行別ここすき者数
小説本体の文章上でダブルクリックするとボタンが表示され、1行につき10回まで「ここすき」投票ができます。
履歴はこちら。
(0) 商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている場所の一角に建つ、7階建ての建物。その建物は表向きは人材派遣会社を名乗っているが、その実態は人身売買の総元締をしている裏組織〝フリートホーフ”の本拠地である。普段は静けさに包まれたその場所は、今は怒号や爆音が響き渡っている。
(0)
(0)「た、頼む。助けてくれぇ! 金なら好きに持っていっていい! もう、お前らに関わったりもしない! だからッゲフ!?」
(0)
(0) そして今、フリートホーフの頭、ハンセンの腹を足で踏みつけ、銃口を向けているのは突然の襲撃者一行の一人、ハジメだった。最初のうちは数人のパーティに街中に点在する拠点を潰された事に腹を立てていたハンセンだったが現在はご覧の通り、襲撃者の大立ち回りにその顔に恐怖の表情を浮かべている。
(0)
(0)「この期に及んで交渉のつもりか? 言っとくが交渉ってのは対等な者同士が行うもんだ。そして今は俺が上でお前が下だ。交渉や命乞いなんざどうでも良いから、さっさと海人族の女の子の居場所を吐け」
(0)
(1) ハジメの全く取り付く島の無い様子にハンセンは顔を青くしながら必死になってミュウの居場所を語る。どうやら、今日の夕方頃に行われる裏オークションの会場の地下に移送されたようだ。
(0)
(0)(カナタ達に念話を送って合流するか……)
(0)
(0)「それじゃあ、あんたはもう用済みだ…………死ね」
(0)
(0) その一言にハンセンは顔を真っ青にし、ハジメは容赦なくその額に向かって引き金を引いた。他の支部で幹部クラスと思しき連中は既にお縄につけている。もはや頭目を生かす理由は無く、ハンセンは額から血を流しながら恐怖に染まった表情で絶命。去り際に部屋に手榴弾を投げ捨て、爆音を背に下の階に降りるとそこには気絶している数人の構成員、そして両方の手をナイフで壁に縫い付けられ動けなくなっている男と投げナイフを構える優花の姿。ハジメ達と比べればまだまだ弱い彼女でも、街のチンピラ程度は既に敵ではない。加えて、ウルの四つ目狼の肉を食べる事でそいつの持っていた未来予測の技能も身につけており、優花自身は全くの無傷だ。が、その表情は険しく、完全に為す術を失っている男を前にして、何かを躊躇っている様子だった。
(0)
(0)(まぁ、普通はああなるわな)
(0)
(0) 彼女が戸惑っている事、それは殺しだった。恐らく彼女も頭では殺す事を求められる事は判っているのだろう。けれどハジメやカナタと違い、優花は普通の女の子だ。ならば、いざ実際にトドメを刺す段階で躊躇いを持つのは仕方ない事だろう。その時だ、気絶していた構成員の一人が意識を取り戻し優花に襲い掛かろうとしたが、ハジメに頭部を撃ち抜かれ、それは叶わなかった。
(0)
(0)「南雲……」
(0)
(0)「迷う気持ちは判らなくもねぇが戦場で迷うのだけはやめておけ。でないと、殺されるのは俺達の方だ」
(0)
(0)「そう、ね。ごめんなさい……」
(0)
(0) とは言っても、園部の表情にはまだ迷い……いや、不安の色が見える。そのようを見て、ハジメは軽く頭を掻いてから口を開いた。
(0)
(0)「園部、先に言っておくが俺はお前の選択に対して何かを言うつもりは無い」
(0)
(0)「え?」
(0)
(0) 必要な事と割り切ってはいても、殺しが良い事だとはハジメ自身も思っていない。だからこそ、園部が人を殺した事を褒めるつもりも無ければ、仕方の無い事だ、必要な事だと慰めるつもりもない。
(0)
(0)「けれど、少なくても途中で見捨てたりもしない」
(0)
(0)「あ……」
(0)
(0) しかし同時に、人としてずれた存在になってまで自分達に着いて来る事を選んだ優花を仲間として受けれいれた以上、途中で見放したり、見捨てる様な事もしない。それは何時かカナタが語ったように彼女の行いや覚悟を無意味にする行為だ。
(0)
(0)「それだけだ、後は自分で決めろ」
(0)
(0) 優花は再びナイフに眼を落とす。そして――
(0)
(0)「……うん」
(0)
(0) 頷いて顔あげると、ナイフを刃ではなく柄の方に持ち替えて深呼吸を一つ。そして――
(0)
(0)「……ごめんなさい」
(0)
