行別ここすき者数
小説本体の文章上でダブルクリックするとボタンが表示され、1行につき10回まで「ここすき」投票ができます。
履歴はこちら。
(0)南1局 親 和 ドラ{八}
(0)
(0)
(0)副将戦は南場に突入した。
(0)ここまでの対局で、点数に大きな開きは出ていない。
(0)
(0)和は、ゆっくりと手牌を上げる。
(0)慣れた手つきで理牌をしてから、はあ、と一つため息をついた。
(0)
(0)
(0)(心の整理が、足りていませんね)
(0)
(0)和にとって、今日という1日は感情の浮き沈みが非常に激しい1日といえる。
(0)
(0)ここ数年、師と仰いでいた存在が同じ高校生であるということを知り、そしてその存在が自分の知らない打ち方をしていることも知った。
(0)
(0)そしてその理由は和の想像の遥か上を行く答えで。
(0)
(0)和の心を揺さぶるのは、多恵のあの言葉と、強い意志を感じる、表情。
(0)
(0)
(0)
(1)『「力」をも、デジタルに組み込んでみよう。いつの時代だって、そうやって麻雀戦略は日進月歩を繰り返してきたんだから』
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)(私にはまだまだ、わからないことが多いですね)
(0)
(0)
(0)眩しいとすら思った。私も、こんな強い人間になりたい、と。
(0)
(0)
(0)和にしては珍しく、対局中に雑念が混じっている。
(0)しかしこのことを自分の中に落とし込まなければ、これ以降も対局には集中できないだろう。
(0)
(0)
(0)(……わからないことに、背伸びはしません。今の私にできる、最大限の努力をしましょう)
(0)
(0)
(0)クラリン先生も良く言っていた。
(0)自分にできる最大の努力ができたなら、結果が実らなくても、それは次につながる一打だと。
(0)
(0)
(0)
(0)ゆっくりと、目を閉じた和。
(0)
(0)大きく息を吐いて、上がってきた手牌を開くのと同時に、目を開ける。
(0)
(0)和の手が、第一打を選び抜く。
(0)
(0)
(0)
(0)その眼は、体は、デジタルの世界へと入り込んでいた。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)2巡目。
(0)
(0)親の和から放たれた{発}に、塞から声がかかる。
(0)
(0)
(0)
(0)「ポン!」
(0)
(0)塞が手牌から2枚の{発}を晒すと、右端へと牌を持っていった。
(0)
(0)
(0)
(0)塞 手牌
(0){13489一二白白中} {横発発発}
(0)
(0)
(0)チャンタか、索子に寄せるか、といった手牌の塞。
(0){中}さえ重なれば、大三元まで見える手牌だ。
(0)
(0)大三元は嬉しいが、塞の狙いは実は別にあった。
(0)
(0)
(0)
(0)(白……白が出れば有利に立ち回れる)
(0)
(0)
(0)大三元は役満の中でも難易度が比較的低い役満であり、その特性上、2種類の三元牌を鳴いた時に、他家が最後の三元牌を切り辛くなるという効果がある。
(0)インターハイのルールに、大三元のパオ(3つ目の三元牌を鳴かせた人の責任払い)のルールはないが、それでも切り辛いのは間違いない。
(0)
(0)
(0)塞の眼が鋭く光る。
(0)
(0)
(0)(……手の塞ぎ方は、別に力に頼る方法だけじゃないんだから)
(0)
(0)明確な力を持った打ち手がいないからといって、油断はしない。
(0)そして塞が慣れているのは、相手を上手く止めた後に、出てくる牌で仕留めるプレイング。
(0)
(0)有利な展開への持っていき方は、慣れているのだ。
(0)
(0)
(0)
(0)塞の狙いは、早い段階で成就することとなる。
(0)
(0)
(0)
(0)「ポン!」
(0)
(0)初瀬から出た{白}を鳴いた塞。
(0)
(0)卓に緊張が走る。
(0)塞の対面に座る由子も、少しだけ困ったような顔をした。
(0)
(0)
(0)(大三元は……困るのよ~……)
(0)
(0)役満だけは勘弁願いたい。
(0)初巡に1枚{中}が切れているだけなので、由子の目からは最悪の場合、塞に{中}が暗刻で入っていることもあり得るのだ。
(0)
(0)もし仮に暗刻で入っているとしたら、もう大三元の聴牌でもおかしくない。
(0)薄い確率とはわかっていても、最悪のケースが存在するだけで怖くなるのが麻雀と言う競技。
(0)現在トップ目に立つ姫松なら尚更だろう。
(0)
(0)
(0)
(0)と、由子が思っていた矢先のこと。
(0)
(0)
(0)(……)
(0)
(0)初瀬が、少しだけ持ってきた牌を見つめる。
(0)時間にして2秒ほどその牌を目を細めて睨みつけると、意を決したように勢いよく切り出した。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)その牌は、{中}だった。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)またもや、卓内に衝撃が走る。
(0)
(0)
(10)(す!ご!い!の!よ~!!)
