なんと言うか・・・ボクがアレを召還してたら、性格矯正のために令呪を使うことも厭わないと思うね」

 

「触媒なしで召還したから、相性良いサーヴァント召還されたんだろ。だったら多喜とライダーの気が合うのは当然だろう」

 

「あー・・・そっかぁ」

 

「・・・キャスター召還のときに触媒は?」

 

「あるわけ無いでしょ? パラケルススが誰かも知らなかったんだから」

 

「ですよねー」

 

「・・・触媒使って召還したマスターいないんじゃないの? ギルもそうでしょ?」

 

「完全に偶然だったからな。・・・あ、甲賀はどうなんだろ」

 

「あー・・・彼はなんか用意してそうだよね。と言うか自分の国の英霊だし」

 

一人うんうんと頷きながら思索に耽る孔雀を隣に連れて、俺たちは町を歩く。

先ほど多喜の野菜市を見たので、そのまま流れで市場へと来ているのだが、やはり活気が凄まじいな。

 

「ん、結構いいものそろってるよね。この辺」

 

「そりゃ、こういう野菜とか料理の材料になるものは華琳のおかげで質が高いものが集まるようになってるし、そうでなくとも三国の中心地だから良い物は自然と集まるさ」

 

「なるほどねぇ。ま、ボクは料理しないし料理は食べられれば良いって感じだしなぁ・・・」

 

「じゃあ愛紗の料理食べてみるか?」

 

「あっはっは、アレはね、料理とは言わないんだよ?」

 

凄くまぶしい笑顔だが、言ってることは結構酷い。

あれでも一応は食べられるものになったんだぜ・・・?

 

「アレを食べるくらいなら生野菜かじったほうがマシだよ」

 

「それよりは火を通したほうがいいんじゃないかな・・・」

 

「んふふー、結構いけるもんだよ? 研究で忙しいときとかに保存してある野菜かじったりして急場を凌ぐんだけど、慣れればいけるよ?」

 

魔術の実験をしながら人参をかじるシュールな孔雀の様子を想像してしまった。

 

「研究のときとかは出掛けるのも面倒くさいし、もうなんか、生でいいかなって」

 

「大雑把と言うかずぼらと言うか・・・」

 

「まーねー。髪とかもあんまり弄ったりしないしねー。キャスター召還するまではこう、顔の九割が前髪で隠れてたからね」

 

こーんなだったんだよ、と手振りで昔の髪の長さを伝えようとしてくる孔雀。

その長さだと黒い布被った様な外見になるんだが・・・前見えてたのか?

 

「もっかい伸ばしてみるかな。しちゅじ・・・ゲフンゲフン、執事服着てる所為かなんか男の子っぽく見られてるし」

 

「お、いいね。ちょっと楽しみかも」

 

「そう? んふふ」

 

と言うか、執事服着てる所為でボーイッシュになってるの、気にしてるんだな。

メイド服に替えて欲しいっていうのは今まで言われなかったから、執事服が気に入らないわけじゃないんだろうが・・・。

やっぱり女の子だし、男子と間違えられるのはショックなんだろうな。

 

「ん? あれ、鈴々じゃないかい?」

 

「お、ほんとだ。・・・って、鈴々と真名交換するほど仲良かったのか」

 

「まぁね。意外かな?」

 

「それなりに。性格的には逆だろ?」

 

元気いっぱいで天真爛漫な鈴々と、冷静沈着で大人っぽい孔雀は真逆の性格といってもいいだろ。

 

「おーい、りんりーん」

 

「んー? おぉ、孔雀なのだー!」

 

孔雀に気付いた鈴々がこちらに駆けてくる。

いつもどおりの口調と明るさである。

 

「こんにちわ。何してるの?」

 

「とくになんにもしてないのだー。お姉ちゃんは仕事で忙しいって言って遊んでくれないし、訓練もお勉強もしたくないからここに来てるだけなのだ!」

 

「・・・ウチの副長とどっこいかなぁ」

 

「実際に逃げ出さないだけ副長さんのほうがマシじゃない?」

 

「孔雀はなにしてるのだ? お兄ちゃんとお出かけかー?」

 

「そうだよ。でぇと中。いいでしょー」

 

「でぇと? ・・・よくわかんないけど、鈴々も一緒に遊ぶのだ!」

 

「む・・・ま、いっか。響とかひーちゃんとかならまだしも、鈴々だし」

 

「やったのだ! お兄ちゃん、おんぶなのだー!」

 

「あぁっ! お、おんぶなんてしたらボクと腕が組めなくなるじゃないか! やっぱ駄目!」

 

「へっへーん。おっそいのだー。早い者勝ちなのだ!」

 

「く、うぅ・・・しまった、判断を誤ったか・・・!」

 

ぎり、と歯を食いしばるほど悔しがる孔雀。

・・・そこまで悔しかったか。

 

「ま、今のところは鈴々に譲ってやれよ」

 

「わかったよ。もぅ」

 

口を尖らせながら俺の裾を握る孔雀。

こんなことで拗ねるなんて、ちょっと鈴々と精神年齢近かったりするのかもしれないな。

本人に言うと怒られそうなので心の中だけで呟くが。

 

「ええと、この辺ですぐに行けてなおかつ鈴々が背中から降りるような店は・・・ちっ、無いな・・・!」

 

目が笑ってないぞ、孔雀。

 

・・・

 

「ぐ、うううぅぅぅぅ・・・!」

 

目の前で数十分ほどずっと唸っている孔雀の視線は、俺の胸あたりに固定されている。

正確には、俺の胸と言うより俺の膝の上に座る鈴々に固定されているのだが。

 

「おいしいのだ~。あ、その餃子食べないのかー? 貰うのだ!」

 

「おいおい、まだ自分のところにたくさんあるんだからそっちから手をつけろよ」

 

「孔雀のほうが美味しそうだったのだ~!」

 

「ぐぐぐぐぐぐ・・・」

 

「・・・孔雀も孔雀で早く食べちゃえよ。さっきから箸何本折ってると思ってるんだ」

 

「これで十四本目だよ。大丈夫、後でお金は払うよ。もうちょっとだけ折らせて」

 

「・・・いや、なんていうか、折るのが目的の店じゃないからな、ここ」

 

店主もなんかビクビクしながら箸を差し出すようになってるし・・・。

ああ、ごめんな。そんな目で俺を見ないでくれ、店主・・・。

俺にはどうしようもないんだ・・・。

 

「はむっ! もむもむもむもむ・・・!」

 

ようやく料理に手をつけたが・・・口の動き早いな・・・。

 

「もむもむ! もむもむも!」

 

「飲み込め」

 

「んっく。鈴々、そこ代わって」

 

「やなのだー!」

 

「イラッ」

 

「どうどう」

 

口で「イラッ」とか言う人久しぶりに見たな。

 

「仕方ないな。ほら、鈴々こっちの膝。孔雀はこっち」

 

鈴々も孔雀も小さいから左右それぞれの膝に乗れるだろ。

・・・若干周りの視線が恥ずかしくなると言うことを除けば、特に問題は無い。

 

「ひゃっほう!」

 

凄く機敏な動きで俺の膝の上へとやってきた孔雀が嬉しそうに箸を動かし始めた。

 

「はむはむも! もむはむは!」

 

「孔雀はたまに何がしたいのか良く分からなくなるのだー!」

 

「とても同意だ。でもそこが可愛かったりするんだよ」

 

「可愛いのかー」

 

「可愛いのさー」

 

「そーなのかー」

 

「そーなのさー」

 

絶対に良く分かってないであろう鈴々を撫でてごまかしながら、ふぅとため息。

これで数時間は機嫌が良くなるだろう。

 

「んふふー。ついでにラーメン追加しちゃおうかなぁ」

 

ご機嫌な孔雀はその後、ギョーザ一人前とチャーハン二人前を注文し、鈴々と競うように平らげていった。

 

・・・

 

「おなーかいっぱーい、ゆめいーっぱーい」

 

気の抜けた声で妙なテンポの歌を歌う孔雀。

なんと言うか、腹いっぱいになってちょっとハイになっているようだ。

人差し指でこめかみ抉り出さないように気をつけないとな。

 

「・・・なんだその歌」

 

「お腹が一杯だと夢も一杯になるよの歌。作詞作曲鈴々です」

 

「そうなのか、鈴々」

 

「ふえー?」

 

「違うみたいだぞ?」

 

「まぁねぇ。鈴々が作詞とかできるわけ無いじゃない。どうしたの?」

 

「おぉう・・・なんだろう、ひーちゃんと同じにおいがする」

 

ハイテンション過ぎて会話のキャッチボールができてないぞ。

三発くらいデッドボール食らってるんだが。何なの? ドッヂボールのつもりなの?

俺小学校のころ敵チームに黒い三連星やられてからドッヂボールトラウマなんだけど。

 

「で、次はどこに行く? 涼しくなってきたし、久しぶりにわくわくざぶーん行く?」

 

「一応水着は宝物庫にあるけど・・・」

 

「ざぶーんに行くのかー!?」

 

「おお、いきなり元気になったな。こういうところは見た目相応だよなぁ」

 

まぁ、あそこは温水プールだからな。

夏も終わって少し涼しくなってきたとはいえ、あそこなら年中水遊びが楽しめる。

 

「行ってみるか」

 

「おー! なのだー!」

 

元気にはしゃぐ鈴々を背負いながら、ざぶーんへの道のりを歩く。

 

・・・

 

「ひゃっほー、なのだー!」

 

水飛沫を上げて滑り降りてくる鈴々。

孔雀は浮き輪の上で仰向けになってぷかぷか浮かんでいる。

 

「面白かったのだー。孔雀、次は一緒にすべるのだ!」

 

「えー。・・・ま、いっか。いくよ鈴々」

 

「おーなのだ!」

 

孔雀を連れて大はしゃぎでスライダーの上へと向かう鈴々。

鈴々だけではなく孔雀もそれなりに楽しそうな顔をしているので、先ほどの微妙そうな声は演技だったのだろう。

 

「わひゃーっ!」

 

「おーっ!」

 

小さい弾丸が二つ、水しぶきを上げて着水した。

二人ともとても笑顔である。良いことだ。

 

「次は三人ですべるのだー!」

 

「は? おいおい三人は流石にせま・・・うおお、何だこの力! 英霊一人引っ張れるとかありえねえ!」

 

「・・・体は小さいのに力は恋並か。化け物だね」

 

「いくのだー!」

 

こうして鈴々に無理矢理引っ張られてウォータースライダー十連続で滑らされた俺は、精神的にへとへとになったのだった。

 

・・・

 

日が暮れるまで鈴々と孔雀とざぶーんで遊び、無事に帰ってきた翌日。

俺は今、月の部屋の扉を開けた状態で固まっていた。

 

「ふっふっふ・・・あっはっはっは・・・あーっはっはっはっは! 正妻の座は私がいただきます!」

 

「へぅ・・・えと、壱与さん、土足で寝台の上に立たないでくださいぃ・・・」

 

目の前に広がる光景は、寝台の上に立って悪役三段笑いを披露する壱与と、どこかずれた慌て方をしている月の姿だった。

月に注意された壱与は、自身がどこに立っているのかを確認したのか、急におとなしくなった。

 

「・・・申し訳ないです。今降ります」

 

「ありがとうございます。あ、椅子どうですか?」

 

「おお、これはこれはわざわざ。よいしょっと。月さんもどうぞ」

 

「あ、はい」

 

壱与に進められるままに椅子に座る月。

 

「・・・こほん。ふっふっふ・・・」

 

「そこからやり直すのかよ」

 

「はうっ!? ギル様っ!?」

 

見ていられなくなって声をかけると、びくんと跳ねる壱与。

そんな壱与を尻目に、とてとてと月が扉の近くへとやってきた。

 

「あ、ギルさんこんにちわ。どうかしたんですか?」

 

「それはこっちの台詞・・・いや、うん、ちょっと用事があったんだけど・・・後で良いや」

 

なんだか忙しそうだし。

決して壱与のハイテンションに巻き込まれたくないわけじゃない。

 

「あ・・・い、今でも大丈夫ですよっ? 壱与さんの与太話はいつもすぐ終わるものなので」

 

「さらっと酷いこと言うな・・・。というかいつもって言ったか」

 

「はい。ふらっと私の部屋に現れては今みたいなことを口走りますね。前に詠ちゃんに言い返されてちょっと涙目になってからは詠ちゃんがいないときを見計らってくるようになりましたけど」

 

「・・・壱与、お前・・・」

 

「はうっ! とんでもなく軽蔑のまなざしで見られている!? でも結構カ・イ・カ・ン!」

 

なんと言うか、極度のマゾで陰湿って凄まじい性格してるなお前。

 

「ああっ、壱与、見られてます・・・ギル様に変態を見る目で見られています・・・! これだけでご飯五杯はいけます!」

 

一人で盛り上がっている壱与はそっとしておくとして。

 

「それで月、さっき言った用事だけど・・・」

 

「あ、はい。なんで」

 

「あはぁぁぁぁっ! 放置っ! 放置来ました! フヒヒィ・・・ギル様は私のツボを分かってらっしゃいますね!」

 

「ん、ああ。詠がな、物置に入れておいたはずのほ」

 

「あっ、ちょっと下着が・・・替えが確かこっちに・・・」

 

「ああ、それなら物置を整理したときに厨房の壁にたてか」

 

「そうだっ。この感覚を早速卑弥呼様に・・・」

 

「さっきからうるさい!」

 

「ひうっ!」

 

「ごめんな、月。ちょっと待っててくれ。俺、今から壱与の性格を修正しなきゃいけなくなった」

 

「ふふ。私もそうしようかなって思ってたんですよ。詠ちゃんからも「次にこういうことを言われたら、ちゃんと反撃しなきゃ駄目よ」って言われていたので」

 

「そっか、じゃあ一緒にやろう」

 

ふふふ、と二人で笑う。

流石マスターとサーヴァントだ。相性がいいからか、考えていることも大体一緒なのだろう。

 

「ギル様からのご褒美は嬉しいですが・・・月さんは、ちょっと」

 

「この状態で嫌そうな顔が出来る壱与の精神が分からない。実は卑弥呼並に図太いんじゃないのか、こいつ」

 

まぁいいや。取り合えず鎖で縛ってと。

 

「あ、猿轡も必要ですよね、ギルさん」

 

四肢を拘束された壱与に近づき、妙に手際よく猿轡を噛ませる月。

 

「んー! んんんーんー!」

 

「よろこんでいますね」

 

「いや、凄く嫌がってるように見えるけど」

 

「ちょっとー、あんたのところにウチの壱与が邪魔してな・・・お邪魔しましたー」

 

「よし、いいところに来た」

 

俺と月が暴れる壱与の前でそんなことを話していると、扉が開いてひーちゃんが顔を覗かせた。

これは好機と即時撤退しようとするひーちゃんの腕を掴み、部屋の中へ招き入れる。

 

「やだ! わらわ帰るの! 帰って弟の胃をぼろぼろにしてくるの!」

 

「駄々こねんな! というか弟に加減してやれよ!」

 

何だ「胃をぼろぼろにする」って!

胃痛の薬送るの追加しておかないと駄目じゃないか。

前に送ったとき凄い速さでお礼の手紙着たんだぞ。

 

「姉に逆らえる弟なんていないのよ! らりるれろ!」

 

相当パニックになっているらしい。

 

「とにかく、壱与にお仕置きをする人員募集中だったんだ。ほら、ひーちゃんも鈍器で後頭部殴られたりしただろ?」

 

「三回ほどね。まぁ、そういうことなら良いわ。ろうそくとかあるの?」

 

「前に壱与としたときに使った残りなら」

 

そういって宝物庫からろうそくを一つ取り出した。

なんとこれ、ろうはぽたぽたと溶けてしまうものの、長さはずっと変わらないという代物なのだ。

なので、夜の読書のお供なんかに重宝する。

・・・夜の「読書の」お供だからな?

読書抜かしたら大変なことになるので駄目だぞ? ・・・俺は一回抜かしたことあるけど。

 

「・・・あるんだ。っていうか使ったんだ。わらわとしては冗談のつもりだったんだけど・・・。壱与も中々いかれてるけど、ギルも人のこと言えないわよね」

 

「ほほう、今日のろうそく係はひーちゃんか」

 

「何そのろうそく係って!」

 

「夜になったら火の付いたろうそく掌に乗せて燭台替わりになる係り」

 

「それ壱与しかやるのいないわよね!?」

 

流石現役女王だ。突っ込みが鋭い。

 

「まぁ、冗談なんだけどな」

 

「・・・そうなんですか」

 

「何で月ががっかりしてるのかは、言わないほうが良いの?」

 

「第二の壱与を誕生させてもいいのなら真実を口にすると良い」

 

「やめとくわ」

 

即答である。一切のラグが無かった。

真実を求めると苦しいだけだというどこかの刑事の言葉はあながち間違いではないのかもしれない。

キャベツ食べたくなってきた。

 

「ま、わらわもちょっと見過ごせなくなってきてるのよね。わらわだけでも胃痛が凄まじいことになってる弟が、精神も患っちゃってねぇ・・・」

 

「弟良くお前たちについてくるな。邪馬台国すっごく怖い」

 

ストライキ起こしそうなものだが。

今度何か和むようなものを送っておくとしよう。

 

「それで? 何する?」

 

ワクワク、と目を輝かせている卑弥呼が、壱与を指差しながら呟く。

 

「何するって言ってもなぁ。俺が何かすると喜ぶし」

 

「へぅ。めっ、てするだけじゃ駄目ですか?」

 

「それしても駄目だったからこの人格が形成されちゃったんじゃないの」

 

そうか・・・壱与って結構駄目な子だったんだな。

 

「このまま放置すると放置プレイ、何かお仕置きするとSMプレイ・・・マゾって結構無敵だな。対抗策が見つからない」

 

「それはギルに対してだけでしょ。わらわなんか何度後頭部狙われてると思ってるのよ。さっき三回殴られたって言ったけど、未遂含めると三桁いくからね?」

 

「良くそんなの後継にしようと思ったな、お前」

 

「いやー、わらわの後を継ぐくらいだから、やっぱりやる気にあふれてないと」

 

「・・・殺る気?」

 

「そっちも重要ね」

 

「へぅ・・・お二人が遠く見えます・・・」

 

月が俺たちの会話を聞いて変な納得を見せる。

 

「ちょっとギル? 箒の場所聞くのに何時間かけて・・・何これ、儀式の最中?」

 

「詠の発想は突飛だなぁ」

 

この混沌の中に足を踏み入れた二人目は詠だ。

壱与を論破して涙目にした張本人である。

 

「・・・あ、詠と二人っきりにしておけばいいんじゃないかな?」

 

「んんんんー! んんんー!」

 

「良いわね、それ。壱与もこんなに喜んでるわ」

 

「んー!?」

 

「というわけで詠、頑張って」

 

そういって俺は壱与の猿轡を取り、月とひーちゃんと共に部屋を出た。

 

「ちょっ! 詠さんと二人っきりとかなんて拷問・・・ああっ、詠さんの眼鏡が光ってる! だっ、駄目ですよ! 私はギル様以外のお説教は聞き流すことにして・・・」

 

「あんたねぇ、懲りずにまた正妻がどうとか言いに来たの? まったく、月に同情するわ・・・」

 

「何でそんな嬉しそうな顔するんですかっ!? 絶対同情してませんよね? ちょ、夢ならさめ・・・」

 

「さ、仕事に戻ろうか」

 

「はいっ」

 

「あー、肩こったわぁ・・・最近背伸びすると腰が痛くなるようになってね・・・」

 

数時間後様子を見に行くと、満足そうにため息をつく詠と口から魂が抜けかけている壱与がいた。

取り合えず簀巻きにしてひーちゃんに引き渡すと、詠より盛大なため息をつかれた。

 

・・・

 

「あ、いたいた」

 

「キャスターか。解析終わったのか?」

 

「まぁね。中々面白いものだったよ、アレは」

 

「詳しい話を聞きたいんだが・・・」

 

「もちろん。私の部屋へ来ると良い」

 

そういって踵を返したキャスターについていき、キャスターの部屋へと入る。

若干妙な臭いがするのには慣れた。

 

「「女王殺し」なんだけどね、この酒はあるスキルに反応するように出来てるんだ」

 

「そのスキルとは?」

 

「「カリスマ」だよ」

 

「・・・いや、雪蓮とか呑んだけどただの度の強い酒みたいに呑んでたぞ?」

 

雪蓮なら有り余るカリスマがありそうなものだと思うんだけど。

それにしては、これ、ちょっと度が強いわねぇ。で済んでいたんだが。

 

「説明が足りなかったね。カリスマスキルを持つものがこれを呑むと、呑んだものが持つ魔力を使用して酩酊状態にするみたいなんだ。酒を呑むってことは、自分からそれを招き入れるってことだから魔力耐性も意味無いんだろうね」

 

「なるほど、銘に偽りなしだな」

 

ひーちゃんは馬鹿みたいに魔力あるからな。俺も持ってるし。

・・・もしかしたら月にも効くかもしれないな。

 

「そこまでは分かったんだけどねぇ。材料とか何の術がかけられてるのかまでは分からなかったよ。甲賀にも協力して貰ったんだけど、駄目だったね」

 

「謎の多い酒だな。ま、今度ひーちゃんか壱与に聞いてみるよ。弟にも手紙を出せば返事くれるだろうし」

 

「そうだね。確か邪馬台国原産のはずだから、そっちのほうが詳しいかもしれない」

 

分かった、ありがとうとキャスターに礼を言って部屋を出る。

 

「・・・あ、そういえば月ってどんな酒でも大抵ふらふらするな」

 

別に女王殺しじゃなくても酩酊するじゃないかと気付き、なんだか若干寂しくなった。

仕方が無い。ひーちゃんへの必殺アイテムとして保管するとしよう。

 

・・・

 

「さぁ副長、今日も今日とて訓練だ!」

 

「お疲れ様でしたー」

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)! 開け宝物庫!」

 

「ちょっ! 冗談じゃないですか! 宝具射出とかなにトチ狂って・・・うひゃあっ!?」

 

「・・・ああ、そうか。その服ちょっとした防護魔術付いてるんだもんな。このランクの宝具で致命傷与えるのは不可能か」

 

「何でがっかりしてるんですか!? というか致命傷負わせる気でいたんですか!?」

 

いつもどおり副長で遊ぶ・・・じゃなく、副長と訓練している最中、珍しい客がやってきた。

 

「今日もお二人は楽しそうですねぇ」

 

「あれ? 風じゃないか。こっちに来るなんて珍しいな」

 

いつものようにキャンディを咥えてやってきたのは、魏の不思議系軍師、風である。

訓練場に訓練を見に来ることなんて今まで数えるほどしか見たことが無いので、若干驚いた。

 

「それはですね~。今日はお仕事がお休みなので、城壁の上を歩きながら考え事をしていると下にお二人が見えたので~、ちょっと声をかけていこうかなぁと思いまして~」

 

「それはそれは。あ、ついでに隊長のお相手どうです? 血に飢えてるそうなので」

 

「お話し相手なら風にも務まるのですが~・・・訓練となると力不足ですねぇ。ああ、春蘭さんでも呼んできますか~?」

 

「それは良い。副長もそろそろ魏の最強と戦っておくべきだもんな」

 

一回恋と愛紗とは戦ってるからな。次は春蘭、その次は雪蓮あたりか。

 

「あれ!? なんか凄く自然に夏候惇さんの相手させられそうになってます!?」

 

「何を言ってるんだ。最初からその話だったじゃないか」

 

「あ、あれ? そうでしたか・・・?」

 

「こいつ・・・騙されやすい嬢ちゃんだな」

 

そういうな宝譿。それだけ純粋なやつだということだ。

 

「さて、じゃあ今日も元気に三国挑戦状の旅だな」

 

「止めてくださいよ! 一回目呂布さん、二回目関羽さんってどんな判断ですか! 命をドブに捨てる気ですか!」

 

「鈴々とか霞とか春蘭とか雪蓮とかまだまだたくさん候補はあるぞ?」

 

「わーん! この人話聞いてくれないです!」

 

はっ! セイバーとかサーヴァントたちを候補に入れてないだけありがたいと思うんだな!

俺が訓練してたころはセイバーの固有結界の中でぶっ続け一日耐久訓練とか恋と行く強敵探しの旅(結局見つからなくて恋と戦うことになる)やらされたりとか、一週間の間ずっと気配遮断してるアサシンが攻撃しかけてきたりしてたんだぞ。

それに比べれば・・・。

 

「はっ・・・! た、隊長の目が凄く遠くを見ています・・・!」

 

「何か辛い事があったんでしょうね~。もう一押しで泣きそうな雰囲気です~」

 

「流石にそれは追い討ちが過ぎるというか・・・」

 

「アレだけ苛められていて良く弁護するような言葉が出てくるな」

 

「あ、宝譿さんこんにちわ。・・・というか、隊長のアレは別に苛めってわけじゃ・・・」

 

「なんだなんだ、壱与とか言う嬢ちゃんと同じニオイがしてきやがったな」

 

「宝譿、その話を詳しくお願いします~」

 

うん、いろいろ辛かったけど、俺頑張ったよなぁ。

前世も含めてこんなに頑張ったこと無いんじゃないかなぁ。

 

「・・・さて、俺の辛い回想も終わったことだし、訓練再開するか」

 

「凄く突然ですね!?」

 

「回想のあたりは触れてはいけないのですか~?」

 

「人の回想なんてあんまり面白いものでもないだろ。浅く話すならともかく、長い時間回想ばっかり語られるのも面白くないだろう?」

 

というわけで訓練再開!

早速セイバーでも呼んでこようかな!

 

・・・

 

流石にサーヴァントは無理ですと額をこすり付けつつ土下座されてしまったので、地獄の固有結界体験ツアーはまた後日ということになった。

なので、中庭のコースを走らせつつ、時折宝具を射出して避けさせるという常人なら三秒でリタイア確実の訓練をこなさせる事に。

まぁ、副長の実力ならば終わった後に息を切らせながら文句を言うくらいで終わるだろう、なんて思っていたらまさにその通りになってしまった。

 

「んだよ、つまらん」

 

「あの宝具の雨を潜り抜けた部下にかける言葉ですか!?」

 

「はっはっは、冗談冗談。良くやったよ。まさか一発も当たらずに終わるとは思ってなかったからさ」

 

「うむぅ・・・きちんと褒めてくれるなら、別に良いんですけどね」

 

子供のようなやつである。

まぁ、副長はこうじゃないとな。

 

「じゃ、なんか食べに行こうか。風も行くだろ?」

 

「そうですねぇ。まぁ、ここまで来たのなら最後までお付き合いしますよ~」

 

「はいはい! 今日は麻婆豆腐の気分です!」

 

「泰山行くか」

 

「や、やっぱり餃子の気分です!」

 

そんなにトラウマか、あの麻婆豆腐。

 

「うぅ、コンゴトモヨロシクしたくないよぅ・・・」

 

「・・・何か、あったのですか~?」

 

「語るも笑い、聞くも笑いの話がだな・・・」

 

「その滑り出しは初めて聞くな・・・」

 

宝譿の突っ込みもそこそこに、副長の泰山初体験時の話を聞かせる。

さて、この辺で餃子の美味しい店はっと・・・。

 

・・・

 

「突然だけどさ」

 

「ん?」

 

「生足と黒タイツと白タイツってどれが好き?」

 

「・・・なんだよ突然」

 

困惑する一刀を尻目に、俺は言葉を続ける。

 

「ウチの軍師とかさ、月たちとかさ、結構いろんな種類あるじゃん? ハイニーソとかさ」

 

「あ、ああ。そういわれてみるといろいろあるな」

 

「俺らも結構現代の服とか広めたけどさ、朱里たちとかは最初っからあれじゃん? 平行世界の邪馬台国にいる卑弥呼もミニスカニーソだしさ」

 

「でも、可愛いからいいじゃないか」

 

「それもそうか。・・・で、何でランサーは黙ってるわけ?」

 

「なんとっ。ここで私に振るわけですか!」

 

「いや、というかお前たち、俺の家で何を議論してるんだ全く・・・」

 

俺の対面にはちゃぶ台をはさんで一刀がいるのだが、右にランサー、左に甲賀が正座している。

先ほどの女の子の足についての談義も、お茶をすすりながら聞いてはいたのだ。参加してなかったけど。

 

「で、甲賀は?」

 

「生足だな」

 

「答えるのですかマスター!?」

 

「聞かれたならば答えねばなるまい」

 

変なところで真面目な男である。

流石イケメン。

 

「ちなみに俺は黒タイツかなぁ」

 

「一刀殿っ!?」

 

「ああ、分かる分かる。詠とかな」

 

今日こんな話題を挙げたのも、詠のタイツをじっと見つめてたら目潰しされたからだ。月に。

いいじゃないか、目の保養だったんだし。

 

「で、ほら、ランサーは?」

 

「わ、私は・・・も、黙秘権を! 黙秘権を行使させていただきます!」

 

「なんだツマラン。・・・甲賀!」

 

「分かっている。令呪によって命ずる・・・」

 

「マスタァァァァーッ!? 正気ですかァッ!?」

 

甲賀の言葉とともに輝き始めた令呪を見て、ランサーが机を叩きながら立ち上がる。

 

「キャラ変わってんぞー」

 

「二画残ってるからな。こういうところで使って行かんと」

 

「答えないとサーヴァント史上最もくだらない事に令呪使われるぞ」

 

「こっ、答えます! ですので、どうか令呪を使用するなんて馬鹿げたことはおやめください!」

 

「最初からそういえばよいのだ。まったく、無駄な時間を食ったな」

 

はぁとため息をつく甲賀を裏切られたような目で見ながら、ランサーは諦めたように座りなおした。

 

「ええと・・・女性の脚の好み・・・ですよね?」

 

「そうなるな。別にタイツには限定しないぞ。ニーソでもブーツでも何でもどうぞ」

 

「そうですね・・・でしたらやはり和服に白足袋でしょうか」

 

「なるほど、日本男児としてチラリズムは外せない、と」

 

「萌えと同じ日本の文化だよな!」

 

おいおい、なんか開き直ってんぞ現代の学生が。

まぁ、否定はしないけど。

 

「ふぅ。こう、なんかスッキリしたよ。また談義しような。次は・・・そうだな、髪型とか?」

 

「・・・二度と、開催されないことを祈ります・・・」

 

全てを燃やし尽くしたようなランサーと甲賀に見送られながら、俺と一刀は城へと戻った。

まぁ、ランサーは翌日ケロッとしてたので、きっと吹っ切れたのだろうと思う。

 

・・・




その日の帰り道でのこと。
「髪の次は・・・胸のことでも語るか?」「あ、胸といえば聞いてくれよ。遊撃隊全員の身体検査があってさ、その結果って隊長である俺は見なきゃいけないわけさ」「お、なんか面白そうな話の予感が・・・」「副長の胸囲な、胴囲とどっこい位だった。どっちも薄いんだよね」「やばい、目から汗出てきた」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十五話 夏の終わりの肝試しに

「肝試しかぁ。俺はお化け屋敷とかでそういうの、慣れてるからなぁ」「ああ、一刀はそうだよな。・・・じゃあ、俺が一つ、怖くなる話でもしてみようか」「お、いいね。俺が怖がってしてしばらくトイレに行けなさそうなの頼むな」「その要望に応えられるかは分からないが、取り合えず話してみるか」「おう、ばっちこい!」「副長って、男なんだよね」「・・・え?」


それでは、どうぞ。


夏ももう終わる。

まぁ祭りもやって浴衣姿を見たし水遊びもして水着も見たし、夏の行事はコンプリートした、と思っていたのだが・・・。

一つ、やってないことを思い出した。

城下町の人たちに協力してもらい、町の一角を貸しきる。

そして、ランサーやライダー、アサシンといったサーヴァントにも協力を要請。

どちらも二つ返事で了承してくれたので、後は参加者を募るだけである。

 

「よっと。こんなもんでいいかな」

 

高札を中庭や町の目立つ場所に立てて、参加を待つ。

・・・さて、準備はこれくらいでいいだろう。

俺はどうするかな。月でも誘って参加してみようか。

いや、うん、それだと他の娘も誘わないと駄目だよな。

俺だけ何週かすることになりそうだ・・・。

 

・・・

 

「肝試し?」

 

「そうそう。題して、「三国合同肝試し大会」って感じかな」

 

「おー、面白そうだな」

 

受付、と書かれている場所で座りながら、最初の参加者候補である一刀と話をしていた。

そういややってねえなと気付いたのが昨日の朝。

それから一日で全ての準備を終わらせた俺の手腕、ちょっと褒めてもいいんじゃないかな?

 

「最大同時参加人数は四人。友達恋人家族などなどお誘い合わせの上どうぞ」

 

ちなみに開催時刻は日が暮れてから銅鑼で知らせることになっている。

一応ぎりぎりまで参加申し込みは受け付けているので、奮ってご参加くださいというわけだ。

 

「ま、参加募集してから一時間も経ってないから一刀が最初の参加者だぜ」

 

「へえ。・・・そーだな、真桜達でも誘ってみるかな。ええと、これに書けばいいのか?」

 

「おう。・・・はいオッケー。これ、整理券な」

 

一番目の整理券を一刀に渡す。

すると、一刀は整理券に描いてある絵を見て声を上げた。

 

「お、結構凝ってるな。幽霊の絵とか、結構怖いぞ」

 

「ちなみにそれ書いたの副長と壱与な」

 

二人して怪しい笑みを浮かべてガリガリ描いてたぞ。

 

「そ、想像出来ない・・・」

 

「なんか通じるものがあるんだろうな。二人して競い合うように描いてたぞ」

 

結局二人とも同じ数だけ描いて力尽きてたけど。

アレは何だったんだろうか。

 

「ギルは誰か誘うのか?」

 

「月とかかな。・・・まぁ多分、他のみんなとも回るから、何週もするんだろうけど」

 

「ああ・・・ええと、ご愁傷様?」

 

「まぁ、別に嫌なことじゃないしな。目一杯楽しむとするさ」

 

町の一角といっても結構広めに借りて、いくつか違うコースを作ったりしたからな。

参加者がたくさんいてくれれば良いんだが。

 

「よっしゃ、俺も夜まで暇だし、手伝うよ」

 

「助かるよ。いやー、正直一人で受付って言うのもつまらなくてな。最初副長でもと思ったんだが、七乃と一緒に訓練だったからさ」

 

「あー・・・。そういえばギルってなんかあると副長呼ぶよな」

 

「はは。あいつは何だかんだいって付き合い良いからな。それに、いっつも扱いてるからか気兼ねなく頼めるし」

 

他のみんなは仕事あるからな。

一瞬甲賀でも連れてこようかと思ったけど、やめておいた。

忘れてたけど、ランサーと一緒に設営と仕掛け担当やってたからな。

さて、何人くらい来るだろうか?

 

・・・

 

ざわ・・・ざわ・・・。

受付の俺の前には、とてつもなく長い列が出来ていた。

 

「あー、まだまだ受付時間には余裕がありますので、急がなくても大丈夫でーす! きちんと整列して、順番を待ってくださーい!」

 

声をかけて参加希望者達を整列させている副長の声をBGMに、俺と一刀は整理券に記入をして参加者達に配っている。

これは予想外だ。町の人たちもこんなにノリノリだとは思わなかった。

何日かに分ける必要もあるだろうか。

・・・いや、そんなことしたらネタバレとかであんまり怖くなくなってしまうかもしれないな。

ちょっと無理矢理でも、一日で終わらせるべきだな。幸い、コースはいくつかあるから、何組かいっぺんに処理出来そうだし。

 

「はい、これ整理券。順番近くなったら番号呼ぶから、そしたらここまで戻ってきてくれ」

 

「分かりました! いこっ!」

 

「わわ、待てって」

 

何組目か数えるのも億劫になったカップル達が去っていく。

はんっ! 良いもんね。俺も月たちと回るもんね!

 

「ばーか!」

 

「なにいきなり罵倒してんの!?」

 

「はーい、次の方どうぞー」

 

「何で無視すんの!? あ、おっと、こっちも次の人どうぞー!」

 

「きちんと並んで・・・あーもー! 何でそこの人たちは列をぐにっと乱すのですか! 六回目ですよ注意するの!」

 

整理券に必要事項を記入しながら副長を盗み見ると、ぷんすかしながらある集団に指を刺しているところだった。

いるよなー、意識してるのかしてないのか、並んでるうちに列乱しちゃう人とかさ。

 

「まったく、これで大分綺麗に・・・はい? 私と肝試しですか? ごめんなさい、そういうのはやってないんですよ」

 

お、ナンパされてるぞ副長。

パッと見は美少女だし、外面だけは良いからな、あいつ。

そんな失礼なことを思いながら見ていると、ナンパしている男達は結構しつこいようだ。

副長がはっきりと断っても引かないらしい。あ、イライラしてきてるぞあいつ。

 

「だから私は行かないって・・・あーしつこい。出番ですよー」

 

そういって副長が指を鳴らすと、どこからとも無く狼男やらドラキュラやらがやってきて、男達を連れ去って行った。

 

「ちょっと早めに肝試しです。・・・まぁ、肝を食べられちゃうかもしれませんが。生きては帰してくれるでしょう。・・・ですよね?」

 

「こっちに聞くな。ライダーに聞いてくれ」

 

ちなみにアレは仮装でもなんでもなく、単純にライダーから出てきた魑魅魍魎たちである。

英霊としてはランクが低いといっても、人間にとっては一体一体が一つの村なら簡単に滅ぼせるレベルである。

更に雰囲気作りにも役立つとなったら、使わない手は無いだろう。

 

「はーい、皆さんもああなりたくなかったら、きちんと並んできちんと整理券を貰いましょうねー」

 

綺麗に並んでいた列が、更にピシッとしたように見える。

 

「おー・・・ここまで綺麗に並んだら、私サボってもいいですよね。・・・なーらぼっと」

 

「おい副長」

 

「や、やだなー、隊長。冗談ですよ冗談。ちゃんとやりますって」

 

「いや、そうじゃなくて。いいぞ、並んでても。これだけ綺麗に並んでたらもう大丈夫だから」

 

それに、捌きに捌いて何とか終わりが見えてきたしな。

 

「なっ、なんと! 隊長からそんな優しい言葉が出てくるなんて・・・!」

 

「たまにはなー」

 

「・・・あの、もしかして私若干見限られ始めてます?」

 

「どうだろうな。副長の感じるままにどうぞ」

 

「すいませんっしたー!」

 

「はは。土下座なんてしなくていいのに」

 

「・・・だったら頭をぐりぐり踏むのをやめてやれよ・・・そっちのほうがホラーだよ」

 

ええ?

だって俺の足元でわざわざ土下座するんだもの。

やって欲しいのかと思うじゃん。

 

「これからちゃんと隊長の言うこととか聞いていくんで! 二割ぐらい!」

 

「お、前までは暴力に訴えない限り一割だったのに。進歩したなぁ」

 

「・・・ギルと副長って、すげえ相性いいよな」

 

そりゃそうだろ。

俺の部隊の副長だぞ? 俺と相性良くなかったら任せられないだろ。

 

「あ、じゃあ副長、これ付けておいてな」

 

「はい?」

 

・・・

 

肝試しの受付を別の人間に任せて、俺は肝試し一週目へと向かう。

最初のメンバーは、壱与、副長、桂花の三人とである。

・・・え? 何で桂花がいるのかって?

そりゃあ、一刀に頼まれたからに決まってるだろう。「華琳と二人っきりで回ってみたいから、桂花を何とかしてくれ」とな。

そこまで真摯に頼まれては俺も答えないわけには行かないだろう。

幸い一緒に回るのは邪馬台国一の変態、次期女王の壱与である。

彼女ならばなんだかんだで自分のペースに持っていくので、何とかなるだろう。

後の細かいフォローは副長に丸投げだ。

 

「・・・で、何なのよこれ」

 

「何なんですかねぇ。私は隊長に無理矢理やられたんですけど、じゅん・・・猫さんもそうなんですか?」

 

「あんた今私の頭巾見て言い直したわね!?」

 

「ギル様ギル様! もうちょっと強く引っ張ってくださいまし!」

 

「・・・えー」

 

「ドン引きなさってる! その蔑んだ瞳・・・カ・イ・カ・ン!」

 

「本当に、変態って無敵ですよねぇ」

 

「あんた、私達も十分変態の領域に足突っ込んでるって自覚しなさいよ」

 

会話の端々にある妙な違和感に気付いただろうか。

強く引っ張れ、だとか、変態の仲間入りだとか・・・。

その理由は、三人の首についてる首輪から伸びる紐だろう。

・・・いや、俺の趣味じゃねえよ。

罰ゲームなんだよこれ。・・・俺に対する、だけどな!

普通逆だろ! 何で罰ゲーム与える方が首輪付けられてるんだ。壱与は予想を裏切りすぎて怖い。

ちなみに桂花に付けてるのは途中で脱走しないようにという表向きの理由と、一人だけ仲間はずれじゃ可愛そうだろうという裏の理由がある。

副長は・・・アレだ。勢い。

 

「とても雑な扱いを受けているような・・・」

 

「これ以上に雑な扱いなんてあると思ってるの? ちょっとあんた!? さっさと終わらせてこれ取りなさいよ!」

 

「直接触れてないから妊娠はしないだろ?」

 

「この状況が嫌だって言ってるのよ! 華琳様からの命令じゃなかったらこんなこと・・・!」

 

「分かってる分かってる。こういうのも嫌いじゃないんだよな」

 

「あんた話し聞いてるの!?」

 

「九割聞き流してる」

 

「く、うぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・! あんたねぇ・・・!」

 

おお、桂花が噴火寸前である。

だがまぁ、俺にとって桂花にこんな仕返しが出来るのは嬉しい限りなので、一刀と華琳には感謝してたりする。

 

「私は嫌いじゃないどころか大好物です! ご飯十杯くらいいけます!」

 

「はいはい」

 

「暗くなってきて良い雰囲気ですね・・・ちょっとここで四つんばいになるのでギル様のお尻で私を圧迫してくださらないでしょうか! 圧迫祭りです!」

 

「うわぁ・・・」

 

「あ、ギル様以外の蔑みの視線は拒否でお願いしますー。鈍器ブチコミますよ?」

 

「ちょっと隊長。何ですかこの人。・・・人?」

 

「そこは確定してるから大丈夫だ。安心して良い」

 

「じゃあ何なんですかこの人。頭フットーしちゃってるんですか?」

 

「分かります! えきべ」

 

「はいはい先に進もうなー!」

 

すでに四つんばいになっている壱与を強引に動かすために、ちょっと強めに紐を引っ張る。

恍惚の笑顔を浮かべて引き摺られているので、これはこれでいいのだろう。

 

「さて、このコースは・・・最後にあるお札を取ってくればいいみたいだな」

 

「お札・・・というか、町を大改造しすぎじゃないですか? 本当に廃墟みたいになってますよ・・・?」

 

「一日で出来そうな雰囲気作りって行ったら廃墟くらいしか思いつかなくてな。適当にぶっ壊してもらった。ちゃんと補償はすることになってるから、安心していいぞ」

 

「ほえー・・・」

 

感心したように副長が周りを見回していると、死角からライダーの連れてきた怪物が一体飛び出してきた。

 

「がおー!」

 

「わわっ! 悪霊!?」

 

そういって、突然飛び出してきた怪物に退魔の剣を振るう副長。

怪物は胴体を袈裟切りにされ、短い悲鳴を上げる。

傷に対してダメージがつりあってないように見えるのは、退魔の剣の効果だろう。

 

「ぎゃっ」

 

「え・・・? あ、そっか、悪霊とかそういうのに効果抜群なんだっけ」

 

「狼男ー!?」

 

これ結構ざっくりいってるんだけど!

 

「大丈夫か! 傷は深いぞ!」

 

「何で追い討ちかけてるのよ!?」

 

桂花の突っ込みで我に返った。

危ない危ない。混乱してたようだ。

 

「と、とにかく、ライダーの下へ戻ったほうがいいな。応急処置はしておくから」

 

狼男はコクコクと頷き、闇の中へと消えていった。

 

「・・・副長」

 

「は、はひっ!」

 

「返事はきちんと!」

 

「はいっ!」

 

「明日も、首輪な」

 

「さっ、さー! いえっさー! 喜んで!」

 

「なんと! やっぱり副長さんはお仲間・・・」

 

「黙っててください壱与さん! 今私凄い勢いで命の危機なんです!」

 

後に副長は、「あの目は完全に養豚場のブタでも見るかのように冷たい目でした。残酷な目なんです。『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね』ってかんじの!」と語ったとか語らなかったとか。

 

・・・

 

三人と戻ってきて、妙な視線を受けつつ二週目へ向かう。

二週目のメンバーは天和たちしすたぁずの三人とだ。

 

「なんでお前らと回らなくちゃ・・・」

 

「いいじゃないの。ちぃ達と回れるなんて、大陸のファン達からすれば次の日死んでもいいくらいの幸せなのよ?」

 

「ねーねーギルー。きもだめしってどんなご飯なのー?」

 

「・・・きもだ飯じゃないぞ。肝試し。度胸試しみたいなもんだよ」

 

「えー! ご飯じゃないのー? ぶー」

 

この状況で何か飯を食いに行くと思えるのは凄いな。

髪の色といい三姉妹の長女であるところといい、ほわほわしているところといい、桃香そっくりである。

 

「・・・相変わらずネジ抜けてんなぁ」

 

「・・・」

 

「人和はこういうの怖くないのか?」

 

「別に? まぁ、暗くてちょっと不安にはなるけれど、別に怖くは・・・」

 

「首おいてけ! なあ、大将首だろう!? 首おいてけ!」

 

「きゃっ!?」

 

言葉の途中で武士のような妖怪が現れると、人和は可愛らしい悲鳴を上げた。

はっとした後、頬を朱に染めた人和ににやにや笑いながら声をかける。

 

「・・・別に、何だって?」

 

「知らないわ」

 

ふいっ、と顔を背けてしまった人和を見て、俺と地和はにやにや笑いを深める。

ビックリしただけだと分かっていてもこのにやにやはとまらない。

 

「お前の妹可愛いなぁ」

 

「でしょー? 自慢の妹なんだから」

 

最後まで恥ずかしそうにする人和を可愛がりながら、最後の祭壇にお供え物を置いて帰ってきた。

・・・そういえば、あの武士はライダーから出てきたものなのだろうか。

凄く和風だったんだが・・・。

 

・・・

 

三週目は孔雀と響と璃々だ。

璃々はいつもと違う町の空気が新鮮なのか、あたりをきょろきょろ見回して楽しそうだ。

 

「ふわぁ・・・ギルおにーちゃん、暗いね!」

 

「・・・ギルが暗い人みたいな言い方するね、この娘」

 

「まーまー。まだまだちっちゃいんだから仕方ないでしょー?」

 

「あー! あっちにおばあちゃんがいるー!」

 

きっとそれは魔女だろう。

本当の魔術師とか魔法使いというわけではなく、空想の魔女という存在を再現しただけなので、チンカラホイで火をつけられる程度のことしか出来ないらしいが。

 

「あーもう勝手に進んじゃ駄目だよー」

 

「はーい」

 

「なんか楽しそうだな」

 

「んー? そう見えるー? やー、ほら私、小さい子とかあやすの好きだしさ。・・・こ、子供育てるのも、多分大丈夫だよ?」

 

「何てことだ・・・やっぱり響は敵だったッ! こんなときにギルを誘惑するなんてッ」

 

二人してなんかテンション上げて楽しんでいるようなので、璃々の相手をする。

あっちに見えるのは妖精じゃないか? 確か、シルフって言ったっけか・・・。

 

「ノリノリだなぁ。・・・お、璃々、見てみろ。アレがシルフってやつだ」

 

「すごーい! ちっちゃーい!」

 

はしゃぐ璃々と別々に盛り上がる響と孔雀を連れて、暗闇の中を歩く。

結局そのまま二人は自分の世界から帰ってこなかったので、璃々と二人で仕掛けを動かし、そのまま戻ってきた。

 

・・・

 

「四周目! 気合入れていくぞ!」

 

「・・・お兄さん、一つ聞きたいんだけど・・・肝試しって気合入れていくものじゃないよね?」

 

「何を言ってるんだ桃香! 肝試しは気合入れていくものだ! 別に一周十分で終わらせないと間に合わないと気付いたから急いでいるわけでは決して無いぞ!」

 

「おにーちゃんが変なのだー」

 

「というか、最後の一言に全ての心境が含まれてますね。四人一組で確か後二周か三周残っていますからね」

 

そう! 愛紗の言うとおりだ!

しかも今回は将だけじゃなくて町の人たちも参加してるからな。

もう一度計算してみると、このままのペースで行くと夜が明ける。

明るいお化け屋敷がそんなに怖くないのと同じで、夜が明けた肝試しなんてただの廃墟ツアーである。

それはそれで趣があるが、今回は『肝試し』なのだ。

 

「ま、みんなの怖がるところがみたいから、要所要所でゆっくりになるけど」

 

「えぇっ!? あ、愛紗ちゃん! 今凄く不安な宣言をされた気がするよ!?」

 

「覚悟をするしかありませんね・・・」

 

「二人とも何してるのだー? 先行っちゃうのだー!」

 

二人がなにやら重大な決意をしているところで、俺は鈴々と手をつないで先に歩く。

すぐに二人が追いついてくると、桃香が慌てて口を開いた。

 

「わわっ、ま、まってよ鈴々ちゃんっ。いくらギルさんが何か企んでるからってギルさんの独り占めはずるいよっ」

 

「桃香様っ。桃香様も本音が漏れてますよっ!?」

 

「ほらほら行くぞー。まずはここだな。・・・気をつけろ! 上から来るぞ!」

 

「うそっ!? もうっ!?」

 

「うばぁぁぁぁ・・・」

 

「きゃあっ!? し、下からじゃないですかっ!」

 

下から這い出てきたゾンビに驚いて後ずさり、俺の腕に抱きつく愛紗。

・・・ナイスだぞ、ゾンビ。

 

「ひう・・・お、お兄さぁん」

 

なん・・・だと・・・?

左腕を間接ごと包み込む桃香! 右腕を間接ごと包み込む愛紗!

けっこう呑気してた俺もこれにはビビった!

そのまま両腕を柔らかいもので包まれながら、次のポイントへ。

 

「・・・この辺だな」

 

「? ここ、なんか見覚えが・・・」

 

疑問を浮かべた桃香が首をかしげるとほぼ同時に、舞台に光が灯る。

座布団を敷いて正座しているのは、少し顔色が悪く見えるように化粧した副長だった。

隣には演目があり、「怖い話」という文字が書かれている。

 

「これは私の体験した話なんですけどね・・・」

 

「ふぇ? ・・・あ、椅子がある」

 

「取り合えず座って話を聞こうか」

 

「・・・聞き終わらないと次に進めないようですね。分かりました」

 

「お話なのかー? つまんないのだー!」

 

そういって駄々をこねる鈴々を膝の上に乗せてあやしつつ、副長の話の続きを待つ。

 

「訓練のとき・・・あの時は雨が降っていましてね。汚れるからやだなぁと思いながら私は剣を振るっていたのです」

 

副長の話し方は暗闇で聞いているからか心なしか暗く感じる。

 

「ゴクリ・・・」

 

「訓練も佳境に差し掛かったとき・・・もう日は暮れていまして、月が出てたのを覚えています。何だか変な音が聞こえるんですよ。朝、雀が鳴いてるときみたいな音が。でも夜に雀ってあんまりいないじゃないですか」

 

「うにゅぅ・・・」

 

お、あの天真爛漫を絵に描いたような鈴々が怖がってるぞ。

腰に回した俺の手をぎゅっと握って副長の話にのめりこんでいるようだ。

こういう無邪気なところが可愛いんだよなぁ。

 

「だんだんその音は近くなっていって・・・やだなぁ、怖いなぁ、って思いながら剣を振るっていたんです。もし何かあっても退魔の剣はそういうものに抜群の効果を発揮しますからね」

 

「そ、そういうものってどういうもの・・・!?」

 

「それから数秒後でしょうか。ふっと音が途切れたので、ふと上を向いた時です。・・・なんと」

 

ここで副長は言葉を止めて、間を空けた。

その雰囲気に呑まれ、愛紗が唸り声を上げる。

 

「む、むぅ・・・」

 

「目の前にエアが迫っていたんですよ! 何ですかあれ! 馬鹿じゃないんですかたいちょー!」

 

「・・・ふぇ?」

 

一気に雰囲気の変わった副長に驚いたのか、桃香が呆気に取られた顔をした。

副長は自分の体を抱くように腕を回しながら、勢い良く言葉を続ける。

 

「あーもう! 思い出したら体震えてきた! 完全に心的外傷になってるじゃないですか!」

 

「な、何の話なのだ、副長殿」

 

「はい!? ・・・ああ、そうですよね。説明しないとわかんないですよね。アレですよ。隊長の宝物庫。アレの宝具の雨降らされてるとき、全部避けたり弾いたりしてたらいつの間にか隊長が目の前にいてエア振りかぶってたんですよ」

 

「・・・あーあー、やったやった」

 

お、副長今日は調子いいじゃないか。よーしエアで切りかかってやろう。

そう思って思い切ってやったんだった。

 

「やったやったじゃないですよ! 対界宝具人間にぶっ放すとか常人の思考じゃないです!」

 

「まぁたしかに・・・あの剣は世界を切り裂く剣だからな。気持ちは分からないでもないが・・・」

 

「い、一応・・・「怖い話」ではあったね・・・?」

 

「宝具の雨で汚れるって・・・」

 

「私の血で凄い汚れるんですよ! 掠り傷も積み重なったら凄いんですからね!?」

 

「・・・よーし、先行こうかー」

 

その後、微妙な空気になりつつも水晶の髑髏に目をはめ込んで帰ってきた。

あの話以降、鈴々がちょっと怖がりになっていたのには萌えた。

 

・・・

 

「五週目は・・・朱里と雛里、それに星か」

 

いっつも弄り弄られてる関係の三人だな。

 

「ふふふ・・・今回は私も怖がらせる側に回らせてもらいますかな」

 

「はわわっ。敵が増えちゃったよ雛里ちゃん!」

 

「あ、あわ・・・て、敵は・・・殲滅?」

 

「凄い怖いこと言い出すなこの娘」

 

少なくとも味方の将に放つ言葉じゃないぞそれ。

この発言だけで雛里が相当怖がっていることが分かる。

 

「じゃあ怖がらせる役の星は怖くないみたいだから、朱里と雛里、手つないでいこうか」

 

「はわっ! は、はい!」

 

「あわわ・・・嬉しいれふ! ・・・噛んじゃった」

 

「なんと! ・・・あ、お待ちくだされ! 先ほどのは冗談っ。冗談で・・・あ」

 

星の先を歩いていた俺達が笑いながら振り返ったのを見て星はからかわれていたことに気付いたらしい。

いつも飄々としている星からは想像出来ない表情を見せてくれたので満足である。

 

「いつものお返し、ですよ。星さん」

 

「流石は軍師殿たち、といったところですかな。ギル殿の思いをすぐに汲み取って反撃に応じるとは・・・」

 

「あわわ・・・恐縮です・・・」

 

若干悔しそうな顔をした星が雛里や朱里の頬を突きながらの道中は和みすぎて全然怖くなかったことをここに記しておく。

 

・・・

 

さぁラスト六週目!

月、詠、風の三人と回るコースは、一番怖いと噂の裏路地コースである。

監修ライダー、製作協力ランサー、仕掛け人アサシンというサーヴァントが無駄に力を入れた無駄の無い無駄な廃墟は注意書きとして「心臓の弱い方、小さいお子様はご遠慮ください」とまで書いてある。

 

「へぅ・・・」

 

空気ですでに怖がっている月は俺の手にしがみつくように寄り添ってきている。

怖がる→密着→ウェーイ! までがこのイベントの醍醐味である。

 

「うぅ・・・何なのよこの空気・・・。いつもの町の筈なのに空気まで違う気がするんだけど・・・?」

 

「英霊の皆さんがなにやら気合を入れておりましたから~、ちょっと興味はあったのですが~・・・。まさかここまでとは。驚きですねぇ」

 

全然驚いていないような声色で風が呟く。

ペロキャンもいつもどおり咥えてるし、目も眠たそうにとろんとまどろんでいる。

怖くないんだろうか。

 

「仕方ない。怖い話でもしながら進むか」

 

「何が仕方ないのよ! 完全に狙ってるじゃないの!」

 

「へうぅ・・・怖い話は、駄目ですぅ・・・!」

 

「凜ちゃんの鼻血がついに体重の三割以上になったことでもお話しますか~?」

 

それは「怖い」のベクトルが違うだろ。

・・・いやいや、何でそんなに鼻血出して無事なんだよ・・・。

 

「おや? あんなところに井戸がありますねぇ」

 

お、来た来た来ましたよ。

これが第一の関門「きっと来る」である。

 

「・・・なんか、うめき声聞こえない?」

 

「えっ、詠ちゃんっ。怖いこと言わないでぇ・・・!」

 

「これが・・・萌え!」

 

「お兄さんがいつもよりおかしくなってますね~」

 

皆さん予想の通り、井戸から這い出てくる白い女性。

そういえば以前の孔雀はあんな髪型だったそうだが、住み家は井戸だったりしたのだろうか。

 

「ちなみにあの女の人に追いつかれると呪い殺されるからな」

 

「ちょっ!? 言うの遅いわよ!?」

 

「大丈夫。ゆっくり歩いてくるだけだから。それにこのエリア抜けたら付いてこなくなるし」

 

そういいながら女性の方を向くと、なにやらクラウチングスタートの体勢になっていた。

 

「・・・ごめん、訂正するわ。全力疾走できるみたい」

 

「逃げたほうが良さそうですね~」

 

俺は駆け出した女性を視界に捕らえながら、詠を背負い、月と風を小脇に抱える。

 

「逃げるんだよォォォォーッ!」

 

・・・

 

「ハァ、ハァ・・・! ボクが走ったわけでもないのに疲れたわ・・・」

 

「エリア制限は生きてたか。良かった良かった」

 

見えない透明の壁に全身でぶつかってたからな、あの女の人。

顔が真っ赤になってたし鼻血も出てたから、しばらく再起不能だろう。

 

「で? このあたりは何が出るわけ?」

 

「何だったっけな。即死系じゃないはずなんだけど・・・」

 

「その言葉を聞くと、まるで即死系の仕掛けがあるような言い方ですが~?」

 

「あるよ?」

 

「あるの!?」

 

さっきのあれも、捕まったら即死だし。

・・・だからこそ即死しないような制限をかけているんだが・・・。

エリア制限以外外れてるのか?

 

「ま、俺がいれば即死はないだろ。最悪エアで仕掛けごと破壊するし」

 

「ほんと・・・あんたの乖離剣って反則よね・・・」

 

怖がる月を撫でて落ち着かせながら、このエリアの仕掛けを思い出す。

何だっけな。確かライダーの企画書には目を通してあるから分かるはずなんだが・・・。

 

「・・・ね、ねえ? なんか地面が盛り上がってるんだけど・・・」

 

「ああ、そうそう。ゾンビと一緒に踊ろうのコーナーだったな、ここ」

 

「踊るの!? あれと!?」

 

「こう、両手をこんな感じにあげて・・・バッバッと左右に振る! ・・・こんな感じで踊るんだ」

 

ここが第二の関門「月を歩く男」である。

最終的に現れる男と共に決め技をばっちり決められたらクリアとなるはず。

まぁ、ゾンビといってもキャスターが作ったホムンクルスなのでただ踊ることしか出来ないので安全である。

 

「・・・ま、取り合えずあそこの緊急用の取っ手引くと強制クリアになるからさっさと解除するとしよう」

 

「あっさりしてますね~」

 

まさかこんなおかしいことになってるとは思わなかったからな。

月たちを守り抜く自信も実力もあるが、安全に肝試しが出来なくなった時点でやめておくに越したことは無い。

 

「うわ・・・出てきたときと逆戻しされてるみたいに戻ってく・・・」

 

「土の動きが完全におかしいですねぇ」

 

ビデオの逆再生のように戻っていくゾンビたち。

そんなゾンビたちを尻目に、俺達は出口へと向かう。

このコースは恐怖度が他とは比べ物にならないので、二つしかエリアを作れなかったのだ。

 

・・・

 

「というわけなので、あのコースは危険だ。副長、ランサー。片付けてきてくれ」

 

「はっ!」

 

「ちょっ! 冗談ですよね!? あの化け物に退魔の剣で挑めと!? あの人念力持ってるじゃないですか!」

 

ランサーは二つ返事で答えてくれたが、副長は不満があるらしい。

念力くらい何とかなるだろ。心臓止まるくらいだぞ?

 

「そうそう、副長には装備品の追加があるぞ」

 

「な、なんだー、ちゃんと対策取ってくれてたんですね! 流石隊長です!」

 

くださいな、と手を出してくる副長の手に、あるものを乗せる。

それは・・・

 

「はい、首輪」

 

「い、いやいやいや、おかしいですよ隊長。今から念力使う化け物と戦ってくるって言うのに首輪? 首輪って何なんですかっ」

 

「え? ほら、犬の散歩の時とかに使う・・・」

 

ぺいっ、と投げ返された首輪を持ちながら説明する。

どうやら副長は装備品にも不満があるらしい。

我が侭な部下である。まったく持ってけしからん。

 

「分かってますよそれくらい! 何で今何の変哲も無い首輪渡されるのかってことを言いたいんですよ! 攻撃無効化の防具とか貸してくれてもいいじゃないですか!」

 

「ふっふっふ・・・甘いな副長。この首輪が何の変哲も無い首輪だと誰が言った?」

 

副長の首に首輪を付けながら、俺は副長に自信を持たせるように笑顔で答える。

この機能付けるのに苦労したんだぞー?

 

「え? ・・・ま、まさか緊急時用の機能があったり・・・?」

 

「おう。副長がもう駄目だ、と思った瞬間・・・」

 

「思った瞬間・・・?」

 

ワクワク、と目を輝かせる副長にぐっとサムズアップしながら、俺は続けた。

 

「絞まる」

 

「トドメ!?」

 

その後すぐ、副長は「それ一度付けたら俺以外に外せないから」という言葉に泣きながら「わーん! 隊長のばかー!」と叫んで第一関門へ走っていった。

きっと自棄になっているので、首輪の機能が二度ほど発動することになるだろう。

 

「ランサー、すまんがホムンクルスの方行ってくれるか」

 

「了解です! それでは!」

 

走りながら増殖を繰り返すランサーを見送って、ライダーとキャスターの下へ。

このコースは二人が完全に監修してたからな。何か問題があったのなら二人に言うのが一番だろう。

 

「お、いたいた。ギル、大変だったみたいだね」

 

「大変も何も・・・完全に制限外れてたぞ。全力疾走してきたからな、あの井戸の女」

 

「あー・・・私のホムンクルスにライダーが適当に悪魔の魂突っ込んだものだからねえ。制御しきれないのかもしれないね」

 

「今副長突っ込ませて処理させてる。ゾンビのほうはランサーに頼んだ」

 

「一番良い選択だね」

 

「や。問題起きたみたいだね」

 

そういいながら天幕の中へ入ってきたのは孔雀だ。

片手を軽く挙げて、いつもどおりの余裕そうな笑顔を浮かべている。

 

「おや、マスター」

 

「ホムンクルス暴走しまくってるみたいじゃない? やっちゃったねぇ」

 

「やー、ははは・・・返す言葉も無いよ。まぁ、一つだけ分かったことは・・・」

 

「ん?」

 

「ホムンクルスとはいえ、命を弄ぶのはいけないってことだね」

 

斜め上方を見つめながら、なにやら悟ったような表情でそう呟くキャスター。

俺は隣に立つ孔雀に耳打ちする。

 

「・・・おい、なんか良い話で締めようとしてるぞ」

 

「まぁまぁ。失敗したこと結構気にしてるんだよ。アレで結構貧弱メンタルだからさ」

 

「・・・ふ。ふっふっふ。その喧嘩、言い値で買うよ? この『量産型貂蝉ホムンクルス~そして幸せが訪れる~』が火を噴くよ?」

 

「は、はんっ! その程度で俺が恐れるとでも!?」

 

「膝・・・震えてるよ?」

 

「し、仕方ねえな! 今日のところはこれで勘弁してやるぜ!」

 

決して孔雀に事実を指摘されたからじゃないぞ!

貂蝉なんて全然怖く・・・いや、うん、やめておこう。

 

・・・

 

あの後ゾンビと井戸の女を片付けてきたランサーと副長を労うためと、肝試し大成功を祝して宴を開いた。

深夜遅くだったので、キャスター組、ランサー組み、ライダー組み、そして俺と副長の八人だけではあるが。

 

「悪いな、店主。急に貸切にさせてくれなんて言っちゃって」

 

「いえいえ! ギル様たちには贔屓にしてもらってますんでこのくらいはなんともありませんとも!」

 

「そういってくれると助かる。八人分、何か適当に持ってきてくれ」

 

「あいよ!」

 

そういって店主が奥へ消えていくと、副長がすぐさま泣きついてきた。

 

「たーいーちょー! 倒しましたよあの化け物! 物語にしたら三巻くらいになる大決戦でした!」

 

「それ多分三項くらいにまとめられるな」

 

「もうちょっとがんばったら三行くらいじゃない?」

 

「酷いですたいちょー! 私がんばったのに!」

 

「首輪何回くらい締まった?」

 

「三回でした!」

 

何でそんなに三に縁があるんだよこいつ・・・。

スリーサイズは悲惨な癖に。

 

「今日はお祝いです! 呑みますよーっ!」

 

「ほどほどにしておけよ。へべれけになって潰れた副長持って帰るの俺なんだから」

 

「物扱い!?」

 

「送り狼とかにならないようにねー、ギールー?」

 

「もう酔ってるな、孔雀・・・」

 

「この人見ると何故かあの化け物がよぎりますね・・・斬っていいですか?」

 

「やめとけやめとけ。酔ってると意外と気性荒くなるから」

 

「・・・ふぅん」

 

半目で孔雀を見やった後、副長は酒とつまみに手を伸ばした。

 

「やけにテンション低いじゃないか」

 

「そーですか? んー、やっぱ疲れてるんですかねえ」

 

「早めに休めよ? ・・・といっても、もうしばらくは付き合ってもらうことになるが」

 

「潰れたらたいちょーが送ってくれるんですよね? 安心して呑むことにします!」

 

「おう、安心していいぞ。翌日部屋中の家具という家具が攻撃してくるようになるけど」

 

「何ですかその仕打ち・・・」

 

うへぇ、と嫌そうな声を出した後、副長はむぐむぐと口を動かし続ける。

そこへランサーと甲賀がやってきた。

 

「ギル殿。お酒をお注ぎします」

 

「ありがと。・・・あんまり気を使わなくてもいいんだぞ?」

 

「いえ! 好きでやっていることですので!」

 

「そういわれると反論できないな」

 

「貴様がギルの部隊の副長か。・・・流石にアレだけの特訓をしているからか、そこそこ戦えるようだな」

 

「むぐ。もむもむ・・・んくっ。何ですかいきなり。いや、まぁ、特訓の濃さには定評がありますが」

 

「あんだよあんだよー! てめえら、俺達を無視して楽しんでんじゃねえぞぉー!」

 

ライダー達も来たようだ。

それに伴い、最後の一組であるキャスター達もこっちにやってくる。

 

「一月もしたらなー、俺が主役のッ、一大イッベントがあるんだっぜー!」

 

「あーっるんだっぜー!」

 

やけにハイテンションである。

孔雀に頭ガンガン殴られて笑ってるし・・・。

こわい。何この二人。悪酔いしてやがる。

 

「キャスター・・・」

 

「言わないでくれ。私も若干引いている。これは以前のメイド服以来じゃないかな?」

 

ああ、あのポーズ付きの・・・。

 

「アレより酷いだろ。ライダーの頭見ろよ。ちょっと欠けてるぞ」

 

「え? マジだ。ちょっ。ま、マスターストップ! ライダーが!」

 

キャスターが慌ててストップをかけるが、当の二人はきょとんとしている。

数秒の間の後、孔雀が先ほどのテンションとは打って変わって冷静に言葉を返す。

 

「頭が欠けるくらいなんてこと無いよ。カボチャだもん」

 

「カボチャだからなー! おら、もっと来い!」

 

「おうよー!」

 

「・・・斬ります?」

 

ガンガンと音を立てる二人を見て、副長が退魔の剣をちらつかせながら小首をかしげた。

いや・・・うぅん、どうしようか。

 

「はぁ・・・眠らせておけ」

 

「はーい」

 

俺の言葉に間の抜けた返事をした副長は、するりと孔雀の後ろに回った。

そのまま首に手を当て、脳への血流を止めて孔雀を気絶させると、よいしょ、という声と共に椅子へと座らせた。

 

「・・・あ、申し訳ありませんたいちょー。変声機忘れてきました。眠りの孔雀が出来ませんね」

 

「何にも事件起きてないだろ」

 

というか、椅子に座って気絶する孔雀は眠りの名探偵というより燃え尽きたボクサーである。

 

「あー、効いた効いた。ちょーいいかんじー」

 

あれ? そういえば多喜がいないな・・・って、あ。

 

「あー? ああ、マスターなー。しばらく前に潰れてたぜー」

 

机に突っ伏す多喜の周りをぐるぐる回りながら答えるライダー。

黒い外套を着たカボチャが空中をぐるぐる回っていると何かの儀式かと勘違いしそうになる。

 

「ほっときましょーよたいちょー。ふあぁ・・・ねみゅくなってきました」

 

「あ、おいやめろ馬鹿。俺に寄りかかって寝るな。よだれつくだろ」

 

「え? 隊長の業界ではご褒美なんですよね?」

 

「ん? ごめん、良く聞こえなかった」

 

「そうやってすぐに部下を対界宝具で脅すのやめませんか!?」

 

「冗談だよ。・・・まぁいい。ほんとに苦しいなら膝くらい貸してやる」

 

「本当ですか!? 言ってみるもんですね。それじゃ遠慮なく」

 

ぽんぽん、と膝を叩いてみると副長は遠慮なく寝転んできた。

 

「よしよし」

 

「な、撫でるのはちょっと恥ずかしいですよ隊長。私も結構いい歳なのです」

 

「・・・はっ」

 

「は、鼻で笑いましたね!? 『え? ちみっこい貧相な身体の癖に何言ってんの?』みたいな目で見下しながら!」

 

「お、良く分かったな。よしよし」

 

「ぜんっぜん嬉しくないですたいちょー!」

 

前髪を撫でると、その手を払おうとしてきたので、頭全体をくしゃくしゃと撫でる。

 

「ぎゃーっ、にゃーっ、やーめーてー! 帽子用に髪を整えるの大変なんですからー!」

 

「うりうりうりうり」

 

「た、楽しくなってきてませんか!?」

 

「結構。副長ちゃんと手入れしてるんだな。さわり心地いいぞ」

 

っていうか帽子用にちゃんと髪を整えるんだな。

やっぱり落ちないようにしないと大変なんだろうな。

転がったり飛んだり吹き飛んだりする仕事だもんなぁ。

 

「ああ、お前達を見ていて思い出した。ギル、そいつ用の紐だ」

 

「お、さんきゅー」

 

甲賀から受け取ったのは副長の首輪に繋げるリードである。

これもやっぱり特殊な紐で、俺の魔力を通しながらお座りとか考えるとそれだけで副長を操作することが出来る逸品なのだ。

明日一日の楽しみが出来た。

 

「・・・なんと言うか、副長殿が懐いてる猫のようになっているのですが・・・」

 

「槍兵さん、これは違うのです。決して! 決して喉を撫でられるのが心地よいわけじゃ・・・うなぁお」

 

「猫化、しはじめてますが・・・」

 

あざとい。流石副長あざといな。

 

・・・

 

しばらく副長を撫でて遊んでいるとゲロりやがったので風呂場に突っ込んで自室に帰ることに。

あー、服を洗濯に出さないとな。・・・出しても着れるかどうかは微妙なところだが。

 

「あ、ギルさん。お帰りなさい」

 

「ただいま」

 

最近月と詠が俺の部屋にいるのはほぼ当然のようになってきたな。

 

「ん、詠はもう寝ちゃったのか」

 

「はい。明日も早いみたいで」

 

「そうだったか。深夜の行事に付き合わせちゃって悪いことしたかな」

 

「ふふ。詠ちゃんは楽しかったみたいですよ? だからあんまり気にしないであげてください」

 

そうか、と呟きながら詠の髪の毛を少し撫でる。

良く寝てるみたいだ。

 

「お茶を淹れたんですけど・・・飲みますか?」

 

「いただくよ。・・・今日は最後にちょっと災難があったからな」

 

「災難・・・ですか?」

 

きょとんとする月に副長のことを話す。

 

「なるほど。それで服を着替えられたんですね」

 

「ああ。ったく、あいつは」

 

「仲がよろしいんですね。一度お話してみたいです」

 

「あれ、一度も会ったこと無かったっけ?」

 

俺と一緒にいるときとか何度か顔合わせしてる気が。

・・・思えば、副長ってテンションの上下激しいからな。偶然テンション低いときに出会ったのかもしれん。

低いときは本当にしゃべらないからな、あいつ。

 

「はい。ギルさんと一緒にいたりするところは見たりするのですけど、お話したことは無いと思います」

 

「そっか。分かった。今度機会を作ることにするよ」

 

「ギルさんの部隊の副長さんですから、きっと良い人ですよね」

 

「まぁな。なんだかんだいってやることはやってくれるし。やれって言ったことは出来ないことでもやろうとしてくれるし。・・・まぁ、それで失敗もするけど」

 

「あまり無茶はさせないであげてくださいね?」

 

「もちろん。俺の右腕だからな」

 

こうして、ゆったりと夏の終わりの夜は過ぎていった。

 

・・・




「あ、たいちょー、何やってんですか?」「うぉっ!?」「・・・何ですか北郷さん。人の顔見るなり後ずさって。失礼ですよ?」「い、いや、うん、ごめん」「よろしいです。で、何のお話を?」「な、なぁ?」「はい?」「ふ、副長って・・・その、男の子・・・っていうか、男の娘なの?」「・・・あぁん? すっげえ失礼ですねこの人。切り刻みますよ?」「え? だってギルが・・・ああっ!? そのニヤケ面っ、だましたな!?」「おいおい、こっちばかり見てると危ないぞー?」「斬る・・・!」「うひゃあああ!?」「『怖くなる話』ではあるだろ?」「ベクトルが違うって! うおおっ!?」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十六話 副長が主役に

「そういえば隊長」「ん?」「先日の北郷さんはなぜ私のことを男性だと思ったのでしょうか」「・・・さ、さぁ」「・・・目を逸らすくらいならはっきり言ってもらったほうがマシですよ!」「じゃあはっきり言うけど、副長って胸無いし、髪形もどっちかって言うと少年っぽいし、戦ってるとき女捨てすぎだし・・・」「私が悪かったです! 私が悪かったんでたいちょー! ちょっとやめてもらっても良いですかね!?」「後ズボラだし。んー、後は・・・」「聞こえてますかたいちょー!?」

それでは、どうぞ。


「やー、いい天気だな」

 

「そうですね・・・わん」

 

「今日は訓練も休みだし、ゆっくり散歩できるな」

 

「あんまりゆっくりしたくないです・・・わん」

 

俺の隣を真っ赤になりながら付いてくるのはもちろん副長である。

昨日貰ったリードを早速使い、語尾に「わん」を強制しているところである。

 

「くぅ・・・これ副長としての仕事の範疇超えてますよね? ・・・わん」

 

「隊長のストレス発散に付き合うのも部下の仕事だって」

 

「すとれす、ですかわん?」

 

「精神的疲労みたいな意味だよ」

 

「んなもん隊長にあるわけないじゃないですかわん! 隊長は私のこといつもいたぶって楽しむくせに! わん!」

 

「語尾うざいな」

 

「自分でやらせておいて!? わんっ」

 

いや、なんと言うか、予想以上に微妙と言うかなんというか・・・。

 

「取り合えず普通に話せるようにしておくか」

 

魔力を通してリードの命令を解除する。

副長は何度かしゃべって語尾の強制がなくなったのを確認してため息をつく。

 

「は、恥ずかしかったぁ・・・」

 

「さて、そろそろ満足したし、戻るか」

 

「そうしましょう。是非そうしましょう」

 

俺を引っ張るように城へと急ぐ副長。

城内に入ると、動物の世話をしている恋と出会った。

 

「・・・あ、ぎる。散歩?」

 

「おう」

 

「・・・ども」

 

「ん。恋も、さっき行ってきた。ぎるは、これから暇?」

 

「んー、今日は部隊休みにしたし・・・何かあったっけ?」

 

「何も無いですよ。だから隊長は私とこんなことしてるんじゃないですか」

 

俺の言葉にリードを弄りながら返してくる副長。

 

「で、いつまでこの紐繋げてるんですか?」

 

「今日一日くらいかな」

 

「・・・私も人間なので、厠とかお風呂とか行きたいのですが」

 

「? 別に構わんぞ?」

 

別にそこまで制限する気はないし。

と言うかそれを我慢すると健康にあんまり良くないだろう。

 

「紐、付いてるんですよね?」

 

「ああ、そういう。大丈夫、ちゃんと付いて行ってやるから」

 

「一人で行けますよ。子供じゃないんですから。・・・ああもう、じゃなくて、乙女の秘密の領域に立ち入らないで欲しいってことですよ」

 

「人の服に思いっきりゲロるやつを乙女とは言わないんだぜ」

 

「うぐっ・・・」

 

昨日のことに若干罪悪感はあるのか、自身の胸を抑える副長。

 

「・・・ぎる、暇?」

 

「ん、ああ。ごめんごめん、暇だよ。どうかしたのか?」

 

「・・・んと、恋も、一緒に散歩したい」

 

「呂布将軍に首輪付けてあげたらどうですか隊長。とっても喜ぶと思いますけど」

 

「副長、おすわり。おだまり」

 

「・・・」

 

俺のリードを介した命令に従い、とても滑らかにお座りの体勢になり、口も真一文字に閉じられた。

恨めしげにこちらを見上げてくるが、無理矢理命令を解除しようと思わないのは狼男を斬ったことに相当罪悪感を感じているんだろう。

 

「・・・セキトとお揃い」

 

セキトがとてとてと副長の隣まで来て同じようにおすわりの体勢を取る。

副長が無言ながらプルプルしてるのは恥ずかしく思ってるからだろうか。

 

「解除」

 

首輪も一緒に解除する。

もう十分楽しんだし、副長も反省している。

これ以上するのは副長も嫌がるだろうしな。

・・・壱与なら一日と言わず一年中喜んで首輪を付け続けるだろうが。

 

「はれ? ・・・全部取れましたけど」

 

「取ったんだよ。そろそろ見てて可哀想になってきたし」

 

「命令下してた張本人が何を言う・・・ってやつですね」

 

「・・・副長、楽しかった?」

 

「た、隊長隊長っ。この飛将軍頭もブッ飛んでるんですかね? 「辛かった?」とかじゃなくて「楽しかった?」ですってよ! 発想が斜め上過ぎますよ。・・・末恐ろしい」

 

「楽しかったろ?」

 

「あれ? 私が可笑しいんですかね?」

 

おお、良い感じに駄目になってきてるぞ副長のやつ。

 

「恋、すまんが俺は副長送ってくる。だから・・・そうだな、十分後にまたここで」

 

「ん・・・ばいばい、副長」

 

・・・

 

副長を送り届けた後、恋の元へと戻ってくる。

この十分ほどの間にやって来たのか、恋の隣にはセキトだけではなくねねもいた。

 

「遅いのですぞー!」

 

「・・・すまんな」

 

ちょっとだけ理不尽を感じつつねねに謝る。

あの威嚇のポーズはやっぱり低身長を補うためにあるんだろうか。

 

「罰としてねねの乗り物になるのですっ。さぁっ、かがみなさいなのです!」

 

「・・・肩車してもらいたいだけか。それならそうと言えばいいのに」

 

ねねの両脇を抱えて肩の上へと乗せる。

 

「おぉーっ。やっぱり高くて心地いいのですっ」

 

「・・・ねね、照れ屋さん」

 

「十分理解してるよ」

 

そういうところが可愛いんだよなぁ。

ふっふっふ。今日も存分に可愛がってやることにしよう。

 

「さ、どこ行こうか?」

 

「・・・お腹、へった」

 

「とりあえず腹ごしらえからだな」

 

いつもどおりの無表情の中に少しだけ嬉しそうな表情を混ぜて、恋が頷く。

前に行ったたくさん食べられる店にでも行こうかな。

あそこなら恋も満足する質と量だし。

 

「よっと。ねね、落ちるなよー」

 

「失礼な、なのです! ねねはそこまでおっちょこちょいじゃないのですぞー!」

 

「それならいいけど」

 

位置的に肩車しているねねの顔は見えないが、きっと顔を赤くして反論しているのだろう。

流石はねね。的確にポイントを突いてくるじゃあないかッ。

璃々といい鈴々といい、同じ文字を繰り返す名前の娘は小動物的な可愛さがあるよな。

 

「・・・ぎる、ねねばっかりずるい」

 

「ん? ・・・ああ、そっか。そうだよな、ごめん」

 

くいくいと服を引っ張ってくる恋の言葉を一瞬理解できなかったが、すぐにやきもちを焼いているのだと気づいた。

なんというか、恋からそんなこと言われるの初めてだったからな。びっくりした。

 

「大丈夫だって。恋のこと蔑ろにする訳ないだろ?」

 

「・・・いま、ねねのことばっかりだった」

 

「そういわれると若干反論できないが・・・」

 

「むむっ。恋殿を悲しませるのは許さないですぞーっ」

 

「あたたっ、大丈夫だって。あ、こら、髪の毛引っ張るな!」

 

「うっさいのです!」

 

うっさいとはなんだ!

ああもう。ねねの性格もだんだん丸くなってきたかなと思ったとたんにこれだよ!

恋のことになるとすさまじいポテンシャル発揮するよな、ねねって。

ちんきゅーきっくもそうだし。

・・・そういえば最近食らってないなぁ。

 

「はっ!? な、なんだか思考が変態よりに・・・!?」

 

「・・・? ぎるは、元々へん」

 

「ぐぅっ!?」

 

さっ、三国最強なだけはあるな、飛将軍・・・呂布!

精神的ダメージがえげつないことになってるぞ・・・。

 

「・・・あ。へん、っていうのは、悪い意味じゃ・・・ない」

 

俺の態度で自分が何をしたのか理解したらしく、慌ててフォローを入れてくる恋。

というか、それはフォローじゃない気がするんだけど。

 

「えと、んと・・・ぎる、元気出して」

 

ね? と言いながら、俺に抱きついてくる恋。

おおお? 恋にしては大胆な慰め方だな。

追加で頭撫でてきてるのはちょっと恥ずかしいが、俺の体に押し付けられてつぶれている二つの凶器の感触が気持ち良い。

 

「・・・ぎるが落ち込んだときは、こうするといいって星が言ってた」

 

「あんにゃろう・・・今度一緒に寝るときは足腰立たなくしてやるぞ・・・」

 

二度と朱里とか雛里とか恋とかに変な入れ知恵出来ないように矯正してやろうか!

でも今回ばかりはありがとうな!

 

「元気、でた?」

 

「ああ、もちろん。ありがとな、恋」

 

「・・・ん」

 

そっと頬を染めながら、少し俯き加減に頷く恋。

こういうときは、恋が照れているときだ。

照れているといっても満更でもなさそうな顔してるので、やめる必要はないだろう。

 

「むー・・・。仲間外れは不快なのですぞー」

 

「いてててて・・・ねねっ、今度髪の毛引っ張ったらちょっと面白いことになるぞ!」

 

「奇妙な脅し文句を聞いたのですっ」

 

「え? なに? お仕置きはお尻ペンペンが良いって?」

 

「誰もそんなこと言ってないのですぞー!?」

 

嫌だ、と否定しないということは、やってもいいということだ。

きちんと覚えておこう、と心のメモ帳に記していると、ねねがぽふぽふ頭を叩きながら「聞いているのですかー!?」と叫ぶ。

 

・・・

 

「あいよ、毎度!」

 

いつもどおり大盛り、並盛り、小盛りのラーメンをそれぞれ平らげた後、屋台を後にする。

この後は腹ごなしに少し町でも見て回るかな。

恋はまだまだ食べたいものとかあるだろうし、ねねはこういうことでもないと町の屋台なんて見ないからなぁ。

 

「ほら、ねね。手繋ぐぞ」

 

「はぁっ!? な、なな何を馬鹿なことを言ってるのですかっ。そ、そんな恥ずかしいこと・・・!」

 

「ねね、照れてる。・・・ほんとうは嬉しいのに」

 

「恋殿っ!? 別にギルと手を繋ぐのなんて嬉しくないのですぞー!」

 

「・・・ほんとに?」

 

恋がねねの瞳をじっと見つめながら小首をかしげる。

ねねはうっ、と唸りながら一歩後ずさる。

ここで否定しないということは実は嬉しいということなのだろうか。

ねねには蹴られたり髪の毛を引っ張られたりしていたのだが・・・照れ隠しというやつだったのか?

 

「うっ。・・・うぅぅ~・・・」

 

「・・・ねねも、恋と一緒」

 

「ふぇ?」

 

ねねに目線を合わせながら、恋がつぶやく。

それから一瞬の間のあと、いきなり立ち上がった恋は俺とねねの手を掴んで歩き出した。

・・・俺に抵抗の意思がないとはいえ、恋や愛紗は簡単に英霊引っ張るよなぁ。

あ、愛紗は俺が抵抗してもずるずる引っ張れるな。

 

「・・・ついた」

 

そんなことを考えていると、目的の場所に着いたらしい。

意識をそっちに向けると、そこは恋の家族であるセキトたちを世話している屋敷だ。

恋はさらに足早に進むと、自分の部屋に俺たちを連れてきた。

 

「・・・ここなら、大丈夫」

 

「え? 何が?」

 

完全に素で聞き返していた。

恋の言葉と行動に突拍子がなかったりするのは慣れているが、ここまで理解不能なのは久しぶりだ。

 

「? ねねは、ぎるが好き。ぎるも、ねね好き?」

 

「そりゃまぁ、好きかと聞かれたら好きだけど・・・まさか!」

 

ここで「しろ」と!?

 

「大丈夫。恋も一緒にいるから」

 

「そういう問題じゃないよな!?」

 

「? お二人は何の話をしているのですか?」

 

一人だけ理解していないねねが小首をかしげながら聞いてくる。

いや、うん、張本人なんだけど、説明をするのは憚られるというかなんと言うか・・・。

 

「初めは痛いけど、ぎるは優しいから大丈夫」

 

「初め? 痛い・・・? はっ!」

 

あ、気づいたっぽい。

 

「な、なななななななな・・・!」

 

わなわなと口を振るわせるねね。

何を言うのですかー、とか言いたいのだろうけど、あまりのショックに声が出ないのだろう。

 

「大丈夫。恋も一緒。仲間はずれじゃなくなる」

 

凄い理論だ。無茶苦茶と言っても良いだろう。

・・・だけど、恋なら。

ねねのことをきちんと理解している恋なら、たぶんあの台詞は正解なのだろう。

 

「う、ううぅ・・・」

 

「いや?」

 

「れ、恋殿が言うのなら別にいやでは・・・ひゃうんっ!?」

 

ねねがそういうのと、恋がねねのショートパンツに手を伸ばすのはほぼ同時だった。

・・・同意取ってから一秒も経ってないんだけど。

 

「・・・?」

 

「はぅう・・・れ、恋殿・・・?」

 

「ぎる、どうすればいいか良く分からない。手伝って」

 

「・・・これは、諦めたほうがいいのだろうか」

 

ふぅと一つ息をついてから、恋たちの元へ。

 

「・・・ええと、ねね、良いか?」

 

「あ、えと・・・ギルなら、良いのです。や、優しくするのですよ!?」

 

「お、おう」

 

若干勢いに飲まれつつ、ねねの服を脱がしにかかる。

恋もねねの隣で準備万端のようだ。

ねねは小さいからなぁ。あんまり無理しないようにしないと。

 

・・・

 

「うー、うー・・・! まだ違和感があるのです! 優しくしてほしいといったのですよー!」

 

「あれ以上は無理だと思うぞ・・・」

 

ぺちぺち叩かれつつ、ねねの対応が凄くやわらかくなっていることに驚いた。

恋とした翌日は親の敵のごとくちんきゅーきっくしてきたものだが。

 

「これで、ねねも一緒。仲間はずれじゃなくなった」

 

「そ、それはそうですがー・・・」

 

「まぁ、ちょっといきなりすぎてびっくりしたけどな」

 

「それはねねの台詞なのですぞー!」

 

いつもどおりうがー、と威嚇のポーズをとるねねの頭を撫でて、帽子をかぶせる。

 

「さ、すっかり日も暮れちゃったし、晩飯食べに行こうか」

 

「ん。・・・運動したら、お腹減った」

 

「むむぅ・・・ねねも、お腹減ったかもしれないのです」

 

「お、良いぞねね。いっぱい食べないと大きくならないからな」

 

「どこをみて言ってるですか!?」

 

「よし、出発しようか」

 

無視するなですー! と俺の脚を叩くねねをあしらいつつ、再び町へと出かける。

ねねが歩き辛そうにしているので、背負っていくことにする。

 

「晩御飯は何にしようか」

 

「・・・いっぱい食べたい」

 

「はいはい」

 

量が多いことは恋にとって前提条件なのだろう。

ま、幸いこの町は恋たち大食いの将を満足させられる店が多く存在している。

ねねも珍しく沢山食べたいといっているので、それなりの場所を探すとしよう。

 

・・・

 

晩御飯も終え、二人を部屋へ送り届けた後。

俺は大浴場へとやってきていた。

 

「ふぃー・・・」

 

いいよね、お風呂。

このあと用事があるのでゆっくりはできないが、疲れを取るには十分だ。

 

「よしっと」

 

湯船から出て、脱衣所へ。

服を着替え、通路を歩く。

 

「さて、冥琳の部屋はどこだったか・・・」

 

なにやら呉の軍師たちが集まる会議に協力してほしいと冥琳に言われたのが二人を送り届けた直後。

そこから風呂に入り、すっきりしてから向かうと伝えたのはいいのだが・・・。

 

「部屋の場所を聞くのを忘れたな」

 

呉の政務室なら分かるのだが、今回は冥琳の私室で行われるらしい。

まぁいい。適当に部屋を訪ねていけばいつかは正解にたどり着くだろう。

それに、歩いている途中で明命とかに会うかもしれないし。

 

「ええと、この辺から呉の将たちの部屋か。片っ端から当たっていくか」

 

まず一つ目の部屋。

ノックをしてみるが、誰もいないらしい。

次だ次!

二つ目の部屋をノックする。

 

「・・・何のようだ」

 

少しだけ扉を開いてそう言い放ったのは思春だった。

やっべ。そういえば呉にはこのお方がいたか。

間違いでした、とか冗談でも言えない雰囲気だぞ・・・。

 

「あー、えーっと。冥琳の部屋がどこか知らないか?」

 

「・・・冥琳様の部屋? それならここを・・・いや、少し複雑だから私が案内してやろう」

 

・・・何ということでしょう。

あの蓮華以外はどうでもいいとでも言いたげな態度ばかりとる思春さんが自ら案内役を買って出てくれるなんて!

 

「ついて来い」

 

そう言って音もなく歩き始める思春。

そんな思春の後をついていくと、前を向いたまま思春が口を開いた。

 

「・・・貴様は、蓮華様とかなり親しい間柄になったそうだな」

 

「え? ・・・あ、ああ、そういうことか。うん、まぁ」

 

「そうか・・・まぁいい。言うことは一つだけだ。蓮華様を悲しませるようなことはするな。もしそんなことがあれば・・・英霊だろうと、容赦はしない」

 

最後だけ、顔をこちらに向けてそう言い放つ思春。

蓮華のことを想っているのだろう。その目には覚悟の炎が見えるようだった。

 

「もちろん」

 

「ふん。・・・ならば良い。・・・と、ここだ」

 

思春が立ち止まった部屋は、確かに少し複雑な場所にあった。

初めて訪れたならまず迷うだろう。

 

「・・・じゃあな」

 

「ああ。ありがとな、思春」

 

礼を言うが、いつものように「ふん」と鼻を鳴らして去っていってしまった。

さて、気を取り直して・・・。

とんとん、と扉をノックする。

 

「どうぞ。開いている」

 

「お邪魔します」

 

「ああ、ギルか。部屋の場所を言っていなかったのだが、よくたどり着けたな」

 

「思春に案内してもらった。優しいところあるよなぁ」

 

「ほう。・・・まぁ、ギルなら誰か掴まえて案内くらい頼むとは思っていたが・・・まさか思春とはな。よく了承してくれたものだ」

 

「了承も何も、思春から買って出てくれたぞ」

 

「・・・本当か?」

 

「嘘ついてどうなるんだよ」

 

苦笑しながらそう言うと、冥琳は目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべる。

やはり、思春が俺の案内を買って出たというのが信じられないらしい。

かくいう俺も夢かと思ったものだ。

 

「こういってはなんだが、信じられんな」

 

「俺もだ。・・・そういえば、他の軍師たちはまだ来てないのか?」

 

「ああ。・・・まったく、そろそろ時間だというのに」

 

茶を用意してくる、と冥琳が部屋の奥へ引っ込んだ。

とりあえず椅子を勧められたのでまったりとしていることにする。

 

「・・・ふむ」

 

部屋の内装を見たりして暇を潰すものの、やることがない。

早く誰か来いよ、と思い始めたころ、勢い良く扉が開いた。

 

「すっ、すみませんっ! 遅れました!」

 

「おーっす。まだ大丈夫な時間だぞ」

 

「はうっ!? ぎ、ギル様!?」

 

急いできたのか、少し息が乱れている亞莎がこちらを見て驚く。

・・・別に嫌われているわけではないと分かっていてもちょっとその反応はショックかなー。

 

「今冥琳はお茶淹れてるみたいだから、座ってると良い」

 

「は、はいっ!」

 

小さく「失礼します」と呟いてから、俺から一つ席が離れたところに座る。

・・・そんなに俺の近くは緊張するか。

 

「穏は?」

 

「穏さまですか? ・・・ちょっと分からないです。あの方、結構神出鬼没ですから・・・」

 

「・・・確かに」

 

気づいたら後ろに立ってた、位はやりそうだもんなぁ・・・。

後は穏だけなのだが・・・まぁ、ゆっくり待つか。

 

「亞莎、良く来たな」

 

「あっ、冥琳さまっ。遅れて申し訳ありません!」

 

「はは、まだ時間には余裕がある。そう畏まることもあるまい」

 

そう言って、三人分の茶器を宅の上に並べる冥琳。

 

「今急いで入れてきたものだからあまり味に自信はないが・・・まぁ、飲んでくれ」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

「い、いただきますっ」

 

勧められるままにお茶を一口。

・・・味に自信がないと言いつつ、結構手間をかけているじゃないか。

謙遜する理由が見当たらないほどにおいしい。

 

「美味しいよ」

 

「流石は冥琳さまですね」

 

「そう褒めるな。何も出んぞ?」

 

クールな笑みを浮かべて髪をかき上げる冥琳。

・・・うぅむ、流石はクールビューティー。様になっている。

 

「こんばんわ~」

 

「・・・ようやくか、穏」

 

「うふふ~。お待たせいたしました~。ちょっと新刊の本を読んでいたら、夢中になっちゃいまして~」

 

穏は良書を読むと性的に興奮するという奇癖を持ってるからな・・・。

夢中という表現はとても恐ろしい。明命あたりを犠牲にしてないだろうな・・・?

 

「あら~、ギルさんもいらっしゃってたのですねぇ」

 

「おう。冥琳に誘われてな。予算の相談をしたいだかで」

 

「そのとおりだ。まぁ、少し意見を聞かせてもらえればそれで良い」

 

以前相談に乗ってから頼ってくれているらしい。

それで今回呼ばれたのだろう。

・・・まぁ、出来る限り協力はするが・・・。

 

「さて、全員そろったところではじめるか。ああ、茶菓子も用意してある。今は仕事の時間ではないし、これをつまみながら意見を出してほしい」

 

「はぁ~い」

 

「了解しましたっ」

 

「おーう」

 

「よし、それではまず・・・」

 

・・・

 

予算も決め終わり、後はお茶とお茶菓子を楽しむだけとなった。

 

「それにしてもギルを呼んで正解だった。無駄も無くなったしな」

 

「あまり褒めるなよ。何もでないぞ」

 

「やはりギル様は素晴らしいですっ」

 

亞莎がきらきらとした瞳でこちらを見つめてくる。

・・・同じ台詞でも、壱与が言うのとでは大違いだな。純粋さとか。

 

「うむ・・・大戦のときにギルがいれば、どうなっていたんだろうな」

 

「俺がいたら? ・・・シャオにおもちゃにされる未来しか見えんな」

 

「くくっ。確かにな。・・・ああ、雪蓮もお前のことを追い掛け回してそうだ」

 

「容易に想像できてしまうのが恐ろしいですね・・・」

 

南海覇王を持って追いかけてくる雪蓮を想像したのか、亞莎の顔色が若干悪くなる。

隣にいる穏は「うふふ~」と笑うだけだし・・・誰か否定してくれれば良いのに・・・。

 

「蓮華さまは小蓮さまとギルの取り合いをしてそうだな」

 

「・・・孫呉の姫は恐ろしいな」

 

「良いことではないか。好かれているのだから」

 

「そりゃ、男としてはこれだけ好かれてるのは嬉しいさ」

 

「ほう」

 

「何だよ、その顔」

 

こちらを見てにやりと笑う冥琳。

その視線から逃げるように、顔を背けつつお茶を一口。

 

「いやなに、そういうところがお前の良い所なのだろうなと思っただけだよ」

 

「でもでもぉ~、ギルさんは一緒に本を読んでてもすぐに鎖で縛ってくるんですよぉ~」

 

「・・・それは仕方ないだろ。正当防衛だって」

 

書庫で資料探すついでに本を見ていたとき、こっそり進入してきた穏がいつの間にか本を読んでて興奮していた時があった。

・・・なんか嬌声が聞こえるなと様子を見に行くと、時すでに遅しというか、すっかり出来上がってる穏がいたのだ。

あれは焦った。目が合った瞬間にこちらに飛び掛ってきたからな。

慌てて鎖を発射して事なきを得たが・・・。

 

「まさか壱与のようなことをされるとは思ってなかったからな・・・」

 

「む? 壱与というのは・・・ああ、世界を跨いでさらに海も渡った国の魔法使いだったか」

 

「そうそう」

 

「何度か見たことありますけど・・・何というか、凄まじい方ですよね・・・」

 

「自国の王女で自分の師匠でもある人間の後頭部躊躇わずに鈍器で殴れるような人間だからな」

 

「良くなんのお咎めもなしに生きてますよねぇ~」

 

上司・・・というか国王に逆らうとか普通なら死刑物だよな・・・。

意外と卑弥呼は大らかなのかもしれないな。

 

「国王といえば、雪蓮はもう家督を蓮華に譲って悠々自適に生活してるみたいだな」

 

「・・・家督を譲ったとはいえ、未だに雪蓮がやるべき仕事はあるのだがな。逃げるあいつを追いかけるとそれだけで一日が終わったりするからな・・・」

 

「あぁ・・・なんというか、大変だな」

 

「雪蓮にもそろそろ落ち着くことを覚えてほしいものだ。・・・子供でも出来れば落ち着くだろうか」

 

「だから、何でそこでこっちを見るんだ」

 

雪蓮と子供を作るのは無理だと思うぞ。

なんというか、雪蓮が自分の子供と共にいるのが想像できないもの。

 

「ギルならいけると思うが・・・それに、呉に英霊の血を入れるのも中々良さそうじゃないか」

 

「・・・それ、前にも言ってたよな。『呉に天の御使いの血を』どうのこうのって」

 

「ふむ? ・・・そういえば言っていたな。まぁ、優秀な人物の血を取り込みたいと思うのは当然だろう?」

 

「そこまで言うなら・・・いや、なんでもない」

 

そこまで言うなら雪蓮じゃなくて冥琳が相手になってくれれば、と言おうとして止めた。

冥琳なら「ほう、いいんじゃないか?」とか平気で言いそうだからだ。

いや、それはそれで個人的には嬉しいけども。

 

「ん? ・・・ああ、それならば私でも良いだろうと言いたかったのか? くく、別に構わんぞ?」

 

「って、言われると思ったから言うの止めたんだよ」

 

ずず、と一気にお茶を飲み干す。

これ以上ここにいたら呉の将全員と子供を作る約束を取り付けられかねない。

嫌な訳ではないのだが、気分的な問題である。

というか、確実に大変になるであろうことは確実だからな。

もう少し時間をおきたいものである。

 

「俺は先に失礼するよ。・・・お茶、ご馳走様」

 

「ああ。今日は助かった。・・・話は、まだ終わってないからな?」

 

「ギル様、お疲れ様でしたっ」

 

「お疲れ様でしたぁ~」

 

冥琳の言葉に若干の恐怖を覚えつつ、部屋を後にする。

・・・呉の人間は行動力が凄まじいからな。

一度決めたらやり通す実力と根気がある。

美羽の元で何年も我慢して力を溜めた根性は伊達じゃない。

 

「・・・覚悟、しておくしかないかなぁ」

 

いざ迫られたら拒否する自信ないし。

 

・・・

 

いきなりだが、副長の一日は早い。

朝の五時には目を覚ます。

 

「・・・ふぁ」

 

だが、目を覚ますだけだ。

そのまま上半身を起こして意識の覚醒を待つ。

 

「あー・・・うー・・・」

 

午前六時。

たっぷり一時間使ってようやく寝台から降りて準備を開始する。

いつもは緑色の服を着るが、雨の日は青色の服へ変更する。

・・・私服と呼べるようなものを一着も持っていないのは、性格によるものか。

年頃の少女としてそれはどうなのだろうか。

ちなみに言っておくと、副長は胸に着ける下着・・・ブラというものを一着も持っていない。

・・・年頃の少女として、本当にそれはどうなのだろうか。

 

「・・・朝ごはん・・・」

 

帽子用に髪を整え、装備を確認し、ぼーっとしながら部屋を出る。

すれ違う兵士たちに挨拶を返したりしながら、食堂へ。

 

「おはようございます、副長!」

 

「おあよーごあいまふ」

 

「朝食です。どうぞ」

 

「あざーっす・・・ふあぁ・・・」

 

若干ふらふらとしつつも、食事係から朝食を受け取り自分の席へ。

その後手を合わせて食べ始める。

 

「むぐむぐ・・・」

 

「あれ? 副長さんじゃん。おはよーっ」

 

「・・・おはようございます、楽元さん」

 

「もーっ、響で良いって言ってるのにー」

 

「いえ、真名は流石に・・・」

 

目の前に座る響に視線を向けながら、遠慮がちに答える副長。

 

「そう? ま、呼びたくなったら呼んでよ。いただきまーっす」

 

「そうします」

 

「もぐもぐ・・・あ、そういや昨日ギルさん見た?」

 

「隊長ですか? 見ていませんが・・・何か、あったのですか?」

 

「んー、何か昨日呉の人に呼ばれてたみたいなんだよねぇ。まさかまさか、また恋仲増やしてきたり!?」

 

「あー・・・」

 

「あれ? あんまり興味なし?」

 

「いえ、そんなことはありませんよ。我が部隊の隊長ですからね」

 

「まーそうだよねぇ」

 

「隊長ならやりかねないな、と納得したんです」

 

なるほどねぇ、と笑う響を尻目に、朝食を食べ進める。

 

「そういう人が増えるって言うのはギルさんがそれだけ好かれてるってことで嬉いっちゃ嬉しいんだけどさー・・・」

 

「はぁ」

 

副長の気のない返事が聞こえてないのか気にしていないのか、響は持っている箸を振るいながら熱弁する。

 

「最近ギルさんと過ごす時間が少なくなってるっていうか、二人っきりで夜を過ごしたのがずいぶん前に感じちゃうんだよねぇ」

 

「・・・ご馳走様でした」

 

手を合わせて挨拶をして、副長は食器を食事係に返した。

惚気とも愚痴とも取れる話を展開している響を放っておくことにして、食堂から外へ。

 

「ふぅー。・・・ん、っと!」

 

歩きながら背伸びを一つして、完全に意識を覚醒させる。

いつもの訓練場にたどり着くと、早めに集合している兵士たちから声をかけられる。

 

「おはようございます、副長!」

 

「おはようございます。・・・あれ? 七乃さんは?」

 

「張勲さまですか? 今日はまだ見ていませんが・・・」

 

「あれ、そうなんですか。今日は早く来てやることがあるって言ってたんですけど・・・寝てんですかね?」

 

「はぁ・・・」

 

「ま、いいです。気にせず準備運動でもしていてください」

 

「はっ!」

 

兵士が去っていくのを少しだけ目で追ってから、再び歩き始める。

訓練場で人がいない場所を見つけると、そこで準備運動をする。

 

「ふ、ふ、ふっと」

 

屈伸やら柔軟を一通りこなし、後は兵士たちが集合するのを天幕の中で待つ。

 

「おはようございます~」

 

「あ、七乃さん。おはようございます」

 

書類を手にした七乃が天幕の中へやってきて、隣に座る。

 

「そういえば、今日はやることがあるって言ってませんでした?」

 

「え? ・・・あぁ、大丈夫ですよ。用事はもう終わらせてきましたので~」

 

「そなんですか。・・・あれ? その書類・・・きょ、今日は隊長が来る日でしたっけ?」

 

「? ええ。だから朝早くに起きてご主人様のお部屋まで書類を取りにいったんですよぅ」

 

「わ、わわ・・・忘れてました・・・っ!」

 

「あらら~」

 

まったく大変だと思っていなさそうな声で大変ですねぇと声をかけてくる七乃。

その言葉が聞こえていないのか、副長は一人でぶつぶつと何事かを呟いている。

 

「ちょ、ちょっと気分が優れないので帰りますっ」

 

「は~い。ご主人様には副長さんがいつもどおり逃げましたと言っておきますねぇ」

 

「いっつもそんなこと言ってたんですか!? そりゃ全力で追っかけてきますよ!」

 

「駄目でしたか?」

 

「駄目に決まってるでしょう! 体調不良ですって言っておいてくださいね!」

 

「はい~。隊長が不純ですと言っておきますねぇ」

 

「聞き間違い酷すぎです!」

 

そういいつつも副長は爪撃ちを使って逃走を開始した。

 

「あらら。・・・あ、ご主人様。え? 副長さんですか? いつもどおりですよ。・・・はい~、行ってらっしゃいませ~」

 

・・・

 

「はっ、はっ・・・ここまでくれば逃げきれたでしょうか。・・・ふっふっふ。今回はいつもの逃走経路を使わずに来ましたからね。追いつかれるものですか」

 

背後を気にしながら路地裏を小走りに通過する副長。

 

「・・・やっぱり、こっちでしたか」

 

「うげっ、壱与さん!」

 

「まったく。ギル様のちょうきょ・・・げふんげふん、訓練から逃げ出すなんて。・・・ギル様も、こんな女のどこを気に入ってるんだか」

 

「はっ。やっぱ信頼されてるからじゃないですかねぇ? 私、隊長の「右腕」なもので」

 

「・・・ドヤ顔うぜぇ。やっぱ、ぶっころころします」

 

「隊長の前じゃないと陰湿で凶暴ですよね、壱与さんって」

 

「ギル様の前では性癖のほうが前に出るだけですよ? ・・・それに、陰湿じゃありません。粘着質なだけです」

 

「やっべぇ・・・マジもんの変態だこの人・・・!」

 

そういいながら剣と盾を構え、戦闘準備を完了する副長。

壱与は卑弥呼と同じように銅鏡を取り出し、胸の前で構える。

 

「新しい装備を試してやりますよ」

 

「魔法の前には装備もクソもないんですよ?」

 

・・・

 

「はははっ! 馬鹿だあの人! 誰が魔法使いと真正面から戦うかって話ですよね!」

 

表通りを人ごみを避けつつ走る副長は、高笑いしながらそう叫ぶ。

副長の奇行は日常茶飯事なのか、町のみんなは温かい視線を送るだけだ。

 

「隊長からも逃げ切れましたし、変態魔法少女も撒きましたし・・・おおっ、これは結構いい感じなんじゃないですか?」

 

そういいながら、再び裏路地へと身を隠す副長。

慣れているのか、周りの警戒も怠らず、物陰へと身を隠す。

 

「暗殺者さんに追いかけられた経験がこんなところで生きるとは・・・隊長に喧嘩売っておくもんですねぇ」

 

ふぅと一息。

逃げたのはいいけど、これからどうしようと考え始める。

 

「喫茶店に行くのも良いかも知れませんねぇ。最近お饅頭食べてないですから」

 

そう独り言を呟きながら、副長は行きつけの喫茶店へと向かった。

町の人たちが活動を始めてからそんなに時間が経っていないからか、人通りは少なめだ。

慣れた足取りで喫茶店まで向かうと、店主にお茶と饅頭を注文する。

 

「はふー・・・。・・・ん?」

 

「あれ? ふくちょーじゃない。どしたのよ、こんな朝早くに」

 

「ええと、弓腰姫さん?」

 

「それは二つ名でしょ! 名前は孫尚香! あ、でもシャオって呼んでもいいわよ。ギルの側近さんなんでしょ?」

 

「側近・・・いいですね、その表現。いただきます」

 

「な、なんか良くわかんないけど・・・一緒していい?」

 

「・・・まぁ、大丈夫ですよ。ギリギリ大丈夫です」

 

「なによ、ギリギリって。シャオのこと嫌いなの?」

 

「いいえ?」

 

「そ。なら良いわ」

 

そう言って、シャオは副長の対面に腰を下ろした。

店員に注文をした後、副長へと向き直る。

 

「今日はお仕事休みなの?」

 

「いえ?」

 

「・・・なんでここにいるわけ?」

 

「そりゃ、逃げてきたからに決まってるじゃないですか」

 

「何よその目ーっ。まるでシャオが馬鹿なこと言ってるみたいじゃないのっ!」

 

「違うんですか?」

 

「むきーっ!」

 

流石の副長も不味いと思ったのか、シャオを宥めにかかる。

しばらくして注文したものも来て、ようやく落ち着き始めたシャオに副長は尋ねる。

 

「そういえば、姫さまはどうしてここに?」

 

「シャオにはお仕事なんてないもの。お姉さま二人と、冥琳に穏、これだけいるんだから、する仕事がないっていうの? かといって武官としての仕事があるかって言われると微妙なところだし・・・」

 

「ああ、なるほど。・・・自宅警備員?」

 

小首を傾げてそう呟く副長。

小声でもしっかりシャオには聞こえていたようで、シャオも首を傾げながら聞き返してくる。

 

「そこはかとなく嫌な響きね、それ。悪口?」

 

「いえ。以前隊長が袁紹さんのことをそう言ってたのを思い出しまして」

 

「袁紹・・・あいつと同じ評価なんて完全に悪口じゃない!」

 

「相当心証悪いですねあの人・・・」

 

シャオの勢いに押されて若干引きつつ、副長は言葉を返した。

 

「あ、それと・・・。シャオはそれほどでもないけど、姉さまたちの前で袁家の話はしないことね。斬られるわよ」

 

「・・・りょ、了解です。肝に銘じておきます」

 

二人して顔面蒼白になりつつ、お茶を一口。

ちょうど饅頭もやってきたので、そちらにも手を伸ばす。

 

「こんなことしてて、ギルに怒られたりしないの?」

 

「そりゃ怒られますよ。何度か見てません? 隊長が鬼の形相で走ってるの」

 

「ああ、うん。何回か見てるけど。・・・えっ。あれ、副長を追ってたときなわけ?」

 

「ええ。あれ凄いですよ。人間の本能っていうんですか? 原始的な恐怖を感じるというか・・・」

 

「そこまでされてなんでサボれるのかが疑問だわ・・・」

 

人間以外の何かを見るような目で副長を見つつ、お茶を啜るシャオ。

副長は「なにかおかしいこと言いました?」とでも言いたげにきょとんとしている。

 

「・・・ギルの隊って相当優秀みたいだけど・・・その副長ってやっぱり人格破綻してないとこなせないの?」

 

「良く本人目の前にしてそこまで失礼なこといえますね。いえ、まぁ、否定はしませんけど」

 

「して欲しかったなぁ・・・」

 

少しだけ椅子を引いて副長から距離をとるシャオ。

私は人格破綻してますよと目の前の人に言われては仕方ないことだろう。

 

「まぁ、私は隊長がいればギリギリ社会適合できる方の破綻者なので、大丈夫ですよ」

 

「・・・出来ない方とかいるの?」

 

「ああ、壱与さんとかは隊長がいると社会適合が難しくなる破綻者ですね。見てる分には面白いですが」

 

「あぁー・・・」

 

「納得しましたね、今」

 

「えっ!? べ、別にいいじゃない!」

 

「まぁいいですけど。壱与さんとはついさっきも戦ってきたんですが、戦いのときに熱くなる人はあしらうのが楽でいいです」

 

「凄く重要なことをさらっと言われた気分なんだけど・・・え? 戦ってきた?」

 

「ええ。逃げた私への追っ手なんでしょうね、きっと。その割には殺す気満々でしたけど」

 

「・・・あなたの部隊って怖いのねー」

 

諦めたようにそう呟くと、シャオはお茶と饅頭の残りを片付ける。

 

「ごちそうさまでしたっ。お話してくれたお礼に、ここの御代はシャオが払っておいてあげる!」

 

「え? ・・・いやいや、悪いですよそんなの。というかサボってお茶飲んでしかも姫さまに払わせたとか隊長に知られたら大変なことになります」

 

「ここで払わせてくれなかったら袁家と孫家って似てるよねって副長が言ってたって姉さまたちに告げ口するわ」

 

「ひっ、引いても進んでも死ぬじゃないですか!」

 

どうすればいいんですかっ、と半ばキレ気味に副長が叫ぶ。

 

「シャオに払わせれば良いの。ギルの知らなかった部分とか知れたし、そのお礼よ」

 

「・・・うぅ。分かりました。隊長のお仕置きを受けることにします・・・」

 

「それでいいのよっ。じゃねっ」

 

「はい、さようなら」

 

笑顔で手を振りながら去っていくシャオに手を振り返す。

シャオが見えなくなってから、副長は再び町へと繰り出すことにした。

 

・・・

 

「あん?」

 

町を歩いている副長は、妙に機嫌の悪そうな声を出した。

視線の先には、数人の柄の悪そうな男たちと、その男たちに脅されている店主らしき姿。

 

「おっさんよぉ、飯の中にゴミを入れちゃあいけねえよなぁ」

 

「ち、ちがっ・・・お前たちが自分で・・・!」

 

「ああん!? 俺たちが自分で入れたっていいてぇのかよぉ!」

 

「誰か見たやついんのか? ああ!?」

 

そう言って男たちが周りを見渡すが、あたりを囲んでいる人たちはとばっちりを恐れてか目をそらすだけだ。

 

「あー、そういう。・・・もしもし、これはどっちが悪いんです?」

 

「な、なんだよ嬢ちゃん。やめとけって。あいつらに楯突いたら何されるか分からないんだぞ?」

 

「いーから教えなさい。おじさん、あれはどっちが悪いんです?」

 

「・・・あの男たちの方さ。あいつら巡回の時間とか知ってるから、巡回の兵士たちがいないときに来てはこうやって悪さしてくのさ」

 

「ほほー。・・・でもそんな小物、即潰されて終わりなような・・・」

 

「この辺に詳しいから、すぐに裏路地とかに隠れちまうんだよ。どこに潜んでるか分からないから、被害者も報復を恐れてあまり大声を出せねえのさ」

 

ははぁ、と数度頷きながら副長は息をついた。

 

「なるほど、了解です。ここで叩き潰せばいいのでしょう?」

 

「ぜんぜん分かってねえな嬢ちゃん! 話聞いてたのか!?」

 

「まぁ、二割ほど」

 

「それを人は話を聞いてねえって言うんだよ!」

 

「ふふ、中々良い突っ込みですね。ですがまぁ、隊長には及びませんね。隊長はもっとこう・・・ぐりっと心を抉る様なことを言ってくるので」

 

楽しそうに笑いながら、副長は小柄な体格を生かして人ごみを潜り抜ける。

最前列まで来ると、そのまま男たちの前へと歩み出る。

 

「ああ? ・・・なぁ頭ぁ、変な頭巾被った女が出てきたぜ」

 

「は? ・・・女・・・か?」

 

「子供に見えなくもないな」

 

「店主の息子か?」

 

「あんたら段々ひどいこと言ってるって気づいてますか!? 私は乙女です! れっきとした!」

 

副長の威勢のいい声に一瞬怯んだ男たちだが、自分たちを恐れていないことを理解すると、副長へと近寄った。

 

「威勢がいいのは良いけどよぉ・・・こういうことすると寿命縮めるだけだって親に習わなかったか?」

 

「残念ですが、両親はすでにいないので。そういうことは教わらなかったですねぇ」

 

「そうかい。じゃ、俺たちが教えてやるよ。いろんなことをな」

 

そう言って下品に笑う男たち。

なぜ笑っているのかを理解した副長は口を開く。

 

「・・・一つだけ、言っていいですか?」

 

「命乞いか?」

 

「いえ。・・・私で興奮するとか、変態さんなんですね、ばーか」

 

「ぶっ殺す!」

 

そう言って男たちが各々の獲物を持って副長へと殺到する。

冷静に剣と盾を構えた副長は、向かってくる剣を盾で防ぎ、横薙ぎに剣を振るって剣を叩き落す。

 

「単純すぎます。というか、私に絡まれた時点で逃げておけば良かったのに。捕まりますよ?」

 

「うっせぇ! てめえを逆に捕まえちまえば良いんだよ!」

 

「いやぁ、どうでしょうねぇその考え。もし私を捕まえたとしたら・・・」

 

喋りながらも男たちを無力化していく副長。

最後の一人に剣を振り下ろしながら、副長は呟く。

 

「きっと、鬼の形相をした隊長がやってくると思いますけど」

 

・・・

 

「・・・ええと、隊長。サボったのは申し訳ないとは思うのですが、こうして今まで逃げていた厄介者たちを捕まえたということで相殺というわけには・・・い、いきませんよねぇやっぱり!」

 

「あら~、大変ですねぇ副長さん」

 

兵士たちが連行してきた男たちと共に城へと戻ってきた副長は、七乃にいつもどおり棒読みの労いを掛けられながら正座していた。

 

「ひぅっ。な、何ですか!? お尻ペンペンですかっ、背後に吹き飛ぶほどのデコピンですかっ、三国最強の旅連戦編ですかぁっ!?」

 

「い、いつも凄まじい罰を受けているんですねぇ・・・」

 

「うぅ・・・あとは物と物の間に挟まれて「ほら、平行世界に行けよ」ってずっと罵られる罰とか・・・」

 

「意味不明すぎます~」

 

なんだか七乃と盛り上がっている副長の足にセキトが飛びついた。

 

「あうっ!? ・・・せ、セキトさんっ、じゃれ付くのはもうちょっと後にしてもらっていいですか・・・た、隊長! セキトさんを嗾けるのをやめて・・・あひぃんっ!?」

 

正座で痺れた足に飛びつかれたからか、妙な声を出す副長。

 

「え? ちょっと色っぽいからもうちょっと続ける? ・・・だ、そうですよ副長さん」

 

「へっ、変態っ。あ、ごめんなさい嘘ですセキトさんはちょっと勘弁してくださはぁぁうんっ!?」

 

・・・

 

「あー・・・酷い目にあった」

 

「もう少しご主人様の言うことは聞いたほうがいいですよ~?」

 

「いえ、まぁ、それは分かってるんですよ。仮にも命の恩人ですし、上司ですし。あれほどに良い上司とはこれから一生めぐり合えないと理解もしてます」

 

「・・・だったら、何であんなにサボっちゃうんですか? いくらご主人様が温厚で副長さんを信頼してるからって限度がありますよ~?」

 

「何でなんでしょうねぇ」

 

「自分でも分かってないんですか・・・」

 

七乃が副長を見る目はじとりとしている。

 

「あははー・・・申し訳ないです」

 

「まぁ、私にはあんまり関係ないんで良いんですけど」

 

「七乃さんって基本的に乾いてますよねぇ・・・」

 

「そうですか~? ・・・あ、お部屋ここです。送っていただいてありがとうございますね、副長さん」

 

「いえ、まぁついでだったんで。気にしないでください。・・・それじゃ、おやすみなさい、七乃さん」

 

「はい。おやすみなさい、副長さん」

 

そう言って七乃が部屋へと入るのを見届けてから、自室へと向かう副長。

 

「・・・まだ若干足に違和感が。隊長め、散々いたぶってくれましたね・・・」

 

足をさすりさすり歩いて、いつもより時間を掛けて自室へとたどり着く。

扉を開け、着替えもせずに寝台へと飛び込む。

 

「あー・・・今日も一日頑張りましたねぇ私。正座三時間とかやらされましたけど」

 

寝転がったまま剣と盾を外して寝台の脇に立てかける。

そのまましばらくもぞもぞとしていたが、急に起き上がる。

 

「うー、いけないいけない。お着替えしないと・・・ええと、寝巻き寝巻き・・・」

 

朝の順序を逆にしたように寝巻きに着替える副長。

着替えている途中で、疲れていて入浴を済ませていないことを思い出す。

 

「あ、お風呂・・・。ま、明日でいいです。朝早くにぱぱっと入っちゃいましょう」

 

そうは言ったものの若干匂いが気になるのか、自身の腕をすんすん嗅ぎながら、寝台へと向かう。

 

「まぁ少し汗のにおいがする程度です。このくらいならだいじょぶだいじょぶっと」

 

そう言って布団の中に潜り込み、目を閉じる。

午後十一時就寝。

こうして、副長の一日は終わる。

 

・・・

 

「はい、というわけで『副長の一日~秋のある日~』でした」

 

「いつそんなもの記録してたんですかたいちょー!」

 

俺の報告が終わった後、副長が机を叩きながら立ち上がった。

 

「アサシンとキャスター、あとライダーとランサー、それにセイバーとバーサーカーの全面協力でお送りしています!」

 

「要するに英霊さん全員ってことですよね!? 馬鹿じゃないんですか!?」

 

「褒め言葉だ!」

 

「ああもう無敵だこの人!」

 

記録係はアサシン、記録するための道具などの提供がキャスターだ。

ライダーとランサーはその人数の多さでさまざまなバックアップをしてくれたし、セイバーは兵士たちを動かしてくれていた。

バーサーカーは交通整理である。途中でシャオがどっか行ってしまったのは驚いたが、シャオがいなくても命令は遂行してくれたのでよしとする。

 

「うわああああっ! っていうか朝の着替えとか記録されてるじゃないですか!」

 

「ああ、そこは流石に響が記録係だ」

 

副長の部屋を外からのぞき見るアサシンとか、不審者以外の何者でもないからな。

 

「というか何でこんなもの作りやがったんですか隊長」

 

「ん? ああ、副長がいっつもどんな仕事してるかとかあんまり知らなかったからな。これから定期的にこうして報告書を作ろうかと」

 

「それなら隊長が私にくっついてれば良かったじゃないですか」

 

「そしたらお前逃げるだろ」

 

「そりゃ逃げますけど・・・あいたっ! ぶ、ぶちましたねたいちょー!」

 

「二度目いくか?」

 

「壱与さんにやってあげてくださいよ!」

 

「・・・あ、そういえば壱与が副長のこと探してたぞ。何だっけな「誰がコタケだ! 双生魔導士扱いしやがっててめぇ!」って伝言してくれって言われたけど・・・」

 

「ひぃっ。そ、そうでした。壱与さんを散々煽った時にいろいろ口走ったんでした!」

 

女性を老婆扱いしたらそりゃキレるだろうなぁ。

壱与がコタケということは卑弥呼がコウメなんだろうか。

 

「た、たいちょー・・・い、一緒に壱与さんのところへ・・・」

 

「行かない」

 

「そこを何とか! 逆立ちしながら鼻でラーメン食べるんで!」

 

「ひ、必死すぎる・・・」

 

・・・

 

流石にちょっと副長がかわいそうになってきたので、一緒に壱与の部屋まで行ってきた。

・・・まぁ、部屋に入ってからは副長を置いて出てきたので何が起こってるかまでは分からんが。

背後からなにやら爆発音と悲鳴が聞こえるが、俺には何が起こっているのかまったく分からん。

 

「さて、卑弥呼でも呼んでくるか」

 

「・・・その危険物処理班みたいな扱いはやめてくれる? わらわ、こう見えて結構忙しいんだけど」

 

「お、丁度いいところに。早速だけどお仕事だ」

 

「話聞いてる!?」

 

何とか卑弥呼を落ち着かせる。

壱与と副長は放っておく事にした。

鏡の盾を持たせてるし、コタケ・・・じゃない、壱与の攻撃は何とか凌げるだろう。

 

「そういやあの副長ってやつの報告書見たわよ。中々の面白さだったわ」

 

「俺のいないところで副長がなにやってんのか知れて俺も結構満足してる」

 

「あれはこれからもやるわけ?」

 

「しばらくはいいかな。また冬になったらやるかもしれん。『季刊・副長を知る』創刊」

 

「売るの!?」

 

・・・




「あ、副長さんこんにちわ」「コ・・・壱与さん、こんにちわ」「・・・チッ」「あの発言については何度も謝ったじゃないですか!」「そうですね。でも私は個人的に嫌いなので攻撃していきますけど」「すっげぇ粘着質だなこの人・・・あ、隊長、何とか言ってやってくださいよ」「ギル様のお言葉ならすべてが神託に匹敵します! 罵りの言葉ですら喜ばしい! というよりご褒美です!」「ああっ、隊長、帰らないでください! この人持って帰って・・・なんで鏡構えてるんですか壱与さん!」「新しい魔術を生み出したのよ。受けていきなさい」「実験台代わり!? あーもう! どうにでもなれー!」

「・・・今日も平和だなぁ」「現実逃避って素晴らしいよなぁ」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十七話 ファッションショーに

「男物の案を出して欲しいって服屋の主人に言われたんだよなぁ。なんかいい案あるか?」「私の服とかはどうだい? 汚れ仕事にも良いし、何より白くて清潔感がある!」「白衣? ・・・んー、この時代だったらすぐに汚れちゃいそうだよなぁ」「ならば俺のような服はどうだ」「和服か・・・。風土に合わないよなぁ」「私の服はどうでしょうか! 誇り高き大日本帝国の軍服であります!」「・・・そのレベルの服を量産すると赤字になるしなぁ・・・。うぅん、男物ってあんまり興味なかったからなぁ・・・」「オレのはどうだ!?」「ライダーの?」「・・・ふむ。ライダー、その下には何を着ているんだ?」「何も?」「全裸にコート!? 完全に変質者だぞそれ!?」

もちろん却下されました。


それでは、どうぞ。


「なんでそんな面白そうなことに呼んでくんなかったのー!?」

 

東屋に蒲公英の元気な声が響いた。

どうやら、副長の報告書の話を聞いて興味を持ったらしい。

・・・ふむ、そういえば蒲公英は桂花に次ぐ罠師だ。

 

「なるほど・・・蒲公英のトラップも使えるな。冬にはまた呼ぼう」

 

「やたっ。約束だからね、ギルお兄様っ」

 

嬉しそうに笑う蒲公英に釣られて俺も笑う。

 

「あ、副長さんと言えばさー、また訓練とかやるの?」

 

「ん? ・・・そうだなぁ。最近は強すぎるのと戦わせすぎたからなぁ。ちょっと休憩挟もうかと思ってるけど」

 

「あはっ。ならなら、たんぽぽがあいてになろーか?」

 

「んー? ・・・あれ、蒲公英ってそんなに訓練好きだったか?」

 

副長までとは言わないが、それなりに面倒くさがりだった記憶があるが・・・。

俺が頭の中でそんな失礼なことを考えていると、蒲公英が含みのある笑いを浮かべた。

 

「んふふー。副長さんと戦うのは嫌いじゃないよ? いろいろ参考になる戦い方とかあるしねー」

 

「あー。確かに副長の戦い方は特殊だからなぁ」

 

どこに仕込んでるのか疑問になるほど多彩な道具を使ってくるからな。

以前天の鎖(エルキドゥ)と爪撃ちで鎖対決とかやらかしたしなぁ・・・。

あのときの副長の発想は凄かった。まさかあそこまで爪撃ちを極めているとは・・・。

 

「お姉さまとかと訓練するのもいいんだけどさー、たんぽぽ的には副長の戦い方が結構参考になったりするんだよねー」

 

「なんと。副長も誰かの手本になるほど成長したんだなぁ」

 

「でもやっぱギルお兄様の右腕なだけあるよねー。なんだかんだ言って色んな将と戦ってそれなりに経験あるしさ」

 

「まーなー。最初なんかすぐに気絶したりしてたからな。今ではしっかりしたもんだ」

 

恋と戦っててもすぐ諦めなくなったしな。

障害物使うのうまいし、城の中庭だったら結構強いぞあいつ。

素のぶつかり合いでもそれなりにいけるしな。

・・・近いうち本当に隊長にしても良いかもしれん。俺もいろいろやること出来てきて忙しいしなぁ・・・。

 

「何一人で頷いてるの?」

 

「いや、そろそろ副長も隊長に格上げしないとなーって」

 

「ギルお兄様部隊辞めちゃうの?」

 

「んー・・・姉妹(しすたぁず)とかも見ないといけないしさー。そろそろ誰かに任せないとなーって」

 

「あー、そっかぁ。そっちの面倒も見てるんだもんねー。大変だねぇ」

 

「そう思うならちょっと労ってくれよ。肩揉むとか」

 

「えー? ・・・ま、いっかぁ。やったげる!」

 

お、マジかよ。

言ってみるもんだな。

ぐるりと後ろに回った蒲公英が肘を肩に当ててぐりぐりと押し込んでくる。

・・・あんまりこってないからか、効果を感じられない。

 

「どーお? きもちいー?」

 

「ん、んー、えっと、ま、まぁまぁかな」

 

「えー? まぁまぁ~? もうちょっと力入れたほうがいいのかな・・・」

 

そう言って、蒲公英はさらにぐりぐりと力を込めてくる。

・・・む?

どうやら、力を入れるために俺に密着しているからか、後頭部に小ぶりながらも柔らかいものがあたっているようだ。

 

「ど、どう? これくらいなら、いい感じっ?」

 

「あー、うん、いい感じー」

 

肩が、とは言わないのがポイントである。

俺だって正常な男だ。こういうのを楽しみたいと思うのはいけないことだろうか! 断じて否だ!

というわけで、しばらく蒲公英のマッサージを楽しもうと思います。

 

・・・

 

「えへへー。たまにはこういうことやってみるもんだねっ」

 

あの後、しばらく蒲公英の感触を楽しんだ俺は、最後まで気付かずに肩を一生懸命揉んでくれた蒲公英にお詫びも含めたお礼をしようと町へ出かけている。

・・・まぁ、罪悪感がないとは言えないからな・・・。

 

「んー、何にしよっかなぁ。いつもは食べられなさそうなの食べるのが良いよねぇ」

 

別に食べるものじゃなくていいんだが・・・。

服とか勧めてみるか。

 

「服とかには興味無いのか?」

 

「服ー? ・・・んー、あんまりこだわった事は無いかなぁ・・・」

 

「それなら丁度良いきっかけにもなるだろ。ちょっと服でも見てかないか?」

 

「そだなぁ・・・いいよっ。見に行ってみよっ」

 

おー、と片手を高く挙げた蒲公英と共に、服屋へと向かう。

この季節だとそろそろ服も厚手のものが出てくる頃だ。

・・・あれ? もうちょっと早くに出てたっけか?

 

「ま、いっか。取り合えず俺もいくつか見繕いたいし」

 

「? 何一人でぶつぶつ言ってるの?」

 

「ん? 蒲公英にはどんな服が似合うかなって考えてたんだよ」

 

「え、えー? もお、そういうことサラッというの反則だよー?」

 

いつものイタズラっ娘な雰囲気はなりを潜め、はにかみながらこちらを見上げる蒲公英。

おお・・・これは新鮮だな・・・。

 

「わひゃっ! きゅ、急に撫でないでよぉ。びっくりするじゃん」

 

「良いじゃないか。蒲公英ってあんまり撫でたことないからなぁ。存分に撫でさせろ」

 

「むぅ・・・お子様扱い?」

 

「どうだろうな。蒲公英は良い意味で子供っぽいが」

 

俺の言葉に頬を膨らませる蒲公英。

しかし撫でる手を払われたりはしないので、それなりに気に入ってもらえているらしい。

 

「まったくもう。こんなことさせるの、ギルお兄様だけなんだからねー?」

 

「そりゃ嬉しいな。サービスだ。ほれほれ、強めに撫でてやる」

 

「わぷっ。ちょ、髪の毛くしゃくしゃになっちゃうじゃん~!」

 

そんなやり取りをしながら、服屋へ。

店内はやっぱり秋冬に向けて厚手のものが大量に並んでいる。

・・・そういえば、恋とか蓮華とかはあの格好で冬を迎えるのだろうか・・・。

いやいや、現代でも雪国の女子高生とかスカートに生足で吹雪の中歩いたりするしな。

女子には寒さ無効とかのスキルがついてるに違いない。

 

「んー・・・どういうの選べば良いのか分かんないなぁ・・・。ギルお兄様、蒲公英の服とか選んでくれる?」

 

「もちろん。後で俺のも見てくれよ?」

 

「えーと、自信ないけど頑張るよっ」

 

「よし。じゃあまずはあっちから見てくかなぁ」

 

・・・

 

とりあえず蒲公英に似合いそうなのは・・・明るい色だろうな。

今着てるのも橙色で明るめだし。

ん? これは・・・。

 

「何これ?」

 

「これは・・・パーカー?」

 

なんでこんなものが・・・ああ、一刀か。

あいつの現代洋服シリーズはこんな妙なものまで網羅するように・・・。

 

「よし、ちょっとこれと・・・後これ」

 

「え? え?」

 

「後は・・・うん、こっち着てみるか」

 

「ええ?」

 

「ほら、試着室へゴー!」

 

「ら、らじゃー!」

 

そう言って試着室へと入る蒲公英。

勢いで押せば何とかなるらしい。

蒲公英が着替えている間、俺は次に着せたい服を選ぶ。

しばらくすると、試着室から蒲公英の声が。

 

「着替え終わったよー」

 

「お。よし、見せてくれ」

 

「はーいっ。・・・どうだっ!」

 

「おぉー・・・」

 

上は少し大きめのパーカー、下はキュロットスカート。

さらにニーハイも履かせてみた。

蒲公英は結構現代っ子っぽい雰囲気があるからな。こういうのは良く似合う。

 

「良い! 良いよ蒲公英!」

 

「そ、そう? こういうの着たこと無かったけど・・・意外と良いかもね」

 

「よし、次はこっち」

 

「うんっ、分かった!」

 

服を渡すと、ノリノリで受け取る蒲公英。

シャッ、とカーテンを閉め、中で着替えているらしい。衣擦れの音が良く聞こえる。

 

「さて、次の服は・・・っと」

 

その間に目ぼしい物をいくつかピックアップしておく。

んー、これも捨てがたい・・・。

 

「着たよー!」

 

「ん、おー。見せて見せて」

 

「じゃーんっ」

 

「おぉっ、やっぱりこれも良いな!」

 

次に選んだのはセーターとショートパンツだ。

蒲公英は生足も映えると思ったので、足元はいつも位の長さのソックスだ。

・・・これも良いな。

 

「よし、次で最後にしようか。これ、着て見てくれ」

 

「これは・・・中々着るのが難しそうな・・・」

 

「手伝おうか?」

 

「い、良いよっ、大丈夫! 一人で出来るもん!」

 

そう言って試着室の中へと戻っていく蒲公英。

うむ、からかいすぎた。

しかし、俺はなぜあんな服を蒲公英に・・・。

いや、似合うとは思うけど。

なぜかはわからないが、俺はあれを蒲公英に着せなければいけない気がしたのだ。

・・・これが、世界の修正力というやつだろうか。

いやいや、こんなことで世界の修正力が働いてたまるか。

 

「き、着れたよー?」

 

蒲公英は前二つの二倍以上の時間を掛けて、ゆっくり着替えたようだ。

・・・まぁ、あれは時間掛かりそうだもんなぁ・・・。

 

「ど、どうかな? いつもはこんなフリフリしたの着ないからさー・・・」

 

不安げにこちらを見る蒲公英は、頬を少しだけ染めつつも若干嬉しそうだ。

やはり女の子としてはこういう可愛らしい服を着るのは嬉しいのだろう。

 

「ど、どうなの? ギルお兄様、何か言ってくれないと不安になるよぉ」

 

「ん、おおっと。ごめんごめん。似合ってるよ。可愛い」

 

「えへへっ。そーお? やっぱりたんぽぽはこういうのも似合うんだよねーっ」

 

先ほどの不安そうな表情から一変して、得意げな表情を浮かべる蒲公英。

うんうん、良いねえ。

蒲公英が何を着ているかというと、皆様大好き・・・かどうかは分からないが、俺は大好きゴスロリ衣装だ。

白くてフリフリでヒラヒラである。

・・・これは、翠に黒いほうも買っていかなければならないのだろうか。

 

「ねえねえ、こっちのほうに黒いのもあったんだけど、こっちはお姉さまに似合うと思わない?」

 

俺の考えを読み取ったかのように蒲公英が黒い方のゴスロリ衣装を持ってきた。

・・・買っておくか。もしかしたら翠が着てくれる可能性を捨てられない俺がいる。

蒲公英に着せた三セットと、翠へのお土産。

うん、取り敢えずはこれで良いかな。次は靴でも見てこよう。

 

・・・

 

あの後、蒲公英に靴を見繕い、俺の服も見て回ることに。

・・・一刀が女物ばかり開発しているからか、男物は極端に少ない。

その代わり甲賀やランサーが頑張ってくれているので、忍者装束と軍服は充実している。

 

「・・・どうしろと?」

 

「ふぇ?」

 

「いや、こっちの話」

 

「それにしても、男の人の服は種類少なめだね~。やっぱ一刀さんが力入れてないから?」

 

「だろうな。・・・あいつ、結構ムッツリだったんだな」

 

女性物ばかりということは、それを着てる女の人を見たいということだからな・・・。

気持ちは分からんでもないけど・・・一刀はあの制服をいつまで着回す気なのだろうか。

予備の制服滅茶苦茶作らせてたからな・・・。

かく言う俺もライダースーツとか予備作らせてたけど。

 

「んー・・・ギルお兄様はこういうかっちりした服も良さそうだね~」

 

そう言って蒲公英はランサー作の軍服を持ってくる。

 

「着ろと?」

 

「んー? ・・・んー・・・」

 

なぜ悩む。

 

「かっちりした服は似合いそうだけど・・・もうちょっとこう、色合いが違う気がするんだよね~」

 

「色?」

 

「うん。ギルお兄様は金髪だしさ。黒とか良いんじゃないかなぁって。・・・んー、あっ! この服良いかもっ」

 

蒲公英が持ってきたのは孔雀も愛用している執事服だ。

もちろんサイズは大きい。

 

「これは・・・別のアーチャーに着せるべきだな」

 

「別の?」

 

「いや、こっちの話。んー、とりあえず買っておくか。いつ使うか分からんし」

 

「試着しないの?」

 

「はは。良いよ別に。それとも、着たところ見たかったか?」

 

「うんっ。見たいかも」

 

「じゃ、また今度見せてやるよ」

 

「約束だよ?」

 

「おう。・・・後は何あるかなぁ」

 

忍者装束と軍服以外本当に何も無いな。

ちょこちょこ普通の服がある程度で、現代の物はほとんど無い。

そんな中からいくつか購入し、宝物庫へしまった。

 

「よし、そろそろ飯にするか」

 

「さんせーっ。お腹減ったよー!」

 

蒲公英は恋たちとは違って普通の胃袋してるからな。

量より質で選んだほうが良いだろう。

となると・・・屋台よりはあっちの店のほうが良いだろう。

 

・・・

 

「ごちそうさまでしたー! 美味しかったよー」

 

「そりゃ良かった」

 

店から出て、笑顔を浮かべる蒲公英。

満足してくれたようで何よりだ。

 

「さて、そろそろ城に戻るか」

 

「うんっ。お姉さまに今日の話してあげないとねー。ふふー、羨ましがるだろうな~」

 

そういいながら、蒲公英は軽い足取りで俺の前を歩く。

 

「あれ? たんぽぽじゃんか。どこ行ってたんだよ」

 

城へと戻ると、丁度良く翠と出会った。

翠は愛用の武器を持っている。きっと訓練帰りなのだろうとあたりをつける。

 

「丁度いいところにっ、お姉さまっ!」

 

「何だよ? 妙に機嫌良いな・・・って、ギルも一緒だったのか」

 

「うんっ。今日はね、一緒に服買ったりー、ご飯食べたりしてきたんだよ!」

 

「服~? そんなの、いつもので良いだろ?」

 

翠は自分の服を摘んで呆れ気味にそういった。

・・・ここにも服に無頓着な美少女が一人。

 

「・・・蒲公英、翠にあれを着せてやらないといけないな」

 

「え? ・・・ああっ、そうだね! お姉さま、きっと似合うよ?」

 

「な、何だよ・・・その手は何だっ!? 凄く怪しい動きしてるぞ!?」

 

そう言ってじりじり後ずさる翠。

俺たちはじりじりと翠との距離を詰めていく。

 

「・・・ん? あっ、お姉さまそっちは危ない!」

 

「え? ・・・きゃああああああっ!?」

 

急に視界から消えた翠に驚いていると、蒲公英がため息混じりに呟く。

 

「だから危ないって言ったのに~。そこは蒲公英が作った落とし穴があるんだよー?」

 

「あるんだよー、じゃねえっ! たんぽぽ! 後でお仕置きだからな!」

 

「ギルお兄様~、お姉さまが苛める~」

 

「・・・棒読みだぞ、蒲公英」

 

俺の指摘に、えへへー、と笑ってごまかす蒲公英。

ま、取り敢えず翠を助けてやらないとな。

 

「翠ー、大丈夫かー?」

 

「ん、あー、服が泥だらけなだけで、特に怪我はしてないぞー。ギル、早くあの鎖で引き上げてくれないかー?」

 

「おう。ちょっと待って・・・ん? 何だよ蒲公英」

 

俺が宝物庫から鎖を垂らそうとすると、蒲公英に止められた。

耳を貸して、と言われたので、蒲公英の口が届くように屈む。

 

「あのね、~で、~~して、~してみない?」

 

「・・・なるほど」

 

落とし穴の中から聞こえてくる翠の疑問の声を半ばスルーしつつ、声を掛ける。

 

「翠、助けて欲しくば我々の要求を飲んでもらおうかー!」

 

「飲んでもらおうかー!」

 

蒲公英もだが、俺もノリノリである。

 

「な、何だよいきなり! さっきまで助ける気満々だったのに! ・・・あっ、蒲公英! お前の入れ知恵だな!?」

 

「んふふ~」

 

「で、要求だけど・・・よっと」

 

「何だそれ? 服?」

 

「おう。これは天の国に伝わる服で、ゴスロリという」

 

「・・・いかつい名前だな」

 

落とし穴の中で首を傾げる翠。

・・・いや、気にするところそこじゃないだろう。

 

「兎に角! 我々の要求は一つ! 翠、これを着ろー!」

 

「これを着ろー!」

 

隣で拳を振り上げる蒲公英はとても楽しそうだ。

しかし、翠は正反対に嫌そうな顔をしている。

 

「なっ・・・そ、そんなフリフリの可愛い服、恥ずかしくて着れねえよっ。そ、それに、似合わないし・・・」

 

「いや、似合うだろ」

 

「大丈夫だよね~?」

 

二人で顔を見合わせながら頷く。

落とし穴の中の翠は納得いかないようだが、そんなこと知るか。

 

「まぁ、何はともあれ・・・これを着ると約束しない限り引き上げないぞー」

 

「ちょっ! ずるいぞギル! そんなの選択肢ないだろ!?」

 

「だったら答えは決まってるだろ? ・・・頷くだけで良いんだ。なぁ蒲公英?」

 

「うんっ。可愛い服を着るだけで良いんだよ、お姉さま?」

 

「う、ううぅぅ・・・お前ら性格悪いぞ!」

 

「褒め言葉だな」

 

「褒め言葉だよ」

 

俺と蒲公英の言葉が被る。

・・・うむ、絶好調である。

 

「あーもう! 分かったよ! 着れば良いんだろ!?」

 

こうして、翠にゴスロリを着せる約束を取り付けた俺は、鎖で翠を引き上げた。

恥ずかしがる翠にニヤニヤしながらゴスロリのことを話すのは楽しかったと言っておこう。

 

・・・

 

「・・・よし」

 

「あら~? もう終わっちゃったんですか~?」

 

書き終えた書類を纏めていると、七乃から声が掛かる。

今日は副長が休みなので俺が代わりに訓練を見て、七乃と書類を整理している。

 

「もう、とか言っておいて七乃も終わってるじゃないか」

 

「まぁ、この程度の書類整理なんて、ちょちょいのちょいですからねぇ」

 

そう言いながら、七乃は美羽フィギュアに色を塗っている。

 

「そういえば聞いてくださいよ~。お嬢様ったら、夜にはちみつ水を隠れて飲んでしまって、粗相しちゃったんですよ~」

 

「・・・そろそろそういう教育にも力を入れて・・・あー、七乃だもんなぁ」

 

「何ですか、その「こいつが教育係だったら無理だろうなぁ」って目線」

 

「まさにその通りだよ。七乃って美羽に甘いからなぁ」

 

「そうですか~?」

 

なぜそこで首を傾げる。

自覚ないのか・・・?

 

「仕方ないな。俺が一日美羽の教育係を引き受けてやろう。美羽もあの年頃で未だに、っていうのは七乃も本意じゃないだろ?」

 

「まぁそれはそうなんですけど~。・・・ご主人様に任せてしまったら、お嬢様が大人の階段一段飛ばしで上ってしまうのではと心配なんですよぅ」

 

「一段飛ばし・・・? ・・・ああ、そういう。お前、俺のことケダモノか何かと勘違いしてないか?」

 

「・・・間違ってる、とでも言うんですか~・・・?」

 

「いや、あんまり間違っているとは言えないけど・・・」

 

弱弱しい俺の返事に、七乃は「そうですよねぇ」と頷く。

だからといって流石に一日で美羽に手を出すようなことは・・・無い、よな?

 

「ま、まぁ、仮に俺が手を出しそうになっても美羽が拒否するだろ。たぶんその時に正気に戻るだろうから、心配しなくても大丈夫だって」

 

「本当ですかねぇ。・・・まぁ、一日くらい任せてみるのも面白そうですね~」

 

こうして、美羽本人のあずかり知らぬところで「美羽教育計画」が立ち上がったのだった。

 

・・・

 

「おにーさん、今日は何をしているのですか~?」

 

「・・・特に何も。強いて言えば日向ぼっこしてる」

 

「おぉ~。ではでは、風もご一緒してよろしいでしょうか~」

 

「ああ、構わないぞ」

 

そう言って、風は俺の膝の上にすとんと座る。

なんだか風の定位置みたいになっているな、俺の膝。

 

「おにーさんの膝に座るとすぐに眠たくなってしまうのですよ~」

 

「・・・いつも眠そうにしているのだが、それは突っ込んではいけないのだろうか」

 

「流石はおにーさんですねぇ。少女に向かって突っ込むとか突っ込まないとか卑猥な話を振るとは~」

 

「はっはっはー、怒るぞー?」

 

「口では笑っていますけど、目が笑って無いですねー」

 

いつもどおりぽけーっと返してくる風の頭を若干乱暴に撫でる。

あぅあぅと困ってるんだか困ってないんだか微妙な声を出しながら、風の頭が左右に揺れる。

 

「うむむー、頭を揺らされるとー、更に眠たくー・・・」

 

だんだんと尻すぼみになっていく声に疑問を感じていると、寝息が聞こえ始める。

・・・寝たのか、今の状況で。

こういうときの風は膝から降ろそうと少し動かしただけで目を覚まして不機嫌そうにこちらを見上げてくるからな。

しばらく膝の上で満足いくまで寝かせなければなるまい。

 

「足、持つかなぁ」

 

きっとしばらく正座した後のような痺れが数時間後に俺を襲うんだろうけど、まぁ今は風の感触でも楽しんでおくか。

 

「っ!」

 

慌ててあたりを見回しておく。

・・・ふぅ、月あたりに見つかると死活問題だからな。

 

「くぅ」

 

「おっとっと」

 

かくん、と落ちた風の頭を調整し、安定させる。

よしよし、これで落ちたり倒れたりすることはないはずだ。

それにしても、そよ風に乗って届く風の匂いが心地よい。

・・・そよ「かぜ」に乗って届く「ふう」の匂いな。

今、ちょっとだけややこしい名前してるなと思ってしまったのは仕方のないことなのだろう。

星とか月とかもたまに紛らわしいときあるよな。

 

「そういえば、風が寝てる間ずっと宝譿がペロキャン持ってるけど・・・重くないのか?」

 

両手でペロキャンを持つ宝譿は、傍目から見ても大変そうだ。

自分よりでかいからな、この飴。

 

「それ、重くないのか?」

 

取り敢えず聞いてみることにした。

宝譿は一瞬びくりとしたが、すぐにこちらに顔を向けて首を横に振った。

 

「どっちだ、それ。重いのか?」

 

こくこく、と首肯。

さっき首を横に振ったのは重くないわけないだろう、という意味だったのだろう。

ふむ・・・やっぱり、重いのか。

というか、こいつどうやって動いているんだろうか。

つんつん突っついてみる。ペロキャンを持っている所為か抵抗できずに左右に揺れているのが中々面白い。

 

「この動き・・・そうか、ダンシングフラワー・・・か」

 

宝譿を初めて見てから存在していた違和感がすっきりした。

そうだ、こいつ、あの音に反応して動き出す玩具に似てるんだ。

 

「おりゃ、おりゃ」

 

まるでやめろ、とでも言うようにいやいやと首を振るが、ちょっと楽しくなってきた俺は止められない。

それからしばらく――厳密には風が起きてじとりとした目をこちらへ向けるまで――俺は宝譿をつついて遊んでいた。

 

・・・

 

「まさか、おにーさんがいたいけな少女に悪戯をして喜ぶ変態さんだったとは~」

 

「いたいけな少女て・・・風には何もしてないだろ」

 

「・・・ほほ~」

 

「何だよその目」

 

「いえいえ~。おにーさんは響ちゃんや孔雀さんを手篭めにするような方ですから~、風もその毒牙に掛かってしまうのかと心配で心配で~」

 

「普通自分の身を案じる人間はそんな顔して不安を語らないんだぞ?」

 

「おや、不安そうな顔をしていませんでしたか~?」

 

にやにやとこちらを見上げる風。

・・・これは、からかわれてるな。

ま、この程度なら可愛いもんだし、適当にあしらえばすぐに飽きるだろう。

 

「この調子で、鈴々ちゃんや美衣ちゃん・・・果ては璃々ちゃんまでも手篭めにするのでしょうね~」

 

「何でそんなサイズ小さ目の娘ばっかり・・・俺を変態にしたいのか、風」

 

「変態にしたいのではなく、おにーさんが変態であるという事実を確認しているだけなのですよ?」

 

どうやら、風の中では俺はすでに変態認定されてしまっているらしい。

なんと理不尽な。

だがはっきりと否定できないのはなぜだろうか。

 

「ああ、後壱与さんとかもいましたね~」

 

「よーし分かった。何が望みだ」

 

少し粘ろうと思ったが無理だ。すぐに降参してしまった。

流石は風。

追い詰め方がプロレベルだ。

 

「んふふ~。風はおにーさんとお話できればそれで満足ですよ~」

 

その後、「ですがー、なんだか甘いものが食べたくなりましたねぇ」と続ける風。

・・・そのくらいならお安い御用だ。

 

「分かったよ。どこだ? 新しく出来た甘味処か?」

 

名前は確か、らいむ・・・なんとかだったかな。

 

「おぉ、良いですね~。風も気になっていたのですが、未だにたどり着けたことが無く~」

 

猫に誘われたり眠気に誘われたりしているからだろう。

ふらふらと猫に誘われて路地裏に入り、うとうととしている場面が容易に想像できる。

 

「じゃ、早速いくか。意外と人気店だからな、あそこ」

 

店の制服が和服っぽいものにフリフリエプロンだというのも人気の秘密なのだろう。

開店直後に一度だけ食べたのだが、あそこの豆大福が中々おいしいのだ。

 

・・・

 

「んむー・・・」

 

俺の前に座る風は、いつものペロキャンの代わりに大福を咥え、これでもかと言うほどに伸ばしている。

この光景は凄く和む。眠気を我慢する桃香と元気に抱きついてくる璃々と並ぶ和み度だぞ・・・。

 

「んむー・・・んむ? そんなに風を見つめてどうかしましたか~?」

 

「いや、少し戦慄を覚えてただけだから大丈夫だ」

 

「おにーさんが戦慄を覚えるような状況を普通大丈夫と言わないのですよ~?」

 

・・・そうか?

ちょくちょくそういう時はあるけどな。

黒月降臨した時とかさ。

 

「それにしてもこの大福と言うお菓子は美味しいですねぇ。何でも、甲賀さんの故郷のお菓子だと聞いたのですが~」

 

「ん、そうだよ。・・・煎餅の次は大福たらふく食べさせられてちょっときつかったけどな」

 

「試食係が板についてきたと言うことですね~」

 

そんな会話をしている間にも風は大福を全力で伸ばしながら食べ終え、二つ目に手を伸ばす。

よほど気に入ったらしい。

 

「あんまり急いで食べるなよ?」

 

風にしては結構早めに口が動いているので、一応注意しておく。

こちらを見上げながらこくこくとうなずく風。

だが、口の動きは一向にゆっくりにならないので、相当夢中になっていると見える。

 

「正月とかはお雑煮に夢中になるタイプだな」

 

少し苦笑しつつ、俺も大福に手を伸ばす。

うんうん、やっぱり旨いな。

それに、ここの店員の制服も可愛い。

味覚と嗅覚、更に視覚も満足させてくれるとは、中々レベルの高い甘味処じゃないだろうか。

 

「じとー」

 

「む・・・なんだその視線」

 

口で「じとー」とジト目を表現するのは初めて見たぞ。

 

「目の前に風がいるのに他の女の子に目移りとは・・・駄目ですね~」

 

「悪い悪い。お詫びに俺の分も大福やるよ」

 

「おぉ~、拗ねてみるものですね~」

 

拗ねてたのか・・・。

と言うか、他の女の子を見てることを風に指摘されるとは思わなかった。

こういうのにちょっと無頓着っぽい娘だと思ってたのだが・・・やはり乙女だと言うことだろうか。

 

「んむー・・・」

 

幸せそうに大福を口に運ぶ風。

どうやら機嫌は直ったようだ。

ほっと一息ついていると、すぐそばの大通りから俺を呼ぶ声が。

 

「あれ? にーさま?」

 

「ん? お、流流じゃないか。買い出しか?」

 

「はい。あ、風さまもいらっしゃったんですね」

 

「んむー・・・こんにちわですよ~」

 

「あ、それ大福ですよね。天のお菓子だそうで」

 

「ああ。流流も食べていくか?」

 

俺の皿にはまだ数個残ってるし。

 

「良いんですか? ・・・実を言うと、結構気になってたんですよね、これ」

 

流流はそういうと、俺に勧められるままに卓につく。

どうぞ、と大福の皿を流流の前にずらすと、流流は一言の礼の後、ひょいと大福に手を伸ばした。

 

「はむっ。・・・んんっ、これ、結構伸びるんれふね」

 

風のように大福を口に含んだままびよんと伸ばす流流。

流流は何とか大福を噛み切ると、味わうように口を数度動かす。

表情に笑みが浮かんでいるところを見るに、流流のお眼鏡に適ったらしい。

 

「美味しいですっ。中身はあんこで、外側はおもちですか。・・・んむんむ、これは良いですね」

 

「風もお気に入りになったのですよ~。これからはお菓子が食べたくなったらここに来ることにしましょうか~」

 

「そういえば季衣はいないのか?」

 

「お買い物に季衣を連れてくると買い食いで一日が終わっちゃうので・・・」

 

「ああ、なるほど」

 

俺も以前鈴々と一緒に愛紗のお使いに行った時、そんな感じだったな。

鈴々があれもこれもとねだったおかげで、昼には用事をすべて終わらせられる予定が一日中外を回ることになったからな。

愛紗にはこっぴどく怒られたが、鈴々に笑顔でお礼を言われては恨めまい。

撫でるとくすぐったそうに笑う鈴々は最近のお気に入りである。

 

「どうしても一緒に行くときは出かける前にいっぱい食べさせてからじゃないと無理ですね」

 

苦笑いに近い笑顔を浮かべる流流だが、季衣のことが嫌いだというわけではないんだろう。

楽しそうに季衣のことを話している流流はとても微笑ましく見える。

なんだかんだ言っていいコンビなのだろう。

ちょくちょく中庭を壊滅させるような喧嘩をするが、喧嘩するほど何とやらを体現しているような二人はすぐに仲直りしている。

・・・喧嘩をした後に作る流流のお菓子や料理は若干豪華になるので、ちょっと楽しみであることは伏せておこう。

 

・・・

 

「すっかり冷えてきたなぁ」

 

秋になってからしばらく。

少しずつ気温が低くなっているのを肌で感じながら、顔を洗いに井戸へと向かう。

 

「あー・・・目が覚めるぅー・・・」

 

完全に気が抜けた声で呟く。

朝には滅法弱いので、こうして無理やりにでも目を覚まさないと途中で寝てしまうのだ。

毎朝ここに来ているからか、目を瞑っていても・・・それこそ、途中で寝てしまっても勝手に体が動くようになってしまった。

急に冷水が顔に掛かった、と思ったら井戸の前に立ってた、とか夢遊病を疑うレベルの習慣づけである。

 

「昨日は久しぶりに一人で寝たからなぁ・・・人肌が恋しい」

 

一日程度で何を言ってるんだと言わないでくれ。

この朝の洗顔と同様、毎日と言っていいほどに誰かと同衾していれば、いざ一人で眠ろうとしたときには違和感しか残らない。

布団に入って「さて、隣にスペースを作らないと」なんて真っ先に考えるようになってしまったからな・・・。

 

「嬉しいことだけど・・・あんまり慣れすぎるのも怖いなぁ」

 

かといってこれから一人で寝たいかと言われるとそうでもないんだよなぁ。

ま、別に不自由してるわけじゃないんだし、俺なんかと一緒に寝て喜んでくれるんだったら俺も嬉しいしな。

 

「朝飯は・・・んー、部屋で食べるかなぁ」

 

寒くなってくると外に出るのがだんだん億劫になってくる。

だから冬に近づくにつれて俺が自室で食事を取る頻度は高くなるのだが・・・。

 

「あっ、いたいた!」

 

「・・・響か。おはよう」

 

「おはようございますっ。ご飯食べに行くよー!」

 

「いや、今日は部屋で」

 

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 

あ、やっぱり話を聞いてもらえないパターンですか・・・。

うん、分かってたよ。響が来た時点で八割くらい覚ってた。

でもさ、残り二割に賭けたくなるだろ。それが男ってもんだろ。

 

「今日の朝ごはんはねー、ご飯とー、お魚とー、後なんだっけ、あのぽりぽりするやつ!」

 

俺を引っ張りながら響が献立を説明してくれた。

なるほど、白米、焼き魚、漬物の和風献立らしい。

未だに味噌は出来てないんだよなぁ・・・。

 

「私は調理に参加してないけどー・・・その分、愛情たっぷり込めたから!」

 

「おー、楽しみだ」

 

調理に参加しないでどうやって愛情を込めたのか、とても興味深くはある。

ああいうのは相手のことを考えて調理することを「愛情を込める」と言うのではなかろうか。

・・・一瞬侍女喫茶のサービスが頭をよぎったが、あれは方向性の違う愛情の込め方なのでノーカンだ。

響に頼んだらやってくれるかな、「萌え萌えキュン」って。

 

「でもなー・・・ケチャップがないんだよなぁ」

 

「けちゃっぷ? なんだか可笑しい響きだね。食べ物?」

 

「調味料かな。赤くてとろっとしてて、ちょっと酸っぱいんだ」

 

「血の事?」

 

「え?」

 

「ぇ?」

 

「なにそれこわい」

 

この娘は何を言っているんだろうか。

あれ、もしかして響さんは血を吸ったりした事があるんでしょうか・・・。

 

「え。何なの? 何でちょっと距離を取ってるのギルさんっ」

 

「いえ、その、流石の俺も真祖は荷が重いと言いますか・・・」

 

「敬語っ!? 心の距離も取られてるよ!?」

 

「やはり楽元さんのように俺とは違う存在の人には敬語を使うべきかと思いまして・・・」

 

「まさかの姓名呼びっ!? やめてよ真名で呼んでよっ」

 

流石に可哀想になったのできちんと対応することに。

 

「冗談はここまでにして・・・あんまり怖いこと言うなよ、響。ちょっとびっくりしただろ」

 

こいつ、目の色赤いからな。

まさかと思って悪乗りしてしまった。

 

「えへへー。危険なかほりのする女を演出できたー?」

 

「・・・ある意味でな」

 

「んふー。メロメロ?」

 

「元からメロメロだって」

 

そう言いながら響の頭を撫でる。

俺の言葉が予想外だったのか、目を大きく開いて頬を染める響。

 

「あ、えと、てへへぇ・・・嬉しいなぁ・・・」

 

ふひひぃ・・・可愛いなぁ・・・。

ハッ・・・!? い、いけないいけない。意識が飛んでいた。

これがギャップ萌えと言うものか!

 

・・・

 

「よし、栄養補給完了だ」

 

朝食を食べ終わり、食器の片づけを同僚に手伝わされている響を置いて食堂を出る。

それにしても今日の朝食も美味しかった。

中華も良いけど和食も良いよね。そろそろハンバーグも食べたくなってきた。

 

「ま、その辺は一刀に丸投げかな」

 

太陽の光を受けながら背伸びする。

いつものことながら、仕事はすぐに終わる量だ。

気が向いたときに行けば良いだろう。

・・・なんてことを口に出してしまうと愛紗に怒られるので心のうちに留めておく。

 

「さぁてと。少し散歩でもするかな」

 

今日は・・・あっちの山のほうにでも向かってみるか。

よし、と一人頷いて一歩踏み出すと、胸部あたりに軽い衝撃。

 

「きゃぅっ?」

 

そして、やけに奇妙な声が聞こえた。

どうやら、前しか見ていなくて誰かにぶつかられたらしい。

・・・このくらいの大きさと言えば、大体想像はつくが、とりあえず視線を向けてみる。

 

「あいたた・・・あっ、ご、ごめんなさい! ちょっとボーっとしてて・・・って、ギル様っ」

 

「やっぱり明命か。大丈夫か? どこか怪我してたりは・・・」

 

「ぜっ、全然大丈夫です! ・・・あたたたっ」

 

「どこか痛めたんだな。結構勢い良くぶつかったからなぁ・・・」

 

どのへんだ? と声を掛けながら明命が手で押さえている場所へ視線を向ける。

どうやら、尻餅をついた時に少しだけ腰を痛めたらしい。

そこまで酷くはないみたいだが、湿布くらいの手当てはしておくべきだろう。

 

「歩けるか? ・・・いや、歩けても歩かないほうがいいかもな」

 

腰に負担の掛からない運び方は・・・担架か。

果たして俺は一人で担架を持てるだろうか。

・・・無理だな。

 

「ちょっと響くかもしれないが、背中で我慢してくれ」

 

「へ? えと、一体なんの話・・・わわっ!?」

 

「よっと。・・・軽いな。一瞬背負うの失敗したかと思った」

 

やっぱり隠密行動には軽さが必須なのだろうか。

今度アサシンの体重を響に聞いてみることにしよう。

 

「ぎ、ギル様っ、おろ、降ろして下さいっ」

 

「残念。あなたの要望は却下されてしまいました」

 

それにしても軽いな。

・・・背中に当たる感触も軽いな。まるで無いかのような・・・。

あぅあぅする明命の温もりを背中に感じつつ、救護室へと向かう。

 

・・・

 

「よし、これで大丈夫だろう」

 

救護室にたどり着き、寝台に明命を横たわらせて湿布を用意して貼り付ける。

明命はうつ伏せに寝転んだまま顔だけを横に向けて申し訳なさそうに呟く。

 

「あうぅ・・・ギル様に手当てさせてしまってごめんなさい」

 

そんな明命の頭を撫でながら、気にしなくても良いのにと思う。

 

「謝ることじゃないって。むしろ俺が謝らないと駄目なぐらいなんだから」

 

言ってはみるが、真面目な明命が納得するとは思っていない。

とりあえず撫で続けて話をうやむやにするのを狙ってみる。

 

「にしても、ここに人がいないのは珍しいな。いつも誰か彼か詰めてるもんだが」

 

救護室と名前は厳ついが内装は学校の保健室チックだ。

と言うか、学校の保健室に似せているので保健室のようになるのは当たり前なのだが。

 

「そういえばそうですね。・・・え? いないんですか? だ、だったらギル様と二人きり・・・!?」

 

「ん? どうした?」

 

「い、いいえ! 何でもありません!」

 

「・・・なんでもないという割には顔が赤いけど・・・熱でもあるのか?」

 

「ちっ、違います! 少しすれば落ち着きますからっ」

 

そう言ってうつ伏せの格好のまま枕に顔を埋めた。

耳まで真っ赤になっているのを見るに、なにやら恥ずかしいことでも妄想してしまったのだろうか。

うんうん、大丈夫。お兄さんは理解できるよ。

朱里とか雛里が八百一本を製作してるのがばれた時もおんなじ行動とってたからな。

 

「ふ、二人きり・・・うぅ、なんかどきどきして来ました・・・」

 

・・・なにやらぶつぶつ言っているようだが、枕に顔を埋めているためかまったく聞こえない。

まぁ、聞かれたくない言葉だって言う可能性もあるし、スルーしておくことにしよう。

 

「そろそろ普通に歩いても大丈夫なころだと思うけど・・・大丈夫か?」

 

「二人っきり、二人っきり・・・あぅあぅ・・・」

 

「・・・明命?」

 

「ふぁいっ!? 何ですかっ!?」

 

「いや、湿布も固定したし、起き上がっても大丈夫だよって言ったんだけど・・・」

 

「あ、はい! えっと、えっと・・・大丈夫ですっ」

 

「おい、そんな急に起き上がったら!」

 

「ふぇ? わわっ!?」

 

急に起き上がった所為で少し痛みが走ったのだろう。

バランスを崩した明命がこちらに倒れこんでくる。

 

「おっとと。ナイスキャッチ、俺」

 

床にぶつかるのを想像したのか目を瞑ったままの明命をしっかり受け止める。

恐る恐ると目を開いた明命と俺の目がばっちりと合った。

・・・改めてみると、大きくてクリクリしていて可愛らしい目である。

 

「ぎ、ギル、さま・・・?」

 

「うん? そうだけど」

 

「・・・あぅあぅ」

 

俺の腕の中で俯いてしまう明命。

人差し指同士をつんつんとあわせているのを見るに、先ほどと同じように恥ずかしがっているらしい。

まぁ、明命はこういう風にされるの慣れてないだろうからなぁ。

 

「よっと。座るのは大丈夫か?」

 

「あ・・・は、はい」

 

寝台の縁に明命を座らせると、もじもじとし始める明命。

 

「明命が何であんなに慌ててたかは大体分かるけど・・・そろそろ俺に慣れて欲しいな」

 

「あぅ・・・ご、ごめんなさい」

 

「ま、急にこんなこと言われても困るよな。ゆっくりでいいからさ」

 

そう言って再び明命の頭を撫でる。

猫好きな明命は嗜好とは反対に犬っぽい女の子なので、撫でてあげると少し落ち着いてくれる。

 

「さて、今度こそ行こうか。・・・ん?」

 

「ふぇ?」

 

「手、怪我してる」

 

「え? ・・・わ、ほんとだ。さっきどこかに引っ掛けちゃったみたいです」

 

「まぁ、軽い怪我で良かった。ちょっと待ってて。消毒液と包帯があったはず」

 

俺は結構救護室の常連だったりするので(気絶した副長の手当てやら追いかけている途中で転んでしまった副長の手当てやら恋に吹き飛ばされた後の副長の手当てやらで)、道具の場所はすべて把握している。

記憶の通り棚に置いてあった消毒液と包帯を取り出し、明命の手当てをする。

消毒したときに少しだけ沁みたのか、一瞬顔をしかめる明命。

 

「ここをこうして・・・よし、完璧」

 

「凄いですねっ。早いし綺麗だし・・・ありがとうございますっ」

 

「はは、慣れれば誰でもこれくらい出来るよ」

 

副長は頭やら腹やら足やら腕やら背中やら色んなところ怪我するからな。

そのたびに救護室の人に応急処置を習っていたり実践してたらそりゃ上達すると言うもの。

 

「さ、今度こそ大丈夫だな」

 

「はいっ。・・・あの、色々とありがとうございましたっ」

 

「良いよ、全然気にしてないから。今後はお互い気をつけような」

 

「はいっ」

 

すっかり元気になった明命と共に、俺は救護室を後にした。

 

・・・




「あ、思い出した。らいむらいとだ」「なんだか酸っぱそうなお名前ですねぇ」「残念ながらレードルは無いんだけどな。魔法少女か・・・良いな」「おにーさんの笑顔が怪しいのですよ~」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十八話 甘味処に

「甘味処といえば、体重を気にする幼馴染にパフェとか勧めまくったの思い出すなぁ」「・・・食べさせるギルもギルだけど、食べる幼馴染も幼馴染だよな」「あいつはなんか誘ったら断らなかったからさー。・・・俺も、虫歯のときとかに大福勧められて断れずに食ったけどさー」「・・・話何回か聞いてるけど、本当に仲良いよな、ギルとその幼馴染」「まぁ、長い付き合いだしねぇ」


それでは、どうぞ。


「はい、お茶が入りましたよ」

 

「ん、ありがと」

 

月作の昼食を自室で食べた後、これまた月が煎れてくれたお茶を飲む。

ふむ、至福・・・。

 

「今日の昼飯は月が作ったんだよな? いつも通り美味しかったよ。ありがとな」

 

「へぅ・・・私も、美味しいって言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます」

 

「いやー、仕事の息抜きには最高だよなぁ、こういう時間は」

 

そう呟きながら、お茶を一口。

勝手に漏れてくるため息を吐き出しながら、椅子に深く腰掛ける。

 

「ふふ。こんな時間が、ずっと続けばいいのにって思います」

 

そう言って、月は窓の外へ目を向ける。

俺も釣られて外へ視線だけ向けると、少し風が強いのか、砂埃がちらほらと視界をよぎった。

もう冬も近いのかな。

 

「月、こっちおいで」

 

そう言って月を手招きする。

一瞬戸惑った月だが、すぐに意図を理解したのか頬を赤く染めながらおずおずと俺の膝の上へ。

 

「よっと。んー、やっぱり軽いなぁ。ちゃんと食べてるか?」

 

「へぅ・・・あんまり食べちゃうと、今度は重くなっちゃいます」

 

「そうかー? これはもう少し食べないと不味いんじゃないかなってレベルだぞ」

 

「れべる・・・ですか?」

 

「あー、いや、うん。なんでもない」

 

「? そうですか」

 

こちらに背を向けて膝に乗る月の髪の毛に触れる。

ゆっくりと手で梳くように頭を撫でると、ゆっくりと月は俺に背中を預けてくる。

 

「・・・気持ちいいです、ギルさん」

 

「そうか? ・・・まぁ、月の頭は何度も撫でて知り尽くしてるからな」

 

「へぅ・・・」

 

「知り尽くしてるのは頭だけじゃないけどな」

 

「ふぇ? ・・・っ! ぎ、ギルさんっ。は、恥ずかしいことを言わないでくださいっ」

 

俺の言葉の意味が分かったのか、頬に手を当てていやいやと頭を振る月。

そのたびに振り回される髪の毛からふわりと月の香りが届く。

うん、我慢の限界かな。

そんなことを頭の片隅で他人事みたいに思いながら、月の腰に手を回す。

 

「ひゃっ・・・ぎ、ギルさん?」

 

驚きながらも俺の手に自分の手を重ねてくれる月。

 

「ま、まだお昼ですよ? ・・・それに、えと、明るいと恥ずかしいです」

 

「ははっ、まだ何にもしてないだろ? 何想像してるんだ?」

 

「へぅ・・・ギルさんは意地悪です」

 

少しだけ頬を膨らませる月。

小動物のようなその表情につい笑ってしまった。

 

「も、もうっ。笑わないで下さいっ」

 

「ごめんごめん。さてと、どうする?」

 

「何がですか?」

 

「ご飯も食べたし・・・散歩でも行くか?」

 

「お散歩・・・いいですねっ。行きたいですっ」

 

「よしっ。じゃあ善は急げと言うことで早速行くか」

 

月を膝の上から下ろし、立ち上がる。

川のあたりまで歩いてみようかな。

あの辺なら景色もいいだろうし。

散歩のコースを考えながら部屋を出ると、月がくいくいと裾を引っ張ってきた。

 

「あの・・・手を、繋ぎたいです」

 

「ああ、良いよ。ほら」

 

差し出した手を優しく握る月。

控えめに絡めてくる指に応えながら、外に向けて歩き出す。

・・・城から出るまでに、龍討伐の時の兵士たちに見つかって散々恨みの言葉を吐かれたのは省略することにする。

 

・・・

 

と言うわけで川まで来たんだけど。

どうしようかな。景色を見てるだけと言うのも良いが・・・。

 

「紅葉が綺麗ですね」

 

「ん、そだな。紅葉狩りもいいかもなぁ」

 

弁当でも持ってくるべきだったか。

・・・昼飯を食べたばかりだったな。

そんなことをつらつらと考えていると、月が寄り添ってくる。

 

「ん、寒いか?」

 

「あ、えと・・・ちょっとだけ」

 

「そっか。じゃあ、町に行って何か温かいものでも飲もうか」

 

「はいっ」

 

そんなに早く帰るなら何でここに来たのかというのは言ってはいけない。

まぁ、腹ごなしに散歩するのが目的だったわけだし、良いんじゃないかな。

 

・・・

 

町まで戻ってきて、目に付いた喫茶店(のようなもの)へと入店する。

昼食は食べ終わってしまっているので、お茶と軽いお菓子だけを注文して、人の往来に目を向ける。

 

「やっぱり昼間は人でいっぱいだよな」

 

「そうですね。でも、いっぱい人が歩いていると言うのは平和なことなんだと思います」

 

「そっか。・・・そうだな」

 

最近だと夜にも沢山出歩いている人がいるみたいだしな。

賊などの脅威が薄れてきている証なのだろう。

 

「そういえばギルさん、今日はお仕事は無いんですか?」

 

「無いよ。訓練は副長に任せてあるし、書類仕事は俺が手伝うほどじゃないみたいだし」

 

「そうですか。じゃあ、今日はずっと一緒にいられますね」

 

嬉しそうな表情でにこりと微笑む月。

恥らう表情も可愛いが、こっちも可愛いな。

この娘を部屋に持ち帰りたいんですがかまいませんねッ!

 

「お待たせしました」

 

店員の声で我に返る。

危ない危ない。

 

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

目の前に置かれた湯飲みと、卓の真ん中に置かれた饅頭からはほかほかと湯気が上っている。

うん、これは美味しそうだ。

そういえばこの店に来るのは初めてだな。

採譜を見ておくとしよう。今はちょっと入らないが、美味しそうなものがあればまた来るときの楽しみになるしな。

お茶を片手で持ちながら、空いた手で採譜を持ち、眺める。

 

「何か美味しそうなものはありますか?」

 

「ん、そうだな・・・この桃まんとか良いんじゃないかな。意外と桃まんってやってるところ少ないから」

 

「桃まん、ですか。そういえばあんまり作ってるところ見ませんね」

 

「俺が知ってる中でも二つくらいしか無いな。片方は確かもう作ってないし」

 

「あ、それって確かおじいさんがお饅頭作っていたお店ですよね? 少し前お使いの途中で立ち寄ったらもう作れなくなったんだって言ってましたよ」

 

「そうなのか。まぁ、あのおじいさん結構いい年だからなぁ。あんまり無理して欲しくは無いが・・・あの桃まん食べれなくなるのかぁ」

 

作っているところが少ないからと言うのもあったかもしれないが、あそこの桃まんは絶品だった。

そういやもう一つの方はあんまり行ってないな。今度ためしに行って見ようかな。

 

「あ、お兄さんだーっ」

 

「あ、桃香様」

 

「桃香? ・・・仕事は?」

 

「ゔっ・・・だ、大丈夫っ。後でちょっとだけ頑張ればすぐ終わるから! 今はちょっとだけ休憩!」

 

無理だな。絶対後で手伝うことになるだろう。

まぁ、いいか。桃香の仕事を手伝うのは慣れてるからな。

後で愛紗も宥めないといけないか・・・そっちのほうが大仕事だ。

 

「あっ、お菓子だ~。・・・はうっ。うぅ、お腹ぺこぺこなの思い出しちゃった」

 

「はぁ・・・。座って良いよ。一緒に食べよう。すいませーん、追加良いですかー」

 

腹の虫が鳴き始めた桃香に席をすすめ、声を上げる。

こちらに気づいた店員がこちらへと駆けてきた。

先ほどと同じようにお茶とお菓子、そしてついでに桃まんを頼む。

桃香が食いきれなければ俺が処理すれば良いし、少し多いくらいが良いだろう。

 

「はむはむ・・・んー、美味しいよっ」

 

「そりゃ良かった」

 

「ふふ。とっても美味しそうに食べますね、桃香様」

 

「だって美味しいんだもん。あっ。桃まんといえば、お城近くのお饅頭屋さんのおじいちゃん、桃まん作るのやめちゃったんだって~」

 

残念だよねぇ、とため息をつく桃香に、俺と月は苦笑を浮かべる。

 

「ふぇ? ど、どしたの? なんか変なこと言っちゃった?」

 

「いや、ついさっき俺たちもおんなじ話してたからさ」

 

「はい。今度来たときにここの桃まんを食べましょうねってお話もしてたんです」

 

「そうなんだ~。えへへ、じゃあ丁度良い時に来たんだね、私」

 

まぁ、桃香にはご自慢の桃まんが二つ・・・っとと。

このネタは三回目くらいだな。自重しないと。

 

「そういえば、今日は一人で仕事してたのか?」

 

「ふぇ? んーん。朱里ちゃんとー、雛里ちゃんも一緒だったよ」

 

「・・・愛紗が後で見に来るとかは言ってなかった?」

 

「どうだったかなぁ・・・。えーと・・・あ゙」

 

心当たりがあるのか、桃香の笑顔が凍った。

だらだらと汗を流しているのを見るに、おそらく後で愛紗が来るのに何も言わずに抜け出てきてしまったのだろう。

 

「・・・あーあ、しーらね」

 

「ふぇーん! お兄さん、何とかしてよぉー!」

 

「無理に決まってんだろ。それより俺たちから離れろ。流石に爆心地にはいたくない」

 

「愛紗ちゃんは爆発物じゃないよぅ!」

 

「へぅ・・・お疲れ様です、桃香様」

 

「ちょっ!? 月ちゃんまで見捨てる態勢!?」

 

やめてよー! と騒ぐ桃香の背後の群集が騒がしくなる。

・・・来たか。

 

「ねぇねぇ! 何とか愛紗ちゃんから隠れる・・・どうしたのお兄さん、そんなに私の背後を凝視して・・・ま、まるで愛紗ちゃんが立ってるみたいな・・・?」

 

「なんというか・・・ご愁傷様、桃香」

 

「ええと・・・桃まんは後でお届けしますね、桃香様」

 

俺と月の言葉を聞いた桃香は覚悟を決めたのか後ろを振り向こうとする。

だが、その前にその方にほっそりとした手が置かれた。

 

「桃香様?」

 

「ひゃいっ!」

 

「先ほど政務室に行った所書類だけが放置されていたのですが・・・何故でしょうか?」

 

こ、こえぇ・・・。

気合入れたマイナスみたいな顔してるぞ、愛紗。

 

「な、なんでかなー。ふ、不思議だねぇ愛紗ちゃん」

 

「そうですね。ふふふふ」

 

「あ、あはははははー・・・ごめんなさいっ!」

 

「今日という今日は許しませんっ! 来て下さい!」

 

「ひーん!」

 

観念して謝った所までは良かったけど・・・遅すぎたな。

愛紗に強制ドナドナされる桃香に手を振って見送る。

 

「・・・後で、桃まんを包んで行きます」

 

「ああ。俺も、後で手伝いに行ってやらないとな・・・」

 

店員が持ってきた桃まんに視線を移しながら、俺たちは苦笑した。

 

・・・

 

「おーす、差し入れにきたぞー」

 

「お邪魔します」

 

がさがさと紙袋を抱えながら政務室の扉を開く。

中には桃香と愛紗、朱里と雛里の四人が政務を進めているところだった。

 

「あっ、お兄さん! お手伝いに来てくれたのっ!?」

 

「ギル殿・・・あまり桃香さまを甘やかすのは・・・」

 

「はは・・・。まぁ、ちょっと位は大目に見てよ。愛紗たちにも差し入れ持ってきたからさ」

 

あの後、店の人に言って桃まんをいくつか包んでもらったのだ。

もちろん桃香だけではなくみんなの分も用意してある。

 

「お茶、煎れてきますね」

 

「ん、お願い。ほら、一旦休憩しようぜ。様子を見るに昼飯も食べずにやってるんだろ」

 

「はわわっ。な、なぜそれを!?」

 

「あわわっ・・・す、凄いですっ・・・」

 

・・・まぁ、朱里たちは毎回仕事に集中すると食事を疎かにするからな。

この辺は長い付き合いの中で学んできたことである。

 

「ほら、愛紗も。一緒に一休みしようぜ」

 

「で、ですが・・・まだお仕事が・・・」

 

「良いから良いから。はい座る」

 

そう言って俺は半ば無理やり愛紗を椅子に座らせる。

最後まで渋っていたが、月がお茶を、俺が桃まんをそれぞれの前に置くと、諦めたようにため息をついた。

 

「はぁ・・・分かりました。ですが、少しだけですよ? 後で書類の整理手伝っていただきますからね」

 

「分かってるって。最初っからそのつもりだったし」

 

唐突な休憩時間のつじつま合わせは後で俺が手伝うことでチャラにすると言うのは決めてたことだし。

それに、こうしてみんなで仕事が出来るのは嬉しいことだ。それなりに楽しいしな。

 

「この桃まんは見たことがありませんね・・・新しいお店のですか?」

 

「うん。知ってるかな、ほら、泰山の隣あたりに出来た新しい甘味処なんだけど・・・」

 

「あっ・・・一度だけ、行ったことあります。そっか、桃まんもあったんですね」

 

そう言って魔女帽子を深く被りなおす雛里。

そんな雛里の隣で、朱里が桃まんを両手で持ち口へ運ぶ。

 

「まふ。・・・! なんだか他のお店とは違う感じがしますね・・・餡が違うんでしょうか・・・?」

 

小首をかしげる朱里がそう呟くのを聞いたのか、雛里も桃まんを一口。

咀嚼して飲み込むと、朱里と餡について話し合い始める。

 

「んー! おいひーよ、お兄さんっ」

 

「それは良かった。愛紗はどう?」

 

「美味しいですね。甘さが控えめなので、飽きがこないのが良いと思います」

 

桃香と愛紗は桃まんを咀嚼しながら頷く。

何かに納得しているようだが・・・俺にはわからん。

 

「お茶も美味しいし・・・さいこーだよっ」

 

「はぁ・・・先ほどまで半泣きでお仕事をしていた人と同一人物には見えませんね」

 

「はうっ! あ、愛紗ちゃんっ。半泣きになんかなってないよぅ! ね、二人とも!」

 

そう言って桃香は朱里と雛里に話を振る。

 

「はわっ!?」

 

「あわっ!?」

 

だが、二人は慌てながら視線を逸らしてしまう。

・・・本当に半泣きになってたんだな。そんなに説教が堪えたか。

 

「目を逸らさないでよっ」

 

「で、ですが・・・」

 

「あわわ・・・」

 

「そっか・・・大変だったな、桃香」

 

「うわーん! その優しい目をやめてー!」

 

・・・

 

「そういえば・・・こちらにずっと居るが仕事は大丈夫なのか、月?」

 

「はい。今日はお休みだったので、ギルさんとその、でぇとをしていました」

 

手を頬に当て、きゃっ、とでも擬音がつきそうな恥ずかしがり方をする月。

愛紗は自分から話を振ったにも関わらず若干不機嫌そうだ。

 

「成程・・・我々が仕事をしている間にギル殿は月と出かけていたわけですね?」

 

「あー、愛紗ちゃん嫉妬してるー!」

 

「とっ、桃香様っ」

 

先ほどまで不機嫌そうにこちらを見つめていた愛紗だが、桃香の一言であたふたとし始める。

ほほう、図星なのか。

 

「愛紗は仕方ないやつだなぁ。分かったよ。明日一緒にデートしような」

 

「ギル殿っ! それでは私が駄々を捏ねているようではありませんか!」

 

「・・・違うんですか?」

 

「うっ・・・」

 

朱里からの口撃に胸を抑える愛紗。

これも図星だったらしい。

 

「・・・大正解みたいだね、朱里ちゃん」

 

「はわわっ、愛紗さんも自覚はしてたみたいだね、雛里ちゃん」

 

二人してざくざくと愛紗に止めを刺していく。

なんだか二人とも容赦が無いような・・・。

 

・・・

 

「うぅ~、と、桃香さまっ。このような服、私には似合いませんよ・・・!」

 

「えー? そうかなぁ。ほら、髪型も変えてみて、っと・・・。うん! 似合ってるよ、愛紗ちゃん!」

 

女性用の服屋ではしゃぐ桃香と戸惑う愛紗をぼうっと見つめながら確かに似合うな、と相槌を打つ。

もう何度もここには来てるので気まずさなんて感じない。

店員さんも「ああ、またあの人か」みたいな目をしているし、常連のお姉さんも「ああ、またあの人か」みたいな目をしている。

 

「どうかな、お兄さんっ。愛紗ちゃん、すっごく可愛くなったよね!」

 

「ああ、そうだな。いつもの凛々しい愛紗も良いが・・・そういう可愛らしい服も良いじゃないか。どうだ、後二、三着ほど見繕っとけば良いんじゃないか?」

 

「良いねそれ! あっちにもあるから、いこっか!」

 

「桃香さまっ、ひ、引っ張らないでくださいっ」

 

・・・最初は俺と愛紗のデートのはずだったんだが、いつの間にか桃香にリードされちゃったな。

ま、愛紗も桃香との買い物を楽しんでるみたいだし、文句は無いけどさ。

 

「お兄さーん! 早く早くー!」

 

「はいはい。分かってるって」

 

小走りに駆けていった桃香たちを追いかけ、今居る店とは別の店に入る。

店員さんの「ああ、またあの人か」という目に再び晒されながら、先に入った桃香たちを探す。

 

「ほらっ、これこれ! 色違いのこっちもおそろいで着たら、きっとお兄さんもメロメロだよ!」

 

「め、めろめろ・・・ですか・・・」

 

お、あっちか。

なにやら色違いのミニチャイナドレスを見ている二人の元へと近づく。

あれを着るのだろうか。・・・少し、サイズが小さめのような気が。

 

「あ、お兄さん。これもどうかな?」

 

「良いとは思うけど・・・着れるのか?」

 

「むーっ、失礼だよお兄さんってば!」

 

「・・・じゃあ試着してみろよ」

 

「良いよ! ほら愛紗ちゃんはこっち!」

 

「え? え? いえ、桃香さま私は」

 

「着るの!」

 

「は、はい!」

 

いつに無く燃えている桃香に押し切られ、桃香とは別の試着室へと入っていく愛紗。

・・・愛紗はともかく、桃香は最近運動してないからなぁ。

 

・・・

 

「ひーん!」

 

数分後、桃香の入った試着室から可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

可愛らしいというか、抜けているというかの判断は任せるが、まぁ兎に角奇妙な悲鳴だ。

そんな声を聞いた俺は、やっぱりか、と苦笑しながら桃香に声を掛ける。

 

「桃香、どうだったー?」

 

「ちょ、ちょっと小さい・・・かも」

 

「かも?」

 

「ち、小さい、です・・・」

 

「だろうね。桃香ってば最近ずっと執務室に篭りっきりだったからなぁ。仕方ないよ」

 

「うぅ~・・・が、頑張ってこれを着れる様になるよ!」

 

桃香が意気込みを新たにしていると、愛紗が試着室から出てきた。

 

「・・・先ほどの悲鳴を聞くに、桃香さまは・・・」

 

「うん、まぁ想像通りじゃない? ・・・お、愛紗はやっぱり大丈夫だったか」

 

いっつも訓練とかで動いてるからかな。

青いチャイナドレスが似合っている。

・・・体のラインがはっきりと出ているから、胸の部分が凄まじいことに。

 

「ええ。少し不安ではありましたが・・・ど、どうでしょうか?」

 

恥ずかしそうに聞いてくる愛紗に、笑顔で答える。

 

「もちろん、似合ってるよ」

 

はっきり言わないと愛紗には分かってもらえないからな。

それに、はっきりと可愛いとか似合ってると言われて恥らう愛紗も良いものなのだ。

俺の予想通り、愛紗は「あ、ありがとうございます・・・」と言いながら頬を染め、俯いた。

いつも思うんだけど、手を置けるほど大きい胸って凄いよな。

 

「で、桃香だけど・・・どうする?」

 

「仕方ありませんね。今日はこれから、桃香様には運動をしてもらいましょう。・・・昨日、桃まんも沢山食べられていたようですし」

 

「えー!? せっかくお兄さんとのでぇとなのにー!」

 

「そのでぇとで恥をかきたくは無いでしょう?」

 

「そ、そうだけどー・・・」

 

試着室の仕切り越しに会話をする二人を見守っていると、しばらくの問答の末桃香が折れたらしい。

いつもの服を着て、少し落ち込んだ表情をしながら試着室から出てきた。

手には愛紗とは色違いの赤いチャイナドレス。

目標はそれを着られるように、だな。

 

「よし、じゃあそれを買って早速城に戻ろうか」

 

「それでは、私はこれを着替えてきます」

 

「うん。その間に会計済ませてくるよ」

 

二着分の会計を済ませるとほぼ同時に愛紗が試着室から出てきた。

もちろん手には青いチャイナドレスが。

店員に頼んで二着とも包んでもらい、三人で城へと戻った。

 

・・・

 

「それでは、最初は軽く走ってみましょうか」

 

「えー? 食べた後すぐ走るとわき腹痛くなるんだよー?」

 

「俺の拳骨とどっちが痛いと思う?」

 

「いってきまーす!」

 

動きやすい服に着替えた桃香がすたこらさっさとばかりに走り始める。

やれやれ、見た目と言いちょっとサボり癖があるところと言い、本当に天和と似てるなぁ。

 

「さてと、俺たちはどうする?」

 

「そうですね・・・桃香さまが走り終えるまで時間もあるでしょうし・・・一手、お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「お、良いね。受けて立つよ」

 

宝物庫からエアを抜き取る。

今日も今日とて禍々しい紋様が元気に渦巻いている。

 

「手加減は無用です」

 

「もちろんそのつもりだ。最近は愛紗も油断ならなくなってきたからな」

 

以前せがまれて王の財宝(ゲートオブバビロン)を使ったところ、恋の様に避けられたからな。

そろそろこっちが宝具を制限して戦えるような状況じゃなくなってきた。

 

「では・・・行きます!」

 

青龍偃月刀を構えて突撃してくる愛紗。

単純だが、それ故に無駄なく速い。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「まだまだ!」

 

迫る偃月刀を弾く。

この程度の速さなら俺には通じない。

それは愛紗も理解しているはず。

なら、この突撃はフェイントか・・・何か、この後に連撃が来るはず。

弾いた偃月刀を視界の端に捕らえながら、空いている左手で愛紗に手刀を放つ。

 

「ふっ・・・!」

 

その手刀をちらりと見た愛紗が短く息を吐いたかと思うと、残像が残るのではないかという速度で身体を沈めた。

読まれてた!? 不味いっ、懐に潜られる!

いつも自分がやっていることだけに、その危険度は身体が覚えている。

ほとんど反射で、膝を突き上げる。

 

「つっ・・・」

 

だが、身体を横に回転させながら突っ込んできていた愛紗の顔には、一瞬だけ掠るだけだった。

というかこれ、常人の動きじゃないぞ!?

 

「そこっ!」

 

「くっ・・・!?」

 

隙を突かれ、軸足を払われる。

迎撃に足を使ったのが不味かったか!?

空中に放り投げられたような姿勢になりながら、追撃に入ろうとしている愛紗に天の鎖(エルキドゥ)を放つ。

 

「むっ・・・!」

 

それを見た愛紗は、身体を前転させて無理やり反転し、地面を蹴ってその場から離れる。

天の鎖(エルキドゥ)は愛紗ではなく地面に当たり、思い切り地面を抉る。

・・・見てから避けるとかどんな身体してるんだ・・・。

 

「その鎖・・・やはり厄介ですね」

 

「ある程度動きを操れるしな」

 

俺から距離を取って着地した愛紗の言葉に答える。

結構反則的な宝具だと自分でも思う。

 

「それにしても、あんな動きをされるとは思わなかった」

 

「ふふ。ギル殿とは何度もこうして手合わせしてきましたからね。だんだんと対策も出来てきてるのですよ」

 

そう言って、愛紗は偃月刀をくるくると回し、構える。

低めに構えてるのを見るに、再び懐に潜り込もうという腹積もりだろうか。

・・・それとも、フェイクか・・・?

あまり考え込んでいるとその隙を突かれる。

が、お互いにじりじりと間合いをつめるだけの時間が過ぎる。

・・・思い切ってみるか!

 

「こちらから仕掛ける!」

 

思い切り踏み込み、右から回り込むように飛び掛る。

空中に飛び出すのは愛紗相手では安易かもしれないが、踏み込みはほぼ全力。

ただ飛び出すのとは速度が違う。

副長なら視界の端に捕らえるのも難しいほどの速度で、愛紗の左側面から迫る。

 

「速い・・・っ!?」

 

「そこッ!」

 

エアを突き出す。

うねりを上げて愛紗に迫るが、愛紗も歴戦の勇士。

落ち着いて回転する刀身を避け、偃月刀を突き出す。

首だけで偃月刀を避ける。

頬に刀身が掠るが、気にするほどではない。

 

「はぁっ!」

 

お互いに一撃を外し、一瞬の空白。

地面に着地した体勢の俺と、空中に偃月刀を突き出した態勢の愛紗。

俺と愛紗が同時に行動しようと反応した瞬間。

 

「は、は、はふぅー・・・。愛紗ちゃーん、終わったよぉー?」

 

「っと・・・桃香さま、意外と速かったのですね」

 

「もうそんなに時間が経ってたのか」

 

意外と緊迫した瞬間を過ごしていたからか、予想よりも時間が経っていたようだ。

まぁ身体を暖めるための準備運動みたいなものだしな。

それに、こういう時代に生きているからか最低限の体力はあるみたいだし。

 

「よし、じゃあ次は腕立て腹筋でもやってみるか?」

 

こういうとき、筋トレは基本的なトレーニングといって良いだろう。

 

「愛紗、手伝ってあげて」

 

「はい。桃香さま、やり方はわかりますね?」

 

「うん、まぁ・・・一応」

 

そう言って、桃香は腕立ての体勢を取る。

そして、愛紗の掛け声と共に身体を下ろそうとして・・・。

 

「ふぇっ・・・あ、愛紗ちゃん、お兄さん」

 

「ん? どした?」

 

「まさか、一回目で限界、なんてことは・・・」

 

「む、胸がつっかえるんだけど・・・」

 

「よし、腹筋行ってみようか!」

 

一回目で限界を迎える以前の問題だった。

胸がつっかえて一回も出来ないとかふざけてんのか。

・・・いやでもまぁ、たまにあれにお世話になる身としてはあまりふざけてるとか言えないのが現状なのだが。

早々に腕立てを諦めた桃香は仰向けに寝転がって膝を立てる。

ちっ、スカートだったら良かったのにな。

 

「押さえててね愛紗ちゃん」

 

「はい」

 

「ふ、ににににぃ・・・!」

 

桃香の足を愛紗が押さえる。

なんとも気の抜ける声と共に、桃香の上体が起き上がる。

・・・これで一回か。

 

「ふっ・・・むにににに・・・!」

 

二回目。

若干ぷるぷるしてきてるように見えるのは気のせいだろうか。

胸も「ぼくはわるいスライムじゃないよ」とばかりに主張しているように見える。

 

「まだいけますか、桃香さま?」

 

「だ、大丈夫っ・・・ふんににに・・・!」

 

三回目。

だいぶぷるぷる具合が極まってきている。

あれ? まさかもう・・・限界?

 

「まっ、まだまだぁー! ふにゅううぅぅぅうううう!」

 

まだまだと言われてもなぁ・・・。

四回目でそこまで気合の入った声を入れるようになったら終わりだぞ。

 

「ふぅー、ふぅー・・・」

 

「・・・愛紗、桃香が凄く限界っぽいんだけど」

 

「・・・言わないでおいて下さい」

 

「むむみゅぅ・・・はむう・・・!」

 

「おー、五回目」

 

・・・

 

腹筋は何とか十回まではいけたものの、桃香はその後すぐにギブアップしてしまった。

いや、まぁ、桃香は武闘派じゃないからなぁ。かといって頭脳派ってわけでもないんだが。

 

「・・・」

 

「? どうしたのお兄さん、私のことそんなに見つめて・・・」

 

「・・・ふぅ」

 

「何でため息ついたの!?」

 

「いや・・・はぁ」

 

「何でため息つくのぉ!?」

 

「・・・そのあたりで一旦やめて頂いてもよろしいですか?」

 

「おう。次いってみようか」

 

ぷくぅと頬を膨らませる桃香を撫でて落ち着かせながら、次のメニューへ。

やはりダイエットの定番といえば縄跳び!

宝物庫から清らかで尊き糸玉(アリアドネ)を適度な長さにしたものを取り出し、桃香に渡す。

細くて強度も十分なので、縄跳びの縄には十分だろう。

 

「これは・・・紐?」

 

「・・・ギル殿? まさかとは思いますが、こんな明るい内から妙なことを・・・」

 

「そういうこと言ってると、本当に俺はやるからな?」

 

「わ、私はいつでも大丈夫だよ!?」

 

「桃香さま!?」

 

「・・・いや、取りあえず説明するけど良いか?」

 

なんだか収拾つかなくなってきたし。

桃香の発言を半分ほどスルーしつつ愛紗と俺の分も取り出す。

 

「これの両端を持って、くるっと一回転。足元に来たら小さく飛んでもう一周・・・って感じで続けてくんだ」

 

「成程・・・少しやってみてもよろしいですか?」

 

「もちろん。桃香もやってみようぜ」

 

「う、うんっ。頑張ってみるよっ」

 

二人は俺の手本を見ながら見よう見真似で一緒に飛び始める。

 

「は、ふ、は、ふ」

 

「・・・」

 

桃香は拙いながらも引っかからずに飛んでいる。

基本的な身体能力は良いんだろうなぁ。それを生かせてないだけで。

愛紗は黙々と飛んでいる。たまに口から呼気が漏れる程度で、ほとんど息は切れていないようだ。

俺もしたしたと続ける。所謂ボクサー飛びというものだ。

ふふふ、カッコいいからと生前練習しまくったからな!

これなら体力の続く限り延々とやれるさ!

 

「ふ、ふ、ふ、わわっ、よ、っとと、ふ、ふ」

 

「大丈夫、ですか?」

 

「う、うんっ、はふっ、だいじょぶ!」

 

少し足に引っ掛けたものの、そのまま続行する桃香。

それにしても・・・今は三人向かい合って飛んでいるのだが、この光景は素晴らしいな。

紫苑や桔梗、祭や穏にも縄跳びをやらせてみるべきだろうか。

ぴょんぴょん飛ぶたびに揺れる果実!

もちろん言葉は濁しておく! これぞムッツリのプライド!

 

「はふっ、はふっ、も、もー、限界ー!」

 

「・・・私はまだいけますが」

 

「愛紗ちゃんたちがおかしいんだよぅ!」

 

とんとんと軽い足音を立てながらついに飛んだ回数が百回の大台に乗る。

 

「それに、しても、これは、面白い、ですね」

 

「中々良い運動になるだろ?」

 

「うぅ~・・・私ももう一回やるもん!」

 

こうして、日が暮れるまで縄跳び大会は続くのだった。

 

・・・




「チャイナドレスか。スリットが色っぽくて良い感じ」「分かる分かる! スリットから覗く脚! 最高だよな!」「でもある程度肉付き良くないと映えないよなぁ。その辺は難しい衣装でもある」「あー・・・」「和服作ったし、チャイナドレスも見たし・・・次はドレスでもいってみるか?」「和洋中コンプリートか! 協力するぜ!」「最終目的はウェディングドレスかねぇ」


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第三十九話 勇者と魔法使いの戦いに

「勇者、副長に対する部下からの評価」「1、張勳さまと組んでいるときの厳しさが容赦ない」「2、隊長と組んでいるときのはしゃぎっぷりが容赦ない」「3、最強の将、隊長についていけている時点で変態っぷりに容赦ない」「ちょっと・・・これって誰が言ってるんですか・・・?」「そこはほら、匿名で集めたから」「・・・2番とか3番とかさー、しゃーねーじゃんよー」「・・・?」


それでは、どうぞ。


「・・・邪魔なんだけど」

 

俺の前に座る壱与にそう声を掛ける。

目の前には白く、ほっそりとした足。

なんで目の前に足なのかというと、俺が椅子に座っていて壱与が机に座っているからだ。

 

「そばに付くなと!? そんな殺生な!」

 

「いや、書類の上に座られたら邪魔なのは当たり前だろ」

 

この娘しばらく放っておくと構って欲しいモードになるからな。

ちっ。卑弥呼も構ってやりゃあ良いのに。

 

「私の足に落書きしても良いですよ?」

 

「確かに目の前に足あるけどさー」

 

「あひゅっ!?」

 

ためしにさらさら書いてみたら奇声を上げて机から落ちる壱与。

何なんだこいつ。

 

「あいたた・・・痛みも嬉しいですが、ギル様のまさかのお茶目っぷりを見れたことにも感動です!」

 

「何とかは盲目ってよく言うよなぁ・・・」

 

「?」

 

「なんでもない。そのままの壱与で居てくれって意味」

 

「はいっ。壱与はいつでも通常運転ですっ!」

 

純真な変態って温かい目で見守るものなんだと壱与から学んだのだ。

地面にぺたんと座る壱与を見ながらそんなことを思っていると、扉がノックされる。

 

「たーいーちょー。あーそーぼー」

 

「・・・チッ」

 

「壱与?」

 

「はい?」

 

「・・・いや、なんでもない」

 

凄く不機嫌そうな声を上げた壱与に声を掛けると、凄くきらきらした瞳で見上げられた。

・・・知らんぞ。一瞬般若のような顔になったとか、俺は知らん。

 

「というか副長、変な声掛けしない」

 

「はーあーいー」

 

「・・・幼児退行でもしてんのか? あの小娘」

 

小学生かのような返答をする副長に、壱与のストレスがマッハである。

 

「・・・壱与?」

 

「はい?」

 

「・・・いや、なんでもない」

 

再びきらきらとした瞳で見上げられ、反りがあわねえんだろうなぁ、と一人納得しておくことにする。

 

「で、何か用かー?」

 

「ああ、そうでした。というか、取りあえず入室してもよろしいですか?」

 

「おっと、そうだったな。入れ入れ」

 

そういえば扉を隔てて会話してたな。

ちょっと失礼だったかもしれないな、なんて思いながら入室の許可を出す。

 

「はーい。失礼・・・しましたー」

 

ガチャリと扉を開けて入室しかけ、中に居る人間を視認した瞬間に退室する副長。

 

「副長?」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。・・・部屋の中にコタケさん居ますよね?」

 

「後で屋上な」

 

「と、壱与さんが申しております」

 

「幻覚じゃなかったー! うぅぅ、何でいるかなー・・・」

 

「でも俺が居る限り壱与は手出さないぞ?」

 

「失礼しまーす」

 

俺の言葉を聴いた瞬間に入室してくる副長。

なんて現金な奴なんだ・・・。

 

「適当に腰掛けてくれ」

 

「いえ、立ったままで大丈夫なんで」

 

「壱与は立ってろ」

 

「はいっ」

 

腰掛けろと聞いて机に再び腰掛けようとした壱与を俺の隣に立たせ、机の対面に立つ副長に視線を向ける。

 

「これ、以前隊長がまとめとけって言ってた隊員の要望書とそれぞれの配属です」

 

「早いな。確か一昨日頼んだばっかりじゃないか?」

 

「昨日は訓練休みでやること無かったんで。というわけで、頑張った部下に御褒美くださいな」

 

「んー・・・はい、これ」

 

宝物庫から一着の服が出てくる。

以前渡すタイミングを逃した赤い服である。

防熱効果はもちろん、寒いときには自動で発熱する効果もつけた。

これからの季節役立つことだろう。

 

「おー! 新しい装備ですね! ありがとうございます!」

 

早速広げて色々と確認し始める副長。

 

「ほうほう・・・これからの季節に良いですね、これ」

 

「お、分かるか?」

 

副長もずいぶん魔術の造詣が深くなったものだ。

ちらりと調べるだけでそこまで分かるとは。

 

「ちょっと着替えてみろよ。そっちの部屋、使って良いからさ」

 

「わっかりました!」

 

とたとたと寝室へ向かう副長を見送ると、隣からギリギリと歯軋りの音が。

 

「しんしつ! ギル様! あの小娘、ギル様の寝室できっと寝台の匂いとか嗅いでますよ! 私だったらそうしますもの!」

 

「正座」

 

「はい!」

 

だんだんと壱与の扱いにも慣れてきて、仔犬のようにぱたぱた揺れる尻尾が幻視出来る様にもなった。

ぐりぐりと強めに頭を撫でてあしらうと、俺は再び書類に文字を書き込んでいく。

そういえば、さっき副長から受け取った書類も確認しておかないと。

 

「ふむ・・・もうちょっと増やしても大丈夫かな」

 

「成程! 部隊の人員を少しずつ増やしていって、最後に国を転覆させるのですね!」

 

「何言ってるんだお前・・・」

 

「? 違うのですか? 私が行っていることと同じことをしていたので、つい・・・」

 

「おーい卑弥呼ー!」

 

こいつ国家転覆狙ってやがる!

なんで大人しく後を継ごうとか思わないのか!

 

「うふふっ、私というものが近くに居ながら卑弥呼様を呼ぶなんて・・・嫉妬しちゃいます」

 

しかも病みはじめたぞこいつ!

「嫉妬しちゃいます」の声のトーンがマジだった。

後ろ手に包丁持ってても可笑しくないトーンだ。

 

「でも後数十年もすれば卑弥呼様も現役引退、私の時代になるわけですし・・・でもでも、今すぐにでもギル様を独占したいなーって思ったりも・・・」

 

「着替え終わりましたー!」

 

「まずはあの小娘からかなー・・・」

 

「壱与、口にチャック」

 

「はいっ」

 

チャックチャック、と口を閉じる動作をする壱与。

これでしばらく静かになるだろう。

 

「お、寸法は大丈夫みたいだな」

 

「はい。いつもの謎情報で私の寸法ばればれですからねぇ」

 

くるっと周り、背中も見せてくれる。

うんうん、問題なしだな。

 

「後は動作の確認で副長を火山に落とすだけか」

 

「なんと!?」

 

「いや、だから動作の確認で・・・」

 

「普通人間を溶岩の中に突き落としますかね!?」

 

「いやほら、アイルビーバックするんだろ?」

 

「あいるびー?」

 

「私は戻ってくる、って意味」

 

「無理に決まってんでしょーがたいちょー!」

 

うがー、と前のめりに講義してくる副長。

隣の壱与がぴくぴくし始める。

たぶん我慢できなくなってきてるんだろうなぁ。

 

「じゃあ当初の予定通り溶鉱炉だな」

 

「全然変わってませんよ!? 何でそんなに高熱の場所に突き落としたがるんですか!」

 

そういう確認は作った当初にやっておいてくださいよ! と正論を突きつけてくる副長。

 

「うっさいな! 副長の反応見てからかうために決まってんだろ! 馬鹿か!」

 

「開き直った上に逆ギレですか!?」

 

「はっ! 上司の理不尽に耐えるのも部下の務めだ!」

 

「そーですよ! むしろギル様の理不尽とかごほう」

 

「壱与は口にチャック!」

 

「・・・ちゃっくちゃっく」

 

むぐぐ、と壱与は再び口を閉じる動作をとる。

 

「・・・隊長も、苦労なさってるんですねー」

 

「まぁ、可愛いとは思うけどね」

 

再びぐしぐしと壱与の頭を撫でる。

ちょっと頭がイッちゃってても、一旦可愛いと思えば愛いものなのだ。

 

「ふーん。そですかー」

 

「何でお前自分から聞いておいてそんな興味なさげな訳?」

 

はっぷっぷー、とむくれる副長に首を傾げつつ、最後の書類にサインする。

よし、仕事終わりっと。

 

「さてと、んー・・・中途半端な時間だけど昼でも食べるかー」

 

「ご一緒いたします、ギル様」

 

「良いぞー。副長も来るだろ?」

 

「・・・今日一日くらいは隊長と一緒に居ないと、そちらの魔法王女さんにぶっころころされそうになるんで、ご一緒します」

 

動機は不純だが・・・ま、今日一日くらいは庇ってやるか。

最近副長にはちょっと冷たくし続けたしなぁ。

 

「というわけで壱与。俺と一緒にいる間は副長の言動に怒ったら駄目だからな?」

 

「はいっ」

 

「頑張れたらご褒美くらいはやるから」

 

「はひっ! まさかの罵倒フルコースですか!? やりました!」

 

よくもまぁ、フルコースなんて言葉を知っているもんだ。

きっと卑弥呼と共に平行世界旅行で学んだのだろう。

っていうか、そんなこと俺は言ってないんだけど・・・。

 

「そうと決まれば早速出発いたしましょうっ」

 

そう急かす壱与とその壱与から若干距離を取ろうと俺を挟んで反対側へと回る副長。

相当苦手なんだろうな。副長が一方的に喧嘩売ってるだけにも見えるが。

 

・・・

 

「そういえば壱与さんは何がお好きなんですか?」

 

「そうですね・・・味付けは薄めのほうが好みですね。まぁ一番はギル様が床に投げてくださる残飯なんですけど!」

 

「・・・隊長?」

 

ジトリとした目でこちらを見て怪しむ副長に手を振って答える。

 

「言っておくけど投げたことは無いぞ。勿体無いし。・・・でもほら、たまに床に落とすことってあるじゃん?」

 

「やってるんですね!?」

 

「いやまぁ、嘘だけど。壱与が俺関係の発言したら七割は嘘だと思って良いぞ」

 

「そうします・・・」

 

壱与は妄想激しい娘だって言うのはあの家族計画ノートで分かってたことだしな。

あのノートを添削してる最中にやってきた副長に一度見せたことあるんだけど、見た後に「良くこんなのと会話できますね」って顔してたぞ。

 

「味付け薄めのほうが良いのか。・・・副長もそんな感じで良いか?」

 

「ええまぁ・・・奢って貰う立場なんで、文句なんて基本的に言いませんよ」

 

「・・・言うときがあるのか」

 

「ふっふっふ。私は所謂不良娘というやつなんです。料金以下の不味いご飯を出すところでは金を払わないなんてしょっちゅうですよ?」

 

「後で拳骨だな。というか金を払うのは俺なんだが・・・」

 

「良く気づきましたね。流石は隊ちょあいた!」

 

副長の頭にごつんと拳を落とす。

 

「うぅ~、冗談ですよぉ。ちゃんとお金も払ってますって。後で周りの兵士たちと「あそこ不味いよねー」みたいな話はしますけど」

 

「・・・まぁ、許容範囲か」

 

それくらいならば個人の感想だな。

幸運にも俺は美味しい店にばかり当たっているが、中にはちょっと腕が足りない店もあるんだろう。

・・・副長ってラック値低そうだしなぁ。

 

「お、こことか良いんじゃないか?」

 

そう言って指差したのは甲賀プロデュースの和食専門店。

・・・時代的に和食のわの字も無いのに和食専門店出してどうするんだと思うが、まぁそこはやけに食文化の進んだ三国時代に文句言うような物だろう。スルースルー。

 

「ほほー・・・なんとも趣き深い・・・是非っ。ここにいたしましょう!」

 

「よし。じゃあ入ろうか」

 

二人を連れて店内へ。

すぐに店員がやってきて、席へと案内してくれる。

 

「お品書きです」

 

「どれどれ」

 

「なんとも魅力的なお料理ばかりですね・・・ふむふむ」

 

「私はこの定食でお願いします」

 

「早いな。・・・うーん、じゃあ俺はこっちかな」

 

「あ、えぇと、えぇと・・・」

 

「ゆっくり選んで良いからな?」

 

「はいっ。お気遣いありがとうございます」

 

一人だけ注文が決まっていないことに少し焦った様子の壱与に声を掛ける。

俺の言葉に答えた壱与は唇に人差し指を当てて考え込む。

空腹が酷いってわけではないし、急かす必要は無いからな。

 

「これにいたします!」

 

「ん、分かった。すいませーん」

 

店員に注文を伝え、ふぅと一息。

すると、壱与がそういえば、と口を開いた。

 

「ここはあの怪しげ忍者が経営しているのですよね?」

 

「怪しげ忍者・・・本人には言うなよ?」

 

きっと泣くだろうから。

 

「ギル様が言うならもちろん言いませんとも。お話は戻りますが、あの無表情忍者がこんなに雰囲気のある店を考え付くなんて驚きです」

 

「甲賀は結構こういうことに積極的だからな」

 

イベント事に積極的に参加してくるというか、むしろ自分から企画することもあるというか。

兎に角活動的で全く忍んでいない忍者なのである。

 

「成程・・・まぁ、こういうお店を作るのでしたら私は大歓迎ですが」

 

「だな。俺とか壱与にとっては故郷の味みたいなもんだし」

 

・・・時代的には壱与は食べたこと無いはずだが・・・まぁ、そこはスルーしておくとしよう。

 

「ふ、ふっふっふ・・・! そういえば、ギル様の故郷は未来の邪馬台国だとか! 結婚した後は邪馬台国で子育ていたしましょうね!」

 

「いやー、どうだろう。こっちにも月とか残ってるからさー」

 

「大丈夫です! ちょちょっと世界を滅ぼせばこっちに移住せざるを得なくなりますよ!」

 

「お前それ俺が頑張って聖杯壊したの台無しにする気か」

 

「はっ! ・・・そ、そうでした。ギル様が命まで賭けて守った世界でしたね・・・分かりました! 二つの世界をくっ付けて大陸もくっ付けましょう!」

 

「隊長、この人凄く怖いことさらっと言うんですけどどこまで本気なんですか?」

 

小声で尋ねてくる副長に真実十割の答えを返す。

 

「言ってる事は妄言だけどやろうとしてることはすべて本気だしやる力も持ってる」

 

「最悪じゃないですか!」

 

そりゃもう、最悪だよ。

壱与なら秘匿がどうとかあんまり考えないし、自分がやりたいと思ったら与える影響考えずにやる。

・・・言ってて流石卑弥呼の直弟子だなと思った。

 

「壱与、やめろ」

 

「・・・はぁい」

 

凄く不満そうに了承する壱与。

 

「はぁ・・・。その代わり、今日の夜きちんと相手してやるから」

 

「本当ですかっ! 聞きましたよ!? 絶対ですからね! 罵倒フルコースと徹夜責め・・・今からドキドキしてきました!」

 

「へっ、変態っ、隊長、変態が居ますよ! へ、変態だー!」

 

「黙れ」

 

「壱与もな」

 

「・・・」

 

コクコク頷きながら壱与と副長の二人は口を閉じる。

それからしばらく同じようなやり取りを繰り返していると、料理が運ばれてきた。

 

「お待たせいたしました」

 

並べられる料理を見て、壱与がほほぅ、と呟く。

壱与が頼んだ定食の内容は精進料理のように見える。

 

「なるほどなるほど・・・あ、いただきます」

 

「それじゃ俺もいただきます」

 

そう言いながら、副長の分の箸を取って渡す。

 

「あ、ども。いただきまーす」

 

一口目は三人ほぼ同時だった。

もぐもぐと咀嚼。

・・・うん、薄めの味だが、決して物足りなく感じない。

 

「もぐもぐ・・・このお料理は・・・お豆腐というのですね。豆腐・・・腐っているのでしょうか」

 

「腐ってるにしては白くて四角くて綺麗ですが・・・」

 

「中身も問題ないように見えますね。・・・謎です」

 

「大丈夫、腐ってはないから。安心して食ってくれ」

 

「はいっ。あ、ギル様のご命令でしたらどんな腐ったものでもパクつきますよ! むしろご馳走みたいなものです!」

 

「ご、ごめんなさい隊長。私はちょっと壱与さん並の忠誠心は身に付かなさそうです」

 

「安心して良いぞ副長。これは忠誠心って言わないから」

 

ほっ、と一息つく副長。

そんなこんなで、五分に一度ほど壱与の変態発言が飛び出す昼食会は騒がしく過ぎていくのだった。

 

・・・

 

「あ、げっ・・・」

 

「あら? 卑弥呼様? お仕事は片付いたのですか?」

 

「終わらせてなきゃこっち来てないわよ」

 

「チッ・・・結構押し付けてやったと思ったんだけどな・・・」

 

「あら、そっちはギルの部隊の・・・」

 

「・・・どーも。副長やってます」

 

「そうそう、勇者副長ね」

 

大雑把だけど、まぁ間違っていないだろう。

 

「あ、思い出した。わらわのことコウメって言った奴よね」

 

「私はコタケですね」

 

「・・・わらわたちは魔法使いであって魔導師じゃないんだけどねぇ」

 

「似たようなもんじゃないですかー。・・・それで卑弥呼様、立場的に私たちは勇者をフルボッコにしなければいけないわけですが・・・」

 

そう言って、自身の獲物である銅鏡を取り出した壱与。

卑弥呼もニヤニヤしながらそうね、と銅鏡を取り出す。

 

「は? ちょ、え?」

 

「・・・暴れるなら、あっちのほうにいいところがあるぞ。俺が魂込めて建てた神殿でな。名前を「魂の神d」」

 

「待ってください! 何で戦うこと前提になってるんですか!?」

 

俺の言葉を途中で遮って副長が抗議してくる。

 

「ほら、せっかく魔法使いが二人もいるんだし、魔法使いとの戦い方でも学んでくれば良いだろ」

 

「学んだところで絶対役に立ちませんよね!?」

 

「まぁほら、世界は広いんだし、いつ第二魔法使いと戦うか分からないだろ?」

 

「そんなほいほい魔法使いに遭遇するわけないじゃないですか!」

 

「・・・まぁ、俺は現に二人ほいほい遭遇してるけど」

 

「・・・ええと、あの、ごめんなさい」

 

盛り上がる魔法使い二人と対照的に一気にテンションが下がる俺たち。

無理やり空気を断ち切り、じゃあ行くか、と副長の手を引く。

 

「ちょっ、ギル様!? 私たちを放って部下としっぽりなんて許されませんよ!?」

 

「そーよそーよ! わらわ達も最近ご無沙汰なのに!」

 

「た、隊長!? まさか私を路地裏にでも連れて行って・・・そういうことを・・・?」

 

「いやー、それは無いかなー」

 

「ですよねー」

 

「ギル様と仲良さげなやり取り・・・羨ましいですの!」

 

壱与のキャラがなんだか変な方向に暴走してるんだが・・・。

 

「・・・わらわは手拭いでも噛んでればいいのかしら。きぃー」

 

「いや、卑弥呼は無理に空気読まなくて良いから」

 

・・・

 

「はい、というわけで特設会場までやってきたわけですが」

 

「はっ!? いつの間にか魔法使いに挟まれてる!?」

 

「そういやわらわ炎の魔術なんて使えないわよ?」

 

「私も氷の魔術なんて使えませんから大丈夫ですよ」

 

「そ。ま、わらわ達にはこっちのほうがお似合いよね」

 

背中から取り出した銅鏡を構えて微笑む卑弥呼。

そんな卑弥呼に壱与も元気に笑顔を返す。

 

「はいっ。共闘なんて初めてじゃないですか?」

 

「そうね・・・あんたが魔法を覚えてからは初めてじゃないかしら。行くわよ!」

 

「ちょ! 二人だけで盛り上がるとかやめてくださうひゃあっ!?」

 

自身に迫る光線を何とかサイドステップで避ける副長。

装備を王国の盾から鏡の盾に変更し、剣と共に構える。

 

「や、やるしかないならやったりますよこらぁ!」

 

「よく言った小娘! 消し飛べ!」

 

「ほらほらほらほらぁ! 私と壱与の即興技! 「真・合わせ鏡」!」

 

いつものように鏡を召喚して砲台とするのではなく、お互いが一つずつ銅鏡を構え、副長を挟む。

 

「卑弥呼さま、発射はこっちに合わせて下さい!」

 

「しゃーないわね!」

 

異なる魔法使いから発射される二つの光線を、副長は前転で距離を取って避ける。

きちんと余波を盾で防いでる当たり流石だろう。

やけに威力が高いが、一人でいくつも鏡を操るわけじゃないためその分魔力の収束に集中できるからだろう、と推測する。

 

「同時攻撃とか殺す気ですか!」

 

「ええ」

 

「うん」

 

「うわぁん! 否定してくれないー!」

 

光線の魔力を避けたり反射しながら悲鳴を上げる副長。

卑弥呼は光線のみだが、壱与は媒体の銅鏡を光弾に変えて発射しているようだ。

まぁ、媒体の銅鏡は平行世界から無限に取り出せるみたいだしな。

弾丸にするには適しているだろう。

 

「うひゃあ!? 反射しない!? きゅ、吸収しちゃったんですけどたいちょー!」

 

「はぁ? 機能は説明してるだろ」

 

「・・・ああ!」

 

どうやら忘れていたようだ。

まぁ、一回しかその能力って役立つ場所無いからなぁ・・・。

いや、こっちの話だけどさ。

 

「じゃあ、先に壱与さんを落とします!」

 

「吸収できるからって・・・調子に乗ってるとやられちゃいますよ!」

 

そう言って光弾をめちゃくちゃに放つ壱与。

 

「ちょ、馬鹿! わらわまで巻き込んでどうすんのよ!」

 

「ついでに亡き者に!」

 

「あんた後で覚えてなさいよ!?」

 

卑弥呼は副長とは違って空を飛べるようなのであまり深刻ではないようだが、それでも結構必死に光弾を避けている。

副長は副長で盾があるので何とか凌げているようだ。

お、三回目。

 

「爪撃ち!」

 

右手に盾を持ち、もう片方の手で爪撃ちを放つ。

建物の中なので、突き刺すところは沢山ある。

 

「弾いてやりますわ!」

 

「甘いです! 鎖を走れ、爆弾ネズミ!」

 

「お、新装備」

 

あれは少ない爆薬を何とかかき集め、十個ほど作ったネズミ型走行爆弾である。

本当に貴重な物だって言うのに・・・使いどころは良いけど。

 

「はぁ!? 走る爆弾とか何考えて・・・わわ!?」

 

爪撃ちの鎖を弾こうとした壱与は、その鎖を走ってくる爆弾の爆発に巻き込まれる。

それで鎖の方向も変わってしまうが、副長はそれも事前に分かってて打ち込んだらしい。

にやりと口の端を歪めながら、鎖に引っ張られて上昇する副長。

壱与は爆煙で視界が悪く副長が見えていないらしい。

卑弥呼も先ほどの壱与の滅多打ちで離れているため、助けに向かえない様だ。

 

「魔力、開放します!」

 

「っ、上!?」

 

「はい!」

 

奇襲なのに返事してどうする・・・。

まぁいいか。副長らしいし。

 

「ふっ・・・!」

 

壱与は避けられないと判断したのか、銅鏡を自身の前で構えて受けることにしたらしい。

というか、この魔法使いと勇者、三人とも鏡を装備してるんだけど・・・やっぱ仲良いのかな?

 

「きゃっ!」

 

何とかダメージは抑えたものの、少しだけ服や肌には煤が付いている。

魔法使いの攻撃三回分だから、相当な威力だったのだろう。

 

「うぅ・・・ちょっと予想外かもです」

 

「あんたは駄目駄目ねぇ。わらわが本物の魔法を見せてあげる! くたばれ!」

 

「一人の光線なら!」

 

そう言って副長は盾を構えてしゃがみこむ。

一瞬卑弥呼が「あ、やべっ」という顔をしたのを俺は見逃さなかった。

だが、流石の卑弥呼も発射した光線を止めることなど出来るはずなく、盾に反射された光線は・・・。

 

「げおるぐ!」

 

「あちゃー・・・」

 

副長の盾の魔力を食らってふらふらしていた壱与に直撃したのであった。

まぁ、断末魔からして覚悟完了してたみたいだし、良いんじゃないかな?

 

「はぁっ、はぁっ・・・。め、滅茶苦茶怖いんですけどたいちょー! 目の前まで迫る光線・・・反射すると分かってても恐怖が・・・。つーか反射してる最中もちょっと熱かったし!」

 

最後にちょっとだけ素が出てるのはご愛嬌である。

 

「・・・まぁいいわ。最近壱与も調子に乗ってきてうざかったし・・・丁度良いお灸になったんじゃないかしら」

 

「よっと。壱与はちゃんと受け取ったから、安心して良いぞー」

 

光線を食らう前よりさらにふらふら落ちてきた壱与をキャッチして、そっと寝かせる。

ま、これくらいなら少しすれば起きるだろ。

 

「さて、どうわらわを攻略するのかしら? もう光線の反射はくらわないわよ?」

 

「そうなんですよねぇ・・・。ま、ここは勇者らしく・・・正面突破で行ってみます!」

 

そう言って副長はとん、と地面を蹴った。

・・・まさか本当に正面突破? いやいや、あの捻くれ過ぎて逆に素直な副長がそんなことするはずが無い。

そんなことを思っている間に、副長は卑弥呼に肉薄する。

だが、工夫も無い接近を許す卑弥呼ではない。

 

「はっ、邪魔」

 

「知ってます!」

 

蝿でも払うように手を振るうと、扇状に広がる魔力が副長を地上に叩き落そうと袈裟懸けに迫る。

斜め上方から迫る魔力に目も向けずに副長は靴を重量靴に変更する。

急激に増えた重量が、重力の力を借りて落下速度を加速させる。

卑弥呼の攻撃範囲から逃れた瞬間に重量靴から普通の靴に戻し、爪撃ちを放つ。

 

「ち、後ろ・・・いや、上!?」

 

がらがらと鎖を巻き取る音を聞き取ったのか、背後に振り向きながら上空へと光線を放つ卑弥呼。

しかし、そこにあったのは・・・。

 

「はぁ!? 盾だけ!?」

 

爪撃ちの持ち手に鏡の盾が引っ掛けられているだけだった。

そこに一瞬遅れるように副長が残り一つの爪撃ちで鏡の盾を追いかけるように昇っていく。

鏡の盾は光線を反射し、鏡の盾を追いかける副長へと向かっていく。

 

「何考えて・・・んぁ!?」

 

卑弥呼が驚愕の声を上げる。

そりゃそうだろう。俺も驚いてる。

なんてったって、反射された光線を王国の盾を装備した背中で受け、光線の勢いを受けて加速しながら高速で卑弥呼に迫ってるんだから。

 

「さ・ら・にぃ~! 重量靴!」

 

「ちょ、それは洒落にならな・・・ぐっ!?」

 

重量靴を履いた副長が上空からキックを放つ。

相当な速度のそのキックは、卑弥呼の反応速度を若干超えた。

辛うじて卑弥呼は銅鏡で防御したものの、副長の蹴りは銅鏡を砕きながら卑弥呼の腹に刺さる。

 

「よ・・・っと」

 

途中で卑弥呼を蹴って副長は特設会場に着地する。

 

「オーライオーライ・・・よっと」

 

「あたた・・・ん、ありがと。つぅ~・・・」

 

腹を擦りながら卑弥呼がお礼を言ってくる。

一応防御したらしいのだが、やはり重量靴で蹴られたのは相当なダメージだったのだろう。

 

「というか、副長! 女の子の腹を蹴ったら駄目だろうが!」

 

「・・・あ、ご、ごめんなさい・・・」

 

「ま、良いわよ別に。わらわたちから喧嘩売ったみたいなものだしね。気にしてないわ」

 

「・・・どもです」

 

そう言って、副長は特設会場から飛び降りた。

よっと、と軽い調子で着地すると、こちらへ駆けて来る。

 

「た、たいちょーたいちょー、ちょっと頬を抓って貰って良いですか?」

 

「頬を千切れば良いのか?」

 

「そこまで強くなくて良いんですよ!?」

 

突っ込みを入れてくる副長に言われるままに頬を抓ってやる。

 

「あたた・・・やっぱ夢じゃな、いたたた! もういいでふらいひょー!」

 

「なんだよ、やめて欲しいなら早めに言えよな」

 

「うぅ・・・何なんですかこの仕打ち・・・」

 

「ギル様にほっぺたつねつねされるとかうらやま!」

 

壱与復活である。

起き抜けから意味分からんことをつらつらと・・・。

 

「で、でもでも夢じゃないんですね! 魔法使い二人破りましたよ隊長!」

 

「偉い偉い。正直あの「真・合わせ鏡」とやらで落ちると思ってたからな」

 

「へへーん。もっと褒めても良いんですよ? た・い・ちょ・う?」

 

天狗になるという言葉を体現したかのような態度をとる副長。

どやっ、と口で言いながらドヤ顔をするのが少しイラつく。

 

「・・・まぁいいや。三人ともお疲れさん。特に副長は凄かったな。あんな突飛な作戦を取るなんて」

 

「わらわも驚いたわー。鏡の盾だけを飛ばして光線を反射。それをもう一つの盾を装備した背中で受けて勢いを増して突っ込んでくる、なんて誰が思いつくんだっつー話よね」

 

流石は捻くれ過ぎて逆に素直な副長である。

トリッキーな戦い方をしながら最後は正面突破とは。

 

「久しぶりに汗かいたわ。・・・壱与、副長、汗でも流しに行かない?」

 

「あ、賛成です卑弥呼様! 今夜は朝までギル様の寵愛を受けるので、今から日が暮れるまでじっくり身を清めたいと思います!」

 

「・・・私も汗を流したいです。というか、光線受けたり光弾受けたりで負った傷の治療もしないとなー・・・」

 

「満場一致ね。じゃ、行くわよ。・・・じゃ、また後でね、ギル」

 

「おう。ゆっくりして来い」

 

三人をそう言って見送った後、しばらく俺は建物の修復作業に当たった。

光線とか光弾とかが壁や天井や床を傷つけていたので、それの修復と瓦礫の撤去である。

・・・ま、これは後で業者でも雇ってやらせるか。

面倒くさくなった俺は軽い片付けだけを行って、特設会場を後にした。

また使うことあるかな、この神殿。

 

・・・

 

「じゃ、今日の授業はここまでだね」

 

「きりーつ、れーい、ちゃくせきー」

 

気の抜けた孔雀の号令に俺と孔雀、そして響が従う。

副長たちを見送った後、俺はキャスターの座学を受けていたのだ。

ついでなので、と孔雀と響が一緒に勉強しているのだが、なぜか制服着用なのである。

俺は学ラン、女子はセーラー服である。

・・・懐かしくはあるが、キャスターはこれをどこで調達したのだろうか・・・。

まぁ、詳しくは聞かないけど。

セーラー服を着た少女というのは中々郷愁を誘うものがある。

 

「ギールさんっ、お腹減らない?」

 

そう言ってお弁当の包みを見せる響の両肩を掴む。

 

「・・・「さん」を「くん」に変更してもう一回」

 

「ふぇ? ・・・えと、ぎ、ギールくんっ、お腹、減らない?」

 

「いただこうか!」

 

「す、凄い食いつき様だねぇ・・・」

 

孔雀の若干引いた感想を気にすることなく俺は机をくっ付ける。

うむうむ、やはり学生時代の昼休みを思い出す。

・・・というか、さっきちょっと早い昼食を食べたばかりなんだけど・・・。

まぁいいか。時間的に三時のおやつだと思えば。

 

「・・・まぁ、ボクもお弁当作ってきたんだけどね。食べてくれるだろう? ギ・ル・く・ん?」

 

「あたりまえだ!」

 

「なんか「くん」付けって凄く新鮮だね!」

 

「・・・まぁ、孔雀はともかく響は俺より年上だからな。「くん」付けでも可笑しくは無いんだが」

 

「え」

 

同じく机を移動していた孔雀の動きが止まった。

 

「ん? どうした孔雀。そんな顔して」

 

「きょ、響って、ギルより、年上?」

 

「ああ。前に俺の歳は言ったろ?」

 

「う、うん。ボクの三つくらい上だったね」

 

「響の年齢は・・・ごにょごにょ」

 

「うひゃ!?」

 

「驚くよなぁ、やっぱ」

 

「う、うん」

 

俺たちのやり取りを見守っていた響へと視線を向ける。

 

「ふぇ? どしたの、二人とも」

 

「あ、いえ、なんでもないです」

 

「孔雀ちゃんの敬語とか始めて聞いたよ!? どうしたの!?」

 

「ほんと、大丈夫なので。はい」

 

「いやいやいや! 真顔で敬語とか本気だよね!? 何があったの!?」

 

いやまぁ、あの歳で「ふぇ?」とか言う娘がいるとは誰も思わないだろう。

俺も響から年齢を聞いたときは思わず敬語になったものだ。

直後に「何時も通りでいいよ~」と言われたのでやめにしたが。

 

「ま、面白いからしばらく放っておくか」

 

この後、孔雀が自分の年齢を知ったから妙な反応をしているのだと響が気付いたのは昼食をすべて片付けた後だった。

 

・・・

 

「もー、私の歳を知ってそんな妙な言葉遣いだったんだね?」

 

「・・・いや、ほら、ボクもちょっと動揺していたというか・・・」

 

「自分のこと「わたくし」って言う孔雀ちゃんなんか初めて見たよ・・・」

 

そう呟きながら二人は風呂場へと向かう。

ギルは「うっぷ・・・ちょっと休んでくる」と言い残して自室へと戻っていってしまった。

その後、制服から着替えるついでに汗でも流そうとこうして風呂場へと向かっているのだ。

 

「・・・おや? 先客がいるみたいだね」

 

「ほんとだね。んー、服装からして副長さんと、邪馬台国の二人組みたいだね」

 

「緑色の服なんて一人しか着てないからね。邪馬台国の服装も毒々だし」

 

「・・・どくとく、ね?」

 

「さぁ、早速着替えようじゃないか」

 

そう言っててきぱきと制服を脱ぎ始める孔雀。

逃げたな・・・、と思いながらも、響も制服を脱いでいく。

 

「よいしょ・・・響、ちょっと手伝ってー」

 

「はいはーい」

 

隻腕とはいえ、孔雀は日常生活に必要な大抵のことは出来る。

だが、人と一緒にいるときは面倒くさがって手伝ってもらうことがある。

 

「よっと。はい、大丈夫だよ」

 

「ありがと。入ろうか」

 

「うんっ」

 

からからと扉を開けると、そこには思ったとおりの人物がいた。

 

「あ、やっぱり孔雀さんたちでしたか」

 

「おっつー」

 

二人が浴場に入ってきたのをいの一番に気づいた壱与に、響が軽く挨拶を返す。

仕事はー? さっきは授業してたんだー、というやり取りをしながら、響と孔雀は身体を洗う。

その後、壱与たちが入っている湯船へ身体を沈めた。

 

「あふー・・・この瞬間が一番好きだね、僕は」

 

「あぁ、分かる分かる。わらわも湯船に入った瞬間の気の抜ける感じが好きだわ」

 

「毎回その瞬間にお命狙ってるんですけどねー。卑弥呼様ったら毎回察知するんだから・・・」

 

全く、素直に襲われてくださいよ、と言って卑弥呼に拳骨を食らっている壱与を見ながら、副長が呟く。

 

「・・・こえー。何なんですかこの邪馬台組の殺伐とした師弟関係」

 

「あ、あははー・・・」

 

響の乾いた笑い声は、かぽーん、という気の抜けた音に紛れて誰の耳にも届かなかった。

 

・・・




「えーと、俺はギルと同い年ぐらいだな」「俺はギルの二つほど上!」「ボクはギルの三つ下」「・・・俺はギルの二十上だ」「シャオはー、ギルのちょっと下だよっ」「へぅ、私はギルさんと同じくらいです」「私はー、ええと、十二、くらい上・・・」「は?」「はぁ?」「ほ、ほほう・・・」「ふぅむ・・・」「へぇー」「・・・へぅ」「な、なんなのさっ、その反応!」

「・・・なぜ全員俺を基準に年齢を発表するのか」「いやほら、分かりやすいじゃん?」「俺が六十歳だぞー、とか言ったらどうするつもりだったのか」「・・・きっと女子がいっせいにサバ読み始めるな」

「・・・あ、ちなみに私は隊長より・・・モニョモニョ、です」


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第四十話 昔の話に

「昔はなー・・・幼馴染と『おーきくなったらけっこんしよーね!』『いいよー!』みたいな会話毎日してたけどなー」「・・・で、大きくなったらどうなったんだ?」「・・・十八歳の誕生日の朝、親から朝食と一緒に婚姻届渡された」「・・・わーお」「急いで隣の家・・・幼馴染の家に行ったら、幼馴染も凄い顔して家から飛び出してきてな。お互いに『そっちも?』って言い合ったよ」「ホント仲良いな・・・」

それでは、どうぞ。


「・・・ふぅ、だいぶ落ち着いた」

 

やっぱりちょっと食べ過ぎたか。

美味しかったけどさ。やっぱり胃袋には限界があるというかなんと言うか。

・・・待てよ? 胃袋に少しだけ宝物庫の出入り口を展開すれば、無限に物を食べられるのでは!?

消化して宝物庫から戻してを繰り返せば、おそらく半永久的に栄養摂取が可能・・・!

 

「・・・でもいくら体内で起こってることとはいえ絵ヅラが最悪だな」

 

咀嚼して飲み込んだものが宝物庫に入っていくというのも中々気持ち悪いし。

 

「しかしやることねえな。壱与も卑弥呼も副長も孔雀も響も風呂行ったし・・・流石に突入するのは副長が可哀想だしなぁ」

 

だが、ここでずっと座っているのも落ち着かない。

出かけるか。誰かに会うかもしれないし。

 

「よっと」

 

声を出しながら立ち上がり、自室を出る。

特に目的地も無いので、気の趣くままにふらふらするとしよう。

そう思って一つ目の角を曲がると、見知った顔を見つける。

 

「あれ? 兄貴じゃないッスか」

 

「ああ、魏の。蜀のと呉のもいるのか」

 

「どうも、ギル様」

 

「兄貴、今日はお休みですか?」

 

「まぁ、そんなところかな。そっちは?」

 

「半分仕事で半分休みみたいなものでしょうか。一応巡回の最中なのですが、回るところも回りきってやることもなく・・・」

 

俺の質問に答えた蜀の兵士は、だからこうして駄弁っているのですよ、と続けた。

 

「成程ね。俺も仲間に入れてもらっていいか?」

 

「もちろんッス! 今は三国の兵士がいるってことで、何処の王が一番魅力的かっていう話をしてたんス!」

 

「あー・・・。呉のは、雪蓮と蓮華、どっちが王の扱いなんだ?」

 

「今は名実共に孫権様ですが、やはり戦乱を駆け抜けた孫策様も王として捨てがたく・・・ということで、二人とも議題にしてますね」

 

「ふむふむ」

 

「ギル様ですと・・・董卓様でしょうか」

 

「ま、それが妥当だろうな」

 

俺は月がマスターだし、連合軍がやってくるまでは董卓軍にいたし。

 

「まず私から語らせていただきましょう。私は劉備様の素晴らしさはやはり優しさにあると思うのです」

 

ふむふむ、と頷く面々。

分かるぞ。蜀は桃香の人格というか、あの性格に惹かれて仲間になった将たちが沢山いるからな。

 

「しかし、優しさだけでは押しが弱い。そこで私はもう一つ、優しさに次ぐ魅力を語りたいと思います!」

 

優しさに次ぐ魅力・・・?

武力・・・はほとんどないし、知力・・・も朱里たちにフォローされてるからあまり必要ないし・・・。

なんだろうか? と首をかしげていると、蜀のが高らかに宣言した。

 

「それはドジっ娘属性! あのほわほわとした外見に見合ったうっかり度! それこそが素晴らしいと私は思います!」

 

「・・・それは盲点だった」

 

そういう方面での「素晴らしさ」か。

分からんでもないぞ。確かにドジっ娘属性を持ってるからな、桃香は。

運動神経鈍いからか良く転びそうになるし、愛紗が後ろにいるのにうっかりサボタージュ発言するし。

 

「以前ギル様と劉備様が並んで歩いているところを見たのですが、そのときに転びそうになり、とっさにギル様に支えてもらって見せたあのはにかんだ笑顔! そこまでの一通りの流れが私に衝撃を与えたのです!」

 

熱を帯びてくる蜀の言葉に、他の面子もうんうんと納得するように頷く。

・・・熱いなー。その熱意、少しでも仕事に向けてくんねーかなー。

 

「ふぅ、ふぅ・・・これで私の主張を終わります。・・・少し、熱くなりすぎましたね」

 

「まぁ、良いんじゃないッスか? そのくらい熱意を持たないと人には伝わらないッスよ」

 

「そうですよ」

 

「じゃあ、次は俺ッスね!」

 

そう言って、魏のが語りだす。

 

「曹操様のいいところは何と言っても努力だと思うんス!」

 

「ほほう」

 

「物事を極めようとする努力が並大抵のものじゃないとお聞きしてるんスけど、そこが魅力的ッスよね! 普通の人なら才能があるだけですげーってなるッスけど、曹操様はそこにさらに努力を足すんスから!」

 

ふむふむ。

確かに一刀から聞いた話でも華琳はなんにでも努力を惜しまないという話は聞いている。

 

「もう俺、魏の兵士で良かったー、って思うこと沢山あるッス! でも今日はこの辺にしておくッス!」

 

「成程・・・曹操様の魅力、確かに伝わりましたよ」

 

「じゃあ、次は俺ですね」

 

そう言って、呉のは語りだす。

 

「まぁうちは二人なんでちょっと特殊なんですけど・・・お二人とも、というか姉妹三人そろって仲が良いですよね。ありがちな王位継承権でもめたりしていませんし」

 

まぁ、どちらかというと王位を奪い合うというより王位を押し付けあってるところあるからな・・・。

普通そこは「我こそが」と行くところじゃないのか、雪蓮。

 

「なんというか・・・そう、絆っていうか、そういう繋がりが強いというのが呉王の魅力かと」

 

絆か。

四次のライダーの固有結界のように宝具となるまでの絆となるか・・・。

・・・そういえば、セイバーの固有結界は兄弟との「絆」だよなぁ。

そう思うと、絆って宝具になるほどに凄いものなんだなと思う。

 

「さぁ、最後はギル様ですよ」

 

「ん、ああ。そうだな、月の魅力か」

 

優しさ、だと桃香と被るな。うぅむ、後は・・・。

 

「可愛いな」

 

「・・・死ねばいいのに」

 

「惚気は聞き飽きました」

 

「もうちょっと考えたらどうッスか?」

 

俺の一言に、異常なほど食いついてくる三人。

何だなんだ、どうしたっていうんだ。

 

「いや、可愛いだろ」

 

「そりゃ確かに可愛いですけど!」

 

「じゃあ何が悪いって言うんだ!」

 

「ああもう、二人とも、喧嘩はしないで欲しいッス!」

 

「どうどう、ですよ」

 

・・・

 

「・・・いやはや、語った」

 

月の魅力という魅力を三十分ほど語った。

内容は・・・今となっては覚えていないが。

 

「か、語られました」

 

「・・・とても、なんと言うか・・・」

 

「ご馳走様、ッスね」

 

「さーて、なんか喉も渇いたし、どこかの甘味処でお菓子食べながら茶でも飲むか」

 

「お、良いですね!」

 

「賛成ッス!」

 

「行きましょう行きましょう!」

 

ぞろぞろと甘味処へ。

男四人で甘味処って・・・と思わなくも無いが、一人で行くよりははるかに良い。

 

「さて、取りあえず俺はお茶だけで良いや」

 

「ふぅむ・・・私達も特にお腹が空いているわけでもないですし・・・お茶だけで」

 

「俺もそれで」

 

「右に同じッス!」

 

店員に四人分のお茶を頼み、それから、そういえばと話を切り出す。

 

「董のとか袁のとか術のとかは何やってんだ?」

 

「ああ、董のは普通に仕事ですよ。袁の兄弟はらいぶを見に行くとかで休んでますし、術のところのは・・・知ってます?」

 

「いや、俺は知らないな」

 

「あ、俺知ってるッスよ! なんか知らないッスけど、休みを取ってどこか出かけてるみたいッス」

 

「出掛け・・・旅行か?」

 

俺の質問に、さぁ、そこはちょっと、と答える魏の兵士。

うぅむ、謎である。

 

「まぁなんにせよ、あいつらからも聞きたかったかもな」

 

「ああ、先ほどの話ですか?」

 

「そうそう。董のはちょっと俺と被っちゃうかもだけどさ、また別の視点からの魅力があるかもしれないし」

 

そう言いながら、やってきたお茶を啜る。

 

「・・・そういえば、白蓮も頭張ってた時があったんだよなぁ」

 

「ええと、その方は一体・・・」

 

「・・・公孫賛」

 

「こう、そん・・・ああ!」

 

ぽむと手を打ってそういえば、という顔をする呉の兵士。

・・・白蓮、かわいそうに。

 

「仮面白馬!」

 

「そっちのほうで覚えてるのか」

 

魏のが言い出したまさかの名前に少し驚きつつも、あっちのほうがインパクトあるしなぁ、と一人納得する。

というか、仮面白馬の正体は分かるのに華蝶仮面の正体は分からないのかこいつら。

 

「あの方についてはちょっと語れないですねぇ・・・何せ、あまり見たことが無いので・・・」

 

「でもまぁ、白蓮は結構頑張ってるよ? 馬上でも地上でも船上でも何でも取り回せる器用さがあるし、どんな仕事を頼んでもこなしてくれるのがいいと思うね」

 

突出型ではなく、目立った能力が無い代わりに苦手なことも無いという三国の中では珍しい人材だろう。

器用貧乏と言ってしまえばそれまでだが、器用だというのはそれだけで才能だ。

実際連合軍が出来る前の白蓮の納めていた町は別段何の問題もなく運用できていたのだし、麗羽さえ攻めてこなければ大成できなくとも平穏に町を治めていくことは出来ていたのだろう。

なんてことを三人に伝えてみると、三人から同時にほほう、と納得の声が漏れた。

 

「そう考えると公孫賛さまも流石一角の将と言ったところでしょうか」

 

「伊達に戦乱を生き残っていないということだな」

 

「成程・・・これからは敬意を持ってお話しようと思います!」

 

これまでは敬意持ってなかったのか、という突っ込みはやめにしておく。

まぁ兎に角、将は全員何かしら能力があるから将をやっているのだということに気づいてくれれば良いんだ。

 

・・・

 

ある秋晴れの日のこと。

城の通路で見かけた顔に出会った。

 

「お」

 

「あっ、ギル様!」

 

とてとてとこちらに駆け寄ってきたのは猫大好き隠密、明命だ。

訓練の帰りらしく、手甲を付け、背中に野太刀を背負っている。

 

「お疲れ様、訓練だったんだ」

 

「はいっ。思春さまと手合わせして、腕が鈍っていないか確認してきたんです!」

 

「成程。平和になったとはいえ、油断は出来ないからな」

 

「ふふっ、思春さまと同じことおっしゃってますね」

 

気が合うんでしょうか、と首をかしげながら微笑む明命。

・・・本人が聞いたら問答無用で鈴の音を響かせそうな一言である。

 

「そうだ、これから暇か? これから町に行こうと思うんだが・・・一緒にどうだ」

 

「ふぇっ!? わ、私とですかっ!?」

 

「それ以外に居ないだろ。この前は逃げられたからなー」

 

「あうぅ・・・その件は、本当に申し訳ありません・・・」

 

「ははは。別に気にしてないさ」

 

あの後はきちんとぱーっと食べてぱーっと忘れることにしたからな。

結構ショック大きかったとか言わせない!

 

「えとえと、今日はご一緒します!」

 

「そっか。じゃあ、準備が出来たら門のところで待ち合わせな」

 

「はいっ。急いで着替えてきますので、少々お待ちくださいね!」

 

「あー、ゆっくりで良いからなー」

 

駆け出して行った明命にそう声を掛けると、はーいっ、と元気な返事が返ってきた。

まぁ、明命も将なんだし、そうそう転んだりはしないだろう。

 

「さて、先に行って待ってないとな」

 

・・・

 

「はっ、はっ」

 

急いで自室へと向かう。

ギル様が門につくまでに用意して向かうことは出来ないけど、それでも急がないと。

えとえと、手甲とか外して、武器も置いて・・・あぅあぅ、汗もかいてたんだった・・・!

 

「うぅ~、お風呂、行く時間は無いなぁ・・・」

 

身体を拭くくらいしか出来なさそう。

でも、汗かいたままでギル様と出掛けるよりはマシ。

以前は恥ずかしすぎて逃げちゃったから、それを取り戻すためにもきちんとしていかないと!

