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(0) 数日後、陽乃ちゃんのきびだんごを貰った犬は、お供としての役割を全うすることになった。
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(0) 「うわー!すごかった!」
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(0) 「ありがとうございます。雪ノ下さんのご息女に褒めて頂いて嬉しいです」
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(0) 「……」
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(0) 「かっこいいですね!どのくらい練習したんですか?」
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(0) 「平日も週二日は夜から練習して、日曜日は朝から日が暮れるまで。私も仕事を終えてから子ども達に指導をしなくてはいけないので。それはもう大変でした」
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(0) 「……」
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(0) 「感動しました。闇雲に練習するだけではここまで上手な演奏できませんよ。これも先生のご指導がお上手だからですよ!」
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(0) 「はは。光栄です」
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(0) 「……」
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(0) 地域で行われている和太鼓の教室。その発表会に、俺と陽乃ちゃんは二人でいた。
(0) ……いや。本当、なんで俺ここにいるの?一番前の席に座る俺が振り返れば、観客席にいるのはちょうど今演奏を終えた子ども達の親ばかりだ。俺と同じくらいの子ども達が演奏した感想を楽しそうに、カメラを片手に持っているお母さん達と話している中で、俺と言ったら陽乃ちゃんが知らないおじさんと話しているのを黙って聞いているだけなんだけど。このー、ただここにいるだけの感じ、妙に身に覚えがあるな……。……あ、わかった。いつもの学校にいるときの俺だ。
(0) 公園で練習をしていたら急に、行かなくちゃいけないところがあるから付き合ってと言われたときは何かと思ったけど、こんな惨めな思いをさせるなんて。恨みを込めて濁りきった瞳で陽乃ちゃんを睨んでみても、陽乃ちゃんは顔つきこそ幼くも子どもらしくない、作り込まれた笑顔をお父さんよりも年上のおじさんに向けていた。
(0) そのメイドイン陽乃スマイルから次々と繰り出される賛辞に、ずっと年上の大人は気をよくしている。少しだけ魔法のようだとさえ思えた。そう言えばいつか、この魔法のことを公園で話した陽乃ちゃんが掌の上で転がすのだと言っていた。こえぇなあ。
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(0) 「雪ノ下さんもどうですか?」
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(0) 「私もやってみたいのは山々なのですが、他の習い事もありますし」
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(0) 「一つの何かを極めるのも良いことですが、色々なことに触れてみた方が将来のためになりますよ。特に音楽であれば尚更です。太鼓ほどリズム、音感を養える楽器はありません」
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(0) 「そうなんですか。分かりました、両親に話してみます」
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(0) 「ええ。是非、お父様とお母様に!」
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(0) 陽乃ちゃんの両親というワードに力強く頷いて、どことなく満足げな様子。陽乃ちゃんはぴくりとも眉を動かさない。
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(0) 「ところで失礼。先ほどから気になっていたのですが、彼は?陽乃さんよりも幼く見えますが」
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(0) 「彼は私の友人です」
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(0) 「ほほう。陽乃さんのご友人でしたか。雪ノ下家と何か関わりのある会社のご子息なのですか?」
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(0) 「いいえ。私だって、いつも雪ノ下の家と付き合いのある方と一緒にいる訳ではありません。音楽に興味がある、学校の友人の一人です」
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(0) 「ほう。なるほどなるほど」
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(0) さっきから妙に陽乃ちゃんにへりくだっている筋肉質で大きな巨漢に一瞥される。陽乃ちゃんに向けていた三日月の形に作られていた目元とは打って変わり、まるで見定めるかのように鋭い。自分よりも何倍も大きな体躯に加えて、睨み付けるように見つめられてさっと目を逸らした。
(0) すごく、居心地が悪い。
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(0) 「……君、歳はいくつなんだい?」
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(0) 「は、八歳です」
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(0) 「ふむ。ということは小学……」
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(0) 「二年です」
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(0) 「そうか。では葉山さんの息子さんと同じ学年だね」
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(0) 葉山?誰だろう、そいつは。
(0) だが、その名前を聞いた瞬間に陽乃ちゃんの視線はすっと冷たくなった気がする。普段ならおくびにも出さない陽乃ちゃんにしては珍しい。
(0) おじさんは興味もなさそうに俺から目を逸らすと、また陽乃ちゃんに視線を戻した。
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(0) 「確か、彼の名前は隼人君だったかな?」
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(0) 「はい。そうです。彼も誘ってみたのですが、今日どうしても都合が合わず来れなくて。音楽にも多少の嗜みがあって、興味もあるみたいなので行けなくて残念だと言っておりました」
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(0) 「ご友人を呼んでくるのであれば、葉山さんの息子さんとご一緒に来て頂きたかったですね。彼は小学校低学年とは思えない程しっかりしていて、頭の良い子だ。小学生ながら、きっと葉山家の将来は安泰だと思わせる。私ももっと関係を深めていきたいのでね。
(0)今度是非、どうだろう?私の家と、雪ノ下さんと葉山さんのお父様方と会食の場でも用意させていただきたい。お父様に伝えておいてくれるかな?」
