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履歴はこちら。
(0) アーチャーは、セイバーからイリヤへと視線を移した。
(0)
(0)「六十年分の霊脈エネルギーで、世界の外側からサーヴァントを召喚し、
(0) そのサーヴァントを燃料にして、内側から外側に魔術師が跳ぶ。
(0) そう考えると黒い空にも説明がつく。
(1) 亜空間跳躍と同じく、世界の内外の特異点をつなぐんだろう」
(0)
(0)「どういう意味なのさ!?」
(0)
(0) 士郎に返されたのは、なんとも未来人的な答えだった。
(0)
(0)「通常の宇宙空間から亜空間に突入すると、星が見えなくなる。
(1) 昼なのに暗くなった空は、亜空間のようなものが現れたせいではないかな?」
(0)
(0) 現代人も、過去の英雄も、呆気にとられた。
(0)
(0)「たしかに『願いを叶える』なんて曖昧なものより、こちらの方が術として美しい。
(0) 大聖杯と小聖杯、ふたつの魔術が相似しつつ対照となる」
(0)
(0) アーチャーの口調は、公式の出来を吟味する数学者のようだった。だが、その公式の恐ろしさよ。居合わせた全員の顔色を漂白させる言葉だった。生贄だと明言されたサーヴァントらも、術の設立者の末裔達も、へっぽこ魔術師見習いも。
(0)
(0)「それに、自分の望みを叶えうるものでなくては、
(0) 遠坂の初代も、大聖杯の設置に賛同してはくれない」
(0)
(0) 目を瞠る一同を前に、アーチャーは肩を竦めた。
(0)
(0)「魔術師としては最下位でも、日本での社会的地位は遠坂が最上だ。
(0) 術式のアインツベルンと地脈の遠坂、双方の願いを叶えられる術。
(0) そういうことじゃないのかな」
(0)
(1) ルーン使いでもあるランサーが呆れ顔になった。
(0)
(0)「はん、魔術ってのはなぁ、おまえが思うほどに大雑把なもんじゃねえぞ。
(0) 俺のルーンだって、術に応じた文字を刻まねばならん」
(0)
(0) 魔術を知らぬ、未来の魔術師 は、頷いてから小首を傾げた。
(0)
(0)「ええ、それは私もそう思いますが、聖杯は万能の魔力の釜といいますよね。
(0) 釜とは火で焚くものでしょう。
(0) 火となるのが脱落した英霊。だったら火加減を調節すればいい」
(0)
(0)「はあ?」
(0)
(0)「我々の時代の恒星間宇宙船は、エンジンの稼働を調節することによって、
(0) 通常航行と最長百五十光年の亜空間跳躍を使い分けるんです」
(0)
(0) だしぬけに、ランサーの携帯電話が鳴り出した。長い蒼い髪がびくりと跳ね、慌てて電話に出る。
(0)
(0)「は? ボタンを押せって? おい、こいつでいいのかよ」
(0)
(0) スピーカーモードにした携帯から、妙なる声が流れてきた。
(0)
(0)『本当に賢しい男だこと。そのとおりよ。
(0) この世界の内側に手を届かせるならば、六騎で充分でしょうね』
(0)
(0)「では、根源に行くには全部必要ということですか?」
(0)
(0)『ええ』
(0)
(0) 黒髪と蒼髪がかき回された。
(0)
(0)「ま、そんなとこだろうとは思ってたぜ。
(0) おまえが言ったように、本当の真剣勝負ならみんな同じクラスにすりゃいい。
(1) わざわざ差を作って七人呼ぶのは、そうする理由があるわけだからな」
(0)
(0)「つまりこういうことですか。六騎で、世界の内側にあるものにはすべて手が届く。
(0) だが、外側に行くには七騎が必要。令呪はそのためにある」
(0)
(0) 電話の向こう側で、神代魔術の使い手が肯定した。
(0)
(0)『そういうことよ。我らを律する手綱、あるいは駆り立てる御者の鞭。
(0) それも一面の真実だけれど、処刑の首縄というのが最も正しいわね』
(0)
(0) そう言うキャスターに、首根っこを押さえられたランサーは、実に嫌そうな顔になった。
(0)
(0)「ギリギリの戦いで、自分が敗れるなら納得するがよ。
(0) 戦い抜いた挙句、死ねと命じられるなんざまっぴらだぜ。
(1) いいか、マスター。その命を下したら、てめえの心臓も貰い受ける」
(0)
(0) 噛みつかんばかりの口調に、キャスターは含み笑いで応じる。
(0)
(0)『あらあら、これは英霊にとっては遊戯、魔術師にとっても同じこと。
(0) 死人を二度は殺せない。我らが死んでも、本体にはなんの痛痒もないわ』
(0)
(0)「あー、合理的といえば合理的だよなあ。あんまりいい気分ではないが……」
(0)
(0) クランの猛犬 の名にふさわしい唸り声を上げ、ランサーはヤンの胸ぐらをぐいと引き寄せた。
(0)
(0)「馬鹿野郎、そういう問題じゃねえ! 貴様はそれでいいのか。
(0) 遠坂のサーヴァントの貴様こそ、真っ先にそうなってもおかしかねえんだぞ!」
(0)
(0) 吊り上った青い眉と、下がった黒い眉が対照的だ。
(0)
(0)「はあ。たしかに罰当たりだとは思いますが、
(0) それを言うなら私は人間を一千万人ぐらい殺してますし……」
(0)
