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(0) 決勝大将後半戦 南二局 点数状況
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(0) 1位 姫松 末原恭子 135600
(0) 2位 晩成 巽由華 124300
(0) 3位 千里山 清水谷竜華 111200
(0) 4位 白糸台 大星淡 28900
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(0) 残り3局。
(0) もちろん、連荘があればその限りではないが、この大将戦がもう残り短いことは全員が理解していた。
(0) そしてその中で、ひたすらに走り続ける恭子の姿。
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(0) ともすればこの南2局も、簡単に終わってしまうのではないか。そんな展開。
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(0) しかしこのとんでもない展開を作り出している恭子が楽なのかといえば、そんなはずはなく。
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(0) (危なかった……大星の手は間違いなく本手。1つでも危険牌を掴まされていれば、ウチはオリざるを得なかったやろな……)
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(0) 淡の手から感じられる雰囲気は尋常なものではなかった。
(0) いかに速度に長けている恭子といえども、同じ聴牌の土俵に立たれてしまっては、あとは運。
(0) 今回は自分の手に和了り牌が来てくれたことで助かったが、恭子の麻雀は常に綱渡りだ。
(0)
(0) (そんで、まだ終わりやない……今度は)
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(0) 恭子が今まさに深呼吸をしてから、卓の中央に手を伸ばしてサイコロを回す少女を見る。
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(0) (清水谷が、死ぬ気で和了りに来る……)
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(0) 『団体戦決勝大将後半戦は、南2局を迎えます……!!ここまでは末原選手が局を支配してリードを保っていますが、まだまだわかりません!この局、親番は千里山清水谷竜華選手!ここでなんとしても一つ和了りが欲しいですね……!』
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(0) 『そうだねい。トップまで24000点差は、一撃で縮めるのは難しい。けど親番なら跳満ツモですぐに追いつく上に、連荘もある。ここは死ぬ気で和了りたいところだけど……』
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(0)
(0) 竜華 配牌 ドラ{⑦}
(0) {①③⑤268一四七九九白西発}
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(0) 『苦しすぎんだろ……!』
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(0) 『清水谷選手の配牌、あまりにも厳しい……!どうにかしてつなげられるか……?!』
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(0) 竜華の手牌は、ハッキリ言って絶望的だ。
(0) これがもし東一局であれば、この局は和了りは諦めて防御に徹しよう。そう思ってもおかしくないレベル。
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(0) しかしそれが許される状況ではないことは、誰よりも竜華が理解している。
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(0) 千里山女子控室。
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(0) 「だあ~!!!なんつーゴミ配牌だよありえへんやろマジで!!!」
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(0) 「苦しすぎる……そんなことって……!」
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(0) 最後のチャンスと言っても過言ではないこの状況で入った配牌は、あまりにも残酷だった。
(0) 思わず立ち上がって壁を殴りつけるセーラと、完全に顔が青ざめている泉。
(0) それも仕方のない事。
(0) これまで恭子の超早和了りを見せつけられて、ただでさえ速度は必須だと思わされた後にこの配牌はあまりにも厳しい。
(0)
(0) しかしこの絶体絶命の状況をそこまで悲観していない人物が1人。
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(0) 「いえ、まだ、わかりません」
(0)
(0) 「ああ?」
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(0) タブレットを操作しながら。
(0) 千里山の頭脳である浩子が、ゆっくりとモニターを指さす。
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(0) 「姫松の配牌を見てください」
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(0) 「なに……?」
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(0) 画面を見れば、竜華が一打目を切ったことで映る恭子の手牌。
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(0) 恭子 手牌
(0) {②④⑦⑦⑨89一五赤五七南発} ツモ{中}
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(0) 「姫松もかなり厳しい配牌が入ってます」
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(0) 見てみれば確かに恭子の手牌も厳しい。
(0) 先ほどまでの超速和了りはそこそこの形からの発進が多かったが、これは流石に悪すぎるように見える。
(0)
(0) この局は、恭子といえども時間がかかりそう。
(0) しかしそれは同時に。
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(0) 「……っクソ!こんな配牌じゃなけりゃ……!」
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(0) 竜華に好配牌が来ていれば少なくとも恭子に止められる可能性が低かったことを意味していた。
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(0) なおのこと握った拳に力が入るセーラを見留めて、怜が静かに口を開く。
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(0) 「まあまずはまだ時間がありそうなことに喜ぼか。竜華なら、必ずもう一局を切り開ける」
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(0) 条件がかなり厳しくなった淡が早和了りは考えにくい。
(0) 由華の手牌も重そうな印象。
(0)
(0) 最悪、聴牌連荘でも可能性はつながる。
(0) 千里山目線の点差で言えば、親番で一撃決めれば優勝が見えてくる点差だ。
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(0) この一局を、どうにか繋ぎ止める。
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(0) (りゅーか……頑張れ……りゅーか……!)
