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(0) バイジュウの朝は早い。冬もまだ続く2月という季節。彼女はいつも通りの肩丸出し、太もも丸出し、防寒性皆無の白いワンピースで起床する。
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(0) 時刻は五時半。朝日も昇り始めるかどうかの時刻のため、普通の人なら眠気も消えず、挙句には『休日』という惰眠を貪ってもとやかく言われないのなら、温もり溢れる布団でもうひと眠りをするが自然というものだろう。
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(0) しかし、バイジュウは違う。彼女は自身が持つ特異体質もあって一定の体温が保証される以上、身体的な温もりを求める必要もなければ、体温が一定のため睡眠の質に支障をきたす事なく理想的な休眠をとって覚醒することができるのだ。
(0) 逆に一度寝てしまえば、中々起きないという裏返しでもあるのだが、そもそも人間は健康で文化的でなければならないのだ。健康でいるには睡眠は大事なのだから、そこの部分を誰かがとやかく言う権利はない。
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(0)「♪〜」
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(0) 鼻歌混じりで朝一番のホットミルクを淹れて気分を起こすのは、バイジュウにとってお気に入りの時間であり、同様に睡眠前に飲んで入眠するのも密かな楽しみだったりする。
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(0) 保温性のマグカップに注ぎ終えると、そのまま本が乱雑に山積みにされたローテーブルの前へと向かい、何があっても流行りそうにない顔文字はプリントされたクッションへと腰を置いて読書を始める。
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(0) これがバイジュウの休日の過ごし方だ。
(0) 朝はテレビも付けずに、小鳥の囀りと早朝ランニングで駆け出す足音、それに指が本を擦る音を耳にして、一人読書にふけいる。
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(0) これを基本的に朝9時まで行う。朝食代わりでもあるホットミルクをたびたび口にしてはテーブルに置き、次の本へと手を伸ばして再び読書に戻る。それの繰り返し。
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(0)「…………もう肩が凝るほど読んでしまいましたか」
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(0) 論文を一つ、技術書を一つ、冒険小説を一つ、流行りの漫画を一つ読み終えたところでバイジュウは風呂場へと向かい、凝りに凝った肩を解してリフレッシュするのも欠かさない。
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(0) そして入浴終了。自分自身には無頓着な部分があるせいか、入浴後もバイジュウの服装は別のとはいえ、先ほどと同じ白いワンピースであった。
(0) とはいっても、これから外出する手前それだけでは肌寒い。無論バイジュウではなく周りに人物がという意味のため、バイジュウは周囲に必要以上の注目を浴びないために、厚みのあるタイツを履き、裏生地が羊毛で編まれた厚手のコートを羽織って外へと飛び出した。
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(0) まだま肌寒い新豊州。辺りを見れば防寒着と重ねに重ねてなお寒がる人集り。バイジュウは「この体質、意外と便利だなぁ」と再度実感しながらある場所へと歩き続ける。
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(0) 向かう先は行きつけの図書館。それも国立国会図書館だ。バイジュウは一般者用の図書館へと入ると、ロッカーの中に服やリュックといった物を仕舞っておく。図書館では盗難防止のためにリュックなどの色のついた入れ物は禁止されているため、バイジュウは別途で用意していた無色透明のトートバックに飲み物や利用者カードを入れて受付カウンターへと向かった。
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(0)「あら。本日も朝一番からご利用ですか、バイジュウ様」
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(0)「ええ。いつものお願いします」
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(0)「かしこまりました。2021年の2月3週目の各社新聞よろしいでしょうか?」
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(0)「はい。間違いないです」
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(0)「ではご用意いたしますので、30分ほどお待ちくださいませ」
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(0) これもバイジュウの休日の一つだ。時間があれば、自分が眠っていた19年間という長い時間——。その間に何が起きたのかを、ありとあらゆる媒体を使って確認しているのだ。
(0) 現代では紙媒体なんて手軽でもなければ、本当に塵ほど些細とはいえ資源の無駄ということもあって電子媒体が主流だ。しかし、こういう時は紙媒体のほうが『当時の価値観』としての『偏った主観的な情報』という『生きた情報』があるため、一概にどちらの方が良いとは言えない。バイジュウが今まで眠っていた間、どのようなことがあったかなんて電子情報という『現代の価値観』という『公平で客観的な情報』だけで知った気になるのは烏滸がましいのだ。そういう面もあって、バイジュウは異質物によって科学が急発展した今でも紙媒体は大好きなのだ。
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(0)「……待ってる間に、今日も何かしらの雑誌でも見ますか」
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(0) そう思ってバイジュウは特に何を見るかを決めずに、雑誌や文庫本を管理するコーナーへと足を踏み入れた。ここは『雑誌』といってもジャンル自体は様々だ。ただニュースを纏めた情報誌もあれば、ファッションを取り扱った物、車やゴルフやパチンコといった娯楽を取り扱った物もある。果てにはアダルト雑誌もあるのだが、これ受付や端末を通さないと閲覧できない物となっている。
