バカとE組の暗殺教室   作:レール

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僕とゲーマーと夏休み(前編)

〜side 有希子〜

 

色々なことがあった一学期も終わって夏休みが始まり、私達は離島での暗殺に向けた訓練の時以外は学校から解放されます。

とはいえ去年と違って今の生活に嫌気が差しているわけじゃないし、寧ろ今のE組は居心地が良いくらいで逃げ出すようなことはありません。

私も去年と比べて随分変わったと思う。まぁ殺せんせーと暗殺教室で過ごしていたら誰だって変わるよね。だって暗殺っていうところから既に非日常的なわけだし。

何よりも修学旅行の誘拐騒動を経て考え方が変わったことが大きいです。自分に自信を持って自分らしく……自由に生きていくことを決めてからは見える景色が変わりました。そのためには何事もまずは前向きに、だね。

そうして一学期の思い出に浸っていると、私の携帯からメールの受信を知らせる着信音が鳴りました。机の上に置いてある携帯を取って相手を見れば……明久君?なんだろう、明久君からメールしてくるなんて珍しいな。

一先ず送られてきたメールを開いて中身を見てみることにします。

 

《神崎さん、明日って暇だったりする?新しいゲームを買ったんだ。よかったら僕の家で一緒に遊ばない?》

 

……明久君の家かぁ。正直に言えば行ってみたいかも。それに新しいゲームっていうのも気になる。明久君のことだから協力プレイ系じゃなくて対戦プレイ系のゲームだと思うけど……いったいなんのゲームだろう?

一応明日の予定を確認するために予定帳を手に取ります。特に何も予定は入れていなかったはず……うん、大丈夫みたい。

予定を確認した私は明久君にメールを返します。

 

《こんにちは、誘ってくれてありがとう。明日は特に予定もないから大丈夫だよ。明久君のお(うち)ってどの辺りなの?》

 

その後も幾らかメールのやり取りをして明日の予定を詰めていきました。……今更だけどこれってお家デートに入るのかな?……うん、多分だけど明久君は意識していないだろうし違うかな。

まぁ何はともあれ、明久君と遊ぶのは久しぶりなので楽しみなのは変わりありません。取り敢えずクローゼットを開けて何着か服を取り出します。明日はどれを着て行こうかなぁ。

 

 

 

 

 

 

〜side 明久〜

 

ある夏休みの日の午後。僕は昨日、神崎さんにメールを送って遊ぶ約束を取り付けていた。急な誘いだったからどうかなぁ、とは思ったけど特に予定はないとのことで翌日……つまり今日の午後から遊ぶことになったのである。

遊ぶ場所は僕の家だ。遊びに誘った時に家の住所は教えてあるので問題ない。普段はお菓子もジュースも食料もないけど、此方から誘った手前お出迎えの準備は必要だろうと考えて午前中に色々と買い出しにも行った。日々の金欠生活(自己責任)に追われて椚ヶ丘の裏山を駆け巡っている僕でもそれくらいの常識はある。そして最後に新しいゲームの用意を済ませて準備は万端だ。

僕の私生活を知っている人からすればどうしてそこまでするのか疑問に思う人もいるだろう。しかしわざわざ夏休みに神崎さんを自宅へと呼び出し、お出迎えの準備をしてまでゲームで遊ぼうとするのにはわけがある。それは……

 

「ふふふ、神崎さんに勝つためだったら手段は選ばない……‼︎」

 

そう、修学旅行の時に約束したゲームの再戦を果たすためだ。そして今度こそ僕が勝つためである。その未来を勝ち取るための作戦も練ってきた。

僕の知る限りでは神崎さんはトップクラスの凄腕ゲーマーだ。一年前に知り合って対戦した時は惨敗し、修学旅行で対戦を申し込んだ時も追い縋るのが精一杯で勝つことは出来なかった。アーケードでの対戦は勝ち目が薄い。

じゃあ自家用ゲーム機だったらどうだ?というのが僕の思い至った考えだ。僕の家にあるゲームで尚且つ神崎さんの家にないゲームだったら勝ち目はあるはず。でもそれだけだったら彼女のゲームの才能の前に捩じ伏せられてしまうかもしれない。