 

「・・・って、ま、まるでその、でぇとの前みたい・・・!」

 

一度そう思ってしまうとその考えが離れない。

はうぅ・・・た、確かにギル様はお優しいですし、色んなことを教えてくださいますし・・・。

あ、駄目だ。顔が赤くなって来た・・・。

 

「ちっ、ちが、そ、それにギル様も私なんかに好かれても・・・!」

 

はうっ! す、好きって!

誰に対して言い訳してるのかも分からないけど、兎に角何か言ってないと・・・。

 

「はぅはぅ・・・」

 

その後、どうやって着替えたのか、どうやって待ち合わせの場所まで行ったのか・・・今でも思い出せません。

 

・・・

 

「・・・どうしたんだ?」

 

「い、いえいえっ! ど、どうもしてませんよ!?」

 

やけに顔の赤い明命が待ち合わせ場所に来たのが数分前。

まぁ走ってきたみたいだし、息が上がっているだけだろうとゆっくり歩いて今に至るのだが、それでもまだ顔が赤いようだ。

・・・まさか。

 

「風邪か?」

 

「だ、大丈夫ですっ。健康ですよ!」

 

「本当かぁ・・・?」

 

「本当ですよっ」

 

「・・・ま、いっか。信じるとしよう。ほら、行こうか」

 

元気に返事をして隣に並ぶ明命となにしよっか、なんて話しながら町を歩く。

取りあえず、市場でも冷やかしに行くか? 出店を回っていればそれなりに楽しめるだろうし。

 

「やっぱり活気に溢れてますね!」

 

「ああ。この辺は一番人が集まるところだからな」

 

熱気も活気も凄まじいものがある。

 

「わわっ、す、すいませんっ。あ、あわっ、ご、ごめんなさい!」

 

「・・・明命、こっちこっち」

 

「は、はひっ、手、手っ・・・!?」

 

「悪いけど、しばらく繋いでてもらうよ。この調子だと、明命が逸れかねないから」

 

いつもの軽い身のこなしは何処へ行ったのか、人にぶつかりながら人ごみにさらわれそうになってたぞ・・・。

ふぅむ、やっぱり調子悪いのか? 

 

「あまり無理はしないように。なんかあったら俺にちゃんと言うんだぞ?」

 

「こ、子供じゃないんですから、大丈夫ですよー」

 

「・・・説得力無いぞ、今の状態だと」

 

「はうっ・・・」

 

胸を押さえながら少しだけ仰け反る明命。

どうやら、今の一言はダメージだったようだ。

 

「ほら、こっちこっち」

 

「そ、そういえば・・・どちらに向かっているのですか?」

 

「明命が喜ぶところだよ」

 

首を傾げながら俺に手を引かれる明命を連れてやってきたのは・・・。

 

「ほわぁ・・・!」

 

猫のたまり場だ。

以前風に教えてもらった場所で、日当たりが良く、人通りもほとんど無いため猫の楽園のようになっている。

さらに言うと、すぐ近くの家のおばちゃんが猫たちに餌をあげているため人懐っこくもある。

ここなら、猫への愛情過多である明命でも満足できるだろう。

 

「こ、これはっ、お猫様がたくさんっ、たくさんいますよっ」

 

「ああ。ほら、これ煮干。それ持って猫呼んでみ?」

 

「はいっ」

 

煮干を片手にとてとてと猫の元へと駆け寄る明命。

猫のほうは「ああ、また人間が来たか・・・」とでもいいたげに身じろぎするだけだ。

 

「お、お猫様っ、モフモフさせていただいてもよろしいでしょうかっ」

 

「にゃふ」

 

「ああっ、そっぽを向かないでくださいっ。煮干、煮干もありますので!」

 

「うなーお」

 

やはり煮干は強いな。

面倒くさそうに鳴いていた猫を一瞬でその気にさせた。

 

「そ、それでは失礼して・・・」

 

そう言って、明命は階段に座り込み、膝の上に猫を乗せる。

 

「モフモフ~、えへへー」

 

それから猫をモフモフしたり耳の裏やら首やらを掻いてやったりと存分に楽しんでいるようだ。

もちろん報酬の煮干をあげることも忘れたりしない。

 

「・・・おいでー」

 

取りあえず俺も一匹呼んでみる。

恋のところの動物たちにはあり得ないほど懐かれているので、報酬なしでも大丈夫かと思ったのだが・・・。

 

「うなぁ」

 

「にゃー」

 

「なおー」

 

「ふにゃん」

 

「・・・おお、大漁」

 

滅茶苦茶懐かれた。

一斉にやってきたぞ、こいつら・・・。

 

「はわっ、ギル様凄いことになってます!」

 

「あ、ああ。頭の上とか凄く重い」

 

三匹くらいひしめき合ってるんだけど。

他にも全身猫だらけである。

スキルに「動物集め」とかありそうだ。

 

「ギル様の域へと到達するにはどれほどの訓練が必要なのでしょうか・・・」

 

「いや、これは多分訓練とかでどうにかなるものじゃないだろ」

 

俺自身動物に好かれるような訓練やら特訓をした記憶はない。

というか訓練したら懐かれるようになるとかそれちょっと怖いぞ・・・?

 

「あぅ・・・良いなぁ、ギル様・・・」

 

「・・・仕方ないな。明命、猫に囲まれたくないか?」

 

「? それはもちろん囲まれたいですけど・・・」

 

「じゃ、こっちおいで」

 

そう言って明命を手招きする。

猫を一旦降ろしてからこちらに寄ってくる明命に、自身の膝の上を叩いて示す。

 

「ここ、座って」

 

「えぇっ!? そ、それはその、ええと・・・」

 

「良いから良いから」

 

「・・・えぇと、お、お邪魔します」

 

顔を真っ赤にしながら胡坐をかいている俺の膝へと腰を下ろす明命。

 

「よし。猫たち、集合だ!」

 

「うなー」

 

「にゃー」

 

「なー」

 

「ふなー」

 

「は、はぅはぅ・・・ぎ、ギル様のお膝の上・・・お猫様がいっぱい・・・はきゅぅ・・・」

 

「・・・明命?」

 

あれ? なんか顔が真っ赤のまま思考停止してるっぽいんだけど・・・。

あ、そっか。流石に膝の上は恥ずかしかったのか?

・・・いかんな、最近こういうことばっかりしてたから判断がつかなくなってきてる。

明命とはそれなりに仲良くなってると思ってたし大丈夫だと思ったんだが・・・キャパオーバーか。

 

「仕方ない、か。目が覚めるまでは介抱しておくとしよう」

 

こうしていると明命は温かいし、このまま昼寝するのもよさそうだ。

 

「俺たちも日向ぼっこだ。ほら、集まれ集まれ」

 

少し冷えてきたからな。猫たちにも協力してもらって、一緒に温まろうじゃないか。

 

「お休み、明命」

 

気絶しても猫の感触は分かるのか、幸せそうな顔をして寝息を立てる明命。

そんな明命から陽だまりの様な香りを感じながら、俺も目を閉じる。

 

・・・

 

「おはようございます、お兄さん」

 

「・・・風?」

 

「はい、そですよー?」

 

目を覚ますと、明命のとなりに風が座っていた。

成程、だからちょっと重く・・・げふんげふん。

 

「何か妙なことを考えている目ですね~」

 

「い、いや、全然そんなことないですよ?」

 

「・・・じゃあ、なぜ敬語なのでしょう~?」

 

「気分だよ、気分! それにしても、いつの間にここに?」

 

「少し前ですよ。いつものように一号たちを観察に来たのですが、なにやらお兄さんが犬と猫を膝の上に乗せてお昼寝中だったので~」

 

「・・・犬?」

 

「はい~」

 

そう言って、ちらりと明命へと視線を向ける風。

いや、分からんでもないけど・・・犬呼ばわりは酷くないか。

 

「なるほど、とか思いませんでしたか~?」

 

「ぎく」

 

「・・・お兄さんはたまに分かりやすいのです」

 

「褒めてくれて嬉しいよ」

 

「あーうー・・・頭がぐらぐら~」

 

強めに頭を撫でると、ふわふわとした物言いで左右に揺れる風。

ゆらゆらとした振動が伝わったのか、うぅん、と唸りながら目を覚ます明命。

 

「おはよう、明命」

 

「おはようございますなのですよー」

 

「ふぇ? あ、おはようござい・・・ふぇっ!? な、何でお膝に!? 何で風さんが隣に!?」

 

「面白いほどに取り乱してますね~」

 

「あまりからかってやるなよ?」

 

頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべながら取り乱す明命はとても可愛らしい。

はわあわ言っている時の朱里や雛里のような庇護欲を誘う可愛らしさである。

 

「わ、わわわっ、お、重くなかったですか!?」

 

「全然。全く重さなんて気にせずに寝ちゃったよ」

 

「そうですか、良かったぁ・・・じゃなくて!」

 

「忙しいこった」

 

宝譿がなにやら明命に感心したような声を上げる。

うん、まぁこうやってると見てるだけで中々楽しいものがあるけどさ。

 

「ほら、落ち着いて明命。ゆっくり深呼吸」

 

「は、はいっ。すー、はー」

 

「はーい、明命ちゃん、ひっひっふー」

 

「ひ、ひっひっふー」

 

なぜか風が割り込んで別の呼吸法を教える。

というかそれは深呼吸ではなくラマーズ法だ。

 

「ひっひっふー・・・お、落ち着きました!」

 

勘違いして別の呼吸をしている時点であんまり落ち着いていないような気もするが、まぁ気にしたら負けだろう。

偉い偉いと頭を撫でると、やはり犬のように嬉しそうにしてくれる。

 

「ずいぶんと猫にも懐かれたみたいだな。明命の膝の上、ずっと猫がいるぞ」

 

「本当ですっ。わぁ・・・モフモフ・・・」

 

俺が起きた時からずっと乗っていたので、相当懐かれていたのだろう。

今もモフモフされているが、特に嫌がられることなく撫でられている。

 

「・・・よっし。なんか小腹が空いたな」

 

「おぉ~?」

 

「そういわれると・・・少し」

 

「俺の予想によると・・・今魏の厨房へと向かえば流流が季衣に何かおやつを作っている場面に出会えそうな気がする!」

 

「ほほぅ・・・お兄さんは未来予知も出来るのですねぇ」

 

「いや、ただの勘だけど」

 

ま、取りあえず行ってみようぜ、と二人を促す。

 

・・・

 

「あ、にーさま!」

 

「やっほー、にーちゃん!」

 

「・・・ギル様、凄いですね・・・」

 

「俺もちょっと驚いてる」

 

隣に立つ明命のちょっと戦慄した声に答えながら、厨房の中へと足を踏み入れる。

 

「お、これは・・・」

 

「あ、それは以前お聞きしたくっきぃというものです!」

 

確かに作り方を教えたが・・・良くオーブンの代用品を考え付いたものだ。

真桜の発明に対する情熱というか才能は数世代先を行ってるんじゃなかろうか。

・・・あれ? ちょっと魔力反応がするんだけど・・・。

その疑問について聞いてみると、なにやら真桜が開発段階で甲賀から「余った宝具で作った高温加熱機」を借り受けたらしい。

余ったってまさか、風呂作るときに出した『傷つけ害なす魔法の枝(レーヴァテイン)』とかじゃないだろうな・・・?

あれ宝物庫に片付けた記憶無いからな・・・。

 

「ん、美味しいな」

 

「さくさくですねっ」

 

「おぉ~・・・この歯ごたえ、癖になりそうですね~」

 

五人でクッキーをさくさく頬張る。

季衣が圧倒的な速度で食べているので、クッキーの減りは相当に早い。

 

「んー、美味しく出来てよかった~」

 

「さくさくしてておいしーよ! ・・・でも、結構喉乾くね、これ」

 

「ぱっさぱさ! ぱっさぱさだよぱっさぱさ!」

 

「・・・にーさま、急にどうしたんですか?」

 

「知らないのか? クッキーを食べて喉が渇いたときはこう言わないと駄目なんだぜ」

 

「知らないも何も、流流ちゃんがクッキーを作ったのは初めてなのですよー?」

 

風の指摘に、そういえばそうか、と納得する。

まぁ、俺のこんな与太話を信じたのは前世も含めて一人くらいしか居ないのだが。

 

「さて・・・お菓子のお礼に俺も何か提供しようか」

 

そう言って、俺はごそごそと宝物庫を探る。

なんか良いのあったかなぁ。

クッキーとあうのは紅茶とかだろうが・・・。

流石にそれは入ってないか。

 

「お、ジャム」

 

「・・・赤い蜂蜜?」

 

「いや、これはイチゴって言う・・・とりあえず、クッキーに乗せて食べてみるといい」

 

俺がジャムを乗せたクッキーをほら、と勧めると、風は恐る恐るそれを口にする。

 

「もむもむ・・・ほほぅ、これは中々。酸味が利いていて美味しいですね~」

 

もう一口ください~と口をあける風へクッキーを与える。

・・・うむ、ハムスターか何かを餌付けしている気分である。

 

「にーちゃん、ボクにも!」

 

「おう。ほら、あーん」

 

「あーん!」

 

「あぶなっ」

 

危うく手ごと美味しく頂かれるところだった。

その後、流流と明命にもジャムを分け、全員で味わった。

ふむふむ。これはいい発見をした。

 

「・・・私も、あーんが良かったなぁ」

 

「? なんか言った、流流?」

 

「え? あ、ううん、なんでもないよ、季衣。じゃむ美味しいねって言ったの」

 

「うん! 美味しいよね!」

 

・・・

 

「次こっち」

 

「あむあむ・・・んー、美味しい!」

 

「そりゃ良かった。・・・次はこっちな」

 

「はーい!」

 

俺の目の前で美味しそうにお菓子を頬張る天和に、次のお菓子を勧める。

今日は地和と人和が別のレッスン中で、今日は珍しく頑張った天和に新作の饅頭を食べてもらっているところだ。

来ているのは以前来たらいむなんちゃら。・・・再び名前を忘れてしまった。

 

「そういえばー、何で今日はこんなにご馳走してくれるのー?」

 

「ん? いやほら、今日は天和、結構頑張ってたろ」

 

珍しく「えー」も「もう休憩したーい」も無く、意外と一生懸命レッスンを受けてたからな。

そういう時は褒めてやらないと。

・・・いや、決して「初めてでも大丈夫! 犬の賢い飼い方」なんてものを読んだ訳じゃないぞ?

 

「えへへー。頑張ったよー?」

 

「だからご褒美だよ。前も言ったろ? きちんと頑張ったらご褒美をあげるって」

 

「そうだっけ? まぁ、美味しいから良いよ~」

 

のほほんと饅頭に手を伸ばす天和。

この天然具合が人気の秘訣なのだろうか。

彼女はきっと意識なんてしてないのだろうけど。

 

「ふぅ・・・お腹いっぱいになったねぇ」

 

「ん、そうか? じゃあ、お茶飲んだら帰ろうか」

 

「うんっ。ありがとね、美味しかったよー」

 

「そういうのは、俺じゃなくて作ってくれた人に言うんだぞ」

 

「はーいっ。おじさーん、美味しかったよー!」

 

天和に手を振られ、照れながら手を振り返す店主。

まぁ、アイドルに手を振られたらそりゃ嬉しくもなるよな。

いつの間にか回りは天和のファンらしき人たちが増えてきてるし。

話しかけてこないのは・・・多分俺がいるからだろう。

 

「よし、じゃあ地和たちと合流しようか」

 

「分かったよー。ふふーん、二人に自慢しちゃおーっと」

 

るんるんと鼻歌でも歌いだしそうなほどに上機嫌な天和と共に、地和たちと合流しようと事務所へと向かう。

きっと二人も今頃レッスンも終わって一報亭のシュウマイでも食べているころだろう。

 

「たっだいまーっ」

 

「あ、お帰り姉さん」

 

「お帰り。・・・上機嫌ね」

 

「ふふー。そう見えるー?」

 

「ま、姉さんはいっつも上機嫌みたいなもんだけど」

 

そう言って、地和はシュウマイを一つ食べる。

それでちょうど最後だったらしい。人和が食器なんかを片付け始める。

 

「今日はねー、ギルにご褒美でお饅頭いっぱい奢って貰っちゃったんだー」

 

「えー!? ちょっとギル!? 姉さんばっかりずるいんじゃない!?」

 

「はっはっは、今日は文句も言わずに一生懸命だったからな。お兄さん感動しちゃって」

 

「えへへー。なでなでもしてもらっちゃったー」

 

最近それなりに仲のいい娘だと撫でて機嫌を取れることに気づいてな。

こういうときに結構多用していたりする。

ふふふ・・・あ、でもあまり使いすぎると黒月とのエンカウント率が異常に高くなるのが難点だな。

 

「・・・姉さんは長女なのに一番子供っぽいわよね」

 

地和がはぁ、とため息をつく。

まぁたしかに、撫でて機嫌が取れてる時点で若干精神年齢が低いといわざるを得ないよな。

ちなみに、それで喜ぶ筆頭は璃々と鈴々だったりする。

 

「ギル! 今度はちぃとれっすんするわよ!」

 

「ご褒美目当てなのが丸分かりだな」

 

「ふんっ。姉さんだけご褒美なんてずるいの! ちぃだって今日頑張ったんだもん!」

 

「はいはい、分かった分かった」

 

「撫でないの!」

 

ふぅむ、まだ地和には使えないようだ。

レベルが足りないか。

 

「よし、後でレベルを上げて物理で殴ろう」

 

「ちぃ殴られるの!?」

 

「・・・ああ、違った違った。副長じゃないんだもんな」

 

「副長は殴っちゃうの!?」

 

地和に突っ込みを受けていたのと丁度同じ時間帯に、兵舎からへくちっ、という可愛らしいくしゃみが連続して聞こえたらしい。

 

・・・

 

「・・・」

 

「ああっ、黙々と仕事をなさるギル様・・・とても素敵ですっ!」

 

「・・・」

 

「ああっ、少々政策に頭を悩ませるギル様・・・変わらず素敵ですっ!」

 

「・・・」

 

「ああっ、淡々と私にエアを向けるギル様・・・天下無敵に素敵ですっ!」

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」

 

「ああんっ! あーれー・・・!」

 

いくら軽めにしたとはいえ、対界宝具の一撃は壱与を部屋から吹き飛ばすのに十分だった。

後で窓を直さないと、なんて思いながら書類を片付けていく。

 

「ハァハァ・・・いつ受けてもギル様の攻撃は快感です!」

 

「・・・無敵かこいつ」

 

窓から這い上がってきた魔法王女に呆れながら筆を置く。

 

「分かった分かった。何が望みだ? デートか? 健康的なことだったら何か付き合ってやるから」

 

「そ、そんなっ、えと、別に催促したわけでは・・・」

 

「じゃあ良いのか?」

 

「そんなわけありませんっ。でぇと! いたしましょう!」

 

ふんす、と意気込む壱与の手を握り、さて何処に向かおうかと思った矢先。

なんだか、壱与の手が異常に重いような・・・。

 

「はきゅぅ・・・」

 

「き、気絶してやがる」

 

俺耐性低すぎだろこいつ。

手握っただけで気絶って。お前は男子中学生か。

いや、男子中学生でももうちょっと異性耐性あるぞ。

ピュアすぎるというかなんと言うか・・・。

 

「・・・仕方ない。寝台に寝かせて悪戯してるか」

 

「ていっ」

 

「あぶねっ」

 

寝台に寝かせた壱与に手を伸ばすと、背後から鈍器(銅鏡)で襲われた。

凄まじい魔力が充填されていたので、完全に俺を殺す気だったみたいだ。

 

「卑弥呼か。どうしたんだよいきなり」

 

「・・・あ、ごめん。ほぼ無意識だった」

 

鏡の魔力を散らしながら、卑弥呼が真顔で謝罪する。

・・・俺無意識で殺されそうになったのか。

 

「・・・っていうか、何しようとしてたのよ」

 

「何って・・・悪戯」

 

「やらしー」

 

ジト目で引きつつ軽い一言を掛けて来る卑弥呼。

 

「・・・いいや。じゃあ、卑弥呼に悪戯してやるから」

 

「悪戯・・・あ、あんなこととかこんなこととか・・・!?」

 

「・・・卑弥呼?」

 

「はふぅ・・・」

 

「そ、想像だけで気絶しやがった」

 

うわっ、卑弥呼のキャパ、低すぎ・・・?

 

「とりあえず、壱与と並べておくか」

 

流石にもう悪戯するとは冗談でも言えないな。

まぁ、頬をつんつんするくらいなら許されるだろう。

 

・・・

 

取り合えず魔法王女と魔法女王は俺の部屋においてきた。

結界を張ってあるので、多分起きてもしばらく追いかけてくることは無いはず。

・・・でも、壱与って天才だからなぁ・・・。すぐに抜けてくるだろう。

 

「お、副長」

 

「んあ、隊長ですか。ちわーっす」

 

「・・・寝起きか」

 

昼寝でもしていたのだろう。

副長は寝起きだと言語がわやわやになるからな。

 

「ふわぁ・・・あふ。そです。ちょっとお昼寝してました」

 

「そか。あ、ほら、寝癖」

 

「んー? ・・・あ、どもです。うわー、そっか、髪の毛直さないと・・・」

 

「直してやるよ。ほら、動くなよ」

 

「あ、あ、えと、はい、動かないです」

 

さらさらとした黒髪に少し指を通すと、すぐに跳ねた毛は大人しくなった。

それから自然と俺たちは歩き始める。

向かう先は訓練場だ。俺と副長がそろって行くところなんて八割そこだ。

 

「・・・お前、金髪なら良かったのになぁ」

 

「いきなり毛の色に文句言われた・・・」

 

帽子を被りなおしながらこちらを見上げる副長。

目には非難の色が混ざっているように見える。

 

「っていうか、金髪とかふりょーなんですよ、隊長。やっぱり優等生は黒髪長髪じゃないと駄目ですよねー」

 

「じゃあなおさら染めないと」

 

「不良扱い!?」

 

「っていうかお前風とか華琳に喧嘩売ってるのか?」

 

「うあ゙」

 

そういえば、とでも言うような顔をする副長。

いまさら気づいたのか。

 

「と、取り消しておきます・・・」

 

「それが賢明だろうな」

 

「でもま、優等生が黒髪長髪って言うのは譲れませんけどー。私も昔は長かったんですよ? 今はちょっと短めですが」

 

「へぇ。孔雀も昔長かったみたいなんだよな。副長は伸ばさないのか?」

 

「長いと手入れが大変で。私ずぼらなんで、わしゃーっと洗ってずばーっと流せる今の長さがお気に入りです」

 

ふぅん、と相槌を打つ。

そういえば生前同じことを言っていた奴がいたなぁ。

あいつもこのくらいの髪の長さだったはずだ。

 

「本当は七乃さん位の長さが一番良いんですけど・・・私だとおかっぱにしかならないんですよねぇ」

 

「あー、分かるかもしれんな」

 

「だからちょっと長めなんです。ふふん、どうですか? お洒落にも気を使ってるんですよ?」

 

「・・・ああ、うん、そう」

 

「何ですその投げやりな返事!」

 

いや、だってなぁ・・・。

服を選ぶ基準が「道具の内容量」でブラを持たない女の子ってお洒落とは言わないような・・・。

 

「お、噂をすれば七乃だぞ」

 

「あ、ほんとですね。おーい、七乃さーん」

 

「はい? あらー、こんにちわー」

 

「こんにちわ。珍しいな、七乃がこんなに早く来るなんて」

 

「そうですかー? 私、結構真面目にやってるんですよー?」

 

「・・・まぁ、確かに」

 

朝早く俺の部屋に来て書類を持って行ってくれと言えばきちんと早朝取りに来るしな。

 

「そういえば・・・なんでしたっけ? みゅーちゃん?」

 

「お嬢様のことですかー?」

 

「だったら名前は美羽、だぞ。そんな百五十一匹目の幻の存在みたいな名前じゃない」

 

「ああ、そうでした。なんか真名を預けられたのは良いんですけど、あまり会わないから・・・」

 

「へぇ。じゃあ意外と気に入られてるのかな、副長」

 

「意外と副長さんは面倒見の良い方ですからー」

 

確かに、子供とかに懐かれてること多いよな。

迷子とかも真っ先に泣き止ませるし。

 

「偉い偉い」

 

「急に褒められた・・・明日は世界が終わるのでしょうか」

 

「・・・終わらせても良いけど・・・」

 

「すいません嘘ですっ!」

 

うんうん、今日もいい反応である。

 

・・・

 

「はい、というわけで今日の相手は白蓮です」

 

「は? え、ちょ、ギル? 私急に呼ばれたんだけど・・・何なんだ?」

 

「取り合えず副長と戦ってくれない?」

 

「無理だろ! 絶対私より強いじゃないか!」

 

「行きますよー!」

 

「残念。副長はもうやる気みたいだ」

 

「ああもう! やればいいんだろやれば! 後で何か奢れよ、ギル!」

 

そう言って、白蓮は剣を構える。

今日は副長の新装備があって、そのテストの相手をしてもらおうと思っているのだが・・・さて、どうなるかな。

 

「新装備! 巨人の剣!」

 

そう言って副長が構えたのは、副長の身の丈の倍以上はある巨大な剣。

盾も持てなくなるし、取り回しも最悪だが、威力は折り紙つきである。

 

「行きます! はっ!」

 

「うぅ・・・こ、こいっ!」

 

副長が駆け出すのと同時に、白蓮も駆ける。

動きに淀みは無い。きちんと基本を修めているからだろう。

 

「せいっ!」

 

「あぶなっ」

 

ただの横薙ぎも、あの剣ならば広範囲への斬撃へと変わる。

あれで回転切りをすると味方も巻き込むジェノサイドアタックへと早変わりだ。

牽制にも有効だ。あれは剣の癖に槍のような間合いを持っているからな。

 

「うわっとと・・・やっぱりちょっと重いかな。でも、いけます!」

 

「一撃一撃は凄い・・・けど、大振りだ。隙はある!」

 

赤い髪を揺らして、白蓮が大きく回りこむ。

副長は未だに扱いに慣れていないのか、巨人の剣に振り回されているような動きを見せる。

 

「ふんっ! ・・・わっとと」

 

「そこっ!」

 

「ひゃっ!? わぷっ」

 

回り込もうとする白蓮に牽制で剣を振るう副長。

だが、白蓮はそれを読んでいたようだ。すぐに副長へと剣を振るう。

それを何とか巨人の剣で防いだものの、衝撃と剣の重みでたたらを踏んでしまう。

そのままバランスを崩し、副長は転んでしまう。

白蓮はそこへ剣を振り下ろす。

 

「終わりだっ!」

 

「ま、まだまだっ!」

 

だが、副長はまだ諦めていないようだ。

転んだときに手放した巨人の剣が自分の身体へと倒れこんでくる。

巨人の剣の柄を自身の手で引っ張って加速させ、自分の身体をシーソーの支点のようにして剣を跳ね上げた。

危ないなぁ、あれ、自分の身体に当たってるのが刃じゃない部分・・・鎬と言ったか? そこじゃなかったら身体真っ二つだぞ。

あの一瞬で良く判断できたものだ。

 

「嘘だろっ!?」

 

「こ、こわー・・・。で、でも、これでっ!」

 

剣を腕ごと弾かれた白蓮に、副長は巨人の剣を倒れたまま振るう。

退魔の剣では届かなかったであろう体勢からの攻撃でも、巨人の剣ならば余裕で届く。

 

「くっ!?」

 

お互いの剣が激しくぶつかり合い、火花が散った。

だが、それで完全に白蓮の体勢は崩れた。

 

「今なら!」

 

片手で巨人の剣を支えながら起き上がった副長は、残った片手で白蓮の身体を押した。

体勢が崩れている白蓮は、それだけで容易に転んでしまう。

 

「いたっ・・・!」

 

「よっこいしょー!」

 

「え? わ、きゃあっ!?」

 

「よーし、そこまでー」

 

ぴたり、と寸止めされた巨人の剣を見ながら、俺は試合の終了を告げる。

副長は応用力というか、閃きが凄いな。

まさか、転んだところで起き上がることを考えるよりそのまま剣を振るうほうを選ぶとは。

確かに梃子の原理を使えばあの重さも片手で跳ね上げられるけど・・・それでも、普通はそんな事思いつかんぞ。

 

「ふ、ふー・・・。お疲れ様です、公孫賛さん」

 

「・・・白蓮でいいさ。副長、あんた凄いなぁ。それ持ったの初めてだろ?」

 

「ええ。基本的に新装備は急に渡されるので」

 

「それを戦いの中で使いこなすなんて・・・流石はギルの右腕ってことか」

 

「え、えへへー。褒められたー」

 

「よし、じゃあこの調子で恋行ってみるか」

 

「良いですよ! この調子でやったります!」

 

・・・

 

「負けましたー!」

 

「早い・・・! 敗北も諦めも・・・!」

 

いや、まぁ、分かってたけど。

巨人の剣も使い慣れてないし、あれ使ってる間は道具ほぼ使えないし。

隣の白蓮も少し呆れ気味だ。

 

「はーい、副長さん、あっちで手当てしましょうねー」

 

「はい・・・うぅ、今度は勝つもん・・・」

 

「頑張りましょうねー」

 

「・・・副長って、その・・・変わってるな」

 

真面目代表の白蓮にそう言われる様になったら終わりだな。

 

「ま、いいや。副長はしばらく拗ねてるだろうし、七乃はそれを宥めすかしてるだろうから・・・白蓮、代わりに訓練見てくれるか?」

 

「はぁ!? い、いや、無理だろ! 私程度じゃギルみたいな精鋭部隊の面倒なんて見切れないぞ! っていうか、ギルが見れば良いじゃないか!」

 

「いや、俺は恋の相手しないと・・・それとも、俺の代わりに恋と試合するか? そうしたら俺訓練見れるけど」

 

「・・・訓練、見てます」

 

「賢明だな」

 

蛇狩りの鎌(ハルペー)を取り出しながら、白蓮に笑いかける。

目の前では、恋が戦闘準備万端とばかりにこちらを見つめている。

・・・今日も、長い訓練になりそうだ。

 

・・・




「副長さんって、結婚とかしないんですか?」「ふぇっ!? え、えと、相手とか、居ないですし・・・」「あー、そですか」「で、でも、一応、申し込まれたことはあったり・・・断りましたけどね」「断ったんですか?」「はい。急に家まで来て、結婚してくれー、って言われたんで、一昨日きやがれー、って断りました。やっぱり、結婚とかは・・・その、好きな人としたいですし」「彼氏居ない暦イコール年齢が何か言ってるー」「い、壱与さんって容赦なく私の心抉っていきますよね・・・」


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第四十一話 おままごとが混沌に

「おままごとって簡単そうに見えるけど、意外と難しいよな」「あー、ちょっと恥ずかしさとか混じっちゃうもんな」「そうそう。そういえば、甲賀ってそういうごっこ遊びってやったこと無いのか?」「・・・反抗期に忍者の修行が嫌になってな。友人たちと一斉にストライキしてやったんだ」「・・・それがごっこ遊びと何の関係が・・・?」「いや、そのときにしたストライキというのが、『全員でスパイごっこをする』というものでな・・・」「いやいやいや、ただ言い方変えただけだろ!?」「やめろ! もう言うな! その突っ込みは父に散々されたんだ! 枕、枕は何処だ! 俺は顔をうずめるぞ!」「ああっ、ま、マスターがご乱心を!」


それでは、どうぞ。


「あー・・・」

 

今日は疲れた。

恋の試合の相手の後、アレの相手もさせられて疲労困憊です。

途中でねねも混ざるし・・・。うぅ、心なしか腰が痛む・・・。

 

「はー、よっこいしょ」

 

・・・なんだかちょっと、歳を感じるなぁ。

いやいや、まだまだ俺は若いぞ! 若造だぞ!

 

「・・・一人って、虚しいなぁ」

 

はぁ、とため息を一つ。

城壁の上から見える町並みはとても賑わっている様で、こちらにも喧騒が聞こえてくるほどだ。

恋とねねはあの後風呂へ行ってしまったし・・・うーん、副長でも呼ぶか?

現代だったらなぁ。ケータイで友達でも呼べたんだが。

 

「・・・あ、一刀いるじゃん」

 

あいつなら基本暇してるだろうし。

思いついたら即行動! というわけで、俺は今座っている城壁の縁から飛び降りた。

通常の人間なら即死の高さだが、英霊なら大丈夫。

俺も最初のほうはビビリまくりだったのだが、今では慣れてぴょんぴょん飛んでいる。

 

「よっと」

 

膝を曲げつつ着地して、ポーズをとる。

・・・ここまでしておかないと、なんだかむずむずするのだ。

 

「わー! ギルお兄ちゃんすごーい!」

 

「ん? ・・・お、璃々。どうしたんだ?」

 

ぱちぱちと小さな手で拍手して駆けてくる璃々を受け止めつつ、尋ねる。

えへへ、と照れくさそうに笑うと、あのね、と話を始める璃々。

 

「きょーはお母さんがいないから、おしろのなかをおさんぽしてるのー」

 

「桔梗は?」

 

「ききょうさんは、えんやお姉ちゃんとえんせー? に行ってるの」

 

「あー、そういえばそんな話あったなぁ」

 

国境近くの砦の視察だかなんだかで、二人して昨日の朝出発してたはずだ。

 

「よし、俺と遊ぼうか、璃々」

 

「ほんとー!? やったー!」

 

「何するかなぁ・・・」

 

町へお出かけ・・・は、ちょっとやめといたほうが良いかな。

今日は特別人が多いみたいだからな。もしはぐれでもしたら大変だ。

悩んでいると、目の前の璃々がみこーん、と何か思いついたように顔を上げた。

 

「璃々ね、おままごとしたい!」

 

「お、良いかもな」

 

「えーとね、えーとね、じゃあ、ギルお兄ちゃんが旦那さまで、璃々が奥さんね!」

 

「おう、良いぞ」

 

懐かしいなぁ。

幼稚園のとき、園児全員を巻き込んだ第五次おままごと大戦をしたとき以来じゃないか、ままごとなんて。

それにしても・・・璃々が奥さんか。

 

「えへへー。ギルお兄ちゃんのおよめさんだー」

 

てれりこ、と頬を染める璃々。

よし、じゃあ取り合えず・・・家を作るかな。

 

「よーし、璃々。まずは家を作ろうか!」

 

「あいのすっていうんだよね! 璃々知ってるよ!」

 

「・・・間違ってはいないけど」

 

「じゃあ、ここにしきものして、っと」

 

「お、約二秒でマイホーム完成したぞ。凄いな」

 

ござ(らしきもの)とちゃぶ台のみの自宅だが、まぁままごとの舞台なんてこんなものだろう。

後は・・・ちょっと汚いが、厨房の裏から拾ってきた壊れた茶碗なんかを並べてみる。

 

「これにごはんをいれるんだよね!」

 

「ああ。ま、本物は無いけど、こう・・・泥とかで作るんだぞ」

 

「どろだんごー!」

 

「お、上手いな」

 

すぐにころころっと団子を作り上げる璃々。

手慣れてるなぁ・・・。

 

「はい、ギルお兄ちゃん、あーん!」

 

「璃々、呼び方が違うぞ。俺は璃々の旦那さんなんだから」

 

「あ、そっか。えーと、えーと・・・あなた、あーん!」

 

「はい、あーん」

 

ぱくり、と食べるふり。

・・・食べても大丈夫だろうが、璃々がびっくりするだろうからやめておこうか。

 

「じゃあ、つぎは璃々のばんー! あーん!」

 

「おう、ほら、あーん」

 

「ぱくっ!」

 

美味しそうに団子を咀嚼する・・・振りをする璃々。

うんうん、微笑ましいなぁ。

 

「・・・うわ」

 

「あ、けいふぁお姉ちゃん!」

 

「桂花か。どうしたんだ、こんな変なところで」

 

自分で言うのもなんだが、ここは厨房の裏の少し先、ほとんど人の来ない場所だ。

 

「・・・厨房に行ったら、何か変な声が聞こえるから見に来てみたら・・・あんた、やっぱり変態じゃないの!」

 

「なぜそうなる」

 

「だ、だって璃々みたいな小さい子と、ふ、夫婦みたいなことしてるじゃないの!」

 

「いや、ままごとって大体そんなもんだろ」

 

「けいふぁお姉ちゃんも、一緒にやる?」

 

「はぁ!? 何で私がそんなこと・・・」

 

「ふぇ・・・」

 

桂花に強く言われて、少し涙ぐむ璃々。

俺はそんな璃々をかばいながら、桂花を注意する。

 

「あ、おい、桂花。璃々を泣かせるなよ。紫苑の胸に沈めるぞ」

 

「斬新な脅し文句ね・・・。わ、分かったわよ。参加してあげるわ」

 

「ほんとっ!? やったー!」

 

「ちょっとだけだからね!」

 

「うん! じゃあ、けいふぁお姉ちゃんは・・・」

 

「ペットで良いだろ。猫とか」

 

「あんたままごとの意味理解して言ってんの!?」

 

ペット、という単語の意味は分からなかったみたいだが、その後の猫という単語で自分の扱いを知ったらしい。

何時も通りショックを受けたような顔で突っ込みを入れてくる。

 

「猫・・・えーと、じゃあ、けいふぁお姉ちゃんは、おとなりにすんでるねこみみのお姉さん!」

 

「猫が定着したっ!?」

 

って言うか、隣に住んでる猫耳のお姉さんって、完全に猫と融合してるじゃないか。

そんなのが隣に住んでるなんて・・・おーう、いっつファンタジー。

 

「まぁ、隣に住んでるってくらいだから、あんたと話す機会は少なそうよね。良いわ、それで」

 

そう言って、璃々から受け取った小さいござを隣に敷く桂花。

ペットにされるよりは猫耳のお姉さんを選んだようだ。

そんなに俺と触れ合うのが嫌か。・・・ならば俺にも考えがあるぞ。

 

「そういえば璃々、お隣のお姉さんなんだけどな」

 

「んー?」

 

「いつも俺の部屋の窓から侵入して来るんだ。いくら幼馴染だといってもやりすぎじゃないか?」

 

「何変な設定追加してんのよ!」

 

お隣さんから怒声が飛んで来るが、そんなものお構いなしである。

 

「おさななじみ?」

 

「あぁ、えーと、小さいときから一緒にいる、仲良しさんのことだぞ」

 

「そっかー。えとね、なかよしさんなら、まどから入ってもだいじょうぶだと思うよ?」

 

「璃々は優しいなー。それじゃあ、仲良しのお隣さんと、ご飯でも食べようか」

 

「うんっ。さっきごはんのとちゅうだったもんね。呼んでくるね!」

 

そう言って、ござの端に脱いであった靴を履いて隣のござへと向かう璃々。

一瞬桂花が緊張した顔をするが、すぐにこほんと咳をして姿勢を正した。

 

「こんこんっ」

 

「は、はーいっ」

 

「けいふぁお姉ちゃん、ごはんいっしょにたべよ!」

 

「・・・分かったわ。今そっちへ行くから」

 

一瞬こちらを見たのは、いくらままごととはいえ俺と食事をするというのが嫌だからだろう。

いかにも渋々といった態度でこちらへやってくる桂花。

嫌だと拒否したら璃々がまた泣くからこうして付き合っているだけなのだろう。

・・・ま、桂花はアレで子供とかには優しいからな。

 

「ただいまー!」

 

「おじゃまします」

 

「お帰り。桂花・・・いや、桂花お姉ちゃん、いらっしゃい」

 

「うぐ・・・! や、やめなさいよお姉ちゃん呼びは!」

 

自分を抱きしめるような格好で一歩後ずさる桂花。

少し鳥肌が立っているようなので、結構寒気がしたのだろう。

 

「けいふぁお姉ちゃん、すわってて! いま、ごはんつくるね!」

 

「はいはい。分かったわよ」

 

そう言って、俺の対面に座る桂花。

すぐに璃々が泥団子を作って桂花の前に置く。

 

「どうぞっ」

 

「・・・ぱくぱく」

 

頬を若干赤く染めながら、泥団子を持って咀嚼の振りをする桂花。

意外とノリいいな。

 

「どうですか?」

 

「美味しいわ。璃々はお料理が上手ね」

 

「ほんとう!? やったー!」

 

わーい、と嬉しそうに万歳する璃々。

 

「えへへー。ギルお兄ちゃんの奥さんだもん! おりょうり、いっぱいべんきょうしたもん!」

 

「あー・・・ちょっとあんた、本当に璃々も手篭めにしてるわけ? 懐いてるってもんじゃないわよ、これ」

 

「はは。今は俺の奥さんだからな」

 

「・・・そういう意味じゃ・・・ああもう、これだから男は!」

 

ぺいっ、と泥団子を投げつけられる。

首を捻るだけでそれを避けると、璃々が桂花に向き直る。

 

「だめだよけいふぁお姉ちゃん! ごはんをそまつにしちゃ!」

 

「あ」

 

「もう!」

 

「・・・えぇと・・・何をなさってるんですか・・・?」

 

「あ、流流じゃない」

 

「? るるお姉ちゃん?」

 

背後から聞こえてきた声に、俺たち全員が反応する。

きょとんとして、こちらを怪訝そうに見つめるのは、魏の特級料理人、流流である。

 

「こんにちわ。おままごと・・・ですか?」

 

「おう。俺が旦那、璃々が奥さん、で、桂花が」

 

「ねこみみのお姉ちゃん!」

 

「・・・一気に意味分からなくなりましたね」

 

うーん? と首を傾げる流流。

まぁ、普通のままごとで「隣に住む猫耳のお姉さん」は出てこないだろう。

 

「流流もやるか?」

 

「え? うーんと・・・」

 

考え込みながら、一瞬璃々へと視線を向ける流流。

期待を込めた瞳を見た流流は、少し苦笑い気味に頷く。

 

「分かりました。私も仲間に入れてください」

 

「やった! あのね、あのね、るるお姉ちゃんは・・・えーと・・・」

 

少し考え込むと、あっ、と声を上げる。

 

「むすめさん!」

 

「うちの?」

 

「うん!」

 

「・・・だ、そうだが?」

 

「ふぇっ!? む、娘って・・・にーさんと璃々ちゃんの?」

 

「にーさんじゃないぞ」

 

「あぅ、えと、おとーさん?」

 

上目遣い! これは良い物だ!

 

「るるおねーちゃん、じゃない、えっと、るるちゃん、璃々のことも呼んで!」

 

「え、えーと、璃々おかーさん?」

 

「わぁっ!」

 

一気に表情を輝かせる璃々。

流流はそんな璃々を見て微笑みながら、ちゃぶ台へと座る。

 

「るるちゃん、おりょうりのお仕事はじゅんちょーですか!」

 

「ふぇ!? りょ、料理人の設定なの・・・? う、うんっ。順調だよ、おかーさん」

 

「そっかー。ふらんべも、できるようになったんですかっ?」

 

「っていうかなぜ敬語・・・」

 

「あ、あの・・・ふらんべって何ですか?」

 

こちらにヘルプを求めてくる流流に、フランベとは何かを説明する。

ふんふん、と納得した流流は、璃々に向き直る。

というか璃々もフランベの意味なんか理解してるとは思えないが。

おそらく最近知った言葉を使いたいだけなのだろう。

 

「ふらんべはまだ難しいから、あまり使ってないかな」

 

「へー。ふらんべはむつかしいんだね!」

 

うんうんと頷く璃々。

きっと理解はしていないのだろうけど。

しばらく流流と璃々の奇妙な会話は続く。

 

「・・・なにしてんです?」

 

「お、副長か。副長は何役かなぁ・・・」

 

「ふくちょーさん!? こんにちわっ」

 

「あ、璃々ちゃん。こんにちわです。ええと、おままごとですか?」

 

「うんっ。ふくちょーさんも一緒にやろっ」

 

「はぁ。・・・ところで、隊長は何の役なんです?」

 

「璃々の旦那」

 

ふむふむ、と副長が頷く。

 

「成程、少し前に噂になった『隊長が璃々ちゃんを襲っていた』というのは事実だったんですね」

 

「ままごとって言ってるだろうに。あとそれは事実じゃない」

 

「流流さんは何の役なんですか?」

 

「俺と璃々の娘」

 

「やっぱり事実なんじゃないですか! こんなにいたいけな璃々ちゃんにせまるなんて!」

 

ここにもままごとの意味を理解してない奴が一人・・・。

 

「ふくちょーさんは、おしゅーとめのやくね!」

 

「璃々ちゃんに姑扱いされた!? 私そんなにねちっこいですかねたいちょー!」

 

「取り合えず喧しくはあるな」

 

「お母さんがいってたよ。おしゅうとめさんは、おくさんのことをしんぱいするひとじゃないとだめだって!」

 

「ああ、天使がいますよ隊長・・・」

 

何か泣き出したぞこいつ・・・。

 

「よるな姑。陰湿さがうつる」

 

「そういうのは壱与さんに言ってくださいよ!」

 

「呼ばれた気がして!」

 

副長が壱与、という名前を出すのとほぼ同時に壱与がやってきた。

反応早すぎるだろ。コンマの世界だぞ・・・。

 

「すごーいっ。きらきらしてるー! おねえさんは、おひめさまですか?」

 

「ん? ・・・ええと、こちらの少女は・・・」

 

「璃々。紫苑って分かるか? その人の娘だよ」

 

「なるほどなるほど。敵ですね」

 

そう言って銅鏡を構える壱与。

どういう思考回路してたらそういう答えが出てくるんだ!

 

「馬鹿か! 璃々に戦闘能力とか皆無だぞ!? というか、なぜ敵!?」

 

「そんなの、決まってるじゃないですかギル様! 可愛くて! ロリっ娘で! その上ギル様に懐いている! これが敵でなくてなんなのですか!」

 

「わぁ・・・! すごいね、おねえさん! どうやって出したの!?」

 

「はい? ・・・ああ、銅鏡のことですか? これはですね、第二魔法を使って平行世界から引っ張り出して・・・」

 

「まほー?」

 

「凄い人ってことですよ。まぁ、一番凄いのはギル様なんですけどねっ。きゃーん、ギル様さいこー!」

 

いぇーい! とハイテンションに片手を突き挙げる壱与。

なんだか知らんが、煙に撒けたらしい。

 

「壱与、お前ペットの犬役な」

 

「喜んで! ところで食事はやっぱり泥とか草なのでしょうか!」

 

「ん? まぁ、ままごとで本物使うわけにもいかんからな」

 

「ああ・・・ギル様手製の泥団子・・・なんと甘美なひ・び・き! 是非! 是非私にお一つくださいな!」

 

れろん、と犬のように舌を出して口をあける壱与。

・・・す、凄いなー。壱与はすぐに役作りが出来るんだなー。

 

「・・・何あれ?」

 

「あれ? 桂花さまは壱与さんを知りませんでしたっけ?」

 

「知らないわよ。なんていうか・・・変態ってああいう奴のことを言うのね」

 

「・・・私から見たら、華琳さんと一緒にいるときのあなたもあんな感じに見えますけど」

 

「は? ・・・あんた、副長って言ったっけ? 私はあんなに変態じゃないわよ!」

 

「華琳さんに足なめろって言われたら?」

 

「喜んで舐めるけど?」

 

「・・・桂花さま・・・」

 

あっちはあっちで桂花の極まりっぷりにひき始めてるし・・・。

 

「おねえさんわんちゃんのものまねお上手だね!」

 

「喋んなロリ娘。ままごととはいえギル様と夫婦とか許されると思ってんの? だいたいああっふん!?」

 

四つんばいのまま顔だけ向けて璃々を威嚇し始めたので、むき出しの白い太ももをぺちんと叩く。

音は軽いが威力はそれなりだ。小さい子を威嚇するんじゃありません。

 

「ど、どうしたのでしょうかギル様? いきなりご褒美を下さるなんて・・・」

 

「・・・腕、出せ」

 

「はい」

 

「はぁぁぁぁ・・・しっぺ!」

 

「ありがとうございますっ!」

 

凄くいい音がしたのだが、それすらも壱与にとっては褒美扱いのようだ。

とても良い顔で礼を言われてしまった。

しかし、これでは躾にならんな。

 

「壱与、璃々は今俺の奥さんだ。ということは、俺と同じくらいこの家では偉い。壱与はどうだ?」

 

「はいっ、壱与は犬ですっ!」

 

「だったら、璃々にも従わないと」

 

「わんっ」

 

「可愛いね、あなたっ」

 

璃々が壱与を撫でながらにっこりと笑う。

うんうん、仲良きことは良き事かな。

 

「ふ、ふふふ・・・ギル様との間に娘が出来たときの予行演習だと思えば・・・」

 

すごく妖しげに笑う壱与は気にしないことにする。

さて、しばらく璃々は壱与に任せるとして・・・あっちの猫耳のお姉さんとわが娘に構ってやらんと。

 

「流流は泥団子作るの得意か?」

 

「泥団子・・・ですか? うーん、小さいころ何回か遊びで作ったくらいだからなぁ・・・ちょっと待ってくださいね」

 

そういうと、流流は置いてある甕(俺が宝物庫から出した物)から水を掬って土にかけ、泥を作る。

そこからある程度泥を取ると、土と混ぜて団子状に。

 

「・・・んっと。こんな感じですね」

 

「おぉ、すごいじゃないか。綺麗だな」

 

さっきの璃々並だぞ。

 

「はんっ。いい年して泥遊び? まったく・・・」

 

「あぁ、猫耳お姉さんは上手に出来る自信が無いみたいだからやらなくてもいいぞ」

 

「・・・なんですって? もう一度言ってみなさいよ」

 

「だから、猫耳お姉さんは泥団子上手に作れないの知られたくないからそうやって自分関係ないですみたいな顔してるんだろ?」

 

「ちょ、さっきの台詞と全然違いますよ!? 凄い挑発になってます!」

 

「いいわよ! やったろうじゃないの!」

 

俺の言葉にカチンと来たのか、桂花は泥を手に取る。

真剣な表情で泥と土を混ぜ、丁寧に形を整えていく。

 

「・・・よし、これでしばらくは大人しくなるな」

 

「にーさ、えと、おとーさま、悪い顔してます・・・」

 

「ふふん、褒め言葉だな。・・・っと、あそこの姑にも構ってやらんと」

 

「姑さんということは・・・おとーさまのおかーさまだから・・・おばぁさま?」

 

「はぐぅっ!? こ、この歳で初孫!?」

 

「おぉ、流流も結構酷いな」

 

「ごっ、ごめんなさい!」

 

「・・・いいえ、いいですよ。気にしてませんし。全然気にしてませんしー・・・」

 

そう言いながら泥団子を作っては置き作っては置きを繰り返す副長。

ああ、拗ねたな。

 

「はんっ、この歳で初孫って可笑しいですよねー。はいはい、可笑しい可笑しい」

 

「うわぁ・・・」

 

だんだんと泥団子の作成速度が上がってなんだか泥団子製造機のようになってしまった副長。

そんな副長に、流流はどうしようもない感情を吐き出すような声を出した。

 

「・・・ぎる、楽しそう」

 

「恋? あれ、ねねと風呂行ってたんじゃ・・・」

 

「行ってた。けど、ねねがのぼせたから・・・」

 

「ああ、孔雀のところにでも行ってたのか」

 

「・・・」

 

こくこく、と首肯する恋。

なるほどね、それで暇になったからふらふらとしていたらここを見つけたのだろう。

まぁ、壱与と璃々が騒がしく遊んでるからな。気づきもするだろう。

 

「泥・・・の、お団子?」

 

「おままごと、やってるんですよ」

 

「・・・恋、ぎるの奥さん」

 

「残念ながら、それは璃々ちゃんに取られてますよ、飛将軍さん」

 

「・・・そう」

 

少し悲しそうな顔をする恋。

そこまでショックか、と少し嬉しくなりながらも何とか慰めようと言葉を捜していると、壱与と遊んでいた璃々が恋に気づいた。

 

「あっ、れんお姉ちゃんだー! おままごとする?」

 

「・・・恋、奥さんが良かった」

 

「あ・・・。ごめんね、璃々がおくさんのやくもらっちゃった・・・」

 

恋の言葉に、璃々は少し申し訳なさそうな顔をする。

その表情に流石の恋も首を振って璃々を慰める。

 

「良い。・・・他に、何か役はある?」

 

「んーとねぇ・・・あ! じゃあ、れんお姉さんはおさななじみのやくがいいよ!」

 

「おさななじみ?」

 

「うんっ。ちいさいころからなかよしで、いっつもあさにまどからおはようってする人のことなんだって!」

 

「・・・窓。ん、たまに入るから、分かる」

 

「窓からたまに侵入してるんだ、この人・・・」

 

うんうん頷く恋に冷静に突っ込みを入れる副長。

まぁ確かに、毎朝窓から入ってこられたら焦るよな。

・・・うん、経験者は語るということで。サムターン回しって怖いよな。

 

・・・

 

「というか、設定を聞いたんですが・・・窓から侵入してくる幼馴染二人いるんですけど。良いんですか?」

 

「もしかしたらいるかもしれないだろ。四方八方を幼馴染の家に取り囲まれてて、毎朝八人以上の幼馴染が押しかけてくる家とかあるかもしれないだろ!」

 

「ねーですよそんな家! 四方八方取り囲まれてたらその中心に住む人はどうやって出入りしてるんですか!?」

 

「幼馴染の家からだよ。きっと。『今日はこっちかな』とか言ってその日の気分で出て行く家を決めてるんだって」

 

「じゃあもう幼馴染と一緒に住めばいいじゃないですか! 何でわざわざ取り囲まれてるんですか!?」

 

窓なんか幼馴染でぎゅうぎゅうですよ!? と付けたし、ばんばんちゃぶ台を叩いて烈火のごとく突っ込んでくる副長。

ああ、そんなにしたら割れるぞそれ。結構ぼろいんだから。

 

「はーっ、はーっ、あーもうっ、なんでお休みの日にまで隊長に突っ込みを入れなきゃならないんですか・・・」

 

「そういえば副長は俺の母親の役だったな。良かったじゃないか、役をきちんと演じられて」

 

「今のはほぼ素ですよぅ・・・」

 

そう言ってちゃぶ台に突っ伏す副長。

だが、先ほどまでばんばんぶっ叩いていたのが響いたのか、ちゃぶ台は真っ二つに。

副長はそのまま地面に頭を強かに打ち付けた。

 

「あいたっ。・・・も、もうやだぁ・・・おうち帰るぅ・・・」

 

「あーあー。泣きっ面に鉢だな」

 

顔面に当たるという意味では蜂より鉢だろう。

・・・一回、当たったことあるしな、副長。

 

「はいはい、よしよし。こっちおいで。慰めてやろう」

 

「えぐっ、えぐっ」

 

「ほ、本気で泣いてますね、副長さん・・・」

 

俺の膝の上に頭を乗せ、身体を丸める副長を撫でながら、他の面々に視線を向ける。

泥団子を作り続ける桂花、犬の様に振舞う壱与、ござの上で窓を探す恋、胎児のように身体を丸める副長・・・。

 

「か、カオスだ・・・」

 

まるでままごととして機能してない・・・。

・・・まぁ、ねねがいないだけマシか。

何故かはわからないが、『ねね』と『ままごと』だけはくっ付けてはいけないと本能が警鐘を鳴らしているのだ。

そんな俺の心境を知ってか知らずか、璃々がこちらに笑顔を向けてくる。

 

「ギルおにーちゃんっ、おままごとってたのしいね!」

 

その言葉に、俺は苦笑いしか返せないのであった。

次は、きちんと役を決めてからままごとをしよう・・・。

 

・・・

 

突然ですが、皆さんには上司とか先輩とか、そういう目上の人はいるでしょうか。

・・・まぁ、いないって言う人のほうが少なそうですが・・・まぁいいです。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

上司に『来い』とただ一言だけ言われてこうして飲み屋へきているのですが・・・その上司が一切喋りません。

こういう時ってどうすればいいんでしょう? ・・・っていうか、何で不機嫌?

 

「・・・」

 

「・・・うぅ」

 

思わず声が漏れる。

いやいやいや、これは無理ですって。

何なのこの重い空間・・・お客さんみんな出ていっちゃったし、店員さんも一番最初に飲み物届けに着てから一切こっち来ないし。

・・・もういっそ、「なんで不機嫌なんですか?」って聞いちゃおうかな・・・。

 

「あ、あの・・・」

 

「ん?」

 

「なん、でも、ない・・・ですぅ・・・」

 

こ、怖い! 

声色は普通なのに! 目が笑ってない!

私、お酒を持つ手が震えてますよ・・・ひぃぃ、誰か助けてー・・・!

い、壱与さん! 壱与さん来てください! あの人なら変態の力で何とかしてくれるはず!

そんなことを思っていると、頭の中に声が響いてきました。

この声は・・・壱与さん? もしかして、魔術で話しかけてきてますかね!?

ええと、何々・・・? 『無理です』?

あの、変態ですら匙を投げる状態・・・だと・・・?

 

「・・・おかわり」

 

「は、はひっ、ただいまっ!」

 

高速で容器を回収して高速で奥へと引っ込む店員さん。

気持ちは分かりますよ・・・私も手が震えてますもの・・・。

 

「おまたせしましたぁっ!」

 

「ありがとう」

 

「失礼しまづっ」

 

あ、舌噛んだ。

訂正するまもなく帰っていったけど・・・。

 

「・・・ところで」

 

「・・・はい? あ、は、はいっ!」

 

一瞬、誰に声を掛けたのかわからなくて反応が遅れましたが、どうやら私に話しかけている様子。

隊長は一拍置いた後、続きを口にする。

 

「最近、調子はどうだ?」

 

「・・・えと」

 

そ、そんな・・・思春期の娘に対する接し方が分からない父親みたいなこと言われても!

とんでもなく抽象的で答え見つからないんですけど・・・。

 

「ぜ、絶好調ですよー・・・あははー・・・」

 

「そうか。・・・ふぅん、そうなのか」

 

今まさにっ、絶好調から絶不調に変わりましたけどね!

何なのこの拷問! 胃がきりきりするぅ・・・。

 

「・・・」

 

再びお酒を飲み始める隊長。

な、何で不機嫌なのか突き止めて、それを解決するしか・・・この空気を終わらせる方法は無い!

取り合えず、話しかけるくらいは大丈夫だと思います。こっちに話しかけてくるぐらいですし。

 

「たっ、たひっ、隊長は、最近・・・ええと、どうですか?」

 

うひぃぃ・・・声が裏返った上にどもったし凄く抽象的な質問に!

 

「最近? ・・・まぁ、悪くは無いな」

 

「そう、ですか」

 

「ああ」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

ま た 沈 黙 で す か 。

どうすればいいんですかこの状況!

 

「そ、そのお酒、美味しいですか?」

 

「副長のと同じものだけど」

 

「あ、う、お、美味しいですよねっ」

 

「そうかな」

 

「あうー・・・」

 

取り付く島が無い!

会話のどっぢぼーるって奴ですね。

隊長バンバンこっちに大暴投かましてきやがりますね。

 

「・・・あの、隊長」

 

「なんだ?」

 

「い、良い天気ですねっ」

 

「曇ってるけど」

 

「あ、暑く無くて、過ごし易いですねっ」

 

「ちょっと風出てきたけどな。肌寒いかもしれないぞ」

 

「・・・あうー」

 

それからしばらく。

凄く気まずい中で隊長がお酒を飲むのを見ていると、七杯目を飲み干した後(私は三杯しか飲めなかったです・・・)、急に立ち上がると

 

「よし、帰るぞ副長」

 

「は、はい!」

 

やった! 何か変な時間が終わったよー!

 

「店主、支払いはこれで」

 

「はい! 毎度あり!」

 

「えと、ご馳走様です」

 

安堵の息をつく店主を横目に、私は隊長にお礼を言う。

隊長はそんな私を見下ろしながら、別に構わんよ、と微笑む。

・・・あ、良かった。いつもの隊長の目だ・・・。

 

「悪いな、付き合って貰っちゃって」

 

「・・・い、いえいえ! 私で良かったら、いつでも付き合いますよ!」

 

あぁうぅ・・・なんてことを。

またあの空気は御免被りたいですが・・・隊長がわざわざ不機嫌なときに私を呼んでくれたって言うことは、きっと。

 

「・・・それなりに、頼りにされてるんだったりして・・・」

 

隊長と分かれてから、自室に戻るまでの通路で、一人そんなことを呟いてみる。

えへへ、口にすると恥ずかしいですね。

 

・・・

 

「・・・っていうわけだったんですが・・・」

 

「ご主人様がですか? ・・・俄かには信じられないですねぇ」

 

翌日、訓練前の時間・・・本来なら訓練についての打ち合わせの時間を使って、七乃さんに昨日の出来事を話してみた。

やっぱり、そう思いますよねぇ。

隊長が不機嫌になったところなんて見たこと無いですもん。

 

「ご主人様が不機嫌だった理由なら、月さんに聞けば分かりそうなものですが~・・・」

 

「ああ、侍女長ですか」

 

うぅん、でもそこまでして聞きたいことでもないしなぁ。

自分が不機嫌だった理由を蒸し返されて良い気分で居られる人なんて居ないだろうし。

 

「おはよう」

 

「あ、ご主人様。おはようございますー」

 

「おはようございます」

 

いつもより少しゆっくりめにやってきた隊長と挨拶を交わす。

うん、今日は大丈夫みたい。まぁ、そんなやたらめったら機嫌悪くなるような人じゃないですし、そこは心配して無かったですけど。

 

「そういえば、先ほど副長さんから聞いたのですがー」

 

「ん?」

 

「きのもがっ!?」

 

「しーっ! 馬鹿ですか貴女!」

 

何で昨日の話蒸し返そうとするかなぁ!

あの重たい空気をここで再現したいんですか!? 馬鹿なの? それとも壱与さんと同じような人種なの?

 

「・・・どうしたんだ、一体」

 

「い、いえっ、なんでもないですよたいちょー! ね、七乃さん!」

 

「はぁ、まぁ、ええ、なんでもないですよ~?」

 

凄く納得してない顔をされました。

だけど、私は副長。隊長の右腕なんです。

だから、隊長が気分を害するようなことは認められないんです。

もちろん、私が迷惑をかけるのは例外ですが。

 

「? まぁいいや。ほら、仕事始めようぜ」

 

そう言って、隊長はいつものように天幕に用意された卓へとつく。

そこにある書類なんかに私の動きはどうだとか、七乃さんの指揮はどうだとか評価を書いていくのだそうです。

私は見たこと無いので知らないのですが・・・それで私とか七乃さん、兵士さんたちのお給料を決めているのだとか。

うぅ、今月も結構厳しいからなぁ。あれもこれもと買い漁っちゃってお財布が一足早く冬に突入しましたし・・・。

ここは、兵士さんたちをばったばったとなぎ倒し、隊長からの評価を上げるしかないですね!

 

「行きますよっ、私のお給料のために! 倒れてください!」

 

「不味いっ、副長が全力だー!」

 

「散れっ、散れー! 副長を取り囲みつつ消耗させていくんだ!」

 

「は、班長! 爪撃ちで上空に逃げられました!」

 

「弓だ! こちらの班は弓で副長を打ち落とすぞ!」

 

「こちらの班は落ちてきた副長を叩く! 広がれー! 広がるんだー!」

 

はんっ、消耗を狙うのは良い判断です!

ですが、私の矢立は最大の矢立! 消耗を狙うならもうちょっと量で圧倒するべきでしたね!

 

「! 班長! 副長の矢に当たったところが凍りはじめました!」

 

「副長の矢だ! それくらい起こる!」

 

「班長! 副長の扱う武器が竜巻を起こしながら武器を奪っていきます!」

 

「副長の武器だ! それくらいやってくる!」

 

「は、班長! 副長の懐から巨大な鉄球が!」

 

「副長の服だ! それくらい出てくる!」

 

なんだか下が騒がしいですが、今の私はお給料のために鬼となることにしたのです!

かわいそうですが、これも兵士さんたちがこの先戦場で死なないため! 仕方の無いことなのです!

 

「・・・いつも思うが、うちの部隊の兵士、訓練されすぎだろ。物理法則無視してんだぞ・・・?」

 

「ご主人様ー? なんだかお疲れみたいですが~?」

 

「いや、なんでもないよ。訓練された兵士って強いなって思っただけだから」

 

隊長もなにやら言ってますが、そんなの気にしないもん!

鉄球をぶん投げ、竜巻起こしで兵士の装備を奪い取り、爪撃ちで空を駆け巡り、氷の矢で兵士を凍らせる。

槌で地面を揺らし、回転する大きな独楽に乗って兵士たちを翻弄し、鉤爪つきの縄で兵士から鎧を剥ぎ取る。

 

「ひゃっはー!」

 

「おー・・・まぁ、動きはいいよな。評価しておいてやろう」

 

「あら、ご主人様にしては珍しく寛大ですね~。いつもなら、宝具で叩き落してるでしょうに」

 

「ん、まぁ、昨日は迷惑かけたからな」

 

「昨日・・・ああ、副長さんから聞きました~」

 

「はは、本当に昨日は助けられた。無言の空気の中俺に付き合ってくれるような人材、副長しかいないからさ」

 

「上空からのぉ~・・・唐竹割りぃ!」

 

「避け、うわぁぁぁぁ!」

 

隊長と七乃さんの会話、兵士の悲鳴、私の叫びを背景に、訓練はどんどん進んでいった。

 

・・・

 

「お疲れさん」

 

そう言って、副長に水筒を渡す。

どもです、と短く礼を言って一気に飲み干す副長。

この肌寒い時期に大量の汗をかいているのを見るに、相当はしゃいだらしい。

 

「ふうっ、疲れましたぁ・・・」

 

「よし、交代だ副長。次は俺が出る」

 

副長に椅子を譲り立ち上がると、休憩中の兵士たちがざわめき立つ。

 

「たっ、隊長が・・・訓練に参加・・・!?」

 

「総員、退避っ、退避ー!」

 

「訓練からは逃げられない!」

 

「班長っ、出入り口が塞がれました!」

 

「くそっ、ここは俺に任せて先に行け!」

 

「班長・・・!」

 

「お、俺、ここから逃げられたらあの子に告白するんだ・・・」

 

「ふっ、まさかこんなところで奥の手を使うことになるとはな」

 

「やったか!?」

 

「隊長と訓練なんてやってられるか! 俺は部屋に戻るぞ!」

 

「訓練するのは良いが・・・別に隊長を倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「もう何も怖くない!」

 

「冥土の土産に教えてやりますよ」

 

「もう、終わってもいいよね・・・」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

・・・凄いな、おい。

何とは言わないが、凄まじい旗が立ちまくっている。

びんびんである。・・・少し下品か。

 

「よし、全部折ってやるか」

 

「だっ、駄目ですよたいちょー!」

 

副長ががっしと腰に抱きついてきた。

何必死になってんだ、こいつ?

俺が兵士と訓練することは稀だけど、やったこと無いわけじゃないんだが・・・。

 

「なんだ、どうした?」

 

「兵士さんたちだって生きてるんです! 全身の骨を折られちゃったら死んじゃいます!」

 

「いや、そっちの折るじゃねえよ」

 

「心のほうですか!?」

 

「そっち折った方が重症じゃねえか」

 

「せっ、せめて! 全身の骨206本! 折らずに曲げてあげてください!」

 

「お前は俺に何をして欲しいんだ?」

 

というか良くこの時代の人間で全身の骨が206本あるということを知っているな、おい。

こいつたまにほんとに三国時代の人間か? と思うことがあるからな。油断できん。

・・・ほんと、副長を見てると若干の懐かしさを感じるからな。あいつそっくりである。

 

「大丈夫だから。折りも曲げもしないから」

 

「出来るだけ引き伸ばしてあげてくださいね。じゃないと強くなりませんから~」

 

話の流れからして一瞬骨のことかと思ったが、どうやら七乃は訓練の時間を引き延ばせといっているらしい。

 

「この流れでそれをいえる七乃を尊敬するよ」

 

「ご主人様、褒めても何も出ませんよー?」

 

「・・・そのままの七乃で居てくれよ」

 

取り合えず撫でておくことにする。

七乃の髪はつやつやというかカラスの濡れ羽色というか、兎に角手触りが良い。

 

「ご主人様? 急にどうしたんですかー? 私を撫でても、お嬢様みたいに喜んだりはしませんけどー・・・?」

 

「ははは、なんだか最近誰かの頭を撫でてないと落ち着かなくてな」

 

月とか詠とかな。誰かしらの頭をいっつも撫でている気がする。

ちなみに、俺のように上司の権力フル活用で勝手に頭を撫でること、俗にこれをセクハラという。

覚えておいて損はないぞ?

 

「ま、大人しく撫でられておけ。撫でることには慣れてるかもだけど、撫でられるのに慣れておくのも悪くないと思うぞ?」

 

「とっても理論が破綻してると思うんですけど・・・ま、別に減るわけでもないですし。存分に撫でてくださいねー」

 

本人から許可も下りたことだし、存分に撫でることにする。

正直、訓練を見ている間は片手が暇なのである。

少しの間だけ七乃の頭を撫でてから、一歩前に出る。

 

「よし、強くなりたい奴から掛かって来い!」

 

そう言って原罪(メロダック)を握る。

 

「頑張ってくださいねー」

 

「くぅ・・・すぅ・・・」

 

七乃の気の抜けた応援と、疲れ果てて七乃の膝を枕に寝始めている副長の寝息を背に、人垣から飛び出してきた勇気ある一人の兵士を薙ぎ倒し、俺は兵士の群れに向かって駆け出した。

 

・・・

 

「そっちの書類取って」

 

「はいよ」

 

「どうも。んー・・・やっぱりちょっと苦しいかしら」

 

「そうでもないと思うが・・・」

 

しすたぁずの事務所で人和と二人、書類を処理する。

最近では城内での政策書類やら、俺の部隊の書類を早めに終わらせてこっちの手伝いをすることも増えてきた。

人和一人だと書類が溜まっていく一方だと気づいてから、こうしてたまにこっちを手伝っているのだ。

・・・別に人和の手際が悪いとかそんなわけではなく、ただ単純に労働力と仕事量が釣り合ってないだけだ。

人和の事務処理能力が10だとすると、毎日の仕事量は50くらいある。

毎日毎日40の仕事が溜まっていくので、最終的には処理しきれなくなってしまうのだ。

 

「ギル? これ、後で決済の判を押してくれないかしら?」

 

「分かった。・・・これにも目を通しておいてくれ」

 

「分かったわ」

 

この事務所に所属しているのは俺と天和、地和、人和の四人。

その中で事務仕事が出来るのは俺と人和のみだ。

しかし俺にも他の仕事がある。となると、自然と人和にそのしわ寄せがいく。

その所為で若干アイドル業のほうに集中できないらしく、地和からヘルプが来たのだ。

・・・意外と妹思いの姉である。最初に地和に頼まれたとき、何を言われたのか分からなくてぽかんとしたのを覚えている。

 

「・・・あなたがいるだけで、かなり捗るわね。流石は会社の長、社長と言うべきかしら」

 

「はは。褒めても予算は上げないぞ?」

 

「ただ単に事実を述べてるだけよ」

 

クールにそう言い放つと、俺に向けていた視線を書類に戻す。

 

「ま、これからはこっちもちょくちょく手伝えるから、遠慮なく呼び出してくれ」

 

「そうするわ。これで私も、姉さんたちとのれっすんに集中できそうね」

 

微笑みながらそう呟く人和は、声に少しだけ嬉しさを滲ませる。

人和の負担に気づくのが遅れたのは痛いが、これからそれを取り戻していくとしよう。

彼女たちの夢、歌と踊りによる大陸制覇。その手助けをこれから出来れば嬉しい。

 

「そういえば、衣装なんだけど・・・これ、どうだ?」

 

そう言って、俺は人和の目の前に衣装のデザイン案を滑らせる。

前の衣装のデザインも踏襲しつつ、アレンジも加えたものなのだが・・・。

 

「・・・ふぅん? まぁ、新曲の雰囲気には合ってるみたいだし・・・。一度試すのもいいかもしれないわね」

 

眼鏡をキラリと光らせながら、人和がデザイン画に目を走らせる。

何度か頷いていたので、十分人和のお眼鏡には適ったらしい。・・・眼鏡だけに。

 

「くくっ・・・」

 

「? どうしたの? 何か、可笑しい事でもあった?」

 

思わず自分の思考に笑ってしまった。

人和が怪訝そうな目でこちらを見て首を傾げる。

 

「いや、なんでもないんだ」

 

まさか自分の考えた駄洒落で笑ったとか言えるわけが無い。

そんなことを言ってみろ。絶対零度の視線で貫かれるに決まってる。

 

「・・・まぁ、別に良いけど・・・。で? これはいつ出来るわけ?」

 

「ん、もう職人にはそれと同じの渡してあって、すぐにでも出来ると思うけど」

 

「そう。なら、出来次第姉さんたちと合わせたいから、すぐに持ってきてちょうだい」

 

「了解。・・・よし、終わった」

 

「お疲れ様。助かったわ」

 

「いいよ、このくらい。これからも仕事が多いときは呼んでくれよ?」

 

「ええ、頼りにさせてもらうわ」

 

微笑を浮かべながらそういった人和にこちらも笑みを浮かべながら頷く。

さてと、事務仕事は終わったし、レッスンしているであろう残り二人のしすたぁずを見に行くかな。

 

「天和たちを見に行くけど、人和はどうする?」

 

「・・・そうね、私も行くわ。サボってるってことは無いでしょうけど・・・一応ね」

 

・・・

 

「あ、ギルだー!」

 

「え? あ、ほんとだ。どうしたのよ、こんなところまで」

 

新しい事務所が出来る前、しすたぁずたちが拠点として使っていた小屋へと行くと、二人がこちらに気づいて駆け寄ってくる。

きちんとレッスンしていたようで、二人とも額にうっすら汗が浮かんでいる。

 

「特に用は無いよ。ただ様子見に来ただけ。ほら、饅頭買ってきたんだ。休憩にしないか?」

 

「するー! えへへー、私ね、ちゃんと頑張ってるんだよー?」

 

「はは、見れば分かるさ。偉い偉い」

 

そう言って天和の頭をぽんぽんと叩く。

それから、卓の上に饅頭を広げ、しすたぁずと共に席に着く。

 

「わぁ・・・! おいしそー!」

 

「ほんとね。これ、何処のお饅頭?」

 

「ええと・・・なんとからいとだったかな」

 

「お店の名前くらい覚えておけないの?」

 

「い、いや、不思議とあの店だけは名前をど忘れしちゃうんだよ。・・・ま、まぁ兎に角! 食べちゃおうぜ」

 

「あ、私、お茶いれてくるわ」

 

そう言って立ち上がる人和に、俺も手伝うよと後に続く。

一応お湯を沸かすくらいの機能は残っているので、ちゃちゃっと薪に火をつける。

これで後は水の入った鍋をかけておけばお湯が沸くだろう。

きゃっきゃと天和と地和の会話が聞こえる中、湯のみや茶葉を用意していた人和が、手元を見たまま口を開く。

 

「・・・ありがとね」

 

「ん?」

 

「感謝、してるのよ。これでも。ちょっと落ち目になってた私たちを支援してくれたり、仕事手伝ってくれたり」

 

「あぁ、そういうことか。気にするなよ。別に、俺だって善意で支援してるわけじゃない。投資したら返ってくるだろうな、って思ったから投資してるだけで」

 

「・・・ふふ。そう。じゃあ、そういうことにしておくわ」

 

少しだけ呆れたように、それでいて何かに納得したように笑う人和。

 

「早く戻らないと。姉さんたちがお饅頭、全部食べちゃうわ」

 

「ああ、そうだな」

 

てきぱきと手馴れたようにお茶を入れる人和。

きっと、三姉妹の中で唯一家事が出来る人間が人和なのだろう。

 

「よし、っと。じゃ、戻ろうか」

 

「ええ」

 

・・・

 

「おーいしー! 前に食べたお饅頭も美味しかったけど、こっちのお饅頭もおいしーね!」

 

饅頭ではなくどちらかというと大福に近いんだが・・・まぁ、突っ込むのもナンセンスか。

 

「あっ、前に食べたで思い出したけど・・・ギルっ、今度はちぃをどこか連れて行きなさいよ!」

 

「分かってるって。地和も最近頑張ってるみたいだし。約束は守るよ。いつにしようか」

 

「んー・・・ギルはいつ暇なのよ」

 

地和の言葉に、頭の中の予定表を探る。

 

「俺か? ・・・まぁ、どうしても駄目だって日は明日明後日くらいだから・・・それ以降ならいつでもいいぞ」

 

「じゃあ、三日後ね。ちぃもその日はお休みだし。ふふんっ。みんなの人気者のちぃと二人っきりでお出かけなんて、普通出来ないんだからねっ」

 

ファンに知られたら刺されかねんな。

まぁ、普通の刃物なら刺されてもダメージは無いが。

 

「楽しみにしておくよ。・・・さてと、そろそろ俺はお暇するよ。練習、頑張ってくれよ」

 

「はーいっ」

 

「分かってるわよ」

 

「今日は助かったわ」

 

三者三様の見送りに手を振り返しながら、練習場を後にする。

 

・・・




「・・・ギルさん、何か不機嫌だね」「そうね・・・。何かあったのかしら。月、聞ける?」「んー・・・一応、聞いてみるだけ聞いてみるね。あの、ギルさん?」「・・・ん?」「あの、何か嫌なことでもあったんですか?」「そうならボクたちに相談くらいしなさいよ。愚痴だって、少しくらいなら聞いてやるんだから」「・・・いや、これはちょっと、時間が経つのを待つしか、解決しないんだ・・・」「そ、そんなに重大なことなの・・・?」「ああ。・・・さっき風呂に入ってたんだけど・・・風呂上りに、足の小指を、思いっきりぶつけてしまったんだ・・・!」「・・・よし、月、解散よ」「へぅ、でもでも、気持ちはちょっと分かりますよ? ・・・だから、元気出してください」「・・・そうだな、いつまでもへこんでても仕方ないか! 副長でも誘って酒飲んでくる!」

・・・そして、地獄(副長にとって)が始まる――!



誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四十二話 みんなで絵本作りに

「子供の頃、ネズミ二人組みが色々する絵本が好きだった」「ああ、あのグラタンみたいな響きの二人組みか」「あとは、勿体無い絵本とか」「良く親から言われたよなぁ、残すとおばけが出るぞって」「俺の屋敷では、本当に出るぞ? 上手く悪霊を組み合わせることに成功してな」「・・・甲賀んちでは何が起こっても驚かないことにしてるんだ」


それでは、どうぞ


「絵本を作る」

 

「・・・はぁ」

 

凄くどうでもよさそうな返事をする副長の頬を抓りつつ、話を続ける。

 

「璃々もそろそろ、文字とかを覚えても良い頃だろう。というわけで、丁度良い教材として絵本を作ろうと思うんだ」

 

「それで・・・なんでこの人選なんですか?」

 

副長と同じ卓に座るのは、壱与と卑弥呼、そして詠。

 

「ん? いや、暇そうなの片っ端から引っ張ってきただけだけど?」

 

「・・・ボクは暇そうだから呼ばれたわけ?」

 

「わらわは別に、いつも暇だから文句は無いけど」

 

「ギル様からのお呼びであれば、たとえ邪馬台国が滅亡の危機であろうと駆けつけますとも」

 

「・・・私も一応、お仕事あったんですけど・・・」

 

「副長の仕事は昨日のうちに終わらせておいた」

 

「なんて無駄な先読み・・・」

 

副長にため息をつかれてしまった。

イラついたので、再び頬を抓る。

 

「で、絵本なんだけど・・・詳しく知ってるのは俺だけだと思うから、俺が中心に案を出していくから、それを補強していって欲しいんだ」

 

「・・・ま、仕方ないから付き合ってあげるわ。・・・仕方なくなんだからね!」

 

「ありがとな、詠」

 

「撫でるな! ・・・あ、な、何でやめるのよ・・・ばか」

 

んな理不尽な・・・。

まぁいい。取り合えず詠を宥めて、話を進める。

 

「取り合えず、璃々が見るものだって言うのを忘れないようにして、絵本製作に取り組んで欲しい」

 

「りょーかいです、隊長」

 

「あの小娘のために、というのは業腹ですが、ギル様のご命令でしたら!」

 

「まぁ、わらわとギルの子供とかにも見せるかもしれないんだから、協力してあげてもいいわよ」

 

「よし、それでは、何でもいいから案を出していってくれ。それを後でまとめて議論していくことにしよう」

 

そう言って、俺はホワイトボード(のようなもの)を叩いた。

 

・・・

 

『昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが居ました。

 

「ばあさんや、今日の晩御飯は何にしようかねえ」

 

「じいさんや、今日の晩御飯は鹿にしませんか?」

 

設定上米寿を迎えているのに全く衰えを感じさせないギルお爺さんと、設定上喜寿を迎えているのに全く老いを感じさせない響お婆さんは』

 

「ちょっと待ってください! 設定上って何ですか!? というか何故隊長たちが登場人物に!?」

 

副長からストップが掛かる。

ちなみに、参加者全員には『ストップ』とかかれた札が配られていて、話の展開上変なところがあればその札で主張することになっている。

副長は早速それを使ったみたいだ。

 

「設定上は設定上だよ。それにほら、身近な人が登場人物演じてた方が興味持てるだろ?」

 

「・・・っていうか、響はギルより年上・・・よね?」

 

「そこはスルーで。続けるぞ」

 

『そんな話をしながら朝を過ごします。

一日の予定が決まると、ギルお爺さんは山へ芝刈りへ。響お婆さんは川へ洗濯に向かいました。

 

「さて、今日も低木やら竹やらを刈り取るか」

 

そう言って、ギルお爺さんは蛇狩りの鎌(ハルペー)を使って森の木々を乱雑に刈り取り始めました』

 

「はい止まってー! 可笑しいですよたいちょー! 何でお爺さんが宝具を!? というか乱雑に刈ったら駄目でしょう!」

 

「そりゃ、お爺さんと言えど俺だからな。宝物庫くらい使えるだろ」

 

「設定無視!?」

 

『拾った木は焚き木などに使い、竹はさまざまな小物などに加工して売り出し、ギルお爺さんは日々の糧を得ていました。

その日も同じように竹を刈り取っていたのですが、ギルお爺さんは珍しい竹を見つけました。

なんと、竹の中間、丁度ギルお爺さんの視線の高さの部分が、光り輝いていたのです。

 

「こりゃ珍しい」

 

そう言って、ギルお爺さんは絶世の名剣(デュランダル)を抜き去り、その竹を横に真っ二つにしました。

 

「ひゃっ!?」

 

斬った場所には、なんと小さな女の子が身を小さく屈ませながら、頭を押さえていました。

ギルお爺さんの手のひらに乗ってしまうほど小さなその少女は、剣を振りぬいたままのギルお爺さんを数秒見つめると、こういいました。

 

「私を飼って下さいませんか!?」

 

「いいよ。ならば、君は今日からかぐやと言う名前だね」

 

二人は、傍から見ると色々と極まっている発言をしていることに気づかず、会話を続けます。

 

「はいっ、壱与は・・・じゃない、私は今日からかぐやですっ!」

 

そう言って、ギルお爺さんの手のひらに飛び乗ったかぐやは、るんるんと鼻歌を歌いながら、ギルお爺さんと共に下山しました。』

 

「・・・さっきから副長、うるさい」

 

「んー! んんー!」

 

壱与に羽交い絞めにされ、卑弥呼に猿轡を噛まされている副長に注意する。

竹から壱与が・・・じゃなくて、かぐやが出てきたあたりから騒ぎ始めたので、どうやら竹から人が出てくることに納得がいかないらしい。

だがまぁ、昔話なんてこんなもの。ちょっと荒唐無稽なくらいが丁度いいのだ。

 

・・・

 

『場所は変わり、こちらは響お婆さん。

川から突き出た洗濯場で、服を洗濯していると、上流から何か大きなものが流れて着ました。

 

「おや、あれは何でしょう」

 

どんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきたのは、大きな桃。

響お婆さんはその桃が目の前を通った瞬間によいしょ、と引っ張りあげました。

 

「うーん、大きくて美味しそう。ギルさん・・・じゃなくて、おじいさんと食べましょう」

 

そう言って、響お婆さんは意気揚々と家へ戻るのでした。

 

「おや、ばあさんや、その大きな桃はどうしたんだ?」

 

「おじいさんこそ、その小さな娘はどうしたんですか?」

 

家の目の前で鉢合わせた二人は、お互いに首をかしげて質問し合いました。

まぁ、取り合えず家に入ろうか、というギルお爺さんに従い、二人は家の中へ。

 

「・・・ええと、この子は竹の中に入っていてな。かぐや、と名をつけた」

 

「そうですか。じゃあ、かぐやちゃんとお爺さんと私で、この桃を食べましょう」

 

「かぐやは、ギルお爺様からのあーんを希望いたします!」

 

「取り合えず割ってみましょうか。お爺さん、宝具を貸してくださいな」

 

響お婆さんはギルお爺さんから宝具を受け取ると、それを桃に向かって振り下ろしました。

しかし、宝具が桃に触れる一瞬前、桃がひとりでに割れて、中から元気な女の子が

 

「おぎゃー、って、危ないっ!?」

 

「おっとっと」

 

出てくる前に、響お婆さんに真っ二つにされかけました。

 

「う、うー、どきどきしたぁ・・・。す、寸止めするって言ったよね、響ちゃんっ」

 

「いや、まぁ、意外と宝具って重くって」

 

「桃から赤ん坊が。こりゃ珍しい」

 

「あ、続けるんだ。・・・ええと、おぎゃー、おぎゃー」

 

ギルお爺さんは、響お婆さんに聞きました。

 

「名前はどうしようか」

 

「そうですねぇ。男の子でしたら、桃から生まれた桃太郎で良かったんですが・・・」

 

「・・・桃の香りがするから、桃香でどうかな、お婆さん」』

 

「その台詞言いたかっただけですよね隊長!? 絶対その一言のためにこの話題振ったんむぐぅっ!」

 

ストップの札を高く挙げた副長が熱弁するが、背後に忍び寄る壱与によって再び猿轡をされる。

なんて猿轡の似合う女の子なんだ。もちろん、褒め言葉ではない。

 

「はい、続けるよー」

 

「はーいっ」

 

壱与の元気な返事に満足しながら、朗読を続ける。

 

『かぐやも桃香も、三ヶ月ほどで成人にまで成長しました。

ギルお爺さんと響お婆さんは、最近の娘は発育が早いんだねぇと楽しそうに頷くだけでした。

かぐやは絶世の美女となり、さまざまな貴族や王様から求婚されるようになりました。

 

「・・・ええと、おお、かぐや姫。そなたこそ私の妃に相応しい。・・・いや、私としては遠慮したいのだけれど」

 

「言わないでよー、華琳・・・じゃなかった、帝さま。私なんて貴族よ、貴族。似合わないったらないわよね~」

 

苦虫を噛み潰したような顔をする華琳帝と、けらけらと笑う四大貴族の一人の雪蓮公は、人前でもギルお爺さんにべったりなかぐやを尻目にため息をつきました。

 

「なんでわらわがかぐやに求婚しなきゃならないのよ・・・」

 

「ボクも不満しかないわ・・・」

 

「あらー、お嬢様を差し置いて貴族なんて、恐れ多いですねー」

 

雪蓮の後ろには、五大貴族の残り四人が疲れたような顔をして座っていました。

 

「えーと、かぐや。君の美しさに惹かれて、帝さまと貴族が求婚に来たぞ?」

 

「えー? 私は正直ギルお爺様だけで良いって言うか・・・あ、そうだ! じゃあ、私が言うもの持ってこれたら結婚しますよ!」

 

かぐやが持ってきて欲しいものとは、燕の子安貝、火鼠の皮衣、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、龍の首の珠の五つでした。

五人がくじ引きでそれぞれの宝を持ってくれば、その人間と共に生きると言ったのです。

 

「面倒くさいわね・・・仏の御石の鉢? なにそれ?」

 

「くじ引きで決めるの? ・・・うわ、火鼠の皮衣? 何よそれ・・・」

 

「蓬莱の玉の枝・・・あー、惜しいなぁ。わらわ、龍の首の珠なら持ってんだけど」

 

「うっ、ボクがその龍の首の珠ね。・・・龍なんか討伐できるわけ無いじゃない」

 

「えーと、蓬莱の珠の枝・・・ほうらいってどこですかねー?」

 

口々に文句を言いながら、五人の求婚者たちは家を出て行きました。

その五人とすれ違うように部屋へと入ってきたのは、大きく、それはもう大きく育った桃香でした。

 

「お爺さんお爺さん! 鬼が島の鬼たちが、人々を苦しめていると聞きました! 放っては置けません! 私は鬼退治に向かいます!」

 

「まぁ待ちなさい桃香。桃香一人では太刀打ちできないだろう。まぁとりあえずこの靖王伝家を持っていきなさい」

 

「あ、しばらく見ないと思ったら宝物庫の中にあったんだね」

 

「おばあさんがきびだんごを用意しているから、それも持って行きなさい」

 

「はーいっ」

 

元気良く返事した桃香は、響お婆さんからきびだんごを受け取り、鬼が島へと出発していった。

 

「・・・お爺さん、私、桃香が鬼退治出来るとは到底思えないんですけど」

 

「ははは、大丈夫だよ」

 

かぐやの言葉に、ギルお爺さんは朗らかに笑うだけでした。』

 

「いや、これは壱与さんに同意ですよ。あの人に鬼退治とか不可能に決まってるじゃないですか。逆に鬼に退治されますよ?」

 

「上手いな。座布団一枚やろう」

 

「は、はぁ・・・まぁ、いただけるなら貰いますけど・・・」

 

怪訝そうな顔をしながら座布団を受け取る副長。

うんうん、そのなんだか良く分からないうちに流される副長の性格、結構お気に入りである。

 

『桃香は、ギルお爺さんから貰った靖王伝家と、響お婆さんから貰ったきびだんごの入った袋を装備して、まるで散歩に出かけているかのような気軽さで歩いていました。

しばらく歩いていると、目の前に犬が現れました。

 

「ここ掘れわんわん!」

 

「わー、わんちゃんだ! 可愛いなぁ・・・」

 

「きびだんごをくれたら鬼退治にご一緒しますよ! お宝の位置も教えちゃいます!」

 

そう言って、明命犬は駆け寄ってきました。

 

「ほんとう!? じゃあ、きびだんごあげるね!」

 

「わーい! あ、お宝はここですよ! ざくざく行きましょう!」

 

「分かった! えーと、何か道具は・・・あ、靖王伝家があるね!」』

 

「いくら物語の中だからってやっていいことと悪いことがありますよね!? 代々伝わる名剣を採掘道具代わり!? というか良く許可しましたねこの人!」

 

「何言ってるんだよ。これはフィクションだぞ? 実際の人物、団体等とは一切関係ありません」

 

「ふぃ、ふぃ、ふぃくしょん?」

 

「そんなくしゃみみたいな・・・。作り物とか、嘘とか、まぁ大体そんな意味。これは現実じゃないから、実際の人たちとは関係ないですよって」

 

「ああ、そういう・・・」

 

「ギル様、その小娘は放っておいて、続きに参りましょう!」

 

「はいはい。ええと、何処まで読んだかな」

 

『「靖王伝家より、この乖離剣のほうが良く掘れますよ!」

 

「あははー、御免ね、明命犬さん。私、魔力無いから回せないよ」

 

「あ・・・そっか。私にも魔力は無いし・・・ギル様に返しておきますね!」

 

「うん! それがいいよ! ・・・あ、あそこに鋤があるから、それで掘ろうよ」

 

「はいっ、頑張りますっ」

 

そう言って、二人はざくざくと木の根元を掘りました。

 

「あっ、これかな。箱に入ってる・・・」

 

「そうみたいですね。なんだか細長い気もしますが・・・」

 

箱を掘り出して中身を見てみると、なんと明命犬の武器、魂切が入っていました。

 

「なんと! お宝だと聞かされていましたが・・・まさか没収されていた魂切がこんなところに眠っていたなんて!」

 

「没収されたんだ・・・」

 

「はい。ギル様・・・ギルお爺様が、「明命は犬の役な。あ、後それ没収」と事のついでのように没収されていきました」

 

「のように、じゃ無くて間違いなく事のついでだと思うよ?」

 

兎に角、これで戦力になりますよ! と背中に魂切を装備した明命犬と共に、桃香は再び鬼が島へと向かって歩き始めました。』

 

「・・・これ、あれですか? もしかして、新しい武将と出会う→仲間になる→装備を得る→新しい武将と・・・っていう繰り返しですか?」

 

「ネタバレは減点」

 

「ネタバレも何も、普通に予想でき」

 

「しっぺ!」

 

警告もなしに副長の腕に振り下ろされる指二本。

ぱちーん、と乾いた音が響く。

 

「あいたぁっ! ちょ、なんで私魔法王女さんにしっぺされて・・・ああっ、魔法女王さんも準備してる!?」

 

「しっぺ!」

 

「さっきより強いっ!?」

 

ぺちーん、と再び室内に乾いた音が響く。

指の跡がきれいに残った腕をふぅふぅと冷ます副長を微笑ましく眺めつつ、絵本に目を落とす。

ちなみにこれ、きちんとイラスト付である。原案・俺、作画・副長&壱与である。卑弥呼は・・・まぁ、アドバイザーってことで。

今開いているページは、ごまだれー、と嬉しそうに靖王伝家を掲げる桃香と魂切を掲げる明命の二人が描かれている。

これを描いたのは副長だ。間違いない。

 

『二人(主に明命)はたまに現れる賊をばったばったとなぎ倒しながら陽気に歩いていました。

その道中、二人は悪いお爺さんとお婆さんに囲まれた雉が舌を引っこ抜かれようとしている現場に出くわしました。

 

「おーっほっほ! 私を騙すような雀の舌など、引っこ抜いてしまいましょう!」

 

「雀じゃなくて雉・・・ああもう、こんなところでもそんな役割なのか、私・・・」

 

「おやおや~、風は舌を抜かれるようなことはしてないのですよー?」

 

これは大変、と二人は悪いお爺さんたちの前に飛び出します。

 

「麗羽お爺さん、白蓮お婆さん、雉さんをいじめるのは駄目ですよ!」

 

「そうですよ! 宝譿さんを切り取るなんて、そんな残酷なこと、許せません!」

 

「え? いや、宝譿じゃなくて舌を・・・どっちみち残酷だけどさ・・・」

 

諦めたようにため息をつく白蓮お婆さんを無視して、麗羽お爺さんは勝手に盛り上がっていきます。

 

「あら! なんですのあなたたちは! これは私たちの問題ですわ! 関係ない人たちは引っ込んでてくださいまし」

 

「お助けを~」

 

麗羽お爺さんとは対照的に、眠そうな瞳でダウナー気味に助けを求める風雉さん』

 

「あ、ちょっと待ってください隊長。璃々ちゃん、だうなーって意味分からないと思います」

 

「ああ、そっか。うん、訂正しておく」

 

・・・やっとまともなストップが掛かったな。

ほぼ突っ込み専用の札になってたからな、あれ・・・。

 

『ですが、桃香はそれに気づかず、靖王伝家を抜いて悪いお爺さんと対峙します。

 

「風雉さんが何をしたのか分からないけど・・・舌を引っこ抜くなんて駄目だよ! 話し合いで解決しないと!」

 

「そうですよ! ごめんなさいって謝ってもらえればいいじゃないですか。何でも暴力は良くないです!」

 

「ちょ、なんでそう言いながらお前ら武器構えて・・・実質二対一だからなこの状況!」

 

分かってんのか!? とヤケクソ気味に叫ぶ白蓮お婆さん。

可哀想に思った二人は、取り合えず二人を気絶させ、風雉さんを助け出しました。

 

「ありがとうございますー。もう少しで宝譿を・・・いえいえ、舌を引っこ抜かれるところでした~」

 

「良いんだよ、全然。それで、風雉さん。きびだんごをあげるから仲間になって欲しいんだ!」

 

「構いませんよー。それでは、仲間になった記念というわけではありませんが・・・この小さな葛篭を差し上げましょう~」

 

そう言って、風雉さんは小さな葛篭を差し出してきました。

 

「わーいっ、開けてみて良い?」

 

「どうぞどうぞー。空けてびっくり玉手箱ー」

 

「・・・葛篭じゃないんですか?」

 

「おぉっ、そうでした~。全く玉手箱とは関係の無い葛篭ですので、全然警戒しないで開けてくださいねー」

 

「う、うぅ・・・そんなこと言われると開けづらいよぅ・・・」

 

開けようとした体勢のままで固まる桃香。

少し涙目になっているのを見るに、風雉さんの言葉に本気でビビらささっているようです。

 

「開けないと風は着いていかないですが、よいのですか~?」

 

「き、きびだんごあげたのに! 酷いよ風雉さんっ」

 

「ふっふっふ~。風は戦闘能力がありませんからね~。こういう風に頭脳戦で敵を倒すのですと実践しただけなのですよ~」

 

風のその言葉で、桃香は自分がからかわれている事に気づきました。

 

「そ、そっかー! じゃあ、この葛篭は安全なんだね!?」

 

「・・・ふっふっふ~」

 

「肯定してくれないの!?」』

 

「仲間が裏切りそうなんですけど、この一行大丈夫なんですか?」

 

「まぁ、桃香なら大丈夫だろ」

 

「・・・えー?」

 

「少しくらいは信用してやれよ、卑弥呼・・・」

 

『「あ、開けるよ? ・・・えいっ」

 

かぱっ、という軽い音と共に、葛篭の蓋が開きました。

中には、何かの巻物が。

 

「おぉ~、これを風に下されば、作戦立案にさらに強くなれるでしょう~」

 

「ほんとに!? じゃあ、これは風雉さんにあげるね!」

 

「どもですー」

 

巻物をごそごそと懐にしまい、桃香たちと歩き始める風雉さん。

道中、果物を沢山持ったお猿さんと出会いました。

 

「あ、桃香なのだ!」

 

「あっ、鈴々猿ちゃんっ。いっぱい果物持ってる!」

 

「あうぅ、なんだかおなかが減ってきましたね・・・」

 

「風は先ほどきびだんごをもらったので、まだ少し大丈夫ですが~」

 

「少しこれを分けてあげてもいいのだ! でも、代わりにきびだんごを食べたいのだ!」

 

「いいよ、はいっ」

 

「ありがとなのだー! はぐっ」

 

嬉しそうにきびだんごを頬張る鈴々猿さん。

はいなのだ、と渡された果物をみんなで分け合い、お腹いっぱいになりました。

 

「そうだ、鈴々猿ちゃん、私たちと一緒に鬼退治に来てくれない?」

 

「分かったのだ! 鈴々猿の丈八蛇矛が火を噴くのだ!」

 

こうして、桃香たち鬼退治組み一行は、一路鬼が島を目指して旅を続けるのでした。』

 

「・・・私の予想、全然ネタバレじゃなかったじゃないですか! しっぺされ損ですよ!?」

 

「壱与」

 

「しっぺ!」

 

「痛いっ! なんで!?」

 

壱与からのしっぺを食らって涙目の副長を撫でてから、朗読に戻る。

 

『ついに鬼が島へとたどり着いた一行。

桃香を筆頭に、四人で鬼が島へと乗り込んでいきました。

 

「たのもーっ」

 

「たのもー、です!」

 

「たのも~」

 

「たのもーなのだー!」

 

「あーはいはい、新聞なら間に合ってますよー」

 

のっそりと出てきたのは、眠たそうに頭をかく副長さんでした』

 

「ちなみに、この出演している「副長」のよみは「ふくちょう」ではなく「ふくなが」さんです」

 

「勝手に名前みたいにされた!?」

 

『「鬼さんですか?」

 

「ああ、まぁ、そうですけど。もしかして、退治しに来ました?」

 

「・・・凄く冷静なんですけど、この鬼さん」

 

「というより、むしろ冷めているというか~・・・」

 

「副長はまだ戦ったこと無いから楽しみなのだ!」

 

副長鬼さんは、一旦家の中に引っ込みました。

 

「うぅ、というか何でこの仮面持ってるだけで鬼役に・・・絶対理不尽だ。隊長のほうが鬼じゃない。・・・まぁ、やれって言われたらやりますけど」

 

一瞬ぴかりと室内が光りました。

再び副長鬼さんが出てきたとき、その姿は先ほどとは全く違っていました。

 

「副長・鬼神もーどです。ふふん、身長もあがりましたし、服も変わるんですよ」

 

そう言って、8の字のような形をした両手剣を構える副長鬼さん。

全身が白を基調とした服装に変化し、顔には隈取のようなお化粧が。

 

「果たして私に勝てますかね? いきますよー?」

 

「が、頑張ろう、みんな!」

 

「これは配役に納得いかない私の分! それでこれが物語の中でも無茶振りされる私の分! これもこれもこれも! これもこれもこれもこれも! 私の分ですっ!」

 

「きゃー!? こっ、光線が! 光線が襲ってくるよー!?」

 

「主人公が勝つといったな! あれは嘘だ!」

 

「最低だよ副長鬼さん!」

 

「だから鬼役なんて押し付けられるんですよー?」

 

風雉さんの言葉に、プッツンする副長鬼さん。

 

「なんっ・・・でそこまで! 的確に人を傷つける台詞が言えるんですかあんたはああああっ!」

 

「うわぁ、被害妄想・・・?」

 

「まさに理解不能ですねー・・・」

 

「なんか良くわかんないけど、副長と戦えるならどうでもいいのだ! いくぞ、なのだ!」

 

鈴々猿さんが光線を掻い潜りながら丈八蛇矛を振るいました。

ですが、鬼神となった副長鬼さんは簡単にはじいてしまいます。』

 

「・・・私、あくど過ぎやしませんか?」

 

「まぁ、副長って大体こんな感じだろ?」

 

「・・・」

 

「否定、しないのね・・・」

 

『そのまま副長鬼さんは鈴々猿さんをそっと吹き飛ばし、風雉さんを優しく戦闘不能にし、明命犬さんを気軽にはっ倒しました。

そして、靖王伝家を構えた桃香を熾烈に攻めたて、じっくりと嬲り始めました。

 

「ちょっ、わ、私だけっ、扱い違うよね!?」

 

「はっ、ちょっと私言葉分かんないですねぇっ!」

 

「完全に通じてるよね!? きゃっ」

 

突っ込みに意識を割いてしまった所為か、それとも普通に体力が持たなかっただけかは判断できませんが、桃香は靖王伝家を弾き飛ばされてしまいました。

そのまま副長鬼さんは止めを刺そうとしますが、上空からの光線にさえぎられます。

 

「・・・来ましたね、魔法王女さん!」

 

「あーやだやだ、副長にぴったりですよ、その鬼神の姿」

 

なんとそこには、ギルお爺さんと一緒にいるはずのかぐやがいるではありませんか。』

 

「完全に読者置き去りにしてきましたね」

 

「ちなみにこのあたりは卑弥呼の発案だぞ? 意外と王道が好きなんだな」

 

「そりゃ、わらわは女王だし?」

 

「窮地に他の仲間が助けに来るなんて、幻想ですよ、幻想」

 

「というか、混沌となりすぎてる気がしないでもない」

 

いまさらー? とジト目を向けてくる卑弥呼に何も言い返せないまま、続きを朗読する。

 

『「ちくしょー、きやがれ、です! 実は私は一度刺されただけでやられるぞー!」

 

「桃香、その靖王伝家の力を解き放つのですー」

 

「てりゃー」

 

「く、くそー。このざ・不死身と呼ばれた私が・・・」

 

こうして、かぐやの助けを得た桃香は鬼神となった副長鬼さんを倒し、平和を取り戻しました。

ちなみに貴族たちは全員宝を求める最中に行方不明になりました。

めでたしめでたし』

 

「・・・あー、確かに最後のほう、考えるのめんどくせー、って適当になってましたね」

 

最後まで朗読した後、副長が開口一番そう呟いた。

 

「だって副長が十回刺されないとやられないとか意味分からない設定作るから・・・」

 

「物語作ってから設定消したから、文章が修正されてなくて副長鬼がただの雑魚みたいになってますね」

 

「貴族たちの冒険の行方もめんどくせーってなって全員行方不明で片付けましたしね」

 

「っていうか副長と壱与だけ優遇されすぎじゃない? わらわ行方不明オチよ?」

 

「いや、私も適当にやられましたけど。一番は壱与さんじゃないですかねー。姫役ですしー」

 

「・・・姫?」

 

「・・・あ、いえ、普通に口滑りました。なんでもないです」

 

まぁかぐやはかぐや姫が元だから間違ってないんだが・・・あれ? 俺かぐや姫って言ったっけ?

・・・こいつ、たまにほんとにこの時代の人間か疑わしい言動するからな・・・。

ちょっと、後で話し聞いてみるか。

俺の中で、一つの疑惑がむくむくと膨らんでいく。

こいつ・・・副長は、もしかして・・・。

 

・・・




「副長のモードはいくつかある。鬼神モードは破壊に特化したモードで、攻撃力が基本的に1.8倍!」「・・・二倍にちょっと足りないあたりが副長の残念さをあらわしてるわよね」「噂では光の速度で移動する副長幻影ちゃんとした版なんて技もあるとか・・・」「何処の生徒会長よ・・・」

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第四十三話 彼女の名前に

「女の子と一緒に寝てるときに、別の女の子の名前を寝言とかで呼んで修羅場ったことってある?」「・・・お前、最近ほんとに遠慮なくなってきたよな。煎餅と茶を飲むだけに飽き足らず、そんな質問までしてくるようになるとは・・・。で、どうなんだ、ランサー」「私ですか!? というかお二人とも、最近私をオチ要員に使いすぎではありませんか!?」「ちなみに俺はあるぞ。潜入任務で貴族のお嬢様と懇意になって一夜を共にしたときについ前の任務のときの女性の名を呼んだことが」「・・・その、『俺は言ったぞ?』という視線をやめてくれませんか・・・?」

それでは、どうぞ。


「・・・隊長、話とはなんでしょう?」

 

その日の夜、早速副長を呼び出してみた。

首を傾げながら入室してきた副長に、椅子を勧める。

 

「まずは座ってくれ。今お茶をいれる」

 

「そのくらいでしたら私が・・・」

 

「いいから。取り合えず座って何で呼び出されたのか妄想しながら悶々としてろ」

 

「胸の内隠しきれてないですよ!?」

 

思わず腰を浮かせる副長に何時も通りだなと笑いながら、お湯を沸かしてお茶をいれる。

それを副長の目の前に置くと、俺も対面に座り一呼吸。

 

「副長、いくつか聞きたいことがある」

 

「はぁ、私で答えられれば」

 

「・・・名前は?」

 

「はい?」

 

「副長の名前だよ。思えば一回も名前呼んだこと無いよな。なぜか、一番最初に会ったときから『副長』って呼んでた」

 

「まぁ、そりゃあ私は遊撃隊副長ですから、副長と呼ばれてもおかしくはないと・・・」

 

「俺のところには、部隊全員の履歴書っていうか、名前とか色々な情報が載った書類があるんだよ。その中に、副長のものが無かった」

 

確かに、副長にはその書類を書いてもらっていたはずなのに。

俺の部隊が出来ると聞いたとき、現代の知識を活用し、全員に履歴書のようなものを書いてもらっていたのだ。

それならばすぐに全員の名前も分かるし、中々良いものじゃないかと俺の部隊には全員書かせてあるのだ。

副長の分だけ無いというのは副長の立場的にもあり得ない。

 

「・・・たいちょー、無くしたんじゃないですか? 意外と隊長って抜けてるところ、ありますし」

 

「それは無い。流石にそんな大事なもの無くすほどうっかりはしてないさ」

 

副長の反応がそっけなくなってきた。

こうなってくると、何か不機嫌になってるってことだから、きっと俺は何か核心に近いものを突いたのだろう。

 

「名前を、教えてくれるか?」

 

思えば、誰も副長を名前で呼ばなかった。

多分、誰も名前を知らなかったんだろう。

 

「・・・はぁっ」

 

大きなため息。

何かを諦めたような、観念したかのような大きなため息が副長から漏れた。

 

「ばーれちゃった。もう、結構鋭いんですね、隊長ってば」

 

そう言って、卓に両手をついて背もたれにもたれる様に仰け反る副長。

 

「全部話しますよ、隊長。全部ね。ええと、何処から話そうかな。・・・うん、まずは名前から」

 

とてつもなく心臓が早い。

なんだか事件を解決した後の犯人の自白を聞くような、そんなドキドキ。

 

「私の名前は、迦具夜。俗に言う、あれですね。かぐや姫って奴ですよ」

 

「・・・ああ」

 

なんだか納得いった。

だからさっき、かぐやの配役に騒いでたし、かぐや姫だというのを知っていたのか。

 

「ま、月から来たでも未来から来たでも平行世界から来たでもどれでもいいんですけど、この時代、この世界の人間じゃないのは確かですね」

 

「それで、何の目的で?」

 

「隊長なら分かってるんじゃないですか? ちょっとやらかして、地上へ・・・ここへ、追放されただけですよ」

 

まんまかぐや姫の物語の通りだ。

 

「で、日本・・・今だと邪馬台国ですか? そこからこの大陸まで旅してきたんですけど、途中の邑で力尽きちゃって。そこの老夫婦のところに厄介になってたんですよ」

 

その邑というのは、きっと副長がいたという邑なのだろう。

俺が始めて黄巾党討伐に向かった邑に、副長は居たというし。

 

「で、まぁ・・・邑が賊に襲われまして。そこへ颯爽と現れた隊長! ・・・まぁ、正直一目惚れってやつですよね。壱与さんのこと、笑えないです」

 

あそこにはセイバーもいたはずだが・・・記憶から消去されているのだろうか。

 

「そんで、お爺さんお婆さんにお礼を言って、隊長を追いかけて来たんです。で、遊撃隊を結成するって聞いたから、副長に立候補。それからは、隊長もご存知ですよね?」

 

遊撃隊副長として、大戦を戦い抜いたことを言っているのだろう。

・・・なるほどなぁ、ならば、あの妙に違和感のある言動も理解できる。

 

「自分の名前を隠してたのは?」

 

「・・・『かぐや姫』を知ってる人がいる中で『迦具夜』って名乗ったら完全に怪しいじゃないですか」

 

「ああ、そういう」

 

なんだか妙に納得いった。

まぁ、そりゃ当然そうするよね、っていう納得だ。

 

「ま、私には・・・そうですね、魔術師的に言うと礼装がいくつかあったので、それで記憶操作をさせていただきました」

 

「英霊にも効く記憶操作か。凄まじいな」

 

「天の羽衣ですからね。・・・ん? あ、やべ、これって機密だったっけ」

 

・・・こいつ、もしかして国家(あるのかはわからんが)機密漏洩の罪で追放されたんじゃ・・・。

 

「うん、まぁ、ここまで言えば罪も変わらんでしょうしぶっちゃけますけど、天の羽衣と不死の妙薬、後五つの難問の宝も私所有なんです」

 

こいつ、意外と凄いのか・・・?

 

「ま、貴族たちには悪いことしましたよね。宝を探して来いって言って、その宝を私が持ってんですから。完全に結婚する気無かったですよね」

 

これで、私の過去話は終わりです、と微笑む副長。

 

「どうです? 私、お姫さまだったんですよ? 跪けー」

 

「俺英雄王だけど。傅けー」

 

「・・・はっ! そっちのほうが偉い!」

 

流石馬鹿。・・・いや違う。流石副長。

 

「で、隊長。その、答えとか、聞いていいです?」

 

「答え?」

 

大丈夫、答えは得たよ、とかそういうことだろうか。

いや、そもそもそっちのアーチャーじゃねえし。

 

「ほらっ、そのっ、ひっ、一目ぼれ、とか! わ、私、隊長のこと、ぶ、ぶっちゃけ愛してる、というか!」

 

「・・・は? マジで?」

 

確かに一目惚れ云々は言っていた気がするけど、マジだったのか。

ほとんど素で聞き返してしまった。いやだって、それくらいあり得ないんだもの。

 

「うぅ、今まで結構あぴーるしてきたつもりなんだけどなぁ。足りないのかなぁ」

 

ちょっと待っててくださいね、と隣の寝室へ駆け込む副長。

しばらく(具体的に言うと、冷めたお茶を煎れ直して飲めるくらいの時間)待っていると、おずおずと寝室から副長が出てきた。

 

「ちょ、ちょっと太ったかな。何か帯とか全体的にキツイ気がする・・・ど、どうですか隊長! さっきの物語風に言えば、迦具夜・最清もーどです!」

 

出てきたのは、カラフルな十二単のような着物に身を包んだ副長。

肩に薄く何か羽織っているようだが、あれが天の羽衣という奴だろうか。

 

「勝負服ですよ、これ。なんと私のいたところの最新技術で作られたもので、一枚一枚に色んな機能が付いてる優れもの! 一緒に天の羽衣も購入すると五割引!」

 

「天の羽衣って売ってるんだ・・・」

 

「ええ。私のいたところでは思春期くらいになると女性はみんなお母さんとかに買ってもらう感じですね。あ、それ何処何処の羽衣じゃん、マジなういよねー、とか」

 

「・・・その言葉を使ってる時点でなうくない」

 

「うっさいなぁ! どうせ結婚適齢期逃したババアだよ私はぁ! 伊達に近所のおばちゃんから『迦具夜ちゃんはもう長いこと一人だけど、男友達の一人も居ないの?』とか心配されて無いもん!」

 

「うわぁ・・・」

 

急に激昂し始めた副長。

・・・いくつなんだろう、この子。

 

「どうせ年齢と彼氏いない歴一緒だよ! お見合い写真ちらつかせんな!」

 

「・・・お茶、旨いなぁ・・・」

 

何か一人で盛り上がってるので、しばらく放っておくとしよう。

ずず、とお茶を啜る。うん、自画自賛になるが、とても美味しい。

 

「って言うかまだまだ若いもんね! こっち来てから丈の短い服とか着てみたけど、意外と似合ってたもんね!」

 

それはもしかして勇者の服のことを言っているんだろうか。

・・・まぁ、あれは確かにミニスカに見えなくも無いが、元々男の着てたものだぞ?

 

「ん? ・・・ははーん、隊長、もしかして私の年齢気になっちゃう感じですかぁ?」

 

どやぁ、と若干こちらを見下ろしながらそう言い放つ副長。

気になるにはなるが、別に知らなくても構わないといえば構わない。

流れからして、どうせ、響と同じく俺より干支一回りか二回りくらい年上なだけだろ? 

それだったら桔梗とかもいるし、別に驚きは・・・

 

「なら教えちゃいましょう! 私は・・・えーっと、生まれがあの年だから、計算して・・・うん、六千と七十四歳です!」

 

「ブフゥッ!」

 

「うわ、きちゃない!」

 

思わず副長に向かってお茶を吹いてしまった。

・・・いやいやいや!

 

「うっせぇ! って言うかなんだその年齢!?」

 

「はぁ? ・・・ああ、そっか。ここの人たちって数十年で亡くなるんでしたっけ? なら驚くのも無理ないか」

 

得心いったように手を叩く副長。

 

「ちなみに結婚適齢期は二千歳から二千歳半ばくらいまでですかね。・・・ったく、ちょっと過ぎたからって行き遅れ呼ばわりされちゃたまりませんよ」

 

「うっせえ行き遅れ」

 

「隊長まで行き遅れ呼ばわり!?」

 

十二単でちょこちょこ突っ込みを入れる副長は、どう上に見ても二十前半くらいである。

というか、知能指数的に数千年生きてるとは思えない。

 

「それで、お話は戻るんですけど・・・ど、どうです? やっぱり・・・年上は嫌ですか?」

 

年上というよりは別種族みたいなものだけれど、という言葉は飲み込んでおく。

小突き回していた相手が実は超絶年上でした、とか笑えない。

 

「う、うぅー・・・えーい! 仏の御石の鉢!」

 

「は? 何取り出して、まぶしッ!?」

 

副長が懐から取り出した鉢から、なぜか凄まじい光が。

 

「隙ありっ!」

 

「ごっ」

 

その一瞬を突かれ、鉢で頭を殴られた。

 

「痛みは無いはずです。どんなに暴力をふるっても、非暴力によって無力化するのがこの鉢ですから」

 

寝台に押し倒され、上に副長が覆いかぶさってくる。

長い黒髪と、十二単が俺の身体にふわりと重なった。

 

「私の選択肢には常に『ころしてでもうばいとる』が常備されてるんです! 残念でしたね!」

 

「殺される!?」

 

完全にサイコの発想だぞこいつの頭の中!

 

「隊長も数千年物の純潔とか初めてでしょう? ・・・一思いにやっちゃいましょう!」

 

・・・

 

「うー、うー、うー・・・!」

 

「こんなに消耗した夜は初めてかも知れんな・・・」

 

朝を迎えると、十二単の裾を振り乱しながら寝台の上で唸る副長に取り合えず辟易した。

こいつ、あの後やることやっていきなり正気に戻りやがったからな。

興奮して暴れてた副長が恥ずかしさで暴れ直しただけだったから、宥めるのにずいぶん体力を使った。

 

「結構痛いんだなぁ・・・で、でもでも、これで私にも子供が出来るんですよねっ」

 

「・・・まぁ、一回で出来るとは思わないけど」

 

「だったら出来るまで寝ずにやりましょうか?」

 

何なんだよこいつ。化け物か。

 

「取り合えず、隊長は早めに着替えたほうがいいかもしれませんね。月さんと詠さんがこっち向かってますよ?」

 

「そんなのまで分かるのか」

 

「あはは、天の羽衣って大抵のこと出来ますから」

 

そう言って、副長は慣れた手つきで十二単を着直す。

 

「よしっと。一人で十二単を着こなせるようになるまでずいぶん掛かっちゃいましたが、ここ数千年は和服全般ドンと来いって感じですよ。どんなものでも着こなせますからね」

 

「はぁ・・・。取り合えず、風呂にでも入って来いよ。月たちには説明しておくから」

 

「はーい。後で二人にご挨拶するんで、この部屋に居てくださいよ?」

 

「はいはい」

 

「それじゃ、一旦身体清めてきますね」

 

そう言ってその場から消える副長。

・・・天の羽衣、便利だなぁ。一着もらえないだろうか。

 

「おはようございます、ギルさん」

 

「おはよ、ギル。さっさとおき・・・なんだ、起きてるじゃないの」

 

「ん、おはよう二人とも」

 

俺が挨拶を返すと、詠が鼻をひくつかせる。

 

「・・・ん? あんた、誰か連れ込んだ?」

 

「へぅ・・・その、また新しい人ですね・・・?」

 

凄い嗅覚してるな、この二人。

・・・いや、でも普通の人でも分かるくらい昨日はやったからなぁ・・・。

 

「まぁいいや。取り合えず、色々説明するから」

 

「その前に、窓開けなさいよ!」

 

・・・

 

「へぇ、副長がねぇ・・・」

 

「天の羽衣、ということは・・・副長さん・・・えっと、迦具夜さんも天から来た方なのでしょうか?」

 

「あんたと北郷と迦具夜・・・三人も出てくるなんて、天の御使いも安くなったのねぇ」

 

「いや、別に俺も一刀も本当に天の御使いってわけじゃ・・・」

 

迦具夜も天の御使いじゃないって否定しそうだしなぁ。

 

「ただいま戻りましたー。あ、おはようございます、お二人とも」

 

しゃらん、と鈴の音が聞こえそうなほどに優雅に入室してくる副長。

 

「・・・怖い! こんなの副長じゃない! こんなお淑やかで大和撫子の鑑みたいなの認めないぞ!」

 

「入室第一声がそれですか隊長!?」

 

「・・・なんか、副長に挨拶されたの初めてみたいな気がするわ」

 

「へぅ。私は話すのも初めてな気が・・・」

 

「ええ、まぁそりゃそうでしょうねぇ。私、お二人のこと避けてましたし」

 

さらっととんでもないことを言う副長。

 

「というかお二人だけじゃないんですけどね、避けてたの。ま、それももう必要なくなったというか」

 

「じゃあ、これからは仲良く出来るんですよね?」

 

「・・・ん、まぁそうなんですけど・・・。前向きですね、あなた」

 

首を傾げながら、月にそう言い放つ副長。

正直俺もその発言は前向きすぎると思う。だがそこがいいんじゃないのか?

 

「へぅ、それは褒められているんですか・・・?」

 

「多分馬鹿にされてるんじゃない?」

 

「ま、いいじゃないですか、そんな細かいことは。それよりも、ちょっとあっちで女子会しませんか? 隊長との夜の営み、お二人はどんな風に可愛がられてるのか、情報交換しましょう」

 

「こら副長! お前なんてことをさらっと!」

 

「いいわね。こっち来なさいよ副長・・・んーと、迦具夜のほうがいいのかしら?」

 

「どちらでも。副長はただの役職名でしたが、呼ばれ慣れた今としては愛称のようなものなので」

 

愛称のような、というよりまんま愛称だろうに。

 

「そ。じゃあしばらくは副長って呼ぶわね」

 

「私は迦具夜さん、と呼ばせていただきますね」

 

「りょーかいです。よろしくお願いしますね、月さん、詠さん」

 

「さ、こっちよ。新しい茶葉が手に入ったのよ」

 

「結構味わい深い渋さがあるんですよね」

 

そう言ってきゃっきゃと去っていく三人。

・・・うん、気にしないことにしよう。

 

・・・

 

「・・・どうしたんですか、ご主人様? なんだかぼーっとしてるみたいですけどー?」

 

「七乃か。・・・うん、いや、なんでもないよ。今日も副長は元気に兵士を狩ってるなと思ってただけさ」

 

「はぁ。・・・まぁ、ご主人様自身が何も無いというのなら私は気にしませんが・・・」

 

「何ていうか、七乃っていい奴だよな」

 

「・・・はい?」

 

なんだか素っ頓狂な顔をした七乃が素っ頓狂な声を出した。

 

「本当にどうしたんですかー? 医療班、呼びます?」

 

「七乃と話してると癒されるんだよなー・・・まぁ取り合えず座って。お茶でも飲みながら話そうや」

 

「い、医療班? 医療班が必要なんですね?」

 

七乃がわたわたと慌てだす。

そんなに俺は変な事を言っているだろうか。

・・・いや、自分のことこそ自分ではあまり気付けないというし、もしかしたら今の俺は相当に変なのかもしれない。

取り合えず、終わったらゆっくり休むとしよう。

 

「よし、そこまで! 次の訓練に入ってくれ!」

 

俺がそう声を掛けると、兵士たちが一斉に動き出す。

 

「たいちょーたいちょー、次は弓術の訓練で良いんですよねっ?」

 

「あ、ああ。それで良いぞ」

 

「早速行ってきますね!」

 

・・・なんだか、一夜明けたら副長が真面目になってて気持ち悪い。

不真面目こそ副長のアイデンティティだったのに・・・!

いや、俺も副長が真面目になった理由くらい心当たりあるし、真面目になったほうが良いとも思ってるよ?

でもさぁ! それとこれって別問題じゃないか!?

 

「うぅ、不真面目分が足りないぃ・・・。七乃、ちょっと仕事サボって来いよ」

 

「医療はーんっ、早く、早く来てくださいー。ご主人様が、大変なことにー」

 

全く緊急性のなさそうな声で叫ぶ七乃。

はっはっは、これこれ。

・・・あれ、俺ってもしかして駄目人間になってきてる・・・?

 

・・・

 

「よっと」

 

「はい、これも判お願いしますねー」

 

「はいはーい。よっと」

 

あの後、真面目になった副長がせっせと働いてくれたお陰で・・・所為で? いや、やっぱりお陰で。

せっせと働いてくれたお陰で、いつもの五分の一くらいの時間で終わった。

後はちょろっと書類の処理をして終了なのだが・・・。

 

「それにしても、ご主人様も難儀な性格してますねー」

 

「難儀とまで言い切るか」

 

「そりゃあ、部下の不真面目を嘆く上司はいても、部下の真面目さを嘆く上司は少ないですからー」

 

書類から目を離さずにそういった七乃は、そのまま流れるようにこちらに書類を渡してくる。

それに判を押していると、七乃が一旦手を止め、こちらに視線を向ける。

 

「そういえば、明日はご主人様、お休みですよねー?」

 

「ん? そうだけど・・・なんかあったか?」

 

「いえいえ、もしご予定が空いてるなら、お嬢様のおせわ・・・面倒・・・ええと、子守をお願いしたいのですがー・・・」

 

「何で言い直したんだよ」

 

確かにお世話も面倒を見るも言い方的にちょっと変だけど。

 

「ま、いいさ。実際予定も無かったし。美羽一人くらいだったら大丈夫」

 

もし何かあったとしても、雪蓮を引き合いに出せば泣いて行動止まるだろうし。

・・・あれ、何か間違っているような・・・。

 

・・・

 

「主様ー、こっち、こっちなのじゃー!」

 

「はいはい、分かってるって」

 

翌日。俺は美羽を連れてわくわくざぶーんへと来ていた。

ある意味璃々より精神年齢低い美羽は、今までここへの立ち入りを禁じられていたらしい。分からんでもない。

 

「おぉー! ここが、わくーんか!」

 

「犬の鳴き声みたいになってるぞ。わくわくざぶーん、な」

 

「? ・・・そうじゃな!」

 

絶対分かってないな。

 

「それで主様、ここはどういうところなのじゃ?」

 

「そこからか。ええと、なんて言えばいいかな。楽しいところだよ」

 

「なるほどの。それはいいところなのじゃー!」

 

ちょろい。

・・・あ、いや、今のは本心じゃないので。悪しからず。

全然、ホント、本心とかじゃないんで。つい漏れ出た本音とかでもないので。

 

「ほら、着替えるぞー」

 

「うむ! 水着じゃな! 水着・・・うむ!」

 

「分からないなら分からないって言っていいんだぞー」

 

そう言いながら、七乃に渡された巾着をごそごそ漁る。

・・・あったあった。

 

「ほら、これ。着方は分かるか?」

 

「う、む!」

 

「一瞬間があったな。分からないってことか。ええと、確か係員のお姉さんがいたはず・・・」

 

何とか女性係員を探し出し、女子更衣室で美羽を着替えさせてもらった。

うむうむ、なんというか、Aラインが似合う娘である。

スク水だと何か違和感があるし、かといってパレオやビキニはまだ早いような、そんな感じだ。

そんなこんなで、女子更衣室から係員さんに連れられてやってきた美羽と合流し、取り敢えずは底の浅いプールへと入る。

 

「わぷっ」

 

・・・あれ、消えた?

 

「って、沈んでる!?」

 

慌てて美羽を抱え上げる。

 

「む? ・・・いつの間にか何も聞こえないと思ったらだっこされてたのじゃ!」

 

「うん、凄いな美羽」

 

「そうかの? ふふん、もっと褒めると良いのじゃ!」

 

「すごいすごーい」

 

「きゃっきゃっ」

 

副長に続き言わせて貰おう。ちょろい。

取り合えず、手を繋ぎながら水に慣れるところから始めることにする。

いつの間にか沈んでいる美羽とプールで遊ぶには、目を離さないことが大切なのだと学んだのだ。この短時間で。

 

「璃々より目が離せないな・・・」

 

「? 主様、どうかしたのかの?」

 

「よし、滑り台行こうか」

 

「あの大きなところに行くのかの!? 楽しみなのじゃ!」

 

そう言ってはしゃぐ美羽を連れて、ウォータースライダーへ。

一人で先走って滑ろうとする美羽を何とか宥めつつ、俺の膝の上へ。

・・・うん、いつもの事ながら水着姿で女の子を膝の上に乗せるのは不味いな。

すべすべもちもちなのである。いや、何処がとはいわんけど。

 

「よし、滑るぞー!」

 

「おぉー、なのじゃー!」

 

しっかりと美羽を抱きしめて、ウォータースライダーを滑り始める。

 

「わ、わ、にゃ、のぉー!?」

 

「どうだー! 楽しいだろー!?」

 

「楽しいのじゃー!」

 

ひゃっはー、と着水。

きちんと美羽が溺れない様に気をつけながら、プールサイドへ。

もう一度、もう一度、とせがむ美羽を連れて再びウォータースライダーを滑り降りる。

 

「すっかり気に入ったみたいだな」

 

「うむ!」

 

「・・・そろそろ泳ぎの練習もしてみるか」

 

さっきから手か目を離すといつの間にか沈んでるからな・・・。

泳ぐ、とまでは行かなくても、浮くくらいは出来るようになってもらわないと。

・・・璃々ですら、水に浮くことくらい出来るのに。

 

・・・

 

「お、おー!? 浮いてるのじゃー!」

 

「あ、ああ。浮いてるな」

 

時には諦めが必要だということを、俺は今日学んだ。というか悟った。

目の前にはぷかぷか浮かぶ美羽。・・・浮き輪付きで、だが。

どうしても無理だった。最初からバリバリ泳げるようにはならないだろうなぁと思っていたが・・・ここまでとは。

 

「それにしても、先ほどの主様は何を言ってるのか分からなかったのじゃ。言葉はきちんと話さねばならぬぞ?」

 

「・・・そうだな」

 

我慢我慢。

相手は美羽だ。袁家だ。

 

「ふぅ」

 

こんなことで落ち着いてしまうのもどうかと思うが、それはそれ、これはこれ。

呪うなら袁家の特性というか、その家名を呪うといい。

 

「む? どうしたのじゃ、むつかしそうな顔をして?」

 

「うん、まぁ、撫でてあげよう」

 

「おぉっ、主様がいつもより優しいのじゃ!」

 

これが、これが「生暖かい目」という奴か。

未来の世界の猫型ロボットの気持ちが少しだけ分かった気がする。

 

「さ、そろそろ休憩しよう。あまり続けて入ってるのも良くないし」

 

「むむぅ・・・。もう少しだけ、だめかの?」

 

「はは、少し休んだらもう一度遊ぼうな」

 

「主様がそこまで言うのなら・・・分かったのじゃ」

 

そう言って、ぷかぷか浮かびながらプールサイドまで移動する。

よいしょ、と美羽を水からあげて、俺もその後に続く。

 

「きゅうけーというのは、何をするのじゃ?」

 

「・・・休もうか」

 

「うむ! そろそろ妾も疲れてきたからの。丁度いいのじゃ!」

 

適当なベンチを探して、腰を下ろす。

 

「そういえば、美羽はここ初めてだったよな。どうだった?」

 

「む? そうじゃの、お風呂で遊んでるみたいで、中々面白いのじゃ!」

 

美羽にとって温水プールとは凄く広い風呂みたいなイメージなのだろうか。

いや、あんまり間違ってないけどさ。お風呂よりは温いぞ?

 

「そういえば、この水着というのは主様からの贈り物だと聞いたのじゃが・・・」

 

「ん? ・・・ああ、七乃から聞いたのか? まぁそうだけど・・・気に入らなかったか? 俺は似合ってると思うが・・・」

 

俺の言葉に、そうかの、と返す美羽。

心なしか、顔に影が出来ている気がする。

 

「じゃがの、妾は主様からもらってばかりなのじゃ。その、妾も何かあげたいのじゃ」

 

・・・美羽からそんな殊勝な言葉が出てくるとは。

いや、殊勝とか言ったら失礼か。

成長の証、とか言っておいたほうが良いな。

ま、水着程度で美羽から何か巻き上げるほど俺も困ってるわけじゃない。

 

「美羽がそうやって思ってくれるだけで十分だって。誰かから何かを貰って、ありがとうって言えるんだったら、それで良い」

 

少し気障だが、これは本心である。

正直半分くらい欲望に任せて作った水着を渡して、さらに何か貰おうなんて、そんな厚かましくは出来ない。

まぁ、強いて言うならば水着姿の美少女の笑顔が見れてごっつぁんです、って感じである。

結局、散々遊んだ帰り道、七乃と合流して部屋へ帰っていくときも、美羽は何か考え事でもしているような表情で去っていった。

・・・妙なことを考えてないといいけど。

 

・・・

 

「・・・のう、七乃?」

 

「はい? どうしましたか、お嬢様」

 

「主様はの、妾に色んなことをしてくれるのじゃ」

 

「そうですねー。拾ってもらったり、お仕事くれたり、色々お世話になってますねー」

 

「そうじゃの」

 

「どうかしたんですかー?」

 

首を傾げる七乃に、美羽は思ったことを伝える。

 

「なるほどー。ご主人様にお礼を、ですか。・・・ふぅむ」

 

歩きながら顎に手を当てて考えるそぶりを見せる七乃。

少しして、何か閃いたように手を叩く七乃。

 

「それでしたら、私に良い案がありますよ」

 

「ほんとかのっ!?」

 

「ええ。丁度日も暮れてきましたし。いいですか? ごにょごにょ・・・」

 

「んむんむ・・・分かったのじゃ! 行って来るのじゃー!」

 

「あ、ちょ、お嬢様っ!? 話聞いてましたかー!? 私がまず足止めを・・・聞いてないですねー!?」

 

・・・

 

「いや、いいから! 別にいらないから! 何でそんなに愛紗の料理を押し付け・・・いらないから! その箸を引けって!」

 

なぜか七乃に追いかけられ、行き止まりへと追い込まれた俺は、愛紗の料理(何故分かったかは愛紗の名誉のために黙秘)を食べさせられそうになっている。

七乃がさっきから一言も喋らないのが更なる恐怖を駆り立てる。

何なんだよ! 俺は何のフラグを立てたんだ!

痛っ、何で料理が肌に当たっただけで痛みが? 料理だよな!?

 

「何で引かないんだよ! 何がお前をそこまで・・・痛いって!」

 

堪らず七乃を引き剥がす。

取り合えず両手を掴んでおく。

 

「あぁっ、つかまっちゃいましたー。よよよ、私はこのままご主人様に強引に初めてを・・・」

 

「ようやく喋ったと思ったらお前・・・」

 

「あ、その視線は不要なのでー。壱与さんとかにあげちゃってくださいねー」

 

「・・・で、何のようなんだよ?」

 

「いえ? 特に。丁度愛紗さんがお料理を作っていたところだったので、これ幸いと・・・じゃなくて、これは大変だと私が処理を請け負ったのです」

 

「俺に食べさせることを処理というわけじゃないからな?」

 

何を勘違いしているか知らないが、俺は愛紗の失敗料理処理専門になった覚えは無い。

サーヴァントも、ダメージを受け続けたら消滅するのです。

 

「・・・さて、そろそろいいですか」

 

「は?」

 

「ああいえ、こちらの話ですよー。それでは、おやすみなさいませー」

 

「あ、ああ。おやすみ」

 

・・・なんだろうか。いつも変な七乃がいつもより輪をかけて変だ。

まさか、副長と同じように明日から真面目に仕事し始めたりしないだろうな?

そうなると俺が不真面目になってバランスを取るしか・・・え? 俺も結構不真面目?

・・・そうか。

 

・・・

 

「良く来たの!」

 

「・・・おぉっと、間違えたかなー」

 

そう言いながらも、そんなわけは無い、と心では確信してしまっている。

それと同時に、妙な七乃の行動にも納得がいった。このためか。

大体何でこんなことをしているのかもピンと来ているので、半ば諦めモードだ。

 

「遅かったの。妾ちょっぴりおなかが減ったのじゃ」

 

「・・・だったら帰ればよかったのに。何のようだ?」

 

九割がた答えのわかっている質問を投げかける。

美羽は、当然のように胸を張って言った。

 

「うむ! いつも主様にはたくさん貰っておるからの! 妾からお返しなのじゃ! えぇと、七乃はなんと言っておったかの」

 

ぶつぶつと口の中で呟くように何かを確認する美羽。

うむ、と小声で呟くと、半分くらい棒読みで、何かの台本でもなぞっているのではないかと言う台詞を吐いた。

 

「『主様、きょうは一晩、妾を好きにしてよいのじゃ』・・・む? どうしたのじゃ主様」

 

「いや、それ、七乃に言えって言われたのか?」

 

「うむ! いつも主様には貰ってばかりじゃからの。何かお返しがしたいと言ったのじゃ! そうしたら、こういえば主様は泣いて喜びながら妾をよろこばせてくれると教えてくれたのじゃ」

 

流石七乃じゃの、と一人頷く美羽を見て、俺はため息を一つ。

この娘に手を出せと、そう言ってるんだな、七乃。

 

「? どうしたのじゃ。この後は主様と一緒に寝て、天井のシミを数えておればよいのじゃろ? ・・・む、しかし寝てしまうと壁のシミを数えられないのじゃ」

 

美羽は平常運転である。・・・というか、天井のシミ数えてるうちに終わるとか、もう完全にあれである。

九割分かっていた答えが十割の確信に変わった。

 

「・・・仕方ないな。説明をしても要領を得ないだろうし、実践で教えてやるとしよう」

 

それで嫌がれば、潔く諦めて七乃に手を出すことにするさ。

・・・まぁ、美羽が受け入れたとしたら、俺をハメてくれた七乃に手を出すことになるんだけど。

ふふふ、これが将棋で言う『詰み』、チェスで言う『チェックメイト』という奴だ。

時間は止められないけど、大量のナイフを投げるくらいは出来るのだ。

 

「美羽、精一杯優しくするから、嫌だったら言うんだぞ?」

 

「? うむ、分かったのじゃ! 一緒に寝るのじゃろ? こっちに来ると良いのじゃ!」

 

そう言って俺の分のスペースを開けて寝台に寝転がる美羽に、俺は優しく覆いかぶさった。

可愛らしく首を傾げる美羽へ、これから俺は保健の授業をしてやらないといけないのだ。

 

・・・

 

「ふみゅぅ・・・」

 

隣で静かに寝息を立てる美羽を横目に、俺は頭を抱えていた。

・・・やっちゃった。

こういうのは、後に振り返るほうがダメージがでかいのだ。

やった後に悔いるから後悔という。昔の人は上手いことを考える。

 

「・・・ま、俺が駄目人間・・・駄目英霊? なのは今に始まったことじゃないしなぁ・・・」

 

あれ、まだ英霊じゃないんだっけ? ・・・ああもう、なんだか面倒くさいなぁ。

 

「さてと、七乃を問い詰めにいかないとな。色々吐かせてやろう」

 

物理的にも、言葉的にも。

 

「んむ・・・主様? おはようなのじゃ」

 

「おはよう。身体はなんとも無い・・・わけないよな。おきれるか?」

 

「もちろんなのじゃぅっ!?」

 

起き上がろうとしてびくんと肩を揺らす美羽。

・・・ああ、うん、分かるよ。

 

「仕方ない。しばらくここで寝てるといい。・・・あ、ちょっと待ってろ。今身体を拭く」

 

用意しておいたぬるま湯とタオルで美羽の身体を拭いてやる。

されるがままの美羽に少しだけ反応しつつも、きちんと拭き終わり、換えの服を渡す。

 

「それじゃ、大人しく寝てろよ?」

 

「うむ! 分かったのじゃ!」

 

これでよし、小一時間は大人しくしてるだろう。

その間に七乃を捕縛し、尋問、詰問すればいい。

 

・・・

 

「あ、おはようございます~。昨日はお嬢様ときゃっ!?」

 

「た、隊長!? まさかそんな、白昼堂々七乃さんとあおか・・・えすえ・・・えーと、変態行為に!?」

 

「副長が空気を察して言葉を濁すとか・・・明日は世界が滅ぶのか」

 

「私の評価って相当低いんですかね? 一応お姫さまやってたんですけど?」

 

うーん? と首を傾げる副長。

姫にあるべき高貴さとか上品さとかが足りないんだと思う。

今は十二単を着ずに勇者スタイルなのも問題だと思う。

 

「あれ着ると、なんてーか、こう、あの日のことを思い出して赤面するというか、私も一応乙女というか」

 

「はっ」

 

「鼻で笑われた!?」

 

「『私も一応乙女というか』かっこわらい。かぐやさんろくせんさいごえが何か言ってますよー」

 

「お・・・」

 

「お?」

 

「おにちく!」

 

脱兎のように逃げていってしまった。

・・・煽り耐性の低い姫である。

おや、そういえば副長は勇者でありながら姫でもあるという立場なのか。

聖なる三角形を二つ所持できる珍しい存在である。

これで後々魔王属性も追加されれば聖なる三角形独り占めである。

やったね副長! 属性が増えるよ!

 

「・・・と、ところで。私はいつまで吊り下げられてれば良いのでしょうか~?」

 

「無論、死ぬまで」

 

「死刑宣告ですかっ!?」

 

おっと、しまった。

ついつい副長のノリをそのまま使ってしまった。

 

「こほん。・・・美羽に変なこと教えただろ?」

 

「・・・何のことですか~?」

 

「一つとぼけるごとに、俺は七乃を吊り下げる日数を一日延ばす」

 

「教えましたよ?」

 

素直である。

うん、七乃のそういうところ、俺は好きである。

 

「うんうん。一週間追加な」

 

「殺生なっ。私、惚けなかったのにぃ・・・」

 

「別に、素直になったら降ろしてやるとは言ってないだろ?」

 

「・・・これが、絶望ですか」

 

なんか勝手にハイライトを消しているようだが、こんなもので絶望を感じられても困る。

というか、別に襲ってないのにハイライト消されても困る。

つまり、困る。

 

「うん、一週間追加」

 

「横暴っ」

 

満足するまで散々七乃を弄ってから、がらがらと七乃を鎖から開放した。

 

「うぅ、お嬢様もこんな風に無理やり初めてを・・・」

 

「やかましい。無理やりじゃない。同意の上だ」

 

逮捕されたとしても俺はこの主張を曲げない。

いや、逮捕されるようなことしてないけど。

 

「そうそう、本題を忘れるところだった。美羽が今俺の部屋で寝てるから、介抱してやってくれ」

 

「ご主人様に襲われて傷心中のお嬢様を慰めろ、ということですかー?」

 

おそっ・・・たけど! 無理やりではないのだ! これだけは絶対譲らんぞ!

じとりとした目を向けてくる七乃に熱弁しておく。

はふぅ、と息を吐いた七乃は、分かりました、と言ってきびすを返す。

この変わり身の早さを見るに、どうやら今までのやり取りは俺をからかうためのものだったようだ。

 

「でも、どうしてご主人様が介抱して差し上げないんですか?」

 

「昨日のこと思い出した美羽が、俺とまともに会話できると思うか?」

 

「ああ、そういう・・・。変な気だけは回るんですね」

 

「兎に角、頼んだぞ。しばらくしたら俺もそっち合流するから、出来れば俺の部屋に居てくれると嬉しい」

 

「はいはーい、了解しましたよー」

 

そう言って手を振る七乃に背を向け、歩き出す。

さてと、美羽が落ち着くまで副長追いかけてからかってくるとするか。

・・・ぱっとこんなことを思い浮かぶ当たり、俺、意外と副長のこと好きなんだなぁ、とふと思った。

 

・・・

 

「っくち・・・へぅ・・・なんだか変な予感が・・・」

 

「どうしたのよ、月?」

 

急に落ち着きをなくした月に、詠が首を傾げる。

 

「詠ちゃん・・・。ええとね、何か焦燥感と危機感と絶望感が一気にきたような胸騒ぎがしたの」

 

「何それ、聖杯でも起動したの?」

 

「それかギルさんが乖離剣ぶっぱしたの?」

 

孔雀と響も、詠に習うように首をかしげた。

ギルの評価が斜め上に高いのはいつものことである。

 

「ううん。そういうのじゃ・・・あれ? あれは、副長さん?」

 

「あら、ほんとだ。おーいっ、ふっくちょーさーん! どしたのー?」

 

どたどたと駆けてくる副長に響が声を掛ける。

その声に気付いたのか、副長は地面を滑るようにブレーキをかける。

 

「どしたもこしたもありませんよ! 全く隊長はとってもおにちくなんだからもう!」

 

「・・・うん、何時も通りの副長だね。言ってることが全くわかんない」

 

「孔雀ちゃん、辛らつすぎるよ・・・」

 

「ふんっ。・・・? あれ、月さん? 何で私の太ももをつねって・・・痛い痛い痛い! 痛いですよ!?」

 

「・・・痛く、してますから」

 

俯き加減に呟く月は、淡々と副長の太ももを抓り上げている。

 

「そりゃそうでしょうけど! 何で突然!?」

 

「へぅ・・・そういえば、何ででしょう。取り合えず、もうちょっと強くしておきますね?」

 

「何なんですかこの主従! そろって鬼畜過ぎませんかね!?」

 

その後、太ももだけではなく、わき腹、頬を抓られた副長は、後からやってきたギルに泣きながら抱きついていた。

それを見た侍女四人組が揃ってギルに飛び掛ったのは、言うまでも無いことだろう。

 

・・・

 

何故か突然抱きついてきた五人の少女にされるがままになっていると、南蛮の四人娘も飛びついてきた。

流石の俺も膝から崩れ落ちそうになったね。急いで筋力元に戻したもの。

少女九人を持ち上げるには、筋力D以上が必要なようだ。

それからそれぞれを引っぺがして合計十人の大所帯になりながらもお菓子でも食べようか、という話になった。

 

「ので、朱里と雛里にはお菓子を作ってもらいたい」

 

「はわわっ、と、唐突ですねっ」

 

「あわわ・・・お仕事も終わったところですし、構いませんけど・・・ちょっとお時間を頂きます」

 

「ああ、というか、俺たちも手伝うよ。みんなで作ったほうが楽しいし早い」

 

おーい、と料理が出来る侍女組と副長を呼ぶ。

・・・南蛮娘たちは宝物庫から出した果物に夢中である。お菓子はいらなくなるぞ?

 

「よし、工程ごとに分けたほうが良いな」

 

「はいはーい。ボクが下ごしらえをしよう。僕の魔術特性は分裂と均等だからね。お菓子作りのときに役立つのさ」

 

なんという魔術の無駄遣い。

確かにお菓子作りは分量が命だが・・・。

 

「え? 何々、自分の得意な魔術特性で協力するの? じゃあじゃあ、私の特性は浸透と混合だから・・・ええと、どうしよう?」

 

どうしよう、と首を傾げられても。

というか、そういうのって特性なのだろうか。属性なのじゃないだろうか。

さらに言えばそんなに特性持ちっているものなのだろうか。

・・・魔術には疎いのである。キャスター呼んで来い。

 

「おでんとかの味を染み込ませられますよね。羨ましい」

 

副長がぼそりと呟いた。

・・・あ、いいなぁおでん。そろそろ秋も深まってきた頃だし、温かいものが恋しくなってくるかもしれないな。

 

「おお、味を染み込ませる! いいね、その案、いただきだよっ」

 

そう言って、響は私は材料を混ぜた後にきちんと混ぜ合わせる係り! と一人で決定してしまった。

いや、うん、いいけどさ。料理に神秘を振るう君たちがちょっと分からない。

 

「へぅ。私って魔術あんまり使えないですから、お役に立てないですね・・・」

 

そう言ってへこむ月を慰める。

魔術を料理に使おうなんて人のほうが少数派だと思うから、大丈夫だよ、と。

ちなみに、後々キャスターに聞いた話によると、甲賀は隠蔽と発明、銀は貯蔵、多喜は加速らしい。

月? 月は反転と改変らしい。これを使えば愛紗の料理も美味しくなるのだろうか。

あ、ちなみに、魔術を使ったお菓子はとても美味しく出来ました。

 

・・・




「ちなみに、かぐや姫は何代かいて、その全てが追放、ないし投獄されてます」「えぇー・・・?」「先々代くらいのかぐや姫・・・輝夜という人は、何か妖怪の世界にぶっぱされたみたいですね。元気でやってますかねー」「え、なに、何なの? かぐや姫って何か犯罪起こさないとなれないの?」「あはは、やだなぁ隊長。・・・何で知ってるんです?」「え、衛兵ー! 出会え出会えー!」「ちょ、冗談ですって・・・ああもう! 仏っ!」「ごっ」

数分後、目覚めた彼は先ほどの会話を忘れているようでした。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四十四話 懐かしき壷に

「壷、かぁ」「壷といえば、この壷を買わなければ不幸に・・・みたいなのあったよな」「あー、あったあった。・・・壱与ー」「はい?」「壱与、お前だけにいい話がある。この壷を買うと幸せに」「五つください!」「・・・即決だ」「即決だな」「いくらでしょうか! ギル様に奉仕できるならば国庫三つくらいまでは潰せますけど!」「・・・この壷に、「傾国」という名前をつけることにした」「・・・警告の意味も込めて、か?」「ぶふぅっ!」「甲賀!? いつの間に!?」


それでは、どうぞ。


「お、あったあった」

 

「・・・なんです、その顔の付いた壷は」

 

「ん? 副長か。これはな、さっき宝物庫を漁ってたら見つけたんだ」

 

なんとこの壷、その昔『明朗快活無敵戦闘メイドロボ』が愛用したという壷なのだ。

物を入れてふりふりすると中のものが混ざったりする優れものだ。

次回のキャスターの座学でこれを使って魔術薬なんかを混ぜたりするのに使おうと思って探したのだ。

 

「『念壷』と言ってな。この中が擬似的な異空間になってて、ある程度の個数なら大きさ関係なく入るんだ」

 

中庭に咲いていた花を適当に入れて振ってみる。

すると、壷が光りだし、効果音が鳴る。

中に手を突っ込んで取り出すと、手裏剣が出てきた。

 

「・・・え?」

 

「そして、この手裏剣一つと甲賀からパクっ・・・借りてきた手裏剣三つを一緒に入れるだろ?」

 

そして、再びふりふり。

 

「こうして、ブーメランが出来る」

 

「・・・は?」

 

「で、ここに副長からパクっ・・・黙って借りた爆弾が四つある。これを入れて振ると・・・」

 

「いやいやいや、いつの間にとって・・・」

 

「ほら、念ボムになる」

 

「怖っ! 顔付いてますよその爆弾!」

 

こいつは取り出すとカウントダウンが始まって爆発してしまうので、すぐに壷に戻す。

 

「よし。じゃ、俺はキャスターのところ行ってくるから」

 

「は、はぁ。・・・あの、後でお部屋行きますね」

 

「ん、いいぞ」

 

うしっ、とガッツポーズを取る副長に少しだけ笑いながら、俺は片手で壷を抱えてキャスターの部屋を目指す。

 

「クリスタル・・・宝石を入れると上位の宝石になるみたいだからなぁ。宝石魔術を使うときに応用できないだろうか」

 

ちなみに、これを探し出すときに神様に色々と聞いたのだが、話に出てきた『明朗快活無敵戦闘メイドロボ』も一緒に入っているそうだ。

取り出さないけどな。何でもかんでも掴めて、振って属性を反転させられるとか凄まじい性能である。

某スロットさんとタメ張れるレベルである。

いや、光線や雷すら掴める時点で、超えているかもしれない。

 

「なんにせよ、取りあえずこの壷だけあれば良いから・・・うおっ!?」

 

「ギルお兄ちゃーん!」

 

背後から璃々に飛び掛られた。

危ない危ない。うっかり念壷を投げるところだった。

 

「こら、璃々! 危ないでしょうっ」

 

とたとた、と軽い足音を立てて、紫苑がやってくる。

そのまま、璃々を抱き上げ、めっ、と叱っているようだ。

 

「良いよ、紫苑。ちょっとびっくりしただけだから。璃々、俺以外にこういうことはしちゃ駄目だぞ?」

 

背後からタックルされて微動だにしないのは英霊か春蘭とか恋みたいな背後の気配が分かるような人たちだけだ。

俺の言葉を聴いた璃々は、うんっ、と元気に返事をする。

 

「それならよし。ほら、おいで璃々」

 

「はーいっ!」

 

紫苑の腕の中から飛び込んでくる璃々を両手でしっかりキャッチする。

うんうん、可愛いなぁ。出来れば反抗期とか来ないで欲しいなぁ。

腕の中で満面の笑みを浮かべる璃々の頭を撫で、紫苑に返す。

 

「よっと。御免な、璃々。俺これから授業受けなきゃだから」

 

「ああ、確か、魔術師の英霊さんの、でしたか?」

 

「そうそう。紫苑は見たことあったっけ」

 

俺の言葉に反応した紫苑に聞き返してみる。

 

「はい。あの長髪でひょろりとした方ですよね?」

 

「それであってると思う。・・・おっとと、時間がまずいかな。それじゃ!」

 

「頑張ってくださいね」

 

「またねー!」

 

手を振って見送ってくれる二人に手を振り返しながら、城内の通路を駆ける。

危ない危ない。遅刻するとバケツを両手に持たされて廊下に出されるからな。

 

・・・

 

「あら? 何かしら、この壷は。・・・うわ、顔が付いてる」

 

そう言って、念壷を拾い上げる雪蓮。

 

「中には・・・なにこれ、お花とか武器とか入ってるわね・・・」

 

「雪蓮? どうしたんだ、こんなところで」

 

「あ、冥琳。みてよこれ、何か拾っちゃった」

 

そう言って、雪蓮は冥琳に壷を見せる。

冥琳はふむ? と首を傾げる。

 

「? 壷、か? 顔が付いているな。何かの儀式に使うものなのか?」

 

「わかんないわよ。誰かの落し物かしらね?」

 

「さぁな。まぁ、取りあえず聞いて回ってみればいいじゃないか。そのうち、知っている人間にも出会えるさ」

 

「そうしましょっか」

 

念壷を抱えながら、二人は当ても無く城の中を歩き始めた。

・・・数分後、忘れ物に気付いたギルが戻ってきて崩れ落ちたのは言うまでも無いことだろう。

 

・・・

 

「そういえば、この壷ってやっぱり魔術的な道具なのかしらね?」

 

「む? 何故そう思う?」

 

「だって、中に入ってるものと壷の大きさがあわないもの。ギルの蔵みたいなものなんじゃない?」

 

「・・・なるほど。そういわれると確かにそうだな。中身は取り出せるのか?」

 

「んー・・・よっと。あ、取れるみたい」

 

そう言って、取り出したブーメランをしばらく眺め、再び壷の中へ戻す。

 

「やっぱり、中は不思議な空間になってるみたいね。こうして逆さにして振っても中身が落ちてこないもの」

 

雪蓮がほらみて、と壷を逆さにして振る。

すると、壷が光りだした。

 

「わわっ、何これ!? 何が起きてるの!?」

 

「雪蓮、すぐに放せ!」

 

「う、うんっ」

 

ぺいっ、と念壷を投げるが、すでに念壷は合成を終えたらしい。

光はゆっくりと消えていく。

 

「・・・あれ? 中身が変わってる」

 

恐る恐る中身を覗き込んだ雪蓮が、きょとんとした顔で呟く。

 

「もしかしてこれ、中に入ってるものをあわせる壷・・・とか?」

 

「確実にギルの持ち物だな」

 

雪蓮の推理を聞いた冥琳が、メガネを光らせながら確信を持って言い放った。

何か変なもの、変な出来事があれば全部ギル。それは、三国の武将たちの中で半ば常識化していた。

 

「ということは、ギルを探せばいいのね。なんだ、意外と早く持ち主が見つかりそうね」

 

「ああ。確かギルは今授業を受けているはずだ。魔術師の英霊の部屋に行けばいるだろう」

 

「じゃ、早速行きましょうか!」

 

意気揚々と歩き始める雪蓮と、その隣でため息をつきつつ笑顔を浮かべる冥琳。

二人はなんだかんだ楽しみながら、キャスターの部屋まで向かっていった。

 

・・・

 

「無い、ない、ないっ!」

 

不味いぞ不味いな無くしたぞ!

神様謹製のあの念壷、合成できる制限を外してあるから、混ぜるものの組み合わせが相性バッチリだったら何でも合成するぞ・・・!

それこそ、宝具でも合成してしまうという神様のお墨付きである。人はそれを危険物という。

 

「あれがもし、何も知らない人間の手に渡ったら・・・!」

 

若返りの薬の二の舞である。

合成するものによっては大変なことに・・・というか、すでに爆弾が入ってるからすでに危険物である。

 

「・・・仕方ない、一旦戻って、孔雀とキャスターに協力を仰ごう」

 

はぁ、とため息一つついて、来た道を戻る。

・・・一応、怪しげなところには視線を投げてみるが、見つからないだろうなぁ。

 

・・・

 

「居なかったわねぇ、ギル」

 

「うむ。すれ違ってしまったようだな」

 

「もぅ。急いで出て行ったってことは、これを無くした事に気付いたって事なんでしょうけど・・・」

 

「一度、拾った場所に戻るか?」

 

「そうね。犯人は現場に戻る! って言うし」

 

「・・・犯人扱いは非常に不本意だろうな、ギルも」

 

そんなやり取りをしながら、二人は来た道を戻る。

階段を降りたあたりで、瓶を抱える美羽の姿を見つけた。

 

「あら、美羽じゃない」

 

「む? ・・・そ、そそそそそ孫策っ!?」

 

「やーねぇ、雪蓮って呼んで良いって言ってるじゃない」

 

「な、七乃・・・そ、そうじゃ、今はいないのじゃった!」

 

「あら、じゃあ邪魔者は居ないってわけね?」

 

「ぴーっ!?」

 

雪蓮の笑顔を何か勘違いしたのか、美羽は万歳の姿勢で泣き始めた。

そんな体勢になれば当然手に持っていたものは手から飛び・・・。

 

「あら」

 

「む」

 

「なんとっ!」

 

念壷の中へと入ってしまった。

 

「・・・えーと」

 

「うぅ・・・」

 

「そ、そうだ! 私の名前! 雪蓮、って呼んだら返してあげる!」

 

「な、何じゃとっ。・・・ほんとかの?」

 

「ホントホント。ほら、呼んでみて」

 

「しぇ、しぇしぇ・・・」

 

「うんうん」

 

期待したような瞳で、頷きを返す雪蓮。

緊張が解けてきたのか、美羽は深呼吸をして落ち着きを取り戻した後、意を決して彼女の名を・・・。

 

「お嬢様ーっ!」

 

「きゃうっ!?」

 

「きゃっ」

 

呼ぼうとして、背後からの声に飛び上がってしまった。

美羽は背後からの声に驚き、運悪く前に・・・つまり、雪蓮のほうへと飛び上がってしまった。

急に飛びつかれた雪蓮は念壷を落とし・・・。

 

「あっ」

 

「・・・」

 

口を下にして落ちた念壷は、美羽をぽん、と収納してしまった。

まず、と早口に呟いた雪蓮は、急いで念壷を拾い上げようとするが・・・。

 

「あぁっ、孫策さん!? え、えーと、お嬢様とか、見てません・・・か?」

 

「七乃? ちょっと、今それどころじゃ・・・ああっ、冥琳、追って!」

 

七乃が目の前に立ったことで図らずも壷を拾い上げるのを妨害され、壷はころころと転がっていってしまった。

やけに柔らかいあの壷は階段から落ちたくらいでは砕けないだろうが、それでも未知の不思議物体なのである。

 

「仕方がない。雪蓮、七乃に一応事情を説明しておけ!」

 

ひらりと服を翻し、冥琳が通路を駆けはじめた。

 

「頼んだわよーっ」

 

「え? え? ・・・ちょっと、話が見えないんですけど・・・」

 

「今から説明するわよっ」

 

・・・

 

「ち、一体何処に・・・」

 

冥琳が転げ落ちたと思われる階段の下を探すが、一向に見つからない。

入っているのが人間なだけに、早めに探し出さないと不味い。

 

「冥琳! どう、見つかった!?」

 

「お嬢様ーっ」

 

「雪蓮か。すまない、まだだ」

 

「手分けしましょう。丁度通路は三つに分かれてるし。私はこっちね!」

 

「・・・人の話を聞かない奴だ。私はこちらに行く。お前は残ったところを頼むぞ」

 

「分かりましたー」

 

三人はそれぞれの通路を走っていった。

・・・草陰には、念壷がごろりと転がっているのにも気付かず。

 

「わぷっ。・・・ふぇ?」

 

中庭で遊んでいて迷い込んだのか、璃々が念壷の辺りから姿を現した。

目線は当然念壷へと向かう。

 

「なんだろー、これ。あ、お顔がついてる」

 

自分の頭より大きい壷を持ち上げながら、きゃっきゃと笑う璃々。

すると、何かを思いついたような顔をして、璃々は走り出した。

 

・・・

 

「よいしょっ、よいしょっ・・・ついたぁっ」

 

何とか苦労しつつ階段を上り、璃々がやってきたのは厨房だ。

壷をいったん地面に置き、璃々はがさごそと何かを探し始める。

 

「あったっ! えーっと、これと、これと・・・」

 

両手にお茶のセットを抱えた璃々は、それを壷の中へと入れる。

ぽんっ、と軽快な音がして、茶器が収納される。

 

「あれ? ・・・もうちょっといれてみよっと」

 

壷への入り方に疑問を持った璃々は、持ってきたものをすべて壷の中へと入れていく。

ぽんぽんっ、と茶器がどんどん吸い込まれていく。

 

「わあっ、すごいすごいっ。なんでもはいるんだぁっ」

 

きらきらとした瞳で壷を頭上に掲げる璃々。

再び、よーしっ、と何かを思いついたように厨房を出る璃々。

たたたっ、と軽快に駆けるが、途中で躓いて転んでしまう。

 

「あうっ! ・・・う、うぅ~・・・あ、あれ?」

 

転んだ痛みで一瞬涙を浮かべるが、すぐに違和感を感じて辺りを見回す。

いつの間にか持っていた壷が消えていたのだ。

 

「ど、どこいっちゃったんだろ。さがさないと・・・!」

 

転んだときの弾みで璃々の手から離れた壷は、そのまま通路から外に飛び出し、中庭へ。

この壷は口のほうが重いのか、落ちるときは基本的に口が下になって落ちていく。

そして、着地点にはいつものように日向ぼっこをしてそのまま寝てしまった風の姿が。

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

寝息をたてる風は、ぽんっ、という音と共に壷の中へ入っていってしまった。

風を収納した壷は、ころころと少し転がり、すぐに勢いをなくして止まる。

 

「む?」

 

そこへ通りがかったのは片手に酒を持った星だ。

彼女は木の根元に転がっている壷を見て、首を傾げつつ近づいていく。

 

「これは・・・顔、か? なんとも珍妙な壷だ」

 

持ったときの軽さからして、中身は入っていないのだろう、と判断する星。

ちらりと中を見てみたが、中は真っ暗である。

ためしに振ってみるが、何かが入っているような音はしない。

 

「・・・ま、メンマを作るときに使おう」

 

そう言って酒を持っている手とは逆の手で壷を抱え、軽い足取りで去っていく星。

その手に抱えた壷が光っていることには、星は気づくことがなかった。

 

・・・

 

壷を追ってここまで来たが・・・見つからないな。

辺りを見回しながら歩いていると、近くの厨房から声が聞こえる。

 

「全く、こんなに散らかして・・・片付けるのは誰だと思ってるのよ」

 

「詠?」

 

「ん? あ、ギル。どうしたのよ」

 

「・・・いや、その、魔道具なくしてな」

 

「はぁ?」

 

あ、視線が絶対零度に。

 

「・・・ん?」

 

そんな詠から床に視線をずらすと、散らかっているものが目に入る。

おそらく詠がぼやいていたのはこれのことだろう・・・が。

 

「見覚えあるな」

 

手裏剣一つ、ブーメラン一つ、水を被って導火線の火が消えている顔つき爆弾一つ。

・・・あれ? 念壷の中身じゃね?

 

「これ、誰が散らかしたかとかわかる?」

 

「知らないわよ。ボクがここにきたら散らかってたんだから。茶器もいくつかなくなってるし、誰かの悪戯かしらね」

 

はぁ、とため息をつきながら散らかった食器棚を直す詠。

手裏剣やらブーメランやらは俺の宝物庫に入れておくことにする。

 

「・・・そういえば、どんな魔道具をなくした訳?」

 

「ええと、念壷って言ってだな・・・」

 

外見的特徴、機能なんかを説明する。

ふんふん、と頷いていた詠だが、機能の説明のときに若干引きつった笑みを浮かべていたのは見ないことにした。

 

「なるほどね。そんなものなくしたらそりゃ慌てるわよね。・・・で、ここで何かを入れていった可能性が高いのね?」

 

「ああ。念壷はある一定の個数までは大きさ関係なく入ってくけど、その個数を超えたら一番最初に入れたものから強制的に排出されるんだ」

 

「ふぅん・・・。分かったわ。月にも声を掛けて、色々探してみる」

 

「協力してくれるのか。ありがとう」

 

「ふ、ふんっ。別に、これくらいなんてことないわ」

 

「よしよし」

 

「子ども扱いすんなっ」

 

うがーっ、と威嚇されてしまった。

うんうん、ツン子はいつになっても可愛いなぁ。

 

「高い高-い」

 

「・・・他界させるわよ?」

 

急いで降ろした。

いくら弄りやすい娘だからと行って、青筋プッツンするまで弄る勇気は俺にはなかった。

詠に念壷探しをお願いして、俺は厨房を後にする。

さて、何処に行こうか。

 

・・・

 

「あっ、星お姉ちゃんっ!」

 

「んむ? おお、璃々か。一人か?」

 

「うんっ。・・・あっ、あのね、あのね、その壷、私が拾って、えと、色々入れちゃったから・・・」

 

「なんと、これは璃々のだったのか。・・・色々入れた?」

 

その割には何も入っていないようだが、と首を傾げる星。

ふぇ? と同じように首を傾げる璃々。

 

「・・・む、確かに何か入っているようだな」

 

星が壷に手を突っ込むと、なにやら手ごたえが。

 

「これは・・・茶器か?」

 

すぽん、と引き抜いた手には、璃々が厨房で突っ込んだ茶器が握られていた。

 

「あっ、それ、璃々がいれたの!」

 

「・・・ふむ、なにやらギル殿と関係のありそうな壷ですな」

 

そう一人ごちる星は、璃々を撫でながら口を開く。

 

「璃々、これは何処で拾ったのだ?」

 

「えーっと・・・ギルお兄ちゃんのお部屋の前!」

 

「・・・やはり、ギル殿のものかな」

 

ならばギル殿を探すのが早いな、と星は立ち上がる。

 

「下手に触らずにギル殿の下へ持っていくのがいいだろう。さ、璃々、行こうか」

 

「ギルお兄ちゃん探しに行くの? わーいっ」

 

「ふふっ、ギル殿に会えると聞くと嬉しくなるのは、璃々も私も同じようだ」

 

壷を持って駆ける璃々を追いかけるように、星は少し早足で城内へと向かう。

璃々が持っている壷の中にいた人間が、二人から一人になったことには、誰も気付いていないようだった。

 

・・・

 

「ギル様ぁ~っ!」

 

「鎖よ!」

 

「ああんっ、やっぱり素敵ぃっ!」

 

第二魔法で転移して空中から飛び掛ってきた壱与に、恒例となった鎖での拘束を行う。

懲りないというかなんと言うか、むしろ拘束されたくてこうしてる気がしないでもない。

 

「・・・む、そういえば壱与って占い出来たよな」

 

占いというか、未来予知というか。

 

「? ええ、出来ますけども・・・」

 

「探し物をしてるんだ。それって壱与の魔術で探し出せたり出来るか?」

 

「ええと、形とかはどんな感じですか? 後、無くしたものでしたら無くした場所とか分かります?」

 

「ん、ああ、形はこのくらいの壷で・・・取りあえず、なくした場所まで行こう。その道中で説明する」

 

「了解ですっ。・・・ちなみに、後で報酬を頂きますよ?」

 

「ちゃっかりしてるな。何が欲しいんだ? ある程度のものなら買ってやれるが」

 

「あははっ、ギル様ったら冗談がお好きですね。私の欲しいものなんて、決まってるじゃないですかー」

 

あははー、と本当に面白く感じているような笑いをする壱与に、思わず聞き返す。

 

「あん?」

 

「新しい鞭を手に入れてきましたので、今日の夜にでも引っ叩いて貰えれば、それで・・・あ、その後はもちろんそこに塩でも唐辛子でも塗りこんでいただければ・・・」

 

「・・・ああ、うん、お金じゃどうにもならないね」

 

むしろお金を払ってどうにかなるのならいくらでも払う所存である。

変態な王女、プライスレス。

 

「そ、それでですね、その後はそんな私を椅子にしていただいて・・・きゃっ」

 

「で、この辺りでなくしたんだけど、何か手がかりとか見つけられるのか?」

 

「・・・ギル様、スルースキル上がりましたねぇ。・・・この辺りでなくしたんですよね。じゃあ、ちょっとここで覗いてっと」

 

そう言って、壱与は銅鏡を覗き込む。

魔力が集中しているので、きっと言葉通り過去を写しているのだろう。

 

「ふむ、小娘が持っていったようですね」

 

「小娘・・・璃々か」

 

前のままごとのときに璃々をそんな風に呼んでいた記憶がある。

・・・というか、未来だけじゃなく過去も見れるんだね、君。

 

「私には未来視しか出来ませんよ?」

 

「は? でも確かに今、璃々が持っていったのみたんだろ?」

 

「はい」

 

? さらに頭が混乱してくる。

 

「・・・えーと、説明が難しいかも。ほら、未来をずーっと、ずーっとみていくとするじゃないですか」

 

「ああ」

 

こくり、と頷く。

 

「すると、最終的には未来の終わり・・・この先には何にも無いよって言う『終わり』まで行くんですよ」

 

「ふむ」

 

気の遠くなるような話だが、きっとそういうものはあるんだろう。

 

「それでもさらに未来を見ようとすると、時間をぐるっと一周して、未来が始まる、この先から終わりまで行くんだよー、っていう『始まり』が見えるわけですよ」

 

「あー、つまり、円みたいなものか?」

 

ぐるっと一周すると、スタート地点に戻ってくる、みたいな?

俺のその考え方であっているらしく、壱与ははい、と頷く。

 

「だから、そこからずーっと見て行けば、実質的な過去視になるわけですねっ」

 

「なるほどなー」

 

頷いてみたものの、凄まじい理論である。

未来をずっと見ていけば過去を見れる。お前、天国でも行くつもりなの?

世界を一巡する考え方と同じである。平行世界もいけるようだし、こいつ、大統領と神父を兼任しているようだ。

 

「・・・まぁいいや。取りあえず、璃々が何処いったかは分かるな?」

 

「ええ。持っている人間さえ分かれば、後は私の追跡魔術で・・・」

 

ぽぽんっ、と軽い音を立てて鶴の形に折られた折り紙が出てくる。

何かあの小娘の持ち物とかはありませんか、と問われ、そういえば前に着せたメイド服がまだ入っているなと思い出す。

それを取り出して渡すと、鶴の折り紙がつんつんと服をつつく。

すると、だんだんと真っ白だった紙の色が紫色に染まっていく。

 

「うん、これでよし。さ、小娘はどっち?」

 

ゆっくりと壱与の手から飛び立った折り紙は、ぱたぱたと可愛らしい羽音を立てながらゆっくり進んでいく。

 

「へえ、これで追跡できるんだ」

 

「・・・ええと、ギル様、ちなみにこれ、一つだけ問題点があるのですよ」

 

「ん? なんだそれ。魔力を大量に使うとか?」

 

「あ、いえ、そういうことは無いです。むしろ、私の使う魔術の中で一番消費が低いです」

 

省魔力化と術式の単純化に力を注いだんですから、と胸を張る壱与に、ならば何が問題なんだ? と聞く。

 

「・・・速度が、遅いんです」

 

「あー・・・」

 

確かに、目の前を飛ぶ折り紙は、こうして会話していたにもかかわらず、最初の位置から十センチも進んでいなかった。

全く壱与は悪くないけど、なんだか納得いかないのでわき腹を抓っておいた。

 

・・・

 

「見つからんな・・・誰かが拾ったと考えたほうがよさそうだ」

 

一旦集合するべきか、と立ち止まって思案する冥琳。

だが、今から集合するには時間も掛かるだろうし、何より効率的ではない。

三手に分かれてそれぞれ別に探している今のほうが、まだ見つかる可能性は高いだろう。

それに、自分以外の二人も独自に何かを考えて動いているに違いない。ならば、自分はこのまま探す作業を続けよう。

わずかな間でそう結論を出した冥琳は、兎に角行っていないところをしらみつぶしに探そう、と再び歩き始める。

 

「はわっ」

 

「む」

 

通路の角を曲がったところで、とんっ、と何かにぶつかった。

 

「いたた・・・」

 

「すまない、少し考え事をしていてな。立てるか?」

 

そう言いながら、冥琳は目の前の少女・・・朱里に手を伸ばす。

 

「はわわ、こちらこそぼーっとしてて・・・どもです」

 

朱里はその手を取って立ち上がる。

軽く服に付いた汚れを叩いて取ると、いつもと様子の違う冥琳に気付いたのか、首を傾げる。

 

「どうか、なさったんですか? なにか焦っているようですが・・・」

 

「ん、む、まぁ、少しな。・・・人手は多いほうがいいか。実はな・・・」

 

冥琳は朱里に事の顛末を説明する。

ギルの宝物庫から魔道具が無くなったようだ、の辺りですでに顔が引きつり始めていた朱里は、話をすべて聞き終わる前に結論に至った。

 

「・・・つまり、何でも合成しちゃうような魔道具が今この城内に放たれた、と・・・」

 

「端的に言うとそうなるな」

 

「急いで探し出しましょう。兵士さん・・・は、あまり使わないほうがいいでしょうね」

 

「そうだな。魔術のことを知らない兵士たちを使って騒ぎが大きくなってはいけないだろうし、何より巻き込まれたとき安全を保障できん」

 

「私は蜀のみんなに声を掛けて回ります。冥琳さんは呉の方に声掛けを。お互い余裕があれば、魏の方にも協力を求めましょう」

 

「了解した。それでは、私は呉の屋敷に向かう」

 

「私はこのまま雛里ちゃんと合流してきます」

 

お互いに頷きあった二人は、たたた、と小走りでその場を後にする。

金色の将の無茶苦茶ぶりが良く分かる反応である。

 

・・・

 

「うぅむ・・・ここにも居ないか」

 

「ギルおにーちゃん、どこにいるんだろーね?」

 

「そうだな。・・・あれほど目立つのに、不思議なこともあるものだ」

 

訓練場まで足を運んだ二人が見たのは、何時も通りの訓練風景。

ギルの姿どころか、遊撃隊すら居ないようだ。これでは、切り札の一つに数えていた副長が使えない。

 

「・・・むぅ、後は町くらいしか思いつかないが・・・この壷を持って町に出るのはいけないような・・・」

 

「?」

 

「・・・仕方が無いか。璃々、すまないが私はこれから街に出てギル殿を探してくる」

 

「えー? 璃々もいっしょにいくー!」

 

「本当はそうしたいのだが・・・町にこの壷を持っていくと、きっと壮大な事件が起こる。私の本能がそう言っているのだ」

 

馬鹿にするものではないのだぞ? と璃々に笑いかける星。

 

「だから、璃々にはこの東屋で壷の番をしていて欲しいのだ。これは璃々にしか頼めない仕事なのだが、受けてくれるか?」

 

「おしごと!? うんっ、璃々、できるよっ」

 

よし、乗った、と星が心の中だけでガッツポーズを取る。

子供を大人扱いして乗せるくらい、星には朝飯前なのだ。

これで、後で凛辺りを呼んで璃々と一緒に居てもらえば壷は安全だろう。

なんといっても凛だ。常識人を上げろといわれて一番最初に思い浮かぶ人物なのだから。

 

「よし、ではそこの東屋で待機していてくれ。私はギル殿を探しに行って来る」

 

そう言って、星は駆け出す。

凛を探し出し、頼みごとをして町へと出てギルを探す。

あまり時間をかけていいことは無いだろう。急いだほうが良い。

 

・・・

 

「ふんふーん」

 

「あっ、璃々なのだー!」

 

「ふぇ? 鈴々おねーちゃんだー!」

 

壷を卓の上に置いて嬉しそうに見つめていた璃々に声を掛けてきたのは、訓練帰りらしい鈴々だった。

丈八蛇矛を立てかけ、すとんと璃々の対面に座る。

お互いの間には、顔つきの怪しい壷が鎮座している。とても奇妙な絵面である。

 

「これはなんなのだー?」

 

「つぼー!」

 

「壷かー!」

 

何を理解しているのか、二人はニコニコと笑っている。

 

「何か入ってるのかー?」

 

「? 良くわかんないけど、お茶のどうぐがはいってるよ!」

 

「お茶かー。少し喉が渇いたから、飲みたいのだー!」

 

そう言って、鈴々はごそごそと壷を漁る。

 

「? これは何なのだー?」

 

首を傾げながら引き出した手には、一人の人間が握られていた。

手に握られた人間は、壷から全身が出ると同時に閉じていた目を開いた。

 

「・・・何か、御用かの」

 

「誰なのだー?」

 

「つぼのなかにはいってたのー?」

 

「妾の名前は風美と申すのじゃ。気軽に風美ちゃん、と呼んで構わんのじゃ」

 

「かざみお姉ちゃん!」

 

風美と名乗った少女は、きれいなウェーブがかった金髪を左右二房くるりとドリルのように巻いている。

服装は何故か上下で色が違い、上が黄色のノースリーブ、下が青いミニスカートだった。

 

「風美っていうのかー。お城では見たことなかったけど、お兄ちゃんの友達なのかー?」

 

「ふむぅ、お友達・・・といいますかー、もっと親しい仲というかのー・・・」

 

顎に手を当てて考え込む風美の口調は何故か安定しない。

奇妙なまでに間延びした言葉と、微妙に上から目線の言葉が混ざっているようだ。

 

「さて、取りあえず妾は少し散歩してくるのじゃ。それでは~」

 

「うんっ、ばいばーい!」

 

「ばいばいなのだー!」

 

去っていく風美を手を振って見送った二人。

鈴々は再び壷に視線を移し、椅子の上に立って中を覗き込む。

 

「他にも人が入ってたりするのかー?」

 

おーい、と声を掛けながら鈴々は壷の中に頭が入るくらいに深く覗き込み始めた。

璃々はきょとんとしながらそれをみているだけだ。

 

「他には居ないみたいなのだー・・・んにゃっ!?」

 

あまりにも深く覗き込みすぎたのか、壷へと身体を傾け続けていた鈴々は足を滑らせて壷の中へ落ちてしまった。

一部始終を見ていた璃々は慌てて立ち上がり、壷を覗き込む。

 

「り、鈴々おねーちゃん!? だいじょーぶ!?」

 

黒い空間に浮かぶ鈴々を見つけた璃々は両手で引き出そうとするが、非力な璃々では鈴々を引き上げる筋力が無かった。

んー! と気合を入れるものの、引き上げることは出来ない。

それどころか、鈴々に引きずられるように璃々も壷の中へと落ちてしまった。

 

「わっ・・・」

 

ぽんっ、と二人を吸い込んだ壷は、その衝撃でカタカタと卓上で揺れた後、先ほどと同じようにぴたりと鎮座する。

 

「そういえば忘れておったのじゃ。お二人は・・・んー?」

 

そこへ、小走りで戻ってきた風美。

人影が無くなり、壷のみになった東屋を見て首をかしげ

 

「なんじゃ、二人して忘れ物かの。仕方ないので、妾が持っていってあげましょうかの~」

 

壷を手に取り、再び走り去っていった。

 

・・・

 

「? お前、だれ?」

 

「風美と申します~」

 

訓練場で身体を動かしていた恋が視線に気付き誰何する。

風美は眠たそうに欠伸を噛み殺しながら答える。

 

「・・・知らない。誰かの知り合い?」

 

「えーと、ギル様の知り合いといいますか~」

 

「? ギルの知り合い? ・・・いつから?」

 

「妾が主様と出会ったのは三国統一の後じゃの」

 

「・・・美羽?」

 

口調に疑問を感じたのか、恋はかなり確信に迫った疑問を口にする。

が、風美は首を横に振って否定する。

 

「妾は風美じゃよ?」

 

「・・・美羽と風の感じがする。ふしぎ」

 

軍神五兵(ゴッドフォース)を肩に乗せながら、恋は首を傾げる。

外見が違う上に、本人に違うと否定されたからか、恋は先ほどまでの疑問を気のせいだと片付けたらしい。

美羽と風の感じがするどころか、上下の服装がそのまま本人なのだが、天然属性持ちの恋はそれに気付かないようだ。

 

・・・

 

「これは・・・軍神五兵(ゴッドフォース)? 恋がこれを置いていくとは思えないが・・・」

 

無人の訓練場で、転がっている宝具を拾う。

辺りを見回してみるが、恋の姿は無い。

 

「ギル様、獣娘はここで壷に捕らわれたようですね」

 

「本当か?」

 

鏡を見て報告してくる壱与を振り返ると、コクコクと頷いている。

 

「壷は何処いった?」

 

「・・・金髪の女が持ってったようですね。これ、そいつの姿です」

 

そう言って壱与に見せられた鏡には、風と美羽を足して2で割ったような少女が移っていた。

・・・というか、この少女自身、きっと壷で合成されたのだろう。

服装がどうみても風と美羽だ。

 

「風と美羽が何故か合成されたみたいだな」

 

「あら、やはりこれは居眠りと蜂蜜が混ざったものなんですね」

 

・・・ふと思ったのだが、何で邪馬台国の二人は真名を教えてもらってるにも関わらず特徴のようなもので呼ぶのだろうか。

今のように、美羽は蜂蜜、風は居眠り。恋は獣娘、と言った感じだ。

まぁ、中には璃々の小娘、のようにただの悪口だろそれ、というのもあるが。

 

「で、どうします?」

 

「どうするって・・・取りあえずその娘を追うしかないだろ」

 

「ギル様以外の匂いを追跡するとか本当は吐き気を催すほど嫌なんですけど・・・仕方ないですよね」

 

すたすたと訓練場から出て行く壱与。

今のところ、壱与に頼るしかない俺はその後を大人しくついていくことにする。

 

・・・

 

「えいっ」

 

ぽん、と壷が人を捕らえていく。

二人揃えば振って新たに捕らえ、また二人揃えば再び振って捕らえる。

風美は淡々とその作業を繰り返していた。

何故そんなことをしているのかは分からない。

何故か、この壷に物を入れて振らなければならないという思いに突き動かされていた。

 

「ふりふりっ」

 

両手で掴んで壷を振ると、壷が光る。

中に入っていたものが合成され、二つが一つに、二人が一人になる。

 

「・・・よいしょっと」

 

合成済みの人間はこれで五人になる。

ということは、最低でも十人が巻き込まれていることになる。

 

「次は誰にしようかの」

 

眠たそうに半分だけ開いた瞳をきょろきょろと動かしながら、次の目標を定める風美。

 

「いたっ」

 

「む? ・・・おお、主様ではありませんか~」

 

依然として曖昧な口調のまま声の主に答えを返す風美。

 

「風? 美羽? どっちだ?」

 

「妾は風美と申します~」

 

「・・・ああ、『風』と『美』羽か。なるほど」

 

「? どうかしたかの?」

 

「口調も混ざってるのか。わやわやというかなんというか・・・」

 

「で、どうします? ギル様。分ける宝具とかあるんですか?」

 

隣に立つ壱与の言葉に、うぅん、と考え込むギル。

目の前の風美はこちらをじっと見たまま動かない。

先ほど鏡でみたとおり、上半身は美羽、下半身は風の服を着ている。

 

「あるにはあるけど・・・上手く分けられるかな」

 

「そんなお菓子分けるんじゃないんですから・・・あ、私も二分割できたりするんですか?」

 

「出来ると思うけど・・・小さい壱与が二人出来るだけだぞ?」

 

言いながら、俺の頭の中ではすでに小さな壱与が二人、やけに高い声できゃーきゃー騒ぎながらぐるぐる走り回っている姿が浮かんでいた。

・・・少し、可愛いかもしれない。

 

「なんと甘美な! 小さな私を犬のように扱うギル様・・・あ、想像しただけで下着が・・・。ちょっと着替えてきますね」

 

「は? おいちょっと・・・マジでハケるのかよ!?」

 

すたたっ、と厠へと駆けていく壱与。

えー・・・?

 

「主様も苦労してるんですねぇ~」

 

美羽の呼び方で風の喋り方をされると凄く戸惑う。

 

「・・・さて、これが念壷だな」

 

風美が抱えている壷を受け取り覗き込んでみる。

・・・あーあ、五人ほど人影が見えるぞ・・・?

どうしようか、と思った一瞬の隙を突いて、風美が壷の中に手を突っ込む。

 

「引っ張り出すのじゃ! ぽぽぽぽーん!」

 

「あ、ちょ、色々危ない!」

 

台詞も行動もどっちも危ないぞ!?

って、そんな場合じゃない! 合成された五人が・・・!

 

「さわらないでよ! ギルお兄ちゃんのこどもをにんしんしたらどうするの!」

 

「あ、あわわ・・・わらわ、何か髪の毛が大変なことになってるんだけど・・・!?」

 

「何が起こって・・・な、何ですかこの野太刀!? か、髪の毛も伸びてる!? わわっ、メガネ!?」

 

「あらあら、髪の毛が桃色に・・・服装も変わってしまっているわね?」

 

・・・分かりにくいだろうから説明するが、璃々と桂花、雛里と卑弥呼、明命と亞莎、桃香と紫苑の合成である。

そして、最後の一人。

とてつもない存在感を放つその人物は・・・。

 

「・・・」

 

さ、最悪だ・・・。

恋と愛紗、春蘭と星、雪蓮とシャオ、霞と翠のそれぞれの合成体が、さらに四人合成で合成され・・・。

 

「・・・ギル、軍神五兵(それ)返して」

 

さらに、宝具も使えるらしい最強武将が完成していた。

・・・何、この「ぼくのかんがえたさいきょうのさんごくぶしょう」みたいなの。

基本は恋っぽい。口調も、宝具が使えるところもそれっぽい。

だが、ところどころに他の武将の特徴も見える。

燃えるような赤髪は長いポニーテールになっており、煌く髪飾りで装飾されている。

上半身には陣羽織を羽織り、中には桃色のリボンが特徴的なヘソ出しルック。

下半身は白色のミニスカートに腰に巻かれたボロボロの布。

足元は厚底の雪駄・・・のようなもの。星のあれは何なんだろうか。下駄・・・じゃないよな?

まぁいいや。取りあえず、そんな感じのごった煮武将が目の前に立っていた。

 

「いや、断る」

 

今の彼女にこれを渡せば、きっと戦闘が始まる。コーラを飲んだらゲップが出るというくらい確実に!

だから俺は手に持っていた軍神五兵(ゴッドフォース)を宝物庫に収納した。

このまま持っていては、きっとあのごった煮武将に強奪されるだろうからな。

 

「ちからずくでもうばいとる」

 

そう言って、ごった煮・・・もう面倒なので恋と呼ぶ・・・は七星餓狼と青龍偃月刀を構える。

・・・え、それも使えるの? いや、当然か。混ざってるんだし。

仕方が無い、と宝物庫を開く。

 

「天の鎖よ!」

 

三百六十度、四方八方から天の鎖(エルキドゥ)が恋へと迫る。

驚異的な反射速度で対応した恋だが、両手で反応できる数には限りがある。

雁字搦めに拘束された恋は、ぎぎぎ、と天の鎖(エルキドゥ)から抜け出そうと抵抗する。

・・・ちょっと興奮したのは内緒である。

 

「さてと、これでじっくりやれるな」

 

すらり、と宝物庫から一つの剣を抜く。

これは斬ったものを二つに分ける宝具だ。

正確に言えば、斬ったものの内包する属性を分ける宝具なのだが、まぁ大体は合っているので問題ないだろう。

 

「・・・動け、ない。・・・そんなもの、千切ればよかろうなのだ・・・っ!」

 

おお、後半春蘭出てきたな。

はっはっは、確かにその鎖は神性が無いものにとっては少し頑丈な鎖!

しかし! 少し頑丈なだけでもそれは宝具! 神秘を持たない君たちでは・・・

 

「ふんっ・・・!」

 

ばぎん、と鎖が砕ける音がする。

どうやら、恋・・・いや、春蘭がぶち破ったらしい。

・・・あれー?

あ、そっか、春蘭さん、気合でビームソード作れるような人だもんね。仕方ないね。

 

「って、放心してる場合じゃないな!」

 

俺の隙を突いた七星餓狼の一撃を宝物庫から取り出した宝剣で防ぐ。

春蘭が混ざってるってことは、気合で神秘のこもった攻撃を放てるということだ。

となると、俺にダメージを与えられることになる。・・・やばいな。

 

「ほらほらぁっ、避けないと痛いわよ!」

 

バトルになったからか、雪蓮の人格も出てきてるみたいだ。

八人分の人格が中に入っているから、思考も八分割出来てるのか?

そんなことを思うほど、彼女の動きは常人離れしていた。

いや、元から常人離れしてるけどさ。

 

「くっ、せいっ!」

 

手に持った宝剣で猛攻をしのぐ。

偃月刀が俺をその場に釘付けにするように振るわれ、その隙間を突くように七星餓狼が俺を襲う。

同時に八人を・・・いや、それ以上を相手にしているかのような・・・!

 

「開け、宝物庫!」

 

牽制で宝具を打ち込み、距離を取る。

 

「へへっ、ギルと戦うのは久しぶりだからな・・・燃えるぜ」

 

翠・・・か?

ああもう、シャッフルされすぎだろ!

こいつらとまともに戦っても仕方が無い!

俺の土俵に持ち込む!

 

王の財宝(ゲートオブバビロン)!」

 

距離を取ったまま、宝物庫の扉を開く。

大量に射出し、恋の視線を上空に向けさせる。

そこへ・・・

 

天の鎖(エルキドゥ)!」

 

「っ!」

 

上空から降る宝具に対応しようとした恋が足元に絡む鎖に驚く。

だが、彼女は足に鎖が巻きついたまま、恋は上空の宝具をにらみつける。

先にそちらから対処することにしたらしい。

 

「ふ、しっ!」

 

鋭い息の後、両手に握られた偃月刀と大剣が振るわれる。

偃月刀を円を描くように振るい、残りを七星餓狼が払う。

気でコーティングしているのか、宝具と打ち合っても彼女たちの武器に損耗は見られない。

だけど、宝具を払えるだけだ。宝物庫の物量に、「個人」は耐えられない。

何十にも絡まる鎖がようやく彼女の動きを止めた。

 

「ふぅ、一件落着」

 

少し焦ることもあったが、訓練とは違い宝物庫を十全に使える状態の俺にあんまり敵は居ない!

 

・・・




「明朗快活無敵戦闘ロボ! 雷もビームもミサイルもつかんで投げ返す! ネガティブワードもフリフリでポジティブワードに! ついでに博士も投げ飛ばせ!」「・・・ろぼっと、って言うんだっけ? わらわたちみたいな魔法使いも常識から外れてると思うけど、ろぼっとって言うのも相当イッちゃってるわよねぇ。あいつら未来に生きてるわぁ・・・」「まぁ、実際ロボットなんて未来の産物だからな」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四十五話 アイドルとデートに

「アイドル、かぁ」「? どうしたんだ、ギル」「いや、懐かしい響きだと思ってさ」「懐かしい・・・そっか、現代の概念だもんな」「ああ。ああいうのから始まって、究極変形合体系超次元アイドルに収束するのか、って感動するよな」「・・・なんだその、奇妙なアイドル」「? いや、俺の時代にはアイドルって一人しか・・・一刀っていつ頃こっちに来たんだ?」「俺? 俺は西暦2000年の最初のほうかなー」「・・・せい、れき?」「・・・は?」「あー、うん、わかったわかった。せいれきね、うん、おっけー、現代だね」「ちょ、ギルはいつ頃こっちに来たんだよ!?」「・・・ははっ」「何だその笑い!?」


それでは、どうぞ。


あの後、卑怯だと叫ぶ彼女たちの声を無視しながら物量に任せた拘束をして、そのまま切り分けた。

今ではすっかり彼女たちも元通りである。

・・・念壷事件はとてもキャスターの興味を引いたらしく、それが第二次念壷事件・・・サーヴァントの合成事件にまで発展するとは、このときの俺たちは思いもしなかった・・・。

 

「っと。報告書完成。副長、はいこれ」

 

未来にそんな事件が起こるとは微塵も思わず、俺と副長は部隊の書類を作っていた。

 

「はーい。・・・んしょっと。はい、これでいいですか?」

 

「上出来上出来。報告書で思い出したけど、そろそろ副長の報告書の準備もしないとな」

 

「私の? ・・・あ、季刊「副長を知る」ですか!? 本気で出すんですか!?」

 

頭大丈夫ですか!? と詰め寄ってくる副長の頭を押し戻しながら、さらさらと予定表に書いておく。

その後、副長を持ち上げて膝の上に乗せる。横に寝かせて、だけど。

 

「なんでこの体勢・・・? ふ、普通に座らせてくれてもいいじゃないですかっ」

 

「鯖折りしやすいだろ?」

 

「攻撃前提!?」

 

まぁ、鯖折りって腰に手を回してそのまま締め付ける技なんだけどな。

 

「うあー・・・頭に血が上っていくー・・・」

 

「馬鹿丸出しだな」

 

「うあー・・・」

 

なんだかだらんとし始めた副長をスルーしながら、書類を纏めていく。

楽しそうだし、別に放っておいても大丈夫だろう。

 

・・・

 

「どもども~」

 

「ん? 風か。珍しいな」

 

未だに俺の脚の上で無防備に腹を晒して寝転んでいる副長の脇腹を突いたりしながら書類を片付けていると、風が執務室に入ってきた。

副長はうひゃあ、とか素っ頓狂な声を上げながら俺の脚から転げ降りる。

どうやらだらけきっていたところを見られたのが恥ずかしいらしい。はっはっは、何をいまさら。

 

「おや~、どうやらお楽しみの最中だったようですね~。風はお邪魔でしたか~?」

 

「おっ、お邪魔っ、とかっ、別にっ!」

 

「落ち着け副長。焦りすぎて大変なことに」

 

ぺちん、とデコピン。

 

「あだっ」

 

額を押さえてこちらを可愛らしく睨む副長。

どうやら正気に戻ったようだ。

 

「で、何のようだ?」

 

「おぉっ、用件を忘れるところでした~」

 

わざとらしく驚いたような声を出す風は、眠たそうな瞳を半分開いてこちらを見上げる。

 

「先日はご迷惑をお掛けした様で、そのお詫びに~」

 

「先日・・・ああ、合成事件か」

 

別に気にしてないのに。

というか、俺が念壷なんて出さなきゃあんな事件は起きなかったのだから、風に責任は無いだろう。

そんなニュアンスの言葉を伝えると、ふむぅ、と風は唸る。

 

「お兄さんは本当に優しいというか・・・風は今日、ぐへへ、じゃあ侘びにお前を頂こうかー、と言われるのを覚悟していたというのに~」

 

「・・・風の中で俺はどんな極悪人なんだ」

 

「もしくは女たらしですね~」

 

風の一言が胸に刺さる。

いや、その、たらしとかさぁ・・・そういうのじゃ・・・。

 

「たいちょーたいちょー、私邪魔ですかね?」

 

「は? なんだいきなり」

 

「え、だってその、風さん連れて閨に行くんですよね?」

 

「中途半端に聞き耳立てるのやめような」

 

「あだだだだだだ! 折角気を利かせてあだだだだだ!」

 

副長のこめかみをぐりぐりっとしてやる。

 

「うぅ、たいちょーってば、激しいんだから・・・」

 

よよよ、と床に崩れる副長は放っておくとして、取りあえず風だ。

 

「兎に角、お詫びも何もいらないさ。むしろ、俺が何か詫びる側だろうに」

 

「むむむ、これはお兄さんに無理難題を押し付ける良い機会なのでしょうか~」

 

「本人の前で悪巧みするなっ」

 

無理難題を押し付ける気満々なのか、こいつは。

 

「まぁそれは冗談として~。風はこういうことを意外と気にするので、いつかお返ししますね~」

 

こちらまで眠たくなるような欠伸を残して、風はごゆっくり、と執務室を出て行った。

移ってしまった欠伸を噛み殺しながら、最後の書類を片付ける。

 

「あ、あの、隊長」

 

「ん?」

 

「お仕事終わったのなら、その・・・」

 

ちらちらと寝室に目を向けながら人差し指をつんつんと合わせる副長。

俺はその言葉に頷く。

 

「ああ、分かってるって」

 

「ほ、ホントですか! じゃ、じゃあ・・・」

 

「地和とデート行って来るな!」

 

「・・・はい?」

 

・・・

 

あの後、完全にヘソを曲げて不貞腐れた副長を宥めすかして寝室で組み伏せたあと、地和を迎えに事務所までやってきた。

・・・ああ、なんだかもうすでに疲れてるんだけど。

 

「あっ、おっそーい! 待ってたんだけどー!」

 

事務所の中で一人不機嫌そうに腕を組んでいた地和と目が合うや否や、そんなことを言われる。

素直に謝っておこう。言い訳をすると火に油を注ぐことになる。

 

「ふんっ。まぁ、時間は別に指定してなかったわけだし、そこまで言うなら許さないこともないけど」

 

「そりゃ良かった。ほら、行こうぜ。こうしてる時間も勿体無いだろ?」

 

「分かってるわよっ。ちぃみたいな美少女と一緒に歩けるなんて本当に光栄なことなんだからね!」

 

「はいはい、分かってるよ」

 

一応申し訳程度に変装している地和の頭をぽんぽんと叩く。

どうにも子供っぽいから子ども扱いしてしまうな。

 

「ほら、行くわよっ」

 

恥ずかしくなったのか、俺の腕を抱きしめると、そのまま町へと歩き出す。

腕ごと引っ張られた俺は、苦笑しながら素直に引っ張られていくのであった。

 

・・・

 

服を見に行きたいという地和に従い行きつけの服屋へと向かう。

一刀のお陰で女性用の服は無駄に充実しているので、地和も満足することだろう。

地和が言うには、次のデートにはここで買ったものを着てきてくれるそうだ。

・・・む、なんだか自然な流れで次のデートを約束させられている。凄いな、流石アイドル。・・・ちょっと違うか。

 

「わ、これ可愛いじゃない!」

 

早速地和が一着手に取ったようだ。

自分の身体にあて、どう? とこちらに意見を求めてくる。

うん、可愛いんじゃないかな、と当たり障りの無い、しかしそれ以外に表現しようのない感想を伝える。

正直、アイドルである彼女は服装の着こなしはもちろん、自分がどう振舞えば可愛く見えるのかを熟知しているので、どんな服でも可愛くなると思うのだ。

 

「可愛いのは分かってるわよ。・・・あんたが、どう思うのかって聞いてんのっ」

 

「俺が? うん、いや、変わらず可愛いと思うけど・・・そうだな、もうちょっとシンプルな・・・こっちとかもいいんじゃないか?」

 

地和が身体にあててるのとは違う、装飾が少なめの服を渡してみる。

渡された服をふぅん、と唸りながら眺め、何度か身体にあてて鏡と睨めっこ。

 

「ま、こういうのも良いんじゃない?」

 

どうやら合格点は超えたようだ。

取りあえずこれ、と店員に服を渡して、次を物色し始める地和。

 

「うーん、これ・・・じゃないわね。あ、これいいかも。んー、こっちも・・・」

 

スカートやらワンピースやら男の俺ではあまり分からない服を取っては戻し取っては戻しを繰り返す地和。

どうやら、琴線に触れるものが無いらしい。

まぁ、こだわりは人一倍あるだろうからな。満足行くまで付き合うとするか。

 

「そういえば地和は髪留めとかは買わないのか?」

 

服屋の一角にあった装飾品の棚を見ながら、地和に声を掛ける。

地和は服を取った体制のまま、んー? と首だけをそちらに向ける。

 

「あー、まぁ買わないこともないけどー。そういうのって服に合わせたりもするじゃない? だったらこっちを選んでからの方が良いのよ」

 

そう言って、かちゃかちゃと再び服を身体に合わせて鏡との睨めっこを再開する地和。

・・・ちなみにあの鏡、宝物庫から出した宝具である。

自分の姿を見たいと呟いた地和のために出したのだが、大活躍しているようで何よりだ。

 

「これもちょっと違うわね。あ、これいいかも」

 

先ほどまでの服を戻し、次に目に入った服を合わせる。

うんうんと頷いているので、どうやら良いものが見つかったらしい。

 

「これに合うのは・・・うん、こっちね」

 

そう言って、まるで初めから決めていたかのように服を取っていく地和。

というか、一度も試着せずに決めているが、大丈夫なのだろうか。

 

「・・・何よ? ああ、試着しなくて良いのかって?」

 

試着室に向いた俺の視線を読んだのか、地和が俺の内心の質問に答える。

 

「ちぃ・・・だけじゃなくて、姉さんたちもそうだけど、今まで活動してる内に自分の寸法なんて全部頭の中に入っちゃってるのよ」

 

「ああ、衣装とか色々用意するときに必要だしな」

 

「そうそう。だから、ちょっと広げてみれば自分に合うかどうかなんてすぐ分かるの」

 

「なるほど、納得いったよ。凄いんだな」

 

「ふふん、ようやくちぃの凄さに気付いたの?」

 

遅いわよ、と胸を張る地和に微笑みを返しながら、悪いな、と謝っておく。

さて、地和の買い物はまだまだ続きそうだ。俺も気合を入れないとな。

 

・・・

 

「・・・ほんとに良かったの?」

 

店を出て少し歩くと、地和がこちらを見上げてそういった。

 

「? 何がだ?」

 

「お金。ギルにはただでさえ活動資金も出してもらってるのにさ」

 

おや、いつも俺に一報亭のシュウマイやら高級飯店を奢らせまくっている地和の台詞とは思えんな。

 

「何らしくない心配してるんだよ。俺は地和に服を買って、地和はその服を着て俺に見せてくれるんだろ?」

 

だったらそれでお相子だよ、と返す。

それでも納得できないようで、少し口を尖らせる地和に思わず笑ってしまう。

 

「・・・まぁいいわ。それに、ギルはちぃみたいな美少女とお出かけできるんだから、そのくらい出すのは当たり前よね!」

 

「はは、いつもの調子が出てきたじゃないか」

 

何か吹っ切れたようにうんうん頷く地和。

そんな地和の頭を撫でながら、俺たちは大通りを歩く。

やはりこの町のメインストリートだからか、店も人も多い。

 

「あ、こんなところにお店出来てる!」

 

「そういえば地和が丁度いない時に出来たんだったな。覗いてくか?」

 

「うんっ」

 

笑顔で店に足を踏み入れる地和の後についていく。

どうやら、ここは小物やら装飾品を主に取り扱っている店らしい。

ファンシーショップといえばイメージしやすい。

 

「わぁ・・・っ!」

 

瞳をきらきらと輝かせる地和。

やはり女子というのはこういう可愛いものに弱いらしい。

しばらくみて回っていると、中々良さそうなものがちらほら。

ふむ、天和と人和にお土産として何か買っていくか。

そうなると、月たちにも買わないとな。・・・ん? それだと数が凄まじいことに。

今回はしすたぁずだけにしておこう。

 

「ふむ・・・これとこれと・・・うん、こんなものか」

 

地和が夢中になっている隙に買い物を済ませる。

こういうのはサプライズが良い。俺の好みでもあるが。

それからしばらくウィンドウショッピングを楽しみ、店を出た。

 

・・・

 

「ふう、ようやく一息って感じね」

 

お茶を一口飲みながら、地和が息をつく。

あのファンシーショップ(面倒なのでこう呼ぶことにした)を出たあと、市場のほうへ足を伸ばしたり屋台で買い食いなんかをして楽しんだ。

ちなみに市場で人混みを抜けるとき、地和が人にぶつかって転び、変装が解けかけ、ファンらしき人たちにばれそうになったりして裏路地を駆け巡ったりもしていた。

何とか追っ手を撒いて変装をしっかり直して大通りまで戻り、こうして茶屋を見つけて一息、といったところだ。

 

「それにしても、急に走るんだもの。いくられっすんで体力がついてるとはいえ、少し疲れたわ」

 

「仕方ないだろ。あの数の暴徒を相手にするのは馬鹿のすることだろうに」

 

それなら撒いたほうが平和的だし。

流石の俺も、アイドルを追いかけてきたファンに対しての武力行使なんて気が進まない。

 

「でも、なんか面白かったわ」

 

「そりゃ良かったな」

 

途中で瓦版屋の隠密記者に見つかったりもしたが、まぁ瓦版にあること無いこと書かれるだけだろう。

その程度、いつものことで慣れているので放っておけば良い。

例えば俺が何処そこで誰と飯を食っていたかとか、何処そこで副長をボコボコにしていたとか、そんな他愛も無い、たまに事実無根のことを書かれる程度だ。

その辺り、大人な俺はちょっとバビるだけで勘弁してやっている。俺ってば成長したなぁ。

 

「次は何処に行く?」

 

「これ以上どこか行こうとしてるのか、地和。流石だなぁ・・・」

 

あんだけ追い回されておいて懲りないとか、流石アイドル。

慣れているということだろうか。

 

「当たり前じゃない。今日みたいに遊べるような日が何度もあるとは思えないし。満足行くまで付き合ってもらうんだからね!」

 

こうして、休憩を挟んで元気になった地和に連れまわされ、町にあるほとんどのお店を回らされた。

こういうときの女の子の体力は底なしなのだと、改めて思い知った。

・・・ちなみに、その日から数えて三日後、一つの瓦版屋の人員が総入れ替えされた。不思議なこともあるものだ。

 

・・・

 

「ふぅ」

 

地和を無事送り届け、天和からのブーイングと人和からのため息を貰いつつも帰路に着いた。

明後日は天和とのお出かけである。こうして俺の予定は埋まっていく。

・・・ああ、その前の日に人和との打ち合わせもあったな。最近しすたぁずと絡むことが多くなってきた。

これも、副長が隊長としての職務もやり始めたからだな。遊撃隊での俺の仕事が減ってきているのだ。

だからこうして社長業に集中出来るのだが・・・こっちもこっちで大変なんだよなぁ。

ま、遊撃隊もプロデュース業も楽しいからいいんだけどさ。

 

「こんばんわ、ギルさん」

 

「お、月か。こんばんわ。仕事帰り?」

 

「はい。ギルさんもですか?」

 

「そんなもんかな」

 

仕事が終わり、風呂に入ってきたらしい月に声を掛けられ、並んで歩く。

月はその外見どおり歩調がゆっくりなので、特に急がないときは俺も合わせてまったり歩いている。

いつもの調子だと見逃しそうなものも、月と歩いていると自然と目に入ってくるのもお気に入りだ。

 

「そういえば、新しいお茶を手に入れたんだっけ。飲んでいくか?」

 

「・・・前みたいな、変なお薬が入ってないなら」

 

『変なお薬』というのは、華佗から貰った龍の体液を素材にしたあの薬のことだろう。

月はそのときのことを思い出しているのか、こちらを見上げつつ瞳を潤ませている。

 

「あれはー、その、興味本位だったというか・・・ごめんなさい」

 

「ふふ、冗談ですよ。それに、あの時もあの時で・・・へぅ、その、良かった、ので」

 

頬に手を当ててそっと照れる月。

尻すぼみに消えていく声と相まって、とても庇護欲を誘う。

うん、端的に言うと、我慢できません。

 

「ひゃうっ、ぎ、ギルさんっ? いきなりどうしたんですか?」

 

いきなり俺に横抱きにされた月が戸惑いの声を上げる。

それでもしっかり両手が首に回されている辺りになんだか慣れを感じてしまう。

さっきゆっくりの歩調でも構わんと言ったな! あれは嘘だ!

一度こうなってしまった俺は止められんぞ!

 

「え、えと、あ、こういうときに言うんだっけ・・・あ、あーれー」

 

きっと孔雀直伝であろう台詞を中々の棒読みで言い放つ月。

悪いけど、それ今の状態には適していない。今の状態に最も適した台詞は、ドナドナである。

 

・・・

 

「男子会がしたい!」

 

「どうした、夏は終わったぞ?」

 

「いや、別に暑さで変になったとかじゃないぞ!?」

 

じゃあどうしたというんだ。

全く、一刀は最近変なことばかり言い出すから困る。

前はフェチ話で盛り上がったし・・・あれ、それは俺が言いだしっぺか。

 

「女子会って知らないか?」

 

「知ってるぞ。女の子だけで食事して愚痴るあれだろ?」

 

「まぁ、大体そんなのだけど・・・それの男子バージョンをしたい!」

 

「誰得だよ。朱里と雛里しか喜ばないぞ?」

 

掛けられる人間が増えるだけである。

 

「いや、その、城内って女子比率高いじゃん?」

 

「まぁ、武将が女の子ばかりだからな」

 

「肩身が狭いというか、色々と窮屈というか・・・」

 

「あー」

 

「特に俺のいた魏なんかは男に厳しいところもあってさ」

 

分かるよ、あの眼帯の人とか猫耳の人とかだろ?

猫耳のほうはだいぶ対策進んできたけど、眼帯のほうは武力で静まらせるしかないからなぁ。

一刀には荷が重いのだろう。

 

「だからさ、こう、この息苦しさをみんなにもわかって欲しいんだよ!」

 

「・・・呑んで騒ぎたいだけだろ?」

 

「そんなことあ・・・るけどさ!」

 

正直である。そういうところいいと思いますよ、お兄さんは。

 

「分かった分かった。会場は甲賀の家でいいな。メンバーは・・・どうする、ランサー」

 

「何故私に振るのですかギル様っ。最近私の味方が少なくなっているような気がするのですが!」

 

「何を言っているのだランサー。マスターである私、恩人であるギル、友人の一刀。これだけの味方を持ちながら、少なくなっていると?」

 

「認識の相違というものですね・・・今マスターが挙げられた人物の内、三分の二が私を弄り倒すお方です・・・」

 

「なんと。・・・あまりうちのランサーをいじめるなよ、ギル、一刀」

 

「北郷様ではなく、マスターのことですっ!」

 

幾度と無く繰り返されるランサー弄りで分かると思うが、ここは甲賀の家。

最近俺と一刀が駄弁ったり入り浸ったりしているところである。

特殊な事情のある物件に住んでいる甲賀は、意外と来客を歓迎していたりする。

お茶を飲みながらも冷静にノリノリなのが証拠である。

 

「で、どうする? 後は・・・セイバーとか銀とか呼ぶか?」

 

「そうなるとライダーに多喜、キャスターとかバーサーカーとか・・・」

 

「おいおい、俺の家を破壊する気か。というかあいつに言葉は通じるのか」

 

「シャオがいれば確実に大丈夫なんだが・・・」

 

「男子会に女の子呼ぶのはなぁ・・・」

 

となると、後残ってるのは・・・。

 

「あ、兵士たちは?」

 

「ああ、あいつらか。ちょっと多くなっちゃうな」

 

「む、ならば大部屋を使えば良い。作ったは良いが特に使い道が無くてな。即席の宴会場くらいにはなるだろう」

 

そんなこんなで誰に声を掛けるのかを決めていく。

というか、男の知り合いが数えるほどしか居ないからな。呼ぶのも一苦労である。

っていうか、ライダーはきちんと男なの? オスとかじゃなくて?

 

「人格上は男なのだから問題なかろう」

 

「あー、確かに」

 

・・・

 

甲賀の家の大部屋・・・今は宴会場となっているそこでは、複製のランサーや甲賀の部下たちがせかせかと準備に奔走していた。

この部屋が増築されてから一度も使われてないとはいえ、毎日の掃除や手入れは欠かさず掃除の係がやっていたため、すぐに使えるようだ。

 

「座布団が足りませんよ! マスターの御客人にはこの魔術工ぼ・・・じゃなく、男子会をとっくりと堪能していただくのです!」

 

てきぱきと指示を出すオリジナルのランサー。

部下たちは無駄の無い動きでその指示に従っていく。

 

「ふむ・・・大体こんなものでしょうか。まぁ、私も参加させて頂けるようですし、何かあれば現場で対応していけばいいですね」

 

準備が出来たと判断して、ランサーは甲賀に念話で準備完了の旨を伝える。

短く了解の返事が来たことを確認し、ランサーはもう一度部屋を見回す。

 

「これでよし。では、私も一旦出るとしましょう」

 

霊体化したランサーは、甲賀の元へと移動する。

 

「・・・マスター? なにやら怪しい匂いがしますが・・・」

 

「む、ランサーか。いやなに、ロシアンルーレットというものを思い出してな」

 

「はぁ、なるほど。・・・それを、料理に入れるのですか・・・?」

 

ランサーの目には、おおよそ食用ではないであろう紫色をした液体が見えている。

ごぽごぽと音を立てるそれは、百人に聞いたら九十九人が「毒物」だと答えるであろう。

 

「当たり前だろう。確か餃子を作っていたよな? 一割ほどこれを混ぜておけ」

 

「いえ、ですがこれは・・・」

 

「ん? ・・・ああ、大丈夫だ。別に毒というわけではない。食った後死ぬほど苦しむだけだ」

 

「それを毒というのでは!?」

 

「ふ、冗談だ。とてつもなく辛いだけだよ」

 

この見た目で? というツッコミを、ランサーはギリギリ飲み込んだ。

苦い、とかえぐい、とか言う表現をする色ではなかろうか。

赤かったりすればまだ言い訳は出来たであろうが、この色では・・・。少なくとも自分は口にしない。

 

「よし、完成だ。ランサー、これを厨房にいるやつに渡して来い」

 

「・・・了解しました、マスター」

 

げんなりとしつつも、マスターの言葉に逆らえないランサーはその怪しげなビンを厨房へと持っていくのだった。

 

・・・

 

「というわけで、男子会! 昼から酒を飲むなんて久しぶりだなぁ・・・」

 

「ああ、確かに」

 

席についているのは全員男性。

着ている服は様々だが、みんな一様にそわそわしているのが見て取れる。

一刀の友人である、あの兵士たちは人一倍そわそわしている。

そりゃそうか、参加者の中にサーヴァントがちらほらいる上に、銀は兵士たちの上司だし、多喜も部隊の実力者なのである。

さらに言えば、この大部屋が豪華に飾りつけられていることも原因の一つだろう。

 

「おらおらー、飲むぞお前らー!」

 

そんな兵士たちを見かねたのか、一刀は積極的に絡みに行っているようだ。

・・・というか、もう酔ってるな、あいつ。

 

「いやー、北郷と飲むのは初めてだけどよ、楽しそうな奴でよかったぜ」

 

「俺もあいつらに絡んでこよーっと」

 

銀と多喜が俺にそう伝えて立ち上がる。

言葉通り、一刀や兵士たちに絡みに行ったのだろう。

そろいも揃って絡み酒か。ま、楽しそうだし、あいつらならちゃんと自重も出来るだろうから心配はしていないが。

 

「全く、若い奴らはいいな。なぁ、ギル」

 

そう言いながら、銀と多喜が居なくなって空いた席に座ったのは甲賀だ。

騒がしくて困ったものだ、なんて良いながら杯を傾ける甲賀だが、そわそわしているのがこちらからでも分かる。

・・・混ざりたいなら混ざってくればいいのに。こういうところ、変に照れるからなぁ、甲賀は。

 

「そういうところには、やはり抑え役が一人居なくてはな、そう思わんか、ギル」

 

「・・・甲賀のツンデレとか何処に需要があるんだよ」

 

「マスターを萌え属性の一種にたとえるのはやめてください・・・」

 

俺の発言に反応したのは、甲賀ではなくランサーだった。

甲賀は一刀たちに夢中でこちらの言葉を聞いていないようだった。

・・・というか、ランサーから『萌え属性』なんて言葉を聞く日がこようとは・・・。

一応君たちの祖国の言葉だけどさ、時代間違えてない?

 

「一応、聖杯からの知識はありますので」

 

「萌え属性、なんて単語が「一般常識」にカテゴリされてるのかよ、聖杯・・・」

 

仕方が無いので、甲賀を焚き付けて一刀の元へ行かせる。

甲賀は仕方が無いな、と言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をして兵士たちの元へと寄って行った。

全く、あの成人した子供は・・・。

 

「ヘイ、ギル! 呑んでっかー」

 

「ライダーか。呑んでるぞー」

 

「そうかそうかー、ひゃっはー、おぉー? ランサー、何増えてんだぁ?」

 

「・・・は?」

 

ちらりとランサーを見てみるが、一人も増えてない。

何を言ってるんだ、このカボチャ系サーヴァントは。

 

「ん?」

 

「おー、なんだー、俺の頭掴んでー。はっはっはー、カボチャが食べたいなら他所いきなー。俺のは中身が無いんだぜっ」

 

「あー、やっぱり。奥の火がすげえブレてる。泥酔してるな」

 

「え、何ですかその判断方法」

 

ランサーが若干引き気味に聞いてくる。

いや、ライダーの様子がおかしい時は目の奥の火を見れば良いんだぞ。

大抵こいつの体調とかが反映されてるからな。

 

「なにやら面白いことをしてるみたいだね」

 

「おー? キャスターかー? ヒャヒャ、なんだなんだ、サーヴァント大集合だな」

 

後はセイバーだけいればバーサーカー以外集まったな、なんてセイバーへ目を向けてみる。

セイバーもこちらに気付いて立ち上がろうとするが、銀に捕まって強制的に座らされた。

 

「あー、兵士たちにも捕まってる。・・・ゾンビ映画のようだな」

 

「おー? ゾンビー? 出すかー?」

 

「出すなっ! っていうか、お菓子をくれな(トリック・オ)きゃ悪戯するぞ(ア・トリート)にゾンビっているのか・・・?」

 

「包帯男と同系列なんじゃないでしょうか?」

 

「あー」

 

なるほど、「アンデッド」で一括りになってるのか。

いや、疑問は解決したけど、別に出して欲しいわけじゃないぞ?

だからライダー、多喜から魔力を吸い上げるのはやめろ!

 

「ちっ、多喜、受け取れー!」

 

「あん? って、うお、カボチャが飛んできてる!?」

 

宝具を発動しかけているライダーを多喜に投げる。

その爆発物の処理はお前に任せた、多喜!

 

「何だこれ! 変な腕が出てきて・・・ライダー、てめぇ、何宝具発動しようとしてんだ!」

 

にゅるん、とライダーの口から出てきたイカかタコの足みたいな不思議物体をねじ込み戻す多喜。

わーお、ワイルドー。

 

「おぉー、なんだか不思議な御方が来ましたね」

 

「兄者、あれは被り物か?」

 

「分からんな、弟者。取りあえず酒でも飲ませてみるか」

 

「おー、酒ーっ!」

 

兵士たちにも捕まったらしいライダーは、目の部分の穴から酒を流し込まれていた。

あれ、人間にやったら拷問だからな? 良い子も悪い子も真似しちゃいけません。

 

「ならば俺はもう片方から飲ませるか」

 

名目上押さえ役としてあちらに混ざったはずの甲賀もライダーに酒を流し込み始める。

ああなるともう誰にも止められないな。・・・男子会は何処に行った。

 

「うっひゃー、興奮してきた! もう我慢できねえ! お菓子をくれな(トリック・オ)きゃ悪戯するぞ(ア・トリート)! オロロロロロロロロロ」

 

「うわ、(化け物を)吐きやがった!」

 

「あーもう、(化け物を)片付けるのは大変なんだぞ!」

 

「おー! これが噂の(化け物を)吐けば呑めるぞ、という奴なのですね!」

 

蜀の! 感動してないで逃げろ!

・・・ってあれ? 何か召喚されたハロウィンの怪物たちが地面に倒れたまま動かないぞ?

 

「・・・あれが、死屍累々と言うものなのですね」

 

俺の隣でランサーが呟く。

まさか、ライダーの酔いがあいつらにも回ったのか?

なんて不憫な眷属達なんだ・・・。

 

「あれは・・・どうやれば片付くのでしょう?」

 

「もう一度外套の中に突っ込めばいいんじゃないかな?」

 

「そんな簡単に・・・うわ、出来た」

 

狼男を掴んでねじ込んでみると、案外すんなり帰って行った。

宝具って、何なんだろうな・・・。

 

・・・

 

ぐったりと倒れこむ参加者たち。

・・・日も暮れてきた辺りで、異常なほどに盛り上がったこの「男子会」というものも、終わりを迎えました。

私は酔い潰れたマスターたちを回収しながら、部下たちに指示を飛ばす。

 

「ふぅ、よっと。・・・む、ライダーは見た目に合わず重いのですね」

 

ぎっくり腰にならないように、気をつけて持ち上げる。

頭さえ持ち上げれば、後は外套と黒い靄の様な身体だけ。

 

「よっと。・・・水に漬けておけばいいんでしょうか・・・?」

 

取りあえず、多喜殿の隣においておく。

・・・ええと、怪しさ満載になってしまいました。

 

「取りあえず、部屋から出して休憩室まで全員を移動させないと。・・・一斑、二班は参加者の搬出急いで! 三班は空いたところから片づけを開始!」

 

珍しく、ギル様も酔い潰れているようですし、ここは私がしっかりせねば!

しかし、酔い潰れたライダーとギル様は大変でした。

ライダーは宝具で怪物を召喚し続けますし、ギル様は宝物庫から宝具を射出しますし・・・。

セイバーの固有結界と私の宝具が無ければ、ここの「片付け」は「補修」になっていたはずです。

あのときの戦闘は、まさにサーヴァント大決戦! あの様子を映画にすれば、空前絶後の大人気作になっていたでしょう!

 

「特にあそこでの宝具運用は自分でも見事だと思いました。ライダークラスでしか使用できない軍艦大和や、戦闘機零戦も使えそうな気分でしたからね!」

 

まぁ、軍艦大和をあんなところで使用すれば町一つ消えますけどね!

大日本帝国の切り札ですから!

 

「ライダークラスであれば、川に大和でも浮かべて砲撃できたのですが・・・まぁ、後の祭りというものですね」

 

それに、軍艦大和の魔力消費は半端ではありませんし。

何が悲しくて主砲一つ発射するのに令呪一画分の魔力を消費しなければならないのでしょうか。

そう考えると、ランサークラスで良かったのかも知れません。

マスターは参謀に向いていますし、私の「増える」という妙な宝具も最大限に生かせる方でしたし。

ライダークラスの私を扱うには、馬鹿みたいな魔力が合って、突っ込むのが大好きな固定砲台型の人が向いているみたいですしね。

そんなことをつらつらと考えながら、酔い潰れた皆さんの介抱は進んでいく。

・・・しばらくお酒はご遠慮したいですが、たまにならこういう集まりも良いのかもしれませんね。

ふと生前を思い出し、悲しくも懐かしい気分になれましたから。

 

・・・

 

「あー・・・」

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫ー」

 

「・・・大丈夫そうに見えないから聞いているんだけど」

 

メガネを直しながらため息をつく人和に完成した書類を渡しながら乾いた笑いを返す。

飲みすぎたかなー。いつもならもうちょっと自重するんだけど、なんだかテンション上がっちゃって。

 

「まぁ、仕事は出来てるみたいだから文句は言わないけど」

 

「もう小一時間もしたら元に戻ってるさー」

 

「そうだと良いんだけど。はいこれ、決算の書類」

 

「りょーかいー」

 

うぅむ、頭痛がしないだけマシか。

少し倦怠感がある程度だ。

 

「あ、そうだ人和」

 

「何?」

 

「はい、これ」

 

ファンシーショップで買ってきたお土産を渡す。

きょとんとそれを見つめる人和。

 

「私に?」

 

「はは、この流れでそれ以外は無いだろ」

 

「・・・そう」

 

その淡白な反応に、あれ、外したか、と心配になったが、人和の表情を見ると戸惑っているようだ。

・・・おかしいな、誰かからプレゼントとかされたこと無いはず無いんだが・・・。

 

「・・・こういう、贈り物、慣れてないから」

 

「? 日常茶飯事じゃないのか?」

 

「顔も知らないふぁんからの贈り物は沢山あるけど・・・面と向かって一対一で渡されるなんて初めてよ」

 

「そういうものか」

 

嬉しそうにお土産・・・クマのヌイグルミを抱きしめる人和に、なるほどこれはファンにもなる、と納得する。

いつもはクールな人和が、こんなにも女の子らしい、もっと直接的に言えば、年相応の反応をしてくれるとは。

うん、可愛い。こういうところも見せていけば、もっと人気が出ると思うのだが・・・。

 

「大切にするわね。ありがとう、ギル」

 

「そこまで喜んでくれるとは思ってなかったな。ま、喜んでもらえて良かったよ」

 

「さ、後少しだし、早めに終わらせて夕食にしましょう」

 

「おう。何処行く?」

 

「終わってから考えれば良いじゃない。口より手を動かすのよ」

 

「ふっ。口も手も動かせるのが俺だ!」

 

「はいはい」

 

呆れたように返事を返しながらも、人和の口元には笑みが浮かんでいた。

 

・・・

 

「もーっ。おっそーい!」

 

「すまんすまん、ちょっと訓練が長引いてな」

 

今日は三姉妹との約束のラスト、長女の天和とのデートに来ている。

やり取りの通り、少し訓練が長引いてしまって遅れてしまった。

天和はぷくりと頬を膨らませながら、芯まで響く甘い声で怒っているようだ。

・・・残念ながら、声の所為で全く怖くはないのだが。

 

「結構待ったんだからねー?」

 

「悪かったって。ほら、お土産もあるからさ。機嫌直してくれよ」

 

そう言って、ファンシーショップでのお土産を手渡す。

渡す口実としてタイミングも丁度いいし。

 

「わぁっ、これ、私に? えへへ・・・許してあげるっ」

 

そう言って、ブレスレットを腕に付ける天和。

どのような技術を以って作ったのか定かではないが、きちんと鉱石を丸く加工して、その中に糸を通して作成されていた。

・・・三国の時代・・・だよな? 食文化と言い、こういった技術といい、何故か時代にそぐわない技術があったりするからな・・・。

 

「どう? 似合ってるー?」

 

「ああ、ぴったりだ。良く似合ってるよ」

 

「えへへー。嬉しいなー」

 

ブレスレットを付けた手を空に翳して、頬を緩ませる天和。

うんうん、素直に喜んでくれると、こっちも嬉しい。

 

「さ、それじゃ行くか。どこか希望は?」

 

「んー、あっ、これ買ったところって何処? そこ行ってみたいかもー」

 

「よし、じゃあそこ行ってみようか」

 

前回行ったときに道順は完全に覚えたからな。

裏道を使って、最短コースで行くとしよう。

 

・・・

 

「おぉーっ。ここが、新しく出来たお店ー?」

 

「ああ。女の子向けの小物とか、装飾品を主に売ってるみたいだな」

 

前回来た時より若干品数が増えているのは、丁度昨日仕入れがあったからだろう。

色んな商人たちが街にやって来てたみたいだしな。

・・・お陰で、人和との事務処理の後に大量の商人たちからの許可証発行に頭を悩まされたが。

サーヴァントは腱鞘炎にならないと言うことが、そのとき分かった。

世界一無駄なサーヴァント知識だった。とーりーびーあー。

 

「んーと、あ、これも可愛いー!」

 

「時間はたっぷりあるから、ゆっくり見て回ると良い」

 

「うんっ。あ、あっちに行ってるねー!」

 

「おう。変装解けないようになー」

 

わかってるー、とクリームみたいな甘い声の返事を聞いて、俺も新しく入荷された棚のほうへ向かう。

ま、女の子の買い物は時間が掛かると相場は決まってる。天和も例に洩れずだろう。

 

「お、これは前無かったなぁ」

 

置物・・・か? 何か怪しげなデザインしてるが・・・。

 

「・・・キャスターとかにあげたら喜ぶかもしれん」

 

まぁ、喜びで変にテンションがあがったキャスターが禁断のホムンクルスに手を出さないとは限らないし・・・やめておくか。

 

「どーお? 何か見つかったー?」

 

「ん? 天和?」

 

屈みながら商品を見ていると、背後から肩に手を置かれ、声を掛けられた。

まさか、こんなに早く戻ってくるとは。

俺が手に持っているものが気になるのか、天和はそのまま俺の背中にくっ付く様に顔を寄せてきた。

 

「なにそれー、変なのー」

 

「やっぱりそう思うか。誰が作ったんだろうな」

 

だねー、と天和は面白そうに笑う。

耳元でするくすくすと言う笑い声が少しくすぐったい。

 

「そういえば、もう天和は買い物終わったのか?」

 

「んー? 一応ねー。ほら」

 

そう言って、紙袋をこちらに見せる天和。

なにやら小物を買ったようだ。袋が相応に小さい。

 

「で、ギルがどこか行っちゃったみたいだから、探してたの。そしたら、しゃがんで変なの見てたから、どうしたのかなーって」

 

「他には見るものあるか?」

 

「んー・・・また今度、こよっかな。今日は、ギルとのでぇと優先っ」

 

・・・まさか、天和からそんな殊勝な言葉が聞けるとは。

俺、夢見てたりしないよな?

 

「えへへっ。いこっ」

 

天和は嬉しそうに俺の腕を取り立ち上がらせると、そのまま店の出口へと向かう。

逆らう理由も無いので、天和に腕を引かれるまま店を出た。

そのまましばらく歩いていると、ぴたりと天和が立ち止まる。

目的地に着いたのかな、と思っていると、天和が首をかしげて一言。

 

「んー、どうしよっか?」

 

「えぇー? 行く当てもなく歩いてたのか?」

 

「えへへー。あ、そういえばお腹空いてきたね。ご飯食べよっ」

 

「・・・自由だなぁ」

 

取りあえず、撫でておくことにした。

困ったらまず撫でる。子供系武将との付き合いで一番大事なことなのだ。

 

・・・

 

あの後、天和の要望で何時も通り一報亭で食事をして、そのままショッピング続行。

日が暮れるまで、存分に連れまわされた。

 

「楽しかったーっ。またこよーね、ギルっ」

 

「・・・しばらく、いいかなぁ」

 

「? 何か言った?」

 

「いいや、何にも」

 

誤魔化すように天和の頭をくしゃりと撫でる。

恥ずかしさ半分、嬉しさ半分と言った表情で、天和はんもー、と呟く。

 

「あ、そうだっ。忘れる前に渡さないと」

 

「ん?」

 

もう後少しで事務所に着くかと言う時。

天和は手に持つ紙袋をごそごそと探り始める。

 

「あったっ。はい、どーぞ!」

 

そう言って差し出してきたのは、手のひらサイズの紙袋。

これは確か・・・一番最初に寄ったファンシーショップで持ってた物・・・?

 

「これね、私からの贈り物っ。いつもお世話になってるし、今日は素敵な贈り物もくれたし・・・そのお返しだよー」

 

そう言って呆然とする俺の手を取り、紙袋を乗せる天和。

重さはそんなに無い。見た目通りの重量をしているようだ。

 

「大事にしてねー? それじゃねー!」

 

そう言って、天和はるんるんと事務所へと帰って行った。

・・・何というか、最後の最後で驚かせる娘である。

 

「うん・・・お姉ちゃんなんだなぁ」

 

そんな、当たり前なことを改めて認識しながら、俺も帰路に着いた。

・・・何処に飾ろうかな、この置物。

 

・・・




クラス:ライダー

真名:大日本帝国兵 性別:男性 属性:秩序・善

クラススキル

騎乗:B+
騎乗の才能。大抵の乗り物を乗りこなすことが出来る。特に、船舶、航空機を駆る場合は有利な補正が掛かる。

保有スキル

勇猛:A-
威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを上昇させる効果もある。
判定に失敗すると、勇猛スキルが反転し、狂乱スキルとなる。

戦闘続行:A
往生際が悪い。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。
第二次世界大戦中、一度死んだ後に復活したとある兵士の恩恵。

海洋の守護者:A
地形が海である場合、耐久と敏捷がそれぞれ1ランクアップする。

信仰の加護:B
一つの宗教観に殉じた者のみが持つスキル。
加護とはいうが、最高存在からの恩恵は無い。
あるのは信心から来る、自己の精神、肉体の絶対性のみである。

能力値 筋力 D 耐久 B 敏捷 C 魔力 E 幸運 C 宝具 A

宝具

『軍艦・大和』

ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1000 最大補足:200

第二次世界大戦中、大日本帝国の威信を掛けて開発された大和型戦艦。
主砲は現在「再現不可能」とされており、その最大射程距離は約42000メートル。
その他にも様々な武装がなされていて、大日本帝国を代表する戦艦となっている。
・・・ちなみに、一発主砲を撃つのに、通常の魔術師だと令呪を一画消費するほどの魔力を食う。
どちらかというと人々に語られた「理想の」大和であるので、少し物理法則などを無視している箇所がある。

『戦闘機・零式艦上戦闘機』

ランク:B 種別:対艦宝具 レンジ:2200 最大補足:1

第二次世界大戦中、大日本帝国の主力として活躍していた戦闘機。
その戦闘機を、魔力の許す限り召喚し、操る宝具。
熟練した操縦者に操られた零戦は、宝具に昇華された事もあり幻想種とも渡り合えるほど。
ランサーとの最大の違いは、宝具によって仲間を召喚するときの消費魔力。
平均的な魔術師が十人集まって、ようやく一分ライダーを最大出力で運用できる。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。



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第四十六話 風邪の看病に

「風邪ひいたとき、女の子に看病されてあーんとか、男の憧れだよなぁ・・・」「ギルだったらそういう風に看病してくれる娘なんていっぱいいるだろ?」「いや、そうなんだけどさ。・・・俺、風邪ひかないんじゃない? って最近気付いて・・・」「あー・・・」


それでは、どうぞ。


「・・・うん、まぁ、良いかな」

 

自室に戻って、早速天和からの贈り物を飾ってみたり。

これは良いものだ。可愛らしい猫の置物である。

思えば、誰かからの贈り物なんて初めてじゃなかろうか。

 

「ふむ・・・ケースとか作ろうかな」

 

埃とか被らないようにさ。

・・・よし、そうと決まれば材料を集めて・・・よっと。

 

「出来た出来た」

 

宝物庫を探れば大体の材料って入ってるから、材料集めってただ宝物庫漁ってるだけなんだよな。

座学を受けているお陰で、こうして材料を元に自分の好きな形に変化させるのは上手くなった。

ふふん、今では水晶を馬の形に加工するなんて朝飯前だぜ!

どや、とケースに入った置物を眺める。うんうん、完璧。

一人頷いていると、こんこん、とノックの音。

 

「はーい?」

 

「わ、私です。愛紗です」

 

「ん、どうぞー」

 

俺の返事を聞いて、扉を開き、一礼して入室してくる愛紗。

・・・ううん、いつ見てもむず痒い。俺を尊敬してくれるのは嬉しいけど、このむず痒さだけは慣れないなぁ。

 

「どうかした? まさか、事務処理に人手足りなくなった?」

 

「いえっ。そんなことはありません。桃香さまと朱里だけでも処理できる件数です」

 

「そっか。それは良かった。・・・じゃあ、訓練関係かな?」

 

「それは珍しく星がやる気を出していたので、問題はありません」

 

・・・ん? じゃあ、何の用なのだろうか。

愛紗に直接そう聞いてみると、愛紗はもじもじとした後

 

「きょ、今日は珍しく何も仕事が無くて・・・」

 

休みなのか。良かったじゃないか。愛紗はちょっと働きすぎなところがあるからな。

・・・ん? じゃあ、休みの日にわざわざ俺のところに来てくれたということか?

 

「それで・・・ギル殿も午後からは予定が無いとゆ・・・ある筋から聞きまして」

 

月、って言ってもいいんだぞ・・・?

毎日の俺の予定を把握してるのなんか、俺の部屋に入り浸ってる月と詠か、俺のことをストーキングしてる壱与くらいしかいないんだから。

・・・ストーキングされている、というのは自分で言ってて中々悲しくなる事実である。

 

「もしよろしければ、ふ、二人で街に出かけませんかとお誘いに来たのですが・・・」

 

ご迷惑でしたか・・・? と上目遣いにこちらを見やる愛紗。

うおお、反則級だぞ、それ!

 

「迷惑なわけ無いだろ? そっかそっか、そういうことだったのか」

 

愛紗はいっつも照れたり遠慮したりで、俺から誘わないと二人っきりでデートなんてしてくれなかったからな。

何がきっかけで自分から誘ってくれたのかは分からないけど、良い事だ。

 

「よし、じゃあ何処行こうか」

 

どこか希望はある? と聞いてみるが

 

「いえ・・・その、ギル殿をお誘いすることで頭がいっぱいで、その後のことは・・・」

 

すみません、と謝る愛紗の髪を梳く様に撫で、気にするなと返す。

乙女だなぁ、愛紗は。

頬を赤くして胸の上に手を置く姿は完全にてれりこモードである。

てれりこモードを実装しているのは愛紗とか蓮華とか、いつもは毅然とした態度を取る娘に多い。

・・・たまに貂蝉も使うが、そのときはエアに出張って貰っている。切り裂かれろ管理者。

 

「ま、適当にぶらつこうか。それだけでも、きっと楽しいさ」

 

そう言って、愛紗の手を取って部屋を出る。

少しくらい強引じゃないと、愛紗とデートなんて出来ないのだ。

意外と押しに弱いからな、この娘。

 

・・・

 

「お、こっちの新作は美味しいな。そっちはどうだ?」

 

「こっちも美味しいですね。・・・私も、これくらい出来れば良いのですが・・・」

 

「はは・・・いや、うん、頑張ろうか」

 

「はい・・・」

 

食べられないような暗黒物質からは進歩してるんだから、悲観することは無いと思うけどな。

桃香と一緒に頑張ってるみたいだし、そのうちきちんとしたものを作れるようになるだろう。

 

「ん? あれは・・・」

 

なにやら人ごみが出来ているようだ。

何の騒ぎだろうか。

 

「ちょっと見に行ってみようか、愛紗」

 

「分かりました」

 

少し駆け足気味に、人ごみへと向かう。

・・・聞こえてくる声からすると、どうも穏やかな雰囲気じゃないな。

 

「通してくれ!」

 

「あんだよ・・・って、ギルさま!?」

 

「お、おいみんな! ギル様が来たぞ! 道を開けろー!」

 

俺に気付いた一人が騒ぐと、すぐに人垣は開けていく。

どうやら、緊迫した状況になっているらしい。

助かった、やらこれで大丈夫だ、と言った台詞が聞こえるから、間違いは無いだろう。

 

「ど、どけぇ!」

 

人ごみの中心に出てみると、なにやら少し腰が引けた男が、お爺さんを人質になにやら剣を振り回していた。

・・・なんだろう、人質には悪いけど、ちょっとだけ気が抜けた。

 

「・・・故郷のおふくろさんも泣いてるぞ」

 

「い、いきなりなんだよ手前ぇっ!」

 

何処からとも無く青龍偃月刀を取り出し構える愛紗を手で制しながら、犯人を説得する。

おそらく、賊だとか黄巾党の残党だとかではないのだろう。がっくがくに震えてるし。

自首すれば罪も軽くなりますよ、きっと。

 

「騒ぎがこれ以上続くようなら、警備隊も来るだろうし・・・早いうちに大人しく捕まった方が良い」

 

「うるせぇっ! こ、ここまで来てやめられるかよぉっ!」

 

「・・・だろうねぇ」

 

だったらさっさと無力化してやるのが人質や彼のためでもあるか。

愛紗に目配せをする。愛紗が突っ込んで犯人を無力化、その隙に俺がお爺さんを救出。

それが一番効率がいいだろう。宝具使えない俺なんてちょっと強いだけのサーヴァントだし。

 

「いけっ」

 

「はいっ! はぁっ!」

 

俺の合図に反応して、凄まじい勢いで飛び出す愛紗。

そのあまりの速度に反応できなかった犯人は、一撃で手に持った刃物を弾かれ、お爺さんから離される。

お爺さんを後に続いた俺が保護して、愛紗がそのまま犯人を確保しようとしたその時・・・。

 

「っ、愛紗、上!」

 

「なっ・・・!?」

 

気付いたときには遅かった。

愛紗の頭上から、大量の水が降ってきた。

屋根の上にいた人間が、水のたっぷり入っていた桶をひっくり返したのだ。

・・・共犯者か。油断していたな。

 

「たいちょー! お待たせしましたっ!」

 

「副長か、丁度いいところに! 屋根の上だ! 追いかけろ!」

 

「がってんしょーち!」

 

騒ぎを聞きつけたのか、誰かから通報があったのかはわからないが、数名の部下を連れてやってきた副長に屋根の上を逃げる共犯者を任せる。

副長は部下にいくつか指示を出した後、懐から爪撃ちを取り出し、屋根に打ち込んで上がっていった。

あの調子なら数分で戻ってくるだろう。

 

「愛紗、大丈夫か?」

 

「あ・・・えと、はい。濡れてしまっただけです」

 

・・・濡れるッ。いや、冗談はさておき。

頭から水を被ってしまった愛紗は、全身水浸しでぽたぽたと水滴を落としている。

濡れて肌に張り付いた服が透けていて若干目の毒なので、俺のジャケットを羽織らせる。

 

「ありがとうございます・・・」

 

そう言って、羽織ったジャケットを両手で押さえる愛紗。

・・・可愛い。某ヶ崎さんのような純粋な可愛さがある。

なんて感慨に浸っていると・・・

 

「よっこいしょー!」

 

「うおっ、びっくりした・・・」

 

屋根の上から飛び降りたらしい副長が、縄でぐるぐる巻きになった男を担いでこちらに振り向く。

一応言っておくけど、ズドンというのは女子の着地音としては不適切だからな?

 

「あ、捕まえましたよたいちょー。取調べとかはこっちでやっておくんで、隊長はどうぞ、愛紗さんとイチャコラしてきてくださいな」

 

どーせ私はお仕事ちゅー、と鼻歌を歌いながら副長は去っていった。

・・・あいつ、拗ねやすくなったと思うんだけど、どうかね?

 

「副長の好意に甘えるか。愛紗、一旦戻ろう」

 

「い、いえ! 私は全然大丈・・・っくしゅ!」

 

「大丈夫じゃないだろ。ほら、無理しないで帰るぞ」

 

「・・・はい」

 

顔を赤くして、俺に手を引かれるまま歩く愛紗と共に、城へと戻る。

時間的に、今日は愛紗を送り届けて終わりかな。ま、デートはまた出来るし、いっか。

 

・・・

 

「・・・で、風邪ひいた、と」

 

「申し訳、けほっ、けほっ」

 

「謝ることじゃない。むしろ、俺が謝る側だろう? ・・・熱もあるのか」

 

愛紗の額に手を当て、大体の体温を測る。

むむ、平熱より高め、でもあまり高くは無い、位だな。

 

「ほら、おかゆ作ってきたから。食べられるか?」

 

よいしょ、と鍋を置く。

ふふん、おかゆだったら俺にだって作れるさ!

・・・まぁ、流流の助けも借りたけどさ・・・。

 

「あ、あの・・・これは、ギル殿が・・・?」

 

「ん? ああ、流流にも助けてもらったけどな。ほら、あーん」

 

「は、はいっ!? え、ええと・・・?」

 

「あ、そっか。まだ熱いもんな」

 

戸惑う愛紗をよそに、俺はレンゲに乗ったお粥にふー、と息を吹きかける。

こうして冷ますのは、やっぱり定番だよな。

 

「これでよし。あーん」

 

「え、あ・・・あー、ん・・・」

 

はむ、と可愛らしくレンゲを咥える愛紗。

うーん、そこはかとなく色っぽい。

 

「味のほうはどうだ?」

 

「美味しいです。・・・わ、私も、ギル殿が風邪をひかれたときは是非・・・!」

 

「風邪、ひくかなぁ、俺」

 

魔力切れしたときが一番それっぽい症状が出るけど、月とのパスもきちんとしてるし、今はもう魔力切れしないからな。

 

「まぁ、取り敢えずはお粥より普通の料理だな。もう炭化させたり未知の物体Xにはならなくなってきたから、もう少しだと思うぞ」

 

「うぅ・・・精進します・・・」

 

すっかり意気消沈してしまった愛紗に、二口目のあーん。

おずおずとレンゲを咥えるさまは、見ていて飽きない。

そのまま愛紗は鍋一つをきちんと空にした。うん、食欲があるのは良い事だ。

さて、あまり長居するのもまずいし、そろそろお暇するかな。

 

「それじゃ愛紗、俺はこの辺・・・で・・・?」

 

そう言いながら立ち上がり、愛紗に背を向ける、が。

くい、と袖を引かれる感覚に立ち止まる。

 

「あ・・・え、と、その・・・」

 

「ふむ」

 

病気のときは一人が寂しくなる、とは聞くが。

愛紗もそうなのだろう。

 

「身体、拭こうか」

 

疑問系ではない。ほぼ断定した口調で、愛紗にそう伝える。

寂しいのなら、一緒に居て、介抱してればいいだろう。俺にだって、そのくらいの気遣いは出来る。

・・・何? 気違いの間違いじゃないかだって?

否定は、しないけどさぁ・・・。

 

「えっ? あ、あの、その・・・」

 

もじもじとする愛紗に半分くらい無理やり背中を向けさせ、上着を取っ払う。

風邪をひいて寝込んでいたからか、下着を着けていない愛紗の綺麗な背中があらわになった。

 

「・・・お、お願い、します」

 

「あ、ああ」

 

濡れタオルを手に、軽く力を入れて背中を拭く。

 

「痛くは無いか?」

 

「はい・・・ん、大丈夫、です」

 

「・・・なぁ、愛紗?」

 

こちらに背中を向けたままの愛紗に、俺は手を動かしながら話しかける。

 

「はい・・・? なんでしょうか?」

 

「・・・ごめん、風邪ひいてるのに」

 

「はい? 何を・・・きゃっ!?」

 

・・・

 

「さいていです」

 

「うっ・・・ごめん」

 

背中を拭いていたらそのまま理性がどこかへ行ってしまい、気付いたら愛紗を押し倒してた。

本能の趣くままに身体が動いていて、気付いたら事後だった。

 

「言い訳するつもりは無いよ。風邪で辛いのに、無理させてごめん」

 

「・・・別に、怒っているわけではありません」

 

嘘だ。完全にむくれてる顔だぞ、それ。

 

「い、嫌だったわけではありませんが・・・急すぎますっ」

 

「それは本当に申し訳ない・・・」

 

平謝りである。

というか、病気のところに無茶をさせるなど、人間としてやっちゃいけないことだ。

・・・いや、だからと言って全快したらもう一回! とか考えてないからな!?

 

「・・・その、本当に反省していますか?」

 

「もちろん。お詫びと言ってはなんだけど・・・何でも言うことを聞くよ。何か、食べたいものとかあるか?」

 

「何でも・・・ですか?」

 

一瞬、愛紗の目が弱った女の子の目から武人関雲長の目に戻った気がする。

あれ、俺早まった? と後悔するが、時すでに遅し。

何であろうと全力でやったろうじゃないか!

そう決意しながら愛紗を見返すと、愛紗はもじもじしながら呟いた。

 

「それでしたら・・・その、一緒に、居てくれますか・・・?」

 

「え、いや、それはもちろん。・・・え? それだけ!?」

 

「そ、それだけと言われても・・・」

 

「ほら、他に無いか? 向こう一年分の書類片付けて来いとか、三国の兵士を今日中に全て一人前に調練して来いとか・・・」

 

「・・・ギル殿が私をどういう目で見ているのか、十分に分かりました」

 

あ、墓穴った?

 

・・・

 

「・・・風邪なんて、しばらく無縁でしたからね。少し、心細く思っていたところです」

 

「確かに、愛紗が風邪で寝込んでるところなんて想像できなかったな」

 

言いながら、桃の皮をむいて、一口サイズに切っていく。

やっぱり看病といえば果物だろう。宝物庫にリンゴもあったが普通の果物としてのリンゴが無かったので桃にした。

桃も、宝物庫の中のものだと仙人が食べるようなものしかなかったので、市販のものだ。

皿に並べて差し出すと、どうも、と受け取ってくれた。

いつものきちっとした服装ではなく、寝巻きに身を包み髪をストレートに下ろしている愛紗はいつもとは違った可愛らしさがある。

・・・むむ、またいらん所に血液が。グッバイ煩悩。

 

「想像できないといえばギル殿もですよ。今まで病気になられたところを見たことが無い」

 

「はは、サーヴァントだしなぁ。もし風邪をひいたら、愛紗に看病をお願いしようかな」

 

「は、はっ! もしそのような時が来たら・・・全力で看病いたします!」

 

「・・・そこまで気合入れることじゃないぞー」

 

ぐっと拳を握って一人燃えている愛紗に、横から突っ込みを入れる。

・・・聞いてないな、こりゃ。

はは、と乾いた笑いを浮かべていると、こんこん、とノックの音。

 

「はーい」

 

「あ、えっと、私だよっ」

 

「・・・不審者か!」

 

「ち、違うよぉ! お兄さん、わざと意地悪してるでしょ!? 桃香だよー!」

 

分かってるって、と言いながら、扉を開ける。

そこには、予想通り頬を膨らませて少しだけ眉を寄せた桃香が、いつものように胸の上で手を組んで立っていた。

今にもぷんぷん、とか口で言いそうな顔をしている。

 

「もぅっ、意地悪するお兄さんは嫌いだよーっ。ぷんぷんっ」

 

・・・うお、口で言った。

マジかよ・・・流石は天然ドジっ娘属性持ち・・・。

どんなあざといことをやっても許されるということか・・・。

 

「桃香様・・・移るといけないのでお見舞いは結構ですと伝えたはずですが・・・」

 

「えー? だって、私だって愛紗ちゃんの看病してあげたいもん!」

 

戦慄している俺を他所に、桃香は寝台の上の愛紗と会話している。

・・・おにーさんを混ぜてくれても良いんだよ? ぐりーんだよ?

 

「だいぶ落ち着いたみたいだね」

 

「はい。ギル殿に手厚く看病していただいたお陰です」

 

「ふぅん・・・。ね、愛紗ちゃん、風邪って人にうつすと早く治るんだって!」

 

「は、はぁ・・・。えっ、何で近づいてくるのですか桃香さまっ!?」

 

「咳とか、くしゃみとか出ない?」

 

「その手に持つ紙縒りはなんですか!」

 

何故か一進一退の攻防を繰り広げる二人を微笑ましく眺めながら、取りあえず桃香を押さえる。

流石に愛紗が紙縒りで無理やりくしゃみをさせられるのを見過ごすわけには行かない。

・・・というか、桃香よ、風邪をひきたいのか・・・?

