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履歴はこちら。
(0)深い闇の中で、溺れているみたいだった。
(0)何も見えない。
(0)何も感じない。
(0)ただ冷たい茫洋とした黒の中に、俺は居た。
(0)
(0)身体も動かない。
(0)呼吸も出来ない。
(0)鼓動も感じない。
(0)
(0)ただ、沈んでいく。
(0)深く深く、底の方へと。
(0)
(0)ふと、手に感触を感じた。
(0)
(0)
(0)闇が払われる。
(0)視界に明暗が戻ってくる。
(0)
(0)この感触は。
(0)忘れたくても忘れられない、この光景は。
(0)
(0)手に銀のナイフ。
(0)目の前に赤髪の少女。
(0)そして、彼女の心臓を突き刺している、俺。
(0)
(0)これは俺の罪の光景。
(0)決して消えない、魂に刻み付けた罪悪感。
(0)
(0)モノクロの視界の中で……しかし、イレギュラーは起こる。
(0)殺した吸血鬼。
(0)赤髪の彼女の口が、動く。
(0)
(0)
(0)「間に合ったぜ」
(0)
(0)
(0)その瞬間、色が弾けた。
(0)音が、感覚が、俺の体に戻ってくる。
(0)
(0)いつもと同じ罪の光景の中。
(0)まるで冗談みたいに、殺したハズの”彼女”は立っていた。
(0)
(0)「久しぶりだな。忘れられてないみたいで嬉しーぜ。
(0)なぁ、アタシを殺した人間――いや、人間失格の龍川芥」
(0)「……ノース・クリムゾン、なのか?」
(0)「他の誰に見えんだよ。正真正銘、テメェが殺したノース様だぜ」
(0)
(0)目が覚めるような赤髪に、吸血鬼の証である赤い瞳。
(0)睨めつけるような目付きの悪さの彼女は、鋭い歯を見せつけるように口の端を吊り上げて笑っていた。
(0)
(0)「これは一体……」
(0)
(0)どういうことだ。そう告げようとした時、風景が変わる。
(0)見慣れた殺害現場から、久しぶりに見た学校の教室へと。
(0)
(0)「ここは現実じゃねー。簡単に言えば夢の中、気絶中のテメェの脳ミソいじくって創り出した幻覚だ。ま、アタシはほとんど死んでるし、こんな方法でしか話が出来なかったもんでな」
(0)「気絶……俺は」
(0)「言っとくがまだ死んでねーぜ。ギリギリのとこで間に合ったからな。ま、これも最高の1滴をくれた【四枚羽】のヤツのお陰だが」
(0)
(0)ぴ、とノースは俺の心臓を指さし。
(0)
(0)「テメェの心臓は止まってたが、アタシの細胞が今動かしてる。足りねえ血はどうしようもねえが、まーなんとか延命中だ。
(0)残念だったな、念願の”美しい死 ”とやらはお預けだ」
(0)
(0)意地悪く笑って、そう言った。
(0)それは、自分を殺した相手への意趣返しのつもりなのか、それともそれ以外の理由からの表情なのか。
(0)彼女のことを何も知らない俺は、言う言葉を持たなかった。
(0)……いや、一つだけあった。
(0)どうしても聞きたいことが。
(0)
(0)「ノース。俺がお前に何かを頼める立場じゃないことは分かってる。それでもこれだけは聞かせて欲しい。
(0)――ガブリエラは、どうなった? あいつは、ちゃんと勝てたのか?」
(0)
(0)それだけが。
(0)それだけが、罪すら踏みにじる未練だった。
(0)ノースは目を細めて……教卓の上にドカリと腰を下ろす。
(0)
(0)「はっ。本気のアイツが誰かに負けるなんてことは起きねーよ。それが例え兄貴相手でもな。
(0)……アレはそーゆーモンだ。それはアタシ達が1番良く分かってたハズなのにな」
(0)
(0)まるで独り言のように、そう言った。
(0)俺はそれを聞いて……ただ、安堵した。
(0)そうか、あいつは無事なのか。
(0)足をプラプラとさせたノースが、不満顔で吐き捨てる。
(0)
(0)「満足気な顔しやがって。コッチはまだ何も解決してねぇっつーのによ」
(0)「……すまん」
(0)「ちっ、調子狂うぜ。まーいいや、とりあえず聞け」
(0)
(0)座れよ、と顎で示され、俺は椅子に座る。
(0)教卓の上に座った吸血鬼の、独り言みたいな授業が始まった。
(0)
(0)「”弱ければ奪われても仕方ない。その事に文句も言えない。だから奪われないように強くなろう。そして全てを奪い返してやろう”……それが兄貴の考えだった」
(0)「……」
(0)「でもアタシは違った。生まれが病弱だったからかな。アタシは死にたくないだけだった。”奪われるのが仕方ない”なんて、どうしても思えなかったんだ。
(0)でも、弱ければ奪われる。強くなっても自分より強いやつから奪われる。
(0)弱いままじゃ、結局いつか殺される。
(0)だから誰よりも強くなりたかった。世界で1番強ければ誰からも奪われないなんて……本気で信じてた時もあった」
(0)
