行別ここすき者数
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(0)『やはり出ましたね……』
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(0) 予想していた強敵の出現。ライダーは胸中で呟くと更に姿勢を低めた。クラウチングスタートで、斜め前に飛び出す。射出された剣は、ライダーの背をすれすれを飛び、深々とアスファルトに突き刺さった。
(0)
(0) 剣を回避したライダーは、飛び込み倒立前転から跳躍し、電柱の横木へと短剣を投じる。狙い過たず鎖が絡み、ライダーの身体は宙へと躍った。長く美しい脚の下を、第二波が横殴りに吹き抜けていく。
(0)
(0) 剣雨をすり抜ける空中ブランコは、一瞬の遅滞も許されぬ。振り子の頂点で、左手の短剣を別の電柱へ投げつけた。道路標識と街灯と街路樹を踏み切り板に、強引に運動ベクトルを変える。
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(0) 三発目の剣群は誰もいない空を射抜き、辛くも逃れたライダーは、バス停のベンチの背後に降り立った。
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(0) 襲撃者の眉根がわずかに寄り、ライダーは小さく息を吐き出した。
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(0)『……遅い?』
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(1) 一昨日の追跡劇の時より、速度が落ちているように思える。魔力の枯渇か、ライダーを嬲る気なのかは定かではなく、それを確かめる余裕もない。白いジャケットの背後から、黄金の波紋を従えた、白銀の切っ先が突き出る。無尽の財を誇るに足りる数が。
(0)
(0)「よくぞ避けた。だが、これは――」
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(0) 美青年の口上を遮ったのは、飛来してきたベンチだった。ライダーがその脚力で蹴り飛ばしたのだ。
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(0)「小賢しい!」
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(0) サーヴァントにとっては、直撃してもなんの痛痒もない。だが、ギルガメッシュは剣を揮い、ベンチを一刀両断にした。哀れなベンチだった物は、青年の左右に落下し、けたたましい金属音を立てる。一拍遅れで、それを上回る電子音が夕食時の住宅街を席巻した。
(0)
(1) ベンチでの蹴撃は、英雄王の注意を逸らし、防犯ブザーを押す一瞬の隙を作るためだったのである。ガラガラと周囲の家の窓が開く。玄関の扉も開く。大勢の住人が、目を丸くして美女と美青年を注視していた。
(0)
(1)「だ、誰か、助けてくださいっ!」
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(0)「なっ……!」
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(0) 助けを呼ぶ知的な眼鏡美人と、長い刃物をぶら下げた金髪の若い男。世間がどちらの味方をするかは明白である。
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(0) 慌てふためき、近所に大声で助けを呼ぶ中年男性、室内に取って返して、電話を掛けようとする夫人。玄関先にあった傘を握り締め、右往左往する老人。二階の窓から見下ろしているのは、中高校生だろうか。何人かが携帯電話を金髪に向け、フラッシュを瞬かせる。
(0)
(0)「おのれ!」
(0)
(1) 目撃者全員を根絶やしにするのは、ギルガメッシュにとって難しくない。いっそと考えた瞬間に、冷たく研ぎ澄まされた殺気が彼を貫いた。常人の数十倍の視力が捉えうるぎりぎりの端、二つのマンションの屋上から、群青と真紅が睥睨している。
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(1) 王の財宝にも弱点はある。所持者であって、担い手ではない彼の限界というべきか。それが超遠距離への精密な攻撃だった。ランサーの槍、アサシンの弓術、いずれにも及ばない。
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(0) ライダーや目撃者を皆殺しにはできよう。だが、皮肉なことに、騒ぎ立てる住民たちがギルガメッシュの盾になっているのだ。住民を殺した瞬間に、連中は一切の遠慮を捨て、最大限の攻撃を叩き込むのは明白だった。
(0)
(0)「ち!」
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(0) 舌打ちしたギルガメッシュだったが、このまま退散する気などなかった。十人や二十人、殺したところで何ほどのことか。ランサーとアサシンの宝具を防ぐのは容易い。
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(0) まずは、目障りな蛇を誅してやろう。
