行別ここすき者数
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(0) 群青のランサーが、真紅の目を眇めて、蒼のセイバーを詰る。
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(0)「貴様、それでもセイバーか。武器を隠すとは卑怯者め!」
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(0) 対するセイバーは、涼やかな声で一蹴した。
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(0)「ほう、これが剣とは限るまい。槍か斧か、あるいは弓ということもありうる」
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(0)「ぬかせ、セイバー!」
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(0) 再び交錯する、真紅の槍と見えざる剣。色合いの異なる青が、月光の下で舞闘を再開した。士郎は息を呑み、美しき従者の剣戟に見惚れた。凛もひたすらに見惚れた。しかし、もっとも顔を輝かせたのは、その隣のアーチャーだった。
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(0)「ああ、これだ。こういうのが見たかったんだよ」
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(0) 崩れた足場から飛び離れ、再び両雄は対峙したが、新たなサーヴァントの気配にランサーが頭を巡らす。
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(0)「うるせぇぞ! って、てめえらは……」
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(0)「どうぞ、私のことはお気になさらず。お二人とも続けてください」
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(0) ランサーは顔を引き攣らせた。彼が反応したのは、アーチャーの暢気な声ではない。
(0)腹に響く重低音とともに近づいてくる、暴力的なほどの死の気配を纏った鉛色の巨人。
(0)肩に冬の妖精を乗せたバーサーカー。
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(0) ランサー クー・フーリンにとって、最悪の相手だ。先日、小手調べで挑んだものの、あやうく座に直帰させられるところだった。なにしろ、彼の宝具ではかすり傷一つ付けられなかった。
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(0) ランサーは装束の色ほどに青ざめた。夕闇がそれを隠してくれたのは、夜の女神の寵愛なのか。彼の脳裏によぎるのは、『詰み』という単語だった。
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(0) 残りの面々は、令呪の縛りにより、引き分けて撤退せねばならないセイバー。誓約によって、夕餉の誘いに応じなくてはいけないアーチャー。最弱のアーチャーを倒すと、ステータスが著しくダウンし、残る二者を振り切ることはできない。
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(0) どちらかか、あるいは双方の攻撃で死ぬ。彼らはランサーの事情など知ったことではなく、追撃の手を緩めるはずがなかった。
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(0)「畜っ生! せっかく命を掛けたギリギリの戦いがしたかったのによ!」
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(0)「では、貴公は聖杯を欲しないのかな?」
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(0)「俺は国や時代を超えて、英傑と武を競うために召喚に応じただけだ!
(0) あんな根性の悪い代物、こっちから願い下げだぜ」
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(0)「なるほど、貴公は実に賢者でいらっしゃる。
(0) せっかく国や時代を超えたんだから、この立場でしかできないことをしたいものだ。
(0) 例えば、皆で酒食を共にするとか。どうだろう、士郎君にイリヤスフィール君。
(0) 実は明後日、凛が招待済みなんだが、君達もスポンサーになってくれないか?」
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(0)「ああ、俺はいいぞ」
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(0) 気のよい少年は、一二もなく了承した。もう一人のほうは、真紅の瞳を瞬かせた。
(0)聖杯戦争のマスターとなるべく育てられた少女だ。高名な英雄の伝承は、ひととおり承知している。
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(0) 槍兵としての条件を満たす英霊は案外少ない。槍と白兵戦の名手で、高い敏捷性を誇っていること。それに加えて、赤い槍と夕餉の誘いがキーワード。
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(0)「ふうん、そういうことね。ごめんなさい、ランサー。
(0) あなたのいないところで失礼を申し上げたわ。
(0) あなたは紛れもなき大英雄よ。
(0) ぜひ、わたしの招待も受けてくださらない?」
(0)
(0) 絶体絶命のピンチに思わぬ形で手が差し伸べられたわけだが、ランサーは虚ろに笑った。ガーネット色の瞳の焦点も、少なからずずれている。
