仮面ライダー鎧武 ― グリドン外伝 ― (たかだや)
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番外編 『時の華』

まだ14話が書き上がっていないのですが、大晦日ということで、以前投稿して削除した番外編を再度投稿させていただきました。


最初に言っておきますが、城乃内も仮面ライダーも登場しません。

かつて何者にもなれなかった少年の、始まりのお話です。



1.

 

 

 その夜、少年は一人の少女を見つめていた。灯りも点いていない公園で、キャップを被ったツインテールの少女が一人、踊っている。

 少年は地元の高校から徒歩で帰宅する途中だったが、鞄を肩から下すのも忘れ、じっとその少女に見入っている。少女は少年を気にも留めずに、ずっと一人で踊り続けている。

 ダンスのジャンルはヒップホップだろうか。 少女は音楽も流さず、軽やかにステップを刻み、小柄な身体を思い切り大きく使ってターンを決める。少女がターンする度に、彼女の長いツインテールが小気味良く揺れた。

 高度なダンスではなさそうだが、少年はその少女のダンスに無性に心惹かれた。

 

 少女はひとしきり激しいダンスを踊ると、最後に大きくターンをきめて、突然動きを止めた。

 

───終わりか……

 

 少年がこの場を離れようとした途端、まるで何かに魂を抜き取られたように、少女の顔から表情が消えていく。

 

「……?」

 

 少年が少女の様子が突然変わったことに困惑していると、少年を他所に、少女は再び踊りを始めた。

 その踊りは、先程までのダンスとはまるで違う。リズムという概念とは無縁のもので、流れるような四肢の動きは「舞」といった方が相応しい。少女は己の全てを天に奉げるように舞を続けた。

 少女の優美な舞を見ていると、少年は今までいた世界とは別の世界に来たような錯覚すらした。

 少女は再び動きを止めて、今度は少年に顔を向けた。

 

「キミ、ずっとそうしてるけど、鞄くらい置いたら?重くない?」

 

「あっ、すみません。つい、見入ってしまって……」

 

 不意に少女から話しかけられ、少年は慌てて鞄を下して返事をする。

自分でも顔が真っ赤になっているのが分かった。

 少女はそんな少年の様子が可笑しかったのか、けらけらと笑った。先ほど舞をしていた時とは別人かと錯覚する位に無邪気な笑い方だ。

 

「別にイイって。元々人に見せるためのものだから。でも、見てて退屈じゃない?」

 

「いえ、そんな……とっても良いと思います……」

 

 それは少年の本心からの言葉だった。今まで生きてきて、これほどまでに他人に心惹かれた経験はない。

 少年が本気で言っているのが伝わったのか、少女は照れたように目を伏せて、口元をそっと緩める。

 

「そう言ってもらえると嬉しいかな……今はもう、他人に見せることもできないし……」

 

「えっ……?」

 

───どういう意味だろう?

 

 少年の疑問に答えるように、少女は言葉を続ける。

 

「高司神社祭りの『奉納の巫女の舞』。いつか巫女として皆の前で踊るのが、子供の頃の夢だったの」

 

「高司、神社……?」

 

 少年が聞き慣れない単語を繰り返すと、少女は少し笑いながら少年に問いかける。

 

「キミ、都市開発の後にこの町に来た子?」

 

「えぇ、まぁ」 

 

 少年の反応をみると、少女は笑顔とは裏腹に、どこか力の籠っていない声で、ポツポツと話しだす。

 

「そっか……沢芽市で一番大きい神社で、私がまだ小さかった頃にユグドラシルの土地開発で取り壊されて……あの舞を見せることもできなくなったんだ……」

 

「……っ!」

 

───ユグドラシル

 

 少年はその言葉を聞いた瞬間、背中から心臓をえぐられたような気分になった。同時に、自分のなかで何かがふつふつと煮えたぎる。その感情が何かは、少年自身にもわからなかった。

 

「ねえ!一緒に踊ってみない?」

 

 不意に少女の声が聞こえて、少年は現実に引き戻される。

 

「えっ……?」

 

「なんかキミ、踊りたいって顔してたから」

 

 戸惑う少年の手を、少女はそっと引いた。

 

2.

 

 

 ひとしきりダンスをすると、少年は息を切らして地面に座り込んだ。少女も笑いながら、彼の隣に座り込む。少年は息も絶え絶えに声を漏らした。

 

「すみません、下手で……」

 

 初めて踊ったヒップホップダンスの出来は、散々なものだった。ステップのリズムはつかめず、何度も体勢を崩しては転び、恥ずかしくて仕方ない。しかし、それよりも、少女と思い切り踊れた爽快感のほうがずっと大きかった。

 それを察してか、少女も笑って少年の声に応える。

 

「最初はみんなそうだって。大事なのは踊りたい、っていう気持ちだよ?」

 

「気持ち……ですか」

 

 少年がその言葉を心の中で反芻していると、少女は少年の目を見据えて言った。

 

「キミ、名前は?私は高司舞」

 

「僕は……」

 

 少年はそういうと、言葉を詰まらせた。一度でも名前を言えば、きっといつかは取り返しのつかないことになる。少年の頭はその脅迫感念でいっぱいになっていた。

 少年の様子を目の当たりにして、「舞」と名乗った少女はそっと口を開いた。

 

「言いたくないなら、言わなくてもいいよ…?」

 

 そう言った舞の顔はとても穏やかで温かかった。少年は自分が何を言われたのか、一瞬理解できなかった。

 

「え……?」

 

「この町にいる人はね、みんな他人には言えない問題を抱えてる。でもね、分かり合えなくても……一緒にいることはできるの。キミが誰で、何を抱えてるのかは知らないけど、私は君と一緒に踊ってみたい。どう?うちのチームに入らない?」

 

 舞のことばが本心からのものだということが、直ぐに分かった。

 少年は潤んだ眼を見られないように、そっと目を伏せる。

 

「ミッチ……」

 

「えっ?」

 

 少年の唐突な言葉に、舞は目を丸くして困惑する。

 

「チームでは……『ミッチ』って呼んでください」

 

 少年がそう言うと、舞はふっと頬を緩めた。

 

「わかった。よろしくね。ミッチ!」

 

 舞は立ち上がると、少年にそっと手を差し伸べた。




番外編、いかがでしたでしょうか?

更新が滞っているので、読者の皆様に忘れられないように、このお話を投稿をさせていただきました。

ここまで『仮面ライダー鎧武 ―グリドン外伝―』を読んでいただいて、ありがとうございました!
残り2話ではありますが、どうか2018年も、この二次小説をよろしくお願いします。

それでは、よいお年を!


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本編
第一話 『始まりの章』


 

1.

 

 

 月の見えない夜だった。沢芽市(ざわめし)の千樹3丁目の路地裏では、金属アクセサリーを体中に身に着けた若い男達がたむろしている。

 その中心にいるのは、眼鏡をかけたリクルートスーツ姿の太った男だった。その男の顔は紅潮しており、酔っていることが容易にわかる。おまけに足元も若干フラついていた。

 

「テメェ、五千円しか持ってねぇじゃねぇか!!」

 

 金髪の少年はそう言って、太った男に財布を叩きつけた。その言葉とは裏腹に、財布を持っているのとは逆の手には一枚の五千円札がしっかりと握られている。

 

「……」

 

 財布を投げつけられた男は何も言わずに、アルコールで紅潮していた顔をさらに真っ赤に染めて震えだす。

 

「なんだ?何か言いたいことでもあんのか?」

 

 金髪の少年はその態度が気に入らなかったのか、太った男の胸倉を掴んだ。男は胸倉を掴まれたまま何も言わずに、ただ少年の目をジッと睨みつける。

 

「なんだよその目は!金もロクに持たねぇデブが!酔っぱらって図に乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 少年はさらに声を荒げ、目の前の男を右腕を振り上げた。

 

───殴られる!

 

 太った男は咄嗟に目を閉じたが、彼に少年の拳が振るわれることはなかった。

 

「……?」

 

 太った男は目を閉じたまま、胸倉から少年の手が離れたのを感じ、恐る恐る目を開ける。

 すると目の前に金髪の少年の姿はなく、代わりに二本の青いワイヤーのようなものが伸びていた。

 

「……!」

 

 青いワイヤーには一定の間隔で黒い節がついており、その見た目はどこか生物的な印象を与える。

 さらに太った男の真向いでは、金髪の少年の取り巻き達が、青いワイヤーの先を凝視していた。

 太った男もそちらに目を向ける。すると、先程まで自分の胸倉を掴んでいた金髪の少年が、建物の壁に寄りかかっている。

 それだけではない。太った男の目の前を通っている二本のワイヤーが、金髪の少年の胸を突き刺していた。

 ワイヤーが突き刺さった胸部からは、どくどくと少年の血液が流れている。

 

「……!!」

 

 その光景に太った男は戦慄した。

 金髪の少年はわずかに痙攣しており、瞳孔は開ききっている。他の若者達は足を震わせながら、屍となった少年から身を引いた。

 

「なっ、なんなんだよっ!?」

 

 後ろで黙っていた若者たちが驚きの声を上げると、少年の胸を突き刺していた青いワイヤーがモゾモゾと動きだす。ワイヤーは鞭のようにしなり、反り血を撒き散らしながら、少年の身体から離れていった。

 

「……っ!?」

 

 その場にいる全員が、二本のワイヤーが消えていった方向に目を向ける。

 本来建物の壁があるはずのところに、ファスナーのようなモノで型取られた楕円型の空間が空いている。その先には薄暗い森のような世界が広がっていた。青いワイヤーはその森の中に消えていく。その光景に、若者の一人が声を漏らした。

 

「嘘だろ……?」

 

 さらに森の先を見てみると、カミキリムシのような人型の「怪物」が佇んでいる。その怪物の体の色は二本のワイヤーと同様の配色で、先ほどまで若者たちの目の前にあったワイヤーは怪物の頭部に収まるように戻っていく。

 若者を突き刺したワイヤーは怪物の触覚だったようだ。

 

「あれって、まさかインベスじゃ……」

 

 太った男のこの一言は他の若者たちの心情を代弁していたが、誰もその意味をすぐに受け入れることはできない。

 

 ―インベス―それはかつて、沢芽市の若者たちの間で流行ったクリーチャーゲームのキャラクターであり、三年前に「フェムシンム」と名乗る異世界の侵略者が地球に差し向けた破壊の使者だ。

 彼らはファスナー状の空間の裂け目「クラック」を通って、地球にやって来た。

 そして、この沢芽市を拠点に地球の侵略を開始したのだ。

 しかし、ある日を境にフェムシンムは忽然と姿を消した。その数日後には、世界中に現れた大量のインベスも宇宙に吸い上げられるように、地上から去っていった。

 事態の終息から3年が経過した現在でも、日本の沢芽市に本部が設置された「地球外生命体被害対策復興局」による支援が間に合わないなど、フェムシンムとインベスが世界中に残した傷痕は大きい。

 

 今自分たちの目の前にいるのがそのインベスだと分かると、若者たちの行動は早かった。

 

「にっ、逃げるぞ!」

 

 彼らは太った男が立っているのとは反対側の大通りに、一目散に逃げていく。

 その場に残った人間は金髪の少年の屍と、腰を抜かして尻餅をついたまま立つことができないリクルートスーツの男だけだ。取り残された男は恐怖に顔を歪ませている。

 そこに追い打ちをかけるように、「クラック」からは灰色の巨大な頭部を持ったインベスが現れる。

 このインベスは通称「初級インベス」。動きは鈍いがその腕力は人間のそれをはるかに凌駕している。

 

「シェッ……」

 

 初級インベスは太った男に顔を向ける。彼を獲物と捉えたようだ。

 さらに2体のインベスが、クラックを潜ってこちらの世界に現れた。

 一体は先ほど金髪の少年を仕留めた青いカミキリムシのインベス、もう一体は赤いライオンのようなインベスだ。

 全てのインベスが太った男をじっと観察する。そしてついに、先頭の下級インベスが男に向かって動きだした。

 

「ビェェェエ!」

 

 下級インベスが奇声を上げて走り出すのと同時に、太った男の頭上からまた別の声が響いた。

 

「変身ッ……!」

 

 次の瞬間、初級インベスは火花と断末魔の叫びを上げて倒れた。

 倒れたインベスの後ろからは、一本の槍を構えた黒い鎧の戦士が現れる。

 漆黒のその姿はまるで暗い影がそのまま身体を持ったようだ。頭部にある半円形ゴーグルは黄色く光っており、腰に巻かれた黄色い蛍光色のベルトが異様に目を引く。

 

 漆黒の戦士の姿を見ると、太った男は目を大きく見開きポツリと呟いた。

 

「黒影……初瀬さん……?」

 

 倒れた下級インベスが爆散すると、「黒影」と呼ばれた黒い戦士は後ろの二体のインベスに向き直る。

 

「ビヴェェ~」

 

 一瞬の静寂の後、二体のインベスは奇声を挙げながら黒影に襲い掛かる。黒影は漆黒の槍「影松(かげまつ)」で二体にのインベスに素早く突きを浴びせた。

 影松による牽制と、長い足を活かした蹴り技で距離を取りながら、黒影は二体のインベスに着実にダメージを与えていく。

 インベス達の動きが鈍くなってくるのを確認すると、黒影は影松を振り上げながら右足を軸に全身を回転させ、二体のインベスを一気に薙ぎ払った。

 

「消えろ……」

 

 黒影はそう呟くと、ベルトのバックルについた日本刀のようなブレードを3回倒す。

 

『マツボックリスパーキング!』

 

 ベルトから甲高い電子音声が鳴り響く。影松を構えた黒影の周りには竜巻が吹き荒れ、黒影を包み込むように収束していく。竜巻は次第にその勢いを増し、ついには黒影の姿を完全に覆い隠した。

 

「うおぉりゃぁあ!」

 

 小型の台風となった黒影は、インベスに向かって凄まじい速さで突進した。

 その突進を受けたインベス達は倒れる間もなく爆散し、攻撃を終えた黒影の周りからは竜巻が消えていく。

 

 黒影はインベスを殲滅したことを確認すると、大通りに向かって歩き出した。

 

「待ってよ、初瀬さん!」

 

 黒影を見ていたリクルートスーツの男はハッとして叫んだ。男は血だまりを避けながら黒影を追いかけて大通りの曲がり角を曲がる。しかし、もう目の前に黒影の姿はなかった。それでも男は黒影の姿を求めて必死に駆けずり回る。

 走ったせいでアルコールの成分が頭に回ったのか、男の視界は次第にぼやけ歪んでいく。

 男はそのまま歩道の真ん中にへたり込み、意識を手放した。

 

 

2.

 

 

「朝か……外真っ暗だけど……」

 

 城乃内秀保(じょうのうちひでやす)は今日もスマートフォンの耳障りなアラームで目を覚ました。枕元に置いてある眼鏡ケースから愛用のメガネを取り出し、まだ覚めきっていない目を擦りながら装着する。

 城乃内は寝室から這い出て、冷蔵庫に残っていたイチゴのムースをもそもそと食べ始めた。冷蔵庫の匂いが多少移っているが、それでもイチゴの爽やかな酸味が気だるい身体を元気づけてくれる。

 イチゴのムースを食べ終え、身支度を済ませる。城乃内は今日も午前5時に、自宅のワンルームマンションを出て、職場に向かって歩き出した。

 2月の半ばということもあってか空には薄暗さが残り、寒さが身に堪える。寒さを和らげるために、肩をすぼめて大きめのダウンコートに少し顔をうずめながら職場に向かうのが最近の習慣になっている。

 職場に向かってしばらく歩くと、目の前にリクルートスーツを着た太った男が倒れていた。顔を覗き込むとその男は城乃内の知り合いだ。

 城乃内は注意も兼ねてその男に声をかける。

 

「おーい、そんなトコで寝てると爆弾投げられるぞ」

 

「ばく、だん……?」

 

 この沢芽市では半年前に、「黒の菩提樹(ぼだいじゅ)」というカルト宗教の信者が、自爆テロを起こす事件が頻発していた。

 そんな悲惨な事件を不謹慎にも軽口に使う城乃内だったが、言われた当の本人は言葉の意味があまり理解できていないらしい。

 倒れている男は通称「デーブ」。沢芽市で活動しているダンス集団、ビートライダーズ「チーム・レイドワイルド」の元メンバーだ。一部では「レイドワイルドのデブ」という愛称で親しまれ、カルトな人気を獲得していた。

 城乃内も3年ほど前まではビートライダーズ「チーム・インヴィット」のリーダーをしていた。そのツテで、デーブが最近ビートライダーズを辞めて就職活動を始めたということは城乃内も知っている。

 実際にデーブを見てみると、それも上手くいっていないらしい。デーブの頭には白いものが混じり、肌もあれている。ストレス解消のために相当酒を飲んだのか、全身からアルコールの匂いを放っていた。

 見苦しく路上で寝転がる元ダンサー仲間に城乃内は手を差し出す。

 

「ほら、いいから起きなって。通行人の邪魔だよ」

 

「初瀬さん……?」

 

 未だ泥酔状態のデーブのその言葉に、彼を起こそうとしていた城乃内の手が止まる。

 

「えっ……?」

 

「初瀬さんどこ行ってたんですか~」

 

「おいっ、なにいってんだよデーブ!」

 

 デーブは瞳孔を広げて妄言を放ちながら城乃内に抱き着いてくる。恐怖と危険を感じた城乃内は彼をなんとか引き剥がすと、自分の職場に向かって一目散に走っていった。

 

「初瀬ちゃんか……」

 

 酔っぱらいから逃げきった後も彼の言葉がまだ頭に残っている。今は亡き友人を思い浮かべながら、城乃内は自分の職場へと向かった。

 

 

 

3.

 

 

 城乃内は朝6時に自分の職場である洋菓子店「シャルモン沢芽市2号店」に到着した。「シャルモン」のオーナー、凰蓮・ピエール・アルフォンゾは洋菓子の国際大会「クープ・デュ・モンド」で優勝経験もある実力者だ。凰蓮がオーナーを務める「シャルモン」には、その高い値段設定にも関わらず国内外から連日多くの客が詰め寄せ、様々なメディアからの取材のオファーも後を絶たない。

 城乃内は若干25歳にして、そんな名店の唯一の支店で店長を任されている。彼が凰蓮の下でパティシエ修行を始めたのは3年前だ。城乃内はビートライダーズ間の抗争で勝ち残るため、フランス軍での傭兵経験がある凰蓮の腕っぷしを頼りに、彼に弟子入り(利用)を試みた。しかし、なぜか強制的にパティシエとして凰蓮に弟子入りすることとなり、今に至る。当初は勤務態度も良いとは言えなかった城乃内だが、今では全国規模のパティシエ国内大会で優勝するほどにまで成長した。

 毎日他のパティシエが出勤する一時間前には厨房に立ち、ケーキの下準備に取り掛かる。

 

「さてと……!始めますか……」

 

 まずは大量の小麦粉と砂糖、生クリームをボールに流し込む。

 水分を吸った小麦粉の重さは相当のものだが、城乃内はそのか細い腕からは想像のできないスピードで生地を一気にかき混ぜる。かき混ぜすぎてもいけないが、手早くかき混ぜないと生クリームの鮮度を落としてしまう。ケーキ作りでは小さな妥協がすべてを台無しにしてしまう。

 そういう妥協をしない。客に出す商品は常に最高のものでなければならない。それが本物のプロの仕事だと凰蓮は城乃内の身体に叩き込んだ。最近はとある事件の収束のため店を空けることの多い師匠の教えを、城乃内は今日も守り続けている。

 

「おはようございます!」

「おっ!おはよう」

 

 時刻が進むにつれて、この店の従業員が出勤し始める。開店時間の30分前には店先に行列が出来ていた。店のショーウインドウを眺めるとき、テーブル席でケーキを食べるとき、持ち帰りのケーキの箱を受け取るとき、客は様々な顔をする。ほほ笑んでいるような顔の人も、目に見えてはしゃいでる人も、一見能面のように無表情な人もいる。

 しかし、この店にいる人はみな共通して何かに救われたような顔をしているのだ。それにどんな価値があるかはわからないが、自分の仕事が誰かの笑顔に繋がっている。

 それが今、城乃内の働く理由だ。

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

 3時過ぎ、客も減り落ち着いてきたシャルモン沢芽市二号店に一人の女性客が入店した。彼女は葛葉晶(かずらばあきら)、この店の常連客だ。白いワイシャツの上に薄い黄緑のコートを羽織り、下はオレンジ色のスカートといった格好をしている。

 

「こんにちは、城乃内君。今日は持ち帰りでいい?」

「大丈夫ですよ。彼氏とその弟の分ですか?」

 

 晶の交際相手は復興局局長、呉島貴虎(くれしまたかとら)だ。彼の弟の呉島光実(くれしまみつざね)は高校時代にビートライダーズとして活動しており、その縁で城乃内とは今でも付き合いがある。

 ニヤニヤしながら下品な軽口を飛ばすこの若い店主に苦笑する晶だが、案外まんざらでもないらしい。

 

「違うよ。友達への手見上げ。城乃内君だって、貴虎さんが東南アジアに行ってるの知ってるでしょう?あんまりデリカシーのないことばっかり言ってると、陰で女の子から嫌われるよ?」

 

「……えッ!?」

 

 晶の切り返しに、城乃内の脳裏に3年前の苦い記憶が甦る。

当時、城乃内が一人休日を持て余して街中を徘徊していると、女友達が自分のことを、メガネが似合ってない、それでも男か、城乃内ヤバイ!と陰で言い合っている現場に遭遇してしまったのだ。

 

「お、おれは顔もイイし、仕事もできるし?女の子に嫌われたりなんかしませんてっ!」

 

 城乃内は必死の形相でまくしたてた。その様子に晶も思わずたじろいでしまう。

 

「そういえば、凰蓮さんも、貴虎さんの手伝いに行ってるのね?」

 

 城乃内の剣幕に押されながらも、晶は強引に話題を変える。

 

「ええ……ここんとこ、ずっと貴虎さんの手伝いしてますから。凰蓮さんは」

 

 なんとか機嫌を直した城乃内は晶の話に相づちを打った。晶はホッと胸を撫で下ろして会話をつづける。

 

「城乃内君は凰蓮さんのこと、心配だったりしないの?」

 

「心配なんて、そんな……凰蓮さんも貴虎さんも強いですから」

 

「いくら強くてもさ、急に遠くに行かれちゃうと…もう帰ってこないんじゃないか、とか最近不安になるのよね……」

 

 城乃内は晶の言葉にハッとして、彼女の顔を凝視した。晶の瞳はここではない、どこか遠くを見つめている。

 城乃内は晶のその目を見て、嘗ての戦友の顔を思い出す。この世界の危機を何度も救った英雄(ライダー)にして、人ならざる者になり果て、自分たちの前から姿を消した晶の弟、葛葉紘汰(かずらばこうた)

 

「戻ってくるって信じてますから。多分……アイツもいつかは……」 

 

 城乃内は晶の顔から目線を外しながらも、しっかりとした口調で答える。

 

「そっか、そうだよね……」

 

 晶は少しだけ晴れやかにほほ笑むとメロンとマスカットのタルト、フルーツロールケーキを注文し、商品の包みを受け取ると店の出口に歩いていく。

 晶と入れ違いにまた別の女性が店に入ってきた。背がすらりと高く、色白の透き通るような肌が印象的だ。

 城乃内がそんなことを考えていると、その女性はまっすぐに城乃内のほうに向かって歩いてくる。彼女は城乃内の目の前で足を止めると、遠慮がちに尋ねた。

 

「あの、城乃内秀保さんはいらっしゃいますか?」

 

「城乃内は私ですが……」

 

 城乃内がそう応えると、女性は少し息を呑み、何かを決心したように口を開いた。

 

「私は、初瀬一葉(は せ い ち は)といいます。初瀬亮二の姉です」

 

 

 

 




というわけで、第一話でした。いかがでしたでしょうか?
初瀬ちゃん役の白又さんのインタビューで「初瀬には亮一という兄がいるはず」という発言がありました。この発言が一葉の元ネタなのですが、一葉が一体どんな人間なのかはまだ私のなかでも固まっていません。(ごめんなさい)
更新がいつになるかまだわかりませんが、気長に待っていただければと思います。
PS.細部を何度か修正しています。


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第二話 『出戦』

続きを待っている方がいらしたらですが、遅くなりました。第二話です。


1.

 

 

 城乃内は副店長の女性店員に一声(ひとこえ)かけ、初瀬一葉(は せ い ち は)を事務所の個室に案内した。

 一葉は白いブラウスにシワ一つないグレーのスーツを身に着けている。落ち着いた雰囲気を醸し出すという点では弟の初瀬亮二(は せ りょ うじ)と対照的だが、切れ長で気が強そうな目はどこか弟に似ている。

 そんなことを考えながら、城乃内は彼女にダージリンティーを注いだティーカップを差しだした。

 話題の中心になるであろう初瀬亮二のことを思うと、途端に何から話を始めたら良いやら分からなくなってしまう。

 それでも、初瀬について自分が知っていることは全て話さなくてはならない。城乃内はそう自分を奮い立たせ、口を開いた。

 

「は、亮二君のことで話があるってことでしたよね。亮二君は実はもう、亡くなっているんです」

 

 城乃内はそっと一葉の様子を見た。弟の訃報を告げられても、一葉は取り乱したりはしていない。

 城乃内が言葉に詰まると、今度は一葉が口を開いた。

 

「はい。亮二が亡くなったことは二年ほど前に復興局の方から聞きました。あの実を食べて怪物になったって……でも私見たんです、亮二を。昨日、東京で……」

 

「えっ……?」

 

 ―ヘルヘイムの果実―、その異世界の果実を喰らった者はインベスとして強大な力を得る代わりに、人間としての理性を完全に破壊される。

 初瀬亮二はヘルヘイムの果実を食らってインベスへと変貌し、最後には人間によって処分された。その真相を姉の一葉が知っていたことは城乃内としてもそれほど意外ではない。しかし、彼女の発言の後半の内容は少なからず城乃内に衝撃を与えた。

 城乃内の反応を受けて、一葉が話を続ける。

 

「私は東京の商社に勤めているんです。昨日、職場から自宅に帰るときに誰かに着けられてる気がして、初めはあまり気にしてなかったんですけど……だんだん怖くなって、思い切って後ろを振り向いたんです。そうしたら……」

 

「亮二君がいた……?」

 

 城乃内の言葉を、一葉は首を縦に振って肯定する。

 

「私と目が合った途端に、亮二は走って逃げてしまって……私、追いかけたんですけど、結局、亮二を見失って……」

 

 一葉は言葉を詰まらせるが、すぐに城乃内の目を見つめて話を続ける。

 

「何が起こってるのかどうしても知りたくて……それで今朝、復興局に行って問い合わせたんです。でも、今現場にいる人では答えられない、って言われて。いったん復興局から引き揚げたんですけど、復興局の前の掲示板でコレを見つけて……」

 

 一葉は鞄から一枚のチラシを取り出す。それは失踪した初瀬亮二の捜索を呼びかけるチラシだ。かつて、初瀬亮二の失踪の真相を知らなかった城乃内が作成したものだった。

 

「これを見て、城乃内さんがどこにいるか復興局の人に聞いて、ここまで来たんです。あなたなら何か知ってるんじゃないかって……城乃内さんは亮二が生きてたことを知ってたんじゃないんですか!?」

 

 一葉は身を乗り出して、早口で城乃内に問いかける。

 今から話す話は、きっと彼女の期待に応えられるものではないだろう。そう思いながらも城乃内は口を開いた。

 

「いえ。このチラシを作ったときには初瀬ちゃんが、その……亡くなっていたことは知らなかったんです。全てを知った後もどうしてもこのチラシを処分できなくて……だから、もし初瀬ちゃんが生きているとしても、今の俺に分かることは、何もありません……」

 

 嘘は吐いていないが、本音を言うことはできなかった。確かに城乃内に初瀬が死んだことが知らされたのは、初瀬が死んでから1年と半年後だ。

 しかし、その間に城乃内がその真相に思い至らなかったわけでも、事実が隠されていたわけでもない。その事実を受け入れることを必死に避けていたのだ。

 

「そうですか……」

 

 一葉は当てが外れて落ち込んだのか、下を向き、椅子の背もたれに寄りかかる。しかし、すぐに口に手を当てて笑いだした。

 

「『初瀬ちゃん』って呼んでたんですね。亮二のこと」

 

「あっ、すいません」

 

 城乃内はいつの間にか「亮二君」と呼んでいたのが、「初瀬ちゃん」に変わっていたことに気付いた。

 城乃内が途端にあたふたしたのが面白かったのか、一葉も頬を緩ませる。笑った顔は弟によく似ていると、城乃内はひそかに思った。

 

「良いですよ。呼びやすいならそれで。でも、仲が良かったんですね、亮二と」

 

 初瀬の実の姉にそう言われると、城乃内も素直に「はい」と言えるだけの関係を築けてたのか、不安になってくる。

 かつてビートライダーズ間の競争に敗れ、打ちひしがれる初瀬を城乃内は切り捨てたのだ。

 

『どうした!?黙って見てるだけか!?チームワークはどうしたんだよ!!』

 

『あのね?初瀬ちゃん、俺たちインヴィットがこのステージを乗っ取っちゃう手だってあったんだよ?もうレイドワイルドも終わりだね?まっ、一から出直すしかないんじゃないの?』

 

 これが城乃内が生前の初瀬と交わした最後の会話だった。

 城乃内は後悔の念を一葉に悟られないように、ゆっくり言葉を絞り出していく。

 

「初対面の頃は、けんもほろろって感じで、全然相手してもらえなかったんですけどね」

 

「亮二とはどういう間柄だったんですか?」

 

「初めて会ったのは大学なんですけど、よく話すようになったのは……初瀬ちゃんと俺がこの町で別々のダンスチームのリーダーになってからなんです」

 

「あっ!知ってます。『ビートライダーズ』ですよね?」

 

「はい。ご存知でしたか」

 

 当時は自己顕示欲を満たすためだけに参加していたビートライダーズだが、こうして見ず知らずの人にも認知されているというのは、城乃内としても感慨深い。

 

「でも、亮二がダンス、ですか……」

 

「俺、初瀬ちゃんとは同じ大学だったんですよ。学年は俺が二つ上だったんですけど、俺の方から話しかけて、その時にビートライダーズに誘ったんです。初瀬ちゃん、大学では結構有名だったんで」

 

 初瀬亮二は理工学部の学部長にスカウトされて入学した天才として、当時大学では有名だった。なんでも初瀬が高校時代に趣味で作った「遠隔操作型マシンガン&放水機能付きドラム缶ロボット(仮)」が何をまかり間違ったか、ロボット工学を専門にする学部長の目に留まり、彼の推薦で大学に入学したのだと言うのだから噂になるのは当然だった。

 一葉もそのことを察してか少し声を落として城乃内に尋ねた。

 

「ああ……弟は調子に乗って、威張ったりしてませんでした?」

 

「いえ、むしろその頃はずっと一人でムスーっとしてて、人と話してるところもあまり見ませんでした。でも、初瀬ちゃんのチーム、『レイドワイルド』って言うんですけど…そのチームのリーダーになってからは……相当威張り散らしてましたね」

 

「極端なんだからもう……あっ、すみません……!」

 

 一葉は一瞬荒っぽい口調になったが、慌てて元の余所行きの態度に戻った。その様子はどこかコミカルで、城乃内も頬を緩ませる。

 

「いえ、初瀬ちゃんのことを久しぶりに他の人と話せてうれしいです」

 

「私もです。こんなに亮二のこと思ってくれる人がいたなんて……」

 

 一葉はそういうと差し出された紅茶に口をつけ、表情を和ませる。

 

「亮二があの実を食べて死んだって聞いたときは、何か思い詰めてたのかなって思ったんです。でも、城乃内さんみたいなお友達がいたなら、きっと亮二も不幸じゃなかったんですね」

 

 一葉のこの言葉を聞くと、城乃内は胸のあたりが痛むのを感じ、うつ向いてしまう。

 

「いや、俺は初瀬ちゃんに何もしてやれませんでした」

 

「私もです。何もできませんでした。亮二が大学に進学するときに、私も就職して沢芽から東京に越したんです。両親はその直前に事故で他界してしまって……だから、私が亮二にもっと気を配らなきゃいけなかったのに……姉失格です」

 

「そんなことは」

 

 そう言いかけて城乃内は言葉を止めてしまう。中途半端な慰めの言葉がいかに無意味か、自分が一番わかっていた。

 城乃内の様子を見て、一葉は無理に気を取り直ししたように立ち上がる。そして名刺入れの中から一枚を取り出して何かを書き付け、城乃内に手渡した。

 

「何か分かりましたら、裏に書いてある電話番号まで連絡してください。それ、私の携帯の番号です」

 

 名刺の表には「浅見商事 総務課 初瀬一葉」と書かれている。

 

「あ、わかりました。じゃあ、俺の番号も」

 

 城乃内は慌てて事務所のデスクから名刺を取り出して、自分の携帯番号を書き付ける。

 

『マツボックリアームズ!一撃!インザシャドウ!』

 

 城乃内が自分の番号を書き終わるのと、事務所の外から聞き慣れた電子音声が鳴り響いたのは、ほとんど同時だった。

 

 

2.

 

 

 電子音声を聞いた城乃内は、一葉に名刺を渡すのも忘れ、ロッカーの自分の鞄から「あるもの」を取り出し、事務所を出た。

 客や従業員達にに店から出ないように言うと、店の出口に一目散に駆け出す。

 店の前にいたのは、二度と目にするはずのない者達だった。

 

 銀色の龍のようなインベスと赤いヤギのようなインベス、そして全長5メートル程の巨大な龍のようなインベス……見知ったインベスが10体ほどいた。クラックもまだ開いている。

 しかし、最も城乃内の注意を引いたのは、そのインベス達と戦う黒い戦士、「アーマードライダー黒影」だった。

 

「初瀬ちゃん……!」

 

 「アーマードライダー」とは、ヘルヘイムの植物がもたらす環境に人間が適応するために開発されたベルト「戦極ドライバー」で変身した人間の通称だ。初瀬が生前変身した「アーマードライダー黒影」の姿は、のちに戦極ドライバーの量産化モデルとして採用された。

 量産型の「黒影トルーパー」と、オリジナルの「黒影」はベルトのデザインやアーマーの色の違いなどから、容易に見分けることができる。

 そして、城乃内の目の前にいるのはオリジナルの黒影。つまり、かつて死んだはずの初瀬亮二が変身した姿だった。

 

「あれって……!」

 

 不意に一葉の声が聞こえて、城乃内は我に返る。

 目の前の黒影とインベスに気を取られて、自分の隣に一葉が来ていることに城乃内はしばらく気付かなかったのだ。

 

「一葉さんは店の中に隠れてください!」

 

「あれってインベスじゃ……城乃内さんはどうするんですか!?」

 

「俺は大丈夫ですから!一葉さんははやく隠れて!」

 

 城乃内は一葉をなんとかシャルモン二号店に避難させると、店を出るときに取り出したバックル状の戦極ドライバーを腹にあてる。

 腰に黄色い蛍光色のベルトが生成されると、左手に持ったヘルヘイムの果実のエネルギーを内包した錠前「ロックシード」を掲げ、城乃内は叫ぶ。

 

「変身ッ!!」

 

『ドングリ!』

 

 解錠したロックシードから電子音声が発せられる。城乃内はロックシードを持った左腕を斜めに振り下ろし、錠前をベルトにセットした。

 

『Lock On!』

 

 ベルトから鳴り響くファンファーレが、戦士の登場を予告する。城乃内の頭上の「限定クラック」からは鋼のドングリが降りてきて……

 

『Como‘n!ドングリアームズ!Never give up!』

 

 城乃内がベルトのブレードを倒すと、鋼のドングリが彼の頭部を覆う。同時に、小麦色のスーツ「ライドウェア」が城乃内の全身に生成される。

 鋼のドングリが鉄壁の鎧に変形し、城乃内は城の如く堅牢な鎧を纏った戦士・アーマードライダーグリドンに「変身」した。

 

「うおぉぉりゃぁぁあ!」

 

 グリドンは近くにいるインベスに駆け寄り、次々にハンマー型のアームズウェポン「ドンカチ」を叩き込んでいく。

 グリドンとインベスの交戦が始まったのを確認すると、黒影はグリドンに向かって声を上げた。

 

「城乃内!話はアトだ。コイツらは任せたぞ……!」

 

「ちょっと、初瀬ちゃん!?」

 

 黒影はグリドンの声を無視して、槍型のアームズウエポン「影松」で下級インベス達を退ける。

 黒影はそのまま一人で、龍のような巨大インベスに向かって走っていった。

 

「あれは、槍じゃ面倒だな……」

 

 黒影はそう言って、青い半透明のロックシードを取り出し、解錠した。

 

『マツボックリエナジー!』

 

 黒影のベルトには拡張ユニット「ゲネシスコア」がセットされている。ゲネシスコアを装着したことで、黒影のドライバーは二つ目のロックシードを運用することが可能になる。

 黒影はゲネシスコアに「マツボックリエナジロックシード」をセットし、新たな姿に変身する。

 

『ミックス!マツボックリアームズ!一撃!インザシャドウ!ジンバーマツボックリ!ハハァ!』

 

 同じマツボックリの形状をしたアームズが融合し、黒影を鎧う。誕生したのはマツボックリの断面が描かれた陣羽織を纏いし黒影・ジンバーマツボックリアームズ。

 

「どうなってんだよ……」

 

 グリドンはインベスにドンカチを打ち付けながら、黒影が次々と新たな武装を使用する光景に驚嘆の声を漏らす。黒影は巨大な龍のインベスに向かい合い、柄に三又の戟を備えた影松「影松・真」を構え、ベルトのブレードを二回倒した。

 

『マツボックリオーレ!ジンバーマツボックリオーレ!』

 

 黒影が鋭く投げつけた影松・真は無数に分身し、インベスを次々に突き刺していく。黒影の猛攻を受けた巨大インベスの動きは目に見えて鈍くなっていく。

 それを確認した黒影は、ベルトからエナジーロックシードを外し、新たに取り出した「S」と描かれた錠前「ロックサプリ」を解錠する。

 

「あれって確か、シドが持ってた錠前……!」

 

 それはかつてビートライダーズにロックシードを売りさばいていた錠前ディーラー・シドだけが持っていた錠前で、城乃内にも見覚えがある。

 シドはスイカの巨大なロボット型アームズ「スイカアームズ」の遠隔操作に使ったが、この錠前の機能は他にも存在する。

 黒影がロックサプリをゲネシスコアにセットすると、彼の右手に赤いメカニカルな弓矢型ウエポン「ソニックアロー」が生成された。

 

『ロック……オン!』

 

 黒影はソニックアローにエナジーロックシードをセットし、そのまま矢を引き絞った。矢の先に漆黒のエネルギーが収束していく。

 

『マツボックリエナジー!』

 

 黒影がソニックアローの矢を手離すと、矢の形をした漆黒のエネルギーが発射され、巨大な龍のインベスを一瞬で貫通する。黒影必殺の一撃「ソニックボレー」を食らった巨大インベスは忽ち爆散した。

 黒影の戦いを横目に見ながら、グリドンも目の前のインベス達を追い詰めていた。グリドンは弱ったインベス達から少し距離を取り、ベルトのブレードを倒す。

 

『ドーングリスカーッシュ!』

 

「グリドンインパクト!」

 

 グリドンは必殺の一振りを5体のインベスにまとめて放ち、インベス達を一気に撃破する。

 クラックはいつの間にか閉じていて、残ったインベスもあとわずかだったが…

 

『ブドウスカッシュ!』

 

 紫色のエネルギーを纏った弾丸が残りのインベス達を一掃する。エネルギー弾が飛んできた方向にはブドウの意匠が入った回転銃・ブドウ龍砲を構えた緑のアーマードライダーが立っていた。グリドンはその姿を見て、思わず声を漏らす。

 

「ミッチ……」

 

 緑のアーマードライダーの名は「龍玄」。変身者の呉島光実(くれしまみつざね)は高校時代に城乃内達と同じくビートライダーズとして活動していた。

 彼は今、大学生として勉強する傍ら、半年前の「黒の菩提樹事件(くろのぼだいじゅじけん)」での功績が評価され、「特別客員」として復興局の活動に尽力している。

 頼れる味方の登場に安堵するグリドンだったが、次に龍玄がとった行動は彼の予想を裏切るものだった。

 

「話を聞かせてもらうよ」

 

 龍玄はそう言って、ブドウ龍砲の銃口を黒影に向けた。

 

 




というわけで第二話でした。ところどころ私の独自解釈設定が入っていますが、ご容赦ください。

シドが持っていた錠前の公式名称は「シドロックシード」です。


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第三話 『Rise Up Your Flag』

シャルモン2号店の前に現れたインベス達。
グリドン、龍玄、そして黒影はインベスを見事殲滅するが……?


1.

 

 シャルモン二号店前では、アーマードライダー同士の緊張状態が続いていた。

 黒影にブドウ龍砲の銃口を向ける龍玄、龍玄に不敵に顔を向ける黒影、二人をじっと見守るグリドン。まさに一触即発の状態だった。

 龍玄は銃口を向けたまま、黒影に語りかける。

 

「君はもう死んだはずだ。なのに、どうしてここにいる?」

 

 黒影はその質問には答えずに、龍玄に背を向けて走り出す。しかし……

 

「行かせない……!」

 

 龍玄はブドウ龍砲の引き金を引いた。紫色の銃弾が背中に着弾すると、黒影はわずかによろめく。ジンバーマツボックリアームズの装甲で守られているためか、黒影に大したダメージはないようだ。

 

「……っ!?」

 

 グリドンは思わず声にならない叫びをあげた。龍玄が黒影に発砲したことがそれだけ衝撃的だったのだ。

 黒影が龍玄に向き直ると、龍玄も発砲をやめる。黒影はベルトのロックシードの断面を閉じ、変身を解除した。

 現れたのは、その場にいる誰もがよく知る人物、初瀬亮二(はせりょうじ)だった。

 

「亮二っ!?」

 

 近くで様子を見守っていた初瀬一葉(は せ い ち は)が驚愕の声を上げる。

 初瀬は姉の一葉には構わずに、チューリップ型の錠前を黒い革ジャケットから取りだし、解錠する。

 その錠前はロックビークル『チューリップホッパー』。

 「ロックビークル」とはクラックの先に広がる『ヘルヘイムの森』の世界への転移用マシンに変形する特殊な錠前で、チューリップホッパーもその一つだ。

 初瀬は、解錠したチューリップホッパーを目の前に投げ捨てる。すると、錠前は巨大化し、ホッピングマシン型のビークル形態に変形した。

 初瀬はチューリップホッパーに搭乗し、正面の砲台からビームを縦一直線に照射する。そのビームの軌跡からは異空間転移用の「限定クラック」が発生した。

 初瀬はチューリップホッパーに乗ったままクラックを通過し、クラックとともに一瞬で姿を消した。

 すぐに龍玄もバイク型のロックビークル「ローズアタッカー」を起動しようとするが、グリドンがそれを阻んだ。

 

「ちょっと待てよ!いくらなんでもやりすぎだろ!」

「早くどくんだ!」

 

 龍玄はグリドンとしばらくもみ合ったが、結局追跡をあきらめて変身を解除する。龍玄の変身者、呉島光実(くれしまみつざね)の姿が現れた。グリドンもそれに合わせ変身を解除する。先に口を開いたのは光実だった。

 

「一昨日の夜から、インベスと黒いアーマードライダーの目撃情報が何件も寄せられてる。そして今回、実際に黒影がインベスと戦っていた…彼がこの件に深く絡んでいるのは確かなんだ」

 

「だからって……!あの黒影は初瀬ちゃんなんだぞ!」

 

 城乃内は食い下がろうとするが、光実はかまわずに話を続ける。

 

「それが問題なんだ!初瀬亮二は既に死んでいるはずだ。それに彼はロックビークルだけじゃなく、ゲネシスコアやエナジーロックシードも持っていた。狗道供界(くどうくがい)の前例もある。入手経路がまだわかっていない以上、彼を野放しにするわけにはいかない!」

 

 『狗道供界(くどうくがい)』はカルト宗教団体「黒の菩提樹(ぼだいじゅ)」の教祖とされていた男だ。彼は洗脳と自爆の機能を持った錠前を独自に製造し、信者たちに配っていた。半年前に狗道供界が起こした惨劇を思い出すと、城乃内も押し黙ってしまう。

 しかし、その場の沈黙は長くは続かなかった。

 

「そんな、それじゃまるで、亮二が犯罪者みたいじゃない!」

 

 光実の言葉に近くで様子を二人の見ていた一葉が声を上げた。光実は警戒した様子で一葉に目を向けた。

 

「あなたは?」

「かっ……彼女は、初瀬一葉さん……」

 

 光実の言葉に城乃内は慌てて答える。光実と一葉だけで会話をさせてはマズイ、城乃内の本能がそう告げていた。

 

「初瀬……?」

 

「あぁ、初瀬ちゃんのお姉さんなんだ」

 

 

 城乃内が言葉を詰まらせるが、光実はそれを気にせず、一葉に自己紹介をする。

 

「僕は呉島光実。復興局の客員です」

「呉島って……」

 

 一葉は光実を見る目を強張らせた。光実は言葉を続ける。

 

「はい。復興局の局長、呉島貴虎(くれしまたかとら)の弟です」

 

「ふざけないでッ……!元はと言えば、あなた達ユグドラシル関係者の保身のために、あの実の情報が伏せられて……亮二は……あなたたちに殺されたようなものじゃない!」

 

───やっぱり、こうなったか。

 

 城乃内は心の中で毒ずくと、興奮した一葉を宥めるために、話に割り込む。

 

「一葉さん!落ち着いてください……!」

「城乃内さんは何とも思わないんですか!?元テロリストに亮二が追い回されてるんですよ!?」

 

 城乃内は一葉をなんとか宥めようとするが、一葉の怒りは収まらない。

 

「ところで、初瀬さんはどうしてここに?」

 

「あなたに話すことは何もないわ!」

 

 光実が疑問を口にしても一葉は全く取り合わない。

 城乃内はこの状況を打開するため、再び一葉に語りかける。

 

「一葉さん。今は俺達が言い争っている場合じゃないですよ。初瀬ちゃんのためにも、早く何が起こっているのか確かめないと!」

 

 城乃内のこの一言が殺し文句となったのか、一葉も押し黙る。そこで口を開いたのは光実だった。

 

「詳しいことは復興局で話そう」

 

「おう、車出すからちょっと一葉さんと店の前で待っててくれ」

 

 少しの時間とはいえ、光実と一葉を二人にすることにヒヤヒヤしながら、城乃内はシャルモン二号店に戻った。

 

 城乃内が店に入ると、一部始終を見ていた客から拍手で迎え入れられた。

 

「ブラボー!」

「カッコよかったです!」

「グリドン激アツwww」

 

「あっ、お騒がせしました。皆さん、もう大丈夫ですよ」

 

 城乃内は声を掛けて来る客に、気を悪くさせない程度に返事をした。一人、自分を小馬鹿にした(やから)もいた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 城乃内が副店長の女性店員を目で探すと、彼女は自ら城乃内に近づいて来た。城乃内は早速、彼女に要件を伝える。

 

「俺は今すぐ復興局に向かう。悪いけど復興局の対応があるまで、お客様をお願いできる?」

 

「はい。任せて下さい」

 

 彼女は直ぐにそう答えた。この店の従業員達は、城乃内がアーマードライダーであることを知っている。

 城乃内のアーマードライダーとしての力が必要とされた時の対応は、城乃内が日頃から従業員全員に教育していた。

 なぜパティシエがこんなことをしているのか、城乃内は自分でも不思議だった。しかし、従業員達から不満を言われたことは、今までに一度もない。

 彼女達が自分に着いてきてくれるうちは、自分も彼女達を信じる。城乃内がそう思えるようになったのは、つい最近のことだ。

 気が付くと、この店の全ての従業員が城乃内を見つめている。城乃内は彼女達一人一人と目を合わせて頷くと、副店長に言った。

 

「じゃあ、後のことは宜しく。なんかあったら直ぐ連絡して」 

 

「分かりました!」

 

 副店長がそういうと、城乃内は急いで事務所で私服に着替えを済ませ、店の裏口から駐車場に向かった。

 

 城乃内が車に乗って戻ってくると、光実と一葉の間には気まずい雰囲気が立ち込めていた。

 光実が押し黙りながら、一葉の様子を伺っている。一葉は光実の方を見ようともしない。

 車に乗っても二人の様子は変わらない。城乃内がバックミラーを覗くと、後部座席に座る一葉が助手席の光実を睨みつけていた。光実はスマートフォンをいじっている。城乃内が少し中身を見ると誰かにメールを送っているらしい。それが終わると、光実はただ気まずそうに前を見ている。

 外では、インベスへの警戒と避難場所への誘導を指示する警報が鳴り始める。

 インベスが出現する前と打って変わり、町の雰囲気は殺伐としている。

 

2.

