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(0) 中堅戦が始まる少し前。
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(0) 千里山の中堅、江口セーラが対局室に向かおうと足を組んで座っていた席を立った。よっこらどっこい、などといういかにも女子高生らしくないセリフを言いながら。
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(0) 「泉が意地見せてくれたんやし……オレもちょっと洋榎ボコしてきたるわ」
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(0) 「セーラ、頼むで……!」
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(0) 「がんばってな……」
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(0) 「江口先輩、ファイトです!」
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(0) 未だに竜華の太ももから1ミリも動こうとしない怜。
(0) 先鋒戦の疲れが未だにあるのか、表情は余り良いものとは言えなかった。
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(0) 泉が次鋒後半戦を粘り強く戦ったおかげで、千里山は点数を伸ばしている。
(0) この点差であれば、セーラにとってみればあって無いようなもの。
(0) それはセーラ自身もそう思っていたし、チームメイトも全く同じ感想を抱いていた。
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(0) 「任せとき……今日は、負ける気がせえへんねん」
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(0) 意気揚々と、控室を後にするセーラ。
(0) その背中は、チームメイトにとっては頼もしいことこの上ない。
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(0) 「あーゆー時のセーラ、ほんまに調子ええのが腹立つよな」
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(0) 「怜、腹立つって言ったらあかんやろ……」
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(0) 怜の率直な感想に、竜華は苦笑い。
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(0) しかし怜と同じように、千里山のメンバー全員が感じていた。
(0) セーラが自ら「負ける気がしない」と言った日は、本当に憎たらしいほど強いのだ、と。
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(0) 中堅戦のメンバー全員が集まり、卓を囲むように並び立つ。
(0) 場決めを行う時刻まで、あと少しだ。
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(0) 決勝戦となれば、生ぬるい打ち手はもういない。
(0) 誰もが実力を持った雀士であることは間違いないのだが、江口セーラと愛宕洋榎はその中でも一際異彩を放っていた。
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(0) (この2人……雰囲気が違う……まだ始まってすらいないのに……!)
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(0) 始まる前から、気圧されるような威圧感。
(0) 好戦的に笑みを浮かべたままのセーラと、静かに腕を組んでニヤリと口元を歪める洋榎。
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(0) そのどちらもが、高校トップクラスの打ち手。
(0) 憧は始まる前から改めてその事実を再認識させられていた。
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(0) そのうちの1人であるセーラが、隣で集中力を高めている白糸台の中堅……渋谷尭深に声をかける。
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(0) 「よう。一昨日ぶりやな。今日はお茶はええんか?」
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(0) 「……はい……今日は、そんな余裕は、なさそうですし」
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(0) 「ほーん……ま、なんでもええか」
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(0) 値踏みするように、尭深を眺めるセーラ。
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(0) 憧は準決勝のこの2人の戦績を思い返していた。
(0) セーラの方は大暴れ。
(0) 他校にまったく付け入る隙を与えず高打点で荒稼ぎした後、オーラスは普段より早めに店じまいをしていた。
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(0) 渋谷尭深の方はセーラのツモにゴリゴリと点数を削られたものの、オーラスで和了した役満大三元のおかげでマイナスは軽微なものだった。
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(0) 今日もおそらく、江口セーラはお構いなしに暴れてくる。
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(0) そんな予感がしていた最中。
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(0) 「おい洋榎、ええ加減30円返せ」
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(0) (……ん?)
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(0) 向かい合った2人、セーラから出てきた言葉は、憧は全く理解ができない一言。
(0) 憧の耳がおかしくなっていなければ、金を返せという言葉だったが。
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(0) それを受けた洋榎は、またそれか、と言うようにわざとらしくため息をつき、そして何やら顎に手を当てて過去を懐かしむかのような表情になっていた。
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(0) 「あれは……せやな、ウチらがまだガキの頃やった」
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(0) 「は?」
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(0) 「珍しく多恵に負けたウチらは、商店街で多恵への貢ぎ物を物色しとる最中やった。……が、お前の知り合いが駄菓子屋にいたもんやから、なんやかんやでその駄菓子屋でやっすい駄菓子買うて、ウチらは多恵に持ってった」
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(0) 「あー、確かにあったな。そんなん」
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(0) “珍しく”の部分をやたら強調したな、と憧はそんなどうでもいいことを考えた。
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(0) 「もし、仮にお前がおらんかったら、ウチはあの駄菓子屋で駄菓子を買うてへん。そらそうや。ウチにとっては知り合いでもなんでもないんやから」
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(0) 「……まーそうなる……か?」
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(0) 「そしてあの時、買った駄菓子の総額は……30円」
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(0) どや顔で言い放つ洋榎に対して、セーラが額に青筋を浮かべる。
(0) 憧はなんとなく洋榎の言いたいことがわかった。
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(0) と、同時に、ひどい暴論だな、とも思った。
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(0) 「……まさかてめえ」
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(0) 「あれでチャラやな」
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(0) 「んなわけあるかボケ!!!!っちゅうかあん時金出したのオレだっつーの!」
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(0) 「相変わらずケチくさいのお……」
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(0) 声を荒げるセーラに対して、飄々とかわす洋榎。
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(0) (あ、なんか威圧感とかどーでもよくなってきた)
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(0) 運の良いことに、憧を押し付けるような圧力はもうこの時には感じなくなっていた。
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(0) 中堅戦開始
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(0) 東家 白糸台 渋谷尭深
(0) 南家 千里山 江口セーラ
(0) 西家 姫松 愛宕洋榎
(0) 北家 晩成 新子憧
