MADMAX Fury of ArmoredCore -V-alhalla (ティーラ)
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MADMAX Fury of ArmoredCore -V-alhalla
Prologos My name is…


歴史とは『受け継ぐモノ』である。
我々の使命は歴史を後世へ伝えていくこと。
本望この上ないことだ。
狂気(MAD)の世界で狂気(MAD)だった世界を
受け継がなければ――。

――歴史の語り手 ミス・ギティ



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の名は、―――。

 ここは炎と…血で汚れた世界だ。

 

 

 

 

 

 

野郎ォ、殺す気かッ!!?

悪いが、石油のためなんでね――。

 

人が殺しあってるのよ!!?

お水がもう…ないのよ――。

 

物資不足で略奪が横行しているのです。

各地で暴動が発生しています――。

 

 

 

石油戦争、水戦争――。

 

 

核戦争――。

 

 

 

 

 

 昔、俺は兵隊だった。武器を取り、使命に燃え…悪を倒していった。

 

 

 世界は企業のため、権力のため、新兵器開発のためと戦争を続けた。目的は多種多様とあったが、いつしか人々は『すべてを終わらせるため』を目的に全世界を舞台に最終戦争を決行した。その代償が、この世界だ。

 

 

まるで世紀末の到来だ。

地球は荒廃していった――。

 

 生活環境は劣悪と化し、水や食料は枯渇した。

 

 

みんな、緑色の毒にやられた。

寿命は半分になった――。

 

 平均寿命は半分になり、人口は減っていった。

 

 

銃声が、止まらねぇんだよォォ!!

は、ハは…は、も、もう疲れたよ…BANG!!

 

 神経は入り乱れ、精神は不治の狂気へと。

 

 

どうして…もう、おしまいだ。

ごめんね…ごめんね……――。

 

 男女の身体構造は歪曲し肉塊(・・)のような赤子を生むことしかできなくなってしまった。

 

 

人間はおかしくなってしまった。

人間はおかしくなってしまった――。

 

 

 

 

 

 

 世界は崩壊した……。

 そして人々も壊れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰でもいい。

 教えてくれ。イカレてしまったのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺か…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界か………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は苛まれていた。背負い、耐えきれなかった現実と理性と罪悪感から。葛藤は男の足を止めさせ、無限に続く汚染された焦土と太陽からの熱波に当たり、ぼうと立ち尽くしていた。

 

 黄土色の砂にまみれた凹凸の激しい5mほどの人型兵器、鋼鉄の巨人『アーマードコア(AC)』、だったそれは今となってはただ逃げ続けるだけの足代わりだ。

 装備していたはずの武器はすでになく右腕一本、装甲は所々剥がれ、頭部パーツに至っては半分が内部機構丸見え。細々とした軽量級二脚ACという実にみすぼらしい巨人だ。

 

 

 ただの道具にすぎない。俺がそういうふうに改造したのだ。

 

 

 

 

 いつまで逃げ続けるのか……。

 なぜ逃げるのか…。

 何から逃げているのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ…どこにいるの―――?

 

 

 

 

 

 

 

どこにいるの?助けて、―――。

 

 

 アレ(・・)だ。またあの声だ。頭ン中を虫みたいにはい回ってやがる。

 その声はゆっくりと、ゆっくりと…背後からやってくる…。脳ミソの隅から隅まで反響し残響するそれは、一種の気味の悪いエコーだ。

 

 

どこにいるの―――?

なぜあの時助けてくれなかったの!

約束したはずなのに!

なんで、どうしてなの…!

卑怯者、卑怯者!アイツは卑怯者だッ!

そうやってお前はあの子を見殺しにした!!

黙れッ!……

 

 

 脊椎反射された左足が焦土にめり込む。あの声はもうしない、変わりに醜いトカゲがブーツの下敷きになった。こうすればしばらく寄ってこない。それにあいつらは、これ以上俺に手出しはできない。

 

――亡霊だ。

 

 

 

 男は貴重なタンパク源を無駄に伸ばした髪と髭も一緒に口に入れながら頬張る。だがじっくりと味わっている余裕はなくなった。殺意が、それも多くの殺意が向かっていることを察知してしまった。

 

逃げて(Run)………』

 

 男は駆け出し、足でボロ布と一緒に砂を払う。地面、巨人の手、肩へと3回ほど跳躍しコックピットに着く。即座にスティックスイッチを下へ向け、START UPと記された押しボタンを殴る。

 ハッチが閉じていく中、ジェネレータという心臓が轟々と脈を打ち始め機械(マシン)特有の虚ろな目が、赤々と鮮血のように巡る。巨人はたったひとつしかない腕を支えにムクリと起き上がり、男はヨレヨレのクロスシートベルトを締め、一つ深呼吸をする。ハッチが閉まる。巨人はエネルギーを溜め始め、周囲の空気が巨人の体内へ送り込まれ圧縮密閉された操縦席を酸素一杯にし、放出する。喉の奥を鳴らすような、ケモノのうなり声にも似た排出音と共に吐き出された熱風が砂塵を巻き起こす。深呼吸をするかのように。

 青白い4本のアフターバーナーをゆっくりと吹き出し、構えの姿勢に入る。

 

 

 

 この道具唯一の特徴であり、唯一装備しているもの。

 それは――――。

 

 

 

『生きるために………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げろ(Run)―――ッ!!!』 

 ブーストペダルをべた踏む。瞬間的で爆発的なスピードを叩き出す、グライドブーストだ。

 縦長だった炎は爆炎と化し岩肌を無差別にえぐり、華奢な巨人は耳障りな軋みと叫びを上げ、その高推力に身を任せる。搭乗する男は、体に架かるGをもろに食らうがその足を離さそうとしない。

 

 逃げなければ。

 逃げ続け、生き延びることが己の本能であるから。

 

 このか細い(ボディ)に猛々しい炎と、巨人と呼ぶにはあまりにも不釣り合いなそれで、脱兎の如く汚染された錆色の砂漠へと………逃亡する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヤッホオォゥ!」

「逃がすなよォ、傷つけンなよッ?!」

「ジョー様のために!V8を称えよォォ!」

 四輪駆動車が2台、続けて頭部がない二脚AC4機が雄叫びを上げながら男を追う。白塗りの狂った兵士たち。彼等は今日も明日を生きるため、狩りに出る。

 

 

 ウェイストランド……水と食料を求めて国が争い、その中の狂った上官がすべてを無に返そうと核のボタンを押した場所。放射線が飛び交うこの地は、正に死の大地。

 

 石油のため、水のため、食料のため。そしていつしか人々は『生き延びるため』が共通の目的となった。

 

 それでも尚、人々は…戦うことでしか生き延びることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺れ殺れェ!ハッハー!!」

「捕まえろオォ」

「ほぉらほらほらほらァ~~!」

 

 愉快さや嬉しさ、無法さなど理由は様々だがヤツラは狂喜の歓声を集団で行うことで、一種の一体感を見出しているのだろう。まぁ、今の自分にはただの障害でしかない。逃げるしか…ないんだ。

 

 兵士たちは歓喜の叫びと共に、爆発物を取り付けた槍(サンダースティック)を巨人に浴びせ続ける。背面装甲からバリバリと鼓膜が破れるような激雷音は止まることを知らない。徐々に削りとられる装甲値に目をやる。計器は0を表示した瞬間、巨人がよろめく。アフターバーナーは途切れ途切れになり、制御不能になったそのスキを見逃さなかった兵士は槍に力と念を込め投げつける。その衝撃は巨人のバランスを完全に崩し、前転横転、勢いで脚部や装甲はプラモデルを分解するように木端微塵にされる。爆発と回転を繰り返し、黒煙と砂埃が混じる中、ひしゃげた巨人は金属同士が擦り合う音を最期にようやく焼けつく砂漠に死んだ。

 

 

 

 

 

 

 だがそれでも……男は生きていた。かき分ける砂の中から這い出る男は頭からの出血で汚れながらも逃げようとする。生ける者からも死せる者からも逃げ続けようと、決めたから。

 

 

 これからももっと逃げてやる――。

 這ってでも逃げてやる――。

 ヤツラがパーツにありつけて、歓喜している間に逃げてやる――と。

 

 

 白塗りの兵士の一人が這いつくばる男の背を蹴り、ロングバレルの銃を後頭部に押し付ける。ガタがきている銃とはいえ0距離では、もう…。メンテナンスを損なった銃特有のカチャリと乾いた音が最後の警告だと聞こえた気がして、男は硬直した。

 

 

 もう逃げられない。

 

 

 だが、俺の本能は止むことなく叫び続ける。

 

 

 生きろ(Survive)――と。

 

 

 灼熱の太陽に照らされながら、白塗りの兵士たちは砦へ、彼らが言う故郷へと帰還する。彼らを乗せる四輪ビークルには鎖で繋がれたスクラップと四肢欠損なしの男を引きずる。ビークルの中では兵士たちが和気藹々と賑わっている。強引に引っ張られながらも男の本能は変わらぬままでいた。童話に出てくる目印のためのパン屑のように頭から点々と垂れる真っ赤な血液だけが、それを理解していた。

 

 

 生きろ(Survive!)!――――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刃は男の頭皮を過り、鋏が閉じる。髪は少し硬めで抵抗力があるため鋏の閉じる音は鈍く、重々しさを感じさせる。落ちた髪を一目散に回収している白塗りの子供。見た目はそれこそ子供。だが今この状況だからこそ、あえて言うならば餓鬼(ガキ)だ。

 そして男は絶えずやってくる痛みに唸るしかなかった。

 

 

 

 

 

  12045日目(Day12045)  手指10本アリ(ht 10hands)

         体重180ポンド(180lbs)

      名前ナシ(No Name)

しこりナシ(No Lumps) 腫れナシ(No Bumps) 生命力満タン(Full Life Clear)

 左右眼球共に健康(Two good eyes) 手足に障害ナシ(No Busted limbs)

    小便可(Plies OK) 睾丸無傷(Genitals Intact)

   傷多数アリ(Multiple Scars) 回復力早め (Heals Fast )

   Oプラス型(O-PLUS) ハイオク血液(HIGH-OCTANE)

    万  能  供  血(UNIVERSAL DONOR)

   砦付近の湖にてV8持ちの(Lone Road Warrior Rundown)

   ロードウォーリアーを捕獲(on The Powder Lakes V8)

   ガス欠・在庫切れに有効(No guzzoline No supplies)

      非常に狂暴(ISOLATE PSYCHOTIC)

      口枷外すな(Keep Muzzled)

 

 

 

 

 

 男の背中には無数の刺青が掘られている。背中の痛みは火傷を負ったように持続し、頭をぶつけた時のものを超した。タトゥーマシンからのスクリュー音と振動は激痛をより鮮明にさせる。彫り師兼医師であるメカニックは脱脂綿に吸収した墨と血液を美味そうに(すす)る。口元が血に染まりながらもタトゥーを掘り続ける奇人。周りにいる白塗りの兵士は、男ではなくケダモノを相手するように10人ほどで取り押さえている。スクリュー音がなくなり一旦ここで手を止めたかと思えば、再び脱脂綿で赤黒い血液を吸わせてはまた啜る。ふと熱気が顔面を襲う。ここにもタトゥーかと思ったが、そこにはハンドルに髑髏(ドクロ)と大変趣味が悪い焼印が眼前にあった。

 

 男はうすら笑う中でこう思った。

 

 

 こりゃぁ逃げねぇとな――。

 

 

 目いっぱい腕を引き、兵士のバランスを崩す。肘、肘、肘と鎖で手が使えないなりの格闘で5人をひるませる。吹っ飛んだ兵士の一人が窯をひっくり返し、炭燃料が部屋に広がる。一瞬にして逃げるスキができたのを突いた男はそのまま一方通行の洞窟を駆ける。出口はどこだと進む中、たどり着いた一部屋。金属加工中の兵士が2人、自分のACが無残にも変わり果てた姿へと改造中だった。後ろからは追手が迫っている、時間はない。ACコアパーツKT-105を滑るように乗り越える。兵士約10人がハイエナのように跳躍し、飛び越え、追いかけてくる。

 

 この地獄の窯から逃げなくては。

 

 日の光と草木が若干が見える場所に追い込まれた。透明な水が浸る部屋で天井が格子状。前からは白塗り、後ろからも白塗り。一方通行故に退路が途絶えた。これで登れと言わんばかりに置かれたチェーンで天井へ、頭髪も体毛もない白塗りが次々と足を掴もうと寄って集ってくる。端から見れば、どこかの国の地獄を題材にした小説の一幕のように慌ただしい。天井の格子を掴み、モンキーバーの動きで回避して――。

 

どこにいたの―――?

ねぇ、あなたの名前は?

 あの声は女児の形となって語りかける。格子の間から覗き込むように。疑問符を浮かべる少女。

 あの娘は死んでしまったはず。

 生きているはずがない――。

 

「今だ捕まえろォ!」

 (くう)を見る男。兵士はスキをねらい足首に掴みかかり全体重をかけて無色透明の水へ叩き落す。

―――、あなたは誰ッ!!?

あなたはどこにいるの!

 水中で口から空気をこぼしているとまた聞こえてくる。(あぶく)に紛れて見える少女の顔は怒りに満ち、迫まりくる。兵士数人が水中で取り押さえるが、少女からの逃避が火事場の底力を発揮する。水しぶきと共に兵士は舞い上がり、狼狽する。来た道を戻ることになるがこれで逃げ道ができた。水と兵士と少女の声をかき分け、アリの巣構造な地獄を突き進む。

 どこだ?出口は、出口はどこだ!!?

 

お前のせいで死んだ!!

 亡霊がこの期に及んで訴えかける。亡霊もヒトの形を装い、この逃げ道を男と真正面から迫り狂言する。

 男は亡霊を払い退け、ひた走る。ひたすら逃げ惑う。

 

お前のせいでみんなが死んだんだ!

どこにいるの止まって―――。

 男は少女でさえも払い退ける。亡霊の数が次々に増え、男は…。

 

逃げてみろッ!

そうだもっとだもっと逃げろ!

止まって―――!止まってったら―――。

 払い退け払い退け…目の前にドアが…出口が!

 

逃げろにげろニゲロ!

止まって―――。

この先が出口だぞ?クソ野郎

もうすぐラクに死ねるぞ

もうすぐだぁ、もぉすぐだぁ~

落っこちて(・・・・・)死んじまえ

 

 

 

止まってッ!!

 目の前まで来た少女の顔に驚き、少女を払う。ドアを力任せに全開させる。

 

 

 

 

 崖。

 

 落ちずに済んだ。少女からの警告で寸部のところで止まれた。まだ生きている。

 見上げると2つの大きな岩山が青い空と一緒にあった。その一つの岩山には先ほどの焼印のような、ハンドルに髑髏の浮き彫りがあり、頂には草木が見える。工事用クレーンが起動している。編み込まれた太いワイヤー4本がカタカタと上昇していることから現役で動いているのだろう。不安定な立地故にタワークレーンのほとんどが斜めに立っている。

 

「いたぞ、あそこだァ!!」

 見つかった!?だが逃げ道はもうない――いやまだある。

 

 泥まみれで力ないACが数m先、下から出現する。4本のワイヤーで縛られたACは片腕が硬直しているように見える。上手く跳んで、あのアームに両手首の鎖をかければ…!時間はない、今やるしか。

 逃げろ。生きるために、逃げろ!

 

 男は二、三歩戻り助走と覚悟を決める。歯を食いしばり全速力で走り、ジャンプした。崖を跳ぶのと同時に兵士約10人分の腕が伸びる。

 

 走馬灯にも似たスローモーションがアームと鎖を磁石のように吸い寄せ……見事に引っ掛かった!だがその衝撃で泥まみれのACは振り子運動を発生させ、男は崖の方へ吸い寄せられる。白塗りの餓鬼と兵士がゾンビの形相で待ち構える。数cmまで引き寄せられた男はまたしても足を掴まれるが兵士の顔面を蹴り、崖下へ落としやる。

 

「――――――――ッッ!!!!」

 

 ジタバタしながら落ちて行った兵士が何かを叫んだ気がした。再び振り子運動で引き寄せられ、マジックハンドとフックが男を確実に掴みかかる。

 

 遠ざかっていく日の光。

 狂喜の声は、強くなっていく。

 

 逃げられない、逃げられない、逃げられない。

 逃げられない、逃げられない、逃げられない。

 逃げられない、逃げられない、逃げられない。

 逃げられない、もう逃げられない……だが…。

 

 

 それでも男は、己の本能に呼びかける。

 そして本能は止むことなく叫び続ける。

 

 

 

 

 

 

 生きろ(Survive!!)!!――――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

MAD MAX

Fury of ArmoredCore

V-alhalla

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今作品を投稿して、今後の読者層によって投稿スピードを変えようと考えてます。
私も仕事あるし(´・ω・`)


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4.90 OUR BABIES WILL NOT BE WARLORDS

楽園はここにあった。
かわりに地獄がここにある。
ヒト、水、食料、燃料だってある。
そんな世にあと何が足りない…?
協力し合って生きていこうという絆か?
死んでも死にきれない者が集う
『煉獄』だ。
さぁ、一緒に煉獄を作ろうじゃないか――。

――最初の狂信者



 

 

 

 

 

 シタデル(CITADEL)――。

 

 荒んだウェイストランドにそびえ立つ3つの巨大な岩山。この巨岩こそ最後の安住の地、シタデル砦。生き延び、生き残るために人々は今日もやってくる。

 

 

 

 

 

「この20年、無駄にしない。絶対に成功してみせる。母さん…」

 

 その中にひっそりと設けられた薄暗い一時待機所。擦り傷だらけの鏡を見ながら、女は黒色のグリースを塗る。「良し」、と鏡に映る自分に覚悟を決めた女は、待機所を出る。薄暗い部屋から一転、目潰しの如く差し掛かる太陽光線に半眼になる。

 

 外では民衆が騒がしくしている。目から額にかけてグリースを塗った女はそんな情景を目にしながら歩を進める。丸刈りにした時の多少残った頭髪とグリースが見事に黒で統一されている。うなじには焼き印、左腕は血が通うことのない義腕。片腕がない分の力をハーネスとコルセット、そしてショルダーパッドで補う。どれも皮製でしなやかな代物、女性が使うには十分だ。

 

 

 

 惨めな人達(The Wretched)

 水と食料と救いを求めてやってきた者たち、腕なし脚なし目なしなど体の一部が欠損した者たちの総称。

 

 

 

 知っているだけで約5000以上はいる彼らが行く先はある紋章が浮き出た岩山のふもと。

 

 岩肌を削って作り出した巨大な円形シンボル。燃えるハンドル、その中央部は髑髏(スカル)。大きく開いたガイコツの口が特徴的なシタデル紋章が見える場所へ。今日はアイツを拝める日であり、唯一生き長らえる日でもある。女は彼らを横目に、装飾されたハンドルを手にし白塗りの兵士たちが集う場へ歩く。兵士が搭乗する武装駆動車が待機し、発進準備中。女はそれには乗らない。向かうは6輪トレーラーヘッドの運転席。

 

 6人ほどのリフト係が合図を送る、踏み車が起動しリフトが降下する。10人ほどの人力で動く4つの踏み車で降ろされる昇降機には超大型輸送車両。ガラガラと堅い音を発し、重々しく動く滑車と踏み車。地面に接地した途端耳をつんざく爆音を出す。輸送車両の重量がその音の大きさを物語る。

 

 女は持ってきたハンドルをステアリングへ差し込み、ロック確認。ハンドルを軽く左右へ傾け動作確認。スイッチを4、5回ほど押し、イグニッション開始。短い煙突から黒煙を周囲に吐き出し、エンジンが唸る。

 

「俺たちはウォーボーイズ!」

《ウォーボーイズッ!》

 

「俺たちは死を恐れない!」

《ウォーボーイズッ!》

 

「俺たちは死んで、よみがえる!」

《ウォーボーイズッ!!》

 

 掛け声と共に女はトレーラーヘッドをバックし、大型輸送車両を連結させる。

 

「連結完了オォ!!」

 

 

 

 

 ウォーボーイ(WAR BOY)

 またその総称をウォーボーイズ(WAR BOYS)

 半命戦士(Half Life)、白塗りの兵士。

 

 

 

 このシタデル砦の戦士たちは基本全員白塗り、頭髪体毛は禁じられている。上流階級の者は白塗りにする必要はない。エンジン機構やアーマードコア(AC)のパーツ類を模倣した刺青を体中に施すことで一人前の戦士として認められる。

 

 

 いつにも増してウォーボーイズの数が多い気がする、アタシにも監視の目がきたか。

 

 彼らは一体いつ気づく(・・・)のだろうか…?

 

 

 一歩二歩と重心を変えない歩き方を披露するACが一機、運転席に座る女を通り過ぎる。輸送車両の積み荷スペースへ乗車、8輪輸送車両が弾む。ACは機能を停止させ、圧縮エアの排気音と共にハッチをスライド。ACから降りたウォーボーイが乗車確認をした。もう一機、砦の上空から舞い降りるAC。コアパーツに取り付けられた4つのノズルスカートからはブースター特有の白い炎。ガス切断機のような閃光を放つジェット噴射はACをゆっくりと降下させ、車両の空きスペースにぴったりと脚を着かせた。総合計14輪、大型タイヤの弾みに女は「もっと丁寧に乗れよ」と吐き捨てる。ACが2機乗車後、Z字状のクレーンでそのACを固定、蜘蛛の巣にも似た入り組んだフルトレーラーと化した。

 

 車両の後部、ガソリンタンクを連結すると、掛け声の続きに入る。

 

「俺たちはガスタウンに向かうッ」

ガス(Gas)タウン(Town)ッッ!!》

 

「水をたっぷり用意したァ」

アクア・コーラ(Aqua Cola)ッ!!》

 

「作物とミルクもたっぷりある!」

作物、マザーズミルク(Produce & Mother's Milk)ッ!!》

 

「巨人も二人用意した!」

アーマード(Armored)コア(Core)ッ!!》

 

 このような掛け声は飽きるほど聞いてきた。だからといってそれを止める権利はないし、止めるつもりもない。

 

 一定のリズムで行う掛け声(チャント)はウォーボーイズの士気向上に繋がる。ゴーグルをかけたチャント係兼伝令役のエースと数人のウォーボーイズは今日中に発進する車両の最終点検を済ませる。

 アクセルペダルを軽く踏み、トレーラーは大きく唸る。エンジンの振動が地面と空気をビリビリと震えさせる。いつでも発進できるようにとエンジンを温める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、シタデル紋章の口の奥。白塗りの子供、戦士見習いのウォー・パプスが白塗りの粉を吹きかけている。

 

「っご、ゴォホ、グッ…く……」

 

 ある男の太った背中、潰れた腫瘤や浮腫が広がる背面は咳き込みで波打つように揺れる。

 不衛生な体を白塗りの粉である程度清潔であるように見せ、防弾ガラス製ボディアーマーとシンボルベルトを白塗りしていない上級ウォーボーイが装着させる。スカルを模したマスクを自身の口へ運ぶ。首の後ろにかけてチューブに繋がれた折り畳み式生命維持装置と空気タンクを背負う。呼吸をし始めると膨らみ縮小、肺としての機能を開始する。

 

 呼吸困難を患う男にとって、汚染されていない正常な空気が吸える生命維持装置は必要不可欠である。また蝕まれた体を外気から守るアーマーも必要不可欠な存在だ。だがそれは基盤や勲章、銅銀金メダルをこれでもかと装飾したボディアーマー。上顎骨と下顎骨、人間の顎を模した特製マスク。そして白塗り。ここまでデコレーションをする必要はあるのかと思うが、それはこの呼吸困難な男にとっては必要なこと(・・・・・)だからだ。

 

 男は2人の上級ウォーボーイの手を借りて立ち上がり、噴水の如く無限に湧き出る水を背にシタデル紋章の口へ歩く。口から外の景色を伺うと、その男を一目観よう惨めな人達がふもとに集っていた。惨めな人達は大衆となり、装飾された男を視認すると歓声が上がった。

 

「ジョーさまぁ、おめぐみをぉぉ!!」

「ジョー!ジョー!イモータン・ジョー!」

「イモータン・ジョーッ!」

「ジョー様を称えよォーッ!」

「ジョー!ジョー!イモータン・ジョー!」

「ジョー!ジョー!イモータン・ジョー!」

「ジョー!ジョー!イモータン・ジョー!」

 

 その歓声は大衆だけでなくウォーボーイズも共鳴し、砦の下層部は歓喜に包まれた。上級ウォーボーイが下にいる者たちへ大号令をかける。

 

「皆の者ォ、不死身のイモータン・ジョー様がお見えになられた!ジョー様称えよォォ!!」

 

 シタデル砦の首領、圧制者にして神格的象徴。

 イモータン(Immortan)ジョー(Joe)

 

 恐ろしいまでの装飾はこの信仰(・・)のためである。ジョーの登場と共に歓声はどっと沸きあがる。老若男女が、ウォーボーイズが。2倍3倍と膨れ上がる大歓声となった。

 

 2つの岩山に設置された集光鏡群が紋章を照らす。強烈な日の光を当てた紋章はジョーをより神の姿へ変えさせる。その横にいくつもの人形の首を繋げた異様なネックレスをかけた、長身で筋肉質の男がマイクを持って現れる。

 

 ジョーの息子、筋骨隆々の赤ん坊。

 リクタス(Rictus)エレクタス(Erectus)

 

 マイクを不器用に弄り、ようやく電源を付けてジョーの口元へ届ける。

 

「我々はァ、ウォー・タンクを走らせガスタウンとバレットファームへ向かう。ガソリンと弾薬、巨人を補充。これを任せるのは、我らが半命戦士(Half Life)、ウォーボーイズ!そして我らが大隊長、フュリオサァ!!」

 

「諸君らの魂はァ我が魂と共に、英雄の館へと導かれるッ!」

《V8!V8!V8!V8!》

《V8!V8!V8!V8!》

《V8!V8!V8!V8!》

 

 ジョーの演説が岩肌に反響し砦を巡る。ウォーボーイズ全員、大衆も手指をクロスさてV8エンジンを模した合掌をジョーにさらしては『V8』と声を合わせ皆叫ぶ。巨人を器用に操作するウォーボーイ、硬質な10本の指をクロスさせる。

 

 

 

 これがジョーの教える教義。

 魂はヤツと永遠に?英雄の館へ招かれる?

