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(0) 迷宮から帰還したその日の晩。初めての迷宮遠征、トラップによる危機的状況の体験、そして3人ものクラスメートの生存が絶望的とも言える脱落、これらの精神的負担から生徒の大半は帰還後すぐさま宿屋の部屋へと戻り、眠りについていた。
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(0)(あんの、キモオタ野郎がぁあああああっ!)
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(0) そんな中一人の男子生徒、檜山大介は人気の無い路地裏で壁に両方の拳を叩きつけた。その形相は憎しみに溢れている。檜山は香織に想いを寄せていた。けれど、同時にこの恋は叶わない事も心のどこかで悟っていた。そう光輝が居たからだ。香織の傍には何時も光輝と雫が居た。二大女神と称されるほどの魅力を持つ二人と、すべてが完璧なイケメン男子の光輝。誰もが光輝と二人のどちらかが恋人同士になる事を信じて疑わず、どちらが選ばれてもきっと絵に描いた様なお似合いカップルになるだろうと認めていた。檜山もまた、光輝なら仕方ない、競争相手が悪すぎた、と諦めがついていた。勿論、極めて不満ではある事は確かだが。
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(0)(あいつの所為でっ! あいつの所為でっ!! あいつの所為でぇえええっ!!!)
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(0) けれど、南雲ハジメ。あいつはダメだ、何時も眠そうにしており、協調性も無く、授業に対してもやる気がない、容姿だって不細工では無いが特にカッコよくもない。そして何よりオタクと呼ばれる人種の一人。そんな人間の底辺みたいな奴と香織が仲良くするなんてあってはならない、許されるはずが無い。だからこそ檜山はハジメに暴言を吐き、事ある毎に暴行を加え続けた。ある日、それ邪魔した上にあろう事かハジメと香織の仲を取り持とうとするカナタも檜山の中では同罪だった。
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(0)(何でだ、何でなんだよぉっ!!)
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(0) そんな中、あの瞬間は訪れた。ハジメとカナタだけが危機的状況に直面している時、彼に悪魔が囁いた。魔法の一斉攻撃を行う中、制御に失敗して軌道が逸れた魔法があいつらの撤退を阻害してもそれは故意にはならない。そしてあえて適正属性以外の魔法を使えば、万一にも自分に非が及ぶ事は一切無いだろう。これは制裁だ、分不相応な事をしているあいつ等への正当な裁きなのだと、檜山はそれを実行してしまった。
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(0)「あれは裁きなんだ、俺は間違っちゃいない。なのにぃ……」
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(0) 目論みは概ね上手くいった、奈落の底へ消えていく二人。本当ならばベヒモスの攻撃であの場で死んでくれれば一番理想だったが、誤差の範囲だ。これで香織も目を覚ます、覚まさなくてもやがて彼女の中でやがてハジメの存在は過去となり、後は光輝が雫を選ぶ事を祈るだけ……そう思っていた。
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(0)(あんなキモオタの為に、そこまでするほどなのかよぉ……)
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(0) けれど、そこで檜山にとって想定外の事態が起こった。あろう事か香織までも奈落の底へ落ちて行ったのだ。他でもない、彼女自身の意志で……
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(0)「あんなキモオタのどこが良いだよ、白崎ぃ……」
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(0) 搾り出すように呟かれた言葉。それを聞く者は誰も居ない……居ない筈だった。
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(0)「へぇ~、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」
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(0)「ッ!? だ、誰だ!」
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(0) 弾かれたように声のした方を振り返った檜山、其処に居たのは一人のクラスメイトの姿。
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(0)「お、お前、なんでここに……」
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(0)「そんなことはどうでもいいよ。それより……人殺しさん? 今どんな気持ち? 恋敵をどさくさに紛れて殺そうとして恋焦がれていた相手諸共殺してしまったのって、どんな気持ち?」
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(0)「……それが、お前の本性なのか?」
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(0) 普段であれば、相手の煽る様な言葉に怒りを露にするだろう。けれど、檜山自身精神的なショックが大きかった事と、その言葉を口にしたのが意外な人物だった事もあり、彼の口からは怒りではなく疑問の声が挙がった。
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(0)「本性? そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ……このこと、皆に言いふらしたらどうなるかな?」
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(0)「ッ!? そ、そんなこと……信じるわけ……証拠も……」
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(0)「ないって? でも、僕が話したら信じるんじゃないかな? あの窮地を招いた君の言葉には、既に力はないと思うけど?」
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(0) そう、目の前の“彼女”は表向きは決して人を陥れて騙すような性格ではない。そんな彼女の言葉と、檜山が普段からハジメをイジメている(本人曰く制裁)事、何よりトラップを発動させたのが檜山本人だと言う事を省みれば信憑性は十分だ。
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(0)「ど、どうしろってんだ!?」