 

 三人が「地球外生命体被害対策復興局」、通称「復興局」の沢芽本部に着くと、すでにこの件の対策本部が設けられていた。一葉と城乃内は本部の隣の一室に通される。

 

 扉を開けると、長身でスーツ姿、凛々しく引き締まった顔をした男が立っていた。光実は城乃内と一葉に、その男性を紹介する。

 

「彼はこの本部の指揮をとっている桜井進也(さくらいしんや)さん。元は警視庁公安部の出身で、復興局では情報管理課の課長を務めています」

 

 光実の紹介を受けて、桜井も城乃内と一葉に目を向ける。

 

「桜井です。彼から話は聞いています。初瀬一葉さんと城乃内秀保さんですね?」

 

 城乃内と一葉は首を縦に振る。桜井の話し方は力強く、淀みがない。この人は信頼できる、そう感させる雰囲気を桜井は持っていた。

 

「現在、インベスと初瀬亮二さんの目撃情報は5件寄せられています。目撃場所と時間、沢芽市全域の防犯カメラの映像から推察される亮二さんの足取りはこの地図に書かれている通りです。どの場所でもインベスと黒いアーマードライダーが発見されています」

 

 ホワイトボードには地図が張られており、一昨日のものが1件、昨日のものが3件、そして今日の1件、計5か所に目撃時間つきの印と発見後の足取りがつけられている。現場は民家がなく人通りが少なそうな路地裏ばかりだ。

 また、沢芽市に設置されている防犯カメラは異常に多い。それにもかかわらず、初瀬の足取りはどれも直ぐに途切れていた。城乃内はそうしたことにも気になったが…

 

「あれ……?」

 

「どうかしたかな?」

 

 城乃内が小さく声を上げたので、桜井が声をかける。

 

「いや、目撃情報が全部沢芽市内に収まっているな、って思って……」

 

「それについては我々も調べている。ただ、ユグドラシルが残したデータでは、沢芽市のクラックの出現頻度は全世界でも飛びぬけて多い。今回の一件にもその傾向が表れているのかもしれない」

 

 城乃内が光実の友人ということもあってか、桜井の口調は少し砕けている。それでいて、馴れ馴れしさはない。

 城乃内は桜井の反応を推し量りながら、再び口を開く。

 

「いや、それもそうなんですけど……」

 

 城乃内は一葉の顔を一瞥した。一葉も軽く戸惑いの表情を見せている。

 

「昨日東京で、一葉さんが亮二君に会っているんです」

 

 桜井はその言葉に目の色を変えた。桜井の横で話を聞いていた光実も一葉に目を向ける。

 

「確かですか?」

「……はい」

 

 桜井が念を押すと、一葉も戸惑いながらもしっかりと肯定する。

 

「その詳しい状況を教えてください」

「あの……プライベートな話も入るので、桜井さんと二人で話させてもらえませんか?」

 

 一葉の態度からは光実への拒絶の意思がありありと感じられる。桜井もそれをすでに察していたのか、すぐに一葉の申し出を承諾した。

 

「わかりました。では別の部屋に移りましょう」

 

 一葉と桜井が部屋から出ていくと、城乃内は光実に声をかける。

 

「ミッチ、あんまり気にするなよ?」

「ユグドラシルがしようとしたことを考えれば当然だよ。それに僕が犯した罪はもっと重い」

 

 多国籍企業ユグドラシルコーポレーションは10年以上まえからヘルヘイムの植物の浸食の対策として人類救済計画「プロジェクト・アーク」を計画していた。しかしそれは、ヘルヘイムの浸食が完了するまでに戦極ドライバーの製造限度数と同数の10億人以外の人類を抹殺するというものだった。

 プロジェクト・アークの内容が漏洩する危険を回避するために、クラックの出現数が極端に多い沢芽市にプロジェクトチームが設置された。当時工業地域だった沢芽市は計画都市として、大量の防犯カメラが設置されるなど、情報管理が徹底された。

 しかし、当時プロジェクトチームの開発責任者であった戦極凌馬はフェムシンムの地球への侵攻が開始された直後にプロジェクト・アークの概要を全世界に発信、ユグドラシルコーポレーションは世界的なテロリストとのバッシングを受け、倒産に追いやられた。

 人類がフェムシンムの脅威に脅かされていた当時、プロジェクト・アークの主任だった呉島貴虎の弟、光実はフェムシンムの協力者として活動していた。

 しかしフェンムシンムが姿を消した後、全能の力を授ける果実「知恵の実」を手に入れたとある青年がヘルヘイムの侵攻を食い止めたことで、事態は一応の終息を迎えた。

 青年の名は「葛葉絋汰(かずらばこうた)」。彼も城乃内や光実と同じくビートライダーズの一人だった。ヘルヘイムの脅威から世界を救った葛葉絋汰は、新たな世界の神として地球から姿を消した。

 その後は、光実が当時未成年であったということもあり、彼がフェムシンムに協力したという事実は現在でも一切公表されていない。光実が現在復興局の一員として活動しているのも彼なりの贖罪なのだろう。

 

「今やるべきことは決まってる。この事件を解決して、町の安全を取り戻す。そのためなら……」

 

 光実は城乃内の目を見据えて、力強く言い放つ。

 

「僕は初瀬亮二とも戦う」

 

 光実の言葉に、城乃内は目を細める。

 

「待てよ。まだ、初瀬ちゃんがこの事件にどう関係しているかは分かってないんだろ?それどころか、初瀬ちゃんはインベスと戦ってたんだ。まずはどう協力するか考えるべきだろ」

 

「彼にロックシードやドライバーを渡して、裏で動いている人間がいるはずなんだ。それに、さっきのクラックが発生する5分前から、初瀬亮二の姿が現場の防犯カメラに写っていたらしい。その真相を突き止めるまでは警戒を緩めるわけにはいかないよ。ところで、東京に初瀬亮二がいたってどういうこと?」

 

「一葉さんの職場は東京にあるそうだ。昨日の夜、会社からの帰り道で、初瀬ちゃんが一葉さんをつけてたらしい。一葉さんが気配を感じて振り返った途端に、初瀬ちゃんは走って逃げたそうだ。あっ、これ一葉さんの名刺な」

 

 城乃内はそう言って、一葉の名刺を光実に見せた。

 

「ちょっと、写真を撮らせてもらうよ」

 

 光実はスマートフォンで名刺の写真を撮ると、何か考え事を始める。城乃内は光実に疑問をぶつける。

 

「初瀬ちゃんのことより、まずはインベス対策だ。出現場所とか時間とか予測できないの?」

 

「まだ予測ができるほどのサンプルが揃っていないんだ。でも、3年前よりクラックが出現するペースが異常に早い。早くしないと一般人に死傷者が出る可能性がある」

 

「てか、なんで今まで注意警報とか出さなかったんだ?」

 

 城乃内の疑問も当然だ。ユグドラシルが情報操作していた時にも、インベスの注意勧告はされていなかった。

 しかし、クラックやインベスの正体が公表された今、万一そのインベスやクラックが観測されれば、住民への注意の呼びかけと避難勧告がされることになっている。そのルールが機能していないなら問題だ。しかし光実は動じない。

 

「実際にインベスの姿を確認できたのは今回が初めてなんだ。多分、初瀬亮二がインベスを出現と同時に倒してたんだろうね」

 

「初瀬ちゃんが……」

 

 城乃内がどこか納得したように呟くと、光実は話を続ける。

 

「ユグドラシルが無くなった今、沢芽市の防犯カメラを管理してるのもインベス関連の通報が行くのも警察だ。警察も事実確認ができるまで復興局に情報を入れようとしなかったらしい。復興局で防犯カメラを常時監視できる体制になったのは、今日の午後1時ごろ。僕も復興局で待機してたから、何とかさっきの現場に来れたんだ」

 

「……」

 

 城乃内も少しずつ状況が飲み込めてきた。光実もそれを感じとったのか、少し声を落として言った。

 

「最初は戦闘の痕跡もたいして残っていなかったことを考えると、クラックの発生時間も長くなってきているのかもしれない」

 

 光実の話を聞いていると、城乃内にも不安が募り、不意に言葉が漏れる。

 

「このままじゃ3年前と同じだ……」

 

「今は情報を待つしかないよ。辛いけどね」

 

 重苦しい雰囲気が二人を包む。

 二人が部屋に残されてから20分ほど経つと、桜井が険しい顔をして部屋に入ってきた。桜井は気まずそうに城乃内に目を向ける。

 

「桜井さん、何かあったなら、彼にも聞かせてあげてください」

 

 光実の言葉を受けて、桜井はその場で情報を伝える。

 

「今、沢芽警察署から連絡があった。今日の午前6時頃、千樹三丁目の路地裏で若い男性の変死体が発見された。死亡推定時刻は今日の午前0時から1時30分の間だ。目撃者によればインベスに殺害されたらしい」

 

 桜井の報告に、光実はうつむき、唇を噛みしめている。

 

「もう遅かった、ってコトかよ……!」

 

 城乃内の呟きが、虚しく部屋に響いた。

 

3.

 

 午後4時半頃、閑散とした東沢芽公園に初瀬亮二の姿があった。普段は小学生や主婦で賑わうのだが、住民のほとんどが最寄りの避難所への移動を終えており、今この公園にいるのは初瀬亮二だけだ。

 初瀬の左手には『KLS.02』と印字された、マツボックリを模した錠前が握られている。

 

「そろそろか」

 

 初瀬がそう言うのとほぼ同時に、空間に直径2メートル程のファスナーが現れる。クラックだ。初瀬はクラックを凝視しながら、新たなロックシードを解錠した。

 

『カチドキ!』

 

「変身」

 

 初瀬はロックシードをベルトにセットし、ブレードを倒す。

 

『カチドキアームズ!いざ、旗揚げ!エイエイオー!』

 

 重厚な漆黒の鎧が初瀬の頭から膝までを覆い、その隙間を埋めるようにライドウェアが生成される。

 背中には二振りの黒染めの旗「カチドキ旗」が装備され、その姿はさながら合戦に出陣する武将の様だ。

 

「……!」

 

 黒影カチドキアームズは、大砲と火縄銃が合わさったようなアームズウェポン「火縄漆黒DJ銃」(ひなわしっこくディージェーじゅう)の銃口をクラックに向け、その引き金を引いた。

 

 




第3話、いかがでしたでしょうか?
第7話までは週一ペースで投稿できると思います。
投稿日の4月28日は、寝る前にアマゾンズを見て、仕事や授業の合間を縫って「裏技レーザー」の応募をしたという方もいるのでしょうか?
大変な一日でしたね。おつかれさんです。

サブタイトルが利用規約に違反してないかが目下の心配です。ハイ。



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第四話 『ライダー乱戦』

インベスの最初の犠牲者が出てしまった。この事態に、光実は……?


1.

 

 ついに犠牲者を出してしまった。光実はその事実に打ちのめされそうになるが、なんとか事態を吞み込み、桜井に疑問をぶつける。

 

「事件が発覚したのは今朝だったんですよね?なんで復興局への報告がこんなに遅れたんですか?」

 

 光実の質問は、桜井も予想していたのか、すぐに答える。

 

「最初はインベスの被害かどうかの判断がつかなかったそうだ。目撃者の証言が取れて、ようやくインベスの関与が明らかになったらしい。目撃者の話によるとガイシャは事件の直前に恐喝をしていた。恐喝といっても所謂カツアゲのたぐいだがね」

 

「今時カツアゲですか……」

 

 城乃内はそう言いながらも、この町ではさして珍しくないかと納得する。

 

 沢芽市は治安が悪く、ギャングを名乗る若者同士の抗争も珍しくない。

 かつて、ユグドラシルの都市開発が行われる前の沢芽市は、空き地だらけで駐在所がいくつかあるだけの工業地域だった。

 警察権力が機能していないためか、暴力団やシティ・ギャングを名乗る若者グループが幅を利かせており、殴り合い切り合いの縄張り争いが横行していた。

 ユグドラシルによる都市開発に伴い、町の浄化と称して暴力団員の一斉検挙も行われたことで、不良少年達の抗争も一度は鳴りを潜めた。

 しかし、長らく土地に染みついた文化はそう簡単に消えるものではない。それまで通りの生き方ができなくなった不良少年たちが苦肉の策として思いついたのが、沢芽市のダンスグループ・ビートライダーズとして活動するというものだった。

 喧嘩で縄張り争いをすれば、すぐに警察に通報されるのがオチだ。しかし、ダンスで縄張り争いをする分には、逮捕されるような事態にはまずならない。

 そして現在、ユグドラシルが壊滅したことで、シティ・ギャングとしての活動を表立って再開する若者が増えているのだ。

 

 そんなことを城乃内が考えているうちに、桜井の説明は続いていた。

 

「その時に、被害者は恐喝相手を路地裏に連れ込んだんだそうだ。その被害者が目撃者なんだが……その人も事件の時はひどく酔っていたらしくてね、警察に事情を話すのが遅れたらしい。今からその目撃者に話を聞きに行く。なんでも、初瀬亮二の知り合いだったらしい。名前は『今井健司』(いまいけんじ)、23歳」

 

 光実は城乃内に目配せをする。「知っているか」と尋ねているのだろう。城乃内は首を横に振る。

 光実はそれを確認すると、再び桜井に問いかける。

 

「僕たちも同行できますか?」

 

「そう言うだろうと思って話は通してある。行こうか」

 

 桜井がそういうのと同時に、長身の青年が部屋に駆け込んでくる。

 城乃内は彼の姿を見るなり、嬉しそうに声を上げた。

 

「ザック!」

 

「おっ、城乃内も来てたか!」

 

 彼はビートライダーズ「チーム・バロン」のリーダー、通称「ザック」。

 アーマードライダー・ナックルとしてインベスやオーバーロード、黒の菩提樹との戦いで活躍した青年で、城乃内や光実にとっては戦友と呼べる存在だ。

 ザックはすぐに光実に顔を向けた。

 

「ミッチ、警報聞いたぞ。またインベスが出たってホントか!?」

 

「うん。それと現場で初瀬亮二の姿も確認されてる」

 

「はっ……?なにいってんだ。初瀬は……」

 

 光実の言葉に、ザックは混乱を隠せない様子だ。

 そんなザックに城乃内は声をかける。

 

「あぁ、死んだはずだ。でも、俺も初瀬ちゃんがインベスと戦ってたのを見たんだ」

 

「また死人が生き返ったってのかよ。ホントどうなってやがる……!」

 

 ザックは連続する異常事態に困惑している。

 城乃内は、ザックの肩を軽く叩いて言った。

 

「今から現場の目撃者に話を聞きに行くトコ。なんでも初瀬ちゃんの知り合いらしい」

 

「マジかよ誰だ?」

 

『今井健司』(いまいけんじ)っていうらしいけど……」

 

「誰だよ……」

 

「それをこれから聞きに行くんだ」

 

 4人は部屋を出て、建物の出口に向かって歩き出すと、施設内にアナウンスが響き渡る。

 

『クラック発生。今回は防犯カメラに写っています。場所は東沢芽公園、現在黒影と思われるアーマードライダーがインベスと交戦中』

 

 

「前のクラックが閉じてから、まだ1時間だぞ……!」

 

 通報を聞いた城乃内は、あまりにも早いクラックの発生に驚愕の声を漏らした。

 

「たくッ……!次から次に、ホントどうなってんだよ!」

 

 ザックも混乱している。しかし、この状況でも光実は動じない。

 

「とにかく急ごう。桜井さんは事件の目撃者の話を聞きに行ってください」

 

「しかし今は……」

 

「事態は一刻を争います。情報を集めるのが先決です。警察と復興局の縦割りの状況で、事件の全容を早期解明するには、桜井さんの力が必要なんです」

 

 桜井は光実を真っ直ぐに見た。決断ができたようだ。

 

「わかった。頼むぞ、光実君」

「はい。任せてください!」

 

 4人はすでに出口に到着しており、桜井は駐車場に向かって走り出した。

 

「ミッチはロックビークルで行くのか?」

 

「そうだね。ロックビークルの予備はないから、2人は城乃内の車で現場に向かって。これは無線だから車内でも情報は確認して」

 

「わかった!」

 

 光実はザックに無線を渡す。城乃内は二人のやり取りを聞いていると、後ろから何かの気配を感じて振り返った。

 

「城乃内さん!」

 

 城乃内が振り返ると、初瀬(はせ)一葉(いちは)が息を切らして駆け寄ってくる。おそらく、アナウンスを聴いて慌てて追って来たのだろう。

 一葉は胸に手を当て、息を整えると、城乃内に語り掛ける。

 

「亮二が戦ってるんですよね。私も連れて行って下さい!」

 

「危険ですよ!一葉さんはここにいて下さい」

 

「私なら亮二から何か聞き出せるかもしれません。お願いです、私も連れて行ってください!」

 

「いやでも……」

 

 城乃内は一葉を止めようとするが、一葉も引き下がらない。ここでも、光実が声を上げた。

 

「わかりました」

 

「おいミッチ!」

 

 城乃内は、光実が一葉の申し出を受け入れたことにさらに戸惑うが、光実は冷静だ。

 

「彼女の言うことももっともだ。それに、今は現場に急がないと」

 

「ああもう!わかったよ。一葉さん、俺の車で現場に向かうんで、付いてきて下さい!」

 

 光実はやり取りがひと段落したの見届けると、戦極ドライバーを腰にセットし、ロックシードを解錠する。

 

『ブドウ!』

 

 光実はロックシードをベルトにセットし、ベルトのブレードを倒す。

 

「変身ッ!」

 

『ブドウアームズ!龍砲!ハッ!ハッ!ハッ!』

 

 光実は緑のライドウェアに、紫のブドウの鎧を纏ったアーマードライダー・龍玄に変身する。

 龍玄はバラのような錠前・ローズアタッカーを解錠、錠前がバイク型のビークル形態に変形する。

 

「僕は先に行くね」

 

 龍玄はそう言って、ローズアタッカーにまたがり、現場に急行した。

 

「それじゃ、俺らも行くか」

 

 城乃内がそういうと、ザックと一葉は首を縦に降る。三人は駐車場に向かって走り出した。

 

2.

 

「じゃあ、ザックさんもアーマードライダーなんですか?」

 

 現場に向かう車中で、一葉とザックが互いに自己紹介を済ませた後、一葉は驚きつつザックに問いかけた。

 

「ああ!俺はアーマードライダーナックルだ!」

 

「敬語使え敬語!年上だぞ?」

 

 城乃内はハンドルを切りながら、助手席に座るザックに注意する。

 城乃内とザックは初瀬よりも二歳年上だ。初瀬の大学進学と一葉の就職が同じ年なら、一葉は彼らより二歳年上ということになる。

 

「そんなに気を使わないでください。それより、亮二もそうですけど、どうして一般人の皆さんがアーマードライダーになってるんですか?」

 

 一葉の疑問に、城乃内はハンドルを切りながら応える。

 

「そもそも、『アーマードライダー』って、『戦極ドライバーで変身したビートライダーズ』のことだったんです」

 

「え?」

 

 一葉はまだ要領を得ていない様子だ。

 それも当然だ。アーマードライダーの全容は世界中に発信されたが、ビートライダーズがヘルヘイム災害で果たした役割は、ほとんど公表されていない。

 

 城乃内は片手で戦極ドライバーを取り出して一葉に見せると、さらに詳しい説明を始める。

 

「戦極ドライバーの量産化には、大量の使用データが必要だったみたいです。でも初期の戦極ドライバーは身体に与える悪影響も未知数で、ユグドラシルの内部に被験者を買って出る人間はほとんどいませんでした。そこで被験者として選ばれたのが、初瀬ちゃんやオレ、ザックがやっていたビートライダーズです」

 

 

「……っ!?」

 

 城乃内の話に、一葉は言葉を失って呆然としている。城乃内は彼女の心情を計りながら、説明を続ける。

 

「元々、ユグドラシルは俺たちにロックシードを流して、疑似インベスを呼び出して戦い合うゲーム、『インベスゲーム』を流行らせていました。本物のインベスが人を襲っても、その犯人役をビートライダーズに押し付ける手筈だったそうです」

 

「ひどい……!」

 

 一葉の目には、先程までとは違って明らかに怒りが滲んでいる。それでも、今事情を知らせた方が良い。下手な隠しだては後になって、更に悪い結果をもたらしかねない。城乃内はそう判断した。

 

「だから、ロックシードと戦極ドライバーを使わせるのに都合が良かったんです。ユグドラシルは俺たちの何人かにベルトとロックシードを与えて、互いに競い合う新しいゲームをさせました。そうして、戦極ドライバーのデータを収集したそうです」

 

 これは復興局の局長に就任する直前に、呉島貴虎から直接伝えられたことだ。彼がすべてを話した後に、自分やザック、凰蓮に頭を下げたときの様子を、城乃内は今でも鮮明に覚えている。

 

「あの……」

 

 一葉が何か言おうとしている。城乃内はそれを察して、後部座席に座る一葉に軽く顔を向けた。

 

「なんでそんなに……平気な顔してられるんですか?城乃内さんもザックさんも、勝手に利用されて……少し運が悪かったら、死んでたかもしれないんですよ?」

 

「今は、このベルトで何ができるかを考えるべきなんです」

 

 一葉の問いかけに応えた城乃内は、思い出したしたように、ザックに今掴んでいる情報を教える。

 

「今のところ、インベスが確認されたのは今回を含めて7か所。どれも現場で黒影が目撃されてる。しかも、唯一防犯カメラで現場を写せた前回の現場では、クラックが出現するより前に初瀬ちゃんがいたらしい」

 

「つまり、クラックが出現する場所が分かってる、ってことか……」

 

 ザックも少しずつ事態を飲み込みつつある様子だ。そこで、一葉が独り言のように呟く。

 

「でも、なんで亮二にそんなことが分かるんでしょう?」

 

 一葉の疑問に答えられる者はいなかった。

 

3.

 

 城乃内の車が現場近くに到着すると、公園の周囲50メートルほど手前では、一般人の立ち入りを禁止するために制服姿の警官が交通規制をしている。

 城乃内の車もいったん止められたが、警察官は城乃内が持つ復興局の客員証と車のナンバープレートを確認すると、すぐに道を開けてくれた。

 

 東沢芽公園はすでに戦場と化している。公園の周りが空き地や取り壊し予定のアパートであるため被害が出ていないのが唯一の救いだった。

 すでに到着していた龍玄は、キウイアームズに武装を交換し、アームズウェポン・キウイ戟輪をインベスに振るっている。そしてもう一人…

 

「初瀬ちゃんか……?」

 

 見慣れない重厚な鎧に身を包んだ黒影が、両手で二振りの黒染めの旗を振るい、インベスを次々と粉砕している。

 その姿は嘗て葛葉紘汰が纏っていたカチドキアームズによく似ていた。

 

「にしても、なんだよこの数……」

 

 ザックは久しく目にしていなかった異形の大群に、思わず言葉を漏らした。15体ほどのインベスが、二人のアーマードライダーと交戦している。インベスの中には巨大なシカのインベスもいた。

 

「俺たちも行くぞ!」

 

 城乃内の言葉を合図に二人は戦極ドライバーを装着する。

「変身ッ!」

 

『ドングリアームズ!Never give up!(ネバー・ギブアップ)

『クルーミアームズ! Mister…… Knuckle Man!』

 

 城乃内はアーマードライダーグリドンへ、ザックはアーマードライダーナックルへ、それぞれ変身する。

 

「よっしゃ!いくぜ!」

 

 ナックルの量産型戦極ドライバーは、通常の黒影トルーパーのものとは異なり、マツボックリロックシード以外のロックシードでも変身することができる、ユグドラシル幹部の護身用として制作されたモデルだ。

 

 ザックが愛用する錠前は、クルミロックシード。

 ナックルは軽やかなフットワークで敵の攻撃をかわし、グローブ型のアームズウェポン・クルミボンバーでインベスを殴り倒していく。

 グリドンもドンカチを大きく振り回して、インベスを叩きのめしていく。多少の攻撃を受けようとも、その堅牢な鎧で耐えながら攻撃の手を休めることはしない。

 派手さのない木の実系のアームズを用いる二人だが、その戦い方は対照的だ。

 

「俺が一葉さんを守る、みんなは思いっきりやれ!」

 

 グリドンの言葉を受けて、龍玄とナックルはそれぞれ新たな錠前を解錠しベルトにセットする。

 

『ミックス!クルーミアームズ! Mister……Knuckle Man(ミスター・ナックルマン)!ジンバーマロン!ハハァ!』

『スイカアームズ!大玉ビッグバン!』

 

 ナックルは、栗が描かれた陣羽織を纏った強化形態、ジンバーマロンアームズに変身する。巨大なスパイク付きのグローブ型アームズウェポン・マロンボンバーを構えるその姿のインパクトは強烈だ。

 一方、龍玄は巨大なスイカ型のアームズに乗り込む。

 

『ヨロイモード!』

 

 龍玄スイカアームズは接近戦特化形態「ヨロイモード」に変型する。その両手には、二丁拳銃型のアームズウェポン『スイカ双龍砲(そうりゅうほう)』が握られている。スイカの切り身から伸びたヘタのようなグリップが特徴的だ。

 スイカ双龍砲の引き金を引くと、巨大なスイカのような弾丸が発射される。発射には時間がかかるが、その弾丸は一撃で数体のインベスを消滅させる。

 

 ナックルはマロンボンバーを纏った拳を、次々にインベスに打ち込む。クルミアームズと同じ戦法だが、その威力は格段に上がっており、下級インベスならば一撃で倒すことができる。

 

 グリドンは他のアーマードライダー達の戦況を見ながら、一葉を公園の出口に連れていく。そこでふと、背中に悪寒が走る。

 

「たくっ、こっちにも来たよ」

 

 グリドンが振り向くと、巨大なシカインベスが追ってきいた。グリドンは溜め息を吐き、ドライバーのブレードを倒した。

 

『ドングリスカッシュ!』

 

「一葉さん!そこに隠れててください!」

 

 グリドンはドンカチをスイングして、琥珀色の光弾を放った。

 

「グガァァオ!」

 

 グリドンの攻撃を浴びたインベスは、身体から煙を上げながら、苦悶の雄たけびを上げた。

 

「かーらーのっ……」

 

 ひるんだ巨大シカインベスに、グリドンは一気に接近する。今度はブレードを二回倒すと、グリドンの胴体を覆うドングリアームズが、木の実形態に戻る。

 

『ドングリオーレ!』

「これでもかぶっとけ!」

 

 グリドンはドングリアームズを頭から外し、巨大シカインベスに被せた。

 

「グオォォ……!」

 

 目隠しをされて混乱しているインベスの胴体に、ドンカチを打ち付け、その巨体を突き飛ばした。

 

「挑む相手を間違えたよ、お前は……」

 

 グリドンは再びアームズを纏い、『最後の一撃』を放つ構えをとると、ベルトのブレードを三回倒した。

 

『ドーングリスパーキング!』

 

 グリドンは両足にドングリ状のエネルギーを纏うと、全身を回転させながら、巨大シカインベスに接近する。 

 遠目に見ると、ドングリのコマが回転しているようにしか見えない。

 グリドンはインベスの目の前で跳ね上げり、回転しながら、『最後の一撃』を叩きこんだ。

 

「グリドンキーック!」

 

 グリドンの必殺キック「インヴィット・フィナーレ」が巨大シカインベスの胴体を貫く。

 巨大シカインベスは轟音を上げて爆散した。

 この場で最も弱い相手を選ぶという点では、巨大シカインベスの本能は決して間違っていなかった。

 

 

 グリドンが巨大シカインベスを倒した頃、公園内でのインベスとアーマードライダーたちの戦闘も終盤を迎えていた。

 

『スイカスカーッシュ!』

 

 龍玄スイカアームズはスイカ双龍砲を逆手に持ち替え、トンファーのように構えると、インベスに向かって投げつける。

 スイカ双龍砲は巨大な円盤状の紫のエネルギーを纏いながら、ブーメランのように弧を描いてインベスを切り刻み、殲滅していく。

 これが龍玄スイカアームズの必殺技「ドラゴンスライサー」だ。

 

『クルーミスパーキング!ジンバーマロンスパーキング!』

 

「うおぉぉぉぉ……!うぉりゃああああッ!」

 

 ナックルも必殺技の準備態勢に入っている。マロンボンバーにエネルギーを込めると、両腕の拳を一気に突き出す。

 グローブを覆うスパイクが飛び散り、インベスを次々に突き刺していく。

 グローブの棘が無くなったときには、目の前のインベスはすべて爆散していた。

 

 クラックはすでに消滅したが、クラックの目の前に陣取っていた黒影の周りには、まだ大量のインベスが残っていた。

 しかし、黒影に焦りは見られない。ベルトからロックシードを外し火縄漆黒DJ銃にセットする。

 

『ロォックオゥン!カチドキチャージ!』

 

 火縄漆黒DJ銃から放たれた一撃は、黒影の目の前の十数体のインベスを一気に消滅させる。

 黒影は開いた道の中央まどぇ歩くと、「S」と描かれた錠前「ロックサプリ」を取り出し、戦極ドライバーにセットする。

 ベルトから鳴るほら貝のような音色をBGMに、黒影の左手には、鍔に銃口が装備された刀型マルチウェポン「無双セイバー」が現れる。

 黒影は無双セイバーを火縄漆黒DJ銃の銃口に差し込み、火縄漆黒DJ銃・大剣モードを完成させた。

 

『イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン、オク、チョウ、無量大数!!カチドキパワー!!!』

 

 火縄漆黒DJ銃の刀身を赤い炎が包み込むと、黒影はそれを残りのインベスに向けて一気に切り付ける。

 インベス達は刃に触れるまでもなく、刀から放たれる熱線によってすべて爆散した。

 

「亮二!」

 

 インベスが全滅したの確認すると、一葉は黒影に向かって叫ぶ。

 

「なんでインベスが出てくる場所がわかるの?なんで一人で戦おうとするの?なにも言ってくれないと、私達だって、どうしたらいいかわからないよ……!」

 

「まだ何も言えねぇ」

 

「なんでよっ……!」

 

 一葉が黙り込むと、今度は龍玄が黒影に語り掛ける。

 

「じゃあ、次にクラックがいつ、どこに出現するか、教えてもらえるかな?」

 

 一葉は龍玄を一瞬睨みつけるが、それ以上何も言わない。話しかけられた当の黒影は、微動だにせず答える。

 

「さあな。こっちも行き当たりばったりでやってるんでね」

 

「そんなデタラメが通じると思う?」

 

 スイカのロボットに搭乗しながら交渉する龍玄の姿はどこか滑稽ですらあるが、この場にそんなことを気にする余裕のある者はいない。

 

「そういや狗道供界が消えたときに、この錠前も消えたらしいな。くれてやるよ」

 

 黒影は「話は終わり」とばかりに、ゲネシスコアに装着された赤いエナジーロックシード「ドラゴンフルーツエナジーロックシード」を取り出す。

 

「それは……!」

 

 光実は以前、狗道供界(くどうくがい)が生み出したドラゴンフルーツエナジーロックシードとゲネシスコアを奪い取り、使用したことがある。

 しかし、狗道供界が消滅すると、彼が生み出したロックシードもゲネシスコアも、同時に消滅してしまった。

 

 なぜそれを黒影が持っているのか、龍玄が問いただそうとするが、黒影は龍玄の言葉を遮るように、取り出したロックシードを目の前に放り投げた。

 黒影は更に、ベルトに装着されたロックサプリを取り外して、銃形態に戻った火縄漆黒DJ銃にセットする。

 

『コネクティング』

 

 黒影が火縄漆黒DJ銃から光弾を放つと、ドラゴンフルーツエナジーロックシードに直撃する。

 エナジーロックシードを直撃した光弾は、そのまま反射するように龍玄に向かって飛んでいく。

 

「しまった!」

 

 予想外の攻撃に龍玄の反応が遅れ、ベルト中央のスイカロックシードに銃弾を受けてしまう。

 その途端に、スイカアームズの鎧が龍玄から離れていった。

 

「なにっ……!?」

 

『ジャイロモード!』

 

 龍玄の戸惑いを他所に、スイカアームズは飛行形態・ジャイロモードに変形した。

 スイカアームズは両手の指のガトリングで、グリドンとナックルに攻撃を仕掛ける。

 

「うおっ!?あぶねっ!」

 

『ヨロイモード!』

 

 突然の攻撃に戸惑うグリドンたちを他所に、スイカアームズは接近戦特化型のヨロイモードに変形する。スイカアームズはアームズウェポン「スイカ双刃刀(そうじんとう)」で、グリドンとナックルに切りかかる。

 

「なんだよこれっ!どうなってんだ」

 

 突然のスイカアームズの暴走に戸惑うナックルだったが、異常事態はそれだけではなかった。

 

 スイカアームズと同時に銃弾を受け解錠したドラゴンフルーツエナジーロックシードからは、真紅の鎧・ドラゴンエナジーアームズとソニックアローが生成される。

 ドラゴンエナジーアームズとソニックアローは龍玄の元に翔んで行き、彼の身体を包み込む。

 

「くっ……!うぁ……!」

 

 龍玄は強制的にドラゴンエナジーアームズを纏わされ、苦悶の声を上げた。

 

「ミッチ!大丈夫か!?」

 

 グリドンは、疑似的にドラゴンエナジーアームズとなった龍玄に駆け寄るが、咄嗟に足を止めた。

 

「……」

 

「ミッチ……!?」

 

 龍玄は右手に持ったソニックアローの刃を、グリドンに向けていた。

 




おまけ
(車中にて)
一葉「城乃内さんが変身した姿はなんて言うんですか?」
城乃内「えっ!?え~とっ……」
ザック「グリドンって言うんスよwww」
城乃内「オイッ!?」
一葉「アーマードライダー……グリドン、ですか?」
城乃内「えっ!!えぇ、まぁ……」

一葉「かっ……カッコいいですね!!!」キラキラ
城乃内「ど、どうも……」
ザック「 」

どうやら血は争えないようです……。

前にも書きましたが、このSS で「ロックサプリ」と呼んでいる錠前の公式名称は「シドロックシード」です。



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第五話 『真実の探求』

「S」の錠前の力でドラゴンエナジーアームズを纏った龍玄。しかし、ソニックアローの刃をグリドンに向けて……


1.

 

 東沢芽公園での戦況は混迷していた。

 龍玄から分離したスイカアームズ・ヨロイモードはナックル・ジンバーマロンアームズに襲いかかり、擬似的にドラゴンエナジーアームズとなった龍玄は、グリドンにソニックアローの刃を向けている。

 

 この混乱を演出した黒影は、アーマードライダー達の戦いを黙って傍観していた。

 

 龍玄は躊躇うことなく、ソニックアローの刃をグリドンに振り下ろす。

 

「……ッ!!」

 

「マジかよっ……!?」

 

 グリドンは辛うじて初太刀を避けるが、態勢が崩れ、追撃の回し蹴りを頭部に受けてしまう。

 

「ぐぁっ!」

 

 グリドンは、地べたに這いつくばりながら声を上げた。

 

「おい!ミッチ、どうした!?」

 

「多分、あの『S』の錠前の力だ……!体の自由が完全に奪われてる……!」

 

 グリドンにソニックアローの刃を向けながら、龍玄は自分の現状を伝えた。

 

「どうなってんのよ」

 

 一葉(いちは)は突如始まったアーマードライダー達の内輪揉めに、ただただ呆然としていた。しかし、一葉は直ぐにあることに気付く。

 

「あれ……亮二は……?」

 

 一葉の視界から黒影が消えていたのだ。一葉が咄嗟に周囲を見回すと、黒影の姿は直ぐに見つかった。

 

 黒影は他のアーマードライダー同士の戦いから距離を取り、チューリップホッパーの錠前を起動していた。

 黒影は現場からの離脱を図ろうとしているのだ。

 一葉は咄嗟に叫んだ。

 

「亮二、待って!」

 

「じゃあな。姉貴は隠れてた方がいいぞ」

 

 黒影は一葉にそう声をかけ、チューリップホッパーに搭乗しクラックに姿を消した。

 

 

 黒影が戦線離脱した後も、アーマードライダー同士の戦いは続いていた。

 圧倒的なパワーをもつ龍玄に、グリドンは完全に力負けしている。ランクSのエナジーアームズに対抗するには、ランクBのドングリアームズでは力不足なのだ。

 

「城乃内!大丈夫か!?」

 

 ナックルは苦戦するグリドンに加勢しようとするが……

 

『ジャイロモード!』

 

 スイカアームズのガトリング攻撃が、ナックルを襲う。

 

「うぁっ……!!」

 

 ナックルは背中にスイカアームズの不意討ちを受け、その場に倒れてしまう。

 

「ザック!」

 

 グリドンがナックルに注意を向けた瞬間、龍玄が放ったソニックアローの矢がグリドンを襲った。

 

「痛ッテェ!」

 

 グリドンとナックルのコンビネーションはなかなか嚙み合わず、二人は次第に劣勢になっていく。

 この状況で、グリドンはナックルに声を上げた。

 

「そうだ、ザック!バナナのロックシード、今持ってたりする?」

 

「あるにはあるが……これでどうにかなるのか?」

 

 ナックルはそう言って、バナナのロックシードをグリドンに手渡す。

 その錠前は、ザックが黒の菩提樹の一員、シュラとの戦いで入手したものだった。

 

「まあ、見とけって!」

 

 グリドンはバナナロックシードをベルトにセットし、新たな形態に変身した。

 

『バナーナアームズ!Knight of spear!!』

 

 茶色のライドウェアに、バナナの鎧を纏った姿はさながらチョコバナナ。アーマードライダーグリドン・バナナアームズが誕生する。

 グリドンは龍玄に向かってランス型アームズウェポン「バナスピアー」を構えながら、ナックルに言った。

 

スイカアームズ( あ の デ カ ブ ツ )の相手は任せた!」

 

「無茶するなよ!」

 

 ナックルがスイカアームズに向かって走り出したことを確認すると、グリドンは目の前の龍玄に集中する。

 実力で言えば、ナックルジンバーマロンアームズがスイカアームズの無人機に負けることはないだろう。

 だが、ランクAのバナナアームズと、ランクSのドラゴンエナジーアームズでは、いささか出力の差が大きい。

 少しでも気を抜けば負ける、という緊張感はあったが、城乃内の頭は勝利への道筋をはっきりと描いていた。

 グリドンはベルトのブレードを二回倒し、バナスピアーを地面に突き刺す。

 

『バナーナオーレ!』

 

 龍玄の足元からバナナ状のエネルギーが出現し、龍玄の動きを封じる。

 これがバナナアームズの必殺技「スピアビクトリー」だ。

 本来はバナナのエネルギー体をぶつけて相手を粉砕する技だが、ぶつけるスピードや角度、エネルギーの出力を調節することで、相手を拘束する技としても応用ができる。

 ランクAの出力で、疑似的にランクSのアームズを纏った龍玄を拘束できるのはほんの数秒だ。しかし、その数秒はグリドンにとっては十分な時間だった。

 

「要はさ、こうすればいいんだろ?」

 

 バナナのエネルギーが直撃したのは、龍玄だけではない。龍玄の後ろに放置されていたゲネシスコア付きのドラゴンフルーツエナジーロックシードにも直撃していた。

 通常のロックシードや戦極ドライバーなら損壊してもおかしくない攻撃だ。しかし、その次世代のドライバーユニットとロックシードを破壊するには至らない。

 スピアビクトリーを受けたエナジーロックシードは、グリドンめがけて飛んでくる。

 

「へへっ、いただき!」

 

 グリドンはドラゴンフルーツエナジーロックシードを掴み、錠前と展開されたフルーツのパーツを閉じた。

 すると龍玄のアームズが消滅する。

 

「そうか……!なら、あとはスイカの錠前を閉じれば……!」

 

 身体の自由が戻ると、龍玄もドライバーのスイカロック―ドを閉じ変身を解除した。

 

 光実はスイカアームズの消滅を確認し、城乃内に笑顔を向ける。

 

「……ありがとう!」

 

「まっ『策士』だからな……っいてて」

 

 城乃内は変身を解除すると、軽口を飛ばしながらその場にへたり込んだ。

 

 

2.

 

 ザックは変身を解除するなり、吐き捨てるように毒づく。

 

「初瀬のヤツ……!なんでクラックの出現場所も教えてくれないんだ……!」

 

「出現場所を言ったら、僕達が先回りして彼を拘束するかもしれない。それを警戒しているんだろうね」

 

 光実はザックとは対照的に冷静だった。

 

「俺達を全く信用してないってことか……あんな邪魔までしやがって」

 

 光実の推測に、ザックはまた毒づいた。

 

「でも、結果的には僕にこの錠前をくれた。ご丁寧にゲネシスコアまでつけてね」

 

 光実はドラゴンフルーツエナジーロックシードを手でいじりながら、先を続ける。

 

「彼にロックシードやドライバーを渡しているのはいったい誰なのか、早く突き止めないとね。もしかしたら、そいつが一連の事件の首謀者かもしれない。今回このロック―ドを僕に渡した目的も気になる……」

 

「そんな奴と組んでまで、初瀬は一体何がしたいんだ。町を守りたいなら、俺達と協力しようとするはずだろ!」

 

「俺達が信用されてないのは当たり前だろ……!」

 

 興奮するザックを見ながら、城乃内は言い放つ。

 

「オレも、ザックも、ミッチも、ユグドラシルも……みんなで初瀬ちゃんを蹴落としたんだ。だから初瀬ちゃんは追い詰められて……今更信じてほしいなんて、虫が良すぎるだろ……」

 

 城乃内の言葉に、ザックも気まずそうに黙り込んだ。再び光実が口を開く。

 

「とにかく、今は真相の究明だよ。今回の防犯カメラの映像分析は情報管理課の人たちに任せて、沢芽警察署で桜井さんと合流しよう」

 

 この一言で三人の会話は終わる。城乃内たちは離れて様子をうかがっていた一葉に声をかけると、全員で城乃内の車に乗り込んだ。時刻は五時半を過ぎていた。

 

3.

 

 沢芽警察署の受付に行くと、すでに桜井が待ち構えていた。城乃内たちは取調室の隣の部屋まで案内され、そこに入るよう促される。

 その部屋からは、ガラス越しに取調室の様子を見ることができるようになっていた。

 

「光実君、これを」

 

 桜井は光実に、何やら資料を手渡した。城乃内が盗み見た限りでは、証言者の個人情報や、証言内容が書かれているようだ。

 城乃内はそれだけ確認すると、取調室に目を向けた。

 

 自分たちが入っても取調室の人間は誰も反応しないので、このガラスはマジックミラーなのだろう。なんか刑事ドラマみたいだな。城乃内は不謹慎だと分かりながらも、そう思わずにはいられなかった。

 

 取調室にいたのは3人だった。一人は部屋の隅のデスクに腰掛ける制服の警察官、二人目は黒いスーツを着た刑事のような風貌の男。無精ひげが伸び、スーツもくたびれているせいか、やけに老けて見える。その刑事風の男は部屋中央に置かれてた机の前に座っている。

 机を挟んで、その刑事の向かいに座る太ったリクールトスーツ姿の男を見た瞬間、城乃内は声を漏らした。

 

『今井健司』(いまいけんじ)って、デーブのことか……」

 

 太ったリクルートスーツの男は、今朝城乃内が遭遇した「チーム・レイドワイルド」の元メンバー・「デーブ」だった。

 

 デーブが事件の目撃者だったこと、そしてその友人の本名を今日まで知らなかった自分に、城乃内は軽い衝撃を覚えた。

 城乃内が隣にいるザックや光実の顔をそっと見ると、彼らも納得と衝撃が入り交じった複雑な表情をしている。

 一葉だけはまだ状況が飲み込めていない様子で、城乃内に話しかけた。

 

 

「今井さんって、亮二や城乃内さんとどういう間柄なんですか?」

 

「初瀬ちゃんがリーダーをしていたダンスチームの元メンバーです。俺ともそこそこ交流がありました」

 

「そうですか……」

 

 弟の知り合いをまた見つけられて嬉しいのか、一葉は少し頬を緩ませる。

 

 一方、取調室は恐ろしく殺風景だ。スタンドライトのような、武器になるようなものは一切置かれていない。

 大人が3人もいるのに、誰も動かない。マジックミラー越しに見ていると、部屋そのものが死んでしまったように思えてしまう。

 視覚的な変化といえば、小さなホコリが窓からの日差しを浴びてユラユラと動いているだけだ。

 

 光実は、デーブの証言が書かれた書類に目を通すと、すぐに桜井に声をかける。

 

「僕も質問をしたいので、中に入ってもいいですか?」

 

「少し待っててくれ」

 

 桜井はそういうと取調室に入り、刑事らしき男に声をかける。二人は小さな声で話を始めた。

 それが三十秒ほど続くと、話がついたのか桜井は取調室を出て光実に声をかける。

 

「私も一緒なら、入っていいそうだ」

「わかりました。お願いします」

 

 桜井は光実を伴って取調室に入る。光実に真っ先に反応したのはデーブだった。

 

「ミッチ……」

「デーブ、久しぶりだね」

 

 光実はデーブと軽く言葉を交わすと、今度は刑事らしき男に自己紹介をする。

 

「復興局客員の呉島です」

 

「沢芽署強行犯係の須藤だ。聞きたいことがあるなら、手短に頼むぞ」

 

 須藤と名乗った刑事は、それまで自分が座っていた席に座るよう、光実に手で促す。

 

「なぁ、ミッチ。俺、見たんだ。黒影を。やっぱりあれ、初瀬さんなのか?」

 

「さっきも言ったろ。捜査情報は話せないの」

 

 デーブが光実に早口で質問すると、須藤が口を挟んだ。

 デーブがしぶしぶ黙り込むと、光実は彼に語り掛ける。

 

「ごめん。今は僕から情報を流すことはできないんだ。それから、いくつか君に聞きたいことがある。刑事さんと同じ質問をするかもしれないけど、答えてほしい」

 

「わかった」

 

 光実の申し入れにデーブは素直に頷いた。

 

「まずは、インベスに襲われた経緯を教えてほしい。できるだけ丁寧に」

 

「昨日は夕方からずっと飲んでて、5件目の『スナック早苗』って店を出た後、近くの裏路地に入ったら、五人くらいの若いやつらに絡まれたんだ。『何見てんだよデブ!』とか言ってさ。あんまり死んだ人間の悪口なんか言いたくないけどさ、ホントむかついたよ……」

 

「災難だったね…それから?」

 

 光実はデーブに話の続きを促す。

 

「『そのスーツ汚されたくなかったら、有り金全部おいてけ!』って死んだ茶髪の奴に言われて……胸倉掴まれたんだよ、俺。さすがに怖くなって財布渡したんだけど…こんどはそいつ『五千円しか持ってねぇのか』とかぬかしやがってさ。さすがに頭に来て睨みつけたら、 そいつもキレて……俺、殴られる直前だったんだけど。そのとき……」

 

 デーブはその時の情景を思い出したのか、手で口を押え嗚咽を漏らす。 

 

「そいつがインベスの触手に吹き飛ばされて……それで吹き飛ばされた方を見たら、そいつ……胸を刺されてて……」

 

 デーブは涙を漏らしながら話す。きっと、彼はその光景を一生忘れないのだろう。須藤は気を使ったのか水を紙コップに入れて、デーブに差し出す。デーブは一気に飲み干した。

 

「デーブ、辛かったね……まだ話せる?」

 

「ああ。大丈夫だ」

 

 デーブは水を飲んで落ち着いたのか、話を続けた。

 

「インベスが出てきたって分かったら、他の若いやつらはさっさと逃げたみたいで、俺だけ逃げ遅れたんだ。なんかあの時は、足が動かなくて……インベスもいつの間にか3体に増えてて、俺の方によって来るし……でも、その時に黒影が、助けてくれたんだ」

 

 マジックミラー越しに話を聞いていたザックが声を漏らす。

 

「たった三体か……」

 

 ザックの口調は、どこか拍子抜けしたようだった。

 インベス三体に詰め寄られるというのは、普通の人間にしてみれば絶望的な状況だ。しかし、アーマードライダーとして十数体のインベスを倒した直後に聞くと、城乃内もあまり衝撃を覚えない。

 しかし、この先のことを考えると、危機感を感じずにはいられなかった。

 

「やっぱり、クラックの維持される時間は一気に長くなっているんだ。だから、初めのうちは初瀬ちゃんだけでも対処できた。でも、このままいくと……」

 

 城乃内の話を聞いているうちに、ザックもだんだん状況が呑み込めてきたのか、呟くようにいった。

 

「そのうち、俺たちだけじゃ対処できなくなるかもな」

 

 城乃内とザックが話していると、取調室ではデーブのスマートフォンが鳴った。

 

「出てくれていいよ」

 

 光実がそういうと、デーブはスマートフォンを取り出して操作する。

 デーブの様子を見るに、電話ではないらしい。メールだろうか。

 そんなことを城乃内が考えていると、スマートフォンの操作をするデーブの手が止まった。顔は強張って痙攣したように震えている。その状態が10秒ほど続いた。

 

「もう帰っていいかな……?」

 

 デーブがボソリといった。

 

「いや、まだ聞きたいことがあるんだ」

 

 光実はデーブの様子戸惑いながらも、彼を引き止める。

 

「オレ忙しいんだ。帰らせてくれ」

 

 デーブは下を向いたままだが、その顔が赤くなっているのがわかる。

 

「外に出るのは危険だ。ここを出ない方が良い……!」

 

 光実がそういうと、デーブは足元にあった鞄を光実に投げつけ、光実に掴みかかる。

 

「ッ!?デーブッ……!?」

 

 デーブの変化に気づいていたであろう光実も、彼の剣幕に動揺している。

 

「迷惑なんだよ、ほっとけよ!」

 

「おい!落ちつけ!!」

 

 光実の横に立っていた須藤と桜井が、光実に食って掛かるデーブを押しとどめる。

 

「アイツ、どうしたんだ!?」

 

 マジックミラー越しに様子を見ていたザックも一目散に取調室に入って、桜井たちに手を貸す。

 

「とにかく落ち着け!デーブ!」

 

「これ以上暴れると、傷害で現逮にするぞ!」

 

 須藤のこの一言でようやくデーブもあきらめたように椅子に腰を落とす。一部始終を見ていた城乃内と、一葉はほっと安堵の声を漏らした。

 

「あいつ……勝手に入るなよな……」

 

 城乃内はあきれながらも、ザックらしいと思う。

 考える前に身体が動く。短絡的と言ってしまえば聞こえは悪いが、困難を目の前にしてすぐに行動できる人間は貴重だ。自分にはとても真似できるものじゃない。

 城乃内がそんなことを考えていると、隣でずっと黙っていた一葉がポツリとつぶやく。

 

「でも今井さん、どうしたんでしょう?」

 

 そう聞かれた城乃内には、すでにアテがついていた。

 

「たぶん、不採用通知が来たんだと思います」

 

 今朝、デーブと遭遇した時にも感じたことだが、今のデーブは白髪も増え、顔も完全にやつれている。

 就活中に採用がもらえずに、過度のストレスをためる若者は少なくない。きっとデーブもその一人なのだろう。

 

「面接した企業だけでもう二十社だ」

 

 デーブはどこか投げやりに言うと、スマートフォンを机に放り出した。どうやら城乃内の考えは当たっていたようだ。

 だからといって、うれしいとは思わない。辛そうに顔を手にうずめる仲間を見ているだけで、鉛を飲み込んだような気分になる。

 

「お前らには分かんないだろ。俺には何にもないんだよ。エントリーシートだけなら200通出したよ。でも、そこで切られるのがほとんど…いざ面接受けてもこのザマだ。もうしんどいんだよ。警察だか、復興局だか知らねえけど、俺は今インベスどころじゃないんだ。ほっといてくれ……」

 

 デーブは完全に自暴自棄になっている。ここは彼の言う通りに、そっとしておくべきなのかもしれない。

 だが、光実は聞きたいことを聞けていない。

 光実は申し訳ないと思いつつも、現場周辺の地図を取り出してデーブに見せる。

 

「デーブが入った裏通りって、この『スナック早苗』からデーブの家に帰るのには遠回りだよね?なんでこの通りに入ったの?」

 

「あの路地は、オレと初瀬さんが初めて会った場所なんだ。あの人と出会ってから俺の人生がちょっとだけ変わったから…あそこにもう一回行けば、また変われるんじゃないかって、思ったのかも。そんなわけないのにな…」

 

 デーブはふてくされながらも、光実の質問にはしっかり答える。

 

「もういいか?外に出れなくても取調室は勘弁だ。さすがに気が滅入るよ」

 

 ここいらが潮時だろう。そう判断した光実は、彼を休ませていいか須藤に判断を仰ぐ。須藤は首を縦に振るとデーブに目を向けた。

 

「よし、じゃあ、さっきの休憩所でしばらく休んでてくれ。何なら雑魚寝してもいいぞ」

 

 デーブは頷くと。須藤の案内に従って取調室をでた。

 

4.