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(0) 彼は右手を高々と上げた。
(0)
(0)「王の……」
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(0) 蒼白い閃光が奔った。ギルガメッシュの肩先を掠め、夜のどこかへと消え去る。傍目には懐中電灯の光条にしか見えなかっただろうが、対峙している二人には見覚えのある色だった。
(0)
(0) ライダーの美貌に生色が蘇り、ギルガメッシュの秀麗な面は怒りで歪んだ。
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(0)「卑怯者め! 出てくるがいい!」
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(0) 黒髪のアーチャーが応えることはなく、代わりに響いてきたのはパトカーのサイレンだった。
(0)
(0) 一瞬の隙を衝いて、ライダーは近所の家に飛び込み、住人たちもあたふたと家に引っ込んだ。ランサーとアサシンは狙撃の姿勢を崩していない。
(0)
(0) 言峰が令呪を使う気配はない。教会という後ろ盾を失って、これほどの人数の情報操作が不可能なせいか。潜伏せよという指示を無視した懲罰かもしれないが、ギルガメッシュには踵を返して、駆け去る以外の選択肢は残されていなかった。
(0)
(0)「――捕まえた」
(0)
(0) 路地の影で、魔女が口の端を吊り上げた。だが、忘れ物を届けに来た従姉のふりで、奇禍に遭った従妹を慰めるのだった。
(0)
(1) 駆けつけた警察は色めきたった。被害者の美貌のせいだけではない。殺人未遂犯は、どうやったのか見当もつかないが、アスファルトや電柱、民家の塀に傷を付け、ベンチまで両断している。(ベンチの位置まで違うのも謎といえば謎だったが。)
(0)
(0) それは、深山町の一家殺人の不可解な手口に合致するのである。
(0)
(0)「今日中に家に戻って、明日から大学に行くつもりでした。
(0) 電車の指定券も取ってあるんです。もう帰ります!
(0) こんな物騒なところ、これ以上いたくありません!」
(0)
(1) 駆けつけた警察に、ライダーはイリヤが準備した乗車券を突き出した。パスポートと外国人登録証もだ。こちらはエミヤの投影による贋作だが、夕暮れの中でちらりと見せるだけなら充分だろう。そして、小さく嗚咽を漏らしながら手に顔を埋める。
(0)
(1) いかにもか弱そうなうら若き美女の涙に、住民から同情の視線が集中した。警察に浴びせられるのは非難の眼差しだ。昨今の警察の不手際に、みなが辟易していた。
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(0)「このお嬢さんの言うとおり、家に帰らせてあげたらどうですか」
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(0)「そうだ、そうだ。まったく弛んどる」
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(0)「不良外人をのさばらせておくくせにに、真面目な学生さんには強く出るんだから……」
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(0)「なんで被害者に更に迷惑をかけるんだ。冬木の恥じゃないか」
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(0) それを宥めてすかし、集まったのは、長身で細身、年齢は二十歳前後、金髪に赤い瞳の美青年だという目撃証言。髪と瞳は染色などかもしれないが、顔立ちからして外国人と思われる。
(0)
(0) 住民が撮影した携帯電話の写真は、夕闇と距離に阻まれてあまり鮮明ではなかったが、証言の補完には充分であった。女性襲撃の現行犯、一家三人殺害の有力な容疑者の浮上に、警察は早急に公開手配に踏み切った。
(0)
(1) 同報無線で注意を報じ、夜のニュースが緊急速報で画像を映す。
(0)
(1) アーチャーは、英雄王も捜査線上に乗せたのである。言峰と英雄王の共犯関係は、警察の知るところではないし、立証も不可能だ。英雄王がいる限り、いくらでも物資が調達できる。彼らの補給を断ち、戦場に引きずり出すには、その抜け道を塞がなくてはならない。
(0)
(0) ならば、彼によると思われる一家殺人に酷似した事件を再現させる。囮役は、街中での宝具や魔眼の開放が難しいライダー。魔物としての身体能力は大したものだが、元が姫君である彼女は武芸の達人ではない。
(0)
(1) だが、ライダーの真価は別にある。アーチャーの射撃は確かに下手だが、閉所でのブラスターの飽和攻撃で、致命傷を負わせることはできなかった。武器の格が低かったせいもあるが、ほぼ光速の射線を逃れるのは、サーヴァントの身体能力だけでは不可能だ。
(0)
(0) アーチャーことヤン・ウェンリーは、彼女に似た能力の持ち主を知っていた。スパルタニアンを駆る宇宙の撃墜王たち。彼らと同じく、ライダーには卓越した空間把握能力があるのではないか。だからヤンの射線を見切り、変則的な動きを駆使してすり抜けられるのだろう。
(0)
(1) 『小官ならば、そんな余裕は与えません。一発で眉間を撃ち抜きますな』と毒舌な部下が皮肉るに違いないだろうが。
(0)
(0) あの動きを、もっと広くて高低差を稼げる空間で、ずっと遅い剣の矢に対して行なえば?