 

 

 

「我こそはァ偉大なる救世主イモータン・ジョー!この不死身の力で惨めなお前たちはァ不死鳥の如くゥ、よみがえるッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 先ほどの大歓声が嘘のように静まり返る。すると大衆は何かを求めるようにシタデル紋章へ駆け寄る。

 

「さ、いこう」

「やっと、やっとなのね」

「いよいよだぁ、お水がやっとぉ」

 

 うわ言を漏らす者が大半、乾ききってしまった惨めな人達はジョーの真下へ歩を進める。黄ばんだ皿にコップとさらには浴槽。器ならばなんでも良かれと皆器を掲げ、シンボルへまっしぐらに向かう。もうすぐで水が飲めるのだから。

 

 ジョーは紋章の牙部分、銀のレバーをそっと握り、一気に前へ倒す。厚い地面の下から何かが湧き上がるような震動が足に伝わる。紋章の下部に備え付けられた3つの巨大出水パイプ、シタデル紋章から汚れ無き神聖な地下水が湧き、ごうごうと滝の如く水が噴き出す。滅多にお目にかかれない虹が地下水を歓迎するかのように架かる。

 

 数日ぶりの水に歓喜する惨めな人たち。我先我先と水を求め大衆も湧き出る。紋章から地上までは相当な落差、水は途中から霧状になり大衆が集う地上へ降り注ぐ。その結果掲げる器は湿らせる程度、一滴一滴と集めるのがやっとのこと。

 

 ジョーはここでレバーを引き、水の出を止める。出水パイプから水の勢いが即座に収まり、排水管からは寂しく数滴垂らす。今回はたったこれだけ。たったこれだけの水のためにジョーを称えなければならない。「水が必要だ、飲ませろ」と水の取り合いが始まり、悲鳴絶叫が飛び交う。

 

 信仰すれば生き永らえる。水がもらえる。イモータン・ジョーを称えれば生きられるという教えをこのような形で叩きこむ。

 

 フュリオサは、トレーラーからその情景をただじっと見る。これが最後の光景だと言わんばかりに。

 

「いいかよく聞け、水に心を奪われてはいけない。禁断症状で生ける屍と化してしまうぞォ…」

 

 ジョーはリクタスからマイクを奪い、惨めな人たちに忠告する。だが地上は思ったよりひどく、わずかな水の取り合いのためにジョーのありがたいお言葉を聞く耳など持つはずもない。ジョーはシタデル紋章を後にする。

 

「これからいく。ガスタウン、伝えろ」

 

 リクタスが区切りながら上級ウォーボーイに命令し、父であるジョーの後を追う。

 

 超大型攻撃輸送車両ウォー・タンク、発進。フュリオサが運転する一方でウォーボーイズたちは手指をクロスしたまま、砦から出るまで止めない。

 

 踏み車は逆回転し、昇降機が上昇する。群衆は清浄な砦の上層区で暮らしたいとリフト係にお願いをする。惨めな人たちは知っているのだ、この上こそが救いなのだと。無断で上がろうとする者にはリフト係の制裁が。それでも上へ行きたいという者は自分の体と引き換えにしてもらおうとしてくる。救済のためとあらば平気で体を差し出す。気に入られた者が上へ上がれる。ある種、惨めな人たちの選定だ。だが上へ行ける者はジョーが必要とする者だけと決まっている。

 

「あ、あたし、ミルク、ミルク出る」

「オレ、兵士として戦いたいッ!」

「この娘は子供が産める。上へ行かせてあげてっお願い!!」

 

 親が子供だけでもとリフト係に懇願する。それを聞いた一人が「よぉし、お前だけ上がれぇ。他は駄目だぁ」幼い少女の腕を掴みリフト台の中心へ連れて行く。これに乗じた大勢の者が上がろうとする。既にリフトは数十メートルまで上昇していた。許可なくリフトに乗ってしまった者はそこから突き落とされ、血の海を作り出す。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 男はそんな大勢の狂気の叫びを聞いていた。その狂暴さ故にウォーボーイズによって幽閉される羽目になってしまった彼は吊り下げた鳥かご状の檻の中でどうやって逃げようか、この危機からどう脱しようかと試行錯誤している。自然と視線は小窓の方へ。外の大騒動を耳にしながらまたしても、ぼうとしていた。

 外に比べ陰気な場所。じめじめとした、瀕死のウォーボーイが数十人と横に並べられているこの場所は採決区画。唯一小窓から差し出す日の光が瀕死状態の彼らを救済するように照らしている。

 

「ガス欠のウォーボーイか?」

 

「ハイオクを輸血してやれ」

 

 狂気の医者、生体(・・)整備士。

 オーガニック(Organic)メカニック(Mechanic)

 

 新品と聞いて自分だと思った男は檻の格子にしがみつく。若い兵士が男を降ろそうとするが、しがみついたまま動かない。突き棒で電気ショックを与える、男は必死に電撃に耐えるが強引に降ろさせる。

 

「おいおい大事にしろ、貴重なんだからぁハハハッ!」

 

 

 重量二脚ACを先導にウォー・タンクは橙の道を真っ直ぐ進む。フュリオサはサイドミラーに目をやる。武装バイク2台、武装四輪駆動車1台、さらに中量3()脚ACが追走している。精鋭守備部隊、ウェイストランドには他にも敵は潜んでいる。水や食料、戦力を奪おうと息を殺して…。それにウォー・タンクといえど不死身ではない。

 

 すべて乗り物は2人乗りで運用・運転するようになっている。1人が運転、もう1人がサンダースティックでの戦闘と割り振られている。このご時世、バイクも車も貴重品なのだ。それはACであっても同様である。

 

 ACでさえも2人乗り。1人が操縦・戦闘。もう1人が『目』としての役割を果たす。基本ACは1人乗りだ。ならば何故2人乗りでなければならないのか。理由は至ってシンプルだ。ウォー・タンクの前を先導するACには『頭』がないから。ハッチから上のパーツが一切ないのだ。

 

 

 

 

 アーマードコア――。

 

 かつて…この世界の戦争で用いられたとされる普及兵器、を発掘・再生したもの。過去の大量殺戮戦争で使われていたのか、そのACの残骸が世界各地に散らばっている。世界も人間も崩壊した今となっては、この巨人を生産する力などほぼないに等しい。そのためバイクや車のような戦力になる物体を見つけては可動できるように改造している。それでもウェイストランド周辺で見つけられるACは僅かばかり、AC用兵装にも同じことが言える。ACに全パーツが揃っているケースなど到底あり得ないことだ。あったとしても今積み荷スペースに積んでいるあのAC2機だけ。

 

 出力不足なジェネレータ、半分イカれたお飾り用頭部パーツ、どこに当たるか分からないKEミサイル、エトセトラエトセトラ……。砦にはそんな不完全なパーツやACが山ほどある。勿論不完全であっても操縦することは可能だ。まともに戦うことができない人形なだけ。

 その対策としてACにも2人乗りが採用されている。1人が操縦・戦闘、そしてもう1人がサポートに入る。でなければ本当に人形という的と化してしまう。

 

 

 

 

 フュリオサ率いるウォー・タンク一行はまず先にガスタウンへ。ガソリンを補給し、さらにそのままバレットファームにも行き弾薬を補充。簡単なミッションだ。

 縦長のサイドミラーから砦を見る。信号灯が点滅していることから、ガスタウンへのシグナル・ライトだろう。

 

 

 砦から出発してずいぶん経つはず。そろそろだ……やろう。

 

 

 ギアをひとつ下げ、減速チェンジ。エンジン音はひとつ低く唸る。ガクッと揺れるウォー・タンクは大きく弧を描きながら曲がり、ピッタリ90°の左方向へ進路変更。追走する守備部隊も後を追う。先行する頭ナシ(・・・)ACの肩に座る兵士が慌てて装甲を叩き、操縦者に伝える。ブースト停止、焼けた砂の上でACは慣性に任せスライディング、重厚な二脚が橙の砂を舞わせる。ブーストを2回吹かし、方向転換。取り急ぎで守備部隊を追う。

 咄嗟のことで戸惑うウォーボーイズたち。自分たちは兵士、戦うことしかできない。ガスタウンに行かない理由を知りたくてウズウズしている。そこで機転を利かせたエースがフュリオサの所へ向かう。ゴーグルのブラックレンズを光らせながらクレーン、AC、その他諸々のパーツを横切り、トレーラーヘッドの左ドアに取り付く。運転中の大隊長フュリオサに問いかける。

 

「ガスタウンが先なのでは?」

 

「・・・・・」

 

「…バレットファーム、ですか?」

 

「……()へ向かう」

 

「――みんなに知らせます」

 

 この問いに正確な答えを出さないフュリオサ大隊長。エースは疑問を持つも一端その疑問を飲み込み、深くは追及せずに後部車両へ向かい、伝令をする。

 

「作戦変更ォ!サンダーアップだ、陣形サンダーアップ!巨人前へッ」

 

 ウォーボーイズ総員戦闘予想(・・)体勢。手投げ武器である炸薬槍、サンダースティックを手に持つ。エースからの伝令を聞き、最後列にいた頭ナシのACは最前列へ向かう。肩に乗った搭乗員が不満をぶつける。

 

「おいエース、どういうこった!!?」

 

「いいから、大隊長の命令だ!」

 

 大隊長からの命令は絶対厳守。事実、女だからといってその命令を無視・嘲笑した者は数多い。だがあのモーター付き義腕によって何本もの首をへし折ってきたのも、また事実。そして大隊長が持つ優れた統率能力は白塗りの兵士たちを信頼させるほどの代物であることも、これまた事実。それゆえエースであっても、その命令に逆らうなど考えもしない。そうはいうものの、白塗りの兵士たちは戸惑いを隠せないでいる。なぜならこの先は……。

 

 

 

 

 

 

 

 砦の一角、外の世界が見渡せる展望区画。そこには『超』が付くほどの肥満体女性が敷き詰められた場所。

 

 

 ミルキング(Milking)マザー(Mother)

 あることに失敗してしまった女性達。砦と外部施設との主要取引物資であるマザーズ・ミルク、所謂母乳を絞り出すための家畜。

 

 

 膨張し垂れ下がった両方の乳房に搾乳機を付けられている。手元には赤子の人形。本物の赤子のようになだめながら、あたかも乳牛の扱いをされている。牛乳ビンに入ったミルクをジョーがリクタスに渡す。クリーム色の母乳をひと口、滑らかな味に舌づつみを打つ。

 

「んん~、んまいぃ」

「ねぇパパ、コレ見てよ」

 

 野太く、それでいて赤子口調のリクタスとは対照的に声のトーンが少し高めの小人がジョーに呼びかかける。その間リクタスは牛乳ビン並々の母乳を飲み干している。

 

 子供の身体に入った大人。

 コーパス(Corpus)コロッサス(Colossus)

 

 赤子用の椅子に鎮座し、望遠鏡に望遠鏡を足したような超倍率望遠鏡を覗くコーパス。そこを入れ変わりジョーが覗く。

 

 砦からガスタウンまでは掘りも塀もない砂漠の一本道。これを真っ直ぐに進めばいいだけ。だが大隊長ことフュリオサが率いるウォー・タンク部隊はその一本道を外れて東へと向かっている。

 

「あっちは、敵の土地だよ…?」

 

 砦から少し離れた東には自分たちと同じく皮膚病に侵された盗賊一味が待ち構えている。彼らもこちらと同じように武装駆動車や不恰好なACといった戦力が確実にある。

 

 

 

 

 ジョーは理由が分からなかった。ガスタウンでガソリンを補充、その先のバレットファームで弾薬を補充。それ以外に、なにが……。

 

 

 

 

オンナたち(・・・・・)、どこいく?」

 

 はっとしたようにジョーは望遠鏡から離れ慌てた様子でその場を後にする。リクタスの素っ気ない発言がジョーを動かした。そこを見逃さなかったコーパスは望遠鏡に興味がいったリクタスを我に返そうとする。

 

「リクタス」

「俺にも、俺にも見せろって」

「リクタス、リクタスッ!」

 リクタスは望遠鏡を覗こうとする。リクタスは子供だ、体は大人でも中身はまるっきし赤ん坊そのもの。それをよく理解しているコーパスは望遠鏡への興味を完全に逸らそうと小さい手でリクタスの顎を掴む。

 

「リクタス、ぼくはこんな体だ。だからお前はパパと付いてろ、ほら行けッ」

 望遠鏡、コーパス、望遠鏡、コーパスと交互に見やる。それでも望遠鏡を見たいという子供心を押さえ、ジョーの元へ走り、すっ飛んで行った。

 

 直立したら60cmもないコーパスのことをよく理解しているのはリクタスだ。だから代わりに自分が父の所へ行かなくては、という正論を突きつければ。屈強な兄を相手にするとはいえ、コーパスにとって赤子なリクタスの扱いは慣れたものだ。

 

 

 

 

 ジョーは恐れていた。自分の老いよって、今まで築き上げてきたものすべてを台無しにしまう日が……必ずやってくる。自らの老齢で死神を引き寄せてしまう前に、なにか考えねばと。そして見つけた。イモータン(不死身)の名を永遠に受け継いでいくための唯一の方法を。

 『育種プログラム』。不死身の血を受け継ぐことができる優秀な子孫を見つけ、未来永劫その名を残す。ジョーが考えた歪んだ計画。

 

 子産み女(Wives)。惨めな者たちから選ばれた女は、清浄な世界での永住と引き換えにその神格的象徴のために体を差し出す。素晴らしい女を抱けば素晴らしい子が産まれるはずだと、最初はそう思った。

 

 だが…初めて産んだ子は、ただの肉塊。その次の女からも肉塊。その次の女からも、その次も、その次も――。失敗した6人の女たちはミルクを出すための道具として。何度も何度も続けていって、ようやく原型を留めて生まれた血の繋がらない3人兄弟。だがそれはジョーが持つ歪んだ心が子にまで感染する結果となってしまった。

 

 兄のリクタス・エレクタス。

 次男のコーパス・コロッサス。

 そして三男、精神異常者にして殺人狂。

 スキャブラス(Scabrous)スクロタス(Scrotus)

 

 ジョーは正直言ってあの兄弟たちに不死身の座を渡すつもりはなかった。リクタスはこれ(・・)が理解できるほどの頭を持っていない。コーパスは自身の体を誰よりも理解している。その上で彼はこの話から辞退した。肝心のスクロタスは持ち前の狂った精神が死を招き、何者かによって死んだ。風でやってきたウワサでは蜂の集団にやられただとか、一匹狼に殺されただとか。

 

 

 

 もっと素晴らしい子ができるはず。

 あの5人の子産み女たちならば。

 失敗したら、ミルクになるだけ。

 ここ最近、反抗的になってきた女たち。

 何故?何故なんだ一体…?

 あともう少しだ、あと少しなんだ。

 分かってくれスプレンディド。

 もう少しで産まれるんだ。

 私の可愛いスプレンディド。

 私の愛しい赤ん坊―――。

 

 

 

 耕作室。作物が青々と実り、水が霧となって降りつける。まさしく天国の憩いの場をドスドスと走るジョー。この先はジョー以外入ることが許されない(余程のことがない限り)場所。故にリクタスも何も言わず耕作室の一歩手前で足を止めるが、どうしていいか分からず挙動不審になる。

 

 ジョーの丈の2倍はある丸型扉、頑丈な金庫扉の鍵を回す。音は出さずに重々しく動くマンモス扉の先へ足早に進む。

 

「スプレンディドォ!!?」

 痰がらみの声が清らかな部屋に響く。綺麗な酸素、空気タンクが不要でもいいほどに清浄なドーム空間。隔離されたこの部屋はそんな素晴らしい女のために作られたオーダーメイド。ここで抱き、ここで産む。失敗したらミルクになるだけ。

 

「スプレンディドォ?」

「どこに行った…?スプレンディドォ!!」

 

 木霊するジョーの声。だが反応する者は……やはりいない。彼女だけでなく、他の女たちまでも。

 

 

 

OUR BABIES WILL NOT BE WARLORDS(私たちの子を戦争屋にさせない)

 

 

 地面に塗られた文字、5人の女たちは文字が書けない。書ける者としたら、女たちの教育係――。

 

「あのコたちはモノじゃあないッ!」

 ジョーがいる数十メートル右、土の壁をえぐり削って設置した子産み部屋に白髪で全身に刺青を入れた老婆がショットガンを突きつけ怒号する。

 

「あの娘たちは立派な人間だッッ!!」

 

「ミス・ギティ……なんのマネだァ!!?」

 

 歴史の語り部。ヒストリーメン(History Men)

 ジョーが作り出した、歪んだ産物のひとつ。世界崩壊前の記憶を刺青として記した人間歴史辞書。

 

「老いぼれヒストリーメンの分際でェェ」

 

「アンタも似たようなモンだろうサ!」

 

 ギティは二連ショットガンをジョーに向ける。このために用意していたとで言わんばかりに構える。敵対心の塊と化したギティにジョーは鬼の形相を浮かばせ突っ走る。

 

「貴゛様゛アァ!」

「ざまァないよ当然の報いだ」

 

 ギティのしわしわな指がトリガーに、大ブレだが確実にジョーへ照準を合わせる。

 

「どこだァ!!どこに連れていったァ!!?」

「連れていかれたんじゃない。自分たちの意志で逃げたのサァ!」

 

 発射、銃声が轟く。だが弾丸はジョーに当たらず真上の岩肌を削らせた。一歩早く銃身を鷲掴み、上へ持ち上げていた。削り落ちる砂と一緒に胸倉をたぐり寄せ、脱力したギティに再び問う。

 

「どこに連れていきやがったァ!!?」

 

 

 

 ギティは笑う。

 

 

 

「手の届かないところサ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シタデル砦は一気に騒然となる。ジョーの子産み女が全員奪われたとなれば事態は急を要する。戦力のすべてを投入、ウォーボーイズ総出で向かうことになった。相手はあのウォー・タンクだ、必要とあらばガスタウンとバレットファームへ応援要請もありえる。

 ドラムの地鳴りが砦を揺らす。ウォーボーイズを最大限に高ぶらせる、それは耳に入っただけでハイテンションと化すほどに。

 

 病に苦しみ息切れをしているウォーボーイでさえ、ボルテージが上がるのだから。




次回、ニュークスきゅん回です。
1か月以上遅れます確実ですぅぅ(怒)

全然関係ない話なんですが、ニュークスと妖怪首置いてけは同じ声優だなって思った。
でもウチはMXが見れない(´;ω;)

そんでこれも関係ない話なんだけど、リクタスのシーン書いていたらあのスイーツプロレスラーが出てきた。リクタス役だったとはいえ母乳飲んでるシーンを思い返してたら笑っちまった。

いいからリクタスは大リバースだッッ!
アンタ水どうのびっくり人間でしょ!!?(違う)


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4.91 Confucamus!!!

私は、彼らが羨ましい。
歴史を語れることがどれほどの人間と繋がるか。
自分だけしか知らないヒストリーを…
メモリーを共有することができる。
でも私にはできない。
私には誰にも語れない物語が…
秘密がある。
だから私は……一人ぼっち。
でも…あの子の苦しみに比べたらこんなもの。
私はこれからもずっと…一人ぼっち。

ひとりぼっち―――。

――種を持つ老婆



「・・・・・」

 

 ハイオクを輸血してやれ、か。まさかとは思ってたが本当にそのままの意味だったとは。逆さ吊りの状態で岩壁を見続けられることについては想定外だったが、これで少しは逃げやすくはなったはず…と信じたい。

 

 逆さ吊りで陰気な岩肌を凝視したって最善の策なんか出やしない。この口枷(くちかせ)も自慢の思考力を阻害してくる。確かなことはその後ろで輸血をしているってことぐらい、無論瀕死のウォーボーイにだ。

 

 

 振動、シタデルが震動(・・)する。

 程無くして揺れ(・・)が、微々たるものだが確実に。垂れ下がった鎖から足首、胴、脳へと伝わる。二つの瘤を持つウォーボーイにも感じ取ったのかうなだれた状態からムクリと上体を起こす。

 

 

 

 

 彼はふと耳を澄ます。

 

 

 

 

 太鼓……そうだ……ドラムだ…戦わねば…。

 

 

 

 

 偉大なる…偉大なるジョー様のために……!!

 

 

 

 

 ドラムの音が壁を貫き、シタデル砦すべての人間の耳に入る。心臓の鼓動と太鼓の鼓動が『シンクロ』する。ウォーボーイズは鼓舞し、行動に移る。

 

 

 

我々はどこから来たのか。

 

我々は何者か。

 

我々はどこへ行くのか。

 

 

 

我々は、シタデル砦の兵士…。

 

我々はウォーボーイズ!

 

我々は偉大なるイモータン・ジョー様のために…

 

 

――戦い、死んで!…よみがえるのだッ!!

 

 

 軍楽隊車両が鎖で降ろされている。軍用ワゴンカーを改造し4つの大太鼓と特設ステージをこしらえたウォーボーイズには欠かせない戦力、ドーフ(Doof)ワゴン(Wagon)が降下する。下へ行くほどドラムの音は小さくなるが、彼らの戦意高揚は止まるどころか上がるばかり。

 

 別の山々から引いてきた往来用架線、あるウォーボーイが滑空する。手にはモーターレンチ、常人らしからぬほどに裂けた口が印象的な青年はドーフ・ワゴンとすれ違い、ガレージに足を着かせる。岸壁を大雑把にくり貫き、鉄骨で支え、鉄骨で足場を、鉄骨で階段を、鉄骨というありとあらゆる鉄骨で組み合わせれた岸壁ガレージ。

 

 ウォーボーイズにウォーパプスまでも総動員して武装車両やバイク、数え切れないほどの重火器が急ピッチでメンテナンス・設置・修理・製造に取り掛かっている。イグニッションによるV8エンジンの爆音、バイクのマフラーから放たれる鈍色のスモーク。装甲を溶接してパチパチと弾けるカラフルな火花。全身の白塗りと目のくぼみの黒い色素でウォーボーイ一人一人がよみがえった骸骨のようにそそくさと動き回る。

 

 整備の手伝いをしていたウォーパプスにモーターレンチを預け、多種多様な臭いと騒音をすべて通り過ぎガレージの奥へ奥へと足を進める。

 

「おい!どうしたんだ?」

 

 ウォーボーイズの数が増している。採決・療養区画であるこの先にはシタデル紋章を祀る祭壇の場所にたどり着く。どうやら骸骨モドキな連中はその奥に用があるのか…?、と思考を巡らせる男だが逃げるチャンスにだけ集中しようとぶら下がった状態で黙想する。

 

 ウォーボーイズの数はさらに増し、行列を形成、虫の息をしている同類でさえも無視して祭壇の場所へ向かっている。その行列の中には口が裂けた青年もいた。輸血をしている病弱な青年は何があったのかを聞こうと尋ねる。

 

「スリット、何の騒ぎだ…スリット?」

 

 病弱な青年を横目に口が裂けた青年スリットは答えることなく素通りし祭壇へ向けて足を運ばせている。

 

 名の知れた口裂け槍手(ランサー)

 スリット(Slit)

 

「お、おいスリット……?」

 

 病弱な青年、あっけらかん。眼中にないとでも…。状況が呑み込めず、ただスリットの白い背中を見るだけしかなかった。偶然ウォーボーイの一人が足早に説明する。

 

「裏切りだ!大隊長が、裏切りやがったッ!」

 

ダイタイチョウ(・・・・・・・)、って誰だ…?」

 

 脳へ血液が回っておらず、片言なオウム返し。

 

「フュリオサだよ、ジョー様の物を奪って逃げやがった!」

 

モノ(・・)って何だ……?」

 

 少しずつ意識を取り戻す青年、だがいまだ片言。オウム返しを繰り返す。

 

「ワイブスだよ、ジョー様のガキを生むオンナ!生け捕りにしろって命令だッ」とだけ説明して他のウォーボーイズと共に足早に奥へ進んでいった。

 

 重厚な昇降機が起動、ウォー・タンクの時と同様にガラガラと重々しい滑車が動くが今回はACが降下している。

 重量二脚型AC、異様に輝く黒々とした図体のでかいACは上級ウォーボーイ二人、さらに四人のリフト係で護衛するという厳重警備な状態でリフトが到着、地面をこれまでにないほど揺らす。

 

 天からの光に照らされたACの手。手指をクロスさせ無駄に着飾ったACの両手は枝木となり、ハンドルと操縦レバーが幾重にも幾重にも積み重なった様は、まるで実り熟した果実のようにかかっている。

 

「この命、偉大なるジョー様のために。V8

 

 誰しもがこのオブジェクトを神聖なものとして崇め、皆が皆手指をクロスさせる。ウォーボーイズはバイクの鍵や車両のハンドルなど手にし掲げている。スリットは積み重なった山の中から迷うことなくACの操縦レバーを手にする。レバーグリップに玩具のドクロを取り付けたオーダーメイド。闘志満々のウォーボーイズに並んで足を進め、スリットは思考する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレは一生ランサーとして生きるのか?

 断じて違う!!!

 アイツはもう寿命だ、だからオレが……。

 次はこのオレがかわりにACをッ―――!?

 

 

 

 

 ―――!!!??

 

 腕が動かない!!?いや…操縦レバーに―――!!

 

 青ざめた顔のウォーボーイが操縦レバーをしっかりと握り締める。そう、この操縦レバーの持ち主でありACの持ち主はこの病弱な青年なのだ。

 

「これは俺のACだ!!」

「俺が操縦するッ」

「俺のACだぞッ!!?」

「今日からもう(・・)俺のACだ!」

 

 もう(・・)、と言われてしまえば確かにそうだ。だが信じたくないのだ、終わりが近いことに。目の前へ迫る現実に恐怖し絶望し、震えた声で応答する。

 

「き、今日は、俺の晴れ舞台なんだ」

「ふざけるなッッ!!」

「いいかニュークス!お前に晴れ舞台なんかあるもんか!おまえはもう寿命だッ!」

「その通りだ」

 

 病弱のウォーボーイにして神童AC乗り。

 ニュークス(Nux)

 

 振り返れば不敵な笑みで正論を提示するオーガニック・メカニックがいた。周りを見れば死屍累々(ししるい)阿鼻叫喚(あびきょうかん)の如し。自分だけではないのだ。ここにいるウォーボーイズは病や重度の負傷で苦しみ、のた打ち回り、これがお前たちの運命で後は死ぬ順番が来るのを待つのみと宣告された者ばかり。大鎌を担いだ死神が無様だと笑いながら魂を持ち去る、そんな運命まっぴらだとニュークスはただただ首を横に振る。

 

 メカニックは心の底から思う、ニュークスは運がいいと。健康体の男から出る血液はとても美味いし輸血にも使える、ウォーボーイズが欲しがる最高級品だ。そんな高級品を手に入れるためには日ごろの行いだけでは手が届かない。肝心なのは素晴らしい戦果だ、一番重要だ。

 

 スリットにニュークス。ここ一番のランサーとAC乗り。お互いを信頼し合い、助け合い、確実に二人で獲物を仕留めてきた。砦の外でも知られている素晴らしいペアとして有名だ。こんなところであっけなく死んじまうのが正直もったいねぇなあ。

 

「こんなトコで死ぬなんてごめんだ…!」

 

 白目を向いて呻くウォーボーイズたちが不気味に見えたのか早く日の光へ、早く戦場へと情緒不安定に震える。

 

「もう死んでるようなもんサ」

 

 メカニックはへらへらしながらニュークスの瘤に触ろうとするとそれを強く拒む。

 

「輸血すりゃ大丈夫だ、血をくれ――」

「そんなヒマねえぞッ!」

 

 

 

 そう、そんなヒマなんかもうないし俺もここまでだ。いやまだだ!俺は生きて、戦って、死んで、よみがえるんだ!そう決めたんだ!!

