行別ここすき者数
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履歴はこちら。
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(0)ふと、多恵が目を開ける。
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(0)「ここ……は……」
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(0)多恵の目の前に広がっているのは、懐かしい光景だった。
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(0)決して広くはない、ビルの一室を借りたような部屋に、自動卓が8台ほど所狭しと並んでいる。
(0)部屋の中は殺風景だが、風通りの良い3階で、外の喧騒は特に気にならない。
(0)窓からは眩しいほどに日の光が差し込んでいる。
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(0)奥にある小さな黒板のようなものには、ここのマスターが日替わりで作ってくれるランチのメニューが書かれていた。
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(0)忘れもしない。
(0)ネット麻雀漬けでろくに牌捌きもできなかったときに、足繁く通った雀荘。
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(0)しかしそれは、「倉橋多恵」としての記憶ではない。
(0)麻雀プロとして活動していた、いわば前世の記憶。
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(0)プロになった後もよく、この雀荘にはお世話になったものだ。
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(0)最後に、マスターに挨拶できなかったことをこっちに来てから悔やむほどに、多恵はこの場所に愛着があった。
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(0)(どうして私がこの雀荘に……?)
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(0)夢なのかもしれない。
(0)そう思い自分の頬をつねってみるが、しっかりと痛みが伝わってきたことが、これが夢ではないことを証明する。
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(0)そんな呆けている多恵の後ろから、よく聞き馴染んだ声音で声がかかった。
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(0)「な~にボケっとしてんのよ。今日は大事な日でしょ?早く準備するわよ!」
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(0)「……やえ……?」
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(0)見慣れたサイドテール。
(0)いつになく楽しそうな表情で多恵の肩を叩くその姿は、見間違えるはずもない。小走やえだ。
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(0)しかしここでおかしな点が出てくる。
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(0)間違いなく今多恵は「倉橋多恵」であり、その親友である小走やえもこうして隣にいる。
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(0)であるのにも関わらず、この場所は、こっちの世界では来たことがない。
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(0)前世の記憶そのまんまなのだ。
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(0)「……やえ。どうしてここに……?」
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(0)混乱した頭を整理する暇もなく、思わず出た問いは、やえからすると随分的外れだったようで。
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(0)「何言ってんのよ。今日はトッププロ2人と打てる一年に一度の大切な機会でしょ!早く座るわよ!」
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(0)トッププロ……?と。
(0)多恵の頭はいまだに混乱していたが。
(0)やえに引きずられるままに最奥にある自動卓へと向かう。
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(0)そこには、2人の”男”が先に卓についていた。
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(0)「……ッ?!」
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(0)多恵が、呆然とそこに立ち尽くす。
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(0)目の前に座る2人の存在が、信じられなかったから。
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(0)心臓が跳ねる。
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(0)「『倉橋』プロ、キャプテン!今日はよろしくお願いします!」
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(0)そこに座っていたのは、多恵が前世で一番と言っていいほどにお世話になった、所属していたチームのキャプテンと。
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(0)前世の、『プロ雀士倉橋』だった。
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(0)多恵が、プロになり、チームに所属した直後。
(0)プロとしてのいろはを教えてくれたのは、間違いなくここにいるキャプテンだった。
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(0)何故その『キャプテン』という呼称を、やえが使っているのかすら分からないが、もともと突っ込みどころしかないような状況なのだ。
(0)あえて聞くようなことを多恵はしなかった。
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(0)キャプテンは、所謂トッププロと呼ばれるうちの一人で、実績はもちろん、人望も人一倍にある雀士だった。
(0)プロの世界でキャプテンを知らない人はおらず、キャプテンの存在こそが、多恵の所属していた『オーシャンズ』を優勝候補と呼ばれるチームへと押し上げていた。
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(0)そのキャプテンが、今目の前にいる。
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(0)伝えたいことは山ほどあるはずなのに。あまりの衝撃で言葉が出ない。
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(0)なにせもう一人、目の前にいるのは。
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(0)「じゃあ、始めようか」
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(0)前世の、自分自身だったから。
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(0)自分たち以外誰もいない雀荘に、パシン、パシン、と牌を打つ音だけが響く。
(0)いつも、この音だけは気持ち良く耳に飛び込んでくる。
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(0)とても冷静でいられる状態ではなかったが、言われるがままに多恵は席についていた。
(0)麻雀を打つことは、自然にできている。
(0)何年も何十年も、続けてきた動作。
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(0)「2人とも、随分上手くなったね」
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(0)「いえいえ!まだまだですよ!」
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(0)下家に座るやえが、上家のキャプテンからの賛辞に笑みをこぼす。
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(0)不思議なもので、局を重ねるうちに、多恵の心は少しづつ落ち着きを取り戻していた。
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(0)一半荘を終えたタイミングで。
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(0)勇気を振り絞って多恵は口を開く。
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(0)「キャプテン、お……私、あの」
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(0)言いたいことが山ほどある。
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(0)落ち着きを取り戻した多恵の口が、少しずつキャプテンへ想いを告げる。
(0)その言葉達は、堰を切ったように溢れ出した。
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(1)「最後、勝てなくてごめんなさい」
