〜side 有希子〜
それは中学二年生の夏、私が親から求められる肩書き生活に嫌気が差していた時期のことでした。
そんな生活から逃げ出して通い詰めていたゲームセンターで出会った、私とは違って自由に生きる彼との出会いの物語です。
★
中学二年生の夏休み。私は椚ヶ丘中学校という名門の制服を脱ぎ捨てて、知っている人のいない場所まで遠出して格好も変えて遊んでいました。
父親が厳しく良い肩書きばかりを求められる生活から離れたかった私は、好きなゲームに何も考えないで没頭したくて頻繁にゲームセンターへと通い詰めていました。
地元から離れて更には変装までしている時点で、周りの目を気にする肩書き生活から離れ切れていないとは自分でも理解していましたが……それでも何もかもを放り出して遊んでいたかったんです。
こんな風に遊べるのは長期休暇である夏休みだけ。それ以外では家と学校で肩書きを求められる生活が待っています。ちょっとした息抜きに今を遊んで過ごすくらいはいいよね。
「ーーーねぇ、ちょっといいかな?」
そんな風に聞く人が聞けば自堕落な考え方をしていた私に、後ろから男の人の声が掛けられました。
此処のゲームセンターに通い詰めるようになってから結構経ちますが、こうやって誰かに話し掛けられたのは初めてです。それも男の人からなんて……少し戸惑いながらも私は対応するべく声の主へと振り返りました。
「君、可愛いね。もし良かったら僕と一発でもいいからしてくれない?」
先程とは別の意味で戸惑ってしまいました。
え……い、一発って……そ、
そんなことを言うような不良っぽいというか、卑猥な感じの人でもなさそうなのに……どちらかと言えば無害な小動物っぽい感じです。人は見掛けに寄らないってことなのかな?
でもこういう時ってどうやってお断りするのが一番いいんだろう?下手に断って絡まれても困るし……
「……明久、お前はなんつー絶妙な言い回しをしてんだ。相手固まってんじゃねぇか」
と、私が思い悩んでいたところに別の男の人が話し掛けてきました。
新しく現れた人は体格も大きくて荒っぽい雰囲気があるんだけど、やっぱり最初の人と同じで不良のような雰囲気は感じません。この人達はいったい……
戸惑っている私を余所に二人は話を続けています。
「ほれ、お前の言いたいことを全て正確に言ってみろ」
「……?分かった。えっと、此処のゲームセンターにゲームがかなり強くて可愛い女の子の達人がいるって聞いたから捜してたんだけど、多分君のことだよね?もし良かったら僕と一発勝負でもいいから対戦してくれないかな?」
友達であろう男の人に促されて言い直した彼の言葉を聞くと、私が想像していた内容よりもずっと健全なお誘いでした。
正直ここまで相手に曲解させるような言い回しは初めてです。勝手に変な方向で話を考えてたのが凄く恥ずかしい……
もしかしたら意図的にセクハラ紛いの言い回しをしていたんじゃないかと最初こそ勘繰ったりもしましたが、
「ということだ。悪いな、通報は勘弁してやってくれ」
「え?雄二、何か通報されるようなことしたの?」
「お前だ、ボケ」
「???」
そんな悪意は微塵も感じませんでした。というより本人は全く意識してないみたいです。
