【寄稿】タコ壺の信念と、視線の話 あとがきの補遺(前)

頂き物に関し、あとがきと補遺を頂きましたのでこちらに掲載させて頂きます。

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本編とは真逆のテンションの三次創作を、読者の皆様方にも温かく受容して頂けたこと、改めて感謝申し上げます。ハーメルンでもPixivでも皆様方のコメントを拝見させて頂いております。本当にありがとうございました。
以下は、当短編のあとがきの補遺です。『何故こういう設定になったのか』という観点での(非常に細かい点を含む)解説となります。


1.短編の形式について
 作者としては『「私」の視線という一方向から、過去の出来事に投射する形で光を当てる。その影法師のかたちを書く』という姿勢でした。『昔受けた衝撃について細やかに直視して考察を深めるほかなかった者が、死の前に綴った自分語り』として一貫させたつもりです。

1-1.登場人物の描写について
 まえがき記載の通り、オリキャラの氏名などの固有名は伏せています。体格・顔なども元々細かくは決めてません。
 「私」は、中学の陸上部で短距離走を普通に楽しめる程度に元気でした。また父は、完全に独力で姉と従兄の身体をクローゼットの中に押し込めたのですから、3人の間にはそういう事が出来る程度に体格差はありました。

1-2.単語の使い方について
 『淫らさ』『淫ら』という単語は頻出しますが、『エロ』『エロス』という語は登場しません。
 宗教法人が絡んだ身内の出来事の話なので、法人内部の単語を無意識に流用したのです。カラメル半月が使用していた商業的な単語を「私」が避けた、という設定です。

1-3.宗教法人の設定について
 カトリック系orプロテスタント系の二分法では明確に後者の設定ですが、それ以上に細かい教派設定はありません。作者に教会についての見識はさほどありませんし、ストーリーの性質上、実在教派に設定を被せるのは避けるべきと思っています。
 作中世界にのみ存在する、プロテスタント系の架空教会ということで御理解下さい。


2.書きたかったこと(その他)
 あとがきに記載したこと以外にもあるので列挙します。
 『親が、世間上はただの中年男性でしかないのだと気づくまでの過程』
 『主張することと、染め上げようとすることの違い』
 『思考的な視野の効能』
 『物理的な視野の効能』
 『見たい物語を作りたがる世間』

2-1.親が、世間上はただの中年男性でしかないのだと気づくまでの過程
 「私」にとっての父は、説教されても、キレて殴られても、殺人の従犯を強要されても、(引いたり怯えたりする相手ではあったものの)精神的には上位の特別な存在です。
 ピンクウェーブ本社前の父の状態を直視して、初めて、「私」の中での父がただの中年男性になったのです。
 この時「私」は中学1年生の学年末です。こうした発見のタイミングは人によって様々なのだと思いますが、作者としては、成育歴と経験を踏まえた「私」の成長の描写としては、この自我の自覚の時期は妥当なものと思っています。

2-2.主張することと、染め上げようとすることの違い
 「〇〇についてAは★★だと言っている」「同じことについて、Bは☆☆だと言っている」「私は◇◇だと思う」、ここまでは『主張すること』。そこから「だから他の人も◇◇だと考えるべきだ」というのは、それは『染め上げようとすること』なのだと思います。
 短編の中で「私」の語り口では、その事を最初から明確に区別させていました。姉の語り口も最終的にはそうしています。
 「私」はそれまでの経験から『他人を染め上げようとすること』を意図して避けました。姉の方は憲法上の思想の自由という観点から、父に「私を染めるな」と言いたいためこうなった、という形に落ち着いたのです。
 (なお執筆当初、大学2年学年末の姉の言葉はもっと攻撃的でした。「とにかく私は怖いんだから、この生き方を認めやがれ。父さんは狭量なアホだ」という感じです。父が刺激されてキレる描写には迫力が出ますが、姉が理性的な性格という設定との矛盾を感じて、トーンを落としています)

2-3.思考的な視野の効能
 価値観が一色で染まっている世界では、世界自体の色を意識することは困難です。
 姉の意見は、全て完全に姉が自力で生み出したものという訳ではありません。カラメル半月を起点にした淫らさに対する激論を、野次馬の立場で視界に入れ、そこからの延長線上で自省して確立されたことなのです。
 そういう意味で、姉が主張する生き方は、完全に姉が0から自力で考え付いたというものではないのです。姉の視界に入って共感した言葉がまず先にありました。

2-4.物理的な視野の効能
 従兄が殺される構図と、カラメル半月が殺されかかる構図は、意図的に対比させました。
 共に『前方に意識を集中させて、視界の後ろから刃物で襲う』という手口です。
 従兄は見えない位置の父に気付かずに殺害された一方、カラメル半月の場合は、スタッフの視界に父の腕が入り込んだので辛うじて未遂となったのです。サスペンスもので使い古されている手法ですが、それだけ説得的なのだと思います。『同一の人物(父)が、上手く出来た手口を翌日に繰り返す』という観点からもそれらしくなりました。

2-5.見たい物語を作りたがる世間
 父の逮捕当初は『熱心な牧師がカラメル半月を襲おうとして逮捕された事件』でした。『熱心な牧師がカラメル半月を襲おうとして逮捕され、実は長女と義理の甥も手に掛けていたことが発覚した事件』となり、扱いが劇的に変わりました。
 一時期、「娘はカラメル半月の主張にかぶれていて喧嘩になった」という言葉だけが断片的に報じられたのです。尾ひれがついて、ネット上で「長女も義理の甥もカラメル半月のファンだった」「義理の甥は恋愛小説を書いていた情報学科のマニア」「牧師は正義の鉄槌を下したつもりだった」という話になりました。
 捜査で姉と従兄が一緒に推敲した原稿が伯父宅より発見され、父の供述も矛盾せず、警察は最終的には正確な事情を把握しています。父の刑事公判でも、姉の原稿内容を実際の言葉として大筋で認めたため、この点で争いはありませんでした。でも一回流れたデマは消えなかった(「私」の執筆時点で、本気で信じる人が実際にいる)という裏事情です。