(0) とことん弱そうな相手からの信じがたい告白に、ランサーは目を剥いた。
(0)
(0)「い、いっせん、……まんだと!?」
(0)
(0)「味方はその三倍ぐらい死なせてますし」
(0)
(0) ヤンは目を伏せた。静かな声が一同の耳を打つ。
(1)
(1)「誰もが、誰かの最愛の存在だった。私ひとりの命では、到底償えない罪です。
(1) なのに生前の望みであった、一時の平和を見ることができた。
(1) こんな仮初めの命、対価としては安いぐらいですよ」
(0)
(1) アーチャーにとっては、人の命の価値は平等。武勲は殺人罪だ。膨大な人命を贄に英雄になったことを、どうして誇れるか。聖杯への執着が乏しく、マスターたちへの愛情が深いのはそのせいなのだろう。
(0)
(1) とはいえ、これは身も蓋も底もない言い分だった。ランサーはがっくりして、目の前の薄い肩に額を預けた。
(0)
(0)「……おまえなぁ、もうちょっと言いようってもんが……」
(0)
(0)「でも、我々が現界できるのはせいぜい二週間です。
(0) 結局消えるのなら、別にいいじゃないですか」
(0)
(0)「そりゃそうだけどよ……」
(0)
(0)「騙まし討ちは許せなくても、最初からそう言えば、あなただったらどうします?」
(0)
(0) ランサーはきょとんとした。
(0)
(0)「聖杯の糧となることを対価として、今の世のあれこれを見聞して味わい、
(0) 帰還の前までに死んでくださいだったら?」
(0)
(0) その言葉にランサーは考え込んだ。自分の死から二千年を閲 した今、人はずっと豊かになった。
(0)
(0)「……身も蓋もねえが、楽しみの対価としてなら、そんなに悪かねぇな」
(0)
(0)「でしょう? もっとも、凛には別の研究テーマがありますしね。
(0) とはいえ、世界の外に出るのには賛成するつもりはありません」
(0)
(0)『あら、達観している貴方でも死ぬのは嫌?』
(0)
(0) からかい混じりの問い掛けをしたキャスターに、ヤンはきっぱりと首を振った。
(0)
(0)「いいえ。亜空間跳躍そのものが非常に危険だからです」
(0)
(0) どさりと音がした。居合わせた者の頭が、戸口のほうに向きを変える。鞄を取り落とした、長く豊かに波打つ黒髪の、現代の魔術師に。
(0)
(0)「……どういう意味なの。アーチャー……」
(0)
(0) 青年と少女と、黒髪のふたりが相対する。
(0)
(0)「私の世界では、宇宙船事故の多くが跳躍の失敗によるものなんだ。
(0) 通常空間から亜空間に突入し、百五十光年を跳び、通常空間に戻るのは、
(0) 非常に複雑な計算と繊細な技術を必要とするんだよ。
(1) こいつに失敗すると、虚数の海に溺れ、二度と戻ってこられない」
(0)
(0) 凛はつんと顎を上げた。
(0)
(0)「わたしは今のところ根源にいくつもりはないわ」
(0)
(0)「でも、君のお父さんの願いはそれだったと思うよ」
(0)
(1) 凛は、不承不承に顎を下ろすことになった。父との最初で最後のスキンシップ。痛いほどに強く頭を撫でる手は、宿願への決意に満ちていたように思う。
(0)
(0)「でも、聖杯は万能よ。
(0) 願いをかなえるために、方法をすっとばして結果を引き寄せると言われてる。
(0) 単に、根源に行きたいと願えばいい……」
(0)
(0) いいさして、翡翠の瞳が大きさを増す。
(0)
(0)「違う、だめだわ。帰ってくるためには、聖杯に『往復』を願わなきゃいけない。
(0) でもそうすると、根源で魔法を探すことができないじゃない」
(0)
(0) 凛よりも頭半分高い黒髪が頷いた。
(0)
(0)「彼が詳細な遺言を残していたのは、負けた時だけではなく、
(0) 勝利も考えていたんだと思うんだ。
(0) 君のお父さんは、ずいぶん敬虔なキリスト教徒だったようだし」
(0)
(0) 神の御前に到達できた者が、いまさら下界へと戻るだろうか。否と言わざるを得ない。
(0)
(0)「そして、もう一つ。亜空間跳躍には様々な制約がある。
(0) 惑星や恒星の重力下では、決して行なってはいけない。
(0) 重力の影響で、ワープの精度が著しく低下するんだ。
(0) 地表でやるなんてもってのほか」
(0)
(0)「……や、やっぱり亜空間で遭難確定だから?」
(0)
(0) 彼のSF話を早くから聞いていた凛が、恐る恐る問いかける。アーチャーは腕組みして首を振った。
(0)
(0)「跳ぶ側だけの問題じゃないよ。ワープの際は時空震が発生するんだ。
(0) 人ひとりの質量でどれほどのことが起こるか、正確にはわからない。
(0) 我々の世界にも、個人規模のワープ装置なんてないしね」
(0)
(0)「あんたの時代でも、テレポートとかはできないの?」
(0)
(0)「そこまで小型化するのは不可能だし、無意味なんだよ。
(0) 生身で亜空間を往来できるはずがないだろう」
(0)
(0) だが彼は、全長一キロの宇宙船で、何千光年もの距離を航行していると言った。
(0)
(0)「でも、正確じゃないけどわかるってことでしょう?」
