バカとE組の暗殺教室   作:レール

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プールの時間

鷹岡先生との一件を終えてから数日が経った。あれから特に何か政府からアクションがあったということもなく、体育教師は烏間先生のまま変わらぬ日常を過ごせている。

そんな僕らを囲む環境は変わってきており、けたたましい蝉の鳴き声や聳え立つような入道雲などといった、真夏の風物詩とも呼べるものがE組の周りを彩っていた。灼けるような日差しにうだるような暑さ、こういう日は外に出ず部屋の中でゆっくりしたい……という意見も多いことだろう。だだし、

 

「暑ッぢ〜……地獄だぜ、今日びクーラーのない教室とか……」

 

その意見は前提に“クーラーの効いた涼しい部屋”という条件を満たしていればの話である。三村君が愚痴を零しているように、劣悪な環境を強いられているE組にクーラーなどといった文明の利器は存在しない。人工知能()のような世界最先端の文明の利器はあるってのにね。

そんな授業中でも暑さにだれている皆を見て殺せんせーから注意が入る。

 

「だらしない……夏の暑さは当然のことです‼︎ 温暖湿潤気候で暮らすのだから諦めなさい。ちなみに先生は放課後には寒帯に逃げます」

 

「ずりぃ‼︎」

 

ちなみにE組の誰よりも注意している先生が一番だれていた。教卓に寄り掛かって身体は動かさず、触手だけを伸ばして授業を進めている状態だ。

そんな皆の怠さを振り払うように倉橋さんが元気な声を上げる。

 

「でも今日プール開きだよねっ‼︎ 体育の時間が待ち遠しい〜」

 

「……いや、そのプールがE組(俺ら)にとっちゃ地獄なんだよ」

 

しかしそれも木村君によって否定されてしまう。というか彼女は知らないのだろうか?

当然ながら旧校舎であるE組にプールはない。つまり本校舎まで炎天下の山道を下りてプールに入りに行かなければならないのだ。そしてプール疲れした身体でまた山道を登る必要があるという……いつの時代の奴隷だと言いたくなるような強行軍である。

 

「うー……本校舎まで運んでくれよ、殺せんせー」

 

近い未来にある炎天下の強行軍を想像して殺せんせーに助けを求める前原君。そうだ、こういう時に先生のマッハを活用しないで何時活用するんだ。殺せんせー、僕達のために馬車馬のように働いてください。

 

「んもー、しょうがないなぁ……と言いたいところですが、先生のスピードを当てにするんじゃありません‼︎ 幾らマッハ二十でも出来ないことはあるんです‼︎」

 

「えー、でも渚君やカルマ君はハワイまで運んだっていうじゃないですか」

 

暗殺のため以前に律が分析した殺せんせーの動きを教えてほしいと頼んだ時、参考程度にということで殺せんせー視点での動きも見せてもらったことがある。

この映像はどうしたのかと彼女に訊いたら、ハワイに向かう中で渚君の端末から撮影したものだと教えてくれた。少なくとも先生のマッハ二十で出来ないことに“人を運べない”ってことはないはずだ。

 

「あれは私が行くついでです。その後に課題も出しましたし、便利なものに頼ってばかりでは誰も成長できません」

 

やっぱり楽しようとするのは駄目なんだなぁ。生徒の成長を促すことと生徒を助けることは似てるようで違うってことか。

 

「……でもまぁ気持ちは分かります。仕方ない、全員水着に着替えて着いてきなさい。そばの裏山に小さな沢があったでしょう。そこに涼みに行きましょう」

 

だけどなんだかんだで殺せんせーも生徒(僕ら)には甘い。暑さで勉強に身が入っていないことを考えたのか、授業を早めに切り上げて涼みに行くことを提案してくれた。

その提案を断る人なんているはずもなく、僕らは言われた通り水着に着替えて裏山に入っていく殺せんせーの後を着いていくことにする。

 

「裏山に沢なんてあったんだ」

 

その道中で速水さんの声が聞こえてきたが、普段から裏山に入らないような人は知らなくても仕方ないだろう。なんせ足首まであるかどうかといった深さと跨げるほどの幅しかないような小さな沢だ。精々が軽く水遊びできる程度だろう。

まぁそれでも水遊びが出来るだけマシだと思っていると、前を歩いていた殺せんせーが立ち止まって僕らの方へと振り返る。

 

「さて皆さん‼︎ さっき先生は言いましたね、マッハ二十でも出来ないことがあると。その一つが君達をプールに連れていくことです。残念ながらそれには一日掛かります」

 

殺せんせーの言葉に僕は首を捻ってしまう。どうして僕らをプールに連れていくだけで一日も掛かるんだ?