なんだかコントのような二人のやり取りに、私も思わず笑みが零れていました。少なくとも悪い人達じゃないみたいです。
「ふふっ、いいよ。私も一人で遊んでただけだし、対戦しよっか。明久君……でいいのかな?」
「うん、大丈夫だよ。こっちから急に押しかけたのにありがとう。えっと……」
「あ、私はーーー」
明久君が言い淀んだところで自己紹介しようとしましたが、自分の今の格好を思い出して口を噤んでしまいます。
自分のことを誰も知らないであろう場所まで来て髪や服装も変えているとはいえ、ここで本名を名乗るのはどうかと思いました。
大丈夫だとは思う。私が心配し過ぎなだけだとは思うけど、許してもらえるなら本名じゃなくて何か渾名の方が……
「……うん。私のことは“ユッキー”って呼んでくれないかな?」
「ユッキー?うん、別にいいけど……なんかワケあり?」
「あはは、ちょっとね……」
即興で考えたから
私はこのゲームセンターに通い詰めていたので、此処にあるゲームは大体やっています。なので明久君にどのゲームで対戦してもいいと伝えると、彼はゲームセンター内を物色し始めたので雄二君と一緒に着いていくことにしました。
「ま、まさかここまで実力に差があるなんて……これがユッキー……所詮、僕は井の中の蛙だったってことか……」
「おぉ、よく“井の中の蛙”なんて諺を知ってたな」
「雄二、うるさい」
「ちょ、ちょっと大袈裟じゃないかな……」
私達が選んだのは有名な対戦格闘ゲーム。その対戦が終了した後、明久君は両手を地面に着いて項垂れていました。
見て分かるとは思いますが、結果は私の勝ちです。ゲームで対戦を申し込まれて手加減をするつもりはありません。
ただ、これだけ目の前で項垂れられるとちょっと思うところもあります。出会ってからほんの少ししか過ごしてないけど、正直一緒にいて楽しいと感じてる自分もいますし……
「……まだ時間はあるけど、他のゲームでも対戦してみる?」
「ぜひお願いします」
勇気を出して明久君に今度は私から再戦を振ったところ、項垂れたまま間髪入れず受け入れてくれました。客観的には明久君が泣き縋っているようにしか見えないけど……
「あ、俺は先に帰るわ。明久の惨めな負け姿を拝むという目的は達成したしな」
逆に観戦していた雄二君はあっさりとしたものでした。というより目的の内容が友達に対するものとはとても思えません。
それを聞いた明久君もガバッと起き上がって問い詰めるように声を荒げます。
「貴様、それが理由でユッキーの話を振ってきたんだな⁉︎ 僕の方がゲームで勝ち越してるからって他人の手を借りるとは……‼︎」
「……俺はな明久、純粋にお前の悔しがる姿が見たいからお前が得意なゲームで負かしたかっただけなんだよ。それが見られるなら俺は自分の手でぶちのめす必要はないと考えたわけだ」
「雄二、お前には向上心がないのかよ‼︎ 僕の悔しがる姿が見たいんだったら自分の手でぶちのめすべきだろ‼︎ そうして初めて僕に対する優越感が得られるんじゃないのか‼︎」
「自分を負かしたいと思う理由については疑問を挟まないんだね……」
あとなんで自分の不幸を望んでいる相手なのに明久君は応援してるんだろう?