(0)
(0)「計算上の話だがね。
(0) 新都の公園ぐらいの面積なら、跡形もなく消し飛び、
(0) 焼け野原じゃなくてクレーターができるよ。士郎君が逃げる間もなくだ」
(0)
(0) アーチャー以外の口からは、呻き声しか出てこない。
(0)
(0)「まあ、科学じゃなくて魔術によるワープなら、
(0) そういう悪影響はないのかもしれないけど」
(0)
(0)『……貴方の世界のほうが、よほどに魔法の世界よ』
(0)
(0) キャスターがぽつりと感想を漏らした。
(0)
(0)「では、あなたにも経験がないんでしょうか?」
(0)
(1)『あるわけがないでしょう。天を自在に往来するのは神々ですもの』
(0)
(1) 声にやや険がある。無理もないとランサーでさえ思う。いくら魔術師の英霊とはいえ、こんな質問には答えようがないだろう。ざまを見ろという気持ちの半面、あの女狐に同情もするが、先手を打っておく。
(0)
(0)「言っておくが、俺にもそんな真似はできんからな」
(0)
(0) アーチャーは組んだ腕をほどくと、顎に手を当てた。
(0)
(1)「ということは、前回の大災害はワープの失敗ではなさそうだね」
(0)
(0) 凛は驚愕の叫びを上げた。
(0)
(0)「あ、あんた、それも疑ってたの!?」
(0)
(0)「うん、まあね。前回のアーチャーのマスターは、凛の父の可能性が高かったから」
(0)
(0) マスターの父といえども、ヤンの容疑者リストから除外されないのだ。
(0)
(0)「決勝戦は、黄金のアーチャーとセイバーだった。
(0) マスターは共に同行しておらず、マスターはマスターと、
(0) サーヴァントはサーヴァントと決着をつけたと思われる」
(0)
(0) 士郎とイリヤは顔を見合わせ、悄然と肩を落とした。これはセイバーの証言から考えうる、もっとも無理のない推論に思えた。だとすると、切嗣が時臣を手に掛けたのか?
(0)
(0)「しかし、それだと凛に魔術刻印を継承できたことと矛盾するんだ」
(0)
(0)「えっ!?」
(0)
(0) 小さな叫びとともに、凛の瞳が再び大きさを増す。次の言葉で、士郎とイリヤとセイバーも凛に倣うことになった。
(0)
(0)「例の災害で、もっとも激しく燃えたところだよ。
(0) 凛の父がそこで亡くなったとして、誰が遺体を回収したんだ?」
(0)
(0) 色とりどりの視線が、ほっそりとした左腕に集中した。凛は制服の上から握り締める。遠坂家五代の叡智の遺産、魔術刻印を。
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(0)「……そう、そうよ。これは、お父様の死後に移植したわ……!」
(0)
(0)「セイバーが戦った黄金のアーチャーか。
(0) だが、セイバーを欠いて、アーチャーと対峙したら、
(0) 衛宮切嗣氏は士郎君を助けることなどできないだろうね」
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(0) そこで殺されるからだ。士郎とイリヤは、言外の意味に固唾を呑んだ。いくら不遜なサーヴァントでも、いやだからこそ、マスターを殺した相手を生かしてはおくまい。――普通なら。
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(0) 呆然として、凛は問い返した。
(0)
(0)「じゃあ、誰が……」
(0)
(0)「可能性は二つだ。同盟者が同行していたか。
(0) こちらだと、勝者は遠坂時臣となる可能性が極めて高い」
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(0) しかし、時臣は死んでいるではないか。揺れる翠が、動じぬ黒瞳に問いかける。
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(0)「もう一つはなんなのよ!」
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(0)「決勝戦の前に、君の父が亡くなっている場合だ」
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(0) セイバーの瞳も、強風に揺らぐ柊と化した。
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(0)「馬鹿な……。あの男の戦いぶり、そして、あのとてつもない宝具の数々……。
(0) いかに単独行動を持つアーチャーと言えど、マスターを欠いては不可能です!」
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(0) 黒い眉が角度を変え、瞳も細められる。薄い唇が開き、静かに一言。
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(3)「飛び立った船で、目的地まで飛び続ける必要はない」