そこで僕が目をつけたのは唯一勝ったことのあるエアホッケーである。液晶画面上での対戦じゃないエアホッケーを勝ち星に挙げるのは僕的に微妙なのだが、重要なのはそこじゃない。重要なのは身体を動かすゲーム……体感ゲームだったら勝てるかもしれないということだ。それも対戦するゲームは先週末に出たばかりのボクシングの体感ゲームである。更に数日間の特訓済み。如何に神崎さんといえどもここまで条件を揃えられれば勝てないだろう。

フハハハハ‼︎ 今日が神崎さんへの下克上記念日だ‼︎ え、卑怯だって?卑怯汚いは敗者の戯れ言‼︎ 事前に勝つための条件を揃えるのは立派な戦略の一つじゃないか‼︎ 誰になんと言われようとも勝利を掴んでみせる‼︎

 

ーーーピンポーン。

 

と、そこで僕の家に来客を知らせるチャイムが聞こえてきた。お、神崎さんが来たかな?約束の時間ピッタリなんて几帳面だなぁ。

僕は意気揚々としながら玄関へ向かう。

 

「神崎さん、いらっしゃ…………」

 

声を出しながら鍵を外し、扉を押し開けて彼女を迎え入れる。はず、だったんだけど……

 

「……なんでいるの?カルマ君」

 

「まぁまぁ、細かいことはいいじゃん」

 

僕の目に入ってきたのは艶やかで真っ直ぐな黒髪を背中まで伸ばした神崎さん。彼女は僕が呼んだんだから問題ない。だがその隣には何故か飄々とした笑みを浮かべる赤髪のカルマ君(あんちくしょう)の姿もあった。

どういうことか神崎さんに視線を向けて事情を訊くと、どうやら町でヤンキーをカツアゲした(釣り上げた)帰りだというカルマ君と偶々遭遇したらしい。で、僕の家でゲームすることを聞いた彼は自分も行きたいということで着いてきたのだという。

 

「本当はメールでカルマ君も一緒に行って大丈夫か訊こうとしたんだけど……」

 

「吉井だったら取り敢えず大丈夫だろうからサプライズで黙っててもらった」

 

その大丈夫は“僕だったら許してくれるだろうから訊かなくて大丈夫”という意味なのか、“僕の都合が悪くても関係ないから訊かなくて大丈夫”という意味なのか。カルマ君の性格だと後者である可能性が捨てきれないから何とも言えない。

まぁ来ちゃったものは仕方ないか。特にカルマ君を追い返す理由もないしね。僕は二人を招き入れて家に上げ、先導して廊下を進んでリビングへと繋がる扉を開ける。

 

「あ、吉井君。神崎さん達も来たことですし、お菓子とジュースを用意しておきましたよ」

 

そしてリビングでは買ってきておいたお菓子とジュースを用意する殺せんせーが待っていた。元々は僕と神崎さんの分だけだったけど、少し多く買っていたからカルマ君と殺せんせーの分もしっかりと用意してある。

 

「先生、気が利きますね。ありがとうございます」

 

「いえいえ、しかし夏休みとはいえゲームも程々にしなくてはいけませんよ?」

 

「そんな固いことを言わなくてもいいじゃないですか。それこそ先生の言う通り夏休みなんですから」

 

まったく、殺せんせーは夏休みでも先生だなぁ。ここは学校じゃないんだから遊びくらい自由にーーー

 

と、そこで痛烈な違和感を覚えた。

 

「……なんでいるんですか?殺せんせー」

 

「いや、反応遅くね?」

 

「普通に話してたから殺せんせーも呼んだんだと思ってた」

 

僕の疑問に呆れた様子のカルマ君と苦笑を浮かべる神崎さんの視線が突き刺さる。いや、僕の反応はおかしくないから。おかしいのは自然に上がり込んでいる殺せんせーだから。

 

「ヌルフフフフ。生徒のゴシップありそうなところに私あり、ですよ。というか普通に皆さんと遊びたいんです」

 

「暇なんですか?」

 

「暇なんです」

 

暇なんかい……そりゃマッハ二十で動けるんだから大抵のことは速攻で終わらせられるんだろうけど、だからって無断で他人の家に上がり込むのはどうなんだ。

というか自分の分のお菓子とジュースも一緒に用意している辺り、遊ぶまで帰る気はサラサラないのだろう。別に追い返したりはしないけどさ。カルマ君が来ている時点で予期せぬ来客って言っても今更だし。

