作品執筆のお話、その2-1。

 連載している作品が一区切り付いて、通して読み返しての修正も目処が付いたので、続きを書く前に執筆しながら悩んだ事などを以下でまとめておきます。自分が後から振り返る事ができるように、今後に活かせるようにというのが主眼ですが、作品を書いておられる方々や作品を書こうと思っている方々にとって少しでも参考になるのであれば幸いです。

 本稿は主に一般的な話を書きます。拙作に関する具体的なお話は後日、別に改めて書く予定です。


■文章作成上のルール

 最初に取り上げるのは、「一般的な文章作成上のルールをどこまで採用すべきか」というお話です。まずは「段落冒頭の字下げ(インデント)」について。

 私の場合は、本文では字下げを厳密に行っていますが、前書きや後書き、感想のお返事などでは殆ど行っていません。活動報告だと半々という感じです。書く時の気分にもよりますが、基本的には姿勢を正して書く内容ほど、きちんと字下げを行いたいと考えています。

 一方で、気楽に書く文章では別に字下げをしなくても良いかなと思っています。これはメールでの書式を念頭に置いての事ですが、仕事上の正式なやり取りでもない限りは、メールでは字下げなどは行わないのが一般的だと思います。少なくとも私の周囲ではそんな感じなので、それに準じた形にしています。


 次に取り上げるのは、「!や?の後のスペース」についてのお話です。現在は、全角文字+スペース無しという形式で統一していますが、それが厳密には文章ルールに違反している事は自覚しています。ただこれは、私にとって一番読み易い形を模索した末の結論なので、今のところは変更する予定はありません。

 作る人のTwitterによると、ユーザーの閲覧環境はスマホ8割に対してPC2割との事です。それ故に私の作品も、スマホで閲覧する際の読み易さを最優先して表現方法を模索しています。

 以下は完全に個人的な印象ですが、スマホ環境(iPhone)で全角!?+全角スペースという書式だと、私の場合はそこで目が少し止まってしまうというか、空白が過剰に思えてしまうんですね。

 一方でPCの場合はWinとMacでも少し違いがあるのですが(厳密にはブラウザによって、更にはフォントの設定によっても違いがあると思いますが)、全角+全角スペースでも特に違和感はありません。また、縦書き表示にすると違和感は全くありません。

 それぞれの書式で読む時の個人的な受け止め方をまとめると、以下のようになります。

・全角+全角スペース:スマホでは空白過剰、PCでは特に違和感なし。
・全角+半角スペース:スマホでもPCでも違和感なし。入力の際に一手間かかる。
・全角+スペース無し:スマホでは違和感なし。PCだと狭苦しく感じる時も。
・半角+全角スペース:スマホでもPCでもバランスが悪く感じる。
・半角+半角スペース:スマホでもPCでも違和感。
・半角+スペース無し:同上。

 日本語の文章の中に唐突に半角の!や?が出て来ると、どうしても違和感を覚えてしまいます。なので下3つは却下として、一番上もスマホ優先の状況ゆえに却下。となると2つめか3つめかの選択になるわけですが、入力の手間を考えて現在は3つめに落ち着いているという状況です。

 拙作で「ぼーなすとらっく!」という言葉の後に「」内に副題が続くお話が2つあるのですが、最初は全角!の後に空白を入れずカギ括弧を続けて、2つめには全角スペースを入れて作品を更新しました。その後、サブタイトルなのだから入力の手間よりも見た目を優先しようと考え直し、現在は2つとも半角スペースを挟んだ表記にしています。

 ただ、ここまで書いておいて以下のような事を言うのも気が引けますが、特に拘りがないのであれば、ルールには素直に従った方が良いとは思います。


■その他、表現上で気を付けている事

 まず最初に、ダッシュと漢数字の1と長音について。

 作品を書き始めた当初からダッシュは一切使っていなかったのですが、8月に執筆を再開してからは漢数字もできるだけ使わないようにしています。当初は1だけを気が付いた範囲で避ける感じでしたが、今では熟語や成句でない限りは他の数字もアラビア数字で書くようにしています。これはこれで違和感を覚える時もあるので、徹底は難しいのですが。

 理由については、読み手の混乱を少しでも回避する為ですね。やや強引な例ですが、具体的にはこんな文章を避ける為です。

「——──一発だー!」

 最初の2つはダッシュ、次の2つは罫線、そして漢数字の1があって最後に長音が入っています。長音を〜で代用する手もあるのですが、特に会話文の中で使うとのんびりした口調や舌足らずな口調を連想しがちで、それが登場人物の印象にそぐわない事も多いので悩ましい限りです。


