俺ガイル13巻のお話、その1。

 以下はネタバレ前提のお話になりますのでご注意下さい。

 さて、俺ガイルの最新13巻を読みました。

 当初は書いている作品の区切りを付けてから読む予定でした。誘惑に負けたのは確かですが、刊行された以上はそれは実在するわけで。読者さんも多くは読了済みであろうと推測できる状況で、自分だけが「読んでいない」という前提で作品を書くのは何だか責任逃れな気がしたので、さんざん悩んだあげく書き上げるよりも先に読もうと決意しました。

 自作への影響は、少なくとも当面の展開については手直しすべき部分はほぼ見当たらなかったのですが。それでも、やっぱり先に読んで良かったなと思いました。


■雑感

 私が一番好きなのは9巻なのですが、それに次ぐぐらいの素晴らしい内容だったと思いました。

 9巻に劣るのは二点。ハッピーエンドではないことと、この作品で私が一番好きなセリフが9巻にあるからです。つまりこれは思いっきり偏った私見に過ぎない上に、特に前者は続巻がある以上は土台無理とも言えるわけで。そんなわけで14巻にとても期待しています。


 もう少し具体的に良かった部分を書きますと、まず過去の場面や描写を連想させる言い回しが多かったこと。既巻の内容をきちんと踏まえた上で作品を終わらせに来ているのが伝わってきて、私好みの内容でした。

 それと少し重なりますが、プロム開催のための一番のネックを事故の一件で、雪ノ下との関係を勝負の話で締めたこと。1巻の話をここで持ち出してくるのは期待通りで、その使い方は期待以上でした。

 前者は本巻の中で前振りがなかった(と思う)ので唐突に感じる読者さんもおられたかもですが、八幡が「打てる手はある」(p.343)と心の中で独白した時は「ここで使うのか」と脱帽でした。

 後者は正直、p.87-88で雪ノ下が繰り返し確認をしていた時点では「メタ的には由比ヶ浜の関与を排除するためだな」なんて思っていて、結末も「八幡のおかげで雪ノ下が勝利→これで終わりに」という展開だろうと考えていただけに、八幡の反論を防ぐところまで企んでいた雪ノ下(p.355)がお見事でした。

 最後に、雪ノ下母をラスボスにしなかったこと。それをすると高校生に打開が可能な範囲を超えてしまうと思うので(作中にも明示されているように、脅迫とか下の下の策ですし)、何とか一筋の可能性をたぐり寄せて協力者になってもらうという結末は(盛り上がりには少し欠けるかもですが)個人的にはとても良かったと思います。


 感情的な話をしますと。読み終えた瞬間は「本当に終わるんだな」というもの寂しさを覚えました。まるで自分の青春もこれで完全に終わってしまったかのような、一気に歳を取ってしまったかのような、そんな印象さえ抱きました。

 以下は、そんな気持ちを昇華させるために読了後にあれこれと考えていたことを、登場キャラごとにまとめたものです。

 分析とか解釈とか考察と呼べるほどの内容ではありませんし、そもそも「結論を一つに絞らせない」書き方を多用しておられるので(すぐにネタバレが出回るこのご時世で、分かりやすい展開を次巻に持ち越すのはまず不可能ですよね)、「これが正解だ」と断言できることはほとんどありませんが。

 俺ガイル原作が好きで、それが高じて二次作品を読んだり書いたりするに至った皆様と。何らかの感情を共有できれば良いなと思います。


■一色に関するあれこれ

 プロムの今年度開催にこだわる理由を、12巻で一色は「来年プロムやるって言い出しても、たぶん無理」(p.205)と答えています。でも13巻では来年の開催を前提に海浜と打ち合わせをしているわけで。

 最新巻のことを持ち出さずとも、一年先のことを無理というのはそれこそ無理があると本人も理解したのか。12巻で一色は「今やるしかない」「今始めれば間に合うかもしれない」と続けています。

 で、13巻では追加情報が加わります。「平塚先生の離任の件」(p.102)を持ち出して八幡をちょっと感動させ、話をいつの間にか「来年、八幡たちを送り出す」ことへと逸らしています。今年の話だったはずなのに。

