行別ここすき者数
小説本体の文章上でダブルクリックするとボタンが表示され、1行につき10回まで「ここすき」投票ができます。
履歴はこちら。
(0)(手がかり無しか……)
(0)
(0) 訓練が開始されて1週間、カナタは合間の時間を使って図書室で竜魂士の手がかりを探していた。歴史書、技術書、果ては竜の生態に関する書物まで読み漁ってみたがどこにも竜魂士に関する手がかりは無く、ステータスこそ確実に伸びてはいるがスキルが使えない点から他のクラスメートの戦闘能力より大きく劣ってしまっていた。訓練の時は檜山を始めとした連中から魔法を使った遠距離からの一方的な暴行を受け、城の重鎮からは『無能』と陰口や後ろ指を刺される等、碌な目に合わないので最近では自室、訓練場、そして殆ど誰も訪れる事の無い城内の一角に造られた聖堂で過ごす事が多くなった。
(0)
(0)「おや、こんな所にお客さんとは珍しい」
(0)
(0) そして今日もカナタは聖堂の長椅子に腰掛けて時間が過ぎるのを待っていたのだが、何時もと違うのは無人の筈の聖堂に一人の神父が姿を現した事だった。黒一色の地球で言う一般的な神父の装いをしており、白くなった髪を短く切りそろえ、眼鏡の奥から細目ながらも優しげな眼差しをカナタに向けており、召還された時に出会った煌びやかに衣装に身を包んでいた神父やシスターとは違った雰囲気をしていた。
(0)
(0)「貴方は?」
(0)
(0) とは言え、この城内では自分をよく思ってない奴や害する連中が多く、カナタは自ずと警戒を高めた。
(0)
(0)「私はチャール・フランク。聖教教会に属するしがない神父ですよ。此処には定期的に布教活動とお祈りをしに訪れているのです」
(0)
(0)「そうですか……」
(0)
(0) ならばこれ以上何かを話をして邪魔する必要も無い。そう判断し、カナタは彼から視線を外すと、チャールも祭壇の前に立ち聖書と思われる書物を開いた。そんな彼の後姿をぼんやりと眺めていたカナタだったが、ふと見上げたその先にエヒトと思われる金髪の人物と彼より少し下の部分に一匹の竜を象ったステンドグラスが日の光を浴びて輝いているのが目に映った。
(0)
(0)「エヒト様とチェトレ様にご興味が?」
(0)
(0)「チェトレ?」
(0)
(0) やがてチャールはカナタの視線がそのステンドグラスに向いてる事に気付き、聖書を閉じながら彼に声をかけた。
(0)
(0)「このステンドグラスに描かれている竜の事です」
(0)
(0) 皇竜 チェトレ、それはエヒト神が人々を守る為に遣わした“2匹の”守護竜の片割れ。チェトレ様はもう一匹の守護竜と共にエヒト様に代わり人々を守護してきた。
(0)
(0)「けれど何を思われたのか、もう片方の守護竜、帝竜 アジーンは“反逆者”と共に神に牙を向いたのです」
(0)
(0) “反逆者”それはかつて神代の時代に神に逆らい世界を滅ぼそうとした者達の総称である、そしてアジーンはどう言う訳かその反逆者の側に付いて神に逆らった。
(0)
(0)「永きに渡る戦いの末反逆者は敗走、アジーンもチェトレ様によって討ち滅ぼされました。しかしその代償は大きく、チェトレ様も深い傷を負いその傷を癒す為にエヒト様の御座します 神界へとお戻りになられてしまった」
(0)
(0) アジーンさえ裏切らなければ、チェトレが今も健在であれば今起こっている魔人族との戦争もとうの昔に終わっていたかもしれないとの事。
(0)
(0)「それはまた……余計な事をしてくれたもんだな」
(0)
(0) 戦争の長期化、それが理由となりこんな世界に呼び出され、無能の烙印を押されて理不尽な目に合わされる上に、戦場へと駆り出されるハメになったのだから。そんな気持ちが籠められた彼の呟きが耳に入ったのかチャールも「えぇ、全くです」と頷いた。
(0)
(0)「今ではアジーンは帝竜ではなく暴竜アジーンと呼ばれ、この世界における裏切りと反逆の象徴とされ人々から忌嫌われているのです。おっと、つい語りすぎてしまいましたな。年を取るどうにも語りたがってしまっていけませんな」
(0)
(0) と、苦笑を浮かべるとチャールは改めて聖書を開き、お祈りを始める。そんな彼の様子を見てカナタも程なくその場から立ち上がり――
(0)
(0)(邪魔してもしゃーないし、部屋に戻るか……)
(0)
(0) そう思い、何も言わずに静かにその場を後にしたのだった。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) ※
