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(0)『こうして集まるのは久しぶりだな……』
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(0)『この基地での実験も一年振りだ。高い血税を搾り取ったのに一回こっきり……一時はどうなるかと心配したものだよ』
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(0)「その点には関しては改めて謝罪を」
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(0) 場所は変わり、方舟基地の実験フロア——。
(0) そのフロアの上部にある防弾・防爆ガラスの向こう側にあるモニタールームで、マリルはいつものように互いの姿を撹乱させる映像会議を進める。
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(0) 会議の相手は『元老院』——。新豊州が誇る最高権威の行政機関。マリルはSIDの長官、SS級科学者の他に五人構成で運営する『元老院』の一員でもあり、この場の支配権でも握ろうと『ブライト』と『ギアーズ』がマリルに叱咜する。
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(0)『まあまあ、あのレンという娘の実験が行えるだけ僥倖と考えましょう』
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(0) そこに『#C』が割り込んで仲裁をする。マリルを含む全員が胡散臭いが人の形をした中、特に秀でて臭わす胡散さは変声機越しでも隠しきれずに周囲の空気を濁らせる。
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(0)『レンの身辺保護は万全だろうな、マリル』
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(0)「ご安心を『華音流』。今回用意したボディーガードはサモントンでも指折りの実力を持つ『聖騎士』と『審判騎士』がいますので」
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(0) そんな中、唯一レンには『興味』ではなく『心配』の雰囲気を見せる『華音流』にマリルはソヤとモリスについて伝える。全員『そうか』と言う様に口を紡ぐ中、華音流だけが『いやでも』と不安を続ける。
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(0)『『審判騎士』はまだいい。こちらにも『時空位相波動』についてのデータがある。ここ数ヶ月の『時空位相波動』並びに『ドール』の対処をしたのは彼女だ。規模は小さいとはいえ単独で熟せるとは……いったいどんな手を使ってサモントンからSIDへと移籍させた?』
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(0)「あなた方のご想像を超える手段を使ったとは言っておきましょう。詳細についてもご希望なら事細かく、耳を防ぎたくなるほどの内容をお伝えしましょうか? 何せ彼女の仲間を、義母を、その命を奪ってでも引き入れましたからね」
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(0) 事実とは少し異なるが、結果としては何も間違ってないマリルの言い分に華音流は絶句するが、『しかし』とすぐさま本題の話をしようと軌道修正する。
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(0)『『聖騎士』の方は頂けない。このデータに嘘がなければ、彼女には————』
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(0)「サモントンが選出したエージェントです。きっと大丈夫でしょう」
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(0)『…………いいか。レンが傷つくことは新豊州にとって大きな痛手だ。時空位相波動の研究は進まないし、この実験の失敗によるサモントンとの関係を悪化もさせたくないんだ。『黒糸病』による食料問題——。これに関してはサモントンが一手に引き受けてるがゆえに、この関係を断たられては新豊州は共食いをしなければ危機に陥る』
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(0)「ですが、その『黒糸病』対策がされているサモントン産の農作物も『時空位相波動』の影響で、少しずつ農作するための土地を削られつつあります。食料問題輸出もこの一年を通して10%近い減少を見せている。……これはサモントンにとって深刻な問題です。故にサモントンはレンに関しては無碍に扱うことも絶対しないでしょう。何せ『時空位相波動』のコントロールさえも可能かもしれない逸材…………。あちらも協力は惜しまないでしょう」
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(0)『だがしかし、これはいくら何でも…………。『審判騎士』や『執行者』の存在を知ると、何故此奴が『第一位』としているのか不思議でならない』
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(0) 華音流は認識阻害の映像越しでも分かるように、大袈裟に手元にあるタブレットを軽く叩く。それを合図にマリルも含む元老院全員がタブレットに表示される情報へと改めて目を通す。
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(0) そこにあるのは今回選出されたエージェント達の経歴や個人情報が載っている。レンやアニーは当然として、前回の執行代表であるラフェエル、今回が初参加となるソヤ、ガブリエル、モリスとこの場にいる全員の詳細が記されており、その中で話題に上がったモリスの情報をマリルは見つめる。