(0)
(0)
(0)(晩成……!!私の大三元なんかこわくないってか……!)
(0)
(0)初瀬を睨みつける塞だが、初瀬は知らぬ顔。
(0)
(0)
(0)(1巡目の{中}鳴いてないし、そこからのツモは1度だけ。最初っから全部対子なら1枚目を鳴かない理由がないでしょ)
(0)
(0)ロジックは、わかる。
(0)初巡に切られている{中}を鳴いていないのだから、切るなら今しかないというロジック。
(0)タンピン系の手牌である初瀬は確かに和了るなら切るしかない。
(0)
(0)だが、2鳴きでもう聴牌が入っていてもおかしくない状況。
(0)それを目の前にしてすぐに切れる人間は、そういないだろう。
(0)単騎で小三元に当たったっておかしくないのだから。
(0)
(0)
(1)強靭なメンタル。
(0)
(0)初瀬はそれを武器にして戦ってきた。
(0)
(0)
(0)
(1)(憧に追い付きたくて見出した、私の長所を活かした打ち方。やえ先輩にだって、認めてもらったんだ!)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)初瀬が、勢いよく牌をツモる。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)「ツモ!」
(0)
(0)
(0)12巡目 初瀬 手牌
(0){②③④678二二三三五六七} ツモ{二}
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)「2000、4000!!」
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)『晩成の岡橋初瀬選手!!ここも満貫のツモ和了り!勢いが止まりませんね!』
(0)
(1)『きもったまが強いねい!1年生でここまで強気に出れるんだから、今後が楽しみな選手だよねえ!』
(0)
(0)
(0)初瀬の強気な打ち回しに、会場からも歓声が上がる。
(0)
(0)結局塞の2鳴きに目もくれず、自らリーチに打って出て、ツモりあげる。
(0)
(0)塞が悔しそうに手牌を伏せた。
(0)
(0)
(0)(……この……!)
(0)
(0)わかってはいたが、対処が難しい。
(0)ちょっとやそっとのことでは止まってくれないのだ、この強気なルーキーは。
(0)
(0)
(0)
(0)初瀬が意気揚々と点棒を受け取っている時。
(0)
(0)
(0)
(0)(……ッ!?)
(0)
(0)少しだけ寒気がして、初瀬は顔を対面へと向ける。
(0)
(0)
(0)初瀬の和了形と、捨て牌を舐めるように見つめ続ける人物が一人。
(0)
(0)
(0)(……)
(0)
(0)和が、いつもの心ここにあらずといった表情ではない、確かな目で初瀬の手元を見つめている。
(0)
(0)嫌な感じが、初瀬の体を駆け抜けた。
(0)
(0)
(0)
(0)(原村和……なんかベストな状態の時は熱が出る……みたいなこと言ってたけど、そんな感じしない……)
(0)
(0)点棒を点箱にしまいながら、初瀬は和の視線から逃れるように、手牌を崩すのだった。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)南2局 親 塞 ドラ{三}
(0)
(0)
(0)先ほどまで流れるように打牌を繰り返していた和の変化に、卓に座る3人は気付いていた。
(0)
(0)
(0)(きょーこちゃんが言うてたんは、発熱すると強くなる……やったけど、違う感じなのよ~?)