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(0)「は、ははは……。
(0) バーサーカーのマスターにまで、俺の正体はお見通しってことかよ。
(0) ところでバーサーカーのマスターよ。失礼ってのはどういうこった?」
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(0)「世の中には、知らない方がいいことがあります」
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(0) 沈痛な表情で首を振るアーチャーには、ランサーに口を噤ませる何かがあった。凛は目を瞠った。たしかに彼は、ランサーと同盟を結びたいと言っていた。明後日の夕食を待つことなく、さっさと動きを始めたようだ。
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(0)「アーチャー! この機を逃すつもりか!」
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(0)「セイバー、今、我々は監視役に停戦を申し入れてきた。
(0) ランサーが脱落すれば、確かに停戦条件は整うが、私の願いは叶わないんだよ」
(0)
(0)「あなたの望みとは……」
(0)
(0)『平和な時代を見て、伝説の英雄と会う。できれば話も聞いてみたい』
(0)
(0) 昨晩聞いた限りではそうだった。セイバーは白皙の顔を紅潮させた。
(0)
(0)「あ、あなたは聖杯戦争をなんだと思っているのです!」
(0)
(0)「その定義はさておくとして、彼からマスターに伝えてもらったほうが、
(0) 教会からの通知よりも確実に伝わるだろう。
(0) あるいはもう知っているマスターなのかもしれないがね」
(0)
(0) ランサーは、最後の一言にほんの少し表情を硬くした。
(0)
(1)「では感謝をしよう、アーチャーのサーヴァント。
(1) 我が主への伝言、しかと承った。
(1) だが、俺のマスターが聞くとは限らんぞ」
(0)
(0)「私は別にかまいませんよ。
(0) 我々三名でお相手するまでですからね。
(0) 貴公の望みは叶わずに敗退を余儀なくされ、
(0) 結果的に、貴公のマスターの意見は必要がなくなります」
(0)
(0) あかいあくまのアーチャーは、ランサー自身が評したように、黒い毒舌の矢を放つのだ。
(0)
(0)「私としては、貴公がマスターを説得することを切に願うわけです」
(0)
(0) 集中砲火を浴びたランサーの額から鼻筋の美しい稜線が、衝突事故車のフロントノーズと化した。その凝視に込められた諸々の感情は、アーチャーの眉を下げさせた。
(0)
(0)「その、そんな顔をしないでくださいよ。
(0) まるで私がいじめたみたいじゃないですか」
(0)
(0)「いじめてるだろうがよ! なんつー無理難題を吹っかけやがる」
(0)
(0)「ははあ、ひょっとしてマスターと気が合わないんですか?
(1) すまじきものは宮仕えとはよく言ったものですが、
(0) 死んだ後までこき使われるなんて、お互い辛いですよね」
(0)
(0)「どういう意味よ、アーチャー……」
(0)
(0)「いや、生前に比べると遥かにいいかな」
(0)
(0)「おう、ちょいと若いが、てめえのマスターはいい女だよな。
(0) それに比べると、チッ、まったくツイてねえぜ!」
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(0)「ま、それもそうですが、彼女は安全圏から、
(0) 愚劣な主戦論で煽動を行うマスターではない。幸いにもね。
(0) 生前の上司というか、国のトップがそうだったので、生理的に駄目でしてね。
(0) 握手された時には、心にジンマシンが出るかと思いましたよ。
(0) 給料もベッドも枕もありませんが、それもないのが救いです」
(0)
(0)「うっさいわね。ベッドと枕は用意するわよ」
(0)
(0) アーチャーの影から、ドスの利いた声が響く。それはアーチャーとバーサーカー以外の面々に、身を竦ませる迫力に満ちていた。しかし、黒髪の青年は微笑みを浮かべた。
(0)
(0)「これで私の問題は半分解決しました。貴公に感謝します。
(0) なので、貴公も頑張ってくださいね」
(0)
(0) 贈られたエールにランサーは思わず半歩よろめいた。精神的には槍に取りすがり、地面に膝をついた状態だ。
(0)
(0)「そんな目で見ないでくれねえか……」
(0)
(0) さまにならない敬礼と、労わりと同情に満ちた眼差しに、心が音を立てて真っ二つに折れそうだ。生前を語るアーチャーの言葉は、まさにランサーの現在進行形の心境だった。
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(0) 握手なんぞしないで済むのはまだしもだが、死後までなんでこんなに不運なんだ。
(0)あれか、幸運のステータスのせいか!? ランサーは聖杯を呪った。もう何度目だかわからないほど。
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(0)「あら、どうしたの、バーサーカー?」
(0)
(0) 小さな主の隣の巨大な顔が、唸り声と共に何度も頷いているように見える。
(0)
(0)「それはほら、彼の場合は生前大いに苦労しただろう?」
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(0)「ふうん。バーサーカー、今もそう?」
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(0) 今度は左右に顔が動く。ヤンは黒髪をかき混ぜた。さすがはヘラクレス、理性はともかく、知性が残っているような気がする。これなら、質問の形式次第では答えてくれるかもしれない。
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(0) やる気が出てきた。こんなろくでもない争いにはさっさと決着をつけ、自分の願いを叶えるのだ!
