行別ここすき者数
小説本体の文章上でダブルクリックするとボタンが表示され、1行につき10回まで「ここすき」投票ができます。
履歴はこちら。
(0) 清水幸利にとって、異世界召還は趣味だった。書籍だろうとネット投稿であろうと、その手の創作物を読み漁っては夢の中で、何度も世界を救い、ヒロインの女の子達とハッピーエンドを迎えていた。異世界召還は清水にとって夢だった。それが現実のものでは無い夢だと分っていながらも望んでやまないモノだった。けれど、そんなある日、その夢は現実となった。
(0)
(0)「俺は特別だったんだ! 俺が一番上手く出来る筈だったんだ!!」
(0)
(0) 突然の事態に他のみんなが混乱し、泣き叫ぶ中、清水だけは心の中で歓喜していた。この手の創作物にのめり込む事で家族からは疎まれ、クラスでも背景も同然の扱いとなり、地球での居場所が無くなりつつあった清水にとって、トータスは自分が成り上がるに相応しい場所だった。日々読み漁っていた創作物はこの世界で過ごす為の参考書となり、日々行ってきた妄想はイメージトレーニングとなった。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)『と言うより香織。態々、南雲との会話に合わせる為とは言え、“そんな本”に手を出す必要は無いよ。本とかなら俺がもっと香織にピッタリなのを――』
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) 光輝はこの手の創作物やそれを嗜むオタクを下に見ている節がある。だからこそ、この異世界召還に関しては知識0の光輝より、自分の方がずっと上手くやれる。あいつを引き摺り下ろして自分こそが勇者であり、英雄としての脚光を浴びるに違いない、そう確信していた。けれど、その確信はステータスプレートが配布された時に覆された。確かに自分はチートな能力に目覚めた、けれどそれはトータスの住民と比較しての場合の上に、他のクラスメイトも同じだった。とは言え、それは特に問題は無かった、自分は周りと比べて予備知識で遥かに勝っている、そう思っていた。
(0)
(0)「なのに、なんで此処でも特別なのはあいつなんだよ!? そんなの絶対おかしいじゃないか……」
(0)
(0) しかし光輝はトータス人だけでなく同じ地球人と比べてもチートと呼ぶに相応しい能力と勇者と言う特別と呼ぶに相応しい天職を得て一躍みんなの中心となった。何かあれば真っ先に光輝の名前が挙がり、王国の姫君、貴族の令嬢、女騎士、自分が交友を深める筈だったヒロイン達の傍に居るのは何時も光輝ばかり。それに引き換え自分は『勇者光輝の仲間』と言う一括り、その他大勢の一人、名も無きモブの一人とされた。
(0)
(0) メルドを始め、比較的近しい人達を除けば、王国民の間で顔と名前が一致してるのは光輝、龍太郎、香織、雫の4人ぐらいで他は一纏め。現にベヒモスの一件もハジメとカナタは『無能の足手纏い二人』と名前は公開されていない。もしも、王様が光輝達以外の生徒と話す事があったら「その方、名はなんと申す?」的にまずは名前を確かめる事から始まり、話が終わればそいつの存在は記憶の隅に追いやられ、時間が経つにつれ忘れられていく。それぐらい光輝達4人以外は王国の人たちから個人として認識されてないのだった。
(0)
(0) そして、世界は更に非常な現実を彼に押し付けた。オルクス大迷宮による三人の死、その事実に彼は現実を思い知り、心が折れてしまった。清水は地球に居た時と同様に部屋に引きこもり、創作物の代わりに自身の天職である闇術の本を読み漁って過ごしていた。そうして自身の素養への理解を深めていく中である日、ふと思った。この力なら魔物を洗脳し、戦力に出来るのでは?と、そしてその目論見は的中。そして強い魔物を仲間にし、今度こそ自分が勇者として成り上がるんだと決意した。とは言え、光輝達と一緒に大迷宮に潜るのは躊躇われたので、愛ちゃん親衛隊に参加。王国を離れ、このウルの町に到着した段階で戦力となる魔物を探すべく、行方をくらました。そしてそこで魔人族に出会った。
(0)
(0)「そう、おかしかったんだ、魔人族から契約を持ち出された時、俺は悟ったよ。ああ、やっぱり俺は特別なんだ、ってな」