そう思ったのは僕だけじゃなかったようで、クラスの皆が思ったことを磯貝君が言葉にする。

 

「一日って大袈裟な……本校舎のプールなんて歩いて二十分ーーー」

 

「おや、誰が本校舎に行くと?」

 

磯貝君の指摘を遮って殺せんせーが言葉を被せてきた。そうして聞こえてくるのは涼しげな水の流れる音……水の流れる音?

と、ここで違和感を覚えた。さっきも言ったけど裏山にある沢は本当に小さな沢だ。でも耳に入ってくる水の流れる音は明らかに大きなもので……草木の間から水面を反射するような光も見えてきた。

皆もその違和感に気付いたらしく、誰かが駆け出したのに続いて反射する光の方へと向かう。草木の間を抜けたそこには小さな沢など見当たらず、余裕で潜れるような深さと泳げるような幅のある岩場に囲まれた水場があった。端の方にはコースロープでレーンが二つほど作られており、まさしく自然の中に作られたプールである。

 

「なにせ小さな沢を塞き止めたので、水が溜まるまで二十時間‼︎ バッチリ二十五mコースの幅も確保。シーズンオフには水を抜けば元通り。水位を調節すれば魚も飼って観察できます」

 

なるほど、確かにマッハ二十でダムを作ることは出来ても沢の流れを速くすることは出来ないだろう。

やっぱり殺せんせーは僕らに甘い。必要以上に手を貸して楽をさせてくれることはないけど、必要だと判断すればプールでさえも作ってくれるんだから。

 

「制作に一日。移動に一分。あとは一秒あれば飛び込めますよ」

 

先生の言葉によって皆は羽織っていたジャージを脱ぎ捨て、暑さなんか忘れて勢いよくプールへと飛び込んだ。

準備の良いことに浮き輪やビート板、ビーチボールなどといった一通りのプールで遊べるものは用意されている。もう授業じゃないと思うけど気にせず存分に楽しませてもらおう。

 

 

 

 

 

 

二つのレーンを使って競泳したりビーチバレーをしたり、皆は好きなように遊んでプールを満喫していた。こればっかりは本校舎に通っていたら味わえなかった楽しみだろう。殺せんせー様々(さまさま)である。

 

「うぅ、楽しいけどちょっと憂鬱……泳ぎは苦手だし、水着は身体のラインがはっきり出るし」

 

浮き輪でプールを漂っている茅野さんがテンション低めに気持ちを漏らしていた。確かに彼女は身体も胸もバストも小さいけど、そこまで過敏に気にしなくていいと思うんだよなぁ。

 

「大丈夫さ、茅野。その身体もいつか何処かで需要があるさ」

 

「……うん、岡島君。二枚目面して盗撮カメラ用意すんのやめよっか」

 

そんな茅野さんに岡島君がカメラを用意しながら声を掛けているが、その台詞はいつか何処かじゃないと需要がないってことと同義ではないだろうか?

しかし岡島君がカメラを用意する手を止めることはない。

 

「何言ってんだ。土屋なんてもう撮影を開始してんだぞ?俺も負けてらんねーぜ」

 

「え、何処⁉︎ いつの間に⁉︎」

 

岡島君からの情報を受けて茅野さんは周囲を見回すが、見える範囲にムッツリーニの姿は見つけられなかったようだ。このシチュエーションで奴を探すんだったら……見つけた。木の上から望遠カメラを駆使して鼻にティッシュを詰めつつ撮影に勤しんでいる。鼻血の痕が点々と続いてるから探す時には分かりやすい。

と、思い思いにプールを楽しんでいるところにピピピピーッ‼︎ というホイッスルの音が響き渡った。

 

「木村君‼︎ プールサイドを走っちゃいけません‼︎ 転んだら危ないですよ‼︎」

 

その発生源は監視台の上に陣取っている殺せんせーである。 まぁ殺せんせーには先生として監督義務があるから、多少厳しくても危険に繋がる行動は注意しなければならないのだろう。

 