 そこまでを確認して少し会話を遡ってみると、意味深な発言が目に付きます。つまり「先輩はそういうタイプじゃないですか」(p.103)というのがそれで。これを更に前の発言に重ねてみると、こうなります。

「(平塚先生を)ちゃんと送り出して、ちゃんとお別れしないと(先輩が)後悔しちゃいそうだなーって」(p.102)

 こんなことまで言わせるなんて、個人的には、八幡はちゃんと責任を取るべきだと思いますけれども。ただ、奉仕部の二人にも責任を取るべきだと思いますし、だからせめて、何やかやで色んな人に気を配ってもらっていることをちゃんと認識しようよと。少なくとも「ナイトプール年パス持ちのクソビッチ(略)ブランド中毒パリピの王女」(p.182)は否定してあげて欲しいなと思いました。

 でも一色は「諦めがつく(形で)お別れしたい」(p.105)という心境なんですよね……。


 気を取り直して。
 上記の場面と比べると、「あの……」(p.94)と言いかけて止めた言葉を推測するのはちょっと難しいですね。とりあえず、ヒントになりそうな情報は以下の通り。

・会話の流れは、一色「断言するんですね」→雪ノ下「ええ」の後。
・一色が言うことじゃない。それを言っていいのは一色ではない。
・素直に言ってしまうのは悔しいし、フェアじゃない。

 最後の三項目目は上記発言とは別という可能性もありますが、それだと手がかりが足りないので含めることにして。フェアじゃないのは由比ヶ浜に、悔しいのは雪ノ下に何かを知られることだと仮定すると。

・「なんで(断言できるん)ですか?」(p.61で八幡に問いかけた言葉)
・「責任……とかって、思ってます?/どう思います?」(p.64で八幡に「雪乃先輩にちゃんと言うんですか?」と問いかけた時にこだわっていた言葉)
・「信頼、してるんですね」(p.353で八幡が言った言葉)

 どれも捨てがたいし一長一短ありますが。二つ目のヒントから割と決定的なことを言いそうになっている感があるので、最後のを推しておきます。


 以下、どうでもよさげなお話。
 まず「将来有望なルーキー」(p.349)は誰か?

 直前に一色が「お手伝い、奴隷志望、無償の労働力」を求めているので、大志と読むのが自然だとは思います。ただ、少し断言しにくい理由がありまして。小町が中学で生徒会をやっていることを知っている八幡が、高校でもそれを続けるのか確認した場面が無かった気がするんですよね。それを確認せずに大志を生徒会に放り込むのは少し軽率かなと思ったりもします。

 それに関連して、高校入学前から付き合いがあるという妹の話を聞いて「大志もいるのか?」(p.116)と八幡が問いかけるのですが、それに対して小町は「たぶんいたと思う」(p.117)と八幡のほうを見ることなく鍋をよそいながら答えていて。

 これ、全く逆の意味を否定できないんですよね。「実は既に特別な関係だけど隠している」という状況を。なのでよけいに上記のルーキーが引っかかったのでした。


 更にどうでもいい話。
 一色に空中廊下まで連れてこられて話をしていた場面(p.53)がありまして。私の作品でもですね、空中廊下で二人が話す場面(6巻17話)がありましてですね。ステマの効果なんて皆無だと思いますが良いじゃないですか、嬉しかったんですよ!

 宣伝とか自慢ではなくて、なんだろ、作品を書いて良かったなーって感じなんですよね。まあ、この話はまた後日。


■ちょっと一休み

 一色の話から完全に逸れますが、話ついでに嬉しかった箇所をいくつか。
 まず「通過儀礼」(p.34、3巻10話)、部長会(p.193、3巻12話、3巻番外編)といった自分の作品で使った言葉・団体が登場したこと。

 それから、親父と一緒にスパ銭に行く八幡(p.226)というその親子関係は私が思っていたのに近かったのでそれも嬉しかったです。最近書き直した1巻4話で「父親に勧められたゲームが原因でシリーズにはまった」という一文を入れたのを思い出してにやけてました。父の書棚にあったから「ロードス島」を読んだとか(6巻17話)、そんな父子関係って良いですよね。

