行別ここすき者数
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(0) 他人の意識が、とめどなく脳内に流れ込んできた。
(0) 戸惑い、悲しみ、痛み。
(0) 負の感情が溢れて、胸が締め付けられる。
(0) しかし、次第にそれは虚無へと変わり、最終的には「無」が全てを支配した。
(0) 五感は全て曖昧になり、心を失ったかのようになる。
(0) 常に微睡の中にいるような、不思議な感覚だ。
(0) 地球上の数十億の脳が、繋がって処理を始める。
(0) 一瞬の中に永遠を作り出し、過去、未来、現在。
(0) 全ての時間の概念を無に還す。
(0) 瞬きを忘れ、口を閉じることなく、ただただ人間は存在し。
(0) そして、巨大な機関の一部としてただ脳を働かせた。
(0) 自我は微塵もなくなり、人々は機械としてただ仕事を行う。
(0) この俺も、そんな機関の一部と成り下がっていた。
(0) 思考が停止し、他人に脳を使われる。
(0) 止まったままの身体と止まったままの脳。
(0) そして開いたままの目や口。
(0) そのまま、永久の時が経過した。
(0) 永久の時を、無の状態で過ごす。
(0) 何を考えることもできず、動くこともできない。
(0) ただ、呼吸を繰り返しているだけだった。
(0) しかし、そんな時に突如として脳内に言葉が生成されたのだ。
(0) ――『妹』の一文字が。
(0) 雷に打たれたかのような衝撃だった。
(0) 大海の中に突然水のない空間が発生したかのように、急激に自我が流れ込む。
(0) 荒波や滝のような激しい勢いで、五感、思考力、全てを取り戻す。
(0)(刺身……! そうだ、刺身だ! 俺は、刺身を助けようと……!)
(0) 取り戻した記憶で初めに考えたのは、刺身のこと。
(0) 俺の正直な気持ちが全身を満たす。
(0)(刺身……! 俺の大好きな妹! 俺の大好きな女の子! 俺の大好きな人間! 愛してる! 愛してる! 大好きだ! 愛してる! 愛してる! 愛してる! 愛してる!)
(0) 心が研ぎ澄まされていく。
(0) 感覚が研ぎ澄まされていく。
(0) 刺身に対する愛が、集合的無意識の全てを弾き飛ばしていく。
(0)
(0)「刺身……! 俺は、刺身のことが大好きだ……! ずっと、小さい時から……大好きだ!」
(0)
(0) 口にした瞬間、俺の脳と心は完全に意識を取り戻した。
(0) 自我を取り戻し、他の地球人との繋がりが全て絶たれた。
(0) ――これが、俺だ。
(0) 妹をこよなく愛しているのが俺だ。
(0) 刺身の全てを愛しているのが俺だ。
(0) ……刺身への愛情が溢れ出す。
(0) 小さい頃、俺の後ろをついてきて愛らしかった刺身。
(0) 中学生になって関係の悪化を懸念していたが、今まで以上に仲良くしてくれた刺身。
(0) 高校生になってさらに積極的に接触してくれるようになった刺身。
(0) 眠たそうにする刺身。ご飯を食べる刺身。歯を磨く刺身。
(0) 音楽を聴く刺身。風呂に入る刺身。髪を結ぶ刺身。
(0) 髪を乾かす刺身。服を着る刺身。洗濯する刺身。
(0) 笑顔の刺身。泣き顔の刺身。照れる刺身。怒った顔の刺身。
(0) 楽しそうな刺身。嬉しそうな刺身。悲しそうな刺身。
(0)「俺は……刺身が、宇宙一好きだ!」
(0) 兄妹の関係を壊したくない。
(0) その一心で今までひた隠しにしてきた感情。
(0) それが、堰を切ったように溢れ出す。
(0) すると、次の瞬間俺の身体が突然光を放った。
(0) その光は俺のいる場所を中心にして地面を駆け巡り、地球全てを覆い隠す。
(0)「愛してる」「愛してる!」「愛してる!」「愛してる!」「愛してる!」
(0)「愛してる」「愛してる!」「愛してる!」「愛してる!」「愛してる!」
(0)「愛してる」「愛してる!」「愛してる!」「愛してる!」「愛してる!」
(0) 俺の愛情が、連鎖する。
(0) 地表を駆けて、愛が地球を包み込んでいく。
(0) そして、徐々に地球人の集合的無意識は解除されていき。
(0) 人々は、個人の「愛」という意識を取り戻した。
(0) 集合的無意識に打ち勝つ、唯一の方法は愛だった。
(0) なぜなら「好き」という感情は人間にとって最も強烈な自我だから。
(0) 強烈な無意識に対抗する術は、それを超える強烈な意識をぶつけることだったのだ。
(0) こうして、地球機関はオードル・ト・レールの呪縛を打ち破ることとなった。