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(0) 淡い緑色の光だけが頼りの薄暗い地下迷宮に、激しい剣戟と爆音が響く。そこでは光輝達が魔物との戦闘を繰り広げていた。
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(0)「万象切り裂く光 吹きすさぶ断絶の風 舞い散る百花の如く渦巻き 光嵐となりて敵を刻め! 〝天翔裂破〟!」
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(0) そして光輝の放つ無数の光の刃が残っていた魔物を切刻み、彼らの周りには魔物死骸だけが残っていた。そして次の階層へ降り、彼らは歩みを進める。
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(0)「これで九十層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし……迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」
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(0)「おう、今の俺達ならどんな相手だろうと、それこそ魔人族相手でも楽勝だぜ!」
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(0) と、豪快に笑う龍太郎に光輝は力強く頷いてる。もはや自分達の実力はトータス人とは桁違いだろう。以前ならであればこの辺りで「気を抜かないの!」と雫の叱責が飛んでいた所だが、当の雫は何も言わずに心ここにあらずと言った様子だった。
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(0)(後十層、か……)
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(0) 王国の話通りならもうすぐこの大迷宮の探索と訓練も終わる。けれど、此処に至るまでカナタ達の遺体や遺品はおろか、痕跡すら見つかっていない。
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(0)(香織、南雲君……)
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(0) その事実は雫にとって辛いモノだった。あれから4ヶ月、このあたり一面岩と鉱石しか無い様な場所でなんの備えも無く生き延びるのは不可能だ。仮に魔物から生き延びていたとしても間違いなく飢えと渇きで命を落としている。けれど彼らの痕跡すら見つかっていないと言う状況が雫の中でも「ひょっとして……」と言う可能性を捨てさせる事ができず、むしろ大きくなっている。
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(0)(……カナタ)
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(0) そんな状況の中、最近更に彼女を悩ませる出来事があった。それは何時かのベヒモスとの戦いの際に発現した《魔力操作》と《気炎》と呼ばれる二つの技能。《気炎》は以前にベヒモスを焼き殺した炎の事を指し、使い手の感情に応じてその性質が変化すると言うものだった。そして《魔力操作》は気炎を扱うに辺り、必要な技能として付随する形で習得したのだろう。そして問題なのは魔力操作は魔物しか使えないはずの技能だという事だ。幾ら自分達がエヒト神に召還された使徒でチートスペックの持ち主でも魔力操作は使えず、魔法を行使する時はトータスの住民同様、詠唱と陣を必要としている。つまり自分が魔力操作を使えるのは召還された地球人と言う括りの中でも異常な事。現にこの事をメルドに相談した際も彼は驚愕し、この技能については口外する事を止められた。
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(0)(私は……)
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(0) そして雫が何故、突然現れた気炎の性能を正しく理解しているのか。その答えはガハルドから貰った武術書の写本にあった。その本に書かれた内容は結論から言えば『八重樫流剣術に気炎とトータスの技能を織り込んだ剣術』について。自分の剣術とトータスの技能の融合、雫が目指していた形そのモノが記されており、この剣術はまさに雫の為の剣術と言っても過言ではない内容だった。
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(0) けれど、その事を雫は無邪気に喜ぶ事は出来なかった。自分とトータスには何か関係がある、その事実に雫は自分自身の中に得体の知れない何かを感じていた。
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(0)(私は……何者なの? 誰か、教えてよ……)
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(0) だからこそ、普段どおりの彼女であればいち早く感じたであろうある違和感、それに気付く事が出来なかった。そう、この階層に下りてから彼らは未だに魔物と遭遇していない。光輝達が自力でそれを感じたのはフロアの探索が始まり3時間が経過してからの事。今までは魔物との戦闘によって大体2日は掛るようになっていた筈の探索が、 既に半分以上終わっている。
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(0)「……何で、これだけ探索しているのに唯の一体も魔物に遭遇しないんだ?」
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(0) 奥にある広間に出た際に、光輝がそれに気付き足を止める。その言葉を聞き、雫は自分は酷く気が散っていた事に気付いた。諸々の負担や不安を振り払うように首を振り、雫は光輝に声を掛ける。
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(0)「……光輝。一度、戻らない? 何だか嫌な予感がするわ。メルド団長達なら、こういう事態も何か知っているかもしれないし」