愛紗の風邪はその翌日無事に治った。

・・・の、だが。

 

「へーちょっ。あうぅ・・・風邪ひいたぁ~・・・」

 

「・・・流石オチ要員」

 

「オチ要員っ!? けほけほっ」

 

「ああほら、無理にツッコミするから」

 

前日の愛紗と同じく、髪を下ろして寝巻きに身を包んだ桃香の横で、俺は軽くため息をついた。

まぁ、うつして欲しかったみたいだし、何か言うつもりはないけど・・・。

 

「あーうー・・・」

 

「はいはい、ちーん」

 

「ちーん・・・」

 

この時代にティッシュなんてものは流石に無かったので、こうしてハンカチ代わりの布を使っている。

ゴミ箱の中には使用済みのものが大量に積み重なっている。

風邪のときに鼻が詰まったりすると辛いよなぁ。

こうして、俺の休みは愛紗と桃香の看病で潰れたのだった。

 

・・・

 

「・・・ええと、ギルさん?」

 

両手で持ち上げている響が、とても困惑した顔でこちらに話しかけてくる。

 

「どうした、響」

 

「いや、えーと、何で私はギルさんに高い高いされてるのかなーって」

 

「さぁ、何でだろうな」

 

「ギルさんに分からなかったら誰もわからないよね!?」

 

ぶらぶらと持ち上げた響を左右に振ってみる。

 

「え、なに、なんなの・・・? 私、何されてるの・・・?」

 

えぇー、と、なにやら困惑している模様。

俺だって何をやってるか良く分からないのだ。響に分かるはずもないだろう。

だが、ちょっと楽しくなってきたぞ・・・。

 

「なーんーなーのー・・・あの、降ろしてー」

 

「ちょっと待って。今ちょっと楽しくなってきたところだから」

 

「何処がっ!?」

 

「よし、満足した」

 

「ほふっ。うぅー、やっぱり地上に足が着いてないと不安だよねー」

 

降ろしてから少しの間、響は確かめるように地面を踏んでいた。

 

「にしても、響、太った?」

 

「た た き の め す ぞ !」

 

「『対魔術:D』!」

 

いきなりではあるが、響の魔術は、声とかの『音』を使ったものになる。

『静けさや 岩に染み入る 蝉の声』と言った様に、音を浸透させ、その音と混合させる。

つまり、Act1と2の良いところ取りである。

結構本気出していたらしく、俺のちょっと上がった対魔術を突破しそうな威力だった。

ちなみに今の『叩きのめすぞ』という大日本帝国兵も真っ青な台詞が俺に浸透すれば、本当に叩きのめされたようなダメージがある。

 

「ギルさんこらぁ! 言っていい事と悪いことってあるんだよ!?」

 

「いや、持ってみたら前抱き上げたときより重かったから・・・」

 

「前? ・・・っ! そ、それって夜のお話でしょ!?」

 

「あー、持ち方違うからか。もう一回後ろから足を持って・・・」

 

「恥ずかしいからやめようよ! まだお昼だからね!?」

 

「まぁいいや。で、太ったって話だけど・・・」

 

「何なの!? 何でそこまでしつこいの!? ええ太ったよ太りましたよ! でもちょっと二の腕と脇腹がぷにぷにし始めただけだもん! まだくびれてるもん!」

 

デリカシーの無い話をしていると、響が大噴火し始めた。

二の腕と脇腹の肉付きが良くなってきたらしい。

 

「いつまで持つかな・・・くっくっく・・・」

 

「何その悪役っぽいの・・・」

 

げんなりと肩を落とす響。

先ほどから太った太ったと言ってはいるが、そんなもの誤差の範囲くらいだ。

メイド服を着ている今の状態では、何処がどう変わったのか分からない。

こうして響をいじっているだけで楽しくて可愛いのでやってるだけだ。

正直仕事も無く暇なので、こうして食堂で偶然出会った響をからかっているのだが。

 

「そういえば、響の魔術を見たのは初めてかもしれないな」

 

「そう? ま、私が魔術を使い始めたのは孔雀ちゃんに教わり始めてからだからねー」

 

音や声を使うということは、頑張ればそのうち響はスタイルを使えるのだろうか。

個人的には誤変換を使って頑張ってもらいたい。

 

「舌見せてみ」

 

「ふぇ? ・・・れろ」

 

「・・・はぁ」

 

「何でがっかりされたのかなぁ・・・?」

 

若干怒りの篭った声で首を傾げられる。

 

「いや、舌に『誤』って書いてなかったから」

 

「普通書いてないよ? ねえ、さっきからどうしたのかなギルさん。魔力でも足りないの?」

 

魔力の篭った握りこぶしを振り上げながら、響が微笑む。

・・・ふむ、そろそろ潮時か。

 

「よし、響。買出しに付き合ってくれ」

 

「・・・その切り替えの早さ、凄いと思うよ」

 

はぁ、とため息をつきながら俺の手を握る響。

何だかんだ言ってノリノリなのが響の良い所だ。

 

「さっ、でぇとだよっ。まだ行ってない甘味処があるから、そこ行こっか!」

 

響のこの切り替えの速さのほうが凄いと俺は思う。

 

・・・

 

「はー、美味しかった!」

 

「そりゃ何より」

 

「あーんも出来たしー、口の周りについてるよーも出来たしー、ちゅ、ちゅーも出来たし・・・」

 

てれりこ、と頬を染める響。

どうやら自分の言葉に照れてるらしい。

 

「いつも思うんだけどさ、何で響って恥ずかしい言葉自分で言って自爆するの?」

 

「自爆!? 私そんな事してないよ!?」

 

なんと。無自覚だったらしい。

それはいけないと今までの自爆話をつらつらとしてみる。

見る見るうちに響の顔が真っ赤になっていき、最終的に・・・

 

「もうやめてぇぇー! 分かったからぁっ。もう分かったからぁっ」

 

顔を伏せてやー、とかもー、とか唸り続ける響。

無自覚の自爆を自覚してしまって今更ながら恥ずかしくなっているらしい。

 

「うぅぅー・・・あの時のとかあの時のとかも自爆っちゃってるのー・・・? ああっ、あの時も自爆してるかもしれないっ・・・!」

 

次々と思い当たる節が出てきたのか、今にも自分の部屋に戻って枕に顔を埋めたそうにしている。

うんうん、分かるよその気持ち。俺もとあるノートがばれた時そんな気持ちになったもの。

ちなみに寝る前と風呂に入っているときに良くそういう黒歴史が脳裏を掠めたりするのだ。

 

「ま、そういう自爆も含めて好きだから。気にしなくていいよ。むしろ気にするな」

 

「・・・はい」

 

顔を真っ赤にしながらしょんぼりする器用な響を慰めながら、町を練り歩いてみる。

気分を切り替えて楽しむことにしたのか、開き直ることに決めたのか分からないが、響も時間が経つにつれて再び元気になったようだ。

先ほどから俺の手を引っ張ってあっちへ行ったりこっちへ行ったり忙しない。

 

「ほわー・・・ど、どう? 似合う?」

 

露天の髪飾りを当ててこちらに振り向く響。

・・・ドクロの髪飾りはやめような。こっちのリボンにしないか?

 

「おっきーね。でも、こういうの似合わないと思うよ?」

 

「似合う似合う。ほら、こうやって・・・」

 

ポニーテールの根っこにしゅるっと巻いてみる。

うん、いいんじゃないかな?

 

「そ、そっか。えと、うん」

 

そのまま響はふらふらと会計を済ませてきた。

・・・俺が出すつもりだったのだが、足取りが覚束ない響に気を取られているうちに会計を済まされてしまったのだ。

まぁいいか。可愛い響を見られたことだし。

 

「か、帰ろ、ギルさん。お部屋で、お話したいな」

 

本当に「お話」をしたいのかは疑問だが、まぁ部屋に来たいというのなら連れて行くしかあるまい。

 

・・・

 

あの後、再び自爆しまくる響を心行くまで可愛がった後、響は寝台の枕に顔を埋めて足をばたばたとさせ始めた。

しばらく一人でこうさせて、と言われたので、最後に一撫でしてから政務をするために政務室へと向かう。

さて、今日も今日とて書類仕事だ。

 

「あわ・・・おはようございます、ギルさん」

 

「おはよう、雛里。・・・あれ、一人?」

 

「は、はいっ」

 

「そっか。よし、一緒に頑張ろうな」

 

「はひっ! ・・・あわわ」

 

変な返事をしてしまったのが恥ずかしいのか、魔女帽を深く被って顔を隠そうとする雛里。

帽子ごと撫でたい衝動に駆られるが、我慢我慢と筆を用意する。

 

「お、今日はちょっと多めかな?」

 

「そうですね・・・。先日行われた行事の後処理だと思います・・・」

 

「ん? ・・・ああ、アレか! この書類を見るに成功したみたいだな。良かった良かった」

 

あそこの区画長はお祭り好きみたいだし、ちょくちょくこういう催しを企画してくる。

ふむふむ・・・なるほど、今回のはそんな祭りを・・・。

 

「参考になるなぁ」

 

「? どうかしたんですか?」

 

「いや、この行事面白そうだなぁと」

 

見てみる? と雛里に書類を渡してみる。

受け取った雛里は、しばらく目を通してから、あわあわ取り乱し始めた。

・・・まぁ、現代でいうミスコンみたいなものだからな。

水着審査とか、歌の審査とか。そういうのは雛里には刺激が強いかもしれない。

未だに取り乱しているのを見るに、自分がそういう舞台に立っているのを想像しているのだろうか。

水着の雛里か。スク水しか見てないが・・・ふむ、もし他の水着なら・・・。

 

「いいな」

 

それはとてもいいぞ。

ビキニ・・・いや、パレオか。

仕方ない、また龍でも討伐してくるか。

 

「あわ・・・? どうされたんですか、ギルさん」

 

がたり、と立ち上がった俺を見て正気に戻ったのか、雛里がそんなことを聞いてくる。

小首をかしげる雛里に俺はああ、と頷いて。

 

「龍を討伐してくる」

 

「あわわっ!? い、いきなりどうしたんでしゅかっ!?」

 

「ほら、雛里の水着を作らないと」

 

「い、意味がわからな・・・しゅ、朱里ちゃぁん・・・助けてぇ・・・」

 

一人じゃ止められないよぅ、と呟く雛里。

俺が正気に戻ったのは、ふと今の季節が秋だということを思い出した後だった。

しかし俺の手には龍の素材。・・・どうやら、無意識のうちに龍を討伐してきていたらしい。

こっちはまだ幻想種が倒せるレベルだから良いけどなぁ。

 

「あわ・・・帰ってきた」

 

「あ、雛里。ただいま」

 

「お、お帰りなさいです。・・・あの、その手に持ってるのは・・・」

 

「水着」

 

「あわわ・・・ほ、本当に倒してきたんだ・・・」

 

雛里にしては珍しく若干引き気味の表情を浮かべる。

? どうしたんだろうか。

 

「取りあえず、仕事が終わったら俺の部屋で着ような」

 

「私のなんでしゅかっ!?」

 

仕事の後は俺の部屋で水着審査だ。・・・隅々までな!

 

・・・

 

ある昼下がり、俺は窓を開けて風を受けながら読書していた。

太陽の光と風がなんとも心地よいと少しうとうとしながらページを捲ると、元気な声が聞こえてきた。

 

「おにーちゃーん! あーそーぼー! なのだー!」

 

「ん? おー、鈴々かー。ちょっと待ってろー!」

 

中庭から俺の部屋にむけてとなると、相当大きな声を出しているのだろう。

流石元気っ娘。俺の眠気もどこか行ってしまった。

特に用事も無い以上、遊ぼうと誘われたら遊ばなければなるまい。

とうっ、と窓から飛び降りる。

 

「おー! 凄いのだー!」

 

「はっはー、凄いだろー」

 

たまに失敗して足が痺れることは言わないほうがいいだろう。

俺にだって、守りたい名誉はある。

 

「で、何して遊ぶんだ?」

 

「んー? えーと・・・あっ! 前に璃々から聞いた、「おままごと」って言うのをやってみたいのだ!」

 

「あーっと・・・別の遊びにしないか?」

 

「駄目なのかー? んーと、じゃあ・・・」

 

そう言って丈八蛇矛を抱えながら考え込む鈴々のお腹から、くぅ、と可愛らしい音がした。

頭の後ろをかきながら、鈴々は恥ずかしそうにお腹を押さえる。

 

「あ、あははー。おなかが減ったのだー」

 

「みたいだな。ご飯食べながら考えようか」

 

そうするのだー! と返事をする鈴々と並びながら、町へ出る。

何時も通りのラーメン屋でいいだろう。

それにしても、鈴々の照れる表情が見れるとは、幸先が良い。

 

・・・

 

「特盛りにするのだっ!」

 

天気もいいので、外に並べてあるテラス席に座り、大通りの人の流れを見ながら食事をすることに。

鈴々は何時も通り大盛りの更に上・・・特盛りラーメンを頼んでいた。

ラーメンも良いが、チャーハンもいいな。・・・半分ずつ頼むかな。

店主に注文をしてから、今日も人が凄いな、と呟く。

ふと鈴々に視線を戻してみると、なにやら荷物を卓の上に乗せていた。

・・・そういえば、ここに歩いてくるまで丈八蛇矛の代わりにその包みを持っていたような気もする。

 

「よいしょっ、と」

 

「なんだそりゃ」

 

「ふぇ? これは朱里から借りた本なのだ!」

 

「へぇ。鈴々が読書なんて珍しい」

 

先ほどまで俺も読書をしていたので、少し気になった。

俺が読んでいたのは三国を旅しているという旅人の自伝だ。

なんというか、そう言うのっていいよね。今度やってみようかな。

 

「なんて本なんだ?」

 

「えーと、内緒なのだー」

 

「なんだよー」

 

「朱里に、お兄ちゃんにはとくに見せちゃ駄目だって言われてるのだー!」

 

俺には特に見せちゃ駄目・・・? 八百一本か?

いやいや、流石の朱里たちもきちんと理解できる人間にしか勧めないさ・・・きっと。

俺は嫌だぞ、元気いっぱいに腐っていく鈴々を見るのは。

少しだけ戦慄しながら鈴々を見ると、だめなのだー、と本を押さえる。

心配しなくとも、無理やり見るようなことはしないさ。

 

「その本、どの辺りまで読んだんだ?」

 

「んーとね、ごーこんで連れ去られそうになった女の子が助けられるところなのだー」

 

「そっかー。鈴々は可愛いなぁ」

 

「急にどうしたのだー?」

 

なんでもないよ、と誤魔化す。

とても素直なところは鈴々の長所である。このまま育っていただきたい。

 

「はいよっ! お待ち!」

 

「お、きたな。じゃ、食べようか。いただきます」

 

「いただきますなのだー!」

 

ずぞぞぞ、と凄まじい勢いで鈴々の特盛りラーメンが減っていく。

うはぁ、それだけでお腹いっぱいである。

 

「うんうん、やっぱりこのくらいで良かったか」

 

視覚的にも、味覚的にも。

さて、今日の鈴々は何度替え玉をするのだろうか。

 

「鈴々、ちょっと本借りるぞー?」

 

「いーのだー!」

 

食事に夢中になりすぎてるのか、ご機嫌になりすぎてるのか、俺の言葉に頷く鈴々。

それじゃ遠慮なく、と本を捲る。

・・・俺の予想通り、現代でいう少女漫画のようなものらしい。

主人公が男子更衣室でヒーローに向かって「私が畳んであげるわよ」と言っているシーンが見える。

なんで主人公そんなところにいるんだよ。というか、この漫画俺読んだことが・・・。

 

「お腹いっぱいなのだー・・・あっ! お兄ちゃん、それは読んじゃ駄目なのだ!」

 

「鈴々が貸してくれたんだぞー?」

 

替え玉を三回して満足そうな鈴々が俺の手元を見て騒ぎ出した。

ははは、俺の策略の勝ちだな!

 

「そんなわけないのだ! うそは駄目なのだ、お兄ちゃん!」

 

「ま、兎に角・・・朱里の本だっていうからどんな有害図書かと思ったら普通の本だったな」

 

ごめんごめん、と鈴々に本を返す。

 

「まったく、お兄ちゃんは仕方ないのだ。そんなに読みたかったのかー?」

 

「えーっと・・・そ、そうだな。俺もちょっと興味あったんだよ」

 

「そーなのかー。んー、でも鈴々もまだ途中だし・・・そだ! お兄ちゃんのお部屋で一緒に読もう、なのだ!」

 

「良いのか? 朱里に禁止されてるんじゃ・・・」

 

「えへへー。内緒にするのだー」

 

そう言ってはにかむ鈴々に手を引かれ、俺は再び自室へと戻ることになった。

 

・・・

 

「それじゃあ読むのだっ。お兄ちゃん、座るのだ!」

 

そう言って、鈴々に言われるがままに寝台に腰掛ける。

鈴々は俺の膝の上によっと、なんて軽い掛け声と共に腰掛けてきた。

なるほど、俺は鈴々の椅子になりながら読めと。いいだろう。

 

「えーと、どこまで読んだかなー」

 

そう言って、鈴々はぺらぺらと本を捲る。

少しの間そうしていたが、お目当てのページが見つかったのか、鈴々の手が止まる。

俺も鈴々の頭越しに目を通してみる。・・・ふむ、漫画かと思ったが、挿絵の多い小説のようだな。

言葉を覚えたてでも読み勧めやすいようになっているのだろう。流石朱里、鈴々のことを分かっている。

ぺらり、というページを捲る音だけが部屋に響く。

読んでて思ったが・・・少女向けと侮れんな。中々引き込まれる。

 

「お兄ちゃん?」

 

「ん? どうした?」

 

「んと・・・ちょっとくすぐったいのだー」

 

鈴々の頭の横から顔を出していたからか、俺の髪が鈴々の頬に触れていたらしい。

恥ずかしそうに頬を染めて人差し指で自分の頬をかく鈴々。

 

「ごめんごめん。ちょっと近かったな」

 

「近いのは別にいいのだ。ちょっとくすぐったかっただけなのだ!」

 

「よっと。これで髪もかからないだろ」

 

両手で自分の髪をかき上げる。

普段着に変えると髪もおりちゃうからな。

これで大丈夫か、と鈴々に視線を向けてみると、じっとこちらを見上げていた。

 

「・・・どうした?」

 

「にゃ? んー、お兄ちゃんの髪型はそっちのほうが好きだなーって思ってみてたのだ!」

 

「はは、そうか? 実を言うと俺もお気に入りなんだ」

 

「だからお兄ちゃんは戦うときにその髪型なのかー」

 

微笑む鈴々にそうだぞー、と答えながら頭を少し乱暴に撫で、再び読書タイム。

髪がかからなくなってから鈴々はこちらに何か言うこともなくなった。

だが、時折ちらりとこちらに視線を向けるようになってきた。

どうしたのだろうか。髪の毛・・・はもう流石にかからないだろう。全部上げてるし。

良く見てみると、ページもあまり進んでいないようだ。

 

「どうした? 進んでないみたいだけど・・・」

 

「なんでもないのだ! ちゃんと読んでるのだー」

 

「それならいいけど・・・」

 

そう言いながら、鈴々のページを捲る手は先ほどより明らかに早い。

確実に読んでない。ぺらぺら捲って挿絵だけを確認しているかのような速度だ。

ついに最後のページまで捲り終え、パタンと本が閉じる音が響いた。

 

「どうしたんだよ、鈴々。なんか変だぞ?」

 

「・・・変なのだ。どうしようお兄ちゃん。鈴々、変なのだ!」

 

「落ち着けって。ほら、深呼吸」

 

「すー・・・はー・・・」

 

混乱しているらしい鈴々に深呼吸をさせる。

大きく息を吐いた鈴々は、再びこちらを見上げて口を開く。

 

「この本を見てると、変な気持ちになるのだ」

 

「変な気持ち?」

 

この本に八百一要素は無かったし・・・普通の恋愛物だったはずだ。

一緒に読んでいた俺が言うのだ。間違いは無い。

 

「あのね、好きな男の子の前だと、女の子は胸がドキドキするらしいのだ」

 

「みたいだな」

 

この本の主人公も、ことあるごとにヒーローにドキドキしてるみたいだし。

大丈夫なのか、この娘。そのうち心臓爆発するぞ?

・・・っとと。話がそれたな。

 

「でも、鈴々はお兄ちゃんと一緒に居てもドキドキしないのだ! お兄ちゃんといると、きゅーっとして、なでなでされるとふわっとするのだ!」

 

擬音語ばかりだったが、なんとなく言いたいことはわかった。

この主人公の女の子は、自分で「普通の女の子」だといっている。

そんな「普通の女の子」とは違う感覚を受ける鈴々は、自分が普通じゃないのでは、といいたいのだろう。

・・・鈴々にはまだ、恋愛の「好き」が分かってないのではないだろうか。

俺の呼び方も「お兄ちゃん」だし、家族に近い「好き」なのだと思う。そんな鈴々が俺の近くに居ても、きっとドキドキはしないだろう。

鈴々がもっと成長して、きちんと異性を意識したとき、その答えも見つかるのではないだろうか。

 

「鈴々は、変なのかー?」

 

問題は、それをどうやって鈴々に伝えるか、だ。

不安そうにこちらを見上げてくる鈴々に急かされるように、俺は頭の中でいくつかのパターンをシュミレーションしてみる。

・・・うん、駄目だ! 全く上手く伝えられる未来が見えない!

 

「お兄ちゃんっ。聞いてるのか?」

 

「聞いてる。聞いてるよ。うん。えーっとだな・・・」

 

こちらに向き直って胸倉を掴んでくる鈴々に思考を邪魔されながらも、何とか口を開く。

 

「そう、だな。それは・・・」

 

「それは?」

 

うぐ、純真な視線が痛い。

というかこれは親の仕事ではないのだろうか。俺まだ子供居ないんだけど。

・・・璃々? いや、確かに紫苑とはそういう関係だけど・・・。じゃなくて。

 

「鈴々が、大きくなったら分かるよ」

 

出てきたのは、凄まじく曖昧な言葉。

自分でも言ってて絶対鈴々は納得しないな、と理解してしまうほどの不正解だった。

 

「えー? そんなのやなのだ! やっぱり鈴々は変なのかー?」

 

「いや、そんなことは無いぞ? だからだな・・・ええと・・・」

 

「はっきり言って欲しいのだっ」

 

うぐ・・・鈴々に言葉で追い詰められるとは思ってなかったぞ・・・。

 

「お兄ちゃんは鈴々が何でこんな気持ちになるのか知ってるのだ?」

 

「・・・まぁ、一応」

 

「じゃあ、ちゃんと教えて欲しいのだ!」

 

ぐぬぬ・・・。

だんだんと追い詰められてるぞ。

・・・仕方が無い。きちんと正直に話してみるか。

鈴々も成長しているのだ。きっと理解できるはず。

 

「・・・分かった。あのな・・・?」

 

そう言って、先ほどの考えを鈴々に伝える。

最後まで伝えきったとき、鈴々は頬を膨らませていた。・・・なんで?

 

「違うのだ! お兄ちゃんが好きなのは、家族だからじゃないのだ!」

 

そう言って、鈴々は俺に詰め寄る。

 

「いや、だからな? 家族そのものじゃなくて・・・」

 

詳しく説明しようとするが、鈴々は全く聞く耳を持たない。

完全に暴走しているようだ。

 

「鈴々、お兄ちゃんと家族じゃないからにゃんにゃんも出来るのだ!」

 

「は? にゃんにゃ・・・ちょっと待て! そんなの何処で知って・・・」

 

「前に朱里から借りた本なのだ!」

 

「そっちが有害図書か!」

 

しかも意味を全部理解してるっぽいぞ!?

くそ、最近政務を一緒にさせたりして知力を上げたのが原因か!

妙なフラグが立った気がするぞ・・・!

 

「鈴々、落ち着けって! こういうことはまだ鈴々には早い・・・」

 

「お兄ちゃんに子ども扱いされるのが一番嫌なのだ! 鈴々もちゃんとできるのだ!」

 

そう言って、服を脱ぎだそうとする鈴々。

ああもう、恨むぞ朱里!

 

「分かったよ。分かったから落ち着け、鈴々」

 

俺の膝の上で服に手をかけていた鈴々の肩をつかみ、目を合わせる。

鈴々はきょとんとした顔でこちらを見上げてくる。

 

「鈴々、その・・・俺のこと、好きか?」

 

うわぁ、自分で言っててなんだが、完全に自意識過剰な台詞である。

後で枕に顔を埋めることは確定した。

 

「好きなのだ! お兄ちゃんといると胸がきゅーってして、あったかい気持ちになるのだ!」

 

「・・・そっか。じゃあ、俺は今から鈴々に色んなことをするぞ」

 

「にゃんにゃんとか?」

 

「にゃ・・・そ、そうだな。そういうこともする。もし、もし少しでも怖かったり嫌だったりしたら、ちゃんと言うんだぞ」

 

「分かったのだ」

 

真面目な顔で頷く鈴々によし、と頷き返し。

 

「じゃあ、まずは口付けからだな」

 

「くちづけ・・・ちゅーなのだっ」

 

「そうだな。目、閉じて」

 

「分かったのだ。・・・ん」

 

そう言って眼を閉じ、口を突き出してくる鈴々に軽く口付ける。

・・・さて、本当に突っ走って大丈夫だろうか。

俺が、きちんと鈴々を気遣えばいいな。頑張ろう。

 

・・・

 

「んー・・・」

 

神妙な顔をしながら、てこてこと歩く鈴々。

偶然通りすがった孔雀が、そんな鈴々を見つけて声を掛ける。

 

「おや? おはよう、鈴々」

 

「あ、孔雀なのだ。おはようなのだー」

 

「・・・どうかしたの? ずいぶん歩きにくそうだけど。・・・まさか、怪我?」

 

「違うのだー。・・・んっとね、昨日、お兄ちゃんとにゃんにゃんしたのだ」

 

「にゃんにゃ・・・ええっ!? り、鈴々と!? うっわぁ、ボクが言うことじゃないけど、犯罪臭・・・」

 

ずさっ、と驚いたような反応をする孔雀。

 

「ああ、じゃあそれは・・・えと、入ってる感覚、してるんだ」

 

「そうなのだ。痛くはないんだけど、歩きにくいのだー・・・」

 

頬を染めながら、孔雀は鈴々に大丈夫? と聞く。

 

「孔雀も最初はこうだったのかー?」

 

「そ、うだね。今じゃ結構慣れてきたけど、最初の頃はその・・・異物感っていうのかな。変な感覚だったなぁ・・・」

 

「そうなのかー・・・」

 

「その、鈴々は・・・痛かった?」

 

孔雀の問いに、鈴々はううん、と首を振る。

 

「お兄ちゃん、優しかったのだ。いっぱいなでなでとか、ちゅーとかしてくれたから、平気だったのだ!」

 

「そっか。・・・うん、そうだよね。僕も話に聞いてたほどじゃなかったし。・・・もしかして、ギルって上手いのかな」

 

「どうかしたのかー?」

 

「ふぇっ!? う、ううん! なんでもない! それより、あまりきついようだったら部屋で休んでたほうがいいよ」

 

ボクの部屋近いから寄ってく? と自室を指差す孔雀に、鈴々は少し考えて首を横に振った。

変な感じはするけど、歩けないほどじゃないという鈴々の言葉を聞いて、そっか、と一人頷く孔雀。

 

「じゃあ、ちょっとだけ魔術を掛けて置いてあげよう。治癒って程じゃないけど・・・違和感くらいはなくなるはず」

 

そう言って、鈴々の下腹部に手を当て、呪文を唱える孔雀。

すぐに当てた手が光りだし、鈴々に吸い込まれるように消えていく。

 

「これでよし。どう? 普通に歩けるくらいにはなった?」

 

「んーと・・・にゃにゃっ、凄いのだっ、変な感じしなくなったのだ!」

 

「それは良かった。・・・でも、無茶はしない。いいね、鈴々?」

 

「分かったのだー! ありがとうなのだ、孔雀っ」

 

それじゃねー、と手を振って駆け出す鈴々。

孔雀はその後姿を見送って、はふ、とため息。

 

「そっかぁ。鈴々までか。・・・髪の毛も伸びてきたし・・・そろそろ、ボクも可愛がってもらおうかな」

 

そう言って、メイド服を翻してギルの部屋へと駆ける孔雀。

就寝中のギルにヒップドロップをかまして朝からいちゃつき、仕事に遅刻してしまったのは、この二時間後のことであった。

 

・・・




「うぅ・・・やっぱりお肉付いてきたかなぁ。・・・はぁ、寄る年波には勝てないよねぇ」「・・・そういえば響・・・さんはボクより十五くらい上なんだ・・・ですよね」「敬語はやめようよ孔雀ちゃぁん・・・いじめ? いじめなの?」「いじりと言って欲しいね。響をいじると楽しいし可愛いから」「確かに。俺もわかるぞー」「だよね。・・・ん?」「ちょ、きゃあああっ!? ギルさんっ!? 今女湯の時間だよっ!?」「知ってる」「・・・ギルも響いじり好きだよねぇ」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四十七話 特級料理人に

「そういえばギルって料理練習してたよな? どうだ、上達した?」「んー・・・まぁ、鍋は壊さなくなったな」「・・・ソレハヨカッタネ。ええと、腕前はどうだ?」「ああ、壱与に味見を頼んだんだが、『絶品です!』って言ってくれるようになったぜ」「いや、壱与ちゃんは基本ギルのこと全肯定だろ」「やっぱり? 黒コゲの失敗作出したときも爛々と瞳輝かせて『絶品です! ああ、ギル様に炭を食べさせられて・・・あっ・・・ふぅ』とか言ってたし」「通常運転だな」「ああ、何も変わらないな」


それでは、どうぞ。


「うあー・・・」

 

翌日、寝台に腰掛けて頭を押さえていると、目の前に壱与が転移してきた。

毎度毎度いきなりのことだが、なんか突っ込む気力も無い。

 

「こんにちわギル様っ!」

 

「おっすー・・・」

 

「・・・ち、違う! 出会いがしらに縛ってくれないなんて! こんなの・・・こんなのギル様じゃない!」

 

開口一番これとは、壱与の俺に対する認識が可笑しいことになっているようだ。後で教育が必要か。

うわぁん、と急に泣き始めた壱与を一回叩いてから、そのまま後ろに倒れこむ。

寝台が俺を受け止めて、ぎ、と音を立てる。

 

「どうか、なさったんですか? ・・・その、壱与で良ければお話聞きますけど・・・」

 

俺の態度に何か感じることがあったのか、いつに無く殊勝な態度の壱与に、昨晩の話をしてみる。

ふむん、と顎に手を当てて少し考え込む壱与は、そうですね、と話を切り出す。

 

「特に気にすることないと思いますよ?」

 

天の(エルキ)・・・」

 

「ああっ、ちょっとお待ちをっ。縛られるのは嬉しいですが、今はちょっとお話を聞いてください!」

 

「・・・分かった。続けてくれ」

 

「はい! 適当に言ったわけではないのです。あの弾丸娘、ギル様が思っているよりも、きちんと理解してると思いますよ」

 

そう・・・なのか?

いやしかし、鈴々だぞ・・・?

 

「ふふ、ギル様。女の子というのは、子供に見えても、いつの間にか大人になってたり自分の考えがきちんと出来てたりするものなのです」

 

だから、ギル様はあの娘に向き合ってあげれば、それだけでいいのですよ、と壱与は続ける。

そういうものなのか。・・・それにしても、壱与に諭されるとは、予想外である。

お前こそ、偽者じゃあるまいな?

 

「しっかし、あの弾丸娘もギル様の恋人になったわけですか・・・。ギル様っ、今からは壱与の時間ですよね!?」

 

「あー・・・うん、さっきの話はためになったし。お礼ってわけじゃないけど・・・フルコースでやってやろう」

 

「は、はいっ! ちょ、ちょっと水分補給してきますね!」

 

・・・数時間後、折角水分補給までしてきたのに脱水症状を起こす壱与がいた。

ちょっとやりすぎたかな、と思ったが、反省はしない。壱与も嬉しそうだったし。

 

・・・

 

呉の水軍の調練に参加するとのことで、俺は河へとやってきていた。

天幕の中には俺と蓮華、シャオ、思春、祭が揃っていた。

 

「で、俺はどうすればいいんだ? 水軍の調練なんて初めてだぞ。・・・船の宝具、いくつか浮かべるか?」

 

「・・・やめてちょうだい。訓練じゃなく戦争になるわ」

 

蓮華にため息混じりに却下される。

折角、いつもは宝物庫の中に入りっぱなしの黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)全十七パターンを出せると思ったのに。

後有名な海賊船とか軍艦とかさぁ・・・。

 

「そんなもの出したら本当に訓練にはならなくなるの」

 

かっか、と笑う祭にそれもそうか、と納得する。

 

「まぁ、取り敢えずは思春と一緒に船に乗って色々教えてもらいなさい。水上訓練って初めてだろうし、ね? それじゃ、お願いね思春」

 

「はっ! ・・・取りあえず、来い。準備もあるからな」

 

そう言って天幕を出て行く思春の後に着いて行く。

船か・・・思えば、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)見たいな思考で動く船しか乗ったこと無いな。

・・・思考で動く船に乗ることのほうが珍しい気がするが。

 

・・・

 

「――という風に船は動く。動いてる間お前は・・・」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

別の天幕に移動した俺は、様々な資料を前に思春から説明を受けていた。

俺に説明する思春は、鋭い目でこちらを時折見ながら口を開く。

 

「言うまでも無いとは思うが・・・宝具を発射するのは禁止だ。あんなものを撃っては味方の船も沈む」

 

「はは、それくらいは分かってるって。取りあえず初回だし、それなりの宝具を持って参加することにするよ」

 

フルアーマーみたいにあまり装備しすぎても重量過多になっちゃいそうだからな。

装備が重い程度で船が沈むとは思えんが・・・まぁ、軽量化して身軽になったほうが船から船へ飛び移りやすくなるだろうし。

・・・え? 普通の人は飛び移らない?

はっはっは、何を言っているのやら。船と船の間なんて最大でもせいぜい数十メートルだぞ? そのくらいならぴょんと跳べ・・・いやまて。

おかしいぞ。思考回路がサーヴァント寄りというか、超人寄りになってる・・・!

なんてことだ。長いサーヴァント生活は俺の思考回路も歪めていったというのか・・・。

 

「・・・どうした。また、深刻そうな顔をしているが」

 

「ん? あ、ああ。いや、なんでもないんだ」

 

「ならいいが・・・お前がそんな顔をしていると蓮華さまも心配する。何か悩みがあるなら、さっさと解決しろ」

 

その後に小声で少しくらいなら協力してやる、と続ける思春に、俺は思わずぽかんとしてしまった。

・・・え、何で今思春はデレたのだろうか。

 

「お前、何か妙なことを考えていないか?」

 

「取りあえずその物騒なのしまおうか! まだ俺には黄泉路は早いと思うんだ!」

 

ぐいっと思春の武器を押し返すと、思春は短いため息をついて鈴音を戻した。

ふぅ。毎度毎度こうやって押し付けられると、ダメージは通らないと分かっていても背筋に寒いものが走る。

思春は俺相手なら何でもやっていいと勘違いして無いだろうか。サーヴァントにも怖がりはいるんだぞー。

 

「まぁいい。お前に何も無いというのなら、私は気にせん。蓮華さまに心配さえかけなければ、お前など・・・どうでもいいからな」

 

わーお、清清しいほどにばっさりである。ドライだなぁ、思春は。

 

・・・

 

「訓練を開始する!」

 

蓮華の声に、兵士たちの声が答える。

水軍の訓練は、人数も少なめなため、地上戦のように二つの軍に分かれて紅白戦、なんてことはしない。・・・出来ない、というべきか。

全ての兵が船に乗り、ダミーとして浮かべてある船に攻撃を仕掛けて沈めたり、もし水中に落ちたときの救助訓練なんかをやったりする。

 

「うおっ・・・っとと。やっぱり結構揺れるなぁ」

 

「慣れておらんうちは難儀するじゃろうな。・・・しかしギルよ。以前の大戦のときはぴょんぴょん跳んでおらんかったか?」

 

「あー・・・いや、それはきっと火事場の馬鹿力じゃないかなぁ・・・」

 

そんなことを祭と話していると、少し先に的が見えてくる。

・・・俺にとっての「少し先」なので、他の人たちには見えてないだろう。

ちまちまと訓練を続けていた弓の腕前を見せるときである。

隣には丁度祭もいるし、俺がどれだけ成長したかも分かってもらえることだろう。

 

「む? ・・・なんじゃ、ギル。もう見えているのか?」

 

弓を構え始めた俺を見て、祭がそう聞いてくる。

俺はそれに視線だけで答えて、キリキリと弦を引いた。

サーヴァントの超人的な筋力で引かれた弓は限界までしなる。

 

「・・・ふっ」

 

息を吐くのと同時に弦を引いていた手を離す。

鋭い音を立てて、矢が風を切って飛んでいく。

俺が足場にしている船も的が乗っている船も波によって揺れていたが、見事真ん中に的中する。

 

「よしっ」

 

最初の一発としては幸先が良い。

隣の祭もほう、と感心したようなため息を漏らしている。

 

「そこまで腕を上げておったか。わしもうかうかしておれんな」

 

腰に手をあて、かっかと笑う祭。

どうやら合格点は超えていたようだ。良かった良かった。

 

「うむ、ギルの腕前は見れたし・・・次はわしかの」

 

そう言って、祭も弓を構える。・・・先ほどよりは的に近づいたとはいえ、普通の兵士ならまだ的が見えない距離だぞ・・・。

俺のそんな考えを笑うように、祭は流れるような動きで弦を引き、少し狙いを修正して放つ。

・・・いつも思うんだが、何故弓使いは胸がつっかえないのだろうか。

亀有の婦警だって胸当てをしないで弓を放ったら胸を強打したというのに。

 

「ふむ、まぁ上々か」

 

千里眼で祭の当てたところを見てみるが、ほぼ真ん中。

流石は年のこ・・・うおおおおおっ?

何故だ!? なぜ俺は祭にチョークスリーパーをかけられているんだ!?

 

「祭! ちょっといた・・・くないけど! 何やってんだ!?」

 

「うん? いや、なにやらギルが不埒なことを考えていたようなのでな」

 

「ようなのでな、でシメられたら洒落にならんぞ・・・」

 

しばらくシメられていると、祭も満足したのか解放してくれた。・・・うん、実に柔らかかった。

それから、祭と的中を競うように矢を放つ。

流石に弓も消耗してきたな。・・・そろそろ弓を変えたほうがいいだろうか。

 

「換えの弓はっと・・・」

 

訓練用の弓だと、すぐに耐え切れなくなるんだよなぁ。

祭や紫苑のように、もうちょっと良い素材で作ってみるべきだろうか。

なんてことを考えながら弓置き場で物色していると、からん、とすぐ横で音がした。

 

「?」

 

そちらに視線を向けてみると、なんとそこに落ちているのは終末剣エンキ。

・・・そういえば、君も弓だったか。いやいや、使えと?

 

「というか、また勝手に宝物庫開いたのか。恐ろしいな」

 

まさかとは思うが、自我でもあるんじゃなかろうな、この宝物庫。

こんなもの使ってみろ。ナピシュテムの大波(メモリ:七日目)とまでは行かないまでも、それなりの大波は起きる。

救助訓練がいきなりの実践になるぞ・・・。

 

「そもそもこいつから発射される矢はビーコンみたいなものだしなぁ」

 

的には当たるだろうが、当たった後に的ごと俺たちが流されかねん。

却下却下、と思いながら宝物庫にしまうと、背後で再び何かが落ちる音が。

 

「・・・次はなんだよ」

 

振り返ってみると、そこには無駄なしの弓(フェイルノート)が。

いやいや、それを使うと腕前とか関係なしになるから。弓版刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)だろ、君ィ。

その後も、出てきた弓の宝具を宝物庫に戻すたびに別の宝具が出てきて大変だった。

最終的に、種子島が出てきた辺りで宝物庫も何かおかしいと気付いたのか沈黙したが。

良かったよかった。流石に火縄銃は弓じゃないよな。確かにアーチャークラスにはなれるかもしれないけどさ。

 

「ギル、弓を選ぶのにいつまでかかっておるのじゃ」

 

「おおっと。そうだったな。ごめんごめん、今行くよ」

 

いまだに的中を量産中の祭に怒られながら、近くにあった訓練用の弓を手にとって祭の隣に戻る。

さて再開しようかと矢をつがえている途中、射撃訓練終了の知らせが。・・・宝物庫ェ。

 

「かっか。今回はわしの勝ち越しじゃな」

 

祭の勝ち誇った笑い声に、今日はこのくらいで勘弁してやる、といういかにもな捨て台詞を吐いてしまった。

・・・いかんいかん。何が悲しくてそんな台詞を吐かなければいけないのか。

 

「次は救難訓練だ! 気を抜くな!」

 

蓮華の声に、兵士たちが応! と返す。

気合十分である。後は俺たちがフォローして、本当に命の危険が無いようにしてやらないとな。

 

「えへへー。ギールっ。シャオの番になったら、ギルが助けてね?」

 

そう言いながら、シャオが俺の腕に抱きついてくる。

というか、将は救助される側ではなく救助する側じゃないのか。

 

「こらっ。シャオは指導する側!」

 

「えーっ。つーまーんーなーいー! だって何回も同じ訓練してるじゃないっ。みんなもう普通に泳げるんだよー?」

 

蓮華の言葉に、シャオがいつもどおり反発する。

普通に、というのには、鎧をつけていても、という言葉が前につくのだろう。

そんなシャオの言葉に、思春が静かに反応した。

 

「・・・お言葉ですが。こういった非常のときの訓練だからこそ、常に備えておかなければならないのです」

 

もっともだ。日ごろの備えがあってこそ、もしものときに「こんなこともあろうと」と言えるのである。

思わぬところから反論がきたからか、シャオは一瞬ぽかんとしたようだ。

 

「そうだけどー・・・」

 

理解はしてるけど納得はしてない、という顔だな。

まぁ、非常事態にでもならなければこういった訓練のありがたみというのは分からないものだ。

思春は江賊をやっていたというし、何度か非常のときの備えの大切さが身に染みたのだろう。

 

「シャオ、ここは思春が正しいって。ほら、一緒に泳ぎたいんならざぶーん行けばいいし。な?」

 

思春の言葉に乗っかるようにシャオを諭してみる。

頭を撫でながらだったのが功を奏したのか、シャオは不承不承ながらも首を縦に振った。

・・・これで、俺のスケジュールに新しい約束が増えてしまったのだが、まぁ良いか。

 

「よーっしっ。ギルとざぶーんに行くために、頑張るよー!」

 

「もうっ。切り替えが早いというか・・・」

 

「そこがシャオのいいところだろ。そうだ、久しぶりに蓮華の水着も見たいし、シャオと行った次は蓮華も行こうな」

 

多分シャオは二人きりじゃないとむくれるだろうから、別の日になるだろうが。

蓮華は恥ずかしそうに顔を俯かせると、ほんの少し首肯した。

ああもう、船の中に医務室ってあったっけ? ちょっと用事が出来たんだけど!

 

「・・・おい」

 

「大丈夫っ、忘れてないぞ! 変なことは考えてないから!」

 

再び鈴音を突きつけられる。思春のすぐ手が出る癖はいつか矯正しなければなるまい。・・・俺の心の平穏のためにも!

それにしても・・・思春か。

 

「ふむ・・・」

 

「・・・なんだ」

 

「いや、思春もざぶーん行こうぜ」

 

「は?」

 

それがいい。水着ならば鈴音も持ち歩けないだろうし、俺の眼の保養にもなるし。

その状態ならば、思春に鈴音を突きつけられることも無いだろう。良いこと尽くめである。

 

「・・・そうね。たまには思春も一緒に遊ぶのも良いかもしれないわね」

 

あなた、いつも護衛とかばかりだし、と蓮華が呟く。

思春は何とか断ろうとしていたようだが、蓮華に言われては断れまい。

俺のほうを恨めしげに睨んでくるが、勝利を確信している俺に恐怖はない。

 

「・・・蓮華さまが、そう言われるのでしたら・・・」

 

こうして、シャオ、蓮華、思春の水着姿が見られることが確定したのだった。

 

・・・

 

「たいちょーたいちょー」

 

「今忙しいから後でな」

 

「全く忙しそうな素振り見せてませんよね!? 寝台で優雅に朝の一杯楽しんでる人の台詞じゃないですよ!?」

 

朝っぱらから俺の私室にやってきた副長は、眠気も見せずに見事に突っ込みを入れてくる。

ちっ、少し前だったらちょろかったんだけどなー。最近は変な自信付けてるから・・・。

 

「な、何でそんなジト目でこちらを見るんですかーっ。私何も変なこと言ってませんよね・・・?」

 

「いや、副長の発言は九割変だからさ」

 

「酷いっ!?」

 

「ま、いいや。おいで。撫でてやろう」

 

「うぅ、なんて上から目線。でも単純に嬉しいと思う自分が憎いぃ・・・」

 

なにやら不穏な事を呟きながら、ふらふらと寄ってくる副長。

うんうん、素直な娘は可愛くて好きだぞー。

 

「よしよし」

 

「わふー・・・」

 

明命に続く犬娘である。揺れる尻尾とピコピコ動く耳が幻視できる。

一通り撫で回し、副長が荒い息を吐き始めた辺りで止める。

 

「あ・・・う・・・なんで、やめるんですかぁ・・・」

 

「ははは、焦らしプレイだ。続きは後でな」

 

顔全体が蕩けてきた副長の頭を最後に一撫でして、寝台から降りる。

立ち上がった時点で、宝物庫を使った着替えは完了している。

そろそろ秋のファッションに変えていくべきか。夜はもう結構寒いからなー。

 

「あ、待って、待ってくださいよぅ」

 

先ほどとは違う理由でふらふらになった副長が、私室を出た俺の後ろを追いかけてくる。

足取りは危なっかしいが、あれでも副長だ。転んだりすることはないだろう。

とてとてと璃々のように後ろを付いてくる副長に癒されつつ、目的の場所へ。

 

「おはよう」

 

「あっ、おはようございますっ、にーさまっ」

 

「・・・む」

 

「副長さんも、おはようございますっ」

 

「はよっすー」

 

たどり着いた場所は食堂。兵士たちや、たまには将も食事をする場所である。そこには、料理を準備する侍女や調理人たちに混ざって鍋を振るう少女の姿があった。

それは、おざなりな返事を返す副長にすら笑顔で挨拶する魏の良心の一人、流流である。

流流はこうしてちょくちょく厨房を手伝ったりしている。厨房の人気者、まさにクッキンアイドルである。

 

「朝ごはんですか? 少し待っててくださいね!」

 

腕によりをかけちゃいます! と元気に調理する流流は、流れるように二人分の食事を完成させてしまった。

盆に乗った料理を受け取り、副長と二人、空いている席に着いて朝食を摂る。

 

「そういや、副長が朝にこんな元気って珍しいな」

 

「そうですか?」

 

「ああ。寝起きって大抵ぽわっとしてるだろ、お前」

 

「まぁ、寝起きはそうですけど・・・私、今日まだ寝てないですから」

 

だから一応目は冴えてるんです、と苦笑い気味に副長は話す。

 

「は?」

 

「徹夜ですよ、徹夜。ちょっとやること立て込んでて、つい」

 

「つい、じゃねえよ。お前な、きちんと寝ないと辛いぞ?」

 

「分かってますよー。・・・ったく、誰のせいで徹夜してると・・・」

 

「あん?」

 

ぶつぶつと呟く副長の声は、流石の俺の聴力を持ってしても厨房の喧騒にかき消されてしまった。

・・・まぁ、副長が何かぶつぶつ言っているときは大抵俺への不満か何かなので、取り合えずお仕置きしておこう。

 

「ああっ! たいちょー! そ、それっ!」

 

「はっはっは、油断大敵って奴だな」

 

「うぅ、私の海老ぃ~・・・」

 

副長のエビチリから海老を奪いながら笑う。

恨めしそうにこちらを見てくるが、俺のはやらんぞ。

 

「えいっ」

 

「甘い!」

 

「あうぅ・・・」

 

俺の蟹に手を伸ばした副長にしっぺして、俺の朝食を守る。

だからやらんって。

 

「ずっこい! ずっこいですたいちょー!」

 

「全く、副長は仕方の無い奴だな」

 

そう言って、俺は副長のエビチリから再び海老を取る。

 

「ほら、あーん」

 

「ふぇ? ちょ、うえぇ!? あ、あーん!? こ、ここで!?」

 

「別に人の目を気にする性格じゃないだろ、副長」

 

「気にしますよ! 食堂の視線二人占めですからね!?」

 

俺は月やら詠やらそのほかの恋人たちのお陰で、こうしていちゃいちゃしてるときの視線は気にならなくなったのだが、副長は違うらしい。

 

「副長、良い言葉を教えてやろう」

 

「もぅやだぁ。恥ずかしくて死んじゃう・・・。・・・ふぇ、なんですか?」

 

「諦めれば?」

 

「あァァァんまりだァァァァ!」

 

「泣いた!?」

 

まるで腕でも切られたかのような叫びである。孔雀の前には連れて行けないな。

 

「ほら、あーん」

 

仕切りなおすように副長に箸を向けると、しばらく恥ずかしがっていた副長も開き直ったのか、おずおずと口を開いた。

 

「あ、あーん、です」

 

「よっと」

 

「はむ。・・・え、えへへっ、嬉しいなぁ・・・」

 

頬に手をあて、首を振りながら咀嚼する副長。

そんな乙女ってる副長を眺めて楽しんでいると、一通り手伝いが終わったのか、流流が盆を持ってこちらにやってきた。

 

「相席、いいですか?」

 

「構わんぞ。ほら、こっち空いてる」

 

「ありがとうございますっ。・・・あの、副長さんはどうしたんですか?」

 

「はは、持病の発作だから心配しなくて大丈夫」

 

「は、はぁ・・・」

 

常識人のセンサーが働いたのか、若干引きながら席に着く流流。

その手に持つ盆の上には、まだ湯気が上る料理が乗っている。

 

「フヒヒィ・・・」

 

「・・・」

 

無言でこちらを見上げる流流。

・・・そんな目で見ても、俺には今の副長をどうすることも出来ないぞ?

 

・・・

 

「ごちそうさまでした」

 

「今日も美味しかったよ、流流」

 

「そうですか? そう言っていただけると嬉しいです、にーさまっ」

 

食事を終えた流流に話しかけて感想を伝えると、嬉しそうに微笑む。

・・・ちなみに、いまだに副長は一人の世界に入ったままだ。もう、しばらくは放っておく事にした。

 

「はは、店を開けるぐらいの腕前だよな」

 

「えへへ・・・そこまで褒められると、照れちゃいます」

 

頭を撫でて褒めると、てれり、とはにかむ流流。

その辺りでようやく副長も現実に戻ってきたようだ。

 

「はっ、今たいちょーがフラグ立てたようなSEが!」

 

「・・・副長さん、本当に大丈夫なんですか?」

 

「そろそろ、まとまった休みが必要かな」

 

この三国志の世界でフラグがどうとかSEがどうとか言っちゃう月の姫様はきっと疲れてるんだろう。

 

「副長、お前にはしばらく暇をやろう」

 

「ちょっと! やめてくださいよ! その言い方だと私隊長に殺されるじゃないですか!」

 

「ははっ」

 

「え? ちょ、何で否定してくれな・・・マジで?」

 

「いや、もちろん冗談だけど」

 

「だ、だよねー! もうっ、お茶目が過ぎるんですからっ」

 

ちょん、と俺の額を突いてくる副長。

なんて可愛い子なんだろうか、思わず頭を握りつぶしそうになる。

 

「あだだだだだだっ!」

 

「副長さん、女の子がそんな悲鳴あげたら駄目ですよ?」

 

「この人すでにこの空気に順応してる!? 誰も私の心配してくれないたたたたた!?」

 

そんな風に副長といちゃついていると、仕事の時間になってしまった。

俺の名誉のために言っておくと、副長の頭を掴んでぎゅっとしているが、あんまり痛くは無いだろう。

副長も少し大げさにやってるだけだ。正直、卵も割れないほどの威力だからな。

構ってやると喜ぶ。・・・だんだん、副長が犬にしか見えなくなってきた。

 

「そういえば流流、季衣は一緒じゃないのか?」

 

「えっと、季衣は朝あんまり強くないので・・・」

 

「あー、そういうことか。なんだか朝から元気そうな感じするけどな」

 

鈴々は朝から元気だし、性格が近い季衣もそうかと思ったんだが・・・。

 

「・・・季衣のこと、そんなに気になるんですか?」

 

「ん? なんだって?」

 

「副長、それ俺の台詞。・・・で、なんだって?」

 

「もう良いです! にーさまのバカっ」

 

「あれ、私華麗にスルーですか?」

 

いつもは聞こえる流流の呟きも、流石に食堂の喧騒の中では聞こえない。

副長と一緒に聞き返してはみたものの、からかわれてると勘違いされたのか、流流は怒ってしまったようだ。

 

「ごめんごめん。何か気に入らないこと、言っちゃったみたいだな。許してくれよ、何でもするからさ」

 

「別に怒ってなんて・・・何でも?」

 

「・・・俺に出来る範囲なら」

 

何でも、の部分に目を輝かせ始めた流流に、一応の念押し。

まぁ、流流みたいな良い子が桂花のような悪魔の要求をしてくるとは思えないが・・・まぁ、保険にな。

 

「だ、だったら・・・その、い、一緒に、お出かけ、とか」

 

「・・・分かった。黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)で世界一周するか」

 

「そこまで壮大なお出かけは望んでませんよ!?」

 

さすが常識人の流流。突っ込みが激しい。

 

「よし、じゃあ早速行こうか。副長は反省文三枚」

 

「何故に!?」

 

・・・

 

「にーさま、こっち、こっちですっ!」

 

「分かってるって。うん、引っ張るのはやめようか。その腕力で引っ張られると、腕外れそうになるんだ」

 

俺の手を引っ張って先を行く流流に、冷静にお願いする。結構強い力で引っ張られているようだ。・・・うん、流石はあんなにデカイ武器を振り回すだけはある。

愛紗に首根っこ引っつかまれたりしてるから、引き摺られるのは慣れてるけど、そのときも結構首痛めそうになるんだぞ・・・。

 

「あっ、ご、ごめんなさい・・・えと、にーさまとお出かけできて嬉しくって」

 

「まぁ、そう言ってもらえると嬉しいけどさ。別に俺は逃げないから」

 

そう言って、掴んだ手に少しだけ力を込める。

えへへ、と照れたように笑う流流と並んで歩きながら、最初の目的地へと向かう。

 

「ついたな」

 

たどり着いたのは調理器具専門店。華琳も贔屓にしているという有名店だ。

・・・俺が前回破壊しまくった中華鍋も、ここで購入したものだ。ちなみに、あのときの被害総額は普通の兵士一人分の年収なみだったそうな。・・・恐ろしい。

 

「いらっしゃいませ」

 

店に足を踏み入れると、店員から挨拶される。

ここは有名店ではあるが、同時に高級品ばかりを取り扱う店でもあるので、客数は少ない。

しかも商品を見たり商談をしているのは店を構えている料理人だとか商人ばかりだ。

一般の人がここに買いに来るのは稀なのだろう。

 

「まずは・・・そうだな、俺が破壊した鍋から補充していこうか」

 

「あはは・・・」

 

苦笑する流流を連れて、鍋のコーナーへと。

何処何処の職人が作りました、とブランド品のような扱いを受けている中華鍋たちに視線を走らせる。

なんで今の今まで破壊した鍋を買いなおさなかったのかというと、鍋自体そんなに消耗するものではなかったからだ。

備品補充リストの中でも優先度が低かったし、予備もあったので問題はなかったのである。

 

「あ、このお鍋ですね」

 

そう言って流流が一つの鍋を手に取る。

・・・俺には隣の鍋との違いが分からないのだが、隣の鍋とは値段が一桁ほど違う。

何が違うんだろうか。材料とか・・・製造法とかなのだろうか?

 

「後は・・・あ、そうだ。包丁も買わないと」

 

店員にこれ五つ、と伝えた後、流流は包丁のコーナーへと小走りで向かってしまった。

本当に料理が好きなんだな。ああいう奥さんが欲しいものである。

 

「えーと、頼まれてたのが・・・あ、あった」

 

いくつもの包丁が専用の置き場に陳列されている。

数センチの縦長の穴に、刃を下にして刺してある形だ。

そのうちの一つを手に取り、しゃらん、と引き抜く。

陽光を反射して、鋭く光る刃は、切れ味抜群であることが見て取れる。

 

「うん、これこれ。後は研ぎ石とかもかな・・・」

 

流流は慣れた様にこれとこれとこれ、と店員に伝えていく。

・・・うん、常連さんなんですね、分かります。

 

「俺もいくつか持っておくかな」

 

こう、百個単位で包丁とかおたまとか買っておけば、錬鉄の英雄とも張り合えるかもしれない。

そうと決まれば買占めだ。禁じ手? 他の客に迷惑? ・・・それもそうか。だけど俺は謝らない。

 

「えっ!? え、ええと、もう一度お願いします」

 

「だから、この店で取り扱ってる調理器具、全部百個ずつ用意して欲しいんだ。期限は無し。ゆっくりやってもらって構わない」

 

「え、えーとぉ・・・」

 

困ったように笑いながらきょろきょろと辺りを見回す店員さん。

? 何か問題があるのだろうか。期限無しで店のもの百個ずつ用意して欲しいって、そんなに難しい・・・ああ、そっか。

 

「前金だな? ほら、これくらいあれば大丈夫だろ」

 

そう言って、懐から取り出した(ように見せて、宝物庫から取り出した)金銀宝石を並べ立てる。

一応お金もあるが、それを並べるよりもこうして現物を並べてあげたほうが分かりやすいだろう。

・・・あれ、これは俺、嫌な奴なんだろうか。

 

「にっ、にーさま!? なにをしてるんですか!?」

 

騒ぎを聞きつけたのか、流流が駆けつけてきた。

俺と店員さんを交互に見てくる流流に、取り合えず簡単な説明をする。

説明を聞いた流流は、店員のほうを向いて申し訳なさそうに謝った。

 

「・・・すいません、店員さん。この人、ちょっと常識無いんです」

 

「失礼な! 俺ほどの常識人は居ないぞ!?」

 

「常識のある人はこういうお店で買占めなんて変なことはしないんですっ」

 

「かっ、買占めというか、発注に近いと思うんだけど・・・」

 

「お店にあるもの百個単位で買うとか、職人さん殺す気ですかっ」

 

うっ。そ、そうだよな。職人が一つ一つ手作り何だもんな。

 

「期限なしって言ったら何年かかるか分からないもんな。そりゃ職人が先に居なくなっちゃう可能性もあるか」

 

「そういう意味で言ったわけじゃありませんっ。もうっ、行きますよ!」

 

「あ、ありがとうございましたー・・・?」

 

流流に手を引かれながら、店を後にする。

・・・ふぅむ、また何か変なことを言ってしまった・・・らしい。

 

・・・

 

「もうっ、にーさまのバカっ」

 

「す、すまないな。・・・俺としては、普通に発注依頼しただけのつもりだったんだが・・・」

 

あの後流流に懇々と俺の常識の無さを説かれ、そのままのテンションで茶屋へと入った。

まだ若干怒りが残っているのか、流流の前にはお茶だけではなくお菓子が多めに並んでいる。

流流も季衣に負けず劣らず大食いだからな・・・多分これがストレス発散の方法なのだろう。

目の前ではむはむとお菓子を食べる流流を見ながら、さて次はどうするかと考える。

 

「兎に角っ。にーさまは今度から気をつけてくださいね!」

 

「・・・了解した。でもありがとな、流流。ああいう風に注意してくれて、助かったよ」

 

「ふぇっ!? え、えと・・・お、お礼なんて、そんなっ」

 

急に顔を赤くしてぶんぶんと手を振る流流。

結婚しよ。・・・はっ!? へ、変な電波が。

 

「さて・・・次は何処に行こうか」

 

「次・・・ですか? うーん、こういうときに行く場所ってあんまり詳しくなくて・・・ざぶーん位しか思いつかないです」

 

「ざぶーんか。そこもいいけど・・・」

 

今日は秋らしくもない暑さのため、きっと混雑していることだろう。

ざぶーんに行くくらいならちょっと遠出して川にでも行ったほうが良いだろう。

・・・川・・・川か。

 

「よし、行く場所が決まったぞ!」

 

「どこですか?」

 

「港だ!」

 

・・・

 

「フィーッシュ!」

 

「わぁっ、凄いですっ。これでもう五匹目ですよっ」

 

にーさまに連れられてやってきたのは、町の人たちも良く釣りに来るという港です。

そこで宝物庫から二本釣竿を取り出したにーさまは、片方を私に手渡し、大きい傘を立てました。

それから釣りの仕方が分からない私に、餌のつけ方、どの辺りを狙えばいいのかなどを教えてくれました。

すぐににーさまはお魚を釣って、これで五匹目。私はまだ、全然引かないんですけど・・・ゆ、ゆっくりやれば良いってにーさまも言ってましたし!

それに、にーさまとゆっくりお話できるから、全然釣れなくても楽しいです。

なんて思っていると、にーさまが私の竿を指差しました。

 

「お、流流の竿、引いてるぞ」

 

「ふぇっ、ほ、ホントだ! えとえと、えいっ」

 

ぐいっ、と引っ張ってみるけど、な、なんでだろ、全然引けない・・・!

 

「ああ、そうやって引くと糸切れちゃうぞ。こうやって・・・」

 

そう言いながら、にーさまは私の後ろから私の手を取りました。

・・・って、これって後ろから抱きしめられて・・・!

 

「ひゃうっ」

 

あ、にーさま暖かい・・・じゃなくて!

う、うぅ・・・釣りに集中できないよ・・・!

 

「あ、あのっ、に、にーさま!?」

 

「ほらほら、集中集中。こうやって引いて・・・」

 

手っ、手も握られてるっ!?

 

「お、これはデカイな。・・・流流? 流流ー?」

 

・・・あの後、気付いたら大きいお魚を釣り上げてました。

その間の記憶は・・・ちょっと、無いみたいです。

で、でも、にーさま、暖かくて、優しくて・・・胸が、ぽかぽかしちゃいました。

 

・・・

 

釣りを楽しんだ後から、流流の様子がおかしい。

こっちを見上げてくるのに気付いて視線を移すと慌てて目を逸らすし。

さっきまで手を繋いでたのに手を出したり引っ込めたりと忙しそうだし。

たまに全然違うほうにふらっといっちゃうし。完全に心ここにあらずである。

 

「・・・一体どうしたんだ、流流」

 

「ふぇ?」

 

「いや、何かぼーっとしてるみたいだけど・・・」

 

城壁の中へと入り、中庭を横断している途中、流流を呼び止めて話しかけてみるも、やっぱりぼーっとしているみたいだ。

流流に視線を合わせるようにしゃがみ、おでこを合わせてみる。・・・少し熱っぽいな。

うぅむ、風邪かな。たまにおかしくなる副長や月や卑弥呼と同じ反応だからもしやと思ったが、的中してしまったかな。

 

「風邪っぽいみたいだな。流流、すぐに戻るぞ」

 

流流の手を掴み、部屋へと歩く。

昨日まで涼しかったのに今日は急に暑かったからな。

その所為で体調を崩したのかもしれない。

釣りの時にもパラソルの中とはいえ結構暑かったしなぁ。

 

「あ、ちょっと、にーさまっ、待ってくださ・・・ひゃうっ」

 

手を引く俺に対抗するように力を込める流流。

待てと言われても・・・調子悪そうな流流を放ってはおけん。

少し無理やりだが、横抱きにして歩く。こうすれば我侭も出来ないだろう。

 

・・・

 

流流の私室に着いた。

寝台に流流を下ろすと、俺は布団をかける。

 

「全く、調子が悪いなら悪いとちゃんと言えばいいのに」

 

「え、えぇと・・・す、すみません・・・?」

 

何故か首を傾げる流流に俺も首を傾げる。

・・・なんだろう、この違和感。

 

「水飲むか? ・・・あ、龍の秘薬があるな。これ飲んだほうが体調良くなるかもしれないぞ」

 

宝物庫にある龍の秘薬は大体の体調不良に効果がある。

これを飲ませてあげれば、きっと楽になるだろう。

 

「よし、流流。これを飲んでみろ」

 

「これは・・・?」

 

「龍の秘薬。胃痛胸焼け頭痛に腰痛何でも治す伝説の秘薬だ」

 

「そっ、そんなもの、使えませんよ!」

 

「遠慮するなって。在庫はまだまだあるから」

 

「えーっと、そういう意味じゃなくて・・・なんていえばいいんだろうなぁ」

 

上体を起こして悩み始めた流流に、俺は首を傾げるしかない。

 

「あの、別に私、調子悪くないんです」

 

「それは、その、無理をしてるとかじゃ・・・」

 

「無いです」

 

「じゃあなんでさっきはあんなに妙な行動を?」

 

「そ、それはそのぅ・・・」

 

指先をつんつんと合わせて俯く流流。

やがて、何かを決心したのか、勢い良く顔を上げてこちらを見上げた。

 

「に、にーさまに後ろから抱きしめられたりとか・・・お姫さまだっこされたりとか・・・す、好きな人にそういうことされたら、誰だって変になっちゃいます!」

 

「後ろから・・・? あ、ああ!」

 

釣りの時のあれか!?

アレは抱きしめたわけじゃ・・・あ、いや、ちょっと待て。

うん、やってたな。普通に背後から手を伸ばしてたわ。

 

「って、好き・・・?」

 

危ない危ない。聞き逃しかけてたが・・・ちょっと無視できない単語だよな。

 

「は、はい。私は・・・その、にーさまのこと、好きです」

 

兄として・・・じゃないんだろうな。

それもあるんだろうが・・・この顔は、月たちと同じ顔だ。

 

「私の作ったご飯を食べて美味しいって言ってくれる時とか、優しく笑って頭を撫でてくれるところとか・・・そういうときにドキドキしたりして・・・」

 

はにかみながら、布団を手繰り寄せる流流。

 

「いつの間にか、好きになってました。・・・えと、ほ、本気、ですよ?」

 

「そっか。・・・嬉しいよ。本当に、嬉しい」

 

そう言って、俺は流流を抱き寄せた。

 

「ひゃっ!? あ、あああああのっ! こ、心の準備も、ば、ばっちりです!」

 

「は、ははっ。別にそういうのは急がないけど・・・ばっちりなら、しないのも失礼かな」

 

据え膳何とかという奴である。

鈴々で小さい子(体系的な意味でね?)の扱いを学んだ俺に、あんまり隙はない!

 

「ひゃう・・・っ!」

 

再び寝台に流流を押し倒しながら、俺は流流に手を伸ばした。

 

・・・

 

「ん・・・」

 

朝日が眩しい。

・・・ええと、昨日は確か・・・ああ、そうか。

 

「あ、お、起きた・・・お、おはようございます、にーさま」

 

「・・・ああ、おはよう、流流」

 

流流と、一緒に寝たんだったか。

こちらを覗き込む流流の頬を撫で、挨拶を返す。

 

「体調はどうだ? 気分が悪いとかは・・・」

 

「全然問題ないですっ。む、むしろ、気分が良いって言うか」

 

「嘘・・・じゃないみたいだな。すっきりした顔してる」

 

「えへへ。気持ちも伝えられましたし、その、む、結ばれましたし・・・これ以上無いって位、すっきりしてますよ!」

 

そう言って流流は笑い、頬に伸ばした俺の手に自分の手をそっと合わせた。

こちらを見下ろす流流は、もう片方の手を俺の頭に伸ばしてくる。

 

「・・・なんで俺は撫でられてるんだ?」

 

「ふぇ? えと、なんででしょう?」

 

「流流に分からないんだったら、俺にもわからんな」

 

そう言って俺は上体を起こす。

・・・昨日はつい熱中してしまったが、今日は仕事がある。

 

「わ、そうだった・・・私もお仕事あるんだ」

 

二人してもぞもぞと着替え、少しだけいちゃついてから私室を出た。

さてと、今日も頑張りますか!

 

・・・




「またですか、壱与さん」「・・・また邪魔するの? 副長」「はい。壱与さんが隊長の寝室に入ると、確実に隊長は起きます。明日の仕事に響くようなことは、させられません」「ふふっ。いいわ、相手してあげる。おいで、マナイタ女」「う、ぐぅ・・・! こ、言葉の暴力!」「舌戦から勝負は始まってるのよ!」「黙れちーび!」「ぶ っ 殺 す !」「が、ガチギレしたー!?」

こうして、真夜中の追いかけっこは日が昇って壱与が「眠い。帰る」と邪馬台国に帰るまで続いた。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四十八話 みんなで合コンに

「合コンといえば!」「王様ゲーム!」「王様おーれだ!」「さっすが英雄王!」「・・・ちょっと楽しいな」「少しだけな。ストレス解消にはなる」「確実に他人には見せれないけどな、このストレス解消方」「封印、するか」


それでは、どうぞ。


「あっ、ギル! ちょっと助けてくれよ!」

 

警備の仕事中、一人で歩くギルを見つけて声を掛ける。

こっちに気付いたギルは、何だ? と気さくに近寄ってきた。

 

「いや、こいつらがさ・・・」

 

そう言って、隣に立つ兵士たちに視線を移す。

 

「兄貴からも何とか言ってくださいよ!」

 

「待て待て、何があったんだ? 一刀、説明求む」

 

「ああ、実はな」

 

そう言って、俺はギルにことの顛末を説明する。

話が進むに連れて嫌そうな顔になっていくギルに苦笑しつつも、最後まで説明しきる。

 

「・・・合コン、ねぇ」

 

「まぁ、端的に言うとそうだな」

 

そういうと、ギルは兵士たちのほうへと視線を向けて、はぁ、とため息をついた。

 

「ちょっと待ってろ」

 

ギルはきょろきょろと周りを見回して、すたすたと歩いていった。

その視線の先には、三人ほどでお茶をしている町の女の子だ。

 

「あの、ギルの兄貴はなにを・・・?」

 

「さぁ・・・あ、女の子に話しかけに行きましたよ!」

 

「あれは・・・将の方たちではないですね。見たことが無いです」

 

話しかけられた女の子たちもびっくりしてるみたいだから、初対面なんだろう。

ギルは一言二言話しかけると、自然に一緒に席に着いた。

 

「・・・あの、兄貴は待ってろっていってたッスよね? ・・・みせつけてんスかね」

 

「あ、兄者! 俺、兄貴に対して黒い感情が・・・!」

 

「弟者、俺もだ・・・!」

 

や、やばいぞ! 兵士たちが殺気立ってる!

何だってギルはあんな俺たちを煽るようなことを・・・。

しばらくの間、兵のみんなを抑えていると、話し終えたらしいギルが戻ってきた。

俺たちが何かを言うより早く、ギルが口を開く。

 

「今日の夜、日が暮れたあたりにあそこの飲み屋な」

 

「・・・は?」

 

主語の抜けている言葉に、全員でハテナマークを頭上に浮かべる。

 

「いや、合コン。したいんだろ? 今セッティングしてきたから」

 

「はぁ!?」

 

「え!? 今のは兄貴の知り合いで!?」

 

「いや、初対面。何か暇そうにしてたし。人数は合わせてくれるって。良かったじゃん」

 

「いやいやいやいや! おかしいッス! ・・・あれ、おかしいんスよね!?」

 

「大丈夫です、魏の。私もおかしいと思っています」

 

全員でギルに詰め寄ってみるも、ギルは何がおかしいんだ、とばかりに首を傾げるばかり。

・・・これが・・・! これがギルの実力・・・!

 

「・・・何を戦慄してるか知らないが、行かないのか?」

 

そしたら俺ひとりになるんだが、と困ったように笑うギル。

・・・多分ギル一人になっても恋人増えるだけで問題ないような気も・・・。

 

「い、行くッス!」

 

「兄貴が折角下さった機会! 逃すわけにはいきません!」

 

兵士全員でわーわーと騒ぎながらギルを囲む。

ばんざーい、だとかさっすがー、だとか、道の真ん中なのに騒いでいた。

 

「はは、まぁ良く分からんが・・・集合には遅れるなよ」

 

そう言って、ギルはじゃーなー、と去っていった。

 

「・・・兎に角、時間には遅れないようにしないとな」

 

・・・

 

取り合えず、合コンがしたいとか言う兵士たちのために女の子を集めるのには成功した。

初対面の女の子にそんな事頼んで大丈夫かとも思ったが、まぁ嫌な顔はされなかったし、大丈夫じゃないかな。

 

「どうしたんですか、ギルさん。そんなに私を見て・・・」

 

「ん、いや、今日も月は可愛いなぁと」

 

「そ、そんな、えへへ・・・照れちゃいます」

 

頬に手を当てて照れる月を撫で、何とか誤魔化せたかと一息。

 

「ああ、そうそう、今日はちょっと一刀たちと飲んでくるよ。遅くなるから、今日は詠と先に寝ててくれ」

 

「分かりました。・・・えと、このお部屋で寝てても良いですか?」

 

「別に構わないけど・・・帰ってきたときに起こすかもしれないぞ?」

 

「全然構いません! む、むしろ起こされたほうが・・・その」

 

てれりこ、と頬を染める月。

起こされた後、何をされるかまで分かってるんだろう。

というか、何かされたいんだろうなぁ。

 

「ま、いいや。取り合えず仕事も終わったし・・・行ってくるよ」

 

「はい。楽しんできてください」

 

手を振って見送ってくれる月に若干の後ろめたさを感じながら、合コンの会場へと向かった。

 

・・・

 

全員集合して、店の中へ入る。

男性女性で分かれて座り、何はともあれと自己紹介タイムだ。

俺の浅い合コン知識では、自己紹介と席替え、それと王様ゲームは必ずこなさなければならない必須イベントのはずだ。

七人の女性が、端から自己紹介をしていく。うんうん、みんな元気そうで良い娘たちだ。

 

「ヨウコです! 今日はよろしくね!」

 

「メイですぅ。よろしくね~」

 

「あははー、私、マミっていいます!」

 

「始めまして、ハルですっ」

 

「どうもー! ミカでーっす!」

 

「アケミでーす!」

 

「モモです。えっと、よろしくお願いしますねっ」

 

「ギルでーっす!」

 

「ちょっと待て! なんでギルがそっち(女性)側にいるんだよ!」

 

女性たちと一緒に自己紹介すると、何故か突っ込まれてしまった。

しょうがないじゃないか。女性側が一人少ないんだからさ。

 

「何が気に食わないんだ。・・・ああ、そういうことか」

 

うんうんと頷く俺に、一刀はほっと息をついた。

 

「分かってくれたなら・・・」

 

「☆が足りなかったんだな。こほんっ・・・亞茶でぇーっす☆!」

 

「イラッ」

 

「お、落ち着いてくださいっ」

 

気合を入れた俺の裏声にイラついたのか、がたん、と立ち上がりかけた一刀を、蜀のが慌てて止める。

女性たちはおもしろーい、と笑うくらいだから、別段問題はないだろう。

 

「さて、男のほうも自己紹介しようか。じゃあ、俺から改めて。亞茶だ。よろしく」

 

「あーっと、じゃあ次は俺かな。俺はほんご・・・じゃなくて、えーっと、か、カズだ! よろしくな!」

 

ちなみに、顔が知られすぎている俺と一刀は変装中だ。

町の人たちと同じような服を着て、俺は髪型を弄り、一刀は伊達メガネを装備している。

その上にキャスター直伝の認識を逸らす魔術も使っているので、女性たちに気付かれることはないだろう。

 

「・・・ちなみに、女性たちの名前はプライバシー保護のため変更してあります。ご了承ください」

 

「何言ってるんだよ、ぎ・・・亞茶」

 

一刀の冷たい目線をあえて気にしないようにしながら、説明する。

これから先、あまりにも現代っぽい女の子たちの名前、言動、それから注文する商品など、『何故か』現代で合コンしているような雰囲気になりますが、お気になさらず。

 

「取り合えず人数分のお酒とつまみか。すいませーん」

 

一応幹事である俺が場を仕切る。

全員から飲み物の注文を受け、後は適当におつまみ、と頼む。

客が俺たちしか居ないからか、酒と軽いつまみはすぐにやってきた。

 

「みんなにいきわたったら、乾杯しようか。かんぱーい」

 

全員が乾杯の声を上げて、最初の一口。

まぁ、それからは俺が話を振ったりして兵士たちと女性を仲良くさせるように振舞う。

月たち侍女から聞いた話や、兵士たちの良い所なんかを話してみると、中々好感触だ。

 

・・・

 

みんなそれなりに酔いが回ってきたころ。

俺はよし、と一人頷いて口を開く。

 

「そろそろ、席替えしようか」

 

「お、いいッスね~!」

 

「さんせー!」

 

男女共に賛成が取れたので、席順をくじで決めなおす。

うんうん、中々良い席順になった。

俺と一刀は今回は残念ながら女性と仲良くなるのではなく兵士たちと仲良くさせるのが目的だ。

 

「それでですね・・・」

 

「えー!? そうなのー?」

 

「いやー、綺麗ッスよねー!」

 

「あははー。きみもカッコイイよ!」

 

よし、順調だ。マンツーマンくらいにはなってるか。

一人余る計算だけど、それは一刀に押し付けよう。

俺はみんなが盛り上がってるのを見て酒を飲んでるだけで・・・。

なんて思いながら杯を傾けていると、声を掛けられた。

 

「ありゃ? たいちょー?」

 

「は?」

 

聞こえてきた声のほうへと視線を向けると、そこには副長が。

・・・は?

 

「あ、そういえば天の御使いさんと飲みに行くって月さんから聞い・・・合コン?」

 

怪訝そうな顔をした副長は、こちらの卓を一通り見渡しそういった。

こいつ・・・! 一瞬で状況を把握しやがった!

 

「あの、隊長まだ恋人足りないって言うんですか・・・?」

 

しかも俺が欲求不満みたいな言い方しやがった!?

 

「ちょっと来い!」

 

「ひゃうんっ!?」

 

副長の腕を取って厠まで。

 

「お前、なんでここに?」

 

「いや、私には仕事終わりの一杯の権利すらないんですか!?」

 

「あー・・・そうだよなぁ。お前遊ぶ友達居ないプロぼっちだからなぁ」

 

「プロぼっち!?」

 

ぼっちにプロとかアマとかあるんすかたいちょー! と副長が騒ぐ。

あるに決まってるだろうが、プロぼっちめ。

というか、まずはぼっちを否定しろ。

 

「取り合えず、副長帰れ」

 

「ちくる」

 

俺の言葉を聞いた副長は、ぼそりと一言呟いた。

 

「は?」

 

「・・・いまかえったら、ゆえさんに、ちくるもん」

 

あー、拗ねた。

人差し指をつんつんと合わせながらぐずる副長を前に、どうしようかと腕を組む。

口八丁手八丁で返したとしても、きっと月には情報が行くだろう。

そうなると黒月降臨以外の未来が見えない。

 

「わたしもさんかするもん。かんしするもん」

 

「あー・・・」

 

うん、無理だ。上手い解決法が浮かばない。

しかし、正直この副長が可愛いと思い始めているのでもうちょっと見ていたい気もする。

 

「分かったよ。仕方ないな。でも変装しろよ?」

 

「了解です。・・・先、戻っててください」

 

説明忘れないでくださいね、と念を押してくる副長に返事をして席へと戻る。

どうしたの、と言いたげにこちらを見てくる参加者たちに事情を説明する。

 

「えーっと・・・その、俺の知り合いが一人、偶然店にきててな。参加したいって言ってるんだが・・・」

 

話を切り出してみると、意外とみんな歓迎しているようだ。

・・・チッ。ここで反対してくれると帰せたんだが。

 

「こんばんわー」

 

まるで話を聞いていたかのようにバッチリなタイミングでやってきたのは、十二単に身を包み、天の羽衣をっておい!

 

「ちょっとこい!」

 

「ひゃうっ!?」

 

また厠に逆戻りである。

しかし、こうして何度も厠前で騒いでいると迷惑をかけてしまうな。自重せねば。

 

「なんでそれをチョイスした!?」

 

「勝負服ですし・・・二つの意味で。どやぁ」

 

「上手いこと言おうとしないで良いから」

 

ごつん、と副長の頭に拳骨。あと、口で「どやぁ」とか言わない。

というか、豪華絢爛十二単に天の羽衣とか他の参加者が霞む。二つの意味で。

 

「お前、他に服無いの?」

 

「うぅ、他に道具が入る服は・・・」

 

「だからその判断基準はやめろ! ・・・仕方ねえな」

 

妙なことを口走り始めた副長を止めつつ、宝物庫を開き、一通りの服を出す。

まぁ普通の町娘には見えるだろう。

 

「うぅぅぅ・・・ゆ、弓が入らない・・・つ、爪撃ちもぉ・・・どうしましょう、隊長ぅ」

 

「いや、入れなくていいから」

 

「そんな! じゃあ急に立体機動したくなったらどうすればいいんですか!」

 

「店内での爪撃ちの使用はお控えください」

 

「隊長が他人行儀に!?」

 

ようやく自分の言動の不味さに気付いたのか、慌てて着替えを終わらせる副長。

 

「ほら、行くぞ」

 

・・・

 

「何度もすみませーん。えーっと、かぐ・・・じゃ無くて、ヒメでーっす!」

 

副長の偽名候補は『副長(ふくなが)』やら『ぐや』だとか『グリーン・デイ』だとか色々あったが、『かぐや姫』から『ヒメ』となった。

まぁあながち間違っては居ないし、問題はないだろう。

 

「ヒメちゃんってお仕事何してるのー?」

 

早速女性の一人から質問が。

もう一人の女性から撫で回されつつ、副長は元気に答える。

 

「はい! 犯罪者を追いかけて斬りころ・・・じゃないや。逮捕してます!」

 

「じゃあ、お城で働いてるんだ!」

 

女性陣からはすごーい、と褒められ、兵士たちからはあんなの居たかと首を傾げられる。

はっはっは、今の副長は俺の見立てた服に身を包んだ町娘モード! 見破られるかよぉ!

 

「あははー。まぁ、楽しい職場ですよ」

 

「へー、そうなんだぁー!」

 

それから副長中心に話は弾み、全員がわいわいと騒ぎ始めた。

うんうん、さっきプロぼっち認定したけど、もうぼっち卒業かな。

しばらくして、若干場が落ち着いてきた頃、女性陣が化粧室へと向かっていった。

・・・ふむ、ちょっと遅いが、品定めタイムだろうか。

 

・・・

 

「で、ヒメちゃんは誰がいいと思うの?」

 

ここは女性用の化粧室。私は他の参加者の人たちとお化粧を直しながら会話をしています。

なるほど、ここならまかり間違っても男性が来ることはありませんし、こういうお話をするにはぴったりですね。

 

「私はたいちょ・・・亞茶さん以外に興味ないです」

 

「そ、そうなんだ。・・・知り合いなの?」

 

「まぁ、職場の上司ですね」

 

「上司!?」

 

だからちょっと気まずそうだったんだねー、と納得したように頷く女性たち。

そんな彼女たちに、それで、皆さんはどうなのでしょう、と聞き返してみる。

・・・隊長狙いの方が居たら、申し訳ないんですけど天の羽衣で記憶操作させていただきます。

え? 何処につけてるのかって? ・・・ははっ。隊長には内緒ですけど、天の羽衣は透明にも出来るんですよ。

使用者以外に見えないようになってるんです。

いつでも記憶操作が出来るようにしながら他の女性たちの話を聞いていると、奇跡的に隊長を狙っている方は居ませんでした。

まぁ、話を聞くに今回は盛り上げ役に徹していたそうですし、仕方が無いといえば仕方ないのですが・・・。

っていうか、皆さん狙いがそれぞればらばらなんですね・・・それも奇跡です。

 

「なーんかなぁ・・・」

 

「ん? どしたの、ヒメちゃん」

 

「なんでもないです。ま、皆さん狙いは被ってないようですし、良かったですね」

 

「そだねー」

 

それから、全員が情報交換をした後、卓へと戻ることになりました。

・・・隊長の隣、確保しておかないとなぁ。

 

・・・

 

作戦会議から戻ってきた女性陣は、狙いを完全に絞ったらしい。

完全にマンツーマンになっているようだ。

俺? ・・・俺は、ほら。

 

「たーいちょ、飲んでますー?」

 

「飲んでる飲んでる。酔った振りして絡んでこなくても構ってやるから」

 

そう言って副長の頭を抱き寄せる。

驚いたような声を上げたが、素直にこちらに寄りかかってきたので、正解だったのだろう。

・・・それはそれとして、そろそろお開きにするべきだろう。

ま、この後は兵士たち次第ということで。

 

「そろそろお開きにしようか。この後は、まぁ・・・それぞれで」

 

全員から了承の返事を聞いて、会計を済ませる。

まぁ、人数で割れば文句も出ないだろう。仕方が無いから、副長の分は出しておくとしよう。

 

「あ・・・えと、たいちょ、どもです」

 

「はは、今月も金欠なんだろ? この分は仕事で返せよ」

 

「りょーかいですっ。あ、あと、えと、よ、夜の分でも返せませんかね・・・?」

 

「恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに」

 

合コン参加者に別れを告げ、城へと戻りながらそんなやり取りをする。

落ち着かない、という理由から町娘モードからいつもの勇者服へと変わっているが、それでもやり取りはいつもと変わらない。

 

「あ、そうだ。明日の訓練には十二単の方で来いよ?」

 

「ふぇ?」

 

「アレの属性別耐性を確かめるから」

 

「まぁ、いいですけど・・・半端なものは全て遮断しますよ?」

 

「そこは大丈夫。安心して・・・いや、心配したほうがいいのか・・・?」

 

「きゅ、急に不安になってきたんですけど・・・?」

 

こちらを見上げてくる副長を安心させるように撫で、安心させようと口を開く。

 

「死にはしない」

 

「死ぬ寸前くらいまではいくってことですね!?」

 

あれ、間違ったかな。更にがたがた震え始めたぞ。

 

「えーと、うん、そう、予想を超えてなければ痛くないから」

 

何とか宥めたころには、副長の部屋の前まで来ていた。

寄って行きます? と聞いてくる副長にすまないけど、と事情を説明する。

渋々ながらも納得したらしく、おやすみなさい、と挨拶された。

 

「お休み。また明日な」

 

「はい。また、明日」

 

・・・

 

「ギールっ。こっちこっちー!」

 

「分かってるって。前向いて走れー、転ぶぞー」

 

「その時は助けてよねー」

 

水着姿ではしゃぐシャオの後ろを歩きながら注意するが、まるで聞く耳持たないようだ。

プールサイドで走るなというのはいつの時代も守られないようだ。

もしすってんころりんされても俺は鎖を射出するくらいしか出来ないぞ?

水着でそれは痛いと思うのだが。

 

「いつ来ても不思議な場所よねー。あっ、滑り台いこっ、ギル!」

 

「おーう」

 

もう秋に突入して、厚着の人も増えてきたというのに、ざぶーんはいつでも大盛況である。

むしろ温水プールなのでこれからの季節も来場者は絶えないことだろう。オーナーとして、とても喜ばしいことである。

シャオが滑り落ちたりしないように一段一段注意しながら階段を上ると、すぐに龍の形をしたウォータースライダーの入り口へとたどり着く。

うん、ここに来るのは何度目だろうか。璃々やら鈴々やら、色んな女の子を膝の上に乗せて滑った記憶がある。あの時は大変だった。色んなところが。

 

「さ、ギルっ。座って?」

 

「はいはい」

 

予想通り、シャオも俺の膝の上に乗って滑るらしい。

よっこいしょ、と滑り台の入り口に腰掛けると、シャオが軽い足取りで俺の脚の上へ。

背中を俺に預けてくるシャオのお腹に手を回し、少し勢いをつけて滑り出す。

 

「わわっ、きゃー!」

 

「おぉーっ」

 

結構な勢いで滑るが、シャオは全然平気なようだ。

もし現代でシャオと遊ぶことがあったら、遊園地に連れて行くことにしよう。

・・・え? 何に乗せる気かって? 決まってるだろうに。

 

「きゃー・・・わぷっ」

 

「よっと」

 

水面に着水。で、沈みかけるシャオを救出。

ここまでがウォータースライダーに乗ったときのテンプレである。

俺たちが滑った後からも子供たちやカップルが続々と滑り降りてくる。

やはり物珍しいのか、ウォータースライダーはざぶーんの目玉アトラクションだ。

まぁウォータースライダー以外には流れるプールと普通の25メートルプールしかないのだが。

 

「あっ、浮き輪だって! 借りてこよっ」

 

「おー」

 

受付で浮き輪を借り、流れるプールへ。

シャオを浮き輪の上に座らせ、ゆったりと流れるプールを楽しむ。

 

「んーっ・・・! 何か、こうやってぼーっとするのも良いものね」

 

「はは、俺もこういう時間は好きだな」

 

「そう? じゃあ、やっぱりシャオとギルは相性バッチリなのね! どう? 今からでも全然大丈夫だよ?」

 

「大丈夫って・・・衆人環境の中は厳しいだろ・・・」

 

俺がそう返すと、シャオは真っ赤になってしまった。

 

「ちっ、違うっ。今からっていうのは、今からお城に戻ってしても大丈夫ってことで・・・ああもう! なんでこんな恥ずかしいこと説明しないといけないの!?」

 

「怒られても」

 

「怒ってない!」

 

いや、それは厳しいだろ。

完全に頬を膨らませている時点で、怒っているじゃないか。

 

「いくらシャオだって時と場所は考えるもん!」

 

「そ、そうか。そうだよな」

 

「あーっ、何その顔ー! 絶対『その通りじゃないのか?』って思ってたでしょー!」

 

「そんなことは無いさ。ははっ」

 

「目逸らしたー!」

 

そんな風にきゃっきゃうふふしていると、勢い良く身を乗り出したシャオがバランスを崩した。

浮き輪ごとひっくり返ったシャオを危なげなくキャッチする。

まったく、浮き輪の上で騒ぐからこうなるんだぞ。

 

「あ、う、ありがと・・・」

 

真正面から俺に抱きつく形になったシャオが、しおらしくなって礼を言って来た。

うん、お礼を言えるのはいいことだ。・・・だけど、そろそろ離れてくれないかなー、なんて。

 

「えー!? やーだよっ。折角ギルに抱きつけたんだもん。水の中じゃないと、顔の高さ合わせて抱き合えないでしょー?」

 

そう言って、手を俺の首に掛けたまま顔だけを離すシャオ。

俺と視線を合わせたシャオは、そのままこちらに顔を近づけ・・・ってちょっとまて!

 

「シャオ、バランス崩れ・・・っ!」

 

「んー・・・ふぇっ!?」

 

水の中でシャオを抱きとめていた俺は、シャオに体重を掛けられてあっさりと後ろに倒れてしまった。

二人とも勢い良く水中に沈み、一瞬視界が泡で塞がれる。

 

「――ッ!」

 

シャオを溺れさせるわけには、と意識をすぐに取り戻し、視線だけを巡らせてシャオを探す。

泡が視界から無くなった瞬間、目の前には飛び掛るように泳いでくる小柄な体。

俺に抱きつくように再び首に手を回すと、シャオは眼を強く閉じて唇を合わせてきた。

 

「――っ、っ」

 

「――――」

 

驚いて目をぱちくりさせる俺と、無言で微笑むシャオ。

水中なので喋れないのは当たり前なのだが、透明な屋根から差し込む太陽光が水面に揺らめき、シャオのその笑顔を綺麗に照らしていた。

 

「――――」

 

俺に抱きつき、唇を離して至近距離で見つめあっていると、シャオがパクパクと口を動かした。

この程度なら俺でも口の動きで何が良いたいのかは分かる。

ええと、何々・・・? あ、い、し、て、る? ・・・『愛してる』、ね。

口を開くたびに小さく洩れる泡を視界の端に捉えながら、にこりと柔らかい笑みを浮かべるシャオに言葉・・・じゃないけど、返事をする。

当然、『俺も』だ。

 

「っ!」

 

ぎゅう、と首に回した手に力を入れて、強く抱きついてくるシャオ。

どうやら、無事伝わったらしい。

・・・花嫁修業やらでシャオの気持ちは十分に分かったし、鈴々との一件で妙な葛藤も解決した。

もう、多分俺に迷いは無い!

 

「ぷはぁっ」

 

「ふぅっ」

 

しばらくして抱き合っていた俺たちは、息苦しさを感じてようやく水面へと上がった。

冷たい水の中でも、ずっと抱きついてきているシャオの体温だけは分かる。うん、俺の一部分も体温急上昇中である。

 

「シャオ」

 

「えへへっ、なーにっ、ギルっ」

 

「あっちの物陰行くぞ」

 

「・・・ふぇっ?」

 

「建設中に見つけたところでな。あそこなら客も従業員も来ない」

 

「え、ちょ、ちょっと待って! ギル! 色々吹っ切れすぎ!」

 

知るものか。やると決めたらやるのだ。

シャオを横抱きに抱えながら、俺は秘密の物陰へと歩みを進めた。

 

・・・

 

「け、計画とはちょっと違ったけど・・・うん、結ばれたんだし、いいよねっ」

 

ざぶーんを後にして城への帰路についていると、腕に抱きつくシャオがぼそりと呟いた。

どうやら何かの計画にずれが生じたらしい。

 

「でも・・・えへへー。ね、これでシャオもギルの奥さんだよねっ」

 

「ん? ・・・まぁ、そうなるのか」

 

「順番的には月とか詠とかには適わないけどー、気持ちは負けてないんだからねっ」

 

「はいはい。おっと、着いちゃったな」

 

「ホントだ。・・・ね、寄ってく?」

 

ぎゅう、と強く抱きつきながら、シャオがこちらを見上げて言う。

最近気付いたのだが、シャオがこうして抱きついてくるときは何かしら寂しさを感じているときだ。

・・・かといって言われるがままに部屋によっていくと、事の最中に雪蓮か蓮華辺りに乱入される未来が見えてしまう。

 

「んー・・・今日は最初だったし、疲れただろ。ゆっくり休んだほうが良い」

 

「え~っ!? シャオ、全然平気だよっ。さ、最初は痛かったけど・・・も、もう慣れたもんっ」

 

「いや、どうも後でもう一度波が来るらしいぞ」

 

「腹痛と同じ扱いなの・・・?」

 

首を傾げつつツッコミを入れるシャオに、なんだかこの子ツッコミ役似合いそうだな、なんて考えてしまう。

副長と一緒に並べておけば、丁度良いツッコミが出来るだろう。

 

「というわけで、今日は寝てなさい。焦んなくても、これから沢山時間はあるんだから」

 

「んー・・・。そうよねっ。えへへ、シャオは月たちに年齢で勝ってるもんね! 特にしお」

 

「馬鹿シャオ!」

 

「ふぇ? ひゃっ!?」

 

びぃん、とシャオの顔すれすれに矢が突き立つ。

・・・危なかったな。名前を言い切ってたら多分もうちょっとスレスレだったぞ。

 

「こ、これって・・・」

 

「ああ、完全にあの人だな」

 

「・・・下手なことは言わないことにするわ」

 

「それがいいと思うぞ」

 

何か疲れたから戻って寝るわ、と疲れたように部屋へ戻るシャオ。

最後に正面から俺に抱きついてすりすりとマーキングするように顔を擦り付けてきたので、頭を撫でる。

しばらくして満足したのか、ぱっと離れて部屋へと入っていく。

 

「じゃーねっ。また明日からも、いっぱいしようねっ」

 

「いっぱいは・・・難しいかなぁ」

 

シャオの元気な笑顔と言葉に、手を振りながらそう返すのが精一杯だった。

 

・・・

 

「話をしよう」

 

「どうした一刀、いきなり真剣な声を出して」

 

恒例となってしまった甲賀の家での茶のみ会に出席していると、急に一刀がそう切り出してきた。

机の上に肘を乗せ、両手を組んでその上に顎を乗せるという総司令スタイルの一刀は、俺の疑問にああ、と言葉を挟み

 

「胸の話を、しよう」

 

「すみません私は急用を思い出しましたのでッ!」

 

「ランサー、令呪によって――」

 

「分かりましたマスター! 分かりましたから令呪だけは!」

 

一刀の言葉に、急に立ち上がって部屋を出ようとしたランサー。

だが、甲賀が令呪を使う素振りを見せると、凄まじい勢いで反転して甲賀を止めに来た。

なんとも忙しない奴である。

 

「で、前はフェチの話、今回は胸の話か」

 

「ああ。まずは一番大切な・・・大きさの話から行こうと思う」

 

「大きさ、ねぇ」

 

「まぁ、ギルやら北郷やらは『好きな人の胸ならどんなのでも構わない』とか言うのだろうがな」

 

「あー・・・」

 

「そこは、俺たちも一応は好きな大きさを言うさ。今日だけはそういうどっちつかずはなしだ」

 

それならば、俺も好きな大きさを言わなければならないのか。

まぁ、好きな大きさを言っても、イコールそのほかの大きさが嫌い、というわけではないからな。

数多ある大きさの中で、どれが一番好きか、っていう話なんだから。

 

「じゃあ、まずは言いだしっぺの俺から行こうかな」

 

「ああ、どうぞ」

 

俺が先を促すと、一刀は少しだけ眼を閉じて考え込んだ後、口を開く。

 

「俺が好きな大きさは、真桜位の大きさだな」

 

「アレは・・・カップ的にはどれくらいなんだろうか。Hとか?」

 

「もうちょっとありそうな気もするけど・・・話を進めるために、Hくらいだと仮定しておくか」

 

そう言って、一刀は話を続ける。

 

「なんていうかさ、あの柔らかさに包まれる感じが良いよね。仰向けになったときにも重力に負けずに形を保つところとかさ」

 

「・・・なるほど、一刀は日々真桜とそういうプレイをしていると」

 

「ゔ・・・い、いや、恥ずかしがらないぞ! やっぱりぱふぱふは男の夢なんだって!」

 

「まぁ、否定はせんがな。やはり巨乳というのは素晴らしい。単なる脂肪の塊以上の価値がある」

 

「だろ!?」

 

甲賀の援護を受け、一刀がテンション高く声を挙げた。

 

「まぁ、挟めるし、揉んでもいいし、大きいって結構良い物だね。俺はそう思うよ」

 

「ふぅん。じゃあ、次は俺かな。俺は一刀と違って小さめ・・・AとかBくらいが結構好きかな」

 

「ああ、璃々ちゃん襲ってたしな」

 

「璃々? ・・・ああ、あの。え、お前そういう・・・」

 

「違う! というか璃々だとAどころかAAぐらいじゃないのか! いやそれより俺は襲ってないからな!」

 

「知ってるか、ギル。合意でも犯罪になることがあるんだぞ?」

 

「合意でもしてねえよ! 手を出してないって言ってるんだよ!」

 

なんで伝わらない、この気持ち!

ちゃぶ台を叩きながら思わず身を乗り出してしまう。

まぁまぁ、と諌めてくるランサーに促され、すとんと座布団へ腰を下ろす。

 

「ま、それを抜きにしても、ギルが手を出した女の子は結構そのくらいの胸の子多いからな」

 

「ふむ、侍女長、姦し三人娘、二大軍師、邪馬台国ズ・・・本当だな」

 

「あと最近流流ちゃんもギルの部屋行ってるよな。・・・まさか」

 

「否定はしない」

 

「やっぱりちっぱい好きか!」

 

「やかましい! でかい声でちっぱいと叫ぶな!」

 

「ちっぱいちっぱいやかましいぞ二人とも!」

 

「・・・もう、帰りたい」

 

最終的に俺と一刀と甲賀の三人で「ちっぱい!ちっぱい!」と手を振るまでこの騒ぎは収まらなかった。

終わった後に、ランサーからの絶対零度の視線を受け、はたと正気に戻る。

 

「・・・じゃ、次は甲賀だな」

 

「俺か。俺はまぁ・・・普通にあればいいな。Dとか」

 

「可もなく不可もなくってやつか」

 

「まぁ、バランスが取れてるって感じはするな」

 

そのぐらいだと・・・白蓮あたりか?

あ、あと星もそのくらいかな。

 

「で、オチのランサーは?」

 

「オチ!?」

 

「暴露せよ、ランサー」

 

「マスターまで・・・いえ、もう諦めましたけど。私ですね。こほん、私は・・・まぁ、その、小さいほうがいいですね」

 

「ギルと同じか。・・・まさか、サーヴァントは貧乳好きの傾向が?」

 

「いや、それは無いな。ライダーは爆乳好きだし。いわく、『大きくなければ胸じゃない』だそうだ」

 

目の前に孔雀と響がいたから思いっきりぶっ叩かれてたな、あいつ。

 

「それに、私はギル殿と違ってロの付くコンプレックスではないので。以前も言いましたが、和服の似合う女性が好きなのです」

 

ああ、確かに和服は胸が無くて寸胴なほど似合うと聞くしな。

 

「っていうか、ランサーの俺に対する当たりが強い気がする」

 

「まぁ、普通にいつもの仕返しなんだろうけど」

 

「となると、ランサーは胸は小さくても背はそれなりにあるほうが好き、ということか」

 

「そうなりますね」

 

だから私はまともなのです、とでも言いたげな顔で頷くランサー。

 

「だから私はまともなのです」

 

うわ、しまいには言いやがった。

何故ドヤ顔・・・。

いや、別に俺がまともじゃない訳じゃ・・・訳、じゃ・・・。

自信ないな、それだけは。

 

「小さめの胸ってさ、こう、女の子が恥ずかしがるのが良いよね」

 

「あ? あー・・・『あんまり胸無くて・・・ごめんなさい』みたいなのか?」

 

「それそれ! 流石は貧乳党後援会のギル!」

 

「一刀、後で屋上な」

 

「何処のっ!?」

 

だが、一刀のその気持ちも分からなくはない。

何を隠そう、俺もそれを言われたことのある人間だからな。

 

「しかしアレだな、議論を重ねていくごとに『みんな違ってみんな良い』みたいな結論に向かっていくな」

 

「どんな胸も、それぞれ良いところがあるということでしょう。・・・ささ、そろそろこのお話も終わりにして、お茶にしませんか。良いお茶菓子があるのです」

 

ランサーの一言にみんなで賛成する。

そろそろランサーが居心地悪そうにしてたからな。この辺りで終わらせてあげないと。

ほっと一息つきながら、複製のランサーたちとお茶菓子の用意を始めるランサーに苦笑しながら、一日が過ぎていく。

 

・・・




「そういや副長、お前合コンって概念知ってたけど、やっぱ副長の故郷にもそういうのあるの?」「・・・ありますけど、参加したことは無いです。先日のが初参戦ですね」「さすがプロぼっち」「いつまでそれ引っ張るんですかっ」「・・・ギールさんっ。合コンって、なんですかー?」「・・・ゆ、月?」「あ、黒月さんじゃないですか? じゃ、私は訓練行くんで」「ふっくちょーさんっ。先日のって、なんですかー?」「ひっ・・・!」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四十九話 二人で遠征に

「遠征といえば。幼馴染と一緒にとある場所に遠征したんだが、アレは凄かったなぁ・・・」「? 何処行ったんだ?」「ほら、夏と冬にやってる・・・」「・・・なぁ、ホントはギルって俺と同じ時代、同じ世界から来てるよね? 絶対そうだよね?」「ははっ、何のことやら」


それでは、どうぞ。


「こんなものか」

 

今俺がいるのは、いつも行動している城ではない。

というか、今はそこよりかなり離れた所に来ている。

 

「おやおや、お疲れ様です~」

 

風に何時も通りの気の抜けるような声を掛けてもらい、ふぅと一息。

ここは五胡と三国を隔てる国境・・・のようなものだ。

以前、三国に五胡が侵攻してきたときから蜀呉魏の三国で計画していたのがこの現地調査計画である。

五胡は何処から来ているのか、どの辺りに拠点があるのか。それを出来る限り調べるのがこの調査の目的である。

まぁ、正直この調査はそこまで力の入ったものではない。

二次調査以降のための土台作りと言ったもので、調査のために安全な拠点を作成すること、周りに危険なものが無いか調査すること、の二点が目的だ。

なので、調査員も俺と風の二人だけだ。・・・いや、そこは本気で抗議したのだが、あれ以降動きの無い五胡の調査にそこまで人は割けない、ときっぱり言われてしまった。

ならばと俺も遊撃隊を動かそうとしたのだが、折り悪く別の遠征任務が入ってしまっていた。

・・・というか、華琳とか蓮華とか桃香とかはあの三国合同訓練以来俺一人で何でも出来るんだと思われている節がある。

最終的に諦めた俺は、風を連れて黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)でかっ飛んできた。

 

「まぁ、取り合えず一晩寝るくらいなら問題ないな」

 

「それにしても、英霊さんというのは皆さんこういうのが得意なものなのでしょうか~」

 

その辺の木を持ってきてログハウスを建ててしまったことを言っているらしい風に、そんなまさか、と返す。

一応天幕は持ってきていたものの、それは別のことに使いたかったのだ。

幸い俺の宝物庫には色んなものがあるので、それを応用しただけのこと。

 

「ではでは、早速お邪魔いたします~」

 

「おう、どうぞどうぞ」

 

内装は簡単なもので、テーブルと椅子、後は簡単な水場、書類整理のための道具置き場、荷物入れ、簡単な寝具くらいである。

 

「・・・三刻足らずで作ったとは思えないですね~」

 

「はっはっは、日曜大工は前から得意だったからな。夏休みの宿題で手製の貯金箱をクラスの人数分作ったこともあるし」

 

「くらす?」

 

「あ、分かんないか。まあ、取り合えず手先の器用さには自信があるよってことだ」

 

「なるほど~。これを見れば、なるほど納得と言ったところでしょうか~」

 

早速風は椅子に座る。

そのままテーブルで食事を取るもよし、書類仕事をしてもよしと結構大きめにテーブルは作ってあるので、小柄な風が座ると少しアンバランスに見える。

 

「さて、早速これからについて話し合いましょうか~」

 

そう言って、風は一枚の地図を取り出した。

この時代、それなりに細かい地図は軍事機密並みの重要品だ。

おいそれと持ち出せるものではないのだが、今回の任務的にはこれが無ければ二進も三進も行かないため、特別に持ち出してきたのだ。

取り合えず今分かっているのは現在地くらいか。この地図も、今回の任務中に少しずつ書き加えていかねばならないな。

 

「今いるのはこの地点ですね。真っ直ぐお兄さんの宝具で来たので、位置の確認は楽でした~」

 

後で地図を修正するので、また乗せてくださいね~、という風の頼みごとに、もちろん、と返す。

上空から確認しながら地図を書けば、相当良いものが出来るはずだ。

 

「それで、以前五胡の目撃情報があったのがここです~」

 

そう言って、風のほっそりとした指がある地点を指差す。

ここから五里ほど離れた地点だ。

なるほど、ここなら人が集まって生活するには十分な水場がある。

 

「ですので、次の目的地はここですねー」

 

「どうする? また空から行くか?」

 

「うぅむ・・・そこを迷っているのですよ~。空から行けば確かに楽なのですが、あの発光はどうにもなりませんし~」

 

「あー・・・」

 

確かに、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)は光る。夜だと普通に視認出来る程に光るし、真昼でも太陽の光を反射して光る。

認識阻害の魔術も掛けられるが、あくまで認識しづらくなるだけだ。少し勘がよければ看破されてしまうかもしれない。

 

「人数も二人ですし、ゆっくりと歩いて接近するのがよいかと~。お兄さんならば、もし向こうに見つかって戦闘になっても風を守りながら離脱できるでしょうし~」

 

「出来るけど・・・大丈夫か、風? 結構歩くぞ?」

 

「・・・お兄さん? 風は魏に行く前、星ちゃんや凛ちゃんと旅をしていたのですよ~?」

 

ジト目でこちらを見る風に、そういえばそうだったな、と返す。

ならば、それなりに体力はあると見て良いだろう。途中で小休止でも取れば、十分踏破出来る距離だ。

最悪、俺が風を背負えば良いしな。

 

「出発は何時にする? 明朝か、日が暮れてからか」

 

「賊が出にくい明朝・・・と言いたい所ですが、お兄さんがいるのなら日が暮れてからのほうが良いかもしれませんね~」

 

「目立ちにくいからか?」

 

「はい~。お兄さんは鎧を着なければその黒い服で闇に隠れますし、風も暗い色の服は持ってきていますし~」

 

そう言って、風は自分の服に視線を落とす。

・・・確かに、その明るめの色で金髪となると結構目立つよな。

 

「外套も持ってきていますし、髪の毛は大丈夫かと~」

 

「分かった。なら、出発は明日、日が暮れてからだな」

 

「ですね~」

 

それから、持ってきた荷物の整理なんかの作業をしていると、すぐに夕食の時間に。

このログハウスの隣に天幕を立て、そこを調理場としているので、夕飯を作ろうかと移動する。

天幕の中は竈に調理器具が並んでいるだけのシンプルなものだ。これは以前の買い込みが功を奏したと言えるだろう。

 

「なるほど~、こちらに火の元を用意するから、別の小屋を建てたのですね~」

 

「そういうこと。こっちならもし火の手が上がっても最悪潰せば良いし」

 

貴重品と火の元は離して置いておかないとな。

 

「ほうほう。それで、今日の晩御飯はなんでしょうか~?」

 

「簡単なものにする予定だよ。一応保存食も持ってきてるけど、流石にそれだと味気ないし・・・宝物庫に材料は一通りあるからな」

 

「・・・お兄さんと一緒にいると、糧食と装備、拠点の心配はしなくて済みそうですね~」

 

若干引き気味の風に苦笑しながら料理の準備を進めていく。

風も手伝ってくれたので、効率よく作業が進んでいく。

というか、下ごしらえとはいえ料理できるんだな、風・・・。

ふわりと広がる袖をたすき掛けのように紐で押さえ、いつものゆっくりとした動作が嘘のようにてきぱきと下拵えを終わらせていく風に、少し驚く。

 

「旅をしていた、と言いましたよね~? 簡単なものでしたら、風でもお手伝いできるのですよ」

 

「そっかそっか。それなら、こっちも手伝ってもらおうかな」

 

「了解です。まぁ、流流ちゃんや華琳様並の腕前を期待されても困りますが、この程度のものでしたらなんでもお任せくださいね~」

 

それは心強い、と感心しながら、二人で調理を進めていく。

うんうん、こういう風に料理を作るのが一番楽しいな。

 

・・・

 

「取り合えず拠点はこのままにしておこう。柵は立てたし、無断で進入しようとするとけたたましくベルが鳴る結界も張ったし」

 

「重要なものは持ちましたし、行きましょうか~」

 

真っ黒な外套を被った風と、真っ暗になった荒野を歩く。

星の見方を知っている風に先導されながら、真っ直ぐ目的地へと進んでいく。

 

「今日は雲も無いので、方角が見やすくて助かります~」

 

「北斗七星とかを見て進むんだよな。・・・ん?」

 

前方に不自然な光を見つけ、風を急いで抱えながら身を隠す。

物陰からそっと顔だけを出して確認してみると、いくつかの光がゆらゆらと揺れている。

どうやら、数人が松明を手に歩いているらしい。

 

「風、もう目的地に着いた、なんてことは・・・」

 

「無いでしょうね~。まだ歩き出して一刻。幾ら急いでいても不可能ですよ~」

 

「なら、アレは・・・賊か?」

 

「可能性は高そうですね~。どうしましょうか?」

 

「あまり絡みたくないが・・・見過ごして被害が出るのも考え物だな。よし、接触してみよう」

 

「はいなのですよ~」

 

さて、どうやって判断しようかな。

・・・まぁ、一つしかないか。

 

・・・

 

集団の前に、黄金の鎧を着て待ち受ける。

普通の人間なら無視するか、軽く声を掛けてくるかのどちらかだが・・・。

 

「おっ? ・・・アニキ、あそこの男・・・」

 

「ん? ・・・おおっ、黄金か、ありゃ」

 

「みたいですぜ。二人だけのようですし、武装もみあたりやせん」

 

先頭を歩く数人がこちらを見てひそひそと話し、残りが俺たちを囲むように動く。

・・・嫌な予感が当たったか。

 

「この先にある良くわからねえやつらの里で返り討ちにあってむしゃくしゃしてたが・・・あんなのを見つけられるんだったら良かったかもな」

 

ふむ、会話を聞くにどうやら彼らはこの先にある里の帰りらしい。

ならば、方角はあっているのだろう。

 

「おい、お前! その鎧を置いていけ! そうすりゃ、命だけは助けてやるよ!」

 

・・・なんというか、そういう台詞って何か決められてるわけ?

黄巾党の残党とかに荒野で出会うと九割その台詞だぞ。

 

「なるほど、今の台詞で確定した。・・・風、ちょっと顔伏せてろ」

 

フードを目深に被らせ、顔を見せないようにする。

こういう手合いが風のような美少女を見たときの台詞は、十割の確立で「おっ、その女は高く売れそうだな! そいつも置いていけ!」だからだ。

余計なやり取りはなくすに限る。

 

「じゃ、賊なのは分かったから拘束するぞ」

 

「はぁ? お前、何言って・・・はぁ!?」

 

「だって長いんだもの。ほら、その馬車に乗って」

 

天の鎖(エルキドゥ)と同じ要領で賊全員を縄で拘束して、馬車に載せる。

この馬車、いつか使うだろうと宝物庫に入れてあったうちの一つで、今まで使う機会も無く宝物庫の肥やしとなっていたものだ。

こういうところで使っていかないとね。

 

「あ、そうだ。ちょっと尋問していくかな。風、ちょっと待ってて」

 

俺はそう言って、賊を詰め込んだ馬車へと乗り込んだ。

 

・・・

 

「なるほどねー」

 

「おやおや、おかえりなさい、お兄さん。何か有益な情報は得られましたか~?」

 

馬車から飛び降りて一人頷いていると、風が声を掛けてきた。

 

「まぁね。大体の人の数だとか、色々聞けたよ」

 

言ってみたい台詞トップテンに入っているあの台詞も言えたしな。満足満足。

 

「さてと、馬車も送ったし、俺たちも行こうか。まだ歩けるか?」

 

「大丈夫ですよ~。お兄さんが尋問していたときに休憩できたので~」

 

なら大丈夫だな、と歩き始める。

千里眼で辺りを確認しながら歩いていると、目的地が見えてきた。

ここまでくれば、星空を雲が覆っても目的地にはたどり着けるだろう。

 

「風、目的地が見えた。このまま真っ直ぐ行けば日が昇る前にはたどり着けるだろう」

 

「分かりました~。もうちょっと、頑張りますね~」

 

俺は先ほどの鎧から黒いライダースーツへと着替え、更に風と同じように外套を頭から被っていた。

砂から身体や髪を守ってくれるし、体温もあまり奪われない。更に、俺も風も金髪なので、目立つ頭を隠すという意味も持つ。

 

「何か、お話をしましょうか~」

 

「何か、って言ってもなぁ。・・・そうだなぁ、最近あった男子会の話でもしようか」

 

あの話なら、ライダーが(妖怪を)吐いた話だとか、面白いエピソードがいくつかある。

サーヴァントやマスターが入り乱れた宴会の話をしてみると、予想以上に受けた。

風は口元を手で隠しながら、くすくすと笑う。

 

「騎兵さんは不可思議な身体をしているのですね~」

 

「ああ。・・・それにしても、あの男子会、後半の記憶が無いんだよなぁ」

 

目が覚めたら客室の布団に寝かされてたし。

酔い潰れたんだろうな、きっと。

 

・・・

 

「やや、見えてきましたね~」

 

ついに風にも見えるほどに目的地が近づいてきた。

幽かな光が灯っているので、きっと人はいるのだろう。

 

「さてと、歩哨が立ってるな」

 

「見つからないよう、外側を回っていきましょうか~」

 

「だな。それで警備の薄いところを見つけて、進入するぞ」

 

「・・・そこまでしなくてもよいのですよ~?」

 

「ここまできたら気になるじゃないか。それに、さっき尋問したら妙なことも聞いたしな」

 

「妙なこと、ですか~?」

 

首を傾げる風に、首肯だけ返す。

行って確認するしかないのだが、何でも慌しかった、らしい。

だから襲撃を決意したらしいのだが、あっけなく返り討ちにあい、半数以上の仲間を失ってあそこをとぼとぼ歩いていたらしい。

何故慌しかったのか、それが分かれば、何か進展があるかもしれない。

そう考えて、進入できそうなところを探す。

 

「ん、ここから行けるな。風、ちょっと抱えるぞ」

 

「どうぞ~」

 

よいしょ、と風を肩に抱え上げ、柵を飛び越える。

着地してすぐに辺りを警戒。

・・・うん、誰にも見つからなかったようだ。

 

「さて、何処から行くかな」

 

「あちらから話し声が聞こえます~」

 

「ん、じゃあそっち行ってみるか」

 

柵を越えて入ってきたこの集落は、川を中心に家が十数件建っている。

確かに、なんだか雰囲気が慌しい。ちらほら走り回っている人もいるし。

 

「・・・だってよぉ」

 

「だな。・・・おい、俺は水汲んでくるぞ」

 

「おう! 俺は薬草調達してくる!」

 

おっと危ない。

急に駆け出した男に見られるところだった。

・・・しかし、薬草が必要とは、急病人かけが人でもいるのだろうか。

その辺の家のタンスに入っていないのかな、やくそう。

 

「なにやら忙しそうですね~」

 

「ああ。あの一際大きい家が騒ぎの中心みたいだな」

 

「侵入してみましょうか~」

 

「よし、ゆっくり行くから付いて来い」

 

「了解ですー」

 

こそこそと家に近づいていく。

騒ぎの中心だけあって人の出入りが激しく、屋根からの潜入になってしまった。

確実に怪しい人間である。いや、フードを目深に被っている時点で怪しいのだが。

 

「・・・やっぱりか」

 

「? どうか・・・ああ、なるほど~」

 

俺の視線の先を見て、風は一人頷いた。

少し服装なんかは変わっているものの、あの銀色の髪、そして傍らの巨大な戦斧。

間違いない、あそこで寝込んでいるのは華雄だ。

ところどころに手当ての後が見えるのは、先ほどの賊に襲われたからだろう。

賊の話によると、数十人でここを襲った際、銀髪で大斧を振るう女に半数以上をやられた、と聞いたからもしやと思っていたのだが・・・。

 

「落ち延びた後、探しても見つからないわけだ。国境を越えてこんなところまで・・・」

 

「周りに部下らしき人が見えますねー。一緒に落ち延びた方でしょうか~」

 

「だろうな。・・・さて、どうするかなー」

 

「一度接触したほうが良いでしょう~。元董卓軍の元へ戻りたいというのなら連れて帰ればよし、ここに残るというのならその意見を尊重すれば」

 

それしかないよな、とため息。

先ほどの薬草がどうとか水がどうとかは、手当てのためのものだったのか。

 

「宝物庫にはお薬は入っていないのですか~?」

 

「入ってるよ。・・・取り合えず、正面から入りなおそう。ここにいる人たちは、まだ話が通じるっぽい」

 

「ですね」

 

進入するときより出るときのほうが楽だった。

ちょっと踏み込んでジャンプするだけで、柵から外には出れる。

着地音を気にすることは無いので、土ぼこりを起こしながら衝撃を和らげて着地。

腕の中の風も特に痛みを感じている様子は無い。

 

「よし、いくぞ。俺の後ろに隠れてろよ」

 

首肯して俺の後ろに回り、片手で俺の外套を掴む風。

ゆっくりと表の門に近づいていくと、番兵らしい男に止められる。

 

「止まれ! ここに何の用だ!」

 

武器を突きつけて誰何してくる番兵に、両手を上げて抵抗の意思がないことを示す。

その上で、ここに知り合いがいると聞いて、確認しに来たのだと伝えた。

知り合い・・・というか、華雄の外見上の特徴を口にすると、番兵は一旦柵の中へと戻って言った。

もう一人の番兵がこちらに警戒を向けてくるのを意識して無視しながら、こちらも辺りへの警戒を怠らない。

自分ひとりだったらぼうっとするかもしれないが、今は風と一緒。彼女に危害を加えさせるわけにはいかないからな。

 

「・・・お前たち、名前は?」

 

戻ってきた番兵に名前を尋ねられた。

 

「俺の名前はギル。こっちは・・・」

 

「程昱ですよ~」

 

「・・・男のほうはこの辺では聞かない響きだな。まぁいい、もう少し待っていろ」

 

もう一度走り去っていく男を見送ってから、再び少しの無言の時間。

番兵もちょっと気まずそうにしている。うん、分かるよその気持ち。

俺もあんまり知らない人と二人きりとか結構困るもの。

 

「おい、長から許可が出た。入って良いぞ」

 

「ありがとう。ほら、離れるなよ」

 

「はいですよ~」

 

一応敵地ではあるので、慎重に進んでいく。

先ほど進入した家の前まで案内されると、番兵に顎で「いけ」と指示される。

 

「おじゃましまーす」

 

「します~」

 

長の家らしい建物に入ると、幽かに苦しそうな吐息が聞こえてくる。

真正面に見える扉の奥が華雄の寝ている場所だ。

 

「ギル、と言ったか」

 

意識をそちらに向けていたからか、一瞬声に気付くのが遅れた。

そこには、仙人、というイメージがぴったりな老人が立っている。

 

「おぬしの名前を聞かせたところ、彼女の共が反応してな。知り合いのようなので、ここに通したわけだ」

 

「ああ。元々仲間だったからな。華雄の様子を見たい。通してもらえるか?」

 

「よいじゃろう」

 

そう言って通されたのは、奥の間。

寝台には手当てをしている女性数人と、華雄の部下らしき女性兵士が数人。

俺たちが来るのは伝えられていたのか、特に驚かれずに迎え入れられた。

 

「・・・少し、やっぱり変わったな」

 

髪の毛が長くなっているし、戦装束も少しだけ変化している。

 

「む・・・この声は、ギル、か?」

 

「ああ。久しぶり」

 

身体を起こせるくらいには回復したらしい華雄が、苦しそうな顔をしながらゆっくり上体を起こした。

肩口を押さえているのをみるに、いまだ肩に受けた傷が治っていないのだろう。

恋と同じように露出させた腹部にも包帯が巻いてあり、赤く血が滲んでいる。

 

「取り合えず、これは差し入れ。ぐいっといってくれ」

 

「何処からだし・・・ああ、そういえば何か妙な蔵を持っていたな」

 

華雄は俺から渡された怪しげな色の薬を一気に呷った。

幾ら元仲間とはいえ、数年間会っていない人間から渡された怪しげな色の薬を一気するとは・・・。

豪快というか、何も考えてないというか・・・。

 

・・・

 

回復した華雄から今までの足取りを教えてもらった。

落ち延びた後、敵に出会わないように迂回しながら洛陽に戻ろうとしたところ、誤って国の境にある森に迷い込み、五胡の領土へとたどり着いたらしい。

その時点で戻れば良いのだが、華雄はこのまま進軍を決行。・・・まぁ、森で迷ってしまった時点で戻れないのは分かるけど。

それから、襲ってくる賊やら何やらをばったばったとなぎ倒しながら日銭を稼ぎ、たまにたどり着く村で農作業なんか手伝ってお礼を貰ったりしながら洛陽へ向かおうとしていたんだそうだ。

部下が優秀だったのか、洛陽へ向かう道は分かっていたのだそうだ。だが、華雄の活躍を聞いた村からの救援を聞いていたりするうちに、だんだんと北上していってしまう。

ようやくそれが落ち着いて、何とか南下してきたものの、途中立ち寄った村(今いる村のことだろう)で賊を返り討ちにして怪我を負い、こうして寝込んでいた、と。

 

「なるほど~。・・・まぁ、困った人を放っておけないというのは、話に聞いていた華雄さんらしさが垣間見えるというか~」

 

「それで・・・ここからが本題なんだが、華雄、お前戻ってくる気はある・・・んだよな?」

 

「もちろん! 董卓軍のものが全員生きているとなれば、戻らなければならんだろう! まだ決着を着けていない奴もいるしな!」

 

「了解。・・・よし、じゃあこの村を出発して、一旦仮拠点まで戻ろう。そこで装備を整えて、城まで戻るぞ」

 

二人だけなら黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)で何とでもなるのだが、華雄プラス部下数十名となっては、まず神秘の秘匿が難しくなる。

となれば陸路しかないのだから、準備するために仮拠点には戻らないとな。

 

「怪我も治ったことだし・・・手当ての礼をしたらすぐに出発するぞ!」

 

部下たちが応! と答えて準備を開始する。

華雄の部下なだけあって単細ぼ・・・熱血な兵が揃っているようだ。行動に戸惑いが見えない。

それから、手当ての礼として農作業やら村の周りを囲っている柵の補修なんかを手伝って、仮拠点へ。

こそこそする必要も無いので、昼間に堂々と進軍する。

俺の隣で眠そうに歩く風に話しかける。

 

「・・・この調子でいけば、日が暮れる前に着くな。風、ちょっとこの場を任せて良いか?」

 

「構いませんが~、お兄さんはどうするのですか~?」

 

「少し仮拠点を大きくしてくる」

 

「・・・すみません、風の耳が少し遠いみたいです~」

 

「だから、仮拠点を大きく・・・というより、もう一個大きいの建てて来る」

 

風はペロキャンを咥えたままため息をつくと、無言で俺の腰をぺしんと叩いてきた。

え、なんで俺は怒られているのだろうか。

それとも、いって来いという激励なのだろうか。・・・いや、ため息の時点でそれは無いな。

 

「・・・華雄さんと一緒に歩いていますので~」

 

「あ、ああ。それじゃあ、取り合えず行ってくる」

 

俺は敏捷と筋力のステータスを元に戻し、更に宝物庫からのバックアップも開始した。

これで、俺は一瞬ならランサーやアサシンに競り勝つほどの敏捷値を得ることになる。

一足で数百メートルを移動する俺は、ものの数分で仮拠点まで戻ってきた。

・・・さて、どんなに華雄たちが急いできても数時間はかかる。

その間に、数十人を収容できる建物を作らなきゃな。

 

・・・

 

全く、お兄さんは困った方ですね~。

大斧を持って隣を歩く華雄さんと様々な話をしながら、駆けて行ったお兄さんを想う。

この旅で少しでも近くなろうと思いましたが・・・一番最初に飛行宝具を使われたのは予想外ですね。

アレの所為で、数日はかかると思っていた国境までの道のりが数分になってしまいましたし~。

 

「・・・上手くいかないものですね~」

 

この越境探索のとき、お兄さんにあぷろーち? というものをしようとしていたのですが、まさに出鼻をくじかれましたね~。

仕方ありません。迦具夜さんから貰ったこのめもには、後なんて書いてありましたっけ・・・。

 

「む? 程昱よ、それは・・・」

 

「ああ、風で良いですよ~」

 

「そうか・・・すまない、私の真名は・・・」

 

「お兄さんから聞いていますよ~」

 

そうか、と納得してくれた華雄さんに、笑みを向ける。

お兄さんから聞いた話によると、彼女には真名が無いらしいのです。

それがどんな事情によるものなのかは想像できないですが・・・あまり詮索するのもいけないでしょう。

するりと流して、再びめもへと視線を走らせる。

 

「ふむふむ・・・なるほど~」

 

「それは・・・なんと書いてあるのだ?」

 

「んふふ~。秘密ですよ~」

 

「むぅ、そうか」

 

案外素直に引いた華雄さんから視線を外して、次の策のために頭を働かせる。

お兄さんは一旦戻って拠点を大きくすると言っていました。

・・・おそらく、元々立てていた小さい仮拠点を崩すことは無いでしょう。

ならば、そちらを使えば・・・。

 

・・・

 

「よっし!」

 

日も沈みかけ、西日が俺と建物を照らす。

無事に大型拠点が出来た。

ついつい柵とかグレードアップさせたり結界張りなおしたり防御を固めてしまった。

 

「さて、そろそろみんなも来る頃か」

 

千里眼で荒野を見渡すと、こちらへやってくる軍団が。

途中で襲撃も受けずに無事たどり着けたらしい。

少しして、向こうもこちらの拠点を視認したらしい。進行速度が気持ち上がったような気がする。

 

「よし、みんなが到着するのにあわせて簡単な食事でも作っておくか」

 

そうと決まれば天幕の中で調理開始だ。

量が多くてかつ作りやすい・・・カレー決定だな。

スパイスを宝物庫に突っ込んでルーを作り、調理を開始する。

宝物庫はきっと作業台と同じ効果を持つのだろう。材料を組み合わせれば別の何かが出来る辺り、似ている。

 

「さて、じっくりことこと煮込んでやるか」

 

と言ってもあと一時間弱。ああ、ご飯も炊かないとな。

丁度最後の仕上げ、と言ったところでみんながやってきた。

よしよし、いい時間配分である。流石は俺。伊達にギルえもんと呼ばれてはいない。

・・・響にしか呼ばれないけどな。

 

「むむっ、良い匂いがすると思ったら、やはりお兄さんだったんですね~」

 

「初めて見る料理だな。これは天の料理なのか?」

 

「天というか・・・まぁ、俺の故郷で大人気の料理だな」

 

「なるほど~」

 

巨大な鍋を五つほど用意して作成したからな。

全員分当たるだろう。ご飯もたっぷりだ。鈴々か恋が一人いても大丈夫なくらいはある。

 

「うむ! 美味いな!」

 

「それは良かった。どんどん食べてくれ」

 

日もすっかり沈み、ところどころで燃える焚き火が兵士たちを照らしている。

食事を取った後は簡単な風呂も開放している。・・・まぁ、こっちには川も宝具ボイラーも無いので普通に水を沸かしただけなのだが。

それでもやはりすっきりするのは嬉しいのだろう。女性たちが嬉々として出入りをしている。

 

「さ、華雄たちはあっちの大きい拠点で休んでいてくれ。申し訳ないけど、数人で一部屋だ」

 

「いやなに、用意してもらっただけでもありがたい。この礼は必ず」

 

「気にするなって。俺も楽しんで建ててたし」

 

食事を終え、湯浴みも終わらせた兵士たちが続々と巨大拠点へと入っていく。

まぁ、部屋割りは勝手にやっていくだろう。

俺も疲れた。仮拠点に戻るとしよう。

 

「俺は先に戻るけど・・・二人はどうするんだ?」

 

「おや、そうですか~。ではでは、風も戻りましょうかね~」

 

「む、私もそうするか」

 

「・・・」

 

ん? 風が「むむっ?」って顔をしている。

まぁ、華雄は将扱いとはいえあまり親交が無いだろうからな。驚くのも無理は無い。

だけど、華雄も一応とはいえ将。兵士たちとは拠点を別にしないと。

ということを風に説明すると、再び腰の辺りを叩かれた。

え、なんで俺はまた怒られているのだろうか。

 

「・・・お兄さん。以前風はお兄さんにお返しをすると言っていたのを覚えていますか?」

 

「ん、ああ。念壷事件のだろ? ・・・だから、むしろ俺が詫びる側だって・・・」

 

「ではでは、今夜、一つお願いを聞いて欲しいのですが~」

 

「おう、俺に出来ることなら。作って欲しい夜食でもあるのか?」

 

「いえいえー。そういうものではないのですよ~」

 

言葉を濁す風に、首を傾げてみるが、まぁ考えたところで分かるものではないだろう。

兎に角、後で聞かせてくれるだろうし、仮拠点に戻るか。

 

・・・

 

この状況は何なんだ。

まさにその言葉しか浮かばない。

仮拠点に戻った後、別に作った風呂に入るという風と華雄を見送り、自室に戻ったまでは、特に変わりは無かった。

それから自室に戻ってちょっとだけ書類を片付けて、さて寝ようかと寝台に潜ったのも問題なかろう。

・・・問題はその後か。

寝台がきしむ音と身体に走った衝撃に目を覚ますと、風が四つんばいの体勢で、寝ている俺に跨っていた。

ああ、まさに何を言っているか分からない。

こちらをじっと見つめる眠そうな瞳や、俺の頬や顔を容赦なくくすぐっていく柔らかな金髪はまさに風のものだ。

その状態で数分見つめ合っていると、こんな状況なのに眠気が再び襲ってきたりする。

 

「・・・おやすみ」

 

「流石にそれはどうかと思うのですよ~」

 

いや、これは確実に風の所為だ。

彼女の眠たげな瞳とあまりの衝撃に現実逃避するかのような眠気が俺を襲うのだ。

 

「まぁ、眠っても良いのですが、その間下半身に何が起こっても自己責任ということで~」

 

「なんという限定的な脅し文句! 風はそういうことする娘じゃないって信じてたのに!」

 

「まぁ、そう思ってるならそうなんじゃないですか? お兄さんの中では、ですけど~」

 

「くっ・・・」

 

口で勝てる気がしない。かといって無理にどけようとも思わない。

何故風がこんなことをしているかについての予測は付いている。いや、確信と言っても良い。

これで間違っていたら本気で墓穴掘って埋まる覚悟だが・・・。

 

「むぅ・・・そういうことは、分かるのですね~」

 

片手で風の頬を触れると、風は手のひらに頬を押し付けてきた。

正解らしい。ふふん、もう鈍いとは絶対に言わせない!

 

「なら、これから風がして欲しいことも・・・分かりますよね~?」

 

「もちろん。・・・好きだ、風」

 

「っ。・・・風も、ですよ~」

 

・・・自然と口付けして、お互いに見つめあう。

そういえば、宝譿がいない。留守番なのだろうか。

いや、いても困るのだけど。

 

・・・




副長メモ
・隊長は基本的に意味不明です。
・隊長は例外的に穏和です。
・隊長は平和的に物事を運ぼうとします。
・隊長は全般的におにちくです。
・隊長は積極的に攻めれば落ちます。

「・・・なるほど~」

その後、そのメモは迦具夜と風の手によって厳重に保管され、壱与と卑弥呼によって続編が作られた。そして、かの黄金の将と結ばれた娘たちによって項目が追加されていき、彼を落とすための参考にされるのだった。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十話 十月最後の日に

「それにしても、ようやくライダーの努力が報われる日が来たんだな」「だな。キノコ狩りに始まり、衣装のデザイン、材料集めも手伝わされたしな」「ああ。・・・ま、個人的に楽しみだし、俺もお菓子大量に仕入れたけど。宝物庫の中、今すっごい甘いにおいするぞ」「・・・知りたくなかったなぁ、神秘の蔵のそんな真実」「さっきちらっと見たけど、宝物庫の中で自動人形たちが駄菓子屋を開いていた」「そんなのもあるのか!?」


それでは、どうぞ。


「そんなにまじまじと見られると、恥ずかしいですね~」

 

俺の腹の上で寝そべる風は、わざとらしく口から「ぽっ」とか言ったりしている。

身動きされるたびに風の肌が直接触れるので、とても不味い状況だ。

寝起きだから、という理由以上の血液が余計な場所に集まってしまっている。

朝っぱらからというのは非常に不健全だな、と思いつつも風に手を伸ばすと、どたどたどたと大きな足音が近づいてきた。

 

「ギル! 貴様昨夜からがたがたぎしぎしと! やかましいぞ!」

 

「かゆ!?」

 

「うま~?」

 

ばったーん、と扉を開ける・・・というより吹き飛ばした華雄は、ずんずんと俺のもとまで来ると、ごつんと拳骨を落としてきた。

痛くない、痛くないが・・・よくもまぁ、この状況で平静を保っていられるな、華雄。

 

「・・・ん?」

 

「おはようございます~」

 

あ、一糸纏わぬ姿の風に視線がいった。

 

「・・・む?」

 

「・・・おはよう」

 

こっちに視線が戻ってきた。

・・・って、もしかしてどんな状況だったのか気付いてなかったのか、この娘。

さすが三国一二を争う猪突猛進娘だ。

 

「なっ、ななななななな・・・!」

 

頭の中で結論が出たのか、真っ赤になる華雄。

なるほど、茹でダコ、というのはこういうことを言うのか。

 

「なんというものを見せるんだ!」

 

再び拳骨。

痛くは無いが、そろそろやり返しても良いはず。

 

「・・・取り合えず、服を着るから外へ出てくれ」

 

「し、仕方ないな・・・!」

 

顔を真っ赤にしたまま、ずんずんと外へ出る華雄。

 

「・・・はぁ。取り合えず、服を着るぞ風」

 

「はいですよ~」

 

・・・

 

「・・・で、その、何だ」

 

「はっきりしたらどうだ。しおらしい華雄とか、正直怖い」

 

「う、うううううるさい! き、貴様たちは、その・・・そういう、仲なのか!?」

 

「そうですね~。昨夜から、ですけど~」

 

仮拠点で朝食を取っていると、華雄から話を切り出される。

真っ赤になる小動物系華雄さんは可愛いです。

かといって拳骨を落とされたことと金剛爆斧を振り回されたことを許したわけではないので、若干対応は冷たい。

 

「ま、これからしばらく歩くし、その間に話はしてやるから。・・・さてと、兵士たちも食事が終わった頃かな?」

 

外から聞こえてくる会話から察するに、もう片付けに入っているらしい。

後は食後の一休みをした後、準備をして出発するだけだ。

 

「む・・・ならば、私は兵士たちに指示を出すとしよう」

 

「ではでは、風はお兄さんと新婚気分でも味わってますね~」

 

前と同じように袖をたすき掛けにして、髪の毛も纏めた風は、がちゃがちゃと食器を洗い始める。

手伝う、と申し出たのだが、旦那様はこういうとき寛いで瓦版でも読んでいるものなのですよ~、と返された。

その間違った『旦那様知識』だが、出所が大体分かるので帰ったら副長にはしっぺである。

 

「~♪」

 

ご機嫌である。心なしか、頭の上の宝譿もいつもより元気な気がする。

いや、表情変わらないので雰囲気で、としか言いようが無いのだが・・・。

 

・・・

 

片付けの後、ちょっと時間が余ったので風の要望どおり空中から地図の訂正を行った。

・・・え? それだけだけど? ・・・ホントダヨ?

帰りの道中では特に問題もなく、賊に会えば華雄が吹き飛ばし、再び賊に会えば俺が吹き飛ばし、若干兵士を増やしながらも穏やかに帰路へとついた。

城に到着すると、待っていたらしい月が笑顔でこちらに飛び込んでくる。

 

「お帰りなさいっ」

 

「おお? 月か。ただいま。変わったことはあった?」

 

「いえ、特に・・・あ」

 

「何かあったのか?」

 

首を振りかけて止めた月に、少し心配になって聞き返してみる。

少し言いにくそうに俯いた後、何時もより小さめに呟いた。

 

「あの・・・ギルさんがいなくて、寂しかったです」

 

「ああもう可愛いなぁ!」

 

「へうっ!?」

 

頬に手を当てながら少し不機嫌そうに言う月を抱き上げる。

その騒ぎを聞きつけたのか、侍女組が続々集まってくる。

 

「あーっ、おっ帰りー! ギールさんっ」

 

「え? ギル? ・・・ホントだ。お帰り、ギル」

 

「あ、えと、その、お、お帰り」

 

多分口調で分かるかもしれないが、響、孔雀、詠である。

うんうん、メイドと執事に出迎えられると、少しテンションあがる。

さて、報告に行くか。気が進まないけど。

 

「お兄さん、行きましょうか~」

 

そんな俺の様子から感じ取ったのか、風が先を促す。

さり気無く俺の手を取っている辺り、可愛らしいものである。

・・・一瞬、月と視線の火花を散らしたように見えるのは、俺の気にしすぎだよな?

 

「ささ、お兄さん。『二人っきりの遠征』の報告に行きましょうか~」

 

変なところを強調するな! というか、月に視線を向けているのを見るに完全に挑発しているようである。

・・・二人とも、仲が悪いわけではなかったはずなんだが。

 

「・・・へぇ」

 

く、黒月、襲来である。

他の侍女組も空気を感じ取ったのか、俺にどうにかしろ、という視線を送ってきている。

俺が何とかしなきゃいけないのか。・・・しなきゃいけないんだよな、責任とって。

 

「ほらほら、二人ともそこまで。風、さっさと報告終わらせないと」

 

「了解ですよ~」

 

「月、後で少し腹に入れておきたいな。軽いもので良いから、作っておいてくれるか?」

 

「はいっ。もちろんですっ」

 

先ほどまでの空気は何処へやら。

二人ともご機嫌でニコニコである。うんうん、仲良きことはよきことかな。

侍女のみんなからも良くやった、という視線が来ている。

アイコンタクトで会話できるほど心が通じ合っていると喜んでおこう。

 

・・・

 

「・・・なるほど?」

 

「ああ。で、華雄と合流して帰ってきた。今は遊撃隊に組み込んで副長たちと訓練とかさせてる」

 

華琳、桃香、蓮華の三人と机を囲み、風が用意した資料を手渡していく。

 

「でもでも、やっぱりお兄さん一人で大体のこと出来るよね」

 

「桃香・・・お前は俺を何だと思っているんだ」

 

「? 好きだって思ってるよ?」

 

「そういうことじゃ・・・流石は天然というか、頭緩めというか」

 

「そういうことじゃない・・・? ・・・あ、大好きだよ!」

 

「そういうことでもない!」

 

ああもう、桃香は本当にマイペースだな。

会話してるといつの間にか空気がほんわかとしてくる。

 

「・・・で、そこで華雄を拾ってきた、ということね?」

 

ため息をつきながら、蓮華が空気を戻すついでに確認してくる。

ああ、と頷いて、書類を捲る。

そこには、合流した華雄の部隊と途中で加入してきた元賊たちのプロフィールが簡単に纏めて書いてある。

 

「まぁ、正確に言えば華雄とその配下だな。今は副長に全部任せてきてるけど」

 

ここに来る途中、出迎えてくれた副長に押し付け・・・じゃなく、任せてきたばかりだ。

とてもジトっとした目で見てきたが、どう頼めば良いか分かっている俺の敵じゃなかった。というか、最初から敵じゃない。

 

「じゃあ、そのまま遊撃隊に組み込んだら良いじゃない。実質的な指揮官が副長、軍師が七乃、武将として華雄。中々調整取れてきたんじゃない?」

 

「まぁ、華雄の武は頼りになるから、こっちで預かって良いなら助かるが」

 

これで副長の組み手の相手も出来たしな。

 

「細かいことは後で追々調整していきましょう。それじゃあ、解散!」

 

華琳の解散宣言に、桃香が「おつかれさまでした~」と答えて立ち上がる。

蓮華もふぅと一息つきながら桃香と同じように立ち上がり、座ったままの俺のところへと向かってくる。

だが、それよりも早く桃香が駆け寄ってきて腕に抱きついてきた。

 

「お兄さんっ。でぇといこっ」

 

「なっ!? と、桃香っ。それはずるいっ」

 

「・・・おやおや~」

 

蓮華も慌てて俺の腕を取り、ぐいぐいと自分のほうへ寄せるように引っ張る。

負けじと桃香も俺の腕を引っ張るので、まぁ、言わずもがな柔らかいものがぐいぐい当たる。

 

「凄く・・・柔らかいです」

 

「むむぅ・・・風には少し真似できないですね~」

 

真似しなくても良いです。是非風はこれからも健全に・・・って、何故俺の膝の上に登ってくるんですかねぇ・・・?

両隣からは柔らかさ、膝の上には心地よい重み。

・・・よし分かった。

 

「おぉ~、お兄さんがやるきなのですよ~」

 

「えへへー、おにーさんっ。んー・・・」

 

「こ、こらっ。わ、私も・・・その、えっと」

 

・・・

 

「・・・なんかゲッソリしてねえか、お前」

 

「いや、うん。前やったときも思ったんだけど、三人ってきついよね」

 

「? 組み手かなんかの話か?」

 

「・・・うん、まぁそんなものだよ」

 

かぼちゃの首を傾げるライダーに、フリフリと手を振って話を切る。

今日は少し身体を動かすし、朝っぱらからこんな沈んだ空気はいけないだろう。気持ちを切り替えないとな。

 

「よし! で、ライダー。手伝って欲しいことって何だ?」

 

「お、良くぞ聞いてくれた! そろそろ秋も深まる頃! そうなったら、一大イベントがあるだろうが!」

 

「・・・ああ、アレか」

 

ライダーの存在理由というか、アイデンティティというか。

そういえばもうあのお祭りまで一週間くらいか。

・・・確かライダー、夏の始まりから準備してた気もするけど。

そのときのキノコは良い具合に腐ったんだろうか。

 

「つーわけで、仮装を作るぞ」

 

「・・・まさか、俺を呼んだのって・・・」

 

「もちろん、材料調達を手伝ってもらうためだぜ」

 

まぁ、そのくらいなら手伝ってやるか。

俺も、みんなの仮装が見たくないわけじゃないし。

 

「で、どんなのを使うんだ?」

 

「んー、まずは龍の皮は確定だろ?」

 

「あ、それなら在庫あるぞ」

 

「そいつはラッキーだ。後は飾り付けに使うから鳥の羽だとか・・・」

 

ライダーがあれもこれもと必要な材料を伝えてくる。

・・・が、そのほとんどが宝物庫に入っている物だ。

 

「あんだよー、調達しにいかなくても良いのは楽だけどよー・・・」

 

つまらない、とライダーの瞳の炎が語りかけてくる。

こいつは本当に、「目は口よりもモノを言う」の典型である。

慣れれば、ライダーの炎を見るだけで機嫌が分かるからな。

 

「ま、いっか。その分準備に時間掛けられるってことだからな」

 

「前向きだなぁ・・・」

 

少しだけ見習いたいほどである。

 

「さてと・・・後は俺の中にいる奴らを見せて参考にさせるか」

 

「それだけはやめておけ」

 

なんでこいつ、祭りのためだけに宝具使う気でいるんだ・・・。

・・・あ、俺もだ。花火のために色々使ったな。

 

「お互い、人のことは言えんな」

 

「はぁ?」

 

ライダーに首を傾げられながら、凄まじく呆れた声を出された。

適当なことを言って会話を切りながら、ライダーが贔屓にしているという店に向かう。

 

「いらっしゃい」

 

到着したのは、裏路地を何本か歩いたところにある怪しい一軒の店。

周りには何もなく、見つけようと思ってもこの店を見つけることは難しいだろう。

そんな場所に建っているのだ。ライダーはどうやって見つけたんだ、この店。

雰囲気に気圧されながらも中に一歩踏み入れると、なんというか、黒い瘴気のようなものを幻視する。

それほどまでに、店の中の空気が・・・言いにくいが、淀んでいるように感じるのだ。

 

「よー、ばっちゃ。今日は衣装を作って欲しくてよー」

 

そんな中で静かにこちらを見ていた老婆に軽い挨拶をするライダー。

良くそんなフレンドリーに話しかけられるな。

俺ちょっと帰りたくなってきてるのに。

 

「衣装? ・・・ああ、はろうぃんとか言う祭りのかい?」

 

「そーそー。材料はあるから、こういう感じで・・・」

 

「なるほどねぇ。ここはこうして・・・」

 

「お、いいじゃんか。あ、こっちはこうしてくれよな」

 

ライダーが店主らしき老婆と話しこんでいる間、俺は店内を見回してみる。

怪しい骨や怪しい水晶、怪しい薬や怪しい液体が陳列されている。

何々? 滋養強壮、睡眠不足解消、夜のお供に朝の一杯に・・・。

なるほど、漢方薬みたいなものか。・・・にしても、購入意欲を減衰させる外見である。

これなんか、確実に毒薬・・・え? 俺の宝物庫にも似たようなのあるの?

 

「お、何だろこれ」

 

そんな中、一つだけ綺麗な髪飾りが並んでいた。

きっと、枕詞として「呪いの」とか付くんだろうな、と思いながらも手に取る。

ギルガメッシュとしての能力だろうか、神様の手の込んだ悪戯のどちらか分からないが、俺には鑑定眼が備わっている。

多分ギルガメッシュとしての鑑定眼が神様の手の込んだ悪戯によって狂化されたのだろうと予想している。『強化』ではないのがミソである。

兎に角、そのお陰で(所為で?)俺は物品、人物その他諸々を見たとき、そのものの価値、本質なんかが見れたりする。

 

「綺麗だけど・・・やっぱり呪われてるっぽいな」

 

ステータス異常で常に『混乱』がかかるらしい。

ま、後で解呪すれば良いだろ。

 

「おばちゃーん、これくださーい」

 

「お? なんだ、また嬢ちゃんたちへの贈り物か?」

 

「そんなもんだよ。いくら?」

 

しばらくこの店の空気に当てられていたからか、最初ほどの忌避感も感じなくなっていた。

順応性高いな、俺。と自画自賛してみたり。

 

「あー? それはねぇ・・・」

 

ゆったりと話す店主に代金を渡して、宝物庫に一時避難させる。

こんなの持ってたら、どんな弾みで誰かが呪われるか分かったものじゃない。

『この そうびは のろわれている !』なんて、洒落にならないのだ。

 

「ようっし、注文も終わったし、帰ろうぜー」

 

髪飾りを購入した後、棚に置いてある商品を眺めていると、ライダーがふよふよと近づきながらそう言った。

 

「おう、次は何を用意するんだ?」

 

「あん? ・・・あー、まぁ、後は祭りの日付をみんなに周知しねえとな」

 

・・・

 

というわけで、ライダーの中にいる怪物たちや、仮装した俺による宣伝が始まった。

宣伝と言っても、仮装してこういうことをしますよー、と説明しながら看板持って町を練り歩くだけである。

 

「・・・あらぁん?」

 

「うわぁ・・・」

 

なんてこった、一番嫌なのに見つかった。

 

「楽しそうねん。元気そうで何よりよぉん」

 

「・・・この状態を見て元気といえるか、貂蝉」

 

くねりくねりとしなを作りながらこちらに近づいてくる貂蝉に、ぞぞぞ、と鳥肌が立つのを感じる。

いや、だが、逃げてばかりではいけないのではないか。

ここで、一歩でも近寄る努力を・・・。

 

「んふぅん」

 

あ、無理っぽい。

っていうか、何なんだよお前ら。

貂蝉といい、卑弥呼(漢女)といい、マッスルなほうのプリティなベルといい、なんで威嚇するように笑うのだろうか。

卑弥呼にマジカルルビー、卑弥呼にマジカルサファイアを渡せば、三人揃って魔法少女隊『華麗・ド・ビルダー』とか結成してくれるのかな。

・・・いや、プリティな世界の天使に迷惑をかけそうなのでやめておこう。あの索敵天使に、こっちの漢女の相手は荷が重いだろう。完全にSAN値直葬される。

 

「・・・あ、でも丁度良いか」

 

「何がかしら?」

 

「いや、お前だったら仮装しなくても町を練り歩けるなと思ってさ」

 

ガチムチな身体に三つ編みお下げのみの髪型、更にはヒモパンとくれば、立派な怪物である。

ライダーの眷属の怪物さえ裸足でお魚咥えて逃げるレベルだ。

そんなに褒められると照れるわぁん、と恐ろしい一言を呟く貂蝉に看板を差し出す。

 

「というわけで、この看板持って歩いてきてくれ。卑弥呼は近くにいないのか?」

 

「わかったわぁん。卑弥呼も呼べば来ると思うからぁ、一緒に宣伝してきてあ・げ・る」

 

語尾に(はぁと)とか付きそうなねっとりとした声で答えながら、貂蝉は嬉しそうに看板を受け取る。

看板を受け取るときに両手をぎゅっと握られ、危うく往来で宝物庫を開きそうになったのは内緒である。

きっと乖離剣でもぶっぱしないと堪えないのだろうが、流石にエアもキレると思う。

そのまま漢女と分かれ、俺は大通りへ、貂蝉は市場のほうへと向かったのだが、市場から凄まじい悲鳴が聞こえてくる。

阿鼻叫喚というか、地獄の再現というか・・・。

すまん、民たちよ、と心の中で謝りながら、俺は笑顔で大通りを練り歩いた。

 

・・・

 

「で、そのはろうぃんって言うのはどういう祭りなのよ」

 

町民たちを恐怖のずんどこに叩き落した後、俺は月と詠と三人で卓を囲んでいた。

そこで、俺の看板を見た詠がきょとんとした顔で聞いてくる。

 

「そうだな、ライダーから出てくるような怪物に仮装したりして、家を回るんだ」

 

「家って・・・他人の?」

 

「そうそう。で、トリック・オア・トリートって言うんだ」

 

「ええと・・・響きからして天の言葉ね。どういう意味?」

 

「『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』って意味かな」

 

「いたずら、ですか?」

 

首をかしげた月が、不思議そうに呟く。

 

「っていうか、家に突然行ってお菓子を要求して、もらえなきゃ悪戯なんて・・・そういうの、なんていうか知ってる?」

 

「いや、まぁ、その祭りのときのみの暗黙の了解があるというか・・・」

 

「・・・前に教えてもらった、えいぷりるふーる、っていうのと同じなんですね?」

 

「ああ、そんな感じだな。『その日は嘘ついても良いんだよ』って言うのと同じように、『その祭りのときだけはお菓子を要求しても良いんだよ』っていう暗黙の了解があってだな・・・」

 

月のフォローに乗っかるように説明を補足する。

それに、本場では子供たちの悪戯の攻防戦をする家もあるみたいだし・・・。

そういう意識をまずは広めないとな。

 

「そういえば、二人は参加するか?」

 

「ボクたちは・・・どうする? 月」

 

「へぅ・・・その、ギルさんは参加されるんですか?」

 

「まぁ、お菓子をあげる側でな」

 

「そうなんですか・・・?」

 

少しがっかりした顔の月たちに、実はな、と答える。

 

「俺も最初は仮装して参加しようとは思ってたさ。・・・ただ、な」

 

「? なんか問題でもあったの?」

 

「いや、俺がやると、黄金率の所為できっとお菓子じゃなくて献上品が出てくる」

 

「あ、あぁ・・・そういうことね」

 

理由に得心がいったのか、ため息をつきながら頷く詠。

 

「かりすまと違って、切れないんですよね」

 

そうなんだよなぁ。

黄金率はもうスキルというより性質になってきているからな・・・。

カリスマならまだ『抑える』ことも出来るけど、黄金率だけは、もう諦めてる。

下手をすれば、町を歩いているだけで金品を渡されそうになるし・・・。

やったことは無いが、スキルを持っている本人としての直感がそういう未来になると言っている。

最初に路地裏のギャンブルで黄金率を試してた頃よりも更に強力になってる。

基本的に俺のスキルは神様の手が加わっていると考えて良いからな。・・・あ、宝具もか。

 

「二人が参加するなら・・・なんかあるかな」

 

宝物庫の目録を、頭の中に展開する。

使い慣れてきたからか、いちいち集中しなければ見れなかった目録も、こうして思い立ったときにすぐ覗ける様になったのだ。

ええと、仮装するためのだから・・・『変身』欄かな?

 

「うわ」

 

先ほど冗談で言った『ルビー』と『サファイア』がある・・・。

おいおい、リィンと鳴るロッドもあるぞ。不屈の心や戦斧の名を持つデバイスだとか、キラキラ光る不思議なコンパクトとか、肉体言語の王女の杖だとか・・・。

凄いぞ、プリティでキュアキュアな子達のアイテムだとか、月にかわってお仕置きしたくなるようなアイテムとか、お邪魔な魔女のアイテムまで入ってる!

なんでこんなに豊富なんだ・・・。新たに、神様の『魔法少女物好き』な一面が見えてきたんだが・・・。

 

「・・・流石にこの辺は使えないな・・・」

 

確実に何か事件が起こるだろう。

簡単に取り出さないように注意しよう。さっき買った髪飾りと同じ『危険』区分に移動しておくか。

 

「二人は例えばどんな仮装をしたいんだ?」

 

それを聞いておけば、ライダーが製作依頼した衣装を借りておくことも出来る。

俺の質問に、二人はうーん、と仲良く一緒に考え込む。

 

「・・・そう、ですね。私は、狼男さん、とか・・・あ、私だと狼女ですか?」

 

「がおー、って、言ってみ?」

 

「ふぇ? が、がおー?」

 

「よし持って帰る!」

 

「落ち着きなさい!」

 

戸惑いながらも言われたとおりの台詞を口にする月に興奮してがたんと立ち上がりかけた俺を、詠が神秘の篭ったハリセンですぱんと叩いて嗜める。

あ、危ない危ない。あまりの衝撃に、我を忘れかけた。

 

「助かった、ありがとな」

 

「ふんっ。月が襲われそうになってたから助けただけよ!」

 

それでもだよ、と詠を撫でながら答えると、顔を真っ赤にしてそっぽを向く詠。

久々のツン子である。とても癒される・・・。

 

「で、ツン・・・じゃない、詠はどんな仮装をしたいんだ?」

 

「ツン子いうな! ・・・そ、そうね、ボクはあの、黒い羽の付いた小さいのとか」

 

「・・・ああ、悪魔かな、それ」

 

詠が悪魔・・・いや、小悪魔だな。その仮装をしているのを想像する。

 

「・・・よし、詠。寝室に行こうか」

 

「落ち着いてくださいね、ギルさん?」

 

先ほど詠が使ってそのまま置いてあったハリセンで、二度目の衝撃を与えられる。

あ、危ない危ない。俺の意識というか、本能も危ないけど、その神秘の篭ったハリセンも結構危険物だ。

回収して、宝物庫に入れておこう。これは、『使用注意』ゾーンだ。

ちなみに、こういう分類には、他に『Cランク以上』だとか、『宝剣類』なんていう大雑把な分類から、『温泉用』、『副長用』などなど、使用方法に特化した分類まである。

『未確認』ゾーンはいまだに一割も開拓されていない。せめて、英霊になるまでには解明しておきたいものだ。

 

「よし、もう大丈夫。で、その二つだったら多分衣装あると思うし、後でライダーに話つけておくな」

 

「はい、分かりました」

 

「ま、まぁ、期待しないで待ってるわ」

 

・・・

 

ライダーに無事用件を伝え、すぐさまその場を離れた後(貂蝉と卑弥呼とともに、魑魅魍魎が跳梁跋扈していた。後はお察し)、仕事をするために城に向かう。

その途中、せっせと作業をする蒲公英を見つけた。

 

「・・・また、落とし穴か?」

 

「ひゃうっ!? な、何だお兄様かぁ・・・。びっくりさせないでよね、もぅ」

 

「ほほう、俺の気配遮断も中々見たいだな。訓練してみるか。スキルとして習得できるかもしれないし」

 

「や、やめてよね! お兄様が気配遮断なんて身につけたら、悪戯できないじゃない!」

 

「はっ、次は俺が悪戯する番だな!」

 

圏境まで使えればアサシンとしてもいけるのだろうが、残念ながらそこまで武術の真髄を極められるとは思えない。

 

「もーっ。あ、でもでも、お兄様と一緒に悪戯するんだったら楽しいかもねっ」

 

「そうかもな。・・・まぁ、取り合えず蒲公英に今までの悪戯の分を清算してもらうのが先かなぁ・・・」

 

俺の視線の温度が低くなっていくのが分かったのか、蒲公英は決まりが悪そうにうっ、と呻きながら後ずさる。

今までもちょくちょく注意はしてきているのだが、蒲公英はずっとのらりくらりとかわして来たのだ。

だが、再三注意して禁止令まで出した落とし穴を作ったのなら話は別だ。

 

「・・・よし、蒲公英。逮捕だ」

 

「ふぇっ!? お、お兄様、ちょ、顔が本気なんだけど・・・!?」

 

「今回ばっかりは、本気だな」

 

戸惑う蒲公英の腰に縄を巻きつけ、手錠は無いが連行する。

 

・・・

 

「というわけで、裁判を始める」

 

「ちょっと待ってお兄様! 人選間違ってない!?」

 

「黙りなさい、被告人。死刑にするわよ」

 

「まって卑弥呼さん! だからお兄様、これおかしいって!」

 

被告人である蒲公英が、裁判長である卑弥呼の目の前に立つ。

ちなみにその左右を壱与と孔雀が固めている。

 

「大丈夫だ、最強の弁護士を呼んでいる!」

 

「響さんでしょ!? 安心できないよぉ!」

 

検事側には俺が立ち、弁護側には響が立っている。

ちなみに、人選は適当で選んだ理由はそこにいたから、である。

 

「で、裁判って何するの? 弁護士って、どうすればいいのー?」

 

「やっぱり! 今の聞いたお兄様っ、蒲公英の味方のはずの響さんから不安な言葉がっ!」

 

「やかましいわよ被告人。死刑ね」

 

卑弥呼の名誉のために弁解しておくが、卑弥呼がここまで私情をがっつり挟んだ判決を頑なに下そうとしているのかには、理由がある。

まぁ、単純な話、卑弥呼も蒲公英の落とし穴の被害者ということなのだが、ちょっとその被害の遭い方が違う。

魔法使いである彼女は、足元がずぼっと消失した瞬間、宙に浮かんで落下を回避。次の瞬間、落とし穴に引っ掛けられたと理解した瞬間にそれなりの威力で合わせ鏡発動。

一帯にある落とし穴全てを吹き飛ばした・・・までは良いのだが、いや、良くは無いけど。兎に角落とし穴の中には蒲公英のだけではなくて桂花のもあったのだ。

桂花は落とし穴に色んなものを入れる。爬虫類とか口に出したくないものとか、色々だ。桂花は敵を陥れるためなら全力を尽くす。

いともたやすく行われるえげつない行為である。

そんなところに合わせ鏡・・・つまり、『はかいこうせん』を打ち込めばどうなるか。

もちろん、中身が舞い上がる。そして、打ち上がった中身たちは卑弥呼に降り注ぎ・・・。

泣きながら取り乱す卑弥呼が胸に飛び込んできたときは、正直世界が終わるかと思った。

 

「で、取り合えずこれから裁判で合法的にあんたを殺す・・・じゃないや、判決を下すわけだけど」

 

「殺意が見えるね・・・ま、ボクが響の補助をするから、死刑は回避してあげるよ」

 

「うぅ、ありがとねぇ、孔雀さん・・・」

 

なので、こんなにも殺意が見え隠れしているのだ。

壱与は・・・分からんな、一番関係ない存在だけど。

そんなことを壱与に視線を向けながら思っていると、壱与から質問が飛んできた。

 

「ギル様の検事、というのはどういう役割なんですか?」

 

「ん? そうだな、蒲公英がやったって言う証拠を提示したりする・・・まぁ、弁護人と反対みたいな位置かな」

 

「弁護する人と反対・・・なるほど、では、求刑は死刑ってことで良いですわね?」

 

「良くないよね!?」

 

ああ、この裁判で蒲公英は突っ込みのし過ぎで倒れるんじゃないだろうか。

傍聴席に副長が座っているが、寝ているので後で起こしておくとしよう。

 

「ふぁっ!? あ、あー・・・もう始まってます?」

 

「大丈夫、今からだから」

 

「そですかー。あ、どうぞ始めちゃってください」

 

詠たちから回収したハリセンで引っ叩くと、涎を垂らしながらも目を覚ます副長。

口元を拭いながら、俺たちに先を促す。

 

「よし、取り合えず罪状の確認からだな」

 

「ええ。この邪馬台国女王のわらわに対して危害を加えたわ。ということは、邪馬台国に対する宣戦布告と受け取って良いわね。はい、死刑」

 

「あら、そうなんですか? まぁ、流石に邪馬台国の象徴に手を出したら壱与も黙ってるわけにはいきませんね、はい、死刑で」

 

「二人とも・・・。ボクはきちんと真面目にやるけどさー。えっと、何々? ギルに禁止されてたにも関わらず、落とし穴を再三作成し、なおかつ被害者を出した。・・・えーっと、ごめん。擁護できないや。死刑で」

 

「罪重くない!?」

 

「ネコミミの分もあるからじゃない?」

 

ネコミミというのはもちろん桂花のことだ。

二人分の罪を(と言っても、卑弥呼の私情が過剰に含まれているが)被せられた蒲公英は、納得いかなーい! と目の前の台をバンと叩いた。

 

「あ、じゃあえっと、弁護人の私の出番だねっ。んーと、死刑はやりすぎじゃないかなー?」

 

「ふむ・・・じゃあ、響・・・じゃなくて、弁護人はどのくらいが適当だと?」

 

「ふぇっ!? そ、そだねー、えっと・・・くすぐりの刑、とか?」

 

「ちなみに言っておくけど、くすぐりってやりすぎると拷問になるからな?」

 

「えげつないですねー、響さん。隊長ですら私へのお仕置きとしてはあんまりやらないのに」

 

傍聴席にいる副長が、冷や汗を流しながら呟く。

・・・確かに、あんまりやんねえな、くすぐりの刑。

 

「あ、今なんか余計なこと言って藪を突いた気分になりました」

 

「大正解だ副長。次のお仕置きが決定した」

 

「なんですとっ!? さ、さいばんちょー! 目の前で犯罪予告が!」

 

「は? 恋人同士のイチャイチャをどうやったら犯罪予告に出来るのよ。大人しく爆発してなさい」

 

冷静な卑弥呼に返され、しゅん、と項垂れる副長。

 

「で、そこの馬娘かっこ妹の処遇だけど・・・」

 

「はーい、さいばんちょー!」

 

「発言を許可するわ、爆弾娘」

 

「けーふぁさんの分も負担させるのは酷いと思います!」

 

「・・・それもそうね。むしろ、わらわの被害の大半はあのネコミミの所為だものね」

 

時間が経ってずいぶんと冷静になったのか、卑弥呼が考え込んだ。

流石は女王だ。冷静になればきちんと客観的な判断を下せるのだろう。

 

「分かったわ。無償労働一週間で手を打ちましょう」

 

「あ、裁判長、それに追加で執行猶予? とかいうのもつけておこうよ」

 

「ふむ・・・壱与、あんたの考えも一応聞いておいてあげる」

 

「? 壱与の結論は変わりませんよ? 卑弥呼様に手を出したんですし、死刑が妥当でしょう?」

 

「・・・ある意味わらわ以上の危険思想の持ち主よね、こいつ」

 

ぶれないなぁ、壱与は。なんだかんだ言って、卑弥呼も邪馬台国も好きだからな、あいつ。

卑弥呼がため息をつきながら木槌をたんたん、と叩く。

 

「じゃあ、判決を言い渡すわ。取り合えず無償奉仕一週間、執行猶予は・・・ま、三ヶ月で良いんじゃないの? その期間内に落とし穴作ったら、くすぐりの刑ね」

 

「う・・・ま、まぁ、一週間くらいなら・・・」

 

途中から突っ込みも諦めて聞いていた蒲公英が、がっくりと項垂れながらその判決を受け取った。

 

「ふはー、私いる意味ありましたー? あ、一応絵は描いておきましたけどー」

 

そう言って、副長はスケッチブックを見せてくる。

そこには、裁判の様子が綺麗に書き写されていた。

・・・ちょっと浮世絵風なのは気になるが、まぁまぁ及第点だろう。

この画風以外で描いてみろと言ったら萌系になるんだよなぁ。極端すぎるだろ。

 

「ちなみに、無償奉仕先はギルよ。取り合えず、閨にでも行ってあんたの貧相な身体捧げて来なさい」

 

「ふぇっ!?」

 

可愛らしい驚きの声を上げながら、蒲公英はこちらを振り向く。

同時に自分の身体を抱き締めながら後ずさっているのを見ると、少し傷つく。

 

「あ、えと、い、嫌じゃないよっ。嫌じゃないけど、えっと、そういうのってなんか違うって言うかー・・・」

 

「いや、やらないよ? 無理やりは趣味じゃないし」

 

一応蒲公英に弁解しておく。俺に弱みを握って、なんて悪代官的(そういう)趣味があると思われても困るし。

まぁ、そんなことを言われても不快に思われない程度には好かれていると思えば、そんなにショックではないが。

あと、卑弥呼は人のこと『貧相な身体』とか絶対言えないと思う。

 

「はい、じゃあ第一回裁判は閉廷ね」

 

卑弥呼のその台詞と、木槌を叩く音で、その場は解散となったのだった。

 

・・・

 

というわけで、働き手として蒲公英を受け取ったのだが・・・仕事、そんなに溜まってたっけな。

 

「あれ? 蒲公英ちゃんがここにいるなんて珍しいね。お兄さんのお手伝い?」

 

「そだよー。ゆーざい判決受けちゃってさー」

 

「た、蒲公英ちゃん、何か犯罪を・・・?」

 

勝手に戦慄し始めた桃香に事情を説明する。

最後まで聞いた桃香は、なんだー、と何時ものようにほわんと笑う。

 

「ちゃんと償ってねー?」

 

「分かってるよぅ。壱与さん、結構本気で怒ってたからねー」

 

確かに俺も見たこと無いぐらいキレてたな、壱与。

・・・まぁ、俺の前ではただの変態なので、それ以外の表情を初めて見たというべきか。

 

「俺の分は別に手助け必要ないし、朱里のほうは・・・」

 

「はわわっ!? わ、私の方は・・・そのぉ・・・」

 

「ああ、分かってる。ちょっと蒲公英じゃ不安なんだろ?」

 

「うぅ・・・ごめんなさい、蒲公英ちゃん」

 

「いいよー、たんぽぽだって、それくらいは分かってるってー」

 

「じゃあじゃあ、蒲公英ちゃんには私のほうを手伝って欲しいな!」

 

「はーいっ」

 

桃香の隣に向かった蒲公英含めて全員が席に着いて、それぞれの仕事を始める。

さっき怒られた・・・というか、裁判を起こされたばかりだからか、蒲公英は比較的静かに作業している。

たまに桃香にちょっかいを出したり桃香からちょっかいを出されたりして朱里とか俺に注意されているものの、何時もと比べたらとても真面目である。

このまま改心してくれれば問題ないとは思うのだが、まぁ蒲公英がそんな一筋縄でいくような女の子なら、悪戯小悪魔系トラップ武将なんてやってないのである。

 

「ねーねー桃香さま、ここって・・・」

 

「あ、うん。そこはね・・・」

 

早めに終わったので朱里のを手伝い始める。

桃香たちは桃香たちで仲睦まじく進めているみたいで、もう終盤に差し掛かっているようだ。

微笑ましい気持ちで二人を盗み見ながら書類を片付けていると、副長がやってきた。

顔だけを覗かせて、俺を呼ぶ。

 

「たいちょー」

 

「ん? 何だ副長、こんなところに来るなんて珍しい」

 

「いやいや、珍しいのは隊長のほうですよ。訓練、もう始まってますよ?」

 

「は? ・・・うわ、本当だ!」

 

時計を見ると、遊撃隊の訓練の時間を少し過ぎていた。

いつの間にか夢中になっていたようだ。

 

「はわわ・・・私の分は大丈夫ですから、蒲公英ちゃんを連れて訓練に向かっちゃってくらさいっ! ・・・はわ、噛んじゃった」

 

「了解! ほら、蒲公英行くぞ!」

 

「わわわ、う、うんっ。ごめんね、桃香さま」

 

「んーん、気にしないでー。頑張ってねー」

 

桃香と朱里に見送られながら、城内を三人で走る。

 

「うっわー、久しぶりに寝坊した気分だよ・・・」

 

気分は遅刻ギリギリの通学路を失踪している気分である。

とても懐かしいが、出来ればあんまり体験したくない気持ちでもある。

 

「何度も言いますけど、本当に珍しいですね。本日は何かあったんですか?」

 

「いや、んー・・・特には無いけど。ま、ぼーっとしてたんじゃないかな」

 

「・・・アレだけ高速で書類を処理してて、ぼーっとしてた、はないんじゃないのー? お兄様ー」

 

隣を走る蒲公英に突っ込みを受ける。

 

「うーむ・・・ま、季節の変わり目だから」

 

「あ、季節の変わり目といえば・・・なんか、変質者出ましたよ、城内に」

 

「そりゃ凄い」

 

副長の言葉に、俺の口から出てきたのは正直な賞賛の気持ちである。

巡回の兵士がいる上に人間を超えているような武将たちが常にいるこの城に侵入して不埒な行為を働くというのは、遠まわしな自殺行為である。

 

「外套の下は何もつけてないぜー、な変質者さんでしたね。私は見てないので詳しくは分からないのですが」

 

「そうなのか」

 

「ええ。怪しい気配を感じた瞬間に眼を閉じてボコりましたから。直接は見てないんですよ」

 

「・・・副長まで、人間を辞め始めてる・・・」

 

それは恋とかの領域である。

・・・いや、恋でも難しいんじゃないか?

 

「だって、その・・・こ、恋人以外の殿方のアレを見るなんて、はしたないじゃないですかっ」

 

「・・・流石は大和撫子」

 

いきすぎ大和撫子であるが。

その変質者は現在取り調べ中だ、なんて話を聞きながら走っていると、訓練場へとたどり着いた。

すでに兵士たちは準備運動を終え、素振りに励んでいた。

 

「すまん、遅れた!」

 

「総員、整列!」

 

俺が到着すると、それぞれの班の班長が俺の前にぞろぞろと班員を並べていく。

班長を先頭に、綺麗に並んだ兵士たちを前に、訓練前の注意なんかを伝える。

それからは、何時も通り組み手をさせる。

 

「・・・よし、今日は蒲公英もいるし、俺が副長と蒲公英の相手をするか」

 

「・・・っしゃ!」

 

「ふ、副長さんが露骨に喜んでる・・・」

 

小さくガッツポーズを取る副長に苦笑しつつ、宝物庫から双剣を取り出す。

ご想像通り、終末剣エンキである。

 

「ほら、蒲公英もさっさと武器持って来い」

 

「りょ、りょーかいっ。ちょっと待っててー!」

 

小走りで去っていき、少しして戻ってくる。

その手には、蒲公英の武器、影閃が握られていた。

副長も緑の服に勇者の剣、王国の盾と準備万端だ。

 

「よし、来い」

 

・・・

 

黄金の双剣を構える隊長に、地面を蹴って迫る。

ぶらりと両手が垂れ下がった構えですらない構えは隙だらけに見えるけど、隊長にそんなものは存在しない。

大振りで勇者の剣を振ってみるけど、右の剣で弾かれ、左の剣が眼前に迫る。

 

「させないよっ」

 

私に迫った黄金の刃が銀色の一閃で弾かれる。

だけど、サーヴァントの膂力で振るわれた一撃を完全に弾くには、蒲公英さんの一撃は軽すぎた。

でも、それで十分。少しでも逸れれば、王国の盾で防げる威力になる。

 

「やっ!」

 

防いだ衝撃を私の腕に伝えてくる盾を手元に戻すより早く、私は剣を突き出す。

単純に、突きというのは防ぎにくい。

更に、私は今姿勢を低くしている。足元というのは、どうしても防御が疎かになりがちだ。

 

「甘い」

 

でも、隊長は片足を上げることで突きを避け、更に剣自体を踏むことで剣が地面に突き刺さる。

いきなりの衝撃に手首に軽い痛みが走るが、それよりも不味いのは、前につんのめり過ぎて隊長に後頭部を晒しているこの状況。

 

「ま、だまだっ!」

 

「ふ・・・!」

 

頭上で激しい衝突音。

私の隙だらけの後頭部に打撃を加えようとした隊長の剣と、それを防ごうとした蒲公英さんの槍がぶつかり合う音だろう。

頭上なんて見えないはずなのに、火花が散ったのを幻視する。

 

「副長さんっ、早く戻って!」

 

「がってんしょーち!」

 

剣を地面から引っこ抜き、隊長の横を前転で通り抜ける。

そのまま、振り向きざまに剣を振るう。

丁度私と蒲公英さんで挟み撃ちをする形になった。

 

「挟み撃ちますっ」

 

「甘い!」

 

右の剣を蒲公英さんに振るい、左の剣で背後からの私の一撃を防ぐ。

・・・ば、化け物だこの人!

 

「はっ!」

 

そのまま、左の剣を戻す勢いを利用して、蒲公英さんに振り下ろす。

何とか蒲公英さんは避けるけど、隊長はそれすらも読んでいたかのように、蒲公英さんが避けた先に蹴りを放っていた。

 

「う、そっ!?」

 

蒲公英さんが避けた勢いも合わさって、思いっきり横に吹き飛んでいく。

やばい。蒲公英さんが復帰してくるまで、私が一人で隊長の相手をしないといけないって言うのがやばい!

 

「はっ!」

 

「ふ、よっ!」

 

短く息を吐いた隊長が、こちらに振り向く。

背後を見せているうちに一撃を加えたかったけど、それは出来なかった。

もう、簡単に倒れてくれれば良いのに!

 

「はっ、ならそれが出来るくらい、強くなれ!」

 

「心を読まないでください!」

 

振るわれる双剣を、盾と剣を駆使して防いでいく。

ああもう、片手で扱っているはずなのに、一撃一撃が重い!

 

「道具を使いますっ」

 

そう言って、懐から鉄球を取り出す。

狙いも定めずに適当にぶん投げると、奇跡的に隊長のほうへと飛んでいく。

 

「ちっ」

 

隊長は、迫る鉄球を弾きながら舌打ち一つ。

私はその一瞬の隙を使って距離を取り、別の道具を取り出す。

 

「爪撃ちっ」

 

それを背後に打ち込み、更に距離を取る。

 

「それは失策だぞ、副長」

 

空中で爆弾矢を弓につがえて引き絞ると、隊長も双剣を繋げて弓にしていた。

あ、やべ、そういえばあれ、そういう機能あったっけ。

 

「発動はしてないから威力はそこまで無いけどな。寝てろ」

 

そうして発射される光の矢。

私は、自身に迫る矢を涙目になりながら見つめ・・・。

 

「たいちょーのばーか!」

 

自分でつがえた矢の先端についていた爆弾で自爆し、訓練が終わったのでした。

 

・・・




「・・・なんだ? なんだか、凄まじい足音が・・・」「ギぃールぅーっ!」「卑弥呼っ!?」「きゃーっ、ぎるぎるぎるぎるー! 虫っ、爬虫類、蛇ぃっ!」「は? 何を言って・・・うわ、卑弥呼の服凄いことになってんぞ!? これ、もしかして桂花の落とし穴の中身・・・の残骸か」「わらわ、でろっとしたの苦手なのぉっ、取って、拭いて、脱がしてぇっ」「・・・会話だけ聞くと、なんと勘違いされそうなことか」「ひーんっ」


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第五十一話 初めての裁判の後に

「・・・無罪になりたければ金を持って来なさい! 常勝無敗のわらわが、あんたに勝利をもぎ取ってあげる!」「・・・卑弥呼から漂うリーガルな雰囲気!」「更にハイですねー」「七三分けにしておくか」「というか、今回の卑弥呼様の立ち位置からして、あそこはドS裁判長でなくてはいけないのでは?」「いやだって、ギル様いたら壱与も卑弥呼様もドMですから!」「・・・そういう問題か・・・?」


それでは、どうぞ。


「悪かったって。機嫌直せよ」

 

「つーん」

 

「・・・ったく。どっちが年上か分からんな」

 

地べたに座り込んでそっぽを向いていると、隊長がぐしぐしと強めに頭を撫でてくれる。

なんかもう、正直これだけで全部どうでも良くなってくるけど、まだまだつーん、と続けてみる。

 

「分かったよ、何が望みだ。俺に出来ることなら、叶えてやろう」

 

「な、何でもっ!?」

 

「・・・だから、出来る範囲で、な?」

 

そんなもの、何でも出来る隊長からしたら何でもとあまり意味は変わらないじゃない!

『世界征服したい』なんて小学生の将来の夢みたいなものも簡単に出来るのに!

 

「そ、それじゃあ、えへへ、だ、抱き締めて、とか、デュフフ」

 

「・・・お前、今の姿絶対子供に見せるなよ? 『かぐや姫』を読んだ子供が全員絵本捨てるような顔してる」

 

しっつれいな! こんな大和撫子の笑顔を、SAN値直葬間違いなしの神話生物扱いとは。

でも、ため息をつきながら両手を広げる隊長を見て、そんな考えも吹っ飛んじゃいます。

 

「だーいぶ!」

 

「うおっと。・・・少し軽いな。ちゃんと食べてるか?」

 

「食べてますよー」

 

ま、隊長と一緒だと、胸がいっぱいになっちゃってあんまりご飯入らないんですけどね!

てへっ、一回こういうこと言ってみたかったんです!

 

「まぁ、それならいいけど・・・」

 

「お兄様、蒲公英にはそういうの無いの・・・?」

 

少し・・・いや、だいぶボロボロになった蒲公英さんが、隊長にジトリとした眼を向けました。

・・・むむ、いや、流石の蒲公英さんとはいえ、隊長に抱きつくのは・・・。

 

「ん? なんだ、蒲公英も甘えたい年頃か? ほら、よっと」

 

「ひゃ、う、ちょ、ちょっと恥ずかしいよ~」

 

蒲公英さんはそう言って隊長の腕の中でいやいやとしますが、どう見ても表情が喜んでます。

・・・ちっ。

 

「今副長さんの舌打ち聞こえたよっ!?」

 

「はは、見せ付けるか」

 

「やめてー!? 蒲公英の命がなくなっちゃうよ!」

 

「はっはっは、ほら、ぎゅー」

 

「わー!?」

 

騒がしいお二人を生暖かい目で見つめながら、私も二人に飛びつく。

 

「ふ、副長さん?」

 

「蒲公英さんばかりずるいです! 私も、私も可愛がってくださいたいちょー!」

 

その後しばらく、きゃっきゃと楽しそうに振り回される私と蒲公英さんの笑い声が、中庭に響いた。

 

・・・

 

「やー、楽しんだねー」

 

「たいちょーは遊びも全力ですからねー」

 

「全力を出させたのはお前らだろうが・・・。まぁいいや、取り合えず次行くぞ次」

 

「次?」

 

首を傾げる副長に、にっこり笑って伝える。

 

「組み手の次は副長個人の訓練。そういう流れだろ?」

 

背後に王の財宝(ゲートオブバビロン)を開いて笑みを強める。

ひゅ、と副長が顔を青ざめさせながら後ずさる。

 

「あ、ちょ、ま、ひぃっ、空が宝具で埋め尽くされている!?」

 

「ふ、副長さん・・・? あれ、なんかたんぽぽも狙われてない・・・?」

 

「たぶ、たぶん、二人、で、ワンセット・・・!」

 

「わ、わんせ・・・?」

 

「二人で一人! 私たちは二人でマックスなハートの戦士をしなくてはいけないのです!」

 

「副長さんが意味わから・・・ひゃああああ!? 降ってきたああああ!?」

 

「安心しろ! 蒲公英のほうにはちょっと少なめに落としてる!」

 

「無限から一つ引いても無限は無限なんだよぉっ!?」

 

わーきゃーと騒ぎながら副長は蒲公英に降り注ぐ宝具の七割ほどを代わりに防ぐ。

おーおー、やっぱり副長成長してるなぁ。

この訓練が初めてで、はっきり言って足手まといでしかない蒲公英を庇ってあそこまで食い下がるとは。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ~」

 

「これでも着ててください!」

 

副長が蒲公英に十二単と天の羽衣を投げつける。

うっわ、あそこまでするかね。あれ、一応副長にとって・・・迦具夜にとって、宝具みたいな物だぞ。

というか、アレは迦具夜以外に扱えるのだろうか。

・・・お、羽衣の障壁が宝具弾いてる。ということは、蒲公英でも使えるのだろう。良かった良かった。

 

「ああもう! 知恵の女神の愛!」

 

副長がそう叫びながら青い結晶を取り出す。

まばゆい光が一瞬広がり、すぐに収まった。

次の瞬間には、副長が青い結晶型のオーラに包まれて立っていた。

 

「うひゃああああ!? 怖い! バリアーが防いでくれるけど怖い!」

 

ちなみにアレは衝撃も完全に防いでくれる改良型で、炎の攻撃を受けても盾が燃えることはない。

・・・あれ? あの盾は木製じゃないから燃えないはずなのになんでそんな機能追加したんだ・・・?

 

「こ、これでっ、隊長に近づける!」

 

「む」

 

凄まじい勢いでこちらに駆け寄ってくる副長に、宝具が容赦なくぶつかっていく。

あれ、バリアー無かったら串刺しじゃすまないな。肉片も残らんぞ。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

剣を振りかぶりながらこちらに飛び掛る副長に、こちらも剣を抜いて対応する。

宝具の雨の中での斬り合いはとても緊張感に溢れている。

長期にわたる特訓の末、この無限とも思える数の宝具を放ちながらでも普通に戦えるようになったのだ。

 

「長く苦しい戦いだった」

 

「まだ五分も経ってないですけどね!?」

 

「ひゃああああ!? 喋ってないで早く決着つけて副長さぁぁん!」

 

背後で蒲公英が十二単と羽衣を羽織って槍を振るっている。

・・・ああいうのも似合うな、蒲公英。

 

「あ、やべ」

 

そして副長。お前今の発言を聞くに蒲公英のこと忘れてたな?

 

「悠長に打ち合ってる暇は無いぞ副長! 蒲公英もそうだけど、そのバリアーも時間制限あるんだからな!」

 

「そうでした・・・ってうわ! もう消えかけてる!?」

 

「ひゃっはー、消毒だ。・・・ん?」

 

「汚物扱いは非常に不本意・・・ですっ!」

 

がきん、と俺の持つ宝剣を弾く副長。

だが、そこで副長の顔が焦りに彩られる。

 

「や、ば・・・バリア・・・!」

 

隙だらけの俺に一撃を当てる前に、副長は頭上の宝具に対処しなければならなくなったようだ。

俺の剣を捌きながら盾で宝具の雨を防ぐ。

だけど、それもいずれ限界が来る。

副長はついに膝をつき、盾を持った手を下ろしかけて・・・。

 

金剛(たて、くだけ)盾腕(ることなかれ)

 

豪腕の一撃で救われた。

 

「ふくちょ、立つ」

 

「ふぇ? あ、恋さん・・・」

 

「おもしろそう。だから、恋もいっしょ」

 

「・・・りょーかいです!」

 

やっぱり、あの気配は恋だったか。

途中で違和感には気付いてたが・・・ま、このくらいなら許可するか。

 

「正直この状況を「おもしろそう」とか言う神経にはドン引きですが・・・これほど頼もしい味方もいません!」

 

恋と副長はこんな状況なのにお互い頷きあったりしている。

そんな二人に高速の一撃が迫る・・・が。

 

「よいしょー!」

 

予期せぬ方向からの魔槍の投擲で防がれる。

俺たちがその方向へ視線を向けると、肩で息をしつつもしっかりと宝具を回避している蒲公英だった。

 

「たんぽぽも忘れたら駄目なんだからねー!」

 

「あははー。大丈夫ですよ。三人で行きましょう」

 

「・・・行く」

 

・・・

 

十二単と羽衣を羽織った蒲公英さんも加わり、私たちは安定して宝具の雨嵐を防ぐことが出来るようになりました。

・・・というか、飛んでくる宝具を掴んで投げ返す恋さんが化け物に見えて仕方ありません。

 

「よっと! ふ、は、そりゃっ!」

 

蒲公英さんも自分の武器、影閃で自分のみを守ってます。

なんで普通の武器で宝具と打ち合えているのかというと、十二単の一つに『自身が所持する武器防具に神秘を付加する』というものがあるからです。

ふっふっふ、普通の属性防御だけじゃないんですよ?

 

「てりゃ、せいやぁっ!」

 

「・・・しっ・・・!」

 

鋭く息を吐いて、恋さんが私に向かってきた宝具を散らしてくれる。

うはぁ、これ恋さんいないと無理ゲーでしたね。隊長に「みせられないよ!」にされて終わりでしたよ。

 

「ゆだん、しない」

 

「いや、油断とかそういうの以前に常人が捌き切れる量じゃないですからね?」

 

「・・・ん?」

 

「あー、そっか、こういう人だったなー・・・」

 

本気で不思議そうに首を傾げながら宝具を防ぐ恋さんにため息をつきつつ、私も盾で宝具を防ぐ。

この手が痺れそうな衝撃にも慣れてきたけど、やっぱり天の羽衣欲しいなぁ。

でもアレがないと蒲公英さん厳しいだろうし・・・。というか、なんで蒲公英さんまで巻き込んでんのかな、隊長。

 

「あれかなー、好きな子ほどいじめたくなるとかいう・・・うわ、自分で言っててイラついてきた」

 

独占欲強いのかなー、私。

・・・いや、ただ単に恋人増えると私との時間が少なくなるからかな。

 

「ふくちょ、ひとり言?」

 

「そんなもん・・・ですっ!」

 

がぎゃん、となんともいえない音を立てて宝具が吹っ飛ぶ。

 

「・・・こんなものか」

 

隊長がそう呟くと、ぴたりと宝具の雨が止む。

 

「お疲れ。・・・っていうか、ほぼ弾かれてたな」

 

「たんぽぽには直撃しまくりだったよー!」

 

「はは、怖かったかな。ごめんごめん」

 

そう言って、隊長は涙ぐむ蒲公英さんを撫でる。

ぐしぐし、と目元を拭いながら蒲公英さんは・・・って、笑ってるよあの娘・・・。

小悪魔! 小悪魔がいますよ隊長!

 

「にしても、十二単凄いな。いや、天の羽衣もか?」

 

「ふふん、そうでしょうそうでしょう。今回は蒲公英さんが使っていたので三割ほどの出力でしたが、本来の持ち主が使うともっと凄いんですよ!」

 

「ほうほう」

 

なるほど、と頷く隊長に、ついつい説明に熱が入る。

 

「十二単にそれぞれ防御属性があるのは言ったと思うんですけど、そのほかにも属性付与だとか攻撃属性だとかがあったりして、十二単と天の羽衣を一緒に使うと更に三倍!」

 

「三倍?」

 

「属性増えます!」

 

「すっげえインフレ」

 

「更に更に十二単同士の属性を掛け合わせると倍率ドン! で三乗!」

 

「三乗?」

 

「属性増えます!」

 

「すっげえインフレ」

 

インフレというより、今の状況、完全に『デジャヴ』の方があってるような気が。

それか、『ループ』ですね。

ちなみにもっと言うと私自身の適正もあわせると更に増えますけどね。

それは、私だけの秘密にしておきましょう。

 

「・・・ギル、ふくちょとだけじゃなくて、恋とも」

 

「ん? なんだ、寂しくなったか?」

 

そう言いながら、隊長は恋さんに微笑みかける。

分かりますよ隊長その気持ち。なんかしょぼくれてる恋さんって撫でたくなりますよね。

同性の私ですらそうなんですから、男性である隊長はもう、なんていうか・・・ふるぼっk

 

「あいたぁっ!?」

 

「お、すまん。・・・なんか、神託が降りたような気がして。俺のスキル、また増えてないだろうな」

 

い、痛いなぁもう。

不思議そうな顔をして首を傾げる隊長の横で、頭を抱えてうずくまる。

 

「・・・いたい? ・・・いたいのいたいの・・・とんでけ」

 

恋さんが心配そうな顔をして、私の頭を撫でてくれました。

うぅ、優しさが沁みるよぅ・・・。

 

「うん、ま、本日の訓練はこれにて終了だな。お疲れさん」

 

「お疲れ様でしたー。あ、隊長この後なんですけど・・・」

 

時間あります? と聞く前に、隊長は済まなさそうな顔を浮かべる。

あ、もしかして・・・。

 

「悪い、蒲公英と予定あるんだ。ごめんな、本当に」

 

「・・・じゃあ、ふくちょは、恋とご飯」

 

「うぅ、そですね。隊長に捨てられた同士、慰めあいますか」

 

「恋は、別に捨てられてない。ふくちょだけ」

 

「早速裏切られた!? 史実どおりかちくしょー!」

 

・・・

 

「ふむふむ・・・」

 

「ねぇねぇお兄様、これは何を調べてるの?」

 

隣を歩く蒲公英が、唇に指を当てて聞いてくる。

ちなみに今歩いているのは大通りだ。ここから市場へ向かっていきながら、最後に裏通りに行く予定である。

 

「ああ、これは店を調査してるんだ」

 

「お店?」

 

「どんな店かとか調べて、あまり一箇所に同じような店が固まらないようにしたりだとか、町の区画整理のときに使うんだ」

 

「へぇ~」

 

聞いてきた割には興味なさそうに頷く蒲公英に苦笑しつつ、一軒一軒調べていく。

大通りにはやはり大きな店が集まるなぁ。屋台もそれなりにあるか。

衣服の店・・・一刀や俺御用達の『あの』衣服店も、この通りにある。

その店の前に行くと、予想通り蒲公英が反応する。

 

「あっ、ここって前にたんぽぽとお姉さまにフリフリの服買ったところじゃない?」

 

「そうそう。他にもメイド服とか色々協力してくれてる店だな」

 

店の中に入り、店長から話を聞いて、メモを取る。

俺が作業している間、蒲公英は服を見て回っているようだ。

そういえば今日の蒲公英の服装は、以前買ったパーカー(らしきもの)だな。

わざわざ着てくれたのだろうか。だとしたらとても嬉しいが。

 

「よし。協力ありがとう、店主」

 

「いえいえ、ギル様と北郷様のためならば、私たちは協力を惜しみませんよ」

 

「本当に助かってるよ。・・・蒲公英、そろそろ行くぞー」

 

「はーいっ」

 

とててとこちらに駆け寄ってくる蒲公英とともに、次の店へと向かう。

ふむ、この調子なら・・・昼過ぎには終わるかな。

 

「そういえば、服、前にここで買ったのだな。着ててくれたんだ」

 

「んー? ふふー、だってお兄様に買ってもらったものだし、何より可愛いしねっ」

 

「・・・可愛いのは、蒲公英のほうだと思うけどねぇ」

 

「ふぇっ!?」

 

俺の呟きに、びくりと肩を跳ねさせて驚いたような反応を見せる蒲公英。

結構小声で呟いたつもりだったのだが、蒲公英は主人公系スキルの一つ、「鈍感と難聴(え? なんだって?)」を未修得だったようだ。

 

「はは、聞こえちゃったか」

 

「う、うん。・・・えと、可愛い?」

 

「もちろん。こうして一緒に歩いてて、幸せな気分になるくらい、可愛いよ」

 

「・・・えへへー。当然だよねーっ」

 

そう言って、蒲公英は俺の腕に抱きついてくる。

おお、こうして現代のような服を着た娘に抱きつかれると、なんだか懐かしい気分になるな。

ホームシックだろうか。・・・なのかなぁ。

 

「よし、後全部終わらせて、飯にしようか」

 

「りょーかいっ!」

 

右手を上げ、おーっ、と返事をする蒲公英をつれて、俺は残りの店を回っていくのだった。

 

・・・

 

「おーいしー!」

 

「だろう?」

 

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)で海に行って取ってきた魚介類を使って、城の厨房で蒲公英に手料理を振舞った。

・・・まぁ、手料理と言っても魚を捌いたり単純に焼いたりしただけなのだが。心は篭ってるので、それで許して欲しい。

 

「おさしみ? っていうんだっけ。お魚をそのまま食べるなんてー、って思ってたけど、美味しいね!」

 

「だろうだろう。今度酢飯を用意できれば寿司も作ろうか」

 

「すし?」

 

「おう。昔ちょっとせがまれたことがあってな、作り方は覚えてる。ま、今日は海鮮料理で勘弁してくれ」

 

「んふふー、たんぽぽ、すっごく満足だよ!」

 

美味しそうに目を細めながら頬に手を当てる蒲公英は、本当に美味しそうに魚を食べる。

持ってて良かった調理スキル。河豚も一応捌けるぜ、免許取ったし。生前だけど。

 

「んー・・・でも、食べさせてもらってばっかりじゃ悪いよね」

 

「そうか? 別に苦には思ってないが・・・」

 

「たんぽぽが納得してないのっ。んーとね」

 

蒲公英は席に着いたまましばらく考え込む。

そして、ひらめいた、という顔をすると、しなを作って俺にウィンクを飛ばす。

 

「そだっ。たんぽぽ、食べる?」

 

「・・・初めに断っておくけど、蒲公英のその言葉が冗談でも本気でも、閨に連れ込むよ?」

 

「に、肉食系!?」

 

「王様系。どこかの御曹司は言いました。『ボク好みの女性がいれば、その場で組み伏せているのですが』と」

 

「無理やりっ!?」

 

「というわけで、前言を撤回するなら今のうち。じゃないと、ホントに連れ込むぞー」

 

軽いセクハラを込めた冗談を蒲公英に放つ。

まあ、小悪魔系の蒲公英のことだ、これにもきちんと突っ込みを入れて・・・。

 

「・・・えと、撤回、しないよ」

 

「そっか、撤回する・・・え? なんだって?」

 

しまった、変なスキル発動した。

・・・言い訳させてもらうと、今のは『聞こえなかったから』の台詞ではなく、『理解できなかったから聞きなおした』ための台詞である。

 

「し、しないって言ったの! 撤回しないよっ」

 

「・・・あー、ええと、うん?」

 

「うんって言った!?」

 

「いや、そういう意味での・・・ちょ、まて、まだ片付けしてな」

 

「すぐにしないとたんぽぽ決意が鈍るから!」

 

そう言って、俺の手を引く蒲公英。

いや、待て、待って欲しい。冗談で宝具の真名呟いたらエリシュった気分である。

というか蒲公英って俺のことそんなに・・・なんて考えている間に、俺の部屋まで引っ張られた。

 

「う、うー、うー・・・」

 

「ほら、恥ずかしくなってきたんだろ? だったら今はやめて・・・」

 

「大丈夫だよっ。たんぽぽ、今日は『そういうつもり』で来たんだもん!」

 

・・・覚悟を決めた女子というのは、いつも強い。

じっとこちらを見上げる蒲公英の瞳を見て、ああ、と理解する。

 

「この服着てきたのも、お兄様が選んでくれたものだからだし・・・。いつもはめいどさんたちといるから、二人っきりってあんまり無いし」

 

「あー、まぁ最近は特になぁ」

 

「だから、今日はその・・・卑弥呼さんにお兄様のお手伝いしなさいって言われたときから、ずっと機会を窺ってたんだから!」

 

そこまで用意周到だったとは。

・・・ま、最初に蒲公英の目を見たときから、俺の答えは決まってたけどなぁ。

 

「分かったよ、蒲公英。俺も男だ。その言葉は嬉しいし、応えたいと思う。・・・部屋、入ろっか」

 

「・・・う、うんっ」

 

緊張で強張ってる蒲公英の肩を抱きながら、俺は蒲公英を連れて寝室へと向かった。

 

・・・

 

「・・・あー、マジで馬娘かっこ妹を襲ったのね。わらわ半分くらい冗談で言ったんだけど」

 

「半分は本気だったってことか」

 

「当たり前じゃない。あの馬娘かっこ・・・ああめんどい、あの()か、あんたのこと好きだって顔に出てんだもん」

 

「メスの顔してましたよねー」

 

壱与、メスとか言わない。

あと卑弥呼、馬娘かっこ妹を略すな。悪口になってる。・・・ああ、元から悪口だった・・・。

 

「あひん、ギル様に冷たい目で見られてるぅっ。あ、ごめんなさい、ちょっと厠に・・・」

 

「・・・話を戻すけど、あんまりわらわ落とし穴には怒ってないわ。あのネコミミにはしかるべき罰があるはずとは思うけど」

 

「なるほど」

 

桂花に対するお仕置きは俺も賛成だ。

そろそろ前にしたお仕置きの効果も切れてくる頃。また俺に突っかかってくるようになるだろうし、何か考えておくか。

 

「だから、協力してやったのよ。ああいう大義名分があればギルの近くにいれるでしょ? そしたら、二人きりになる機会もあるだろうし」

 

「そういうことだったのか」

 

だから、やけに蒲公英気合が入った格好してきて、アレだけ積極的だったんだな。

 

「・・・ま、大切にしてやんなさいよ。わらわも壱与も、他のもそうだろうけど、最初の後は違和感満載だから」

 

「あー、だよなぁ」

 

そう言って、隣に眠る蒲公英の頭を撫でる。

・・・説明が遅れたが、今卑弥呼と話しているのは深夜の二時ごろ。

場所は俺の寝室で、事後である。蒲公英が寝入ると同時に二人がやってきたのだ。

おそらく、壱与の予知魔術で事の終わりを予知したのだろう。すっごく焦った。

想像してみて欲しい。一通り事が終わり、ふぅ、と一息つきながら寝入った蒲公英の頭を撫でていたら、急に俺の頭上に現れる魔法使い二人組み。

心臓止まるかと思った。むしろ止まった。

 

「んみゅぅ・・・」

 

「・・・ふん、幸せそうな寝顔しちゃってまぁ」

 

「実際幸せなんでしょうねぇ」

 

「あら、壱与。戻ってきたのね」

 

「はいっ、賢者になってきました!」

 

「? 賢者?」

 

「あ、分からないなら分からないままのほうが良いかと!」

 

そう言って、首を傾げる卑弥呼を無理やり納得させる壱与。

・・・賢者になってきた、の意味が分かった俺は、壱与にジトリとした視線を送る。

 

「ああんっ、ギル様からの蔑みの視線が心地よい・・・はぁ、はぁ、うぅっ・・・ふぅ」

 

「てめえ、二度目の賢者モードに・・・」

 

しかも目の前で、である。

こいつの性癖はとてもじゃないが適うものじゃない。

夜に壱与の相手をすると、翌日は少しサドっぽい思考を引きずるからな・・・。

 

「ま、兎に角今日の相手は無理ね。・・・ちっ。帰るわよ、壱与」

 

「はーいっ。・・・ちっ」

 

やっぱり二人は似たもの同士なのか、同じように舌打ちして去っていった。

 

「・・・行った?」

 

「行った行った」

 

「ふぇ~、びっくりしたぁ・・・」

 

ぱちり、と目を開いた蒲公英が、深く息を吐いた。

実は、話の途中から蒲公英は起きてたのだ。・・・まぁ、アレだけ近くで騒がれれば普通は起きる。

だが、あの状態で起きてくると確実に面倒くさいことになっていたので、寝ているように合図しておいたのだ。

 

「・・・ね、二人とも行ったなら、お兄様、一緒に寝よっ」

 

そう言って、蒲公英は俺を布団の中へと引き込もうとする。

あー、朝日が昇るまではまだ時間があるか。

 

「明日蒲公英休みだよな?」

 

「うんっ。えへへ、沢山ご奉仕、してあげるっ」

 

流石小悪魔。俺のツボを抑えたような発言を・・・。

 

「わ、お兄様、そんなにがっつかなくても・・・やんっ」

 

・・・

 

蒲公英と一つになった夜が明けて。

俺は寝言を言う彼女を起こしているところだ。

 

「んみゅ・・・もぅ、だめだよぅ」

 

「起きろー」

 

本日も蒲公英は無償奉仕活動である。

今日は何させるかなー。

 

「ふぁ・・・おはよぉ、お兄様ぁ・・・」

 

「はいおはよう。まず風呂に行くか」

 

「はぁい・・・」

 

寝ぼけ眼の蒲公英を連れて風呂場へ向かう。

風呂場で身体を洗っている途中で覚醒したらしく、急に恥ずかしがり始めたが、そんなもの知らぬと全身洗ってやった。

 

「もうっ、いくら昨日全部見られたからって、明るいところでまじまじと見られたら恥ずかしいんだからねっ」

 

「はは、ごめんごめん」

 

「・・・まぁ、お兄様だったら、許してあげるけど」

 

一晩たって更に可愛くなった蒲公英を連れて、訓練場へと向かう。

 

・・・

 

「おっすー、たいちょー」

 

「おはよう副長、朝から拳骨が欲しいと見える」

 

「おはようございますッ、隊長ッ!」

 

びしりと背筋を伸ばして挨拶しなおす副長に頷きを返す。

全く、少し気を抜かせるとこれだからな。

 

「よろしい。ある程度なら気を抜くのも認めるが・・・恋人であると同時に、お前の上司だからな、俺」

 

「・・・は、はい」

 

「照れんな」

 

「はぁいっ」

 

「デレんな」

 

「・・・よくもまぁ、言葉のアクセントだけで違いが分かりますね」

 

「そりゃまぁ。時間の長さはともかく、密度だけは濃い時間を過ごして来てるからな」

 

「えへっ」

 

照れてくねくねし始めた副長は置いておいてっと。

 

「今日はどうするかなぁ」

 

「むっ。ギルか。おはよう」

 

「ああ、華雄。おはよう。そうだな、副長、華雄と蒲公英が手合わせしてくれるって」

 

うんうん、確かまだ華雄は副長の実力を見てないはずだし、丁度良い。

 

「・・・はい?」

 

「ほう。副長と手合わせか。ギル、貴様の右腕ということはかなりの実力者だな?」

 

「もちろん。華雄なんて軽く一ひねりしてくれるよ」

 

「・・・ほう」

 

「なんで煽るんですか!? いやそれ以前に蒲公英さんも一緒!?」

 

おー、テンパり始めたな。

ま、何時ものことだから勝手に準備進めるか。

 

・・・

 

訓練場には、円形の人垣が出来ていた。

円の中心には、対峙する三つの影。副長と、華雄。そして蒲公英だ。

華雄と蒲公英を相手に、副長は緊張しているようだが・・・気負ってはいないようだ。

うんうん、成長が感じられるなぁ。

 

「さてと、三人とも! 準備は良いか!」

 

三人から、元気に「応!」という返答が帰ってくる。

それでは、と俺は大きく息を吸って・・・

 

「はじめ!」

 

戦いの火蓋を切って落とした。

ちなみに俺がいるところは少し高台になっている場所で、円形に兵士たちが三人を囲んでいてもきちんと状況を見ることが出来る。

工兵の訓練ついでに作ってみた櫓のようなものだが、案外役に立つものだな。

 

「お、やっぱり華雄のパワーは侮れないよな」

 

様子を見ている副長に、華雄が突っ込んでいく。

その大斧の一撃は、地面を抉る。

当たればただではすまないだろう。武器の重量と、華雄の腕力。

白蓮と同じで、あまり目立たないが堅実な攻撃だ。

・・・これで、もう少し理性があればなぁ。

 

「やっぱりここだったのね」

 

「ん? ああ、詠。月と風も来たのか」

 

「はいですよ~」

 

「おはようございます、ギルさん」

 

おはよう、と三人に挨拶をすると、三人とも俺のそばにやってきた。

 

「あ、華雄さんが手合わせしてるよ、詠ちゃんっ」

 

「ホントね。・・・あいつ、よく無事だったわよね」

 

「長い間行方不明でしたからねー」

 

ほとんど捜索も諦めてたからなぁ・・・。

まぁ、元董卓軍としては、これで仲間が全員見つかって良かったよ。

 

「・・・蒲公英もいるじゃない」

 

「まぁ、無償奉仕中だからな。今華雄と組んで副長と手合わせしてるんだよ」

 

「なるほど・・・でも、お互いを補助しあって、良い関係ですね」

 

月の言うとおり、パワー型の華雄とテクニック型の蒲公英は非常に相性が良い。

華雄の隙を蒲公英がカバーできるし、蒲公英に足りない一撃の重さを華雄は持っている。

その証拠に、今下で戦っている副長は防戦一方のようだ。

 

「蒲公英といえば・・・あんた、昨日蒲公英と寝た?」

 

「・・・何故」

 

「匂いがする・・・気がするのよ」

 

慌てて自分の匂いを嗅いで見るが・・・。

分からん。

 

「いや、まぁ、その通りなんだが・・・鼻が利くんだな、詠」

 

「ボクも不思議に思ってるわ。・・・来世で、犬にでもなってるのかしらね」

 

「はは、ツン子ならぬワン子だな。軍師じゃなくて切り込み隊長やってたりして」

 

なんでだろう、今はっきりとポニーテールの少女を幻視した。

・・・欲求不満だろうか。今度、翠にちょっかい出すとしよう。

 

「ボクに頭脳労働以外の、運動系の才能があるとは思えないわ」

 

「ふふー、来世では、といわず今でも犬みたいですけれどー、わんわん」

 

そう言って、風は犬の鳴きまねをする。

気合が入ってないので、全然犬っぽくは無かったけれど。

 

「ですがー、風も来世辺りでは詠ちゃんと仲良くなってる気がします~」

 

「あら、奇遇ね。ボクもよ」

 

「今は仲良くない、みたいな言い方やめろよ?」

 

「ではでは、来世でも、仲良くなっていると思いますよ~、と訂正しますー」

 

そう言って、くすくす笑う風。

 

「きっと来世辺りでも雛里はあわわしてるはずだから、フォローしてやってくれよ?」

 

「ふふふ~、了解です~」

 

そんな、まるで未来を見てきたかのような来世トークの間、副長は二人相手に一進一退の攻防を続けていた。

 

「おぉ~、副長さんは頑張りますねー」

 

「ふふ、やっぱりギルさんの右腕、遊撃隊の副隊長なだけありますね」

 

武器同士が激しく打ち合わされる音が、だんだんと激しさを増していく。

副長はきちんと蒲公英の奇襲も防ぎきり、少しずつだが攻撃が通っていく。

・・・だが。

 

「・・・焦りすぎだなぁ」

 

短期決戦じゃなければ不味いと思ったのか、副長は踏み込みすぎている。

アレじゃあ、きっと・・・。

 

「あ、剣をはじかれましたねー」

 

「ああっ、盾も飛んでいってしまいましたっ」

 

「・・・最終的に子供用みたいな剣で戦ってるけど、アレじゃジリ貧よね」

 

詠のその言葉通り、一分も立たないうちに決着は着いてしまった。

 

「そこまで! ・・・それじゃ、慰めに行きますか」

 

・・・

 

「たーいーちょーっ!」

 

「はいはいよしよし弱い弱い」

 

「ぐさっときたぁ!」

 

「ああ、弱いって言うのは実力がってことじゃなくて、頭がってことな」

 

「ぐりっときたぁ!」

 

一通り副長を抱き締めながら弄ると、だんだんと落ち着いてきたようだ。

ぐしぐしと鼻を鳴らしてはいるが、もう平常心に戻っているのだろう。

 

「ギル、やはり貴様の部隊の副長だな。私と蒲公英の二人掛かりでも苦戦したぞ」

 

「やっぱり副長さんって強いよねー。えへへっ、また手合わせしようねっ」

 

「い、一対一で、お願いしますね・・・?」

 

弱弱しい副長の呟きは、秋の風に混ざって消えていった。

 

・・・




「・・・一応、弁慶から薙刀借りてきたけど」「そ、それをボクに渡されても・・・どうすれば良いのよ」「風にはエンキを貸し出そうかな」「なんで風は弓なのですか~?」「後雛里には・・・はい、日本刀」「あわわ、ぶ、武器は扱えないでしゅっ! ・・・噛んじゃった」「じゃあほら、馬のヌイグルミ」「あ、可愛い・・・」「名前は松か」「そ、それ以上は駄目っ・・・な気がします・・・あわわ」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十二話 打ち上げの後に

「打ち上げといえば、学園祭とか体育祭とかの後にクラスのみんなでやったよなー」「打ち上げといえば、やっぱりロケットだろ。宇宙はロマンだぜ。やっぱこう、キター! って叫びたくなるよな」「打ち上げといえば・・・ふむ、俺はぼっちだったな」「・・・マスター、寂しすぎませんか・・・?」


それでは、どうぞ。


「よっし、次は・・・あ、そうだった」

 

「? どうしたんです隊長。そんな、『大事な仕事を忘れてた』みたいな顔して」

 

「・・・その通りだよ。今日の夜な、しすたぁずのライブがあるんだった」

 

「警備兼誘導やります!」

 

俺が言い切るか言い切らないかぐらいのタイミングで、副長が挙手しながら立ち上がる。

・・・お前、そんなに人を斬りたいか。

 

「仕事にやる気を出すのは素晴らしい・・・が、危険思想を修正しないとな」

 

ぱちん、とデコピン。威力は抑えたので、吹っ飛んでいくことは無いだろう。

涙目になった副長に、懇々と注意をする。

 

「良いか? 何度も言っているが、使用する武器は全て刃を潰したもの、もしくは峰での攻撃に限る。更に言えば、あまりに激しい攻撃をした場合は俺からの仕置きが待っている」

 

「りょ、了解っ」

 

「確かに理性をなくしたファンは危険だが、そんなものごく少数。副長たち警備の仕事は、スムーズなイベントの進行であり暴動の誘発じゃないってことは覚えておけよ?」

 

額を押さえながら怯えたように俺の話を聞く副長に、注意事項を一気に言い切る。

まぁ、流石に理性も無いような人間じゃないので、副長も分かってくれるだろう。

 

「分かってますよぅ。もー、隊長ってば、副長である私のことを少しは信じてくださいよー」

 

「無理だな」

 

「酷いっ!?」

 

酷くない。というか、こいつは自身の行動を振り返るとか反省するとかそういうことはしないのだろうか。

俗に言う、退く、媚びる、省みる。という奴だ。なんか妙に陰湿な感じが・・・逆か?

まぁ兎に角、副長は毎回毎回やりすぎるのだ。

・・・そのお陰かも知れないが、毎回ライブの時には「ハメを外しすぎると関節を外しに来る緑の魔王がいる」なんて噂も・・・。

あれ、こいつ魔王属性も獲得してないか。ついに聖なる三角形を独り占めである。

 

「じゃ、俺は会場設営に向かうかな。副長、華雄・・・は連れていかなくて良いや。遊撃隊から何人か選んで警備の打ち合わせ」

 

「はーいっ」

 

「華雄と蒲公英は俺と一緒に会場設営やろうか」

 

「了解だよっ」

 

「うむ、良いだろう」

 

嬉しそうに走り去る副長を見送りながら、俺たち三人もライブ会場へと向かうのだった。

 

・・・

 

「かゆー、そっちの柱持ってってー」

 

「良いだろう。・・・ふんっ!」

 

「蒲公英、その天幕はあっちだな」

 

「分かったよー!」

 

指示を出すと、その通りに動いてくれる二人。

遊撃隊、特に工兵たちもせっせと働いてくれている。

ちなみに、遊撃隊の工兵たち担当の七乃は今他の事務仕事で出払っている。・・・逃げられたか。

さて、指示を出すだけだと暇だし、少し手伝うか。

・・・む、選択肢とか出るの? ・・・あ、出ないんだ。そっか。

 

「じゃ、順当に蒲公英からだな」

 

いくつもある天幕を運ぶのは、蒲公英と兵士数人では厳しいだろう。

宝具を使わない手伝いならば、力になれるだろうし。

・・・あっちで半端ない重さの柱を運んで往復している華雄には、あえて触れないことにした。

 

「蒲公英、俺も手伝うよ」

 

「ありがとー! でも、お兄様がこういうお仕事して大丈夫なの?」

 

「なにがだ?」

 

「えっと、お兄様って結構偉いんだし、こういうお仕事してるとお兄様の威厳とかに関わったりするんじゃないの?」

 

「はっはっは、俺に威厳なんてあるものか」

 

そんな、『ギル将軍が俺たちと同じような仕事をするなんて失望しました。ギル将軍の部下やめます』なんてどこかの猫系アイドルのファンみたいなことにはならないだろう。

・・・ならないよね? え、断言できない? ひどくない?

 

「ふーん・・・そういうものなの?」

 

「そういうものなの。ま、蒲公英はそういう細かいこと考えずに、ラッキー、手が増えたー、とか思ってれば良いんだよ」

 

「らっきー?」

 

「あーっと、ツイてるなってこと」

 

「つい、てる?」

 

「・・・幸運だなってこと」

 

言葉が通じないときの俺自身の語彙に若干不安を抱くことがあるな。

英語は基本的に通じないし、ナウなヤングにバカウケなワードの数々も通じないことが多い。

・・・あ、マジとかは通じるな。みんな真剣に生きてるからだろうか。

 

「そっか。じゃ、そう思うことにする! らっきー!」

 

「おう、蒲公英はそういう言動似合うよなぁ」

 

そう言って、蒲公英の頭を撫でる。

急に撫でられたからか、戸惑いながらもすぐに受け入れてくれた。

頬を赤くしてくれているのは、俺に撫でられて照れているからか。可愛いやつめ。

 

「さて、さっさと運んじゃうか。この天幕は・・・あっちの物販のところのだな」

 

「たんぽぽは警備員控えの天幕持って行くね!」

 

「おう。転ぶなよー」

 

「大丈夫だってー! 副長さんじゃないんだしー!」

 

「・・・不憫だなぁ、あいつ」

 

蒲公英の頭の中では、副長はドジッ娘キャラになっているらしい。

・・・あながち否定できないところが、副長の恐ろしいところだ。

 

・・・

 

さてさて次は華雄だ。

・・・正直、手伝いなんて必要ないと思うな、と目の前で柱を五本ほど纏めて持ち上げる華雄を見て思う。

が、たとえ怪力にドン引きしてても今の華雄は同じ遊撃隊の仲間!

恐れず話しかけていくとしよう! それに実は華雄って意外と小動物系だしな!

 

「華雄、俺も手伝うよ」

 

「む。そうか、助かる。中々数が多くてな」

 

華雄はそう言うが、他の兵士とは違い華雄が一人で何本も持って行くので、数なんて問題じゃないんじゃないか、とふと思う。

いや、だが、華雄一人に負担をかけるわけには行くまい。俺も手伝わないと。

筋力ステータスA+を舐めるなよ! 宝物庫からのバックアップで更に強化だ!

宝具の中には『筋力を上げる』という単純な効用を持った宝具なんて沢山あるのだ。

 

「よっと」

 

だけど、持ち上げるのは常識的な範囲で。

華雄が五本から六本だから、俺は八本当たりが妥当か。

 

「・・・おい、隊長が鉄で出来た柱八本持ち上げてるんだが・・・」

 

「いっつも南蛮の娘さんとか動物とか引っ付けてすたすた歩いてるのは見るけど、これはちょっと・・・」

 

「っていうか、歩くたびに地面沈んでるんだが。そんな重さ持って大丈夫なものなのか、人間って」

 

「隊長なら大丈夫だ、問題ない」

 

「ほらほらー、ぶつぶつ言ってないでさっさと運べー」

 

なにやら顔を寄せ合ってこそこそ内緒の話をしていた兵士たちに声を掛ける。

すると、何故か必要以上にビクリと肩を震わせた兵士たちは、いつも以上の身のこなしで作業を再開した。

・・・? まぁ、気合が入っているのは良いことだな。

 

「・・・負けてられんな! ふんっ!」

 

「うわぁ、華雄将軍も七本持ってる・・・」

 

「一本ずつ持っていくのが間違いみたいな空気になってきてるんだけど・・・」

 

「いや、俺たちにアレは無理だろ。協力してこっちは数をこなそうぜ」

 

「そう、だな・・・」

 

・・・

 

作業が完了した頃には丁度日も暮れて、会場に続く道にはしすたぁずのファンが並んでいた。

そろそろ入場を開始しても良い頃か。

 

「よっし、みんな、配置につけー」

 

俺の号令とともに、副長も含めた兵士たちが駆け足で移動する。

よしよし、訓練の成果が出てるな。・・・後で、舌なめずりしている副長を躾けておくとしよう。

どう見てもアレはかぐや姫でも勇者でもなく、SAN値直葬の魔王である。

 

「入場券をお持ちの方はこちらですー。列を乱すとすぐに剣を抜きますよー」

 

むしろ列を乱せ、とでも言いたげに列を見て回る副長。

あまりの威圧感に、列に並ぶファンの背筋もピシリと伸びる。

・・・うん、まぁ、きちんとしてくれるならそれで良いんだけど。

そこ、舌打ちするな副長。

軍隊の整列かと思えるほどにきっちりと並んだファンたちは、特に騒ぎを起こすことなく入場を果たした。

これならこの場から離れても大丈夫かな。

 

「おーい、副長」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「俺はちょっと天和たちの様子を見に行くから、この場は任せたぞ」

 

「はいっ、りょうかいですっ。見事任を果たして見せます!」

 

「・・・そのやる気が怖いんだけどなぁ」

 

流石の副長もやって良いことと悪いことの区別くらい付くか。

 

・・・

 

「よう、三人とも」

 

「あーっ、ギルっ、遅いよぅ」

 

「ホントよ! もう本番まで時間無いんだからね!」

 

「・・・一応、最終確認だけでも終わらせる?」

 

待機室に入って挨拶すると、三人からそれぞれ声を掛けられる。

ごめんごめん、と謝りながら、人和の言うとおり最終確認だけ済ませる。

確認と言っても、ステージの進行表をもう一度見たりとか、細かい振り付けを三人が合わせたりするだけなので、十分あれば問題無く終わるだろう。

 

「うん、時間配分も問題ないな。確実にアンコールもあるだろうし、体力はギリギリまで残しておけよ?」

 

「分かってるってば。ちぃたちがどれだけ場数踏んでると思ってるの?」

 

「その通りだな。要らない心配だったか。じゃあ、いってらっしゃい」

 

俺の言葉に、元気に返事をするしすたぁず。

待機用の天幕から出てステージへと向かう三人を見送ろうとして、あることを思い出す。

 

「そうだ、地和、ちょっと待った」

 

「ん? なによ、どしたの?」

 

天和と人和にそれぞれ先に行ってて、と伝えた地和は、再び天幕の中へ戻ってくる。

 

「これ、渡しておこうと思って」

 

「? 髪飾り? うわぁ、綺麗・・・」

 

以前購入していた『呪いの髪飾り』である。

すでに解呪は済んでおり、完全に無害なただの髪飾りである。

 

「いい、の? ちぃばっかり、貰っちゃって」

 

「構わんよ。それとも、気に入らない?」

 

「全然! ・・・ありがとっ。あの、早速着けてくれない?」

 

そう言って、地和は俺に髪飾りを差し出してくる。

もちろん、と地和から髪飾りを受け取った俺は、纏められている彼女の髪を解いて、再び結わい直す。

 

「どうだ?」

 

手鏡を渡しながら聞くと、完璧ね、と返ってきた。

それはよかった。これでも、女の子の髪型とかは勉強しているのだ。

活かせて良かった。

 

「じゃ、行って来るわね、ギルっ。あっ、もちろんあんたも、ちぃの活躍見てなさいよ!」

 

「分かってるって。それじゃ、頑張って来い!」

 

「うんっ」

 

・・・

 

「こうして特等席で見れるのは、ご主人様の部隊にいるからこそ、ですよねー」

 

「・・・いたのか、七乃」

 

「ええ~、それはもう、美羽様とご主人様のそばに私はいますから~」

 

「いつから、とは聞かないでおこう」

 

「賢明かと~」

 

いつの間にか背後にいたらしい七乃に声を掛けられる。

・・・どうやら、先ほどのやり取りを見られていたらしい。

 

「そういえば・・・ご主人様? 美羽様がご主人様に会いたがってましたよ?」

 

「あー・・・そういえば最近遊んでないなぁ。うん、そうだな、明日にでも一緒に出かけようかな」

 

以前遊んだのは・・・あー、一週間くらい前に饅頭食べに行ったっきりかな。

その後も色々回る予定だったのに、いつの間にか俺の部屋に戻ってたしな。

・・・何をしてたのかは、想像にお任せするが。

 

「こうして美羽様は女として順調に経験を積んでいくのですねぇ・・・」

 

「その言い方はやめろ。なんか俺が美羽を誑かしてるみたいじゃないか」

 

「違うんですかー?」

 

「・・・さて、客の盛り上がりは上々だな。これならいつもどおり大成功だろ」

 

「目を逸らしましたね~」

 

下からジトリとした視線を送ってくる七乃から、努めて目をそらす。

いや、うん、誑かしてるわけじゃないって。キチンと愛してるし、ちゃんと教育もしてるし・・・。

 

「七乃は心配性だなぁ」

 

「なんで私を撫でるんですかぁ・・・?」

 

「いやなに、美羽を取られて拗ねてる七乃は可愛いなと思っただけだよ」

 

「取った、という自覚はあるんですねぇ」

 

俺に頭を撫でられつつもこちらを非難するような視線を向ける七乃に、苦笑を返す。

実際その通りだしなぁ、と誰に聞かせるでもなく呟く。

 

「・・・まぁ、それならそれで良いんですけど~」

 

なにやら少し考え込んだ後、七乃はそう呟きながら俺にしな垂れかかってくる。

・・・って、おいおい。立ちくらみか?

 

「おい、大丈夫か七乃・・・っ!」

 

七乃が俺の胸元に顔を埋めたかと思うと、すぐに顔を上げてこちらに唇を押し付けてきた。

柔らかく、そして湿っているこの感触は、宝具が月まで吹っ飛ぶほどの衝撃である。

 

「ん、ちゅ」

 

「んむ・・・ぷはっ。・・・おい、七乃、これは一体・・・」

 

「美羽様を虜にしたご主人様の技術が、気になっただけです・・・黙って受け入れてくださいねー・・・」

 

するり、と七乃の手が背中に回される。・・・なんだか、少し遠慮しているようだ。

流石の七乃も、経験はないのだと見える。

 

「・・・ん、ふ、ちゅ」

 

こちらから背中に手を回して口付けると、七乃は少し驚いたように目を見開いた後、静かに眼を閉じた。

・・・多分、ここからは止まれないよなぁ。

 

・・・

 

「ふ、あ、はぁ・・・ご主人様は、意地悪なんですねぇ」

 

乱れた服のまま息を荒げる七乃が、俺を非難するような視線を向けてくる。

・・・簡単に説明すると、行為中に天幕に戻ってきた副長にバッチリ見られたり、行為後休憩していると、同じように休憩で戻ってきたしすたぁずに「あれ? なんか変なにおい」とか感付かれかけたりしたのだ。

それはもう焦った。けどまぁ、副長に見つかったくらいなら、とガンガン続行したら、何故か一部始終を観察されたけど。

なんというか、初めてで人に見られながらされた七乃に心の傷が無いことを祈るばかりだ。

 

「・・・まぁ、美羽様が・・・他の恋人の方たちが夢中になるのも分かりますー」

 

「はいはい。ほら、一旦部屋に送るよ」

 

いまだしすたぁずのライブは続いてる。

十数分程度なら、この場を離れても大丈夫だろう。

 

「みんなー! まだまだいくよー!」

 

天和の元気な声と、ファンの地鳴りのような応援を背に、七乃を抱えて天幕を出る。

日はもうすっかり落ちていて、ライブ会場の照明がまぶしくしすたぁずを照らしているのが見えた。

 

「・・・で、七乃。なんでいきなりこんなことを?」

 

「なにがですかー?」

 

「惚けるな。美羽が取られたから云々、って言うのは多分、建前だろ?」

 

「・・・いいえー? ご主人様と一夜を共にしてからの美羽様が、そのー・・・」

 

「?」

 

七乃にしては珍しく、言いよどんでいるようだ。

しばらく沈黙した後、意を決したように口を開く。

 

「遠く、感じて」

 

「ほほう?」

 

「信じてませんねー?」

 

「いや、信じるさ。今まで子供だと思ってた子が、いきなり成長して見えること、あるよな」

 

俺にとっては鈴々がそうだった。

七乃からすれば、美羽が急に遠くに行ってしまったように思えたのだろう。

それで、その理由が知りたくて、あんなことをした、と。

 

「・・・七乃って、美羽のことになるとたまに回り見えなくなるよな」

 

「遠まわしに、馬鹿って言ってますー?」

 

「そうじゃないって。・・・でも、それで俺に身を任せるって言うのもなぁ」

 

一応、俺に好意があるってことは確認して手を出したけど・・・そうじゃなかったら、流石の七乃でも説教モノである。

 

「ま、ゆっくりと休むことだな。美羽の様子見てれば分かるだろうけど、だいぶ違和感あるみたいだから」

 

もちろん、それも人それぞれだけど。

七乃の私室にたどり着いた俺は、数多の誘惑を振り切って七乃を寝台に寝かせ、すぐにライブ会場へと踵を返した。

 

・・・

 

「ほああぁぁあぁぁぁぁああぁああぁぁ!」

 

「・・・ここまで熱が伝わってくるな」

 

「うっさいです、変態ちょー」

 

しすたぁずの控えの天幕で一人呟くと、副長が凄まじい悪態をついてくる。

やけに不機嫌だな。最近滅多にこんな口調されなかったのだが。

 

「それはもしかして『変態』と『隊長』をくっ付けているのか」

 

俺の指摘に、副長は顔を真っ赤にして反応する。

 

「だぁって! ふ、不潔! 不潔ですよたいちょー! こんな、誰に見られるかもわかんないところで・・・し、しかも七乃さん初めてですよね!? それにしてはプレイが上級者向けすぎます!」

 

といわれてもなぁ。七乃が誘ってきたところがここなんだから、仕方ないだろう。

なんて言い訳を言ってみるが、火のついた副長には通じない。むしろ、火に油を注ぐ結果になった。

 

「そんなに言うんだったらあのときに止めればよかったのに。お前、凄いガン見しながらもじもじしてただけじゃねえか」

 

「ゔ・・・だ、だって・・・その、他の人のとか、見たことないし・・・。いっつも、私もこうされてるんだなー、とか思って、ぼーっとしちゃって・・・」

 

「はんっ、人のこと言えないな、副変態ちょー」

 

「うぐぅっ!」

 

まっ平らな胸を押さえて唸る副長。

そんな副長を笑いながら強めに撫でてやると、やーめーろーよー、と小学生のような抗議と抵抗が返ってきた。

 

「お前の髪の毛って触り心地良いよなー」

 

「・・・私の自慢ですから」

 

「全部抜いてカツラ作って良い?」

 

「女の子の命に何言ってるんですかっ!?」

 

俺に突っ込みを入れながら、頭を押さえて後ずさる副長。

何だ、本当に俺がやると思ってんのか。・・・思ってるんだろうな、この顔を見るに。

 

「い、今伸ばしてる途中なんですからぁ・・・」

 

「ああ、伸ばしてるんだ。伸びてきてるからそろそろ散髪してやろうかって声掛けようとしてたんだけど、いらん世話だったか」

 

「・・・隊長の中で私はどれだけ女を捨てた扱いなんですか・・・?」

 

ちょきんちょきんと宝物庫から取り出したカット用の鋏を手元で弄んでいると、さらに一歩副長が後ずさる。

 

「でもまぁ、髪の毛を伸ばすなら大歓迎だ。いつでもわしゃわしゃしてやろう」

 

「嬉しいですっ。やっぱ黒髪ですよねー! どこかの誰かが黒髪好きに『黒髪と金髪どちらが好きか』というアンケートをとったところ、なんと十割の人が『黒髪が好き』と答えたらしいんですよ!」

 

「・・・そうか」

 

誰がそんな出来レース・・・じゃねえや、アンケートを取ったんだ。

まぁいいや、俺はどんな髪の毛でも好きだしなー。なんか女子の髪の毛って良い匂いがするし。

・・・副長の『変態ちょー』を否定できなくなってきた。

 

「ん、一旦しすたぁずが戻ってくるな。副長、蒲公英と警備交代して来い」

 

「あらほらさっさーです。頑張ってきますねー」

 

副長が元気に走り去ると、入れ替わるようにしすたぁずが戻ってきた。

 

「ぎぃーるぅー! おーみーずー!」

 

「はいはい、ほら、手ぬぐいも」

 

「ありがとっ」

 

「すぐに再演奏よ。衣装、着替えましょ」

 

客席から聞こえてくる「もう一曲!」というアンコール。

毎回のことなので、今回はアンコールで新曲を発表することにした。

そのための衣装も用意してある。・・・おっと、さっさと俺も出てかないとな。

 

「じゃ、水とかは用意してあるから、着替え終わったらそのまままた舞台にな」

 

「分かってるよぉ」

 

「ギルもちぃたちの新曲、聴いていきなさいよね!」

 

「・・・期待してて」

 

汗を拭いながらこちらに笑いかける三人に俺も笑顔を返しながら、天幕から出る。

秋も深まってきて、冬に突入しようかという時期なのに、この辺りは暖かい。

しすたぁずのファンの熱が、ここまで届いているのかもしれない。

 

「お兄様ーっ」

 

「お、蒲公英。お疲れ様」

 

「お疲れっ。今日はみんな問題ないみたいだよ!」

 

「開始前にあれだけ副長が睨み効かせてたらなぁ・・・」

 

沙和の隊かと勘違いするほどの足並み揃った行動を取ってたからな。

一瞬しすたぁずのライブじゃなくて沙和の訓練に迷い込んだのかと思ったくらいだ。

 

「あっ、しすたぁずが出てきたよ!」

 

「ホントだ。おー、新しい衣装も良いなぁ」

 

「むぅー・・・えいっ、ぎゅーっ!」

 

「おぉっ? どうしたんだ蒲公英、いきなり抱きついてきたりして」

 

「べっつにぃ! お兄様の背中ががら空きだっただけだよーっ」

 

嬉しそうな声を上げながら、蒲公英が俺の背中に引っ付いてきている。

背中の感触からするに、顔をぐりぐりと押し付けられているらしい。

じゃれてきている犬のようで、なんだかほっこりとした。

気が済むまでやらせてあげれば良いだろう。

 

「今回も、ライブ大成功だな」

 

背中に美少女をくっつけたまま、俺はこの状況に一番そぐわぬ言葉を呟いた。

 

・・・

 

「おつかれさまーっ!」

 

「かーんぱーいっ」

 

「・・・おつかれ」

 

「お疲れさーん」

 

「お疲れ様っ」

 

「乙でーす」

 

しすたぁずのライブ終了後、彼女たちのお気に入りである一報亭へとやってきていた。

お察しの通り、打ち上げである。

蒲公英と副長も警備と誘導を仕切ったということで来てもらっている。

華雄も誘ったのだが、「私には合わん」という一言と共に断られてしまった。

あいつ、なんか硬派なところあるからなぁ。きゃぴきゃぴしているしすたぁずの姉二人や蒲公英とは合わないのだろうか。

でもまぁ、まだまだ華雄も遊撃隊に入って浅いし、時間をかけて付き合っていこう。

 

「今日のライブも大成功だったな。・・・というわけで、今日はご褒美だ。支払いはこっちで持とう」

 

「さっすがー!」

 

「いやー、やっぱり資本金九億六千百万は違うわねー」

 

「・・・姉さん、何を言ってるの・・・?」

 

「あっはっはー、てんほーさんは流石の天然属性ですねー」

 

「んー? なにがー?」

 

副長が笑う声を聞いて、天和は首を傾げる。

・・・資本金、もっとあるけどな。俺もシルエットだけじゃなくてきちんと立ち絵あるし。

ん・・・? 立ち絵? 俺は何を言ってるんだろうか。

 

「お兄様っ、あーんっ!」

 

「おう、あーん」

 

「えへへー。おいしー?」

 

「ああ、もちろん」

 

頭に浮かんだ妙な考えを振り払いながら、蒲公英に差し出されるままにシュウマイを食べる。

本当に嬉しそうに笑いながら、蒲公英がもひとつどーぞ、とこちらに箸を伸ばしてくる。

それを食べて、俺も同じくシュウマイを蒲公英に差し出す。

 

「ほら、蒲公英も。あーん」

 

「ふぇっ!? わ、わ、えーっと、あーんっ」

 

「あーっ、蒲公英ちゃん、ずるーい!」

 

そのやり取りを見てた天和がこちらに飛び込んでくる。

うお、ちょ、座っている人間に飛び込むとか・・・なんとぉっ!

 

「おーおー、やっぱ隊長はモテますねー。隊長がモテるのはどう考えても隊長が悪い!」

 

「・・・何言ってんの?」

 

「ドン引きしないでくださいよ、地和さん」

 

「やっぱ副長って変人よね」

 

「ほら、ギールっ。あーん!」

 

地和と副長がなにやらやり取りをしている横で俺は、膝の上を占拠してきた天和と少しむっとする蒲公英に挟まれていた。

取り合えず、二人ともあーんしてくるのをやめて欲しい。この調子で行くとすぐ腹いっぱいになりそうだ。

 

「・・・助けないですからねー」

 

「まぁ、どう見てもいちゃついてるだけだもの。天和姉さんたちは放っておいて良いんじゃない?」

 

「・・・むー」

 

視線だけで副長に助けを求めるも冷たくあしらわれてしまったので、自力で何とかするか。

よいしょ、と持ち上げて、膝の上から少し無理やりに天和をどける。

それでも隣をキープする天和を見て、俺はまだ食わせられるんだろうかと少し戦慄する。

 

「あーあー。こういうところ月さんに見られたらメシウマなのになー」

 

「メシウマとか言うなよ・・・」

 

副長はため息を吐きながらおかわりをした酒をぐいっと煽る。

外見は自棄酒飲んでる学生にしか見えないが、中身はミレニアム級のおっさんである。

っかー、とか良いながら器を卓に叩きつける様は本当におっさんである。

 

「・・・でもま、こういうのも可愛いと思えるのもなんだかなー」

 

そう言って撫でると、一気に顔を赤くして卓に突っ伏す副長。

あー、とかうー、とか言ってるので、ただ可愛いといわれて照れただけだろう。

こいつ、酔うと性格乙女寄りになるからなー。

 

「ふくちょーさん、かっわいー!」

 

「わ、ちょ、やめれー」

 

これまた酔った天和にぐりぐりと頭を撫でられ、ぐでんぐでんになりながらも一応抵抗する副長。

だが、声に覇気が無い上に力も入ってないみたいで、頭が凄く揺れている。

 

「あ、天和姉さん、そんなに揺らすと・・・」

 

「えー?」

 

「やーめーれー・・・あ、ちょ、マジで・・・う、ぷ・・・おぶろろろろろろろ」

 

「きゃーっ!?」

 

「わー! 副長がオロった!」

 

人和の注意もむなしく、天和が頭を揺らすように撫で続けたからか、副長がリバースした。

・・・直接的な表現は避けた、んだけど、地和、何だその新語。

 

「・・・はぁ、ほら、口拭ってやるから」

 

「わぷ、あぷ、ふみゅ・・・ご、ごめんなさい・・・」

 

「いいから、水やるから濯いで来い」

 

「ふぁーい・・・」

 

「あ、たんぽぽがついてったげるー!」

 

「どもですー・・・」

 

すっかりグロッキーになった副長を連れて、蒲公英が厠に向かう。

たははー、と気まずそうに笑う天和に、人和がため息を吐く。

 

「全く・・・天和姉さん、あんなに揺らしたら気持ち悪くなるでしょうに」

 

「後で副長さんに謝んないとねー」

 

「うぅ・・・今いってくるぅー!」

 

少し涙目になりながら蒲公英たちの後を追いかける天和。

 

「・・・まったく、成長してるんだかしてないんだか」

 

ま、天和らしいといえばらしいんだけどなぁ・・・。

 

・・・

 

店主に謝り倒し、副長へのフォローと天和への軽い説教を同時進行させながら、床を宝具で綺麗にする。

色んな宝具があるって良いよね! すげー楽!

 

「ごめんねぇ、副長さん」

 

「良いってことですよー。飲み過ぎた私も悪いんですし。気にしてませんから」

 

「今日は責任を持って、副長さんを送り届けるねー」

 

「え、それはちょっと。そんなことされたら、隊長に送り狼してもらえな・・・うひゃあっ、引っ張らないでーっ」

 

「じゃあ、ギル、みんなをお願いねー」

 

「・・・はぁ。天和姉さんって一度決めると突っ走っちゃうんだから」

 

副長の手を引いて去っていく姉を見ながら、人和がメガネを押し上げながら呟く。

ため息を吐いてはいるものの、その顔には笑みが浮かんでいるので、全くしょうがないなぁ、なんて思っているのかもしれない。

 

「さてと、俺はいつの間にか潰れてた蒲公英送ってくけど・・・その後二人とも送るから、ちょっと着いてきてくれ」

 

「しっかたないわねぇ。ちぃの優しさに感謝しなさい! 美少女で優しいなんて、中々いないんだから!」

 

「おう、ありがとな」

 

自信満々に胸を張って言い放つ地和に、皮肉ではない、本心からの言葉を伝える。

自分で言っても問題ないくらいに可愛いしな。・・・じゃないと、アイドルなんてやってないか。

 

「うにぃ~・・・世界が揺れるぅ~」

 

「・・・吐くなよ、蒲公英」

 

流石に背中でやられるとフリーズするしかなくなる。

 

・・・




「ふ、ふわっ、ふわあああああ!? た、隊長!? な、何をして、うわ、すっげえ入ってる・・・! え、ちょ、すっげぇ・・・じゃなくて! う、動くのをやめて・・・あ、それすご・・・ほう、ふむ・・・うん、うん。・・・おー、そういう、あぁー」

いつの場面の台詞かは、皆様のご想像にお任せいたします。ちなみに、外では「ほあっ、ほあーー!」という野太い叫びが聞こえていたそうです。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十三話 祭りの本番に

「祭りといえば夏祭り!」「雪国のほうでは雪祭りや氷祭りなんてものもあるぞ」「秋は言わずもがな! 俺が主役のハロウィンだぁっ!」「花見は春の祭りといっても良いだろうな。・・・後、秋は月見も良いと思う」「・・・四季に応じた祭りがあるんだなぁ」「ギルにとっての祭りは夏と冬だけだろ?」「・・・それはそれで悲しい気もするが」


それでは、どうぞ。


「お疲れ様で・・・何やってるんですか、隊長」

 

「見て分からんか、事務仕事だよ」

 

「いや、私が言ってるのはその膝の上の璃々ちゃんのことなんですけど」

 

執務室に入ると同時に目に入った光景に、若干引き気味に聞いてみる。

隊長はなんでもないことかのように過ごしてるけど、アレは仕事中の姿なんかではなく休日のお父さんそのものである。

・・・いいよなー、紫苑さん、奥さんもお母さんも出来るもんなー。私隊長との子いないしなー。

ちっ、久しぶりに隊長に夜這いかけるかな。

 

「うおうっ!?」

 

「? どーしたの、ギルおにーちゃん」

 

「いや、なんかブルっときた。最近寒くなってきたからなー。璃々は寒くないか?」

 

「だいじょーぶ! ギルおにーちゃんとぽかぽか!」

 

「はっはっは、可愛いなー、こいつめー。・・・おっと、それで副長、何のようだ?」

 

一通り璃々ちゃんを可愛がった後、隊長はようやく私の存在を思い出してくれたらしい。

手では書類を処理したまま、こちらに視線だけを向けてくる。

 

「あ、乗馬訓練するんで、馬を連れ出す許可を貰いにきました」

 

「そっか、その訓練今日だったか。えーっと、許可証書いてあるんだよな」

 

そう言って、隊長は机の引き出しから一枚の書類を取り出しました。

隊長の判が押してあるその書類には、訓練に使う軍馬の使用を許可する旨が記載されていました。

 

「どもです。それじゃ、訓練してきまーす」

 

「いってらー。落馬には気をつけろよー」

 

「いってらっしゃーい!」

 

隊長と璃々ちゃんに手を振られて見送られると、なんだか一瞬家族に見送られているかのような錯覚が・・・。

うぅ、早く欲しいなー。

 

・・・

 

「お疲れ様で・・・何、やってるんですか。隊長」

 

「見て分からんかー。墨をすってるんだ」

 

「いや、私が言ってるのはその膝の上の鈴々さんのことなんですけど」

 

執務室に入ったと同時に目に飛び込んできた光景に、若干引き気味に聞いてみる。

さっきまでは璃々ちゃんが乗っていた気がするんですけど、いつの間に交代したのでしょうか。

 

「いやー、ぬくいよなー。基礎体温高いからか、すげーぽかぽかすんの」

 

「にゃはー、おにーちゃんもあったかいのだー!」

 

「ええい、可愛いなぁ! うりうりー!」

 

「にゃにゃっ、くすぐったいのだー!」

 

「・・・ちっ、爆発してろよ」

 

「よーしよしよしよし・・・おっと、それで副長、何の用だ?」

 

またまた一通り鈴々さんを撫で回した後、ようやく私の存在を思い出した隊長は、鈴々さんと墨をすりながら聞いてくる。

 

「ああ、乗馬の訓練終わったんで次の弓の訓練場の使用許可貰いにきました」

 

「おーおー、確かにそんな訓練するって聞いてたな。ちょっと待て、ここに許可証が・・・っと」

 

先ほどと同じ場所から許可証を取り出すと、ほら、と差し出してくる隊長。

私はそれを受け取って、中身を確認する。

うんうん、大丈夫大丈夫。

 

「どもです。それじゃ、訓練してきまーす」

 

「いってらー。誤射には気をつけろよー」

 

「いってらっしゃいなのだー」

 

・・・少し、娘が成長したような気分になった。

なんでだろうか。娘、いないのに。ぐすん。

 

・・・

 

「お疲れ様で・・・はぁ」

 

「何故ため息を吐くんだ、副長」

 

「いえ。・・・一応聞いておきますけど、なにしてるんです?」

 

「見て分からんか、書いた書類を纏めて冊子にしてるんだ」

 

「毎回言いますけど、そっちじゃないです。膝の上にいる、ダブル軍師さんのことです」

 

はわわっ、あわわっ、と慌てつつも膝の上からは避けようとしない二人に軽く舌打ちしながら、隊長の机の前まで行く。

このやり取り、今日だけで何回したのだろうか。そして、これから何度しなければいけないのだろうか。

 

「いやー、この両側から包まれる感触がたまらないよなー。・・・おっと、それで今度は何の用だ?」

 

「あ、そうそう。次は工兵の訓練するんで、衝車の使用許可ください」

 

「おー、そういえばあったな、そんなの。・・・朱里、そっちの書類取ってくれ」

 

「はわわ、はいっ、どうぞ!」

 

「ありがと。ほら、副長」

 

「・・・どもです。それじゃ、訓練いってきますー」

 

「いってらー。衝突事故には気をつけろよー」

 

・・・

 

「・・・た、隊長?」

 

「ん、なんだ?」

 

「あのー・・・大変聞きづらいんですけど、何してるんです?」

 

「いや、ほら、えっと、書いた書類の推敲してる」

 

「・・・いえ、違います。その思いっきり隊長にしがみついてる音々音さんは何してるのかって言ってるんです」

 

座っている隊長と向かい合うようにして座る音々音さんは、顔を真っ赤にしながらふるふると震えていた。

あの位置、あの顔、そしてこの匂いと水音! てめえら、執務室で何やってんだ!

 

「それ絶対入ってますよね!?」

 

「違うよ、全然違うよ」

 

「は、うっ、ぎるぅ、動くななのです・・・!」

 

「いやもう音々音さんの反応が全てを物語ってますよ!?」

 

この人ついに膝に乗せるだけじゃ飽き足らなくなったか・・・!

というか、私他人のアレを見るの二度目なんですけど! 二日連続なんですけど!

凄く気まずいというか、正直うらやま・・・げふんげふん。

 

「は、う、・・・~っ! ・・・は、ふぅ・・・」

 

「こいつ・・・この状況で・・・!」

 

なんか凄くすっきりした顔してるんですけど、この娘。

音々音さん、なんて恐ろしい子・・・!

 

「・・・副長、ほら。船の使用許可証」

 

「あ、そうそう、それを貰いにきたんでした。・・・それじゃ」

 

「おう。・・・えーと、轟沈には気をつけろよー」

 

「気をつけろ、ですー」

 

なんとも複雑な気分で、執務室を後にした。

 

・・・

 

「というわけです」

 

「・・・へぇ」

 

ニッコリ笑う月さんを前に、私はちょっと戦慄していた。

何をしているかというと、お察しの通りチクリである。別の言い方をすると、密告である。

目の前で凄くニコニコしているこの侍女長を前に絶対この人敵に回さないようにしよう、と心に誓った。

隊長、ご愁傷様です。・・・ムチャシヤガッテ。

 

「ありがとうございます副長さん。とても有意義なお話が聞けました。・・・少し、席を外しますね。三時間ほど」

 

「・・・その、私はそろそろお暇しますねー・・・」

 

「そうですか? ろくなおもてなしも出来なくてごめんなさい」

 

「い、いえいえー。急用なら仕方ないですよ、うん」

 

もう一度、ごめんなさい、と頭を下げてから、月さんは部屋を出て行った。

あの瞳には漆黒の意思が灯っていたと思う。あの人、その内重力を支配して次元の壁超えたりしないよね・・・?

 

「・・・まぁ、隊長のことだからなんだかんだ言って月さん諭して夜戦突入するんだろうなぁ」

 

・・・

 

「たいちょー、お疲れ様で・・・ああ、本当にお疲れ様でーす」

 

「毎回思うけど、お前タイミング悪いよなー・・・」

 

「ふあっ、ギルさぁんっ・・・!」

 

翌日私が執務室に書類をとりに行くと、昨日の音々音さんと全く同じ格好をした月さんが、顔を真っ赤にして隊長にしがみついていた。

・・・私も混ざっちゃおうかなー! こんちくしょー!

 

・・・

 

「ギル、相談があるの」

 

「どうした雪蓮、そんなに真剣な顔で相談なんて。ただ事じゃなさそうだな」

 

自分の部屋で寛いでいたところ、雪蓮がやってきた。

いきなり俺の目の前までやってくると、だん、と机を叩いたところで先ほどの言葉である。

こんなに真面目な顔をした雪蓮は大戦中でもあまり見たこと無いぞ・・・。

どんな相談が飛び出してくるのか、と身構えていると、雪蓮がゆっくりと口を開いた。

 

「堂々と・・・堂々と真昼間からお酒が飲めるような行事は無いのっ!?」

 

「さて、そろそろ昼飯の時間だなー」

 

「あぁん、もう、露骨に話し逸らさないでよぅ」

 

そう言って立ち去ろうとした俺の腕に抱きつく雪蓮。

召喚直後辺りの俺なら狼狽していたのだろうが、桔梗や紫苑や祭やらで鍛え上げた俺はこの程度ではうろたえないッ!