 

 取調室の様子を見ていた一葉は城乃内に問いかける。

 

「これって偶然でしょうか?」

 

 『これ』というのは、事件の現場が初瀬とデーブの出会いの場所だったということだろう。

 

「分かりません。でも偶然じゃないとしたら……」

 

 城乃内はそれも気になったが、いまはデーブの様子が気がかりだ。城乃内は部屋を出ると、歩いていくデーブに声をかける。

 

「城乃内さんもいたんだ……」

 

「今朝はなんも聞いてやれなくて、悪かったな」

 

「今朝……?」

 

 ――あ、そうだコイツ今朝は泥酔して俺と初瀬ちゃん見間違えてたっけ…

 

 城乃内は今朝の一部始終をデーブに説明する。

 

「あれ、城乃内さんだったんですね。迷惑かけてすいません……」

 

「確かにあれにはドン引きしたよ」

 

 城乃内は軽い冗談のつもりで言ったのだが、デーブの顔が一気に曇る。

 

「初瀬さんが余計なことしなければ死ねたのに。俺には何もできない。社会からも全然認めてもらえない…これなら死んだほうがましだ……」

 

「そんなこと言うなって」

 

 デーブを励まそうとしても、当たり障りのない言葉しか思いつかない。城乃内は話しながら、自分で墓穴を掘っているのだと気づく。

 

「あんたはいいよ。才能があって、仕事があって、助けてくれる人だっている。でも俺は自分に何ができるのか、何がしたいのかも分かってないんだよ。恵まれた環境にいるあんたにとやかく言われる筋合いはない……!」

 

 二人のやり取りを聞いていた須藤が、デーブのこの言葉に目の色を変える。須藤はデーブの胸倉を掴み壁に叩き付けた。

 

「甘ったれるのもいい加減にしろ!ちょっと世間を見ればわかるだろ。仕事なんざいくらでも転がってる。自分磨きたけりゃ、いくらでもやり方はあるだろうが!てめぇで何にも成長しないまま、他人の批判するなんざ百年早いんだよ!」

 

 須藤はそう言い放ち、デーブから手を放す。デーブはうなだれているが、須藤の言葉は彼に少なからず響いているようだ。それは城乃内にとっても同じだった。

 本来なら自分がデーブにしてやらなければいけなかったことだ。

 城乃内は上辺にばかりこだわって成長しない自分の性根を苦々しく思う。これじゃ、誰の心も動かせない。途方に暮れている友人に手も差し伸べられないで、何が大人だ。

 

「なぁ、デーブ……」

 

 形になっていなくても、自己満足でもいい。今は目の前のデーブに本音でぶつからなくては…城乃内はそう奮起して言葉を紡いでいく。

 

「俺も同じだよ。今どうすればいいか、これから何がしたいか、正直なトコよくわからない。それでも必死に働いて、生きてる。お前だって同じだろ。見てれば分かる。今は誰からも見向きもされなくても、自分を変えるためにお前は必死に戦ってる。だから、ほんの少しでいい、自分に自信を持て」

 

 城乃内の言葉にデーブは何も言わず足早で休憩所と書かれた部屋に入って行ってしまう。

 

「なんて言われて持てるもんでもないよな。くそっ……!」

 

 城乃内は軽く舌を打つ。須藤がそんな城乃内の肩を軽く叩いた。

 

「そう簡単なモンじゃねぇよ。まぁ、今はこれぐらいでいいだろ」

 

「あっどうも……」

 

 城乃内が軽く頭を下げると、須藤は今度は制服の警官の肩を叩いていう。

 

「コイツが休憩室まで案内するから。アンタらはちょっと休んどけ」

「はい。よろしくお願いします」

 

 城乃内がそういうと警官は口を尖らせる。

 

「須藤さん、自分パシリじゃないんですけど……」

「後輩は全員パシリだよ」

 

 須藤は平然と言ってのける。警官は言い返すのを諦めたのか、城乃内、ザック、一葉を別の階の休憩所に案内した。

 

5.

 

 四人が歩き出すと須藤は取調室に戻る。取調室には桜井と光実が残っていた。須藤が戻ったのを確認すると桜井が声をかける。

 

「わかったよ。クラックの出現法則」

 

「あっ?」

 

「今、復興局の部下から連絡が入った」

 

 桜井の突然の報告に、須藤は素っ頓狂な声を漏らす。

 

「ユグドラシルが残したクラックの観測データと、今回の観測データを突き合わせたら一発だった。専門的な説明は省くが、クラックの発生時間の間隔には一定の周期がある。今回の一連の観測結果は、三年前までのペースでクラックの出現頻度が増加した場合の現在の沢芽市でのクラック発生時間の予想に概ね一致するんだ。次のクラックが出現するのは明日の午前5時頃、その次が午前九時頃。その次が十六時頃だ」 

 

 

 桜井の報告に、須藤は舌打ちをした。

 

「復興局が事前に警察にクラックの出現データを渡しとけば、こっちでもっと早くクラックの出現法則をつかめたんだ」

 

「無茶言うな。クラックの出現データは復興局の沢芽本部に保管されていて、ほかの支部への持ち出しも禁止なんだ。それを日本の警察、それも所轄に回せるわけがないだろ」

 

「そこまで言うなら、警察がすぐに協力要請しないからっていちいち抗議しないでほしいね」

 

「抗議じゃない。円滑な協力をお願いしているんだよ」

 

 桜井の返しは事務的だが、どこか須藤への親しみを感じさせる。

 

「うちの刑事部にいたときから、お前の責任逃れの物言いは変わらないな。たくっ、最初から本庁の公安部に行けばよかったんだ。そうすれば俺はお前の面倒ごとに巻き込まれることもなく、こんな所轄に流されることもなかった」

 

「アレはお前が勝手に嗅ぎつけて、勝手に首を突っ込んだだけだろ。お陰で被害は最小限で済んだがな」

 

 この二人はいわゆる腐れ縁という関係なんだろう。そう思いながら光実は黙っていた。

 

「もういい。それよりも、クラックの出現時間が分かっても、発生場所がわからないと、また被害者が出るぞ?」

 

 そういわれると、桜井もばつが悪くなったのか言葉を濁らせる。

 

「まだ出現場所の予測まではできていない。過去のデータでも、ユグドラシルタワーを中心にクラックの発生頻度が分散しているいること以外に法則をつかめていないんだ」

 

「当てがついてるって言ったらどうする?」

 

 須藤のもったいぶった態度に、桜井はあきれたような顔になる。

 

「さっさと教えてほしいね。事態は一刻を争う」

 

「最初の4件はクラックが発生したのは人目に付きにくい奥の裏路地ばかりだった。だがさっき分かった5件目で被害者が出た途端に防犯カメラの設置場所にクラックが発生するようになった。そして5件目は以前よりも人目に付きやすく、初瀬亮二と今井が初めて出会った場所。6件目は初瀬亮二と親しくしていたアーマードライダーの勤務場所の真ん前だ」

 

 ここまで説明されると、桜井も須藤が何を言いたいのかわかったのか口を開く。

 

「何者かがクラックの発生場所を意図的に設定している……ということか」

 

「少なくとも、これをただの偶然で片づけるような能無しは警察にはいないな」

 

「クラックを人為的に生成できる存在というと。オーバーロードということになるが……」

 

 そこで、やり取りを聞いていた光実が口を挟む。

 

「普通のオーバーロードじゃクラックの発生場所を自由に設定できませんよ。ユグドラシルタワーを占拠したレデュエも、タワーにあった人工クラックの痕跡を使ってクラックを開いたんです」

 

 『オーバーロード』、インベスの力を持ちながら、ヘルヘイムの果実の毒に理性を破壊されなかった存在だ。

 地球に侵攻したフェムシンム達は、身体に特殊な改造を施した後で、ヘルヘイムの果実を食らい、『オーバーロード』に進化した者達だった。

 彼らはヘルヘイムの植物や他のインベスを操る能力を持っていた。しかし、オーバーロードの中でもクラックを自在に操る能力を持つ者は、光実が知る限りたった二人しかいない。

 

 桜井は光実に問いかける。

 

「では、意図的にクラックを生成できる存在というと……」

 

「クラックを自在に操れるのは…」

 

 桜井の疑問の答えはすでに、光実の中で出ていた。

 

 

「『知恵の実』を手にした者だけです」

 




おまけ

桜井「光実君!クラックを作った黒幕がわかったぞ!」
光実「本当ですかっ!?」
桜井「その組織の名は……地下帝国バダンだ!」
光実「桜井さん、疲れているようですね」

とりあえず、春休み合体スペシャルはなかったということで……

長ったらしい文章で、本当に申し訳ありません。誤字脱字など教えて頂けると助かります。


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第六話 『不安な足並み』

沢芽警察署の須藤は、クラックが人為的に作らやれていると唱える。その犯人の候補として光実が挙げたのは……


1.

 

 沢芽警察署では、クラックの出現場所についての話し合いが続いていた。

 須藤は真っ先に、光実が口にした「知恵の実」という言葉に反応する。

 

「なんだよ『知恵の実』って?アダムとイブが食ったリンゴか?」

 

 須藤の質問に光実は押し黙る。

 

───情報の共有に熱中しすぎたか。 

 

 光実は自分の軽率さを呪った。知恵の実についての情報は復興局でも極秘事項とされており、桜井や光実のような限られた人間にしか知られていない。

 光実がどう説明しようか迷っていると、桜井が助け舟を出した。

 

「食べた者に、ヘルヘイムの植物やクラックの支配権を与える果実、といったところか」

 

 警察の人間に話せる情報は、これが限界だろう。 あとは須藤が納得してくれれば、今回の一件について話を進められる。光実はそう考えながら、須藤の顔を見つめた。

 

「へぇ。そんなモンがあるのかぁ」

 

 須藤も納得した様子はないが、それ以上知恵の実について追及する気もないらしい。

 光実は心の中でほっと胸を撫でおろす。

 

「この情報は外部に漏らすなよ。刑事は口が軽いからな」

 

「へいへい。分かりましたよ。元公安で今は復興局にお勤めの桜井様ァ」

 

 桜井が釘をさすと、須藤もつまらなそうに了承する。

 

「仮に、知恵の実を持つ者によって、クラックが発生しているとしてだ。次のクラックの発生場所をどうやって突き止める?」

 

「意図的にクラックの発生場所が指定されてるんだ。その目的を考えれば、ある程度の予測はできる」

 

 桜井に促され須藤は説明を始める。

 

「まず、最初の5件が路地裏なのはインベスを秘密裏に処分する為だろう。5件目が他の現場より人通りが多い地点というのが、どうも引っかかるがな。6件目にシャルモン沢芽市2号店前を選んだ理由は恐らく他のアーマードライダーにインベスの存在を知らせ戦わせるため。だが、なんでインベスとあんたらアーマードライダーを戦わせたいんだろうな?」

 

 須藤は光実を見て嫌味っぽく言った。

 この刑事はいちいち毒づかないと話せないのだろうか。しかし、光実はこの刑事からは敵意のようなものは感じなかった。

 ただただ口が悪いだけなのだろう。光実は軽く苦笑いをした。

 

「クラックの発生時間は一貫して長くなっている。そして、これまでの被害者はたった一人。民間人の被害が出ないように、曲がりなりにも配慮していると考えて良いだろう。だったら、前回の現場より広くて、避難場所から比較的離れた場所がクラックの発生場所になる可能性が高い。その地点に重点的に機動隊が緊急配備されることになるだろうな」

 

 須藤はそう言うと、桜井の肩を叩く。

 

「本部にいくぞ。出現時間の法則を伝える」

 

「あぁ、そうした方がいいな。光実君、城乃内君たちと一緒に待っていてくれるか?」

 

「わかりました」

 

 光実も桜井の指示に従う。わざわざ情報提供のために、よそ者の復興局の人間が、二人も捜査本部に行く必要はないだろう。

 話がまとまり三人で取調室を出ると、先ほどの制服警官が戻ってきた。須藤がその警官に声をかける。

 

「次はこの坊ちゃんを、さっき案内した休憩所まで連れてってくれ」

 

「自分、仕事あるんですけど……」

 

 制服警官は須藤から露骨に顔を逸らすが、須藤は強引に話を続ける。

 

「大丈夫だ。未来のお前が代わりにやってくれるよ」

 

「ソレただの残業ですから!」

 

「いつものことだろ?」

 

「須藤さんがいつも雑用ばっかり押し付けるからでしょ!」

 

「役割分担だよ、役割分担。俺はいつも重要な仕事で忙しいの。どうでもいいことはお前に任せる!」

 

 警官の口の利き方はだんだんと粗暴になるが、須藤も自分のペースを崩そうとしない。

 

「前から思ってたんですけどね。地域課の自分じゃなくて、刑事課の後輩に頼めばいいでしょ!」

 

「おいおいよくないぞ。面倒ごとを他人に押し付けるのは」

 

「そもそも須藤さんが自分でやれば済むでしょうが!」

 

 制服の警察官がとうとう痺れを切らしたのか、怒鳴り声を上げる。

 須藤はヤレヤレと面倒臭そうに、溜め息をついた。 

 

「お前、そんなにしゃべってる暇があるなら、連れて行って差し上げろよ。復興局のお客様だぞ?」

 

 須藤の殺し文句に、制服警官も黙り込んで光実に鬼の形相で向き直る。

 こんなやり取りを二人は毎日しているのだろうか。

 光実は少しあきれながら制服警官に声をかける。

 

「すいません。お願いします。復興局の呉島です」

 

「地域課の真倉です…自分のことはすぐに忘れてください。面倒ごとに巻き込まれるのは御免です」

 

 真倉はそう言うと、苦笑いする光実を休憩所に案内する。

 

 二人の背中が見えなくなると桜井が須藤に語り掛けた。

 

「なんだ?お気に入りか?」

 

「ただのパシリだよ。だがまぁ、そこそこ使えるやつだ。今井が目撃者だって言い出したのもアイツだった。先輩にいちいち嚙みつくのが玉に傷だがな」

 

 須藤はそう言うと、本部に歩き出す。桜井も頬を緩ませながら彼の後ろに続いた。

 

 

2.

 

 光実は城乃内たちと合流すると、先ほど仕入れた情報を伝える。

 

「じゃあ、次にクラックが開くのは明日の朝5時か…」

 

 ザックが納得している横で、城乃内は眼鏡を少し持ち上げ、顔をしかめる。

 

「誰かが意図的にクラックを作ってるのに、出現時間に法則があるっておかしくないか?」

 

 城乃内が率直に疑問を口にすると、光実もそれに同意する。

 

「僕もそのことが気になるんだ。知恵の実を持っているなら、クラックの出現する時間が制限されのはおかしい」

 

 城乃内には、まだ疑問があった。

 

「ていうか、知恵の実を持ってないとクラックを自由に操れないってホントか?」

 

「うん。少なくともレデュエには自在にクラックを作る力はなかった。ロックシードやロックビークルで作る限定クラックは本物のインベスを通せない。僕が知る限り、本物のクラックを自由に作れるのはロシュオやメガヘクス、紘汰さん、知恵の実を持ってる者だけだ」

 

「戒斗は……?」

 

 光実の話を聞いていたザックが不意に呟く。

 

「え?」

 

「戒斗がオーバーロードになった後…クラックを開いてインベスを操ってたぞ……?」

 

 チームバロンの先代のリーダー駆紋戒斗(くもんかいと)はフェムシンムとの戦いの後、ヘルヘイムの実を喰らい、理性を保ったインベス「オーバーロード」に進化した。

 

 光実もその事実は知っていたが、駆紋戒斗がクラックを自在に操っていたことは初耳だった。

 

「それ……本当?」

 

「本当だよ。なあ?」

 

 ザックが城乃内に同意を求める。城乃内も、三年前に戒斗がクラックからインベスを呼び出した瞬間を見た人間の一人だ。

 

「ああ、おれも実際に見たよ。でも……どうしてあいつにそんなことができたんだ……」

 

 城乃内がそういうと、光実もしばらく考え込んだ。

 

「……まさか」

 

 光実はそういって立ち上がる。

 

「ごめん、捜査本部に行ってくる。みんなはここで待ってて」

 

 光実は城乃内たちを残して休憩所を出て、宣言通り捜査本部に入る。桜井の姿を見つけると、光実は彼に駆け寄った。桜井も直ぐに光実に気付いて声を掛ける。

 

「光実君か、どうした?」

 

 光実は桜井の目を見据える。

 

「戦極凌馬が残したパソコンの中で、調べてもらいたいデータがあります」

 

 

3.

 

 十分ほど経つと、城乃内のスマートフォンに光実から連絡が来た。

 しばらく捜査本部を動けないから、外で食事を摂っておくようにという内容で、事件にどういった進展があったのかは書かれていない。

 どうも要領を得ないが、ひとまずは彼の指示に従おう。そう判断した城乃内はザックと一葉とともに警察署を後にする。

 城乃内たちが訪れたのは沢芽市のフルーツパーラー、ドルーパーズだ。若者客でもツケがきくのでビートライダーズのたまり場となっている。城乃内もビートライダーズ時代は初瀬と一緒に入り浸っていた店だ。

 ヘルヘイム災害当時も、ほかの住民が市外に避難する中、店主の阪東清治郎(ばんどうきよじろう)はドルーパーズに残り、城乃内たちのようにフェムシンムと戦う者たちに食事を提供していた。

 

「いらっしゃい。たくっ、待ちくたびれたよ。こんな状況じゃあ、お前らぐらいしかこの店に来ないんだからな」

 

 城乃内達が店に入るなり、店主の阪東が愚痴をもらす。こんな状況でも平常運航でいられるのはこの人ぐらいのものだろう。 

 城乃内は阪東の図太い神経に感心しつつ、自分もまだまだだな、とつくづく思う。

 

「まあまあ、手見上げ持ってきたんで機嫌直してくださいよ」

 

 城乃内はそう言って、阪東に四角い箱が入った紙袋を差し出す。

 城乃内はドルーパーズに来る前にシャルモン二号店に寄り、売れ残りのケーキを見繕って持ってきていた。

 

「おお!助かるよ。自分で買うと出費がかさんでしょうがないからな」

 

 同じフルーツを生業にする料理人同士、相手が何をもらったら喜ぶかは大方の想像はつく。先ほどとは打って変わって上機嫌になった阪東は、城乃内の後ろにいる一葉に気付いて声をかける。

 

「そちらの女性は?」

 

「初瀬一葉さん。初瀬ちゃんのお姉さんなんだ」

 

 城乃内に紹介されると、一葉はペコリと頭を下げる。

 

「はじめまして。弟がお世話になっていたそうで……」

 

「いえいえ、そんな…でも今は出歩いてると危ないですよ?」

 

「もしもの時は、こちらのお二人に頼ります……」

 

 一葉は城乃内とザックを手で仰ぐ。さすがに次のクラックの出現時間を無断でリークするわけにはいかない。

 城乃内とザックも言い訳に使われているのは承知の上だが、不思議と嫌な気持ちはしない。

 

「阪東さん、晩飯頼めるかな?」

 

「おう、カレーならもうできてるぞ」

 

 城乃内の頼みに、阪東は予想の斜め上の返事を返す。当然だがフルーツパーラーであるドルーパーズのメニューにカレーライスはない。

 インベス出現の警報が鳴った後、自分たちが来ることを見越して作ってくれていたのだろう。その割に、店内からカレーの香りがしないのが不思議だった。

 何はともあれ、阪東の懐の深さには、城乃内も頭が上がらない。

 

「ていうことだけど、二人ともカレーでいい?」

 

「おう!なんか懐かしいな」

 

「お言葉に甘えていただきます」

 

 一応、城乃内がザックと一葉に確認を取ると二人も二つ返事で了承した。それを確認すると阪東はこの店のウエイトレスに声をかける。

 

「イヨちゃ~ん!そこの皿出しっ…」

「休憩入りまーす」

 

 『イヨちゃん』と呼ばれたウエイトレスは、阪東の言葉に被せるように休憩を宣言する。城乃内が初めてドルーパーに来た時には、すでにイヨはこの店で働いてた。

 彼女はいつでも休みたいときに休憩を入れる、見ていてすがすがしいほどだ。

 

「うん…おつかれー」

 

 そう言ってイヨを見送る阪東の背中は、とても小さく見えた。

 

 

4.

 

 

 城乃内とザックの目の前に、小盛りのカレーが二皿置かれる。インベスとの戦闘や黒影の妨害で疲労は溜まっていたが、戦極ドライバーを長時間使い続けたことで、栄養補給は十分できていた。あと少し休みを摂れば、体のコンディションは万全のずだ。

 

「えっと……一葉ちゃんは本当にこの量でいいのかな……?」

 

 阪東は顔を引きつらせながら、パーティー用の大皿に並々盛られたカレーライスを持ってくる。見たところ、2㎏程の量はありそうだ。

 

「はい!あの、わざわざすいません……」

 

「いや、いいって!いいって!作ったもん食べてもらえるのは料理人冥利に尽きるってもんだよ」

 

 上目づかいで謝る一葉に、阪東は大げさに愛想を振りまくが、彼の目は明らかに笑っていない。城乃内もザックも心なしか一葉から身を引いた。

 

「じゃあ、いたただきます!」

 

 一葉はそういうと目の前のカレーを口に運ぶ。スプーンですくったカレーの量はいたって普通だ。そして、一葉はしっかり噛んでカレーを食べていく。

 

 しかし、大皿に盛り付けられたカレーは信じられないペースで減っていく。

 

 自分たちは手品でも見ているのだろうか。城乃内、ザック、阪東の三人は驚愕に目を合わせる。

 一葉がふと城乃内とザックに目を向けると、二人は自分が震えるのを感じた。

 

「あの…お二人は食べないんですか?」

 

「ああ!食べますよ!なあ!城乃内!」

 

「お、おう!」

 

 一葉はザックと城乃内の言葉に笑顔を返す、今度は阪東に向き直った。

 

「ほんと美味しいですね、このカレー!あとでお代わりしますね!」

 

 一葉のこの言葉に、城乃内はもう考えるのをやめた。

 いざカレーを食べてみるとなんだか懐かしい味だ。ほのかにニンニクが香り、ほくほくとしたジャガイモは、芯にジャガイモ本来の風味を残しつつ、カレーの味がしっかり沁みている。鶏もも肉はじっくり煮込まれ、歯を使わなくても口の中で崩れていく。たまねぎと赤ワインで演出されたコクも申し分ない。

 城乃内が最後にドルーパーズでカレーライスを食べたのは、フェムシンムが全滅した日の晩だった。フェムシンムが全滅しても、クラックは世界全体で発生し続け、そこからインベスもあふれ続けた。

 この先、世界はどうなってしまうのかと不安を募らせながらも、阪東が作ったカレーを食べると不思議と力が湧いた。

 

「じゃあ、俺はシャルモンのケーキ食べようかな」

 

 阪東はそういうと、冷蔵庫にいれたケーキを取りに行く。

 

「ケーキって幾つ持ってきたんでしたっけ…?」

「えーと、全部で7個でしたか…」

 

 一葉は城乃内の返事を聞くと、にっこり笑う。城乃内にはその笑顔が無性に恐ろしかった。

 

「それなら、私の食べる分も残りますね!」

 

 城乃内は笑顔で返すのがやっとだった。

 

 

5.

 

 東南アジア某国、とある財団のパレードが行われている。財団の代表である青年が、パレード用のバスの上の上から観衆に向けて手を振っている。

 観衆は彼に向けて手を振る者、旗を振る者、ひたすら声を上げる者、まさに十人十色だ。

 そんな群衆を、ビルの上からサングラスの越しに物色してる男が二人。二人は暫くパレードの様子を警戒していたが、右耳の無線の声が届くと、そちらに注意を向ける。

 

『目標確認、敵は三人。パインとイチゴ、マンゴーの錠前をそれぞれ持っています。位置はお二人の端末に転送しました。明日の作戦のために銃弾を残す必要があるので、あとはお二人に任せることになります』

 

 無線を聞いた二人組のうちスーツ姿の長身の男が真剣な声でつぶやく。

 

「全部ランクAか。狙撃で数が減ったとは言え、面倒なのが残ったな」

 

 この男、かなり声が渋く顔の彫りも深い。一言で言うと「濃い」。

 

「レイモンドは腕は良いけど、運が悪いのよね」

 

 女性口調のもう一人の男はスーツ姿の男よりもさらに大柄で、虎柄のジャケットと黒いターバン、花柄のシャツと目を引くことこの上ない。

 

『一言多いですよ。敵が変身しました。凰蓮隊長、貴虎、出番です』

 

 無線の声の男が言う通り、端末に示された建物の屋上にはパレード見下ろす3人のアーマードライダーがいた。

 彼らはそれぞれイチゴ、パイン、マンゴーの鎧を纏っており、遠目からもわかるほど財団代表の青年を凝視している。 

 

「どうやら、狙いはあの坊や一人のようね?」

「彼に手出しはさせない。いくぞ」

 

 三人のアーマードライダーが臨戦態勢に入ったのを確認すると、『凰蓮』と呼ばれた虎柄ジャケットの大男はドリアンのロックシードを、『貴虎』と呼ばれたスーツ姿の男はメロンを模したエナジーロックシードをそれぞれ構える。

 

「変身!」

 

 凰蓮は戦極ドライバーに、貴虎はそれをさらに進化させた赤いジューサーのようなドライバー「ゲネシスドライバー」にそれぞれの錠前を装填する。

 

『ドリアンアームズ!Mister…dangerous‼』

『メロンエナジーアームズ!』

 

 二人はそれぞれのアームズを纏い、アーマードライダーに変身する。

 手足にスパイクが施されたスーツに、これまたスパイク付きのドリアンのアームズを纏った姿はまさに全身凶器。華麗なる傭兵、アーマードライダーブラーボ!

 白いスーツに果汁あふれるメロンのアームズを纏ったその姿は美しくも力強い、地上最強のアーマードライダー・斬月・真!

 

 斬月・真は左手に生成されたソニックアローの矢を引き絞り3人のライダーに向けて放つと、ソニックアローからは無数のエネルギー体の矢が一気に発射される。

 臨戦態勢に入っていたアーマードライダーたちは突然の攻撃を食らい無様に転げまわった。

 

Bravo!(ブラーボ)さすがはメロンの君だわ!」

「一気に決めるぞ!」

 

 斬月・真が敵のアーマードライダーたちがいるビルに飛び移り、ブラーボもそれに続く。その距離は20メートルほど離れているが、アーマードライダーの脚力をもってすればこれ位の距離を飛び移ることは造作ない。

 ブラーボは何とか立ち上がった敵のアーマードライダーたちに、双刀のノコギリ型アームズウェポン「ドリノコ」を向けて語り掛ける。

 

「彼をひっ捕まえて、さらし首にでもするつもり?まったくセンスのかけらもない復讐だこと!」

 

「お前たち……復興局のライダーか!?邪魔をするな!」

「我々の問題は貴様等には関係ない!」

 

 ブラーボの挑発に、マンゴーのライダーとパインのライダーが声を荒げる。しかし、そんな声に怯むようなブラーボではない。

 

「そうね……正直あなた達には興味がないわ。用があるのはそのベルトと錠前!」

 

「おとなしく戦極ドライバーとロックシードを渡して投降しろ」

 

 ブラーボの言葉を引き継ぐように斬月・真は敵に投降を呼びかける。

 

「調子に乗るな!」

 

 敵のアーマードライダーたちは斬月・真の通告を拒否して、臨戦態勢にはいる。

 3対2で自分たちが有利だとでも思ったのだろうか、それとも負けると分かったうえでもう後に引けない心境なのか。

 マンゴーのライダーはこん棒型のアームズウェポン「マンゴパニッシャー」を両手で構え、ブラーボ目がけて突進する。あきれるほどに直線的な攻撃だ。

 

「トオォ!!」

 

 ブラーボはマンゴパニッシャーの一撃をかわすと、すれ違いざまにドリノコで相手の背中を切り付ける。

 

「グァッ!!」 

 

 マンゴーのライダーはたまらず地面に転がり、マンゴパニッシャーを手放してしまった。

 

「しまった!」

 

 マンゴーのライダーが自分の武器を拾おうと手を伸ばした瞬間、わき腹にブラーボの蹴りが叩き込まれ、吹き飛ばされる。

 

「ガァッ……!?」

 

「まったく……とんだ素人がベルトを手に入れたものね?」

 

 マンゴパニッシャーを拾い上げながらブラーボは呆れた声を漏らす。

 

「貴様も私を愚弄するか……」

 

「あら、プライドは高いのね?でも、中身のないプライドほどみっともないものはなくてよ?」

 

 ブラーボはマンゴパニッシャーを構え、ファイティングポーズを取ったマンゴーライダーと改めて対峙する。

 

 一方、斬月・真はパインのライダー、そしてイチゴのライダーと対峙していた。

 

「行くぞ!」

 

「ああ!」

 

 パインのライダーが声を張り上げると、イチゴのライダーもそれに応えた。

 パインのライダーが鉄球型のアームズウェポン・パインアイアンを、イチゴのライダーはアームズウェポン・イチゴクナイを、それぞれ斬月・真に向かって投げつける。

 

「……」

 

 斬月・真は二対一の状況だが、全く動じることはない。

 斬月・真はまずパインアイアンの鉄球の手前の鎖部分をキャッチし、鉄球をイチゴクナイの楯替わりに利用する。

 

「フン……!」

 

 イチゴクナイの追撃が終わると、パインアイアンの鎖をソニックアローの刃で両断。鉄球をその場に捨て、ソニックアローの矢を、素早く二人の敵に放った。

 

 二人のライダーが怯むと、斬月・真は一気に距離を詰めて……

 

「ハァアア!!!」

 

 ソニックアローの刃で二人を切り伏せる。

 

「ウァアッ!」

 

 斬月・真は倒れたイチゴのライダーの顔面に下段蹴りを叩きこみ、パインのライダーには上からソニックアローの刃を真一文字に振り下ろした。

 

 

「ガハッ!!」

「つっ、強過ぎる……!!」

 

 二人のライダーは地面に這いながら、苦悶の声を漏らす。

 

 この時点でパインのライダーもイチゴのライダーも自分たちがどれほど恐ろしい敵に歯向かったのか悟った。上半身を何とか起こしたイチゴのライダーが呟く。

 

「まさかコイツ……呉島貴虎か!?」

 

 恐怖に身を震わせる二人のアーマードライダーに、斬月・真は無言でソニックアローの刃を向ける。

 

 斬月・真とブラーボ、アーマードライダーの最強タッグと3人のライダーの決着は近い。

 




凰蓮ファンの皆さん、主任ファンの皆さん、
お待たせしました。

第七話を投稿した後はしばらく投稿できなくなります。


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第七話 『Unperfected World』

3人のアーマードライダーと交戦する、ブラーボと斬月・真。この戦いの行方は果たして……?


 

 東南アジア某国、ブラーボと斬月・真は確実に敵を追い詰めていた。

 ブラーボは奪い取ったマンゴパニッシャーを、マンゴーアームズのライダーに容赦なくも叩き付ける。

 敵がガードを緩めると、ブラーボはその胸部にマンゴーパニッシャーを押し当てる。

 

「ガァっ……!」

 

「まだ、終わりじゃなくてよ?」

 

 ブラーボはマンゴパニッシャーでマンゴーのライダーを空中に持ち上げ、思い切り地面に叩きつけた。

 マンゴーのライダーが地面を転がるのはもう何度目だろうか。強度の強い背中のマントが無傷なのがむしろ痛々しい。

 

「なぜだ…なぜあんな若造一人のために…私はこんな目にっ……」

 

 マンゴーのライダーは、消え入りそうな声でシクシクと泣き言を言った。彼はブラーボの猛攻を受け、最早立つこともままならない。

 

「それはこれからゆっくり考えなさい……そろそろフィナーレにしてあげるわ!」

 

 ブラーボはベルトのカッティングブレードを下す。

 

『ドリアンスカッシュ!』

「エイヤァ―!!」

 

 ブラーボはマンゴパニッシャーを真上に投げると、そこに緑のエネルギーを纏った右足でオーバーヘッドキックを叩き込む。

 マンゴパニッシャーはドリアンのエネルギーを吸収し、本来の持ち主のもとに加速する。

 マンゴーのライダーは胸部にその一撃を受けると、ダメージの許容量を超えたのか強制的に変身が解除される。

 マンゴーのライダーに変身していたスキンヘッドの男はそのまま意識を失った。

 

 斬月・真も二対一の状況にも関わらず敵を圧倒していた。パインのライダーもイチゴのライダーも既に疲弊しており斬月・真のソニックアローによる太刀を一切回避できなくなっている。

 彼らは近距離の戦いから離脱しようと後退すると、斬月・真はソニックアローの矢を容赦なく放つ。

 牽制目的の攻撃だったが、パインのライダーもイチゴのライダーもこの攻撃で地面に倒れこんでしまう。

 斬月・真が二人のライダーを仕留めるのは、最早時間の問題だった。パインのライダーが万策尽きたこの状況にいら立ったのか、生き絶え絶えに叫ぶ。

 

「お前、呉島貴虎だろう!インベス災害一番の戦犯が……正義の味方気取りか……!ふざけるな!」

 

 斬月・真は敵のの罵声には答えず、ベルトのグリップ「シーボルトコンプレッサー」を押し込む。

 

『メロンエナジースカッシュ!』

 

 ベルトから電子音声が鳴り響くのと同時に、斬月・真ソニックアローを右手に持ち替え、必殺の構えをとる。

 

「はあああ!!」

 

 斬月・真は鋭い叫び声を上げながら、ソニックアローを居合切りのように一気に振り抜き、メロンのエネルギー刃を敵の二人に放つ。

 最早戦意を失いかけていた二人のライダーはその攻撃を避けきれず、変身解除と同時に攻撃の衝撃で気絶してしまった。

 

 ブラーボと斬月・真が変身を解除すると無線から声が流れる。

 

『さすがですね。凰蓮隊長、貴虎。今そちらにサイスとアイザックが向かっています。敵の連行は彼らに引き継いでください』

 

「了解よ。レイモンドもお疲れ様。明日も頼むわよ?」

 

『もちろんですよ』

 

 凰蓮とレイモンドの声からは強い信頼関係が感じられる。貴虎は彼らの会話を聞いているだけで、彼らが信頼できる仲間だとつくづく思った。

 そこで、無線を聞いていた財団代表の青年の声が響く。

 

『みんなありがとう!パレードを成功させたいっていうのは僕の我がままなのに……』

 

 青年の名は、シャプール。彼はフェムシンムの侵攻の直前から、財団代表の養子としての立場を活かし、当時マフィアだった組織の健全化を図って奔走している。

 プロジェクト・アークを察知した当時、一部の財団幹部たちは独自のルートで戦極ドライバーとロックシードを入手していた。

 ドライバーと錠前の回収のために、シャプールと貴虎は2年前から協力関係にある。

 貴虎は無線でシャプールに話し掛けた。

 

「敵の襲撃は今日まで不確定だったんだ。止むを得ない。それに、今日は財団とこの国とって記念すべき日になる。君の希望はこの国の希望になりつつあるんだ。それを叶えるための援助は惜しまない」

 

 財団はフェムシンムの侵攻が始まった直後から、災害で発生した怪我人への医療支援や、NPO法人への人材や資金の提供などの人道支援を開始し、現在まで継続してる。

 最初のうちはマフィアと政府の癒着だと非難された。しかし、財団を引き継いだシャプール自ら危険な場所での支援や、現場の視察などの活動に積極的に参加する姿勢が現場の人間から評価を得るようになると、少しずつそうした批判も減っていった。

 今日は財団の功績が認められ、財団の健全化を祝して、この国の大統領やNPO法人の代表などを招いたパレードが行われているのだ。

 

「シャプール、この男たちに見覚えはあるか?」

 

 貴虎はたった今までアーマードライダーに変身して自分たちと戦っていた3人の男たちの姿を携帯端末に映し、シャプールに中継して見せる。

 

『オーガスにロバート、ルドナー。さっきの狙撃された人たちと同じ、財団の健全化のために僕が追放した元幹部だよ』

 

 シャプールの声は重い。普段は明るく天真爛漫、見ているだけで周りを元気にするような青年だが、この数年で血の涙を流す思いで多くの者を切り捨ててきた。

 正しいと信じてやってきたことだが、彼は自らの行いの無慈悲さに常にさいなまれている。

 それでも、貴虎は彼が弱音を吐く姿を見たことがない。彼の強さはどこから来るのだろうか。貴虎がそんなことを考えていると、不意にシャプールが声を漏らす。

 

『オーガスはマンゴーのロックシードを使ったんだ……戒斗と同じだね』

 

「そうか。君は駆紋戒斗と面識があったんだったな」

 

 フェムシンムの侵攻が始まる前、シャプールは沢芽市の視察をしたことがある。

 そこでシャプールは彼の執事をしていたアルフレッドという男に暗殺されるはずだったが、その窮地を救ったのがアーマードライダーバロンの力を持っていた青年、駆紋戒斗だった。

 戒斗の顔はシャプールの顔と瓜二つだった。シャプールが自由に沢芽市の観光をするために、戒斗に変装するという大胆すぎる奇策を考えついてしまうほどよく似ていた。

 

『あと戒斗が使ってたのは…バナナとリンゴのロックシードだっけ?』

 

「……!彼がリンゴのロック―ドを!?」

 

 貴虎とっては初めて聞いた情報だ。

 

『戒斗はついてくるな、って言ったんだけど、どうしても気になって、戒斗とアルフレッドとの戦いを二人から隠れて見ていたんだ。戦いが終わったら、戒斗は自分でリンゴのロックシードを壊してたけどね…』

 

 まだまだ知らない事実がある。貴虎は自分にそう言い聞かせ、気を引き締める。

 

「そうか……ではシャプール、パレードの残りも頑張ってくれ」

 

『うん!じゃあね!』

 

 貴虎は電話を切ると、復興局沢芽本部の桜井から報告が届いていることに気付いた。

 

「沢芽市のクラックの件。進展があったようね。まさか、黒影がうちの坊やの亡くなったはずのお友達だったなんて」

 

 貴虎は、先に資料に目を通していた凰蓮と言葉を交わしながら資料を読みすすめる。

 

「初瀬亮二がインベスになった現場にも、そのインベスがシドに始末される現場にも私は立ち会っている。彼が生きているはずが……」

 

 貴虎は急に言葉を止め、息を飲む。貴虎の顔からは容易に驚愕が見て取れる。

 

Qu’est-ce qui se passce(ケスピスパス)?メロンの君、どうかした?」

「どうして彼女が……」

 

 貴虎は資料に書かれた「初瀬一葉」(はせいちは)という名前を凝視していた。

 

2.

 

 所変わって日本の沢芽市。フルーツパーラー・ドルーパーズでは3人の男女がいた。

 そのうちの一人、ザックはカレーを食べ終えてソファーで寝てしまっている。無理もない、今日は色々なことがあり過ぎた。

 店主の阪東は数分前にイヨを避難所に送り届けるために、城乃内に合鍵を渡して店を出ていった。

 

 復興局が次のクラックの発生時間をマスコミに発表し、市内放送でもその時間の外出を控えるように呼びかけを開始したのだ。

 城乃内はカレーの皿を洗い終えると、食後のコーヒーを飲んでいる一葉の目の前にシャルモンケーキが入った箱を差し出す。

 

「一葉さん、よかったら、好きなケーキ食べてください」

 

「えっと、じゃあ……コレいただきます。サクランボ、好きなので」

 

 一葉が選んだケーキを見て、城乃内は顔を強張らせる。

 そのケーキは初瀬亮二が生前ドルーパーズでよく食べていた、サクランボのパフェをイメージして城乃内が考案したものだった。

 このケーキを考案したときには初瀬はこの世を去っており、彼がこのケーキを口にすることはなかった。

 姉弟だと好物も似てくるものなのだろうか。そんな月並みな感想を口に出すこともなく、城乃内は一葉を見ていた。

 

「……っ!?」

 

 一葉はケーキを口に入れると目を見開いた。

 ケーキの生地は舌に乗せただけでほどけ、噛んだ瞬間にサクランボの果汁があふれ出す。

 果汁は一瞬で消え口の中いっぱいにさわやかなサクランボの香りが吹き抜ける。自分がいつケーキを飲み込んだのかもわからない。

 一葉は口の中に残ったサクランボの余韻にしばらく浸っていた。 

 

「美味しいです。えっ、ていうか想像してた味と全然違う。なんですかこれ……」

 

 一葉が満面の笑顔で城乃内の顔を見ると、当の城乃内はどこか遠くを見るような目をしてる。

 

「どうかしました?」

 

「あっ……いえ。気に入ってもらえてよかったです。そのケーキ、初瀬ちゃんがこの店でよく食べてたサクランボのパフェをイメージして作ったんですよ」

 

 城乃内は言うべきか迷ったが、結局このケーキの由来を語った。

 

「……そういえば、子供の時はよくサクランボを取り合ったっけ……」

 

 一葉はそういうと、再びケーキに目を向ける。

 今度はサクランボがたっぷりと乗ったケーキをフォークで大きく切り分けて、口いっぱいに頬張る。

 相変わらず笑顔だが、その顔はどこか切なそうでもあった。一葉は城乃内が差し出した紅茶を飲むと、呟くように語りだす。

 

「亮二はあんまり食べる方じゃないんですけど、サクランボを食べるときは、よく私の分まで横取りして、喧嘩になって…今思うと、本当に下らないですけど・・・」

 

 そりゃ、あなたに比べたらみんな小食ですよ。そんなことを言う度胸は城乃内にはない。

 城乃内が何も言わないでいると、一葉の愚痴は続く。

 

「考えてみれば、亮二はいつも身勝手なんですよ。子供の頃には近所の工場から廃材勝手にとってきて、そこの社長がうちに怒鳴り込んできたこともありますし…両親が他界した後だって、亮二の高校の卒業式に私が出席しても結局すっぽかすし、ほんとアイツはいつも……」 

 

「なんか、初瀬ちゃんらしいですね。俺も勝手にバイトのヘルプに入れられたり、無理やり説明会に行かされたりしましたよ」 

 

「えっ!なんかごめんなさい……」

 

 一葉は謝ったが、今の城乃内にとっては、その思い出すら愛おしい。

 

「振り回される側は溜まったもんじゃないんですよね。でも、やりたいことやってるって感じで……ちょっとうらやましかったな」

 

 城乃内がしみじみというと、一葉も愚痴が湧いてきたのか口を尖らせる。

 

「今だって全然何も言ってくれないし……ほんとにあのバカは……」

 

 一葉は言葉を詰まらせながら、何かに思い当たったように表情を変える。

 

「本当に死んだんですかね……亮二は」

 

「えっ?」

 

「だって、今日もインベスと戦って…城乃内さんだって見ましたよね!?」

 

「でも、復興局の人が初瀬ちゃんは死んだって……」

 

「城乃内さんはそれを見たわけじゃないんですよね?」

 

「そりゃそうですけど……」

 

 一葉の顔はいたって本気だ。とても軽くあしらえる雰囲気ではない。

 

「死んだ人間が話せて、戦えるなんて…おかしいじゃないですか。でも、本当は死んでいなかったとしたら……」

 

 そう言うと一葉は立ち上がる。いつの間にか皿の上のケーキはなくなっていた。

 

「あの、一葉さん?」

 

「呉島光実に真相を確かめます。もしユグドラシルが何かを隠してて、今度こそ亮二を消そうとしているなら、何とかして止めないと!」

 

「落ち着いてください!ユグドラシルは潰れたんです。もう、彼らには何かを隠す必要も、隠し通す力もありませんよ」

 

「いるじゃないですか!まだ、守るべき立場も力も持っている人間が……」

 

 一葉が誰のことを言っているのかは、容易に想像がついた。

 

「まさか……」

 

「復興局局長、呉島貴虎。そしてその弟、呉島光実…彼らならやりかねませんよ。事実、呉島光実は亮二を捕まえようとしたじゃないですか!」

 

 そんなはずはない。一葉は手っ取り早く悪役を誰かに押し付けたいだけだ。城乃内はそう考えながらも、初瀬が本当に死んでいないなら…そんな想像をしてしまう。

 

「今、私と亮二の味方になってくれるのは城乃内さんだけなんです!お願いです。力を貸してください……」

 

 一葉の懇願を跳ねつけるだけの気力は、もう城乃内には残っていなかった。

 

「ミッチに話を聞くだけですよ。アイツが、初瀬ちゃんを抹殺しようとしているなんて思い込みだけは絶対に言わないで下さい」

 

「……わかりました」

 

 一葉は少しだけ不満そうだが、城乃内もこれ以上譲歩することはできない。二人はソファーで寝ているザックを起こして阪東に店を出ることを電話で伝えると、彼を連れてドルーパーズを後にした。

 

 

3.

 

 沢芽警察署の捜査本部の時計は7時半を回っていた。

 桜井はたった今仕入れた情報を光実に伝える。

 

「戦極凌馬のパソコンの解析だが、12時まで待ってほしいということだ」

 

「そうですか……」

 

 光実はいつの間にか用意されたパイプ椅子に座りこむ。平静を装ってもは苛立ちを隠せない。そんな彼に、桜井は一枚の紙を差し出す。

 

「今朝、東京の聖都大学付属病院が提出した失踪届だ」 

 

 失踪者の欄を見ると光実は目を細める。そんな彼に、桜井は話を続ける。

 

「局長の報告通り、初瀬一葉は3年前にインベスに襲われて以来寝たきりだった。襲われたときに植え付けられたヘルヘイムの胞子の除去の目処は、未だに立っていないそうだ。そんな彼女が昨夜、病室から姿を消したらしい」

 

 貴虎からの連絡で、初瀬一葉が植物状態だったことは、光実を初め捜査本部の全員が知っている。

 いままで植物状態だった彼女が、急に失踪したのはどういうわけか。

 光実が頭の中で情報を整理していると、自分のスマートフォンが振動しているのに気付く。

 城乃内からの電話だった。光実はすぐに電話に出た。

 

「どうかした?」

 

『一葉さんが初瀬ちゃんについて聞きたいことがあるらしいんだ。今から沢芽警察署に行っていいか?ザックも一緒に』

 

 光実は少し黙り込むがすぐに口を開く。

 

「わかった。警察署に着いたら受付で待ってて」

 

 光実は電話を切ると前のめりになって、吐き捨てるように呟く。

 

「初瀬一葉、あなたはいったい何者なんだ……!」

 

 




第7話、いかがでしたでしょうか?
次回本編を投稿できるのは8月頃になると思います。
続きを楽しみにしている方がいましたら、申し訳ありません。
皆さんの感想もお待ちしています。


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第八話 『Point Of No Return』

沢芽警察署に向かう城乃内とザック、そして一葉(いちは)。一方、彼らを待つ光実と桜井は……


1.

