行別ここすき者数
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(0) 馬鹿と煙は高いところに登る——。という言葉があるの知ってるだろうか。
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(0) とどのつまり、要約すれば『調子に乗る』という意味合いが大きい。
(0) 調子という物は何も個人の感覚によって測れる物ではない。時としては場の空気に呑まれて感化されてしまうこともある。祭りとかで財布の紐が緩むのと似たように、人というのは適用するが故に、どんな賢者であろうとも愚者になることもあるということだ。
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(0)「あらあら! これが『華雲宮城』名物のフォーチュンクッキーねっ! 恋しそうな味がしそうだわ~~!」
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(0)「おっ、これが例の白酒(バイジュウ)という酒か! 名前とは裏腹に水みたいに透明じゃのう!」
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(0)「なんかパチモンなのか、モノホンなのかよく分からない物がありますわね……」
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(0)「へ~~。これが中華風メイド服なのですね……」
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(0) ……まあその何が言いたいかといえば、現在進行形で俺達はその愚か者になっているわけだ。
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(0)「来て早々に観光気分が四人いるんだけどっ! どう思う、バイジュウ!?」
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(0)「はひ? ははひひほほほひはふ」(はい? まあいいとおもいます)
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(0)「当のバイジュウが一番気が抜けた状況になってる!?」
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(0)「んっ……。故郷の味って意外と変わらない物ですね、安心しました」
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(0)「今食ってるの何?」
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(0)「鳥の血を使ったデザートです。プニプニとしてて癖になりますよ?」
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(0)「大変猟奇的だ……」
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(0) 長いフライトを終えてバイジュウ、ファビオラ、ソヤ、ギン、俺、そして指揮官としてのクラウディアは今回の目的地となる第一学園都市『華雲宮城』へと到着していた。
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(0) 新豊州、マサダブルク、サモントン、ニューモリダスと並ぶ六大学園都市の一つ。冠する数字は『一』を持つのが華雲宮城という場所だ。
(0) 地上からは決して渡ることができない断崖絶壁の空の孤島。航空機でも使わなければ渡ることもできず、渡るにしても第一学園都市の政府からの認可が下りなければ踏み入れることさえできない。他者に関わることを極限までに削ぎ落とし、その傲慢さが形となって階級主義が根付く閉鎖的な国。それが華雲宮城だ。
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(0)「そこの旅行者! 一つで一万のトラッキング対策もあれば電気代節約効果もあるケーブルタップ! 今なら三つで五千ポッキリの特売だよっ! お買い得だよ~~!!」
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(0)「それ劣悪品の上に売り文句も嘘っぱちでしょうが。水晶の占い、星座の巡り、手相の形……そしてスーパーの特売商品を見聞きしたクラウディアの目を誤魔化すことはできないわよ」
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(0)「最後のだけで養った観察眼だ……」
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(0) マリル曰く「馬鹿は高いところに登る、というがあそこは筋金入りだ」と溢すぐらいにはお高く纏まった場所とのことであるが……実際に目にしてみると、意外と商魂逞しい市場という印象が強い。
(0) 空港の入り口を出れば、来客の金銭を搾り取ろうと言わんばかりに並ぶ簡易的な設置された商店の数々。イメージとしては七夕や大晦日に蔓延る露店の並びを想像してもらえば分かりやすいだろう。先ほどクラウディアが相手をしてる店のように、中には粗悪品を売るような悪徳商法もあるが、そんなのは全体で見れば多く見積もっても一割くらいだ。基本的には値段に恥じない良質な品物を提供してくれている。
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(0) 実際に俺とファビオラを除く全員が店で何かを購入済みとなっており、クラウディアの手には謎のインテリアから菓子類、ソヤの手には使用用途不明の雑貨の数々、ギンの手にはバラエティ豊かな酒類の数々、バイジュウの手には見覚えのないご当地グルメ感が満載となっていて皆でシェアして口にしている。