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) それから更に一週間、より高度な実戦訓練のためトータスに点在する7つの大迷宮の一つ【オルクス大迷宮】へ遠征をする事となった。結局、あれから何かが変わることも無くカナタとハジメも無能の汚名を返上出来ないまま、遠征へと参加する事となっていた。
(0)
(0)(どうせ誰も期待なんてしてないだろうし、明日は大人しく後ろに引っ込んで生き残る事だけ考えるか……)
(0)
(0) 物語に出てくる様な輝かしい活躍は光輝達の役目。自分みたいなモブは後方に引っ込んでるに限る。成果なんて必要ない、死ななきゃそれでオッケー、と後ろ向きな目標を定めると同時に荷物の準備も終わりベッドへと倒れこみ目を閉じようとした時だった。コンコンと言う音と共にドアがノックされ、カナタは身体を起こした。
(0)
(0)「はい?」
(0)
(0)「よかった、まだ起きてたのね」
(0)
(0) ドアの向こうから響く声を聞き、彼はドアを開けた。其処に居たのは予想通りの人物。勇者一行のエースの一人、雫だった。
(0)
(0)「夜遅くにごめんなさいね。少し前まで香織と一緒に光輝の部屋に呼ばれたから」
(0)
(0) と、申し訳無さそうに笑みを浮かべている雫に対してカナタは「あ~……」と気の抜けた声と共に苦笑を浮かべる。
(0)
(0)「どうせあれだろ。『明日は何時もの訓練よりはずっと厳しいものになるかもしれない、けど二人の事は俺が絶対に守ってみせるから安心してくれ』とでも言ってたんだろう」
(0)
(0)「よくお分かりで。因みに今の言葉の最後に“なんて言ったって俺はみんなを守る勇者だからね”が付いてたら満点よ」
(0)
(0) 雫もクスクスと笑いながら部屋に入ってきて、二人はベッドに腰を下ろす。それから暫く無言の時間が続いていたが――
(0)
(0)「……きついのか? やっぱり」
(0)
(0) やがてカナタの方から声を掛けると雫はすこしだけ視線を下に向けた。
(0)
(0)「まぁ、ね。ホントなら、初めて魔物を殺した日もこうしてカナタの所に来たかったぐらいよ。ただ、カナタもカナタで大変だろうなって思って……」
(0)
(0)「別に気にせずに来てくれても良かったんだけどな……」
(0)
(0) クラスでは殆ど関わる事の無い、いや、正確には故あって関わる事の無くなったカナタと雫。けれどその裏では電話などを通じて、こうして密かに話すことが度々あった。
(0)
(0)「まぁ、来たのなら全部吐き出していってくれ。けど、気の利いた返事が出来ないのはいつも通りって事で勘弁な」
(0)
(0)「ええ、そうさせてもらうわ」
(0)
(0) 凛としていて頼りがいがあり、それでいて剣術の腕もあるまさに『カッコ良い女性』と言う言葉が似合う雫、その才能に違わず剣士の天職が発現し、光輝を除けば前衛組のリーダー的立場にある彼女。
(0)
(0)「慣れてきたのか、最近は少なくなってきたんだけどね……。今でもこの手に斬った魔物の血がこびり付いている様な気がしてならなくて、それが無性に怖くなる時があるの」
(0)
(0) けれどそれは自身の才能と周囲や家族の期待に応えようとした結果できてしまった表向きの姿。カッコイイ侍ガール『八重樫 雫』と言う人物の裏にはぬいぐるみやアクセサリー、そして綺麗で可愛い衣服を好む何て事の無い普通の女の子としての彼女の姿がある。
(0)
(0)「ただの魔物ですらこうなのに、これで同じ人である魔人族と戦ったらどうなってしまうんだろうって……」
(0)
(0) きっかけは小学生時代、カナタがゲームを買いに行ったおもちゃ屋のレジでこっそりとぬいぐるみを買いに来ていた雫と偶然遭遇した事だ。周囲の目を気にしながら移動していた彼女は、無事にレジに到着して一安心した所で彼の存在に気付いた。
(0)
(0)『っ!? ……笑いたければ笑えば良いじゃない! 男女の癖にって』
(0)
(0)『まぁちょっと驚きはしたけど……八重樫さんは女の子な訳だし別に普通じゃね、それ?』
(0)
(0) そして顔を赤くして半ばヤケになりながら叫んだ雫に対して返した言葉がこれ、確かに可愛いよりもカッコイイと言う言葉が似合うし『お姉さま』と呼び慕う女の子も居るほどだが、雫が女の子であるのは事実だ。カナタの中では当たり前な事実を言っただけだったのがその言葉の何が響いたのか、この一件以来、雫は彼に対して抱えた本音や不満を話すようになった、曰く――
(0)