(0)
(0) 国だの軍だの、縛るものがなくなり、欲望に忠実になったヤン・ウェンリーである。
(0)
(0) 彼の前に位置する夕日色の頭も、せわしなく上下動していた。アーチャーはさりげなく半歩位置をずらし、背後にいる黒髪の美少女の視線から少年を隠してやった。男性陣に塩味と酸味と苦みの混じった合意が形成され、厭戦ムードが漂いだす。
(0)
(0)「まあ、じゃあそういうことで。貴公の健闘を重ねて祈ります」
(0)
(0)「お、おう。じゃあ俺もそろそろ失礼するわ。では、明後日の夕餉の席でな」
(0)
(0)「待てっ、ランサー!」
(0)
(0) 仕えられる側であったセイバーが、我に返って一歩踏み出したときには遅かった。最速のサーヴァント、槍兵。ゲリラ戦の名手たるクー・フーリンは、戦闘からの離脱にも長けていた。風を巻いて、さっさと闇の彼方へと姿を消したのであった。
(0)
(0)「みごとな退却だなあ。私の後輩もなかなかだったが、さすが年季が違う」
(0)
(0) 暢気な発言に、セイバーは見えざる剣を彼の喉元に突きつけた。皮一枚分の切り傷が刻まれ、わずかに血が滲み出す。
(0)
(0)「アーチャー! 貴様、裏切る気か!」
(0)
(0)「騎士の一騎打ちに水を差した非礼はお詫びしよう。
(0) だが、停戦は君のマスターも合意したことだ。
(0) 彼には自身のマスターへの伝達をお願いしたんだ。
(0) 教会が手配するよりも確実だからね。
(0) その上で、挑んできたら斃せばいい。だがね」
(0)
(0) アイボリーのスカーフに、何滴かの血が染みを作る。ほとんど無彩色のアーチャーとの対比が強烈で、凛は拳を握りしめた。だが、彼はまったく臆することなく、静かな口調で続けた。
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(0)「ここは死者が眠る場所だ。私のマスターのご両親もここにいる。
(0) 幽霊の私が言うのも変かもしれないが、その眠りを妨げるのはね。
(0) お墓が荒れたら、一番悲しむのは遺族だ。
(0) これ以上、ここで戦うのはやめてくれないだろうか」
(0)
(0) 両者が激突した場所は、芝生が抉れ、土がのぞいている。だが幸いそれだけだ。墓石が欠けたり、倒れたりはしていない。セイバーは唇を噛むと、腕を下げた。
(0)
(0)「ありがとう、セイバー。では、みんな帰ろうか。
(0) ここでは話しにくいこともあるし、
(0) 魔術師としての意見も聞かせてほしいんだ。
(0) ところでセイバー、あのメイドさんの服はどうしたんだい?