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(0)「うん? 心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない? ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」
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(0)「そ、そんなの……」
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(0)「白崎香織、欲しくない?」
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(0)「ッ!? な、何を言って……」
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(0)「僕に従えば彼女が手に入る、かもしれないよ」
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(0)「何ふざけた事を言ってんだ。白崎はもう……」
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(0)「ありゃ、信じられない? しょうがない、コレはまだ秘密だったんだけど――」
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(0) そういって、彼女は自分の手札を一枚、檜山に明かす。それはあまりにも非道とも言えるモノだった。その言葉に、そしてをそれを行使する事に一切の迷いが見えない彼女に檜山は恐怖を覚える。
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(0)「……何が目的なんだ。お前は何がしたいんだ!」
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(0)「ふふ、君には関係のないことだよ。まぁ、欲しいモノがあるとだけ言っておくよ。……それで? 返答は?」
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(0)「……従う」
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(0)「アハハハハハ、それはよかった! 僕もクラスメイトを告発するのは心苦しかったからね! まぁ、仲良くやろうよ、人殺しさん? アハハハハハ」
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(0) 得たいが知れない、底が見えない、けれど明確な弱みを握られている状況。そして何より香織を自分のものにするという望みを叶えるなら、彼女の案に乗る事が一番確立が高い事もあった事もあり、檜山は彼女の案を受け入れたのだった……。
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(0)(まぁ、嘘なんだけどねぇ……)
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(0) 檜山と別れた後、彼女は誰に向かってでもなくべぇ、と舌を出す。檜山に明かした手札、その殆どは間違っていない。けれど、彼にはあえて伏せた“ある制限”の問題でこの手段で彼が香織を手に入れる事は不可能だろう。それこそ、奇跡的に彼女が生きてでも居ない限り。
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(0)(それでも、希望をチラつかせた方が彼もやる気を出してくれるだろうし、僕ってやっさし~)
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(0) 例えそれが絵に描いた餅だとしても。彼女は「アハハハ」と笑いながら軽い足取りで夜の街路に消えていった。
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(0) ハイリヒ王国の場内に割り当てられた一室、既に死亡したとされたカナタの部屋。雫はそのベッドに座ると、ベッドマットの上にそっと手をおいた。そこは遠征前夜、この部屋で二人で話しをした時に彼が座っていた所だった。
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(0)(少し前まで、カナタは此処に居たのよね……)
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(0) 雫が意識を取り戻したのは彼らが王国に帰還してから5日後の事だった。雫は自分を看病していた友人、そしてメルドからその間に起きた出来事を聞いたが、その何れも雫にとってはショックでしかなかった。王城に戻ってきてからメルド団長より行われたハジメと香織、そしてカナタの死亡報告。その報告と詳細を受けて王はこう結論付けた。
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(0)『無能の二人が足を引っ張った結果、勇者の仲間が一人死亡した』と
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(0) 救国の勇者とその一行が迷宮探索如きで死んだと噂が広まっては民に不安を与える、召喚された勇者達は無敵の存在で居てもらわねばならない。だかこそ、王国側はそうならざるをえない理由付けを行った。その理由こそが一行の中にまぎれていた何の力も持たない無能二人が足手纏いになった結果なのだと。それから城内ではハジメとカナタを罵る声がところかしこで聞こえる様になり、雫は幾度と無く彼らを斬りたい気持ちに狩られた。けれどそれは光輝が彼らに怒り、王に抗議した事により王国側で彼らの罵った人物を処分する事で沈静化した。しかしそれは決して二人の為ではない。この一件の後、光輝はたとえ足手纏いでも、仲間の死に心を痛める優しき勇者とされ、彼の評判は更によくなった。死んだ人間にすら鞭を打ってまで光輝を持ち上げる、そんな王国のやり方は雫にとっては許せるものではなかった。けれど彼女にとって最もショックだった事、それは光輝自身の事だった。
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(0)『すまねぇ……俺の所為でみんなをあんな目にあわせちまって、ホントにすまねぇっ!!』
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(0) 時間が経ち、事が落ち着くに従って生徒達の意識はあの日の出来事を引き起こした原因、檜山へと向けられた。メルドの言葉に従わずに無用心にトラップを発動させた結果、クラスメイトに死者を出したのだ。しかもその一人が他でも無い香織だった事もあり、ほぼ全てのクラスメイトから非難の声が浴びせられていた。そんな中、檜山は光輝に対して必死に土下座をして許しを請いていた。基本光輝は人の善意を疑わない。表向きでも誠意を見せれば許してくれる、彼が許してくれれば周りも表立って非難する事は無くなる、そう言う魂胆だった。
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(0)(そうはいかないわよ、檜山っ!)
