重い側の感想(閲覧注意)

この感想を書く前に、私は新旧全編、感想と感想返しをすべて読み返すべきかもしれません。
連載に合わせて読んでいるだけでは、忘れている部分も多いでしょう。もう答えたよ、となる可能性もあります。
ただ、全部読み返すには数日の全休が必要だということをご理解ください。

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希望が欲しい…これは常に、『エル・ファシルの逃亡者』を読んでいて思っていることです。

この作品は、旧も合わせて、なぜ帝国領侵攻が止められないかを見事に解析しました。
その根本原因を見事に暴き…そして、再発防止の希望が、私の読みでは見当たりませんでした。

希望と言っても、「明日には」「革命一つで」全部よくなる、とやれば『地獄への道は善意で舗装されている』、それは理解しているつもりです。
ですが、何百年もかけて奴隷制が廃されたように、アパルトヘイトが廃されたように、今日より明日、今年より来年、今世紀より来世紀……長い時間を賭けて一歩ずつよくなっていく、その希望すらないのです。

しかもその「根本原因」が、今のこの現実世界の閉塞感と共通…それはもう、私自身、今の人間すべてに対する最高裁での死刑判決を聞いているようなものです。

〇ディーセントワーク、尊厳を持って社会の一員となれる職が、人数に比べて少なくなっている。ホワン・ルイは兵士を職場に戻せと言ったが、それは間違っており、未熟練の老人でもいいので低賃金労働者にしか仕事がない経済構造になっている。
〇多くの人が、本質的に不安定な身分であり、出世した一人の人間にしがみついて生きている。…途上国の、高官の親戚たちのように。だから高官たちが腐敗せざるを得ないように。
〇無条件に人には人間らしく生きる権利がある、という考え方がハイネセン主義に負けている。
〇「悪人の家族には何をしてもいい」という風潮。
〇戦前の日本で、皇太子暗殺未遂から際限のない連座が起きた、それほど責任追及が重いので無責任社会となってインパールに至ったのと同様の構造。
〇民衆は徹頭徹尾愚民であり、軍の将兵を血の通った人間とは決して思わない、ゲームキャラ同様に死なせて愧じない。戦略的な思考も絶対にできない。
〇軍民問わず、群れ内部で考えを統一し、道理よりも群れの立場・利益・群れ間勝敗を優先する。自分の頭で考え、歴史が語る軍事的常識や現実を参照して判断することは誰にもできない。
〇政治は軍に介入して軍事的愚行をさせる。それは帝国でも民主主義でも変わらない。
〇政治集団・思想界は、耳に心地がいい・過激で感情を刺激するものが勝つ。

これらは、今の私には『逃亡者』内では人類普遍であり、決して改善されることすらない……
そうとしか読めません。
そして、単なる地の文かエリヤの思考か、それを解析している言葉があっても、少なくともエリヤは「これら」根本原因と戦おうとはしていないように見えていました。

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次に、この感想のための自己紹介をしておくべきでしょう。
私は1999年より、毎日「枕元の計算用紙」という時事コラム
http://www.moemoe.gr.jp/~nakayosi/diary.html
をネットで書き続けています。
また、BLOGOSで「U.N.カサンドラ」の名で数年間コメントを書いています。

その程度ではありますが、社会を評し、言葉をネットに流しています。
常に人類の未来を、浅学菲才ながら思索しているつもりです。

また私自身は、少なくとも天才ではない。日本人の上位10%に入れる、またはいつどこの国に亡命しても年収100万ドル得られる、いわゆる上級国民でもグローバルマッチョでもない。

その私の、この「現実」についての今の分析。
歴史の流れ、特に技術の現実が、先進国の半分から最悪90%を、不要としている。まともな生活が不可能な賃金水準に落としつつある。
根本的には、「空飛ぶ車ではなく140字」が原因。昔のSFが描いたような、コンピュータは原始的なのに人間は火星やシリウスに旅行しマンションを建てられる、ではなくコンピュータだけが発達し、アポロ以来生身の人は月どころか静止軌道にも達しない=エンジンは発達しなかった、が現実だったことが、現在の格差拡大傾向の原因。
コンピュータは雇用を生まず、富の集中・格差拡大を強める。
コンテナと通信網ができ、政治的にもグローバル化が進んで、普通の仕事をする先進国の天才以外の大半は、世界で最も貧しい人と同じ賃金にしか値しなくなった。

その状態で、「稼げなくても最低限食わせる」という思想は、ちっとも伸びない。
政治も思想も別の対立ばかりして、根本的な問題…本当に先進国の下半分、または大半が、いらないという不都合な真実を見ない。

日本では、財政と少子高齢化がもはや絶望的な状態にあり、しかも「まともな野党」を考える人すらいない。
アメリカではトランプが勝つ。ヨーロッパでは極右ばかりが伸びる。

それが現実だと思っています。


そして私は解決として、なんとかエネルギー・新天地方面を伸ばす方面を望んでいます。
すぐに核融合やワープエンジンが不可能なのは当然なのは理解しています。
ただ、こう考えています。