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(0) 登録名:モリス
(0) IDナンバー:■■■■■■■■(閲覧にはサモントンの最高権限が必要です)
(0) 階級:『ローゼンクロイツ・第一位』
(0) 襲名:『聖騎士』
(0) 年齢:■■歳(閲覧にはサモントンの権限が必要です)
(0) 生年月日:■■月■■日(閲覧にはサモントンの権限が必要です)
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(0) 使用許諾済異質物武器:『聖槍』『ヨセフの血の盾』
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(0) 能力:なし。
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(0) ——おかしなことはどこにもない。だからこそ『おかしい』のがモリスという女性の在り方だった。
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(0)『……『第一位』が、ここまで堂々と能力を『なし』と公表することなんてありえるのか?』
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(0) 華音流の言うことはごもっともであり、マリルもそれに同意する。何せマリル自身が過去にこう言っていた。『情報は秘密だからこそ価値がある』と——。
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(0) 確かに秘匿している部分はいくつかある。だが、この中で一番価値を持つのは『能力』の部分だ。これを公表することは自殺行為に等しい。どんなに前向きの解釈しても、他国から見ればサモントンが『我々の情報機関トップに力はない』と言っているに等しい。
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(0) サモントンは自国の防衛能力に関しては、XK級異質物のこともあって他の学園都市と比べて異様に低い。新豊州やマサダブルクのような攻撃的でも防御的でもない。そして第一学園都市である『華雲宮城』の山岳地帯を利用した外国からの進入ルートが空だけと絞ってもいない。かといってニューモリダスやリバーナ諸島みたいに銃社会が発展していたり、ギャングが蔓延るという純粋な軍事力が高いというわけでもない。
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(0) であれば、サモントンの防衛能力は『ローゼンクロイツ』という部分と『食料輸出による貿易関係』のみとなる。しかし前者はまだしも、後者に関しては、実際に皆が言うほど『絶対的なアドバンテージ』ではない。
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(0) 食料輸出を行えるということは、それだけ自国で生産される農作物に余裕があることではあるが、同時に農作物を作れるだけの『土地』があることを意味している。それはサモントンの国土は六大学園都市でも一番ということを意味しているが、国土は大きければ大きいほど必然的に要求される防衛能力も高くなる。自衛能力がなければ資源を求めての略奪という名目での『戦争』——あるいは植民地として他国の支配下に置かれるのが関の山だ。
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(0) サモントンが保有するXK級異質物自体には戦術的価値が一切ないだから、サモントンは虚栄でも『我が国には力がある』と言わなければ自国の防衛さえできないのは目に見えている。だというのに『ローゼンクロイツ』の、それも実質的なトップであるモリスを『能力がない』と公表するのはどれほど悍ましい意味を持つのか————想像するだけでも恐ろしいことだとマリルは感じる。
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(0) むしろ、この潔さこそが『サモントン協定』への道を速やかに行えたのか……とマリルは考えるが、それとこれとは今は話が別。マリルは「そうですね」と一息置いて華音流へと返答した。
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(0)「ありえなくはないでしょう。サモントンは国民全員に神に対する信仰心を根付かせ、デックス家が『天使』の冠することで神話の関係を疑似再現した。『ローゼンクロイツ』はあくまでその神の下に付く組織……無闇矢鱈にトップが実力を持ってはいけないという判断では? 私もSIDでは実力は一番ではありませんでしょう?」
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(0)『……まあ、納得できなくはないが……であれば今回の『方舟計画』に関しては次席の『執行者』にでも任せればいいだろうに』
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(0)『どうだっていいだろう。異常事態が発生したときに対処するのが方舟基地だろう?』
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(0)『ブライト……。だがその不注意でレンの身に何か起こったらどうしようもないぞ?』
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(0)『それはそれで良い実験成果だ。レンという女も所詮それまでの実験対象に過ぎなかったということ……名残惜しくはあるが、次の実験対象へと切り替えれば良い。お前もその程度の覚悟は方舟基地が企画された段階でしているだろう』