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(0) けれど彼の行いの中で最も責められ、裁かれるべき事は他にある。同時にこれは、例え光輝であっても決して許しはしない事でもあると雫は確信していた。
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(0)『なら、あの時あえて火の魔法を使ったのは何故?』
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(0)『えっ……?』
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(0) 彼女の一言に、檜山は愕然とした表情で顔を上げた。
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(0)『私、見てたのよ。最後の魔法の一斉攻撃の時、あなたが火属性の魔法を使おうとしたのを。確か貴方の魔法の適正属性は風だった筈よね? なんであの時、態々あんな行動を取ったの?』
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(0) 自分達はまだまだ未熟。ならば、自分の天職・適性に合わない技能に手を出すのは時期尚早であり、ましてや実戦でそれを使うなんて以ての外だ。
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(0)『そ、それは……突然の事態に気が動転しちまって……』
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(0)『気が動転して式を書き忘れるなら判るけど、式を余分に書き込むことなんてあるのかしら?』
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(0) トータスの魔法は属性や魔法の性質を決める複数の式で魔法陣を構築、詠唱を以って魔法陣に魔力を注ぐ事で発動される。そして、適正属性の魔法を使う際は属性を指定する式は省略できる。つまり裏を返せば、檜山が風属性以外の魔法を行使するには属性指定の式も書き込むと言う工程が追加される。うっかりで、“工程を失敗する事”はあっても、うっかりで“工程を増やす事”はありえない。
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(0)『つまり貴方はあの時、意図的に自分の適性とは違う属性の魔法を放ったのよ』
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(0) 雫の目つきが冷たく鋭いものとなり、それにあわせて檜山の顔も青くなり、唇が震え始めた。
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(0)『そしてあの時、二人に向かって反れたのも火属性の魔法だったわね……』
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(0)『~~っ!!』
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(0) そこで雫が言わんとしてる事を周りも悟ったのか 再びクラスメイト達がざわつき始め、檜山を非難する視線が集中する。
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(0)『俺、俺……風より火の魔法の方が好きだったんだ……』
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(0)『……は?』
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(0) やがて檜山は俯きがちにポツリと呟いた。そして次の瞬間にはまるで地面に叩きつけるかの様な勢いで再び土下座。
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(0)『甘く見ていたんだっ!! これが命がけの戦いなんだと頭でわかったつもりになってただけで、心のどっかじゃゲーム感覚でいたんだ! だからあの時も自分の好みに走って慣れない魔法を使って、その制御を失敗して……』
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(0) 苦しい言い訳だ。檜山の言葉を聞いて雫は真っ先にそう思った。そもそも言い訳としてすら成立してない。仮にそうだとしても、あんな極限の状況で自分の好みに走る事自体が不誠実。それもまた咎められ、責められるべき行いだ。
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(0)『……檜山』
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(0) 今なお地面に頭をこすり付ける檜山に光輝が話しかける。ビクッと身体を震わせ、檜山が顔上げる。やがて、彼は彼の傍に片膝を付く形でしゃがみ込む。
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(0)『お前は取り返しのつかない事をした。その結果、南雲と竜峰の“二人”は死んでしまった。それは理解しているな』
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(0)(……あれ?)