 次は、漢字をどこまで使うべきかというお話。

 SNSでの日記や身辺雑記などとは違って、作品執筆の場である為か、色んな作品を見ていても難しい漢字がよく使われているように思います。なので私も漢字で表現できる限りは漢字を使おうと考えていました。

 作品を書き始めた当初の基準では、漢字にするか平仮名に開くかは「ルビを振らないと読めない人が多そうな漢字は平仮名で」というものでした。ルビを振って難読漢字を使うのも一つの手ですが、その辺りは手間が増えるのを嫌った形です。

 とはいえ今では、漢字に拘るよりも読みやすさを重視して、開けるところは開いた方が良いかと思っています。それでもまだ一般的な文章からすると漢字が多めだと思いますが、漢字を使い分ける事によって細かな表現の違いを出すよりも、平仮名にして読み手の利便性を高める方が結局は良いのかもなと最近は考えています。

 後は縦書きと横書きの違いで、縦書きなら漢字が続いてもそれほど読みにくいとは思わないのですが、横書きで漢字が連続すると読んでいて少し面倒な気持ちになる事があります。なので例えば「時々私は」ではなく「時どき私は」のように一部分だけ開くとか、「時々、私は」のように短い区切りでも読点を入れるかしています。

 ちなみに読点は他にも、平仮名が続いた時に少し強引にでも挟んで単語の切れ目を明確にするとか、主語や文節を明確にするなどの目的でよく使用しています。名詞を並列させる時にも読点をよく使っていますが、こちらは中点・を使いたいのが正直なところ。ただ先程の!?と同様に、閲覧環境によっては詰まって読みにくい時があるので、基本的には避けています。


 それから、地の文での登場人物の呼び方について。

 三人称でも色んな視点があるわけで、特定の登場人物の視点に近い位置から描写する際には、以前はその人物を姓ではなく名前で表記していました。その他の人物についても、その人物に近い立ち位置なら名前で呼ぶといった距離感の出し方を試みていました。

 それを先日書き終えた章(原作2巻)に入ってから変更したのですが、視点による呼び方の揺れをなくして、姓なら姓で表現し続ける事を徹底しました。より客観的な三人称による描写を目指したわけですが、そのぶん文章が硬くなったり臨場感が薄れかねないなどのデメリットもあります。

 今のところはこのまま継続する予定ですが、いずれ以前のものも訂正して統一するのか、それとも前の形式に戻すのかは未定です。どちらが良いのか決めかねているというのが正直なところですね。


 あとは、厳密には表現の問題とは言えない事ですが、改行の話と実在の企業などの名前をどう書くべきかというお話。

 前者は今も模索中です。以前は会話文と地の文の間で必ず2行は開けていたのを、最近は1行開けを基本にしたり。ある程度の量が続いた場合に、少し息をついて貰う目的で2行開けを挟んだりしています。

 後者も45話(2巻20話)の後書きで書いたように、どう書くべきか決めかねる部分がありますね。以前のように「マク○ナルド」などと名前の一部を隠す形にするべきか、それとも「マクトナルド」などと元の名前が判る程度の変更をして描写すべきか。具体名を使わず「ファーストフード店」などと誤魔化した事もありますが、一長一短ですね。


■場に合った文書を書くという事

 少し前に古い翻訳小説を久しぶりに読んだのですが、自分が書こうとしている文体の行き着く先がそのまま眼前に展開されていて、少し驚きました。自分では意識していなかったのですが、翻訳小説が自分の中の奥深くで根付いていたんだなと。自分の意識としては、本邦の少し古めの小説やエッセイの文体が基本になっていると思っていただけに、書いてみて判る事がこんなところにもあるんだなと思ったものです。

 さて、そうした自分の文体がこの場に合っているのかというと、悩ましいですね。作品を書き始める前に総合評価の上位作品を幾つか読んでみて、文字数が多くても硬い表現の作品でも読まれるだろうと楽観視していたのですが。少なくとも、俺ガイル原作で自分よりも硬い文体の作品ってあまり無いんですよね……。文体の硬さと読み易さは違うとはいえ、それがUAが伸びない一因かもしれないと考え出すと難しいです。

 自分の文体と呼べるほどの確固たるものを持って、どんな場でもそれを堅持する事はある意味では理想的かもしれませんが、そんな域にまで至れる書き手はごくわずかです。普通はプロですら文章を発表する場に合わせて書き方を微妙に変化させると思いますし、ましてや素人の身ならば尚更ではないかと思ったりもします。