(0)
(0)(インターミドルチャンピオン……随分と余裕そうな表情じゃないか)
(0)
(0)
(0)由子と初瀬がそれぞれ、和を見つめる。
(0)
(0)件の和はそんな視線は目もくれず、自身の配牌の理牌を進めていた。
(0)
(0)
(0)(……もし仮に、対面の晩成が「押しが強い打ち手」だとするならば。打ち方を変える必要がありますね)
(0)
(0)
(0)この前半戦の東1局。
(0)和の先制リーチは愚形リーチだった。
(0)
(0)セオリー通りの手組と、セオリー通りのリーチ判断をしたが、そのリーチは初瀬によってかわされた。
(0)
(0)そして、先ほどの塞の大三元ブラフへの打ち回し。
(0)総合的に和は「岡橋初瀬」という選手へ「人読み」を入れる。
(0)
(0)
(1)(押しが強い人に対しては……あれですよね、クラリン先生)
(0)
(0)集中力を高める和。
(0)
(0)塞が、一瞬表情を歪める。
(0)
(0)
(0)第一打を切り出す瞬間に、和の後ろには、羽の生えた天使が舞い降りていた。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)その瞬間を、クラリンこと多恵は見届ける。
(0)
(0)
(0)「へえ……」
(0)
(0)多恵が見つめるその目は、優しくモニター内の和を捉えていた。
(0)
(0)そんな様子を見て、ふと、隣にいた漫が気になったことを多恵に聞いてみる。
(0)
(0)
(0)「多恵先輩、原村に助言なんかしてよかったんです?」
(0)
(0)先鋒戦が終わったタイミング。
(0)突如として駆けつけた和に対して、多恵は助言ともとれる発言を、和にしていた。
(0)
(0)対戦相手であるのだから、普通はあしらうなり、そうでないとしても助言としては何も言わないべきではないか。
(0)漫は少しだけそう思う部分があったのだ。
(0)
(0)多恵は、うーん、とうなってから、漫の方へ振り返る。
(0)
(0)
(0)「……原村さんに、私が聞いたこと、覚えてる?」
(0)
(0)「……『麻雀が好き』かどうかってやつですかね?」
(0)
(0)和への質問。
(0)多恵は和に1つの考え方を授ける前、和に麻雀が好きかどうかを聞いていたこと。
(0)
(0)
(0)
(0)「……実はね、わかりきってはいたんだ。この子は、麻雀がすごく好きなんだろうって。じゃなきゃあんなとこまで来てマナー違反すれすれのことなんかしてこないしね」
(0)
(0)多恵は単純に、前世からずっと、麻雀を愛する人が好きだった。
(0)憧れる人は皆すべからく麻雀を愛していたし、そして強かった。
(0)
(0)多恵は苦笑いを浮かべながら、漫に話を続ける。
(0)
(0)
(3)「……インターハイに出ている子の中で、本当に麻雀が好きな人って意外と少ないと思うんだよね」
(0)
(0)「ええ……こんな大きな大会に出てるのに、ですか?」
(0)
(0)漫の疑問は当然だった。
(0)好きでもないのに、こんな大会に出ることができるのか、と。
(0)
(0)多恵が少し遠くを見つめる。
(0)
(0)
(0)「意外と、ね。でも原村さんは違った。たくさんの勉強をして、更に強くなりたいと言っていた。……1人の麻雀好きとして、それはとっても素晴らしいことだな、って」
(0)
(0)「多恵先輩はお人よしすぎますよ~!」
(0)
(0)「そうかもね!まあ、大丈夫、その程度でうちの由子が負けるとは思ってないよ」
(0)
(0)あっけらかんと笑う多恵。
(0)確かにその目は、1ミリも由子の勝利を疑っていない。
(0)
(0)しかし、それとはまた別に、多恵は楽しそうな表情で和を見つめていた。
(0)
(0)もー、と未だ不満そうな漫をなだめて、もう一度2人はモニターへと視線を戻す。
(0)
(0)
(0)
(0)多恵のつぶやきは、漫にも聞こえるか聞こえないかというほど小さな声で。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(2)「あなたの答え、見せてみて。『のどっち』さん?」
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)南2局は11巡目のこと。
(0)
(0)
(0)和が牌を切る直前に、点箱を開いた。
(0)
(0)