 輸血すりゃ大丈夫なんだ…ならば何か方法が………!!!

 

 

 

 ニュークスは一瞬ニヤリと笑う。

 

 

 

「ゆ、輸血袋を!」

 

 男は目をカッと見開く。それは名前ではないが自分であるという強い確信から耳をより敏感に研ぎ澄ませ会話を傾聴する。

 

「輸血袋をACの前面装甲にくくり付けりゃあ平気だッ」

 

「口枷を付けたケダモノだぞ!!?」

 

 彼にとって最高で最狂のアイディアなのだろう、これまでにない興奮が無意識に語尾上がりをする。スリットは正気かという顔をするがその手を離さない。ニュークスは少しずつその間合いを詰め寄る。

 

「そうさ…ケダモノの、ハイオクの超ヤバイ血だ…!」

 

 ニュークスは頭髪のない白い頭で頭突く。スリットの額に閃光が走りその場で崩れる。衝動的且つ予想だにしなかったことで思いのほか吹き飛ばされ、操縦レバーも離してしまった。男はここで死ぬであろう運命から脱したことにほんの少し興味が湧いてしまった。言葉をなくしてしまったスリットに向けて、このACは一体誰のものか?そして今日自分自身が為すべきことは何かを決定づける(・・・・・)

 

 

 

 

 

「死ぬときは………」

 

 

 

 

 

「―――アーマードコアで派手に散ってやる!!!

 

 スリットは激情しニュークスに食らいつこうと顔を数cmまで近づく。餓えた番犬のように唸り、血管が浮き出たスリットは荒々しく呼吸する。煮えたぎるほどの怒りと不満が顔を赤色に染める。

 

 だがそれはすぐに収まる。何故ならそれは偉大なるジョー様の教義にある、『戦って死ね』と。実に理にかなっている。スリットはニュークスに釣られゆっくり口角を上げ、裂けた口を不気味に晒す。

 

「あぁ……そうだ…!ドクター!」

 

「あぁん?」

 

「輸血袋を巨人にッ」

 

「あいよっ」

 

 

 これで逃げられる。

 

 

 

 

 

 男は、そう…思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愉悦逸楽歓楽熱狂、愉快極まる大集団が陽気に火炎放射をする。武装車両、バイクが蛇行。ニトロブースト、火炎放射。ACはブーストを繰り返し、火炎放射。ウォーボーイズがはしゃぎまくり、脳内物質を垂れ流しにしている。その中に紛れ込むACには見覚えが……。

 

「くそッ、なにもかも奪いやがって…ソイツは俺のACだぞ!!?」

 

 男は中量逆関節AC、コアパーツ前面装甲部の十字棒にくくり付けられてしまった。手と足には何一つ変わらない鎖と拘束具、そして口枷。変わったことと言えば逆さ吊りではなくなり外の景色が見れることぐらい。何が楽しくてこうまでされなくてはいけないのか全く理解できない。

 

 遺伝子の塩基配列、鎖と新鮮な血液を送る管が交互に交わりコックピットへ。そしてニュークスの手首へ輸血されている。

 

 NUX AC。装甲が足りていない分強化ガラスで代替、砦にあるACの中では一番見通しの良い代物。ハンガーユニットが健在で両方起動可能、サンダースティックを収納。右手にはガトリングガン、左手にはパルスガン。索敵を一切しない見かけ倒しの頭部パーツRUGERROには、あんぐりと開口した頭骸骨にゴーグルをかけたオブジェ。大型ジェネレータと高出力ブースタを搭載、V8エンジンを抱えた胴の横腹には八つの排気パイプも付け足すことでエネルギー・最高速重視のACとなっている。ACの背部には土台を設置し、スリット専用スペース完備。いつでも槍を投げられるようスタンバイ。今は堂々と仁王立ちをしている。

 

 晴れ舞台が実現するまで待ち遠しいのかウズウズするニュークスはブーストペダルを踏みグライドブースト。

 

 八つのマフラーから緋色のアフターファイア、ニュークスACの優れた加速能力を発揮。砂塵を切り、空を切り、軌跡を残しながらドーフ・ワゴンの横を過る。ドラムはあれから止むことなく響き続け、喚き叫ぶエレキギターが聞こえる。特設ステージには黒色のスニーカーと赤のツナギを着こなしたギタリスト。ギターとギターを合わせたような二連ギターをせわしなく動きながら掻き回し、火炎放射をする。狂気なエレキギターとそれに合わせて叩くドラム音、ステージに無数のボックス、ラウド、ホーンスピーカー、サブウーファー、フット・ライトが設置され熱狂的な重低音を轟かせる。

 

 武装攻撃バイク8台、武装四輪駆動車10台、輸送トレーラー2台、ドーフ・ワゴン、そしてアーマードコア5機のシタデル砦から出発した総勢200人以上のウォーボーイズを率いるイモータン・ジョーの大軍団!!

 

 ニュークスとスリットは大部隊率いるジョーに一目会おうと並列し、手指をクロスさせる。

 

ジョーが駆ける黒光りのACが先行する形で進軍する重武装にして重装甲。ウォーボーイズでさえ見たこともない武装が満載な様は「神格的象徴」、「不死身に相応しい」などと例えられているが、ニュークスにとっては憧れのまと(・・・・・)だ。

 数々の地獄を戦い抜き、シタデル砦という楽園を作って下さった歴史が確かに存在している。正に彼は英雄であり伝説であり、戦い続けることへの…底知れない無限な闘争心そのものなのだ。

 

「イモーターンッッ!!」

 

「イモータンジョオォォッ!!」

 

 ニュークスはたまらず偉大なるジョー様に叫ぶ。お目にかかれるだけでも素晴らしいことなのだ、それ故に手指をクロスさせ狂喜する。

 ジョーは声のする斜め後方を見やると一人の青年、澄んだ蒼い瞳に目が合った。ニュークスにはジョーの顔が超高速でクローズアップ、眼前にまで迫ったように感じた。

 

「―――ッッ!!!」

 

 ニュークスは超越した存在のイモータン・ジョー様の偉大さを体感、アドレナリンとハイオクが核融合したように興奮が抑えられなかった。

 

「――俺を見てくれた!?……俺を見てくれたあアァァァ!」

 

「ザッけんなよ!」

 

 ただでさえこんな状況でうるさくされては流石の男でもイライラが募る。スリットが割り込み異論を叩き付ける。

 

「輸血袋を見たんだ!」

 

「違う俺を見たんだ、目が合ったァ」

 

 ニュークスは自分に起きた現実を突き通す。それでもスリットは異論を貫き通そうとする。

 

「いいやッ、地平線のほうを見ただけだ!」

 

「違う…!」

 

 コックピットのバルブを回す。

 

「俺の魂はァ……」

 

 ニュークス特製ニトロを歯車重なるジェネレータに循環させ…。

 

「ジョーと共に英雄の館へッ!」

 

 アフターファイアとブーストファイアが盛大に噴射、急加速。先陣を切って特攻するニュークスAC。強烈な推進力が十字棒で縛られた男をしならせ、神風と共に舞う砂塵が襲う。

 

Con…fucamus(クソッ、タレがァ!!!)!!!」

 

 先行するは今までに誰も見たことがないニュークスAC。操縦レバーを取り外し天に衝かんと掲げる。

 

「イモータァァン!!!!」

 

 これに続かんとウォーボーイズも不死身のジョーを讃える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄。

 

 

 赤。

 

 

 

 橙――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォー・タンクが牽引する燃料ポッドの上部、捕鯨銃(ハープーン)担当のウォーボーイが指を差す。

 

「オォイ、信号弾だ!見ろォ~」

 

 その方向には信号弾。色からして相当な緊急要請、今すぐにでも引き返すべきかとウォーボーイズがざわめく。エースは「持ち場に戻れ」とだけ命令し、ウォーボーイズを鎮めようとする。ゴーグル越しからでも分かる信号色、エースは大隊長に報告すべくトレーラーヘッドへ駆け寄る。

 

「隊長!隊長ッ!!」

 

 運転席のハッチを荒々しく叩く。フュリオサはハッチを奥へスライドさせ、エースからの報告を聞く。

 

「砦から出撃部隊が来てる。信号弾だ」

 

 左のサイドミラーに目を運ばせる。黄色と赤色と橙色が混じった煙が滞空しているのが分かる。

 

「ガスタウンとバレットファームに応援要請が来てる。俺たちは後方支援?囮?」

 

「……迂回よ」

 

 ウォー・タンク減速、フュリオサがギアチェンジをするほぼ同時進行でそう発言した。

 

 迂回。後方支援ではなく迂回…囮でもなく、迂回…?そんなイレギュラーな命令にエースは困惑し、一体どこからどこまでが迂回なのかと周囲をしきりに見回る。

 

 こんな一大事に迂回など。砦がましてやこの先はヤツラの…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白塗りの野郎ドモ、オレ達のシマでなにしてやがる…?」

 

 双眼鏡からウォー・タンク一行を伺う男が二人。一人は口元以外を、もう一人は全身すべての部位を余すことなく包帯で覆っている。その口元は熱傷によるただれのように皮膚欠損の兆候が見られる。

 

「ゴミ漁りか、ケンカか…」

 

 発する言語は彼らしか分からず、どこかくぐもったような会話が続く。

 

「こっちにゃ『傭兵』だって雇ってンだぜ?…」

 

「ハッ、なら早速歓迎してやろうじゃねぇか」

 

 二人を乗せた武装車両はゆっくりと加速し、エンジン音が大きくなるにつれて巻き上げる砂塵の量も増やして行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

BRRRRRRRRR

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞き慣れないエンジン音…約3時の方向…。

 

 砂山の間から巨人が顔を出している。頭部パーツが陽の光で瞬くのをフュリオサは見逃さなかった。

 

「右に敵ッ!!」

 

 大隊長が感知した方向にエースは見やる。巨人はウォー・タンクの動向に気付き顔を引っ込めた。だが束の間、大好物な獲物を前に顔色を変えたが如く砂山を跳躍するアーマードコア。その姿は全身にトゲ(・・)を纏ったような、異形そのもの――。さらに武装車両確認、同様にトゲ状の鎧。タイヤにまで殺気だった装甲をしている。(いびつ)な車体が砂山を滑り降りている。

 

 エースは考える必要もなかった。

 

「…ッ!!!ヤマアラシ(・・・・・)だ!」

「見ろ!右にバザードがいるゾォ!!」

 

 ボロ布を巻いた異国からの猛禽(・・)盗賊。

 The() Buzzard(バザード)

 

 言葉は通じず、ただ奪い、殺すだけの盗賊一味。武装車両やACといった戦力はその原動力にすぎない。イモータン・ジョーを守備し、敵を攻撃・特攻するための戦力の扱いと比べたら根本的に違う。相容れることは一生ない存在だ。

 

「左からも来たぞ!」

 

 周囲索敵をするウォーボーイが敵増援を確認、武装車両とACが1匹ずつ。

 

 改造する前はバギーカーの類だったのだろう、一丁前にあしらった装備一式であったとしてもその軽々しいエンジン音は嫌というほど耳に残っているし、今すぐにでも排除すべき存在。しかし……。

 

 

 

 もっといてもいいはず。

 虫みたいに集団行動をするヤツラにしては数が少ない気がする。

 

 

 

「引き返して、後ろの出撃部隊と合流しますか?」

 

 武装車両が2匹、ACも2匹…。今の戦力で……十分だ。それに『これからのこと』を考えたら尚のこと。

 自軍戦力を削り取ろう(・・・・・・・・・・)

 

 フュリオサは義腕に警笛紐を引っかける。

 

「いや…相手はザコ……叩ッ潰す!!」

 

「戦って死ね」と、強く願いを籠め…。

 

 

 引く――――。

 

 

 

 

 

 

Beeeeeep!!Beeeeeeeeeeeep!!!

 

 鋭く、厚く、重々しいクラクション。

 

「戦闘態勢ィィ!」

「全員、戦ッ闘ッ態ッ勢エィィッ!」

 

 これを機にエースはウォーボーイズに伝令。100%戦闘があるという緊張とは裏腹に、待ってましたと言わんばかりに各員サンダースティックを装備する。

 

 先行する頭ナシのACが景気づけにとブーストを猛々しく吹かしウォー・タンクとの差を大きく空ける。上に乗るウォーボーイがもっともっと吹かせと。これに乗じたか操縦者は2回、3回と吹かし瞬間的なソニックブームを発生させる。

 

 

 欠陥品のなんだからもっと大事に扱え――

 途端、ACが急減速。咄嗟のことでフュリオサはハンドルを大きく切る。

 

 頭ナシACの胴がひしゃげ(・・・・・)即停止、その場で一回転。慣性の働きで上に乗っていたウォーボーイが投げ出される。先行していた頭ナシAC、再起不能。

 

 危なかった、一歩遅れていれば巻き添えを食らっていた。こんなところで死んでたまるかと冷や汗を拭い運転に集中する。

 

 バザードが仕掛けたトラップだ。一定のスピードで走行・操縦すると鎖が絡まる仕様で知らずに突っ走っていればあとは簡単に潰してくれる、10Gは超えたであろう。紙屑な操縦席だ、中のヤツは即死だろう調子に乗って罠にかかりやがって。

 

「気をつけろ!後ろだッ!」

 

 ウォーボーイとエースが警告する。全身トゲ状の装甲、右腕は健全だが左腕に限っては上腕部までしかなく、代わりに電動丸ノコを装備した格闘戦タイプの軽量二脚ACが二人乗り武装バイクへ目掛けグライドブースト、特攻している。サンダースティックを装備する間も無くランサーを殴り飛ばし、バイクをブーストチャージ。最悪なことにその鋼鉄のキックを食らってしまったのはバイクではなくウォーボーイだったらしく『くの字』に曲がってしまった肉塊はあらぬ方向へ。

 

 敵を倒すことが出来ずに死んでしまった、という一連の悲劇を目撃したランサーの一人モロゾフ(Morsov)が激情とアドレナリンに身を任せサンダースティックを投げつける。

 

 命中、雷鳴に似た爆音がビリビリ鳴り響き爆炎がコアを包むがバザードACのスピードは衰えず。胴パーツに付随していたトゲが幾らか取れたぐらい。バザードAC逆鱗に触れたか、赤色のブースト連発、速度を上げ真っ先にモロゾフ目掛け猛突進。

 

「モロゾフ掴まれッ!」

 

 クレーンが起動しバイクの頭上へと迫り、ウォーボーイが手を差し伸べる。モロゾフはタイミングを図ることなく跳ぶ。途端にバザードACはバイクへ突撃、爆発。バイクの操縦者が奇声を発し爆炎に包まれる。モロゾフがウォー・タンクに着地すると耳障りな金属音と火花が下から発している。

 

 それはバザードACからではなくウォー・タンクから。丸ノコが装甲タイヤを切り裂こうと火花を散らす。ACどころか丸ノコにまで錆びているのか、工具特有のつんざく音。サンダースティック特有の雷鳴音。けたたましい騒音群がフュリオサの耳を襲いしかめっ面、右のサイドミラーから戦況を確認する。ウォーボーイズはさらにサンダースティックを浴びせ続ける。バザードACのトゲは大半が剥がれ落ち、胴パーツにもヒビが現れつつある。だが丸ノコからの火花は止まることを知らない。

 

 俊敏な機動力が売りのACだ。バザードの連中はその全機能をブースターとジェネレータに注いだのだろう、三次元機動はおろかジャンプもしない。実にもったいない。

 

 三脚ACがようやく到着、ウォー・タンクの前から割り込み180°回転、後ろを向いた状態でさらにグライドブースト。共に乗員しているウォーボーイは振り落とされないよう必死に掴まる。真後ろを向いたことでバザードACと対面。それぞれたった3発しかないバトルライフル二丁を構える。胴パーツのヒビはやがて大きくなり、誰かが投げたサンダースティック一本が爆発、卵の殻のように装甲がポロポロと呆気なく崩れ落ちた。包帯巻きのパイロットが露になり、三脚ACからコックピットまでの妨げが綺麗さっぱりなくなった。

 

 ウォーボーイはトリガーを絞る。銃口からオレンジの炸薬、2つの大口径弾発射、誤差もブレもなく真っ直ぐコックピットへ。パンッと何かが弾け部品や包帯、血肉が飛び散った。その後コックピット爆発、朱色の炎が上がり、グライドブーストが止まった途端再び大爆発。

 

 やっと仕留めたことができ操縦するウォーボーイが高々と雄叫びをあげる。続けてウォーボーイズも雄叫びをあげる。

 

「左からも来たぞォ!攻撃しろオォ!!」

 

 増援に気付いたエースがウォーボーイズに命令、雄叫びは即座に止まりサンダースティックの雨を降らせる。第二陣はバザードACとバザードカーの混成部隊だ。そう簡単には排除できない。

 

 三脚ACはReloading(次弾装填中)、ウォーボーイが手動で弾丸を入れ替えている。巨体とは思えない最高速度で走破するウォー・タンクに、追い付くスピードも戦う準備も今は無理に近い。そんな時にこそACが役に立つっていうのに。

 

 バザードカーにもトゲ状の装甲があり電動丸ノコも起動した。先程と戦い方は変わらない、タイヤを切り裂こうと火花が散る。「当たった、やったぜ!!」「食らえやオラァッ!」「コイツらまだ死なねえのか!!?」とウォーボーイズも仕留めるのに手こずっているらしい。

 相手は二体…タイヤが破壊されるのは時間の問題だ、一刻も早く排除せねば。エースが左ドアから伝令。

 

「隊長ッ!後ろだッ――」

 言わなくても分かってるッ!!

 

 フュリオサはハンドルから手を離し収納してあった炸薬弾付きボウガンを握り、アクセルペダルを蹴り押しキックダウン。エースはドアを開け連結部へ。代わりにフュリオサが掴まる。

 

 エースはグレネードランチャー、フュリオサがボウガンを。互いの照準サイトにバザードACを入れクロスファイア。

 

 着弾、爆発。急所だったのかバザードACのトゲが相当量あるにも関わらず大爆発、横転しバラバラと崩れる。後方で追走・攻撃していたバザードカーは回避しきれずに衝突、爆発は爆発を誘い連鎖する。巻き添えを食らったようで一気に片付いた。混成部隊を置いてけぼりにしてやった。フュリオサは再び席に着き運転再開。

 

 

 

 どうも気に食わない。

 

 これで終わりか……?

 

 

 

 待て……あの時、最初に見たACはどこに。

 それにバザードカーも一台いない……。

 引き返したか………?

 

 喝采、雄叫びをあげるウォーボーイズ。その中でただ一人、エースだけが不安げに後方確認、双眼鏡を覗く。双眼鏡からはバザードACとバザードカーが再起不能、もうもうと上がる赤と黒が混じった硝煙の奥から巨大な……影?

 まさにその時だった。二つの残骸が一瞬にしてかき分け、突進を仕掛けてくる巨大なAC!!ウォーボーイズにも確認できたが、紅に光る単眼と牙、そして許容オーバーだとはっきり認識できる規格外な武装にその瞬間恐怖する。左腕が鉄塊で埋め尽くされ、ショベルに似た重格闘戦タイプ。エースは双眼鏡でさらに索敵する。左腕にはかすかに『GA…01…s-…D』と記されてある。破壊のみを意図して作られたのだろう鉄塊を振り回して巨大ACは紅の牙をむきだしにし、急接近する。

 

 フュリオサもサイドミラーから巨大ACを視認。あんなACもいるのかと驚愕する。そんな状況下、かすかにあのドラム音と狂気のギター演奏が聞こえた気がした。

 

 

 

 

▷PILOT NAME

 NUX(ニュークス)

 

▷AC NAME

 THE NUX AC

 

ASSEMBLE(アセンブル)

 HEAD:RUGERRO HD35

 CORE:OSTARA CR113

 ARMS:UAM-10 SEVERN

 REGS:ULG-30/L

 BOOSTER:KT-5R2/BURYA

 GENERATOR:UGN-70/Ho VITAL

 FCS:FCS-09 YASAKANI    

 RECON:×

ARM UNIT

 R-ARM:USG-23 GENEVA

 L-ARM:UPL-09 FREMONT

 HANGER UNIT:Thunderstick×6

 

 

 

 




はい私です、ティーラです。
え~っとですね……
大変遅くなり申し訳ございません。
おしごとがね…もうね…。
でも10000も書いたんだ、許してください(ドゴォ)
復活したんです私はッ!!

(銀河風)
復活?あまりにも大仰な。
いやこのタイトルを見ればもはや言う事はない。
二カ月間の空隙を埋めて余りある衝撃。
膨大な、あまりにも膨大な休暇と睡眠時間の意味無き損耗。
そう、それが戦争(おしごと)だ!
これが異能生存体(おにしゃちく)だッ!!
良眠確率60分の1
不死なる生命体(まいにちとうこうしゃ)は存在するのか。
謎の休暇期間「真っ赤なクリスマス♡」の甘美な誘惑。
異能の部隊(かいしゃ)は存在するか。

黒字(ブラック)♪企業 Global(グローバル) Armaments(アーマメンツ)

いやいやいや…。
GA社そのものが異能生存体(おにしゃちく)なのだ――。


忙しさを例えて言うならばこんな感じです
(^p^)〈感想募集してます。

次話については活動報告にて、ではまた。


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4.92 Witness me!!!!

オレたちみんな、いつか死ぬ。
だが問題は…『誰のために死ぬか』だ。
それをモットーに今を生き、戦って死ぬ。
オレたちはそんな存在だ。
オレ達は偉大なるあのお方のために今日も戦う!
英雄の館へ導かれるその日のために――。

――白塗りの兵士 モロゾフ



 錆色のニュークスACが駆ける数m先、ガラス張りのコックピットからは巨大なタイヤで巻き上げられた砂塵。これまでに見たこともない怪物級のACが鉄塊を振り回し、ウォー・タンクからはその進行を遮ろうと火炎放射が。

 

 曰くそれは戦場、荒んだガラス越しには今まさにニュークスが待ち望んでいた戦場が見えている。

 

「オレたちが一番乗りだ、スリット!」

 

「まずジャマものを片付けるぞッ!!」

 

 ACといえど、あれほどまでに改造を施す輩もいるのか。余程ACに情熱があるのかあるいは変態か…。

 前面装甲にくくり付けられた男は呆気に取られるものの表情は変わらず、巨大改造ACとウォー・タンクをにらみつける。

 

 ニュークスACによる最高速度が怪物級ACとの距離をつめる。遠くから見ていた時より大きく見える、あのトゲ状装甲はより一層異様で不気味に見える。

 

「今だッッ!!!」

 

 ニュークスの合図でスリットが身を乗り出す。片手にサンダースティックを握りしめ、やり投げの構えに入る。

 

 目標はバケモノACの背面装甲。片目を瞑り、標的を定める。槍を持つ右手を肩まで上げ、左手の指で到達点を予想させ――。

 

 力任せに投げるッ!槍は男の頭髪をかすめ、曲線を描くことなく直進。

 

 赤色の爆炎、背面装甲のトゲがバラバラと落ちる。火花が散る中、男は爆音よりも頭をかすめたことに怒号する。

 

「危ッねェだろオッ!」

 

 ニタニタとほくそ笑むニュークス。コックピット内のパラメータと計器の上、ダッシュボートにはボビングヘッドの玩具が一つ。カラスの骸骨が小刻みに揺れ、ケタケタと笑っている。ハンガーユニット起動、新たなサンダースティックをスリットの専用スペースに固定。二本目を取り出しているところを確認しているとニュークスは聞き覚えのないエンジン音に左を向く。

 

 つかの間バザードカーが横から突進。トゲ状の装甲がニュークスACにぶつかる。グライドブースト強制解除により機体が大きくぐらつく。スリットは手すりに掴まり揺れに耐える。ニュークスはすぐさま左右のフットペダルを踏みつけ離しを繰り返し、四つのノズルブースタからアフターフャイア連続噴射、姿勢制御。両手で握る操縦桿を引いたり押したり傾けたりと、バランサーシステム微調整。

 

 ニュークスが事細かく操縦している合間、ウォー・タンクが牽引する燃料輸送車両の上部にはモロゾフが鎮座。捕鯨銃(ハープーン)を構えたモロゾフが照準をバザードカーにセット。トリガーを絞り、発射。銛はトゲに遮ることなくループパネルの装甲を貫く。

 

 続けてスリットがサンダースティックを投げつける。バザードカーは騒々しく轟く音と共に爆炎に包まれるながらニュークスACとの距離を取りつつある。そんな最中、銛を当てたモロゾフは立て続けに咆哮する。

 

「ダアアァァ!!ダアアアアアァァッ!!」

 

 

 油断していればバザードとかいうヤツラに殺されていたかもしれないのに。白塗りの野郎共はどうやら、勢い(・・)だけではないらしい。

 

 

 また突進を仕掛けるだろう、とニュークスはバザードの動向を探ろうとした途端早速突進。ニュークスAC急減速、ニュークスの直感が働く。回避行動か、はたまた銛を引き抜きたいのか、あらかじめ結んでおいた荒縄がビリビリと張りバザードカーの行動を制限し、ひたすら蛇行する。

 

 ニュークスはニヤリと口角を上げる。ならばお望み通りにしてやろうとブーストペダルをべた踏む。ハイブーストと同時にグライドブーストを起動。一瞬にして黄土色の砂が高々と舞い、男はただただ襲い掛かるGに耐え続ける。横目にバザードカーが映り、ニュークスACと並列する形になった。

 

 

 何をするかは知らないが乱暴なことはしないでほしい、と小さく願う男。

 

 

 そんな願いとは裏腹にバザードカーまたしても左から突進。そしてニュークスも操縦桿を左へ傾け突進!金属同士とのぶつかり合いで多量の火花が舞い散る。バザードカーの上部装甲が銛と一緒に剥がれる。操縦者があらわになり、操縦している連中が全身包帯であることにようやく気付いた男。もはやこれから何が起こるか予想がつかない。

 

 次に男がウォー・タンクを見上げると、モロゾフがサンダースティックを握っていた。

 全身包帯野郎が先か、死にぞこないが先か……!