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(0)「おぉ……! これが三千年の歴史が詰まってると言われる料理本……っ! これさえあれば一層料理に生じすることも……」
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(0) なおそのファビオラも目移りしていて、その手にある料理本を購入しようとかと目が泳いでいる。だけどまずファビオラはレシピ本通りに作るところから頑張ってほしい。一度調理工程を見てみたが、斜め読みした挙句なんで記載されていない部分を加えてしまうのか。それが原因だと言っても反省してくれないので、きっとスクルドもあの人懐っこい笑顔の裏で苦労していたに違いない。
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(0) ちなみに俺自身も結構購買意欲を駆られているが、残念ながら今現在の俺は借金娘の身。こんな風に大っぴらに銭を投げ捨てられるほど財布が豊かではないのだ。季節は春を迎えても、俺の財布は常に冬なのが悲しいところ。
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(0)「うぅ……しかしここは寒いなぁ。まだ春を迎えたばかりだぞ?」
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(0)「気温は標高が100m上がるたびに約0.6℃下がると言われています。ここ華雲宮城は五岳のうちの一つである中岳『嵩山』に位置しており、その標高は約1440m……。新豊州と比べてら約8℃ほど下がっております」
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(0) なるほどね……。高所特有の耳鳴りには未だに慣れていないし、春先で8℃も下がるとなれば、それは気温だけなら秋頃ぐらいにはなる。俺の服装だってフリルと赤のリボンが目立つ白のワイシャツに紺色のスカートと特に防寒対策もしてない普段着だから手先と足先が冷えてしまって仕方がない。
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(0)「ショッピング気分もいいけど、ここから先はどうするの? 現地に赴いても情報がないんじゃ動こうにも動けないじゃない。作戦の立案者はレンちゃんとバイジュウなんだから何か目星はあるんでしょうね?」
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(0)「それは……」
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(0) ある程度商売根性が滲み出た道を抜けて、人目のつかないカフェテリアで皆が腰を下ろすと指揮官の立場があるクラウディアはアップルティーを口にしながら疑問をぶつけてきた。
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(0) それに対しては申し訳ないことに、俺からは具体的な方針となる部分はない。ただニャルラトホテプがここに潜んでいるかもしれないという考えがあって、そこにバイジュウの考えも相乗したことで今の状況になっている。だから俺には口にできるような作戦などはなく、乾いた笑いを浮かべながら視線でバイジュウに救いを求めるしかなかった。
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(0) その視線にバイジュウはすぐに気づくと「しょうがないですね」と言わんばかりに、一度目を細めて肩の力を抜くと、クラウディアに真剣な眼差しを向けながら静かながらもやけに響く声で告げた。
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(0)「……私はフリーメイソンの支部を探すことを第一としています。そこにミルクが残したデータのコピーが残っている可能性があります。そこには『異質物』や『魔導書』に対しての観点が覆るような重要な情報があるに違いないです」
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(0)「多少私情と都合が偏った情報ではあるけど一利あるわね。指揮官として鵜呑みにするわけにはいかないけど、そもそも『OS事件』での発端がフリーメイソンが絡んでいる……。終わった事件ではある物の、そもそも事件の発端となった『異質物』のすべてが『どういう意図があって運び入れた』のかまで把握していない……。それを把握するためにもフリーメイソン自体を調べることは悪いことではないわね」
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(0) 今までのショッピング気分は何だったのか、バイジュウの意見を組み入れながらもクラウディアは最年長に恥じない落ち着きながらも客観的な意見を述べた。
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(0)「他には意見がないかしら?」
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(0)「私からは何も。まだ情報もあった物じゃないし、華雲宮城についても詳しくないもの」
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(0)「爺にそういう小難しい話はできん」
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(0)「何もありませんわ。そういう部分に関しては私は力不足ですので……クラウディアさんに一任しますわ」
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(0) 俺も同意見だ。そのことを口にするとクラウディアはアップルティーを一気に飲み干して「じゃあ、そういう方針で動きましょうか」と言って、いつの間にか手に入れていた華雲宮城の地図を開き始め、各自に方位磁石や電池式の腕時計などを手渡し始めた。
