没話:完璧可愛いラスボス系小悪魔後輩
実に気が利かないマスターだ、と舌打ちする。
「……狭いというておろうに」
カルデアの通路は、一般的なものと比べれば広く造られているらしい。
だが、それでも狭い。頭は天井を擦るし、満足に身体も伸ばせない。
先日、姉様達にチョコを渡しに行くときも仕方なく通ったが、あまりの窮屈具合に尾で壁を打ち崩したくなる。
私と契約を交わしたのならば、その程度の気遣いは当然。いや、生理現象の一つに組み込むべきだ。
これはもう、後で散々にいびり倒してやらねば収まるところがない。
「さて、どうなじってやろうか。絞めつけるもよし、つるし上げるもよし。それとも……」
くく、と自然に声が漏れる。
我がマスターは実にいじり外のある奴だった。軽く尾でなじるだけで呻き、悶える姿がまた、加虐心をくすぐられる。
そうしていくつか案が浮かんできた時だった。
遠くに、淡い紫の髪がなびいていた。
いつ現れたのか、通路の前方に女の姿が見えた。
「ふんふんふんふ~ん」
女はご機嫌そうにスキップして、鼻歌を歌っていた。
狭苦しくて苛立っていた気分の時に、気楽そうにのびのびとしている女の態度が、ひどく気に障った。
見かけない後姿。近代的な服装の女は、大方最近召喚された英霊か何かだろう。
ならば、先輩としてきっちり”挨拶”してやろうではないか。
ニタア、と口元が吊り上がるのを感じつつ、巨体を揺すって女に近づき----
ちらりと、女の顔が垣間見えた。
「----」
瞬間、側頭部を金槌で殴られたような衝撃が走った。
言葉が出てこない。思考が一瞬真っ白になる。
初めて見た顔だった。
なのに、なんだ。
この、胸の奥をざわつかせるものは。
「さ--」
声をかけようとして、そこで止まる。
あの女の名前。なぜか知っているはずなのに、束の間にみた夢のように、浮かび上がる寸前で弾けて消えていく。
そもそも、今脳裏をよぎった名前は、本当にあの女の名前なのか。
自分が勘違いしているだけで、よく似た別人ではないのか。
知っているような、知らない女。
この私だけではなく、ゴルゴーン--大元であるメドゥーサという霊基そのものに刻み付けられたような、大切だった何か。
「----ふん。いずれにせよ、この私には関係のない話だ」
呟き、短く嘆息する。
女は曲がり角を曲がっていったらしく、いつの間にか姿を消していた。
「この焦燥も所詮、違う私の記憶の残滓でしかない。誠、不愉快なものだ。サーヴァントというのは」
どこかの事象では、彼女に近しい人間と関わる未来もあったのだろう。
しかし、私は私だ。
我が真名は、怪物女王ゴルゴーン。愚かしい人間共への復讐心だけで動く、ブレーキの壊れたトラックだ。
だから、関係ない。
それが、運命の出会いだったとしても。
ふと、緑色の長髪をたなびかせて笑う誰かの幻がよぎった。
失笑し、笑い飛ばす。それが、唯一私にできることと知って。
通路の壁が、さっきよりも狭いような気がした。
「……怖い怖い。まさに蛇睨み。もっとも、私は蛙ではなくチートな小悪魔ちゃんなのですけども。けど、まあ、同じ権能を取り込んだことがある者同士ですし、奇妙な縁がありそうですね」
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クラス:ムーンキャンサー
真名 :BB
キャラクター紹介
獣を鎮めし者にのみ明かされる。
日時:2017年05月24日(水) 22:31
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