 

「――!!!」

 

 全身を包帯で覆ったバザードの一人がボウガンを取り出す。何かを叫んだかと思った次の瞬間、二発の矢が発射されモロゾフの顔面を貫通、脱力したように崩れ倒れた。

 

 

 あんなザマだ、命はないだろうと男はため息をひとつ―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……立て…」

 

 

 ニュークスが…死んだであろうモロゾフに呟く。

 

 

「立てッ!まだやれる…‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 動かない………………はずだった。

 

 

 モロゾフが動きだしたかと思えばスプレー缶を握りしめ口元へ近づけ吹きかける。一心不乱に吹きかける様は何かに憑りつかれたかのように腕だけが動いている。

 

「モロゾフ!!?」

 

 他のウォーボーイがモロゾフに気付く。

 

「……ぉ、オレ…を……!!!」

 

「モロゾオォフ!!」

 

「そうだッ!行けぇ‼」

 

 エールを送るかの如くウォーボーイズがモロゾフを讃える。ウォー・タンクで指揮するエース、ACを駆けるニュークス、槍を構えるスリットなどウォーボーイズ総員が!!

 

Witness meeeeee(オレを見ろオオォォォ)!!!!!

 

 モロゾフが…答え()……実行しようとする(・・・・・・・・)

 

「行けモロゾフ!行け!」

 

「モロゾォォフ‼モロゾォォフッ‼」

 

 モロゾフがサンダースティックの両手で持ち捕鯨銃(ハープーン)の台座に立ちあがる。バザードも何をしてくるか分からず慌てふためいている。

 

アアアアアアアアァァァァァ(Ahhhhhhhhhhhhhhh)!!!!!」

 

 モロゾフが咆哮し、台座から跳躍―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 異常爆発!!サンダースティック二本分の炸薬が弾け、バザードカー爆発。モロゾフが死なば諸共とバザードカーを道連れに爆炎の中へと消えた。

 

「見たかッ!!」とニュークスが。

 

「よくぞ死んだ!」とスリットが。

 

 バザードカーだった残骸はもはや骨組みだけ、朱色の炎に包まれ再起不能。

 

「よくぞ死んだモロゾオォフ!!よくぞ死んだアアァァ!」

 

 ウォーボーイズやエースが手指をクロスさせ果敢に挑んで死んだモロゾフを讃える。

 

 だがまだ終わっちゃあいない。あのバケモノACが…まだ残ってる。

 

 フュリオサがサイドミラーを見やるとあの巨大ACがグライドブーストをしている。目標はおそらくここ(・・)、操縦席だろう。ならば…。

 

 警笛紐を引っかけ――。

 

Beeeeep!!

Beeep!Beeeeeeeeeeep!!!

 

 重厚なホーンが鳴り響く。ウォーボーイズの気持ちを一新させ、標的をバケモノACへ切り替えさせる。

 

 次弾装填完了した三脚ACが直進、ウォー・タンクの前から回り込んで攻撃する戦法は変わらず。激戦となるであろう最中、トレーラーの接続部から白いレースを着た妊婦(・・)が運転席へ這いつくばりながら移動している。長すぎる純白なレースがウォー・タンクの接続部からたなびいている。

 

 ウォー・タンクの前から割り込み、ぎこちない操縦さばきで90°半転、後ろを向いた状態でさらにグライドブースト。先ほどと何一つ変わらない。違うと言えば対戦相手、巨大AC。眼前に現れた三脚ACへ向け突進中。肩の乗っているウォーボーイが絶叫、パイロットも絶叫しサンダースティックを投げつける、引き金を絞る。ロングバレルから二発の弾丸が射出し、サンダースティックと同時に着弾炸裂。巨大ACを確実に当てたが巨躯に雑魚は通じず(・・・・・・・・・)

 

 強引に突き進む巨大ACは三脚ACを真下にして引きずる。不釣り合いなAC同士との正面衝突では敵いっこない。パイロットとウォーボーイは脱出し橙の砂を受け身に回転する。一方で三脚ACはボロボロにひしゃげ横転、再起不能と化した。「大丈夫か!?」とスリットが気遣う。

 

「来るぞッ!!?攻撃しろッッ!!」

 

 エースはいつにも増して必死に伝達。それはコックピット内にまで聞こえるほど。

 

「前につけろ!」

 

 スリットが専用スペースから身を乗り出しACの前面強化ガラス越しに命令する。絶好のポジションとしてあえて三脚ACがやられた場所を選んだ。少し不安だが、と後部強化ガラスから見える戦場を見ながら指示通り巨大ACの前へと寄せる。

 

「良ォし、行け行け行けエエェ!!」

「食らえエァッ!」

「死ねやバケモノッ!!」

 

 ウォー・タンクの幾重にも重なったクレーンにウォーボーイズ総員でサンダースティックや爆弾、中には槍の炸薬部だけをもぎって投げつける。巨大アームも稼働率が悪化しているらしく、動きが若干鈍くなりつつある。

 

 ニュークスACとウォー・タンクはほぼ並列状態。男はふとウォー・タンクの運転席に、フュリオサはACにくくり付けられた男に目が行った。男は意外(・・)という反応、しかしまた途方の砂漠へ目を移す。一方でフュリオサは特に思うこともなく運転に集中する。

 

 絶好のポジションでスリットはサンダースティックを投げる。着弾炸裂、巨大ACハイブースト。爆炎をかき分け迫る巨大ACには、流石にスリットとニュークスも顔色を変えた。

 

「ゲッ――!!!」

「なッ――!!?」

 

 スリットは前面強化ガラス装甲へ退避しニュークスはハイブーストを吹かす。初速段階のブーストでは間に合わなかった。巨大ACの猛突進による衝撃が背面装甲を襲い、ニュークスACが大きく軋む。巨大な体躯はスリットの専用スペースを大きくひしゃげさせた。

 

 あのニュークスとスリットでも太刀打ちができないのか……。

 

 フュリオサが厳しい戦況に渋顔をしている、その時だった。

 

「もう無理息ができないっ!」

 

 後部座席の下からハッチをスライドさせ、レースを着た妊婦がしゃしゃり出てきた。「バッ――!!」と何か言おうとしたフュリオサだがそれをぐっと抑え冷静に命令する。

 

「隠れてなさいッ!」

 

 これに対し妊婦は「はぁ??」とした表情。

 

 巨大ACに動きアリ。どこに仕込んだ武装やら、バザードの連中が装備していた代物より異様に錆びつき特大サイズの電動丸ノコが!!!

 

「――早くッ!!!」

 

 電動丸ノコは運転席へ向ける。ギリギリところでフュリオサがかわし直撃を免れた。だが入りきらない丸ノコが運転席のビラーを切り裂かんとつんざく金属音、そして鋭い火花がフュリオサと妊婦に襲い掛かり、小さな熱傷を持続させる。両腕だけでは防ぎきれない。

 

アア(Aah)!」

 

 このままでは…。

 ならば、あのお方のために……!!

 

 決心したニュークスはACのブーストを停止。1、2秒滑空し砂の上をスライド移動する。残存スピードを殺さず左脚部を軸に反転。ドリフト成功、再度グライドブースト起動。後ろ向きの状態でピッタリと巨大ACの真正面、対峙する形になったところを確認したニュークスは右操縦桿のスイッチカバーを上げる。円形のロックオンサイトに巨大ACを入れる――。

 

シシシステム(SSSystem)せせ戦闘モモード(CCCombat MMode)…》

 

 機械音声がスピーカーから聞こえる。ノイズ混じりの特に意味のないコンピュータボイスにニュークスは体感する。

 

 

 

 これ(・・)だ――。

 

 

 そう……これが――。

 

 

 

 戦場なんだッッ!!!

 

 

 

 ニュークスはカバーで被さっていたスイッチを親指で――押した。

BRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRTTTTTTTTTTTT!!!!!

 

 ガトリングガン――!!今までの騒音と比べ物にならない爆音。大口径三連ロングバレルから発射される圧倒的な弾幕が巨大ACの装甲を削り取る。ニュークスACからは大量に排出される薬莢がカーテンの如く幕を形成し攻撃する。

 だがそれでも相手は巨躯の使いどころを熟知しているらしい。重装甲個所は確実に跳弾、キンキンキンキンと。

 

「びくともしない…!!?」

 

 唇を噛みながら操縦するニュークスはどこかに弱点があるはずだと薄目で探る。

 

 巨大アームがクレーンに振り降ろす。枝木を折るかのように容易くクレーンはひしゃげその衝撃で何人かが投げ出された。残ったウォーボーイズ五人が絶え間なくサンダースティックと炸薬をぶつける。

 十はいた戦闘員が今や…。アレ(・・)に集中して攻撃するしか……。

 

「あのショベル(・・・)だ!なんとかしろォ!!」

 

 エースの的確な判断。指をさしたアームは輸送しているACが目的か、クレーンを取り除こうと動作している。

 

 スリットが三本目のサンダースティックを投げ飛ばす。硝煙が消えるとモーターの内部らしき機構が露出し、スリットもニュークスも直感で『弱点』だと察する。

 

 ニュークスがハンガーユニットを起動、すぐさまスリットがサンダースティックを持ち出し構えに入る。続けてニュークスは親指を離しガトリングガンを停止、左操縦桿スイッチカバーを上げる。

 

システム(System) 戦闘モード(Combat Mode)…》

 

 珍しくノイズが無い機械音声にふとスピーカーを見たが、ロックオンサイトに再び目を移す。

 

 

 

 

 何故鳴るのか分からない、今でさえ不明な点だ。

 

 ACの調子の問題か?それともコアの異常か?

 

 意味なんてないコンピュータボイスのはず……。

 

 戦う事、強さ、勝利、戦うことへの喜び……。

 

 

 

 

 頭を振るニュークス。余計な雑念は戦場では不要だ。

 

 鋭い火花は止まずに襲い続け、妊婦は来た道を戻るように後部座席の下へ潜る。

 

 ニュークスは内部機構を[LOCK]、コンピュータパネルが表記する中ゆっくりとスイッチを親指に近づける。スリットは指で目標を定める、サンダースティックを持つ手に力が入る。

 

 ウォーボーイの一人がアームをよじ登り炸薬を投げつけ、爆発。男とスリットとニュークスはアームが大きく揺れるのを直視する。

 

 スイッチを、サンダースティックを…押した!投げた!

 

 赤黒い炎と緑のパルス弾が合わさり、二種類の配合色がモーターに引火。金属部が融解し、丸ノコがガクッと歪んだかと思えばニュークスACの頭部へ向けて落ちて来た。男とスリットは突然のことで頭を一気に下げる。サンダースティックの炸薬部と頭部パーツのオブジェが一刀両断された。

 

 炸薬がゆっくりと巨大ACの真下へ落ちる中、地に着き、弾んだ瞬間にゴーグルをかけたあんぐりと開口した頭骸骨が笑ったように見えた――。

 

 爆発!爆発!!爆発!!!

 

 巨大ACは内部からも爆炎に包まれ、アームはウォーボーイを道連れにあらぬ方向へ跳躍。横転前転と繰り返しながらあの巨大なボディを持ったバケモノACは、再起不能になりバザードカーと一緒にウォー・タンクを置き去りにした。

 

イェアッ(Yeah)!」

 

 スリットは高々と腕を上げ、自分が倒したことをアピールする。

 

「オンナを取り戻そうぜッ!!」

 

 勢いに乗るスリットとは裏腹に、ニュークスは考えていた。

 

 

 

 

 戦い続けたい…と。

 もっと体感したいと。

 もっともっと戦って、戦い続けたい――。

 

 

 

 ニュークスは戦い続けることへの執着心を身に沁みこませながら90°反転ドリフト。ウォー・タンクを追い、ワイブスを取り戻す任務へ戻した。

 

 

 

 

 




はいッ年内には間に合ったYO!!

それに今回短いんだ、ごめんね。
とはいえ間に合った間に合った(何言ってんだ)
いやはや・・・オノマトペ難しいッたらありゃしないよ!

というわけで

これからも
『MADMAX Fury of ArmoredCore -V-alhalla』
のほど…
よろしくお願いします♪



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4.93 WHAT A LOVERLY DAY!!!!!

オレたちみんな、いつか死ぬ。
だが問題は…『誰のために死ぬか』だ。
それをモットーに今を生き、戦って死ぬ…。
オレたちはそんな存在だ。
例え…『戦える素晴らしさ』を
実感したとしても、それは変わらない。

オレたちはウォーボーイズだ。
偉大なるあのお方のために…今日も戦う。
英雄の館へ招かれる…その日のために――。

――白塗りの兵(War Boy)士 ニュークス



 

 

 

 

 ニュークスAC急速反転(ターン)、180°回転行動により後方から前方へと視点を切り替える。

 重力という見えない力が縛り付けられた男に襲いかかる。全身が軋み、関節が悲鳴を上げ、男は歯を食いしばりながらうめき声を漏らす。

 およそ二秒というあまりに短い激痛を耐えきった刹那――。

 

 

 

空が、青々と広がっていた青空が―――。

なくなっていた。

 

 男は縛り付けられながら…。

 ニュークスはACを操縦しながら…。

 スリットは闘志をむき出しにしながら…。

 フュリオサはフロントガラス越しから…。

 エースとウォーボーイズは立ち尽くし…。

 

 

 

眼前に広がる地獄に絶望した。

 

 

 行軍するイモータン・ジョーの大部隊。二百人以上ものウォーボーイズもそのスケールに呆気にとられる者もいれば、よりテンションが高まる者、相も変わらずギターを響かせる狂った演奏者たち、演奏に酔いしれ脳内物質に身を任せながら火炎放射をする者など様々。

 

 先頭になって突き進むジョーのAC、それに続けて並列走行するリクタス専用車ビック(BIG)フット(FOOT)。ジョーのACと比べると一回り小さいが、他の武装車両とは比ではない巨大タイヤが圧倒的な威圧を与える、云わばモンスタートラック。

 

「砂嵐に突っ込む気だあ!」

 

 父であるジョーに赤子口調のリクタスが大声をあげる。

 一方、ACの中では外の空気に慣れていないミス・ギティが過呼吸を起こし、上級ウォーボーイが緊急手当している。そんな状況下もつゆ知らず、リクタスは続ける。

 

「ナメやがって…逃げ切るつもりだぞおおぉ!」

 

 

 

 

 

 

生きるものの失われた果てしない大地に……。

 

 

果てしない砂嵐だけがあった。

 

 

 油絵具を何色もかき混ぜたようなグロテスクな色合い。穢れた油膜を何層も張ってゆっくりとゆっくりと、回り回って回り続けている。醜悪な渦からはくぐもった雷鳴音を発し、一見すれば腹を空かせた怪物のようにも見える。今にも大きな口を開けてすべてを飲み込んでしまいそうなほどに。

 

 

そしてなお、戦いは終わってはいなかった。

 

 

「行け行け!!突っ込めえェェ!!」

 

 ニュークスACと共にやってきた先攻部隊が追走。武装車両と攻撃バイクがそれぞれ一台ずつ、アクセル全開フルスロットル。その様にスリットは溢れんばかりのアドレナリンとテンションを声高にして表す。

 

「よォ~し行け!ブッ殺せえェェァ!!」

 

 場違いとも言える威勢の良すぎる発狂は男の耳にうるさく木霊する。鬱陶しいと感じながらも逃げるチャンスが必ず来ると信じ、手首の拘束帯に指をかける。だが思いのほかきつく締められ悪戦苦闘、おまけにロープガイドも止められ取り外せないでいる。

 

 

 

 エースはこれ以上の進行は危険だと警告するため運転席へ移動する。まだこちらにはウォーボーイズが乗員している。あんな砂嵐に突っ込んだら全員ひとたまりもないのは誰でも知っている。知っているはずなのだ。

 

「突っ込むのはムリだ!」

 

 ドアに張り付きフュリオサ大隊長に言い聞かせる。しかし、見向きもせず眼前に広がる怪物へ目掛けアクセルペダルを踏み続ける。

 「今すぐ引き返せ」などとは命令しない。何故なら大隊長だから。ウォーボーイズが信頼する唯一の大隊長なのだから。きっとワケが、東へ向かう理由があるはずなのだとエースはそう思うしかなかった。

 

 ニュークスACはウォー・タンクに追いつき、強化ガラス装甲を下へ収納させる。開けたその隙間から水平二連ショットガンを差し出し、ウォー・タンクの運転席へ向ける。

 

「おい!そこを退けッ!」

 

 銃口の先にはエースがしがみついており標的は確実に当たることはない。

 エースは大隊長にこれまでの行動の訳を問う。

 

「何をした……!」

 

 が、大隊長はそれを無視し運転に続行する。

 

 そしてエースは…確信した。

 何故あれほどのウォーボーイズを犠牲にしたのか。

 いや…犠牲にしたかったのだろう。コイツは最初から…大隊長(・・・)なんかではなかったんだ。

 

「ジャマだ!退けッて!!」

 

 ニュークスは続けて叱責し、トリガーに指をかける。

 

「何をした…!!」

 

 確信――してしまった。

 元から不要だったのだ(・・・・・・・・・・)…と。

 そして何より…。

 イモータン・ジョー様を敵に回した――。

 

 

 

この…(アマ)ァ………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えろォ!!!」

 

 怒髪天になったエースはフュリオサの首に食いかかる。払おうとするものの力はエースの方が格段に上、払い切れない。咄嗟にフュリオサはハンドルを離し、右手の拳で殴りつける。

 鼻に一発食らわせたエースは反動で大きくのけ反る。

 

 やっぱりか!と予想していた最悪の事態、ニュークスはトリガーを引く。狭まった散弾がウォー・タンクのフロントドアに着弾。火花を散らせるも運転席内部への着弾は免れてしまう。即座にスリットがサンダースティックを持ち出す所でフュリオサは反撃に出る。

 

 そうはさせない!

 

 縦長サイドミラーからニュークスACを視認、左へ大きくハンドルを回転させる。男が右を向いた時にはもう眼前数m。ニュークスに避ける隙を与えず突進を食らわせる。けたたましいほどの衝撃に機体はぐらつき、大きくよろめく。スリットは投擲することができず手すりに掴まる。一方、強化ガラスにヒビが入りコックピットハッチは故障、勝手に開放状態へと移行。内装機器類からはスパークを吹き出しニュークスは熱い閃光を浴びる。

 

 装甲タイヤがブースタをえぐり取り、胴パーツに付随する前部ブースタは破損。ニュークスACは後部ブーストのみで直進。結果機体の重心は前へ、橙の砂へ少しずつ埋まり急減速。華奢な右腕とガトリングガンは物量に押しつぶされ残存弾薬をだらだらと垂れ落とす。力尽きたエースも手を離し、共に焼け付く砂漠へと落ちて行った。

 総重量と最高速度を加算した渾身の激突はニュークスAC諸々の装備を確実に破壊した。攻撃も可、最高速度も可だったニュークスACはもはや木偶へと変貌し、ウォー・タンクと追走部隊だけが砂嵐へ直進していく。

 

 

 一番の脅威であったACを排除できフュリオサは安堵する…もつかの間、灼熱!!先行部隊、武装車両からの火炎放射。突如にして朱に染まる助手席、危険を感じ即座に運転席の奥へ避難しハンドルを右に切る。ウォー・タンクの車体を武装車両へ衝突させ、行き場の失った猛炎は射手を包み発狂。武装車両は燃え移る炎を振り払おうと右往左往、ニュークスACに続いて急減速。

 

 一向に脅威が減らないことにフュリオサは歯を軋ませる。

 

 

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 計器が示す無数のErrorと時々表示される1と0の数字羅列群。機体が受けたダメージはロックオンサイトを埋め尽くす機能不全報告が物語る。機体はなお減速中、高く舞い上がらせた砂は男の口へ容赦なく押し込まれる。再起不能、もう戦えないに等しいニュークスAC。

 だが諦めきれないニュークスはグライドブーストを解除。足を離すことでさらに減速、少しずつペダルを踏み、機体の上昇を試みる。ふと眼前を見ると口内に入った砂を必死に吐き出している男がいた。

 

 生命線である輸血袋を危険に晒すわけにはいかない。

 

「輸血袋を後ろへ移してくれ!」

 

 現状の危機を脱するため事細かに操縦するニュークスは自身の安全を優先、スリットに指示する。スリットは急かさず前面装甲に移動する。ニヤニヤとした不気味なスマイルで胴部へ這いつくばり、手首の拘束帯を外すためのロープガイドのネジを回す。

 少しずつ、少しずつ…。締めがゆるくなっていく感覚を感じ取る男。回し切ったスリットはロープガイドを引き抜く。

 

 

 

 これで逃げられる。

 逃げてやる――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃がすな!捕まえろッ!」

 

 ドーフ・ワゴンの特設ステージ、ライトアップされた真っ赤なギターマンはアップテンポな演奏に変容。

 ジョーが操縦するACの肩には上級ウォーボーイ、腕を回し動作信号を送りながら後続部隊に命令する。これを合図に後続部隊はドーフ・ワゴンの後列へ移動する。武装車両は続々と後ろへ、攻撃バイクは弩級キャリアカーへウォーボーイズ総出で収納に取りかかる。ジョーの黒光りACを先頭に大部隊は車輛縦隊(コンボイ)を形成させる。

 ミス・ギティの手当をしている一方、ジョーの目はダッシュボート上へ。North()South()が交互に行き来している球形コンパスを見やる。はっきりとした方角を差さないコンパスをジョーはくるりと一回転させる。が変わらず、NorthとSouthを行ったり来たりと正確な方向は示さない。これもあの砂嵐が影響しているのかとジョーは思考する。

 

砦からの逃走。バザードの猛攻からの突破。そして今は砂嵐。そんな地獄を何回も味わってでも外へ行きたい理由は一体何だ…?

 

 何故ワイブスまで…?

 

 何故愛しの……

 

 

 何故愛しの我が子までも……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂嵐突入まで、あと十数秒――。

 フュリオサはネックウォーマーを鼻まで覆う。

 

 

 遺伝子配列な鎖に繋がれた反抗的な男。その鎖を目一杯引かれ、前面強化ガラス装甲に顔面から衝突。目が合い、眉間にシワを寄せるニュークスは前へと詰め寄る。これに対し男は口を閉ざしたまま。スリットはさらに鎖を引き、男を引き上げては後部スペースへと乱暴に誘導する。

 

 

 ゴーグルをかけたフュリオサはニトロブースターを起動。乾いた緻密なエンジンにニトロが染み渡り回転数上昇、満悦するV8エンジン。ウォー・タンクはそれに応えるかのように急加速を開始、砂嵐へ突入。

 砂嵐にも耐えられる万全の態勢で挑むフュリオサ。前かがみの姿勢、ハンドルとの距離を詰め運転に集中。

 

 突入したウォー・タンクは醜い砂嵐を物ともせず突き進む。一緒に搭乗していたウォーボーイズ、追走していた攻撃バイクは一瞬にして荒れ狂う砂嵐に飲み込まれた。

 

 

 

 かつて、自然はヒトの手によって壊された。そして今となってはその自然が異形となって猛威を振るう。そんな光景を目にしたニュークスは思わず武者震いをする。

 

 これからあの中で戦うのか…。

 興奮が………抑えられない!!!

 

 脚部まで埋もれていた時と比べ機体も少しずつ上昇、Error表示も格段に減った。各兵装やACの操作自体は緊急であるため仕方がない。数分もすれば慣れるはずだとポジティブに考えるニュークス。

 開放状態のコックピットハッチからはスリットが男に手を焼いているのが見える。抵抗を続ける男にスリットは力づくで黙らせようと鎖を強く引く。胴パーツ上で男の体は大きく反り返り、負担をかけ続ける首はギシギシと軋み顔を歪ませる。

 

「オイッ!これでお前の()ともオサラバだ!」

「死ねやオラァ!!!」

 

 砂嵐突入まであとわずか。ニュークスは視線を砂嵐に向けたまま、顔の向きはスリットへ。

 

「突っ込むぞ!」

 

 その声にスリットは砂嵐を確認する。途端、男が暴れ出しその拍子で鎖を離してしまう。

 

 

 今なら逃げられる。

 逃げるためなら何だってしてやる!!!

 

 

 異音を聞き取り、ニュークスは…。取っ組み合いを始めてスリットは…。この男がどういうヤツなのか…二人は改めて思い知らされた。

 

 口枷のついたケダモノ(・・・・・・・・・・)―――。

 

 取っ組み合いは激化し後部スペースへ転がり落ちる男とスリット。男は後部スペースでのけ反り、スリットは寸での所で鎖を手にしたことで落ちずに済んだ。

 男が目にしている逆さまの世界からは口裂けの白塗り男が落ちそうに見える。そこで男は後ろへ一回転、その勢いでスリットを蹴りつけ、蹴る!蹴る!!蹴り続ける!!!耐えに耐えたスリットは辛うじて蹴り続ける足にしがみついた。が、男はもう片方の足でとどめの一発を繰り出す。右足の靴を脱がされスリットは転落。転がり落ち、置き去りにしていく。

 

 うるさい白塗り(・・・・・・・)を片付けた。あとは病弱な白塗り(・・・・・・)を片付けるだけだとハッチへ向かう。

 

 安定した速度を取り戻したニュークスAC。再度グライドブースト、ペダルを踏み通し急加速を開始。右強化ガラスを上へスライド、閉めようとするも鎖が邪魔をする。[CLOSE]のスイッチを押すもコックピットハッチに変化はなし。あの時の激突で支障が出たのか、オート操作から手動操作にされたらしい。

 

 ニュークスはハッチのレバーを掴み下へと降ろす。

 

《ハッチ閉塞…ロック………NG》

《圧縮密閉を開始………………NGNGNG》

《損傷個所からの空気漏れを確認…》

《操縦を続行する場合、損傷個所の拡大の恐れがありま――》

《ACの操縦を続行します……》

 

システム(System)戦闘モード(Combat Mode)…》

 

 操縦続行をタッチ、ゴーグルをかけACを戦闘モードへ移行させる。男は強引にでも開けようとするが、閉まりきったときにはもう遅かった。もう目の前には――。

 

 砂嵐へ突入…突風!

