じめじめとした梅雨の時期も明け、本格的な夏の季節に差し掛かってきた。雨の日が減って晴れの日が増えてきたのはいいけど、それまでの湿気が熱せられて一気に蒸し暑くなるのもこの時期だ。いよいよ夏の到来って感じがするよね。
そうして天気が良くなったからか分からないけど、椚ヶ丘ではテストの時期とも被らない梅雨明けに球技大会が行われる。男子は野球・女子はバスケとクラス別で勝敗を競い合うのだ。
その球技大会について書かれたプリントを殺せんせーが手にとって読んでいた。
「クラス対抗球技大会……ですか。健康な心身をスポーツで養う。大いに結構‼︎…………ただ、トーナメント表にE組が無いのはどうしてです?」
トーナメント表を見て戸惑いながら訊いてくる殺せんせー。まぁ今年から先生やってる殺せんせーには分からないよね。
「E組は本戦にはエントリーされないんだ。一チーム余るって素敵な理由で」
殺せんせーの疑問には三村君が答えてくれた。
しかも本戦にエントリーされないというだけならまだしも、エキシビションという名目でE組の男子は野球部の、E組の女子は女子バスケ部の選抜メンバーと戦わなければならない。
基本的には素人であるE組と部活をしている経験者との試合。“椚ヶ丘中学校”、“エンドのE組”という二つの単語から結び付けられる結果は一つである。
「……なるほど、
そう、
殺せんせーもそれを理解したようで、相変わらずの差別待遇になんとも言えない表情をしていた。ホント、E組の事となるとねちっこいよねぇ。
そんな殺せんせーの辟易とした気持ちを片岡さんが明るく吹き飛ばす。
「でも心配しないで、殺せんせー。暗殺で基礎体力ついてるし、良い試合をして全校生徒を盛り下げるよ。ねー皆」
片岡さんの呼び掛けに女子の皆は元気よく同意していた。うん、今日もイケメグは通常運転だ。女子にモテるというのもよく分かる。
「俺らは晒し者とか勘弁だわ。お前らで適当にやっといてくれや」
反対に男子は寺坂君、村松君、吉田君のいつもの三人が参加を拒否。そのまま席を立ち上がって教室から立ち去ってしまった。まったく、女子の方がよっぽど男らしいと思うよ。
「よし、じゃあ僕らも全校生徒を盛り下げる方向で頑張ろうか」
「お、吉井。なんか考えでもあんのか?」
僕の言葉を聞いて前原君が興味を示してきた。
もちろん僕だって無策で勝負を言い出したりはしない。試合に勝てそうな手だって色々と考えてるさ。
「任せてよ。故意に見えないラフプレーは僕らの十八番だからね」
「…………確実に仕留める」
「スポーツマンシップの概念が消え失せたような作戦じゃな……」
何を言ってるんだ秀吉は……野球は乱闘込みで野球でしょ?経験者を相手に勝つための柔軟な作戦じゃないか。少なくとも乱闘でノーゲームにまで持ち込めたら負けはない。
「駄目だこいつら……やっぱ野球となりゃ頼れんのは杉野だな。なんか勝つ秘策ねーの?」
僕の作戦に見切りをつけたらしい前原君が杉野君に意見を求める。いったい何が駄目だと言うんだ……倫理観の問題だったらE組差別でお互い様だと思うけど。
しかし意見を求められた杉野君は表情を暗くしたまま首を横に振る。
「……無理だよ。野球経験者のあいつらと、ほとんどが野球未経験者の
まぁそりゃそうだよね。だからこそ僕も相手を棄権負けに追い込んだり、乱闘に持ち込んで負けない作戦を提案したわけだし。
これが弱小野球部とかだったらともかく、うちの野球部は強豪で主将をしている進藤君は高校からも注目されてる豪速球の持ち主だとか。幾ら暗殺訓練で運動能力が上がってるとは言っても、スポーツの動きが身に付いていなかったらその運動能力をフルに活かすことは誰にでも出来ることじゃない。
でも杉野君の言葉はそこで終わらなかった。
「……だけどさ、殺せんせー。
好きなもので負けたくない……その想いはよく分かる。言葉でどう取り繕ったところで誰だって心の中ではそう思っているはずだ。わざわざ不利な要素を挙げてから勝ちたいと言うあたり、野球に対する杉野君の気持ちはかなり強いと思う。
「……でもやっぱ無理かな、殺せんせー」
だけど経験者だからこそ気持ちと勝敗は別だと言うことも分かってるのだろう。杉野君は取り繕った笑みを浮かべて殺せんせーに意見を求めていた。
そんな杉野君に対して殺せんせーはというと、
「ヌルフフフフ。先生一度、スポ根モノの熱血コーチをやりたかったんです。殴ったりはできないのでちゃぶ台返しで代用しましょう」
杉野君以上にやる気を出していた。普段のアカデミックドレスから野球のユニフォームに着替えて顔色を野球ボールのように変色させており、野球道具だけじゃなくて応援用のメガホンや指導用の竹刀、熱血指導用のちゃぶ台まで完備している。この先生はなんでも形から入るよなぁ。
