行別ここすき者数
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(0)「わたしの親戚を名乗る以上、みっともない格好は許さないから」
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(0) マスターに突きつけられた品々は、アーチャー ヤン・ウェンリーを困惑させた。
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(0)「え、何だい、これは……」
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(0) ヘアクリームにヘアスプレー、ヘアブラシ。整髪用品の数々だ。
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(0)「ああ、クリームとかはわたしのだけど、ブラシは新品よ」
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(0)「いやいや、そういう問題じゃなくて、なんでこんな必要があるのかな」
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(0) 遠坂凛は、ヘアブラシをアーチャーの顔に突きつけた。
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(0)「そのもっさりとした頭は絶対に却下よ」
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(0) アーチャーは眉を下げると、マスターの不興の素であるおさまりの悪い黒髪をかきまわした。
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(0)「凛、ちょっと疑問なんだが……」
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(0)「なによ」
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(0)「サーヴァントって、物理的に干渉できないんだろう?」
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(0) なにしろ元が幽霊だ。毒を飲んでも、銃で撃たれても、常世の物では傷つかない。もう死んでるんだから当然と言えば当然だが。
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(0)「このヘアクリームとやらで、私の髪が整うのかなあ……」
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(0)「ああーっ、もう、いちいち理屈っぽいのよ、あんたは!」
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(0) 凛は、アーチャーの腕を引っ掴むと、ドレッサーの前に連行した。今日のアーチャーは、父の若いころの服に着替えている。軍服は、肩や胸板の薄さが災いし、さっぱり似合わずコスプレになり果てているが、上等なシャツにカーディガンという服装は悪くない。これなら二十歳と言っても大丈夫だろう。
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(0)「要するに、あんたは魔力でできてるわけよ」
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(0)「はあ」
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(0)「それを支えてるのが、わたしが供給している魔力」
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(0)「ははあ」
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(0)「そこに座んなさい」
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(0) 指し示されたのは、ドレッサーの椅子。真っ赤に燃える迫力に、アーチャーは無言で従った。こういう状態の女性に逆らってはいけない。後輩の姉上らと、同種のオーラを放っている。
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(0)「つまり、マスターであるわたしの魔力を通せば、
(0) あんたの肉体にも干渉できるってわけよ」
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(0) 単にヘアセットで済むんだろうかとヤンは危惧した。
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(0)「ちょっと待ってくれないか。そりゃ、私の対魔力を越える力ってことだよね」
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(0) ヤンにはアーチャーのクラススキルの対魔力がある。お粗末なものだが、それでも常人にはとっては銃撃並みの、凛のガンドをキャンセルできる。と、いうことはだ……。
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(0)「そんなの、髪に注ぎ込んで平気なのかい……?
(0) サーヴァントは頭部が急所だって、君も言ったじゃないか!」
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(0) アーチャーの髪をブラッシングしかけた手が止まる。
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(0)「大丈夫よ。……多分、ね」
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(0)「た、多分って、そんな曖昧な……」
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(0)「わたしの魔力をあんたに使うんだから。
(0) 毒蛇だって、自分の毒じゃ死なないじゃない」
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(0) 鏡の中のアーチャーの顔から血の気が引いた。
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(1)「いやいや、死ぬよ! コブラは自分の毒で死ぬんだよ!
(0) 頼む、凛、やめてくれ!」
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(0) 自らのマスターを猛毒呼ばわりするアーチャーに、凛はむっとして言いかえした。
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(0)「駄目」
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(0) そして、眼つぶしも兼ねて、ミストを一吹き。
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(0)「うわっ! これ、沁みるじゃないか。ひどいなあ、もう……」
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(0) 目をこすっているアーチャーに構わず、凛は彼の髪をブラシで梳き始めた。豊かな長めの髪は、少し癖があるが、存外に柔らかく艶があった。青みがかった見事な漆黒で、無造作にかきまわすのがもったいない。
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(0) 彼の世界では、マッチョなタフガイが美男なのかもしれないが、ここは平和な日本。細身の優男のほうが人気がある。身だしなみを整えれば、アーチャーもいい線行くと思うのだ。
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(0) ちょっと潤んだ漆黒が、鏡の中から凛を恨めし気に見ていた。
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(0)「そんな顔しないでよ。
(0) 対魔力は攻撃を意図した魔術を弾くけど、治癒魔術とかは平気だから」
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(0) 安心させようと思って言ったのに、青年の顔色がますます悪くなった。
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(0)「ちょっとぉ、わたしの言うこと信じなさい」
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(0)「……信じるから怖ろしいんだよ」
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(0)「どうして」
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(0)「世の中には、医療過誤というものがあってだね……」
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(0) 英雄とは、酒場にはいるが、歯科医の診察台にはいないもの。魔女の鏡の前も、英雄のいない場所だった。