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(1)「最後、ろくに挨拶もできなくて、ごめんなさい」
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(1)「……仲間ができたんです。オーシャンズと同じくらい、大切で、信頼できる仲間が」
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(0)うん、うん、と。
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(0)寡黙なキャプテンは、決して口をはさむことはなかった。
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(0)自然と、自分が『プロ雀士倉橋』であったこともわかっていて。
(0)この状況が良くわからないままに、多恵は全ての感情を吐き出していた。
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(0)一つ、間を開けて。
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(0)多恵は一番言いたかったことを伝える。
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(0)「自分に『麻雀』を教えてくれて、ありがとうございました」
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(0)二コリ、とキャプテンは微笑むだけだったけれど。
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(0)確かに思いは伝わった。
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(0)それだけで、多恵は嬉しかった。
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(0)そして、対局がまた再開し。
(0)真剣に牌を選びながら。
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(0)対面に座る”男”と向き合った。
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(0)「そっちは、どうなん?麻雀は楽しい?」
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(0)「もちろん。……やえもいる。他にもたくさん、信頼できて、心強い味方がいて。それに加えて、麻雀を愛する人たちが世界にたくさんいて……楽しいよ」
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(0)「そっか……それはなによりだな」
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(0)「そっちはどうなの?まだ、つまらないって、華がないって言われてるの?」
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(1)「いんや。そんなことないよ。……色々考えたんだけどさ。結局俺は、不器用だし。努力して努力して、積み重ねることしかできないから。そんなことを繰り返してたらさ、自然と、応援してもらえるようになってきたよ。ちょっとずつだけどね」
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(0)「そっか……かっこ良いじゃん」
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(1)「まあ、決勝でダブリーに北で放銃したけどな!ダブリー何故か字牌で当たるあるあるに苦しめられてるわ!」
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(3)「はは!……私なんか天和と地和連続でツモられたよ」
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(6)「ははは!話盛るにしたってもっとまともな盛り方しろよ!面白くないぞ!…………え?」
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(0)楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。
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(0)気付けば外は夕暮れで。
(0)多恵達が書き込んでいたスコアシートも、もう1面を使い果たしてしまった。
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(0)夕日の差し込む自動卓。
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(0)その上に風で揺れる、スコアシート。
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(0)倉橋p +18
(0)多恵 +45
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(0)(勝てた……のか)
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(0)麻雀は偶然の競技。
(0)この1日で実力を確実に測ることは難しいけれど。
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(0)前世の自分に勝てたことに、安堵している自分がいる。
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(0)多恵が生まれ変わって努力してきた日々が無駄ではないのだと、感じることができたから。
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(0)やえが満足そうに、大きく伸びをした。
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(0)「はあ~っ!楽しかった!お二方、とっても勉強になりました!ありがとうございました!」
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(0)「いえいえ、こちらこそ、いい刺激もらえたよ」
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(0)プロ2人が、席を立つ。
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(0)キャプテンが荷物をまとめ、2人そろってその場を後にしようとしたちょうどその時。
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(0)隣にいた『倉橋』が、そういえば、とこちらを振り向く。
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(0)その目は、確かに多恵を見つめていて。
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(1)「俺たちは、優勝したよ」
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(0)「……!!!!」
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(0)それは、前世で多恵が果たせなかった悲願。
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(0)最後の最後で、自分の敗北のせいで、見ることのできなかった、頂の景色。
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(0)嬉しさと悔しさがないまぜになる多恵に、更に声がかかる。
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(0)「だから……次は、そっちの番だな?」
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(0)「そう……だね!」
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(0)満面の笑みで、多恵が返す。
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(0)ひらひらと手を振って出ていく2人に、多恵が深々と頭を下げた。
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(0)(キャプテン……ありがとう。あなたのおかげで、今の私がある)
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(0)そして、今度こそ誰もいなくなったドアを見つめて、前を向く。
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(0)(そして前世の私。ありがとう。……今度は……私の番だ)
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(0)多恵が決意を新たに、制服を強く握りしめる。
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(0)多恵の優勝は、姫松の優勝。
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(0)前世の自分にできたのだ。
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(0)今の自分に、できない道理はない。
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(0)なにより、前世も今も、関係ない。
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(0)”麻雀を愛する心”は、いつも、いつまでも変わらないのだから。
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(2)その目に、心に。燈火が燃えている。