行別ここすき者数
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(0) 凍りついた土が軋む音を立てる。
(0) 正午の白い太陽を背に、私たちはアインツベルンの居城が存在する森へ足を踏み入れていた。
(0) 雪など、夜や暗闇の寒さを除いて冷たさから無縁の生活をしていた私にとって面白いものだ。ふわふわとしていながらも確かな形をもったそれは、よく見れば結晶を作り一つ足りとも同じものはない。特に寒さが厳しいこの時期だからこそ見れた特別な雪だとマスター は云っていた。雪は手のひらに積もることはなく、聖杯によって再現された体温で溶けていく。
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(0)「珍しさに目を丸くするのは良いが、気を抜きすぎないように」
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(0)どこか優しい目を向けてきたマスター に早口で返してしまう。
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(0)「べ、別に気を抜いてなんかいませんっ。ちゃんと結界は張っていますから、常に緊張状態を保っていれば——」
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(0) と、自身が話せば話すほど追い込まれると気付いたのは半壊した城の頭が見えてくる頃だった。
(0) 鷲をモチーフに門柱へ飾られた鳥の彫刻は首元から折れている。銀の門扉は退魔の術を敷いていたのか地面から掘り起こされ大きく凹み、片方は地面へ、片方は城の二階部分に突き刺さるという災害級の爪痕を如実に語る。結界に込めた魔力をさらに強くし、羽虫にすら反応するよう鋭敏化させた。
(0) 両開きの扉から中に入る。内部は大理石に包まれた眩い部屋——だった のだろう。内部は外と変わらない。崩れた天井が床に広がり、まだ少し砂埃が舞っている。穴の空いた天井から雪が吹き、赤い絨毯は白く染まっていた。
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(0)「あのバーサーカーはどこへ」
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(0) 唸りを上げ、丸太のような巨腕を振るってきた大英雄の気配を感じたサーヴァント。正体を知ることはなかったが、もしあれがバーサーカー以外のクラスで、明確な意識を保持していれば私たちはあのとき逃げきれた可能性は低い。正面からぶつかり合い、どうにかして作り出した隙を縫って逃げ出すしかないだろう。マスター の手数は未だ把握しきれていないが、あのバーサーカーは並みの幻想種を凌駕する覇気を感じた。
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(0)「中庭に出てみようか」
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(0) 中央階段へ上ることなく、その下にある外廊下へ出る。そこは目を覆うような花が咲いていた。雪の中でも咲いているのは魔術か、それとも季節に咲く花なのかは植物に見識の薄い私にはわからない。それでも、
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(0)——花壇に咲いた赤い花には思はず口を抑えずにはいられなかった
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(0)「あれは……!」
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(0)「アインツベルンのホムンクルスだな」
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(0) 身体は白い花の上に、血しぶきを巻きながら捨てられていた。流れる血は寒さによって凍りつき、滑らかな切り口は数分前まで生きていたかのような鮮やかさを見せている。無惨に両断された生首は十字に分かたれた花壇の中心へ、目が開かれ向かい合わせ状態で添えられていた。
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(0)「悪趣味な」
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(0) 生前を終えた俯瞰的な思考、ある意味見慣れた処刑法と似た状況から目を背けるわけではないが、それでも生を終えた者に対する仕打ちではない。晒し首に相応する罪を犯した者への罰ならば理解できるものがある。しかしここは誰も寄らぬ辺境。ただ殺戮者の欲を満たすために晒されるのは、サーヴァント 以外の生に許された行いではない。
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(0)「自動修復 術式が作用していない。不死殺しか……セイバーが会ったサーヴァントと同一犯」
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(0)「……マスター 、彼女たちを」
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(0)「ああ。丁重に弔ってやろう。人形といえど意思あるものは生き物と変わらない」
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(0) マスター はそう云って横たわったホムンクルスの一人を抱えあげた。どちらがどちらの頭かわからないが、マスター は確信があるのか頭部がある中心に寝かせる。もう一人の死体を並べる頃にはコートが血跡で濡れていた。
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(0)「 clarus 、concilio 」
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(0) 懐から取り出した杖を振るう。灯されるように淡く死体が光ると肉体と首が結合されていく。
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(0)「不死殺しは魂に傷を付ける。完全に死んでいるならばセイバーのマスターのように修復できないが、存在を構成する三つの要素、肉体と精神が元通りなら——libero 」
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(0) 足を踏み入れた当初からあった忌々しい気配が消える。それに合わせ、ウアス杖を地面に一鳴らし。
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(0)「楽園へ、彼女たちの霊魂を運び給え」
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(0)「——この地に残された性質の悪い不死殺しの魔力が消えて、彼女たちも報われるだろう」
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(0) 雪雲が流れ一筋の光が顔を出す。
(0) 生前では陽の光は神聖すぎるため人の霊魂を運ぶには値しないとされるが、極東の地では僅かな地域差で埋葬法が変わる。これが気まぐれな天気の仕業か、所業に見兼ねた御使いが訪れたのかはわからない。ただ、この地で風化するしかなかった彼女たちはきっと救われるはずだ。
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(0)①
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(0) アインツベルンの居城には残された死体以外に事態の収拾へ繋がるようなものは無かった。
(0) 城内を散策するにどうやらあの二人が侍女の役割、アインツベルンの小聖杯を担う完成されたホムンクルスが一人いた。侍女ホムンクルスのうち一人はマスター 曰く、肉体ではなくエーテルの塊で何らかの役割があったはずであると。あくまでも予想だが、
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(0)『道具 として運用されるはずが、あまりにもヒトに近い人形で自我が存在。そのためここを襲ったマキリは通常のホムンクルスと判断して見落とした』
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(0) さらに、
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(0)『耄碌したマキリはすでに正常な判断が下せないんだろう。正しく魔力を見れば彼女 の肉の器に違和感を持って生かしているはずだ。
(0) そこまで急いた理由として考えられるのは一つ。マキリの杯がマキリ・ゾォルケンの願望機ならば——杯はもうすぐ満たされる』
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(0) マスター の言葉が反芻する。
(0) 聖杯からあった聖杯戦争の情報と違ったイレギュラー。聖杯が大小に分かれ、根源到達が願いならばすべてのサーヴァントを自害させると聞いただけでも私は驚いた。残る正規のサーヴァントは私を含め三騎。もしマスター 以外の彼らが聖杯を手に入れれば、サーヴァントを自害させるのだろうか?
