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(0)ずっと前。それは、レースを、夢を本当に諦めたとき。
(0)走ることは嫌いじゃなかったし、むしろ好きだったかも。けど、ほんとにキラキラしたものに届かないって、わかったから。それが早かったことが、私の幸運なのかもしれない。
(0)きっと違う世界の私は、レースで活躍したり、しなかったりしたと思う。トウカイテイオー。三冠を全部とって現役バリバリだとかいう。彼女ではないが、そういった、ホンモノが確かに私の目には映っていた。
(0)眠っているとき。夢で、たまに語り掛けられる。本当はトレセンで、そういうウマ娘と競う運命だったんじゃないかって、何か今の自分に不満がないかって。
(0)ないわけはない。満たされなんかしない。でも、ああやって走っているうちは、満足してるような気がして、だから今も、どこまでも認められないこのストリートの世界で、満たされようと 走り続ける――
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(0)ちょっと久しぶりにここに来る。埼玉県秩父市と群馬県多野郡神流町を結ぶ、土坂峠。もとから住み着いたチームがいないから、私たちが実質最速っていう、ちょっぴりかわいそうなところ。
(0)ここ2週間くらいこれなかったのは、チューニング代が案外馬鹿になんなくてタイヤ買うとせっかく貯めてきた貯金に手を付けかねないっていう本末転倒なことが起きてたから、なんてアホなこと。今日は三人ともくるって話だから、吹かす煙草もなくトンネル前で待っててみる。
(0)NAロードスターを買ったのは2年前。初めてあこがれたハチロクと同じテンロクだからって、中古で100万いかないくらいのをローン組んでもらって買った。いままでキラキラとは程遠いアタシの人生の中に光を灯したのは、間違いなくこのロードスターだろう。
(0)...すこし早かったなあ。カレシがいるでもないんだから、なんておもっていると、チーム一のツッコミバカのエンジン音がしてくる。最初んころはエンジン音なんてうるさいか静かかくらいしかわかんなかったのに、人間変わるんだなあ(人間じゃないけど)
(0)予定より早く約3分前、EP82スターレットが顔を、というか派手に姿を見せる。(FFでそんな動きするかフツー?)
(0)「おいっす~。早いね、ターボ」
(0)「ひっさしぶり!そういうネイチャこそ早いね!」
(0)ツインターボ EP82を駆る彼女はチーム一の元気娘でツッコミバカ。(名前に反してシングルターボのマシンである。)
(0)「久しぶりったって、先週だって顔合わせたのに、ずいぶんさみしがりやなんだね?」「けど、今までは毎日みたいにあってたんだから、久しぶりに思ってもしかたないと思うけどな~」「あ~、それもそっか、最近妙に時間の流れもはやいから~」
(0)「そんなおばさんみたいなこと言って、ほんとにおばさんになっちゃうよ?」「ハイハイ、もう片足つっこんでるけどね~。」
(0)同い年にそんな心配しょっちゅうされることに軽い疑問を抱きながら話していると、残りの面々もやってくる。
(0)「あれ?二人とも早いなあ。」「概ねちょうどになるように出発したつもりだったんですが...」「ああいや、あたしたちがたまたま早かっただけだから。気にしないでいいよ~」
(0)チームメンバーは4人、あたし(ネイチャ)とターボ、それからS13(J's)に乗ってるマチカネタンホイザ。うちのチーム、カノープスのイチバンの癒し枠で、弟子のような存在でもある
(0)それとGC8のインプレッサに乗るイクノディクタス。うちのチームトップの頭脳キャラで、前線張るというより、バックアップメイン。けどはっきり言ってケッコー速い。(あたしの代わりに走ってくれないかな)
(0)三人にあったのは、ロードスターを買ったころの話。元々知り合いだったらしいけど、土坂の埼玉方面を根城にチームをやるってんだから、混ぜてもらった。はじめは知り合い同士のチームに部外者が入っていいのかなって思ったけど、
(0)どうもみんなお人よしだから、すぐ馴染んだ。今じゃこうして頻繁に会って走りこんでるってワケ。
(0)「こうしてみんな集まって顔を合わせるのも2週間ほどありませんでしたし、すこし久しぶりに感じますね」「イクノまでそんなこといって、あたしだけかあ。一つと変わんないのにどんどんおばさんになってくなぁ...トホホ」
(0)「でも、ネイチャはそれだけ毎日を楽しく過ごしてるってことなんじゃないかな?ほら、楽しいことはスグ過ぎるって言うし。」