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(0) 雫からの提案に、けれど光輝は即答できなかった。確かに不可解な状況だし、慎重を期するなら雫の言うとおりにするべきだろう。けれど魔物との戦闘自体はかなり余裕を持って戦う事ができている。ならば今なら多少の不測の事態にだって十二分に対処できるのでは?と言う考えもあった。そんな風に光輝が迷っていると、不意に、辺りを観察していたメンバーの何人かが何かを見つけたようで声を上げた。
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(0)「これ……血……だよな?」
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(0)「薄暗いし壁の色と同化してるから分かりづらいけど……あちこち付いているよ」
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(0)「おいおい……これ……結構な量なんじゃ……」
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(0) 表情を青ざめさせるメンバーの中から永山が進み出て、血と思しき液体に指を這わせる。そして、指に付着した血をすり合わせたり、臭いを嗅いだりして詳しく確認した。
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(0)「天之河……八重樫の提案に従った方がいい……これは魔物の血だ。それも真新しい」
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(0)「そりゃあ、魔物の血があるってことは、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど……いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」
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(0) 光輝の反論に、永山は首を振る。永山は、龍太郎と並ぶクラスの二大巨漢ではあるが、龍太郎と違って非常に思慮深い性格をしている。その永山が、臨戦態勢になりながら立ち上がると周囲を最大限に警戒しながら、光輝に自分の考えを告げた。
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(0)「天之河……魔物は、何もこの部屋だけに出るわけではないだろう。今まで通って来た通路や部屋にも出現したはずだ。にもかかわらず、俺達が発見した痕跡はこの部屋が初めて。それはつまり……」
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(0)「……何者かが魔物を襲った痕跡を隠蔽したってことね?」
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(0) あとを継いだ雫の言葉に永山が頷く。光輝もその言葉にハッとした表情になると、永山と同じように険しい表情で警戒レベルを最大に引き上げた。
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(0)「それだけ知恵の回る魔物がいるという可能性もあるけど……人であると考えたほうが自然ってことか……そして、この部屋だけ痕跡があったのは、隠蔽が間に合わなかったか、あるいは……」
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(0)「ここが終着点という事さ」
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(0) 光輝の言葉を引き継ぎ、突如、聞いたことのない女の声が響き渡った。男口調のハスキーな声音だ。光輝達は、ギョッとなって、咄嗟に戦闘態勢に入りながら声のする方に視線を向けた。
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(0) コツコツと足音を響かせながら現れたのは赤い髪に同じ色の瞳、胸元の開いた艶の無いライダースーツの一人の女性。けれど、光輝達は彼女を冒険者と見る事は出来なかった。浅黒い肌に尖った耳、それは王国で聞いた自分達が戦うべき敵の特徴。
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(0)「……魔人族」
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(0)「勇者はあんたでいいんだよね? そこのアホみたいにキラキラした鎧着ているあんたで」
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(0)「あ、アホ……う、煩い! 魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ! それより、なぜ魔人族がこんな所にいる!」
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(0) あまりな物言いに軽くキレた光輝が、その勢いで驚愕から立ち直って魔人族の女に目的を問いただした。しかし、魔人族の女は、煩そうに光輝の質問を無視すると心底面倒そうに言葉を続ける。
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(0)「はぁ~、こんなの絶対いらないだろうに……まぁ、命令だし仕方ないか……あんた、そう無闇にキラキラしたあんた。一応聞いておく。あたしらの側に来ないかい?」
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(0)「な、なに? 来ないかって……どう言う意味だ!」
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(0)「呑み込みが悪いね。そのまんまの意味だよ。勇者君を勧誘してんの。あたしら魔人族側に来ないかって。色々、優遇するよ?」
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(0) 予想外の言葉に光輝はその意味を理解するのが少し遅れたが、やがて言葉の意味を理解すると表情険しくさせて魔人族の女性をキッと睨みつけた。
