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(0) 会場には選手や関係者、応援に来た人達によって埋め尽くされていた。明らかに観客席は定員オーバーだ、その惨状を見てこの大会が小さいもので無いことを実感させられる。規模的には俺が神童に勝った大会と同じ県大会規模なのだが参加者数はより多いみたいだ。大会にも知名度やかけられる資金の差で同規模の大会でもこうも差がつくのか。
(0) 小学生の大会は中学生や高校生の大会みたいに柔道連盟が定めた県大会や全国大会のような方式の大会は無くどれも各自治体や柔道協会によって大会が開催されるから差が出るのは当然だ。そんな理由もあって細かいルールなんかも変わって来ることが多い。
(0) 試合時間やロスタイム、延長戦の有無。場合によっては結果に響くような内容だ。ちなみに今大会は通常小学生の大会の試合時間である2分では無く3分を採用している。その代わり審判が待てを掛けてもタイマーの時間は止まらない流し方式を採用している。そして大きく気をつけなければいけないのはGS(ゴールデンスコア)方式では無く旗判定方式。
(0) 補足するとGSとは延長戦の方式の名称で時間内で決着が付かなかった場合時間無制限の延長戦が始まる。その延長戦で先に一本でなくてもポイントを先取した時点で勝利となるやり方。世界大会などの公式の大会はこのルールが採用されている。逆に旗判定方式は決着が付かなかった場合延長戦を行わずに主審1人、副審2人による多数決で勝敗を決める。材料はどちらが積極的に攻めていたとかポイントに近い惜しい場面がなかったかとか様々だ。多数決の際に3人の審判が同時に赤白で分けられた勝ったと思う方の選手の色の旗をあげるやり方から旗判定と言われている。
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(0)「………」
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(0) 深呼吸を一つ。大会というのは何度経験しても緊張してしまうものだ、適度な緊張は試合での集中を高めてくれるが度を超えた緊張は体が固くなってよくない。俺はどちらかといえば緊張しすぎてしまうタイプだ、会場入りしたらまずやることはいつも深呼吸。よし………よし……、大丈夫だ。大丈夫、沢山練習した。対策も何度も練って考えた、信じろ。自分の努力を信じろ。大丈夫だ。
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(0)「よしっ」
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(0) 少し落ち着けた。会場スタッフから大会のトーナメント表を受け取りすぐに小学三年生の部のページを開く。俺の名前は……あった、少し間が空くな。アップのタイミングに気を付けないといけない。神童の名も見つける、当たるのは……決勝戦だ。他にも警戒が必要な選手の名前も確認して把握する。確認を終えたらすぐに柔道着に着替えて開会式が始まる前に準備体操とストレッチを入念に行う。汗をかくのは少し間があくから後にしよう、とにかく入念に行う。……いつもなら、そろそろなのはちゃん達三人が発破をかけに声をかけに来てくれる頃合いなんだが今日は三人ともいない。高町家も俺の両親も……なのはちゃんにはああ言ったけど正直少しさみしく感じた。いかんいかん、こんな弱音を吐くようでは勝てる試合も勝てない。気合を入れ直すべく両手で自身の頬を思いっきり叩く。
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(0)「わっ、気合入ってるなぁ……」
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(0) 背後からそんな声がしたので振り返ると八神家一同がいた。ザフィーラは……流石に留守番だろうか、ペット入場不可だしな。
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(0)「約束通り皆で応援にきたで慎司君」
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(0) シャマルに車いすを押してもらいつつ楽しそうにそう言うはやてちゃん。普段こういう場所には縁遠いからか少しうきうきしているようだ。
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(0)「ああ、来てくれてありがとな」
(0)「うん……。慎司君の柔道着姿、生で初めて見たけど……かっこええなぁ…凄い似合ってる」
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(0) ありゃ、そうだったか?そりゃどうもと軽く返しつつストレッチはやめない。
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(0)「……ごめん、お邪魔やったかな?」
(0)「え?あー、ごめんな……試合前はいつもこんな感じなんだ。皆がよければ開会式まで時間あるからちょい話し相手になってくれよ」
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(0) 俺の反応の鈍さで勘違いさせてしまったことを謝りつつそう提案する。まだ俺の試合は先だから今は皆と話してリラックスでもしていたい。俺の提案に皆は勿論と快く頷いてくれた。