(0)「たしかに、そういう考えもありますね」
(0)ゆっくりおばさん談義(なんだそりゃ)に花を咲かせていると「そろそろはしろうよ」と言わんばかりの顔で元気代表大臣が尻尾をふりまわして見てくる
(0)「お~、そうだそうだ、久々なんだしそんな話してる場合でもなかったね。さて、そろそろ出よっか」
(0)「よぉ~っし!バリバリとばすぞ~!」
(0)「タイヤは使い切らないでくださいね。」
(0)「う~し、がんばるぞ~、えい、えい、むん!」
(0)今日は新しくつけたエキマニ、それに合わせて仕上げたセッティングのテストも兼ねてるから、とりあえず前の三人は先行させて後ろから様子見してみる。
(0)(明らかにトルクがリニアについてくるようになってる。前にフライホイールを変えた時にも感じた変化だけど、さらにレスポンスが上がってる。それに今回のチューニングで155馬力を回った。相当調子いいぞ~)
(0)パワーアップに一番貢献していたのは最初にやったマフラーとエアクリーナー、コンピューターあたりだけど、そのあとにやったことも含めパワーはそこそこ高くなった。ただ、これもマックスじゃないし、(なんか嫌だから)ボアアップをしないにしても、
(0)もうすこしNAでパワーを上げたいけど、今はとりあえず満足。足もかるく緩めてみたら、路面のバンプの吸収がうまいこといったから、正解だったと思う。(タイム計測してないから何ともいえないが)
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(0)「あちゃ~、ブレーキケッコーきてるね。ターボ、ブレーキ粘りすぎなんじゃないかな。限界を切り詰めてフルブレーキングを繰り返せば、タイヤにもブレーキにもわるいからさ」
(0)「ううん、じゃあどうしたらいいんだろう?」
(0)「もうすこし早めにブレーキを踏み始めて、奥まで踏み切らずブレーキを離すところは今までと同じ、という風にすれば、タイヤブレーキ共に保護になると思います。」
(0)「タイムアタックやバトルじゃないなら、その方がいいね~。」
(0)「う~ん...ターボそこまで細かいこと考えられないよ~」
(0)「あっはは~。まあこの辺りは慣れだからねえ。といえど、二年もやってるんだし、ボチボチできないとだよ~?」
(0)「あ、そういえば。ネイチャが来たら、お願いしようと思ってたことがあるんだけど、いいかな?」
(0)「ほほ~?ネイチャさんにおねがいとな。言ってみんしゃい?」
(0)「セッティングを変えてみたから、外からも軽く様子を見てほしいと思って。それでどうかな、と」
(0)「ほほ~。バトルのお誘いとな?言うようになったね~マチタンも。なら断る訳もないし、いっちょやったりますか~。けど、アタシがいない間にターボやイクノにチェックしてもらうんじゃだめっだったの?」
(0)「それでもいいけど、できれば同じFR乗りのネイチャに見てもらった方がいいかなって。二人のアドバイスよりもわかりやすいし!」
(0)「ほ~。そういうことなら、一肌脱ぐとしますか。下りだよね。そしたら上行って準備しよっか」
(0)みんなして頂上までいくと、ささっと車を並べて準備する。いつものメンツだからそのあたりは早い。
(0)「そしたら、ルールは先行後追い。あたしは後ろから追っかけるから、スタートするときはパッシングだして。」
(0)「いつも通りだよね、OK!そしたらはじめよっか!」
(0)タンホイザのs13がスタートしたのを確認して合わせるように発進する。
(0)「私たちが見た限りでも、コーナー一つ一つの無駄はかなり省けていますし、期待はできますね。」「ケド、ネイチャは速いからな~。ターボはネイチャに一票!」
(0)そんなこんなでバトルが始まった訳だけど
(0)(おお~。こりゃ変化がすぐわかる。明らかにコーナーでの挙動が安定してる。コーナーひとつひとつを前と比べらんないくらいキレーに曲がって見せる。それにテクの方もそれに合わせて仕上がってる。少なからずショックだなあ。こんなに一気に上手くなられると。)
(0)でも弱点はある。S字コーナーでの車の反転が追い付いていない。あまり傾きすぎないドライビングだから目立たないけど、これならいける。仕掛けるなら最後、あのS字コーナーがいい
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(0)(やっぱり張り付かれてる。離せない。先行後追いのルール上このままもつれ込んでもおそらくこっちの負け、このストレート、そっからの左で出来るだけ離して...)