3.キャラクター造形の過程
 あとがき記載の通り、キャラ設定が固まったのは父→「私」→姉→従兄の順です。

3-1.父について
 ある種ステレオタイプな狂信者。カラメル半月を嫌うだけの台詞はとても書きやすかったです。

 襲撃未遂事件の前日の台詞は「明日カラメル半月の『仲間』を抹殺しに行くぞ」です。「明日カラメル半月を抹殺しに行くぞ」ではありません。
 本社前の待ち伏せで(カラメル半月ではない)一般の従業員が会社から出てきた場合でも、それを狙えば良しとしていました。カラメル半月狙いで長く待ち伏せした場合は不審者扱いされる、という計算が働いたのです。
 実際にはドンピシャなタイミングで、何とカラメル半月本人が、メイク済の顔でビルから出て来ました。それで本人を標的に狙って、だからこそその場では寸前で誰も殺されずに終わったのでした。

3-2.「私」について
 物語の語り手。父親の殺害未遂事件を目の前で見た人。
 殺人未遂事件後も、カラメル半月の『淫らさのある喧伝内容に同調できるのか』は記していません。(殺人未遂事件の際の父の振る舞いを『みっともない』と感じた事は事実ですが)子どもを産む行為や男女の交わりについてはどう考えるようになったのか、この点は、読んで頂いた皆様方の想像にお任せしたいと思います。
 殺害未遂事件後にカラメル半月の恩情に感謝する記述はありますが、こういった感性は、作者としては感謝の情とは別に判断されるものと捉えています。

 なお、「『ここに書ききれない物を含めて』、心から感謝しています」と書いてあるのは、事件後の「私」に、カラメル半月側から支援があった事を仄めかしたものです。
 『何かがあったことは読者の方に察してもらえるかもしれないけれど、具体的にどんな支援を受けたのかはあえて書く必要は無いだろう』という「私」の判断で詳細が伏せられた、という体裁です。
 (執筆途中に構成と筋書きがほぼ固まったタイミングで、充椎十四様に書きかけの短編をお見せしています。その上で『カラメル半月は、「私」に対しては処罰感情が向かなかった、とするのは自然でしょうか?』とお尋ねしました。
 結論の趣旨として『「私」を処罰しようという感情はわきませんし、むしろ何らの支援をしようとするかと思います』という御回答を頂きました。このことを踏まえています)

3-3.姉について
 冷静に話していて、実の父親に激高されて殺された人。
 カラメル半月への見方は、短編で書いたように『考え方は合わないけれど一目置いている人』です。父達の言い分を『宗教法人vsカラメル半月』の葛藤として捉え、基本的には野次馬のような立ち位置で見ていました。

 行政書士の合格歴の言及については、優秀な法学生であるという表現を狙っています。
 法学部入学前~1年生の間に『司法試験』に合格したキャラならば、現実離れした天才であるという描写になりますが、法学部の1年生の間に『行政書士試験』に合格したキャラなら、それは現実的にも有り得る範囲です(合格率のウンチクは現実の試験の実情に沿わせました)。法曹志願の学生として優秀さのリアリティを出したつもりです。

 『どの男性とも交わらない生き方で生きよう』との決意は、文字通り話のトリガーになりました。この決意をどのタイミングで固めていたのか、実は作者も設定してません。
 教会で派手に当てこすられた大学1年生時点での反発の方向性も、「私」の視線では分からない事なのです。
 単に若い女性である自身に向けて『淫らな弁護士になる』と言ってきたデリカシーの無さに対する反発なのか。それとも『誰とも交わらない生き方で生きるつもりなのに、淫らになりそうだと言われた』ためなのか。どちらなのかは皆様の想像にお任せしたいと思います。

3-4.従兄について
 とばっちりで殺された人。
 この従兄にとってのカラメル半月は『自分とは別のベクトルで嗜癖が突き抜けている、同年代のカリスマ』です。自身が趣味に熱心だからこそ、別の方向で突き抜けている人にも相応に理解を示して寛容に接することが出来たタイプです。
 元々カラメル半月の1歳下でした。仮面浪人と再入学のため学年は更に1年ずれています。最初の大学も2度目の大学もどちらも自宅から通える範囲であり、趣味の方向性も違うため、徳島の大学に通っていたカラメル半月とは特筆すべき面識はありません。

 当初は『飛行機マニア』ではなくて『カラメル半月の影響で恋愛小説執筆にハマった人』と設定するつもりでした。
 設定を変更したのは、『信徒の一家のひとり息子がそういう趣味に目覚めたら、親と喧嘩になる描写が必要になる』という点と、『本編には未登場の方向性のオタクを書きたい』という理由からです。
 本編登場キャラと被らず、入試を放っておいてでも積極的に動き回りそうなメジャーな趣味、なおかつ姉から大事な原稿の推敲協力依頼を受けそう、……という条件から逆算し、『濃い飛行機マニア』かつ『文芸部所属で小説を書いている』という造形になりました。
 結果的に、死後に流れたデマと、そのデマに対する伯父夫婦の約10年越しの反論(再入学の経緯を積極的に書いてほしいと「私」に頼み、従兄の唯一の遺作も資料提供している。結果的に詳細かつ長々とした記載になった)にも説得性が出たと思います。


日時:2020年07月31日(金) 01:11

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