(0)彼女はフイと教室の外を見る。
(0)窓の向こうには、空では無く俺の記憶達が広がっていた。
(0)記憶の中で、銀の刃が振り下ろされる。
(0)
(0)「だからアンタに殺されたとき……アタシは本当に絶望したよ」
(0)
(0)ぶつり、と。
(0)情景が切り替わる。
(0)今度は俺の昔の部屋……普通の人間として生きていた頃の自室だった。
(0)俺の勉強机に腰掛けたノースの言葉を、俺はその横の椅子に座りながら受け止めるように聞く。
(0)
(0)「アタシは死ぬんだって、もう助からないんだって……今までの全部が否定されて、アタシの全部が奪われる。
(0)心臓が貫かれた時、確かに私は理解した。
(0)死ぬ。
(0)死んだな、って。
(0)でも、こうも思った。
(0)まだ生きたい。
(0)生きていたい。
(0)アタシは……それを諦めきれなかったんだろーな。
(0)だから今、こうしてここに居る」
(0)
(0)ノースが俺の手首を掴んだ。
(0)記憶がフラッシュバックする。
(0)それは……「死にたくない」とこぼした吸血鬼が、俺の手首を抵抗するように掴む風景。
(0)
(0)「あのとき、アタシの手からアンタの中に、私の細胞が少しだけ移ったんだ。
(0)それが今のアタシだ。そう、アタシは生き残った訳じゃねー。
(0)死んだノース・クリムゾンの残留思念、ボロボロのバックアップ、アメーバみたいな寄生虫……それが今のアタシだ。
(0)アンタ流に言えば、”死ぬまで消えない罪の証”ってとこかな。
(0)残念だったか? でっかい罪が消えなくて」
(0)
(0)その時初めて、語り出してからの彼女と目が合った。
(0)それは口調とは裏腹に、どこか親しげな笑顔だった。
(0)
(0)「ノース・クリムゾン……」
(0)「いーんだよ、もう。アタシは奪い過ぎた。その代償を取り立てに来たのがたまたまアンタ達だっただけだ。
(0)それに今のアタシに人格や知性があるのは、アンタの記憶を借りて補強してるからだ。
(0)アタシにはもう、アンタを恨む理由もその資格もねーよ」
(0)
(0)それは……どう受け取れば良いのだろう。
(0)アレはそんな簡単に割り切れるものでは無い。
(0)言ってしまえば、ノース・クリムゾンは死ななくても良かったのだ。
(0)ただ、俺の認識が甘かった。
(0)俺に自覚が足りなかった。
(0)それだけの理由で、彼女は死を決定付けられたのだから……。
(0)押し黙る俺に溜息をついて、ノースは呆れ顔で言う。
(0)
(0)「はぁ。ま、アンタはそーゆーヤツだよな。背負いたいなら勝手にしな、アタシはどっちでも構わねーよ。
(0)それより、もっと大事な話だ」
(0)
(0)話題が切り替わると同時に、情景も切り替わる。
(0)ここは……とても見慣れた場所。
(0)俺の人生で、唯一”居場所”と呼べた場所。
(0)半年間を過ごした、あの西洋屋敷の部屋。
(0)
(0)「アンタはこのままじゃ死ぬ」
(0)
(0)ソファではなく、大理石の机に足を組んで座りながら。
(0)ノース・クリムゾンはそう言った。
(0)だが……それは、分かっていた事だ。とうに覚悟していた事だ。
(0)そして何より……。
(0)
(0)「俺は……彼女に、ガブリエラに全部を捧げた。捧げることが出来た。
(0)だからもう、悔いは無いよ」
(0)
(0)それが俺の答えだった。
(0)
(0)「ま、テメェならそー言うだろうなと思ったけど。
(0)……でもそれじゃアタシが困るんだよ。言ったろ、今のアタシは寄生虫だ。アンタが死ねばアタシも死ぬ。
(0)アタシは今度こそ、死にたくない。だからアンタに死なれちゃ困るんだ」
(0)「……それは」
(0)
(0)俺は、何も言えなかった。
(0)じゃあ頑張って生き返るよ、なんて、口が裂けても言えなかった。
(0)だって死 は、俺が望んだものだから……
(0)
(0)「はぁ。やっぱりか」
(0)
(0)彼女は諦めるようにそう言った。
(0)けれどそれは、俺の死を受け入れるための言葉では無かった。
(0)むしろ、その逆。
(0)彼女は……俺を生かすためなら、人の記憶に不躾に踏み入ることを辞さないと決意したのだ。
(0)
(0)「今のアタシには、アンタの記憶がある。だから教えてやるよ。
(0)アンタの死への執着――”人間失格”の正体を」
(0)
(0)それは。
(0)呆然とする俺を待たず、彼女は語る。
(0)
(0)「ある所に1人の人間が居た」
(0)
(0)情景が変わる。
(0)白の中で、胸に穴の空いた影絵の人型が浮かび上がる。
(0)
(0)「ソイツは欠けて生まれてきたからか、ずっと生きるのが辛かった」
(0)
(0)影絵の人型は涙を流す。
(0)
(0)「いつしかソイツは、漠然と死に憧れた。苦しみながら生きるより、死んだ方がマシだって思いついた」
(0)