 

 電話を切った後、すぐに光実は電話の内容を桜井に伝える。

 

「城乃内たちが来るそうです。初瀬一葉(はせいちは)も一緒に……一応、受付で待つように言っておきました」

 

「初瀬一葉の狙いが分からない以上、彼女を問いただすのは得策じゃないな……」

 

 捜査本部の判断で一葉には既に見張りがついている。しかし、事情を知らないアーマードライダーの二人を捜査本部に連れてきて事情を説明しなくてはならない。

 一葉の現状が分かっていない以上アーマードライダーと彼女を引き離して、警察署内で遠巻きから監視するというのは危険だ。

 誰かが近くで彼女を監視できないか。そう考えていた光実と桜井の目の前に、ちょうどいい人物が現れた。

 

「真倉君、ちょっと来てくれるかな?」

 

「なんですか?」

 

 桜井に呼び止められた真倉はあからさまに不機嫌になる。ここまで気持ちが表にでる人間も珍しい。

 こういう人間ほど交渉相手としては抱き込みやすい。光実は少しだけ口元を緩ませる。

 

 

「初瀬一葉の顔、知ってるよね?もう少しで受付に来るみたいなんだが、彼女を監視してもらえるかな?」

 

「自分地域課ですよ?なんでそんな刑事みたいなことしなきゃならないんですか!」

 

 桜井の申し入れに、真倉は即座に異を唱える。真倉が言葉をつづける前に光実が口を挟む。

 

「警備課の人や刑事と違って、警戒されずに近くで監視できるからですよ。堂々と護衛だと言えば良いんです。植物状態だった件がなくても、彼女は東京で初瀬亮二と接触したと言っているんですよ?彼女が事件にどう巻き込まれているか分からないから、身の安全を確保したいと言えば良いんですよ。上には僕たちから話しておきます」

 

「はぁっ!?」

 

 光実の言葉に、真倉は明らかにいら立っている。冷静さを欠いているなら、もう丸め込むのは容易い。そこで桜井が話を少しそらす。

 

「須藤から聞いたよ?君優秀らしいじゃない」

 

「あの人の勝手に振り回されてるだけです!自分は地域課で、退官まで平和にしたいんですよ」

 

「やってくれないと。君を彼と同じ刑事課に推薦しちゃうよ?」

 

 桜井は急に無表情になって、真倉に詰め寄る。光実は逆に背もたれに寄りかかって、言葉をつないだ。

 

「そういうお話を跳ねつけると、今の職場には居づらくなるでしょうね?」

 

 桜井も光実も、恐ろしいほどに無表情だ。真倉は背筋が寒くなるのを感じた。

 

「やりますよ……やりゃぁいんでしょ!」

 

 真倉は半ばやけくそ気味に、復興局コンビの依頼を引き受けた。

 

 

2.

 

 真倉への脅迫が終わったころ、城乃内、ザック、一葉の三人は二度沢芽警察署に足を踏み入れた。

 昼間よりも人の往来が激しい。元々警察署は日中よりも夜間の方が騒がしいのだが、時々警察官同士の言い争いも聞こえる。恐らく近くの警察署や県警本部からも応援が来ているのだろう。外の寒さとは打って変わって署内は熱気で満ちている。

 受付を終えると城乃内は思わず声を漏らす。

 

「なんか、蒸し暑いですね……」

 

「上着、いったんお持ちしましょうか?」

 

 一葉は気を利かせたのか暑さに顔をしかめた城乃内に声をかける。

 

「あっ……じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「お前よくそんなんでパティシエやってられるな?厨房の暑さってってこんなもんじゃないだろう?」

 

 城乃内が自分のダウンコートを脱いで一葉に渡すと、ザックが涼しい顔で彼をからかう。

 

「仕事するときはそういうの感じなくなるんだよ!」

 

「さすが全国洋菓子コンクールで1位に輝いたパティシエ!言うことが違うな~」

 

「お前絶対バカにしてるだろ……!」

 

 城乃内がザックにガンを飛ばすが、はっきり言って全く怖くない。一葉は思わず笑いを漏らした。

 

「なんで笑ってんですか!?」

 

 城乃内が今度は一葉に突っかかると、一葉は笑いながら答える。

 

「すいません……顔が面白くて……」

 

 沈黙する城乃内、腹を抱えて笑うザック、なお笑い続ける一葉。

 殺伐とした沢芽警察署で、この三人だけが完全に浮いている。

 

「あの……警察署であんまり騒がないでね」

 

 その声に城乃内たちが振り返ると、そこには苦笑いを浮かべた光実がいた。後ろには真倉もいる。

 

「おうミッチ!」

 

「待たせてごめんね」

 

 光実はザックの軽い挨拶に答えると、一葉に顔を向ける。

 

「ところで、お話って何ですか?」

 

 一葉は先ほどとは打って変わって、真剣な顔を光実に向ける。ほとんど睨みつけているといってもいい。

 

「あの……亮二は本当に一度死んだんですか?」

 

「はい。確かです」

 

 光実が手短に答えるが、一葉もこのまま引くつもりはないようだ。

 

「今日二回も亮二を見ました。あなたも見ましたよね?亮二が死んでたらそんなことありえないはずです」

 

 一葉の口調がだんだんとキツくなる。彼女の態度に耐えかね、城乃内が口を挟む。

 

「なんか、初瀬ちゃんが亡くなった証拠とかはないの?」

 

「現場の映像が残ってるんだ」

 

 光実の答えに、城乃内も(まゆ)(ひそ)める。そんな映像があるというのは初耳だった。

 

「映像?」

 

「町の防犯カメラとユグドラシルの調査班が記録した映像だよ。初瀬亮二さんがインベスになった瞬間も、彼がユグドラシルの人間に……倒された現場も写されていた」

 

「殺されたんです!」

 

 一葉は光実の目を見据えて言い放つが、光実はそれに構わず話を続ける。

 

「だから彼が亡くなっていることは間違いありません」

 

 この言葉を聞くと、一葉は光実に詰め寄る。

 

「その映像、私に見せてください」

 

 今度は光実が一葉を見据える。城乃内はこの状況に違和感を覚えた。昼までと異なり、今の光実からはわずかに一葉に対する敵意が感じられる。

 

「できません。映像は復興局の機密情報です」

 

「アナタ達には私に見せる義務があるはずです」

 

 一葉は語気を強めて光実を睨みつけ、光実もその目を見返す。先に目をそらしたのは光実だった。

 

「うちの情報管理課に問い合わせてデータを送らせます。説得に時間がかかるので少し待っていてください。それから…」

 

 光実は今度は、城乃内とザックに目を向ける。

 

「城乃内とザックには捜査本部に来てもうよ。現状を把握してもらいたい」

 

「おう……」

 

「わかった」

 

 城乃内とザックは急に話を振られ、戸惑いながらも返事を返す。

 

「なら私もっ…」

 

「事件関係者の親族とは言え一般人を捜査本部に入れることはできません。初瀬さんはさっきの小会議室で待っていてもらいます」

 

 光実は一葉の申し入れを即座に却下する。

 

「…わかりました」

 

 一葉は光実から城乃内に視線を向け、預かっていたダウンコートを差し出す。城乃内が受け取ろうとすると、一葉は城乃内のシャツの袖をそっと掴んだ。

 

「一葉さん?」

 

「亮二のこと、お願いします……!」

 

 一葉は少しうつむきながら弱弱しく呟いた。

 

「……はい!」

 

 城乃内がそういうと、一葉は彼に深く頭を下げる。

 

「ご一緒します」

 

 そのまま小会議室に向かおうとする一葉に、真倉が声をかける。一葉は即座に光実に目を向けた。

 

「真倉さんはあなたの護衛役です。あなたはこの事件に何らかの形で巻き込まれている可能性があります。沢芽市のインベスの駆除に手を焼いているはずの弟さんがわざわざ様子を伺うくらいですからね。念の為に安全の確保をしたいという捜査本部の意向です」

 

「じゃあ…お願いします」

 

 光実の説明を受けて、一葉は事務的に真倉に頭を下げる。真倉も軽く頭を下げ一葉を再び小会議室に案内する。

 

「僕たちも行こうか」

 

 まだ戸惑っている様子の城乃内とザックを連れ、光実は捜査本部に向かって歩き出した。

 

3.

 

 城乃内たちが捜査本部に入ると、その雰囲気は異様だった。パソコンが大量に置かれており、人の往来も激しい。タバコと汗の匂いが充満していて、むさ苦しい。

 桜井がいるデスクに着くと、光実は単刀直入に話を始めた。

 

「この事件では不確定要素が4つある。1つ目は、一昨日からクラックを沢芽市に作り続ける存在。2つ目は、死んだはずなのにクラックの発生場所に現れる初瀬亮二。3つめは彼にドライバーやロックシードを提供している存在。そして最後が、初瀬一葉だ」

 

「やっぱりか……」

 

 光実の話を聞いていた城乃内が声を漏らした。

 

「さっきからミッチの一葉さんへの態度、変だと思ってたんだ。で?なんで一葉さんが不確定要素なんだ?」

 

 ザックも城乃内と同じことを感じていたのか、光実に目で話の続きを促す。

 

「さっき、貴虎兄さんから報告があった。彼女は3年前のフェムシンムの侵攻の時にインベスに襲われて以来、植物状態だったらしい。城乃内に見せてもらった名刺の会社に問い合わせても、契約は去年打ち切りになったと言われたよ。おまけに今朝方、初瀬一葉が入院していた病院が彼女の失踪届を警察に提出している」

 

「どういうことだよ……!」

 

 ザックが驚愕の声を漏らすが、この場で一番驚いているのは城乃内だった。

 城乃内が衝撃に言葉を失っていると、光実が話を続ける。

 

「今は真相を知るための情報が集まっていない。真倉さんに見張り役を頼んだから、今のところ彼女については保留だ」

 

「保留って……そんなの本人に直接聞けばいいだろ!」

 

 光実の見解に城乃内が嚙みつくが、それでも光実は動じない。

 

「彼女は会社帰りに初瀬亮二に着けられていた、なんて嘘をついた。つまり、僕たちを騙して何かしようとしてる。彼女の手札がわかっていない状況でヘタにつつけば、せっかくの手がかりを失う可能性もある」

 

 城乃内が押し黙ると、光実は説明を再開する。

 

「そこで今、警察と復興局が探している手掛かりが二つある。一つめはクラックを作っている元凶について。もし僕の推測が当たっているなら、僕たちの出る幕じゃないけどね」

 

「今回の黒幕の目星がついているのか?」

 

 ザックが期待の目を向けると、光実はうなずいてそれに答える。

 

「まだ裏付けはないけどクラックを開いているのはリンゴのロックシードの所有者、もしくは過去に使用した者だと思う」

 

「リンゴのロックシードって、戦極凌馬が作った知恵の実の模造品だったよな?」

 

 城乃内はメガネの位置を指先で軽く直すと、光実に確認を取る。

 

「そう。犯人はクラックの発生場所は選べても、発生時間は自由に選べていない。可能性は二つ。一つは犯人が知恵の実の力を引き出せていない可能性。でも、そもそも資質のないものが知恵の実の力を手に入れることはできない。戦極凌馬がそうだったようにね。もう一つの可能性は、知恵の実そのものが不完全なものである可能性。つまり犯人の力がリンゴロックシードのような知恵の実の模造品か、紘汰さんが持ってた極ロックシードのように知恵の実の欠片によるものかなんだ。もし黒幕がリンゴロックシードの力を持つ者なら、戦極凌馬のパソコンから犯人を示す証拠が見つかるかもしれない」

 

「見つからなかったらどうするんだ?」

 

 城乃内の問いかけに、光実は即座に答える。

 

「防犯カメラに初瀬亮二と一緒に写ってたりしたら話は別だけど、現時点で洗い出すのは困難だろうね」

 

「その二つの他に本当に可能性はないのか?」

 

 今度はザックが疑問の声を上げた。

 

「前例のない仮説を立てることはいくらでも出来るよ。でも今は最も可能性のある仮説の裏付けをする方が効率的だ」

 

 光実の話を聞いても、城乃内はあまり釈然としない。ロックシードやヘルヘイムの専門的な知識がないのだから当然かもしれないが、疑問が次々に出てくる。

 

「前例って言っても、リンゴロックシードの起動実験で狗道供界は暴発で消滅したんだろ?」

 

「貴虎兄さんの報告ではかつて他のリンゴロックシードの使用者が自在にクラックを開いていたらしい。駆紋戒斗についてもオーバーロードになるより前にリンゴロックシードを使用していたことが分かったんだ」

 

「戒斗が……?」

 

 ザックが声を漏らす。

 

──今日は知らなったことが、随分日の目を見る日だな……──

 城乃内はどこか他人事のようにそう思った。

 

「狗道供界の前例から分かる通り、リンゴロックシードは使用者の肉体に大きな影響を及ぼす。貴虎兄さんが遭遇したリンゴロック―ドの使用者も、後にヘルヘイムの植物の成分に毒されて遺体で発見されたんだ。戒斗がオーバーロードになった後にクラックを自在に開けるようになったのも、リンゴロックシードの影響が身体に残っていたからだと考えればつじつまが合う」

 

「でも、そんなにリンゴロックシードを使った人間がいるなら洗い出すのも時間がかかるんじゃないか?」

 

 ザックが光実に疑問を投げかける。

──この男は本当にこの説明についていけているのだろうか。──

 城乃内はいぶかしがりながら光実の話に聞き入る。

 

「黒の菩提樹の一件の時に、戦極凌馬のビデオレターは見たよね?彼はリンゴロックシードの量産やバージョンアップには否定的だった。彼が製造したリンゴロックシードは必要最小限の数だと思うんだ。だから、もし今回の一件の黒幕がリンゴロックシードの使用者なら、戦極凌馬のパソコンのデータに手掛かりがあるはずだ」

 

「だから俺たちに出る幕はないってことか…」

 

 城乃内は光実の話を理解できているような気になってきた。それが自分でも不思議で仕方ない。

 

「いま復興局で戦極凌馬のパソコンを解析して、リンゴロックシードのファイルを探しているんだ。相変わらず、セキュリティを突破するのに手間取ってるけどね」

 

 光実はそこで少し息を呑み、顔を少し険しくする。

 

「もう一つの手掛かりが初瀬亮二だ。彼は一度死んだはずなのに蘇ってインベスと戦っている。つまり、狗道供界と同じだ。クラックを開いているのがリンゴロックシードの持ち主なら、その第一候補は間違いなく彼だ」

 

「初瀬ちゃんはインベスと戦ってたんだぞ!?そもそも…クラックを開いて何の得があるんだ!?」

 

「それはまだ判断できないよ。いずれにしろ、彼が重要参考人であることは間違いない。彼の話を聞ければ事件の全容の解明は一気に進む。そして、初瀬亮二を見つけるには警察の人海戦術で探すのが一番効率的だ。彼が見つかり次第、僕たちアーマードライダーが出動して彼の身柄を拘束する」

 

「身柄を拘束って…」

 

 城乃内は自分の仲間が一体何を言っているのか、今度こそ見失いそうになる。

 

「彼が抵抗するようなら、多少手荒な真似をすることになるだろうね」

 

 城乃内も我慢の限界だった。無意識に自分の中から叫び声があふれ出る。

 

「だから……!いくら何でもやりすぎだって言ってるだろ!」

 

「僕は本気でこの町の人たちを守りたいんだ!」

 

 光実も声を荒げて、城乃内に詰め寄る。

 

「君はなんの為にココにいるの?初瀬亮二を救うため?悪いけど、僕はこの町を救うために君をココに呼んだんだ。それに協力できないなら今すぐベルトを置いてこの部屋から出て!」

 

 城乃内と光実は、しばらく無言でにらみ合った。

 気付くと、この部屋の全員が二人に視線を送っている。

 城乃内は周囲の視線には構わず、光実の目をジッと見つめて口を開いた。

 

「…わかったよ。俺だってもう犠牲者を出したくない」

 

 言葉とは裏腹に、城乃内は光実を睨み続ける。今ここを追い出されたら初瀬を救うこともできない。

──今は、光実に従うしかないのか。──

 城乃内は自分の無力さに毒づいた。

 

「いざとなったら君も初瀬亮二と戦う。約束できる?」

 

「ああ…その時は俺も初瀬ちゃんと戦う」

 

 城乃内がそう答えると、光実の携帯が鳴った。光実は少し携帯を操作して、眉を顰める。

 

「復興局から初瀬亮二が亡くなったときの映像が届いた、一葉さんにそれを伝えに行く」

 

──あれ?交渉に時間がかかるって言ってなかったか?──

 城乃内がそう言おうとすると光実が睨んでくる。

 城乃内は軽くため息を吐き、光実に続いて捜査本部を後にした。

 

4.

 

 城乃内と光実、ザック、桜井が小会議室の前に着くと、目の前の通路から一葉と真倉が部屋にやってきた。一葉は目の周りを赤くしている。明らかに泣いた後の顔だ。

 

「何かあったんですか…?」

 

「なんでもありません」

 

 城乃内の問いかけに、一葉は目も合わせずにはぐらかす。

──いったい何があった……?──

 城乃内は困惑しながらも、小会議室に入る一葉に続く。全員が部屋に入ると光実は自分の鞄からタブレットを取り出した。

 

「今から映像をお見せします。初めに言っておきますが、映像をあなたのメディアに移したりすることはできません」

 

 光実は一葉の様子を観察しながら声をかける。

 

「構いません」

 

 一葉がそう返事をすると、光実はタブレットを操作して動画の再生を始めた。城乃内も思わず画面を覗き込む。

 城乃内につられて画面を見たザックは目を見開き、呟いた。

 

「戒斗、紘汰…」

 

 画面にはが三人のアーマードライダーが写っている。一人は呉島貴虎が変身した斬月・真。

 他の二人はオレンジのアームズを纏ったアーマードライダー・鎧武、バナナのアームズを纏ったライダー・バロン。当時ビートライダーズとして活動していた葛葉紘汰と駆紋戒斗が変身したライダーだ。

 カメラは三人のライダーを捉えているが彼らとは別の方向から声が響く。

 

『もう一度俺に力を……!』

 

 初瀬の声だ。カメラはその声が聞こえたであろう方向に焦点を合わせズームする。初瀬はヘルヘイムの果実を貪っていた。その目は焦点が定まっておらず、初瀬の精神は既に満身創痍の状態であることがうかがえる。

 

「初瀬ちゃん……」

 

『おい!吐き出せ!』

 

 斬月・真の叫びも無虚しく、初瀬の体は緑の閃光を放ち、ヘルヘイムの弦が彼の身体を覆う。

 初瀬が姿を変えたインベスは黄土色の頭部、緑の胴体、白い下半身をもっていた。

 その姿はどこかいびつで「怪物」という言葉が城乃内の頭をよぎる。

 

『手遅れか……』

 

 斬月・真はソニックアローを構え、初瀬が鳴り果てたインベスに向ける。そこで真っ先に動き出したのが、鎧武だった。鎧武はソニックアローを構える斬月・真の腕を押さえつけて言った。

 

『そんな武器で撃ったら死んじまうぞ!?』

 

『当然だ!殺さないでどうする』

 

 攻撃を阻止した鎧武に斬月・真は激高する。一葉は画面を見ながら手をきつく握りしめた。

 斬月・真はその場から逃走するインベスを追跡しようとするが、鎧武とバロンがその道を阻む。

 二人のアーマードライダーに斬月・真は言い放つ。

 

『あれはもう人間じゃない。人を襲う怪物だ』

 

「違う……怪物なんかじゃないッ……!」

 

 一葉がそう呟くのと同時に、映像の場面が変わった。

 噴水のある広場で、初瀬が変貌したインベスとサクランボの鎧を纏った暗い緑のライドウェアのアーマードライダーが対峙している。

 サクランボのライダーは、左手に持ったソニックアローの刃でインベスに切りかかった。インベスはアーマードライダーの攻撃をほとんどよけることができない。力の差は画面越しにも明らかだった。

 クランボのライダーの攻撃には一切の容赦がない。仮面の下でどんな表情をしているのか直接見ることはできないが、インベスをいたぶるのを楽しんでいるようにさえ見える。

 

「やめろ……」

 

 城乃内は震える声でそう言った。

 しかし、彼の願いが映像に反映するはずもなく、サクランボのアーマードライダーの蹂躙は続く。インベスが弱り果てて跪くと、アーマードライダーはソニックアローを引き絞り、非情に矢を放った。

 矢に貫かれたインベスからは巨大なサクランボのようなエネルギー体が生える。サクランボの実はインベスを挟み撃ち、その攻撃を受けたインベスはたちまち爆散する。爆散したインベスはその亡骸も残らない。

 

そこで光実が動画を止めようとタブレットに手を伸ばすが、一葉の手がそれを制する。

 

 サクランボのライダーが変身を解除すると全身怪しげな黒い服を着た男が現れた。

黒いハットを飄々といじるその男の態度からは、人ひとりを殺した罪悪感は一切感じられない。

 

「シド……!」

 

 城乃内が「シド」と呼んだ男は決して大きな声ではないが確かにこういった。

 

『人を襲う化け物を始末したんだぜ?これはいわゆる正義ってやつだろ?』

 

この言葉を聞くと一葉が手を下す。そこでようやく光実は動画を停止した。

 

「これがあなたたちの正義ですか……」

 

 一葉は冷たく刺すような声で光実に問う。光実が何も言うことができないでいるとさらに言葉を続ける。

 

「もしまた亮二がインベスになったら、あなたはこの男と同じことをするんですか」

 

「…はい。そのときは彼を処分します」

 

 光実はわずかにためらったが、はっきりと答える。

 

「あなたたちがどういう人間か、よくわかりました」

 

 一葉はそういうと部屋を出ていった。

 

「ちょっと……一葉さん!?」

 

 城乃内も初めてみる初瀬の死にざまに怒りとも悔しさともわからない感情を抱いていた。

 一葉が部屋を出ていったことでようやく城乃内は我に返る。廊下に出ると一葉の背中が見える。

 

「一葉さん!どこ行くんですか」

 

「城乃内さんはどうするんですか……」

 

 一葉は背を向けたままか細い声で城乃内に問いかける。

 

「えっ……?」

 

「城乃内さんも、亮二を無理矢理捕まえて……殺すんですか!」

 

背中越しにも一葉が震えているのが分かる。しかし彼女はいったい何を言っているのだろう。城乃内が混乱して何も答えることができずにいると、一葉は城乃内に向き直る。

彼の目の前まで歩み寄ると、一葉は城乃内が手で抱えているのダウンコートの内ポケットに乱暴に手を突っ込んだ。

 

「一葉さんっ!?」

「……ごめんなさい」

 

そういってポケットから引き抜かれた一葉の手の中にあったのは見覚えのない小さな携帯端末だった。「通話中」の表示と一葉の名刺に書いてあった電話番号がディスプレイに写っているのを見た瞬間、城乃内は頭の中がかき乱されるような感覚に襲われる。

 

「……っ!?」

 

ダウンコートを自分に渡したときの一葉の様子、捜査本部で光実に言った自分の言葉、小会議室の前で見た一葉の泣きはらした顔、すべての記憶が走馬灯のように城乃内の頭を駆け巡った。

 

           『私と亮二の味方になってくれるのは城乃内さんだけなんです!

 

 

『亮二のこと、お願いします…』

       

            『ああ…その時は俺も初瀬ちゃんと戦う』

 

『なんでもありません』

 

              『城乃内さんも亮二を無理矢理捕まえて…殺すんですか!』

── 一葉に話を聞かれた。彼女はどこまで知ってる?一体どこまであの話を聞いた?様々な言葉が思い浮かんでは消えていく。

 

「一葉さんっ…」

 

「信じてたのに……」

 

 城乃内がやっとの思いでしぼりだした言葉に返されたのは、拒絶だった。

 一葉は、今まで一度も見せたことがない目で城乃内を見据えている。その目に秘められた感情は、失望だろうか、悲しみだろうか、怒りだろうか。

言葉を失っている城乃内に、一葉は言葉を続けた。

 

「騙したことは謝ります…でも、城乃内さんが一番卑怯です!」

 

 一葉はそれだけ言うと走り出す。真倉も彼女を追って走り出したことがなんとなくわかる。城乃内はただ呆然と立ち尽くしていた。

 

5.

 

 時刻が十一時を回ったころ、沢芽市ではにわか雨が降っていた。真倉から逃げ切った一葉は、雨宿りのために屋根のある裏通りを一人歩いていた。雨が降っているのに屋根があるせいか、自分の足音が響いて聞こえる。しかし、突然自分のモノとは別の足音が響いた。

 

「亮二ね。探したよ」

 

 一葉が振り返ると、そこには警察と復興局から逃げているはずの弟、初瀬亮二が佇んでいる。

 

「よくわかったな」

 

「わかるよ。何年一緒に暮らしたと思ってるの?」

 

 初瀬の後ろには限定クラックが開いており、その奥にはチューリップホッパーが待機している。

 

「今は何も言えねぇけど、とにかく入れよ」

 

「……うん」

 

 一葉がクラックを通ると、周囲には不思議な植物で覆われた森が広がっていた。一葉が周りを見回している間に、弟の亮二は彼女を追い越して歩いていく。

 いつの間にか、ロックビークルは錠前の形に戻り初瀬の左手に握られていた。

 

「遅れるなよ?」

 

 亮二がそういって振り返ろうとすると、一葉は彼を背中から抱きしめた。

 

「姉貴……?」

 

「何も言いたくないならそれでもいいよ。あなたは私が守る。今度こそ、何があっても!」

 

「いいから離れろよ……」

 

 初瀬が迷惑そうに一葉の手を振りほどこうとしていると後ろから足音が聞こえる。二人が振り返ると5体のインベスが二人に迫ってきていた。

 

「インベス……!」

 

「姉貴はさがってろ!」

 

 戦極ドライバーを装着した弟を他所に一葉は足元に落ちている太い木の枝を拾い上げる。

 

「おい!姉貴、よせ!」

 

 亮二の制止を無視して一葉はインベス軍団に向かって走りだした。

 

「やああああ!」

 

 赤いライオンインベスに枝の一撃を振るうも、まったくダメージは見られない。

 ライオンインベスに反撃の拳が一葉を襲う。しかし、その拳が一葉にあたる前に、初瀬の飛び蹴りがライオンインベスを吹き飛ばしてた。

 

「姉ちゃんじゃ無理だ!下がってろ!」

 

 一葉は目を充血させながら、弟の目を見据える。

 

「もう二度とあなたを一人ぼっちにしないって決めたの!あなたは私に残されたたった一人の家族だから…」

 

 初瀬は一葉に駆け寄り、あきらめたように顔を下げた。

 初瀬が一葉の腹部に手をかざすとゲネシスドライバーが一葉の腰周りに生成される。

 

「亮二……?あなた一体……」

 

「話はあとだ。それよりも姉ちゃん、無茶するなよ。死んだら許さねぇからな」

 

 初瀬はそういうとゲネシスコアが付いたマツボックリエナジーロックシードを手渡す。一葉はそれを受け取ると、微かに笑みを浮かべて答える。

 

「言ったでしょ?もうあなたを一人にはしない」

 

 一葉の言葉に、初瀬は口元を強張らせる。

 初瀬は何かを振り切るように、声を張り上げた。

 

「うっし!じゃぁいくか!」

 

 二人は錠前を解錠しながら声を揃え、叫ぶ。

 

「変身!」

 

 初瀬は戦極ドライバーにロックシードをセットし、ブレードを倒す。

 一葉もゲネシスコアごとロックシードをドライバーにはめ、上がった錠前のハンガーを下しシーボルトコンプレッサーを押し込んだ。

 

『マツボックリアームズ!一撃!インザシャドー!』

 

『マツボックリエナジーアームズ!ハッ!ヨイショッ!ワッショイ!』

 

 ベルト以外は全く同じ姿をした二人の黒影の変身が完了すると、弟の黒影がインベスに啖呵を切る。

 

「俺はアーマードライダー黒影!そして、こいつは『黒影・真』!」

 

「『こいつ』って……『お姉さん』でしょ!」

 

 血を分けた二人の黒影がインベス達の前に並び立った。

 

 




続きを待ってくれていた皆様、本当にありがとうございます。物語も後半を迎え、タイトル通り後戻りの出来ない状況になって来ました。
 この先、城乃内がどんな選択をしていくのか、どうか見届けて頂きたいです。


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第九話 『Lights of my wish』

初瀬一葉は弟・亮二と合流し、黒影・真に変身した。一方、一葉を追う光実は……


1.

 

 夜の11時過ぎ、沢芽警察署内は騒然としている。何人もの警察官が捜査本部に出入りし、無線の中継をする係員は常に稼働体制でパンク寸前だった。

 桜井も光実も必死に流れてくる無線の音に聞き入っている。そこに、須藤が雨に濡れたレインコートを携えて戻ってきた。

 須藤はレインコートを椅子に投げ捨て、桜井に声をかける。

 

「全く、署内にいたマルタイを取り逃がした真倉も懲戒処分ものだが、この時間になっても見つからないとはな」

 

「それにしても鮮やかなものだ。警察署前の防犯カメラを通過した後は、市内の防犯カメラに一切映っていない」

 

「町の住民が避難所に集まってるせいで、情報もロクに集まらなねぇ。これでどこかの家で籠城してたらお手上げかもな」

 

 須藤が他人事のようにそう言うと、無線から真倉の声が聞こえた。

 

『地域課の真倉です。緊急の報告があります。復興局のお二人に直接伝える必要があります』

 

「おっ。課長からの説教終わりにご苦労だな」

 この状況でも軽口をたたく須藤を無視して、桜井と光実はヘットセットを付けて真倉に応答する。

 

「桜井だ、呉島も聞いている」

 

『捜索隊の濡れた足跡の上にヒール靴の跡を発見しました。場所は千樹二丁目の南津久井通り(みなみつくいどおり)です』

 

南津久井通り(みなみつくいどおり)は屋根がついてる。この雨で濡れた足跡が残ったんだな」

 

 須藤の補足を聞くと、桜井も事態を飲み込んだ。今町を出歩いている人間は捜査員か初瀬一葉だけのハズだ。 無論ヒール靴を履いて捜索をする捜査員はいない。

  真倉の報告は続く。

 

『このヒールの足跡の続きなんですけど…通りの途中でヒール靴と同じ方向を向いた泥の付いた下足跡が現れるんです。おかしいですよね?』

 

「おかしいね」

 

 桜井がそういうと、真倉は説明を続けた。

 

『泥の付いた下足跡は、10歩前に進んで引き返します。そして、泥のついた足跡の先を歩いていたヒール靴も引き返すんです。最後に、泥の下足跡が現れたのと同じ地点で、二つの下足跡は途絶えています。二人がもみ合った形跡はありません。下足跡の写真は今から本部に送ります。報告は以上です』

 

 管理官や他の捜査員が真倉に質問を続ける横で、桜井と光実はヘッドセットを外した。

 もみ合った形跡がなく合流したということは、その二人にはそれなりの信頼関係があるということだ。

 ヒール靴を履いた人物が一葉なら、もう一人が誰か、今のところ候補は一人だ。

 

「初瀬姉弟はヘルヘイムの森に入ったのか…」

 

 桜井がそういうと光実は立ち上がる。

 

「南津久井通りから、ロックビークルでヘルヘイムの森に行きます! 姉も一緒ならそう遠くには行っていません」

 

 雨が降り始めたのは夜10時50分頃。現場に先に通った捜索隊の足跡も見られたことから、一葉と初瀬がヘルヘイムに入ったのはほんの数分前である可能性が高い。

 そう考えた光実は、すぐに戦極ドライバーを腰にセットする。

 

「頼んだぞ!」

 

「はい!」

 

 光実は桜井の言葉に応えると、捜査本部の出口に向かって走り出した。

 

2.

 

 ヘルヘイムの森では、2人のアーマードライダーと5体のインベスが対峙していた。

 黒影は一本槍の影松、黒影・真は影松の柄の部分に三又の戟が備えられた影松・真をそれぞれ構える。

 

「姉貴!よく見とけよ……!」

 

 先に仕掛けたのは黒影だった。

 黒影は影松を両手で構え、正面のライオンインベスに向けて突進する。初めの突きは避けられたが、下半身に重心を残していたおかげで、瞬時に追撃を放つことができた。

 ライオンインベスが避けた方向に、黒影がもう一度突きを放つと、今度はライオンインベスの胸の急所に命中する。

 黒影は怯んだ敵に全体重を乗せて突きを放った。

 

「オラァ!」

 

 ライオンインベスが後ろに吹き飛ばされると、龍のインベスとトナカイのインベスも、左右から黒影に襲い掛かかってくる。

 しかし、荒々しく襲い掛かってきた敵には隙も多い。

 黒影は槍の刃と柄で、両側のインベスに牽制の攻撃を打つ。

 黒影は影松を大きく振り上げて、影松の刃で体制が崩れたセイリュウインベスを薙ぎ払った。

 

「次はトナカイ野郎か……」

 

 柄で突かれたトナカイのインベスは、すぐに黒影に飛び掛かるが、黒影はトナカイインベスの首に影松を突き立てる。

 黒影は影松で相手の体勢のけ反らせると、鋭く前蹴りを叩きこみ吹き飛ばした。

 

 一方、青いシカインベスと赤いコウモリのようなインベスは黒影・真に向かっていった。黒影・真はたった今見た黒影の動きを必死に頭に思い描く。

 

「ヤァッ!」

 

 飛びかかってきた赤いコウモリのインベスに、影松・真は鋭い突きを放った。胸に槍の一撃を受けたチョウのインベスは地面に墜落し、そのままのたうち回る。

 シカインベスも荒々しく殴りかかってくるが、黒影・真はその腕を三又の戟の刃で払いのけ、顔面に一本槍の突きを浴びせた。

 

「ジェヴェ~」

 

 シカインベスは奇声を挙げながら吹き飛ぶと、仰向けに倒れこむ。再びコウモリインベスが飛び掛かってくるが、今度は戟の刃で地面に叩き落とした。

 

「なによこれ…相手の動きが読めて、自然に身体が動く…」

 

 黒影・真は自分の身体を見回して呟く。

 コウモリインベスもシカインベスも体を起こすが、既にその足元はフラついてる。

 

 

「さすがに呑み込みが早いな。だったら……!」

 

 黒影は姉の善戦を確認すると、新しい錠前をベルトにセットした。

 

『カチドキアームズ!いざ、旗揚げ!エイエイオー!!』

 

「一気に決めるぜ!」

 

 黒影はカチドキアームズに変身すると、両肩に着けられた二振りのカチドキ旗を真横に思い切り振りぬいた。

 

 すると、旗から漆黒のエネルギー波が放たれる。そのエネルギー波を受けた5体のインベスは、空中に浮き上がりそのまま動きを封じられる。

 

「ジ…シェエゥ……」

 

「どう足掻いても無駄だぜ……!」

 

 インベス達は手足を振り乱して拘束から逃れようとするが、依然として残っているエネルギー波が彼らの自由を許さない。

 

「姉貴!トドメだ!」

 

「うん!」

 

 黒影はベルトのブレードを倒し、黒影・真もゲネシスドライバーのシーボルトコンプレッサーを押し込んだ。

 

『カチドキスカッシュ!』

 

『マツボックリエナジースカッシュ!』

 

 黒影は必殺の漆黒のエネルギーを纏った後ろ回し蹴り「無光キック」を三体のインベスを一気に放った。

 黒影・真も影松・真の戟型の刃と槍型の刃にそれぞれ灰色のエネルギーが収束すると残りインベスにそれぞれ槍の刃を突き刺し、とどめに戟の刃で薙ぎ払う。

 

 

 5体のインベスは凄まじい音を放ち、一気に爆発した。

 

 インベスが爆発したところからは、金属が激しくぶつかったような感高い音が響く。二人の黒影がそちらに目を向けると、地面の草の上に無数の金属片が落ちていた。

 

「なにこれ…」

 

「やっぱりそういうことか…」

 

 黒影はタンポポが描かれた二つ錠前を解錠し、飛行用ロックビークル・ダンデライナーを起動する。

 

「それより時間がない。行くぞ!」

 

 黒影は片方のダンデライナイナーに搭乗するが、黒影・真はその場でただ呆然としている。

 

「今度はなに…?」

 

「いいから乗れ!」

 

 黒影にそう言われると、黒影・真もおずおずとダンデライナーに跨がる。

 二人のライダーは空高く浮上し、一気にヘルヘイムの彼方に飛び去った。

 

 

 黒影たちが飛び立ってからおよそ五分後、龍玄はヘルヘイムの森に到着した。龍玄はローズアタッカーに乗ったまま周囲を見回すと、すぐに異変に気付く。

 

(けむり)?」

 

 視線の先にわずかだが煙が立ち上っている。龍玄はローズアタッカーを錠前形態に戻すと煙が上がっている地点に駆け寄った。そこには煙を上げる無数の金属片が転がっている。

 

「これは、まさか…」

 

 龍玄は変身を解除して光実の姿に戻ると、土の上に落ちた金属片を採取する。

 それからも光実は初瀬姉弟のものと思われる足跡を見つけたが、それが途絶えると捜索を断念し、ヘルヘイムの森から離脱した。

 光実がスマートフォンを見ると、桜井からの留守電が入っている。

 

『光実君。折り返しの連絡はいらない。至急戻ってきてくれ』

 

 光実はローズアタッカーで沢芽警察署に急行した。

 

3.

 

 沢芽警察署の小会議室では、城乃内がまだ悲嘆に暮れていた。ザックは何も言わずに城乃内の隣で待機している。

 時刻は夜の十二時を回り、一葉が姿を消してから既に三時間以上が経過してた。

 

「一葉さん……!」

 

 光実から聞いた話では、一葉は小会議室に移動してから直ぐに化粧室に行くと真倉に告げた。真倉は化粧室まで一葉を送ったが彼女が化粧室から出てくるのが遅いので光実にメールを送った。

 人権侵害スレスレの行為だが、状況が状況なだけに城乃内も彼らを責める気にはなれなかった。

 メールを受け取った光実は一葉が外部と連絡を取っているかもしくは何らかの方法で捜査情報を傍受していることを危惧して小会議室に移ったのだという。

 初瀬の映像の公開に復興局との交渉が必要というのも一葉を揺さぶるための光実のブラフだったのだ。

 一葉が化粧室にいた時間と、城乃内や光実たちが捜査本部で話した時間と内容を照らし合わせると、彼女が盗聴したのは話の後半部分で、一葉自身に嫌疑がかかっていることは少なくともあの時の盗聴では知りえていない可能性が高い。

 光実はそう城乃内に説明した。

 つまり、彼女は自分たちが初瀬を拘束するつもりであることを知って失踪したことになる。

光実は彼女には何か策略があっての行動だと城乃内に言った。

 

「違う、一葉さんはそんな人じゃない…」

 

 一葉がどんな秘密を持っているにしても、彼女が今回の事件で悪意をもって行動しているとはどうしても城乃内には思えなかった。

 あの時、自分が一葉を止めていればこんな大ごとにならずに済んだ。考えてどうにかなる問題ではないと分かっていても、後悔は自然と湧いてくる。

 

 部屋をノックする音が聞こえ、ひたすら頭を悩ませていた城乃内を現実に引き戻した。ドアから現れたのは光実と桜井、須藤、そして真倉だ。まず口を開いたのは光実だった。

 

「城乃内、初瀬一葉の居場所が分かったよ」

 

「本当か?どこにいるんだ」

 

 城乃内は思わず立ち上がる。

 

「彼女は今、初瀬亮二と一緒にヘルヘイムの森にいる」

 

「一葉さんが初瀬ちゃんと合流した…?」

 

 困惑する城乃内に光実は言葉を続ける。

 

「他にも分かったことがある。今回の事件の黒幕の正体だ」

 

「本当か!?でっ?どんな奴なんだ?」

 

 今度はザックが立ち上がる。彼も俄然やる気が出てきたようだ。

 

「メガヘクスだ」

 

 光実の言葉に、城乃内とザックは驚愕を露にした。

 

──メガヘクス──

 ヘルヘイムの脅威が去った一年後、地球に襲来した機械生命体だ。その正体は、地球と同じくヘルヘイムの浸食を受けた惑星の住人が、自分たちの星を知恵の実を含むヘルヘイムの植物ごとデータ化したなれの果てだ。

 世界をデータ化するという目的のみをプログラミングされたメガヘクスはそのアバターである個体を地球に送り込み、地球のデータ化を開始した。

 当時、復興局局長の任に就いたばかりだった呉島貴虎、復興局陣営で唯一戦極ドライバーを持っていた光実、知恵の実の力で別の惑星の開拓をしていた葛葉紘汰、そして「仮面ライダードライブ」と名乗る赤い戦士などの活躍により、なんとかメガヘクスの撲滅は成功した。

 光実はそのメガヘクスが、この件の黒幕なのだという。

 

「何言ってんだ。だって、メガヘクスは紘汰が…」

 

「うん、ザックの言う通り。紘汰さんはメガヘクスを完全に倒したと言っていた。でも、これを見て」

 

 光実はタブレットを取り出して、鉄くずの画像を映し出す。

 

「これは二年前のメガヘクスが作ったインベスや謎のアンドロイドの残骸だ。分析の結果地球には存在しない金属物資で構成されていることが分かってる。そして今回、ヘルヘイムの森でこれを発見した」

 

 光実はディスプレイをスライドして、また別の鉄くずが写った画像を表示する。

 

「詳しい分析結果はまだだけど、この二つの金属物資の成分が同じものである可能性が高いらしい。首謀者がメガヘクスなら、初瀬亮二にドライバーや錠前を提供することができるはずだ」

 

 城乃内は戸惑いながら口を挟む。

 

「メガヘクスって、一度は絋汰を殺した奴だろ?俺達でどうにかなる相手じゃなくないか?」

 

「いや、本当にそんな回りくどいことをしているのなら今のメガヘクスに以前ほどの力はない。勝機はあるはずだ」

 

 城乃内の指摘に、光実は笑顔で答えた。その笑顔はどこか力強い。城乃内はその笑顔に幾分か励まされた。

 

「新事実はそれだけじゃない」

 

 光実に代わり、今度は桜井が口を開いた。

 

「ウチの課でリンゴのロックシードのファイルを探していたんだ。その過程で、戦極凌馬のパソコンのセキュリティーを解除していって分かったことだ。結論から言うと、リンゴロックシードのファイルは未だに突き止められていない」

 

 城乃内は顔を顰める。リンゴロックシードの使用者が分からなかったのなら、何が分かったというのか。

 

「マスターインテリジェントシステム。一言でいうと、ユグドラシルが健在だった頃に戦極凌馬が開発した、沢芽市内の通信機器の情報を制圧、収集するプログラムだ。これは戦極凌馬がアーマードライダーに変身した時の数値がリアルタイムに入力されて初めて作動するんだ。それが今、作動している」

 

「初瀬とメガヘクスの次は戦極凌馬かよ……」

 

 桜井の報告に、ザックが思わず声を漏らした。

 

「メガヘクスはかつて、戦極凌馬を模倣したアンドロイドを作った。メガヘクスが健在ならその時に再現した戦極凌馬のデータを流用している可能性がある」

 

 ここまで桜井が話すと、須藤が説明を引き継ぐ。

 

「ということで、捜査情報の漏洩を防ぎながら捜査を続ける必要がでてきた。盗聴しているヤツに怪しまれないために、捜査本部はこれまで通り稼働する。つまり囮になってもらうんだ。そして、通信機器を使わずに本筋の捜査をするのがこの場にいる6人というわけだ」

 

「俺たちも捜査を?」

 

 ザックが素っ頓狂な声を上げると、須藤が突っ込む。

 

「なわけあるか。アンタら二人は戦闘要員だ。だから事実上捜査するのは俺と真倉、それとこの復興局コンビの四人だ。ちなみに、この場の責任者は桜井な」

 

 須藤が肩に手を回すと、桜井はすかさず振りほどいて補足する。

 

「あくまで現場の責任者だ。最終的な責任は局長がとることになるだろう」

 

 桜井の話が終わり、須藤が屋中央のテーブルの前に移動する。彼はクラックの発生場所が示された地図を見せながら話を始めた。

 

「で、最後は俺だな。この件の被疑者はクラックの発生場所を自在に操っていると言ったが、一つだけ釈然としない発生場所があるんだ」

 

「えっ?」

 

 城乃内が声を洩らすと、須藤はボールペンを取り出し問題の地点を指す。

 

「五件目だよ。その時まで敵は、秘密裏にことを運ぼうとしていたはずだ。確かに五件目も裏通りではある。だがそれなら、その先にある通りの方が民家も少ない。被害は実際の現場より出にくいはずだ。事実、五件目の現場では唯一の被害者を出してしまっている。被疑者は穏便に事が済む場所を選べたのに、敢えてそれよりも危険な場所を選んだ。なーんでだ?」

 

 須藤の口調はふざけているようだが、その表情は苦虫を噛み潰したようだ。

──この人は今一体どういう感情を抱いているのだろう?──

 城乃内は訳が分からずに、ため息をつく。

 

「メガヘクスが考えることなんて、わかりませんよ」

 

「クラックを開いてたのはメガヘクスじゃないと思うよ」

 

 光実の指摘に、ザックも城乃内も困惑している。

 

「はっ?だって、敵はメガヘクスなんだろ?」

 

 ザックがそう言うと、光実は説明を始めた。

 

「六件目、七件目で僕たちが戦った時にあったクラックの先には、ヘルヘイムの森が広がっていた。さっきデーブに確認をとったけど、五件目のクラックもヘルヘイムの森に通じていたそうだ。でも、二年前メガヘクスのクラックは惑星メガヘクスにつながっていた。もちろん、ヘルヘイムの森にクラックを中継することができる可能性もあるけど、そんなことができるのならクラックを開く時間が制限されているのはおかしい。なにより、そこまでしてヘルヘイムの森からインベスを送って、初瀬亮二や僕たちに始末させる必要がない」

 

「じゃあ、誰がクラックを開いているんだ?」

 

 そう言いながらも、城乃内にはうっすらと真相が見えてきていた。須藤が再び話し始める。

 

「すべては五件目がヒントになってる。もう一度考えてみろ。なんでより安全な地点を選ばなかった?そこに人がいたからか?だが、実際の現場にも人がいた。しかも複数人だ。実は被害者を出して、警察や復興局の注意を引く必要があったのか?だったらもっと適当な場所はいくらでもある。実際に被害がインベスの仕業だと分かったのは被害者が死んでから半日後だ。人がいつもと違う行動をとる時にはそれなりの理由がある。俺が考え付いた理由はこうだ」

 

 須藤は城乃内とザックの目を見回し、言葉を続ける。

 

「敵は場所も自由に選べていないんだ。五件目の現場でその夜何が起きていた?初瀬亮二とその友人が出会った場所でその友人が襲われていたんだ。俺たちは何で初瀬亮二が事前にクラックの発生場所がわかるのかと考えていた。その考え方が間違っていたんだ。クラックの発生するところに初瀬亮二が来たんじゃない。初瀬亮二がいるところにクラックが発生していたんだ」

 

「どういうことだよ…?」

 

 ザックが呆けた顔で、光実に説明を求める。

 

「初瀬亮二がクラックのマーカーになっていた、っていうことだよ。七件目の現場で初瀬亮二が言ってたよね。『行き当たりばったりでやってる』って。多分あれはそのままの意味だったんだ」

 

 光実の説明を、また須藤が引き継ぐ。

 

「5件目の現場で昔の友人が脅されてるの見て、そこに留まっていた結果、止む終えずそこにクラックが出来てしまった、ということなら筋が通る」

 

「そうだとしたら、戦極凌馬のパソコンを調べるまでもない。疑似的な黄金の果実の力を持っているのは…初瀬亮二だ。そして、彼はその力を制御できていない」

 

 光実のこの言葉を聞いて、城乃内は思わず声を上げる。

 

「待てよ。話が飛躍してないか!?初瀬ちゃん本人の口から聞かないと、確かなことは何もわからないだろ?」

 

「当然、彼らには話を聞くよ、まだわからないことが多すぎる。今僕たちが話したこともほとんど状況証拠で導いた推測ばかりだ。初瀬一葉が何を目的に動いているかも全然わかっていない」

 

「でもどうやって?初瀬も一葉さんも今ヘルヘイムの森にいるんだろ?」

 

 今度はザックが光実に疑問をぶつけると、光実はすでに回答を用意していたのか、即座に答える。

 

「向こうはこっちの捜査情報を入手できる。それを利用するんだ」

 

 具体的に何をするつもりだ?城乃内がそう考えていると、須藤が不敵に呟く。

 

「さぁて、反撃開始だ……!」

 



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第十話 『姉と弟』

メガヘクスの暗躍を察知した城乃内達。全てを解決するため、彼らは初瀬姉弟の確保に乗り出すのだった……


1.