全く、雪蓮は仕方ないなぁ。

 

「いい感触だ・・・」

 

「え?」

 

「あ、いや、こっちの話」

 

しまった、本音と建前を間違えた。

思ったより狼狽しているらしい。

 

「・・・ま、秋だしな。紅葉狩りでも提案してみるか」

 

華琳の審査通るかなぁ。

 

・・・

 

「却下よ」

 

ですよねー。

華琳と桃香、蓮華の三人を集めて提案したは良いが、蓮華にばっさり斬られた。

企画書の内容を見て、雪蓮の息が掛かっていると勘付いたのだろう。こういうところは姉譲りである。

 

「まぁ、面白そうではあるけどね。山の紅葉を見ながらお酒を飲むのも」

 

「お兄さんと一緒なら、山でも海でも、何処でも行くよー!」

 

「桃香っ、そういうのはずるいぞっ」

 

きゃっきゃとはしゃぎ始めた二人を見てため息を吐く華琳。

この三人が集まって三国会議とかやってるときは大抵こういうオチになる。

・・・仕方ない、雪蓮から報酬の前払いも貰ってるし、もう少し食い下がってみるか。

 

「華琳、そろそろ秋も深まってきて外でやるような行事も減ってくるだろ? 今のうちにやっておかないと、また一年待たないといけないんだしさ」

 

「そうね・・・確かに、寒くなってくるとそういうことも出来ないものね・・・。まぁ、私はあんまり反対派って訳ではないし? 賛成に一票入れてあげる」

 

「よし。次は・・・桃香かなー」

 

とは言っても、特に説得する意味もない気が・・・。

 

「桃香はどうだ?」

 

「ふぇ? 私はさっきも言ったけど、お兄さんとお酒を飲めるなら大丈夫だよー! お仕事はちょっと溜まっちゃってるけど、頑張るもん!」

 

よし、二票目。これで過半数だけど、どうせなら蓮華も快く参加して欲しいし。

 

「蓮華は・・・やっぱり嫌か?」

 

「嫌というわけではないわ。・・・その、お姉さまの思惑が透けて出てるのよ」

 

「蓮華、逆に考えるんだ。いつも酒を飲むな飲むなというから飲みたくなるんだと。一回浴びるほど飲ませてみたら、ちょっとは懲りるかも知れないだろ?」

 

「・・・一理あるわね」

 

ふむ、と眼を閉じて考え込む蓮華。

何度か一人で頷いた後、そうね、とこちらを見る。

 

「分かったわ。他ならぬギルの言うことだし・・・一度、試してみようかしら」

 

「よしっ! ありがとう蓮華っ」

 

よーしよし! と抱き締めて頭を撫でる。

蓮華にはこれくらいオーバーな表現をしてあげたほうが照れて可愛い反応を返してくれる。

 

「ひゃあっ!? ちょ、ちょっとギルっ、人前でこんな・・・ん、もう・・・」

 

最初は恥ずかしくて暴れていた蓮華も、諦めたように俺に体を預けてくる。

んっふっふ、可愛いなぁ。

 

「あーっ、もうっ、蓮華ちゃんばっかり贔屓して、ずるいよー!」

 

その後、背中に抱きついてきた桃香と正面で抱き締める蓮華の二人の感触を楽しんだ。

 

・・・

 

「良くやったわ! ウチにきて蓮華とシャオを襲っても良いわよ!」

 

どうだった!? と俺に詰め寄る雪蓮に、開催することになったことを伝えると、上の言葉を貰った。

 

「妹を差し出すんじゃない。・・・かといって、雪蓮だったらいいって事でもないからな?」

 

「ちぇー」

 

俺が発言を先回りして潰すと、雪蓮はつまらなそうに唇を尖らせる。

大戦中血を見て興奮した雪蓮に襲い掛かられてから、なんだか狙われている気がする。

・・・まさか、とは思うんだけどなぁ。

 

「ま、これで雪蓮のお願いも聞いたし。それじゃ、部屋に戻るなー」

 

「はいはーい。ありがとねー」

 

「構わんさー」

 

何時も通りの軽い口調でお礼を言いながら去っていく雪蓮にこちらも軽く返す。

報酬もきっちり貰うしな。

 

「さてと、ああいうことを言った手前、きちんと準備はしておかないとな」

 

部屋に戻り、書類を書き上げていく。

ふむ・・・ま、山だし、人数は制限しなくて良いか。

かといってあんまり多くても・・・いや、頑張るかー。

 

「警備と、酒、つまみ・・・多いなぁ」

 

だが、今の俺に出来ないことなんてほとんどない!

ハイになって書類を片付けていると、こんこん、とノック。

俺の部屋をノックするような礼儀正しい人間にはあまり心当たりは無いが・・・。

 

「こんにちわ、ギルさん。月です」

 

「おー、月か。どうぞー」

 

わざわざ入る前にノックして名乗るのは、俺の知る限り月と朱里、雛里、七乃辺りの礼儀正しい娘たちだ。

他は転移で部屋にやってきたり、扉や窓を吹き飛ばしたりこっそり入ってきたりするのばかりだな。

・・・セキュリティ、強化すべきか。

 

「お邪魔します。・・・お仕事中、ですか?」

 

俺が考え事をしているうちに、月が扉を開いて部屋の中に入ってきた。

月は俺の手元を見て、仕事中だと思ったのか少し申し訳なさそうにそう聞いてきた。

 

「いや、これは関係ない書類。どうした?」

 

「あ、えと・・・お仕事が終わったので、ギルさんとお話しようかなって」

 

「おー、大歓迎だ。よし、ちょっとキリの良いところまで終わらせちゃうな」

 

「はい。あ、お茶を淹れてきますね」

 

「ありがと。頼むよ」

 

「はいっ」

 

ぱたぱたと俺の部屋に備え付けてある崑崙に向かう月。

手際よくお湯を沸かしたり茶葉を用意したりしている後姿を見てると、なんだか知らないがうんうんと頷きたくなってくる。

・・・おっと、さっさと終わらせないとなー。

 

「ふんふんふーん」

 

筆を走らせていると、上機嫌になったのかお茶を入れている月が鼻歌を歌っていた。

ここからは後姿しか見えないが、なんだか浮かれているようにも見える。

 

「・・・うん、よしっ」

 

準備が出来たのか、嬉しそうな声と共に再びぱたぱたという足音。

ふと視線だけ向けると、笑顔の月がお茶のセットを盆に載せてこちらに来ていた。

 

「はい、お茶です」

 

「ありがと。・・・なんか、機嫌良いな」

 

「へぅ・・・分かりますか?」

 

「うん。いや、隠そうとしてたのか・・・?」

 

それにしては体中から嬉しさみたいなものが漏れ出てたみたいだけど・・・。

 

「そういうわけではないのですが・・・」

 

「はは、ま、機嫌が悪そうに見えるよりは良いよ。こっちもキリが良いところまで終わったし、一緒にお茶にしようか」

 

「はいっ」

 

執務をする机ではなく、軽食を取ったりお茶を飲んだりするための卓に移り、月の入れたお茶を飲む。

寒くなってきたこの時期、こういう暖かい飲み物はとてもありがたい。

 

「ふう・・・寒くなってきたな」

 

「そうですね・・・。そろそろ、上に一枚羽織らないと風邪をひいてしまうかもしれませんね」

 

ずず、と俺と同じように湯飲みを傾けながら、月が窓から外を見る。

俺も釣られて一緒に窓から外を見ると、枯れ葉が風に飛ばされているのが見えた。

・・・うーん、紅葉狩りするときに紅葉が残っているだろうか。

 

「・・・よ、夜も、寒い・・・ですよね」

 

「ん? そうだなぁ、布団ももう少し欲しいよなー」

 

「お、お布団も、そうなんですけど・・・!」

 

「え? ・・・あー、そうだなぁ。人肌恋しい季節だよなぁ」

 

と言っても、俺はほとんどの夜を誰かと過ごしてるんだけど・・・やっぱり最近月と寝てなかったしなぁ。

寂しいのかもな。・・・俺じゃなくて、月が人肌恋しいんじゃないだろうか。

 

「よし、月、おいで」

 

一度立ち上がって寝台に座り、ぽんぽんと膝の上を叩く。

まだまだ昼間だし、一緒に寝てはあげられないけど、膝枕くらいなら大丈夫だろう。

そう思ってのことだが、月も察してくれたらしい。

少し遠慮気味に俺の隣に座って、ぽん、と膝の上に頭を乗せてきた。

 

「・・・少し、恥ずかしいです」

 

「ははは、何時も俺にやってることじゃないか」

 

「するのとされるのとは違うんです。へぅ・・・」

 

そうかそうか、と俺の膝の上に乗った月の頭をゆっくりと撫でる。

こちらからは顔が良く見えないが、きっと顔を赤くしているのだろう。

 

「やっぱり、ギルさんと一緒にいると・・・幸せです」

 

「そう言われると照れるな。俺もこうして月の頭を撫でてるのは幸せだよ」

 

そういうと、月は向こうを向いていた顔をこちらに寝返らせた。

俺の腹に顔を押し付けると、ぎゅうと抱き締められる。

 

「どうした、月。照れ隠しかー?」

 

からかうように聞いてみると、コクコクと首だけでの返答が来た。

・・・図星ですか。可愛いなぁ、本当に。

 

「・・・えい」

 

ようやく顔を離したかと思うと、俺の腹を突いてきた。

急なことだったので力を入れてしまったからか、月は少し間を空けてから文句を言うように呟いた。

 

「硬いです」

 

「力入れてるからな。急にどうしたんだよ」

 

「私のお腹はその・・・お肉が付いていてこんなに強くないですから、不思議で・・・」

 

「月のこれで肉が付いてると言われたら・・・ほとんどの女性が泣くことになるぞ」

 

そう言って、月の腹をふにふにと触って確認してみる。

 

「あは、うふふ、くすぐったいです、ギルさん」

 

くすくすと笑いながら、身を捩る月。

それに対抗してか、月もこちらの腹を突いてくるが、それは全く無駄な抵抗になっていた。

 

「あはは、だめぇっ、ずるいですギルさん、こっちもくすぐってるのに、やんっ」

 

「はっはっは、全くくすぐったくないね!」

 

うれうれ、と月の柔らかい脇腹を突いてみたり撫でてみたりと好き放題してみる。

脚をぱたぱたと暴れさせるも、逃げる気はない月に、手の動きも激しくなっていく。

だんだんと何時もの月の口調ではなくなってくるのが少し面白い。

 

「んぅ、あははっ、も、だめぇ、お腹、くすぐったいよぉ・・・!」

 

月の腹部の柔らかさと手触りと反応を十分に堪能した後、ごめんごめんと手を離す。

しばらく息を整えていた月だが、少しすると目じりに浮かんだ涙を拭いながら笑う。

 

「こんなに笑ったの、初めてかもしれません。・・・へぅ、何かギルさんに失礼なことを言っていた気が・・・」

 

「そのくらい、気にしないって。自分でやっておいてこういうこと言うのもアレだけど、大丈夫か?」

 

「はいっ。大丈夫ですよ。むしろ元気いっぱいです!」

 

こちらを見上げてえへへ、と笑う月の服を直しながら、そうかそうか、と返した。

ずっと機嫌よさそうにしている月を見ていてこちらも楽しくなってきたのは確かだし、なんだか今日は良いことがありそうだ。

 

「月、少し外を散歩しないか?」

 

「ぜひっ。少し用意しますね」

 

そう言って、寝室にある化粧台に向かう月。

・・・あまりにも俺の寝室で朝を迎える女の子たちが多いので、化粧台を設置したのだ。

鏡と簡単な化粧品位はあるし、ここで過ごしていくうちに自分の化粧品やらを置いていくお陰で男の部屋においてあるのに異常なほどラインナップが充実した化粧台となっている。

月は手早く自分の顔を確認すると、軽く髪と服を調える。

 

「うん。お化粧は・・・大丈夫」

 

一人鏡で確認する月を見ながら、よいしょと立ち上がる。

月は化粧をあまりしないし、しても薄化粧くらいなので時間が掛かることはほぼ無い。

卑弥呼とか壱与とかは顔に儀礼用のらしき化粧をするのでちょっと時間が掛かるのだが。

さて、今日は何処でお菓子を食べるかなぁと考えながら、月と手を繋いで部屋を出た。

 

・・・

 

「ん?」

 

秋晴れの午後。

天気が良いと東屋で作業をしていると、中庭を風が横切っていくのが見えた。

その後ろには猫が数匹続いており、更にその後ろには身を潜めながらそれらについてく明命がいた。

・・・何をやってるんだろう、あの忍者娘は。

 

「んー? おぉ~、お兄さんじゃありませんか~」

 

風を先頭にした不思議な隊列を見ていると、視線に気付いたのか風がこちらに声を掛けてきた。

進路を変えた風に釣られて、猫たちと明命もこちらに向かってくる。

 

「よぉ。今日はどうしたんだ?」

 

「今日はお天気も良いので、お散歩を少々~」

 

「健康的だな。・・・後ろの猫たちは?」

 

「先ほどまで日向ぼっこをしていたので、懐かれたのかとー」

 

「・・・背後の明命は?」

 

「・・・おぉ~。いつからかいたみたいですね~」

 

俺の言葉に、風は後ろを振り返る。

少し間が空いた後、手をぽんと叩いて何時も通りの間延びした声で答える。

 

「明命、こっちおいでー」

 

「はわっ!? み、見つかってしまいました!」

 

がさがさっ、と茂みを掻き分けながら明命がこちらに駆けて来た。

 

「流石ですギル様っ。隠密状態の私を発見するなんて・・・!」

 

感動した面持ちでこちらを見上げる明命だが、正直あの状態の明命を「隠密状態」とはいえないだろう。

気配遮断の欠片も無かったぞ・・・。

 

「い、いや、あー、うん・・・俺は凄いからなっ」

 

「はいっ! 流石ギル様ですっ!」

 

面倒くさいので、明命の話にあわせることにした。

 

「・・・なるほどー。これが「もういいかなー」って気分なんですね~」

 

「はっはっは。風、流せ・・・」

 

「はいですよ~」

 

ニコニコと笑いながら風は俺の頭を撫でてくれる。

座っているからか、風の身長でも俺の頭に届くようだ。・・・優しさが身に染みるなぁ。

 

「ところでギル様は今何を・・・?」

 

「ん、ああ。いや、ちょっと以前から考えてたことを纏めておこうかなーと」

 

国の政策だとか、こうすれば良いんじゃないかなーって言う案を纏めておいたりすれば後々見返せるし楽かなぁと思ってこうして纏めているのだ。

後は辞典だな。サーヴァントがらみの用語だとか、魔術関係の専門用語だとかを纏めておくかと孔雀たちの協力を得ながら作成中だ。

前は自室で作業してたんだけど、あまりにみんなの突撃も多かったし、部屋で女の子と二人きりで篭ってるとなんだか妙な気分になってくるので、こうして青空の下で健康的に作業をしているのだ。

・・・たまに、星みたいな外でも構わない娘に襲撃はされるけど。

 

「これ全部政策に関することなのですか!?」

 

「・・・軽い山になってるのですが~。これを全てお兄さん一人で処理しているのですか~?」

 

「凄いですっ。私はもう書類を見るだけでちょっと苦手に思っちゃうので・・・」

 

「はは、褒めても何も・・・いや、お菓子くらいなら出るな。ほら」

 

ぱちん、と指を鳴らすと、書類の山が宝物庫に戻っていき、代わりにお菓子とお茶が出てくる。

それを見て嬉しそうに席に着く二人を見ながら思うが、これは正直常人が処理できる件数じゃないだろう。

なんだか最近は俺の感覚も鈍ってきているけど、まぁ俺の能力が上がってるってことだから良いことだと思おう。

 

「お、猫たちもか。・・・そういえば前捕まえた魚介類が残ってるな。食べるかー?」

 

「にゃー」

 

わらわらと集まってきた猫たちが俺の足元に集う。

猫たちが食べやすいように皿に盛って地面に置くと、猫たちが殺到する。

おうおう、ゆっくり食べろよー。

 

「はぅはぅ・・・お猫様ぁ・・・」

 

明命はそんな猫たちの様子を見てお菓子を食べる手が止まってるし。

目がキラキラしてるなぁ。

 

「ん・・・もうこんな時間か」

 

「この後何かご予定が~?」

 

「ああ、まぁ、予定って程じゃないんだけど。この後商業区画の・・・そうだ、二人も来るか?」

 

「風たちも、ですか~?」

 

「ふぇっ!? わ、私もでしょうかっ!?」

 

「ああ。商業区画の区画長から相談受けてたことなんだけど、二人にぴったりだと思って」

 

そう言って、首を傾げっぱなしの二人を連れ、俺は城を出て目的地へと歩き出した。

 

・・・

 

「獣害?」

 

「ああ。屋台とか八百屋とか魚屋とかで、野良猫やら野良犬やらの被害が出てるみたいなんだ」

 

俗に言うお魚くわえたドラ猫という奴だ。

そこで、俺に陳情として上がってきたのだ。

・・・俺が散れと言えば猫たちも従うのだが、それでは常に俺がいないといけなくなる。

恋の負担をこれ以上増やすわけにもいかないし。猫好きと猫っぽい二人なら、何か良い方法でも思い浮かぶかなぁと思って連れてきたのだが。

 

「・・・急に言われましても、少し難しいかとー」

 

「はぅ・・・も、申し訳ありませんギル様っ。私では画期的な方法は・・・」

 

「んー・・・だよなぁ」

 

実のところ俺も頭を悩ませているのだ。

あまりにも増えすぎた野良動物たちは衛生上良くないし、たまに人を襲うようなのもいる。

基本的に武器を持っていない人間が適うはずも無く、噛まれたりして病気に、なんてのもあまり笑えない。

うぅむ、本格的に保健所的な何かを作るべきか。

 

「・・・犬、犬か」

 

「? どうしたのですか、ギル様?」

 

「いや、良いこと思いついたかもしれない」

 

・・・さて、集めてきたのは仕事がないと嘆く若者たちだ。

彼らには、これから捕まえてきた野良犬たちを飼いならして貰い、獣害を押さえてもらう。

特別講師は恋だ。流石の飛将軍。若者たちが「こんなつもりじゃなかったのに・・・」みたいな顔をしている。

ちなみに、猫のほうは猫カフェに雇用予定だ。これで、だいぶ被害は抑えられるだろう。

新しく商業地区に雇用も生まれるしな。うんうん、良いアイディアだろう。

・・・ちなみに、衛生面にはきちんと気を使ってるぞ? 専門の人間も雇ったしな。

 

「お猫様ぁ・・・! ギル様、ふくぎょう、というのは素晴らしいものですね!」

 

猫喫茶特別顧問、明命の誕生である。

猫のこと詳しいし、更に大好きだし。

平和になってから明命の仕事も減って時間もあることだし、とても良い人事だと思っている。

しばらくはマニュアル作成に時間を取られるだろうが・・・まぁ、明命の嬉しそうな顔を見ているとそのくらい良いか、と感じる。

 

・・・

 

「今日は何の日だ! 答えろ!」

 

「・・・ランサー、ライダーのテンションが高くて俺はどうすれば良いのか分からない」

 

「私に振らないでください! セイバー、任せました!」

 

「ふん、私の行く手を阻むというか、ライダー! 行くぞ的盧! 私と共に!」

 

「セイバーが逃げたぞ! 私も逃げるっ。賢者の石!」

 

「アサシン、地獄の果てまでキャスターを追え!」

 

「バーサーカー、お前はセイバーだ!」

 

「・・・」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

数秒後、城内で大きな爆発が二回起きた。

更に数分後、全員のマスターが集合してそれぞれのサーヴァントを叱責している場面が、複数の兵士によって目撃されている。

 

・・・

 

それはそれで、と気を取り直したライダーは、俺たちにもう一度何の日かと聞いてきた。

 

「はぁ・・・ハロウィンだろ?」

 

「分かってるじゃねえかソウルブラザー!」

 

「五月蝿い。ユニゾンしそうな呼び方をするんじゃない」

 

嬉しそうに俺にまとわりつくライダー。

その外套ひん剥いてやろうか。・・・誰が得するのか。やめておこう。

 

「先ほど町を歩いてみましたが、皆様仮装を楽しんでらっしゃいましたよ」

 

「宣伝した甲斐があるというものだ。なぁライダー?」

 

「おうよ! 俺は・・・俺は感動してるぜぇ!」

 

ぶわわっ、と目から涙のようなものを噴出させるライダー。

ついに水分も出るようになったのか、その目。

 

「一刀からもなんか言ってや・・・一刀?」

 

「不味いぞギル・・・強盗が出たらしい。人数も多いから、発見したけど逃したって」

 

俺たちがくだらないことを言っている間に、一刀は警備隊となにやら深刻な話をしていたらしい。

ライダーとは真逆の表情を浮かべながら、一刀は凪から受け取った人相書きを見せてきた。

 

「仕方ないな・・・ちょっくら空から探しt」

 

十月最後の日(ハロウィーン)!」

 

俺が台詞を言い切る前にインターセプトしてきたライダーは、なにやら不穏な言葉を吐きやがった。

・・・ああっ、周りの人間がみんなカボチャ頭に! 目の前に立つ一刀らしきカボチャは俺にカボチャにしか見えない人相書きを渡してくるし。

なんだ、確かS県辺りのふるぅつ屋の女装した長男が同じような能力持ってたような気が。

 

「くそっ、ライダー宝具を解除・・・もういない!」

 

「? どうしたんだ、ギル」

 

「・・・幻惑無効の魔術礼装貸してやるよ」

 

宝物庫から取り出した魔術礼装を一刀に渡すと、ライダーの宝具の「周りがカボチャ頭だらけなのに違和感を持たない」という効果が打ち消されたようだ。

悲鳴を上げ始めた一刀を落ち着かせて、早速サーヴァントの協力を取り付ける。

まず元凶であるカボチャ頭をどうにかしないとこの国民総カボチャ頭状態は続くことになってしまい、カボチャ頭の強盗にも逃げられてしまうだろう。

やばいぞ、目に入るのがカボチャ頭過ぎてゲシュタルト崩壊してきた。

 

「兎に角一刀・・・違う、これセキトだ!」

 

「おいおいギル、流石に犬と俺を間違えるのは・・・違う、これ張々だ!」

 

「お二人とも何をしているのですか・・・」

 

それぞれ別の犬を抱きかかえた俺たちがコント紛いのことをしていると、ランサーに呆れられてしまった。

・・・うん、ふざけてる場合じゃないな。

 

「宝具を無効化する宝具を今から探すのは流石に非効率かな」

 

今だ全てを開拓していない宝物庫を今から漁るのは流石に意味が無い。

となれば、原因のライダーをボコって解除させるか。

 

「多分ライダーはテンション上がりすぎて上空で「お菓子をくれな(トリック・オア)きゃ悪戯するぞ(・トリート)」もあわせて発動させてるだろうから、俺は空から探すよ」

 

「俺は・・・どうしたらいいんだ?」

 

「壱与でも探してくれ。多分あいつならきっとこの宝具の効果範囲内でも惑わされずに人探しできるはずだ」

 

「りょーかい!」

 

そう言って走り出した一刀を見送りながら、宝物庫から上空に飛行宝具、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)を取り出す。

屋根の上から跳躍して乗り込むと、上空からライダーを探す。

・・・何故か、俺のほうがライダーっぽいことをしているような気がするが、気にしたら負けだ。構わずいこう。

 

「うおっ!?」

 

上空を飛んでいると、蝙蝠やら良く分からない鳥やらが飛んできた。

敵意は無いみたいだが、この外見・・・ライダーの眷属か。

 

「なんて期待を裏切らない奴なんだ・・・」

 

自分で言っておいてなんだが、まさか本当に上空にいて、宝具で妖怪を吐き出しているとは思わなかった。

 

「取り合えず・・・宝具を解除したくなるように、適度に痛めつけるしかあるまい」

 

こうして、俺は妖怪を避けながら、即席STGに挑戦するのだった。

 

・・・

 

「・・・なるほど。ギル様がそんなことを」

 

「ああ。だから壱与ちゃんにも協力してもらって来いってギルが」

 

「了解です! 邪馬台国次期女王であるこの壱与が! あのカボチャ頭を破壊します!」

 

「破壊しちゃ駄目だよ!? っていうかそうじゃなくて強盗を見つけ・・・あれ、聞いてる? 聞いてないよね!?」

 

なにやら大声で応援してくれている(ように聞こえます)御使いさんを尻目に、上空へと浮かびます。

さてと・・・未来予知だと・・・こっちですね!

 

「ふっふっふ。あのカボチャの魔力の波長はすでにこの折紙に染み込ませてあります!」

 

いつ誰がギル様や卑弥呼様の敵になるか分かりませんからね! こうしてサーヴァントやマスター、主な武将の魔力や生命力や匂いなんかは折紙に染み込ませて溜め込んでるんです!

 

「そして! ギル様にほっぺたつねつねされながら改良した追跡魔法で!」

 

カボチャの魔力波長を染み込ませた折紙を数枚宙にばら撒くと、独りでに折鶴の形に変わっていく。

そして、完成した折鶴は羽を広げ、本物の鳥と遜色ない速度で飛んでいく。

 

「速度、追跡能力、魔力効率! 数ヶ月前に魔法を手に入れましたが・・・こんなにもッ! スガスガしい気分は初めてですッ! うりぃっ!」

 

なんだか気持ちが高ぶって妙なことを口走ったような気がしますが、上空にいるのなんか私くらいのもの。

追加で隠蔽魔術もかけてるのですから、何を口走ろうが気にすることはないですよね!

 

「あっちですね・・・うん? ギル様のにおいもする!」

 

しばらく飛んでいると、黄金の飛行船に乗って飛んで来る妖怪たちを避けているギル様が見えてきました。

・・・遊んでる・・・わけじゃないですよね?

 

「ギールーさーまー! 壱与ですー! あなたの壱与ですよー!」

 

「・・・ん? 壱与? って、壱与!?」

 

黄金の飛行船に急制動を掛けて、物理法則をまるっと無視した軌道でこちらに反転してくるギル様。

流石思考で動く飛行船。ああいうの一台あると、新婚旅行とか捗りそうです。

 

「強盗は? 見つけたか?」

 

「はい?」

 

「・・・は?」

 

「えっ?」

 

ギル様の言葉に首を傾げると、ギル様も驚いたように目をまんまるくしてしまいました。

・・・あら、何か聞き間違ったのでしょうか。確か、御使いさんからは「ギル様の手伝いをして欲しい」という内容の言伝を貰ったはずなのですが・・・。

直接ギル様に聞いてみると、はぁ、とため息をついて首を数回横に振りました。

 

「人の話は最後まで聞こうな。多分一刀が説明してる途中で気持ちが逸ってこっち来たんだろうけど」

 

そう言って、ギル様は壱与のおでこを指でぱちん、と弾きました。

 

「ありがとうございますっ」

 

「・・・うん、まぁいいや。きちんと説明するぞ?」

 

壱与がお礼をすると、ギル様は何かを諦めたような顔でもう一度首を振り、詳しく説明してくれました。

・・・なるほど、あのカボチャ頭の宝具で見分けがつかなくなった強盗を捕まえろ、ということだったのですね。

いっけない、壱与ったらあわてんぼさんっ。てへっ。

 

「てりゃっ! ・・・おっと、すまん。急に凄く不快になって」

 

「ありがとうございますっ!」

 

急にギル様から手刀のご褒美をいただき、ほとんど反射でお礼の言葉が出てくる。

うん、ギル様はぶりっ子は嫌い・・・と。以前のつんでれ、くーでれと共に封印ですね。

それにしても、壱与の心の中まで分かるなんて、まさに以心伝心! 愛が溢れて止まりませんわ!

 

「ではでは、不肖ながらこの壱与、ギル様のために強盗を捕まえて半殺しにした後荒野に放置してきます!」

 

「それは遠まわしに殺してるな。一応事情聴取とかもあるから、捕まえて城に突き出してくれるだけで良いぞ」

 

「分かりました! 言葉だけ喋れるようにしておきますね!」

 

「・・・できれば後々回復可能な程度に痛めつけてくれよ?」

 

「はいっ! 壱与にお任せ、です!」

 

壱与の返事を聞いて、よしよし、偉い偉い、と壱与の頭を撫でるギル様。

・・・うふふ。手刀や張り手を頂くのもご褒美ですが、こうして優しく撫でていただくのも大変なご褒美ですね。

ギル様が手を離した後も温もりが残っているような気がする頭頂部に触れつつ、それでは、とギル様に別れを告げて急降下。

卑弥呼様の直弟子であるこの壱与の魔術と魔法をたっぷりと御覧あれ!

 

「人物探索魔術、鏡花水月!」

 

目の前の銅鏡に手を翳すと、鏡面が揺らめき、程なくして眼下に広がる町の様子を映し出す。

うわぁ、見事にカボチャ頭ばっかり。

ええと、どうやって探そうかな。

 

「取り合えず、走ってる人間を映し出しなさい!」

 

鏡に向かってそういうと、壱与の周りに追加で銅鏡が現れ、それぞれに走っている人間――カボチャ頭ですけど――を映し出す。

後は、ここから更に絞っていくだけ。

 

「ええと、何かを手に持って走っている人間!」

 

条件を絞ると、周りの銅鏡が更に減る。

 

「うーん・・・三人か」

 

残った銅鏡は三枚。

それぞれに走るカボチャ頭を映し出しているので、どれが強盗かは直接見ないといけないかも。

・・・ん?

 

「あはは、なるほどね、これは分かりやすいわ」

 

つい乱暴な言葉遣いになるほどに驚いてしまいました。

銅鏡の一枚。走るカボチャの頭に、赤い血が。

 

「これは、抵抗でもされたときに怪我しましたか? ・・・まぁ良いです。ここはギル様と卑弥呼様の治める世界。そこに住む民に危害を加えるというのなら、殺害も厭いません」

 

更に急降下して、走る血のついたカボチャ頭の前に降り立つ。

 

「おおっ!? な、なんだ!? 空から女の子が!」

 

「一つだけ聞きます。あなた、強盗ですか?」

 

「何を言って・・・」

 

「確定しました。あなたは強盗です」

 

強盗の言葉に被せるように一方的に言い放つ。

読心魔術、明鏡止水。

銅鏡に人を映して質問をすると、その質問に心の中でどう思っているのかが映し出される。

心では嘘つけないですからね。

・・・ちなみに、魔術名の名付け親は卑弥呼様です。

確か、14の頃に何かに目覚めたらしくて、何かに取り付かれたかのように魔術に名前を付け始めたらしいです。

弟様曰く、「何かの病気のようだった」といっておられました。

 

「・・・はっ、ばれたんなら仕方ねえな。見たところ、ここの武将って訳でもなさそうだし・・・わりぃが、人質になってもらうぜ」

 

「は?」

 

「じゃらじゃらしてるその宝石とかも売れそうだな・・・痛い目見たくなきゃ大人しく服を脱ぎな」

 

一人で飛び出してきたのは失敗だったな、といいながら、懐から刃物を取り出す強盗。

・・・確かに壱与は少女と言って良い外見してますし、あんまり腕っ節強そうには見えませんけど・・・油断しすぎじゃありません?

 

「やめておいたほうが良いですよ。襲われたら、抵抗しなければなりません。その頭の傷より酷いことになりますよ?」

 

「はっ。これは大の男が抵抗したから出来た傷だぞ。そんな鏡しか持ってない嬢ちゃんじゃ、できっこ・・・ねえよっ!」

 

「うわ、あっぶな」

 

「ごぶえっ!」

 

刃物を振り上げ、壱与に飛び掛ってきた強盗はしかし、空中に配置してあった光弾にぶつかって潰れた蛙みたいな声を出しました。

地面に落ちた強盗は、おなかを押さえながら疑問符を頭に浮かべているようです。

 

「? ? な、なにが・・・?」

 

「あ、襲われたので抵抗しておきますね。きゃー、こわーいっ」

 

あ、ぶりっ子は封印してたんでした。

 

「ま、いっか」

 

「ちょ、ま、あぶぶぶぶぶぶぶぶっ!? ・・・ごふ」

 

私の発射許可を得た光弾たちは、三百六十度、逃げ場のない光弾の結界に閉じ込められた強盗に殺到しました。

光弾に全身を打ちのめされ、なにやら良く分からない断末魔を残して強盗は気絶してしまいました。

 

「めでたしめでたし、ですね。あ、城まで持って帰らないと」

 

・・・

 

「で、壱与。これは何だ?」

 

「はい! 強盗です!」

 

「・・・取調べとかあるから、後々回復可能な程度に痛めつけろって言ったよな?」

 

「はい! ですので、後々回復可能な程度に半殺しです!」

 

「全治半年を半殺しとは言わんのだ」

 

? ギル様は何をおっしゃっているのでしょうか。

 

「半年間死にそうな状況にするから半殺しというのでは・・・?」

 

「誰から教わった?」

 

「卑弥呼様と弟様からです!」

 

「よし、後で卑弥呼には拳骨だ。・・・あと、弟君には後ほど何か疲れが取れるものを送っておこう」

 

「あのっ、ギル様っ。褒めてください! できればなでなでとかつねつねとか希望です!」

 

「チョップ」

 

「ありがとうございますっ」

 

びしびしも大好物です!

 

「まぁいいや。お手柄だ、壱与。流石だよ」

 

そう言って、壱与の髪を優しく撫でるギル様。

・・・ハッ、これは閨での前戯と同じ手つき・・・。

 

「こ、こんな青空の下、衆人環境の中でなんて、そんな、想像だけで達しますよ!?」

 

「何だそれは! 俺はもしかして脅されてるのか!?」

 

「わ、分かりました。他の人に見られるのは恥ずかしいですが・・・ギル様のためなら!」

 

「脱ぐな! 何なのこの娘! 邪馬台国ってこんなのばっかりか! 人の話を聞け!」

 

「きゃうんっ」

 

ギル様に襲われやすくなろうと服を脱いでいると、首に衝撃が来て意識が遠くなっていきました。

ああ、まさかの気絶してる壱与をめちゃくちゃにしようという行為ですか? もうそれだけで壱与は・・・!

 

「うわ、地面がびしょびしょだ。・・・水、多めに用意してやらんとな」

 

ギル様のそんな言葉を聞きながら、壱与の意識は真っ暗になりました。

 

・・・

 

「壱与が倒れたぁ?」

 

「ああ」

 

目の前のギルの言葉に、また何かいやらしい事でも想像したんでしょ、と聞いてみるとまさにその通りだったらしい。

本当に期待を裏切らないわね、壱与ったら。

・・・つーか、わらわもギルに触られて気絶したことあるから人のこと言えないんだけどさ。

 

「そ。ま、あんたは壱与についててあげなさいな。ついでだから寝込みでも襲ってやんなさいよ。・・・何なら手伝うわよ、わらわ」

 

「・・・それも面白そうだな。卑弥呼、ちょっとこっちおいで」

 

んん? な、なんでわらわ?

ちょっとドキドキする胸を押さえつつ手招きされるままにギルの元へ行くと、よいしょ、と壱与に跨るように四つんばいにされる。

 

「・・・え、ちょっとまって、まさかこのままとか・・・」

 

「壱与が起きたら多分大変なことになるだろうから、声抑えろよ?」

 

「や、ちょ、ま、流石に過激すぎ・・・ひゃうんっ」

 

慌てて口を片手で押さえるけど・・・押さえ切れるかしら、わらわ。

 

・・・

 

「ぜー、はー、ぜー・・・あ、ある意味拷問ね、あれは」

 

途中でぜっちょ・・・違う。絶叫してしまったため、飛び起きた壱与に事がバレて凄まじいビンタ食らったわよ、全く。

腰がくがくいってたときだったし、もう目とかほとんど何も見えてなかったから食らっちゃったけど、その後で凄まじく謝られた。

土下座までされたもんだからわらわもギルも目を丸くしてたわ。全裸で。

その後壱与も混ざってやらかしたり、三人でせっせか片づけしたりと面白かったけど・・・。はふ、しばらく三人では禁止ね。

 

「・・・あら、ゴールドぐるぐるドリルじゃない。良く会うわね」

 

取りとめもないことを考えて反省していると、目の前に良く見知った金髪が現れた。

そいつはわらわの台詞を聞いたと単にため息を吐いて全く、と呟く。

 

「・・・何度も言うけれど、私の名前は華琳よ。その呼び方だと麗羽と被るじゃない。やめなさいよ」

 

「意味分かるの? 流石は秀才ね。・・・天才であるわらわには敵わないけれど?」

 

「ふん。・・・ギルのところの副長に聞いたのよ」

 

ああ、なるほどと頷く。

確かにあのプロぼっちなら語学も堪能だろうしね。

流石は王女ってことかしら。わらわには敵わないだろうけど。

 

「すんすん。・・・ゴールド・・・ああもう面倒くさい。華琳。あんた、わらわと同じ匂いしてるわね」

 

「はぁ? ・・・っ! そ、そういうことね」

 

「取り合えず、その小脇に抱えてるものを見るに、わらわと目的地は一緒みたいね。取り合えずいくわよ」

 

「はいはい」

 

呆れたように再びため息を吐きながら頷く華琳を隣に、わらわたちは浴場へと向かう。

浴場の入り口には札が掛かっていないのが確認できた。

これで男が入っていれば「男入浴中」の札が、女が入っていれば「女入浴中」と書いてある札が下がっているのだ。

敷地的な問題によって男女分けてそれぞれ別の浴場を作ることは出来ないので、今はこうして対処している。

からん、と木の札をかけ、暖簾をくぐる。

・・・ちなみに、男の札と女の札とはまた別に、「ギル入浴中」という札がある。

それが下がっているときには、風呂場で情事が行われている可能性があるので、男女共に一部を除いて進入禁止である。

 

「時間的に一番風呂かしら」

 

「そうじゃない? まぁ、常に湯が注がれているのだから、あまり意味はないかもしれないけれど」

 

「はっ、大和魂がないわねえ、そんなだから乳が貧しいのよ」

 

「あなたにだけは言われたくないわね」

 

「わらわのは貧しいのではないの。この身体に一番合う乳がこの大きさなのよ。故に美乳。美しい乳なの」

 

見なさい、ほら見なさいよと華琳に裸体を見せ付けてみる。

実際わらわは自分の身体に自信あるもの。化け物おっぱいたちに囲まれていてもわらわは自分の胸を誇れるわ。

まぁ、「美乳? 微乳の間違いじゃないんですか?」とか言ってきた壱与は思いっきり殴ったけど。

 

「・・・そこまで突き抜けていると流石としか言いようがないわね」

 

「ふん。女王舐めんな。・・・まぁ、流石にギルに見せるときは緊張したけど」

 

「あら、自慢の胸はどうしたのかしら?」

 

「あんたも分かるんじゃない? 乳のおっきいのが好きな男もいるから、もしかしたらわらわの乳は気に入られないかもしれないって思うこと」

 

「・・・ふぅん。ま、否定はしないけれど?」

 

胸を張って自分の乳を見せられるのと、好きな男に自分の胸が気に入られるのは別問題なのだ。

特にわらわはその・・・うん、まぁ、はわわとかあわわ、侍女長にもちょっと劣るくらいの大きさだったから・・・。

こいつもその口だろう。自分の容姿にも能力にも自信はあるし誰にも負ける気はしないけど、やっぱり好きな男の前では気になるってのがあるはず。

 

「ま、そんなわけだから遠慮なくわらわの身体を見なさい」

 

「嫌よ。確かに私は春蘭を可愛がったりもするけれど、生意気なのは好みじゃないの」

 

「あら、そうなの? ま、わらわもギル以外に従順になる気はないしねー」

 

ギルの前だとしても、壱与ほどはっちゃける気もないけど。

あれはちょっと愛が溢れすぎだ。

 

「ふふ、本当に気が合うわね」

 

そう言いながら笑う華琳は、からりと浴場へ繋がる扉を開ける。

同性しかいなくてもきちんとタオルで身体を隠す辺りは流石だと言える。

わらわなんか、肩に掛けてるだけだし。・・・あん? 親父っぽい?

るっさいわねえ、弟とおんなじこと言うのね。

 

「それにしても、毎回思うのだけれど・・・」

 

「あん?」

 

「宝具っていう神秘の塊で、お風呂を沸かすって・・・英雄王ともなると、宝具の使い道に困ったりするのかしら?」

 

「あー・・・ま、そうよね」

 

普通はそう思うわ。英霊に宝具は大体一つ。二つ三つあれば良いほうだし、四つあるのはほとんどいないでしょ。

王の財宝って一つの宝具ではあるけど、その中に無限と言って良いほどの宝具が入ってるなんて、本当に凄まじい。

そりゃ使い道に困ったりするし、若返りの薬やら何でも合成する壷なんてものをもてあましたりもする。

 

「でも、こういう平和な使い道なら歓迎するわよ、わらわ」

 

「そうね。・・・大戦中から草案はあったって聞いたときは本当に流石一刀と同じ天の御使いねと思ったものだけど」

 

「あら、ほんとに? あいつ、そんな時期から平和になったときのこと見据えてたのかしら」

 

「能天気とも言うけれどね。本当に天の国は平和みたいだし、その考えを引きずってるんじゃないかしら」

 

「あー・・・」

 

確かにそうかも。

・・・でも、あいつって英霊なのよね? なんで現代の御使いと考え同じなのかしら。

ま、聖杯の知識って言うのもあるし、あいつ自身柔軟な考え方してるのかもしんないわね。

 

「ふぃー・・・」

 

でもま、どうでもいいわ、そんなもの。

わらわにとってあいつは愛する人。それだけよ。

・・・ふふん、詩人っぽい? っぽい?

 

「あ、やっぱり華琳さんと卑弥呼さんだー」

 

「? あら、桃香じゃない」

 

「えへへー。こんにちわー」

 

「こんにちわ。どうしたのよ、こんな真昼間から」

 

異常に自己主張をしてくる一部分をちらりと見ながら、天然ボケに聞いてみる。

柔らかく笑いながら、天然ボケは身体を洗い流す。

 

「んーとね、ちょっと夜通しお仕事してて、ようやくさっき終わったのー。眠かったけど、先にお風呂入っちゃおうと思って」

 

「夜通し? ・・・まさか、仕事を溜めてたんじゃないでしょうね」

 

「違うよー。一応機密だからあんまり詳しくは言えないんだけど、夜中じゃないと出来ない仕事でねー」

 

肩もこっちゃうよー、と困ったように自分の肩をとんとんと叩く天然。

ちっ、別の理由なんじゃないの、その肩こり。

 

「ちっ」

 

わらわと同じ考えにいたったのか、隣の華琳からも小さな舌打ちが聞こえてくる。

・・・え? 自分の胸に自信持ってるんじゃないのかって?

はっ、愚問ね。自分の(モノ)に自信を持って誇れるのと、自分にはない巨乳(モノ)を持っている奴を妬むのはまた別よ。

あのネコミミは気に入らないし、いつか絶対に落とし穴の借りは返すけど、貧乳党は支援してるしね。

 

「んしょっと。お邪魔しまーす」

 

「・・・排水量凄いわね。また太った?」

 

「ふぇっ!? ふ、太ってないよぅ! た、多分・・・」

 

湯船に溜まっていたお湯が結構流れ出たのを見て呟く。

天然は必死に否定しているが、語尾が弱い。何か心当たりでもあるんだと思う。

 

「そういえば、華琳」

 

「なによ」

 

「知ってるかもしれないけど、町のほうに新しい甘味処が出来たらしいわよ」

 

「・・・ああ、それなら知ってるわ。味もまぁまぁよ」

 

「ええ。・・・そこ、ある程度のお金を払うと「食べ放題」って出来るらしいのよ」

 

「ぎく」

 

わらわたちの言葉に、天然がしまった、という顔をした。

ちなみに、甘味処の食べ放題のことを天の国では「すいーつばいきんぐ」と言うらしい。・・・なーんか、言葉自体が甘い響きを持っている。

 

「・・・開店記念の式典に、やたら乳のでかい女が来てたらしいわ」

 

ちなみに、その食べ放題は一部の武将は利用禁止である。

言うまでも無いか。

 

「ぎくぎくぅっ」

 

「・・・分かりやすいわね、桃香は」

 

「はん。食ったものが腹と乳にいくなんて、分かりやすい太り方すんのね、あんた」

 

「ふ、太ってないもん!」

 

「少しつまめるわね、ここ」

 

「ふにゃあっ!? つ、つまめないもん!」

 

いやいや、それは流石に苦しいわよ。

華琳が指先で天然の腹の肉をつまんでいるのを見ながら、手を顔の前で振ってみる。

 

「うぅ・・・運動しないとぉ・・・」

 

「愛紗と頑張るのね」

 

「ああ・・・あの照れっ娘ね。あいつは中々引き締まった身体してるじゃないの。・・・なんでその姉はそうならなかったのかしらねぇ」

 

「ふふ。大戦中に一度誘ったことはあるのだけれど・・・どうもつれなくてね」

 

「その頃からギルにお熱だったんじゃないの? ・・・自分で言っててイラついたわ、今の」

 

あの巨乳の癖して純情乙女とか、マジでファッk・・・おっと、私はそんな言葉知らないわ。だって女王だもの。

品位が疑われるような言葉を発しない教育を受けているのよ。

つーか、誘ったって自分の陣営にって事よね? 閨にって事じゃないわよね?

・・・いや、こいつならどっちもって事だろう。あーやだやだ、わらわは薔薇の花も百合の花も興味ないのよ。

 

「ふぃー・・・そろそろわらわはあがるわね。後はあんたら二人で乳繰り合ってなさい」

 

「ふぇっ!? か、華琳さんって私も守備範囲なの!?」

 

「・・・ありえないわ。変な言いがかりをつけないで頂戴。私も出るわよ」

 

疲れたようにため息を吐く華琳と連れ立って、風呂場を出る。

後ろから、じゃねー、と軽い調子で言いながら手を振る天然に軽く手を挙げて応えながら、自身の脱衣かごの前に。

 

「やっぱさっぱりするわよねー」

 

「そうね。少なくとも一日に一度は入らないと気がすまない程度には必要よね」

 

するするとお互いなれたように袖を通していく。

すぐに着替えが終わり、二人して浴場を出る。

 

「そろそろ風呂上りにもう一枚くらい羽織らないと湯冷めしそうね」

 

「秋ねー。・・・そういえば、紅葉狩りするそうじゃないの」

 

「耳が早いのね。ギルから聞いたの?」

 

「ええ。ふふん、わらわ今から楽しみよ」

 

紅葉を見ながらお酒を飲むなんてねぇ。風情溢れるわよね。

湯船にお盆を浮かべながら飲むのも良いわよねぇ。今度やろうかしら。

 

「ふぅん・・・あなたにもそういう感情があるのね」

 

「あんた、わらわのことなんだと思ってたのよ・・・」

 

まさか快楽殺人鬼みたいな性格だとでも思われてんの?

そんなクレイジーなのは壱与に譲ったわー。

 

「・・・あら、あれは一刀じゃない」

 

「ん? お、ギルもいる」

 

二人してなにやら楽しそうに話しているのを見つけて、わらわと華琳は目配せして笑う。

なんだかんだ言って、こういうときには気持ちが高ぶるものなのだ。

 

・・・




「人物捜索魔術、鏡花水月!」「きゃー! きゃー! やーめーてー!」「読心魔術、明鏡止水!」「いーやー! それ以上黒歴史を発掘しないでー! わらわが死ぬ! わらわのあいでんててーがくらいしす!」「封印魔術、鏡戒鏡誠!」「壱与ー! あんた降りてきなさい! わらわの・・・邪馬台国の恥を晒さないでぇぇぇ!」「・・・落とし穴に落ちた時並に取り乱してるな、卑弥呼」「・・・う、うぅっ、ぐす・・・」「14の頃に何かに取り付かれた様に魔術に名前をつける卑弥呼様を見て、弟様は『夢中で二つ名をつける病』略して『中二病』と名付けられたのです!」「・・・卑弥呼が人前に姿を現さない理由ってそれ患ってたからとかじゃないよな・・・?」


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第五十四話 いつでも修羅場に

「修羅場、ねぇ」「どうしたんですか? ・・・ああ、そういう。貴方、召喚されてからはほとんどが修羅場みたいなものじゃないですか」「ま、そうなんだけど。・・・それもそれで大変だよな」「他人事のように・・・。生前も見せてもらいましたけど、そっちも修羅場ばかりじゃないですか」「なんだ、趣味悪いな。・・・確かにまぁ、うちは厳しい家だったからな。『母親と幼馴染の仁義無き戦い』とか、『弟と父の最終戦争』とか、色々あったよ」「・・・カッコイイ言い方してますけど、『幼馴染さんがお母様と料理対決』と『アニメキャラ俺の嫁論争』ってだけですよね?」「・・・そういう家庭環境にいたっていうのが、一番の修羅場かも知れんな」

それでは、どうぞ。


「今日は、シチュエーションについて語ろうか」

 

「はぁ・・・。お茶のおかわりを持ってきますね」

 

諦めたようにため息を吐いて席を立つランサーを見送りながら、一刀に「シチュエーション?」と首を傾げてみる。

うむ、と大仰に頷いた一刀は、ちゃぶ台の上で組んだ手の上に顎を乗せながら語りだす。

 

「あるだろ、ほら、例えば『夕日の差し込む無人の教室』だとかさ」

 

「あー・・・分かる分かる。『食パン咥えて猛ダッシュしたら曲がり角でぶつかる』とか?」

 

「・・・まぁ、そんな感じ。まぁ、シチュエーションだけだとすぐにネタが切れそうだから、自分が好きな属性とかでも可」

 

その一刀の言葉を聞いてか、いつの間にか盆を手に戻ってきていたランサーが声を上げる。

 

「ならば! このランサーが一番槍を努めましょう!」

 

おお、今まで一番乗り気じゃなかったランサーが・・・。

一体どうしたというんだ。

 

「・・・大方、今までオチ要員に使われていたから先に言っちまえ、なんて思っているんだろうさ」

 

流石はマスターだな。的確にランサーの心理を見抜いている!

 

「折角やる気出してくれたんだし、ランサーに最初を任せようかな」

 

「はっ! 私が提唱するのは、やはり銭湯から上がりたての女性との帰り道でしょう!」

 

「ほほう」

 

それはあれなのだろうか。神田川とかkwsmさんのイメージで良いのだろうか。

浴衣を着て風呂道具を小脇に抱えた大和撫子とこう、少し冷える冬の道を歩きたいとかそういう・・・。

 

「ええ、まぁギル様の認識で大体正解です。日本人全て・・・とまで言う気はないですが、私個人はあのなんともいえない情緒、風情に興奮を覚えます。・・・後うなじ!」

 

「・・・最後に欲望が透けて出たな」

 

「でもまぁ、気持ちは分からんでもない」

 

一刀のツッコミを受けるも、ランサーの主張にはおおむね同意である。

だってほら、良く良く考えてみると良い。

例えば大和撫子代表の副長とか。浴衣の上に茶羽織とか着て俺より早く外に出てきた副長が、遅れて出てきた俺に「あ、もう、遅いですよー」とか言って、擦り寄ってくる感じ。

・・・良いねぇ、痺れるねぇ。

 

「ふん、日本人が何とやらといわれれば俺も主張せずにはいられんな。ふふん、俺は職業的にはくの一を推そうかな」

 

「・・・シチュエーション?」

 

「・・・こだわるのなら、まぁ敵に捕まったくの一とかそんなんでいいだろ。む、そう考えるとなんか興奮するな。ギル、俺もむっつりだったらしい」

 

「いや、うん、自覚してるのがムッツリなのかはちょっと俺にはわからんけど、甲賀が納得してるんなら良いんじゃないかな」

 

「うむ。というわけで、くの一は良いぞ」

 

俺の頭の中で考えるに・・・明命か。

まぁ、俺の宝物庫にある貪り食うもの(グレイプニール)で拘束して、くすぐってみたり。

懸命に心折れないようにしてるけど、「くぅ・・・!」とか悔しそうな顔するのとか「悔しい、でも・・・!」みたいな、ほら・・・。

 

「甲賀、俺もムッツリだったらしい」

 

「貴様はムッツリではなくオープンだ」

 

「・・・失敬な!」

 

「少し考え込んだな、ギル・・・。それで認めてるようなもんだぞ」

 

そんなはずなかろう、と甲賀に抗議してみるが、一刀からのツッコミを受けてしまった。

う、ううむ。俺はそんなにあけっぴろげだったのだろうか。

 

「・・・まぁ、女の子アレだけ恋人にしてれば、ムッツリではないと思う」

 

更に一刀から追撃を食らい、一人打ちのめされる。

これだけ変態だと言われれば流石の俺もへこむ。

 

「あ、おい、そんなへこむなよ。まさか自覚してないとは思わなかったんだって」

 

「ぐはぁっ!」

 

「ぎ、ギル様ー! ギル様が死んだっ!」

 

「ええっ!? 俺が人でなしなの!?」

 

「死んでねえよ! 勝手に殺すな!」

 

流石男しかいない空間だな・・・。一刀辺りのはしゃぎ様が半端じゃない。

朱里とか雛里は絶対に呼べないな。いや、別に他意はないんだけどさ。

ずず、とランサーの持ってきてくれたお茶を啜りながら、一刀が口を開くのを待つ。

 

「・・・あ、ギルがこっち見てるって事は、次は俺? 俺なぁ・・・俺は、アレだな。パンチラ」

 

「よっ、ムッツリ」

 

「うぐぅっ・・・! い、良いじゃないか! パンチラ! 好きだろ!?」

 

「まぁ、否定はしないよ。茶化しはするけど」

 

「そ、それならいいか。・・・でさ、やっぱりモロに見えるとちょっとがっかりするわけ。風が吹いた、とかさ、こう、偶然に見えた! っていうのが興奮するわけよ」

 

「そうか。・・・実は町の路地裏で階段の下にスペースがあって上を通る女の子のスカートの中身全部見えちゃう場所見つけたんだけど、一刀は知らなくて良いんだ」

 

「何それ詳しく!」

 

「いや、モロに見えるとがっかりするんだろ? だったら知らないほうが良いじゃないか。知らぬが仏というだろう?」

 

「ぐ、くぅ・・・!」

 

「一刀、もっと悔しく」

 

「くうぅううう!」

 

甲賀からの良く分からないあおりを受けてハンカチを噛む一刀。

・・・何やってるんだ、こいつは。

 

「ま、月が良く通る道だから誰にも教えてはいないけどな。そのうち埋め立てる予定だ」

 

でも、月と詠が通ったときとかは良かったなぁ。

あ、副長も何度か通ってたな。意外とあいつパンチラしないから結構レアだったぞ、あの光景。

 

「で、でもギルって月ちゃんとか絡むと怖いからなぁ・・・」

 

「ああ、あいつのあの溺愛っぷりは少しやばいんじゃないかと思うくらいだ」

 

「天の道を行き、総てを司る男のシスコンっぷりと似通ってますよね」

 

こそこそとなにやら耳打ちし合う一刀たちに向かって咳払い。

苦笑いを浮かべながらお互いに離れた一刀たちは、それじゃあ最後に、と俺を促す。

誤魔化されたような気がしないでもないが、仕方がない、乗ってやるかと語りだす。

 

「個人的に好きなシチュエーションは、やっぱり腕枕してるとき、かな」

 

「やっぱりオープンだな。わざわざベッドシーン選択してくるとは」

 

「この後「ピロートークも良いよなー」とか「やっぱりベッドで乱れる姿が良いんだよなー」とか言い出すぞ」

 

「なんと・・・突撃一番を渡しておいた方が良いのでしょうか」

 

「いや、いらんだろ。こいつほど「甲斐性」というのを体現してる奴もいないからな。子供が出来たところで・・・いや、むしろ子供が出来たほうが溺愛具合が深まるかも知れん」

 

「無敵かこいつ・・・」

 

目の前で積極的に評判を落とそうとしてくる三人に、ちょっと左瞼が痙攣してきた・・・。

俺って子供の頃から興奮すると「眼輪筋」がぴくぴくしてきてちょっと切ない気分になるんだよなぁ。

いや、別に髪の毛は自由に動かせないけど。

 

「お前らさぁ・・・」

 

「あ、やばい、マジギレ一歩手前くらいだ」

 

「北郷、貴様のことは忘れん」

 

「俺におっかぶせる気か!」

 

「北郷様、あなたの犠牲は忘れません」

 

「犠牲って言ったか! やっぱり押し付ける気だな!?」

 

「北郷、貴様は犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな」

 

なんだか良く分からないうちに一刀が生贄になったらしいので、一刀に俺が良いと思う全てのシチュエーションを、例題つきで説明した。

例えば、腕枕するなら詠となんたら、とか、膝の上に乗せるなら璃々、とか、腕を組んで歩くなら紫苑、とかそんなもんだ。

ふふん、数多のシチュエーションを経験し! 様々な属性を学んだ俺に敵はいないね!

 

「わ、分かった! 俺の負けだから! 生々しい体験談はやめてくれ!」

 

「体験談じゃない。例えだよ、た・と・え」

 

「例えが生々しすぎるんだよ! 絶対体験談話してるだろ!」

 

・・・まぁ、八割くらいは。

流石に『学校で部活の後輩である響とお昼を食べる』とかはちょっと無理だしな。設備的にも、年齢的にも。

キャラ的には後輩キャラなんだけど、年上なんだよな、響・・・。

 

「学校系のシチュエーションが出来ないのが不満だよな」

 

「・・・そこまでのこだわりが」

 

「あるに決まってるだろ。一刀だって、フランチェスカの女子とかといい雰囲気になって・・・みたいな青春送りたくなかったか?」

 

「送りたかったな・・・」

 

はふぅ、と物憂げにため息を吐く一刀。

うんうん、ですよねー。

 

「フランチェスカの女子制服がどんなものか見たことないけど、女子の制服といえばセーラー服だよな」

 

「あー、分かる分かる。俺もフランチェスカの制服気に入ってるけどさ、セーラー服と学ランに憧れなかったって言うと嘘になるんだよなー」

 

「制服か・・・俺にはあまりかかわりのなかった世界だな・・・」

 

「私もですね。制服といえば軍服でしたし。学生服、というのをあまり知らないので・・・」

 

もちろん、聖杯からの知識としては知っているんだろうが、それと実際に学生を体験しているのとは別だからなぁ。

 

「・・・仕方ないな。ちょっと待ってろ」

 

「? おいギル、急にどこへ・・・」

 

「・・・行ってしまいましたね。どうしたのでしょうか」

 

・・・

 

甲賀の家を出て、響と孔雀、銀と多喜に声を掛ける。

幸運にも暇そうにしていた四人は、俺の頼みを快諾してくれた。

しつこく理由を聞かれたが、「甲賀を驚かせるためだ」と説明するとコンマ以下の反応で引き受けてくれたのだ。

どれだけ皆がクールな甲賀のポーカーフェイスを崩したいと思っているか分かるよなぁ。

 

「・・・それにしても、僕と響のだけじゃなくて、男子二人分、良く制服があったものだね」

 

「はっはっは、なぁ孔雀? 俺のことを勘違いしているようだから言っておくけど」

 

「な、なに?」

 

「俺には有り余る財宝と材料があるんだ。・・・知り合い全員分の衣装を揃えておくなんて、朝飯前だと思わないか?」

 

「なんてAHO発言・・・」

 

良くわからない戦慄を受けている孔雀と響を尻目に、珍しそうに服を引っ張ったりしている男衆に声を掛けてみる。

 

「で、多喜と銀はどうだ? サイズ小さくないか?」

 

「ん? おう、問題ないぞ。むしろ動きやすくて良いな。なぁ、多喜?」

 

「だな。・・・だけどやっぱ俺はいつものアレが良いかなー。なんかこれ着てると窮屈な感じがしていけねえや」

 

意外と銀はボタンを全て留めている優等生スタイルをしているが、多喜はその荒っぽい性格を現すようにボタン全部開けて中のTシャツ(らしきもの)までペロンと出ている。

完全に不良の格好である。なんていうか、二人して対極的だなぁ。

 

「おっと、ついたついた。入るぞ」

 

後ろの四人と、部屋の中の三人に許可を取りながら、襖を開ける。

 

「遅かったなぎ・・・る・・・?」

 

「ほほう、これがセーラー服に学ランか」

 

「むむぅ、確かに憧れる気持ちも分かります」

 

どうよ、とノリノリでポーズを取る銀と響、そして面倒そうに頭を掻く多喜、恥ずかしそうにもじもじする孔雀。

うん、自分で言うのも何だけど、お前らホントに成人してんのか・・・?

 

「す、すげえよギル。一瞬現代に戻ったのかと思うくらいにびっくりした」

 

眼を真ん丸くして身体全体で驚きを表現している一刀が、ようやく言葉を搾り出した。

 

「だろう? 俺も最初孔雀と響のこの姿を見たときもう一度告白したもの」

 

「えへへー。ギルさんも惚れ直すせーらーふくの威力! もってけー! ・・・あ、もってって良いのはギルさんだけだからね?」

 

「うぅ、良く考えたら下スカートじゃん・・・良くこんなので人前出れるな、僕・・・」

 

「おらおらー、良くわかんねーけど、がくらん? だぞー」

 

「なんか北郷が泣き始めたぞ・・・大丈夫なのかよ、おい」

 

制服コスプレの四人が、それぞれに主張する。

うん、孔雀の恥らう感じも良いけど、響の元気いっぱいな感じも良いよなー。

 

「・・・響ちゃん、すまないけど、北郷先輩って呼んでくれないか・・・!」

 

「ふぇ? まー良いけど。ごほんっ。・・・北郷先輩っ。これでいーい?」

 

「そうか。ああ――安心した」

 

「良く分からんけど一刀が死んだぞ!」

 

全く状況が分からないし脈絡もない台詞だけど、全てに納得して死んでいった感じが溢れ出てるな・・・。

いや、でも後輩からの『先輩』呼びってなんか感動するよな。

 

「うぇぇ!? わ、私の所為かな!?」

 

「い、いや、うーん・・・八割くらいは北郷さんの自業自得というか自爆っぽい感じするけどなー」

 

どうしよー、と泣きつかれた孔雀が小首を傾げながら呟く。

ああ、なんというか今、孔雀の中で一刀の株が大暴落中っぽい。

 

「ほほう、学ランというのはこうなっていたのか」

 

「耐久性はありそうですね。学生ですから、外での活動も考慮されているのでしょうか」

 

「これで走りたくはないけどなー」

 

「夏場とかすっげえ蒸れそうだよな」

 

男子学生服のほうには甲賀とランサーが食いついてる。

多喜から上着を受け取った二人は引っ張ったり日の光に透かしたりして興味津々である。

 

「はっ! お、俺は一体何を・・・」

 

「お、一刀が再起動した」

 

「ほんとだ。よかったぁ~」

 

自分の所為で気絶させたことが相当応えていたのか、響はほっと胸をなでおろした。

 

「そうか、俺は響ちゃんに・・・」

 

「殺されかけてたな」

 

「事実だけを抜き出せばそうだね」

 

「いつの間に私犯罪者に!?」

 

一刀の台詞を捏造すると、ノリのいい孔雀が追撃をかましてくれた。

 

「それにしてもやっぱり制服って良いよなー。凪とかに頼もうかなー」

 

「あー・・・。凪とかだとセーラー服って言うよりブラウスにカーディガンのほうが似合いそう。・・・という宇宙的な意思を受け取った」

 

「え、何それ。神様からの啓示か何か? 確かギルさんって神性すごい高かったよね?」

 

「神性が高いと神様からの啓示くるんだ・・・」

 

尊敬の眼差し半分、春先に出てくる可哀想な人を見る目半分の視線が響と孔雀から向けられる。

宇宙的な意思とかいったのがおかしかったのだろうか。

 

「い、いや、啓示は来ないな。たまに夢の中で呼び出し食らうけど」

 

「呼び出し!?」

 

「冗談だったんだけど・・・ホントに神様との繋がりあるんだねぇ。どんな神様?」

 

ああ、そういえば神様の話って月と詠とセイバー以外にしたことなかったな。

質問攻めにされそうだ、と一刀にヘルプの視線を向けるも、一刀は一刀で凪たちに着せる制服のデザインを考え始めていた。

仕方がない、一人で切り抜けるしかなさそうだ。・・・別にやましい事はないので正直に言ってしまって構わないだろう。

 

「あ、あー、どんなっていわれてもなぁ。そんなに姿は変わらんよ。孔雀と同じくらいの年の女の子に見える」

 

「・・・女の」

 

「子・・・?」

 

ん? なんだ? 今何か地雷を踏んだようなイメージが頭の中に浮かんだぞ?

気のせいか、室内の温度も下がったような気が・・・。

 

「見ろ、ランサー。あいつ神・・・この場合女神か? 女神も手篭めにしてたらしい」

 

「節操のなさでは敵うものなしですね」

 

「おー、あれが修羅場って奴か」

 

「はじめて見るな。ちょっとわくわくだぜ」

 

甲賀たちはこちらを見てぼそぼそと何かささやくだけだし・・・。

頭の上に疑問符を浮かべていると、いつの間にか迫っていた孔雀と響にがっしと両腕を掴まれる。

 

「頼むから家を壊すなよー。破壊活動は城でやれ城でー」

 

「安心してよ甲賀。ボクたちは冷静だよ。ただギルくんに聞きたいことがあるだけさ」

 

「そうだよー。ギル先輩に、ちょっと聞きたいことがあるだけだからさー」

 

「ちょっと待て、なんで二人とも俺の呼び方変わって・・・うおお、引っ張られる!?」

 

俺サーヴァントだぞ!? そうでなくても成人男性だから相当重いのに!

 

「だーって、女神様まで手を出してたなんて知らなかったんだもんなー。私、ギル先輩から詳しい話聞きたいなー」

 

「ふふ。ボクからは何も質問しないさ。・・・ただ、響とギルくんの会話を月辺りに漏らすだけだよ」

 

「出してない出してない! っていうか用件終わったらすぐに戻されるからあの土下座神とそんなストロベリってこれるわけないだろ!」

 

「えー、私ギル先輩のこと大好きだけど・・・女性関係だけは絶対に信用しちゃいけないって思ってるんだー」

 

凄まじい信頼度の低さ!

確かに俺自身もあんまり女性関係しっかりしてるとはいえないけども!

 

「きっと夢の中でちょめちょめしてるんだー。にゃんにゃんもしてるかもねー」

 

「うっわぁ、神様と、その、あれって出来るのかな・・・?」

 

顔を真っ赤にして頬に手を当てる孔雀は、恥ずかしそうに響に言った。

 

「どーだろ。でも、『女』神ってくらいだし、多分出来るよっ」

 

「夢の中って事はギルを独占って事だよね。うわぁ、ずるい」

 

「これは早いところ夢の中にいく魔術を編み出さないとね! 壱与さん辺りに聞いたら協力してくれるかな!?」

 

不味いぞ。なぜか知らないけど土下座神と蜜月過ごしてることになってて、更に壱与にそれをばらされそうになってる。

壱与って最近変態な面ばかり見えるけど、意外とクレイジーだからな・・・。

 

「待て待て待て。何が望みだ。俺に出来ることなら叶えよう」

 

仕方ない。副長にも使った手だが、口止めしておくしかないだろう。

響たちが執拗に俺を陥れようとしてくるのは、俺が嫌いになったわけではなく、構って欲しいからなのだろう。

 

「ふっふっふ、ギルくん、その言葉を待っていた!」

 

「ギル先輩、流石ですっ」

 

俺の予想は合っていたらしい。

にゅふふ、と怪しく笑う二人に、こそっと耳打ちされる。

 

「きょーの夜、空けといて!」

 

「こ、この服着て、お邪魔する、からっ」

 

「お、おう」

 

両サイドからのまさかの台詞に、返答がしどろもどろになった。

・・・なるほど、今日の夜はコスチュームプレイの日らしい。

今日は幸いにも夜は空いてたしな。・・・というか、まだ昼前だから誰も誘いに来てないだけなんだけど。

 

「それじゃっ、私たちは準備してくるねー。ぎーん、たきー、かーえーろっ」

 

「・・・子供かよ。・・・じゃあな、甲賀。また遊びに来るぜ」

 

「あ、忘れるところだった。これ、ライダーから。前のハロウィンのとき作ったカボチャのお菓子だってよ」

 

「む、美味そうだな。ありがたく頂こう」

 

響が銀と多喜に声を掛けると、二人も甲賀に挨拶して屋敷を去っていく。

多喜は別れ際にライダーからのものらしいカボチャのお菓子を渡していた。

・・・ライダー、お菓子も作れるのか。

というか、そのカボチャ、原料お前の頭の中じゃあるまいな・・・?

四人は学校帰りの学生のように城へと歩いていった。

 

「・・・どうだった、三人とも」

 

「うむ、制服も良いな。あれはあれでこう、何故かノスタルジィ感じる」

 

「あれが学生というものですか・・・ふむ・・・ふむ」

 

甲賀もランサーも、しきりに頷いている。

 

「それにしても、ギル、貴様は今日の夜女学生プレイか。・・・全員分あるんだよな?」

 

「あるけど・・・それが?」

 

「・・・いや、良いんだ。お前が気付いてないんなら、それで」

 

俺が甲賀の言葉の意味に気付くのは、その日の夜。

何処から聞きつけたのか、女性陣が全員いつの間にか手に入れた学生服を着て俺の部屋で待機していたのだ。

・・・総勢二十五人のセーラー服姿はある意味圧巻だったとだけ言っておく。

 

・・・

 

「昼過ぎ、か」

 

身体がだるい。

俺にしては珍しく寝起きが悪い。やはり、昨夜二十五人も相手したのが悪かったのだろうか。

ちょっとした酒池肉林だったからな・・・。いや、ちょっとした、というよりまさに、という様子だったのだが。

 

「二度寝したい・・・が、仕事もあるしなぁ」

 

何時もより身体に力を入れて上体を起こす。

取り合えず何もきていなかったので、ぱちんと指を鳴らして着替えを終わらせる。

俺が成長したのか、服を着るのにも宝物庫から直接着ることができるようになった。

 

「んー・・・っしょ」

 

背伸びして背骨をぽきぽきと鳴らす。

うむ、中々心地よい。

 

「さて、と」

 

部屋の惨状を一通り見て回り、取り合えず侍女隊にブン投げることにする。

そりゃあ数十人の人間がどったんばったんくんずほぐれずしていたのだ。部屋も荒れる。

気を失った人間から宝具で部屋に送り飛ばしたので、部屋にいるのは俺一人だが・・・取り合えず窓開けよう。

 

「書類仕事・・・はもう間に合わないな。夜に回そう。昼からの仕事って何だっけな」

 

部屋の窓を全て開けながら思考を巡らせる。

訓練・・・は副長と七乃に投げてきたから無い。街の散策・・・もこれと言った陳情がないから特になし。

あれ? ・・・午後から休みにしてたっけ。

なら書類をさっさと片付けるか、と部屋を出て執務室へと向かうと、城の通路の一角が騒がしくなっているのに気付いた。

 

「あれは・・・天和たちか?」

 

変装して城の中へと来たらしいが、どこかでばれたらしい。

ファンであろう兵士たちに囲まれて二進も三進もいかなくなっているしすたぁずの三人がいた。

何かの用事で来たのだろう。仕方ない、助け舟を出すか。

久しぶりに『スキル:カリスマ』を開放する。

 

「道をあけろ」

 

まるで奇跡が起きて海が割れるように、人ごみが綺麗に二分される。

何事かとこちらを見たしすたぁずと目が合う。

 

「やっと見つけたー! ギルー!」

 

「取り合えず人のいないところに避難させなさい!」

 

「・・・ギルさんの部屋、ここから近い?」

 

三姉妹に詰め寄られる。なんだなんだ、何故俺は攻め立てられているんだ。

・・・落ち着いて話を聞くためにも、いったん部屋に戻るしかないだろう。

まぁ、大惨事になっているのは寝室だし、窓も開けてあるから人を招くくらい問題ないだろう。

 

・・・

 

「ふーっ・・・やっと一息つけるわね」

 

俺の部屋に付いたとたん、自分の部屋のようによいしょ、と卓につく地和。

疲れたよーっ、と同じように椅子に座る天和を見て、人和がため息をつく。

・・・うん、まぁここまでは大体何時もと一緒なので怒ることはない。たまに叱るけど。躾は大事だと思うんです。

 

「で? なんで城に来たんだよ」

 

一緒にお茶の用意をしている人和に軽く尋ねてみる。ええとね、と少し考え込んだ人和は、ぽつぽつと語り始めた。

 

「・・・まぁ、何時も通りの我侭の結果なのだけど。会社で練習とか事務処理とかしてるとね、ちぃ姉さんがそういえばって話し始めたのよ」

 

どうやら、以前俺と出かけて色んなところ回ったんだ、という話をしたらしい。それを聞いた天和は、ずるーい、と言いながらも自分もそういえばお出かけして、贈り物もしたんだ~、と返す。

ちぃなんて瓦版屋とふぁんに追いかけられて、お姉ちゃんは、ちぃは、とお互いだんだんヒートアップしていった結果、天和が俺のところへ遊びに行く、と言い出したらしい。

流石にそれは不味い、と止めようとする地和と人和。ただでさえ注目度の高いしすたぁずが城へと向かうなんて正気の沙汰ではない。しかもある意味では三国で一番目立つ俺のところに行くなんて、と説得したらしい。

だけど、天和は何時も通りの我侭っぷりを発揮。やだやだいくのと話を聞かない駄々っ子状態に。

人和と地和はこれは駄目だと諦め、会わせて少しお菓子でもつまんでいれば満足するだろうとやってきたらしい。

そして、変装して城までやってきたのは良いものの、城の入り口で身分確認のために変装を解かなくてはいかなくなり、正体がばれて騒ぎに。

城からは兵士、町からは町民たちがやってきて、もみくちゃになっていたらしい。・・・で、俺が現れた、と。

 

「・・・なるほどなぁ」

 

「ごめんなさいね。その、午後からはお休みって聞いていたんだけど・・・」

 

「ん、いや、怒ってるわけじゃないから安心しなって。ま、しすたぁず直々に会いにきてくれるなんて、嬉しかったりもするしな」

 

「・・・ふふ、ありがとう。あ、そうそう。手ぶらもなんだから、これ、持ってきたの」

 

そう言って人和が包みから取り出したのは有名店の饅頭詰め合わせだ。四人でつまむならこのチョイスは嬉しい。

やっぱり人和は気が利くな、と言って見ると、実は真っ先に天和が買っていこうと提案して一人でぱぱっと買ってきてしまったらしい。

 

「え、マジで?」

 

「? まじ?」

 

「本当に? って意味。なんか、前に贈り物された時といい・・・成長したんだなぁ」

 

「もう、姉さんは私たちの中で一番年上なのよ?」

 

「でも、しっかり者って言葉からは一番遠い存在だったろ? ・・・桃香と同じでさ」

 

俺の言葉に、人和は小さく「確かに」と頷いた。その後はっとして頭を軽く振っていたが。

お茶の用意が出来て卓に戻ると、卓に伏せていた天和が身体を起こす。

 

「えへへー、ごめんね、急に来て」

 

「大体の事情は人和から聞いたよ。ただ、これからは誰か人を使って知らせてくれれば城の入り口くらいまでなら迎えに行くからさ。騒ぎにならないようにもするし」

 

「ん、そうする。ごめんね」

 

お茶を受け取り、ありがとー、と笑う天和と、ありがとね、と不機嫌そうになる地和。

・・・なんでこの二人はこう正反対の表情を浮かべているんだ。

 

「・・・ちぃ姉さん、拗ねてるのよ。あそこに飾ってるの、天和姉さんからの贈り物でしょ?」

 

耳打ちしてくる人和の視線の先には、以前の買い物で貰った猫の置物。

 

「まぁ何も贈り物してないちぃ姉さんが拗ねるのもちょっと理不尽だけどね」

 

つまり、天和からの贈り物をこれ見よがしに飾ってるから、俺が天和贔屓だと思われてるってことか?

うん、まぁ、初めての贈り物で浮かれて飾り立てたのは俺が悪いとしよう。・・・だからって拗ねることないじゃないか。一応お姉さんだろ、地和。

何とかしてあげて、という人和の視線が痛いので、取り合えず地和に話を振ってみることにする。

 

「そういえば地和、前のライブのときの衣装、どうだった?」

 

「は? ・・・ん、まぁ、良かったわよ。あんたが考えたんだって?」

 

「ああ。正直言うと、地和の衣装が一番悩んだなぁ」

 

「そうなの?」

 

「ほら、天和は天真爛漫、人和は冷静沈着って感じでイメージ掴みやすかったけど、地和はなんていうか、なんにでもなれる万能さがあったからさ」

 

「も、もう、褒めても何もでないわよ?」

 

お、ちょっと機嫌が戻ってきた。・・・まぁ、衣装作りのときに悩んだのは本当だしな。

地和は元気に動き回る姿も冷静にフォローに回る姿もどっちも浮かんだし、どんな役回りでもきちんとこなしてくれるからな。

天和は無意識のフォローは出来てもそれを意識して出来るかと言われれば悩むところだし、人和に元気に盛り上げてくれと言っても少し無理をさせることになるだろう。

 

「だから結構地和の衣装は悩んだなぁ・・・。おっと、かといって天和と人和の衣装は適当に考えたって意味じゃないからな」

 

「ん~? うん、良く分からないけど、ギルが私のこときちんと考えてくれてるのは知ってるよ~?」

 

「私も。ギルは全員のこと、誰も蔑ろにしてないのは今までのことで知ってるから」

 

二人から笑顔でそう答えられると、少し照れるな。そこまで信じてもらえてると、やはり嬉しいものがある。

それから、全員で和気藹々とお茶とお茶菓子を楽しんでいると、ノックの音が。

 

「はい、どうぞ」

 

俺が扉の外に声を掛けると、侍女の一人が挨拶をしながら入ってくる。

 

「こんにちわ、ギル様。ええと、お部屋のお掃除を命じられたので準備してきたのですが・・・」

 

「おっと、そうだったな。邪魔になるから俺たちはちょっと出かけてくるよ」

 

「あ、いえ! そんな、わざわざギル様にお気を使っていただくなど・・・!」

 

「はは、良いから良いから。むしろ俺が何時も気を使ってもらってる側だからさ。気にしなくて良いよ」

 

毎回・・・と言うほどでもないが、俺一人では不可能なほどの汚れ(昨夜のような凄まじい騒ぎや、俺が酔っ払って記憶をなくした次の朝の寝台など)のときは侍女隊に投げてるしなぁ。

たまに侍女には「ギル様は身の回りの世話をお一人でされるので、私たちのお仕事がなくなってしまいます」と冗談交じりに言われたことがある。

詳しく聞いたところによると、侍女長の月からの命令で、俺が何か用があったときにすぐ対応できるようにローテーションを組んで侍女が常に何人か俺専属で控えているらしい。

だが、料理は自分でする(もしくは買ってきたり作ってもらったりしてもらう事もある)、洗濯はほとんど必要ない、入浴の世話は侍女長が睨みを利かせていて怖い、とほとんど仕事が無いそうなのだ。

今では、『ギル専属待機』はほとんど『休み、もしくは休憩』と同じ扱いになっているらしい。・・・初めて聞いたとき、せめて俺本人には伝えてくれよ、と月に言ったほどだ。

 

「あ、そんな・・・ありがとうございますっ」

 

気を使わなくていいよ、ということを伝えると、なにやら感極まった顔で思い切り頭を下げる侍女たち。・・・こうして皆に良い顔してるから駄目なのだろうか。

数人の侍女が頬を染めているのは気付いているし、彼女たち全員に少なからず好意を持たれてるのは気付いてるし。

聞いた話によると、俺の下について世話をしたいがために侍女を目指す少女もいるとかいないとか。・・・いや、嬉しいけどね?

 

「さて、それじゃあ俺たちは出てるよ。ほら、三人とも行こうぜ」

 

手早く変装を済ませたしすたぁずを連れて、俺は自室を後にする。

・・・ぱたぱたと慌しく清掃準備をする侍女たちに、ゆっくりで良いからな、と声を掛けておく。

 

・・・

 

「さーて、どうする? 何か食べに行くか?」

 

この時代、娯楽といえば食事くらいしかないからなー・・・。行くところも限られてくる。

あー、後はざぶーんとかあるな。・・・行くか?

 

「んー、お菓子食べちゃったから、ちょっと食べ物はいいかなー。・・・太っちゃうしー」

 

天和が頬に手を当てながら、困ったようにやんわりと拒否する。

確かに、さっき手土産の饅頭盛り合わせ食べたしな。お菓子って言うのは女子にとってカロリー的な宿敵だ。

彼女たちは『アイドル』でもあるので、さらに体重を気にするだろう。・・・衣装、大体ヘソ出しルックだし。

 

「じゃあ、ざぶーんいきましょうよ。食べた後の運動にはもってこいでしょ?」

 

「まぁ、いいけど。・・・いい、のか・・・?」

 

「・・・なんで私に振るの? まぁ、良いんじゃないの?」

 

水着に着替えるってことは完全に変装できなくなるけどいいのか? という意味を込めて人和を見ると、怪訝な顔をしながらも許可を出してくれた。

何か良い案でもあるんだろうか?

 

「ああ、変装? ・・・ギルさんが、何とかしてくれるんでしょ?」

 

「は? え? 俺に全投げ?」

 

「もちろん。・・・騒ぎにならないようにしてくれるんでしょ?」

 

「む・・・」

 

どうやら先ほどの言葉を覚えていたらしい。それを持ち出されると弱いなぁ。

・・・ざぶーん、閉めるか。

 

「よし、取り合えずざぶーんまで行くか」

 

「はーいっ。・・・あ、水着」

 

「そうね・・・ギル、あんたの宝物庫に水着あるんだっけ?」

 

「おう、あるぞ。・・・あ、こっちこっち。裏口から入るぞ」

 

変装している三人を連れて、ざぶーんの従業員入り口から入る。

裏口から入ると従業員控え室やら従業員用更衣室やらオーナーである俺の部屋だとかがあるので、オーナー室で待機しててもらうとしよう。

今日は客もあんまりいないようだし、貸しきっても問題ないだろう。・・・表に出す札は『清掃中』にするけど。

 

「というわけで、今いる客が出たら閉めて欲しいんだ」

 

「はい、分かりましたギル様」

 

「うん。我侭言って申し訳ないね」

 

「いえ! ここの主はギル様ですので! 我侭など・・・!」

 

恐縮して五体倒地しそうになるざぶーん管理人を止めつつ、従業員たちに急遽動いてもらう。

・・・全く、アイドルが水着姿でプール、なんてファンが見たら暴動ものだからなぁ・・・。

 

「よし、じゃあ従業員用の更衣室借りるぞ」

 

「はっ!」

 

きびきびと動き始めた従業員たちを見送り、天和たちが待つ支配人室へと戻る。

支配人室では変装を解いたしすたぁずがきゃっきゃとはしゃいでいた。

そういえばアイドル活動、略してアイ活が忙しかった所為でざぶーんに一度も来た事がないと言っていたな。

やっぱり女の子だし、可愛い水着を着てプールではしゃぐというのは楽しいものなのだろう。

 

「あ、ギル! どうだった、入れそう?」

 

「おう、大丈夫だぞ」

 

「じゃあじゃあ、ちぃたちに水着見せてよ! ずっと姉さんたちと話してて、どんなのか楽しみにしてたんだから!」

 

「ん、ちょっと待ってろ。・・・よっと」

 

ぱちん、と指を鳴らすと、三人分の水着が宝物庫からにょきにょきと現れる。

わぁ、と三人は現れた水着に瞳を輝かせる。うんうん、やっぱいいよな、一刀デザイン。

三人の特徴を上手く捉えた造詣になっていて、白を基調に三人それぞれの髪の色に合わせたアクセントがついている。

そして、それぞれに一つずつ違いがあって、天和はフリル、地和はパレオ、人和は腰周りにスカートのような飾りがついている。

 

「よし、じゃあ着替えてこーい」

 

「はーいっ」

 

「楽しみにしてなさいよっ」

 

「・・・それじゃあ、先に着替えて出てて? 後で追いつくから」

 

水着を手に持ち、しすたぁずは従業員更衣室へと消えていく。

俺はぱちんと指を鳴らすだけで着替えが終わるし、さっさと先に行っておくか。

 

・・・

 

「おっまたせーっ」

 

「おまたせっ。わ、広いわねー!」

 

「・・・これがざぶーんね」

 

人が居なくなったプールに、しすたぁずが水着姿でやってきた。

やっぱりいいなぁ、水着って。なるほど、これが役得という奴か。

 

「三人ともやっぱり似合ってるなぁ」

 

「ほんとっ? えへへっ、ギルにそういわれるとうれしいねー」

 

特別だよぉ、と腕に抱きついてくる天和。・・・むむむ、この天然娘は無邪気にスキンシップしてきやがって・・・いらんところに血液がいくじゃないか!

 

「あ、こら、お姉ちゃんってばずるい! ・・・ちぃもっ」

 

そう言って、天和とは逆の腕に抱きついてくる地和。

小柄だからか腕を組むというよりは抱きつくという感じだが・・・それが良い!

 

「はぁ・・・天和姉さん、ちぃ姉さん、ギルさんが困って・・・ないわね。・・・まぁいいわ。色々と遊んでみましょう?」

 

「は~いっ。ねえねえ、ちーちゃん。あのおっきい滑り台、いかない?」

 

「凄いわね、あれ。滑り台に水が流れてるの? ・・・楽しそうね、行きましょ、天和姉さん!」

 

「わーいっ」

 

すたたたー、と駆け出していく二人。おいおい、プールサイドでは走るなと・・・武将で守る奴いないだろ、絶対。

必然的に残った俺と人和は同時にため息をついた。

 

「・・・ごめんなさい、自重の出来ない姉たちで」

 

「構わんよ。疲れることもあるけど・・・それよりも楽しいことのほうが多いから」

 

「・・・ふふ、流石はギルさんね。・・・私もあの滑り台、興味があるわ」

 

「ん、いいんじゃないか? 今なら二人に追いつけるだろ」

 

いってらっしゃい、という意味で声を掛けると、人和は再びため息。

 

「一緒に滑りましょう、って誘ってるのよ。・・・鈍感」

 

ぼそっとため息混じりに呟かれた言葉の後半は聞けなかったが、まぁウォータースライダーに誘われたのは分かった。

何時もは一歩引いたところで姉たちのフォロー役に回る彼女も、たまにははしゃぎたいときがあるのだろう。

 

「よし分かった。一緒に滑ろうか。二人で滑れば、速度も上がるんだぞ」

 

「あら、それは楽しそうね。・・・じゃあ、一緒に滑りましょ」

 

足元の滑りそうな階段を二人で手を繋ぎながら上がっていく。

途中で楽しそうな悲鳴が聞こえたので、姉二人が滑ったのだろう。

 

「・・・ここが一番上。・・・意外と高いのね」

 

「そりゃあ、高さが無いと面白くないしな」

 

「ふふ。・・・ほら、座って? 私を上に乗せてくれるんでしょ?」

 

人和に促されるがままにウォータースライダーの滑り口に座る。

その上に、ゆっくりと人和が腰を下ろしてくる。

ちょこん、と俺の脚の上に乗った人和の腹に手を回す。

 

「ひゃ・・・もう、急に触らないで。冷たいからびっくりしたわ」

 

「ごめんごめん。・・・ほら、行くぞ」

 

「うん。・・・わ、わ、きゃあぁっ!」

 

最初はおっかなびっくりだった人和も、すぐに楽しそうな声を上げる。

それでも、腹に回した俺の手を離さなかったのは少し怖かったからだろうか。何時も冷静沈着で怖がらなさそうだと思っていたが・・・こういうところも可愛いな。

どれだけ大人っぽい落ち着いた雰囲気を持っていても、やっぱり年頃の少女だということだろう。

 

「きゃ、わぷ」

 

「ぷはっ。・・・よっと」

 

着水して、ぱちゃぱちゃと浮かんできた人和の手を取って誘導する。

プールサイドではすでに滑った姉二人が腰に手を当てて待ち構えていた。

 

「やっぱりーっ。人和ちゃん、ギルと二人っきりで滑って、ずるーいー!」

 

「我が妹ながら、油断できないわね・・・ギル! 次はちぃとだからね!」

 

「分かってる分かってる。ほら、行くぞ地和。・・・その後は天和な」

 

「ふふん、物分りがいいじゃない。流石はちぃたちの社長ねっ」

 

「はーいっ。お姉ちゃん、待ってるねー」

 

こうして、しすたぁずとそれぞれ二回ずつ滑り、人和が実は泳げないことが判明したり、天和が身体を・・・もっと言えば胸を押し付けてきたり、それを見て対抗意識を燃やした地和が胸を押し当ててきて勝手に傷ついたりした。

・・・ちょっと地和が可哀想だったので、慰めながらもう一度ウォータースライダーを滑ったりもした。

 

「いいわねー、貸切りって。なんだかこう、偉くなった気がするわね」

 

「偉いのはギルだけどね~。えへへ、流石社長~」

 

ぷかぷかとプールで浮かびながら、地和と天和が妙なことを口走る。

・・・全く、ちょっと遊ばせるとこれだもんなぁ。・・・また性格矯正プログラムに参加させないとダメか、これは。

 

「・・・ギルさん、もしまたあの『特訓』をするなら協力するからね」

 

人和の協力を取り付けることも出来たし、まぁ天和たちの伸びた鼻を叩き折るのは問題ないだろう。

でもまぁ、今日くらいは羽を伸ばさせるとしよう。変装しなければ町は出歩けないし、それ以外はレッスンかライブだし・・・まぁ、こうして変装も何も無しで遊べるのはこういうときだけだろう。

たまにはこうして羽を伸ばせる時間を作ってあげようかな。

 

・・・

 

・・・と、言うわけで早速天和と地和は『特訓』漬けの日々を送った。

まぁ、ちょっと長期休暇挟んでだれてたみたいだし、気分を切り替えるには良いタイミングだったろう。

特訓開始の前の日にざぶーんで遊んだから不満もそれほど出なかったしな。

『特訓』に参加していた人和と一緒に、城内を歩く。天和と地和は久しぶりのハードなレッスンにぐったりしているところだ。

 

「お疲れさん、人和」

 

「本当に疲れたわ。久しぶりだってことで私も参加したけど・・・いつもの練習で体力をつけてなければ、姉さんたちみたいにぐったりしてたわね」

 

そう言って、人和はくすくす笑う。今は部屋で休んでいる姉二人のことを思っているのだろう。

最近は姉二人も体力は付いてきたほうだが・・・やっぱり、ちょくちょく顔を出すサボり癖がどうしても邪魔をする。

ま、致命的なほどではないから放っておいてるけどな。人和からのお説教もあるみたいだし、これからの成長に期待、だな。

 

「それにしても、書類なら俺だけでも出来たのに。人和だって疲れただろ? 風呂で汗流して休んでても良かったんだぞ?」

 

「いいのよ、なんだかんだ言ってまだ動けるんだし。・・・ギルさんに任せっぱなしって言うのもなんだか情けないでしょ」

 

真っ直ぐ前を見たまま、冷静に言い放つ人和。・・・うぅむ、なんというクールっぷり。

どうして凛もこういう性格にならなかったのかなぁ。メガネっ娘なのにありとあらゆる場面で鼻血を噴出す危ない女って認識になってるし・・・。

 

「・・・でも、やっぱり少し疲れたわ」

 

「ん、無理するなよ? なんだったら部屋まで送って・・・」

 

急にこちらを見上げた人和は、小さくため息をつく。

少し気になって休むように言うと、俺の言葉に被せるように人和が口を開く。

 

「・・・ギルさんの、部屋に行きたい」

 

「そだな、そっちのほうが近いか。ま、事務所まで戻らなくても軽い書類整理くらいは出来るからな、俺の部屋」

 

事務所の資料が必要な書類はないし、俺の部屋でやっても問題はないだろう。

流石にもう寝室の掃除も終わってるだろうし、寝台に人和を寝かせてその間に書類だけ片付けておけばいいや。

仕事が終わった後なら、人和も部屋に帰るだけの体力は回復するだろうし。そしたら、姉二人の下へ送ってやればいい。

うむ、流石は人和。そこまで計算して俺の部屋に行こうと言ったんだな。流石はしすたぁずの頭脳担当。・・・こういう言い方をすると、何故か殴り合いをする眼鏡っ娘を連想してしまう。

 

「・・・緊張、するわね。流石に」

 

「何か言ったか?」

 

「なんでもないわ。久しぶりだからやっぱり足に来るわねって言ったの」

 

「そうだったか。・・・よっと」

 

「ひゃっ!? ちょ、ちょっと、恥ずかしいわ」

 

「足にキてるんだろ? だったら、素直に甘えておけよ」

 

人和を横抱きにすると、頬を赤くした人和が静かに抗議してくる。

だがまぁ、丁度昼時の城内は一部を除いて人影はない。以前しすたぁずがきたときの騒ぎも沈静化して待ち伏せする兵士もいなくなったし、この状態を見られることはないだろう。

おんぶでも良いかと思ったのだが、ミニスカートの少女をおんぶするとちょっといけないところが丸出しになってしまうので、もっぱら俺は女の子はこの持ち方をする。・・・壱与とかは脇に抱えたりするけどな。

 

「・・・まぁ、いいわ。こっちのほうが後々楽だろうし」

 

「そうだろうそうだろう。ま、いつも頑張ってる人和へのご褒美みたいなもんだ。素直に姫の気分になってろ」

 

「ふふ・・・何それ。でもまぁ、悪い気分じゃないわ」

 

素直にこちらに身体を預けた人和を抱えつつ、自室に入る。

そのまま寝室に入り、寝台に人和を下ろす。

 

「じゃあ、仕事終わるまでちょっと休んで・・・んむぅっ」

 

人和を降ろして力を抜いた一瞬、人和の腕が俺の首に回り、一気に引き寄せられた。

そのまま寝台に引き倒された俺は、人和に口を塞がれている。・・・って、冷静に考えると凄く不味い状況だぞ!?

 

「ぷはっ、お、おい待て人和、一瞬で状況は判断したしお前の気持ちも分かった。・・・だけどちょっと早まりす・・・うおっ」

 

口を離し、頬を赤く染めてとろんとした瞳をする人和を引き剥がしながらそう言うが、次はこちらのほうに体重をかけてきた。

妙な大勢で受け止めざるを得なくなり、寝台から二人して転がり落ちる。

 

「・・・好き」

 

「あー、おう、分かったよ、完敗だ。ただ、きちんと寝台の上でするぞ。・・・疲れてるって言ってなかったか、さっき?」

 

「ふふ・・・今の私はお姫さまなんだから、我侭も言うわ。・・・疲れてる、なんて、そんなの嘘に決まってるじゃない。まだまだね、社長さん?」

 

先ほどと同じようにくすくすと笑った人和は、寝台に仰向けになりながらほら、とこちらに両手を伸ばしてくる。

まるで受け止めてあげる、とでも言うような体勢の人和に、少しだけ苦笑い。ここまで強かだったか、油断したなと反省しつつ、彼女に覆いかぶさる。

 

「・・・姉二人と仲良く寝込む位、疲れさせてやる」

 

「・・・楽しみね。・・・優しく、してよ?」

 

もちろん、と返しながら、おろし立てのシーツの上に寝転ぶ人和の身体に手を伸ばした。

 

・・・




「こっ、これ、これ!」「・・・な、なんてこと・・・これは、ギル様のお召し物!」「しかも着ていた痕跡があるわ!」「と、取り合えずこれは避けておきましょう」「他にないの! ギル様のお召し物! あ、凄い良い匂いする、このお召し物」「ずるい、ちょっと皆、この娘独り占めしようとしてる!」「裏切り者には制裁よ!」

「・・・何これ」「俺の部屋掃除してる侍女たち」「ああ、びっくりした。壱与が増えたとかそういうことじゃないのね?」「・・・正直、壱与一人のほうがまだ相手しやすいと思う。数の暴力って凄いんだよな」「・・・あんた、絶対一人でこいつらに接触するんじゃないわよ。夜道を一人で歩いてる女の子並に襲われるわよ」「・・・気をつけるよ」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十五話 しすたぁずとともに

「そういえば三人組って意外と居るよな」「孫家の三姉妹、蜀の桃園三姉妹、しすたぁず、魏の三羽烏、ミケトラシャムに一応魏呉蜀の王も三人組だな」「・・・普通にスルーしたけど、ナチュラルに南蛮王がハブられたな」「まぁ、美衣は南蛮王だからミケトラシャムの上司だし・・・まぁ、アレをするときはきっと四人一緒だから」「・・・予定があるんだな?」「コメントは、控えさせていただきます」

それでは、どうぞ。


「っきゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

人和と迎えた朝は、そんな絶叫から始まった。

 

「っさいなぁ、朝っぱらから。・・・あ、昨日の仕事ほっぽっちまった」

 

「そっ、そんなことより大切なことがあるでしょうがぁっ! な、なななななんでギルがれ、人和と寝てるの!? し、しかも裸で!」

 

地和の絶叫でたたき起こされた俺が呟くと、地和が烈火のごとくキレた。

全く、これが最近の「キレる若者」という奴か。怖いなぁ。

 

「あ~っ、昨日人和ちゃん帰ってこないなぁ~、って心配してたんだよぅ?」

 

「・・・おはよう。大体、状況は理解したわ」

 

天和がぽやぽやと怒った辺りで、人和も目を覚まして辺りを見回した後、ため息をついた。

ヒートアップしている地和はスルーして、人和は天和に連絡しないでごめんね、と謝る。

 

「いいよ~、ギルと一緒だったんでしょ~? だったら、安心だよぉ」

 

「ありがと・・・」

 

「し、したの!? したのね!? い、妹に先をこされたぁ~・・・油断してたわ、人和はギルのこと好きそうな素振り見せても、一番最後だと思ってた・・・」

 

「・・・ふ」

 

「笑った! 今人和が姉を見下して笑ったわ! 背も胸もちぃより大きいからって! きぃー!」

 

火にニトロを突っ込む人和に、地和は更にヒートアップ。もう背後に火山が見えるほどだ。

・・・というか、今のに限っては地和自身が自分で燃料を投下したように感じたんだが。

 

「まぁまぁ~。人和ちゃん、おめでと~」

 

「ありがとう、天和姉さん」

 

「ね~、ギル? 今日の夜は~、お姉ちゃんだからねー?」

 

「ん? ・・・んー、まぁ、分かったよ。一応空けておく」

 

姉妹の心温まるやり取りを見ていると、まぁ大体予想できたことではあるが、今晩の予定を埋められてしまった。

・・・でもなぁ、仕事サボってるからなぁ・・・。でもま、愛紗にミンチにされなければ、きっと大丈夫だと思う。

 

「あーっ、ず、ずるいわよ! じゃあちぃは明日の夜! 絶対部屋にいなさいよ!」

 

二日連続で夜の予定が決まってしまった。・・・うん、頑張ろう。

というか、二人一緒に、という考えはないんだな。・・・いや、別に一人ずつが嫌だということはないんだけど。

俺としても、一人ずつゆっくり相手したいしな。全く問題はない。

 

「分かった分かった。・・・取り合えず、愛紗が来る前に準備させてくれ。流石にこの状況を見られるのはまず」

 

「もう、遅いですよ?」

 

「ひっ・・・!」

 

まずい、と言おうとしたが、背後からの声に被せられキャンセルさせられた。

・・・同時に、背中に凄まじいプレッシャー。これは、不味い。

絶対怒ってる。あんまり仕事放り投げたことなかったから怒られたことないけど、これ絶対桃香がサボったときより怒ってる。

 

「霊体化・・・ああっ、しまった俺受肉してた!」

 

「・・・ひとまず逃げるわよ、姉さん達」

 

「りょうかい~」

 

「・・・御免ね、ギル」

 

「あ、お前ら、ちょっと待て!」

 

「待つのは、ギル殿ですよ?」

 

「くっ・・・!」

 

そそくさと着替えだけ終わらせた人和をつれて、天和たちは部屋から逃げていってしまった。

くそ、愛紗の言葉が正論なだけに言い返せない! というかやばい。これだけのプレッシャーを放っていて声色を荒げていないということは、今の愛紗は確実に英霊にダメージ与えられる状態だ!

まさに軍神! カッコいいけど今はならないで欲しかった・・・!

 

「し、仕事をサボったことは謝る。今日で取り返すから、許して欲しいなー・・・な、なんてー」

 

「殊勝な心がけです。桃香さまにも見習って欲しいぐらいですね」

 

少しだけ、声に優しさが混じった。・・・おっと、まさかこれは、生存フラグ!?

 

「じゃ、じゃあ・・・」

 

「ですがそれとこれとは話が別です。お説教です」

 

「ああ、そうか・・・」

 

違ったかー、これこそが、死亡フラグだったかー。

 

・・・

 

「ギルさまっ、貴方の壱与が遊びに来ましたよっ・・・。って、テレテレ巨乳がいる。ち、ツンデレが」

 

「・・・ギル殿、彼女は壱与殿でお間違いないですね? ・・・随分と嫌われてしまっているようですが」

 

「ん、ああ・・・叩けば喜ぶ。ほっといても・・・放置プレイって喜ぶなぁ。やっぱりМは無敵か」

 

何処からともなく取り出した青龍刀を構える愛紗を、よせよせ、と手で制する。

 

「? ・・・は、はぁ。まぁ、放っておけば良いのですね?」

 

「そういうこと。あ、そっちの資料取ってくれ」

 

「こちらですね。はい、どうぞ」

 

突然転移してきた壱与をスルーして、仕事を進める。

基本的に壱与は俺に甘くその他に異常に厳しいので、スルーするか椅子にでもして押さえつけておくしか対処法はない。

 

「ギル様っ? ・・・ぎーるーさーまー?」

 

「壱与、お座り」

 

「わんっ」

 

俺の周りをくるくる回って興味を引こうとする壱与に命令すると、嬉しそうに跪く。

というか、ナチュラルに犬言葉になってる。・・・流石は変態。命令されなれてる。

 

「ついでに口にチャック。許可を出すまで喋るな」

 

「っ、っ」

 

思い出したように命令を追加すると、こくこく、と激しく首を縦に振る壱与。・・・これでよし。

 

「愛紗、こっちの人口なんだけど・・・」

 

「あ、その資料ならこちらに。人口推移も一緒に写してもらったのですが・・・」

 

「お、助かるよ。流石愛紗だな。撫でてやろう」

 

「あっ、いえっ、そんな・・・あ、う・・・」

 

手招きすると、顔を真っ赤にしながら愛紗がこちらに寄ってくる。

彼女の黒い髪を乱さないように撫でると、すすす、と俺の肩に頭を寄せる愛紗。そしていつの間にか俺の足に擦り寄ってきてた壱与。

 

「・・・ていっ」

 

「っ・・・」

 

足蹴にすると、嬉しそうにしながらも声を出さないように転がっていく壱与。

・・・何なんだ、こいつマジで。

 

「お座りって言ったろ。俺が良いって言うまで動くな、喋るな。命令だぞ?」

 

びしっ、と犬のお座りと同じ格好で動かなくなる壱与。・・・ここまで言っておけば邪魔されないだろう。

さてと・・・いいこと思いついた。

 

「愛紗、膝の上においで」

 

「えっ、あの、ま、まだお昼ですし・・・おっ、お仕事も終わってませんので・・・!」

 

「後で片付けるから。それとも、嫌か?」

 

こういえば断らない、という確信を持って聞いてみる。

予想通り、愛紗は俯きながらもこくり、と小さく頷いた。

 

「よし、じゃあ壱与、しっかりバッチリ見てるんだぞ」

 

目を血走らせながらも、こちらから目を離さない壱与。

・・・多分、壱与に対してはこれが一番の薬だろう。後で発狂しなければいいけど。

 

「あ、やんっ・・・」

 

「ん? ・・・なんか、いつもより敏感だな」

 

ああ、きっと・・・目の前で変態に見られてるからかな?

 

・・・

 

「うーっ、うーっ! あんのテレテレ巨乳! ギル様と真昼間からニャンニャンとか・・・!」

 

「壱与、お前うーうー言うのをやめなさい。お前は引っ叩くと喜ぶだけなんだから」

 

「うーうー言えば引っ叩いていただけるのですか!? ほっぺたですか! ほっぺたですね!?」

 

「お前の頭はそればっかりだな」

 

ため息をついて、取り合えずスルー。

ちなみに愛紗は壱与に見られたのが恥ずかしかったのか、気まずそうに政務を共にして、終わると同時に顔を真っ赤にして慌てて部屋を出て行ってしまった。

・・・下着を忘れて行っているのだが、これは貰って良いということなのだろうか。

 

「そういえばギル様、こちら、卑弥呼様の弟さまからのお手紙です」

 

「は? ・・・久しぶりだな。彼は元気か?」

 

「ええ、それはもう。私や卑弥呼様のお話を聞いて、血涙を流すほどでして!」

 

「・・・そうか、良かった・・・のか?」

 

血涙流すのが嬉しくてなのかは甚だ疑問だが、まぁ取り敢えずは彼の胃腸を心配しておくとしよう。

 

「そういえば、卑弥呼は分かるけど、壱与も弟くんと親交あるんだな」

 

「親交あるも何も、壱与のお父様代わりのお方ですから!」

 

「へぇ、そうなんだ。・・・あんな姉と、こんな娘がいるのか。・・・可哀想に」

 

「いきなり罵倒なんて・・・ご褒美ですか!?」

 

急に呼吸が激しくなった壱与は、地面を転がって興奮を身体で表していた。

取り合えず踏んで止める。それすらも興奮材料らしく、俺に踏まれながらもはぁはぁという荒い呼吸を繰り返している。

 

「じ、地面に転がされて、ふ、踏まれて、踏まれてるぅっ! あふぅんっ、やっば、イッ・・・」

 

踏んでいる壱与の体が、びくんびくんと跳ねる。・・・こいつ。

 

「はふぅ・・・んっ、ふ、はぁ・・・」

 

色をつけたらきっと桃色なんだろうな、という吐息を吐き出す壱与。

・・・本当に自由人だな、こいつは。

 

「はぁ。取り合えず、次の仕事場行くぞ」

 

「は、はひっ。・・・あ、し、下着替えてきても・・・?」

 

「ダメ」

 

「喜んでッ!」

 

何が喜んで、なのかは分からないが、取り合えず壱与はそのまま駆け足でついて来る。

 

「次のお仕事は何なのですか?」

 

「訓練監督という名の休憩だよ」

 

「ふふっ、おサボりですね!」

 

「・・・「お」をつけるほどのことかねぇ」

 

「?」

 

小首をかしげ、こちらを見上げる壱与。

いつもは変態でマゾい興奮した表情しか見せないからか、新鮮で可愛く見える。

 

「なんでもないよ。そのままの壱与で居てくれって話」

 

「は、はいっ。壱与はいつまでもギル様のおそばに居ますよっ」

 

隣でぴょんこぴょんこ跳ねる壱与。・・・なるほど、小動物系か、この王女。

跳ねるたびに澄んだ音を立てる装飾品を眺めながら、訓練場へと歩いていく。

近づいていくにつれて、訓練しているらしい兵士たちの元気な声が聞こえてくる。

 

「ほらー、声が小さくなってますよー。沙和さんの地獄特訓に戻りたいんですかー?」

 

「声が小さい人はこちらで腕立て伏せですよ~? 回数は、私が良いって言うまでですー」

 

兵士たちの声に紛れて、幼げな声と間延びした声が聞こえてくる。

その声が聞こえた後、兵士たちの声が一段階大きくなる。隣の壱与が不快げに耳を塞ぐほどには声量が大きくなったようだ。

 

「よーう、精が出るなー」

 

「よーし、後十回で終わりますよー・・・って、隊長じゃないですか。どしたんです?」

 

「腕立ても、後五回で終わらせてあげますー。あらー、ご主人様じゃないですかー」

 

「おや、壱与さんも。珍しいですね、興奮して我を失っていないのは」

 

副長からの失礼な言葉に、壱与は忌々しげな舌打ちで返す。

二人とも笑顔で火花を散らしながら、俺を挟んでにらみ合う。

やめてくんねえかな、俺を挟んで喧嘩するの。特に壱与と副長。こいつら会うたびに静かに喧嘩してる気がする。

 

「はっ、壱与がいっつもギル様の魅力に心奪われてると思ったら大間違い・・・じゃないです! いっつもギル様の魅力にメロメロです! だからギル様、ぶって!」

 

「チョップ」

 

「ありがとうございますっ!」

 

望まれてやったこととはいえ、叩かれて喜ぶ壱与を見るとこの子、将来大丈夫なのかなぁ、と心配になる。

 

「ほんと、ぶれないですよねぇ、壱与さんってば。姫がそんなんじゃ、邪馬台国の・・・いや、これ以上は言いませんけど」

 

「壱与は別に姫ってことにこだわってませんしー。って言うかそっちが姫のダメ見本みたいなものでしょう?」

 

「はぁあぁ? 私は戦えるしー、しかもきちんと結婚・・・出来れば良いなぁって思える人も居るし!」

 

「あっはっは! そんな結婚(仮)みたいなお相手じゃあ・・・あ、壱与もそんな感じですね」

 

「・・・この状態もいいんですけどねー」

 

「よねー。でもでも、永遠に結ばれるって言うのも壱与的には全然問題なしっていうかー」

 

いつの間にか喧嘩の冷戦状態から仲良く姦しい話に変わっていく二人。

・・・いっつもこんなオチだから、あんまり仲裁しようと思わないんだよなー。やっぱり姫同士、仲がいいんだろうか。

 

「・・・取り合えず、今のうちに報告聞いておくかな。訓練の進捗はどうだ、七乃」

 

「はいー。とっても順調ですよー。沙和さんの訓練に一週間ほど交代で出させたら、帰ってきたときには皆さん態度が変わってましたからー」

 

やっぱり、交換訓練制度は良い刺激になったようだな。

いつも同じ相手から訓練を受けていると、やはり慣れというものがあり、少したるんで来る。

そこで、沙和のところから数名こちらで受け入れ、こちらの兵士も数名沙和のところで受け入れてもらった。

今までとは違う鬼教官のところでビシバシと鍛えられた兵士たちは、精神的にきりっとした顔をして帰ってきた。

 

「良い顔するようになったなー」

 

「ええー。新兵の中には少数ですけど副長さんを上司だと認めない人がいましてー」

 

「そんなの居たのか? そんなの少し訓練すれば分かるだろ?」

 

「あははー。何処にもバカっているものなんですよ~」

 

「あぁ・・・」

 

俺のときにも居たなぁ。まぁ、俺も兵士も男だったし、少し皆で騒いだりしたらそのうち仲良くなってたけど・・・副長は女の子だからなぁ。

そういう「男のバカ騒ぎ」みたいな最終手段も取れないだろうし、ちょっと荒療治だけど沙和のところに預けたのは正解だったかもしれないな。

 

「ま、ちょっとしたはねっかえりはある程度男にはあるものだし。大目にに見てやろうぜ」

 

「ええ、そこはご心配なくー。伊達に美羽様のお付をしてないですよー」

 

「・・・七乃って美羽のこと本当に好きなのか疑問に思うことたまにあるよな」

 

「えぇー? 私は美羽様のこと大好きですよー」

 

いつものほんわかした柔らかい笑顔でそう言うが、七乃の笑顔は下手なポーカーフェイスより感情が分かり難いからなぁ・・・。

 

「あ、もちろんご主人様のことも大好きですからー。ご心配なさらずにー」

 

私は分かってますよ、という顔でそんなことを言い放つ七乃。

隣で口論している二人の首がぐるん、とこちらを向く。

 

「私のほうが隊長のこと好きですよっ」

 

「壱与なんてギル様のこと愛してます!」

 

「・・・張り合うな張り合うな。嬉しいけど恥ずかしいから」

 

兵士たちがこっちを見ているのを感じて、少し体温が上昇する。

・・・まだ俺にも恥じらいという感覚が残っていたのか。良かった。

後はこいつらにもそういう乙女の心が残ってればいいんだけど・・・。

 

「・・・無理か」

 

「こっちを見てため息をつかないでくださいたいちょー!」

 

「ああっ、その残念な女を見る目・・・! イイッ!」

 

俺の視線から何かを感じ取ったのか、二人から・・・いや、副長からは反論が、そして壱与からは相変わらず情欲の視線が返って来た。

まだ足りんのか、壱与は。・・・というかこいつそろそろ下着換えないと大変なことになるんじゃなかろうか。許可しないけど。

 

「七乃、取り合えず後で報告書よろしくな。あ、今月最後の報告書だから、いつもの評価欄も埋めておけよ」

 

「はーい、分かってますよー。・・・そうですねー、今日、日が暮れた後に、お届けに参りますねー」

 

「・・・あー、悪いんだけど、今日の夜は・・・」

 

意味ありげな視線を送ってくる七乃の頭を撫でる。

申し訳ないが今日の夜は予約済みだ。そして明日も。

それをオブラートに包んで伝えると、こちらを恨めしそうな目で見上げてくる七乃。

 

「・・・そーなんですかー。わかりましたよー。ご主人様は可愛い部下よりも、新しい女の子を選ぶんですねー。流石黄金の将さんですねー」

 

「? 何を言ってるんだ、七乃」

 

「ですから・・・」

 

「『夜は』あいてないって言ったろ? ・・・七乃はもうちょっと聡明だと思ってたけど」

 

「っ! ・・・あっちのほうに、人があまり来ない東屋があるんですー」

 

そう言って俺の腕を抱き締める七乃。

・・・さて、壱与と副長を何とかせねば、と視線を向けてみると。

 

「はぁあぁあ!? ギル様の一番いいところって言えば罵ったり痛めつけてたりしても随所に優しさを混ぜてくれるところでしょうっ!?」

 

「それは壱与さんだけですって! なんで気付かないんですかねぇ!?」

 

「じゃああなたはどんなところがいいって言うのよ!」

 

「わっ、私ですか!? ・・・え、えと、その・・・優しいところ、ですけど」

 

「でっしょー!? じゃあ壱与と同じじゃないの!」

 

「・・・同じかなー・・・?」

 

良く分からないがなにやら討論に熱くなっているらしい。好都合といえば好都合である。

まぁ後で内容については問い詰めるとして・・・今のうちか。

 

「七乃、行くか」

 

「はい~」

 

・・・

 

結局、あの後七乃と二人で事が終わってまったりしてたときに二人に乱入され、最終的には三人で、となってしまったが・・・。

まぁいい、そのお陰で夜までに一人になれたわけだしな。

 

「・・・っと、もう居るのか」

 

部屋から灯りが漏れているのを見て、うぅむ、と少しだけ考える。

だがまぁ、悩んでいても仕方があるまい。案ずるより生むが易しと言うしな。

扉を開けると、すでに寝台に腰掛けている天和が俺に気付いてあっ、と小さい声を上げる。

 

「おかえり、ギルー」

 

「ただいま。・・・なんか天和に迎えられると変な気分だな」

 

「そーう? えへへ、でも私も変な気分。ギルと二人っきりってあんまりないもんね」

 

そういわれるとそうだな。いつもは・・・というか、しすたぁずが別々に行動しているのをあんまり見たことないし。

前に二人きりになったといえばデートに行ったとき以来じゃないだろうか。

そのときに貰ったものを思い出して視線をちらりと向けると、天和も一緒にそちらに視線を向けた。

 

「そういえば、猫ちゃん飾ってくれてるんだねー」

 

「おう、初めて貰った贈り物だからな。大切にしてるよ」

 

「・・・そっかー。んふふ、なんか嬉しいかもー。ね?」

 

「聞かれてもな」

 

言いながら俺にもたれかかって来る天和の肩を抱く。

 

「あのね? ・・・れっすんの後きちんとお風呂には入ってきたから。汗臭くはないと思うんだけど・・・。ど、どう~?」

 

少しだけ不安そうに問いかけてくる天和に、全然問題ないよ、と答える。

 

「というより、良い匂いするから我慢できないかな。・・・いいか?」

 

「・・・えへへ。そのために来たんだよー? ・・・えっと、よろしくお願いします?」

 

「こちらこそ、になるのかな」

 

そう言って、俺は寝台に天和を静かに押し倒した。

 

・・・

 

「ん、むぅ、朝ぁ・・・?」

 

眩しさで目を覚ますと、なんだか身体に違和感が。

 

「あ、そっかぁ、昨日・・・えへへっ」

 

思い出すと、違和感にも心当たりがあった。

昨日、アレだけいっぱい出されたんだし、それに昨日が初めてだったんだから変な感じがするのは当たり前だよね。

 

「・・・寝てる。ギルが寝てるの、初めて見るかも」

 

小さく寝息をたてるギルの頬を軽くつついてみる。

凄くいい手触り。もしかしたら、私よりも綺麗な肌してるかも。

・・・それはちょっと、女の子として、あいどるとして負けた気分。

 

「えいえいっ、ぷにぷに~」

 

ギルに寄り添うようにしてしばらく頬をつついていると、はらり、と身体に掛けていた布団がずり落ちる。

・・・あ、そういえば服着てなかった、と少しの肌寒さを感じて気付く。

 

「でも、ギルにくっ付いてれば暖かいなぁ・・・」

 

もう一度眠りたくなるけど、それは我慢我慢。今日はれっすんもあるし、何よりこのままギルをつんつんしていたい。

すりすり、とギルに頬ずりしながら朝の時間を楽しんでいると、ギルが声を漏らす。

 

「む・・・ふぁ・・・朝、か」

 

「おはよ~、ギルっ」

 

「ん? 天和、早いな。おはよう。もう起きてたんだな」

 

「えへへー。偉い?」

 

「偉い偉い」

 

私を腕に抱いたまま、ぐしぐしと強めに撫でてくれるギル。

ギルの手は暖かくて大きいから大好きだ。それに、撫で方も上手だし。

 

「起きるかー。服着ろよ、風邪引くぞ。ただでさえ女の子は身体冷やしたらダメなんだから」

 

そう言って、ギルは寝台の下に落ちてた私の服を拾って渡してくれた。

私がそれを受け取ると、ギルは寝台から降りて一瞬で着替えを終わらせる。・・・便利だなー、あの方法。

 

「ほらほら、早く風呂に入っちゃわないと朝飯食べる時間なくなるぞー」

 

「えー、ちょ、ちょっと待ってよぉ~」

 

いつもライブのときに着るものより楽な服だけど、それでもやっぱり焦ってると引っかかったりする。

苦笑いするギルに助けてもらいながら、取り合えず服を着た。

まぁ、後でレッスン用のじゃーじ、っていうのに着替えるから、お風呂までの我慢我慢。

 

「背中流してあげるね、ギルっ」

 

「お、じゃあ俺は天和の背中を流そうかな」

 

「え、えへへー。ちょっと恥ずかしいかも~」

 

とてとてとお風呂に向かって歩きながらお話してると、なんだかとっても幸せな気分。

急にギルの腕に自分の腕を絡めて見ると、ギルは少し不思議そうな顔をする。

 

「どうした、いきなり。おっと、そうか、歩きづらいよな」

 

そう言って、ギルは気まずそうに笑う。

・・・歩きづらい? と首を傾げて少しして、その言葉の意味に気付いた。

 

「あっ、え、えーと・・・えへへ、なんだかその・・・『しちゃった』って感じがして、恥ずかしいね~」

 

「・・・そういうことを言われると、こっちも恥ずかしいよ」

 

ぽりぽりと頬を人差し指で掻くギル。そんなギルを見てると、なんだか頬が緩んでくる。

ぎゅう、と身体全体を密着させるようにギルの腕に抱きつきながら、私たちはお風呂場へと向かったのだった。

 

・・・

 

「遅い!」

 

「うおっ、え、んー? ち、地和!?」

 

「あー、ちーちゃんだー」

 

天和と二人でまったり入浴していると、すぱーん、と扉を開いて地和が姿を現した。

いつものサイドテールではなく、髪を纏め上げてタオルを頭に巻いているため、一瞬誰かと思った、と言うのはナイショである。

 

「遅いってお前・・・日が昇ってまだ三刻も経ってないぞ」

 

「うっさい! ん、しょ・・・ほら、空けて、お姉ちゃん」

 

「えー、ギルともっとくっ付いてたいもーん」

 

「うぅ~・・・あ、二人とももっとそっち寄りなさいよ。反対側に入るわ」

 

地和の我侭に付き合って、ざばざばと横に移動する。

開いたスペースに地和が入ってきて、顔を真っ赤にしつつ頭をこてんと俺に預けてくる。

・・・ち、今日は入浴剤の所為で水面が濁ってるから見えないか。

 

「ちーちゃんはここでしてもらうの~?」

 

「はぁ? ・・・あ、なっ、何言ってるのよ! だって、ここじゃお姉ちゃんが居るじゃないっ」

 

「んふふ~、ちーちゃんのためだったら、少し早くギルを貸してあげるよ~?」

 

「おい待て。何故俺を物扱いした」

 

「ほ、ホント・・・?」

 

「ホント~」

 

「あれ、誰も俺の話聞いてくれないのか」

 

俺を挟んで取引をしている姉妹を半分諦めた目で見つつ、すすす、と手を移動させる。

こうなったら悪戯してやる。先ほども説明したとおり、今日は湯船が濁っているため水中の動きは見えないのだ。

 

「ひゃんっ!?」

 

ふに、と柔らかいものを掴む。・・・うん、明言は避けるけど、例えるならすべすべな桃である。形的に。

いきなり変な声を上げた地和に、天和の怪訝そうな視線が向けられる。

その地和本人は誰がやったのかすぐに分かったようで、こちらに恨みがましい視線で見上げてくる。

 

「どうしたの~?」

 

「・・・ギルが、お尻触った」

 

「え~っ、私のは触ってくれないの~?」

 

「そっち・・・!?」

 

地和の訴えに、天和はなんともずれた返答をする。

はっはっは、手は二つあるんだよ、天和。

 

「わっ・・・あはは、んふ、手の動きがやらしーよ、ギルっ」

 

顔を真っ赤にして俺の手を掴む地和とは対照的に、天和は頬を赤く染めるものの、大らかに笑って手に押し付けるように腰を動かしてくる。

 

「ちょ、こら、何お姉ちゃんとイチャイチャしてるのよっ」

 

「? 地和ともイチャイチャしてるだろ」

 

「これはイチャイチャって言わないのっ。ただお尻触ってるだけじゃない!」

 

「いいだろ、減るもんだし」

 

「減るもん・・・え、何が・・・!?」

 

え、何が減るのよ、と突っ込みを入れてくる地和。隙を突いてぐに、と強めに掴んでみると、嬌声を上げてへなへなとこちらに倒れ掛かってきた。

どうやら腰が抜けたらしい。

 

「ば、ばかっ、こ、腰が抜けて・・・」

 

「んふふ~、ちーちゃん気持ちよさそーっ」

 

ざばざばと天和が地和の背後を取る。

何するんだろ、と疑問が頭をよぎるのと同時に、天和の両手は地和の体をがっちりと掴んでいた。

 

「ひゃっ!? な、なななな何するのよお姉ちゃんっ」

 

「もーっと気持ちいいこと、しよーね?」

 

「・・・ま、まさか・・・ちょ、ぎ、ギルっ、あんたも何その気になって・・・」

 

「出来るだけ、ゆっくり行くからな?」

 

地和を安心させるように優しく髪をなでながら、水中の下半身に手を伸ばす。

どうやら天和も手伝ってくれるようだし、痛いだけの初体験にはならないだろう。

 

「あ、や、も、もうちょっと心の準備を・・・は、ぅ・・・っ!」

 

残念ながら、『遅い!』と突撃かまして来たのは地和だ。心の準備は十分出来てると判断するぞ。

 

・・・

 

事後、少しだけ逆流してきた俺のアレが、湯船の濁った白色の中に混ざってしまったため、一回全ての湯を抜くことになってしまった。

そのため、三人で揃って風呂場から出たのだが、二人して下腹部の痛みを訴えたため、取り合えずしすたぁずの事務所へと二人を送り届けた。

そのときに凄まじいため息を人和につかれたのだが・・・まぁ、そこはごめんと苦笑いするしかなかった。

 

「・・・ふぅ、なんだかすっきりした気分」

 

そりゃそうか。あんだけアイドル三姉妹に出しまくればそりゃすっきりする。風呂にも入ったしな。

 

「さーってと・・・。何するかなぁ」

 

今日一日地和のために空けておいたのだが・・・うーむ、暇になってしまったな。

背伸びをしながら視線を左右に振ってみると、後ろに後ずさりながらこちらを見る桂花と目が合った。

 

「・・・げ」

 

「ん? ・・・おおっ、桂花っ」

 

「な、何よ。なんでそんなに嬉しそうなのよっ」

 

こんな行き場所に迷っているときに桂花に出会うなんて。いつも男だと言うだけで辛辣な言葉を投げかけられるが、あんまり気にしない俺としては桂花と話すのは楽しくて好きだ。

やはり俺の幸運のランク値はバカにならないな。

・・・え? たまにキレてる? はっはっは、俺も聖人君子じゃないんだし、あまりにもしつこくされたら怒るって。

 

「よっしゃ人柱ゲット」

 

「人柱!? 何、いつもの仕返しって訳!? 私は大人しく埋められたりしないわよ!」

 

「・・・言葉のあやだったんだけど。・・・まぁいいや。ちょっと付き合え」

 

「嫌よ! 絶対にいや! なんであんたみたいな変態男と連れ立って歩かなきゃいけないのよ!」

 

つん、とそっぽを向く桂花。だが、手に何も持っていないところを見ると、確実に仕事は無いだろう。

桂花はいつも仕事があって外を出歩いたりするときは必ず筆記用具やら書簡やらを持ち歩くので、仕事があるかないか一目で分かる。

 

「まぁまぁ。そういえば美味しい甘味処があるんだ。桂花って饅頭大丈夫だっけ」

 

「え? まぁ食べない事はないけど・・・いや、だから行かないわよ! ちょっと、なんで手を引くのよ、だっ、誰かーっ!」

 

「そういえばあそこはお茶も美味しいんだよなー。やっぱほら、甘いものの後にはお茶だよなー」

 

ぎゃーぎゃー騒ぐ桂花を全スルーする兵士たちに手を振りながら、俺は桂花の手を引いて城下町へと繰り出した。

 

・・・

 

「どうよ、桃まん。ここともう一つの店でしか出してない珍しいお菓子だぞ」

 

「・・・まぁ、美味しいわよ。あんたと一緒じゃなければもっと美味しいでしょうけど!」

 

俺の隣で不機嫌そうに桃まんにかぶりつく桂花は、怒ったようにもぐもぐと口を動かす。

こいつはなんだかんだ言っても結構付き合いがいいので、無理矢理連れてきても結構付き合ってくれるのだ。

試作品の学校を作ってそこで桂花には子供たちに勉強を教えてもらっているのだが、そこでも付き合いのよさと言うか面倒見のよさは発揮されていた。

子供だったら男でも女でも関係なく接してあげるみたいだし。

 

「そういえば学校はどうだ? それなりに授業も進んできたろ?」

 

「・・・そうね、まぁある程度は読み書きも計算も出来るようになったわ。それなりに勉強が好きだって言う子も居るには居るし」

 

なんと、それは是非春蘭あたりに見習わせたいものだな。

その勉強好きな子供たちは将来俺たちの優秀な仲間になってくれるかもしれないしな。

 

「あの猪に勉強教えるよりはやりがいあるわ。きちんと学習してくれるもの」

 

やっぱり教えるなら人に、よねー、と呟く桂花。彼女の中では、春蘭は獣扱いされているらしい。

でも確かに春蘭に勉強を教えるのはほぼ不可能だろう。華琳だって諦めたんだし。

 

「一応私も気をつけてるけど・・・季衣をあの猪とあんまり喋らせないようにね。猪がうつるわ」

 

「あー、確かに季衣は春蘭のこと真似しようとしてるからなー」

 

勉強など必要ない! と断言した春蘭に影響されそうになってたし、あの子はちょっと危ないかもしれないな。

俺も気をつけるとしよう。・・・流流と同じく秋蘭を見習ってくれればなぁ・・・。

 

「これ以上華琳様の部下にバカを増やすことは許されないわ。・・・あんたのところは少なくて良いわよね」

 

「いやー、少ないけどその分質が凄いぞ。麗羽を筆頭とした袁家とかな」

 

「あぁ・・・あんたも結構苦労してんのね」

 

あはは、と曖昧に笑っておく。流石にバカだと断言するのは可哀想だが、かといってきちんとした常識が麗羽にあるかと聞かれると素直に頷けない。

一応華琳と同じところで学んでいただけあって学力はあるが・・・それを活用できないんだろうなぁ。

 

「呉が一番まともな人間多いんじゃないか? と言うか、呉で春蘭見たいな将を見たことないんだが」

 

「・・・そういわれるとそうね。あの奇乳も変な性癖持ってるって言えば持ってるけど、だからと言って常識がないわけじゃないし・・・」

 

「冥琳は常識人筆頭みたいな性格だしな。・・・強いて言えば雪蓮か? でも雪蓮もサボりがちなだけで王としては問題ないしなぁ」

 

「呉にも一人くらい春蘭見たいなのが居ればいいのに」

 

「・・・俺の命を問答無用で狙ってくるって言う意味では思春がそうかな」

 

「そうね。・・・なんで死なないの?」

 

こちらを凄いジト目で見上げる桂花。・・・いや、普通素直に死なないだろ。

正直言って思春の攻撃ではダメージを喰らわないのだが、やっぱり心境的には背後からの一撃は避けたくなる。

まぁ改めて普通の武器じゃ傷つかないって言うのを実感するのもやだなぁという理由もあるが。

 

「そういや普通の武器じゃ傷つかないんだっけ? ・・・面倒ね。あ、でも落とし穴に落としても怪我しないってことね。これからはもっと仕掛けようかしら」

 

「・・・俺のくすぐりの刑はさらに笑えるようになったぞ?」

 

「くっ・・・そういえばその恨みを晴らすのを忘れていたわ」

 

「いつでもかかってくると良い。俺一人を標的にするなら、いつでも付き合うさ」

 

「ふんっ。その余裕な態度がむかつくのよっ!」

 

ぺちぺちと俺を叩いてくるが、まぁそれはそれで可愛いものだ。

微笑ましいものを見る目で桂花を見ていると、嫌そうな顔で距離を取られた。

 

「何よ、その目! あんたにそんな目で見られると妊娠するじゃない!」

 

「・・・久しぶりに聞いたなぁ、妊娠発言」

 

前は近づいたり触れたり話しかけたりしただけで聞けたけどな。最近は性格が丸くなったのか、あんまり聞かなくなったな。

そうなったらそうなったで少し寂しい気もするがな。・・・言っておくけど、変態じゃないぞ!?

 

「あんたって、変わってるわよね。よく言われないの?」

 

「は? いや、俺ほどの常識人も珍しいだろ。新しい罵倒か? それは」

 

「ちっがうわよ! ・・・ああもう、そういうところが変だって言ってんの!」

 

「はっはっは、良く分からんな。ま、俺が変なら桂花も変だ。お互いに似たもの同士かもな」

 

「きっもちわるいこと言わないでよ!」

 

自分の体を抱くようにして立ち上がり、俺から距離を取る桂花。

相当似たもの同士扱いが嫌だったようだ。

 

「そう邪険にするなよ。俺は結構桂花のこと好きだぞ? なんていうか、やり取りが楽しいしな」

 

「ひっ・・・あ、あんた本格的にバカになったの!?」

 

「だからそう人をバカバカと・・・まぁいいや。そろそろ戻ろうか」

 

会計を済ませ、饅頭屋を後にする。

 

・・・

 

「・・・なんなのよ、こいつは」

 

いつも思う。こいつは頭がおかしいんじゃないのか、と。

落とし穴に落としても、いつものように罵倒しても、大体は笑って済ます。

怒ってもくすぐりなんてお遊びみたいな罰で済ますし・・・いや、男に触られるだけでありえないほどの罰なのだけど。

 

「どうした、桂花。いつも以上に難しい顔してるぞ?」

 

「誰の所為で・・・ああもう、なんでもないわ。放って置いて頂戴!」

 

普通に表情で心境を読まれているのがなんだか癪に障って突き放すように歩く速度を速める。

饅頭屋では払うと言ったのに奢られてしまったし・・・。あいつが自分から誘ったんだからそれは当たり前だけどね!

 

「そういえば桂花」

 

「なによ。これ以上なんか用があるの?」

 

「夜、空けておいてくれよ。部屋に行くから」

 

「・・・は?」

 

「じゃ、そういうことだから。・・・ああ、俺がいく前に風呂は入っておけよ?」

 

私の返答を待たずして、こいつはさっさとどこかへ行ってしまった。

・・・は? ちょ、ちょっと待ちなさい!

 

「え? 夜? 部屋に来る? ・・・風呂に入っておけ・・・?」

 

それ、完全に・・・何よあいつ、私に夜這いかける気!? ・・・さっきの好きだの云々って、本気ってこと!?

とっ、取り合えず華琳様に相談を・・・!

 

・・・

 

「? ギルに? 良いんじゃないの?」

 

「華琳様!?」

 

華琳様に相談してみると、きょとんとした顔で何がおかしいの、と聞き返された。

いや、ほら・・・その・・・不味いじゃないですか!

 

「まぁ、何処の馬の骨か分からない男よりは、ギルのほうがいいわね。あなたが唯一認めた男でしょう?」

 

「そっ、そんなことありません! 男なんて、全員・・・!」

 

「・・・まぁ、それならそれで良いのだけど・・・ギルが桂花を求めるなら、きちんと考えてあげるのよ」

 

「ですが・・・」

 

「本当に嫌ならば、私だってこんなことは言わないわ。・・・他ならぬ桂花のことだもの。少しは分かってるつもりよ?」

 

ぐ、と少し言葉に詰まった。

よくよく考えてみると、確かにあいつとはちょくちょく話しているし、政務の話をして唯一意思疎通が出来る男でもあるし・・・。

こうして見てみると、やはり男と言う以外は私の理想とする人間だろう。・・・一番は華琳様だけど!

 

「むぅ・・・」

 

「ふふ、良く悩むのよ」

 

それから、経験者の華琳様から夜の手ほどきを色々と受けた。

・・・か、華琳様と閨で過ごすのとはまた違うのね。気をつけないと・・・。って、な、なんで私は乗り気に・・・!

 

・・・

 

「・・・い、いつ来るのかしら・・・」

 

入浴を済ませて、一応自室であいつを待つ。

華琳様から色々聞いたし、覚悟も決めた。・・・まぁ、華琳様から勧められたから仕方なく、なんだから!

 

「おーい、居るかー? ギルだけどー」

 

「っ、あ、あいてるわよ!」

 

「お、すまんな。・・・俺が言うのもなんだけど、夜だから声押さえたほうがいいんじゃないか?」

 

「う・・・うるさ、ごほん。・・・うるさいわねっ」

 

思わず言い返すときに大声を出しそうになって慌てて声を抑える。

こいつの言うことを聞くのは癪だけど、確かに夜中に騒ぐのは非常識だ。

 

「ん、風呂も済ませたみたいだな。・・・じゃあ行くか!」

 

「・・・行く? ・・・ま、まさか外でするわけ!? あ、あんたは経験済みでも、こっちは初めてなんだから・・・!」

 

「え、初めて? ホントに? 華琳とかとしてないのか」

 

「かっ、華琳様とあんたは違うじゃない! 何馬鹿なこと言ってるのよ、変態男!」

 

「? ・・・なんで俺は罵倒されてるんだろうか。まぁいいや。兎に角、出発するぞー」

 

そう言って、私の腕を掴んで歩き出すギル。・・・そ、外でのお話は聞いてなかったかも、と少ししり込みするが、こいつに腰が引けているところを見られたくないのでなんでもないように振舞う。

・・・そういえば、華琳様も始めては外とおっしゃってた様な気が・・・。ふふ、華琳様とおそろい・・・。

 

「よし、この辺でいいだろ。人目もないし」

 

立ち止まったのは、城の裏手にある広場だ。宝具、と言う超常の力を振るうときにここを良く使うのだと目の前のこいつがちょくちょく言っていた。

その宝具の標的なのか、藁で出来た人間大の人形が等間隔で並んでいる。・・・正直、ちょっと夜には見たくない光景である。

というか、人目を気にしていると言うことは、やっぱりここでするのだろうか。・・・藁人形に見つめられてと言うのはちょっと勘弁して欲しいが。

 

「それじゃ、行くぞ」

 

ぱちん、とギルが指を鳴らすと、足元から何かがせり上がって来る。

おそらくこいつの宝具である『宝物庫』から何かが出てきているのだろう。だんだんと高くなる視界に戸惑いながらも、頭では冷静に状況を把握していく。

 

「・・・はっ! ・・・ちょ、ちょっと! 何よこれ、説明しなさいよ!」

 

「・・・ん? 何って、これから南蛮のほうまで行って、そっから国境の鎮守府巡りだろ? ・・・あれ、伝えてなかった・・・?」

 

「初耳よ! 何それ!?」

 

「いやー、しばらく前に華琳から頼まれててな。回るところが凄い多くて嫌になってたんだけど、今日の桂花との話で一念発起してさ」

 

「は? え?」

 

「それに、前に華琳から「桂花だったら製図も出来るから、もし人手が必要なら連れ出してもいいわよ」って言われてたからさ、すでに何回かやってるもんだと・・・」

 

そ、そっち!? 「華琳としてないのか」って言うのは「華琳様と一緒に地図作りをした事がないのか」って意味だったの!?

最初から勘違い!? ・・・こ、こっちは唯一認めた男に純潔を捧げるつもりで覚悟してたって言うのに・・・!

 

「こんのぉ・・・えいっ!」

 

「いたっ・・・くないけど、なんだよ」

 

「うるさいっ!」

 

「・・・いつにもまして理不尽だなー」

 

以前一度だけ見た空飛ぶ黄金の船の上で、操縦席らしきところに座るギルに蹴りを入れる。

だが、こいつは私の蹴りなんて意に介していないように船を上昇させ、私に声を掛けてくる。

 

「一応保護が働いてさかさまになっても落ちないようにはなってるけど・・・あんまり喋ってると舌噛むことあるからなー」

 

「分かってるわよ! ・・・で、道具は?」

 

「こっちにあるよ。ほら」

 

再び指を鳴らすと、私の目の前には以前風と作成したと言う未完成の地図と、筆記用具が現れる。

・・・少し拍子抜けしたのは確かだけど、まぁこれはこれで諦めてやるか、と筆を持つ。

 

「方角は分かるか? 一応上が北になるようには書いてあると思うけど・・・」

 

「分かるわよ。馬鹿にしないでくれる?」

 

「ん、ならオッケーだな。雲がないから下は見えるだろうけど、暗いからな・・・これかけておけ。暗視眼鏡だ」

 

「はいはい。・・・凄いわね、くっきり見えるわ」

 

「だろう? ・・・あ、南蛮から始めるからなー」

 

「はいはい。なら、ちょっと時間掛かるわね」

 

「そうだなー・・・まぁ、二十分あれば着くだろ」

 

・・・南蛮まで二十分って・・・。こいつの規格外っぷりにはもう言葉も出ないわね。

 

「あ、そうそう」

 

「今度は何?」

 

「さっき華琳から聞いたんだけど、俺と閨に入っても良いって話本当か?」

 

「はぁ? そんなの当たり前・・・はぁ!?」

 

「おう!? ど、どうした大声出して」

 

「ばっ、あ、あんたそれを何処から・・・!」

 

「だから華琳からだって。一応桂花を連れ出すわけだしさ、直前だけど許可を取りに行ったんだけど・・・そのときに色々と話を聞いてな」

 

そう言って、ギルは私の手を取って自分の下に引き寄せた。

英霊だと言うのを抜きにしても、男の力に逆らえるはずもなく、簡単にギルの腕に収まってしまった。

一気に体に走るのは、いつもとは違い、悪寒でも鳥肌でもなくゾクゾクとした奇妙な感覚だった。

 

「こういうことをするのは結構恥ずかしかったりするが・・・桂花が俺を認めてくれたって言うのは結構嬉しくてな?」

 

「み、認めたには認めたけど・・・」

 

確かに今夜は向こうから誘われたと思って覚悟も決めていったけど! なんかこいつに言われるのはむかつく!

 

「うんうん。そうかそうか・・・やっぱりあの話が噛み合ってなかったのはそういうことだったんだな」

 

「? 何か言った?」

 

なにやら頷いているのは分かったが、何を言っていたのかまでは聞き取れなかった。

空を飛んでいるからか、ある程度風が来るためだろう。

 

「いや、なんでもないよ。・・・それで、いいんだな?」

 

「い、いわよ。・・・あんたのことなんて好きでもなんでもない、けど! 華琳様に言われたことでもあるし・・・構わないわっ」

 

「ん、了解。・・・空の上って言うのも、結構いいもんだと思わないか?」

 

「は? ・・・お、思わない! 思わないわ!」

 

ギルが何を言っているのか理解した瞬間、断固拒否の姿勢をとる。

だけど、そんな私の心境を知ってか知らずか・・・いや、こいつのことだからきっと分かっててやってる。

にやりと笑ったギルは、私の体に手をかける。

 

「おそらく人類初だろうけど・・・空中で、してみるか」

 

「ちょ、ばか、なんてとこ触って・・・! そ、そこは華琳様だけの・・・ひゃんっ」

 

玉座のような操縦席の上で、私はギルに・・・男に、初めて身をゆだねたのだった。

 

・・・




「仲のいい組み合わせー」「・・・どうしたんだ、いきなり」「卑弥呼と華琳。これは結構仲がいい。共通の話題があるからか、二人でちょいちょい本屋に行っているのを見る」「あー、確かにそうかもなー」「壱与と副長。なんだかんだで喧嘩するほど仲がいい」「・・・話がヒートアップするとバトル始まるけどな」「孔雀と鈴々。凸凹コンビだけど波長は合うみたい」「あーうん、結構一緒に居るの見るな」「響と紫苑。お互いとしm・・・がふっ」「そっ、狙撃!? ギルにダメージを与えるなんて・・・はっ! や、鏃に魔術が付加してある・・・」


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第五十六話 新しい変化に

「変化と言えば・・・ギル、変わったよなぁ」「は? 俺が?」「・・・自覚なしか」「・・・俺がどうやって変わったって証拠だよ?」「・・・いやー、最初は振り回されてたのに、最近じゃむしろ変人筆頭になってるところとか・・・」「? ・・・おかしいことを言うな。俺はいつでも常識人だろ?」「ああ、うん、ギルがそう思うんならそうなんだろうなぁ。ギルの中ではさ」


それでは、どうぞ。


「・・・よっし、これで最後だな」

 

「よ、ようやく終わったわね・・・」

 

空飛ぶ船でぐるぐると大陸を巡ること数刻。すっかり日も昇り、真上に太陽が見えるような時間になってしまった。

だが、その甲斐あってか地図は大体完成し、南蛮の地図や国境の図も書き込むことに成功した。これで風の作った地図もほとんど完成だろう。

そして・・・その移動時間中、ずっとこいつと交わっていたので、体力も限界だ。正直もう寝たい。

 

「・・・あんた、ホントばかすか中に出してくれたわね・・・」

 

「ふーんふふーん」

 

「しらっじらしい・・・」

 

おそらく今までの私への仕返しの意味もあるのだろう。

わざとらしく口笛を吹いてそっぽを向くギルに、無駄だと分かっていてももう一度蹴りを入れる。

 

「全く・・・ああもう、なんでこんな奴に・・・華琳様になんて報告すれば・・・」

 

地図のついでに子供も作りました、なんて報告できるはずがない! と言うかそれは風がもうやった!

・・・と言うことは、こいつ風と同じように私に迫ったのか・・・!

 

「もう一発!」

 

「・・・カリカリしてんなー」

 

三度目の蹴りを入れると、ギルは苦笑しながら呟く。

ったく、一度気を許したらこれだ。・・・これが不快だと思わなくなった時点で、心でもこいつを受け入れているのだと気付いた。

 

「さっさと帰って寝るわよ。・・・あ、普通に寝るだけだからね!」

 

「分かってるって。んー、それにしても空を飛ぶのは気持ちが良い。魔術防護壁のお陰で暑すぎず寒すぎずの丁度良い環境だって言うのもあるんだろうなー」

 

「・・・そういわれると、そうね。空を飛ぶなんて体験、まさか生きてるうちにするとは思わなかったけど」

 

高速で後ろに流れていく景色を目で追っていると、なんだかうとうとしてくる。

・・・こいつの近くで無防備な姿を晒して眠るなんて何かされないか心配だけど・・・このままうとうとして睡魔を我慢しているよりは健康的だろう。

 

「少し、眠るわ。・・・変なことするんじゃないわよ!」

 

「おう、お休みー」

 

・・・

 

目の前で、アレだけ毒を吐いていた桂花が寝ている。

まぁ、疲れたと言うのもあるのだろう。あるのだろう、と言うよりそれしか理由はないと思う。

ふにふにと頬をつつくと、桂花はうっとおしそうに顔を歪めた。

 

「はは、寝てても男に触られてるって言うのは感じるのかな」

 

「ん・・・ふ・・・」

 

短く息を漏らしたあと、少し身じろぎをする。

・・・起きたわけではないようだ。

 

「お疲れさん。後は任せろ」

 

上着を桂花に掛け、身体が冷えないようにする。

幾ら結界を張っているとはいえ、上空は冷えるからなー。

黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)』を出来る限り揺らさないように気をつけながら、城へと戻ったのだった。

 

・・・

 

「あら、お帰りなさい。・・・随分、ぐっすりね」

 

城へと戻り、揺すっても起きない桂花を抱えながら魏の屋敷を歩いていると、華琳に出くわした。

どうやら寝るところだったらしい。服装が寝巻きに変わっていた。

 

「揺すっても起きなくてな。しょうがないから、部屋まで送ろうかと。・・・ちょうど良い。桂花の部屋って何処だ?」

 

「・・・分からないのに歩いてたの?」

 

「まぁ、最悪俺の部屋に連れてくかと思ってたから・・・」

 

こうして、華琳みたいに夜出歩いていた誰かに聞けばいいか、と適当な考えで歩いていたのだが。

まさか、本当に出会うとは。

 

「・・・と、言うことは・・・」

 

「はは、お察しのとおりだよ。悪いな、なんか横取りみたいなことになって」

 

「構わないわ。・・・桂花も、嫌がっていたわけではないようですし」

 

「ん・・・そういえば、最初ほど嫌がられなくなったな。桂花も柔らかくなったもんだ」

 

うんうんと頷いていると、華琳が柔らかく微笑む。

 

「取り合えず、立ち話もなんでしょう。桂花の部屋に案内するわ。着いてらっしゃい」

 

「おう、頼んだ」

 

そろそろ夜も冷える。桂花だけでなく、寝巻きである華琳も結構薄着なので、早めに済ませた方がいいだろう。

 

「ほら、華琳。こういうのは一刀がやるべきだろうけど・・・ま、我慢してくれ」

 

宝物庫からブランケットのような大きさの布を取り出し、そのまま華琳の肩に掛けた。

一瞬驚いた顔をした華琳だったが、ブランケットを落とさないように掴んだ。

 

「ありがとう。・・・ふふ、なるほどね」

 

「? ・・・どうした?」

 

「なんでもないわ。ほら、こっちよ」

 

こつこつと先導する華琳についていくと、少しして一つの部屋の前で立ち止まった。

 

「ここよ。・・・そこが、寝室」

 

「おう。・・・よっと」

 

未だに深く寝息をたてる桂花を寝台に寝かせる。

そのまま布団を掛けると、静かに部屋を出る。

 

「そういえば今日は一刀と一緒じゃないんだな」

 

「ええ。・・・確か、凪たちと酒盛りだったかしら。まだ帰ってきてないんじゃない?」

 

「ああ・・・なるほどね」

 

それはしばらく帰ってこないだろう。三人相手にすると大変だからなぁ。酒的な意味でも、夜的な意味でも。

 

「まぁ、貴方よりは寂しい思いもしないと思えばいいけれど」

 

「それを言われると痛いな。・・・まぁ、出来る限り皆と会うようにはしてるけど」

 

「ふふ」

 

そういえば卑弥呼からはちょくちょく華琳の話を聞くな。

二人は仲がいいんだろうか。

聞いてみると、華琳は少し苦笑いをした後に口を開いた。

 

「まぁ・・・友達だとは、思ってるわ」

 

「へえ」

 

「彼女とは話も合うし・・・趣味も似通ってるし? そこそこ話したりしてるわよ」

 

「そっかそっか。卑弥呼も友達少ないし、仲良くしてやってくれよ」

 

「・・・『も』?」

 

「はっはっは。・・・失言した」

 

こちらを見上げながら責める様に目を細める華琳に、すまんすまん、と謝る。

・・・でも、正直華琳って友達って言う友達あんまり居ないだろ。

部下とかだったらたくさん居るだろうけど・・・はっきり友達と言えるのは・・・麗羽とか?

 

「っ!」

 

「いった! ・・・くないけど。どうした?」

 

「何か不敬なことを考えなかった? ・・・まぁ、そうでなくとも貴方には普通の攻撃なんか効かないんだから、甘んじて受けておきなさいな」

 

・・・まぁ、そういわれればあまり反論できないから流すとするか。

そのまま少し歩いていくと、華琳が一つの部屋の前で立ち止まる。

どうやらここが華琳の部屋らしい。

 

「っと、部屋に着いたか。それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」

 

「ええ。わざわざありがとう。最近は冷えるから風邪に気をつけて・・・といっても、サーヴァントの貴方には余計な心配かしら?」

 

「まぁ、他の子たちは普通にひくからな。そっちに気をつけることにするよ」

 

「そうね。・・・全員で添い寝すれば、風邪引かないんじゃない?」

 

「・・・潰れるぞ、俺」

 

「あら、神秘の篭らない、じゃないの?」

 

まぁそれを言われるとそうだけど・・・その人数で肉布団すると絶対全員寝れないだろ。寝苦しくて。

・・・壱与とか侍女隊を敷き詰めれば何とかなりそうか? あそこへんた・・・ごほんごほん、耐久値高いの揃ってるからなー。

 

「まぁいいわ。兎に角、風邪は万病の元。気をつけるにこしたことはないわよ」

 

「ん、了解。ありがとな。・・・それじゃ、お休み。華琳も風邪には気をつけて」

 

「ええ、お休み」

 

部屋に戻った華琳を見送って、俺も帰路に付く。

 

・・・

 

「・・・お帰りなさい、ギル様」

 

「壱与? どうしたんだ、明かりもつけないで」

 

寝台の上で正座している壱与に声を掛けながら、明かりをともす。

壱与は俺の前で座るときに正座以外の体勢を取らないのでその姿自体は見慣れているのだが、何だか顔が真剣だ。

 

「真面目な顔だな。何かあったか?」

 

「いえ・・・。その、本日ネコミミとお出かけになって・・・抱きました?」

 

「直接的だな。・・・まぁ、否定しないけど」

 

「そうですか。では、一夜の過ちと言うことにして、二度とあの女とは寝ないでください」

 

けろっとした顔で、なんか凄いことを言い始めた。

何だ、壱与って桂花のこと嫌いだったのか? かといってそれが桂花を避ける理由にはならないが。

 

「と言うか話もしないのが理想です。あの女・・・」

 

「おいおい、なんだか穏やかじゃないな。どうした、そんなに嫌いか?」

 

「嫌いと言うか、ギル様が何故あの女に慈悲を与えているのかが分かりません。だって、ギル様のことぜっ、全身、せぃっ、ぇき・・・うがー! こんな恥ずかしいこといえませんよ!」

 

「えぇー・・・? お前がそれを言うのか」

 

「とっ、兎に角! 暴言暴行罵詈雑言! どうしてあんなのをおそばになんて・・・はっ、も、もしかしてギル様って壱与と同じくえむ・・・ひぎぃっ、ありがとうございますっ」

 

なんだか致命的な誤解をされているようなので、腕をぐりんと捻ってあげた。

狭いところに無理矢理太いものを突っ込まれたときのような声を上げて、壱与は寝台に沈む。

 

「うーっ、うーっ、ギル様が分からないですぅ・・・」

 

「俺にはお前が分からんよ、壱与・・・」

 

ため息をつきつつ、分かった分かった、と壱与を撫でる。

 

「桂花にはもうちょっと言葉遣いを何とかするように言うから。な?」

 

「・・・ギル様。壱与はギル様のことを愛しております。・・・と言うより、狂信しております」

 

「それ自分で言うんだ・・・」

 

「そんな壱与ですが、女性関係でのギル様のお言葉だけは信頼性低いなぁ、と思うのです。こんなことを考えるのはとっても不敬だとは思うのですが・・・」

 

俺のツッコミも意に介さずに独り言のように続ける壱与。

だがこちらの反応を待っているのを見るに、どうやら俺に問いかけているらしい。

寝台に寝転んだまま(腕が極まっているまま)、小首を傾げる壱与に、俺は再び大きいため息。

 

「なぁ壱与? お前は俺を信じられないのか?」

 

「いっ、いえっ、そんなことは・・・! ギル様のお言葉は神託、ギル様の行動はまさに神話! むしろギル神様とお呼びするのもやぶさかではありません!」

 

「・・・ギル神はやめてくれ」

 

「? ・・・で、では、こっそりお呼びすることにしますね!」

 

「や め ろ」

 

「ひうっ・・・」

 

がっしと壱与の肩を持って誠心誠意愛を込めて説得すると、あまりの俺の熱意に感極まったのか、涙目でコクコクと頷いた。

よしよし。・・・~神様とか言われると、あの土下座神を思い出すからな・・・。

 

「・・・圧力をかけるギル様・・・ステキ・・・」

 

「こいつはホント何処でもトリップするな。凛と仲良く出来るんじゃないか・・・?」

 

まぁいいか。こうなるとしばらく帰ってこないし、今日の抱き枕はこいつにするとしよう。

最近ホント寒くなってきたからなー。外気温の変化にあまり左右されないとはいえ、こうも肌寒いとやっぱり人肌恋しいぞ。

 

「壱与ー、ちょっと持ち上げるぞー」

 

「ウェヒヒ・・・それでそれで、ギル様が私を強化ガラスで出来た万力に挟んで・・・」

 

圧力ってそっちなのか・・・?

恐ろしく幸福感(ユーフォリア)な想像をしている壱与を布団の中に引き込んで、背中から抱き締める。

うんうん、この感じだよこの感じ。興奮してるから体温高くなってるし。丁度いいや。

 

「じゃ、お休み壱与。ある程度満足したら寝るんだぞー」

 

「ギル様にだったら顔面ボコボコでも構いません! デュフフ・・・壱与はまだ満足してませんよ! 壱与の満足はこれからですっ」

 

何度か腕の中でがくがく震える壱与の温もりを感じながら、ゆっくりを眼を閉じる。

 

・・・

 

「はい、お晩でございます」

 

「・・・マジかよ」

 

「マジです。残念ですが、あなたが私のことを考えると漏れなくメールが着ます。そうすると私は面白半分で貴方を呼び出しますので、気をつけてくださいね」

 

「思想の自由すらないのか。生前の俺の母国だとあったんだが」

 

それなりに通っているために慣れてしまった白い空間で、椅子に深く腰掛ける。

ここに来ると、起きたときあんまり寝た気がしないからいやなんだよなぁ。

 

「別に、私のことを考えるなと言っているわけではないのですから、思想の自由も思考の自由もきちんとありますよ」

 

「その自動メール発信機能、何とかならんのか」

 

「神性Bくらいまで落とせば何とか? ・・・でも、貴方の性格的に神を嫌ったり憎んだりは難しそうよねー」

 

「ああそう・・・つまり、諦めろってことだな」

 

「物分りの良い方は大好きです。神性上げておきますね」

 

「は? ・・・うわ、+が増えてる・・・」

 

おめでとう! ギル は しんせい が A++ に なった!

・・・おいおいちょっと待て。神性が高すぎるでしょう?

 

「と言うわけで、神性が高くなりましたので私からの神託も役立つものになりますよ」

 

「・・・今までは役立たずだったのか」

 

「なので! 今回はちょっと役に立つ神託を授けましょう」

 

「む、おう。聞こうか」

 

なんだかきりっとした顔をするので、こちらも姿勢を正す。

 

「目が覚めてから日が落ちるまで。その間、マスターとは離れないほうがいいです。片時も」

 

「・・・それは、何か事件が起きるってことか?」

 

「んまぁ、悪いことじゃないってだけ、伝えておきます」

 

片時も、とは穏やかじゃないが・・・悪いことじゃない? 想像つかんな。

 

「まぁ、信じるかどうかは貴方にお任せします」

 

「・・・ん、いや、信じるよ。神様は今まで手違いとか説明忘れとか色々やらかしてるけど、嘘はついたことないから」

 

「んふ、ありがとうございます。・・・それでは、そろそろお目覚めくださいな。壱与さんが貴方の腕の中で、目を血走らせて呼吸を荒くしていますよ」

 

「そいつはまずい」

 

・・・

 

急いで意識を覚醒させ、体の隅々まで神経を通す。

すぐに目に入った臨戦態勢の壱与を確認すると、案の定目の下のクマが凄い。

赤い隈取のような化粧していても分かるクマである。こいつ、興奮しすぎて一睡もしてないな・・・?

 

「おっ、おは、あんっ、おはよう、ござ、は、はぁ、はぁ・・・ございましゅぅっ!」

 

「・・・お前、一晩中繰り返してたの?」

 

「は、はひっ。お、お声をかけたのですが、珍しく眠りが深かったよう、ぁっ、なのでっ・・・」

 

取り合えず、宝物庫から水を取り出して飲ませる。

これは寝不足のときに飲むと涙が止まらなくなり目がしぼみ、その後に目が元に戻って眠気がすっきりすると言う五万年前の雪解け水である。

過程は壱与が枕に顔を埋めてしまったため見えなかったが(乙女として、しぼんだ目を見せるわけには、だそうだ)、再び顔を上げたときにはすっきりとした顔をしていた。

眠気はこれで大丈夫だろう。水分も一緒に取ったし、脱水症状も問題なかろう。・・・ただまぁ、枕だけはもう使えないな、ってくらいだ。

 

「あー、今日のギル様の攻めは中々新境地でした。壱与を抱き締めたままお休みになり、どんなに声を上げても達しても漏らしても抱き締めて離さない! 意識がない分、容赦のなさが浮き彫りになると言うか・・・」

 

ぺらぺらと今回のプレイについて語る壱与。・・・こちらとしてはそんな意図は全くなく、ただ「抱えて寝たら暖かいかな」くらいの湯たんぽのイメージだったんだが・・・。

っと、いけね。神様から月についてたほうが良いって聞いてたんだった。

 

「壱与、悪いけど月のところに行くわ」

 

「・・・むぅ。起き抜けに他の女のところへ行く宣言は・・・流石の壱与も、寂しいです」

 

「あーっと、いや、なんていうのかな。・・・ああもう、それじゃあ壱与も着いて来い」

 

「は、はひっ! さ、さんぴー! さんぴーですね!?」

 

ちなみに、「ぴー」と言うのは規制音だ。流石にそのままだと色々と引っかかりそうだからな。

 

・・・

 

「月!」

 

「は、はいっ!? って、ギルさん? おはようございます。どうなさったんですか?」

 

すぱーん、と扉を開ける。部屋には月が一人で着替えをしているところだった。

・・・まぁ、後はエプロンつけるだけなので、月も一瞬だけ驚いただけで取り乱しはしなかったようだが。

 

「・・・なんともないな。怪我とかしてないか? 筋肉がありえないほどに隆起した漢女二人組に笑顔向けられなかったか? 後は・・・」

 

「だ、大丈夫ですよ? ・・・ギルさんこそ、大丈夫ですか? 何か冷静ではないようですが・・・」

 

「ん、いや・・・兎に角、今日は月は仕事休みだ。日が暮れるまでは俺のそばから離れないこと」

 

「へぅっ!? きゅ、急にお休みなんて、無理です!」

 

わたわた、と俺にそう訴える月。・・・だが、無駄だ!

 

「いや、もうこれは決めたこと。サーヴァント命令だ!」

 

「私がマスターなのに・・・!?」

 

なんだそれ、と言う顔をしている月を連れて、侍女たちのもとへ。

詠や響、孔雀たちも自分の班の侍女たちに指示を出しているところのようだ。

 

「? どうしたのよ、ギル。こんなところに来るなんて、珍しいじゃない」

 

「あれ? 壱与さんもいるね。どうしたの?」

 

こちらを見た詠たちが声を掛けてくる。その背後では、何人かの侍女が貧血で倒れているようだ。

・・・俺の所為とかじゃないよね?

 

「急だけど聞いてくれ。今日は日が暮れるまで月は俺が預かる」

 

「ついに物扱いになりました・・・」

 

「元気出してください。壱与的にはご褒美です」

 

「・・・壱与さんって、幸せですねぇ」

 

後ろでなにやらこそこそ話している月たちを尻目に、侍女たちは大騒ぎだ。

当たり前か。理由もなしに突然侍女長連れ出すって言ってるんだから。

 

「ちょ、ちょっと! どういうことよ! あんたねぇ、月にだって仕事って物が・・・」

 

「それは代役を立てる。壱与でも卑弥呼でも副長でも連れて行ってくれ。最悪桂花も巻き込もう」

 

「うわー、関係ないところで四人も運命変わっちゃったねー」

 

「っ、そ、それでもっ! 理由を説明しなさい! 正当性がなければ、幾らギルだってそんな勝手は許されないわよ!?」

 

こちらに噛み付きそうなくらいに詰め寄ってくる詠が、びし、と指をさしながら俺に言う。

まぁ、確かに理由も告げないのはおかしいな、と説明を始める。

 

「・・・神託だ。俺の懇意にしてる神様から、今日は月と離れるな、と言う神託が降りた」

 

「・・・『懇意にしてる神様』って凄い表現だよねー・・・」

 

「商店のお得意様レベルで神様と知り合いってことだからね」

 

「うぅっ・・・うー、うー・・・えーと・・・」

 

反論する材料がなくなったのか、詠がうめき声を上げる。

今必死に頭を回転させているのだろうが、神様関係で俺を論破するような反論が出てくるとは考え難い。

 

「納得してくれたか? 俺に新しい宝具を二つも授けるような力を持つ神様だからな。その神託も無視できないだろう」

 

「確かに、そうだけど・・・」

 

「だから、申し訳ないけど月を自室に閉じ込めて結界張って宝具フルに使用して立てこもる。必要に応じてエアも使う。と言うか銀河三つくらいぶつける」

 

「マジだ・・・ギルさんがマジだよ、くじゃえもん・・・」

 

「月関係になるとギルって頭飛んじゃうよね。・・・良いなぁ、月」

 

誰に何を言われようとそれを変える気はない! 悪いことは起きないと言われてはいるが、それでも念には念だ!

 

「へぅ・・・良く考えると、ギルさんと二人っきりっていうことですよね・・・。あれ、あんまり拒否する理由ないなぁ・・・」

 

「だろ?」

 

月が乗り気になったので、早速閉じ込めるとしよう。

・・・ナース服風味のメイド服とか、唐傘と和服とか、ちょっとリボン大き目のメイド服とか、色々取り揃えているのだ。

これだけで三回は決まったよね! 何がとは言わないけど! ナニがとか!

 

「侍女隊! 今日の俺の当番は何処だ!」

 

「ギル様っ! わたくし達第三班です!」

 

「よし、今日は俺につかなくて良い! 月の代理として、人手の足りないところを援護せよ!」

 

「はっ!」

 

「・・・侍女長の私より素直に言うこと聞いてる気が・・・」

 

「ギル様ですから」

 

元気に返事をする侍女隊たちにうんうん頷いていると、侍女隊第三班の班員が一人、手を挙げた。

 

「ん、どうした?」

 

周りの侍女達は「不敬だって!」とか「バカ! ホントにお願いする気!?」などと止める様な咎める様な声が上がるが、お構いなしに彼女はこちらを見据えながら立ち上がる。

 

「あ、あのっ! ・・・こ、こんなことをお願いするのは本当に不敬なのですが・・・み、見事この第三班が任務完遂した暁には! とっ、特別な、報酬が、いただきたいです!」

 

「・・・教練、間違えたかなぁ」

 

月の静かな呟きが聞こえたような気がするが、それよりも侍女隊の発言のほうに意識がいっていた。

ふむ、ふむふむ。

 

「よし、分かった。確かに俺の無茶で君達三班には迷惑かけるわけだしな。手当てとして給金を上げておこう」

 

「・・・お、お金ではありません!」

 

「え? 違うの? ・・・じゃあ何だろ。休みとか?」

 

侍女達は縁の下の力持ちと言って良いほど活躍してくれてるからな。炊事、洗濯、裁縫、萌え、とこの城の雑事を一手に引き受けているのが侍女隊なのだ。

人数は増えに増えて二十班くらいに分けているが、それでも募集をかけ続けるほどに人手の必要な仕事だ。

 

「お休みでもありません! と言うか、ギル様専属待機の時にお休みとか逆に罰です!」

 

「・・・なんだ、俺には予想つかんな。言ってみろ。大抵のことは叶えてやろう。世界の半分か?」

 

「あっ、頭、なでなで、を・・・」

 

「・・・はい?」

 

「第三班っ、全員のっ、頭をっ・・・やっ、優しく撫でて下さいッ!」

 

「・・・第三班、後で再教育ですね」

 

再び月の呟きが聞こえたような気がするが、それよりも侍女隊の要求である。

え、何? お金でも休みでもなく、頭撫でてほしいってだけ?

・・・なんて欲がないんだ。頭を撫でるだけで報酬は十分、なんて、純粋無垢な子供のようじゃないか。

 

「・・・ああ、聞こえます。ギル様が勘違いしているのが、聞こえます。・・・壱与、こういうときには力不足を実感します」

 

「うん、まぁ、それくらいなら全然。今日は無理だから・・・明日以降、暇があったら俺を呼びなさい。・・・あ、仕事はきちんとやれよ?」

 

「はッ! 了解ですッ!」

 

先ほどより気合の入った返事をする第三班に、俺は良い子達だなぁ、と感心する。

こういう子たちが居るならば、侍女隊は安泰だろう。きっとこれからも発展発達目覚しいはずだ。

 

「じゃ、そういうことだ。頼んだぞ」

 

「へぅっ。・・・ご、ごめんね、詠ちゃん」

 

月を抱えて、俺は自室へと宝具で戻ることにした。

 

・・・

 

「・・・ところで、ギルさん」

 

「んー?」

 

宝具で部屋に防御を施していると、寝台に座って手持ち無沙汰な月が話しかけてきた。

 

「ええと、今日は私に何か起こるんですか? ・・・その、詠ちゃんの不幸な日みたいな」

 

「分からん。あの駄目神、肝心なところは言わなかったからなぁ・・・。まぁ、悪いことは起きないみたいだが」

 

「・・・悪いこと起きないのに、その厳重な防御は意味あるんですか?」

 

「念には念を。俺は石橋を叩き過ぎて壊す男と言われたからな」

 

「へう、本末転倒な気がします・・・」

 

ここまで固めれば大丈夫か。エクスカリバー五回分は防げるだろう。

 

「あ、そう言えばお菓子あるぞ。食べるか?」

 

指を鳴らすと、月の目の前に小さなテーブルごとお菓子が出現する。

これは以前月と行った店で買ってきた新商品のお菓子である。

カロリー控えめで女性に優しいお饅頭である。これを作るために甲賀が三徹したほどだ。

ちなみに柑橘系の酸味のあるさっぱりとした味に仕上がっている。

 

「いただきます。・・・わぁ、これ、新商品ですか?」

 

「ああ。前に行った店で聞いたろ? あれ、買ってみたんだ」

 

「それじゃあ、お茶を入れますね?」

 

「いや、月はその寝台からあんまり動くな。そこが最重要防御拠点に指定されてる」

 

月と俺以外の人間がその寝台に近づくと、敵意があるかどうかを判定され、あれば迎撃するし、なければ部屋の外に転移させる。

さらには寝台の裏にはいくつもの魔方陣が待機しており、いかなる気配遮断であろうと感知するようになっている。

 

「ほら、お茶。ゆっくり食べろよ?」

 

「はい。・・・んむ、んむ・・・美味しいですっ」

 

「お、そりゃ良かった。じゃあ俺も・・・ん?」

 

俺も饅頭を取ろうとしたら、月が俺の目の前にすっと手を出した。

その手には、先ほど月が一齧りした饅頭が。

 

「はい、あーん、です」

 

「お、嬉しいなぁ。・・・あーん」

 

がじ、と一口。すぐに酸味が口に広がる。

・・・結構すっぱいんだな。まぁ、嫌いじゃないけど。

 

「えへへ・・・間接、ちゅー」

 

はむ、とわざわざ俺の齧ったところを可愛らしく口にする月。

・・・よし、一回目は和服風衣装に決まりだな。

それからしばらくして、お昼時。

 

「お昼ご飯はちょっと特別でしたね。かれぇ? と言うのでしたっけ」

 

「そうそう」

 

「・・・あ、ギルさん、ごめんなさい。ちょっと席を外しますね」

 

「おう」

 

そう言って寝台から降りて歩き出す月の後ろについて歩く。

 

「・・・あ、あの、ギルさんはお部屋に残っていただいても・・・」

 

「いや、今日は離れないようにって神託だからさ」

 

「へぅ・・・あの、えっと・・・お、お花を摘みに行きたいといいますか・・・」

 

「ああ、そういうことか。いいよ。一緒に行こうか」

 

「ギルさんが意図を汲み取ってくれないよぅ・・・」

 

もちろんトイレも一緒である。もし入るのであれば、風呂も。

・・・え? 羞恥プレイ? デリカシーがない? 何を今更。

 

・・・

 

「もうっ。・・・ギルさん居たら、ちょっとしづらいなぁ・・・」

 

一応女性用の厠に来てみたものの・・・すぐそこにギルさんが居ると思うと全然出来る気がしません。

・・・でも、私の身体能力でギルさんを振り切るとかそれこそ無理だし・・・。

 

「・・・我慢も体によくないよね・・・。・・・?」

 

個室に入って少し。なんだか少し、気分が悪いような気がします。

へぅ、あまりの緊張が体にも伝わったのかな、なんて冗談めいたことを考えていると、一気に喉をせり上がって来る何か。

 

「うぷっ・・・う、えっ・・・」

 

思わずえずく。苦味のあるものが、気持ち悪い感覚と共に吐き出される。

・・・な、何だろ。変なものとか、食べちゃったかな。

 

「月? なんかパスの様子が変だぞ・・・?」

 

ギルさんの声が聞こえるけど、答える余裕はない。

そのまま、気持ち悪さに任せていると、後ろからギルさんの声が聞こえた。

 

「月・・・! どうした、何か変なものでも・・・!?」

 

背中をゆっくりと擦ってくれるので、少しだけ楽になったような気がする。

 

「・・・宝物庫の中のものは痛まないから違うだろ? ・・・アレルギー? いや、前に同じような材料食ってたけど問題は・・・」

 

しばらくそのまま擦ってもらうと、だんだんと楽になってきたので、原因を突き止めるべく、ギルさんに抱えられたまま華佗さんのところへ行くことになりました。

 

・・・




「『神性』がA++になりますと、神様からの神託が好きなときに聞けます。後、結構神託が具体的になったり、私と触れ合ったりも出来ます」「・・・今まで触れなかったのか、神様に」「もちろん。神ですよ?」「ですよ、と言われても・・・お、本当だ、触れる」「ひぁっ・・・あう、ふ、不束者ですが、よろしくお願いいたします・・・」「は?」「・・・神様の左腕に触ったら、それは求婚のサインなんですよ?」「え、マジで? ちょ、キャンセルとか・・・クーリングオフで!」「・・・冗談なんですけど、結構イラッと来たので・・・ふふ、座に上がってから、平穏な生活が遅れるとは思わないでくださいね・・・」


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第五十七話 お祭り騒ぎと騒動に

「・・・あら。あの人たちは確か侍女隊の方々でしたか」「・・・あら? あの方は確か・・・邪馬台国、と言う国の王女様だったような・・・」「・・・! ギル様の匂いがします!」「・・・! ギル様の匂いがします!」「・・・!? あ、貴方達・・・まさか・・・」「お、王女様・・・まさか・・・」「それは、ギル様のシーツ!」「っ、あれは、ギル様の上着!」

一瞬で意思疎通し、同志となったそうです。


それでは、どうぞ。


「良かったじゃないか。おめでただよ」

 

華佗の診療所に月を担ぎ込んだ結果、華佗から笑顔でそう伝えられた。

・・・おめでた?

 

「妊娠だよ、妊娠。二ヶ月目位だな。まだ外観的な変化はないが・・・先ほど彼女の気を見たときにはっきり分かったよ。小さいけれど、二つ目の違う波長の気があったからな」

 

「・・・ほう。ほほう! ついにか! やったな!」

 

「ふぇ? ・・・え、あ、ああっ、おめで、ああ、そういう・・・! や、やたっ」

 

可愛らしく拳を握って喜ぶ月。うむうむ。・・・正直に言って、とてもほっとした。

今まで・・・まぁ、相当な数の女の子としてきて早数年。一人も子供が出来ないのは、俺の体に泥が混ざっているからか、とか悩む夜もあった。

その分、この報告の喜びはひとしおである。・・・神様の言ってたことはこれか。

確かあの神様、生命を司る神様とか言ってたからな。そういうことだったのか。

 

「よし月。早速仕事は全て休め。屋敷を一軒経てよう。そこで静養して、元気な子供を生みましょう」

 

「ちょ、ギル、お前なぁ。やることが極端だぞ。・・・いや、まぁそれが一番安全ではあるが」

 

華佗がため息を吐きながら、がたんと立ち上がった俺を諫める。

む、しかし、月に何かあれば・・・。

 

「ある程度仕事をするのはいいだろう。屋敷に篭りっぱなしっていうのも、精神的によくないからな」

 

「む・・・そういうものか。なら、仕事は追々侍女隊の誰かに任せていく感じで。・・・俺は早速甲賀に屋敷の建設を手伝ってもらいに行こうかな」

 

「・・・子供が出来ただけでこの騒ぎだ。生まれたら凄いことになりそうだ。・・・あ、そうそう。ある程度お腹も大きくなってきたらまた別に気をつけることもある。産婆を紹介するから、また今度連絡してくれるか」

 

「はい、分かりました。・・・ふふ。どんな子が生まれるかなぁ。元気に育ってね」

 

・・・

 

侍女長妊娠。そのニュースは、城内に激震をもたらした。

侍女隊は歓喜に沸き、他のギル関係者達は私達も、と闘志を燃やしていた。

町の人たちにも伝わるのに、そう時間は掛からなかった。

 

「なんと! 兄貴に!?」

 

「はい。蜀の屋敷がなにやら慌しいと思いましてね。多喜殿に色々と事情を聞いたところ、どうやらそうみたいだ、と」

 

「おー、早速騒いでるなー」

 

「あ、大将!」

 

俺が兵士達に近づくと、皆駆け寄ってくる。

 

「いやー、町もその話で持ちきりだなー」

 

「そ、それでどうなのでしょうか! 話の真相は!」

 

蜀のが代表して俺に質問を飛ばす。

 

「ん、本当だよ。ゆ・・・ええと、侍女長がギルの子を身篭ってね。今ギルがフィーバーしてるからサーヴァント総出で抑えてる」

 

「ふぃーばー・・・? それに、さーばんとというのは一体・・・」

 

呉のがそう呟いた瞬間、城から爆発音。さらにもくもくと白煙が立ち上った。

 

「・・・ああいうこと。ギルがあまりの嬉しさにちょっと手が付けられなくなってるから、セイバーとかランサーとか総出で落ち着かせようとしてる」

 

「な、なるほど・・・」

 

「俺にはやることないからさー、町の様子でも見てこようかなって思って」

 

そう言って周りを見回してみると、やっぱり町中その話題で持ちきりみたいだ。

何処もかしこもその話ばかり。むしろそれ以外の話をしている人が見当たらないくらいだ。

料理の注文をしているおじさんも、その後にはすぐにギルと月ちゃんの子供の話だし、注文を受けたおばちゃんもその話ばかりだ。

歩いている夫婦らしき男女二人組みも、そこらへんを走っている子供達もその話ばっかりだ。

 

「ついにギル様に第一子誕生だってな! それで、男の子か、女の子か!?」

 

「まだ生まれてないって。確か懐妊されたばかりだとか・・・」

 

「ぎうさまにおこさまー!」

 

「おこちゃまー!」

 

「ね、ねえ。・・・その、私も実は・・・」

 

「え、えぇえっ!? そ、それは本当かい!?」

 

・・・一部でなんだか祝福されるべき人たちが居たような気もするが、まぁそんなこんなで月ちゃんの妊娠騒動は町を賑わせまくっていた。

 

・・・

 

「ふーっ、すっきりしたー!」

 

「そ、それは・・・よか、った、な・・・」

 

「ぐ、くぅっ・・・わ、我が同胞達が・・・きゅ、九割、戦闘不能・・・!?」

 

「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・」

 

「こっ、心なしか、バーサーカーにも、覇気が、ないねぇ」

 

「レ、レッツパァァリィィィィ・・・!」

 

「・・・」

 

よっしゃー、と両手を挙げて清清しい気分で息を吐くと、俺以外のサーヴァントが死屍累々と言った様子で倒れていた。

・・・? どうしたんだろうか。

 

「・・・よ、容赦ねー。俺の溜め込んでた魔力半分以上持ってったぞ、あいつ・・・」

 

「いやー、俺もだ。・・・参加しようかなーって最初迷ってたけど、参加しなくて良かったぜ。まだ俺も命は惜しいしな」

 

「うひゃー、ハサンの仮面が割れかけてるよー」

 

「うっわぁ・・・これが今のギル・・・」

 

心なしかマスターたち皆も俺から距離を取っているように感じる。

 

「・・・ま、いっか。・・・ようし! 次は月が安全に出産育児が出来るように屋敷を建設して、そうだ、世話のために自動人形も投入しよう。溜めに溜めた魔力はこういうときに使うべきそうするべき」

 

「・・・完全に怪しい人だね。・・・ま、ボクたちも子を宿せばああいう扱いになるんだなーって予習になるね」

 

「ギルとの子供かー。お姉ちゃん達よりは早く欲しいなー」

 

・・・

 

ようやく落ち着いてきたので、華琳、桃香、蓮華の三人を集め、俺と月はこれからの話をしていた。

・・・どうやらテンションマックスになっていた俺は宝具フル使用でサーヴァントをボッコボコにしていたらしい。

あの後恋たちにも絡まれて戦ったらしいのだが、あいにく俺に記憶がないのでどう戦ったかは定かではない。

 

「全く。嬉しいのは分かるけれど、貴方、自分の立場とか存在とか分かってるの? ・・・もうちょっと自重しなさいな」

 

「そうだよー! もうっ。・・・でも、おめでとう、お兄さん、月ちゃん。次は私になるように頑張るねっ」

 

「あっ、わ、私も! ・・・その、頑張るわ」

 

華琳からの叱責はもっともなのだが、あとの二人は・・・どうなんだ?

 

「ええと、それで、話を戻すけど・・・。屋敷を一軒建てたいんだ。人員はこちらで用意するから、城内の侍女隊は使わないし」

 

「・・・侍女隊を使わないって・・・また別に雇うの?」

 

「いや、色々と魔術やら宝具やらを大々的に使いたいからな。俺の宝物庫に入ってる自動人形を使う」

 

「自動人形? ・・・まさか、独りでに動く人形のからくりとか・・・」

 

「もっと上位のものだな。確か、黄金の鉄の塊で出来た人間だったか・・・」

 

コストが高くて神様も「あ、これ駄目だわ」と大量生産を諦めたと言うハイスペック人間だったはずだ。

これならば俺の言うこときちんと聞くし、宝物庫の中で駄菓子屋を開くくらい自我もあるし・・・うん、問題ない。

なんて話を三人にすると、何故か唖然としていた。

 

「・・・ええと、神が創った黄金の人間・・・?」

 

「私それよりも宝物庫の中で開かれた駄菓子屋さんって言葉に驚きだよ・・・」

 

「宝物庫の中ってどうなってるんだ・・・。地面とかあるのか?」

 

「・・・へぅ、色々と、私、気になります・・・」

 

ゆえたそー。・・・はっ、へ、変なことを口走ったか。

まぁ、俺もある日宝物庫の中に頭突っ込んだらメイド服に身を包んだ自動人形たちが昭和の雰囲気たっぷりな駄菓子屋を開いていたときは自分の正気を疑ったが。

やはりそこは慣れるとそうでもなくなってくる。

 

「まぁ、そこまで用意するなら文句はないけど・・・広さはどのくらいにするのかしら?」

 

「広さ? まぁ、月と自動人形数人だからな。あんまり大きいのは建てな・・・どうしたんだ、全員凄い顔してるぞ」

 

「い、いやいや、びっくりしてるんだよ。だって、その、これから子を宿す人が一人ずつって事はないよね?」

 

「それに、生まれた後に育てた場所も必要だぞ?」

 

「ある程度離れたところに建てないと夜泣きとかの騒音の問題もあるでしょうし・・・」

 

「だから、普通にもう一つ城を建てるくらいの広さは必要だと思っていたのだけれど・・・」

 

・・・な、なるほど。そうだよな。

俺は結構目の前のことしか考えていなかったようだ。

確かに、これから皆がもし妊娠とかしたとき、屋敷一軒では普通に狭いだろう。

生まれた子を育てるスペースも確かに必要だし、その都度屋敷を建てていたのでは無駄もいいところ。

それならば、いっそ広い城を・・・いや、後宮か。後宮を建てたほうがいい、と言うことだろうな。

 

「ああ、そうね。後宮。まぁ、普通は王妃とか太子とかのものだけれど・・・ギルも王みたいなものですものね」

 

「・・・ギルさんがはっちゃけて後宮満員になるとか、大丈夫ですよね・・・?」

 

「そ、そう言われると私にはなんともいえないけど・・・」

 

「私は絶対行くよっ。もう今夜からギルさんのお部屋行くからね!」

 

「・・・それ、朝から色んな子に会うたびに言われるんだ。頼むから、前みたいな阿鼻叫喚地獄絵図は勘弁してくれよ」

 

「えー? 私もだけど、他の皆も満足してたと思うけどなー」

 

・・・いや、俺も辛いばかりだったとは言わないけど・・・。限度って言うものがあるよね?

 

「まぁ、お仕事の関係とかでこれない人とかもいるよ。だいじょーぶ、私たちも前みたいなことはしないからっ」

 

「・・・取り合えず、桃香と蓮華は確実に来るんだな。・・・まぁ、二人はまだ常識的なほうだから問題ないけど」

 

「まだ、ってところに何か感じるけど・・・」

 

こうして、俺の後宮がこの町の外側に建設されることになった。

敷地は用意したし、後は作業員だな。・・・毎度の事ながら、ランサーに相談するか。

 

・・・

 

「・・・申し訳ありません。今回ばかりは、お手伝いできません」

 

相談を持ちかけてみると、ランサーはこの世の終わりかのような顔をしてそう返して来た。

 

「先ほどギル様を止めるときに我が同胞が九割戦闘不能状態になりまして・・・回復まで半年を要する状態に陥ってしまったのです」

 

「まぁ、一割しか残ってないとはいえ結構人数はいるのだがな。俺の屋敷の運営にも人間は使うし、悪いがそちらに回す人員は余りいない。・・・まぁ、十人程度だな」

 

「そうか・・・俺、最悪なことしてたな・・・」

 

記憶はないが、まさか複製ランサーたちをそこまでボッコボコにしていたとは・・・。

それならば、今回はランサーに頼らずに頑張るしかないな。・・・まぁ、何か建てる時に毎回ランサーに頼るって言うのも情けない話しだし。

ここは町で募集でもかけるか。

 

・・・

 

「・・・なんだこりゃ」

 

町に立て看板をたてて人員募集したところ、思わず絶句するような結果になった。

少ない、と言うわけではない。むしろ逆である。多すぎる。

 

「おいおい、こんな人数きたら半分以上店閉まるだろ。・・・大丈夫なのか?」

 

近くにいた一人の男性に聞いてみると、「ギル様のお役に立てるのでしたら、店を閉めるくらいなんともないでさぁ」とのこと。

嬉しいけど・・・って、彼は俺が良く行く飯店の店主じゃないか。ほら、特別定食の。

良く見ると様々なところでお世話になっている店の店員なんかもいるな。

 

「・・・なら、好意に甘えるかな。よし、それじゃあ建設予定地に行こうか」

 

ぞろぞろと大人数を連れて予定地へと行くと、すでに建材なんかは用意してあった。

・・・まぁ、俺が宝物庫に入れて運ぶだけだからその辺りは人員要らないからな。

建築するための人員なので、あんまり日数も掛からないだろう・・・とは思うのだが。

まぁ、俺の基準はランサー基準だからなぁ。少し大目に計算しておくとしよう。

 

・・・

 

「よし、大体予定通りに建ちそうだな」

 

数週間が経って、骨組みの一部くらいは見えてきた後宮を見て、まだまだ先は長そうだと一人頷く。

さて・・・今日の仕事はなんだっけか。

昨日朝まで突撃してきた子の相手をしていたからかド忘れしてしまったようだ。

 

「仕方ない。・・・壱与ー」

 

「お呼びでしょうかっ!」

 

「呼んだ。俺の今日の仕事って覚えてる?」

 

「それはもちろん! 午前中は後宮建築予定地の査察、遊撃隊の訓練、お昼はしすたぁずと会食、午後からはギル様自身の訓練となっております!」

 

「よーしよし、良く覚えてたな。褒美に撫でてやろう」

 

「くぅーん・・・」

 

即座にお座りの体勢になった壱与の頭をくしゃくしゃと撫でる。

ああ、犬耳と尻尾がはっきりと見える。こいつは本当に従順だな。

 

「・・・あの、壱与もギル様とのお子が欲しいので、頻繁に閨に呼んでいただけると嬉しいです。・・・壱与からももちろん突撃しますけれど」

 

「んー、まぁ、そうだよなぁ」

 

アレだけの『家族計画書』を書いてくる壱与だ。好きな人との子供、と言うものに人一倍憧れがあるのかもな。

 

「それにしても、壱与がそんな控えめなことを言うとはな。『他の人なんか良いのでまず私を相手してください!』くらいは言うと思ったが」

 

「・・・壱与、最近思うんです。子が出来れば生まれるまでギル様の相手を出来ません。・・・ならば、壱与以外の人間を全員妊婦にしてしまえば、壱与でギル様独り占め、と」

 

「安心したよ。お前何も変わってないわ」

 

「えへへぇ、そうですかぁ? 褒められると照れちゃいますっ」

 

褒めてないんだけどなー。そこは察せないかなー。

 

「じゃあ、壱与が言うとおり他の子たちが妊娠してから相手するから、しばらく閨に来るの禁止な」

 

「・・・え? ・・・はっ!」

 

「その可能性にはいたらなかったか? ・・・抜けてんなー」

 

よしよしと頭を撫でて、その場から歩き去る。

 

「え、ちょ、ちょ、待って! 待ってくださいギル様っ。そ、そこまでの放置プレイは予想しておりませ・・・ギル様ーっ!? なんで一切歩調を緩めないんですかっ。壱与の歩幅だとちょっと追いつけな・・・」

 

後ろでなにやら騒いでいる壱与を尻目に、訓練場へと向かった。

 

・・・

 

「あら? 隊長じゃないですか。どしたんですか、こんなところで」

 

「こんなところって・・・一応俺の部隊なんだけど」

 

「あははー、最近ご主人様が来ないから、副長さんは不貞腐れてるんですよー」

 

「ちょ、七乃さんっ。ち、違いますよっ。別に私不貞腐れてないしっ。隊長と子をなすのをさき越されちゃって不安になんかなってないし!」

 

わたわたと弁明し始める副長を微笑ましく見下ろしながら、七乃から書類を受け取って用意された俺の席に座る。

そんな俺の真正面でなにやら副長は熱く語り始めたので、右から左へと受け流しながら書類整理するとしよう。

 

「あ、七乃。この武器の配布数なんだけど・・・」

 

「はいはいー。ちゃんと訂正してありますよー。弓を若干大目に、ですよねー?」

 

「はは、そうそう。やっぱり七乃は優秀だよなー」

 

朱里や雛里達とはまた違うベクトルで頭の良い子だ。

人の機微を読むのが上手いというか・・・軍師としてと言うより、補佐官として隣においておくと凄く役立つタイプである。

 

「褒めても何も出ませんよー。・・・あ、そうだ」

 

「? どうした?」

 

「あの、お嬢様のことなんですがー・・・」

 

「美羽がどうかしたか?」

 

首を傾げる俺に、七乃は声を潜めて耳打ちしてくる。

 

「ええと・・・まだちょっと早いと思うので、子をなすのはもうちょっと待ってあげてくださいねー?」

 

「ぶふっ!?」

 

「ですから――ひにゃっ!? た、隊長っ!? にゃに急に噴出して・・・き、きちゃないっ」

 

「汚くないっ! ギル様に真正面からお茶を吹きかけてもらえるなんて・・・うらやましいっ!」

 

「じゃあ変わって下さいよ! ・・・やっぱやだ! たいちょ、もっと私に吹いてください!」

 

「あーっ、ず、ずるいずるいっ。ギル様、こんな淫乱姫よりも壱与に・・・」

 

「いっ、壱与さんに淫乱とは言われたくないですっ! 変態姫っ!」

 

・・・また始まった。

先ほど置いてきたはずの壱与が追いついたらしく、副長といつものように喧嘩し始めたので、これまたいつものようにスルーする。

そして、爆弾発言をした七乃にどういうことだ、と細かい説明を求める。

 

「え、えーと、いえ、その・・・言葉のとおりと言いますかー。確かにもう子を成せる身体ですし、お嬢様もそういうのは拒まないとは思うのですがー・・・なにぶん、お嬢様は小柄ですので」

 

「あ、ああ。そういう心配か。・・・びっくりした」

 

「・・・何に驚いたんですかー?」

 

ジト目でこちらを非難するように見つめてくる七乃からわざとらしく視線を外す。

座っている俺の脚に片方ずつ抱きつきながら地べたに座り込んで口論している二人が目に入ったので、結局七乃に視線を戻した。

 

「そういえば、七乃はないのか? 子供欲しい、とか」

 

「・・・しばらくはお嬢様で十分ですよー」

 

「さらっと美羽を子ども扱いしたな・・・」

 

まぁ、精神は子供みたいなものだからな、美羽。

七乃もそれが落ち着くまでは考えられんか。・・・その割には俺避妊とかした覚えないけど。

 

「まぁ、出来たときは出来たときで、ご主人様と同じく愛するだけですけどー」

 

「・・・お前・・・」

 

「ふふ、感動しました?」

 

「・・・俺のことちゃんと好きだったのか。驚いたぞ」

 

俺の言葉に、七乃は頭を抱えながらため息をついて数回横に首を振った。

なんだ、その『やれやれ』みたいなジェスチャー。

 

「前言撤回しますー。やっぱり、早急に子作りしましょうね、ご主人様」

 

「なんだその急な心変わりっ!」

 

・・・

 

足を掴んでいた二人と七乃に襲われかけたので、昼食の時間だと言うことを言い訳に何とか逃げ出した。

まぁ、時間的に丁度いいこともあったし、あの三人も渋々諦めていたから良いとしよう。・・・そういうのは、キチンと夜になー。

 

「そういえば、ギルに子供できたんだってー?」

 

「・・・まぁ、相手してる人数と回数を考えれば今まで出来なかったことのほうが不思議よね」

 

「ねー。そのうちちぃたちもお母さんになるのかしら。想像できないわねー」

 

最近のしすたぁずのお気に入りである『泰山』にて昼食を取っていると、いきなり話を切り出された。

まぁ、やっぱり皆その話だよなぁ。全く関係ないって訳じゃないし。

 

「お姉ちゃんは、今すぐでもいーよ? アイドルできなくなるのはちょっと困るけど、赤ちゃん生まれたらまた出来るもんね!」

 

「凄い前向き・・・やっぱりお姉ちゃんは変わらないわね・・・」

 

「・・・まぁ、今なら安定してきてるし、一年程度なら・・・」

 

ぼそぼそと前向きに検討し始めるしすたぁず。・・・おいおい、流石にアイドルとか洒落にならない気が・・・。

んーと、どうするかな。まぁ、確かに言うとおりに一年程度なら休業しても・・・。

 

「っとと、いや違う。何真面目に検討してるんだ俺」

 

「? ・・・それで、いつごろにするー? お姉ちゃん的には、活動が少し落ち着く冬くらいがいいかなーって思うんだけど。丁度他の人とも時期ずらせるし!」

 

「お、お姉ちゃんがきちんと考えて発言してる・・・!」

 

「地和、お前すげー失礼だぞ・・・」

 

戦慄した顔をしている地和に柔らかく突っ込みを入れておく。

人和がうんうんと頷いているんだが、それは天和と地和のどっちに頷いているんだ・・・?

 

・・・

 

東屋で侍女隊の入れてくれたお茶を飲んでのんびりしていると、明命の突撃を受けた。

 

「ギル様! ご懐妊おめでとうございます!」

 

「・・・うーんと、俺じゃなくて月に言ってやれよ」

 

開口一番に祝ってくれた明命に、少し苦笑しながら突っ込みを入れる。

俺は物理的に妊娠できないぞ・・・。

 

「そ、それでも、お二人のお子様なんですし」

 

「まぁ、受け取っておくよ」

 

明命に祝われ、ありがとうと頭を撫でる。

・・・やっぱり、犬系だよなぁ、明命。

 

「あ・・・えへへ、なでなで、気持ち良いです」

 

「そうかそうか。ほうら、膝の上で撫でてやろう」

 

「わ、わ、ありがとうございますっ」

 

座っている俺の膝に乗せてやると、わたわたとしながら俺に背中を預ける明命。

そのまま撫でてやれば、くぅん、と鳴く明命犬の出来上がりである。

 

「そういえば・・・先ほどから侍女隊の方がギル様のところにちょいちょい来ていたのですが、何かあったのですか?」

 

「ん、まぁ、ちょっとした褒美をね。やっぱり良い上司って言うのはきちんと報酬をあげられないと」

 

「ほわぁ・・・流石ギル様ですね!」

 

「・・・視線が眩しいなぁ」

 

俺を見上げるようにして『私、尊敬してます!』と言う視線を送ってくる明命を誤魔化すように頬をふにふにと弄ぶ。

こうして俺と触れ合うのにも慣れてくれたらしく、顔は真っ赤にしているものの表面上は落ち着いて話せるようになってきた。

 

「そういえば、お名前とかは考えてらっしゃるのですか?」

 

「・・・名前かぁ。そういえば考えてないな。男の子か女の子か・・・両方考えないとなぁ」

 

近いうちに月に話を振ってみるか。良い名前をつけてやらないとな。

 

「私も、お猫様に名づけるときは悩みます! 名は体をあらわす、と言いますし・・・」

 

「だよなー。んー、女の子の場合は一応考えてるんだよなぁ」

 

「男の子のときはどうされるのですか?」

 

「・・・誰かから一文字貰うか。一刀とか甲賀とかその辺から」

 

「いいですね! ・・・そういえばギル様のお名前ってこの辺りでは聞きませんよね? 同じ天の御使いの本郷さんともまた違う響きですし・・・」

 

「ん? ・・・んー、まぁな。そうだなぁ、男の子だったらエンキドゥとか・・・いやいや、友人であって息子じゃないし」

 

俺から名前を取るって言う手もあるが・・・本名のほうは転生のときに失ったし、『ギルガメッシュ』から何か取るって言っても・・・『ガッシュ』とか?

いやいや、それだと魔物の王になってしまう。流石に息子にはブリを丸々一体食べられるようにはなって欲しくない。

 

「えんきどー?」

 

「・・・合気道みたいなイントネーションだな。違うよ、エンキドゥ」

 

「え、えんき・・・どー」

 

「はは、難しいかな。こう、うー、ってしてみ」

 

「うー」

 

俺が言うとおり、素直に唇を突き出すような形にする明命。

 

「そのまま、どぅ、って」

 

「どー」

 

「・・・明命は可愛いなぁ」

 

孔雀の滑舌矯正時にも思ったが、こうして言い難い言葉を頑張って言おうとしている女の子は可愛い。

まぁ、『可愛いなぁ』と思うことによって諦めている、と言う見方も出来るが・・・。

 

「ほら、良く聞いてろよ。『エンキドゥ』」

 

「えんきど」

 

「・・・惜しいな」

 

「うー、うー・・・難しいですね・・・」

 

「ま、落ち込むことはないさ。Vの発音も難しいって言うもんな」

 

「ぶい?」

 

俺の言葉に、興味津々、と言ったように瞳を輝かせる明命。

いつの間にか体勢も俺に向き合うようになっていた。

 

「そう。こう、下唇を噛んで、『ヴィ』って」

 

「びー」

 

「はは、やっぱりそうだよな」

 

英語の発音はやっぱり難しい。俺も授業のとき散々思ったものだ。

後は巻き舌とかなんだとか・・・言語と言うのは、何処のものも難しい。日本語だってそうだ。

 

「孔雀も難しいって言ってたからなぁ」

 

「そういえば、なぜ孔雀さんだけメイド服じゃなくてしちゅ・・・ごほん、執事服なんですか?」

 

「・・・明命、『生麦生米生卵』、はい三回復唱っ」

 

「ふぇっ!? え、えと、なみゃみゅぎゅなみゃごめにゃみゃちゃみゃぎょ! ・・・あう、い、一回目で無理でした・・・」

 

「すげぇ・・・孔雀より滑舌悪いかもしれないな・・・」

 

孔雀ですら、生麦くらいは言えたのだが。・・・まぁ、その後は明命より酷かったけど。舌噛んでたし。

 

「ギル様ぁ・・・意地悪です・・・」

 

「・・・明命、うー、ってしてみ。目を瞑って」

 

涙目でこちらを見上げてくる明命に、俺は唐突にそんなことを言った。

また練習ですか、と聞いてくる明命は、素直に目を瞑ってうー、としてくる。

そんな明命に、いきなり口づけをする。

 

「・・・ちゅ・・・ふぇ・・・? あ、え・・・?」

 

「いや、さっきから可愛いところ見すぎで・・・我慢できない。これ以上が嫌だったら、逃げてもいいぞ」

 

先ほどとは違う意味で瞳が潤んでいる明命は、俺の言葉を聞いて再び目を瞑った。

そして、同じように唇を突き出す。

 

「・・・いい、ですよ。私も、その・・・もっとしたい、です」

 

「多分、口付けだけじゃ止まらないけど・・・」

 

「こ、ここは余り人も来ませんし・・・」

 

「ん」

 

言葉少なに明命を卓の上に押し倒す。茶器がいくらか落ちてしまったが、興奮している俺にはそんな瑣末事を気にする余裕はなかった。

・・・んー、月に子供が出来てから誰ともしてないから、溜まってるのかなー。

俺に組しだかれている明命の口を責めながら、ふとそんなことを思った。

 

・・・

 

・・・ある程度確信したこととはいえ、こちらから仕掛けるのは結構勇気がいるな、なんて目の前で息を切らせている明命を見ながら思う。

ふぅ、賢者モードだからこそこうやって落ち着いて考えられているが、数日とはいえ結構回数しちゃったしな。初めての明命はちょっと辛そうだ。

 

「あーっと・・・大丈夫か? 一人で立てる?」

 

「・・・あぅぅ・・・」

 

「だよね。大丈夫大丈夫。風呂場までは持っていくから」

 

ある程度はここで拭っていって、後は風呂場で流すとしよう。

・・・風呂に一人では入れないだろうから、そこも世話しないとな。

流石にもう襲わないとは思うが、あんまり直視しないようにするとしよう。

 

「ギル様の子種でお腹いっぱいですぅ・・・」

 

「そういう発言はやめような。風呂場で理性を押さえ込む自信ないぞ、俺」

 

・・・

 

結局風呂場でもう一度してしまった後、今度こそ喋れないほどにぐったりした明命を部屋に寝かせてきた。

流石にそこではそそくさと退場したが、蓮華に見つかって「・・・ああ、そういう」なんて悟られた目をされたのはちょっとショックだった。

 

「・・・それで? 明命は部屋で寝てるのね?」

 

現在進行形で蓮華に詰問されているのだが、視線は未だにジトっとしている。

訓練に向かうと言う蓮華に手を掴まれて逃げられないようにされているので、大人しく連れて行かれるしかない。

 

「ん。大丈夫。明命に無理はしてないよ」

 

「当たり前よ。・・・そういえば、月はどんな感じなの? まだ調子悪そう?」

 

「んー、いや、あれからはあんまり酷い悪阻もきてないみたいだから、仕事に復帰してるよ。まぁ、常に誰かと一緒にいるけどな」

 

「でしょうね。・・・んー、そしたら今日の夜くらいは彼女暇かしら」

 

「じゃないか? どうした、何かあったか?」

 

伝言くらいなら引き受けるけど、と続けるが、蓮華はゆっくり首を振る。

 

「どうしても直接聞きたい事があるのよ。・・・まぁ、あんまり急がないことだから疲れてそうだったら後日にするし」

 

「そっか。・・・あの、そろそろ放して貰っても・・・」

 

「駄目よ。今日の訓練には珍しく雪蓮姉様も来るんだから。・・・誰か人柱が必要でしょう?」

 

くすり、と猫のような笑顔で笑う蓮華。・・・え、マジで? 生贄なのか、俺。

 

「あっ、おっそいわよー、蓮華ー! ・・・って、あら、ギルじゃない。・・・良くやったわ、蓮華!」

 

すでに手に南海覇王を持っている雪蓮が舌なめずりする。・・・不味いな。ロックオンされた。

慌てて魔力を体に巡らせてステータスをいくつか戻す。・・・最近あんまり身体動かしてないからな。大丈夫かな。

いつの間にか蓮華は思春と共に見学の体勢に入っている。ま、蓮華の獲物である南海覇王を雪蓮が持っている時点で蓮華は武器がないんだけど。

そろそろ、どっちかが南海覇王を常に持つようにして、もう一人は新しい武器を持つべきなんじゃないのか。

 

「いっくわよー!」

 

あの高いヒールで何でそこまでの速度が出せるのか、と言うくらいのスピードで雪蓮が迫る。

急いでバックステップしながら宝物庫の扉を開く。

 

「行けっ!」

 

数本の宝具を射出する。絶対に避けられるだろうが、牽制の意味でしかないこの攻撃に期待はしない。

すぐに『絶世の名剣(デュランダル)』と『原罪(メロダック)』を引き抜いて備える。

 

「ははっ、甘いわよっ!」

 

「やっぱりか・・・!」

 

お得意の勘でも働いたのか、宝具を撃ったときにはすでに避ける体勢に入ってたからな、雪蓮。

いつも蓮華が訓練しているこの場所は狭いので、俺の宝具を使った戦い方には向かない。雪蓮のように、何処でも足場にするような身軽な将が得意とする場所だ。

くそ、わざとこの場所に連れてきたな、蓮華。

 

「はっ、せいっ! ・・・お城壊したら、後で愛紗のお説教ね!」

 

「分かってるよ・・・っと!」

 

俺が自棄になって宝具の乱射をしないように雪蓮は釘を刺してきた。

・・・まぁ、制圧射撃をされるより直接斬りあいたいからだろう。雪蓮の場合は。

 

「後は・・・その面倒な剣から処理してあげるっ!」

 

『何でも斬れる』と言う恐ろしい効果をもつ『絶世の名剣(デュランダル)』を重点的に狙ってくるようだ。

狙ってくる、と言っても直接打ち合うような馬鹿なことはしない。剣を持っている俺の手を狙って打ち込み、弾こうと言う算段らしい。

もちろん素直にそんな手には乗らない。『絶世の名剣(デュランダル)』を守るように『原罪(メロダック)』で南海覇王を防ぐ。

南海覇王は剣自体が細身で軽く扱えるからか、上下左右色んな方向から斬撃がやってくる。・・・そういえば急に始まったから俺鎧着てないぞ。

 

「隙ありッ!」

 

「おっ・・・っとっと」

 

考え事をしていた隙を突かれ、『原罪(メロダック)』を弾かれて腹に蹴りを入れられた。

・・・ヒールで蹴りを繰り出すとか、俺がダメージ通らない体だったから良いものを・・・普通の人間だったら怪我してるからな?

当然、気をつけていたので『原罪(メロダック)』を手放すなんて事はしなかった。

 

「もういっちょ!」

 

「あ、やべっ」

 

とか言ってたら、蹴りを入れた後すぐに振りぬかれた雪蓮の渾身の一撃によって遠くへ弾かれてしまった。

・・・っべー。まじっべー。油断ぶっこきまくりだって怒られちまうぜー。

 

「なんてな。開け、宝物庫」

 

弾かれたのも何もかも計算どおり。新たに手に取ったのは、赤い槍。ゲイボルグの原典である。

目立った効果がないため愛用しているものの一つだ。

 

「貫け・・・っ!」

 

「ちょっ、訓練なんだからねっ!?」

 

俺に蹴りを入れたまま滞空している雪蓮に突き出すと、慌てた様子で雪蓮は突き出された槍に剣をあわせて受け流す。

曲芸師みたいな芸当をする奴である。全く持って身軽だなぁ、おい。

雪蓮はその後すぐに着地し、片足を軸に回転するように南海覇王を振るう。

危なげなくそれを回避すると、槍を突き出した体勢のまま剣を振り下ろす。

 

「っぶな! それって『絶対斬れる』方でしょ!? 人に振り下ろさないでよっ!」

 

「雪蓮なら避けるって信頼してるん・・・だよっ!」

 

「ふ、はっ・・・! せやっ! ・・・ありがと、ねっ!」

 

俺の猛攻を凌ぎ、びゅお、と風を斬りながら俺の顔面に南海覇王が迫る。

一応俺と手合わせをするときの条件として、『普通の人間なら致命傷になる部位を直撃すれば有効』と言うルールなので、ざっくり刺さらないとはいえ顔を横に倒して避ける。

・・・まぁ、思いっきり頭突きして南海覇王折るわけには行かないからなぁ・・・。

 

「あっぶな・・・人の顔面に剣を突き出せるとか、流石雪蓮・・・!」

 

「褒めてるの・・・かしらっ!?」

 

ひゅお、と再び風を切って顔面に切っ先が迫る。・・・あれ、まさかの顔面狙い?

こいつ、長期戦は不利だと割り切って俺の顔面に一撃入れて終わらそうとしてるな・・・!

 

「槍の射程まで離れてもらう!」

 

大振りに槍を振るうと、それを避けるために雪蓮は大幅にバックステップ。

俺はその距離を保つために赤い槍を片手でぶんぶん振るいながら俺も後退していく。これで距離を取りながら牽制して、隙を見せたら一気に距離を詰めて剣で仕留める。

ある程度頭の中で先を見据えながら振るっていると、今まで大きな動きで避けなかった雪蓮が大きく右回りに避け、俺の死角に潜りこもうとする動きを見せた。

 

「甘いっ、この槍の射程から逃れるにはなっ!」

 

そう言って右手に持った赤い槍を雪蓮に振るった瞬間。がっ、と何か硬いものに当たった衝撃が手に走る。

・・・やっべ、集中しすぎて俺が今何処に立ってるのか忘れてた。そういえばここ訓練場じゃなくて中庭だったんだな・・・。

俺の振るった赤い槍の切っ先は、木の幹にざっくりと深く刺さっていた。・・・雪蓮め。後退する俺を見て、この場所に誘導したな・・・?

 

「よっとっ。これならちょっとは隙が出来るでしょっ」

 

ウィンクしながらそういった雪蓮は、軽く飛ぶと槍の上に立った。・・・えー。ヒールで細い槍の上に立つとか、流石木の上で甕を抱えて酒飲むだけあるな。

凄まじいバランス能力である。やっぱり呉の姫は何かしら戦闘センスに長けてるなー・・・。

一瞬現実逃避してしまったが、すぐに気を取り直して槍から手を離す。これで雪蓮の体重に耐えられなくなった槍はそのまま下に落ちるはず。

そこを俺が迎撃すれば・・・と考えているうちに、すでに雪蓮は視界から消えていた。

残っているのは、雪蓮が飛び立った時の衝撃で少し振動している槍のみ。・・・上、そして後ろか!

 

「それは星で学習済みだぞっ!」

 

絶世の名剣(デュランダル)』を振るいながら後ろを振り向く。

・・・瞬間、見えたのは剣の切っ先ではなく雪蓮のヒール。

 

「しま、け、り・・・っ!」

 

慌てて腕を顔面の前に出してみたものの、真正面から飛び蹴りの衝撃を受けてしまった俺はそのまま後ろにバランスを崩して倒れる。

急いで起き上がろうとするが、その前に切っ先が俺の眼前に付きつけられる。

 

「ふ、ふ、ふぅっ・・・はーっ、疲れたー! これで降参、よね?」

 

「・・・ああ、降参だ。参ったよ」

 

息を切らせながら俺に剣を付きつける雪蓮は、嬉しそうに笑う。

俺は両手を上げて降参の意思を伝えると、ゆっくりと南海覇王の剣先は離れて行く。

息を整えながら鞘に南海覇王を収めると、蓮華の隣に座り込んではい、と蓮華にそれを渡していた。

 

「いやー、参った参った」

 

苦笑いしながら受け取る蓮華を見つつ立ち上がり、土を払って雪蓮のもとへ。

足を組んで脱力している雪蓮の隣に座ると、次は蓮華と思春の組み手らしい。二人が構えを取って対峙していた。

 

「ふふ、久しぶりに本気だしたわー。もう結構息切れもしてるしねー」

 

そういう雪蓮は確かに少し息が荒い。結構動いたからなー。

俺は魔力で動いているためにそういう疲労とは無縁だ。まぁ、魔力が切れたら同じような症状が出るけど。

 

「んー・・・ふふ、今日は疲れたし、部屋に戻るわ。ギルも、何か用があるならもう戻ってもいいわよ?」

 

「ああ、いや、俺はもうちょっと見ていくよ。久しぶりだしな」

 

「・・・そ? じゃあ、またね」

 

「はいはーい」

 

先ほどまで息を切らせていたとは思えない足取りで帰っていく雪蓮。・・・回復力も超人か。

 

「・・・さて、ちょろっと見たら政務やらないとなー」

 

庭の木に思いっきり入っている切れ目は愛紗が見逃してくれることを祈るばかりだ。

 

・・・




「・・・分かってた」「え?」「その話になるって分かってた」「・・・そ、そうか」「アレだけやってれば出来るからなぁ」「町の人たちも何人か予想してたみたいだしな」「・・・いや、まずは祝ってくれよ。俺も一児の父になるんだぜ」「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」「・・・俺を円形状に囲んで拍手しながら祝うのはやめろ!」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十八話 色んな姉に

「・・・」「真面目な顔して何書いてるんだ、一刀?」「お、ギル。・・・いや、前にさ、サーヴァントのスキルとか色々教えてもらったろ?」「ああ、ステータスと一緒にな」「それで、ちょっと面白いこと思いついて。ま、こんなのきっと実現しないだろうけどさ」「へえ。見せてもらえるか?」「おう。まぁ草案なんだけどさ」「・・・ゲームの企画書?」


それでは、どうぞ。


「・・・弟がうるさいのよ」

 

「今度はなんだ、卑弥呼」

 

蓮華たちに別れを告げ、政務室にて政務をしている最中。卑弥呼がぐったりした様子で俺の隣に座り込んだ。

なんだなんだ、本当にぐったりしてるな。

 

「弟がね。・・・年なんだから、相応の落ち着きをって・・・」

 

「まぁ、正論だな。ぐぅの音も出ない正論だ」

 

「・・・その、月が妊娠したじゃない? その話をした後だったから、「姉さんも母親になるんだったら、それなりに年相応の振る舞いをしないとね」って。・・・わらわより年下なのにぃ・・・!」

 

時として正論は人を傷つける、と言うが・・・まぁ、卑弥呼の場合は自業自得と言うかなんというか・・・。

そういえばいつもよりスカート丈が若干長いように感じるし、装飾品も減っている。・・・んー、それでもまだ派手なように見えるが、まぁ下品に見えないだけましだろう。・・・いや、前も下品とは言えないけどさ。

女王なんだし、それなりの威厳と言うのが必要なのだろう。後は魔術礼装でもあるんだろうし。

 

「うぅ、一番キツかったのは、弟の奥さん・・・義理の妹に説教喰らったことね。壱与も弟も見てる前で、懇々と『母親とは』みたいな説教正座で聞かされたわ」

 

だから今日は部屋の隅に転移してきて、さらにこんなぐったりしながら俺のところに来たのか。

 

「・・・あんたのところ来たら来たであんたは新しい女増やしてるしぃ・・・! 厄日だわぁ・・・!」

 

「それ関係ないとは思うが。・・・どこか出かけるか? 気分転換にもなるだろ?」

 

「そうね・・・ここに来るまでは閨で頭おかしくなるまで抱いてもらって今日のこと忘れようとか思ってたけど、あんたの顔見たらなんか毒気抜かれたわ」

 

「そりゃ良かった。じゃあ、早速行こうか。化粧とか大丈夫か?」

 

「問題ないわ。・・・女王の化粧のままで来ちゃったけど、また別の化粧するのも面倒だし」

 

今まで詳しくは説明していなかったが、卑弥呼と壱与の化粧にはバリエーションがある。

女王や王女として政をしたり国の未来を占うときの化粧や、寝るとき、戦うときなどなど。

・・・初めてのとき、「ちょっと時間を頂戴」と言って戦いの化粧をし始めたときはちょっと驚いたが、まぁ兎に角、二人は俺の知ってる女性の中でも化粧にかける時間が長いツートップである。

その話をされたとき、豪華なアイリンさんのことを思い出したのは俺だけじゃないはず。

 

「いいのか、それで・・・」

 

「いいのよ。別にどうしてもって訳じゃないもの。化粧変えなきゃ死ぬって訳じゃないしさ」

 

「それでも、意味があってしてるんだろ?」

 

「まぁね。わらわは『(まつりごと)(いくさ)(いこい)』のときに化粧を変えるんだけど・・・まぁ、ぶっちゃけプラシーボよね。上手くいきますようにって思い込んでるに過ぎないわ」

 

「そういうもんなのか。・・・あれ、じゃあ壱与は壱与で別の意味の化粧を持ってるのか?」

 

「んー・・・ま、それは本人から聞いて頂戴。わらわと一緒にいるんだから、壱与とか他の女の話はしないの。不貞腐れるわよ、わらわ」

 

「自分で言うか。・・・でもまぁ、それもそうか。ごめんな、無神経だった」

 

俺がそう言って卑弥呼の頭を撫でると、嬉しそうに微笑んで、いいのよ、と呟く。

そんな卑弥呼を連れ立って部屋を出る。何処にいこうかな。

 

「あ、ねえねえ、月に会いたいわ」

 

「何でまた急に」

 

「子が出来たって聞いてから、会ってないもの。祝いの言葉をかけないと」

 

それなら・・・ええと、今月は何処で仕事してたっけ。

 

「この時間なら洗濯してるんじゃない?」

 

「ああ、そういえばそうだな。・・・流石経験者」

 

「ちょっと手伝っただけだけどね。それでもま、時間くらいは覚えられるってもんよ」

 

以前少しだけ侍女隊でお手伝いをしていた卑弥呼だから時間も分かったのだろう。

だが、あんなちょっとだけの手伝いで良く仕事内容とか覚えたな。凄まじい記憶力である。

 

「ふふ。これでもわらわ、国を治めてるのよ?」

 

「ああ、そうだったな。たまに忘れそうになるよ」

 

くく、と苦笑しながら卑弥呼の頭をぽんぽんと叩く。

軽くあしらわれたのが気に食わないのか、卑弥呼は子供のようにぷくりと頬を膨らませた。

 

「・・・ふんだ」

 

そのまま俺の手を掴んでずんずん歩き始める。

・・・しばらく口を利いてくれなかったので、それなりに怒っていたらしい。

 

「卑弥呼、ごめんな」

 

「・・・いいわよ。許すっ。わらわの心の広さに感謝なさい」

 

そんな会話を道中しながら、月のもとへと向かった。

 

・・・

 

「・・・見た目では分からないわね」

 

「そりゃ、まだ二ヶ月目らしいからな」

 

四ヶ月から五ヶ月目くらいでわかりやすく大きくなってくるらしいし、長い目で見るしかないだろう。

少なくとも半年くらいはまだ仕事が出来るだろうと判断している。・・・まぁ、また何かあったら臨機応変に対応するとしよう。

 

「ふーん・・・」

 

「へぅ・・・なんだかくすぐったいです」

 

片手は顎に当てながら、もう片方の手でさわさわと月の腹を触る卑弥呼の目は真剣である。

だが、服の中に手を突っ込まれて触られているほうの月はくすぐったくて仕方ないようだ。先ほどから目の端に少しだけ涙を浮かべて肩を震わせている。

ちょっと口の端が上がっているのを見るに、どうやら笑いをこらえているらしい。・・・くすぐりに弱いからなぁ、月は。

 

「こんなかにもう一個人間がいるのねー。・・・神秘だわー」

 

「ふふ。ギルさんとの愛の結晶、です」

 

「・・・壱与の前でその発言はしないほうが良いわね。少なくとも、あいつが同じように妊娠するまでは」

 

「・・・へぅ」

 

今の発言に何かお互い通じるものがあったのか、卑弥呼と月は目を合わせて頷きあった。・・・何を納得したんだ、今。

それはそれとして、そろそろ月の仕事の邪魔になりそうである。今のやり取りの中でももぞもぞと服の中で手を動かしていた卑弥呼に声をかける。

 

「そろそろ行こうか。月の仕事にも差し障るだろうし」

 

「ん。・・・あ、そうそう。言い忘れてたわ。・・・おめでとう。邪馬台国の女王として、月の友人として、同じ男を愛する女として、祝福するわ」

 

「あ・・・はいっ・・・! ありがとうございます、卑弥呼さんっ」

 

「ま、後でうちの方から祝いの品を用意するわ。そのときに改めて詳しい話を聞かせてちょうだいな」

 

なんだか良い空気になったところで、卑弥呼を連れてその場を後にする。

・・・なんだかんだ言って、女王なんだなぁ。

 

・・・

 

「・・・さて、どうしようかしら。完全にやることなくなったわね」

 

東屋にて、椅子に座ったまま足をぷらぷらと振る卑弥呼。

月の腹を撫でて満足したらしく、先ほどまでの暗い雰囲気はなくなっていた。

 

「だな。・・・飯にしてもちょっと中途半端だな」

 

「そうねぇ・・・でもまぁ、たまには悪くないわね。市場の屋台でもはしごしましょうよ。ちょっとずつ食べてけば、良い暇つぶしにもなるでしょう?」

 

「いいな。よし、じゃあ早速出撃だ」

 

「おーっ」

 

元気に手を挙げる卑弥呼と共に、大通りの市場、その中でも一際活気のある屋台通りにやってきた。

この辺りは道の両脇を様々な屋台が埋め尽くしている。

屋台だけではなく、居酒屋のようなところもあるので、夜になっても騒がしい一角でもある。

「夜になるとちょっと寂しい」と言う一刀の意見を取り入れ、この辺りは試験的に営業時間を夜遅くまで食い込ませている。

警備隊も出動させ、『交番』を置くことによって揉め事の早期解決を徹底しているからか、この辺りは深夜まで営業する店が多いのに意外と治安が良い。

 

「・・・饅頭は最後でしょ。そしたら・・・んー、お、焼き鳥じゃない」

 

「ああ。こういう炭で焼いた肉の匂いって満腹でも食欲わくよなー。おじさん、二本頂戴」

 

「あいよ!」

 

料金を支払い、二本串を取る。

一本を卑弥呼に渡すと、短くお礼を言った後、早速食べ始めていた。

 

「んー・・・! いいわねぇ。単純なものほど美味しいわぁ」

 

「なんというか・・・酒が欲しいな」

 

「昼間からはやめておきなさい。どこぞの戦闘狂みたいになるわよ」

 

「・・・雪蓮のことを言ってるんだな。そのくらいは分かるぞ」

 

昼から酒を飲むのが悪いとは言えないが・・・仕事を投げて飲むのはちょっとな。

それさえなければ、酒は百薬の長と言われるほどのものだ。自制して飲む分には全く問題ない。

 

「こうなると、アレだな。ビールとか飲んでみたくなるな。・・・いつごろのドイツに行けば良いんだろうか」

 

「・・・ギル?」

 

「ん、ああ、なんだ?」

 

「・・・なんでもないわ」

 

次の店をロックオンしたらしい卑弥呼は、それ以上の追及を許さない、とでも言うようにとたとたと先を歩く。

 

「お、おい・・・? ・・・なんだあいつ」

 

奇妙な女王である。卑弥呼が良く分からないのはいつものことだが・・・。

 

「ギル、これ見なさいよ! 豚の丸焼きだって! 丸焼きにして美味いもんなのかしら」

 

「・・・まぁ、料理として成立してる以上、普通に人が食えるものなんだろうさ」

 

「それもそうね。・・・あ、鳥の中に野菜とか詰めるのと同じなのねー」

 

じっくり焼かれている豚の丸焼きを前にして色々喋っていると、店主が睨みを聞かせてくる。

・・・おっと、買いもしないのにずっと前を陣取るのは迷惑だな。

 

「・・・ほら、次の店行くぞー」

 

「はいはい。全くもう、仕方ないわね」

 

もう、わがままなんだから、とでも言うような顔で俺に続く卑弥呼。

・・・卑弥呼が「美味しいもんなのかしら」とか言うから立ち去る羽目になったのだが・・・。

 

「なんかこー、この大陸ならではの料理が食べたいわよねぇ」

 

「ならではと言うと・・・中華料理か?」

 

それだったらここじゃなくて別の通りに言ってどこか飯店に入ったほうがいいと思うが・・・。

 

「んー・・・刺身食べたいわ」

 

「中華関係ないな。邪馬台国帰らないとないだろ」

 

「・・・察しなさいよ。海まで二人で行きたいのっ。分かった!?」

 

「・・・ああ!」

 

そういうことか、と手をぽんと打つ。

全く、遠まわしだなぁ。

 

「よっし、じゃあいつものように黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)を用意するぞ。のりこめー」

 

「カカッと乗ってやるわ!」

 

・・・

 

卑弥呼を膝に乗せて海へ出発。黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)は俺の思考どおりに海を目指して高速飛行する。

 

「やー、この大陸の川も海みたいに広いけど、やっぱり海自体も良いわよねー」

 

「だなー。何を獲る?」

 

「アキアジ。・・・と言いたいけれど、マグロでいいわ」

 

「・・・お前、本当に邪馬台国の人間か? 蝦夷から来ましたとか言わないよな・・・?」

 

鮭の言い方が完全に北の国からのものである。

 

「どうやって獲るのよ」

 

「え? 俺が何かするときは宝具しかないだろ?」

 

「・・・ん、そうよね。そうだったわね・・・」

 

深いため息を吐く卑弥呼を尻目に、空中から網を広げて投げる。

これは『狙った獲物のみを引き寄せる』という魚網である。まぁ、その周辺に『狙った獲物』がきちんといることが条件だが。

ちなみに、魚じゃなくても引き寄せられる。意外と汎用性が高いのだ。

 

「よっと」

 

「・・・うわぁ。びっちびちね。こんなにいらないわ。九匹で良いわよ」

 

「謙虚だな。・・・キャッチしたらリリース。一匹でいいな。二人分だし」

 

「ええ。・・・? なんで宝物庫にいれんのよ」

 

「中に自動人形がいるからな。調理してくれる」

 

前に『スパイスを入れたらカレールーになる』という話をしたと思うが、アレは自動人形たちが頑張ってくれていたらしい。

時間の流れの違う宝物庫の中で煮込んだり固めたりしてくれていたらしい。

 

「・・・なんでもありか」

 

数秒後、俺らの前には綺麗に盛り付けられた刺身が。

きちんとわさびと醤油までついている。彼女達の仕事っぷりには頭が下がるばかりだ。

 

「・・・んまいわね。とれたてフレッシュって感じ」

 

「酢飯もそのうち作らないとなー。・・・酢と米入れれば炊いてくれるだろうか」

 

「何でもやらせるのは良くないわよ。・・・でもま、そっちのほうが王っぽいか」

 

もぐもぐと刺身を咀嚼しながら、卑弥呼が呟く。

小声で、しかも物を口に含みながらだったので聞き取れなかったが・・・。

 

「・・・夕日が落ちるの見たら、帰りましょ」

 

「それ後何時間待たなきゃ・・・ああ、そういうことか」

 

「ん、そういうこと。・・・激しくしなさいよね」

 

・・・

 

海から帰ってきた。・・・え? 飛びすぎ?

いやだってほら、ねえ?

 

「・・・ああいうさ、その・・・アレのときにわらわがたまにする変な言葉遣い、あるじゃない?」

 

「変な? ・・・『らめぇ』、とか?」

 

急に変な話を降ってきた卑弥呼は、そうそれ、と俺の言葉に答える。

 

「ああいうのってさ、後になって恥ずかしくなるけど・・・最中はすっごい興奮すんのよね。自分で言ってて自分の言葉に興奮するって言うか・・・」

 

「そ、そうか・・・」

 

・・・どう反応しろと? というか、何を言ってんだこいつは。

俺の視線に気付いたのか、卑弥呼が恥ずかしそうに視線を落としながら口を開く。

 

「・・・下ネタを振る気はなかったのよ。まだ興奮してんのかしら、わらわ」

 

「じゃないのか? 風呂にも入ったんだし、落ち着けよ」

 

「ん。取り合えず今日は早めに寝るわ。明日には邪馬台国に一度戻るわね」

 

「おう。そろそろ肌寒いからなー。寝巻きもそろそろ長いのにしないと」

 

「そうねぇ。あ、そういえば寝巻き新調したのよ。えへへ、ギルに一番最初に見せようって思ってたのよっ」

 

こちらを見上げてはにかむ卑弥呼。・・・うぅむ、たまに見せる無邪気さが良いな。

そんなことを思いながら部屋に入り、二人して着替える。

俺の着替えは一瞬なので、終わった後は卑弥呼の着替えを見て待っていると、部屋の外に人の反応が。

・・・なんだろう、すげー早足だ。

 

「・・・卑弥呼、なんか変な反応が近づいてきてる」

 

「は? ・・・んー、わらわにはわかんないけど・・・あんたが言うならそうなのね。ちょっと後ろに逃げてるわ」

 

卑弥呼がそう言って俺の背後に隠れようとした瞬間、扉が吹っ飛ばされたように開く。

 

「ギルッ!」

 

「雪蓮・・・?」

 

血走った目で俺の部屋に入ってきたのは雪蓮。

・・・なにやら様子がおかしいな。正気を失っているような・・・。

 

「はっ、はっ・・・ギル、ぅ・・・!」

 

異常な速度で俺に迫った雪蓮は、呆けている俺に飛び掛ると、そのまま背後の寝台に押し倒した。

ちょ、ちょっと待て! 何で俺は押し倒されてるんだ・・・!

 

「ちょ、戦闘狂!? あんたいきなり何を・・・って、脱ぎ始めてる!?」

 

「あんたも脱ぎなさい、ギルぅ・・・!」

 

「・・・あ、分かった! 雪蓮、戦闘して血を見ると性的に興奮するんだった・・・!」

 

前回それで襲われて、何とか撃退した過去を急に思い出した。

・・・あの時はどうしたんだったかな。

 

「はぁ!? ・・・本を見たら興奮したり戦ったら興奮したり・・・呉には変態しかいないの!?」

 

「それを言うな・・・!」

 

邪馬台国にも一人、三国全てを合わせても敵わないような変態いるだろ・・・!

 

「ああもー、離れなさいよーっ。・・・きーっ、何このバカ力!」

 

「あ、そうだ。前のときは冥琳が近くにいたんだった」

 

「・・・うん、分かったわ。手伝ったげるからぱっぱとしちゃいなさい」

 

急に手の平を返した卑弥呼の所為で、雪蓮を押さえていた手から力が抜ける。

俺がこんな急に弱体化するって事は・・・何かの魔術をかけられたらしい。俺の低すぎる対魔力がこんなところで響くとは・・・!

 

「ふふ、中々大きいじゃない・・・私が上で動いてあげる・・・!」

 

「ちょ、流石に手は離せ・・・卑弥呼、お前何笑って・・・」

 

「んー? いやほら、中々ない体験でしょ? 存分に乗られなさい」

 

「後で覚えてろよ・・・あ、おい、雪蓮、気にせず始めようとするな・・・聞いてるか!?」

 

・・・

 

「あ゙~・・・酷い目にあった。・・・いや、どちらかと言うと役得・・・でもやっぱり酷い目に・・・」

 

この倦怠感。痛くないのに腰が痛むような妙な気分。これはアレだ。紫苑たち三人を相手した次の日に似ている。

一人でこの状態にさせるとは・・・流石雪蓮だ。若さもあるんだろうが・・・。

 

「・・・流石に心は読めないか」

 

口に出すと鋭い一発が飛んで来るが、考えるくらいならノーカンなのだろう。

・・・ああ、ちなみに雪蓮と卑弥呼は『女王殺し』を飲ませてる。アレはしばらく起き上がれないだろう。

え? やることが酷い? 良い思いしたのに? ・・・良い言葉を教えてやろう。『ヨソはヨソ。ウチはウチ』と言う魔法の言葉がある。

しばらく頭痛に苦しんでもらったあと、エリクサーで完全回復させてやるからそれでお相子だ。

 

「さぁて、蓮華に怒られに行くかな!」

 

一周回ってハイテンションである。今なら凄い良い笑顔で蓮華と愛紗と桂花からの説教を聴けるような気がする。

さらにその後麗羽と美羽と華雄の相手をしてもいいくらいだ。・・・いや、ごめん。盛った。全力で盛ってしまった。麗羽は無理だ。

そんなことを一人でつらつら考えていると、蓮華の部屋の前にたどり着いた。

こんこん、とノックをする。朝早いからいないだろうか・・・?

 

「・・・はい?」

 

お、返事が聞こえた。少しテンポが遅いように聞こえるのは寝起きだからだろうか。

 

「すまんな。休んでたか? 俺だ。ギルだよ」

 

「っ、ぎ、ギル? ちょ、ちょっと待って!?」

 

「ん、おう。ゆっくりで構わないからな。時間掛かるだろ?」

 

「あ、ありがと。・・・出来るだけ急ぐわね」

 

ぱたぱた、と急がしそうに動き回る音が聞こえる。

着替えたり髪を整えたりと忙しいのだろう。しばらく本でも読んで待つとしようか。

そう思って宝物庫から椅子と本を取り出す。

座ってぺらり、とページを捲ると同時に、声を掛けられた。

 

「あら? ギルじゃないっ。おはよっ」

 

「お、シャオか。おはよう。早起きだな」

 

「うんっ。昨日早く寝たのよ。・・・お姉ちゃんに何か用なの?」

 

「んー・・・まぁ、そんなところだ」

 

歯切れの悪い俺の返答に訝しげな視線を向けてくるシャオ。

まさか「孫家の長女に手を出しました」という報告をしに来たとは言えない。

 

「あっ、分かった!」

 

「おうっ!?」

 

ち、孫家は勘が鋭い節があるからな。シャオもその例に漏れないか・・・?

俺が戦々恐々と次の言葉を待っていると、頬を膨らませたシャオがびし、と俺を指差す。

 

「お姉ちゃんと朝からする気なのね! シャオも混ぜなさいっ!」

 

「・・・シャオはほんと、良い子だなぁ。妹キャラの見本みたいな子だよ」

 

「・・・むぅ。なんとなくだけど、子供扱いされてるのは分かったわ」

 

シャオを撫でながら微笑むと、さらに不機嫌そうに頬を膨らませる。

しかし良かった。これなら言いくるめることも可能だろう。

そう思って口を開こうとした瞬間・・・。

 

「い、いいわよ、ギルっ」

 

「・・・マジか」

 

「? ・・・お姉ちゃんとお話するのね? シャオも仲間に入れて!」

 

「い、いや、ほら・・・な?」

 

「どうしたの、ギル? ・・・って、シャオ?」

 

中々部屋に入らない俺に痺れを切らしたのか、蓮華が扉から顔を覗かせた。

当然俺とシャオが目に入り、疑問符を頭に浮かべながら首をかしげている。

 

「おはよ、お姉ちゃん」

 

「ええ、おはよう。・・・早起きね」

 

「えへへっ。あ、それよりっ! お姉ちゃん、ギルと一緒にお話するんでしょ!? シャオも仲間に入れてよ!」

 

「はぁ!? ・・・そ、そんなの、だ、駄目よっ。大切な話をするんだから!」

 

「えー!? 何でシャオを仲間はずれにするのよー!」

 

言い争いの声はだんだんとヒートアップしていく。・・・シャオには悪いが、蓮華をこっそりと応援してしまう。

流石に妹二人の前で姉とのことなど話せないしなぁ。

だが、俺の祈りもむなしく、蓮華がため息をついて仕方ないわね、と呟く。

 

「分かったわ。ただし、騒いだりしないこと。いいわね?」

 

「ホントっ!? わーい、お姉ちゃんさっすがー!」

 

「ホントにもう、調子良いんだから」

 

・・・覚悟を決めるか。もう、逃げられない!

 

・・・

 

「・・・はぁ!?」

 

「えぇー・・・!?」

 

妹二人の驚愕の視線を、気まずく思いながら受ける。

まぁ、取り合えず蓮華には話しておくつもりだったので覚悟してなかったわけではないが・・・。

 

「ふぅん。そう。・・・月が妊娠したから足りなくなったの? 確か明命もよね?」

 

「いや、それはない・・・と思うけど」

 

「あっ、でもさ、お姉ちゃん」

 

手をぽんと打って何かをひらめいた顔をするシャオの言葉に、蓮華が呆れ顔をして答える。

 

「何よ?」

 

「これで三人一緒に出来るね! しすたぁずにも桃香たちにも負けないわよ!」

 

「競わなくて良いの!」

 

「・・・なるほど、それは考えてなかったな」

 

「ギルっ!」

 

「おおっと、いやいや、ほら、可能性があるなーって思っただけで・・・」

 

別に実践しようとかは・・・いやでも、蓮華を押し切ればいけるか。

うん、また今度誘ってみよう。

 

「じゃあ、今日はその予習って事で・・・お姉ちゃんとシャオと、しよ?」

 

「・・・いや、ほら、俺にも仕事とか威厳とか・・・好色皇とはまだ呼ばれたくないんだけど・・・」

 

「え? 好色どころかぜつり・・・んもがっ」

 

「そ、それ以上いけないわシャオ。世の中には知らないほうが良い事って絶対にあるの。ね、ギル?」

 

「・・・いや、九割何が言いたいか分かったからいいよ・・・」

 

シャオの口を押さえる蓮華にため息をつく。

・・・まぁいい。そんなこと言われてるのであれば・・・もっと言わせてやる!

 

「ひゃ、ギル・・・?」

 

「ふふっ。ヤる気になったのね!」

 

二人をそれぞれの手で引き寄せ、そのまま寝台へ。朝っぱらからであろうが、やることは変わらないのである。

 

・・・

 

「・・・不味いぞ。何が不味いって全てが不味い」

 

あの後驚異的な回復力で部屋に突撃してきた雪蓮を混ぜて本当に姉妹でしてしまった。

・・・まぁ、そこまではいいんだけど・・・ここ二日くらい、まともに政務をしていない。

朱里たちがいるからそこまで致命的ではないだろうが・・・それでも、愛紗の怒りは想像に難くない。

 

「・・・こんにちわー・・・」

 

今の時間は昼を少し過ぎたくらいだろうか。中に人の気配は無く、しんとしている。

だから小声で挨拶をしながら半ば安心して扉を開けたのだが・・・。

 

「お久しぶりですね。ギル殿?」

 

「おじゃまし」

 

「いえ、歓迎いたしますよ?」

 

しまった! 気配を消して・・・いや、気配を周囲に『溶け込ませて』いたのか! 

これが中国拳法の奥義、『圏境』か・・・!

扉を開くために出していた手を、愛紗にがっちりと掴まれながら思考は一瞬で様々な逃げ道を探る。

しかし、そのどれもが『実行不可能』と言う結論に至る。

くそ、黒月に続く第二の『黒武将』、愛紗のことを失念していたとは・・・目先の欲望に流されすぎたな。

 

「お話したいことはたくさんありますが・・・取り敢えずは仕事をしていただきましょうか」

 

そう言って、愛紗は俺の手を引いて机まで無理矢理引っ張る。

うおお、やっぱり愛紗はサーヴァントを生身で引っ張るような恐ろしい力の持ち主だった・・・ッ!

 

「ご着席ください。・・・ご安心を。今日はそのお仕事が終わるまで、私が付きっ切りで監督いたします」

 

ち、仕方ない・・・こうなったら、また愛紗を恥ずかしがらせて話をうやむやに・・・。

そう思って愛紗に手を伸ばすと、その手を掴まれてすごく良い笑顔を向けられた。

 

「今日は・・・今日だけは、ギル殿のお言葉でも私の心が乱されることはありません。・・・不思議と、心が落ち着いているのです」

 

・・・それは『明鏡止水』というのではなかろうか。

この状態なら、その言葉通りだと頷ける。

 

「・・・ギル殿は星のように『仕事をサボりたい』と思うような不真面目な方ではないでしょう? ・・・いつものギル殿であれば、すぐに終わる量です」

 

「・・・ふぅ。分かったよ、素直にやるって。・・・で、仕事はここに積んであるのだけ?」

 

それなら、まぁ少し頑張れば三時間程度で終わるかな。

座っている俺の視線よりだいぶ高い位置にまで書簡が詰まれているけど、まぁ問題は無いな。

そんなことを考えながら筆を用意していると、愛紗が首を振る。

 

「いいえ。・・・月が妊娠してから、そこかしこで祭りやら特売やら騒ぎになっているのです。その間の陳情やら何やらで・・・少しお待ちください」

 

そう言って愛紗が開けたのは、政務室から直接繋がっている空き部屋だ。

資料室はその反対側にあるのだが、こちらはまぁ、ちょっとした食事をするときや仮眠を取るときに使われている。

簡素な寝台と折りたたみの机と椅子だけの殺風景な部屋・・・だったはずなのだが、今俺の前に見えているのはその部屋が書簡で埋まっている光景だ。

それを手で示しながら、愛紗は一言。

 

「こちらのものも、処理していただきます」

 

「愛紗、俺はまだ人間をやめてないんだぞ?」

 

「? それは・・・ちょっと私には難しすぎて理解できないですが、何かの冗談でしょうか?」

 

本気で首をかしげているらしい愛紗にそうか、と顔を引きつらせつつ返すと、諦めて筆を持つ。

・・・仕方ない。久しぶりに徹夜覚悟かな。

 

「・・・もし他に仕事あるんなら、そっち回ってもいいぞ。多分徹夜になると思うし・・・。あ、心配しなくても逃げないからさ」

 

「いえ。それは分かっていますが・・・実を言うと今日は急な休みで時間を持て余しておりまして。ギル殿と一緒にいられるならば、それはそれで有効な時間の使い方だと思いましたので」

 

だから、お気になさらずに。と締めた愛紗は、自分も筆を用意して手伝ってくれるようだ。

 

「そっか。ありがと。・・・そういえば桃香とか朱里は? 別の仕事?」

 

「はい。桃香様は鈴々と共に近くの邑を視察に。朱里は雛里と共に軍事訓練にいきました」

 

「そっか。じゃあ、久しぶりに二人っきりだな。・・・最初の仕事慣れてないときとか、愛紗にずっとサポートしてもらったよなー」

 

「さぽ・・・?」

 

「ああ、補助って意味。あの頃は随分助けられたよ。今更だけど、感謝してる」

 

「・・・ふふ。今更ですが、受け取らせていただきます。ギル殿に何かを教えられるだなんて、今からすると考えられませんね」

 

「そうか? ・・・まぁ、流石にあの頃よりは成長していると思うが・・・」

 

微笑みながら仕事を始める愛紗に後れを取らぬよう、俺も仕事を開始する。

さて、さくさく行きますか!

 

・・・

 

「・・・終わった、な・・・」

 

「ええ。・・・結構疲れましたね」

 

時刻は深夜。もう相当遅いだろう。一切の物音が外から聞こえない。

人間だけではなく、他の動物達も活動をしない時間帯だからだろうか。

それにしても木々が風に揺れる音すら聞こえないと言うことは、今は無風の状態だろうな。

 

「・・・どうする? 俺は無性に腹が減ったから夜食を食べようかと思うんだが・・・」

 

「あ・・・ええと、ご迷惑でなければ・・・その、ご一緒しても・・・?」

 

「もちろん。愛紗、前からちょくちょく言ってるけど、あんまり遠慮しなくていいからな? 俺が愛紗に迷惑かけることはあっても、愛紗が迷惑だって思ったことは無いから」

 

「は。ええ・・・その、意識はしてるのですが・・・まだ、抜けきっていないのでしょうか」

 

「じゃないかな。・・・そうだ。今日の夜食、愛紗が作ってくれよ。久しぶりにどのくらい上達したのか見たいからさ」

 

「ええっ!? ・・・だ、大丈夫、ですか・・・?」

 

俺の言葉に、『正気かこいつ』と言う目線を向ける愛紗。自分の料理の腕が壊滅的なのは自覚しているらしい。

・・・だけどまぁ、成長してないわけではないので、問題ないだろう。

これで最初のままダークマターを量産するようであれば正直厨房には近づかないように厳命するけど、ダークマターからゲテモノ料理、ゲテモノ料理から失敗料理と着実にランクアップしているので問題なし、だ。

 

「そうと決まれば早速行こうか」

 

「は、はいっ・・・!」

 

愛紗の手を引いて厨房へと向かう。

城内は完全に静まっている。俺達の靴の音以外、何も聞こえない。

 

「静かだなぁ・・・」

 

「そうですね。・・・番をしている兵士の姿は見えますが、距離があるからか足音も話し声も聞こえませんね」

 

愛紗の視線を辿ると、確かに兵士が数人立っているのが見える。

声も歩いている足音も聞こえないが、まぁ寝てる兵士はいないだろう。流石にその辺の規律はしっかりしている。

 

「そういえば厨房に食材はあるのでしょうか?」

 

「まぁ恋とか季衣とかの大食いが襲撃してなきゃ、二人分くらい何か材料あるだろ。なければ宝物庫から出すし」

 

「・・・宝物庫から出てくるような最高級食材を無駄にはしたくないのですが・・・」

 

「無駄じゃないさ。ちゃんと食べるからな」

 

「いつも思うのですが・・・ギル殿は、とても変わっていますね」

 

・・・なんだと? おいおい、俺ほどの常識人はいないだろ。

この世界中を探しても、俺みたいに常識を持っていて空気の読めるナイスな英雄王もいないだろうに。

と言うことを少し長めに説明してみると、愛紗はため息をついた。

 

「・・・ギル殿がそうおっしゃるのなら」

 

「何だその含みのある言い方。『貴方がそう思うならそうなんでしょうね。貴方の中では』みたいな顔してるぞ」

 

「・・・」

 

愛紗が、珍しくジトリとした目を向けてくる。

そして何も言わずに再び前を向いたと言うことは、この話はここで終わりだということだろう。

・・・仕方ないな。ここは俺が引いてやろう。俺は大人だからな! どやぁ。

 

「着きましたね。・・・食材は・・・うぅむ、これだとあんまり・・・」

 

厨房についてすぐ、愛紗は食材を確認する。顎に手を当てて険しい顔をしていると言うことは、食材が思ったより無かったのだろう。

それか、愛紗の作れる料理が、今ある材料では出来ないとか。

 

「ギル殿、先ほどああ言っておいてなんですが・・・食材を提供していただいてよろしいですか?」

 

「ああ、構わんよ。どんなのがいる?」

 

「ええと、では――」

 

「ふむふむ・・・こんなもんか」

 

愛紗に言われた食材を調理台の上に出す。

いつ見ても、食材がキラキラ光っているようにしか見えない。・・・仙人の桃とかそういう人体に急激な影響を与えるようなものは出していないはずなのだが・・・。

それでも、やはり宝物庫の中身だ。いつの間に補充されているのか分からないがいくつ出しても無くならないし・・・。

そのお陰でこうして大盤振る舞いできるのだが。

 

「それでは、腕を振るいますね。ギル殿は座ってお寛ぎください」

 

「ん。楽しみにしてるよ、愛紗」

 

「あ・・・は、はっ! 必ずや、至高にして究極の一品を!」

 

・・・それはちょっと志が高すぎるかなー・・・?

 

・・・

 

「お、お待たせいたしました。・・・どうぞ」

 

「お・・・黒くは無いな」

 

出された皿の上には、まぁ、ぐちゃっとしているけど食べ物であることは最低限分かる物体が乗っていた。

これは味が分かりそうだ。

 

「いただきます。・・・もぐ」

 

「ど、どうでしょうか・・・?」

 

「うん、いいと思うよ。・・・流石においしい、とまでは言えないけどさ」

 

前ほどではないとは言え、もぐがりと言う音は俺の口の中で聞こえるし、妙な苦味やえぐみも感じる。

材料は鶏肉とか魚介とか香辛料とかで、苦味やえぐみを出すような食材は無かったはずだが・・・。

 

「偉そうに言わせて貰うけど、上達してるよ。もうすぐ、他の人にも食べさせられそうなものが作れると思うよ」

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

「嘘なんてつかないって。愛紗も食べてみなよ。こっちの側はわりかし食べれるから」

 

「はい・・・い、いただきます」

 

愛紗も箸を取り、俺の言った場所の鶏肉を掴んで口に運ぶ。

あの辺りは俺の眼で見ても特に異常が感じられなかった場所なので、愛紗も問題なく食べられるだろう。

 

「・・・む。・・・まぁ、その・・・以前よりは、食べられますね」

 

「だろ? 次はもうちょっと手順の簡単な料理とかに挑戦してみたらいいんじゃないかな」

 

「そうしてみます。・・・そうなると、また別の料理を教えてもらわないといけませんね」

 

二人で料理の感想を話しながら食べ続けると、料理は綺麗に無くなった。

並んで皿を洗い終えると、愛紗がお茶をいれてくれた。

 

「どうぞ」

 

「ありがと」

 

俺の前に湯飲みを置いた愛紗は、自分の分も用意して俺の対面に座る。

お茶を飲んで一息ついた後、沈黙がお互いの間に流れる。

・・・雰囲気を察知するに、何か話したいことがあるんだろうが・・・。

まぁ、言い出すまで待つか。

 

「・・・ずず」

 

お茶を飲んで背もたれに背中を預けると、ぎ、と軽い音がする。

・・・この辺の椅子や机も、そろそろ買い替えの時期かな。

 

「あの・・・」

 

「ん?」

 

両手で湯飲みを持ちながら、愛紗は俯き加減に口を開く。

 

「ええと・・・後で直接月には言いますが・・・その、おめでとうございます」

 

「・・・なんで皆俺に言うかな・・・?」

 

「ふふ。すみません。ですが、おめでたいことですので」

 

「はは。・・・でも、その気があるなら愛紗との間にもって考えてるけど」

 

「あっ、は、はひっ! そ、その、是非・・・と言いますか、ええと、その、今から、と言うことでしょうか!?」

 

慌てた様子で背筋を伸ばす愛紗に、苦笑を返す。

 

「いやいや、そんなに焦ってのことじゃないって。子供は授かり物って言うだろ? ゆっくりでいいさ。・・・それに今からしてたら、明日の仕事に確実に差し障るぞ」

 

「・・・そ、それもそうですね。・・・焦りすぎていたみたいです」

 

恥ずかしそうに頬を染め再び俯く愛紗に、出来る限り優しい表情になるように微笑む。

・・・そう思っていてくれるだけで嬉しいな。その想いに答えられるよう、頑張らないとな。

そして俺達は、太陽が後少しで昇る、と言うところで部屋に戻り、二人一緒に寝た。

・・・元々次の日は午後から仕事だったし、一人で寝るのもどうかと思ったから誘っただけだ。

それに、ただ寝るだけだったしな。この季節は少々寒く感じるからな。・・・このおっぱ・・・じゃない。綺麗な体を抱き締めながら眠れると言うのは、かなりの幸せだと言えるだろう。

 

「ふみゅ・・・う・・・」

 

俺の腕の中で眠る愛紗を見ながら、うとうとと眠気がやってくるのが分かる。

・・・こういう風に、寝る前に考え事をするというのは、なんだか今までを思うとフラグのような気が・・・。

そんな考えを塗りつぶすように、睡魔が俺の意識を闇に落としていった。

 

・・・




「へえ。なんかアレだな。格闘ゲームみたいなもんか」「最初にマスターを選んで、次にサーヴァントを選ぶ。マスターはそれぞれ特徴があって、サーヴァントとの組み合わせで色んな戦法が取れる! みたいな」「・・・なんかアレだな。月以外と組むのは想像つかないが・・・多喜と組んでみたり孔雀と組んでみたりすると面白いかもな」「だろ? ・・・いやー、でもこういうの考えてるとテレビゲームとかしたくなってくるなー」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十九話 秋の楽しみに

「・・・ん。神様の間か。・・・って、何やってるんだ?」「あ、これですか? テレビジョンとビデオゲーム機です。ちなみに電気で動きます」「おいおい、俺を原始人扱いするのはやめろ。・・・って、ゲーム機とかあるんだ」「ええ。ほら、北郷さんいるじゃないですか」「ああ」「彼が考えた『ゲーム』が面白そうだったので、作ってみました」「・・・もう何も言うまい」「ちなみにゲーム機とテレビの中身は私のまつ毛です」「神様の毛って万能なんだな」


それでは、どうぞ。


翌日。午後からの訓練に、俺と愛紗、翠と蒲公英の四人が集まっていた。

眼下には数千人の兵士達。いつも思うが、この数を調練とか、前からじゃ考えられないよなぁ。

 

「それでは、蒲公英は翠と。私はギル殿と動く」

 

「えー? 愛紗ばっかりお兄様と一緒はずるいよーっ!」

 

「む・・・そう言われてもな・・・」

 

「それに、愛紗は昨日もギルと一緒にお仕事だったんでしょ? それだったらたんぽぽにも少しお兄様との時間をくれてもいいと思うなー」

 

蒲公英は、どんどん言葉を紡いで愛紗を言いくるめようとしている。・・・これは愛紗が不利かなー。

 

「翠、今日は一緒に組もうか」

 

「は? あたしと? ・・・そういやギルと一緒にってあんまねーかもな。おう、いいよ!」

 

なにやらそろそろ陥落しそうな愛紗を尻目に、俺は翠を連れて先に兵士達の所へと向かうのだった。

 

・・・

 

俺と翠が兵士達のところに到着した辺りで異変に気付いたのか、蒲公英たちに詰め寄られたが、まぁさっさと二人組みにならないほうが悪い、と言い返しておいた。

恐怖のワード、「はいそれじゃあ二人組み作ってー」に対抗するには、言われる前からさっさと二人組みを作っておくに限るのだ。今日は偶数だから余りっこないけど。

 

「ギル、よろしく頼むぜ!」

 

「おう、こちらこそ。・・・さーて、いきますか!」

 

訓練開始のドラが鳴る。今回の訓練はただ真正面からぶつかって混戦になったときの訓練なので、正直俺達将は必要ないレベルだろう。

だがまぁ、この機会に『戦いのときに将に巻き込まれない』ための訓練でもあるのだ。・・・俺も最初の頃、兵士を数十人単位で吹き飛ばす愛紗とか恋とか春蘭とかに良く巻き込まれそうになった。

大切なのは、戦っているときでも『何処に危ない将がいるのか』を見極めるのと、『何処が危ない将の攻撃範囲外なのか』を知ることだ。

兵士の皆には、今回の訓練を通してそれを見極めていただきたい。愛紗も翠も、要注意の将だ。・・・蒲公英? いやほら、蒲公英はバカ力とかじゃなくて、戦場でいつの間にか背後に立ってる系の怖さだから、今回は別だ。

ちなみに蒲公英系統の怖さの将は、明命とか思春とかである。鈴の音が聞こえたときにはもう戦闘不能である。

 

「ギルっ、そっちは蒲公英だ! あたしは愛紗をやる!」

 

「おう。そうしてくれると助かる!」

 

流石に自ら愛紗と戦うような無理はしたくないからな・・・。

いろんな意味で気の抜けない戦いになるので、訓練ついでに蒲公英の面倒を見てやれるのなら願ったりだ。

 

「ほらほらー! 俺の近くにいると吹っ飛ぶぞー! あぶねーぞー!」

 

エアを回転させながら振り回すと、面白いぐらいに兵士が避けていく。

それでも逃げ遅れる兵士達も出てくるが、その場合はちょっと吹っ飛んでもらう。

こうしてたまには吹っ飛んでおいて貰わないと、いざというとき受身を取れなくて大怪我するからな。

大怪我するなら、治療の準備が整っている今してもらった方が覚えるだろう。

 

「? なんだろ、兵士さんたちが避けてるような気が・・・この感じ、お兄様っ! ・・・なんちゃって」

 

「良く分かったな。蒲公英も気を読み取れたりとか出来るようになったのか?」

 

「・・・ふぇ? え、ホントにお兄様!? わ、乖離剣持ってる・・・だから兵士さんたち避けてたんだ!」

 

一瞬で逃げる体勢になる蒲公英に、高速で迫る。兵士を盾にして隠れようとしているが、その兵士を掻き分けて蒲公英に追いつく。

 

「ひゃわわっ、つ、次の兵士さん・・・って、いない!? た、たんぽぽたちの周りから離れてってるー!?」

 

「逃がさんぞ、蒲公英ぉ!」

 

「見逃してー!」

 

「俺に勝てたらな!」

 

「む、無理だよ無茶だよ無謀だよー! お兄様の鬼ー!」

 

おいおい、そんなに褒めても攻めの手は緩めないぞ?