(0)影絵の人型が崖際に立つ。そして黒い激流の中へ飛び込もうとして――。
(0)出来なかった。
(0)
(0)「でもソイツは普通の人間と同じく、死ぬのが怖かった」
(0)
(0)ああ、知っている。知っているさ。
(0)あの歩道橋の上で世界はクソだと吐き捨てた日……俺は本当は死ぬつもりだった。飛び降りて人生から解放されるつもりだった。
(0)でも出来なかった。
(0)そう、これは……紛れもない俺の話だ。
(0)
(0)「ソイツは生への絶望と死への恐怖の中で、少しづつ狂っていった。
(0)そしてある日、その狂いは救いへと変化する」
(0)
(0)影絵の人型は……泥に呑まれて、そしてその泥で胸の穴を無理矢理に塞いだ。
(0)
(0)「自分の中にある”死への憧れ”だけをかき集めた狂気。それはソイツが深い絶望を感じた時に現れ、狂うことでソイツの心を絶望から守る。
(0)痛みも苦しみ恐れも、狂うことで感じなくする防衛機能。
(0)誰からも守られなかった男が、自分を守るために創り出した心の鎧。
(0)それが龍川芥――お前の”人間失格”の正体だ」
(0)
(0)影絵は消える。
(0)ノースに指さされた俺は――答える。
(0)
(0)「……正解だよ、ノース・クリムゾン」
(0)
(0)それは俺であって、俺では無かった。
(0)胸に穴が空いている。
(0)そこから黒い闇が溢れている。
(0)俺と同じ顔の……陰惨な笑顔を貼り付けた、俺の狂気。
(0)人間失格。
(0)
(0)そう、俺はずっと、狂うことで自分を救っていた。
(0)ガブリエラに血を吸われる時、死への恐怖を薄めてくれていたのは、間違いなくその狂気だった。
(0)
(0)「これで分かったろ。アンタは狂ってたんだよ。でももう気付いたハズだ。だからアンタは生 に戻って良いんだ」
(0)
(0)胸の穴が閉じた俺に、彼女は語る。
(0)けれど彼女は……俺の記憶は読めても、性格は分かっていなかった。
(0)
(0)「戻る? どうして戻れるんだ。あんな場所に」
(0)「……オマエ」
(0)
(0)そうだ。
(0)”美しい死”を求めたのは、確かに狂気に呑まれたからだろう。
(0)けれど俺が生きることに苦しんだのは、紛れもない事実で。
(0)
(0)「どうしても手が伸ばせなかった、手が届かなかった扉が目の前にあるんだ。
(0)お前には悪いけど、死 を選ばせてくれよ」
(0)「どーして、そこまで。オマエはこの半年で、救われたんじゃなかったのか」
(0)
(0)俺は……誰にも言ったことが無い本音を、ぽつりと溢した。
(0)
(0)「怖いんだ」
(0)
(0)生きることは苦痛を伴う。
(0)生が不確定と恐怖の塊なら、死は確定した安寧。
(0)死はゼロだ。幸福 も無ければ不幸 も無い。
(0)喜びも感動も自分さえも無くなるけれど、何かに期待を裏切られることも絶望することも無くなる……それが、死。
(0)俺はずっとそれに逃げたかった。
(0)幸せの中に居ても、ふとした時に自分の醜さを思い出す。
(0)そしてそんな自分の未来を想像した時……いつも決まって怖くなるのだ。
(0)こんな醜い人間が、幸福のままで居られるはずが無い、と。
(0)
(0)「今までさ、期待は全部裏切られてきたから。今回もそうなんじゃないかって、怯えるのが嫌なんだ。
(0)俺はずっと恐れてるんだ。
(0)だって、幸運にも訪れた幸せな生活なんて、いつどうやって奪われるか分かったもんじゃない」
(0)
(0)それは、俺の醜い本性で。
(0)誰も信じられなくなった、狂った男の末路で。
(0)
(0)「俺は……裏切られることが怖いんだ」
(0)
(0)期待が裏切られるのが怖い。
(0)自分を裏切られるのが怖い。
(0)
(0)「ガブリエラに裏切られるのが、どうしようもなく怖いんだよ……ッ」
(0)
(0)だから、俺は生贄で良かった。
(0)彼女の餌で構わなかった。
(0)それ以上を期待して……それを裏切られるのが、否定されるのが、どうしようもなく怖かったから。
(0)
(0)ガブリエラに”ずっと欲しかったもの”を求めて。
(0)その願いが俺たちの関係を壊してしまうこと、それが何より恐ろしかった。
(0)死ぬことなんかより何倍も、恐怖した。
(0)その絶望だけは受け入れたく無かった。
(0)
(0)ならば最初から保存食としての価値だけで良いと……そう、俺は諦めていたのだ。
(0)裏切られた時に傷つかないように、過ぎた希望を先んじて諦めた。
(0)
(0)「俺はもう立ち上がれない。1度倒れてしまえば戻れないことは、俺が1番分かってたんだ。
(0)俺にとって現実は、あまりにも重すぎる。
(0)傷付くのはもう嫌だ。
(0)傷つけられるのは沢山だ。
(0)嫌なんだよ――自分を、他人を、未来を……ガブリエラを疑って怯えながら生きるのは、もう嫌だ……。
