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(0) 7月26日 今日の天気 雨
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(0) 今日は雨だったので、外に遊びに行けなかったから、家でしずくといっしょにお勉強をしました。
(0) しずくはヘビだけどとても頭がいい子です。
(0) ちょっと前はひらがなもカタカナも読めなかったけど、今はもうぼくと同じくらい漢字が読めます。
(0) ぼくの家にはしずくのために五十音が書いてある板があって、その板をしずくがしっぽでたたいてお話ができます。
(0) 足し算や引き算、かけ算にわり算ももうおぼえていて、しずくが学校に来たらテストで百点がとれると思います。
(0) でも、しずくには手がないので、えんぴつが持てないからテストの答えを書けないので0点かもしれないです。
(0) 今日もぼくの算数のしゅくだいのまちがっているところをぼくより先に気が付いていました。
(0) 「もう少しがんばれ」と言われてしまいました。
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(0) しゅくだいが終わったら、そのまましずくとオセロで遊びました。
(0) しずくがひっくり返したい石をしっぽでつついて、ぼくがひっくり返します。
(0) 今のところ、勝ち負けはどっちも同じくらいですが、今日はぼくが勝ちました。
(0) 「次は絶対にわらわが勝つからな!!」と悔しそうにしていました。
(0) 悔しそうにしてる時は文字をたたくいきおいが速くて読みにくかったです。
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(0) しずくはどっちかというと雨が好きらしいのですが、最近は夏休みに入ったのに雨ばかりで外に遊びに行けません。
(0) 明日晴れたら前に遊びに行った川にいっしょに泳ぎに行きたいです。
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(0) 月宮久路人の夏休みの日記より抜粋
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(0) 夏休み最終日に京が添削し、当たり障りのない内容に書き換えたが、久路人は夏休み期間をほぼ毎日雫と過ごしていたために全ページ書き直すハメになった。
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(0)「そんな、私のことは遊びだったの!?」
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(0) 夕日が照らすどこかの崖の上で、一人の女が男に詰め寄っていた。
(0) 女は美しかったが、夕日に照らされる顔は憎悪に歪んでいる。
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(0)「違う!! そんなつもりじゃない!!彼女とは・・・・」
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(0)「やめて!! 言い訳なんか聞きたくない!!」
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(0) 男が女に言い訳をしようとするも、女はそれを遮ってさらに距離を詰める。
(0) 男のすぐ後ろは崖であり、このまま押し倒されたら真っ逆さまだ。
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(0)「あなたが他の女のものになるなんて、許せるもんですかぁ!!!」
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(0)「なっ!? やめろぉぉぉ!!」
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(0) 予想通り、男はそのまま女に押されて崖の下に落ちていった。
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(0)「安心して? あなた一人で死なせはしないわ」
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(0) そして、女もまた男の後を追うように自ら崖を飛び降りた・・・・・
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(0)(おお、これが先月から二股かけてた屑野郎の末路か。よくやったぞ、茂美よ。これで妾の溜飲も下がったわ)
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(0) 月宮家のある一室。
(0) 一部屋丸ごとに特殊な結界の術が刻まれ、この部屋にだけは妖怪用の罠が仕掛けられていない雫専用の部屋で、2か月前に拾われたばかりの雫がとぐろを巻いて昼ドラを鑑賞していた。茂美とは、さきほどドラマで心中した女の名前である。
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(0)(しかし、一人の男にあそこまでの熱をあげるのはよいが、その男が悪かったな。やはり雌たれば、番に選ぶ雄は慎重に選ばねば)
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(1) ウンウンととぐろを巻きつつ器用に首だけを上下させて、改めて子孫を残す厳しさを感じながら頷く雫であった。
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(0)(しかし、この妾にふさわしい雄など、そうそういるはずも・・・)
(0)「ね~しずく。もうドラマは終わったんだし、外に遊びに行こうよ」
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(0) そこで、何気に隣で一緒にドラマを見ていた久路人は雫に声をかけた。
(0) まだ小学校2年生の久路人にとって、昼ドラなんてものはよくわからないものだったようで、つまらなそうだ。
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(0)(まったく、これだから子供は・・・・まあ、子供にはこの男女の浮き沈みのある甘く切ない関係などわかろうはずもないか、フッ)