本心は分からないけど、本当に雄二君はそのまま帰ってしまいました。まぁ私と明久君が対戦し続けるんだったら、雄二君は見てるだけになるから暇だよね。
当人達は何も思っていないみたいだし、そのまま私達は二人で対戦を続けることにします。
〜 レースゲーム 〜
「え、そんなとこからショートカットできるの⁉︎」
「うん、操作が少しでもブレるとコースアウトして負けるけどね」
「よし、勝つためなら僕だって……ってあぁ、コースアウトしちゃった……」
「ふふ、流石に初見では難しいよ」
「くそー、コンピューターにも負けるなんて……」
winner:神崎有希子
〜 シューティングゲーム 〜
「おー、上位ランカーのスコアは軒並み高いな。僕でも入り込めるかどうか……」
「あ、表示されてるスコアって全部私のだから」
「マジで⁉︎ うぅ、そうなるとスコア勝負は分が悪いぞ……」
「それじゃあどっちがハイスコアを出せるか勝負しよっか?」
「の、望むところさ……‼︎ スコアってのは塗り替えるためにあるんだよ……‼︎」
winner:神崎有希子(new record)
〜 エアホッケー 〜
「なんで男子と女子の身体能力で攻め切れないん、だっ……‼︎」
「エアホッケーは身体能力だけで決まるものじゃないから、ねっ……‼︎」
「うおっと⁉︎ 何くそっ、負けるもんか……‼︎」
「っ‼︎ とはいえ明久君、凄い運動神経だね……‼︎」
「僕の望みと関係なく鍛えられてますから……‼︎」
winner:吉井明久
〜 ダンスゲーム 〜
「ふ、ふふふ‼︎ 明久君、ロボットみたい……‼︎」
「だ、だから言ったじゃないか。ダンスゲームは全然やったことないって……」
「画面を見るのも大事だけど、音楽もしっかりと聞いてリズムに合わせないと」
「うーん……そうだ。ユッキー、一回お手本見せてよ。それだけ言うんだから当然ダンスゲームも上手なんでしょ?」
「え?うん、いいけど……人に見られるのが分かっててやるのはちょっと恥ずかしいな……」
winner?:神崎有希子
しばらく二人で対戦し続けた私達は、ゲームを中断して休憩所スペースに設置されているベンチへと座っていました。
「いやー、遊んだ遊んだ」
「そうだね。対戦できるゲームは一通りやったんじゃないかな」
途中から対戦じゃなくて普通に遊んでた気がしますけど、それも楽しかったから別に気にすることないか。明久君も気にしてないみたいだし。
それにしても……今日会ったばかりの男の子と二人きりで遊んでいるのに、自分でも驚くほど自然体で過ごせてると思います。やっぱりそこは明久君の人徳だろうな。だって全くと言っていいほど言動に裏を感じないもの。
「そういえば、最初に私のことを捜してたって言ってたけど……地元はこの辺りなの?」
不思議な人徳を持つ明久君のことをもっと知りたくなり、気付けば質問を投げ掛けていました。私の周りにはいないタイプの人ですし、普段はどんな風に過ごしているのか話を聞きたくなったというのもあります。
「ううん、ちょっと遠いけど椚ヶ丘の方から来てるんだ」
そんな明久君から齎された驚愕の事実に、私は固まりそうになるのをなんとか抑え込みました。まさか地元から離れたこの場所で、偶然にも地元が同じ相手と遊ぶことになるなんて誰も思いません。
これはちょっと確かめておいた方が……ううん、これも私が心配し過ぎなだけですね。椚ヶ丘学園の生徒がゲームの強敵を求めて遠出するなんて、そんなことあるわけーーー
「……椚ヶ丘って確か進学校で有名なところがあったよね?」
「あぁ、椚ヶ丘学園のこと?実は僕もそこの中等部に通ってるんだよ」
……世間は広いようで狭いって、こういう時に使うのかなぁ。
ということは雄二君も椚ヶ丘の生徒だよね。そう言われたら二人の名前にも聞き覚えがありました。確か……吉井明久君と坂本雄二君、だったかな?