(0) 一言謝罪の言葉を告げ、男との距離を詰めるとその心臓にナイフを直に突き立てた。「ゴフッ……」と男は吐血し、それと返り血が優花の顔と服にかかる。そして胸からナイフを引き抜く。ナイフで刺す、言葉にすればそれだけの行動だが、優花は呼吸を荒くしながら二、三歩後ずさり、崩れるようにその場にへたり込んだ。人や子供の命をなんとも思ってない外道ですら殺せないとなれば、魔人族相手の様に命の重みは知りつつも戦争だから、敵だからと割り切って襲い掛かってくる相手や、最悪敵対するであろう協会の騎士を相手にした時、確実に足を引っ張る事になる。だからこそ、これはきっと必要な事なのだろう。けれど――
(0)
(0)「参ったな、思ったよりキツイのね……誰かを殺すのって」
(0)
(0) そう言いながら視線を男の方に向ける。自分が突き刺した部分から血が流れ出ており、口の端からも血が滴っている。ドラマで見るのとは違う生の死体、それも自分自身が殺した相手だ。それを目の当たりにして優花は自分が誰かの命を奪ったという事実の実感が湧き、ナイフを持つ手が震え、刃物が人の肉に刺さる感触が思い出される。
(0)
(0)「だからって、態々直接刺す事も無いだろうが」
(0)
(0) 自分も香織も躊躇いは無いと言えど、使っているのは銃器だ。だからこそ、刃が直接誰かの肉に食い込む感触をダイレクトに味わう事は無い。そう言う意味では優花は初めての殺人に置いて、よりハードな方を選んだ事になる。
(0)
(0)「ちゃんと、実感しなくちゃって。これから、避ける事のできない事の重さを、ね……」
(0)
(0) その言葉にハジメは溜息をついて、彼女に手を差し出す。
(0)
(0)「立てるか?」
(0)
(0)「……ごめん、ちょっと手、借りるわね」
(0)
(0) そう言って、優花はハジメの手を取り、彼に引っ張られる形で立ち上がったのだった。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) ※
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) その日、オークション会場は異様な雰囲気に包まれていた。会場の客はおよそ百人ほどでその誰もが奇妙な仮面をつけており、普段であれば物音一つ立てずに、ただ目当ての商品が出てくるたびに番号札を静かに上げるだけ。このオークションは決して表沙汰に出来るものでは無い。そんなオークションを利用していると周りに知られる事は周囲に弱みを握られる事と同義だ。だからこそ、誰もが声を出すのは必要最小限にとどめている。しかし、普段は静寂に包まれているオークション会場だが、その商品が出てきた時僅かにざわついた。
(0)
(0) 出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだ。衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために入れられているのだろう。そして一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷をはめられている。そんな痛々しい光景など気にもせず、参加者達の値上げ競争は進んでいる。
(0)
(0) ざわつく会場の雰囲気に怯え、縮こまるミュウは、その手に持っていた黒い布をギュッと握り締めた。それは、ハジメの眼帯だった。保安所で駄々をこねた際にハジメから奪い取ったのだ。それは、返してほしかったら一緒に居て欲しいという幼いながらの精一杯の脅し。けれど、それでもハジメ達は自分を置いて行ってしまった。
(0)
(0)(お姉ちゃん……お兄ちゃん……)
(0)
(0) 母とはぐれ、怖い人たちに捕まり、逃げる為に汚染された下水の中を泳ぎ、迷子になってからというもの、ミュウには心安らぐ時間など無かった。そんな時に出会ったのがハジメ達だった。ハジメが用意したお風呂でユエや香織が優しく洗ってくれた感触は気持ちよかったし、優花が作ってくれたご飯はとても美味しかった。そして、ハジメが可愛らしい服を取り出すと丁寧に着せてくれて、温かい風を吹かせながら何度も髪を梳かれる頃には、ミュウの中で彼らへの警戒心は消え、心の拠り所とも言えるぐらい彼らに心を開いていた。だからこそ保安署というところに預けられてお別れしなければならないと聞かされた時には、とてもとても悲しかった。母親と引き離され、ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとって、遠く離れた場所で出会った優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんと離れ、再び一人になることが耐え難かったのだ。ミュウは、身を縮こまらせながら考える。やっぱり、痛いことしたから置いていかれたのだろうか? 黒い布を取ったから怒らせてしまったのだろうか? 自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか? そう思うと、悲しくて悲しくて、ホロリと涙が出てくる。もう一度会えたら、痛くしたことをゴメンなさいするから、黒い布も返すから、そうしたら今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。