まぁ、今回は本当にエアだけ振るってるし、ステータスも落としてるから戦いようによっては勝てる・・・かな?

いやまぁ、恋だけかもしれないけど。

 

「・・・蒲公英。俺は結構子供みたいでな」

 

「ふぇ? ・・・え、なに、何のお話?」

 

エアを回転させながら話しかけると、困惑しながら蒲公英も話しに耳を傾ける。

落ち着かせるために腕はだらんと下げている。そのためか、蒲公英も構えてはいるものの、立ち止まって姿勢を低くしているだけだ。

 

「・・・良く、こんな話を聞くだろう? ・・・『好きな女の子ほど、男の子はいじめたがる』、と!」

 

そう言って、一歩踏み出す。俺の戦闘中の一歩は、相手との彼我の距離を一瞬で詰める速度だ。

 

「ふ、あっ・・・!?」

 

がぁん、と蒲公英の構えた影閃にエアがたたきつけられる。

蒲公英の足元の地面にひびが入り、円形に凹む。

 

「い・・・ったぁ・・・!」

 

「おいおい、気を抜くなよ? 力も抜くんじゃない。手も抜いたら怪我するぞ?」

 

「あ・・・やっ・・・!」

 

振るった右手のエアが、蒲公英の影閃に何度も打ち付けられる。

後ずさりしながら武器を振るう蒲公英が、だんだんとよろけてくる。

 

「やっ、はぁっ・・・! ふわっ、わ、とと・・・す、好きな女の子って言われるのは・・・わわわっ、嬉しいけどっ! っとっと・・・」

 

「ほうら、上から来るぞ!」

 

「そう言って下から来るんでしょっ!」

 

俺のフェイントにも引っかからず、下からの攻撃を体を反らせて避ける蒲公英。

流石は蒲公英。こんな初歩の初歩じゃ気付かないか。

 

「今度は・・・こっちも攻めてくよっ!」

 

エアを避けると、蒲公英は軽いステップでこちらに飛び込んできた。

む、俺よりも長物の蒲公英が懐に飛び込んでくるとは・・・何か策があるのか・・・?

 

「や、は、とうっ!」

 

槍の一撃をエアで、拳、脚の連撃を左手で捌く。

防がれた槍を離して、さらに蒲公英は俺との距離を縮める。

完全に俺と密着しているレベルである。

 

「恋に教えてもらった徒手空拳っ。お兄様で試してみるよっ!」

 

「お、よっしゃこい」

 

小手調べとばかりに俺の顎にアッパーが飛んでくる。

軽く顎を引いて拳を避けると、その腕を掴もうと手を伸ばす。

しかしそれを読んでいたのか、俺の伸ばした手を掴んでぐるりと背中を向ける。

・・・これは、まさか・・・!

 

「背負い、な・・・うにゅー・・・!」

 

「お、もうちょっとだなー」

 

「・・・お兄様、背、高すぎ!」

 

俺の手をぐいーと引っ張るが、残念ながらちょっと身長が足りないようだ。

多分霞から恋へ伝わって蒲公英へといったのだろうが・・・。

 

「ほら、残念ながら蒲公英は掴まってしまった」

 

「ふみゅ・・・。た、蒲公英にいやらしいことする気でしょ! 薄い本みたいに! 薄い本みたいに!」

 

「・・・朱里か? 雛里か? ・・・まぁ、その辺は後で本人に確認するとして・・・残念ながら蒲公英は七乃の調練へとレッツゴー」

 

「ひにゃー・・・」

 

観念したのかふにゃっと力を抜いた蒲公英をつれて、兵士達の中へと飛び込む。

さぁ、吹っ飛べ兵士達! 受身をきちんと取れよ!

 

・・・

 

「・・・おお」

 

現在地は街の近くにある山である。

秋も深まり、『十月最後の日』も過ぎてはや一週間ほどが経とうとしている。

そろそろいい時期だろうと、将たちを連れて、雪蓮から頼まれていた『紅葉狩り』に来ている。

以前紅葉狩りに丁度良い広場を山の中に見つけており、そこにシート代わりに大きな布を敷いて、座る場所としている。

置いてあるのは酒、酒、酒・・・。後宮を建てるために店をちょっと休むと言う酒屋を巡って買い占めてきた。・・・これ、一日で飲めるのか?

俺の不安を他所に、雪蓮は早速酒豪たちと固まって酒を飲み始めていた。

紫苑に桔梗に祭に星・・・話題は最近体験したという俺との情事についてだった。・・・そういえば、あの中で雪蓮だけが仲間はずれだったんだな。

その話が聞こえたのか、冥琳がこちらを見てメガネをキラリと光らせている。「・・・これでまた一人」と言う声が聞こえたような気がした。

 

「あ、お兄さーん!」

 

「お、桃香」

 

蜀、魏、呉で大体シートを分けているので、桃香の周りには蜀の面々が集まっているのが見える。

・・・え? さっきの星達? あの辺りは『のん兵衛』ゾーンとして皆が皆暗黙のうちに避けているだけだ。

一応場所としては呉のシートなのだが、あの近くにはほとんど人が居ない。

 

「どうだ、楽しんでるか?」

 

「うんっ。えへへ、月ちゃんは任せて! 桔梗さんたちから守って見せるよ!」

 

「・・・頼りないなぁ」

 

「凄く辛辣だよ!?」

 

月を膝の上に乗せてのん兵衛たちから守っている(らしい)桃香に、うぅむ、と疑惑の視線を向ける。

必死に桃香は自分がどれだけ頼りになるかを説明しているが・・・自分で説明している時点で、ちょっと頼れないと思う。

 

「蒲公英、恋。・・・お前達二人が最後の砦だ! 頼んだぞ!」

 

「おっけー! 頑張って守るよー」

 

「・・・ん。月も、月の赤ちゃんも、守る」

 

桃香の両脇を固めている二人に月を頼む。

・・・え? 詠はどうしたって?

それはその・・・ほら、あっち。

 

「んむぅっ!? ちょ、華雄、あんた何酔って・・・! し、霞! こいつを止めて・・・ばっ、ちが、何でボクを押さえて・・・ねねっ、ねね、助け・・・ああっ、すでにやられてる!?」

 

泥酔した華雄と霞に飲まされている。・・・詠、董卓軍の中では弄られキャラだったのか。

流石に見かねたので、大の字でシートの上に倒れているねねと、霞に押さえつけられている詠を救出する。

助け出すのが遅かったのか、詠の顔はかなり朱に染まっているが・・・恋の所においておけば元気になるだろう。

 

「・・・助かったわ」

 

「あー・・・うー・・・ぎーるーがー・・・二人、なのですー・・・?」

 

詠からはお礼の言葉を。ねねからは・・・ちょっと不安になる一言を聞かされる。

その二人を恋に預ける。彼女なら大体の将の襲撃を返り討ちにしてくれるだろう。

 

「あれ? そういえば愛紗と鈴々は? 桃香の近くにいると思ったんだけど・・・」

 

「・・・お酒を飲んではしゃいじゃって・・・向こうで打ち合ってるよ?」

 

桃香が煤けた目をしてそう呟く。

ああ、そっか・・・向こうで聞こえる金属音は幻聴とかじゃないんだな・・・。

相当激しそうな上に確実に二人以上が戦ってるみたいなんだけど・・・愛紗と鈴々以外に誰がいるんだろうか。

 

「侍女さんたちは今お料理持ってくるからもう少し掛かるんじゃないかな?」

 

「そっか。・・・じゃあ、それまで魏と呉のほうにも行って来るよ」

 

「うん。・・・気をつけてね」

 

「へぅ・・・えと、お気をつけください・・・」

 

なんだか、月だけでなく桃香にもそういわれると・・・死地に趣くような気分になる。

 

・・・

 

魏のシートに向かう途中。見慣れた赤髪の女性に呼び止められた。

・・・えーと。

 

「・・・考えてること分かるから先に言っておくけど・・・私だ。白蓮だぞ」

 

「おおっ!」

 

「何だその「ああ、そういえば!」って反応! やっぱりか! やっぱり忘れられてたのか!?」

 

うがー、と俺に噛み付いてくるように迫るのは「普通」の名を恣にしている蜀の器用貧乏こと白蓮である。

彼女の真名じゃないほうの名前をさん付けするとややこしいともっぱらの噂である。

 

「・・・いや、流石に冗談だぞ? 白蓮のことくらい覚えてるからな?」

 

「ほ、本当か・・・?」

 

「もちろん。毎回会うたびにこんなやり取りしてるだろ。きちんと覚えてるって」

 

「うぅ・・・ギルって本当に優しいよな・・・」

 

相当不当な扱いを受けているのか、酒が入っているからか、白蓮は少し涙目だ。

よしよしと慰めていると、背後から高笑いが。

・・・ああ、やっぱりか。『白蓮をパーティメンバーに入れていると袁家とのエンカウント率が上がる』と言うのはガセでは無かったようだ。

全力でガセであって欲しかったのだが・・・まぁ、出会ってしまったものは仕方ない。黒月とか黒愛紗とかと一緒だ。一度遭遇してしまうと、逃げられない。

 

「あーらっ。そこにいるのは白蓮さんとギルさんじゃありませんの?」

 

「・・・あーあ、ご愁傷様」

 

「もう、文ちゃん? ・・・確かにご愁傷様だけど・・・!」

 

麗羽が俺達を見て何時も通り尊大な態度で話しかけてくる。

その背後では猪々子と斗詩がぼそぼそとこちらを気遣うような事を呟いていた。

 

「こんなところで突っ立ってるなんて・・・二人とも、お友達がおりませんの?」

 

「ぐっ・・・麗羽に言われると腹立つわぁ・・・!」

 

「ああっ、ぎ、ギルさん落ち着いてくださいっ。麗羽さまの発言はいつもの事じゃないですか!」

 

ぎり、と握った拳を、斗詩が俺を説得しながら優しく解いてくる。

そのお陰か、少し落ち着くことができた。・・・やっぱり麗羽は苦手だなぁ。なんというか、人のイラつくポイントを狙い撃ちしてくる才能を持っている。

しかもそれが天然だって言うのが麗羽を憎みきれない原因だ。これで狙ってやってるんだったらやり様はあったんだが・・・。

 

「丁度良いですわ! 貴方がたもわたくしの場所へ招待いたしますわ!」

 

「嫌な予感しかしない・・・斗詩、袁家って何処で飲んでた?」

 

「・・・色んなところです。まず蜀のところにいたんですけど麗羽さまが「わたくしを呼んでいる声が聞こえますわ!」と言い始めて・・・」

 

「ああ、なるほど。・・・で、魏に行ったんだな?」

 

「お、アニキは流石だなー。そうそう。麗羽さまは知り合いのいる魏のところに言ったんだよ。・・・ま、予想通り曹操と喧嘩になっちゃってさー」

 

「だろうなぁ」

 

容易に想像できるぞ。言い争いになる華琳と麗羽・・・春蘭とかに攻撃される前に猪々子と斗詩の二人が麗羽を引っ張って逃げたのだろう。

 

「それで、美羽さまに会いに次は呉のところに行ったんですけど・・・」

 

「・・・呉なんて袁家の近づくところじゃないだろ」

 

「ですよねぇ。・・・美羽さまだったらまだ可愛がられてますけど・・・麗羽さまは、あれですから・・・」

 

「だよな・・・」

 

これまた容易に想像できる。一瞬で呉のシートのヘイト値をマックスにする麗羽・・・鈴の音を聞く前に、猪々子と斗詩の二人が麗羽を引っ張って逃げたのだろう。

・・・と言うことは、今は何処にもいれなくて逃走中ってことか。

 

「・・・蜀に戻れば? 今なら白蓮もつけるぞ」

 

「抱き合わせ!?」

 

「・・・いいですか? 白蓮さんがいて下さればいけに・・・いえ、被害が抑えられるかと」

 

「生贄って言おうとしたー!」

 

よしよし、と慰めながら、白蓮を斗詩に預ける。

・・・ごめんなー。後で何かしらフォローはするよ。・・・覚えてれば。

諦めたように麗羽について行く白蓮を見送りながら、俺は魏のシートへと向かった。

 

・・・

 

「一刀、飲んでるか?」

 

「おー、ギルか。蜀のほうにはもう行ったか?」

 

「もちろん」

 

「あ、そっか。料理が来るまで暇なんだな?」

 

俺の心理を読んだのか、一刀がにやりと笑いながら杯を掲げる。

その後ぽんぽんと隣のシートを叩く。ここに座れと言うジェスチャーのようだ。

よいしょ、と一刀の隣に腰を下ろす。すぐに流流が近づいてきて、杯を手渡してくれる。

 

「どうぞ、にーさま」

 

「お、ありがと」

 

俺の隣に立ち膝で寄り添い酌をしてくれる流流。

頬を少し赤くしているのは、酔っているからか、照れているからなのか・・・。

 

「・・・えへへ。あ、ちょっとしたお菓子を作ってきたんです。どうぞ」

 

そう言って、流流は包みを取り出す。

中から出てきたのは、クッキーのようだ。

 

「以前教えていただいた作り方を更に詳しく分析してみたんです。・・・その、以前教えていただいたものだと分量が不明瞭なところがありましたので」

 

「だよなぁ・・・。朱里たちも作るときに困ってたみたいだけどさ・・・一刀と一緒にパイのレシピを作ったときも大変だったもんなぁ」

 

「はは、パイもクッキーも、作ったことなんて無かったからなぁ。一応材料については記憶してたけど・・・なぁ?」

 

隣の一刀が、苦笑いを浮かべながら話に入ってくる。

そうだよなぁ。お菓子は食べても作らないほうだったからなぁ。

 

「でも、朱里達もそうだったけど・・・流流も凄いな。材料とか完成品の概要を見て分量とか考えたんだろ?」

 

・・・凄いよなぁ。俺には真似できない。宝物庫の中の自動人形に丸投げなら出来るけど。

思えば・・・自動人形に聞けばレシピ詳しく分かったんじゃないだろうか。

 

「光栄に思いなさいよ? 流流ったら、私や季衣よりも、ギルに先に食べさせるからって味見もさせてくれなかったんだから」

 

一刀の隣、俺とは反対側に座って紅葉を鑑賞していた華琳も話しに参加してくる。

華琳の言葉に、流流は今度こそ顔を真っ赤にしてあたふたとし始める。

 

「あっ、あのっ、えっとっ、ち、ちが、くはないんですけど・・・!」

 

「あら、流流のこんな可愛い顔は初めて見たわ。ふふ、ギルも花を開かせるのが上手いのね」

 

華琳が色っぽい表情を浮かべる。・・・やらんぞ?

 

「そうそう、言い忘れてたけど・・・美味しいよ、流流」

 

「あっ・・・は、はいっ! お口にあってよかったです!」

 

照れながらも俺にくっ付いてくる流流。・・・潤んだ瞳で見上げられているのだが、これは何かを要求されているのだろうか・・・?

助けを求め、話を逸らすように華琳たちに話しかける。

 

「そ、そういえば季衣は? こういうとき真っ先に流流にクッキーねだってそうなもんだけど」

 

後春蘭と秋蘭もいないな。どうしたんだろ。こういうとき華琳のそばにいる一刀をぶっ飛ばしたりしてるんだけど。

 

「ああ、春蘭と季衣なら向こうで愛紗たちと打ち合ってるわよ。はしゃぎすぎたらしくてね」

 

・・・そうか、魏はその二人か。

 

「で、秋蘭はもし何かあったときの保護者よ。必要でしょう?」

 

「確かにそうだが・・・って、あれ。そういえば桂花は?」

 

「・・・いないわね。何処に行ったのかしら」

 

「? 先ほどまで華琳様のお隣に見えてた気がするのですが」

 

「ああ、それは間違いないぞ。反対側にいる俺に罵声浴びせてたからな」

 

きょろきょろと辺りを見回す俺達。どうやら俺が来るまでは普通にいたらしい。

・・・迷子か?

 

「探してくるよ・・・あ、いや、やっぱり大丈夫みたいだ」

 

立ち上がりかけて、やっぱりもう一度座りなおす。

風と凛のところに避難してこちらを覗く桂花が見えたからだ。

顔を赤くして「黙ってろ」と言うジェスチャーをしているから、きっと放っておいて欲しいんだろう。

風がいつものように眠そうな瞳で桂花の頭を撫でていて、凜は「どうしたんだろうこの人」と言う瞳で桂花を見下ろしている。

 

「・・・そろそろ呉のほうにも行って来るよ」

 

「あ・・・う・・・行っちゃうんですね」

 

うおお、何だこの罪悪感!

立ち上がった俺の手をゆるく掴む流流に、俺の心が「・・・終わるまでここにいようかな」と言う選択肢をぐいぐい押してくる。

 

「・・・後で、二人っきりでな?」

 

「ふぁ・・・」

 

何とか理性を総動員して、流流の頭を撫でて落ち着かせる。

耳元でこっそりと囁くと、流流は少し蕩けた顔をする。

さて、次は・・・一番行きたくない、のんべ・・・呉のシートに行くかな。

 

・・・

 

予想通りというかなんというか・・・シートの間を移動しているときに絡まれる。

絡まれると言うとなんだか嫌な表現だが、まぁただ話しかけられただけだ。

 

「あっ、ギル様っ」

 

「ん? ・・・お、明命。思春もか。どうだ? 楽しんでるか?」

 

「はいっ。蜀のお猫様たちもいらっしゃっているので、とても楽しいです!」

 

若干興奮気味の明命とは対照的に、思春は何時も通りの落ち着いた顔をしている。

・・・若干顔が赤く見えるのは、酒を少しは飲んでいるからだろうか。

 

「・・・思春が蓮華の近くにいないって珍しいな。どうしたんだ?」

 

「別に。どうもしてはいない。・・・ただ、蓮華さまより『私は姉様やシャオの様子を見ないといけないから、あなたは一人で色々回って見なさい?』と言われただけだ」

 

「ああ・・・多分、雪蓮たちに巻き込まれないように配慮してくれたんだな」

 

今呉のシートは桔梗たちのん兵衛に占領されているのだろう。それに巻き込まれないよう、先に明命や思春を避難させたのだろう。

根が真面目な二人は、一応目上の雪蓮たちに酒を勧められると断れないだろう。

それで潰れてしまうのは流石に可哀想だと蓮華が気を使ったのだと思う。

 

「・・・多分な。蓮華さまをお一人で残すと言うのは気が進まぬが・・・あれだけ強く言われてはな」

 

「それが一番いいと思うね。・・・俺でも、酔い潰れるときあるからな、あの人たちと飲むと・・・」

 

「貴様がそれほどまでに追い込まれるとは・・・相当恐ろしいな」

 

思春が少しだけ俺を気遣うような視線を送ってくる。

・・・意外と優しい子だよな、思春って。前も俺が落ち込んでるときに励まそうとしてくれたこともあったし。

 

「あ、そうそう、ギル様は今お一人ですか? 良ければ、私と思春殿と一緒に御酒を飲みましょう!」

 

「お、いいね。是非。明命とも思春とも、一緒に飲んだこと無いからな。・・・じゃ、ちょっと呉の近くからは離れようか。・・・のん兵衛たちに見つかったら逃げられなさそうだし」

 

そう言って、俺達は呉のシートから少し離れ、木陰に陣取ることにした。

小さなシートくらいなら俺の宝物庫を探さずとも有るので、それを敷く。

 

「ほら、どうぞ」

 

「ありがとうございますっ。ほらほら、思春殿も!」

 

「・・・邪魔するぞ」

 

三人座ってもまだ一人二人くらいなら座れそうなシートの上で、侍女に頼んで酒やつまみを少量持ってきてもらう。

 

「そういえば、紅葉狩りは紅葉を見て楽しむんでしたよね。春のお花見のようなものですか?」

 

「そうそう。ま、発案は雪蓮だから、堂々と酒を飲みたいって言うのが主目的だと思うけどな」

 

「でしょうね。・・・でも、ギル様と一緒にお酒を飲めるのは嬉しいです!」

 

「はは。そう言ってくれると嬉しいよ。・・・俺も、明命や思春と仲良くなれるのは嬉しいよ」

 

犬のように身を寄せてくる明命を撫で回す。

わふー、と何処かで聞いたことのある声を上げる明命を見て、思春がふ、と笑う。

 

「・・・明命も、最初は硬かったものだが・・・柔らかくなったものだ」

 

感慨深そうに呟いて杯を傾ける思春。・・・俺からすれば、思春も十分柔らかくなったと思うけど。

 

「思春も、最近良く笑うようになったと思うよ。良い事だ。可愛いしね」

 

「ごふっ・・・!? ・・・き、貴様は、そうやって・・・!」

 

「おいおい、大丈夫か? 明命、手ぬぐい取ってくれ」

 

「はいっ、ギル様、どうぞっ!」

 

「ありがと。ほらほら、思春、口拭けって」

 

「む、ぐ・・・じ、自分で出来るっ!」

 

そう言って、思春は俺の手から手ぬぐいを奪う。

ぐいぐいと乱暴に自分の口を拭うと、そのまま顔を背けてしまう。

 

「思春、恥ずかしかったんだな」

 

「ですね。思春殿は、意外と照れ屋さんですから」

 

ぼそぼそと二人で小声で囁きあっていると、呉のシートからフラフラと一人逃げ出すように飛び出してきた。

 

「あ、亞莎だ。おーいっ、亞莎ー!」

 

「ふぇ? ・・・あ、明命っ!」

 

とたとたとこちらのシートにやってくる亞莎。

うむ、今日も視線に困る服を着てるな、彼女は。

 

「どうしたの? 随分疲れてるみたいだけど」

 

「・・・祭様に捕まってたの。うぅ、ようやく抜けてこれた・・・あ、ぎ、ギル様もいらっしゃるんですね」

 

「やっほー。良かったらここで少しゆっくりしていかないか?」

 

ありがとうございます、とお礼を言いながらこちらのシートに座る亞莎。

・・・ち、袖が邪魔で見えないか。・・・え? あ、いやいや、こっちの話。

 

「・・・というか、明命? その・・・なんでギル様のお膝の上で寝てるの・・・?」

 

「ふぇ? ・・・あ、えーっと・・・ほ、ほら、お猫様の気持ちになるために・・・?」

 

亞莎の疑問に、明命は俺の膝の上で丸まりながら答える。

二人とも首をかしげているのが面白い。

 

「亞莎も来るか? 今なら大サービスだぞ」

 

「ふぇっ!? い、いえっ! そんな、ギル様のお膝なんてうらやま・・・じゃない、恐れ多い!」

 

「・・・良い気持ちなのに」

 

「・・・あぅ」

 

「今だけなのになー」

 

「・・・あぅぅ・・・」

 

少しずつ心が揺れているのか、亞莎がフラフラとこちらにやってくる。

 

「明命、少し譲ってやってくれ」

 

「はい。ほら、亞莎」

 

「ふぁい・・・」

 

ぽてん、と俺の膝に頭を乗せる亞莎。

・・・やっぱりか。祭に捕まってたって言ってたからもしやと思ったが・・・。

 

「随分飲まされちゃったみたいですね」

 

「だな。顔も赤かったし。相当祭にやられたな」

 

「・・・気分は大丈夫そうか?」

 

「ああ。少し休ませれば問題ないだろ」

 

ぼそり、と呟くように亞莎を気遣う発言をしたのは、先ほど恥ずかしさから顔を背けた思春である。

・・・やっぱり、優しくなったよな。なんというか、冷たさみたいなのが和らいだような。

 

「・・・亞莎が起きたら、少し水をあげてくれよ」

 

「はいっ」

 

「・・・さて、それじゃ俺は亞莎みたいな犠牲が出ないように祭たちのところに行くかな」

 

しばらく亞莎を撫でて落ち着かせてから風邪を引かないように一応ブランケットを掛け、俺は呉のシートへと向かった。

 

・・・

 

「おう、ギルではないか! ささ、こちらへ来い! 特別にワシが酌をしてやろう!」

 

祭に見つかった瞬間、腕を引かれてのん兵衛ゾーンに引き込まれた。

な、なんという力・・・! 祭と一緒に桔梗もニヤニヤして引っ張ってるし・・・!

こうなったら、最後の良心、紫苑に期待するしか・・・。

 

「あらあら、ギルさんがいらっしゃったの? 私のお膝にどうぞ?」

 

酒に酔っているのか、頬を赤らめながら自分の膝をぽんぽんと叩く紫苑。

・・・最後の良心が駄目になっていた!? と言うか率先して俺を引っ張ってるんだけど・・・!

そのまま俺は紫苑に引き込まれ、所謂あすなろ抱きで固定されてしまった。・・・あれ、これって立場逆じゃ・・・。

 

「はーい、ぎゅー」

 

「ぬおお、紫苑がはしゃいでいる・・・!? 嬉しいけど、嬉しいけど桔梗たちがいる時点で無事に帰れる気がしない・・・!」

 

脚を崩して座っている紫苑に後ろから抱き締められながら、俺は黙って桔梗たちが迫ってくるのを見ているしかなかった。

 

「以前はギルに随分と虐められたからのぅ。今度は、ワシ達の番じゃと思わんか?」

 

「ギル殿に押し倒され押さえつけられるのもまた興奮いたしますが・・・逆もまた、興奮するとは思いませんかな?」

 

桔梗と星が押さえられている俺を前にニヤニヤと笑う。・・・くそ、俺が紫苑を無理矢理振り払えないからってお前ら・・・!

 

「お? ・・・ほう、策殿。ギルに迫るならば今が良いのではないか?」

 

「あら? 本当ね。・・・ギールー?」

 

「うおお、てめ、この、反撃出来ないからっておま」

 

ここで無理に紫苑を振り払えば、ちょっとフラフラしている紫苑は倒れてしまうだろう。

酔っている紫苑はもしかしたらそのまま頭を打ってしまうかもしれない。・・・だから振り払えないのだが、この四人はそれをいい事にじりじりと距離を詰めてくる。

 

「こっ、こらーっ!」

 

「っ、何奴!」

 

「何奴でもいいです! そこの酔いどれ痴女達! 隊長を酔わせてどうするつもりですか! ええ、ええ、言わずとも分かっております! エッチなことするつもりでしょう! 薄い本みたいに! 薄い本みた・・・あいたぁっ!?」

 

副長がやってきて俺にべったりくっ付いて来る。・・・守ってくれて・・・るのか・・・?

だが星にデコピンをされて涙目になっているあたり、ちょっと頼りない。

 

「おっと、良く分かりませぬが、なにやら面白そうでしたので」

 

「・・・うぅ、なにやら面白そう、でデコピンされた私って・・・」

 

「んもぅ、邪魔しないでよぅ。折角ギルを皆で・・・あ、副長も一緒に混ざる?」

 

「えっ? 良いんですか? ・・・多人数プレイ・・・ごくり・・・」

 

あ、この、副長っ。お前まで敵に回ってどうする!

 

「はれー? 皆様何をなさってるんですかー?」

 

「・・・最悪だ。考えうる限り最悪の人物が最悪の状態でやってきたぞ・・・!」

 

ふわふわっとした口調でやってきたのは、三国一の胸部兵器を持つ、穏である。

本を読むと極度の興奮状態になるという彼女だが・・・酒を飲んで若干呂律が回っていないようだ。

ちょっと服も肌蹴てるみたいだし・・・本だけじゃなくて酔っても若干エロくなってしまうみたいだな。・・・まぁ、本を読んだときは問答無用で襲ってくるからこっちのほうがまだマシだけど。

 

「ギールーさーんっ!」

 

「うわっ、ちょっと、圧し掛からないでくださいっ、わー、わーっ、脂肪の塊が重いっ!? 重いし憎いっ!」

 

紫苑の膝の上に俺の上半身が乗るように抱き締められていて、その上に覆いかぶさるように副長が抱きついている。

更にその上から穏が圧し掛かってきている。・・・紫苑の足、大丈夫か・・・?

 

「あらあら~。ギルさん、たくさん甘えてくださいねー」

 

・・・流石は蜀のお母さん。俺を撫でる手が手馴れすぎてて怖いほどだ。

この重量が足に圧し掛かっているのに柔らかい笑顔を崩さないとは・・・む?

 

「おいこら! 見えないけど誰だ俺の下半身触ってるの・・・! 五本以上の腕が触ってるの分かるぞ!?」

 

しかもそれぞれ違う感触するし・・・さっきの四人全員触ってるな・・・?

っていうか、副長が顔を俯かせてもじもじしてるんだが・・・こいつ、隠れてるからって何やってやがる・・・。

 

「た、隊長? その、急なお願いなんですけど・・・右手、貸していただけませんか・・・?」

 

「絶対に拒否する! そういうのは部屋でやりなさい!」

 

「ふぇっ!? あ、ば、バレて・・・あ、いや、何でも、ひにゃあああー!」

 

うがーっ、と穏を跳ね除けながら立ち上がり、雪蓮たちにダイブする副長。

 

「わ、ちょ、何やってんの副長っ!」

 

雪蓮が抗議の声を上げるが、そんなのお構いなしとばかりに副長はばたばたと暴れる。

・・・どうやら、俺を逃がす為に騒いでくれているようだ。

でも紫苑がな、と思っていると、ぼそりと囁きかけられる。

 

「ギルさん、後はこちらで何とかしておきますので、今のうちに」

 

「紫苑・・・酔ってなかったのか」

 

「うふふ。こういうときにこっそりと助けるのが、妻の務めですわ」

 

口元に人差し指をあて、「しーっ」というジェスチャーをする紫苑。

・・・なんという強かさ。俺を抱き寄せて独占することで、他の四人に絡まれるのを最大限防いでくれていたのか。

 

「・・・すまん、それじゃ頼むよ」

 

・・・あれ? 妻?

 

・・・

 

再び蜀のシートに戻ってきた。

少し人が増えている。響たち侍女組が料理をそれぞれのシートに配っているらしい。

蜀のシートには響たちメインメンバーが。他のシートにも、侍女たちが回っているらしい。

 

「あ、ギルさーんっ。おつまみ持ってきたよー!」

 

「おう、ありがとな、響。・・・皆で作ったのか?」

 

「うんっ。あのね、孔雀ちゃんが凄い器用なんだよ! 魔術で孔雀の尾羽を作って、それでお料理するんだから!」

 

マジか。孔雀、料理できたんだな・・・。

そんな視線に気付いたのか、孔雀がニヒルな笑いを浮かべる。

 

「ボクだってね、花嫁修業をしてないわけではないんだよ?」

 

「そっかそっか。それなら、将来も安泰だな」

 

「うあ・・・しょ、将来って、や、やっぱり、その・・・お母さんになるとか、だよね・・・。後で紫苑に話し聞いておこうっと」

 

こちらから目を逸らしてぼそぼそっと呟く孔雀。周りの喧騒に掻き消されているが、顔を赤くしているからきっとなんか恥ずかしいことを呟いているんだろう。

孔雀はホント、乙女なところがあるからな。

 

「ほらほら、ギルさん、あーんっ」

 

「お、おー。あーん」

 

響から差し出された箸には、鶏肉らしきものが見える。

口に入れると、爽やかな酸味が広がる。・・・むむ、これは柚か何かか?

 

「へへー。これはね、私が新しく作ってみたんだ。華琳さんのお墨付きだよ!」

 

流石響。華琳とも仲良くなって真名交換するほどになってたのか。

というか、華琳に食べさせて美味しいとまで言わせるとは・・・。

 

「・・・『惜しい』と『美味しい』を聞き間違えたとかじゃないよな?」

 

「違うよ!? 何でそんなに私への料理への信頼度低いのかな!?」

 

いや、ほら、料理できる子より料理できない子のほうが多いだろ・・・。

だから必然的に警戒心が強くなると言うか。・・・まぁ、愛紗の料理を食べた後だとどんな失敗作でも食べられるようになるけどな。

 

「はは、冗談冗談。響の料理は以前弁当も食べてるからな。信用してるよ」

 

そう言って響の頭を撫でると、機嫌が直ったようだ。

ニコニコしながら、次の料理を箸で掴む。

だが、その前に孔雀がはい、と俺の前に箸を差し出す。

 

「これはボクが作ったんだ。自信作だよ? 大丈夫、毒見も味見もしてるから」

 

ね、ほら、あーん、と笑顔で迫る孔雀。

断る理由も無いので、そのまま口を開けて料理を迎える。

 

「む・・・これは・・・魚か?」

 

「うん。まぁ簡単に調理しただけだけどね。少し辛くしてあるんだ。外にいるから、こういうので体を温めるのもいいだろう?」

 

「なるほど・・・むぐむぐ・・・うん、美味い美味い」

 

「ギル、わらわも作ったわ。口をあけなさい。押し込んであげる」

 

孔雀の料理を味わっていると、メイド服の卑弥呼がスプーンの上にリゾットのようなものを乗せて迫る。

・・・押し込む? 食べさせる、とかじゃなくて・・・?

 

「あーっ、ず、ずるい! ずるいですよ卑弥呼様! ギル様に食べさせるときは二人一緒にと言ったはずです!」

 

「はんっ。知らないわよ、そんな約束。聞いてないわ」

 

「くぅ・・・アレだけ書類に起こしましょうと言ったのに強行突破したのはそのためですか・・・!」

 

「わらわの方が一枚上手ということね。・・・ほら、ギル? 口を開きなさいな。・・・口移しのほうがいいかしら?」

 

そう言って小首を傾げる卑弥呼。

後ろでうーうー言っている壱与もスプーンを持ってうろちょろしている。

 

「・・・壱与、あーん」

 

「あ・・・は、はいっ! どうぞっ!」

 

卑弥呼を押しのけて壱与が俺の前に正座で滑り込んでくる。

そのまま俺の前にスプーンを差し出してくるので、それを咥える。

うむ、美味しい美味しい。リゾットというよりおじやだな。卵とネギの味が心なしか風邪に効きそうな味だ。

 

「あーっ、ちょ、ばっ、何で壱与を優先したのよっ。わらわが先に差し出してたでしょ!?」

 

「・・・あんまり壱与に意地悪ばかりもどうかと思うぞ。・・・ほらほら、壱与、ビックリするくらい贔屓してやろう。膝の上においで」

 

「是非っ!」

 

ぽふ、と軽い音を立てて俺の膝の上に乗る壱与。

卑弥呼はあまりの悔しさにかスプーンを自分で咥えてこちらを睨んでいる。

・・・俺というよりは壱与を睨んでいるような気がするけど。

 

「はぁぁ・・・。ギル様のお膝に乗って、卑弥呼様に睨まれるなんて・・・壱与は、本当に幸せです。・・・えへへ」

 

そう言ってトリップし始める壱与。

膝の上に壱与を乗せていると、不機嫌そうな卑弥呼が隣に座る。

 

「・・・」

 

むすっとした顔をした卑弥呼は、無言でただ座っているだけだ。

・・・後でこっちもフォローしておかないとなー。

 

「ギルさんっ」

 

「お、月。・・・あれ? 桃香は?」

 

「・・・先ほど華琳さんと蓮華さんに連れて行かれました。『王同士、こういう場でこそ語ることがあるでしょう』って言ってましたけど・・・」

 

月の少し引き気味の説明に、涙目で二人に連行されていく桃香の姿をはっきりと想像した。

おそらく少しも間違っていないだろう。

 

「すまんな。膝の上も両隣も背中も埋まっちゃって・・・」

 

「あはは・・・いえ、私は別に・・・。ギルさんとこうして目を合わせてお酒を飲むのも、新鮮で心地よいですよ」

 

・・・なんて出来た子なんだ。あ、でも妊娠中のお酒は駄目だぞー。

こっちのジュースにしておきなさい。大丈夫。宝物庫にあった桃を材料にしているらしくて、この大陸原産っぽいから。

 

「あ・・・そうですね。私お酒に弱いから・・・へぅ、きちんとお腹の子のことも考えないといけませんね」

 

少量なら問題ない・・・のかもしれないが、月は基本的に酒に弱い。

だからちょっと飲んでしまうとそのまま酔って自重できないかもしれない。

可能性は潰しておくに限る。基本的に飲酒喫煙は禁止だ。・・・まぁ、酒は余り飲まないしタバコについてはまず存在しないからなぁ。

 

「・・・ギル。恋、ちゃんと守ってた」

 

「おお、そうだったな。偉い偉い。蒲公英もな」

 

小動物のように頭を差し出してくる二人を撫でてあげる。

・・・周りを見回してみると、それぞれのシートがだんだんと酔っ払いに侵略されていっているようだ。

そろそろ、お開きにするべきか。随分と長い時間飲んでいたし、もう日も暮れてきている。

 

「よし・・・恋、取り合えず酔い潰れて寝ちゃったのから運ぶぞ。酔ってない武将とかがいたら、協力を要請しよう」

 

「ん。・・・あっちで呼んで来る」

 

「あっち? ・・・ああ、愛紗たちか。そうだな、頼むよ」

 

こうして、秋の紅葉狩りは賑やかに終わった。

 

・・・




「お、凄いな。ストーリーモードとかあるのか」「はい。まぁ、主人公は貴方なので、マスターを誰にするかで色々分岐するようになってます」「へー。月とか孔雀とか甲賀とか、聖杯戦争のマスターはいるんだな。・・・お、詠とかもあるんだ」「はい。・・・でもこの、エクストラマスターを全員出すのが難しいんですよ」「何々? ・・・『ピンクブロンドのくぎゅー』、『月に閉じ込められた女ザビエル』、『ブルマの似合う合法ロリ』『亡者の国のお姫様』? ・・・なんだこりゃ」「私にも良く分からないんですよね。これの製作段階で何人かの同僚に協力を依頼したので、その同僚達が管理している世界の人物かもしれません」「・・・ふぅん。俺がこの中の何処かに行くこともあるかもしれないってことだな」「ええ。そうかもしれませんね」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第六十話 終わる季節に

「なんかさ、俺季節の変わり目に絶対風邪ひくんだよなー」「凄いな。じゃあ、風邪ひいたら「ああ、夏だなぁ」とか分かるんだ」「ああ。ある意味カレンダーとかより正確に季節が分かる体だったなぁ」


それでは、どうぞ。


「はい、と言うわけで楽しい楽しい魔術の時間だよー」

 

「・・・やっぱこう、行事の後の授業って倦怠感半端じゃないな」

 

「? どしたのギル君。頑張ってこー!」

 

「そうだよ、ギル君。しまってこーじゃないか」

 

授業のときだけは何故か俺のことを「ギル君」と呼ぶ二人に励まされつつ、魔術書を開く。

・・・正直言うと、たまに授業以外でも響には「ギル君」と呼ばれることがあるので、なんだかんだ慣れてきているのだが。

 

「それじゃ、前は錬金術と黒魔術の関連性から見る魔方陣の効率的運用法までやったね。今日は・・・そうだな、この治癒系魔術のほう、行ってみようか」

 

そう言って魔術書を開くキャスター。

俺達も同じような魔術書(キャスターが夜なべして一晩でやって(書き写して)くれました)を開きながら、キャスターの講義を静かに聞く。

やはり魔術師のクラスなだけに・・・と言うか、錬金術とか色んな成功を収めているからか、それとも晩年の姿ではなく青年の姿で呼ばれたからか・・・。

兎に角、キャスターは魔術についての造詣が深いし、教え方も上手い。

最初から魔術師だった孔雀はともかく、響や俺の上達具合は眼を見張るほどである。

これはもう、俺も将来的にアーチャーだけではなくキャスタークラスでも行けるんじゃないかと思うほどだ。

 

「・・・これで、理不尽に否定されたら焚書に走る癖を無くせばなぁ・・・」

 

「そこ、私語んないでね」

 

「おっと、すまんすまん」

 

新語を作って注意されてしまった。

隣の響がくすくすと笑っているのが聞こえる。

 

「・・・ん?」

 

その逆隣。孔雀のいるほうから、紙切れが俺の机へと飛んできた。

開いてみると、「怒られちゃったね」と言う短い言葉が書いてあった。

 

「・・・懐かしいな、おい」

 

キャスターに聞かれないよう、小声で呟く。

こういうことは生前も良くやったものだ。幼馴染と呪われているのかと言うくらい席がずっと近かったからな。

ノート一冊を、授業時間一時間で埋まるほどやり取りをしたこともあるしな。・・・あれ、ノートってそういうことに使う物だったか・・・?

取り合えず、返事を返したほうがいいだろうか。

 

「・・・よっと」

 

授業をしているキャスターの隙を突いて、孔雀に紙を渡す。

内容はくだらないことだ。「今日の弁当の中身は?」と言う後で聞けよ、と言うもの。

・・・だが、この緊張感ある状態で手紙を交わすと言うのがいいのだろう。

 

「・・・ん」

 

受け取った孔雀はニヤニヤしながら手紙を開き、空白に新しく何かを書いている。

授業を聞く為にキャスターのほうを見ていると、視界の端で響もなにやらもぞもぞしてるようだ。

孔雀から返事が来る前に、響からぽいと紙を投げ渡される。

何々? 「孔雀ちゃんだけずるい」? ・・・いや、授業ちゃんと聞けよ。孔雀はまだ基礎があるから後で取り戻せるけど、響は意外と遅れてるからな・・・?

と言うことをオブラートに包んで紙に書いて渡した。

 

「・・・ぅ」

 

小さく呻いた響は、俺の忠告通り授業を真面目に・・・聞かず、せっせと何かを切れ端に書き込んでいる。

・・・両隣が不良になったことに少し罪悪感を感じつつ、その日の授業を聞いた。

ちなみに、だが・・・。

この後すぐにキャスターに見つかり、孔雀と響は教室の後ろでヨガのポーズを取りながら立たされたのだった。

 

・・・

 

授業が終わってもまだヨガのポーズで立たされている二人に心の中で謝りつつ、次の仕事場へ。・・・今日の弁当は諦めるほかないだろう。

執務室で桃香と一緒に政務だ。

 

「はふー・・・えへへ、お兄さんと二人っきりは久しぶりだね!」

 

「だな。・・・ああ、そういうのは終わってからな」

 

すす、とこちらに手を伸ばしてくる桃香に釘を刺す。

・・・普通そうやって誘うのは男のほうじゃないのか・・・?

 

「はっぷっぷー。・・・じゃあ、お昼は一緒に食べようね!」

 

「おう。・・・今日はなに食べるかなー」

 

その後の予定を考えつつ、さらさらと手を動かす。

・・・最近料理してねえな。今日はちょっと腕を振るってみるか。

献立を考えつつ手を動かしていると、慣れている仕事と言うこともありすぐに書類は片付いた。

 

「よし、終わり」

 

「ふぇっ!? も、もう終わったの!? ・・・うわ、すご、ホントだ・・・」

 

桃香が俺の手元を覗き込んで驚愕の表情を浮かべる。

ふふん、二つ以上のことを同時に思考するなんて俺には朝飯前。

昼飯の献立、政務、今日のこの後の予定なんかを考えつつ手を動かすのなんかもう慣れたものである。

 

「それじゃ、先に厨房行ってるよ。仕事終わらせたらおいで」

 

「・・・て、手伝って貰ったりは・・・」

 

こちらを小動物のような瞳で見上げてくる桃香。

・・・全く。こういう事されると弱いよなぁ、俺。

 

「はぁ・・・少しだぞ」

 

「っ! わぁいっ! ありがと、お兄さん! 大好きっ!」

 

「愛が安いなー」

 

桃香の隣に座りなおし、筆を持つ。

・・・あんまり手伝いすぎても桃香のためにならないし、ホントに少しにしておこう。

 

・・・

 

「よっと」

 

「わ、上手・・・! ・・・っていうか、なんていうか負けた気分・・・」

 

目の前で鍋を振るうお兄さんは、手際よく調理を進めていく。

うぅ・・・なんていうか、女として凄く負けた気分。お兄さんの女子(ぢから)が高すぎるような気が・・・。

こ、子供が出来たときとか・・・お母さんとしてお料理が出来ないのはちょっと不味いかもしれない。

練習、頑張ろう・・・!

 

「次はこっちだな・・・」

 

黙々と作業を進めるお兄さんを見ていると、むしろ主夫をしてもらってもいいんじゃないかと思ってしまう。

・・・いいかもしれない。お料理はお兄さん任せになっちゃうかもだけど、他の家事は普通に出来るし・・・。

 

「うん・・・。お兄さんっ!」

 

「うおっ・・・とと。料理中に大声出すなよ。ビックリするだろ?」

 

「結婚してくださいっ!」

 

「・・・別に断る気は無いが・・・唐突だな。ま、座ってろ。もうちょっとで出来るから」

 

「はーいっ」

 

・・・あれ、受け入れられちゃった・・・?

 

「ひえぇーっ!?」

 

「っ。・・・だから、静かに待ってろって」

 

「き、きき・・・気合! 入れて! 待ってますっ!」

 

「・・・はいはい」

 

ため息をつくお兄さんを見て我に帰る。

・・・はう。恥ずかしいことたくさん言っちゃった。

お、大人として、国王として・・・もうちょっと自重しないと。

 

「ほら、お食べ」

 

「・・・お婆ちゃんみたい」

 

「いらないなら鈴々に食べさせるけど」

 

「いただきますっ!」

 

少しこめかみの辺りがぴくぴくし始めているお兄さんが怒ってしまう前に食べ始める。

はむはむ・・・あぅ、美味しい。

材料が宝物庫から出てきたものだからって言うのもあるけど、それがきちんと料理されているからきちんと美味しいのだろう。

・・・うぅ、私も愛紗ちゃんと練習してるんだけどなぁ。

 

「美味しいよ、お兄さん」

 

「ありがと。・・・結婚するなら、これくらいは作って貰わないとな。・・・女の子だからどうとかって言うつもりはないけどさ」

 

「はぅ」

 

「ま、焦らなくていいよ。ゆっくり、俺と桃香のペースでいこうじゃないか」

 

「・・・ぺぇす?」

 

お兄さんの口から聞きなれない言葉が聞こえてきて、思わず聞き返す。

おそらく天の国の言葉だろう。たまに北郷さんとか甲賀さんとかと天の国の言葉で話しているから、雰囲気はなんとなく分かる。

 

「ああ、えっと・・・歩調を合わせてって感じの意味かな。周りがこうしてるから自分も、じゃなくて、自分の歩調で、納得できる道を歩けば良いってこと」

 

「・・・うんっ。私は、私のぺぇすで、頑張るっ!」

 

「その意気だ。食後には、運動がてら町に出てみようか」

 

風も冷たくなってきたとはいえ外は雲ひとつない晴れ模様。

一緒に歩けば、きっと楽しいよね。

・・・えへへ。私とお兄さんのぺぇすで、ゆっくり、ねっ。

 

・・・

 

「よう、ギル。元気してっか?」

 

「多喜か。・・・ライダーと一緒じゃないんだな。珍しい」

 

町で桃香とデートしていると、多喜に声を掛けられた。

 

「あ、多喜さんだー。こんにちわー」

 

「・・・ちわ。あんだ、あれか、逢引中か。悪いな」

 

声を掛けられてから桃香に気付いたのか、気まずそうに笑う多喜に、桃香は顔を赤くしながらわたわたし始める。

 

「わ、えっと、えへへ、なんかそういう風に言われると、照れるね。ね?」

 

「・・・いや、俺はもう慣れたから・・・」

 

ぷく、と頬を膨らませた桃香に睨まれるが、まったく怖くない。むしろ可愛いので、頬を突いてぷふ、と空気を抜く。

それで更に桃香がヒートアップするが、まぁまぁと宥めつつ多喜に向き直る。

 

「そういや多喜も買い食いか? ・・・そっちのほうで美味しい串ものがあったぞ」

 

「お、マジか。ちょっと覗いてみっかなー」

 

そいじゃな、とこちらに手を振って去っていく多喜。

・・・多分、アレだけさっさと去っていったのは、気まずかったからだろう。

お、向こうのほうで一刀と遭遇してる。・・・一刀がこちらを見て何かを察したのか、多喜と一緒に向こうへ行ってしまった。

 

「次は何処いこっかー」

 

そんなことが起こっているとも気付かず、桃香は俺の手を引きながら歩く。

 

「あんまり食べると後で愛紗ちゃんに訓練とかつき合わされちゃうんだよねー」

 

「・・・まぁ、今もちょっとやったほうがいいかなー、とも思うけど」

 

「・・・太ってるって事・・・?」

 

「ノーコメントで」

 

「あ、それは前に聴いたことあるよ。えっと・・・そうっ、『何も言いませんよ』みたいな意味だよねっ」

 

「そうそう。言うことはないよー、みたいな」

 

偉い偉い、と頭を撫でると、えへー、と笑顔になって鼻歌を歌い始める。

・・・チョロい。なんともチョロい。鈴々ですらもうちょっと煙に巻くのに掛かるのに。

 

「そういえば、髪留め付けてくれてるんだな。毎日見るような気がする」

 

「ふぇ? えへ、当たり前だよっ。お兄さんから貰ったものだし、可愛いしっ」

 

そう言ってくれると助かる。女の子への贈り物なんて、一番神経使うからなー。

好みに合わないとお互いちょっと気まずいし。

・・・ああ、思い出すぞ。幼馴染にリボンを送ってガチギレされたことを・・・。

いや、アレは俺悪くないと思う。その日は幼馴染の誕生日だったのだが、朝のテレビの占いで『おとめ座のあなたの今日のバッドアイデムは「リボン」!』と言われたからって・・・。

何故『バッドアイテム』を紹介するのか、と言う怒りと、朝のテレビの占いでガチギレされた虚しさでギャン泣きした覚えがある。

 

「・・・懐かしい思い出だ」

 

「どしたのお兄さん。なんだか凄く悲しい目をしてるよ・・・?」

 

大丈夫? と俺の頭に手を伸ばす桃香。・・・ううむ、この包容力。

桃香は身体的にも精神的にも、人を受け入れる、と言うことに特化していると思う。

優しさを感じながら、町を再び歩く。

さて、次は何処へ行こうか。・・・今日は仕事も無いし、一日中桃香に付き合うとしよう。

遠くから響くトンテンカンという後宮建設の音を聞きながら、日が暮れるまで遊び倒したのだった。

 

・・・

 

「んー・・・っと」

 

日が暮れて城に戻ってきた後、桃香の部屋に行こうとしたのだが、朱里と雛里がやってきて「急な用件なので」と桃香を連れて行ってしまった。

お陰で暇になってしまったので、今入浴を済ませて出てきたところだ。・・・珍しく襲撃を受けなかったな。

 

「さて。・・・月はもう寝ちゃっただろうし・・・どうすっかな」

 

かなりのんびりと入浴したからか、意外と時間が経ってしまっているようだ。

城壁を歩く兵士以外の人影はほとんど見えない。あの飲み屋街というべき歓楽街へ行けば人もいるだろうが、基本的に日が暮れると皆家に帰ったり寝たりする。

だからこうして急に城内が静かになるのだが・・・ふむ、久しぶりに城壁に上ってみるか。あそこだと星とのエンカウント率上昇するからな。

久しぶりに彼女と杯を交わすのも面白そうだ、なんて思いつつ城壁に上る。

 

「そうと決まれば早速・・・ん?」

 

「お? なんだ、ギルか。どうしたんだよ、こんな遅くに」

 

「いや、風呂の帰りだよ。・・・翠こそ、こんなところでどうしたんだ?」

 

城壁の上で出会ったのは翠だ。・・・意外な子とエンカウントしたな。

 

「あー、いや、あたしはほら、たまには夜風に当たるのもいいかなってさ」

 

頬を掻きながら軽い笑いを浮かべる翠。

・・・何かあったのだろうか。

 

「そっか。・・・なら、一緒に飲まないか?」

 

テーブルと椅子を宝物庫から出して、そのうちの一つに腰掛ける。

翠は少し遠慮しつつも、俺の対面に座る。

 

「・・・ギルと二人で飲むのは初めてだな」

 

俺が酒器に酒を注ぐと、翠はありがと、とそれを受け取った。

お互いに乾杯し、ぐ、と煽る。

 

「ぷは。・・・やっぱり美味いよなー」

 

「ああ、幾らでも飲めそうだ。・・・まぁ、実際にそんなことすると翌日大変だけど」

 

ちなみにそれをやらかしたのは意外にも月である。

初めてこれを飲んだとき、二、三杯飲んだ後俺が止めたにも関わらず飲んでしまい、翌日フラフラになっていた。

・・・まぁ、酔うと人格変わるのは月だけじゃないから驚かなかったが。仕事も休みだったから十分休めたしな。

 

「そういえば、翠。贈った服は気に入ってくれたか?」

 

「は? 服? ・・・っ! あ、あのヒラヒラの服か!?」

 

俺の言っていることに最初は首を傾げた翠だったが、頭の中で思い至ったのか、顔を赤くして身を乗り出してくる。

相当気に入ってくれたらしい。何度か自分の部屋で一人のときに着替えているに違いない。・・・これはそういう反応だ。

 

「あ、あんなの別に・・・っていうか、あれはお前と蒲公英に無理矢理渡されただけだし・・・」

 

ぶつぶつ呟いている翠に「でも気に入って何度か試着してるでしょ?」とか図星突くと更に取り乱すのでここは笑顔で頷いてあげるのが正解だ。

・・・ふふ、俺も女性の扱い(恥ずかしがりやの、だが)は慣れたものだ。ふふん、これが余裕と言うやつですよ。

 

「今度蒲公英と一緒に来てるところ見に行くからな。着慣れておくんだぞ」

 

「おう、分かったよ。・・・いやいや! 自然に頷いちゃったけど、着ないからな!」

 

「着ないと駄目だぞ。落とし穴から助ける条件がそれだっただろ?」

 

「うっ・・・だ、だけど・・・恥ずかしいだろ」

 

そう言ってそっぽを向く翠に、本気で首を傾げてしまった。

 

「なんでだ? 似合ってたし、むしろ誇っていいぐらいだろ」

 

「なっ!? ・・・そ、そうやって、あたしをからかって楽しいかっ」

 

「からかってなんかないって。本気さ。だから、考えておいてくれよ」

 

「・・・わ、かった。一応、前向きには」

 

「ありがとう。・・・そろそろ冷えるな。送るよ。お開きにしよう」

 

しんとした城内を、翠と二人で歩く。

やはり秋の夜は冷える。どう見ても翠は薄着だし、本格的に冷える前に部屋に帰して上げないと。

ちなみに翠と蒲公英は同室である。姉妹とか仲の良い子は一緒の部屋になったりする。朱里と雛里とか、月と詠みたいに。

 

「にしても最近冷えるよなー。ギル、月に風邪ひかせたりすんなよ」

 

「分かってるって。翠も気をつけろよ? 蒲公英にも言っておいてくれ」

 

「ははっ。あたしはあんまり風邪とかひかないけど・・・蒲公英は意外と季節の変わり目とかに寝込むからなー」

 

バカは何とやら、と言うよりは健康的な生活をしているから風邪の菌に負けないと言うだけだろう。

ちなみにこういうときに例に挙がるのは春蘭のような極まった頭の将だけだ。

 

「ん、着いたな。ありがとな、送ってもらっちゃって」

 

「構わんよ」

 

それじゃ、おやすみと言って踵を返そうとすると、中からとたとたと人の動く音が。

・・・どうやら、蒲公英がまだ起きていたらしい。俺達の話し声を聞いたってところかな。

 

「あっ、やっぱりお姉様とお兄様だっ。どしたの、二人でなんて珍しいじゃん」

 

「ああ、さっきまで飲んでたんだ。秋の夜長を楽しむのもいいと思ってな」

 

「もーっ、そういうのには呼んでよねっ。・・・って言うか、お姉様風流とか理解できたんだー」

 

「あ、あんだって!? あたしだってな、ちゃんとそのくらいは・・・」

 

「はいはい、分かったよー。あ、お兄様、寄ってく? 三人で飲みなおそーよ。ね?」

 

俺の手を取って上目遣いに誘ってくる蒲公英。

だが、ため息をついた翠が止めに入る。

 

「やめとけって。あたしも蒲公英も明日訓練あるだろ」

 

「ぶー。・・・じゃあじゃあ、また一緒にっ。ねっ、いいでしょ?」

 

「俺はもちろん構わんよ。その時に翠にアレを着てもらうかな」

 

「あれ? ・・・あー、アレね! そうだね、そのときはたんぽぽとお姉様でお揃いでお出迎えするねっ」

 

ニコニコと小悪魔らしい笑顔を浮かべる蒲公英と、諦めたようにため息をつく翠。

・・・うん、これで次にこの部屋に来たときにゴスロリ姉妹と酒が飲めるんだな。・・・っしゃ。

 

「それじゃ、そろそろお暇するよ。またなー」

 

「おう、おやすみー」

 

「おやすみなさい、お兄様っ」

 

二人が部屋に入っていくのを見送ってから、俺は一人自室へと戻るのだった。

 

・・・

 

「お姉様ばっかりずるいよー。次のときは呼んでよねっ」

 

「呼んでよって言ったってなぁ・・・いちいち人を呼びにいくもんでもないだろ」

 

ギルが去った後、二人に宛がわれた部屋で、翠と蒲公英の二人は寝台に座って他愛ない話に花を咲かせていた。

すでに二人とも髪を下ろして寝巻きに着替えており、お互いに寝台の上でそれぞれ思い思いの姿勢を取っている。

蒲公英は自分の爪を気にしているようで、寝台の上で膝を抱えるように座っており、翠は寝台の縁に腰掛け、最近気になる枝毛を探しているようだ。

お互いが向き合っているので、会話をしながらたまにそちらに視線はいくようだが、基本的に二人の視線はそれぞれ気になるところに向いている。

 

「確かにそうだけどー・・・」

 

「それに、蒲公英、お前なぁ・・・なに勝手に変な約束してんだよ!」

 

「約束? ・・・あー、あの服のお話?」

 

えへへー、と子供っぽく笑う蒲公英に、翠はお前なぁ、ともう一度咎めるような口調で呼びかける。

どう考えても口じゃ勝てないので、明日の訓練のときに正々堂々完膚無きまでに叩きのめす事を心の中で決めた。

 

「いーじゃん。お姉様とお揃いで買った白いごすろりはまだたんぽぽも着れてないし。ね? 二人でお揃いの服着て、お兄様に可愛がってもらおうよっ」

 

「か、かわっ・・・!? ま、まさか蒲公英、お前・・・!」

 

目の前の従妹の考えていることが分かった瞬間、翠の顔は真っ赤に沸騰する。

この年下の少女は、一緒に恋人と閨を共にしようと言っているのだ。

 

「お姉様もお兄様のこと、好きでしょ?」

 

「すっ、好き、とか・・・良く、分からないし」

 

「・・・たんぽぽとお姉様、結構考えること似てるから分かるよ。まぁ、たんぽぽと違ってお姉様はまだ中身が子供っぽいから自覚はしてないだろうけどねー」

 

目の前であたふたしている翠を見て、蒲公英は薄く笑う。

彼女の性格ならば、服を着替えさせて一緒に寝台の上までいけば、後は流されやすいお姉様のことだし、と蒲公英は従姉の性格を頭の中で思い描いていた。

 

「そろそろ、お姉様も大人にならないといけない頃だよね」

 

悪い道に友人を引き込むような、いかにも悪巧みをしている顔で目の前の従姉を見つめるのだった。

 

・・・

 

・・・一緒に酒を飲んだあの夜から、若干翠に避けられているようだ。

まぁ多分蒲公英に有る事無い事(「無い事」が八割くらいだろうけど)を吹き込まれたのだろう。

そういう誤解は慣れて・・・え? 誤解じゃない? ハハッ。ぬかしおる。

 

「ギルお兄ちゃん? どうしたの?」

 

「ん、いや、なんでもないよ。ほら、口についてる」

 

「んー、んー・・・とれた?」

 

「はは、こっちこっち。ほら、んー、ってしてみ」

 

舌を伸ばして口についたものを舐め取ろうとするが、どうも舌が届かないようだ。少しして諦めたらしく、俺の言うとおり、素直に口を突き出す璃々。

・・・今日の俺の仕事は、璃々のお守りだ。紫苑、桔梗、焔耶の三人がそれぞれ遠征や訓練などの仕事で璃々の面倒を見れず、他の桃香達も璃々を一日中見ていられるほど手が空いている人間がいなかったので、俺に白羽の矢が立った。

俺にも仕事があったのだが・・・まぁ、そこは偉い人らしく部下に任せてきた。副長、七乃、華雄の三人がいれば大体の俺の業務は肩代わりできる。

どうしても俺じゃないと出来ないものは明日に回してあるので、俺は今日一日璃々に付き合ってやれる。

今は昼ちょっと前くらい。俺の手製の料理を璃々に振舞っているところだ。璃々の口を拭ってやると、輝くような笑顔でこちらを見上げてくる。

 

「えへへー。ありがとっ、ギルお兄ちゃんっ」

 

「どういたしまして。どうだ? これは初めて作ったんだけど・・・美味いか?」

 

「おいしいっ。あのね、次は、璃々がおりょうりして、ギルお兄ちゃんに食べさせたげるね!」

 

「ああ、期待してるよ」

 

そう言って撫でておく。子供は褒めて伸ばす教育方針です。・・・む、後一年もしないうちに俺も子育てに参加だな。

 

「・・・」

 

「ん? どうした、璃々。俺もついてるか?」

 

こちらをじっと見つめる璃々。俺の口の周りにも何かついちゃったか、と触ってみるが、璃々は首を横に振る。

? じゃあどうしたんだろう。食事の手も止まっているみたいだし。

そんなことを考えていると、璃々はいつもより小さい声で、遠慮がちに口を開いた。

 

「・・・あのね、璃々がおりょうりできるようになったら、ギルお兄ちゃんは璃々とけっこんしてくれる?」

 

「ん゙ん゙っ!? ゲホッ、ゲホッ・・・!」

 

璃々が唐突に変なことを言ったからか、むせてしまった。

け、結婚!? あれか、おままごとの時のカッコカリ的なアレじゃなくて、マジもんか!?

・・・だとしたらなんてませてるんだ。全く。

 

「わ、ギルお兄ちゃん、だいじょうぶっ?」

 

「んく・・・あ、ああ。大丈夫だ。問題ないぞ」

 

落ち着いて水を飲み、席を立って背中を擦ってくれた璃々に礼を言う。

その後、俺のそばに経つ璃々の肩に手を載せながら、いいか? と話しかける。

 

「あーっと、璃々、アレだ。結婚するには、お料理だけじゃ駄目だぞ。璃々のお母さん・・・紫苑も、お料理が出来るだけじゃないだろ?」

 

そう言って、璃々を諭すように続ける。

 

「お料理も、お洗濯も。後璃々のことをきちんと育てられるようにお仕事だって頑張ってるだろ?」

 

「・・・うん」

 

「今からお母さんになる月も、沢山勉強したり、練習することが一杯あるんだ。・・・璃々も、もうちょっと勉強することがあるな」

 

出来るだけ優しくなるように笑いかけて、璃々の頭を撫でる。

余り納得したような顔はしていないが、一応理解はしているって感じかな。

・・・今は璃々も幼いから俺しか選択肢が無いのかもしれないが、大人になれば他の男性も目に入るようになるだろう。

それでも尚、俺のことを好いてくれるならそれに答えようとは思うけど・・・今はまだ、ちょっと早いかな。

 

「ん、わかった」

 

渋々、と言った様子だが頷いてくれる。

よしよし、と強めに撫でてあげると、璃々は嬉しそうに笑う。

 

「良い子だ。・・・さ、ご飯を食べたら出かけようか。今日はずっと一緒にいてやれるからな」

 

「ほんとっ!? わーいっ。あのね、じゃあじゃあ――」

 

・・・

 

「・・・なるほどね」

 

「一緒にお買い物がしたい」と言う璃々のお願いによって、人で賑わう大通りへやってきた。

もちろん、逸れないようにと手はきちんと繋いでいる。

 

「何処から見て回る?」

 

先ほど「お母さんからお小遣い貰ってるからお買い物できるのっ!」と嬉しそうに報告してくれたが、まぁお手ごろなものを扱っている店に行くとしよう。

ある程度は自分で支払わせて金銭感覚を養ってもらうが、基本的には俺が出すことにしよう。娘を甘やかすのも、父親としての使命だろう。

・・・今は娘でも、将来は妻になるかもしれないと思うと少し首を傾げてしまうが・・・まぁ、今は考えないようにしよう。

 

「お、ここなんかいいんじゃないか?」

 

女性向けの小物が売っている店が見えたので、璃々に勧めてみる。

瞳をキラキラとさせているので、この店でいいだろう。値段もお手ごろだしな。

 

「いらっ、しゃいませー」

 

入店すると、店員から声を掛けられる。

・・・む? それにしては店員の姿が見えないな。

まぁ、裏で在庫の整理でもしているんだろう、と結論付ける。

 

「わぁ・・・! キラキラしてるね、ギルお兄ちゃんっ」

 

「ああ。・・・月に何かプレゼント買ってくかなー」

 

璃々の手は離さないように気をつけながら、俺も品物を見てみる。

・・・ん?

 

「あれ? 客が少ない・・・っていうかいないな」

 

「ほんとだー。すいてるねっ」

 

「・・・いや、おかしいだろ。なんだろう、この違和感」

 

ッ! そうか、この違和感は、三国の大戦中・・・聖杯戦争のときに感じたプレッシャー!

俺は急いでステータスを全部元に戻して、スキル、宝具も十全に扱えるようにする。

 

「わぁー、ギルお兄ちゃん、このお人形さん、凄いおっきー!」

 

「璃々、お人形さんはいいから近くに・・・うおっ!?」

 

思わず後ずさった。璃々が『お人形』と言ったものは、浅黒く、筋肉で出来ているかのごとく巨大な・・・ポージング中の貂蝉だった。

なるほど、店内に客どころか店員すらいない理由が今わかった。俺が聖杯戦争中かのようなプレッシャーを感じたのもな。

 

「うっふんっ」

 

バチコン、とこちらにウィンクをしてくる貂蝉。

璃々を抱きかかえるようにして後ずさり、警戒しながら鎧を装着。

 

「あらぁん。そんなに嫌わなくてもいいじゃなぁい?」

 

「・・・嫌ってるわけじゃない。色々助けてもらったこともあるしな。・・・これはまぁ、生物としての生存本能みたいなものだろう」

 

「そぉう? まぁ、嫌われてるわけじゃないなら、嬉しいわぁん」

 

再び、バチコン、とウィンク。

その射線上から外れるように首を傾げて避ける。

ちなみに、璃々の目はずっと俺の手によって塞がれている。

俗に言う「しっ! 見ちゃいけません!」と言うのである。

 

「それにしても、何で貂蝉がこんなところに? ここは女性向けだぞ?」

 

「しっつれいしちゃうわん。ワタシだってね、漢女(おとめ)なのよん」

 

「・・・ああ、そういえばそういう言い分だったな」

 

ぷりぷりと怒った様なしぐさを見せる貂蝉。

・・・だが、完全に貂蝉とかが来て良い店じゃないだろ、ここ。

アンダーグラウンドな地下闘技場とかが似合ってると思うぞ。

 

「・・・ギルお兄ちゃん、なんで見せてくれないのー?」

 

そう言って、俺の手からばっと抜け出てしまう璃々。

あ、こら、あんまり教育に良くないから見せられないんだけど・・・まぁ、璃々ならトラウマになることも無いか。

 

「あらぁ。可愛らしい女の子ねぇん。こんにちわ」

 

「こんにちわっ。・・・えっと、おに・・・おね・・・おじ・・・?」

 

璃々はこの存在をなんと呼んでいいのかわからないようだ。

・・・「おじさん」でも問題は無いと思うけどな。激怒するだろうけど。

 

「ワタシは貂蝉よん。お姉ちゃんって呼んでいいのよぉん」

 

「うんっ。ちょーせんさんっ」

 

「・・・おお、素晴らしい回避法だな」

 

性別を固定するような呼び名を避けるとは。・・・もしかして、璃々は幼いながらこいつの脅威を感じ取っているのではなかろうか。

 

「そういえば何しにきたんだ?」

 

「あら。ウィンドウショッピングは漢女の嗜みよん?」

 

「・・・それは現代の価値観じゃ・・・ああもう、この世界にそんなの求めても無駄か」

 

ある種の諦めを感じながら、ため息をつく。

・・・璃々がある意味心の強い子で助かった。恋ですら漢女と出会ったら威嚇するくらいだからな・・・。

 

「一刀には会っていくのか?」

 

「そうねぇ・・・そうしようかしらぁん」

 

・・・一刀、すまん。紫苑から璃々を預けられている身として、これ以上有害なものを見せるわけにもいかんのだ。

心の中で一刀に謝罪しておく。・・・いや、なんというか・・・漢女たちの好みじゃなくてほんと良かった。

・・・まぁ、漢女を求めるちょっとアレな町人もいるみたいだし・・・。

そういえば最近漢女たちは一刀の追っかけだけではなく一刀×多喜とかにも興味があるらしい。

絶対に朱里たちとは交流させないようにしている。朱里たちも流石に漢女たちと進んで会話する勇気は無いようなので助かる。

 

「それじゃあねん。ご主人様とお話・・・出来ればその先まで、頑張ってくるわぁん」

 

「あ、ああ・・・ホント、すまんな一刀」

 

のっしのっしと巨体を揺らして店から出て行く貂蝉。

・・・それから少しして、店員が様子を見て、ほっとした息を吐いて出てきた。

 

「あ、あの・・・ギル様、本当にありがとうございます。流石は黄金の将と呼ばれるお方だと実感いたしました・・・!」

 

感動した面持ちで俺の手を握り跪く店員さん。・・・ホントに困ってたんだなぁ。

実際に何か害を及ぼしたわけじゃないから出て行けとも言えなかっただろうし。

将などの強い存在はほとんど女性だとは言え、目の前の店員さんのようにか弱い女性もいる。後はウチの侍女とかな。

 

「民の安全を守るのが俺達の役目だよ。・・・さてと、それじゃ買い物続けさせてもらうかな」

 

少しだけ料金にサービスしてもらったりしながら、璃々と一緒に買い物をする。

母親譲りのサラサラとした髪を揺らしながら、璃々は何を買おうか迷っているようだ。

こちらをちらちらと窺っているので、もしかしたら悩んで時間を掛けている事に罪悪感でも感じているのかもしれない。

・・・少し、離れてみるか。もしかしたら、俺がいるから決められないのかもしれないし。

 

「璃々、俺はちょっとあっちのほうを見てくるよ」

 

「あ・・・うんっ、わかったっ。璃々はここでみてるね!」

 

まぁ、店内にいるなら俺が普通に見ていられるし、店員も見ていてくれるだろ。

離れたところで別のものを物色しながら、璃々の気配だけは見逃さないようにしておく。

少しして、こっそりと璃々は品物を会計へと持って行ったらしい。小声で囁きあう璃々と店員が少し遠めに見える。

・・・なんだか除け者にされてるみたいで少し寂しくもあり・・・璃々が成長していると言うことを感じ取れて嬉しくもある。

会計が終わった頃を見計らって、璃々に近づく。こちらに気付いた璃々は、満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。

 

「璃々のお買い物終わったよ! ギルお兄ちゃんは?」

 

「ん、俺も終わったよ。さ、次は何処に行こうか」

 

月へのプレゼントも選び終わったので、俺も会計を済ませる。

・・・さて、次はどうしようかな。っとと、その前に鎧を戻さないと。

 

・・・

 

「おっさんぽおっさんぽ~」

 

「楽しそうで何よりだ。・・・いやー、天気が良いよなぁ」

 

ぽかぽかという擬音が似合いそうなほどに快晴だ。散歩や訓練にはもってこいだな。

隣を歩く璃々も楽しそうに歌なんか口ずさんでいる。

 

「? ・・・あ、ええと、ほんじつは、おひがらもよく!」

 

「・・・誰から聞いたんだ・・・?」

 

「いよお姉ちゃん! あのね、おみあいのときのごあいさつなんだって! ・・・おみあいってなーに?」

 

「・・・壱与ェ。あいつ、後で百叩き・・・いや、彼女らの業界ではご褒美か」

 

体罰が効かないとか、若干あいつやりたい放題である。

あいつに一番効くお仕置きってなんなんだろうか。無視すれば放置プレイ扱いだし、叩けばSMプレイ扱いだし・・・。

また詠に頼んで密室お勉強コースやってもらうか?

 

「あーっと、そうそう、お見合いだけど・・・そうだな、男の人と女の人が二人でお話して、仲良くなるためのものだよ」

 

「へーっ。じゃあ、今の璃々とギルお兄ちゃんも、おみあい?」

 

「・・・お見合いと言うよりはデート・・・いやいや、普通にお散歩だって、お散歩」

 

危ない危ない。璃々はまだデートとかの間柄ではなく、義理の娘みたいなものだ。

そんな娘と二人で歩くのは、世間一般では散歩と言うのだ。

 

「ふーん。・・・いつか、璃々とおみあい、してね!」

 

「・・・そのうちなー」

 

良くお母さんが子供に使う魔法の言葉の一つ、「そのうちね」を使用する。

そのほかに似たものは「また今度ね」だ。これと「ヨソはヨソ。ウチはウチ」の三つが三大お母さん用語として抜群の威力を誇っている。

 

「あっ、あそこで何かやってるー!」

 

「お、ホントだ。・・・ん?」

 

あそこで絡まれてるのは・・・斗詩? 何で一人であんなところに。

まぁ、彼女も将の一人だ。あの程度なら一人でも・・・。

 

「なんてスルーは出来ないよなぁ」

 

「? どしたの、ギルお兄ちゃん」

 

「ん、いや、斗詩を・・・斗詩お姉ちゃんと一緒にお散歩でもいいか?」

 

「うんっ。斗詩お姉ちゃん、いつもあそんでくれるのっ」

 

良い笑顔の璃々の手を引き、騒ぎの中心へと向かう。

 

・・・

 

「な? いいだろ姉ちゃん。ちょっとだけだからよ」

 

「いえ、ですから用事がありまして・・・」

 

「ほんとちょっとだからさ! な!?」

 

どうやら斗詩は武装も鎧も着けていないらしい。

彼女はちょっと気弱なところもあるし、鎧を着けていなければ武将に見えないから絡まれてしまったのだろう。

・・・あれ、猪々子がいないのは珍しいな。斗詩を一人にして何処かに行くとは思えないんだが・・・。

 

「まぁ、そんなことより助けてやらないとな」

 

良くあの大きな槌を振り回しているから、他の将同様に「絡まれてるんならふっ飛ばせばいいんじゃね?」と思われがちだ。

だが、斗詩はある程度力持ちとはいえあの大槌に若干振り回されるくらいにはか弱いのだ。

どちらかと言うと彼女の担当は頭脳派なので、武器は「一応扱える」みたいな扱いだと思う。

だから、鎧も大槌もなしに成人男性数人に囲まれてしまっては対処する術が無いのだろう。

 

「な、ほら、取り合えず皆に見られてっからさ、落ち着ける場所に行こうぜ」

 

「そうそう。そ、そこの路地の裏とか、さ」

 

取り囲んでいる街の人も疎らで、数人は城か交番へ人を呼びに行っているのだろうが・・・ここは結構人通り少ないからなぁ。

時間的にも巡回の兵士はまだしばらく来ないだろうし。・・・っていうか路地裏に連れて行こうとするな。薄い本みたいな展開にするつもりか。

 

「おい、若人達よ。その辺にしておけ」

 

「あん!?」

 

先ほどから彼らは周りを取り囲む人たちに睨みを効かせて近づかせないようにしていたらしい。

それと同じように、俺にも威嚇の言葉と共に睨んでくる。

 

「正直に言って、それで成功するナンパは無い。今逃げるなら見逃してやろう。・・・一応、最後通告な」

 

俺がため息混じりにそう伝えると、彼らの視線は俺から璃々へ移って、更に俺へと戻ってきた。

 

「おいおい、命知らずだなお前。子連れでそんな事言っても、全く怖くねえんだけど!」

 

「この人数に子供連れて喧嘩売るとか、本気か?」

 

・・・おや、これは珍しいな。本格的なバカだ。

今までのは物分りの良いのや俺だと知ると逃げ出すまだまともな部類だったのだが・・・ふむ、俺もまだまだと言うことか。

確かに斗詩を囲んでいるのはそれなりに体格の良い若者が八人ほど。・・・そんなにいるのに何故一人で歩いている斗詩を選んだのか。

いや、まぁ何人であろうと無理矢理女性に迫るのは褒められたものじゃないのだが。

 

「あ、あの~・・・。ホントに、皆さん早めに逃げたほうがいいと思うんですけど・・・」

 

困ったように助け舟を出す斗詩。・・・優しい子だな。俺からの警告も聞かない青年達を庇うなんて。

だが、それを聞くとは思えないが・・・。

 

「ははっ、姉ちゃんは俺達よりこのあんちゃんの心配してやれよ!」

 

薄ら笑いの後、それぞれが構えを取る。

中には短剣なんかの武器を持っている者までいる。

あーあ、それさえなければもうちょっと弁護のしようもあるだろうに。

 

「璃々、斗詩お姉ちゃんの所で一緒にいられるか?」

 

「うんっ」

 

「よし・・・」

 

じりじりとこちらに距離をつめ、斗詩から距離を取ったのを確認して、璃々を投げる。

 

「たかいたかーい!」

 

「きゃーっ」

 

「きゃー!?」

 

嬉しそうな悲鳴を上げて飛んで行く璃々と、心の底から驚いた声を上げる斗詩。

璃々を危なげなくキャッチすると、斗詩はこちらに叫ぶ。

 

「あ、危ないじゃないですかっ! 私が受け取れなかったらどうするつもりですかっ!」

 

「斗詩なら大丈夫だろうと思っただけだって。おっと」

 

「おら、さっさとくたばれっ!」

 

振るわれる拳を避け、地面に叩き付ける様に投げる。

その隙を突いて背後から短剣の一突き。

・・・だけどまぁ、そのくらいは普通に察知できるので、それを手で掴んで同じように投げる。

一人目の上に重なるように落ちたので、二人分の悲鳴が聞こえる。

 

「っだらぁっ!」

 

殴りかかられたので、近くにいた一人の首根っこを掴んで頭同士をゴツンとぶつけてやる。

・・・あーあ、痛そうだなぁ。

 

「な、何だよこいつ・・・」

 

「い、一瞬で四人も・・・!」

 

残りの四人は少したじろいでいるようだ。

・・・今更怖気づいたのか。遅いぞ。

 

「まぁ、もう警告はしてるから・・・逃げ出しても無駄だけどな」

 

地面を蹴ってそのうちの一人に迫る。

手に持つ短刀を叩き落し、返す拳で頬の辺りに裏拳だ。

錐揉みして宙に浮いた後、土煙を立てて全身で着地する男。少し痙攣しているので、ちょっと危ない状態かもしれない。

 

「ひ、ひぃっ! ・・・お、俺は、なんにもしてないのにっ!」

 

「あ、おい!」

 

残った男達の一人が、悲鳴を上げて逃げ出した。

疎らな人垣の人のいないところを駆け抜けようとしたので、こっそり宝物庫から自動人形の手を出して足を掴ませる。

急に足を捕まれた男は、走った勢いを殺しきれずに派手に顔面から転ぶ。

アレでしばらくは動けまい。残った二人のうち一人を掴んでもう一人に向かって投げ飛ばす。

その上に足でストンピングをかまし、最後に転んで悶絶している一人の首を軽く絞めて失神させる。

・・・うん、大体一分くらいかな? 周りに被害もないようだし、及第点ではあるだろう。

 

「斗詩、怪我は無いか?」

 

「あ、はいっ。私は全然・・・。この人たちの心配をしてあげたほうが・・・」

 

「いいか、斗詩? 俺は彼らにやめておけ、と警告した。それを聞かないからには、ちょっと痛い目見てもらう必要があるだろう?」

 

「そ、そう、ですねっ。あのっ、お、おっしゃるとおりですっ!」

 

何故かびくびくがくがくし始めた斗詩から璃々を受け取る。

空中を飛んだのが気に入ったのか、もう一回! とせがんでくる璃々を斗詩と二人で宥め、青年達八人を捕らえて城へ戻っていく兵士を見送る。

・・・裁判官、また卑弥呼に頼むか。

 

「それにしても・・・すみません、ギルさん。あの、変なことに巻き込まれてしまって・・・」

 

「謝ることじゃないさ。・・・しかし、猪々子はどうしたんだ? 斗詩を一人っきりにするなんてあんまり考えられないが・・・」

 

「あ、文ちゃんはその・・・麗羽さまの無茶振りで今山の中にいるんじゃないかなぁ・・・」

 

「・・・そっか。そろそろ麗羽も躾が必要な時かも知れんな」

 

「あ、あのっ、えっと・・・多分閨に呼ばれるのは麗羽さまも初めてなので、優しくしてあげてくださいね?」

 

「・・・何故『躾』をそういうことだと思った? ん?」

 

完全に勘違いしているであろう斗詩に、出来るだけ笑顔で問い詰めると、涙目になって弁解し始める。

何故俺が『躾ける』と言うと閨に呼ぶことになるのかな?

 

「ち、違うんですっ。七乃さんから美羽さまをそうして躾けたって聞いたから・・・」

 

「情報提供ありがとう。・・・七乃め、明日の朝日を立って拝めると思うなよ・・・」

 

「・・・うぅ、ごめんなさい、七乃さん・・・」

 

斗詩は申し訳なさそうにここにはいない七乃に謝るが、まぁ大丈夫。痛いことはしないから。

 

「あ、そういえば猪々子のことは聞いたけど・・・斗詩は何か買い物か?」

 

「あっと・・・はい。いくつか生活用品を買い足しに。麗羽さまや文ちゃんだとその・・・不安なので」

 

「ああ・・・確かにな」

 

もとより主人の麗羽にはお使いなんて頼めないだろうし、猪々子は・・・まぁ、春蘭にお使い頼むようなものだ。

やっぱり斗詩がいないと麗羽たちは生活力ないよなぁ・・・。

 

「・・・よし、今日は斗詩も一緒に食べ歩きしようか」

 

「唐突に何を・・・と言いますか、いいんですか? その・・・璃々ちゃんと遊んでらしたんじゃ・・・?」

 

そう言って璃々に目を向ける斗詩。

 

「璃々、斗詩お姉ちゃんも一緒に遊んでもいいか?」

 

「いいよーっ! あのね、おさんぽしてたのー!」

 

「そうなんだ。じゃあ、お姉ちゃんも一緒にお散歩しようかな」

 

少し屈むようにして、璃々に笑いかける斗詩。

斗詩ならば子供の扱いも上手いだろうし、心配することは無いだろう。

それに、たまにこういう風に癒し系の武将とかと交流しないと、俺の思考が武闘派寄りになってしまうからな。

いやだろう? 誰彼構わずエアを振りかぶって襲い掛かる英雄王とか。・・・いやほら、副長へのあれは愛の鞭というか。

璃々を真ん中に、両サイドから俺と斗詩が璃々と手を繋ぐ。

 

「それにしても、良いお天気ですねぇ。・・・あ、そうそう、麗羽さまが、ギルさんをお茶に誘いたいって言ってましたよ」

 

「・・・そりゃまたなんで」

 

「ほら、ギルさんって私達みたく黄金の鎧ですし・・・それに、美羽様と懇意になさってるからって」

 

「黄金の鎧について親近感を持たれていたのは知っていたが・・・まさか、気に入られるほどだとは」

 

「あははー・・・。その、麗羽さま曰く「わたくしと同じく黄金の鎧を着用するとは、中々お話のわかる方ではありませんか」ということらしくて・・・」

 

大きなため息を一つ。

・・・強引に末席に加えられそうになってそうだな。後ではっきりと立場を分からせてやらないと。

 

「麗羽を抑えるのは斗詩と白蓮にまかせっきりだったからなぁ。今度また、改めて二人には何か感謝の品でも贈るよ」

 

そう言った俺の顔を、少し驚いたように見つめる斗詩。

・・・?

 

「どうした、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

 

「あ・・・いえ、その・・・白蓮さんのことも、きちんと気付いてらっしゃったんですね」

 

「・・・斗詩、お前それ本人の前で言うなよ。泣かれても俺は慰めるの手伝わないからな」

 

「そ、それはもちろん。でも、白蓮さんに感謝の言葉とか掛けてあげたら、とっても喜んでくれると思いますよ」

 

彼女は仕事の貢献度とその対価が合ってない気がする。もうちょっと評価されてもいいはず。

俺だけでもきちんと彼女を褒めてあげることにしよう。

 

「だな。ま、今日は璃々との散歩で勘弁してくれな」

 

「ふふ。そうですね。・・・麗羽さまや文ちゃんと騒いだりするのも好きですけど・・・こうして落ち着いて歩くというのも・・・良いものですね」

 

璃々も喜んでいるみたいだし、良かった良かった。

 

・・・

 

疲れて眠ってしまった璃々を背負いながら、斗詩を部屋へと送る。

 

「ごめんなさい、送ってもらっちゃって・・・」

 

「気にするなよ。こっちに付き合って貰ってるんだから、これくらいは当然だって」

 

時間的には夕方。太陽も大分西日になってきた。

ありがとうございます、とはにかむ斗詩の顔も、太陽に照らされて赤くなっている。

 

「今度は猪々子も一緒に、何か食べに行こうか。麗羽に結構振り回されてるみたいだし、慰安は必要だろ?」

 

「あ、じゃあ、文ちゃんに伝えておきますね。ふふ、きっと喜ぶだろうなぁ」

 

斗詩からは、麗羽や猪々子、白蓮辺りの話を聞くことが出来た。

新鮮な情報ばかりで、中々面白いことも聞けた。

 

「・・・最近『麗羽用』の支出が多いと思ったら・・・」

 

三国では面倒見切れない、ということで、麗羽たち三人、美羽と七乃、しすたぁずなどは俺が私財で面倒を見ていることになっている。

まぁ、美羽は七乃が俺の部隊で軍師やってるし、しすたぁずはアイドルとして俺の設立した会社で働いているので、ニートなのは麗羽だけになっている。

 

「・・・斗詩と猪々子も、俺の部隊で働くか? 正直、最近麗羽たちに向かってる視線が冷たくなってるの、ちょっとは感じてるだろ?」

 

「う・・・やっぱり、そうですか? 軽くなんですけど、白蓮さんから忠告を貰ったこともあって・・・」

 

やはりというかなんというか、人のいい白蓮から注意を受けているようだ。

 

「その、「ギルがお前達の尻拭いするのにあんまりいい顔しないやつらもいるんだぞ」って事をですね、遠まわしに・・・」

 

「あー・・・みたいだな」

 

たまにだが、陳情とかにも麗羽関係の陳情がきたりするのだ。

町で好き勝手なことをしてるんだけど、みたいな。何処から情報が漏れてるのか、麗羽たちの生活を面倒見てるのは俺、みたいなことも言われていて、それも陳情で上がってきたりする。

・・・まぁ、蜀で保護してるわけだし、桃香も出来れば皆助けたい、っていう精神の持ち主だから蜀で面倒見ればいいじゃない、って話なんだが・・・。

華琳と蓮華から桃香に猛抗議がきたのだ。「国民の税で、そんなのを保護するのは、王として、政務者として示しがつかない」ってな。

そこで桃香に泣きつかれて、こっそりと俺の私財から生活費やら諸経費を出してあげているのだ。・・・まぁ、斗詩と白蓮に頼んで、何に使ったかは報告させるようにしているが。

 

「ち、陳情にも上がってるんですか!? ・・・ほ、ホントにごめんなさい・・・」

 

「まぁ、俺自身は迷惑だと思っているわけじゃないから別にいいさ。これからはほら、町の人にあんまり迷惑かけないように気をつけてくれな」

 

「はいっ。・・・あ、ここです。私の部屋」

 

「おっと、そっか。・・・それじゃ、また誘うよ。じゃな」

 

「はい。あの、今日は色々とありがとうございました」

 

「どういたしまして」

 

深々と頭を下げて部屋に戻った斗詩を見送り、背中の璃々を起こさないように再び歩き始める。

さて、次の目的地はここから結構近いはず。

 

・・・

 

「あ、ギルさんっ」

 

「お邪魔します。月、調子はどうだ?」

 

「んーと・・・まだ、やっぱり全然わからないですよ。お腹も全然ですし・・・」

 

そう言って、月は自分の腹を擦る。

・・・璃々を背負ってやってきたここは、お察しの通り月と詠の部屋である。

出産間近になれば産婆さんとか華佗が詰めてくれている後宮に行く手はずになっているが、それはまだ建設中。

月の様子もまだまだ問題ないようだし、今はこうして普通に仕事もしてもらっている。

 

「ふふ、璃々ちゃんの寝顔、可愛いですね」

 

「はは、だろう? ちょっと休ませて、また起きたら紫苑の部屋に連れて行くよ」

 

「はい。・・・えっと、その、お膝の上、よろしいですか?」

 

「ん? ああ、構わんよ。ほら、おいで」

 

そう言って、俺は月を抱きかかえ、膝の上に迎える。

 

「へぅ・・・やっぱり、落ち着きます」

 

「そっか。・・・いや、それにしても、母親になるっていうのに甘えん坊だな」

 

「ギルさん・・・意地悪です」

 

「好きな子は構いたくなるんだ」

 

そう言って、月の頭を撫でてみたり、腹を擦ってみたりする。

あちらを向いているので表情はわからないが、耳を見るに顔も真っ赤なのだろう。

 

「は、あぅ・・・あの、そんなに触られると、へぅ・・・璃々ちゃん、起きちゃいます」

 

「へっへっへ、よいではないか、よいではないか・・・」

 

「ぎ、ギルさぁん・・・しゃ、喋り方がなんだかやらしいです・・・」

 

ふにふに触っていると、若干月が興奮してきてしまったらしい。

・・・だがまぁ、確か落ち着くまではアレは出来ないので、俺もほどほどにしておく。

 

「へぅ・・・ぎ、ギルさん? その、あちらなら多分璃々ちゃんも聞こえないと思うので・・・」

 

「おいおい、華佗にも言われただろ? お腹の様子が落ち着くまでは・・・」

 

「・・・そ、その、朱里ちゃんたちの持っていた本では、えっと・・・」

 

そう言ってもじもじし始める月。

・・・まさか、「そっち」か!?

 

「・・・だめ、ですか?」

 

恥ずかしそうにこちらを見上げる月。

その瞳は潤んでいて・・・これは、断れんな。

 

「わかったわかった。無理しない程度にな?」

 

「わ、わかりましたっ。・・・あ、でも、準備とか色々あるんだったっけ。・・・す、少し璃々ちゃんの様子を見ていてください!」

 

そう言って部屋を出て行く月。

・・・ええと、準備って、アレ・・・だよな?

 

「・・・準備万端とか、月、もしかして近々やるつもりだったのか?」

 

知識の出所は何処だろうか。・・・朱里辺りが一番怪しいが、卑弥呼とか孔雀とか、怪しいのは結構いるからなぁ・・・。

まぁ、そこまでして月もやりたがるということは・・・最近欲求不満だったとか・・・?

 

「お、お待たせしました・・・」

 

頬を上気させた月が戻ってくるまでの間、俺はそんなことをつらつらと考えていたのだった。

 

・・・

 

「・・・それじゃ、璃々を送ってくるよ」

 

「ばいばーい、月お姉ちゃんっ。こし、おだいじにね!」

 

「へぅ・・・は、はいぃ・・・。ば、ばいばい、璃々ちゃん」

 

寝台の上で布団を被って起き上がれないでいる月に、俺と璃々はそれぞれ挨拶する。

・・・まぁ、月に何が起こったかはご想像にお任せする。あえて言うならば、まぁ・・・後で腹を下さないかは心配だなってぐらいだ。

もちろん、璃々に何か見られたりなんてことは無い。・・・宝具でいい夢見てて貰ったけどな。

 

「月お姉ちゃん、こしがいたくなっちゃったの?」

 

「ああ、まぁ、侍女のお仕事は結構屈んだりするからなぁ」

 

何食わぬ顔で、つらつらと嘘を璃々に伝える。

・・・いやほら、言えないだろ、本当のこととか。

 

「ふぅん・・・璃々、大きくなったらじじょさんになる! 月お姉ちゃんのおてつだいする!」

 

「お、偉いぞー。じゃあ、好き嫌いせずにたくさん食べて、沢山遊ばないと」

 

「うんっ!」

 

元気に返事をする璃々に笑いかけながら、紫苑の部屋まで向かう。

もう日も暮れてしまった。晩御飯は月の部屋で月を介護・・・じゃなくて、介抱しながら食べたので、後は紫苑のところへ送るだけだ。

 

「えへへー。今日は、お母さんにいっぱいおはなしすることできたね!」

 

「そうだな。沢山教えてあげると良い。紫苑も喜ぶだろ」

 

「はーい!」

 

先ほどまで寝ていたからか、食事をしたからか・・・とても元気だ。

もう夜だから少し静かにな、と注意しつつ、紫苑の部屋にたどり着く。

 

「こんばんわー、紫苑、いるかー?」

 

こんこん、と扉をノックして、声を掛ける。

 

「おかーさん、ただいまーっ」

 

「あらあら、璃々? それに、ギルさんね。今あけます」

 

とたとた、と足音の後、扉が開かれる。

笑顔で俺達を迎えた紫苑は、おかえりなさい、と声を掛けると、駆け寄ってきた璃々を抱き上げる。

 

「ギルさん、ごめんなさいね、一日璃々に付き合わせてしまって」

 

「気にすること無いって。別に苦労でもなんでもないからさ」

 

「そう言っていただけると、嬉しいです。・・・立ち話もなんですね。どうぞ。お茶をお出ししますね」

 

柔らかく微笑みながら部屋へと入っていく二人の後から、俺も部屋の中へ。

すでに紫苑は璃々を椅子に座らせ、コトコトとお茶の用意をし始めていた。

 

「どうぞ、お好きなところにお座りください。すぐに出来ますので」

 

「ん、お邪魔するよ」

 

「ギルお兄ちゃん、こっちこっちー!」

 

璃々が隣の椅子をぽんぽん叩くので、素直に従うことにする。

 

「あのねあのね――」

 

そして、璃々が調理中の紫苑に話しかけ、今日あったことをちょろちょろと話し始める。

それに相槌を打ったり、ちょっとだけ補足したりしながら、紫苑のお茶を待つ。

 

「お待たせしました。・・・璃々、熱いから気をつけるのよ?」

 

「はーいっ! ・・・ふー、ふー」

 

それから少し、またお茶を飲みながら璃々の話を聞く。

途中で、何か思い出したのか、璃々がずっと持っていた肩掛けの中から袋を二つ取り出した。

 

「これっ! お母さんと、ギルお兄ちゃんに!」

 

「あら、私にも?」

 

「おっと、俺にもか?」

 

それぞれの前に置かれた袋は、それなりに小さい。

まぁ、璃々の肩掛け鞄に入る大きさだからなぁ・・・。

 

「何かしら。開けても良い?」

 

「うんっ」

 

俺と紫苑が、それぞれ包みを開ける。

これは・・・お香?

 

「えへへ・・・あのね、璃々、ギルお兄ちゃんのにおい大好きなの! それでね、ギルお兄ちゃんみたいなおこーさがして、璃々とおそろい!」

 

そう言って、璃々は俺の持っているお香と同じ物を取り出した。

 

「・・・でも、どうやってつかうんだろ? なんかね、おみせだとけむり出てたの」

 

「それは・・・紫苑に教えてもらうと良いな」

 

「ふふ。そうね。明日、早速炊いてみる?」

 

「はいっ」

 

紫苑の手には、小さなブローチ。

それを、紫苑は大切そうにもう一度箱に戻す。

 

「私にも、ありがとうね、璃々。大切にするわ」

 

「えへへ・・・」

 

照れくさそうに笑う璃々。

それからしばらく三人で話をした後、夜も遅いから、と泊まっていくことになった。

・・・もちろん、璃々がいるから変なことはしないぞ。川の字で三人並んで寝ただけだ。

真ん中の璃々に抱きつかれてちょっと寝づらかったのはナイショだ。

 

・・・




「・・・」「どうしたんだ、ギル? そんな悲しそうな目をして」「・・・男の娘、かぁ」「ッ!? ま、まさか・・・ギルの恋人に新しく追加されたのか!?」「・・・違う違う。・・・まぁ、もし加わったとしても問題ないような経験は積んだけど」「? どういう・・・なぁ、そのくっ付いてぽかぽかギルを叩いてる月ちゃんは何か関係あるのか?」「もちろん。・・・関係あるというより、当事者って感じだ」「~っ! ギルさんのいじわるぅ・・・」「可愛い」「可愛いな」「結婚しよ」「いやいや、もう結婚してるようなもんだろ」


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第六十一話 年の瀬の準備に

「年末といえば、年賀状の準備に忙しかったなぁ」「俺もだ。住所を手書きで書いていたから、腱鞘炎になりかけたな。ちょいちょい休憩挟みながらやってたよ」「ふむ。年賀状は俺も結構出していたぞ。友人からの年賀状には俺の好きなキャラとか書いてあることがあってな。中々楽しみだった」「あ、甲賀もそうだったんだ。俺も友達からの年賀状で色々笑わせてもらったりしたよ。・・・手渡しになるだろうけど、この四人で年賀状書いてみるか」「おお、それは面白いかもな。さんせー」「年賀状・・・ぜ、全力で書かせて頂きますっ!」


それでは、どうぞ。


大分寒くなってきた。季節的にはもう秋も終わり、冬に突入している。

雪もそろそろ降る頃だろう。・・・その前に、後宮が完成して良かった。

 

「・・・凄いな。皆、頑張りすぎ」

 

正直城よりも立派かもしれない後宮を前に、俺は若干引きつった笑みを浮かべていた。

二ヶ月ほどか? それだけの期間で、これほどのものを作れるとは・・・。

解散式のときに皆から激励の言葉を貰ったくらいだし・・・俺のことを祝ってくれている人もそれなりにいるのかね?

 

「皆さん、凄くかんばって下さったんですね。・・・へぅ。元気な赤ちゃんを産みますね!」

 

隣にいる月もそう言って、ぐ、と握りこぶしを作る。

・・・目に見えて分かるほど大きくなったお腹を冷やさないよう、コートとマフラーを着込んでいる月は、少し動き辛そうだ。

暦的にはもう数日で年末、更にはお正月である。

ちなみに俺は例年、年末に御節を食べながら笑わないようにするのに必死である。

 

「・・・やるか。城を巻き込んで、「笑ってはいけない」みたいな」

 

「? どうしたんですか、ギルさん?」

 

「あ、いや、なんでもないよ。・・・さて、今日はイブだけど・・・正直、いつもと変わらんよなぁ」

 

クリスマスは恋人の日、なんて概念が今の時代無いので(というか、現代でも日本だけだけど)、この性夜・・・じゃなくて聖夜は普通の冬の一日と変わりない。

・・・後で一刀と甲賀を誘って、揚げた鶏肉食べるか。あ、ちなみに七面鳥じゃなくて白ヒゲのお爺さんのお店で鶏肉買ってお祝いするのも日本人だけらしい。流石ガラパゴス。

今日は日本人パーティをしてやるとしよう。その次の日は・・・璃々の枕元にプレゼント置いておかないとな。

 

「寒くないか?」

 

「・・・手が、ちょっと寒いです」

 

「はは。・・・手、繋ごうか」

 

「はいっ」

 

月も、最近は大分自分を主張をするようになってきた。

こういう風に我侭を言ってみたり・・・なんとも可愛らしい。

 

「雪は積もるでしょうか?」

 

「どうだろう。・・・今日降りそうだよなぁ」

 

空を見上げると、太陽の光が一切届かないほどの曇天。

これは夜くらいに雪が降るだろうか。そうなる前に後宮が完成してくれたのはありがたい。

 

「そろそろ城に戻ろうか」

 

「はい」

 

手を繋いで城へと戻る。自室へ戻れば火鉢もあるし、最悪炎系の宝具を使うとしよう。

確か湯たんぽもあったはずなので、寝るときも温かい。

・・・人肌が一番気持ち良いけどね。

 

「・・・ん?」

 

「わぁ・・・雪ですね!」

 

城への帰路、ひらひらと空から雪が降ってきた。

手の平を前に出してみると、その上に雪が落ちては解けていく。

なんとまぁ。これは風流だな。凄まじくタイミングが良い。

 

「あの・・・ギルさん、少しお散歩しませんか?」

 

「もちろん良いが・・・無理はさせないからな?」

 

「ふふ、心配しすぎですよ。少しくらいは運動しないと」

 

そう言って笑う月と一緒に、雪の降る城下町を歩く。

急な雪に、子供達ははしゃいでいるようだが・・・大人たちは大童だ。

店の人たちは店じまいの準備をし始めるし、兵士達はもし雪が積もったときのための行動を始める。

・・・うーん、積もるかなー、これ。

結構べたついてるみたいだし、長く降るなら意外と積もるかもしれないな。

 

「雪が積もったら・・・雪だるまでも作ろうか」

 

「雪・・・だるま? ですか・・・?」

 

「あー、えっと・・・ま、そのときのお楽しみだな。実際にやったほうが分かるって」

 

「・・・はい。楽しみにしてますね」

 

微笑む月と共に、城壁から外に出る。

近くの森にある木々ははすでに白くなり始めている。雪も先ほどより多く降っているようだ。

やっぱり、これは積もるな。後で兵士達にスコップなんかを配給しておかないと。

 

「森も、道も・・・真っ白ですね」

 

「ああ。・・・こういう風に、綺麗な雪の上に足跡付けたくなるのは・・・俺だけかな」

 

「気持ちは分かりますよ」

 

そう言って、月もブーツを履いた脚でさくさく足跡を付けていく。

このブーツは・・・まぁ、ご想像の通り、俺が作らせたものだ。

寒いのにいつもの靴だと不味いだろ? やっぱりほら、長靴とかブーツとか、あるべきだと思ってさ。

月が履いているこれは俺が靴屋に頼んで作ってもらった、龍の皮を使った特注品だ。長靴とかブーツ自体は一応街の靴屋にも並んでいるだろうが、あっちは確か・・・何をつかっていたっけか。

まぁ兎に角、龍の皮を使っているからか、指先まで温かい上に、通気性は抜群。正直龍の皮の汎用性と万能性には驚くばかりだ。ちょっと龍を乱獲したくなってくる。

 

「そういえば、大体十ヶ月ほどで産まれるんですよね?」

 

「みたいだな。予定日は五月くらいかな」

 

華佗と産婆さんに見て貰ったのだが、大体九月くらいに出来た子らしい。

このまま順調に行けば、五月の終わりから六月初めぐらいだろう、とは言われている。

もう大分お腹も大きくなってきたからなぁ。

 

「紫苑さんに色々とお話を聞いているんですけれど・・・やっぱりお腹にギルさんとの子がいると思うと・・・なんだか、とっても幸せなんです」

 

「俺もだよ、月」

 

お互いに見詰め合って、どちらからともなく口付ける。

月の頬が赤いのは、寒いから、というわけではないだろう。

 

「・・・ぽかぽかしちゃいます」

 

「それは良かった。・・・そろそろ戻ろうか。かなり冷えてきた」

 

「はい」

 

再びさくさくと足跡を残しながら、城へと戻る。

・・・なんでもないことだが、とても有意義な時間を過ごせたと思う。

 

・・・

 

「お晩でーす」

 

横ピースしながら軽い口調で挨拶してくる神様に、ため息をつく。

全く。幸せな気分で眠りについたらこれだ。・・・大体二ヶ月ぶりくらいか?

 

「最近だんだん軽くなってきたな、神様。態度も、出現頻度も」

 

「ええ。なんせ一番つながりの強い貴方の子が生まれようとしていますからね。私の力も強大になっているんですよ」

 

「え・・・? 何それ、初耳」

 

「? 当然ではないですか? だって、貴方神性ランクいくつです?」

 

「・・・A++」

 

「それもうほぼ神様ですからね? ・・・あれ、この人死後座にちゃんと入るんだろうか」

 

目の前で不安になるようなことを呟く神様をあえてスルーしつつ、テーブルに着く。

湯気の上る紅茶が用意されているということは、それなりに長話をするつもりなのだろう。

 

「いやー、お付き合いも大分長くなりましたね、私たち」

 

「そうだなぁ。もうかれこれ・・・何年くらいだ?」

 

「・・・ふふ、数字なんてどうでもいいんです。・・・別に、この空間の時間の流れがそちらと違いすぎて正確な期間が分からないわけではないですよ?」

 

「分からないんだな?」

 

「ぴゅ、ぴゅーぴゅぴー」

 

「口笛が吹けないなら無理するんじゃない」

 

目の前でひょっとこのような顔をして口笛を吹こうとする神様。

呆れつつ紅茶を一口。・・・前飲んだ緑茶のほうが美味いな。

 

「で? 本題は?」

 

「もうちょっと会話を楽しみましょうよ。私も貴方が来ないとずっとここに缶詰なんで、暇なんです」

 

「分かったわかった。もうちょっと頻繁に来るから」

 

「約束ですよっ、約束っ。・・・こほん。では、今日の神託です」

 

「おう」

 

姿勢を正す神様に倣って、俺も姿勢を正す。

そのまま、神様は指を一本ピンと立て、改まった口調で話し始める。

 

「お腹の子の性別が確定しました。聞きます?」

 

「・・・一応」

 

「おめでとうございます、女の子です。ちなみに五月終わりくらいに出てくる予定です」

 

「そっか。・・・んー、月にどう伝えるかなー」

 

というか、伝えるべきだろうか。・・・べきだろうな。

 

「ちなみに私は何も弄ってませんよ。巨大な大天使と違って、決定権はありますが乱用する気はないので」

 

「そ、そっか。その大天使っていうのが誰かは分からんけど・・・まぁ、安心しておく」

 

「お名前とか考えてたんですか? 男の子ならこの名前、なんて」

 

「女の子だった場合のはね。男の子のほうは、考え中って感じだったかな」

 

今日起きたら月に相談してみるかな。・・・気に入ってくれるといいけど。

 

「ふふっ・・・そうですね。そんな貴方にサービスです。生まれてくる子に、少しですが私の祝福をかけておきましょう」

 

「えぇー・・・? それ、途中で事故死するような祝福じゃなかろうな」

 

「ぐっ・・・! あ、貴方ねぇ、そんな、いつまでも人の失敗をつつくなんて・・・」

 

「はは、悪い悪い。冗談だよ」

 

ふくれっ面の神様をそう言って宥める。

 

「ま、今日の神託はこの辺で。・・・最後にもう一つ忠告してあげますか」

 

「・・・なんだ?」

 

ふぅ、とため息をついた神様は、ゆっくりと口を開く。

 

「・・・あなた、寝込み襲われてますよ?」

 

「それを早く言えっ!」

 

神様の言葉に、俺は急いで意識を覚醒させるのだった。

 

・・・

 

「あ、おはよー、お兄様っ」

 

「蒲公英か・・・全く、恋といい、何で布団に潜るのが好きなのかね」

 

慌てて目を覚ますと、布団の中がもこっと膨らんでいた。

覗いてみると、悪戯が成功したときの笑顔でウィンクしてくる蒲公英がいた。

 

「えー、だって寒いじゃん? えへへー、お兄様の体温でぬくぬくー」

 

「はは、こやつめ」

 

くしゃくしゃと強めに頭を撫でる。

嬉しそうにはにかむ蒲公英は、あ、そうだ、と布団を被ったまま起き上がる。

 

「今日はね、お兄様にあげたいものがあるのっ」

 

「俺に? ・・・なんだろ」

 

「お隣をごらんくださーい!」

 

蒲公英に言われるまま横に視線を向けると、白い生地の抱き枕が置いてあった。

抱き枕か。・・・でも、正直必要ない気もする。大体誰か抱き締めて寝てるし・・・。

なんて思っていると、抱き枕がびたんびたんと動き始めた。

 

「!? おい蒲公英、こいつ、動くぞ!?」

 

「あらー・・・お姉様、大人しくしててって言ったのになー」

 

「『お姉様』・・・? 中身翠かこれ!」

 

ばれたらしかたないなー、と抱き枕を開ける蒲公英。

中には、猿轡の上に亀甲縛りで両手足も拘束されている翠が入っていた。

 

「おいおい・・・大丈夫か? 今解いて・・・」

 

「あ、お兄様、今触らないほうが」

 

「んんーっ!?」

 

俺が縄を解こうと触れた瞬間、一際大きく翠の体が跳ねた。

この反応、何処かで見たことが・・・まさか・・・!

 

「・・・蒲公英、何飲ませた?」

 

「龍の秘薬。てへっ」

 

媚薬じゃないか! それで一晩放置か!?

っていうか何処から手にいれ・・・ああ、そういえば前に月に使った余りを紛失したような気が・・・。

 

「・・・すまんな、翠、我慢してくれ」

 

目で「触るな」と訴えてくる翠に謝ってから、口の猿轡から外す。

 

「ぷはっ、はっ、あ、だ、め・・・~っ!」

 

再び体を仰け反らせる翠。・・・あー。

 

「んふ。お兄様? お姉様を楽にするには・・・分かるよね?」

 

「はっ、はっ、はぁっ・・・頼む、ギルぅ。・・・何とか、してくれ」

 

悪い顔をして笑う蒲公英と、懇願してくる翠。

・・・まぁ、何とかって・・・抱いてあげるしかないよなぁ。

 

「全く。・・・蒲公英、後で同じことするからな」

 

「はーいっ。気持ちいいのは大歓迎だよ?」

 

絶対にお仕置きにはならないな、とため息を付きつつ、翠の足を掴む。

 

「暴れられたら困るから、このままするぞ? ・・・まぁ、優しくするから」

 

「・・・頼む」

 

「大丈夫っ。たんぽぽも手伝ったげる!」

 

すでに意味を成していない翠の下着を脱がせて、そのまま翠に口付ける。

 

・・・

 

「えー? だって、お姉様はお兄様のこと好きだけど、あの性格でしょ? 絶対恥ずかしがって告白しないなぁって思ったから」

 

事が最後まで終わり、翠が達し過ぎて眠ってしまった後、蒲公英にどういうことかを問い詰めると、そう返された。

・・・お前なぁ、そういうのを「余計なお世話」と・・・。

 

「分かってるよぅ、余計なお世話って言いたいんでしょ? でも、たんぽぽがお姉様のことを思ってやったって言うのはホントだよ。そこは、お兄様になんて言われても変えないもん」

 

「あー・・・うん、負けた。俺の負けだ。・・・後で一緒に翠に謝ろうな」

 

「うん・・・ありがとねっ、お兄様っ」

 

「調子のいい奴」

 

翠には後で謝るとして・・・シーツ換えないとな。

 

「・・・お姉様、相当気持ちよかったんだねぇ」

 

まぁ、漏らしてしまう程度には気持ちよかったんだろう。

・・・翠の名誉のために、蒲公英には口止めしておくとしよう。

 

「うん、流石にそれは・・・言いふらさないよ。えへへ、いい子?」

 

「良い子良い子。・・・よっと」

 

翠を抱え上げ、蒲公英を連れて浴場へ。

ぺちぺち叩いても起きないので、蒲公英と二人で協力して体を綺麗にしたのだが・・・服を着せた後で目覚めた翠にビンタされた。

その後ちょっと寝ぼけていた翠に状況説明と謝罪をし、顔を真っ赤にしながら許されたのがさっきのこと。

 

「・・・ったく。蒲公英、お前なぁ・・・今回は結果が良かったから許すけど、別の奴にこんなことすんなよ? 殺されても文句言えないぞ」

 

「そうするー。・・・でもでも、感謝してよね、お姉様?」

 

「なににだよ!」

 

「お姉様の背中を押してあげたんだから。・・・これからは、恥ずかしがらずにお兄様に愛してもらおうねっ」

 

蒲公英にそういわれて、翠は後ろを歩く俺の方をちらりと見る。

なんだか良く分からないが、取り合えず笑っておく。

 

「っ。・・・ま、まぁ・・・たまになら、な」

 

「あのごすろりも着てないし、次はそれを着ていこうねっ」

 

目の前で仲良さそうに話す二人を見ながら、次はゴスロリ服で二人同時か、と今からちょっと楽しみにしておく。

・・・翠のような恥ずかしがりやは、少し強引にいかないと、というのを心のメモ帳に記しておく。

これからは、更に積極的に皆との交流を深めていくとしよう。

 

・・・

 

「ギル様っ」

 

「お、明命。それに亞莎も。・・・その荷物はまさか・・・」

 

「はいっ。ごま団子の材料です!」

 

元気に答える明命。・・・やっぱりか。

亞莎も相当ごま団子を気に入ったらしい。こうしてちょいちょい自分で作っては食べているのをみる。

 

「あの、良ければギル様も一緒に作りませんか?」

 

「お、良いねぇ。亞莎、俺も一緒にいいかな?」

 

明命の誘いに乗る形で亞莎に聞いてみる。

 

「は、はいっ。もちろんですっ」

 

荷物を持っていない手で顔を隠すようにしつつ、俺の言葉に頷く亞莎。

・・・よし、今日は亞莎と仲良くなってやる。きちんと目を合わせて話せるくらいにはな!

嫌われているわけではない、というのは分かっているので、ちょっとぐいぐいいってやる。

 

「今回も大量に買ったんだな」

 

「そうなんです。亞莎ったら、いつもごま団子を大量に作っちゃうんです」

 

「・・・お、お恥ずかしいです」

 

呆れたように言い放つ明命に、亞莎は顔を真っ赤にして俯く。

 

「相当気に入ったんだな。亞莎は上手に作れるから、今から楽しみだ」

 

「あ・・・えへへ、頑張って作ります!」

 

頭をゆっくりと撫でると、落ち着いたのかはにかみながら気合を入れる亞莎。

そんな亞莎を明命と一緒に微笑ましく見守りながら、厨房へと向かう。

 

「まずは手を洗いましょう!」

 

材料の入った袋を調理台の上にどんと置くと、亞莎は早速水場へと向かう。

俺達もそれに倣ってじゃばじゃばと手を洗う。手洗いうがいは大事だよなぁ。

三人仲良く調理の準備を済ませると、次は材料の下拵えだ。

その辺りは亞莎も明命も慣れたもの。俺も邪魔にならない程度に手伝う。

 

「ギル様も亞莎に付き合わされてごま団子を作ってらしたんですか?」

 

妙に手馴れている俺の作業を見て、左に立つ明命が作業しながら聞いてくる。

だが、俺よりも先に、反対側にいる亞莎が答える。

 

「あ、あのねっ、ごま団子を一番最初に作ろうって言ってくれたのは、ギル様なのっ」

 

「そうなの? ・・・大変だったんですね、ギル様」

 

「ど、どういうことっ!?」

 

俺を挟んで二人は楽しく会話をしている。・・・良いよなぁ、こういう、仲の良い女の子を見るっていうのはさ。

微笑ましく思いながら黙って手を動かしていると、たまに話を振られるので若干焦る。

そういう時は大抵話を聞いていないときなので、お、おう、くらいしか返せない。・・・ごめん、二人とも。

 

「それにしても・・・量が多いよね。毎回思うんだけど、食べすぎじゃないの?」

 

「た、食べた後にちゃんと運動してるもん! ・・・ぎ、ギル様は、いかが思いますか? 変・・・でしょうか・・・?」

 

ぺったんぺったん団子の形を作りながら、亞莎はおずおずと聞いてくる。

・・・そういえばいつもの袖が無いから妙な感覚だな。あれ、着脱可能だったのか。

 

「いや、全然変じゃないな。・・・食べて運動しない、何処かの王に比べるとな」

 

「ふぇ? ・・・あ、ああっ!」

 

何かに得心いったのか、亞莎がぽんと手を叩く。

そして、その衝撃で潰れるごま団子。あーあ。

 

「あ、亞莎っ。お団子潰れてるっ」

 

「わわっ、た、大変っ」

 

わたわたと修正を試みる亞莎に笑いかけながら、俺も一つ一つごま団子を形作っていく。

 

「うーん・・・ちょ、ちょっと変になっちゃった」

 

「まぁ、不味くはならんだろ」

 

慰めるように亞莎の頭を撫でる。・・・そういえば、亞莎用のアリス服があったな。

機会があれば着せようと思っていたのだが・・・ああ、後明命用のくの一服もあるんだった。

甲賀との凄まじい討論と熱い議論の果てに作成されたあのくの一服・・・着せないで死蔵させておくのは惜しい。

・・・何故かアリス服とくの一服は思春用のものもあるので、二つとも絶対思春に着せると心の中で誓う。

彼女に命を狙われ続けた仕返しだ。存分に着せ替え人形になってもらうとしよう。・・・蓮華も誘っておくか。

ふっふっふ。結構理不尽に狙われ続けたからな。俺は意外と根に持つタイプなんだよなぁ。

 

「・・・ギル様が怪しい笑みを浮かべてお団子作ってる・・・」

 

「こういうときに副長さんとかが突っ込みいれて凄いお仕置き受けてるの、見たことあるよ」

 

「あ、私もある。・・・でも、その時凄い幸せそうな顔してるんだよね」

 

「私はちょっと分かるかな。・・・その、ギル様に閨にお誘いいただいたときとか・・・幸せだもの」

 

「あ、あぅ・・・」

 

は、と我に返ったとき、何故か二人とも顔を赤くして俯きながらぺたぺたごま団子を作っていた。

・・・? 何の話をしていたんだろうか。

慌てて会話に耳を傾けようとするが、二人とも無言で俯いて作業を続けている。

あれ、もう話は終わってしまったんだろうか。・・・ふむ、聞き逃したか。

 

「亞莎?」

 

「はひっ!?」

 

「・・・大丈夫か?」

 

俺の言葉に、亞莎はコクコクと頷く。・・・なんだなんだ、俺一人だけのけ者か?

まぁ、ガールズトークなんて無理してまで聞き出すものでもないだろ。

それに、二人が顔を赤くするような話を聞いたら俺も平静を保ってはいられないだろう。

 

「さて、後は仕上げだな」

 

「はいっ。後は私と亞莎でやりますので、ギル様は席についてお待ちくださいねっ」

 

明命に背中を押され、半ば無理矢理に隣の部屋にある、食堂の椅子に座らされた。

・・・まぁ、やるって言ってるんだし、任せようかな。二人なら、失敗することも無かろう。

 

・・・

 

「・・・ね、亞莎?」

 

「どうしたの、明命」

 

食堂の席に座らせたギルがお茶を飲んでいる最中、蒸している最中に暇を持て余した二人は、声を抑え目に話し合う。

 

「偶然ギル様に会ってお誘いしたけど・・・前に行ってた話、実行するには良い機会じゃない?」

 

「や、やっぱり・・・明命が急に走ってギル様に話しかけるから、妙だと思ったけど・・・」

 

そういうことだったのね、と亞莎は息を吐いた。

彼女は以前、ギルに想いを伝え、通じ合ったという明命に、ある相談をしていた。

・・・まぁ、予想は簡単に出来るが・・・ギルに、どう告白するか、という内容である。

ギルのことを「輝きすぎて直視できない」とまで言い、極度の恥ずかしがり屋でもある彼女は、自分の力だけではどうにもならないと思っての相談だったのだが・・・。

それに対する明命の答えは端的で、ある意味もっとも核心を突いたものだった。・・・つまりは、「え、普通に想いを伝えれば?」というものである。

ある程度仲良く、よほどの悪人で無い限り、彼が人の好意をばっさり断ることは無い。・・・「ばっさり」断ることが無いだけで、まぁ断ることもある、というのがミソだ。

例えば黒光りする筋肉の二人組みとか・・・は普通にばっさり断ってるが、ほら、例えば・・・と考え込んでみるが、明命の頭には浮かんでこない。

 

「んー・・・?」

 

「どうしたの、明命・・・?」

 

首をかしげた明命に、亞莎が訝しげに声を掛ける。

ううん、なんでもない、と答えながら、心の中のギルに「節操なし」の疑問が持ち上がってくる。

 

「まぁ、私からはそれしかないよ。ギル様と・・・その、結ばれたいんでしょ? 私も頑張ったもん。出来るだけ手伝ってお膳立てはするけど・・・最後はやっぱり、亞莎の気持ちだよ!」

 

だから頑張って、と亞莎の手を握りながら激励する明命。

その言葉に応えるように、亞莎はその手を握り返した。

 

「うん・・・うんっ・・・! 頑張るよ、私! ・・・こ、この後、ギル様に想いを伝えるよ!」

 

「その意気だよ、亞莎! 応援するからねっ!」

 

この後、若干盛り上がりすぎたからか、ごま団子は若干蒸しすぎてしまった。

 

・・・

 

「・・・で、その話全部聞こえてるんだが、俺はどうすればいいんだ・・・」

 

食堂に押し込まれたのはこの話をするためか、と隣の厨房から聞こえてくる会話を聞きながら思う。

・・・最初は小声で聞こえなかったのだが、途中からは普通・・・よりもかなり大きめなやり取りだったので聞こえてきてしまった。

凄い気まずいぞ、これ。なんて顔してこのあとごま団子食えばいいんだ・・・。

しかし、亞莎が、か。・・・ただ恐縮されていただけではなかったんだな。・・・良かった、というべきか。

まぁ、あれだけ気合を入れているんだ。この後気持ちを伝えるだとか言っているんだし、それを待ってあげるのも男というものだろう。

 

・・・

 

「お、美味しいね、明命っ」

 

「そうだね。・・・ギル様、お味はどうでしょうか? ・・・ちょっと蒸しすぎてしまったんですけれど・・・」

 

「ん、変わらず美味しいよ。ちょっと形が崩れてても、むしろ手作りの感じがして美味しく感じるよ」

 

さっき思いっきり潰していたり、会話に夢中になって蒸しすぎたりしているものの、味には特に問題は無い。

むしろ、こうして「ちゃんと手作りしてますよ」という温かみは大切だ。・・・こういう感じが無ければ、愛紗の料理もあそこまでまともには食べられない。

というわけで、こういうのを気にしそうな亞莎はきちんとフォローする。

 

「そういえばギル様? この後ご予定とかありますか?」

 

唐突に明命が俺の予定を聞いてくる。

・・・これが「お膳立て」か。まぁ、正直この後は仕事が詰まってるけど・・・。

あの話を聞いて断ることはなぁ・・・。ま、ちょっと後のほうに詰めてみるか。

 

「いや、特には。・・・どうした?」

 

「え? あ、いえ、その・・・あ、そうです! 亞莎が、お話があるそうで!」

 

何故か俺の返答を聞いて焦りだした明命が、亞莎の肩を持ってそう熱弁する。

 

「ふぇっ!? ・・・ちょ、ちょっと明命っ。急すぎ・・・!」

 

「だ、だって、まさか予定があいてるとは思わなくて・・・お忙しい方だと思ってたから・・・」

 

急にむこうを向いて耳打ちし合う二人。

・・・あ、ごめん。なんか、予想外のことを言ってしまったらしい。

ダメ元で聞いてきたのか、明命。

慌てて二人は体勢を立て直したようだ。俺の方へ向き直り、亞莎が口を開く。

 

「あ、あのっ、それでしたら・・・後で、お話が・・・」

 

あります、と小さい声で続ける亞莎。・・・なんか俺の方が緊張してきたんだけど。

今じゃダメか? と聞いてみるが・・・亞莎は赤い顔でぶんぶん首を振った。ちょっと意地悪すぎたか。

 

「・・・」

 

明命がジト目でこちらを見つめてくる。・・・む、何だその「空気読めよ」みたいな目。

全く、俺ほど空気を読めるナイスガイもいないだろうに。

 

「こ、こほん。それじゃあ、私は次のお仕事があるので・・・」

 

わざとらしく咳き込んだ明命は、亞莎にウィンクをする。

・・・どうやら、お見合いのときの親みたいなことをしているらしい。

ちなみに、上の台詞はびっくりするくらい棒読みだったことを説明しておく。

 

「むぐむぐ・・・」

 

明命が出て行った後、亞莎は顔を赤くしてごま団子を頬張るだけだ。

・・・緊張するのは分かる。分かるけど、沈黙はほら、気まずいぞ。

落ち着くための時間も必要だろうとこちらも口を閉ざす。食堂には、変な静寂が訪れていた。

 

「・・・あ・・・もう、ない・・・」

 

皿の上を見て、亞莎がそう呟く。そりゃ、あんだけのペースで黙々と食べ進めていたらすぐになくなる。

すぐにそわそわとし始める。こっちを見て顔を赤くして俯いて、またこちらを見て・・・の繰り返しだ。

ああもう可愛いなぁ。いじらしいなぁ。

 

「・・・それで? 話があるんだろ?」

 

埒が明かないので、亞莎には申し訳ないが話を進める。

そろそろ落ち着くにしても十分な時間は経っただろうし。

俺の言葉に、亞莎ははい、と言って姿勢を正した。

 

「あの・・・えぇと・・・何からお話していいか・・・」

 

しばらくもじもじしていたが、意を決したのか亞莎は口を開く。

 

「ぎ、ギル様は・・・私の憧れの方です。強く、お優しく・・・まさに英雄と言うに相応しいお方です」

 

「やばいな、凄い恥ずかしさがマッハだ」

 

亞莎の邪魔にならないように、小声で呟く。

褒められる、というのはとてもくすぐったいものだ。・・・壱与は除く。あれは狂信とか意味分からないものだ。

 

「そんなお方と一緒にお話できて、ごま団子を作って・・・そうやって過ごしているうちに・・・好きに・・・なっていました。・・・ええと、私を、おそばにおいて頂ければ、幸いです」

 

亞莎は、消え入りそうな声でそう告白してくれた。

机をはさんで向こう側に座る亞莎の手を掴む。

ビクリと肩を震わせた彼女に、出来るだけ落ち着いて伝える。

 

「ありがとう。本当に嬉しいよ。・・・亞莎の評価通りの人間だとはいえないけれど・・・それでも、亞莎の気持ちに応えたいと思う」

 

「あ・・・」

 

俺が握った手を、亞莎は握り返してくる。

 

「え、と・・・これから、よろしくお願いいたします・・・!」

 

「ああ。これからは積極的に甘えてくれよ?」

 

「は、はいっ・・・! が、頑張ります!」

 

遠慮しがちな亞莎が、これから少しでも俺に甘えてくれたりすれば嬉しいな、と思う。

・・・そしてそれ以上に、「よっしゃ、これでアリス服着せる口実が出来た」とも思ったのだが・・・こっちは心の中にしまっておくとする。

 

・・・

 

「それで、亞莎っ。どうだったの?」

 

「どうって・・・何が?」

 

ごま団子を食べた翌日・・・つまり、亞莎が告白に成功した次の日に、明命は亞莎の部屋を訪ねていた。

そこで挨拶もそこそこに、興味深そうな口調で切り出した。

 

「昨日のこと! 私が二人っきりにしてあげたんだから・・・ちゃんと想いは伝えたの?」

 

「あ・・・あぁ、昨日の、えと、そうね・・・」

 

赤くなってもじもじとし始めた亞莎を見て、明命はある考えにいたった。

この恥ずかしがり屋のことだから、もしかしたら二人っきりになったあと恥ずかしすぎて何も話せなくなり、告白もせずに逃げ出したりしたんじゃなかろうか、と。

 

「・・・亞莎? もしかして・・・何も話せなかったとか?」

 

「あ・・・いや、その、話せた、よ?」

 

「本当にぃ・・・?」

 

信じられないなぁ、という顔で亞莎を見つめる明命。

その疑いの視線に、本当だよっ、と大声で反論する亞莎。

 

「ちゃ、ちゃんと話したもん!」

 

「・・・じゃあ、説明してみてよ。私がいないくなった後、何してたの?」

 

「えっと・・・ごま団子食べて・・・」

 

「食べて?」

 

「・・・ごま団子をもっと食べて・・・」

 

「・・・もっと、食べて?」

 

だんだんと明命の声が怪訝なものへと変わっていく。

嫌な予感がだんだんと現実味を帯びてきたような、そんな表情だ。

 

「・・・それで、ごま団子を食べ終わって・・・」

 

「うん・・・それは分かるよ? それで、その後は? 何を話したの?」

 

「えっと・・・お話は、その・・・ね?」

 

「『ね?』じゃないのっ。・・・誤魔化さないで真面目に話してっ」

 

がお、と可愛らしく頬を膨らませる明命。

全く怖くは無いが、亞莎はビクリと肩を震わせて目を瞑る。ひゃう、という怯えた声のおまけ付きだ。

 

「えと・・・その、ギル様のこと、好きです、って・・・」

 

「・・・いきなりそんな話を? ・・・何の前触れも無く?」

 

亞莎は、こくりと静かに頷いた。

はぁ、とため息をつくと、明命は脱力したように背もたれに背中を預けた。

 

「こ、答えはいただけたよっ!? その、『嬉しいよ、これからもよろしく』って!」

 

「ギル様は優しすぎるんだから・・・。それで、その・・・どうだったの?」

 

「・・・それ以上は、何も無いよ? ・・・ホントだよっ!」

 

「・・・え? ・・・その、閨に呼ばれたりとか・・・」

 

赤くなった明命の言葉に、亞莎も赤くなって答える。

 

「そ、そんな恐れ多いことっ! 手を、ぎゅっとされて・・・それで、部屋まで送ってもらって、お別れしたよ・・・?」

 

「・・・そ、う・・・なんだ」

 

「な、何か、変・・・?」

 

「う、ううんっ。何でもっ! ・・・そ、そっか、亞莎はまだ、なんだ・・・」

 

お互いに赤い顔をした二人は、しばらく気まずい時間を過ごすのだった。

 

・・・

 

少し、時間は遡る。

クリスマスイブの夜。月を送っていった後、一刀を探して声を掛けた。

 

「あ、一刀発見」

 

「おう、ギルか。どうした? 何か用か?」

 

「・・・いや、ちょっとしたお誘いをな」

 

「お誘い? ・・・なんだよ、変にかしこまって」

 

「今日は何の日だ?」

 

俺の言葉に、一刀は少し考え込んで・・・すぐにああ、と声を上げた。

 

「クリスマスイブ!」

 

「そう。だったら、日本人がやることは一つだろ」

 

「日本人だけではないだろうけど・・・その様子だと、甲賀も誘ってるんだろ?」

 

「ああ。あのなつかしの揚げた鶏肉もあるぞ」

 

「・・・マジで? 甲賀の俗っぽさが加速してるな」

 

厚着の一刀の隣で甲賀の家へと歩きながら、宝物庫の中身を確認する。

・・・今回は宝物庫の中の自動人形たちもサンタコスだ。・・・カラーリングが緑と赤になったメイド服を着ていて、頭のヘッドドレスがサンタの帽子になっているだけなのだが。

今はせっせと飾りつけの最中だ。それと、璃々のためのプレゼントの包装もやってくれている。

ほんと、中々個性的な奴らだよなぁ・・・。

 

「こんにちわー」

 

一定のリズムでドアをノックすると、がちゃり、と扉が開く。

ランサーか甲賀が出てくると思っていたのだが・・・顔を覗かせたのは、まさにサンタ、という男だった。

白いヒゲに赤と白の服装。背が高く、ふくよかな体形・・・俺達二人は、まさかの展開に一瞬固まってしまった。

 

「・・・む、貴様らか。・・・? どうした、そんな固まって」

 

「その声・・・甲賀?」

 

「その通りだが・・・ああ、この服装の所為だな。ははは、貴様らも驚いたか」

 

まぁ入れ、という甲賀の後ろについて、屋敷へ入る。

廊下を歩いている最中、甲賀の格好についての説明を受けた。

 

「これはまぁ、礼装みたいなもんだ。変装用のものでな」

 

「へえ・・・体形とかも変わるんだ」

 

「いや、これは服の体積が増えてるだけだ。俺の体には何も変化は無い」

 

・・・なるほど。着ている服が膨らんだりしているから、さっき本場のサンタに見えたのか。

 

「そういえばギル、こちらでフライドチキンは用意したが・・・ポテトはそっち任せだったな。出来てるのか?」

 

「もちろん。宝物庫の中でサンタコスの自動人形が揚げまくってるよ」

 

「・・・お前、何でもありだな。宝物庫の中がどうなってるか、凄まじく興味深い」

 

サンタの格好のまま、こちらをじとりと睨みつける甲賀。

・・・仕方ないだろ。俺だって把握し切れてないんだ。中で自動人形が駄菓子屋やってようがファストフード店やってようが俺が何か出来るわけないだろうに。

 

「まぁいい。・・・飾りつけはもう終わっていてな」

 

そう言って案内された部屋は、確かにクリスマスの飾りつけがしてあった。

俺達四人しか参加しないので部屋は若干狭いが、それでも十分なほどだ。

 

「・・・それにしても、男四人で顔付き合わせてクリスマスイブか」

 

「言うなって甲賀。・・・どっちかっていうと、クリスマスって言うより現代の日本が懐かしくなってやってるって言うのが近いだろ」

 

甲賀やランサーはともかく、俺や一刀は若干ホームシックになりやすいので、こうしてちょいちょい色んなことをやっている。

 

「お待たせいたしました、皆様」

 

軍服にエプロン、更にミトンを装備したランサーが鍋を持って部屋に入ってきた。

その後ろには、甲賀の部下らしき人物達が様々な料理を持って並んでいた。

机に並べられた料理は、まさにクリスマスと言ったものばかりだ。

俺も宝物庫からフライドポテトを並べ、四人が座る机の上にはケーキやらなんやら、クリスマスっぽいものが所狭しと並んでいる。

 

「おー・・・すっげ。俺も及川・・・友達とかとクリスマスに騒いだりしたけど・・・そのときよりも豪華だなぁ」

 

「それはお前、学生だけで騒ぐのと、サーヴァント二人に魔術師含めて騒ぐのはスケール違うだろ」

 

一刀の呟きに、甲賀が苦笑しながら答える。確かに、俺の宝物庫とかあれば、凄まじい規模のパーティが出来そうだ。

それぞれの手元にシャンパンが用意される。・・・これは、自動人形に神代のワインを求められたので渡したらいつの間にか作成されていたものだ。

試飲してみたのだが、とても美味い。・・・どうやって作ったのか、と聞いたのだが、首を横に振るだけで決して教えてくれなかった。

 

「うわ、すご、シャンパン・・・だよな?」

 

「ああ。・・・神代のワインと、得体の知れない何かを混ぜたら出来るらしい」

 

「・・・それ、飲んでも大丈夫なのか・・・?」

 

微妙な顔をしてシャンパンを覗き込む一刀。まぁ、毒物じゃないだろ。

 

「それじゃ、メリークリスマス! ・・・一日早いけどな」

 

「それは言いっこなしだって。メリークリスマス」

 

「メリクリ」

 

「マスター・・・。ええと、めりー、くりすますっ!」

 

四人全員、それぞれの乾杯の音頭で、シャンパンを口にする。

・・・む、美味しいな。流石は宝物庫産ワインを使ったシャンパンだ。

後はもう料理を摘みながら雑談をするだけだ。

 

「そういえばギル、あの娘の腹の調子はどうなのだ?」

 

「・・・甲賀、もうちょっと聞き方ってもんが」

 

「いいっていいって。甲賀がこんな性格なのは知ってるから。月も、お腹の子も順調だよ。来年の五月末位には生まれるってさ」

 

「ほほう。なんだ、華佗に言われたのか?」

 

「いや、神様。神託のレベル上がったからって最近頻繁に呼ばれんだよね」

 

「・・・え? ちょ、ギル殿? 神様に頻繁に呼ばれるのですか?」

 

「呼ばれるよ? むこうは暇みたいだしね」

 

「・・・神とは、そんなに近くにいたのですね」

 

はぁ、とため息をつくランサー。

まぁ、俺も最初はそんなんだったので、慣れるしかないだろ、と放っておく事にした。

 

「それにしても料理美味いな。フライドチキンとか、良く作れたな」

 

「うむ。お前から色々宝具を借りただろ? 一週間ぐらい試行錯誤してな。調理用の機械を作ってみた」

 

「何でもありか」

 

「そりゃ、お前の宝物庫の中は無限よりも多いからな。一つでは出来なくても、組み合わせれば出来るだろうさ」

 

「そういうもんか」

 

そういうもんだ、と頷く甲賀は、次に一刀に視線を移した。

 

「一刀、貴様の書いた「ゲーム」、面白そうだな」

 

「あ、読んだ? っていうか、甲賀ってゲームとか分かるんだな」

 

「ふん。もちろんだ。これでも元いた里では「オタクマジキメェ」とあだ名されていたからな」

 

「・・・それ、悪口って言うんじゃ・・・」

 

「というか、忍者の里でも「オタク」とか「マジキメェ」とかって言うんだな」

 

甲賀の話を聞くに、忍者と言えど閉鎖的なわけではなく、色んなところに潜入する為に流行は抑えているらしい。

なので、甲賀のあだ名も決してありえない話ではないのだが・・・甲賀って、意外とぼっちだったりするのか・・・?

 

「でも、俺も幼馴染と喧嘩したときとかはそういうこと言ってたなー。お互いにオタクだったからさ」

 

「・・・それもそれで凄いな。・・・んー」

 

まぁ、幼馴染とはそれでも仲良かったんだけど。喧嘩するほどなんとやら?

一刀は、そんな俺の言葉を聞いて考え込んでいるようだ。・・・表情から察するに、ここに来る前のことを考えているみたいだ。

先ほども及川、という友達の名前を呟いていたし、やっぱり懐かしさもあるんだろう。

こうして思い出させるのも酷かと思うが・・・忘れてしまうよりはいいだろう。俺も、たまには生前のことを思い返してみたりもする。

大戦が終わってからは平和に考え事もするようになったから、余計に考え込む時間も増える。

・・・まぁ、月やみんなといる今も大事だし、こちらに来る前の、過去のことも・・・どちらも必要なものだ。

どちらかだけ、というのは何かが違う。

一刀もそんな結論に至ったのか、一人頷いていた。

 

「一刀、考えはまとまったか?」

 

「ん? ・・・あ、ああ。ごめんな、宴の席なのに一人だけ・・・」

 

「構わん。この四人で集まれば、何かしら思うこともある。それが貴様だっただけのこと」

 

そら、飲め、と一刀のグラスにシャンパンを注ぐ甲賀。

・・・本当に、面倒見のいい優しい忍者だな。

 

「まぁ、飲め。こういうときに酒に逃げられるのが、大人の良いところだ」

 

こうして、雪のしんしんと降りしきる中、朝日が積もった雪を照らすまで、この宴の席は続いたのだった。

・・・ちなみに、プレゼント交換で得たものは「スリケン」と達筆で書かれた札が貼られた手裏剣だった。・・・なんだこれ?

 

・・・

 

そろそろ新年の準備も終わらせないとな、と書類仕事を進める。

そんな俺の目の前では、壱与がせっせか何かを書いている。

・・・壱与が俺を目の前にしながらここまで理性的に何かをしている姿というのを初めて見るので、何を書いているか気になるところだが・・・。

結構な秘密事項らしく、頑なに見せてくれなかった。

見せて、と言えば申し訳なさそうに首を横に振られ、覗き込もうとすればその上に突っ伏して隠すし、力づくで除けようとすると、ハァハァと興奮しつつも、やはり頑なに机から離れない。

 

「・・・いかにギル様といえど・・・これだけはお見せできないのです。ご、強引に見るというのでしたら、全力で抵抗させていただきます! ・・・そ、そのときにギル様からビシビシされたりグリグリされたりしたら嬉しいなぁ・・・」

 

後半は何やら声量が落ちたので聞き取れなかったが、壱与の意思は硬いらしい。・・・だがしかし、なんだか新鮮だな。

色々とちょっかいを出してみるが、一番力の抜けるであろう絶頂の後も硬く書類を掴んで離さなかった。

・・・うぅむ、これはなんというか・・・いじめっこになってしまった気分だ。罪悪感が凄まじい。

 

「・・・というか、そこまで俺に秘密なら自分の国に戻って書けばいいのに」

 

「えと・・・ぎ、ギル様を見て私の心を高ぶらせることで、執筆の活力とさせていただいているのです!」

 

「そ、そうか。・・・まぁ、壱与は騒がない娘だから、別にいいか」

 

その後も、書類を片付けている俺をチラチラと盗み見ながら何やら書き込む壱与。

・・・気にしないように、とは思うのだが、どうも気になって仕方が無い。

後で卑弥呼とかにも心当たり無いか聞いておくとするか。

 

「・・・俺に抵抗する壱与とか初めてかもしれんな」

 

そんなことを思いながら、俺は年内最後の書類仕事を終わらせるべく筆を走らせるのだった。

 

・・・




「あれ?」「? どうした、神様」「・・・いえ、なんでもないです」「・・・ほう? 神様、俺はもう神様に触れるんだぞ?」「ひうっ、手をわきわきさせないでくださいっ。・・・もう、話しますよ。話しますから。・・・ええと、神性上がりました。おめでとうございます」「またか。・・・え?」「あ、確認しました?」「・・・EX?」「EXです」「・・・いーえっくす?」「いーえっくす。もしくはエクストラ。ほぼ神どころか、神ですね。むしろ私より上かもしれません。・・・マジで英霊の座につくんですかね、あなた」

神性:EX ・・・神から見ても存在が別物に見えるほどの神性。元々本人の魂に神性適性があり、最大の神性適正を持つ英雄王の能力を持ち、神様との交流が多いため、限界を突破したらしい。


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第六十二話 雪景色の中に

「・・・津軽海峡?」「それは冬景色。雪って言えば、雪だるまに雪うさぎ、かまくらに雪合戦・・・やること沢山あるな」「副長に言えば、大抵作ってくれそうだ。あの子凄い手先器用だから」「へー。意外だな。結構大雑把っていうか、学校で例えれば『他の教化はある程度高いけど、美術だけ1』みたいに思ってた」「・・・一刀ー、後ろ後ろー」「へ? ・・・うわ」「・・・私のこと男の娘って言ってみたりぶきっちょって言ったり・・・ほんごーさんは私のこと嫌いなんですか・・・? ぐしゅ」「・・・一刀、マジ泣きだぞこれ」「わーっ! わーっ! ごめんごめん!」「たいちょー! なーぐーさーめーてー!」「・・・はいはい、よしよし」

「ギルに任せて逃げちゃったけど、後で謝らないと。・・・ん? 副長・・・笑ってる!? まさか、アレ嘘泣き!? ・・・月生まれって凄い。そう思った」


それでは、どうぞ。


「・・・っだーっ! 終わった! 終わりましたよたいちょー!」

 

「よしよし、大掃除完了だな」

 

やはり、年末には大掃除。本当ならもうとっくに終わらせておくべきものなのだが、兵舎と城内は広すぎる上、常に何処かを使用しているため、こんなギリギリまで掃除が終わらなかったのだ。

・・・まぁ、副長への罰ゲームとしてこのクッソ長い廊下を雑巾一つで拭かせていたりしたのも、時間が掛かった要因だとは思うが・・・。

ちなみに城内のもっと長い廊下の方も雑巾掛けが合ったのだが、そっちは壱与が率先してやってくれているらしい。

 

「こっしいってぇ・・・あ゙~・・・」

 

おっさんみたいな声を出して、背中を逸らす副長。

ばきぼき、とあんまり女性が出してはいけない音を立てながら、思いっきり背伸びをしている。

 

「たーいちょー、腰の辺りぐいっと揉んでくれませんかー?」

 

「・・・オラッ」

 

「み゙ゅ゙っ!」

 

こちらに無防備に背中を見せて腰の辺りを突き出してくる副長の肩辺りを片手で押さえ、もう片方の手でぐい、と押し込んだ。

・・・ちょっと気を抜いていたせいか筋力ステータスが元に戻っていて、宝物庫からのバックアップも受けていたような気もするが、何やら気持ちよさそうな声を出していることだし、良しとしよう。

 

「ふむ・・・俺のマッサージの腕前も捨てたもんじゃないな」

 

「こ、この状況でぇ・・・よ、良くそんな台詞吐けますね、たいちょー・・・」

 

腰を抑えて地面に這い蹲る副長を見つつ、ごきごきと手を鳴らす。

 

「なんだ、次は寝転がった状態でマッサージして欲しいのか? いいぞ、その体勢だと体重掛けられるからな」

 

「ひぃっ、け、結構ですっ!」

 

ごろり、と横に転がって俺に抑えられるのを避ける副長。

そんな副長を追って、がっしと腕を掴む。

 

「遠慮するな。俺はほら、女の子を組み伏せたりするのは得意なんだ」

 

「寝台でってオチですよね!? っていうかその特技良いんですか英雄として!」

 

「今の俺に英雄としての自負があると思うのかっ!」

 

「開き直った!? ちょ、そういうのは壱与さんにやってあげてくださいよ!」

 

「・・・お前、壱与にこういうことやったって喜ぶに決まってるだろ」

 

なに言ってんの? という視線と一緒にそう言い放つ。

 

「私にやっても喜ばないって知っててやってるんですか!? い、いぢめ! ごーもんですよ! じ、人道的な扱いを求めますっ!」

 

「・・・ふぅ。結構すっきりするな、やっぱり」

 

「うぅ・・・毎度毎度、私を弄ってストレス解消するのやめてもらって良いですか・・・」

 

「嫌だよ?」

 

「当然でしょ? 見たいな顔しないでくださいよ。・・・構ってもらえるのは嬉しいですけど、もうちょっと平和的に構っていただきたいです」

 

「なんだなんだ、素直になれよー。うりうり」

 

「な、なんですか急に、そんな、ほっぺたつつかれたからって、ふみゅ、別に嬉しいとか・・・はふぅ」

 

くぅん、と懐いた犬のような声をあげる副長。結構嬉しいらしい。

流石副長はチョロイン筆頭を突っ走るだけはある。煙に巻きやすさといい、誤魔化しやすさといい、変な人に騙されたりしないかお兄さん心配です。

顎の下だとか、頭だとか、色々喜びそうなところを一通り撫で回し、お互いに満足したところで次の仕事場へ向かう。

 

「次はどこでしたっけ?」

 

「呉の政務室だ。雪蓮が逃げ出したとかで冥琳しかいないらしくてな。そこの手伝いを要請されている」

 

「あぁ・・・ご愁傷様ですね」

 

かわいそ、という呟きが聞こえるような副長の表情に苦笑する。

政務室にノックをして、入室の許可を得てから部屋の中へ。

 

「ああ、ギル。良く来てくれた。・・・忌々しいことに、雪蓮がいつの間にかいなくなっていてな・・・」

 

「うん、まぁ、なんというか・・・元気出してくれ、としかいえないが。・・・俺と副長が増えれば、それなりにやれることもあるだろ」

 

「全力で頑張りますよっ。なんなら羽衣使いますか!?」

 

「何興奮してんだお前」

 

ふんす、と鼻息荒く気合を入れる副長。・・・何かに中てられたかのように興奮している。

まぁ、こうなることはちょいちょいある。さっきも軽いスキンシップしたし、それで若干気分が盛り上がってるのかもな。

 

「ギルが手伝ってくれるのなら百人力だな。早速だが、こちらの片づけから頼む。私はこちらから振り分けていくから、仕分けられたものを簡単に片付けていってくれ」

 

「了解」

 

「私は何手伝いましょう?」

 

「副長はあちらのほうで道具類の片づけを頼む。多分すぐに終わるから、それが終わった後はむこうの棚の中身を降ろしておいてくれ」

 

「はいはーいっ」

 

冥琳のテキパキとした指示の元、俺達は早速作業を始める。

筋力だけはあるので、大量に持って片付けることが可能なので、かなりの速さで部屋が綺麗になっていく。

しばらく作業していると、副長の何処か気の抜けた声が聞こえてきた。

 

「めーりんさーんっ。降ろした物はそっち持ってった方がいいですかー?」

 

「む、副長のほうはやはりすぐに終わったか。・・・ああ、こちらに持ってきてくれ!」

 

仕分けする手は止めないまま、冥琳は副長にそう伝える。

副長は棚から物を下ろして冥琳のそばに置き、さらにまた棚から物を下ろして、という作業を繰り返す。

しばらくそれぞれの作業を続けていると、一時間もしないうちに全て片付いた。

すっきりとした政務室で、三人同時に息を吐いた。

 

「やはり、人がいると違うな。私一人だったときはどうしようかと思ったものだが。・・・全く、雪蓮め」

 

「お疲れさん。ま、こういうことなら多少無茶しても手伝うからさ。また何かあったら呼んでくれよ」

 

「はは、まぁ、余りギルに負担も掛けたくないのだが・・・まぁ、呉の姫を三人も手篭めにした男だからな。頼りにさせてもらうよ」

 

メガネをキラリ、と光らせてそう笑う冥琳だが、なんだか目が笑っていない気がする。

・・・あれ、怒られてる?

 

「ふふ、いや、勘違いしないで欲しいんだが、私は嬉しいんだよ、ギル。あれほど自由奔放だった雪蓮をある程度真面目にして、蓮華さまから肩の力を抜くように導いて、小蓮さまを成長させてくれたからな」

 

「・・・それは、俺がやったことじゃないと思うんだが・・・」

 

「幾ら謙遜しようが、事実は変えられんさ。それに対して私は感謝してる。素直に受け取っておけ」

 

「そーですよたいちょ。私が思うにですね、隊長はご自身の影響力って奴を過小評価しすぎなんです」

 

「うむ。副長の言うとおりだ。ギル、あまりに自分を過小評価すると、逆に足かせになるぞ」

 

冥琳と副長二人から攻め立てられ、そうかな、と頭の中で色々と思い返してみる。

・・・うぅむ、確かに。後宮建設のときもそうだし、俺もそれなりに人望はあると自覚したほうがいいだろう。

神様から衝撃の真実である神性ランクカンストもあるしな。二人の言うとおり、何かのときに齟齬が発生したりするのは避けたい。

よし、これからすぐに、とは行かないだろうが、徐々に意識を変えていくとしよう。もう、一般人と同じ感覚ではいけないのだろう。

・・・しかし、元日本人・・・いや、まぁ、今も日本人だけど。そんな俺に、将とか王とか神の様な考え方できるかなぁ・・・。頑張らないとな。

 

「・・・良い目になったな。私が言うのもなんだが、とても輝きのある瞳だ」

 

「当然ですねっ。隊長ですからっ」

 

「・・・ふふ、当然、か」

 

こちらを見て柔らかく微笑む冥琳と、少しだけ見詰め合う。

・・・? 

まぁ、いいや。取り合えず、焦らず、ゆっくり変わっていけばいいか。

 

・・・

 

「・・・」

 

左肩の辺りに開いた空間に手を突っ込み、宝物庫から取り出した聖槍をぶん、と真横に振るってみる。

そのまま魔槍を宝物庫へ回収し、新たに出現した宝剣を取り出して袈裟切りに振り下ろす。

一歩踏み出して短剣に持ち替え、逆手で振り上げる。それと同時に何も持っていない手で魔杖を取り出して雷を呼び出し、前方に落とす。

二つとも宝物庫に収納し、その隙をつかれないように上方から神の大槌を落としつつ、武人の篭手を左手に装備。

「風を殴って飛ばせる」というその篭手で何も無い空間を殴り飛ばすと、前方に風の塊が飛んで行く。

その風の塊を追いかけるように、取り出して組み合わせたエンキの矢が飛んで行く。

地面に突き刺さりビーコン代わりになった矢を確認することなくエアを取り出し、軽めに真名開放。

 

天地乖離す(エヌマ・)開闢の星(エリシュ)!」

 

空間の断裂が目の前を切り裂いていく。エアを突き出した体勢で一つ息を吐く。

・・・うむ、こんなものか。

未だに軽く回転しているエアを完全に止め、姿勢を戻す。

 

「宝物庫も、乖離剣も終末剣も変化なし・・・だよな。うぅむ、神性がカンストしても、あんまり変化は感じられないよな」

 

神様から言われた「神性:EX」を確かめる為に軽く体を動かしてみたのだが、魔力の動きなんかにも変化は見られなかった。

ステータスに上方修正があるわけでもなさそうだし・・・。まぁ、新しくスキルが増えていたりするのだが、それを含めてみても何時も通りだった。

 

「まぁ、『どれだけ直接的に神様に近いか』が神性スキルだし、変わり無いのが当たり前か」

 

ためしに宝物庫の扉を開けるだけ開いてみる。

 

「・・・うお、やめやめ! 閉まれ!」

 

感覚的に『地球の空を覆っても有り余る』ほど広がることが分かったので、急いで宝物庫を閉める。

恐ろしいな、宝物庫。・・・うお、分類が『対軍』から『対国』に変わってる・・・。

展開範囲を考えれば、国というより『対星』じゃないのか、とも思うが。・・・まぁ、概念とか、展開範囲だけじゃそういうのは決まらないのだろう。

・・・というより、宝具の分類って変わるんだ・・・。

 

「・・・まぁ、気にしすぎたら負けか」

 

『成長する英霊』という意味の分からない状態の俺だ。サーヴァントの常識から外れまくっていても仕方ないのだろう。

・・・というより、抑えすぎたステータスでもこれだ。魔力を開放して、ステータスを全力に戻した瞬間多分この辺り一体吹き飛ぶと思う。

ああ、そうか・・・神性がカンストしたのには、これも関係あるのかな。なんというか、『存在』の段階が違うというか・・・。

 

「こういうのに詳しそうな神様には夜聞くとして・・・」

 

後何か試しておくことあったかな。エンキの能力は一週間経つと手加減とか出来なくなるので却下。

もう一つは俺の死後追加されるから今は無理。エアと宝物庫はもう検証終了。うん、やること無いな。

 

「どうすっかなー」

 

昼飯は食べてからこの検証を始めているので、いまだ日が高い今の時間、特にやることは無い。

正直この為に一日休みを貰っているので、仕事はすでに他の人に回してしまっている。

 

「宝具コレクションを眺めるのもなぁ・・・」

 

宝具の他にも、宝物庫には人間を操れる黄金の球体だとか、手首を捻ると刃が出てくる手甲とか、結構色々と使えそうなものも一緒に入っている。

・・・甲賀辺りにあげると喜ぶだろうか。いや、なんだか妙な陰謀に巻き込まれそうだ。具体的に言うと、第一文明とかその辺の面倒そうなアレだ。

 

「・・・あれって土下座神とかの親戚なんだろうか。聞きたくは無いから聞かないけど」

 

まぁ、世界が違うってことで納得しておこう。・・・となると、これを甲賀にあげても問題ないことになるな。

明命とかに渡しても使いこなしてくれそうだ。取り合えず甲賀に解析を依頼するとしよう。

それで量産できれば、明命たちにも渡してみるとしよう。手の上に手甲を取り出し、色々と眺めてみたりする。

 

「俺はあんまり扱えそうに無いけどなぁ。アサシンの適正はなさそうだし」

 

「なんですか? それは」

 

「うおっ・・・。い、壱与か。驚かすなよ、全く」

 

いつの間にか俺の背後を取って手元を覗き込んでいた壱与に、反射的に拳骨を落とす。

・・・ダメだな、壱与を見るとどうしても手が出てしまう。しかも、それを壱与が喜んでいるというのがそれを加速させている。

現に、今も壱与は頭を抑えながら悶絶している。嬌声を上げているので、何時も通りである。

 

「はぁぁぁああぁぁああ・・・頭に残るこの鈍痛・・・広がる熱さ・・・! さいっこーっ・・・!」

 

「・・・ほんと、何時も通りで頭が下がるよ」

 

「ふぅ、ふぅ・・・ふぅっ・・・あ、そ、そうでした。あの、ギル様? そういえばそれはなんなのですか?」

 

ある程度落ち着いたのか、服についた土を払いながら壱与が立ち上がる。

そして、再び俺の手元を覗き込んで首を傾げる。

 

「あー、これか? これはその・・・暗殺者が使う仕込み刃みたいなもので・・・」

 

「暗殺・・・あの、一つお願いがあるのですが・・・」

 

「む? ・・・今からここで激しいことは出来んぞ」

 

「あっ、いえ、性的なことではありませんっ。それももちろんしていただきたいのですが、それはそれとして・・・」

 

早とちりした俺の言葉を否定し、壱与は言いにくそうに口を開く。

 

「その手甲・・・いただけますでしょうか? む、無理でしたらお借りするだけでも構いませんっ!」

 

「これを? ・・・そうだなぁ。壱与が物をねだるなんて珍しいからな。うん、あげよう」

 

「本当ですかっ」

 

「ただし、一つ条件。本当は甲賀に任せようと思ってたんだけど・・・これを解析して、ある程度量産して欲しいんだ」

 

「解析、ですか。・・・ふむ。壱与はあの面白忍者と同じくらい・・・いえっ、それ以上に魔術に長けております! 必ずや解析し、量産いたしましょう!」

 

確かに壱与は魔術の才能があるよな。それも、探索やら判別やら、やたら補助系の魔術に長けている。それに、魔法も使えるし。

 

「それで・・・数はいくつほど? それによっては協力者を増やさねばなりません」

 

「んー・・・取り合えず十個くらいかな」

 

「それでしたら、壱与一人でも十分そうですね。・・・了解いたしましたっ。それでは、早速邪馬台国に戻り、これの解析に入りますっ」

 

そう言って、魔法を使う壱与。その姿は来たときと同じように唐突に消える。

・・・俺が絡まなければ優秀な魔法使いである壱与だし、きっとやってくれるだろう。

 

「きちんと完成させたら、ご褒美あげないとな」

 

何が喜ぶかなぁ。・・・ちょっと今から考えておかないと。

 

・・・

 

さく、さく、と雪を踏みしめながら、町を歩く。

外にある屋台なんかはほとんどが休業状態だ。根性ある人や、運良く他の店の中にスペースを空けてもらった人たちだけが縮小しつつも営業を続けている。

結構、雪も降るものだな。夏と同じく、俺は外的環境に余り左右されないが・・・月たちの健康状態が心配だな。風邪をひきやすくなるし・・・。

傷付け害なす魔法の杖(レーヴァテイン)』で無理矢理灼熱を作りだし、季節を夏に戻すことも考えたが・・・三国全てや月からストップが掛かった。・・・ち。

 

「あー、でもアレ貸し出し中だったな。どっちみち無理だったか」

 

うまくいかないな、と頭をかく。

だが、冬は冬で楽しめる。雪だるま、雪合戦、年越しの御節なんかも楽しみである。

ちなみに、まさかと思って宝物庫を覗くと、門松やら何やらが準備されていた。しまいには自動人形が餅を口に含みつつ、手に持つ皿を「食べる?」とでも言うようにこちらに差し出してきたことだ。

もちろんいただいたが。大変美味でした。

服装は全員メイド服から和服に変更されていた。振袖とか浴衣とか、お前ら和服だったら何でもいいと思ってないか、と突っ込みを入れたのはナイショだ。

 

「あーっ、お兄ちゃんなのだっ!」

 

「ん? お、鈴々。・・・流石に靴は履いてるか」

 

鈴々を見たとき、ふと足元に視線がいってしまった。幾ら鈴々がバ・・・げふんげふん。病気しらずの風の子だって、雪の上を裸足に近い状態で歩かせるわけには、とすでに靴をプレゼントしている。

最初は嫌がっていた鈴々だが、大人の女性として、これも必要なことだと鈴々の自尊心をくすぐるような説得をしたところ、こうして靴を履いて厚着してくれるようになった。

だが下半身は未だにスパッツ一枚だ。・・・元気すぎないか、この風の子。靴自体もスノトレのようなものだからあんまり長くはないし・・・。

 

「こんなところでどうしたのだー?」

 

「んー? いや、散歩だよ散歩。色々と煮詰まりそうだったから、こうして気分転換にね」

 

政務のこともそうだが、宝物庫の中身だとかこれから生まれてくるであろう新しい命のことについてだったりだとか、最近は結構考え込むことが増えた。

・・・ふと、鈴々の腹にも視線がいってしまう。・・・幾ら鈴々がロ・・・げふんげふん。お腹ぽっこりめの幼児体形だからって、これは子供を宿しているとかじゃ・・・ないよね?

 

「散歩ー? じゃあ、鈴々も一緒に散歩するのだ!」

 

「お、いいね。ほら、じゃあ、手を繋いで行こうか」

 

「あ・・・う、うんっ。分かったのだ!」

 

俺が手を差し出すと、一瞬照れくさそうな顔をして躊躇った後、ぎゅ、とその小さな手を絡めてきた。

ニコニコと笑顔をこちらに向け、鈴々は最近の出来事を話してくれる。

なんと最近おしゃれに目覚め始めたらしく、外に出るときに着る物に悩む、なんてことを相談してきたのだ。

これにはお兄さんもびっくり。・・・うん、自分で言っておいてなんだけど、お兄さんって柄か、俺。

でも、結構『兄』と呼ぶ子は多い。そしてそれを満更でもないと思うということは・・・なるほど、俺は妹萌えだったのか!

 

「お兄ちゃん? 聞いてるのだ?」

 

「お、ごめんごめん。聞いてるよ。やっぱり鈴々には、そういうのが似合うよ」

 

今鈴々が着ているのは、フードにファーのついたダウンジャケットのようなものだ。

色は水色。意外と鈴々は寒色が似合う。イメージ的には赤とかオレンジだけど。

 

「えへへー。そうなのかー。お兄ちゃんにそういわれると、鈴々なんだか変な気分になるのだ」

 

変な気分・・・いやいや、俺が思っているような「変な」ではないだろう。

多分、恥ずかしいとかその辺りの気持ちを理解し切れなくて、「変な」と表現しただけだろう。

これから鈴々も色んなことを経験して、きっとその気持ちも理解するだろう。・・・完全に理解する前に手を出した俺が言うことではないが・・・。

 

「そういえば、愛紗がお兄ちゃんのこと探してたのだ。あんまり急いでないって言ってたけど」

 

「そっか。・・・あー、多分あれのことかな」

 

「あれ?」

 

鈴々が俺の言葉を聞いて首を傾げる。・・・可愛い。

ぐしぐしと頭を撫で、記憶を辿る。

確か年を越すに当たって、色々と準備があったはず。それの打ち合わせのことを言っているのだろう。

急いでないとわざわざ言っていたというし、この散歩が終わって城に戻ってから愛紗を探すとしよう。多分他の仕事をしているだろうし、政務室か倉庫辺りに行けば会えるだろう。

 

「むー・・・お兄ちゃんだけ一人で分かった顔してるのだ」

 

「あはは、すまんすまん。ほら、そろそろ一年も終わるだろ? だから色々仕事の打ち合わせとかあるんだよ。やっぱり特別な行事だしさ」

 

「一年の終わりまでお仕事してるなんて、お兄ちゃん達は大変なんだなー」

 

しゃがむのだ、と言われたので素直に屈むと、よしよしと頭を撫でてくれた。

・・・ふむ。これは母性の目覚めなんだろうか。ちょっと段階飛ばしすぎじゃない?

 

「ありがと、鈴々。これでまた頑張れるよ」

 

「えへへー、なのだ。お兄ちゃんに撫でられると、鈴々嬉しいのだ。だから、お兄ちゃんも鈴々に撫でられると、嬉しいかなって思ったのだ!」

 

「その通りだな。・・・さ、そろそろ城に戻ろうか」

 

「分かったのだ! ・・・あ、そういえばお兄ちゃん?」

 

「ん?」

 

城へ戻ろうと踵を返すと、手を繋いでいる為に一緒に方向転換した鈴々がこちらを見上げながら口を開く。

 

「最近寒いのだ。・・・お兄ちゃんとにゃんにゃんして、ぽかぽかしたいのだ」

 

「ぶっ!」

 

だめ? と涙目でこちらを見上げ続ける鈴々。おま、なんて、誰の入れ知恵だ? 朱里か? 孔雀か・・・?

・・・断ることも出来そうだが、ここまで真剣な眼差しされちゃあなぁ・・・。

 

「・・・あー、っと、愛紗も急いでないって言ってたしな。俺の部屋、行こうか」

 

「っ! うんっ、いくのだっ!」

 

早く早く、とこちらを急かすように手を引く鈴々についていきながら、苦笑する。

・・・まぁ、鈴々は体温高いから、アレをすれば更に温かくなるだろう。少しゆっくりめに弄ってあげようかな。

 

・・・

 

「・・・うん?」

 

ぱち、と目を覚ます。あーっと、感覚的に遅刻を確信したような気もするが、まぁ気のせいだろう。時間的には日はまだ高い。

隣には鈴々。・・・ほぼ抱き枕と化しているが。

肌と肌の触れ合いって・・・暖かいよね! ね!

 

「あーっと、ちょっと遅くなったが・・・愛紗の元にいくか」

 

がっしり掴んでくる鈴々を揺らして起こす。

気持ちよさそうに眠っているところ申し訳ないが、ちょっと風呂に入りたい。

 

「むー・・・? お兄ちゃん、眠いのだー・・・もっと、一緒に寝るのだー・・・」

 

「ごめんごめん。一回起きて、風呂行こうか」

 

「お風呂ー、なのだー?」

 

いまだ寝ぼけている鈴々に取り合えず服を着せ、手を繋いで風呂場まで。

そこで体を綺麗にした辺りで、鈴々が完全に目を覚ました。

先ほどまで眠い眠いと言っていたのが嘘のように元気になった鈴々は、風呂から上がって愛紗の元へと向かうまでの間もはしゃぎっぱなしだった。

 

「愛紗ー、遅れてごめん」

 

「お兄ちゃんを連れてきたのだー!」

 

「おや、鈴々。・・・ギル殿を連れてきてくれたのか。助かる」

 

「えへへー」

 

書類に何やら書き込んでいた愛紗は、作業の手を止めて鈴々を撫でる。

 

「すまんな・・・ちょっと外を出歩いてたら、遅くなった」

 

「いえ、急がないと言ったのは私ですので。全然問題ありませんよ。むしろ、他の仕事で色々と出歩いていたので、この時間にギル殿が来て下さって丁度良かったです」

 

「そっか。そう言ってくれると助かる。・・・それじゃ、早速打ち合わせしちゃうか」

 

椅子を引いて愛紗と同じ机に座る。それなりに大きい机なので、愛紗の書類仕事の邪魔にはならないだろう。

愛紗はそんな俺に頷くと、鈴々に向けて口を開く。

 

「はい。・・・鈴々はどうする? それなりに難しい話になるだろうから・・・先に桃香様の所へ戻るか?」

 

「んー・・・お兄ちゃん、どのくらい掛かりそうなのだ?」

 

「時間か? えーっと・・・早かったら三十分くらいかな」

 

そっか、と小さく呟いた鈴々は、俺の膝にぴょんと乗った。

 

「じゃあ、鈴々も一緒に打ち合わせするのだ!」

 

「・・・そうか。なら、鈴々にもいくつか意見を出してもらおうかな。構いませんよね、ギル殿」

 

「もちろん」

 

新たに愛紗が取り出した書類を元に、年越し、新年のお祝いの話を進める。

まぁ、今までも何回かやってきたことだし、大きな問題はなさそうだ。・・・ただまぁ、三国一緒にって言うのは初めてだし、そこは気をつけないといけないだろう。

こういうイベントごとの兵士の休暇のローテーションも大変だ。兵士達の希望を聞いたりして、何とか今のところシフトは文句の無いものになっている。

メイド達も同じだ。・・・ただし、こちらのほうはどちらかと言うと『休みを取りたがらない』ので、何とか休みを取ってもらえるように説得するのが主だ。

彼女達の言い分としては『侍女長が休まずギル様の身の回りをお世話するのに、その部下が休むわけには』というなんとも感動を禁じえないものなのだが・・・。

休まず精一杯働くというのは確かに素晴らしいことだが、その無理はいつか絶対に自分に帰ってくる。

月だってずっと俺の世話だとか侍女長の仕事をしているわけじゃない。むしろ最近は俺の我侭で休ませたり早く上がらせたりしているので、負担は少ないほうだ。

だから、定期的に休みを入れる週休制度を導入しているのだが、侍女達はたまにそれを無視することがある。そのたびに休みなさいと俺と月から怒られることになるのだが・・・。

おっと、話が逸れたな。

 

「見張りの兵はもうちょっと減らしていいだろう。宝具での監視もあるしな」

 

「・・・自動人形たちですか」

 

「そうそう。宝具も扱えるから、宝物庫の中から監視用宝具で色々と見ててくれてるよ」

 

「まぁ、兵士達の負担が少なくなるのはよいことです。様々なところで無理をさせてますからね。新年ぐらいは、家族と過ごして貰いたいですし」

 

愛紗の言うとおりだ。本来ならば兵士達を全て休みにしてやりたいのだが、それでは『軍隊』として機能しなくなる。

武器やら何やらを常に保守点検し、拠点を守備する。そして、何か有事があれば即時対応する。その最低ラインまで人員を減らすことは出来ても、全ての人員を休ませることは出来ないのだ。

 

「よし、これで兵士と侍女の休みは完了っと。・・・そういえば邪馬台国から招待受けてるんだよな」

 

「ええと、それは・・・」

 

「もちろん、平行世界のほうな。初めてだけど、ちょっと行ってみようかなと思ってる」

 

「そうですか・・・。ええと、何泊ほどの予定でしょうか?」

 

「まぁ、二泊くらいかな。もしかしたら一泊で戻ってくるかもしれないし、二泊以上してくるかもしれないけど」

 

「それでは、二泊の予定で仕事の調整をしておきますね」

 

さらさらと手元の予定表に書き込む愛紗。

卑弥呼と壱与から誘われているし、弟君からも手紙を貰うたびに是非、と書かれていたのだ。

流石にこれ以上先延ばしにすると失礼だろう。正月というイベントごとで丁度良いし。俺が行くと答えてから、卑弥呼と壱与は邪馬台国のほうで色々と忙しいらしい。

歓迎の準備やら色々とあるらしい。

 

「・・・うん、こんなもんじゃないかな」

 

「そうですね。・・・後は魏呉とも調整するだけですね。ご協力、ありがとうございます」

 

「良いって良いって。・・・さて、鈴々? ・・・って、あれ?」

 

そういえばさっきから静かだな、と思って顔を覗き込むと、すぅ、と眠ってしまっているようだ。

最初は話し合いにもちょっと意見を出してくれたりしてたけど、途中から暇になっちゃったかな? まぁ、鈴々には少し難しい話だったかもしれないな。

でも、こうやって少しずつでも会議やらなんやらに出てもらえれば、そのうち慣れてくるだろう。・・・やっぱり、鈴々にはそれなりに学も持って欲しいしな。朱里たち並とは言わないが、それでもある程度こちらの話し合いに着いて来れる程度には。

 

「寝てしまっていますね。・・・こら、鈴々っ」

 

「ああ、良いよ。このまま部屋に連れてくさ」

 

起こそうと手を伸ばした愛紗をやんわりと止め、起こさないように鈴々を横抱きにする。

こてん、と落ちた頭を抱えなおし、愛紗に声を掛ける。

 

「そういえば、愛紗はこの後まだ仕事か?」

 

「いえ、私は今日この後何もありませんよ。今の話の調整やらは、明日でないと進みそうにありませんので」

 

「そっか。じゃあ、一緒に鈴々送りに行こうか。その後・・・な?」

 

視線だけで意図を伝えようと笑いかけると、その意味を理解したのか愛紗が茹でダコのように真っ赤になって俯くように頷いた。

その後、鈴々を部屋で寝かせ、愛紗の部屋へ。・・・まぁ、昼間からというのも、ほら、良いもんだよ?

 

・・・




「ばんわー」「こんばんわ。・・・まだやってんのか、そのゲーム」「ええ、神様的には睡眠とかって基本必要ないので、ぶっ続けです。・・・ここをクリアすれば、新たにマスターが増えるらしいんですよ」「前に言ってたアレか?」「それ以外も出るみたいですよ。あの後調べてみたら、上司同僚部下含めて六人ぐらいに協力要請してたみたいです」「・・・最低六人増えてるのか」「あ、これ見てくださいよ! 魔槍から宝剣、短剣魔杖大槌篭手終末剣乖離剣の必殺コンボ! これ滅茶苦茶入力ムズいんですから!」「・・・なーんか見覚えあるコンボだな・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第六十三話 春を思う季節に

「うぅ・・・こうも寒いと、やっぱり早く春よ来い、と思うよなぁ」「春・・・花粉症・・・発生する虫達・・・コートの中に何も着ない人たち・・・」「・・・ギル、なぁギル? ギルってさ、季節変わるごとにネガティブなワード発しないといけない病気か何かなの?」


それでは、どうぞ。


「ギル様、このようなところで・・・私に何か御用でしょうか」

 

ランサーを連れてやってきたのは、海だ。黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)は早いから助かる。

 

「いやなに、以前結構ランサーの同胞をボッコボコにしてしまったからな・・・そのお詫びと言ってはなんだが、渡したいものがある」

 

「渡したいもの・・・ですか」

 

ある程度ランサーの同胞も復活してきたらしいし、これから渡すものも使いこなしてくれるだろう。

 

「開け、宝物庫」

 

一際大きな波紋が海上に生まれる。ゆっくりと宝物庫からその姿を現すのは、灰色の巨体。

かつての大日本帝国海軍の切り札として開発され、現代日本でおそらく一番の認知度を誇るそれは、大きな波を起こしながら着水した。

 

「こ、これは・・・!」

 

驚愕の表情でランサーが見つめるその先には・・・。

 

「『軍艦・大和』・・・まさか、宝物庫には軍艦も・・・?」

 

「らしいな。未来、過去、現在問わず、『人類の知恵の原典』そのものが入ってるらしいから」

 

「なるほど・・・」

 

「ちなみに他の艦も入ってるぞ。・・・まさに艦隊これくしょ」

 

「それ以上はいけない気がいたします!」

 

「そ、そうか」

 

真面目に渇を入れられたので、ちょっとたじろいでしまった。

だがまぁ、他にも色々と入っているので、ランサーの人数が揃い次第他のも出していこうと思う。

・・・燃料も弾薬も、魔力で稼動するので、正直オーバーテクノロジーだろうが・・・。

まぁ、隣で目を輝かせているランサーの前では、些細な問題だろう。今まで頼りすぎてたからな。こうやってお返ししていかないと。

そんなことを思っていると、隣のランサーが急に顎に手を当てて何やら考え込み始めた。どうしたんだろうか、と耳をすませてみると・・・。

 

「・・・時代的には今の日本は邪馬台国・・・今のうちに日本を統一し、大和以下連合艦隊による大日本帝国の再興・・・いやしかし、戦国時代を無視するのは・・・やはりある程度待って・・・そのためには受肉・・・聖杯が必要か・・・!」

 

・・・何やら恐ろしいことをぶつぶつ呟きだしたランサーを、俺は勤めて無視することにした。・・・こいつ、受肉するつもりじゃないだろうな。幾らライダークラスのときの宝具を得たからと言って、そこまで『ライダー』になる必要はないぞ・・・?

ちなみに、『大和』のほかにも『霧島』とか『日向』とかあるし、『きりしま』とか『ひゅうが』とかもあるのだが、それは言わないでおこう。

イージスシステムとか使うなら衛星打ち上げないといけないし。・・・流石に宇宙まで行くのは面倒だ。衛星は『ひまわり』から『はやぶさ』まで色々とあるけど、それ設置したら次は宇宙センターが必要になってくる。

もうそこまで行くと設置するものが延々と終わらないので、このくらいのもので我慢して欲しい。ランサーも第二次世界大戦ごろの英霊なんだから、あんまり新しすぎても使いこなせないだろうし。

・・・いや、それでも渡したらそのうち使いこなしそうなのが恐ろしい。

 

「・・・少し、中を見ても?」

 

「もちろん。存分にどうぞ」

 

いつの間にか増えていたランサーたちが、我先にと大和へ駆ける。

しばらく外で見ていると、エンジンが入ったのか低い音が響き始める。

・・・これが、大日本帝国海軍の戦艦の中でも最大、最硬を誇り、46センチの主砲を積んだ切り札。

ゆっくりと進み始めたその巨体は、太陽の光を鈍く反射して波を起こす。

甲板でこちらに手を振るランサーたちに手を振り返し、黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)に乗り込む。

上空に上がると、ゆっくりと進むように思考する。『大和』の上空をゆっくりと旋回しながら、しばらく慣らし運転に付き合った。

 

「いやー、やっぱりああいうのは男の子のロマンだよなー」

 

・・・ちなみに、テンション上がりすぎたランサーが主砲をぶっ放し、甲賀が魔力不足でぶっ倒れたのはまた別の話。

 

・・・

 

「む」

 

「ん? お、思春。・・・薄着だなー。寒くないの?」

 

「いや、特には。冬だから一応厚着はしているつもりだが・・・」

 

おかしいか? と視線で問う思春に、いや、と首を振って否定する。

・・・まぁ、確かにマフラーをつけてワンピースのような丈の長さのセーターを着ているみたいだが・・・足、寒くない?

やっぱり女子の足にはデフォルトで『寒さ耐性』とか着いてるんだろうか。でも生足も好きだから俺は肯定派です。

特に思春と明命は隠密で敏捷特化の将だからか、足の綺麗さには定評がある。明命の足とか凄いすべすべしてたもの。思春もきっとすべすべに違いない。

 

「というわけで思春に冬服の贈り物だ」

 

「・・・会話に脈絡が無いな。貴様がそう言って渡してくるものは大体変なものだ。そんな怪しいもの、受け取れん」

 

「えー」

 

「不満そうな声を出しても無駄だ。・・・というより、私がそれを受け取って・・・素直に着ると思うのか?」

 

鋭い瞳でこちらを睨みつける思春。だが、こちらには秘策があるのさ。

 

「着るだろうね。なぜなら、蓮華から命じてもらうから」

 

「ばっ・・・! 貴様、アホか! そんなくだらないことのために蓮華さまのお手を煩わせるなど!」

 

「それでもダメならシャオと雪蓮にも協力要請をする。俺はな、思春。俺がやりたいと思ったことは結構強引に叶える性格なんだ」

 

「ぐ、ぅ・・・真顔で何をふざけた事を・・・」

 

少しだけ体勢を引いた思春に、ここぞとばかりに詰め寄る。

一歩踏み出すと、それと同じように思春は一歩引く。数歩詰め寄ると、思春の背中は壁にぶつかった。

・・・ふふふ、意外と思春は押しに弱いからな・・・。

 

「良く考えてみろ。思春が素直にこれを着てさえくれれば、俺が蓮華に変なことをお願いしなくても済むんだぞ? 蓮華を助けると思って、素直に着たらどうだ?」

 

思春本人を責めても弱いと思ったので、蓮華に絡めて攻めて行く。

女の子を壁際に追い詰め、顔のすぐ横に手を当てるあの少女漫画でお馴染みの体勢で思春を問い詰めていくと、最後には顔を真っ赤にして頭を縦に振る思春が出来上がる。

・・・っしゃ。最近思春も丸くなったし、ダメ元でやってみたけど・・・案外いけるな。

こちらから攻めよう、という意思と、冥琳に言われたことでちょっと心境の変化もあったので、これからは思春の様にキツク当たってくる娘にも強気で行くことにしたのだ。

 

「じゃあ、これ、受け取ってくれるな?」

 

「・・・仕方あるまい。あくまで、蓮華さまのお手を煩わせるのが心苦しいのと・・・貴様が余りにもしつこいから、面倒になっただけだからな。勘違いするなよ」

 

・・・テンプレの台詞まで言ってくれるなんて・・・。思春、クーデレ系かと思ってたけど、意外とツンデレ系なのだろうか。どちらにしても、俺未だに思春のデレ見た事ないけど。

 

「何故そこで笑顔になる。・・・全く、貴様は本当に訳のわからん男だ」

 

包みを抱えてため息をつく思春。顔色が元に戻っているから、これは素で呆れているらしい。

まぁ、思春の中での俺の評価は基本的に低いだろうからなぁ。この反応には慣れているとはいえ、喜ばしいわけではない。

まだその扉は開いていないし、これからも開く予定は無い。そういうのは壱与だけで十分である。

 

「これから仕事あるのか?」

 

あんまり思春を壁に追い詰めたまま話をしていても妙な噂を立てられるので、取り合えず移動しながら話をすることにした。

その道中で思春の予定を確認しておく。

 

「私の仕事はないが、一応やることはある。すでに蓮華さまから年内の仕事は無いと伝えられているが、それでも蓮華さまのお手伝いで協力できることはあるからな」

 

「そっか。・・・じゃあ、あれだな。また仕事終わった頃に声掛けるよ。そのときには、着てくれよ?」

 

「・・・はぁ。そんなに私にこだわって、何の意味があるんだ?」

 

こちらを見上げるようにしてそう聞いてくる思春。その質問に答えようと視線をちらりと紙袋に向ける。

歩くたびにがさがさと音を立てる紙袋の中には、明命、亞莎とテーマを同じくした衣装が入っている。

少なくとも今の格好よりは温かいと思うんだが・・・まぁ、渡した本来の目的はそんな優しいものじゃない。ただ着てるところを見たかったからだ。

水着姿を見たいからと龍を討伐する俺にその辺の隙はない。

 

「私に構っている暇があるなら、蓮華さまを寂しがらせないようにしたらどうだ、全く。・・・自分で言うのもなんだが、こんな無愛想で反抗的な女に構ってる暇は無いだろう、貴様も」

 

「何言ってるんだ、思春。もちろん蓮華は大事だし、寂しい思いをさせないように・・・ほら、昼夜問わず色んなところ出歩いてるけどさ。それと同じくらい、思春も大事な子だから」

 

なんだかんだと命を狙われたり鈴の音を聞かされたり背後を取られたりと襲われまくってはいたが、そのうち一度でも殺意が混じっていたことは無かった。

まぁ、本当にやると不味いから、と自重していたからかもしれないが、そうやって話したり戦ったりしているうちに、思春も俺の中ではこうして仲良くするべき大事な子だという認識を持つにいたった。

そういうことを詳細に説明すると、途中で「もういい」とため息混じりに止められてしまった。

 

「そういえば、貴様はそうやって恥ずかしいことを恥ずかしげも無く言う人間だったな。気障というか・・・」

 

「・・・思春の中での俺のイメージは『気障男』だったのか・・・?」

 

ちょっとショックを受けた。いやまぁ、否定する気はないんだけど、そういう認識をされていたという事実はそれなりにショックである。

『ナルシスト』と言われた並のショックである。幸運なことに、まだ言われたことはないけれど。

 

「そういうことではないっ。・・・まぁ、なんだ、たまに良い事を言うし、その辺の男よりは見所もあると思っている。・・・本当だぞ」

 

「疑ってはいないって。ただ、ちょっと驚いただけで」

 

・・・これが思春のデレなんだろうか。明日槍が降ってくるとか無いよね? 天変地異の前触れとかじゃないよね?

そんなことを思っていると、思春の鋭い目が更に細められこちらを睨みつけてくる。

なんでもないよ、という意思表示で首を横に振ると、ため息をついて再び前を向く思春。心なしか足音が大きくなったような気がする。・・・拗ねてる、のかな?

 

「・・・今日の私はおかしいな。こんなことを貴様に話すつもりは無かったんだが。・・・私はこの荷物を自室においてから蓮華さまの下へ行く。ギル、貴様はどうする?」

 

「俺? ・・・どうしよっかな。予定は無いから思春についていこうかな」

 

「面白くもなんとも無いぞ。・・・ああ、だが蓮華さまは喜ぶな。是非ついて来い」

 

うんうんと頷きながらそういった思春は、足早に自分の部屋へと向かう。

俺もある程度歩調を合わせて着いて行く。

しばらくして到着した思春の私室。荷物を置きに入っていった思春を、部屋の前で待つ。

がちゃり、と扉が開いて出てきた姿を見るに、着替えてきたらしい。先ほどのは私服ということなのだろう。

今の姿はいつもの戦装束だ。主の前に出るからだろうか。・・・俺、月の前だからって服装変えたこと無かったな。

まぁ、月はそういうの気にする性格じゃないからなぁ。

 

「更に薄くなったな。・・・ホントに寒くないの?」

 

「しつこいな、お前も。・・・まぁ、少し足元が冷えるくらいだ。特に動きに問題は無い。それに、冬用の生地の厚いものだからな」

 

「あ、そうなんだ。・・・マフラーもつけてるし、まぁ思春が問題ないって言ってるならいいか」

 

一人で納得していると、首をかしげた思春が歩き始める。

あ、おいおい、待ってくれよ。

慌てて足早に歩いて追いつくと、少しだけ思春がペースを落とす。・・・合わせてくれたんだろうか。

しばらく無言で歩いていると、蓮華の部屋に到着する。こんこん、と思春が扉をノックすると、扉の向こう側から凛とした声が聞こえてきた。

 

「誰?」

 

「蓮華さま、思春です」

 

「思春? ・・・まぁいいわ。入りなさい」

 

「失礼します」

 

思春が来たのが意外だったのか、戸惑ったような声だったが、入室を許可された。

扉を開けて入っていく思春の後ろに俺も続く。視界に俺が入った瞬間、蓮華は驚いた顔をして立ち上がる。

がたん、と若干大きめの音を立てて、椅子が後ろにずれた。

 

「・・・ちょっと待って。念のため聞いておきたいんだけど・・・思春、ギル関係で何か私に報告があったりする?」

 

「? いえ、特には・・・あ」

 

「『あ』って言った!? ちょ、言いなさい! 何処まで行ったの!? こ、告白!? 口付け!? それとも・・・さ、最後まで、とか・・・?」

 

「なっ・・・! れ、蓮華さま、それは違います!」

 

「じゃあ何しにきたのっ。私の予定の無い訪問に、ギルがくっ付いてきたら姉様がギル襲ったときみたいに『そういう』報告しに来たのかと思うじゃない!」

 

顔を赤くして思春に詰め寄る蓮華。

・・・多分、さっきの思春の『あ』って俺があげた包みのことだと思うんだよな。

いえ、その、としどろもどろになっている思春から、視線でヘルプ要請。

高いよ? と視線で伝えつつ、ほらほら、と蓮華と思春の間に割り込む。

 

「そんなに詰め寄ったら思春も恐縮しちゃうだろ、蓮華。思春との間には何も無いから」

 

「・・・本当?」

 

じっとこちらの目を覗き込んでくる蓮華。・・・こういう、自然な可愛らしさが出てくるのが蓮華の良い所だろう。

本当だよ、と返しながら頬を撫でると、すぐに赤くなって俺の手に頬をすり寄せてくる。動物に例えると間違いなく猫だよなぁ。

 

「・・・」

 

そして、何故か思春から背中を抓られている。助けてあげたんだけどなぁ・・・。

仕方ないだろ。蓮華を落ち着かせるには、こうするしかないんだから。

今のうちに話しちゃえよ、と思春の手を取って蓮華の前に差し出す。

 

「・・・ごめんなさいね、思春。ちょっと暴走しちゃって」

 

『ちょっと』か? と思ったが、心の中に閉まっておくことにした。

思春もスルーすることにしたらしく、いえ、と短く返すだけに留まった。

それから、蓮華の部屋に来た理由を説明する。『忙しかったら、手伝うよ?』というものだ。

 

「ありがと。・・・でも、もう少しで終わるから、大丈夫よ」

 

「・・・本当ですか?」

 

「ふふ、本当よ。思春ってば、心配性ね。・・・あ、そうだ。じゃあ一つだけお願い」

 

「何でも仰ってください」

 

「お茶、入れてきて貰える? そろそろひと段落するし、休憩にしようと思ってたの」

 

「承知しました。少々お待ちください」

 

そう言って、思春は部屋に備え付けの調理台へと向かった。

思春を手伝おうかとも思ったが、多分邪険に扱われるだろうと判断し、蓮華の向かいに腰を下ろした。

 

「・・・ホントに思春とは何も無いのね?」

 

「え? ・・・あ、ああ。なんだ、さっきの話か。大丈夫。何もしてないよ。・・・というより、思春がそれを許してくれるわけ無いだろ?」

 

まぁ、少し強引に俺の趣味は押し付けたけど。

・・・そのネタに蓮華を使ったということはナイショにしておこう。

 

「・・・最近の思春の様子から見てそうとも言い切れないって言うのが・・・」

 

「ん?」

 

そんなことを考えていたからか、蓮華の呟きをスルーしてしまった。

何か言ったか? と尋ねてみるが、なんでもないのよ、と顔を真っ赤にして首を振るだけだった。

・・・ち、惜しいことをした。蓮華がこういう反応をする呟きというのは、上手くやれば更に可愛い表情を引き出せるものなのに、よもや聞き逃すとは。

 

「・・・蓮華さま、お茶です」

 

問い詰めてみようか、と俺の中に悪戯心が湧き上がって来るが、タイミング良く思春が戻ってきてしまった。

蓮華と俺、そして自分の分の湯飲みを卓に置いた。・・・俺の分も用意してくれたのか。意外だな。

・・・ふむ、流石にこの状況で問い詰めるのは鈴の音を聞く羽目になりかねない、か。

 

「で、蓮華。さっきは何をぶつぶつ言っていたんだ?」

 

・・・だからと言って、俺が引くと思ったか! 鈴の音にビビると思った? 残念! 俺は怖いもの知らずなのでした!

まさか問い詰めてくると思わなかったのか、蓮華は再び慌てだす。

手に取った湯のみのお茶が大きく波を立てる。幸い手には掛かっていないようだ。

 

「ぶ、ぶつぶつ言ってない!」

 

「嘘付け。蓮華がそうやって慌てるときは、図星を突かれた時だからな」

 

「・・・貴様、蓮華さまを困らせるなど・・・!」

 

空気を察したのか、思春がちりん、と獲物を取り出した。

だが、それは予想していたぞ、思春。

 

「甘いな、思春!」

 

にゅ、と伸びた細い手が、思春の手から凶器を奪う。

 

「なっ!? う、腕だけ・・・?」

 

その手は空間に出来た波紋から伸びてきている。

驚く思春を他所に、手は出てきた時の逆再生のような動きで引っ込んでいく。

そして、すぐに何も持っていない手が出てきて、サムズアップ。

ばいばい、と手を振って引っ込んでいった。・・・ちょっと自我強すぎじゃないですかね、自動人形さん!

 

「っ、貴様の宝物庫か!」

 

「正解。最近彼女達の一部分だけ出したりとか練習しててね。怪我をさせないように無力化するには一番だろ?」

 

狭い部屋で武器を弾く為に宝具を抜くのは危ないし、目の前に宝具を出して防ぐというのも相手の武器を損耗させてしまう。天の鎖で縛るのも考えたが、鎖で縛るって痛いだろ?

どうしようかな、と思っていたときに思いついたのが、その時俺の肩を揉んでいた自動人形を使うというものだ。

こいつら、俺が宝物庫から出る許可を出しているとはいえ、ちょいちょい勝手に出てきては身の回りの世話を焼いていく。・・・俺のことを慕ってくれているのか、それとも馬鹿にしてるのか、良く分からない子達だ。

 

「・・・大人しくするというなら、返すよ?」

 

「・・・ちっ」

 

渋々、と言った様子で一歩後ろに下がる思春。それを抵抗の意思なし、と判断し、宝物庫から『鈴音』の柄だけ出す。

恐る恐るそれを手に取り引き抜いた思春は、手馴れた動作で腰の辺りに『鈴音』を固定する。

 

「もう、思春? 本当にはやらないと信じてるけど・・・それ、あんまり人前でやらないようにね」

 

「あー・・・確かに。蓮華とか呉の人の前だと大丈夫だけど・・・」

 

「・・・蜀辺りでやると大変そうね」

 

「・・・? どういう・・・」

 

俺と蓮華がはぁ、とため息をつくのを、思春は不思議そうに見つめて首をかしげる。

 

「・・・壱与さんって分かるわよね?」

 

「ええ。平行世界から来た邪馬台国の魔法使い・・・でしたか」

 

「彼女の目の前でギルに危害加えたら破壊光線飛んでくるのよ」

 

「・・・なるほど」

 

「後、意外と副長も危険だな」

 

「貴方の周りって危険人物ばっかりなのね」

 

まぁ、俺がいればその場で「やめろ」って言って終わるんだけど。それでももしもってあるからな。

それに、最近は壱与も副長も大人しくなったし、流石にいきなり砲撃ぶっぱは無いだろう。

最近は俺の渡した手甲に夢中のようだしな。そろそろ量産を期待しても良いんじゃなかろうか?

 

「というより、狂信者だな、それでは」

 

「・・・今、その言葉がしっくりきたことで罪悪感が・・・」

 

「難儀な性格してるわね、ギルも」

 

・・・

 

しばらく和気藹々と話をしながら仕事を進めていくと、ぱん、と勢い良く筆を置く音が部屋に響いた。

筆を置いた蓮華は、片腕を真っ直ぐ伸ばし、もう片方の腕でその肘を掴むような体勢で、伸びをする。・・・なるほど、瑞々しい。

 

「よし、これで今年のお仕事終わり!」

 

「お疲れさん」

 

「正直、お話ししながらだったから全然疲れてないんだけどね。思春、結局手伝わせちゃったわね」

 

「いえ。もとよりそのつもりで来たのですから。蓮華さまが気になさることではありません」

 

何故俺達も書類の手伝いをしていたかと言うと、それは少し前に遡る。

蓮華の休憩中、慌しく冥琳がこの部屋にやってきた。俺達を視界に認めると、勢い良く詰め寄ってくる。

そして、申し訳なさそうな顔をして「・・・雪蓮が逃げ出した」と苦々しく呟いたのだ。

それだけで全てを察した俺達は冥琳の残った仕事を代行。急激に増えた仕事に、蓮華だけでは処理能力を超えると判断し、俺も思春もかり出されたのだ。

まぁ、処理する人数が増えたので、結果的には冥琳の仕事も速めに終わったのだが。

 

「・・・さて、と」

 

本日は大晦日一日前。今日までに全ての武官文官は仕事を終わらせ、翌日の一大イベントに参加することになる。

・・・兵士達には申し訳ないが、まぁこれも将の特権ということで。

そのイベントとは・・・もちろん、忘年会アンド年越し宴会プラス新年会である。まさかの日にちを跨ぐ一大イベントだ。

流石にこれを企画、運営するのは骨が折れたが、城下町全てを巻き込むことによって何とか開催までこぎつけた。

以前街の一角を使って肝試しをしたときの経験が生きたな。三国全て一緒になっての年越しは初めてのことだし、こうして皆で騒げるのは良いことだ。

だからこそ、俺も全力で調整した。兵士も二つに分けて『大晦日組』と『新年組』に警備を分けたのだ。来年はそれを逆にする。そうすれば、お互い大晦日も新年も楽しめるだろう。

そして将も全員休みにする為に、久しぶりに部屋に篭って仕事をした。桃香、蓮華、華琳の仕事の半分くらいを受け持ち、他の文官の仕事も奪うようにやった。

そのお陰で一番忙しいといわれている華琳、朱里、雛里、冥琳の休みを獲得することに成功。企画が無事開催できることを確信した。

 

「・・・感慨深いなぁ」

 

「ふふ。もう終わった気でいるの?」

 

「お前のその『やると言ったらやる』心持ちは良いと思うがな」

 

「頼みごとを断りきれない、ということでもあるけどな」

 

「そう? 結構ギルって自分の意思持ってるし、断るときはしっかり断るじゃない」

 

「・・・そうか? そういうの、自分では分からないからなぁ」

 

ふぅむ、と考え込む。だが、すぐには思いつかない。

 

「・・・『アレ』の時とか。やめてっていうのに激しくしたりするし・・・」

 

「ふぼっ!?」

 

うお、やべ、お茶吹いた。幸い誰にもかからなかったが。

ジトリとした瞳をした蓮華の小声の呟きは俺にだけ聞こえるようにしていたらしい。思春は突然お茶を吹いた俺に不審な目を向けている。

 

「・・・何咽てるんだ。ほら、口を拭け」

 

そう言って、思春は手拭いを投げ渡してくれる。

ありがとう、とそれを受け取って、周りを綺麗にする。

ちらりと横目で見ると、自分で言って自分で照れているのか、顔を赤くした蓮華が所在無さげに空になった湯飲みをくるくる回していた。

何故自分で精神的ダメージ食らうような発言するのかね・・・?

 

「・・・ありがと、思春。助かった」

 

「構わん。幸い蓮華さまにもかかってないしな」

 

ふ、と何やら優しい目をしながら笑いかけてくる思春。・・・え、何その顔。

それはあれだよ? 可哀想な子を・・・麗羽辺りを見る目だよ?

取り合えず原因になった蓮華に恨めしげな視線を送っておいて、立ち上がる。

そんな俺を不思議に思ったのか、思春が声を掛けてくる。

 

「む? どうした、ギル」

 

「いや、準備あるって言ったろ。二人も行こうぜ」

 

「そうね。そうしましょうか。思春も、行くわよ」

 

「はっ」

 

何故か俺を挟むように二人が陣取る。え、何これ。俺が逃げないようにポジショニングしてんの?

いやいや、雪蓮じゃないんだし、逃げないって。

 

「最近寒くなったわよねぇ」

 

「ええ。風邪にはお気をつけください、蓮華さま」

 

「・・・俺は?」

 

「・・・英霊は風邪などひかぬだろう?」

 

いや、まぁそうなんだけどさ。それでもほら、ハブられると心に来るというか・・・。

なんとも言えないまま苦笑すると、思春はため息をついてから口を開く。

 

「・・・まぁ、万が一・・・億が一、お前が風邪に臥せるようなことがあれば、見舞いくらいはしてやろう」

 

「なんだよー。そこまで言うなら、「付きっ切りで看病してやろう」くらい言ってくれよな」

 

「風邪をひけば、な。・・・やってやらんでもない」

 

「・・・ギル、ホントに思春とは何も無かったのよね?」

 

つい、と顔を背けた思春の呟きに、蓮華が訝しげな顔をしながら俺の手を抓ってくる。

いやいや、何も無いよ、と抓ってきている手を握って言った。

 

「思春、それは本当だな?」

 

「? ・・・まぁ、風邪をひけば、だぞ」

 

「ふっふっふ。思春は知らないようだが、英霊って言うのは魔力を限界まで使うと、風邪のような症状が起こるのさ!」

 

「何・・・?」

 

「だからその辺で適当に乖離剣の真名開放やって消滅ギリギリまで魔力を削ればあるいは・・・!」

 

「ま、待て。私の看病を受けるためだけにそこまでやるのか・・・!?」

 

あたふたとした思春が何やら焦った表情でそう聞いてくる。

? 何を言っているんだ思春は。

 

「当然だろ? 看病してもらいたくて、看病してもらえる条件が分かってる。・・・そしたら後は、実行するだけだろ。・・・ちょっと待ってろ。銀河三つ分くらいどこかにぶつけて来るから」

 

「ばっ、待て!」

 

「何故止めるんだ、思春! ・・・はっ、そうか。世界の修正が働くこの状態では、乖離剣の真の力であるアレが出来ないのか・・・!」

 

「ちが、そうじゃな・・・蓮華さま、蓮華さまもこのバカを止め・・・蓮華さま!?」

 

「・・・ふぇっ? え、な、なに? どうしたの・・・?」

 

「つ、ツッコミの手が足りない・・・! 蓮華さま、しっかりしてください!」

 

赤くてぼーっとなっている蓮華と、あたふたする思春。そしてそれに挟まれている俺。

何処からどう見ても、カオスだった。

 

・・・

 

祭りの準備に忙しそうな城門前では、色んな人が忙しなく動いていた。

将も文官も武官も、最後の仕上げをするべく働いてくれている。

 

「忙しそうね・・・何かお手伝いあるかしら」

 

「呉の者達が向こうで作業をしております。あちらで何か力になれぬか聞くのがよろしいかと」

 

「そうするわ」

 

じゃあ、俺もそっちに行こうかな、と二人に伝えようとすると、背後から大声。

 

「あーっ、たいちょ、お疲れ様ですっ」

 

「っと。副長か」

 

その声に振り向くと、副長が何やら荷物を持って立っていた。

俺のもとにてとてと駆け寄ってくると、よいしょと荷物を降ろして詰め寄ってきた。

 

「どこ行ってたんですかたいちょー! こちらと七乃さんにこき使われてて大変だったんですから!」

 

「あーっと、すまん・・・な?」

 

あれ、手伝うとかって話してたっけ? ・・・してないよな?

でもこの副長の様子を見てると、なんだか罪悪感感じてくるから不思議だ。

 

「あら。副長さん。こんばんわ」

 

「あ、蓮華さん。ばんわです」

 

「・・・大変そうだな」

 

「えーっと・・・」

 

「・・・思春だ」

 

「・・・失念してました。こんばんわ、思春さん」

 

蓮華と思春の二人と挨拶を交わした副長は、何かに気付いたように手を叩く。

 

「もしかして、呉のお手伝いとかありました? ・・・そしたら、隊長はそっち行っちゃってください」

 

「・・・いえ、そんなことは無いわ。ギルは私たちを送ってくれただけだもの。副長さんが動いてるってことは、ギルの遊撃隊でのお仕事があるって事でしょう?」

 

「ならば、そちらを優先してもらったほうが良いだろうな。・・・ギル、お前も文句は無いだろう?」

 

俺の言いそうなことを予想したのか、二人から「こっちはいいから」という視線を向けられた。

・・・すまんな、と手で謝意を伝え、副長の頭を撫でる。

 

「ほら、落ち込むなって。俺もそっち行ってやるからさ」

 

「はにゅ。急に頭撫でないでくださいよ。・・・もうっ、仕方ないですね。じゃあ、隊長をこき使っちゃおうかな!」

 

「調子に乗れとは言ってないぞ?」

 

「すっ、すみませんでしたぁっ!」

 

指をコキコキ鳴らすと、一瞬で頭を下げる副長。

・・・ホント、俺をおちょくるのが好きだよなぁ。

 

「・・・ということで、すまんな二人とも。お互い頑張ろう」

 

「ええ。・・・まぁ、頑張るといっても後は仕上げだけなのだけどね」

 

「・・・副長、体だけは壊さぬようにな」

 

「りょーかいですっ」

 

挨拶を交わして、俺達はそれぞれの場所へ向けて歩き出した。・・・なんで思春は副長に優しい言葉をかけているのだろうか。

副長の荷物を宝物庫にしまい、七乃たちが作業しているという場所へと連れられる。

 

「あら、ご主人様? ・・・副長さん、良く捕まえてきましたね~。偉いですっ」

 

「えへへー・・・はっ!? こ、子供扱いされている!?」

 

七乃に撫でられている副長が、はっとした表情で七乃の手を払う。どう見ても嬉しそうに撫でられていたように見えるんだが・・・。

そんな副長を見下ろしつつ、七乃は微笑んで言葉を返す。

 

「いえー、美羽さま扱いしています~」

 

「意味は変わらないですよね!?」

 

「さて、と・・・これ以上副長さんで遊ぶと、ご主人様が寂しくて拗ねてしまいますから、お話を進めましょうか~」

 

「あ、いや、いいよ、別に。副長が弄られてるのを見てるだけですげーほっこりする」

 

「しないでください! お仕事しますよっ!」

 

ぷんすか怒った副長とニコニコ顔の七乃に連れられ、遊撃隊が作業している現場へと向かう。

ここでも皆が忙しそうに動き回っている。

 

「ここにあるもの運ぶのか?」

 

俺がそう言って指差すのは、山と積まれた荷物。

まだまだ箱は一杯あるようだが、俺が来たからにはもう数なんて意味は無い。

 

「開け、宝物庫」

 

地面に波紋が浮かび、箱がずぶずぶと沈んでいく。

全てのものが宝物庫に入ったのを確認して、すたすた歩く。

 

「・・・荷物運び系の仕事だったら速攻終わりますね。超便利です」

 

「行ったことあるなら別にその場にいなくても出来るからな」

 

出し入れするときに兵士とかがいて目撃されては大変なので、わざわざ置き場所まで出向いて出し入れしているが、今の展開範囲ならば人の目さえ気にしなければこんなことはしなくても良い。

極端な例だが、自室にいても城内のものなら好きな場所に出し入れできるだろう。

 

「・・・人の体内に宝具出したら一瞬で終わりますね」

 

「なんてグロい事考えるんだこの月の姫は」

 

「隊長が人並みの感性を持っている・・・だと・・・?」

 

「お前、人を人外みたいに言いやがって・・・」

 

「実際そうでしょう?」

 

一瞬の沈黙。

確かに。と思ってしまったのが態度に出てしまったようだ。

三分の二が神様で、神性EXランクのサーヴァントを『人』とは間違ってもいえないだろう。

そんな俺の様子を見て、七乃が副長に小声で話しかける。

 

「図星を突かれて落ち込むご主人様、珍しいですね~」

 

「ですね。・・・母性本能くすぐられる感じします」

 

「・・・あったんですね~」

 

「ありますよ! びっくりするぐらいありますもんね! いつ子供が生まれても問題ないですもん!」

 

副長の声に現実に引き戻される。・・・何の話してるんだこいつら。

何かに気付いたような顔でこちらを見上げる副長に、どうした? と尋ねる。

 

「あ、いえ。・・・聞いてないならいいんです」

 

「そ、そうか」

 

これ以上突っ込むと副長が暴走しそうなので、苦笑を返してそのまま歩くことにした。

 

「そういえば七乃、この荷物運んだ後は何すればいいんだ?」

 

「会場設営のお手伝いですかね~。気合の入った槍兵さんがものすごい勢いで作業していたので、もう終わってるかもしれませんが~」

 

「ああ・・・。そういえば凄い高揚してましたね、あの人たち。なんか良い事でもあったんですかね?」

 

「大和渡したからな。それで嬉しかったんだろ。・・・全く。お詫びのつもりで渡したのに、それに対して礼をされるとは思わなかった」

 

少し前に遡るが、蓮華たちと冥琳の分の仕事をしている最中にやってきたランサーから、何か手伝うことは無いか、と聞かれた。

そのときには「年末だし、休んでいてくれて構わない」と伝えたのだが、その程度であの真面目なランサーが引くはずが無い。

大和のお礼がしたいのです、と詰め寄られたときに苦し紛れで俺の部隊を手伝って欲しいと伝えたのだが・・・そうか、そんなにテンション上がってたのか。

 

「おっと。ここだな」

 

「はい~。周りに人もいませんし、ぱぱっと出しちゃってくださーい」

 

周りを見回した七乃にそう言われ、指示された場所に箱を出す。

先ほどの様子を逆再生したように、地面に浮かんだ波紋から浮かび上がる箱たち。

 

「よし。終わったな」

 

「はい~。それでは、設営された天幕へ行きましょうか~」

 

七乃に先導され、城壁の内側、かなり開けた庭へと向かう。

そこにはすでに様々な部隊が天幕を張っており、ちょっとした村のようになっていた。

あちこちから作業する音や怒号が響き、立ち止まっている人間はほぼいない。

立っている旗も様々なもので、蜀や魏、呉、そのほかにも役満姉妹たちが所属する会社の紋や俺の部隊の旗、そのそばに少数だが旭日旗もある。あの辺にランサーがいるのだろう。

 

「うわ、凄い人だな・・・。副長、ほら、手」

 

「はいっ!? わ、わ、何で、手、つなっ、ひゃぁー・・・」

 

ちっこい副長は手を繋いでおかないと人ごみに流されそうだと思って手を繋いでみたのだが・・・なんで思考停止してるんだ、この子。

 

「あ、副長さんだけずるいですよー。ご主人様、私も、お願いしますっ」

 

語尾にハートマークでもついてそうな弾んだ声で、七乃が副長と繋いでいるのとは反対の手を掴んでくる。というか、腕に抱きついてきた。

歩き難いが、そのまま天幕へと向かう。

ランサーたちがこちらに気付いて迎えてくれる。

 

「こんにちわ!」

 

「お疲れ様ー。・・・やっぱり、ほぼ終わってるな」

 

「ちわっすー」

 

「こんにちわ~」

 

ランサーたちの歓迎を受けつつ作業場を見てみると、九割九分作業は終わっていた。

後の作業は片付けくらいのものだ。

 

「終わってる・・・な」

 

「片付けくらいしか手伝えることないですよねー」

 

「片付けも・・・あ、今終わったようですね~」

 

完全に来た意味ないな・・・。

もうこれ、天幕も片付けていいレベルだぞ・・・。

 

「わざわざギル様にご足労いただいておいて申し訳ありません。すでに作業は完了。遊撃隊は撤収作業に入り、現在は年末組が見回りの準備をしております!」

 

「・・・副長より副長っぽいことしてるな、ランサー」

 

「私はお役御免ですかっ!? た、たいちょー! 私だって頑張りますよっ。・・・えっと、えっと・・・そうっ、ほら・・・うーん・・・?」

 

「思いつかないのか・・・。まぁ、副長はいてくれるだけで、俺の役に立ってるから。心配するなって」

 

そう言って考え込む副長の頭を撫でる。実際、こいつがいてくれるだけで部隊の隊長という役職も気負えずにやっていけているのだ。

誰かに言うのは恥ずかしくて今まで思っていても口には出さなかったが。もう今年も終わるし、はっきりと言ってやるのも俺の務めだろう。

 

「な、なななな・・・! ど、どうしたんですかたいちょー! なんか今日はやけに優し・・・はっ! せ、世界滅亡の前触れ!?」

 

「テンパる副長は見てて楽しいな、七乃」

 

「良いご趣味をお持ちで~」

 

「はっはっは、お代官様ほどでは」

 

「ご主人様も、(わる)ですよね~」

 

目の前を襲われた小動物のようにうろちょろする副長を見下ろしつつ、七乃と微笑ましい会話を交わす。

七乃は頭の回転が速くてウィットに富んだ小気味良い会話を楽しめる。話し相手としても文句なし、副官としても文句なし。

 

「・・・七乃はホント、優秀だよなぁ」

 

「? 今更ですか~?」

 

はっはっは、こやつめ。

 

・・・




「アホですか」「突然どうしたんだ、神様」「いえ、何処の世界に『魔力を欠乏させるためだけに』乖離剣の真名開放するアホがいるのか、と言っているのです。・・・しかも、特殊な状況じゃないと制限されてて使用できないほうのエクストラな真名開放じゃないですか」「そりゃ神様、男の子にその理由は聞いちゃいけないよ」「・・・何カッコつけてんですか。・・・はぁ、もう・・・」「どうした? ため息をつくと幸せが逃げるぞ」「・・・こんの、マジで、お前、ホント、っだらぁっ!」「ちょ、神様、何これ! 何この黒い手! めっちゃ怖い!」「生命の神舐めんな! それ亡者の手ですからねっ。黄泉に引きずり込まれちゃえば良いんです!」

必死の説得により、何とか宥めることが出来ました。・・・何故、あんなに怒っていたのかは、俺にも分かりません。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第六十四話 年の瀬に

「やっぱりさ、こういう日ってテンション上がるよな!」「ああ。なんというか・・・空気が違うよな」「そういうものなのか。・・・俺はこっちに来る前大体新年は茂みの中で過ごしてたからな・・・」「え、何でそんなところで・・・」「いや、ほら、新年って言うと一番人間は油断するだろ? ・・・その瞬間を狙う為に、な」「うわぁ・・・」「・・・娘に毎年『お父さんは年越しのとき何処行ってるの?』と無邪気な瞳で問いかけられるのが新年一発目の会話だったなぁ・・・」「・・・南無」「え、結婚してたの? 子持ち!? あれ、俺だけ? 驚いてるの俺だけ!?」


それでは、どうぞ。


「それでは、主催のお兄さんより、挨拶があります!」

 

桃香の紹介を受け、舞台袖からゆっくりとした歩調で登場する。

今日の日にちは十二月三十一日。俗に言う大晦日という奴である。

そんな一年の締めの日、いつもはしすたぁずがライブをしている会場は、いつもと違う空気を漂わせていた。

ライブの熱狂とは違う、静かな熱。騒がしさは無いが、確かに大勢の人々から発せられる熱が会場を十二月の屋外とは思えなくさせていた。

桃香、蓮華、華琳が舞台上に座っていて、地和の妖術と真桜お手製のからくりが合わさって出来たマイクのようなものを持っている。

同じようにマイクが設置してある壇上へと登り、詰め掛けた民達を見下ろす。・・・俺のもとへ物理的に突き刺さっているんじゃないかと思ってしまうほどの数の視線が集まる。

緊張で変なこと呟きそうだ。・・・絶対やらないけど。

 

「えー、こんばんわ。主催のギルです。今夜から明日の昼ごろにかけて、異例の年を跨ぐ祭りを開催します。名前は・・・まぁ、年越し祭りでもなんでもいいか。兎に角、騒ぎましょう」

 

拡声器・・・マイクを通して大きくなった俺の声が皆に届くと、地鳴りのような叫び声が返ってくる。

多分「おー!」と言っているんだろうが、あまりの声量にただの振動としてしか伝わってこない。

うわぁ、すげえなこれは。ライブでも感じたが、一つの方向へ向かっている人間の熱量というのは凄まじい。

しかも、ライブのときよりも多い数だから、余計にだ。

後ろにいる三人が耳を塞いだり軽く顔をしかめているのが分かる。

 

「えー、初めての試みということで色々と問題も起きるかもしれませんが、兵士達にも協力してもらい、最大限皆が楽しめるようにしますので・・・楽しんじゃってくれ!」

 

取り繕うのも面倒になったので、いつもの口調で聴衆に叫ぶように声を掛ける。そして、再び返ってくる歓声。

一つ礼をして、桃香に視線で合図しつつ下がる。

それから、三国の国主の挨拶、しすたぁずの年末ライブの前哨戦と舞台でのイベントも進行していく。

ちなみに、この会場に一般の兵士はいない。町や城壁なんかでの監視任務についてもらっている。

なので、ここにいるのは宝物庫で宝具の手入れをして(暇して)いた自動人形たちだ。

彼女達は武装によってある程度のスキルを設定できるので、壱与の量産した手甲をつけてもらい、この会場に紛れて暴れる人間がいないか、怪しい人物がいないかを監視してもらっている。

『自動人形・アサシンモード』とでも言うべきか。敏捷が若干上がったり、気配遮断を持っていたりとそれっぽくなっている。

服装もいつものメイド服を改造して左肩に掛かるようなマントと白いフードをつけており、アサシン感満載だ。

 

「・・・」

 

「お、お疲れさん」

 

部隊の横にある待機所にいる俺のもとに自動人形の一人が帰ってきて、びし、と何故か現代風に敬礼をした。

彼女達はあんまり喋らない。下手すると恋より口数が少ない。なぜかと言うと、自動人形と俺は魔術的なラインで繋がっているので、自動人形はそれで俺に直接脳内情報を送ってくるからだ。

この待機所は警備詰め所もかねているので、多分彼女は暴れてるか何かしてる人を連れてきたのだろう。

 

「・・・?」

 

じっと見つめていた俺に向け、自動人形が敬礼のまま首をかしげる。

何も言わないで見つめていたから、疑問に思ったらしい。

 

「ああ、なんでもないよ。誰か捕まえてきてくれたのか? サンキューな」

 

何度か首肯して、踵を返す自動人形。

その手には、壱与特性の量産型手甲が。機能は限定されているとはいえ、それでも歴戦の暗殺者達が使ってきた物だ。

相当洗練された使い心地なのだろう。

 

「・・・」

 

びっ、とカッコよく何処かのキャプテンのようにジェスチャーすると、天幕から出て行く。

・・・無口無表情無感動の三拍子揃っているくせに、それと反比例するようにジェスチャーでの感情表現が豊かな奴らである。

ちなみに自動人形達には宝物庫から勝手に出入りしていいと許可を出している。・・・まぁ、開け閉めは俺がしないといけないので、『出たいんだけどー』と念話が来たら『いいですとも!』と宝物庫を開ける・・・のがいつもなんだが・・・。

最近、許可出してないのに勝手に腕だけ出して俺の肩揉んでたりするので、若干恐怖を覚えているところだ。

 

「あ、たいちょー。おつでーす」

 

「ほう、中々にフレンドリーだな、副長。・・・いや、迦具夜」

 

ぴくり、とこめかみに力が入るのを感じつつ、待機所に入ってきた副長を迎える。

 

「なっ、名前呼び!? 結構キレてるときにしかその名で呼ばれたこと無いですよっ!?」

 

「? 閨でも呼ぶだろ? ・・・たまにだけど」

 

「ふひゅっ・・・!」

 

先ほどまでわーわー騒いでいた副長が、妙な呼吸音を残して膝から崩れ落ちる。

・・・ちなみに、受け止めたりはしない。そんなことしなくても、副長は俺の膝の上にぺたりと倒れこんでくるからだ。

全く、世話の焼ける部下だなぁ。

 

「・・・ま、少しだろうけどゆっくり休め。・・・よっと」

 

倒れこんだ体勢そのままに、対面するように俺の膝の上に乗せる。

椅子の背もたれは若干後ろに倒れているような形なので、丁度副長がしなだれかかってきているような体制だ。

 

「黙ってれば、やっぱり美人だよなぁ」

 

喋っているとそうでもないのか、と聞かれれば、まぁそのときもとても愛らしいんだけど。

・・・ちなみにこの後。副長が起きて飛びのくまで、この待機所に来た自動人形は皆入室した瞬間に身体全体を跳ねさせるようにして無表情にして無言で驚いていた。

 

・・・

 

こういうとき、サーヴァントの身体は役に立つ。

なんせ、二日ぶっ続けだ。寝ない人間は必要だろう。

そういう意味では、自動人形たちもうってつけだ。頑張ってもらうことにしよう。

 

「さて、副長は全力ダッシュで逃げて行ったし・・・探し出しておちょくるのもありだけど、一通り回るのが先かな」

 

そんな風に方針を決め、テクテク歩き出す。

いまだ夕方と言っていい時間とはいえ、冬のこの時間は日も暮れてすっかり寒くなっている。

・・・だが、この大通り・・・いや、今は『屋台通り』になっているか。その屋台通りは一味違う。

まず何より熱気が凄まじい。あまりの熱気に、屋台の中にいる人の中には夏のような薄着をしている者もいる。

 

「うわ、凄いなこれは・・・あ、うん、ありがと。・・・うん?」

 

肩口から串物を差し出されたので自然に手に取ったのだが・・・これ、誰・・・自動人形か。

ちゃんとお金は払ったようだ。まぁ、彼女達は人間の中でも頂点のようなものだ。こういう所には隙が無い。

 

「あー・・・っと、ここか」

 

目的地の一つにたどり着く。人の多い屋台通りの中でも、一際人だかりが出来ている。

もう人口密度が高すぎてほとんど進めていない。

うおお、カリスマ使えばすぐだけど、そんなことで人混み割ったら絶対けが人出るしなー。それは流石に避けないと。

 

「っとと。よいしょっと。はいはいごめんねー」

 

凄まじい人混みを潜り抜けたその先は、城壁内。城の中庭と、城の一部を開放して作成された『侍女喫茶特別出張拡大版国城店』。

・・・色んな装飾がついてなんだか良く分からないが、まぁ取り合えず侍女喫茶が城壁の中に出張し、更に規模を拡大して開いているっていうことだ。

月・・・は流石にいないけど、詠や響、孔雀たちはもちろん、侍女見習いの子達や、何故か麗羽と斗詩、猪々子までいる。

・・・心配だったけど、何とか回っているようだ。特に麗羽。しばらく後宮で月と自動人形からみっちり仕事の仕方は教えてもらってたみたいだし、こうして心配になって見に来たけど特に問題は起こってないみたいだ。

まぁ、自分でも言ってたけど麗羽は一応高貴な生まれ。それなりの所作も分かってるだろうし、月とも気が合って結構ノリノリだったらしいし。

 

「席は・・・満席だよなぁ」

 

仕方ない、この盛況を見て満足としようかな。

そう思って踵を返そうとした瞬間、俺に声を掛けてくる人物がいた。

 

「兄貴ー!」

 

「こっちですよー!」

 

む、この声は。

 

「・・・やっぱり。凄いな、お前ら。よく席を取れたな」

 

「年を越すまでは休みですから! 前情報は大将からいただいていましたし、すぐに席は取れました!」

 

「ささ、兄貴、どうぞッス!」

 

「おー。合い席失礼するよ」

 

丁度一人分空いていた席に着き、採譜を見る。

適当に注文し、きょろきょろと周りを見回してみる。

侍女たちが忙しそうに動き回り、客達が外に長蛇の列を作る。

・・・すげー。昼時の人気レストランみたいな状態だな。まぁ、厨房には流流もいるし、食事も接客も素晴らしいものになっているだろうから、納得といえば納得か。

ああ、ちなみに流流は今日明日と休みのはずだったのだが、ただ休むというのに抵抗を示したのでこうして厨房で手伝ってもらっている。

 

「それにしても、凄まじい盛況っぷりですね。これは、兄貴の発案なんですよね? ・・・兄貴の考えることはいつも凄まじいですね」

 

「規模といい発想といい、常人からかけ離れてるッス!」

 

「特に水着! 大将もそうだが、天の国の住人はみなああいった素晴らしい考えを持っているのか?」

 

「・・・いや、あれは天の国でもごく一部というか、むしろお前らの思ってる天の国自体ある一つの国だけというか・・・」

 

「なるほど・・・そんなところからやってきた兄貴たちは、『選ばれし者』ということですね!」

 

「いや、まぁ、選ばれたっちゃ選ばれたようなもんだけど・・・」

 

悪い意味で神様に選ばれちゃって転生したのが俺だし。後一刀や甲賀も何者かに選ばれてこっちに来たのだろう。

彼らが思っているような『選ばれし者』とは若干ニュアンス違うんだろうけど。

 

「水着、メイド服、学生服。・・・次は何作るんかなぁ」

 

「? 兄貴、どうなさったので?」

 

「・・・いや、なんでもないさ。・・・やっぱり、メイド喫茶でお茶オンリーって言うのも若干の違和感だな。紅茶の産地は何処だったか。イギリス? 今だとブリテンなんだろうか」

 

あれ、ブリテンって聞き覚え・・・アーサーさんじゃないですか!

ええと、あれはいつごろだ? 今が大体三世紀? ・・・あと二、三百年か。

確か神様には確実に俺のこの力の元になったギルガメッシュと同じくらいは生きるって言われてたよな。

そうでなくても俺の感覚として『百年どころか千年単位で死なない』という確信がある。

まぁ、そのときに起こる諸所の問題は後回しにするとして、歴史旅行というのも面白そうだ。

元々ギルガメッシュは人類の歴史の観測者。ならば、その力を持って受肉した俺は、ある程度のことをやったら裏舞台に引っ込んで色んな歴史を見に行こう。

流石に時間旅行は出来ないからゆっくりにはなるだろうけど、元々何かしないといけないわけじゃないし。

 

「うん、よし、そうしよう」

 

「・・・なぁ、兄貴がなんだか俺達の想像も出来ないようなこと考え付いて納得したような悪寒がしたんだが」

 

「奇遇だな、呉の。何を隠そう俺もだ。・・・世界、滅亡しないよな?」

 

「その心配が冗談でもなんでもないのが恐ろしいな、兄者」

 

「全くだな、弟者」

 

騒がしいメイド喫茶。その一角で、うんうんと頷く英霊と、顔を真っ青にする男達という奇妙な絵面が並んでいた。

 

・・・

 

メイド喫茶で小腹を満たした後、兵士達と屋台を回ろうと会計を済ませて店から出ると、やはり凄まじい人混み。

・・・仕方ない。歩き難いのは少し解消するか。

身体に魔力をめぐらせ、カリスマの力を少し解放する。少しとはいえ『呪い』とまで言われるカリスマだ。俺の意思にあわせ、少しだけ皆が道をあける。

これなら混乱が起きることもないだろう。

 

「・・・なんだか歩きやすいんですけど、もしかして兄貴、何かしました?」

 

「した」

 

「もうそれだけで全て理解できるな、弟者」

 

「だな、兄者。兄貴のすることに理論とか常識とか通じないのだな」

 

失敬な。ちょっと人類を超越していて、神霊一歩手前の英霊候補生なだけの英雄だぞ。・・・あれ、否定できてない?

 

「次はどこ行こうかな。何かそっちで聞いてることあるか?」

 

「ええと・・・そうッスねぇ。あっ、そろそろしすたぁずの年越しライブ開始じゃないッスか!?」

 

「ああ、そっか。開会式のあれは余興みたいなもんだもんな」

 

大体午後十時くらいからライブが始まるはず。・・・ああ、だから人も減ってるんだな。

屋台通りも結構隙間が目立ってきてる。

 

「今から見に行っても席は取れないかもしれませんね」

 

「立ち見・・・どころか、会場に入れるかどうかも分からんな」

 

だよなぁ。今の時代、この大陸での最大の娯楽だからな、しすたぁずのライブって。

そんな大人数だと後ろの人たち見れないじゃん、とお思いかもしれないが、そこは地和の妖術の出番だ。

『目の前の景色を映し出す』という宝具を地和の妖術とあわせてプロジェクターを作成。ライブの様子は後ろの大きな白背景に映し出されるようになっている。

・・・こうでもしないと一番後ろの人間からしすたぁずが豆粒みたいな大きさでしか見れないからな。それじゃあ盛り上がりに欠ける。

しっかし、妖術を使うのに毎回俺と交わるのは本当に必要なのだろうか? 地和曰く『特別な力を使うから、それをギルから貰っている』とのことだが・・・。

うーむ、魔術はともかく、妖術はちょっと特殊だから分からんな。天和を宥めるのが若干大変とはいえ、役得といえば役得だが。

 

「・・・あれ、なんだか今猛烈に兄貴に殺意が沸いたッス」

 

「偶然ですね、魏の。私もです」

 

「む、お前達もか。実は俺も・・・」

 

「弟者に同じく」

 

「え、何これ。敵しかいないの?」

 

ナチュラルに殺意を発し始める兵士達に突っ込みを入れる。

なんなんだ突然。・・・全く、いつもながら分からん奴らだなぁ。

 

「む・・・これは凄いな」

 

兵士達からの敵意ある視線も大分和らいで来た頃、ようやくライブ会場へ到着した。

開演はまだのようだが、すでに開場はしているらしい。ざわつきを更に大きくしたような喧騒が会場を包んでいた。

近づくにつれて人混みの密度が凄まじい。うぅむ、これは適当なところで席から外れてみたほうが楽かもしれないな。

見づらくはなるだろうが、このままこの人の海とでも言うべき場所にいると絶対誰か怪我するぞ。

そうなる前に離脱したいのだが・・・いかんせん身動きが取れん。

 

「・・・」

 

「ん? ・・・誰だ?」

 

そんなとき、俺の手を引く感覚。

視線をそちらに向けると、左肩にマントをつけた改造メイド服の自動人形がいた。

 

「あれ、お前警備してるんじゃ・・・お、おい!?」

 

人間には出せない、愛紗級の力を発揮して人混みの中俺を連れ出す自動人形。

すいすいと人波を掻き分けて歩くさまは、まるで誰もいない大通りを歩いているようだ。

おそらく、この現場で数時間警備の仕事をしただけで人波を掻き分けるすべを見つけたらしい。それも、他人の意識の隙を突いて。

凄いな、アサシンモード・・・。

って、他の兵士達が人波に飲み込まれたままなんだが・・・。

 

「なぁ、他の子に伝えて兵士達連れてくることは出来ないのか?」

 

「・・・」

 

人混みを抜けたタイミングで自動人形にそう聞いてみると、彼女は無言で首をかしげる。

念話から伝わってくる感情としては、「なんで?」という疑問だ。・・・いや、何でって。

 

「ほら、俺だけ連れ出されてもさ。一緒に回ってる友達がいるんだから、そいつらも連れてきてくれないか?」

 

「・・・?」

 

「んー? 言ってる意味が分からない、って事じゃないよな?」

 

なんだろう、このかみ合わない感じ。

後できちんと調べてみる必要がありそうだな。人間とはいえ宝具だ。何か俺の知らない機能があるのかもしれない。

 

「・・・むん!」

 

カリスマ全開で、『兵士達をこちらに押し流すように』、民衆に意思を伝える。

しばらく何も変化は無かったが、そのうち俺のもとに吐き出されるように兵士達が飛び出してくる。

凄いな・・・大人数に対して無敵だな、カリスマって。

 

「お疲れ。ここからでも見れるけど、うーん、諦めたほうがいいかもなぁ」

 

「あ、兄貴が助けてくれたんスか?」

 

「助けたって程じゃないけどな。ほら、掴まれ、魏の」

 

「あ、どうもッス」

 

いてて、と尻餅をついていた魏の兵士を引っ張り起こす。

他の兵士たちもぞろぞろとやってきたようだ。

 

「・・・ふむ、仕方ない。こうなったら予定変更だ」

 

「舞台は諦めるんですか?」

 

「ああ。・・・その代わり、きちんとしすたぁずは見ていこう」

 

「? 舞台を見るのは諦めるのに、どうやってしすたぁずを見ていくんだ?」

 

「ま、黙ってついてくれば分かるさ」

 

自動人形の頭を叩くように撫でて感謝を伝え、疑問符を浮かべたままの兵士達を連れてあるところへと歩き出す。

・・・まぁ、この状態で行くところは一つ。舞台そばにある待機所だ。

関係者以外立ち入り禁止の札のところに立つ、先ほどのとは別の自動人形に手を挙げて挨拶する。

それだけで彼女は察したのか、すす、と道をあける様に横にずれた。

 

「後ろの兵士達も通してくれ」

 

こっちこっち、と自動人形の隣で立ち止まって兵士達を手招き、待機所へ。

俺達が待機所へと入るときには、すでに先ほどの彼女は元の場所へと移動していた。

流石だな、完璧な侍従・・・。

 

「よう、調子はどうだ、三人とも」

 

「こっ、ここここっ、ここはっ!?」

 

「まっ、まさかっ!」

 

後ろの兵士達が騒がしいが、取り合えず誰か来たのには気づいたらしい三人がこちらを振り向く。

すでにステージ衣装に着替えたしすたぁずだ。すでにストレッチでもしたのか、ある程度頬が上気している。

 

「あっ、ギルだー! ・・・と、誰?」

 

「ギルと一緒に来たってことは普通の兵士じゃないんでしょうけど・・・」

 

「・・・何度か、北郷さんとギルと彼らで騒いでいるのを見たわね」

 

じろり、と三人からの視線を受け、兵士達はなにやら呻きながら一歩下がる。

・・・アイドルに眼力で負けるなよ、兵士・・・。

 

「その通り、俺と一刀の共通の友達みたいなものだ。もう会場も一杯でな。何も見れずに帰るって言うのもつまらないだろ」

 

「だからここに連れてきたって事? ・・・まぁ、あんまりおもてなしも出来ないけど、らいぶの邪魔しないならいてもいいわよ」

 

「全くもう、ギルってば身内に甘いんだから。・・・ちぃ達をこんな近くで見れるなんて、あんた達、運がいいわね!」

 

「お、おおおおおおおおっ・・・!」

 

ずしゃあ、と蜀の兵士が膝をついた。え、何、どうしたの?

手が祈るように組まれているから、どうみても神を目の前にした信者だ。

・・・あ、そっか。蜀のは・・・趣味が『そういうの』だもんな。ちぃはストライクか。

 

「ぎ、ぎぎぎぎぎ・・・ギルの兄貴!」

 

「お、おう?」

 

「正直、お嬢さまと結ばれたと聞いたときは本気で殺意が沸いたりしたが・・・今だけは、神と呼ばせて欲しい・・・!」

 

「勝手にしろ・・・あ、いや、やっぱり神呼びはやめろ。王と呼べ」

 

「えっ、AUO!」

 

「・・・なんだかイントネーションが妙なような気もするが・・・まぁいっか」

 

どうも神性がカンストしてから『神』という単語に過敏に反応している気がする。

続々と礼拝のポーズを取り始める兵士を見てしすたぁずと一緒に若干引きつつ、それなりに大きいテーブルについて人和の入れてくれたお茶を飲む。

しすたぁずはファンとの交流会くらいに考えているのだろうが、兵士達のほうは湯飲みを持つ手ががたがた震えているほどに緊張している。

多分彼らの軍のトップそれぞれにあったときでもこんな緊張しないだろう。凄まじいな、しすたぁず。流石はアイドル。

 

「そういえば前にギルから聞いたんだけど~。龍を倒しに言ったって本当~?」

 

おっとりとした声の質問に、呉のが誰よりも早く反応する。

 

「は、はひっ!」

 

「あはは~。やっぱりそうなんだ~。龍の皮で作った・・・えっと、『みずぎ』? ってやつ? あれ、いいよねぇ」

 

「そう言ってくれれば、討伐した甲斐もあるよ。なぁ、皆?」

 

俺の問いかけに、コクコクと高速で首肯する兵士達。・・・お前ら。

 

「姉さん、アレで踊るー、って聞かなかったんだから。そんなことしたら・・・その、出るじゃない」

 

「・・・地和にはその心配は無いだろ?」

 

「あんたねぇッ、言って良い事と悪いことってあるのよッ!」

 

あ、やべ、つい口を滑らせてしまった。

語尾が若干鋭い気もするから、かなりの激おこだ。

もしかしたらぷんぷん丸かもしれないな。

 

「ごめんごめん。地和は天和に無い可愛さがあるからさ。ついついちょっかい出しちゃうんだよ」

 

「・・・そういうことなら、まぁ、さっきのは聞き流してあげてもいいわ。・・・でも、その代わり今日の夜・・・は無理か。出来るだけ早く! 二人っきり・・・よ?」

 

「ああもう可愛いなぁ!」

 

がしがし、と強めに地和の頭を撫でる。

 

「ちょ、ちょっと! や、やめなさいよぉっ」

 

「あーっ! 地和ちゃんだけずるいんだー! ね、ギルー、お姉ちゃんもー!」

 

こちらに押し付けるように頭を寄せてくる天和。しかたないな、と地和と同じように撫でてやる。

その更に奥。天和の隣では、人和がおでこに手を当てつつはぁ、とため息をついている。

 

「・・・貴方達、よくあんなのと友達やってられるわね」

 

「へぇっ!? あ、いえいえいえ、と、友達なんて恐れ多いッ! 兄貴は俺達の兄貴ッス!」

 

「・・・ふぅん。なんだかんだで慕われてるのね、ギルも。・・・そういえば貴方達?」

 

「はひっ!? な、なんでしょうかっ!」

 

「・・・あの二人の世話で一杯一杯になってる隙に・・・その、ギルとどんな話してるか、聞かせてくれる?」

 

「も、もちろん! なあ兄者!」

 

「あ、ああ! そうともさ、弟者!」

 

なにやら人和も兵士達と仲良くしてくれているようだ。うんうん、よきかなよきかな。

 

「・・・おっと、もうこんな時間か。三人とも、出番だぞ」

 

宝具の時計を見ると、ステージ開始十分前だった。

なんだかんだで全員で仲良く話していたから、時間もすぐすぎたように感じるな。

パンパン、と手を叩いてしすたぁずに準備するように促す。

 

「えー。もうー?」

 

「・・・よっし。ギル分は補給できたし、いつもの倍はいけるわよっ!」

 

「・・・私も。・・・いい話が聞けたわ」

 

ぞく、と何故か背中を冷たいものが走った。・・・?

と、兎に角、だ。何故かやる気満々の地和人和が天和を両脇からがっちりホールドして、待機所の通用口から出て行く。

あそこから出ればステージの舞台袖まで誰にも見られず移動できるので、基本的にステージとの行き来はあの通用口を使っている。

じゃねー、と手を振る天和に手を振り返し、頑張れよ、と声を掛ける。

・・・さて。

 

「それじゃ、外に出て一曲聴いていくか」

 

「了解ですっ!」

 

異常なテンションになっている兵士達にいやな予感を抱えつつ、待機所から外へ。

自動人形がすす、と再び避け、そこを通る。

 

「お、俺、あっちにいくッス!」

 

「あ、魏の! 私も行きます!」

 

「俺もだぁっ!」

 

「弟者!」

 

「兄者!」

 

「あ、おい・・・って、行っちまった」

 

止める間も無く、あの人波の中に突っ込んでいく兵士達。

 

「うおー! 最前列まで頑張るッスー!」

 

「・・・やっぱり、アイドルと直接話すとテンション上がるんだなー・・・」

 

まぁ、他人に迷惑さえかけなきゃ良いか。

むしろ適度に怪我して頭を冷やしてくれたらいいと思う。切実に。

 

「・・・っていうか、置いてかれたな」

 

「・・・」

 

ぽん、と肩に手を乗せられ、自動人形が首を振る。

・・・なんだ、その『ま、元気出せよ』みたいなジェスチャー。

 

「一緒に見るか」

 

「・・・」

 

ぐ、とサムズアップ。

とたとたと待機所に入って行き、すぐに椅子を一脚持って出てきた。

そして、俺のそばに置いて、『どうぞ』と手で促してくる。

 

「ああ、すまんな、わざわざ」

 

俺が座ると、すす、と後ろに彼女が付く。

・・・なんだか居心地悪いな。

 

「・・・自分の分も持ってきて、隣座りなさい。・・・命令な」

 

「・・・っ」

 

頷き、彼女は再び待機所へと入っていく。

次は少し時間が掛かっているようだ。

 

「・・・」

 

彼女が姿を見せたとき、片手には卓と椅子、もう片方にはお茶のセットがあった。

どうやら、寛げるようにと気を利かせてくれたらしい。

・・・しっかし、片手でどうみても自分と同じかそれ以上の重さの卓と椅子持ってるの見ると、流石としか言いようが無いな。

 

「・・・」

 

卓を置き、椅子を下ろし、お茶のセットを卓に置く。

流れるような所作でお茶を煎れて、こちらに差し出す。

 

「ん、サンキュ」

 

座りなよ、と視線で指示を出すと、彼女は背筋を伸ばしたまま椅子に着席する。

視線はそのままじっと真っ直ぐ前を見据えているが、意識は常にこちらに向いている。

会場の様子は言葉の通り『目に映ってる』だけで、彼女の中では特に意識もしてないのだろう。

俺が身じろぎするたびに気配が動くので、何かあればすぐに動いてくれるだろう。

 

「お、始まった」

 

派手な登場から始まったステージは、あっという間にファンのボルテージをマックスにした。

手にはサイリウムっぽいものを握り、法被らしきものを着て『ほああああ!』と叫ぶ様は、何時も通りのライブだ。

負けじとマイクを持って歌って踊るしすたぁずも、同じようにテンションをあげていく。

これから日が変わるまで彼女達は踊り続けることになるだろうが・・・あれを見れば、全く問題は無いな。

 

「ん、一曲目は終わりか」

 

彼女達を預かる社長としては全てを見て行きたいが、この祭りを企画した委員長としては他のところも見て回らねばならないだろう。

それに、日が変わる前に済まさねばならない用事もあるしな。

 

「よっと。・・・悪いけど、次のところに行くよ。片付けと、見張り。続けてお願いしていいかな」

 

「・・・」

 

未だに無言だが、『任せて』という意思を受け取ったので、礼を言って立ち去る。

さて、次は屋台通りの確認していないところも見てこないとな。・・・一番問題ありそうな、『飲み屋』もその辺りにあることだし。

 

・・・

 

「やっぱり・・・」

 

屋台通りの奥。城があって、そこから城門まで一直線に通りがあり、その城門側は飲み屋が纏まって開かれていた。

ちなみに城の近くからはしすたぁずのライブ会場へと行ける。その大体反対側が後宮である。

 

「む? おぉ、ギルではないか! こちらへ来い! 酌をしてやろう!」

 

「あらー? ホントだー! ほらほら、こっち来なさいよギル」

 

いの一番に俺に気付いたのは、祭と雪蓮だ。その後に、星や桔梗、紫苑がこちらを向く。

・・・あれ、こういうときに一番騒ぎそうな霞がいない。・・・って、そうか。元董卓軍として今は月のところにいるんだっけか。

その後は色々と回るって言ってたけど、まだいないところを見るに華雄か恋の世話に忙しいようだ。・・・南無。

 

「出来上がってるなぁ」

 

「良く来ましたな、ギル殿。ささ、駆けつけ一杯」

 

「貰うよ」

 

星から差し出された酒をぐいっと呷る。

む、中々いいものだな。華琳の焼酎作りも進んできたかな。

 

「良い飲みっぷりじゃのぅ。ほれ、こちらへ座れ」

 

「私のお膝の上でもいいのよ、ギルさん?」

 

手招きをする桔梗と、自分の膝の上をぽんぽんと叩く紫苑。

桔梗はともかく、紫苑は少し酔って来てるな? ・・・どれだけ飲んだんだ。紫苑が酔うなんて相当だぞ。

 

「あーっ、それはずるいわよ、紫苑! ギル、こっちおいで? 一緒に温まりましょ?」

 

「うむ、母性という意味ではワシも負けておらんぞ」

 

「何だよそれ」

 

酔っ払いはホント、手に負えないな。この人数となると更に。

・・・ここでやらかすわけにも行かないし、鋼の意思と理性で何とか逃げ出すしかないか。

 

「普通に座るよ。・・・ごめんな紫苑、隣失礼するよ」

 

酔ってるとはいえこの中では一番の良識人。しかも以前は酔った振りをしてまで助けてくれた彼女なら、被害も少ないだろう。

今ももしかしたら、酔った振りをしているだけかもしれないし、という一縷の望みもある。

 

「ふふ、私はいつでも大歓迎ですよ」

 

そう言って、胸を押し付けるようにしな垂れかかってくる紫苑。・・・おおう。

 

「おや、ギル殿? なにやら鼻の下が伸びておるようだが・・・私では不満かな?」

 

反対側にいた星も紫苑に対抗するようにこちらに胸を押し付けてくる。

 

「大きさでは流石に敵いませぬが、私のものも中々だと自負しております」

 

「全く、ワシの分も残しておいてくれんと困るな」

 

ぎゅむ、と後頭部になにやら柔らかいものが。

・・・振り向かなくても分かる。桔梗が俺の後ろからあすなろ抱きしてるのだ。

ぐいっと引っ張られ、腕に絡み付いてくる二人ごと桔梗に背中を預けるような形になった。

 

「ちょっとちょっと! 蜀だけでギルを独占するのはどうかと思うわ!」

 

「ワシらも混ぜんかっ」

 

不機嫌そうな顔をした雪蓮と祭が真正面から身を乗り出してくる。

前にもこんな状況になった気がする。・・・その時助けてくれた紫苑は後ろじゃなくて横行っちゃったけど。つまり本気で酔っている可能性が高い。

あれ、副長も居ないし・・・詰んだ? ・・・いやいやいや、日が変わる前には行かなきゃいけないところもあるし、最悪ステータス全開にして何人か引きずっていくことにしよう。

 

「ほらー、進んでないわよー」

 

「分かってるって。大丈夫大丈夫」

 

俺へ酒を注いでくれる雪蓮を、撫でて宥める。

ふにゃっとした顔をするので、そのまま頭から頬へと手を滑らせる。

・・・やっぱり蓮華の姉だなぁ。こういうところも似てるのか。

すりすりと手に頬を擦り付けてくる雪蓮を見ながら、そんなことを思う。

 

「ずるいぞー・・・ワシ、も・・・ぐぅ」

 

「・・・あれ、祭? ・・・もしかして、寝た・・・?」

 

もう片方が静かだな、と思ったら、どうやら祭は寝てしまったらしい。

・・・もう結構な年なのに無理するから。・・・よっと。

取り合えずブランケットを取り出して掛けておく。幾ら居酒屋の中が暖かいからと行って、この季節に何もかけずに寝たら風邪をひくだろう。

 

「祭さん、寝ちゃったのね。・・・ふぁ・・・。あ、あら、つい・・・」

 

俺の腹に突っ伏すように寝てしまった祭の髪を手櫛で梳きながら、紫苑が欠伸を噛み殺す。

その後恥ずかしそうに口元を手で隠すが・・・うむ、これがギャップ萌え!