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(0) バイジュウは「うーん」と、贅沢に悩みながら小説を取り扱う本棚へと足を踏み入れた時、ふと目に綺麗な少女の姿が目に入った。
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(0)「う〜〜ん……!!」
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(0) それは不思議な少女だった。ここら近辺では全然見ない学生服と白髪。完全記憶能力を持つバイジュウからしても『初めて見る』顔だ。身長はバイジュウと一緒か、あるいは少々高い。その少女は、あと数センチほどの高さで届く書物へと頑張って手を伸ばし続ける。
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(0) ……バイジュウは少女の足元のすぐそばを見た。そこには小さな脚立がある。それを足場にすれば、目当ての書物なんて軽く取れる程度の高さを持つ脚立が。
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(0)「あの…………」
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(0)「う〜〜んっ!!」
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(0) しかしバイジュウの声は少女に届く事はなく、依然として夢中で頑張り続けて手を伸ばし続けている。まるで『普段なら届いている』と言いたげに奮闘する少女を見て、バイジュウは少し笑いながら、横から脚立を使って、少女が手の先にある書物を手にして渡した。
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(0)「これで間違いないでしょうか?」
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(0)「あっ、はい。ありがとうございます」
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(0) 虫も殺せぬような大人しそうな見た目と相反せず、性格もお淑やかな物だと、その物腰からバイジュウは感じとる。
(0) 改めてバイジュウは少女を見た。宝石のように煌めく純粋無垢な赤い瞳。この世の汚れを知らぬような白い肌。そして何物にも染まらぬ美しさを持つ白色で艶のある髪。まるで『天使』のように綺麗すぎることを除けばただの普通な少女のはずなのに、バイジュウにはどうしても違和感を感じてしまう。それは『魂』を視認できるがゆえなのか、バイジュウには少女の姿がまるで違うように錯覚してならない。
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(0) ——彼女が『悪魔』に見えて仕方ないのだ。
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(0)「……どうしたんですか? 何か物珍しいのが付いていますか?」
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(0)「いえ。私は普段からここを利用してるんですが、貴方を見た事なかったので……」
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(0)「そういうことですか。私は『サモントン』から来ている身でして、今日初めて来たんです」
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(0)「通りで見た覚えのない顔だ」とバイジュウは納得する。
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(0)「ところで普段から利用されてるとのことですが、読書が趣味なのでしょうか?」
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(0)「ええ。論文や技術書といった物が多くなりますが……」
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(0)「でしたらお勧めの本とかありますか? 私も読書が趣味でして、色々と本見るのが大好きなんです」
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(0) バイジュウは内心「このご時世に本で見る物好きいるんだ」と自分を棚に上げながら話を続ける。
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(0)「お勧めですか……。好みとかあります?」
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(0)「でしたら胸がガーッと、ギューっと、するような物が好きなのですが……」
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(0)「……感動系の漫画や小説ということですか?」
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(0)「胸がガーッと、ギューっと、すれば何でも良いです」
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(0) 聡明であるバイジュウですら、いったいどういう表現なのか釈然としないまま少女が言う『胸がガーッと、ギューっとする』作品を考えた。
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(0) バイジュウが思い浮かべた該当する物はビターエンドやトゥルーエンド系の報われないか、もしくは報われても小さな痼りが残るような良くも後味が悪い作品ばかりだ。特に友と死に別れる系がバイジュウにとって一番胸にくる。
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(0)「……あとは待つだけでお勧めされた本が借りられます。おかげで暫くは読書に困らなさそうです」
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(0)「それは良かったです」
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(0)「手伝ってもらってばかりなのも気が引けますし、私の支払いでお茶でもどうですか?」
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(0) 数分後。思い浮かべたタイトルをいくつかを伝えると、すぐさま少女は近くの貸し出し用端末で申請をして、そのまま何となくの雰囲気のままバイジュウと共にすることになった。バイジュウとしても30分間誰かと過ごすのは良い刺激になると感じ、是非ともと喫茶店で駄弁ることになった。