(0)
(0)「私の世界の小型戦闘艇は、仮想の球面を想定して動けと教えられます。
(0) 教わったって、そうそう出来るもんじゃありませんけどね。
(0) 私なんて、何度シミュレーションで撃墜されたことか……。
(0) だが、あなたなら出来そうです。
(0) 高低差を生かして、できるだけ変則的な動きをしてください」
(0)
(0) そして、ヤン・ウェンリーは囮を孤立させるようなことはしない。キャスターが住民の防御を担当し、ランサーとアサシンを遠距離からの援護役につけ、自分も霊体化して現場を見守っていた。
(0)
(4) 凛は、『負ける戦いはしない』という言葉の意味を思い知った。自らが負ける要素と、敵の勝機を計算し、双方を限りなく減らして戦いに臨む。そのためには、あらゆる手段で自分に有利な舞台を構築する。
(0)
(1)「あいつ、ドSだわ……」
(0)
(0) 信号待ちの車中で、凛は呻いた。
(0)
(1)「勝てない戦いはしないって、ガチで勝ちに行くって意味だったのね」
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(0) 約束された勝利の剣の主は来し方を思い返した。
(0)
(0)「……私も勝利のために手段を選ばないと非難されたものですが、
(0) 彼ほどではなかったと思いたいです」
(0)
(1) ここも三段重ねの包囲網の一角だ。セイバーたちの待機場所として準備されていた。目立たないように間桐家の車を借り、運転手はセラ。逃亡したギルガメッシュを追ったが、夕方の交通量の多さにすぐに断念せざるを得なかった。
(0)
(0)「それでいながら、あれほど部下に慕われる。不思議ですね」
(0)
(0)「わたくしには解る気がいたします。
(0) 先日も今日の戦いでも、皆様は誰一人傷ついていません」
(0)
(0)「未来のシロウはボロボロですが」
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(0) セイバーは苦笑した。
(0)
(0)「でもセイバー、戦いのせいじゃないわよ。
(0) ライダーの自転車よりも、シロウとのシュギョウが一番きてると思うの。
(0) 次がタイガのアタックかな」
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(0) そう言う冬の妖精も、なにかと大きな義弟を構い、困らせているのだった。
(0)
(0) そんなエミヤシロウにとっては、戦いのほうがなんぼか楽であった。車での追跡は信号に引っかかり、数百メートルで失敗。もっとも、英雄王が地上を駆けていたのは、ほんの最初のうちだけだった。野次馬の視界から遠ざかるや否や、屋根へと飛び上がり、飛び移っていく。追跡を続けていたとしても、すぐに見失ったことだろう。
(0)
(0) 高所にいたエミヤは、もっと長く英雄王を視界に捉えていた。
(0)
(0)「やはり、遠坂が候補に挙げた家のほうに向かったぞ。
(0) 途中で屋根から降りたがね。狙撃すれば、片が付いたものを」
(0)
(0) 携帯電話で告げるエミヤに、ヤンは答えた。
(0)
(0)「それでは駄目さ。
(0) 英雄王は最強のサーヴァントだが、言峰綺礼を冬木に繋ぐ鎖でもある。
(1) 捕縛する前に鎖を断ち、彼を自由にしてやる必要はない」
(0)
(0) 父と教会、遠坂時臣に英雄王。言峰綺礼にはいつだって大きな後ろ盾があった。しかし、立派な黄金の盾も、逃げ隠れるには目立つ重荷とならないか?
