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(0)「ここが第二学園都市ニューモリダスかぁ……」
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(0) 航空機から降りた俺は、眼前に広がる美しい新世界に見惚れていた。スクルドやファビオラが本来住んでいる学園都市、その名は『ニューモリダス』——。
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(0) 着陸先の空港が港湾付近だったこともあり、教科書やインターネットで見る立体道路や高速道路などといった如何にもなビル群が並ぶ大都会の中心から少し離れており、視界に広がるのは綺麗に流れる川や海が見渡すことができる絶好のリゾート地だった。
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(0)「おぉ〜〜!! すげぇ〜〜!!」
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(0)「今見える海がニューモリダス名所の一つ『ロング・ビーチ』だよ。海鮮料理とか色々あるけど、私のオススメは『ラベンダーアイス』とか、某夢の国を参考にした『シーソルトアイス』とかの氷菓子。夏場で食べる時は最高だよっ」
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(0) 銃社会や絢爛都市と言われるものだから工業地帯や都市開発とかで重機の作業音とか、少し裏路地に行けば第六学園都市『リバーナ諸島』までとはいかないが、マフィアが絶え間なく銃撃戦を繰り広げる治安の悪さというか……それこそ『ATG』みたいな警官と視線を合わせただけで発泡されたり、常習的な車両窃盗があったりと、常にファビオラがスクルドを守らないといけないほどだと警戒していたが…………実際こうしてみるとエンターテインメント性や発展具合なら新豊州を超えうるほど盛んで街が息づいている。
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(0) 見渡せばこれでもかとインテリアとかアパレルショップが並んでおり、小腹を空かせば「待っていました」と言わんばかりに視界に絶え間なく映り続ける飲食店の数々。ハンバーガーやパスタ、エミリオが喜びそうな大ボリュームを扱うものから、格式が高い……って寿司ッ!!?
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(0)「あれぇー!? 寿司って新豊州とか辺りの名物じゃ……!?」
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(0) というか小籠包やグリーンカレーとか、明らかに国風に合わないのもいくつか見えるぞ!?
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(0)「ニューモリダスは世界最高の貿易港ですので。色々と輸入や輸出も盛んになれば、様々な文化は根付きます。それにこんな広い海を活かさない点もありませんから、漁猟とかも精力的に行ってますよ♪」
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(0)「サモントンが輸出している『黒糸病』対策をした農作物だけじゃ食料は全て賄えないからね。ニューモリダスも魚介類を提供してるんだよ〜〜!」
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(0)「そんな盛んなのに何で銃社会なんだ……?」
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(0) 素朴に思った疑問を口にしたところ、スクルドは少し顔を曇らせ、ファビオラは慣れているように言葉を出した。
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(0)「外交が盛んになると、どうしても『他国』の人間が移住することも多いのです。ここは見ての通りリゾート地としても一級品なので、世界中の著名人が別荘を持ったり……」
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(0)「だからここの国民に『純粋なニューモリダス市民』って全体的に見ても半分もいかないんだ。しかも移住してきた人達のほとんどが七年戦争で棄民となった人達や、サモントンに受け居られなかった戦後の移民……戦争や思想の差異で保身的になって疑心暗鬼に陥った人達は分かりやすい武力を求めたの。…………それが銃社会が発展した理由。視覚化された武力と、卓越された治安警察は銃社会という特異な状況であるにも関わらず国として繁栄している……まあ犯罪件数は六大学園都市でトップだから誇れることでもないんだけど」
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(0) 意外な事実を知ることになるが、さして俺は驚きはしなかった。マサダブルクでの出来事がそういう根本的な文化の差異について、国ごとに違うということを知っていたからだ。
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(0) こうして聞くと改めて新豊州は平和だと思ったが……同時に『平和』って何だろうって、つい考えてしまう。第五学園都市『新豊州』や第二学園都市『ニューモリダス』でここまで差があるのに『平和』が維持されてるのだ。他の学園都市はどうだったか思い出す。
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(0) 第一学園都市『華雲宮城』は完全な格差社会だ。マリルが「馬鹿は高いところに登るというが、あそこまで行くとある意味では天才だな」と皮肉を言うほどに。官僚が幅を振りかざして、権力の格差が他国とは比べようにならないほど厳格であり、曰く山岳地帯を利用して文字通りの上下社会を築き上げてるのこと。だというのに、華雲宮城では思想自体が栄光もそうだが、歴史や伝承といった遺物を中心に秩序を構築するため国民は現状については不満に思うことはないらしい。
