行別ここすき者数
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(0) 「あっちいなあ」
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(0) 「本当だよなあ」
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(0) さっきから、この生産性のない会話を何度繰り返しているだろう。
(0) のっぽと二人、集合場所の宇治駅で滝先生が来るのを待つ。首に汗をかく男二人。ただここにいるだけで汗をかくのなら、やっぱり家から出たくなんてなかった。
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(1) 「小町、プールいいなあ」
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(0) ただでさえ人混みが嫌いな上に、プールでイチャイチャしてるカップルや、やたらウェイウェイ騒がしい大学生グループ、イキリ倒してる割にはどこか幼さが抜けきっていないからすげえかっこわるい中坊。そんな絶滅して欲しいような奴らに溢れてる夏のプールが、俺は大嫌いだ。
(1) 隣の女の肩を組んで歩いている男とか、ほんと何?腕骨折してるの?じゃあプール来んなよ!
(0) だから家にいるときはプールに行きたいだなんて全く思わなかったが、さすがにこの太陽の下だと、俺の氷のように冷たくてカッチカチなその考えもこの暑さで溶けてしまった。
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(0) 「あー!小町って妹だっけ?プール行ってるの?」
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(0) 「おう」
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(0) 「夏休み、謳歌してるな。そういや、うちの吹部も休みだからってプール行ってる人多いらしいぞ」
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(1) 「じゃあ行かなくていいや」
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(0) 「なんで?誰かがいるならむしろ行きたくね?」
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(1) 「考えてみ。一人でいるときに顔見知り程度の集団に遭遇したときの、『あ、もしかして一人?』って聞かれるときの気まずさ。あれ、そろそろ名前を付けて広辞苑に載せるべきだと思うんだよな。あと派生のとこに、それを言いながらニヤニヤ笑ってるやつも名詞作って載せていい」
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(1) 「一人で行くのが前提なのかよ……」
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(1) 一人焼き肉、一人カラオケ。最近では一人キャンプなんてのも流行っていて、ぼっち遊びが世の中で囁かれているらしいのに、一人プールを聞いたことがないのはきっとまだパイオニアがいないからだ。誰かやってくれ。大丈夫。同じ水系統のサーフィンは一人でも普通だし!波に乗るのも、波の出るプールで流されるのも一緒でしょ。
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(0) 「今日プール行くからって張り切ってた久美子に聞いたんだけど、川島と加藤だけじゃなくて高坂も一緒に行くんだってさ」
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(0)「マジで?高坂プールとか行くんだな」
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(1)「俺も思った。なんか友達とプールって言うより、よく金持ちが使ってる一人でビーチの横になれるやつで寝てそう」
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(0)「ビーチチェアーな」
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(1)「それそれ。なんかテレビとかでよく見るけど、夏じゃなくてサマーって感じするよな?」
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(0)「同意求められてもよくわからんけど」
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(0)「俺さ、まだ入部したばっかりの時、滝先生の指導どうなんだろうって話してたら高坂にマジで怒られたことあるんだよな。『滝先生のこと悪く言ったら許さないから』って」
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(0)突然の塚本のカミングアウトに俺も思い出した。
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(0)「俺もこの間、ふざけて高坂に今日のソロ、滝先生がいつもと違うって気にしてたって言ったら本気にしちゃってさ。嘘だって言ったらめちゃくちゃ怒られたわ」
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(1)「そんなことがあったのか。高坂、怒ると尚怖いよな。元々怖いのに」
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(1)「わかる。……わかる」
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(0)大事なことだから二回言った。超納得。
(0)それにしてもこうして考えると高坂は滝先生のことを神様だとでも思っているのではないだろうか。
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(0)「高坂だけじゃなくてさ、今日のプールは二、三年生も行く人多いってパートの先輩が言ってた」
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(0)「ふーん。……げっ」
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(0)「ん?どうした?」
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(0)「いや、優子先輩もしかして行ってるのかな?」
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(0)「さあ。知らないけど」
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(0)「小町と優子先輩が会ってなきゃ良いけど…」
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(0)「へえ。妹と優子先輩知り合いなんだ」
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(0)「たまたま会ったことがあって」
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(0)別に何が良くないということもないのだが、何となく嫌だ。あの二人が絡み出すと、俺にとって穏やかではないことが起こる。そんな言葉に出来ない謎の身の危険を感じるのだ。