 

「ねぇ神崎さん、ゴシップだってさ。いったい何が殺せんせーにとってのゴシップなんだろうねぇ?」

 

「さ、さぁ?私には全然分からないなぁ」

 

僕と殺せんせーがやり取りしていた隣では、意味深な質問を投げ掛けるカルマ君と視線を泳がせながら質問に答える神崎さんがいた。そう言われれば殺せんせーの言うゴシップってなんだろう?……神崎さんが遊びに来ること?でもただ遊びに呼んだだけだしなぁ……まぁ何でもいいか。

分からないことは一先ず横に置いておいて、まず僕が気にするべきは神崎さんへの下克上達成成就だ。真っ先に彼女と戦ってゲームの雰囲気やコツを掴まれる前に押し切ろう。ただその後にカルマ君と殺せんせーが控えてるとなると油断はできない。完全勝利で今日を終えるため気を引き締めて対戦に臨まなくては。

 

 

 

 

 

 

〜現在のゲーム戦績〜

 

一位:殺せんせー

二位:神崎さん

三位:カルマ君

四位:僕

 

……あれ?どうしてこんな結果になっているんだ?

おかしいな、戦闘訓練では僕とカルマ君の方が成績は上のはずなのに……なんでゲームになった途端に神崎さんは動きのキレが増すんだろう?お淑やかに笑いながらワン・ツーからのコンビネーションを打ち込む彼女の姿は、まるで現役のボクサーでも乗り移ったかのような玄人感を漂わせていた。

それでも今のところ戦績トップは殺せんせーだ。速すぎるとゲームが反応しきれないから殺せんせーはマッハを封じられていたが、そんな状態でも神崎さんを下せる辺りは流石である。

しかし神崎さんだって負けてはおらず、殺せんせーの独走トップを阻止するために一進一退の攻防を繰り広げていた。ここまでくると常識外の超生物である殺せんせーと張り合える神崎さんが凄いのか、マッハを封じられた状態で神崎さんと張り合える殺せんせーが凄いのか、もうどっちが凄いのか僕には分からないレベルである。

で、僕とカルマ君は純粋に戦闘訓練での成績差が出たのか僅差で負けてしまった。本当にどうしてこんな結果になってるんだ。このゲームの持ち主って僕だよね?なんで持ち主である僕が一勝も出来ないんだろう。

 

「神崎さん、訓練もゲーム感覚でやれば無双できるんじゃない?」

 

「ううん、現実とゲームは別物だもん。仮にゲーム感覚でやっても訓練で私が明久君やカルマ君と戦ったら手も足も出ないよ」

 

「まぁ格闘戦になったら身体的な性別差とかもあるからね。でも性別差があんま関係ない銃撃戦なら神崎さんかなり強くなるんじゃね?」

 

「そうかな……新しく戦略ゲーム(RTS)とか射撃ゲーム(STG)でも始めてみようかなぁ」

 

カルマ君の提案に神崎さんも真面目に考え込んでいる。確かに自分の得意なものに当て嵌めて練習するってのは良い方法かもしれない。“好きこそ物の上手なれ”って諺もあるくらいだし、そうすれば更にゲーム技術を暗殺で活かせることだろう。

でもそうなると僕が神崎さんにゲームで勝つ未来がより遠退いていくことに……よし、下手な小細工は止めだ‼︎ というか彼女を前に小細工は無駄だってことが分かった‼︎ もう正々堂々と手持ちの得意なゲームで勝負するしかない‼︎

 

「ねぇねぇ、次は別のゲームで対戦しない?」

 

「うん、いいよ。なんのゲーム?」

 

言われて僕が取り出したのは、発売元が同じゲームから色んなキャラクターが登場する大乱闘系対戦型格闘ゲームである。メジャーな対戦型格闘ゲームだから知っている人も多いはずだ。

 

「あぁ、それなら俺も持ってるよ」

 

「先生も殺し屋の皆さんを誘ってやったことがあります。ゲームだけでなく現実でも大乱闘に発展しかけましたが」

 

「先生、いったい何をやってるんですか……」

 