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(0) まだまだお子様の久路人を見て、雫はやれやれと首を振りながらニヒルに笑う。
(0) なお、本人(本蛇)は下手をすれば同種からも霊力源として物理的に食われる危険性もあったため、そういった経験は一切ない。ほんの数か月前に現代の現世に来たばかりだというのに、人間の作った昼ドラを見たくらいで男女の酸いも甘いも知ったような気分になっていた。
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(0)「よかろう、妾はこれでも立派な大人だからな。付き合ってやろうではないか」
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(0) そんな気分のまま大人の余裕というものを見せつけている、と思い込みながら久路人が持ち歩いている文字盤で了解の意を示す。
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(0)「本当!? それじゃあ行こう!!」
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(0)(ぬぉおおお!? これ!! いきなり掴むのは止めろと前々から言っておろうが!!」
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(0) 久路人は傍に置いてあった雫専用のケージにむんずと掴んだ雫を入れると、部屋を飛び出した。
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(0)(さて、今日はどこに連れて行く気か。川は水が増えて子供には少々危ないかもしれんし、近所の雑木林で虫取りか? 妾が森の中ではどれほど素早く動けるか、改めて見せつけてやるのも悪くはないな)
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(0) この一人と一匹の間には「遊び相手になってと頼まれたら遊ぶ」という契約が交わされている。
(0) これは精神に働きかけるものではなく、強制的に遊びに行くように意志と関係なく体を動かすものであるため、本人が最初からその気ならば発動しない。そして、その強制力は未だに一度も発動したことがない。
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(0) これまで弱肉強食の野生の世界に生きてきた雫にとって、ボードゲームやドラマといったインドアの娯楽から、外での食糧調達とは関係ない虫取りや釣りのようなアウトドアまで、人間の生み出した娯楽は新鮮なものであった。
(0) 元より好奇心旺盛でイタズラ好き(妖怪目線)だった故に封印された雫にとっても、自分を恐れない久路人と遊ぶという行為はなんだかんだ言っても楽しいものであるようだった。
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(0) 欠けている
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(0) それが雫の抱く久路人という少年への印象だ。
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(0) かつての穴があちこちに開いて異能が珍しくなかった時代、人間にとって人外とは自分たちの天敵であった。
(0) もちろん、人間に害を与えない温厚な妖怪もいるが、人間に関わる=捕食、殺害という図式が成り立つくらい、妖怪が人間を襲うのは当たり前の時代だった。
(0) そんな時代ならば、人間が人外に向ける態度も反抗的あるいは忌避するようになるのもまた当然だろう。
(0) そもそも人外の放つ霊力、別名「瘴気」は人間の精神にとって猛毒なのだ。触れ続ければ精神や魂が崩壊する可能性もあり、人間は無意識にでも人外を恐れ、嫌うように本能に刻み込まれているものなのだ。
(0) 雫がかつて見てきた人間たちもそうだった。
(0) 京たちが言うには、現代の人間もそう変わりはないらしい。
(0) そして、例え瘴気が存在しなくとも、自分たちにとっての「常識」というものが壊されるのを、まるで自分そのものが壊されるかのように感じるのが現代の現世だ。
(0) 「異能を排した世界の法則」である科学を信仰する現代人にとって、科学で解明できない現象というものには無意識であっても恐怖を抱く。その現象が単なる現象であって意思がないのであれば科学者という人種は興味をそそられて解明しようとするだろう。だが、自分たちを容易く殺せる正体不明の存在が意思を持って自分たちの近くにいるとなれば、恐怖を抱かないのは生物としての欠陥であるとすら言える。
(0) 人形であるメアはよくわからないが、あの京ですら、普段はそれなりに気安く接しはすれど未だに警戒しているフシがあるのだが・・・
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(0)(久路人には、妾 に対する恐怖が欠けている)
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(0) 久路人に恐怖という感情がないわけではない。
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(0) 道を歩いている時に角からトラックが自分のスレスレを通って行った時には飛び跳ねて壁に背中を付けるくらいには驚いていたし、怖がっていた。
(0) 家で花瓶を落として割った時にも、「おじさんに怒られるかも・・・」と怯えていた。
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(0) だが、人外と関わることにはまるで恐怖を抱いていない。
(0) それは、ただ単に瘴気に対して耐性を持っているからというだけではない。
(0) それだけで、自分を簡単に殺せる生き物と笑顔で付き合えるほど人間は強くない。
(0) それは・・・・
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(0)(久路人は、人間も妖怪も同じ目線で見ているのだろうな)