(0)俺は……誰より弱いんだ。誰よりも醜い人間なんだ。
(0)些細な事に傷付いて。その責任を誰かに押し付けて。理想の中で、現実から目を背けて生きてきた……そんな俺の本音なんて、”生きるのは苦しいから死にたい”くらいしか無い。
(0)そう、俺は人間失格ですらない……薄っぺらで自己中心的な、ただの臆病者なんだ」
(0)
(0)俺は結局、自分のことしか考えていなかったんだろう。
(0)ガブリエラの本音が怖かった。
(0)だからそれに向き合わないようにした。
(0)俺にとって彼女は”美しい死”で、それだけで良いと……それ以上は何も望まない、なんて。
(0)そんなの、ガブリエラのことなんて1mmも考えていない、最低最悪の答えだなんて何となく分かってたのに。
(0)
(0)俺は「愛してる」とまで言った相手のことを。
(0)まるで信じてなどいなかったのだ。
(0)
(0)「馬鹿野郎が」
(0)
(0)ノース・クリムゾンは吐き捨てた。
(0)そして……俺の胸倉を掴み、鼻先が触れるほどに顔を近付ける。
(0)紅蓮の瞳が、こちらを射抜いている。
(0)
(0)「試してやるぜ、龍川芥。これを見てもまだそんなことが言えるのかをな。
(0)テメェが寝てる間に貰ったモン、アタシがきっちり見せてやる!」
(0)
(0)そうして。
(0)彼女は俺と、唇を重ねた。
(0)
(0)いや、違う。
(0)これはただのメタファーだ。
(0)大事なのは、これが示した記憶。
(0)それを引き金に、とある情景が頭の中に流れ込んでくる。
(0)
(0)
(0)ガブリエラ・ヴァン・テラーナイトは。
(0)
(0)全てが終わった教会の中で。
(0)
(0)物言わぬ龍川芥とキスをしていた。
(0)
(0)
(0)情景が頭の中から去っていく。
(0)
(0)「……これ、は」
(0)
(0)思わず唇を触る。確かにそこには、彼女の体温が、感触が残っている気がした。
(0)放るように掴んでいた胸倉を離し、怒りとも悲しみともとれない歪んだ表情でノースは言う。
(0)
(0)「テメェを裏切る奴が、こんな真似するかよ。
(0)いつか言ってたよな……キスは、相手に対する最高の特別扱いだって。
(0)つまり、ガブリエラにとってアンタは、世界で唯一の人なんだよ。
(0)アイツにとって”龍川芥”は、替えのきかねー、かけがえのねー、大好きな人なんだ」
(0)
(0)
(0)ガブリエラ・ヴァン・テラーナイトは。
(0)龍川芥にとっての「夜の太陽」だった。
(0)
(0)日の当たらない日陰者、常夜の人生を歩む龍川芥を、唯一照らしてくれた光。
(0)綺麗で、眩しくて、直視すれば目が焼けてしまいそうなほど美しくて。
(0)この暗い人生を照らしてくれる光なのに、直接触れるのが怖いほどに暖かい、正に太陽のような存在で。
(0)俺は、ずっと怯えていた。
(0)夜の太陽、その優しい光にさえ怯えていた。
(0)近くに居るのに、一緒にいるのに、自分から触れることも、見つめ合うことも、心のどこかで恐れていた。
(0)龍川芥にはやはり、ガブリエラに救ってもらえるほどの価値なんて何処にも無くて。
(0)
(0)けれどガブリエラは。
(0)俺にとっての太陽は。
(0)こんな龍川芥に、隅で蹲って怯える俺に、そっと優しく触れてくれた。
(0)人間失格に、寄り添ってくれた。
(0)そして――遂には、その唇を重ねてくれた。
(0)
(0)嗚呼、嗚呼……。
(0)こんな弱い人間が。醜い人間が。
(0)こんなにも救われていいのだろうか。
(0)こんなにも幸福で、許されるのだろうか。
(0)
(0)彼女の笑顔が、心を埋める。
(0)それだけで、まるで光の中に入ることを許されたような気分になる。
(0)
(0)そうだ。
(0)きっと、もう良いのだ。
(0)怯えながらでも、恐れながらでも……けれどもう、諦めなくても良いのだろう。
(0)
(0)ガブリエラ・ヴァン・テラーナイトが。
(0)「夜の太陽」が。
(0)こんな俺を照らすことを選ぶと言うなら。
(0)龍川芥にその「特別」を許すと言うなら。
(0)
(0)月が太陽に照らされて、夜空の中心で輝くように。
(0)彼女の中の1番に……孤独な夜を隣で彩る存在に成ろう。
(0)
(0)それを――今日から、俺の生きる意味にしよう。
(0)
(0)”美しい死”なんて捨ててしまえ。
(0)そんなもの、もう俺には必要無いのだから。
(0)
(0)人間失格でも良い。
(0)臆病者のままで構わない。
(0)こんな俺が、彼女にとっての「特別」に成れるなら。
(0)ガブリエラが俺を「特別」に選んでくれるなら。
(0)それを後悔させない為に生きるのが、きっと龍川芥の産まれた意味なのだ。
(0)この失敗だらけの人生の、俺の無限の絶望達の、いつか消えゆく命の存在した意味なのだ。
(0)たとえ真実が違おうとも、俺はそう信じることにする。