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(0)「断る! 人間族を……仲間達を……王国の人達を……裏切れなんて、よくもそんなことが言えたな! やはり、お前達魔人族は聞いていた通り邪悪な存在だ! わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな! 多勢に無勢だ。投降しろ!」
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(0)「一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど? それでも?」
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(0)「答えは同じだ! 何度言われても、裏切るつもりなんて一切ない!」
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(0) お仲間には相談せず代表して、やはり即行で光輝が答える。そんな勧誘を受けること自体が不愉快だとでも言うように、光輝は聖剣を起動させ光を纏わせた。そんな光輝の即断に永山と雫は内心で舌打ちせざるを得なかった。幾ら個の力に優れた魔人族といえど、一人でこの階層まで降りてくるのは普通であれば不可能。なのにこうして先回りないし待ち伏せされて他と言う事は――
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(0)「そう。なら、もう用はないよ。あと、一応、言っておくけど……あんたの勧誘は最優先事項ってわけじゃないから、殺されないなんて甘いことは考えないことだね。ルトス、ハベル、エンキ。餌の時間だよ!」
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(0) ※
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(0) ホルアド、それは良くも悪くもカナタ達にとって一つのターニングポイントとなった町。アレからまだ半年も経っていないにも関わらずその町並みを酷く懐かしく感じたのは、此処数ヶ月の密度と自身も含め様々な状況が変わったからだろう。
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(0)「パパ? どうしたの?」
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(0)「ん? あ~、いや、前に来たことがあってな……まだ四ヶ月程度しか経ってないのに、もう何年も前のような気がして……」
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(0) ハジメがホルアドの町並みを懐かしげに眺めていると彼に肩車されていたミュウがハジメの額をペシペシと叩きながら声を掛けた。
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(0)「奈落に落ちてからずっと激動の4ヶ月だったからね……」
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(0)「ああ、思えばここから始まったんだよなって……緊張と恐怖と若干の自棄を抱いて一晩過ごして、次の日に迷宮に潜って……そして落ちた」
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(0)「あの時は俺とハジメはパーティの組み合わせにあぶれて騎士の人と組む事になったんだよな。光輝の奴が聖剣振り回して大活躍してる後ろで俺らは細々と魔物を相手にしてたっけ……」
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(0)「……主は」
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(0)「ん?」
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(1)「主は、やり直したいと思っておるのか? 奈落に落ちた日の事を」
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(0) 懐かしげにハジメや香織と話すカナタの姿を見てティオが声を掛けた。彼らの境遇はここまでの道中である程度聞き及んでいた。解放者たちが想定していた過程を辿る事無く、望む望まぬ関係無しに竜に至る道を歩む事となったカナタ。端から見ればそれはとても不幸な事だ、けれどティオにとってはその出来事があったからこそ彼と言う存在を通じて帝竜は再誕を果たした。故に彼女の胸中は複雑だった。そんな彼女の言葉にカナタは「ん~」と、少し考え――
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(0)「特にそう言う事は考えた事なかったな……」
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(0) と、なんでも無い様な様子でそう答えた。現状、オルクス大迷宮は表層の100層までしかその存在は知られておらず、アジーンの遺骨が安置されていた裏の階層の存在は明らかにされていない。仮に100層到達後にその存在を知ったとして、王国が一切の情報も何も無い裏の階層にまで彼らを探索させるだろうか?答えはノーだろう。そもそも自分達が呼ばれた目的は迷宮踏破ではない、魔人族との戦争の為だ。未踏のエリアを探索させて万一があれば本末転倒。恐らくは表の迷宮の制覇を以って探索は終了していただろう。
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(0)「仮にあの出来事がなかったとしたら、それはそれで終始肩身が狭い思いをしていたのも確かだろうし――」
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(0) そうなれば、人間では居られただろうが自分はその先ずっと竜魂士の本当の力に目覚める事も無いままだっただろう。ハジメの場合はいずれ錬成師としての頭角を現し、愛子みたいに後方支援の面で活躍する可能性もあっただろうが、自分の場合は終始ろくに技能の使えない役立たずのままだっただろう。
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(0) 終戦、あるい戦死、なんにせよ戦いが終わるまで光輝の影に隠れたままだったであろう王国に居た頃と今を比べれば、今の方がずっと充実しているのは確かだ。その一点に置いてはウルの街で清水に言われた言葉は完全に間違いとも言い切れなかった。
