「あの日たすけた少女が強すぎる件」の元祖 Pat1

戦場のヴァルキュリア 暁の陽光マクシミリアン・フォン・ハプスブルク~



初めて日記を綴ろうと思う。
長い月日を無我夢中で駆け抜けた俺にとって、それは遅すぎた決断だと笑いながら・・・

これは一度終わりを迎えた小さな灯が、生まれ変わり。新たな潮流に乗り、追い風を受けながら大火となる物語。

さて、俺が生まれた日の話しをしようか。








―――――――――――――――

暗くどこまでも沈み込んでいくような闇色の世界。
言うなれば時間の枷から外れた理外の理。そんな世界に俺の意識は漂い続けていた。
いつまでも永遠に時が留まり続ける感覚に、無防備に身を委ねていた俺は何も考えず、時を過ごしていた。
どれほどの月日が経ったのか明白ではないが、『それは』俺という意識が生まれた時と同じく唐突にやって来た。
宇宙の広がりにさえ思えていた暗闇の世界が収縮していく。
強い圧迫感を感じた俺に焦りが生まれる。それは生まれて初めての感情だった。
時という概念が無いと思っていた俺にとって、呆気ない程に動き出した異常は恐怖以外の何物でもない。
やがて世界に押し出され始めた俺は、どこに向かうのかも分からない不安を胸に流されていった。自らの力では抗うことさえも出来ない。
そして、暗く。だけど優しかった世界から追放された俺は遂に恐怖のあまり泣きだしてしまう。
すると周りから見知らぬ誰かの声が掛かるのを感じた。漠然とだが喜びの感情を帯びていることに気付いた俺は確認することにしてみた。
疲労感を覚えてしまうような深い眠りから覚めた俺は、重く閉ざされた瞼を少しの労力を使い持ち上げたのだ。

そこは鮮烈な輝きの光に満ちた世界だった。

天上から降り注ぐ青い光が、部屋を覆う白い壁を青白く照らしている。
周囲には複数の男女が立ち並び部屋の色と同じ白衣を着て見下ろしていた。その内の一人が笑顔を浮かべながら言った。

「おめでとうございます、エレオノーレ様。男の子でございます」
「ええ、良く泣いて....本当に....元気のいい子」
「お抱きになられてあげてください」

ここはどこだろうか?周りの人間はいったい?
俺の理解が及ぶよりも早く看護服と思われる格好の女性が俺を担ぎ上げた。
それでまた俺の心は混乱の渦に投げ込まれた。つまるところ。
大の大人を軽々と持ち上げたぞこの女性は!?という驚きだ。
その無意識な驚きを波紋にして、記憶の底に沈殿していた数多の記憶が浮上した。

そこでようやく、俺は自分が何者であるかを思い出した。

俺の名前は坂上武彦(さかがみたけひこ)二十九歳の日本人で男。独身ではなく恋人がいた。二十五歳から大学の友人達と起業して、俺は責任者として経営を任されていた。最初は思っていたほど上手くはいかなくて、社会という机の上で勉強の日々だったっけ。どちらかというと気苦労が多かったがとても充実していた日々だったなと今は何故かそう思う。
まるでもう取り戻すことのできない時を惜しむように。
今思えば無意識に気が付いていたのかもしれないな。自分がもう帰って来れる世界では無くなっているということに.....

ただ、その時の俺は言い知れぬ不安を感じながら戸惑うばかりで。
可笑しなことに、抱き上げられた俺は看護婦の手から別の女性に手渡された事さえ気が付いていなかった。

「ああ.....なんて可愛いの、瞳の色は私から....髪はあの人からもらっているのね.....本当に、あなたに出会えて本当に良かった」

優しく掛かる声に、ようやく俺は女性の胸元に抱かれている状況に理解が及んだ。
見上げれば絶世の美女と表現するしか他にない美貌が映りこむ。氷の様に冷たい色合いの長髪は流れるように腰まで垂れ、反して日の温かさを思わせる表情は輝やかんばかりで、しかし、疲れているのか今は憔悴した様子で俺を見ている。
それでもあまりの美に混乱していた頭の中は凍結して、別の理由で俺の体は固まる程だった。
そんな俺をさも愛おしげに見下ろす女性に俺は困惑するしかない。
記憶が間違っていなければ確かこの女性は医者姿の男にエレオノーレと呼ばれていたはずだ。それがこの女性の名前であることは間違いないだろう。
しかも様づけであったことから、この場の誰よりも上の立場であることは明白、
勘だが恐らく高貴な身の上である様な気がするのはエレオノーレの気品と美貌あってのモノだろう。
さて、それではそんな女性と俺を結ぶ関係性はいったなんだろうか?
よくWeb小説等で噂に聞く女神さまと転生者な関係?

いや、違うな。.......確かに女神のように美しいことには違いないが周りに居る医者と看護婦の様な格好をしている人々のせいでその証明は既に否定されている。

では医者という点から考えるしよう。前後の記憶を失っているので定かではないがもしかしたら俺は何らかの事故に遭い意識不明の重体になっていたのかもしれない。その証拠に後遺症なのか言葉が出ないのだ。今も必死に声を発そうとしているが「あ~」だとか「うぁー」という単音での発生しか上手く出来ない。
脳に障害を負っているのかもしれない。
最悪だ会社はどうなった!?みんなはどうしてる!俺はずっとこのままなのか?
絶望しそうなほどの想像が頭をめぐり、不安と恐怖に押しつぶされてしまいそうになる。あえて前者を楽観的に考えたのはこの考えに至り絶望しないためでもあったのかもしれない。心を支える防波堤だ。
だが、絶望的な考えの中、俺がその闇に飲み込まれなかったのは硝子の如き棒弱な堤のおかげではなくひとえに.....