(0)
(0)
(0)今、俺の胸の穴は。
(0)人間失格の欠落は。
(0)初めて、独りで抱えた絶望ではなく、誰かと紡いだ愛によって埋められたのだ。
(0)
(0)
(0)呆然とする俺に、ノース・クリムゾンは、笑って問う。
(0)
(0)「女にここまでやらせやがって、ホントにめんどくせー男だぜ。
(0)それで……吹っ切れたか?」
(0)
(0)そんなの、答えは決まっていた。
(0)
(0)「……俺も単純だな。愛だの恋だのをあんなにも必死になって否定しておいて……」
(0)
(0)そう言えば、ガブリエラは言っていたっけか。
(0)愛や恋は、とても綺麗だと。
(0)それが自分の心の中にあるだけで、自分が生きていたことが無駄じゃ無かったと思えるって。
(0)
(0)……本当、その通りだったよ。
(0)ガブリエラ……きっと俺は、お前に逢うために生まれて来たんだ。
(0)俺が絶望した俺の命は、お前のお陰で無意味なんかじゃ無くなったみたいだよ。
(0)
(0)「結局、好きな奴からのキスひとつで救われてるんだから」
(0)
(0)俺の目には、ようやく本物の希望が宿った。
(0)
(0)そして俺は。
(0)ただ、静かに決意した。
(0)
(0)期待するのは怖い。
(0)裏切られるのは痛いから。
(0)
(0)でも、もう一度だけ。
(0)こんな俺でも、信じたいものが出来たんだ。
(0)
(0)
(0)「⋯⋯生き返る方法を聞かせてくれ。俺はどうすればいい」
(0)
(0)
(0)ノースはニヤリと笑って⋯⋯差し出した指を、俺の心に突きつける。
(0)
(0)「別に魔法や奇跡を使うワケじゃねー。生命力と吸血鬼の細胞でなんとかするんだ。
(0)だからテメェは強く願え。
(0)──”生きたい”ってな」
(0)
(0)強く、頷く。
(0)俺はただ、目を閉じた。
(0)
(0)俺が生きたいと願うなら。
(0)それはたったひとつの目的のため。
(0)
(0)ただ”生きたい”んじゃない。
(0)
(0)俺は”ガブリエラと生きたい”んだ。
(0)
(0)
(0)明日は不確定でしかない。
(0)現実は不平等に満ちている。
(0)
(0)だから期待するのが怖かった。
(0)期待が裏切られるのが怖かった。
(0)
(0)今だって怖い。
(0)これは正しい選択なのか。
(0)生き返ったところで、苦しみと不幸の連続しかないかもしれないのに。
(0)
(0)でも。
(0)ガブリエラ。
(0)もし、お前と居られる確率が、0.1%でもあるのなら。
(0)俺はその選択肢を選んだことを、後悔はしない。
(0)
(0)間違えないから選ぶんじゃない。
(0)裏切られないから選ぶんじゃない。
(0)
(0)例え、また裏切られたとしても。
(0)
(0)絶対に諦めきれないから、願うんだ。
(0)どうしても欲しいものがあるから、手を伸ばすんだ。
(0)
(0)今までの人生を全部否定したっていいほどに。
(0)俺はお前が好きだから。
(0)
(0)
(0)ガブリエラ。
(0)俺と一緒に、生きてくれ。
(0)俺と――ずっと一緒に居て欲しいんだ。
(0)
(0)
(0)◆◆◆
(0)
(0)
(0)夜明けが近かった。
(0)
(0)──そろそろ朝が来る。日光下の吸血鬼は凡人以下だ。そして細胞だけのアタシはお前以上に何にも出来なくなる。だから急げ
(0)
(0)「分かった。私は何をすればいい?」
(0)
(0)ガブリエラは、舌の上で救いを謳う細胞に素直に従った。
(0)何となく、細胞同士の接触で伝わったからだ。
(0)信用できると。本当のことを言っていると。
(0)
(0)──アタシの細胞の量が足りない。少しでいーから血を吸え。⋯⋯確か外に1人転がってただろ。アイツでいい。吸った血は全部コッチに回してくれ
(0)
(0)ガブリエラは一度教会の外に出る。
(0)道の端に、ボロボロの少女が転がっていた。
(0)黒いセーラー服は至る所が破け、肌も血と土で汚れている。
(0)ヒューヒューと息をしているのが聴こえる。
(0)どうやら生きているようだ。
(0)
(0)「⋯⋯ちょっとだけ血を貰うね」
(0)
(0)ガブリエラは彼女の手を掴み、僅かな量だけ血を吸う。
(0)
(0)──充分だ。次は⋯⋯
(0)
(0)と、ガブリエラは腕を掴まれた。
(0)ボロボロの少女は、ゆっくりと顔を持ち上げる。
(0)彼女は泣いていた。
(0)
(0)「わ、わたしは⋯⋯まもれ、た⋯⋯?」
(0)
(0)ガブリエラはその意味が分からなかったが、掴まれた手を優しく振りほどきながら言った。
(0)
(0)「⋯⋯ありがとう。あなたのおかげで、私は守れるものがある」
(0)
(0)ガブリエラは振り返らず、教会の中へと戻る。
(0)その間、誰かの細胞は増殖しながら説明をしていた。
(0)