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(0) 祈ることしかできない。
(0) けれど、竜華は自分に見えなかった景色を見せてくれた。
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(0) 諦めない心で、あり得なかったはずの跳満を手繰り寄せた。
(0) 運命を、変えて見せた。
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(0) だから、大丈夫。
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(0) 最悪の配牌が入った竜華。
(0) しかしその下家に座る恭子も、気が気ではない。
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(0) (ついに、やな。毎回好配牌なんか来るわけあらへん。むしろここまでやれてるのは、ツいてるからや。いつかこんな配牌は来るとは思ってた……んやけど。この状況、どうする……)
(0)
(0) 竜華の配牌が悪いなどと、恭子が知るわけもない。
(0) 一打目から字牌の切り出しだし、竜華が普通に手を作ってきているくらいの印象でしかない。
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(0) 恭子の目からすれば今すぐにリーチが飛んで来たってなんの文句も言えない状況。
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(0) (自力で流す……?この配牌から?手にある役牌3枚を切り飛ばして?)
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(0) チラリと下家を見れば、前半戦から一度も変わらない、闘志みなぎる表情で牌と向き合う由華の姿。
(0) 彼女に対して役牌を切り出すのは常にリスクが伴う。
(0) そんなことは、準決勝の頃から知っている。
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(0) 一つ、息を吐いて。
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(0) (大星かて、役満クラスしか和了ってくれへんやろな)
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(0) 対面に座る少女。
(0) 自分の勝利の可能性はほとんど0に等しくなった。
(0) それでもなお、まっすぐ前を向いている。
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(0) ヤケになって低打点の和了りなど、してくれるはずもない。
(0) あれは最後まで『麻雀』を打ち切ることを決めた顔だ。
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(0) (連荘されてたら、危なかったかもしれへんな)
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(0) 恭子からすれば、この中で一番未知数だったのが淡だった。
(0) だからこそ、絶対に一番初めに可能性を潰さなければいけなかった。
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(0) (今はとりあえず置いておこうか。清水谷の親番を、どう落とす……)
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(0) こうなった以上、竜華の親番を蹴るのに淡の力は借りられない。
(0) 由華が和了るのも平均打点を考えれば絶対にダメ。
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(0) となれば。
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(0) (ある程度は自分で行くしかない……!)
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(0) 状況は第三者視点で見るよりもずっと厳しい。
(0) それでも恭子は前に進む。
(0) あの時誓った優勝が、少し先に見えてきたのだ。絶対にここでなど止まれない。
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(0) 6巡目 竜華 手牌
(0) {①③⑤468三四六七九九西} ツモ{一}
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(0) 捨て牌一段目が終わって、未だ面子は0。
(0) それでも竜華は、一つの可能性に辿り着いていた。
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(0) (末原ちゃん……手牌、重いんやろ)
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(0) 恭子の捨て牌。
(0) 数牌からの切り出しで、いよいよ万事休すかと思ったが先ほど切り出した役牌の{発}を恭子が合わせたところで、竜華は考えた。
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(0) (怜に視てもらったら、また黙って首を横に振られそうな配牌やったけど……この感じやと末原ちゃんも手が悪い)
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(0) 恭子も手牌がまとまっていない。
(0) だから、由華に対して怖い字牌が切り出せない。
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(0) 自分の手が苦しいのに他者の手を進ませるのは自殺行為だ。
(0) それを理解していない恭子ではない。
(0)
(0) ということは、役牌を切り出していくほどの手ではないのだ。
(0) もちろん例外はある。切れなかったのは{発}だけで、もう面子手の一向聴ということも無くはない。
(0)
(0) けれど、竜華は感じることができた。
(0) 彼女の類まれなセンスが、恭子の手牌の速度感を読み切った。
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(0) (なら、まだチャンスはあるはずや……!絶対に、絶対につなぐ……!)