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(0)「んで、どうだ?初めての柔道の会場は?」
(0)「いやーびっくりしたで、思ってたより人も多くて圧巻や」
(0)「そうかそうか、人ごみで怪我しないようにな?」
(0)「大丈夫や、皆もおるし」
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(0) まあ確かにシグナムやシャマル、ヴィータちゃんもついてるし大丈夫か。
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(0)「それにしても参加人数も多いみたいだな、いつもそうなのか?」
(0)「いいや、今回の大会は割と大きい規模だからな。人数も多くなるんだ。大会によってはこれより少なかったり多かったりするよ」
(0)「ふむ、そういうものか」
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(0) シグナムの疑問に答えると納得といった様子で頷いてくれる。神童に勝った大会の後にも何度か大会に出場したがこれまで見かけなかったのは単純に規模の小さい大会には出場してないからだろう。神童所属の道場がそもそも名門と呼ばれている道場だしな。
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(0)「そや慎司君、今日もご両親は留守なんやろ?」
(0)「ん?ああ、また一段と忙しいみたいだよ」
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(0) 本当に大丈夫だろうな?過労死とかしないでくれよ。
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(0)「それなら今日もウチに寄ってかへんか?大会終わったら慎司君のお疲れ様会やりたいねん」
(0)「え?いいのか?」
(0)「当たり前や、来ない言うたら泣くで?……ヴィータが」
(0)「な、泣かねぇよっ」
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(0) 顔を赤くして否定するヴィータちゃんに謝りながら冗談だよと笑うはやてちゃん。そうか、そんな計画立ててくれてたのか、試合はこれからだし気は早いけど楽しみだ。それなら、笑顔でそのお疲れ様会を送れるように尚更優勝しないとな。はやてちゃんに大会を終えたら寄らせてもらうと告げる。はやてちゃんだけでなく皆が笑顔で頷き返してくれた。すこしだけ話をして、そろそろ観客席に行くからとシグナムからの言葉で一旦別れることに。
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(0)「頑張りや」
(0)「頑張れ」
(0)「頑張って」
(0)「頑張れよ」
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(0) 4人からのエールにああと力強く頷いて返す。十分落ち着けたと思う。皆んなのおかげだ、ありがとう。………よし、そろそろ開会式も始まるだろうし試合場にそろそろ向かうとするか。
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(0)「っ!」
(0)「っ」
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(0) ふと振り返って歩みを進めようとすると誰かに見られていた事に気付いて視線を交わす。10メートルくらい離れた所に柔道着姿の神童隼人がこちらを見ていた。たまたま目があってしまい互いに視線を逸らさなくなる。あちらも別に睨んでたとか厳しい視線を送ってきてるわけじゃ無かった。たまたま俺を見かけて見てしまっただけのようだ。しばらく無言のまま見合っていると会場全域に開会式をまもなく始めるとアナウンスが流れる。そのアナウンスで神童はハッとしたようで俺から視線を逸らして背中を向けて会場の方へ向かっていった。
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(0)「……………」
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(0) 体が震えていた。恐れではない、武者震いだ。視線が少し絡んだだけだが分かる。以前とは大違いだ。同じように挑んだら瞬殺される、そんなオーラを感じた。別にこっちに殺気を向けてきたとか怒りを向けてきたとかそんな見当違いな事はしてこなかった。ただ、通りすがりで目があっただけだ………それだけだったが俺は神童に柔道家としての強者のプレッシャーを感じた。これは……本当に油断できない。一度深呼吸をして落ち着いてから俺も会場に向かう。柔道家として闘志を燃やすような気持ちと同時にプレッシャーによる恐怖も湧き上がっていたことは気づかないフリをしていた。