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(0)「それいつ買ったの!?」
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(0)「さっき巡っていた時によ。学園都市って名称だけど、基本的に華雲宮城は山岳地帯で電波が届きにくいから端末での連絡は安定性がなくてご法度。当然衛星頼りの方角もあてにしにくいし、電波時計も役に立たない。スマホは高性能で一つで多目的なことを熟せるけどこういう時には使えないから、その場合は原初的な方法が一番安定するの」
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(0)「そんなことまで既に考えていたなんて……」
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(0)「いや逆に考えないほうがおかしくない? これでも指揮官なのよ、私?」
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(0) すいません、俺は全く考えていませんでした。現代文化に染まりに染まった若人なので、スマホが機能しない生活なんて考えたこともありませんでした。
(0) そして同じような反応を見せたギンも同じなのであろう。指で頬を搔きながら「あはは」というような口を開けて冷や汗を流している。一応教官という地位だから、俺達とはいくらか立場上だもんね。自分の体たらくに申し訳なく思っているのだろう。
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(0)「けどこれだと連絡は取れないよね? まさか伝書鳩とか、そういう微妙にオカルトなのに頼るわけ?」
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(0)「伝書鳩はオカルトじゃないわよ。それはそれとして、そこは『科学』じゃなくて『魔法』の出番よ。みんな、これを受け取って」
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(0) そういうとクラウディアは手品の合図でもするかのように、わざとらしく指を一回鳴らすと、これまた手品のようにポンッ! という煙と破裂音と共に俺達の一人一人の前に手鏡が出現した。
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(0)「それは私の魔術で生成した『連絡ができる鏡』よ。普通に手鏡としても使えるけど、呪文を唱えればビデオ通話のように顔が映って連絡することができるわ」
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(0)「その呪文って、かの童話で有名なアレだったりします?」
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(0)「察しがいいわね。ご想像の通り呪文は『鏡よ、鏡』と言って、その次に繋ぎたい相手の名前を言えば大丈夫よ」
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(0) そう言ってクラウディアは「こんな風にね」と前置きして呪文と俺の名前を告げると、鏡に映る虚像が俺ではなくクラウディアへと変わる。
(0) 無言で驚くしかない俺にクラウディアは鏡越しで『すごいでしょ』と告げると、俺はまた一つ驚いた表情を見せたのだろう、ここにいる皆が鏡のことには驚きながらも俺に関しては笑いを堪えるように口を塞いでいる。
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(0)「ちくしょう……。良い玩具扱いされてる……」
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(0)「あと小さいから大きさは制限されるけど、それを利用すれば私を介せば小さな物を運ぶこともできるわ」
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(0) そういうと今度は手鏡からクラウディアの手だけが出てきて、俺に首筋を撫でたり、手を引っ込めるとカップを置いていたコースターを鏡から出したり、クラウディアが取りだした化粧品を取り出しては回収したりと、その自由性を遺憾なく発揮してくれている。……取り出した化粧品の大体にアンチエイジングの文字があったが、それは気にしないようにするとしておこう。
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(0)「どう、私の鏡を使った魔法は? ちなみに運べるものは鏡面に収まれば長さは問わないわ。100m超えのケーブルでも転送できるわ」
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(0)「すげぇ……有効範囲はどれぐらいなの?」
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(0)「う~~ん……詳しくは知らないのよねぇ。新豊州全域は余裕だったけど……」
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(0)「とりあえずは新豊州の2~3倍の範囲は大丈夫じゃないかしら?」と情報の連結において極めて信頼性のない申告に、多少頭が痛くなりそうだったが、それでも連絡手段がないよりかは遥かに良い。
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(0) ……最初にあった時は無神経さや人との距離感に警戒していたが、こうして作戦指揮を任せると機敏に細かい部分に気づいてくれて頼りになる。