誘われた殺し屋の人達には同情せざるを得ない。殺せんせーのことだから自分の命をダシにして誘ったんだろうけど、それでも先生が一人無双して倒せず現実の暗殺に切り替えようとする展開まで難なく想像することが出来た。いやまぁ実際のところどうなのかは知らないけどさ。

当然のように神崎さんも経験者らしく、神崎さんは変身できるお姫様、カルマ君は赤服の配管工おじさん、殺せんせーは音速の青色ハリネズミ、僕は宇宙を飛び回る狐をメインキャラに使って対戦を重ねていった。

もちろん本気で勝ちを狙いに行ってはいるが、ゲームは何よりも楽しむことが一番である。普通に対戦する以外にもチームで戦ったりして勝敗に関係なく四人で楽しんだ。やっぱり上位争いは殺せんせーと神崎さんだったけど、僕とカルマ君も負けじと二人の戦いに割り込んでいく。

 

ーーーピンポーン。

 

と、そんな接戦を繰り広げている最中、甲高い呼び鈴の音がリビングに鳴り響いた。

その音によって僕は対戦中のゲームを一時停止させる。

 

「ん?宅配便かな?まったく、今丁度良いところなのに……」

 

「早く出た方がいいんじゃない?」

 

「うん、そうするよ」

 

神崎さんに促された僕はコントローラーを置いて立ち上がった。楽しく盛りがっていたとはいえ仕方がないので、溜め息混じりにゲームを一時停止させたまま玄関へと向かう。

 

「はーい。どちらさまですかー?」

 

返事をしながら扉を押し開けると、そこには宅配物を持った宅配便のお兄さんーーーではなく、大きな旅行鞄を携えたショートカットの女の人が佇んでいた。

 

「……え?あれ……?」

 

思わず我が目を疑うかのように、まじまじと相手の姿を確認してしまう。なんだろう。大きな瞳といい涼やかな表情といい、僕の知っている人に似ている気がする。

……凄く嫌な予感がした。まさかとは思うけど、もしかしなくてもーーー

 

「……ね、姉……さん……?」

 

本来なら此処ではなく海外にいるべき人の呼称で問い掛ける。……ってそんなわけないか‼︎ だって姉さんは海外にいるんだもん‼︎ あー、とうとう頭だけじゃなくて目まで悪くなっちゃったかな?

しかし相手は僕の現実逃避など御構いなしに、

 

「はい。お久しぶりですね、アキくん」

 

そう言って、短めに揃えられた髪を僅かに揺らしながら静かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

ーーー何故かバスローブ姿で。

 

 

 

 

 

「なんでバスローブ姿なのさーーーっ⁉︎」

 

一年ぶりに会う姉の姿に度肝を抜かれた。そのシュールな姿を目の当たりにして目眩さえしてくる。

外から訪問してくる人がバスローブを身につけているのは明らかにおかしいよねっ⁉︎ っていうかそんな格好で公衆の面前を歩いてくるような人を姉と認識したくないから現実逃避してたのにっ‼︎

 

「それにしても日本は暑いですね、アキくん」

 

「なんで何事もないかのように天候の話を始めてるの⁉︎ まずはなんで姉さんが日本にいるのか、どうしてバスローブで外を歩き回っていたのかを説明してよ‼︎」

 

僕の知る限り、バスローブが室外の着用に耐え得る仕様に進化したというニュースは存在しない。まさかとは思うけど海外では普段着として着ているなんてことはないよね?

 

「分かりました。それではアキくんの疑問に答えてあげますので、まずは部屋へと入れて下さい。荷物も置きたいですし、玄関で立ち話もなんでしょう」

 

「あ、うん。分かーーー」

 

姉さんに促されて何も考えず家へ上げようとした僕だったが、寸でのところで招き入れるのを思い留まる。そういえば今、僕の家には皆が遊びに来てるんだった……。

この奇妙奇天烈破天荒な姉と神崎さんやカルマ君、というか知り合いが対面するのは出来れば避けたいところだ。でもそれ以上に問題となるのが殺せんせー……国家機密が呑気にお菓子を食べてジュースを飲んでゲームで遊んでいるということである。

…………あれ、これってやばくね?




次話 番外編
〜僕とゲーマーと夏休み(中編)〜
https://novel.syosetu.org/112657/34.html

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