曰く、
同じ学校ってだけでも驚きなのに、まさかの同級生だったなんて……幾らなんでも世間が狭すぎじゃないかな。関わっていなかっただけで普通に私の周りにいる人でした。
「ユッキーはこの辺が地元なの?」
「う、うん。まぁ当たらずと
ごめんなさい、思いっきり外れてます。
でも今更になって“実は私も椚ヶ丘中学校に通ってるんだ。しかも同じ二年生なんだよ”、なんて告白する勇気は私にはありません。
「こ、この後はどうする?またゲームで対戦していく?」
自分から振っておいてなんだけど、この話の流れはちょっと不味い。そう思って流れを変えるためにゲームの続きを促すことにします。
「うーん……そうしたいところだけど、そろそろ財布が軽くなってきたからなぁ。僕もそろそろ帰ることにするね」
しかし明久君は唸りながら財布の中身を確認しつつ否定の言葉を返してきました。
そっか、金銭的な問題だったら仕方ないね。この夏休みで一番と言っていいくらい楽しかったから、これで最後だって思うとちょっと寂しいけど。
私はゲームセンター以外では“ユッキー”じゃないので、学校では“神崎有希子”として振る舞わなければなりません。たとえ学校で明久君と再会することになったとしても、それは“神崎有希子”としてであって初対面の関係と何も変わりありません。
“ユッキー”として内心で彼との決別を決意していることなど知る由もなく、明久君は笑顔で別れの言葉を告げてきます。
「ユッキー、今日は付き合ってくれてありがとう。凄く楽しかったよ」
「ううん、私も凄く楽しかったから気にしないで」
「また機会があったら対戦しようね。次に会う時は負けないから。それじゃ‼︎」
「うん、バイバイ」
手を振って明久君がゲームセンターを出ていくまで見送ると、一人になった私はその場で立ち尽くしていました。
「……私ももう少ししたら帰ろうかな」
これから一人でゲームをする気分じゃないけど、今すぐ帰ったら確実に駅で明久君と鉢合わせることになります。時間を置いてから此処を出ましょう。そうしてただ待っているだけの時間で、私は明久君のことを考えていました。
雄二君もそうだけど、どうして彼らは自分の好きなように生きられるのだろう。幾ら問題行動の証拠を隠して噂程度に留めたとしても、
なのに今日知り合った彼らには鬱屈とした様子が微塵もありませんでした。本心から好きなように過ごしているということは今日の様子を見ていれば分かります。
「……私にはとても真似出来そうにないな」
私みたいに肩書き生活が嫌になって逃避しているわけではなく、周りの目を気にして自分を隠しているわけでもない。まさに自由に生きているという感じでした。
そんな彼らに羨望の念を抱きつつも、行動に移せない私はやっぱり臆病で……ある程度の時間が経っていたことから私もゲームセンターを出て帰ることにします。
夏休みも後半に入って残り僅かなこともあり、そろそろゲームセンターに通い詰める生活も止めなければなりません。明久君とかに私のことが気付かれる可能性を低くするためには、“ユッキー”として再開しないようにするのが一番です。だからゲームセンター通いもこれで最後かな。
色々と今後について考えながら帰途に着いていたその時、
「おい明美、こんなとこで何やってんだよ」
と、本日二度目になる知らない男の人から声が掛けられました。というより明美って誰でしょう?明らかに誰かと間違われています。
「え?あの……」
「約束すっぽかすなんてまだ怒ってんのか?ほら、さっさと行くぞ」
いきなりで戸惑ってしまい言葉が出なかった私を余所に、男の人は私の腕を掴むと脇道へ入っていきました。ちょ、ちょっと待って……‼︎
流石にこれ以上この流れに身を任せるのは問題だと思い、私を誰かと勘違いしているこの人に対して遅ればせながらも声を掛けます。
「す、すいません‼︎ 私、明美さんって人じゃないです‼︎ 人違いかとーーー」
「は?明美?誰だそれ?」
しかし私の訴えを聞いた男の人は、平坦な声音でそう切り返してきました。
……え?誰って……さっき貴方が私のことをそう呼んでーーー
「
更に戸惑う私が強引に引っ張っていかれた先には、人気のない路地裏で二人の男の人が待ち構えていました。そこで私は掴まれていた腕を離されますが、すぐに逃げられないよう壁際で取り囲まれてしまいます。
明らかに悪意の籠もった男の人達の視線と態度を向けられ、これだけの要素があれば事態を察することは出来ました。
「いやー、俺らが目ぇ付けてたのに変な男がちょっかい出してきてマジで鬱陶しかったぜ。つい衝動的に手ぇ出しちまったわ」