「貴方は私が護るから.....これから貴方を待っている未来はもしかしたら過酷な道のりかもしれない....けれど絶対に私は貴方を離さない......」

エレオノーレ、彼女のおかげだった。
上っ面程度の言葉ではなく、その声音には怖いくらいの思いが込められていた事を感じ取った。久しく聞いていなかった本気の言葉だ。彼女の言葉の意味は分からないけれど、例えあらゆる人間から騙されようともこの人だけは裏切らない、信じられると、絶対の確信をさせた。
いつの間にか闇は払われていた。
だからだろうか、安堵の思いと共に睡魔が訪れたのは。意識を失っても大丈夫だと思ったからこその脳の働きだろう。
緊張の連続で気づかない内に摩耗した精神が、強制的に瞼を下ろしていく。
途切れかけた意識の狭間でエレオノーレの声が響いた。

「マクシミリアン、貴方にヴァルキュリアの加護あれ」





★   ★   ★   ★

意識の覚醒と名付けたあの日から八年の月日が経った。
その間に分かった事が幾つもあった。最初は信じられなかったが自らの境遇を知り、認めることで俺はこの現実を受け止めた。
ここは、いや、この世界は俺が知る世界とは似ているようで全く異なるモノだった。
まず時代背景が違う。俺が元居た世界は西暦2008年だったのが、ここでは征暦1914年、今だ航空機が表舞台に現れていない技術時代だ。
そして最近分かって来たことだが、この世界は大きく分けて二つの勢力がせめぎ合っていた。
一つは共和制を強いている大西洋連邦機構 通称・『連邦』と呼ばれる勢力。
もう一つは皇帝が治める東ヨーロッパ帝国連合。主に『帝国』と呼ばれる勢力だ。
そしてこの帝国こそ、俺が身を寄せる勢力であり今代の俺自身と密接に関係する国家だった。
俺の名前はマクシミリアン・ガイウス・フォン・レギンレイブと言い、何を隠そう帝国の皇子なのだから驚きだ。
俺が暮らしている豪邸.....という表現でも言い表せない程の部屋数と広さに薄々感づいてはいたが、歩けるようになってから連れ出してもらった広大な庭園でようやく我が家の全貌を捉えることに成功した時それが城であることに気付いた。
その事実に気付いた時は驚きのあまり腰を抜かしてしまったほどだ。
周りで控えていた執事や侍女だけでなく母上にまで心配を掛けさせてしまったのは記憶に新しい。

そうそう、あの時抱きしめていてくれた女性こそが俺の母親エレオノーレその人だったのだ。旧姓はハプスブルクという。
彼女の子に産まれて嬉しくもあったが罪悪感もあった。
なぜなら、この人の本当の子どもが『俺』であるはずがないからだ。
体は赤子だとしても前世の記憶をもって生れて来た俺が真にあの人の子供足り得るのか分からなかった。
そんな俺を救ってくれたのは他ならぬエレオノーレ自身だった。その話しはまた今度しよう。
そんなことがあり当初は難しく考えてしまい葛藤していた頃もあったが、これは俺の人生なのだと考えを改め。

こうして俺の第二の人生が始まったのだ。

「マクシミリアン。なにしてるの?早く列車に乗りなさい」
「はーい母上」

エレオノーレに呼ばれて返事を返す。今日から母上の実家ハプスブルク家の親戚一同が集まって旅行に行くのだ。目的地はフランドル。これは一年に一回必ず行われるハプスブルクの慣習なのだとか。
なので俺と母上はハプスブルク領中心都市リアにあるモルドール駅のホームに来ていた。既にハプスブルク家の現当主を除き一族全員が特等級列車アイゼンシュランゲ号に乗り込んでいる。
最新鋭のラグナイト機構を搭載した新型Rlに俺も乗り込んだ。
煌びやかな車両内廊下を歩きながら俺は、これから先の未来に胸を弾ませていた。俺が進む先は明るくて幸先のよい道なのだと、ずっと幸せが続いてゆくのだとそう思っていた。

このとき俺は愚かにも自分の立場や境遇を把握した気分でいたのだ。自分がこれまで見て聞いて知った事が安全なものでしかないことに気が付かなければいけなかった。狭い世界を知って満足してしまった。この時の事を俺はいつまでも後悔することになる。




―――――――――――――――――



「あの日たすけた少女が強すぎる件」を書く前に書いた元祖と言ってもいい話です。
作品自体の関係性はありませんが、幾つかの名前とか設定が本作品にも見受けられますね。

消すのも勿体なかったので投稿しました。
もしかしたらこっちを書いていたのかもと思うと感慨深いです。


日時:2017年06月15日(木) 03:04

<< 長らくお待たせしました。 pat2 終 >>


返信

    現在:0文字 10~1000文字