 

 あまりの突風に後部スペースに戻される男。輸血をしている右手が妙に重いと感じたニュークスは後ろを見る。今にも吹き飛ばされそうな勢いでまたもや反り返っている男がいた。ニュークスは鎖を引き、後部スペースの手すりまで誘導させる。

 やっとの思いで手すりに掴る男、繋がれている鎖を自らの腕に巻く。それを確認したニュークスは眼前に広がる暴れ狂う自然へと視線を変える。

 

 どこかにウォー・タンクと追走部隊がいるはずだと、あたりを見渡す。

 

 約三時の方向に遠雷。三回四回と瞬く雷光に二度見三度見、閃光が二つの影をうつしだす。ウォー・タンクとそれを追う武装車両が一台。竜巻と竜巻をかいくぐり後を追っている。見つける事さえ困難だったのに今ではこの砂嵐と雷でさえ幸運を運んでくれたと内心感謝し、操縦桿を右へ傾ける。竜巻に吸い込まれそうになりながらも直進追走、暴風に苛まれ挙動不審になりながらも直進追走し続けるニュークスAC。

 

 砂嵐の中では無数の竜巻が発生し、穢れた砂塵を高々と舞わせる。ここでは竜巻が獲物を追う立場か、咆哮にも似た雷の轟が永遠と続く。

 

 五十数m先に武装車両とウォー・タンクが並列走行している。これまでの竜巻とは比べ物にならないほど特大の竜巻がゆっくりと時計まわりに回っている。

 

 クセのある機体、ピーキーすぎるとまで言われ忌み嫌われていたACが良くぞここまで持ってくれた。攻撃を食らわれながらも確実に反撃・大打撃を与えてくれた自慢のAC。何回使い込んだか自分でさえ忘れてしまうほどこの機体で活躍してきた。戦場で輝ける、戦場で戦えることがとても嬉しい。他のヤツより狂ってるなんて言ったって構わない。ACとはそれほど魅力的で素晴らしい、巨人(・・)だなんて…もったいない。最高だ、本当に最高だ…。

 

 

 だからもう少し!

 もう少しなんだッ!!

 あと少しでいい……。

 持ちこたえてくれ!!!

 

 あと少しで…オレも、オマエも…。

 

 英雄の館で…永遠に輝き、よみがえるッ!!!!!

 

 

 実のところニュークスは焦っている。コックピット内は赤色、Error表示からDANGER表示へと埋め尽くされ後ろの強化ガラスから覗く男の顔でさえ赤で染めてしまうほどに。

 

《機体が深刻なダメージを受けて(AC severely damaged.)います。》

カカ回避してカイ避(TTTakeTakeTTaTT)…》

 

 ニュークスは警告を無視する。コックピットハッチが完全に閉塞していない故か、継ぎ目がカタカタと揺れカラスのボビングヘッドも連れられ振動する。

 

 あと…三十数m……。

 

 

 フュリオサは縦長サイドミラーを見やる。武装車両がウォー・タンクに追いつこうとしている。五人あまりものウォーボーイズが飛ばされないよう必死になって掴まっている。

 

 飛んで火にいる夏の虫(It is like a moth flying into the flame)とは正にこのこと。馬鹿な連中、満身創痍…火炎放射器はおろか固定式捕鯨銃(ハープーン)すら吹き飛ばされちゃって。肩書きだけの武装車両に…何ができる。

 

 ハンドルを左へ回す。一周目で武装車両だったそれに寄り添い、二周目で竜巻へ導き、ハンドル三周目にして竜巻の中へ放り込んだ。軽々と持ち上げられたそれは燃料に火が付き、ウォーボーイズをバラバラに引き裂かんと巻き上がらせる。

 

 ニュークスは目を輝かせながら凝視する。

 

 喚き、叫び、悲鳴を上げ…舞い、廻られ、血肉を千切られ…炎を上げ、爆発し、爆発され…。このゴーグル越しからでも見える…あの輝きが…。

 

 男は身を乗り出し竜巻を見る。竜巻が…咀嚼(そしゃく)をしている、食べている。醜悪な竜巻はその色を赤色へと、血の色へと変えていく。

 

 ウォーボーイの一人が食われずに吐き出されACの無機質な装甲に激突。ボロボロになりながらも奇声を発し、また別の竜巻へと食われていった。

 

 ニュークスの熱狂は有頂天に達した――。

 

 

 

 

Oh,What a day(最高だァ)……ッ!!」

 

 

 

 

WHAT A LOVERLY DAY(最高の一日だぜッッ)!!!!!

 

 

 カラス(RAVEN)のボビングヘッドが一心不乱に首を振る。

 

 そう、カラスも…歓んでいる!

 

 

《歓ぶ…どういう意味です…?》

 

 

 分からない…だが……歓んでいるッ!!

 

 

 ニュークスはガスボンベのバルブを緩める。気の抜けるような音と共に亜酸化窒素がV8エンジン内部へ直接噴射、ダイレクトショット。

 

 燃焼…気化…圧縮…燃焼――。この過程を永遠と繰り返すV8エンジンに液化されたN2Oが充満。燃焼、気化し、周囲の熱を奪い急速冷却。酸素の密度が極限にまで高くなり燃焼効率はさらなる高みへと昇る。

 

 燃焼…気化…噴射冷却…圧縮…燃焼――。

 

 燃焼…気化…噴射冷却…圧縮…燃焼率向上

 

 燃焼、気化、噴射冷却、圧縮、燃焼率向上

 

 燃焼気化噴射冷却圧縮燃焼率向上!

 

 燃焼気化噴射冷却圧縮燃焼率向上!!

After(アフター) Fire(ファイアー)!!!

 

 濃厚なエネルギーにACは歓喜極まりニュークスACは陶酔状態へ、ドラッグハイに点火八つのマフラーすべてから猛炎アフターファイアー。細長い排気口は灼熱に晒され赤を通り白を超え、純白へと変色する。

 

 右の縦長サイドミラーからはあのニュークスが駆けるAC。ウォー・タンクが誇る何千馬力もの速度に追いつこうとしている。

 

 反射する鏡からニュークスの視線がぶつかる。狂いに狂った、死を告げに来たような目に思わずゾクゥッと。体感したことがない恐怖を植え付けられように目が離せられない。

 

 サイトに操縦席を定め――…。

 トリガーを絞り、パルス弾発射!

 エメラルドの弾丸は―――。

CRASH!!

 最後の一発であったパルス弾はサイドミラーに着弾、フュリオサは我に返る。弾道は届かず、それ以外の被害は与えられなかったが確実にフュリオサの心にしっかりと刻み付けた。ウォーボーイの真意を、ニュークスの底力を。彼を再び脅威対象として認識させるには十分なほどに。

 

 だが…彼はそれだけでは済まないはず。

輝けなかった…これでもう…いや、まだだ…。

 

   だからこそ!!!

だからこそ!!!   

 

左腕(Left arm)残弾な(deplete)――》

パージします(Purging)…》

《稼働限界までわずかで(AC damege catastrophic.)す。》

 

見てろよ(I am the man)…!!」

 

「…燃え尽きてや(who grabs the sun)る…!!!」

 

 男はコックピット内部へ目を動かす。ニュークスがいくつもの管を取り除き、ジェネレータ供給燃料まで開封する。一見すると何をして、何をしようとしているのか見当がつかない。

 

魂よ共にあれエェッッ(Riding to Valhallaaaaaa)!!」

 

 そこから無限に溢れるニトログリセリン、ガソリン、その他諸々の燃料が混じり二人の鼻腔を刺激させる。

 

 あと…数m…!!

 

「いいかオレを見(Witness me)ろ、輸血袋オォ(Blood Baaag)ッ!!」

 

 未だ変わらぬその呼び名に反応する男。甘美な香りに中毒となった病弱な白塗りの目と合う。スプレー缶を握りふたを外し、無我夢中にスプレーを吹きかける。

 

 そうだ、コイツはきっと…。

 

「オレを見ろオオ(Witneeeeeeess)ォッ!!」

 

 まんべんなく銀に染まった口は、まさにあの時の跳躍特攻したアイツに…。死にたくはない、ただただ逃げ続けたい。

 

 男は一心に殴る。特攻を仕出かすと察した男は強化ガラスを一心に、ヒビが入った箇所を一点にして一心に殴る。ヒビは深く割れ、細やかに分裂し、握り拳を貫き強化ガラスを砕き散らす。だが血眼のニュークスは掴めない。さらに鎖を引かれ、中毒者との距離は遠ざかる。操縦桿に鎖を巻きつけ螺旋状のコントロールレバーを左へ傾ける。

 

 ウォー・タンクを追い越し、突き進むニュークスAC。フュリオサは追い返そうとするも焦燥感に駆られてか運転に集中できない。操縦席からでも見えるDANGER表示。兵装がすべてやられたACがやることはただ一つ。

 特攻あるのみ。ヤツはACごと自爆する!!

 

 混合された燃料が靴を浸す。足先にまで燃料が浸透したニュークスは発煙筒を取り出し、銀色の口先でキャップをかじり取り着火点をコックピットハッチにこすり付ける。ストロンチウム火薬が化学反応、赤色の炎が噴出し一層コックピットを赤で染めあげる。

 

 ウォー・タンクに視界をうつす男。運転席に座る女は男の先のACを見通す。目つきからは、必要とあらば真正面からの激突を覚悟して――!

 

生きて(I Live)死んで(I Die)…よみがえってや(I Live Again)る…!!!」

 

 証明してやろうとするニュークス。

 逃げ続け、生き続けようとする男。

 脅威を振り払おうとするフュリオサ。

 

 突然、男の目の前でハッチが吹き飛ぶ。強風に耐えられず頭部パーツと共に飛ばされたコックピットハッチは竜巻へ。目下、発煙筒を下にして自爆する寸前――。

 最後の最()。そう思った男は足掻くに足掻き、病弱の腕を掴もうと望んでケダモノになる。真っ白の青白い腕は…。

 

 掴まった。

 ニュークスはペダルを踏み通した。

 

 [NUX]のブースト逆噴射(・・・)ペダル!!

 

 証明す―――ニトロブースト!!!

 フュリオサ決死の決断。髑髏のカウキャッチャーがニュークスACを貫通、引きずり、乗り上げ、機体を下敷きに骨組みを重厚なタイヤでバキバキと踏み砕く。男の叫びもニュークスもACもすべてをひとまとめに、散乱するすべてを置き去りにしてウォー・タンクは走り続ける。

 

 証明できずに輝く発煙筒の炎でさえ置き去りに――。

 

 赤の炎は砂嵐に埋もれ……。

 

 消えていく……。

 

 消えていく…。

 

 消えて…。

 

 

 …。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は死んだのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は死んだのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は本当に死んだのか…?

 

 

 

 

呼吸はできる…。

 

 

手には感覚がある…。

 

 

足にも感覚がある。

 

 

砂の流れる音がする。

 

 

砂は乾ききって、焼け付くように熱い。

 

 

何の風味もしない、不毛の味がする。

 

 

上体は起こせる…。

 

 

目を凝らせば…青が鮮明に見える。

 

 

空が、青空が見える。

 

 

 

 

 

 

俺は死んだのか…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

否―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は…

 

 

 

 

生きている―――!!!

 砂をかき分け起き上がる。血液が、血流が、心臓が、大きく脈打つ。体内のありとあらゆる音が鼓膜へと集中、耳に響き渡るほどの反響に身震いする。血がなくなる――と自身の体が叫び、息が荒げる。

 なくなる、なくなる、すべて無くなって、亡くなって、終わる――採血針を引き抜く。赤黒いカテーテルからは二、三と血液が滴り落ちる。

 

 息を整え、周囲を見渡す。

 あたり一面砂しかない。砂嵐は止んだらしく、先ほどのような強風や突風は綺麗さっぱりない。砂塵が舞い続けているためか、遠くの景色は霞んでいてよく見えない。しかしヤツが使っていたACの残骸を見つける。

 

 いつぞやに見た自分のACもこんな風にバラバラにされていた気がする。

 

 男からそれほど遠くない場所に完膚なきまでに粉砕されたAC。脚部も左右の腕部もすべてスクラップ、胴部のコックピットがある程度原型を留めているが半分が砂に埋没し、スパークすら散らさない。再起不能、再び戦場を駆けることはもうできないだろう。

 

 埋もれた鎖をたぐり寄せ、ACまでの道を切り開く。たぐり寄せ続けると病弱な腕が釣り上る。頑丈であるはずの骨組みは今となっては片割れになり、いとも容易く外した男は病弱な白塗りを引っ張り出す。今気づけば、自身が来ていたジャケットを身に着けぐったりと脱力している。

 

 意識はないが生きている、骨組みに救われたか。そう直感するも得した気など一切ない。自由に逃げるためにはこの鎖を断ち切らなければならない。手首と口枷に繋がれたこの鎖を取らない限り逃げることはできない。

 

 白塗りの腕を掴み、手首へと繋がる採血具を外そうとする。だが幾重にも重なった金具はどんなに力を込めても、引き抜こうとしても、揺らしても、揺らしても揺らしても揺らしても揺らしても取れない…取れない。

 

 ソードオフ…ヤツが使っていたショットガン…?

 

 苛立ちだけが募る中、唯一取り外せた骨組みの片割れに目が行く。物寂しそうにぽつんと仕舞われていた短身ダブルバレル式ソードオフ・ショットガン。腕を放り投げソードオフを手にする。開閉レバーを親指で押し、薬室を開放すると二発分のショットシェル。

 

 それぞれ雷管も現存、排莢していない砂まみれの真鍮薬莢が二つ。不安だが装填仕立ての散弾であることに変わりはない。しっかりと奥まで実包を押し込み、先台を戻す。軽快なブレイクアクションをした早々鎖を掴み、病弱な手首に銃口を押し当てる。

 

 

 

 躊躇う必要はない。

 コイツだってすぐに死ぬんだ。

 

 

 

 引き鉄に指をかけ、絞る――。

sizzle……

 聞き覚えのない異音、まるで腐食肉を焼くような。

 

 引き鉄を引く。引く、引く、引き絞る!

 発射されない散弾、飛び散らない手首。ソードオフを近づけ傷がないか確認する。見たところ外見は問題ないがやはりシェルに問題があったか…。

 

 不発――。クズ弾が。

 

 金具は外れず、散弾は出ず。男は迷うことなく最後に残された手段を実行する。

 

 逃げるためなら何だってしてきた。したくはなかったが…コイツの手指を食いちぎる。なんてことはない、すぐに逃げられる。

 

 ソードオフを投げ捨て、口枷の隙間に病弱な指を入れかじりつく。血管や筋が歯に合わず、噛みきれない。

 

 

thud…

 

thud…thud…

 

 

thud……

 

 

 

 

 

 

 小さく木霊する何かを叩く音(・・・・・・)…。奇妙な音源は砂塵が晴れゆく前方から。

 

 ウォー・タンクだ。このままでいるべきか…。いや、今の現状よりあの()を盗んだ方が良い方向へ運んでくれるはずなのでは…。考えるより行動しろ、逃げるためにはそれしかない。

 

 はるか先のウォータンクへ歩み寄ることにした男は奪われた右靴をニュークスから奪い取る。裸足で歩くよりはマシだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 整備中の音なのか、叩き付けているような音を聞きつけようやくたどり着いた男。脱力するニュークスを抱え、繋がれた骨組みの片割れをも引きずりながらウォー・タンクまで行き着いた。体の水分が着々と無くなっていく、水が先だ逃げるのが先だと自身の葛藤が騒ぎ立てる。給油タンクと思われる後部車両で隠れ、思考する。

 

 

 不発の散弾銃で何ができる…。

 

 いや、乗っていたのは女一人だったはず…。

 

 失敗なんかしない。

 

 絶対成功させて、逃げてやる!!

 

 

 

 

 給油タンクの影から一歩二歩と歩み出る。

 そこには片腕の女と五人の女(・・・・)

 

 一人は妊婦で顔を、一人は褐色肌の女で足を洗い砂を落としている。一人は赤毛で洗ったレースを絞り腰に巻いている。一人は黒の長髪、分厚い貞操帯を外そうと試行錯誤。最後の一人が銀髪の女、ボルトカッターで切断しようと手こずっている。

 

 予想していなかった事態に一瞬固まる男。五人も、先ほど運転していた女には片腕がない。片腕でウォー・タンクを整備する女。それぞれ男には目もくれず必死に行動している。このままでは一向に進展しないと確信した男はうなだれたニュークスを乱雑に降ろす。

 

 砂の上に落下し着地。女たちは即座に気付く。

 

「…ウソ!!?」

 

 突然のあまり小さく驚きの声を出す。安堵していた矢先に突然の生き残り、誰が想定していたことか。フュリオサは透かさずナイフを手にするが男が先に空の銃を向ける。ソードオフショットガンを前にしてナイフで勝てるかものか。圧倒的不利な状況へと陥ったと察したのか、ゆっくりと腕を降ろす。

 

 バチンと貞操帯を切った女は取り急ぎで外し、不安げに寄り添う。

 

 周りを見れば四人分の貞操帯、一体何のための女たちか…。切った貞操帯にもハンドルに髑髏の紋章。トレードマークにしてはしつこ過ぎる。

 

「ぜったいに戻らない」

 

 妊婦の女はキッと目を鋭くする。フュリオサが一歩踏み出そうとするもソードオフを強く向け対峙する。動じることなく膠着状態を続ける我慢比べに耐えられなくなったかフュリオサは反対方向へナイフを投げ捨てた。

 

 主目的は逃げること、そのための()が欲しいだけ。それ以外は必要ない。女も権力も力も必要ない。

 

 そんな中、ホースからは水が勢いよく流れ地面に広がる不毛の砂を潤していく。ドバドバとした決して綺麗ではない音だが清潔で澄んだ水分をたっぷりと含んだ砂水。延々と流れる水に気付いた妊婦がホースの栓を回し水の流れを止める。

 汚れきった泥水を何度も啜って今日まで生きてきたが、無色透明で油膜も放射能もない清潔な水なんていつ飲んだであろう。

 

 舌舐めずり、乾きに乾ききった口内は潤うことはない。何でもいいから何かを飲まないと死んでしまいそうなほどに体が水を欲している。いつの間にか銃口の先は砂水に変わっており、慌てて銃口をフュリオサへ戻す。

 

「…水だ」

 

 自身の我慢比べでは水が勝ち、今は水と要求する。そうしなければ死んでしまいそうなほど水に餓えている。

 

 妊婦の女はどうすれば良いかとフュリオサを見やる。「それを男へ」と目で合図を送られ、妊婦はホースを握りゆっくりと歩み寄る。

 

 髪も服も全身余すことなく水に濡れた妊婦、上品なあご先としなやかな髪先からは水滴が点々と垂れ落ち、締まりきらなかったホースからは水がじわじわと放出し、来た道の痕を残していく。薄い服装故か、張り付く腹部は肌の色合いをしっかりと彩り、熟れて膨らんだ臨月の腹部がより一層艶やかさを表現させる。

 

 目線を合わせずゆっくりとゆっくりとホースを差し出そうとする。水を待ちかねない男が前触れもなくホースを奪い、ショットガンを妊婦に向けては後ろを向けと指示する。妊婦は指示通り後ろを向き、視線をフュリオサに送る。

 片手で金具を操作、水の勢いを開放し口枷越しから水を流し入れる。濁り、淀み、穢れ一切なしの清潔な水が喉を通り、身体の隅々に行き渡り澄み渡る。あまりの水勢に入りきらない水は脱力するニュークスにかかり、湿らせる。呼吸することも忘れ一心に水を飲む男はしばらくしてホースを口枷から離し、激しい息遣いで栓を閉め放り投げる。ソードオフは妊婦の背中を向けたまま次の要求。

 

 ――鎖、次の要求は鎖だと呻る。

 

 貞操帯を切断した女がボルトカッターをフュリオサに渡すが――。

「違う!…お前だ…」

 男は銀の長髪女性に渡してもらうよう銃口で指示する。

 

 仕方ないと覚悟を決め、妊婦と同様にゆっくりと男に歩み近づく。寄り添っていた黒髪の女がそれを心配そうに見つめる。長靴を履き安定して歩を進める中、銀髪の女は首を傾げ男に近づく。

 

 男が掴む鎖の先。陽炎か蜃気楼か、遠くから虚像が群れを成しているかのようにゆらゆらと蠢いている。同時に不鮮明な音が風に乗って送られる。

 

「スプレンディド、アレ(・・)は風の音…?」

 

 風の音?……違う。

 アレ(・・)は……騒々しいまでのエレキギターの小さな小さなエコー…。

 

「それともヤツラが来た……?」

 

 妊婦は耳を澄まし後ろを見やる。蜃気楼は少しずつ確かな形へと変化させていく。それはあのイモータン・ジョーの大軍団………。

 

 待ちきれない優柔不断な男は鎖を乱暴に揺らし、苛立ちを乗せて鎖を主張する。肩をびくっと震わせすくめる女二人。要求通り鎖を切断しようとボルトカッターを持ち上げ、刃の間に塩基状の鎖を入れる。

 

 が切断されない、いやできない。どんなに力を込めても切断されない。単に堅いのではなく力が無さすぎる、手こずるのも当然。切れないのか、まだ力が足りないのかと疑問符を浮かべ力む銀髪の女。鎖は切れないまま力任せに切断しようと手元が下へ、それにつられて男の頭も下降していく。男の視界が妊婦によって遮られたのを見測ったフュリオサは――駆けだす。横目で捕えようも口枷によって下へ下へと。

 

 タックル命中。刃に挟まれた鎖は容易く抜け、男とフュリオサは勢いよく宙を滑空し倒伏。ニュークスは鎖に繋がれたまま無造作につられる。馬乗りになったフュリオサはソードオフを強奪しダブルノズルで殴打、上腕部で頭を押さえ無防備な顎から銃口を入れる。

 

 吹き飛ばしてやる!

 トリガーを引き、指を弾く――

 

カチャ―――・・・・・。

 

 吹き飛ばない――?

 

 …不発。野郎ッッ!!

 

 激情に駆られ再び殴打せんと大きく振りかぶり降ろす!

 

 が、男が防ぐ――!!。同じ手は食らわないと目の奥からは静かな殺気を発する。首を掴み横転、立場は逆転し男がフュリオサにのしかかる。ジタバタと足掻くフュリオサを制しソードオフを手にした男も殴打せんとするも()が動かない。後ろで女が二人、銀髪の女と妊婦が鎖を引いている。続々と女たちが集まり鎖を引っ張られ、抵抗できず後ずさる。そして空しくも再びのけ反り、視界は青空へ固定。

 

 だがソードオフは離さないという執着心は未だ健在。それはフュリオサも同様健在。気を失ったままのニュークスは無造作に引かれ続ける。バランスを崩し女たちはしりもちをつき男も転倒。反対にフュリオサは起き上がり成功、形勢逆転。

 

 銀髪の女が「はいっ!」と投げ渡したモーターレンチをすぐさま手にし横にスイング。身を起こた早々ソードオフが見当違いな方向へ、モーターレンチのずっしりとした重みが手にまで響く。右からスイング、身を交わしまとも(・・・)な武器に避け続ける。左にスイング、大きく後退するが足をとられ転倒。レンチを思い切り打ち下すも即座に足を広げ交わし、交わし続けては間近にあった骨組みを盾にする。フュリオサは徹底的に叩きのめそうと連打し、堅い材質で対抗。互いの手は衝撃を感じ取り、互いの耳はつんざく金属音を響かせる。

 ガチッと突如骨組みとレンチが噛みあい、分離できずガチガチ鳴らす。隙ありと男は骨組みを顎から打ち付けた。

 

 この騒動にようやく目を覚ましたニュークス、しかし意識がまだ朦朧としており何がどうなっているのか把握すらできず薄めで騒動を見続ける。

 

 顔から吹っ飛ばされ、あまりの痛みに首を振る。埒がいかないと判断したフュリオサは飛び上がるように立ち上がりウォー・タンク目掛け突っ走る。しかし男が鎖で波を打たせ足を滑らせる。さらにフュリオサは飛び起き、ウォータンクの装飾であろう意味ありげに並んだ二つのガイコツを殴った。粉砕されたガイコツからは拳銃、Glock|(グロック)17が姿を現す。

 

 咄嗟に銃だと感づいたニュークスがフュリオサに飛び乗り動きを封じる。カッターを捨てうんざりするほど引かれた鎖を今度は男が引く。ニュークスを引き寄せ拳銃との距離を取らせる。鎖同士がうるさく共鳴する中、褐色肌の女が好戦的に威嚇する。他の女も参戦するが男もそれに負けまいと威嚇、女たちをひるませ、拳銃へ目掛けひた走る。

 

 フュリオサが拘束をほどきひじ打ちを食らわせている頃、男は拳銃を手に入れ――――。

 

助けて、―――!!!!

 

 少女の幻覚に惑わされた隙にフュリオサが突撃し男を貯水タンクに押し付ける。我が先だと拳銃の奪い合いで殺到する二人。拳銃は貯水タンクの鉄板を削らせ奪い合いはフュリオサが手にした。その拍子に弾倉が射出、砂の上へと落下。それをしっかりとみていたニュークスと女たちが走り寄る。

 

 拳銃を右頬に突き当て引き金に指をかける。

 一発でケリがつく――!

 今度こそとトリガーを引き―――発射!!

 

BANG!!!

screeeeeeeeeeeeee

 

 だが弾丸は頬を貫くことなく上空へ、男が寸で交わした。幻覚の絶叫、弾丸の超音波。少女の叫びと耳鳴りが合わさり強烈な金切声を響き渡らせる。

eeeeeeeeeeeeeeeee

「取ったぞ!」

eeeeeeeeeeeee

 オレが先だ私が先だともみくちゃになる。

eeeeeeeech

 男は自身を中心に一回転、次はフュリオサを貯水タンクに押し付ける。形勢逆転、自らの腕でフュリオサの首を浮かせる。弾倉を取ろうともみ合いになっているとニュークスと共に鎖を引かれ、突拍子もない後退に足元をすくわれる。フュリオサはうつ伏せになった男を蹴りあげ、顔面に膝蹴りを――口枷でガード。

 

 口枷の尖った先端部が膝に食い込み、痛みが襲う。「Aah!」と声すらも我慢できない最中、後ろへ回り込み今度は鎖を使って男の首を絞め始める。男は苦悶し声を荒げるも負けじとひじ打ちを繰り出し、痛みを負った膝を崩す。そのまま二人諸共転がり、取っ組み合いを再開。ホースを見つけたフュリオサが手を伸ばし、男はそれを遮ろうと手を伸ばすも届かず。ホースの金具でさえ鈍器代わりにさせ殴りつける。鈍い衝撃に顔が歪むも男は口枷で防御し一向に傷を付けさせない。

 

 腕を押さえ、栓が外れたホースを放置し、全身砂まみれになりながら横へ転がる。来た道を戻ってきた際フュリオサに鎖を絡ませ拘束、縛り付ける。丁度ニュークスがもみ合いから逃れ、男へ弾倉を届けさせる。手の平に乗せられた弾倉を差し込み装填、コッキングレバーをズボンでスライド。

 

BANG!!BANG!!BANG!!