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(0) それに思い返してみれば、これがSIDの基地でクラウディアが急にワープしてきた理由だということも理解した。あの鏡は全身鏡とまでは行かないが、洗面台とかにある半身まで映す鏡があったから、それぐらいの大きさなら人体さえも運べるということだろう。そう考えるとこの能力の汎用性は非常に高いと言える。自分が魔力を通した鏡さえあれば、その規模に応じてあらゆる物を運ぶことができる。シンプルだからこそ驚異が安易に理解できてしまう。
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(0) それは危険物の密入もそうだし、窃盗とかもそうだ。こんな能力を放置してたらクラウディアの周囲は無法地帯になる。それに自分さえも鏡を通せば転移できるのだから、場所を特定するのさえ難しくなる。こんな能力なら最高レベルのセキュリティで保護と監視されるのも当然だし、愛衣が強く出れない理由も頷ける。
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(0) ……けれどただの乱暴者でも無法者でもない。
(0) そういう一面を剥がせば、そのミステリアスさに恥じない聡明さを顔を覗かせる。それに準備の良さもある。腐ってもSIDが認めた……つまりはマリルが認めた現場を任せられる指揮官の一人なのだ。きっと俺が想像もつかないような目線で物事を深く見ていて先手を打っているに違いない。
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(0)「ただしこれを使う時は神経を結構使うから動きながらとかだとできないのよね。というわけで私は先約したホテルでショッピング番組や昼ドラでも見ながら白雪姫のようにゆっくりしてるから、後は貴方たちに任せるわ~~」
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(0) あっ違うわ。ただこの人サボりたいだけだ。サボるのに全力なんだ。
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(0) …………
(0) ……
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(0) というわけで各自散策することになった。
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(0) ここ華雲宮城は特殊な構造をしていて、先ほどバイジュウが言っていたように元々は中国の山脈である『五岳』をXK級異質物を使って地表を操作して五岳を統一。それぞれの山脈に適した都市を建てて、それらを統合した呼び名として『華雲宮城』という学園都市として体制しているのだ。
(0) そして俺らもそれに準じるように律儀に各自の方向を一人ずつ調査することになった。
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(0) バイジュウは東の『泰山』——。
(0) ファビオラは西の『崋山』——。
(0) ソヤは南の『衡山』——。
(0) ギンは北の『恒山』——。
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(0) そして俺は中央の『嵩山』を担当しているというわけだ。
(0) これには理由があるにはあるが、とどのつまり俺が一番弱いうえに野宿する能力もないから、拠点から遠ざけることができないという理由がある。すいません、身体能力と精神性だけは常人なままで。
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(0)「……まあ、それで簡単に見つかるなら苦労しないよな~~。あっ、これでラスト一枚」
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(0)「一日目は情報なしでしたわ~~。……っと、レンさんのカードを私が取って自動的にアガリと……」
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(0)「まあ千里の道も一歩からじゃ。気長にやるしかあるまい。……おっ、これでアガリじゃ」
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(0)「ッ~~~~!! ババ抜きでしたら匂いに頼れば負けませんのに~~!!」
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(0)「だからジジ抜きにしてるんだよっ!」
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(0) 散策して半日。俺はクラウディアが取っていたホテルの一室でギン、ソヤと共にジジ抜きをしながら経過報告をしていた。とはいっても本日は収穫なしであり、それはバイジュウとファビオラも同じだ。
(0) 今頃二人ともクラウディアと誘われて銭湯にでも行って親睦を深めているだろう。最近性自認が曖昧な所はあるが、俺は男だから最低限はそういう同行を拒否しておきたい。
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(0)「さあ次のゲームですわっ! 今度こそ負けはしませんわよっ!」
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(0)「ならば百人一首じゃ」
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(0)「賛成。霧夕さんのところである程度覚えてるし」
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(0)「和歌は知りませんわ~~!!」
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(0) こういう時くらいはソヤ相手でも勝っておきたいからね。意外とソヤは心理面が絡みにくい勝負なら苦手ということも分かったし、ここらへんで俺だってゲームぐらいは強いということを思い出して貰わなければ。これでも男の時はあるFPSゲームでランキング入りしてたからね。