(0)──アイツの中でアタシは血を貯めていた。それを使って今は延命してる状態だ。
(0)足りなくなった血をいくらか補って、止まった心臓をアタシの細胞が動かしてる。
(0)でもそれだけじゃ足りねー。何より血が足りねーんだ。
(0)ガブリエラ、テメェ、まだ吸った血全部使い切ったワケじゃねーだろ?
(0)
(0)「なるほど。私の血を芥に返せば⋯⋯」
(0)
(0)──そーゆーことだ。要は輸血だな。血を届けるのはアタシの細胞がやる。アンタは余ってる血をアタシにくれ
(0)
(0)「もうやってる」
(0)
(0)ガブリエラは体内の細胞を操り、余った血を舌にある細胞達へと供給できるラインを形成する。
(0)それを行うことで、ガブリエラの意識は血を吸う前へと近付いていた。
(0)”血の記憶”が無くなっていき、精神年齢が逆行していく。
(0)
(0)──よし。あとはさっきみたいに送り込め。出来ればアイツが戻ってきたくなるようなことを言いながらな
(0)
(0)「⋯⋯さっきみたいに、って」
(0)
(0)──はあ? アレは計算づくじゃなかったのか? あの最高に美味い1滴の血があったから、アタシの細胞は普通じゃ考えられねーほどのエネルギーを得れたんだが⋯⋯
(0)
(0)それは。
(0)もしかして⋯⋯キスのこと⋯⋯?
(0)今更、ガブリエラの顔が赤くなる。
(0)
(0)ふるふると頭を振って、邪念を払う。
(0)こんなことで立ち止まってる時間はない。
(0)
(0)ガブリエラは再び、芥を抱き起こす。
(0)
(0)そうだ。
(0)言いたいことがあったんだ。
(0)
(0)
(0)「アクタ⋯⋯きいて」
(0)
(0)すー、はーと息を整えて、ガブリエラは切り出した。
(0)
(0)聴こえているかは分からない。
(0)伝わってくれるかは分からない。
(0)そして⋯⋯受け入れてくれるかも、分からない。
(0)
(0)そう、これは告白だ。
(0)恋をして、愛をした人に、自分の想いを伝えること。
(0)
(0)思えば、ずっとこれは避けてきた気がする。
(0)面と向かって言ってから、否定されたくなかったから。
(0)自分の気持ちと相手の気持ちが、すれ違っていることが怖かったから。
(0)
(0)でも、もう恐れない。
(0)何よりも怖い喪失の前では、こんな恐怖は意味をなさない。
(0)
(0)伝えなきゃ。
(0)私の想いを。
(0)
(0)彼女の紅い瞳には、強い決意があった。
(0)
(0)今まで決して言えなかったことを──一世一代の告白を告げるための決意が。
(0)ゆっくりと、一言一句を慈しむように、彼女は言葉を紡ぎ出した。
(0)
(0)「⋯⋯私ね。
(0)ちょっと前まで、生きててもなんにもいいこと無かった。
(0)みんなに怖がられて、誰からも必要とされなくて。
(0)何してても、ずっと胸がからっぽだった。
(0)ほんとはずっと消え去りたかった。こんな世界に生まれたの、ずっと後悔してた。
(0)
(0)──でも、アクタに会って変わったの。
(0)アクタが私を救ってくれた。生きてていいよって、生きてほしいって、誰にも言われなかったこと言ってくれた」
(0)
(0)乙女の愛は、きらきらと。
(0)星のように。願いのように。
(0)愛すること、愛されたいと想うこと。
(0)それはきっと、何よりも美しい感情。
(0)
(0)「私、この半年間が、今までの200年間全部合わせたより、何百倍も幸せだった。
(0)誰かと一緒にいることが、こんなに楽しいなんて知らなかった。
(0)誰かに求められることが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
(0)⋯⋯明日も生きていたいって思えるのが、こんなに幸せなんだって、知らなかった。
(0)全部アクタが教えてくれたんだよ。
(0)アクタは私の、1番大事なひとなんだよ」
(0)
(0)それは心がつくった奇跡。
(0)誰かを好きだと言えること、誰かに好きだと言われたいこと。
(0)この恋は、きっと私にとって1番の奇跡で。
(0)
(0)「アクタ、私はアクタのこと、全然知らない。
(0)何が嬉しいのか、何が悲しいのか、まだあんまり分からない。
(0)でも、私は信じてるよ。
(0)私が嬉しいとき、アクタも嬉しいって。
(0)アクタが嬉しいとき、私も嬉しくなれるって。
(0)私たち、一緒に幸せになれるって」
(0)
(0)ガブリエラ・ヴァン・テラーナイトは。
(0)紅い目を閉じて、微笑んだ。
(0)
(0)「アクタ、ずっと一緒に居よう。
(0)雨の日も、晴れの日も、一緒に笑おう。
(0)朝も昼も夜も、お互いのこと考えていよう。
(0)一年中、幸せなことだけ噛み締めよう。
(0)どれだけ傷ついても。
(0)どれだけ苦しくても。
(0)私、アクタが隣に居れば乗り越えられる。
(0)だから──」
(0)