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(0) 初戦、自分の番は思ったよりも早く訪れた。十分にアップは済んで体は温まっている。問題はない。会場スタッフから名前を呼ばれる緊張を飛ばす気持ちで大声ではいと腹から声を出した。一礼してから畳の上に上がり所定の位置に立つ。再び一礼、開始線まで歩みを進めて初めてそこで対戦相手と目が合う。初めて試合をする選手だが俺は相手選手の事を知っている。神童とまではいかないもののそれなりに結果を出してきている選手だからだ、映像も見た事はある。名のある選手の映像はチェック済みだ、普通は小学生の試合でそこまでする事は無いんだが俺は勝つためならそう言う事もする。実際に高校生まで行くとビデオで相手の事を研究したりするのもおかしくない。映像なんかも小学生とはいえある程度有名な選手ならネットなんかで探せば大体見つかる。
(0) 視線を背けぬまま互いに再び礼をして開始線から一歩ずつ踏み出す、すぐに審判から開始の合図が告げられた。
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(0)「っしゃこい!!」
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(0) いつものように始まりにはこの声をあげる。前世でも今世でも。組み手争い……は無かった。この選手は組み手に関しては基本受け身だ、少しだけ抵抗するが基本的に相手にある程度組ませてから自分の組み手を行うのだ。理由は単純、それでも最終的に自分の組み手に持ち込める自信があるからだ。普通組み手は先に自分の組み手に持ち込めば相手が立て直さないうちに好き放題に仕掛けられる。そこでやられた方は逃げに徹すればマイナスとなる反則を受けたりする。しかし、この選手の映像を見ると最初は組ませてから中途半端に自分の組み手……とりあえず持てる場所を持つようなそんな感じの組み手をする。そこから力で強引に無理矢理相手の組み手をねじ伏せつつ自分の組み手に持っていくと言うスタイルだ。
(0) このスタイルは珍しくない、重量級が軽量級の相手をする時にやる選手も少なくはない。相手も力に自信があるから故なんだろう。組ませてくれるのなら話は早い。
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(0)「っ!」
(0)「くっ!?」
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(0) ガッツリとこっちの組み手で組む。相手は待ってましたと言わんばかりに組まれた後から俺の組み手を切り崩すべく力で押さえつけようと中途半端な場所を掴む。………確かに力は強い。それを持ち味にするのは寧ろベストだよ。だがな
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(0)「っ!?」
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(0) 全員が全員お前より力が無いわけじゃねぇ。筋トレなんかしてなくても柔道に必要な筋力は柔道をたくさんする事で鍛えられる。一度掴んだら離さない握力もそれを長時間維持できる前腕の筋肉も。そしてなにより、組み手を崩されない掴み方のテクニックだってある。力だけじゃ、柔道は勝てない。だから、いくら力があろうが最初の組み手を疎かにしては上では絶対に勝てない。
(0) 俺に組み手を好きにさせたのが甘かったな、悪いけどお前の力じゃ俺は振り解けねぇよ。
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(0)「来た!チャンスや!!」
(0)「いけー慎司!!」
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(0) 観客席で慎司を見守る八神家の面々。はやてとヴィータが慎司のチャンスを見て声を上げる、シグナムは冷静に試合を見守っているが自然と拳に力が入っていた。シャマルはビデオカメラを手に録画をしつつ静かに応援をしていた。
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(0)「がんばれ……がんばれ!」
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(0) 相手が焦った顔をして振り解こうとしているのは分かるが慎司に完全に組み手で押さえ込まれて何も出来ない。はやての心臓はバクバクと脈打っていた。これから起こる期待に、慎司が見せてくれた試合の映像と同じようなあの爽快な………一本を。
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(0)「っ!!」
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(0) 完全に身動きが取れなくなった相手に慎司が仕掛ける。相手を崩しで振り回し始める、前後左右斜め。その際の慎司の体勢や動きに淀みはない、綺麗な動きだった。素人目でも技術の高さが窺える。
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(0)「よしっ!いけ、やれ慎司!」
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(0) ヴィータのその言葉が合図だった。相手は振り回されたままだと消極的な体制と思われ反則を取られてしまう。それを嫌がり慎司が相手を後ろに押して崩した所で抵抗するべく踏ん張った。踏ん張っただけだった、押し返した訳じゃない、僅かに前に向かって体重をかけただけだ。それが慎司相手には命取り。