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(0) 第三学園都市『マサダブルク』は生まれや宗教の違いでテロ活動は絶えることはない。だからこそ『内城』と『外城』と区分けして『壁』を作り上げて、分かりやすい隔たりを作ることで最低限の治安を維持している。俺自身が内城に入ったことで平穏度合いは知っているし、外城は外城で孤児院で子供達が自分なりの幸せを育んでいた。それは国の根本にある思想が自立を促す物があるから成立する平和であり、その思想こそが国取り合戦をしようとハモンやムシャルの壮絶な裏の闘争が引き起こした遠因でもある。自分なりの平和を実現させるために。
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(0) 第四学園都市『サモントン』は国民間での富裕層と貧困層があり、最底辺まで行けばホームレスや浮浪者がいることが度々話題になる程だ。だけど宗教という思想が全国民に信仰されており、そういう富などの差で争いが起こっているということは聞いたことがない。…………ラファエルはそんな思想に「ああいう役立たずのゴミ共は、全部屠殺所に送ればいいのに……」と転校当初に吐き捨てたほどだ。今思えば彼女が本来持つ優しさなど微塵もない言葉遣いであり、ある意味ではニュクスより扱いはキツかったかも。
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(0) 第六学園都市『リバーナ諸島』は、そんなニュクスが元々いた場所だ。本人の口頭によればマフィアが統治することで犯罪が犯罪を減らすという摩訶不思議な状態となっており、犯罪件数だけ見れば六大学園都市の中で一番低いとされている。とはいっても綺麗事だけで成り立つ国情ではなく、法外の地としても様々な取引や違法ギャンブルなどで国を回すほどであり、その生き方は国民全体の思想に息吹く『すべての主義主張に意味は無くすべて虚しい。人生は素直に自分の欲望に従うべき』と刹那的な生き方を重んじるほどだ。
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(0) ……様々な形で六大学園都市は『平和』という秩序が成り立っている。そんな物は本当に『平和』と言えるのか。疑問に思ったら新豊州さえの『平和』さえ偽りなんじゃないと少し考えてしまう。
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(0)「でも、こうして国民みんなが元気で楽しく生きてる……。私はこのニューモリダスが好き。いつかパパと一緒に国を支えて行きたいと思っていけるほど」
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(0) 規律さえ尊守されていれば、どういう経緯や結果であれ平和というものは尊いものだと謳うように、スクルドは天使のような微笑みで語ってくれた。
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(0) ……前は庇護欲とか駆り立てられた彼女のためにファビオラを助けたけど、こうしてみると高崎さんみたいに守りたいと思う『夢』があることに気づいた。
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(0)「スクルド…………」
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(0)「だからレンお姉ちゃんが新豊州でラーメン屋を教えてくれたように、私もとっておきのお店を紹介したいの。銃社会というけど、ニューモリダスだって楽しくて素敵なところだって」
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(0) スクルドは無邪気に俺の手を掴んでくる。ファビオラの方を見てみると「しょうがないですね」と言いながらも笑顔を浮かべると「夕刻を迎える前には戻りますよ」と注意を促しつつも了承を得る。
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(0)「じゃあ、行こうっ! まずは私がオススメするのは洋服店! 今ね、お姉ちゃん好みのミリタリールックとかニューモリダスで密かなブームなのっ!」
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(0)「意外と引く力強いなっ!」
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(0)「お嬢様待ってくださ〜い」
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(0) 金色の天使を先頭に、鈍臭い黒髪とピンク髪のメイドは蜜の匂いに釣られる蜂のように付いていく。少しずつ移り変わるニューモリダスの街並み。服を見て楽しく談話したり、射撃場でSIDの訓練で培った技術を実感したり、海鮮料理を楽しんだりと至れり尽くせりだ。格好はSPなのに、気分は完全に旅行で浮き上がっている。これならアニー達とも一緒に来たかったが、目的は『俺』の姿をしたアイツを捉えることだ。イナーラという諜報員の情報待ちになるとはいえ、ふとした拍子に見つけることができるかもしれない。気持ちを切り替えて、俺は辺りを見回して目的となる人物がいないか確認した。
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(0) その時、視界の片隅で不思議な少女が見えた。ダイヤ柄の赤帽子と赤いサロペットスカートを着た金髪の少女——。
(0) 微動だに動かずにひたすら草むらを見続けている。その姿は何故か愛くるしくて……まるで子供が無邪気に何かを観察しているように見えた。
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(0)「次行こうっ! 今度は宇宙開発技術館っ!」
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(0) 引き続きスクルドの案内の下、ニューモリダスを時間の許す限り回り続ける。その去り際、金髪の少女と視線が合った。その無垢が詰まった瞳の奥に、言いようのない翳りが少しだけあるのを俺は感じた。
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(0) …………
(0) ……
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(0) 夕刻。洋服やインテリアなどのウィンドウショッピングを時間の許す限り楽しみぬいて、スクルド達と俺は最高レベルのセキュリティを完備したVIP御用達のホテルで宿泊することになる。スクルドは政界的な付き合いでファビオラだけを連れており、今室内にいるのは俺一人。きっとスカイホテルであった時と同じように大人相手でも堂々と交流を行なっているのだろう。俺には到底できない。