 ヘルヘイムの森では、ロックビールから降りた初瀬姉弟が岩の上に腰を下ろしていた。初瀬は既に戦極ドライバーを外しているが、姉の一葉はゲネシスドライバーを付けたままだ。

 

 「姉貴、いつまでドライバーつけてんだよ?」

 

 初瀬はいつもの粗暴な口調で一葉に声を掛けた。

「だって、いつまたインベスに襲われるか分からないじゃない!アンタこそ、なんでそんな余裕なわけ!?」

 一葉はまだ怯えた様子で、周囲を警戒している。一方、弟の初瀬はいたって自然体だった。

「もう襲われないから安心しろ。見てるこっちが落ち着かねぇよ」

 

「どうして襲われないって、分かるのよ?」

 一葉に訝しげな眼で見つめられると、初瀬は彼女から目を逸らした。

「なんとなくだよ。なんとなく…」

 

「じゃあ、どうして私の居場所が分かったの?」

 

「おい、何も言えないならそれでも良い、って自分で言ったろ?」

 

「全部それじゃ、本当に何も話せないじゃない…」

 一葉はどこか寂しげに、愚痴を漏らす。

 一葉はこの岩場に座り、警察や復興局が初瀬亮二を捕まえようとしていること、クラックを作っているのは『リンゴロックシード』を持つ者、といった情報を初瀬に教えたが、初瀬は何も具体的な情報を話そうとしない。

 初瀬は姉の様子を見かね、ため息交じりに応えた。

「別に無駄なことを話す必要はないだろ」

「なんかつまんない」

 

「はぁっ!?」

 言葉通り退屈そうにしている様子の一葉に、初瀬は思わず声を上げた。

「だって、 4 年振りにお姉ちゃんに会えたんだよ?嬉しくないわけ?」

 

「別に……」

 不満そうに口を尖らせる一葉を、初瀬は不機嫌そうにあしらう。

「ほんと生意気!昔はあんなに可愛かったのに……なにかあったら直ぐ『お姉ちゃーん、お姉ちゃーん』って泣きわめいて」

 

「いつの話だよ。本気で覚えてねえぞ」

 

「『覚えていない』で済んだら警察はいらないの!」

 

「今、俺たちは警察から逃げてるんだからな?」

 

「言葉の綾でしょ!変なとこばっかり細かいんだから……だから彼女もできないのよ!」

 一葉の態度は見ていて面白いほどコロコロ変わる。一方の初瀬はまともに取り合おうとしない。

姉貴(アネキ)だって、彼氏ができても、餌代がかかるからってすぐ振られるじゃねぇか」

 

「食事代よ!ていうか、古傷えぐるのやめてよね!ほんっと最低!」

 

「先に突っかかってきたのは姉貴だろ?逆ギレすんなよ」

 

「もういい!アンタなんか知らない!勝手に警察に捕まって殺されろ!この自己中もやし!」

 一葉は立ち上がると、本来は色白の顔を真っ赤に染めて、足場が不安定な森の中をヒール靴でつかつかと歩き出す。

「一人で行くなよ」

 初瀬がそう言って近寄ると、一葉はあっさり振り返る。しかし、彼女の顔は依然怒りに震えている。

「警察に戻る!ここから出して!」

「姉貴だって、捕まったらマズいだろ!」

 弟に突っ込まれても、一葉は腕を組んで言い返す。

「ご心配なく。いくら警察に追われてる人間を庇ったって、相手が実の弟なら情状酌量されて、大した罪にはならないわ」

 

「意外と考えて動いてたんだな……」

「当たり前でしょ!警察を敵に回すのよ?ノープランでどうすんの?」

 

「その割に、後先考えず歩いてたよな」

 

「……このっ!誰のために動いたと思ってるわけ!?」

 

「わかったから、勝手に動くなよ……」

 初瀬がため息交じりに言うと、一葉は腕を組んだまま突然無表情になる。

「じゃあ、謝りなさい」

 

「はあっ!?」

 

「早く」

 一葉は表情を変えずに、弟を見据える。姉に逆らう気力は初瀬にはもう残っていなかった。

「ごめん。悪かった」

 

「はい」

 

「『はい』ってなんだよ!」

 一葉は弟の言葉を無視して近くの岩に座り込むと、初瀬も彼女から少し距離を置いて座り込んだ。

 一葉はしばらく不機嫌そうに黙っていたが、まるで独り言のような調子で弟に話しかける。

 

「ねえ、城乃内さんて……どんな人?」

 

「『どんな』って?」

 

 弟が問い掛けられると、一葉は今度は彼に向き直ってゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「最初はね……友達思いで、ちょっと頼りない感じだけど、信用できる人だと思ってた……」

 

「違ったのか?」

 弟の問いかけに一葉は顔を落とし、しばし黙り込む。

「違ったていうか……なんか、分からなくなったの」

 

「まあ、昔俺がドライバー壊されたときも、アイツはおれと協力関係だったのに『ドライバーがないならもう終わり。一から出直せ』とか言って切り捨てやがったし、油断ならない奴かもな」

 初瀬が笑いながらそう言うと、一葉は目を鋭く尖らせる。

「土壇場で手のひら返すんだ……なんか最低……」

 

 一葉がそういった瞬間、初瀬が突然立ち上がる。

 

「な、なによ……?」

 

 必死の形相をしている弟に動揺しながら、一葉は問いかける。

 

「沢芽市にインベスが出た。行くぞ」

 

「えっ?だってまだクラックは開かないはずじゃ…」

 初瀬は、動揺している一葉の言葉には構わずに、チューリップホッパーの錠前を取りだす。

 

「待って!」

 

 初瀬が錠前を解錠しようと左手を振り上げたが、一葉は初瀬の腕に抱きついてそれを強引に制した。初瀬が呆気にとられて一葉を見ると、一葉は震えながら初瀬語りかけてきた。

「ねえ……行く必要ないよ。どうせ呉島光実や城乃内さんたちが、インベスを倒しに来るよ。それだけじゃない。亮二を捕まえようとする!あの人たちを助けても、なにも良いことなんてないじゃない!どうして亮二ばっかり辛い目に遭わなきゃいけないの!?」

 二人はしばらくそのままじっとしていたが、初瀬はおもむろに表情を緩める。

 

「亮二……?」

 

 一葉は戸惑いながらも、弟から視線を離さない。初瀬はゆっくりと話し始めた。

「この力を手に入れてから、ずっと考えてたんだ。なんで俺なのか。今聞かれて分かったよ。理由なんてない。だから決めた。この力の使い方は俺が決める。それで何か悪いことが起こったら、俺が止める。多分それが俺の果たさなきゃいけない責任なんだ」

 弟の言葉に、一葉は顔を落とた。しかし、すぐに顔を上げて彼の目を見据える。

「わかった。なら私も付いていく。それがきっと、私の責任……」

 姉の手が離れると、初瀬は左手に持った錠前を振り上げ解錠した。

2.

 初瀬と一葉がクラックを通ると、何か固いものが激しく衝突しているような音が聞こえる。音が聞こえる方向に二人が歩いていくと、グリドンとナックルが大量のインベスと戦っていた。

「城乃内さん……」

 一葉の視線の先では、グリドンがドンカチを豪快に振るっている。ナックルは既にジンバーマロンアームズとなっており、二人のライダーはインベスを次々に撃破していた。それでも、多勢に無勢であることには違いない。

 初瀬は戦極ドライバーを取り出し、声を上げる。

 

「行くぞ。姉貴」

 

「……うん!」

 

 初瀬と一葉がドライバーを腰に瞬間、インベス達の中心にクラックが開き、すべてのインベスがヘルヘイムの森に返っていく。

 初瀬と一葉が唖然としていると、頭上から声が響いた。

「動くな!」

 二人が声の聞こえた四階建ての雑居ビルの屋上を見上げると、ドラゴンフルーツの柄が入ったジンバーアームズの龍玄が、ソニックアローで初瀬姉弟に狙いを定めていた。

 二人は自身の胸の急所に、赤いマーカーが照らされるのを確認する。

 矢を持つ龍玄の右手に解錠されたキウイロックシードが握られているのを見て、初瀬は呟いた。

「そういうカラクリか……」

 ゲネシスコアをつけたドライバーの装着者は一つ錠前で大量の疑似インベスを召喚することができる。龍玄はその機能とキウイロックシードを使って、復興局のライダーとインベスの戦闘を演出したのだ。

「やっぱり、あなた達にも情報が漏れていたね」

  冷ややかな声を放つ龍玄を、憤怒の表情に染まった一葉が睨み返す。

「何の話よ!ていうか、私たちを捕まえるためにここまでするの!?」

 

「あなたこそ、何が目的か知らないけど、随分好き勝手やってくれるね。で?初瀬亮二、初瀬一葉。どっちがメガヘクスと通じてるの?」

「何の話だ?」

 

龍玄の問いかけに、初瀬はまともに答えようとはしない。

「まあいいよ。話は後でゆっくり聞かせてもらう」

 龍玄はそういうと、ソニックアローを構えたままグリドンとナックルに顔を向けた。

 グリドンとナックルはそれを確認すると、初瀬姉弟に歩み寄る。

 しかしその瞬間、龍玄の両腕を何かが拘束した。

「なっ……!?」

 龍玄が意表を突かれて自分の腕を見ると、それは何本もの植物の弦の束だった。弦はビルの真下に開いたクラックから伸びているおり、龍玄の身体を一気に引きずりこむ。

 弦は龍玄をそののまま地面に叩き付けるとその拘束を解き、クラックに姿を消した。

「初瀬、ちゃん?」

 植物が龍玄を拘束している間、初瀬がわずかに弦を操作するような仕草をしたのをグリドンは見逃さなかった。

「あの攻撃……戒斗と同じ……!」

 ナックルも思わず声を漏らす。

 それはかつてオーバーロードとなった駆紋戒斗が、ザックの目の前でグリドン達に使った戦法と瓜二つだった。

 戒斗と初瀬の違いは、戒斗が当時沢芽市全体に自生していたヘルヘイムの植物を操ったのに対して、初瀬はクラックからヘルヘイムの植物を呼び出した点だ。

「クラックとヘルヘイムの植物を自在に操ってる…」

 龍玄は駆け寄ってきたグリドンとナックルの手を借りて起き上がると、今起こったことを分析する。初瀬姉弟も龍玄も臨戦態勢を解く気はない様だ。

 

「初瀬ちゃん!一葉さん!今はおとなしく従ってくれ!」

 城乃内はグリドンの変身を解き、初瀬姉弟に向かって叫んだが、二人の城乃内への態度は冷ややかだった。

 

「断る…」

 

「もうあなたの言うことは信じません」

 初瀬姉弟はそう言い放つと、それぞれの錠前を解錠する。

『カチドキ!』

『マツボックリエナジー!』

「一葉さんまで……!やめろ!」

 城乃内の叫びも虚しく、初瀬姉弟はベルトに錠前をセットする。

「……変身」

 

『カチドキアームズ!いざ、旗揚げ!エイエイオー!!』

『マツボックリエナジーアームズ!ハッ!ヨイショッ!ワッショイ!』

 変身が完了すると、黒影が黒影・真よりも先に歩き出す。

「ぅっ…うおおおおおお!」

 

 城乃内は絶叫しながら黒影に駆け寄り、漆黒の鎧で覆われた肩にしがみついた。

「やめてくれ!俺は、初瀬ちゃんと戦いたくない……!」

 

「なんだ城乃内、その程度の覚悟で俺を呼んだのか」

 黒影は城乃内の腕を乱暴にほどくき、彼の胸に左手の拳を叩き込んだ。

 

「っがぁぅ……」

 

 言葉にならない吐息が、口から洩れでた。城乃内の身体は大きく吹き飛ばされ、地面に打ち付けられる。

「城乃内!」

 

 龍玄とナックルが同時に叫んだ。

 

「……!」

 

 黒影・真も、黒影を見つめて呆然としている。アーマードライダーの一撃は、人間相手なら十二分に致命傷になりうる。

 城乃内を見たところ、意識は失っていないようなので、黒影も手加減はしたのだろう。しかし、黒影が人間相手に攻撃を振るってきたことで、龍玄とナックルの警戒は自然と強まる。

「僕は姉の方を取り押さえる。ザックには初瀬亮二の相手を頼みたい」

 

「……わかった。任せろ!」

 龍玄は自ら汚れ役を引き受けると言っているのだ。それが彼の決意であると受け取ったナックルは、彼の指示通り黒影の元に歩み寄る。

「初瀬……俺が相手だ……!」

 

「売られた喧嘩は買うぜ……!」

 黒影は二本のカチドキ旗を、ナックルは両手のマロンボンバーをそれぞれ構えて向かい合った。

 

 一方、龍玄と黒影・真もそれぞれの武器を向け合って対峙している。

「あなたを拘束します」

「呉島光実……あなたにだけは負けない……!」

 先に動き出したの黒影・真だ。黒影・真は影松・真の一本鎗で鋭い突きを打つ。その攻撃をかわした龍玄は、ソニックアローの刃で反撃を図るが、今度は影松・真の三又の刃がソニックアローを払いのけた。

 

「だったら……!」

 

 龍玄は敵の間合いに入り込めないと見るや、バックステップで距離を取り、ソニックアローの矢を放った。

 だが、黒影・真は影松・真でその攻撃も払いのけ、一気に龍玄に接近する。接近戦に備え身構える龍玄だったが、突然何かに右足を取られる。

「またかっ!」

 龍玄は直接目視する前から、足を拘束したのは黒影が操るヘルヘイムの植物だと気づいていた。しかし、すでに自分の体勢を崩され黒影・真の攻撃を回避することができない。

「やあ!」

 

  黒影・真は体勢が崩れた龍玄の胸部に、渾身の突きを打ち込む。

 

 龍玄は吹き飛ばされながらも、右足に纏わりついた弦の束をソニックアローで切断し、なんとか着地すると黒影・真に牽制の矢を乱射した。

 

「ぃたっ…!」

 

 影松・真の一撃を放って崩れた体勢では、すべての矢を回避することができない。龍玄の反撃を受けた黒影・真は、たまらず後ずさった。それを確認すると龍玄も先ほど受けた攻撃が響いたのか地面に膝をつき、思わず声を漏らす。

「この二人、強い…!」

 

 一方、黒影はカチドキ旗でナックルが放つマロンボンバーの攻撃をいなしながらわ黒影・真へのアシストを狙っている。

 

 

「姉貴のヤツ、結構やるじゃねえか」

 

「お前の相手は俺だ!」

 ナックルはマロンボンバーをシールド代わりにして、黒影の間合いに入り込み、マロンボンバーを一旦消滅させ脇の下から黒影の腕を抱え込む。

 

「なんで一葉さんまでベルトを持ってる!」

 

「お前には関係ねえだろ…!」

 

 ナックルの必死の問いかけにも、黒影はまともに取り合わない。

 ナックルはさらに語気を荒げた。

 

「お前の姉ちゃんを、危険に巻き込む気か!」

 

「そうしないために、いつまでもお前に構ってる暇はねえんだよ。戒斗(かいと)の腰巾着が!」

 

 黒影はナックル顔面に思い切り頭突きを打ち込むと、続け様に空いた左腕でストレートを浴びせ、距離をとる。黒影は瞬時に火縄漆黒 DJ 銃を構えると大砲を放った。

 ナックルも咄嗟にマロンボンバーを再装備してガードするが、攻撃を受け止めきれず吹き飛ばされる。

「ザック!」

 城乃内が倒れた自分に駆け寄ってきたことに気付くと、ナックルはドライバーからエナジーロックシードをゲネシスコアごと外し、城乃内に差し出した。

「城乃内、これ使え……!」

 

「お前、これ……」

 

 城乃内は呆気にとられて、ナックルの顔を見返す。

「二人とも同じ戦法なら息も合わせやすいだろ?」

 

「ザック、俺はっ……!」

 

 ナックルは城乃内の言葉を待たずに、黒影に向かって走り出す。

『クルーミアームズ!Mister… Knuckle Man!』

 クルミアームズに戻ったナックルは黒影に殴りかかるが、黒影は火縄漆黒 DJ 銃を楯替わりにナックルの攻撃を受け流し再びナックルに大砲を打ち込む。

 地面に叩きけられたナックルは這いつくばりながら、城乃内に向かって叫ぶ。

「城乃内!お前が苦しいのはわかる!話し合いで済ませられるならその方が絶対良い!でもな……!まだその時じゃない……!」

「うるせえ!」

 黒影は起き上がろうとするナックルに、火縄漆黒 DJ 銃の大砲を放った。砲撃を受けたナックルの変身は解除され、ザックの姿に戻ってしまう。思わず城乃内は叫んだ。

「ザック!」

 ザックは地面に這いつくばりながら、なおも城乃内に訴える。

「いつか分かり合える時がくるなら……!ここで戦ってからでも遅くない!今初瀬と向き合わなかったら、一生後悔するぞ!だから立て!城乃内!」

 

「……!」

『これは俺の罪滅ぼしでもあるんだ……!』

 ザックの言葉に、城乃内はいつか自分が決意した時のことを思い出す。

 

──あの時決めたじゃないか。初瀬の死に向き合う、彼を死なせてしまった自分の罪と向き合うと。

 

城乃内は自分の中からあふれる感情をこの一言に託し、叫ぶ!

「――変身ッ…!」

 

『ミックス!ドングリアームズ!Never give up!ジンバーマロン!ハハァ!』

 友から託された力を手に、城乃内は新たな姿、グリドンジンバーマロンアームズへと変身した。

 グリドンは今なお「友」と信じる男を見据える。

「城乃内……」

 黒影がグリドンに向き直る。グリドンはマロンボンバーを構え、黒影に飛び掛かった。

「うおりゃあ!」

 グリドン渾身の左ストレートを避けた黒影は、火縄漆黒 DJ 銃の銃口をグリドンに向ける。

 

「まだだ……!」

 

 しかし、黒影が引き金を引く直前、グリドンはマロンボンバーで火縄漆黒 DJ 銃を弾き、開いた黒影の胸部を右の拳で殴り、さらに黒影の顔面に左フックを見舞った。

「がっ…!」

 黒影は背中から倒れながら、クラックを開き、グリドンの足元にヘルヘイムの蔦を走らせる。

 グリドンは、蔦の動きを五感で感じ取りながら、無言でベルトのブレードを倒した。

 

『ドングリスカッシュ!ジンバーマロンスカァーッシュ!』

 マロンボンバーの棘が一斉に飛び散り、ヘルヘイムの植物の往く道を塞ぐ。

「マジか……!」

 

『ドングリスパーキング!ジンバーマロンスパーキング‼』

 黒影は慌てて立ち上がるが、もう遅い。グリドンは棘が無くなり高熱を纏ったマロンボンバーで、黒影の顔面に左ストレート叩きこむ。

「うおらぁあ!」

 

「クソがっ……!」

 黒影は地面に叩き付けられると、変身が強制的に解除され、初瀬亮二の姿が現れた。

「亮二ッ!」

 初瀬が倒れこむのを見た黒影・真は咄嗟に彼に駆け寄ろうとするが、龍玄は目ざとくそのすきを突く。

『ブドウスカッシュ!ジンバードラゴンフルーツスカァーッシュ!』

 

「ハア!!」

 龍玄は敵のゲネシスドライバーを掴むと、ソニックアローの刃に紅蓮のエネルギーを込め、必殺の一撃を黒影・真に放った。

「ぁうっ…」

 黒影・真はドライバーをもぎ取られ変身が解除される。しかし、龍玄の攻撃で吹き飛んだ一葉はまだ空中を舞っている。このままでは地面に叩き付けられる。

「しまった!」

 龍玄が慌てて駆けつけようとした瞬間、一葉の身体が空中で青白く光った。次の瞬間、彼女は全身青白い金属で覆われた異形の姿となって、地面に転げ落ちた。

 一葉だった者は起き上がると自分の手を見つめて震えている。

 その手は明らかに人間のものではない。腕全体が青白い金属に覆われ手の甲がランスのように鋭く伸びている。

「なによっ…これ…」

 

 一葉の変わり果てた姿を見て、龍玄は声を荒げた。

 

「初瀬一葉……あんたがメガヘクスだったのか!」

 龍玄が「メガヘクス」と呼んだものは、途端に頭を抱え絶叫した。

「あっ…ぁ…いやぁぁああ!」

 

「一葉さん!」

 グリドンが駆け寄ろうとすると、メガヘクスは腕から六角形の光弾を放ちグリドンの身体を弾き飛ばす。不意打ちを受け、変身が解けた城乃内は地面に叩き付けられる。

「初瀬亮二、撤退だ」

 先程とは打って変わってメガヘクスの声が男性のものに、話し方も挙動も無機質になる。そして、それこそ龍玄達がよく知るメガヘクス本来の姿だった。初瀬は軽く舌を打つ。

 途端にクラックから先ほどとは比べ物にならない量のヘルヘイムの植物の弦が現れ、アーマードライダー達を締め上げる。初瀬は植物に拘束された城乃内をそっと見つめた。

「初瀬ちゃん!初瀬ちゃ……っ!」

 城乃内は必死に初瀬に呼びかけようとするが植物が首を締め上げているせいで声が途切れてしまう。龍玄もザックも必死にもがくが身体中に巻き付いたヘルヘイムの植物は彼らの身体を放そうとしない。

 クラックが開き、メガヘクスとヘルヘイムの森に歩いていく初瀬を薄れる視界に捉えながら城乃内は意識を失った。

3.

 ヘルヘイムの森に入ってしばらくするとメガヘクスは目の前を歩く初瀬に語り掛ける。

「罠だと分かりながらその中に飛び込むとはな」

 

「テメーがこっちの森で下らねえ小細工するからだろうが!」

 

「3 対 1 では不利だ。戦力を増やすのは当然である」

 

 振り返って毒づく初瀬にそういうとメガヘクスは一葉の姿に戻る。一葉は目を開いて弟がいるのが分かると彼の腕にすがりついた。

 

「へっ!?え?ねぇ、なに?これ……え!?なんなの!?」

 

「……」

 一葉は恐怖と混乱に顔を歪ませている。涙を流しながら震え、わけもなく笑いだす。初瀬が何も言わないでいると一葉はしきりに彼の腕を揺さぶる。

「さっきの、何……?私、何なの!?こたえて!」

 一葉も少しずつ冷静になってきたのか、頭に浮かんだ疑問を弟に次々に投げつける。

「まだ話せないんだ。でも頼む。俺を信じてくれ!」

 

 初瀬の返事を聞くと一葉はその場にひざまずいく。

 

「なんで……?もう、わけわかんないよ……」

 初瀬はしゃがみ込むと、すすり泣く姉の両肩にはそっと手を置いた。

 

「姉ちゃん……」

 

「…全部…私の為なんでしょ?」

 

 一葉の言葉に、初瀬は瞬間血の気が引くのを感じて固まった。自分が言ったことが図星だと分かると、一葉は弟の両肩を掴んで必死に訴えかける。

「もういいから……もう私のために頑張らなくていいから……」

 

「さっき言ってくれたよな?俺を一人にしないって」

 初瀬は熱の篭った声で一葉に語り掛ける。

「亮二……」

 一葉は自分の目を見つめてくる弟を見返す。だが、直ぐに彼が自分ではない何かを見つめていることに気付く。

 

「ごめん、姉ちゃん……メガヘクス、姉ちゃんの記憶を消せ」

 

「やめて……亮二!おねがっ……」

 

 一葉は自分の身体の自由が一気に奪われていくのを感じる。

 

『いいだろう』

 

 一葉は薄れ行く意識の中で、自分の口が勝手にそう言ったのを感じた。




いよいよ物語も大詰めに入って来ました。

ライダー5人が入り乱れる乱戦はいかがでしたか?

グリドンの今作2つ目の新アームズも登場しましたが、メガヘクスの攻撃によりあえなく変身解除となりました。

この先、城乃内は活躍できるのか?次回も読んでいただけると嬉しいです。


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第十一話 『Dance With Me』

今回はほとんど番外編のような内容です。というよりも、今までが番外編でこのお話が本編と言えるかも知れません。それがどういう意味かは、読んでからのお楽しみということで……

因みに文字数はいつもの2倍程あります。それでは、ごゆっくりお楽しみ下さい。


 初瀬一葉(はせいちは)が目を覚ますと、そこは誰かの膝の上だった。目の前には弟の初瀬亮二の顔が見える。

 

「…私、いつの間に……あれ?沢芽市のインベスはどうしたの?」

 

「俺が片づけた。それより、聞きたがってたよな。城乃内がどういうヤツか」

 

 初瀬は前を向いたまま、姉に語り掛ける。

 

「え……?うん」

 

「教えてやるよ。城乃内のこと」

 

 未だ戸惑う一葉を他所に、初瀬は話し始めた。彼と城乃内の始まりの物語を。

 

1.

 

「キミが初瀬君かァ。理工学部の学部長にスカウトされて入学したんだって!?」

 

 初瀬亮二は心底ウンザリしていた。こういった反応をされるのは、大学に入って何回目だろう。

 彼は私大の名門、天樹大学の沢芽キャンパスに通っている。

 この日もあまり興味をそそられない一般教養の講義が終わり、初瀬は教授に出席票を提出するために学生達の列に並んでいた。その最中に緑色の眼鏡をかけた小柄な男に声をかけられたのだ。

 

「なんだアンタ……」

 

「オレ、政経3年の城乃内秀保。いやー君のこと噂には聞いてて、話してみたかったんだけどさぁ、ほら、君いつも直ぐに教室出て行っちゃうから」

 

 城乃内はヘラヘラと笑いながらそう答える。初瀬はその笑顔を見ただけで今すぐにでもその眼鏡をへし折ってやりたくなった。

 

「話したかった?」

 

「君天才なんでしょ!?」

 

 初瀬が無愛想に問いかけると、城乃内は相変わらず馴れ馴れしい話し方で応えた。

  

「俺が知るかよ」

 

 初瀬亮二はそう言うと、学生達の列から外れて歩き出す。後ろで城乃内が何か言っているが無視した。

 その日、初瀬はまだ機械工学科の講義が残っていた。正直、他人の講義を聞くのは好きではないので帰りたかったが、大学の成績が悪いと推薦で免除された学費を自分で負担しなければならなくなる。初瀬は重い足を引きずる思いで次の講義に向かった。

 

 初瀬は自分が「天才」と言われてもイマイチ実感が湧かなかった。学校の勉強を面白いと思ったことはほとんどなかった。小学生のころに近所の駆紋重工業の工場から廃材を持ち出しては、「5歩いただけで両足を挫くシューズ」、「たい焼きを高速で焼くためのパワードスーツ」など凄いのか凄くないのかもよくわからない機械を作って時間を潰していた。

 それが高じて高校生なったときには「遠隔操作型マシンガン&放水機能付きドラム缶ロボット(仮)」など、性能云々以前に明らかに法を逸脱したマシンを創るまでになった。

 ただ、ロボットを作っているときも、熱中して楽しんでいたというわけではない。ただ単純に、他人と交流することに興味のなかった彼が持て余した時間を潰すのにちょうどよかったのだ。

 そんな彼を心配していた両親は、初瀬の高校の卒業式の1か月前に事故で他界した。初瀬亮二に積極的に関わろうとする人間は、彼の姉の一葉しかいなくなってしまったのだ。

 

「あれっ、また会ったね。初瀬ちゃん」

 

 案の定退屈だった機械工学の講義が終わり校舎を出ると、目の前に先ほど絡んできた眼鏡男がいた。

 

───『初瀬ちゃん』ってなんだよ。

 

 初瀬が心の中で突っ込みながら通り過ぎようとすると、城乃内は彼の隣に付いてくる。

 

「なんかサークルとか入ってんの?」

 

「別に……」

 

「へぇ意外だねぇ!やっぱり、機械工学科って研究とかで忙しいわけ?」

 

 

───コイツしつこいな。

 

 初瀬は口には出さなかったが、態度にはその意思が十分に表れていたはずだ。

 

「面白そうなことがないだけだ。面白そうなヤツもいないしな」

 

「あぁ確かに理工って、ガリ勉でつまらなそうな奴ばっかだからな」

 

───少なくともお前よりはマシだチビメガネ。

 

 この言葉に関しては、ほとんど喉元まで出かかっていた。

 

「そういえば最近、俺ビートライダーズのチームを立ち上げたんだ」

 

 城乃内は初瀬の隣を歩きながら自分勝手に喋りだす。

 

「あっ、ビートライダーズっていうのは、沢芽市公認のダンスチーム。俺のチームはチーム・インヴィット!イタリア語で『無敵』『無敗』って意味の『インヴィット』ね。イカすでしょ?」

 

 初瀬が黙っていると城乃内は勝手に解説を始めた。

 

「『無敵』?『誰にも相手にしてもらえない』、の間違いだろ」

 

 ついに口に出してしまった。しかし、ここまで言えば向こうも黙るだろうと考え、初瀬は歩を進めたが……

 

「ハハ!初瀬ちゃん面白いこと言うねぇ。折角だからうちのチームのダンス、ちょっと見てみない?」

 

 城乃内はそう笑いながら、初瀬の目の前に回り込んだ。

 

───マジかコイツ、どういう神経しているんだ……

 

 初瀬もさすがに怖くなってきた。まるで日本語が通じない。宇宙人と話しているような感覚だ。

 

「あぁ~城乃内さんだ!」

 

「ほんとだ~。城乃内さんだ~」

 

 遠くから妙に軽薄な声を上げる女たちが寄ってきった。彼女達は、なぜか全員共通でカーボーイ風のファッションを身に纏い、真っ赤な眼鏡かけている。

 初瀬は続々と現れる、未知の文化に生きる人々に気圧されてきた。

 

「おお~、めいちゃん、ちいちゃん、なっちゃん~」

 

「一緒にステージ行きましょうよ~」

 

 寄ってくる女たちに城乃内は上機嫌で声を掛ける。

 彼女たちは城乃内のチームメイトなのだろう。それにしても、城乃内の態度は先ほどよりもさらに馴れ馴れしくなる。初瀬は彼らに生理的な嫌悪感を覚えた。

 

「ちょっと早いけど行っちゃうか~」

 

 城乃内のこの言葉に初瀬もほっと胸を撫でおろす。ようやく目の前からうるさいやつらが消えてくれる。

 そう思って歩き出そうとする初瀬の肩に、城乃内が腕を回してきた。

 

「こいつ、初瀬ちゃんね。ウチのチームに興味あるらしいよ」

 

「へえ~初瀬ちゃんか~かわいい!」

 

「初瀬ちゃん、うちのチーム入りたいの~?かわいい!」

 

 初瀬は城乃内たちの思考がさっぱり理解できなかった。どうしてここまで、無神経でいられるのか。

 

「じゃ!初瀬ちゃんも、ステージに行っちゃおう!」

 

「イエーイ!行っちゃおー!」

 

「やったー!男の子のメンバー増えふえますね!」

 

 城乃内の発言を受けて、女たちも騒ぎ出す。初瀬は、今すぐこの場から逃げ出したかった。

 

 チーム・インヴィットは半ば強制的に初瀬を目的地のステージに連れていく。

───やりたい放題か、こいつら。

 初瀬は何度も毒づいたが、城乃内たちには何を言っても無駄だった。

 

2.

 

 初瀬とチーム・インヴィットのがステージに着くと、別のビートライダーズがダンスを披露していた。

 男女混成の8人ほどのチームで、全員が青を基調としたカジュアルな服装をしている。

後列中央で踊る大学生と思しき青年以外は、全員高校生に見えた。

 

 軽快なデジタルサウンドに合わせて踊る彼らを顎で示して、城乃内が初瀬に解説を始める。

 

「こいつらはチーム・鎧武。ダンスのジャンルはヒップホップで、ウチと同じ最近できたチームだ」

 

 ダンスの知識がほとんどない初瀬にとって、チーム・鎧武のダンスにどう魅力を感じれば良いのか、全くわからない。彼らのダンスを見ていると、この場から立ち去りたいという欲求が強くなる。

 

「よう鎧武。もうステージ降りたら?オーディエンスも退屈してるけど?」

 

 城乃内がステージで踊るチーム・鎧武に野次を飛ばす。正直、初瀬も城乃内と同じ意見だった。

 

「ちょっとうるさい!あんたら、順番まだでしょ?邪魔しないで!」

 

 チームのセンターで踊っていたキャップを被った黒い長髪の少女が、ダンスを中断して城乃内に噛みつく。城乃内は彼女の剣幕などどこ吹く風といった調子でヘラヘラと野次を続けた。

 

「なんならダンスで勝負する?観客を盛り上げた方が、今日の鎧武とインヴィットの時間ステージで踊り放題。どう?」

 

「ッ!やってやろうじゃない!鎧武が勝って、アンタらの時間も踊らせてもらうから!」

 

 城乃内の安っぽい挑発に、キャップの少女は簡単に乗ってしまう。彼女の隣で踊っていたショートカットの少女が、キャップの少女を慌てて宥めに入った。

 

「ちょっと舞!?それじゃアタシ達の体力が保たないってっ!」

 

「いいの!どうせこの後、裕也も来て一緒にレッスンする予定だったんだから。勝ってこのステージで練習しよう!」

 

 『舞』と呼ばれた少女は簡単に引き下がるつもりはないらしい。

 ショートカットの少女の隣にいた茶髪でセミロングの少女は、あたふたしながら後ろにいたこのチームの最年長であろう黒髪の青年を振り返った。

 その青年は溜息を吐いて、舞に話しかける。

 

「無茶言うなよ舞。みんなのことも考えろって」

「紘汰は黙ってて。まだアンタのことサブリーダーって認めたわけじゃないから!」

 

 『紘汰』と呼ばれた青年に対する舞の当たりは、城乃内に対するそれよりずっと強い。しかし、城乃内秀保に対する態度とは違って、どこか親しみが感じられる。

 絋汰の左隣の金髪の少年が「またか」っといった態度で頭を掻く。

 

「あぁ…まだそのこと根に持ってんのか……」

 

「ラット、それ地雷だから」

 

 『ラット』と呼ばれた少年が愚痴っぽく言うと、茶髪の少女が彼を肘で小突いた。

 

「あっ……」

 

 ラットが舞に目を向けると、彼女は自分を睨みつけている。

 

 チーム・鎧武の様子を見ていると初瀬はますます白けた気分になってきた。どうして知らないダンスステージにまで連れて来られて、子供の喧嘩を見せられないといけないのか。

 

「じゃあ、まずはオレ等ね」

 

 城乃内はチーム鎧武のやり取りを無視して、巨大なスピーカにカードを入れる。するとクラブで流れていそうな激しいデジタルサウンドが流れ、その音楽に合わせてステージに上がってきたチームイ・ンヴィットのメンバー達が城乃内を中心に据えて踊りだす。

 そのダンスはあまり激しいものではなく、左右へのステップと両腕の動きを組み合わせた軽妙な動きが中心だ。

 

───えっと……これ、なんか見たことあるぞ。

 

 初瀬は必死に頭の片隅から記憶を探る。

 

───確か……『パラパラ』? えっ?なんで女に交じって男がパラパラ踊ってんの?

 

 それまでも十分彼らには引いていた初瀬だが、ここで文字通りこの場から身を引いた。

ステージ上で踊る城乃内たちに背を向け初瀬は歩き出す。そんな初瀬を他所に、チーム・インヴィットはパラパラのデジタルサウンドに合わせては踊り続けた。

 

3.

 

 初瀬がステージから離れてしばらく歩くと、さびれた路地裏で踊る集団が目に入った。それは見たことがないダンスだ。上半身を激しく振り乱しているが、その動きはどこか整然としているように見える。

 彼らのダンスは決して華やかなものでも、カッコいいものでもない。しかし、初瀬はそのダンスに圧倒的なエネルギー、情熱を感じた。

 

────なんだか分かんねぇけど、スゲーな。

 

 初瀬は今までにないほど自分が興奮しているのを感じ、自分で気が付いたときには彼らに駆け寄っていた。

 

「スゲーなそのダンス!お前らビートライダーズか?」

 

「えっ…?違いますよ」

 

 初瀬にいきなり肩を掴まれた太ったメガネの男は戸惑いながらも何とか言葉を返す。

 

「でも、どうせ踊るならあそこのステージ使えばいいだろ?こんな所で踊らなくても」

 

「あそこ、ビートライダーズじゃないと踊っちゃいけないんですよ。てゆうか人前で踊るつもりもないですし」

 

 初瀬の問いかけに太った男は下を向いたまま目も合わせずこたえた。

 

「もったいねぇな。インヴィットや鎧武のダンスなんかよりずっといいと思うぞ」

 

「どうせ俺たちのヲタ芸なんて、客に見せても引かれるだけですって」

 

 彼らは先ほど踊っていた時とは打って変わって女々しい態度になる。そんな彼らの様子に初瀬は自分の中で何かがはじけるのを感じて叫んだ。

 

「しゃらくせぇ奴らだな!決めた!俺がこのチームのリーダーになる!でダンスの世界のテッペンをとる!その前にまずはビートライダーズのテッペンだ!このチームの名前は?」

 

「ちょっと!何勝手なこと言ってんですか!?」

 

 太った男がなぜか声の音量を落として初瀬を宥めようとするが。初瀬は止まらない。

 

「名前は?」

 

「ズッ…ズキューンあぉ…」

 

「レイドワイルドだな!」

 

「ちょっと!」

 

 ダンサー達は最後の抗議をしようと声を上げるが、初瀬はなおも彼らに詰め寄る。

 

「レイドワイルドだな!」

 

「はい……」

 

 こうして初瀬亮二は半ば……いや誰がどう見ても強引にビートライダーズ、チーム・レイドワイルドを結成した。

 

4.

 

 

「それから俺は大学にはろくに行かなくなって、ダンスに明け暮れるようになった」

 

「はっ!?あんたバカでしょ」

 

 それまで初瀬の話を黙って聞いていた一葉だが、ここで我慢できずに口を挟んだ。

 

「えっ?」

 

「えっ?じゃないでしょ!行かなくなった?大学に!?」

 

 一葉は鬼の形相で弟に詰め寄る。

 

「ああ。それからダンス一筋だけど……」

 

 この一言で、一葉の怒りが爆発した。

 

「ざけんじゃないわよ!いくら特待生で学費免除でも、生活は大変だろうからって……新入社員の私は、少ない給料から、なけなしの5万円毎月仕送りしてたのよ!」

 

「いや悪かったって」

 

 初瀬が形ばかりの謝罪をしたところで、一葉の怒りは収まらない。

 

「何に使ってたの?」

 

「えっ?」

 

「私の給料を何に使ったの!!」

 

「えーと。チームの衣装とか機材とか。あと、初めてステージで踊った時はサクラ雇ったんだけどさ……そのときは結構役に立ったぜ」

 

「……」

 

 一葉は黙り込むと、自分のスーツを触って何かを探しだした。思わず初瀬は声を掛ける。

 

「どうかしたか?」

 

「ない……」

 

「なにが?」

 

 初瀬が呆けた声でそう言うと、一葉は心底慌てた様子で弟に顔を向けた。

 

「変身してアンタをぶっ飛ばそうと思ったんだけど……あれっ!?」

 

「ごめんて!マジごめん」

 

「いやそれより…ベルトも錠前もなくなってる!」

 

 一葉のゲネシスドライバーとロックシードは光実が奪っているのだが、一葉にはその記憶が欠落している。この場をどう取り繕うか、初瀬は必死に頭を巡らした。

 

「あぁ。アレ、少し時間が経つと、消えちまうんだ」

 

「はぁっ!?先に言いなさいよ!戦ってる時にベルトが消えたらどうすんのよ!?」

 

 初瀬が咄嗟に考えついた言い訳を言うと、一葉はまた弟に怒鳴り散らした。

 

「ごめん……」

 

 初瀬は一それだけ言って黙り込む。

 

「……?」

 

 一葉もどこか弟の様子がおかしいことを察してか、左手を差し出し、穏やかに語り掛けた。

 

「ほら……新しいベルト」

 

 初瀬は目を瞑って答えた。

 

「いや昨日、力を使いすぎてもう作れねぇ……」

 

 一葉はしばらく弟を睨むが、彼がそれ以上何も話そうとしないと悟ると、溜め息をついて諦めたように小さな声で言った。

 

「もういいから……話を続けて」

 

「ああ……」

 

 初瀬はどこか気まずそうに話を再開した。

 

5.

 

 初瀬はチーム・レイドワイルドを結成してからダンスに明け暮れた。同時期に結成された鎧武やインヴィットとは何度も揉め事を起こした。

 女性だけで構成されるPOP UPに合同イベントを申し込むと「キモオタと同じ空気吸うとかマジないから」と一蹴され、帰り道で「三次元の女はダメなんだ!」と盛り上がり、チーム蒼天のステージにゲリラで乱入したときに観客も巻き込み大乱闘になったのも、今の初瀬にとっては良き思い出だ。

 多少のいさかいはありつつも、当時のビートライダーズ間の関係は良好だった。しかし、ビートライダーズに激震が走る事態が起きる。当時沢芽市でナンバー1とされていた、チーム・ナックルの解散だ。

 

 当時リーダーを務めていたアザミはチームを去り、チーム・ナックルは残ったメンバーと新たなリーダーによって、新たなチームとして生まれ変わった。そして、そのチームと、初瀬や他のビートライダーズの出会いは最悪なものだった。

 

「どけ。今からこのステージは俺たちチーム・バロンが使わせてもらう」

 

 ある日、東西南北の4つのステージのうちの一つ、東のステージで城乃内とチーム・レイドワイルド、チーム鎧武が揉めていた時のことだ。

 見慣れない衣装を着た集団が他のビートライダーズを蹴散らし、勝手にステージでダンスを始める。彼らの衣装は黒い生地に赤い刺し色が入ったもので、どこか気高さを感じさせる。

 彼らをよく見ると、先ほどチーム名を宣言した男以外は全員チーム・ナックルにいたメンバーだ。

 ナックル時代の彼らのダンスは、ブレイクダンスを中心としたアクティブなパフォーマンスが特徴だった。

 しかし、チーム・バロンのダンスは気高さと力強さにあふれたクールな動きが主体で、見ているだけひれ伏してしまいそうになる。

 怒りも忘れチーム・バロンのダンスに見入っていた城乃内だが、曲が終わると我に返ってチームの中心で踊っていた男に野次を飛ばす。

 

「たくっ、何なんだ、お前!?ナックルの奴ら引き連れて、どういうつもりだよ?」

 

「駆紋戒斗。このチーム・バロンのリーダーだ。文句があるならいつでも掛かってこい。捻りつぶしてやる」

 

 戒斗はドスを利かせた声でそういうとステージから降りた。他のメンバーも後についている。

 初瀬は、やや遅れて戒斗についていく小柄な青年の肩を掴む。

 

「どういうことだよ?」

 

「ほっとけよ……」

 

 彼は通称「ペコ」。チーム・ナックルのリーダーだったアザミの弟だ。ペコは初瀬の手を振りほどくと。他のメンバーの後を追う。

 

「なにがバロンだよ。これじゃただの暴君だ」

 

 チーム・バロン様子をみて、城乃内は吐き捨てるように言った。初瀬もそれに続いて毒づく。

 

「あんな野郎に好き勝手やらせてたまるか」

 

 余談だが、彼らも直前までチーム・鎧武のダンスを野次で妨害していた。

 

6.

 

 チーム・バロンがステージを去った後、初瀬と城乃内は北のステージで踊るチーム・蒼天のパフォーマンスを見ていた。二人ともチーム・バロンが去った後のステージで踊る気には、どうしてもなれなかったのだ。

 しばらく蒼天のパフォーマンスを見ていると、観客の様子がどうもおかしいことに二人は気づく。よく見るとチーム・バロンのメンバーたちが観客の達の真ん中を突き進んでいる。彼らはやがてステージに上がりダンスしている蒼天のメンバーを蹴散らしていった。ある程度の空間をステージ上に確保すると戒斗が声を上げる。

 

「このステージは俺たちチーム・バロンがもらう」

 

「おいっ!縄張り争いはダンスでするのが、ビートライダーズのルールだろ!」

 

 そう言って掴みかかってきた蒼天のメンバーの一人に戒斗は前蹴りを食らわせる。蹴られた男がその場でうずくまると、戒斗は言葉を続けた。

 

「誰が決めたルールだ?無駄な争いを避けたいなら、おとなしくステージを明け渡せばいい」

 

 そう言い放つ戒斗にチーム・蒼天のリーダーを務める男が語り掛ける。

 

「おい、戒斗。テメーのお友達のせいで、ウチのメンバーが死んだらしいな?落とし前ぐらいしっかりつけたらどうだァ?」

 

「あいつが死んだのは他の誰でもない、弱かったあいつ自身のせいだ」

 

 どうやら戒斗とチーム・蒼天のリーダーは顔見知りらしい。戒斗の言葉を聞いた蒼天のリーダーはヘラヘラと笑っている。

 

「おお?責任転嫁か?」

 

「それはお前の方だろう?なぜあいつが俺を襲ってきたのか……その落とし前ぐらい付けようとは思わないのか?」

 

「踊れないあいつにチャンスをやったんだ。よそ者のお前にとやかく言われる覚えはねえ」

 

 戒斗はチーム・蒼天のリーダーを睨みつけながら、彼を鼻で笑った。

 

「ああ、その通りだ。あいつはビートライダーズのルールに負けて死んだ。だがこのルールは腐っている。周りの目に怯えて生まれた弱者のルールだ。俺はそんなルールに縛られるつもりはない」

 

「なんだかんだ言って復讐が目的かよ。付き合ってられねえな」

 

「復讐?違うな。俺はこのビートライダーズのルールも、そのルールの中で強者を名乗る貴様らも気に入らん。貴様らを踏みにじる理由はそれだけで十分だ!」

 

 目の前で繰り広げられた会話の内容に初瀬も城乃内も思わず息を呑んだ。人が死んだ?

 縄張り争いはダンスの延長だと思っていた初瀬と城乃内にとって、彼らの思考は全く共感できるものではなかった。二人が呆然としているうちに、チーム・バロンとチーム・蒼天は激しい抗争を始めている。

 バロンのサブリーダーと思しき長身の男・ザックは自慢の拳で二人の敵を相手取っている。ペコは他のメンバーの殴り合いから距離を取り、木材に輪ゴムを括り付けたパチンコでチーム・蒼天のメンバーを狙い撃つ。

 ほかのバロンのメンバーも善戦しているが、その場で最も目を引いていたのが駆紋戒斗だ。立ち向かってくるチーム・蒼天のメンバーをその長い足を生かした蹴りでほとんど一人一撃のペースで仕留めている。仲間のメンバーが一人また一人と倒れていくようすを目の当たりにして、チーム・蒼天のリーダーはわずかに後ずさった。

 

「くそっ」

 

 蒼天のリーダーはそう言うと、戒斗に背を向けて逃げ出そうとする。しかし、上着の後ろ襟を誰かに掴まれて強引に振り向かされる。男が振り向くと、戒斗が顔を近づけていた。戒斗は胸倉を掴み自分の顔を近づけて言い放つ。

 

「やはりな。貴様に強者の資格はない!」

 

 その言葉が終わると、戒斗はチーム・蒼天のリーダーの顔面に思い切り拳を叩きこんだ。殴られた男はその場で伸びてしまう。

 抗争が終わると、観客は皆逃げていなくなっていた。戒斗はチーム・バロンのメンバーを引き連れてその場を立ち去ろうとするが、その場に残った城乃内と初瀬のに目を向ける。

 

「さっきのステージにもいたやつらだな。なにか用か?」

 

 戒斗がそう問いかけると、初瀬が声を上げた。

 

「チーム・レイドワイルドの初瀬亮二だ。ただテメーらが気に食わねぇってだけだよ」

 

「さっきも言ったぞ。用があるならいつでも相手をする。ちょうどいい、明日潰すのはお前らだ。精々震えて待っているんだな」

 

 戒斗は再び歩き出す。彼の背中を睨み続ける初瀬に城乃内は恐る恐る声を掛ける。

 

「初瀬ちゃん、これマジでやばくない?」

 

 城乃内を無視して初瀬は歩き出した。

 

7.

 

 初瀬と城乃内はバロンの宣戦布告を受けてからしばらく歩き、行きつけのフルーツパーラー・ドルーパーズに入った。すぐに店主の阪東が二人に声を掛ける。

 

「おう!城乃内と初瀬か」

 

「阪東さん、俺は今日のお任せで」

 

「チェリーサンデーを頼む」

 

「あいよ。すぐできるからな」

 

 城乃内と初瀬が立ったまま注文を済ませると、カウンター席に座っていた茶髪の女性が二人に声を掛けてきた。

 

「随分深刻な顔してるね」

 

「アザミ……」

 

 城乃内は彼女の顔を見るなりそう呼んだ。彼女はチーム・ナックルのリーダーだったアザミ。それが彼女のファーストネームなのかファミリーネームなのかは定かではないが、ビートライダーズ達の間ではそう呼ばれている。

 本名は詮索し合わないのが、ビートライダーズの間では不文律となっているのだ。

 

「バロンに挑まれたんだって?お気の毒ね」

 

 おそらく弟のペコから仕入れた情報だろう。初瀬が何も言わずにカウンター席についたので、城乃内がアザミに応える。

 

「俺は関係ないよ。挑まれたのはレイドワイルドだけ」

 

 城乃内はそういって、アザミと初瀬の中間の席に着いた。

 

「でも、戒斗は南のステージはレイドワイルドとインヴィットの共用だから一緒に潰す、って言ってたらしいよ?あなたも初瀬と一緒に北のステージにいたんでしょ?」

 

 ビートライダーズの保有ステージは頻繁に移り変わる。紆余曲折を経て、南のステージは現在チーム・インヴィットとチーム・レイドワイルドが保有している。とばっちりを受けたことを知って城乃内はカウンターに倒れこんだ。

 

「マジかよ~」

 

「ほらできたぞ。これ食って元気出せ」

 

 阪東が城乃内と初瀬の目の前にそれぞれのパフェを差し出す。城乃内が注文した日替わりパフェは、パインとイチゴ、オレンジのミックスパフェだ。レモンフレーバーを利かせたホイップクリームが味のアクセントになっている。

 初瀬のチェリーサンデーはアメリカンチェリーがふんだんに使われたフルーツサンデーだ。ソフトクリームにもアメリカンチェリーの果汁が使われており、酸味の利いたサクランボジャムが味をギュッと引き締めている。サクランボ好きにはたまらない逸品だ。

 

「ていうか、お前は悔しくねえのか?リーダーだったのにチーム乗っ取られてよ」

 

 今度は初瀬がサンデーを食べながらアザミに毒づいた。しかし、アザミはあまり気にした様子はない。

 

「ナックルは、誰のモノでもなかったのよ。あのチームがどこにも行き場のない人の居場所であれば、私はそれでいいの。シュラが追い出されたのは気の毒だったけどね」

 

 アザミはコーヒーが入ったカップを見つめて淡々と語った。今度は城乃内が口を開く。

 

「あのチームが居場所になるのか?」

 

「戒斗は弱い人間の敵っていうわけじゃないわ。彼の敵は強くあろうとしない人間よ」

 

「どういう意味だよ」

 

「さあね。二人も頑張って。応援してるから」

 

 そういってアザミは席を立ち、会計を済ませると城乃内たちに軽く手を振って店を出た。

 

 城乃内は今度は初瀬に話しかける。

 

「ねぇ、初瀬ちゃん。俺と組まない?戦いは数が多い方が有利でしょ?」

 

「はっ?なんでテメーと組まなきゃいけねぇんだよ。お断りだ」

 

「初瀬ちゃんのせいでインヴィットも巻き込まれてるんだ。責任とってよ」

 

「知るか」

 

 そういって初瀬もサンデーを平らげ席を立った。城乃内も慌ててパフェを口の中にかき込み彼についていく。

 

8.