(1)しばらくお互いに適当に言葉を返しながら目の前の人混みを眺める。肌色を晒している中学生くらいの女子や、それとは対照的に黒のスーツに身を包み、必死にハンカチで汗を拭っているおじさん。飛んでいる鳥も、飛んでも暑すぎて疲れるからと、力なく飛んでは木の枝に戻ることを繰り返しているような気がする。
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(0)「なあ、聞こうと思ってたことがあるんだけどさ、比企谷って吉川先輩と良い感じなの?」
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(0)突拍子もない塚本の言葉に飲もうと手に取ったペットボトルを落としそうになった。
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(0)「あーなんか、宇治川の花火大会の日の朝にさ、吉川先輩から比企谷と花火大会一緒に行くのかーとか、今日誰かに誘われてたかーとかなんか色々聞かれたから」
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(0)思い返してみれば、音楽室で塚本が珍しく優子先輩に話し掛けられているのを見た。だが、今朝も小町に訳の分からないことを言われて今も塚本からこんなことを言われて。ここで勘違いをしてはいけない。俺は自分を強く制する。
(1)俺のこれまでの経験上、男は皆、心の奥底でロマンチストである。意外と付き合うときや引いては結婚において現実的になる女性とは対称的に、恋愛に夢を見がち。もう少し二十歳を超えた男性諸君は、社会情勢とかITとかは置いといて、『えー。私ぃ少女漫画みたいにロマンチックな出会いしてみたいなぁ』とか『顔が良くてぇ筋肉質でぇ……消防士とか超憧れちゃーう』とか言ってた女が、『年収は?一千万ある?』と特別冴えている訳でもない男に真顔で聞いているところを見て、その強いリアリストたる考え方を勉強するべきであると思う。
(0)それに、思えばきゅんとした出会いや、ふとした拍子に恋に落ちる漫画やドラマ。あれら女性が好きなシチュエーションをふんだんに盛り合わせた作品も八割方男性が手がけたものだ。
(0)詰まるところ蜘蛛の糸のような寄る辺のない出会いに、夢とか理想とかを押しつけて『もしかして…あいつ、俺のこと…』なんて思うのはあくまで男だけであって、実際に当の女子達は『あいつ、本気にしちゃってんの。ウケるー』とか言われてるから。それでもう二度と痛い目を見ない。
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(0)「んなわけねえだろ」
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(0)「でもその後の練習でもさ、俺トロンボーンだから合奏練の席で後ろからトランペット見てると、妙に優子先輩が比企谷のこと気にしていたし」
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(0)「勘違いだっての」
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(0)「いや比企谷は高坂が間に挟まってるから気が付かないだけで」
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(0)「大体、そういうお前こそどうなんだよ?」
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(0)「え?」
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(1)「よく低音のくるくると話してるじゃんかよ」
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(0)「くるくるって…久美子のことだよな?」
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(0)「そうそう」
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(0)「生まれつきだけどあの髪のこと、結構気にしてるから本人の前では絶対言うなよ」
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(1)「久美子久美子って馴れ馴れしいし、俺なんかよりそっちの方が絶対なんかあんだろ」
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(0)「ちがっ!別に久美子は…ただの幼馴染だから!」
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(0)「はっ。どうだか。それにそういや加藤はどうなんだよ?」
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(0)「か、加藤?」
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(0)「県祭り、音楽室の前で何かよく分からんやり取りしてたみたいだったけど」
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(0)「加藤とは、特に、その…ただ県祭り一緒に行っただけというか……」
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(2)「ほとんどの男が憧れつつ、物心ついた頃にはもうどうしたって手に入らないものだから、結果的にそれをエロゲとかギャルゲに押しつけざるを得ない。そんな伝説の幼馴染がいるってのに同じ部活の女子誑かしてるとか、お前本当なんで生きてんの?死ねよ?」
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(1)「ふざけてならまだしも、こんなに本気で死ねって言われたの初めてなんだけど…。そういうお前は結局花火大会、誰と行ったんだよ?」
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(0)「……クラスメイト」
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(1)「絶対嘘だな!」
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(1)「しまった…。この間の小町の時と同じ失態を…!」
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(0)「ほら本当の事言ってみろって」
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(0)「すみません二人とも。お待たせしました。おや、何だか楽しそうですね?」
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(0)滝先生に声をかけられて、慌てて挨拶をする。それと同時に俺も塚本も言葉を失った。
(1)滝先生はどうしましたか、と首を傾げているが別に滝先生はいつもとほとんど変わらない。悪魔が潜んでいるのを隠し通すためのニコニコとした表情。ほとんどと言ったのは、着ている服が私服と言う点だ。
(0)明るいブルーのジーパンに真っ白なシャツ。夏らしいその格好は、普段よりも固い印象を受けず、顔つきのシャープさもあってまだ社会人二年目で押し通せそうだ。
(0)でも、そんなことはどうでもいい。それよりも滝先生の左。
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(0)「初めまして。今度、北宇治高校吹奏楽部の指導をさせてもらうことになっている新山聡美です」
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(0)隣には温和な印象を受けるめちゃくちゃ美人が立っていた。