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(1)「そんな訳で、あの日をやり直したい、なんて考えは浮ばないぐらいには今の状況も悪いもんじゃないと思ってるよ」
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(0) そう返事を返すとティオは「そうか……」と静かに答え、話を聞いていたシアと共に安堵と共に笑みを浮かべた。
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(0) 冒険者ギルドホルアド支部。ホルアドに寄るのならばと言う事で、イルワからここの支部長への手紙を預かっていた一行が施設の中に入ると、そこには異様とも言える緊張した雰囲気が漂っていた。。そして、そんな所に外見だけで見れば女の子を多数引き連れ、更に子連れの若造が入ってきたとなればただでさえピリピリしていたほかの冒険者達が彼らにギラギラとした鋭い視線が向けられるのは当然の流れで、それに怖気づいたミュウがハジメの頭にしがみ付いた。
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(0) そして酔った勢いか、あるいは今の状況に対する鬱憤の蓄積か、兎に角いちゃもんつけて八つ当たりをするに丁度良い連中だと判断した冒険者が数人、席から立ち上がりハジメ達の所に近寄ろうとして……すぐさま、ハジメから発せられた殺気に中てられ席に座りなおすか、その場で意識を手放した。
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(0)「おい、今、こっちを睨んだやつ」
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(0) そして次にハジメから発せられた言葉に数人がビクッと肩を震わせ――
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(0)「笑え」
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(0)「「「「「「「え?」」」」」」」
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(0) そして、突然の命令とその意味を理解しきれず、間の抜けた返事をした。
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(0)「聞こえなかったか? 笑えと言ったんだ。にっこりとな。怖くないアピールだ。ついでに手も振れ。お前らのせいで家の子が怯えちまったんだ。トラウマになったらどうする気だ? ア゛ァ゛? 責任とれや」
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(0)「それなら普通に外で待たせればいいだけなんじゃないです?」
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(0) と、至極全うなシアの言葉にカナタがからかう様な視線をハジメに向けながら口を開く。
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(0)「言ってやるなシア、まさかの親バカ属性がついてたハジメにそれは不可能ってもんだ。この様子だと、母親に会えた時もミュウとお別れできるかどうか……。案外ガチでミュウの父親になる為に、もしかしたら母親を口説く可能性も……あ、スイマセン、なんでも無いです……」
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(0) 無論、カナタとしては軽いジョークのつもりだったのだが、口説くかどうかはさておき、フラグが建つという点はありえなくもない内容に、香織、ユエ、優花からの鋭い視線が刺さりカナタはツーっと一筋、冷や汗をかいた。そんなやり取りをしつつ、カウンターで表情を引き攣らせていた受付嬢の傍に近づくとカナタがイルワからの手紙をカウンターに置いた。
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(0)「冒険者ギルドフューレン支部の支部長、イルワ・チャングさんからの手紙です。ここのギルド長に直接渡す様に依頼されたのですが、お取次できますでしょうか?」
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(0)「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長様からの依頼……ですか?」
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(0) 普通、一介の冒険者がギルド支部長から依頼を受けるなどということはありえないので、少し訝しそうな表情になる受付嬢。しかし、渡されたステータスプレートに表示されている情報を見て目を見開いた。
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(0)「き〝金〟ランク!?」
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(0) 冒険者において〝金〟のランクを持つ者は全体の一割に満たない。そして、〝金〟のランク認定を受けた者についてはギルド職員に対して伝えられるので、当然この受付嬢も全ての〝金〟ランク冒険者を把握しており、ハジメ達のこと等知らなかったので思わず驚愕の声を漏らしてしまった。その時だ、誰かが猛ダッシュしている様な音が響き、ギルドの奥から誰かが飛び出してきた。そして、その姿はカナタ達地球組にとっては見慣れた姿だった。
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(0)「竜峰……お前、竜峰だよなっ!?」
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(0)「……遠藤?」
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(0) それは、今も迷宮に潜っていたであろう永山パーティの一人、暗殺者の遠藤浩介その人だった。