(0)
(0)「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせるんじゃありませんよ。半端者の能無し如きが!」
(0)
(0) その時、水槽を叩く音と揺れが襲い、ミュウは更に身体を縮こまらせた。更に値段を釣り上げるために泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているらしい。けれどそれでも動かない様子に業を煮やした司会の男性が係の人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。
(0)
(0)「しかし、凄いですね。海人族なんて国で保護されてる種族、よく仕入れる事ができましたねぇ」
(0)
(0) その時だ、それを止めるようにローブにマスクをした三人の客が席を降り水槽の傍に近寄り、そのうちの一人、声からして少女と思われる客がものめずらしそうに話す。
(0)
(0)「えっと、お客様。お気持ちは判りますが、どうかお席の方へ……」
(0)
(0)「しかし、見たところ幼子のようじゃの。もし、何も言わずに攫ってきたのであれば――」
(0)
(0) 直後、次の瞬間、天井より舞い降りた人影が、司会の男の頭を踏みつけると、そのまま脚立ごと猛烈な勢いで床に押し潰した。
(0)
(0)「こうやって保護者が怒って取り返しに来るのは当然の事だよな?」
(0)
(0) 突然の事態により一層騒めく中、侵入者、ハジメはそのまま水槽を殴りつけた。バリンッ! という破砕音と共に水槽が壊され中の水が流れ出すと「ひゃう!」と言う悲鳴と共にミュウも水槽から流れ出し、直後に誰かに受け止められた。
(0)
(0)「よぉ、ミュウ。お前、会うたびにびしょ濡れだな?」
(0)
(0) キュッと目を瞑っていたミュウの耳に聞こえてきたのは聞き覚えのある声にして、聞きたかった声の一つ。
(0)
(0)「……お兄ちゃん?」
(0)
(0) ミュウが、恐る恐る眼を開けるとそこに映っていたのはミュウが望んでいた青年の姿。ただ、予備を用意していたのか、自分が奪ったはずの眼帯を着けている。
(0)
(0)「お兄ちゃんかどうかは別として、お前に髪を引っ張られ、頬を引っ掻かれた挙句、眼帯を取られたハジメさんなら、確かに俺だ」
(0)
(0)「お兄ちゃん!!」
(0)
(0) ハジメの首元にギュッウ~と抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。ハジメは困った表情でミュウの背中をポンポンと叩く。そして、手早く毛布でくるんでやった。直後、オークション会場の警備を担当していた黒服の集団が彼らを取り囲む。二十人近くの屈強そうな男に囲まれて、ミュウは、首元から顔を離し不安そうにハジメを見上げた。ハジメは、ミュウの耳元に顔を近づけると、煩くなるから耳を塞いで、目を閉じていろと囁き、小さなぷくぷくしたミュウの手を取って自分の耳に当てさせる。ミュウは不思議そうにしながらも、焦燥感も不安感もまるで感じさせない余裕の態度をとるハジメに安心したように頷き、眼と耳を塞いでいると声を掛けた。
(0)
(0)「クソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を置いていくなら、苦しまずに殺してやるぞ?」
(0)
(0)「あれ、こっちの会場の方にはまだ話が来てないのか……」
(0)
(0) 直後、水槽に近寄った客の一人が黒服のほうを振り返り不思議そうな声をあげる。
(0)
(0)「ふむ、所詮は組織といっても無法人の集まり、連絡系統とかはしっかりしてないって訳か」
(0)
(0)「あぁ? 何を訳の判らねぇ事を――」
(0)
(0) 男が口に出来たのはそれまでだった。直後、男とその近くに居た数人の上半身と下半身が真っ二つに分かれる。それを実行した男性客の手には砲身のついた大剣が握られている。直後、三人の客……に扮していたカナタ、シア、ティオはローブとマスクを脱ぎ去り、戦闘体勢に入る。オークションを運営する側もそして利用客同士でも、素性については互いに触れないようにしている。それは同時に客の一部を伸してマスクを奪い、変装して紛れ込んでいる侵入者に気付ける可能性も低いという事だ。
(0)
(1)「お前達の組織、もう既に壊滅状態になってるって事だよ。シア、ティオ、仕上げだ!此処の連中を殲滅する!」
(0)
(0)「はいです!」