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(0)「離してくるポイントはこのあたり、だよね。得意なとこを生かせるいいドライビングだけど、それ以上に弱点が大きく露呈してる。ここでアウトからハナッツラをちょいとねじ込んでやって...!」
(0)外側から並びかけ、インとアウトが入れ替わるタイミングでオーバーテイクを図る。古風なカウンターではあるけど、コーナーでの動きを封じつつ抜ける。この狭い峠道ならなおさら効果はでかい。決着だ。
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(0)「いや~わるいわるい。大人げなかったかな。」「ううんいいよ。そもそも、わたしから挑んだ勝負だし、きっぱり私の負けってことで!それでさ、なにかわかったかな?熱中しててわかんなかったってのはナシだよ?」
(0)「そんなのはさすがにないですよ~。とりあえず、コーナー一つ一つのうごきはすっごく良くなった!ただ、いっこいっこ頑張りすぎて、S字で車がついてこれてないかな。だからS字の場合、手前のコーナーである程度次のために準備しておく必要があるワケ」
(0)「ほ~。勉強になります~。」
(0)メモ帳を取り出していそいそと書き入れてる様子をみて、やっぱり努力の才能あるな~、なんて思う。結局、才能ってのはスタート地点の違いで、その差は必ずスタートした後に縮められるもの。故に最も重要なファクターは、
(0)[努力できるかどうか]だと思う。こんな年になってから、気付いたことで、きっとあの頃に気づけていたなら、なんて思う。
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(0)「お、上がってきた!」「いやはや~負けました~。それももんのすごいきれいなカウンターアタックで!あんなにかんぺきなの見せられちゃうと、もうびっくりしちゃうよ!」
(0)「そんなにすごかったんですか?」「そりゃあもお!見たらわかると思うよ~!」「も~、そんなに言ったってなんにもでないよ?」
(0)――不意に、 エンジン音が耳に入ってきた。
(0)「...なんだろう、この音。重い...直6かな。それ以外の音もかなり」「ここに人が来るなんて、ずいぶん珍しいなあ」
(0)上ってきたのは6台。そのすべてがボディの左に、同じステッカーを貼っている。車を止めると、走り屋と思われる男たちが出てきてそのうちのひとり、が言った
(0)「俺たちは、グリーンラインで走り屋のチーム、ソニックスターズをやってるものだが、ここのチームの人か?」
(0)3人と目を合わせると、便宜上リーダーを張ってるイクノが前に出た。
(0)「一応、私たちは[カノープス]というチームでやらせてもらっています」
(0)「そうか。はっきり言えば、俺たちは県内で最速を目指している!そのためにも、今度の土曜に、ここでのバトルを申し込みたい!」
(0)[県内最速] それは、走り屋の世界でひとつ、強さの証明となる称号だ。走り屋というものは、当然ながら違法行為、言ってしまえばダークゾーン故、誰が最速かを明確に定義できない。ただ、こと県内という比較的ローカルな範囲なら
(0)その最速の称号を走り屋の中で明確にすることができる。
(0)イクノがこちらの方に視線を送ってくる。ターボとマチタンに視線を送ると、二人ともやる気の様子だ。うなずくと、イクノは
(0)「わかりました。勝負はこの場所で土曜日に、ということですね?」
(0)「ああ。最初は交流として9時から走って、10時になったらバトルをする、ってのだ。登りと下りで代表をお互い一人ずつ出してバトルをするんだ。
(0)「わかりました。でしたら、土曜日の9時にまたここで。」
(0)「話が早くて助かるぜ。そしたら、今日から走りこませてもらうぜ。走るうえでのマナーはキッチリ守るさ。」
(0)そういうと、そのチームのメンバーは車に戻り、Uターンしていく。前から順に、180SX、S14後期、A31セフィーロ、N14パルサーGTI-R、R32GT-R、P10プリメーラ。見たところ日産ワンメイクのチームみたい。
(0)「県内最速かあ。こらまたキラキラした目標をお持ちなようで。」「ケド、見てるだけってわけにもいかないね。私たちも行こう!」「そうねー。地元の走り屋として、他所モンに突っつきまわされんのも気分悪いし。」
(0) なんだか、年甲斐もなく、って言うと違うかもしれないけど、こんなにワクワクしたのは久々かもしれない。
(0)「足元軽くすくうくらい、やったりますかぁ!」
(0)そうして、またキラキラの夢を見れるかもって期待した自分自身のために、走ろうと思えた。傷つくものは自分のプライドくらいしかない。それくらい賭けて、全力でぶつかってやろうと、本当に久しぶりにそう思った。
(0)P2へ続く