(0)『思いっきりバレちゃった訳だし、今更隠しても仕方ないもの。だったら愚痴の一つにも付き合って頂戴、乙女の秘密を暴いた罰よ』
(0)
(0) との事だ。それからずっと、カナタは言われるままにこうして彼女の話に付き合っている。気の利いた返事こそ出来ていないが、それでもこうして本音を打ち明けるだけでもだいぶ楽になるらしい。
(0)
(0)(とは言え、今回ばかりはそうも言ってられないか……)
(0)
(0) 事が事だけにいつも通り話を聞くだけで良いというわけではなさそうで、たとえ月並みでも何か声を掛けてあげるべきだと言う事は容易に予測できた。
(0)
(0)(「雫なら大丈夫」「雫は強いから」……は、無いな。「俺が守ってやる」……俺が言っても頼りない事この上ないな)
(0)
(0) が、そう言った月並みな励ましの言葉は選択肢からは真っ先に除外される。やがて少し考えて――
(0)
(0)「そういや俺の欲しかったゲーム、もう発売してんだよな。トータスと地球の時間の流れが同じなら」
(0)
(0)「……えっ?」
(0)
(0)「それだけじゃなくて、雫が前に話したぬいぐるみも発売時期が近かったよな? むしろ何時帰れるかも分からん訳だし、帰った頃には色々発売してて買いたい物で溢れかえってる可能性もあるのか」
(0)
(0) 選んだのは地球に帰った後の話。ぶっちゃけ現実逃避じみた話題の転換だ。
(0)
(0)「地球に戻ったらまずはおもちゃ屋巡りだな。その時は雫もどうだ、荷物持ちぐらい引き受けるぞ?」
(0)
(0) 今までの話の流れをぶった切っていきなり地球に戻った後の事をし始めたカナタに対し、雫は暫くキョトンとした表情で彼の事を見つめていたが、やがて呆れ気味にため息を一つ。
(0)
(0)「もう……女の子が不安がっているのにいきなり地球に帰った後の事話し始めちゃうわけ? ここは男らしく、「俺が守ってやる!」とか月並みな言葉ぐらい言ってみなさいよ」
(0)
(0) と、不満そうに話す雫。けれどその表情は優しい笑みを浮かべていて。
(0)
(0)「いやいやいや、俺がハジメ共々無能扱いされてるの知ってるだろ? むしろ守ってくださーい、雫お姉様!」
(0)
(0)「その呼び方やめて頂戴! 殴るわよ!?」
(0)
(0) そしてカナタがおどけ気味に言った一言に顔赤くしながら声を荒げ、握り拳を作る。けれど実際に拳が振るわれる事は無く、お互いに暫く見つめあい、やがて二人してプッと噴き出す。それに合わせて雫の拳もゆっくりと開かれてベッドの上に置かれる。
(0)
(0)「そうね、私が頑張らないと貴重な荷物持ちさんが死んでしまうかもしれないし、悩んだり不安がってる場合じゃないわね」
(0)
(0)「そうだぞ、雫の秘密の買い物に付き合える貴重な荷物持ちだからな俺は。と言う訳で、しっかり守ってくれ」
(0)
(0)「胸張って情けない事言わないの! ……カナタもカナタで死なないように気をつけてよ?」
(0)
(0)「判ってるよ、みんなの先頭に立って輝かしい活躍をするのは勇者様に譲って、俺は隅っこの方で自分が生き残る事だけに集中するさ……」
(0)
(0)「……そう言いながら、何だかんだ無茶するのがカナタなんだけどね」
(0)
(0)「なんか言ったか?」
(0)
(0)「なんでもないわ」
(0)
(0) そう言うと雫は立ち上がる。部屋を訪ねてきた時と違ってその表情はスッキリしている様に見えた。
(0)
(0)「気分は晴れ……はしないだろうけど、少しは楽になったか?」
(0)
(0)「ええ、お陰様で。ごめんなさいね、こんな夜遅くに。それと……ありがとう」
(0)
(0)「コレぐらいならお安い御用だよ。じゃ、また明日な」
(0)
(0)「ええ、また明日。おやすみなさい、カナタ」
(0)
(0) そう言って、雫が部屋を去っていくのを見送ってから、カナタはベッドに倒れこみ目の辺りに右腕を被せた。
(0)
(0)「ホント、情けなさすぎだわ、俺……」
(0)
(0) 自分が心惹かれている女の子一人安心させてやる事すら出来ない。結局、無能である事を前に出してピエロを演じ、彼女の気を紛らわす事しかできない。そして、一人になって湧き上がるのは八つ当たりにも等しい光輝への怒り。普段から自分よりも彼女の近いところに居て自分なんかよりもずっと強いくせにホントの意味で彼女を守ろうとしない。
(0)
(0)「……クソッ!」
(0)
(0) そう吐き捨て、その感情から目を背けるように目を閉じる。明日に備えて早めに寝るべきなのは理解していた。けれどその晩、カナタはどうしてもすぐに寝付く事が出来なかった……。