 

 初瀬が向かったのは南のステージだ。初瀬は黙って観客の空間からステージを見つめている。

 城乃内はズボンのポケットに手を突っ込んだまま初瀬の前に回り込んだ。

 

「マジな話さあ、レイドワイルドだけじゃバロンに潰されるのは目に見えてる。初瀬ちゃんのチーム、喧嘩慣れしてる奴いないでしょ?」

 

「だったらなんだ?」

 

 初瀬は面倒臭そうに目を逸らす。

 

「それはインヴィットだって同じだ。だから力を合わせて戦おうよ」

 

「お前みたいなヤツと手を組むなんて死んでも御免だね」

 

 初瀬の返事を聞くと城乃内はステージ下の段差に座りこんだ。

 

「へえ。初瀬ちゃんにとってレイドワイルドってその程度の存在なんだ…なんか見損なったよ」

 

「あっ?今なんつった?」

 

 初瀬は城乃内を睨みつけるが、城乃内も初瀬を見返した。

 

「バロンの奴ら、この縄張り争いに命懸けてるよ。初瀬ちゃんはそんな奴らに啖呵をきったんだ。スゲー覚悟だと思ったよ。でも実際はただの見栄張りだったってことでしょ?正直がっかりだね」

 

「もう一回言ってみろ」

 

 初瀬は城乃内の胸倉を掴み強引に立ち上がらせる。顔を近づけてくる初瀬に城乃内は真剣な声で訴えかけた。

 

「俺はインヴィットを守りたい。そのためだったらどんな手でも使うよ。初瀬ちゃんはレイドワイルドを守りたくないの?」

 

 城乃内と初瀬はしばらく黙ってにらみ合っていた。そんな彼らが突然、「何か」に突き飛ばされる。

 

「痛って…!!」

 

「なんだよ!?」

 

 自分たちを突き飛ばした相手を見た二人は目を見開いた。

 

「ガゥゥ…」

 

 巨大な頭部をもった灰色の怪物が城乃内と初瀬の目の前に立っていた。

 

「おい、なんだよこのでっかいインベス…」

 

 二人を突き飛ばし灰色の怪物は、当時沢芽市に出回り始めた錠前で呼び出すデジタルクリーチャー「インベス」とそっくりだった。

 

「とにかく逃げなきゃ!」

 

 城乃内と初瀬は突如現れた異形の生物から逃げようとすると、青いカミキリムシと赤いトナカイの様な等身大の化け物が二人の行く手を塞ぐ。混乱しながら初瀬は声を漏らした。

 

「こいつもインベスなのか…?」

 

「初瀬ちゃん、後ろにいる灰色のインベス。あいつなら動きのノロそうだし抜けるんじゃない?」

 

 

 初瀬は灰色のインベスに目を向ける。

 

「よっしゃ。乗った」

 

 初瀬は城乃内に目を合わせると二人同時に走り出した。灰色のインベスの間合いに入る直前、今度は城乃内が初瀬に目を合わせた瞬間、二人はインベスの目の前をクロスするような角度で走る向きを転換する。灰色のインベスは獲物たちの予想外の行動に混乱したように両腕を振り乱してその場で地団太を踏んだ。

 

「よっしゃ!」

 

「やったぜ!初瀬ちゃん!」

 

 しかし、インベスを抜いて逃げる城乃内と初瀬の向かう先には黒いスーツにタイトスカート桃色のブラウスを身につけた小柄な女性が立っていた。城乃内はインベスに追われていることも忘れ、女性の長くしなやかな足に一瞬見とれていると次の瞬間、自分の腹に激痛を感じる。

 

「がぁっ…」

 

 見ると目の前にいたはずの女性が自分の腹に膝蹴りを入れていた。何が起こったのかわからないまま城乃内は意識を失ってしまう。初瀬はその光景に驚愕するが、すぐに我を忘れてその女性に殴りかかる。

 

「このっ!」

 

 だが次の瞬間初瀬の視界からその女性は姿を消していた。それだけでなく自分の体が宙に浮いている。女性は初瀬が殴り掛かるのと同時に身をかがめ回し蹴りの要領で初瀬の足をすくったのだ。初瀬の体が宙に浮くと女性は一瞬で立ち上がり、初瀬の腹に踵落としを打ち込み地面に叩き付ける。

 

「くぁッ…」

 

 身体の自由が封じられ受け身をとることもできない。初瀬は激痛の中で意識を失った。

 それを確認すると女性は声を上げる。

 

「主任、プロフェッサー、あとはお任せします」

 

 スーツ姿の女性がそう言うと、二人の男が現れた。一人はスーツにノーネクタイ、右ポケットに緑のスカーフをあしらった、顔の彫りが深い男。もう一人は白衣の下にネギシャツを着た男。黒髪の中に混じった一房の白髪が印象的だ。白衣の男が女性に声をかける。

 

「湊君(みなと )、お手柔らかにね」

 

「まったく、エゲつないねぇ。おっ、呉島主任。もう近くに人はいないぜ」

 

 さらに皮肉な口調で言いながら現れたのは、ドブネズミのような顔をした怪しげな男だ。

 彼は全身黒い柄モノの衣服に身を包んでいる。

 

「シド、ご苦労だったな」

 

 スーツ姿の男がを労いの言葉をかけると、「シド」呼ばれた黒ずくめの男は黒いハットの鍔を指でなぞって、形ばかりの礼をした。スーツ姿の男はそれを気にせず、白衣の男に声をかけた。

 

「いくぞ凌馬」

 

「ああ。貴虎」

 

 『貴虎』と呼ばれたスーツの男と、『凌馬』と呼ばれた白衣の男は、なにやらブレードの付いたバックルを腹にセットする。すると、二人の腰周りに黄色い蛍光色のバンドが現れた。

 貴虎と凌馬は、それぞれフルーツの意匠が施された錠前を解錠する。

 

『メロン!』

『レモン!』

 

 二人は錠前をドライバーにセットし、ブレードを倒す。貴虎と凌馬は一瞬顔を見合わせると、声を揃えて叫んだ。

 

「変身!」

 

『メロンアームズ!天下御免』

 

『レモンアームズ!Incredible RYOMA!(インクレディブルリョーマ)

 

 貴虎は純白のライドウェアにメロンの鎧を纏いしアーマードライダー・斬月に、凌馬は青いライドウェアにレモンの鎧を纏うアーマードライダー・デュークに、それぞれ変身を完了させた。

 

 世界のすべての罪を背負おうとした男、呉島貴虎。

 世界のすべてを手に入れようとした男、戦極凌馬。

 

 やがて道を分かつ二人、思いを共にした最後の戦いが今、始まる。

 




ということで過去編は前後編となっています。
この話を投稿するかどうかは最後まで迷いました。
是非読者の皆さんの感想をお聞きしたいです。
辛口コメントも大歓迎です!


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第十二話 『始動 鎧武』

少し間を空けてしまいましたがお待たせしました。過去編、完結です。


1.

 

 チーム・バロンが鮮烈なデビューを飾った、その夜

 

 斬月とデューク、ユグドラシルが誇る二人のアーマードライダーは三体のインベスと向かい合っていた。

 

 和の意匠が入った斬月、西洋風の騎士の装飾が施されたデューク、方向性は違うが両者とも言い知れぬ高貴な風格を纏っている。

 

 斬月は左手にメロンの模した盾型のアームズウェポン「メロンディフェンダー」を、右手には銃口付きのマルチウエポン「無双セイバー」をそれぞれ構える。月光を纏ったその出立ちの威圧感たるや凄まじい。

 デュークはレイピア型のアームズウェポン「レモンレイピア」を飄々と構える。威圧感こそ斬月に劣るが、その態度からは勝利を確信している者特有の余裕が感じられる。

 斬月は目の前に迫ってきた灰色のインベスに無双セイバーの銃口を向け、引き金を引く。

 

「ジェッ…!」

 

「はああ!」

 

 斬月は怒号を上げながら、先制攻撃に怯む下級インベスの元に走り込み、その勢いのままに上段から無双セイバーを振り下ろす。

 

「ジビャー!!」

 

 奇声を挙げながら膝をつく下級インベスの腹に、斬月はすかさず無双セイバーの刃を鋭く突き刺した。斬月の猛攻の前に下級インベスはなす術なく爆散する。

 

「シュ……シュベェ~」

 

 下級インベスの最期を看取ったカミキリインベスとトナカイインベスは斬月を凝視する。

 どうやら、斬月を自分たちの敵と認識したらしい。

 デュークは斬月の傍らにまで歩み寄る。その足取りはどこか芝居がかっており、戦士としての緊張感は微塵も見られない。

 

「今貴虎が倒したインベスを含めて3体……今回はこれで終わりか……」

 

「ヘルヘイムの森と違って、長居はできない。一気に決めるぞ」

 

 斬月は再びメロンディフェンダーと無双セイバーを構えた。二体のインベスは斬月とデュークにゆっくりと歩み寄る。カミキリインベスは頭部から伸びる二本の触覚を斬月に向けて走らせると、斬月はすかさず無双セイバーでその触覚を切り刻み無効化する。

 カミキリインベスが怯むと、デュークは素早く駆け寄りレイピアで強烈な突きを放った。

 

「データ収集のためだ。付き合いたまえ」

 

 デュークはそう言って、カマキリインベスに追撃の突きを放つ。

 カミキリインベスを圧倒するデュークに、トナカイインベスが襲い掛かかろうとするが、その身体を緑色の何かが吹き飛ばす。見るとメロンディフェンダーが空中をブーメランのように旋回しており、斬月の左腕に戻っていく。

 

「油断するな。凌馬」

 

 駆け寄ってきた斬月に、デュークは左手を自身の胸に合わせて仰々しくお辞儀をする。

 

「感謝するよ貴虎。しかし、君が(そば)にいてくれれば、危険なんて何もないさ」

 

「フン……カミキリムシのインベスは任せたぞ」

 

 斬月はデュークは、無双セイバーとレモンレイピアを互いに交換する。

 

 斬月はトナカイインベスに駆け寄り、相手の攻撃をメロンディフェンダーで受け止めながら、レイピアで敵の急所を突いていく。

 

 一方のデュークは、ベルトから錠前を取り外し、無双セイバーにセットした。

 

『イチ、ジュウ、ヒャク……!レモンチャージ!』

 

 デュークはレモン色のエネルギーを纏った無双セイバーの刃でカミキリインベスを切り付ける。

 軽く振るだけでインベスはそのエネルギーの衝撃に怯み、動きは目に見えて悪くなる。

 

「これが私達が作り上げたベルトの力だ……!」

 

 デュークは無双セイバーの銃口をカマキリインベスに向け、その引き金を引く。

 

『レモンパワー!』

 

 無双セイバーは電子音声とともに、レモン型の弾丸を銃口から発射する。カマキリインベスはその銃弾を受け、たちまち爆散した。デュークは敵が爆死したことを確認すると、すぐさま斬月に錠前を外した無双セイバーを投げてよこす。

 

「貴虎!」

 

「任せろ!」

 

 斬月は咄嗟にレモンレイピアをその場に捨て、無双セイバーをキャッチするとその勢いのままに目の前のトナカイインベスを斬り付ける。敵が怯んだのを確認すると、ベルトの錠前を外し無双セイバーにセットした。

 

『イチ、ジュウ、ヒャク……!メロンチャージ!』

 

「はあ!」

 

 斬月は一瞬構えをとると、メロンのエネルギーを込めた刃でトナカイインベスをけさ斬りにする。

 斬月必殺の一撃を受けたトナカイインベスは、すぐさま爆散した。

 

「貴虎、やっぱり君はすごいね」

 

 変身を解除した凌馬が話しかけてくると、斬月も変身を解除して応える。

 

「いつも言っているだろう。お前の力があればこそだ」

 

 貴虎がそういうと、先ほど「シド」と呼ばれた黒い服の男が凌馬のもとに寄ってくる。

 

「でっ?レモンロックシードの実践データはもういいのかい、プロフェッサー?」

 

「ああ!これで初期型ロックシード、全100種の調整およびデータ収集が完了した。ようやくエナジーロックシードの開発に移行できる」

 

 凌馬がそう言うと、貴虎が何か思い出したように凌馬に問いかける。

 

「それはそうと、ドライバーのアップグレードの件は進んでいるのか?」

 

「ああ。来月には実験用サンプルが完成する予定だ。前回のアップデートでは安全性を考慮して泣く泣くオミットしたが、ロックシードのエネルギー出力をドライバー本体で一定時間向上させる機能を実装する。今まで以上にアームズウェポンの攻撃の幅が広がる。当然、ロックシードの生成機能と栄養摂取機能もこれまで通り完備されているよ。このアップデートが済んだら初期型ドライバーの当初予定された機能はすべて揃う。あとは毒素のフィリタリング機能を低下させずにイニシアライズシステムのオミットを実現できれば、量産も可能になって来るんだが……これがまた難行しててね」

 

「始まったちまったよ、プロフェッサーの一人語りが」

 

 マイペースに喋りだす凌馬にシドが愚痴を漏らすと、今度は「(みなと)」と呼ばれたスーツ姿の女性、湊曜子が口を開く。

 

「そういえば、完成品のドライバーの名前はどうするのですか?今、主任とプロフェッサーが使ってらっしゃるのが……その……」

 

「あぁ!『ユグドライバー』だ!しかし、次のドライバーは性能としては完成品と言えるからね……さて、どうしたものか……」

 

 凌馬がまた一人で盛り上がり始めたが、直ぐに貴虎が口を挟む。

 

「お前が作り上げたドライバーなんだ。『戦極ドライバー』でいいだろう」

 

「あんた、マジか……」

 

 シドが化け物を見るような目で貴虎を見つめる一方で、凌馬は貴虎の言葉に手を叩いて笑い出した。

 

「いいねそれ!さすが貴虎だよ!ハハハッ!」

 

「それより主任さんよう、こんなペースでインベスが出現していたら…すぐ一般人にもインベスやヘルヘイムの森の存在がばれるぜ?」

 

 シドがそう言うと、貴虎は天に伸びる大樹ようにそびえ立つ巨大なオフィス、通称「ユグドラシルタワー」に目を向ける。

 

「インベスの実体化機能を制限したロックシードの流通量を、来月から大幅に増やす。それでカモフラージュをすればいい」

 

「まったく……売る方の身にもなってもらいたいねぇ」

 

 不平を漏らすシドの肩に、凌馬が腕を回し話しかける。

 

「クラックが活性化するまでには、戦極ドライバーの実践データも揃うだろう。それを基にした新型ドライバーが実戦投入されれば……インベスの駆除は劇的に進む。計画は順調だよ……!」

 

 凌馬はそう言いながら、貴虎と曜子にも無邪気に目を走らせる。

 

「プロジェクトアークの本格的な始動まであと2年ですか」

 

 凌馬が言った「計画」という言葉に反応したのか、湊曜子は独り言のようにそう呟いた。

 

「なんとしてもプロジェクトを成功させ、人類を救う。それが私たちの使命だ」

 

 貴虎は決意を込めて己の信念を語る。

 しかし、この4人の中のある者は新たな世界とそれを導く神の誕生を、ある者は自分のすべてを奉げるにふさわしい王を、またある者はすべてを蹂躙するための力をそれぞれ求めていた。4人をつき動かす運命は、すでに狂い始めている。

 

 

2.

 

「俺達が目を覚ました時には、そいつらはその場からいなくなってた」

 

 初瀬がそこまで話すと、今まで黙って彼の話を聞いていた一葉が口を挟む。

 

「……ねぇ。なんで亮二が気を失った後も、しれっと話を続けたの?」

 

「その辺の下りは別のヤツに聞いたんだ」

 

 初瀬は即座に彼女の質問に答えたが、その内容はイマイチ釈然としない。

 

「いや別のヤツって……」

 

 一葉は納得が行かない様子だが、初瀬はそんな姉に構わずにまた話を始めた。

 

 

3.

 

 真っ赤に燃える太陽の光を瞼の上に浴びて、初瀬亮二は目を覚ました。体を起こそうとすると、背中と腹がひどく傷む。その痛みで、意識を失う直前の記憶が少しずつ蘇ってきた。

 

「……なんだったんだよ。あれ……」

 

 初瀬はそう呟いて、何とか上半身を起き上がらせると、周囲を見回した。目に留まったのは南のステージだ。

 自分は城乃内と南のステージで言い争っていた最中に、インベスに襲われた。そして、インベスから逃げられたと安心した瞬間に、スーツ姿の美女に二人とも打ちのめされたのだ。初瀬の記憶はそこで途切れていた。

 

 あのインベスは何なのか。あの美女は何者なのか。あの後、彼女たちはどうなったのか。まだ目覚めきっていない意識のなかで次々に疑問が流れ出る。

 

「イってっ……!なんだよこれ!?」

 

 不意に声が聞こえて、初瀬の思考は途切れた。声がした方を見ると、城乃内が腹を押さえてうつ伏せに倒れている。彼が愛用する眼鏡のレンズにはヒビが入っていた。初瀬が城乃内を見ていると、城乃内もその視線に気が付いたのか、初瀬に目を向けた。

 

「初瀬ちゃん……あっ、そうだ!今何時!?」

 

 それよりも気にするべきことがあるだろう。初瀬はそう思ったが口には出さなかった。

 初瀬はため息を吐いて、自分の腕時計に目をやる。

 

「6時半…ずいぶん経ったな……」

 

「え……!?もうそんな時間?夕方じゃないよなァ!」

 

 城乃内はそう言って、自分のスマートフォンを取り出した。

 

「……よかった。まだ朝だ。……ってなんだコレ?チーム・バロンのメッセージ?」

 

「はぁっ!?」

 

 城乃内の言葉を受けて、初瀬は慌てて彼のスマートフォンを覗き込む。

 

『H…ELLOOO!!沢芽シティ!!DJサガラの「ビートライダーズ・ホットライン」へようこソゥ!!今日もみんな!ビートにノッテるかイ?』

 

 城乃内のスマートフォンから、ハイテショションなラジオDJ風の男の声が響く。

 城乃内が観ているのは『ビートライダーズ・ホットライン』。ビートライダーズの情報を発信することに特化したネット動画番組だ。配信者であるDJサガラという男のハイテショションで的確な解説が話題となり、すぐにサイトのページはビートライダーズ関連の情報の共有する場として浸透した。

 

『今日は期待のニューカマァー!チーム・バロンから!ホットなメッセージがとどいているゼ!!では、サッソク見てみよう!!HERE WE GO!!』

 

 サガラがそう言うと、画面の映像が切り替わる。駆紋戒斗の姿が画面に映し出された。戒斗は後ろに他のメンバーを従えている。

 

『チーム・バロンのリーダー、駆紋戒斗だ。北のステージは俺たちチーム・バロンが奪い取った。だが……これで終わらせる気はない。俺はビートライダーズに分けられた、4つのステージを全て手に入れる。次は南のステージだ。インヴィット!レイドワイルド……!明日の午後3時、貴様らのステージを奪いに行く!痛い目を見たくなかったら、尻尾を巻いて逃げるがいい!』

 

『Hey!Hey!Hey!こいつはとんだアウトローだ!拳と拳!魂と魂がぶつかるドッグファイト!この挑発にインヴィットは!?レイドワイルドは!?応えるのカァ!?背を向けるのカァ!?ますますビートライダーズの今後から、目が!離せないゼ!!』

 

「ホント、何処(どこ)までもコケにしてくれるね……!」

 

 城乃内はそう言うと立ち上がり、地べたで胡坐をかいている初瀬に手を差し出す。

 

「昨日も言ったけど、戦いは(かず)だ。今はお互いのチームを守るために、手を組むしかない」

 

 初瀬は何も言わずに城乃内の手を払いのけた。そして、ふらつきながら自力で立ち上がる。

 

「初瀬ちゃんッ……!?」

 

「今回だけだ……今回だけはお前を使ってやる」

 

 初瀬は城乃内の顔を見ずにそういった。

 

4.

 

 初瀬は自分のスマートフォンを取り出すと、幾つも着信があったことに気付く。履歴を見ると、全てチーム・レイドワイルドのメンバーからのものだった。おそらく、レイドワイルドがチーム・バロンの標的になったことを知って、慌てて初瀬に連絡を取ろうとしたのだろう。

 初瀬は一番先に着信があった「デーブ」というメンバーに電話を掛ける。

 呼び出し音が2回鳴っただけで、デーブは電話に出た。

 

『リ、リーダー!?なんで俺らがバロンに狙われてるんですか!?』

 

狼狽(うろた)えてんじゃねえ!!勝てばいいんだよ!勝てば!」

 

『で、でもっ!動画でも見ましたけど…アイツら、めちゃくちゃ強いじゃないですか!』

 

 初瀬も予想はしていたが、デーブは相当チーム・バロンの宣戦布告に怯えている。昨日、デーブはチームの活動に参加していなかったので、バロンの脅威は動画で初めて目の当たりにして動揺しているのだ。他のレイドワイルドのメンバーもデーブ程は動揺していなくても、怯えているという点ではデーブと大差ないだろう。

 

「オレを信じろ!あの場所は俺達がダンスで勝ち取った場所だ。これからも、レイドワイルドが南のステージで踊るんだよ!」

 

『俺もそうしたいですけど……でもっ!』

 

「戦うしかない……!居場所を守るためには、戦うしかないんだ!」

 

『……!』

 

 電話越しに、デーブが息を呑むのが分かった。初瀬はここが勝負とばかりに呼びかける。

 

「……デーブ!」

 

『リーダーと一緒なら、俺も変われるのかも……』

 

「はっ……?」

 

 初瀬にはデーブの言葉の意味がよく呑み込めなかったが、デーブが今度は大きな声で初瀬に語り掛ける。

 

『決めました。俺も……闘います!他の奴らも絶対説得してきます』

 

「……おう!」

 

 初瀬は内心驚いていた。デーブがここまで奮起してくれるとは、思ってもみなかったことだ。何はともあれ、チームの士気が上がるのに越したことはない。

 初瀬はデーブとの通話を終えると、城乃内に目を向けた。城乃内でスマートフォンで誰かと連絡を取っている。それが終わりスマートフォンをしまうと、城乃内は初瀬に向き直った。

 

「初瀬ちゃん、バロンの奴らが来る前に、一つお願いしたいことがあるんだ」

 

「なんだよ?」

 

 初瀬がそう言うと、城乃内はいつものヘラヘラした態度で話しかける。その態度が今は妙に頼もしい。

 

「今、南のステージの使用権、インヴィットも持ってること知ってるよね?」

 

「それがどうした?だから俺達が組むことになったんだろ?」

 

 初瀬が問いかけると、城乃内は彼の目を見据える。

 

「インヴィットの使用権、レイドワイルドに渡したいんだけど」

 

「はぁっ!?」

 

 呆気に取られている初瀬を見ながら、城乃内は左手で眼鏡の位置を直し、狡猾そうに目を光らせた。

 

 

5.

 

 午後3時、南のステージに3つのチームが集合した。

 チーム・インヴィットとチーム・レイドワイルドの連合軍が、チーム・バロンと相対する形になっている。

 

「やはり徒党を組んだか、手間が省けていい」

 

「抜かせ。ここでテメーらをぶっ潰す」

 

 初瀬は真っ先に戒斗に向かって走っていく。

 

「先手必勝だ!」

 

 初瀬はその勢いのままに左ストレートを打ち込むが、気付くと自分の左頬に鋭い痛みを感じる。初瀬は思わず後ずさり、戒斗が右の拳で強烈なクロスカウンターを叩きこんだことに気付く。怯んだ初瀬に、戒斗は渾身の左アッパーを叩きこんだ。

 

「ガッ……」

 

 頭が震え、一瞬頭が真っ白になる。ここで気を緩めれば、直ぐに意識を失う。

 

「くそったれ!」

 

 初瀬は歯を必死に食いしばり、後方に倒れかけた上半身を支えるため、両足で大地をしっかり踏み直す。

 

「リーダー……」

「リーダーっ!」

 

 初瀬は、後ろで声を漏らしたレイドワイルドの仲間に顔を向けると、今度は戒斗に向き直って言った。

 

「まだ、終われねぇんだよ……!」

 

「ほう。今のを耐えたか……根性だけはあるようだな」

 

 戒斗が余裕の笑みを浮かべてそう言うと、初瀬は彼の目を睨み付ける。本当は目眩と吐き気で今にも倒れそうだったが、ここで倒れるわけにはいかない。初瀬は精一杯の虚勢を張る。

 

「……悪いが昨日、お前よりずっと強い奴とやり合ったばっかりなモンでな……」

 

「ほう。お前の様子を見るに、負けたようだが?」

 

「……ッ、うるせぇ!余計なお世話だ!」

 

 初瀬は自分を奮い立たせ、再び戒斗に殴りかかっていく。

 

 デーブ達が初瀬の奮闘に見入っていると、城乃内が声を上げた。

 

「ほらほら、あの二人ばっかり戦っても仕方ないでしょ?行くよ、レイドワイルド」

 

 城乃内が前に出ながらそう言うと、他のレイドワイルドのメンバーも臨戦態勢に入る。しかし、インヴィットの女性メンバー達は逆に一歩下がった。

 

 デーブは恐る恐る、城乃内に問いかける。

 

「あの……あの子達は見てるだけですか?戦ったりは……?」

 

「はっ?女の子にケンカさせるわけないじゃん」

 

「ないじゃん!」

 

 城乃内が平然と言ってのけると、インヴィットの他のメンバーも何故か彼の言葉を復唱する。

 レイドワイルドのメンバー全員が一瞬天を仰いだ。彼女たちが戦わないなら、レイドワイルドがインヴィットと同盟を組んで得た戦力は、城乃内一人ということになる。

 

 せめて、城乃内の実力が高いことを願い、レイドワイルドのメンバーは全員彼に視線を送った。

 

 城乃内はそのまま一人で歩き出て、バロンのサブリーダー・ザックと対峙する。

 

「よう。バロンでも二番手?付いていくリーダーは誰でも良かったんだ?」

 

「確かに、このチームにアザミさんはいない。でもな、あの人に教えてもらったダンスはオレの身体にちゃんと染み付いて残ってる。オレは沢芽市で一番のチームの一員として、アザミさんに教えてもらったダンスをこれからも踊り続ける。その邪魔になる奴に容赦はしない。それだけだ!」

 

「へぇ、じゃあこっちも容赦はしないよ?」

 

 城乃内はそう言ってファイティングポーズを取る。しかし……

 

「イッテっ!なんだァ!?」

 

 突然、後頭部の痛みが城乃内を襲った。城乃内が咄嗟に後ろを振り返ると、ペコが澄ました顔でパチンコを構えている。

 

「アイツっ……!」

 

 城乃内は顔を真っ赤にしてペコに歩み寄ると、その背中にザックが思い切り蹴りを浴びせる。

 

「…うおォっ!?」

 

 今度は背中に衝撃を受けて、うつ伏せに地面に倒れ込んでしまう。また城乃内が振り返ると、ザックが城乃内を蹴るために前に突き出した右足を下した。

 

「飛び道具なんて汚ねぇぞ!」

 

 城乃内は自分を見下ろすザックを指さして吐き捨てるように叫んだ。

 

「うろせぇ!!」

 

「ブふッ…!」

 

 ザックはそんな城乃内の左のこめかみにローキックを見舞って、彼を黙らせる。

 城乃内は無様に転げまわり、フラフラの足で立ち上がる。腰は完全に引けている。先程までの余裕は何処にもない。

 

「よっわ・・・・・・・」

 

 その場の誰もが、城乃内に対して侮蔑とも言える感情を持った。しかし、デーブを初めレイドワイルドのメンバー達の中には別の感情がジワジワと湧き上がってくる。その感情は「不安」「焦り」「恐怖」、これから自分たちはバロンと戦って成す術なく蹂躙される。そのイメージが彼らを支配しているのだ。

 

「おっ……俺達も行くぞォ!」

「ォ…オォー!!」

「あぁ……行くぞォー!」

 

 

 デーブ達はそのイメージを振り払うために、ただ我武者羅にバロンのメンバー目掛けて突撃して行った。大声を上げて自身を奮い立たせてはいるが、所詮は喧嘩慣れしていない素人集団だ。

 

「たくっ、オタクどもが息巻くな…よっ!」

 

「う……うるさいっ!」

 

 チーム・バロンはその団結力を武器に、レイドワイルドの無軌道な攻撃をいなし、隙を見ては苦戦する仲間のアシスト狙う。

 チーム・バロンのメンバーも素人集団という点では同じだが、駆紋戒斗という圧倒的なリーダーの元で団結する彼等の動きには、レイドワイルドのメンバーにはない気迫と余裕がある。

 数ではチーム・レイドワイルドと互角のチーム・バロンだが、彼らはレイドワイルドのメンバーを一人、また一人となぎ倒していった。

 

「あらら。やっぱりシンドイかぁ?」

 

「オイ!逃げんな!城乃内!」

 

 苦戦を強いられてい連合チームの中で、比較的冷静に戦えているのは、先ほどまでザックとペコに翻弄されていた城乃内だ。

 

 デーブにマウントポジションを取って殴りつけようとする金髪のバロンのメンバーを、城乃内はドロップキックで吹き飛ばす。

 

「っぐ……城乃内さん…」

 

「ほ~ら、しっかりしろ。レイドワイルド!」

 

 城乃内はそう言ってザックに向かって行く。

ザックもなかなか城乃内に決定打を与えられないでいた。城乃内は終始へっぴり腰で、ザックの攻撃をかわしては申し訳程度にキックやジャブで応戦している。

 そして、ザックから距離を取っては、苦戦しているレイドワイルドのメンバーへのアシストを決める。

 

 しかし、それも長くは続かなかった。

 

「……っ!」

 

 城乃内は自分の上着の後ろ襟が捕まれたのを感じ、咄嗟に振り返る。

 

「茶番はそのくらいにしておけ…!」

 

 駆紋戒斗はそう言って、振り返った城乃内に顔を近づけた。城乃内が振り返る瞬間、戒斗は右手で城乃内の前襟を掴んで自分に引き付けた。城乃内は爪先立ちの体勢になってしまう。この体勢で自由に動くことは極めて困難だ。

 

「ぐッ…!ハハッ……アレ?初瀬ちゃんは?」

 

 城乃内は冷や汗をかきながら、軽口を飛ばす。戒斗は城乃内を睨みつけながら言った。

 

「負け犬らしく這いつくばっている」

 

 城乃内が戒斗の背後を見ると、初瀬が腹を抑えて倒れていた。意識は失っていないが全身が痙攣している。

 

「初瀬ちゃんッ……」 

 

「貴様も今からこうなる……それが弱者の末路だ!」

 

「あぁ~、ヤバいかなコレ」

 

 城乃内は軽口を叩きながら、顔を強張らせる。

 その場の誰もがインヴィットとレイドワイルドの敗北を確信してたその時、駆紋戒斗はある異変に気付く。

 

「…バイクか……?」

 

 先程まで閑散としていたステージの外からバイクのエンジン音が鳴っているのだ。その音は猛烈な勢いで大きくなり、バイクが北のステージに迫っていることが分かる。

 バイクの姿が見えた瞬間、ザックが叫び声を上げた。

 

「戒斗!こっちに来るぞ!」

 

 ザックがそう言うや否や、二台のバイクがエンジンの爆音を轟かせながら北のステージに進入し、城乃内と戒斗の間を走り抜ける。

 

「チッ……!なんだコイツらは……!」

 

 戒斗は咄嗟に城乃内を突き放し、二台のバイクから身を引いた。城乃内は尻餅をつきながら口元を緩める。

 

「間一髪ってトコかァ…」

 

 二台のバイクは、レイドワイルドのメンバーと城乃内からバロンを引きはがすように走り抜ける。

 

「なッ……なんだよ!?」

 

「うおッ!危ねェッ!」

 

 バロンのメンバー達がそのバイクを避けると、再びバロンと連合チームの間を駆け抜ける。両者を引き剥がすことに成功すると、2台のバイクは城乃内の目の前に背中を見せる形で停車する。

 片方のバイクには銀髪の青年一人が乗っており、もう片方のバイクには運転手の黒髪の青年の後ろに小柄な少女が乗っている。

 彼らはチーム鎧武のユニフォームである青色のパーカーに身を包んでおり、ヘルメットを外すと自分たちを睨んでいる戒斗に顔を向けた。

 

「アンタが駆紋戒斗か。舞が言ってた通り、とんでもないヤツだな」

 

 そう言ったのは、チーム鎧武のサブリーダー、葛葉紘汰だ。彼の運転するバイクの後部座席に乗っていた高司舞も戒斗を睨み付けている。

 そしてもう一人、もう一台のバイクに乗って現れた銀髪の青年も戒斗に語り掛けた。

 

「別のチーム同士のいさかいに関わりたくはないんだが、ビートライダーズをここまでコケにされて黙ってるわけににはいかないな」

 

「何だ貴様等は?」

 

 戒斗の問いかけに、銀髪の青年が応える。

 

「俺はチーム鎧武のリーダー、角居裕也(すみいゆうや)。そしてサブリーダーの紘汰に、舞だ。よろしくな。新人君」

 

「ほう。自分から潰されに来たか。ならば、それ相応の覚悟は出来ているのだろうな?」

 

 戒斗は、チーム鎧武がこの場で負けた場合はチーム鎧武のステージの使用権を譲渡しろ、と言っているのだ。

 紘汰と裕也はその意を察して、まだ地面に膝を突いている城乃内とレイドワイルドのメンバーの前に無言で歩み寄り、彼らに背を預ける形で並び立つ。舞も二人の後に続いた。三人は戒斗の申し出に応じたのだ。

 

「角居、葛葉…」

 

 初瀬が呆気に取られている横で、城乃内がほくそ笑みながら眼鏡をかけ直す。

 

「城乃内、まさかお前が…」

 

「言ったろ初瀬ちゃん……戦いは(かず)だって…!にしても、来るのが遅いんだよお前ら!」

 

 城乃内が軽口を叩くと、紘汰が彼に食って掛かる。

 

「こっちだってなァっ!今朝いきなり電話で相談されても、バイトで動けないんだよ!」

 

「お前らみたいに暇じゃないからな」

 

「……」

 

 絋汰と裕也が城乃内と軽く言葉を交わすと、舞が無言で絋汰のパーカー右袖を握った。彼女のただならぬ雰囲気に絋汰も眉を潜める。

 

「舞?」

 

「紘汰、裕也……やっぱり、私も闘わせて!」

 

 舞がそう言うと、裕也は彼女の頭にそっと手を置いた。まるで親が幼い子供を宥めている様だ。

 

「ダメだ。喧嘩には手を出さない。そういう条件で舞をここに連れて来たんだ」

 

 裕也の口調は穏やかだが、これだけは決して譲れないという意思を感じさせる。

 

「でも……!ただ見てるだけなんて、私だって……」

 

「舞……」

 

 なお食い下がる舞に、今度は絋汰が彼女の両肩に両手を乗せて語りかけた。

 

「お前はウチのチームの誰よりも踊れる。だからな、こんな所で怪我させるわけにはいかねぇんだ。俺も裕也も最近ロクにチームに顔出せてないしな。こんな時ぐらい良いカッコさせてくれって!」

 

 絋汰にそこまで言われると、舞も言葉を詰まらせる。彼女がまた口を開こうとすると、裕也が舞の目の前にしゃがみこんだ。

 

「大丈夫だ舞。俺達を信じろ……!」

 

「……うん」

 

 舞は顔を下に向けてそう言ったが、すぐにその顔を上げた。その表情には、先程まで見られた迷いはもうなくなっている。 

 

「でも、無理はしないで。それから……絶対に勝って!」

 

 舞の言葉に裕也は頬を緩ませて立ち上がる。

 

「あぁ!勝つさ。なあ、絋汰?」

 

「おう!まぁ、見てろって、舞!そんなに長くは待たせないからさ!」

 

 チーム鎧武の話が纏まると、城乃内がヒョイと立ち上がる。その目は自信に満ち溢れている。

 

「さてと!仕切り直しだね?駆紋戒斗」

 

「ふん。雑魚が笑わせる」

 

 初瀬は城乃内が立ち上がった姿を見届けると、まだ地べたに這いつくばってるレイドワイドのメンバー達に顔を向けた。

 

「お前ら……!立つぞ。このステージを守り抜くんだ!」

 

「リーダー…!はいッ!」

 

 レイドワイルドの面々もフラフラと立ち上がる。

 戒斗は彼等を見ながら眼を鋭く光らせた。数で逆転されてもバロンの勝利を微塵も疑ってはいないようだ。

 

「ほう。まだ立ち上がるか。弱い貴様らが戦ってなんになる?」

 

 戒斗の問いかけに、ふらふらになりながらも初瀬が答える。

 

「きまってんだろ!これからもここで踊るんだよ!」

 

 初瀬がそう言うと、城乃内も前に歩み出る。ポケットに手を突っ込んだまま、いつにない大きな声で叫んだ。

 

「覚えとけ!ここは俺の……俺たちのステージだ!」

 

 城乃内の叫びが最後の戦いの合図になる。両陣営のメンバー全てが互いの敵目掛けて走り出した。

 

6.

 

 両陣営が走り出した瞬間、連合チームの先頭を走る城乃内は初瀬を初めとする連合チームに振り返り振り返って叫んだ。

 

「オレはペコを潰すから。皆は他のヤツらを宜しく!」

 

「はあッ!?」

 

 城乃内のこの発言に連合チームのみならず、チーム・バロンの面々も絶句する。あれだけの大見得を切っておいて、城乃内は敵の大将たる戒斗はおろか、サブリーダーのザックとも戦わないないと言っているのだ。

 当のペコは、自分を標的にした城乃内を苦々しそうな目で睨みつける。

 

「舐めやがってッ…!」

 

「あぁ、舐めてるさ。だってお前、ナックルに未練タラタラじゃん。見てれば分かるぜ?」

 

「うるさいんだよっ!」

 

 城乃内の言葉に逆上したペコは歯を食い縛り、勢い任せに城乃内に殴りかかる。しかし、先ほどまで城乃内が戦っいたザックに比べて、ペコのパンチはパワーもスピードも正確性においても、遥かに劣っている。

 城乃内はその拳をいなしながら、チーム・バロンのジャケットの襟を掴み、ペコの耳元に自分の顔を近付ける。

 

「本当はダンスで勝負したいんだろ?でも無理だよな、戒斗の下にいたんじゃさぁ…喧嘩の余興(よきょう)に踊るのがせいぜいって感じ?」

 

「この……!」

 

 ペコも城乃内の胸ぐらを掴み返すと、城乃内は声を落として言った。

 

「丁度良い落とし処、セッティングしてやろうか?」

 

 

 城乃内がペコに向かっていくのを横目で見ながらが初瀬も戒斗を見据える。

 初瀬も城乃内の蛮行に一瞬は面食らったが、直ぐ気を取り直して叫んだ。

 

「オラ!狼狽えんな!オレと角居は戒斗、葛葉はザック、デーブ達はさっき戦ったヤツらだ!」 

 

「了解!」

 

 デーブ達レイドワイルドの面々は初瀬の言葉に即座に

反応する。先程は城乃内の醜態に出鼻を挫かれ浮足立っていた彼らだが、今は援軍を得たという事実と、初瀬の叱責で、チームとしての纏まりを取り戻している。

 

 初瀬はレイドワイルドの士気が上がるのを肌で感じながら戒斗に向かっていく。

 初瀬は右腕を振りかぶり戒斗の顔面を狙うが、当の戒斗はノーガードで佇んでいるだけだ。

 

「この野郎ッ!」

 

 初瀬は思い切り右腕を振り抜く。しかし、戒斗はつまらなそう左前方に身体を移し、初瀬の拳を避けた。

 

「馬鹿の一つ覚えか…」

 

 戒斗は鼻で笑いながら身を屈め、初瀬の鳩尾(みぞおち)に右手の掌低(しょうてい)を叩きこむ。瞬間、初瀬はその衝撃に息を詰まらせる。危うく胃の内容物を一気に吐き出しそうになったが、初瀬はなんとかそれを飲み込む。一瞬頭が真っ白になりかけたが、初瀬はその時自分がするべき行動を即座に察し、行動した。

 

「……取ったぜ!」

 

「なにッ!?」

 

 初瀬は自分の鳩尾(みぞおち)を捉えていた戒斗の右腕を掴んだのだ。

 戒斗は咄嗟に初瀬は振りほどこうと腕を振り抜くも、初瀬はその手を放さない。初瀬に腕を掴まれたところで、戒斗の優勢は変わらない。しかし…

 

「ナイスだ!初瀬ェ!」

 

 動きを制限された戒斗の顔面に、裕也が渾身の右ストレートを叩き込む。その拳は戒斗の鼻先を打ちのめした。

 

「貴様…!ふざけた真似を!」

 

 戒斗は初瀬の手をなんとか振りほどき、初瀬と裕也から距離をとる。鼻からは血がドクドクと溢れているが、そんなことは意に介さずに裕也を睨み付ける。

 

「ああ、悪い悪い。随分出血してるなァ」

 

 裕也は殺気に溢れた目を戒斗に向けたまま、初瀬の隣に立つ。

 

「しかし、久しぶりの喧嘩だ。お前のその鼻、フルーツジュースにしてやるぜッ!」

 

 裕也と初瀬は同時に戒斗に向かって、地面を蹴った。

 

 絋汰とザックも互角の闘いを繰り広げていた。いや、互角というには語弊がある。お互いに決定打となる攻撃は回避しているものの、絋汰はその身軽な動きでザックを終始翻弄していた。

 

「なんだコイツ…!」

 

「まだまだいくぜェ!」

 

 紘汰の動きは明らかに人間の限界を超越している。絋汰は壁をキックして空中を走りながら、ザックの背後に回り込み、全身で勢いを付けて豪快な回し蹴りを叩きこむ。

 

「ウオォラッ!!」

 

「どういう身体(からだ)してんだよお前!」

 

 ザックはなんとかその蹴りを受け流すも、今度は体勢を大きく崩され、後退する。

 

 紘汰は、未だ体勢が崩れたままのザックに一気に駆け寄り、その身長からは考えられない高さまで跳躍する。

 

「うおぉォオオ……!セイッ…ハァアー!」

 

 紘汰は怒号を上げながら、身構えるのが遅れたザックの胸に、自分の全体重を乗せた渾身のドロップキックを叩きこんだ。

 

 他のレイドワイルドの面々も、優勢とはいかないまでも先程より善戦している。相手の動き、仲間の動きが見えるようになったお陰で、無理な闘い方が減ったのだ。

 自分が劣勢でも一度相手から距離さえとれば、仲間に助けを求めることができる。そして、少し余裕のある者なら目に見えて劣勢な仲間に手を貸すこともできる。

 

「おい、大丈夫か!」

 

「ありがとう。デーブ!」

 

 デーブはレイドワイルドの中では比較的余裕を持って闘えている。そして、一番苦戦しているのが誰なのかも直ぐに分かった。

 

 

「結局、他人の力に頼るだけ……頭の悪い弱者が考えそうなことだ」

 

 戒斗は地面にうずくまる初瀬と裕也を見下ろしている。既に鼻の血は止まっていた。初瀬はただ震えながら戒斗をジッと睨んでいる。

 

「そして、お前達はその頭の悪い弱者の考えに乗っただけ。最早強い弱い以前の問題だな」

 

 戒斗がそう言った瞬間、デーブは彼に突進する。

 

「お前が初瀬さんを……リーダーを馬鹿にするな!」

 

 デーブは戒斗にしがみつくが、戒斗はすぐさまデーブの胸に(ひざ)を打ち付ける。デーブは堪らず後ろにひっくり返った。

 

「雑魚が喚くな。虫酸が走る…!」

 

「デーブ!?」

 

 初瀬も咄嗟に叫び声を上げるが、デーブは直ぐに起き上がり、再び戒斗の腰にしがみつく。

 

「リーダーは強い!自分勝手で傲慢だけど、この人がいたから俺たちはビートライダーズになれたんだ!他人のルールを荒らして偉そうにしてるだけのアンタが、馬鹿にして良いヒトじゃない!」

 

 戒斗は再びデーブを膝蹴りで打ち倒し、尻餅をついたデーブを見下ろす。

 

「傷の舐め合いしかできない弱者が、強さを語るな!」

 

 戒斗の言葉を聞いた瞬間、初瀬は全身の血がカッと熱くなるのを感じた。

 

「テメェっ!」

 

 初瀬は身体を震わせながら、懸命にその身を起こす。自分を認めてくれた仲間を、戒斗は嘲笑った。初瀬が再び立ち上がる理由はそれで十分だった。

 

「ブッ潰す!」

 

 初瀬は戒斗を睨み付けながら、三度(みたび)彼に突進する。

 しかし、この戦いは突然終わりを迎えた。

 

 

「は~い、ストップ~」

 

 城乃内の声がステージ中に響く。その場の全員が城乃内の声が聞こえた方向に注目した。

 ザックは絋汰と組み合いながらも、城乃内の姿を見つけた瞬間、叫び声を上げた。

 

「ペコ……!?」

 

 城乃内がペコの左腕を締めあげている。その固め技の痛みは強烈らしく、ペコは苦悶の表情を浮かべている。表情にもどこか影が差している。

 

「戒斗ぉ~?今日はもう帰ってよ。こいつの腕、ポキッと折っちゃうよ?」

 

「うぁッ…はッ」

 

 城乃内がペコの左肩を更に強く締め上げると、ペコも堪らず呻き声を上げた。

 

「おい、止めろッ!」

 

 紘汰がザックと組み合ったまま城乃内に向かって叫ぶ。ザックも最早目の前の絋汰に注意を向けてはいない。

 

 

「……」

 

 初瀬も城乃内の行動に動揺している。喧嘩の結果骨折する負傷者が出るのと、相手を脅した上で怪我させるのとでは事情が全く違うのだ。

 

「ちょっと、やり過ぎ!それじゃバロンより酷いよ!」

 

 舞が城乃内に向かって叫ぶと、地面にうつ伏せになったまま事態を見守っていた裕也も、口元の血を拭って立ち上がる。

 

「ペコの腕を折ったら、警察に引っ張られるのはお前だぞ?」

 

「ここに来た時点で、俺はバロンと同じ土俵に乗ったんだ。それ位の覚悟はできてるよ」

 

 城乃内は飄々とペコの肩を締め上げたままだ。絋汰も城乃内を睨みつけていたが、痺れを切らしたのか戒斗に向き直る。

 

「おいアンタ!次からはダンスで勝負しろよ!お前にとっては喧嘩の代わりかもしれないけどな!俺たちは本気でダンスで勝負をしてるんだ!それができないなら、お前らはもう、ビートライダーズじゃない!」

 

 戒斗は苦虫を嚙み潰したような顔で、紘汰と城乃内、そしてペコの顔を睨み付ける。ペコは戒斗と目が合った瞬間、口元を歪ませてそっと顔を落とした。

 戒斗はその仕草を見ると、軽く溜息を吐いて城乃内に目を向ける。

 

「ここは引いてやる。さっさとペコを放せ」

 

「っ!どうして……」

 

 ペコは目を見開いて声を漏らす。城乃内もどこか気の抜けたような顔になる。しかし、戒斗は未だに険しい目を城乃内に向けたままだ。

 

「だが、覚えておけ。貴様のような卑劣な弱者を俺は決して認めない」

 

 

「ハハっ……負け犬の遠吠えかぁ。まあ良いよ。コイツは返してやる」

 

 ペコは城乃内から腕を解かれると、トボトボと戒斗の元に歩いていく。ペコはただ下を向いて、戒斗の顔を見ようとはしない。しかし、戒斗が黙っているので、恐る恐る顔を上げた。

 

「あんた……なんで……?」

 

「ペコ、俺に付いてくるうちはお前を見捨てない。それが力ある者の務めだ」

 

 ペコの問いかけに、戒斗は眉一つ動かさずに応えた。表情こそ先程城乃内に向けていたものと変わらないが、ペコには全く違って見えた。

 

「悪かった。ごめん。戒斗さん……!」

 

 

7.