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(0) 久路人の住む街は世界でも多くの穴が開通している場所だ。
(0) 久路人は護符の影響で狙われていないし、京が張った多様な結界で一般人もその姿を認識できないし、襲われないが、妖怪の類がその辺にいる。
(0) 危険度の高いモノはメアが退治して回っているが、無害なモノは放置されているため、久路人が目にする機会は多い。
(0) そんな風に出会った妖怪にも、雫や京たちにするのと同じように挨拶をしたり話しかけたりするのだ。
(0) 少し前に聞いてみたことがある。
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(0)「お前は、前にも妖怪に食われそうになったことがあるのだろう?妖怪は怖くないのか?」
(0)「人間だって、他の人間を殺したりするじゃない。そういう妖怪に会ったってだけだよ」
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(0) 何の気負いもなく久路人はそう答えてみせた。
(0) その返答は妖怪であり、後の護衛になる雫にとって不安を抱かせるものではあったが、同時に嬉しくもあった。
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(0)(殺し合い、利用しあう。あるいは恐れ、逃げ出す。それ以外を、久路人とならできるのだろうな)
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(0) 自分でも認めてきていることではあるが、久路人と過ごす何気ない平穏な時間というものを、雫は気に入ってきているのだ。
(0) もっとも、久路人のその答えは保護者も不安にさせたようで、いざという時に対応できるように体を鍛えさせたり、護身用の道具を造ったりしているようだが。
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(0)「雫、着いたよ」
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(0)(む・・・)
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(0) 雑木林に向かう道中、ケージの中で物思いにふけっていた雫は我に返った。
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(0) 久路人が雫をケージから出すと、雫はその首に巻き付く。
(0) これが久路人が雫と外で遊ぶ時の基本スタイルなのだが、力が弱く普通の蛇とほぼ変わらない雫は一般人からも見えてしまうので人気のないところでしかやらないが。
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(0)「今日はクワガタ取れるかな」
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(0)(・・・・あんな髪切り虫の何がいいのやら)
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(0) そこは、月宮家から子供の足で20分ほど歩いたところにある山のふもとの雑木林だった。
(0) 周りは放棄された畑ばかりで、雑草が生い茂っており、民家もない。
(0) 月宮家がかなり郊外にあるため、ここまで虫取りに来る人間は少なかった。
(0) 中々に広い林で、虫がとれるポイントを回って歩くと30分はかかるだろう。
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(0)「あ、木の隙間になんかいた!! 雫、取って!!」
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(0)「いやだ。そんな樹液まみれの隙間なんぞ入りたくない!!」
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(0)「え~、そんなこと言わないで・・・・って、逃げられちゃった」
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(0) 雫がこの林に来るのは初めてではない。
(0) 虫取りのポイントも知っているし、自分がどのあたりにいるのかもわかる。
(0) 久路人がよく来るポイントということもあってこの林は念入りに妖怪の類が退治され、穴は塞がれている。監視用の術も仕掛けられているので、安全地帯と言っていいだろう。
(0) だが、危険ではないモノはたむろしていたりする。
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(0)「あれ、あんなところにたくさんいる」
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(0)(ふむ、キノコの精かなにか)
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(0) 虫取りポイントを巡ることしばらく、林の奥の方に来たあたりで、小さなキノコに手足が生えたようなナニカが道を行進しているのに出くわした。
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(0)「ねぇねぇ、そんなところで何してるの?」
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(0)「「「・・・・・・」」」
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(0)(人語を解するだけの頭はないようだな)
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(0) 久路人がしゃがみ込んで声をかけるが、キノコもどきは答えることなく行進していくだけだった。
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(0)「この先、行ってみよっか」
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(0)「まあ、危険はないだろう」