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(0) 結局自分の切り出す牌も端に寄ることになる。
(0) であれば恭子は動きにくい。
(0)
(0) 大将後半戦は南2局にしてようやく遅い決着を迎えそうな展開になった。
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(0) 8巡目 竜華 手牌
(0) {①③⑤468三四六七九九西} ツモ{二}
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(0) ようやく手が進む。
(0) ドラもなければ赤もないが、聴牌に価値のある局面。
(0) リャンカンはどちらも外せない。裏目は許されない。
(0)
(0) 竜華は自分都合で、{西}を切り出していく。
(0)
(0) (あまりにひどい配牌……そんで思い出したわ。昔のこと)
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(0) 切った後に膝の上に手を置いて、山へと手を伸ばす恭子を見る。
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(0) 1年生の夏。
(0) 関西合同合宿の帰り道で、竜華は肩を落としていた。
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(0) 「セーラ、ウチ大丈夫かな?」
(0)
(0) 「なにがや?」
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(0) 「いや、今日姫松と晩成にいるセーラのお友達たちに手も足も出えへんかったし……」
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(0) 今日の合同合宿。
(0) 竜華は予選を好成績で抜けて上位8人の卓に残った。
(0) そこまでは、良かった。
(0)
(0) しかしその後相手にした……多恵ややえ、洋榎といったセーラの親友達に手も足も出なかった。
(0) 完全に一人負け。
(0)
(0) 「牌譜見たけど、配牌もツモもそこまでよくなかったしな、しゃーないやろ」
(0)
(0) 「……」
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(0) たかが一日の出来事。
(0) 麻雀という競技であれば、「運が悪かった」で片付けられる。
(0) 竜華だって本当はそれで片付けてしまいたい。
(0)
(0) けれど竜華は、その日の対局で後ろで見ていた時の恭子の打ち回しが忘れられなかった。
(0)
(0) 「姫松の……末原さん、やったっけ。すごかったんよ。配牌見てあ、これは無理やろな~って思ったんやけどな?果敢に鳴いていったんよ。赤もドラもないんやで?やのに……結局、聴牌を取り切ってた」
(0)
(0) 「あ~洋榎のとこの奴か。確かにあいつ良いセンスしてたよな。多恵と似てるわ」
(0)
(0) 「……」
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(0) 普通なら、投げ出してしまいそうな配牌。
(0) 諦めてしまいそうなツモ。
(0)
(0) それでも前を向いていた。練習試合だから、それもあるかもしれない。
(0) 自分は凡人だから、そう言っていた。
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(0) けれど、あの姿勢は、打ち筋は。
(0) 今の竜華には眩しく映った。
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(0) 「気にしすぎや~竜華」
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(0) 「うわあ?!もうびっくりさせんといてよ」
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(0) 急に背中を叩かれて驚く。
(0) 振り返ればセーラは、いつものように笑っているだけ。
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(0) 「じゃあよかったやんけ~今気付けて。次は竜華もできるやろ」
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(0) 「そっ……か」
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(0) 「せやせや。別に今は負けててもええやろ!……いつかあいつらと本気で戦う時が来る。そん時……見せつけてやろーぜ。……それにな、ウチはあの末原とかいう奴よりも、竜華の方が強いと思ってるで」
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(0) ……きっと、励ましの意味はあるだろう。
(0) どこまでが本心かは、この時の竜華はわからなかったが。
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(0) 江口セーラという人間をもっと知ってからは、この言葉が嘘ではなかったんだと感じることができた。
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(0) (あん時は、後ろで眺めてるだけやったけど……。今はもう、同じ卓で戦うライバル、やもんな)
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(0) 何度も対戦した。
(0) 負ける度、彼女の強さを痛感した。
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(0) 恐ろしいほど勝ちに徹していて、恐ろしいほど自分のスコアに興味がない。
(0) その背中を追いかけて、今同じ舞台に立っている。
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(0) (ウチは末原ちゃんみたいにはなれんけど……けどな。この負けたくないっちゅう気持ちだけは……負けてへん……!)