 

「やっぱり、身内には甘いやつだったね」

 

 チーム・バロンが北のステージを後にするのを見届けた後、城乃内が薄笑いを浮かべてそう言うと、紘汰はその胸倉に掴みかかる。

 

「お前、どういうつもりだ!?もっと他にやり方ってモンがあるだろ!」

 

 紘汰に詰め寄られると、城乃内はそっけなく言った。

 

「アイツ、蒼天のリーダーが他のメンバー置いて逃げようとしたときに言ったんだ。『お前に強者を名乗る資格はない』ってね。と言っても、本当に退いてくれる確証もないし?結構スリリングなチキンレースだったよ」

 

 紘汰が憤りを顔に滲ませながら城乃内を睨み付けていると、今まで戦いを見守っていた舞が城乃内の前におずおずと歩み寄る。

 

「これで……インヴィットのステージの使用時間を鎧武に分けてくれる、ってことでいいんだよね?」

 

「えっ?なんの話?」

 

 城乃内がとぼけた声でそう言うと、紘汰は再び声を荒げた。

 

「とぼけんなよ!インヴィットのステージを守れたら、鎧武とステージの使用時間分けるって電話で言ったろ!?」

 

「そうよ!そういう条件で絋汰も裕也も闘ったんじゃない!」

 

 絋汰と舞に詰め寄られても、城乃内はヘラヘラと薄ら笑いを浮かべたままだ。

 

「ああ、悪いんだけど、うち等のステージ…もうないんだよねぇ~」

 

「ハアっ!?ステージなら今バロンから守っただろ!」

 

「いや…実はその前にレイドワイルドに取られてさあ。つまり、お前らはうち等のステージを守れなかったってワケ」

 

「だったら、なんでお前ら一緒に戦ってんだよ!おかしいだろ!」

 

 絋汰に詰め寄られると、城乃内は得意げに腕をくんで応える。

 

「レイドワイルのステージを守れたら、インヴィットとの共有ステージにするってことになったんだ」

 

「じゃあ!そこに鎧武も入れなさいよ!」

 

 舞も顔を真っ赤に染めてまくし立てるが、城乃内は一向に自分の態度を改めようとはしない。むしろ、喚く二人の様子を面白がっているようにさえ見える。

 

「そうしたいのはヤマヤマなんだけどさあ…ここの使用権はあくまでレイドワイルドにあるわけだから。俺も勝手に決められないわけよ。どうする初瀬ちゃん?」

 

 城乃内はわざとらしく顔を顰めて初瀬を見た。初瀬もその態度には嫌悪感を抱かずにはいられない。

 

「おい初瀬!鎧武にもステージを使わせろよ!」

 

 初瀬は一瞬心が揺らいだが、彼の答えは闘う前に既に決まっていた。

 

「断る!」

 

 初瀬は決めていた。チーム・レイドワイルドを守ると。その為には手段を選びはしないと。しかし、紘汰と舞にとってはこの応えは到底許せるものではない。

 

「はあ!?ふざけんなよ!」

 

「二人に助けてもらったのに……アンタら恥ずかしくないわけ!?」

 

 紘汰と舞が初瀬に詰め寄ると、今まで黙っていた裕也が声を上げた。

 

「紘汰、舞、もういい。時間の無駄だ」

 

 裕也がそう言うと 舞が毒気を抜かれたような顔で向き直る。

 

「ちょっと、裕也!?」

 

「どのみちコイツらが潰されたら、次はウチのステージがバロンの標的になってたんだ。俺らもこいつ等も現状を維持できた。それで十分じゃないか」

 

 裕也はそう言って紘汰と舞に微笑みかける。リーダーにここまで言われては、二人もこれ以上食い下がるわけにもいかない。

 

「でも……なんか納得いかねえ!」

 

「ほら、リーダーがこう言ってんるんだ。お前もおとなしく従えよ」

 

 紘汰が怒りの持って行き場を失って地団駄を踏んでいると、城乃内はまたヘラヘラと笑いながら野次を飛ばす。

 

「うるせえな!お前ら絶対許さねェ!!覚えとけよ!」

 

 紘汰はそう叫ぶと、自分のバイクへとツカツカと歩き出す。舞は城乃内と初瀬を睨みながら、裕也はどこか呆れた顔をしながら、紘汰の後に続いてバイクに搭乗し、北のステージを去って行った。

 

「城乃内」

 

 初瀬がインヴィットの仲間の元に歩き出した城乃内に呼び掛けると、城乃内も初瀬の方に振り返る。

 

「なに?」

 

「お前、結構頭良かったんだな」

 

 初瀬が城乃内の顔を見ないままにそう言うと、城乃内は頬を緩ませて初瀬の肩に腕を回す。

 

「あれ、知らなかった?じゃあさ!これからはオレのこと、『策士』って呼んでよ」

 

───あぁ、やっぱりコイツバカだわ。

 

 初瀬はそう思いながらも、今守り抜いたステージをジッと眺める。日はすでに沈みかけていた。

 

 この連合チームとバロンの抗争の1ヶ月後、ビートライダーズの間でロックシードが出回るようになる。一時的にダンス対決で優劣が決まるようになったランキングも、インベスゲームで左右されるようになっていった。

 城乃内も初瀬もやがてにその流れに迎合していくことになる。

 

8.

 

「こうして俺は城乃内とツルむようになり、最後は城乃内にもチームメイトにも見捨てられ、ヤケになってヘルヘイムの実を食べてユグドラシルに殺されたわけだ」

 

 初瀬はそう話を締めくくって立ち上がる。

 

「笑えないからやめて。怒るよ」

 

「…ごめん」

 

 一葉は頬杖をついて顔をしかめている。正直、一葉はもっと健全な馴れ初めを期待していたのだが、弟が語った話はロクでなしのセコい武勇伝にしか聞こえない。

 

「ていうか、アンタもそうだけどさ、城乃内さんのやり方ってすっごい姑息(こそく)じゃない?男の人ってもっとこう…正々堂々とするべきだよ」

 

「目的のためなら何でもする。どんな努力も惜しまない。アイツはそういう男だ。あの頃のアイツは、努力の仕方を間違えてたんだ」

 

 初瀬は至って真面目な調子で言ったが、一葉はどうにも納得が出来ない。

 

「そういう問題かなぁ……?」

 

「あいつが作ったケーキ、旨かったろ?」

 

 初瀬の唐突な一言に、一葉は一瞬ポカンと呆けた顔になる。しかし、直ぐにどこか府に落ちたように頬を緩めた。

 

「うん。すっごく美味しかった……!」

 

「あいつは今、確かに守りたいものを持ってる。だからな、今の城乃内のこと、ちょっとは信じてやってもいいと思う」

 

 初瀬がそう言いながら、どこか遠くに目をやった。一葉はそんな弟の顔を見ると、言い知れない不安に襲われる。

 

「城乃内さんが守りたいモノの中に、亮二は入っていると思う?」

 

「姉貴はどう思う?」

 

 そう聞き返されると、一葉も城乃内がどういう決断を下そうとしているのか、はっきりとしたことは何も分かっていないことに気付いた。

 

「わからない。でも、入ってて欲しい、って思うよ」

 

 そこまで言うと、一葉は弟の瞳に目を向ける。

 

「亮二は?」

 

 初瀬は一葉の問いかけには答えずに、自分の胸に手を当て、踞る(うずくま)

 

「亮二……?」

 

「そろそろか……」

 

 初瀬はそう一言だけ言うと、目を瞑り(つむ)眠りに落ちた。

 




少し長くなってしまいましたが、二話にまたがってお送りした過去編、いかがでしたでしょうか?
一応タイトル詐欺にはなっていないかなと思います。

念のため捕捉しておくと、「ユグドライバー」や「チーム・ナックル」なんて単語は公式の設定にはありませんし、初瀬がさくらんぼ好きの理系男子と言うのも私の後付け設定です。

難がある部分も多いと思うので、読者の皆さんの感想お待ちしています。

それからこの二次小説とは関係ありませんが、この第12話の投稿日9月20日で、貴虎役の久保田悠来さんは俳優デビュー10周年を迎えるそうです。めでたい!
  


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第十三話 『JUST LIVE MORE』

また、前回から時間が開いてしまいましたが、お待たせしました。第13話です。


1.

 

───ここ、どこだ?

 

 気が付くと、城乃内の目の前は真っ暗だった。戸惑いながら辺りを見渡すと、一人の男が立ったまま城乃内を見つめている。顔はよく見えないが、彼が誰なのかは直ぐに分かった。

 

───初瀬、ちゃん……?

 

 そう言おうとしたが、声が出なかった。

 初瀬は城乃内に詰め寄り、声を荒げる。

 

「おい…!グリドンはどうした!?黙って見てるだけか!?」

 

───初瀬ちゃん……?俺は、初瀬ちゃんを……!

 

 助けたい。そう言おうとしたとき、ようやく自分の口が開いた。

 

「無茶言わないでくれよ!どうして俺が……?」

 

───なんで……?

 

 城乃内は自分の意志とは関係なく、初瀬に言葉を叩き付けていた。自分が口元を歪ませて薄ら笑いを浮かべているのが分かる。

 

「チームワークはどうしたんだよ!!」

 

 初瀬が激昂して城乃内に掴みかかると、城乃内も初瀬の両肩を掴んだ。

話せばまだ間に合う。城乃内がそう思った時には、初瀬を突き飛ばしていた。

 

初瀬が自分を恨めしそうに見ているのが分かる。

 

───違う……!初瀬ちゃん、オレは……!

 頭がおかしくなりそうだった。初瀬に言いたくないこと、したくないことを身体が勝手に強制する。

 この後、自分が初瀬に言う言葉はもう、わかっていた。そしてそれは、城乃内が彼に二度と言いたくない言葉だ。

 

「あのね、初瀬ちゃん?このステージを俺たちインヴィットが頂いちゃう手だってあったんだよ……?先越されちゃったけどね」

 

───やめろ……!

 

「……は?」

 

 初瀬はそういって呆然と自分を見つめる。それでも、自分の口は勝手に動き出す。

 

「戦極ドライバーがないんじゃ、レイドワイルドも終わりだね?まっ、一から出直すしかないんじゃない?」

 

「城乃内ッ───!」

 

 初瀬は呪いにも似た声でそう言うと、呆然と跪いた。初瀬はそれ以上何も言わずに、その場で項垂れながら消滅した。

 

「初瀬ちゃん……」

 

 ようやく、自分の意志で声を出せたが、その声を届けたかった相手はもういない。しかし突如、再び目の前に初瀬が現れる。初瀬の両目は深紅の輝きを放ち、右手の指から禍々しい爪が伸びている。肌は緑色に染まり、静脈も弦のように変質していた。

 

「気安く俺の名前を呼ぶな……!」

 

 初瀬はそう言って自分に近づいてくる。城乃内が身構えると、初瀬は右手の爪を振り上げ、城乃内に向けて振り下ろす。城乃内は初瀬の腕を掴み、自分の意志と関係なく、再び彼に語り掛ける。

 

「ずっと謝りたかった。ランキングで少しでも上に行きたくて……!初瀬ちゃんを利用したこと…そのせいで初瀬ちゃんがこんなことになってっ……!俺にも!少しは責任あると思ってる!」

 

───少しなんてもんじゃない……全部俺のせいじゃないか……!

 

 城乃内の左手には、いつの間にかハンマーが握られている。城乃内はおもむろにそのハンマーを振り上げた。

 

「ごめんな、初瀬ちゃん……」

 

───おいっ、よせ……!

 

 何をしようとしても無駄だということは、もうわかっていた。それでも足搔かずにはいられない。しかし、城乃内には足搔くことさえも許されていなかった。

 

「俺は、初瀬ちゃんの分も……!」

 

───やめろォ‼

 

 城乃内は初瀬の頭上に、思い切りハンマーを叩き付ける。初瀬の頭蓋骨が砕ける感触が手に残った。

 初瀬は鮮血を流しながらその場で倒れ、再び消滅した。

 

「さよなら、初瀬ちゃん……」

 

 そう言った自分の声は、どこか満足そうに聞こえた。

 

───なんでだよ……

 

 城乃内の問いかけに答えるものは誰もいない。まるで地獄のような時間だった。しかし、悲嘆に暮れる暇もなく、城乃内は背後に気配を感じる。

 

 気付いた時には、城乃内は何者かに身体を突き飛ばされていた。背中に激しい痛みが走る。自分を突き飛ばしたのが初瀬であると、城乃内は彼の姿を見るまでもなく分かった。

 混乱が収まる間もなく、初瀬は城乃内の胸倉を掴み、罵声を浴びせる。

 

「城乃内!!お前が俺のことをバカにしてことはわかってんだよ!!」

 

「初瀬ちゃん!?俺が何したっていうんだよ!?」

 

 初瀬は城乃内の言葉に耳も貸さず、ベルトと錠前を取り出した。

 

「変身ッ!!!」

 

 初瀬はアーマードライダー黒影に変身し、槍で襲い掛かって来る。何とかその攻撃を避けると、黒影は今度は虚空に向かって槍を放った。

 

「ァァァぁああああああああああああああ!!」

 

 黒影は奇声を上げながら、一人槍を振り乱して暴れ回る。

 

───初瀬ちゃん…

 

 やがて、黒影は壊れた人形のように倒れて苦しみだす。

 その身体からは腐った植物のようなモノが生え、やがて黒影の全身を覆った。

 

「城乃内ぃい!! うぁあぅああああああああっ…」

 

 黒影は呪詛の声ととも、気泡のように蒸発していく。その場には蔦の走った漆黒の鎧と、錠前だけが残った。

 

「初瀬ちゃん……」

 

 城乃内がそう言うと、鎧も錠前も消滅した。瞬間、城乃内の中で何かが壊れた気がした。

 城乃内は得体の知れない激しい衝動に駆られて、自分の錠前とベルトを取り出す。

 

「変身……」

 

 城乃内はアーマードライダーに変身すると、その激情のままに暴れ出す。暗闇でひたすらに手足を振り乱し、何もない虚空にドンカチを叩き付ける。一人で暴れている時だけは、自分を取り戻せた気がした。しかし、自分では気づかないうちに心の空白が広がっていく。

 自分が何を恨んでいたのか、誰のために悲しんでいたのか、分からなくなる。気付いた時には、変身も解除され、身体はボロボロになって仰向けに倒れていた。いつの間にか、初瀬を殺めたのと同じ、腐りかけの植物が城乃内の身体から生えてくる。

 しかし、城乃内は最早それすらも自覚できなかった。身を焦がすような激痛に苦しむことしかできない。

 

「あ、ガァ……ぐぁあぅうああああああああああ!!」

 

 何が起きているのかはわからない。ただ一つの予感が頭に浮かんだ。

 

───俺…もう死ぬのか……?

 

 そう悟ったとき、どこかで聞いた男の声が頭に響く。

 

『そうだ。だがそれは悲しむべきことではない。救済なのだ……この地獄で血穢れた君の魂は、君自身が消えることでのみ救われる』

 

───……そっか

 

 男の声はそれきり聞こえなくなる。途端にすべてが馬鹿らしくなった。

 

───何が初瀬ちゃんを助けたいだよ……何が初瀬ちゃんの分もだよ……!俺はずっと初瀬ちゃんに酷いことしてきて…それなのに、俺だけ生き残れるわけないだろ……

 

「それでいいのか?」

 

 どこからか、懐かしい声が聞こえてきた。いままで何度も現れては消えていった初瀬と同じ声のようだったが、それでいて全く違う声のようにも聞こえた。

 初瀬の声は、なお城乃内に語り掛ける。

 

「お前の罪滅ぼしは、もう終わりか?」

 

───俺は……

 

 一瞬、初瀬の姿がはっきり見えた気がした。彼は自分に手を差し出している。

 

「お前は、その力で何がしたい?」

 

 今なら初瀬に自分の言葉を、そして思いを届けられる。城乃内はそう確信する。

 

───俺は…俺は……!!

 

 城乃内は初瀬の手を掴もうと、思い切り自分の手を伸ばす。

 

「初瀬ちゃんっ!!!」

 

 瞬間、城乃内の周りを眩い光が包んだ。

 

2.

 

「初瀬ちゃんっ…!」

 

 そう言って目を覚ました時には、城乃内はベットの上だった。すぐに、ベットの傍らのパイプ椅子に座って自分を見つめる光実の存在に気付く。どうやらここは、病院の病室のようだ。

 光実は城乃内にそっと笑いかける。

 

「良かった……!」

 

 自分が気を失うまでの記憶が少しずつ蘇ってくる。城乃内は初瀬が操るヘルヘイムの植物に首を絞められ気を失ったのだ。

 城乃内は独り言のように光実に語り掛ける。

 

「あの時の夢を見たんだ……」

 

「夢……?」

 

 光実がまだ要領を得ない様子でそう呟くと、城乃内は頷いて話を続ける。

 

「狗道供界がセイヴァーシステムで沢芽市を包み込んだ時、俺……地獄みたいな幻をずっと見させられたんだ。でも、俺が諦めそうになったとき、初瀬ちゃんが助けてくれた……」

 

「そっか……」

 

 光実はどこか感慨深そうに呟くと、直ぐに顔を引き締める。

 

「僕はこれから自宅に戻る。君にも来てほしい」

 

「ミッチの家にか…?」

 

 城之内は光実の突然の誘いに戸惑いながらも、光実の目に確かな自信を見て取った。 

 

「うん。もしかしたら……すべての真相が分かるかもしれない」

 

 

3.

 

 光実は城乃内を自宅に保管されている巨大なパソコンの前に招く。それは戦極凌馬が生前使用していたものだ。そして、光実がそのパソコンを操作すると、ほどなく城乃内も見覚えのある動画が再生される。

 

『やあ。このファイルにアクセスしたということは、狗道供界がまた現れたのかな?』

 

 光実はパソコンにマイクを接続し、そこに向かって話し出した。

 

「そろそろ出てきてもらえるかな、戦極凌馬」

 

『この動画を見ている君は一体だれかな?』

 

 光実は動画の再生が続いていることには構わず、話を続ける。

 

「あなたは自分が死ぬことを前提に動いたりしない。だから、こんなファイルを残していること自体おかしいんだ。決定的だったのはあなたが使っていた『マスターインテリジェントシステム』、あれはあなた本人がアーマードライダーになって現れる数値がリアルタイムで入力され続けないと作動しないシステムだ。それが今、起動している」 

 

『光実君か、もしかしたら貴虎か……ま、どっちでもいいか』

 

「最初は、メガヘクスがアンタの再現データを使って起動しているものとばかり思っていたよ。復興局や警察の捜査の進捗を把握するためにね。でも、それはおかしいんだ」

 

 光実はそう言うと、手に持ったタブレットを操作し、ディスプレイをパソコンに備え付けられたカメラに向かって示した。

 

「『アニマシステム』。メガヘクスが作ったアンドロイドに組み込まれていたシステムだ。これを使えば、精神をネット回線に直接ダイブすることが可能になる。うちの情報管理課の調査で分かったことだけど、外部からその痕跡を測定する手段はないようだね。つまり、アニマシステムを保有しているメガヘクスが、復興局の人間が少し調べただけで起動していることが露見してしまう『マスターインテリジェントシステム』を使う必要なんてないんだ。じゃあ、一体誰が、マスターインテリジェントシステムを起動しているのか……ここまでくれば、答えは一つしかないよね?」

 

 光実がそこまで言い終わると画面が切り替わった。写し出されているのは戦極凌馬が生前変身していたアーマードライダー・デュークの黄金の紋章、そして光実達には聞き覚えのある、飄々とした声が鳴り響く。

 

『やあ光実くん。思ったよりも遅かったね。君ならもっと早く真相にたどり着くと思っていたよ。折角マスターインテリジェントシステムを起動してヒントをあげたのに、メガヘクスの仕業だと考えるなんてね。あっ、言っておくけど、アニマシステムを使うとネット上に僅かなバグが生まれる。痕跡を残さず諜報活動ができるかというと、微妙だね』

 

「まさか本当に生きているとはね」

 

 事前に光実の推論を聞かされていた城乃内だけでなく、戦極凌馬の生存を唱えた張本人である光実も呆気に取られている。戦極凌馬は彼らの様子などには意も介さずに、飄々と話を続けた。

 

『驚くようなことではないだろう?既に君はいくつも前例を見てきたはずだ』

 

 城乃内と光実の頭には何人もの甦りし者達の顔が浮かぶ。初瀬亮二、葛葉絋汰、駆紋戒斗、狗道供界、そして一度はメガへクスによって復活した戦極凌馬もその一人だった。

 

「あんたなら初瀬ちゃんに何があったか知ってるんじゃないのか!」

 

 城乃内は痺れを切らしたのか、画面に向かって声を荒げる。

 

『今は経過を観察中なんだ。終わり次第教えてあげよう。それではご不満かな』

 

「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」

 

 城乃内が食って掛かると、途端にスピーカーから高笑いの声が鳴り響いた。

 

『冗談だよ。まったく……血の気が多いねぇ。まぁ、君たちも見た通り。今回の事件の首謀者はメガヘクスだ』

 

 戦極凌馬がそう告げると、今度は光実が口を開いた。

 

「メガヘクスは紘汰さんと泊進ノ介が倒したはずだろう?」

 

『そう。惑星メガヘクスは機械生命体・ロイミュードを吸収してコア・ドライビアの構造を組み入れ、その弱点を突かれて崩壊した。あっ、ちなみにこうなるように誘導したのは私なんだ。感謝してほしいものだね』

 

「なんだって?」

 

 突然の告白に城乃内と光実は眉を顰める。彼等の戸惑う様子が面白かったのか、戦極凌馬は堰を切ったように話を始めた。

 

『メガヘクスは知恵の実の力を内包した極ロックシードを取り込もうとした。奴の失敗はここから始まったのさ。彼は極ロックシードを取り組むために、戦極ドライバーとロックシードのシステムに最も詳しい人物、すなわち私の頭脳をメガヘクスのサーバー上に再現した。しかし、やりすぎたんだろうねぇ。最後には私のアバターにも感情が生まれてしまうほどに、私の人格の再現が行われた』

 

「メガヘクスのサーバーで復活したあなたは、その機会に便乗して自分のデータを保存したのか」

 

 光実がそう呟くと、城乃内も戦極凌馬がどうして暗躍を続けることが出来たのか理解できた。

 戦極凌馬は蘇ったのではなく、メガヘクスの再現技術で限りなく本物の戦極凌馬に近い頭脳と記憶、そして人格を持つ存在が生まれ、メガヘクスの意思に反して独自に行動を開始したのだ。

 

『せっかく手に入れた命だ。自由に使ってもバチは当たらないだろう?もっとも、この星には罰を下す神なんてもういないけどねぇ』

 

 戦極凌馬のどこか渇いた笑い声が部屋に響く。この男に顔があったら、今どんな顔しているのだろうか。城乃内はそう考えると、無性に腹が立った。

 

『そこからはまっ、私の独壇場だったよ。メガヘクスが極ロックシードを取り込んだ後に、私はメガヘクスが取り込んでいた葛葉紘汰の人格を、メガヘクスのサーバー内部から極ロックシードにインストールした。貴虎が極ロックシードを自力で取り出したのにはさすがに驚いたけどね。葛葉紘汰が自分のデータのバックアップを残すなんて、考え付くと思ったかい?』

 

「ノウガキはいいよ。話を続けて」

 

 光実はディスプレイの横に備え付けられたカメラを睨みつける。それには構わず、戦極凌馬は悠々と解説を再開した。

 

『その作業と並行して、メガヘクスの時空転移能力を応用、別次元からメガヘクス攻略の切り札になるようなものを探したんだ。そうしたら、すぐに見つかったよ。君達がともに戦った戦士の名をとって、その世界を仮に「ドライブの世界」とでも名付けようかな。ドライブの世界と私たちが今いる世界をクラックで接続し、コアドライビアをエンジンとした機械生命体・ロイミュードをメガヘクスに取り込ませて君たちの活路を開いたのさ』

 

 光実はそこまで聞くと、未だに腑に落ちない様子で口を開いた。

 

「どうしてアンタがそんなことをしたんだ。知恵の実のために、世界も見捨てたアンタが」

 

『あれっ?前にも言わなかったかな?私の考える神とは新しい世界を作り出す者だ。既存の世界のデータ化に満足するような三流以下のポンコツロボットが神の座に就くなんて、不愉快極まりないじゃないか』

 

 戦極凌馬がそう得意げに言うと、城乃内は痺れを切らしたのか、腹立たし気に声を上げる。

 

「そんなことはどうでもいい!それよりも初瀬ちゃんと一葉さんに何が起きているのか、知ってることは全部話してもらうからな!」

 

『おお、怖い。まあ、私もメガヘクスをこれ以上放置するつもりはない。しかし、メガヘクスが消滅しなかったせいで、私もメガヘクスの監視下からは逃れていない。この会話は全部メガヘクスにも聞かれているはずだよ?』

 

「でも、それはメガヘクスにとってもお互い様なんじゃないかな。だからこそ、あなたは事情に通じることができている。違う?」

 

 メガヘクスにネット回線上の情報を自在に入手する能力や戦極凌馬の頭脳のデータがわたっている以上、この会話がメガヘクスに漏れている可能性は光実も城乃内も覚悟の上だ。それでも、事件の全容を把握する必要がある。そう判断して、桜井も須藤も邪魔が入らないように警察上層部への根回しに奔走しているのだ。

 

『賢明な判断だ。お察しの通り、私はこの一件の全容を把握している。じゃあ、まずはこれを見てもらおうかな』

 

 ディスプレイ上のデュークの紋章が消え、薄暗い部屋が映された動画が再生される。動画が始まるやいなや、画面に戦極凌馬が現れ、こちらに向かって語り掛けてくる。

 

『2013年12月24日。これより量産型戦極ドライバーの動作テスト、並びにリンゴロックシードの起動実験を開始する。これは狗道供界が到達した状態について検証するためのものでもある。黒影トルーパー用の量産型ドライバー単体では、マツボックリ以外のロックシードを運用することは不可能。よってリンゴロックシードはゲネシスコアユニットを媒介して運用する。これは過剰なエネルギーから、被験者を保護するための措置でもある』

 

 戦極凌馬の芝居がかった声とともに、画面にはストレッチャーに縛り付けられ、腰に量産型の戦極ドライバーを巻かれた上半身裸の被験者が映し出される。その被験者の顔を見た瞬間、城乃内は戦慄した。

 

 画面に映された被験者は他でもない、初瀬亮二だった。

 

「なんだよ……これ……」

 

 城乃内がそう呟くと映像が一旦停止され、戦極凌馬の声が響く。

 

『あ、この日、君たちはヘルヘイムの森に来ていたよね。実は貴虎が、初瀬亮二を確保する時に彼のドライバーを破壊してしまったんだ。そうなると、もう初瀬亮二に利用価値はないからねぇ。麻酔で眠らせてる間に実験に協力してもらった、というわけだ』

 

 城乃内は自分の頭がサァッと冷えていくのを感じる。その時自分が抱いた感情が「怒り」だと気づくのに時間は掛からなかった。

 再び動画の再生が始まると、画面に戦極凌馬が現れた。彼は初瀬のドライバーに錠前をセットし、ブレードを倒す。

 

『マツボックリアームズ!一撃!インザシャドウ!』

 

 初瀬は黒影トルーパー・マツボックリアームズに変身する。この変身を経ても、初瀬が目を覚ました様子は見られない。

 

『ここはクリア。まっ、当然か』

 

 戦極凌馬は黒影トルーパーのベルトにゲネシスコアユニットをセットし、さらに赤いリンゴのロックシードを解錠する。

 

『リンゴ!』

 

 凌馬は黒影トルーパーの戦極ドライバーにリンゴロックシードをセットする。ドライバーのブレードを倒すと、凌馬は機械的に言った。

 

『融合、開始。』

 

『マツボックリアームズ!リンゴアームズ!』

 

 黒影トルーパーの周囲に形成されたアーマーが、そのまま黒影トルーパーを武装していく。ほとんどマツボックリアームズと同様の姿だが、左肩だけはリンゴを模した赤いアーマーを纏った黒影トルーパー・リンゴマツボックリアームズが誕生した。

 

『第二段階もクリアか……ん?』

 

 ゲネシスコア・ユニットに装着されたリンゴロックシードから、ヘルヘイムの植物に似た弦が現れ黒影トルーパーを覆い出す。黒影トルーパーは依然として意識を取り戻していないようだが、苦悶の声を漏らしている。

 

『あぁ、まだ死んでもらっては困るよ……変身!』

 

『レモンエナジーアームズ!』

 

 画面の外から、青いスーツの上に黄色いレモンの鎧をまとったアーマードライダー・デュークが現れる。デュークは黒影トルーパーのベルトからロックシードを取り外し、変身を強制的に解除する。初瀬は未だに意識を失ったままだ。

 戦極凌馬は自身の変身も解除すると、また画面に向かって語りかけた。

 

『これより、初瀬亮二の身体の精密検査を実施。その後、観察期間に入る』

 

 そこで動画は一旦停止し、ディスプレイにデュークの紋章が浮かび上がる。

 

『検査の結果、ゲネシスコアでも除去できない成分が初瀬亮二の体内に残っていることが分かった。専門的な説明は省くが……』

 

 凌馬がそこまで言った瞬間、城乃内はパソコンに掴みかかる。

 

「お前はッ……初瀬ちゃんに何をッ!」

 

「止めるんだ!城乃内!今は戦極凌馬が必要だ!」

 

 光実が城乃内を羽交い絞めにして、パソコンから離そうとするが、城乃内も直ぐに大人しくならない。瞳を真っ赤に染め、潤ませ、見開き、必死の形相でパソコンのディスプレイを睨み付ける。

 

「うるせェ!放せよ!こいつはッ……!初瀬ちゃんを……初瀬ちゃんを……!」

 

 城乃内はそこまで言うと、光実も身を震わせながら憤怒の表情を浮かべていることに気付く。

 

「ミッチ……?」

 

 思えば、光実もまた戦極凌馬に大切な人を傷つけられた人間の一人なのだ。凌馬の初瀬への仕打ちに平気でいるはずがない。それでも、今なすべきことのために、必死に自分の理性を保とうとしているのだ。

 

「ごめん、ミッチ……」

 

 城乃内は荒くなった呼吸を整えてそう言うと、光実も城乃内の脇に回していた腕を外す。最後に城乃内の左肩にそっと自分の右手を置いた。

 しばしの沈黙の後、戦極凌馬の声が再び響いた。

 

『あっ、終わった?じゃあ、続きを見てもらおうか』

 

「ああ。頼むよ」

 

 光実がそう言うと、またディスプレイからデュークの紋章が消え、新たな動画が再生される。

 

 その動画は沢芽市の歩道を防犯カメラで撮影したものだ。歩行者の中に、一人歩く初瀬亮二がいた。その足取りはどこか頼りなく、目も焦点が定まっていない。他の歩行者にぶつかり、倒れ怯えた様子で何事か喚き(わめ)ながらその場からひたすらに逃げ回る。

 いつも根拠のない自信に溢れていた初瀬の姿は、もうそこにはない。

 

「初瀬ちゃんッ……!」

 

 城乃内の怒りは絶えることはないが、今はその怒りをなんとか抑え込む。守りたいものを守るために。

 そこで動画が切り替わり、画面いっぱいに戦極凌馬の姿が映し出される。

 

『被験者は情緒不安定に陥った。このことからヘルヘイムの実の毒素で、脳が損傷を受け始めていると推測される。もう少し経過を見たかったところだが……観察期間の途中で被験者がインベスに変貌、処分を余儀なくされた。したがって、被験者が狗道供界と同等の存在になったかどうかを検証する手段はなくなってしまった。しかし……』

 

 画面が切り替わり、街で放浪する初瀬の姿が映される。右腕は緑色に変色し鋭い爪が伸び、先ほど城乃内が夢にみた初瀬の姿そのものとなっている。しかし、夢で出会った初瀬と違って、ディスプレイに映された初瀬からは理性は感じられない。

 

『インベスになった後の被験者に、興味深い症状が現れた。元の人間の姿に戻ったのだ。インベスになった生物がもとの姿に戻るという事例は、今まで確認されていない。もし、これがリンゴロックシードの影響ならば……ヘルヘイムを支配する禁断の果実は、実在する可能性が極めて高いということになる』

 

 凌馬の声からは、一人の若者の人生を台無しにしたことに対する、罪の意識が一切感じられない。むしろ、新しい玩具を貰った子供さながらにはしゃいでいるようにさえ見える。

 一連の動画が終了し、デュークの紋章がディスプレイに浮かび上がると、スピーカーからは凌馬のどこか冷めた声が響いた。

 城乃内は理性を手放さないようにと堪えてきたが、ついに震えた声で言った。

 

「初瀬ちゃんはお前の研究のモルモットじゃない……!」

 

『驚いたなぁ。君たちは戦極ドライバーを手にした時点で、私の研究のモルモットだったはずだろう?それに科学の発展は犠牲を伴うものだ。それが偉大な研究ならなおさらね』

 

 この男に何を言っても無駄なことは城乃内にも分かっている。それでも、何か言わなければ気が済まなかった。

 このままではあまりにも、初瀬が浮かばれない。

 

「初瀬ちゃんを犠牲にしたのは科学じゃない……!お前の勝手な好奇心だろ!」

 

『その勝手な好奇心のお陰で、戦極ドライバーが生まれた。そして、葛葉紘汰はドライバーを使って知恵の実を手に入れ、地球を救うことができた。違うかい?』

 

 城乃内は凌馬との会話に、怒りと同時に虚しさを感じた。話が全く嚙み合わない。しかし、それも当然だ。凌馬は人として死ぬずっと前から、情や優しさなどという感情は捨てているのだから。

 

「全部自分のお陰だとでも言いたいのかよ…!」

 

『言っただろう?私がいなくなった後の地球がどうなるかなんて興味はない。この世界は私の研究の箱庭にすぎなかった』

 

「だったら、何が言いたいんだよ」

 

『私の研究の偉大さを考えれば、初瀬亮二の命なんて空き缶ほどの価値もない、ということさ』

 

「お前はッ!」

 

 城乃内もついに頭に血が上り、再びパソコンに詰め寄る。光実が手でそれを制していなければ、城乃内は自分でも何をしていたか分からない。

 

『さて、話を今回の件に戻そうか』

 

 凌馬が話し出すと、城乃内もそれ以上何も言わなかった。そう、まだ初瀬は終わっていない。生きているなら、まだ救うことが出来るはずだ。城乃内はそう自分に言い聞かせる。

 

『光実君、初瀬亮二はリンゴロックシードを現在保有していないために、クラックの出現時間を自在に選ぶほどの力がない。君はそう推測したようだが……実は逆なんだ。彼は今リンゴロックシードよりもさらに知恵に実に近い力を手にしている』

 

「どういうことだ?」

 

 光実も初瀬亮二がクラックやヘルヘイムの植物を自在に操ったことから、彼の力がそんなに生易しいものでないことは察していた。しかし、その力を初瀬がどうやって手に入れたのかまでは分からない。

 

『そのきっかけを担ったのが……メガヘクスだ。メガヘクスは、葛葉紘汰の記憶を解析して、様々な人間やインベスを再現した。私や駆紋戒斗のコピー体は君も見ただろう?そして、その中にいたんだよ。初瀬亮二のコピー体がね』

 

「コピー体……?」

 

 光実が全てを悟ったように息を呑み、城乃内はその言葉の意味を何度も自分に言い聞かせる。

 

『思念体となった初瀬亮二は、町を破壊する自分のコピー体のボディーに憑依して、沢芽市を守るヒーローとして立ち上がった。狗道供界がドライバーをコアに、仮初(かりそめ)の肉体を手に入れたようにね。それが、彼の過ちだった。全く、過ぎた力は自らを亡ぼすと身をもって知っただろうに、愚か者とは同じ失敗を繰り返すものだねぇ』

 

「お前に初瀬ちゃんの何が分かる……!」

 

『さっぱり分からないよ。モルモットの考えなんてね』

 

 正直、城乃内が今抱いている感情は凌馬への怒りよりも、現状への戸惑いの方が大きい。

 今日、城乃内は初瀬の姿を見た瞬間から、初瀬が完全に蘇ったのではないかと期待していた。一度は、初瀬は死んでいないのではないかとさえ思った。しかし、現実に初瀬は亡き骸も残らずに息絶えていた。ましてや、消滅した肉体が、再び元に戻ることなどない。こんな当たり前のことが、今は恐ろしく残酷に思える。

 

『初瀬亮二の思念体を構成するリンゴロックシードのエネルギー、メガヘクスが自分の星で吸収した知恵の実のエネルギー、そして私が取り込ませた極ロックシードのエネルギーが互いに刺激を始めた結果……初瀬亮二のコピーのボディーに新たな知恵の実の種が生まれた。その種に、メガヘクスは自らのバックアップを保存したのさ』

 

「アンタの真似をした。ってことか」

 

 そう言った光実の声はどこか淡々としている。顔からは表情を消して、今やるべきことに頭を巡らせている。

 城乃内の目には、そんな光実の姿がやけに大きく見えた。

 

『初瀬亮二は戦いが終わった後、ボディーごと自壊しようとしたが……初瀬亮二を繋ぎ止めたメガヘクスは、自らのデータ化技術を応用して、ヘルヘイムの胞子が脳にまで転移した衰弱状態の初瀬一葉と一体化、彼女を人質にすることで、彼の自害を阻止したんだ』

 

 初瀬亮二は人としての肉体を失い、一葉は意識を失い、今では二人ともメガヘクスの奴隷として利用されている。その命はもはや彼らの手の中にはないのだ。城乃内は凌馬の言葉を聞くたびに、言い知れぬ絶望に襲われる。

 

『そして今、新たな知恵の実が生まれようとしている。次のクラックの発生のタイミングがその引き金になるだろうね。初瀬亮二の意志に反してクラックが生まれるのは、知恵の実のエネルギーが一時的に成長している時間帯はエネルギーの制御が困難になるからなんだ。地球への被害を避けるために再び自壊を決心した初瀬亮二に、メガヘクスは最後の切り札を使った。成長しかけの知恵の実のエネルギーを利用して、初瀬一葉の意識を強制的に回復させた。要は元気な姉の姿を見せることで、初瀬亮二を引き留めたのさ。新たな知恵の実を手に入れ、元の力を取り戻すのが、メガヘクスの目的だ。さすが、自己保存だけを目的にしたポンコツロボットだよ。全くもって、芸がない』

 

「一葉さんを救う方法は……!」

 

『仮にメガヘクスの分離に成功したとして、彼女の意識の回復は……現代の医学では不可能だね』

 

 城乃内はついに言葉を失った。初瀬もその姉の一葉も、メガヘクスに利用されている。そして、仮にメガヘクスを倒しても二人を救うことはできない。この世界の平穏を守ったところで、その時にはこの二人は存在しないのだ。

 

『おや、どうやらお出ましのようだ』

 

 凌馬の声が途絶え、画面が切り替わる。映し出されるのは初瀬亮二の姿だ。

 

『よう、城乃内。洗いざらい聞いたらしいな』

 

「初瀬ちゃん……」

 

 城乃内はそれ以上何も言うことが出来なかった。初瀬が今背負っている運命はあまりにも重く、残酷だ。

 

『一時間後の午前5時、クラックは三か所に発生する。天樹大学沢芽キャンパスの入り口、東沢芽公園、そして、ビートライダーズの南の解放ステージだ。天樹大学には城乃内一人で来い。少しでも指示に従わなかったら、世界全体にクラックを開く』

 

 そこで、動画が途切れる。ディスプレイからは光が消え、静寂が部屋を支配した。

 

「初瀬亮二も勝負に出たんだ。初瀬一葉を、彼のお姉さんを救うために……それでも、僕たちが世界を守る方法は一つ。知恵の実が完成する前に、彼らを破壊して、メガヘクスを根絶することだ」

 

 光実の瞳には迷いは見られない。城乃内はただ自分の拳を握りしめる。

 

 

「俺は……!」

 

 

 

 




今回でほとんどのネタバラシも終わり、残すことろあと2話となりました。前回の投稿をした頃には、『平成ジェネレーションズFINAL』に絋汰が登場することも発表されていなかったので、随分と間が空いてしまいましたね。
次回の投稿がいつになるかは未定なので、どうか気長にお待ち下さい。


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第十四話 『乱舞 Escalation』

戦極凌馬の導きで、事件の全容を把握した城乃内と光実。しかし、彼らに残された時間はあまりにも短かった。この事態を打開する切り札を握るのは……


1.

 

『君達にプレゼントがあるんだ。メガヘクスを根絶するための切り札、といったところかな』

 

 戦極凌馬がそう言うと、パソコンの画面が切り替わる。画面には膨大な量の文字列が映し出された。先頭には“THE KILLING PROCESS TOWERD MEGAHEXA”と記されている。

 

「これは……」

 

 光実が声を漏らすと、その声に答えるように、戦極凌馬は語りだした。

 

『対メガヘクス用のキルプロセス・プログラムさ。これを君達の戦極ドライバーにインストールしてアーマードライダーに変身、メガヘクスと接触すれば、それだけ破壊プログラムをメガヘクスのサーバーにインストールできる』

 

「こんなものを作るために、こそこそ動いていたのか」

 

 城乃内は毒づきながらも、メガヘクスへの決定的な対抗策を得たことに安堵した。まだ自分が何をなすべきか決心がついていなくとも、手札はあるに越したことはない。

 

『システムの全容が露呈したら、メガヘクスは直ぐにでも対策を構じるだろう?だから、ここまで私も息をひそめていたわけだ。もっとも、このプログラムも完全無欠というわけではない。ゲネシスドライバーには対応していないし、メガヘクスのサーバーにインストールが完了してからも、そのサーバーが崩壊するのに時間がかかる』

 

「時間って、どれぐらいかかるんだ?」

 

 光実は、悠々と話す戦極凌馬の声を遮るように、問いを投げかける。それでも、戦極凌馬は自分のペースを崩そうとしない。

 

『20分……といったところかな。しかも、知恵の実を持つ初瀬亮二のボディからは、このプログラムはプロテクトされるだろうね』

 

 つまり、プログラムをメガヘクスに流し込むためには、一葉と融合しているメガヘクスのボディに接触する必要があるということだ。城乃内が頭の中で情報を整理していると、また戦極凌馬が話を続けた。

 

『天樹大学には君達二人で行くだろう?片方が初瀬亮二の相手の足止めをすれば、初瀬一葉と融合したメガヘクスの個体にプログラムを流し込むのも、そんなに難しいことではないはずだ』

 

「そんなことをして、初瀬ちゃんが本当に世界中にクラックを開いたらどうすんだよ!」

 

 城乃内はそう言って初めて、初瀬が世界を犠牲しようとしているという前提で、自分が話していることに気付いた。確かに今の初瀬は、それだけの危険性を秘めている。しかし、それでも初瀬を信じきれない自分がどうしても許せない。

 

『そうなったとしても、被害なんてたかが知れている。事前に各国政府に事情を伝えた上で、クラックが開いてから1時間以内に初瀬亮二の持つ知恵の実を破壊すれば、死傷者は10万人にも満たないと思うよ。ヘルヘイムの支配者に下手な横槍を入れるとどうなるか、世界中が3年前に思い知っている。今回は、沢芽市ごとメガヘクスを兵器で破壊しようとする輩もいないはずだよ?』

 

「黙ってろ」

 

 そう言った光実の口調は冷たく、その瞳は刺すように鋭かった。光実の瞳に秘められた感情を見透かしたように、戦極凌馬は声高に笑う。

 

『おやおや、光実君。キミがかつて、どれだけの人々を犠牲にしようとしたのか、忘れたわけじゃないだろうね?』

 

 光実が何も言わないでいると、戦極凌馬は声を落として、しかしハッキリと言葉を続けた。

 

『35億。人類の半数を犠牲にしようとしたキミが、一体何を躊躇っている?』

 

「お前、いい加減にしろよッ……!」

 

 城乃内がそう叫んだ瞬間、光実は城乃内を制するように、彼の肩に手を置いた。

 戦極凌馬は間違ったことを言っているワケではない。しかし、城乃内からすれば、戦極凌馬がしていることは光実の心を土足で踏み荒らしているだけだ。

 それでも、城乃内の肩に置かれた光実の手には、確固たる意志が感じられた。城乃内が言葉を呑むと、今度こそ、光実が口を開いた。

 

「城乃内一人で確実にメガヘクスを殲滅するプランを立てる。無駄な犠牲者なんて一人も出さない」

 

『ほう、まあ好きにしたまえ』

 

 光実は戦極凌馬の言葉を無視して、城乃内から戦極ドライバーを受け取り、淡々とプログラムをインストールしていく。インストールが完了すると、光実は城乃内を伴って、無言で自宅を後にした。

 

『まったく、キミもつまらない男になったものだ』

 

 スピーカーからその声が流れた後、誰もいなくなった部屋で戦極凌馬のパソコンは静かに機能を停止した。

 

2.

 

 城乃内と光実は呉島邸を出た後、再び病院に戻って来ていた。初瀬が指定した時間を目前に、こんなことをするのはには理由がある。病院を出る際に治療を受けていたザックから、戦極ドライバーを受け取る必要があるのだ。

 城乃内と光実が病院を出た時点では、ザックは生命維持装置としても機能する戦極ドライバーを付けたまま治療を受けていた。しかし、呉島邸を出た直後に光実に電話を寄越した医師の話では、ザックは先ほど意識を取り戻し、戦極ドライバーを装着しなくとも、彼の症状が悪化することはないらしい。

 幸い、ザックの持つ量産型戦極ドライバーは誰でも使用することが出来る。東沢芽公園と南のステージには既に機動隊が配置されているが、被害を最小限に留めるためにはアーマードライダーの力がどうしても必要なのだ。

 ちょうど、二人が病院に入ろうとした時、城乃内の携帯電話に着信が入った。画面を見るとデーブからだ。まだ日も出ていないこんな時間になんだろうと訝しがりながらも、光実に断り、城乃内は電話に出た。

 

「デーブ、どうかしたか?」

 

『あの、こんな時間にすみません。実はさっき、初瀬さんから俺の携帯に、メッセージが入ったんです』

 

「あの動画を見たのか!?」

 

『え、動画……?』

 

 城乃内は『メッセージ』と聞いて、咄嗟に呉島邸で見た初瀬からの動画を思い浮かべたが、どうやらデーブの元に届いたメッセージは、それとは別のモノのようだ。

 

「いや、何でもない。それで、メッセージって?」

 

『非通知の電話に出たら一言だけ、「何があっても、諦めるな」って。確かに初瀬さんの声だったんです。俺に連絡を寄越したのって、どういうことなんだろうって思って……しかも、こんな時間に』

 

 城乃内が無言で考えを巡らせていると、デーブが先に話し出した。

 

『あの、俺思うんです。初瀬さんはずっと俺達のことを見守ってくれてたんじゃないかって。だから、あの昨日も、困ってる俺を助けてくれたんだと思うんです……』

 

 デーブは今、初瀬がどういう状況に置かれているのかを知らない。だから、こんな楽観的に考えられるのだろう。しかし、「初瀬が自分たちを見守っていた」というのは城乃内にも思うところがある。

 

「夢の中で俺を救ってくれたのも、ホンモノの初瀬ちゃんだったのかもな……」

 

『夢の中……?』

 

「いや、こっちの話だ」

 

 初瀬がメガヘクスのボディに憑依した後も、狗道供界と同じ思念体になれたのだとしたら、初瀬が狗道供界の創った夢の中に介入した可能性は十分にある。裏付けはないが、城乃内にとってそれは真相として間違いないように思えた。

 

『今、初瀬さんは、命懸けで何かと戦っているんだと思います。だからきっと、自分に何かあった時のために、俺に連絡したんです。俺には初瀬さんを助ける程の力はないけど、城乃内さんならきっと……だから、お願いします。城乃内さん、初瀬さんの……リーダーの力になってあげて下さい!』

 

 デーブの話を聞くうちに、この一日に起こった出来事の記憶が、城乃内の脳内を駆け巡っていく。同時に、ある決意が彼の中に生まれた。

 

「ああ、任せろ」

 

 城乃内はそう言って電話を切ると、様子を見守っていた光実に目を向けた。

 

「俺は初瀬ちゃんと一葉さんを助けるよ」

 

「ダメだ。今デーブが何を話したのかは知らないけど、私情で無関係の人々を危険に晒すわけにはいかない」

 

 あくまでも光実は冷静だ。それでも、今度ばかりは引くわけにはいかない。城乃内は少し息を呑み、再び言葉を続けた。

 

「今、初瀬ちゃんには助けが必要なんだ。それができるのは俺達だけだ」

 

「初瀬亮二に同情の余地があることは認めるよ。初瀬一葉に至っては完全な被害者だ。それでも、初瀬亮二はメガヘクスと共謀している。知恵の実を吸収した後、メガヘクスは直ぐにでも地球のデータ化を開始するはずだ。見過ごすわけにはいかない」

 

「ヘルヘイムの森には、メガヘクスが作ったロボットの残骸が落ちていたんだろ?そのロボットを倒したのが初瀬ちゃんなら、まだ初瀬ちゃんはメガヘクスに対して抵抗を続けているってことだ」

 

 光実も城乃内の様子に多少困惑している。今の城乃内の態度からは、ただ情に流されいるのとは違う、何か確信に裏付けされた意志の強さが感じられる。

 

「そうだとしても、初瀬亮二は僕たちに牙を剥いた。彼の頭の中に、僕たちと協力するという選択肢はないんだ」

 

「違う……!初瀬ちゃんはずっと俺達に助けを求めていたんだ」

 

「えっ?」

 

「俺の店の前に来たのも、ミッチにエナジーロックシードを渡したのも、知恵の実が完成する直前に、一葉さんがいた東京から沢芽市に帰ってきたのも……!メガヘクスに知恵の実を吸収させるつもりなら、必要のないことだ。それでもそんなことをしたのは、全部俺達に助けて欲しかったからなんだよ……!」

 

 城乃内のこの言葉に、光実は些かに動揺した。正直、光実は初瀬が沢芽市を守るために動いてるという前提は、予め放棄していた。もし、城乃内が言っていることが真実だとすれば、初瀬の邪魔をすることで、被害者を増えてしまう可能性もある。

 城乃内は、考えを巡らしている光実の肩を掴み、なお語り掛けた。

 

「今度は、初瀬ちゃんに全部背負わせる気か!?紘汰が地球から離れたのは、俺達を信じたからだろ!俺達の力で、この世界を誰も見捨てない世界にできるって……!救うんだ!助けを求めている人がいるなら、救える命が、叶えられる願いがあるなら!」

 

 城乃内も、我ながら卑怯だと思った。光実にとって紘汰の名前が殺し文句になるのは、城乃内も良く分かっている。だからこそ、城乃内は紘汰の名前を口にした。初瀬と一葉を含めた、世界中の人々を救うために。

 

「初瀬ちゃんがこれから何をしようとしているのか、おおよその検討はつくよ。俺は初瀬ちゃんと一緒にメガヘクスを倒す。一葉さんも絶対に救う!」

 

 城乃内はそこまで話すと、今度は光実の言葉を待った。光実は僅かに躊躇ったが、腹を括ったように城乃内と目を合わせた。

 

「どの道、城乃内がプログラムを流す以外に活路はない。だからもし君の目算が間違っていたと判断した場合は、メガヘクスだけじゃなく、初瀬亮二と初瀬一葉も殲滅するプランに移行する。いいね?」

 

「分かった」

 

 城乃内のその言葉を合図に、二人はそれぞれのプランを確認し合いながら、ザックがいる病室に向かった。

 

3.