(0)
(0) そして契約の話を持ち出された際に清水は思い出した。集団召還系のお約束の展開の一つを。召還された直後は無能、もしくはその他大勢のモブ扱い。けれど、ふとしたきっかけでそいつらと袂を別ち、敵勢力の人物と出逢った事がきっかけで、自分の力が実は物凄い力を秘めており、そして自分達を召還した勢力こそが真の敵だったと言う事実を知る。そして彼らの側について英雄としての頭角を現し、やがては何も知らずに世界を苦しめるクラスメイト共々、真の敵を倒して世界を救う、そう言う展開だったのだと。現実、彼らと契約を結ぶ事で自分は自分の思っていた以上に大きな勢力を作り上げた。その力で愛子を殺し、魔人族の勇者となり、そして光輝達共々王国を滅ぼし、ヒロイン達と一緒に世界を救う、そんな未来を確信してウルの町に魔物を差し向けた。
(0)
(0)「なのになんだよこれっ!? なんで俺が負けるんだよ!!? 話の最初で出しゃばって、そのままくたばって、それで終わりのモブキャラでしか無い筈のお前らなんかに負けてるんだよ!!?」
(0)
(0) けれど、現実はご覧のあり様。魔族が貸し与えてくれた魔物含めて6万に及ぶ筈の大群は愛子に傷を付けるどころか、街に入る事すら出来ないまま壊滅し敗走。そして今、あの時死んだ筈のハジメとカナタに見下ろされている。ハジメは錬成と言うトータスだけで見ればありふれた力に地球の知識・技術と組み合わせる事で、銃火器と言うこの世界からしたらオーバーテクノロジーとも言える兵器を作りだした。カナタも重厚な砲剣をその重さを感じさせないほどの軽々と振り回して魔物の大群をなぎ払い、最後には直接洗脳していない魔物を威圧一つで全て逃走させて見せた。
(0)
(0) そして、そんな彼らを取り巻く香織を始めとした四人のヒロイン。まさにこの光景は清水が望んだ光景その物だった。ただ一つ違うのは今自分が居る場所は敗者の居場所、本来であれば光輝がいるはずの場所だったと言う事だけ……。
(0)
(0)「清水君。落ち着いて下さい」
(0)
(0)「な、なんだよっ! 離せよっ!」
(0)
(0) その時、ショックから回復した愛子が、そっと彼の手を握った。
(0)
(0)「清水君……君の気持ちはよく分かりました。〝特別〟でありたい。そう思う君の気持ちは間違ってなどいません。人として自然な望みです。そして、君ならきっと〝特別〟になれます。だって、方法は間違えたけれど、これだけの事が実際にできるのですから……でも、魔人族側には行ってはいけません。君の話してくれたその魔人族の方は、そんな君の思いを利用したのです。そんな人に、先生は、大事な生徒を預けるつもりは一切ありません……清水君。もう一度やり直しましょう? みんなには戦って欲しくはありませんが、清水君が望むなら、先生は応援します」
(0)
(0) 愛子はそんな清水を怒ったり、批判したりせずにただ彼が望んでいる事と、手段は間違ってはいても彼の才能を評価して、それを伝えた。その言葉に清水はバツが悪そうに視線を逸らした。
(0)
(0)「今の君なら絶対、天之河君達とも肩を並べて戦えます。そして、いつかみんなで一緒に日本に帰りましょう?」
(0)
(0) そして、次の一言で目を見開き、俯いて肩を震わせた。その様子に生徒達も護衛隊の騎士達も、清水が愛子の言葉に心を震わせ泣いているのだと思った。
(0)
(0)「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」
(0)
(0) けれどそれは大きな間違いだった。清水は突然、握られていた手を逆に握り返しグッと引き寄せ、愛子の首に腕を回してキツく締め上げたのだ。思わず呻き声を上げる愛子を後ろから羽交い絞めにし、何処に隠していたのか十センチ程の針を取り出すと、それを愛子の首筋に突きつけた。
(0)
(0)「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら全員、武器を捨てて手を上げろ!」
(0)
(0) 突然の事態に、親衛隊やデビッド達はうろたえ、やがて状況を理解すると愛子の危機という事もあり、各々の獲物を地面に置いて手を挙げた。
(0)