(0)
(0)「リーチ」
(0)
(0)その発声と、河へ牌を曲げる手さばきは流れるよう。
(0)
(0)3人に緊張感が走るのには十分すぎる動作だった。
(0)
(0)
(0)
(0)塞は安牌を切り、初瀬にツモ番が回ってくる。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)初瀬 手牌
(0){1235688②③④二三四} ツモ{八}
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)初瀬の手は、既に平和系の聴牌。一手替わりでタンヤオと三色がつくため、初瀬はこの手をダマに構えていた。
(0)
(0)
(0)(……原村の捨て牌……)
(0)
(0)初瀬が、和の捨て牌を眺める。
(0)
(0)
(0)
(0)和 河
(0){西七①発中⑧}
(0){②一7⑨横2}
(0)
(0)
(0)(2巡目に、ツモ切りで{七}……この{八}は比較的通りやすい。現物に私の当たり牌、{7}もある)
(0)
(0)
(0)初瀬も、しっかりと手出しツモ切りは確認していた。
(0)その上で、2巡目に切られた{七}がツモ切りであること。
(0)これはこの持ってきた{八}が非常に安全度が高くなることを示している。
(0)
(0)リーチの現物に、自分の当たり牌があることも考慮して、ここはダマ聴牌続行が吉と見た。
(0)
(0)考えなしに突っ込んでいると思われがちな初瀬だが、自身の打点が低い時は、しっかりと押し引きを考えているのだ。
(0)
(0)総合的な判断で、初瀬が、{八}を河に並べる。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(1)3本の槍 が、初瀬の体を貫いた。
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)「ロン」
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)和 手牌 裏ドラ{4}
(0){④赤⑤⑥23466三四五六七} ロン{八}
(0)
(0)
(0)
(0)「12000」
(0)
(0)
(0)
(0)(ぐっ……!?)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)
(0)『決まった!勢いに乗っていた晩成から一閃!インターミドルチャンピオン原村和!跳満の和了りです!』
(0)
(1)『珍しく早い三面張固定だったねい!晩成のコもこの{八}は仕方ないね!姫松の守りの化身ちゃんくらいしか止まんねえよこんなの!知らんけど!』
(0)
(0)
(0)対局前から注目を浴びていた和の和了に、会場も盛り上がりを見せる。
(0)
(0)牌効率を重んじる和が選んだのは、早めの三面張固定だった。
(0)
(0)
(0)和の後ろに、凛々しく槍を構えた天使が輝く。
(0)
(0)
(0)
(2)(多面張等の良形リーチ。勝てる待ちでリーチをかける。そうですよね。先生)
(0)
(0)
(0)正攻法の中に、罠を混ぜる。
(0)
(1)押してくるタイプの打ち手に、一番効果的な対策法。
(0)今回はドラが{三}ということもあり、三面張固定は割としやすかったこともあるが。
(0)
(0)
(0)和がゆっくりと、息を整える。
(0)
(0)頬は上気していない。
(0)和はその確かで冷静な視線で、点棒状況を確認し、息をつく。
(0)
(0)
(0)
(1)(……まだ、『強烈な偶然』を、必然と思うことは私にはできません。……ですが、打ち方が「読み」につながるというのは、あなたから学びましたから)
(0)
(0)
(0)思い返すのは、たくさんの勉強をしてきたクラリンの動画の数々。
(0)
(0)牌効率が全てだと思っていた和にとって、その動画たちは新しい考え方の連続だった。
(0)
(0)
(0)和の目に、初めて意志が宿る。
(0)
(0)
(0)
(1)(私が何十万回と繰り返してきたネット麻雀の知識と経験、そして、あなたから学んだ全てをぶつけます)
(0)
(0)
(0)
(0)
(1)和の後ろに立つ天使は、もう無表情で牌効率をはじき出す機械ではない。
(0)
(0)
(2)僅かに微笑むその姿は、誰よりも麻雀を楽しんでいるように見えた。