 

 城乃内は光実と共に病室に入ると、ベッドの上で横になっているザック以外にもう一人、見知った顔を見つけた。

 

「……ペコ?」

 

 その小柄な青年は通称「ペコ」、チーム・バロンのサブリーダーだ。ペコは、ダンサーとして、時にはアーマードライダーとして活躍するザックを、今まで陰でサポートし続けてきた。

 

「ミッチに呼ばれたんだ。ザックが勝手に動かないように、ってな」

 

 ペコがそう言うと、今度はザックが起き上がって問いかけた。

 

「……あれからどうなった!?そろそろ、クラックができる時間じゃないのか?」

 

 光実が現状をかいつまんで説明すると、ザックはベッドから立ち上がって光実に向かい合う。

 

「俺なら今すぐにでも戦える。素人をアーマードライダーとして戦わせるわけにはいかねぇ!」

 

 ザックがそうまくしたてると、光実がよりも早く、ペコがすぐさま宥めに入る。

 

「ザック!無茶だって!」

 

「この町を、世界を救うためなんだ!無茶しないでどうする!怪我のことは気にしなくて良い。ミッチが回収したゲネシスドライバーもある。ゲネシスの力ならこのくらいの怪我、余裕でカバーできるさ!」

 

 ザックにそこまで言われると、ペコも黙り込んでしまう。

 

「……わかった。でもその代わり、俺も一緒に戦う」

 

「ペコ、何言ってんだ!」

 

 ザックがペコの両肩を掴むと、ペコもザックの目をしっかりと見返した。

 

「ゲネシスドライバーは誰にでも使えるはずだろ?俺が使う!」

 

 今度はザックが黙り込んでしまう。城乃内や光実が何か言うより前に、ペコは言葉を続けた。

 

「ザック、覚えているか?俺達がレイドワイルドやインヴィットと初めてやり合った時、俺が城乃内に捕まったのを」

 

「……?」

 

 ザックはいきなり話題を変えたペコに混乱している様子だ。一体、ペコはどうしてこんな話をしているのだろう。一応当事者である城乃内も、ペコの意図を図りかねている。

 

「あの時、俺はわざと捕まったんだ。チーム・ナックルが無くなったのがどうしても呑み込めなくて、戒斗さんもそれは分かっていたと思う。それでも、あの人はオレを見捨てなかった。ザックだって、俺がネオバロンについたとき、俺を許してくれた。俺はいつもそうなんだ。大切な人に頼って、裏切って、それでも許されて!結局、二人の背中にすがってる……!」

 

「ペコ、俺は……!」

 

「ザックが俺のことを信じてくれてるのは分かってる!でも、怪我人のザックが戦ってるのに、戦える俺が黙って見てるだけなんて……そんな奴に、お前の隣に立つ資格なんてない!」

 

 ザックはペコの形相に息を飲んだ。そして、思い出したのだ。ザック自身が初めてアーマードライダーになった時のことを。

 今思えば、あの時の自分もペコと同じだった。ペコは確かに未熟かもしれない。ならば、自分が支えれば良い。今は弱い彼こそ、より強くなれるはずなのだから。

 ザックはそう意を決すると、しっかりとペコと目を合わせた。

 

「分かった。でも条件が二つある。俺の傍から離れるな。それから、絶対に死ぬな!」

 

「それはこっちの台詞だって。ザックは俺が守るからな!」

 

 城乃内と光実は互いに顔を見合わせ、頷き合う。光実としても、急ごしらえの人材にドライバーを使用させるよりも、不安材料があろうともインベスとの戦闘に精通しているザックとペコが前線に立つメリットは十分にあるように思えた。

 

「僕は一人で東沢芽公園に向かうよ。ザックとペコは警察の公用車で南ステージに向かって。そして、城乃内は天樹大学へ。後は頼んだよ」

 

「任せとけ。じゃあ行くか!」

 

 城乃内がそう言うと、4人は顔を見合わる。男達はそれぞれのドライバーを手に病室を後にした。

 

4.

 

 光実が東沢芽公園に到着した時には、既に機動隊員達がライフルを持って公園の入口付近に整列していた。何処にクラックが発生するか正確には分からないため、射撃の準備体制は取っていない。光実がローズアタッカーから降りた瞬間、耳につけた無線から声が響いた。

 

『クラック発生まで残り1分』

 

 光実は機動隊よりも前方に歩み出る。ゲネシスコアを装着した戦極ドライバーに二つの錠前をセットする。そして覚悟を決めたように、ベルトのブレードを倒した。

 

「変身!」

 

『ブドウアームズ!龍砲!ハッ!ハッ!ハッ!ジンバードラゴンフルーツ!』

 

 ドラゴンフルーツが描かれた陣羽織を纏う「双頭の龍」(ダブル・ドラゴン)、龍玄ジンバードラゴンフルーツアームズ。

 やがて上空に巨大なクラックなクラックが現れる。龍玄はソニックアローの矢の先をクラックから溢れ出る異形に向けて、矢を握る指を放した。

 

 光実が変身したのと同じ頃、南のステージではザックとペコがそれぞれの錠前を解錠していた。

 ザックとペコの頭上には、三つの木の実型のアームズが現れる。機動隊員に見守られる中、二人は声を合わせ、思い切り叫んだ。

 

「変身ッ!」

 

『クルミアームズ!Mr.……knuckle man!ジンバーマロン!』

 

『マツボックリエナジーアームズ!ハッ!ヨイショッ!ワッショイ!』

 

 ザックはナックルジンバーマロンアームズに、ペコは黒影・真にそれぞれ変身する。

 直ぐにクラックから大量のインベスが現れた。機動からの応援射撃がインベスを襲う。

 ナックルはインベスたちが怯んでいることを確認すると、黒影・真に向かって声を掛けた。

 

「ペコ!行くぞォォ!」

 

「ああ!この町は、俺達が守るんだァ!」

 

 二人のアーマードライダーは勇ましく、インベス軍団に向かって飛び込んでいった。

 

5.

 

 光実達が戦闘を開始する少し前、まだ朝日も出ていない時間だ。蛍光灯の明かりだけで照らされた天樹大学沢芽キャンパスの広場に、三人の人影が現れた。

 

「来たよ。初瀬ちゃん……随分懐かしいトコに呼んでくれちゃって」

 

 その三人の内の一人、城乃内秀保は飄々と言うと、目の前に立つ初瀬亮二と初瀬一葉に目を向けた。

 

「城乃内さん……」

 

 城乃内は不安そうな目で自分を見つめる一葉の様子に、心配すると同時に安堵した。一葉がどんな状態かは詳しく分からないが、少なくとも完全にメガヘクスに飲み込まれてはいないらしい。

 

「お前をここに呼んだ理由、分かってるよな?」

 

「俺が一番初瀬ちゃんを信じてるから……だろ?」

 

 初瀬の問いかけに、城乃内は淡々と答えた。

 

「どこまでもおめでたい奴だな。お前を俺の最後の敵に選んだのは、お前がアーマードライダーの中で一番弱いからだ。俺は完全な知恵の実を手に入れ、姉ちゃんを救う。邪魔はさせねぇ」

 

「俺はもう、半端なことはしない……!メガヘクスを倒して、初瀬ちゃんも一葉さんも助ける!」

 

 城乃内は、左手に持った錠前を振り上げる。

 

『ドングリ!』

 

 城乃内がドングリロックシードを解錠すると、初瀬も一葉に後ろに下がるよう促し、自身の錠前を取り出した。

 

『マツボックリ!』

 

 城乃内と初瀬の頭上にクラックが開く。城乃内は錠前を持った左手を左下に、初瀬は真横に振り抜き、それぞれ錠前を戦極ドライバーにセットした。丸い木の実型のアーマーはゆっくりと、二人の頭に近づいていく。

 

『Lock on!』

 

 二人のベルトからは、臨む戦士を讃えているように、それぞれトランペットと法螺貝の音色が鳴り響く。

 城乃内と初瀬は、無言でドライバーのブレードを倒した。

 

『Com‘on!ドングリアームズ!Never give up!』

 

 城乃内のドライバーがそう叫ぶと、ドングリ型のアーマーが城乃内の頭部を覆い、ライドウェアがその全身を包み込む。ドングリのアーマーが展開するのと同時に、初瀬の変身も完了しようとしていた。

 

『ソイヤ!』

 

 マツボックリのアーマーが身体を鎧い、初瀬は黒影へと姿を変貌させていく。

 

『マツボックリアームズ!一撃!インザシャドウ!』

 

 グリドンは左手に生成されたドンカチを、黒影は右手の中に生成された影松を構える。

 二人のアーマードライダーは、そのまま身体の動きを止めて対峙した。まるでそれが永遠に続くかのように、場は静寂に包まれる。しかし、その静寂は直ぐに終わることになる。

 

「初瀬ちゃんッ!」

 

「城乃内ィイッ!」

 

 グリドンと黒影、二人のアーマードライダーは怒号を上げながら相手目がけて走り出し、互いの武器をぶつけ合う。

 飛び散った火花が、決戦の開幕を告げた。

 




いよいよ、ラスト1話となりました。
番外編を抜きにすると実に3ヶ月振りの投稿でしたが、楽しんで頂けたでしょうか?
最終話の投稿はこの第14話の投稿日の翌日、3月2日です。
城乃内と初瀬、そして一葉の行く末を見届けて貰えたら嬉しいです。


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最終話 『Never Surrender』

初瀬は姉の一葉を救うため、沢芽市にクラックを開いた。光実とザック、ペコは警察と連携しインベスの殲滅に赴く。

そして城乃内は覚悟を決め、初瀬との最後の戦いに臨むのだった。
城乃内と初瀬、二人を待つ運命は……





1.

 

 天樹大学では初瀬一葉に見守られる中、グリドンと黒影、二人のアーマードライダーが死闘を繰り広げていた。

 グリドンはハンマー型のアームズウエポン・ドンカチによる打撃を主軸に、時にタックルや頭突きなど、屈強なドングリアームズのアドバンテージを活かした捨て身の戦法で、黒影にダメージを与えていく。

 一方の黒影はその身軽な身のこなしと影松のリーチを活かしてグリドンから距離を取り、攻撃を避けながら、隙をついて影松の刃でグリドンの身体を切り付ける。

 両者互いに決定的を与えらないまま、ただ時間だけが経過していた。しかし、グリドンは黒影より先に、勝負を仕掛ける。

 

「悪いけど、そろそろ本気でいくよ!初瀬ちゃん!」

 

『ドングリスカッシュ!』

 

 グリドンはベルトのブレードを倒し、ドングリロックシードの出力を開放する。

 グリドンはドンカチの先端にドングリ型の光弾を生成すると、ドンカチをスイングし、黒影に目掛けて光弾を投げつけた。

 

「ウゼェんだよ……!」

 

 黒影は影松でドングリアームズを弾き飛ばす。しかし、目の前には既に、追撃のためにドンカチを構えたグリドンが迫っていた。

 

「グリドンインパクトォ!」

 

 グリドンの渾身の一撃が黒影の胸部を打ち抜き、その身体を吹き飛ばす。ブレードを倒して底上げした分のエネルギーは光弾の射出で消費したが、体重を乗せて放たれたハンマーの威力は相当のものだ。

 

「ぐわあぁ!」

 

 黒影は吹き飛ばされながらも、反撃の一手を既に用意していた。着地するときに破壊したベンチを足で薙ぎ払い、新たな錠前を掲げる。

 

『カチドキ!』

 

 黒影はマツボックリのカチドキロックシードを解錠し、ベルトにセットした。重装甲のアームズが黒影の身体を鎧う。

 

『カチドキアームズ!いざ、旗揚げ!エイエイオー!』

 

「ちまちま戦うのはもうやめだ!」

 

 黒影カチドキアームズは背中に備えてあるカチドキ旗を投げ捨て、おもむろにファイティングポーズをとった。

 グリドンもドンカチを投げ捨て、拳を握りしめる。

 

「アームズ性能でゴリ押しとか相変わらず分かり易いね。初瀬ちゃん?」

 

「お前はいちいちウルセェんだよ!」

 

 それぞれの左ストレートが、お互いの装甲に炸裂する。撃ち負けたのはグリドンだった。黒影は体勢の崩れたグリドンの背を掴み、その腹に膝蹴りを食らわせる。黒影はグリドンの背を掴んだまま地面に叩き付け、その脇腹をつま先で容赦なく蹴り上げた。

 

「ガハッ……!」

 

 城乃内はその仮面の下に、自身の胃の内容物を吐き出した。黒影は、痙攣するグリドンの身体に馬乗りなり、その顔面を殴りつける。

 

「話にならねえな。お前の全力はそんなモンか!」

 

 力の差は歴然だった。ドングリアームズとカチドキアームズ、同じ頑丈さを特徴とするアームズでも、ランクBのドングリロックシードに対して、カチドキロックシードの出力はランクSすらも凌駕する。加えて、グリドンは黒影にマウントポジションをとられている。戦況は絶望的と言えた。

 しかし、グリドンはただ一方的に殴らながら、高らかに笑う。

 

「ハァ、絶好調だね……知恵の実、そろそろ完成しちゃったりする……?」

 

「ああ……お前が弱いお陰でな!」

 

「そりゃどうも!」

 

『ドングリスカッシュ!』

 

 グリドンはそう言うないなや、黒影の隙をついてベルトのブレードを倒し、アームズをドングリ形態に変型させる。

 

「なにっ!」

 

 グリドンはアームズの変型を利用して、自分の上腿を起こした。そして、ドングリの形態に戻ったアームズを、頭突きの用量で黒影の顔面目掛けて投げ飛ばす。

 

「お返し!」

 

 攻撃を受けた黒影はマウントポジションから吹き飛ばされたが、この奇襲を放ったグリドン自身のダメージも決して小さくはない。

 グリドンは足元をフラつかせながら、何とか立ち上がり、既に態勢を立て直していた黒影と対峙する。

 

「こっちもそろそろ、キルプロセスできそうかな……!」

 

 グリドンはそう言ってドンカチを黒影に振るう。しかし、黒影はドンカチを握るグリドンの左腕を自身の右腕で掴み、グリドンの言葉を鼻で笑った。

 

「お前、戦極凌馬の話を聞いていなかったのか?知恵の実を持つ俺のボディは、キルプロセス・プログラムはプロテクトできるんだよ」

 

 黒影は空いた左腕でアッパーパンチを放つが、グリドンは間一髪、右手で黒影の拳を受け止めた。

 

「じゃあ、その処理能力以上のプログラムを流すだけだ!」

 

 グリドンは力任せに黒影を押し退け、距離を取る。そして、なおも黒影に語り掛けた。

 

「そう言えばさ、初瀬ちゃんと腹割って話したこと今までなかったよね……!」

 

 グリドンがそう言い終わる前に、黒影はグリドンを殴り飛ばす。ぼろ人形のように這いつくばりながら、グリドンは言葉を続けた。

 

「昨日一葉さんと出逢って、初瀬ちゃんの話をして、自分がどれだけ初瀬ちゃんと上辺で付き合ってたか、改めて分かったよ。一葉さんは、初瀬ちゃんをずっと心配してた。そんな一葉さんだから、初瀬ちゃんはどんなことをしても助けたい、って思ってるんだよな」

 

 一葉は城乃内の言葉を受けて、黒影を凝視する。

 

「……え?」

 

「チッ……!」

 

 黒影は一葉を無視したまま、グリドンを無理やり起き上がらせ、腹を殴りつけた。

 

「ぐぁっ!……それに比べて俺は初瀬ちゃんをずっと利用してた……!それをいつからか後悔するようになって、謝りたいと思った時には……もう初瀬ちゃんは死んでた」

 

「いい加減黙れ……!」

 

 黒影は左手の甲でグリドンを打ち倒した。地べたに這いつくばるグリドンの元に一葉が駆け寄り、黒影との間に割って入っる。

 

「どけ、姉貴」

 

「どかない!亮二、もう良いよ!やめて!」

 

 黒影は声を落としてグリドンに歩み寄るが、一葉も手を広げて黒影の行く手を阻んだ。

 

「良くねぇんだよ!」

 

「そう、良くないよなァ!」

 

 グリドンはそう声を上げ、自分を見つめる一葉に目を向けた。

 

「城乃内さん……」

 

 グリドンは立ち上がりながら、ベルトのブレードを倒し、ぐっと身体を屈める。

 

「一葉さん、俺は今度こそ初瀬ちゃんを救います。だから今は!全力で戦う!」

 

『ドングリスパーキング!』

 

 グリドンが跳び上がり、蹴りの態勢に入った時には、黒影も必殺の一撃の準備に入っていた。

 

『カチドキスパーキング!』

 

 黒影は跳び上がる直前に、自分の身体に鼓動が駆け巡るのを確かに感じた。

 

「来たか!」

 

 グリドンは黒影の体内で知恵の実が輝くの目の当たりにしながら、必殺のキックを放つ。

 

「うおおおおおおお!」

 

「ハアアアアアアア!」

 

 二人のアーマードライダーは絶叫とともに、互いの必殺の蹴りをぶつけ合う。凄まじい突風が天樹大学の広場に吹き荒れた瞬間、沢芽市全体を黄金の光が包み込んだ。

 

 

2.

 

 南のダンスステージではナックルと黒影・真が機動隊員達とともにインベスと戦っていた。しかし突如として辺りが黄金の光に包まれ、場は騒然となる。

 

「ザック!どうなってんだよこれ!」

 

「きっと、知恵の実が完成したんだ!」

 

 光が収まると、南のステージに明らかな変化がもたらされる。既に殲滅しかけていたインベスの内一体、トナカイインベスが突然巨大化して、黒影・真に突進を仕掛けたのだ。

 

「うお!今度は何だ!」

 

 黒影・真は突然のインベスの攻撃を、尻餅をつきながら何とか回避する。ナックルは、黒影・真に追撃を仕掛ける巨大トナカイインベスをマロンボンバーでなんとか受け止める。

 

「ペコ、しっかりしろ!」

 

「ナイス!」

 

『マツボックリエナジースパーキング!』

 

 黒影・真が動きを封じられた巨大なトナカイインベスに影松・真の三又の刃を突き刺すと、インベスは木っ端微塵に爆散した。

 

「大丈夫か?ペコ!」

 

「俺は大丈夫。でも……!」

 

 黒影・真はナックルにそう答えると、次々と起き上がるインベス達に目をやる。

 

「回復してやがる……!これも知恵の実の力か!」

 

 ナックルは黒影・真と背中を合わせ、マロンボンバーを構える。黒影・真はナックルの顔は見ずに、不安そうに声を漏らした。

 

「俺達は二人だからまだ対応できてるけど、ミッチはこれ、相当キツイんじゃないか……?」

 

 東沢芽公園でも、龍玄と戦闘していたインベスの動きが一気に活性化していた。数体のコウモリインベスが飛上がり、機動隊員達に向けて火炎を放射する。

 

「うああああああ!」

 

「マズイッ……!」

 

『ブドウスカッシュ!ジンバードラゴンフルーツスカーッシュ!』

 

 龍玄はロックシードの出力を上げると、そのエネルギーを脚部に集中させ、火炎を放つインベスの間まで一気に駆け抜け、隊員たちの楯となる。

 

「ぐああ!」

 

 龍玄は背中からインベスの一斉放火を食らい、その苦痛に膝を突いた。そして、インベスの攻撃が止むと、龍玄は咄嗟に隊員達に目を向けた。

 

「良かった……!」

 

 龍玄は隊員達全員をインベスの攻撃から庇えたことを確認すると、安堵の声を漏らした。しかし、殺気を感じて振り返った龍玄の目の前には、巨大なシカインベスのタックルが迫って来ている。もっとも、このインベスの攻撃が龍玄に当たることはなかった。

 

「ハアア!」

 

 龍玄の目の前に、疾風の如く現れた白い影が、巨大インベスを薙ぎ払った。白い影はゆっくりと振り返り、龍玄に目を向ける。その姿を見て、光実は仮面の下で目を見開き、驚愕の声を漏らした。

 

「兄さん……!」

 

「よく頑張ったな。光実……!」

 

 龍玄にそう答えたのは、復興局局長にして光実の兄、呉島貴虎が変身するアーマードライダー、斬月・真!

 

 

「どうして、ここに?」

 

 凰蓮と共に東南アジアにいるはずの彼がなぜ沢芽市にいるのか、貴虎は仮面の下でそっと微笑むと、光実のこの疑問に答えた。

 

「また、彼に助けられてしまったようだ」

 

 斬月・真はソニックアローの刃を巨大インベスに向けたまま、そっと自身が現れた方角に顔を向けた。龍玄も立ち上がって、そちらに眼を向けると、インベスが現れていたのとはまた別のクラックが開いていた。

 

「紘汰さん……!」

 

 クラックの先から、光実が良く知る男が、背中を向けたまま微笑み掛けていた。

 

3.

 

 午前5時30分、天樹大学の広場では、グリドンと黒影の激闘に終止符が打たれていた。

 地面にひれ伏す敗者も、敗者を憮然と見下ろす勝者も、既に変身を解除している。そして、その勝者に近づく女が一人。彼女は鋼鉄の異形にゆっくりと変貌しながら、冷め切った声で勝者に語り掛けた。

 

「遂に知恵の実が完成したな。初瀬亮二」

 

「ああ、お前もようやく出てきたな。メガヘクス」

 

 初瀬亮二はうつ伏せに倒れる城乃内に目を向けたまま、メガヘクスの声に応えた。

 

「最早エネルギーを温存する必要もない。メガヘクスが知恵の実を吸収すれば、初瀬一葉の生命は確実に管理できる。君の戦いも、これで終わるのだ!」

 

 メガヘクスがそう宣言すると、初瀬はメガヘクスにその顔を向けた。その、初瀬の顔には殺気に憎悪、そして僅かな感謝、様々な感情がせめぎ合っている。初瀬は意を決したように、口を開いた。

 

「そうだな。だが、終わるのは俺だけじゃない。お前もだ。メガヘクス……!」

 

 初瀬がメガヘクスに左手をかざし、黄金の波動を放った。

 

「なッ……!」

 

 波動を受けたメガヘクスの身体は、みるみるうちにその形を崩していく。崩れたメガヘクスの身体の下から、一葉の姿が現れた。城乃内はうつ伏せになりながら、その様子をただ見守った。

 実態を持った膨大なデータの塊が、コップから水が溢れるように一葉の身体から分離し、そのデータはやがて人型を形成していく。

 

「一葉さんッ……!」

 

 城乃内が倒れる一葉の元に駆け寄り、なんとかその身を抱き留める。城乃内がデータの塊に目を向けた時には、メガヘクスの『変身』は既に完了していた。

 黒煙を吹き飛ばし誕生したのは、新たな知恵の実のエネルギーを吸収した漆黒のメガヘクス『メガヘクス・エヴォリュード』。

 

「どういうつもりだ、初瀬亮二!メガヘクスがいなければ、初瀬一葉を救うことはできないぞ!」

 

 メガヘクスが怒号を浴びせると、初瀬はどこか憑き物が落ちたような目でメガヘクスを見据えていた。城乃内は一葉を地面に寝かせながら、初瀬に代わってメガヘクスに言葉を投げ掛ける。

 

「知恵の実が完成したんだ。今の初瀬ちゃんなら、一葉さんの身体から、ヘルヘイムの植物を完全に除去できるはずだよ……!」

 

「ヘルヘイムの植物の除去は出来ても、メガヘクスと分離した初瀬一葉の身体は、知恵の実の力で回復できる段階を既に超えている!」

 

 頭を抱えて叫ぶメガヘクスに、今度は初瀬が応えた。

 

「それでも!テメェの操り人形にしておくよりはずっとマシだ!ぐああああ!」

 

 初瀬は絶叫とともに全身から稲妻と黒煙を放ち、その膝を地につける。

 

「なッ……!今度は何を!?ぐおおお!」

 

 メガヘクスは狼狽しながらも自身の異常にも気付いた。初瀬と同じように稲妻と黒煙を放って地に伏すと、その場でのたうち回る。

そのボディからは実体化したデータが離れては消滅していく。

 

「城乃内との戦いで、お前を完全に停止できるだけのキルプロセス・プログラムを知恵の実に蓄積して、一気に放出したんだよ。後は、お前がサーバーごと消滅するのを待つだけだ」

 

 初瀬は苦痛に顔を歪ませながら、それでもどこか満足気にそう言った。

 

「どこまでも愚かなッ……!ならば、初瀬一葉の命を奪い、再びメガヘクスの力を求めさせるまで!」

 

 メガヘクスが叫んだ瞬間、そのボディから溢れていた稲妻は止み、煙の量も減っていく。

 

「俺との接続を切って、キルプロセス・プログラムを完了ギリギリで遮断したのか……!」

 

 初瀬はメガヘクスが立ち上がるのを目の当たりにすると、恨めしそうにそうに吐き捨てた。その一部始終を見届けた城乃内は、ゆっくりと、そして力強く立ち上がる。

 

「初瀬ちゃん、メガヘクスの相手は任せてよ。そのために俺を呼んだんだろ!」

 

 城乃内がそう言って立ち上がると、初瀬は自分のベルトからカチドキロックシードを外し、城乃内に投げて寄越す。初瀬は城乃内が錠前をしっかり掴んだのを確かめると、一言だけ呟いた。

 

「……頼む」

 

「今度は絶対に守るよ。初瀬ちゃんも!初瀬ちゃんの願いも!」

 

 初瀬は城乃内の言葉を聞き届けると、一葉の元に駆け寄り、彼女の身体から、微細なルヘイムの植物を吸収していく。城乃内はその様子を視界の端に捉えながら、初瀬から託された錠前を掲げ、新たな力を解放した。

 

『カチドキ!』

 

「変身ッ!」

 

『カチドキアームズ!いざ、旗揚げ!エイエイオー!』

 

 城乃内の身体を、巨大なマツボックリの鎧が包み込む。誕生したのは胸に黒影の紋章を構えるグリドンの新たな姿、アーマードライダーグリドン・カチドキアームズ!

 グリドンはメガヘクスの頬に、渾身の力で左の拳を打ち付ける。メガヘクス・エヴォリュードのボディからは、キルプロセス・プログラムを受けて崩壊したデータがまた離れていく。しかし、メガヘクスはそんなダメージをものともせずに、ブレード状の腕をグリドンに打ち付け、もう一方の腕で、グリドンの身体を薙ぎ払うように吹き飛ばした。

 

「ぐあッ……!」

 

 グリドンは苦悶の声を漏らしながらも、即座に起き上がり、メガヘクスの往く手を阻んだ。城乃内も、自分の攻撃がメガヘクスに通用すると思っているわけではない、メガヘクスと初瀬の間に立つことに専念しているのだ。そんな、城乃内の考えなどお構いなしに、メガヘクスは声を響かせた。

 

「なぜメガヘクスの救済を拒むのか理解不能。メガヘクスと融合したことによって、初瀬亮二は蘇ることができたのだ。諸君の目的は個を守ることのはずだ。ならばメガヘクスとの利害は一致している。ともに未来を歩もうではないか!」

 

 メガヘクスはそう言って、両腕を開くが、その胴体に、グリドンは取り出した火縄漆黒DJ銃の弾丸を打ち込んだ。

 

「お断りだ。この六角形が!」

 

「なぜだッ……!」

 

 メガヘクスは自身のボディがまた少し崩壊したのを確認すると、苛立たしそうに声を荒げ、グリドンに飛び掛かる。

 グリドンはメガヘクスのブレードをカチドキ旗で受け止め、言葉を続けた。

 

「お前が人間を舐めてるからだよ。お前は一葉さんの体を乗っ取り、初瀬ちゃんの心を踏みにじった。お前をぶっ潰す理由はそれで十分だ!」

 

 グリドンはそう叫ぶと、漆黒のエネルギーをカチドキ旗に込めて思い切り振りぬく。メガヘクスは僅かに後退ったが、即座に大地を蹴って反撃の光弾を両腕から放ち、グリドンを吹き飛ばす。

 

「まったくもって非合理な結論だ。メガヘクスは新たな知恵の実と融合し、この星を完璧な世界に進化させる!」

 

 メガヘクスは両腕のブレードで握るカチドキ旗を弾き飛ばし、グリドンの胴体を何度も切り付ける。

 

「ぐあッ……!」

 

「城乃内秀保、君の力ではメガヘクスに勝つことは不可能だ!」

 

 頑丈なカチドキアームズの装甲に、無惨な亀裂がいくつも走った。

 それでも、城乃内の心はまだ折れていない。グリドンは、再び手元に生成した火縄漆黒DJ銃にカチドキロックシードを装着し、その銃口をメガヘクスに押し付ける。

 

「……知らねえのか?男子三日会わざれば刮目せよってなァ!」

 

『カチドキチャージ!』

 

 グリドンが火縄漆黒DJ銃の引き金を引いた瞬間、行き場を失ったエネルギーは一気に爆発し、グリドンとメガヘクスを中心に衝撃波が辺り一面に走った。

 初瀬は爆風から一葉の身体を庇い、城乃内は生身のまま爆発から投げ出される。

 地面に叩きつけられた城乃内に、初瀬が叫んだ。

 

「城乃内ィ!」

 

 城乃内は初瀬の声に顔を上げる。作戦を仕掛けておきながら、城乃内は自分が生きていることに少し驚いていた。同時に、もう一人、大切な人物の安否が気掛かりになる。

 

「初瀬、ちゃん……?一葉さんの身体は?」

 

「植物だけは除去出来た。脳の後遺症も、出来る限りのことはした。あとは姉ちゃん次第だ……」

 

 初瀬はそれだけ言うと、身体から火を噴きながら仰向けに倒れた。

 

「初瀬ちゃんッ……!」

 

 城乃内が初瀬に駆け寄ろうとした瞬間、今日何度目かも変わらない叫び声が、大学広場全体に響いた。

 

「おのれェッ!許さんぞォ!」

 

 城乃内が咄嗟に振り返ると、メガヘクス・エヴォリュードはその漆黒のボディを無傷のまま、怒号とともに襲いかかって来ていた。

 

「このロボット野郎ォ!」

 

 城乃内は毒吐きながら再びカチドキロックシードを構えるが、その瞬間謎の銃弾の嵐がメガヘクスを襲った。突然の出来事に、城乃内も初瀬も呆気に取られている。

 呆然としている城乃内の耳に、馴染み深い声が響いた。

 

「あら……?坊や、ちょっとはマシな顔付きになったんじゃなくて?」

 

 城乃内が声の聞こえた方に目をやると、いつの間にやら開いていたクラックの先で、一人の男が佇んでいる。両腕に巨大なガトリング砲を抱えるその大男の名は凰蓮・ピエール・アルフォンゾ、城乃内のパティシエとしての師にして、フランス軍に従軍した歴戦の勇士だ。

 

「凰蓮さん……?どうして?」

 

「ちょっとした『神業』(かみわざ)、だそうよ」

 

 色々な意味を込めてぶつけた城乃内の言葉を、凰蓮は一言で片づける。

 

「紘汰か……!」

 

 凰蓮は城乃内の言葉に頷くと、悠然とその傍らに歩み寄る。メガヘクスは忌々しそうに頭を抱えた。

 

「葛葉紘汰……!どこまでもメガヘクスの邪魔を!」

 

「あら、アナタの邪魔をするのは、水瓶座の坊やだけではなくてよ?」

 

 凰蓮はそう言って、自身の錠前・ドリアンロックシードを掲げる。

 

「変……身ッ!!」

 

『ドリアン!』

 

 凰蓮は錠前をベルトにセットすると、自身の姿を敵に見せつけるように身体を広げ、ステップを踏むと同時に、ブレードを倒した。

 

『ドリアンアームズ!Mr.……Dangerous!!(ミスター・デンジャラス)

 

 棘に覆われたその姿は、正に全身凶器、凰蓮はアーマードライダーブラーボに変身を完了させる。城乃内が錠前を解錠しようとすると、ブラーボはそれを手で制する。

 

「凰蓮さん……?」

 

「坊や、お友達のところにお行きなさい。アナタにとっては必要なことよ!」

 

 城乃内が迷っている隙に、城乃内の往く手を阻もうとメガヘクスが襲い掛かる。

 

「これ以上、メガヘクスの邪魔をするなァ!」

 

「うるせェな!外野はすっこんでろ!」

 

 ブラーボは罵声とともにメガヘクスにタックルを食らわせると、なおも城乃内に向かって叫んだ。

 

「坊や!さっさと行きなさい!」

 

 ブラーボはメガヘクスを押さえつけながら、城乃内は僅かに躊躇ったが、やがてブラーボの顔を見て力強く頷き、初瀬の元に走っていった。

 

「初瀬ちゃんっ……!」

 

城乃内は初瀬の元に駆けつけると、跪いて初瀬の身体を抱き起す。初瀬の身体はずっしりと重く、温かい。人間としての初瀬はすでに死んでいることが、一瞬、城乃内の中で揺らぎそうになる。

 それでも、今目の前で初瀬が消滅しようとしていることは、データに分解されていく初瀬の身体を見て、直ぐに分かった。

 

「初瀬ちゃん……」

 

 自分の眼鏡のレンズが、水滴で濡れる。その時初めて、城乃内は自分が泣いていることに気付いた。

 初瀬はそんな城乃内の手に自分の手を合わせると、二人の手の間で光を放ちながら、何かを生成していく。

 初瀬が手を放したときに、城乃内の手の中に残ったのは、ブロンドに輝く新たな錠前だった。

 その形は、かつてフェムシンムの王・ロシュオが、知恵の実の欠片で生成した極ロックシードによく似ている。 

 

「城乃内、これ使え……今の俺の全部だ」

 

 城乃内は錠前を握りしめながら、初瀬の肩に手を掛ける。

 

「初瀬ちゃんは……初瀬ちゃんはどうなるんだよ!?」

 

「そんなこと、分かってここに来たんだろ?最後の最後でいいアシストだったぜ……!城乃内……」

 

 初瀬の身体はほとんど消えてしまってる。それでも、初瀬は微笑みながら、淡々と言葉を続けていった。

 

「お前は俺のことを覚えててくれた。俺の死を悔やんでくれた。俺の死を背負ってくれた。だから、俺はお前に願いを託したんだ」

 

 城乃内は涙を堪えながら、その言葉を一言も聞き漏らさないように、初瀬に顔を近づける。

 

「なあ城乃内、仮面ライダーって知ってるか?」

 

「仮面、ライダー……?」

 

 城乃内は、自分自身に問いかけるように、初瀬の言葉を繰り返した。一応、城乃内もその名は知っている。かつて、紘汰と共にメガヘクスを倒した赤い戦士も「仮面ライダー」と名乗ったのだと言う。城乃内が言葉を探っていると、先に初瀬が話し出した。

 

「助けを呼ぶ声が聞こえたら、必ず駆けつける希望の戦士、らしい。お前は俺を救うって、約束してくれた。俺にとってお前は、仮面ライダーなんだよ。だから、頼む。俺の姉ちゃんを守ってくれ。仮面ライダー……グリドン!」

 

 そこまで言い終わると、初瀬の身体は完全に空に消えた。耐え難い喪失感が城乃内の心を支配する。それでも現実は、彼を放っておいてはくれなかった。

 

「ァ……あああああああああ!」

 

 城乃内の傍らに、ブラーボが苦悶の声を挙げて、倒れた。ブラーボの変身が解除され、傷だらけの凰蓮の姿が現れる。

 

「凰蓮さん!」

 

「坊や……お友達とはちゃんと話せた……?」

 

 城乃内が顔を覗き込むと、凰蓮は穏やかに笑った。

 

「はい。あとは任せて下さい!」

 

「フフ、それじゃあ任せるわ。Merci(メルシー)……!」

 

 城乃内は一葉と凰蓮に背を向けて立ち上がり、メガヘクスに対峙する。メガヘクスは城乃内の左手に握られた錠前を見ると、高圧的な声で語り掛けてきた。

 

「その錠前には、初瀬亮二の意識と知恵の実の力が内包されている……!初瀬亮二、まだ間に合う。初瀬一葉を殺されたくなければ、メガヘクスに従うのだ!」

 

「メガヘクス、もうお前に初瀬ちゃんは渡さない!」

 

 城乃内が錠前を握り締めて啖呵を切ると、メガヘクスは今度こそ城乃内に語り掛けた。

 

「城乃内秀保、その錠前を使えば、君もオーバーロードになるだろう。それでも良いのか?」

 

 城乃内はメガヘクスの言葉を無視して、初瀬から託された二つの錠前を掲げ、解錠する。

 

「行くよ。初瀬ちゃん!」

 

『カチドキ!』

 

『ミックスナッツ!』

 

 城乃内の周りに、木の実型のアーマーがいくつも現れるのと同時に、戦極ドライバーには新たな錠前をセットするためのジョイントが現れる。

 城乃内はカチドキロックシードと、初瀬の全てが込められた錠前をベルトにセットし、思い切り叫んだ。

 

「──変身ッ!」

 

『Lock open!木乃実(きのみ)アームズ!大大大大大行進!!』

 

 勇ましい声が響くのと同時に、カチドキアームズが城乃内の身体を覆い、そこに全てアームズが収縮していく。

 漆黒のカチドキアームズの外装の下から現れたのは、ブロンドに輝くグリドン・木乃実(きのみ)アームズ。胴体を覆う甲冑には、ドングリやマツボックリにクルミ等、様々な木の実が描かれており。背中には漆黒のマントがたなびいている。

 メガヘクスはグリドンの姿を見ると、忌々し気に頭を抱えた。

 

「まさかッ!始まりの男になったとでもいうのか!」

 

「『始まりの男』?知らねぇな。俺は城乃内秀保、仮面ライダーグリドンだ!」

 

『ドンカチ!』

 

 グリドンが木乃実ロックシードを捻ると、ドングリアームズのウエポン・ドンカチが現れる。それだけではない。グリドンの隣に、ドンカチを握った黒影マツボックリアームズが現れた。黒影の身体は煌々と輝き、隣立つグリドンのボディを黄金に照らしだす。

 

 

「初瀬……亮二ィ……!」

 

 黒影の姿を見るなり、メガヘクスは全身を怒りで震わせて、二人に迫っていく。

 グリドンと黒影はドンカチを振りかぶり、メガヘクス目掛けてドンカチを打ち付ける。

 瞬間、凄まじい衝撃がメガヘクスを襲った。メガヘクスの身体の崩壊が一気に進む。

 

「なっ、何だ、この力はッ!」

 

 メガヘクスが垂直に浮遊し、ランス状の両腕から黒い光弾を放つと、グリドンも新たな武器を召喚する。

 

『マロンボンバー!』

 

『影松!』

 

『影松・真!』

 

『クルミボンバー!』

 

 グリドンと黒影は召喚したマロンボンバーで光弾を受け止め、その棘をメガヘクスに向けて射出する。同時に、召喚したアームズが一斉にメガヘクスを襲った。

 

「ぐッ……!小賢しい真似を!!」

 

『火縄漆黒DJ銃!』

 

『ドングリチャージ!』

 

『マツボックリチャージ!』

 

 グリドンは火縄漆黒DJにドングリロックシードを、黒影はマツボックリロックシードをそれぞれセットする。

 二人は落下するメガヘクスに向けて、必殺の一撃を放った。

 

「ぐおおおおおお!」

 

 ブロンドと漆黒、二色の光弾がメガヘクスを吹き飛ばす。

 メガヘクスは地面に叩きつけられると、身体を蒸発させながら、叫びを上げた。

 

「あり得ないッ……!メガヘクスが敗れるなど!」

 

 黒影はメガヘクスの言葉を無視して、グリドンに声を掛けた。

 

「行くぞ。城乃内」

 

「ああ、これで……!終わりだッ!」

 

『木乃実スパーキング!』

 

 グリドンと黒影はゆっくりと身を屈め、同時に跳び上がる。二人は眩い光を放って、メガヘクスの身体に必殺のキックを放った。

 

「うりゃああああ!」

 

「はああああああ!」

 

 二人のキックに貫かれ、メガヘクス・エヴォリュードは地面に倒れ込む。それでも、メガヘクスらグリドンと黒影に向かって、震える手を必死に伸ばした。

 

「何故……何故勝てないのだ!理解……不能ォォォ!」

 

 メガヘクスは断末魔の叫びを上げ、その場で爆発した。地に落ちたパーツが、静かに空へと消えていく。

 

「初瀬ちゃん……?」

 

 グリドンが黒影に顔を向けると、黒影の変身を解いた初瀬もまた、空に消えようとしていた。

 城乃内は変身を解除し、初瀬に語り掛ける。

 

「俺、守れたかな?初瀬ちゃんの願い」

 

 初瀬は無言で笑いながら、木乃実ロックシードと共に、光の粒となって消えていった。その光は朝日に照らされて、辺り一面に広がって行く。

 

───初瀬ちゃんはこれからも、俺達を近くで見守ってくれる。

 

 城乃内はそう信じて、初瀬が残した光に語り掛けた。

 

「これからも、ずっと守るよ。初瀬ちゃん……」

 

 

エピローグ

 

 ヘルヘイム災害の集団墓地に一組の男女が訪れる。女性の方は車椅子に乗っており、男がその車椅子を押している。男は目的地の墓に着いたのか車椅子の向きをその墓前に合わせた。その墓には「初瀬亮二ノ墓」と彫られているが、当然この墓には初瀬の遺骨は埋まっていない。

 城乃内と一葉は中身が空っぽの墓前に花を手向け、目を閉じ、手を合わせた。

 初瀬が消滅してから三ヶ月、城乃内の身の周りでは、色々なことが起きた。一葉が奇跡的に意識を取り戻し、デーブは非正規ではあるが、害虫害獣駆除の会社に就職した。ザックはプロのダンサーを目指して再びアメリカに起ち、光実は桜井と共に今回の事件終結直後に姿を消した戦極凌馬のデータの追跡に奔走しているらしい。凰蓮は相変わらず、貴虎とともに世界中で戦いを続けている。

 

「城乃内さん」

 

 城乃内が手を合わせたまま、自分の近況を初瀬に報告していると、一葉に声を掛けられた。

 城乃内は目を開け、一葉に顔を向ける。

 

「私、病院で眠っている間、ずっと夢を見てました。何故か、私は自分の身体から離れていて、病室で寝たきりの自分を、ずっと見ているんです。私のことを気にしてくれる人は、何人かいました。復興局の局長が私の病室に来て、亮二が死んだこと、私の身体のことを、意識のない私に、必死に謝ってくれました。私の担当の先生はまだ駆け出しの研修医だったのに、私の笑顔を取り戻すって、眠ったきりの私にいつも話しかけてくれました」

 

「不思議な夢ですね……」

 

 城乃内は掴みどころのない一葉の話に、小さなシンパシーを感じる。そして、一葉がこれから何を話そうとしているのか、城乃内にはもう想像がついていた。

 

「でも、彼等を見ている方の私には気付いてくれませんでした。そんな私の傍に、亮二がずっと寄り添ってくれたんです。だから、淋しくなかった。多分アレは夢なんかじゃなかったんだと思うんです。そしてきっと、亮二は私が救われた分だけ、ずっと苦しんでいたんです」

 

 城乃内が何も言えないでいると、一葉は城乃内の目をじっと見つめる。そして、覚悟を決めたように、口を開いた。

 

「城乃内さん、もう十分です。足はまだ動きませんけど、貯金も残ってます。私は一人で生きていけますよ」

 

「一葉さん……」

 

 城乃内はそれ以上、何も言うことができない。ヘルヘイムの浸食を受け植物状態だったころの一葉が病院で入院できたのは、復興局が創設した「地球外植物被害特別補助金」によって入院費がまかなわれていたからだ。

 今回の一件でメガヘクスとヘルヘイムの浸食から解放された一葉は、初瀬が消滅してから1ヵ月後に、植物状態から抜け出した。しかし、それは復興局からの補助金の支援が切れることを意味している。植物状態は脱しても、足の動きを司る神経が機能していない今の一葉に、人並みの生活を送ることは難しい。

 今は城乃内が、一葉に無断で入院費を負担している。光実と桜井から聞いた話では、一葉には身寄りがなく、ヘルヘイムの浸食を受けた当時の一葉は入社2年目、現在ではその会社との契約も打ち切りになっている。

 今の一葉に、この先の入院費を払うほどの余裕がないことは城乃内が一番よく知っていた。一葉もそれを分かっているはずだ。

 

「いつまでも、私や亮二に縛られる必要なんてないんです。私達のことは、もう忘れてください」

 

 そう訴える一葉の笑顔はとても穏やかだった。救われているようでもあり、すべてを諦めているようにも見える。

 今回のインベス騒動の全容は、一般には発表されていない。そのため、その原因である初瀬や一葉が糾弾されることもなかった。もしも、誰かに責められでもしたら、一葉は生きる意味を見出せていたのかもしれない。

 一人ぼっちになろうとしている一葉を、城乃内はどうしても放っておくことが出来ないでいた。

 

「忘れるなんて、できるわけありません」

 

 城乃内が震える声でそう言うと、一葉は苦しそうに顔を歪める。

 

「城乃内さんには、これからの人生があるんです。いつまでも過去に囚われていたって、辛いだけですよ」

 

「一葉さん、前に言いましたよね。俺が卑怯だって」

 

 城乃内の言葉に、一葉は少し戸惑う。

 

「すみませんでした。城乃内さんの気持ちも考えずに、あんなこと……」

 

「いえ、一葉さんの言う通り、俺は卑怯者です。あの後仕事してても何してても初瀬ちゃんのこと考えてばっかで……しんどくなって、今もカッコつけてるけど、本当は一葉さんにすがりついてるんです」

 

 城乃内の言葉を聞いて赤くなった目をごまかすために、一葉はそっと目を伏せた。

 

「わかってるんです。こんなの自己満足だって。でも、こうして一葉さんのそばにいないと、今にもおかしくなりそうで……だからもう少しだけ、一葉さんの近くにいさせてください」

 

 城乃内はそう言って、一葉に頭を下げた。二人はそのまま黙りこんでしまう。沈黙を破ったのは一葉だった。

 

「ケーキ……」

 

「えっ……?」

 

 予想外の言葉に城乃内が顔を上げると、一葉は目を濡らしながら無理やり笑っていた。

 

「ケーキ、食べたいです」

 

 一葉は無理に作った笑顔を、ずっと保っている。そんな彼女の顔を見ていると、城乃内も思わず表情を緩めてしまう。

 

「帰ったら、とびきり旨いヤツ、作りますよ」

 

 城乃内はそう言うと、一葉が乗る車椅子の向きを変え、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―完―




最後まで読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。
これにて『仮面ライダー鎧武 ーグリドン外伝ー』は完結です。

このあとがきを読んでくれている方の中には、色々不満を言いたい方もいるのではないでしょうか?
私自身、この作品の反省点はいくつもあります。それでも、こうして城乃内秀保を主人公に据えた『鎧武』の二次創作を書き終え、沢山の方に読んで貰えたことには心から満足しています。

この二次創作を読んで『仮面ライダー鎧武』本編の城乃内や初瀬を見返してくれる方が一人でもいれば、こんなに嬉しいことはありません。

細分の修正はこれからもするつもりですので、感想お待ちしています。

それでは、またどこかで!


ps.

2019年3月、「舞台 『仮面ライダー斬月』 -鎧武外伝-」東京・京都での上演が決定しました。


2020年10月25日、『鎧武外伝 仮面ライダーグリドンVS仮面ライダーブラーボ』が配信開始します。夢が叶いました。



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