(0) 武装の下に着てるのかな?」
(0)
(0) 顎に手をやり、小首をかしげるアーチャーに、セイバーは我に返るとあたふたとした。
(0)
(0)「あの、そ、それは……」
(0)
(0) 霊体化できないセイバーだが、その衣装や武装は魔力を編んだものだ。魔力を解くことにより、それらは消える。では再武装するとどうなるのか。
(0)
(0) 衛宮士郎が使える数少ない魔術が強化だ。これは物質に魔力を通すことによって、材質の強化を図るものだ。しかし、魔力の注入に失敗すると、その物品を逆に壊してしまう。
(0)
(0) 人間であってさえこうなのに、サーヴァントの桁違いの魔力を急激に叩きつけられて、普通の服に耐えきれるわけがない。夜目の利く士郎が、墓地に散らばる白い花弁のようなものを認めた。
(0)
(0)「なあ、ひょっとして、あれがそうじゃないのか……。
(0) ど、どうしよう! セイバーの服装問題ふたたびだ!」
(0)
(0) セイバーの壮麗な戦装束は、一般家庭を訪問するのにふさわしくないが、街中を歩いたり、バスやタクシーに乗るのにもこれまたふさわしくない。
(0)
(0)「ねえ、セラ呼ぶ? きっと怒るけど」
(0)
(0) セイバーがびくりと金髪を揺らした。
(0)
(0)「あ、あの」
(0)
(0) おさまりの悪い髪がはみ出したベレーが軽く下げられる。
(0)
(0)「よろしくお願いするよ、イリヤ君。
(0) ちょうど勤め人の帰宅時間だ。
(0) みんなで深山町まで歩いたら、どれだけの人の目に触れることか。
(0) リムジンだって、目立つことだろうがね」
(0)
(0) 凛はアーチャーの袖を引いた。
(0)
(0)「ねえ、わたしとイリヤは別行動でもいいでしょ。普通にバスで帰れば」
(0)
(0) この面々に混ざって、辟易しているのは凛も一緒だった。
(0)
(0)「バス停なんかでサーヴァントに襲撃されたら、
(0) バーサーカーと私でどうにかなると思うかい?
(0) ここなら迎撃できるから、迎えを待った方がいいんだよ」
(0)
(0)「うっ……」
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(0) 破壊力抜群だが、手加減とは一切縁のないバーサーカー。非力で射撃の下手なアーチャー。これは厳しい。主に凛の生存確率が。言葉に詰まった凛は、士郎と顔を見合わせた。
(0)
(0)「な、なあ遠坂。学校の部活、今日も短いと思う。
(0) ここから歩くとさ、橋のとこですれ違うんだ」
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(0) そして、高校生の帰宅時間でもあることに気付く。未遠大橋の歩道は、自転車道も兼ねている。彼らの歩む傍らを、学校の生徒達が走りぬけていくわけで……。
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(0)「あの橋、歩くと十分はかかるんだ。みんなに見られる。
(0) なあ、セイバー、家までの道、わかるか?」
(0)
(1)「ええ、大体は……。まさかシロウ、私に一人で帰れと!?」
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(0) セイバーの詰問に、琥珀色の瞳がふいと逸らされた。コスプレ美少女をこっそり囲うから、公然と連れ歩くにレベルアップしてしまう。いや、人間の屑からケダモノへのレベルダウンか。
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(1) それはイヤだ。屑でもいい、せめて人間でいたい! 士郎も必死だった。
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(0)「そっか……」
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(0) そこで士郎ははたと気づいた。一時は別行動しても、鎧甲冑の美少女が衛宮家に戻ってくるのは変わらないのだ。
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(0)「や、やっぱ、一緒に帰ろう。ごめん、イリヤ、俺からも頼む」
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(0) 昨夜からの騒動の末、士郎は他人を頼ることを覚えた。それは凛も一緒だ。
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(0)「ええ、わたしからもお願いするわ。
(0) わたしたちにも外聞というものがあるのよ。
(0) メイドはまだありだけど、鎧の騎士はないの。現代には」
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(0) すかさず拝む少年と、頭を下げる美少女だった。アーチャーは凛の発言に、顔の前で手を振りながら応じた。