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(0) ブライトのさも当然という非情な割り切りに華音流は沈黙する。言葉を発さずに静観するギアーズも『まあ、その程度はな』とその割り切りに賛同して言葉を続ける。
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(0)『では、そろそろ時間でしょう。これ以上の無駄話だ。少女達の実験を見守ろうじゃないか』
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(0)「…………#Cからは何かありませんか?」
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(0) マリルは最初の仲裁以降、一向に口を挟まずにいる#Cへと話を振る。突然のことなのにも関わらず#Cは『ないさ』と至って冷静に返した。
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(0)『実験が起きたら科学者は見守ることしかできない。言うことがあるなら終えた後で十分だろう』
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(0)「……そうですか」
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(0)『逆に聞こう。マリルはこの実験に対する不安要素はないのか?』
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(0) 相変わらずマリルの言葉には、のらりくらりと避ける。さらには掴みどころがないくせに、一度手を出せば的確に相手側にとって触れたら面倒くさいという部分だけを突き返してくる陰湿さ。どうでもよくはない質問だが、かといって重要すぎるわけでもない絶妙な刺しどころ。
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(0)「これだからコイツは苦手なんだ」という吐き出しそうになる悪態を我慢しながらマリルは口を開いた。
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(0)「時空位相波動の規模ぐらいなものでしょうね。いざという時は方舟基地を放棄しなければならない、という判断をするのは私ですから」
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(0)『そうだな、全権を握っているからな。…………だが私からすれば、マリルが今回の異質物について何も言わないのは不思議だと思ってな』
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(0)「…………不思議とは?」
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(0)「おやおや。聡明なマリル殿でも分かりませんか? あの異質物……先日までは『EX級』と定めていたのに、今では『Safe級』となっている。これ自体は不思議ではありませんが……経緯がどうも不明瞭だ。なにせ『剛和星晶』は実態が掴めない得体の知れなさから、どこの宗教組織も受け入れず、流浪の果てに協定に従ってサモントン教皇庁に保管されるEX級異質物の一つとなった。EX級を解除するには、少なくとも『実態の掴めない得体の知れなさ』をどうにかしなければならないのは明白。…………いったい実験都市でもないサモントンがどうやって実態を掴んだのか」
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(0) 元老院の全員が#Cの口振りに黙るしかなく、マリルも痛いところを突かれたと心臓を巡る血が冷たさを帯びる。
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(0) #Cが言うことは間違いではない。サモントンは宗教信仰が根付き過ぎており、自国が管理する異質物はすべて、歴史上で明確に力があることを証明されている物以外はEX級と定めて、宗教ごとの力を『不明瞭』にすることで誇示するという政策を行なっている。故にサモントン自らが格付けの段階下げだとかなり珍しい。何かしらの手引きがあったのは知恵と見識ある者なら分かるであろう。
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(0) もちろん、その手引きをしたのはSIDだ。サモントンには予め『OS事件』の際に入手したハイイーの『柔積水晶』とシンチェンの金平糖こと『柔和星晶』から得られた情報をある程度共有している。そしてそれの大元が、今回の実験に選ばれた『剛和星晶』にあるかもしれないという話を。
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(0) それをデックス博士は恐ろしく簡単に受けた。外交のどこからでも突かれても良いように『OS事件』から半年もかけて根回しを行い今に至る。
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(0)「……今回の異質物は歴史も薄くサモントンが預かっただけの物。格下げも他のと比べて安易なのもありますし、サモントンなりの異質物研究に対する一歩なのでは? 方舟計画も当初予定よりもスローペースで行っておりますので、少しでも未知のデータを解析したいという部分もあるかと」
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(0) もちろん、そんなことはSIDとデックス家の一部が知っているだけで、他の者が知ることはない。マリルは嘘は言わず、事実を多少ボカした言い方で説き伏せると、#Cは『そうか』と想定した答えだというように抑揚も感情も息も乱さずに納得した。
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(0)『…………まあマリル殿がそういうのならそうでしょうね。そう考えときましょう』