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(0)「おおおおおおっ!!」
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(0) 慎司の気迫が観客席にまで響く。浮いた、相手が宙に浮いていた。慎司から試合に誘われた時にはやては少しだけ柔道について勉強していた、だからたまたまあの慎司の技を知っていた。『体落とし』、相手を右前隅に崩し自身の体の脇から斜めに投げる技。相手の体勢崩し、右足を横に伸ばして相手に引っ掛けるだけ。落として投げるイメージだ。だが、慎司の熟練故かまるで宙を舞ってるかのように相手は畳に落ちた。
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(0)「一本!」
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(0) 審判が告げた一本の宣告に八神はやてだけでなく一緒に応援していた全員の心が沸いた。
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(0)「っしゃ!!すげぇぞ慎司!」
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(0) ヴィータはまるで自分が勝ったかのように豪快なガッツポーズを見せる。
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(0)「よしっ」
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(0) シグナムは真っ直ぐと立っていた状態からつい身を乗り出すような形でそう声を上げる。
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(0)「やった!すごいです!」
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(0) シャマルは撮っていたビデオカメラを興奮のあまり見当違いな方向に向けてしまうほど。
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(0)「………すごいなぁ……慎司君」
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(0) はやては感動していた。柔道自体はテレビのニュース映像とかで見た事はある。選手が豪快な技で一本を決める映像もニュースなんかではよく流れる。しかしだ、はやては小学3年生レベルの試合であるにも関わらずそれ以上の感動を覚えた。彼とはまだ出会ってちょっとしか経ってない。だが八神はやては知っている、彼の柔道への思いも彼がいかに真剣だったのかも。疲れた様子で我が家に訪れる慎司、小学生にしては筋骨隆々な体つき、真剣な面持ちで柔道の映像を見て研究する姿。
(0) 全ての努力を結集して今の感動を覚えるほどの一本勝ちを八神はやては知った。
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(0)「カッコええよ……ホンマに」
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(0) 彼は言った。楽しませる試合を見せてやると。もう既にその約束は果たされた、この一回戦ではやては十分にそれを感じた。生で試合を見たからでも、友達の試合だからでもない。勝つ為の努力を怠らなかった荒瀬慎司の試合だからそう感じれたのだ。だから、後は自分の為に頑張ってほしい。
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(0)「頑張りやー!慎司君!!」
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(0) 既に一回戦は終えたけどついそう声をあげてしまうのだった。
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(0)「一旦終わりだっての」
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(0) はやてちゃんの大声が耳に入ったのでついそう溢す。まぁ、そうやって応援されるのはやはり嬉しいし力になる。今の試合、楽しんで見てくれただろうか。自分の為に試合をしている俺だが片隅にははやてちゃんを感動させたいなんて気持ちもあった。だが、そんな余裕はすぐなくなるだろう。試合は始まったばかり、これからどんどん強敵に当たる。そして、別の試合場では神童隼人の試合が行われていた。遠目だが問題なく見える。対戦相手は………知っている選手だ。あの選手もレベルの高さで有名だ、しかし試合の展開は一方的だった。神童が一方的に組み勝ち好き放題に攻めている、相手は逃げの一手しか打てず2度の指導を受ける。指導とは反則をした際にうける物でこれが3度行われると反則負けとなってしまう。相手選手は後がなくなり攻めの一手にかける、しかしそれを難なく神童がかわしてその僅かな隙で技を披露する。
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(0)「一本っ!それまで」