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(0) 3年間の集大成。
(0) あの頃とは、違う。
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(0) 南2局は、11巡目に入った。
(0) 11巡目と言えばちょうど中盤あたりではあるが、この半荘でここまできたのは初。
(0) どれだけ早期決着が多かったかは、わざわざ言うまでもないことだろうが。
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(0) 「チー」
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(0) 竜華が、動いた。
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(0) 竜華 手牌
(0) {①③⑤二三四六七九九} {横768}
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(0) 『こ……れは、タンヤオの仕掛け、ですか?』
(0)
(0) 『いや……本命は形式聴牌だろうねい。自分の手牌があまりにも悪く、この手は和了っても高打点にはならない。なら、聴牌流局でもう一度親番を。ここでノーテンで終わっちまうのは、絶対に避けたいからねい』
(0)
(0) 『なるほど……ちょっと早すぎる気もしますが……』
(0)
(0) 『いや、そんなことねーんじゃねえの?それに、悪い事ばっかりじゃねえ。そもそも形式聴牌狙いだなんて他にはわからねーし、幸い上家は連荘してほしい側の白糸台だ。鳴かれないように立ち回ることは無いだろ』
(0)
(0) 『確かに……!そこまで考えての発進ですか……!さあ、あまりにひどい配牌のスタートでしたが、なんとか夢をつなげるか、千里山女子……!』
(0)
(0)
(0) 12巡目 恭子 手牌
(0) {④⑤⑦⑦89三五赤五六七南中}ツモ{8}
(0)
(0) ここまではなんとか自分での和了りを見てきた恭子。
(0) しかしここで竜華の鳴きが入って、手が止まる。
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(0) (清水谷……捨て牌からみても相当苦しかったことはわかる。……せやけど、今ので聴牌でもおかしくはない。打点が、読みにくい……!)
(0)
(0) 竜華の仕掛けは、確かに恭子に圧をかけていた。
(0) 恭子から見えているドラは3枚。
(0) 残りはまだ河に出ておらず、竜華の打点は読みにくい。
(0) 放銃は絶対に避けたいところな上に、満貫なんて食らうのはもっての他だ。
(0)
(0) 恭子が選んだのは{9}。
(0)
(0) 和了りはギリギリまで諦めない。
(0) けれど、諦める可能性がある限り、役牌は切らない。
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(0) 恭子の綱渡りは、まだ続く。
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(0) 14巡目。
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(0) 「チー!」
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(0) 竜華 手牌
(0) {①③二三四九九} {横八六七} {横768}
(0)
(0) 『聴牌!!なんとか、なんとか聴牌を入れました清水谷竜華!!これでもう一度夢を繋ぎます……!』
(0)
(0) 『執念……か。結果的に鳴いてなかったら聴牌すら厳しそうだったねい。あんなひどい配牌から、よくここまで持ってきたよ。知らんけど』
(0)
(0)
(0) 竜華の最終手出しは{⑤}。
(0) 上手い事{八}が鳴けたことで、678三色の可能性も追わせることができる。
(0)
(0) (これで、やれることは全部やった……!一人聴牌なら最高……!次の局を願うだけや……!)