 

「今日のために、皆色々と無茶をしましたからな。睡魔に襲われるのも無理はありますまい」

 

まだまだ元気な星は、薄く笑いながら杯を傾ける。

右手側にいる祭と・・・あ、紫苑も落ちた。右手側の二人は全滅したようだ。

左手側にいる星と雪蓮はまだまだ元気だ。特に雪蓮。俺に空になった酒瓶押し付けるのはやめなさい。

 

「・・・実を言うとですな」

 

「ん?」

 

気まずそうに杯をくるくると回しながら、星がこちらを見上げる。・・・なんだろう。嫌な予感がする。

もう片方の手には、なにやら小さいビンのようなものを持ち、こちらに見せ付けるようにゆらゆらと揺らす。・・・あれ、あの入れ物は何処かで見た気がするな。

何処で見たっけ? と思考の中にもぐりかけた瞬間、星が一瞬で酔いも冷めるような爆弾発言をしてきた。

 

「一服盛りました。華佗のところで扱っている、眠気を誘う薬なのですが・・・効果はてき面ですな」

 

「え? ちょ、マジで!? 何やってんの!?」

 

俺の突っ込みと同時に、背もたれになっていた桔梗ががくんと倒れる。

その衝撃で祭と紫苑は俺から離れ、雪蓮もがくんと頭を落とす。・・・後ろは見てないが、桔梗も寝たのだろう。

 

「ふふ。・・・ギル殿も悪いのですぞ。いつもいつもこの面子の中では私が一番蔑ろにされておりますからな」

 

「いや、まぁ、悪いとは思うけど・・・」

 

星を蔑ろにしているんじゃなくて、他の押しが強すぎるだけなのだ。

桔梗を下敷きにしつつ、星が俺の上にのしかかってくる。・・・桔梗、ごめんな。ちょっとしばらく我慢してくれ・・・。

 

「一時間は起きぬとお墨付きを貰っておりまする。その程度であれば、ギル殿も時間は取れましょう?」

 

「・・・あー、これ、頷かないとずっと続くんだよな?」

 

「それは、どうでしょうな」

 

「分かったわかった。・・・店、貸切にしてくる」

 

「いえ、そんなことなどせずとも。・・・あちらに厠がございます」

 

「・・・変態め」

 

「ギル殿には言われたくありませぬな」

 

人数分の毛布と一人の自動人形を一応置いて、星に手を引かれるままに店の厠へと向かう。・・・これなんてエロゲ。

 

・・・

 

「うぅ、星め・・・時間が無いからって急かしやがって・・・」

 

ああいうのは時間があるときにじっくりやるものであって、あんなファストフード店で飯食うような感覚で手早く済ませるものじゃないだろ。

・・・でもまぁ、着衣のままというのは中々新鮮な経験だった。星の服は丈が短いから、捲るだけで良いしな。

星もめでたく眠った飲兵衛達の仲間入りを果たしたので、自動人形に任せて店を足早に出た。

間に合うかな。最悪霊体化・・・出来ないんだった。受肉してるんだよな、俺。

 

「ライブも佳境か。盛り上がってるみたいだな」

 

目的地に近づくに連れて、ライブ会場も同じように近づいてくる。

歓声も歌声も、屋台通りまで聞こえてきている。そろそろ年越しだし、今年最後の一曲なんじゃないかな。

 

「おっとと。俺も行くとこ行かないと」

 

早歩きでは間に合わないな、とある程度の速度で走り出す。

筋力ばっかりではなく、きちんと敏捷も上がってるのだ。アサシンやランサーには敵わないところもあるが、それでも他のサーヴァントには負けない自信がある。

 

「よう。入るぞ」

 

入り口にいる自動人形に手を挙げてそう伝えると、頭を下げて道をあける。

それなりの大きさの扉を開き、目的の部屋まで一直線。

 

「・・・こんばんわ。月」

 

「あ、ギルさんっ。こんばんわっ」

 

暖炉の近くで本を読んでいた月が、こちらへと歩み寄ってくる。

もうお腹も大分目立つようになってきている。・・・うんうん、母子共に健康そうで何よりだ。

 

「調子はどうだ、月」

 

「華佗さんも定期的に来てくれますし、産婆さんにも色んな事を教えてもらっています。それに、自動人形さんにもお世話されていますから、調子はバッチリです!」

 

「そっか。それなら良いんだ」

 

「へぅ・・・でも、その・・・あまりにも至れり尽くせりで、ちょっと太っちゃいそうです」

 

「・・・もうちょっと肉付きよくてもいい気はするけどな。まぁ、その辺の感覚は男女で違うか」

 

「ギルさんがそう言ってくださるのは嬉しいですけど・・・油断すると、一気にきますから・・・」

 

ふにふに、と自分の二の腕を摘んだりしている月に、思わず笑みがこぼれる。

この俺の眼で見ても、月の体形や体調に悪い変化があるようには見えない。まぁ子供の分重くはなっているだろうが、それを差し引いても健康体だ。

 

「それじゃあ、月。運動がてら、外に行かないか?」

 

「・・・! はいっ、是非!」

 

月は嬉しそうに笑うと、ちょっと待っていてください、と寝室に引っ込んだ。

少しして出てくると、薄く紅をつけたりと化粧をして、余所行きの服に着替えをしていた。

・・・さっきまですっぴんだったんだろうが、やっぱり化粧をしなくても綺麗だよな、月って。

 

「えへへ・・・最近ちょっとお化粧してなかったんですけど・・・ど、どうでしょう? 変じゃない・・・ですか?」

 

「ああ、綺麗だよ。心配しなくていい」

 

「へぅ・・・ぎ、ギルさんに褒められると、その・・・とっても嬉しいです」

 

頬に手を当て、いやいや、と首を振る月。その表情は緩みきっていて、言葉通り嬉しさがにじみ出ていた。

そんな月にカーディガンを羽織らせ、マフラーを巻く。ちょっと暑いかも知れないが、身体を冷やすよりはいいだろう。

 

「さ、行こうか」

 

「はいっ!」

 

手を繋いで、部屋を出る。

目的地は、現在絶賛ライブ中のあの舞台だ。

 

・・・

 

「ありがとー!」

 

「最後までちぃたちについてくるなんて、流石はちぃたちのふぁんね!」

 

「私達の舞台はこれで終わりだけど、この後年越しの秒読みなんかもあるから、最後まで残ってね」

 

舞台袖にたどり着くと、丁度しすたぁずのライブは終わったようだ。

こちらに下がってきた天和たちが、俺と月を見つけて駆け寄ってくる。

 

「あーっ、月ちゃんだー! 元気ー? お腹、どう?」

 

「ちょっとギル。こんな寒いところに妊婦連れてきて大丈夫なの? ・・・月、寒くない? なんだったら毛布か何か貸すわよ?」

 

「・・・でも、温かそうね。いろんな意味で。心配はなさそうよ?」

 

「へぅ。お久しぶりです、しすたぁずの皆さん。・・・あ、お腹の子も、私も、元気一杯ですよっ」

 

あっという間に月が取り囲まれてしまった。

お腹を擦ってみたり、差し入れの温かいお茶を差し出してくれたり(ちなみに先ほど俺も勧めていたので、これで五杯目くらいだ。若干月が苦笑い気味になったのは、見間違いじゃないだろう)、色々と世話を焼いてくれた。

 

「そういえばー、何で月ちゃんがここにー?」

 

「あ、そういえばそうね。後宮で療養に入ったんじゃないの?」

 

「ん? いやほら、しばらく月も外出てなかったし、気分転換にどうかなって。それに、一年が終わるっていうのに一人で部屋の中にいるのも寂しいだろ」

 

「・・・それもそうね。それで? 一緒に月さんも壇上に上がるの?」

 

「ああ。結構皆にも月の様子はどうかって聞かれるし、後宮建設に協力してくれた人たちにも一目元気な姿は見せておくべきだと思ってな」

 

「へぅ・・・皆さんの前に出るのは、ちょっと緊張します・・・」

 

不安そうに俺の手を握ってくる月。その手をちょっと強く握り返して、安心するようにこちらを見上げる月に視線で伝える。

まぁ、俺も一緒に出るし、月は隣で手でも振ってくれれば良い。

 

「将の皆もそろそろ集まってくると思うんだけど・・・」

 

年越しのカウントダウンはステージ上に武将達が集まって全員一緒にしよう、ということになっている。

・・・真面目な朱里や雛里、冥琳の文官たちはすでに集合しているから不安は無いが、春蘭や雪蓮なんかは少し不安だ。

特に薬を盛られた飲兵衛たち。・・・自動人形からはすでに起こしたと連絡が来ているが、果たしてたどり着けるかどうか。

取り合えず、俺と月はそろそろ壇上に登るべきだろう。桃香たちがこれからの流れをステージ上で説明しているし、そろそろ俺達の紹介をしてくれるだろう。

 

「それではっ! 皆さんもお待ちかねでしょう! おにいさ・・・えっと、ギル委員長と、月ちゃん! お願いしまーす!」

 

「おっと。呼ばれたな。行こうか、月」

 

「はいっ」

 

手を繋いで舞台袖からステージに出る。

瞬間、凄まじい歓声。先ほどのライブにも、勝るとも劣らない。

 

「わーっ。月ちゃん、久しぶりだねーっ。お腹もおっきくなっちゃって・・・うぅ・・・つ、次は私の番! 頑張るからね、お兄さん!」

 

「・・・公私混同するなよ、総合司会だろ、桃香・・・」

 

そうだったっ、と焦る桃香からマイクを受け取り、集まった民衆に語りかける。

 

「開会の挨拶以来かな。しすたぁずの舞台は楽しんだかな?」

 

おー! という大歓声。それはよかった。

 

「うんうん。そう言ってくれると、企画した甲斐があるというものだ。・・・さて、皆も気になってるだろうけど、隣に月が来てる。分からない人間は、侍女長って言った方が分かりやすいかな」

 

興味深そうな視線が、俺と月に注がれる。

月のことを知っている人間は期待に満ちた目を。話は聞いていたが、姿は初めて見た、という人間はあれが、という興味深そうな目をしていた。

そこで一歩横にずれ、月にマイクを渡す。

マイクを受け取った月は、一歩前に出て緊張した面持ちで口を開く。

 

「えぇと、こんばんわ。お城で侍女長をしています、月と申します。・・・その、皆様には後宮建設などでお世話になりました。お手紙もいただいて、『元気な姿を見せて欲しい』とのことでしたので、こうしてお邪魔させてもらっています」

 

少し強張っているみたいだが、言葉自体ははきはきとしている。

 

「お腹の子も順調に大きくなってきて、大体春には皆様に赤ちゃんの姿を見せられるかな、と思っています。・・・ええと、後三十分くらいで今年も終わりますけれど、来年も実りある素晴らしい年であるように、祈っております」

 

話の締めにぺこり、と頭を下げ、マイクを俺に返してくれる月。

 

「・・・良かったよ。流石は俺のマスター」

 

「・・・へぅ。緊張しました・・・」

 

短い言葉を交わして、マイクを受け取った俺は民衆に向き合う。

そろそろ武将達も集まった頃だ。皆にも壇上に上がってもらうとしよう。

 

「それでは、将たちも集まってくれたようだ。・・・皆、上がってきてくれ!」

 

俺の言葉を皮切りに、鈴々や季衣と言った元気っこ達が我先にとステージに現れる。

ぞろぞろと全員が出揃う。・・・お、卑弥呼に壱与、響たちもいる。

こちらに手を振ってきたり、ウィンクしたり。色んな反応をしてくれる。

 

「たーいーちょっ。えへへー、ベスポジげっとー」

 

「あ、副長さん。お久しぶりです」

 

「あ、月さん。お久しぶりですー。お腹、おっきくなりましたねぇ」

 

後ろから抱き着いてきた副長が、顔だけ月に向けてそう言った。

 

「・・・やっぱ、良いなー」

 

俺の背中に顔を埋めて何か言っているらしいが、流石にこの喧騒の中では聞こえない。

全く。人の背中に顔埋めてもごもごするのはやめなさい。くすぐったいから。

 

「さて、それじゃあ取り合えず魏呉蜀のそれぞれの国主から挨拶貰おうか。桃香、パス」

 

「ひゃっ、ちょ、投げな、わわっ、っとと・・・えへへー! 取ったよー!」

 

「・・・わー、えらいえらーい」

 

マイクを手にぴょんこぴょんこ跳ねる桃香の胸に視線を固定しつつ、一切感情の篭らない声で抑揚無く褒める。

華琳に肘打ちをされてようやく我に返った桃香が観客に向き直る。

 

「えへへ、ごめんね、皆。きちんと挨拶するよっ。あの、あのね、こうして皆で新しい一年を迎えられること、とっても嬉しく思います! ・・・まだまだ一杯言いたいことあるけど、それだと皆にまわらなくなっちゃうから、これくらいで!」

 

はい、華琳さん、と隣にマイクを渡す桃香。うんうん、きっちりと纏まった、良い挨拶だ。

 

「あの大戦が終わって、三国がそれぞれ協力して、こうして大きな行事を開けるまでになった。素直に素晴らしいと思うわ。これからも、様々な困難があるでしょうけど・・・皆ならば乗り越えられる。そう確信してるわ」

 

華琳がニッコリ笑ってトリよ、と蓮華にマイクを渡す。

一瞬あたふたとしたようだが、すぐに取り直したようだ。しっかりとマイクを両手で握り、前を向いて口を開いた。

 

「ええと・・・大体言いたいことは前の二人に言われちゃったし、私自身も話は得意じゃないから短く済ませるわね。この一年、良い年でした。次の一年も、良い年であるように祈ってるわ」

 

はい、と蓮華からマイクが返ってくる。

 

「というわけで、三国代表からの挨拶でした。・・・はい拍手」

 

ワッ、と一瞬で観客が沸く。拍手だけじゃない。歓声もすさまじい。

後ろの副長なんてひゃー、と気の抜けた声を上げながら耳を塞いでいる始末だし。

逆に鈴々たち元気な子達はこういうのにも慣れているのか、一緒にテンションが上がっているようだ。・・・観客席に飛び込まないよう、見張っておかないとな。

 

「・・・っと、そんなこんなで後十分か。じゃあ、スクリーンに時計表示だ」

 

裏方を担当してくれている甲賀に合図を送る。

ぱっとカウントダウン用の時計が出現する。

幾らデジタル方式の時計といえど、この時代の人間の過半は分からないだろうが、まぁ数字が減っていっているというのはわかるだろう。

声に出してカウントダウンするのなんて最後の十秒くらいだ。それが分かれば良いだろう。

それまでは他の武将達にも質問を投げたりして、最後の十秒に。

 

「よーし、後十秒! 九、八、七・・・」

 

「さーん! にー! いーち!」

 

新年、明けましておめでとうございます、と全員が頭を下げた。

みんなの声が、一つになった瞬間だった。

 

・・・




「・・・確か、あの人今日寝ないんですよね。つまんないの。・・・いいもんいいもん。こっちはこっちでお仕事するから。・・・次の人、どうぞー」「・・・お、お邪魔します」「早速だけど、座ってねー。お名前からどうぞ」「あ、はい。えっと、ジャンヌ・ダルクと申します」「そっか。『秩序・善』・・・うん、スキルも申し分なさそう」「あの、ご相談があると聞いているのですが・・・えっと」「あ、神様って呼んでくれていいよ」「・・・そ、そうですか」「うん。それで、呼んだ理由だけど・・・ある人のサーヴァントになってくれない?」「召喚されるってことですか? 聖杯戦争で?」「・・・多分、それ関係無しに呼ばれるかもねー」「え? え? ・・・聖杯戦争関係なく私を呼ぶような人がいるんですか?」「うん。この水晶に映ってる人なんだけど」「・・・何処かで見たような・・・」「・・・多分、生きてるうちに君に会いに来ると思うよ」「え? え? ば、化け物か何かなんですか?」「・・・否定できないのが辛いねぇ」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第六十五話 新年一発目に

「新年って言うと、やっぱかくし芸とか?」「あぁ、俺はアレができるぞ。『タバコ五本吸って口の中にしまいつつ酒飲む』って奴」「俺は『耳の穴に耳を全部しまえる』な」「スゴ・・・俺の『インクを飛ばしてサインを書く』なんて比べ物にならないな・・・」「・・・そこはかとなく俺達のかくし芸に共通性を感じるのはなんでなんだろうか」


それでは、どうぞ。


新年になったらなったで、体力回復したしすたぁずの新年ライブがある。・・・あ、俺がやってくれと言ったわけじゃないぞ。

年末最終ライブ→新年初ライブのコンボをやりたかったらしい。ちなみに曲調がいつもと違う。『新年版』らしい。

その後日が昇るまで一応深夜帯扱いで希望者のみのステージがある。ええと、確か演目は・・・『多喜と銀のトークショー』とか、『ライダーとランサーのサバイバル教室』みたいなのがあったと思う。

壇上に観客も上る参加型ステージだ。

・・・正直言うと、こっちのほうがしがらみ無く楽しめそうという意味では好きだ。深夜番組のノリだな。ちなみにこの時間以降、未成年は参加禁止なので、もちろん下ネタもオッケーだ。

この辺りで大体の将は一旦城に戻って休憩に入る。まぁ、一旦寝てまた朝ごろにおはようすることになるな。

多喜やら銀やらは昼間がっつり寝ているので、深夜から早朝までの間、頑張ってもらうことになる。

 

「・・・つーか、やっぱ男ばっか残んのな」

 

「そりゃそうだろ。大体の女の人は今日これからのために寝ておかないとだしな。ま、ここにいるのは俺達と同じく暇人ばっかりなんだろ? お互い楽しんでいこーぜー」

 

ステージの上で、いつものように駄弁り始める二人。・・・あれ、いつもの二人を見ているのと変わらない気が・・・。

そういえば、特別ゲストで一刀出るんだよな。あの兵士達と一緒に。・・・カオスになる未来しか見えない。

 

「新年って感じしないな、これ」

 

どう考えてもクリスマスの夜にお互い予定の無い男友達が駄弁ったり愚痴ったりしているレベルである。

だがこの妙な空気感が好きだという人たちも一定数いるのだろう。実際に今、先ほどよりはかなり減ったとはいえ、深夜にしては大量の人がこのステージを見に来ている。

今ぴんときたんだけど、この空気、ラジオの公開収録みたいだ。・・・しすたぁずのライブの合間とかに入れると人気でそうだな。

 

「・・・」

 

「ん? ・・・あ、ああ。そうだな。今は仕事のことは無しだ」

 

「・・・」

 

俺の思考を垣間見たのか、それとも考え込んでいる俺がどう見ても怪しかったのか。

自動人形から脇腹を結構強めにど突かれてはっとする。

・・・あれ。俺普通に暴力受けてるんだけど。どうなってるの?

 

「・・・まぁ、いいか」

 

取り合えず、この場は彼らに任せていいだろう。一刀もある程度はこの後の流れが分かっている人間だし。

ここでずっと見ていたいのは山々なのだが、このあとの準備だとかもあるので、この後副長と合流して準備を始める予定だ。

月も詠たち元董卓軍の皆に送ってもらって後宮に戻ってもらったし、そのまま休んでくれるだろう。日が昇ればまた挨拶にいかないとな。

 

「たーいちょー」

 

「お、きたか」

 

「あけおめーっす」

 

「・・・あけまして、おめでとう、ございます・・・な?」

 

「あ、あけましておめでとうございますわるふざけがすぎましたはんせいしておりますのでなにとぞせっかんはかんべんしてくだしい!」

 

最後噛むほど怖がること無いのに。

でばー、と土下座に似た体勢を取る副長にまぁいい、と頷く。

 

「よろしい。・・・早速舞台裏に行くぞ。カラクリをちょろっと調整してから、町に出て札立てる」

 

「了解ですっ」

 

「札の用意は七乃に任せちゃったけど、報告は受けてるか?」

 

「はいっ。いつもの倉庫にまとめて置いてあるそうです!」

 

「そうか。・・・ん、これだな」

 

宝物庫の範囲を広げ、いつもの倉庫・・・俺の遊撃隊が借りている倉庫から、札だけを宝物庫に入れる。

うん、本当に便利だな。

 

「よし、回収完了」

 

「・・・ちょー便利。じゃあ、からくりの方は私やっちゃいますね」

 

「おう、頼んだ」

 

ごそごそと舞台の下に四つんばいで這っていく副長。

・・・む、もうちょっとなんだが・・・見えないか。

 

「副長?」

 

「はい? なんでしょ?」

 

「もうちょっと・・・こう・・・な?」

 

「え? え? 何? 私は何を求められてるの・・・? た、隊長? 出来れば、何をして欲しいのか言ってくださると私も理解できるかなぁ、と・・・」

 

「もうちょっとでパンチラしそうだから、尻上げろ」

 

「言われても理解できなかった・・・! え、ちょ、お尻見えてます!?」

 

「見えてないから言ってるんだろ」

 

くそ、ちゃんと言えというから言ったのに、こいつ尻を上げないぞ。

もぞもぞと副長は尻に手を回し、スカートを直そうとしている。

もっと舞台の奥に入れば見えなくなるのだが、あたふたしている副長の頭にはそんな冷静なことは考えられる余裕が無いらしい。

あまりの慌てようにがんごん頭をぶつけている音が聞こえるのだが、大丈夫だろうか?

 

「はっ、お、奥に入ればいいのかっ」

 

ずりずり、と舞台の奥に引っ込んで行ってしまった尻・・・じゃなくて、副長。

からかうのはこれくらいにしておこう。これ以上追い詰めると、機嫌を悪くしてしまうだろう。拗ねた副長の面倒くささは宝具で言えば対城宝具なみだ。ちなみに、胸が貧相な副長だが、美尻である。形もいいしすべすべだ。

 

「どうだー? 装置が壊れてたりしないかー?」

 

気を取り直して、装置の奥に入っていった副長にある程度大きめに声を掛けてみると、少しして副長のハスキーな声が返ってくる。

 

「だーいじょーぶでーす! 調整入っちゃいますねー!」

 

「頼んだー」

 

こちらはこちらで地和の妖術と甲賀の魔術の組み合わせによるプロジェクターの調整をしておくとしよう。

ちなみに記録した映像を見ることも出来て、今これには『季刊 副長を知る』の秋号が収録されている。・・・そう、調整のため仕方なく見てしまうのだ。着替えシーンとか入浴シーンとか。

 

「あー、仕方ないなー。調整だもんなー。俺二時間しか寝てないからなー。ミスっても仕方ないよなー。あーてがすべったー」

 

ぶぅん、と低い音を立てて起動するプロジェクター。

舞台裏のここに来る人間なんて俺らくらいのものだし、他の人に見られる心配は無いだろう。

映し出す壁についても申し分ない。舞台の裏の壁そのものが使えるしな。

 

「・・・へーちょ! ぐずっ。・・・たいちょー? なんか噂してます? 私関連で」

 

「ヒント1、上映中。ヒント2、秋。ヒント3、副長は風呂に入ると左足から洗い始める」

 

「? ・・・っ! ちょっ、何でその映像がある、あいたっ、狭いっ、ここ狭いです!」

 

「舞台は壊すなよー」

 

「先に私の心が壊れそうなんですけど! ・・・あっ、か、厠のところは見ちゃダメッ!」

 

舞台の下で作業していた副長がこちらに向かおうとするが、なにぶんそこは狭い。

こちらにたどり着くまでに、先に映像の副長が風呂から上がるだろう。

ちなみにこの撮影は壱与に頼みました。

 

「ふむ、まぁ異常は無いな」

 

プロジェクターに回していた魔力をカットする。

再び低い音を立てて、プロジェクターはただの水晶に戻る。

・・・音が出ないのが難点だよなー。別にスピーカーを用意する必要があるか。

 

「や、やっと出れた・・・! た、隊長! 今すぐ再生を止め・・・止まってる!?」

 

「作業は終わったのか?」

 

「・・・あと仕上げだけですけど」

 

「ほら最後の一頑張りー。十分以上たつと俺が再び手を滑らせる可能性がある」

 

「行ってきます!」

 

反論もせず・・・いや、反論するだけ無駄だと判断したのか、副長はそそくさと舞台下に再びもぐり始めた。

かこんかこんと作業の音は聞こえるので、スムーズに進んでいるらしい。

 

「・・・札の用意だけしておくか」

 

予想以上に早く作業が終わりそうだ。次の作業を早めてもいいだろう。

屋台通りも今はほとんどが閉まっているだろうし、今なら人も少ない。

 

「お、終わりましたー・・・」

 

丁度俺の準備が終わった頃、憔悴した様子の副長が舞台下からのっそりと出てくる。

 

「どうした、そんなに疲れた顔をして。ほら、新年だぞ」

 

「・・・うぅ。ちょっとだけ壱与さんの気持ちが分かっちゃった自分が憎い・・・」

 

何故か壱与に親近感を覚えてしまったらしい副長が、札の残りを持って俺の後ろをついて来る。

まぁこの札を立てる作業はすぐに終わるだろうし、そしたら副長を誘って温かいお茶でも飲むことにしよう。

夏は手足をそのまま露出していた副長も、流石に冬は寒いのか、年なのか・・・今は足も手も白いインナーで隠されている。

 

「ん? どしたんですたいちょー、そんななんとも言えない目で私のこと見て」

 

「いや、厚着してる奴ほど脱がしたときの感動大きいよなぁと思って」

 

「っ!」

 

俺の発言に、ばっと自分の身体を抱くように隠す副長。

 

「へっ、変態っ。へんたいちょーだ!」

 

「ははっ、副長には言われたくないな。ほら、さっさと終わらせて茶でもしばこうや」

 

「・・・たいちょーがやんきーさんになっちゃったみたいです」

 

「ん、お気に召さないか?」

 

「ふつーの口調がいいです。そういう乱暴な口調は、壱与さんにしてあげてください」

 

「ふーん」

 

そっか、と言う俺のつぶやきに、そうです、と小さく返される。

ほう、という副長のため息が、白く立ち上る。

こういうのを見ると、冬だなぁ、と改めて実感する。俺は温度の変化は感じ取れるけど、寒い、暑いという不快感とは無縁だからな・・・。

 

「・・・よっと。これで最後ですか?」

 

「だな。ありがと。眠くないか?」

 

「仮眠は取ってます。バッチリですよ、隊長」

 

ぐ、とサムズアップ。それならいいけど。

取り合えず一旦城に戻って休憩するか。

 

「ほら、戻るぞ。俺が手ずからお茶を煎れてやろう」

 

「え、そんな、私がやりますよ!」

 

「そういう気分だ。心配しなくても、変なものは入れないさ」

 

「そ、そういうわけじゃないんですけど・・・でも、そこまで仰るなら、お任せします」

 

人差し指同士をツンツンと合わせる副長に苦笑しつつ、城へと向かう。

 

・・・

 

「ほら、熱いから気をつけろ」

 

「どもです。・・・ずず」

 

座る副長の前に、湯飲みを置く。湯気が立っていて、外を出歩いて冷えた身体には丁度良いはずだ。

俺も自分の分を卓に置き、副長の対面に座る。

休憩とは言ったが、後十分もすれば愛紗と朱里、雛里が年明けの挨拶兼その後の打ち合わせに来るはずだ。

それが終われば次は亞莎と穏、そして桂花と風、凛が来て、最後に後宮に向かって詠、ねねとの打ち合わせがある。

 

「温かいですねぇ・・・」

 

「暖房も完備だからな。正直やり過ぎなくらい過ごしやすいぞ、ここ」

 

「・・・ですよね。前も素っ裸で寝ましたけど、風邪引きませんでしたもん。むしろ布団被るとちょっと暑いくらいで」

 

「俺は風邪引かないからなんとも言えないが・・・まぁ、ここと後宮は一番過ごしやすいところだと思うぞ」

 

ずず、とお茶を一口。

なんというか、コタツ欲しくなるな、コタツ。

邪馬台国行けばあるだろうか。・・・あるわけないな。

 

「みかんあればもっといいですね。コタツにみかん。日本人なら外せませんよ」

 

「時代的に何処にもないだろうけどな」

 

「月行けばありますよ。私の牢獄にもあったくらいですもん。ちなみにネット環境も完備。犯罪者という名のニートやってました」

 

「・・・甘すぎるだろ、月の牢獄」

 

「姫ですもん。私。どうです? 私のこと、贔屓する気になります?」

 

えっへん、と無い胸を逸らして強調してくる副長。

・・・そういえばこいつ、かぐや姫なんだよな・・・。

 

「して欲しいならするけど」

 

「・・・ごめんなさい、やっぱり普通に接して欲しいです」

 

「おっけー」

 

再びずず、とお茶を啜る。

副長も同じように湯飲みに口を付け、しばらく会話が無いまま時間が過ぎる。

 

「ん」

 

「来ました?」

 

「みたいだな」

 

俺が扉に視線を向けるのと同時に、こんこん、とノックの音。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

「失礼しますっ」

 

「し、しつれしまっ・・・あわわ、噛んじゃった・・・」

 

扉のところでペコリ、と頭を下げてから入室する三人。

・・・雛里はホント、慌てる姿も可愛いなぁ、なんて思いながら迎える。

 

「あけましておめでとう。ごめんな、疲れてるだろうに」

 

「おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。・・・私達のことであれば、ご心配は無用ですよ」

 

「はわわ、お、おめでとうございますっ。わ、私も夜更かしは慣れてますからっ」

 

「あわわ・・・ま、ます・・・。私も、だいじょぶです・・・!」

 

「そっか。よし、じゃあ座って座って。お茶持ってくるよ」

 

そう言って立ち上がると、朱里と雛里にはわあわと止められた。

 

「わ、私たちが持って来ましゅ! ・・・はわ、噛んじゃった」

 

「す、座っててください・・・!」

 

「ん、そ、そうか? ・・・なら、お願いしようかな。もうお湯は沸いてるから」

 

はい、と律儀な返事をして、二人は台所へと消えていく。

さてと、と浮かした腰を椅子に降ろし、愛紗にも着席を促す。

 

「失礼します。・・・副長、今年もよろしく頼む」

 

「あ、どもです。こちらこそ。・・・っつか、なんで『あけましておめでとう』が通じるんだろ・・・」

 

「? なにか言ったか?」

 

「いえいえ、何でも無いですともっ!」

 

なんだか妙に力の入った副長の返事に、流石の愛紗もたじたじのようだ。

若干引き気味に納得したという態度を取ると、そのまま手元の書類の整理に移ってしまった。

 

「お、お待たせしましたっ」

 

「そーっと・・・そーっと・・・」

 

緊張した面持ちの朱里と、ちょっと不安になるようなことを呟きながらフラフラと歩いてくる雛里。

・・・こぼすなよ? いや、フリとかじゃなくて。

 

「ど、どぞ」

 

「ありがとう。偉いぞ、雛里」

 

「あわわっ、そんな、お褒めの言葉なんて・・・あわわっ」

 

「・・・雛里ちゃんだけ、ずるいなぁ」

 

副長と愛紗に湯飲みを渡しながら、朱里がなにやら呟く。

む、雛里を撫でるのに夢中でちょっと聞いてなかったな。・・・だがまぁ、表情からしてうらやましいなぁとかそんなことを呟いたのだろう。

ちょいちょいと朱里を手招きして、首をかしげながら近づいてきた彼女を帽子ごとモフモフと撫でる。

 

「は、はわわわっ!?」

 

「特に理由は無いけど、なでなでー」

 

「は、はわっ、はわわはわっ!?」

 

しばらくして見かねた愛紗が咳払いをして俺が我に帰るまで、言語すらわやわやになった朱里は撫でられ続けたのだった。

 

「さて、それで本日の議題ですが」

 

きちんと全員席に着き、手元に資料がいきわたったのを確認して、愛紗が口を開く。

新年はやることがいろいろある。まずはあいさつ回り。めでたい事なので行事が必要とのことだったが、それは今年からは大丈夫だろう。

『年越し祭り』をやることにしてからはそれを行事として扱うことにした。あいさつ回りに関しては・・・特に何か問題があるわけでもないだろう。

基本的に裏にいることになっている俺はその間後宮に引きこもることになるだろうし。それならば出会うのは元董卓軍の将たちか、蜀の将くらいだろう。

それくらいならば大変なこともあるまい。

 

「・・・何を言っているのですか。ギル殿は周りの村からの長や代表者たちからの挨拶の窓口になっていただくのですよ?」

 

「え? ・・・何それ聞いてないんだけど」

 

「言ってませんから。言えばギル殿から何かしらの妨害工作を受けると思いましたので、こうして突然発表させていただきました」

 

「詠もびっくりの奇策だな!? ・・・愛紗も成長したんだなぁ」

 

基本的に春蘭側だったのに。いまや朱里すらだまくらかして俺に面倒な仕事を押し付けるほどになって・・・。

 

「挨拶の担当とはいえ、来るのはある程度の人数に絞ってはあります。その後、一応桃香様の玉座へ向かっていただき、そこでも挨拶をしていただくので」

 

「・・・典礼ってやつ? ・・・うおお、面倒だ・・・!」

 

「はわ・・・お気持ちは痛いほど分かります・・・」

 

「ですが、いまやギルさんがこの三国に与える影響は計り知れないものとなっております・・・」

 

「確かにそですねー。私のいる遊撃隊とか、そのほかの兵士とか村の人とかも、隊長が『よし、世界征服するか』って言ったら多分国を捨てて付いてきますよ」

 

「何その征服王。・・・でも『世界征服』って男の浪漫だよね」

 

ふとそんなことを口走ってしまう。

まぁ、征服して何をしたいかって言う目的が無いからちょっとアレだけど、浪漫って口で説明できるものじゃないだろ。

 

「たいちょー、私は付いてきますからねっ」

 

「・・・その、わ、私も・・・です」

 

「ギルさんがされるというのなら・・・! わ、私も一緒にいきます・・・!」

 

がたん、と立ち上がる三人。

 

「おいおい、流石にそれは早計に過ぎるぞ。特に朱里と雛里。二人がここからはなれたら、蜀はどうなるんだよ」

 

「はわ・・・そ、それは・・・」

 

「あわ・・・えと・・・」

 

「そうだぞ、二人とも」

 

先ほどまで立ち上がった三人を見て驚いていた愛紗がゆっくりと口を開く。

そうだそうだ。愛紗からも言ってやれ。

 

「ギル殿が『世界征服をするぞ』と仰るならば、朱里と雛里だけでなく、蜀全体で協力するのが筋であろう」

 

「なるほど・・・それは考え付きませんでしたが、当然のことでしたね」

 

「え、ちょっと待って。当然なの?」

 

「・・・蜀が呼応するとなれば、呉からも魏からもある程度は協力を得られます。・・・全くの絵空事ではない・・・かと」

 

「や、やらないからね? まだやらないからね?」

 

「・・・朱里ちゃん、征服した地域だけど・・・」

 

「そうだね、まずは人心を掌握して・・・でもギルさんだからそこはあんまり心配要らないかも」

 

完全に俺を無視して軍師の顔をし始める二人。・・・え? 何これ。冗談が大事になってる・・・。

一縷の望みを掛けて愛紗と副長を見て見るが、こっちはこっちで軍部の掌握の話してるし。

いつの間にやら、俺を除け者にして俺が世界を征服する話が持ち上がっていた。

 

「・・・もう、好きにしてくれ」

 

姦しい話し声を聞きながら、俺はあいさつ回りの書類を一人寂しく片付けるのだった。

 

・・・

 

「朱里ちゃんから聞きましたよぉ。世界征服をなさるおつもりだとか」

 

「そ、そうなんですかっ!? 私、そのための協力は厭いません!」

 

「何で話が通ってるんだよ・・・朱里め。後で801本半分燃やしてやる」

 

呉の穏と亞莎の二人を迎え、作業を始めて少したった辺りで、唐突にそんなことを言われた。

なんで朱里は呉にさっきの話を通しているのか。大事になればなるほど面倒なことになるというのに。

ちなみに、燃やす801本は俺が題材にされてる奴を中心にだ!

泣いたって許してやるものか。むしろ、これを機に俺がネタにされている801本を効率的に処分してやる。

 

「・・・それは冗談だから。気にしなくていいんだぞ」

 

取り合えず、話は流すことにする。・・・後で風に聞いて、魏にも話が流れていないかどうか確認しなくては・・・。

ああもう、どうしようもないな、これ。以前の璃々の一件で知ったが、勘違いしている人間はどうやってもその認識を改めてはくれないらしい。

 

「そういえば冥琳は? 一緒に来るものだと思ってたけど」

 

「はれ? そういえばそうですね。穏さま、何かご存知ですか?」

 

「えぇ~っとぉ・・・あ、そういえば蓮華さまと一緒に雪蓮さまと祭さまをお迎えに行ったとか」

 

「ああ・・・そういえば潰れてたな、あの飲兵衛たち」

 

半分以上星の仕込んだ薬の所為だとは言わないでおく。

だがまぁ、この場に冥琳がいないことを喜ぶべきだろう。いたらいたで世界征服の計画が俺を無視して進んでいたに違いない。

英雄王の力を持っていても俺は元々日本人なのだ。世界征服なんかしても、特に何かしたいことがあるわけでもないし・・・。

それに、人類の歴史を見ようと決めているのに、それを自分から破壊することは遠慮したい。

 

「ですがまぁ、冥琳さまがおらずとも、打ち合わせは簡単なものなのでよかったですねぇ」

 

「だな。・・・うん、こんなもんじゃないかな。確認してくれるか」

 

纏めた書類を二人に渡す。

受け取った二人はそれぞれぺらぺらと捲り、たまに筆を取って追加で書き足したりしている。

さて、こちらはこちらで他の案件纏めちゃうかな。

 

「・・・はい、大丈夫みたいですね~」

 

「こちらも確認終わりました!」

 

「ん、良かった。それじゃあ、また頼むよ。夜遅くにすまんな」

 

「いえいえー。では、今年も一年、よろしくお願いいたしますねぇ」

 

「あ、あのっ、私も・・・よろしくお願いいたします!」

 

「おう。迷惑掛けると思うけど、頑張ろうな」

 

そんな事無いですよ、と返事をして、二人は退室する。

 

「・・・たいちょ、ほんとにしないんですか?」

 

「しないよ。・・・お前も大概しつこいな」

 

ちょっと強めの口調が出てしまった。・・・が、否定しているのにしつこくされては、俺の機嫌も若干悪くはなる。

いつもなら副長もあたふたしながら言い訳をするのだが、今回に限ってなにやらぶつくさ考え込んでいるようだ。

 

「・・・ま、いっか。・・・次は桂花と風と凛だな。三人分・・・いや、五人分か」

 

もう俺も副長もお茶を飲みきってしまっている。全員分一気に入れたほうが楽だろう。

未だにぶつくさ言っている副長を横目に、備え付けのキッチンへと移動する。

ちょっと気分を変えて、邪馬台国原産の緑茶でも入れるか。・・・ホント、この世界の文化って妙に進歩してるよな。

 

・・・

 

「来たわよ」

 

「こんばんわー」

 

「失礼します」

 

こんこん、というノックの後、返事も聞かずに扉を開けた桂花を筆頭に、風と凛が入室してくる。

三人とも少し眠そうだ。・・・当たり前か。もう深夜。仕事でもなければ普通は寝ている時間だしな。

 

「おぉー? 副長さんは何を考え込んでいるのですかー?」

 

いつもより眠そうな半眼で、風は副長に視線を向ける。

そんな風に、俺は首をかしげて答える。さぁ? というジェスチャーだ。

 

「・・・なるほどー。まぁ、副長さんは変な方ですからね~。そんなことも有るでしょう」

 

「ひでぇ言い草だな」

 

容赦の無い風の一言に、宝譿からツッコミが入る。

そんなやり取りを見ていた桂花が、はぁ、とこちらに聞こえるようにため息を一つ。

 

「さっさと終わらせて帰るわよ。全くもう、新年早々呼び出すなんて・・・」

 

「こんな夜更けに呼び出されたので、もしや風たちを食べてしまうお積りなのではー、と思いましたですよー」

 

「たっ、たべっ、そんな、私は初めてなのに、いきなり多人数で・・・!? ぶふっ」

 

風の言葉に刺激されたのか、凛が鼻血を噴出す。ああ、久しぶりに見たなこれ。

 

「はーい、とんとんしましょうね~」

 

「ほら、これ詰めとけ」

 

小さくしたガーゼのようなものを巻いて手渡し、止血させる。

風は凛の首の後ろをとんとんといつものように叩いて介抱している様だ。

しばらくして鼻血も収まり、鼻に詰め物をしたままの凛を加えて会議を始める。

 

「で、最初の議題だけど・・・」

 

「あいさつ回りの件ね。華琳様は日が昇ってからならいつでも良いって仰ってたわよ」

 

「だろうな。ま、そう言ってくれると助かるよ。時間が組みやすい」

 

今日の俺の行動シフトに、華琳との挨拶の予定を入れる。

最初に蜀、次に呉、最後に魏という順番になるだろう。

その合間合間に他の邑から来た長や責任者との挨拶が入り、さらにその隙間を縫って他の将との付き合いや月のいる後宮への見舞いもある。

そのほかに何か俺の参加するべき行事があれば臨機応変に対応する必要が出てくる。

 

「・・・よし、纏めてみたぞ。確認してくれ」

 

「さっさと渡しなさいよ」

 

「どもです~」

 

「お預かりしますね」

 

先ほどと同じように、纏めた書類を三人に渡す。

渡した書類を三人が確認している間暇なので、こっくりこっくりと舟をこぎ始めた副長を膝の上に迎える。

 

「ほわ、なんでふ?」

 

「ほーれ、なでなで」

 

「あーうー・・・なんでしょー・・・びっくりするほど甘やかされてるー・・・」

 

眠気と戦っているためか、全く覇気のない言葉遣いになってしまっている副長。

俺の膝の上に腹を乗せるようにしてだらんとしている副長を、好き放題撫でる。

 

「・・・ん、良いんじゃない」

 

「何処かで手助けが必要かとも思いましたが~・・・必要ないようですね~」

 

「流石の手際ですね。想像以上の完璧さです」

 

「それは良かった。・・・あ、そうだ。お茶菓子があるんだ。食べていかないか?」

 

こんな深夜まで彼女達は働いているのだ。少しくらいは労わないと。

宝物庫を開き、壱与が作った和菓子を並べる。

 

「おぉ~。これが噂に聞く邪馬台国のお菓子、『和菓子』ですか~」

 

ちょいちょい作ってプレゼントしてくれるので、すぐに食べきれない場合は宝物庫に収納してあるのだ。

劣化せずに保管できるので、宝物庫は俺のなかでは半分食物庫として機能しているといっても過言ではない。

 

「・・・何よ、結構綺麗じゃない」

 

なんだかんだ言って桂花も女の子だ。綺麗に整えられた和菓子を見て、仕方が無いなぁという表情をしつつも誰よりも早く菓子楊枝に手を伸ばしている。

あの菓子楊枝、黒文字で作られているもので、これも卑弥呼と壱与からプレゼントされたものだ。

 

「目でも楽しめるお菓子になっているのですね」

 

風と凛も、菓子楊枝を取って食べ始める。

毎回思うのだが、和菓子を食べるときの最初の一口は結構躊躇してしまう。この綺麗な花だとかを崩すのが勿体無いからだ。

前世でもキャラ弁とかは食べるのに時間を要する人間だったので、これはもう俺の性なのだろうが・・・。

 

「・・・よっと」

 

さく、と楊枝を入れる。・・・あーあ、崩れちゃった。

またしばらくすれば壱与が作って持ってきてくれるとはいえ、毎回この逡巡の時間は必要だ。

 

「うん、美味しい」

 

俺の好みに合わせてくれているのか、甘すぎないのが丁度良い。ほとんど砂糖を使っていないのだ。

白餡や寒天、柿などで味を調えているこの和菓子は、ほとんどが俺の読書の時間のお供になっている。

その中でも甘めの羊羹などは鈴々や璃々が遊びに来たときなどに少量出しておもてなしとしている。

 

「もむもむ・・・美味しいわね。これがあの変態の手から生まれたとは信じがたいほどに」

 

「言ってやるな。でもああ見えて壱与ってお嬢様だからな。俺が絡むと変態なだけで」

 

それが致命的ではあるが、まぁ対外的には彼女の評価は『お嬢様』で間違いないだろう。

勉学に励み、家事の腕を磨き、美しい和菓子作りに精を出す。まぁ魔法を使えたり恋に燃えすぎていたりするところはあるが・・・。

 

「・・・まぁ、その辺は桂花ちゃんも否定できないのですが~」

 

「何よ風。何か言った?」

 

「いえ、何でもないのですよ~」

 

桂花に聞こえないように小声で呟いた風に、桂花が鋭い視線を送る。

席の近い俺には聞こえたが、流石に対面に座る桂花には聞こえなかったようだ。

なんでもないといった後にぼそりと『変態仲間ですね~』と呟いていたのは俺の心にしまっておくとする。

こちらを見上げてくすりと笑う風の様子からすると、わざと俺に聞かせているようだ。

それからしばらくして和菓子に舌鼓を打っていたが、ふあ、と欠伸をする桂花の様子にさて、と話を切り出す。

 

「もう夜も遅い。・・・多分三人ともまだ作業が残っているだろうから、ここで解散にするか」

 

「・・・そうね。ま、ちょっと仮眠はとるけど。風、凛、行くわよ」

 

俺の部屋に備え付けてある時計をちらりと見て、更に窓の外の景色に目をやった桂花が立ち上がる。

それに釣られて、風と凛も席を立つ。

 

「お菓子とお茶、ご馳走様でした~」

 

「とても美味しかったです。・・・それでは、またお手伝いがあれば」

 

「・・・美味しかったわ。ありがと」

 

「・・・桂花がデレた!?」

 

発言した直後にふい、とそっぽを向いたものの、赤く染めた頬は怒りではなく恥ずかしさで染めたものだろう。

俺の言葉に、デレてない! と必死に否定してくる桂花とそれを面白そうに眺める二人を送り出すと、部屋に静寂が戻る。

 

「・・・ふにゅ・・・くぅ・・・すぅ・・・」

 

静かな部屋の中で、副長の寝息が妙に耳に入る。

・・・多分あれだな。深夜寝ようとベッドに入ったとき、外を走る車の音とか時計の針の音とかに妙に神経尖らせちゃって眠れなくなるあの状況に酷似している。

 

「流石に寝台に運んでやるか」

 

よいしょ、と持ち上げ、他の部屋とは違い隣室に大きく作られている寝室に副長を運ぶ。

俺の部屋は廊下に面した扉から入ってすぐに居間、そこから右に向かうと厨房、左に向かえば寝室になっている。

更に隠し部屋があってそこには実験中の色々なものがあったりするのだが、まぁそれは後々機会があれば。

寝室に入ると、左はすぐ壁になっており、右側に部屋が広がっている。

丁度真ん中に位置するように置いてある寝台は、キングサイズより少し大きい。

頭が居間の方向を向いている寝台を中心に、右手側には化粧台が置いてある。その化粧台は、寝起きにある程度の化粧が出来るようにと皆が自分の化粧品なんかを置いていくため、多分どの女性の部屋よりも大きいものとなっている。

ちなみにどれが誰のものかも全部覚えてるぞ。毎夜毎朝使う人間がいるから覚えてしまったのだ。

後副長は一切化粧品を置いていない。こいつ、化粧をしたことが無いそうだ。すっぴんでこの美貌・・・流石はかぐや姫というところか。

置いてある化粧品が少ないのは、鈴々や月、愛紗かな。逆に多いのは壱与と卑弥呼だ。理由はあの顔にしている隈取のような化粧。アレでさまざまな紅を使っているため、専用コーナーが設けられるほどだ。

 

「よっと。・・・ほんとこいつ軽いな」

 

あ、そういえば寝巻きに着替えさせないと。

 

「ほら、副長脱がすぞー」

 

「んみゅ・・・」

 

「はい、腰上げて」

 

「ふぁい・・・」

 

「ほら、ばんざーい」

 

「ふぁんふぁーい」

 

こいつの服を剥くのも手馴れたものだ。勇者服の作りを一番理解しているというのも有るが、何度も脱がせた経験もある。

下着は・・・いいか。上はつけてないし、下はさっき風呂に入ったときに着替えたばかりだろうし。

化粧台の近くに置いてあるタンスから副長の寝巻きを取り出す。・・・え? なんであるのかって? そりゃあんた、化粧台と同じ理由だよ。

なんやかんやで服が汚れたとき、風呂場まで行く服が必要だったりするだろ? それで、下着とか寝巻きとか・・・化粧品よりは少ないが、それでも置いていく子は多いのだ。

 

「もう一回腰上げろー」

 

「んぅ・・・」

 

「・・・小さいと色々楽だなー」

 

服を着せ、掛け布団をそっと掛ける。

日の出前には起きてくるだろ。そのぐらいの習慣は付いてるはずだ。

 

「さて・・・次の予定は・・・っと」

 

寝室から出て、居間に置いてある大き目の卓につく。

副長への書置きと、一息つくためにお茶を飲む。

 

「・・・よし、行くか」

 

まずは、後宮だ。

 

・・・

 

「おっす、あけましておめでとう」

 

「あっ、ギルさんっ。あけましておめでとうございますっ」

 

「あれ? 月だけ?」

 

他の皆は? という視線をきょろきょろと部屋に向けてみるが、誰もいないようだ。

 

「他の皆さんは・・・その・・・」

 

気まずそうに寝室のほうへ視線を向ける月。

え、寝てるの? ・・・いや、深夜だからそれ自体に文句を言うつもりは無いけど・・・。

 

「霞さんが持ってきたお酒で、皆酔っちゃったみたいで・・・今、寝台で仲良くお休み中です」

 

「月が寝る場所が無いから、ここで待っててくれたのか?」

 

「それもありますけど・・・やっぱり、新年を迎えてお会いするギルさんと、起きて挨拶をしたかったので」

 

・・・可愛い。何この子。持って帰っていいの?

へぅ、と恥ずかしそうにこちらを見上げる月を別の部屋の寝台に持っていって夜戦したくなるが、何とか抑える。

安定期に入ったとはいえ、流石に身重の月に無理をさせるわけには行くまい。

 

「そっかそっか。んー、急がないから良いけど、どうしようかな」

 

元々詠とねねの打ち合わせは新年を向かえる前に終わらせてあるので、確認だけだったのだ。

だから起きてからでも十分なのだが・・・月を放っておくわけにも行くまい。

 

「あ・・・それなら、ギルさん」

 

「ん?」

 

「お話、したいです。私は後宮に篭りっきりで、ギルさんとこうして二人っきりでゆっくり過ごすの、久しぶりですから・・・」

 

寂しそうな顔で俯いてしまった月の頬に、手を添える。

・・・そうだな。最近忙しさにかまけて、ここに来る回数が減っていたかもしれない。

 

「よし、それじゃあ話しようか」

 

椅子に座ると、月が立ち上がって俺の元へ。

 

「あの、お膝の上・・・いいですか?」

 

「ん、もちろん。・・・はは、お母さんになるっていうのに、月は甘えん坊だな」

 

「へぅ・・・ギルさん、意地悪言わないでください・・・」

 

膝の上に月を迎えてそう言うと、月は恥ずかしそうに頬に手を当てていやいやと首を振る。

恥ずかしいと思ったときの月のいつもの癖だ。

 

「それに、お腹の子が生まれたら、ギルさんのお膝の上、あんまり乗れなくなりそうですから」

 

「かもしれんな」

 

後ろから手を回し、大きくなったお腹を撫でる。

うんうん、順調に育っていているようだ。問題なく、春ごろに生まれてくれるだろう。

 

「あの、そういえば、卑弥呼さんと壱与さんからひざ掛けをいただきました。冷えるといけないからって」

 

「へえ、あいつらもそういう気は回るのか。流石は女王だな。そういわれると、確かにみたことないひざ掛けだな」

 

触ってみると中々手触りも良い。肩にはカーディガンのようなものを掛けているが、これは俺のプレゼントだ。

 

「そうそう、先ほど詠ちゃんたちがお話していたのですが――」

 

しばらく話していると、月がこちらに身体を預けてくる。

静かな寝息が聞こえるので、眠ってしまったのだろう。・・・ちょっと無理をさせちゃったかな。

まぁ、もう少しで初日の出だ。この窓からも見えることだし、直前になったら起こしてあげればいいかな。

 

「・・・ギル、さん」

 

「んー?」

 

寝言だとは分かっているが、何とはなしに応える。

むにゃむにゃ、としばらく口を動かして

 

「大好き・・・でふ・・・」

 

「・・・嬉しいな。俺もだよ」

 

す、と髪を梳く。手触りは抜群だ。

新年から、とても良い気分になれたな。

 

・・・

 

「お、ギルじゃねーか!」

 

「随分ゆっくりの出勤だな。俺達はここで盛り上がりながら初日の出見たぞ」

 

月の部屋で二人初日の出を見た後、ゆっくりと準備をして舞台へと戻ってきた。

壇上の二人が舞台袖の俺を見つけるとちょいちょいと手招きをしながら話しかけてくる。

 

「俺は後宮で月と二人で見てたよ。さて、一晩喋りっぱなしは疲れたろう」

 

「いんにゃ、中々こいつらも面白いもんでよ。ほら、酒飲みながら駄弁ってる感じ? あの空気がたまんねえよな」

 

「ああ。こればっかりは参加した奴らじゃないと共有できないよな。なぁ?」

 

銀が観客にそういうと、少なくなったとはいえ相当数いる観客はおー、と応える。

欠伸をしたりしている人はいる者の、寝ている人間は皆無だ。かなり楽しいのだろう。

 

「いやー、あれは面白かったな。性癖暴露大会」

 

「ああ、いや、世界は広いなと思ったね」

 

笑う二人に釣られて、会場からも笑い声が響く。

楽しい時間を過ごしたのだろうな、と俺も自然に笑顔になっていた。

 

「さ、そろそろ閉会式の時間だ。名残惜しいだろうが、そのまま聞いてくれ」

 

閉会式はあんまり大々的ではない。

というのも、この後昼過ぎに城のほうで祝い事をするからだ。

まぁ時間的にはそんなに無いが、それで町のほうは何時も通りの日常に戻ることだろう。

 

「今回の祭り、良いことも悪いことも色々あったと思う。またそれを今年の終わり、来年の始めに向けて活かしたいから、何か意見があったら城のほうまで陳情として上げてくれ」

 

観客達は、うんうんとうなずいている。

まぁ、表情を見るに不満を抱いている人間はいないようだ。・・・まぁ、屋台通りは屋台通りで何かしらあったかもしれないから油断はしないが。

 

「今年も一年、皆が無事に過ごせるように願っている。・・・それでは、解散!」

 

「お前ら、お疲れー」

 

「良い一年を、って奴だ」

 

しばらく手を振る人間もいたが、ぞろぞろと皆帰っていく。

自動人形たちが、全員いなくなったのを待っていたかのように片づけを開始する。

・・・ここは彼女達に任せておいて問題は無いだろう。

 

「さて、多喜、銀、お疲れ様。助かったよ」

 

「俺達もそうだけど、ライダーとランサーにも言ってやれよ。仮眠取ってる間、繋いでくれてたし」

 

「そういえば二人は何処に?」

 

「さぁ? なんか二人で盛り上がってたけど・・・屋台通りか何処かで飲みなおしに行ったんじゃね?」

 

意外だな。あの二人、気が合ったのか。

 

「そうか。・・・ま、兎に角ゆっくり休んでくれ」

 

「おうよー。ふああ・・・終わったと思うと眠いな」

 

「だな。・・・くあ・・・ふぃー、寝るかー」

 

じゃーな、と手を振る二人に別れを告げ、舞台を後にする。

 

・・・

 

「よっし、祭りは終わり、後は挨拶周りと祝い事だけど・・・祝い事のほうは俺関係ないから良いか」

 

国主の三人が主となってやるものだから、俺は関係なかったはず。

なら、俺も寝ておくか。全く眠気は感じないが、精神衛生的にそろそろ必要だろう。

 

「よっと・・・ん、副長の匂いがする」

 

慌てて出て行ったのだろう。寝巻きが寝台の端に引っかかるように脱ぎ捨ててある。

・・・少し手を伸ばしかけたが、やめた。自分で畳ませるとしよう。

 

「しっかしあれだな。眠くないと思ってはいるが、いざこうして横になると睡魔が襲ってくるな」

 

そういえば、一応神様にも新年の挨拶しておくか。・・・むこうがこっちと同じ時の流れしてるとは思えないけど。

そんな益体も無いことを考えていると、だんだんと意識が沈んでいく。

この身体になってから、眠りに落ちる瞬間というのを自覚できるようになったな、なんてことを考えながら、意識を手放した。

 

・・・

 

「はい、おはようございます」

 

「あけおめ、神様」

 

もうこの流れにも慣れた。『眠りに落ちたと思ったら起きている』という妙な感覚にももう慣れてしまっている。

唐突に目の前に現れた神様に勧められずとも、ソファに腰を下ろす。

 

「あれ? 飲みかけのお茶?」

 

「ああ、さっきまで面接してたんです」

 

「? 面接って言うと・・・俺みたいなのがまた出たのか?」

 

「そんなに頻繁にミスするわけないじゃないですか。これでも、結構経験も積んでそれなりの役職に就いたんですよ、私」

 

そうなのか、と流すように答える俺に、そうなんですよ、とティーカップを片付けながら神様が言う。

しばらくして新しいティーカップに緑茶を煎れて戻ってくる。

 

「はい、どうぞ」

 

「お、ありがと。・・・それで? 誰を面接してたんだ? 神様見習いみたいな奴?」

 

「んー、まぁ、そんなもんですかね。聖人って奴ですよ」

 

「へー。聖書とかに出てくるような?」

 

そんな感じですね、と対面に腰を下ろした神様はお茶を啜る。

・・・どうやら、あんまり触れて欲しくはないらしい。

 

「ま、この後も何人かとお話しないといけないんですよ。意外と忙しいんですよ、私」

 

「恩着せがましいな、おい」

 

「ふふっ。あんまり放置されてたんで、拗ねてみました。それにしてもあれですね、久しぶりにゆっくり出来た気分です」

 

「そんなに忙しかったのか」

 

「ええ。さっき言った面接もそうですけど、通常業務も色々とあるんです」

 

それもそうか。神様は色々な世界を管理していると言っていたしな。その管理とか維持にも力を注いでいるのだろう。

 

「そちらはそういえば新年でしたね。あけおめです」

 

「今更挨拶か。ま、今年も世話になると思うけど、よろしくな」

 

「こちらこそ。貴方の行動はとても興味深いですし、こちらこそよろしくお願いしたいくらいですよ」

 

くすくすと口元に手を当てて笑う神様。

なんとも無邪気な笑顔だ。

 

「あ、お雑煮食べます?」

 

「貰う貰う。何々、もしかして甘酒とかも用意してる感じ?」

 

「もちろんですよ。鏡餅だって飾ってますし、門松もちゃんとありますからね」

 

そう言って、す、と腕を振る神様。

それだけの動作で、目の前にお雑煮が現れる。

 

「一応言っておきますが、私が調理しました」

 

「その割には、一瞬で現れたように見えたけど・・・」

 

「ふふん。貴方がこちらに来る前に時間を圧縮して停止し、その空間内で調理を進めて、固定された時空に置いておいたんです。で、今取り出したんですよ」

 

「・・・なるほど。俺の宝物庫みたいなもんか」

 

「その上位互換だと思ってください。貴方の宝物庫は空間を繋ぎますが、私はそれにプラスして時間も弄れますので」

 

「あれ? でもそういうのって時間とか空間の神様が操れるレベルのものじゃないの?」

 

何で生命の神で、しかも結構下っ端っぽい土下座神様が弄れるのだろうか。

 

「そういう神様が操る時間とかってやばいですよ。こんなの序の口です、序の口。あの人たちもっとえげつない弄り方しますから」

 

「そ、そうなのか」

 

考えるだけでぞっとします、となんともいえない表情をしながらお茶を飲む神様に、俺は苦笑を返す。

 

「・・・ん。そろそろ業務再開ですね。ええと、次の面接者はっと。・・・あ、貴方も戻ったほうがいいですよ。以前と同じように、あのお姫様が姫初めしに来てますから」

 

「あー・・・起きるか」

 

って言うか、今日一月一日だけど。普通二日じゃないのか・・・。

そんなことを思いながら、神様の空間から弾かれるように意識が戻っていく。

 

「・・・行ったかな? じゃ、次の人呼びますか。・・・えーと、アタランテさーん」

 

・・・




「えーと、あ、凄い。アーチャークラスなのに敏捷高いんですね」「そうだ。自慢の一つだな」「後は・・・なるほど。正統派アーチャーって感じですね」「・・・一つ聞きたいのだが、私を召喚するのは・・・『アーチャー』なんだな? 『キャスター』ではなく」「そうですね。ちょっと・・・というよりかなり特殊な人なので」「・・・世界は広いな。そんな器用なことが出来る『アーチャー』も居るのか」「・・・まぁ、『宝具を雨あられのように降らせ』『英霊を召喚し』『世界を洪水で押し流したり』『世界を乖離する』なんてことが出来る『アーチャー』とか、正直神霊クラスですよねー・・・」「・・・英霊、やめようかな」「ああっ、ちょっと待って! 自信喪失しないで! ・・・でも、なんかこの子とは気が合いそう・・・」


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第六十六話 祝いの服に

「・・・あれ? 卑弥呼、いつもと化粧が違うな」「あ、分かる? めでたい日だから、『憩』の化粧よ」「ギル様っ、ギル様っ、壱与のお化粧は『祝』ですっ」「おー。・・・で? 一刀の目の痣は化粧って訳じゃないんだろ?」「・・・ったりまえだろ。春蘭だよ・・・あいつ、酒乱だったんだ」「しゅ、春蘭だけに?」「ぼぶふぅっ!」「まっ、マスター!? 笑いすぎで・・・ぎ、ギル様もっ!」「しゅ、春蘭だけに、酒乱・・・」「ばぼふぅっ!?」「ギル様ーっ! 追い討ちを掛けないでくださいっ!」

それでは、どうぞ。


「ハァハァ・・・も、萌え・・・ギル様の寝顔・・・萌えッ・・・あ、やば、またイ・・・ふぅ」

 

「・・・おいこら。それで何回目だ、壱与」

 

「は、はひ? ・・・えぇと・・・取り合えず、両手じゃ数え切れないくらいですね!」

 

意識が戻ったら戻ったで布団の中でもぞもぞ動く壱与がいたので、引きずり出しながら起き上がる。

あ、くっそこいつ俺の服まで濡らしやがった・・・。

 

「お前の意思は良く分かった。・・・歯を食いしばれッ!」

 

「ぎゃふんっ! ・・・あ、な、殴られ、たぁ・・・! 新年最初の一撃! ありがとうございますっ!」

 

全く・・・着替えるとするか。

ため息をつきつつ寝台から降りて、宝物庫の中の服に着替える。もちろん一瞬だ。変身する魔法少女より隙はないだろう。

 

「・・・着替えシーンカットとか、ギル様のサービス精神の枯渇化には流石の壱与もガッカリです・・・」

 

「壱与・・・お前本当は俺のこと嫌いだったりするのか?」

 

本当にがっかりしたように短くため息をつく壱与に、こちらもため息をつきながら聞き返す。

 

「そんなこと、ありえるはずがございませんッ! 壱与は例え火の中水の中草の中森の中! 憎い緑のあんちくしょうのスカートの中! 何処に居てもギル様のことが大好きですっ!」

 

「というか、お前着替え見せても恥ずかしがって顔隠すから見てないだろ」

 

最初の頃は俺の裸体を見たり触られただけで気絶していた壱与だ。今でも身体を見せたりすると恥ずかしがって奇妙な声を上げたりする。

 

「み、見てますっ。指の間から!」

 

「あぁ・・・なんというベタな・・・」

 

恥ずかしがって顔を手で覆っていたその指の間からチラチラ見ていたらしい。

 

「あと鏡を介して魔術で見てたりします。ギル様と卑弥呼様の逢瀬とか、他の女との蜜月とか」

 

ちっ、と憎らしげに舌打ちをする壱与。

・・・こいつ、何処まで見てんだよ。

 

「やはりストーカーか・・・」

 

「以前も言われましたが、その・・・えっと、すとかーというのは何のことなのでしょうか?」

 

こいつ、サービスとかシーンとか分かるくせにストーカーは分からんのか・・・。

 

「・・・お前みたいに、熱狂的に俺のことを好きで居てくれる子のことだよ」

 

流石に『変質者』とは言いたくなかったので、部分的にぼかして伝えることにした。

 

「なるほど! 二つ名のようなものですね! これから私は、『すとーかー』を名乗ることにしますっ!」

 

「やめるんだ。それだけは絶対にやめろ」

 

「ふぇ? ぎ、ギル様がそう仰るなら・・・」

 

壱与が従順な子で助かった。・・・自分からストーカーだと名乗るストーカーというのも中々珍しいものだと思うが、流石にその対象が俺だと思うと素直に楽しめない。

そういえば、壱与は結構何でも言うこと聞くよな。今の話もそうだし。・・・ちょっと試してみるか。

 

「壱与、お前俺の言うこと何でも聞けるか?」

 

「もちろんですっ!」

 

「よし、じゃあ今から言う言葉に合わせて鳴けよ」

 

「はいっ! いつでもどうぞ!」

 

俺の目の前でキラキラと瞳を光らせながら俺の言葉を待つ壱与。

 

「お座り」

 

「わんっ」

 

「お手」

 

「わんっ」

 

「おかわり」

 

「わんっ」

 

「このメス豚がっ!」

 

「わ・・・ぶひっ!」

 

「釣られかけてるじゃねえか」

 

完全に「わん」って言いそうになったぞこいつ。

でも途中までは完璧だ。動作つきで再現したぞ。犬を。

 

「壱与、痛恨の失敗です・・・」

 

「そこまで凹まなくても・・・そういうところも、可愛いと思うぞ」

 

「・・・」

 

壱与がこちらを見上げたままの体勢で固まった。

目を大きく開いて口も半開きなので、表情から察するに驚いているらしい。

 

「ん?」

 

「ふゅのょいふ・・・」

 

「え、何それどうやって発音して・・・おい!?」

 

かくり、と意識を失った壱与を受け止める。・・・最近はこういう言葉にも慣れただろうと思っていたが・・・。

こういう初心なところを見ると、やはり可愛いと思ってしまうのは好きになってしまった弱みという奴だろうか。

まぁいい。特にやることもないし、こいつの寝顔でも見ながら読書を楽しむか。

 

・・・

 

「よう、桃香。よく眠れたか?」

 

昼過ぎ。適当に時間を潰して全ての行事が終わってから、蜀の執務室へと来た。

そこには、すでに相当の人数との挨拶を終わらせたのか、ぐったりしている桃香がいた。

 

「あー・・・お兄さんだー・・・」

 

「だいぶ疲れてるみたいだな」

 

「はわわ・・・すでに二十人以上の方からのご挨拶を終わらせた後ですので・・・」

 

「なるほどな。・・・朱里もあんまり寝てないだろ? 大変だな」

 

雛里は別件で居ないのか、桃香に付いているのは朱里だけだった。

深夜に俺と打ち合わせをしてから、桃香に付いていたのだろうから・・・まぁまともには寝てないだろう。

ぐしぐしと強めに目元を拭うと、化粧が取れて目の下のクマが見えた。・・・ああもう、またこういう無茶をする。

大体朱里が化粧をするときはこういう風にクマを隠したりするときだけだ。

 

「はわわっ、あ、あのあの、こ、これはっ・・・」

 

「あんまり夜更かしすると肌も荒れるぞー。・・・ま、あんまり言っても聞かないよな」

 

はは、と笑いかける。

意外と頑固な朱里は、言ったところで徹夜で仕事を片付けたりし続けるだろう。

まぁ、そういう一途なところは美徳と言っても問題は無いだろう。

 

「取り合えず、挨拶は俺で終わりだろ? 桃香はともかく、朱里は寝ておけ。な?」

 

「はわ・・・分かりました」

 

「私はともかくってどういうこと、お兄さん!? ・・・え、ちょっと! 無視!?」

 

「どうせなら膝枕してやろうか」

 

「はわっ!?」

 

「無視なんだねっ!?」

 

そんな、はわわ、と慌てる朱里をからかうように笑う。

その横で、桃香がはいはい、と手を挙げて身を乗り出す。

 

「あっ、私もして欲しいっ! して欲しいなっ」

 

「ん? なんだって?」

 

「聞こえないフリされたっ!」

 

がん、とショックを受けたように身を乗り出したままで固まる桃香。

桃香はなんだかんだで休んでいるだろうし、いつもしていない仕事で疲れただけだろう。

後で一応労ってはおくけど・・・まぁ今のところは弄らせてもらおう。空回りする桃香は今年一番の輝いている時だと行っても過言ではないだろう。

まぁ、今年始まって半日くらいしか経ってないけど。

 

「そういえばお兄さんも挨拶に来たんだよね? 何か飲んでく?」

 

「あー、そうだな。ちょっと淹れてくるよ」

 

「ふぇっ!? わ、悪いよ、お兄さんお客さんなのに。私が淹れるよっ」

 

「疲れてる子に淹れてもらうわけにもいかんだろ。座ってろ。・・・朱里もな」

 

腰を上げかけていた朱里の肩を抑えて座らせ、厨房へ。

いつでもお茶が飲めるよう、蜀の執務室には簡易厨房が作りつけられていて、お茶を淹れたり簡単な調理くらいだったら出来るようにはなっている。

ほとんど蜀の執務室で仕事をする俺は何処に何があるかも分かっているので、人数分のお茶を淹れたりなんてのは手馴れたものだ。

ちょっとズルをして火力高めに、お湯を数秒で沸かして湯飲みに注いでいく。

 

「お待たせー」

 

「全然待ってないよ。・・・ほんとに待ってないんだけど、何でお湯沸いたの・・・?」

 

何故か戦慄している桃香を他所に、卓の上に三つ湯飲みを置く。

そのまま席に座り、取り合えず一口。

 

「ふぅ・・・いや、やっぱり寒いときは温かい飲み物だよなぁ」

 

「そうだねぇ・・・そういえば前に飲ませてもらった『ここあ』って美味しかったねぇ」

 

「甘くて美味しいだろ。・・・あんまり飲むと虫歯になりそうだから特別な時だけな」

 

特に桃香とかは油断すると普通に虫歯になって泣きそうだからなぁ。

虫歯だけじゃなく油断して食べ過ぎてダイエットに泣くのは数ヶ月に一回の恒例行事だ。

特に秋口から冬に掛けてが一番大変だな。雪降ると外で運動ってやり難くなるし。

 

「次は呉へ挨拶に向かわれるんですよね?」

 

「そうだよ。何かあった?」

 

「あ、いえ・・・えと、これを明命さんにお渡しいただければ、と思いまして」

 

「ん、了解。預かるよ」

 

朱里が取り出した巻物をそのまま宝物庫に入れる。

こうすれば間違って中身を見ることがなくなるので、俺の宝物庫を知っている人間の前ではこうして遠慮なくぶっ込むことにしている。

 

「中身は・・・その、絶対に・・・ぜーったいに! 見ないでくださいね?」

 

「何だ何だ、朱里にしては珍しくフって来るじゃないか」

 

「フリじゃありません! 今日中に渡さないとダメなもので、本当なら自分で渡したいんですけど・・・今日中に渡せそうに無くて・・・」

 

いいですか、絶対ですよ! と再三念を押してくる朱里に分かってるよ、と返す。

信頼されてないのか、それともさっきのフリを本気にしたと思われているのか・・・。

 

「それじゃ、呉の執務室、行って来るよ」

 

「いってらっしゃーい。・・・はっ。しゅ、朱里ちゃん。今の新婚さんっぽくなかった!? きゃー、お兄さんのお嫁さん気分!」

 

「はわっ! そ、その手が・・・い、いってらっしゃいませ、ギルさん! ・・・はわわわ・・・これは確かに・・・イイですね・・・」

 

パタン、と閉じた扉の向こうで、二人が姦しくなにやら騒いでいるようだが・・・。

まぁ、放っておこう。正月はおめでたいから、皆騒ぎたくなるのだろう。お兄さん、ちゃんと分かってるからね。

 

・・・

 

「こんにちわ。あけましておめでとう」

 

「ギルじゃない。そっか、お昼過ぎに来るって言ってたわね」

 

玉座の間に入ると、玉座に座る蓮華に迎えられる。

そばにはシャオと穏、思春に明命、亞莎も居る。・・・冥琳はまだ雪蓮に振り回されているらしい。二人とも姿が見えない。

新年早々大変だな。・・・あれ、でもなんか後々俺も巻き込まれそうな予感もする。

あ、ちなみにさっき蜀の執務室へと挨拶に向かったのは、桃香が駄々を捏ねて『もう玉座に居るの疲れた』と執務室に引っ込んだ所為だ。

普通国主はこうして玉座の間で来訪者を迎え、挨拶を交わすものだ。

 

「あけましておめでとっ、ギルっ。えへへ、後で、明命たちと一緒に卑弥呼から『きもの』って言うの着せてもらうんだ。そしたら、すぐに見せに行くからねっ」

 

こちらに駆け寄ってきたシャオが、椅子に座る俺の腕に抱きつきながら耳打ちしてくる。

ほほう。なるほど、シャオには着物が似合うだろう。正月だから、振袖だろうか。なんにせよ、後の楽しみが出来た。

 

「あとね、明命とか思春とか、亞莎も呼ばれてるみたいなの。・・・お姉ちゃんたちには着こなせないって言ってたけど・・・」

 

なんでだろ、と首をかしげるシャオ。

・・・なんでってそりゃ、胸部装甲の差だろう。

卑弥呼はなんだかんだ言って貧乳の子に優しくある程度以上の大きさの子に厳しいからな。

前の浴衣だって、貧乳だからと月に着せてたし。

貧乳党の名誉党員なだけはあるな。

 

「・・・シャオっ、そろそろ離れなさい」

 

「はーいっ。んもぅ、お姉ちゃんったら気が短いんだから」

 

玉座から動けない蓮華が、俺にべったりとくっ付くシャオにやきもちを焼いたのか声を荒げる。

仕方ないなぁ、と俺から離れたシャオは、半身だけこちらに振り向き、小さく手を振って蓮華の元へと戻る。

 

「それで・・・えっと、挨拶だけど・・・正直こうして来てくれて、挨拶交わしただけで終わりでいいわよね? 他の村の長だとかみたいに、報告することも無いだろうし?」

 

「だな。蓮華もあんまり長い間話してると疲れるだろ。傍に立つ思春たちも辛いだろうし」

 

「・・・優しいのね。まぁ、お昼から立ちっぱなしだし、ギルの挨拶が終わったらちょっと休憩挟むつもりだったの」

 

「そっか。あと魏にも挨拶残ってるから、俺はこれでお暇するよ。・・・全部終わったら、後でゆっくり挨拶に向かうから」

 

「あ・・・う、うんっ。待ってるわね」

 

頬を染めて頷いた蓮華に別れを告げ、玉座の間を後にする。

また後で来たときには・・・振袖姿のシャオたちを存分に楽しむとしよう。

・・・あ、書類渡してないや。・・・まぁ、あそこで渡すよりは、後で個人的に会って渡したほうがいいだろう。

 

・・・

 

「おっす、あけおめ、一刀」

 

「お、ギルか。あけおめー」

 

現代人である一刀と軽い新年の挨拶を交わす。

ここは玉座の間の前、季節柄ちょっと冷える城の通路だ。

厚いコートを着てマフラーも装備している一刀が、白い息を吐く。

 

「華琳に挨拶か?」

 

「そうそう。まだ前の人終わってないのか」

 

「みたいだな。・・・入ってから十分は経ってるけど・・・平均三十分くらい掛かるからなぁ・・・」

 

なんと・・・。っていうか、何故一刀は外で待機しているのだろうか。

 

「あ、俺? いやほら、玉座の間の空気に耐え切れなくてさ。ギルが来るまで外で休憩してようかなって」

 

「・・・そんな重い雰囲気で新年の挨拶してるのか」

 

「あはは・・・華琳はどんなときでも真面目だからさ。むしろ新年最初だからこそ、きっちりと挨拶してるんだと思うぞ」

 

「だろうな。なんだかんだ言って良くも悪くも王だからな、あの子」

 

悪く言えば融通の利かないところがあるということだ。それを補って余りあるツンデレという美点があるけどな。

 

「それにしてもあれだな。こう雪が降るとかまくらとか作りたくなるな」

 

「雪うさぎならさっき作ったぞ。ほら」

 

一刀が指差した方に視線を向けると、妙に綺麗に整列している雪うさぎが数匹あった。

やっぱり手先が器用だな。アレンジされているのもいるし。

 

「綺麗なもんだな。俺もちょっとやってみるか」

 

魔術書を取り出し、積もった雪に魔術を行使する。

雪を風で舞い上がらせ、調整し、固めていく。

数秒もすれば、固められた雪山が出来る。そこに更に風と炎で穴を開け、空間を作る。

 

「よし、出来上がり」

 

「・・・ここまで素早い出来上がりのかまくらはみたことないぞ、俺」

 

「ほら、七輪もセット済みだ」

 

「どこからそんなもの・・・ああ、宝物庫か」

 

「そういうこと」

 

座布団を敷いてその上に座ると、七輪に餅をセットする。

やっぱり正月といえば餅だろう。

 

「うわぁ、懐かしいな」

 

「膨らむ餅を見るとこう・・・潰したくなるよな」

 

「怖いことを真顔で言うのはやめてくれよ・・・」

 

「何で食べる? 俺砂糖醤油だけど」

 

「俺もそれにするよ」

 

ぱちぱちと餅を焼いていると、ぷく、と膨らんでいく。

おー、これ見ると面白いよなー。

 

「それにしても広いな、このかまくら・・・」

 

「多分バーサーカーが寝転んでも問題ないくらいはあるぞ」

 

「かまくらってレベルじゃねーぞ・・・」

 

がっくりと項垂れる一刀を尻目に、餅が焼けたので箸でひょいと取る。

おー、ほかほかだ。

取り合えず砂糖醤油につけて一口。

 

「おー・・・伸びるな」

 

「あ、俺も貰うぞ」

 

俺と同じように、一刀もひょいと餅を取って一口。

 

「これはまた・・・のふぃるな」

 

「口に物入れたまま喋るなよ。行儀悪いなー」

 

「むぐ・・・もぐもぐ・・・そういうなって。そこまでマナー必要な物食べてるわけでもないし」

 

「ま、それもそうだけど」

 

むぐむぐ、と特に会話も無く餅を食べる。

・・・なんだこの空間。華がないよ華が。

 

「お、出てきた。終わったみたいだな」

 

餅を食べ終わり、しばらく暖を取っていると、玉座の間から数人の団体が出てくるところだった。

それをしっかり見送った後、よいしょ、と立ち上がる。

取り合えず七輪なんかを宝物庫にしまいこみ、だだっぴろい空間だけになったかまくらをあとにする。

今度璃々でも連れてきて餅をご馳走するとしよう。

 

「よし、行くか」

 

「オッケー」

 

一刀に先導されるように、玉座の間まで向かう。

扉の横に立つ兵士がこちらを見て、そのまま扉を開く。

顔パスっていうやつだ。こういうとき、有名なのは便利だな、と思う。

重厚な音を立てて扉が開くと、玉座の間に座る華琳とその両脇を固める秋蘭と春蘭の姿。

更にその近くには、桂花が立っている。・・・何時も通りの、華琳大好き組だ。

 

「げ・・・最後の挨拶ってあんただったの」

 

「何時も通りだな、桂花。あけましておめでとう」

 

「・・・おめでと。っていうか、私より先に華琳様に挨拶しなさいよ。バカじゃないの?」

 

「ふふ。桂花も随分もギルと仲良くなった様じゃない?」

 

「あけましておめでとう、華琳。大変みたいだな」

 

挨拶がてら、華琳を労う。

まぁね、と軽いため息をついた華琳。

 

「それでも、疎かにしていいものではないから」

 

「その通りだな」

 

その割には、春蘭が眠そうにこっくりこっくり舟をこいでいるが。

俺の視線に気付いたのか、華琳が全く、と呟く。

 

「春蘭?」

 

「はっ!? ・・・はいっ、なんでしょうか!」

 

「・・・おはよう。ギルに挨拶をしなさいな」

 

「む? いつの間に来ていたのだ? ・・・まぁいいか。今年もよろしく頼むぞ、ギル! 今年こそは貴様から一本とってやるからな!」

 

「・・・くく。私ともよろしく頼むぞ、ギル。姉者ともども今年も世話になるだろうしな」

 

笑いをこらえた顔の秋蘭が、春蘭の挨拶に乗っかるように挨拶をする。

・・・またこの妹は、はしゃぐ姉を娘を見る母親みたいな目で見るなぁ・・・。

 

「ああ、よろしくな。・・・で、華琳。これで挨拶は終わりということで良いか?」

 

「・・・良いと思う?」

 

「・・・思わないな、その顔見ると」

 

何で覇王の頃の顔してるんだろうか、この子。

やめてくれないかなー。隣の猪さんが空気に当てられて訳もわからずこちらに突撃かましそうだからさー・・・。

 

「一度貴方とはきっちりと話をしておくべきだと思ってたのよ」

 

・・・何のことだろうか。俺そんなに責められるようなことやってないと思うけどな。

 

「試合で熱くなると乖離剣で時空断層を生み出したり、水着を作る為に龍を討伐したり、その過程で貴方の能力を知る一般兵が出てきたり・・・」

 

あ、結構やってるな・・・。

 

「まぁ、もう注意することは諦めたけど・・・くれぐれも、歴史書に名を残すような失態はしないようにね。国一番の妖術使い、なんて人々に語られた日には隠してきた意味が無くなるから」

 

「・・・町の人たちも俺のこと『なんか普通の人とは違うな』くらいには気付いてるけど・・・」

 

「・・・はぁ」

 

思いっきりため息をつかれた。

まぁ、城下町の人からも「ああ、そうね。黄金の将は普通の人だよね。たまに背後から武器が飛ぶけど」とか「そうそう、普通の将だよ。たまに人間を超えた動きをするけど」とか、たまに言われることも・・・あれ、ばれてる?

何処で間違ったかな。そんなばれるようなミスはしてなかったと思うんだけどな。

 

「あ、俺もそういう話し聞いたことあるぞ。便利だからって街中でたまに使うだろ、宝物庫。あれ、見られてるみたいだぞ」

 

「衝撃の新事実! え、マジでか!」

 

「マジマジ。中庭でもたまに目撃証言あるし」

 

そっかぁ・・・最近ちょっと気を抜いてたかも知れんな。

 

「一刀からの報告を受けたことがあるけど、そこそこ好意的に受け取られているようね。これも『黄金の将』の人徳かしら」

 

「俺の知らないところでそんなことが・・・」

 

これからは気をつけるとしよう。

うぅむ、新年一発目から結構言われてしまったな。

 

「まぁ、新年ですし、このくらいにしておきましょう。・・・あ、後桂花をよろしくね。最近貴方のことばかり話すから、きっと寂しいんだと思うわ」

 

「かっ、華琳様っ!?」

 

「お、そうだったのか。桂花、この後暇か? これから俺の部屋に来たら、振袖着れるぞ」

 

「あんたまで何言ってんのよ! というか華琳様っ。私は寂しいなんて思ってませんっ」

 

「あら? そうかしら。じゃあ、この前ギルを見て声を掛けようかどうしようか迷って、結局ため息をついて見送っていたのは・・・私の見間違いかしらね」

 

「華琳様ーっ!? そ、そんなのを何処でご覧に・・・き、聞くなバカっ! さっさと退室しなさい!」

 

ニヤニヤと笑う華琳に弄られる桂花は、これ以上聞かれたくないのか俺に怒鳴ってくる。

まぁまぁ、と宥めてみるが、若干涙目の桂花には逆効果のようだ。

 

「・・・あー、まぁ、仕方ないか。気が向いたら来いよ。俺の私室で着替えとかやってるから」

 

「誰が行くかっ!」

 

「ごめんなさいね、ギル。後できちんと向かわせるから」

 

「おう、それじゃ、先に行ってるからな、桂花」

 

「だから行かないって言ってるでしょ! あんたの部屋でなんて、何されるか分かったもんじゃないんだから!」

 

「卑弥呼も居るし、シャオとか思春とかも居るから、変なことはしないと思うけどな」

 

「・・・そうなの? ・・・はっ!? そ、それでもよ! あんたのことだから、着替えでも覗くに違いないわ!」

 

・・・俺の信用がマッハで急降下しているようだ。

華琳と秋蘭、一刀はニヤニヤとやり取りを見守っているが、春蘭は頭にクエスチョンマークを浮かべながら小首をかしげている。

多分なんでこいつこんなにはしゃいでいるのだろう、くらいに思っているに違いない。

 

「ま、兎に角待ってるからなー」

 

まだ何か言っているようだったが、これ以上居ても桂花が疲れるだけだろう。

どっちみち華琳から命令されてでも向かわされるんだから、自室で待っていたほうが得だ。

・・・というか、貧乳党だから卑弥呼から打診されてると思うんだけどな。卑弥呼って貧乳贔屓だし。

 

・・・

 

「お、もう来てたのか」

 

「あら、予想よりも早いじゃない」

 

俺の部屋では、すでに卑弥呼が眠る壱与の隣で寛いでいるところだった。

・・・まだ寝てたのか、壱与・・・。

 

「あんたの部屋に来たら壱与が寝てたんだけど・・・何、早速姫初めたの?」

 

「いや、まだだよ。匂い、しないだろ?」

 

「・・・それもそうね。また殴られるのは勘弁だから、私もまだ姫初めはいいわ」

 

「そうしとく。それで? 何人くらい来るんだ?」

 

「んー? えっと、ひぃ、ふぅ、みぃ・・・六人かしら」

 

「意外と少ないな」

 

シャオ、明命、思春に亞莎・・・後は桂花と風だろうか。

 

「後の奴らは忙しいみたいでねー。はわわとあわわは蜀の要でしょ? 男女と姦し娘は仕事だし・・・後は知らない顔ばかりだしね」

 

「あれ? 詠とかは?」

 

「・・・妊娠中の母親と意外と乳のある軍師なんて呼べるわけ無いでしょ」

 

ちっ、と舌打ちをしながらそう吐き捨てる卑弥呼。

ああ・・・詠って結構胸あるからなぁ。月も妊娠中というのもあるけど、最近ちょっとずつ大きくなってるみたいだし。

ねねとか美羽とかとは面識が無いんだろう。流石に面識の無い子に「振袖着ない?」と勧誘するのは幾ら卑弥呼でもやらなかったらしい。

そんなことを話していると、こんこん、と扉をノックする音が。

 

「来たかしらね。・・・寝室で着替えるから、あんたは居間に居ること。いいわね?」

 

「はいはい。取り合えず扉開けるぞ。はいはーい、今開けるぞー」

 

扉を開けると、シャオたち呉のひんにゅ・・・卑弥呼の選んだ美少女たちが立っていた。

 

「あっ、ギルだーっ。さっきぶりね!」

 

「おう、さっきぶり」

 

抱きついてくるシャオを受け止め、頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「ギル様っ、あけましておめでとうございますっ」

 

「こ、今年もよろしくお願いいたしますっ」

 

「今年もよろしくな、明命、亞莎」

 

その後ろに居た明命と亞莎が深々と頭を下げながら挨拶してきたので、軽く手を挙げて答える。

本当ならば彼女達も撫でてあげたいが、シャオがグリグリとこちらを押すように頭を押し付けてくるので、どうも届かない。

 

「・・・ふん」

 

「思春もきてくれたのか。今年もよろしくな」

 

「・・・まぁ、よろしくしてやる」

 

明命たち二人の更に後ろ。不機嫌そうな顔をした思春がつい、と顔を逸らして立っていた。

だめもとで挨拶してみると、ちらりと目だけでこちらを見て、一応返事をしてくれた。

最近仲良くなれたと思っていたが、俺の勘違いではなかったようだ。良かった良かった。

 

「はいはい、それじゃギル以外あっちの寝室ね。着替えるわよ」

 

壱与起こさないと、と言って、卑弥呼は寝室へと我先に入っていった。

行っておいで、と四人を向かわせる。

 

「・・・あれ? 思春は行かないの?」

 

「私は・・・一応呼ばれはしたが、着るとは言っていない」

 

「あー・・・まぁ、一度に何人も行ってもアレだしな。少しお茶でも飲むか?」

 

「必要な・・・いや、やはり貰うとしよう」

 

厨房へと向かった俺の後ろについてきて、「手伝おう」と申し出てくれた。

それなら、と湯のみの用意なんかを任せる。

しばらくあっちのほうは出てこないだろうから、俺と思春の分だけでいいだろう。

 

「よし、これでいいかな」

 

「随分手際が良いな」

 

「まぁ、自分で飲むときは自分で淹れたりしてるからな」

 

「なるほどな、どうりで」

 

何故か感心している思春を連れ、再び居間へ。

卓の上に二人分の湯飲みを置いて、席を勧める。

二人して同じタイミングで湯飲みを取り、お茶を一口。

 

「・・・それにしても、あの・・・卑弥呼と言ったか。小蓮さまたちは分かるが・・・何故私も呼ばれたのだろうか」

 

「あー・・・ほら、思春は・・・美少女だから! 振袖が似合うのは、ある程度しゅっとした子じゃないと似合わないからさ」

 

「ばっ・・・貴様はまたそういう・・・」

 

顔を赤くして身を引く思春を前に、俺は心の中でガッツポーズを取る。よし、誤魔化せた!

流石に本人に『和服は貧乳の子の方が似合うんだよ』とはいえない。シャオたち貧乳党にはもっといえない。

卑弥呼も多分それを伏せて誘ったのだろう。『巨乳滅ぶべし。でも自分達も巨乳にはなりたい』というのが貧乳党で、『貧乳なのは仕方ないし、そのよさを見つければいいじゃない。ついでに仲間を増やしてやる』というのが卑弥呼だ。

きちんと卑弥呼は違いを分かっているので、下手に地雷を踏むことは無いだろう。

俺も、胸のあるなしで自信をなくしたり妙な行動をとり過ぎるのは目に余ると思っていたのだ。

「はわわ・・・小さいので、あまり見ないでください・・・」というのは中々可愛いところがあるし、興奮もするが、それが高じすぎて穏に殺意交じりの視線を向けるのはやりすぎだ。

 

「・・・まぁ、それについては、私はもう諦めることにしたのだ」

 

「え?」

 

胸の大きさについて? とつい口走りそうになって、慌てて口を噤む。

あっぶねー。脳内の話をそのまま現実に出力しそうになってた。

流石にこの至近距離で鈴の音は聞きたくない。

 

「貴様のその軟派なところだ。・・・私のようなものにまで可愛いとか何だとか・・・」

 

「事実だからな。それを軟派といわれれば・・・まぁ、否定は出来ないけどさ」

 

ようやく話の流れをつかめた俺は、ため息をつく思春に反論する。

思春は自分を兎に角貶めるが、何故そこまで自信を持てないのだろうか。

愛紗と同じような理由か? つまり、「自分は武に生きるもので、女という部分では他には多大に劣っている」と考えているのだろうか。

・・・それはいかん! 愛紗もそうだが、思春のような子にこそ、可愛いくなることに興味は持ってもらいたい。

 

「例えば髪を下ろすだけでも随分印象変わるだろ。あ、それであの服着てもらうのも良いかもな」

 

以前渡したあの服は、今のお団子にしている髪をすべて下ろしたほうが似合うだろう。

明命ともお揃いのロングヘアーになるだろうし、良いかもしれない。

 

「近々着てもらうからさ。あ、その前に振袖だな。楽しみにしてるよ」

 

「・・・ここで断ってもおそらく貴様は諦めんしな。仕方あるまい」

 

大きくため息を吐いて、思春は渋々了承してくれた。

俺のしつこさに諦めて・・・だとは思うが、おそらく着てみたいという思いも少しはあるのだろう。

結構乱用しているが、俺の眼は本質を見抜く目。ある程度親しい思春であれば、表層心理に隠された本心くらいは読み取れる。

 

「ありがとう、思春。明命たちにも話して、近日中には着てもらうから」

 

「好きにしろ」

 

ずず、とお茶を一口。思春は特にこちらを罵倒することも無く世間話にも乗ってきて、中々楽しい時間を過ごせた。

 

・・・

 

着付けの終わったシャオたちが俺の前でそれぞれの反応をしてくれている。

シャオとか明命は積極的に見せてくれたりくるくる回ってみたりしているが、亞莎は恥ずかしがって思春の後ろに隠れてしまっているし、その思春は頬を赤くしているものの、特に何も言わずにそっぽを向いてしまっている。

取り合えず、シャオは姉と同じ血を継いでるんだな、と思える。振袖のような少し派手な着物も、きちんと煌びやかに着こなしているしな。

明命はかなり親和性が高そうだ。黒髪で長髪だからか、結い上げた髪が振袖・・・もっと言うと、和服と合っている。

亞莎と思春ももちろん似合っているが、二人とも目つきが鋭いので全体的にきりっと引き締まっているような印象を受ける。

卑弥呼もそれを理解しているのか、装飾を少し控え目にしているようだ。ちなみに二人ともお団子は解いてある。二人の髪を下ろした姿は珍しいので、今のうちに目に焼き付けておくことにする。

 

「全員似合ってるよ」

 

「でしょ、でしょ? 姉様には負けるけど、シャオだって呉のお姫様なんだから!」

 

「だな。大人っぽいよ、シャオ」

 

「あ・・・えへへー・・・わ、分かるー?」

 

俺の言葉に照れてしまったらしいシャオを撫でると、恥ずかしそうに俯いてしまった。

どうやら『大人っぽい』といわれたのが効いたようだ。・・・まだまだ子供だなぁ。

 

「明命も良いな。黒髪は映えるよ、やっぱり」

 

「あ、ありがとうございますっ。その、ギル様は私の髪がお好きなようなので・・・その、これからも伸ばしていきますね」

 

出会った時よりかなり伸びた黒髪を、髪型を崩さないように撫でる。

うん、手触りも最高だ。きちんと手入れをしているに違いない。・・・最近愛紗と仲がいいらしいが、きっと髪のことを聞いているんだろう。

 

「亞莎、ほら、隠れてないで見せてごらん」

 

「は、はいっ・・・!」

 

おずおずと思春の影から出てきた亞莎は、そっぽを向いたままの思春からの後押しもあって数歩前に出てきた。

おぉ・・・恥らう乙女はやはり良い。亞莎も思春も、華美過ぎない柄が選ばれているからか、とてもスマートに見える。

 

「似合ってるな。・・・卑弥呼、髪も弄れたのか」

 

結構難しそうな髪型になっている亞莎を見て、ふむ、と頷く。

女性の服や髪型にはかなり疎いが、この亞莎の髪型は相当苦労したんじゃなかろうか。

あ、ちなみに卑弥呼は遅れてきた桂花と風の着付けを壱与と副長を連れてやっているところだ。

後で彼女達自身も着てくるらしいので、この部屋は一気に華やかになるってことだな。

 

「思春もバッチリだよ。やっぱり元が良いと似合うよな」

 

「・・・貴様は本当、ブレないな」

 

短くため息をついて、こちらに近づいてくる思春。

どうしたのだろうか、と首をかしげていると、赤い頬を更に赤くし

 

「存分に見ろ。貴様が着ろと言ったんだからな」

 

そう言って両手を軽く挙げてゆっくり一回転。

おぉ、こんなにノリノリな思春は初めてだ。明命も驚いているのか、目口を開いている。

 

「・・・感想くらい言え。これでも相当恥ずかしい」

 

「ん、あ、ああ。もちろん、綺麗だよ。これからも色んな服着てみてくれよ。な?」

 

「・・・考えておこう」

 

最後にそう呟いて、一人ぽすんと椅子に座った。

他のシャオたちは俺の近くでお互いに似合ってると褒めあっている。

 

「お待たせー、なのですよー」

 

「ちょ、風っ。そんないきなり・・・あっ、み、見るなっ!」

 

ばたん、と扉が開き、中から風と桂花が出てきた。

もちろん全員の視線がそちらにいくわけだが・・・桂花の『見るな』というのは俺に言っているのだろう。視線がこちらに向いてるし。

胸元でクロスされた手は、恥ずかしさを感じた少女そのものだ。・・・ふふ、いじめたくなってくるなぁ、ホント。

 

「わぁっ、お二人ともお似合いですね!」

 

「風もびっくりなのですよ~。この量の髪を整えるとは・・・卑弥呼さんの技量には驚くばかりです~」

 

「・・・確かに、横で見てて私もそれは思ったわ。・・・あいつ、なんだかんだで結構技術持ってるわよね。邪馬台国の女王って言うのは、そんなことまで出来ないとダメなわけ?」

 

「んなわけないでしょ。卑弥呼様は自分で髪を弄ったりお化粧されたりするから、それが高じてあそこまでの技術になったってことなんだから」

 

桂花の言葉に、のっそりと寝室から出てきた壱与が返す。

・・・あれ、あの言葉遣いに違和感あるの俺だけなのかな。結構冷たい対応だな・・・。

 

「壱与? 着替え終わったんだな。よく見せてくれないか?」

 

「はいっ! もちろんでございます! ど、どうでしょうか? ・・・はっ、もしかして、ギル様とこのまま寝台へ・・・じゅるっ」

 

おっといけね、とか言いながら、涎を拭う壱与。

・・・ああ、通常運転だな。全く問題ないわ。

おそらく、俺と卑弥呼以外にはあの口調が出るのだろう。

すりすりと体を寄せてくる壱与の手を取り、爪の半月をぐい、と押し込む。

 

「あっづぁ!? あ、新しい痛みの感覚・・・新境地!」

 

おおよそ女の子として相応しくない叫びを上げて、壱与が自分の手を見る。

麻酔が掛かってるかどうか、意識を失っているかどうかの確認のとき、爪の半月を押すといいらしい。

あれ? 足のだったかな。・・・まぁ、取り合えず無条件に痛いので、壱与以外にする気はないけど。

 

「・・・ドン引き。100%中の100%のドン引きなんだけど・・・」

 

「あははー・・・何この空間? あれ、ここ中国大陸だよね? すげー懐かしいんだけど。月の宮殿か日の本の京に居る気分」

 

遅れて部屋から出てきた卑弥呼と副長が、部屋を見渡して一言。

確かに、人物だけ見れば純和風だ。部屋は中華だけど。

 

「た、たいちょー、なんでしょう、何故か完全アウェーのこの国で、滅茶苦茶懐かしさ感じてるんですけど・・・。ちょい泣きそう」

 

「安心しろ。俺も何故かホームで試合をしているような安心感を抱いてるから」

 

「たいちょおおおぉぅぉぅぉううぉぅ・・・」

 

何故か泣きついてきた副長を抱きとめ、よしよしと撫でる。

・・・流石は愛紗、明命とトップを競う黒髪だ。美しい。

 

「あ? なによ、もう始めるの? ・・・ってか、何人か見慣れない奴居るんだけど・・・こいつらも一緒に姫初め?」

 

「何を言ってるんだ卑弥呼。・・・それにお前、さっき姫初めはまだいいって」

 

「それは壱与が寝てたからよ。殴られる心配が無いなら・・・ほら、こういうの興奮しない?」

 

ちらり、と少しだけ振袖を肌蹴させ、鎖骨を見せる卑弥呼。

・・・流石は日本人! 変態のDNAはここから始まっているのか。チラリズムを理解しているとは・・・!

 

「・・・あ、おっきくなってる」

 

「副長、それ以上言ったらぶっ飛ばすからな」

 

座っている俺にすがりつくように泣き付いていた副長は一部分の膨張にいち早く気付いたようだ。

すりすりと撫で始めたので、牽制しておく。

 

「おぉ~。なるほどですね~。好みの服装に着替えさせて多人数で・・・風も参加しますですよ~」

 

何かを察知したらしい風が、歩きづらそうにしながらもこちらにやってくる。

その後、はっとした顔をした他の女性陣が、それぞれの反応を見せてくれた。

風のようにこちらに駆け寄ってくる壱与や明命にシャオ。そして、どうしようか迷っている亞莎と思春、あと桂花。

 

「まさか・・・私たちを着替えさせたのはそういうことだったの!? ほんとにあんたは全身精液男ね! 年の初めからそんなことしか考えられないのかしら!」

 

いち早く再起動した桂花が、俺を罵りながら、こちらに指を突きつける。

そんな桂花をスルーしつつ、亞莎に声を掛ける。

なんだかんだで想いを受け入れてから、そういうことはしてなかったからな。

 

「亞莎はどうする? ・・・もし不安なら思春に送ってもらうけど」

 

流石に思春は参加しないだろう。そう思って言ってみたのだが、シャオが俺の腕に抱きついたまま顔を上げて思春に話しかける。

 

「あれ? 思春も一緒にしていけば? ・・・最近、お姉ちゃんにも勧められてるんでしょ?」

 

「なっ・・・? 何故小蓮さまがそのことを・・・!?」

 

「だってお姉ちゃんに相談されてたんだもん。もし機会があれば、誘ってあげてって。・・・ギルのこと、好きなんでしょ? 聞いてるよ」

 

ニコリ、と小悪魔の笑みを浮かべるシャオ。・・・こいつ。ワザと俺の前でこの話したな?

これで俺も思春の気持ち聞いちゃったし、思春は俺本人に気持ち聞かれちゃったし・・・。答えを出さざるを得ない状況にしやがったな。

ちょっとした仕返しのつもりで強めにシャオの頭を撫でるが、「全部分かってるよ?」という笑みで見上げられてしまった。・・・小悪魔じゃない。悪魔だ・・・! シャオ、怖ろしい娘・・・!

そんなやり取りがあったからか、全員の視線が思春に向かった。

 

「・・・あ、逃げようとか思わないほうがいいわよ。・・・多分壱与が結界張ってる」

 

「よくお分かりになりましたね、卑弥呼様。その通りです。ギル様の寵愛を受けられるのに逃げるとか、壱与的には殺害対象なので」

 

卑弥呼と壱与の言葉がトドメになったのか、思春は諦めてこくり、と頷いた。

 

「・・・認める。私はギルを慕っている、とな。・・・小蓮さまのおかげで、決心もついたしな」

 

頬を赤く染めつつも、思春はこちらに歩いてくる。

 

「あーっと・・・まぁ、急なことだけど、ありがとな」

 

「礼を言われるようなことではない。・・・丁度、この胸のわだかまりのような物がなんだか気付いたのだ」

 

「亞莎はどうする?」

 

「・・・っていうか、何で私の言葉は流されてるのよ!?」

 

シャオの言葉の直後に、桂花が声を上げる。

いや、ほら、だってなぁ・・・?

 

「えー? だって桂花さん、絶対隊長に言い寄られたら断れないじゃないですか。意外と押しに弱いし」

 

「はぁ!? 何言ってんの? 何でこんな変態男に・・・」

 

「桂花っ」

 

「は、はいっ!? ・・・じゃない! 何よ!?」

 

俺の強い口調に、一瞬敬語になりかけた桂花だが、何とか持ち直したようだ。

 

「・・・来るよな?」

 

「あ・・・う・・・分かったわよ。行けばいいんでしょ! 行けば!」

 

あんたも行くわよ、と亞莎の手を引っ張る桂花。

「ふぇ!?」と素っ頓狂な声を上げる亞莎は、手を引かれるままだ。・・・巻き込むなよ。まぁ、亞莎もきっかけを欲していたようだから良かったけど。

というか、ほんとに押しに弱かったのか、桂花。確かに初めてのときも強引にいったしなぁ。

やはりこれからも結構押しを強めにいったほうがいいのかもしれないな。

 

「じゃ、寝室行きましょ、ギルっ。この服、ギルの故郷の服なんだよね? えへへ、懐かしい気分にさせたげるっ」

 

「んー・・・あんまり感極まると泣くかもしれないから、その辺は自重してな?」

 

「え、ギル様がお泣きになってるところとか滅茶苦茶見たい・・・ああ、でもギル様を悲しいお気持ちにさせるなんて壱与には・・・ぐぎぎ、どうすればいいのこの矛盾・・・」

 

女子らしくない壱与の呟きも連れて、俺達は寝室へと向かった。

・・・まぁ、思春が寝台で恥ずかしがるというレアな顔と、亞莎の健気な姿を見れた、とだけ追記しておく。

あと、やっぱり和服は良いね。帯を解いて肌蹴させる瞬間が一番興奮するかもしれない。

 

・・・




「あー。これで三人目? 次のかたー」「失礼します」「・・・うわ、何この正統派お姫様。ええと、何々? 『迦具夜』?」「お初にお目にかかります。月の都の姫、迦具夜です」「・・・あ、副長さん?」「あ、ご存知でした? ・・・なーんだ、結構つくろってみたんですけど、あんま意味無い感じですかね?」「何この変わり身の速さ! ・・・あ、じゃあ、ギルって方の宝具での召喚には・・・」「もちろん応じますよ。なんてったって、旦那様だし。・・・きゃっ、旦那様ですって! タマちゃんに自慢しよーっと!」「・・・うざ。あ、そういえばこの卑弥呼って方と壱与って方は・・・」「あ、二人ともオッケーだと思いますよ」「よかったー。これで面接の手間が省けましたね。ええと、ジャンヌさん、アタランテさん、迦具夜さんに卑弥呼さんに壱与さん、っと・・・じゃ、次の方ー」


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第六十七話 袁家の姉に

「俺は特に袁家に巻き込まれたりしたこと無いんだけど、ギルとかはやっぱり絡まれたりしてるわけ? 鎧とかで」「・・・俺が鎧着てるときに出会うと確実に絡まれるな。『わたくしと同じように黄金の鎧を纏うとは、貴方は中々分かってらっしゃいますわね!』みたいなことを数十倍に膨らませて言ってくる。滅茶苦茶面倒だけど、最近その傍らで謝る斗詩が可愛くて若干楽しみにしてる節もある」「・・・流石絶倫王・・・」「お前次それ言ったら麗羽にあることないこと吹き込んで華琳の元に突撃させるからな」「そっ、それだけは勘弁を! 麗羽と接触した後の華琳って凄い機嫌悪いんだよなぁ・・・」「・・・俺は話を聞いたことしかないのだが、その袁家の姉というのは人の形をした災害か何かなのか・・・?」


それでは、どうぞ。


「くあ・・・寝てたか」

 

痛がる思春と亞莎をつれ、他の子たちが風呂へと行ったので、一人暇になった俺は休憩していた・・・んだが、いつの間にか寝てしまったようだな。

背筋を伸ばしパキポキと解すと、立ち上がって着替える。

多人数は疲れるが・・・その分満足感は高いな。

 

「っと、そろそろ休み気分から抜けないとなー」

 

今日くらいから国の重要な役職についている人間は仕事を開始する。

朱里、雛里や、桂花に風と凛、あと冥琳、亞莎、穏なんかの文官、軍師系はもうそろそろ仕事の時間だろう。

あれ・・・そのうちの何人か今風呂行っちゃったけど・・・いいのかな。

ま、まぁ、華琳とか冥琳とか、フォローの上手い子が居るから、問題はなさそうだけど・・・。

 

「俺も俺でやることあるし、取り合えず朱里たちのところに行くか」

 

本音を言うと朱里たちにも振袖を着てもらいたかったけど、どうも頭の中では『七五三』という単語がチラついてしまってどうも乗り切れなかった。

・・・璃々に着せるともっと七五三だな。あれ? 良く考えると壱与って今卑弥呼が在位してるから・・・うん、深く考えると不味い気がするので、スルーしよう。

 

「そういえば明命に・・・あ、ちゃんと渡してるな。ぽけっとしてたけど、そこはしっかりしてたか、俺」

 

風呂に行く前の明命にきちんと渡していたらしい。

賢者モードの俺、ナイス。

 

「侍女隊ー?」

 

「はっ! ここに!」

 

「・・・何でベッドの下から出てきた?」

 

部屋の前か何処かで待機してるのかな、と思って声を掛けてみたら、ベッドの下から三人ほど滑り出てきた。

 

「待機しておりましたので!」

 

「いつから?」

 

「ええと・・・二刻ほど前でしょうか」

 

「壱与が俺の部屋に来る前・・・俺が寝てる間に来てたのか」

 

確かにこいつらに鍵は預けてるし、というよりむしろ俺の部屋は施錠してないので誰でも自由に入れるといえば入れるが・・・。

まぁ、神様に呼ばれてるときはそっちに意識を飛ばしてるから、結構隙だらけといえば隙だらけなんだよな。

それを心配してか俺の部屋の前には番兵が居たりすることもあるし。

でも俺の部屋に襲撃をかける意味は本当に薄いぞ。

重要なものとかは宝物庫の中だし、俺自身を狙われても流石に部屋の中に進入されたら気付くし。

・・・え? 神様のところに行ってると壱与の襲撃とか気付かないって?

まぁ、そのときは神様が教えてくれるしさ。・・・その割には侍女が潜んでたのは気付かなかったっぽいけど。

 

「それでギル様っ。なんの御用でしょうか?」

 

「ん、ああ、出かけるから片付けと掃除お願いしようと思って」

 

「了解いたしました。・・・それでは、作業を開始いたしますね。いってらっしゃいませ」

 

「ん、頼んだよー」

 

部屋は広いけど、三人居れば寝室の掃除には困らないだろう。

 

「・・・貴女は回収班ね。壱与様との取引が出来そうなものを選んでおいて」

 

「はっ」

 

「私たちは・・・お掃除よ。ギル様のお部屋を、まぁ、それなりにゆっくりにお掃除するわ!」

 

「了解です!」

 

部屋の中から姦しい声が聞こえてくる。・・・何の話をしてるかまでは聞き取れないが。

侍女達は嬉しいことに俺に関する業務だと士気を高めてくれるからな。きっと仕事に関する話でもしてるんだろう。

更に彼女達は『撫でるだけ』とか『褒めるだけ』とか子供のお使いレベルのご褒美で喜んでくれる可愛らしい子たちだ。

そんな彼女達に報いるため、一応侍女隊の給金は個人的にお金を出して高めにしてある。もちろん、本人達にはナイショだけどな。

 

「さーて、ささっと仕事を終わらせるかー」

 

新年一発目の仕事は、何かなー。

 

・・・

 

蜀の執務室。その扉をノックする。

多分何時も通り桃香と朱里、後は雛里が居るくらいだろう。もしかしたら愛紗も居るかもしれないが。

 

「入るぞー」

 

声を掛けて扉に手を掛けると、中から焦ったような声が聞こえてきた。

 

「おっ、お兄さんっ!? だ、ダメっ! 今はダメっ! お部屋にもどっぱう!?」

 

「・・・大丈夫か? 今凄い悲鳴が聞こえた気がするんだけど」

 

「どうぞ、ギルさん。お入りください」

 

先ほどとは打って変わって沈黙した桃香の代わりに、朱里の声が聞こえる。

何故かいつもと違って冷たい空気を纏っているようだが・・・まぁ、中に入れば分かるだろ。

 

「お邪魔しまー・・・す?」

 

扉を開けて部屋の中に視線を走らせると、なんとも反応に困る状況が展開されていた。

部屋の隅で頭を抱えて蹲る雛里、お腹を押さえて机に突っ伏す桃香。そしてその向かいで書類を見ながら表情を暗くする朱里。

 

「・・・なんだこの惨状」

 

「ギルさん、そちらにお掛けください」

 

「お、おう? ・・・朱里? なんか顔が怖いぞ?」

 

「普段通りですよ。・・・普段通りですよね?」

 

ね? と桃香と雛里に視線を送る朱里。

雛里はがたがたと震えながらコクコク頷くだけだし、桃香は突っ伏したまま動きを見せない。

取り合えず、朱里が烈火のごとく怒っていることだけは分かった。・・・さて、原因を究明しないと俺も巻き込まれそうだな。

未だに朱里がここまで怒ったのを見たことが無いので、生半可なことじゃないだろう。

いつもは『はわわ軍師』だとか呼ばれるものの、精神的には(一応、肉体的にも)成人している朱里は、例え鈴々に背の低さを指摘されようと卑弥呼に胸の大きさについて触れられようとへこみはしても怒りはしなかった。

・・・む? 桃香の突っ伏している机に、なにやら文字が。

桃香は筆を持っているので、それで書いたのだろう。ダイイング・メッセージという奴か。死んでないけど。

 

「よっと。朱里、俺の分の書類は何処だ?」

 

「・・・こちらです。それと、明命さんへの書類のお届け、ありがとうございます。助かっちゃいました」

 

「・・・い、いやいや。あのくらい容易いよ。・・・ああ、安心してくれ。中身は見てないから」

 

「ふふ。分かってますよ。ギルさんがそんな不誠実なことするわけ無いじゃないですか」

 

台詞だけを聞くと何時も通りだが、顔を見るとまさに『目が笑っていない』表情の朱里がいる。

目にハイライトが見当たらない状態である。誰だ朱里をここまで追い込んだ奴。

取り合えず、朱里と当たり障りの無い会話をしつつ、桃香の手元にあるダイイング・メッセージを盗み見る。

そこには、『しゅちゃんのてもと』と書いてあった。『しゅちゃん』というのは朱里のことだろう。

手元? と疑問に思いつつ視線だけを向けると、朱里は手元の書類を熱心に見つめていた。

・・・そういえば、部屋に入ってから朱里がこの書類以外を見ているのを確認してないな。仕事の速い朱里にしては珍しい。

 

「朱里? どうしたんだ、そんなに考え込んで。難しい案件か?」

 

もし良かったら相談に乗るぞ? と続けてみると、朱里はぐりん、とちょっとホラーっぽくこちらに振り向いた。

心臓に悪いのでやめて欲しい。

 

「乗って、くださいますか? 相談に。・・・こちらの書類なんですけど」

 

そう言って朱里が差し出してきたのは一枚の書類だ。

先ほどから穴が開くんじゃないかというくらい朱里が見つめていた書類でもある。

受け取ってさっと目を通してみる。・・・と、なるほど朱里がこんなになったのも頷ける。

 

「・・・麗羽か」

 

「分かってくださいますか、ギルさん。・・・流石に、そろそろ限界です。新年早々、やってくださいましたからね」

 

書類に書かれていたのは、麗羽に対する陳情だ。

大晦日の後彼女は新年のイベントで悉くやらかしたらしい。

祭りの雰囲気に当てられたのか、ありとあらゆる人に絡んでいき、家屋、家畜、仕舞いには住民(麗羽含む)に軽い怪我まで負わせたらしい。

詳しいことは聞き込み調査をしないと分からないだろうが・・・そろそろ、本格的に麗羽の教育が必要か。

美羽のほうは大体終わってきたからな。きちんとおしとやかな淑女になってきている。

 

「よし、朱里、俺が解決してくるから、そろそろ機嫌を戻してくれないか? 雛里も桃香も、朱里のそんな顔初めて見るからびっくりしちゃってるじゃないか」

 

「・・・そんなに変な顔してますか?」

 

「してるしてる。・・・いつもみたいに、笑ったり慌てたりする朱里がみたいな」

 

「ふふっ。慌てたりする私を見たいなんて・・・変なこと言うんですね、ギルさんは」

 

ようやく普通に笑ってくれた朱里を見て、安堵の息をつく。

さてと、後は朱里が思わずグレる程の案件を残してくれた麗羽にお仕置きの時間だな。

・・・場合によっては、猪々子と斗詩にもお仕置きかなぁ。

 

・・・

 

「ぱいれーん。ぱーいーれーん」

 

「・・・そんなに呼ばなくても聞こえてるよ。なんだよ、どうした?」

 

「麗羽の討伐に向かうから、仲間にならないか? 団子もあるぞ」

 

「ちょ、ちょっと待て。何だ? 何やらかした?」

 

あれか? それともあれか? となにやら記憶を手繰っているらしい白蓮に、一枚の書類を渡す。

怪訝そうな顔をしておずおずと受け取り、それにざっと目を通した白蓮は、深いため息を一つついた。

 

「・・・協力するよ」

 

「そう言ってくれると思っていた。さて、犬はゲット、と」

 

次は猿か。頭脳担当かな。

 

「あら~? どうなさったんですか、ご主人様~」

 

きょろきょろとしている俺を見て声を掛けてきたのは、美羽の保護者兼我が軍の副官、七乃である。

 

「よし、七乃。団子を食べて俺の僕になるか、ここで俺の剣の錆になるか。選ばせてやろう」

 

「・・・それ、選択肢ないですよねぇ?」

 

お団子くださいな、と苦笑い気味に手を出してきたので、はい、ときび団子一つ。

順当に猿もゲットである。後は雉か。

 

「ところで、何をしに行くんですか、ご主人様?」

 

「麗羽を討伐に鬼が島に行くところだ」

 

「一体何をやらかしたんですか~?」

 

「・・・麗羽が何かやらかした、というのは疑わないんだな、皆」

 

「そりゃあそうですよ~。美羽様なら最近ご主人様のお陰で真人間の道を歩み始めましたけど、麗羽さまは放置してしかもご主人様がお金を上げていたから増長しっぱなしでしたから~」

 

やっぱりか。俺が甘やかしすぎたんだなぁ。

桃香からのたっての願いだからと受けてしまったが、もっと早く手を打っておくべきかと後悔してしまう。

 

「まぁ、閨に連れ込んで三日三晩交われば獣から人間になるんじゃないですか~?」

 

「お前、俺に麗羽を襲えってか」

 

というか、そのエピソードはすでに何処かで使われているので、無しだ。

 

「それが一番手っ取り早いと思いますよ~? ねぇ? 白蓮さん?」

 

「ん!? そ、そこで私か? うーん・・・まぁ、私はそういう経験が無いから何とも言えないが・・・まぁ、麗羽を襲うって言うのはともかく、ギルに惚れさせるって言うのは良い考えだと思うぞ」

 

「・・・無理だろ。美羽より難易度高いぞ、あの高飛車お嬢」

 

あれが誰かにぞっこんになっている様子が想像できん。

 

「あれでも、過去華琳と好きな子を取り合うほどには人間並みの恋愛感情持ってたんだぞ」

 

「・・・華琳からそれっぽいエピソードは聞いたことあったが・・・事実だったのか」

 

「未だにたまに話してるからな、麗羽は」

 

ふむ・・・まぁ、あれの面倒を恒久的に見れて、なおかつある程度の地位を持ち、袁家の人間が納得するほどの人物。

ああ、確かに俺しかいないっぽいな。仕方ない。

 

「抱く抱かないはともかくとして、麗羽を誘うだけ誘ってみるか」

 

「お、ギルにしては珍しく積極的だな」

 

「放っておいた俺の責任でもあるからな。・・・それに、あんまり放っておいて悪い男につかまりでもしたら、それはそれで寝覚めが悪い」

 

何の拍子に行きずりの人間と関係を持つか分かったもんじゃないからな。

ストッパー役の斗詩と猪々子は若干頼りないし。・・・あの二人も再教育が必要か。

特に猪々子。斗詩を優先しすぎて、麗羽を止める事を忘れることがあるからな。

 

「となると、雉はある程度汎用性のある策が取れて、飛べる・・・のは無理としても、それなりに身軽そうな・・・」

 

「あっ、ギル様ーっ! こーんにーちわー!」

 

「・・・雉ゲットォ・・・」

 

「う、うわぁ・・・ギルの顔が今までにみたことないほどに悪い顔してる」

 

「・・・私を初めて押し倒したときもあんな顔でしたよ~」

 

こちらに駆けてくる壱与を見つけて笑うと、後ろの二人がなにやらぼそぼそと呟いている。

まぁ、取り合えず壱与を仲間に入れることが先決だな、と努めて無視するが。

 

「こんにちわ、ギル様っ。あの、どうかなさったのですか? お困りのご様子でしたが」

 

「壱与、この団子をやろう。口をあけろ」

 

「? あ、あーん?」

 

「よっと」

 

「・・・むぐ、むぐ。・・・美味しいですね。媚薬とかは・・・入ってないですね」

 

「ああ、普通の団子だ。きび団子」

 

「ごくん。ご馳走様でしたっ。えと、このお団子にはどういう意味が・・・?」

 

「うむ、良くぞ聞いてくれた。実はな――?」

 

今までのいきさつを語ると、壱与はなるほど、と頷いた。

 

「それならばこの壱与、お力になれるでしょう。・・・うふふ。卑弥呼様より教えを頂き、師を超えた私の鬼道。そして鬼道と魔法を組み合わせた魔術。その真髄をたっぷりとご覧に入れましょう!」

 

「うわぁ・・・ギルに負けず劣らずな悪い顔してやがる」

 

「あれは、副長さんとかを陥れるときの顔ですねぇ・・・」

 

「ちょっと待っていてください。化粧を変えます。・・・よっし、出来た!」

 

魔術を使用して手早く化粧を変える壱与。

あれは初めて見る化粧だな。

 

「『鏖』の化粧です。・・・勝利を、ギル様と卑弥呼様。そして邪馬台国へ捧げましょう」

 

「お、おう。・・・殺すなよ?」

 

少し不安になりつつも、俺達四人は麗羽がいつも居るという東屋へと向かった。

 

・・・

 

なんだか、今日は嫌なことがおきそうだなぁって思うこと、ありませんか?

私はちょいちょいあります。文ちゃんが何か騒ぎを起こしそうだとか、麗羽さまがまた何処かにご迷惑をお掛けしそうだとか・・・。

白蓮さんに注意されたこともありますし、これ以上何か騒ぎを起こしてギルさんの下へ陳情が行ったりすれば、ただでさえ金銭面でご迷惑を掛けているギルさんに更にご迷惑を掛けることになってしまいます。

なので、頑張って二人を止めようとはするんですけど・・・。

 

「れ、麗羽さまぁっ。ちょっと待ってくださいっ。昨日すでに沢山お買い上げになったじゃないですか!」

 

「何を仰るのかしら、斗詩さんは。このわたくしが、昨日のような買い物で満足すると思ってるんですの!?」

 

あああ・・・やっぱり聞く耳持ちません。

新年一発目からの大騒ぎ。あれが陳情か苦情としてギルさんたちの下へ上がっていないはずは無いんです。

だから、それでギルさんの堪忍袋の緒が切れたとしてもおかしくは無いんですけど・・・それを察してはくれないですよねぇ・・・。

 

「わ・た・く・しの! わたくしの威光のお陰で、町でどれだけ買い物をしても御代は結構と言われるんですから! 何も問題はありませんわ!」

 

「そ、それはギルさんが全部立て替えて・・・っていうか、白蓮さんにも注意されたじゃないですかぁ・・・!」

 

「あー、そういえばそういうのもあったなー。麗羽さまー、流石にそろそろ自重しとかないと不味いんじゃないですかねー?」

 

そのときのことを思い出したのか、文ちゃんも麗羽さまを止める側に回ってくれました。

二対一なら流石に思いとどまってくれるかな・・・なんて思ったんですけど・・・。

 

「白蓮さんが幾ら注意してきたからと言って、わたくしに負けた白蓮さんには何も出来ませんわ」

 

「・・・正直、今の状態だと白蓮のほうが偉いんだけどなー」

 

「・・・だよね。うぅ、こんなところギルさんにみられたら大変だよ・・・」

 

もちろん、お優しいギルさんなので「仕方ないなぁ」と見逃してくれることも多いのですが・・・前に握り拳を解いたときは相当イラついてらしたようだし・・・。

副長さんからお聞きした、「怒ると逆に無口になる」という情報も何故か頭をよぎり始めます。

 

「おーっほっほ! 何も心配することはございませんわ! 河北四州の雄、袁家のわたくしがいるのですから!」

 

「・・・ほう。それは興味深い。どんな理屈で、『心配することは無い』のか、教えてもらってもいいかな?」

 

「ひっ。・・・ぶ、ぶぶぶぶ文ちゃん?」

 

「・・・やっべえぞ。マジだ。纏う気が尋常じゃないぞ、アニキ」

 

背後から聞こえてきた声に振り返り、隣に居る文ちゃんの裾を握る。

そこに居たのは、後ろに白蓮さんたちを連れた、黄金の将、ギルさんの姿。

ただ、いつもと違うのは・・・とても静かな、王気とでも言うような気を纏っていること。

黄金の鎧を着けているということは、いつでも戦闘可能ということ。

背後に控える白蓮さんたちは、必死に目で訴えてきています。「今すぐ謝れ」と。

 

「れ、麗羽さまっ? あのですね・・・!」

 

「あら? ギルさんではありませんか」

 

麗羽さまに事情を説明しようとしたら、それよりも早く麗羽さまがギルさんに気付いてしまいました。

全く空気が読めない麗羽さまは、この状況でも何事も無かったかのようにギルさんに話しかけます。

 

「いや、なに、ちょっとした注意をしようとしていたんだが・・・まぁ、やはり体に覚えこませないといけないかな?」

 

ギルさんの背後に浮かぶのは水面に浮かぶような波紋。

通常と違うのは、それが水面ではなく空中に浮かんでいるということ。

・・・あの波紋・・・まさしく噂に聞く『宝物庫』! あそこから様々な武器が飛んでくるという正直人の理を超えた力です。

 

「・・・はぁ。一応忠告しておきますが、何か言い繕うなら今の内だと・・・壱与からの最後の忠告です」

 

ぶぅん、と低い何かが唸るような音を立てて、鏡が空中に浮かび上がる。

・・・あれは、確か『魔法』と呼ばれる妖術とは似て非なる超常の力。

 

「・・・いえ。何も、言うことはありません」

 

その力を前にして、言い訳も謝罪も意味を成さないと悟る。

何か罰があるのならそれを受けよう。麗羽さまに仕えて来た身として、せめて一緒に。

文ちゃんも同じ結論に至ったようだ。苦笑いしながら、力を抜いて並び立つ。

 

「あら。意外と聞き分けの良い子なのですね。何故こんなのに仕えているかは不明ですが。・・・ならば、やることは一つですわね」

 

壱与さんがそういうと同時に、ギルさんがこちらに歩いてきました。

その表情は、背後からの鏡と波紋の光によって口元以外は見えません。

が、その王の気に当てられた私たちには、特に関係ありません。ただ、近づいてくるのを見据えて。

 

「・・・あら? 体が・・・動きませんわね」

 

今異常に気づいたのか、麗羽さまが首をかしげる。

そんな麗羽さまにギルさんが近づいていき・・・。

 

「? ギルさん? あなた、なにをっぷぎゅ!?」

 

「れっ、麗羽さまー!?」

 

「で、デコピンであそこまで吹っ飛ぶのかよ・・・!」

 

近づいてきたギルさんに首をかしげて何かを問おうとした瞬間、額に受けた衝撃によって麗羽さまは後ろへと吹き飛んでいきました。

ですが・・・変です。特に強い体を持つわけでもない麗羽さまが、あれだけのデコピンを受けて頭の中身が飛び散らなかったのはどうしてなのでしょうか。

 

「な、なななななにをっ。貴方っ! わたくしに何の恨みがあってこんなことを・・・!」

 

「恨みじゃないよ。ただ、遅れたと思っただけだ」

 

ギルさんが手を下ろすと、ようやくその顔が見えました。

なんだか、複雑な表情。・・・悲しそうな、安堵したような。

 

「美羽よりも年上だからと放っておいたのが、斗詩たちが居るから大丈夫だろうと思っていたのが・・・そして、俺が麗羽を甘えさせたのが、原因なんだろうな」

 

立ち尽くす私たちの横を通り過ぎたギルさんは、麗羽様の前まで歩くと、その目の前で屈みこみました。

 

「・・・もう一度、やり直そうか」

 

後姿しか見えませんでしたが、多分その顔は、とっても良い笑顔だったんじゃないかな、って。そう思います。

あれが、私の憧れる王の姿。・・・密かに恋焦がれる、黄金の王の姿。

 

・・・

 

「――だから、麗羽はそれまでのことを反省して」

 

懇々と続く説教。目の前には正座した涙目の麗羽と、周りをおろおろとしている斗詩。そして眠たそうに胡坐をかく猪々子。こら猪々子。スカートの中が見えるから椅子に座りなさい。

・・・え? 俺なら見られても大丈夫? ・・・男扱いされてないんだろうか。悲しいなぁ、おい。

 

「――というわけで、これからすべきこととはというのは――」

 

今までの小言だとか注意だとかが口からすらすらと出てくる。

デコピンで赤くなった額が痛々しいが、これも麗羽のため。なんと言われようと、時には体に教えることも必要なのだ。

ちなみに、筋力ステータスが尋常じゃなく高い俺のデコピンを受けて何故麗羽の頭が『あべし!』とならなかったのかと言うと、単純に壱与のお陰だ。

彼女が背後に展開していた『銅鏡』は、魔術発動の媒体のようなもの。『反射』の弱いものを麗羽の額に重点的に掛けたことによって、あれだけの軽症で済んだのだ。

むしろ、幾ら弱くても『反射』をあれだけ掛けて、それでも吹っ飛んでしまうというのは、単純に俺の筋力ステータスが壱与の魔術を超えてしまったということだ。流石は魅惑の人外ぼでー。

 

「――で、あるからして・・・麗羽? 聞いてるか?」

 

「は、はいっ! 聞いていますわ!」

 

「それなら良い。・・・まぁ、俺自身あまり長く説教するのも疲れるからな。お説教はこれくらいにしておこう」

 

「・・・これくらいって・・・かれこれ二刻は説教してたぞ・・・」

 

「これであまり長くないというのなら・・・ほ、本当のお説教は何時間正座コースなのでしょうか! 壱与、とっても気になります!」

 

背後の騒がしいお供たちをスルーしつつ、正座をしている麗羽に手を差し出す。

 

「まぁ、取り合えずこれからも間違ったことをしたら叱るからな」

 

「・・・はい」

 

「麗羽の素直なところと、気位の高いところは美徳だとは思う。そこを否定する気はないけど、悪い方向へ行きそうになったら俺が止める。これまでは疎かにしてたけど、これからは気をつけるよ」

 

ごめんな、と最後に付け加えると、麗羽が俺の手を取りながら口を開いた。

 

「ギルさんが謝ることじゃございませんわ。・・・貴方に吹き飛ばされて、叱られて分かったのです」

 

「ん?」

 

「・・・わたくしのことをきちんと見てくださっているから、こうして本気で怒ってくださったのですね? ・・・この袁本初、貴方の想いが、言葉でなく心で理解できました!」

 

「それ、理解してても悪い方向に向かう奴の台詞だからな?」

 

「え?」

 

「あ、いや、なんでもない。まぁ、分かってくれたなら良いんだ」

 

「ええ! これから心を入れ替え、自分に出来ることからやっていこうかと思います!」

 

「それは良い」

 

「つきましては・・・その」

 

なにやら言いにくそうにもじもじし始めた麗羽。

どうしたんだろうか。あ、何か仕事を手伝おうとしてくれてるのかな? 「今までのお詫びとして」、みたいな。

 

「あの侍女喫茶でやらせていただいたように、侍女のお仕事を手伝わせていただきたいのです」

 

「あ~・・・それは中々良いアイディアかもな」

 

ある程度知識は学んでいるし、何しろ麗羽自身、やる気を出してくれてるみたいだし。

俺のお付・・・『ギル専属待機』に混ぜれば、何かやらかしても迷惑被るのも俺だけになるしな。

 

「うん、なら侍女隊に特別編入してもらおうかな」

 

俺の言葉に、ぱぁ、と顔を輝かせる麗羽。

・・・キャラ変わりすぎだなぁ。そんなにお説教が効いたか?

まぁ、それがいつまで続くかは分からんが。言われた最初は「やってやろう」という気になるが、それを継続させるのが難しいのだ。

何処でも言われているが、「継続は力なり」なのだ。一度だけではただの気まぐれ。続けていくというのが、何よりも大切な意志。

 

「その辺も、ゆっくり教えていくか」

 

「? 何かおっしゃいまして?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

それに、侍女・・・というか、メイドというのは中世なんかでは身分の高いものしか就けなかったといわれるくらい、難しいものだ。

貴族の振る舞いを理解でき、更に身分の確かなもの、という意味で選ばれたものの職業という認識だったらしい。

ならば、麗羽に出来ない道理はない。

 

「というわけだけど・・・斗詩、猪々子。お前達はどうする? 麗羽と一緒に侍女隊に入ってもいいし・・・そうだな、ウチの遊撃隊に来ても良い」

 

後ろの二人に声を掛けてみると、二人ともお互いに目を合わせ、うぅむ、と唸る。

 

「・・・あたいは、アニキの部隊に世話になろうかな。麗羽さまが新しいことをしようってんなら、あたいもアニキの部隊で新しいことに挑戦してみたいし」

 

「私も・・・その、ギルさんの部隊でお手伝いさせていただきたいです。今までご迷惑をお掛けした分も、お返ししたいですし・・・」

 

二人の答えを聞いて、よし、と頷く。

 

「七乃、聞いてたな?」

 

「もちろんですよぉ。斗詩さんと猪々子さんの部隊編入書類を用意しておきますね~」

 

うむ、流石はウチの副官だ。細かいところに気が回る。

それに、これで頭脳系がもう一人増えた。斗詩と七乃なら気心も知れてるだろうし、気性も荒くない。

ぶつかり合うことは少ないだろう。攻撃の面でも華雄と猪々子という爆発力のある面子が揃った。

後は色んなところで使えるバランサーの副長。うむうむ、他の軍にも負けないぐらい人材が豊富だなぁ、おい。

 

「じゃあ、早速それぞれのところに挨拶に行こうか」

 

・・・

 

何時も通りに訓練をして、何時も通りに兵士を吹っ飛ばす。

最近は魏の海兵式訓練だかなんだかに参加してくれたお陰で、私を馬鹿にするようなアホはめっきりいなくなりました。

そんな中でもまだ私を下に見るようなのは、直接けちょんけちょんにして修正してあります。

うぅ、隊長早く来ないかなー。すっごい恋しいです。

弄られるのも、いじめられるのも、試合で翻弄されるのも。隊長がしてくれるなら、とっても嬉しいのに。

 

「うー・・・なんかむかむかしてきた」

 

「・・・不味い。副長殿に変化あり! おそらく隊長のことを考えてのもの・・・暴走です!」

 

「さっ、散開! それぞれの班ごとに纏まり、班長が指揮権を持って判断せよ!」

 

今日は確か、蜀の執務室で政務だったっけ。ああもう、だったらあの巨乳の桃香さんとか、軍師の朱里さんとかとしっぽりやってんのかなー。

 

「あーもう! もやもやする! 兵士さん! 全員構えなさい!」

 

「く、来るぞー! 密集陣形! 衝撃に備えろー!」

 

いつの間にか班ごとに纏まって縦を構えている兵士さんたちに突っ込む。

ほらほらー! 踏ん張らないと怪我するぞー!

 

「吹っ飛べっ!」

 

「て、てっきゅ・・ぐわぁぁぁぁっ!」

 

どーん、と漫画のように吹っ飛んでいく兵士さんたち。

医療班がキャッチして診断を開始したので、取り合えず放置。

 

「次の獲物はどーこーだー・・・?」

 

「お、やってるやってる。おつかれさーん」

 

辺りに視線を向けて、次は何処の班を壊滅させようかと思っていると、聞きなれた声が。

慌ててそちらに目を向けると、こちらを見下ろしている隊長と七乃さんの姿が。

 

「たいちょー!」

 

「・・・た、助かった・・・! 助かったぞー!」

 

うおおおお、と何故か勝利の雄叫びを上げる兵士さんたちに変なの、と呟きつつ、隊長の下へ。

あれ? 七乃さんの他に、斗詩さんと猪々子さんも連れてきてる。どしたんだろ。

 

「おう、副長。お疲れ」

 

「えへへ。お疲れ様です。あの、どうしたんですか? 今日は確か、執務のご予定ですよね? 訓練見学は今日無かったと思うんですけど・・・」

 

「ん、いや、新しく遊撃隊に二人入ることになってな」

 

「・・・なるほど、後ろのお二人ですね。よろしくお願いします。副長の、迦具夜です」

 

すぐに合点がいった私は、自己紹介がてらぺこりと頭を下げる。

 

「あっ、こ、こちらこそ! 今日からお世話になります、斗詩です!」

 

「同じく、猪々子。副長って強いんだって? 後で手合わせしよーな」

 

それぞれと握手をして、軽く自己紹介。

取り合えず訓練の途中でしたし、と二人を迎えて訓練を再開。

 

「んー・・・じゃあ、取り合えず走りますかー」

 

基礎体力を見るという意味でも、取り合えず走りましょう。

走って走って走って。戦場では体力がものを言いますからね。

 

「副長らしいことやってるじゃないか。流石だな」

 

なでなで、と隊長が私の頭を撫でる。

大きくて温かい手が自慢の髪を梳くように動き、なんだかくすぐったいような快感を与えてくれる。

この感覚がとっても心地よくて大好きだ。直接的な快楽とは違う、なんだか幸せな快さ。

うぅむ、これになんて名前をつければいいのか。

 

「取り合えず、走りながら考えようかなー」

 

・・・

 

「・・・ま、結局こういうことになりますよね」

 

「ん? なんか言ったか、副長」

 

「いえ、何でも。・・・それにしても、ほんとに一対一なんですか? 猪々子さん」

 

彼女のことだから斗詩さんと一緒に掛かってくるもんだとばかり思ってましたが。

まぁ、隊長がこなければ大抵の人に勝てますからね、私。

ふふん、自慢の剣技、見せてあげましょう。・・・あれ? 私姫ですよね? かぐや姫なのになんで剣技が上達してるんだろ・・・。

 

「うぅ、考えない考えない。お淑やかさより、隊長のお役に立てる剣技のほうが重要だもの」

 

ぱちん、と両手で頬を叩いて、前を見据える。

猪々子さんも巨大な斬山剣を用意し終わったみたいですし、審判の隊長に二人で視線を向ける。

 

「ん、用意できたか? じゃ、用意」

 

す、とお互いの姿勢が低くなる。

隊長が挙げた手が、掛け声と同時に振り下ろされる。

 

「はじめ!」

 

「っ!」

 

「でりゃぁっ!」

 

開始の合図と同時に振り下ろされる斬山刀を身を捩って避ける。

あっぶね! デカイってそれだけで強い理由になりますからね。リーチしかり、攻撃力しかり。

単純故に真正面からぶつかり合って勝つのは難しい。

私の聖剣よりも大きさも何もかも勝っているのだから、もう打ち合うだけ無駄。防ぐのも無意味。

小柄でスピードの出せる私の体なら、飛び回って逃げ回って、体力の続く限り避け続けるのが正解だ。

そうして、隙を見つける。私の多彩な道具達なら、それが出来る。

 

「すばしっこいなぁ! あたいはそういうの苦手なんだよっ!」

 

そういいつつも、巨大な剣を真横に振るう猪々子さん。

相当な膂力がないとこの動かし方は出来ないと思うんですけど! っていうか私みたいなのと戦いなれてますね!?

多分一撃目はかわされること前提での大振り。その後の退避先で体勢を崩したところに広範囲のなぎ払い。

私は何とか屈んで避けましたが、もうちょっと反応が遅れてたら盾か剣で防がざるを得ないところでした。

そして、その力の押し合いでは私が猪々子さんに勝てる道理はありません。

この隙を逃さぬように、猪々子さんが剣を振り切る前に、屈んだ状態で弓を構える。

どんなに膂力があったって、あれだけ大きいものを振っている途中では小回りが利かないはず。

まぁ、たまにそのまま無理矢理軌道を戻す隊長とか恋さんとかって言う化け物はいますけど。

 

「一撃! 必中させます!」

 

「弓!? どっから・・・っだぁ!」

 

避けにくい胴に狙って撃ってみましたが、予想通り避けられてしまいました。

重い剣に逆らわず、踏ん張らないで振った勢いそのままに体を流すことで、大きく重心をずらしたのでしょう。

私も今のでしとめられたとは思っていません。・・・先ほどは私が体勢を崩されましたが、次は猪々子さんが崩される番です。

 

「今・・・! 吶喊します!」

 

屈んだ状態から地面を踏みしめて最高速へ。

真正面の猪々子さん以外が、線のような景色へと変わっていく。

剣を手元に戻せてない今、ここが接近の大チャンス!

焦る表情を浮かべる猪々子さんに向けて、剣を振るう・・・。

 

「せ・・・ぷぎゅっ!?」

 

瞬間。視界が大きくぶれました。

一瞬の空白の後、頬に走る痛みと、振り切られた猪々子さんの肘が見え、ああ、肘打ちされたのか、とおぼろげに認識。

ぐらつく視界の中、そりゃ、接近されたときのためにある程度体術鍛えますよね、と自分が油断していたのを実感する。

 

「う、あ・・・んぅっ!」

 

でも、まだ足は動く。

踏みしめた大地は泥のように覚束ないけど、握っているはずの剣と盾も取りこぼしそうなほど手の感覚も無いけど!

それでも、こんな情けない醜態を晒して、隊長の前で副長の私が負けるわけにはいかない。

 

「うわ、あんだけバッチリ入って動くのかよ。・・・流石アニキの部隊の副長って所か?」

 

「そのとーり。わらひがたいちょーの前で負けるのはだめなの。だめだから、頑張る・・・のっ!」

 

呂律も回ってない状態で、するべきことは後退。

一旦距離を取ってこのフラフラの状態を回復させ、それから体術に気をつけて接近する。

・・・それが、正解なんでしょう。

でも、私は逆にッ! 前に突っ込む!

 

「くずします!」

 

盾を構えたまま体当たり。

受身は取ったみたいだけど、尻餅をついてるみたい。

そりゃ、脳震盪起こしてる人間が体当たりしてくるとか思いませんよね。

だからこそ、私はやってやりました!

 

「あいてっ。・・・ちょ、あんまり接近戦は慣れてな・・・っとぉ!?」

 

剣で突き・・・のつもりだったんですけど、さっきの衝撃で聖剣落としてたみたいです。

私の小さい拳で効くとは思いませんけど、こっちだって護身術程度の体術は習ってるんですよ!

だけど、猪々子さんはそれを仰け反って避けると、そのままバク転をして距離を取りました。

・・・これで、状況はリセット、かな。

でも、私が退くのと、猪々子さんが退くのは意味が変わってきます。

私ではなく猪々子さんが退けば、離した斬山刀から距離を取ってしまうということ。

今彼女の獲物の斬山刀も私が取りこぼした聖剣も、私の足元にありますしね。

そして、むこうが距離を取ってくれたお陰で、こっちは考える時間と回復する時間を得られました。

月の民である私は、普通の人間よりもある程度回復力というのに優れています。

脳震盪も、軽いものであれば今の時間で十分回復可能。

猪々子さんから目を離さないように、自分の剣を拾う。

 

「・・・降参、します? 正直、勝ち目は無いと思いますよ?」

 

慢心でも油断でもなく、しっかりと状況を見た上で、そう確信する。

素手の猪々子さんなんて、正直ウチの遊撃隊の兵士に毛が生えたくらいのもの。

ぶっちゃけ、今の私なら三手くらいで勝利への道が見えてます。

踏み込んで、体勢崩して、剣を突きつける。それだけで彼女は負けるでしょう。

猪々子さんもそれを理解したのか、座り込んで手を挙げ

 

「だなぁ。降参降参。あたいの負けだ」

 

「・・・ふぅっ。ありがとうございました、猪々子さん。貴方のお陰で、初心を思い出せましたよ」

 

重い斬山刀を彼女に渡して、お礼を言う。

 

「んあー? なんかあたいがした? ・・・ま、感謝されるのは悪くないねー」

 

どもー。と斬山刀を受け取った彼女と握手をして、隊長に視線を送る。

隊長はその視線を受けて、そういえば、と思い出したように手を挙げる。

 

「そこまで! ・・・副長、猪々子、お疲れ様」

 

そう言って、隊長はこちらに歩いてくるのでした。

 

・・・

 

「いやはや、やっぱり凄いな」

 

再び走り始めた副長たちを見ながら、ふと呟く。

 

「それは、副長さんが、ということですか~?」

 

「ん、あー、いや、それもあるけど・・・」

 

「猪々子さんも、と?」

 

「うん」

 

猪々子はなんだかんだ言って実力を見ることは無かったが・・・今のである程度分かった。

彼我の実力差が分かる経験もあるし、あの大剣を振り回す膂力だけではなく、とっさの体術が出てくる対応力。

間違いなく即戦力だ。実戦ですぐに使えるだろう。・・・流石は袁家。良い将と出会う運は凄まじい。

 

「? ・・・どうかなさったんですか~」

 

七乃も含めて、と思いながら視線を向けていると、その視線に気付いた七乃が首をかしげながらそう聞いてくる。

いや、なんでも、と適当に濁して再び訓練中の兵士達に視線を戻す。

 

「斗詩さんも一緒に走らせてよかったんですか~? 私と同じように文官寄りとして使うなら~・・・」

 

「まぁ、部隊での用途としては文官・・・どっちかって言うと頭脳よりだけど、七乃とは別の役割を持たせようと思って」

 

「別の役割・・・。あ~、なるほど~。私は本陣で指示を出す。斗詩さんは現場で判断を下す。そういう違いですね~?」

 

・・・やはり聡いな、この子。

 

「その通り。どうしても戦いになると連絡って言うのは通りづらくなる。そういう時、斗詩みたいな将が居ると、その場その場で冷静な判断を下せる」

 

猪々子だけ、華雄だけなら突出して窮地に陥ることもあるだろう。

そういうときに、七乃とは別の視点を持つ『目』が必要になる。

 

「目は一つだけじゃダメだということだ」

 

「流石は黄金の将ですね~。麗羽さまとは大違いと言ったところでしょうか~」

 

「どう反応していいか困るが。・・・まぁ、麗羽は麗羽で別の才能があったということだろうさ」

 

今麗羽は侍女隊に編入させ、『ギル特別待機』の担当の班に入って勉強をすることになっている。

優しく純粋な侍女隊の彼女達のことだ。麗羽にも偏見の目を持たずに平等に接し、教え導いてくれるだろう。

その中で自分の才覚を見つけて欲しいものだ。

 

「それで~・・・いつお三方を閨に御呼ばれになるのですか~?」

 

「・・・なんでそういう発想になるかなー・・・」

 

俺が女性を仲間に入れるたびに七乃はこうしてそそのかしてくる。

前華雄を入れたときも、『あの人は誘えば拒否しなさそうですよねぇ』と何を考えてるのか分からない笑顔で呟くほどだ。

 

「優秀な方は、優秀な子を残す義務がありますから~」

 

「ありますから、と言われてもなぁ」

 

優秀じゃなくても子が出来ることは嬉しいことだが・・・それを望まない子に強要させるほど人間終わってないはずだ。

え? もう人間じゃない? ・・・言葉のあやだって。

 

「まぁ、迫れば満更でもないと思いますけどねぇ。特に斗詩さんは」

 

「ん?」

 

「ふふ。聞かせるつもりの無い呟きなので、お気になさらず~」

 

上品に笑う七乃は、その言葉の通りその呟きを俺に聞かせるつもりは無かったのだろう。

言葉を続けずにそのままだんまりとこちらを見て笑顔を浮かべている。

 

「それに、麗羽さまもご主人様と関係を持てれば、少しは落ち着くでしょうし。あの雪蓮さまのように~」

 

「・・・それもあるか」

 

まぁ、後でそれとなく声を掛けてみるか。

仲良くなっていって、もしそういう気があるのであれば・・・。

む、いやいや、俺はもう少し強気で行くと決めたはずだ。

消極的より積極的。綺麗な子と関係がもてるのなら、それは嬉しいことのはずだし。

 

「・・・まぁ、前向きに考えておくよ」

 

「その言葉を待っておりましたよ、ご主人様っ」

 

語尾にハートマークでもついてるんじゃないかというくらい上機嫌にそう言った七乃は、いつもの薄い笑みではなく、満面の笑みを浮かべていたのだった。

 

・・・




「本日からお世話になります、袁本初ですわ! ご指導ご鞭撻、よろしくお願いいたしますわね!」「分かりました。まず、ギル様の寝台のお掃除からですが・・・」「お掃除。ええ、わたくしの初仕事ですわね!」「これが、ギル様が使用されたお布団です」「これをお洗濯するんですのね」「いいえ。まずは嗅いでください」「・・・? か、かいで?」「はい。顔を埋めて、大きく息を吸い込むのです」「そ、それに何の意味が」「やりなさい!」「は、はいっ! まふっ。・・・すーっ」「・・・どうです? とても芳しい、ギル様の匂いがしますよね?」「え、ええ。兵の方とは違って、汗臭くなくて・・・高貴な匂いですわ」「よろしい! 貴方には侍女の素質があるようです! この秘蔵の『ギル様のお洋服』を差し上げましょう」「え? え? あ、ありがとう・・・ございます?」

「・・・ふっふっふ。ギル様の匂いだけで満足する侍女なぞ二流! 壱与はもう、ギル様のことを思うだけで・・・お、おも、思うだけっ、でっ、んぅ・・・ふぅ。さて、これが上級者向けです」「流石壱与様だわ・・・」「私たちも頑張らないとね!」

「・・・うわぁ。大変だなぁあの人も。頻繁に夢に呼んで労ってあげるとしよう・・・」

こうして、主人公は神様に呼ばれる頻度が増え、なんだかやけに構ってくる神様に妙な悪寒を感じたという。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第六十八話 邪馬台国に

「邪馬台国といえば、男の王を立てたら争いが耐えなかったから女王にしてみたら纏まったって感じだよね」「まぁ、ざっくばらんに言えばそうだな」「・・・あれかな。女王、萌えー! なんて結束を見せてたのかな。そうだとしたら流石日本人といわざるを得ないんだけど」「その後の壱与なんてホント、設定的にはヒロインだよね。幼いながらも女王として国を統治する、なんてさ」「・・・やっぱり、どれだけ古代でも日本人は日本人だったってことか・・・」

それでは、どうぞ。


「今日とか暇?」

 

「ん? まぁ、暇っちゃ暇だけど」

 

「じゃ、ウチくる?」

 

「・・・そういえばそんな話してたな。行けるのか?」

 

訓練を終えた俺を待っていたのは、卑弥呼と壱与の邪馬台国コンビだった。

そういえば年始に挨拶に向かうと約束してたな。

 

「ええ。わらわに触れてなさい。一緒に平行移動するわ」

 

「壱与にも触れてて良いんですよっ、ギル様っ」

 

「・・・卑弥呼、行こうか」

 

そう言って、卑弥呼の肩に手を乗せる。

壱与がなにやら文句を言ってくるが、それをスルーして卑弥呼は魔法を発動させる。

一瞬目が眩むような感覚がして――。

 

・・・

 

「ついたわよ」

 

そう言われて、思わず閉じていた瞼を開く。

そこは木造の屋敷とでも言うような場所だった。

おそらく、卑弥呼が引きこもっていたといわれていた神殿だろう。

 

「ここがわらわの神殿。・・・壱与、わらわは顔出せないから、代わりに弟呼んできなさい」

 

「はいっ」

 

軽い足取りで屋敷から出て行った壱与を見送り、勧められるままに座布団の上に座る。

・・・座布団あるんだ、今の時代に。

なんて思っていると、卑弥呼は俺の隣に腰を下ろして体を寄せつつ口を開いた。

 

「まぁ、ある程度見て分かってると思うけど・・・多分、あんたの知ってる邪馬台国じゃないと思うのね」

 

「だな。・・・俺の知ってる卑弥呼の生きた時代って言うのは、もっとこう・・・」

 

「原始人っぽい?」

 

「悪い言い方をすればそうだな」

 

弥生時代といえば、着るものは幅広い布を帯か何かで留めておくだけ、とか、食べる時は手づかみだとか、そういう時代だったはずだ。

 

「ま、そうよねー。それを良しとしないのがわらわなんだけど」

 

「と、いうと?」

 

「取り合えず平行世界行きまくったわ。ちょっとでも文明文化が進んでればそこから学んだし、それを利用して文化水準上げまくったもの」

 

「なんという内政チート・・・」

 

「ふふん。女王だもの。国のために粉骨砕身するのは義務でしょう?」

 

そう言って、まるで「褒めなさい?」とでも言うように胸を張る卑弥呼。

偉い偉い、と頭を撫でてやると、照れくさそうに笑う。

 

「ま、そんな感じだから・・・後で壱与に案内してもらいなさい。驚くわよー?」

 

こちらをニヤニヤと笑う卑弥呼は、自分の政務机らしいところへ移動すると、なにやら書き始めた。

 

「なんなんだ、それ?」

 

「んー? 日記みたいなもんかしらね。こういうのがあると、未来の歴史学者が助かるでしょ?」

 

「・・・凄い理由だな」

 

でもまぁ、確かにそういうのがあれば、学者なんかは大助かりだろう。

 

「あんたが来たこととか、忘れないうちに書いておかないと。・・・あんたのことなんて書けばいいのかしら。カタカナとかで書いて通じるのかなー」

 

「未来の歴史学者が一斉に首を捻るな。遥か昔に死んだはずの古代ウルクの王が邪馬台国に居たりしたら」

 

「そうよね。ま、取り合えず身体的特徴と、名前と・・・こんくらい分かりやすく残しておけば、疑われることも無いでしょ」

 

何故か、歴史を変えてしまったかのような感覚を覚えてしまう。

中身は一般人なんだけど・・・と言ってももう遅いだろう。俺自身、今はもう『ギル』としての意識が確立しちゃってるからな。

・・・あれ、ギルガメッシュってウルクの王だから・・・このまま日本に記録として残ると大変なことになりそうな気がする。

 

「っていうかカタカナあるのか」

 

「あるわよ。・・・文化水準高めまくったって言ったじゃない」

 

「そこまで上がってるとは思わないだろ、普通」

 

「つっても、わらわくらいしか使わないけどね。こういう風に歴史書作るときくらい?」

 

「完全に怪しい本になるな」

 

大丈夫なのだろうか。未来で偽物呼ばわりされないだろうか・・・。

そんな心配をしていると、こちらに近づいてくる気配を捉えた。

二人・・・壱与と弟くんだろうか。

壱与も弟くんも、何故か部屋には入らずに扉の外から声を掛けてくる。

 

「ただいま戻りましたー!」

 

「姉さん、来たよ。あ、あけましておめでとう」

 

「あけおめ。わらわの恋人が来てるのよ。壱与を案内につけるから、町を適当に見せてやってくれない?」

 

「分かったよ。じゃあ、準備が出来たら外に来て貰って。壱与ちゃんと外で待ってるから」

 

「んー」

 

外から聞こえた声に適当に答えると、卑弥呼はこちらに向き直る。

 

「聞いてたでしょ? 取り合えずあんたの準備が出来たら外に行きなさいな。わらわはここで書き物してるから」

 

「了解。・・・準備って言ってもな。特に準備することもないし・・・行くか」

 

よっこいしょ、と立ち上がって、だだっ広い卑弥呼の私室の出入り口まで向かい、扉に手を掛ける。

がちゃり、と音を立てながら、卑弥呼の神殿の扉が開いて、外の明るい日差しに少し目がくらむ。

そんな俺の背中から、卑弥呼の問いかけが飛んできた。

 

「いいの? 心の準備とか」

 

「ん? そんなに準備が必要・・・か・・・?」

 

卑弥呼の言葉に一度振り返り、光になれてきた頃にもう一度扉の外に目を向ける。

目の前に広がる光景を見て、思わず扉を閉めて後ずさる。

・・・あれー? 邪馬台国だよな、ここ。・・・うん、邪馬台国。

 

「もう一度・・・」

 

そう呟きながら扉を開いて・・・また無言で扉を閉める。

 

「・・・もうちょっと準備、いるんじゃない?」

 

「・・・いるっぽい」

 

苦笑いを浮かべる卑弥呼に、俺も苦笑いで返すしかなかった。

 

・・・

 

全速力で弟様を呼びに行った後、また壱与は卑弥呼様の神殿に向かって走っていました。

 

「おいおい、壱与ちゃん。そんなに早く走られると、僕もうおじさんなんだから追いつけないよ」

 

「ふふっ。壱与と卑弥呼さまの旦那様をお見せするんですっ。もう待ちきれませんよ」

 

後ろを付いてくる弟様は、少しだけ小走りで苦笑いしながら、私の後ろを付いてきます。

まだおじさんなんて年齢じゃないのに・・・もう、最近政務ばかりだから鈍ってるんじゃないですか?

 

「手紙で何度も聞いたけど、素晴らしい人みたいだね」

 

「ええもう、それはっ! 壱与にとって神のごとく・・・いえ、あの方こそ壱与の神! 崇め奉るべき神なのです!」

 

「・・・そこまで入れ込むのは凄いね。ホント」

 

こうしてるだけでも、ギル様の激しい攻めやお優しいナデナデを思い出して・・・ああ、壱与、達してしまいそう!

 

「んんっ。・・・ふぅ」

 

「・・・うわぁ」

 

立ち止まって一旦処理。

感情も落ち着いたので再び走り出すと、後ろの弟様がとても嫌そうな顔をしていました。

 

「?」

 

もしかしたら、久方ぶりの運動でやはりお辛いのかもしれませんね。

・・・うぅ、もうちょっとゆっくりにするべきだったかなぁ。で、でもでも、ギル様をお待たせするなんて壱与にはそんな失礼な真似・・・。

 

「壱与ちゃん、こっちこっち。行き過ぎてるよ」

 

「っとと。そうですね。・・・ただいま戻りましたー!」

 

・・・

 

弟様が声を掛け、ギル様の準備が出来次第出立ということでしたが、先ほどからギル様は扉を開けては閉め、開けては閉めを繰り返されております。

・・・どうしたんでしょうか?

 

「・・・やっぱりこの町並みを見れば、普通の人はびっくりするよ」

 

「そう、なのでしょうか? ・・・壱与は生まれたときからこの町なので、特に疑問は抱かなかったのですが・・・」

 

「僕は姉さんと一緒に育ってきたからね。君が生まれる前の邪馬台国も、それを変革しようとする姉さんの姿もずっと見てきた。・・・だからこそ、姉さんは『日記』として記録を残そうとするんだろうけどね」

 

「? ・・・壱与には、難しいお話でしょうか・・・?」

 

「・・・ふふ。かもね。まぁ、僕もたまには君のお父さんっぽいことをしないとな、と思っただけだよ」

 

そう言って、弟様・・・お父様は、壱与の頭をゆっくりと撫でてくれました。

ギル様とは違う、でも同じように温かいお手。

 

「あ、出てきましたわ! ギル様ー!」

 

「おっとと。・・・なるほどね、彼が『ギル様』、か」

 

ギル様に駆け寄ると、壱与を受け止めてそのまま流れるように頭を撫で梳いてくださいました。

 

「どうですか、邪馬台国は! とってもいいところでしょう!?」

 

「ん、ああ、そうだな。うん。・・・思えば俺も神様の部屋とか言ってるんだし、こういう超常現象にはもっと落ち着いて対処すべきなんだよな。うん」

 

なにやらしきりに頷いていらっしゃいますが・・・。きっと壱与には想像もつかないようなお考えが頭に浮かんでいるに違いありません!

 

「それでは、ギル様。邪馬台国をご案内いたします!」

 

「お、おう。頼むよ。・・・ゆっくりな?」

 

ギル様のお手を引いてお父様の元へと向かうと、ギル様とお父様が自己紹介されてました。

そのまま、お父様の先導でギル様を邪馬台国の色んなところへとご案内しました!

むこうの世界の大陸でも中々のものがありましたが、邪馬台国にも美味しいものはいっぱいあるんです!

 

「どうですかこのお味!」

 

「・・・壱与にも言ったけどさ、俺って中身は日本人な訳よ」

 

「はい! 壱与と同じ血が流れているのですよね!」

 

「やっぱりこういうのが懐かしいと思うのがその証拠だよなー」

 

「お口に合ったようで何よりです!」

 

「今度一刀と甲賀とランサーつれてくるか。・・・あいつらなら、この世界をもっと喜ぶだろうし」

 

遠い目で『塔』を見つめるギル様・・・。うぅ、何か遠い目をされてます。

こ、こういうときは『神殿』にお戻りいただいたほうがいいのでしょうか・・・。あぁ、壱与、こういうときは何をしていいか分からなくなっちゃいます・・・。

 

「っと、ごめんな、壱与。なんかしんみりしてた」

 

「ふぁっ!? あ、い、いえ! ギル様が謝ることでは!」

 

ぶんぶんと頭と手を横に振る。そんな壱与を見て、ギル様は優しく頭を撫でてくださいました。

・・・やっぱり、壱与はギル様のこと大好きなんだなぁ。

 

「そろそろ日も暮れる。僕も家に戻らないといけないから、壱与ちゃん、ギルさんを姉さんの屋敷まで送ってくれるかな」

 

「分かりました! それでは、いきましょ、ギル様!」

 

「ん、おう。・・・あ、弟くん。ありがとう。楽しかったよ」

 

「いえ。姉さんの夫になる方ですから。おもてなしして当然ですよ。・・・相当驚かれていたようですから、多分姉さんに根掘り葉掘り聞かれますよ、きっと」

 

「かも知れないな」

 

そう言ってお父様と別れを告げられたギル様は、壱与が手を引いて『神殿』までお送りいたしました。

途中にあった『塔』や『港』にちらりと視線を向けては軽いため息を吐くギル様に少し首をかしげちゃったりもしましたが、特に問題も無く卑弥呼様の『神殿』までやってこれました。

 

「ただいま戻りましたっ。卑弥呼様!」

 

「ただいまー」

 

「あら、お帰り。早かったじゃないの」

 

卑弥呼様に出迎えられ、お部屋の中へ。

すでに夕餉の準備がされていて、人数分の膳の上に乗っていました。

 

「ご飯は用意させといたわ。祝いの席ですものね、ある程度豪華よ」

 

「だな。・・・確かに、豪華だ」

 

? ギル様は今日何度目かになる妙な顔になりました。

どうしたんでしょうか? 

いつものお正月のご飯ですが・・・ああ、そういえばギル様が前にいらっしゃったところはここより遥か未来。

そして、今生活されているのはかの大陸。となればこの邪馬台国と食生活が違うのも納得です。

 

「取り合えず、いただいちゃいましょうか。・・・いただきまーす」

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

もぐ、とお漬物を一口。うん、美味しい。

ギル様も一口食べてお気に召したみたい。とても美味しそうな顔をされてます。

良かったぁ。

 

・・・

 

「で? 今日は泊まってくの?」

 

「どうしようかなぁ・・・正直、一泊ぐらいしてみたい気がしないでもないんだよな」

 

「いいじゃないの。していけば。わらわの夫ってことは、あんたの家も同然なんだから、ここは」

 

「そうですよっ! それに、ここなら他の女の邪魔も入りませんから・・・壱与が一晩中、ご奉仕できます!」

 

「はぁ!? 壱与にだけ任せられるわけないでしょ!? もちろんわらわも一晩中ギルのお世話してやるんだから!」

 

なんですか!? なんだって!? と何時も通り言い合いに発展した二人を見て笑いつつ、まぁ一晩泊まっていくかと思う。

二人の一晩中の奉仕というのが気になる、というのもあるが、まぁ久しぶりに布団で寝てみたいな、とふと思ったのだ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えるよ。三人で川の字で寝るって言うのも良さそうだ」

 

「川の字って普通親子よね? ・・・どっちが娘でどっちが嫁?」

 

「もちろんっ! 決まってるじゃないですか! 卑弥呼様が奥さんで、壱与が娘です!」

 

「・・・即答なんだ」

 

「・・・即答なのね」

 

壱与こそギル様のお嫁さんです! 位は言いそうだと思ったんだけど。

アイコンタクトを取った卑弥呼も同じことを考えていたらしい。

そんな俺達に、壱与は小首をかしげながら口を開いた。

 

「え? だってだって、娘って設定のほうが背徳感あって興奮するじゃないですか」

 

「・・・卑弥呼、壱与の教育は任せた」

 

「はぁ? やめてよね。教育は夫婦二人の仕事なんだから」

 

嫁に娘の教育を押し付けようとしたら、普通に反論を受けた。

・・・仕方あるまい。

 

「あ、でも壱与のお父様は弟さまがすでにいらっしゃいますね。・・・となると、壱与が奥さんで卑弥呼様が娘・・・フォカヌポゥ」

 

「おい、なんか変な妄想始めたぞ。お母さんを止めて来い、娘よ」

 

「嫌よ。こういうのは夫の役目でしょ? お、と、う、さ、ん?」

 

娘に嫁の矯正を押し付けようとしたら、普通に反論を受けてしまった。

・・・む? どっちみち俺は苦労するのか。

 

「取り合えず、ご飯食べ終わったら寝ましょ。いつの時代でも、日が暮れたら寝るのが健康の秘訣なんだから」

 

「っ! ご、ご馳走様! 壱与、お布団用意してきますね!」

 

はぐはぐ、と急いで食事を終えた壱与が、とたとたと膳を下げ、部屋を出て行く。

どうやら布団を取りに行ったようだ。侍女のような人も呼んでいたので、おそらく人数分。

 

「・・・あいつ、またなんか企んでるわね。まぁいいわ。あいつがいないならいないで、いつもは出来ないことが出来るもの。・・・ほら、あーん」

 

「あーん。・・・ほら、卑弥呼も」

 

「あー・・・んむ。・・・ふふっ。おーいしっ」

 

頬に手を当てて顔を赤く染めながら恥ずかしがるその姿は、完全に乙女のものだ。

・・・流石は乙女女王。同じ名前で漢女を名乗る似非乙女とは一線を画すな。

 

「去年の正月は、まさか恋人と甘ったるく過ごすなんて思ってなかったわね。・・・いい気分よ、わらわ」

 

「それは良かった。・・・おいで、卑弥呼。もっと甘くしてやろう」

 

「・・・んふ。我慢弱いのよ、わらわは」

 

だって女王だもの、といつもの台詞を言い切らせず、そのまま口を塞いで服の中へと手を滑らせる。

・・・その後、その場を目撃した壱与によって光弾を打ち込まれた後、布団できちんと二人とも相手をさせられたのは言うまでも無い。

 

・・・

 

「・・・っと」

 

これで帰ってこれたのかな。

うん、周りは見慣れたいつもの自室だ。

お、シーツが代えられてる、侍女隊の仕事だな。

麗羽も手伝いをしているのだろうか。元気にやってくれているといいのだけど。

 

「それにしても、邪馬台国は衝撃だったなぁ」

 

どうだったのか、と聞かれると説明に窮するんだけどさ・・・。

まぁ、新鮮で懐かしさを感じるというある意味矛盾した思いを抱いたとだけ言っておこう。

・・・あそこを統治してるのか・・・凄いな卑弥呼。

 

「ま、取り合えず気分を切り替えよう」

 

じゃないと、いつまでもあの邪馬台国のことを引きずりそうだし。

気分変換も兼ねて、本でも読むかなー。

そう決めて宝物庫から椅子と本を取り出す。

 

「えっと、前は何処まで読んだかなー」

 

外は雪が積もっていて寒そうだが、まだ昼間だからか日光は暖かい。

この俺の部屋は要塞かと見紛う程に結界マシマシの部屋なので、冷気ならば遮断できる。

ちなみに、月のいる後宮はもっと結界マシマシである。冬暖かく、夏涼しいというもので、更に魔力を循環させるというキャスターの神殿のようなところになっている。

 

「お、ここだ。・・・ふむ」

 

しばらく、ぺらり、という頁を捲る音だけが部屋に響く。

・・・読み進めていくと、この部屋に近づいてくる気配が一つ。

 

「おーい、ギルー? いるかー?」

 

声からして白蓮だな。

どうしたんだろうか。声に緊急性が無いから、麗羽たちが何かやらかしたということではないのだろう。

 

「いるぞー。はいっといでー」

 

「邪魔するぞ」

 

がら、と扉を開けて白蓮が部屋に入ってくる。

少し部屋を見渡して俺を見つけると、そのまますたすたと近づいてくる。

 

「どうした? 白蓮が俺の部屋に来るなんて珍しいな」

 

麗羽が何かやらかしたときだとか、たまに暇なときに、「よう」と遊びに来て本を読んだりお茶を飲んで行ったりはするが。

 

「いや、ほら、麗羽が侍女になったりとか、色々あっただろ? ・・・上手くやってんのかなって」

 

「まだ一日しか経ってないぞ?」

 

「だからだよ。最初の数日さえ何とかなれば、麗羽もキチンと仕事をこなせる様になってくからさ」

 

「それもそうだな。・・・ええと、ここに確か報告書が・・・っと」

 

机の引き出しを捜してみると、綴じられた報告書が出てくる。

今月の分なのでまだ数日分しかないが、ここには新人教育についてだとかも書いてある。

 

「読んでみるか?」

 

「おう、借りるよ。・・・何々? 『本日より、新人として、ギル様のお知り合いの袁紹という方が入隊。ギル様のお部屋掃除を手伝わせたところ、見所有りと判断』・・・へえ、中々高評価じゃないか」

 

「うん。侍女の班長に話を聞いてみても、手際も良いし、見所があるって言ってたよ。もしかしたら、天職かもしれないな」

 

「はは・・・。あの麗羽の天職が侍女って言うのも、なんか皮肉だよなぁ」

 

苦笑いをする白蓮に、頷きを返す。

確かに、どっちかって言うと侍女にお世話してもらう側だろうしなぁ。

それに、見所有りと言われても初日は結構大変だったらしい。

 

「ま、これからだろうさ。・・・白蓮も意外と世話焼きだよな」

 

「な、なんだよいきなり」

 

「あれだけ振り回された麗羽のこと、ちゃんと心配しちゃって。・・・意外と悪くなかったのか?」

 

「ばっ! ・・・ま、まぁ、振り回されたときも迷惑って程じゃなかったけどさ・・・」

 

「ツンデレか。詠とか華琳と被ってると思うぞ」

 

「・・・お前、私がいつも方向性を見失っているみたいな扱いはやめろよな・・・」

 

「はっはっは、すまんすまん」

 

まぁ、白蓮は『影が薄いことを気にする』とか『方向性を見失っている』というのがキャラのような気がするので、これからも多分方向性とか見つからないんじゃないだろうか。

その分、色々言いくるめて色んな服装を着せられるので、とても重宝する将の一人である。身体のコンプレックスも無いしな。

・・・その汎用性のある性格のせいで、麗羽の世話とか武将同士の折衝とかに駆り出されることが多く、皆から雑用係のようなイメージを持たれている白蓮だが、俺の中では結構評価の高い子の一人である。

 

「そういえば、晩飯は?」

 

「ん? もうそんな時間か? ・・・今日はどうするかなー。今まではなんだかんだ言って麗羽と食べたりしてたからさ」

 

確かに、無理矢理食事に連れて行かれて、妙に高級な飯店で食事を取っている白蓮を何度か見たことあるな。

あれはそういうことだったのか。・・・ちなみに、その料金は全て俺持ちである。多喜にツケられた時以上にキレそうになったのは秘密である。

 

「だったら、一緒に食うか? 今日は珍しく俺が厨房に立つからな。食べていくと自慢できるぞ」

 

「はは、誰にだよ。・・・ん、ま、そうだな。今日はギルの料理の腕前を見てやろうかな」

 

「お手柔らかにな。じゃ、行こうか」

 

「おう」

 

元気に笑う白蓮をつれ、厨房へと向かう。

私室で作っても良かったが、まぁちゃんと器具の揃っている厨房に行った方が効率はいいだろう。

 

・・・

 

「よっと」

 

「・・・凄い手際だな。前に一度流流のを見たことがあるが・・・それに負けず劣らずじゃないか」

 

近くで俺の調理の様子を見ていた白蓮が、感心したように一人ごちる。

褒められて悪い気はしないので、量をちょっとサービスしてやろう。

 

「私もそれなりに作れるが・・・流石にここまでとなるとやっぱり得意な奴には負けるよ」

 

「白蓮も作れるんだな。・・・ま、このお返しってことでまた今度、白蓮の手料理を作ってくれよ」

 

「別にいいけど・・・あまり期待はするなよ? 流流とか高級飯店みたいな味を期待されても、絶対無理だからな!」

 

「おいおい、俺は華琳みたく味にうるさい、なんてことは無いぞ」

 

「そうかぁ? ・・・お前、結構舌は肥えてるだろ?」

 

「まぁ、それなりには」

 

っていうか、愛紗の料理を食べたりもしてるんだから、『このあらいを作ったのは誰だ!』とやるような人間ではないのは分かると思うんだが。

・・・だが、白蓮と料理の話をしたのは初めてな気がするから、知らないのも仕方が無いか。

 

「ほら、出来た。簡単だけどな」

 

「おぉ・・・簡単に、でこれほどまでのものが出来るのか・・・」

 

流石だな、と呟く白蓮。

ふふん、だろう? 流流と一緒に鍋を何度か破壊しながら練習した甲斐があったというものだ。

作ったのはチャーハンと麻婆豆腐だが、漂う匂いはとても食欲をそそるだろう。

 

「さ、冷めないうちに食べちゃおうぜ」

 

「ああっ。ええと・・・いただきます」

 

「召し上がれ」

 

俺もいただくかな。

手を合わせていただきます、と挨拶。

一口分すくって食べると、俺が思っていたよりも上手に出来ていたようだ。

中々上達しているじゃないか、俺も。今度流流や華琳に振舞ってみようかな。

 

「おっ、凄いなこれ・・・ほど良く辛くて・・・私の好みだよ」

 

「そいつは良かった。俺の好みで作っちゃったから白蓮の口にも合うか不安だったけど・・・ま、好みが一緒でよかったというところかな」

 

「・・・そ、そっか。・・・そうか、好みが一緒・・・ふふっ」

 

「? どうした、白蓮?」

 

「んあっ!? い、いや、何でも!」

 

それならいいんだが・・・。

顔を赤くして取り乱す白蓮をこいつも可愛いなぁと思いつつ目の保養にする。

うむ、白蓮はなんだかんだ言って冷静な子だからな。七乃の次くらいに取り乱さない子だよなぁ。

脳内フォルダに保存しておいて、後で時々思い返すとしよう。脳内CG収集率は白蓮が一番低いからな。スチルが少ないのです。

 

「チャーハンも美味いな。ホント、流流みたいな料理を作るよなぁ」

 

「まぁ、そりゃ一番近くで教えてもらってるからな。それこそ手取り足取り」

 

「ははっ、違いない」

 

屈託無い笑みを浮かべる白蓮と共に食事を終わらせ、満足して厨房を出る。

 

「いや、それにしても麗羽が何とかやってるって聞いて安心したよ」

 

「そりゃ良かった」

 

「まー、その、今までも世話になってるけど、またなんかやったときは手助けしてやってくれよな」

 

「おう、任せとけ」

 

「・・・んと、それじゃ仕事残ってるから失礼するよ」

 

「ああ。頑張ってな」

 

ありがと、と言いながら手を振り、駆けていく白蓮。

・・・やっぱり、面倒見良いよなぁ、あいつ。

 

・・・

 

麗羽が侍女隊に編入してから一ヶ月くらい経っただろうか。

すでに町から新年のお祝いムードはなくなっており、皆寒そうにいつもの業務を行っている。

一刀たちと豆まきをしたのだが、あれは白熱した。まさかランサーが豆を銃に詰めて撃って来るとは。

月も順調にお腹が大きくなってきているようだし。いい事ずくめだな。

何時も通りぶらぶらと町を歩いていると、前からシャオが駆け寄ってくる。

 

「ギルーっ!」

 

「おっと。どうした、シャオ。一人で歩いてるなんて珍しい」

 

「えへへー。一人じゃないよー? 明命たちもいたんだけど、ギル見つけたから一人で来ちゃった!」

 

「おいおい。・・・あ、おーい、こっちこっちー!」

 

抱きつきながらサラっと酷いことを言うシャオを撫でつつ辺りを見渡すと、焦ったようにキョロキョロ辺りを見回しながら動く明命たちが。

平均より若干高い俺が声をあげながら手を振ると、こちらに気付いた亞莎が他の皆を呼んでこちらに駆けてくる。

 

「ギル様っ、この辺りでシャオ様を・・・って、シャオ様!」

 

「みんな、おっそーい! あてっ」

 

「全く。お姫様だってことを自覚しなさい。一人で行動したら心配されるのは当たり前だろ」

 

「ありがとうございますギル様。シャオ様を捕まえていてくれたのですね!」

 

「んー? あー、ま、まぁ、そうなるかな?」

 

亞莎のキラキラとした目で見つめられたので、取り合えず頷いておく。

彼女の期待を裏切らないように、と思いすぎて俺を持ち上げるような言葉には取り合えず頷くようになってしまった。

そこはかとなく「俺はそんなに凄い人間じゃないんだよ」というのは伝えているのだが、それすら謙遜に受け取られてしまうようだ。

 

「今日はどうしたんだ? 仕事から逃げてきたのか?」

 

「ちっがうもん! 明命が甲賀に会ってみたいって言うからおうち探してたの!」

 

「甲賀の家?」

 

「・・・確かに前行って道覚えたと思ったんだけど・・・全然見つからなくて・・・」

 

なるほど。ま、甲賀の家には認識阻害とかの魔術が大量に掛かってるからな。

見つからなくても仕方あるまい。

俺が普通に見つけられるのだって、甲賀から『通行証』を貰っているからだし。

シャオが以前甲賀の家にいけたのも、その『通行証』を持っている俺と一緒にいたからなのだ。

 

「・・・まぁ、確かに明命を見せるとどういう反応をするかは興味あるな。よし、一緒に行こうか」

 

「ほんとっ!? ありがとー! ギル、大好き!」

 

「はっはっはー、嬉しいなー。もっと言っていいんだぞー」

 

「ぎっ、ギル様っ。だ、大好き・・・です!」

 

「私もっ。私も大好きですよーっ!」

 

亞莎と明命も俺の両サイドを固めてそう言ってくれる。

・・・幸せだなぁ。

何時も通り腕に絡まってくるシャオと、少し離れて・・・それでも、以前よりは遥かに近い位置で歩く明命と亞莎を連れて、一行は甲賀の家に向かうのだった。

 

・・・

 

「・・・なるほど、確かにくの一だな。だが、まぁ、忍者ではない」

 

「おお?」

 

以外だ。甲賀のことだから『くの一! くの一ヒャッホウ!』とかいいそうだと思ってたんだけど。

 

「あれだな、亀甲縛りにして天井から吊るされるのが似合いそうな女だとは思うが」

 

「マンハントのときは逆に亀甲縛りにして木から吊るす役なんだけどな、明命は」

 

「何の話してるのか分からないけど、大体内容が分かっちゃうんだけど・・・」

 

「はっはっは、気にするなシャオ。甲賀と俺は大体こんなんだ」

 

「こんなことばっかり話してるの? ・・・んふ、だったらー、シャオで実戦、してみる?」

 

そう言って、俺を上目遣いに見上げて胸元をちらりと見せるシャオ。

 

「・・・分かってないな、シャオは」

 

「ええっ!? な、何でため息つかれてるの・・・」

 

そういうのじゃないんだよ。

わっかんないかなー、実際にするのと、馬鹿話の中で妄想するのとは違うんだよなー。

 

「ま、そういうのが分かるまではもうちょっと掛かるかもな」

 

「んむー・・・」

 

まさに納得いかない、という顔をしているシャオを撫で、俺達の後ろで緊張で固まりながら正座している二人に声を掛ける。

 

「そんなに緊張しなくて良いんだぞ? もっと寛いじゃえよ」

 

「お前・・・俺の家だぞ。まぁ、別に構わんが」

 

「そっ、そんなわけにはっ!」

 

「そうです! ギル様のご友人のお宅で、寛ぐなんて・・・!」

 

「・・・まぁ、二人がそれでいいならいいんだけど」

 

背筋を伸ばしてそこまで反論されては仕方が無い。

・・・まぁ、後で足痺れても知らないぞ、とだけ言っておく。つんつんしてやろう。

 

「そういえば貴様、あの卑弥呼の故郷に行ったそうだな」

 

「ん、おう。行って来たよ。なんていうか・・・凄いところだった」

 

「・・・興味深いな。隣の世界とはいえ古代日本だ。今度連れて行ってもらえるか聞いておいてくれ」

 

「問題ないと思うけどな。ま、取り合えず伝えておく」

 

「失礼します。お茶とお茶菓子をお持ちしました」

 

話がひと段落すると、丁度良くランサーが入ってきて、目の前のちゃぶ台に持ってきたものを並べていく。

羊羹・・・流石甲賀の家だ。まさしくタイムスリップしている気分。

 

「な、なんでしょう・・・この、四角いのは・・・?」

 

「お茶菓子って言ってたから・・・甘いのかな?」

 

明命と亞莎は出された羊羹に興味津々のようだ。

先ほどまで俺の後ろにいたのに、ちゃぶ台の前まで出てきている。

 

「羊羹って言ってな。甘いぞ」

 

「ほわぁ・・・ようかん、ですか。なんだか不思議な響きですね」

 

菓子楊枝でさくっと切り分けて一口食べる女子達。

頬を押さえて感動した顔をしているということは美味しかったのだろう。

流石甘味。女子受けはいいよな。

 

「なんだか、ほっとする味ですね。お茶も、お菓子も」

 

「確かに、和むよなぁ」

 

ほぅ、と明命と同時にため息をつく。

 

「・・・ギルのほうが異国人に見えてくるな。貴様、そこまで日本人離れした外見しておきながら中身は日本人とか詐欺過ぎる」

 

「そんな事俺に言われても。・・・でもまぁ、客観的に見て明命のほうが『それっぽい』のは否定しない」

 

同じお茶を飲んで和んでいる光景でも、俺だと『日本に旅行に来てる外国人』に見えるだろうし、明命は『日本の茶道の家元』みたいに見えるのはまぁ、外見的に仕方なかろう。

そんなことを思いながら明命を見ていると、明命もこちらに気付いて俺を見上げる。

 

「・・・ーっ!」

 

すぐに恥ずかしがって俯いてしまい、所在なさげに羊羹をぶすぶすと刺している。あ、こら、食べ物は粗末にしない。

・・・そういえばさっきからシャオが静かだな。

そう思ってちらりとシャオへ視線を向けると、羊羹を一口食べた体勢のまま止まっていた。

 

「シャオ? どうした?」

 

「・・・ギル? んー? なんだろ、なんか、気持ち悪い」

 

「お前、人が出した菓子を食って気持ち悪いとか・・・あ、いや、ランサー! すぐにジイを呼んでこい!」

 

「は、はっ!」

 

何かに気付いたのか、甲賀はランサーに指示を出した後、すぐに立ち上がる。

 

「ギル、この娘についていてやれ。多分悪阻だろう」

 

「・・・は? ああ、なるほど」

 

確かに、月と同じような症状ではあるな。

・・・え? 悪阻? マジで?

 

「マスター! 連れてまいりました!」

 

「ジイ、すまんがこの娘を診てやってくれ」

 

「ふぇ? ふぇ!?」

 

「な、何が・・・?」

 

「あーっと、明命、亞莎、雪蓮か蓮華を探してきてくれないか?」

 

戸惑う二人に取り合えず指示を出して退去させる。

華佗も呼んだ方がいいだろうか。

 

「うぷ。・・・うえ、ほんとにぎぼぢわ゙る゙・・・」

 

取り合えず、シャオの背中をさすってあげることにする。

 

・・・

 

「うむ、この子も妊娠しているな。一ヶ月とちょっとだろう」

 

「わーいっ! お姉様達より先ね!」

 

甲賀の家に急遽呼ばれた華佗により、シャオに宿る気が二つあることが確定。

おめでただと伝えられた。

 

「・・・まぁ、あれだな。話には聞いていたが・・・実際に妊娠させてるとなると笑い事じゃないな」

 

「何が言いたいんだよ、甲賀」

 

「ギル殿はロリコンなのですね」

 

「馬鹿、ランサー。俺も濁してたのにそんなにはっきりと」

 

「お前らな・・・」

 

いつもの恨みとばかりにランサーから辛辣な言葉を投げかけられる。

否定しきれないのが悔しいが、まぁ本気で貶めようとしているわけではないのだろう。

 

「ギルっ、赤ちゃん出来たって!」

 

「おっとと。おいおい、お母さんになるならそういうことも我慢しなきゃだぞ」

 

「あ、そっか・・・んー、少し我慢しないとなのね」

 

むぅ、と口を尖らせるシャオ。・・・いや、ホント犯罪臭しかしないぞ・・・。

 

「後で月のところに行こうか。色々と話をしてくれると思うぞ」

 

「うん、分かったわ! っと、その前にお姉様たちね! ちょっと行ってくる!」

 

「あ、おい、走ったりしたらあぶな・・・」

 

「だーいじょーぶ!」

 

俺の制止も聞かず、シャオは駆けていってしまった。

・・・大丈夫かな。一応自動人形に追いかけさせよう。

 

「・・・」

 

「頼んだぞ」

 

宝物庫から出てきた自動人形は、俺の言葉にこくりと頷くと、そのまま屋根の上に飛び乗りシャオと同じように駆けて行った。

 

「いや、お騒がせしちゃったな」

 

「む、構わん。俺の家で良かったな。医者が常に待機してるから、早く対応できたしな」

 

「ギル殿っ。改めておめでとうございます!」

 

「ん、おう、ありがと。・・・にしても、城に戻るのが怖いな」

 

「そこは俺達ではどうにもならん。諦めろ」

 

「ですね。取り合えず今日も徹夜ではないのですか?」

 

ランサーの言葉に、そうだよなぁ、と一人ごちる。

取り合えず宝物庫の中にある栄養ドリンクか眠気覚ましでも飲んでいくか。

あ、龍の秘薬もあったな。月に飲ませたのとは別の効能で、男用だったはずだ。あれも飲んでおくとしよう。

 

「・・・俺、生きて帰ったらお前達を邪馬台国に連れて行くんだ」

 

「何で今はっきりと死亡フラグ立てるんだこいつは」

 

「ということは連れて行ってくださらないということでしょうか?」

 

「何で死ぬこと前提で話進めるんだよ・・・」

 

俺嫌われてないよね? 大丈夫だよね?

そんな不安を抱きつつも、城へと戻るのだった。

 

・・・

 

「・・・で? 言い訳を聞きましょうか」

 

「いや、言い訳とかそういうのは無いんだけど・・・」

 

「ふぅん? そう? 最近週に一度くらいで、今日どうかなーとか思ってたんだけど・・・シャオ、ギルとは週に何回くらいしてたの?」

 

「ふぇ? えーと、三回くらいかな!」

 

「・・・幼女趣味だったってホントだったのね」

 

シャオを追いかけて城に戻ると、城門前で待ち伏せしていた蓮華に手を引かれ、呉の政務室につれてこられた。

そこで詰問され、受け答えしていると、こうして蓮華からの絶対零度の視線を受けた。

・・・いや、それはほら、蓮華は国主としての仕事が忙しくて、しかもシャオは俺を見つけるたびにくっ付いてきてせがんで来たからだし・・・。

あ、これは言い訳か。

 

「・・・はぁ、まぁ、おめでと、シャオ」

 

「うんっ。ありがと、お姉ちゃんっ」

 

シャオに言葉を掛けた後、俺の横にすすす、とやってきて「今日は私の番だからね」とぼそりと呟く。

おおう、これで一人目である。多分この後桃香とか思春とかに話が行くんだろうなぁ。

 

「じゃあ、月のところに行こうか、シャオ」

 

「うん。行ってくるね、お姉ちゃん」

 

「ええ。月にあんまり迷惑掛けないのよ」

 

「分かってるー!」

 

・・・

 

「へぅ。シャオちゃんが・・・ですか」

 

「ああ。びっくりしたよ」

 

「・・・それは私の台詞なんですけど・・・」

 

シャオを連れて月のいる後宮へやってきたのだが、説明してからため息をつかれる。

今日で一生分のため息をつかれたんじゃなかろうか。吸い取ったら幸運になったりしないかな。・・・あ、もう凄い幸運だった、俺。

 

「いやー、それにしてもあれだな。後宮を広くしておいて良かったな」

 

「そうですね。・・・まぁ、シャオちゃんはもうちょっとお腹が大きくなってからこちらに来てもいいんじゃないですか?」

 

「だなぁ。月は侍女の仕事があったりしたからちょっと早めに後宮に引っ込めたけど、シャオはまだお腹も目立ってないし・・・」

 

仕事もあまりしてないから、しばらくは自由に外出させるとしよう。自動人形は三体くらいつけるけど。

 

「それにしても、私のときみたくギルさんが制御不能にならなくて良かったです」

 

「・・・俺だって、ほら、反省はするんだぞ」

 

「ふふ。そうですね」

 

くすくすと楽しそうに笑う月。

もう七ヶ月・・・八ヶ月かな? かなりお腹も目立ってきている。

あ、シャオの服着替えさせないと。あのヘソ出しルックは母親としてどうかと思うのだ。

そのことをシャオに伝える。

 

「あ、そういえばそうね。女の子はお腹冷やしちゃいけないってお姉ちゃんにも言われたの」

 

「なら、後宮にいる自動人形さんに言えば作ってくれますよ」

 

「そうなの?」

 

「・・・」

 

月の後ろに控えている自動人形が、シャオの言葉にコクコクと頷く。

両手には編み針を持っているので、作る気満々なのだろう。・・・あの様子だと、腹巻くらい作りそうだけど・・・。

 

「ふぅん。じゃあ、お願いしちゃおうかな」

 

「私も一緒に作りますね」

 

「月も自動人形と一緒にやってるのか」

 

「はい。編み方とか教えてもらって、何着か」

 

まぁ、そうだよなぁ。後宮では生活に困らないとはいえ、相当暇なはずだ。

読書と編み物くらいしかやることが無いのかもしれない。

・・・うぅむ、自動人形を増やしてたまに外出してもらったほうがいいかなぁ。

 

「・・・よし、そうだよな」

 

「? どうしたんですか、ギルさん?」

 

「いや、月も後宮に缶詰じゃなぁ、と思ってさ。外に出て散歩とかしたいだろ」

 

「・・・へぅ」

 

否定も肯定もしなかったが、少し俯きかげんになったということはそういうことだろう。

あんまり引きこもってばかりでも健康に悪そうだしな。

 

「・・・よし、今自動人形に警護も頼んだから、外出したいときは伝えてくれれば了承してくれるようにしたぞ」

 

念話を送って自動人形に任務を追加する。

こういうことも出来るから、自動人形は便利なのだ。

 

「ごめんな、気が回らなくて」

 

「いえ。確かにお外を散歩したいとは思っていたんですけど、お部屋で本を読んだり編み物したりするのも、とても充実していましたから」

 

「・・・月って良い子よねぇ」

 

シャオが感心したように頷く。

・・・俺もそう思う。その部分に甘えすぎないようにしないとな。

月は結構ストレスとか溜め込みそうな性格だし。

 

「さて、それじゃあそろそろお暇するよ」

 

「また来てくださいね」

 

「もちろん。また様子見に来るよ」

 

「それじゃね、月。シャオはもしかしたら月と入れ違いになっちゃうかもしれないけど」

 

「そういえばそうですね。・・・えへへ、頑張りましょうね」

 

「うんっ」

 

それじゃ、と月と自動人形に別れを告げ、俺達は後宮を後にする。

城に向かっててくてく歩いていると、シャオが後ろを振り返って首をかしげる。

どうも、後ろを付いてきている自動人形に目が行っているらしい。

 

「あれ? 後ろに侍女の人が付いてきてる」

 

「ああ、これがシャオの担当の自動人形だ。警護してくれたり補助してくれたり、色々してくれるからなんかあったら言うといい」

 

「へぇ・・・お名前とかあるの?」

 

「いや、特には無いな。自動人形とか、黄金とか侍女とかって呼んでる」

 

「黄金?」

 

「黄金で出来た人間って存在だからな。一応宝具扱いなんだよ」

 

「へえ・・・黄金で出来た・・・宝具ってなんでもありなのね」

 

疑問が解けたからか、また前を向いて歩き出すシャオ。

部屋まで送り届け、誘惑してくるシャオを宥めすかす。

最後には自動人形に丸投げして、部屋をあとにするのだった。

確か今日の政務室には愛紗がいたはず。・・・うわぁ、すげえ行きたくねえ・・・。

 

・・・




「そこの姉さんよりも・・・壱与ちゃんは変態なんだ。・・・もう、(ピー)才になるのに・・・!」「はぁ? あんた、何当たり前のこと言ってんの? しかもなんか妙に渋い良い声で」「お父様、壱与が変態なのには反対なのでしょうか?」「・・・まぁ、彼なら安心して任せられそうだけど。迷惑だけはかけちゃダメだよ?」「はい! ギル様も壱与も、健全で健康的な『えすえむぷれい』を楽しんでおります!」「・・・ん、まぁ、彼が迷惑だと思ってなければそれでいいんだけどさ」「そういえば義妹は元気してんの? あの白髪の」「銀髪、と言って欲しいね、姉さん」「・・・なんでか知らないけど、あの義妹、わらわたちとは違う人種っぽいんだよねー。日本人離れしてる美貌っつーかさー・・・」「確かに、壱与もそう思っております。どちらかと言うと、ギル様と同じ系統じゃないのでしょうか?」


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第六十九話 ケモノ娘達の餌食に

「何耳派?」「猫」「狐」「狸」「はぁ? 狸? 何それ、どういう需要なの?」「いや、いいだろ、狸耳。丸くて」「意外と可愛いもの好きなのか」「・・・狸自体はそんなに好きというわけではない。狸耳の美少女が可愛いから好きなのだと言っている」「清清しいほどのゲス発言・・・」「むしろ狐耳の何がいいのか。犬とほぼ同じじゃないか」「お? それ言うと戦争だぞ。お? お?」「・・・頭の悪い絡みはやめろ。反応に困る」「いいだろ、狐耳。・・・キャス」「それ以上はいけない」「後何耳ある?」「動物系以外だと・・・エルフとか?」「エルフ・・・」「エルフなぁ・・・」「・・・えるふ? それはどんな耳なのでしょう?」「まず、位置は人間と同じだ」「ふむ」「で、横に長くて」「ふぅむ・・・?」「さらに尖ってる」「うぅん・・・? ああ、化生の類ですね!」「まぁ、それで納得できるならそれで良いんだが」

それでは、どうぞ。


「・・・二人目、ですか」

 

「あー、いや、うん」

 

「次はシャオちゃんかー。おっぱい小さい子のほうが出来やすいのかなー?」

 

「・・・お前、それ絶対朱里とかの前で言うなよ?」

 

「ふぇ?」

 

執務室にいたのは桃香と愛紗。

珍しく朱里や雛里といった文官はいないようだ。こっそりとほっと安堵の息を吐く。

 

「・・・ねー、愛紗ちゃん」

 

「なんでしょう。桃香様」

 

「今日のお仕事、これで終わりにしない? 由々しき事態だよ、これは!」

 

「・・・何を唐突に。ダメですよそんなの」

 

「でもでも! こうしてる間にも他の子たちは身篭ってるんだよっ? 私たちも負けてられないよね!?」

 

「む・・・ま、まぁ、そういわれるとそうですが・・・」

 

「今なら私たち二人で独占だよ!? 勿体無いと思わないの!?」

 

「た、確かに・・・」

 

おい、何を言ってるんだ君達は。

確かに今日の仕事は少ないから後回しにしても問題は無いが・・・。

ん・・・? そうだな。後回しにしても問題ないなら、ちょっと欲望に忠実になろうかな。

 

「俺は全然構わんぞ。ほら、桃香、おいで」

 

「っ!? ほ、ホントっ!? わーいっ!」

 

がた、と立ち上がった桃香は、俺のもとまで駆け寄ると抱きついてくる。

ぎゅむ、と柔らかい身体の感触が心地よい。

 

「ギル殿・・・!?」

 

「愛紗はどうする?」

 

桃香の体を撫でつつ聞いてみる。

 

「・・・い、一回だけ。一回した後は、お仕事していただきますからね!」

 

「一回で済めばいいけどな」

 

・・・

 

「・・・結局三回か」

 

「えへへ、これでお仕事頑張れるよー!」

 

「おほん。・・・まぁ、悪いものではないですね」

 

妙につやつやしている桃香たちを見つつ、この寒さのなか、窓が空いている執務室で仕事を進める。

俺の発言どおり、一度だけというのは予想通り無理だったようだ。一人一回ずつ、そして最後に二人いっぺんで合計三回。

しかし、最近だとこのくらいなら『まだいけるな』くらいの感想を抱けるほどにはなった。これを『成長』と取るのか、『慣れ』と取るのか・・・。

 

「それにしてもちょっとお仕事楽になったよねー」

 

「まぁ、他の文官たちも成長してきたからな」

 

大体の案件を任せられるようになって、本当に機密のものだとか、国主の最終決定が必要な書類しか俺達の元へこなくなったのだ。

だから、最近だと本当に余裕を持って処理できるようになってきた。

珍しく朱里がいないのも、その辺りが関係しているのだろう。他の事に気を回せるようになったから、ちょいちょい出かけることが出来るようになったのだろう。

 

「このペースだと日が暮れる前には終わるな。晩御飯、何か食べに行こうか」

 

「いいねー。何食べる? 寒いからやっぱりラーメン?」

 

「大丈夫か? 寒い季節になると太りやすくなるぞ」

 

「ふぐぅっ・・・。そ、それは言わないでよぅ・・・」

 

なにやら精神的にダメージを受けたらしい桃香が、意気消沈したように机に突っ伏す。

愛紗がそれを見てため息をつき、やれやれ、と頭を振った。

 

「まぁ、運動さえすればいいのですが・・・。桃香様はあまり運動がお好きではないようですから」

 

「うぅ・・・だ、だぁってぇ」

 

容赦の無い愛紗の言葉に、再び精神にダメージを受けたのか、若干涙目になる桃香。

確かに桃香はあんまり運動しないからなぁ。ちょいちょい腹は摘めるし。

 

「腕立てすると胸が突っかかるし、腹筋五回出来ないし、走るとすぐばてるし・・・」

 

「・・・自分の主ながら、ここまで運動に縁がないとは・・・」

 

肉体的にも精神的にも運動に向いていないのだろう。

なんというか、月と同タイプの子なんだよなぁ。

 

「ま、少しずつでもいいから走ったりしてみろよ。少しは変わるぞ?」

 

「んみゅぅ・・・あんまり太っちゃうのもやだもんね。お兄さんに見せられなくなっちゃう」

 

自分の脇腹辺りをふにふにと摘む桃香は、口を尖らせながら短くため息。

まぁ、ある程度の肉付きなら歓迎できるが、あまり肥満体過ぎてもな。健康体が一番ですよね。

そう考えると、この国の将たちは皆理想的なぼでーである。流石美少女。

 

「私と同じくらいの身体能力の人いないかなー。やっぱり一人より二人、二人より四人だよね!」

 

「確かにそうだな。一人で黙々とやるよりはやる気起きるだろ」

 

しかし、桃香と同じ身体能力か・・・。麗羽とかかな?

彼女なら今は侍女やってるから仕事が休みのときとかは付き合ってくれそうだ。

桃香は麗羽の性格を気にしない大らかさがあるからな。二人とも上手くかみ合うだろう。

 

「あぁ、麗羽さんね! そうだねぇ、あの人となら、一緒に運動とか出来そう!」

 

遠まわしに『あの人運動できなさそうだよね』と言っているも同然なのだが、流石桃香というべきか、天然での発言のようだ。

何も考えていないというのは強いなぁ・・・。だから麗羽と気が合うのか・・・? 天然どうしで。

今度桃香と麗羽と天和を同じ部屋に集めてみたくなったな。空間がとてもほんわかとしそうだ。

 

「? どうしたのお兄さん。難しい顔して」

 

「ん、いや、何でもない。麗羽となら、桃香も頑張れるだろうなぁって思っただけだよ」

 

「そっか。えへへ、褒められちゃった」

 

「・・・褒められ・・・?」

 

桃香の発言に、愛紗が首をかしげる。

まぁ確かに、今のは褒めたのかどうか微妙なところだ。

俺は誤魔化す気で発言したので、褒めたつもりは一ミリも無い。

 

「・・・っと、お仕事おーわりっ! 愛紗ちゃん、確認してっ」

 

「分かりました。・・・ええ、問題ありませんね」

 

受け取った書類に不備が無いか確認した愛紗が、笑みを浮かべて頷く。

わーい、と手放しで喜ぶ桃香に癒されつつ、立ち上がる。

 

「じゃあ、晩飯だな。どうする? さっきは話が逸れちゃったけど、ラーメンにするか?」

 

「んーと・・・どうしよっかなぁ」

 

「私はお二人に合わせますよ。特に嫌いなものもありませんので」

 

どうしよっか、と悩む桃香が、むむむと唸る。

決まるまで時間が掛かりそうだ。・・・ま、ゆっくりと待つとするか。

 

・・・

 

「これが、おでん、ですか」

 

「ああ。時間も無かったしあんまり煮込めなかったけど、味はある程度染みてると思うぞ」

 

結局、ラーメンだと太るよねぇ、という桃香の言葉により、自炊することに。

そこで、材料もあるし、レシピもあるしということで、おでんを作ってみたのだ。

 

「ええと、これは大根、これは卵・・・何この、虫っぽいの・・・」

 

「螺だ。美味しいぞ?」

 

「・・・ほ、ほんとに? 騙したりしてないよね? 食べたら『うわっ』とか言わないよね!?」

 

「何でそこまで疑うんだ。・・・俺が食べればいいのか? ・・・むぐ」

 

ん、美味しいな。

もぐもぐと咀嚼する俺を、信じられないものでも見るかのように見つめる桃香。

・・・お前な、幾ら見た目が悪いからって・・・。

あ、でもあれだよな。タコとかナマコとか食べる民族だったな、日本人。

 

「ほら、美味しい。愛紗も、食べてみろって」

 

「は、はい。・・・いただきます」

 

意を決したように、目を強く瞑って口に螺を運ぶ愛紗。

・・・お前もか。

 

「むぐ、むぐ・・・っ。お、美味しいですね、これは。歯ごたえもありますし、おでんの汁とも合いますね」

 

「ほ、ほんとに? ・・・私ももらおっかな」

 

「おう、食べろ食べろ」

 

「あ、あーんっ。はふ、もぐ・・・」

 

桃香も目を瞑りながら一口。

 

「・・・あ、ホントだー。美味しいねぇ、これ」

 

何時も通りの笑顔を浮かべつつ、もぐもぐ咀嚼する桃香。

どうやら二人とも気に入ってくれたようだ。

・・・まぁ、鮑とか食ってるんだから、これも気に入らないはずは無いんだけどな。

やっぱり見慣れないものは怖いのだろうか。

俺も「うなぎのゼリー寄せ」とか出されたら幾ら美味いと言われようが食べるのは躊躇するだろう。

 

「大根とかも食べてみろよ。美味しいぞ」

 

「はーい。む、よっ、あれっ。た、卵が取れないよぅ」

 

「・・・へたくそだなぁ。ほら、あーん」

 

「あ、あーん!? あーんは嬉しいけど・・・た、卵まるまる一個は無理じゃない!? ちょ、こ、こっちに向けるのやめ・・・う、うぅー・・・! あ、あーん!」

 

「ほれ」

 

熱々卵を桃香の口にシュゥゥゥーッ!!

超! エキサイティン! ・・・いや、なんかほら、言わないといけない気がして。

 

「はぐっ。・・・あっふい! あふいよ、おひぃふぁん!」

 

「何言ってるか分からんな。ほら、愛紗はこの食べやすいように細かく切った大根を食べると良い」

 

はふはふ口を開けて喘ぐ桃香をスルーし、箸で細かくした大根を差し出す。

頬を赤くしつつも、愛紗は素直に口をあける。

 

「はむ・・・これも美味しいですね。もっと煮込むと更に味が染みるのでしたか。興味深いですね」

 

「こういう煮物なら焼き物と違って焦がす心配は無いだろうし、挑戦してみるのも良いかもな」

 

「そうですね。・・・今度作り方を教えていただいても?」

 

「もちろん」

 

ありがとうございます、と頭を下げる愛紗の隣で、ようやく卵を噛み砕いて飲み込めたらしい桃香が立ち上がる。

 

「お兄さんっ! 熱かったんだけどぉっ!」

 

「そりゃそうだろうな。なんせおでんだ。熱いのが存在意義みたいなものだしな」

 

「もうっ。そういうのは壱与ちゃんにやってあげてよ! もしくは副長さん!」

 

「それは流石に失礼だろ、桃香」

 

確かにあの二人だったら喜びそうだけども。

というか桃香の頭の中でもその二人は『そういう』役回りなんだな。

 

「で、どうだった? 美味しかったか?」

 

「味なんて分かるわけ無いでしょっ! もうっ。口の中火傷しちゃったじゃない」

 

「む。それは大変だな。見せてみろ」

 

「・・・あっ。そ、そんなこといって、『傷は舐めればいいんだぞ』なんていってちゅーするつもりでしょ!」

 

「ほう。・・・その発想は無かったな。おいで桃香。やってやろう」

 

顔を真っ赤にしてそう言い切った桃香に、俺は心から感銘を受けて手招きする。

まさかそんなシチュエーションを思い浮かべるとは思わなかったのだ。

 

「ふぇえええぇぇええ!?」

 

「・・・羨ましい」

 

「こないのならこちらから行こうか?」

 

「ちょ、ちょっと待って! ほんとに! 今口の中舐められたら、敏感になってるから・・・!」

 

何で桃香はナチュラルにエロティックな発言をするんだろうか。天然キャラだからか?

 

「・・・そこまで嫌なら仕方ないな。諦めるとしよう」

 

「そ、それはそれで残念というか・・・うぅ」

 

どっちなんだよ。

悩む桃香を尻目に、取り合えず腹も減ったのでおでんを食べ進めることに。

落ち着いたのか、桃香も頬を赤く染めつつももぐもぐとおでんを食べるのだった。

 

・・・

 

「ぬくいのにゃー」

 

「にゃー」

 

「にょー」

 

「にぃー・・・」

 

「・・・入り浸ってるなぁ」

 

ある日のこと。

書類仕事を終えて部屋に戻ると、猫四天王が部屋で寛いでいた。

前も言ったとおり、俺の部屋は空いてるし、たまに部屋を警備している兵士や侍女がいても、将や俺の知り合いであれば顔パスで通すようになっている。

だから俺の部屋で誰かが寛いでいることは別に構わないのだが・・・。

 

「こら美以、布団は散らかしたら戻さないと」

 

「うにゃー・・・ごめんなのにゃ。でも、みぃはぬくいところから動きたくないにゃ」

 

「全く。今日はどうするんだ? 一緒に寝るか?」

 

「寝るにゃ! 兄はあったかいしいーにおいがするから大好きにゃ!」

 

「だいおーさまだけずるいのにゃ。シャムも一緒に寝るのにゃ」

 

「ミケもー!」

 

「トラもにゃー!」

 

・・・こうして、彼女達と一緒に寝るようになったのは、二週間前のいつもより寒い日の夜のことだった。

寒いからと俺の部屋でごろごろ好きなように寛いでいたので、俺の部屋にいるなんて珍しいな、なんて思いながら寝る準備をしていると、寝台を占拠されたのだ。

仕方が無い、と彼女たちを端に寄せて寝台の真ん中に寝転ぶと、わらわらと彼女達にくっ付かれ、口々に「あったかいにゃ」とか「良い匂いするにゃ」と言いながら寝入られる。

これまた諦めて寝ると、翌日の夜も彼女達はこの部屋にいて、寝る準備をすると寝台を占拠。またか、と端に寄せて寝転ぶとわらわら寄って来て・・・と完全なデジャヴ。

更にその翌日は、寝る準備をする前に彼女達を一列に並べ、「待て」をしてみた。

うずうずとするものの、「俺が良いと言うまでに動くと一緒に寝てやらない」と言うと彼女達は我慢しきったのだ。

それからはその繰り返しだ。夜に戻り、ある程度彼女達の相手をしてやって、シャムが欠伸をして船をこぎ始めたら寝る準備をして、四人を呼んで眠る。

ちょいちょい他の女の子が遊びに来たりするが、そういう時はその子の部屋で寝たりしているので、翌日の美以達の機嫌は悪い。・・・理不尽な。

 

「ほーれ、ごろごろー」

 

「んにゃーん・・・」

 

シャムの喉を撫でてやると、満足そうな声を出してくれる。

うんうん、この子が一番猫っぽいよね。

他の子は猫というより野生児である。

 

「よっと」

 

巨大な寝台が、俺の体を受け止めて沈む。一切軋む音が出ないのは素晴らしいな。

それを見ている美以たちに手招きで許可を出すと、一斉にこちらに飛び込んでくる。

 

「にゃー!」

 

「ちょ、一人ずつこ、げふっ」

 

みぞおちにピンポイントで頭突きをかましてきた美以を取り合えずくしゃくしゃ撫でてやって、他の三人を受け止める。

ちなみに彼女達には定位置があり、美以が俺の上に乗って、ミケとトラが両サイド、シャムが何故か俺の頭の上に被さるように眠るのだ。

被さるといっても顔の上に来るわけでもなく、俺の頭を抱えるように眠るので、なんともくすぐったい。

ぷにぷにのシャムのお腹を枕に眠るのはとても気持ちいいのでスルーしているが、良くこんな体勢で眠れるな、四人とも。

・・・まぁ、頭の上で助かったというべきか。これで余った一人が股間とかに来られた日には、ほら、ねぇ?

 

「おやすみ、みんな」

 

「おやすみにゃっ」

 

「おやすみなさいにゃ」

 

「おやすにゃー」

 

「・・・すぅ・・・」

 

一人一人違う挨拶を返され、苦笑しながら俺も目を瞑る。

この眠り方に慣れた自分が怖いなぁ。

 

・・・

 

「お、またいるな」

 

翌日、部屋に戻るとまた美以達が寝台を占拠していた。

布団が盛り上がっていて、中にいる四人がもぞもぞと動いているのが見える。

ああもう、またぐちゃぐちゃにしてるな、なんて思いながら声を掛けていく。

 

「美以、昨日も言ったけどちゃんとかたづ」

 

「兄っ!? 兄ーっ! 取り合えず部屋から出るのにゃっ!」

 

「は? おい、今俺帰ってきたばっかりなんだけどっ!?」

 

俺の声に気付いた美以が、盛り上がってもぞもぞ動いている布団の中から飛び出してくる。

そのまま俺の手を取って部屋の外に無理矢理引っ張っていくと、ぜいぜいと息を整える。

 

「どうしたんだ、美以。いつものお前らしくないな」

 

背中を擦り、水筒を手渡す。

ごきゅごきゅと中の水を飲み干すと、落ち着いたのかため息を一つ。

 

「・・・兄に頼みがあるのにゃ」

 

「ん? なんだ、腹でも減ったか? ・・・仕方ないな、厨房に行って何か・・・」

 

「ちっがうにゃ!」

 

む? 違うのか?

ふしゃー、と威嚇するように怒鳴る美以に、はて、と首をかしげる。

 

「トラたちが大変なことになったのにゃ!」

 

「大変なこと? 風邪でもひいたか?」

 

「違うにゃ! はつじょーきにゃ!」

 

「はつじょー・・・発情!?」

 

「そうにゃ! さっきまではみぃが抑えてたけど・・・兄が混ざると多分皆我慢できなくなるにゃ!」

 

「ああ、だから連れ出してくれたのか」

 

それは助かったな。

ありがとう、という意味を込めて頭を撫でると、美以は満足そうな顔を浮かべる。

 

「それで? 一晩別のところで過ごせばいいのかな?」

 

「にゃ・・・一日程度で収まるもんじゃないにゃ。今のままだと・・・一週間くらいかにゃ」

 

「おいおい、大丈夫なのかよ、それ」

 

「みぃたち同士だと長いけど、兄に手伝ってもらえればすぐに収まるのにゃ」

 

「・・・それは、アレか」

 

「助けて欲しいにゃ!」

 

がっし、と俺の服を掴む美以。えー・・・。

いや、発情期を抑えるために男が必要って完全に『アレ』だろ?

・・・っていうか、連れ出したのって俺を助けるためじゃなくて事情を説明してまた部屋に向かわせるためか。

 

「いや、俺としてはいいけど・・・トラとか本人はいいのか?」

 

「たぶんだいじょぶにゃ」

 

「そ、そうなのか」

 

多分て・・・。

 

「で、前までは誰に手伝ってもらってたんだ?」

 

そのときの話を聞けば少しは参考になるかな、と思って話を振ってみる。

 

「? 別に誰にも手伝ってもらってないにゃ。みぃとかはつじょーきじゃないのが交代で相手してたにゃ」

 

「ええー・・・?」

 

じゃあ今まで男に手伝ってもらったことないのかよ。

 

「何で俺が手伝ったらすぐ終わるって知ってるんだ・・・?」

 

「? はつじょーきにゃんだから、こづくりすれば満足するにゃ。当たり前にゃ?」

 

「・・・ああ、俺がアレか。南蛮の常識を知らないってことなのか」

 

お前馬鹿なの? っていう顔をされたので、取り合えず頬を抓っておく。

 

「にゃっ!? にゃにするにゃ!」

 

「いや、なんていうか・・・まぁいいや。じゃあ手伝いに行こうかな」

 

「・・・みぃから頼んでおいてにゃんだけど・・・ほんとに良いにゃ?」

 

「おいおい、美以がそれを言うか。・・・ま、しっかり責任は取ってやるからさ」

 

取り合えず、トラたちの様子を見にいかないとな。

 

・・・

 

「にゃぁ・・・んっ、あっ、ひにゃぁぁ・・・」

 

寝室に入った瞬間、嗅ぎなれた匂いを感じた。

同時にもぞもぞしている布団の中からあからさまな喘ぎ声だとか、水音だとかも聞こえてくる。

 

「・・・美以、これマジもんじゃねえか」

 

「? まじもんってなんにゃ?」

 

小声で美以に話しかけると、完全に素で返された。

あ、分からないのか。

いやでも、俺の想像より発情期だったな。もうちょっとファンシーなのを想像してたけど。

こう、もじもじしつつも「切ないにゃぁ・・・」みたいな。

そんな軽度のものを考えていたので、まぁ最悪本番はしなくてもオッケーか、とも軽く考えていたのだが・・・。

 

「これはちょっと予想外だなぁ」

 

「・・・やっぱりダメにゃ?」

 

「いや、そこまでは言ってないだろ? 声掛けたらいいのかな」

 

布団をがばっと剥いでみる。

三人がそれぞれの股に顔を埋めていて、ぴちゃぴちゃ音が鳴っている。

・・・あ、こっちみた。

 

「オスにゃ・・・」

 

「オスだにゃ・・・」

 

「オスにゃん・・・」

 

「美以、これはやばいぞ、ちょっと一旦出直して・・・美以?」

 

ぎらぎらとした目で三人に見られながらにじり寄られ、隣の美以を連れて一旦逃げようとしたのだが・・・。

 

「・・・オス、にゃ」

 

「美以、お前もか・・・!? ミイラ取りがミイラ・・・うおおっ!?」

 

後日。

部屋の前で警備をしていた兵士から、「私が今まで働いてきた中で・・・一番長く感じた夜でした・・・」という愚痴を吐かれた、と銀から愚痴られた。

申し訳ないな、とは思うけど、警備が侍女のときじゃなくて良かったなぁとも思ってしまったとさ。

あ、ちなみにだけど、美以も含めて全員、発情期は無事終わりました。・・・これで全員同時にご懐妊、なんてことにならなきゃ良いけど・・・。

初体験のすぐ後にご懐妊とか、なんと言うエロゲ。・・・あんまり言うとフラグが立つ気がするので、ここら辺にしておくか。

 

「兄ー・・・立ち上がれないにゃぁ・・・」

 

「うにゃぁ・・・」

 

力なく呻く四人を他所に、取り合えずシーツを取り替える為に侍女を呼ぶ。

ああもう、一気に四人は大変だな。多分下のクッションまでいってるんじゃないのかな。

 

「ほら、風呂に行くぞー。取り合えず何でもいいから羽織りなさーい」

 

ぐったりしている四人を連れて、すでに常連となった浴場へと向かうのだった。

 

・・・

 

「お、詠。久しぶりー」

 

「あら、ギルじゃない。ホント久しぶりね」

 

厨房にふらっと寄ってみると、とんとんと料理の下拵えをしている詠がいた。

こちらに顔だけ向けてそう答えると、すぐに手元に視線を戻す。

ちょろっと悪戯したくなるが、まぁ危ないので後にしよう。

 

「お昼ならもうちょっと掛かるわよ。ボクも作り始めたばっかりだし」

 

「ん、いや、別に急いではいないから、大丈夫。・・・手伝おうか?」

 

「結構よ。あんたは座って待ってなさい」

 

「・・・ああ、なるほど。隣に俺がいると落ち着かないんだな、詠は」

 

「っ! ば、バカじゃないの!?」

 

「図星か」

 

流石ツン子。言葉よりも態度が分かりやすい。

顔をこちらに見せないようにしているが、耳まで真っ赤なので丸分かりだ。

若干手元も乱雑になってるし・・・見本のようなツン子だな。

 

「るっさい! ・・・ったく、久しぶりに会ったと思ったら」

 

落ち着いたのか、はぁ、とため息をつきながら規則的に包丁を動かす詠。

何を求められてるんだ、俺は・・・。

 

「・・・あんた、辛いの大丈夫だっけ」

 

「ん? おう、全然問題ないぞ。・・・あ、泰山のマーボーは勘弁」

 

「あそこまで辛くするわけ無いでしょ。(しんぷ)くらいしか食べれないわ、あんなの」

 

『あんなの』扱いされる泰山のマーボーの凄まじさが、詠の表情からも分かる。

俺も食べるだけならまぁ、貯蔵魔力の八割を消費しても問題ないのなら完食する自信はある。

自分から進んでは食べたくないので、月から令呪で命令でもされないと絶対に挑戦はしないけど。

 

「ま、取り合えず辛いのは大丈夫ね。・・・ん、こんなモノかしら。味見する?」

 

「お、するする。どれ」

 

立ち上がって詠のもとへ行くと、小さな皿を手渡される。

どうやら本当に麻婆豆腐らしい。

くい、と傾けて、口に流し込む。・・・うん、美味しい。

 

「どう?」

 

「美味しいよ。流石詠」

 

「な、撫でないのっ」

 

俺の手元からひったくる様に、味見用の皿を奪う詠。

全く、恥ずかしいならそういえばいいのに、と思いつつ頭を撫でていた手を離す。

 

「あっ・・・。ふ、ふんっ」

 

こうして寂しそうな、物足りなさそうな顔をするのも予想済みだ。

あえてあまり突っ込まずに、くくっ、と笑って席に戻る。

少しこちらを目で追っていた詠だが、目を合わせて笑いかけると、慌てて手元に視線を戻す。

いつまでも初々しいのは、詠のいいところだな。そういうところを見れるというのは、恋人特権というものだ。

 

「そういえば、月の様子はどう? ・・・最近行けてないけど、元気そうにしてる?」

 

「ん? ああ、もちろん」

 

「そ。・・・後三ヶ月かぁ」

 

ほぅ、と息を吐きながら卓に料理を並べていく詠。

 

「後で一緒に様子見に行くか?」

 

「・・・ボク、この昼休憩終わったらまた仕事よ? どこかの誰かさんが私に侍女長代行なんてやらせてるせいで・・・ねっ!」

 

だんっ、と湯飲みが目の前に強く置かれる。

・・・お怒りである。

 

「ま、お怒りもごもっとも。・・・よし、じゃあ・・・」

 

一人自動人形を取り出して、命令を飛ばす。

俺の命令を受けた自動人形は、瞳を閉じた顔のまま頷き、軽い足取りで厨房を出て行った。

 

「? どうしたの?」

 

「ん、いや、多分近くにいるからすぐにつれてくると思う。先に食べちゃおうか」

 

「・・・また変なことしようとしてるの?」

 

「まぁまぁ。ほら、俺の膝の上来るか?」

 

「なっ、何を唐突に・・・!」

 

「久しぶりに詠といちゃつきたいだけだよ。ほら」

 

「・・・-っ!」

 

料理を並べ終わった詠は、顔を真っ赤にしたまま、俺の膝の上に腰掛ける。

・・・ちょっと届かなかったので、持ち上げて膝の上に持ってくる。

 

「・・・こうして、あんたにもたれてると、やっぱり安心するわね」

 

「はは、どうしたいきなり」

 

俺の言葉に答えることなく、詠はこちらを見上げてくる。

その後すぐに前に向き直り、ん、とレンゲを勧めてきた。

 

「さっさと食べなさい。冷めるじゃない」

 

「分かったよ。よっと」

 

一口分掬ってみて、口に。

・・・うん、美味しい。何時も通り、安心できる味だ。

 

「・・・どう? 辛すぎたり、しない?」

 

「大丈夫。何時も通り美味しいよ」

 

「そ。まぁ、ボクの料理が不味いわけないしね」

 

「ほら、詠も一口」

 

ひょい、と掬ったマーボーを、詠にも勧めてみる。

 

「じ、自分で食べれるわよっ」

 

「食べさせたいんだよ。ほら、あーん」

 

「そう言うの、反則なんだから・・・あ、あーんっ!」

 

吹っ切れたのか、俺の差し出したレンゲを咥える詠。

はむ、と可愛らしくマーボーを食べた詠は、むぐむぐと咀嚼する。

 

「・・・まぁまぁね。簡単に作ったにしては上手くいったほうよ」

 

それからしばらく、詠に食べさせたり自分でも食べたりしていると、騒がしい声が聞こえてくる。

 

「ちょっ、は、離してくださいっ。何で私を連れて・・・隊長の差し金ですかっ!?」

 

「? 何かしら、騒がしいわね」

 

「ようやく来たか」

 

「って言うことはこの先に隊長いるのっ!? ちょ、寝起きですよ私っ。髪ボサボサだし・・・服は何故か侍女服着せられましたけどっ!」

 

厨房にやってきたのは自動人形と、その自動人形に襟首つかまれて引っ張られる副長だった。

 

「あら、副長じゃない。・・・どうしたの、その格好」

 

「詠さん・・・あ、隊長。おはようございます」

 

「こんにちわの時間だけどな。それにしても酷い格好だ」

 

「だ、だって、この人が! 寝起きで意識がはっきりしない私を無理矢理に着替えさせるからこんなことに・・・!」

 

「・・・」

 

また目を閉じたまま、副長の襟首を掴んで佇む自動人形は、無言で、ぱ、と手を離す。

 

「ふみゃっ! も、もうっ、いきなり離さないでくださいよっ!」

 

尻餅をつく副長の服装を直してやり、髪も整える。

 

「あ、ど、どもです」

 

「・・・それで? 何で副長が侍女服なんて着てるわけ?」

 

膝から降ろされた詠は、不機嫌そうに言いながら食器を片付け始める。

 

「ん、ほら、侍女長代理の代理。副長に任せれば、月のところにいけるだろ?」

 

「・・・大丈夫なの、副長って」

 

「し、しっけーな! 私だって隊長の右腕! それに月のお姫様なんですよ! 人の上に立つのは得意です!」

 

「ほんとにぃ・・・?」

 

じとり、と半目で副長を見る詠。

まぁ、不安になるのは分からんでもないが、これでも俺の遊撃隊の副長だ。

色々書類仕事もやれるし、最近は家事能力も高くなっている。人もまとめていくことが出来るし、任せても問題は無いだろう。

なんてことを説明してみると、詠は渋々納得したようだ。

 

「分かったわ。ま、今日の午後からの仕事はそんなに多くないから、慣れてない副長でも出来るでしょうけど」

 

「それなら話は早いな。じゃ、副長。頼んだぞ」

 

「はーいっ。・・・あ、あのっ。上手に出来たら、いっぱい、褒めてくださいねっ」

 

「いいぞ。だけど・・・一つ失敗するごとに今日の副長の晩飯が一段階ずつ辛くなっていくからな」

 

「ふぁっ!? ば、罰ゲームありなんですか!?」

 

「そりゃ、詠の変わりに侍女長を代行してもらうんだからな。責任持ってやってもらわないと。・・・それとも、失敗しないではこなせないか?」

 

「うぅ・・・が、頑張りますっ。ふぁいと、私! 頑張れのーみす! 罰ゲーム、ダメ、絶対!」

 

一人なにやら自分にエールを送っているらしい副長に侍女長代理を任せ、俺と詠は後宮へと向かうのだった。

 

・・・




「もうっ、ほんっとーに熱かったんだからね!」「散々謝っただろ。・・・そういえば桃香」「ふぇ? なに?」「お詫びと言ってはなんだけど、桃香のために特別なお風呂を用意したんだ」「特別なお風呂!? 何それ!」「よっと。これが宝物庫に入っている特別製の浴槽だ!」「わぁ・・・なんだか透明だね? このお風呂に入ると恥ずかしそう・・・」「まぁ、お湯も張ったし、取り合えず入ってみなよ。この足場で入るんだぞ」「ちょっと高いんだね。んしょっと。お兄さんも一緒にはいろ? 一人だと恥ずかしいし・・・えと、お詫びっていうなら、一緒に入ってほしい、かも」「む、そうだな。ちょっとこっちも用意があるから、先に入っていてくれ。よっと」「? なにその白いの」「後で必ず必要になるんだ」「へぇ~・・・んしょ、と。じゃあ、先に入っちゃうよ? ・・・わ、すべりそー」「気をつけろよー」「うん。押したりしたらだめだからね?」「そんなことしないって」「えへへ、絶対だよー? ・・・よいしょっと。・・・あつっ。お兄さん? これ結構あつ・・・ふぇっ!?」「あ、足滑らせた。押すまでも無かったな」「あっつっ! あつっ、おにいさ、これ、あつっ!」「ほら、何とか出てきてこれを体に塗りなさい」「あばばばば・・・!」「・・・倶楽部、作れそうだな。ダチョウとか」

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七十話 後宮へお出かけに

「後宮があるってことはさ、ギルはこれからも側室みたいな感じで増やしていくのか?」「・・・まぁ、機会があれば。俺としても、嬉しいことだからな」「西の方へも行くのか?」「西って・・・ああ、西洋のほう? ・・・まぁ、興味が無いといえば嘘になるよね。アーサー王かぁ・・・」「・・・貴様、男色の気が・・・!?」「え、ギル、マジで男とかも大丈夫だったの!?」「日本人として理解はあるつもりですが・・・」「え? え? ・・・あ、そうか、お前らの中ではアーサー王って男だったな・・・」「むしろ男じゃないギルのほうが異端じゃないか!?」「こいつ、『沖田総司は実は女』とか、『織田信長は実は女』とか言い出しそうだな」「・・・まぁ、三国志の武将が女性になってるんだ。なってても不思議じゃないだろ」

それでは、どうぞ。


「あっ、詠ちゃん。来てくれたんだっ」

 

「久しぶり。・・・随分大きくなったわねぇ」

 

手を取り合って喜ぶ月と詠。

月は当然笑みを浮かべているが、珍しいことに詠も柔らかく笑みを浮かべている。

二人とも、相当嬉しいのだろう。・・・まぁ、都合三ヶ月くらい会ってないはずだしな。親友の二人は、今までそんなに長いこと離れることは無かったのだろう。

 

「でも、侍女長代理のお仕事が忙しいって聞いてたけど・・・ギルさんが何とかしてくれたの?」

 

こちらをちらり、と見てからそう聞く月。

まぁね、と詠は苦笑いをして顛末を話す。

 

「副長さんが・・・えと、大丈夫なんですか?」

 

話を一通り聞いた月が、首をかしげて苦笑いする。

信頼されてねえなぁ、副長。まぁ、取り合えずポカやらかすイメージしかないよな、あいつ。

 

「はは、それ、詠にも言われたよ。だけどまぁ、今日の晩飯が掛かってるから大丈夫だろ」

 

「ふふ。あんまり、副長さんに無理言っちゃダメですよ?」

 

「もちろん。副長に無理なんて言わないって」

 

無茶はさせるけどな、という言葉は飲み込んでおく。

 

「あ、そういえば詠ちゃん、これ、使って?」

 

「? 何これ」

 

「ええと、確か・・・まふら?」

 

「マフラー、な。自動人形から教わったのか?」

 

「はいっ。編み物の本とかを用意してくれて・・・」

 

初めての経験でしたけど、頑張ってみました、と経験談を語る月の後ろで、自動人形が編み針と編み方の本を持ちながらドヤ顔(目は閉じている)をしていた。

何故お前がそんなに誇らしげにドヤってるんだ。

 

「まふらーは詠ちゃんに、えっと、この手袋は・・・ギルさんに、です」

 

「おぉ、俺にも編んでくれたのか」

 

「はい。ギルさんには必要ないかもって思ったんですけど・・・」

 

「いやいや、嬉しいよ。ありがたく使わせてもらうな」

 

受け取った手袋は、初心者が作ったとは思えない出来であった。

店で売っているものだといわれても信じられるであろうクオリティだ。

詠も、月にマフラーを巻いてもらって嬉しそうに微笑んでいる。・・・流石ツン子。月にはデレデレである。

まぁ、最近では俺にもデレてくれるので、そこが可愛いといえば可愛いのだが。

 

「それで・・・詠ちゃん、今日はどれくらいいられるの?」

 

「ん? ・・・副長の頑張り次第かしらね。どうなのよ、ギル」

 

「まぁ、明日の始業時間前に戻れば何とか持つだろ。あいつもあれで姫だし、それなりに統制は取れると思うぞ」

 

「なら・・・まぁ、安心なのかしらね」

 

「でも、あんまり副長さんにご迷惑掛けるのもなんですし、今日の終業前に戻ってあげた方がいいんじゃないでしょうか」

 

優しい月は、副長にあまり負担を掛けるのが嫌なのだろう。

まぁ、確かに遊撃隊の仕事もあるし、少し余裕を持って休ませたほうがいいだろうな。

 

「そうね。・・・まぁ、夕食は一緒に取れそうだし、ボクとしてはそれで満足だけど」

 

「・・・ふふ。「どっちと」一緒に取れるのが嬉しいのかなー?」

 

「? 月、何か言った?」

 

「ううん。何も言ってないよ、詠ちゃん」

 

「そ、そう?」

 

・・・今、なんだか可愛らしいやり取りが会ったような気がするが、月から目配せを貰ったので忘れておこう。

半分くらい黒い月が見えたしな。

こと『詠を弄る』ことに関しては月も結構えげつないからな。親友だからこそ弄るというか、まぁ、詠は身近な人間からこそ弄られるよなぁ。

そういう天命なのだと諦めてもらおう。ツン子というあだ名を付けられた時点でお察しということだ。

 

「まぁいいわ。取り合えず、夕食までは時間あるわね。近況報告でもしたほうがいいかしら?」

 

「んー・・・。そうだね、侍女の皆に何か変わったことが無いかとか、知りたいかな」

 

「いいわよ。ええと、何から話そうかしら。――麗羽が侍女隊に入ったって話したっけ?」

 

「えっ」

 

「うん」

 

「・・・なにそれこわい」

 

あまりのショックに、月の口調がおかしくなってしまったようだ。

助けを求めるようにこちらに視線を向けてきたので、眼を閉じて頭を振った。

それを見て、月はぷるぷると震えながらいやいやをするように首を振る。・・・いや、気持ちは分からんでもないけど、麗羽も真面目にやってるんだぞ?

 

「まぁ、今のところうまくやれてるみたいだけどね。天職なんじゃない?」

 

「・・・ギルさん、つかぬことをお伺いしますが・・・令呪の転移って過去にも可能なんですか?」

 

「? いや、どうだろう。瞬間移動とかなら可能だろうけど、過去に飛ぶって言うのは・・・」

 

無理じゃないかなぁ、と言外に伝える。

そうですか、と呟いた月は、諦めたようにため息を吐いた。

 

「一画で過去に飛んで、もう一画で乖離剣ぶっぱしたら『無かったこと』になるかなぁって思ったんですけど」

 

「・・・ぎ、ギル!? 月が怖いわ!?」

 

「ああ、うん、黒月かなー」

 

一応仲直りしたとはいえ、麗羽は月が洛陽を追われる原因となった人物だ。

月は心の芯から優しい女の子なので、麗羽のことも「許す」とは言っているものの、まだ苦手意識は持っているようだ。

その麗羽が侍女隊に入ったというのだから、月が混乱するのも無理は無い。

年越し祭りのときに麗羽にノウハウを叩き込んだのは月だが、まさかそのときには本当に侍女の道を歩くとは思っていなかったのだろう。

 

「・・・取り乱しました。へぅ、ごめんね、詠ちゃん」

 

「い、いいのよ。・・・怒らせないようにしないと」

 

頬に手を当てて恥ずかしそうに詠に謝る月と、目を逸らしつつ何事かを呟く詠。

・・・後宮の一室を、奇妙な静けさが支配した。

 

・・・

 

「あ、詠ちゃん、そっちのお鍋ちょうだい?」

 

「うん、いいわよ。はい」

 

ようやく落ち着いた月が、詠と一緒に料理を楽しんでいる。

最初は自動人形も手伝おうとしていたのだが、月がやんわりと断っていた。

今は俺の後ろではべりつつ、しょんぼりとした空気を纏っている。

こいつでも、へこむことはあるんだな・・・。

 

「・・・よしよし」

 

「・・・?」

 

屈ませて頭をなでると、屈んだ体制のままで器用に小首を傾げる自動人形。

こいつらにも名前をつけてやりたいけど、全員同じ容姿だからどうにも見分けがつかないんだよなぁ・・・。

これならまだ、三年連続六つ子で年子の十八人姉妹のほうがキャラで見分けつくからまだ楽かもしれない。

 

「・・・」

 

何故撫でられたのかは理解していないだろうが、撫でられたこと自体は嬉しいのだろう。

笑顔を浮かべ、一度頷いてから再び俺の後ろに戻る。背後の気配が明るくなったので、機嫌は直ったのだろう。

まぁ、月も久しぶりに親友の詠と二人で料理をしたかったのだろうし、お前が嫌われているわけではないよ、と思念で伝えておく。

さらに背後からの気配が明るくなったので、おそらく喜んでいるのだと思う。

意外と子供っぽいのだな、なんて思っていると、二人の料理が出来たようだ。きゃっきゃとはしゃぎながら盛り付けをしている。

 

「ギルさんっ、出来ましたっ」

 

「結構自信作よ。月と一緒に作ったしね」

 

上機嫌な二人が食器を卓に並べていく。

ホカホカと温かそうな湯気を立てている料理たちは、匂いを嗅ぐだけですでに美味しいと確信できる。

 

「久しぶりだったから、沢山作っちゃいました」

 

「あんたも食べれるんなら食べるの手伝いなさいよ?」

 

月の言葉に、詠が付け足して自動人形に声を掛ける。

話しかけられるとは思っていなかったのか、驚いたような空気を感じる。

 

「食べられますよね? 自動人形さん、私のお菓子の味見、沢山しましたもんね?」

 

「・・・」

 

こくん、と月の言葉に答える自動人形。

何かしらの絆のようなものが出来たのか、喋らない自動人形とも意思疎通が出来ているらしい。

 

「ですよねっ。じゃあ、皆で食べましょうか」

 

嬉しそうに手を組んだ月がそう言って、四人が席に着く。

月たちももちろんそうだが、自動人形は本当に姿勢がいい。もう、本当に『人形』のように微動だにしない。

 

「それじゃあ、いただきましょう」

 

いただきます、と自動人形以外の三人が唱和し、自動人形が手を合わせて俺達に合わせる。

 

「ここ、凄いわね。多分、城にあるどの厨房より、ここの厨房が一番使いやすいわよ」

 

「だろうな。甲賀にも手伝ってもらって作成したキッチン周りは、多分数千年分くらいの技術になるとは思うよ」

 

なんてったって俺のいた現代のキッチンに似せた後宮の厨房は、押せば着火して、火力の上下が可能なコンロ、スイッチ一つで動き出す換気扇、捻れば出てくる蛇口などなど、見た目はともかく、中身は現代のものと遜色ない。

使いやすさとしては抜群だろう。ちなみに、これについては緘口令をしき、記録を残すことは禁止している。

まぁ、自動人形か侍女隊くらいしかここには入れない男子禁制の大奥みたいになっているし、そのどちらも俺の命令を無視するような人間じゃない。

後は後宮に入った子たちくらいだが・・・まぁ、そちらも言いふらすような軽い口は持っていないだろう。そっちも口止めはしてるしな。今は月だけだけど。

 

「数千年・・・あんたたちが来たって時代よね」

 

「まぁ、そうだな。天の国って呼ばれてるところだな」

 

確か月や詠には俺や一刀、甲賀が来た時代をざっとだが説明していたはず。

まぁ、あまりにも乖離しすぎていて理解は出来ても納得は出来ていないみたいだけど。

・・・俺が一度死んでいる一般人だというのは、いまだナイショだけどな。

 

「不思議な感覚よね。あんたがいた頃は、ボクたちは過去の人間だったわけでしょ?」

 

「・・・まぁ、全員男だったけどな」

 

「そこも不思議よね。あんたたちが見ていた『教科書』って言うのを一度見てみたいものね」

 

料理を口に運びながら、詠がそう一人ごちる。

 

「私たちからしたら、未来の出来事が書かれた本になりますね」

 

少し怖いです、と月の眉尻が下がる。

確かに、未来に何が起こるのか分かるというのは、恐ろしいものだろう。

・・・というか、俺は転生したから教科書とか持ってないし、一刀も着の身着のままこっちに来たから荷物は無し。

甲賀も気付いたらこちらにいたっていう感じだから、誰も教科書は持っていないのだ。

そう考えると、タイムスリップというのは上手く出来ているのかも知れんな。・・・まぁ、俺が体験したのはタイムスリップとパラレルワールド含む感じだろうけど。

 

「ま、そんな事気にしてたらキリが無いわよね。別の世界の出来事だと思って気にしないのが一番よ」

 

どうしようも無いことだし、と言ったような態度で、詠は再び料理を食べ進める。

まぁ、確かになぁ。・・・フィクションの世界だということは、多分一生伝えることは無いだろうな。墓まで・・・いや、座まで持っていくことにしよう。

 

「ごちそうさまでした。・・・お茶入れてくるわ」

 

「ん、おう、頼んだ。すまんな」

 

詠はすたすたと空いた食器をもって厨房へと片付けに向かう。

俺も食べ終わり、少ししてから月も食べ終わったので、二人分の食器を持って俺も厨房へ入る。

月が申し訳なさそうに自分でやると言っていたが、妊婦にそんなことさせるわけにもいかんだろう、と押し切った。

 

「あら、持ってきてくれたの? ・・・ありがと。そこ置いといて」

 

「洗うくらいは俺がやるさ。詠はお茶をいれて月に持っていってやってくれ」

 

「ん。分かったわ」

 

にこり、と笑い、詠は用意していたお茶のセットを持って厨房を出て行く。

・・・うむ、今日の料理のお返しとはいえないだろうが・・・まぁ、ゆっくりとした時間を過ごして欲しいと思う。

 

・・・

 

「た、隊長っ。不肖迦具夜、頑張ってノーミスでお仕事を終えましたよ!」

 

月に別れを告げ、後宮を後にした俺と詠は、副長のもとへ向かった。

侍女長室で他の侍女達に指示を出していた副長は、俺達を見ると半泣きになりながら俺に抱きついてそう言ってきた。

 

「ほんとにノーミスか?」

 

「ほんとですよぅ! 侍女の人に聞いてもらっても問題ないです!」

 

ちらり、と侍女達に視線を送ると、うなずきを返される。

おお、ホントだったのか。

 

「じゃあ、今日の晩飯は凪と同じ辛さだな」

 

「なにゆえっ!?」

 

「副長がノーミスで仕事終わらせるとか、その時点でミスだろ」

 

「じゃ、じゃあ、ミスしてたら何も無しだったんですか?」

 

「は? ミスしたらミスしたでその分罰ゲームだろ」

 

「なんで!? っていうかそれ私に罰ゲームさせたいだけじゃないですか!」

 

「お、よく気付いたな」

 

偉い偉い、と頭を撫でると、ぷく、と頬を膨らませる副長。

 

「からいのやなのにぃ・・・」

 

本気で泣きそうなのか、副長の言葉が若干幼児退行し始める。

 

「おいおい、泣くなよ。流石に冗談だって」

 

「ふぇ? ・・・うそ?」

 

「ウソウソ。流石にノーミスで仕事終わらせたのに罰を受けさせたりしないって」

 

「・・・でも、壱与さんはそういうときでも罰を受けてますよ?」

 

「いや、あれは罰じゃなくてご褒美だから」

 

「・・・鞭で打った痕に塩を塗りこむのが?」

 

「鞭で打った痕に塩を塗りこむのが」

 

「マジでご褒美なんですか?」

 

「マジでご褒美なんだよ。恐ろしいことに」

 

ひえぇ、と副長が戦き、詠がため息をつき、侍女たちがドン引く。

壱与に罰というのはほぼ存在しないからな。詠と二人っきりで密室に閉じ込めて、壱与が身動きできない状況で説教してもらうくらいだ。

ちなみにそのときの詠はとてもイキイキしているので、詠にとってはご褒美かもしれない。ストレス解消的な意味で。

 

「私の知らない世界って奴ですねぇ。月にもそんな人はいませんでしたよ」

 

「地球でも中々いないだろ、あれだけの奴は」

 

あれに勝てるといえば・・・そうだな、例えば地球を使って自慰するような女性くらいじゃないだろうか。

ははは、そんなのいるわけ無いけどな。

 

「ま、なんにせよお疲れさん。特別手当ってことで、給料は少し色を付けておこう」

 

「本当ですかっ!? どもですっ」

 

わーい、と先ほどまでの泣きそうな表情を一変させて喜ぶ副長に、普通の手当てより大目に付けておこうと決める。

まぁ、活躍に対して給料が少ないようなイメージもあるので、ちょっと給料の底上げもしてやろう。俺の無茶振りに応えてもらってるって事もあるしな。

 

「ま、何はともあれお疲れ様。久しぶりに月と話せたし、助かったわ」

 

「あ、いえいえ。こういうのは助け合いですから」

 

気にしないでください、と副長は手を振る。

副長も成長したなぁ。そんなことが言える様になったとは。

 

「ふぁ・・・それじゃあ、私、ちょっと寝てきますね。だいぶ疲れちゃいました」

 

「おう。ありがとな。助かったよ」

 

「えへへ。また何かあったら、声を掛けてください。私、頑張っちゃいますから!」

 

・・・本当に成長したなぁ。こんなに真面目になっちゃって・・・。

後で七乃の所に行くとしよう。不真面目成分が足りない。

 

「ボクも仕事に戻るわ。・・・って言っても、ほとんど後片付けくらいだけど」

 

「だな。じゃあ、政務室に顔出してくるよ」

 

「ええ。頑張ってきなさい」

 

「了解」

 

小さく手を振る詠に手を振り返しながら、政務室へと向かう。

・・・さて、今日の桃香は半泣きだろうか。号泣してるんだろうか。

 

・・・

 

「あ、お兄さんだー。お疲れ様ー」

 

「・・・あれ? 桃香一人? 何で泣いてないの?」

 

「何で泣いてると思ったのかな・・・?」

 

困ったように笑う桃香に、冗談冗談と返しながら机の上を見る。

・・・ああ、今日は少なめなのか。だから愛紗も監視してないし、朱里たちも手伝いに来ていないのだろう。

桃香がニコニコと政務をこなせている理由の一つだろう。

 

「一人で黙々とやってて寂しかったからお兄さんが来て嬉しいよー」

 

「あー、確かに一人で作業してると飽きっぽくなるよなー」

 

話し相手が一人いるだけでも違うものだ。

 

「愛紗ちゃんも訓練でいなくなっちゃったし、そろそろ休憩にしよっかなーって思ってたの」

 

「おっとそうだったか。茶菓子があるぞ。ちょっとお茶を淹れてこよう」

 

「私もやるよっ。お兄さんにばっかりお仕事させられないからねっ」

 

「そうか? じゃあ、湯のみと茶葉用意してくれるか。お湯沸かすから」

 

はーい、と元気に返事をする桃香の隣で、魔術を使い火を熾す。

あれだな。火を熾すとか聞くと、何故か王の仕事だと思ってしまうな。何故だろうか。

 

「よし、沸いたぞー」

 

「え、はや、ちょ、まだ用意してないよっ!?」

 

「ゆっくりやっていいから。意外と桃香って焦ったりするよな」

 

落ち着け落ち着け、と頭を撫でてやる。

まったりとお茶を用意すると、二人で卓に戻って休憩する。

 

「・・・なんか、いつもどおりだねぇ」

 

「ん?」

 

「んーん。ほっとするなぁって」

 

両手で上品に湯飲みを持って微笑む桃香。属性的には幼馴染である。

ほわわんとしたところとか。うむ、とても良い。

取り合えず朝馬乗りになって起こすところから始めていただきたい。

ちなみに俺は猫を飼ったらススムと名付けることにしている。・・・今のところ、野良猫すら風が名付けているので、その機会にはいまだ恵まれていない。

 

「そうだな。お茶が美味しい季節だなぁ」

 

ほう、とため息をつく桃香に釣られて、俺も一つため息。

うむ、この和む感じは桃香ならではの空間だろう。

何も話さなくても気まずくならない子が多いのが蜀だ。取り合えず蜀の政務室に行けば大体和めるしな。

・・・たまに愛紗がぴりぴりしていることもあるが、まぁそれでも和むことに変わりは無い。

 

「・・・えへへ。隣、行っても良い?」

 

「ん? ああ、どうぞ。ちょっと狭いかもな」

 

「それがいーんだよっ」

 

俺の座っている椅子は横に長いとは言え一人用のものだ。

ちょっと詰めれば二人は座れるだろうが、まぁそれでも密着してしまうくらいには狭い。

・・・個人的には密着できることに異議は無いので、どんどん来ていただきたい。むしろ乗ってもいいのよ。

 

「お邪魔します・・・っと」

 

「はは、やっぱりちょっと狭いかな」

 

「・・・むぅ。私が太ってるって言いたいの? お兄さん」

 

「いやいや、椅子が一人用だからな。仕方ないさ」

 

ぷく、と可愛らしくむくれる桃香の頬を押して空気を抜きながら、湯のみに口を付ける。

肩に暖かい重みが掛かったのでそちらに視線を向けると、予想通り桃香が俺の方に頭を乗せていた。

 

「寝るなら寝ていいぞ。そのくらいの余裕はあるだろ」

 

「んー・・・でも、迷惑じゃない?」

 

「全然。なんなら子守唄も歌っても良い」

 

「あはは。そこまではいいよー。じゃあ、ちょっとだけ寝るね。・・・あ、いたずら禁止! だからね?」

 

びし、と指を突きつけて、桃香はゆっくりと目を瞑る。

・・・少しして、すぅすぅと小さな寝息。やっぱり疲れてたか。

一人で色々とやるには、桃香は慣れてないからな。変に疲れたんだろう。

 

「・・・ん?」

 

お茶を飲みながら、しばらく本に没頭していると、歩いてくる気配を感じた。

・・・これは・・・侍女隊の誰かかな? 衣擦れの音が、メイド服のものだな。

ならば特に気にすることも無いか、と再び本に視線を戻すと、少ししてノックの音。

 

「む、空いているぞー」

 

「失礼いたしますわ」

 

そう言って入ってきたのは、メイド服に身を包んだ麗羽だった。

以前のクルクル金髪ドリルは纏め上げられ、ボリュームの多いポニーテールクルクル金髪ドリルになっていた。・・・進化している!?