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(0)「紙媒体は持ち主の熱というか、歴史を感じやすくていいですよね。古文などは筆跡だけで著作者の想いが感じられるほど達筆だったり、弱々しかったり……紙の滲みだけでもどれほどの心が込められてるか、想像が膨らみます」
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(0)「私も似たような意見です。それに紙の本は捲る質感だけでも、積み重ねた時間を感じられるという得難い情報がありますから。皺が寄せたページはどれほど熱が籠っていたか、開きやすいページはどれほど栞が挟まれたか……人間性が感じますよね」
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(0)「分かります。……その感受性が分かるようでしたら、英語などの本が丁寧に翻訳されてる時の微妙な感じも分かりますか?」
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(0)「ええ……。時代背景や地理を考えると、当時の英語でも意味合いとしては乱暴なことが多いですから……それを考えないのは、歴史の価値を蔑ろにしてるような気はありますね」
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(0)「そうなんです! それを踏まえると『私は貴方を許しません。必ず同じ報いを与えます』みたいな和訳は——」
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(0)「『ざけんな! テメェのケツに銃口突っ込むから覚悟しな!』……的にニュアンスの方が強そうなのが多いですね」
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(0)「私はもうちょっと深めて、地域ごとによる発音の訛りも考えると『覚悟せえ!』的な発音になると思ったりしてます」
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(0)「それは盲点でした……。でしたら相手の立場次第では、銃もチャカというほうが正しいのかもしれませんね……」
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(0) 互いに名前も知らず、長々とカップ一杯で長時間も話し合う。なにせ一期一会だ。今を逃したら今後話し合う機会はないかもしれない。そう思うと二人は、互いに相手の意見や思想を尊重、あるいは対立してと数々の話し合いが繰り広げられる。
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(0) 本だけに限らず電子書籍のメリット、デメリットも話し合った。
(0) 異質物を介さない純粋な科学などの発展性についても論議した。
(0) 国ごとの文化による違いなども話題にしてより知識を深めた。
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(0) 両者のカップはまだ数口しか口にしてないのも関わらず冷え切るほどに時間は過ぎていく。30分という時間は二人にとってはあまりにも短く、気がつけば1時間も経過してもなお話は終わることなく話し合いは続く。
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(0)「あっ……すいません、話し過ぎちゃいましたね。こんなに気が合う人は本国にいないもので……」
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(0) そして最終的には2時間も二人は話し合った。それでもなお二人は話し足りないと、名残惜しそうに空になったカップを撫でる。
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(0)「いいえ、私も久々に論議が白熱しましたし、貴重な意見も聞けただけでも感謝したいほどです。お茶もご馳走になりましたし」
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(0)「いえいえ。私も良い経験になりました。ラファエル様やガブリエル様以外にここまで博識な方がいるなんて想像してませんでした」
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(0)「ラファエルとガブリエル……デックス家の有名な人達ですか」
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(0)「はい。サモントンではデックス家は憧れの人達ですから……特に次期総督と呼ばれるミカエル様は18歳と思えないほど聡明な方でして。貴方もそれに肩を並べるほどの知恵をお持ちな物ですから……」
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(0)「……私はそこまで博識ではありません。ただ『既知を知っている』だけで、ミカエルさんの『未知を探究する』姿勢と比べたら些細な物です」
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(0) それはバイジュウからの本心だ。目覚めてからの各国を見て回ったが、農作物を汚す『黒糸病』について世界中で問題となっている。最先端技術を持つ六大学園都市でさえも根本的な解決策はできておらず、今でもサモントンが持つXK級異質物『ガーデン・オブ・エデン』の効果を駆使することで何とか食料問題を維持するために孤軍奮闘してるのが実情だ。
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(0) しかし、その『黒糸病』に対抗するためにXK級異質物は今も活動し続けているが、そもそも動き出したら絶対的なルールとして動き続けるXK級異質物をここまで『明確に利用しよう』とする案を出したのは誰なのか。
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(0) 食料問題は生産までの道のりを考えれば、わずか一週間でも決断が遅れるだけで致命傷だ。そしてXK級異質物は問題なく作動しているとはいえ一歩でも間違えれば、致命傷ではなく破滅的な問題となるのは目に見えている。
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(0) 何故なら『ガーデン・オブ・エデン』が公表されている効力とは『第一学園都市のXK級異質物の影響を受けない』というのと『植物の遺伝子改造』という物だ。遺伝子改造による植物とは、つまりは新種を作り出すことを意味し、どんなに安全を重ねても気温、湿度、光量、土の質…………その他もろもろが少しでも変わるだけで突然変異を起こす不安定な物だ。下手をすれば『黒糸病』よりも凶悪な物を生み出しかねない。
