行別ここすき者数
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(0) 痛みを堪えて地べたに這いずる私と、悠然と空を舞う蛾。
(0) 連鎖する爆発に身を焼かれて以降、あの蛾は全く地上へ降りることがなかった。
(0) 私が息絶えるその瞬間まで、絶対に近寄るつもりがないのだろう。
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(0) もはやこれまでか。
(0) 諦めに目をつむり、終焉のその時を静かに待とうと、震える四肢から力を抜いたその時だった。
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(0)「くそっ、ここでもアクセス出来なかったか……! チッ、チッチッ! もっと大きな断層でないと……しかし魔力が足りん……!」
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(0) 奥から、一人の女が『空を飛んで』やってきた。
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(0) 目深に被った地味だが大きなつばの帽子、もう夏も近い季節、その上暖かな気温のダンジョン内だというのに、全身を大きなコートで包んでいる。
(0) しかし何より特徴的なのは、そんな帽子をかぶっているにも関わらずはみ出た、長い金髪 。
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(0) 何か考え事をするように顎へ手を添え、ブツブツと前も見ずに空を飛び続ける。
(0) 彼女も、そして私に注目していた蛾も互いの存在に気付かず……
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(0) ドンッ!
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(0)「ああ? チッ、邪魔だ。くそっ、不愉快な時にばかり出てきおって!」
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(0) その巨大な羽根へと体当たりするようにぶつかった彼女は、舌打ちを繰り返して苛立たし気に、激しく髪を振り乱す。
(0) 顔は全く見えないが、何もかもに激高しているような、見ているこちらが恐怖する雰囲気。
(0) 先ほどまで燃えるような熱を持っていたはずの全身が、なぜか突然凍り付いたように冷たく感じる。
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(0) この感覚は、かつて母だった人に甚振られた、あの日々の感覚そっくりだ。
(0) じわりと、何度も執拗に蹴り飛ばされた背中が、幻想の鈍痛を思い出す。
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(0) 分厚いコートの中から出てきたのは、粗暴なその口調とは真逆のほっそりとした腕。
(0) それは顔の周りに飛ぶ羽虫を振り払うように、あまりに適当に振られ……その瞬間、私を苦しめていた蛾は、激しく身を地面に叩き付けていた。
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(0) 強い……!
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(0) ピクピクと激しい痙攣、そして透明の体液をまき散らし地面でのたうつ蛾。
(0) 彼女はその元へ降りると、荒々しく、激情を隠しもせずに何度もその身を蹴り続けた。
(0) 最初はその大きな羽根を、二度と飛べないと一目で分かるほど。次にその柔らかな腹を、端から形も残らぬよう。
(0) 戦いではなくただの蹂躙。それも金が必要だからなどではなく、一方的な八つ当たり。
(0) 先ほどまで命を狙い、返り討ちにあった私が言うことではない気がするが、それはあまりに残酷な仕打ちにも見えた。
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(0) 痛みも忘れ茫然と見る私に、蛾が光へと変わったのを確認した彼女の、鋭く冷たい瞳が突き刺さる。
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(0) 殺される……!?
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(0) 先ほどまでの諦めも含んだ感覚ではなく、本能的な恐怖とでもいえばいいのか、彼女の蒼い瞳に睥睨されるのが恐ろしかった。
(0) 自然と頬は引き攣り、額から汗が垂れる。
(0) ゆっくりとその腕が動き出し、くたばりかけの私を捻りつぶすように……
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(0)「ふん、まだ 生きていたか」
(0)「え?」
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(0) バシャバシャと頭から掛けられたのは、冷たくどこまでも紅い液体。
(0) 血? いや、違う。
(0) さっきまで赤く爛れてていた四肢も、掻き毟るほどの痒さに襲われていた顔も、燃えるほどの熱さも、全てが消えていく。
(0) ポーションだ、それもとびきりの。
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(0) 彼女の手に握られているのは、今も液の滴っている小瓶。
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(0) 私を……助けてくれた……?
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(0)「え……? あ……ありがとう……」
(0)「数日したらここは崩壊する、死にたくなければ逃げるんだな」
(0)「ま、待って……!」
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(0) 表情一つ変えずに伝えられたのは、あまりに衝撃的な話。
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(0) ダンジョンの崩壊、その予測なんて聞いたことがない。
(0) もしそんなことが容易に行えるのなら、定期的に報道される山間部の村の全滅、街での阿鼻叫喚などは一切なくなるだろう。
(0) だというのに彼女はさも当たり前の様に私へ伝えると、制止も聞かずに飛び去ってしまった。
(0) 魔石すら興味がないのか、その場にごろりと転がったままだ。
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(0) ……意味が分からない。
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(0) 彼女の残していった魔石を拾うのも気が引け、これ以上戦う気にもなれない。
(0) 微かな頭痛とふらつき。
(0) こんなに暖かいのに鳥肌の収まらぬ腕を撫で、『炎来』の初探索は終わった。
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(0)◇