 

 女たちが甲高い悲鳴を上げる。だがそれは脅しの三発、弾丸はフュリオサには当てず高々と砂が舞い散るだけ。男は丸刈りの後頭部に銃口を当てつける。息を切らし観念したのかフュリオサはガクッと力が抜ける。

 

 

 

 

 騒音――?

 

 フュリオサ達が来た道を見ると薄い陽炎、あの大軍団が進行中。今なお狂気と狂喜の演奏を続けている様に腹が立ってくる。決死の思いを胸に行動したとはいえこれほど強敵なヤツだとは思いもよらなかった。

 

「ふ…へへ、ハハハ……!」

 

 成果は上々。大隊長だったフュリオサは捕え今となっては裏切り者に過ぎない。それにワイブスも全員生存できたとあれば、本ッ当に最高の一日だ。輸血袋のおかげもあってかもう申し分ない、大満足だ。

 

「やったぞ輸血袋!生け捕りにしたァ。これでこのオンナは…八つ裂きだァ!!」

 

 ニュークスは男を飼い犬のように頭を撫でまわし、フュリオサを盛大に煽る。険悪する男は銃口を突きつけたまま口を開く。

 

「鎖を切れ…早く」

 

 笑顔が絶えないニュークスはボルトカッターを手にする。

 

「!?お、お、おい―――」

 

「ヘヘ、分かってるサ……コレだろ??」

 

 へらへらとボルトカッターを持ち上げ見せつける。

 

 逃げるためとはいえここまで苦労したのにくたばるのは正直御免だ。いつ、いかなる時でも油断してはいけない。てっきり病弱な白塗りが首を掻っ切ろうしていたのかと思ったが、今のアイツの頭ン中はきっと崇拝者のことにしかないはず。

 

「おい…見ろよ…キラキラしてる、女神(・・)だ」

 

 水に濡れた女たちはこれから起こる悲惨な未来を予感しているのか、心配そうに寄り添いあっている。

 

「ジョーが喜ぶぞ…!褒美がもらえるな。だったら新品のACがいいなぁ」

 

 一方、ニュークスはシタデルで輝く栄光の未来を想像しているのか、うわの空で鎖を切りカッターを捨てる。

 

「コイツはオレが運転する」

 

 すると男が立ち上がり、ニュークスに銃を向ける。 

 

「何が望みだァ??」

「俺の!ジャケットだッ!」

「ふへへ、いいとも。ずいぶん安い褒美だなァ」

 

 輝く未来に酔いしれているニュークス、銃を向けられても一切怖がらない。それどころか寛大になり、取り返そうと無理に引き剥がす男に淡々とジャケットを受け渡した。

 

「緑の地へ行く…」

 

 妊婦がただひとり堂々とした面構えでウォー・タンクの運転席へ歩み寄る。

 

「な、なあオレ―――」

 

 ニュークスのみぞおちに拳を打ち込み、嗚咽を漏らして倒れた。即妊婦に脅しの二発を発射、一発はフロントドアに跳弾、もう一発はふくらはぎをかすめさせた。

 

「スプレンディドッ!!」

 

 直立不動になった妊婦は身を案じてか足を止める。他の女たちが妊婦へ駆け寄ろうとするもフュリオサが上腕部でそれを制する。妊婦の足から静かに血を流し、痛みを振り絞るように男に語る。

 

「女たちのいる緑の地へ行く…!」

 

 フロントドアを開け、ウォー・タンクに乗り込む男にそれは聞こえない。エンジンスタート、女たちにも見向きもせず後方を確認、アクセルを踏む。それをフュリオサは黙って見届ける。

 

 初速開始、ウォー・タンクが走行したところで赤毛の女が駆け寄る。赤毛の女を支えに痛む足傷を楽にする。フュリオサは後ろから迫る大軍団を見るなり妊婦に近づく。

 

「大丈夫!!?」

 

 赤毛の女が気遣い痛みを問う。「うん」とだけ返す妊婦にフュリオサはさらに問いかける。

 

「どう?痛む?」

「痛いわよっ!」

「人生痛いことだらけ、それが現実よ」

 

 当たり前でしょ!とでも言いそうな顔振りにこれが現実の世界なんだと言い聞かせるフュリオサ。

 

やり遂げられる(You wanna get through this)…?」

 

 後ろで見つめる他の女にも聞こえる声量で問いただす。

 

「言うとおりにして…分かったわね」

 

 頷きはしなかったものの目の奥に見える覚悟を垣間見たフュリオサは走り去るウォー・タンクを凝視する。

 

 初速段階、それにキルスイッチ(・・・・・)がある以上先には行かせない。今ならまだ間に合う。

 

「武器を持って、走るよ!」

 

 フュリオサは義腕がないまま駆け走る。

 妊婦と赤毛の女は目を合わせ駆け走る。

 褐色肌の女はソードオフとレースを握り締め駆け走る。

 黒髪の女もレースを手にして走り出す。

 ボルトカッターを握った銀髪の女が走ろうとするも貞操帯に足を止め、「くそっ(Tsa)!」と貞操帯を蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はいお久しぶりです、ティーラです。

書いちゃったよ書いちゃったよ、最高の1日。
非常に大変だった(本音)

4.94話はまだまだしばらく先になりそうです。
(’;ω;)許して。
次話については活動報告、または小説情報にて記載していきますのでよろしくお願いします。

感想待ってます!
それでは素晴らしい最高の1日をっ♪


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4.94 Fool

ヒトは、世界を破滅へと導いた。
ヒトは、混沌から生き延び再び争いを続けた。
ヒトは、失われた文明を再構築した。
だが………ヒトは再び管理されるべきなのだ。
完璧なプログラムを唱えた神の代弁者として。
――圧制者 イモータン・ジョー




 

 アクセルペダルそのまま、グッと踏み込みスピードアップ。ギアチェンジ、踏み込んだ足に重みが加わりペダルそのものの質量が増えたように感じた。速度が一段階上がることで操縦席を大きく揺らす。上々なエンジンである証拠だ。

 

 ウォー・タンクこと『足』は快適に砂の上を走行する。申し分ないほどに満足、やっとの思いで手に入れた足に一息つく男。いい意味でも悪い意味でも助けになった口枷は未だに外せない。後ろに手を回し、金具部分を外せるか試みるも結果は変わらず。ガチャガチャと乾いた金属同士を共鳴させる。

 

 しかしだ、これがあればどこへだって逃げられる。逃げ続ける足があれば、後はどうにかなる。しいて言えばこの口枷がどうにも鬱陶しい。今すぐにでも外したいのは山々だがそう易々と取れる代物ではないらしい。それに生憎、外すモノがないときた。後のことは…どうにだってなる。

 

 縦長のサイドミラーに目を移すと遠ざかり行く女たちと白塗り、荒れた鏡面の点になっていく。その光景にふうっと息を吐き、この上ない喜びを体感してハンドルを握る。

 

 つかの間、重厚なエンジン音に混じる空回りしたような異音。その異音はさらに増していく一方、このような図体をした足ならば通常ありえない。音の発生源を探ろうとするもギアスティックやアクセル・ブレーキペダルに異常なし。ハンドルや燃料も同様、原因は分からず。

 それだけではない。なにか…。

 

 

 

 減速…?…減速している!!?

 

 地面が傾斜しているわけではなく、エンストを起こしたからでもない。確実に着々と減速している。たったの数m進んだだけでバテたか?図体だけが取り柄か、このタンカーは。

 

 ダッシュボード上の計器類を見るも異常はなし。それどころか燃料タンクはFullを表示している。「何も異常はありません」とでも誇らしげに言っているかのようにさえ感じる。

 

 なんでだ??!、なんでなんだ!!

 

 男が動揺している間に20…10…5…と速度は低下、ついには停止してしまう。今しばらく休憩をしたいと再び砂の上で立ち往生。

 

 動け動け動けッ動けってんだクソがッ!!

 

 運転席の至るところを殴る蹴るといった横暴をしても足は動かず。まさかと思いサイドミラーを見やると、点になりかけていた女たちがウォー・タンクへ疾走している。仕掛けたのは片腕の女か、よくよくサイドミラーを見れば義腕が引っかかっているではないか。男はため息をつく。

 

 ン野郎…。

 

 フュリオサが片手にボルトカッターを握りしめ全力疾走。行き着く間もなく男に交渉(・・)を持ちかける。

 

「キルスイッチよ、私がセットしたの」

 

 車窓から顔を出せば、早速男の足を取り戻そうと追いかけてきたフュリオサ。ナイフを一端投げ捨て息を整えた後にかけてあった義腕を引き抜く。順を追って引き連れてきた五人の女たちも道具を持ってきたらしく、後ろを見れば不発のソードオフにボルトカッター、レースと実に多種多様。

 短い上腕に金属部を通し、革製ハーネスを腰に巻き固定する。

 

「動かせるのは()だけ」

 

 交渉――。

 

 『私がいれば動かせる』と。となればコイツが仕掛けたということか。ならば乗せるべきであろう。先の戦闘では多勢に無勢だったが片腕のない女一人であれば構わない。

 

「…お前は乗れ」

 

 思考を巡らせ端的に吐き捨て前へ向く。

 

「全員一緒よ」

 

 男はフュリオサを再び見やる。お前だけと言ったにも関わらず一方的な要求は容易く論破された。このオンナ共と仲良く逃げろだ?それだったらこっちにだって考えがある。

 

「…なら待つ」

 

 少しばかり思案した末、男が導き出した答えはフュリオサを含む女たち全員を硬直させた。また振り出しへ、外へ出ることも…希望そのものを奪われてしまうことだ。

 

 不快なドラムが聞こえる…。あの振動が小さく諸々の臓器を揺らしていく。耳障りなギターが聞こえる…。あの音響が小さく左右の鼓膜を刺激していく。だがそれは幻覚であり幻聴だ。だとしても彼女らにとってそれらはトラウマを想起させるに十分であり、畏怖の対象として足りうる存在だ。

 

 あの砦で何をされたか。腐った悪党共が私たちに何をしてきた。文明の再生?絶対的な神格?いい加減その吐き気を催すような妄言なんか……支配なんか…!!

 

 だが狂喜の宴は私たちの軌跡を辿って確実に向かっている。来た道を…ウォー・タンクが残した重厚なタイヤ痕を辿って不確定な幻影から確かな存在へと…ヤツラが行進している。

 そう…ヤツラだ。幻覚や幻聴なんかじゃない。

 五人の女たちが恐怖する。幻覚幻聴がリアルと化し、かつて砦で味わったであろうトラウマを想起してしまい怯え、恐れ、後悔、強気、不安が顔に出る。女たちに顔に焦燥の汗が滲む。また戻される、また死の種を植え付けられる…死ぬのだと。

 

 そんなこと…させない。希望を奪わせたりはしない。彼女らが希望であり続ける限り、緑の土地があると信じる限り…私は、諦めない。己の希望を捨てたりなんかしない!

 

 フュリオサは車窓へよじ登り、自己正当化する男に遠回しで忠告する。

 

「あの腐った悪党が喜ぶと思う?アンタはヤツの大事な女を撃って傷つけた」

 

 だからなんだってンだ。足を手に入れるためにやっただけ、殺しちゃァいないだろう。『撃って傷つけた』というだけでこいつら全員乗らせてたまるか。

 

 目線を合わせようともしない男にフュリオサはさらに追い打ちを仕掛ける。だが次は『美味い話』として持ちかける。

 

「ニトロ・ブーストで二千馬力、大型ジェネレ-タも装着できた最強のタンカーよ。今出れば五分は稼げる…!」

 

 二千馬力……。確かに……その馬力であれば確かに、逃げる分には十分だ。だが…いや、しかし……。

 

 男は白をきり続ける。だが男が持つ健康的な眼には砂漠、フュリオサ、砂漠、女たち、砂漠…と明らかに動揺の様を隠し切れないでいる。美味い話に魅了するかと思ったがそう易々と席を譲ってくれるような性格ではないらしい。フュリオサにも焦りが出始め汗が滲む。

 

 あと少し、あともう少しだ。だがどうする…次に何を持ちかける?どうすればハンドルを握らせてくれる!?………どうすれば!!!

 

「……一生口枷(ソレ)つけてるつもり!??」

 

 痛いところを突いてやった。どうだッ…。

 

 

 

 男はジロリとフュリオサをにらむ。痛いところを突かれたといった表情で。

 

 男は観念し運転席を開け助手席へ移動する。案ずるなよと言わんばかりにグロックの銃口を向け運転席へと誘う。フュリオサは目線を合わせたままゆっくりと席に着き窓から身を乗り出す。「乗って!」とフュリオサに促された女たちは妊婦に続いて後部座席へ列を為して搭乗する。焦りと緊張で息が上がるフュリオサはグローブボックスからヤスリを取り出し、これで口枷を外せと見せつける。男はヤスリに反応し、玩具を取り返す子供のように手にしては後頭部を押さえ付けている薄い金属板へ目掛け擦り始める。

 

 全員乗ったことを確認したフュリオサはハンドルの下、計器類で埋め尽くされたグローブボックスへ手を回そうとすると。

 

 「アァ!!」途端、男が一声に喚く。

 

 何事かと思ったフュリオサが手を止め男を見やる。突きつける銃口の先は小型収納スペース。そこに黒光りするもう一丁の銃があった。ヤスリを後頭部に挟んだ男は腕を伸ばし銃を奪う。まじまじと見つめ、コルト系列の大型リボルバーであることを認識した後自身のズボンにしまう。無論、グロックはフュリオサを捉えたまま。

 

 フュリオサは再び手を動かす。カチッカチッと子気味の良いスイッチ音が七回ほど。すると、あれほど動じなかったこの巨体がイグニッションし始めた。エンジンが目覚め、排煙をまき散らし、逃亡劇の再開に応えようと呻りをあげる。

 

 コイツ、輸血袋のクセに用心深い。

 コイツ、片腕がないクセに油断できない。

 

 だが…。

 これで…。

 

 逃げられる…!

 

 お互い警戒心の塊となりながらも、考えていることはほぼ同じだ。腹をくくらなければこの先へは進めないということはお互い理解している。しかし、兄弟家族の如く手となり足となり協力するかと訊かれれば否である。

 

 『協力するのならば言葉ではなく、行動で示せ』

 

 男もフュリオサも…それだけが唯一共感できる要素だ。

 

 

 

 

 

 「う…あ、ああ……」

 

 二度目の気絶からやっと解放されたニュークス。腹部の鈍い痛みに上体を起こすとそう遠くない距離にウォー・タンク、砂塵と排煙が小さく揺れ動いている。初速段階故か速度が遅い、自慢の巨体が動じず停止しているように見えるほどだ。後方を確認するとジョーの大軍団が接近しており、何台もの武装車両とドーフ・ワゴンが蜃気楼で蠢いている。ビリビリとした狂気の再演がニュークスの身体を少しずつ覚醒させていく最中、ウォー・タンクのエンジン音が呼応する。寝起きのあくびにも似た図々しいエンジン音がニュークスを呼んでいるように長く呼応する。

 すっくと立ち上がり切断した鎖の端を片手に走り出す。白い足裏と両足の五指に砂が入り込み不快な感覚。それでも不安定な不毛の地を蹴り上げる。蹴り上げ、蹴り上げ、蹴り上げ続けひた走る。

 

 あのウォー・タンクの中にはジョーのオンナがいる。死んでたまるか。取り戻すまでは死んでも死に切れない。ACもスリットもいないんだったら…自分一人だけでも取り戻すッ!

 

 主君のために地を蹴り上げ…。 

 

 生きて、死んで、よみがえる…。それがウォーボーイズの本望であり、使命であり…また戦い続けられる唯一の方法なのだから。

 

 あるべきことを全うすべく地を蹴り上げ…。

 

 まだまだ戦いたい、戦い続けたい。そのためならこの僅かな命惜しむことなく投げ出せる。アーマード・コアで戦場を蹂躙できる命を…輪廻転生、再び授けてくれるのなら。

 

 心底から懇願し地を蹴り上げる。

 

 強硬な信仰心、譲れない使命感、依存的凶戦闘心。

 それがニュークスの原動力だ。

 

 

 

 

 

 砂漠を撫でるように走行するウォー・タンクの車内では赤子を宿した腹を抱えるワイヴス、スプレンディドが流血するふくらはぎの痛みに軽く苦悶している。

 

 見目麗しき熟んだ果実

 スプレンディド(Splendid)

 

「よりによってヤツの一番のお気に入りを撃つとはね」

 

 『誰が彼女を傷つけたか、あとで後悔することになる』といったような口ぶりで言い放った褐色のワイヴス。

 

 失意在りしネグロイド

 トースト(Toast)

 

 トーストの目線の先には妊婦スプレンディドが手厚く看護されている。彼女の腹にはこの世をまだ知らぬ赤子がいる。手当をするのは誰だって当たり前。だが、誰よりも一層看護をしているのは赤毛のワイヴス。

 

 赤髪の有能なるゴーグラー

 ケイパブル(Capable)

 

 銃弾でかすめたスプレンディドのふくらはぎを包帯で優しく包み込む。その様を助手席で眉をしかめながら銃を構える男。ハンドルを手にしたフュリオサが左右に揺れる車体を制御してギアチェンジ、先ほどと違い手綱を引いた馬のようにおとなしく走行する。

 

 男はふと思う。

 

 包帯はどこから?

 

 車内を完全に調べ切っていないことにより不安がじわりと過る。次こそ殺される、次こそこの首を刎ねられる、皆が皆俺を殺そうとしている。逃げないと。しかしどうすればいい。自分一人だけで逃げられるわけがない。今このドアを開けて跳び逃げるのも手だが折角乗れた足を無駄にはしたくない。

 

 咄嗟にシーツを横暴に奪う。銀髪のワイヴスの目には最高に狂っているようにしか見えない。

 

 不器用なシルバーロング

 ダグ(Dag)

 

「変態!」

 

 自身に危険が及ぶ可能性があるもの全て掻っ攫っていく。例えそれがシーツだろうが包帯だろうが…首に巻きつけて殺すことなど容易い。銃でなくたって人を殺すことなど楽勝だ。

 何と言われようが知るものか、俺はそうやって今日まで生きてきた。だからこれからも逃げてやる。そう自身に誓ったのだから。

 

 男は次に黄ばんだ手提げカバンに目をつけ、おもちゃの取り合いの如く颯爽と奪う。何年物なのかかつては有名ブランドだったであろう茶色に変色した手提げカバン。中には彼女らが持ってきたガラクタばかり。カバンを逆さまにしてガラクタを落とし(カラ)にする。中身のないカバンは原型を失い、留め具のないガマ口がだらんとだらしなく開く。ぺしゃんこにつぶれた蛙のよう。

 

 ウォー・タンク、要塞、武器庫…男の脳裏に次々と過る絶命なりかねない要素要因の数々。続けて男は鋭い目つきで車内を巡る。

 

 運転席の天井…手の届く位置にホルダー…ハンドガン!!

 

 腰を起こし、すぐさま発見したハンドガンを手にカバンに入れる。さらにその後ろには自動小銃(カービン)。大口径の次はカービン、それも長距離射程用。オプションや改造などからして片腕の女の私物。

 

 まだあるだろ…。

 

 そんな意味合いでフュリオサをにらむ。知らぬ存ぜぬといった顔で運転し続けるフュリオサ。対して、車内にまだあるだろうという自信と嘲弄から男は低く鼻を鳴らす。忘れてはならぬとトーストがわざわざ持ってきてくれたソードオフも奪取しカバンに詰める。

 

snap(パチン)snap(パチン)snap(パチン)snap()

 

 男が指を鳴らす。指先は後部座席を示し、その後ろにはガンホルダー。乾いたフィンガースナップが「あのハンドガンを取れ」と要求している。そう遠くない位置だが男には到底届かない位置にそれはある。

 

「あなたのことみたいよ、フラジール」

 

 スプレンディドは命令通りにしてと優しく言う。それに小さくうなずく黒髪のワイヴス。銃の持ち方すら知らない手つきでハンドガンを持ち男に渡す。

 

 井の中の儚き蛙

 フラジール(Fragile)

 

 狭苦しい空間に男が必死になって武器を掻き集めている。そんな光景に嫌気がさしたダグが重い口を開く。

 

「サイアクの展開」

「あたしたちに手は出さない」

「なんで?」

「人質よ」

「甘いわね」

 

 フュリオサは思考する。

 

 コイツは…何もしなければ殺しはしない。この男は何かから逃げているだけ。人質、トーストの勘は強ち間違ってはいない。けれど彼女たちはワイヴスでありジョーの私有物。故に、下手に傷つけたり殺したりすればジョーが怒りに身を委ね、地の果てまでも追いかけ…そっ首を狩り落とすだろう。彼女たちを連れだした私も同様…死刑でしょうね。でもまぁ、スプレンディドを傷つけたことに変わりはないからコイツも一緒に殺されることは確定かしら…?

 

 思考の最中、『最悪捕まってしまった場合』なんていう考えたくもない未来像に行き着き首を軽く横に振る。

 

「一緒に緑の地へ行くかな」

「まっさか!コイツはイカれたホモのカス野郎よ」

 

 フラジールの不安をダグが一刀両断、猥語の限りを浴びせる。男はそれに見向きもせず一心になって銃や弾薬をかき集める。奪取した年代物、今時見ないルガー系列のピストルと信号拳銃でさえまじまじと舐めまわすように見つめては、自身に危険が生じる物と認識しカバンに詰め込んでいく。

 

 狂っているヒトなんてこれまで多く見てきた。じゃあこの男は?盗賊の一味か?違う。砦のウォーボーイズやジョーのような信仰に支配された類でもない。何かに怯え、何かから逃げ続け、それを通り越してヒトがヒトでなくなったようなヒトモドキ。

 

 口枷に刺し込んだヤスリを取り出し、後頭部の薄い金属板をヤスリがけを再開。トリップや憑依に近い顔振りで恨みを込め、金属板を切り落とさんと男の腕に力が入る。

 

 ヒトの皮…いや、バケモノの皮を…。私達には分からない得体の知れない真っ黒な異形へなり果てた存在が今ここにいる。目を疑う、何とも言えない奇怪さに目を疑う。ワイヴスたちの目にはそれがあまりにも奇怪に見え、決してヒトではない存在に見えた。

 

 だからこそ断言できる。

 コイツは、この男は…。

 まさしくイカレきっている(・・・・・・・・)

 

 男のイカレ狂い、ヤスリの音。

 不気味にそれは鳴る。

 何者かが忍び寄る足音でさえ聞こえないほどに。

 狂気で聞こえぬ、狂喜の足音……。

 

 

 砂漠が無限に続くであろうと思っていた矢先、遠い彼方を歪ませていた蜃気楼が渓谷を形成していく。砂漠と空の合間に赤褐色の渓谷がウォー・タンクの眼前に広がっていく。不揃いの刃が澄んだ空を刻み、病的に隆起した大地がどっしりと腰を下ろす。広大にして過大、フロントガラスに収まらないほどの山岳地帯の渓谷群。ワイヴスたちはその圧倒的なスケールに口をあんぐりとさせる。

 直進を続けていると渓谷の間に小さな亀裂。入り口はそこからしかなく、渓谷自身も外からのお客様を歓迎する気はないようでいる。

 

 男の表情はそれから変わることはなく片手にグロック、片手にヤスリ。金属板をガリガリと音を立て削っていく。無表情だったフュリオサの顔が一変、助手席に顔を向ける。男は「なんだ?」といった表情で疑問符を浮かべるが咄嗟の判断で耳を凝らす。

 

 ヤツラとは違う何かの行進…。

 それも大部隊…この渓谷からか…。

 

「いや、谷は駄目だ――」

「後ろを見てッ!」

 

 ヤスリから手を離しハンドルを鷲掴むとフュリオサが止めに入る。

 

Huh(フン)?」

 

 男の疑問符は消えず、色濃くなっていく一方。だがそれも一瞬。フュリオサが見ているのは男ではない。行軍する軍靴の音は男の後ろ、ウォー・タンクからして約三時の方向を顎でしゃくる。絶句に嘆息、お仲間がいたらしい。白塗りの連中かと問おうとするもトーストがその正体を端的に述べる。

 

「ガスタウンのヤツらよ」

 

 ガスタウン(Gas Town)――。

 

 荒んだウェイストランドで唯一石油が産出できる重武装石油精製要塞。シタデルに次ぐ、ウェイストランドを彷徨う生き残りが救いを求めてやってくる油滾った地獄。

 

 男はトーストの胸倉を掴み引き寄せる。銃は確保できたとして、油断したところを突いて殺してくるに違いないと保険をかける。故に銃口はフュリオサからトーストへ向けられる。

 

「大事に扱って!」

 

 トーストが鋭くにらむ。

 

 殺しやしない。万が一の保険だ。ワイヴスとやらの中で誰よりも戦う覚悟を持っているヤツをこんなところで無駄死にさせるなんて毛頭ない。

 

 男はトーストを掴んだまま後方、人為的にできた砂嵐を見やる。他のワイヴスもそれに続き窓に近寄る。ケイパブルは双眼鏡、スプレンディドは単眼望遠鏡を取り出し腹を大事に抱えた状態で遠方の砂塵を覗き込む。レンズには砂ぼこりが舞う彼方を映し出し、その正体を現す。

 

「何が来てる…?」

 

 運転するフュリオサに代わり、その正体をスプレンディドが説明する。

 

「トレーラー…」

 

 ガソリン輸送に特化した大型トレーラーが大部隊を率いる。

 

「…棒飛び部隊(Polecats)……」

 

 棒飛び部隊、別名ポールキャッツと称する戦闘部隊。しなやかに曲がる長さ七メートルの棒を用いて戦う。男にはそれをどう使って戦うのかは想像できない。

 

 ポールを使ってダンスをするのとは訳が違うが、それが到底理解できるものではないことだけは確かだ。

 

「火炎放射器……」

 

 車両一台につき一機、貴重な燃料をこれでもかと炎に変え攻撃する。

 

 白塗りの連中も同じだったな。どこに行ってもガソリンを車に使うか火炎放射器に使うかの二種類しか頭にないのか。

 

「高機動兵器…!」

 

 部隊の五メートル上空には武装航空機が三機。翼の代わりに大きな回転翼が二つ、前面にはくちばしのような突き出た三砲身ガトリング砲が特徴的なサイドバイサイドローター式戦闘ヘリコプター二機。もう一機は角状レーダーが際立つ赤いカラーリングの高機動型兵器。脚部の大型ブースター、頭部そのものをローター化という極めて高い揚力と機動力を備えていることが分かる。

 

 武装航空機は過去の戦争によって大量生産され、世界崩壊と共に全て消えたと思っていた。だが彼女らの目にそれらが見えるとすれば、まだ残っていたという事だろう。ハンドガンやカービンでどうにかなる話じゃない。せめてACほどの火力があれば…。

 

「隊を率いるのは、人食い男爵」

 

 トレーラーの助手席にて鎮座する擬鼻(ぎび)を付けた禿げ頭の太った男。

 

 勘定人にして人間計算機。

 人食い男爵(The People Eater)

 

「ケチくさいしみったれよ」

 

 黒字を出さなければヤツの夕飯にされる。それを理解しているケイパブルが車内で評し鼻で笑う。

 

 ジョーと同等、ガスタウンにおける絶対的な権力を持つ存在らしい。

 しかしだ。そもそもヤツに会わなければどうにだってなる。ヤツを含め白塗りの連中共にさえ遭遇しなければいいだけの話。遭遇する前に…ばったり会ってしまう前に逃げればいい。逃げ続ければいい。

 

Hmm(ンン)…」

 

 脳内で事を片付け鼻を鳴らしては再びヤスリがけに力を注ぐ。金属版を削っていく中、車内が大きく振動し始める。自分のせいで揺れているのかと思ったが、それは違うと即座に理解でき手を止める。フュリオサもワイヴスもこれまでにない車体の揺れの体感に慌てふためく。

 

Aah(アァ)!!」

 

 苛立ちを乗せて計器類を叩くフュリオサ。全て問題は解決し、計画通りに事が進んでいくと過信していたフュリオサにただただ苛立ちが募る。再び迫る悪い予感と焦燥感、それらはフュリオサを始め車内にいる全員へひしひしと伝染していく。連結車両を確認するため窓から身を乗り出す。それに続けて男も窓から頭を出し後方を見やる。

 十四輪大型タイヤが砂を巻き上げ地を行く中、ウォー・タンクの最後尾の様子がおかしい。給油用タンクを連結運送している四輪が駆動していない。一万リットル以上のガソリンを保有するタンクが重々しく引きずられている。

 

「何か引きずってる?!!…たぶん給油タンクよ」

 

「おい待て……俺が行く」

 

 フュリオサが点検へ向かおうとドアを開けると男が制止に入る。代わりに行くと言ったそばから行動開始し、カバンを肩にかけ助手席から退出していく。

 

 ワイヴスには未だに男の言動や行動における本質が見えずにいた。スプレンディドもそれが理解できず、男の動向を伺おうと助手席に座る。フュリオサには少しずつだがそれが理解できるようになり、扱い方も直感ではあるが分かってきたように感じた。

 

 逃げるためなら何だってする。

 逃げるためなら何だってしてくれる。

 

 銃は全てあのカバンに入れられ男のモノになった。手は出さなければその銃口が向けられることはない。この先、最悪敵が現れれば戦ってくれる…と信じたい。時が来ればアイツと一緒に共闘してくれる…そう信じたい。

 

 もし、私の予想が外れれば……?