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(0) 僅かにだが言い含んだ物言い。ここで食ってかかってはまたペースを握られて、また掘り返されることを予感したマリルは直ちに手を上げて宣言する。
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(0)「では、実験開始としましょう」
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(0) マリルは映像室から実験フロアを見下ろす。既にフロアにはレン、ソヤ、ガブリエル、モリスがおり、少し離れたところに実験に支障はないことを見届けるためにラファエルもいる。アニーは実験フロアや映像室とは別の観測室でデータを収集中であり、インカム越しにアニーから『こっちも準備万全だよ〜〜』と呑気な声が届く。
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(0) それを合図にマリルは実験フロアから見えるように手を掲げて告げる。「方舟計画、始動——」と。
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(0) …………
(0) ……
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(0) マリルからの合図が見えた。それを機に俺は台座の上で無防備に置かれている『剛和星晶』とは手を触れる。そして意識を澄ます。物に宿る『魂』への線を手繰り寄せ、拾い上げることを。
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(0) ……今までの俺だったら、こんなことを自発的にできはしなかったが、ここ数ヶ月で『霧守神社』で培った技術を駆使すればどうにかできる。今度は青金石柱の時のように、訳も分からないままぶち壊してハインリッヒを解放したりみたいなことはしない。リーベルステラ号のように、知らない間にシンチェンが認識できるようになったりもしない。
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(0) 空気が張り詰めていく。この場にいる全員が息さえもしていないのではないかと錯覚するほどに、静かにこの実験を見守り続ける。
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(0) ——そして見えた。星のように煌めく『魂』を。
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(0) 俺は迷いなく『魂』へと触れる。すると手の中で静電気の何倍もの痺れと、風船が破裂した時の何百倍もの衝撃が、無理矢理手の中で収めようと乱反射する。
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(0)『時空位相波動の前兆を検知——。細心の注意を払えよ』
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(0)「分かってるって!」
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(0) 胸のスピーカーからマリルの声が伝わったことで、意識を浮上させようとするが————。
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(0)「も、戻れない……っ!?」
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(0) 俺の魂が重力に引かれる——。いや惹かれる。星の煌めきはより一層強さを増して『光が光を呑み込む』という不可思議な感覚を覚えながら、光の中で俺も落ちていく。
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(0) ——ここは既に現実の世界へと隔離した『魂』だけの世界。
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(0) ——そんな世界の中で光は星となり、星は人となる。
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(0)《こんにちは……。って貴方ですか》
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(0) そこには見た目だけならスターダストと瓜二つのはずなのに、別世界の住人のように異質な雰囲気を纏って佇む『誰か』がいた。
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(0)《私は■■——では伝わりませんよね》
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(0) 模範的な手の艶めき、理想的な目の大きさ。どれも人間的であるはずなのに、お手本すぎる綺麗さが逆に人間らしさを無くす。まるで『人間の形をした何か』にしか見えず、初めてマサダブルクの博物館でスターダストと会った時と違って綺麗とかの感想なんて微塵も浮かばない。
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(0) ただただ、得体の知れない悍ましさだけが世界を丸ごと俺を包み込んで離さない。そんな恐怖とも興奮とも言えない心境を抱える中、振り払うように彼女の名前を聞いた。
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(0)「君は————?」
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(0)《私は『星尘』。『外宇宙』にある『エーテルの海』の管理者》