(0)
(0)「承知したのじゃ!」
(0)
(0)「ハジメはミュウを連れて此処から離れな。こっから先は子供には見せられないからな」
(0)
(0) 二人が戦闘に入ると同時に、カナタの言葉にハジメは頷いて、〝空力〟を使ってホールの天井まで上がって行き、いつの間にか空いていた穴に飛び込んでそのまま建物の外まで空いた穴を通って地上へと出た。
(0)
(0)「お、お前達、何者なんだ! 何が、何で……こんなっ!」
(0)
(0) そんな中、生き残った黒服の一人が尻餅を付き、混乱して恐怖に戦きながらも、必死に虚勢を張って声を荒げる。
(0)
(0)「俺等が何者かどうかは特に関係ないだろ? 何故、と言われれば――」
(0)
(0) カナタは剣を肩に担いだまま男に近づき、男を見下ろす。
(0)
(1)「俺等が町に来るたんびにあんたらが連れを狙って厄介事を起こすと町に迷惑がかかるからな。騒ぎの芽はキチンと潰して――」
(0)
(0) そう言って、男に向かって遠慮なく剣を振り下ろしその胴体を縦に真っ二つにした。
(0)
(1)「善良な旅人として、街の治安維持に貢献する為だよ」
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) ※
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)〝ユエ。ミュウは無事確保した。そっちはどうだ?〟
(0)
(0)〝……ん、避難完了。後は、客がワラワラ出てくるところ〟
(0)
(0)〝そうか、じゃあフィナーレは派手に行こう〟
(0)
(0)〝んっ!〟
(0)
(0) 街を一望できるほどの上空に“立ちながら”ハジメはユエに合図を送った。因みにだが、優花は初めての殺人による精神的負担を考えて香織に付き添いを頼み、一足先に宿屋で休ませている。
(0)
(0)「お兄ちゃん凄いの! お空飛んでるの!」
(0)
(0)「飛んでるんじゃなくて跳んでるだけなんだが……まぁいいか。それより、ミュウ、ちょっと派手な花火が見れるぞ?」
(0)
(0)「花火?」
(0)
(0)「花火ってのは……爆発だ」
(0)
(0)「爆発?」
(0)
(0) 碌な説明が出来ていないが、これからやることに変わりはないのでハジメは気にしない。ミュウを片腕で抱っこしたまま、〝空力〟で上空に留まりつつ、〝宝物庫〟から一つの指輪を取り出す。それは、〝感応石〟を利用した爆弾の遠隔起爆装置だ。実は、ミュウを探すついでに、適当な場所にポンポンと投げ飛ばしておいたのである。
(0)
(0)「んじゃ、行こうか。た~ま~や~」
(0)
(0)「た~ま~や~?」
(0)
(0) 間延びしたハジメとミュウの声が夕暮れの空に響いた瞬間、フューレン全体に轟くほどの轟音と共に周囲のフリートホーフの関連建物をも巻き込んで凄絶な衝撃が走った。裏オークションの会場となっていた美術館も、歴史的建造物? 芸術品? 何それ美味しいの? と言わんばかりに木っ端微塵に粉砕されていく。爆炎が猛烈な勢いで上空に上がり、夕日とは違った赤で周囲の建物と空を染め上げた。
(0)
(0)「小さな子供に見せるならスプラッタな光景じゃなくてやっぱ綺麗な花火に限るな。どうだ、ミュウ?」
(0)
(0)「花火コワイ!」
(0)
(0) と、そんなハジメの気遣い(?)とは裏腹に爆発の壮絶さにミュウは怯えてしまい、ハジメに抱き着いていた。その後、ユエの雷龍による追撃も加わり、生き残っていたフリート・ホーフの構成員は漏れなく消し炭となり、その日、人身売買組織『フリート・ホーフ』は完全壊滅。組織の拠点と思われる施設は全て全壊、構成員の死傷者数も100人を超え、一つの災害を思わせるほどの大立ち回りとなったが、それに反し、周囲の建物や無関係な人たちへの被害は一切無かったと言う。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0) ※
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)「倒壊した建物二十二棟、半壊した建物四十四棟、消滅した建物五棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員九十八名、再起不能四十四名、重傷二十八名、行方不明者百十九名……これはまた随分と派手にやってくれたね」
(0)
(0)「言われたとおり、幹部連中の一部は五体満足でそちらに引き渡したんだ。文句はねぇだろ?」
(0)