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(0) 『さあ、お待たせしました!昼休憩を終え、これからインターハイ団体決勝はついに折り返し!中堅戦を迎えます!解説には三尋木咏プロ、実況はわたくし針生で引き続きお届けいたします!三尋木プロ、後半もよろしくお願いします!』
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(0) 『よろしくう~。ま、この中堅戦もヤバイメンツだし、目が離せないんじゃねーの?知らんけど!』
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(0) 中堅戦が始まった。
(0) 次鋒戦が終わり、4校の点差はそれほど離れていない。
(0) 先鋒戦で1校だけ出遅れた展開になってしまった千里山も、次鋒の泉の奮闘によって点数を持ち直し、1半荘で十分ひっくり返せる点差になっている。
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(0) 『さて、中堅戦を迎えましたが、強固な守備力を誇る姫松高校が首位のまま中堅戦に突入してしまったのが、他校からすると嫌な展開と言えますか?』
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(0) 『いや~知らんし。言ってもそんな点差がついてるわけじゃないしねえ?1位つったってあって無いようなもんだろ。そういう意味では、ここまでは五分五分って感じなんじゃねえの?』
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(0) 『姫松からすれば、首位で来たものの点差はほぼない。他校からすれば、首位で中堅戦を迎えさせてしまったものの、点差は開いていない。痛み分けのような形になりましたね』
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(0) 『白糸台は先鋒戦で理想的な独走展開にはならなかった……姫松も安全圏と呼べる首位ではない。優勝候補2校とも、思惑通りってわけにはいってねえってことなんじゃねえ?』
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(0) 『尚のこと、この後の展開に目が離せませんね!さあ、東1局開局です!』
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(0) 東1局 親 尭深 ドラ{二}
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(0) 会場にブザーが鳴り響き、対局室のスポットライトに光が燈る。
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(0) 憧が配牌を丁寧に理牌して、静かに深呼吸を一つ。
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(0) (北家……オーラスの渋谷尭深を考えると、嫌な席順ね……)
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(0) オーラスに強さを発揮する渋谷尭深がいる以上、北家という席順は正直いただけない。
(0) 自身が連荘するわけにもいかないし、ツモで親被りをする可能性だってあるのだ。
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(0) (とにかく、なるべく誰にも連荘されないように、速攻で行く!)
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(0) やることは変わらない。
(0) 自分のスタイルを変えずに攻める。
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(0) 6巡目。
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(0) セーラが切り出した牌に、憧は違和感を覚えた。
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(0) セーラ 河
(0) {1⑨西北87}
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(0) この{7}は手出し。つまり{78}という両面ターツを払ってきたことになる。
(0) 河に{9}は2枚切れているものの、別に悪いターツではない。裏を返せば残りの2枚は山にある可能性が高いということだ。
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(0) であれば、何故そのターツを嫌ってきたのか。
(0) 江口セーラという打ち手を知っていれば、おのずと答えは出てくる。
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(0) (高打点を狙ってる……完成させるもんですか……!)
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(0) セーラの狙いはいつでも高打点。
(0) ここでターツを払ってきたということは、手も打点が狙える形になっているのだろう。
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(0) 「ポン!」
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(0) 憧が尭深の切った{⑦}をポン。
(0) 手はタンヤオか役牌かの2択。憧の中でこの牌を鳴かない選択肢はなかった。
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(0) しかし次巡、セーラから切られた牌が、横を向いた。
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(0) 「んじゃ行こうか……リーチや」
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(0) (は?!まだ7巡目なんですケド……!)
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(0) 江口セーラという打ち手は、手が重く高い分、平均聴牌速度はそれほど早くはない。
(0) 早めに聴牌を組める手牌が来ても、高く仕上げようとするからだ。
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(0) だというのに、今回は7巡目でのリーチ宣言。
(0) リーチを行うということは、手が完成したということ。
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(0) 江口セーラがかわすためのリーチを打ってくることはほとんどない。
(0) 間違いなく本手。
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(0) 目を細めた洋榎の手が、一瞬止まる。
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(0) その様子を見留めたセーラが、ニヤリと洋榎へ笑みを浮かべた。
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(0) 「さあ、楽しもうぜ?」
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(0) 「……」
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(0) 特に答えることもなく、洋榎が1枚の牌を切りだしていく。
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(0) その牌は当たり前のように、セーラには通っていない牌。
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(0) 「……ッ!チー!」
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(0) そして当たり前のように、憧が鳴ける牌だった。
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(0) これで一発は消えた。
(0) しかし次巡、セーラが牌を持ってきて好戦的に笑う。
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(0) 「無駄や!ツモ!」
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(0) セーラ 手牌
(0) {三四五五六七八九白白白南南} ツモ{七}
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(0) 「まずは3000、6000や!」
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(0) 一瞬でツモり上げた。
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(0) 『強烈な跳満ツモが決まりました!!千里山の江口セーラ!流石の打点女王は東1局からエンジン全開です!!』
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(0) 『迷いなく両面外し……強いヤツってのはほんっと自分のスタイルを曲げないよねい。知らんけど!』
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(0) 開幕一閃。
(0) 洋榎と憧の一発消しもむなしく、あっさりとセーラは跳満をツモり上げた。
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(0) そしてその勢いのまま、セーラが親番を迎える。
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(0) 東2局 親 セーラ
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(0) 8巡目。
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(0) 親番になっても、セーラの勢いは変わらない。
(0) すぐにセーラの河に、横向きに牌が叩きつけられる。
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(0) 「リーチ!」
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(0) (な……!)
