この一件で、フランソワ共和国の帝国への認識が「憎むべき怨敵」から「尊敬すべき点もある好敵手」へと変化したのでしょう

大多数の共和国民は、自分たちの国の偉人を評価した帝国に対して、「なんだ、ジャガイモ野郎も案外物分りのいいトコあるじゃねぇか」と、
一方、この一件が帝国の緻密な懐柔、慰撫政策であると気付いた少数の人たちは、「効果的だ……確かに効果的ではあるが『同じことが私達にできたのか』？」と

最強硬派がすでにブレスト港で殲滅されている現状、今の上層部は穏健派、そうでなくとも今は帝国に反旗を翻す時期ではないとする慎重派が大多数を占めているわけです。加えて、国民の大半も戦争にウンザリしていることでしょう。
そんな状況で、民心を自然に融和方向に持っていけるのなら、共和国上層部はツェツィーリエの思惑に気付いていたとしても乗らざるを得ません

敗戦国が失うものは多々ありますが、重要なものの一つに『国民の矜持』があると私は考えます
それは、民が未来を向く意志に直結し、取り戻すためにはいずれかの分野で明確に戦勝国を上回る成果を示す必要があります。
多くの場合、ゲリラ活動、つまり戦勝国民への殺傷というある種の復讐行為を必要とすることがままあります
これは感情の問題である以上、他人がどれだけ協調することの利益、復讐の不利益を説いても意味がありません。対帝国パルチザンが存在することがその証左でしょう
共和国全体の意思ではないと帝国に示す必要がある以上、パルチザンの取締りも共和国が主体で行う必要があります。それがどれだけの軋轢と潜在的な不満を生むことか……

今回の一件は、戦勝国の次期皇帝が、自分の名前よりも敗戦国である共和国の偉人を尊重したという誰にでもわかる明確な成果なのです。しかも軍艦――最新鋭の艦種の名前という、国家の威信そのものがかかった事例で！
これがどれだけ異例なことなのかは、教育が満足に施されていない下層国民にも容易に理解できるでしょう。共和国民が自分の子供の名前を帝国風にするようなものなのですから
更に言えば、今回の一件は、穏便に未来の不穏分子を潰せるだけでなく、現在の不穏分子――パルチザンへの効果も期待できます
比較的穏健な連中はそのまま切り崩せるかもしれませんし、先鋭派も、多少なり減った帝国への敵意を連合王国へ逸らすことで効果的に削ることが可能でしょう
パルチザンの中に連合王国のスパイが潜入し、扇動していることは用意に想像できますので、候補の減少にも繋がり、摘発の助けにもなります

つまり、共和国の大多数の国民が胸を張って前を向き、帝国人と平穏に接することができるようになるのです。
数十年単位の時間と労力、金銭と資源、失われるはずの人命すらを省き、統治に害悪な不確定要素を減らせます。今回の一件に乗る『だけ』で！



そこで、分かっている側の少数の人々には前述の問いが突きつけられるわけです。


【共和国が帝国に勝ったとして、果たして同じことが共和国に――私達にできたのか？】


連合王国がそう認識していたように、共和国も帝国の外交能力を、ひいては帝国上層部の国家戦略の構築能力そのものを侮っていた面はあったでしょう
それは、少なくない首脳部に、「次に戦るときは」といった思いを抱かせていたことは想像に難くありません
ツェツィーリエ殿下の提案は、そういった首脳部側の不穏分子に強烈な一撃を加えたわけです
これを【外交】【戦略】と言わずに何と呼ぶでしょうか！
戦闘、戦術のみならず、自国が帝国より優れていると認識していた外交――国家戦略分野でまでここまでやられておいて、国民の大多数が融和へと向き、更に恨み骨髄に入る連合王国が健在な時点で、近年中に帝国へ再度戦争をふっかけようとは思えないでしょう
民心というコントロールしづらい集団の意思とは違い、権力を握っている首脳部に対しては、どちらかと言えば個人の意思を折る必要があります
引用部のように、首脳部の人員に負けを刻み込み、未来に目を向けさせたこの瞬間、真にフランソワ共和国は敗戦――いえ、終戦を迎えたのでしょう


殿下と作者様は、たった一隻の航空母艦の名前だけでここまでの効果を生み出したのです。
帝国内の反発にも、「共和国への度量を見せた」としておき、共和国の反応という成果で黙らせることは十分に可能でしょう
繰り返しになりますが、今回ほど、ツェツィーリエ殿下と作者様を『恐ろしい』と思ったことはありません……

長文、失礼しました

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