もこニート没原稿

 時系列が意味不明になる上にやたらと話が広がるので無かったことにした話。
 



 あの男との出会いは、遥か古の時代、天地創造から数えられる頃まで遡る。
 私は特別だった。未だ齢を10も数えてないのに、都に私以上の知恵者はいなくなり私の修めていない知識や技法は無くなった。
 
 街を出て、山林で薬草を摘んでいるときのことだ。
 私は特殊な術法を無数に手繰り、百発百中の弓の腕前を持っていた。だから有象無象の妖怪には遅れを取らない自信があった。
 そして、それは慢心であった。
 
 現れたのは黒毛を全身に生やした異形の猿の妖怪。
 採取のさなか三匹の妖怪に襲撃され、はじめに矢筒を奪われた。次に片足を折られ、逃げ場を失くされた。
 耳も潰された。術の使用に詠唱があると気づかれたら、すぐに顎を砕かれた。
 爪で腹を裂かれ、大量の血を失った。
 目だ。妖怪たちには目だけを残された。じわじわと嬲り殺す、怯えを愉しむ妖怪のやり方。
 
 這う這うの体で足を引きずりながら逃げる私を、下卑た笑みを浮かべた妖が悠長に追いかける。
 片足を失った私が、元より撒けるはずがないのだ。たとえ逃げおおせたとて、この傷では助からない。ただ一縷の望みを賭けて足掻く私を妖が追い詰めて愉しんでいたのだ。
 絶対絶命だった。こんな山の中で助けは望めない。初めて死への恐怖を知ったのはそれが最初だった。
 
(私はここで死ぬ) 
  
 そう死を覚悟した時──視線の端で地を這う漆黒の炎を捉えた。
 
(死者を誘う黒死蝶だ)

 それを見たとき、最初はそう思った。
 けれどすぐにそうではないとわかった。蛇のようにうねりながら進む黒炎が、油を引いたように妖を追尾して喰らいついたから。
 
「こっちが死ぬ前に相手を殺しゃいい。何で出来んかね、それが」

 死角から、胡乱な男の声が聞こえる。こんな妖怪の棲息する山で人間が暮らせるはずがないと分かっているから、自分以外の人間の声が聞こえたことが信じられなかった。
 けれどやはり私は骨の髄まで探求者。声の主を見るよりも、草木をへし折りながら突き進む黒炎に目を奪われていた。
 黒い火に巻かれた妖怪が転げまわって火を揉み消すと、全身の骨格がべきべきにひしゃげた姿が露わになった。妖怪はとうにこと切れている。
 
(火に、重さがある……?) 
 
 失血で霞掛かった思考で、目で見たままの光景の考察を行う。なぜ火が黒い。あれは何を燃焼させた反応だ。どうして火が蛇のように伸びる。
 知りたい、知りたい、知りたい。
 
 もうすぐ死ぬというのに、死への恐怖よりも未知への興味が勝っていく。
 死が怖いのではない。知れないまま終わることが怖い。もっと見たい。もっと、もっと!
 
 目の焦点が合わなくなっていくのを気合で抑えつけながら、全霊で意識を保つ。
 最後に視界に映ったのは人骨を象った巨大な紅蓮の曲刃が、大地から無数に突き出す光景だった。
 
 
 次に目が覚めたとき、私は自分の家の寝床の上だった。
 折れた足もお腹の傷も、何もかもが元通りだった。医学に精通した身だから分かる。都の医療をも以てしても、まだこれほど完全な治療は施せない。

 だが、あそこに神の気配を感じることはなかった。神というのは、その性質から存在感を隠すことは難しい。だから、あれは神の御業ではない。
 
 ならば、夢だったのか? 地を這う暗黒の烽火も、網膜に焼き付けた赤い髑髏の曲刀も?
 ──そんなはずがない。死への恐怖も、未知に焦がれる想いも本物だった。
 今ある全ての術の全てが、この私を源流としている。けれどあの時見たものは違った。あれらは私を起こりとした術ではない。
 黒炎と骸の緋刃。神秘的な治療に、人物の転送。全て私の知らない術。これらを一人でこなした誰かがいる。
 声が聞こえたはずだ。男の、疲れ切った声だった。

 彼を探そう。
 
 
■ 
 

「あれを見てると、いまが何時なのか分からなくなるぜ」
 
 視線の先、ただっぴろい平野のど真ん中にそれはあった。
 それは、そびえたつ無数の白い角柱が身を寄せ合った巨大都市。そこだけ大地が隆起したような断崖の如き防壁で、ぐるりと外周が囲まれている。
 
 まだ人間が石器や土器を用い、稚拙な製錬方法で取り出した青銅や鉄器が覇を唱える太古の時代だというのに、この平野の中心には街が丸ごとタイムスリップしたのかと疑いたくなるような白亜のメトロポリスが築き上げられてた。
 
 妖怪は街など作らない。あれは十中八九人間が作ったものだろうが、ひどい異質感だ。技術が違いすぎる。擦れ切った記憶でも確信できる。例え前世でも、あれほどの超文明に到達していなかった。

 だが、俺はあの街に既視感を覚えた。
 似ている。神の都"アノール・ロンド"に。
 景観が、ではない。斜陽の神都とこの白亜の城塞では、建材も建築様式も似ても似つかない。だが、この思わず息を呑むような圧倒的な存在感は種を同じにするものだ。
 