「ま、それで全然問題ないんだけどな。ぽっと出の男に横取りされたら計画が台無しだし、結果として拉致ることは出来たんだからよ」
私の推測は男の人達の会話によって確信へと変わります。どうやら私は不良に絡まれるレベルではない問題に巻き込まれたようでした。
その現状に認識が追いついた途端、恐怖に飲み込まれそうになる心をなんとか押さえ込みます。ここで冷静さを失ったら逃げることも出来ません。
「リュウキには後で報告するとして、その前に遊んじまってもいいよな?」
「構わねぇだろ。拉致ってきたのは俺らなんだぜ?そんくらいの権利はあるさ」
「んじゃ、まずは声を上げられないように口を塞ぐとするか」
でも幾ら冷静を装ったところで三人の男の人から逃げられるわけもなく、囲まれている状況ではその隙さえもありませんでした。
為す術もなく窮地に追い込まれた私は、男の人の手が伸びてきたのを見て身体を強張らせつつ反射的に目を瞑り、
「死にさらせッ‼︎ 社会のゴミ共がぁぁッ‼︎」
突然の大声に驚いて思わず瞑った目を開けた私の視界に、手を伸ばしてきた男の人にドロップキックを食らわせている明久君の姿が飛び込んできました。
それによって思いっきり蹴り飛ばされたその人は周りの一人を巻き込んで吹っ飛び、残った一人は乱入者の顔を確認して驚愕を露わにします。
「てっ、てめぇ‼︎ さっきのーーー」
「イィッシャァァーー‼︎」
そんな男の人の反応など見向きもせず、明久君は高速で身体を回転させると後ろ回し蹴りを叩き込んでいました。それで路地裏の壁に打ち付けられた男の人は地面へと沈んでいきます。
「クソッ、何処の何奴だーーー」
「大人しく眠っとけ‼︎」
ドロップキックに巻き込まれた男の人が立ち上がろうとしていたところで、明久君は別れた時には持っていなかったビニール袋から何かを取り出して手裏剣のように投げつけました。
それが見事な命中精度で吸い込まれるようにして眉間に直撃すると、男の人は痛みで呻きながら顔を仰け反らせて再び地面へと倒れ込みます。
「ユッキー、ちょっとごめん‼︎」
「え?きゃ‼︎」
そこまでの一連の流れを呆然としながら見ていた私でしたが、それとは別の理由で明久君の言葉に反応することはできませんでした。
「ちょ、明久君⁉︎ なんでお姫様抱っこーーー」
「だってその靴じゃ速く走れないでしょ⁉︎ 嫌だとは思うけど逃げ切るまで我慢して‼︎」
嫌とかじゃなくて普通に恥ずかしいの‼︎ しかも明久君、逃げるためとはいえ私を抱えた状態で路地裏から出ると大通りを全力疾走してるんだもん‼︎ 人通りの多い場所の方が安全だっていうのは分かるけど、目立ち過ぎてほとんどの人が私達を見てるから‼︎
加えてその速さが人を一人抱えているとは思えないような速さなので尚更注目を集めています。この時ばかりは本当に格好を変えていてよかったと思いました。
「軽々しく身体に触れてしまい、本当にすみませんでした‼︎」
「あ、明久君‼︎ こんなところで土下座は止めて‼︎ 助けてくれたんだから感謝するのはこっちだよ‼︎」
あれから駅前まで駆け抜けた明久君は、抱えていた私を降ろすと綺麗な土下座で謝ってきました。視線に物量が伴っていたら押し潰されるんじゃないかってくらいには目立っています。
地面に頭を擦り付けている明久君をなんとか起こして、少しでも人目を避けられる場所へと移動しました。
「はぁ、恥ずかしかった……そういえば明久君。先に帰ったはずなのに、どうしてあんなところにいたの?」
一安心できたところで私は疑問に思ったことを口にします。駅で鉢合わせないように時間を置いてから出てきたのに、どうしてあのタイミングで明久君が駆けつけることが出来たのかが不思議でした。
「実は今日が新作ゲームの発売日だってことを思い出してね。ゲームセンターを出た後で近くのゲームショップに入ってたんだよ。で、帰り道にユッキーが連れていかれるのが見えて気になったから後をつけてたってわけ」
「え?でもお金がもうないって……」
「あぁ、あの時の“財布が軽くなってきた”っていうのは食費を抜いてもうないって意味だからさ。ゲームを買うお金自体はあったんだ」
「えっと、つまり食費をゲームに注ぎ込んじゃったんだね……」
逃げる時に投げ捨てていたのがゲームだと分かって弁償代を払おうとしたんだけど、投げ捨てたのは自分だからって言ってお金は受け取ってもらえませんでした。元々注ぎ込んだ食費も水と山の幸でなんとかなるからって……ちょっと待って、明久君って普段はどんな食生活を送ってるの?