 更には、6.5巻、12巻に続いて三度目のご登場となる「近頃じゃ夕食の話題でさえ仕事に汚染されていて」(p.289)という一節。これはもう、あれですよね。文化祭でバンドやるならこの曲ですよね!
(6巻19話で、曲を知らない人をぽかーんとさせるものを書いた過去から目を逸らしながら。)

 逆に涙したのは、遊戯部の相模が相模南の弟という新事実(p.180)。まあ6巻を書き終えていない状況で知ったら泣きわめいていたと思うので、それと比べるとマシかなと。血の繋がりのない同姓で小中高一緒という拙作の設定を修正することは考えていませんが、こういうことがあるのが怖いですね。その意味では、13巻に稲村が出てこなかったので一安心でした。

 ちょっと頭を抱えたのは、三月三日が土曜日(p.288)だということ。
 既に3巻で由比ヶ浜の誕生日=六月十八日が月曜日だと明示されているのですが、ちょうど今年(2018年)がそうなんですよね。で、今年の三月三日を確認してみると……土曜日。えーと、どうしたら?

 まあ、万が一その辺りを書く日が来るとしても遠い先の話なので、気にしないことにします……。


■ラノベ的な前提が本作には当て嵌まらないというお話

 最後はまた一色の話になるのですが、その前提として少し別の話題を出します。

 自作に頂いた反応を見ていて、「私はラノベのお約束を理解できていない」と思うに至ったのですが。一番顕著なのは「女性キャラが主人公に惚れたら、一途にそれを貫き通す」のを求められることです。

 でも正直、それって私には受け入れ難いんですよね。それよりも「揺らぎ」を感じさせるほうがよほど人間味があって話にも深みが出ると思うのです。

 それに、確かに私は有名所のラノベしか知りませんが、そうした作品では(例えば谷川流さんとか西尾維新さんとか)女性キャラがもっと生き生きしていると思うのです。フラグを確定させることに迷いを覚えたり逆に引き寄せられそうになったり、あるいはフラグを維持し続けるためにらしくない行動を取ったりと、そうした行動の揺らぎの中に各キャラの魅力が出ていると思うんですね。

 それらと比べて、一度フラグが確定したら女性キャラは徹頭徹尾主人公上げで他の男は眼中に無く、ライバルも主人公礼賛の連続と、そうした展開って読んでてつらいし、まして書くとなると……なんですよね。

 ここで話を戻します。
 13巻で一色視点のinterludeがありましたが、八幡に特別な感情を抱いているのはもう間違いないですよね。でも葉山への感情が否定されたかというと、それは違うわけで。実際にそうした記述は皆無ですし、こうした部分が、私がこの作品を読んでいて安心できる理由だったりします。

 誰かを好きになったからといって、以前に好きだった人がどうでも良くなるわけではないと、そう思うのですが。でもなぜか、それを求められることが多い気がします。逆にそうした素振りを見せればたちまち「ビッチ」呼ばわりされたりとか。それってちょっと寂しいなと思うんですよ。

 それにぶっちゃけた話、自分とライバルとを両天秤にかけられた末に自分を選んでもらうって、燃えると思うんですけどね。しかもその展開だと、ライバルが魅力的であればあるほど、選んでもらった自分の価値も高まるわけで。逆にライバルがしょぼいと全然嬉しくないですよね。勝って当然みたいな感じで。

 個人的に一色の魅力は、小悪魔的に葉山と八幡を値踏みして両方にちょっかいを出し続ける(けれども逆に以下略)という部分だと思うので、葉山への想いが消失すると魅力が半減するんですよね。

 というわけで、今まで通り葉山にもモーションをかけつつ八幡にも関与し続ける魅力的な一色さんでいて欲しいなと、そんな感じです。


■つづく

 上限の五千字が近いので、今夜はこの辺りで。次回は明日、陽乃と葉山と、あと海老名とか材木座のお話になる予定です。


日時:2018年11月26日(月) 01:42

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