 きっとあの街は純粋に人間のみで築き上げたものではないのだろう。だとすれば、神が何かしらの権能を振るって創り出したのだろうか。まあ、どうせ考えたところで答えは出ない。どのみち、近寄るつもりもない。大した興味はなかった。
 
 だが、あの街からわざわざ人が訪ねてきたとなると話が変わってくる。
 
「ガキが何をしに来た」
「あえていうなら、探求かしら」
 
 俺がいるのは平野の外れ。妖怪に襲われて崩壊した小さな集落の、一番マシな廃屋を住処にしていた。支柱は腐り、一本はへし折れて屋根の一辺が大地に面している。次の台風で根こそぎ持っていかれると確信できるような惨状だ。そろそろ次の住処を見つけないとマズい。
 
 娘はそんな土臭い家屋に不釣り合いな客人だった。幼女とも少女とも言えない年齢に見える。俺はカビた毛皮を座布団代わりに尻に敷きながら、娘の格好を観察した。時代にそぐわない高すぎる裁縫技術で作られた服装。それだけ見ても明らかにあの街の住民だと分かる。
 
 それにこいつ、茶化して探求だなどとほざいているがその目は貪欲な好奇心でぎらついている。学者とか研究者とか、そういう人種だろう。
 驚くのは、こんなガキがそんな妄執的な目をしていることだが。
 
「だったら尚更他をあたりな。それとも白骨に興味でもあるのかい」
「もう何年も前のことだけど。私ね、むかし不思議な体験をしたのよ」

 話を聞かない白髪の小娘が、舌ったらずな口調で流暢に言葉を紡ぐ。
 
「妖怪に襲われて死にかけたのに、気が付いたら傷が全治していて家路に着いていたの」
「そりゃすげえや。神の奇跡でも賜ったんだろう」

 思わせぶりな話し方だ。さて、どこかで会ったかな。覚えちゃいないが……。

「奇跡。そうね、まさに奇跡だったわ。夢かと思ったけど、違った。だから調べ上げた。するとどうやら変哲の無い人間でありながら、祖なる神々の天地創造の時代からもうそこに居たのだとまことしやかに囁かれている人がいるんですってね」
「へえ。それで?」
「人なき時代、神なき時代から当然のようにそこに佇む人間。一体何者なのか気になるでしょ?」

 娘は、既に俺がそれだと確信している目をしていた。
 
「見つけるのに本当苦労したわ。結局伝手を辿って事態を"逆転"してもらったのよ。そうしたら、貴方のもとへたどり着いた」
「逆転ねえ。胡散臭い力を持った奴もいるもんだ」
「ねえ、貴方。街に来る気はないかしら。私なら、貴方の居場所くらいならどうとでも作れるわ」
「ああん?」

 腐臭の満ちた屋内を飛び交うハエを目で追いながら、小娘が言う。

「住む場所に困っているのでしょう? 貴方にとっても、悪い話ではないと思うのだけれど」

 
 ■


迷いの竹林の最奥。隠された邸宅、永遠亭。
 
 妹紅は復讐の相手、蓬莱山輝夜を見つけ出し、念願の殺し合いを果たしていた。
 それは互いが不死の終わりの無い死合。終わらない復讐劇。

 炎と財宝が飛び交う惨状を輝夜の従者たる八意永琳が見守っていた。
 ──否、見守ってなどない。
 永琳は戦いの行方などどうでもよかった。どちらが勝ってもどの道強制的にドローになる。互いに蓬莱人だ、治療の必要さえない。永琳の興味は妹紅の手繰る炎にこそあった。

 今ある全ての魔法も妖術も基礎に永琳の術式が根底にある。いわば、ありとあらゆる術法は八意永琳という人物が源流にあるのだ。
 だが、今妹紅が操っている炎は違う。あれは、違う。
 
 私の知らない術。未知の体形、謎の方式。
 ──でも、見たことがある。
 そんなものを持っている男が、大昔に一人いた。やはり生きている。この地上にいる。
 そしてどういう理由か、それを妹紅に託している。
 
 誰に何を言われようと秘していた術を、なぜ?
 最初に紐解くのは私だと思っていたのに、どうして先を越されている?
 納得がいかない。やはり、無理にでもあの時引き連れていくべきだったか。
 
 妹紅と輝夜を戦闘を尻目にぐるぐると巡らせていた永琳が思考は、だが唐突な悪寒によって止められた。


日時:2020年05月06日(水) 03:37

<< フロムっぽい文章のかきかた(自分用まとめ) めでたいご報告 >>

▼コメントを書く

返信コメント

バスク

感謝...!!圧倒的感謝...!!


日時:2022年01月31日(月) 18:46

エマノン

フゥ~キクキクキク。ちょうど切らしてたんだ


日時:2021年09月22日(水) 03:41

ごま0325

ちょうど切らしてたので助かります


日時:2021年05月10日(月) 23:07

ショーサ

ありがたく…頂きます。


日時:2020年07月04日(土) 15:11

カピタオ

移動に気づくのに遅れてしまったー残してくれてありがとうございます!


日時:2020年06月30日(火) 12:49

棚牡丹あ

笛師匠とヲ級ちゃんの更新待ってるんやで。


日時:2020年06月28日(日) 23:12

芋プレート

没原稿の投稿……これはありがたい……。


日時:2020年06月01日(月) 21:41



返信

    現在:0文字 10~1000文字