(0)
(0)「まだ残り時間はある。あと、五日かそこらだがね。
(0) だが、たとえ数日でも、時間を稼ぐに越したことはない」
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(0)「――なぜと伺っても」
(0)
(0)「結局のところ、サーヴァントはマスターに依存する。
(0) 腹が減っては戦が出来ぬとは至言だよ」
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(0) 兵糧と魔力供給を断つ。味方が行なうのはその逆だ。強大な敵をできるかぎり弱体化させ、弱小な味方との差を少しでも埋める。ヤンの魔術の種は、兵法の基本にある。
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(0)「四件の未解決事件のうち、最も凶悪で急を要するのが一家殺人だ。
(0) 有力な容疑者が発見されれば、要所要所に手配書が出る。
(0) あれだけ特徴的な容貌の持ち主だ。人前に出たらすぐに通報されるさ」
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(0)「だが、ギルガメッシュは霊体化できるかもしれない」
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(0)「ああ、その可能性は否定はできないね」
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(0) 携帯電話から、淡々とした声が流れてくる。まるで、不変の公式を述べるような。
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(0)「だがねえ、姿を消せば買い物もできないよ。荷物が持てないじゃないか」
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(0)「は?」
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(0) エミヤは色褪せた瞳を丸くした。
(0)
(0)「アインツベルンの城から、どのくらい物資を持ち出せたかにもよるが、
(0) 永遠に保つわけではないだろう。
(0) いずれ、何らかの方法で補給をしなくてはならない。
(0) これは主に言峰神父への対策だが」
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(0)「では、ギルガメッシュには!?」
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(0) 語気を強めたエミヤに、穏やかな答えが返される。
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(0)「忘れたかい?
(0) ライダーの施術は、大聖杯をなんとかするための準備だよ」
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(0)「……そういえば」
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(0) エミヤは眉間を揉んだ。肝が冷えっぱなしのサイクリングのせいで、頭から吹っ飛びかけていた。
(0)
(0)「君たちの頑張りのお陰で、早く準備が整ったからね。
(0) キャスターには、英雄王への対抗策を考えてもらいたかった。
(0) だが、さすがの彼女も、所在のわからない相手では、対策の立てようがないらしい」
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(0)「そちらが目的でしたか……」
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(0) 罠の中に罠があり、逃げ道に最大の罠が口を開けている。悪辣極まりない。
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(0)「無視されたら困ったが、乗ってくれてありがたいね。
(0) 蛇は地母神の象徴なんだ。若返りの薬を蛇が盗み食いしたっていうのはね、
(0) 女神が許さなかったという意味だ」
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(0)「は?」
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(0) 再び間抜けな声を上げるエミヤに、ヤンはギルガメッシュ叙事詩の一節を語ってくれた。
(0)
(0) ギルガメッシュが友と一緒に退治した天の雄牛は、女神イシュタルが遣わしたものだ。美と豊穣、大地と金星を司る地母神で、蛇は彼女の眷属。不老不死の喪失は、女神の意志が働いているのだろう。
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(0)「不老不死の探求と喪失には、別の話があるんだ。
(0) 冥府に落ちた宝を探しに行った友が、
(0) 禁忌を破って冥府から戻れなくなってしまうというね」