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(0) 特に反対する理由もなかった雫は止めずに久路人の首に巻き付いたまま運ばれていく。
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(0) そして、一人と一匹は林の奥へ奥へ進んでいった。
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(0) この林は危険な妖怪が退治されていない安全な場所。
(0) 雫のその認識は正しい。
(0) だが、その安全地帯を破壊する爆弾を抱えているという意識はなかった。
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(0)「結局何だったんだろう、あのキノコ」
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(0)「さあ、あの程度が考えていることなどわからん」
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(0) キノコの後を追いかけて林の奥まで来たが、彼らは大きな切り株の隙間に入っていったきり、出てこなかった。
(0) ああいう知能の低いモノは大抵何も考えずに本能で行動しているため、その真意を知るのは難しいだろう。
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(0)「それにしても、結構奥まで来たなぁ」
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(0) 久路人の言う通り、普段虫取りに来るポイントからも離れた場所だ。
(0) 舗装されていない細い道を通ってきたが、キノコが入っていった切り株の先は完全に草木に覆われて行き止まりになっていた。
(0) やや登りの道だったことからも、ここは雑木林の先にある山を少し登ったところだろう。
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(0)「なんか疲れてきたし、もう帰ろうか」
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(0)「うむ。妾も腹が減った」
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(0) 時刻は6時を回ったあたり。夏で日が長いとはいえ、林の奥は薄暗いのも相まって少々不気味だ。
(0) 雫としても空腹を感じ始めたので、帰るにはよい頃合いである。
(0) 久路人、京、雫の食事は家政婦としての技能も持つメアが賄っている。
(0) 雫の場合は魚や肉料理を一口サイズにしたものがメインだが、これまでの数百年に渡る中、雫の好物ランキングを制したのは月宮家で5日前に食卓に上がったサイコロステーキであった。
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(0)「帰ってご飯食べたら、またオセロする?」
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(0)「ふむ、オセロも悪くないが、前にやった双六も・・・・」
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(0) 雫が文字盤を叩いていたその時だ。
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(0) ガサリ
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(0) 茂みが揺れた。
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(0)「え、なんかいる?」
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(0)(・・・妙な力は感じないが)
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(0) 突如として茂みが揺れ、茶色い何かが現れた。
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(0)「あ、ウリ坊だ」
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(0)(猪の子供か)
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(0) 久路人の住んでいる街は地方都市で、郊外には豊かな自然が残っている。
(0) 鹿や猿、猪などの野生動物も生息していた。
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(0)「ウリ坊なんて近くで初めて見た!!」
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(0)(おい待て!! 近づくな!!)
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(0) 久路人は年齢の割には大人びている方だが、この頃はまだまだ子供らしい好奇心が旺盛だった。
(0) 普段は目にしない野生動物に興味を抱き、ウリ坊に駆け寄る。雫は喋れないため、その警告は届かなかった。
(0) ウリ坊はこちらに近寄って来る人間に怯えて茂みに駆け戻り、久路人は追いかけようとするが・・・
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(0)「ブモォオオ!!!」
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(0) 野太い声とともに、ウリ坊の親イノシシが突っ込んできた。
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(0)「うわぁ!?」
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(0) 咄嗟に横に飛び跳ねてイノシシの突進を躱した。
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(0)(おい久路人、早く逃げろ!!)