そんな風に謝られたり感謝したり疑問に思ったり、色々な話をしてから私達は再びその場で別れることにしました。
「本当に家まで送らなくて大丈夫?」
「うん、私の家も駅からそんなに離れてないから。次に同じようなことがあったら周りに助けを求めるし」
「そっか、それじゃあ気をつけてね」
「本当に助けてくれてありがとう、明久君。改めてバイバイ」
駅のホームへと消えていく明久君を見送り、次の電車が通り過ぎるのを駅前で待ちます。これでもう“ユッキー”として明久君に会うことはないでしょう。
でも“神崎有希子”から見ても“ユッキー”から見ても明久君は明久君です。これからまた始まる肩書き生活についても、明久君の自由な生き方を思い出したら勇気が貰えそうな気がしました。
“ユッキー”としてはこれでお別れだけど、“神崎有希子”として出会っても仲良くしてくれたら嬉しいな。
★
「ーーーさん。神崎さん」
眠気に誘われて微睡んでいた私の耳に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきて意識を浮上させました。いつの間にか眠っていたようです。
修学旅行からの帰り道、新幹線の中で眠る私に声を掛けてきたのは茅野さんでした。
「おはよう、神崎さん。もうすぐ東京駅に着くよ」
「ん……おはよう、茅野さん。起こしてくれてありがとう」
「どういたしまして」
まだ少し眠気の残った状態でお礼を言うと、茅野さんは笑顔で返してくれます。言われて今の時間を確認すると、確かにあとちょっとで到着予定の時間でした。
(それにしても、去年のことを夢に見るなんて……今回の修学旅行で色々と思い出しちゃったからかなぁ)
私はさっきまで見ていた夢の内容について想いを馳せます。
まさか私のことが気付かれてるなんて夢にも思っていませんでした。同じクラスになってから改めて仲良くしたかったけど、それでも“ユッキー”のことは気付かれないように距離を置いていたのに……結局は私の独り相撲だったんだね。
でももう明久君のことを遠くから見て憧れるだけの私じゃありません。自分を隠して生きることも止めました。彼のように自由に生きていこうとは思いますが、だからと言って彼の後ろを追い掛けていたら隣には立てません。
私は私の道を行く。その道中で明久君の隣を歩けるようになれたら良いなって思いました。その気持ちを胸に秘め、修学旅行から帰ってきた日常を過ごしていくことにします。
次話 本編
〜転校生の時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/16.html
※後書きの仕様に対するアンケートを実施した結果、「会話形式」に肯定的な意見が四つ・否定的な意見が二つという結果となりましたので「会話形式」で続けていくことにしました。
よって次回からは後書きを「会話形式」に戻していきたいと思います。ただし否定的な意見の方にも配慮し、後書きの冒頭に次話のリンクを設置することにしました。なので後書きを読みたい方は読んでいただき、読み飛ばしたい方は次話のリンクをご利用して下さい。
今回のような疑問や意見があった場合は出来る限り真摯に対応させていただきますので、またこれからも「バカとE組の暗殺教室」をよろしくお願いします‼︎