(0)「ひ、ひひひ……そうだ、それで良い。おい南雲、竜峰、お前らもこの女の命が惜しかったらその武器を寄越せ、他の兵器もだ」
(0)
(0)「いや、お前、殺されたくなかったらって……そもそも、先生殺さないと魔人族側行けないんだから、どっちにしろ殺すんだろ? じゃあ、渡し損じゃねぇか」
(0)
(0)「うるさい、うるさい、うるさい! いいから黙って全部渡しやがれ! お前らみたいな馬鹿どもは俺の言うこと聞いてればいいんだよぉ! そ、そうだ、へへ、おい、そこの奴隷も、白崎の事も俺が貰ってやるよ。そいつらに持ってこさせろ!」
(0)
(0)「……し、清水君……どうか、話を……大丈夫……ですから……」
(0)
(0)「……うっさいよ。いい人ぶりやがって、この偽善者が。お前は黙って、ここから脱出するための道具になっていればいいんだ」
(0)
(0)「……清水」
(0)
(0)「あ、なんだよ?」
(0)
(0) その時、カナタが目を細め、鋭い視線を清水にぶつけた。その雰囲気に一瞬だけ気圧されそうになるも、すぐに歯を食い縛り持ち直した。
(0)
(1)「自分が特別になる事に拘りすぎて忘れてるみたいだがな。そもそも、魔人族に寝返ったとして、地球にはどうやって帰るつもりだ?」
(0)
(0)「そ、そうだ! 魔人族との戦争に勝たないと俺達、地球に戻れないんだぜ!?」
(0)
(0) カナタの言葉に親衛隊の生徒が便乗。自分達を呼んだのはエヒト神、ならばエヒト神の望みが果たされないと自分達は一生帰れないかも知れない。魔人族に与する清水の行動は地球への帰還を遠ざける行為だ。尤も、その神自体が狂っており、戦争を終わらせても帰れない可能性が高いのだが……。その言葉を聞き清水はポカンとしており――
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)「戻る? なんで戻る必要があるんだよ?」
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) ――そして、本気で訳が分らないと言わんばかりの表情から告げられた言葉に愛子達は絶句した。誰もが皆、地球への帰還を望んでいる、そう信じていたのだ。
(0)
(0)「地球なんかに戻ってなんになるんだよ? 何をしたって意味のないモブキャラ、日陰者に逆戻りしろと? 冗談じゃない。俺はこのトータスでモブである事からオサラバして今度こそ特別になるんだ! 主人公として新しく人生を始めるんだ!!」
(0)
(0) 声を荒げ、少しだけ息を切らしていた清水はやがてその口元を不気味に釣り上げ、カナタに視線を向けた。
(0)
(0)「なぁ、竜峰ぇ……お前だって同じだろ?」
(0)
(0)「……はっ?」
(0)
(0) 突然の同類扱いにカナタは間の抜けた声を挙げた。
(0)
(1)「すっとぼけても無駄だ、俺はちゃぁ~んと分ってるんだ。地球じゃ名も無きモブどころか、“主人公”の引き立て役の生贄にされたお前の事だ。どうせあんたも心の中じゃ地球なんかには戻りたくないんだろ?」
(0)
(0) 例の暴力事件が公開された折、清水はすぐに理解した。「ああ、あいつは主人公 に潰されたんだ……」と、よく話の序盤で出てくる小物の悪役の様に。物語ならそれでおしまいだがこれは現実、あいつに張られたレッテルはその後の人生にもずっと着いてまわるだろう。まさに主人公の引き立て役として人生台無しにされた憐れな犠牲者だ。
(0)
(0)「けれど今はどうだ? あの野郎から離れて、目覚めたチート能力振り回して、そして綺麗な奴隷を好き勝手して。今が一番楽しくて仕方ないんだろ? なぁ、そうだろぉっ!?」
(0)
(1) 確かに厄介よけの為に奴隷の首輪を着けている以上、そう言う風に見られるのは仕方ない事だ。けれども、こうも真正面から自分とシアの関係を貶されるのは結構、頭に来るものがあった。カナタは歯を食い縛りながら自ずと宝物庫を着けている方の手を握ったり開いたりしている。下手に動けば愛子が危険だからと、何とか堪えているが、もしも彼女が居なかったらいの一番に斬り掛っていただろう。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)(何を……言ってるの?)
