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(0) 左腕で抱き抱えた内ビニールの紙袋の中には珈琲豆、右手に吊り下げたレジ袋には温かみのある手書きプリントのロゴが踊り、もう一つの袋では無機質な栄養ドリンクがかちゃかちゃとぶつかり合って音を立てる。
(0)アカデミーの制服から私服に着替え、肌寒い風から体温を庇うコートを羽織った伊鶴と芹杜は、黙々と地下の肉壁を開閉しては降っていく。
(0)竜の胎の中はいつも暗く、気温はさほど外と変わらないにも関わらず音の吸い込まれるような雰囲気は寒々しさを増している。
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(0)「ねぇ、セリ」
(0)「何だ」
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(0) ティッシュボックスやら服やらの生活用品の袋を左右にぶら下げた芹杜は端的に問い返した。別に不機嫌なわけではなくこの青年はいつもこうである。
(0)元々誰にでも愛想がある方ではないが、赫包を移植されてから十五年間最も近い他人として過ごしてきた伊鶴に対しては一層遠慮がない。
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(0)______先天性赫包欠損。喰種を喰種たらしめる器官であるそれを、芹杜は持たずに生まれてきた。半人間や人間とは違い味覚や体質は完全に喰種のものなのでRc細胞の摂取が不可欠になる。しかしそれを貯め込む赫包がないうえに吸収効率も最悪、喰種のため人間のようにカロリーを貯め込める体でもない。慢性的なエネルギー欠乏症状によりまともな生活はおくれなかった。
(0)竜戦後に始まった食糧の配給で人間を食べずとも生きられるようになった喰種でも、人と共存できず互助会を形成した者もいる。芹杜の両親はそれに属していた喰種だ。
(0)両親はTSC本部の前に生まれて数日の芹杜を捨てた。
(0) 当初病院側は赫包移植を受けさせれば良いと考えていたがそれも難航した。赫包がない、つまり赫子のタイプが分からないのだ。羽赫であった場合天敵である甲赫の赫包を移植してしまえば拒絶反応どころか即死もあり得る。血液検査にもかけたが、ドナー候補のいずれにも適合せず、どの赫包にも拒絶反応が強く出る可能性が高かった。互助会を通じて産みの両親の赫包を調べたが、それすら適合しなかった。
(0)先天性赫包欠損の前例はなく、あったとしても生まれて数日で餓死してしまうため記録は残らない。原因も不明、病棟で春の七草から名付けられた芹杜は3歳まで点滴を抜けたことがなかった。
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(0) 偶然母親の見舞いに来ていた幼少の伊鶴は赫包が二つあり、芹杜と歳が近いこともあって検査を受けた。「二つあるから一つあげれるならあげたい」という子供同士の優しさから藁にもすがる気持ちで調べたところ、高い適合率を叩き出した。
(0)血縁関係もない赤の他人が何故偶然にもぴったりと適合したのか。
(0)今だに理由は不明だがそれ以来芹杜は無類の健康優良児として生活している。
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(0)「私ら、魂の双子なんだってさ」
(0)「またエトの与太話か」
(0)「小説家なんて与太話書いてなんぼでしょ。
(0)双子って好きで双子に産まれるわけじゃないのに出会っちゃう同類なんだってよ」
(0)「自分もそう思ってる、って?」
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(0)赫眼を出さずとも赤い虹彩に見下ろされた黒目が泳ぎ、手元のビニール袋が音を立てた。
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(0)「多分、同類はセリだけだなってさ」
(0)「そうだな。お前の単独行動をしょうがねぇなで済ませられるのは俺くらいのもんだしな」
(0)「うーん辛辣。じゃあ何でいつも手伝ってくれるの?」
(0)「それこそ同類だからだろ。
(0)志選は…変人なだけかもしれないが」
(0)「あーあれはなぁ」
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(0)思い出されるのは美食を追い求めるあまり、Rc細胞の完全制御を会得するべく初対面の伊鶴と芹杜に弟子入りしてきた顔だけは紅顔の美少年である。
(0)半喰種といえど元々Rc細胞を完全に制御して人間の食事を摂れる個体は数えるほどだ。六月特等保安官や金木一花の前例もあるため不可能ではないが難しいとされる。
(0)しかし伊鶴は生まれつきそれができた。半人間の血を引く母親との相性なのか、母胎が通常の食事をしている間はRc細胞を抑制し、Rcl 調整食品(*Rc細胞を多量に含む食品の総称)を摂取している間は喰種として栄養を摂っていた。生まれ出てからもそれは変わらない。芹杜は赫包移植を受けてから味覚が多少変化し、それをきっかけに制御できるようになった。
(0) 月山志選は美食家と呼ばれた喰種の祖父の血筋を感じさせる食道楽であり、Rcl調整食品ではない普通の人間の食事に手を出すべくRc細胞の完全制御を求めていた。
(0)半年に渡る調教…ならぬ訓練の末に会得してしまった気合いはまさに変態以外の何ものでもない。
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(0)「めちゃくちゃでかい恩を売っちゃったよね」
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(0)訓練が厳し過ぎた反動なのか、志選は二人にそれはもう懐いた。協力は惜しまないという発言を違えず、元々の研究好きもあって今では暴走気味なほどだ。
(0)なお今日は祖母の月命日で落ち込んでいる祖父に夕食を振る舞うから、と帰宅している。
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(0) のっぺりとした肉壁を開くとクインケ鋼製の扉が現れる。虹彩と静脈の認証を終え、人力では開閉の難しい分厚さの扉を軽々と開ければ、ごろりと仰向けに寝ていた全裸の少女と目が合う。
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(0)「服、どこやったの。エトさん」
(0)「赫子のリハビリのために脱いだ。もう着る元気がない。
(0)お腹空いた。ご飯ちょうだいママ〜」
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(0)戯れつくように伸ばされた手を握った伊鶴が芹杜を見上げて戯ける。
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(0)「だってよママ」
(0)「俺かよ。お前が持ってんだろ」
(0)「コップ出して」
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(0)ビニールの中の栄養ドリンクがコップに移されるのを見てにひ、と笑いながら寝返りを打つのは10歳前後の少女だ。
(0)名前は芳村 愛支 、ペンネームでいうなら高槻 泉 。50年近く前に一世を風靡した若き天才文筆家であり、アオギリの木を作ったSSSレートの半喰種。
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(0)「起きて」
(0)「怠い」
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(0)脇の下に手を突っ込んで椅子に座らせ、ストローをさしたコップを渡せば吸い上げ始める。
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(0)「こればっかりは何度飲んでも慣れないな。Rc保有液薄めてめちゃくちゃ甘くしたみたいな味がする」
(0)「不味くはないだろ」
(0)「まぁちょっとクセがあるってレベルだけど」
(0)「エトさん、かれーパン食べる?」
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(0)パン屋のビニール袋を見せると、活力が戻ったのか元気に答えた。
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(0)「食べる〜!クスリ早くちょうだい」
(0)「はい」
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(0)カプセル剤を噛み砕いて吸収すると、手渡されるが早いか開封したカレーパンにかぶりつく。リスのように頬が膨らみ、咀嚼しながら楽しげに足を揺らす。
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(0)「ふぁれーふぁんおか…カレーパンとか、昔じゃ香辛料ドバドバだし揚げ物だしで食えたもんじゃなかったけどこんな味なんだねぇ。これ、人間が食べてるのと同じなんでしょ?」
(0)「うん。まだRclだと再現しきれない味もあるし。もう少し安くなると外食とかで気軽に胃薬使えるんだろうけど、まだまだかな」