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(0) その間に俺は明日と明後日の予定を確認する。データを見るだけでは退屈で仕方ないが、スクルドの護衛も目的といえば目的だ。こちらも疎かにすることはできず、自由となる時間を把握していつでもイナーラと連絡が取れるように準備を進める。
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(0)「この生活に慣れて色々と食うようになったけど……やっぱ、無性に食いたくなる時あるよな♪」
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(0) 予定表を見ながらも片手間でカップ麺にお湯を注いで束の間の贅沢を満喫する。マリルや愛衣、それどころかアニーさえも「カップ麺は身体に毒」と言われて買うことが許されることなく断食を強いられていた。意外とそのストレスというものは高く、流石のラファエルも同情したのか馬鹿にしたのか、「私は食べるけど、あなたは食べないの?」と目の前で啜る音を聞きながら食べていた時には殺意が芽生えそうになったほどに。
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(0) だからこそ監視の目が緩い今のうちに、こうした嗜好品を食べるのだ。ここでなら流石にSIDも俺の食事情までは把握しきれない。胸元の埋め込まれてるスピーカーだって、位置情報と健康状態をリアルタイムで送受信するが、カップ麺食ってすぐに体調に変化が起きることはないし、位置情報なんて何の意味もない。久しぶりに解放された心のままにカップ麺を口にする。
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(0)「おいしい〜〜〜〜っ!!」
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(0) ホテルのディナーもそれはそれで美味しいのだが、元々平凡な男子高校生である俺にはジャンキーなコンビニ飯のほうがご馳走だ。このわざとらしい醤油味と、わざとらしいスパイシーさ、そして謎のブロック肉。これこそ俺が半月近くも求めに求めた至高の味。
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(0) ものの見事に数分で食いきった俺は腹八分目となった胃を摩りつつ、再び予定表を頭の中に叩き込む。さて本腰を入れて頑張ろう。
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(0)「お邪魔するわよ〜〜」
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(0) と思った瞬間、聞き覚えのない女性の声と共に厳重に閉ざされているはずのドアが開かれる。即座に俺は懐に忍ばせてある対人用の電気銃のセーフティを解除して、堂々と侵入してきた客人モドキへと向けて構える。
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(0) そこにはサイズの合わない黒ジャンパーが目立つ赤髪の女性がいた。ジャンパーの中には、白色のブラウスに編模様の青のミニスカートといったSNSでよく見る『童貞を殺す服』に近い。首元にはチョーカーにスカーフ、耳には目立たないものの真珠のピアスをしており、独特ながらも相当にファッションに詳しそうな風貌をしている。
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(0)「誰だ、お前!?」
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(0)「ふふ〜ん、誰だと思う〜〜?」
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(0) ケラケラと笑いながら赤髪の女性は俺の顔を覗き込んできた。彼女の瞳は碧緑色に澄んでいるが、今浮かべる表情とは相反したものを感じてしまい、彼女に対する疑念がますます強くなってくる。
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(0) 途端、彼女の表情は真剣さを帯びた眼差しとなり、俺の身体をくまなく見つめてくる。コロコロと表情や雰囲気を変える風のように気紛れを感じた俺は、構えていた銃の力が意識するよりも前に抜けきっていた。
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(0)「…………アナタの瞳、見覚えがあるわね。前に依頼したことあった?」
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(0)「いやいやいや……。知り合った覚えなんてこれっぽっちもないです」
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(0)「だよね〜」と彼女は不思議そうに言うと、気持ちを切り替えたのか、背筋を伸ばすだけで、雰囲気は一転して厳粛なものとなり、気品が漂う立ち姿へとなった。
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(0)「それでは答え合わせ、私の名前は『イナーラ』。SIDに正式な依頼を持って貴方の協力をすることになったフリーの諜報員。今回はよろしくね」
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(0)「君があの……」
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(0) 俺は赤髪を靡かせるイナーラの顔を見つめながら、航空機の中で確認した彼女の情報を思い出す。
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(0) 個人請負業者として世界各地で諜報活動や破壊工作を行う仕事人。出身地などといった個人情報を正確に知るものは不思議なことに誰もおらず、身長も風態さえも曖昧で語り継がれる存在であり、金さえ積めばどんな依頼であろうと確実にこなす。SIDの調査書通りの内容なら、要人関係などの困難な依頼を特に好んでいる傾向があるとのこと。しかもどういうわけか、どんな手口であろうとも隠蔽工作を行うことさえないという大胆不敵っぷり。