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(0)「はあ……」
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(0) いきなりの歴史講義に、エミヤに答えに詰まった。
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(0)「すべての財宝の原典を持つなら、
(0) 不老や若返りの薬に相当する物は持っているはずだ。
(0) 王女メディアには可能な術なんだから」
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(0) あくまで落ち着いた声に、エミヤは慄然とした。
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(0)「ということは、『聖杯』とは……』
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(0)「アインツベルンの第三魔法を成就する術だ。
(0) 完全な不老不死、あるいは死者の無からの蘇生 。
(0) 後者が『この世界の内側』で叶えられるのだとしたら?」
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(0)「いや、しかし……。あなたの推理が正しいとしても……」
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(0)「私の推理の正否は問題じゃないさ。
(0) 彼にそう思わせて、言峰神父との足並みが崩れればいい。
(0) ちなみに、メディアは若返りの術の使い手だし、
(0) メドゥーサの血は、死者蘇生の薬の原料でもある」
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(0) そんな二人が、なにやら動き回っていたらどうだろう。
(0)
(0)「英雄王には、彼女たちを無視できなかろうと思ってね。
(1) ああ、これも一種のハニートラップになるのかな」
(0)
(0)「ははは……」
(0)
(0) 惚けた言葉に、エミヤは引き攣った笑いを返すことしかできなかった。
(0)
(1) ――悪魔だ。悪魔がいる。
(0)
(0) エミヤの抱いた感想は、この世界の士郎と全く同じだった。戦場の心理学者の異称にふさわしい、容赦もえげつもない戦術。英雄王に、異常性犯罪者のレッテルを貼り付けたに等しい。
(0)
(0)「……ギルガメッシュが知れば逆上するぞ」
(0)
(0)「そりゃするだろうねえ。だが、マスターはどうかな?」
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(0) 霊地から追われ、警察が警戒している中で、生贄の調達は難しい。食料などの生活物資も無限ではない。店先に二人の手配書が、並べて張られるようになるだろう。
(0)
(0)「私だったら連戦は避ける。決戦に向けて力を温存するよ」
(0)
(0)「言峰が? 我々の消滅を待つ可能性が高いと思うが」
(0)
(0)「私が彼ならそうは思わない。英雄王が犯罪者として追われている状況ではね。
(0) 我々と英雄王が戦い、共倒れになるのがもっとも望ましい」
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(0) エミヤは息を呑んだ。
(0)
(0)「聖杯戦争はもうじき終わるが、児童監禁や連続殺人の時効まで、
(0) この街で逃げ隠れ続けられるものじゃない」
(0)
(0) マスターの命を担保するのがサーヴァント。サーヴァントは冬木の聖杯に縛られる。英雄王が存在している状態で、言峰は市外に逃亡できるのだろうか?
(0)
(0)「言峰にとって、ギルガメッシュが負担になるということか?」
(0)
(0)「たしかにジョーカーは最強の札だ。ポーカーならね。
(1) だが、やりようによっては、ゲームをババ抜きに変えてしまうこともできる。
(0) 彼らは強敵だが、限界も存在するんだ」
(0)
(0) それを見極め、的確に攻撃していけばいい。
(0)
(0)「呉越同舟は長続きはしないものだよ。
(0) 今回は令呪の発動もなかったし、意見が対立しつつあるのかもしれない。
(0) もっと両者の足並みを乱したいところだね。
(0) そしていざ決戦という時に、あちらさんが空っけつだといいんだが」
(0)
(0) キャスターの魔術の首尾を確認すると結んで、電話が終わった。
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(0)「おい、何ぼやっとしてる」
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(0) 隣のマンションから飛び移ってきたランサーの声で、エミヤは我に返った。
(0)
(0)「いや……。世の中、上には上がいるものだと……」
(0)
(1) まったく世の中、なにがあるかわからない。エミヤシロウが言峰主従を哀れに思うことがあろうとは。
(0)
(1)「十倍の敵と戦っても、彼が『負けない』意味がわかった。
(1) ……恐ろしい人だ」