「原さんに中村さん‼︎ 潜水遊びは程々に‼︎ 長く潜ると溺れたかと心配します‼︎」

 

……ま、まぁ言ってることは間違ってないよね。何ともないと思ってた行動が油断や思わぬ事故で危険になることもあるし。ただちょっと過保護というか細かすぎるというか……

 

「岡島君と土屋君のカメラも没収‼︎ 狭間さんも本ばかり読んでないで泳ぎなさい‼︎ 菅谷君‼︎ ボディアートは普通のプールなら入場禁止ですよ‼︎」

 

…………こ、小うるさい……もう危険どうこうじゃなくてプールの過ごし方にまで口出ししてるし。いるよねー、自分が作ったフィールドの中だと王様気分になっちゃう人。あとは鍋奉行とか、楽しい時に仕切られると少し白けちゃうんだよな。本人は自分の思い通りになって満足なんだろうけど。

 

「ヌルフフフフ。景観選びから間取りまで自然を活かした緻密な設計。皆さんには相応しく整然と遊んでもらわなくては。……それはそうと、渚君に木下君。どうして君達だけ皆さんと水着の種類が違うんです?」

 

そんな殺せんせーの素朴な疑問に渚君と秀吉はサッと目を逸らして黙り込む。二人は先生が指摘したように一般的な学校指定の水着ではなく、サーファーが着るような半袖半パン丈のウェットスーツ型の水着を着ていた。

ただし決して校則違反というわけではなく、それらは学校側が特例として二人に着用義務を課した指定水着なのだ。その理由も椚ヶ丘中学校の人間ならば新入生を除いて大多数が知っていることだろう。

 

「そっか、殺せんせーは知らないんだね。あの血塗られた惨劇……“血のプール事件”を……」

 

「あれは死人が出てもおかしくなかったな……」

 

僕と雄二は当時のことを思い出して辟易とした気分になる。

平和な学校生活の中、二年生のプール開きの日に起こった大事件。水面を朱色に染める大量の血と、息も絶え絶えに死の淵を彷徨う一人の生徒。救急車を呼ぶほどの大事にまで発展し、事態を重く見た学校側が対応に乗り出した。その対応策こそが……渚君と秀吉の水着変更である。

 

「ぶっちゃけると土屋が渚君と木下の水着姿を見て出血多量で死にかけたんだよね」

 

「しょーもなっ‼︎ 吉井君のモノローグに対して事件の真相しょーもなっ‼︎」

 

カルマ君が要約して話した内容を聞いた殺せんせーは愕然としていた。ムッツリーニらしいと言えばらしいけど、当時は大変で別クラスだった僕と雄二も放課後に病院へと駆けつけたものだ。病院で真相を聞いて脱力したのは言うまでもない。

一年生の時はクラスも合同体育もムッツリーニと二人は別だったから問題なかったものの、二年生の時は秀吉と同じクラスで渚君とは合同体育で同じだったからこそ起こった惨劇である。学校側の対応が早かったこともあって同じ事件はあれ以来起こっていない。というか何回も起こってたまるか。

 

「つーか殺せんせー。あんた、水が苦手なのに俺達に水場を与えてよかったのか?」

 

ふと雄二が殺せんせーに気になることを問い掛けていた。それは僕も思っていたことである。

今のところ分かっている殺せんせー最大の弱点は水だ。少しの水だったら先生は粘液で防げるみたいなんだけど、流石にこれだけ大量の水があれば粘液でも防げない……と思う。実際に粘液の限界を知らないから確証はないけど。

でも殺せんせーは雄二の問い掛けを全く気にしていない様子だった。

 

「ヌルフフフフ。自分の保身を考えて生徒に必要なものを用意しないなど先生失格です。もちろん暗殺に利用してくれても全然構いませんよ。まぁたとえ水を使われたところでそう簡単には殺られませんがねぇ」

 

確かに大量の水があることと大量の水を使えることは話が別だろう。結局は人力で、または工夫を凝らしてどれだけ大量の水を扱えるかどうかが重要なのだ。

一番手っ取り早いのは殺せんせーをプールに突き落とすか引き摺り込むか、とにかく全身を水に浸からせることが出来れば確実に弱体化を狙えるはず。いやまぁマッハ二十の先生相手ではそれが一番難しいことでもあるんだけどね。

と、プールの活用法について考えていたところでちょっとした事故が起こった。

 