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(0) 雫が久路人の首にペチペチと尾をぶつけて急き立てる。
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(0)「わあああああああああ!!!」
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(0) 声は聞こえずとも意図は理解できたのか、久路人はそのまま走り出そうとして・・・・
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(0)「うげっ!?」
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(0)(何をやっておる馬鹿ものぉ!!)
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(0) 盛大に転んだ。
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(0)「ブモォオオ!!!」
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(0) イノシシはウリ坊に近づいた久路人を敵とみなしたのか、再び突進を仕掛けてくる。
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(0)(ええい、仕方あるまい!!)
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(0)「ペッ!!」
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(0)「ブモァアア!?」
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(0) 久路人に拾われて二か月。
(0) 毎日芳醇な霊力に満ちる久路人の血液を数滴ずつ吸っていた雫には、多少の力が戻っていた。
(0) 戻った霊力を使って形成した拳大の水の塊をイノシシの眼にぶち当てて怯ませる。
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(0)(今のうちに走れぇ!!)
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(0)「うわああああああああ!!!!!!」
(0)
(0) イノシシが怯んでいるうちに、久路人は立ち上がり、もう一度走り始めるが・・・・
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(0)「うぐぅ!!!?」
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(0)(ぬぉおおおお!?)
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(0) またしても盛大に転んだ。
(0) 無理もない話であるが、完全にパニックになっているようだった。
(0) 久路人はまるで自分の体をうつ伏せに摩り下ろすように斜面を滑り、首に巻き付いている雫も振り落とされまいとしがみつく。
(0) そうこうしている内に・・・・・
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(0) パキン
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(0) 何かが、砕け散るような音がした。
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(0) それと同時に、久路人のいる場所を起点に、猛烈な寒気が発生する。
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(0)(これは・・・・・まさか、穴が!?)
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(0)「あ、お守りが・・・・」
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(0) その護符は2週間前に京に作ってもらったものだった。
(0) 雫を拾った頃よりも耐久性を上げており一か月は持つはずだったのだが、半月に渡って久路人の力を抑え込んだことと2度にわたって物理的に強い衝撃が与えられたことで壊れてしまっていた。
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(0) ケタケタケタケタケタケタケタ・・・・・・・
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(0) ナニカの笑う声が聞こえる。
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(0)「ブモォォォオオオオ」
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(0) イノシシはこの場に満ちる異様な雰囲気を感じ取ったのか、すぐに元来た茂みに逃げていき、久路人と雫だけが取り残され・・・・
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(0) バキン!!
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(0) 突如として空間に直径1mほどの黒い穴が空いた。
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(0)(アレは、小さめの穴か・・・しかし、穴の向こうに何かいる!!)
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(0)「アアアアアア、イイ、ニオイ・・・・」
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(0) 穴の奥から、人間の大人くらいの大きさのナニカが這い出てきた。
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(0)「アアアアア、ウマ、ソウ・・・・」
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(0) ソレは、大まかな見た目はトカゲに似ていた。
(0) 細長い体に生えた四本の手足を地面につけ、長い首と尻尾を持っていた。
(0) だが、その顔は醜悪な老婆のそれであり、手足は人間のものによく似ている。緑色の体には所々にギョロギョロと動く目玉が埋め込まれたように付いていた。
(0) 老婆の顔も、体中に付いていた目も、少しの間忙しなく動いていたが、久路人を見つけるとピタリと止まった。
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(0)「ミミ、ミツ、ケタ・・・・」
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(0)(まずい!!)