 

 あの男がワイヴスを保険にしたように、こっちにだってまだ保険はある。

 そうしたら、致し方ない(・・・・・)

 

 シフトレバーの先。引き抜けば男がまだ知らぬ最後の保険、小型ナイフ。少し引き抜き刃をぎらつかせる。できる事ならばこれを使わないよう願いを込め、元に戻す。

 

 

 

 カバンを乱雑に放り投げジャケットを腕に通す。フル装備のACには見向きもせず、ACを覆いかぶさるように固定された鉄骨を渡り歩き連結部へと向かう。設置された捕鯨銃(ハープーン)を跨ぐと、球形給油タンクの四輪が回転していない。不動のタイヤは砂を大いに巻き散らかし、ウォー・タンクの横暴な馬力によって無暗に牽引されているという様が一目で分かる。連結部を見るとバルブパイプや延長トング、チェーンといったその他諸々の配線が飛び交っている。その中に、太い配線が脱力したように外されている。原因はこれであろうと察した男は配線を鷲掴み凝視する。

 

 このウォー・タンクの知識については全く持って皆無だが…元のように接続させれば解決するのであろう。

 

 連結部を足場にして挿入口へコネクタ接続。新たなエンジンの起動音を聞き取ること数秒後、給油タンクのタイヤが回転しだした。

 運転席では不可解な減速に気掛かりだったフュリオサが身を乗り出していたが、減速が解消したことにより安堵の息をつく。ウォー・タンクは何の問題もなかったかのように直進する。問題解決により男は一仕事終え、来た道を戻りながらヤスリがけを再開し思考する。

 

 つまり一連の問題は、コネクタが外された(・・・・)ことによる給油タンクへの命令伝達系統解除…ということか。外されたということは何か他の原因があったということになる。だが問題は解決したんだ。他に何がある。しいて言うならば、敵が倍増したぐらいで――。

 

 ヤスリがけの最中、後方を確認すると行軍によって巻き上げられた暴風が…三つ(・・)……三つ!?一度は見た後方を再度確認、何気ない砂漠の光景だと思っていた男は思わず二度見をする。ひとつは白塗りの連中、ひとつは先ほど彼女らが言っていたガスタウンからの連中、そしてさらにもうひとつ。

 

 お友達が増えるのはもう真っ平御免なんだが…。

 

 その光景に起因して長い嘆息を漏らしながらヤスリがけを続ける。だが悪いことばかりではない。金属板がもう少しで削り切れるのだ。やっと解放されるという予感に胸が高鳴る。

 

 もう少しで…。

 

 あと三ミリ…。

 

 あと二ミリ…。

 

 あと一ミリ……!!

 

 ヤスリが金属板を削り切り、長いこと男を苦しませていた口枷の鍵が解体される。開放されたのだ。言葉では言い表せない昂揚感に口角がゆるみ、口枷だった鉄塊を力任せに投げ捨て――。

「死ね!裏切り者ッッ!!」

 助手席に突如として出現したウォーボーイ!

 ニュークスは腕輪に繋がれた鎖を使ってフュリオサの首を一周させ力の限り絞殺せんとする。冷たい鎖が冷酷に首へ食い込み続ける。ワイヴスらは条件反射でそれを制しようとするも、直後ダグが白い病的な腕に噛みつく。鋭利な痛みがニュークスの殺気と威勢をゆるませ、鎖への力は一瞬にして尽きた。

 一度溢れた激情は止まらない。逆鱗に触れたたかが一人のウォーボーイにナイフを突きつけるフュリオサ。しかし続けざまにスプレンディドが調停に入る。

 

「殺す必要ないって!」

「コイツ私を殺そうとしたッ!!!」

「そうだけど…ウォーボーイよ!」

 

 騒ぎを聞き付けた男は急ぎ早に助手席へ戻ろうとする。

 

「殺さなくたってもうすぐ死ぬわ」

 

「いいやッ!!オレは死んで、よみがえるッ」

 

 もうすぐ死ぬ。どのみち早くに死ぬのだ。ここで殺す必要はないとナイフを元の場所にしまう。

 

「押さえて」とケイパブル。

「縛るのよ」とスプレンディド。

「降ろせ」

「放り出して!」

「押さえてッ!」とダグ、フラジール。

 

 早々に戻ってきた男。その視界には腹に一発食らわせたはずのウォーボーイズがたった五人の女によって為す術もなく囚われている。鎖とレースで手首を拘束されているという哀れな光景。給油タンクの減速は恐らくこの白塗りが仕掛けたのであろう。だが、今となってそのような一兵士に構っていられるほどの余裕はなくなった。

 

「またお客だ」

 

 これも男の策略かと疑心するフュリオサに男がグロックで後方を指す。首を後ろへ回わすと新たな軍隊が群れを為して行軍中だった。

 

「バレットファーム!!?武器将軍の部隊よッ」

 

 バレットファーム(Bullet Farm)――。

 

 捨て去られた鉱山脈を改修し武器に弾薬、武装車両を作り上げる巨大工場群。シタデルに次ぐ、ウェイストランドを彷徨う生き残りが救いを求めてやってくる硫黄塗れた地獄。

 

 武器畑の守護者。審判にして処刑人。

 武器将軍(The Bullet Farmer)

 

 フュリオサが顔をしかめるのも当然。南からのシタデル、北からのガスタウン、西からのバレットファーム。これらが一体何を表すのか。言うならば、ウェイストランドに存在する全てのカオスが集結しカオスをカオスでごった返したような異形の大軍団が白昼堂々闊歩している、ということになる。

 

「終わりだよアンタの負けだッ」

 

 それでも逃げ切ってやる。

 フュリオサが唾を吐く。

 

「逃げ切るわ」

「ジョーはオレたちの神だ!」

「あんたはダマされてるのよ」

「あれは醜いペテン師――」

「オレたちの救世主だァ!」

 

 ケイパブルが先頭に立ち、ワイヴス全員でニュークスを正そうとする。だが頑として聞こうとしない。

 

「救世主が焼き印を押すわけ?私たちは家畜と同じよ!」

 

 スプレンディドが助手席のドアをオープンにし突き落とそうとする。自身が家畜であることを誰よりも理解する者だからこそ発言できる。

 

「オレは英雄になるッ!」

「アンタなんか使い捨てよ!」

「人殺しの破壊者よ!」

「ジョーは偉大だァ!」

 

 ニュークスの信仰心はこびり付いた油汚れのよう。それどころか信仰心は強くなる一方。

 

「ならアイツのとこに帰りな!」

 

 スプレンディドがニュークスを放り出す。

 所詮ウォーボーイもジョーのための家畜に過ぎない。ウォーボーイもワイヴスも決して分かり合えない存在ではない。考え直す時間があれば、ゆっくりと話を聞いてあげれば改心の機会はあった。誰にだってそんなチャンスはある。でももうそんな時間もチャンスも…もうない。

 救えるチャンスを失わせてしまった、そんなウォーボーイが気の毒だった。拭えない情けが背中を這い寄る。

 仕方がなかった。このままココにいても邪魔になるだけ。だから放り出した。許してくれなんて言わない、必ず殺してやると言ったって構わない。逃げてやるから。皆と逃げ続けてやるから。あのカオスの集合体から。ゼッタイに。

 

 

 

 ウォー・タンクは再びニュークスを置き去りに疾走する。

 あの時のように…(・・・・・・・)

 

「う……あ、あぁ……」

 

 積み重なった黄土色の砂がクッションの役割を果たし、ニュークスの背中を痛切に焼いていく。ニュークスは絶好のチャンクを無下にし落胆する。大した怪我はなかったとはいえ、これでもうウォー・タンクには追いつけなくなった。何の成果を挙げることもなく、何の土産も手に入れず…。

 

「あ…?」

 

 土産…?レース…?

 

 それは鎖と一緒に手首に巻かれたレース。紛うことなきワイヴスのレースだ。

 

 まだチャンスはある。

 死んでたまるか。

 この魂は偉大なるジョーのためにある。英雄の館が魂を呼ぶまで足掻いてやる。

 

 三つの軍団が集結しようとしている。何百もの兵士を引き連れたカオスが渓谷へ向けて進軍している。その渓谷の麓に一人のウォーボーイ。風になびくレースを掲げてジョーの下へ駆け走った。

 

 

 

 

 

 ウォー・タンクは渓谷の亀裂へと足を踏み入れる。小さな亀裂だと思っていたそれは砂嵐の時のような大きな口に見え、不揃いの岩肌が牙となって巨壁の如くそびえ立っている。

 

「取り引きしてあるから通れるはず……保証はないけど。みんな隠れてッ!ふたは開けたまま」

 

 不自然に開口した助手席の穴にフラジール、トースト、ダグとワイヴス達は次々と入り込む。奇妙に開いた穴を軽く覗くが予想していたよりも暗く、すべての実態を見通すことはできなかった。

 

「力を貸して。運転を頼みたいの」

 

 男は顔をあげ亀裂に目を向ける。

 

「…Mm(ンン)

 

 ケイパブルが穴に入り、スプレンディドが続けて入ろうとした時。「お前」と男がスプレンディドにグロックを向ける。

 

「残れ…そこにいろ」

 

 何から何まで機能満載。要塞に匹敵するウォー・タンク。今度こそ俺をハメる罠がこの先にでもあるのだろう。

 

「それよりアンタも隠れて。谷の連中に一人で来るって約束したの」

 

 結局自分も隠れなければならないのかと鼻から嘆息を吐き、恐る恐る足先から入り込む。どうやら穴の先は作物室らしい。根菜系の枝葉がみずみずしく生い茂り、麻袋一杯のジャガイモが所狭しと搬入されている。その奥には先ほどのワイヴスらが寄り添いあって固まっている。

 

「来るんだ」

 

 一通り危険がないことを確認した男はスプレンディドを誘導する。フュリオサも確認する限り、男はあれから一切ワイヴスに手を出していない。

 もし…取引に失敗した際、協力してくれるだろうか。イワオニ族は必ずしも取引に応じるとは限らない。

 

 

 

『道を塞げだァ!!?』

 

『ACをくれてやる。いつまでもそんな裸のバイクなんかで暴れる必要はなくなるぞ』

 

『そんなら…ガソリンもあるだろォ?一万リットル、どうだ!』

 

『分かった…浴びるほどのガソリンもくれてやる』

 

『来ていいのは大隊長さんだけ、分かってるだろうな…』

 

『…追手が来たとしても数台だけだ』

 

『……良いだろう。取引成立だ』

 

 

 

 実に手痛い。予想外の出来事は常に付き物だ。それに今日に限って運が悪い。

 人生は痛いもの(・・・・・・・)か。ホント、その通りね。

 

 

 

 岩壁の頂から覗くバイクの集団。

 イワオニ族(The Rock Riders)

 

 この渓谷を縄張りにしているライダーズ。ウェイストランドと外部を結ぶ唯一の通り道であり唯一の門。取引をすることで行き来はできるが100%確実と言うわけではない。イワオニ族の代表ことリフトの番人の気分次第。相応の取引が認められず外部からの交易商人が何人も追い払われた。

 彼等の主食は『蛾』らしい。

 

 そして今日も、取引の品に期待するかのようにバイクのエンジン音が渓谷に鳴り響く。

 

 

 

「ねえ…名前は…?」

 

 フュリオサが男に問う。

 

「何て呼べばいい?」

 

 たかが名前。されど名前。答えるのは至って簡単だが、自身の名前など語りたくない。名前なんてなんの意味がある。伝説を作って、後世にその名前を残すわけでもあるまい。過去を捨てた人間に名前などあるはずがない。

 

「…好きにしろ」

 

「分かった…」

 

 簡単な質問であったはず。名前が存在しないヒトなどこの世にいるはずがない。期待した私が馬鹿だった。

 

「『バカ野郎(Fool)』って、そう呼んだら車を出して。エンジンのかけ方は――」

 

 なんて呼ばれるかは想定していなかったが『バカ野郎』などと言うネーミングに男は正直驚く。フュリオサは続けて、メーター機器類の下部に設置されたスイッチの数々を指差しながら説明する。

 

(One)(One)(two)(One)(Red)(Black)…スター(Go)ト。覚えた?」

 

 バカ野郎はグロックで順番を確認するよう軽く揺らし小さく頷く。

 

 OKともNOとも言わないこの男を、果たして信用していいのだろうか。だが今は…協力していかければ失敗してしまう。共闘していかなければ容易く死んでしまう。

 互いが生きるために。

 

 入り組んだ亀裂を進み続けていくと、フュリオサはハンドルの接続部に塗りたくったグリースを指に絡め取る。額、こめかみ…真っ黒の潤滑油が最初期のフュリオサへと戻される。バックミラーに写る自身の姿が酷く醜い。フュリオサは自身の姿をにらみつける。

 だがこれでもう最後、最後だから。この取引を終わらせれば…。

 

 岩のゲート。獄炎の爆弾と怒りの大自然が生み出した凹凸の激しいアーチが眼前に迫る。大型車両がギリギリ通れるか、そんな怪しい箇所をフュリオサは躊躇することなくペダルを踏み込み一速で突き進む。上手い具合に掻い潜ろうするウォー・タンク。岩肌に遮られたフラッグだけが潜り切れることなく根元からひしゃげる。

 

 ゲートを抜けると横幅に広がる中継地点、イワオニ族との取引会場に差し掛かる。ウォー・タンクはゆっくり停車しエンジンを切る。

 

 

 

 …。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ………。

 

 

 

 

 静かだ…。

 やけに静か過ぎる……。

 

 男の警戒心が高まり息遣いが荒くなる。スプレンディドの首筋に幾度も息が当たる。

 

 取引とは通常活気溢れる中で行われるもの。もしくは反対に互いの腹を読むためにあるもの。取引の概念としてはそれで間違いないはずだ。しかし、この閑散とした空間にはウォー・タンク以外何者も存在していない。あるとすれば何時ぞやに破壊されたであろう武装車両の骨組みだけ。

 

 姿現さぬ取引相手に用心深くフロントドアを開放する。錆びついたフロントドアが耳障りな音を発し、不安を募らせる。フュリオサは慎重に降車し、両腕を上げる。

 

「持ってきたわ!約束通り、ガソリン一万二千リットル。フルカスタムのACを二機!」

 

 フュリオサの声がこだまする。

 

「タンクを外したら……道を塞いで」

 

 バイク特有の小さいエンジンと排気音が反響する。一つだったそれは二つ三つ四つと増殖し、軽快な騒音と共にオートバイに搭乗したイワオニ族が結集する。オートバイ用ゴーグル、なめし皮のジャケット、蛾の触角を模したヘルメット。取引で手に入れたであろう装備品で肌の露出を極限にまで抑えた異色な部族。高台に構える首長らしき族が前に出る。

 

「追手は、数台だと言ってたよなァ?確か……」

 

 来た道を指差し怒号する。

 

「大軍団が来てるぞォ!!!!」

 

 数台と大軍団の違いなんて見なくても分かる。不運の重なりがこれほどまでに辛いとは思わなかった。

 

「今日はツイてない…」

 

 本音を漏らす。

 

「外すわ!」

 

 給油タンクへ歩を進める最中、車内のスプレンディドが苦悶する。

 

「あ…アァ」

 

 陣痛。臨月間もない熟した腹には赤子がいる。生の力をもってこの世を拝もうと赤子は足掻き、一方のスプレンディドは必死に痛みを耐える。

 

 途端、フュリオサの足が止まる。

 武装バギー三台編成の先遣部隊、点のように小さく見えるヤツラの部隊が鬼気迫る。遠いように感じるが一分もあればゲート到達は確実。速度変わらず、エサを前にしたケモノのようにウォータンクとの距離を縮ませる。

 

 胸が騒ぐ。

 息が荒げる。

 

 首長はウォー・タンクの見た道を見やる。武装バギー、武装バイク、揚陸戦トラック、ドーフ・ワゴン…etc(エトセトラ)。その数にフュリオサを凝視する。

 

「ぐ、ぐぶ!ぐ…ウ……」

 

 スプレンディドが嘔吐する。手で押さえるも突発的に起きた出産の兆候はイワオニ族の耳にしっかりと入ってしまう。首長は胸のガンホルダーに手を忍ばせ、ほかの族はガンサイトをフュリオサへ。

 

 これが意味するもの(・・・・・・・・・)

 

 ゴーグル越しに伝わる…交渉決裂………!!!!

 

 

 

バカ野郎ッッ(Fool)!!!」

 

 

 

 連結部を飛び越えるフュリオサ!

 エンジンを始動する男!

 

 折り畳み式短機関銃から連射する九ミリ弾が幾度も砂柱を舞わせる。何十発もの弾幕に対しACと給油タンクを盾に疾走する。アクセルペダルを踏みつけサイドブレーキを解除。足取りの重いウォー・タンクの腰を叩き起こす。

 

 族もウォー・タンクの動向に気付き前輪をあげる。手首のスロットル開閉を繰り返し排気量増幅、アイドリングスタートダッシュが岩肌を無視して跳躍する。

 フュリオサはウォー・タンクの初速に追いつき、作物室へ通じるトレーラヘッドへ駆け寄る。トレーラーヘッドの搬入口にはトーストが手を伸ばしている。

 一台の突撃オートバイがフュリオサに急接近。トレーラーヘッドへ滑り込もうとした瞬間、族の一人がウォー・タンクの真下へ滑り込む。フュリオサの足にドシッと重しが加わる。

 されども先にトーストが手を取っていたことで振り落とせず形勢逆転。フュリオサが一蹴り繰り出す。顔面を蹴りあげ、ゴーグルレンズを割らせる。眼部の痛みに悶絶し叫び声もあげられずそのまま重厚なタイヤの下敷きに。

 

 首長が腕を挙げる。確認した族の一人が目を合わし同じように腕を挙げる。一挙に振り落とした腕にT字型棒を押し倒す。発破器が雷管を起爆、ゲートは轟々と崩落し噴き上げた岩石が土石流へと変化しては先遣部隊を次々と飲み込んでいく。

 

 目には目を、物量には物量を。そうすりゃうじ虫だって足を止める。その間に我らで独り占めすりゃあいい。取引の品をみすみす取り逃がすはずねぇだろォ。

 

「ガソリンとACを奪えッッ!!」

 

 雄叫びを合図にオートバイが一点に集結する。二五〇㏄の排気音が重なり横陣編成、イワオニ族総員で強硬手段に打って出る。

 

 後部座席から現れたフュリオサが助手席へ座ると男はカービンを返却してきた。『協力するのならば言葉ではなく、行動で示せ』。唯一共感できる要素が意志を持って伝わる。

 

 赤薬莢押し込みコッキングレバー装填完了、ものの二秒。

 

 心底から信頼を得たフュリオサは手慣れた手つきでファーストリロード。落ち着きがあることは最大の戦力でもある。

 

 

 たったひとつしかないゲートは少数部族によって崩壊された。しかし完全に崩落したわけではなく、埋まり切らなかった岩が積み重なった状態、ゲートはもはやただの穴と化した。とどのつまりACでは通れない、であればビッグ・フットでしかこの先へは進めないのである。

 

「退け退けッ!!」

「道を開けろ!」

「さっさとやれ!!」

「岩を退かすんだッ!!」

 

 ジョーの部隊、ガスタウン、バレットファーム。血栓の構築による行き場を失った血液のように大部隊は結集した。到着した人食い男爵と武器将軍。それぞれの専用車両からは総動員で岩退かし等と言う最悪の時間つぶしが広がっていた。

 

「俺が先に行って岩を退かし、道を通す」

 

「イモータン!イモータン・ジョー!お待ち下さいッ!」

 

 ビッグ・フットのタイヤをもってすれば悪路は赤子同然。ジョーらが搭乗するビッグ・フットが悪路を先行していると上級ウォーボーイが合間に入る。その声を耳にしたジョーはビッグ・フットを杖で制する。

 

「コイツがウォー・タンクに乗ったそうなんです」

 

 上級ウォーボーイが連れてきたのはただの一兵士。白塗りが薄らいだウォーボーイ、ニュークス。だがその手に掲げている物は正しくワイヴスのレース。混じり気無しの純白さはどのウォーボーイよりも白く透き通り目が冴えるほどだ。ウォー・タンクには確実に我が妻たちがいることを表している。

 

「よォしお前、一緒に来い」

 

 杖で招き入れるジョーに胸が高まるニュークス。すぐさま共にビッグ・フットへ乗ると聞き覚えのある声に後ろを向く。

 

「おい!待ってくれ!ブーツだブーツ!輸血袋のブーツだ!」

 

 砂嵐に巻き込まれていたと思っていたスリットが輸血袋のブーツ一足を高々に掲げる。しかしそれはジョーにとっては意味のない物。

 

 スリット、生きていたのか。どうやら先に死ねるのはオレのようだ。ヴァルハラに行って待ってるぜ!

 

 上級ウォーボーイに誘導されジョーらと共に乗り合わせる。勝ち誇ったように口角を上げスリットを見捨てる。

 

「乗せてくれ!!」

 

 スリットも一緒に乗ろうとめげずにブーツを掲げるがジョーは見向きもせずモンスタートラックなタイヤが積み重なった岩山をよじ登る。

 

「ブーツだぞォ!!」

 

 一連の時間つぶしが少々長くなりそうだと倦怠する人食い男爵。人殺しこそが最大の生きがいだと主張する武器将軍にとってお家問題など知らぬ存ぜぬ、故に苛立ちは募る一方。

 

「痴話ゲンカで大騒ぎとはな、赤ん坊のためか」

 

 砦を支配するため自ら神格的象徴に為ったというのにこのザマか……。

 

 我らながら哀れで仕方がないと人食い男爵も武器将軍も意欲が失せ行く。

 

scoff(チッ)

 

 

 

 燃えるV8エンジン。呼応するKV-3D2。吸気される冷却器。ウォー・タンクは今この時こそ力を発揮している。しかし入り組んだ渓谷の道では自慢のトップスピードを活かし切っていない。

 

 族はオフロード仕様、首長機はデュアルパーパス仕様。岩場での戦闘に特化したノビータイヤまで装備している。左右に連なる岩肌を走行し、挟んで追い込もうとしている、それはまるで猟のよう。非常に危険だが裸丸出しであることに変わりはない。

 

 ハンドル片手に弾数確認。相手は確認できただけで二十人以上。グロックは最大装填でも十七発。一人に弾二、三発と考えれば妥当だろう。

 

 

 ビッグ・フットは岩場を登り切る。巨大なタイヤで走破するなど高度な運転スキルがなければ叶わない。

 イモータン・ジョーがいる運転席に限り―!!!

 

 

 左右のライダーズに気を取られていると前方から奇襲要員が接近、ウォー・タンクに前を追いつかれる。ボール大の何かトレーラーヘッドへ向けて投げ捨てる。

 

 ヘッドに当たり起爆!