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(0) そんな感じで俺達の時間は平和に過ぎていく。
(0) けれど少し思うところはある。ミルクを追って来たバイジュウについてだ。
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(0) 作戦前から明るく見せていたが……どうもどこか空回りしてるような感じがあって仕方がなかった。きっと記憶の世界で精神的に深い傷を負うような出来事があったに違いない。それぐらい俺だって分かるくらいにはバイジュウの明るさはほんの少しだけ空回りしていた。
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(0) そんなバイジュウの内面が……ほんの少しだけ気がかりでしょうがなかった。
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(0) …………
(0) ……
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(0)「バイジュウの肌はモチモチね~~♪ 本当に三十路なのかしら~~?」
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(0)「どこ触ってるんですかっ!?」
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(0)「ここの背筋とか特に無駄がない……」
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(0)「指でなぞらないでくださいっ!」
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(0)「はは、アンタも大変だね~~」
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(0)「ファビオラもメガネを外せば柔らかいラインの眉毛が見えていいじゃない♪」
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(0)「……そんなに顔をマジマジと見ないでもらえます?」
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(0) そのころ一方、レンの心配とは裏腹にクラウディア、バイジュウ、ファビオラの三人はホテルに備え付けられている銭湯で仲良く裸の付き合いをしていた。とはいってもクラウディアが一方的に絡んでくるという飲み会で酔った面倒くさい上司という感じではあるのだが。
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(0)「というか見た感じ伊達よね。なんでしてるかしら?」
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(0)「属性って盛れるだけ盛ったほうが萌えますからね。メガネ、ツーサイドアップ、メイド、重火器!」
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(0)「濃厚コッテリ油マシマシって感じで私はキツイかな……」
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(0)「それ貴方が言えた義理です?」
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(0) バイジュウは内心「料理下手も所謂萌え属性なのでは?」と思いながらも口に出さず、湯船に漬かり続けて成長して二人の会話を聞き続ける。
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(0)「それはそれとして……貴方には改めて感謝を言っておきます」
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(0)「う~~ん? 何のことかしら?」
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(0)「傍若無人な振る舞いで誤魔化してますけど、私は忘れていませんよ。貴方が『時止めの魔女』ということ。それで今もスクルドお嬢様を守っていてくれていることを」
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(0) それはバイジュウも知っていることの一つだ。
(0) スクルドはニューモリダスの一件でほぼ死亡同然ながらも危篤状態という形でSIDの医療施設で厳重に管理されている。その命を繋いでいるのは最新の医療設備による影響もあるが、実際のところとしては『時止めの魔女』--つまりはクラウディアによる魔法による延命処置のほうが割合としては大きいことは知っている。そしてその『魔法』に対する異様さに関しても。
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(0)「生物の時を止めて長い間『維持』するなんて並大抵の魔法ではありません。私が知る限り、最高峰の魔法で間違いない……。それなのに鏡を使った汎用性の高い魔法も使える……。貴方はいったいその能力を使うのに『狂気』に染めているのでしょうか?」
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(0)「……何の事かしら」
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(0) ファビオラからの重苦しい雰囲気の一言にクラウディアは一転して雰囲気を変える。
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(0) それは『ドール』などに見られる『狂気』でも、『魔女』だけが持つ独特の人間離れした一面でもない。まさに童話や物語に出てくる『魔女』というべき深淵を測れぬ底なしのミステリアスさがクラウディアが漂う。あらゆることを許容する寛容さと、一言でも間違えればその場所で斬首刑でもされそうな得体のしれない二面性の融合した雰囲気。それが突如として温かいはずの銭湯の空気を凍らせたのだ。