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(0) 小さな穴から出てきた妖怪ではあるが、それでも今の雫では到底敵いそうもない。
(0) これならばさっきのイノシシ相手に逃げている方がまだマシだったろう。
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(0)(久路人、早く逃げ・・・・)
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(0)「なあんだ、妖怪か」
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(0) 雫が再び逃げるように促したが、久路人は先ほどのパニック状態から復帰したように落ち着いた様子で身を起こした。
(0)
(0)「ねえ、僕たちこれから帰るんだ。君も家に帰った方がいいと思うよ」
(0)
(0)「アア?」
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(0) 獲物の様子がおかしいことに気づいたのか、トカゲモドキもその老婆の顔を怪訝そうに歪めた。
(0)
(0)「おじさんや雫に聞いたよ。今の妖怪は勝手に人間を襲っちゃダメって魔法使いの人と約束したんでしょ? だったら、僕のことも食べちゃダメなんだし、君も帰らなきゃ」
(0)
(0)(馬鹿者!! こんな獣に近い連中にそんな話が通じるわけあるか!!)
(0)
(0)「アアアアアアア!!!」
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(0) 案の定、妖怪は久路人の言うことに耳を貸すことなく四本の足をドタドタと動かして飛び掛かる。
(0)
(0)「わっ!」
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(0) トカゲのような見た目ではあるが、速さまでトカゲ並みではないようで、気味の悪い動きをしながら久路人に迫るもあっさりと避けられる。
(0) 久路人を捕まえられなかったトカゲモドキは憎々しげに睨みつけた。
(0)
(0)「あ~あ、やっぱりダメか。危ない感じがするけど、話を聞いてくれればなって思ってたのに」
(0)
(0)(こいつ・・・・)
(0)
(0) あのトカゲの見てくれは同じく妖怪である雫から見ても、さっきのイノシシなどよりよほど気味悪く、怖気が走る。
(0) であるのに、久路人はそれを恐れるでもなく、逃げようともせずに説得しようとしたのだ。
(0) 雫はこんな状況にありながらも、久路人の在り方に戦慄した。
(0)
(0)「でも、人を襲っちゃダメってルールがあるのに僕を食べようとするのはいけないことだよね?」
(0)
(0)(何?)
(0)
(0)「なら、これから僕があいつをやっつけても、せいとうぼうえいってやつだよね?」
(0)
(0) それは、いつもの久路人と変わらない平坦な声だった。
(0) だが、その声を聞いた瞬間、雫になぜか震えが走る。
(0)
(0)「ねえ、僕を食べたいんでしょ? なら、これも欲しいよね?」
(0)
(0)「アアア!?」
(0)
(0)(それは・・・・)
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(0) 久路人がポケットから取り出したのは、手のひらに収まるサイズのボトルだった。
(0) その中には、深紅の液体が揺れている。
(0)
(0)「はいっ!!」
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(0)「オアアア!!!」
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(0) 特別製のボトルは中身の特異性を漏らさないが、トカゲモドキには人間を引き裂いたときに溢れるその色が魅力的に映ったのだろう。
(0) 蓋を少し緩めて放り投げられたボトルに食らいつき、かみ砕く。
(0)
(0)(・・・なるほどな)
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(0) ボトルの中身は久路人の血液だ。毎日血を抜いて与えるのも面倒なので数日分をストックしておくのだが、久路人はそれを持ってきていたらしい。
(0) 特殊な霊力に満ち溢れる久路人の血液は妖怪にとって極上の食事だ。1滴摂取するだけで数年分の霊力を補給できる代物だが、雫はトカゲモドキの末路を悟った。
(0)
(0)「アアアアアアアアアアアアア!!?????」
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(0) ボトルをかみ砕き、中身に舌が触れた瞬間に恍惚とした表情を浮かべていた妖怪であったが、次第に怪訝な顔になり、そのうちに地面に横になってもだえ苦しみ始めた。
(0) やがて動かなくなったと思えば・・・
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(0)「アァァァァ・・・アア・・・ア・・オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!?」
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(0) 突如としてその体のあちこちが膨れ上がり、そこから新たな手足や顔が生え始めた。
(0) さらに、その増殖はどんどん進んでいき、増えた個所から再び新たな部位が増えるのを無限に繰り返していく。
(0)
(0)「アアアアア・・・・アア」
(0)
(0) 最終的にはいくつもの血涙を流す顔が付いた球状の肉塊というべきものになり、動かなくなったと思えば、膨れ上がった肉がドロドロとゲル状に溶けて地面に吸い込まれ、後には気味の悪いシミだけが残った。