「最近の君達は目的意識をはっきりと口にするようになりました。どんな困難な目標に対しても揺るがずに……その心意気に応えて、殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう‼︎」
あぁ、なるほど。殺せんせーが熱血コーチをやりたかったかどうかは置いといて、生徒の成長が嬉しかったから必要以上にやる気を出してるのか。
う〜ん、杉野君の気持ちを汲むとなると僕の作戦は使えないな。勝ち負けよりも試合を有耶無耶にする方向に偏った作戦だしね。
球技大会が行われるのは来週である。たった一週間でどこまで実力をつけられるかは分からないけど、ここは殺せんせー改め殺監督のトレーニングに付き合うのが一番だろう。戦るからには勝ちを獲りに行くぞ。
★
『試合終了ー‼︎ 三対一‼︎ トーナメント野球三年はA組が優勝です‼︎』
そうしてあっという間に一週間は過ぎ去っていき、僕らは球技大会当日を迎えていた。本校舎のクラス同士のトーナメントも無難に終了し、残りはある意味でメインイベントとなる一試合のみである。
『それでは最後に、E組対野球部選抜の
放送を受けて
準備を終えて整列した時、先頭に並んでいた主将の進藤君が杉野君に話し掛けてくる。
「学力と体力を兼ね備えたエリートだけが選ばれた者として人の上に立てる。お前はどちらも無かった選ばれざる者だ。
選ばれたとか選ばれないとか、なんだか物凄い偉そうだ。そんなもので勝ち負けは決まらないっていうのに……そういうのは自分で掴み取るものだろう。そもそも他人を貶すためにスポーツをやるなんて、いったいスポーツを何だと思ってるんだ。←ブーメラン発言。
両チームで挨拶を終えてベンチに戻ってきたところで、辺りを見回した菅谷君が疑問を口にする。
「そーいや、殺監督どこだ?指揮すんじゃねーのかよ」
「あぁ、彼処だよ。烏間先生に目立つなって言われてるから」
苦笑いを浮かべながら指差す渚君の視線を辿ると、グラウンドに転がっているボールの一つに殺監督が遠近法を利用して紛れ込んでいた。国家機密がベンチで堂々と指示出しするわけにはいかないから、目立たないようにして顔色とかでサインを出すことにしたらしい。あ、なんかサイン出してきた。
「何て?」
「えーと、①青緑→②紫→③黄土色だから……“殺す気で勝て”ってさ」
なんだ、そんなことか。そんなの殺監督に言われるまでもないよ。勝つ気で戦わなきゃ勝てるもんも勝てないからね。
ただし言われるまでもないことでも無意味というわけじゃなく、殺監督の激励を受けた皆はこれまで以上にやる気を高めていた。
「よっしゃ、殺るか‼︎」
「「「おう‼︎」」」
声を出して気合を入れ直した僕らは、球技大会の締めとなるエキシビションに臨んでいく。
ちなみにE組は野球部との実力差からハンデとして守備と打撃を分担できるので、選抜九人+補欠という形ではなく必要に応じて全員が参加できる。まぁだからといってベンチにいる全員を無理に参加させる必要はないんだけどさ。
「やだやだ、どアウェイで学校のスター相手に先頭打者かよ」
まずはE組が先攻ということで、愚痴りながらも打席に向かう一番打者は木村君だ。まぁ気合どうこうとは別に憂鬱な状況ではあるよね。完全に野球部の引き立て役、
そして前評判通りの進藤君の豪速球に木村君はバットを振らず見送り。手も足も出ないという様子で全員が想定していた通りの展開だろう。
進藤君の豪速球を見送った木村君は
「出だしはバッチリだね。はい渚君、バット」
「ありがとう。僕も続けるように頑張らないと」
続いてE組の二番打者は渚君だ。さっきの木村君のバントを受けて警戒しているのか、相手の内野は前進寄りに守っている。が、そんな分かりやすい守備の穴を殺監督が突かないわけがなかった。
木村君と同じように渚君もバントの姿勢で打席に立つ。進藤君が投げると同時に前に出てきた守備に対して、渚君はバントはバントでもプッシュバントで捕球しにきた相手の脇を転がしていった。それによって送球が遅れたことで渚君も出塁。第三打者である磯貝君も同様にバントを決めてノーアウト満塁と完全にE組の流れだ。これには野球部だけじゃなくて観客からもザワつきが聞こえ始める。
「いい感じに盛り下がってきたようじゃの」
「そりゃあこんだけE組にいいようにされたら盛り上がれねぇだろ。野球部についちゃ面目丸潰れだからな」
その野球部の面々からは猜疑の目がこちらに向けられていた。まぁ進藤君レベルの豪速球を素人がバントで完璧に処理できていたら疑問に思うのは当然だろう。