(0)
(0) そんな清水の言葉を聞いて愛子が感じたのは疑問だった。確かにこのトータスでは光輝は特別で、正にお話に出てくる主人公そのモノだろう。
(0)
(0)(でも、清水君の言い方ではまるで、地球でも天之河君だけが特別みたいな……っ!?)
(0)
(0) そこまで考え、愛子は雷に打たれた様な衝撃を受け目を見開いた。
(0)
(0)(あ……あぁっ!)
(0)
(0) 光輝の優秀さとカリスマ、例の暴力事件、そして今まで自 分 達 が し て き た 事 。それら全てが繋がり、愛子は一つの結論にたどり着いた。
(0)
(0)(もし……もしそうなら、清水君が本当に望んでいるのは……)
(0)
(0) 特別になる事、主人公になる事、それが彼の望みではない。彼が心の底で望んでいる事はもっと別な所にある。そして、自分の言葉が彼に届いていないのも納得できた。
(0)
(0)「清水君……貴方は」
(0)
(0)「避けてっ!」
(0)
(0) 直後、全力の身体強化によるスピードを活かし、シアは愛子に飛び掛った。突然の事に、清水は咄嗟に愛子に毒針を刺そうとした。そしてシアが無理やり愛子を引き剥がし何かから庇うように身を捻ったのと、蒼色の水流が、清水の胸を貫通して、ついさっきまで愛子の頭があった場所をレーザーの如く通過したのはほぼ同時だった。
(0)
(0)「「シアっ!!」」
(0)
(0) そして、シアの方は愛子を抱きしめ突進の勢いそのままに肩から地面にダイブし地を滑った。もうもうと砂埃を上げながら、ようやく停止したシアは、「うぐっ」と苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。カナタとユエが急いで彼女に駆け寄り、カナタがシアを助け起こす。その間にハジメは魔眼石で先ほどの魔法の軌跡を辿り、遠くで鳥型の魔物に乗り逃走しようとする魔人族の姿を捉え、そいつに向けてドンナーを発砲。距離が遠い事もあり、直撃とは行かず魔人族の腕を吹き飛ばすも、そのまま逃げられてしまいハジメはチッ、と舌打をしてドンナーをホルスターに戻した。
(0)
(0)「香織!」
(0)
(0)「うん!」
(0)
(0) 先の魔法、破断はシアのわき腹に直系3センチに及ぶ風穴を開けており、身体強化で抑えられてこそいるがたくさんの血が流れだしており、明らかに重症だった。カナタがすぐに香織を呼び、香織もすぐさまシアの治療を開始した。
(0)
(0)「か、香織さん……うくっ……私は……大丈夫……です……は、早く、先生さんを……毒針が掠っていて……」
(0)
(0)「っ!? ハジメ君!!」
(0)
(0) 香織が治療を続けながらハジメの名を呼ぶ時にはハジメは既に愛子を抱き起こしていた。首筋から僅かに血が滲んでおり、そこを起点に彼女の肌は青黒く変色し始め、彼女は苦しそうに息を荒げている。ハジメにとって愛子は後々の事を考えれば此処で死なせるわけには行かないし人物、けれどそれ以上に香織とユエの本音を知るきっかけをくれた恩人でもある。ハジメは迷う事無く神水を取り出し彼女に飲ませようとするが、ここで愛子の小柄な体格が災いした。他の人達と比べて毒の回りが早く、既に嚥下機能に支障が出始めている愛子は神水を上手く飲み込む事が出来ず、しまいには気管に入ったようで激しくむせて吐き出してしまう。もう少しすればシアの治療を終えた香織が治療してくれるだろうが、この分だと仮に通常の解毒魔法で毒は治っても身体の機能に何らかの障害が残るかも知れない。