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(0) 審判の号令が俺の耳にまで届く。華麗な『背負い投げ』だった。神童隼人の得意技でもある。俺も試合をした際に分かってても何度も投げられそうになった。神童はどちらかと言うと華奢な体つきだ。身長も平均よりやや小さい、俺も大きい選手ではないが身長体重は俺に劣る。それは柔道では基本的にハンデだ、だから中学生になると体重別で分けられる。大会で体重関係なしでやる試合が基本なのは小学生の間だけだ。だからこそ奴はすごい選手だ、ハンデと言っても結局は実力が上の選手が勝つのが柔道。その中で全国クラスと言われるまでの評判を持っている神童隼人は天才ともいえるだろう。いや、天才だけでは至らない境地だ。想像以上の努力をしているのだろう。だからこそ負けられない、俺の努力か神童の努力か。意地のぶつかり合いだ。
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(0) その後一回戦から準決勝……合計6回の試合を経て俺は決勝戦に臨む。はやてちゃん達の応援のおかげで危なげなくオール一本で勝ち進めて来れた。対する相手は予想通り神童だ、奴も圧倒的な一本を全ての試合で見せつけてここまで上ってきた。アナウンスが3年生の部の決勝戦の始まりを告げて互いに名を呼ばれる。いよいよだ。
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(0)「慎司君……」
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(0) 観客席でははやて達は固唾を呑んで様子を見守っていた。4人とも素人ながら試合を見ていたからよく分かっていた。慎司の実力の高さを、そして相対する神童も負けず劣らずの実力がある事を。
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(0)「我が主、大丈夫です。慎司ならきっと」
(0)「……うん」
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(0) そうはやてを励ますシグナムも落ち着かない様子だ。ヴィータもシャマルも今までの試合より落ち着かない気分になっている事は自覚していた。だが4人とも信じていた、荒瀬慎司の勝利を
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(0)「頑張れ……慎司君頑張れ……」
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(0) 自分を落ち着かせるようにはやてはひたすらそう呟く。そしてついに
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(0)『はじめっ!』
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(0) 試合開始の宣言が下された。
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(0)「くっ!」
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(0) 組み手争いの応酬。防ぎ防がれの繰り返し。互いに妥協せず、組み手の攻防で既に息が上がるほどだった。いくら組みにいっても掴めない、逆に相手の組みには敏感に反応して防げた。既に何分も経過したんじゃないかと錯覚を起こすほどだった。審判の待てがかかる、チラッと時計を盗み見るとまだ10秒ほどしか経っていない。互いに審判から消極的として指導が下される、珍しくはない展開だ。そしてすぐに始めと再開の宣言。
(0) 再び組み手の攻防……とはならなかった。
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(0)「(速いっ!?)」
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(0) すぐ様に片腕で袖を掴まれる、くそっ!体を捻って組み手を切ろうとするががっしり掴まれて切れない。切ろうとしてる間に襟を掴まれる、しかし俺も簡単にはさせない。切ろうとした時の体の反動で無理やり自身も袖と襟を掴む。若干襟を掴んだ位置が神童よりも低くなってしまったが何とか持ち直す。
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(0)「しっ!」
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(0) 仕掛けてきたのは神童だ、軽く崩しを加えての大内刈り。牽制みたいなもんだ、それは軽くかわす。今度は一瞬払腰の構えをとりすぐ様に体勢を変えて大外刈り、フェイントだ。が、体が十分に崩れてない今ならしっかりと落ち着いて体捌きと組み手の動きで防げる。瞬間
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(0)「っ!?」
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(0) 大外刈りの際に使う吊り手側の手を離し一本背負いと同じように俺の右肩を掴んで抱え込む、腕は一本背負いの形だが技は大外刈り……大外刈りの変形技だ!これもフェイントか!