 

「あら、ギルさんではありませんの。・・・桃香さんは眠ってらっしゃるようですわね」

 

「ああ。・・・何か用か? 代わりに俺が受けるぞ」

 

「用といえば用ですが、お仕事をしに来たのですわ。お茶休憩の時間だとお聞きしたので」

 

そう言って、手に持つ盆を胸の高さまであげる麗羽。

ああ、なるほど。いつも月がやってる奴か。

麗羽も、俺専用の待機組から普通に侍女隊の仕事に加わるまでになったか。

 

「なるほど。・・・桃香は寝ちゃってるけど、丁度おかわりが欲しかったところだ。淹れてくれないか?」

 

「ええ、もちろん。これでも練習しましたので、満足させるものが出せると思いますわ」

 

そう言って、厨房へと消えていく麗羽。

・・・成長したなぁ。

俺専用待機組は入ったばかりの新人も多く、練習のために取り合えずこの組に入れられるのが侍女隊の通過儀礼なんだそうだ。

前も説明したが、俺は大体自分のことは自分でやるし、自分でやらないことも侍女隊にはあまり振らない。

なので、専用待機組は実質『休み、もしくは休憩』扱いされている。・・・熱心な侍女は、それでもやることを探しに俺の部屋に忍び込んだりしているが。

まぁ、そんな事情もあり、時間が多く空く専用待機組では、先輩や班長が新人に仕事や作法を教えたりする時間に中てていたりするのだ。

そして、俺の元に向かわせ、実践させたりする。

そうさせているのは俺と月の指示によってのものだ。俺だったら失敗されてもあんまり怒らないから、ある程度は失敗できる。そう詠に進言された月は、俺に許可を取りに来た。

「ああ、全然問題ないよ」と答えた俺は、「失礼じゃないですか? 大丈夫ですか?」と何度も確認してくる月を苦笑して撫で回しながら、もう一度「問題ないよ」と答えたのだ。

 

「頑張ったんだろうなぁ」

 

・・・ちなみに、専用待機組で学んだ新人は、何故かそれぞれシーツを渡されるらしいのだが。なんでなんだろ。

あれかな、自分でベッドメイキングして、練習を絶やさないように、という心遣いなのかな。

 

「ふぅむ。深いなぁ」

 

一人で感心していると、厨房から麗羽が優雅な足取りで出てきた。

・・・流石、自他共に認める高貴な生まれ。所作に滲んでるな。

 

「お茶がはいりましたわ。どうぞ」

 

「ありがとう。・・・様になってるな。流石麗羽。気位が仕事に現れてるよ」

 

「当たり前ですわ。ギルさんに思い出させていただいた、高貴なる者の役目ですもの」

 

ほほ、と上品に笑う麗羽は、俺の湯飲みに淹れ立てのお茶を注いでいく。

一気に熱を取り戻した湯飲みを持って口に運ぶと、人の温かみを感じられる熱が喉を通っていく。

・・・うん、美味しい。

 

「い、いかがでしょう? 思えばギルさんにお茶を淹れるのは二度目ですわね。以前のものよりは美味しく出来たと思ったのですが・・・」

 

「ああ、確かに侍女になってからすぐに淹れてもらったな。あはは、あそこまで渋いお茶は初めてだったよ」

 

そのときのことは、今でも回想できる。

あのぬるさ、あの渋み。お茶で出来る全ての失敗を網羅したといっても過言ではない味だった。

 

「・・・それは言わない約束ですわ。意地悪なお人ですのね」

 

つい、と視線を逸らして頬を膨らませる麗羽。・・・今までの高飛車なだけの態度と違って、動作一つ一つが愛らしくなっている。

人はここまで変わるものなのだなぁ、と感心しつつもう一口。

 

「・・・うん、美味しい。美味しいよ、麗羽」

 

はっきりとそう伝えると、つんとそっぽを向いていた麗羽も、そうでしょう、と笑顔を浮かべた。

 

「ここに至るまで、練習に練習を重ねたのですから!」

 

どや、と練習の大変さだとか、そのときに芽生えた侍女班長との友情秘話なんかを聞かされる。

・・・半分くらいスルーしたのだが、麗羽が「ですので、侍女隊はしぃつを支給されるのですわ!」という俺の知りたい情報も喋っていたことに後で気付いた。

ちっ。謎のシーツ支給の謎が解けると思ったんだが・・・。

 

「・・・それにしても、桃香さんは起きませんわね。これほどまでに騒いで起きないとは・・・相当お疲れのようですわね」

 

「だなぁ。ま、そろそろ休憩も終わるし、起こさないと」

 

ゆさゆさと桃香の体を揺らす。

 

「んぅ・・・もぉ食べられないよぉ・・・」

 

「なんてベタな台詞を・・・」

 

「んふんっ。・・・変なことを真顔で言わないでくださいます?」

 

俺の言葉を聞いた麗羽が、妙な声を上げて噴き出した。

咳き込んだフリをして誤魔化しているが、その一瞬を俺は見逃さなかったぞ。

 

「・・・ふぁあ・・・あ、おはよ、お兄さん」

 

「おはよう。お茶飲むか? 目が覚めるぞ」

 

「ん~。貰おうかなぁ・・・」

 

ちらり、と麗羽に目線を向ける。

視線の意図を感じ取ってくれたのか、こぽこぽと桃香の湯飲みにお茶が注がれる。

 

「ふぇ? ・・・あっ、麗羽さんだっ」

 

「こんにちわ、桃香さん。ぐっすりとお休みのようでしたわね。・・・よだれ、ついてますわ」

 

「ほ、ほんとっ!? わ、わ、んしょ」

 

ごしごし、と袖で自身の口を拭う桃香。

 

「お兄さん、肩とか大丈夫? よだれ、垂れてない?」

 

「ん? うん、大丈夫みたいだな」

 

肩に触れてみるが、特に湿っているようには感じない。

 

「よかったぁ・・・」

 

「そういえばギルさん?」

 

「ん?」

 

「猪々子さんと斗詩さんは貴方の部隊にお世話になっているとお聞きしましたが・・・ご迷惑をお掛けしてはいませんか?」

 

「んふ。・・・あ、ううん。なんでもないよ」

 

何が面白かったのか、真顔で少しだけふきだすように笑う桃香。

・・・確かに常識的なことを言う麗羽って違和感バリバリだけどさ。

湯飲みで口元を隠していたからか、麗羽本人には気付かれてはいないようだ。

 

「全然問題ないな。むしろ色々と助かってるくらいだから」

 

「それは良かった。猪々子さんも斗詩さんも少し抜けているところがありますから」

 

「んふ・・・。ああ、いや、何でも無いとも」

 

いかんいかん。俺も笑ってしまった。

なんていうか、笑っちゃいけないと思うと笑っちゃうよね。

そういえば笑ってはいけないをやる予定だったな。もう新年だけど。・・・思い出すのが遅かったか。

 

「さて、そろそろ時間も時間ですし、わたくしはこれで失礼いたしますわ」

 

空になった湯のみを回収して、麗羽が退室していく。

 

「ほえー・・・麗羽さん、大人になったねー」

 

「お前、ホント失礼だよな、たまに」

 

退室していった麗羽を見送った桃香が、ふっとそう呟いた。

自分を差し置いた評価をちょいちょいするからな、この娘。

 

「さ、お仕事お仕事! もうちょっとで終わるし、終わったら晩ご飯! ね?」

 

「仕方ないな。副長のために用意した特別な晩御飯が余ってるから、桃香に食べさせてあげよう」

 

「何それ何それ! 特別って良い言葉・・・ちょっとまってお兄さん。前にも『特別なお風呂』って言われたけど熱湯風呂だったよね?」

 

「・・・ちっ」

 

「舌打ちしたー! 危ない! 危ないよおにいさん! 私は壱与ちゃんや副長さんと違ってオチ担当じゃないんだからね!」

 

「・・・え?」

 

「首を傾げちゃダメ! もー、私はいじめられて喜ぶような性癖は持ってないんだからね!」

 

めっ、とこちらに指を突きつける桃香。

ぷんすかと怒る桃香は全く怖くないが、これ以上からかうと機嫌を直すのに時間が掛かる。

それはそれで可愛いし楽しいのだが、そればかりというのも芸がないだろう。

 

「はは、冗談冗談。普通に用意するって」

 

「お兄さんが作ってくれるの?」

 

「おう」

 

「・・・今日は、私が頑張るよ! 愛紗ちゃんも最近実力をつけてきてるし・・・置いていかれるわけにはいかないもん!」

 

ぐ、と握りこぶしを作る桃香。・・・しばらく食べてないから、覚悟しておかないとなぁ。

 

「ん、なら頑張ってもらおうかな。食材は俺の宝物庫から出すから、調理はしやすいと思うぞ」

 

「ありがとー! えへへ、頑張るよぉー!」

 

握った拳を高々とあげる桃香。・・・さて、桃香の料理は久しぶりだなぁ。

 

「・・・よし、終わりっ」

 

「お、早いな。うん、問題は無いな」

 

桃香が終わらせた書類を確認し、判を押す。

・・・この判があれば、後で朱里たちが確認するときにもう一度中身を確認しなくて良いので、彼女達の手間が省ける。

まぁ、若干桃香への信用が不確かなのは、今までの行いを思えば仕方の無いことだろう。

最近は中々ましになってきたけどなぁ。愛紗辺りが信用してくれないからなぁ。

 

「じゃ、厨房行くか」

 

「はーいっ。もう、腕を振るいに振るうよー!」

 

「ああ、期待してるよ」

 

テクテクと日が沈んだ城内を二人で歩く。

 

「ご飯食べたら、お風呂はいろーね。お背中ながすよー! ガンガン流すよー!」

 

「ガンガン流すもんじゃないだろ。俺の背中削り取る気かよ・・・」

 

「えー? なんか変なこと言った?」

 

きょとん、という効果音がつきそうな様子で首を傾げる桃香。

天然発言かよ・・・末恐ろしい娘である。

 

「ま、まぁ、そこまで言うなら頼もうかな」

 

「うんっ。任されるよー」

 

笑顔を浮かべる桃香は、そう言って俺の腕に抱きついてくる。

・・・入浴が食欲より優先されそうになるので、足の動きを意識してすたすた歩く。

 

「じゃあ、お兄さんは座っててね! お料理してくる!」

 

「ん、分かった。食材は出してあるから、好きに使って欲しい」

 

「はーいっ。腕によりを掛けるからねー!」

 

そう言って、厨房へと消えていく桃香を見送り、食堂の椅子に腰掛ける。

さて、何が出てくるかなぁ。

 

・・・

 

「はい、お待たせっ」

 

「お、出来たか」

 

目の前に置かれた皿には、綺麗に盛り付けられたチャーハン。・・・に、見える。

ふむ、桃香がまともなものを出してくるとは思えないが、上達したのだろうか。練習する時間があったとは思えないのだが。

そんな失礼なことを思いながらレンゲを手に取る。

 

「自信作だよっ。ちゃんと味見して、食べれるものだって確認してるからねっ」

 

ふんす、と自身ありげに鼻を鳴らす桃香に急かされ、チャーハンカッコカリを一口。

・・・ふむ。

 

「うん、中々」

 

「美味しいっ!?」

 

「ん、まぁ、卵の殻とかちょっとべた付くご飯を無視するなら、美味しいんじゃないかな」

 

「・・・と、取れてなかった?」

 

「取ってこれか」

 

「・・・卵、丸々一つ落としちゃって。そのときに殻が散らばっちゃったんだけど・・・」

 

「なるほど」

 

そのときの残りを食べてしまったらしい。

 

「ご飯もべっちゃり?」

 

「うん。・・・でも、俺が細かいだけかもな。ほら、あーん」

 

「あ、えと、あーん・・・はむっ」

 

もむもむ、と咀嚼して、飲み込む桃香。

 

「あー・・・どうだろ。私はこういうのもありかなって」

 

「ああ、やっぱり。俺がこだわり過ぎてるだけだな」

 

「お兄さんは舌が肥えてるもんねー」

 

「嬉しいことにな。流流とか華琳とかの料理を食べてれば、そりゃ舌も肥えるよ」

 

これは相当な上達具合だろう。少なくとも、愛紗は超えていることになる。

 

「えっへん。何を隠そう、流流ちゃんと華琳さんに協力してもらったんだー! 国主の伝手って凄いよね!」

 

「ああ、まぁ、そうだろうなぁ」

 

国内でも、華琳と流流に料理を師事できるのは桃香か蓮華くらいのものだろう。

 

「愛紗も誘ってやればよかったのに」

 

「え? ・・・なんでわざわざ敵を増やさなきゃならないの?」

 

俺の言葉に反応して、急に目からハイライトが消えた桃香は静かにそう呟いた。

 

「えっ」

 

「・・・なーんて、嘘だよー。ふふ。信じたー? 愛紗ちゃんももちろん誘ったんだけどね。時間が合わなくて」

 

あまりの変わり身に驚いていると、にぱっと笑った桃香が笑顔でそう言った。

・・・びっくりした。けど、本当に嘘か? なんというか、滲み出る感情が冗談に感じなかったんだが。

 

「取り合えず、殻は取りながら食べてね。ごめんね」

 

「いや、構わんよ。うん、中々」

 

はぐ、ともう一口。

うん、慣れると食べられるな。

 

「私も、いただきまーす」

 

しばらく、俺と桃香の会話と、食器の音だけが食堂に響いた。

 

・・・

 

「お背中流しまーす」

 

「ん、お願いしようかな」

 

食事も終わり、食器も洗い終わった後で、桃香と二人、浴場へときていた。

俺の背後にしゃがみこんだ桃香が、可愛らしい掛け声と共に俺の背中を洗ってくれている。

 

「えへへ。なんか楽しいな。ごしごし」

 

「上機嫌だな。まぁ、そっちのほうが精神衛生的にも良いけど」

 

「んふー。あ、そうそう、こういうのも試してみようかなっ。むぎゅー」

 

むにゅん、と背中に柔らかい感触が。

・・・ふむ、これはあれか。胸をタオル代わりにするというあの全男子憧れのシチュエーションか。

これはそうだな、しばらく楽しむとしよう。

 

「んっ、よいしょ、んしょ、ど、どうかなっ? き、気持ち良い?」

 

「とっても。しばらくやってもらおうかな」

 

「う、うんっ。あ、これは外して・・・直で行くねっ」

 

ふに、という感触が少し変化する。なにやら少しだけ硬いものがこりこりと。

 

「よしっ」

 

「え? え? 何の掛け声?」

 

疑問に首を傾げつつ、体を動かすのをやめない桃香。

その健気なところはお兄さん評価するよ。

 

「・・・ん、ふぅっ。・・・ね、お兄さん。その・・・えへへ、お兄さんが欲しくなっちゃったなぁ、なんて・・・」

 

微弱な刺激を感じすぎて我慢が聞かなくなったのか、桃香が背後から腕を回してくる。

潰れるほどに押し付けられた桃香の凶悪な二つの武器の感触に、俺もそろそろと思っていた頃だ。

渡りに船とばかりに、後ろの桃香を抱き寄せる。

 

「ひゃっ。・・・あ、えと、今日こそ、お兄さんとの子供、宿せるといいねっ」

 

俺にゆっくりと押し倒されながら、そう桃香は微笑んだ。

 

・・・




「ええと、久しぶりの面接だなー。なになに? ジャック・ザ・リッパーさんと、フランケンシュタインさん?」「・・・」「・・・」「え、アサシンとバーサーカー? っていうか無口すぎません? 話しても良いんですよ?」「・・・あなたは、お母さん?」「ヤァァ・・・」「支離滅裂!? 私に出産経験は無いですよっ。・・・あの人手出してくれないし・・・って、なんですそのナイフ・・・宝具っ!? っていうか内臓引きずり出すとかなんて壊れせいの・・・うおおっ、フランケンシュタインさんっ、頭掴むのはやめてっ!」「お母さんじゃないなら、いらないよ・・・?」「ウィィィ・・・」「もーやだっ! 決定! 貴方達もあの人に召喚されなさいっ! 多分矯正してくれるはず! ・・・これが丸投げかー。・・・えへへ、なんか快感かもっ」「あの人・・・? その人は、お母さん・・・?」「ヤァァ・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七十一話 彼女の気持ちに

「そういえば昔、幼馴染と喧嘩したときに『君には人の気持ちに立って考えるということが抜けている』って言われてショックだったなぁ」「・・・まぁ、今は人の気持ちを考えた結果、恋人二十人超えたけどな」「こいつ、天然の女たらしか。しっしっ。あっちいけ。うつる」「何が!? なぁ何がうつるんだ!?」「ギル様、あっち行ってください。うつります」「ランサーまで!?」

それでは、どうぞ。


肩に、重み。

宝具を肩に乗せながら、目の前の副長の動きに気を配る。

最近はどうにも油断ならなくなってきた遊撃隊の副長と対峙しながら、ある意味無防備ともいえる構えは変えない。

 

「行きますっ!」

 

「っ!」

 

駆け出した副長が、目の前に盾を構えながら姿勢を低くして飛び込んでくる。

背後に伸ばされた手には、そのまま後ろに切っ先が向くように剣が握られている。

盾を矢じりに、放たれた一本の矢のように突っ込んでくる副長は、おそらく盾を目隠しにして剣を振るう方向を見せないようにしているのだろう、と判断する。

 

「・・・甘い」

 

だけど、それは盾で『防げたら』の話。

彼女は体重が軽いので、このまま武器を振るって当てれば面白いように姿勢を崩すだろう。

・・・けど、それは副長も承知しているはず。

となると、これは釣り。そう判断して、こちらもいつでも迎撃できるような態勢を取る。

 

「足元っ! 刈りますっ!」

 

「ふっ・・・!」

 

いちいち自分の行動を言うのは副長の癖だろうな、と足を振り上げながら思う。

そのまま剣を踏むように足を振り下ろすと、予想通り剣を踏んで止め・・・られてはいなかった。

 

「釣られましたねっ」

 

地面を踏み抜いた感覚で、やられたと思った。

いっつも踏んで止めていたからか、対策を取られていた様だ。・・・それも当たり前か。

何度も何度も同じ手を使って、それで対策を採らないのはバカのやることだ。

ちょっと副長の事を舐めていたかな、と反省。最近はどうにも相手する人が一定になってきたので、少し慢心もあったと思う。

 

「・・・けど・・・まだ・・・!」

 

一度引いた剣を振りかぶり、袈裟切りに降ろしてくる副長。

その一瞬がゆっくりと引き伸ばされたような感覚になっていく。

慌てず、振り下ろされる剣ではなく、その剣を握る手首をどん、と弾く。

 

「うひゃ、あ・・・!?」

 

その勢いで、副長は無防備な腹を晒す。

驚愕の表情を浮かべる副長のその腹部に、自身の武器を思い切り刺し貫く――。

 

「はい、そこまでー!」

 

前に、ギルからの声が入る。

・・・ぴたりととめられた武器を、自身の肩の上にまた戻す。

 

「こ、こえぇ・・・止めなかったら恋さんマジで私の腹貫いてましたよね!?」

 

「・・・? 戦いだから。試合で、ギルに言われたから止めた」

 

「こっわぁ・・・」

 

「戦いは、死ぬ気でやらないと意味無い」

 

「そ、そりゃそうですけど・・・」

 

「それで死んだら、副長が弱かっただけ」

 

「・・・隊長だったらどうしてました?」

 

「? ギルは強いから死なない。だから安心」

 

どんなに全力を出しても、ギルなら大丈夫。

ほかのさーばんとって言うのよりも強いから、借りてる宝具を全力で振るっても良い。

恋の好きになった人だから、当然だけど。

 

「・・・この人って、無口な壱与さんだよなぁ」

 

「? ふくちょ、何時も通り変」

 

「うぅ・・・変な人に変って言われた・・・」

 

何故か肩を落としている副長を、撫でる。

ギルにこうされると恋も嬉しいから、きっと副長も嬉しいはず。

 

「変な人に慰められてる・・・」

 

・・・泣いてしまった。

どうしよう、とギルに視線を向ける。

ギルは恋の言いたい事に気づいたのか、何度か頷く。

これで安心。ギルはちゃんと慰めてくれ――

 

「安心しろ、副長も変だ!」

 

「うわぁん!」

 

「・・・とどめ」

 

――流石ギル。油断も容赦も無い。

 

・・・

 

「うぅ、恋さんも酷いけど、隊長も十分酷い・・・」

 

隊長からの『変人認定』を貰って、感情のままに泣いた後。

ちょっと恥ずかしくなって逃げちゃったけど、これをネタに隊長に慰めてもらおうと私は隊長の私室に向かっていた。

 

「・・・恋さんとしっぽりやってる頃かなぁ。気まずいよなぁ」

 

前に七乃さんとの行為をバッチリ目撃しちゃって、まぁ、その・・・昂ったことあるけど。

でも、あんなに恥ずかしいことはもう二度と御免です! だから、私室に着いたらまず・・・。

 

「番をしている兵士さんも侍女さんもいない・・・?」

 

隊長の部屋の前をチェック。大体誰か立ってるんだけど、今日はいないみたい。

じゃあ、政務室かな、と思いつつも扉の近くで耳をそばだてる。

 

「・・・む?」

 

なんか聞こえる・・・?

 

「ギル様――壱与――お願――」

 

「ん? ――ああ――それなら――」

 

むぅ、途切れ途切れにしか聞こえないなぁ。

でも、壱与さんがいるのは分かったから、突撃は待ったほうがいいかな。

扉に完全に耳をつけて、もっと聞き取ろうとしてみる。

 

「ああぁぁんっ!?」

 

「ふぇっ!?」

 

何!? 何今の嬌声!

ちょっと出ちゃいけない声出てるよ壱与さん!

 

「おい壱与、あんまり大声出すなよ。人払いしたとはいえ、通りがかる人が居ないとは限らないんだから」

 

まさに今! 私通りがかってますよ!

っていうか、まさか本当にやってる!? いや、ヤってる!?

 

「だ、だぁってぇ・・・ギル様の、奥までコリコリくるからぁ・・・」

 

壱与さん何その甘ったるい声!? いつも興奮しててもそんな口調になりませんよね!?

ふ、二人っきりのときってそんな口調なんだぁ。ふ、ふぅん・・・?

聞き逃すまいと身体全体を扉にへばりつかせて神経を耳に集中させる。ほっぺたが扉に押し付けられてむにゅ、と潰れるくらいに扉に密着する。

 

「ほら、もっと良く見せろって。最近は見てやれなかったからな」

 

「はぁいっ。あ、これどうしましょう?」

 

「ん? もちろん脱げよ。引っかかると痛いだろ」

 

ぬ、脱ぐっ!? ひ、引っかかる!? 何が!? な、ナニが!?

うっひゃあ、隊長、なんか、強引なカンジ?

 

「ほら、髪も解けって」

 

「はいっ。んしょ・・・えへへ、しっかり洗ってきましたから、良い匂いしますよ? 嗅ぎます?」

 

「後でな。先にやることあるだろ」

 

「・・・そ、それじゃ、失礼いたしますね」

 

先にヤること・・・も、もう完全にアレじゃない!

うぅ、気まずいなぁ。立ち去ったほうが良いよなぁ。

・・・そうは思っても、何故か体はピクリとも動かない。

なるほど、最後まで聞けと。私の本能は理性を凌駕したようだ。

 

「ほら、いれるぞ」

 

「ゆ、ゆっくりお願いいたしますっ」

 

「はは、大丈夫大丈夫。これでも慣れてるんだ」

 

「・・・壱与的には、慣れてらっしゃらない方が良かったんですけどぉ」

 

そうですよねぇ。やっぱり自分だけを見ていてくれたほうが・・・。

 

「んあぁぁっ!」

 

「っ!?」

 

も、もうっ! びっくりするから考え事してるときは喘がないでくださいよっ。

で、でも、しょっぱなからいれちゃって大丈夫なのかな。ほら、潤滑油的な意味で・・・。

 

「だから壱与、あんまり大きな声は・・・後動くな。抜けたじゃないか」

 

「も、申し訳ありません・・・。その、敏感なもので・・・」

 

「だろうなぁ。はは、でもアレだな、やっぱり濡れてるな」

 

ぬっ、濡れてるっ。そっか、そういえば壱与さんって想像だけでいける人だったな。

ならいきなりでも問題ないのかなぁ。

 

「うぅ、お恥ずかしいです・・・ひあっ!? あ、ぎ、ギル様、そんな、押さえつけて・・・」

 

「じゃないといつまで経っても終わらないだろ? ・・・ん、と、ほら行くぞ?」

 

「は、はひっ。どうぞっ・・・んあっ、ぅあ・・・」

 

「よしよし、偉い偉い。お、奥のほうが・・・」

 

「んふぁ・・・ひぇ・・・」

 

な、なんだろう。いつものテンション高い壱与さんじゃないから、変なカンジするけど・・・。

き、気持ちいいんだろうな。きっと。

 

「あ、ギル様、あんまりじっくり見られると・・・! い、壱与の汚いところですからぁ・・・」

 

「おいおい、そういうところを見られて興奮するのがお前だろ?」

 

「・・・壱与にだって、恥じらいという感情くらいあるんですよっ」

 

「おや、それは初耳だ。・・・ただの変態王女じゃなかったのか」

 

そこは全面的に隊長に同意です。恥じらいなんて感情あったんですね、あのキリングマシーンに独占欲と性欲だけ付与したような王女様に。

 

「ほら、こっちはもういいだろ。もう片方見せてみ」

 

ん? ・・・モウカタホウ?

えっ、そ、そっち!? そっちでも経験有り!?

・・・そういえばしばらく前、急に月さんがお腹壊してたけど・・・。まさかね。

 

「んー? こっちはやっぱり綺麗だな」

 

「そっ、それはもうっ。見せられるくらいにはしてきましたのでっ」

 

洗浄!? 洗浄してきたの!?

ふわぁぁあぁ・・・み、未知の領域っ。

これは後学のためにもしっかりと聞いておかないと・・・!

 

「なんだよー、つまらんな。全く・・・」

 

ふぇっ!? つ、つまらない? ・・・え? まさかそういう!? スカ・・・げふんげふん。あっぶね。姫として言ってはいけないワードトップ5に入る言葉言いそうになった。

えー? で、でも隊長って結構潔癖っぽいでしょ? そういう趣味無いと思ってたんだけど・・・。

私といるときもそんな素振り見せなかったし・・・。

 

「それとも、壱与さんとだけなのかな・・・」

 

仄暗い感情が首をもたげて来る。

・・・やっぱり、壱与さんのこと、好きになれませんね。

嫌いでも、無いんですけど。そこは乙女の複雑な感情ということで。

 

「あっづぁっ!?」

 

「ん!? っと、すまん! 大丈夫か!?」

 

「は、はい、大丈夫ですっ」

 

「すまんすまん。奥の膜のところに引っかかったかな」

 

「大丈夫です! 気持ちいいですっ!」

 

「・・・そ、そうか」

 

ま、膜!? まだあるの!? え? え?

頭が混乱する。膜があって、もう一つの方でいつもしてて・・・?

そっちなの!? そっち専用なのっ!?

 

「・・・なにしてんの、あんた」

 

「ふぁいっ!?」

 

頭の中がグルグルと混乱していたとき、背後から声を掛けられて思いっきり動揺してしまった。

 

「ひ、卑弥呼さん?」

 

「それ以外の誰に見えんのよ。で? 何してんのよ。入らないの?」

 

「・・・壱与さんと隊長が中にいて」

 

「? だからなんなの?」

 

「えと、ですから、膜がまだあって、後ろの穴が常習犯で・・・」

 

「・・・落ち着きなさい。 ゆっくり呼吸して・・・深呼吸よ? はい、ひっひっふー」

 

「ひっひっふー・・・ひっひっふー・・・」

 

卑弥呼さんに言われたとおり、深呼吸。

取り合えず落ち着いてきたので、かくかくしかじか、と事の顛末を説明して、扉に耳を当ててみてください、と伝える。

 

「扉ね? ・・・ふん、ふん・・・」

 

しばらく耳を当てていた卑弥呼さんは、扉から体を離して私に向かってニッコリと微笑む。

 

「ギルー! 入るわよー!」

 

「わ、わわわっ! ちょ、ちょっと卑弥呼さんっ!」

 

笑顔で扉を開けた(吹っ飛ばしたように見えたけど)卑弥呼さんに続いて部屋に入ると――。

 

「ん? 卑弥呼か。副長まで。どうしたんだ、こんな時間に」

 

「んふ。あのね、ギルちょっと聞いてよ。すっごい面白い話あんのよ」

 

「ふぇ・・・? あれ? 壱与さん?」

 

「・・・なんのようです、副長さん。壱与、さっきまで幸せの絶頂だったのに・・・一気に不機嫌になりましたっ」

 

「はれ?」

 

そこにいたのは、想像とは全く違って、寝台に座る隊長と、その膝に頭を乗せた壱与さんの姿だった。

混乱して頭の上にハテナ、と疑問符を浮かべる私を他所に、卑弥呼さんがにやにやと話し始める。

 

「んふっ、この子、さっきから扉の前で聞き耳立ててたっぽいんだけどさ」

 

「? おう」

 

「あんた達が、変なこと、あは、してるって、勘違い・・・んふっ・・・してたのよ。・・・あははっ! も、もーダメ! おっかしいの!」

 

あっはっは、とお腹を抱えて笑い出した卑弥呼さん。

私と同じように疑問符を浮かべていた隊長は、卑弥呼さんの話と、自分達の状況を鑑みて察したのか、段々と顔に笑みが浮かんできていた。

 

「あ、そういう・・・んふ。ちょっと待てよ、あはは、壱与、ダメだ俺、あっはっは!」

 

「ふぇ? ひ、卑弥呼様もギル様も、何がおかしくてそんな・・・」

 

「あっはっはっは! だ、だから、壱与、耳貸しなさい・・・あは、んふふ・・・ごにょごにょ」

 

「? ・・・はい、は、はぁ・・・? ・・・! ああ、そういう! ・・・あははっ! バッカみたい!」

 

ここまでされれば、流石の私も気付く。・・・ただの耳かきを、アレと勘違いしてしまったのだと。

一瞬で顔が真っ赤になる。恥ずかしいなんてものじゃない。穴があったらそれごと地球を爆発させたいくらいだ。

 

「ち、ちが、そんなんじゃ・・・!」

 

「な、ふふ、何が違うのよっ。あっはっは、えっちぃのね、副長はっ」

 

「い、壱与、同情いたしますよ? ん、ふふ、そ、想像力が、豊かなことで・・・ぷふっ」

 

「壱与さんにだけは想像力がどうとか言われたくないですっ!」

 

何とか搾り出してはみたけど、ダメだこれ。完全に負け戦です。

 

「そっかそっか、副長も中身は年頃の女の子ってことか」

 

「はうっ」

 

ずきゅん、と胸を貫かれる。

まさか、思春期の小娘と同じに思われるなんて・・・。

 

「・・・まぁ、くくっ、壱与の耳かきも終わりかけてたところだ。おいで副長。耳かきしてやるよ」

 

「ふぇっ!? い、いえっ、私は遠慮・・・あれ!? 何で私羽交い絞めにされて・・・」

 

「ギルが折角やってくれるって言うのよ。遠慮しちゃダメじゃないの」

 

「耳かきついでに淫らな言葉しか拾わないその鼓膜、破ってもらったらどうでしょう? 耳の処女も捨てられますよ?」

 

「さらっと怖いこと言わないでください! なんですか耳の処女って!?」

 

初耳ですよそんな特殊な卒業は!

 

「まぁまぁ。奥までコリコリされなさいよ」

 

「そうだぞ。俺がどっちの穴も綺麗にしてやるからさ」

 

「お、押さえつけられて、無理矢理されると良いんですよ、ふふっ」

 

「あ、や、ダメ、そんなところ見ちゃ、汚いからぁ・・・っ!」

 

「だから綺麗にするんだろ。ほら、暴れない暴れない。誤って耳の処女卒業することになるぞ」

 

ニッコリと笑う、三人の悪魔に囲まれ、私は完全に諦めました。

・・・うぅ、どうか鼓膜が無事生還しますように・・・。

 

・・・

 

・・・悪魔三人と戦い、何とか耳の処女は守りぬいた次の日。

耳かき自体は心地よく、隊長の気が向けばまたやってくれるということなので、私はお風呂上りにこうして隊長の部屋の前までやってきていた。

軽く鼻歌なんて歌いながら、取り合えず扉に耳をぴたり。

 

「ギル様っ、もっと奥、あぁっ! そこぉっ!」

 

「っと、おいおい、壱与、だから声を出すな・・・って、言っただろっ」

 

「ご、ごめんなさ・・・! お仕置き、してくださいっ・・・!」

 

・・・またやってる。

もうっ、ただの耳かきがどうしてこんなことになるのかなぁ。

 

「ま、いいや。壱与さんがやってもらってるってことは、私もしてくれそうだし」

 

「・・・あんた、また盗み聞きしてんの?」

 

「あ、卑弥呼さん」

 

扉の前でよし、と一人気分を固めていると、また昨日のように卑弥呼さんに声を掛けられる。

 

「盗み聞きとは人聞き悪いですね。また壱与さんが耳かきしてもらっているようなので、私も混ぜてもらおうと」

 

「ふうん。じゃあ、わらわもしてもらおうかしら」

 

そう呟く卑弥呼さんを先導するように、扉に手を掛ける。

 

「・・・ん? あ、ちょっと待ちなさい副長、これ今日は――」

 

「たーいちょー! 私も混ぜ・・・」

 

「ダメッ、ギル様、壱与、壱与・・・んんぅっ――!」

 

「・・・て?」

 

「あーあ・・・わらわ、しーらないっと」

 

顔に掛かるちょっと特殊な匂いの液体。

目の前には、想像とは全く違い、寝台の上でこちらに向かって大開脚してる壱与さん。

・・・まさか、これは――!?

 

「・・・は、は・・・はれ? あなた・・・副長・・・さん・・・?」

 

呼吸荒くこちらを確認した壱与さんが段々と目に光を取り戻していく。

同時につり上がる眉尻。・・・やっべ、アレのときに突入した・・・!

 

「あなた・・・ギル様に耳かきをしていただいた昨日に飽き足らず、寵愛を受けていた今日まで邪魔を? しかも、『混ぜて』って・・・殺す」

 

「ちょっ、は、話し合いましょう! それに、あなたたちは無事絶頂したじゃないですか! ノーカウント! ノーカウントなんです!」

 

「・・・凄いですねアナタ。大物です。感動しました。・・・ですが無意味です」

 

「逃げれるはずのヘタレフラグ折られた!?」

 

だけど、鏡を取り出そうとして、壱与さんは今の自分の状況に気付いたらしい。 

・・・繋がったままじゃ無理じゃないです?

 

「まぁまぁ、壱与。副長もただ混ざりたかっただけなんだから。可愛がってやろうじゃないか」

 

「ギル様ぁ・・・お優しすぎますよぉ・・・。うぅ、そういうことなら仕方ないわね。来なさいまな板。不本意だけど、一時的にこの座を譲ってあげるわ」

 

カミソリのように鋭い視線で、私に場所を譲る壱与さん。

本当に名残惜しそうにしていたので、言葉に偽りは無いのだろう。・・・どうしよう。完全に背後から攻められそうなんだけど・・・。

 

「い、いえー、わ、私今日は遠慮しようかなぁ、なんて・・・無理ですよねー!?」

 

そう言いながら交代すると、にこりと笑った隊長の背後から鎖が伸びて、私の腕を捕らえる。

じりじりと引き寄せられて、その手を壱与さんに掴まれる。

 

「つーかまーえたー。・・・壱与、一回副長さんのこと廃人にしてみたかったんです」

 

「廃人!? え、私何され・・・卑弥呼さんっ! 見てないで助け・・・」

 

「壱与ー、わらわも副長いじめに参戦するわー」

 

「大歓迎ですっ!」

 

扉の影から見ていた卑弥呼さんに応援を頼もうとするも、一瞬で壱与さん側へ。

 

「さぁ、今日も悪魔三人にいじめられようか、副長」

 

「大丈夫。一週間もすれば、正気を取り戻せますわ。・・・きっと」

 

「本当に危なそうだったらわらわが止めてやるわよ。・・・たぶん」

 

「ふ、不安すぎるっ! 隊長は兎も角他のお二人が・・・ちょ、や、やめ、脱がさないで・・・い、いや、あ、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

・・・

 

「・・・どうしたんだよ、副長」

 

なんとなく気分が向いたので、ギルの部屋へと酒とつまみ(星から貰ってきた)を手にやってきたのだが・・・。

部屋にいたのは、ぐったりとした副長だけだった。

取り合えず声を掛けてみるが、なんというか、死んだ魚の目というか、光の無い濁った目をこちらに向けるだけである。

 

「・・・ふぇ? ひぇひぇひぇ、ぱいれんさんだぁ・・・」

 

「いや、笑い方・・・なんだ、ギルにいじめられたか?」

 

「たいちょー・・・? そうなんれすよぉ、たいちょーに、お腹たぷたぷにされちゃいましたぁ。フヘヘ」

 

「うわぁ。で、ギル本人は?」

 

「ここだ」

 

背後から急に声を掛けられて、うおわ、と驚いて声を上げる。

 

「いきなり声を掛けるなよー。びっくりするだろ? ・・・って、風呂にでも行ってきたのか?」

 

髪が少し濡れているし、なんだか良い匂いもする。

風呂上りのギルはなんだか妙に色っぽいのだと侍女からかなり熱弁されたことがあるが・・・確かに、と頷いてしまうな。

 

「珍しいな、白蓮がここに来るなんて」

 

「・・・お前、私がお前の部屋に来るたびにそれ言うよな。全く珍しくないだろ。ちょいちょい来てるんだし」

 

「はは、いや、何、お約束のようなものだ。気にするな」

 

そう言って、ギルは私の頭をくしゃくしゃと撫でる。

・・・子ども扱いはやめろと何度言ってもやめないので、もうこれについては諦めている。

ま、私はこいつより背が低いし、撫でやすいというのもあるんだろう。・・・癖になってるのかもな、もしかしたら。

 

「ほら、満足したら飲もうぜ。麗羽の話、少し聞きたいしな」

 

「おう。ほら、副長、部屋に戻るか隣の寝室で寝て来いって」

 

「うあー、わたしものむー。のんではくー」

 

「それが迷惑だから戻るか寝ろって言ってるのに・・・白蓮、少し待ってろ」

 

「ん? おう。じゃあ、準備しておくな」

 

「頼んだ。・・・よっと」

 

副長を持って、隣の寝室に消えるギル。

 

「よっと。・・・星のうるさい薀蓄に耐えて貰ったものだからなぁ。ギルを満足させる味であってくれよー」

 

ことん、と小さい壷を卓の上に置く。

 

「ふぇっ、あっ、た、たいちょ、何でそんなところに・・・あ、む、無理ですって! そこにそれははいらな・・・ひぎぃっ!」

 

「お、副長起きたのかー」

 

元気そうだなー、と思いつつ、酒も用意。

副長が起きたって事は、三つ用意しておいたほうがいいかなー。

 

「よし、まぁこんなもんだろ」

 

「はっ、はっ、はっ・・・! た、隊長っ、め、目は覚めましたのでっ、これでお暇したく・・・ひぃっ!? に、二本目っ!? 二本目は流石に・・・! いや、『一本入っただろ』って、そりゃそうですけどぉぉっ!?」

 

「ん? 何だ、副長は帰るのか」

 

お暇するとか何とか聞こえたな。

じゃあ、一つは片してっと。

それにしても何してるんだ? 隣の部屋、やけにばたばたしてるけど。

 

「よっと。待たせたな、白蓮」

 

「ん、いや、全然」

 

ぱたん、と寝室の扉を閉めて、ギルが戻ってくる。

 

「あれ、副長は寝ちゃったのか?」

 

「ああ。ま、起こさないでやってくれ。死ぬほど疲れてるらしい」

 

「そりゃもちろん。ほら、注いでやるよ」

 

「お、さんきゅ」

 

とくとく、と酒を注ぐ音が静かな室内でやけにはっきり聞こえる。

そういえば、今の『さんきゅ』という言葉は、『ありがとう』という意味らしい。

天の国の言葉の一つで、ギルは結構この言葉を多用する。

 

「ほら、乾杯」

 

「ん。今日も一日お疲れさん」

 

ちん、と澄んだ音が響く。

それから、お互いにくいっと一杯。

ん・・・これは結構強めだなぁ。

 

「美味しいな。何処の酒だ?」

 

「ん? ああ、北郷の奴に貰ってさ。何でも、今試作中のものらしいぞ」

 

「となると、日本酒系か・・・」

 

どんどん進んでるなぁ、とギルは呟き、飲み干した杯を卓に置いた。

自分も飲み干したので、ほら、とギルの杯にもう一度注ぎなおす。

自分のにも注いで、次はメンマを摘んで一口。うんうん、やっぱり肴があると違うよなぁ。

 

「お、美味い。こっちは星かな?」

 

「正解。・・・まぁ、選択肢無いようなものだもんなぁ」

 

むぐ、ともう一口。これだよなぁ。

・・・食べ過ぎなければ、美味いんだけどなぁ。

星はなんていうか、勧めすぎなんだよ。

 

「あ、そういえば。麗羽はどうだ? ・・・迷惑掛けてないか?」

 

「はは、前も言ったけど、かなり頑張ってるみたいだよ」

 

「ん、さんきゅ」

 

ギルから報告書を渡される。

・・・私も、結構自然に天の言葉を使えるようになったなぁ、と一人ごちる。

 

「なるほど」

 

以前見たときとは違う、一ヶ月とちょっとの分厚い報告書。

業務の内容やら、新人の教育状態なんかも載っていたりする。

その中身を見るに、どうやら麗羽は『新人』から脱却できたらしい。

 

「結構評価高いじゃないか。・・・ほんとに天職だったんだな」

 

しみじみと呟く。

あの麗羽がなぁ・・・。

 

「なんだ、白蓮。寂しそうな顔してるじゃないか」

 

「んあ!? ・・・そ、そんな顔してるか?」

 

ぺたぺた、と自分の顔を触ってみる・・・が、もちろんそんなことは分からない。

手元に鏡でもあれば確認できただろうが・・・んまぁ、もちろんそんなものは無い。

 

「・・・そういえば、白蓮」

 

「ん? むぐ。・・・どうした?」

 

「いや、麗羽のお守りとかなくなってさ、ある程度手が空いてるだろ? ・・・うちの副長とかやらないか?」

 

「・・・は?」

 

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

間抜けな声を出してたっぷり数十秒。

 

「・・・い、いやいやいや! 無理無理無理!」

 

「いやー、出来るだろ」

 

「お前酔ってるだろ! 絶対素面のときに後悔するぞそれ!」

 

「酔ってないって。そろそろ副長・・・ああ、ややこしいな。迦具夜を隊長にしてさ。そのときの副長どうしよっかなーって思ってたんだよ」

 

「七乃がいるだろ」

 

「あー、七乃は副官だろ。まぁ、副官というよりは軍師か。実動できて、ある程度色んなことに造詣が深くて、いざというときは迦具夜を殴ってとめられるって言ったら、白蓮しかいないだろ」

 

「殴って・・・」

 

まぁ、流石にやらないが。確かにそう考えると、七乃だとそこまで荒い事は出来ないだろうし、猪々子や斗詩でも無理そうだ。

華雄は・・・ああ、考えないほうがいいな。むむ、反論が出来なくなってきた。

 

「給金は多いぞ。俺が色つけるからな」

 

「・・・むぅ」

 

段々と外堀を埋められている気がする。

 

「今は時間も空いてるだろ? 仮ってことでやってみないか? 迦具夜にも隊長業になれてもらわないとだしな」

 

「・・・まだ副長には言ってないのか?」

 

「もちろん。こういうことをいきなり無茶振りしたときのあの顔が可愛いんだよ」

 

「悪魔め・・・」

 

くつくつといかにも悪者の笑みを浮かべるギル。

まぁ、なんだかんだ言ってギルは優しいから、本当に難しいのであれば先延ばしにはなるだろう。

・・・優しいのと同時に頑固でもあるので、一度決めた私が副長というのは、多分覆されないんだろうけど。

 

「全く・・・まぁいいや。今うだうだ言っても仕方ないもんな。ある程度は頑張ってみるさ」

 

「よく言った。・・・ちなみに白蓮用の『副長専用装備』は開発がすでに開始されてるから、断っても無駄だと思うけどね」

 

「は? なんだよその不穏な装備は。・・・副長みたいに海に突き落とされたりはしないよな?」

 

「ははっ」

 

「・・・おい、断言しろよ。『そんなの無い』ってさぁ!」

 

乾いた笑いを浮かべるギルに、だんだんと卓を叩いて訴えてみるが、まぁ無駄だろう。

 

「・・・くぁ」

 

「ん? 眠いのか?」

 

酒を飲んだ上に動いたからか、酔いが回ってきたようだ。

寝落ちする前にお暇するかなー。

たまにこいつの部屋で寝かせてもらったりもしてるけど、今日は副長いるみたいだし。

 

「あー、みたいだな。今日はお暇するよ」

 

「ん? こっちで寝ていけばいいじゃないか。副長を抱き枕にするとあったかいぞ」

 

「・・・んー・・・うーん・・・」

 

少し悩む。

 

「まぁ、なんにしてもそんなフラフラした娘を外に出すわけにもな。ほら、おいで」

 

そう言って、ギルは私の手を引く。

・・・こういうところで女扱いされるのは、まぁ、なんというか・・・悪くは無いけど。

今までもこういうことがあって、でも手を出されないのは・・・私に魅力が無いからかなぁ、なんて思ったこともある。

 

「ほら、副長、大丈夫かー?」

 

「んぅ・・・すー・・・ふみゅ・・・」

 

「寝てやがる・・・二本挿したままで眠れるものなのか・・・」

 

何かに驚いているギルの横顔を見ていると、なんだか変な気分になってくる・・・。

――って、いかんいかん! 酒と空気で酔ってるな・・・!?

流石にこんな、勢いだけでなんてのは・・・。

 

「? どうした、白蓮。そんなに見つめて」

 

「おおっ? な、なんでもない。なんでもないんだ、うん」

 

「そうか?」

 

瞬間、ギルに手を引かれ、顔が至近距離に近づく。

 

「ふぇ、え、ええ?」

 

「・・・何か嘘をついてるな。ある程度なら、目を見ると分かるんだ。これも訓練の賜物かな」

 

意地の悪い笑みを浮かべて、ギルはそう呟く。

普通の人間とは違う、赤く、鋭い瞳。

じっと見つめ続けると、なんだか、心が軽くなる、ような。

 

「・・・かも、な。嘘、ついてる、かも」

 

「んん? ・・・あれ? 催眠掛かった? ちょ、起きろ起きろっ」

 

「ふぁい? なんれふか、たいひょー?」

 

「副長は寝てろ!」

 

「あぁ・・・うん・・・」

 

「ぱっ、白蓮は起きてくれ! ・・・ああもう、何なんだこの混沌とした状況は!」

 

お前が作り出したんじゃ・・・という突っ込みは心にしまっておく。

半分力の抜けている私を、ギルはぎゅっと抱き締める。

 

「・・・ギル。あの、私を、抱いてくれないか・・・?」

 

「待て待て! 催眠って言ったらそのパターンは予想できたけど! それはちょっと性急すぎやしないか!?」

 

「はは、何言ってるんだ、ギルは。・・・変な奴」

 

完全に力を抜いて、寝台に倒れこむ。

私を抱えていてくれたギルは、私を庇うように、一緒に倒れこんでくれた。

・・・こういう時、頭を守ってくれたりって言うのを意識すると、なんと言うか・・・下腹部辺りが反応してしまう。

 

「私は、そういう風に見れないか? ・・・お前の部隊の副長にしてくれるって言うなら、私のことも・・・」

 

「あー・・・まぁ、考えるのは明日にしよう。責任は取るからな、白蓮」

 

「うん。・・・えっと、優しく、だぞ」

 

髪を解きながら、自分の体を弄る手を受け入れる。

・・・酔いとは違う心地よさが、体を走っていく。

 

・・・

 

「・・・朝?」

 

眩しさで目を覚まし、ふぁ、と欠伸をしながら体を起こす。

・・・なんだか、今日は枕がいつもと違うような、と思い至って背後・・・枕があるであろう方向に視線を向けると、そこにはお腹を出した副長が。

位置的に、あの出ているお腹の部分を枕にしていたのだろう。良く寝られるな、この状況で。

 

「あれ、髪留めが無い。寝る前ほどいたっけ」

 

肩にかかる髪の感触に、ふと昨日の出来事を振り返る。

えーっと、確かギルと一緒に飲んでて、遊撃隊の副長やらないかって誘われて・・・。

 

「? その後どうしたんだったかなー」

 

少し痛む頭を抱えつつ、記憶を辿る。

無駄に豪華な化粧台があるこの寝室は、間違いなくギルの寝室だろう。

酔い潰れて寝ることはちょくちょくあるので、それは不思議じゃないんだけど・・・。

 

「ま、兎に角水でも飲もうかな」

 

廊下を歩いていれば記憶も辿れるだろう。

そう思って寝台から降りようとして、ひんやりとした空気が肌を撫でていくのを感じる。

・・・あれ? 服、着てない? っていうか下着も!? 全裸!? 何で!?

 

「わ、わわ私の服っ!? ・・・あ、落ちてる。あー、たたんでないから皺に・・・って、そうじゃなくて・・・」

 

下に落ちている服を慌てて拾い、下着を着けようとして、違和感に気付く。

・・・なんで血がついてるんだろう。っていうか、この内股に伝うものは・・・。

 

「――っ!」

 

そこまで気付いて、ようやく寝台の上に再び意識が向いた。

私が寝ていたその隣、見覚えのある金色の髪が・・・。

 

「そ、そうだっ、思い出したっ。わ、私、ギルと・・・あわわわ・・・!」

 

顔が熱くなるのを感じる。そりゃ当然だ。あんなこと初めてだったんだから。

っていうか、全部思い出したぞ! 私、酔いと勢いに任せてなんてことを・・・!

 

「・・・でも、責任、取ってくれるって言ったよな」

 

寝台に戻り、寝ているギルの頬を撫でる。

・・・珍しく、ぐっすり寝ているようだ。いつもなら、私がこれだけ騒げば起きるだろうし。

ま、まぁ、記憶を辿れば、結構ギルは昨日頑張ってくれたみたいだし・・・その、体力を使ったのかもしれない。

 

「・・・風呂、行っておくか」

 

流石にこの状態で一日は過ごせない。それなりに怪しい匂いもするし。

最低限のものだけ身に着けて、寝室から出る。

風呂の道具は途中で自室に寄って取ってくればいいか、とそのまま居間を抜けようとすると、扉の横に一人、侍女服を着た女性が立っていた。

 

「あれ? 侍女隊? ・・・じゃないな。ギルの出した、自動人形か?」

 

確か、宝物庫の中にはそんなのがいたという話を聞いていた私は、すぐに侍女隊と目の前の女性が違うものだと気付いた。

そんな彼女は私の言葉に頷くと、手に持った包みを渡してくれた。

 

「? ・・・これ、風呂道具? おいおい、着替えまで・・・用意してくれたのか?」

 

「・・・」

 

こくり、と頷く自動人形。

おそらく、昨日寝る前にギルが言いつけておいてくれたのだろう。

こういう気遣いが出来るからあいつは・・・全く、後で礼を言っておかないとな。

 

「ええっと、取り合えず風呂に入ってくるよ。ギルが起きたら、そう伝えておいてくれないか?」

 

「・・・」

 

再び、首肯。全く喋らないんだな。そういえば、ギルとすら喋っているところを見たことが無い。

まぁ、どうにかして意思疎通はしているんだろう、と判断して、そのまま部屋を出る。

 

「さむっ。・・・一枚羽織ればよかったかな」

 

朝と昼の丁度中間当たり。なんとも中途半端な時間だが、まだまだ寒さは残っているようだ。

少し身震いしつつも、早足で風呂場へ向かう。そっちのほうが部屋に外套を取りに行くよりは早く暖まれるだろうと思ってだ。

 

「それにしても・・・ふふっ。私も、か。そっかぁ・・・っくしゅっ!」

 

・・・ちなみに、自動人形が用意してくれた包みの中に外套があったのを知るのは、風呂から上がって着替えるときだった。

 

・・・




「さてと、次の人は・・・ええと、エンキドゥさん? ・・・あれ? エンキドゥさーん? ・・・あら、置手紙。なになに? 『急用が出来ました。後にしてください』? ・・・あの人、結構神様嫌いっぽいしなー。私も嫌われてるのかなー? ・・・まぁいいや。じゃあ予定を繰り上げて次の人・・・んーと、エリザベート? エリザベート・バートリーさん?」「呼んだかしらっ!? ・・・あら、何よアナタ。こっちはかなり忙しいの。ステージに立つために爪や尻尾を磨かないといけないし、歌のリハーサルもあるんだから! それとも何? 私のお風呂になりたいの?」「・・・何この危険人物。・・・あれ? 混沌・悪? うわ、最悪じゃないですか。連続殺人鬼? ・・・あれー? 何でこの人ここに来れるの?」「・・・それで? 何の用なのよ。いい加減答えなさい、子リス」「・・・てめ、この、下手に出てりゃ調子に乗って・・・!」「はぁ? 意味わかんない。勝手に呼んで勝手にキレてるのはアナタじゃない。・・・いいわ、調教してあげる・・・!」

「・・・はい? なんですか、一体。は、髪の毛が乱れてる? べっつにー。ちょっとキャットファイトしただけですしおすし。・・・ふぇあっ!? ど、どうも。手櫛なんてされたの初めてかも・・・あ、いえいえ何でもありませんのでそのままどうぞ。・・・ふぇぇ・・・役得役得。あ、そのまま撫でてください。これから愚痴るので」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七十二話 彼女と決闘に

「現代では決闘って法律違反じゃん?」「だな。『決闘するぞ!』『おう!』で両方しょっ引かれるからな。役に立つ法律だった」「・・・役に立つ・・・?」「ギル様の腹黒エピソードですか。だいぶ聞き飽きましたけど」「まぁ、現代話の九割が幼馴染とのイチャラブだからな。もげろ」「何で俺最近冷たくされてるんだろう」「もげてください」「・・・ランサーの恨みも相当買ってるな、俺」

それでは、どうぞ。


「というわけで、今日から迦具夜を隊長へ。白蓮を副長へ据えて、この遊撃隊は活動していくことになる」

 

「はぁっ!? ちょ、聞いてないですたいちょー!」

 

「言ってないからな。ちなみにそれに伴ってこの部隊の名前も『ギル遊撃隊』から『迦具夜遊撃隊』へと・・・」

 

「はっ、反対! はんたーい! 私の名前を使わないでください! ちょさっけん違反です!」

 

「著作権というよりは個人情報だろうが・・・ふぅむ、そうなると名前をどうするかな」

 

まぁ、今までも『遊撃隊』と言っていたので、別に名前はつけなくてもいいんだけど。

遊撃隊はこの俺の部隊しかいないわけだし。この三国の部隊というよりは、俺の私設部隊みたいなものだしな。

 

「なら、私に提案があります~」

 

「じゃあ、七乃!」

 

挙手した七乃を指名すると、返事をしながらすくっと立ち上がる。

 

「はい~。この部隊はご主人様の部隊だったわけですよね? でも、ご主人様は部隊長を迦具夜さんに譲り、それに伴って名前も『ギル遊撃隊』ではダメ、と。お間違いないですか?」

 

「ああ、その理解で間違いない」

 

「でしたら、名前を使わない代わり、ご主人様の特徴とか、何かそういうものを名前につければ良いんですよぉ。例えば・・・そう、『黄金』とか~?」

 

「・・・なるほど。良い案ではあるな」

 

ならば、皆から何か案がないかを聞いてみるか。

ちなみに、ここは大会議室。副長や七乃はもちろん、白蓮や華雄、猪々子に斗詩などの武将、後はそれぞれの班の班長も出席している。

いまだ隊長職ではあるので、俺がこうして前に出て会議の司会進行を勤めているが、これも副長・・・迦具夜の仕事になるだろう。

 

「じゃあ、新しい部隊名に何か案があれば、挙手してくれ」

 

「はいっ! はーいっ! 私っ! 私に案がありますっ!」

 

「じゃあ、迦具夜以外で」

 

「何でっ!?」

 

「では、はい~」

 

「よし、七乃」

 

「はい。ええと、先ほども言ったんですけれど・・・『黄金遊撃隊』というのはどうでしょうか~」

 

『黄金遊撃隊』・・・そこはかとなく麗羽を思い浮かべる部隊名だな。

悪くは無いけども。確かに俺といえば黄金の鎧だしな。

 

「後は無いか? まぁ、別に部隊名なんて何でも良いしな。特別呼ぶことも無いだろうし」

 

「それは無いですっ! 後世に隊長がいた部隊のお話をしないでどうするんですかっ! 名前というのはその最たるものですよっ!?」

 

「迦具夜・・・お前・・・」

 

「たいちょぉう・・・」

 

瞳をうるうるとさせた副長と見つめあい、俺は――。

 

「後でしっぺな」

 

――取り合えず、後で罰を与えることにした。

 

「今感動のシーンじゃなかったです!?」

 

こんなの絶対おかしいよ、と絶望し始めた副長を取り合えず放っておいて、他の人間に視線を飛ばす。

はーいっ、と手が上がったので、猪々子を起立させる。

 

「あたいは遊撃隊ってとこから変えたほうがいいと思うな。あたいが考えたのは、その名も! 『絶対無敵史上最強精鋭部隊』!」

 

「カッコイイ言葉並べただけだな。却下。・・・といいたいところだけど、『遊撃隊』のところから変えるというのは良い案だな」

 

最前列にいた猪々子の頭をくしゃくしゃと撫でる。

猪々子はさばさばとしているボーイッシュな子なので、こうして乱暴に撫でても喜んでくれる。

璃々や鈴々とは別に意味で、『撫でて素直に喜んでくれる』という貴重な子である。

 

「私もその案に賛成です~。遊撃隊では、どうしてもフラフラしている感が否めませんから~」

 

「ですか。なら、隊長の腰の軽さを意味して、『機動部隊』というのはどうでしょう」

 

「お、いいな。ほぼ同じ意味だけど、言い方を変えるとそれっぽくなる」

 

「それに七乃さんの案をあわせて、『黄金機動部隊』、とかですかね?」

 

七乃を初めとして、武将や班長が思い思いに話を膨らませていく。

確か俺の遊撃隊の人数は増えに増えて一万人ほどになっていたはずだから、班長もそれなりの人数になる。

武器だとか得意分野に合わせて適当に割り振っただけだから班の人数もばらばらだけどな。

・・・そうだな、この際だし後でランサーのところに顔を出して軍事知識を貸してもらおう。

なんとか旅団とか、何とか連隊とかは聞いたことあるけどどういうものかは知らないし。

流石にこの知識は『一般常識』ではなかったのか、聖杯からの知識にも無かったしな。

 

「ま、それでいいだろ。というわけで、本日よりこの部隊は『黄金機動部隊』と名前を変えることにする。・・・なんか改めて考えると恥ずかしいな」

 

まぁ、正式名称がそうというだけで、呼ぶときは普通に『機動部隊』とかって呼ぶんだろうけど。

 

「ああ、ちなみになれないなら『遊撃隊』と呼んでも構わん。さっきも言ったけど、ほぼおんなじ意味だから」

 

総員の了解の返事を受け、よし、と話を締める。

 

「それで、これからは副長・・・じゃなく。迦具夜が部隊長に。で、新規加入の白蓮に副長をやってもらおうと思っている」

 

「はいっ! はいはーい! 異議有り!」

 

「俺には無い」

 

「私にはあるんですよっ!?」

 

いい加減泣きそうなので、副長の意見も聞くことに。

 

「冗談だよ。ほら、異議とやらを聞こうじゃないか」

 

「私が部隊長になることに反対ですっ! 隊長が隊長じゃなくなったら私隊長のことなんて呼べばいいんですかっ!」

 

「俺だって副長が副長じゃなくなったら副長のことなんて呼べばいいのか分からんぞ」

 

「そこは隊長って呼んでくださいよ!」

 

「よし、なら隊長になることに問題は無いんだな?」

 

「・・・はっ!?」

 

はめられた、という顔をして副長がこっちを睨む。

 

「というわけで、異議も無いみたいなので・・・」

 

「け、けっとー! けっとーを申し込みます!」

 

「・・・はぁ?」

 

唐突な副長の申し出に、思わずほぼ素の反応が出た。

 

「うぅ、こ、こわぁ・・・。で、でも、負けないもん・・・!」

 

その反応にビビったのか、少し腰が引ける副長。

だが、それでも、副長はこちらを見据えて続けた。

 

「決闘を申し込みます!」

 

「・・・いいだろう。訓練場・・・いや、町から離れた荒野にいくぞ」

 

「は、はいっ!」

 

・・・

 

副長には先に目的地に向かってもらい、俺は月に心配かけるまいと後宮へときていた。

 

「まぁ。じゃあ、副長さんがギルさんと?」

 

「ああ。もしかしたら宝具とか使うかもだから、びっくりさせないように先に言っておこうと思って」

 

「・・・はい。私は全然大丈夫です。魔力も余裕ありますし、体調も万全です」

 

「ん。問題あったら念話な。すぐ止めて戻ってくるから」

 

「ふふ。心配しすぎですよ。・・・でも、ありがとうございます」

 

頬に手を当てて照れる月に笑いかけて、立ち上がる。

 

「さて、久しぶりの全力だな。・・・恋との戦いでもここまでやらなかったかもしれんな」

 

魔力が体を巡る。

落としていたステータス、スキルが全て元に戻る。

もちろん、その余波すら纏め上げているので、傍にいる月を吹っ飛ばすようなへまはしない。

 

「・・・っしゃ、じゃあ準備運動がてら、跳んでみるか」

 

後宮の窓に足をかけ、俺は決闘会場に向けて跳んだ。

 

・・・

 

俺が指定したのは、半径数キロにわたって何もない荒野。

前は中庭で恋と本気出して迷惑掛けたからな。誰にも迷惑掛けないここを選んだ。

そして、ここにいるのは俺と副長だけ。他の人間は、将であっても来ることを禁じた。巻き込まない自信が無いからだ。

土ぼこりをあげながら着地すると、準備を終わらせていた副長が静かに口を開く。

 

「・・・待ってましたよ、たいちょー」

 

「おう、待たせたな」

 

「えっと、決闘といいましたけど・・・勝敗とか、勝ったらどうするとか決めてませんでしたね」

 

「負けを認めるか、気絶するかで負けってことでいいだろ。わざわざ殺しあう必要もない」

 

「了解です。分かりやすいですね。・・・で、もちろん私が勝ったら隊長がこれからも続投ってことでいいんですよね?」

 

「・・・いいや、逆だ。俺が勝てば、隊長を続けよう。俺が負ければ、この座を譲ろう」

 

俺の言葉に、副長は目を剥く。

何を言っているのか、と顔を見ただけでそう思っているのが分かる。

 

「な、何言って・・・そんなこと言ったら、私ワザと負けるに決まってるじゃないですか! ・・・良いんですか?」

 

いつもより少し鋭い瞳で、小首を傾げる副長。

ちょっと怒ってるんだなというのは、それだけで分かる。

彼女の表情については、俺が一番知っているからな。

 

「それでもいい。ワザと負けても、俺は何も言わん。開始一秒で降参したって良い」

 

「・・・しますからね! 私そっこーで降参しますよ!? っていうか今しますよ!?」

 

「良いって言ってるだろ?」

 

別に馬鹿にしているわけじゃない。

本気で、真面目にそう思っている。

部隊を一つ・・・人の命を任せようというのだ。

押し付けるようなことではダメなのだ。

そう心の中で呟きながら副長を見ると、瞳から迷いが消えた。

どうやら、答えが決まったようだ。

 

「・・・で」

 

「ん?」

 

「・・・本気で、行きます」

 

「ああ、分かった」

 

開始の合図である手ごろな石を広い、放り投げる。

アレが地面に落ちたら、開始の合図。

副長は剣と盾を。俺は乖離剣を持ち、静かな緊張感が張り詰める。

そして――石が落ちた。

 

「はっ!」

 

「ふっ!」

 

百メートルは離れていたお互いの距離が、一歩で詰められる。

聖剣の一振りを乖離剣で受け、シールドバッシュを空いた手で抑える。

 

「『王の財宝(ゲートオブバビロン)』」

 

「っ! 防いでっ!」

 

十数本の宝具が副長の構えた盾に殺到する。

 

「まだだっ!」

 

「真上!? あと背後っ!」

 

真上から降り注ぐ宝具を転がって避け、背後からのものはそのまま伏せてやり過ごす。

 

「そこだ! 『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』!」

 

出の速さを重視して、余りタメずに真名開放。

生み出された竜巻のような風の奔流は、伏せたままの副長に直撃――

 

「『天の羽衣』!」

 

――する前に、散らされてしまった。

 

「衣装を変えます! 『十二単』!」

 

『迦具夜』としての服に変わった副長は、重さをものともしない様子でこちらに浮遊魔術を使って突っ込んでくる。

手には魔力の塊。アレは直撃すれば効きそうだ。

 

「だが、まだおそ・・・!?」

 

「『陣地作成』・・・『擬似月面空間』」

 

乖離剣を振ろうとして気付いた、違和感。そうか、浮遊魔術じゃない、あれはただ跳んだだけ・・・!

陣地作成スキル!? まさか、ここはすでに荒野ではなく・・・!

 

「ゾッとしましたねっ。ここは擬似的な月面! 私の領域!」

 

絶対零度、そして無酸素。たった一つの命すら許さない月面。

月の民しか許されぬその領域が、固有結界に近い形で発露する。

そこには地球の人間である存在にペナルティを科す。

ステータスは軒並み下がり、軽すぎる重力は動きを阻害する。

 

「っらぁっ!」

 

「ぐっ・・・!」

 

手に込めた魔力の塊ごと殴りかかってきたので、距離を離すためにも宝具をいくつか飛ばす。

だが、真っ直ぐに飛んでいったのは数本。半分くらいは何処か明後日のほうへと飛んでいった。

 

「ここの重力は地球とは違うんですよ? 幾ら宝具とはいえ、その程度のものならば、逸らすのは簡単です」

 

どうやらある程度の融通が利く空間らしい。擬似的とはいえ月面だから、月の民である迦具夜には有利な補正が、俺には不利な補正がつくのだろう。

まさにキャスターの戦い方だ。相手を自分の土俵に引きずりこむ。圧倒的不利を逆転する一手・・・!

これを破るにはある程度溜めた、固有結界をも切り裂く乖離剣の真名開放しかないが・・・この状況で、それが許されるとは思えんな。

 

「ふっ、しっ、てやっ!」

 

「く、こいつっ、どけっ!」

 

右のフック、左のアッパー、右のストレート。拳の連撃を何とか凌ぐ。

行動するたびに、何かしらのペナルティが発生しているのだろう。

体が段々ということを聞かなくなってくる。

 

「そろそろ苦しいんじゃないですか? 酸素、無いですもんね。空気、無いですからね」

 

「ちっ、やはり、そういうことか・・・!」

 

にこり、と副長・・・いや、迦具夜は笑う。

酸素が無い・・・というか、このほぼ宇宙空間であるここで俺がある程度動けているのは、英霊としての存在だからだろう。

それが無ければ、呼吸が出来なくて全身が凍るとか、敗北どころか死亡必至である。

 

「でも、良く耐えたほうです。流石はたいちょー。・・・でも、もう終わり」

 

後ろに飛んで距離を取った迦具夜が、ぱちぱちと拍手をしながらそう言った。

演技がかった口調だが、不思議と違和感は無い。

 

「っぐ!」

 

体はすでに限界だ。幾ら魔力で誤魔化していても、『人間』として、地球の加護が無くなったこの状況で長く活動できるわけが無い。

だが、最後まで諦めることは出来ない。俺は、いつまでもこいつの前を走り続けないといけないんだから。

 

「何度も言っているだろうが・・・俺は兎も角、英雄王の力を舐めるなと!」

 

「っ、なんて気迫。・・・苦しいでしょうし、早く楽にしてあげますね、隊長」

 

乖離剣の回転速度が上がっていく。

白いガスを吐き出すが、いつもと決定的に違う点がある。

それは、乖離剣に巻き込まれる風が無いこと。

そりゃそうだ。地球上の、『大気』がある状態だからこそ巻き込む空気が存在するのだから。

だから、今の乖離剣はただの回転する武器でしかない。

 

「っらぁっ!」

 

「ふっ! 振りが甘いですよっ! 疲れちゃいましたかっ!?」

 

「ぐっ・・・!?」

 

拳で乖離剣を持つ手を弾き、さらに連撃で鎧の薄い場所、二の腕辺りを殴られる。

 

「鎧、貫きますっ!」

 

「ま、ず――!」

 

そして、がら空きになった体に、迦具夜の拳が突き刺さる。

拳の威力だけなら鎧でなんとでも防げたが、魔力は別だ。

鎧の持つ対魔力すら突き抜けて、直接俺の体に突き刺さる。

 

「――っ!」

 

うめき声すら出ない。

殴られた勢いで吹き飛ぶが、すぐに体制を立て直せば・・・!

 

「起き上がりを狙いますっ!」

 

「速いっ」

 

体制を立て直そうと着地した瞬間にはすでに迦具夜が目の前にいて拳を振り下ろしていた。

魔力でブーストして、一瞬だけ敏捷を倍加させる。

何とか片方は弾いたが、すでに視界には二発めの拳。

 

「がっ!」

 

「っしゃ、入った!」

 

左目の横辺りを殴られ、視界がチカチカと明滅する。

脳震盪は防げたらしい。この機を逃すまいと迦具夜はラッシュをかけてくる。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ! オラオラオラオラオラオラオラァ!」

 

「なんて姫だ・・・!」

 

ここまで鋭い拳のラッシュを仕掛けてくる姫なんて、古今東西探してもこいつだけだろう。

まさか、『迦具夜』の時には徒手空拳で挑んでくるなんて・・・!

乖離剣から手を離し、ラッシュを捌き切ることにだけ意識を向ける。

ここで押しまけたらそのまま押し切られるだろう。おそらくガードしてもそのガードが崩れるまで殴ってくるに違いない。

短く息を吐きながら神速のラッシュを受け流し、弾き、殴り返していく。

 

「っ!」

 

一瞬だけ開いた空白の時間に、宝物庫を開いて目の前に盾を出現させる。

これでさらに苦しくなったが、ラッシュに付き合うよりはましだ。

遠距離戦で何とかするしかないが・・・距離を離せるか・・・?

 

「むっ! ・・・盾ですか。よくもまぁ、今の状態で・・・」

 

後ろに飛ぶ俺を見送りながら、迦具夜は空中に浮かぶ盾に拳をぶつけた姿勢のままそう呟く。

ふぅ、とお互いに短く息を吐いて、一番最初と同じ立ち位置に。

違うのは、俺が消耗しきっていて、迦具夜が今までに無いくらい絶好調だということだけだ。

 

「久しぶりですよ、こうして護身術を使うのは」

 

「護身・・・?」

 

むしろ積極的に狩りに来ていたような気がするんだが。

って言うか、月の護身術ってこんな錬度高いのかよ。ありえねー・・・。

 

「ま、十二単だしはしたないからあんまり使わないんですけどね」

 

「だろうな。今の攻防は、完全に『大和撫子』からは程遠かったぞ」

 

手元にもう一度乖離剣を持ちながら、じり、と距離を詰める。

 

「隊長は、流石です。絶対零度で、大気すらないのに私にここまで食いつくんですもん」

 

「お前の上司・・・だからな」

 

「ふふ。・・・そういうところ、大好きですよ」

 

「・・・お前、本当に迦具夜か? 余裕持ちすぎて気持ち悪い」

 

何より、恥ずかしげも無く大好きとか言える時点で他人の可能性がとても高い。

 

「失敬な。まぁ、この服着てるときはちょっと上品になるので、それもあるのかもしれないですね」

 

「ちょっと・・・?」

 

迦具夜の発言に首をかしげると、にこりと笑った迦具夜が再び距離を詰めてくる。

・・・不味いっ!

距離を取る為に足を踏み込むが、魔力の塊を足場に無重力を自在に操る迦具夜にすぐに追いつかれる。

やばいぞっ、重力が無いから自分の意思で着地できないっ・・・!

ふわふわと浮いている状態で、突っ込んでくる迦具夜の拳を乖離剣で受ける。

回転する刀身は彼女の拳を削るが、すぐに修復される。

・・・こいつも自然回復持ちかよ! 便利すぎるな。

ふわりふわりと自在に動く迦具夜は、俺が浮いていることを良い事に四方八方から攻撃を仕掛けてくる。

宝物庫から刀身だけ出したりして防いでいるが、あまりにもあっちこっちに飛び回るから、何発かは喰らってしまう。

 

「ぐっ・・・『天の鎖(エルキドゥ)』!」

 

「待ってましたよ!」

 

着地・・・というより、地面に身体を固定する為に鎖を放つ。

地面から発射された鎖は、俺の脚を絡め取って引っ張るが、その鎖を副長が掴む。

 

「よっこいしょぉっ!」

 

「しまっ・・・!」

 

これを待っていたのか! 俺が痺れを切らして身体を固定するときを・・・!

 

「ぐぅっ」

 

足に絡まっている鎖を迦具夜が引っ張ったため、そのまま地面に叩きつけられる。

 

「マウントっ。取りました!」

 

その一瞬を逃さず、俺の体の上に迦具夜が跨がる。

・・・もう少し下なら、何時も通りなんだが、なんて意味不明の思考が浮かぶが、振り下ろされる拳の迎撃ですぐにその思考を投げ捨てた。

 

「オラオラァっ!」

 

「ふ、ぐ・・・っ!」

 

最初の一撃は額で受け、二撃目は手で弾く。

三撃目は何とか手で掴み、片手は塞いだ。

 

「離してくださいっ!」

 

「そう言って俺が離した事無いだろうがっ!」

 

振りほどこうと身じろぎした瞬間、迦具夜の頬に俺の拳が突き刺さる。

 

「ぐぅっ・・・。ぺっ! こ・・・ん、のぉっ!」

 

歯が折れたのか、迦具夜は唾と共に白いものを吐き出す。

そして、殴られても吹き飛ぶことなく、頬に当たる俺の拳を掴む。

この握力・・・! どれだけこいつステータスアップしてるんだよ・・・!

 

「だっらぁっ!」

 

「こんのぉっ!」

 

お互いに両手が塞がった状態。

・・・そこまでくれば、使うものは決まってる。

鈍い音と同時に、お互いの額がぶつかる。

・・・ぐぅ、超いてぇ。

取っ組み合いの喧嘩のような状況。宝具を使おうにもそんな隙はないし、そういえば乖離剣もいつの間にか手放していた。

 

「っつぅ・・・だけど、まだ、もう一撃っ・・・!」

 

「っぶねっ!」

 

もう一度振り下ろされる頭を、首を捻って回避。

俺の首元まで降りてきた側頭部に、横から頭突き。

 

「がっ・・・!」

 

一瞬ふらつき、俺の手を掴む力が緩んだ。

今しかない・・・!

 

「トドメぇっ!」

 

「あ、う、ま、だまだぁぁ!」

 

お互いに空いた手で、お互いの顔面を殴る。

鈍い感触と、鋭い痛みが、手と顔に広がった。

 

・・・

 

「・・・あー」

 

気絶、してたみたいだな。少しの間。

目を開いて起き上がると、ぐい、と後ろに引っ張られる。

 

「寝てないと、ダメですよ」

 

「迦具夜・・・?」

 

「えへへ。私の勝ち、ですね。私気絶しなかったですもん」

 

「あー・・・マジかぁ・・・」

 

どうやら膝枕してくれていたらしい迦具夜が、上から俺の顔を覗き込んで笑う。

すでに顔に傷は無く、折れた歯も治ったようだ。・・・天の羽衣すげえな。

 

「それにしてもお前、あんな武闘派だったんだな」

 

「私なんて、本職の人から比べたら全然ですよ。護身術程度しか、体術は習ってないですもん」

 

「護身術でこれかぁ・・・」

 

俺自身もすでに傷など無く、戦う前に戻ってはいるが、あの痛みの記憶はすぐに思い出せる。

それほどの衝撃だったのだ。まさか俺に拳が突き刺さることがあろうとは思っていなかった。

 

「・・・これで、私が隊長ですね、たいちょ・・・あ、うーんと・・・」

 

「好きに呼べばいいさ。・・・さて、取り合えず帰って部隊長就任祝いだな」

 

「あ・・・。・・・だ、だめ、です。もうちょっと、こうしてたいなー、とか」

 

もう一度起き上がろうとした俺を、再び掴んで引き戻す迦具夜。

 

「こうして二人きりで、まったり出来ることなんて最近無いですから。・・・いや、ですか?」

 

「・・・そう聞かれたら断れないだろ」

 

まったく、と呟きつつ、迦具夜の膝に頭を任せる。

 

「えへへ、あまあまだなー、たいちょーはっ」

 

嬉しそうにいいながら、俺の頭を撫でる迦具夜。

・・・そういえば地べたに正座って痛くないんだろうか。そう思って手探ってみると、どうやら足元に何か敷いているらしい。

 

「・・・? どうしました、隊長?」

 

「いや、十二単のときにこうしてもらうのは初めてだなーと」

 

「そですねー。というか、この格好になること自体、あんまり無いですから」

 

「だな。・・・ふむ」

 

もふ、と副長の体のほうに顔を向け、埋めてみる。・・・なるほど、これは。

 

「ふひゃっ!? ちょ、顔埋めたらダメですよっ! 確かに下着つけてないからすぐ野戦できますけど・・・!」

 

「なんかこの服、お婆ちゃんの家のにおいする」

 

「はぁ!? ぶっ飛ばしますよたいちょー!」

 

「いや、ほら、線香っていうかなんていうか・・・な? 懐かしい匂い、分かるだろ?」

 

「・・・ちょっと分かってしまう自分が憎いぃ・・・。すんすん。わ、ホントだ。お婆ちゃんちの匂いする」

 

袖を鼻に持ってきて嗅いだ副長は、初めて気付いた自分の服の匂いに驚いていた。

 

「なんでだろ。月にいたときは気にならなかったけどなぁ・・・」

 

「アレじゃないか? 月ではいつも十二単だったから鼻が慣れてたとか。で、今久しぶりに着てようやく気付いた」

 

「・・・なるほど、確かに納得できます。うぅ、後で香り付けて置かないと・・・。っていうかこれって匂いするんだ。普通の和服とは違うと思ってたんだけど・・・」

 

再びすんすんと自分の着物の匂いを嗅ぎ、項垂れる迦具夜。

 

「そういえばたいちょーはどんな匂いが好きです? 手持ちだと伽羅と練香くらいしかないですけど」

 

「俺にそんな知識あるわけないだろ」

 

「・・・そですか。じゃあ、私の好きなほうでやっときます」

 

「ん」

 

「えへへ。ね、たいちょ」

 

「なんだ?」

 

「・・・んちゅ」

 

呼ばれたので上を向くと、上体を折り曲げた迦具夜から口付けられる。

 

「・・・どうでしょ。おっぱいないし、おなかもおっきくなってないから出来るんですよ?」

 

「なるほどな。貧乳はステータスというのが、言葉ではなく心で理解できた」

 

よしよしと手を伸ばして迦具夜の頭を撫でる。

 

「・・・そろそろ日も暮れる。いい加減帰るぞ」

 

「はーいっ、了解ですっ」

 

かなりの時間俺の頭をおいて正座していたというのに、迦具夜は足が痺れたりはしていないようだ。

流石に正座しなれているのかな?

 

・・・

 

「・・・というわけで、これからこの機動部隊で隊長を務めることになった、迦具夜だ」

 

「どもです。化けものっぷりでは初代隊長に追いつけないかもですけど、頑張っていきますね」

 

そう言って迦具夜が頭を下げると、わぁ、と一気に盛り上がった。

今ここにいるのは先ほどの会議に出席していた、班長以上の役職の人間ばかりだ。

本当は全員呼びたかったのだが、流石にそんな広い会場は無かった。

他の隊員には休みと僅かばかりの手当てをつけているので、それで納得してもらうしかないだろう。

 

「それで、同時に副長に白蓮・・・公孫賛が入ることになった」

 

「あーっと、初代副長の化けものっぷりには私も追いつけないだろうが・・・それなりに頑張るよ」

 

「白蓮さんそれどういう意味ですかっ!」

 

「そのままの意味だよ、初代副長」

 

むきー、と口で言いながら白蓮に突っかかり、そのまま頭を抑えられて腕をグルグル回すというお前何それふざけてるの? ってやり取りをしている二人を尻目に、俺はさらに言葉を続ける。

 

「さて、それで最後に、遊撃隊と侍女隊、さらに広報隊の三つが一緒になって、連合部隊として結成されることになった」

 

どよめきが会場に起こる。

・・・まぁ、これは結構水面下で進んでたからなぁ。

 

「総大将は俺だ。ま、あんまり今までと変わらんかもな。たまに遊撃隊の訓練も見に来るから」

 

「初耳ですよたいちょー!」

 

「大将と呼べ。隊長はもうお前だぞ?」

 

「た、たいしょー!」

 

「何故どもる」

 

ちなみに遊撃隊の隊長は迦具夜。侍女隊は月、広報隊は人和がそれぞれ隊長として(名目上)登録されている。

なんだか段々組織がでかくなってきたな。早々にランサーの助けを借りに行くとしよう。

彼らなら軍隊としてどう行動するかも知ってるはずだからな。

 

「というわけで、皆今日は楽しんでいってくれ。乾杯」

 

俺の音頭にあわせ、皆が杯を掲げた。

うんうん、やっぱりこういう祝いの空気っていいよなー。

 

・・・

 

「殴り合い、ですか・・・」

 

「ああ。いやぁ、あそこまで梃子摺ったのは初めてかもしれないな」

 

色々と落ち着いたので、月のいる後宮へ来ている。

もう夜なので、お互いに寝台に入り、ヘッドボードに背中を預けてまったりとしている最中である。

数日前に行った迦具夜との決闘のことを報告した月の第一声は、若干口をヒク付かせて笑顔を浮かべながらだった。

 

「・・・良く殴れましたね、ギルさん。女性・・・それも、恋仲の方を容赦なく殴れるなんて・・・」

 

「んー、まぁ、副長だしなぁ。良い意味でも、悪い意味でも」

 

おっと、今は隊長だったか。

今までずっと俺が隊長と呼ばれてたから、自分で呼ぶのはなんだか違和感だな。

 

「へぅ、私には分からない世界です・・・」

 

「ただ盛り上がりすぎただけともいえるけどな」

 

深夜テンションみたいなものだ。

 

「というか、ギルさんは元々魔力で回復したりしますから分かりますけど・・・迦具夜さんも折れた歯が再生するくらいには規格外なんですね」

 

「だなぁ。恋の自動回復よりも強力だぞ、アレ。何でも抜けた瞬間から生え始めてたらしいし」

 

「へぅ・・・」

 

天の羽衣凄すぎる。というよりは、天の羽衣と十二単の相乗効果が、というべきか。

 

「流石は月の姫だな」

 

「あの浮かぶ月に、人が居たなんて・・・最初はちょっと信じられませんでしたけど」

 

そう言って、月は窓から夜空を見上げる。

今日は見事な満月だ。雲もないから、いっそう明るく月明かりが差している。

 

「今日は・・・月が、綺麗ですね」

 

「ん? ・・・ああ、そうだな。・・・『私、死んでもいい』だったか」

 

言った人は確か別々だったはずだけど。

 

「へぅ。死んじゃダメですよっ」

 

「え? あ、いやいや、そういう返しを・・・って、分からんよな」

 

「ふぇ?」

 

「こっちの話。安心しなって。しばらく死ぬ予定は無いよ」

 

「・・・もう。ギルさんは、たまに意地悪です」

 

ぷく、と頬を膨らませる月に、ごめんごめんと謝る。

 

「知りませんっ」

 

そう言って、月は寝台に潜ってしまった。

少し深めに布団を被ってしまったので、拗ねてしまったのだろう。

・・・たまにこういうわがままなところを見せてくれるようになったので、とても嬉しく思います。

 

「ごめんって。・・・それにしてもわがまま言う月は可愛いよなぁ」

 

「・・・反省、してませんね・・・?」

 

俺の呟きが聞こえたのか、布団から目元までを出してジトリとこちらを睨む月。

悪いが全く怖くない。むしろ可愛い。

 

「全く、月はどんなときでも可愛いなぁこのぉ」

 

「へぅっ。や、やんっ。ギルさん、そんなところ触っちゃ・・・ひゃうっ」

 

くすぐったいのか、布団の中で身体をくねらせる月。

・・・なんて本能を刺激する子なんだ、この子は。

 

「ひゃっ!? ・・・あ、あの、まだこっちでは出来ませんから、お口で・・・いいですか?」

 

もぞもぞと場所を動く月に、俺はああ、と頷くだけだ。

・・・なんていうか、視覚的にとっても背徳感があったとだけ言っておこう。

 

・・・




「それでは、これから護身術の授業を始めます」「はーいっ」「まず、身を守るためには何が大切でしょう?」「はいはーいっ」「はい、迦具夜さん」「危険を消す・・・つまり、先手必勝! 怪しいと思えば首をもげばいいのです!」「エクセレント! 素晴らしい回答です! 流石は月の最高頭脳、迦具夜姫!」「えへへー。照れるなー」「それではまずやっていただくのは、『相手の知覚外の速度で近づいて』『絶対的な腕力で首をもぐ』! それだけです! ね、簡単でしょ?」「さっすがー! 先生の授業は分かりやすいなー!」

「・・・っていう、護身術の授業があるんですよ。『かぐや姫』には」「なにそれ怖い。月の都ってそんなのばっかりなの?」「まぁ、王族ですからね。自分の身は自分で守りませんと」「積極的防御という奴か」「ちなみに本職の人・・・軍人さんとかは専守防衛を心がけてますね。攻撃を受けて返すのが楽しいみたいで」「・・・それは専守防衛というのか?」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七十三話 黄金と、緋色に

「俺の基本配色は金! そして赤!」「あー、俺は白、かな?」「俺は黒だな。あ、紺もありかもな」「私は緑ですかね。ライダーだったら白なのですが」「ちなみに2Pカラーは黒だな」「あ、俺も黒かも」「俺は白になるのかね。・・・忍者としてそれはどうなんだ・・・?」「わ、私は・・・私はぁ・・・!」「おい、ランサーがなんか苦しんでるぞ!?」「たまにこうなるんだ。イメージ固められてる英霊は大変だよなぁ。おちおちゲームにも出演できん」「あ、そういう話だったんだ、これ・・・」

「・・・あ、そうだ一刀」「ん? なんだよ、ギル」「・・・頑張れ」「えっ、何その哀れみの視線とこの肩に乗せられた手は・・・?」「強く、生きるんだ・・・」「えっ、なに、えっ? 俺、死ぬの? え、死ぬの!?」


それでは、どうぞ。


「はい、こんばんわー」

 

「・・・ちょっとげんなりするわ」

 

「第一声がそれとか、アナタ最近神様舐めてません? 神性ランク落ちてたり・・・しないよねぇ、EXだしなぁ」

 

「俺が神様を嫌うわけないからな。そうそう下がらないだろ」

 

手違いで殺されたとはいえ、こうして転生させてくれてアフターフォローまでされちゃあ、どうにもね。

 

「はうっ」

 

「? どうした、胸なんか押さえて」

 

「・・・落ち着くので、ちょっとお茶でも飲んでてくださいよ」

 

ぱちんと指を鳴らし、座る俺の前にテーブルとお茶のセットを出すと、神様はゆっくりと椅子から地べたに降り、そのままゆっくりと横たわった。

・・・心臓の調子でも悪いのだろうか。持病もち? そう思っていると、急に無言でどったんばったん跳ね始める神様。

 

「っ!? ど、どうした神様! 何の病気だ、それ!」

 

「ああああああっ! もぉぉぉぉぉお! なんなのこの人ぉぉぉっ!」

 

「ええー・・・? 俺こそ『なんなのこの人』なんだけど・・・」

 

びったんびったんと奇声を上げながら跳ね続ける神様を尻目に、緑茶を淹れてずず、と一口。

美味しいな、何時も通り。

まぁ、奇声を上げる子については壱与で十分慣れているので、意識の外に追い出すのは簡単だ。

目を瞑り、お茶の香りに意識を集中させれば、五感全てから神様は除外される。

 

「鈍感っ! 鈍感なのに優しいとかっ! ちょぉ主人公属性っ!」

 

「・・・ふむ、落ち着くなぁ、この香り」

 

しばらくお茶の香りを楽しんでいると、いつの間に落ち着いたのか、神様が地べたから椅子に戻っていた。

 

「ん、落ち着いたのか?」

 

「ええ。なんてったって神様ですから」

 

「・・・神様が取り乱すって時点であんまり誇れないような気がするけど」

 

私にもお茶ー、とねだられたので、とぽとぽとティーカップに緑茶を注ぐ。

ずず、と二人してお茶を楽しんでいると、何杯目かを飲み干した神様が思い出したように俯かせていた顔を上げる。

 

「そういえば、プレゼントがあります」

 

「プレゼント? 宝具か?」

 

「んー・・・なんというか・・・装飾品?」

 

「装飾品? 魔術道具とか?」

 

「ま、そんな感じですね。今の黄金の鎧に追加でくっ付く感じになります」

 

「これに?」

 

これ以上何か付くと、行動に支障きたしそうなんだけど。

そう思っていると、神様が再び指を鳴らす。

現れたのは、赤い布。

 

「聖骸布です」

 

「え、誰の?」

 

「? アナタのに決まってるじゃないですか」

 

「俺まだ死んでませんけど!?」

 

厳密に言えば一回死んでるけど!

 

「あー、えっとぉー・・・」

 

俺の突っ込みに、どう説明しようか悩んでいるのか、顎に手を当てて考え込む神様。

だが、すぐにぽんと手を打って説明してくれる。

 

「あの、座についてはご存知ですよね?」

 

「もちろん」

 

「時の流れに影響されず、過去に未来の英霊が呼ばれることも、全く不思議ではありません。時の流れから外れたのが、座というところです」

 

そこまでは分かる。例えるなら英霊エミヤが、衛宮士郎がまだ生きている時代に召喚されることもありうる。そういうことだろう。

 

「で、アナタはまぁ、『英霊として』座にいるわけなんですよ、すでに」

 

私も会ったことはないんですけど、とお茶を啜って口を湿らせる神様。

 

「生きている以上絶対なんですけど、いつか死ぬんです。で、その時から、聖骸布だけもって来ました」

 

「・・・あー、『俺が死んだ未来』から持ってきたわけだな?」

 

「そうなりますね。先取りですよ。お小遣いの前借りのようなものです」

 

子供のお小遣いと聖骸布一緒にしちゃいかんでしょ。

 

「だがまぁ、そういうことなら納得だ」

 

「これを、鎧のその肩の部分。丁度肩口の辺りに付けられそうなので、そこから下げちゃいましょう」

 

「・・・腕振るのに邪魔にならないか?」

 

「あなたの錬度なら、問題ないと思います。取り付けるので、鎧脱いで貸してください」

 

「ちょっと待てよ。これ確か肩の部分だけ外せたはず。・・・っと、こうかな」

 

がちゃり、と黄金の鎧の肩の部分。あの大きく膨らんでいる部分だけを外して神様に渡す。

それを受け取った神様は、悪戦苦闘しつつも何とかマントを取り付けられたようだ。

 

「どうぞ。これで取り付けも問題は無いと思うんですけど」

 

神様に手伝ってもらいながら肩の鎧を取り付ける。

 

「立ってみて下さい。長さも丁度いいと思うんですけど・・・」

 

「よっと。・・・ほほう、これは凄いな」

 

垂れたマントは、丁度足で踏まない程度の長さに調整されているようだ。

なんというか・・・機能性を潰しているようだが、実際動いてみると邪魔にならない。

凄まじいな。さすが神様謹製。

 

「そういえばこれ、どんな能力なんだ?」

 

「『英霊を使役する際のデメリット軽減』です」

 

「・・・座に上がってから役に立つタイプだな」

 

「そうなりますね。あ、後カッコイイですよ!」

 

きゃっきゃとはしゃぐ神様に、ああそう、と返すのが精一杯だった。

 

「ちなみにその軽減される『デメリット』って言うのは?」

 

「色々ありますよ。魔力消費、召喚時の手順の省略、令呪の回復魔力量軽減とか」

 

「そいつは凄い。さんきゅな」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

「じゃあお返しにこれをあげよう」

 

「? なんです、これ?」

 

「髪飾り。魔術の練習で上手くいってな。いつも世話になってるし、色合い的にも似合いそうだからあげるよ」

 

はい、とテーブルの上に髪飾りを置く。

 

「くおぉ、何これ、すっごい嬉し・・・」

 

髪飾りを掲げるように持って「ふおぉ・・・」と感激したように呟く神様。

そこまで喜んでもらえれば、贈った甲斐があるというものだ。

 

「つ、付けますねっ。あ、いえっ、つけて貰いたいなー、なんて・・・」

 

「いいよ。ついでに俺好みの髪型に変えてやるよ」

 

「お 願 い し ま す !」

 

「うお、何だ、普通そういうの嫌がるんじゃないのか・・・?」

 

くわ、と凄まれてしまったので、今更「冗談です」とは言い出せなくなってしまった。

・・・俺の好みの髪型かー。色々あるからなー。

神様の髪型もそのままで全然いいんだけどな。

 

「じゃあ、こうして・・・」

 

「どきどき」

 

「ここがこうなって・・・」

 

「わくわく」

 

「これでどうだっ」

 

「な、なんでしょ、これ」

 

「おさげ? なんていうか、こういう素朴っぽいのが似合いそうな顔してる」

 

そんなに複雑な髪型にしてもあんまり良さを生かせないと思ったので、簡単に梳いて纏めただけだ。

三つ編みにしてみたりスリーテールにしてみたりと複雑な髪型も似合うとは思ったのだが、まぁそこまでいじくるのは女性の髪に対して失礼だろう。

 

「あっと、鏡鏡・・・おぉ~、これがあなた好みの髪型・・・」

 

「まぁ、それぞれに似合う髪形ってあると思うから、一概にこれだけしか好きじゃないとは言わないけど」

 

「いえ、気に入りました。新鮮ですし、イメチェンにいいかもですね。しばらくはこれで過ごすことにしますっ」

 

「そこまで気に入ってもらえたんなら嬉しいな。髪留めも二つだし、丁度良いかもしれないな」

 

しばらく色んな角度から自分の髪を見ていた神様は、もう一度ぺこりと頭を下げた。

 

「ありがとうございます。・・・まさか、プレゼントもらえるとは思ってなかったので、びっくりしましたけど・・・それ以上に、嬉しいです!」

 

「なら良かった」

 

「・・・む、今日はここまでのようですね。それでは、またお会いしましょう」

 

「おーう、じゃーなー」

 

・・・

 

「っと」

 

若干気だるいが、上体を起こす。

隣にはもちろん月の姿。頬を何度かふにふにする。

 

「んぅ・・・」

 

「なるほど」

 

何が『なるほど』なのか分からないが、取り合えず口をついて出てきてしまった。

 

「よっと。今日も良い天気だなぁ」

 

すでに肌寒い時期は過ぎている。春も近く、暖かくなってきて、ほぼ雪は無い。

最近は美以達も暖を取りにもぐりこんでくることは無くなった。・・・『暖を取りに』来ることがなくなったのだ。

どういう意味かは、想像にお任せするが。

 

「ふむ・・・こちらでももう反映されてるのか」

 

ためしに鎧を着けてみると、神様の世界でつけてもらった聖骸布はそのままこちらでも着いている状態になっているらしい。

ステータスを確認してみると、スキルがいくつか追加されているようだが、ロックされてしまっている。

『英霊』となってから追加されるものだから、矛盾の起きないように神様のほうでスキルを封印してくれているのだろう。

こういう気遣いは出来るんだけどなぁ。いかんせんミスるしなぁ。

 

「なんにしてもこれはいいものだ。・・・早速、動きに影響が無いか試しに行くとするか」

 

・・・

 

朝起きると、すでに隣の温もりはありませんでした。

・・・ギルさんはいつも早起きです。今日はそれに輪をかけて早起きなので、多分『神様』のところに行っていたのだと思います。

何でも、ギルさんが懇意にしている神様だとか何とか・・・。知り合いに神様がいるなんて、さすがは天の御使いのお一人・・・。

 

「・・・へう。この感覚だと・・・中庭かな?」

 

若干の魔力消費と高揚感を繋がりから感じる。大分この感覚にも慣れてきて、今ではギルさんのいる大体の方角と距離はわかるようになっていて、そこから居場所を推測するくらいは出来るようになりました。

転ばないよう慎重に寝台から降りて、服を着替える。

大分大きくなってきたお腹を締め付けないような、ゆったりとした服を最近ずっと着ているので、普通の服を着たときにお腹周りとか大丈夫かな、と少し不安になりつつ、袖を通す。

 

「よいしょっと」

 

一応鏡でおかしいところは無いか確認して、最後に化粧台へ。

あんまりお化粧はしないけど、一応髪を整えて、少しだけ紅をつける。

 

「ん・・・大丈夫、かな」

 

顔を左右に軽く振ってみて、変なところは無いか再度確認。

さっきは服装だったけど、今度はお化粧。

ばっちり、だと思うけど・・・。

 

「んしょ」

 

立ち上がり、寝室から居間へ。ここには、直立不動で詰めている自動人形さんが一人、必ずいる。

最初は部屋の隅で静かに立っているのを見て、その、幽霊かなー、とか思っちゃって、慌ててギルさんを起こして笑われたこともあります。

へぅ。私は本当に幽霊さんが出たのかと思って慌ててたのに、ギルさんったらにこりと笑って私の頭を撫でるだけなんですもん。

 

「おはようございます。今日もご苦労様です」

 

何日かごとに別の自動人形さんに変わっているらしいのですが、全員全く見た目が一緒なので、いつ変わったかはギルさんと本人達しか知りえません。

いつ、どんなときにギルさんのお部屋を訪ねてもいるので、城の一部では『あまりにも黄金の将に懸想しすぎている侍女が、死してなお仕えようとしている』だとか、怪談の一つとして語られるほどです。

壱与さんという前例があるだけに、どうにも否定しきれないのが痛いところではあります。

 

「・・・」

 

こちらに首から上だけを向け、少しだけ会釈。

基本的に・・・というか、絶対に喋らない彼女達の意思疎通手段は、念話になります。

自動人形さんたち同志は感覚も何もかも共有しているらしく、私たちとの念話も言葉で話すのではなく、なんというのか・・・『意味』だけを送ってくる感覚です。

後宮に詰めて私専属となってくれている自動人形さんは私のお願いを色々聞いてくれて、話をすることを学んでくれたので、ある程度は会話をしてくれるようにはなりました。

たまに知識とか常識があまりにも先進的過ぎて齟齬が生じることもかなりの頻度でありますが、理解出来ていないことを分かってくれて、更に噛み砕いて説明してくれるので、とても助かっちゃいます。

先ほども言ったとおり彼女達は何もかもを共有しているので、最近はギルさんも彼女たちが話しかけてくれて嬉しい、と仰っていました。

・・・ただ、傍から見ると無言で見詰め合っているだけにも見えるので、とっても不審者です。

 

「少し出てきますね。ギルさんは中庭ですか?」

 

「・・・」

 

こくり、と首肯。

それと同時に、私の頭の中に現在地から中庭までの詳細な地図が流れ込んできて、目的地までの案内まで送られてきました。

おそらく中庭の丸く光っているのが、ギルさんなのでしょう。そこから線が引かれて『ここ』と表示されているので、間違いないと思います。

 

「ありがとうございます。それでは、行ってきますね」

 

ふりふり、と小さく手を振ると、むこうもふりふり、と同じように手を振ってくれました。

扉を開けて通路へ。少し風があるけど、それを見越してある程度厚着はしてきました。問題はありません。

そして目的地まで歩き始めて、一つの疑問が頭をよぎりました。それは、彼女達の表情のこと。

私は、彼女が目を開けたところを見たことがありません。というか、喋りもしないので、彼女達の表情が動いたところを見たことがありません。

眉一つ、頬すらピクリとも動かさないのです。・・・後宮で以前、二人きりだからとくすぐったこともありましたが、脇腹がとってもふにふにとしていたことと、お肌がすべすべだったことが分かった以外、収穫はありませんでした。

ご飯を一緒に食べたこともありましたが・・・口の開閉だけで、咀嚼する動きすら見せないので、もうワザとなんじゃないかと思い始めています。

そんなことをつらつらと考えていると、剣戟の音が聞こえてきました。頭の中の地図も、目的地に近いことを教えてくれています。

 

「・・・あ、いたっ。ギルさんだっ」

 

副長・・・あ、えっと、隊長さんと、白蓮さんを筆頭に、部隊の将の方を全員相手取って、剣を振るうギルさんの姿。

・・・あれ? なんだか、鎧がいつもと違う? ・・・いえ、というより追加されているような・・・。

ああ! あの赤い垂れ布! 鎧の肩口から伸びているあの赤い布は、昨日までは無かったはずです。新しい宝具・・・いえ、礼装・・・?

あんまり魔術的なことには詳しくないですが、宝具程の神秘とはいえないまでも、相当な代物のようです。

・・・それにしても・・・。

 

「あのお姿は・・・か、かっこいいなぁ・・・」

 

「王の威厳が増していますよねぇ。ふひっ、あのお姿で踏んでいただきたい・・・」

 

「踏んで貰うよりも、こう壁に追い込まれて、どんっ、て手を突いて欲しいです・・・。それで、『月・・・』なんて呟かれたら、私、へうぅ・・・!」

 

「そ、それ、イイ、かも。・・・えへへ、こう、あごもくいって持ち上げられたりして・・・」

 

「いつもは優しいギルさんが、強引に――って、壱与さんっ!?」

 

「強引、って、いい言葉・・・って、はい? いかにも壱与は壱与ですけど・・・?」

 

柱の影からギルさんを見つめていると、いつの間にか壱与さんが私の背後にいたようです。

肩に顎を乗せているので、私の顔の真横に壱与さんのお顔がありました。とってもびっくりしました。

 

「いっ、いつからっ!?」

 

「『かっこいいなぁ』のあたりですね。ギル様が装いを新たにされたという情報を掴みまして、これは早速いじめて・・・いえ、痛めつけてもらおうと思いまして・・・」

 

「・・・なんで言い直したんでしょう・・・」

 

どっちも変わらないような気もしますが、壱与さんの言うことですから、多分細かいところで意味が違うんでしょう。

そう思わないと壱与さんとはお付き合いできません。

 

「ああっ、壁に追い詰められてドンとされるのもいいですが、騒音を立ててお隣のお部屋にいるギル様に壁ドンされるのも、怒られているようでたまりませんっ」

 

そこまで言うと、はぁはぁと息を荒くした壱与さんが中庭で戦っているギルさんの元へと走り出す。

 

「ギル様ーっ。壱与はっ、壱与は壁も股も床も何処でもドンしていただいて構いませんよぉーっ! もちろん私の中にある壁、所謂しきゅへぶぁっ!?」

 

「あ、やべっ、壱与さんが割り込んでくるから殴っちゃった・・・」

 

「・・・一旦休憩するか。・・・ん? 月?」

 

「あ、えと、こんにちわ」

 

はぁ、とため息をついて壱与さんの足を持ち、ぐいっと持ち上げた状態のギルさんに話しかけられ、壱与さんの扱いって素であれなんだ、と少し恐ろしくなりながらも、ギルさんの元へと駆け出す。

 

「おっとと。あんまり走るなよ。転んだらどうするんだ」

 

「えへへ。そのときは、ギルさんが受け止めてくださいますよね?」

 

「・・・もちろん。だけど、万が一ってあるし・・・」

 

ぽふぽふと私の頭を軽く叩くように、ギルさんは私に注意する。

・・・へう、なんていうか、こう怒られてると、なんだか、大事にされてるって感じがして・・・。

 

「いいかも・・・」

 

「え・・・? ちょ、壱与の変態ってうつるのか・・・?」

 

頬に手を当てていやいやと首を振る私にかけられたその言葉は、誰にも聞かれずに中庭に響きました。

 

・・・

 

おいこら月に何をうつしてるんだ、と手に持つ壱与をぐらぐらと振ると、あー、とかうー、とか頭に血が上ってぼうっとしているような声を上げる。

目の前では月がいやいやと恥ずかしがって首を振っていて可愛いし、この手に持つ変態もいつもとは違って大人しくて可愛い。

・・・はっ。月は兎も角壱与も可愛いと思えてる・・・? 異常だぞ、これは・・・!

いや、好きな子が変な性癖持ってたらある程度は対応しようと思うけどさぁ・・・。

 

「大将、そろそろ壱与さん離してあげたらどうです?」

 

「ん、まぁそうするか」

 

ようやく慣れてきたのか、どもらずに俺を呼べるようになった隊長が、ちょいちょいと壱与を指差す。

それもそうだな、と足から手に持ち替えて、ゆっくり降ろす。

 

「・・・はれ? いい感じに気持ち悪くなってたんですけど・・・」

 

先ほどよりはしっかりした声で、壱与がまるで不満でもあるかのように呟く。

・・・お前、ホント極まってるよなぁ。

 

「後で死ぬほど苦しい思いさせてやるから、今は黙っておけ」

 

「はひっ! し、死ぬほど苦しい思い・・・生かさず殺さずが一番興奮します・・・!」

 

「はいはい。・・・そういえば、何かあったのか、月?」

 

「ふぇ? あ、いえ、特に用があったわけではなくて・・・その、朝起きたらいらっしゃらなかったので」

 

「あー、書置きでも残しておけばよかったかな。見て分かると思うけど、新しく装備増えてさ。それを試しに訓練に乱入してたんだけど・・・」

 

「こっちとしては訓練捗って助かるけどある意味地獄でしたからね。・・・正直どこの部隊よりそれなりの将が揃ってるはずなのに、全く歯が立ちませんもの・・・」

 

まぁ、迦具夜じゃない、『勇者』の状態の隊長なら、『擬似月面空間』は無いわけだし、全力出せるからな。

この新しい聖骸布も、動きの邪魔にならないことが確認できたから良かった良かった。

 

「・・・恋、最近はギルに一撃入れるのが目標」

 

「そういえば最近恋がギルに一撃いれてるの見たことないな」

 

「それほど実力に差が出てきたということですか。・・・大将、ホント人間離れしてきましたね。っていうかほぼ神様でしたっけ」

 

ドン引きしてるけど、お前もだいぶ人間離れしてるからな?

というか確実に人間とは別種だからな、お前。宇宙空間でデメリット無しで活動できるとか、人間舐めてるの?

 

「・・・大将が考えてること手に取るようにわかりますけど、月の『人間』って言うのは私みたいなのがデフォルトですよ?」

 

「こんな近くに宇宙人っていたんだなぁ」

 

「えへへー、異星間恋愛なんて、多分歴史上初じゃないです?」

 

「だろうな。というより、宇宙人が本当にいるって言う事実が史上初だと思うがね」

 

隊長を撫でてやりながら、どっかりと木陰に腰を下ろす。

動きについては大体慣れたし、これ以上参加しても邪魔になるだけだろうから、ここで月と一緒に観戦するとするかな。

 

「月、こっちおいで」

 

「あ、はい」

 

手招きすると、遠慮がちに俺の隣に腰掛ける月。

ちなみに膝の上・・・というか胡坐の上は恋が占拠してしまっている。

それを引き剥がそうとする隊長と、呆れたように見ている七乃と白蓮。

華雄は華雄で月のお腹を触ったり俺の聖骸布を触ってみたりと忙しそうだ。

 

「ぎぃーるぅーさぁーまぁー・・・」

 

「あーはいはい、構ってやるから」

 

「えへー、肩をお揉みしますよー」

 

「え、壱与の筋力で大丈夫か・・・?」

 

俺の背後に壱与が回り込んだので、鎧から普段着に変更。そうすると、小さい手の細い指でむにむにと肩を揉まれる。

・・・まぁ、なんていうか、良くも悪くもお姫様の手って感じだな。

とっても柔らかいしすべすべでさわり心地もいいのだが、力仕事には全く向かないであろう。

なので、肩を揉まれて気持ちいいかは・・・お察しである。

 

「壱与、非力すぎるわ。全く揉まれてる感じしないぞ?」

 

「ふえっ。そ、そんなはずは・・・! これが壱与の全力全開ですよっ!?」

 

「・・・そ、そっか。いや、うん、まぁ、気持ちいい・・・よ・・・?」

 

「下手に慰められるより心に来ますっ。で、でも、この胸の高鳴りこそが・・・最果ての性癖の潮騒なのです・・・」

 

「お前・・・よくもまぁ俺の前でその台詞言えたな」

 

というか、自分の性癖を『最果て』扱いするんじゃない。

 

「ふえっ!? は、発言すらも許されないと・・・!? も、もっとぎちぎちに束縛していただけませんでしょうかっ!」

 

物理的にもっ、とはしゃぐ壱与。

 

「例えば?」

 

「例えば、ですか? ・・・えっとぉ、そうですねぇ・・・。発言縛って、体も縛って、あ、呼吸とか鼓動とかも!」

 

「・・・死ぬよ?」

 

そこまで縛ると確実に死ぬんだけど・・・え、何? 即身仏にでもなりたいの?

流石に前向きな餓死させるほど優しくないよ俺。

 

「はっ!? し、死ぬともういじめて貰えません・・・よね?」

 

「もちろん。俺はしばらく死ぬ予定も無いしな」

 

「じゃあやめておきます! えっと、取り合えずこれで壱与を縛ってくださいませんか!?」

 

「・・・たいちょー」

 

「了解ですっ! 積年の恨みっ! しっぺ!」

 

「あいたぁっ!?」

 

俺の気の抜けた声に、恋を引き剥がしに掛かっていた隊長がいつの間にか壱与の背後を取り、腕をぱっちんとしっぺした。

まさか隊長にやられるとは思わなかったのか、壱与は少し涙目だ。

 

「はうぅ・・・こ、このクソアマぁ・・・! ぎ、ギル様と卑弥呼様にしかしっぺされたこと無いのにぃ・・・!」

 

「た、たいしょー! 壱与さんがっ、壱与さんがっ」

 

「分かってるわかってる。壱与ー、怒るな怒るな。俺がやらせたんだから、俺からのしっぺと同じだろ?」

 

「・・・そう・・・ですか・・・ね?」

 

流石の壱与も誤魔化されないか? 凄く苦虫を噛み潰したような顔で首を傾げられる。

 

「取り合えず、これで記念すべき三人目だぞ、壱与。ほれ、隊長もう一発!」

 

「え、えぇー? ・・・えっと、これは大将にいわれたからやるんですからねっ!?」

 

「ツンデレとかいらないので、やるならさっさとやってください」

 

「ツンデレじゃな・・・ああもうっ、しっぺっ!」

 

「ぐうぅっ・・・! こ、これはギル様のしっぺ、これはギル様のしっぺ・・・!」

 

自己暗示で自分を騙さなければならないほどには苦痛らしい。

というか、詠の説教といい隊長のしっぺといい、俺以外からのアクションは全てこいつにとって罰ゲームだな。

俺がしっぺしたときと違って、壱与の表情が百八十度違うからな。

 

「壱与、ほれしっぺ」

 

「はあぁあぁんっ! こ、これぇっ、これがしゅごいのぉっ!」

 

「・・・大将って、ホント物好きですよね。いえ、そのうちの一人が言うのもあれなんですけど」

 

「いや、今回ばかりは否定しきれん」

 

美少女たちの集う中庭で、青空の下、嬌声が響くのだった・・・。

 

・・・

 

「・・・斗詩、そっちの書類取ってくれるか」

 

「はいっ。あ、後こちら、数字を纏めておきましたので」

 

「助かるよ。・・・悪いんだけど、こっちも頼むよ」

 

「分かりました!」

 

「っと、七乃、これを・・・」

 

「分かってますよ~。朱里さんに届けてきますね~」

 

簡単に『三つの部隊を纏めるから』と言っても、それには相当な面倒がある。

金、人、施設・・・様々な面倒ごとが、書類として押し寄せてくる。

三国の政務にプラスしてこの書類は流石に手が足りないので、ウチの部隊で事務仕事が出来る斗詩と七乃に手伝ってもらっている。

ちなみに、隊長・・・迦具夜や、人和、そして詠も頭脳担当として働けないことは無いが、迦具夜や詠はそれぞれの部隊で忙しいし、人和は流石にしすたぁずの活動から外すわけにもいかないだろう。

というわけで、何とか都合のつく二人に着てもらったのだ。

え? 白蓮? ・・・あっ。・・・えっとー・・・その、ほら、あれだ! 迦具夜の補佐があるから! な?

 

「初めて忘れたな・・・」

 

「え? 何か言いましたか?」

 

「あ、いや、なんでもないよ」

 

俺の言葉に反応して顔を上げた斗詩に、手を振って答える。

後で白蓮に謝っておくとしよう。特に謂れの無い謝罪が白蓮を襲う!

 

「あー、政務もあったか。ちょっとこっちやっちゃうな」

 

「はい。じゃあ、こっちは私が」

 

「悪いな」

 

にこりと笑って書類の一部を持って行ってくれた斗詩に礼を言いながら、別の書類を手に取る。

・・・あー、これは久しぶりに、夜まで掛かるかなー。

 

・・・

 

ご主人様からの指示を受け、朱里さんに書類を届けた帰り道。

侍女服を着て、侍女長の証である腕章をつけている詠さんに出会いました。

 

「こんにちわ」

 

「ん? ・・・ああ、七乃じゃない」

 

詠さんはなにやら窓に寄りかかり、黄昏ているようでした。

どうしたのでしょう? なにやら物憂げですが。

 

「どうかしたんですか~? なにやら、元気が無いようですが~・・・」

 

「んー? ・・・どうかしたのかしらね。ボクにもわかんないわよ」

 

どうやら、重症のようですねぇ。

かなり不定期に、『不幸の日』という被害に悩まされているというのは聞いていますが、それでもないようですし・・・。

 

「そういうあんたは何してんの? 散歩・・・にしてはやけにきびきびしてたけど」

 

「ご主人様のお手伝いですよ~。新設した連合部隊の事務仕事と、国の政務、陳情その他諸々・・・人手が足りないようでして、私と斗詩さんがお手伝いしているんですー」

 

「はぁ・・・ギルってば、自分から面倒なほうに進むわよね。・・・ボクも手伝うわ」

 

「はえ? 詠さんは侍女隊のほうのお仕事が・・・」

 

「侍女隊を舐めるんじゃないわよ。一から十まで全部指示しないと動けないような部隊に、月がするわけ無いでしょ。ある程度仕事割り振ったら、ボクの仕事なんかほぼなくなるわよ」

 

「そうなんですかー?」

 

首をかしげてそう言ってみる。でも、結構忙しそうに動いてた気もするんですけどー。

私の表情から何を言いたいのか読み取ったのか、ため息をついてから詠さんが口を開く。

 

「まぁ、最初は部隊の把握とか月からの引継ぎとか・・・最近ではまさに『連合部隊』の話もあったからね。それも落ち着いた今じゃ、ボクの役割なんてほぼ監督役みたいなものよ」

 

「なるほど~。・・・でも、詠さんが来てくださるのはいいかもしれませんねぇ」

 

「なによ。そんなに書類たまってるわけ?」

 

全く仕方ないわね、と嬉しそうにため息をつく詠さんに、いいえ~、と首を振る。

 

「ご主人様、詠さんが一緒にお仕事してくれるってなれば喜びますから~」

 

「は? ・・・っ! ば、ばっかじゃないの!? ぎ、ギルが喜ぶとか、そんなの、そんなわけ無いわっ」

 

「うふふ。まぁまぁ~。行けばわかりますよ、行けばー」

 

「ちょ、手を引っ張らないで・・・ああもう、自分で歩くからぁっ!」

 

ぐいぐいと手を引っ張って、詠さんを無理矢理ギルさんのお部屋へ連れて行く。

ご主人様の臣下らしく、ご主人様が喜ぶことをしませんとねー。

 

・・・

 

「あー・・・よし、休憩にする!」

 

「さ、さんせー、ですぅ・・・」

 

時計を見てそう言うと、斗詩が筆をおいてんぅ、と背伸びした。

・・・ほほう、これは中々。恋は超えてるな。え? 何の話かって? 胸に決まってんだろ、胸に。

 

「はふぅ。・・・それにしても、七乃さん遅いですねぇ」

 

「確かに。ま、朱里も忙しいからな。中々つかまらんのかもしれんな」

 

「あぁ。確かに、一時期いつ寝てるのか分からないくらいお仕事されてたときありましたからね」

 

斗詩が思い出しているのは、多分天下三分の当たりの朱里と雛里のことだろう。

思えば、朱里が『寝不足を隠すために濃い目の化粧をする』ことを知ったのは、確かその時期だ。

今日の晩にでも夜這いをかけに行き、きちんと寝てるかを詰問しなければなるまい。

 

「ただいま戻りました~」

 

頭の中で朱里雛里捕獲計画を立てていると、扉が開いてのんびりとした声が聞こえた。

どうやら七乃が帰ってきたようだ。思考を一時中断して視線をそちらに向けると、何故か七乃につれられるようにして詠の姿が。

・・・おいおい、忙しいだろうからとわざわざ誘わなかったのに、そんな無理につれてきたらダメだろう。

叱責の念を込めて七乃をちらりと見ると、七乃は頬をかきながら苦笑い。

 

「そんな怖い顔で見ないでくださいよ~。ちゃんと、お暇なときを狙って攫って来たのでー」

 

「攫ったっていう自覚はあるのね。・・・後で覚えておきなさいよ、七乃」

 

「あははー・・・」

 

「で? 七乃、詠を攫って来てどうした? ・・・はっ! 俺への差し入れかっ! そうだな、そうなんだな!? 詠、こっち来い! 膝の上で愛でてやろう!」

 

「はぁっ!? ちょ、バカっ! 人前でそんな事・・・」

 

最近詠成分を摂取していなかったのだ。

ちょっと俺の膝に座ってもふもふさせてくれるだけでいいのだ。俺は今、ツン子に飢えている。

桂花や地和もツン子属性を持っているのだが、生憎近くにはいない。

ので、俺は早急に彼女を膝に乗せる義務がある。愛でねば。

 

「ほら、ご主人様もお喜びですよ?」

 

「・・・あんたの想像通りって言うのは中々癪だけど・・・まぁいいわ。乗ってあげる」

 

七乃となにやら言葉を交わした後、真っ赤になった詠が遠慮がちに俺の膝の上に乗ってくる。

 

「重く、なってない? 最近、ちょっと食べすぎたから・・・」

 

「問題ないね。むしろ軽いくらいだ。体重を気にしすぎるのも、どうかと思うぞー」

 

最初は身体全体に力が入っていてかちかちだったが、何度か撫でると、完全に体重を預けてこちらに寄りかかってくる。

これだよ、これ。背中を全面的に預けてくれるこの感覚・・・。

それでいて、恥ずかしがって顔を真っ赤にするこの表情!

 

「さっすがツン子!」

 

「ツン子言うな!」

 

がっ、と振り子の要領で俺の脛辺りに詠の膝が入る。

若干魔力が通してあったのか、少し痛みを感じた。

 

「あははー・・・お茶、淹れてきますねー」

 

「あ、お願いしますー」

 

空気に当てられたか、斗詩が一旦離脱。隣の簡易厨房へと消えていった。

それを見届けた詠が、ちょいちょいと俺を手招き。

『こっちへ来い』というよりは、『ちょっと耳を貸せ』ということだろう。

素直に詠の口元に耳を寄せる。

 

「・・・す、少しだけ素直になるわ」

 

そういった後詠が七乃に視線を向けると、その視線に気付いた七乃が笑顔で耳を塞いだ。

・・・なんと。そんな意思疎通が出来るほど、二人は仲良くなってたのか。気付かなかったなぁ。

七乃の行動を確認した詠は、ぼそぼそと話し始める。

 

「ぼ、ボク・・・最近、ギルに会ってなかったから、ちょっと寂しかった・・・わ」

 

「・・・そだな、色々あったし・・・すまん」

 

「謝って欲しくて言ったんじゃないの。・・・えと、なんていうか・・・うぅ」

 

その先が言いづらいのか、詠が少し言いよどむ。

 

「・・・ボクも、少し素直にかまって欲しいって言うわ。我侭だけど・・・あんたも、ボクを構って・・・ね?」

 

何この可愛い生物。今すぐ隣の寝室に連れて行って・・・いや、むしろここで開戦することもやぶさかではないが、流石に理性で押さえ込んだ。

さすがツン子の先駆者。真っ赤な顔で耳元でそう言われて、落ちない男はいないだろう。・・・俺以外にやらせるつもりは無いが。

目の前でニコニコからニヤニヤにシフトチェンジした軍師を後で抱き締めて褒めてあげることを決めつつ、今は詠だな、と手に力を込める。

少し強めに抱き締められるのが好きという、壱与ほどじゃないが少しMっぽい詠は、こうしてあげると喜ぶ。

・・・ちなみに、壱与のレベルまで行くと、骨が軋む、あるいは折れるくらいが一番興奮するらしい。もうちょっと自分の身体を大事にしろと蝋を垂らしながら説教したときは、思わず自分の頬を自分で殴ったが。

あの時は大変危なかった。

 

「んぅ・・・こうされるの、好き、よ」

 

「そっか」

 

しばらくそうしていると、斗詩がお茶を淹れて戻ってきた。

それと同時にぽんぽんと俺の腕が優しく叩かれる。詠からの、『もういいよ』のサインである。

 

「っと。さ、お茶を飲んだら再開ね。ボクも手伝うんだから、深夜までなんて長引かせないわよ?」

 

俺が手を緩めると、膝から降りた詠がいつもの腰に手を当て指を指すポーズでそう言い放った。

・・・その言葉どおり、詠の加入によって予定より早く作業は終了した。・・・作業終了後の空いた時間は、詠と七乃のために、たっぷりと使った。

 

・・・

 

「お、朱里発見」

 

「はわぁっ!? な、何故抱えられてるのでしょうっ!?」

 

「よく自分の心に聞いてみるんだな。後雛里も捕獲予定だ」

 

「はわわ・・・!? わ、私も雛里ちゃんも、何もしてませんよ!?」

 

肩の上に朱里を担ぎながら、城内を闊歩する。

すでに深夜。見回りの兵以外誰も歩いていないような時間だ。

こんな時間に起きているということは、また何か夜更かししてるな・・・?

 

「雛里が何処にいるか分かるか?」

 

「多分、私たちのお部屋かと・・・」

 

「よし、じゃあ襲撃するか」

 

「襲われるっ・・・!?」

 

「もちろん。夜這いに来たんだから」

 

「よばっ!?」

 

はわわ、と何時も通りの声を上げる朱里を担いだ状態から横抱きに変える。

 

「夜更かししてる悪い子を寝かせる為に、疲れさせてあげようかと」

 

強制的に落とす(気絶させる)気ですかっ!?」

 

「言っても聞いてくれないみたいだからな。仕事が溜まったんなら俺に頼れって言ってるのに」

 

「はわ・・・で、でも最近はお忙しそうだったし・・・今日はちょっとお手伝いいただきましたけど、私はあんまりギルさんに頼りすぎるのも、と思って・・・」

 

「『頼りすぎる』のは確かにいけないことだけど、『頼らなさ過ぎる』のも個人的に気に食わない」

 

朱里にそう気持ちを伝えつつも、最近話してすらいない俺の言うことじゃないな、と自省する。

もっとアレだな、皆のこと気にかけてあげないと。・・・それが、最低限の礼儀というものだろう。

なんてことを思っていると、朱里たちの部屋に到着。

 

「っし。夜だから静かに・・・悪い子はいねかーっ」

 

「あわわぁっ!? て、敵襲っ!?」

 

静かに扉を開けて静かに雛里に接近し、耳元で静かに声を掛けると、びくぅ、と跳ねるように驚いた雛里が椅子から落ちた。

 

「はれ・・・? ギルしゃん・・・?」

 

「こんばんわ、雛里」

 

「あ、こんばんわ、です」

 

魔女帽を深く被り、顔を少し隠しながらてれりこと挨拶を返してくれる雛里。

だが、すぐに顔を上げる。俺が抱える朱里が気になるらしい。

 

「しゅ、朱里ちゃん・・・? 何でギルさんに抱っこされてるの・・・?」

 

「それが・・・その、ギルさんが、最近夜更かししてるだろう、って・・・」

 

取り合えず、朱里を降ろしてあげることにした。

少し残念そうな顔をしたが、朱里はそのまま雛里にあのね、と話し始めた。

ちょっと手持ち無沙汰な俺は、雛里が向かっていた机に視線を移す。

・・・ん? 何だこれ、絵・・・か? 

 

「あわわ・・・そんな事が・・・。って、ギルさんっ!? そ、それはダメ、でしゅっ!」

 

「はわっ!? そ、それは新刊の・・・」

 

気になって視線を向けていると、二人が飛び掛るようにその紙の束を回収しようとしたので、それより早く俺が取り上げる。

 

「か、返してっ、返してくだしゃいっ!」

 

「はわ、それを見ちゃ、らめですっ、えいっ、えいっ!」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねて俺から取り返そうとするものの、その低身長が仇となって全く届いていない。

というより、必死に跳ねるたびに二人の体が当たるので、もとより返す気はない。

 

「・・・って、これ・・・」

 

『新刊』ってこういうことか。

最近の夜更かしの原因もこれだな?

 

「一刀×ライダー・・・? いや、出来るのか・・・?」

 

危うくその光景を想像しそうになって、慌てて頭を振る。

あっぶねえ、俺も腐るところだった・・・!

 

「っていうか、朱里たちって良く一刀をネタに描くよね。なに、俺より一刀のほうが良いの?」

 

「はわっ!? そ、そんな事ありえません! ・・・で、でも何故か、北郷さんで描かなきゃ、って体が・・・」

 

「・・・アレか。神の意思みたいなものか」

 

まぁ、俺をネタにして欲しいって訳じゃないし、そこはスルーするとしよう。

 

「・・・だが、俺の独占欲に火が付いたので、今日は二人とも手加減しないからな」

 

「はわわっ!? 独占欲、なんて・・・えへへ、ちょ、ちょっと嬉しい、かも・・・」

 

「あわわ・・・で、でも、手加減しない、って・・・」

 

「というわけで、二人ともこっちへおいで。・・・安心しろ。死にはしない」

 

深夜の城内、最近はずっと灯りがついているといわれていた蜀の二大軍師の部屋が、久しぶりに真っ暗になったと兵士に噂されるのは、翌朝の朝礼のときであった。

・・・そして、『寝坊により本日休暇』ということになった二人と、その代わりとばかりに書類を片付ける俺の姿に、ひそひそと何かしらの噂が広められるのに、そう時間は掛からなかった。

 

・・・




「ほんと、恐ろしいくらい一刀が八百一本の餌食になってるよなぁ。・・・神様、ちょっと聞きたいんだけどさ」「読めますよ?」「・・・あ、そうなんだ。ちなみに今の予測返答は俺の心を・・・」「読みました」「ですよねー。神様って便利ー。で、朱里たちは何で俺をネタに使わないかとかって分かる?」「・・・『ギルさんは私たちの恋人であって、題材にしていいような方じゃないから』、だそうですよ?」「ふぅん。・・・そっか、なんか嬉しいな」「はいはい、惚気は勘弁してくださいねー。・・・あ、ちなみに良く題材にされる北郷さんは、『男でもいけそう。貂蝉とかライダーでもイけそう』と思われてます。・・・起きたら慰めておいてあげてくださいね」「お茶啜りながらそんな事言われても・・・俺、一刀どころか朱里たちとどう接していいか分からなくなるんだけど・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七十四話 怒れる国主に

「・・・そういえば、ギルって華琳たち国主にちょいちょい怒られてるよね」「だな。まぁ、大半がエアぶっぱしたりエリシュったり、あとはエヌマったりしてるだけで怒られてるんだけどな」「・・・だけ?」「対界宝具のぶっぱを『だけ』と言い切るから怒られるのだろうな。気付いていないのか」「・・・そのようね」「何度も注意してるんだがな」「・・・こればっかりは擁護できないよ、お兄さん・・・」「げぇっ、国主!?」「しかもそろい踏みと来たか」「・・・南無」「来なさい。今までのお話じゃ足りなかったようね。たっぷりと絞ってあげるわ」「な、やめろ、くっ、精神攻撃は俺に効く!」「じゃあなおさらやらないとね」


それでは、どうぞ。


ある日の昼。

もうすっかり春になり、麗らかな日差しを受けてうとうとしつつ読書していると、どたどたどたと激しい足音。

・・・なんだ? と覚醒した俺は立ち上がりかける。――その瞬間、扉が大きな音を立てて開いた。

 

「お兄さんっ!」

 

「お、おう、いらっしゃい」

 

きりっとした表情(桃香が怒ったときくらいにしかしない)をして、つかつかと俺の方へと歩いてくる桃香。

本を閉じた俺の目の前。机をはさんで対面に立った桃香は、思い切り机をバンと叩く。

 

「私は怒っていますっ」

 

「ええと・・・聞こう。何にだ?」

 

「最近のお兄さんは、部隊部隊部隊って、いっつも部隊の人たちと遊んでいます!」

 

「遊んではいない」

 

「遊んでいますっ」

 

俺の言葉に被せるように返してきた桃香に、そこまでか? と今までのことを思い返す。

確か最近は書類整理も落ち着いてきたこともあり、蜀の政務室か俺の私室、あと中庭と後宮をグルグルと回る生活だったはずだ。

午前中は基本的に政務。政務室か私室にいて、政務室では朱里と雛里をはわあわさせて、私室では突撃してくる壱与を構いつつ顔に落書きをしてあげた。

午後からは中庭で訓練を見つつ迦具夜を追い掛け回して「捕まえて~」「待て~、あはは~」をリアルでやるくらいで、後は空いた時間に後宮に行って月とシャオのお腹を撫で回して自動人形に頭叩かれるくらいのものだ。

 

「・・・遊んでるな」

 

傍から見ればそうなるだろうな、と今得心した。

 

「そして、お兄さんには最近足りないものがあると思います」

 

「んー・・・? あ、時間だ!」

 

確かに最近、仕事に趣味に交友関係にと時間が足りないと思っていたんだ、と一人納得。

だが、桃香の考えは違うらしい。首を振って、口を開く。

 

「違います! おっぱい分です!」

 

「・・・は?」

 

「お っ ぱ い 分 で す !」

 

「国主としての自負を持て、劉元徳・・・」

 

たゆん、と胸を反らした桃香が、謎成分をでっち上げるのを聞いて、ため息。

 

「・・・で? その成分が足りないとどうなるんだ?」

 

「小さい子にしか興味わかなくなるんじゃないかな?」

 

「あ、そこは適当なんだ。・・・でも確かに、最近朱里系統の子とばっかり接してるな」

 

「町の人とか、兵士さんとか、後紫苑さんとかから陳情上がってるんだよ。『ウチの娘をお嫁にどうでしょう』って」

 

「国ぐるみでのロリコン認定だと・・・!?」

 

それは大変不味い。

 

「私は一計を案じました。・・・ふふん、これで朱里ちゃんを出し抜くんだからっ」

 

「そこまで自信を持つほどか。聞かせてもらおう。俺のイメージアップ戦略を!」

 

「天の国の言葉は分からないけど・・・。えと、取り合えず今日から私、お兄さんと同棲しますっ」

 

「なんだとっ!? ・・・って、良く考えたら今の状況と余り変わらないだろ」

 

城内とはいえ、一つ屋根の下であることに変わりは無かろう。

 

「全然違うよっ。お兄さんのお部屋で一緒に暮らして、身の回りのお世話をして、大人の女性の素晴らしさを思い出してもらうんだよっ」

 

「・・・身の回りの、世話」

 

ちらり、と自動人形に視線。

首だけこちらに向けた自動人形から、クールに一言、『何?』と念話が来たので、なんでもないと返事。

 

「あーと、うん、まぁ、そういうことなら」

 

「愛紗ちゃんや蓮華ちゃんと鍛えた料理の腕、今こそ見せるとき! だよ!」

 

ふんす、と拳を握って気合を入れる桃香に、まぁまともなものは食べられそうだな、と一安心。

調理の手順を間違えたり、ぼうっとして材料を間違える程度の料理下手なので、ある程度希望は持てる。

さて、『大人の女性の素晴らしさ』とやらを、見せてもらおうじゃないか。

 

・・・

 

「・・・これが、桃香の思う『素晴らしい女性』のやることなんだな?」

 

「はうっ!? 冷たい目で見られて興奮できるのは壱与ちゃんみたいな特殊な子だけだよっ!?」

 

「いや、まさか料理の腕が上達どころか壊滅的に戻ってればこうもなるだろ」

 

今まで桃香に出された料理の中で、見たことが無い料理なので、きっと新しく手を出したメニューなのだろう。

・・・だが、今習っている料理さえまともに作れないのに、新しい領域に手を出せばどうなるか。・・・それが、目の前の惨状である。

 

「うぅ・・・ナイショで練習して、びっくりさせようと思ったのにぃ・・・」

 

「桃香、それはな・・・人並みに料理が出来るようになってからの領域だぞ」

 

がっくりと肩を落とす桃香を尻目に、取り合えず箸を取る。

ひょいぱくと一口食べてみるが・・・うん、食べられなくは無いな。

 

「まぁ、壊滅的に美味しくないだけだ。食べられないこと無いから、二人で取り合えず処理するぞ」

 

「うぅ、はぁい」

 

しばらく、二人でもさもさと処分。

 

「・・・あ、これかけるとマシになるな」

 

「えっ、ほんと? えいえいっ。・・・はむ」

 

「どうだ?」

 

「・・・ホントだ。これなら食べられそ」

 

少しだけ顔を綻ばせた桃香が、ぱくぱくと食べるスピードを少し上げる。

 

「・・・今のやり取り、ちょっと夫婦っぽかった」

 

「何だいきなり」

 

「えへへ。なんとなく。こういう空気、良いなって。私たちのぺぇす、だよねっ」

 

「ん。覚えてたのか」

 

「もちろんっ。あ、そうそう。後で愛紗ちゃんも来るから」

 

「・・・桃香と同じ理由で?」

 

「同じ理由で」

 

こくん、と首肯。・・・マジか。

まぁ、最近時間合わなくてちょっと立ち話くらいしかしてないしなぁ。

愛紗の料理の腕前も見ておくとするかな。

晩御飯も食べ終わり、二人で食器を洗い、片付ける。

 

「ええと、ご飯食べたから、ちょっと休憩だねっ。愛紗ちゃんが来たら、お風呂いこっ」

 

「愛紗は晩飯食べてくるのか?」

 

「みたいだよ。『遅くなるので、先にお二人で済ませておいてください』って言われたもん」

 

「そっか。・・・なにするかなー」

 

「いつもは何してるの? こういうとき」

 

「本読むか散歩するか誰かの頬を揉んでる」

 

「・・・ほっぺた?」

 

「ああ」

 

「・・・わ、私のは、どうかな?」

 

んっ、と目を瞑って顔を突き出してくるので、鼻頭をつまんであげた。

 

「み゙ゅっ!?」

 

「うん、可愛い可愛い」

 

「・・・鼻をつまんだ女の子にかける言葉じゃないよぅ」

 

そう不満を漏らしながらも、可愛いといわれて少しは嬉しいのか、にへら、とだらしの無い笑顔を浮かべる桃香。

・・・こういう、無意識に癒しの雰囲気を醸し出せるのが、彼女の魅力の一つなのだろう。なんというか、桃香とならしばらく鼻をつまんであげるだけで時間を潰せる自信がある。

 

「全くもう。お兄さんは意地悪なんだから」

 

ぽふん、と浮かしかけた腰を、再び椅子に戻す桃香。

それと同時くらいに、ドアをノックする音。

 

「愛紗ちゃんかな? ・・・はーいっ」

 

ぱたぱたと扉を開けに小走りになる桃香。

首だけ向けていると、開いた扉の向こうには、想像通り愛紗が。

 

「こんばんわ、桃香様。・・・ギル殿も」

 

「こんばんわーっ。早かったね!」

 

「ええ。作業が速く終わったもので。・・・それに、今夜の事はずっと楽しみにしていたことですので・・・」

 

「えへへっ。だよねーっ」

 

もじもじと恥らう愛紗。・・・凄いな、潰れて形を変えている・・・!?

 

「それじゃ、お風呂いこっか、お兄さんっ」

 

「ん、おう。いきなりだな。休まなくて大丈夫か、愛紗」

 

「はっ。特に疲れも感じておりませんし・・・ギル殿がもう少し休憩してから、というのならお待ちしますが・・・」

 

「あ、いや、俺は大丈夫。さっきからずっとだらだらしてたから、休憩は足りてるよ」

 

「聞いてよ愛紗ちゃんっ。お兄さんったら、さっき私の鼻をつまんで遊んでたんだよー?」

 

「は、鼻、ですか?」

 

「うんっ。こうやって」

 

そう言って、桃香は愛紗の鼻を軽くつまむ。

いきなりのことに愛紗は驚くが、戸惑いつつもその手を払うことは無いようだ。

仲が良い故のスキンシップだなぁ。

 

「とうかひゃまっ・・・!?」

 

「んふふ。お兄さんの気持ち、ちょっと分かるかも」

 

にっこりと笑って愛紗を開放し、一人でたたっと小走りに先を行く桃香。

 

「二人ともっ、はーやーくーっ!」

 

「・・・大人の女性なんたらは何処行ったんだろうな」

 

「? ・・・なんですか、それは?」

 

忘れてくれ、と愛紗に答え、その手を引いてさっさと追いつくために歩き出す。

 

「あーっ、愛紗ちゃんだけずるーい!」

 

「桃香はもう少しつつしみとか大人しさとかが必要かもな」

 

「・・・かもしれませんね」

 

恥ずかしさで顔を真っ赤にしている愛紗が、頬を膨らませながらこちらにかけてくる桃香を見て微笑む。

 

「私はこっち!」

 

こちらに戻ってきた桃香が、ぎゅむ、と俺の腕に抱きつく。

・・・やはり、桃香程の大きさの持ち主だと、この体勢の破壊力は半端じゃないな。

 

「で、では・・・私は、こちらで・・・」

 

そんな桃香に触発されたのか、愛紗もぎゅ、と俺の腕に。

これぞ両手に花。前にこれをやったまま一刀に「うらやましいだろう」といったら、背後に華琳がいて執拗に脛を蹴られた覚えがある。

蹴り自体は全く痛くなかったが、それよりも心が痛かったので全力で謝っておいた。・・・が、更に蹴りが熾烈になっただけであった。何故だ。

 

「ね、ね、お風呂にお兄さん使用中の札つけて、ゆっくりしようねっ」

 

「えー。最近風呂でやりすぎだって侍女隊から言われてるんだよなぁ」

 

主に湯船に浮かぶアレについてだと思うが。お湯につかると固まるからなぁ。排水溝も詰まるんだぞ。

・・・ちなみに、侍女隊から『やりすぎだ』といわれたのは、怒られたわけではない。ただ、本当にただそう言われただけだ。

そのときに手に持っていた液体の入った容器については、何も聞かないでおいたけど。

 

「そういえば、前にお風呂入ったとき、お兄さんの身体を私の体で洗ってあげたんだっ」

 

「なっ。そ、そんな行為が・・・」

 

「それでね、今日は二人いるし・・・こう、前と後ろとか、右と左とか・・・色々できるよねっ」

 

「なるほど・・・」

 

なるほどじゃない。なんというか、こういうときの二人は朱里と雛里に通じるところがあるよな。

一人が暴走して、もう一人がつられて流されるところとか。

 

「じゃあ、俺は愛紗の髪でも洗おうかな」

 

「わっ、私の、ですかっ!?」

 

「あ、でも綺麗な黒髪だもんな。あんまり人に触られるのも嫌か」

 

「いえっ! そのようなことは! 確かに人から褒められることもありますが・・・その、ギル殿に触れていただけるのは、とても嬉しく、思います」

 

「愛いやつめーこのこのー」

 

「わ、私はっ!? 私はどうかなっ!?」

 

はいはいっ、と空いた手で挙手しながら、俺の前にぴょんこぴょんこアピールし始める桃香。

最近こういうときはオチ担当だからなー、と思いながら、桃香の髪を掬ってみる。

 

「もちろん、桃香の髪も好きだぞ。顔埋めると良い匂いするしな」

 

「うずめっ!? そ、そんなことしてたの、お兄さん!?」

 

「寝てる間にな。桃香は大体甘い匂いするから、匂い嗅ぐのは好きだぞ?」

 

「うぅ・・・う、嬉しいような、恥ずかしいようなぁ・・・。っていうか、寝てる間にしなくても・・・起きてる間でも、全然良いんだよ?」

 

「何言ってるんだよ。眠って油断してるときに悪戯してやるのが良いんだろ。な、愛紗?」

 

「えっ、私ですか!? ・・・いえ、確かに桃香様は眠っているとき完全に油断したようなお顔をしていますが・・・」

 

急に話を振られて焦った愛紗が、顎に手を当ててそんなことを言い始める。

・・・桃香はホント、寝てるときは一切警戒しないからなぁ。愛紗の苦労も分かるというもの。

 

「鈴々と三人で旅をしているときも、敵襲を受けたときに鈴々ですら飛び起きたのに、桃香様は幾ら揺すっても起きず・・・抱えて走ったこともありました」

 

「はうっ!? あ、アレは謝ったよっ!?」

 

「・・・三度されれば、流石に鈴々も怒りますよ」

 

「・・・ごめんなさぁい・・・」

 

しゅん、と項垂れてしまう桃香。・・・あー、一度じゃないんだ。

それは俺もフォローできんな、と頭を撫でようとして、両手が塞がっていることに気付く。

・・・流石に自動人形に撫でてもらうわけにもいかんな、と断念。

 

「ま、今はそんなことしても問題ないくらいには安全だろ。身の回りを守ってくれる人も沢山いるわけだし」

 

「そだねっ。最近は自動人形さんにお願いして警備立って貰って・・・あ・・・」

 

「・・・ほう?」

 

あ、愛紗の目が光った。

失言したな、桃香。自動人形貸し出しの件については、愛紗にはナイショのはずだったのに。

・・・しーらね。

 

「桃香様? 幾ら自動人形に休息が必要ないと言っても、それを賄っているのはギル殿の魔力。・・・私利私欲で使っていいものではありませんよ?」

 

「あわわわ、えっと、ち、違うのっ! ・・・何が違うのか自分でも説明できないけど、違うのっ!」

 

「一番悪手を選ぶな、桃香は。地雷原でタップダンスするより的確に地雷踏み抜くね」

 

だがまぁ、一応フォローはしてやろう、と口を開く。

 

「まぁまぁ愛紗。桃香も国主って立場なんだし、愛紗とかの将を除いたら、自動人形ほど信頼のおける護衛もいないだろ」

 

「・・・むぅ。確かにそうですが」

 

「それに、内緒にしてたのは俺も同じだし。怒られるなら、俺も桃香と一緒に怒られるからさ。桃香ばかり責めないでやってくれよ」

 

「・・・お、お兄さぁん・・・」

 

キラキラとした瞳でこちらを見上げ、腕どころか横っ腹に抱きついてくる桃香。

・・・凄く仔犬を思い浮かべる懐きようだが、取り合えず片手が開いたので撫でておく。

 

「くぅん」

 

「・・・まぁ、確かにそうですね。桃香様ばかりを責めるのもお門違いというもの・・・申し訳ありません」

 

「気にしてないよー。愛紗ちゃんが私のこと案じてくれてるって言うのは、いっつも感じてるからっ」

 

にっこりと笑い、愛紗にそう答える桃香。・・・さすが人徳の王。こういうところにカリスマがあるのだろう。

 

「そう言っていただけると幸いです。・・・っと、着いたようですね」

 

愛紗も柔らかく微笑むと、浴場の入り口に到着した。

そこで愛紗がいったん離れ、札を取って帰ってきた。

 

「誰もいないようです。・・・これ、掛けてきますね」

 

「ああ、頼む」

 

そう言って、『ギル入浴中』の札をかける愛紗。

俺はその間、桃香に引っ張られて更衣室へ。

人が居ないのは、時間が中途半端だからだろうか。がらんとした更衣室を見ると、なんだか少し物悲しいが。

 

「んしょっと。・・・あっ、あんまり見ないでねっ? ちょっと恥ずかしいんだから・・・」

 

「そういわれると凝視する性格だと知ってて言ってるだろ」

 

「えへへ、ちょっとだけ。あ、そういえば聞いてっ。ちょっとだけ痩せたのっ!」

 

「え、本当か? そりゃ凄い」

 

「・・・桃香様を飽きさせずに運動させるのには骨が折れましたが」

 

見てみて、と服を脱いで裸体を見せてくる桃香の腰周りを確認していると、背後から愛紗のため息交じりの一言が。

・・・確かに、苦労するだろうなぁ。

 

「だけど、結果に結びついてるのを見ると凄いと思うな」

 

「ええ、確かにそうですね。桃香様も流石に危機感を持っていたようですので」

 

だろうなぁ。今年入ってから、あんまり運動せずに食べまくりだったからな。

同じくらい食べているのに全く体重の変わらない恋見たいなのもいるが、まぁアレは特殊な例だ。

ちなみに俺も大量に食べようが暴飲暴食しようが全て魔力に変換できるので太ることは無い。

前にそれを桃香に言ったらぽかぽか殴られたのだが。

 

「・・・でもでも、愛紗ちゃんには敵わないよぉ」

 

「あー、それは比べるだけ無駄だろう」

 

「だよねぇ」

 

はふぅ、とため息混じりに愛紗を・・・もっと言えば愛紗の腰周りを見つめる桃香。

そして自分の脇腹辺りをつまんで再びため息。

 

「ま、愛紗の出るところ出て引っ込んでるところは引っ込んでるメリハリのある身体も好きだけど、桃香見たいに健康的な肉付きであれば全く気にしないから。な? 元気出せよ」

 

「うぅ、ありがとぉ。でも、これからはちょっと気をつけるね」

 

「褒められると、やはり恥ずかしいですね・・・。ですが、桃香様良く仰いました。言うほど太りやすい体質でも無いようですから、間食を控え、運動を少しずつでも続けていけば、体形維持は難しくないでしょう」

 

俺と愛紗、二人から太鼓判を貰ったからか、桃香は少し嬉しそうに頷いた。

うんうん、良いことだ。

 

「あ、ほらほら、愛紗ちゃんも脱ぎなよっ。お兄さんと先言ってるからねっ」

 

「あ、おい、桃香っ」

 

「えっ、あ、桃香様っ!?」

 

背後でわたわたと焦りながら脱ぎ始める愛紗を尻目に、俺と桃香は一足先に浴場へ入る。

 

「えへへー。いっちばん乗りー!」

 

「はぁ。・・・まぁ良いや。取り合えず身体流すか」

 

「はーいっ。私にお任せだよっ」

 

「・・・はいはい。じゃあこれ、頼むな」

 

桃香に石鹸を渡すと、タオルで泡立て、俺の背中を洗い始める。

時たま漏れる色っぽい声に苦笑しつつされるがままになっていると、ひたひたと足音。

どうやら愛紗が追いついたようだ。

 

「・・・はぁ。桃香様のいきなりの行動には慣れたと思いましたが・・・」

 

「はは、お疲れ」

 

タオルで前を隠しながら、全く、とため息をつく愛紗。

シャワーで軽く自分の体を流して、桃香と同じくタオルを泡立たせ始める。

 

「あ、愛紗ちゃんっ。背中は終わったから、そっちの腕をお願いねっ」

 

「ええ、分かりました。・・・ええと、し、失礼・・・します?」

 

「そんな緊張しなくても。気楽にやってくれよ」

 

「は、はっ!」

 

がっしと俺の腕を掴んで持ち上げると、ごしごしと力強く洗い始める愛紗。

・・・このくらいが一番丁度いいかもな。華雄ほど強すぎず、壱与ほど弱すぎない。

桃香も同じように洗い始め、なんだか偉い人になったようだ、とふと思う。

美女二人に左右から体を洗われていては、そう思うのも仕方ないだろう。

ふとした瞬間に小さく声を漏らす二人に段々興奮しながらも、まだ早い、と耐える。

 

「そのぐらいでいいぞ」

 

「そかな。大丈夫?」

 

「まぁ・・・泡だらけにはなりましたが」

 

愛紗が言うとおり、確かに泡だらけだ。ちょっと面白いかもしれん。

 

「じゃあ、次は桃香かな」

 

「ふぇっ!? わ、私っ!?」

 

「愛紗、捕まえろっ」

 

「はっ。・・・お覚悟っ」

 

「ちょ、ちょっと待って! 愛紗ちゃんは私の妹なのにっ」

 

「この状態でどちらに味方するかと問われれば、少し迷いますがギル殿ですっ!」

 

「裏切り者ーっ!」

 

じたばたと桃香が暴れるが、俺と愛紗を跳ね除けられず、風呂椅子に座らされる。

諦めたのか、うぅ、と声を漏らしてがっくりと項垂れた。

 

「・・・変なところは触らないでね? ・・・あ、フリじゃないんだよ!?」

 

「何だ、そうなのか」

 

「残念ですね」

 

「愛紗ちゃんがお兄さんに毒され始めてるよっ!」

 

泣きまねをする桃香を、ため息をつきながら泡立てたタオルで洗い始める愛紗。

 

「全く。妹が折角体を流してあげようと言うのです。素直に受け取ってください」

 

「今の流れでそれは無理が無いかなー・・・? あ、でもでも、愛紗ちゃんに身体洗ってもらうのは嬉しいかもー」

 

「・・・こうして一緒に入浴するのも、久方振りのことですからね」

 

・・・ふむ。義理とはいえ姉妹の団欒を邪魔するのもな。

自分の頭を洗って、ささっと流す。

男にしては長いほうだと思うが、まぁここの女性陣よりは短いからな。余り時間は掛からない。

 

「あっ、そういえばお兄さん、私と愛紗ちゃんの髪、洗ってくれるんだよね?」

 

「あー、そんなこと言ったな。・・・よっし、愛紗、石鹸」

 

「どうぞ。あ、先に桃香様を洗ってあげてください」

 

その間に自分の体を洗うつもりなのだろう。俺に石鹸を手渡し、愛紗は桃香の隣に腰を下ろした。

よし、と自分の手で泡を立て、いつもの角のようなお団子も無くなった綺麗な髪に手を潜らせる。

 

「わひゃっ。な、なんだろ。変な感じー」

 

「はは、だよなー」

 

人に洗われるというのは相当くすぐったいものだ。

俺も色んな子に色々洗われたりしたが、全部最初はくすぐったく思うものだ。

 

「痒いところは無いかー?」

 

「んー、大丈夫だよー」

 

人の頭を洗うときにはこの確認は必須だろう。人生の中で言って見たい台詞トップ10の中には入るよな。

 

「・・・よっと」

 

「? 何やってるの、お兄さん?」

 

この風呂場には現代の銭湯と同じく体を流すためのシャワーと、鏡がついている。

・・・だが、桃香はいまだにシャンプーハットが必要なレベルで頭を洗うのが苦手なため、泡が入らないようにと絶対に目を開けない。

それを良い事に髪の毛で遊んでみたり。

 

「・・・昇天マックスペガサス盛り」

 

「? ・・・ギル殿、何を呟いて・・・ん、ふぶっ!?」

 

隣で体を洗っていた愛紗が、俺の呟きに反応して桃香を見て、噴出す。

髪の毛を泡で固定し、円錐状になるように盛り付ける。ところどころに泡をくっつけてデコレーション。

愛紗は先ほど噴出してから顔を背けて小刻みに震え続けているし、桃香は目を開けられないので現状に気付けない。

その後もこねこねと髪を弄くり、存分に愛紗の腹筋を鍛えながら、最後に泡を落としていく。

 

「・・・ぷはっ。・・・ね、ね、何で愛紗ちゃん笑ってたの・・・?」

 

「ん? ・・・いや、まぁ、ほら、俺が凄い変な顔してたから」

 

「何それホントっ!? み、見せてっ!?」

 

「絶対に嫌だ。変顔見せるか能力全て神様に剥奪されるかだったら後者を選ぶ」

 

「全てを捨てる覚悟で変顔見せたのっ!?」

 

なにそれずるい、と騒ぐ桃香の髪をまとめ、タオルで固定する。

湯船に入るとき、髪の長い女性のやることの一つだ。髪を湯船に着ける訳にもいかないからな。公衆浴場だし。

 

「・・・やけに手馴れてるね、お兄さん。私たちのほかに髪が長くて良くお兄さんと一緒に・・・あ、卑弥呼さんだ」

 

「お、正解。良く分かったな」

 

頭の上に電球でも灯ったんじゃないかというくらい見事な推理だ。

 

「えへへ。凄い? 凄い?」

 

「凄い凄い。じゃ、俺は愛紗の髪も洗っちゃうから、先に浸かってなよ」

 

「はーいっ。早く来てねーっ」

 

「走るなー。転ぶぞー」

 

小走りになった桃香を注意して、愛紗の後ろに。

 

「・・・さっきはよほどツボに入ったみたいだな」

 

「え、ええ。ギル殿の仰っていた言葉の意味はほぼ良く分かりませんでしたが・・・何故かおかしくて」

 

「愛紗の髪だと質が良すぎて固定できんな」

 

「やらなくていいですっ!」

 

愛紗は桃香と違って目を開けていられる子だからな。

自分の髪の毛がシュールなギャグになったらもう、笑いが止まらなくなるのだろう。

 

「冗談だって。ほら、ちゃんとそっち向いてろー」

 

「・・・やらなくていいですからね?」

 

「分かってるって。ほら、洗うぞー」

 

再び石鹸を泡立て、愛紗の髪を持ち上げながら洗い始める。

・・・長い。それに綺麗だな。さすがは美髪公。

 

「ん・・・とても心地よいものですね。人に洗ってもらったことは・・・鈴々くらいにしかないですが」

 

「鈴々に良く自分の髪任せられたな・・・」

 

「・・・アレでも女です。ある程度の身嗜みや、女として矜持は持っている・・・と油断した私が愚かだったのです」

 

「ああ、失敗したのか」

 

深く頷く愛紗。テンションの落差が分かるな。

 

「まぁ、そうは言っても経験不足から来るものでしたし、枝毛ごと周りの毛も抜いたり、髪の毛を絡ませたりするくらいでしたから」

 

「・・・お疲れ様」

 

「そう言っていただけると・・・嬉しいです」

 

会話をしながら順調に髪を洗い、泡を流す。

桃香と同じように髪を纏めて・・・タオルで固定。

 

「うん、どうかな。髪の毛絡まったりしてない?」

 

「ありがとうございます。大丈夫ですよ。問題ありません」

 

「桃香も首を長くして待ってるだろうし、そろそろ行こうか」

 

「はいっ」

 

きちんとタオルで前を隠しながら、愛紗は桃香のいる湯船へ向かう。

ここの風呂は露天風呂のようになっていて、今の季節は花が綺麗に見られるようになっている。

 

「おっそーい、二人ともー」

 

「悪いな。あんまり怒るなよ。皺になるぞ」

 

「ならないもんっ」

 

「申し訳ありません。私の髪が長い為に・・・」

 

「それは全然気にしてないよっ。髪は女の子の命っ! だからねっ」

 

「ふふ。ありがとうございます」

 

湯船に浸かると、自然と二人に挟まれるような順に。右手に愛紗、左手に桃香だ。

 

「ふわぁ・・・やっぱりお花が綺麗だねぇ」

 

「もう春になるからな。冬の雪見も良かったんだけどな」

 

「でも冬は寒いもん。髪の毛が凍っちゃうよ」

 

「そんなにか? ・・・うぅむ、そのあたりの対策も取らないとなぁ」

 

「今みたいにお湯が安定供給されてなかったら、多分暴動が起きてたよ、あれは」

 

「なんとも恐ろしい」

 

その時のことを思い出したのか、桃香の顔が少し青くなる。

・・・まぁ、風呂に入っているのですぐに紅潮するのだが。

 

「そういえば、愛紗ちゃんもようやく慣れたみたいだね」

 

「? 何に、でしょうか・・・?」

 

「裸だよー。最初の頃はお兄さんの裸見るだけでも倒れてたし、自分の身体見せるのも躊躇してたじゃない」

 

「っ! そ、それはっ、その、ええと・・・ま、まぁ、幾度も見せ合った仲ですし・・・」

 

「ふーん? ・・・愛紗ちゃん、意外とえっち?」

 

桃香の爆弾発言に、愛紗が立ち上がりかけながら反論する。

 

「と、桃香様に言われたくはありません!」

 

「なっ、そ、それは聞き捨てならないよっ!? 痴女扱いはひじょーにふほんいなんだからねっ」

 

「朱里の真似をしたって誤魔化せませんからねっ。聞きましたよ、ギル殿と共に入浴し、その、む、胸でお背中を流したと!」

 

「んえっ!? ど、何処からその情報を・・・あっ、お、お兄さん! 何でニヤニヤしてるのかなっ!?」

 

俺を挟んで口論していた二人の間で笑いを浮かべていたのを見られ、桃香に詰め寄られる。

 

「いや、なに、可愛らしく口論している二人を見ていたら、自然とな」

 

「・・・それにしてはねちっこい笑顔を浮かべてるよね?」

 

・・・あ、ちなみに愛紗に漏らしたのは俺じゃない。俺もさっき思いついたのだが、多分壱与だろう。

俺関係のことは『見てる』と言ってたからな。それを誰か・・・愛紗本人でなくとも、近い人間に話したのだろう。

それが広まって・・・というのは、とてもありえそうな話だ。

 

「元からこういう笑顔を浮かべる男だろ、俺は」

 

「そんなことは無いよっ! もっとこう、爽やかで、見惚れる様な・・・って、何言わせるのっ、もうっ」

 

「・・・愛紗、助けてくれ」

 

「・・・まぁ、桃香様も乙女ですから」

 

愛紗からの助け舟はなさそうだ。自力で何とかしろということか。

というか、今ナチュラルに『も』と言ったが、無意識に自分も乙女だというのが出てきたのだろうか。

それならばとても良いことだ。

 

「・・・ん?」

 

「? どうかしましたか、ギル殿」

 

何かしらの気配を感じて、背後・・・浴場の入り口に振り返ると、その行動に疑問を持った愛紗が首をかしげて尋ねてくる。

 

「いや・・・誰か来るな」

 

「お兄さんが入ってるって言う札は下げてるからー・・・まぁ、そのあたり『分かってる』人でしょ?」

 

ならいいじゃない。と桃香が呟く。

気配は脱衣所からこちらに向かっているようだ。からら、と扉が開くと、そこには恋の姿が。

・・・ああ、だから誰だかわからなかったのか。恋は野生動物に近いところがあるからな。気配を溶け込ませるのが自然なので、違和感は感じても個人の特定までは出来ないのだ。

これが月とかならば、足音のリズムだけで分かったりするのだが・・・精進が足りないということかな。

 

「・・・ギル。いた」

 

「恋では無いか・・・ああ、待った待った。先に体を流してからでないとな。・・・ギル殿、少し恋の面倒を見てきます」

 

「ん、ああ、悪いな」

 

「いえ」

 

愛紗は恋を甘やかすことに関してはねねに次ぐからな。お菓子をあげたりご飯をあげたり。

今だって、こちらに来てそのまま湯船に入ろうとした恋を止めてわざわざ体を流しに言ったし。・・・俺がいないときはちゃんと身体洗うらしいけど。あれ? 俺のせい?

 

「・・・恋、一人で洗える」

 

「まぁまぁ。いつもは面倒がってすぐに泡を流すだろう? きちんと洗わねば、汚れも取れないからな」

 

「・・・なら。お願い」

 

「うむ、頼まれよう」

 

手で石鹸を泡立て、恋の髪や身体を洗っていく愛紗。

その様子をニコニコと見ているのは、湯船に浸かっている桃香である。

 

「・・・愛紗ちゃん、最近鈴々ちゃんが『一人で洗えるのだ!』ってやらせてくれないんだー、って愚痴ってたの」

 

「何で今その話を・・・」

 

「えへへ。鈴々ちゃんも、ちゃんと『女の子』してるなー、って言うのと、愛紗ちゃんはいいお母さんになるよねー、って話」

 

「確かに・・・ああ、確かに、いいお母さんになるな」

 

いかにも楽しそうに恋を泡だらけにしていく愛紗をみながら、桃香と二人して笑う。

世話好きというかなんというか、世話をすることを面倒だと思わず、楽しめている愛紗は、なるほどと納得できる程度には母性に溢れているのだろう。

 

「楽しそうで何よりかなーって。・・・あっ、わ、私もっ、その・・・子供できたら、ちゃんとお世話するんだからねっ!?」

 

「別に疑ってはいないさ」

 

今のところ、月の出産が間近だからなぁ。華佗にもちょいちょい後宮に詰めてもらってるし、自動人形にもある程度の対応は教えてあるが。

俺も時間が空けばお見舞い位には行っているが、ほんと、ドキドキするよなぁ、なんか。

 

「・・・ギル、お待たせ」

 

「ん? ・・・って、恋。もう洗い終わったのか?」

 

ぽやぽやと思考を深めている間に、体を洗い終わったらしい恋が湯船に降りてくる。

ちゃぽちゃぽと湯船の中を動き、俺の真正面に座る。

 

「珍しいな。恋がギル殿の隣に行かないとは」

 

「・・・さっきまで愛紗がいたから。恋は・・・こっち」

 

愛紗の手を引っ張って先ほどと同じ場所、俺の隣に誘導したあと、恋はそのまま正面にいる俺のところへ近づいてきた。

・・・いつもみたいに背中でも預けてくるのだろうか、と思ったのだが、対面のまま俺の伸ばした脚を跨ぐようにのしかかってきた。

俺が湯船の縁に背中を預けているからか、俺にしなだれかかる体勢の恋も、そんなに辛くないのだろう。

・・・だが。だがしかし。俺の胸に押し付けられるようにふにゅりと形を変える二つの胸器・・・じゃない、凶器は俺が辛い。何が辛いって海綿体が辛い。

 

「・・・おっきくなってきた。・・・ギル、大きいのも大丈夫みたい。・・・よかった」

 

「え、何それ。俺恋にもロリコン認定されかけてたの?」

 

「? ろりこんが何かは分からないけど・・・最近、ふくちょとかひみとかいよばっかり構ってるって言ってた」

 

「恋・・・不安になる気持ちも分かるぞ。ギル殿は本当に、目を離すと小柄な娘のところにばかり行くからな・・・」

 

「だから、お兄さんにこうやってっ・・・大きいのも良いんだよーって教えてあげてるの!」

 

「・・・恋も、教えてあげる。・・・桃香、どうしたら」

 

片手で俺のアレを弄ってくる恋が、どうしよう、と目線で訴えかける。

・・・そういえば恋がこっち関係で知識を深めたというのは感じたことが無いな。

ねねとか朱里経由で艶本を見て中途半端に理解するだけで。

 

「えっ!? え、えーっと・・・あっ、胸で挟んであげるといいって聞いたよっ!」

 

「・・・おっぱい。それなら、恋も出来る。・・・すうっ」

 

桃香の言葉に、何を思ったか恋は大きく息を吸うと、ちゃぽん、と潜水した。

・・・おいおい、普通そういうのは俺を縁に座らせて・・・ああいや、溺れる前に救い上げないと!

 

「ちょっ、恋っ、お前何して・・・強いっ!? 何この力! 何処から出て来てんのっ!?」

 

潜水している恋をあげようとするが、かなり強い力で抵抗されている。

っていうか、人が入った湯船の中で潜るんじゃないっ。お湯は常に循環させてるけど、完全に綺麗じゃないんだぞっ。

 

「・・・はぁ。仕方ありませんね。桃香様、そちらの手を押さえていてください」

 

「ええっ!? わ、私に出来るかなぁ・・・えいっ」

 

「は? ちょ、二人とも何を・・・」

 

「お許しください、ギル殿。これも恋の健気な努力を実らせようとしているだけなのです」

 

「ご、強引に振りほどいてもいいけど、そ、そしたら私、ええと、な、泣く、かも・・・」

 

「卑怯すぎる・・・!」

 

愛紗はがっちりロックしてきているし、桃香は乱暴に振りほどいたら確かに泣きそうだ。

二人の行動に戸惑っているうちに、恋は水面下でぱふぱふし始めてるし! 

・・・ああ、もうっ!

 

「・・・恋が終わったら、ちゃんと部屋でやるからな」

 

「その言葉を待ってたよ、お兄さんっ」

 

「そ、そのための準備も、出来ておりますので・・・」

 

・・・あ、ちなみに、恋の潜水の記録は十分。俺が我慢できずに出してしまったのと、ほぼ同時であったと言っておこう。凄まじい心肺能力だ。

 

・・・




――本日の特集は、歴史に登場する謎の人物についての特集となる。
皆様もご存知の通り、古くは邪馬台国より、この謎の人物は存在しているようだ。最近発見された、卑弥呼の手記。日記のようなこの冊子には、何故か『ギル』と言う存在が度々登場する。確実に日本名ではないこの人物。そもそも、この『卑弥呼の日記』も何故かひらがなやカタカナが混在していて、本当に卑弥呼のものかも怪しいといわれている。しかし、検査で物質を分析した結果、実際に卑弥呼が存命の時代に使われたものだと発覚し、物議を醸している。そして、曹操の記録、ジャンヌ・ダルクの日記にもこの『ギル』と言う人物は登場しているようだ。初めてこの人物が出てきたのは、三国志真っ只中の中国大陸と言われている。少し時間をずらして邪馬台国、その後西に向かい、海を渡って再び戦国時代の日本へと戻ってきているようだ。細かいことは依然分かっていないが、世界を何週も巡っていたり、何か『不思議な力』を行使している様な記述も、ところどころで見られる。そして、その中でもう一人謎の人物が浮かび上がった、。『月の姫』と呼ばれる――

「・・・ん? なんだ、こんな時間に。はーい、今出ます・・・よ・・・?」「・・・こんばんわ、いきなりですけど、ごめんなさいね。・・・天の羽衣」



「・・・っと、寝てたのか? うわ、そういえば記事何も書いてないぞ! マズイマズイ! 急がないとなー」


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第七十五話 増えた家族に

「そういえばアレなの? ギルが今まで手を出してきた子たちは、扱い的には『嫁』なわけ?」「まぁ、そうだろうな。一夫多妻みたいなものだろう」「まぁ、妊娠してる子もいるし、『恋人』って感じじゃないよなー」「指輪とかどうすんの? 電子の海だと七百円で売ってたりするけど」「それで結婚は申し込めないだろ」「まぁ、送るとしたら全員分用意して・・・時間は掛かりそうだけど、何とかなるだろ。材料は宝物庫にあるし」「・・・あのさ、後で俺の分もいくつかお願いしていいかな」「おっけー。あ、一緒に作るか?」「それいいかも」

それでは、どうぞ。


深夜に一人起き上がる。

左右を陣取るのは桃香と愛紗。少し下がって俺の上に乗っかっているのは恋だ。

結局部屋に戻る前、浴場で一度、部屋に戻る途中で一度、部屋で・・・数えられないほどやらかした俺達は、夕食も食べずにぶっ続けた所為で、桃香がまずダウン。

それから恋と愛紗が粘っていたのだが、僅差で恋がダウン。その後愛紗と二人うとうとしながら話をしていた記憶があるのだが・・・おそらく、同時に俺も寝てしまったのだろう。

身体的な問題で空腹は感じないが・・・まぁ、気分的には何かしら食べたい気もするので、自室の簡易厨房を覗いてみるとしよう。

寝ぼけ頭でそう判断して、三人を起こさないように移動する。

・・・それにしても、これだけの美女が三人、大きな寝台に生まれたままの姿で寝ているのを見ると、なんというか、ダイブしたくなるな。

 

「・・・くぁ・・・。今何時だ?」

 

時計を取り出してみると、深夜の二時ごろ。うぅむ、なんとも中途半端。

今の『なんか食べたいなぁ』と言う気持ちを無視して寝たほうがいいような気もするが・・・。

 

「あー・・・ここだと音出るよな。城の厨房まで行ってみるか」

 

自室でとんとんことことと調理音を出していると、寝室で寝ている三人が起きるかもしれない。

なんだか目も冴えてしまったし、深夜の散歩というのも悪くないだろう。

静かに扉を開き、廊下へ。しんとしていて、人通りも全く無い。部屋を守る兵士もいないようだ。

まぁ、部屋の中に自動人形が一人いるので、正直それだけで十分かとも思う。夜通し部屋の前で立たせるのも辛いしな。

かつかつと靴の音を響かせながら厨房へと向かう。途中、一人二人と警備の人間とすれ違い、軽い挨拶と世間話。

暖かくなってきて、警備任務もある程度楽になってきたらしい。冬の夜は地獄だよなぁ。

 

「・・・それじゃ、引き続き頑張ってなー」

 

「はっ。ギル様も、温かくなったとはいえいまだ冷えますから、余り遅くまで出歩かれないよう・・・」

 

「ん、了解」

 

まぁ、風邪を引くわけはないんだけども、心配されるのはそれはそれで嬉しいからな。訂正せずに受け取っておこう。

しばらく歩くと、厨房へ到着。

 

「よっと」

 

パチン、と指を鳴らして、いくつかの魔術を起動。

手に持つ魔道書が俺の魔力を吸って、薪を燃やし、鍋に水を溜める。

 

「・・・ふむ、実践も中々上達したじゃないか」

 

キャスターの魔術教室での勉強のお陰で、魔術書を使用してならばある程度のものは使えるようになった。

ぱたんと魔術書を閉じて、宝物庫へ。そのまま宝物庫の入り口から食材を出して、軽く下拵え。

しばらく調理を進めていると、かつかつと足音。

 

「・・・む?」

 

「・・・ふぁ。どなたですの? こんな夜遅く・・・あら、ギルさんではありませんか」

 

「麗羽? どうしたんだ、こんな夜中に」

 

「そっくりそのままお返しいたしますわ。・・・って、夜食ですの? ・・・太りますわよ」

 

俺の手元を見た麗羽がじとりとした目をして呟く。

眠いから、と言う理由以外で半目になっているのだろう。ひしひしと呆れを感じる。

 

「はっは、動くからな。問題ない」

 

「全く、うらやましい限りですわ。・・・わたくしもお手伝いしましょう」

 

俺の隣に立って、調理の手伝いを申し出る麗羽。

もうほぼ完成なのだが、まぁ手伝ってくれるというのなら任せようかな。

 

「ちょっと食器を取ってくるから、その間加減を見ておいてくれないか」

 

「分かりましたわ。これでも調理の訓練も受けてますの。心配は無用でしてよ」

 

・・・今は慣れたが、最初の頃はこの『落ち着いた麗羽』に違和感バリバリで苦労した覚えがある。

特に、華琳や桂花、後斗詩と猪々子もだな。頭の良くなった春蘭を見たときの流流みたいになっていた。

 

「さて」

 

がちゃがちゃ、と食器を二人分用意する。まぁ、そんなに食べる気はないから少なめに作ったが、夜食として食べるなら二人分に割っても問題ないだろう。

厨房に戻ると、すでに火は止められていて、調理器具の片づけを始めている麗羽がこちらに振り向く。

 

「あら、ギルさん。火は止めてしまいましたよ? 煮詰まってしまいそうだったので」

 

「助かるよ。・・・一応麗羽の分も食器用意したけど、食べる?」

 

「・・・ご用意してくださったのなら、断るのも無粋でしょうし」

 

「食べたいって素直に言えば良いのに」

 

「深夜に美味しそうなものを見せられては、我慢も難しいでしょう。・・・これは、仕方ないことなのですわ。まぁ、走ればいいだけのことですから」

 

「はは。まぁ、俺の責任でもあるし、付き合ってやるからさ」

 

そう言いながら、夜食を二人分、テーブルの上に並べる。

 

「・・・なら、今度はわたくしが手料理を振舞いましょう。心配なさらずとも、斗詩さん達に試食して合格をもらってますわ」

 

俺と対面を向く様に席に着いた麗羽が、レンゲを持ちながら自信ありげにそう言ってくる。

なるほど、そういえば部屋の掃除やらなんやらはやってもらったが、手料理を食べたことは無かったな。

 

「それは楽しみだな。そういえば、最近はどうだ? 報告書を見る限りじゃ、班長を任されているみたいだけど」

 

「ええ、お仕事にも慣れてきましたし、成果を認められて昇進しましたの」

 

「ほう、それは良いことだ」

 

それからしばらく、ゆったりと夜食を食べ進め、二人で食器を洗い、厨房を後にする。

 

「そういえば何であんな時間に厨房に? 寝る前だったみたいだったけど」

 

「ええ、寝るつもりでしたけど・・・お部屋に戻る最中に厨房に灯りが灯っているのが見えまして。こんな時間に厨房を使う人に心当たりもありませんし、侍女隊の誰かでしたら注意しなければ、と思いましたの」

 

「あー、なるほどな。悪いな、仕事増やしたみたいで」

 

俺の謝罪に、麗羽は『いえ、お気になさらず』と大人の対応。

・・・ホント、変わったよなぁ。

そのまま麗羽を部屋まで送ろうと歩き出す。就寝を邪魔した上に夜食まで食べさせてしまったしな。

腹ごなしも含めて、二人でしばらく歩く。

 

「あら、部屋に着いたようですわね」

 

そう言って麗羽が一つの部屋の前で立ち止まる。斗詩達は俺達の部隊で部屋を与えられているので、麗羽は侍女隊のほうで部屋を与えられているのだろう。

そっか、と呟き、それじゃあ、と別れの挨拶をしようとして、麗羽が何か考え事をしているような表情を浮かべていることに気付く。

 

「・・・どうかしたか?」

 

「あ、いえ。・・・よければ、寄って行きません?」

 

「え? ・・・いや、夜も遅いし・・・侍女隊の部屋って事は同居人いるだろ」

 

侍女隊はその人数の多さ、そして一人で行動することが無いので、基本的に四人一組で活動する。

それは部屋も同じで、普通の侍女で四人部屋、班長や侍女長などの役職もちでも二人部屋となっている。

だから、麗羽のこの部屋にも同居人がいるはずなのだが・・・。

俺の疑問に、麗羽はしれっと「ああ、そのことですの」なんて前置きしてから

 

「同居人・・・もう一人は、今別の部屋での集まりに行ってますわ。翌日が休みの日の夜は決まってそうですの」

 

「あー、そうなんだ。いや、でも、こんな夜中に男を連れ込むのは不味くないか?」

 

女子寮に男を連れ込むようなものである。見つかれば不審者扱い間違いない。

 

「ふふ。別に、只お話をしようとお誘いしてるわけじゃありませんわ。わたくしも子供ではありませんから、意味も分かってお誘いしてるんですの」

 

「あー・・・っと」

 

するり、と俺の手を握る麗羽。

以前、来たばかりのときに握手したときとは違い、少し荒れてはいるものの、それでも綺麗な手触りの指先が、俺の指に絡まる。

・・・まさか麗羽に誘われるとは思っていなかったが・・・まぁ、断る理由も無いか、とその手を握り返す。

 

「じゃあ、受けるとするよ」

 

「・・・良かった。でしたら、こちらへ。明日は午後からですので、少しくらいの夜更かしは問題ありませんの」

 

「そっか。なら、少しゆっくりしていけるかな」

 

麗羽の案内で、二人部屋の中に足を踏み入れる。

一応部屋は簡単に分けられていて、リビングの両端に扉があり、それぞれの部屋になっている。

ただ、壁も扉も薄いので、声は聞こえるし共同空間に出れば鉢合わせることもあるだろう。

麗羽の私室に入り、寝台に腰掛ける麗羽を、真正面から優しく押し倒す。

 

「・・・その、いきなりですの? ・・・ちょっとまだ、心の準備というものが・・・」

 

「さっきはああ言ったけど、夜は短いからな。特に今からだと。・・・それに、麗羽が魅力的だから我慢が利かないって言うのもある」

 

「お上手ですのね。あ、わたくしこういうことは経験が無いので・・・ギルさんに全てお任せしますわ」

 

そう言ってにこりと笑う麗羽の頬を撫でてから、口付け。

小さく息を漏らす麗羽の体に手を回し、豊満な胸部にもぐりこませる。

 

「ん、ふ・・・」

 

絡まるように俺の背中に回される腕に引き寄せられるように麗羽と密着し、更に身体を弄っていく。

 

・・・

 

「・・・あー、これは・・・」

 

大人数を相手したとき特有の気だるさを感じながら、起き上がる。

そりゃそうだ。桃香、愛紗、恋の後に麗羽と連戦。

・・・しかも、全員が全員休ませてくれないとくれば、流石にこの体でも疲れる。

まぁ、これに紫苑たちが加わっていると更に大変なことになるんだけどな。お互いに、だけど。

 

「・・・おーい、起きろー、麗羽ー」

 

隣でぐっすり眠っている麗羽を、揺すって起こす。

すぐに声を上げながら目を覚ました麗羽は、数度ぱちくりと瞬きをして、ごそりと起き上がる。

 

「・・・おはようございます、ギルさん」

 

「おう、おはよ。仕事までは時間あるだろうけど・・・まぁ、起きておいたほうが良いだろ」

 

「ですわね。んぅ・・・っふぅ。なんと言いますか・・・とても、気持ちの良い朝ですわ」

 

少し頬を染めつつ、はにかみながら麗羽はこちらを向いてそう言った。

その後、寝台から降りて、ごそごそと着替え始める麗羽。

 

「・・・あ、そういえばですけれど」

 

「ん?」

 

「入り口から普通に出ると、多分同居人が戻ってきてるので見られると思いますわ。・・・まぁ、あなたが気配を読んで安全確認してから出て行ってくださっても構いませんし・・・」

 

そこで言葉を切った麗羽は、入り口に向けていた視線を窓に向ける。

 

「・・・それか、こちらでも良いと思いますけれど」

 

「何でそんな、こそこそとしなくちゃいけないんだ? 別に疚しいことしてるわけじゃなし、普通に出て行くよ」

 

そう言って普通に扉から出ようと取っ手に手を掛けたとき、後ろから麗羽の冷静な声が飛んできた。

 

「・・・それを見られた結果、『侍女でも言い寄って良いんだ』みたいなことになって、侍女に襲われる様になってもお助けはしませんけれど」

 

「よし、窓から出て行こうかなっ!」

 

やっぱりアレだよね! 女子寮とでも言うべき侍女隊の区画に忍び込んだら、見つからないように出て行かないとね! 疚しい事だからね!

麗羽に軽く別れを告げて、窓から飛び降りる。

 

「・・・ああ、そういえば遊撃隊の隊長・・・迦具夜さんがこういうときにぴったりの言葉を教えてくださいましたわね。・・・ええと、確か」

 

一瞬考え込むが、すぐに麗羽の頭は一つの言葉を思い出した。

 

「そうそう、『熱い手の平返し』、でしたわね」

 

・・・

 

「おかえりー、お兄さんっ。・・・昨夜は、お楽しみだったみたいだねー」

 

「うおっ!? とっ、桃香っ・・・! お、起きてたのか・・・」

 

「えへへー。お話は壱与さんから聞いたよー?」

 

「聞いたのかっ。って言うか言ったのか、壱与!?」

 

いつの間に壱与を手なずけてたんだ、桃香・・・!

 

「んー? んーとね、『敵の敵は、多いほうがいいですから』って言ってたよ?」

 

「さすが壱与・・・」

 

恋敵を貶めるためなら何でもやるな、壱与・・・。

自分一人で何とかするより、周りを巻き込んで行くことを選んだのか・・・。

 

「・・・同棲しますって言った夜に浮気されて、私、ちょっと怒ってるんだからねー?」

 

「あー、いやー・・・言い訳はしないけど」

 

「もうっ、そこは言い訳をしてしどろもどろになって怒られるところまで流れなんだよっ?」

 

「なんだよ、と言われてもな」

 

やりたい茶番はやれたのか、桃香はにっこり笑って俺の腕を取る。

 

「ささ、お話はこれで終わりっ。愛紗ちゃんと恋ちゃんと、一緒に朝ごはん作ったんだよっ」

 

「えっ、恋?」

 

「ふぇ?」

 

「・・・恋、料理できたのか?」

 

「うん、出来るみたい。『いつも食べてるのと同じの作るだけ。簡単』って言ってたよ?」

 

・・・恋、まさか料理できる腹ペコ天然キャラなのか・・・?

属性てんこ盛り過ぎるぞ! というか、天然とか腹ペコキャラは料理できたらいかんでしょ。

いやいや、自称『料理できる』だからな。もしかしたらってこともあるかもしれない。

あーでもないこーでもないと考えをめぐらせながら厨房へ。

食卓へと運ばれてくる料理皿を見つつ、ああ、それぞれの特徴が良く出ていると感心する。

 

「はいっ、これは私が作ったのっ」

 

少し焦げたりはしているものの、上達していることが如実に分かる桃香の料理。

 

「こっ、今回は、上手くいったと・・・思うのですが」

 

当初のダークマターよりは格段に成長したことを窺わせる見た目の愛紗の料理。

そして・・・。

 

「・・・作った」

 

見た目はまともそうな、恋の料理。これは、恋の野生的な勘が料理にも適用されているということなのだろうか。

・・・まぁ、一番問題なさそうだから、後に回すとするか。

出てきた順番で、取り合えず桃香のものから。箸で取り、口に運ぶ。

 

「ん、見た目とは裏腹に、中々美味しいじゃないか」

 

「ほんとっ!? あのね、あのね、昨日失敗したとき、『かけるとマシになるよ』っていってたのあるじゃない? アレを調味料に使ってみたの!」

 

「あー、なるほどね」

 

「味見もちゃんとしたんだよっ。見た目は・・・ちょっと、アレだけど」

 

「いやいや、これは自慢していいよ。あと、ちゃんと味見してるのも偉い」

 

かがんで頭をこちらに向けるので、よしよしと撫でる。

ウチは基本的に褒めて伸ばす方針です。

 

「えへへー。褒められたー」

 

ニコニコと笑う桃香を撫でくりまわしつつ、もう片方の手でもう一口。

 

「次は愛紗かなー」

 

愛紗の持ってきた皿に手をつける。

 

「・・・ど、どうぞっ」

 

「まぁ、恋が桃香のをつまんで愛紗のはスルーしてる時点である程度察せるけど・・・」

 

俺が食べた桃香の料理は、出来上がったときから恋がひょいひょいとつまみ食いされて若干減っていたのだが、愛紗のは手付かずだ。

愛紗が浮かない顔をしているのは、まぁ、恋が料理に食いつかないからだろうなぁ。

 

「・・・ぎる、ほんとに・・・食べる?」

 

いつの間にか俺の隣に近づいてきて、膝立ちになり卓の縁から顔を覗かせていた恋が、愛紗の料理と俺の顔に視線をいったりきたり。

まさか、恋の心配そうな顔というのを見られるとは思っていなかったので、愛紗の料理をひょいと近づけてみる。

 

「しっ・・・!」

 

凄い機敏な動きでバックステップして、ふしゃー、と威嚇。

なるほど、愛紗の料理は貂蝉と同レベルか。

 

「・・・日本人以外が納豆食べられない、見たいなもんか」

 

俺は結構好きだけどな、愛紗の料理。毎回味が変わってて。

・・・まぁ、百味ビーンズみたいなものだ。美味しいのもあるけど、ゲテモノもあると。

 

「いや、別に悪く言ってるわけじゃないぞ?」

 

「・・・その呟きだけで何を考えていたのか手に取るように分かるのですが」

 

「っと、声に出てたか。まぁ、取り合えず一口」

 

匙で掬って口に運ぶ。

ぶりゅにゅ、となんだか奇妙な食感だが・・・なんだろうこれ。

なるほど、今日は味ではなく食感で来たか。味は・・・うん、普通だな。味に問題は無い。

 

「恋、おいで。味はまともだよ」

 

「・・・ぎる、信じられない。ぎる・・・敵」

 

「そこまでか」

 

未だにふしゃー、と警戒を怠らない恋に、苦笑いを一つ。

取り合えず全て食べてしまって、次の皿に視線を移す。

 

「で、最後が恋のものか。・・・うん、ホント見た目は問題ないよな」

 

「・・・同じように作ったから」

 

愛紗の料理を平らげたからか、ようやく近づいてくれた恋が、どうぞと言わんばかりに皿を前に押し出してくる。

・・・恋程の食いしん坊で、自炊が可能だったら、なんと言うか、もっと自分で作って食べてると思うのだ。

 

「・・・ええい、ままよっ!」

 

ひょいぱく、と覚悟を決めて一口。

 

「・・・ど、どう、お兄さん。・・・意識はある?」

 

「美味い」

 

「う、うっそだぁ!」

 

「いや、美味いよ。・・・っていうか、桃香にだけは「嘘だ」とか言う資格無いと思う」

 

「はうっ。・・・わ、私も一口・・・良い?」

 

「・・・だめ」

 

散々言いたい放題言ったからか、恋は少し頬を膨らませて、桃香から皿を守るように遠ざける。

 

「見た目はチャーハンなんだけど、エビチリの味がするんだよな。チャーハンの味しないけど、まぁ、美味いって言っていいだろうな」

 

「それ食べて大丈夫なものなの!?」

 

食感はチャーハンなんだけど、どうも味はエビチリなのだ。何だこれ。

以前確か断面がハンバーグに見えないハンバーグ作ったけど、アレと同じようなものだぞ、これ。

 

「・・・食べるか?」

 

「い、いいですっ。お兄さんが食べちゃってくださいっ」

 

「敬語になるほど不安か」

 

まぁ、それならそれでいいんだけど、と食べ進める。

三人の料理をそれぞれ平らげて、ご馳走様、と食後の挨拶。

 

「・・・ご馳走、かどうかはちょっと胸張って言えないけど・・・」

 

お粗末さまです、と桃香達が皿を片付けながら返してくれる。

皿洗いくらい手伝おうかと思ったが、桃香と愛紗に恋を嗾けられ、その相手をしているうちに終わらされてしまった。

・・・まぁ、恋を存分に撫で繰り回し、もみくちゃにされた犬みたいになるくらいには可愛がれたので、そこは満足としておこう。

 

「ね、ね、今日は天気いいから、後宮までお散歩行かない? 月ちゃん、もうそろそろでしょ?」

 

「ん、だなー。予定日まであと一週間無いとか言ってたな、そういえば」

 

ならば向かうとしよう。片づけを終わらせた二人と、もみくちゃにされた恋をつれて、後宮へと向かう。

 

・・・

 

「あ、ギルさんっ」

 

「おっすー。どうだ、調子は」

 

「どうか、と言われますと・・・なんともですけれど。あ、結構おなか蹴られたりしてますよ?」

 

「お、そうなのか」

 

「おなか、おっきくなったねぇ~、月ちゃん、触って良い?」

 

寝台に横たわって、上体だけ起こす月と話をしていると、桃香がとてとてと近づいていく。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

恋なんかナチュラルに月の傍で大きくなったお腹を撫で回してるし・・・。

桃香も愛紗も、不思議そうに月のお腹を撫でて行く。

 

「あ、動いたっ。蹴ったね、月ちゃん!」

 

「はいっ。なんだか、皆さんが着てから急に元気になったみたいですっ」

 

「こ、これが・・・不思議な感覚ですね。この中に、子供が・・・」

 

「赤ちゃん・・・もう出る?」

 

「そ、そんなお風呂感覚で出てくるものじゃないよ、恋ちゃん」

 

丁度触ったときに赤ちゃんが月のお腹を蹴ったからか、三人とも嬉しそうにはしゃいでいる。

 

「産婆さんが言うには、もう一週間しないうちに産まれるだろうってことなので、今から少しドキドキですが・・・」

 

「う、うぅ~、なんか私も緊張してきたー・・・。い、痛い・・・んだよね?」

 

「そのようですね。・・・へぅ」

 

「こら、桃香。不安を煽るんじゃない」

 

何故か月よりも不安そうな顔をする桃香に釣られて、月も少し笑顔が強張ってしまった。

二人してはわあわ言っているので、少し軽めに頭を小突く。

 

「あたっ。あう、ごめんなさい・・・」

 

「月も、あんまり桃香の言葉は真に受けるなよ?」

 

「それは酷いよっ!?」

 

「へぅ・・・そうします」

 

「月ちゃんも酷いね!?」

 

俺と月の間で、あたふたと慌てる桃香。

月も緊張がほぐれたのか、くすくすとその様子をみて笑う。

 

「も、もー。あんまり軽率なこと言わないから、許してよぉ」

 

「ええ、もちろん。ふふ。でも、いつかは桃香さまも経験なさることなのですから。ね、ギルさん?」

 

「ん? あ、あー、そうだなぁ。そうだよなぁ。・・・桃香、泣きそうだよなぁ」

 

「がっ、頑張るもんっ」

 

そっかそっか、と桃香の頭をなでると、くいくいと袖を引っ張られる。

そちらに視線を向けると、恋が上目遣いにこちらを見上げていた。

 

「・・・恋も、頑張る」

 

「ん、そっか。じゃあ、恋もだな」

 

もう片方の手で恋を撫でてやると、仔犬のようにその手に頬ずりをしてくる。

そのまま俺の手を掴んで一言。

 

「・・・ここで、する?」

 

「いやいや、しないよ」

 

「あ、あの、私が参加できないので、他のお部屋で・・・」

 

「だからしないって」

 

というか、参加できる状況なら構わんのか、月。

 

「私っ。私もっ。ここにいるぞー!」

 

「部下の名言取ってまで参加したいのか、淫乱ピンク」

 

「いんらっ!?」

 

「・・・」

 

「静かに挙手してもダメだからな。ここではしないぞ」

 

そっと愛紗が手を挙げていたので、それにも突っ込みをいれる。

月のお見舞いに来てるんだから、そこでわざわざする必要もないだろうに。

そんなカオスな状況をリセットすべく、咳払いを一つ。

 

「まぁなんにせよ、元気そうで何よりだよ。食事するくらいなら動けるよな? 一緒に昼でも食べに行こうぜ」

 

「それいいねっ。月ちゃん、大丈夫?」

 

「はいっ。基本的にこうして休んでばかりなので、久しぶりに動きたいと思ってたんです。あんまり寝てばかりだと、赤ちゃん生まれてから困りそうですし・・・」

 

さすさすとお腹を擦りながら、月が困り顔でそう呟く。

まぁ確かに、俺も過保護にしてるけど、自動人形も過保護だからな。

あんまり外出もさせてないのかもしれない。・・・心配するのはいいけど、心配のしすぎも逆効果だなぁ、と反省。

自動人形にも、一応その旨を伝えておく。この経験を、シャオとかのときに活かす事が出来ればオッケーだな。

 

「じゃあ、昼まで少し時間もあるし・・・中庭をぐるっと歩いてみるか?」

 

「それがいいかもしれませんね。今なら花も咲いているでしょうし・・・ついでに部隊も見れそうです」

 

俺の言葉に、愛紗が反応する。

・・・確かに、中庭の近くには訓練場もあるしな。丁度いいかもしれん。

 

「それじゃあ、準備しますね。・・・お手伝い、いい?」

 

「・・・」

 

全員が散歩に賛成したところで、月が自動人形に着替えの介助をお願いする。

もちろん、自動人形は無言で首肯し、いそいそと月の服を準備していく。

 

「・・・はっ、お、お兄さんは外に出てようねっ」

 

「む、何故だ。今更見せられないということも無いだろ」

 

それに、大きくなったお腹を直接見てみたいという下心もきちんとあるのだ。

ここで引くわけには。

 

「もう、ギルさん、後で二人っきりのときに・・・」

 

「あ、月ちゃんも見せること自体に抵抗は無いのね・・・」

 

でも取り合えず、出て行くよー、と俺の背中を押す桃香の顔は、なんだか煤けているような気がした。

 

・・・

 

「あれ? ギルがこっちに顔出すなんて珍しいじゃん。って、月! 元気にしてたかよ! ・・・おぉ、おっきくなったなぁ、お腹!」

 

中庭に到着すると、ポニーテールを揺らして元気に走り回る翠がこちらに気付いて駆け寄ってくる。

 

「翠さん、こんにちわ。おかげさまで、私も赤ちゃんも元気ですよ」

 

訓練をしていたのは翠だけではなく、蒲公英や白蓮の姿も見える。

もうちょっと探し回れば多分遊撃隊の皆も訓練をしているのだろうが、その前にわらわらと囲まれてしまった。

 

「わ、月さんだっ。お久しぶりー!」

 

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

 

「うんっ。蒲公英はいつでも元気だよー!」

 

いつもの「ここにいるぞー!」とでも言いそうなポーズを取りつつ、元気に蒲公英が答える。

月もニコニコと笑いながら、最近はどうかとか、お腹の赤ちゃんが蹴ってるだとか、他愛も無い会話を楽しんでいるようだ。

 

「そういや皆ぞろぞろとどうしたんだ? 今日なんかあったっけ?」

 

「いや、特に何かあるわけじゃないんだけどさ。天気もいいし、そろそろ月も出産が近づいてるしさ、気分転換に散歩でもどうかなって」

 

「私たちは付き添いなんだよー」

 

「・・・ぎると、月のお手伝い」

 

「? ・・・月は兎も角、ギルに手伝いとかいるか・・・?」

 

こてん、と小首をかしげる翠に、蒲公英が耳打ち。

すぐに顔を真っ赤にして、俺にずびし、と指を突きつけてくる。

 

「おっ、おまっ、お前っ! 変態っ! 変態だなっ!」

 

「おお? なんだよ急に。褒められると照れるじゃないか。ちょっとそこの物陰行こうぜ」

 

「お兄様が静かに怒ってる・・・!?」

 

「蒲公英、俺は怒っていない。いいね?」

 

「あ、青筋立てながら言われても・・・」

 

「俺は、怒っていない。・・・いいね?」

 

「アッハイ」

 

気圧された蒲公英が何かしら甲賀っぽい返事をしながら後ずさる。

俺を変態と褒めてくれた翠には、あの物陰でちょっとお話がある。

 

「・・・お姉様、がんば!」

 

「は? なんだよ蒲公英、そんな変な顔して・・・え、おい、ギル? な、なんであたしの手を・・・ひゃあぁっ!?」

 

・・・

 

「あー・・・お姉様、大丈夫?」

 

「・・・に、見えるか?」

 

「見えないねー」

 

物陰に連れ込んで数十分後。凄く憔悴した・・・それでも、なぜかお肌を輝かせながら戻ってきたお姉様が、服の乱れを直しながら大きく息を吐く。

沢山お兄様に可愛がられたのだろう。後でたんぽぽもおねだりしよーっと。

あ、ちなみにその間、月さんたちは月さんたちでたんぽぽとか白蓮さんと一緒にお話してたよ。お腹一杯触らせてもらっちゃった! ほんとに赤ちゃんってお腹蹴るんだねぇ。

 

「あ、ギルさん、お帰りなさい」

 

「おう、ただいまー」

 

「・・・ぎる、いい笑顔」

 

しばらく桃香さまたちにもみくちゃにされながら、お兄様は爽やかに笑う。

そんな姿を見ていると、ふいに月さんが俯いているのが目に入った。

 

「・・・どしたの、月さん。お腹・・・痛いの?」

 

「おおっ? 月、痛むのか?」

 

蒲公英の声に、まず最初に反応したのは月さんじゃなくて、お兄様。

くるりと月さんに向き直って、優しく頭を撫でながらそう聞く。

 

「ええと・・・なんというか、ちょっとだけ、痛いかなー、みたいな・・・」

 

「今、急にか?」

 

「ええと、昨日も、一度だけ痛んだんですけど・・・すぐに収まったので・・・」

 

「なるほど・・・一応、準備だけはしておくか。桃香、愛紗、華佗と産婆さん、呼びにいってくれるか」

 

「は、はいっ」

 

「了解っ」

 

「翠、あたりを探して、紫苑がいたらちょっと呼んできてくれるか。もし部隊の調練中だったりしたら、その仕事変わって貰えるかな」

 

「おうよっ」

 

「白蓮、蒲公英、一緒にそこの医務室まで来てくれるか?」

 

「お、おうっ」

 

「分かったよーっ」

 

元気に返事をして、月さんを支える。

・・・お兄様ちょっと背が大きいし、支えるんならたんぽぽのほうが適任だよね。

って感じのことを説明すると、それもそうだ、とお兄様はたんぽぽに月さんを任せてくれた。

 

「ごめんね、蒲公英ちゃん」

 

「んふふー。たんぽぽが赤ちゃん生まれそうになったら、月さんにこうして支えてもらうからねー?」

 

「ふふ。そうね、そうします」

 

早くそのときが来るといいね、なんてお兄様に聞こえないように内緒話。

まぁ、近くでそわそわしてるお兄様には、例え何時も通りに話をしていても聞こえなかっただろうけど。

いつの間にか自動人形さんも周りを歩いていて、手には清潔な布やらなんやらを持っているみたい。

いっつも無表情で一言も喋らないし何考えてるのか分からないけど、なんだか今だけはお兄様と同じく、ちょっと慌ててるような雰囲気。

 

「ふふっ」

 

それがなんだかおかしくて、誰にも気付かれないようにくすくす笑う。

ゆっくりとだけど、取り合えず医務室に到着。

 

「よいしょ・・・寝れる?」

 

「えと、ちょっと支えて貰えれば・・・あ、はい、ありがとうございます」

 

顔をしかめながら、月さんが寝台の上に横たわる。

ええと、こういうことの知識あんまり無いんだけど、前紫苑さんから聞いた話だと、痛みの間隔が短くなってくると、産まれてくるんだっけ?

 

「ええと、痛みの間隔とかってどんな感じ? 間隔短くなってきてる?」

 

「ん、多分、そうだと思います・・・」

 

少し呼吸が荒くなってきている月さんの手を握って、取り合えずお話。

あんまり意味は無いかもだけど、何もせずに痛みに耐えるよりは楽だよね? ・・・多分だけど。

あ、ちなみにお兄様は外で産婆さんたちを待ってるみたい。今ここにいるのは、月さんと、たんぽぽと、慌てる白蓮さんと忙しなく動く自動人形さんだけ。

 

「じゃあ、そろそろかな? どっちなんだろね、男の子かなー、女の子かなー」

 

「ギルさんが、聞いたのは、女の子だそうですけど・・・」

 

「そなの? ・・・聞いたって、誰に?」

 

「ええと、懇意にされている、神様だとか・・・」

 

「か、神様かー」

 

なんというか、たんぽぽたちとは世界が違うよねー。

神様と懇意にしてるって、それ物語の世界だけだよー?

 

「名前とかは? もう決まってるの?」

 

「はい、ギルさんとお話して、すでに」

 

「そなんだ。女の子かー。たんぽぽみたく、お花の名前とかー?」

 

「ふふ、そうかも、ですね」

 

小さく笑った後、はぅ、と呻く月さん。

多分、痛みが来てるんだろうと思う。

ああもう、早く来ないかな、産婆さん!

そう思っていると、扉の開く音。来たかな、と視線を移すと・・・。

 

「あら、蒲公英ちゃん。・・・月ちゃん、ついに来たのね」

 

「あ、紫苑さんだっ」

 

良かったー、経験者の紫苑さんがきたなら、もう安心かな?

紫苑さんは月さんから色々とお話を聞いて、自動人形さんや白蓮さん、たんぽぽにあれこれと指示を出してくれる。

さっすが経験者! 何でも、璃々ちゃんを産んだ時、色々とお勉強したらしい。

それから、産婆さんも来て、紫苑さんと二人で色々と準備をしていた。・・・たんぽぽも、自分のときのために勉強しておこうとじぃっと見ておく。

 

「そうそう、蒲公英ちゃん、ギルさんを呼んできてくれるかしら?」

 

「あ、もう大丈夫なの?」

 

「ギルさんが落ち着いていればね。まだ慌ててるようだったら、外で二人で待ってて貰ってもいいかしら」

 

困ったように笑う紫苑さんが言うには、慌ててる旦那様が傍にいたら、月ちゃんも落ち着かないでしょうから、とのことだ。

なるほど、当たり前のことである。だけどまぁ、多分慌ててるだろうから、たんぽぽがお兄様の話し相手になってあげよう。

そう考えて、その場を紫苑さんたちに任せ、医務室の外に出る。

 

「ん、おお、蒲公英か。月はどんな感じだ。苦しそうにしてなかったか?」

 

たんぽぽを見つけた瞬間、お兄様ががっしと肩を掴んでそう聞いてくる。

ああもう、ホント予想通りだよねお兄様っ。

 

「も、もうっ、落ち着いてよお兄様っ。すぐお父さんになるのに、慌ててどうするのっ」

 

「む。・・・そ、それもそうだな。いや、すまん。取り乱した」

 

「・・・それでよし。あのね、紫苑さんが、お兄様が取り乱してたら中に入れるなって。月さんも落ち着かないだろうからって」

 

「・・・正論だな。すまんが蒲公英、一緒に待ってくれるか?」

 

「もちろんっ。そのために、出てきたんだよ?」

 

医務室の外の通路に、お兄様が宝物庫から長いすを出す。

そこにお兄様は座り、ぽんぽんと隣を叩く。どうやら、隣に座れ、ということらしい。

 

「よっと」

 

「おい」

 

「えへへー。別にいいじゃん。お兄様のお膝の上、あったかくて大好き!」

 

「・・・ま、いっか。ここほぼ外だから、冷えないようにな」

 

そう言って、お兄様はたんぽぽをぎゅっと抱き締める。

・・・不安なんだなー。怖いのは、月さんだけじゃないってことかー。

 

「つっ、つれてきたよぉっ!」

 

「あ、桃香」

 

「はれ? 愛紗ちゃんは?」

 

「さっき産婆さん送り届けたら、すぐにどこか走っていったけど」

 

あ、さっき見ないと思ったら、そんな事してたんだ。

いや、たんぽぽも「産婆さんだけ来て、愛紗さんどうしたんだろ」とは思ったけど。

 

「そ、そなんだ。あ、華佗さん、月ちゃんはこの中にいるので・・・」

 

「ああ! 任せてくれ! ・・・と言っても、出産は専門外だから、体調を見るくらいしか役には立たないけどな!」

 

爽やかに不安になることを呟いて、華佗さんは医務室へと入っていく。

・・・うぅ~、なんかたんぽぽも不安になってきたかも。

お兄様の手を握りながら、そんなことを考えていると、隣に桃香様が腰掛ける。

 

「はふぅ。いっぱい走って疲れちゃった」

 

「運動不足が響いたか」

 

「桃香さま、あんまり体力なさそうだもんね~」

 

「ふえっ!? な、何で私そんな罵られてるのっ!?」

 

「出産は体力が必要なんだって、桃香さま」

 

たんぽぽが桃香さまにそういうと、再び気の抜けた「ふえぇっ!?」と言う声。

そんな桃香さまのお尻に視線を向けて、お兄様が一言。

 

「でも、結構安産型だぞ」

 

「みゃっ、ど、何処見てるのっ」

 

お兄様の視線に気付いたのか、言ってる言葉で何を指されてるのか分かったのか、桃香さまは手でお尻を隠す。

・・・いやぁ、その細い手じゃ、そんなおっきいお尻、隠せないと思うなぁ。

 

「た、蒲公英ちゃんもっ。お尻見ないのっ」

 

そう言って、「だめだめー」とたんぽぽたちの目を塞ごうとしてくる桃香さま。

 

「ふっふっふー、甘いっ」

 

「ふにゃっ」

 

「そりゃっ」

 

「ひぃえっ!」

 

たんぽぽが桃香さまの両手を持ってぐいっと挙げると、長いすから桃香さまのお尻がちょっと浮く。

その隙に、お兄様がなでり、とお尻を触る。

・・・なにやってんだろ、たんぽぽ達は。

 

「蒲公英・・・なんか、虚しいな」

 

「・・・戦いは、悲しみしか生まないのかな」

 

「何で私のお尻触って悲しんでるのかなぁっ!?」

 

・・・これ以上は桃香さまが沸騰しそうだったので、このくらいでやめておくとしよう。

 

・・・

 

「おぉ・・・蒲公英、なんか緊張してきたぞ俺」

 

「た、たんぽぽも。なんだかんだ言って出産するって時に立ち会うのは初めてかも・・・」

 

「二人ともぉ・・・そ、そういうこというと私も緊張してくるよぅ・・・」

 

片手はお腹に回されたお兄様の手、もう片手は桃香さまとつなぎながら、医務室の外でそわそわとたんぽぽ達はその時を待っていた。

なんだか中が騒がしくなったのがつい先ほどのこと。どたばたと色んなものを運びに自動人形さんが出入りし始めて、ちらりと見た中の様子はどうにも慌しそうだった。

その様子を見たとたんにお兄様は慌て始めたので、再びたんぽぽが部屋に入らないように注意をした。

中からは産婆さんたちの励ます声や、月さんの苦しそうな呻き声も聞こえてくる。

・・・そして、何度も立ち上がろうとするお兄様を何度も押し留めていると・・・。

 

「・・・ぎゃぁ」

 

「っ!」

 

「おぎゃぁっ!」

 

赤ちゃんの泣き声。その瞬間、お兄様が消えたかのようにたんぽぽは錯覚した。

いつの間にか、さっきまでお兄様が座っていた場所にたんぽぽが座っていたのだ。たんぽぽをすり抜けて消えたのかと思うほどの高速移動。

・・・こんなところで無駄に高い能力使わなくてもいいのになー。

 

「月っ! だっ、大丈夫かっ! 無事かっ!?」

 

「っ、ギル殿っ!? ちょ、騒がないで・・・ああもうっ、恋、抑えろっ!」

 

「・・・ぎる、ちょっと落ち着く」

 

「うごっ」

 

「・・・おい、恋、ギルが動かなくなったぞ。大丈夫かこれ」

 

「だいじょぶ」

 

中では、どうやらお兄様が制圧されたらしい。不穏な声と共に、赤ちゃんの泣き声だけが医務室から聞こえる。

 

「・・・お兄様、生きてるよね?」

 

「ど、どうだろ。恋ちゃんから不意打ちで急所打たれたら、幾らお兄さんでも・・・」

 

「だよねぇ」

 

まぁ、生きてるんだろうけど。

 

「取り合えず、たんぽぽたちも赤ちゃん見に行かない?」

 

「あっ、そうだね。一応お兄さんの無事も確認しないと」

 

・・・




「あれ? ・・・麗羽、あなた昨日ギル様と会った?」「はいっ? え、ええ。昨夜少し・・・お話を」「・・・そう。それだけにしてはやけに『匂い』が残ってるわね」「に、匂い、ですの?」「ギル様の芳しい香りよ。・・・本当に、お話をしただけ?」「も、もちろんじゃないですか。わたくしは今、侍女の身なのですから!」「・・・ふぅん。分かったわ」

「・・・に、匂い? 匂いなんてします・・・? 湯浴みもしたのですが・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。















「・・・ふぅん。やっぱり、してたんだ」


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第七十六話 その出来事は突然に

「いやー、さっき朱里ちゃん達に会ってさ。突然、『北郷さんを描かせて下さい』って言われちゃってさー。あっはっは、参ったなー。人気者は辛いやー」「・・・ギル、お前真実を言うべきだと思うか?」「・・・甲賀、こういう言葉がある。『知らぬが仏』」「・・・ギル様、これはアレでしょうか。『ほっとけ』ってことでしょうか」「・・・なるほど、仏だけに・・・んぶふっ!」「ああっ、も、申し訳ありませんマスター! どうしても! どうしてもボケずにはいられなくて・・・!」「ん? おーい、三人ともー。何やってんだよ、置いてくぞー?」「・・・そのままバラの世界へ行くならば、私たちは置いて行ってもらったほうが・・・」「・・・やめとけって。俺達は兎も角、華琳たちが悲しむだろ」「・・・ですね」「・・・おい、今言外に『俺達は別に困らないけど』って聞こえたぞ」


それでは、どうぞ。


「わぁっ、これが生まれたばかりの赤ちゃんかぁ・・・」

 

月さんの様子を見に医務室に入ると、床に倒れるお兄様(息はしている)と、その上に座る恋さんの姿。

そして、布に包まれた赤ちゃんを抱きかかえる月さんが、少し疲れた笑みを浮かべていた。

 

「あ、そういえば名前は? 産まれたんだし、もう教えてくれてもいいよね?」

 

「はい。・・・一応、ギルさんともお話して・・・」

 

そう言って、月さんの視線は倒れ伏すお兄様に向かう。

 

「私は、『董卓』の名前を捨てました。でも、ギルさんは何とかその名前を残そうって・・・」

 

「じゃあ、董とか卓とかってつけるの?」

 

「って、思ってたんですけど・・・『菫』って仰っていました」

 

「・・・違う字だよね?」

 

自分の頭の中に、その二つの字を思い浮かべてみる。うん、似てるけど、別の字。

 

「ふふ。ギルさんも、それを分かって言ったんだと思います。捨てたけど、残したい。だから、そのままじゃなくて、似てる字を探してくださったんだと思います」

 

あー、なんとなく分かるかも。

 

「それに、菫は春に咲く花ですから。予定日を聞いてから、ずっと考えていたそうですよ」

 

「そっかー。・・・菫ちゃん、だねー」

 

そう言って、たんぽぽは静かに赤ちゃん・・・菫ちゃんの頭をなでる。

わわ、なんか不思議な感触・・・。

 

「あ、そろそろお兄様起こさないと」

 

「そうですね。菫、お父さんにも挨拶しましょうね」

 

恋さんがお兄様の上から降りて、ゆさゆさと身体を揺らす。

 

「う、うぅん・・・はっ、月っ!」

 

「お兄様、おはよ。あと、しーっ。落ち着かないと、赤ちゃんまた泣いちゃうよ」

 

「お、っとと、そ、そうだな。・・・おぉ、その子が」

 

「はい。私たちの、娘ですよ」

 

そうかそうか、とおっかなびっくり頭をなでるお兄様。ふふ、赤ちゃんなでるの緊張するよねー。

 

・・・

 

何とか無事に赤ん坊の出産に成功した月を労い、名前のことなんかを話していると、後ろがなにやら騒がしい。

 

「? どうした?」

 

「ふぇ? あ、紫苑さんがね、ちょっと席を外しますって」

 

「そっか。あ、華佗、それに皆、お世話になりました」

 

そう言って、一礼。産婆さんたちや、白蓮たちには走り回ってもらっちゃったしな。

皆いいよいいよ、と笑顔で返してくれた。産婆さんなんかは、『あのギル様のお子を取り上げたなんて、家族に自慢できる』とまで言ってくれた。

 

「俺もいい経験になった! これで、妊婦が産気づいたときに適切な鍼治療が出来るな!」

 

「・・・鍼治療なのは変わらないんだ」

 

華佗のブレ無さに苦笑い。そんな風に和やかに話をしていると、戻ってきた紫苑が華佗になにやら耳打ち。

 

「む? ・・・ああ、分かった。すまない、少し席を外す」

 

「? 紫苑、どうした? 調子でも悪いのか?」

 

俺の疑問に、紫苑は「華佗さんに確認してもらってから、お話します」と何時も通りの柔らかい笑みを浮かべる。

紫苑がそういうのなら、と再び産婆さんたちに向き直り、これからの注意事項なんかを聞いておく。

・・・ふむ、後で紫苑にも話を聞くとしよう。経験者の、実践的なアドバイスが聞けることだろうし。

そんなこんなでしばらく話を聞いていると、医務室の扉が開く。

二人が帰ってきたのか、と振り向くと、そこには翠と桔梗の姿が。

 

「どうした、二人とも」

 

「んや、桔梗が気分悪いって言うから・・・一応念のため見てもらおうと・・・おおっ、月っ、産まれたんだなっ」

 

「む? ・・・おお、やや子か! やりおったな、月!」

 

祝いの言葉をかけてくれる二人に返事をしつつ、気分が悪いという桔梗を月の隣の寝台へ。

そういえば、翠がつれてきたということは今日は桔梗と紫苑が一緒に部隊の訓練だったのか。

 

「急に気分が悪くなるなんてな。桔梗、二日酔いとかじゃないよな?」

 

「何を馬鹿なことを。酔ったギルとでなければ、このワシが二日酔いになどなるわけなかろう」

 

そう言いながら、桔梗はにやりと不敵に笑う。

 

「水でも飲むか? 薬は・・・ええと、二日酔いの薬にしておくか」

 

「翠、水だけでよい。二日酔いならワシは頭痛があるはずじゃしな。今のところそれも無い。・・・大方、何かに当たっただけだろうに」

 

「それはそれで大変な気も・・・ほらよ、水」

 

翠から水を受け取り、ぐいっと一気に飲み干す桔梗。

産婆さんを見送り、華佗たち遅いなー、と話しつつ産まれた子・・・菫を皆で可愛がる。

 

「うぅむ・・・誰かおるかの」

 

「あれ? 祭?」

 

「む? ギルたちではないか。何を大勢集まって・・・おおっ!? そのやや子はもしや・・・」

 

「へぅ。はい、先ほど無事、産まれたんですよ」

 

「それはめでたいのぅ。儂の気分の悪さも吹き飛ぶわ」

 

「祭も何か体調不良?」

 

なにやらいつも以上にしかめっ面の祭が、おおそうじゃ、と思い出したように手を叩く。

 

「今日もさぼ・・・休憩中に酒を飲んでいたんじゃがの。なにやら不味く感じてなぁ」

 

「え、なんか変なもの入ってるんじゃ・・・」

 

「ま、無いとは言えんからの。一応見てもらいに来たのじゃが・・・またの機会にしたほうがよさそうじゃの」

 

「まぁまぁ、取り敢えずは撫でてってやってくれよ。菫って名付けたんだが」

 

「菫、か。なるほどの。良い名じゃ」

 

そう言って、慈母と言って差し支えない表情で、祭は菫の頭を撫でた。

 

「戻ったぞ、ギル・・・っと、他にも色々増えてるな」

 

「ただいま戻りましたわ。・・・ってあら、祭、桔梗。どうしたの?」

 

「む、紫苑、お前こそ」

 

「私は月ちゃんのお手伝いよ。経験者として、ね」

 

「なるほどの。・・・? 華佗、どうした?」

 

祭の言葉に、全員が華佗のほうを向く。

華佗はなにやら難しい顔をして、うんうん唸っている。

そんな華佗を見て、紫苑は何かを悟ったらしい。にこりと笑って俺のそばへ。

 

「お、お? どうした、紫苑。そんな嬉しそうな顔をして」

 

「いえいえ。おめでたいことがありましたので、嬉しい顔をしているんですよ。・・・華佗さん、桔梗と祭もですよね?」

 

「ん、あ、ああ。・・・なんというか、凄いな、ギル」

 

「え? 何が? 何この疎外感。どういうこと?」

 

紫苑のいう『おめでたいこと』というのが、月のことではないような言い方だな・・・。

そう思っていると、紫苑が口を開く。

 

「私と、桔梗と、祭さん。三人とも、身篭ったようです」

 

「へー・・・三人かぁ」

 

「おめでたいねー」

 

「へぅ、おめでとうございます」

 

「おめでとー」

 

口々に皆から祝いの言葉が出てきて・・・って。

 

「はぁっ!? 身篭ったぁっ!?」

 

「嘘ッ! 三人同時っ!?」

 

「し、信じられない・・・!」

 

「おめでたいけど・・・だっ、大丈夫なの!?」

 

先ほどの冷静な反応はどうしたことか、医務室は阿鼻叫喚・・・とまではいかないが、それなりに混沌としてきた。

って言うか、三人同時っ!? マジで!?

 

「本当かよ、華佗っ!」

 

「嘘を言うわけ無いだろ。・・・ちなみに、三人とも同じ日に宿しているみたいだぞ」

 

しらーっとした視線に射抜かれる。・・・い、いや、ほら、大体三人いるときに襲われたり襲ったりするし・・・。

脳内で言い訳はしてみるものの、まぁ、アレだけしてれば出来るよなぁと思い直す。・・・最近は妊娠ラッシュなのだろうか。

これは、うちに専任で産婆さんを常駐させておくべきだろうか。相談役みたいな感じで。華佗にもちょっと滞在してもらおうかな。

 

「え、じゃあ三人とも同じ日が予定日?」

 

「個人差もあるだろうがな」

 

・・・こうして、どたばた騒ぎにはなったものの、『月、無事に出産』と『三人の妊娠発覚』の報はその日のうちに町に広がっていった。

 

・・・

 

「お、ギル。・・・その、おめでとう」

 

「ああ、ありがとう。・・・大丈夫だって。今回は暴れたりしないから」

 

「そうしてくれると嬉しいがな。うちのランサーが、お前を視界に入れるたびに強張るんだよ」

 

菫が生まれて数日後。いつものように甲賀の家に遊びに来て、二人から祝福される。

ちなみに、俺を見ると緊張を見せるというランサーは、お茶を淹れている最中で席を外している。

 

「いやー、出産当日に妊娠発覚・・・幸運が変な方向に働いてるのかね?」

 

「どうだろうな。神様に贈り物した辺りから妙にそういう関係の事が多くなってきた気もするし・・・」

 

「ああ、生命の神だったか。・・・絶対それが原因だろうな」

 

うんうんと頷く甲賀。

・・・今日あたり、ちょっと会いにいってみるか。

おーい、神様ー。今日の夜行くぞー。・・・どうだろう。届いたんだろうか。

 

「お待たせしました。お茶がはいりましたよ」

 

そう言って、ランサーが部屋に戻ってきた。

ここに来た当初は俺を見てリアリティショックを受けていたのだが、今は大分和らいだようだ。

 

「というか、次も大変だろうな、貴様も」

 

「ん? まぁ、三人同時って確かに大変だけど、まぁそれ以上に嬉しいことだしね」

 

「・・・ああ、いや、めでたいのは確かなんだが・・・」

 

「あ、甲賀、それもしかして町の人の話か?」

 

「ああ、北郷貴様も聞いていたか」

 

だな、と二人で目を合わせ頷く。

首をかしげていると、ため息をついて甲賀が詳しく説明してくれる。

 

「いや、お前ロリコン疑惑掛かってたろ」

 

「ああ、そういえばそんなことも」

 

「・・・次は熟女好き疑惑が・・・」

 

「・・・あ、ああっ!」

 

「お前身ごもらせる女が極端すぎるんだよ。何人か同年代の問題なさそうなのいるだろ。蜀の国主辺りとか」

 

「おい甲賀。そういうこと言うと、次は鈴々ちゃんあたり身ごもらせるぞ、ギルは」

 

「・・・こいつ無敵か」

 

何で俺こいつらからこんなディスられてんだろ。

 

「俺だって狙ってやってるわけじゃないんだって。ほら、たまたま。たまたまなんだって」

 

「たまたまで熟女組三人同時妊娠とかお前偶然舐めてんの?」

 

甲賀がジトリとした視線をこちらに向けてくる。

いや、そんな謗りを受けるようなことしてないから、俺。

 

「ほら、俺幸運半端じゃないから。パナイから」

 

「ギルが若者言葉・・・っつーかギャル言葉使うとか無いわ。違和感バリバリ」

 

「はぁ? ナウなヤングにバカウケだってーの」

 

「・・・それ、俺の時代ですら死語だったぞ」

 

え、うそ、マジで? あれー?

 

「これで意外と年増な女の卑弥呼とか響だとか、ミレニアムババァの迦具夜とか妊娠させたら、お前熟女キラーの名を恣に出来るぞ」

 

「ちなみに意外と低年齢な壱与ちゃんとか人和ちゃんあたりだと、ロリコンの称号が手に入るぞ。実績解除は近いな!」

 

「残念ながら俺はトロフィー派だ。あぁ、後は呉のトップ二人とかな。そういえば国王のほうには手を出したらしいが、あの黒髪には手を出したのか?」

 

「黒髪? ・・・ええと、冥琳?」

 

「ああ、そうそう。そんな名前」

 

「いや、冥琳はそういう気・・・ない、とは言い切れないけど、まだそういう関係にはなってないよ」

 

以前『私がお前の血を継いだ子を産むのも良いかもな』とか言ってたからドキドキしてるにはしてるけど。

後霞とかが最近べったりくっ付いてくる気がする。あの紫苑たち飲兵衛組と飲んでるときとか、星と霞はいつの間にか隣にいるからなぁ。

 

「ほう。・・・ちなみに、調べさせた資料によると・・・あぁ」

 

手元の資料を見ながら、諦めたようなため息をつく甲賀。

 

「っていうか、今は生まれた菫のことだよっ」

 

「ああ、予想はしてたが、親馬鹿になったか」

 

「そんなもんじゃないか? こいつの場合は、それが家庭に収まらない規模だったってだけで」

 

ちなみに、名前は月も納得済みである。

 

「名前は真名か、それ」

 

「ああ。というより、真名以外は考えていなかったというのが正しい」

 

「親としては正しくないけどな、それ」

 

「・・・いや、ほら、真名だけ呼ぶような生活してるとさ」

 

「まぁ、確かになぁ。しすたぁずなんか、真名でアイドル活動してるし。普通そこは芸名か何かつけるところじゃないのか」

 

一刀の言うとおり、天和たちはファンに真名を呼ばせていたりしているし、月や詠は『董卓』や『賈駆』と言う名を捨てて真名のみで生活している。

軽々しく他人には呼ばせない、と言うのは確かにあるだろうが、真名だけでも生活できないことは無いのだ。

 

「劉備って言うと俺の中じゃもうセイバーのイメージだしな」

 

「ああ、そういえばそうだった」

 

「それに、最近だと真名呼んでも即『打ち首だっ!』とはならないしな。・・・華琳とかその周辺以外は」

 

華琳とか春蘭、後桂花あたりは凄まじいぞぉ。うっかり知らない人間が口にしようものなら、獲物が手にある状態だと首が飛ぶからな。言葉どおりに。

・・・最近はそういう物騒なものは持ち歩かないようになったから、精々反省させられるだけにはなってるけど。そういう意味では、全員柔らかい態度にはなってるようだ。

 

「そういえば、この四人の中で唯一明確に名字があるのは北郷だけだな」

 

「・・・確かに」

 

甲賀は『名は捨てた』と言って、元々の名前は教えてくれないし、ランサーは『大日本帝国兵』の集合体だ。

俺も名前は『ギルガメッシュ』もしくは『ギル』になってるし・・・。

 

「名字は作るべきかなー」

 

「無理に俺達で作らなくても良いだろう。歴史の流れというものもある」

 

「だな。でもまぁ、もしつけるなら日本の名字が良いかなぁ」

 

なんと言っても、日本人だしさ、俺。

 

「まぁ、俺もいつかは日本に戻って拠点を作るつもりだし、そのときに『甲賀』を名字として広めてみようとも思っている」

 

「あ、それずりぃ! 俺も『北郷』って広めよっと!」

 

「え、じゃあ俺どうすりゃいいの。『ギル』って当て字でも漢字に出来ないんだけど」

 

「・・・『義流』?」

 

「そんな帰化したサッカー選手みたいな」

 

仕方ない。ここはこの体の元ネタにのっとって、『遠坂』とか広めようかな。

 

「ま、時間が空いたら菫に会いにきてくれよ。まだ後宮にいるからさ」

 

「ふむ、そうだな。余りここを離れられんが・・・ランサーの複製を何人か置いていけばいけるか」

 

「ギル殿のご息女ですか。何を持って見舞いに行くべきか・・・」

 

ふぅむ、と深く悩み始めるランサー。

 

「玩具でも作ってみるか。服は編んだりしてたんだろ? ダブるのはよろしくないしな」

 

「えー、じゃあ俺どうしよ。・・・現代だったらもうちょい選択肢あったんだけどな」

 

甲賀の言葉に、一刀が苦笑気味に呟く。

 

「別に物じゃなくてもいいさ。おめでとうと声を掛けてあげれば、月も喜ぶだろうし」

 

「ギルもそうだけど、月ちゃんも優しいからなぁ。確かにそれだけでも喜んではくれるだろうけど・・・」

 

やっぱり何かしらの形として祝ってやりたい、とか思ってくれているんだろうか。

それはそれで、もちろん嬉しいが・・・。まぁ、無理強いはしないよ、もちろんな。

 

「さて、それじゃあそろそろお暇するかな」

 

「む、もうこんな時間か。後宮には近々顔を出す予定だから、話は通しておいてくれ」

 

「おう。基本自動人形たちが門番から何から全部やってるし、甲賀の顔は分かると思うけど・・・一応伝えておくな」

 

「ああ、頼んだ」

 

甲賀とランサーに礼を言い、俺と一刀は町へ。

さて、仕事を終わらせにいくかなー。

 

・・・

 

「・・・ようやくたどり着いた・・・」

 

甲賀の家から出た後、更に一刀と分かれて一人で町を歩いていると、凄まじい数の住人に囲まれた。

まず通行人に話しかけられ、その話し声を聞いた人たちが家や店から出てきて取り囲まれて・・・といったように、数百人単位で囲まれた。

兵士達も集まってきたので助けに来てくれたのかと期待したのだが、住人達に混ざって俺を取り囲みやがった。

顔は覚えたので、後で何かしらの嫌がらせをしてやろうと思う。具体的には訓練内容に恋とか翠とかをぶっ込むだけだ。地獄を見せてやろう。

 

「おーっす。遅れてすまん」

 

「あ、ギルしゃんっ! あわ、噛んじゃった・・・」

 

「お、雛里。久しぶりな気がする」

 

「そですね。朱里ちゃんは二日くらい前にお会いしたと言ってましたけど・・・」

 

「ああ、うん。朱里とは五日位前に仕事一緒になってな。それから三日位ずっと一緒だったぞ」

 

確か住民管理の書類整理だったはずだけど、ほんとパソコンとか欲しくなるよな。

一人一人の戸籍とかの管理が書簡だから一人を確認するのに時間が掛かりすぎる。

ちょっと朱里に無理をさせて、また目の下にクマを作らせてしまったし。今度何か労わろうとは思っている。

 

「あ、あと、えと、おめでとうございます」

 

「ん? ああ、紫苑たちの?」

 

「はいっ。えと、私も早くギルさんの子供を身篭れるように、頑張りましゅっ!」

 

帽子を深く被りながら、耳まで赤く染めて雛里が大声で叫ぶようにそう言った。

勢いに押され、「お、おう」としか返せなかったが、俺は多分悪くない。

・・・まぁ、可能性的にはさっき話題に出た朱里のほうが高いんじゃないかなー。三日間仕事以外ではアレだったし。

なので、クマの原因の半分以上は俺にあるのだ。・・・いやほんと、反省はしてないけど、ごめんな、朱里。

 

「ま、まぁ、ほら、急いで作るもんじゃないだろ? 慌てなくても、雛里のこと蔑ろにしたりしないからさ」

 

椅子に座り、雛里を手招きして膝の上へ。

照れつつも、素直に膝の上に乗ってくれる雛里を撫でつつ、仕事まで少し時間もあるので、まったりとリラックスすることに。

最初はやっぱり身体を強張らせていたが、しばらくすると帽子を脱いでこちらに背中を預けてくれた。

 

「・・・ギルしゃ・・・えと、ギルさん」

 

「ん?」

 

「・・・いつも、ありがとうございます」

 

「どうした、急に改まって」

 

「えと、私も・・・朱里ちゃんもそうなんですけど、いっつも噛んだりとか、お話に慣れるまで時間が掛かったりとか・・・」

 

指先をツンツンと合わせながらも、一生懸命話してくれる雛里。

 

「そんな私たちに、いっつも呆れないで最後までお話聞いてくれたり・・・お優しいギルさんが、だ、だいしっ、大好き、でしゅ。・・・あわ、肝心なところで・・・」

 

「はは、雛里らしいよ。・・・俺こそ、いつも和ませてもらってるよ。ありがとな」

 

そう言って、雛里の薄い灰色の髪を梳く様に撫でる。

・・・ああ、そういえばなんか違和感あると思ったら、今日雛里髪下ろしてるな。

 

「・・・あ、あの、お、お仕事の時間ですねっ。わ、私、降りますっ」

 

撫でられる恥ずかしさが頂点に達したのか、雛里が慌てた様子で俺の膝の上から降り、帽子を取って被る。

 

「あぁ、残念。後で沢山撫でてやるからな」

 

「あわわっ・・・! え、えと、は、はいっ。是非っ」

 

目元を帽子で隠しながら、高速でコクコクと頷く雛里に笑いかけながら、仕事の準備。

さ、今日は雛里を存分に撫でるというご褒美があるし、仕事も頑張れそうだ。

 

・・・

 

「あれ? たいしょー一人ですか?」

 

「ん? ああ、隊長か。久しぶりだな」

 

「ですねー。・・・何やってるんですか?」

 

「一人神経衰弱。五十二枚が十セット」

 

ぺらり、と話しながらも一枚捲る。

部屋一杯に敷き詰められたトランプは、かなりの数になる。

 

「・・・それガチで神経すり減らして衰弱する奴じゃないですか。一人遊びの究極形に近いですよ・・・」

 

セルフで拷問でも受けてるんです? と失礼なことを真顔で言う隊長に苦笑いを返しつつ、また一枚。

 

「楽しいです?」

 

「楽しい表情に見えるか?」

 

「まぁ、ニコニコしてますから、楽しいんでしょうね」

 

「ああ、楽しいとも。規定の手数で全部取れれば、隊長に罰ゲーム受けさせることにしてるから」

 

「はえっ!? 私なんかしました!?」

 

何時も通りの焦った表情で突っ込みを入れてくる隊長。

うんうん、この反応が欲しかった。・・・罰ゲーム云々はとっさに思いついたものだったので受けさせる気はないが。

 

「しっぺ!? しっぺですか!?」

 

「いや、これを両目に張ってもらう」

 

「? 文字? ・・・ええと、こっちが『提』でこっちが『供』?」

 

「世の中には『提供目』というのがあってな」

 

「?」

 

俺の渡したシールを持ちながら、小首を傾げる隊長に、それもそうか、と一人頷く。

 

「・・・いや、通じないなら良いんだ。兎に角、それつけて一刀と甲賀の前でポーズ取ってもらうから」

 

「ん? んー・・・なんというか、いつもの罰ゲームより柔らかいですね・・・」

 

理不尽な理由で罰ゲームを受けることにはすでに疑問を持たなくなってるあたり、大分染まってきてるよなぁ、と苦笑い。

まぁ、見る人が見れば屈辱的な罰ゲームだと分かるのだが・・・まぁ、隊長には今更か。

 

「っと、これで全部だ」

 

「うわ、マジでやりきったんですか」

 

「というわけで、これはあげるよ」

 

「・・・え? ポーズは・・・」

 

「いや、別に強制しないから、好きなように使ってくれよ」

 

「そ、そですか。・・・えと、貰っておきます」

 

とても納得してなさそうな顔をして、隊長は俺から提供シールを受け取る。

あ、受け取るには受け取るんだ。

 

「そういえば、ずっと一人だったんですか?」

 

「んや、さっきまで雛里と一緒だったけど、今は風呂じゃないかな」

 

「あっ・・・」

 

どうも語尾に(察し)とついているようだ。そんな雰囲気を隊長から感じる。

 

「ま、終わったんならちょーどいいです。お出かけしません?」

 

「おう、いいよ。・・・っと」

 

トランプを宝物庫に戻し、よっこいしょと立ち上がる。

俺の手にまとわりついて、ぎゅむ、と抱きつく隊長。

 

「どうした、今日はやけに甘えてくるな」

 

「えへへー、だってだって、お久しぶりですしっ」

 

「お、おう。・・・テンションがいつもと違って高いなぁ」

 

「ふぇ? 何か言いました?」

 

「いいや、何も。・・・む」

 

「あ・・・」

 

「ギールーさーまーっ! ・・・ちっ、ぐやも居んのか」

 

「・・・あのぉ、私ナチュラルに『ぐや』呼びされてるんですけど、壱与さんって私のこと好きなんですか?」

 

「あ?」

 

こてん、とあざとく壱与に話しかけるも、その一言が癇に障ったのか、壱与が濁点でもつきそうなほどの見事な恫喝を見せる。

 

「ひぃっ、ごめんなさいごめんなさいっ」

 

「メンタル弱いな。謝るなら煽るなよ」

 

素早く俺の後ろに隠れた隊長が、カタカタ震え始める。

 

「・・・まぁ、壱与も隊長のこと意外と好きだと思うぞ。ほら、好きな子ほどいじめたくなるって言うだろ?」

 

「いえ、普通に嫌い・・・じゃなくて、憎んでますけど」

 

「くぅ、大将はキマシタワーを見たいんですか? ・・・凄く気が進まないんですけど、壱与さんと手を繋ぐぐらいなら何とか・・・」

 

「そしたら壱与はぐやの両腕を切り落としますね。わぁっ、これでおててが繋げませんわね! やったぁっ」

 

「なんですかこのクレイジーサイコマゾ! 危険思想過ぎません!?」

 

とても嬉しそうに手を叩いて喜ぶ壱与に、隊長が指差しながら突っ込みをいれ、必死に俺に訴えてくる。

 

「あ、大丈夫大丈夫。薔薇の花も百合の花も興味ないから、二人とも落ち着けって」

 

壱与の頭をわしゃわしゃと撫でて、取り合えず隊長とは反対の側につれて歩く。

二人が出会うとこうなるのでもう対応も慣れたものだ。

 

「あ、そういえば菫ちゃん・・・でしたっけ? 大将の娘さん、見に行きたいですっ」

 

「ですねっ。壱与も『祝』のお化粧してきましたからっ!」

 

「ああ、やっぱりいつもと違うと思ったら、化粧が違ったのか」

 

「はいっ。もうこのお化粧、卑弥呼様の『憩』のお化粧と同じくらい面倒なので、ホント特別なときにしかやんないんですよぉ」

 

「そこまで気持ちを込めてくれるのは嬉しいよ」

 

「でもっ、壱与は祝うだけで満足する女じゃないですからねっ。絶対ぜーったい! ギル様のお子をこの身に・・・!」

 

ぐっ、と拳を握って熱く語る壱与。

そういえばナチュラルに後宮に向かってるけど、月たちいるだろうか。

天気もいいし、こういうときは自動人形をつれて散歩でもしていそうだが・・・。まぁ、いけば分かるか。

 

「いっ、今からでも、壱与は全く構いませんからねっ!?」

 

「おう、大丈夫大丈夫。後でやるから」

 

「焦らされるのですねっ!?」

 

「んー・・・ま、そんなもんかなー」

 

「ああっ、そんな冷たくあしらわれたら、壱与、逆に熱くなっちゃいますっ!」

 

「いやー、壱与のそういう素直なところ、かなり好きだよ」

 

「ふ、ふえっ・・・?」

 

声を掛けると、壱与が顔を真っ赤にして沈黙する。

お、こういう乙女な反応は珍しいな。

 

「あ、あの、えと・・・い、壱与も、ギル様のこと、愛しております・・・よ?」

 

「あはは、ありがと」

 

そう言って笑いかけると、壱与は顔を赤くしたまま、俯いてしまった。

おっほう、この壱与、可愛いぞ。何だこいつ。ほんとに壱与か? と思うくらいである。

 

「うわぁ、乙女チックな壱与さんとか、さぶいぼ出るんですけど」

 

「・・・月の無い夜は気をつけなさい」

 

「うひぃっ! な、何で聞こえてるんですっ!?」

 

「意外と突発性難聴の子っていないから、気をつけたほうが良いぞ、隊長」

 

・・・

 

「お、いたいた。おーい、月ー」

 

「はい? あ、ギルさんっ。・・・菫、お父さんですよー」

 

「あー!」

 

月の腕の中で、元気に腕を揚げる菫。・・・おお、もうそんな元気になったか。

 

「おっほう・・・これが・・・これがギル様のお子・・・!」

 

壱与がにじりにじりと月たちに近づいていく。

 

「あ、取り合えずおめでとうございます」

 

「ど、どうも・・・?」

 

「さっ、触っても?」

 

「・・・強すぎなければ」

 

「ふぉぉ・・・き、緊張するぅ・・・」

 

ぷるぷると人差し指で菫の頬をつつく壱与。

言われたとおり、力は全く篭っていないようだ。・・・まぁ、壱与の力だとカブトムシにも負けるほどだからな。

ふに、ふに、と菫の頬が壱与につつかれてへこむ。

 

「あー・・・あー・・・?」

 

つつかれつつも、なにやら不思議な顔をして壱与の指を掴む菫。

 

「お、おおうっ? つ、掴まりましたっ。え、え、振りほどけないんですけどっ!?」

 

「赤ん坊より力ないのか、壱与・・・」

 

菫の指を解こうと壱与が奮闘しているが、一本も外せていないようだ。

 

「魔法を使えば非力さなんて気になりませんものっ。怪力な姫なんて人間じゃありませんわっ」

 

「何でいきなり私のことディスってんですかねぇ、この非力王女。略してひりキングダム王女は」

 

なんだその略されてない上に建国後一年で滅亡しそうな。

 

「あぁ?」

 

「おぅ?」

 

がっつんと額をぶつけ合いながら、お互いに睨み合う壱与と隊長。

お互いに青筋が浮かんでいるので、まぁガチギレなのだろう。

 

「こらこら、赤ん坊がいるところで喧嘩するんじゃない」

 

そう言って、二人を無理矢理離す。

 

「あうっ。そ、そうでした。『祝』の化粧は争いをしてはいけない化粧・・・むぅ。後でぶちのめしますわ、化け物女」

 

「はぁ? 菫ちゃんに免じて見逃してやるっつってる大将の優しさがわかんないの? 腕力だけじゃなくて知力も貧弱なの?」

 

「だからやめんかこの」

 

再び引き離して、菫が手を離さない壱与ではなく、隊長を持ち上げる。

これなら喧嘩もできんだろ、と思ったのだ。そして、菫はそれを不思議そうに見つめている。

 

「あー、う?」

 

「うぅ・・・壱与、ギル様と他の女の間に産まれた子供とか絶対好きになれないと思っておりましたが・・・可愛いものですねぇ」

 

おおよしよし、とでれでれとした顔で菫を撫でる壱与。

なんという様変わり。これがクレイジーサイコマゾと呼ばれたあの壱与なのである。

 

「おー? あいっ!」

 

「わ、笑った! 笑いましたよギル様っ。ふへへぇ・・・」

 

「うわ、キャラ違いすぎませんか、壱与さん・・・?」

 

「言うな。ま、きちんと人並みの感情を持っていたってことだろ」

 

「・・・人を好きになる心を持ってるんですから、どんなに変態でも人並みの感情は持ってるのは知ってますよ」

 

ぼそり、と隊長が微笑みながら言った。いつものドヤ笑いではなく、なんと言うか、落ち着いた笑みだ。

 

「おや。壱与のことは嫌いなんじゃないのか?」

 

「苦手ですけど、こんな私の数パーセントも生きてない子を嫌うほど、私も耄碌してませんから」

 

「何だ何だ、隊長も大人になったなぁ」

 

「いっときますけど、地球上の全てと月面上の全て合わせても私より年上って片手で足りますからね? 子ども扱いしないでくださいよ」

 

もう、と頬を膨らませる隊長が、ま、いいんですけど、と言葉をしめる。

 

「それにしても・・・やっぱし赤ちゃんは可愛いですねぇ。壱与さん壱与さん、私も撫でますっ」

 

「渡さない・・・渡さないわっ! この子は壱与の子よっ!」

 

「い、いえ、私の子・・・へ、へぅ・・・」

 

ばばっ、と菫を抱く月の前に飛び出し、隊長をブロックするように両手を広げる壱与。

・・・うん、月は間違ったこと言ってないからもうちょっと堂々としてていいと思うよ?

 

「く、くぅ・・・こ、こうなったら、ここを月面に・・・!」

 

「してどうする。・・・ああもう、月、これ以上騒ぐと悪いだろうから、外に出るな。・・・今度は、一人ずつ連れてくる」

 

「ふふ、はい、分かりました」

 

二人の首根っこを掴み、有無を言わさず外に出る。

 

「ほら、菫、ばいばーい、って」

 

「あいあー」

 

背中にかけられる二人の声に、少しだけ苦笑い。

ホント、申し訳ない。

 

・・・




「さて、甲賀の家からだと城まではどっちが近いかな」「あっちの路地抜けて大通りに出るのが一番じゃないか?」「じゃ、そうするか・・・って、ん?」「あっ、ギル様じゃありませんか! このたびはおめでとうございます!」「ああ、ありがと。悪いけど、仕事あって急ぐから・・・」「おーい! ギル様がいらっしゃったぞー!」「は、ちょ、待て主人。急いでいると・・・」「おおっ、本当だ、ギル様だっ!」「おめでとうございます!」「ああ、分かった、分かったから取り合えず城に・・・」「ギル様だぞー! ギル様がいらっしゃったぞー!」「このっ、ワザと呼んでるだろ、主人っ!」「ギル様っ」「ああ、お前達か。丁度いいところに。ちょっと城へ戻りたいんだけど・・・」「ギル様! この度は本当に、おめでとうございますっ」「兵士だろお前らっ。俺の要望少しは聞いてくれない!?」「あ、そうだギル様。私の姉なのですが、いい年をしていまだ独り身で・・・少々年は行っていますが、いかがでしょう!?」「姉!? 姉の話今必要か!? この状況良く考えてみ!?」「私の母はどうでしょう! 父を亡くし、女手一人で私を育ててくれた、黄忠様のような母なのですが!」「母!? 未亡人!? その話本当に今必要かな!? ちょ、縁談は良いから、取り合えず通して・・・」「私の叔母は如何でしょうか! 年齢の割りに幼く見えるということで、ギル様の欲求を両面から満たせるかと!」「取り合えず俺に縁談持ちかけてくる奴後で絶対ひっ捕らえるからな! 後逃げた一刀、お前もだ!」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七十七話 軍師を奇襲に

「なんかさ、策謀を張り巡らせる系のキャラって奇襲とか突発的なことに弱いイメージ」「・・・まぁ、その『奇襲』とか『思いも寄らないこと』まで考えて考えてっていうのが軍師って仕事だからさ」「そこまで考えて、それでも『奇襲』が成功するのなら、軍師が突発的なことに弱いのではなく、奇襲をかけた側が上手だったと言うことだ」「・・・うぐぅ、慢心はいけない・・・頭の中で、誰かの声が・・・。わ、私は陸軍なのですが・・・! な、何故でしょう」「あー・・・それはなんていうか、ホント・・・慢心、ダメぜったい、としか言えないな」


それでは、どうぞ。


「そういえばギル、いつごろ冥琳と子作りするの?」

 

「・・・は?」

 

ある日、厨房で偶然出会った雪蓮と共に食事をしていると、そんなことを切り出された。

まぁ呑みなさいよ、と勧められた酒をちびちびと飲みながら、雪蓮に話の続きを促す。

 

「いやさ、祭も無事子供が出来たわけでしょ? 私の妹のシャオもだしさ。で、冥琳だけ独り身っていうのも可哀想じゃない?」

 

「・・・まぁ、確かに」

 

雪蓮たち三姉妹と祭、思春達含め、呉の子たちはほぼ全員手を出してしまったと言っていいだろう。

・・・いや、悪いことじゃないんだけどさ。確かに冥琳は今までそういうこと無かったなぁ、と思う。

言い訳させてもらうと、これまでも良い雰囲気になったことはあったよ? あったけどさ、その場の雰囲気で手を出すってどうよ、と俺の理性が今までブロックしてきたのである。

――と言うことを雪蓮に伝えると、悪戯っ子のような笑みを浮かべ、なるほどねー、と呟く。

 

「じゃあ、今からでも行くわよ!」

 

「え、奇襲かけるの? 冥琳キレない?」

 

「多分怒るけど、ギルだったら『悔しい・・・でも、感じちゃうっ』くらい出来るでしょ?」

 

「いや、確かに冥琳は気が強いほうだと思うけど・・・そんな事にはならんだろ」

 

「えー。もう、じゃあどうすれば冥琳を襲うのよっ」

 

「というより、何でそんなに冥琳襲って欲しいんだよ」

 

「・・・えと、そのぉ・・・」

 

雪蓮は上目遣いにはにかむと、指先で酒器を弄りながらぼそりと話し出す。

 

「・・・冥琳と私って、親友・・・じゃない?」

 

「ん、だろうな」

 

断金の交わりとまで言われる二人の仲だ。生半可な友情じゃないだろう。

 

「だから、なのかな。えっと、私だけだと寂しいっていうか、冥琳と一緒に子を育てられれば、それほど嬉しいことは無いでしょ?」

 

「あー・・・」

 

「で、周りで冥琳が好きだって思ってる男なんて、ギルしかいないじゃない。冥琳も、前は呉の為とは言いつつ子供を作ることには肯定的だったじゃない?」

 

「まぁ、最近でも言ってたけどな。あ、後穏が本を読んだときに俺を処理係にするの辞めて欲しい。そのうちホントに手を出しそうだ」

 

「出せばいいじゃない。穏も、お腹に子を宿せば少しは落ち着くでしょ?」

 

「・・・鬼か、お前」

 

きょとん、とした顔で、『何かおかしい事言った?』とばかりにこちらを見つめる雪蓮に、俺はそんな言葉しか返せなかった。

穏のことは兎も角として、冥琳か。・・・まぁ、雪蓮の言うことにも一理あるだろうが・・・果たして冥琳が乗ってくるだろうか。

なんというか、一番欲が薄そうな感じするけど。大人の魅力溢れるクール系というか。

どうなんだろ、と雪蓮にそのあたりの話を聞いてみる。経験とかあるんだろうか、冥琳。

 

「どうなんだろ。冥琳の近くに男がいたのは見たことないわね。・・・あ、でも興奮した私の処理は手伝ってもらってるから、全く経験無いわけじゃないと思うけど」

 

「・・・」

 

「な、なによぅ。仕方ないじゃない。血を見ると滾っちゃうんだからさー」

 

俺の抗議するような視線を感じ取ったのか、雪蓮は気まずそうにそっぽを向く。

お前、それで俺に襲い掛かっただろうが。アレから冥琳が『・・・良かった』って言ってたの聞いたんだからな、俺。

凄くいい笑顔で肩に手をぽん、と置かれたぞ。『任せたぞ』みたいな表情込みで。

 

「あ、だから、冥琳にも同じことやりましょうよ。私は血を見てたぎるから・・・ギルには女王殺しかな?」

 

「おいやめろ。アレで意識飛ぶと、正直何をするか分からんからな」

 

「だから良いんじゃない。・・・ね? っていうか、何で断るのか分からないわ。冥琳ね、結構可愛い声でなくのよ?」

 

「うぐっ・・・」

 

なんという魅力的な誘惑! いつもはクールな冥琳の可愛らしいところとか、見たいに決まってる!

・・・だ、だが、俺にもプライドというものがあってだな。そんなほいほいと手を出すとか・・・。

 

「・・・袁紹には誘われてホイホイ手を出したのに?」

 

「何処から聞いたっ!」

 

「あのね、私ギルの優しいところとか好きだけど、過ぎると優柔不断になるのよ?」

 

「・・・ぐ、分かった、でも、冥琳が少しでも嫌がったらやめるからな!」

 

「お、思い切ったわね! ま、私もついてってあげるから!」

 

・・・

 

煽って説得して、何とかギルをその気にさせることに成功した。

・・・まぁ、冥琳と共に子育てを、って言うのは私の本心だ。今まで苦労かけたし、今も苦労かけてるけど、子を育てる喜びを一緒に感じられたら、と思った。

そう思ったきっかけは、子を抱く月を見てなんだけど、それは内緒にしておこう。なんか恥ずかしいし。

 

「景気づけにもう一杯いっとく?」

 

「・・・あんまり酔っ払って止まらなくなっても嫌だから、この辺にしておくよ」

 

「そ?」

 

いかにも残念、って顔はしてみるけど、心の中ではよく言った、とギルを賞賛する。

酔っ払ってその場の勢いで、なんて場合によっては冥琳も傷つくかもだし、そう言ってくれたのは嬉しい。

確か、冥琳って男は初めてだったはずだし。・・・だ、大丈夫だよね? ギル、痛くないように出来る・・・よね?

 

「じゃ、いこっか?」

 

「む、むぅ。・・・ああ、行くか」

 

少しだけしり込みしたみたいだけど、よし、と決意を新たに歩き始めるギル。

そんなギルの腕を取り、寄り添って歩いてみる。・・・なんか、とっても安心してしまう。

 

「雪蓮が甘えてくるのは珍しいな」

 

「そお? 私だって人並みに甘えたりもするわよ」

 

そう言いながら、頭の中ではどうやって冥琳をその気にするかを考えていく。

・・・むぅ、冥琳ってば頭の回転速いし知識も沢山あるから、正直私じゃどうやっても攻略は出来なさそう。

というより、私はどっちかって言うと策を弄して実践に挑むって言うより、勘にしたがってその場その場で動いていくから、こんなこと考えてても意味無いだろうなぁ。

 

「そういえば、冥琳は今何処にいるか分かるか?」

 

「ん? ・・・何時も通りなら、政務室だけど」

 

「そか」

 

短い返事だけして、ギルはまた前を向く。

・・・むむむ、まぁ、幸い冥琳は私より身体能力は低いだろうし、いざとなれば私が襲うか。興奮したときに散々冥琳の体は触ってるので、弱いところも分かっているつもりだ。

そこでギルも誘えば、まぁ冥琳も乗りやすいだろう。

 

「お、ついた」

 

「あら、ホント」

 

呉の政務室の前に到着。・・・ちらり、と覗いてみると、中には冥琳だけ。しかも休憩中らしい。お茶を飲んで一息ついているところのようだ。

 

「いけるわ、ギル。冥琳一人だし、今は仕事中でもないみたい」

 

「ん、了解。・・・いくか」

 

「ええ。・・・めいりーんっ」

 

冥琳の名前を呼びながら、扉を勢い良く開く。

その音にびっくりしたのか、冥琳は少しだけ椅子から腰を浮かした。

 

「っ!? し、雪蓮? どうしたんだ、唐突に・・・」

 

「ね、ね、ちょっと寝室行きましょ。ギルと子作りしましょ?」

 

「は? 何を言って・・・ああ、ギルもいるのか。また雪蓮が妙なことを言って困らせているらしいな」

 

私が冥琳の手を取って寝室へ行こうと引っ張ると、冥琳は抵抗しながらも私の後ろにいるギルを見つけたらしい。

ため息をつきながら、失礼なことを言ってため息をつく。・・・でも、今回ばかりはギルは私の味方なのだ。

 

「一緒にこいつを止めてくれないか。・・・全く、いつもいつも唐突に・・・」

 

「・・・いや、冥琳。嫌じゃなければ、そのまま寝室に来て欲しいんだ」

 

「・・・は?」

 

「ふっふっふー」

 

ギルの一言に目を丸くして驚く冥琳が、わざとらしく笑う私に戸惑いの視線を向けてくる。

 

「ギルは私が篭絡したわ! さ、諦めてこちらに来なさいっ」

 

「・・・いや、まぁ、ほんとに嫌なら言ってくれ。そのときは、雪蓮を何とかしてとめるから」

 

その言葉に、冥琳は私たちが本気だというのを悟ったらしい。『仕方ないな』って顔でため息をついて、分かったわかったと呟く。

 

「全く。そこまで言われては、断るのも悪いじゃないか」

 

「じゃあ・・・!」

 

「ああ。雪蓮、貴様の策に負けてやろう。流石に、ギルを味方に付けられては負けを認めざるを得んな」

 

小さく笑って、冥琳は寝室へと入っていく。

まぁ、政務室に備え付けのものなので、どちらかというと仮眠室なんだけど、って言うのは口には出さない。

ぽふ、と冥琳と二人、寝台に飛び込むように寝転がる。

 

「っ・・・雪蓮、いきなり寝台に押し倒すのはやめろ。眼鏡が割れたらどうする」

 

「もー。眼鏡なんて気にしなくていいでしょ? ほら、ギル? 冥琳のこと、可愛がってあげて?」

 

寝台に倒れたときにずれた眼鏡を直した冥琳がこちらを睨んでくるのを苦笑いで流して、ギルを誘うように手を伸ばす。

ギルも苦笑いしながら、私の頭をなでて、次いで冥琳の頬に手を伸ばす。

 

「ん・・・何だ、ギル。存外優しいな」

 

「そりゃ、どっちかって言うと冥琳は被害者だしな」

 

「ふふ。気負わなくても良い。確かに経験は無いが・・・ギル、お前になら委ねられるよ」

 

そう言って目を閉じる冥琳に、ギルが優しく口付けをする。

・・・わ、わー。なんか、人の見るのって、ちょっと恥ずかしい・・・かも?

 

「じゃ、じゃあっ、後はお若い二人にお任せして・・・私は、ここで・・・」

 

そう言って離脱を試みて見る。・・・なんだか急に恥ずかしくなってきたなんて言えないっ。

 

「まぁまて、雪蓮。私とギルを結んでくれたお前には、最後まで見届けて欲しいのだ」

 

がっし、と右手を冥琳に掴まれる。え、ちょっと・・・?

 

「そうだぞ、雪蓮。冥琳との間を取り持ってくれたんだから、雪蓮にもお返しさせてくれよ」

 

もう片方、左手もギルに掴まってしまった。・・・え、ちょっとまってっ。これは、まさか・・・!

視線を二人に移すと、ニヤニヤ、と二人の笑顔が視界に入る。・・・ハメられたっ!?

 

「初めては不安でな? 横で助言してくれると助かるのだが」

 

「俺も、冥琳を痛くさせない自信ないからさ。雪蓮がいると、心強いなーって」

 

「あ、あんた達・・・こういうときだけ息が合うんだからぁ・・・!」

 

即興で思いついただろうに、完璧に息を合わせて私を追い詰める二人に、ああもう、と諦める。

こうなったら、恥ずかしさも忘れるくらい乱れて、乱れさせるしかないかっ。

 

「後で泣かないでよ、冥琳っ」

 

「お前こそ。いつもギルを相手してるからと言って、油断しないことだ」

 

・・・こうして、私の大好きな親友と、私の大好きな恋人は、初めて一つになったのだった。

 

・・・

 

「はい、こんばんわ。呼ばれたんで出てきましたよー?」

 

「ああ、こんばんわ。・・・ちょっとまず休ませてくれるか」

 

白い空間。神様に出迎えられた俺は、取り合えず出された椅子に腰掛ける。

お疲れですね、とこちらを労ってくれた神様が、そのままテーブルとお茶を出してくれる。

 

「ありがとう。・・・あー、落ち着くー・・・」

 

「今日は、大変だったみたいですからねぇ」

 

手元のタブレットらしきものを見ながら、神様が苦笑する。

もしかして、そのタブレットって俺の監視用アプリとか入ってるのか。

 

「ええ。そうなんですよ。神様らしく、プライバシーとか無視してみました」

 

「・・・心を読むな。っていうか、さらっと凄いこと言ったな」

 

プライバシー無視されてるのか。・・・色々見られてるのか!?

 

「本当に不味いところは見てませんよ。誰かとお話してるところとか、一人で本を読んでるところだとか、誰かと愛し合ってるところだとか、その人が寝入った後頬をそっと撫でながら睦言言ってるところぐらいしか見てません」

 

「何で性生活重点で見てるんだよムッツリ神様」

 

「ムッツリ神!? 私は生命の神ですっ。ムッツリなんて司ってません!」

 

「そういうことじゃないよ、ムッツリン」

 

「ムッツリン!? あだ名も出来ちゃったんですか!?」

 

いやだって、特に俺の恥ずかしいところばっかり見てるじゃないか。これがムッツリじゃなくてなんだというんだ。

ほら、それにムッツリンって言うと無声映画の喜劇王みたいに聞こえてちょっとカッコイイだろ。

 

「ちなみに、多分その人こっちでもお仕事してますよ」

 

「え? ・・・座にいるって事?」

 

「んー・・・なんていうか、それに近いんですけど・・・神様が気に入っちゃった、みたいな?」

 

「・・・あるんだ、そういうこと」

 

「あるんです。伝統芸能とかエンターテインメントとか、娯楽関係はちょいちょい引き抜きがあるみたいです」

 

そ、そうなんだ、と引き気味に返しつつ、お茶を飲んでやり過ごす。

 

「なんていうか、神様ってそちらで言う社畜見たいな所あるんですよ。仕事ばっかで、娯楽は基本思いつかない、って感じで」

 

「へぇ」

 

「私が聞いたことある最高神だと、ほぼニートみたいな神もいるみたいですし。なんていうか、やること極端なんですよね」

 

「あー・・・。っていうか、そういう神様はどうなんだよ。娯楽とかあるわけ?」

 

「・・・あなたの観察・・・とか?」

 

「娯楽かそれ」

 

思わず突っ込んでしまう。全く、仕方ないなぁ神様は。

 

「じゃあこれをやろう」

 

「? なんです、これ」

 

「花札。その昔、願いがかなうという温泉を巡って英霊とマスターが戦ったというカードゲームだ」

 

「・・・聖杯より確実性高くないですかその温泉」

 

まぁ確かに。汚染される前の聖杯並みの純度だからな。

 

「まぁそれは冗談として。カードゲームなら一人でも出来るだろ?」

 

「それ寂しすぎません? ・・・あなたがやってたトランプの神経・・・すいじゃっく? もあのお姫様に究極の一人遊び扱いされてたじゃないですか」

 

「アレはもう、ホント暇なときにしかやんないよ。あの時は読書もなんも無くてなぁ」

 

「ま、取り合えず貰っときます。たまに遊びに来たときやりましょうね」

 

「おうよ。他にも色々カードゲーム持ってきてやるよ」

 

「はーい。・・・あ、言い忘れてました。娘さん、おめでとうございます」

 

「これは丁寧に。どうもありがとう」

 

姿勢を正してぺこり、と頭を下げる神様に、こちらも同じように頭を下げる。

 

「お約束どうり、私の加護を与えましたので、きっと健康な子に育ちますよ!」

 

「あー・・・」

 

「大丈夫ですから! 事故死なんてしませんからっ!」

 

「いや、信じてるよ? だいじょぶだいじょぶ」

 

「それ信じてない人の言葉ですからねっ!?」

 

ホントに信じてます!? と神様に問い詰められていると、ゆっくりと霊体化しているときのような感覚が俺を襲う。

あ、夢から覚め始めてる。・・・自分の意思じゃないってことは、誰かに起こされてるのかな?

