鶴が恩返ししないんだが ボツネタ

 なぜ今まで不思議に思わなかったのだろうか。なぜ僕は面と向かってこう告げられるまで、破片も疑問を感じなかったのだろう。
 馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、我ながら呑気過ぎる。
 
 ――人に化けれる鷺が普通なわけがないじゃないか。
 
「お気づきかとお思いですが、私はただの鷺ではありません」
 
 いえ、全然気づいていませんでした、なんて言える雰囲気ではない。
 
 あの自らが鷺だという衝撃のカミングアウトのあと、僕らは机に面と向かって座っていた。やけに改まってこちらを見据えてきたと思えば、再び衝撃の事実が耳を打ったのだ。僕は生唾を呑み込んで次の言葉を待つ。
 
「私の正体は……」
 
 一瞬が永遠に引き伸ばされたかのようだ。まるで走馬灯でも見ているかのように、ゆっくりと鶴さん改め鷺さんの唇が動く。そういえば、最後に走馬灯を見たのはいつだっただろうか。
 ……あれは中学生のころ、合唱コンクールの練習中に壇の上から突き落とされたときだったかな。今ではいい思い出である。いやよくはないな。
 そんなクソどうでもいい回想をしている内に、鷺さんが喉を震わせた。
 
「鶴の恩返しの鷺なんです……!」
 
 思わず、んん? と唸うなり声が漏れ、首を傾げてしまう。圧倒的矛盾。鶴の恩返しの鷺、とはそれほどのインパクトを持つ発言であった。
 
「というと?」
 
 イマイチ要領を得ない僕に、鷺さんはコホン、と一つ咳払いをしてから説明をしだす。
 
「言っても信じてもらえないと思いますが、今この町ではいたるところでお伽噺の再現に遭っている人たちがいるのです。この地域には鶴が生息していないので、私が鷺になっていたりと若干ズレている箇所はありますが」
 
 つまり、僕と鷺さんが出会ったあの日は、やはり鶴の恩返しの再現だったということ。ふむ、なるほど。にわかに信じがたいことだが、鷺さんの瞳はいたって真剣そのものだ。ここは一つ、鷺さんが言い述べたことを真実と仮定して、一つだけ言いたいことがある。
 
 鶴の恩返しは一部地域では、鶴女房として伝わっている。知らない人のためにパパっと説明するが、怪我をした鶴を助けたのがまずお爺さんではなく若者であり、鶴は人間に化け、若者と世帯を持ち幸せに暮らした、という話だ。
 
 さあ、この話と今の状況を比べてみてほしい。
 鶴の恩返しより、鶴女房の方に近い……近くない? 僕は断じてまだお爺さんというほどの歳ではないのだ。つまりこれは、鶴の恩返しというより、鶴女房の再現では?
 
「それは一体どうして……?」
 
 と、鷺さんみたいなザ・大和撫子って感じの人がお嫁さんならなあ、という妄想から出た希望的推測は置いておき、僕は常識人ならこの状況で聞くような事柄をチョイスした。
 
「はい、それが……」
 
 ここまで来て、なぜだか鷺さんは言い淀む。まさか、まさかここからさらに衝撃的な事が待っているというのだろうか。
 
「日本昔話最強を決める闘いが、この町で行われるんです」
 
 数秒間、沈黙がこの場を包み込む。
 言葉にならない、とはこれこのこと。いや、もっと簡単に僕の胸の内を表すことはできる。すなわち、何言ってるんだこの人……だ。
 
「言わんとすることは分かりますよ……。でも信じてください。本当のことなんです」
 
 頭を手で押さえながらそう言う鷺さんに、僕は知らぬ間に憐れみの視線を与えていた。そんな此方を見て危機感を覚えたのか、鷺さんは慌てて机に身を乗り出した。
 
「ほ、本当ですって! その証拠に、私は闇討ちされてあの雪の日に倒れていたんです!」
「なっ」
 
 そう言われてはしまっては、流石にもう鷺さんの言葉に疑念を抱くことはできなかった。あの雪の日、といってもつい先日のことであるが、路上で倒れている鷺さんの手当てをしたのは紛れもなく僕だったのだから。
 
「でも、なんでそんな最強を決めるなんて……」
 
 正直バカバカしいと感じる。お伽噺はその中で話が完結しており、他の話と比べて強弱を競うものではないだろうに。
 
「暇を持て余した神々の遊び?」
「……」
 
 碌でもねえ野郎だ……。


日時:2019年03月13日(水) 20:44

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