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(1) だが、冷静に考えれば吹奏楽部のマドンナこと、中世古先輩と二人で練習できるというのは役得なのではないか。
(1) 俺みたいな、他称(断じて自称ではない)捻くれぼっちがあんなに美人な先輩の御相伴に与る機会なんて早々ない。照橋さんと体育祭で二人三脚したモブキャラの男だって、学校生活で一番の、いや、これから先の人生において一番の思い出だって言って二人三脚やってたし。俺ももしかしたら、今日の練習は神様が無糖の珈琲のような苦い人生を歩む俺へのプレゼントなのかも知れない。
(0) うきうき気分で教室のドアを開けば、そこにはトランペットを持った少女がいた。
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(0) 「あ、香織せんぱーい!おつかれさ……って比企谷か」
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(1) それはこっちの台詞なんですけど。俺のこれから起こるはずだった中世古先輩と二人きりという神シチュは…。
(0) 扉を開けたのが俺だと確認した優子先輩は明らかに肩を落とした。
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(0) 「ゆ、優子先輩。お疲れ様です」
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(0) 「あ、うーん。おつかれー」
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(1) ちょっとー。今結構勇気振り絞って名前で呼んだんですけどー。そこは名前で呼ばれたことにちょっと照れて、『比企谷…。う、うん。お、お疲れ』って顔赤くしながら言ってくれる場面じゃないんですかねー?
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(0) 「部活休みになったのに。真面目ね」
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(0) 「先輩こそ練習ですよね?」
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(0) 「そりゃそうよ。トランペット持ってるの見れば分かるでしょ?」
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(0) 正直、昨日の帰り話した内容を振り返ると、優子先輩こそ部活を休みにしようと言う声を上げた一人だと思っていた。だから、ここにいるのが意外だ。
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(1) 「昨日だって香織先輩に迷惑かけたんだから。今日まで迷惑かけられないでしょ?それにね。香織先輩ってすっごく真面目で努力家だから!絶対に部活なくても練習するの!だから付き合いたいなって。トランペット吹いてるときの香織先輩、美しいの…」
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(0) 「あ。さいで…」
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(1) この人、中世古先輩大好きすぎるんだよなあ。確かに美人だけど。俺だって大和撫子と書いて中世古香織と読むのではないかとか思っちゃってるし、さっきまで二人きり期待しちゃってたけど。
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(0) 「はあー。折角香織先輩と二人きりだと思ってたのにいー」
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(0) 大きなくりくりした目が、俺をじとっと映す。
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(1) 「別に俺がいたって気にしなくて大丈夫ですから。俺の影の薄さは、正にアンリマユレベル。真っ黒でむしろ影そのもの。存在感皆無。おまけに出現確率も低いから、もはやいないも同然」
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(1) 「は?アンリまゆ毛……?何それ?」
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(1) 通じなかったか。アンリまゆ毛は俺も分からん。どんなまゆ毛?
(0) まあ優子先輩には通じないだろうなとは思ってたけど、吹奏楽部はアニメ好きな女子が多いイメージがある。そもそもの母数が多いからかも知れないが。
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(1) 「要はいない子扱いされることに関してはプロと言っても過言ではないってことです。いつも通り教室の端で黙って吹いてるんでほっといて下さい」
(1)
(1) 「吹いてるのか黙ってるのかどっちなのよ…」
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(0) 「ごめんね、遅くなって。お待たせー」
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(0) まだ教室に入っていなかった俺の後ろには中世古先輩がいた。急いで来たのか、少しだけ息が上がっている。
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(0) 「中世古先輩、早かったですね」
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(0) 「うん。晴香が後輩が待ってるから早く行ってあげてって」
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(1) 「香織先輩、聞いて下さいよー。比企谷、私が今日練習してるの見て、意外って言ってきたんですよー。失礼しちゃいます」
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(0) 「いや、言ってないです」
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(1) 思ってはいたけど!心の声読むのやめて!
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(0) 「比企谷君。優子ちゃんって、凄く真面目なんだよ」
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(0) 俺に向けて話す中世古先輩は優しい目をしていた。
(0) 確かに他の先輩達が帰ってしまった中で、こうして練習をしているのは偉い。練習に来ている理由は中世古先輩に会うためと、不純と言えば不純なんだが。それでもだ。
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(0) 「でも、ちょっと意外だよね?」
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(0) 「もう!香織先輩までー」
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(0) 「あはは、ごめんね。優子ちゃん」
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(1) いいですねー。美少女二人のいちゃつく姿。ごちそうさまです。
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(0) 「比企谷君もホントに真面目だね」
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(1) 「比企谷は絶対、下心で練習するって言ってますよ。気をつけて下さいね」
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(1) 「いやいや、それは優子先輩じゃないですか?」
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(1) 「そんな腐った目で言われても説得力ないですぅー」
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(0) 「ちょっと待って。目は関係ないでしょう?」
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(0) ぐぎぎ、とお互いにいがみ合う。この先輩、完全に自分のこと棚に上げてやがる。
(0) その横で中世古先輩は、少し意外そうな顔をしていた。
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(0) 「あれ、二人ってあんまり話してるイメージなかったけど。仲良いんだね?」
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(0) 「別にそんなことないですよ。ただ帰り道が同じ方みたいで、昨日の帰り一緒でした」
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(0) 「ああ、そうなんだ。それなら比企谷君。私も途中まで帰り道一緒だ」
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(0) 「え、まじすか?」
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(1) この話の流れ、今度一緒に帰ってくれるって事で良いんだよな?俺の勘違いじゃないんだよな?
(0) そんな話をしていたときだった。
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(1) どこからか、トランペットの甲高い音が聞こえてきた。
(1) ドヴォルザークの『新世界より』。
(1) この綺麗な音は、きっと。今日もこの教室からその姿は見えない。けれど、きっと彼女はあそこにいるのだろう。いつも吹いている場所とは違う、彼女が昨日指さしたあの開けた場所に。
(0) 特別になりたいと願った少女は、この何も去年から変わらずにいる部活の何かを変えたいと、変えようと力強く伝えている。そんな思いはこの教室にいる俺たち三人にも、この学校にいる全ての人に伝わったはずだ。彼女のメッセージは言の葉ではなく、その奏でるメロディーに乗せて。
(0)
(0) 「……」
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(0) 俺たち三人は、黙ってその音を聞いていた。まだついこの間のことなのに、これではまるで、楽器決めの時に高坂が初めて音を出したときのようだ。また、この学校中に響いているこの音に魅了されて俺たちの時間は止められている。
(0) そして、やはり今回も窓の先のどこかを見つめる吉川先輩はどこか敵意を孕んでいて、中世古先輩は作ったような笑顔を貼り付けているように俺には見えた。