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(0) おかしい……彼の言葉に違和感がある。いや、それ以前に何故光輝はこんなにも落ち着いているのだろうか?
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(0)『あ、ああ……』
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(0) そして光輝はそのまま檜山の肩に優しく手を乗せた。
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(0)『なら、これっきりにしてくれ。確かに俺達は戦いを始めてまだ日が浅い、心のどこかで戦いを甘く見てしまうのは仕方ない事だ』
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(0)(ちょっと待ってよ、光輝……)
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(0) 光輝の表情は険しいものだ。けれど、彼の口調には檜山を責めたり、咎める様子は無く、諭す様な言い方をしている。まるで特に仲が良いわけでもないただのクラスメイト、あるいは無関係な他人を死なせた仲間に対する接し方だった。遺憾ではあるが、犠牲者がカナタとハジメだけならまだ判らなくも無い。
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(0)(もっと怒るべきじゃないの!? 彼の行いの所為で香織まで死んでしまったのに)
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(0)けれど、今回の件で犠牲になったのは他でも無い自分の幼馴染。普通ならもっと激昂してもおかしくない、それこそ、檜山の顔面に一発キツイのくれてもおかしく無い筈だ。
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(0)『判った……もう、これっきりにする。現にこうしてクラスメイトが死んだんだ、もう遊びだなんて考えられねぇよ……』
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(0)『……よしっ』
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(0) 檜山の言葉に彼は頷いて立ち上がるとクラスメイト達の方に向き直る。
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(0)『みんなも思うところはあるかも知れない。けれど今は、誰かの失敗を咎めている場合じゃない。死んだ“二人”もそんな事は望んでいない筈だ!』
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(0) やがて違和感に気付いた。奈落に落ちて生存が絶望的なのはカナタ、ハジメ、香織の3人だ。なのに光輝はさっきから死んだのは2人だと口にしている。
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(0)『俺達は一刻も早く強くなる必要がある。人々を救うため、そして何よりみんなで力を合わせて、今も迷宮の底で助けを待っている香織を助けに行く為に!』
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(0)(貴方は私たちをそう言う風に見ていたのね……光輝)
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(0) 魔物の問題もそうだが、食料や水の問題もある。オルクス大迷宮を踏破するには自分達はまだ訓練が足りない事も考えれば彼らの捜索は1日2日で終わるものではない、そしてそれだけ日にちが経てば生存はもはや絶望的。けれど光輝は“香織の生存”だけは疑っていない、あるいは疑わないように振る舞っているのか。
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(0)(私達は所詮……貴方の物語のヒロイン、そうとしか見られていなかったのね)
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(0) 光輝にとって自分達、いや、周りの人間はみな光輝の人生と言う名の物語の登場人物でしかなく、光輝の振る舞いはヒロインの生存を心から信じている勇者、まさにお話の主人公そのもの。その程度の認識だらこそ、香織の死に本気で怒る事も、取り乱す事も無い。
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(0)(ならば差し詰め、他のクラスメイトはほぼ背景にも等しい名も無きモブキャラで、あの二人は使い捨ての小悪党。そんな所かしら……)
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(0) 物語の序盤に出てくる、特に理由も無くヒロインを狙う小悪党。如何にその世界においてヒロインは魅力的な存在なのかを際立たせ、後は主人公にあっさりと撃退されるか、シナリオの本筋とは殆ど関係ところで死ぬだけの、シナリオには一切影響を及ぼさない、使い捨てにも等しい扱いの出番の終わった存在。光輝の中ではハジメとカナタはそんな存在なのだろう。
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(0)(……ふざけないでっ!!)
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(0) 人にはそれぞれ、その人自身の人生や意志がある。自分達は光輝の物語に出てきて、光輝にとって都合の良い様に振る舞うだけの単なるキャラクターなんかじゃない。何よりカナタを、自分の想い人を既に終わったモノとしか見てない彼を許す事も、彼を大切な幼馴染と見る事も、雫にはもう出来なかった。
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(0)「……カナタ」
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(0) ハジメと香織、カナタは死に、光輝との縁は切れ、特に大切だった人達との縁が一気に失われた、その事が酷く悲しかった。雫はそのままベッドに倒れこみ、眼を閉じた。思い人の名を口にして、その瞳から一筋の涙を流しながら……。