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(0)「二百年前だってどこにもいないよ」
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(0)「へ、そうなのか。なんでさ?」
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(0)「銃の台頭で、鎧が意味をなさなくなってしまったんだ。
(0) 四百年ほど前に、セイバーのような鎧の騎士は姿を消した。
(0) ま、この国にはほとんどないようだし、
(0) 我々サーヴァントには、一般の銃器が効かないのは幸いかな」
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(0) セイバーもドレスの色ほどに蒼褪めた。このアーチャーは、作為もなく心臓を抉るような発言をしてくるのだ。彼女の思いは、アーチャーの知るところではなく、新たな難題に髪をかき回した。
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(0)「しかし、これは課題だね、セイバー。
(0) 襲撃者の前で服を脱ぐわけにはいかない。
(0) 君が戦うには、なんとか士郎君に同行し、同時に服の準備も考えないと……。
(0) 地味に難しいなあ。君がたいへんな美人なだけに、どう考えても目立つし」
(0)
(0) 腕組みして嘆息するヤン・ウェンリーだった。セイバーは歴史マニアの心を潤してくれる存在だが、やはり伝説は遠くにありて思うもの。近くば寄って目にも見よとなると、眩しすぎて困る。目にも痛いが、きっと財布にも痛そうだ。
(0)
(0)「服なら、わたしのをあげるわ。
(0) 貰いものだけど、似合わないから着てないし、
(0) 毎年、同じのを贈ってくるから何着もあるのよ」
(0)
(0)「悪いな、遠坂。なにからなにまでありがとな」
(0)
(0)「アーチャーのマスターに感謝を」
(0)
(0) セイバーは結いあげられた金髪を下げて、その顔色を隠した。
(0)
(0)「ただね、問題が二つあるの。贈り主があの綺礼なのよ」
(0)
(0)「服に罪はないよ。サイズが合うならいいじゃないか」
(0)
(0) 凛のサーヴァントは理性的かつ節約家だった。彼のマスターは首を振った。
(0)
(0)「それとね、下着はないの。衛宮くん、そっちは調達しないとならないわよ。
(0) セイバー、あなた、下着も借りていたでしょう。
(0) あの布切れのどれかに、それも混じってるんじゃないの?」
(0)
(0) 指摘を受けた剣の主従は顔を見合わせ、異口同音に叫びを上げた。
(0)
(0)「ええっ!?」
(1)
(0) それから迎えが来るまで、ゴミ拾いに勤しむことになった士郎とセイバーであった。夜に墓参りをする人間はいないと言っていい。だから外灯もほとんどない。ゆえに、夜目が利く士郎が指示して、セイバーが小さな布切れをせっせと集めて回る。
(0)
(0) 隠匿を教会にやらせて、下着の切れ端をあの胡散臭い言峰に拾われたいのか。アーチャーの主従や、バーサーカーのマスターに手伝ってもらいたいのか。そういうことである。
(0)
(0) それを遠巻きにした凛とヤンは、微妙な表情で囁き交わした。
(0)
(0)「アーチャーごめん。前言を訂正する。
(0) あなたが来てくれてよかったわ。服の誤魔化しがいらないし」
(0)
(0)「そうだね。私も花も恥じらう乙女に、千切れたパンツを拾われたくはないよ」
(0)
(0)「あんた、わたしがあえて言わなかったことを……」
(0)
(0)「しかしまあ、不備なく召喚してくれてありがとう。
(0) それにしても、前回の召喚時の彼女はどうだったんだろう。
(0) イリヤ君は知らないかな」
(0)
(0) イリヤは首を横に振った。
(0)
(0)「セイバーとお母さまは、一緒に飛行機で日本に行ったみたい。
(0) でも、サーヴァントとしてどうだったのかは、よく知らないの」
(0)
(0) 二つの黒髪が傾げられた。それは判断材料にはしがたい。アーチャーの考察を発展させるなら、その行動だって陽動とも取れる。
(0)
(0)「言峰神父も前回の参加者だと言っていたね。
(0) 凛とイリヤ君のお父さんと、これで三人。
(0) あと四人は参加者がいるはずだが、一人も生存者がいないんだろうか?」
(0)
(0) 凛ははっと顔を上げた。
(0)
(0)「外来の魔術師の参加を取りまとめるのは、魔術師の学びの府、
(0) ロンドンの時計塔よ。何か知っているかも」
(0)
(0)「連絡が取れそうかい?
(0) 今回の参加者も斡旋してるなら、そちらからも呼びかけをしてもらおう」
(0)
(0)「そうね、取ってみるわ。
(0) わたしは卒業後に時計塔に進学し、
(0) そこの名物講師を師と仰ぐのが当面の目標だったの。
(0) 聖杯戦争が始まるまではね」
(0)
(0)「たった十年で再開したイレギュラーか。……くさいね」
(0)
(0) 最後の呟きは、近づいてくる重厚なエンジン音にかき消された。