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(0) 世界の命運を分ける重大な決断。刻一刻と迫る選択の中、サモントンのXK級異質物を利用しようと最初に提唱したのが、他ならぬ当時11歳のミカエルなのだ。
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(0) 実際に具体的な計画と行動を起こしたのは総督であるデックス博士ではあるが、そのことはサモントン市民や、あるいは事情を深く知ろうとする物なら知れるほど有名な物だ。挙句には現在進行形で異質物研究をデックス博士と共に行う存在として各国から重宝されるほどだ。常に破滅と踊り狂う——それが『ミカエル・デックス』という存在なのだ。
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(0) その英雄を超えた『神にも等しい決断』を行ったミカエルがいるからこそ、サモントンでは同じデックス家であるラファエルが問題発言をしようが、ミカエルという存在がいる限りデックス家の立場が揺れることはない。誰だって破滅と繋がる手綱など握りたくないのだから。
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(0) そんな強靭にして狂人の精神性を持つミカエルという人物と並ばれるなんて、バイジュウからすれは恐れ多すぎて萎縮してしまう。
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(0) とはいっても、それはそれとして嬉しくもあるのだが。ミカエルと並ぶ——それをサモントン市民から言われるなんて、最上の褒め言葉みたいな物だ。
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(0)「おお……っ! これが貴方のお勧めする『バスターズリトル』という小説なのですね……っ!」
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(0) 場所は再び国立国会図書館の受付カウンター。そこで少女は、バイジュウからお勧めされた本を食い入るように眺める。その瞳は純粋に本が好きという読書家としての一面が出てきており、バイジュウも共感して笑みを溢れてしまう。
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(0)「一見すれば青春系ですが、読み進めればあっと驚く世界観で良いですよ。特に最後のシーンが——」
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(0)「わわっ! それ以上はネタバレですから言わないでください!」
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(0)「あっ、ごめんなさい……。ともかくお勧めです」
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(0) 読書家としてネタバレを突きつけられるのは、何よりも怒り狂う事だとバイジュウは共感する。何故ならインターネットで堂々とネタバレしたレビューを見た時に、端末を般若の如き形相で叩き割ったことがあるからだ。その時に心の奥底から溢れる負の感情は、どんな穏やかな人物であろうと金髪に覚醒しかねないパワーに溢れることをバイジュウは知っている。
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(0)「……ええ、本当に楽しみです」
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(0) 少女は本を優しく撫でると——その瞳が『失望』や『絶望』の影が入るのをバイジュウは目にした。決してそれは期待通りの本ではなかったことへの落胆ではない。むしろその失望は『自分自身』——つまり少女に向けられる気がしてならないほどにその瞳は濁っていた。
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(0)「……やっぱり私のどこかに何かついてますか?」
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(0) しかし、目を合わせれば影は消え去り、彼女のお淑やかで純粋な瞳が可愛らしくバイジュウへと問いてくる。先程の影があったとは思えないほどの綺麗な瞳であり、濁っている様子もない。
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(0) ——きっと見間違えだ。そうバイジュウは解釈して「何もついてないですから安心してください」と言った。
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(0)「また、いつか会えますかね?」
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(0)「私は休日ならよくいるので、会おうと思えば会えますよ」
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(0) 用事も終わり、初めて会った二人はそろそろ別れる事となる。
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(0) こうしてバイジュウの休日は過ごす。今日は珍客と出会ってしまったが、大抵はコピーされた新聞記事を喫茶店や自宅で読むのが日常だ。そして帰り道に夕飯の準備をするために、自炊しないバイジュウはスーパーなどで惣菜や出来合いの弁当を買って自宅に帰るという三十路のOLのような生活を送る。
(0) 若干悲しさを覚えるかもしれないが、実際バイジュウが普通に生きていれば2038年には35歳〜36歳になるので仕方ない感性ではあるのだ。
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(0)「でしたら暫く新豊州にいるので、時間さえあれば来ますね♪」
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(0)「いつでも待ってますよ」
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(0) 二人の少女は人知れず繋がりを持つ。『魔女』や『異質物』とは関係ない純粋な『読書家』としての純粋なものとして、バイジュウは凍てついた時間を、友達を、趣味を、心を少しずつ取り戻していく。
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(0) これはなんてことない、ただの少女達の健やかな日常の一幕である。
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(0)「…………あっ、連絡先くらい交換しておけば良かった」