(0)
(0)「ったく、世話の焼ける……」
(0)
(0) するとハジメは神水を口に含み、そのまま彼女に口付け、口移しで神水を流し込む。その様子には香織とユエ、そしてデビッド達が「あっ!?」と言う表情になり、突然の事に愛子も目を見開いている。やがて、神水の効果が現れ、彼女の肌の色が戻り、呼吸も落ち着いていった。
(0)
(0)「先生」
(0)
(0)「……」
(0)
(0)「先生?」
(0)
(0)「……」
(0)
(0)「おい! 先生!」
(0)
(0)「ふぇ!?」
(0)
(0) そして、愛子の容態を確認すべく彼女に呼びかけたが、彼女はポーっとしたままハジメを見つめているが、その眼の焦点は合っていない。ハジメが少し強い口調で呼びかけると一瞬だけビクッとして、正気に戻った。
(0)
(0)「体に異変は? 違和感はないか?」
(0)
(0)「へ? あ、えっと、その、あの、だだ、だ、大丈夫ですよ。違和感はありません、むしろ気持ちいいくらいで……って、い、今のは違います! 決して、その、あ、ああれが気持ち良かったということではなく、薬の効果がry」
(0)
(0)「そうか。ならいい」
(0)
(0) 物凄くテンパり、しどろもどろになってはいるが容態は落ち着いたと判断したハジメ彼女から視線を外し、顔を上げると「うっ……」と言葉を詰まらせた。その視線の先には、無表情な視線でこちらをジッと見ているユエと「あれは人命救助、あれは人命救助、あれは人命救助」と同じ言葉をぶつぶつと呟いている香織の姿、そして二人の背後には例の龍に乗った般若の姿が見えた。因みにシアは既に回復しており、二人の様子に怯えてカナタの後ろに隠れている。後で何か埋め合わせを考えないとな、と考えながら、ハジメは護衛騎士の一人に声を掛けた。
(0)
(0)「あんた……清水は生きているか?」
(0)
(0) その一言に全員がハッとなり、彼の方に視線を向けるのと、愛子が清水に駆け寄るのはほぼ同時だった。
(0)
(0)「清水君! ああ、こんな……ひどい……」
(0)
(0) シアの場合はわき腹で済んだが、清水は胸を完全に貫かれており、仰向けに倒れている彼の身体を中心に血溜りが出来ており、今もそれは広がっている。
(0)
(0)「し、死にだくない……だ、だずけ……こんなはずじゃ……ウソだ……ありえない……」
(0)
(0)「白崎さんっ! 急いで清水君をっ!!」
(0)
(0)「は、はいっ!」
(0)
(0) 呼ばれた香織が清水に近寄ろうとすると、ハジメはそれを手で遮った。
(0)
(0)「ハジメ君!?」
(0)
(0)「助けたいのか、先生? 自分を殺そうとした相手だぞ? いくら何でも〝先生〟の域を超えていると思うけどな」
(0)
(0) 遠まわしに、こいつはこのまま見殺しにするべきだ、と言う言葉に、デビッドは勿論、親衛隊の生徒達も何も言えなかった。彼はそれだけの事をし、そしてこちらの説得に応じる様子すらなかった。仮に彼を治療してもさっきの様子から、清水には地球への未練なんて無い。ならばまた、似た様な事があれば同じ事をする可能性が高い。それは同郷の仲間である事を完全に相殺しており、彼らは言葉が出ずにいた。
(0)