(0)それは、どうしようも無く美しく。
(0)まるで神に祈りを捧げる聖女のような。
(0)どこまでも無垢で純粋な、祈りにも似た願いの言葉。
(0)
(0)「──これからも、ずっと私と一緒に居てください」
(0)
(0)ガブリエラ・ヴァン・テラーナイトは。
(0)愛の告白をした女の子は、その唇を愛する人と重ねた。
(0)
(0)
(0)それはきっと、ふたりの誓いのキスだった。
(0)
(0)どんな困難も。
(0)どんな苦境も。
(0)ふたりなら乗り越えられると誓う。
(0)
(0)どんな場所でも。
(0)どんな明日でも。
(0)ふたりは愛し合うことを誓う。
(0)
(0)たとえ、世界が終わったって。
(0)この愛は決して消えやしない。
(0)
(0)
(0)アクタ、私、初めて知った。
(0)キスって、こんなに幸せな味なんだね──
(0)
(0)
(0)そうして。
(0)
(0)永遠にも思えた口付けは離れて。
(0)龍川芥は目を覚ました。
(0)
(0)彼は笑う。
(0)応えるために。
(0)幸福を伝えるために。
(0)
(0)
(0)「⋯⋯ありがとう、ガブリエラ。
(0)俺さ、ずっと言えなかった。
(0)期待するのが怖かったから。
(0)裏切られたくなかったから。
(0)でもさ、このままじゃカッコ悪いから。
(0)お前にそんなとこ見せたくないからさ。
(0)俺にも、言わせてくれ」
(0)
(0)ガブリエラは芥の手を取る。
(0)芥はガブリエラの手を握る。
(0)そうして、ふたりは寄り添って。
(0)
(0)
(0)「俺さ、お前と居て幸せだった。
(0)そんなもの、とっくに諦めてたのに。
(0)けどお前がくれたんだ、ガブリエラ。俺に幸せを教えてくれたのは、お前なんだ。
(0)だからこれからも、お前と一緒に生きていきたいんだ。お前を沢山、幸せにしてやりたいんだ。
(0)俺がお前のために生きることを、お前が許してくれるなら──
(0)
(0)──これからも、ずっと一緒に居よう」
(0)
(0)
(0)そうして。
(0)ガブリエラは笑って頷いて。
(0)
(0)
(0)日が、昇る。
(0)黒い夜を、眩しい光が塗り替えていく。
(0)
(0)
(0)その光は男女が誓う教会まで届き、優しい陽光が全てを照らしていく。
(0)
(0)けれど、ステンドグラスが光を反射させ。
(0)彼らの周りだけを、優しく明るく照らしだした。
(0)
(0)それはまるで⋯⋯神様が、寄り添った人間と吸血鬼を庇うように。
(0)
(0)
(0)陽だまりの中の、小さな影で寄り添う彼らは──
(0)
(0)──ただ、相手への愛を抱えながら、静かに優しく微笑んでいた。
(0)
(0)
(0)◆◆◆
(0)
(0)
(0)それ以上のことは、あまり語る必要は無いだろう。
(0)
(0)ノーゲート・クリムゾンは灰になって消えた。彼には彼の理由があって、そのために戦えた彼は幸せだったのかもしれない。
(0)
(0)八雲泪は吸血鬼狩り の仲間に回収され、治療を受けて立ち直った。彼女を立ち直らせたのは意外にも包帯だらけの胡散臭い男らしい。
(0)
(0)龍川芥とガブリエラ・ヴァン・テラーナイトは。
(0)陽だまりの中、1人は貧血で、ひとりは太陽のせいでフラフラになりながらも、お互いを支えながら家に帰った。
(0)手を繋いで、何度も転んで、そのたびにどちらともなく笑いながら。
(0)ただ、繋いだ手の先に相手が居るのが嬉しくて。
(0)孤独でないのが嬉しくて。
(0)
(0)――まったく。すげー手のかかる奴らだぜ。
(0)その呟きは、きっと芥の中で確かに聴こえて。
(0)彼は、ありがとうと笑って言った。
(0)それに不思議そうな顔をするガブリエラを見て、また笑って。
(0)今度こそ、溜息と共にもう1人の彼女も笑ってくれた気がした。
(0)
(0)ただ、人間と吸血鬼は歩く。
(0)我が家へと、日常へと帰るために。
(0)陽だまりの中、笑いあって。
(0)
(0)そして⋯⋯。
(0)
(0)
(0)◆◆◆
(0)
(0)
(0)この世のどこを探しても、永劫不変は存在しない。
(0)物語も人生も、常に終わりへと進んでゆく旅なのだ。
(0)
(0)変わらないものなんて無い。
(0)自分が持ってるもの全ては、いずれ手の中からこぼれ落ち失われる。
(0)
(0)けれど、それがどうしたと言うのだろう。
(0)
(0)終わりが来ると言うことは、始まりがあったと言うことで、そして今が続いていくと言うことなのだ。
(0)
(0)いずれ全てが消えるとしても。
(0)いつか裏切られるとしても。
(0)俺が貰った幸福は、救済は──どうしようもなく楽しい日常は、間違いなく俺の手の中にある。
(0)今、確かに存在している。
(0)それでいい⋯⋯それだけでいいのだ。
(0)
(0)物語としては3流かもしれない。