「あ、やばっ‼︎ バランスがーーーうわっぷ⁉︎」

 

慌てたような声とともに水飛沫の上がる音が聞こえてきたので振り向くと、そこには浮き輪で漂っていたはずの茅野さんがひっくり返っている姿が目に入る。そして彼女は水面から顔を出すと手足をばたつかせてーーーってまさか泳ぐの苦手って言ってたけど全然泳げないの⁉︎ なんで一人で足の着かない深さの場所まで行ってんだよ‼︎

 

「ちょ、馬鹿‼︎ 何してんだ茅野‼︎」

 

「背ぇ低いから立てねーのか‼︎」

 

周りにいた皆も異変に気付いたらしく急いで彼女の元に駆け寄ろうとするが、溺れている場所まで離れているため近場にいた人でも少し時間が掛かりそうだ。

 

「か、茅野さん‼︎ この麩菓子(ふがし)に掴まって……‼︎」

 

「そんなもんに掴まれるかっ‼︎ 先生はさっさと触手を伸ばしてください‼︎」

 

何故か泳げもしないのにビート板を持ってるから雰囲気作りかなんかだと思ってたけどビート板型の麩菓子かよ‼︎

宛にならない殺せんせーを無視して僕も飛び込もうとしたところで、別の場所から誰かが飛び込む音が聞こえてきた。そちらの方へ視線を向けると、綺麗なクロールで見る見るうちに茅野さんの元へと泳いでいく片岡さんの姿が目に入ってくる。おぉ、凄く速い‼︎ あっという間に彼女の元へと辿り着いた‼︎

その後に浅い場所まで泳いで連れていくのも完璧である。こうしてちょっとした事故はあったものの、イケメグのおかげで事なきを得ずに今年初のプールを終えられたのだった。




次話
〜仕込みの時間〜
https://novel.syosetu.org/112657/26.html



中村「はい、これで“プールの時間”は終わりだよ。皆も楽しんでくれた?」

渚「……ねぇ、僕帰ったら駄目かな?このメンバーで話すことって決まってると思うんだけど」

秀吉「渚よ、諦めろ。ワシだって出来ることならスルーしたい」

中村「で、あんたらって本当のところ男なの?女なの?」

渚「ほらやっぱり‼︎ 中村さんが呼ばれた時点でその質問来るって思ってたよ‼︎」

秀吉「正真正銘、生物学上でも戸籍上でも男じゃ」

中村「でも水着じゃ確認できなかったからなぁ。“第三の性別”扱いってことはないの?」

渚・秀吉「「ない」」

中村「そっかー、まぁ木下は原作よりマシな扱いだからまだいいんじゃない?」

秀吉「そうじゃの。明久はワシのことを一応男として扱っておるし、原作よりも女扱いされることは少ないぞい」

渚「その分の皺寄せが僕の方へ来てるように感じるのは気のせいかな?原作では普通にトランクスタイプの水着を着てたのに僕も木下君と同じ扱いされてるし」

中村・秀吉「「気のせいでしょ/気のせいじゃな」」

渚「……あれ、もしかして今回僕一人だけがアウェーなの?」

中村「っていうか木下達って同じクラスじゃなかったのね。てっきり四人とも三年間同じクラスなんだと思ってたわ」

秀吉「うむ、クラス替えでそう都合良く全員一緒というわけにはいかんじゃろう。四人揃ったのはE組が初めてじゃ」

渚「その辺の話も番外編でされたりするのかな?」

秀吉「さぁの、そればっかりはワシにも分からん。もしかしたらちょっとした回想程度で終わるかもしれん」

中村「つまり伏線は張ったけど今のE組には深く関わらないから話をするかどうかは気分次第ってことでOK?」

秀吉「また身も蓋もない言い方を……まぁそういうことじゃな。仮にやるとしても当分先じゃろ。所謂(いわゆる)お楽しみに、というやつじゃ」

渚「そっか。それじゃあそろそろ後書きの方も終わりにしよっか」

中村「そうね。番外編もだけど、まずは次回の話を楽しみにして待っててちょうだい」





茅野「吉井君、私について何か失礼なこと考えてなかった?胸が小さいって二回も言われたような気がするんだけど?(触手にゅるん)」

明久「ななな何も考えてないよ‼︎ だからその触手を仕舞ってください‼︎」

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