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(0)「ぐっ!」
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(0) フェイントで体が少し崩れる。そうなったら最後、相手の技に巻き込まれていく……体幹に力を込めても耐えれない。
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(0)「ああっ!!」
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(0) 必死に背中は付かないように体を捻った。しかし、完全には防げず
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(0)「うおおおおおおおっ!」
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(0) 神童の雄叫びと共に畳に沈む。
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(0)「技ありっ!」
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(0) 判定は技あり。会場が沸いた、体を捻ったおかげか一本は免れた。だが試合は止まってない、すぐ様に寝技の攻防が始まる。俺はすぐに寝技で抑え込みを狙う、しかし神童も速い。既に寝技の防御姿勢の亀になっていた。技を仕掛けてみるが岩のようにびくともせずすぐに待てがかかった。
(0) 立ち上がって開始線に戻りながら思考する。やられた、とられちまったものはしょうがない。どう取り返すかだ。考えずに攻めたってダメだ。考えろ、俺の技量と神童の技量を考えて、どうすれば一本を取れる?どうすればいい。奴が苦手なやり方……探せ。ビデオで研究しても圧倒的な試合ばかりで参考にできたものはない、それでも探せ、今からでも見つけろ。思考を止めず、勝つ為の最大限のことをし続けるんだ。
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(0)「始めっ!」
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(0) 再開の宣言。すぐに仕掛けに行く、俺の左手……柔道で言う引手側で相手の袖を掴む。あっさりと掴めたのは位置を妥協したからだ、人にもよるが基本的に理想の位置は相手の肘より若干下くらいの場所。そこが相手によく力が伝わる場所だ、しかし俺は相手の手首あたりを掴む。そうやって位置を妥協するだけで掴みやすさは変わってくる、しかしその分相手に力は伝わりにくくなるがそれでいい。俺は掴んだ瞬間にすぐにその引手で相手を引き寄せながら技を仕掛ける。
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(0)「っ!」
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(0) びくっと大げさに反応する神童。そうだよなぁ、片腕だけで仕掛けてきたらあの技を警戒するよなぁ。今の俺の状態からでも万全に仕掛けられてなおかつ前回それでやられてんだったら一本背負いだと思うよな、ポイントをとられた直後なら焦って仕掛けてきてもおかしくない。その警戒心が命取りだ。足運びも体の捻りや入り方も確かに途中までは一本背負いだ、しかしここからだ……一本背負いなら相手の腕を自分の釣り手側で挟んで絡めに行くところだが俺は釣り手を神童の背中に持っていく。
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(0)「なっ!?」
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(0) 大腰だ。神童は投げられる側に先回りして一本背負いを無効化しようとしていたが俺が背中を捕まえて引き寄せることでそれを封じる。
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(0)「ぐっ!!」
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(0) しかし流石神童、すぐにフェイントに気付くと自身の後ろに体重をかけてそれを体幹を発揮する。全力で俺の大腰を耐える腹積もりだ。けど、甘えよ。そうやって反応できると思ってたよ、俺は神童が後ろに体重をかけた瞬間すぐに反転して持った背中と袖はそのままに大内刈りをかける。ここまでは防がれると読んでいた、体重をかけてまで防ごうとしちまえばもう動けない、後ろに向かって耐えるなら後ろに向かう技で投げる。基本中の基本、それをいかに相手に当てはめるかだ。
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(0)「おおおおっ!!」
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(0) 自然と口から出る気合。神童に防ぐ手立てはなく畳に押し倒す。もらった!!
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(0)「ぐううっ!」
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(0) なにっ!後ろに向かって飛びやがった!ここにきてまだそんな反応できんのかよ!倒れることは防げなくても少しでも俺と距離を取ることで背中を捻る猶予を作りやがった。どんっと畳に衝撃、しかし自分でもすぐに理解できた。一本じゃねえ。
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(0)「技ありっ!」
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(0) これで仕切り直しだ。一本は取れなかったが何とかイーブンには持ち込んだ。寝技の攻防をしつつ気持ちに余裕ができる、すぐに待てがかかり服装を整えながら呼吸も整える。ちらっとタイマーを見る。まだ始まって一分も経っていない。チャンスはまだある、今の連携は使えないが弱気になるな気持ちで負けるな。相対する神童からさらに闘志を感じた。いいじゃないか、俺も同じだよ神童。お互いに負けられねぇよなぁ!!再開の号令とともに激しく攻防を始める俺たち、息が切れても、腕が重くなってきても、互いに動きが鈍くなることはなかった。