 とはいえ、1年以上もハーメルン様で色んな作品を読んできて、ではこの場に合った書き方をしてみようかと思っても、残念ながら全くできないんですね。周囲の作品から浮く結果になるかもしれなくても、自分には今のような書き方しかできないという哀しい現実がありました。プロならぬ身だからこそ、文体1つでどんな状況にでも対応できるわけもなく、状況に応じて文体を使い分ける事も出来ず、困ってしまうわけです。

 小説と一口で言っても、純文とエンタメでは書き方が違って来ますし、ラノベや携帯小説などもそれぞれの特徴があります。Web媒体に限っても、掲示板に投稿する作品と小説投稿サイトの作品では書き方が違いますし、あまり詳しくないのですがAAを効果的に使う作品にも違った部分があると思います。それから18禁の諸要素を書く場合にも、そうでない作品とはまた違った約束事などがありますね。

 自分の文章スタイルの大きな部分は簡単には変更できないとしても、それどころか細かな変更すら難しいとしても、こうした場の特徴の違いを意識して、少しでもその場に馴染むような書き方を試みる事は、結果がすぐに出ないとしても大事な事だよなと。たとえ目に見えた成果は出せなくても、そうした意識だけは絶やさぬようにしておかないとなと考えています。


■作品に潜ませるネタについて

 最後に、前回の「作品執筆のお話」でも少し触れたこの話題について。

 元ネタを知らない人がその箇所で必要以上に立ち止まる事なく読み進められる書き方で、同時に元ネタが判る人にはくすりと笑って貰える書き方が、個人的には理想かなと思っています。あまり個人名を出すのは良くないかもしれませんが、作中でのネタの扱いは矢作俊彦さんが自分の理想に近く、書く以前のネタ集めの段階では広く深くネタを求めた中島らもさんが理想に近いです。

 それらのネタは本来なら、文中での箸休めなど何らかの効果を期待して挿入すべきものです。しかし表現の持つ魔力には抗いがたいもので、使いたいから使ってしまう事も多々あります。拙作だと24話の冒頭「〜の朝は早い」や、43話冒頭での「幻の女」の引用などは正直に言うと我慢できなかった例です。後者は2話前で何度も書きたい気持ちを抑えつけたのに、これが最後のチャンスかもと思うと我慢できませんでした。修行が足りませんね。


 文字数の限界が近いので、一般論は以上です。


日時:2016年11月18日(金) 00:32

<< 今後の更新予定。 作品執筆のお話、その2-2。 >>

▼コメントを書く

返信コメント

clp

エコー様、こちらにも感想をありがとうございます!

横書きでネット上の文章という点で、普通の小説とは違った部分がありますよね。

世紀が変わる頃にネットの興隆を受けて幾つか研究があったみたいで、「字下げよりも1行開けの方が遙かに効果的」みたいな話も出たらしいですね。
でも強制する事でもないしと思っているうちに、ブログなど素人の書き手が一気に増えたこともあって野放図なまま今に至るとか、そんな話を聞きました。

そうした事を思うと、小説としての作法よりもネット上の文章に共通する作法を重視すべきかとも思ったりして、悩ましいですね。

三点リーダは自分が書く時には2つ続いていないと気持ち悪いのですが、ショートメールやTwitterなど文字数を減らす事が有益な場では拘らない方が良いですし、使い分け次第ですよね。
「。。」で代用するのも気楽なやり取りなら問題ないと思いますし。

思い付いたネタを躊躇なく捨てるのは、たぶんプロでも難しいのではないかと自分を慰めておりますw。

書きながら考えていた事をまとめただけで現在手持ちストックはゼロですが、またネタが溜まって来たら書きますね(^^)。


日時:2016年11月21日(月) 12:57

エコー

興味深く拝読致しました。
小説のルールについては、私も迷っております。
ネット小説という紙媒体とは違う横書き形式の場合、例えば数字はアラビア数字の方が読みやすく、地の文の区切りや台詞との間に空行を入れる方が読みやすかったりしますよね。
特にネット小説は「気軽に書けて気軽に読める」が主旨の様な部分があるので、どこまで小説のルールを用いるかは作者さんの裁量ですね。
私は、段落の一字空けと3点リーダーの2つセット、あとは「!」「?」の後の一字空けは、違和感の無い限り実行しているつもりです。

文中に挿入するネタに関してはおっしゃる通りですね。
わかる人だけクスッと出来て、知らなくてもそのまま読めるのが理想ですね。
ただ私の場合、面白いと思うモノは書いてしまいエゴが強いので……難しいですw

もしこの考察に続きがあるのならば、すごく読んでみたいです。
この手の話をする相手が周囲にいないので、読んでいてすごく楽しいです。



日時:2016年11月20日(日) 23:52



返信

    現在:0文字 10~1000文字