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(0) 渋谷尭深がいるという条件下において、親番のリーチは大きな意味合いを持つ。
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(0) そうかもしれないとは思っていたことだったが、このリーチで憧は確信した。
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(0) (江口セーラ……オーラスで役満和了られても良いから稼ぐつもりね……!)
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(0) セーラは渋谷尭深の能力など、意に介していない。
(0) オーラスでどれだけの手牌が集まってしまおうが、自分の和了を優先する。
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(0) 親番は子番に比べて、和了打点が1.5倍。
(0) セーラにしてみれば、そんな大事な親番をやすやすと捨てるわけがなかった。
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(0) (っていうか早すぎでしょ……!聞いてないんですケド……!)
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(0) 残念ながらこの局も憧の手牌は重い。簡単に仕掛けていけるような手牌ではなかった。憧は鳴きを得意とする打ち手だからこそ、やみくもに鳴いていって手牌を狭めるのがどれだけ愚かな行為なのかを知っている。
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(0) 仕掛け時は、誰よりも熟知しているつもりだった。
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(0) そして仕掛ける間もなく、セーラのツモ番が回ってくる。
(0) 回ってきてしまう。
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(0) 「ツモ!」
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(0) セーラ 手牌
(0) {②②②④赤⑤678二三三三四} ツモ{③}
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(0) 「4000オールや!」
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(0) 『決まったあああ!!2連続12000の和了!!そしてなんと、なんとこの一瞬で!!』
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(0) 会場のモニターに映し出された点棒表示が、今の和了を受けて動き出す。
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(0) 点数状況
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(0) 1位 千里山 江口セーラ 114700
(0) 2位 姫松 愛宕洋榎 104100
(0) 3位 晩成 新子憧 96600
(0) 4位 白糸台 渋谷尭深 84600
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(0) 『あっという間の逆転劇!!!千里山女子が一気にトップ目に立ちました!!』
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(0) 『このコにとっちゃあ……あの程度の点差は無いも同然だったねい。さ、こっからどーするよ。守りの化身』
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(0) 獰猛な虎が、牙を剥いている。
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(0) まさしく今のセーラは、そんな状態だった。
(0) 打点が高いのはもちろんで、それに加えて今は早さまで備わってしまっている。手がつけられない。
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(0) 瞳に炎を燃やしたセーラが、口角を上げる。
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(0) 千里山の控室で、チームメイト達が。
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(0) 晩成の控室で、一つ舌打ちをしたやえが。
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(0) 姫松の控室で、真剣な表情でモニターを見つめる多恵が、確信する。
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(0) “今の江口セーラの状態は、最高に近い”と。
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(0) そしてそんなセーラを見て、守りの化身がため息をつく。
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(0) 「……やな」
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(0) (……?)
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(0) 小声で呟いた言葉は、誰の耳にも届かない。
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(0) しかし何かを言ったことだけは確か。憧が、そんな様子の洋榎を見ようとして……その視線が、“自分に向いている”ことに気付いた。
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(0) 「おい、晩成の」
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(0) 「……え、私?」
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(0) 困惑する憧をよそに、洋榎の表情は変わらない。
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(0) まるで世界に、洋榎と憧だけになってしまったかのように、洋榎の特徴的なたれ目は、憧の心臓を掴んで離さない。
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(0) 張り詰めた緊張感が、そこに横たわっている。
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(0) 憧の瞳から全く視線をそらさず、短く洋榎はその問いを口にした。
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(2) 「動けるか?」
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(0) 瞬間、憧の全身を鳥肌が駆け巡る。
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(1) この手牌読みに関して右に出る者がいないこの打ち手が、自分に問いかけたのだ。
(1) この凄まじい打点の荒波の中でも、変わらず仕掛けていく覚悟があるか、と。
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(0) 身震いするような感覚を全身で感じながら、しかして憧の答えは一つ。
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(0) 「……ッ!当然……!」
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(0) 試されている。
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(0) 憧がここで引く選択肢などあるわけがない。
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(0) なぜなら憧もまた、晩成の戦士だから。晩成の魂を内に秘めているから。
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(0) 中堅戦は、早くも一つのターニングポイントを迎えようとしていた。