だけどこっちは殺せんせーのマッハ野球で練習してきたのだ。どれだけ豪速球だろうが所詮は人間の投げるボール。しかも球種がほぼストレートだけとなると、素人のE組でもバントに絞って練習すれば十分に処理できる。
この状況でE組が迎える四番打者は当然ながら野球経験者の杉野君だ。そして杉野君もバントの構えを取ったことで野球部からは分かりやすく動揺が伝わってくる。ここまでのバント成功率100%を考えれば当たり前の反応だろう。
これ以上バント出塁からの失点は避けたいようで、進藤君はバントの構えで落とした頭に近い内角高めを狙ってきた。打者を威圧できるしバントしにくいコース選びの結果だろうけど……それ故に読みやすいコースでもある。
バントの構えを取っていた杉野君だったが、投球された瞬間に
「これはもう勝ったも同然だね」
「そうじゃな。格下じゃと思っていた相手に機先を制され動揺しておるのは傍目から見ても明らか。ここから即座に気持ちを立て直すというのは難しいじゃろう」
彼らの野球部としてのプライドが高いだけに、今のこの展開はなかなか受け入れられるものじゃないだろう。そうやって気持ちの整理がつかないうちに更なる得点を稼ぎ、投手の杉野君が相手打者を抑えればゲームセットだ。もしかしたら野球部相手にコールドゲームもあり得るかもしれない。
「…………そう上手くはいかないようだ」
「え、なんで?」
だけどムッツリーニは僕らとは違う意見のようであった。予想としてはそこまで間違ってないと思うんだけど、いったい何をもってムッツリーニは違うと言ってるんだ?
「明久、あれを見ろ。初っ端からラスボスさんのご登場だ」
雄二の言葉を聞いて野球部のベンチに視線を向ければ、スーツを着た理知的な顔立ちの男性ーーー椚ヶ丘学園の理事長が校舎の方から歩いてくるのが見えた。なるほど、確かにこのままの流れで終わりそうにはないな。
理事長はベンチにいる野球部の監督の元へと歩み寄ると、そのまま至近距離まで詰め寄って威圧感のみで監督に泡を吹かさせていた。
「どうやら寺井先生は体調が優れないようだ。誰か医務室へ運んであげて下さい。その間、監督は私がやります」
体調を悪化させた本人が何を言ってるんだ、という野次を飛ばさせないくらいには風格があるから手に負えない。この学園の
ただ理事長が登場するだけでE組優勢の雰囲気を断ち切られてしまった。恐らく理事長の手に掛かれば精神的に崩れた野球部を立て直すことなど造作もないだろう。球技大会における野球部との対決はここからが本番だった。
次話
〜球技大会の時間・二時間目〜
https://novel.syosetu.org/112657/22.html
杉野「これで“球技大会の時間・一時間目”は終わりだ。皆も楽しんでくれたか?」
秀吉「まぁ今回はそこまで大きな変化はないがの。偶にある明久視点の原作寄りな話じゃな」
片岡「私達女子のバスケ部との対決も原作と同じで飛ばされてるしね」
秀吉「それは仕方なかろう。クロスしておるキャラが今のところ男だけじゃからな」
杉野「木下が女子として出ればなんとかなるんじゃね?違和感ねぇだろうし」
秀吉「なんてことを言うのじゃ⁉︎ 女子の中にワシが参加などしておったら違和感しかないじゃろ⁉︎」
片岡「いえ、正直に言えば怖いくらい違和感ないと思うけど……」
杉野「だよな。渚もイケると思うけど俺とバッテリー組んでるし……吉井もカツラ被ればいけるか?」
片岡「そうなったら女子サイドの話も書けたわね。惜しいことをしたわ」
秀吉「そんな恐ろしい仮定はいらん……」
杉野「そういや今回は坂本が大人しかったよな。だからこそ原作寄りになったっぽいところもある感じだしよ」
秀吉「特に率先して行動する理由がなかったからじゃろうな。普通に参加してはおるが、
片岡「殺せんせーが監督として必要なことをしてくれてたっていうのもあるのかしら?」
秀吉「かもしれん。まぁ普通に参加してくれるだけでもE組の戦力には変わりないじゃろう」
杉野「運動神経も体格もE組トップクラスだしな。ただ理事長も出てきたことだし、本音を言えば本気を出してほしいところだ」
片岡「それは次の話次第だと思うわよ。後半も原作寄りの展開だと坂本君の出番は少ないだろうし」
秀吉「ということで次の話も楽しみにしておいてくれ。今回はこの辺でお開きじゃな」
杉野「俺も全力を尽くすからな‼︎ 応援よろしく頼むぜ‼︎」
渚「なんか関係ないところで言いたい放題言われてるんだけど……」
明久「うん、流石に女装するのも女子に混ざるのも難しいよね……」
カルマ「じゃあ実際に試してみよっか?」
渚・明久「「遠慮します」」