(0)最初から何も変わらないストーリーなど、実に陳腐で興ざめだ。
(0)でも、それこそ俺が望んだものだ。
(0)
(0)だって俺は、寂しがり屋の吸血鬼に拾われた時──そいつと一緒に過ごしていた段階で、きっとそれ以上無いほどに救われて居たのだから。
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(0)
(0)西洋屋敷風の大きな部屋の中、実にだらけた空間がある。
(0)ソファに寝転がり映画を見ながら、豪奢な机に置いたお菓子を片手間に食べる男。
(0)その男の腹の上で猫のようにくっついて、映画ではなく彼の顔を眺めている吸血鬼。
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(0)「アクタ、次は何するの?」
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(0)「映画の次か? これの続編を見ようかな。いや、一緒にゲームでもするか? あ、漫画回し読みするのも楽しそうだな」
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(0)「⋯⋯私に咬まれたくならない?」
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(0)「あぁ、そゆこと。それならそうと言ってくれよ」
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(0)「アクタがやりたいこと、やりたい。でもほんとは、私のやりたいことと、アクタがやりたいこと、同じがいい」
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(0)「今更遠慮すること無いだろ。ゲームとかはずっとあるんだし、明日やればいいんだよ。それに⋯⋯」
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(0)「それに?」
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(0)「俺はさ、お前のために生きてるんだよ。俺の血も俺の命も、お前のために使いたいんだ。
(0)だから、吸いたいときは何時でも吸ってくれ」
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(0)「⋯⋯」
(0)
(0)「どうした、ガブ?」
(0)
(0)「⋯⋯アクタ、好き!」
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(0)「は!? うわっ、ちょっとがっつきすぎだろ! 痛いって! おい、ガブリエラ!」
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(0)
(0)彼らの日常は変わらない。
(0)小さな変化も大きな変化も飲み込んで、どこまでも歪にあり続ける。
(0)求めるものも。
(0)取りこぼしたものも。
(0)何一つ噛み合わない1人と1体は、未だ変わらず日常の中に居る。
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(0)つまるところ、彼らはどうでもいいのだ。
(0)この関係が本物か偽物かも。
(0)今より幸せな日常があるかどうかも。
(0)どちらの方が負担が大きいかも。
(0)相手が何を抱えているかも。
(0)この先どうなるかも。
(0)全部全部、どうでもいい。
(0)ただ、この日常が続くこと、それだけをずっと願っている。
(0)
(0)だから今日も、人間失格と寂しがり屋の吸血鬼の、歪で幸せな日常は終わらない。
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(0)お互いがお互いを無意識に救い、お互いがお互いに勝手に支えてもらい、そうして明日も生きていく。
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(0)偶にはそんな──誰も救わない、最初から救われていたなんてオチの、馬鹿な物語があってもいいだろう?
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(0)この完璧とは程遠い世界は⋯⋯けれど案外、悪くない。
(0)だって、お前が隣に居るからな。
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(0)これは、そんな物語。
(0)会えて言葉にするならば──愛と救いの、物語。