アレクサンダー大王の前にタイムスリップしたとする。
ガソリンエンジンの設計図は良い鋼材も精密な加工機械もないので役に立たない。
でもアブミ(古代ローマも、もちろんアレクサンダーもアブミを使っていない)なら縄で作ることができ、見ればわかる。馬の品種改良がまだなのでアブミは使えないというなら、正しいハーネスをつければ戦車も農耕も大幅に効率を高められる。
同様に人類は何千年も服のボタンを使わず、缶詰の発明から半世紀缶切りができていない。
それと同じように、今の現実でもできること、見落としはあるのでは。

その候補として極超音速スカイフック(ケブラー繊維で可能との情報)と、塩生植物を海水で灌漑することを挙げておきます。

そして同時に、本当に最低限でもいいので、「無条件の生存権」という思想も欲しい。
経済を成長させて中流生活を送れるほど稼げる職を国民全員に与えることは、本当に絶対に不可能であるという現実を直視すべき。

そう考えているのです。

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ここで、『エル・ファシルの逃亡者』が、「無条件の生存権という思想は絶対に勝たない」という結論を出してしまったら。
この『逃亡者』は、あまりにもリアルであり、説得力が高いのです。
いま私たちが生きているこの現実の、正確な写し絵だ、と確信できるほどに。
つまり『逃亡者』が普遍的真実だと言えばそれは普遍的真実であり、『逃亡者』が「先進国の下半分はガス室送り」と証明すれば、絶対にガス室送りだ…とすら思えるほど。

そして私は、新しい時代の無能な先進国人であり、ゆえに「無条件の生存権」という思想が勝つかとんでもない技術の発達があるかしなければ、死ぬことになります。
だから、『エル・ファシルの逃亡者』が、「生存権思想の敗北が人類普遍の真実だ」という結論を出してしまえば、それは私に……同様に五千万以上の同胞、世界数億の同様の境涯にある人に…とっては最高裁での死刑判決と同様になる…というわけです。
しかも恐ろしいまでの説得力を持って。

誤解のないよう。私は平等は求めていません。最低限生きられればいい。
それこそ、カプセルホテルとロッカーひとつ、それに古米と飼料用トウモロコシ、卵一個とマルチビタミンミネラル剤、ヘッドホンつきの大画面スマホでよい、というぐらいです。それほど日本の状況は厳しいと覚悟しています。
それすら、人類普遍の様々な要因で、その考えは負けるのだ、現実の人間はそう動かない…と、『逃亡者』は数学のように容赦なく証明しているように思えます。

それは正しくても、とてもつらいことです。

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もうひとつ、私は「アムリッツァを繰り返す」ことに強い感情を持ってしまっています。

思春期に太平洋戦争の悲惨をきわめた戦記などを読んだこともあるのでしょう。
またペロポネソス戦争などを学んだこともあると思います。
それらに共通する、無責任な政治・軍内権力が主導する、無謀な遠征から国家そのものを滅ぼすほどの大敗…
これは『銀河英雄伝説』そのものの人気を支える、人類普遍の真実の一つだと思います。

ですが、だから永遠に繰り返される、改善されることもない、という結論では…
「私は貝になりたい」「人間なんてみんな地獄に落ちてしまえ」「もう嫌だ、人間として生きていくことも我慢できない」とすら叫びたくなるのです。
せめて、奴隷制が廃されたように、アパルトヘイトが廃されたように…何十年、何百年もかけて、一歩ずつでも改善されて欲しい。
そう望むことすら、ユークリッド幾何学下で中点連結定理を嫌がるように、多くの実験で完全に実証された相対性理論を否定するように、完全な誤りなのでしょうか。

さらに帝国領侵攻が絶対不可避に繰り返されるのが人類普遍の真実だ、というのは、人間が賢くなることもない、ということであり、民主主義そのものに対する絶望にもなります。
いっそ人類など滅んでしまえ、というほどに。


そう考えると、エリヤが生きている理由はもう一つ考えられます。
「二度とダーシャを出さないためには、全人類を滅ぼすほかない」
それならとても納得できるのです。


人間が愚かであるのは事実でしょう。
ですが私は、少しでもよくなる存在であってほしいのです。
一夜にしてすべてよくならなければいやだ、とやれば「地獄への道は善意で舗装されている」となることはよくわかっています。
ですが、少しずつでも。私の死後はもっとましになっている、と。

希望が欲しいのです。

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さて、今回の『第108話:エリヤ・フィリップスの限界 802年10月25日~10月30日 イゼルローン要塞』では、エリヤがこれまでの、流されるだけとはわずかに違う動きをしました。

記者の誘導に逆らい、政治批判も有権者批判もせず、力を手に入れる…

それが、根本的な問題を少しでも解決する、ひいてはアムリッツァとラグナロクを繰り返させない、これ以上ダーシャを出さないためであるのか…

正直言って、恐ろしいとしか今は感じられません。
希望を持つことも。この作品そのものも。

そこまでやらなければ一歩の前進すらできないのか…いや、本当に前進があるのか…


この評が、お心を傷つけお体に負担をかけるものでないことを願います。
読み返しても、間違いは見つけられないが何かおかしい、という感じがありました。


日時:2018年03月04日(日) 08:49

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