(0)
(0) 以前の竜華ならこの仕掛けはできなかったであろう。
(0) 早めに自分の手牌を見きっての形式聴牌。
(0)
(0) この千里山の3年間で、彼女が成長した証拠。
(0) こんなちっぽけな形式聴牌には、彼女の3年間の努力が詰まっている。
(0)
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(0) 恭子 手牌
(0) {④⑤⑦⑦88三五赤五六七南中}ツモ{三}
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(0) (ここまで、やな……)
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(0) 手牌は育たなかった。
(0) 竜華は2副露でほぼ聴牌。
(0) 竜華の執念に、押し切られた。
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(0) ここから自分が和了るのは絶望的すぎる。
(0) 恭子は{8}を切り出して、流局を願う態勢へ。
(0)
(0) (大星が押してる……2人聴牌なら、縮まる差は3000点で済むんやけど)
(0)
(0) 流局になれば、聴牌者とノーテン者で点棒のやりとりがある。
(0) 一人聴牌なら竜華との点差は4000点縮まり、2人聴牌なら3000点。
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(0) とにかく、あとは流局してくれと願うだけで――――。
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(1) 『行け』
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(0) 王者の声が、響いた気がした。
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(1) 「―――リーチ」
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(0) 心臓が鷲掴みにされるような。
(0) まずいと思った時にはもう遅い。
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(0) 息が、止まる。
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(0) それは準決勝が終わった日の夜のこと。
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(0) 「……やえ先輩。私、どうすればよかったんですかね」
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(0) 「……オーラスの話?」
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(0) やえの部屋に押しかけてきた後輩ズを追い出して、今はまた由華とやえの2人きり。
(0) 未だパソコンのデータとにらめっこを続けるやえの隣で、由華はポツリと呟いた。
(0)
(0) 「すみません、やえ先輩も明日……とんでもないのが相手なのに」
(0)
(0) 「いいのよ。結局、今からできることなんて限られてるわ。由華も、そうでしょ?」
(0)
(0) ぐっ、と一つ伸びをして、やえは由華の方へ身体ごと向きを変えた。そのまま由華が話す言葉を待つ。
(0)
(0) 「……私、なにもできなかったんです。末原さんの仕掛け、リーチ。あまりにも早くて……私には止められなかった」
(0)
(0) 思い出すのは準決勝 のオーラス。
(0) 完全に優位な立場にいたはずの由華だったが……結局、恭子の連荘を止められずに2位通過。
(0) あの連荘の最中、由華は本当に何もできなかった。
(0)
(0) 明日、また恭子と相対する。
(0) その時また今日と同じことがあったら、止められる自信が、由華にはない。
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(0) 言葉を止めた由華の表情を、やえが覗き見る。
(0)
(0) 決して後輩達の前ではしない表情。
(0) 心の中の不安が、見て取れる表情。
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(0) 去年と同じ思いは絶対にしたくない。負けられない。
(0)
(0) ……誰よりもその想いを近くでやえは聞いてきた。
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(0) だから。
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(0) 「……なんにもしなくていいわよ」
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(0) 「え……?」
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(0) やえはあえて簡単に表現した。
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(0) 「やることは変わらないわ。あなたらしい麻雀を打ちなさい。変に打ち方を変える方が、自殺行為よ」
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(0) 「……でも!」
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(0) 「大丈夫」
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(0) 「……!」
(0)
(0) 思わず乗り出しそうになった由華の両肩を、やえが抑えた。
(0)
(1) 「あんたがやってきたことは、全部今のあんたのココに残ってる。最後まで、貫きなさい。それが晩成の麻雀なのよ。晩成の魂なのよ。――――そうでしょ?」
(0)
(0) 「……」
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(0) トントン、と胸を片手で叩いてやった。
(0) 努力してきたのは知っている。必死でもがき続けたのも知っている。
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(0) ……去年、いつまでも泣いていたのを知っている。
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(0) 「……それにね、あの末原だって毎回手が入るわけじゃない。いつか必ず、悪い配牌の時は来る。焦らず……牙を研げ。そんな局、あるかもわからない。けれどあるなら一局で仕留めろ。あんたには……それができるはず」
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(0) 「……!」
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(0) この人は、いつも欲しい言葉をくれる。
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(0) 由華は今自分の胸に宿った、温かな気持ちに安心感をもらった。
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(0) (やっぱり……やっぱりこの人と頂点に立ちたい。優勝したい)
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(0) 由華も湧き上がる強い気持ちを止められない。
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(0) 座っていた椅子を、立つ。
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(0) 「明日勝ったら、抱き締めてください」
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(0) 「はあ?!」