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(0) その言い方だと、まるで俺はしっかりしていないように聞こえるんだが。心の中でだけむっと顔をしかめる。
(0) まあ、あながち間違ってはいない。いつも公園に来るときも素人目に見ても高価で、清楚な格好をしていることが多いが、今日は尚のこと余所行きなのがわかる白のロングワンピースを身に纏い、その上に主張しすぎないながらも小洒落たジャケットを羽織っている陽乃ちゃん。その隣に並ぶ俺は適当に親が見繕ったジーパンにシャツといった格好。とてもじゃないがしっかりしているように見えるはずがない。
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(0) 「勿論です。楽しみにしていますね!」
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(0) 陽乃ちゃんの言葉にまた満足げに頷いた男は、手を叩いて発表を終えた生徒達を集めた。この後もまだ発表が続くのだろうか。さっき陽乃ちゃんは、俺を音楽に興味のある学校の友人だと言っていたが、俺は音楽に興味があるというよりただトランペットが好きで強いて言うなら金管楽器に興味がある程度であるし、陽乃ちゃんとは学校だって違う。
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(0) 「はぁ……」
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(0) 「そんな溜め息吐かないで。こういう所では楽しそうに笑顔でいるだけでいいんだから」
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(0) 「それが俺にはしんどいよ……」
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(0) 「もう。そんなんじゃずーっと私と一緒にいられないよ?」
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(0) 「いつからずっと一緒にいることになったの?」
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(0) 「昨日。私が作ったお団子食べたじゃん。そのあと毎日作って欲しいって言ってたじゃん」
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(0) 「違う。また食べたいとは言ったけど、毎日作ってとは言ってない」
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(0) 味噌汁感覚で手作りのお団子が並ぶ家庭って、和菓子屋さんでもないのに。
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(0) 「とにかく、無理してでもつまんなそうにしないで笑ってて。もうしばらくしたら帰れるから」
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(0) 「なんで陽乃ちゃん、俺のこと連れてきたの?」
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(0) 「うん?一人でこんなところに来てご機嫌取りもつまらないし。それに最近八幡と練習出来ないことも多かったから、一緒にいたかったの」
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(0) ぐっ。本気なのかは分からないけど、普通に可愛いし嬉しい。
(0) 照れているのが分かっているのだろう、陽乃ちゃんはニヤニヤと笑っていた。せめて話を逸らそうと、何か話題を探してみる。
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(0) 「ねえ、葉山って誰なの?」
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(0) 「八幡は知らなくていい人」
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(0) 「何それ?内緒なの?」
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(0) 「別に内緒って訳じゃないけど……別にどうでもいいんだよね。隼人は」
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(0) 「陽乃ちゃん、その人のこと嫌いなの?」
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(0) 「好きか嫌いかで言えば、どちらでもないよ。ただ隼人はつまんないなーって」
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(0) 「そ、そこまで言うんだ」
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(0) 「幼馴染で親同士も付き合いがあるから、よく遊んでただけよ。それに妹の雪乃ちゃんとも同い年だから、面倒を見るって意味でも。だから隼人のことは色々見てきたし知ってるの。色々ね」
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(0) 色々。そこを強調することに深い意味があるのは間違いないのだろう。ただ、俺はあえてこれ以上に追求することはしない。この人の機嫌を悪くすれば、後で散々に弄り倒されることはまだ一年足らずの付き合いだが重々身に染みている。
(0) 黙って椅子に座った俺を見て、陽乃ちゃんも腰を降ろした。太鼓のバチを手にした生徒達がパラパラと壇上に集まって、ステージに上がって隣に並ぶ生徒同士で笑い合ったり、ふざけ合ったりしている。
(0)楽しそうだ。ステージを見上げる俺は素直にそう思う。俺もこうやって和気藹々とやってみたい……とは思えないけれど、羨ましいという気持ちをただ否定することは出来なかった。
(0)俺も陽乃ちゃんも黙ったまま、ステージを見上げている。数歩先のその明るいステージをなぜか遠く思えた。
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(0) 「……」
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(0) 「……」
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(0) 「……ねえ、八幡。これ終わったら、いつもの公園で練習しようか」
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(0) しばらく無言の時間が続いていたが、ふと陽乃ちゃんが呟いた。その声音が優しくて、なぜか俺はどこかむず痒い。
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(0) 「でも、今日はこの発表会が終わった後は家の用事があるから帰らないとって言ってたじゃん」
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(0) 「……そう、だったね。あはは」
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(0) 陽乃ちゃんがぺろっと舌を出して笑った。しかし、何か面白いことがあったのだろうか。ステージの上の生徒達がどっと笑ったその声で、陽乃ちゃんの乾いた笑い声はもう聞こえなくなる。
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(0) 「あーあ。どうして私の居場所はあそこじゃないんだろう……」
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(0) 俺にその答えはわからない。
(0) 視線をステージに戻した陽乃ちゃんがそっと呟いた言葉も、誰かの笑い声にかき消されてしまったことにして、俺はそれを聞いていないふりをした。