(0) 曰く異質物武器を所持しているだの、『聖痕』などを持った特殊な能力を持つ人物だの言われているが実際のところは不明。その性質と手口から、過去にインドで起きたEXランク異質物の遺失事件に関与している可能性があることさえ考えられるほど神出鬼没だという。
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(0) だがこうして実際の目の当たりにしてみると……意外なことに身長は俺と対して差はないし、年齢もラファエルと同じかそれ以下に見えなくもない。大人しくしていれば普通の……というには見た目が派手ではあるから、高校生ヤンキーに見えなくもない。
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(0)「というか、何でわざわざ無駄に侵入とかするの……?」
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(0)「挨拶代わりのデモンストレーションだっちゅーの。私の実力に信頼と疑念を持って欲しくてね。とりあえずこれあげる」
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(0) そう言ってイナーラは、ジャンパーのポケットからクシャクチャに丸まった紙屑を二つ俺に差し出してきた。
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(0)「これ何?」
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(0)「広げれば分かるつーの。あとこの時間にカップ麺食うのは感心しないなぁ。ブックブクのブッタブタになるよ?」
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(0)「なんでカップ麺を食べていたことを知っている!?」
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(0) あの時にはまだ部屋に入っていないじゃないか!
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(0)「いや、インスタント特有の匂いって強烈だから。鼻が効く奴なら見なくて分かるよ。あとコンビニで捨てたレシートも見たし。……ホテルまでの道でチキンも食ったな?」
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(0)「この事はマリル様にはご内密に……っ!」
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(0)「こんな価値のねぇ情報を誰にも教えるはずがないでしょうが」
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(0) 欠伸をしながらイナーラはスマホを片手で操作しながらため息をついた。
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(0)「まあ、今日は顔見せ程度だからこの辺でバァ〜イ♪ また会える日を楽しみにしてるわ〜〜♪」
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(0) 風にように現れて風のように去るとはこのことだ。まるで突発的な台風がひと暴れしたように、俺は訳も分からぬまま部屋から出て行く彼女を見ていた。
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(0) そんな後ろ姿を見届けて…………見届けて…………。瞬間に気づいた。俺がイナーラの姿を『覚えていない』ということに。服装どころか顔や髪色さえ霧がかかったように朧いでいて思い出せない。まるで俺自身が『記憶喪失』でも引き起こしたように。
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(0) 同時に脳裏に浮かべたのはイナーラの情報の一部について。SIDの調査書では『出身地などといった個人情報を正確に知るものは不思議なことに誰もおらず、身長も風態さえも曖昧で語り継がれる存在』と記載されていて、さらには『異質物武器を所持しているだの、『聖痕』などを持った特殊な能力を持つ人物』とも言われていた。
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(0) だけど……。『記憶』の通りなら異質物武器特有の光とかは確認していない。だとしたら、これはラファエルやソヤが持つ本人が持つ『聖痕』や『魔導書』由来の能力ではないのか。それなら『隠蔽工作を行うことさえない』という部分もある程度頷ける。こんな能力があるなら、隠蔽工作などするだけ無駄なのだ。
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(0)「……信頼と疑念を持ってもらうねぇ」
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(0) 確かにこんな能力を味わったら信頼に足る人物か怪しくなってくるものだ。レシートの件もあえて伝えてきたのは、『どんな小さいことでも見落とさない』という意味を持つかと思うと怖くなるが…………アイツに接触できるまたとないチャンスなんだ。こんなところで足踏みする訳にはいかない。
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(0) 俺は自分の手に握り込まれた二つの紙屑を広げて中身を確認した。一つは電話番号と思われる数字の羅列と、「ここに私は大抵いる」という一筆と住所が記載されていた。調べてみると、そこは海湾沿いで経営しているダンスクラブ『Seaside Amazing』という場所だった。メモ通りなら大抵はいるということだが、マリルの手筈通りならここで情報などを交換すればいいのだろう。
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(0) それは分かった。だけど、もう一枚の内容についても無碍にできるものではない。俺は思わず唾を飲んで、一言一句間違いがないかその文字を見つめた。
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(0) ——『エクスロッド暗殺計画』——。