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(0)「魔法とは『狂気』と表裏一体の危うい力。サモントンでラファエルが暴走して『風の魔法』を極限まで高めることでプラズマを発生させたように、魔法という物は強くなればなるほど同時に『情報』が増えて魔女を狂気へと染めていく……。それは個人差があることは重々承知ではあるのですが……貴方のそれは個人で持つには強大すぎる気がしてならないのです」
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(0)「きっとそれは」とファビオラは一言置くと、少しだけバイジュウを一瞥して告げる。
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(0)「私には想像がつかない経験をしたのではないでしょうか? それこそ普通の目線では想像もつかないような……」
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(0)「……どうでしょうね。少なくともスクルドみたいな能力は私は持ってないわよ」
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(0) それだけ告げるとクラウディアは口を塞ぐ。その言葉を聞いてバイジュウは「?」と疑問符を表情に見せるが、ファビオラにとって重要な意味があった。
(0) ファビオラにとってスクルドの『未来予知』という能力は大事なことだ。スクルドとの強い繋がりでもあり、他社が勝手に土足で踏み込んでいいものではない。それをクラウディアはどこかから知って踏み込んできた。
(0) それは安易に「お互いにそれ以上踏み込まないようにしましょう」と言ってることを察せないファビオラではない。多少不満を持ちながらも最初に自分が足を入れたことを反省しながら「そうですか」と言って一度話を終える。
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(0)「ならば話を変えましょうか。貴方飄々としてが準備がいいわよね」
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(0)「手鏡とかの諸々の事? あれは指揮官として最低限のことで……」
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(0)「それだけじゃないわよ。バイジュウが教えてくれたのよ」
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(0)「バイジュウが?」とクラウディアが疑問に思うと、ファビオラは「直接アンタが言いなさい」とバイジュウに告げる。
(0) バイジュウは「そこの部分を私が言う必要あるのかなぁ」と内心思いながらも、しばし時間を置くと「ええ」と肯定しながら話し始めた。
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(0)「露店巡りしていた時に気づいていました。貴方の『魂』には『楽しむ』というより『探る』という気持ちが大きく揺らいでいたことを。恐らく臭いで感情を理解できるソヤさんもそれには気づいていると思います」
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(0)「何そのスピリチュアルな感覚。鵜呑みにするといつか足元救われるわよ?」
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(0)「ですから貴方が用事を済ませてる間に宿泊部屋からフロア階層のすべてを調べました。どの『鏡』にも魔力を通していて、いつ何があってもホテルから行き来できるように準備している。それに買った雑貨のインテリアにも『鏡』があって、それを粉々にして華雲宮城のあらゆる場所に仕込んでもいましたよね? 私達が四方に散らばっている間に……」
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(0)「いついかなる時でも一般人から重臣までの話を聞き逃さないために」とバイジュウが言うと、クラウディアはその長い明るい黒髪を掻き毟ると「そういうことは気づかなくていいのに」と溜息交じりに言いながら話を続けた。
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(0)「聡明なのは噂通りなのね。本当は怠け者扱いのまま任務を終えたかったのに」
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(0)「なんでわざわざ無能みたいフリをするんですか?」
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(0)「そりゃ頼りにされたくないからよ。仕事が増えれば自由な時間が減るじゃない?」
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(0)「本当にそれだけですか?」
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(0) バイジュウからの『魂』さえも見通す問いに今度はクラウディアが委縮する。
(0) 嘘なんてついても無意味な能力。だからこそ真実を素直に見通すことができる。
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(0)「…………本当にそれだけよ。それ以上でもそれ以下でもない。私は極力頼りにされたくないのよ」
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(0) ならば偽装された本当のことを言うまで。
(0) 本当でありながら嘘でもある心境を素直に溢し、クラウディアはバイジュウの問いを躱した。