(0) 確かに取り調べの為に幹部クラスを数人引き渡してくれれば、後の構成員の処遇は問わないと言った。が、正直なところ、ここまで大暴れされるとは思わなかった。冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目でハジメを睨むイルワだったが、出された茶菓子を香織の膝に座ってる海人族の幼女と分け合いながらモリモリ食べている姿と反省の様子が全く見えない事、そしてそんな彼らの底を見誤っていた事を知り、イルワはガックリと肩を落とす。
(0)
(0)「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」
(0)
(0)「まぁ、元々、其の辺はフューレンの行政が何とかするところだろ。今回は、たまたま身内にまで手を出されそうだったから、反撃したまでだし……」
(0)
(0)「唯の反撃で、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅かい? ホント、洒落にならないね」
(0)
(0)「まぁ、これについてはある意味、一つの見せしめも兼ねてますからね。これだけ大きな都市となれば大なり小なり、まだまだ闇は残っているでしょうし」
(0)
(0) そう言った連中への忠告も兼ねた大立ち回りでもあった。
(0)
(0)「一応、そういう犯罪者集団が二度と俺達に手を出さないように、見せしめを兼ねて盛大にやったんだ。支部長も、俺らの名前使ってくれていいんだぞ? 何なら、支部長お抱えの〝金〟だってことにすれば……相当抑止力になるんじゃないか?」
(0)
(0)「おや、いいのかい? それは凄く助かるのだけど……そういう利用されるようなのは嫌うタイプだろう?」
(0)
(0)「というより、そう言う風に触れて回ってもらわないと、俺らも恐怖の対象になりかねませんからね。ギルド長お抱えの戦力だったと言う事にしてもらった方がこちらとしても都合が良いので」
(0)
(0)「判った。ならば、こちらも遠慮なく利用させてもらうとしよう。さて、残る問題はミュウ君の事だが……」
(0)
(0) イルワがはむはむとクッキーを両手で持ってリスのように食べているミュウに視線を向ける。ミュウは、その視線にビクッとなると、またハジメ達と引き離されるのではないかと不安そうにハジメ達を見上げる。
(0)
(0)「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」
(0)
(0)「南雲……」
(0)
(0)「ハジメ君……」
(0)
(0)「ハジメ……」
(0)
(0) 優花、香織、ユエの訴える様な視線を受けて、ハジメは軽く肩を竦めると、ミュウの頭にポンと手を置いた。
(0)
(0)「まぁ、この期に及んでさようならと放り出す気はねぇよ」
(0)
(0)「お兄ちゃん!」
(0)
(0) その言葉に香織達は表情を輝かせて、ミュウはハジメに抱き付いた。
(0)
(0)「ごめんね、わがまま言って」
(0)
(0)「気にすんな、ここまで情を抱いた以上は責任持って親元まで連れていくさ。だから――」
(0)
(0) そう言って、ハジメは満面の笑顔で自分に抱きついているミュウに眼を向けた。
(0)
(0)「ミュウ。そのお兄ちゃんってのは止めてくれないか? 普通にハジメでいい。何というかむず痒いんだよ、その呼び方」
(0)
(0) 元オタクなだけに〝お兄ちゃん〟という呼び方は……色々とクルものがあるのだ。ハジメの要求に、ミュウはしばらく首をかしげると、やがて何かに納得したように頷くと――
(0)
(0)「……パパ?」
(0)
(0) 予想の斜め上を行く答えに、ハジメ達はピシリと停止した。
(0)
(0)「ミュウ……パパって?」
(0)
(0)「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……だからお兄ちゃんがパパなの」
(0)
(0) そして、最初に硬直が解けたユエが訊ねると、ミュウは少し寂しげな様子で答える。
(0)
(0)「何となくわかったが、何が〝だから〟何だとツッコミたい。ミュウ。頼むからパパは勘弁してくれ。俺は、まだ十七なんだぞ?」
(0)
(0)「やっ、パパなの!」
(0)
(0)「わかった。もうお兄ちゃんでいい! 贅沢は言わないからパパは止めてくれ!」
(0)
(0)「やっーー!! パパはミュウのパパなのー!」
(0)
(0) その後、何とかパパ呼ばわりを撤回させようとあれこれ試すも、結局撤回させる事は出来ず、この件についてはエリセンに住んでる彼女の母親にお願いしよう、と言う事で纏った。因みに、その様子を見ていたカナタが――
(0)
(0)(これ、まだ見ぬ未亡人にもフラグが建ったのか?)
(0)
(0) ――と考えるも、場が更に荒れる事を考えて口にはしなかった。尚、この予想があながち間違いでなかったと彼が確信するのは暫く後の話である。