(0)
(0)
(0)(あの程度の器しかなければ、久路人の力を収められるはずもない)
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(0) 久路人の力は強大だ。あらゆる妖怪に力を与える効果を持つが、その力に耐えうる容量がなければ、その変化に耐えきれずに自壊するのも道理である。
(0) 雫が久路人の力を分けてもらってもトカゲモドキのようにならないのは、摂取する量が少ないのと、増大する力を受け止められるだけの器を備えているに他ならない。
(0) 久路人の血は、妖怪を引き寄せる美酒にして劇薬なのだ。
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(0)「よし、それじゃあ新しいのが来ないうちに早く帰ろうか!!」
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(0)(・・・・・うむ)
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(0) 当の本人はさきほどまでそこで広がっていたあまりにもグロテスクな光景を目にしたにも関わらず、いつもと変わらない調子で走り出した。
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(0)「でも、うまくいってよかったよ。前に襲われたときにビンを落としたら同じようなことがあってさ」
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(0)(・・・・・)
(0)
(0) 一応は和解を考えていた相手が惨たらしく死んだことを毛ほども気にしていないように話すのを聞きながら、雫は自分が巻き付いている少年のことを考える。
(0)
(0)(薄々思っておったが、イカれておる)
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(0)
(0) 妖怪を全く恐れないこと。
(0) 妖怪を人間と同じような目線で見ていること。
(0) そうでありながら、妖怪を殺すことになれば全くためらわないこと。
(0)
(0)(もしかすれば、久路人にとっては人間も・・・・)
(0)
(0) 今日の様子を見ていると、同種であるはずの人間も躊躇せずに殺せるのではないか?
(0) 雫にはそう思えてならなかった。
(0) それは、弱肉強食を生き抜いてきた野生動物の感性に近い。
(0)
(0)(だが、何かが決定的に違う)
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(0) 久路人は最初は話し合いで解決しようとして失敗し、自分の命の危機だから相手を殺した。
(0) 話し合おうとしたのも、殺そうとしたのも・・・・
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(0)(ルール違反か・・・)
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(0) 普通の感性からすれば、あの状況でそんなルールなど気にすることはないだろう。だが、久路人はあくまでルールを守るという姿勢を変えなかった。
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(0)(一体、久路人の中にはどんなルールがあるのだろうな・・・)
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(0) 自分はとんでもない危険人物と契約を結んでしまったと少々後悔する気持ちもあるが・・・
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(0)(妾が契約を守る限り、身の安全は保障されている。久路人から傷つけられることもない。ならば・・・)
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(0) 自分を拾ってくれた恩があるのは確か。
(0) 自分の力を取り戻すため、安全に生きるためという打算があるのも確か。
(0) 自分と遊んでくれるのを嬉しい、楽しいと思うのも確か。
(0) それに加えて・・・・・
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(0)(一体こやつは、どのような生き方をするのだろうな?)
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(0) かつては強大な力を誇っていた妖怪が、一人の少年とその未来に多大な「興味」を持った瞬間だった。
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(0)(久路人と一緒にいれば、退屈することはなさそうだ。まさしく、最高の「娯楽」よな。しかし、それにはこの姿はいささか不便だ。いつまでも声を届けられぬのももどかしい。どうしたものかな)
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(0)「あ!もうすぐ出口だ!!」
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(0) 木々の隙間から夕陽が差し込む中、一匹の蛇は一人の少年と歩むこれからに、確かな期待と高揚感を得たのだった。
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(0) ちなみに、林に空いた穴は結界が崩壊したことを察知した京に塞がれた。
(0) そして、今回護符が壊れた詳細を聞き、物理的な耐久性の向上を目指すのであった。