 

「なんか起こされてるみたい。・・・それじゃ、また来るよ」

 

「逃げるんですかっ!? 逃げるんですねっ!? ま、また来たときには問い詰めてやるんだからぁーっ!」

 

神様の叫び声を受けつつ、俺は覚醒してくのだった。

 

・・・

 

「・・・あ、起きた」

 

「・・・休んでいるところすまんな、ギル」

 

「んん? ・・・ああ、いや、大丈夫・・・だ」

 

意識を覚醒させ、体の感覚をすべて取り戻す。

神様のところ行ってるときだけは、どうしても鈍くなっちゃうからなぁ。

そう思いながら両隣にいる二人をぐしぐしと撫でながら起き上がる。

 

「くぁ、すまんな、休憩時間過ぎてる・・・だ・・・ろ・・・?」

 

謝りながら、なにやら気配のするほうへ視線を移すと、俺は呆けた表情のまま固まった。

 

「・・・おはよう? ギル。お楽しみだったみたいじゃない?」

 

こちらを見下ろす、凶暴な肉食獣のような眼光。

胸の下で組まれた腕が、中々に豊満な胸を押し上げている。

 

「・・・お、おはよう、蓮華」

 

「良く眠れたみたいね? ・・・そりゃそうよね?」

 

ちらり、と俺の両隣に視線を移しながら、一人頷く蓮華。

・・・両隣にはほぼ全裸の雪蓮と冥琳。そして、体感的に遅刻を確信した時のあの超能力のような直感。

状況を把握しつつも混乱している俺に、雪蓮と冥琳が話しかけてくる。

 

「・・・説明しておくと、もう休憩時間思いっきり過ぎてるのね」

 

「・・・私も寝過ごしてしまってな。起きたときにはすでにいた」

 

それで急いで起こしてくれたって訳か。まぁ、やきもちって言うのもあるんだろうけど、真面目な蓮華のことだ。

政務の時間を圧迫してまで冥琳を拘束したことのほうに怒ってそうだ。

 

「いや、その、言い訳はしないっ。政務を手伝うから、機嫌をなおしてくれよ。な?」

 

「・・・どう見ても浮気が発覚した夫よね」

 

「・・・言うな」

 

両隣からのぼそりとした呟きを聞いて、まさにその通りだ、と内心で苦笑する。

 

「別に、機嫌なんて悪くなってない」

 

「・・・なってるわよね」

 

「なってるな」

 

「なってるよな」

 

再びの呟きに、俺も思わず頷いて参加してしまった。

あ、やべ、と思ったときにはもう遅い。

 

「ギルっ。全く私は怒ってないけど正座っ!」

 

「理不尽っ!?」

 

「姉様たちは政務を!」

 

「は、はーい・・・ごめん、ギル」

 

「無事を祈るぐらいはしておく」

 

手早く服を着なおし、気まずそうに笑って退室していく雪蓮たちを見送りつつ、寝台の縁に座りなおす。

 

「・・・正座って言ったけど?」

 

「まぁまぁ。ほら、蓮華、おいで?」

 

にこやかに笑って誤魔化そうとしてみる。

腕組みをしてそっぽは向いているものの、なんとは無しにチラチラ見てるあたり、どうやら気にはなるらしい。

 

「そ、そんなことじゃ、誤魔化されないんだからっ」

 

「取り合えずだよ、取り合えず。・・・ほらほら」

 

「う、うぅ・・・す、少しだけ・・・」

 

ふらふら、とこちらに近づいてきた蓮華を、正面から抱き締める。

 

「ごめんな、寂しい思いさせてたかな」

 

思えば、蓮華とは結構すれ違っていたような気がする。

あ、気持ちが、とかじゃなくて、物理的にな。時間合わなかったりしてさ。

 

「・・・うぅ。鈍いのか鋭いのか・・・」

 

「鋭いんだぜ、俺は。・・・まぁ、気付くのは遅れたけど」

 

「本当よね。・・・気付いてくれたって言うことを加味して、こうしてしばらく抱き締めてもらえれば、許してあげる」

 

「それ以上は?」

 

「・・・聞かないと分からないの?」

 

うるうるとした瞳で、こちらを見上げてくる蓮華。・・・隣に雪蓮たちがいるって忘れてるのかなー?

だがまぁ、据え膳食わないほど悟っているわけでもないので、蓮華を抱き締めたまま寝台に倒れこむ。

 

「わふっ。・・・もう、今回は私が上?」

 

「まぁ、反省してる立場だしな」

 

「・・・どうせ、そんな事忘れて主導権握るくせに」

 

倒れた俺の上で身体を起こした蓮華が、腰を少し浮かせて準備し始める。

・・・うん、この光景は・・・素晴らしいものである。

 

「姉様と冥琳にしたより多く、私にもしなさいよ・・・?」

 

ちなみに、隣にいた雪蓮たちにはバッチリ聞かれていたらしい。

事が終わって政務室に戻ったとき、冥琳に大きなため息をつかれた。

 

・・・

 

もう夏かのような日差し。春と夏の間・・・どっちかって言うと夏寄りの今の時期、暑さに慣れていない人は熱中症になったりする。

気をつけないとなぁ、と紫苑たちの部隊を見ながら思う。

妊娠を理由に後宮へ入った紫苑たち三人の部隊は、俺の機動部隊に一時的に編入することとなった。

まぁ、まだおなかが大きくなってきたというわけではないのだが、紫苑たちの・・・ええと、年齢的な理由から、安静にすべきと判断されたのだ。

後宮の敷地内で散歩やら軽い運動は出来るだろうけど、訓練に参加したりは我慢してもらうことにした。

仕事から離れたら飲兵衛になるんじゃ、と少し心配はしていたのだが、自動人形たちに聞く限りではどうも一滴も飲酒はしていないそうだ。

紫苑と桔梗は兎も角、祭は妊娠するとお酒が不味く感じる体質らしい。初めて聞いたぞ、そんな体質、とは思ったが、それを聞いた冥琳は『常時妊娠していて貰いたい』とやけにわくわくした顔で発言していた。

 

「あー・・・あっづい・・・」

 

「いやー、夏はホント、サーヴァントの体に感謝だよなぁ」

 

で、俺は何をしてるかと言うと、町の見回りという名の散歩である。

途中で出会った一刀を引きつれ、好きなところを練り歩いている。

 

「人混みだと更に暑いよな」

 

「だなー。・・・ん、こんなもんかな。そろそろ戻ろうぜ」

 

「おーう」

 

二人して城への道を歩く。

 

「そういや、あの三人からまだ次は出てきてないのか?」

 

「ん? ああ、妊娠した子がって事か?」

 

「そうそう」

 

「まだ聞かないなぁ」

 

次の子によって、『ロリコン』か『熟女好き』のどちらになるかが掛かっていると言っても過言ではないからな。

いや、それで白蓮に集中して手を出すとかはしないけど。皆平等に相手して、それで幸運にも子を宿してくれたのなら、それがどの子で俺がロリコンか熟女好きの称号を受けたとしてもそれは甘んじて受けよう。

だがまぁ、それと気になるかどうかって言うのは別なのだ。

ちなみに、一刀の中では『ロリコン』で決まっているらしい。何故だ。

色々反論したりしながら城門をくぐると、息を切らせた兵士が俺達に声を掛けてきた。

 

「どうした、そんなに急いで。緊急の事件か?」

 

「は、はっ! その、ご懐妊の報告が・・・」

 

そういえば確か今日は熱中症の対策のために華佗が来てたんだったか。

そのときの検診のときに発覚したのだろう。月やシャオ、紫苑たちの様子を見て、華佗は普段からでも妊娠した女性が分かるようになったらしいしな。何気に華佗の技術が強化されてきているな。

 

「へえ、おめでたいな! で、誰々? そろそろ朱里ちゃんとか? あ、それとも隊長ちゃんとか?」

 

「あ、いえ、その・・・」

 

「? 妙に歯切れ悪そうだな?」

 

「そういうわけでは・・・。ええと、どちらかと言うと北郷様への報告なのです」

 

「俺? ・・・え、俺!? って言うことは・・・!」

 

「はっ。曹操様のご懐妊が確認されたということです!」

 

兵士のその報告に、一刀は月のときの俺もかくや、というほどに喜んだ。

そっか、華琳が、かぁ。・・・良かったな、一刀。これでお前もお父さんだ。

ふふふ・・・これまで色々とからかわれて来たからな。次はお前の番だぞ!

 

「取り合えず、華琳の元に行ってやったらどうだ。俺も色々と話を通してから向かうからさ」

 

「そ、そうだなっ。悪い、案内してくれ!」

 

「はっ! こちらです!」

 

そう言って、兵士と共に駆け出して行った一刀を見送り、さて、と一息。

一刀は町でも人気だからなぁ。こりゃ、また町がお祭り騒ぎになるんじゃないかな。

 

「にしても、良かったなぁ、一刀。・・・華琳もか」

 

そういや、華琳はどうするんだろ。もし二人が希望するなら、後宮を使って貰って構わないんだけど・・・。

でも、あれなのかな。俺のために建てた後宮に華琳が入るとなるとまずいのかな。

 

「ま、華琳のことだ。その辺は上手い事考えてるだろ」

 

俺なんかより頭良い訳だしな。

 

・・・

 

妊娠した。その報せを聞いたとき、またわらわ以外の何がしかが孕みやがったのか、と怒りが湧いてきたものだったが・・・。

 

「あんたが妊娠とはねぇ。・・・ヤることヤってたのねぇ」

 

「・・・何よその目。別に、禁欲してるなんて言った覚えは無いわよ」

 

「べっつにぃ~? わらわはなんも言ってないわよー。・・・あ、一応おめでとうとは言っておくわ」

 

「はいはいどうも。・・・今執務中なの見えるでしょ? 用が終わったら帰りなさいな」

 

しっしっと手でわらわを追い出そうとする華琳。・・・はんっ、その程度でわらわが引くとでも?

 

「話し相手くらいにはなりなさいよ。手と口くらい同時に動かせるでしょ?」

 

「・・・はぁ。満足したら帰りなさいよ」

 

そう言って、諦めたようにちらりとこちらを見る華琳。どうやら、諦めてわらわの話し相手になることを選んだらしい。

ならば、と色々聞いておきたいこともあるわらわは質問を一つ一つぶつけることに。

 

「そういや、予定日は?」

 

「今一ヶ月目らしいわ」

 

「じゃあ・・・来年の四月くらい?」

 

「そうなるんじゃないかしら」

 

そんなもんか、と華琳のお腹を覗き込んでみる。

 

「・・・大きくはないものね」

 

「今どっち見て言ったのかしら? 胸? 腹?」

 

「どっちもよ」

 

「分かったわ、喧嘩を買ってあげる」

 

わらわの言葉にブチギレたのか、背後に置いてあった鎌、『絶』を手に取る華琳。

そのこめかみにははっきりと青筋が見える。

 

「落ち着きなさいよ、華琳。そんなんで頭に血が上ってたら、お腹の子に悪いわよ?」

 

「私の子よ? 少しの戦闘くらい、糧にしてくれるでしょう?」

 

「こわぁ・・・」

 

自信満々なのが腹立つわね。

 

「ふふ。心配しなくても、私と天の御使いの血を継いだ子よ。お腹の中でも強く育つでしょう」

 

そう言って、穏やかな笑みを浮かべつつお腹を擦る華琳。

・・・むぅ。わらわも、早くギルとの子を宿したいわねぇ。

 

「あ、そういえば聞いたわよ? ギルの後宮に入るんだって?」

 

「・・・これを機に産婦人科として一部開放しようかと思ってたらしくて、丁度良かったって言われたわ」

 

「広さだけはあるからねぇ、あの後宮」

 

「まぁ、私としてはギルと違って一刀の相手の数なんて高が知れてるわけだし、自室休養でも良いって言ったんだけどね」

 

華琳の口ぶりからして、旦那の北郷がギルに後宮を使用させてくれるように頼んだのだろう。

まぁ、部屋は余りまくってるわけだし、自動人形が一日中詰めてくれるという、理想に近い建物だしね。

 

「自動人形だけ借りて自室で休養、ってのもあるとは思うけど?」

 

「・・・ギルだったらすぐに首を縦に振るでしょうけど、こっちとしてはあんまり良い思いしないでしょう?」

 

「まぁねぇ。便利に使ってるようなものだものねぇ」

 

蜀国主であるほんわか巨乳の護衛に使うのですら、てれてれ巨乳が烈火のごとく怒るほどだし。

 

「まぁ、紫苑たちと一緒に入ることになるのだし、色々と話を聞いておきたいと思ってね。経験者の話は大切でしょう?」

 

「確かにね。それは自動人形だけじゃ分からないこともあるわ」

 

子持ち紫は月よりも先に妊娠を経験している経産婦である。

出産後の話なんかでも、有意義な話を聞けるであろう。

 

「・・・あんたの妊娠中に、絶対追いつくからね、わらわ」

 

「あら、じゃあ私が出産できなくなるわね。何年掛かるやら」

 

「煽ってくんじゃないの、あんた・・・いいわ、挑発に乗ってあげる。これからギル襲ってくるわ!」

 

わらわは部屋を出て、ギルを探しに駆け出した。

 

「・・・はぁ、やっと帰った。・・・ま、頑張りなさい」

 

お腹を押さえながら、優しい微笑を浮かべていた華琳が、そんなわらわを見送っていたのは、誰の目にも入らなかった。

 

・・・

 

「悪いな、ギル。なんていうか・・・無理に頼んだみたいで」

 

「気にするなよ、そんなの。自分で言うのもなんだが、後宮の住み心地凄いからな。気を抜くと、堕落の極みに陥るぞ」

 

「そ、そこまでか」

 

「そこまでだ。自動人形による二十四時間の世話体制、夏涼しく、冬暖かい冷暖房システム、宝具による敵性存在迎撃システム、暇を潰すための本、道具、何でも揃ってる」

 

正直、国城よりも住み心地はいいかもしれない。そこならば、一刀も華琳も安心して休養できることだろう。

・・・いっそ、産婦人科として開くことにしたしな。俺の後宮としての部分も残しつつ、産婦人科として一般にも開放する、みたいな。

子は宝というからな。手厚く妊婦さんを保護すれば、それだけ未来の国のためになるだろう。

 

「ま、取り敢えずは仕事を片付けて、菫に会いに行くかなー」

 

「はは、すっかり親バカだな」

 

「一刀も子供が生まれればこの気持ちが分かるさ」

 

そう言って笑いながら、中庭へ向かう。

俺の機動部隊の調練を見に来たのだ。一刀は俺の補佐。

後宮を使わせてもらうから、何か手伝うよ、と一刀から申し出てくれたので、ありがたく補佐としてつれまわしているところだ。

 

「あっ、大将! ・・・全員、休憩っ」

 

俺を見つけた隊長が、部隊全員に休憩を言い渡し、こちらに駆けてくる。

息を切らせた隊員達は、安堵の息を吐いてその場に座り込んだり、水を飲み始める。

隊長を迎え入れ、うろちょろと周りを回る彼女を撫で繰り回しながら、七乃達がいるであろう天幕へ向かう。

 

「どしたんですか、今日は。北郷さんも連れてきて」

 

「ん? ああ、華琳に子供が出来たって話は聞いてるだろ?」

 

「ええ。あ、おめでとうございます、北郷さん」

 

「はは、ありがと。・・・で、ギルの後宮の一室を貸してもらうってことになってさ。ギルは気にするなって言うんだけど・・・」

 

一刀のその言葉に、隊長は何かを察したように、ああ、と呟く。

 

「それじゃ気がすまないってんで、大将のお手伝いしてるわけですね?」

 

「そうそう。ま、困ったときはお互い様の精神ってことで」

 

「なるほどぉ・・・」

 

納得したように頷く隊長を連れて、指揮官用の天幕の一つを開く。

一応七乃に話を聞いておこうという考えからだったのだが・・・。

 

「ん? あ、大将、そこは・・・」

 

「え?」

 

「あ」

 

「へ?」

 

隊長の止める声よりも、俺が天幕を開くほうが早かった。

・・・後ろであーあ、と言いながら一刀をの目を塞ぐ隊長を尻目に、俺は天幕の中の人物と一瞬見つめあう。

 

「あ、と・・・ごめんっ」

 

「ひ、ひぃぃんっ」

 

「あ、ちょ、こらアニキ!」

 

斗詩と猪々子が着替えている天幕をあけてしまったらしい。下着姿の二人を見て、すぐに出たのだが・・・。

 

「大将・・・あなた先週自分で着替え用の天幕が変更になったって言ってたじゃないですか・・・」

 

「う、なんも言えないな・・・」

 

そういえばそうだった。着替え用天幕の一つが使用不能になり、その代わりに指揮官用の天幕を一つ、女性更衣室用に流用したんだった・・・。

まぁ、後で謝り倒すとしよう。許してもらえるとは思えないが、出来る限りの償いはする。

 

「ん? 今なんでもするって」

 

「言ってねえよ。心の中を読むんじゃない」

 

ナチュラルに俺の心情を読んだボケをかまして来る隊長に軽いチョップを入れて、隣の指揮官用天幕に足を踏み入れる。

 

「あら、ご主人様じゃないですか~。先ほど隣の天幕から斗詩さんのか細い悲鳴が聞こえましたが、ついに手を出されたんですか~?」

 

「そうなんですよー、もー、また巨乳が増えるぅ~」

 

「やめろ! 手を出したことにして話を進めるのはやめろ!」

 

ナチュラルに俺を陥れてくるぞ、こいつら・・・! なんて恐ろしい部下なんだ。

そんな俺の突っ込みに、七乃と隊長は顔を見合わせ、同時にため息。

 

「大将を陥れようとしてるんじゃないって、いつになったら分かるんですかねぇ」

 

「でもまぁ、外堀埋めてるって気付かれても面倒ですからね~」

 

「大将の場合は自分で自分の堀を埋めて行ってる気がしないでもないです」

 

「ああー・・・」

 

こそこそと話をした後、胡乱な瞳でこちらを見やる二人に、少したじろぐ。

 

「な、なんだお前ら。覗いたことはちゃんと本人達に謝るから、そんな目で見るんじゃない」

 

「・・・ギル、お前、鈍いってよく言われない?」

 

「なんだとっ!? 俺が鈍い!? そんなわけないだろう。これでも、女性の気持ちの機微には鋭いと評判だぞ」

 

「鋭いと評判だぞ。きりっ」

 

「よっしゃその喧嘩買った!」

 

俺の真似をしているのか、真顔で俺の言葉を反芻した一刀に、思わず拳を振り上げる。

 

「わっ、ちょ、ストップストップ! 謝るから! おちょくった事は謝るっ!」

 

「・・・全く。なんだというんだ」

 

はぁ、と俺もため息を一つ。そうでもないとやってられん。

そういえば猪々子たちが遅いな、と天幕の入り口に何気なく目をやると、斬山剣が飛んできた。

 

「なんだとっ!?」

 

慌てて目の前に宝物庫の入り口を開き、そのまま宝物庫へイン。

あっぶねー、もしブチ当たっても弾くとはいえ、こんな狭い天幕の中であの巨大な斬山剣ブン投げられたらたまらんぞ。

 

「ちっ、気付かれたか・・・」

 

「ぶ、文ちゃんっ、危ないよぉっ」

 

「危ないことしてるからな」

 

慌てたような声と、悔しそうな声。

天幕に入ってきたのは、予想通り猪々子と斗詩だった。

 

「すまんっ!」

 

「速いっ!?」

 

「た、大将が光速で土下座を・・・!?」

 

二人を認識した瞬間の俺の行動は早かった。

隊長が説明してくれたとおり、出来うる限り高速で土下座。光速は言いすぎだけど、俺の感覚的にはホント一瞬だ。

 

「言い訳とか何もないっ。覗いてすまんっ!」

 

「え、えと、私は少し恥ずかしかっただけですし・・・うぅ、この状況のほうが困っちゃいますっ。お顔を上げてくださいっ」

 

「あーっとぉ・・・そこまで真っ直ぐに謝られるとは思ってなかったなぁ・・・」

 

二人の困ったような声が頭上から聞こえる。

斗詩はわたわたと慌てながらも頭を上げてくれと言ったし、猪々子も少し気まずそうに沈黙した後、同じように頭を上げろと言ってくれた。

いや申し訳ない、ともう一度謝りつつ、頭を上げる。正座の状態で二人を見上げると、顔を逸らす猪々子と苦笑いを浮かべる斗詩の姿。

 

「全く。急だったからあたいもびっくりしちゃったぜ」

 

「ええと・・・わ、私も文ちゃんも、びっくりしただけで怒ってません。ですから、その・・・お互い水に流しましょう・・・?」

 

「ん、そう言ってくれると助かる。・・・ま、借り一つということで。何かあれば俺を頼ってくれ。出来ることならしよう」

 

「ん? 今なんでもするって」

 

「言ってないぞ猪々子」

 

隊長と全く同じことを言おうとする猪々子に、割り込むように発言する。

 

「・・・ギルさんが『出来ることなら』って、ギルさん結構『何でも出来る』し・・・」

 

ある意味間違ってないのかも、と呟く斗詩。

いや、俺にだって出来ないことはあるし。・・・ある、し。

まぁ、それでも『なんでもする』とは言えないな。

 

「っと、思わぬ騒ぎで時間が押しちゃったな。訓練再開しようか」

 

「はい~。じゃあ、隊長さん。訓練を再開させてくださいね~」

 

「はいはーいっ」

 

「猪々子さん、斗詩さんは引き続き、班単位で新兵の訓練を見てあげてくださいね? ・・・ご主人様はどうします~?」

 

「ん? 俺? そうだなぁ・・・七乃は手伝い必要な感じ?」

 

「いえ、私の方はほぼ終わってますので、後は皆さんの動きを見て評価を付けるだけですよ?」

 

「なら、一刀と一緒に基礎訓練でもしてるかな。新兵のどっかに紛れれば、丁度いいくらいだろ」

 

一刀は魏で警備隊長として色々やっていたと聞くし、ある程度の体力はあるだろう。

武器の扱いもある程度覚えがあるだろうし、混ざっても問題あるまい。

 

「お、俺も参加するのかっ!?」

 

「もちろん。最近新兵を見てやれてなかったからな。・・・俺の補佐、してくれるんだろ?」

 

「ぐ、足元見やがって・・・でもまぁ、ある程度鍛えておくのも必要だよな・・・。よし! ギル、未熟者だけどよろしく頼む!」

 

「おうっ。訓練が終わった後は立ち上がれないと思うけど頑張れ!」

 

「ああ! ・・・え?」

 

疑問符を頭の上に浮かべている一刀を連れ、俺は新兵の部隊の、一つの班に飛び込むのだった。

 

・・・

 

「ぜ、は、ぜ、は・・・」

 

「ふむ・・・予想より体力あったな。時間を見つけてきちんと走ったりはしてたわけか」

 

目の前で荒い呼吸を繰り返す一刀を見下ろしつつ、一つ頷く。

もうちょっと早くに動けなくなるかなー、と思っていたら意外と粘ったので、ちょっとはしゃいでしまった。

俺が貸し出している宝具、『心の清らかさによって切れ味が上がる刀』を握ったまま、一刀は呼吸を整えているようだ。

 

「お、アニキじゃん。何々、北郷見てたの?」

 

「ん? 猪々子か。そっちの訓練は終わったのか?」

 

頭の後ろで手を組み、にしし、と笑いながらこちらに近づいてきた猪々子に、軽く手を挙げつつそう答える。

 

「新兵とはいえ、もう結構訓練はしてるからなー。ある程度出来上がってきてるし、後は斗詩に任せてきた」

 

そういう細かいのは、斗詩のが得意だし、と全く悪びれずに猪々子は言い放つ。

・・・厳密に言えばその仕上げまでやるのは、斗詩だけの仕事ではなく二人の仕事なのだが。

 

「あ、そうだ! 暇なら手合わせしようぜ! もちろんアニキは全力禁止な!」

 

「む? まぁ、良いか。ちょっと一刀置いてきてからやろっか」

 

笑顔でナチュラルにハンデを言い渡してきた猪々子に、潔いよなぁ、この子、と感心する。

まぁ、恋のように『自分より強く、高い壁を乗り越える』ために戦うんじゃなくて、『楽しい戦いを、ずっとしていたい』タイプの戦闘好きだからな、猪々子は。

 

「よっと。・・・水は置いとくぞー」

 

「さ、さんきゅ・・・」

 

ある程度は呼吸も整ってきたのか、俺の置いた水筒を手に持ちながらそう答える一刀。

ま、これなら脱水症状もないだろう。そうならないよう、ギリギリでやったからな。

猪々子の元に戻りながら、ステータスをいくつか抑える。鎧は元々着けてなかったから服装はいつものライダースーツ。

武器として宝物庫から取り出したのは赤い槍、ゲイボルグの原典である。

 

「こんなもんかな」

 

余り抑えすぎると落差に慣れなくてやられてしまうので、程ほどで抑える。

 

「待たせたかな」

 

「いんや、こっちも丁度良く身体がほぐれて来たところだぜ」

 

斬山刀を振り回し、感覚を手に馴染ませた猪々子が、明るい笑顔を見せる。

 

「よっしゃ、じゃあ・・・行くぜっ!」

 

「っ、と!」

 

合図はどうしようか、と思考した隙を突いて、猪々子が突っ込んでくる。

・・・まぁ、戦場だと普通は合図なんて無しに始まるからな。訓練としては猪々子の対応が正しいんだろうけど。

 

「負けてやる気は・・・さらさらない、ぞ!」

 

上段から振り下ろされる斬山刀を、片手で振るった槍で払う。

鈍い感触と、地面が陥没する音。払ったことで軌道を逸らされた斬山刀が、俺の左半身を掠って訓練場の地面に突き刺さる。

 

「隙だらけだぞ、猪々子っ!」

 

「ああもうっ、あたいより馬鹿力かよっ!」

 

思いっきり隙を晒した猪々子に向けて、槍を突き出す。

だが、猪々子は地面に叩き付けた斬山刀の柄をそのまま右に振るう。

そうなれば、もちろん斬山刀は俺の目の前を塞ぐように動く。剣というよりは鉄板と言ったほうが正解に近いこの武器は、流石に宝具と言えど簡単には貫けない。

硬いものにぶつけた音と衝撃が、俺の腕を走る。じん、と痺れるような感覚。

 

「っりゃっ!」

 

さて次の一手はどうようか、と視界を塞がれた状態で、斬山刀の向こうにいるであろう猪々子の出方を判断するより早く、斬山刀の陰から疾駆する人影。

なるほど、巨大な武器は、何も手に持って振り回すのだけが使い方じゃない。盾にしたり、足場にしたり、隠れ場所にしたり。

そういう使い方もするので、基本的に巨大な武器を振るう将たちは近接格闘も得意だったりする。

目の前を斬山刀で塞ぎ、そこから俺が離れるよりも早く、死角から接近。素手での格闘戦を仕掛けるつもりなのだろう。

確かに懐に潜られては、槍よりも素手のほうが速いだろう。俺が槍を手放し、格闘に移るにしても、猪々子のほうが不意を突いた分有利だ。

・・・だが、俺にも意地がある。猪々子を見逃さないように視線で追いかけ、手元の槍を手繰り、両手で持って縦に構える。

素手ならば、狙うのは急所。つまり、正中線上にある顔や鳩尾、金的などだ。・・・低い姿勢で飛び出してきた猪々子が狙うのは、おそらく鳩尾・・・!

縦に構えた槍で、何処から来ても防げるように猪々子の腕の動きに注目する。時間がゆっくり、スローに感じるほどの集中。猪々子は地面に足跡が残るくらい踏み込み、利き腕の右手を掌底のように突き出してくる。

やはり、鳩尾かっ・・・!?

槍の隙間から鳩尾を狙うのだろう、と判断して、少しだけ身体を後ろに。猪々子の手の長さ、踏み込みからして、ギリギリ当たらないだろう、と言う距離だ。

だが、俺の身体を悪寒が走る。その避け方はダメだ、と培ってきた戦闘経験が俺にもう一歩の後退を求める。

――だが、一手遅かった。

 

「っ!」

 

「取ったっ!」

 

驚いて、声にならない声が漏れる。

素手だと思っていた猪々子の、服の裾。

拳を避けた俺の顔に、仕込み短剣が飛び出してくる。

 

「ぐ、うっ!」

 

このままでは、切っ先が俺の急所に当たるだろう。そうなれば致命傷扱い。一本となる。

不意を突かれて、油断して、負けるわけにはいかない、と体に無茶をさせる。

後退した勢いを使って、無理に身体をそのまま後ろに倒す。バク転をするように、ブリッジの姿勢を取る。

そうなれば、猪々子が丁度俺の上で腕を伸びきらせ、隙を見せることになる。一撃は難しいが、仕切りなおしは出来るだろう、と言う判断からだったのだが・・・。

 

「あ、めぇぞっ!」

 

とん、と俺の胸元に触れられる感触。仕込み短剣の右手ではなく、左手で俺の胸に手を付き、突き刺さったままの斬山刀を足場に、猪々子が俺を飛び越えて行く。

馬跳びを、背中ではなく胸でやるようなものだ。かなりの身体能力があって、身軽じゃないと俺ごと倒れこむような動き。

しかも、足場にされた俺は一瞬だけ動きが鈍る。――そこまで考えていたのなら恐ろしいが、猪々子の場合はその場の流れでそれを思いついた、と言うことがあるので更に恐ろしい。

ざり、と俺を飛び越えた猪々子が姿勢を整えながら着地、そのまま踏み込んで俺に接近しようとする。

ブリッジの体勢から、足を振り上げてバク転。その途中、足が丁度真上に来た状態で、腕の力だけで真上に跳びあがる。

 

「う、そだろっ・・・!」

 

次は猪々子が驚く番だ。低い姿勢で俺にタックルを仕掛けた猪々子は、腕だけの力で跳んだ俺の下を土ぼこりを上げて通り過ぎて行く。

猪々子は今のタックルが避けられることなど考えてもいなかったのだろう。タックルをした彼女は俺が避けたその先に、自分が付きたてた斬山刀があることに気付くが、もう遅い。

 

「しまっ」

 

ごいん、と少しだけ愉快な音がする。なんと言うか、硬いものどうしをぶつけたような・・・例えるなら、押さえながら叩いた銅鑼のような音だ。

空中でくるりと回って、足を下に向ける。そのまま着地して、斬山刀が刺さっている場所の土ぼこりが晴れるのを待つ。

視界をさえぎっていた土ぼこりが風で飛ばされると、そこには・・・。

 

「・・・きゅぅ」

 

斬山刀に頭をぶつけ、目を回して気絶している猪々子がいた。

 

・・・




「今春新装開院の産婦人科! 二十四時間三百六十五日、あなたを見守るスタッフが、母子共に健康を保ちます! 娯楽の数は国城より多く、運動場、水泳場、図書室なども完備! 更に、出産を経験した方のお話を聞けたり、出産後、退院後のアフターサービスも充実! 更に国営(俺直営)なので、入院費用、通院費用の負担は一割! お金のこと、健康のことで新たな家族についての悩みを持っている夫婦の皆さん! 一度ご来院を!」「・・・マジもんじゃねえか、この宣伝・・・」「うむ、妖術と魔術、後宝具の力によって、プロジェクターとかビデオカメラが代用できたのでな。ギルを広告塔に、CM作ってみた」「あれ、まだ続きあるの? ・・・『ご来院された方のお声』? ええと、『このこうきゅ・・・産婦人科でお世話になったお陰で、元気な赤ちゃんを産めました!』『出産予定はまだですが、様々な話を聞いたり、運動不足にならないような施設があって、とても助かります!』・・・って、これ完全に通販・・・」「いうな」「で、でもこれって・・・」「言うな」「・・・お、おう」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七十八話 あの子の覚悟に

「なんていうか、ギルより決断早くて覚悟も出来るって、流石は武将だよな」「あれ、俺すげーナチュラルにディスられた? なんで?」「自分から男性に言い寄って告白できるのだ。ギルのような優柔不断ヘタレハーレム絶倫王には真似できんな」「おーい? 俺なんかしたかー?」「ギル様は本当、常に爆発してて欲しいくらいですよね」「え、俺リア充扱いなの? 不満は無いけど、常に爆発して無いといけないくらい罪深いの?」「ギルティ」「ギルティ」「ギルティ」「理不尽だ! 魔女裁判かよ!」


それでは、どうぞ。


「お疲れ様で・・・って、文ちゃんっ!?」

 

「おー、お疲れ、斗詩」

 

「あ、お疲れ様です。・・・いやいや、そうじゃなくてっ」

 

「? あ、猪々子が起きちゃうからもうちょっと静かに、な?」

 

ギルさんに言われて、慌てて自分の口を押さえる。

確かに、寝ちゃってる文ちゃんの前で騒ぎすぎたかもしれない。

・・・でも、驚いてしまった自分は悪くないはずだ。訓練を終わらせて天幕に戻ると、何時も通り書類作業をしている七乃さんたちに混ざって、ギルさんのお膝を枕に文ちゃんが寝ているなんて誰が思うだろうか。

 

「・・・どうしたんですか? そういえば途中から文ちゃんを見かけなかったですけど・・・びょ、病気、とか・・・!?」

 

「ああ、いや、そういうんじゃない。さっきまで手合わせしててさ。なんというか・・・自分の武器に頭ぶつけて気絶したんだよ」

 

「う、うわぁ・・・」

 

どういう状況でそうなったのかは分からないけど、文ちゃんったら・・・。ドジじゃすまないよ、それは。

あ、でもギルさんのことだから、文ちゃんを上手く挑発して突進させて、それを避けたらごっつんこ、とかありそう。

 

「多分、斗詩が考えてるので間違ってないよ。俺が避けて、猪々子がぶつかったんだ」

 

「う。・・・顔に出てました?」

 

苦笑しながら私の心を呼んだかのように話しかけてくるギルさんに、顔をぺたぺた触りながら答える。

うぅ、結構分かりやすい顔するのかなぁ、私。あんまり鏡見ないから分からないよぅ。

 

「はは、いや、あってたか。斗詩ともなんだかんだで付き合い長いしな。それなりに考えてることも読めるんだよ」

 

「・・・その割りに女心には鈍いんですけどねー」

 

「ですよねー。ドヤ顔出来る実績無いですよねー」

 

「おいコラそこ。何言ってるかは聞き取れなかったけど俺の悪口だろ」

 

隣り合って書類を片付けている隊長さん・・・迦具夜さんと七乃さんが、お互いになにやら耳打ちしてます。

・・・私もあんまり聞こえなかったんですけど、鈍いとか何とか聞こえた気がします。・・・私も、そこには同意です。

 

「お気になさらずー」

 

「そうですよぉ~。ご主人様は女の子のほうから言い寄られないと決心できない、にぶちんさんですもの~」

 

「よし分かった七乃ちょっと外に出ろ。久しぶりに俺が手ずから稽古をつけてやろう」

 

「遠慮しておきます~」

 

がたんと立ち上がろうとして、文ちゃんがいることを思い出したのか、ギルさんは立ち上がることを諦め、手で天幕の外を指し示します。ですが、七乃さんは立ち上がれないのを分かっているのか、のほほんとそれを受け流しました。

・・・なるほど、これが軍師の方の実力・・・! 相手の状況まで見極めて、自分に被害が及ばないと判断したのですね・・・!

 

「・・・今回は猪々子に免じてやろう」

 

「ありがとうございます~」

 

ちなみに、このやり取りの間、全員手は止まっていませんでした。・・・平行していくつも考え事が出来るのも、軍師の必須技能なのでしょう。

 

「あ、そういえば斗詩。報告書持って来てくれたんだよな?」

 

「はい。これです」

 

「ありがと。・・・あー、猪々子が起きるまで暇だろう。座って休んでなさい」

 

「え? い、いえ、私も何か、お手伝いしますよ?」

 

七乃さん程ではないとはいえ、私も文官としてある程度の経験はあります。

文ちゃんほど役に立たないということは無いと思います。

・・・ですが、ギルさんはゆっくりと頭を横に振ると、私の頭を撫で、優しい声で言い聞かせるように、休んでてくれ、命令だ、と言うのです。

うぅ、何度されても、撫でられるのには慣れないです。しかも、ギルさんに優しい声で言われると、何も逆らう気が起きないのです。

これも、ギルさんの持つといわれている、『かりすま』の力なのでしょうか・・・? それとも、惚れた弱み、とか・・・。

 

「は、はわわわっ!?」

 

「お、おう? どうした、斗詩。なんと言うか、朱里みたいになってるぞ」

 

「いえっ! 何でもないんですっ」

 

「そ、そうか? ・・・まぁ、そこまで取り乱すような悩み事があるんなら、なおさら座って休んでいってくれ。後で猪々子が起きたら、道案内お願いしたいしな」

 

「は、はいっ」

 

火照って真っ赤になっている頬を隠すように手で覆い、ギルさんのお隣に腰掛ける。丁度、文ちゃんが寝ている反対側だ。

そもそも人が寝ることを想定して作られていないこの椅子は狭く、ギルさんの隣に座るとかなり密着してしまう。ど、どうしよう。汗臭くないかな・・・?

うぅ、そういう匂いは自分じゃ分からないからなぁ。・・・きょ、今日はあんまり動かなかったし、汗はかいたけどもう拭いてるし・・・。

 

「そういえば七乃、この前の評価表どこやった?」

 

「はい? あー、隊長さんに預けたと思いますよ」

 

「うあ、そうですね。私持ってます。はい」

 

「さんきゅー」

 

テキパキと書類整理をする皆さんを横目に、文ちゃんの様子を見てみる。

すやすやと眠っているその頭には、何か袋のようなものが。触ってみるとひんやりしたので、氷か何かで冷やしているのだろう。

・・・この季節に氷? とか思うのは、この部隊に慣れていない人間だ。ギルさんの部隊にいれば、夏に氷は見れるし冬に薄着で過ごせる部屋や、それこそ冷めないお風呂なんてものも見慣れてしまう。

そういえば、何でギルさんがお膝を貸しているのだろう、とふと思った。こういうと何だけど、文ちゃん若干男嫌いだし、確かにギルさんには心を許しているのかもだけど、お、お着替えを・・・その、見られた後だ。

何でそんな状態で、と疑問に思ったが、文ちゃんの手を見て納得した。

絶対離さない、と行動で語るかのように、ぎゅうとギルさんの服を掴む文ちゃんの手。・・・なるほど、文ちゃんが離してくれないから、そのままにしてあるんですね。

上官・・・と言うか、天上人に近い存在のギルさんにそんなことをするなんて、一部の人にしか認められない特権です。・・・ギルさん本人が、拒否しないって言うのもあるんでしょうけど。

侍女隊の人とかが今の状態を見たら、どんな騒ぎになるか・・・。うぅ、麗羽さま、無事にお仕事できてますか? なんだか急に心配になってきました。

 

「んみゅ・・・」

 

「幸せそう・・・」

 

「ん? ・・・ああ、確かに幸せそうな寝顔だ」

 

ぐしぐし、とギルさんのお腹に顔をすりつけ、満足そうに笑みを浮かべて寝続ける文ちゃん。・・・まるで子供みたい、とギルさんと二人、くすくす笑う。

 

「いや、なんていうか・・・娘が大きくなったらこんな感じなんだろうか」

 

「そうかもしれませんね。・・・ふふ、可愛い」

 

そっと文ちゃんの髪を直し、寝汗を少し拭う。いつもの髪留めも外しているので、前髪がおでこにぺたりとくっ付いてしまっていたのだ。

 

「お母さん、って感じだな、斗詩は」

 

「はい。文ちゃんも、麗羽さまも、手が掛かる子供み、たい・・・はわわわわわっ!?」

 

「おお? ど、どうしたっ。さっきより慌ててないか!?」

 

ぱたぱたと手を振り、違うんです、違うんです、と何が違うのか自分でも分かってないのに否定する。

ギルさんはそんな私の様子を見て、疑問符を頭に浮かべながらも、取り敢えずは気にしないことにしてくれたようです。

 

「・・・目の前でいちゃつかれると、暑いんですけどー」

 

「冷たいものが欲しくなりますねー。あ、冷たい視線だったら送れますよー?」

 

「い、いちゃっ、いちゃついてなんて・・・!?」

 

「そうだぞ、いちゃついてるんじゃなくて、斗詩がやけに朱里っぽく・・・ん?」

 

そこまで言って、ギルさんは何を思ったのかこちらをじっと見つめてきました。

 

「ふぇ? な、なんでしょう・・・?」

 

「・・・いや」

 

真面目な顔でこちらを見て、顎をくい、と持ち上げるギルさん。

こ、これはもしやっ、世の一部の男性が女性にすると言われている、ちゅ、ちゅーの前フリ・・・!?

目とか瞑ったほうが良いんでしょうかっ! と言うか、私の気持ちに気付いて・・・!?

 

「・・・っ!」

 

ぎゅ、と目を瞑って、少しだけ口を突き出してみる。こ、これなら、気付いてくれる、かな・・・?

 

「お、おー・・・。ちょっと七乃さん、大将が鋭さを見せてますよ」

 

「ですねー。なんと言うか、俺様系を身に着けてきてますねー」

 

対面でこちらを見てひそひそお話している二人の声が、心臓の音で聞こえません。

はう、こ、ここで私、初めてを・・・!?

薄目で確認すると、ギルさんのお顔が少しずつこちらに近づいて・・・!

 

「・・・ん」

 

「ひゃうっ・・・?」

 

「あ、やっぱり熱っぽい」

 

私とギルさんのおでこが、ぴたりとくっ付きました。

・・・え?

 

「いやー、さっきから朱里っぽい朱里っぽいと思ってたんだけどさ。やっぱり熱があるみたいだな」

 

「ええっ?」

 

「朱里も、そうやって顔を赤くしてなんでもないです、って言うときは大抵熱があるときだからさ。ふふん、分かるんだよなー、俺くらいになるとさ」

 

自慢げに私の頭を撫でるギルさんを他所に、私の頭の中は疑問符で一杯でした。

あ、あれ? 私に気持ちに気付いてくれて、口付け・・・じゃなくて、私風邪ひいて熱っぽいと思われてた!? 嘘ですよね!?

 

「あー・・・七乃さん、やっぱり大将は大将でしたねー」

 

「ご主人様に鋭さを期待したのが間違いでしたね。ドヤ顔が更に残念さを醸し出してます~・・・」

 

多分朱里さんも熱っぽくて顔を赤くしてたんじゃなくて、ギルさんの前だから、好きな人の前だから緊張して真っ赤になってたんだと思います。

・・・に、鈍い・・・! 鈍すぎるっ。何でこういうときだけ鈍いの・・・!?

 

「ま、猪々子と一緒に部屋まで送るから、もうちょっとだけ我慢しててくれよ。あ、辛いなら俺の膝使っていいからな」

 

「うぅ~・・・うぅー! うーっ!」

 

「ど、どうした、斗詩。そんな辛かったか?」

 

ぼふ、とギルさんのお膝に頭を置き、先ほどの文ちゃんのように顔を埋めて唸る。

ギルさんのにぶちん、にぶちんにぶちんっ。緊張したのにぃっ。

 

「あーっと、大将? 辛いは辛いと思うんですけど、今は多分、大将の優しさが辛いと思うんで、ほっといてあげてください」

 

「そうか? ・・・まぁ、同じ女の子の隊長がそういうんだ。男に俺には分からん辛さがあるんだろうな」

 

「そうしてあげてくださいね~。・・・外堀を幾ら埋めても、そもそもご主人様は城と一緒に空を飛んでいるような人ですからねー」

 

「正攻法じゃ攻略できませんか、やっぱり・・・」

 

「・・・後で、一応声は掛けておきますねー」

 

「お願いします。なんと言うか、これ以上不憫な状態は見てられないです・・・」

 

私と文ちゃん。二人でギルさんのお膝を占拠していると言うなんとも謎な状態で、その日の訓練は終わっていくのでした。

 

・・・

 

「・・・あーっと、機嫌は直ったか、猪々子」

 

「べっつにぃー? 機嫌悪くなってねーし」

 

「悪かったって。まさかコブが出来るほどだとは」

 

訓練からの帰り道。

先ほどの約束どおり、ギルさんは私と文ちゃんを送り届けるため、城の通路を三人並んで歩いていました。

ギルさんを真ん中にして、両隣が私たち。いつもその場所は麗羽さまだったので、なんだか新鮮です。

文ちゃんが怒っているのは、頭頂部近くに出来た小さなコブ。触るとまだ痛いらしく、冷やしたとはいえまだ治るには時間が掛かると思います。

ぷく、と頬を膨らませて、怒っています、と表情で表している文ちゃんに、先ほどからギルさんは右往左往しています。・・・ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ざまーみろ、って思います。

私の純情を弄んだ罰なんです、きっと。・・・そうじゃないと、溜飲が下がりませんっ。

 

「今度何か奢るからさ」

 

「・・・大通りの限定十個の肉まん。全部買い占めれる?」

 

「もちろん。その日だけ限定させないで作り続けさせることも可能だ」

 

そこまではしないけど、と呟くギルさんに、少しだけ笑う。今は赤ちゃんだけど、菫ちゃんが大きくなったら何でも買ってあげそうだなぁ、と思う。

それだけ子煩悩っぽさが溢れているのだ。

 

「あー、斗詩にも迷惑かけたし、斗詩もなんかあるか? ・・・その、覗きのお詫びも含めて、な」

 

「私ですか? ・・・んー、お部屋に着いたら言いますねっ」

 

「・・・お手柔らかにな?」

 

「どうでしょう?」

 

こてん、とあざとい位に首を傾げてみる。私の覚悟が、ギルさんの鈍さの壁を突破できるか・・・その勝負です。

心の中で何度も自分を奮い起こしていると、私たちの部屋が見えてきました。ギルさんの部隊に配属されてから与えられた部屋で、まだ住んで時間も経っていないので、綺麗なままの部屋。

その扉の前で立ち止まったギルさんが、私に視線を向けてくる。

 

「それで・・・斗詩はどうするんだ?」

 

「この際だし、あたいよりえげつないの頼んじゃえよ」

 

にししっ、と笑う文ちゃんに、えげつないかもなぁ、と自分が口に出す言葉を反芻しながら思う。

よし、覚悟は決まった。文ちゃんも巻き込むかもだけど、嫌がりはしないだろうし。

 

「あの、ギルさんっ!」

 

「おう」

 

「抱いてくださいっ!」

 

「おう! ・・・おう?」

 

さっきから、同じような返事しかしないギルさんが、戸惑ったように文ちゃんに視線を送る。

その視線を受け取った文ちゃんが、ぶんぶんと首を振って否定する。「あたいが言えって言ったんじゃない」と目で訴えているのだろう。

 

「・・・えーっと、それはその、抱きしめるとかって意味じゃなくて・・・」

 

「好きですっ! 性的な意味で抱いてくださいっ!」

 

「ごめん訂正しろって意味じゃないんだこんなところで叫ばないでくれっ!」

 

早口にまくし立てたギルさんと文ちゃんが、それぞれ私の口を押さえました。

もごもご、とその後に続けようとした言葉が意味を持たないくぐもった音として発されます。

 

「と、斗詩、もしかして酔ってるのか?」

 

「ううん、私、本気だよ。本気で、その・・・好きなの」

 

「あー、うー。・・・なんか、フクザツ」

 

ぼそり、と文ちゃんが呟く。・・・私のことが好きって公言してた文ちゃんだけに、心情は確かに複雑なのだろう。

・・・でも、『複雑』だと思うのは、心のどこかでギルさんが好きな気持ちもあるって事だ。じゃなきゃ、『複雑』な心境にはならないだろう。

いつもの文ちゃんみたいに、男の人を排除してはい終わり、といかないのが、その証拠だ。

 

「・・・ね。二人一緒なら、怖くないよ?」

 

「こ、怖いとかじゃなくて・・・斗詩は、良いのかよ」

 

「何が?」

 

「その・・・あたいと一緒で」

 

「一緒だと、嬉しいな。・・・だめ?」

 

にこ、と出来る限り優しく笑って、聞いてみる。ぽりぽりと赤くなった頬を掻く文ちゃんが、俯いて、ダメじゃない、と呟くように言った。

 

「・・・と言うことで、ギルさん。私たち二人を、お願いしますっ」

 

「・・・えと、よろしく」

 

「あーっと・・・俺まだ答えてもいないんだけどなー。・・・ま、まぁ、据え膳食わぬはなんとやら、か」

 

私たち二人を見ながら何か呟いていたギルさんも、決心が固まったようです。

それぞれの手で私たちの頭を撫で、部屋の中へ促します。

緊張した面持ちの文ちゃんを先導して、お部屋の中へ。後ろからは文ちゃんとギルさんの足音。・・・うぅ、今更ながらちょっと緊張。

でも、全部終わった後、存分に恥ずかしがろう。今は、ギルさんに気持ちを伝えて、だ、抱いて貰って・・・。はう。

 

「あ、と、斗詩?」

 

「? どうしたの、文ちゃん」

 

寝室に入ったとき、なんだかいつもよりしおらしい文ちゃんが、私に耳打ち。

いつもと調子が違うから、なんだか可愛らしく見える。

 

「お、お風呂入ってないよ、あたいら」

 

「あー・・・」

 

確かに、と自分の身体を見下ろして思う。

自分の鼻では文ちゃんも含め、臭ってないとは思うけど・・・。

 

「二人とも、汗臭くなんてないよ。大丈夫」

 

「え? ひゃっ」

 

「わわっ・・・!」

 

いつの間にか後ろにいたギルさんが、私たち二人の背中を押し、優しく寝台に押し倒しました。

き、聞かれてた・・・?

慌てて仰向けになって、ギルさんと顔を合わせる。

私たち二人の間に覆いかぶさるように、ギルさんの体が寝台に乗る。

流石に三人乗ることは想定されていない寝台が、ぎし、と少し不安な音を立てる。

 

「あ、あたいさっ、やっぱり・・・ひゃんっ!?」

 

「わ・・・」

 

お風呂に入ってない、と言うのが気になったのか、文ちゃんが弱気な発言をしようとして、ギルさんに首筋を舐められる。

な、なんだろ・・・凄くやらしい・・・。

 

「大丈夫だって。においなんて全然しないから。むしろ良い匂いだよ。女の子らしい匂いだ」

 

「は、恥ずかしいこと言うなよっ」

 

「はは、猪々子は可愛いなぁ、斗詩」

 

「はいっ。文ちゃんはがさつですけど、女の子らしい部分もちゃんとあるんですよ」

 

私がそう答えながら服を脱ぎ始めると、ギルさんは文ちゃんの服を脱がせ始める。

・・・そういうのも、良かったかも。という考えが頭をよぎり、次はそうしてもらおう、とすぐに解決する。

二人並んで肌を空気に晒し、二人並んでギルさんを見上げる。

 

「・・・優しく、してくださいね?」

 

「・・・痛くしたら、殺す。あたいじゃなくて、斗詩を痛がらせたら、だからなっ」

 

「もちろんだ。猪々子も、優しくするから」

 

強がる文ちゃんと一緒に、ギルさんの口付けを受ける。

・・・今の季節は夏。日が暮れた後が、一番長い季節だ。沢山、愛してもらえるだろう。

 

・・・

 

「・・・あー、その顔だと、やりましたね」

 

「やったんですねー。・・・あーあ、折角斗詩さんに助言をしようとしていたのですが、無駄になりましたね~」

 

「何だお前ら、訓練も始まらないうちから」

 

猪々子と斗詩と夜を過ごした後。いつものように訓練に顔を出し、斗詩と猪々子の欠席を伝えると、二人にはため息混じりに返事をされた。

その無駄な洞察力は何処で磨いているのだろうか、と疑問に思うが・・・まぁ、取り合えず仕事をするとしよう。

 

「今日は二人の分の仕事を終わらせて、そのまま広告隊のほうに顔出すよ」

 

「ああ、そういえば会議の日でしたね。昨日帰ってきていたんでしたっけ」

 

広告隊というのは、しすたぁずのことだ。彼女達も俺の部隊に編入しているため、正式な名称は『機動部隊情報広告分隊』なのだが、まぁめんどうなので『広告隊』と呼んでいる。

彼女達の主な任務は、城下町でのアイドル活動もそうなのだが、他の邑などに赴いてライブをしてきたり、そのついでで情報を収集してきたりと言うのが主な任務だ。

人和隊長が指揮官で、その下に天和、地和の二人が班長、その下に自動人形(暗殺モード)が二人ずつ付いている。暗殺モードではあるが、情報収集という任務のため、ほぼ護衛のようなものだ。

ただ、アイドルの護衛とはいえそこまで物騒な武器を持たせられないため、壱与に解析、複製してもらった仕込み刃を装備し、護衛に回ってもらっている。

 

「そうそう。昨日帰ってきて、今回は休み長かったはず。夏の長期休暇で。一ヶ月だったっけか」

 

もちろん、その間ずっとフリーなわけではない。任務がないだけで、訓練・・・まぁ、トレーニングはある。

新しい振り付けや衣装を考え、それを覚えたり合わせたりしないといけないのだが・・・任務についているときよりは自由があると言っていいだろう。

なんせ城下町が目の前だし、事務所も近いから便利だしな。お気に入りの店もあるし。

 

「ほえー。私だったら出張とか我慢できないかもー。アイドルってすっげーっすねー」

 

「ですねぇ。私たちもすっかり任務で外を回ることもなくなりましたねぇ」

 

「偉くなりましたから」

 

七乃と隊長が話しているとおり、我が部隊では隊長や七乃が直接指揮を取って出撃、なんてことは滅多にない。

その下の連隊やらにも指揮官が育ってきているし、猪々子や斗詩たちも増えてきた。副長の白蓮だって大体のことはそつなくこなすので、重宝している。

・・・『普通』だと自嘲するように特徴がないことに悩んでいる白蓮だが、まさか武器の扱いだけじゃなく教育まで『普通』にこなしてくれるとは思わなかった。

ああ、誤解されないように言っておくが、この『普通』と言うのは悪い意味じゃない。どんな兵士でも、一人も脱落させることなく、『普通』に立派な兵士として育て上げると言うその才覚。

どんな軍隊にもばらつきがあるものだが、白蓮の育てた部隊は完成度が素晴らしい。きちんと最後まで『普通』に教育が終わっているので、良くありそうな軍規の乱れが見られない。

そこから更に華雄や猪々子たち武将についてこれるものや、斗詩や七乃の様に頭のキレる文官兼任できそうな兵士達も出てくるし、縁の下の力持ちと言う意味では素晴らしい人材だ。

目立たない分、残す成果は素晴らしい。ここ毎月、白蓮の月給が上がり続けているのを見ると、その評価の高さが窺える。

 

「・・・よーっし、じゃ、訓練見てくるかな」

 

「いてらー、です。暑いんで、水分補給と休憩だけはきちんとお願いしますねー」

 

「あ、塩の用意とかも出来てるので、お願いします~」

 

「・・・小間使いか、俺は。・・・まぁ、やるけど」

 

監督役として、きちんとやることはやらないとな。

無理も無茶もさせるが、無謀と無駄なことはさせない。

・・・え? 昨日の一刀? いやほら、一刀は一刀だろ?

あ、ちなみに昨日はダウンした後猪々子たちを送る前に回復して、俺がいない間も兵士達混ざって訓練してたらしい。なんとも真面目なことだ。

 

「よし、集合!」

 

天幕から外に出て、中隊ぐらいに分けて指示を出していく。大雑把に弓、剣、槍、騎馬、工兵と分けているだけだが、それでも同じ兵種を纏めて訓練するのは無駄を無くせるので大事だ。

そうしてしばらく訓練を見ていると、なにやら城に続く通路のほうが騒がしい。

・・・デジャヴのような胸騒ぎを覚えてそちらに視線を向けると、華々しい女性の集団。・・・勿体つけずに言うなら、しすたぁず達だ。

フードを被った自動人形たちに守られながら訓練場に入ってきたしすたぁずは、俺を見つけると手を振って駆けてくる。

 

「ギルーっ! ひっさしぶりー!」

 

「会いたかったよぉ~!」

 

「・・・ひ、さしぶり・・・」

 

走ってきたからか、少しだけ息を切らせている三人が、俺の前に飛び出してくる。

あー、確かにしばらく会ってないからなぁ。あ、そういえば菫生まれたの知らないじゃん。伝えないと。

三人を労い、挨拶をして、菫のことを報告。三者三様の反応を返してくれたが、三人とも共通して、祝いの言葉をかけてくれた。

 

「菫ちゃん、かぁ~。後で見に行こうねっ」

 

「そうね。ちぃの可愛さには敵わないと思うけど、可愛いでしょうしっ」

 

「・・・ギルさんと月さんの子供なら・・・かなり可愛いと思うけど」

 

俺の顔を見上げながら呟くように言った人和が、俺の隣に座る。

それを見て、二人も椅子に。・・・流石にこの状況で膝の上には乗せられないので、人和の反対側が地和、更にその隣が天和だ。

ちらりとそれを確認してから、ちらちらとこっちを見ている兵士達に苦笑い。確かに、気になるよなぁ。

 

「三人とも、兵士達を激励してやってくれ」

 

ただ黙って座って不審人物になるよりは、声を掛けてやってやる気のもとになってもらうのがいいだろう。

本来の任務である、『士気向上』は三人の得意分野だからな。

 

「はーいっ。・・・みんなーっ、訓練、頑張ってーっ」

 

「怪我しないようにねーっ。私たちのらいぶにこれないようなドジ、踏むんじゃないわよーっ」

 

「民を守れるように・・・頑張って」

 

三人の声は、流石と言うべきか訓練中の兵士全員に届いたようだ。

一番声量の低い人和も、『通る』声をしているので、静かながらもきちんと相手に届く。

他の二人は言わずもがな。と言うか、地和のお陰で他の二人も妖術によって声が大きくなるので、そのあたりの心配は無用だろうが。

兵士達の反応は、まぁ現金なものだ。掛け声が先ほどより見違えるように上がっている。うんうん、美少女の応援は効くよなー。俺もしすたぁずに頑張れと言われたら限界まで頑張るもの。

 

「そういえば、他の人はまだ妊娠してないの?」

 

「ん? ああ、紫苑と桔梗、祭がな」

 

「え、ホントに? 体とか、大丈夫なの?」

 

「華佗に見てもらってるし、地和たちみたいに自動人形に見てもらってるからな」

 

「なら、安心ね。・・・この人たち、護衛として凄まじく有能よ?」

 

「だろうな。あ、そういえば華琳いるだろ」

 

「うん。魏の国主でしょ?」

 

「ああ。華琳な、一刀が頑張ったお陰で、先日無事妊娠した」

 

「そうなんだ! わー、華琳さんには最初の頃お世話になったからねー。後でおめでとうって言いに行かなくちゃ~」

 

「北郷さんにも、ね。ギルに隠れて陰は薄いけど、あの人も相当な女っ誑しだから」

 

言外に『一刀以上の女誑し』と言われたが、否定しても無駄なので否定はしない。

・・・いやまぁ、手を出している女性の数は凄いことになるけど。誑してはいない。・・・いない、よな?

 

「これから一ヶ月夏休みだしっ。お姉ちゃん、頑張ろうかな~?」

 

「ちぃの方が若いんだし、ちぃのが先に妊娠するわよっ」

 

「・・・その理論でいくと、私が一番可能性高いのだけど」

 

「うぐ・・・あ、あんたねっ。妹の癖に私より胸大きいってどういうことなのよっ」

 

「胸だけじゃなくて、背も姉さんより大きいのよ?」

 

「うぐぅ・・・!」

 

「やめとけ、地和。古傷が開くだけじゃなく、塩も塗られるぞ」

 

人和に噛み付いて反撃された地和を慰めつつ、人和にも余り言い過ぎるなよ、と宥めておく。

 

「分かってるわ。・・・ただ、体のことでからかわれてる姉さんはかわいいから」

 

くすり、と悪い笑みを浮かべる人和を見なかったことにして、取り合えず地和を撫で続ける。

・・・いやはや、これは多分、今夜から忙しそうだ、と時計に目をやりながら思う。

 

・・・

 

「では、会議を行う。・・・地和、天和を起こしてくれるか」

 

「はいはい。ほら、姉さん。おきなさーいっ」

 

「んみゅぅ・・・」

 

「起きないわねー・・・。もっと揺する?」

 

「あー、いや、寝かせておいてやれ」

 

兵士達の訓練を終わらせ、夜を待たずに城内の廊下で三人の相手をして、そのまま会議室へやってきた俺達。

天和は移動の疲れもあってか、俺が会議の準備をしているうちに机に突っ伏して眠ってしまったようだ。

俺と同じように準備を手伝ってくれていた人和が頭に手を当ててため息。

 

「まぁ、ギルさんが何を思ったのか天和姉さんを集中していじめるから」

 

「いやほら、なんかいじめて欲しいオーラ出てたから」

 

「・・・」

 

「なんていうか・・・ごめん」

 

人和の冷たい視線に、反射的に謝る。

 

「まぁいいわ。後で私やちぃ姉さんから伝えておくから。ちぃ姉さんはきちんと聞いておいてね」

 

「はーい。分かってるわよー」

 

頬杖を付いて、仕方が無いなぁ、とでも言いたげな表情で渋々頷く地和。

・・・まぁ、今回は居眠りも許すか。

 

「で、今後の予定なんだけど・・・」

 

これから夏。夏と言うのは、活動的な季節になる。

なので、新曲やら新衣装やらは基本的に夏発表することになっているので、その打ち合わせが主となる。

 

「次の衣装はどうしよっかー。ふりふりとか、結構やりきった感あるよねー」

 

「動いたときに目立つからな。フリルとかつけてると。・・・うーん、でも確かに、ネタ切れは否めないな・・・」

 

新曲用の衣装はタイプを変えて色んなフリルやらを使っていってるし、基本的なライブ衣装は最初のものからほぼ変わってないしな。

うーん、いっそのこと逆に振り切れるか? フリフリから、余計な装飾一切無い、スマートな衣装に・・・。

 

「こんなんどうだ」

 

「見せて。・・・なるほど、装飾に飽きられるまえに、こちらから無駄な装飾を捨てるのね」

 

「どれどれー? あー、これなら夏でも暑くないかもね。あ、いっそのことさ、三国それぞれの国主の意匠でも取り入れてみる?」

 

「ああ、いいかもな。天和は桃香で確定として・・・」

 

「似てるものねー。あ、じゃあ私は華琳っ。クルクル似てるー」

 

「じゃあ、私が蓮華さ・・・あれ、この場合は雪蓮さん・・・?」

 

「蓮華のほうでいいんじゃないか。でも結構いいアイディアかもな。三人とも結構近いところはあるし・・・」

 

ささっとデザインを書き換える。・・・こういうのはやっぱり一刀のほうが上手いな。後で清書を頼むとしよう。

で、お抱えの服屋に持っていって出来るのが一週間くらいかな。

 

「新曲はどうする? 落ち着いたものか激しい曲調か」

 

「夏! って感じなら、激しいほうがいいんだろうけどー」

 

「でも、落ち着いた曲で・・・そうね、大人の夜、って言うのを表現するのも良いかも」

 

「あー・・・んー、でもほら、基本ライブでやる曲だから、激しいっていうか元気になれるような、動きの多い曲にしたいよな」

 

「・・・そうね。確かに、静かな曲はライブで三人並んで、ってなると少し盛り上がりに欠けるわね・・・」

 

んむぅ、と唸る人和が、すらすらと筆を滑らせていく。基本的に歌詞や曲を作るのは地和と人和、それを見て修正したり加筆するのが俺や天和だ。

天和はやはり天性のセンスがあるのか、ここをこうするといいんじゃない、と言うアドバイス程度のものが後々良い方向に影響したりする。

なので、俺が見るのは本当に変なところとか、誤字脱字くらいだ。

 

「歌詞は大体こんな感じ・・・ちぃ姉さん、どう?」

 

「いいと思うわよ。あ、こういう言葉も入れたいわね」

 

人和から受け取った歌詞に、地和が色々と書き加えていく。

ここからまた人和へ渡し、書き加えて地和、また人和、と言う風に繰り返していくと、曲の大体の部分は完成する。

・・・こうなったら、しばらく放っておいたほうがいいだろう。天和の寝顔を見ながら、静かに二人を見守ることにする。

さて、これから夏だ。祭りにライブ、天下一品武道会などなど、様々なイベントが目白押し。・・・いやー、開催する側になると、大変だなぁ。

 

・・・




「あ、どもー」「あれ、神様? 俺は声掛けてないから・・・神様のほうでなんか用があるのか?」「ええ。えと、何から話すべきかな・・・」「話すなら嘘偽り無く最初っから話した方が、神様の尻のためだぞ」「私のお尻に何する気ですかっ!?」「百叩き」「ぐむぅ・・・! そ、それはそれで嫌だ!」「っていうかそれ以外に何を考えて・・・ああ、そういう。変態め。やっぱりムッツリンじゃないか」「やめて! そのあだ名やめて!」「うるさいぞ、ムッツリン子」「お米みたいな呼び方もやめて!」

結局、神様の『お話』は聞けずじまいで目覚めてしまいましたとさ。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第七十九話 まさかの展開に

「今回から主人公が変わります!」「それ奇妙な冒険でやった」「実は主人公が悪の親玉でした!」「それG線の上でやった」「主人公は殿ではなく影武者でした!」「それレンジャーでやった」「意外と主人公でまさかの展開って無いなぁ」「主人公がヘタレでハーレム作って絶倫でサーヴァントで子沢山」「それギルがやった」「あー」「・・・え、何その納得」


それでは、どうぞ。


夏になりました。夏と言うのは暑くて、とても汗をかきます。

お母さんは私に、『喉が渇いてなくても、お水をきちんと飲みなさい』と水筒を持たせてくれました。

今日はとても良いお天気。おつかいが終わったら、皆を誘って遊ぶのもいいかもしれません。

 

「へいらっしゃい! お、嬢ちゃんじゃないか! 今日もお使いかい?」

 

「はい! えーっと、エビさん下さい!」

 

「あいよっ。いつも買ってもらってるから、ちょっとだけ多く入れといてやるよ!」

 

お魚屋さんのおじさんが、にっこりと笑って注文より多くエビさんを詰めてくれました。

この大通りの商店の皆さんは優しいので、大好きです。

 

「ありがとうございますっ」

 

お母さんから、『人にきちんとお礼を言うこと』と言われているので、きちんとお礼。

頭を下げて、元気に。いっつも、お母さんからは良い子だね、って褒められます。

 

「いいって事よ! じゃ、気をつけてな!」

 

「はいっ」

 

私の買い物鞄にエビさんを詰めてくれたおじさんにお金を払って、お買い物は終わり。

よいしょ、と鞄を背負って、お城へ歩きます。お城へはちょっと距離があるし、水筒からお水をごくごく。

この『まほーびん』と言うのは、中に入っているお水が冷たいまま保てると言う不思議な水筒なのです。

まだこの一つしかない『しさくひん』のものだから、大切にしないと。

人にぶつからないように、気をつけて歩かないと・・・。

 

「ふわぁ・・・おっきぃやぐら!」

 

「んん? おお、これはお嬢様。こんな所まで、今日は何用で?」

 

「兵士さんだっ。こんにちわっ」

 

「おお、そうですね。挨拶がまだでした。こんにちわ」

 

「ええと、今日はお使いなのですっ!」

 

「ほぅ、なるほど。確かに買い物鞄が見えますね。これはこれは、お疲れ様です」

 

兵士さんがぺこり、と頭を下げるので、私もペコリ、と頭を下げる。

そろそろ夏祭りだから、兵士さんたちはその準備をしているんですね!

 

「あ、危ないので余り近寄らないようにお願いします」

 

「はい、わかりましたっ」

 

兵士さんの言うことを守って、少し離れたところからやぐらを見上げる。

当日はあそこの上に銅鑼を持ち込んで、お祭り中の異変とかを知らせる役目を担うそうです。

 

「ほえー・・・」

 

「・・・そういえば、お使いは良いのですか? 今日は暑いですから、ものによっては痛むのでは・・・」

 

「ふわっ!? そ、そうでした! 今日はエビさんを買ったので、早く保管庫に入れないと!」

 

「走って転ばないよう、ゆっくりと急いでくださいね」

 

「分かりました! それでは、失礼しますっ」

 

ばいばい、と手を振ると、兵士さんも笑顔で手を振ってくれました。

それからまた、人にぶつからないように走って、お城の厨房へ。

厨房の保管庫に行けば、侍女隊の人か自動人形さんが居るので、その人に渡せば良い、ってお母さんは言ってました。

城門にたどり着いて一旦止まり、門番をしている兵士さんに『通行証』を見せて、また走る。

 

「はっ、はっ・・・! つ、着いたっ。こんにちわー!」

 

「・・・」

 

「わ、自動人形さんだっ」

 

厨房に声を掛けると、凄く美人さんが顔を出してくれました。

この人は自動人形さん。いつも目を閉じていて、一言も喋らない不思議な人だけど、とってもお仕事が出来る人なんです!

 

「あの、エビさんを買って来ました! 保管庫に入れてもらえますか?」

 

「・・・」

 

鞄の中からエビさんを取り出して手渡すと、少しだけ頷く自動人形さん。

保管庫は物がいっぱいあって危ないから、私は入っちゃダメってお母さんに言われてます。

だから、侍女隊の人か、自動人形さんに預けないとダメなんです。

 

「痛んでないですか? ちょっと寄り道しちゃって・・・はぅ」

 

私の言葉に、自動人形さんは包みをあけ、中身を確認。・・・どうやってみてるんだろ。目をあけたところ、見たことないなぁ。

自動人形さんは、中身を確認した後、親指だけを立てて上に向けた拳・・・ええと、『ぐっじょぶ』っていう意味の手を見せてくれました。

これは、問題ないよ、とか、大丈夫だよ、って意味だったはずです! 良かった、エビさん、痛んでないみたい!

 

「えと、えと、じゃあお母さんに報告に行くので、エビさんはお願いします!」

 

「・・・」

 

再び頷いてくれた自動人形さんに手を振ってお別れして、今度はゆっくり歩いてお母さんの所に。

走ったので、またお水を飲んで、はふ、と一息。

 

「えーっと、こっちを曲がって・・・」

 

お城の中はとっても広くて、最初の頃は何度も迷っちゃいました。そのたびに兵士さんとかに助けてもらっちゃって・・・うぅ、恥ずかしいよぅ。

でも、もうお城の中で迷子になんてなりません! お城の『のうないまっぴんぐ』は完璧です!

 

「あっ、いたっ! おかーさーん!」

 

「? あ、お帰りなさい。ちゃんとお買い物は出来た?」

 

「はい! あれ、お母さん、お仕事は?」

 

「これからお昼休みなの。そういえばお父さんもお昼休みかな」

 

「お父様も!? はいっ、私もお昼ご飯、一緒に食べる!」

 

「もちろん。お母さんは、そのために待ってたんだから」

 

じゃあ、いこっか、とお母さんは私の頭を撫でてくれます。

えへへ・・・なんだか安心します。

お母さんと手を繋いで、お城の中を中庭へ向かって歩きます。

お父様は偉い人で、『そうたいちょう』っていうお仕事をしてます。とっても忙しくて、とっても大切なお仕事だそうです!

だから、ご飯とかを一緒に食べたりと言うのは久しぶりかもしれません! ・・・いつもはちょっと寂しいけど、お父様に会うとそんなの全部吹っ飛んじゃいます。

 

「あ、お父さんいたよ?」

 

「えっ!? あ、ホントだ! お父様ー!」

 

傍に部下の人を侍らせて、お父様が兵士さんたちに何か言ってました。

そんなお父様を見つけて、私はお母さんから離れて、ついつい走りだしちゃいます。

 

「よーし、後十回・・・ん? おお、月! それに・・・菫か!」

 

「はいっ、菫ですっ。お父様、抱っこ!」

 

金色に輝く、キラキラとしたお父様に抱っこされて、私はとっても嬉しくなりました。

 

・・・

 

「よーしよしよし、ほら、たかいたかーい」

 

「ああもう、大将、そういうの別のところでやってくれません? っていうか、臨月の私のほうを構うべきだー!」

 

「そうだそうだ~。ご主人様、八重も構ってやってくださいよぅ」

 

「ははは、順番な、順番。今は八重の番だから、菫は月・・・お母さんと一緒に訓練を見てなさい」

 

「はいっ!」

 

俺の言うことを素直に聞いて、後から追いかけてきた月の元へと向かう。

困ったように笑う月が菫を抱きかかえてこちらにやってきたので、座っていた長いすに月の分のスペースを作る。

先ほど言ったように、俺の膝の上には八重・・・七乃との子が居たため、菫にはちょっと我慢してもらうことに。

俺の子供の中で一番の年上である菫には、結構我慢させていることも多いからなぁ。・・・もうちょっと構ってやるように気をつけないと。

菫が生まれてから数年。今ではかなりの子が母親となっており、今俺の膝にいる八重なんかは七乃との子になる。ちなみに、発言どおり隊長は今月出産予定。

産婦人科と化した後宮に引っ込んでろとは何度も言っているのだが、訓練を見るだけで動かないし、危ないことは絶対しない、とあまりにも譲らないので、こうして大きいお腹を抱えて訓練まで出張ってきているのだ。

 

「お、なんや月やないの! って、菫までおるやん!」

 

そう言ってやってきたのは、臨時で隊長の代わりをやってくれてる霞だ。

身重で動けない隊長の代わりに、実践訓練やら手合わせやらを代理でこなしてくれている。

書類関係やらは隊長が自分できちんと処理しているので、そのあたりはきちんと住み分けしているようだ。

まぁ、霞に書類仕事なんて向かないだろうからなぁ。

 

「あ、霞さん。こんにちわ」

 

「霞お姉さんっ。こんにちわ!」

 

「あいよー、こんにちわ。いやー、菫も大きくなったなー」

 

「それ、菫たちに会うたびに言ってるだろ、霞」

 

「にゃははー、ばれたかー」

 

自分の頭をぽりぽりとかきながら、気まずそうに笑う霞。

・・・顔は困ったような顔をしているが、きっとあんまり気にしてないのだろう。また菫に会えば、『大きくなったなー』と声を掛けるに違いない。

 

「それはそれとして、霞、もう休憩か?」

 

「ん、もうって、結構訓練やってるんよ? そろそろ休憩挟んどかんと」

 

「え? ・・・あー、ホントだ。いやー、子供達と遊んでると、時間が経つのが早いなー」

 

「はいはい、馬鹿親やなー」

 

「親ばかと言え、霞」

 

「ぎ、ギルさん、どちらも褒め言葉ではありませんよぅ・・・」

 

あたふたと俺と霞の間でうろうろする月が、霞とは違い、本当に困ったように呟く。

・・・あー、いや、俺も褒め言葉じゃないことは理解してるよ?

 

「月は、お母さんになってもあたふたしてて可愛いよなぁ」

 

「ホンマやなー。小動物っぷりはかわらんなー」

 

霞と二人して月を撫でる。恥ずかしがって頬を赤く染めながら俯く月。

そんな月に、菫がとたとたと近づいて

 

「お母さんだけずるいっ。お父様、菫も! 菫も撫でてくださいっ」

 

「お、よしよし、今日はお使いしたんだったよな。偉いぞー、菫!」

 

「偉いですかっ。菫、偉いですかっ!?」

 

「偉い偉い!」

 

「わーいっ。お父様に褒められましたぁー!」

 

髪の毛がくしゃくしゃになるほど撫でて褒めると、菫は両手を挙げて、全身で喜びを表現する。

おお、これは昔の璃々を見ているようだ。・・・ああ、あの頃の璃々はもう見れないんだよなぁ。

今の璃々は・・・今の璃々は・・・。

 

「こらーっ、瑠璃ってば、ちゃんとお勉強しないとダメだよーっ!」

 

「きゃーっ。お姉ちゃんが追っかけてくるーっ。あ、お父さーんっ。助けてーっ」

 

・・・今の璃々は、すっかりお姉ちゃんになってしまったからなぁ。

そんなことを思いながら、俺の陰に隠れようとする瑠璃と、それを追いかけてきた璃々に挟まれる。

 

「ギルお兄ちゃんっ、そこどいてっ。瑠璃が捕まえられないよっ」

 

「いや、どかなくても回り込めば良いだろう?」

 

「えーっ? お父さん、瑠璃のこと・・・助けてくれないのぉ・・・?」

 

「うぐっ・・・あざとさには負けないぞ、お父さんは・・・!」

 

「うるうる・・・」

 

「ぐむぅ・・・仕方ない、俺の背中に隠れてなさい」

 

「わーいっ」

 

「ギルお兄ちゃんっ。もう、絆されてるじゃないっ」

 

「むぅ・・・」

 

前門の璃々、後門の瑠璃と、のっぴきならない状況になってしまった。

・・・いつの間にか膝の上の八重は七乃の元へ逃げているようだ。

 

「あら、八重? ご主人様のお膝はもう良いんですか~?」

 

「うん。・・・お父さんのしゅらばにまきこまれないように、お母さんの所に逃げてきた」

 

「あらあら~・・・この子、将来大物になりそうですね~」

 

「・・・大物って言うか、七乃さんみたいな人になりそうですね」

 

「んふふ。そうだといいんですけど」

 

七乃に抱きついて、八重はなんとも失礼なことを言っているようだ。

修羅場というのはな、もっと背筋がゾクっとするもんだぞ。いくつもの修羅場を経験した俺が言うんだから、間違いない。

 

「ほら、瑠璃っ。扇ちゃんや百合ちゃんも待ってるんだから、戻るよっ」

 

「大丈夫だよー。瑠璃は頭がいいんだからっ」

 

俺の背中から顔だけを覗かせ、んべ、と舌を出す瑠璃。

・・・まぁ、確かに瑠璃は年齢の割りに聡明だ。現在桂花や他の軍師たちが持ち回りで教師を勤めている学校なんかでも、瑠璃は同年代の子よりも何歩か先に行っているようだ。

それに自覚があるのがまた問題で、今のように『自分は優秀だからほかの事をしたい』と授業をサボったりすることがあるのだ。

そのため、姉である璃々が毎度こうして追いかけっこをしているのだが・・・。

 

「・・・ふぅむ、そろそろ瑠璃も何とかしないとなぁ」

 

「ふえ? ・・・お父さん、瑠璃のこと怒るの?」

 

「ん? あー、怒るっていうか、瑠璃だけちょっと特別な授業受けさせようかなって」

 

今学校で習わせているのは、読み書き算数くらいだ。この時代の子供を、そんなに長い間拘束することも出来ないし、教師役の軍師達も他の仕事で多忙だし、と言うことで一日平均二時間ほど学校を開放している。

希望者であれば誰でも学べるので、たまに暇を持て余した大人もいるほどだ。

そんな学校があるのだから、家庭教師があってもいいだろう。

 

「キャスター先生に家庭教師を頼んでみるか」

 

菫が生まれたすぐ後くらいに俺と孔雀、響が卒業したキャスターの座学・魔術講座だが、一部カリキュラムを変更してたまにやっていたりする。

結構世話焼きなところもあるので、お願いすれば高度な授業をしてくれるだろう。

魔術の才能があるかは分からないが、まぁそれを抜きにしてもキャスターの授業を受けることには意義があるだろう。

 

「きゃすた?」

 

「髪の長い、頭よさそうなお兄さん見たことあるだろ?」

 

「あ、うんっ。いっつも本読んでる人!」

 

「そうそう。その人に勉強を教えてもらえば、瑠璃ももっと頭良くなれるかなって」

 

「頭良いの、その人?」

 

「かなりな」

 

「ふぅん・・・」

 

考え込み始めた瑠璃の頭を撫でつつ、璃々に笑いかける。

 

「と言うわけで、瑠璃はこっちで預かるよ。きちんと勉強もさせるからさ」

 

「うぅ・・・ギルお兄ちゃん、瑠璃に甘い気がする・・・」

 

「甘くは無いと思うよ。・・・むしろスパルタかもしれん」

 

「すぱ?」

 

「びしばし行くぞってこと」

 

「・・・あんまり厳しくしないであげてね?」

 

「ふふ、璃々は瑠璃をどうして欲しいんだよ」

 

妹想いの璃々は、甘やかしすぎるのも嫌だけど、厳しくするのも嫌だ、と言う我侭のような気持ちを口にする。

・・・まぁ、瑠璃だったら少しくらい勉強のレベルを上げても問題ないとは思うけどね。むしろ嬉々としてやりそうですらある。

 

「きゃすた先生の授業するの?」

 

「ああ。菫おねえちゃんと一緒だな」

 

生まれて数年たった時に発覚した、菫の『とある問題』のためにキャスターに協力を仰ぎ、キャスター先生の座学授業は再開したわけなんだが、そこでは個人に合わせた、専門的な授業を行っている。

キャスターだけでは対応できないときには他にも臨時講師を呼んだりしているので、それなりに人気なのである。

誰に人気なのかといわれるとウチの娘達ばかりなのだが、まぁそこは気にしないことに。

ちなみにキャスター先生の講座で1、2を争う成績なのは、何を隠そう菫と一華ちゃんである。

我が娘ながら、華琳の頭脳の明晰さを受け継いだ一華ちゃんに食らい付くとは、素晴らしい。二人は良いライバル関係を築けているらしく、時たま二人で楽しそうに昼食を突いている姿も見る。

臨時講師の中にはランサーがいるのだが、彼らの教育に対する熱意は凄まじい。流石大日本帝国兵・・・。

 

「と言うわけで、制服発注しないとなー。やっぱ学生と言えば制服ですよ、制服」

 

「・・・ギルさん?」

 

「あ、いや、大丈夫大丈夫。響に制服着せて後輩プレイは昨日やったから・・・あ」

 

月の訝しげな言葉に、あはは、と軽く笑いながら答えて気付く。そういや昨日のこと言ってねえや。

やべ、失言した、と口を押さえるが、まぁもう遅いだろう。

 

「・・・ふぅん? 昨夜はお仕事と聞いてましたけど・・・そうですか、響さんと・・・ふぅん・・・」

 

「いや、仕事もしてたよ? 仕事もしてたけど、ほら、集中力続かなくてさ」

 

「別に、私は怒ってませんよ? 急に饒舌になって・・・どうされたんですか?」

 

小首をかしげてこちらを見上げる月の瞳からはハイライトが消えてしまっている。

・・・怒ってないのは真実だろう。すでに黒月なのだ。怒りなんてとっくに超えているに決まっている。

『いかに自分の怒りをわかってもらうか』と言う段階は過ぎていて、『どう恐怖を与えてやろうか』にシフトしている黒月に対するには・・・!

 

「逃げるッ! んだよぉーッ!」

 

「あっ、お父さんっ」

 

「ギルお兄ちゃんっ!?」

 

璃々と瑠璃の声を背後に聞きながら、俺は脱兎の如く中庭を脱する。

英霊にダメージ判定を持つことが出来る黒月は、まるでギャグ漫画補正とでも言うべき程に命中率、回避率など、ありとあらゆるパラメーターに上昇補正を受けるのだ。

流石に月に宝具をぶち込むことなど考えたくも無いので、基本的には黒月が通り過ぎるまで逃げの一手なのだ。

・・・いやー、娘に妙なところ見せちゃったなー。ま、ついでだしこのままキャスターのところに行くかな。

 

・・・

 

「やぁ、いらっしゃい」

 

「邪魔するよ」

 

キャスターの教室に逃げ込み、椅子を一つ借りて座る。

・・・いやはや、この雰囲気、完全に教室である。良くもまぁ、ここまで再現したものだ、俺は。

 

「君の娘さん達はもう帰ったけど?」

 

「月・・・俺のマスターに追われてるんだよ。匿ってくれ」

 

「ギルのマスターって・・・あの大人しそうな子だよね?」

 

「いつもは虫も殺せないような子なんだけどな。ある条件を満たすと無条件でサーヴァントにダメージ判定持てるようになるんだよ」

 

「・・・宝具でも持ってるのかい、そのマスターは」

 

呆れたようにため息をつくキャスターに苦笑しながら、しばらく呼吸を整える為に休む。

まぁ、すぐに別のところにいく必要があるけど。次は何処行こうかな。

 

「そういえば、明里と碧里がギルを探していたよ。何でも、今日は本を一緒に見に行く日だとか」

 

「・・・あ」

 

「あーあ。忘れてたのかい?」

 

「いや、訓練が終わってからって約束だから、まだ時間はあるけど・・・迎えに行こうかな」

 

明里と碧里は、それぞれ朱里と雛里の子供だ。二人に似て軍師向きで、本が大好きなので、よく町の大きな本屋なんかに遊びに行くことがある。

今日は二人の授業が終わるのと、俺の仕事が一段落するのが同じ時間だったために町へ遊びに行く約束をしていたのだが・・・。

早めに授業が終わったから、二人とも俺を迎えに訓練場へ向かったのだろう。と言うことは、何処かですれ違ってしまっている可能性が高いな。

・・・そうなると、今頃二人ともはわあわ言っているに違いない。早めに迎えに行かねば、泣いてしまいそうだ。

 

「二人を迎えに行ってくるよ。邪魔したな」

 

「いやいや、たいしたお持て成しも出来なくて悪いね。・・・ああ、探すなら正門のほうからにしたほうがいい。そちらに向かうと言っていたからね」

 

「助かるよ。じゃな」

 

「ああ」

 

研究中じゃないからか、かなり友好的なキャスターに別れを告げ、教室を出る。

かなり急ぎ足で正門まで向かうと、兵士達がやけに集まっている一角がある。

・・・あそこだな。間違いない。

 

「・・・うむぅ、どうしたら良いやら」

 

「ギル様をお呼びするのが一番だが・・・今は何をなさっている?」

 

「訓練中だから・・・呼んで戻ってくるまで待っていてくれ・・・って、ギル様っ!」

 

近づいてみると、予想通り兵士達の輪の中心には、泣いている明里と碧里。二人とも本を抱き締めながら、涙を袖で拭いている。

そんな二人を兵士たちがあやしているところに出くわしたらしい。走り出そうとした兵士が、俺を見て驚いたように足を止めた。

その驚いた声を聞いてか、兵士たちが全員俺に気付き、立ち上がって敬礼するのを手で制しながら、明里たちのもとへ。

 

「二人とも、ごめんな、お父さん探してくれたんだろ?」

 

「ひぐ、お、おかーさんから、お父さんは訓練所、にいるって、ぐす、聞いたので・・・」

 

「・・・お、おとさんに会いに、あぅ、歩いてたんだけど・・・道に、迷って・・・」

 

「おう、よしよし、偉いぞー、二人とも頑張ったな」

 

二人の頭を撫でると、涙を浮かべながらも笑みを見せてくれる。うんうん、強い子だ。

兵士達に礼を言うが、兵士達は『礼を言われるほどの事じゃない』と返してくれた。

 

「当然のことをしたまでですので、お礼なんて・・・」

 

「あー、いや、それを当然と言えるやつは少ないからさー。ま、助かったよ。ありがとう」

 

「はわ・・・あ、ありがとござますっ」

 

「あわ・・・ども、です・・・」

 

俺の影から少しだけ身体を出しながら、世話になった兵士達にぺこりと頭を下げる二人。

・・・口癖まで母親に似た二人は、母親達と一緒に慌てたりすると今までの二倍『はわあわ』することになる。

大丈夫か、蜀の軍師・・・。

 

「よし、じゃあ俺たちはこのまま町に出るから、君達は持ち場に戻ってくれ」

 

「はっ!」

 

二人と手を繋いで、兵士たちが去って行くのを見送る。

それから、門を出て城下町へ。大通りの本屋ならすぐにつく。

両手が塞がってしまっているので、声を掛けてくれる町の人たちには声でしか返せないのは申し訳ない。

だが、代わりに明里たちが恥ずかしがりながらも小さく手を振り返したりしてくれているので、声を掛けてくれた人たちは微笑ましいものを見る目でこちらに笑いかけてくれる。

うんうん、無邪気な子って見てるだけで元気になるよね。我が娘ながら、可愛らしさは一級品だし。もちろん、親の欲目もあるかもしれないが。

 

「お、ついたぞ二人とも」

 

「わぁっ・・・いつきても大きいっ」

 

「それに、ご本が沢山・・・!」

 

キラキラと瞳を輝かせて俺の手を握る手に力を込める二人は、すでに陳列されている本を視線で追っている。

ここで手を離すと二人ともばらばらに動き始めるので、可哀想だが三人一緒に動くことになる。さて、何処から行こうかな。

 

「二人は何処に行きたい?」

 

「私は・・・えと、あっちの物語のところに・・・」

 

「私はこの数学の棚を見てみたいです・・・」

 

「ん、じゃあ近いから数学のところから見るかな」

 

碧里の見たがる棚のほうが近いため、先にそちらから見ていくことに。

 

「ちょっと明里のほうは後でな。ごめんなー」

 

「はいっ。私も、新しい参考書が欲しいと思ってたから、大丈夫っ」

 

「ごめんね、明里ちゃん」

 

「ううん、気にしないで。あ、新しいの、一緒に見よう?」

 

そう言って二人は俺の手を引いて数学のコーナーへ進む。

明里も、碧里と一緒に本を見て目を輝かせているので、後回しにされたことを気にしている様子は無い。

・・・まぁ、『今日は碧里の行きたいところにしか行かないよ』と言っているわけではないからな。それなら、明里も気にはしないだろう。

 

「こ、これは・・・! 初版で絶版になった『猿では分からない数学の全て』! 猿どころか著者ですら問題の答えが分からないと言う参考書としては意味の無い一冊!」

 

「こっちには『一から始める数学入門・一巻』! 前書きと奇妙な言い訳で全ての貢を使ってしまい、二巻から解説が始まるためにこの巻だけ異常に売れ行きが悪いと言う伝説の一冊!」

 

明里と碧里がなにやら戦慄しながら本を掲げて驚く。・・・なんというか、話を聞いてるだけで絶対必要ない本だと言うことが分かるな。

全く、とため息をつきながら二人を見ると、キラキラとした瞳で俺を見上げていた。・・・え、マジで? 欲しいのか、その本。

 

「あ、あの、おとさん・・・えと、このご本が・・・えと・・・」

 

「ほ、欲しい、かなって・・・」

 

「あー・・・うん、まぁ良いか。二人なら何かしら使い道を思いついてくれるだろ」

 

遠慮がちに『買って欲しい』と言ってきた二人の頭を撫でてやって、本を受け取る。

おっと、本を持つと手がつなげなくなってしまうな。・・・仕方ない。自動人形を呼び出して持っていてもらうとしよう。

宝物庫から気配無く出現した自動人形は、暗殺者モードの特性を活かして、町の人や明里たちに気取られないように俺の後ろについてくれた。

・・・悪いな、荷物もちなんかで呼び出しちゃって。

 

「次はあっちの文学のほうに行こうか」

 

「はいっ。『桃闇の少年』の新作が出ているはずですっ」

 

「楽しみ・・・!」

 

次は明里が引っ張るように進んで行く。やはり好きなコーナーだからか、足取りがとても軽い。

どれだけ本が好きかと言うと、親である朱里と雛里も巻き込んで、夜遅くまで本を読んでいるくらいだ。

早く寝なさいと嗜める側の朱里と雛里が、一緒に夜更かしして次の朝四人とも寝不足だったときは流石に説教したほどである。

親子で本の好みも似通うのか、親と子供で本の薦めあいをしているのも見たことがある。・・・だがしかし、八百一本だけは、絶対に娘達に広めないようにと言い聞かせている。

 

「出てるっ、新刊出てるよ碧里ちゃんっ」

 

「うんっ。あぅっ、こ、今回も分厚い・・・」

 

「・・・六法全書並みの分厚さだな」

 

二人で漸く、と言うほどの重さの本を、代わりに俺が受け取る。

全く、これは本と言うよりは鈍器に分類されるものだろう・・・。ああ、そういえば朱里の本も『武装』扱いだったな・・・。

 

「・・・? おとさん? 明里の顔に、何か付いてる・・・?」

 

「い、いや。・・・朱里の娘だなぁって思っただけだよ」

 

「?」

 

よく分かっていない顔をする明里と碧里に苦笑で誤魔化しながら、取り合えず本を買いに会計へと向かう。

すっかり顔なじみになった店長と世間話をして支払いを済ませ、本は宝物庫にしまいこむ。

買ったものなら、宝物庫に入れても問題ないからな。

 

「さ、帰ろうか」

 

「はいっ。あの、おとさんも一緒にご本読もうねっ」

 

「えと、えと、お勉強も、見て欲しい・・・です」

 

「おう、もちろん。あ、時間的に朱里たちに会えたら饅頭か何か貰えそうかな」

 

厨房に寄り道してから私室に帰るとしようかな。

ニコニコ笑顔の娘と手をつなぎながら、俺は城へと続く大通りを歩くのだった。

 

・・・

 

「・・・これは中々。前書きだけでも楽しいじゃないか、この本」

 

「ほわぁ・・・」

 

「あの、ギルさん? 明里と碧里ちゃんに、変なもの見せないでくださいね・・・?」

 

膝の上に明里と碧里の二人をそれぞれ乗せて、買ってきた本を早速読んでみる。

全く数学の話は出てこないが、著者の近況報告だけでも読み物として面白い。

そんな俺を見てか、お菓子を作ってお茶を入れてくれた朱里が、ため息をつきながら注意してくる。

・・・む、失礼な。俺が勧めたのではなく、明里たちが読みたいと言ったんだぞ。

 

「っしょ、と。皆、お饅頭、出来ました・・・よー」

 

魔女の被るような大きな三角帽子を脱いで、調理用の頭巾をつけている雛里が、大きな皿を卓の上に置く。

そこには、湯気が立っている饅頭が。うむうむ、いつ見ても美味しそうである。

人数に対して少ないように見えるのは、俺以外の四人が少食だからだろう。朱里と雛里は二つほどで満足するし、明里たちは一つを食べ切れるかも怪しい。

なので、恋達がいるときのように山のようには作っていないのだろう。俺も、一つ二つ貰えれば満足だし。

 

「わぁっ・・・美味しそうっ」

 

「食べても、良い・・・?」

 

「うん、どうぞ。・・・あ、お茶いれないとね」

 

卓に駆け寄った二人の子供に笑顔でそう言って、朱里はお茶を用意しに厨房へ向かう。

雛里は熱々の饅頭を二つに割って少し冷ましてから、明里と碧里にそれぞれ渡す。一つ丸々渡しても、熱いだろうしな。

俺も一つ貰おうかなと本を閉じて卓につくと、雛里がぱたぱたと近づいてくる。

 

「えと、ギルさんも・・・どぞ」

 

雛里は俺の分も二つに割ってくれたようだ。湯気の立っている饅頭を差し出してくれたので、あえて受け取らずにあーんと口をあけてみる。

 

「あわわっ・・・!? え、えと、えーっと・・・っ、あ、あーん、ですぅっ」

 

「あむ」

 

自分の口をあけながら、饅頭を口に運んでくれる雛里。もぐもぐと咀嚼して飲み込む。

うん、何時も通り丁度よい甘さだ。今まで本を読んでいたからか、身体に染み入る感じがする。

 

「・・・あわ・・・ぎ、ギルさんがお口を付けたところ・・・はむ」

 

こそこそと俺の齧った饅頭の同じところを口にする雛里。・・・間違いなく可愛い。

何が可愛いって俺に背を向けてても何やってるか分かるのが可愛い。

 

「お待たせしましたーっ。お茶ですよー。・・・って、雛里ちゃん、どうしたの? 顔、真っ赤だよ?」

 

「あわわ・・・!? な、何でもないれふっ。・・・な、なんでもないのっ」

 

「・・・怪しい・・・」

 

よほど慌てたのか、朱里相手に敬語になった後に言い直した雛里。・・・うん、俺も怪しいと思う。

理由を知っている俺は、あえて言わずに傍観することにした。朱里に説明したら、雛里恥ずかしさで泣きそうだし。

 

「あ、ギルさん、お茶です」

 

「ありがと。・・・うんうん、冷たいのがいいねー」

 

何度も言うが今は夏。冷たい飲み物が恋しい季節なのである。

氷を季節問わず用意できるこの城では、冷たい飲み物と言うものは余り珍しくは無い。

火傷を冷やしたり熱を出したら氷嚢にしたりと使い道は山ほどある。

 

「ギルさんはもうお饅頭食べました?」

 

「ああ、さっき雛里に口移しで」

 

「はわわっ!?」

 

「う、うそっ、嘘だからねっ、朱里ちゃんっ。私がしたのはあーんだけで・・・あわわっ・・・!」

 

「あ、あーんはしたのっ!?」

 

俺の言葉で慌てだした朱里と、それを宥めようと失言する雛里。更にそれに驚く朱里、と、二人のやり取りは見ているだけで癒される。

更にもきゅもきゅと饅頭を食べて笑いあう明里と碧里・・・うん、ここがエデンだ。

 

「ぎ、ギルさんっ。あーん、ですっ」

 

「おや、朱里は口移ししてくれないのか」

 

「は、はわっ。・・・お、夫の願いをかなえるのも、妻の役目・・・はむ。・・・ん、んー」

 

朱里をからかってみると、俯いてぶつぶつと呟いた後、半分から更に小さくした饅頭を咥えて、朱里は眼を閉じこちらに突き出してきた。

・・・おっと、ほんとにされるとは思ってなかったぞ。しかもポッキーゲーム方式か。

 

「・・・ま、いっか。いただきます」

 

「は、む、ちゅ・・・ん・・・おいひい、れふか・・・?」

 

ウットリとした顔でこちらを見上げる朱里に、俺はトドメの一言。

 

「ああ。美味しかったけど・・・二人とも、見てたぞ」

 

「二人? ・・・あ、明里っ!? 碧里ちゃんもっ!? はわぁ・・・恥ずかしいよぅ・・・」

 

じぃと見つめる娘達の瞳に、耳まで真っ赤になった朱里は顔を隠すためにか俺の懐に飛び込んでくる。

その背中を、あやすようにぽんぽんと叩く。

そんな朱里を見て、明里が饅頭を食べつつ呟く。

 

「・・・おかーさん、赤ちゃんみたい」

 

「言ってあげないで・・・朱里ちゃん、結構墓穴掘って恥ずかしがってるから・・・あ、もう一個食べる?」

 

「食べるーっ。お母さんも、はいっ」

 

「ん、ありがとう。・・・はむ。おいしー」

 

雛里は雛里で碧里たちを相手に微笑ましいやり取りをしているので、朱里はスルーすることにしたらしい。

・・・まぁ、下手にフォローするよりは話題を逸らしてやったほうが良いか。

視線で謝意を伝えると、雛里ははにかみながらも頷いてくれた。まぁ、後で雛里も甘やかしてあげることにしよう。

 

「それにしても・・・いい天気だなぁ」

 

「天気とか・・・どうでもいいですぅ・・・」

 

朱里が立ち直るまで、普通の人なら腱鞘炎になりそうなほど撫でてあげたことをここに記しておく。

・・・あー、気のせいだろうけど、手が痛い気がする。

 

・・・




「先生っ! 蜀の国主桃香さまの体重の増加と、お小遣いの消費量が比例していることがグラフから分かりました!」「せんせーっ! お父様が射出する宝具のランクを調べて、一番射出されるのが多いランクを算出してみました!」「先生、何故花子さんはお兄ちゃんと一緒に家を出ないの? 仲悪いの? それとも私のお母さんみたいに本当は一緒に出かけたいけどツン子が出ちゃって素直になれないの?」「この本の作者私のお母さんなんだけど『作者の気持ち』って本当に書いてもいいの? お母さん落ち込んだりしない?」「・・・取り合えず、今昼食の時間だから、授業のことはおいとこうね? ・・・ギルの子供だからか、無邪気なギルが沢山いるようだよ・・・うぅ、明日から来る瑠璃ちゃんはまともだと良いなぁ・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第八十話 継いだ能力に

「やっぱりさー、師匠とか父親キャラとかから力を受け継いで敵を倒す! みたいな展開って、定番で王道だけど燃えるよなー」「父親から受け継いだ借金の力で大金持ちのお嬢様の執事になるとかな」「執事を意味する『バトラー』って『戦う人』って意味も篭ってそうだよね。戦わない執事とかあんまり見ないよ、俺」「しかもアレだよね。執事ってあんまりメジャーじゃない戦い方するイメージ。剣とかじゃなくて鋼糸使ってみたり」「やっぱこう、『主人の影となり、表には出ない』ってところが、そういう暗器使いを連想させるんじゃないか」「ちなみに甲賀は執事の経験とかは・・・」「あるぞ。むしろ潜入には便利でな。執事に限定せず、使用人の立場はとても良い」「ああ、だよねー」「納得したわ」


それでは、どうぞ。


「ギル様ーっ! 壱与、やってまいりましたーっ!」

 

「おー、壱与か。・・・なんか久しぶりだなー。ほら、飛び込んでこーい」

 

「っ! な、な、なんということでしょう・・・! なんということでしょう! ギル様ーっ、大好きーっ!」

 

「おー、よっと。相変わらず軽いなー。ほれほれー。俺も大好きだぞー」

 

「ぎーるーさーまー・・・壱与、幸せでふぅー・・・」

 

天気の良い夏の日。魔法でこちらにやってきた壱与をキャッチしてグルグル回る。

なんだかこいつにしばらく構っていないような気がするので、目いっぱい構ってやることにした。

卑弥呼が来ていないが、壱与の子供と一緒に来るのだろうか。人数が増えれば増えるほど並行世界の移動は難しいらしいし、もう少し時間かかるかもな。

 

「うわー・・・なんか、あたし場違いか?」

 

「お、翠。どした?」

 

「あー、いや、常磐と日向見なかったか? ったく、初めての乗馬だー、って喜んでたっつぅのに・・・」

 

唐突に声を掛けられ、俺はクルクル回るのを止めて、壱与をゆっくりと降ろす。不満そうに壱与は頬を膨らませるが、視線を向けずにぽんぽんと頭を軽く叩くことで宥める。

ため息をついて頭をがりがりと掻く翠は、俺と話している間もキョロキョロと回りに視線を飛ばしているようだ。常磐と日向・・・翠と蒲公英の娘を探しているのだろう。

確かに、昨日二人とも俺に出会ってすぐに『明日お母さんに乗馬を習うんです』と嬉しそうに報告してくれたのにな。突然いなくなるとは思えない。

 

「あれ? 蒲公英は?」

 

「あいつはあいつで探してるよ。あー、そういえば、壱与・・・だったか?」

 

「はい?」

 

「人探し、得意だろ? ちょっと探してみてくれないか?」

 

気まずそうに壱与に話しかける翠に、壱与は渋い顔をする。

・・・基本的に俺か卑弥呼、後は弟君くらいしか言うことを聞かない娘なので、こういうときは俺が宥めることになる。

 

「えっと、頼めるか、壱与」

 

「ギル様の頼みであればっ」

 

先ほどまでと打って変わって、嬉しそうに銅鏡を取り出す壱与。

そんな壱与を見てから、俺と翠は視線を合わせて苦笑い。全く、仕方の無い子だなぁ。

卑弥呼と同じ日に妊娠出産して、母親となった壱与だが・・・性格に変化は見られないようだ。もう少し落ち着きを持ってくれれば良かったのだが・・・。

 

「あれ、っていうか照は? 置いてきたのか、お前」

 

「いえ。天ちゃんと遊びたいと言っていたので、卑弥呼様が気を利かせてくれたのです」

 

「あー。確かに、照は天と卑弥呼好きだからなー。・・・そんなところもお前に似たかー」

 

集中して銅鏡を覗き込み、常盤と日向を探す壱与に、そう呟く。

後は悪いことをして俺に怒られたがるのを何とかすればなぁ・・・。壱与の血を強く引きすぎである。

 

「あっ、いました。・・・んー、中庭の木陰で寝てますね」

 

「中庭? ・・・あー、分かった。あそこだ。ありがとなっ、ちょっと行ってくるよ!」

 

そう言って小走りに去って行く翠の背中に、声を掛ける。遠ざかって行く姿に届ける為に、少し大きめの声だ。

 

「おう、蒲公英見かけたら伝えとくよ」

 

「頼んだ! ・・・あ、壱与! 助かったぜ!」

 

上半身だけをこちらに向けた翠が、軽く手を挙げて謝意を示した。

 

「いえー、ギル様のお頼みなのでー」

 

それに対して、すでに興味を失ったとばかりにおざなりに手を振り返す壱与。

・・・まぁ、これでもまだ対応は柔らかいほうだ。桂花とかに会うと一触即発でどうしようもなくなるが。

 

「あ、あの、ギル様?」

 

「ん?」

 

「卑弥呼様が天ちゃんと照を連れてくるまでもうちょっとあると思うんです」

 

「みたいだな。あの二人がそろうと卑弥呼も甘やかしちゃうからなぁ」

 

今頃邪馬台国の執務室で卑弥呼が二人と嬉しそうに遊んでいることだろう。

・・・壱与っていう邪魔者も居ないしな。そうなると、こちらに来るまではもうちょっと掛かるだろう。

 

「で、ですのでぇ・・・えと、二人目とか・・・欲しくないです?」

 

ちら、ちら、と自分のミニスカートを翻して、精一杯誘惑してくる壱与。

・・・うぅむ、チラリズムを会得しているとは、流石日本人。

 

「でもお預けな」

 

「ありがとうございますっ」

 

お預けは焦らしプレイ、叩けばSM、無視は放置プレイと、壱与は基本的に俺に対して無敵である。

詠がいれば密室に二人っきりで閉じ込めておけば凄く憔悴した壱与ととても機嫌のいい詠が出来上がるのだが、今は残念ながら詠は見当たらない。

後は迦具夜がいればと思うが・・・流石に身重の子に壱与の対応をしてもらおうとは思わない。

 

「あ、そうだそうだ。今日は用事があるんだよ。ついて来い」

 

「はいっ! ・・・あ、首輪とかあるんですけど、裸になってヨツンヴァインになったほうがいいですかね!?」

 

「・・・あのさぁ」

 

はぁ、とため息。四つんばいになった人間の移動速度なんて高が知れてるだろうに。

いいから行くぞ、と手を繋いで歩き出す。壱与は髪を引っ張られたり胸部の突起物を引っ張られたり舌を引っ張られたりするのは慣れてるくせに、手を繋いで普通に引っ張ると照れる。

お前の恥じらいどころはおかしいと何度も話しているのだが、当の本人は首を傾げるばかりなので、こういう子なのだと諦めることにした。

そんな壱与は、ふと真面目な顔をしてこちらを見上げてきた。

 

「えへへっ。・・・あの、ギル様?」

 

「ん?」

 

「・・・今度、照も連れてお散歩行きましょう。三人で、手を繋いで」

 

「いいぞー。天気もいいしな。海に行くのも良いかもしれんな」

 

「そうですねぇ・・・。・・・はっ。海といえば水着・・・水着と言えばギル様と御使いが発明した伝説の水着、『すりんぐしょっと』の出番!? ギルさまぁんっ。壱与、昂ってきちゃいましたぁっ!」

 

「・・・お前、もう少しシリアス維持できんのか。ちょっとだけ見直しかけたのに」

 

先ほどまで、慈母のような笑顔を浮かべて散歩をしようと提案していた壱与は何処へやら。

海辺で水着を着て岩陰で、なんてことを想像してもじもじしているので、膝の中に入るフジツボの話をしてあげた。

鳥肌を立てて頬を膨らませ、こちらを恨めしげに見上げる壱与は、とてもレアな表情をしていたと言っておこう。

・・・あ、やばい。なんか嗜虐スイッチ入った。

 

・・・

 

「お邪魔するよー」

 

「おや、また来たのか、ギル。暇だねぇ」

 

やってきたのは教室。しかも授業中である。

瑠璃がきちんと溶け込めているかを心配してやってきたのだが・・・。

ふむ、心配なさそうだな。周りの子たちと一緒に、楽しそうに勉強している。

 

「あ、ランサーもいる」

 

熱心に子供達に勉強を教えているのは、ランサーたちである。

ランサーは別にマッハで動かなくても共にいるランサーを呼び出せるので、一人一人に丁寧に教えているようだ。

彼らは教育が大事と言うことが身に染みて分かってるからな。

 

「ああ、そういえば、菫は別授業だよ。中庭に行ってる」

 

「ん、分かった。後で見に行くとしよう」

 

菫は特別な事情により、一人だけ時間割を変更して教えてもらっている。

その特別授業の教師はキャスターだったりランサーだったりバーサーカーだったり響だったり孔雀だったりと色々だ。

後で見に行くとしよう。先輩として、教えられることがあるはずだ。

 

「・・・さっきから無視してたけど、その手にある彼女はどうしたんだい?」

 

「ああ、壱与か? ずっと背筋がぞわぞわするような話してたら、憔悴したらしい」

 

壱与にこんな弱点があるとは思わなかった。これからも使っていこうと思う。

 

「ああ、そう・・・。・・・っと、もうこんな時間か。はい、ちゅうもーく! 四時限目終了! お昼の準備ー!」

 

キャスターが教室に声を掛けると、皆が返事をして、机をがたがたと動かし始める。

 

「・・・って、あれ? お父さんだーっ!」

 

「ははは、漸く気付いたか」

 

こちらをちらりと見た瑠璃がびしぃ、と指差してくる。こら、人を指差すんじゃない。

あ、ちなみに気付かれなかったのは魔術で気配を薄くしていたからだ。流石に授業の邪魔も出来ないしな。

魔術の師匠であるキャスターにはバレバレだったみたいだけど。

 

「お父さんもご飯食べるっ!?」

 

瑠璃に詰め寄られると、他にも教室にいた明里と碧里、嵐に谺と鳳もわらわらと集まってくる。

多分分からないと思うので説明しておくと、嵐は風、谺は響、鳳は孔雀の子である。

 

「あれ? 環は?」

 

「環ちゃんは菫ちゃんについてってったよ?」

 

「なるほどな。そりゃ納得だ」

 

「とーさん? あの、今日のボクのおべんと、これ自分で作ったんだけど・・・た、食べりゅ?」

 

「あ、鳳ちゃんだけずるいっ。えと、えと、これだっ。はい、お父さんっ。お母さんもこれは褒めてくれたっ!」

 

「おぉ~・・・ええと、嵐は・・・あ~、自分では作ってなかったなぁ~」

 

鳳と谺がお弁当の中身らしきものを箸でこちらに突きつけているのを対応していると、嵐が自分の弁当箱をつつきながら気の抜けたような声を出す。

 

「お、二人とも美味しいよ。これならすぐにお母さんと同じように料理を作れるようになるさ」

 

「本当かい? ・・・ふふ、それは嬉しいなぁ」

 

「わーいっ。ほーめらーれたーっ!」

 

二人を撫でて褒めると、その二人を押しのけるように、一人が前に出てきて、俺に無言で箸を突き出してくる。

その箸の先には卵焼き・・・え、食べろと?

 

「・・・早くなさい。この私がこうして手ずから食べさせてあげようというのよ?」

 

「一華は相変わらずだなぁ・・・」

 

背は俺より低いのにかなり上から目線で俺に卵焼きを食べさせようとする一華。

・・・名前から察せられるように、華琳と一刀の子である。髪を下ろして背を低くした華琳と言えば、一華を説明するのにはぴったりだ。

だが、性格は一華のほうがキツい。こうして上から目線での会話は日常茶飯事。執務中の俺の膝の上を占拠したり、仕事を残している俺を引っ張って町に出かける、訓練中に突っ込んできて隊長におでこを抑えられた状態でグルグルパンチなどなど。

しかし他の子たちにはかなり優しく接しているとのことなので、多分俺にだけ辺りがキツイのだろう。・・・いや、まぁ、桂花と比べたら全く問題ない程度なんだけどさ。

 

「食べるの? 食べないの?」

 

「あ、食べる食べる。あーん」

 

「ふふっ、阿呆のように口をあけてまで私の卵焼きが欲しいの?」

 

「・・・はよ」

 

「はいはい」

 

口をあけた俺に何時も通りの辛辣な言葉をかける一華。

そんな一華を急かすと、ため息をついて仕方がなさそうに俺の口に卵焼きを運んでくれる。

意外と丁寧に口まで運んでくれたので、そのままぱくりと一口。

咀嚼してみると、なるほど流石は華琳の子だ。自信を持っていいだけの味をしている。

 

「・・・で、感想は?」

 

イラついたような顔をして腕を組んだ一華は、俺を見上げながらそう聞いてくる。

そんな彼女に、俺は少し考えた後で素直に答えることにした。

 

「美味しいよ、もちろん。いつも作った料理食べさせてくれるけど、今回のも美味しいな」

 

「そう。まぁ、当然だけどね」

 

厨房に立ち寄ったとき、一華が華琳や流流から料理を教わっていたりすると、『作りすぎたから』と俺におすそ分けしてくれるのだが、それも毎回美味しいのだ。

先生がいいのか、一華自身に才覚があるのか・・・まぁ、その両方なんだろうな。初めて作るような料理でも、その辺の店より美味しいときがある。

俺に対する風当たりはキツイ女の子だが、『そういう子だ』と思って接してあげれば全く問題ない子なのだ。良いお嫁さんになるだろう。一刀が許すかどうかは別として。

一通り俺から褒められて満足したのか、一華はそのまま弁当箱を持って嵐たちのグループに戻る。そこで周りの皆から声を掛けられているようだ。

 

「あの、お父さん? ・・・えと、今日のおべんと、お母さんが作ってくれたのだから・・・瑠璃の作ったやつ無いの。あぅ、ごめんなさい・・・」

 

「え? いや、謝ることないだろう。紫苑のお弁当は美味しいし、瑠璃のことを考えて作ってくれてるんだから、ちゃんとありがとうって思いながら食べるといいよ」

 

「うん。・・・あのね、お母さんと同じくらい料理できたら、あの、お父さんのお嫁さんになれる?」

 

上目遣いに聞いてくる瑠璃に、俺は璃々の面影を見た。・・・と言うか、全く同じ発言を数年前の璃々に言われているので、面影が重ならないはずが無いのだが。

・・・いや、でも璃々とは違って瑠璃は無理じゃないかなぁ。・・・と真面目に返答して泣かせることはしないぞ。

 

「んー、うん、そうだなぁ。瑠璃がお料理や洗濯が出来て、紫苑も認めるような女の子になったら、お父さんと結婚できるかもなー」

 

「本当!? わーいっ。あのね、頑張るから! お母さんにも、璃々お姉ちゃんにも負けないからっ」

 

「お、おう。・・・その、何だ。程ほどにな?」

 

「嫌だ! 全力でやるもん!」

 

満面の笑みで『あんまり本気にするなよ?』と言う言葉を断られてしまった。

・・・うん、大丈夫だよね? 十数年後娘に求婚されるようなことにはならないよね? ね?

 

「・・・ま、またギルに変なこと言っちゃったぁ・・・。き、嫌われたらどうしよぅ、谺ちゃん・・・」

 

「い、一華ちゃん、あんまり落ち込まないで? お父さんは基本的に女の子に優しいから、むしろご褒美だよ!」

 

「・・・それはちょっととーさんの名誉に関わらない? えと、桂花さんとか思春さんとかが奥さんになってるんだし、嫌うってことは無いと思うけど・・・」

 

「そ、そうかな? ・・・えへへ、でも、ギルが私の卵焼き美味しいって・・・んふふっ、嬉しいなぁ・・・」

 

「あ、もう気にしてないのね?」

 

「・・・気持ちの切り替えだけは一級品だよねぇ」

 

悩んでいたからか、目の前の瑠璃の対応でいっぱいいっぱいだったからか、一華たちのいる方から聞こえてきた会話を聞き取れなかったのは、仕方の無いことだろう。

 

・・・

 

キャスターの言葉を頼りに、中庭まで足を運んでみた。もちろん、いまだに壱与は小脇に抱えつつである。いつまで放心してるんだこのドMは。

 

「お、やってるやってる」

 

今日の相手は恋と孔雀らしい。菫が授業を受けている横で、環がハラハラしながらその光景を応援している。

環はあのツン子の血を引いているからか、心配していると言うのを表には出さないからな。ああやって陰から応援するのが環なのである。流石ツン子の血筋。

菫を直接相手していた恋がこちらに気付いて、『軍神五兵(ゴッドフォース)』を肩に乗せるいつもの構えを取る。きょとん、とした顔の菫に、恋はこちらを指差しながら口を開く。

 

「・・・ここで休憩」

 

「だね。・・・丁度、ギルも来た事だし」

 

「え、お父様? ・・・あっ、お父様ーっ! こちらですよーっ!」

 

こちらに気付いた菫が俺を手招きする。環も立ち上がって、菫に水筒を渡した後こちらを見る。

 

「どうだ、特訓は。上手く扱えそうか?」

 

「へぅ・・・ちょっとまだ、慣れてないかなーって思います。あの、休憩が終わったら、お父様も菫の特訓、見ていただけませんか?」

 

「もちろん。・・・環も、菫のこと見ててもらってありがとな」

 

「っ!? きゅ、急に何っ!? もうっ、撫でないでっ」

 

「っと、嫌か? ごめんごめん」

 

環の頭を撫でてやると、慌てた様子で振り払われる。

これはすまないなと手を引くと、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。

 

「い、嫌なわけじゃ・・・無い。えと、急にされると、びっくりする、から・・・」

 

「ん、そっか。じゃあ・・・環、撫でるぞ?」

 

「・・・ん」

 

ちゃんと許可を取ると、頭をこちらに向けてくれる環。

 

「・・・あと、ボクが菫の面倒を見るのは当たり前なんだから。お母さんから、頼まれてるもん」

 

「おう、偉い偉い」

 

「えへへ・・・ありがと」

 

ニコニコと笑う環をしばらく撫でて、それから菫の特訓を見ることに。

 

「よし、じゃあやってみようか!」

 

「はい! ・・・むむむ・・・開け、宝物庫!」

 

「おぉ、いくつか出せるようになっているな」

 

菫の特訓と言うのは、今の発言から分かるように、『王の財宝(ゲートオブバビロン)』の訓練だ。

俺の血を引き、マスターである月から生まれた子だからか、菫は俺の宝具である『王の財宝(ゲートオブバビロン)』を扱えるのだ。

まぁ、そうは言っても宝具を一つか二つ取り出すのが精一杯っぽいが。魔力やらつながりやらがまだまだ未熟だからだろう。

ちなみに、扱えると言っても宝具として菫が所持しているわけではない。俺が持つ『王の財宝(ゲートオブバビロン)』の共有が出来ると言うところだ。

大本の所有者は俺で、菫もその宝物庫を開ける鍵を持っている、と言うイメージだ。

 

「はふ・・・あうぅ、これじゃ、自動人形さんが出てくるのは何年後のお話になるのでしょう・・・」

 

宝物庫を閉じ、菫が膝に手を付いて呼吸を整える。魔力の消費、軽くとはいえ宝具の使用によって、体力的にも消耗するのだろう。

汗を拭ってやりながら、目線を合わせて肩に手を置く。

 

「大丈夫。俺の子だからな、菫は」

 

「・・・そう、ですか? ・・・へぅ、お父様のように使えれば、かなり利便性があるんですけど・・・お使いとかで、生もの痛めずに持ち帰れますし!」

 

「とても家庭的な使い道だなぁおい。良いお嫁さんになりそうだ。絶対嫁には出さないけど」

 

「? 大丈夫ですっ。お父様のお嫁さんになりますから!」

 

「・・・そ、そっか。それはそれで心配と言うか・・・」

 

一片の曇りも無い純真な瞳でそう言われてしまうと、俺が間違ってるかのように勘違いしてしまう。

って言うか瑠璃に続いて二人目なんだけど。娘にモテるというのは喜んでいいのだろうか。

 

「・・・大丈夫ですよ、ギルさん。菫の教育は私も手伝いますから」

 

「お、おう。母親である月が協力してくれるなら心強いな」

 

にっこりと笑う月に、苦笑いで答える。

頬に手を当てて首を少しだけ傾けた月が、その微笑を浮かべたままで続ける。

 

「ちゃんと、後で『十年待ちなさい』と伝えておきますね?」

 

「いや、そっち方面じゃない。教育する方向が間違っているぞ、月」

 

「?」

 

「?」

 

母子(おやこ)一緒に首を傾げるんじゃない」

 

月と同じように、首を傾げる菫を見て、俺は一抹の不安を感じる。・・・うん、まぁ数年もすれば反抗期で父親である俺のことを毛嫌いするようになるだろう。

幼馴染もそうだった。親と喧嘩しては俺の部屋に窓から飛び込んできたりしたし。あの時は大変だった。窓は開けてたけど網戸は閉めてたので、飛び込んだは良いが網戸に当たって跳ね返される幼馴染の姿をスローモーションで見たものだ。

その後跳ね返された幼馴染は無事部屋に着弾(誤字ではない)し、網戸は破壊されたが。それでも幼馴染の怒りは収まらなかったのか、再び諦めずに飛び込んでくるほどだ。あのときのあいつの執念はなんだったのだろうか。

記憶を手繰り寄せて懐かしみながらうんうん頷いていると、急に恋が視線を入り口に向け、訓練場に入ってくる人影に気付いて声を上げる。

 

「・・・命」

 

「・・・」

 

恋の声に、ぴょこ、と小さく手を挙げて答えるのは、恋の娘、命だ。

とてとてとこちらに歩いてくる命は、俺のもとまで来ると無言で足に抱きついてくる。そのままぎゅう、と力を込める姿は、なんとも可愛らしい。

よしよし、と頭を撫でてやると、母親譲りのアホ毛がゆらゆらと揺れる。感情を表す犬の尻尾のようだ。そのままぐしぐしとマーキングするように顔を擦り付けて、ぱっと俺を見上げて口を開く。

 

「・・・ギル、おはよ」

 

「ああ、おはよう、命」

 

昼寝をして今起きたところなのだろう。もう太陽も真上に昇る頃なのに、命の挨拶はちょっとずれていた。

ちなみに、命だけは俺のことを『ギル』と名前で呼ぶ。・・・なので、恋と二人並ぶと、恋が二人になったように錯覚するほどだ。

まぁ、無理に『お父さん』だなんだと呼ばせようとは思わないし、好きなように呼ぶといいと思う。

 

「昼寝してたのか? ・・・してたっぽいな。草付いてる」

 

赤いショートカットの髪に、緑色の草が絡まっている。それを撫でつつ払ってやると、嬉しそうに目を細める命。

 

「・・・寝てた。今日は・・・良いお天気」

 

それもそうだ、と笑顔を返す。あんまり昼に寝すぎると夜眠れなくなりそうだけどな、とも思ったが、それは口に出さないことにする。

 

「・・・で、何で菫と環も俺の脚に引っ付いてるんだ?」

 

「ふぇっ? え、えと、命ちゃんだけずるいなーって」

 

「そっ、そうよっ。・・・い、嫌なの・・・?」

 

「もちろん嫌じゃないけど・・・」

 

仕方が無いなぁと苦笑していると、少し離れたところにいる母親たちがこちらを見てなにやら話し始める。

 

「むむむ、月に恋、娘に旦那さん取られちゃうよ?」

 

「・・・命も、恋と同じくらいギルを好き」

 

「菫も、お父さんのこと大好きですから。・・・独占は許しませんが」

 

「・・・うわぁ」

 

月の視線を受けて、何故か菫がびくりと跳ねる。・・・どうしたんだろ。何か変な気配でも察知したのだろうか。

戸惑うように周りに視線を向ける菫を軽く撫でて、不安を払拭してやる。

 

「あ、そういえばそろそろ天たちが来るぞ?」

 

「・・・えと、『たち』ってことは・・・」

 

「もちろん照も来る」

 

「・・・へぅ」

 

「あー・・・」

 

「・・・?」

 

菫と環は苦笑いを浮かべて、恋は小首を傾げる。

・・・まぁ、照の性格を一言で現すならば、幼い壱与と言うものだ。

今でこそ壱与は丸くなって他人も許容するようになってきたが、照は出会った当初の壱与より内向的である。

照は魔術と魔法に興味があるらしく、卑弥呼や壱与、天たち邪馬台国のメンバーと研究をしていたり部屋に閉じこもっていることが多い。

それでも俺が訪ねれば喜んでくれるし、卑弥呼たちについてきてこちらで遊んだりもするんだけども。

だが、俺といるときに他の子や卑弥呼たちが近づくと凄まじい勢いで威嚇し始めるのが、菫や環は苦手らしい。・・・俺もやんわりと注意はするのだが、まぁ成長を待つしかないだろう。

 

「照は壱与の血を色濃く継いでくれましたから・・・ぐふふ、ギル様のことちょー愛してるんじゃないですか?」

 

「うお、びっくりした。・・・壱与、お前復活したのか」

 

「ええ。壱与、色々と考えてみた結果、ギル様からのお話だったらこの感じるぞわぞわも快楽になるんじゃないかと思ったんです」

 

「あ、ああ、うん。そっかー」

 

「・・・なので、下着が大変なのですが・・・お着替えに行ったりとかは・・・」

 

「え、許可しないけど」

 

「ですよねっ! はい、壱与、この下着で夜まで過ごしますとも!」

 

「何で嬉しそうなんだこの変態・・・」

 

嬉しそうに宣誓する壱与に、俺はもう苦笑いしか浮かべられん。

そんな壱与が、ふっと中空に視線を移す。

 

「む、卑弥呼様たちが到着されたようですね」

 

「っしょっとぉ!」

 

「わ、わわ、わーっ!?」

 

「っぉぐっ!?」

 

壱与の発言とほぼ同時に、空中に人影が三つ。纏まって落ちてきたその三つの影は、そのまま何の支えも無くどさどさと落ちてきた。

・・・って言うか一番最後の声はどちらかと言うと悲鳴だけど大丈夫か?

 

「・・・たたた。んもう、わらわはあんまり魔法得意じゃないんだから・・・」

 

「そんなこと言っても、壱与さんの師匠なわけなんだからさぁ、御母様は」

 

「あの、ちょ、照を下敷きにお話しするのやめてもらっても良いですぐえっ」

 

「え、あ、ごめん鳩尾入った?」

 

「うぐぅ・・・天ちゃんのお尻尖ってるぅ・・・」

 

「この、御母様の美を受け継いだ余のお尻になんて暴言をっ!」

 

「同じく踏まれるなら御父様が良かったぁ・・・うぅ」

 

目の前でコントを繰り広げる三人・・・ああ、卑弥呼は途中で離脱したから、天と照の二人か。

文字通り尻に敷かれている照と、その上で自分がどれほど美しいかを力説する天を、取り合えず止めに入る。

 

「二人とも、そこまでそこまで。ほら、照も痛がってるし、降りてあげなさい」

 

「っ、御父様っ」

 

「え、御父様? あ、ホントだっ。あの、どうぞ!」

 

天は照の上から退いて俺の元に駆けて来たが、照は仰向けに寝転がったままで自身の腹をぽんぽんと叩く。

 

「え、・・・『どうぞ』?」

 

「はいっ。・・・座らないですか?」

 

「座らないよ!?」

 

「す、座らないんですかっ!?」

 

俺の驚きの声に、照は更に驚いた声で返す。・・・え、何でこの子は俺がナチュラルに娘を下敷きにすると思っているんだろうか。

 

「照っ。馬鹿なことはやめなさいっ」

 

「御母様・・・?」

 

お、壱与が止めに行った。流石に、母親として許せないもんなぁ、今の照の言動は。ちゃんと自分の体は大切にしないと。ねぇ。

そう思って天を抱き上げてよしよしとあやしていると、照を立ち上がらせた壱与のお説教が聞こえてきた。

 

「ギル様の椅子は壱与の特権なの! 幾ら娘とはいえ、十年早いのよ!」

 

「はっ・・・! そ、そうですよね・・・! 照ったら、御母様の気持ちも考えず・・・!」

 

「・・・分かってくれればいいのよ。照は私のかわいい娘なんだからっ!」

 

「御母様っ!」

 

「照っ!」

 

感動した面持ちで抱き締めあう壱与と照を見ながら、俺の腕の中にいる天が疲れたような顔をこちらに向けて、口を開く。

 

「・・・御父様、こういうことを言うとあれなんだけど・・・壱与さんと照って馬鹿なの?」

 

「・・・否定は出来ないなぁ・・・」

 

ちなみに、壱与は俺と卑弥呼と天、照は月と菫と環からお説教を受けさせた。

まぁ、壱与の更正は最初から期待してない。そのままの壱与を好きになったわけだしね。変態なところも含めて、かわいいものなのだ。

その娘である照も同じく。間違った道へ進むならそれはもちろん今のように止めるが、それ以外なら幾らでも失敗して欲しいものだ。

・・・まぁ、二人とも頬を膨らませてそっぽを向いているので、懲りてはいないのだろう。後でそれとなく言っておく必要があるか。

 

・・・




「た、卵焼きを掴んで、差し出して、『あーん』って言って食べさせる・・・。たっ、只それだけっ。簡単じゃない。あの曹操の娘なのよ、私は。出来る、出来るわ。気持ちの問題なのよ。あぐぅ、心臓、痛いくらいに早い・・・お、落ち着かないと、落ち着いて、お母様みたいに毅然とした態度でやればいいのよ。何よ、問題ないじゃない。簡単よ。そう、簡単なんだから・・・。そういえば、きょ、今日の出来はどうだったかしら・・・はむ。ん、美味しい。当たり前だわ。だってお母様と流流さんと紫苑さんたちに教えてもらったんだもん。こ、これならギルも『美味しい』って言ってくれるはず・・・あぅ、でも、甘い卵焼きが嫌いだったらどうしよう・・・。お饅頭とか食べるから甘いもの好きだと思うんだけど・・・。やっぱり夫婦生活で食事の好みを知っておくのって必要だし・・・そもそも・・・ぶつぶつ」

「・・・どうする、鳳ちゃん。声掛けたほうが良いかな」「どうするかって聞かれたら、そりゃアレだよね。関わりたくないよね」「・・・だ、だよねー。でもさ、ほら、一華ちゃんの恋路を応援するのも友達として必要かなー・・・ってさ」「はぁ・・・じゃあさ、ボクが先陣切ってあげるよ、もう」「じゃあ、私も続くね。・・・ほら一華ちゃん、準備して?」「ふぇ? 準備? 私とギルの結婚式の?」「今のやり取りの間にそこまで妄想しちゃったんだ!?」「・・・やっぱこれ放って置いていいんじゃないかな・・・」


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第八十一話 アイドルの娘の才能とお茶会に

「アイドルとお茶会・・・ひらめいた!」「通報しといたぞ」「何処に!? っていうかひらめいただけだよ!?」「俺も通報しておいた」「だから何処にさ!」「知らないのか一刀。とある場所では、『ひらめいた』と言うと通報されるんだぞ」「世紀末過ぎるだろ・・・」


それでは、どうぞ。


「はーい、いち、にー、にー、にー、さん、にー・・・そこ、動きずれてるっ」

 

「はいっ!」

 

「笑顔は忘れちゃダメだよー?」

 

「はいっ!」

 

「・・・こっちは休憩。ちゃんと水分補給。あ、それしつつ他の組の練習ちゃんと見てね?」

 

「分かりましたっ!」

 

ある日の午後、太陽の照りつける中で、汗を流す数十人の女性達。

全員地味な、動きやすい格好で・・・大雑把に言うと、ジャージっぽい服装で掛け声にあわせてステップを踏んだりしていた。

それを指導しているのは、三人。『元』アイドル、天和、地和、人和の三人である。・・・うん、『元』なんだ。すまない。

いや、謝ることじゃないんだけどさ。流石に出産した後にアイドルに戻るのは難しいだろうと言うことで、三人は引退を決意。

それからはこうして、自分達の後輩を育てることが彼女達の仕事だ。今までの知識や経験を、彼女達に叩き込んでいる。

・・・あ、ちなみにこの『アイドル候補生』たちは志願もあるが、侍女隊からも幾人か編入してきている。まぁ、ここは機動部隊の広報隊だし、侍女隊から何人か編入しても問題は無いだろう。

機動部隊の中で、侍女隊がアイドル達のライブ衣装を作ったりだとか、遊撃隊がライブ会場を建設したりだとか、それぞれ助け合ったりしているのだ。

 

「ギルが来てるからって緊張したりしないのよっ。足が乱れてるっ!」

 

「は、はいっ!」

 

「おー、揺れてる・・・」

 

「ギル後で殴るからねっ!」

 

「お、おう!?」

 

ぼそりと呟いた一言だったのだが、地和は聞いていたらしい。後で殴る宣言をされてしまった。

・・・うぅむ、『子供を妊娠すれば胸が大きくなる』と言う言葉を信じていた地和の胸は、まぁ、お察しの通り全く変わっていない。

人和にかなりの差をつけられているほどだ。だがそれで良い。・・・まぁ、そんなこともあってか、地和に対しての胸ネタは前よりも地雷である。

 

「ちぃ姉さんが殴ったら私が慰めてあげられるから、それはそれで役得」

 

「人和無表情で怖いこと言わないでくれるか・・・?」

 

「あ、ずるーい! お姉ちゃんがギルのことちゃんと慰めるもん! 上も下も!」

 

「忘れてるかもしれないけど、お前らアイドルだったんだぞ・・・?」

 

容赦なくギリギリのネタをぶっこんで来る元アイドル達にため息をつく。

その部下である広報隊の女の子達は苦笑いするだけだし・・・。

 

「あ、そういえばそろそろ天衣たちが来る頃だねー」

 

「そうだったわね。・・・時間もいいところだし、ギルぶん殴る時間も欲しいから、そろそろお仕舞いにする?」

 

「そうね。・・・うん、そろそろそうしましょう」

 

三人から解散を告げられ、広報隊の面々が片づけを始めると、こちらに駆けてくる影が見える。

お、アレは・・・。

 

「戻ったよー!」

 

「あ、天衣たちだー。お帰りー。楽しかった?」

 

「楽しかった! あ、パパだー!」

 

「おっとと」

 

天和に迎えられた天衣が、俺に気付いて飛び込んでくる。

その後ろに続くのは、一色と喜和だ。それぞれ、地和と人和の娘である。

・・・ちなみに、この子達は俺のことを『パパ』と呼ぶ。何でそんな呼び方するかと言うと、『他の子たちと違う呼び方をしたい』と言う三人の希望で色々と考えた結果である。

パパ、なんて言葉、この時代のこの大陸ではこの三人しか呼ばないだろう。ちなみに、俺がそう呼ばれるたびに俺だけではなく一刀や甲賀と言った『現代組』はむず痒い思いをしている。

 

「パパさん、ちぃママのこと怒らせたの? ・・・『はんにゃ』みたいな顔してる」

 

「してないわよ!」

 

「例えそうじゃないとしても、『あいどる』としてしちゃいけない顔してるよ、ちぃママ・・・」

 

くわ、と自分の娘・・・一色を睨みつける地和。・・・まだまだ子供だなぁ。え、あ、違うよ? 精神が、だよ? 

・・・何で今、地和は俺を睨んでいるのだろうか。モノローグまで聞かれては堪らんぞ。

そんなこんなで内心で言い訳を続けていると、呆れたのか本当に心まで読んでいたのか、ふぅ、と短く息を吐いて地和が視線を逸らす。・・・生きた心地がしなかったぞ。

地和の使う妖術は魔術とは系統が違うものの、位の高いものだと神秘を内包したりする。しかも、『魔術亜種』とでも言うべきものなので、『対魔術』で弾けないときがあるのだ。

これの似たものとしては、卑弥呼の使う魔術とは違う体系の、『鬼道』だろうか。

 

「でも、まぁ・・・その、殴るのはナシにしといてあげるわ。ちぃの優しさに感謝しなさい!」

 

「ちぃママの優しさって詠さんみたいな優しさだよね、パパさん」

 

「だよな。不器用って言うか、勢いだけで発言してちょっと恥ずかしがるところとか」

 

つんと顔を背ける地和を他所に、俺と一色は顔を寄せ合って耳打ちし合う。

 

「我が母親ながら、流石『あいどる』だなーって思うよ、いーちゃんは」

 

「なんていうか、愛される性格してるよなー」

 

「だよねー。流石いーちゃんのママだよー」

 

そうして二人でしゃがみながらこそこそ話していると、影が差してきてふっと暗くなる。

あれ、と一色と顔を突き合わせて首を捻りつつ、影が差してきた方へ顔を向け・・・。

 

「あ」

 

「お」

 

――般若を見た。

 

・・・

 

「ギルぅー、生きてるー?」

 

「生きてるー」

 

上に一色を乗せながら、仰向けに倒れる俺に、天和が覗き込むように声を掛けてくる。

天衣は一色の頬をツンツンとつついているようだ。一色は白目を剥いているため反応はしていなかったが。

俺は地和から全力キックを貰っただけだが、一色は全力デコピン食らってたからな。そりゃ白目も剥く。

 

「よかったぁー。あ、こら、天衣ちゃん? いーちゃんのことツンツンしすぎたらダメでしょぉ~?」

 

「えー。じゃあパパをツンツン~」

 

「おぉう、何で俺・・・」

 

一色から俺に標的を変えた天衣が、俺の頬を突く。・・・当然痛くないし、娘のやることだからかわいいものだが。

 

「うみゅ? ・・・あふ、いーちゃん、寝てた? ・・・って、パパさん、何でお布団してるの?」

 

「あー、これには紙より薄く水溜りよりも浅い理由があるんだが・・・」

 

「それ聞かなくても良いってことだよね?」

 

俺の上で目を覚ました一色が、目を擦りながら起き上がって降りる。

それにつられる様に俺も起き上がり、背中を軽く払う。

 

「・・・パパさま。お背中はしぃが払うよ」

 

「お、おう。ありがとな、喜和」

 

人和の娘、喜和がいつの間にか背中に回りこんでおり、物静かながらしっかりとした言葉で主張してくる。

確かに背中には手が届かないから助かる。・・・静かに背後に回るのはちょっと勘弁して欲しいが。

 

「・・・ん、綺麗。終わったよ、パパさま」

 

「ありがとな、喜和。偉いぞー」

 

「あぅあぅ・・・んふー」

 

くしゃくしゃと撫でると、喜和は目を細めてはにかむ。母親と同じデザインで色違いの眼鏡が、光を反射して一瞬だけ目元を隠す。

この子は甘えん坊だからなぁ。

 

「あれ、そういえば地和は?」

 

「むこうで人和ちゃんにお説教されてるよー? ギルは兎も角、一色ちゃんまではやりすぎー、って」

 

ニコニコとそう教えてくれる天和の指差すほうに視線を向けると、確かに地和と人和がガラス越しに見えた。

地和は正座をしており、いつもよりその体躯が小さく見える。人和は、説教をしていると言っていたが、怒っていると言うよりはどちらかと言うと諭している、のほうが正しいかもしれない。

表情には呆れのほうが多く含まれており、時折ため息らしき動きを見せる人和が、ちらりとこちらを見た。眼鏡の奥に動く瞳が、少しだけ大きくなる。

 

「あ、お説教終わったみたいだねー」

 

「・・・俺たちが起きるの待ってたっぽいけどな」

 

正確に言うと俺達と言うよりは『一色が』起きるのを待っていたというべきか。

幾ら妖術でキックを食らったとはいえ、流石にサーヴァントの身。気絶まではしない。

吹き飛ばされて地面に倒れたら、続くように一色が飛んできたのでキャッチしたら、俺の上に覆いかぶさるように気絶したので寝かしていただけだ。

下手に動かすのも問題あるかと思って放って置いたのだが・・・まぁ、無事だったのでよしとしよう。

 

「おはよう、一色。ちぃ姉さんがごめんね、恥ずかしさを隠そうとする余り手が出る馬鹿で」

 

「うぐぅっ・・・ちょ、ちょっと人和、娘の前でそういう・・・」

 

「ううん! ちぃママはちゃんと手加減してくれたよっ。あ、でもパパさんにはごめんなさいするんだよ?」

 

「あぐぅっ・・・む、娘に諭されたぁ・・・」

 

「あはは~。ちーちゃんよりお姉さんだね、いーちゃんは」

 

「そうだねぇ~。天衣さまほどじゃないけど~」

 

蜂蜜に砂糖を混ぜ込んだような甘い声が二種類。一つはもちろん天和の。もう一つは娘の天衣のものだ。

だが、天衣のほうには少しだけだけれど違うものが混ざっているようだ。

一人称が『天衣さま』と言う少しだけ偉ぶった言葉使いだが、違和感が無いほどには天衣からは覇気のようなものを感じる。

菫の次くらいに俺の血を濃く継いだのか、彼女には母親譲りの桃色の髪に、金髪が混ざっている。前髪の一部とアホ毛のみだが、他の子には無い特徴でもある。

・・・俺これ程までに偉ぶったこと無いけどな・・・。

 

「・・・あの、ギル? その・・・一応、ごめん」

 

「ん? ・・・ああ、気にしてないよ。だいじょぶだいじょぶ」

 

「そ、そう? ・・・妖術の腕落ちたかしら」

 

確かめるように手を握ったり開いたりして、地和は妖術の調子を確かめているようだ。

いや、調子が悪くて通用してないから俺が気にしてないんじゃないんだって。と言うかダメージ与える気満々か。反省してねえな・・・。

 

「あ、そういえばパパ何しに来たの? 天衣さまに会いに来たの~?」

 

「ああ、まぁ、それもある。・・・ぶっちゃけるとな、暇なんだよ」

 

「お暇? じゃあじゃあ、天衣さまと街にいこー? 『でぇと』、するのっ」

 

「天衣ちゃんと行くならいーちゃんも連れてかないと不貞腐れるかも!」

 

「・・・お留守番は、嫌です」

 

俺の腕を取る天衣と、背中に乗る一色。そして、そっと裾を掴んでくる喜和の三人に、うぐ、と小さく呻く。

小さいとはいえこの子達も『広報隊』の一員なのである。天和たち母親が直接の師匠みたいなもので、天性の才能と言うべきか、『自分の可愛さ』と言うのを理解してやってる節がある。

天衣以外は無意識にやってるみたいだけど。・・・無意識にやってくる一色と喜和も中々将来が怖いが、意識してやってくる天衣は一番怖い。

おそらくだが、これを断るとうっすらと目じりに涙を溜め始めるだろう。そして、悲しそうな声で『いや、なの・・・?』とかあざといことを言ってくるに違いない。

嫌なわけじゃないが・・・これ、他の男とかにやってないよね? 完全に小悪魔だよ、この子。世が世ならサークルクラッシャーとか呼ばれる類の子だよ。しかも完全に自分に被害が及ばないように出来る稀有な才覚の持ち主だよ。

 

「・・・天和、子供達と出かけてくる」

 

「はぁい。・・・うふふ、大変だねー?」

 

天衣のことをきちんと理解できている天和は、全部お見通し、とでも言いたげに笑う。うぐぅ、これで天衣を煽ってくるんだから天衣の性格の五割は天和の所為だろう。

え? もう五割? そりゃ天和から受け継いだ才能の所為だろう。・・・あれ、天和の所為が十割になってしまった。

将来について若干の不安を抱いたりしていると、なんだか地和たちが天和親子から離れてなにやら話をしているようだ。そちらに意識を向けてみると、真剣な声色が聞こえてくる。

 

「一色、あんたは一番お姉さんなんだから、天衣が暴走し始めたら喜和と一緒に止めるのよ? 気絶までなら許可するわ」

 

「はいっ」

 

「喜和。・・・一色の言うことを良く聞いて、『殴れ』と言われたら躊躇なく天衣を殴るのよ」

 

「・・・はい」

 

「そこまでしなくとも良いだろう。天衣もちゃんと分かってるよな?」

 

「うん!」

 

俺の言葉に、天衣は元気よく頷く。そんな俺達を、ジトリとした目で見る四人。

まるで、『その言葉に信頼性など一欠片もない』と言わんばかりだ。むむ、そこまで疑われては仕方があるまい。

天衣に向き直ると、ぴっ、と指を立てて確認を始める。

 

「よし、じゃあこの前までに約束したことを言ってご覧」

 

「はい! 『町の人にお菓子をおねだりして破産させません』! 『お店の人に愛嬌を振りまいて仕事出来ないほど骨抜きにしません』! 『兵士さんたちにあざとい挨拶をしてその後の訓練に支障が出るようなことはしません』!」

 

「よろしい! 守れるよな?」

 

「うん!」

 

「ほら、大丈夫だろ?」

 

そう言って四人を振り返ると、なにやら戦慄したような顔をしてこちらを見ていた。

そして、地和と人和の二人は、慌てて自身の娘に向き直ると、一つ一つ確認するように話しかける。

 

「いい、一色。先週より一個増えてたわ。街の平和を守るためなら、ママが教えた妖術を使っていいわ」

 

「分かりました・・・! いーちゃん、頑張るよ!」

 

「喜和、貴方も天衣や一色と同じく、ギルの血を引いてる。やってやれないことは無いと思う。・・・無事を祈ってる」

 

「・・・はい。無事に、天衣ちゃんを止めます・・・」

 

なんだかあそこだけ戦場に向かうみたいな空気を感じるんだけど・・・。大丈夫か?

そんな四人を他所に、天衣は天和から身嗜みやら持ち物のチェックを受けていた。

 

「手ぬぐい持った? お水はまた汲んで持っていくんだよー? あ、お小遣い大丈夫?」

 

「手ぬぐい・・・うん、持ったー! お水もね、帰りに汲んできてるよ~。今月あんまりお買い物してないし、お小遣いも大丈夫ー」

 

「そっか~。じゃあ、安心だねぇ。パパの言うこと良く聞いて、一色お姉ちゃん達から離れないようにするんだよぉ?」

 

「分かってるよぉ。んもぅ、天衣さまも子供じゃないんだからぁ」

 

ふわふわと甘い声でお互い会話しているが、他の子たちの緊張感は高まって行くばかりのようだ。

・・・確かに小悪魔的でカリスマ半端ないけど、俺もいるんだし、大丈夫だって。

 

・・・

 

――そんな風に考えていた時期が、俺にもありました。

やばい。何がやばいって俺と天衣が一緒に歩くとカリスマがやばい。

初めて知ったんだけど、天衣と歩くと俺のスキル『カリスマ』が切れなくなるらしい。

押さえることは出来るけど、それでも天衣のと合わせてかなり空気が変わってしまうようだ。

それなりに耐性のある武将クラスならば問題ないみたいだが、街の人たちは『カリスマ』に慣れてないからか、全開切り忘れたときのように、影響されてしまっているようだ。

 

「ギルさま! 天衣さま! こちら貢物でございます!」

 

「ウチの商品を全て持って行ってください!」

 

「今日の訓練は全て中止! ギル様と天衣様を護衛せよ!」

 

「寄らば斬るぞ! どけどけ! ギル様と天衣様が通るぞ!」

 

「天衣さまー! きゃー! こっちむいてー!」

 

わらわらと人の壁。ある一定の距離から決して近づかないが、それでもかなり進行の邪魔にはなっている。

『貢物』として置いていかれていく店の商品やら何やらが、うず高く積まれていくからだ。

 

「・・・あれ、俺天衣と歩くの初めてだけど、いつもこんなのなの?」

 

「知らなかったの? ・・・でも、いつもはもうちょっと大人しいよ。挨拶した兵士さんとか、お店の人だけだもん。物くれるのは」

 

「・・・自主的に全て捧げてくるのは、今回が初めて。・・・多分、パパさまの所為」

 

「そ、そうかー。・・・帰ろうか」

 

この状況はまずい。さっきから自動人形フル稼働で店の商品やらなんやらを元の持ち主の下へ戻してはいるが、それをまた持ってくるという無限ループに陥っている。

自動人形からも、思念でシンプルに『ウザイ』と送られてきているので、相当ご立腹のようだ。

だが、俺の言葉に異を唱える人物が一人。

 

「え? やだよー。だって天衣さま、パパとの『でぇと』初めてなんだもん! ・・・天衣さまね、今日はまだ帰りたくないなぁ・・・」

 

喧騒の中、天衣だけがマイペースに振舞っている。

って言うか、後半の台詞は場所が場所なら桃色のホテルに直行の台詞である。まだ君には早いぞ。

だがまぁ、確かに出かけてまだ一時間も経っていない。これで城に帰るのはなぁ・・・。

 

「・・・ふむ、ならば俺の父としての威厳も見せておくか」

 

「? パパ、何するのー?」

 

「天衣の無力化、って所かな」

 

不思議そうにこちらを見上げる天衣たちに、苦笑いしながら答える。

・・・不幸の日がある詠には、サーヴァントの中でも随一の幸運値を持つ俺がいることで打ち消せた。

不幸には幸運を、と言う対極のもので打ち消すという方法だが、もう一つ、能力の影響を打ち消すことが出来る方法がある。

それは・・・『もっと強いもので上書きする』というものだ。

 

「――落ち着け」

 

全力も全力。カリスマを一片たりとも抑えることなく周辺に叩きつける。

判定次第では敵をも従わせられるという超級の『カリスマ』が、町民たちの頭を冷ましていく。

 

「・・・あ、あれ? 何で俺達こんなところに・・・。はっ! お、おい! 巡回の経路から外れてるぞ!」

 

「っ! ぜ、全隊員は持ち場に戻れー!」

 

「あら大変! 店番放って来ちゃったわ! 戻らないと!」

 

我に返った人々が、それぞれ自分達の生活に戻っていく。その様子を、天衣と一色が驚いた表情で見ながらぼそりと口を開く。

 

「・・・うわ、すご。流石天衣さまのパパ」

 

「ふわー・・・パパさん、凄い! ちぃママにもそうすれば殴られないのに!」

 

「・・・パパさま、ばんざーい。パパさま、ばんざーい」

 

「あ、やべ、喜和にカリスマが変な方向にきまってる」

 

目がグルグルと回っているように見える喜和を、ぽふぽふと軽く叩いて目を覚まさせる。

感受性が強いのだろうか。こういう精神系スキルを、良くも悪くも受けやすいということだろう。

後である程度耐性を持てるような道具を貸すとしよう。

ずっと壊れた機械のように同じ言葉をリピートしていた喜和が、目をぱちくりとさせて首を傾げる。

 

「・・・っは。あ、あれ。しぃは何を・・・」

 

「よし、これで全員戻ったな」

 

「パパーっ。凄いすごいっ。あのね、天衣さまこんなに静かな街をみるの初めて!」

 

「静か・・・これでも賑わってるほうだと思うんだが、まぁ、天衣が今まで歩いてた時よりは静かだろうな・・・」

 

周りを囲まれてあれもこれもと貢がれながら街を歩くよりは、この普通の街の状況が静かに思えても仕方がないだろう。

ゲームセンターでしばらく遊んだ後に外に出ても、車の音が五月蝿く聞こえないように。麻痺してるんだろうな。

 

「あのね、天衣さま、パパのこと好きだったけど、もーっと好きになっちゃった!」

 

「はっはっは、そうだろうそうだろう」

 

首に手を回して抱きついてくる天衣を抱きかかえつつ、よしよしと撫でる。

満足するまで撫でてやってから降ろし、よし、と手を叩く。

 

「それじゃ、今度こそお買い物・・・じゃなくて、『デート』だったな。『デート』、再開しようか!」

 

「はーいっ!」

 

「・・・みて、あれ。天衣ちゃんの目が・・・」

 

「あぁ・・・しぃ、ああいう目する人知ってます。お酒に酔ったときの紫苑さんか、パパさまに踏まれてるときの壱与さんがあんな目してます」

 

・・・

 

天衣たちとのお出かけはとても順調に終わった。小物を見て回り、服を何着か試着してみて、気に入った小物や服はある程度なら買ってあげたりもした。

そして、城に帰ってきたのだが、その際に俺にコアラのように抱きついてきて、何故かいつもより別れを嫌がる天衣。それを一色と喜和に手伝ってもらって引っぺがし、天和たちに娘を返した。

これから練習をするとのことなので、それが嫌だったのかなぁ。でも天衣って自分の魅力を磨くことに関しては前向きだからなぁ。ダンスも歌も、ビジュアルに関しても努力は惜しまない子だし。今まで練習を嫌がることはなかったし。

 

「あら? お父さまじゃありませんの」

 

「ん? あ、麗奈。卯未に詩織もいるのか」

 

「おっすー、親父殿!」

 

「卯未、お父さんにはちゃんと挨拶をしないと、だよ? こんにちわ、お父さん」

 

一人悩んでいると、別の娘達から声を掛けられる。麗羽、猪々子、斗詩との子たちだ。

 

「・・・ふむ、わたくしが推測するに・・・何か悩んでらっしゃいますわね!」

 

「む、良く分かったな、麗奈」

 

「当然です! お父さまのことは、わたくし、一目見ただけで分かるんです!」

 

ドヤ顔をしながら胸を張る麗奈の頭を撫でてやる。アレかな、身内だからそういう微妙な変化にも気付くのかな。

 

「・・・いやいや、さっきあたいらと一緒にずっと見てたからじゃん。・・・そりゃ分かるよ」

 

「しっ。麗奈ちゃんはお父さんにいいところ見せたいんだよっ」

 

「このわたくしがお話を聞いてあげましょう。さ、こんなところではなんですし、ええと、その、わたくしのお部屋とかに・・・」

 

ぽ、と頬を朱色に染めて、麗奈はそう提案してくる。・・・うぅむ、しかし、娘に悩みを聞いてもらうというのは・・・しかも悩みも娘に関してだし。

・・・でもまぁ、悩みって程でもないんだよな。さっきの天衣の妙な態度についてちょっと考えてただけだからなぁ。・・・だが、麗奈がこうして少しでも俺の負担を軽くしてやろうと思ってくれているのは嬉しい。

そんな俺の様子を見かねたのか、詩織がぼそっと耳打ちしてくれる。

 

「あの、深く考えず、適当に麗奈ちゃんに話を合わせてお茶を飲むくらいでいいと思います」

 

「そーだぜー。あ、あたいもお茶飲みたいから、一緒に行こうぜ、親父殿っ」

 

そう言って、卯未も詩織と反対側に回って耳打ちしてくる。そのまま俺の腕を取り、ぐい、と引っ張る。

 

「あっ、あなた達っ。何処へ行くんですのっ!」

 

「麗奈の部屋だろー? 早く行こうぜー」

 

「卯未たちが来る必要はありませんわっ。お父さまはわたくしがきっちりと歓待します! お母さまに教わった、『めいどの極意』を今こそ使うときですわ!」

 

「えー。麗奈だけ親父殿独占とか、母さんじゃないんだからさー」

 

「そうだよぉ。ウチのお母さんも、お父さんに会うと私たちほっぽってイチャイチャするんだもん。・・・今なら、邪魔なお母さん達もいないし」

 

詩織も、卯未とは逆の手を取り、麗奈の部屋へと連れて行こうとする。・・・あれ、いつ麗奈の部屋に行くって言ったっけ・・・?

と言うか、麗奈の部屋と言うことは麗羽の部屋でもあるんだし、行けば行ったで麗羽たちも混ざって詩織の言う『邪魔』が入ると思うんだが。

そこまで頭が回ってないんだなぁ、と微笑ましく思う。

 

「まぁまぁ。別に部屋じゃなくても茶は飲めるだろ? あっちに厨房あるし、最初の目的地はそこだな」

 

「むぅ・・・まぁ、別に個室でなくても問題はないですわね。・・・ええ、行きましょうか」

 

「あ、親父殿、厨房ってことはお菓子あるかなー」

 

「あるだろ、多分。なければ作ればいいしね」

 

「ごま団子! 前に亞莎さんに作り方を教えてもらったので、お父さんにも作ってあげたいです!」

 

「あー、ごま団子なー。いいかもなー」

 

確か材料もあったはずだし。それに、厨房なら流流とか料理関係の武将がいても不思議ではない。

・・・『料理関係の武将』と言う不思議ワードを違和感なく思い浮かべてしまうあたり、流流たちの特殊性が分かるな。

 

・・・

 

「あ、とーさま」

 

「ん? おお、漣じゃないか。流流は? 一緒じゃないのか?」

 

「ん、かーさまはエビかカニ取りに行った。・・・あ、海にじゃないよ?」

 

「いや、流石にそれは分かる」

 

きょとんとした顔で、『そーお?』と小首を傾げる。

 

「あ、そういえば衣鶴は? こういうときは季衣と一緒にいそうなもんだけど」

 

「鶴ちゃんはかーさまについてったよ。私はお鍋みてたりできるけど、鶴ちゃんは食べちゃいそうだし」

 

・・・えーと、そういえば言って無いかと思うけど・・・季衣と俺の子が衣鶴である。え、いつの間にって? ・・・それは、ほら、菫が生まれてから数年あったわけだし。ね?

ちなみに妊娠してから季衣は少しだけ胸が大きくなったそうだ。鈴々にドヤ顔で自慢して、鈴々だけではなく流流からも叩かれていたので、今のところ季衣は鈴々と流流よりは胸が大きいらしい。

 

「そういえば麗奈さんたちもお昼? ・・・って、ちょっと過ぎてるよね。あ、これは晩御飯の下拵えだから、食べられないよ?」

 

俺の後ろにいた麗奈たちを見て、それから煮込んでいる鍋を隠すように立つ漣。

 

「いやいや、ちゃんとお昼は食べたって。親父殿と一緒にお話でもしよっかってお茶飲みに来ただけだから」

 

「お茶・・・東屋でも行って侍女隊に頼めばいいのに。・・・あ、もしそうするときはとーさま置いてってね」

 

「それでは意味がありませんわ! お父さまを独せ・・・ごっほん! お父さまのお悩みを聞くためにわたくしたちはいるのですから!」

 

「・・・へぇ。あ、そういえば冷たいお茶は作り置きがあるよ。ま、座って座って」

 

そう言って、漣は俺の手を引いて席に座らせる。

 

「麗奈さんたちも。お茶と・・・あ、お茶菓子あった気がする。ちょっと待っててね」

 

「あら、なら私がお鍋見ておきますよ」

 

「本当ですか? 詩織さんなら信用できますね。お願いします」

 

腰を折って丁寧に礼をして、漣は厨房に隣接している食料庫に向かった。

麗奈と卯未は俺の隣に座り、詩織は受け取ったおたまで鍋をかき混ぜたり、火を見たりして焦がさないように見張っている。

 

「いやー、詩織は偉いよなー。あたいは真似できないよ、あんな面倒そうな作業はさー」

 

「面倒と言ってはいけませんわね、卯未。将来的に、料理が出来ることに越したことはありませんわ。・・・お父さまも、料理の出来る女性のほうが良いですわよね?」

 

「ん? まぁ、出来たほうが良いとは思うけど、出来ないからって嫌いにはならないさ」

 

「そうだよなー。じゃなきゃ、愛紗さんとかそっこーフラれちゃうからなー」

 

「おい馬鹿」

 

「っとと。今は美味しいんだけどさー。親父殿もかなり苦労したっしょ?」

 

「・・・否定はしないが」

 

今では普通に料理が出来て、子供に食べさせても問題ないほどの腕前にはなったが、そこに至るまでには相当な苦労があったのだ。

鈴々に抜かれ、璃々に抜かれ、最終的には美以にも料理の腕前で抜かれた愛紗を立ち直らせるのはかなり骨が折れた。

 

「わたくし、料理の話をしたときに、『上手な人』が挙げられる前に『下手な人』が出てくるのは不思議に思っておりましたが・・・。愛紗さんのお料理を食べた後だと、納得できますわね」

 

「あー・・・あれはホント、料理できる人総員で教えたからな・・・」

 

そのときは愛紗も覚悟済みだったとはいえ、武のほうがかなり疎かになっちゃったからな。

 

「・・・うん、もう思い返すのはやめておこう」

 

「だねー。誰も得しないよー」

 

ため息と共に、あのときの苦い記憶も一緒に吐き出す。

卯未からの苦笑いを苦笑いで返すと、とたとたと軽い足音。

 

「お待たせー。はい、とーさまにはこれ。一番上手く出来たやつ」

 

「お、ありがとう」

 

「いやー、なみーは親父殿贔屓がひでぇなぁ」

 

「え、とーさまを優先せずして何を優先するの?」

 

「ですよねー。あ、火は止めておきましたよ。後は仕上げだけだと思います」

 

「あ、ありがと」

 

かたん、と俺の対面に、漣と詩織が座る。

 

「いや、俺だけじゃなくてさ、ほら、お母さんとか」

 

「かーさまもとーさまを優先するし・・・そしたら、娘の私もとーさまを優先しないと」

 

「何その謎理論」

 

「わたくしのお母さまは侍女でお父さまのお世話をしておりますよね? でしたら、わたくしもお父さまのお世話をしませんと」

 

「だからなんなのその謎理論」

 

娘達の理論武装が理不尽なのに強力で辛い。っていうか怖い。

 

「納得できません? ・・・んーと、あ、それなら、皆お父さんのこと好きなんですよ! だから、皆優先するんです!」

 

「・・・さっきのよりはまともだけど・・・」

 

まぁ、嬉しいことだし・・・いっか。

素直に喜んでおこう。数年後には、反抗期とかでそんな台詞も聞けなくなるだろうしな。

しみじみとそんなことを思いながら、目の前で喧々諤々の言い合いをする娘達を微笑ましく見守る。

 

・・・




古民家より文献 1000年以上前の『黄金』と呼ばれる人物のものか――

M県S市のとある古民家より、とある文献が見つかった。内容は欠損も酷く読み取れる部分は一部であったが、戦国時代のものであると専門家の解読により分かった。
内容は日記のようなものであるらしく、日記の筆者が日々あったことを綴っているらしい。文章や内容から、かなり高貴な人物のものではないか、と言う専門家の意見もある。
その中でも目を引くのが、何度か出てくる『黄金』のような人物の話だ。以前この特集でも取り上げたが、第二次世界大戦中、大日本帝国海軍の上空に『黄金の船』のようなものが浮かんでいることが当時の報告書に記述されていたり一人逸れたゼロ戦が、その『黄金の船』に助けられたという証言をしていたり(あまりの荒唐無稽さに、極限状態での幻覚だと判断された)と、日本には昔より『黄金』と呼ばれる何者かが人知れず存在していたのかもしれない、と一部で話題になっていた。今回の文献によって、その人物に近づけるのではないか、と編集部でもこの人物についての調査に力を入れることを決定した。

※今回の特集は、『ついに見つかったか! UMAツチノコ!』の予定でしたが、急遽内容を変更してお送りしました。





「あー・・・あの人こっそり動いてても外見が派手だからなー。そりゃ文献も残るか。・・・ま、悪いことではないですし。人の熱意というものがどれほど真実に近づけるか、神様として見てあげようじゃありませんか。・・・頑張れ、人類」


誤字脱字のご報告、ご感想ありがとうございます。


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第八十二話 『かぐや』の悲劇に

「やっぱりさ、かぐや姫の一番可哀想なところは、最後には天の羽衣着せられて記憶なくしたように見える描写だと思うんだよね」「いやいや、見知らぬ男に求婚され続けるのもある意味拷問だぞ」「最終的にお爺さんお婆さんと離れなきゃいけないところも、なんと言うか、こう、私的には胸に来るものがあるのですが」「で、隊長はどれが一番キツイと思った?」「私ですか? ・・・そーですねー。竹に詰め込まれて頭上スレスレを鉈でたたっ切られた時が一番世の中を恨んだ時だと聞かされましたね」「・・・ぎゅうぎゅう詰めだったのか、竹に。小さな姿だって言うのは後の創作か何かなのか」


それでは、どうぞ。


あのお茶会からしばらく。今はまだ、夏の暑さもピークは過ぎていない。例年通り、祭りやらざぶーんの運営やらで忙しくしているのだが、本日はそれら全てをほっぽってここに来ていた。

そんなことをしている場合じゃない、と言うやつだ。パンダ風に言うと、『笹食ってる場合じゃねえ!』だ。まさにあんな感じで、窓枠飛び越えて駆けて来た。

自動人形に『静かに走れ』と言う意味を込めたパンチを食らって一旦は落ち着いたものの、なんと言うかそれだけで収まる感情ではない。

 

「うぅむ、いつまでも慣れないものだなー」

 

足をとんとん揺らして、貧乏揺すり。落ち着かない俺の心情が、分かりやすく表れている。

今いるのは、産婦人科として国民にも広く開放されている、俺の後宮。その分娩室の前だ。

中では産婆さんやら侍女隊の衛生部隊の子たちだとか自動人形が働いているのだろう。慌しい声がこちらにまで聞こえてくる。

しばらく足を揺すってみたり指をとんとんと忙しなく動かして落ち着きのなさを表現していると、赤ちゃんの元気な泣き声が。

 

「おっ」

 

少し腰を浮かしかけるが、まだ入れないだろう。もう少し我慢するしかない。

・・・それから、赤ちゃんの泣き声と人が走り回るような音を、外で聞きながらしばらく待つ。

まぁ、なんだかんだ言ってこの流れはある程度繰り返したものだし、このくらいで取り乱したりはしない。落ち着かなくはなるけどな。

落ち着かなさが頂点にまで達し、立ち上がってうろうろしようかと無意識に腰を浮かした瞬間、がらり、と扉の開く音。開いた扉からは、衛生部隊の子が顔を覗かせていた。

 

「あ、ギル様! 御生まれになりましたよ! 元気な女の子ですっ」

 

「そうか!」

 

浮かした腰を、勢いそのままに完全に上げる。立ち上がって、侍女に促されるように室内へ。

幾分か落ち着いた雰囲気はあるが、それでも完全に熱気が落ち着いたわけではなさそうだ。ある程度の緊張感は未だに室内に燻っている。

そんな中を進んでいくと、白いベッドに上体を起こして子供を抱く女性が一人。

 

「あ、たいしょー。・・・えと、が、頑張り・・・ました?」

 

「おう、お疲れ。って、何で疑問系だよ」

 

間違いなく頑張ったよ、と隊長の頭を撫でる。くすぐったそうにはにかむと、えへへ、と笑う。

そのまま、自分が抱く赤ん坊を俺へ向けて、優しい微笑を浮かべる隊長。

 

「たいしょー、抱っこします?」

 

「落ち着いてきたみたいだな」

 

「ええ、だいぶん。・・・あ、でもたいしょーが抱っこすると怖くてまた泣いたりしませんかね?」

 

「ほう? 産後の休暇は不要と見える」

 

「おっとぉ!? 流石の私でもそれは堪えますよ!?」

 

「なら下手な発言は慎むことだな。・・・後、五月蝿い」

 

疲れているのか、頬を赤らめている隊長を、軽く突く。

あいた、と気の抜けた声を上げて、微笑む隊長から、子供をゆっくりと受け取る。

 

「・・・おおう、なんというか、あれだな」

 

「?」

 

「――可愛いな。お前似だよ」

 

「生まれたばっかりでそんなの分かるんですか? ・・・ふふ、悪い気はしませんが」

 

ある程度あやすと、隊長の腕に子供を返す。その子に笑いかけながら、隊長は口を開く。

 

「あ、そういえばこの子の名前は・・・」

 

「ああ、うん。隊長の考えてた名前でいいよ。そういう決まりがあるんだろ?」

 

「決まりって訳じゃないんですが・・・まぁ、『かぐや』の子は名前の選択肢、ないですから」

 

「そっか。・・・でもまぁ、『かぐや』って名前の響き、俺は好きだからさ。いいと思うよ」

 

「フヘッ。・・・っとと。危ない危ない。・・・そう言っていただけると、嬉しいです。・・・ねー、歌具夜?」

 

すやすやと眠る娘・・・『歌具夜』に、隊長はニコニコと話しかける。

 

「取り合えず、お疲れ様。・・・しばらくはゆっくり休んでくれ。何かあれば、自動人形に、な?」

 

「はいです。何かあれば、頼らせてもらいますね」

 

自動人形の一人に、頼んだぞ、と声を掛ける。無言のまま頷いた自動人形に後を任せ、俺は部屋を出た。

あのまま俺がいても、気が休まらないだろうしな。それくらいの気遣いは出来る。

 

・・・

 

違和感に気付いたのは、それから三日後だった。

隊長の様子を見に行くと、歌具夜を抱いたまま、こちらに笑顔を向けてくる隊長に声を掛けられた。

 

「あ、たいしょーたいしょー。見てください!」

 

「ん?」

 

「歌具夜、もう喋るんですよ!」

 

「・・・は?」

 

何言ってるんだ、と続けようとする前に、歌具夜が俺をじぃと見つめる。

そして、こちらに手を伸ばして、口を開いた。

 

「・・・おーちちうえ、さま?」

 

「そうですよー。貴方の父親ですよ、歌具夜」

 

「い、いやいやいやいや、おかしいでしょう!?」

 

あまりの衝撃に、思わず敬語になってしまった。いやいや、でもほら、おかしいだろ! 流石の菫や一華も生まれて三日じゃ喋らなかったぞ!?

 

「優秀ですよねー。えーと、神様と、月の民の血が流れてますもんねー。半分以上人間じゃないですもの」

 

「それ言ったら俺の娘全員純粋な人間じゃないんだけど」

 

この体自体が神様と人間の混種だしねぇ。それにプラス月の民・・・。っていうか月の民って人間とは別種の生命体なんだ・・・。

 

「この調子でどんどん言葉を覚えましょうね、歌具夜?」

 

「おぼえ、う?」

 

「おぼえる、ね?」

 

「おぼえろっ!」

 

「いやいや、私じゃなくて、歌具夜が覚えるんですよー?」

 

きゃっきゃとはしゃいでいるので、安心するとしよう。

あー、まぁ、頭が良くて困ることはないしな。

 

「それじゃあ、俺は仕事に戻るよ。・・・ええと、何だ。程ほどにな?」

 

「えー。だって、えーと・・・何代目かは忘れましたけど、この子も立派な『かぐや』の一人なんです。頑張って一人前になってもらわないと!」

 

「・・・無茶はさせないようにな」

 

「はい!」

 

本当に大丈夫かこいつ、と不安になりつつも、まぁこれだけ言っておけばいいかと部屋を後にする。

・・・それが、最も大変なフラグを立てる思い込みであると知ったのは、もっと後のことであった。

 

・・・

 

それから一ヶ月。つまり三十日後。

仕事で余りあえなかったが、取り合えず顔だけでも、と後宮へ行くと。

 

「あ、おちちうえさまっ」

 

「・・・ええと、歌具夜・・・か?」

 

「あいっ」

 

ハイハイとか掴まり立ちとかかっ飛ばして、すこしよろよろしているとはいえ普通に歩いてくる歌具夜に出迎えられた。

驚愕に固まっていると、ぱたぱたと後ろから小走りに駆け寄ってくる音がする。

そちらに視線を向けてみると、予想通り、隊長がこちらに走ってきていた。

 

「あ、大将じゃないですか。お久しぶりですねー」

 

「隊長、お前何した?」

 

ぐい、と胸倉を掴んで引き寄せる。少し声にドスが効いていたからか、隊長はあたふたと手足を動かす。

 

「ふぇっ!? いきなり容疑者扱い!? え、なんでしょう、何しました?」

 

「それを聞いてるんだ。一応聞くが、何故歌具夜はもう立って歩いてるんだ・・・?」

 

俺の言葉に、今までの慌てようは何処かへ行ったのか、隊長はきょとんとした顔をして顎に指を当てた。

たまにあざとい可愛らしさを強調する為にやる子も居るが、隊長のこれは癖である。しかも結構無意識の。

ということは、歌具夜がもう普通に立って歩いてたり喋っているのは、隊長からすると当然のことなのだろう。・・・いやいや、納得は出来んぞ、それは。

そんな俺の混乱を知ってか知らずか、隊長は一から説明するように丁寧に話し始めた。

 

「え? ・・・だって、アレですよ? 生後一ヶ月ですから。もう生まれてから三十日『も』経ってるんですよ?」

 

「・・・あのな、普通の子は三十日『しか』って言うんだ。って、そういや普通の子じゃなかったな」

 

「そうですよ! 普通の子じゃありません。私とたいしょーの、その、愛の結晶といいますか・・・えへへ、なんか照れますね、あ・な・た? きゃっ」

 

恥ずかしがりながら俺の腹部をど突く隊長と、俺の脚を叩きながら、『どしたー?』と聞いてくる我が娘(生後一ヶ月)。おいおい嘘だろ・・・。

・・・あれ、でもなんかこれ、どっかで聞いたような気が・・・。

 

「まぁ、成長早くて悪いことはないか・・・」

 

何度目になるか分からない諦めを抱えつつ、まぁ折角だし、と歌具夜としばらく遊んでから後宮を後にする。

・・・すでに、七並べ程度なら出来るようだ。将来が本当に恐ろしい娘である。

 

・・・

 

「ついに来たか、この日が・・・!」

 

今日は歌具夜が生まれてから三ヶ月目である。夏も終わり、秋に突入している今日、こうして俺は後宮へ来ていた。

もうどんなことになっても驚かん。心理学の漫画に出てくるようなスーパー赤ちゃんみたいなもんだ。便利屋みたいな発明家キャラになっていても受け入れよう。

夢の中に引きずり込むスタンド使いの赤ちゃんみたいに、知能指数クッソ高くても受け入れようじゃないか。

そう思って隊長の元へと向かうと、途中で一人歩く隊長を見つけた。・・・おや、歌具夜は一緒じゃないのだろうかと疑問を頭に浮かべながら、隊長に声を掛ける。

 

「あれ、隊長」

 

「んぇ? あ、たいしょー。どしたんです?」

 

「ああ、いや、歌具夜に会いに」

 

「それはいいですね。あの子も喜びます。ええと、二ヶ月ぶりくらいですかね?」

 

指折り数えた隊長に頷きを返し、案内を買って出てくれた隊長と並んで歩く。

自然に手を繋ぐのも慣れたものだ。気温が低くなってきているからか、その手から伝わる体温がやけに温かく感じる。

隊長も少し意識しているのか、頬を少しだけ赤らめて世間話を切り出してくる。

 

「あの子もとても大きくなりましてねぇ」

 

「へえ、それは楽しみだ」

 

なんと言っても今まで隊長もみたことのないという神様と月の民と人間の血を併せ持った子供だ。

どんな化学反応を起こしているかは興味深いものである。

 

「あ、ここですここ」

 

「・・・図書室?」

 

ここにいる子供たちのための絵本だとか、お母さんになる女性が読む心得だとか、医師が読む医術書まで置いてある、かなり大き目の図書館だ。

産婦人科として広く一般に開放するに当たって、色々あったほうがいいだろうと俺が買い集めた本たちが置かれている。

 

「失礼しまーす。・・・歌具夜ー?」

 

図書室に先に足を踏み入れた隊長が、小さめに・・・とはいえ部屋全体に聞こえるように、声を掛けた。

 

「はいはーい? 母上様ですかー?」

 

そんな返事と共に姿を現した歌具夜の姿を見て――俺は絶句した。

 

「あ、お父上様ではないですか。こんな所まで来るとは・・・珍しいですね」

 

「だ、だ・・・」

 

「だ?」

 

「誰だお前っ!?」

 

そこにいたのは、隊長以上の長身で、黒く長い髪を垂らした、絶世の美女と言ってもいい女性だった。

 

「ふぇ? やだなー大将。娘の顔を忘れちゃったんですかー? 歌具夜ですよー、歌具夜」

 

「そうですよ、お父上様。ふふ、まだ二ヶ月ほどしか経っておりませんのに、娘の顔を忘れるなんて・・・悪い父親ですね?」

 

にっこり、と小首をかしげながらの言葉は、男ならば・・・いや、女でも、聞いたものを全員蕩けさせるような魅惑の言葉だ。

っていうか、おいまて。分かったぞ、ここ最近の違和感の正体が!

 

「・・・隊長、一応確認しておくぞ」

 

「はい?」

 

「『かぐや』って、三ヶ月で成人する?」

 

「はい、もちろん。三ヶ月で成人して、それからずっとその姿のままですよ?」

 

何当然のことをいまさら? と言う表情をする隊長に、ああそうか、とため息混じりに返す。

なるほど、これが隊長・・・『迦具夜』にとっての普通だったのだ。

三日で喋り、三十日で立って歩き、三ヶ月で成人する。

 

「あ、もちろん月の民皆がそういうわけではありません。『かぐや』から生まれた長女だけです」

 

「なるほどねぇ・・・」

 

・・・あ、ということは隊長は生後三ヶ月からこのちんちくりんな姿なのか・・・!

うぅ、なんか悲しくなってきたぞ・・・!

そんな俺の考えを悟ったのか、歌具夜が俺に悲しい瞳で語りかける。

 

「お父上様・・・貴方もお気づきになったのですね。我が母の、『迦具夜』の悲劇に・・・!」

 

「ああ、歌具夜・・・! 俺は、俺は・・・!」

 

「悲しまないでください、さぁ、歌具夜の胸の中へ・・・」

 

歌具夜誘われるままに優しく抱き締められていると、それを見ていた隊長ががるると噛み付いてくる。

 

「ちょっとぉー!? 娘に夫寝取られるとか私そういう性癖無いですよ!?」

 

「いや、だってお前、悲惨すぎるだろ・・・うぅ、また悲しくなってきた」

 

「よしよし・・・」

 

「娘によしよしされるとか倒錯プレイ過ぎませんか!? そういうことだったら私の胸貸しますし! 薄いけど! まな板だけど!」

 

おらおら、とこちらに胸を張って強調してくるので、ぺたぺた、と俺と歌具夜は隊長の胸を触ってみる。

 

「まな板だ・・・これかなりまな板だよ!」

 

「まな板じゃ遊べませんけどね。・・・遊ぶ(意味深)」

 

「色々出来るぞ? 挟まなくても、擦るだけでも十分に・・・な?」

 

「娘に猥談振らないでくださいますか、お父上様」

 

それもそうだ、と隊長に向き直る。こういうのはきちんと本人に言わなくてはなるまい。

 

「・・・なんですか、たいしょー」

 

「今日の夜、まな板で遊ぶか」

 

「まな板じゃ遊べないんですよっ!」

 

ぺちーん、と緑の帽子が地面に叩きつけられる。・・・激怒されてしまった。っていうか、まな板扱いしたのは自分なのに、そこは怒るのか。

繊細な乙女心というやつだな。

 

「これはもうアレですかね。無人島に島流ししてそこにあるものだけで舟屋作ってもらう必要がありますでしょうか」

 

「流石に止めてやれよ。一人でそれって完全に刑罰だから」

 

何とか歌具夜を納得させると、隊長が膨れっ面のまま俺を強く押す。

突然のことによろけてしまい、そのまま背後の椅子に転ぶように座ると、その膝の上に隊長が対面を向くように乗っかってくる。

その頬は膨らんでおり、言葉にされなくても怒っているのが・・・いや、拗ねてるのか、この顔は。兎に角、不機嫌なのは伝わってくる。

 

「とと、危ないなぁ。なんだ隊長、俺と娘に苛められて拗ねたか」

 

「拗ねました。拗ね迦具夜です。・・・むぅ」

 

「うわキツ」

 

「なんか言ったか歌具夜ァッ」

 

「何でもないです母上様っ」

 

歌具夜の発言に、ぐるんと首を回して睨みつける隊長。・・・怖い。何が怖いって目の前のエクソシスト的首の稼動範囲が怖い。

ぐるん、と言うよりギュルン、と言う感じで回ったし。

両手を挙げて降参の意思を示すように、歌具夜は何歩か後ずさる。顔がひくついているのを見るに、本気でビビッているらしい。

 

「・・・はぁ。分かりましたよ母上様。ここに邪魔が一切入らないようにしますので、二人目頑張ってください」

 

そういうと、歌具夜はいくつかの術式を起動すると、部屋を出て行ってしまった。・・・あれ、なんだろうこれ。

他者封印(ブラッドフォート)()鮮血神殿(アンドロメダ)』の結界の中に入ったような違和感を感じる。入ったことないけど。

 

「ふ、ふふふ・・・我が娘ながら、分かっているじゃありませんか。・・・ささ、たいしょー? 二人目、頑張りましょうね?」

 

「うわ、お前下着つけてな・・・まてまて! 服が汚れ・・・あっ、てめっ」

 

「やったもん・・・ヤったもん勝ちなんですよたいしょー! 先っぽ! 先っぽだけだから!」

 

「それは男が言う台詞だしそれを言うやつは絶対先っぽで終わらせる気はない!」

 

・・・最終的に押し負けてしまったのだが、これは俺悪く無いと思う。

 

・・・




「あら、お母さんとお買い物? 偉いわねー、一つおまけしてあげる!」「あ、どもです」「ありがとうございます」「お、なんだ姉ちゃんと買い物か? 偉いなぁ、どれ、少しおまけしてやろう」「・・・どもです」「申し訳ありませんね、店主」「おやおや、今日はお母さんとお買い物に来たのかね? ほら、飴でも舐めるかい?」「・・・ども、です」「わざわざお気を使っていただいて申し訳ありません」

「・・・絶対おかしいよ何で私のほうがお母さんなのに歌具夜がお母さんとかお姉さんとかに見られるわけ? 意味が分からないよ。私のほうが七千歳くらい上なんだからそれくらい分かるでしょうにだってなんなんだよもう。かくなる上はたいしょーに夜這い掛けてくしかないでしょもうこのすさんだ心を癒せるのはたいしょーしかいないよもぅ・・・」

「たいしょー? 傷心の私を癒して・・・って、歌具夜!?」「あ、母上様。どしたの? 母上様もお父上様とお昼寝? ・・・お父上様の右側、空いてるよー?」「娘にさき越されてたぁ・・・ぐぅ、自分の娘だけど嫌いになりそう・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第八十三話 子供の日常に

「私の日常、ですか。んー、お母さんのお仕事手伝ったりとか、宝具の特訓してますね」「私は・・・そうですねぇ、未だ知識に乏しいので、図書室で読書や勉強を。お父上様のお嫁さんになるには、やっぱり良妻賢母でなければなりませんので」「・・・私? 別に、特別なことはしてないわ。料理を学んだり、講義を受けたり・・・その、ギルの使った食器をちょろまかしたり・・・」「同士一華ちゃんっ! 今度天ちゃんと照が主催している『御父様小物即売会』に参加しませんか!?」「え、何その即売会。初耳なんだけど」「会員番号1番、菫です」「会員番号67556番、歌具夜です」「え、あんたらも会員なの!? っていうか六万番台!? 六万人以上参加してるの!?」「もちろんです。・・・日によっては、国家予算よりも多額のお金が動いてるとか・・・」「・・・この国の闇を見た気分ね・・・」


それでは、どうぞ。


ぐぐ、と力を込めてみる。想像するのは、門が開く様子。

空中に波紋が生まれて、宝剣が浮かび上がってくる。あんまり位階は高くない宝剣で、私が出せる精一杯のもの。

もうそれだけで苦しくなってくるけど・・・頑張って維持してみる。魔力が減っていっているのが分かるけど、まだ余裕はある。

汗が一滴、ぽたりと地面に落ちる。『宝具』と言う桁違いの神秘を発動し、異次元とこちらを繋ぐというのは、言葉以上に大変だ。というか、普通の人間ならまず出来ない。

お父様の血を引く私だから、手に出来た神秘。別に、お父様やお母さんに言われたからやってるんじゃない。私が、この奇跡を使いこなして、お父様のお役に立ちたいから。隣に並んで歩きたいから、こうして頑張っている。

・・・じゃなきゃ、こんな自らを拷問するような苦行になんて手は出さない。壱与さんじゃあるまいし。・・・あ、でも壱与さんもお父様がらみじゃないとこういうことしないか。じゃあ、私と一緒だ。

 

「ぐむむ・・・ふぅ・・・」

 

出て来たときの様子を間逆にしたように、宝剣は空中に出来た波紋に帰っていく。

アレの柄を掴んで抜くのは出来る。私がしたいのは、射出すること。あそこまでくれば後一歩だと思うんだけどなぁ・・・。いや、まぁ、射出できるようになったところで、宝具で打ち抜きたいものがあるわけじゃないんだけども。

今日もこんなものか、と用意していた手ぬぐいで汗を拭く。はふぅ、走ったりしてるわけじゃないのに、緊張感からかかなり汗を掻くなぁ。そのまま水筒から水を飲む。塩を混ぜてあるので、ちょっとしょっぱい。

汗を掻いたときは、水を飲むだけじゃダメなんだそうだ。お父様が言っていたので、間違いはないだろう。『すぽーつどりんこ』? だったっけ。そういうのがあれば良いよなぁって言ってたので、いつかお父様にそれを飲ませてあげたいなぁ。

 

「今は・・・うぅ、お昼にはちょっと早いかなぁ」

 

朝ごはんはしっかり食べたけど、一連の練習でお腹はくぅくぅ鳴っている。でも、厨房でお昼を作り始めるまでにはまだ早い。はぅ、どうしよう。

自分で作る? うぅ、一人でまだ火は使っちゃダメって言われてるし・・・。流流さんとかいれば良いんだけどなぁ。流石にそんな賭けはする気にならないなぁ。

お小遣いはあるから自動人形さんに声を掛けて街で買い食いとか・・・あぅ、理由が完全に男の子だよぅ。

 

「ぐぅ、我慢、しかないかぁ・・・」

 

環ちゃんとかがいれば何かしら案が浮かんだかもしれないけど・・・あと繭ちゃんとか。お腹へってて疲れてる状態でまともな案なんて浮かばないなぁ。

取り合えず、城内を歩いてみようかな。何か良い案が浮かぶか・・・特級料理人に偶然出会う幸運があるかもしれないし。

 

「・・・よし、お父様みたいな幸運とは言わないけど、お願いしますっ」

 

ぐぐ、と祈ってから、歩き出す。自然と足が厨房へ向かってしまうのは、致し方ないだろう。うん。

 

・・・

 

「あうぅ・・・ぜ、全滅・・・!? ま、まさか・・・」

 

流流さんも華琳さんも白蓮さんも斗詩さんも紫苑さんもいないとか! 神様は私を見捨てたのですか! お父様とは仲良いらしいのに!

アレですか、お父様と仲がいいから、娘の私は邪魔っこですか!

 

「あ、でも後少しすればお昼の時間だ・・・。もうちょっとお散歩続けてみようかな」

 

時間を確認すると、もうちょっとでお昼の時間だ。ちらりと見える訓練場でも、兵士さんたちが最後のもう一頑張りとばかりに掛け声を大きくしている。

よし、兵士さんたちを見習って、もう少し頑張ろう! というわけで、次の暇つぶ・・・じゃなくて、行き場所を決める必要があるかな。

 

「ん? あれは・・・」

 

目の前を歩くのは公子ちゃん? 白蓮さん譲りの赤髪を、同じように後ろで纏めているあの後姿は間違えようがないだろう。

追いつくのは簡単だった。むこうはゆっくり歩いてるんだし、小走りで十分追いつけるからだ。

 

「公子ちゃんっ!」

 

「んあ? ・・・あ、菫。どうしたんだ?」

 

声を掛けると、くるりと振り向いて気だるそうな声を返してくる。ああ、このちょっと大人っぽいところとか、公子ちゃんの特徴である。

なんというか、いつも一歩引いて見守ってくれている感じがするというか・・・。私のほうが年上なんだけど、『さん』付けしたくなるほどである。

でも、私は知っている。一部のまだ小さい子たちに『お母さん』と呼ばれたりしてとても苦々しい顔をしていることを。そんなことを思っていたからか、哀れみをこめた視線と共に肩をぽんと叩いてしまった。

 

「何だお前・・・出会った瞬間失礼な。で、呼び止めたってことは用があるんだろ? 暇だから話くらいは聞くけど」

 

いかにも面倒そうに視線を逸らしながらそう言う公子ちゃんですが、こういうときはおせっかいな部分が出ちゃってどうにも放っておけない時の反応だと私は知っています。

だから『お母さん』と呼ばれると思うんだけど、まぁそれを言うと公子ちゃんヘコんじゃうし、心の中だけに留めておこうっと。

 

「偶然ですねっ。私も暇なんです! お昼までの時間、お話でもしませんか?」

 

「んあ、何だ菫もか。・・・いや、恥ずかしい話、その、お腹へってさ。かといって自分で作ったり買い食いしたりするほどじゃないんだけどなーって今城の中グルグル回ってたんだけど・・・」

 

「九割九分私と一緒の理由ですね!」

 

「そこまでか。そこまで一緒か。もうそれ十割でいいんじゃないのか」

 

「?」

 

「無自覚か。・・・いや、いいよ。お父さんに習ったんだ。『どう突っ込みしても無駄な相手がいる』って」

 

なんだか良く分かりませんが、お父様の言葉なら間違いはありませんね!

そんな私の様子を見て、公子ちゃんはため息をつきながらまた歩き始めます。私もそれに追いついて、一緒に隣を歩く。

 

「菫は何処か城の中で行ってないところはあるか? 私は厨房とか食料庫とか食べ物関係は回ったけど」

 

「お腹減りすぎで考え短絡的になってますね!」

 

「何だお前、煽るじゃないか、ええ? いいぞ、その喧嘩買うぞ?」

 

「ちなみに私もそのくらいしか回ってません!」

 

「・・・ぐあぁ! お前めんどくせえな!」

 

がしがしと頭を掻く公子ちゃんに、どうしたんだろ、疲れたのかなぁ、と小首を傾げてみる。

やっぱり皆に頼りにされてるだけに、心労的な意味で疲れが溜まるのだろうか。公子ちゃんのお母さんも、たまにこうなってるのを見る。もしかしたら、心労が溜まりやすい血筋なのかもしれない。

 

「まぁいい! 城壁行くぞ! あそこなら景色もいいし、風も丁度いいだろ!」

 

「おおっ! 『ないすあいであ』! ですね!」

 

「何だそれ? お父さんの使う、天の言葉か?」

 

「はい! お父様は天の言葉じゃないんだけどな、って言ってましたけど」

 

「ふぅん。じゃあ何処の言葉なんだろ。・・・ま、この世界は広いらしいし、何処かでそんな言葉を使ってる大陸もあるのかもなー」

 

「あ、ちなみに意味は『いい考え』ってことらしいです!」

 

「じゃあ『いい考え』でいい気もするけど」

 

・・・それもそうですね。発音的にはそっちのほうが短いですし。

うぅむ、お父様の使う言葉には謎が沢山です。

む、暗号的な意味があるんでしょうか? 他に何か意味を含んでいるとか? お父様の発音では、『ないす』と『あいであ』が分かれているように聞こえましたし、二語で構成されている・・・?

『ないす』と言う言葉は、北郷さんと一緒にいるときに『ないすぼーと』とか『ないすすめる』とかって使ってましたし。『良い』って意味なんでしょう。ならば、『あいであ』は『考え』を意味しているんでしょう。

なるほど、やっぱり暗号的な意味よりも、普通に別言語と考えたほうが良いみたいですね。うん、すっきりした!

 

「・・・そろそろ着くけど、考えは纏まったか?」

 

「はっ!? ご、ごめんなさい。ぼーっとしてて・・・」

 

「ああ、知ってる。ちょいちょい手を引っ張ったりして誘導してやったんだぞ。感謝しろよな」

 

「はいっ。ありがとうございます、公子ちゃん!」

 

「・・・素直に言われるとそれはそれで気に食わんな」

 

そういわれちゃったら、私どうにも対応できないんですけど!? とっても理不尽じゃありませんか!?

そんな私の反論にも、公子ちゃんは「あーあーうるさい」と耳を塞いで聞いてくれやしません。・・・そんなだから「お母さん」とか呼ばれるんですって。

 

「おー、やっぱ景色良いなー、ここ」

 

「風も気持ちいいですねー」

 

少し冷たいけど、それが中々心地よい。長時間当たってると風邪引きそうだけど、まぁちょっと気分転換くらいなら問題ないよね。

隣に並ぶ公子ちゃんも、両手を上に伸びをしている。うんうん、開放感あるとそうなるよね。気持ちは分かるよー。

 

「んーっ・・・はぁっ。夜に来るのもいいけどさー、こういう風に昼間に来ても、元気な街が見えて面白いよな」

 

「はいっ。あ、あそこで走り回ってるの、鈴佳ちゃんと誉ちゃんじゃないですか?」

 

「え、どこだよ?」

 

「あっちです、あっち!」

 

「・・・んー? いや、見えねえわ。目ぇ良いなお前」

 

「そう・・・ですか? あ、お父様も『千里眼』持ちですから、それも継いだのかもしれませんね!」

 

「・・・お父さんさ、『乖離剣』っていう世界を切り裂く剣持ってるらしいんだけど、それも使えたりしないよな?」

 

「あははー、流石に無理ですよー。あそこまで行くと、所有権の共有なんてもんじゃどうにもならないですから」

 

たまに恋さんとかと模擬戦してるときに見るけど、アレは本当に『人が扱えるものじゃない』。

というか、この世界にあの剣があることが不思議なぐらい、危ない剣である。・・・見た目は真桜さんの螺旋槍みたいだけど。

軽めに放って世界を揺らすとか、恐ろしい限りである。・・・あ、その後に起こるお母さんと詠さんも結構怖い。お父様は『黒月』と呼んでらっしゃるけど、まさにその通り。

私も以前、お母さんが持っていた指輪(お父様からの贈り物らしい。『えんげーじんぐ』とか言ってた)を勝手につけたとき、かなり怒られた。

『烈火のごとく』なんてもんじゃない。『混沌が這い寄る如く』怒られた。もう二度とあの笑みを浮かべたお母さんは見たくないと心に誓うと同時に、いつか絶対越えて見せると決心したものだ。

 

「だよなぁ。ん? ・・・お、今藍華と睡蓮と芙蓉が帰ってきたみたいだぞ」

 

「仲良しですよねー。呉の三姉妹といえばあのお姫様たちですから」

 

年齢は見事に逆転してますけどね。シャオさんのお子さんが一番年上で、雪蓮さんのお子さんが一番年下だとか。

だから、今も睡蓮ちゃんが他の二人を引っ張るように歩いてますしね。・・・あ、芙蓉ちゃん転んだ。

 

「お、泣かなかったぞ。強くなったなー、芙蓉も」

 

「小さい頃は目の前を人が通っただけでギャン泣きしてたんですけどねぇ」

 

一番年下の芙蓉ちゃんは、ホント泣き虫でした。そのなきっぷりを見て、蘭華ちゃんがあんまり泣かなくなったほどです。

雪蓮さんもそのあたり困ったらしくて、ちょいちょいお父様と一緒にうんうん悩んでいたのを覚えています。・・・まぁ、その後あんあん言ってたんですけどね。

一人目の問題解決してから二人目行けよ、と少しやさぐれてしまったのは、私悪くないと思います。思えば、アレが私の反抗期だったのでしょうか。・・・うぅむ、違うかも。

 

「結局どうしたんでしたっけ、雪蓮さん」

 

「・・・目の前でしばらくお父さんの戦い見せたらしいぞ。恋さん、愛紗さん、翠さん、雪蓮さん、春蘭さんって立て続けにな」

 

「よく心の傷になりませんでしたね、それ」

 

「結果が良かったから今は許されてるけど、やった当初は蓮華さんホント怒ってたからなぁ・・・」

 

「・・・あの、雪蓮さんが一度腕に怪我してたときがあったんですけど・・・」

 

「それ、蓮華さん。雪蓮さん自身は『よく当てたわね』って喜んでたけど・・・あれ、折れてたらしいからな」

 

「恐ろしい・・・! 呉の姫恐ろしい・・・!」

 

「・・・お前のお母さんもどっこいだと思うけどなー」

 

折ったほうも折ったほうだけど、折られたほうも折られたほうですよね!? 姉妹だから出来ることなのでしょうか。

それにしても、こうして皆がすくすく育っているのを見ると、お姉さんとして安心します。なんてったって、お父様の娘の中では長女ですから! どやぁ。

あ、でも噂によると三ヶ月で歩いて喋っている子も居るとか。ふふん、ならば今の小さいうちに抱っこしておかないとなー。お父様にお願いしよっと。

 

「あ、やっぱり菫ちゃんたちだったよ、愛美ちゃん」

 

「みたいだね。こんにちわ、二人とも」

 

この後の予定を立てていると、横から声を掛けられる。・・・このほわほわした声ときりりとした声は・・・。

 

「桃乃ちゃんと愛美ちゃんっ!」

 

「そ、そうだよっ!?」

 

「大声出さなくても聞こえるよ、菫」

 

大声で呼びながら指をびしぃ、と指すと、その指を愛美ちゃんに握られてててててて!

 

「痛いよ!?」

 

「痛くした。人を指差すなと父上殿に言われなかった?」

 

むむぅ、堅物め。この子は融通利かないからなぁ。お父様の前だとデレッデレなのに。そんなところまで愛紗さんに似なくても、とは思ったけど。

痛む指に息を吹きかけて冷ましていると、公子ちゃんが桃乃ちゃんたちに声を掛けました。

 

「で、お前らも散歩か?」

 

「うんっ。ももがね、景色のいいとこ行きたいなって言ったら、愛美ちゃんがここがいいかもー、って!」

 

「確かにな。あ、ほら、あっちのほうに鈴佳たちいるらしいけど」

 

「えっ、どこどこ!?」

 

「あっち。私は見えなかったけどな」

 

「・・・む、確かに見える。見つけたのは菫かな?」

 

こちらをちらりと見るので、にこりと笑って頷く。愛美ちゃんは短く「そうか」と返すと、もう一度街に視線を飛ばす。

しばらく、四人で街を見ながら、あっちに何かある、とか、あっちに誰々がいる、とか話しながら時間を過ごす。

・・・それから、本来の目的である「お昼までの時間つぶし」というのを思い出し、更にお昼の時間がかなり過ぎてしまっているのに気付くのは・・・もうちょっと後のお話です。

 

・・・

 

「ごちそーさまでした」

 

お父様から教えてもらった、『食前食後の挨拶』をきちんとして、席を立つ。私が食べ終わるのを待っていてくれた公子ちゃんも、空の食器が載ったお盆を持って立ち上がる。

今日の献立はチャーハンとエビチリ。ちょっとぴりりとしてたけど、とっても美味しかった。

お盆を厨房に返す時に、お料理を作ってくれた人にも「ごちそうさまでした」と伝える。ここの料理を作ってくれているおばさん方は、流流さんが伝手を辿って雇ってきてくれた人たちだ。

もちろん、腕のほうも問題なく、沢山の料理の引き出しも持っている。人数も多いので、それぞれが腕を磨きあって新しい料理を考え出しさえするので、華琳さんや流流さんもたまにお勉強会に参加しに来る。

あ、私も何度かお世話になりました。色々な料理が作れるようになれば、お父様も喜んでくれるので、とっても参考になる時間でした。

 

「で、これからどうするんだよ、菫は」

 

「私ですか?」

 

「午後からは『学校』か? 私は午前中の講義だったけど」

 

「んーん。お昼からはとっても暇なんです。だから、お父様を探して遊んでもらおうかと」

 

「お父さんなぁ・・・。クッソ忙しいじゃんか、お父さん。遊んでくれるかなぁ」

 

そうなんですよねぇ。お父様お暇なときはお暇なんですけど、一度忙しくなるとホント会えなくなりますからね・・・。

まぁ、取り合えず探してみて、忙しくなさそうだったら一緒にお茶でも飲んでもらいましょう。それくらいなら、時間も余り取らせないでしょうし。

 

「ま、私もお父さんと遊ぶ・・・までじゃなくても、お茶飲んだりして話でも出来ればいいかなって思うし。手伝うぞ」

 

「ありがとうございます! なら、一緒に探してみましょう!」

 

おー! と一人腕を挙げて、公子ちゃんと一緒に出発です!

まずは中庭! あそこで基本的に訓練してるか、後は訓練場で迦具夜さん苛めてるかのどっちかですからね!

 

・・・

 

にゃーにゃー。

 

「・・・へう」

 

なーなー。

 

「・・・おぉう」

 

うなーうなー。

 

「こ、これは・・・」

 

目の前に広がる、異常な光景。

お父様は中庭にいました。・・・いや、その、いたんですけど・・・何これ。

すでに頭くらいしか見えてないお父様と、その身体を覆い隠す肌色。うん、はっきり言いますね。美衣さんたちと、その娘さん達です。

合計八ひk・・・じゃなくて、八人がお父様を覆い隠しているのです。もう夏も終わりましたけど、暑くないんですか? 今一番あったかい時間帯ですよ?

まぁ、皆気持ちよさそうな顔してるので、暑いとかはないんでしょう。あ、お父様は人間超えてるので心配してません。真夏に全裸のお母さんとか五人くらいに引っ付かれても涼しい顔で寝るくらいです。流石お父様。さすおと。

 

「・・・私たちもくっ付きます?」

 

「うぇっ!? ほ、ほんとに? ・・・うー、確かにしばらくお父様と寝てないけど・・・」

 

あ、今のはいかがわしい意味じゃないですよ? 普通に、お父様の腕枕で寝る前のお話してもらいながら眠るというご褒美のお話です。

良い子で過ごしてたりとか、その他諸々でお父様に褒められたりすると、そうやって一緒に寝てくれるんです。そのときは独り占めなので、沢山お話したりとか、徹夜する子も居るみたいです。・・・なんだか本末転倒な気が。

 

「ま、取り合えず行ってみましょうか」

 

近づいていくと、美衣さんにミケトラシャムさん。そして、それぞれの娘さんの美弥ちゃんとブチちゃんクロちゃんトビちゃん。

流石に美衣さん達も恥じらいを覚えたのか、出産前の露出度高いあの服は着てないみたい。背も伸びて成長してるし、ある程度は普通の服を着てる。まぁ、南蛮の方たちなので、それなりに改造はされてるけど。

なんか肩とかおへそとか出てて涼しそうだ。お腹冷やさないんだろうか。

娘の美弥ちゃんたちは、以前の美衣さんたちのような、活動的で少し露出の高い服。虎柄だったり防御力低そうなのは変わらないけど、ちゃんとした服屋さんで作ってもらってるからか、素材も造りも上等なものだ。

通気性も高いから南蛮の密林の中でも過ごしやすい逸品らしい。『赤い服』を参考にしたと言っていたけど、何の服なんだろう?

 

「わー・・・可愛い」

 

「だな。猫飼う人の気持ちが分かるな」

 

近づいて覗き込んでみると、安らかな寝息をたてている九人。私たちが近づいたからか、身じろぎする子もいるけど、起きるまでは至らないみたいだ。

つんつん、と近くにいたクロちゃんの頬をつついてみると、くすぐったそうに身を捩るクロちゃん。

 

「・・・可愛い・・・!」

 

「明命さんは連れてこれねえな、こりゃ」

 

「・・・んー? 誰だ・・・?」

 

公子ちゃんの言葉に頷いていると、お父様が目を開きました。・・・あ、起こしちゃった。

寝ぼけ眼のままあたりを見回して、ああ、とため息をつくお父様。

 

「なんかあったかいと思ったら・・・。菫、公子、起こさないように皆を降ろせるか?」

 

「は、はいっ。やってみます・・・!」

 

「了解っ。誉とかでこういうのは慣れてんだよ・・・っと」

 

言葉の通り、公子ちゃんは慣れた手つきでひょいひょいと美衣さんたちを降ろしていく。

私も頑張ってみるけど、公子ちゃんのように素早くはいかないなぁ。まぁ、丁寧にやったほうがいいから、焦りはしないけど。

そんなこんなで、全員を親子の組で横並びに並べると、開放されたお父様が伸びをしながら起き上がる。

 

「くぁ・・・二人とも、こんにちわ」

 

「ふふ、草、沢山付いてますよ?」

 

「払ってやるから、お父さん後ろ向きなよ」

 

「おお? いやはや、すまんな」

 

まだちょっと寝ぼけてるのか、のそり、と私たちに背中を向けるお父様。

そんなお父様の服や頭から、絡まった草を払っていく。・・・うん、土は付いてないから、払うだけで大丈夫そう。

 

「それにしても、どうやってここを嗅ぎ付けたんだか・・・まぁいいや。菫たちは何か用事?」

 

優しい笑顔を浮かべて美衣さんたちを撫でてから、お父様はこちらに視線を向けました。

えーと、そういえばどう答えれば・・・。

 

「えと、えと、あの、お父様がお暇なら、お茶でも、と・・・」

 

「最近お父さんとお話出来てないからさ、時間ある?」

 

「もちろん。昼寝するくらいには暇だぞ」

 

あはは、と軽く笑うお父様。・・・これで最強の英霊さんというから驚きだ。

えっと確か、お母さんと出会ったのは結構昔で、『聖杯戦争』と言う別の世界から持ち込まれた戦争に巻き込まれて、三国での大戦の裏でこの大陸の命運を決めるほどの戦いをしていたと聞いた。

その話をするときのお母さんは目を輝かせていて、『あのときのギルさんは素晴らしかった』だとか『あの時こうしてギルさんは私を撫でてくれた』だの惚気てくれていた。

正直その話を聞くたびに嫉妬が凄かったのだが、今ではお父様の情報を教えてくれるんだと前向きに考えることにしている。時間だけはどうしようも無いですからね。それよりも、お母さんには無い私の武器・・・『新鮮さ』で勝負することにしたのです!

 

「うお、なんか悪寒が・・・。外で寝たから冷えたか? ・・・いやいや俺サーヴァントだから。っとと、ごめんごめん。それじゃ、何処かの東屋でも行こうか」

 

そう言って立ち上がると、お父様は宝物庫から自動人形さんを一人呼び出して美衣さんたちを時間になったら起こすようにと伝えていました。

・・・うむむ、人間大のものをあんなに簡単に出すなんて・・・流石はお父様。魔力の流れも淀みありませんでした。私もこうなれるように頑張らないと・・・!

 

「さてと、お茶はどうするかなー。菫か公子、お茶淹れられる?」

 

「はいはいっ! 私出来ます!」

 

「おおっと抜け駆けは無しだぞ菫! お父さん、私も出来るからなっ」

 

「じゃあ問題ないな。仲良く三人で淹れようか。ほらほら、厨房へ行くぞー」

 

私たちの頭を撫でた後、そのまま三人で手を繋いで、厨房まで。

・・・ふふ、今日はとってもいい日です。こういう日が、いつまでも続きますようにと、未だに沈まない夕日をみながら思う。

 

・・・

 

「・・・ふむ」

 

娘もそれぞれ、大きくなったものだ。三ヶ月で成人するような特殊な娘から、俺のカリスマに干渉するような才能を持つ娘とか、どっちかって言うと普通の子が居なかったような気もするけど、まぁそれはそれ。

どんな特殊な子であれ、みな可愛い子であることに変わりはない。ぎし、と俺の身体を受け止めて小さく悲鳴を上げる椅子の音を聞きつつ、手に持つ本を捲る。

今までのことを俺なりに纏めてみた自伝のようなものなのだが、まぁ読み返してみると色々あったなと懐かしく思う。

サーヴァントの情報から今まであった思い出に残る出来事だとかが、これを読めば目の前に浮かぶほどだ。

 

「よし」

 

本をいつものように宝物庫に戻して、立ち上がる。思ったより勢いが付いたからか、かたかたと椅子が揺れる。

今日も何時も通り、適当にぶらついて仕事手伝ったり娘と遊んだりしにいくか!

 

「そうと決まればまずは街に出るか」

 

鎧から私服に着替え、部屋を出る。壱与には無駄だと思うが、一応結界も張っておく。

城の中も慣れたものだ。迷うことなく、最短のルートで城下町にでた。大通りはやっぱり賑わってるなぁ。

何を見るか、と周りを見回すと、可愛らしい声で呼ばれた。

 

「あ、ギルだー。ギルー、いらっしゃいいらっしゃーい」

 

「ん? ・・・ああ、魅々じゃないか」

 

昔釣りだとかなんだとかで遊んでやった覚えがある。確か璃々と同世代くらいだったから・・・うん、確かに成長している。

親がやっている食堂で、給仕をやっているらしい。頭巾と前掛けが白く眩しい。

小さい頃は『ギル親衛隊』なんてものを作って、皆で色々と冒険をしていたなぁ。何故俺の親衛隊なのに俺を連れて冒険・・・わざわざ危ないところに行くのか、と疑問に思ったが、まぁ子供のことなのでスルーしていた。

そんな『ギル親衛隊』も食堂の看板娘になってたりとか、兵士の中に混ざって班長やってたりとか、軍師見習いとして、文官で活躍してたりとか、順調に成長していっているらしい。

 

「食べてく? だったら魅々が作るよー?」

 

「どうするかなー」

 

「たべてこーよー。ギルの未来の奥さんの手料理だよ?」

 

「あれ、前までは『ギルの奥さんになると胃を痛めそう』だとかでフられた覚えがあるんだけど」

 

フられたというのは、別に俺から言い寄ってお断りされたわけじゃない。俺の娘達と同じく、『おおきくなったらけっこんしてあげる!』系のことを言われていて、思春期突入してそれが恥ずかしくなっただけだろう。

ある日唐突に『ギルの奥さんになってあげるって言ったけど、あれ無しで!』と言われたのだ。唐突にフられて、ちょっとショックだった覚えがある。

べ、別に、悔しくなんかないもんっ、と心の平穏を保ったのは苦い思い出である。

 

「・・・いやほら、ギルの奥さんになるの競争率高すぎだしさ、もうちょっと自分磨いてつりあうようにならないと璃々ちゃんに悪いって言うかなんていうか・・・そう思っての発言なんです!」

 

「いや、そんなもごもごされたら誰でも聞き取れないだろ。『なんです!』あたりしか聞こえなかったぞ」

 

「そりゃ聞かせようとは思ってないもん。あのね、魅々もいつまでも子供じゃないんだよー? 『ギルとけっこんする! かけおちする!』って無邪気にはしゃいで両親を困らせていた女の子は消えたのよ・・・」

 

「そんな事してたのかお前。そりゃ親父さん泣くわ。俺急にここの店主に泣き付かれて何事かと思ったもん」

 

煤けた笑顔を浮かべる魅々にそう言いながら、昔のことを回想してみる。確かあの時は・・・。うん、そうだった。普通に飯を食べようと飯店に行った時だった。

いつものように料理を頼もうと声を掛けた瞬間、機敏な動きをする中年男性にしがみ付かれて号泣されてみろ。誰でもフリーズするから。

あれはびっくりした。侍女隊の皆が意味ありげな視線をこちらに向けながら下腹部を撫でているとき並にびっくりした。というか心臓に悪かった。

侍女隊のほうに関しては結局想像妊娠だったので大事には至らなかったのだが、しばらく月が疲れた笑いを浮かべてたからな・・・。

 

「ま、残念だけどそこは諦めるしかないからなー。あ、チンジャオロースね」

 

「はいはーい。じゃあ、ちょっと待っててねー。・・・おとうさーん、厨房貸してー!」

 

俺の注文を取って、ぱたぱたと魅々が裏に引っ込む。聞こえた言葉から察するに、ちゃんと宣言どおり俺に作ってくれるらしい。

自分の娘ではないが、なんと言うか・・・成長が見られて嬉しいな・・・。っとと、流石に年寄りくさいか。

出てきたお茶を飲みながら自重しないと、と自身の老化に若干悩み始めていると、扉が開いて新たな客が入ってくる。

 

「魅々ぃー、今日も疲れたよぉー・・・って、ああーっ。おにぃだぁ~」

 

疲れているのか生来の癖なのか、間延びした声で喋るこの子は、あのちびっ子親衛隊のうちの一人、幸だ。

桃香みたいなぽやぽや子になるな、と思っていたのだが、この子桃香と同タイプのぽやぽや武将、天和のアイドル部隊・・・広報隊に入隊したのだ。

今では天和の指導の下、元気にアイドル活動をしているらしい。以前練習見に行ったときは幸を見なかったが、休みだったのだろう。

三人しか広報隊でアイドル指導が出来るのはいないからな。どうしても教える人数に限界はある。だから、いくつかの班に分けて、出番をローテーションすることで、天和たちはきちんと全員を教育しているのだ。

だから、前回言ったときは幸の班が休みで、それで出会えなかったのだろう、と頭の中で結論付ける。

 

「おにぃ、どうしたのぉ? 魅々が嫌がるおにぃを引きずり込んだのぉ?」

 

「ちがうわよー」

 

厨房から、幸のように間延びした声が飛んでくる。苦笑いしながら厨房から幸に視線を戻し、一応教えてやる。

 

「違うらしいぞ」

 

「口ではなんとでも言えるからぁー」

 

辛辣だな幸。こんな性格だったか、この子。

 

「ああ、まぁ、魅々の名誉のために言っておくけど、無理矢理つれてこられたわけじゃないぞ?」

 

「あ、そうなんだぁー。そだ・・・魅々ぃー? 私麻婆豆腐ぅー」

 

「自分で作ってくれるー!?」

 

手が離せないのだろう、怒鳴り声に近い声が厨房から飛んでくる。・・・いやいや、流石に昔なじみとはいえ、お客にそれは・・・。

それをどう伝えようかと悩んでいると、幸が座りかけた腰を再び浮かして厨房へ向かう。

 

「もぉー、仕方ないなぁー。あ、おじさん、厨房借りますねぇー?」

 

「そこは素直に作るんだ・・・」

 

最近の子はわかんねえなぁ、と、一通りのやり取りを見た俺は、また年寄りくさいことを言うのであった。

 

・・・




「あ、来ましたか。それでは、色々と準備しますね。んー、このあたりなら問題ないかなー」「そのあたりのことは分からないから神様に任せるよ」「はいはーい、任されますよー。・・・あ、そういえば面接は大体終わったっぽいです。はいこれ所感」「おう。・・・んんー? かなり濃い感じの面子が・・・」「足りないと思ったので、これからも面接してみて増やしていく所存です」「いや、足りるだろこれ。一人で無双出来るやつ何人かいるぞ・・・?」「あ、そろそろ面接の時間なんでさよならですねー」「あ、俺には見せてくれないんだ」「サプライズは大事ってことで」「・・・はいはい。じゃあな」「のしー」

「・・・ん、帰ったかな。じゃあ、どうぞー?」「・・・失礼します」「いらっしゃいませー。あ、緊張しなくても大丈夫ですよ。お座りください」「はい、それでは」「それでは早速ですけどステータス表を・・・あ、凄い。セイバークラス適性をお持ちで・・・ほうほう、選定の剣持ちで、可愛くて、武内絵と・・・よし、採用です!」「え? あ、ありがとうございます。・・・ところで、これは何の面接で・・・?」「んーと、超越者に付いていける人の選出?」「・・・私に聞かれても・・・」「ですよねー。ま、取り合えずリリィさん、貴女も待機でお願いします」「は、はぁ・・・」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第八十四話 祝いの一日、ハレの日に

「おめでとう!」「おめでとう」「おめでとうございます!」「・・・え、何で俺祝われてんの? なんかめでたいことあったっけ?」「・・・ギルに聞け。俺は結構納得したが」「ですね。・・・まぁ、どちらかと言うと餌食になるほうですからねぇ」「え? 何が? ん? 餌食?」「・・・うん、なんと言うか、一刀のことなんか祝おうと思って調べたらさ」「あ、ああ」「・・・お前、一部の調査で『ウェディングドレスが似合いそう』ランキングで魏呉蜀の武将全員押さえて一位になってるらしい」「は!? 俺が!? ドレス『似合う』側なの!?」「そう。・・・悩んでるなら、ほら、性転換の薬、あるぞ?」「いらねーよ! ギルに攻略されるか華琳の玩具にされる未来しか見えない!」「・・・外史の管理者に尻を狙われる心配は無くなるが」「その代わりに失うものが多すぎる!」


それでは、どうぞ。


白い空間。ここは、神域と言っても過言ではない場所。・・・というかぶっちゃけ神様空間なんだけど、ここってそういえば厳密にはどういうところなんだろう。

まぁ、別に細かいことを知らなくてもここを利用できるっちゃ出来るので、まぁ良いんだけど。

 

「お久しぶりですねー。いやいや、ゆっくりして行って下さいよ」

 

「ん、ああ。そうさせてもらうよ」

 

数えるのも億劫になるくらいここには来ているので、テーブルと椅子を出現させて座るのも慣れたものだ。

俺が座るのと同時くらいに、目の前にティーセットが現れる。このあたりも、ここに来てからのお決まりの流れなので、神様も分かっているのだろう。

 

「娘さん、元気に育っているようですね」

 

「おかげさんでな。菫に加護って言ってたけど、あの宝具使えるようになったのもそれの一環なのかな?」

 

「あ、アレは純粋に貴方の力を継いだだけですよ。私もびっくりしてます。これだから人間見るのはやめられません」

 

「やめとけ。ノートで殺人する何処かの死神みたいな目になってるぞ。・・・あ、今日は新しい茶葉だな」

 

「分かります? ちょっと育ててみてるんですよ。いやー、園芸も楽しいものですねぇ」

 

「・・・育つのか、植物」

 

脳内で如雨露片手に植物に話しかける神様を浮かべる。・・・うん、のほほんとした空気が合うといえば合うな。

どちらかといえば牧歌的なイメージの外見してるしな、神様。

 

「ふんふーん。・・・あ、そういえばまたアレから何人か増えましたよ」

 

「・・・ああ、そう。アレって神様が決めて良いもんなの? 俺と相性悪い英霊とかいるじゃん?」

 

「いますかねー・・・? あ、アルトリアさんとかはもしかしたら時期によってはやばいかもしれませんね。開幕で聖剣ぶっぱもありえるレベルです」

 

「・・・いないよね?」

 

「さぁ、どうでしょう」

 

ドヤ顔でこちらを見下ろす神様に、ぐぬぬ、と悔しげな顔を浮かべてみる。

・・・だがまぁ、この神様のことだし、本当に俺の嫌がることはしないだろう。それなりに長い付き合いだしな。そのあたりは信頼してもいいだろう。

そんなことを思いながらお茶を一口啜ると、目の前の神様が顔を真っ赤にして俯いているのが見えた。・・・何やってんだ、この神は。

 

「どうした? トイレならそこの扉を出て左・・・」

 

「無いですから! この部屋に扉ないですから! ・・・って、違う! そもそもトイレじゃないのっ」

 

「えー? じゃあ何でそんな顔真っ赤にしてんの? あ、暑いのか!」

 

「ばかぁ! 貴方は私が心を読めること忘れてませんか!?」

 

「いや、覚えてるけど」

 

もう一度、お茶を一口。うん、落ち着ける、良い香りだ。『ナイススメル』、である。

なんというか『香り』じゃなくて『スメル』とかって言うと、そこはかとないフェチズムを感じる。あ、俺は女の子の髪の匂い派です。

なので、風と一緒に寝たりするともう、髪の毛の中に顔を埋めて眠るまである。アレはとても良いものである。

 

「・・・うぅ、そこは鈍感なのか。まぁ、助かったというかなんと言うか・・・」

 

「?」

 

「もうっ! 兎も角、信頼してくれてありがとうございます! 嬉しいです!」

 

「ん? あ、ああ。うん? ・・・結局何の話だったんだ?」

 

ぷんすか怒ってしまったので、神様からこれ以上話を聞くのは難しいだろう。うん、まぁ、残念。

しばらく無言の時間が続き、なんか気まずいなぁ、と思い始めた頃、神様が口を開いた。

 

「・・・ええと、なんかごめんなさい」

 

「いやいや、気にするな。なんか俺もデリカシー無いこと言ったんだろう。ま、嫌な事あれば話くらい聞くからさ」

 

「・・・はぅ、神様より懐深いってそれはそれでどうなの・・・?」

 

なにやらもう一度落ち込んでしまったらしい神様に、良くは分からないが、と立ち上がって近づく。

その気配を感じたのか、顔を上げてこちらを見る神様の頭を、くしゃくしゃと撫でてやる。

 

「ふわっ、あぷ、なんですかっ!?」

 

「へこむなへこむな。笑ってた方が可愛いし、俺は笑ってる神様のほうが好きだぞー?」

 

こんな発言できるのも、付き合いが長い故だ。全く、もうちょっと神様も俺を信頼して、気にせずぶつかってきてくれてもいいのに。

・・・まぁ、神様だしなぁ。元人間とは色々考え方も違うのかもしれないが・・・。ま、これから長い付き合いになるんだ。ゆっくりやっていこうかな。

 

「・・・あぅ。・・・今日はもう、終わりですっ。おしまいおしまいっ」

 

「おお? なんだ急に・・・って、押し出される・・・っ!?」

 

強制的に目覚めさせやがったな、神様! どんだけ恥ずかしかったんだ、全く!

 

「・・・あー、もう、あの馬鹿ぁ・・・。狙ってやってるんじゃないでしょうねぇ・・・」

 

目覚める直前、何か聞こえたような気がしたが・・・何が聞こえたかまでは分からなかった。

 

・・・

 

「・・・あ、起きた。・・・うなされてた。だいじょぶ?」

 

目を覚ますと、俺を覗き込む恋の顔。心配そうな表情を浮かべる彼女に、出来るだけ優しく手を伸ばし、撫でる。

くすぐったそうに身を捩る恋に微笑みかけながら、身体を起こす。・・・うなされていたのか。どれだけ無理矢理追い出したんだよ、神様。

頭を軽く振って残った気だるさを追い出して、寝台から降りる。くぁ、と小さく欠伸が漏れてくる。

 

「・・・今日は、大事な日。月が手を離せないから、ぎるを代わりに起こしてって」

 

「そこまで心配されてたのかよ」

 

「・・・んと、前日に頑張ってたはずだから、多分疲れてるって言ってた。・・・さくやは、おたのしみ?」

 

「何処から習ってくるんだそういう言葉。・・・ああ、いい。言わなくていい。大体分かった。後で隊長と七乃をお仕置きしておく」

 

「・・・恋も、たまにはぎるにおしおき、されたい」

 

「何言ってるんだ君は」

 

真顔で壱与みたいなことを言ってくる恋に、本気で心配してしまう。こんな子じゃなかったよね?

恋はちょっと油断すると寝込みを襲ってきていつの間にかズボン脱がしてたりとか、突然押し倒してきたりとか、真顔で『こづくり、する』とか言ってくるような、純粋な子だったはず。

・・・あれ、なんか違和感を・・・。んー?

そんな俺を無視して、恋はのそのそと俺の上に登ってくる。・・・あれ、俺を起こしに来たんじゃないの、この子。

 

「ん、実は、時間よりちょっと早い。・・・だいたい、一回分くらい」

 

「何その具体的数値。ちょ、だから潜り込むなって・・・ああもう、ほら、もぞもぞしないっ。分かったから!」

 

上に乗る恋を逆に寝台に押し倒し、ちょっと暗いのでカーテンも開ける。

 

「・・・あ、明るいのは、恥ずかしい」

 

「寝込みを襲う子にだけは、恥ずかしいとか言われたくないよ、俺」

 

それに、お仕置きされたいといったのは恋だからな!

 

・・・

 

唐突な恋とのバトル(意味深)も無事に終わり、そのまま恋につれられて城の中庭までやってきた。

今日の中庭はいつもとは違い、訓練や見回りをする兵士達の姿は見えない。代わりに、自動人形が中庭に置いてある卓の間を忙しそうに歩き回っている。

規則正しく並べられた卓の上には、大量の料理と、暗くなった後のための灯りが用意されている。一応椅子も置いてあるが、大体毎年落ち着いて座って食べるのは一部だ。

他の子たちは話したり遊んでたりと、特別な今日を祝う。

一段高く設置された席には、本日の主役がいつもとは違う服を着て着飾っている。・・・んまぁ、自分の娘とはいう贔屓目無しでも可愛いと言えるだろう。うん、可愛い。

親譲りの軽くウェーブの掛かった髪を揺らしてこちらに振り向き、俺に気付くと月に窘められるのも聞かずにぶんぶんと大きな手を振っている。

 

「お父様ーっ。菫はこちらですよーっ」

 

「ああ、分かってるよー」

 

俺も手を振り替えして、恋と一緒に菫の元へと向かう。近くまで寄ると、我慢できなくなったのか、菫は立ち上がってこちらに飛び込んでくる。

月と恋の驚く顔を横目に、内心俺もびっくりしながら難なくキャッチ。この程度の突発的ハグごとき、この俺が対応できないとでも思ったか!

 

「っとと。危ないだろ、菫。幾らめでたい日だからって、何でも許されるわけじゃないからなー?」

 

「ふふっ、ごめんなさい。今日はとても嬉しい日ですので、つい」

 

「・・・まぁ、許すけどな。ほら、ちゃんと座ってなさいって」

 

今日の菫の格好は、白いドレスである。・・・これは苦労した。一刀に図面起こしてもらっても、服屋がかなりの複雑さに頭を悩ませるレベルだった。

メイド服のときの職人をもう一度招集して、三日三晩の喧々諤々の会議によって、漸く満足行くものが出来たのだ。そして、それから試作品を何度も重ねて、ついに完成したのが、この菫が着ているドレスなのである。

・・・だから、あんまり汚すなよ? なんと言うか、携わっていた一人として微妙な気持ちになるから。

 

「・・・しっかし、ここまでやることは無かったんじゃないのか?」

 

「え? ・・・でも、私のときもこんな感じでしたよね?」

 

俺の呟きに答えたのは、不思議そうな顔をする月だ。・・・うん、確かにそうだったかもしれないけど。

ぐるりと視線を移してみると、菫の席の近くに鎮座しているのは巨大なケーキ。・・・これは、製作朱里雛里という蜀のお菓子職人・・・じゃなくて、二大軍師によって作成されたものだ。

重ねるのが大変だったらしい。

 

「・・・あれ、重ねる必要あるか?」

 

「? 朱里さんが言うには、『場所の節約のため』らしいですけど」

 

「・・・なるほど」

 

それなら納得せざるを得ないだろう。・・・あ、まだ気になるところある。

何で白いドレスを菫が着てるの? いや、もちろん作ったのは俺達サイドなんだけど、何でこういう服を着たいと言い出したんだろうか。

白いしトレーン付いてるし、何故かグローブとベールも作らされたし。・・・あれ、なんか聞いたことあるドレスな気が・・・。

 

「・・・なんで菫あのドレス着たいって言ったんだっけ」

 

「? 菫が言うには、『大人っぽい服』をキャスターさんに聞いたら『どれす』というのがあると教えられたかららしいですが・・・」

 

「・・・なるほど。あ、腕のとかは・・・」

 

「もう春ですからねぇ。あの子も、日焼けを気にする年頃になったんじゃないですか? 『どれす』は袖が無いもので完成しちゃいましたから」

 

「・・・そ、そうか。・・・うん、そうなんだな・・・?」

 

ちょっと自分が言いくるめられてるっぽい空気を感じてきたが、まぁ、うん、納得できる理由ではある。

ベールも同じ理由なんだろうか。日焼け対策的な。・・・うん、そうだよな。この時代に『あの』ドレスの文化ないもんな。・・・あれ、いや、ローマと年代被ってるぞ、三国志の時代って、確か。

い、いやいやいや、まだだ! まだ決め付けるには早いぞ!

 

「そういえばあそこにある花束は・・・」

 

「? ああ、環ちゃんが作ってくれたみたいです。お祝いだからって。嬉しいことですねぇ」

 

「・・・そ、う、だな? ・・・そう、だよな?」

 

他意はないんだよな? 環からのプレゼント、ってだけだよな?

 

「あ、俺もプレゼント聞いたんだけど、『お母さんの宝物と一緒がいい』って言ってたんだよな。月、大切にしてるものとかってあるのか?」

 

「? もちろんありますけど・・・。あっ。・・・そうですね、ギルさんからいただいた、とても大切なものが一つ、ありますね」

 

そう言って、自身の指を・・・もっと断定すると、そこに付けられている装飾具を撫でる月。

・・・なんだか胃痛がしてきた。・・・え、それプレゼントしろって? 『結婚指輪』を!?

 

「ちょ、ちょっと待て。・・・最後に一つ、確認したいことがある」

 

「はい、なんでもどうぞ、ギルさん」

 

「・・・今日のは、菫の『誕生日会』で間違ってないよな?」

 

「はい、もちろん。菫の『誕生日会』で間違ってないですよ?」

 

きょとん、とした顔の月と、数秒見つめあう。・・・すぐに顔を赤くして逸らしてしまったが。

可愛い。・・・じゃなくて! そうだよね、『誕生日会』だよね!?

毎年この規模で全娘分やると大変だから数年に一度『大誕生日会』として規模の大きいもの開催しててそれが今日だけど・・・間違ってないよね!?

どう考えても結婚式なんだけどどうなってんのこれ! パーティー会場にキャンドルあるしウェディングケーキあるし菫はウェディングドレス着てるし!

挙句の果てに指輪要求されたんだけど! 求婚しろと!?

 

「・・・バックレようかな」

 

「どうしたんですか、突然。毎年の娘の祝の日ですよ? ・・・こういう日だけは壱与さんですら祝ってくださいますのに」

 

「いやいや、だって、ほら、おかしいでしょう!?」

 

「おかしいのはギルさんですよ・・・? お疲れでしたら、少し休まれますか?」

 

「・・・いや、いい。病んでる人扱いは非常に不本意だが、調子が悪いわけじゃないから」

 

ありがとな、とだけ伝えて、月の頭をくしゃりと撫でる。これで恥ずかしがるあたり、お母さんになっても月は月だなと安心するところでもある。

 

「はーい! そろそろ時間だよー! 皆、席に座ってー!」

 

ある程度立ち直り、普通に参加できそうなほどには回復したのを見計らうように、地和の声が響く。

これは、拡声の妖術を使って自分の声を大きくするといういつものライブ方式の技法である。

手には一応マイクっぽいものを持っているが、これは地和が妖術を調整したりしやすくするための、魔術礼装みたいなものである。

 

「じゃあ、これから菫ちゃんの『大誕生日会』! 開催するからねー!」

 

将と、その子供と、更に一部の招待客。それらを全てあわせて三桁を突破する人数が、歓声を上げる。

大きい声だが、不快ではない。それほど、菫の誕生日を祝ってくれる人間がいるということだからだ。

 

「早速だけど、開会の挨拶と行こうかなっ。はいギル、一言どうぞ!」

 

そう言って、地和は俺にマイクをパスする。・・・これ、俺でも妖術使えるの?

地和に視線で聞いてみると、何度も頷いているので、問題ないんだろう。後で術式聞いておこう。

 

「ん、あー。・・・よし。・・・えー、本日はよく集まってくれた。自分の娘ながら、今年もこうして誕生日を祝えたことを嬉しく思う。・・・さ、あんまり長く語っても我慢できない子いるみたいだし、このあたりで。・・・菫、おめでとう」

 

「・・・ありがとうございます、お父様」

 

再び起きた歓声の中、地和にマイクを返す。それを難なくキャッチした地和がこちらにウィンクを飛ばしてから、サムズアップ。『よくやった』と言うことだろう。

それから、参加客のほうへ向き直り、口を開く。

 

「じゃあ、『大誕生日会』開催します! 食べてもよし、遊んで良し、話しても良し! ・・・でも、ちゃんとお祝いの気持ちは持つこと! それじゃ、どうぞ!」

 

地和の声を皮切りに、全員がざわざわと騒ぎ出す。母親に料理を取り分けてもらって食べ始める子や、早速走り出す子、お話を始める子もいる。

皆、何度もやっているうちにある程度分かってくれたのか、祝われる側へのお祝いの言葉をかけるのに、ある程度ローテーションを作ってくれているらしい。

最初にやったときは全員こちらに駆け寄ってきて大騒ぎになったからな。だから、一部の人たちが挨拶に来てくれて、それが戻ったらまた別のグループ、とある程度順番を決めているようだ。

最初に来るのは、大体祝われる子に一番親しい子。つまり、菫を祝いに来る一番手は・・・。

 

「・・・おめでと、菫」

 

詠に連れられやってきた、環である。

少しそっぽを向きながらではあるが、言葉はきちんと祝いの言葉を紡いでいる。

 

「ありがと、環ちゃんっ。えへへ、今年も一番に来てくれて、嬉しいな!」

 

「っ、ま、まぁ、その、と、友達、だから」

 

「親友、でしょ?」

 

「うひぇっ!? そ、そう思ってくれてるの・・・?」

 

「もちろんだよ! 雪蓮さんと冥琳さんの絆にも負けないと思ってるもん!」

 

「・・・えへへ、それは、嬉しいわ」

 

あたふたとしながら菫と話す環を微笑ましく見つめながら、詠と月も話を始める。

その中に俺も混ざったり、たまに菫たちから話を振られたりしていると、環達が名残惜しそうに去っていく。話をする時間もある程度決めているのだ。・・・まぁ、それでも夜まで掛かるから灯りを用意してるんだけど。

それから、菫の元に来た子達と話したり、菫自身が他のグループのテーブルに行ったり好きに動いているのを見ながら、俺と月はちょっと離れたところにテーブルと椅子を出し、二人で座っていた。

ちなみにトレーンは取り外して宝物庫に入れた。動きづらいらしい。そりゃそうだ。

 

「・・・今年も、開けましたね」

 

「だなぁ」

 

「菫の誕生日も、他の子の誕生日も・・・毎年祝えるのがとても楽しくて、嬉しいです」

 

「俺もだよ。・・・今年は『大誕生日会』何人いたっけ?」

 

「んと、睡蓮ちゃんと、百合ちゃん、瑠璃ちゃん、扇ちゃん、だったと思います」

 

「あー、そのあたりの年かー」

 

大体同じ年に生まれた子が、同じ年に『大誕生日会』を開くので、同世代かどうかが分かりやすいな。

月もシャオも、紫苑たちも、大体同じ時期に出産してたからな。・・・あれ、ちょっと菫が早かったか?

 

「準備も大変ですし、開催中も侍女隊はてんやわんや。お片づけに二日掛かるなんてザラ、で負担も凄いですけど・・・」

 

ぎゅ、と俺の手を月が握る。恥ずかしくてこちらを見れないのか、正面の会場を見つめたまま、頬を赤く染めながら、しかしはっきりと言い切る。

 

「お祝いしてあげると喜ぶ、ってだけで、やる気でますよね。親としての本能なんでしょうか」

 

「なのかもな。・・・まぁ、こうして祝って欲しいって言うのももう少しのことだろうしなぁ。もっと年齢重ねたら、多分恥ずかしいって言い出すぞ」

 

「ふふ。かもしれませんね。明里ちゃんとか碧里ちゃんなんか、毎回はわあわ言ってますから」

 

あの子達は恥ずかしがりやだからなぁ。本人達の強い希望で、余り規模を大きくせず、二人一緒に祝うこと、で納得はしてるけど。

・・・まぁ、こうして規模が大きくなるのは何も俺や月、菫が目立ちたいから、というわけではもちろん無い。

『祝いたい』と言う人たちが、街の人も含めて大量に殺到するからなのである。他の邑の長も長旅してまで来る場合もあるし。

だから街の人たちも祭りを開いてお祝いしてくれるわけだし・・・。皆に愛されてるなぁ、菫は。父親として嬉しい限りである。

 

「・・・あ、そういえば」

 

「ん? どした?」

 

「贈り物、もしかしたら必要ないかもしれませんね」

 

再び、薬指の指輪を撫でる月が、嬉しそうに呟く。

 

「『私の宝物(家族の絆)』は、もう菫も持ってるみたいですから」

 

そう言って、月ははにかんだ。・・・ああ、『宝物』って、そういうこと。

これは、まぁ、してやられたというべきか。

 

「・・・何処から気付いてた?」

 

「んと、最初からです」

 

・・・




「ん? ・・・おい、菫はなんであの花束投げようとしてるんだ?」「? さぁ。・・・あれ、こっちに飛んできますね。わっ、と、取っちゃいました!」「・・・いやいや、ブーケトス受け取るにはちょっと遅かったんじゃないかなー。既婚者がブーケ受け取るとどうなるんだろ」「『ぶーけとす』ですか?」「・・・いや、なんでもない。兎に角、大事に取っときなよ」「・・・そうします。菫からの贈り物ですからね」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第八十五話 物語の終わりに

「・・・うん、いや、まぁ、分かっていたことだしあれだけども。いざ一人になってみると、結構応えるもんだなぁ。・・・さて、国のことは部下とか子孫が頑張ってくれてるみたいだし・・・俺は・・・そうだな、旅に出るかな。西に。最後に日本に到着する感じで。・・・っし、そうと決まれば、出発!」


それでは、どうぞ。


・・・あれから、どれほどの時が経っただろうか。

一人で色んなところを回ってきたと思う。大陸を西に進んで、ローマとかインドとかエジプトとか巡ってみたりもしてきた。

幾ら切り離された外史とはいえ、三国志をしっちゃかめっちゃかにしてきたので、大分正史とはズレが生じていることと思う。・・・だが俺は謝らない。

 

「・・・って、だいぶ秘境だよなぁ、ここ」

 

最近はGPSの精度も宇宙衛星の解像度も侮れなくなってきたし、ってことで人のいないところを探してこうして色んなところを歩いてみたりはしているが・・・。

あれから千と何百年か経ってると思う。正確な数字はちょっと分からないが、多分二十世紀は超えてるんじゃないかな。

 

「そう考えると、あんまり迦具夜を笑えんな」

 

歌具夜をつれて一旦月に戻っているのだが、こちらとは時間の流れ方違いすぎるらしくて、本当にたまにしか会ってないからな・・・。

もうすでに、この世に知り合いといえる人間はいないだろう。たまに遭難しそうになってる飛行機助けたりしてたけど。あれオカルト情報誌とかに載ってないかな・・・大丈夫かな・・・。

あ、でも英雄と呼ばれる人とも何人か会ったりはしたな。もう座についてるだろうから、また顔は合わせるけど。

いやー、それにしても長い旅路だったなぁ。落ち着くからと日本にまた帰ってきたのはいいけど・・・何処の森だろう。向こうに富士山見えるけど、樹海とかじゃないよね?

 

「いやはや、次は何処に行こうか。しばらくはここで休むのも良いかもしれんな」

 

『休む』となると十年単位で動かなくなったりとかザラなので、場所を選ぶ必要はあるけど。

 

「あ、じゃあ火口とか見てみようかな、富士山の。マグマの耐性あったかは分からないけど・・・」

 

そうと決まれば登山だ。この体であれば、登山道具など無くとも、観光気分でエベレストだって登れるぞ!

ざくざくと鎧姿で登山。写真に撮られた場合、コラージュを疑われるレベルの違和感を抱かせるだろう。

しばらく歩くと、登山道に合流したらしい。人はいないみたいだから、このまま登山道を歩くとしよう。

 

「あ、どうもー」

 

――と思った声を掛けられたので、一瞬で鎧からライダースーツに着替えた。

危ない危ない。『怪奇! 富士の山で黄金の鎧を来た不審者!?』として一面を飾るところだった。いや流石に飾れないか。なんだったらエアぶっぱまで考えるけど、多分そうしたら魔術協会すっ飛んでくるよね?

あれ、でも世界も違うから存在してないんだろうか。うーん、俺みたいなのが存在してるってことは・・・あ、そういえば返事してねえや。

 

「ああ、どうも。今日は人が居ないですねぇ」

 

うん、これくらいなら許容範囲の受け答えだろう。

 

「そうみたいですね。天気も悪いし、もう夕暮れですから、皆下山しているのかもしれませんね」

 

今更ながら声の方へ向き直ると、朗らかな笑みを浮かべた青年だった。・・・おや、珍しいな。

こういうところに来るには、かなり軽装に見える。・・・確かにここまでは車で来れるとはいえ、ここから先を上るには、装備も時間も中途半端だ。

ふぅ、とため息をついた青年を誘い、ベンチに座る。

 

「いや、まさか人に会うとは思いませんで・・・」

 

「ああ、いや、こちらこそ。ちょっと裏のほうから歩いてきてね」

 

「ああ、そういう裏道が?」

 

「なんというか、まぁ、ほぼ遭難しかけてたというか」

 

「良くご無事で・・・」

 

ちょっと引き気味に苦笑する青年に、そりゃそうだ、と俺も苦笑する。

目の前に現れた外国人に『いやちょっとさっきそこで遭難してまして』と言われたら、俺も苦笑せざるを得ない。

 

「そういえば、日本語お上手ですね」

 

「まぁ、ほぼ日本人みたいなものなので」

 

この外見だけだもんな、外国人っぽいのは。中身純日本人だし。

 

「そうなんですか。どうりで。・・・今日は、観光で?」

 

「ええ。ほぼ日本人と言ったばかりですが、日本自体は久しぶりで」

 

確か・・・以前来たのが七十年ほど前だったはず。久しぶりと言っていいだろう。

あまりにも生きすぎて麻痺してきているが、十年経てば大体久しくなるものだ。

 

「富士山に来たの自体は初めてなので、まぁ、火口まで行ってみようかなって」

 

「火口まで行くんですか!? 今日!? その格好で!?」

 

「っと、口を滑らせた。いえまぁ、特殊な訓練を受けておりまして」

 

「今、僕の中で貴方の評価が『珍しいハーフ』から『怪しい外国人』にランクアップしたんですけれども」

 

少しだけ距離を離される。・・・いやいや、そこまで怪しまなくとも。だけどまぁ、自分だったら絶対近づかないな、と冷静に思う。

そんな彼ににこやかに笑いながら、俺はそのまま話を続ける。

 

「まぁ、火口に行こうってのはホントですよ。なんていうか、ほら、見てみたいじゃないですか」

 

「『火口を見たいから』で思い立って登山するのは一部だと思いますよ・・・?」

 

「いっそ、思い切ってみるのも大切ですよ。やっぱりこう、ある程度生きてくるとどうしてもそういう気分になりますから」

 

「・・・結構生きてきましたけど、そんな気分になったことは・・・」

 

「ああ、『火口見に富士山登ろう!』ってことじゃなくて、『思い立ったが吉日!』みたいにどうしてもやりたいことが出来たときですよ」

 

それなら確かに、と青年は頷く。その後彼は、ですが、と続ける。

 

「・・・それが出来るのは、一握りの人間だけですよ。大会社の社長だとか、歴史上の偉人とか」

 

「歴史上の偉人だって、同じ人間ですから。確かに運とか先天的に必要なものもありますけど・・・それでも、『やろう』って思わないと、その偉業も何も、無かったんですよ」

 

「ああ、それは確かに。天運も、天武も、天智も、使わなきゃ持ち腐れですものね」

 

「必要なのは、最初の一歩なんでしょうね。何でも、やってみようって思う一歩。それでダメなら、違う方へ歩けば良い。間違ってるかどうかは、死んだ後に誰かが評価してくれますから」

 

「はは、それもそうだ。自分で自分の評価が出来るほど、人間は客観的に自分を見れませんからね」

 

自分で自分のことを絶対にだめだと思う人が、後世で評価されてたなんて良くあることだ。

何でもやってみるといい。それが、俺が今まで歩いてきた時代を見て、思ったことだ。

 

「・・・なんだか、気が少し楽になりました」

 

「それは良かった。怪しい外国人でも、出来ることはあるんですね」

 

お互いに笑いあって、ベンチから立ち上がる。

 

「良いお話が出来ました。僕、やろうとしてたことがあったんです。・・・やってみようと思います」

 

「応援しますよ」

 

最初の時とは違い、決意に満ちた瞳が、俺を見返す。

その目さえしていれば、きっと大丈夫。何度もみてきた、『歴史上の偉人』の目である。

彼が境地にたどり着けるかは全く分からない。・・・でもきっと、後悔する生き方だけはしないだろう。

・・・最後まで名乗りもしなかったし、名も尋ねられなかった。だけど、それでいいのだろう。

変な外国人と話した青年が、道を戻れたなら、それで。

 

「さて、登山の続きっと」

 

・・・後で知ったことなのだが、この青年は俺や迦具夜の残した少ない痕跡からサーヴァントの存在にまでたどり着こうとした、オカルト誌の編集長になったらしい。

 

・・・

 

「お疲れ様です。・・・貴方、中々こちらに来る予定無いみたいなので、迎えに来ました」

 

富士山の火口を見て、空を飛んで遊覧飛行していると、ぶつんと視界が切り替わるように神様の部屋に来ていた。

すでに椅子に座っている状態で、目の前にはお茶。対面には微笑む神様。どうやら、いつもどおりの白い部屋だ。

 

「丁度二千年ほど生きられたみたいですね」

 

「え、死んだのか、俺」

 

「はい。ちょっと加護が強すぎましたね。あと、正確には死んでません。魂だけ、座に昇華しましたので」

 

「なるほど、神様の寂しさが頂点に達したと」

 

「違いますよ!?」

 

全力で反論してくる神様を抑えながら、うんまぁ、と今までを振り返る。

召喚されて聖杯戦争止めて、世界を巡って色んなものもみられたし・・・それなら、そろそろ座にいる『みんな』にも会いに行かないと。

 

「一応言っておきますけど、座の行き来って普通出来ませんからね? 貴方が特殊すぎるんですよ?」

 

「分かってるって」

 

「もう。神霊に近いから、英霊の座に縛り付けるにはちょっと制限緩むところもあるってだけなんですからねー」

 

はい、と神様からタブレットを受け取る。

 

「おお、これはいつぞやの神様の毛髪入りタブレット」

 

「変態みたいになるんで、その言い方はやめましょう。一応神器ですからね、それ」

 

「分かってるって。・・・で、何でこれを俺に?」

 

「貴方は私の部下ということになりました。お仕事手伝ってもらいますよー!」

 

「・・・ああ、分かった。仕事の手が足りないから俺を座に押し上げたな・・・?」

 

「ん、んー? な、何のことやらー?」

 

わざとらしく顔を逸らす神様に、ああもう、とため息。

 

「分かったよ。ここまで来たら、神様の手伝いくらいしてやるさ。・・・で、どうすればいいんだ?」

 

・・・

 

一通りタブレットの使い方を教えてもらって、早速仕事・・・というわけでもなく、まずは俺の座へと案内された。

・・・座って概念的なものじゃないのか、と言ってみると、まぁほとんど神様扱いだから、仕事場ということで存在するらしい。

 

「で、それがこの目に優しくない黄金の城か」

 

「黄金が貴方のイメージカラーみたいなもんですからねぇ」

 

色々と案内してもらって、取り合えず、と玉座に座る。ここから、この城内のマップを見れたり仕事が出来たりするらしい。

 

「で、そっちのほうで操作して・・・そうそう、やっぱり若い人は飲み込み早いですねー」

 

「若い人・・・」

 

「ふふ。神様に年齢で勝とうなんて、それこそ無茶ってもんですよ!」

 

「まぁ良いや。あれ、これ・・・」

 

「あ、はい。皆さんと会ったり話したいこともあるでしょうから、『招待』が出来ます。貴方が招待できる英霊がここに表示されるので、チェック入れると招待されますよ」

 

ためしに、と一人の名前をタッチ。すると、チェックマークが付いて・・・。

 

「・・・ふぇ? あれ、ここは・・・」

 

「ああ、月。・・・久しぶりだな」

 

「あ、ぎ、ギルさん? ・・・って、私若返って・・・ああ、なるほど、そういう」

 

召喚された直後は混乱していた月だが、自分の身体を見て、状況を判断したらしい。

 

「漸く、なんですね、ギルさん。待ちくたびれちゃいましたよ?」

 

「いや、申し訳ないな。まさか自分でも、これほど長引くとは」

 

「やっぱり最初に呼び出すのはその方ですかー。あ、始めまして。私神様です」

 

「ああ、あなたが・・・。月です。ええと、一応英霊としては『董卓』ですけれど」

 

お互いにぺこり、と頭を下げる二人。うんうん、神様と董卓だとは、この場を見た一般人は思うまい。

 

「・・・生前、散々お世話になったみたいで」

 

「んぇー? 何でこの人私に敵対心抱いて・・・いぇっ!? ち、違いますよ!? 夢の中で誑かしていたわけじゃ・・・!」

 

「? ・・・ああ、心が読めるんでしたね。なら、私がこれから何するか分かりますね?」

 

「・・・オラオラだけは勘弁してくれません!?」

 

「あら。右か左かの質問すらしてませんけれど」

 

にこにこと笑いながら近づく月は、うん、まぁ、体は若いけど、精神は一生を過ごしてるからな。ちょっと強かになってる。

それでもまぁ、流石に神様に物理攻撃は・・・って精神攻撃か。それなら効くだろうな。

 

「ふふふ、ギルさんとのアレとか、コレとか、思い出しただけで伝わるんですもんね?」

 

「そ、そんなの読心切っちゃえば・・・あれ、き、切れない!?」

 

「私の宝具の力ですよ? 『相手のスキルを自分の支配下に置く』って力なんですけど」

 

「嘘ですよねそれ!?」

 

「宝具持ってるのは本当ですけど、効果は嘘です」

 

二人のやり取りを見ながら、これからもまぁ、退屈はしなさそうだ、と一人笑う。

さて、それじゃあこれから英霊として頑張りますか。最初に召喚されるのは、何処になるのかなぁ。

 

・・・




というわけで、最後は短かった上にいきなりですが、最終話になります。キリもいい数字でしたので、以前から考えていたことではありました。これ以上は同じ話の繰り返しになりそうというのもありますが。ここ最近の更新ラッシュはそういうことなのです。申し訳ありません。
大体五年か六年書いてきたことになります。・・・かなり長引いてしまいましたね。
色々と勉強させていただいたり、ご感想いただいたり、自分にとってかなり大きな部分を占める良い体験をさせていただきました。
多分またすぐに続編とか書くとは思いますが、その辺りの事は活動報告に書こうと思います。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。ありがとうございました。


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