(0)「確かに、そうかもしれません。いえ、きっとそうなのでしょう。でも、私が……そういう先生でありたいのです。何があっても生徒の味方、そう誓って先生になったのです」
(0)
(0) 自分の手が汚れる事も厭わず、傷口を押さえて流血を止め様としながら彼女は言葉を続ける。
(0)
(0)「何より、私は清水君に言わないといけない事、伝えないといけない事があった事にやっと気づいたんです。それを伝えられないまま、清水君が死んでしまったら……私はきっともう先生として立ち直れなくなるっ!」
(0)
(0) やがて、彼女は傷口を押さえる手はそのままにハジメの方を振り返る。その顔は必死の形相で目に涙を溜めている。
(0)
(0)「だからお願いです! 南雲君、白崎さんっ! どうか、どうか今回だけはっ!!」
(0)
(0) 彼女の訴えを聞き、ハジメは香織に視線を移す。そして「ハァ……」と溜息を吐いて、香織を遮っていた手を下げた。
(0)
(0)「香織、頼む」
(0)
(0)「うん、畑山先生。手を除けてください」
(0)
(0) もはや近寄る時間も惜しいのか香織はナイチンゲールに魔力を込めて、治癒の弾丸を彼の体に撃ち込む。すると清水の肉体が緑色の光に包まれ、胸の傷が急速に塞がっていく。
(0)
(0)「清水、判ってると思うが傷が塞がった瞬間に妙な真似をしたり、逃げ出そうとしたりしてみろ」
(0)
(0) その間にハジメは清水に近寄り、彼にドンナーの銃口を向けた。
(0)
(1)「その時は……俺がお前を殺す」
(0)
(0) その殺気から脅しではなく本気だと悟った清水は一瞬だけ大きく目を見開くと悔しそうに目を伏せたのだった。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) やがて傷が塞がり、清水はゆっくりと身体を起こす。その瞳にはさっきまでの欲望や嫉妬、怒りなど様々な負の感情で濁っている様子は無く、けれど全てに絶望した様な暗い色をしていた。
(0)
(0)「清水君……」
(0)
(0)「……笑えよ」
(0)
(0) 愛子が彼に何かを言おうとすると、それを遮るように清水がポツリと呟いた。
(0)
(0)「笑えって言ってんだろ!? お前なんかしょせん一生脇役がお似合いなんだって!! モブキャラのクセに出すぎた真似をするからこんな事になるんだって!」
(0)
(0) 完全に自暴自棄になりながらわめき散らす清水。その姿を誰もが痛々しい表情で見ている中、愛子が口を開いた。
(0)
(1)「ええ、ホント。あまりの事に笑えてきますね……」
(0)
(1)「先生?」
(0)
(0) 普段であれば「そんな事言わないで下さい!」と彼を宥める筈の愛子の意外な一言にハジメがドンナーの銃口を清水に向けたまま、思わず彼女に目を向ける。
(0)
(0)「教師は何時だって生徒の味方で、生徒の幸せの為に全力を尽くす仕事。その筈だったのにその教師である筈の私達自身が、生徒達の心を歪めてしまっていた……」
(0)
(0)「な、なんだよ。いきなり何訳の判らん事を――」
(0)
(0) そして清水も突然の自虐的な愛子の発言に訳が判らんと言わんばかりに忌々しげに彼女を睨みつけ――
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)「自分の人生は自分自身のモノ、主人公は何時だって自分自身……」
(0)
(0) 次の愛子の言葉に思わず目を見開いた。