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(0) 「いいですよね?」
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(0) 不安な表情はどこへやら。
(0) 満面の笑みで問うてくる由華に、やえはやれやれと頭を振った。
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(0) 「勝ったら、ね」
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(0) 「やった。言質取りましたからね」
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(0) そう言って小さくガッツポーズした由華は本当に笑顔で。
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(0) この最愛の後輩に、勝利の味を知って欲しい。
(0) 心の底から、やえはそう思った。
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(0) 雌伏の時は、ひたすら耐える。
(0) 来るかもわからない好機を待つのは、常人では難しい。
(0) こんな大舞台で、和了りを焦るなという方が難しい。
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(0) けれど、彼女は待った。
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(0) 最愛の先輩がそう言ったから。
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(0) あの人と共に頂点に立つと誓ったから。
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(0) ツモ山に、手を伸ばす。
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(0) ただ一撃。
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(0) それだけあればいい。
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(0) 「ツモ!!!」
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(0) 由華 手牌
(0) {34666西西西白白白南南} ツモ{2}
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(0) 宣言牌は{3}。
(0) その意味がわからないほど恭子の頭は鈍くない。
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(0) この2年生はツモり四暗刻を拒否している。
(0) 読み切ったのだ。{南}を恭子が絞っているであろうこと。{2}が、まだ山にいること。
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(0) 確固たる意志を持つ打ち手に、牌は応える。
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(0) 静かに由華が、裏ドラをめくった。
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(0) 裏ドラ{南}
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(0) 響き渡る怒号は、歓声か、絶叫か。
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(0) 『決まった!?!!?決まってしまった?!!?千里山女子の夢を打ち砕いたのは晩成高校大将巽由華!!!!この大将戦南2局で!!!値千金の三倍満ツモ!!!大仕事をやってのけました!!!この状況での三倍満はあまりにも大きい!!!とんでもないことが起こりましたインターハイ団体戦決勝!!』
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(0) 『おいおい嘘だろ……。配牌は別に良くなかった。けど、千里山が手を作る上で切らなきゃいけなくなった役牌を重ねて、決して多くなかった索子に寄せて、最後は役牌は止められてると読み切っての両面リーチ……!文句なく、最高の手組みだろ……!!!』
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(0) 『大きく、大きくリードを取ります晩成高校!!!!昨年涙を流した彼女はもういない!!!悲願の、悲願の初優勝が見えてきました!!!!』
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(0) 会場に歓声が響いている。
(0) 由華の和了りを祝福するように。
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(0) ――――優勝校が、決まったかのように。
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(0) 決勝大将後半戦 南三局 点数状況
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(0) 1位 晩成 巽由華 148300
(0) 2位 姫松 末原恭子 129600
(0) 3位 千里山 清水谷竜華 99200
(0) 4位 白糸台 大星淡 22900
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(0) 肩で、息をしていた。
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(0) 点数申告を受けた時は頭の中が真っ白になって、気付けばいつの間にかサイコロを回していた。
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(0) どうして、こうなった?
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(0) たった一局。
(0) わかっていたことではあった。
(0) この凡人の積み重ねなど、せいぜい吹けば飛ぶ程度の重みしかないこと。
(0) それをまざまざと見せつけられた。
(0) 小さく、本当に小さく積み重ねてきた恭子の点棒は、晩成の想いの乗った一撃で吹き飛ばされる。
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(0) 切り替えなきゃいけないのに、吐き気が込み上げてきて邪魔をする。
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(0) 右手で作った拳で、強く太ももを叩く。
(0) 震える自分に活を入れるように。
(0) 痛みで我を取り戻すために。
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(0) (まだ、親番がある……ここで絶対、連荘や。最善を積み重ねる。そうやろ!!!)
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(0) 無理やり己を奮い立たせた、
(0) 後悔も反省もしている暇なんてない。
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(0) 今はただこの瞬間の最善を―――
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(0) 南三局 親 恭子 ドラ{九}
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(0) 恭子 配牌
(0) {①中⑨3一発5一八南③北白8}
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