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(0)「…………」
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(0) 応援席でシグナムは固唾を呑んで慎司を応援していた。正直、想像以上の代物だとシグナムは感じていた。シグナムはこれまで守護騎士としてはやての前に現れる前から別の主人の元でその力を振るっていた。命のやり取りを何度もした、人外の胆力と魔法で何度も窮地を脱してきた。そんなシグナムからすれば命の危険もない、魔法もない地球のスポーツにここまで気持ちを振り回されるとは思っても見なかった。そんな風に思っていた自分を恥じた。
(0) 情熱と情熱、意地とプライドのぶつかり合い。柔道に限らずそれらに全力で魂を燃やしてぶつかり合う試合と言うものはここまで人を熱くさせるものなのかと感嘆した。そう認識を改めたからこそわかる、今試合を繰り広げている慎司と神童がいかに凄い試合を展開しているかと言う事を。他の学年、年上の5、6年生達とも引けを取らない、そして互いに柔道に燃やす情念はこの会場にいる選手達よりも随一だと言う事を。
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(0)「………………」
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(0) 隣を見ればヴィータとシャマルも同じように緊張した面持ちで試合を見守っている。主人であるはやてに至っては両手を合わせて慎司の勝利を祈っていた。試合が苛烈すぎて頑張れの一言も口から出てこない。あの強い慎司から見事な技術で技ありをもぎ取った神童も、そんな神童からすぐに技ありを奪い返した慎司も素人目でも分かるほどすごい選手だ。
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(0) シグナム自身もきっと、この大会の後に慎司に感謝するだろう。素晴らしい試合を見せてくれたと。
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(0)「待てっ!」
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(0) 審判の待てで試合が止まる、残り30秒を切った。ロスタイムは取らずに流しだ、すぐに互いに開始線に戻る。あれから幾度も攻防を繰り返したが直接ポイントに繋がる事は無かった。どの技も神童には通じず、逆に神童の技も何とか防いだ。息は絶え絶え、後ワンプレーで恐らくタイマーはゼロを示すだろう。ここで決めなきゃ判定になる、正直どっちが判定的に優勢なのかは判断出来ない。それくらい互角の勝負だった。
(0) 決めなくてはならない、残りの時間で何としても。神童もそう思っているようで鋭い目をこちらに向けていた。怯むかよ今更、上等だ。
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(0)「始めっ!」
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(0) 互いに一瞬で間合いを詰めて組み合う。互いに防ぐ余裕はなくお互い五分五分にがっしりと掴み合った。崩したくてもこうもがっしり組み合ってたら崩せない。しかしこのまま時間を浪費するわけにもいかない。
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(0)「くっ!」
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(0) 先に仕掛けてきたのは神童、焦りからか最後の賭けか崩し無しの内股を仕掛けてくる。崩しもしないで投げる事はもちろん可能だ、相当の技術量がいるだろうが。しかし目の前の神童はその技術を兼ね備えた選手だ、俺はすぐに体捌きと体幹でそれを防ぐ。その過程でたまたま俺の右手が外れた、左手は相手の袖を……右手は自由に、相手は技を防がれ戻りぎわのチャンス。
(0) 脳裏に浮かぶ………ここは一本背負いだと。
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(0)「っ!!」
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(0) 体が勝手に一本背負いを仕掛けに行ったが俺はそれを反射的に理性で止めた。何もしないのはまずい、判定にも影響が出る。止まってしまった体を慌てて動かすが
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(0)「それまで!」
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(0) 無情にもタイマーのブザーが鳴り響き審判が終わりを宣言する。
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(0)「………くそが」
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(0) 誰にも聞こえないようそう呟く。何をやってるんだ俺は、くそっ。いや切り替えろ。試合は終わったがまだ判定がある。柔道家らしく、堂々と結果を待つんだ。互いに開始線の前に戻ると審判団が判定の準備をする。副審2人と主審1人、各々が赤白で分けられた旗を上げて多数決で決める分かりやすいやり方だ。赤が神童で白が俺だ。
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(0) その宣言とともに上げられる旗、副審2人はそれぞれ赤と白に一本ずつ。これで一対一、主審で決まる。主審が上げた旗の色は……赤だった。
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(0) そう言い神童の方に手をあげる審判。…………あぁ、負けちまった。それを理解したのは礼法を終えて畳から降りた時だった。