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(0)「…………」
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(0) 昼間からはしたないがクッションを抱えてソファに寝転んでしまう。邪竜娘はここにおらず、一階の売店へ行った。もしかすれば狙われるかもしれないと説いたが、マスター が『生半可なサーヴァントにやられることはないよ。そいつを初手で仕留められるサーヴァントなら遠くからでも感知できる』と云っていたので引いた。何だか私よりさらっと強いと言われてるようで癪に触った。結局部屋を出るまでエクストラクラスであることをまた自慢してきたので押すように部屋から出し今に至るのだ。マスター はいつものように幻想種のお世話に行っている。
(0) 珍しく一人の空間に溜息を吐いてしまった。
(0) こちらに来てまだ二週間を回ったか。思えば随分馴染んでしまったものだ、と自嘲気味に呟いた。
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(0)「初めはファラオである私に対する態度を改めさせようと思ったのに」
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(0) 驚くことばかりである。
(0) 何故いるのかわからない邪竜娘に、マスター は幻想種を集め、裏側と現世を無理やり繋げた世界で暮らしている。下手すれば抑止力に狙われるのではないかと質問したが、そこは均衡が取れるよう上手くやっていると話していた。幾分はぐらかされたような気もしたが、多分それはまだ私が受肉していないからだろう。今では何となくマスター の性格や考え方がわかって来たような気もするが、やはりどこか線引きされている。
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(0)「マスター ……」
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(0) いつかその胸の内を話してくれるときは来るのだろうか。
(0) なにが起こるかわからないイレギュラーだらけの聖杯戦争。ファラオとして勝利以外の結果は出さないが、それでも考えの及ばぬことが容易に起こる。そのときはせめて、最期までサーヴァントとしての責務を果たしたい。
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(0)「——呼んだ?」
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(0) 開いた鞄からマスター の頭が出ている。草花を弄っていたのか知らないが頭には葉が一つ付いており、どうやら気付いていないようだ。
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(0)「はぁ」
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(0) また溜息を一つ。
(0) クッションを置いてソファから立ち上がる。
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(0)「頭に付いてますよ」
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(0) なにが、と言わせる間もなくしゃがみ込む。有無を言わせず頰に手を当て頭を固定し、そのまま乗った葉を取りお小言を一つ。
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(0)「この部屋の汚れは私たちが掃除しなければならないのですからね。入ってくる前に自分の姿を確認してください」
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(0)「ごめんよ。番のバイコーンを移動させてる途中に付いたみたいだ」
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(0)「番でもバイコーンでもかまいませんが、気をつけてくださいね」
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(0) 鼻先を指で押した。
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(0)「ああ、次から気をつけるよ」
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(0)「それで良いのです」
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(0) 立ち上がって持った葉をゴミ箱に捨てる。マスター に伺おうか迷ったが、止められなかったので大丈夫だろう。相変わらず幻想種たちを相手にしていると子供らしいと思っていると声をかけられる。
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(0)「今は暇?」
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(0)「ええ。特にすることがないから寝転がっていたので……」
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(0)「ファラオなのに?」
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(0)「そ、それは関係ないじゃないですか」
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(0) もちろん見られていた。
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(0)「せっかくだ、まだ二組のバイコーンの移動があるから手伝ってくれないか?」
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(0)「仕方ないですね。このファラオ直々に手を貸してあげましょう」
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(0)「……バイコーンは純潔だと気性が荒くなるが大丈夫かな」
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(0)「む、それはどういうことですかマスター 」
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(0)「ああいや、別に。じゃあ下で待ってるから」
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(0) 跳ぶように下へ降りたマスター をすぐに追いかける。
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(0)「こら、待ちなさい。私が馬を降せないとはどういうことか話を——きゃあっ!」
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(0)「別に深い意味は——っと……初めてニトちゃんが会ったときのことを思い出した。相変わらず良いお尻をしてる。柔らかい」
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(0)「どこ触ってるんですかマスター !今すぐそこから退いてください!」
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(0)「無理を言わないでくれ、ニトちゃんが乗ってるから——」
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(0)「——ただいまぁって、誰もいないわね…………あれ、二人とも中でなにしてるのよ」
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(0)「見ての通りニトちゃんが落ちてきた」
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(0)「馬鹿ねえ。一度痛い目見たなら二度目くらい注意しなさいよ」
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(0)「な、それはどういうつもりですか邪竜娘!私が鈍臭いみたいな……」
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(0)「そうだから云ってんのよ。現状を省みなさい、あなたを擁護する理由は一つも無いわよ」
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(0)「くっ、まさか邪竜娘に」
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(0)「それは良いから、はやく退いてくれニトちゃん。さすがに直で木床に抑えられたら痛い」
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(0) 上から罵ってくる邪竜娘に真っ向から反論する。やがて不毛な争いだと互いに理解するのだが、それに気付いたのは私の下敷きになったマスター の背中が真っ赤になる頃だった。