 

 爆音と共に炎が運転席を包む。ワイヴスらは一瞬の灼熱と爆音にうろたえる。ヘッドに火が付き、吸気したとしても熱い酸素しか供給されない。そう何発も食らえない。

 突き出た岩をジャンプ台にまたも族が跳躍、ナパームを投げ捨てヘッドを燃やす。またしても族が跳躍、次々にナパームを投げ捨て続けざまに灼熱が車内を襲う。族の連携や地形とライディングスキルを活かしたナパーム戦術が非常に高い。

 

 だがそれもここまでだ。

だがそれもここまでだ。

 

 完全装填完了(フルリロード)

 フュリオサ応戦。ゴーグルのこめかみをインサイト、トリガーを引く。薬莢中央の雷管をブッ叩いたカービンは弾頭射出。スティールコア弾頭が一直線に族の頭部、狙い通りのこめかみを貫く。族の一人を赤色に染めあげ脱落させていく。岩を飛び越えナパームを投げる矢先に待ち受けるグロック。鋭い九ミリ口径弾頭を二、三、四とえぐり込み脱落させていく。スプレンディドが疼く腹を大事に守る。次々と飛び交う空薬莢が産まれる寸前の完熟した腹を点々と当てていく。

 

 ヘッドは増粘剤の油脂でひどく燃え広がっている。フュリオサが運転席のレバーを傾ける。冷却器停止と同時にヘッドに搭載してあるカウキャッチャーが下方向へスライドし始める。走行中にも関わらずウォー・タンクは地面を巻き上げ、黄土色の砂塵を身に纏う。砂塵を用いた荒療治。増粘剤は砂を吸収し、これ以上の燃焼を防いだ。スライド上昇、息を止めていたウォー・タンクが大きく呼吸する。

 

 続々とイワオニ族が集結。右から四人、左からは六人が横陣編成。その後ろを追いかけるビッグ・フット、ジョーはその戦いぶりを見つめる。

 

 フュリオサは上部ハッチを開放、片手間にタクティカルリロードをしカービンを手渡す。その数では弾が足りないかもしれないが、その時はその時だ。

 

 構え、後方に二匹――。

 

 給油タンクから身を出した一匹目をヘッドショット。族が宙を舞いオートバイから脱落。軽い衝撃、貯水タンクにナパームを投げつけた族にグロックをインサイト、単発連射したパラべラムが族の姿勢制御を崩す。左側を片付け終えた男は右側の族共にダブルアクション。フュリオサとの弾頭とクロスファイア。クロスファイア、クロスファイア。排管滑空してくる族の脳天を貫通させ弾数ゼロ。自由落下してきたオートバイを避け「弾を込めて」とスプレンディドにカービンを渡す。

 

「分かった」とケイパブルは言うがスプレンディドにとっては銃の扱いなど初めてに等しい。

 

「無理よ」スプレンディドが困惑していると横からトーストが割り込みカービンを奪取する。何をするかと思いきや、トーストが手慣れた手つきで弾込めをしていく。一人前ではないが、その戦おうとする決意がトーストを変えていく。皆必死なのだ。

 

 族長のデュアルパーパスオートバイが巨岩を台にし跳躍。数秒滑空の後、鉄骨に接地しヘッドに迫る。

 

「銃を!」

 

 トーストの手が焦る。

 

「早く銃を!!」

「ちょっと待ってって」

 

 フュリオサの要求に苛立ちが走る。

 

「早くッ!!」

「ガソリンを渡せッ!」短機関銃を目にし咄嗟に運転席へ屈む。弾幕が上部ハッチを跳弾させる。男が後方を見やり、ガラス越しに映る虚ろな影にサイトを合わせ弾丸発射。ガラスを砕き頭蓋を砕き、行き場を失った大口径弾が脳内で暴れまわり炸裂。ウォー・タンクから脱落していく。

 ワイヴスらは微塵になったガラスに体を強ばらせる。

 

 突撃要因出撃。腕に抱えたダイナマイトの束が煙を上げ再び運転席へ目掛け突進している。大口径弾発射。ガラスを砕き…だがゴーグルをかすめただけでダイナマイトはもう目の前まで。フュリオサが信号拳銃を取り出し、撃鉄を叩き付ける。煌々と光る赤信号弾は族に命中、炸裂した赤色粉末を霧散する。バランスを崩したオートバイは族もダイナマイトもすべて下敷きにしていく。

 

 ダイナマイト爆発!!給油タンクの連結部を崩壊させ、一万リットルものガソリンだけが置き去りにしていく。粗方片付いたのを見計らったジョーがアクセルペダルを踏み込む。火の付いた給油タンクは制御を失い、岸壁に叩き付け異常爆発。爆炎が一瞬ビッグ・フットを包み込む。

 

 渓谷外へ出たウォー・タンクに用はないとイワオニ族は撤退命令を出す。ウォー・タンク、それを追うビッグ・フットだけを見送るだけで一歩先へは進まない。

 

 追走するはビッグ・フット。おそらくジョーが乗っているはず。仕留めるなら今しかない。リボルバーに一発ずつ、確実なローテーションでシリンダーを回し弾込めをしていく。

 

 知能指数が低いリクタスは雄叫びを上げながら火炎放射器を振り回す。 

 

「リクタス!女たちがいる、銃は使うな!」

 

 上級ウォーボーイに一括されリクタスは火炎放射器から手を離す。仕留めるのはこの手でと決めているジョーは銀に輝くコルトアナコンダの銃口をフュリオサに向ける。

 

 そうだ。このウォー・タンクには妻を浚った裏切り者がいる。

 それを仕留めれば――。

 

 突如、ウォータンクのフロントドアが開きスプレンディドがドアにしがみ付く。

 

「スプレンディド!スプレンディドオォ!!」

 

 コルトを持つ手が緩む。スプレンディドだ。さらにケイパブルがスプレンディドを庇うという二重の盾を構築。下手に撃てば他のワイヴスどころか赤子を貫くこと間違いない。

 

「腹の子は俺の子だァ…俺のモノだアァ!!」

 

 アンタの手にはさせない―!!

 

「イモータ――」フュリオサが放ったマグナム弾は上級ウォーボーイが自ら肉壁になり肺、心臓を貫通。絶命した上級ウォーボーイはそのままビッグ・フットから落ちていく。

 

 ワイヴスを手駒にされては埒が明かない。一旦ウォー・タンクの後ろに付き機械を狙うか…。

 

「イモータン、オレがタンカーの運転席に忍び込む」

 

「貴様の名前はァ?」

 

「ニュークスッ」

 

 威勢のいい兵士を向かわせるか…。

 

「コイツで麻痺させて生け捕りにする――」

「駄目だァ!アタマをぶち貫けェ!」

 

 ジョーの股間部ホルダーに仕舞われたコルトを取り出しニュークスに渡す。ニュークスにはその銀が眩いほど目に痛く、ジョーそのものを尊重させていく。

 

「タンカーから俺の宝物を取り戻してこい。お前の魂は、俺がァ…英雄の館へ導いてやる」

 

「ホントに…?」

 

 それは、イモータン・ジョー直々のヴァルハラへの道しるべ。イモータン・ジョーがオレたちのためだけに作り上げた最高の世界。そこへ招かれれば未来永劫、オレは伝説となり、光り輝き、その名を残し続ける。

 あ…あぁ…なんてオレは……。

 最高に最高で最高の日だ…。

 

 「お前の魂は 永 遠 に 光 り 輝 く

 

 銀泊スプレー缶を取り出しニュークスに吹きかけ詠唱する。この上ない極上の導きに目頭に涙がたまる。ニュークスが余韻に浸っているとジョーはリクタスを呼びかけ、ヴァルハラへの導き(もとい)揚陸・先駆けの手伝いをやれと命じる。

 

「いいか………行くぞ!!」

「ああ!!」

 

 リクタスに半ば強引に引っ張られ、阿吽の呼吸。ご自慢の怪力でニュークスは揚陸に成功する。鉄骨によじ登り、ヘッドへそのまま向かえばヴァルハラもう目の前だ。

 この銀に輝く銃とオレがあれば…!

 もうすぐ…!!

 もうすぐで…!!!

 

 ニュークスはひた走る――!!!!

 突然、鎖が鉄骨に絡み威勢と自信が押し殺される。手にしていたコルトが勢いに任せあらぬ方向へ、ニュークスだけ鎖の命綱に揺らされる。その様を見ていたジョーはあまりに滑稽すぎると首を横に振りニュークスに吐き捨てる。

 

「………使えねぇヤツだァ

 

 ニュークスにはそれがはっきりと聞こえた。痰がらみの野太いドスの効いた神様からの声が。

 

 そんな…。

 まだ、まだオレは…証明すらしてないのに…。まだ…まだ…オレは!ヴァルハラに…まだオレは!!

 

 ビッグ・フットの速度が急激に上がり、フュリオサは装填して間もないカービンを持ち替え臨戦態勢に入る。ウォー・タンクの巨体があれば起こすことはできない。そのはずだ。

 

 そう難しく考える必要もない。肉壁はまだあるのだから。

 ジョーが突き進むその先は、イワオニ族が使っていた巨岩。台にしたビッグ・フットはトップスピードで跳躍。このタイヤを優に超すモンスタートラックのタイヤが宙に舞う姿に、皆が息を飲む。着地したのもつかの間、姿勢を制御し前に出る。まだまだ続く渓谷の道で追い越すのは非常に難しい。

 

 ゆっくりと左側へ後退するビッグ・フット。残りの上級ウォーボーイがジョーを守ろうと自信を肉壁として運転席を塞ぐ。男とフュリオサが応戦、それぞれ合わせてクロスファイアさせるも肉壁としての役割はしっかりと担え朽ち果てる。

 

 ジョーがワイヴスをにらむと「くたばれ!」とダグが悪態をつく。

 

 リクタスが捕鯨銃(ハープーン)を射出。鎖に繋がれた銛は狙い通りハンドルに食い込む。固定されたハンドルを必死に制御しようとするも敵わず。反対のリクタスが怪力で銛を引き抜く。ハンドルの留め具が破断され、銛の返しにハンドルと左手が巻き込まれる。何トンもの総重量が左手だけに負荷がかかり、思わず声が出る。男が苦しんでいる様を見て、物を壊すことが誰よりも好きなリクタスが嬉々とする。

 フュリオサが銛を取ろうとするも並大抵の力でない限りは!スプレンディドが咄嗟にフロントドアを開け、チャーンカッターを手にしては鎖を刃に挟み込む。ケイパブル、スプレンディドの二人で目一杯刃に力を入れる。耐え難い痛みが襲い続け手からは血が垂れ、歯は軋み、顔が歪む。限界が近い…!!

 

 ピンと張った鎖が音を立て断ち切り、鎖と銛はハンドルを道連れに落下していった。ウォー・タンクの制御が完全に失われ、フュリオサはモンキーレンチで早々にボルトを回す。

 

「危ないッッ!!」

 

 眼前には巨岩、このままでは激突してしまう!モンキーレンチを曲がれる限り右へ曲がる。進行方向は変わったが、それは微々たるもの。

 

「スプレンディドオォ、避けろオオオォ!!!」

 

 その微々たる方向の先、スプレンディドが衝突する!!!

 気付いたのももつかの間で――!!

 

 

 

 

 激突!!!巨岩は大質量のヘッドのスピードで抉り取った。

 スプレンディドは!?

 男が後方を見やる……。

 

 

 無事だった。ヘッドの連結部へ一時避難し事無くを得ていた。それはジョーにも見えているらしく、ほっとしているようにも見える。配管を足場にしてフロントドアを開け、後部座席へ戻ろうとしている。トーストと同じく、この逃亡劇に対しての決意が強く目に写っている。男はスプレンディドにグッと親指を立て――。

 

 足を滑らせ、フロントドアに二人分の体重が加わる。激突によってフロントドアが大きくぐらつき、落ちた。

 

「ダメッ!スプレンディド!!」

 

 ダグとケイパブルの声に反応し、男は再び後方を見やる。

 

 ジョーが素早くハンドルを切る。ビッグ・フットは慣性に任せ横転横転横転。すべてを振り落とし砂を巻き上げタイヤを真上に完全停止した。

 

 

 口元を銀泊に染めながら一部始終を見るだけしかなかったニュークス。唖然とする。

 

 

 

 

 

「止めて!タンカーを止めて、引き返してッ!!」

 

どこにいるの、―――。

助けて……、―――。

 

「戻って助けるのッ」

 

「駄目だ」頑なに首を横に振る。

 

「戻るよう言ってよ!」

 

「見たの…?」

 

 フュリオサが真っ直ぐ目を見て問う。

 

「……車に轢かれた…ン」

 

「本当に見たの…!!?」

 

 だからこちらも見返す。

 

「車に轢かれた」

 

 二度に亘って告げられた現実が車内中を巡る。

 

「戻らない…このまま進む」

 

「ひどい!!」

「ソイツアタマがヘンなのよ!」

「とにかく緑の土地へ行かなきゃ…」

「でもそんな場所ホントにあるの!!?」

 

 他のワイヴス四人にとってスプレンディドが希望であったように、フュリオサにとってもそれは希望だった。希望が奪われる前に…こんなところで…。

 

 希望を失えば、あとは何が残る…?

 

 疑心暗鬼になっても仕方がないのだ。

 戻らないと決めたのだから。

 

 男はそのままモンキーレンチを片手に運転を再開した。

 

 

 

 

 

「ガアアアアアアアアァァ!!!」

 

 離れ行くウォー・タンク。離れ行く残りのワイヴスたち。失われゆく我が赤子。砂が舞い散ってもその姿が前に現れることはない。駆けつけた先遣攻撃バイク二人がジョーを案ずる。

 

「ご無事ですか!?」

「行け、行くんだァ!!」

 

 二人乗りの攻撃バイクはそれを聞き発進する。

 

「ア゛ア゛アアアアアアァァァ!!!!!」

 

 ジョーの叫びがこだまする。それに続けてリクタスは速射砲を空へ目掛け撃ち続ける。

 

 失われゆく希望が…。

 

 

 

 

 

 ウォー・タンクは無事渓谷を抜け出し、再び砂漠地帯へと足を踏み入れる。ワイヴスらは悲しみにひれ伏し、男とフュリオサはハンドル代わりのモンキーレンチを固定する。

 V8エンジン緊急停止。運転席が異様に揺れ動き減速、機関停止した。

 外部からの高温が伝わり続けたことによる熱暴走。エンジンをある程度冷やさなければ走ることはない。修理は至って簡単である。メインエンジンとなるV8を冷やせばいいだけ。男は焼け焦げたエンジンプレートを取り外し、V8エンジンを露わにする。フュリオサが冷却ようの水を汲んでくるとフラジールが来た道を駆けていた。

 

「フラジール!!?」

 

「待って!フラジール!」

 

「何考えてんのッ!バカなマネはやめて!」

 

「ジョーはきっと赦してくれるっ」

 

 女々しくレースを覆い、女々しく来た道を戻る姿はかつての自分。かつてのワイヴス。

「今さら何言ってんの!!?無理に決まってる!!」

 

「私たちはワイヴスよ!妻なのよ!!バカみたいっ、砦にいればゼイタクに暮らせたのに!それが悪いことなの!!?」

 

 その彼方に攻撃バイク、二人乗りであれば…。

 フュリオサはカービンを構えスコープにウォーボーイを入れる。

 

「またオモチャにされるだけよ!」

 

 そう、オモチャにされるだけ。

 トリガーに指をかけ………引く。

 

 発射された弾丸はフラジールの耳元を過ぎり、ウォーボーイ二人の頭部を貫く。力をなくしたバイクは転倒、二人が起き上がることはない。その衝撃にフラジールは止まる。

 

「私たちはオモチャなんかじゃない、人間よ!」

「そうよ、人間よ」

「やめてもうウンザリなのよ!」

 

 ケイパブルとダグが必死になって止める。

 

「スプレンディドもそう言ってたじゃない――」

 

「だから殺されたのよッ!!」

 

「アナタの気持ちも分かるけど…ダメよ。そこに戻っちゃダメッ!!」

 

「スプレンディド!!」

 

 失った希望がよみがえったり、帰ってきたりすることはない。戻っても、回り道してもそれは変わらない。だから走るしかない。このウォー・タンクで後ろを見ず、走り続けるしかない。逃げるしかない。

 

 狂気を孕んだカオスの集合体が追いかけてくる!!

 

 

 

 

 

 陽は傾き、夕日が車内を覗き込む。それまで車内では誰一人しゃべらずにいた。重々しく口を開けた男は咳払いしながらフュリオサに問う。

 

「それで…?……どこにある…その、緑の地は?」

 

「夜通し東へ走ったところ」

 

 会話は途端に終わってしまう。

 

「いい?今のうちに…」

 

 後部座席を見るも皆は視線を交えず。あれから皆とは口を利いていない、それでも…。

 

「銃の手入れと、弾を装填しておいて」

 

 しておかないよりはマシ。それは誰もが理解している。戦いたくない、次は誰が死ぬのか。そんな思考がワイヴスに駆け巡る。

 

「車を修理してくる」

 

「見張りを立てろ」

 

「アタシが行く」

 

 ここにきてケイパブルが反応する。

 

「駄目よッ、ここにいて!」

 

「…任せて!」

 

 双眼鏡を手にしフュリオサに強く告げ外へ出る。これ以上制したとしても聞かないだろうと察したフュリオサはケイパブルに任せることにする。一人になりたいのだろう。誰もが一人になりたいはず。

 

 修理キットを掲げ、ヘッドの搬入口へ消えるフュリオサ。フュリオサがいなくなり、結局弾込めできるのは私しかいないとトーストが動き始める。ガラクタ一杯の手提げカバンを漁り、選別していく。

 

 鉄骨の上をよたよたと渡り歩き、ケイパブルは見張り台へ座り込む。途方もない砂漠を見通しているとと、どこからかすすり泣くような声が聞こえ、その音源が聞こえた後ろを振り返る。

 

「アナタ…なんでここにいるのッ!?」

 

 ウォーボーイ、ニュークスだ。横になり震えている姿は典型的なウォーボーイに当てはまらない。あれほど白かった白粉が今では肌色に戻っており、口元の銀色スプレー痕が微かに残っているだけである。

 

「見られた…ジョーに、全部…」

 

 ジョーに対する恐怖心からか、それとも不甲斐なさからか。ニュークスの震えがケイパブルにもはっきり見えている。

 

「オレのヘマであの女が死んだんだ」

 

 目頭一杯の涙と一緒に頭を叩き付ける、自傷行為。

 

「ねぇやめてっ」

 

 肌色の頭を優しく押さえ、自身への殴打を止めさせる。

 

「やめて…」

 

 何故止めるのか、何故殺させてくれないのか。ニュークスにはそれが分からない。

 

()は、門は三回も開いた(・・・・・・・・)のに…」

 

「門…って?」

 

「英雄の館の門さ、魂を呼ばれた。死んだ英雄たちに…歓迎されるはずだった」

 

 ケイパブルはニュークスと同じ横向きになり告げる。スプレンディドが教えてくれた優しさをそっと。

 

「最初からそういう運命じゃなかったってことよ」

 

「オレは名誉の死を遂げたかった…だから、ACをブッ飛ばした。ラリー(・・・)バリー(・・・)も大人しくしてくれてた…」

 

「ラリーとバリー……って?」

 

「トモダチだ…ラリー、バリー。気管に噛みついてるんだ」

 

 肩にできた瘤にはスマイルマークがしっかりと印されている。決して可愛くないわけではない。けれど、彼にとってこの瘤が体を蝕んでいると考えるだけで、このスマイルマークがとても不気味に見えて仕方がない。

 

「…どっちみちオレはもうすぐ死ぬ」

 

 ウォーボーイズが生きていられるのは、皆が皆ジョーのお気に入りになっているから。愛を持って彼らを愛し、愛を持って狂戦士にし、愛を持って地獄へ導いてくれる。お気に入りから外されれば、愛を持って殺してくれる。高さ数百メートル…砦の頂から愛を込めて。ウォーボーイになれなかった子供たちウォーパブス。忘れ去られた砦の隅に幾何十、幾何百ともいう子供たちの亡骸が…不毛の砂漠が肉を抉り、骨にしていく……数え切れないほどの骨にされていく。たった一人の老人によって。

 

 そんなこと、アタシたちが知らないとでも…?

 

 ニュークス。このウォーボーイも、かつては生きるため必死になって生きてきたに違いない。

 死に物狂いで髪の毛を集めたに違いない。

 死に物狂いでジョーが満足するハンドルを作ったに違いない。

 死に物狂いで同じ子と戦わせられたに違いない。

 母も父も奪われ、ジョーこそが真の親だと洗脳され…ジョーのためだけの戦士に…。

 

 ウォーボーイズもワイヴスも、皆同じよ。

 

 人差し指をそっとニュークスの口元に当てる。震えが直に伝わり、孤独の冷たさを実感する。親指で唇をなぞり小動物を安心させるような、ケイパブルなりの愛でニュークスを接する。

 

 一発、一発、一発…。褐色の指より煌々と光る弾丸の光沢。細身の指で淡々と弾込めをしていくトースト。

 

「コレ…こんなデカいのに弾四発じゃ役立たずね」

 

 『それでもアンタは役立つ』と物言わぬ改造カービンをポンポンと励ます。

 

「でも…この陰茎みたいな銃のほうは二十九発も発射できる」

 

「スプレンディドは…『弾は死の種だ』って言ってた」

 

「『(タマ)を植えられたら死ぬから』って…」

 

 彼女たちの忘れられない経験談が想起される。

 

 タマを植えられたら死ぬ。植えられた者の癒えない心の傷。産んだ者たちの末路。肉塊となる身体。崩れる心。

 植えられずに生きる者たちの死の恐怖。逃れられない恐怖。

 

 男は彼女たちの話を耳に入れていく。傾聴し、受け入れていく。慰めにもならない受容を、ただただ…。

 どこまでも続く夕日の砂漠を見続けながら記憶を巡る。

 

 

 砦における基本的知識など皆無に等しかった。だがこの(いさか)いで予備知識らしきモノは身に付いた。白塗り、ウォーボーイズはそういった過程でできた戦士。ワイヴス、子孫を残すためだけの人形。いわば家畜。

 砦での横暴はそれなりに理解できた。いや、理解してしまった。彼らの生きる世界に介入する気ではなかった。するべきではなかった。世界の外側でひそひそと逃げ続けていれば良かった。何も知らず何も分からず、何者にも頼られることもなく生きて行ければいいのだ。

 

 なのに……。

 

 記憶がぐるりと巡る。

 

 小さな石油精製所、サンシャイン・コースト。

 子供だけの部族、トゥモローランド。

 

 記憶がぐるりと巡る。

 

 あの子はどうなったか、あのあやしい男はどうなったか、あの勇ましいほど好戦的だった女はどうなったか。

 道中で拾い上げた希望があの後どうなったかなんて知る由もない。

 この足で逃げ続けていればいい。

 それだけで………いいんだ。

 

 なのに……。

 

 今回もそうなのか…。

 

 希望なんて。

 

 

 

 

 

 漆黒――。

 

 陽は沈み灼熱は消え、曇天とも見れる薄暗がりな雲が月を隠している。ダークブルーの不明瞭な光が世界を包み、曖昧ではっきりとしない世界を作り出す。

 それでもウォー・タンクは走り続ける。ひたすら東へ向かって、突き進む。

 

 後部座席では優しい火の光。ケイパブルが持つランタン。メッシュグローブの小さな穴から火が顔を出し、持ち方次第ではやけどを負ってしまう。そんな火が車内をゆらゆらと照らし、ワイヴスに優しい眠気を誘う。

 トーストは先ほどの弾込めに神経を使い、フラジールはあまりの悲嘆に声も出ず、ダグは将来産まれるであろう子を心配し、ケイパブルは未だ明かせぬニュークス(ウォーボーイ)に苦悩し飛び出る小さい火を見守る。

 

 互いに頭を預け、ゆったりとした車体の揺れにうつらうつらとする。フュリオサも眠りにつこうとした瞬間、ウォー・タンクが滑り出した(・・・・・)

 不自然に蛇行しコントロール不能に陥ったウォー・タンクは不毛の泥に足を掴まれた。

 最大の悪路、それは――。

 

 

 

 

 死の世界。

 

 

 

 

 

 死の世界が広がっていた。

 

 

 

 

 




お久しぶりです、ティーラです。

え~っと、この空白の3カ月あまり何をしていたかについては…後程活動報告にて(逃げ

にしてもさ…今回AC要素薄いね。
はよ…AC新作はよ。

次話も長くなるかもです(泣)
だからせめてもの…規格外25000字というこの話を呼んで感想書いて。

私は皆の感想で生きています。

でもね、次話は楽しくなるよ。個人的に好きなシーンだから結構力入れてますので是非とも気長に待っていただければいいなと思います。

それでは、最高の1日を♪


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外伝 Remember -Memories of the past-
開幕 「For HERO.For Smile」


こちらは外伝となります。本編の続編ではございません。また今作では『ACfA』要素を多く含んでいますので、あらかじめご注意ください。
しかし、この外伝は本編との深い関わりと強いメッセージ性を持っていますので温かく見守っていただけると幸いです。

それでは、MADへ変貌する直前の世界をご堪能ください。




 

 

 

 

 終わった。

 

 

 

 

 

 機体中破、暁の夕焼けに照らされる残壊した六機のネクスト。至る部位からスパークを引き起こし直立状態で沈黙するステイシス、アンビエント、フィードバック、レイテルパラッシュ。レールガンによって貫かれた大きな穴が三ヵ所、そのうちのひとつはコックピットを確実に貫通されたリザ。心臓を射抜いたが如く再起不能にさせた決定打が。

 

 そして眼前のネクスト。胴部に一発、コアパーツのコックピット部を若干逸らせての撃墜。再起不能。

 

 たった一機だけを残して、この戦いは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前には山ほど説教がある。楽しみに待っていろよ?」

 

 甘い考えかもしれない。だがまだ間に合う、間に合わせたい。

 

 約一億人分の命という負い切れないほどの責任はきちんと受けさせてもらう。だが、今のお前にならまだやり直せるチャンスはある。まだ間に合う、いや間に合わせてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おい、聞こえているんだろ……?」

 

 甘い考え。反対する者もいるはずだ。同じリンクスとして恥ずべきことだと、死を持って罰しようとするかもしれない。だがこれは私の責任でもある。チャンスをあげたい。お前はただ道を間違えただけさ。私がこの手でもう一度。お前のためにも、私のためにも。再びリンクスとして生かせてあげたい。

 

 

 だから…。

 

 

 頼む……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ…返事したらどうなんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 半年後………。

 

 昼。コジマ粒子による汚染がまだない澄んだ青空の下。ガレキと化したビル・住宅群に挟まれたコンクリート道を一人歩く女。ビニールに包まれた花束を大事に手にし、誰一人見当たらない大通りでレザーパンプスの靴音を響かせ歩む。

 灰にまみれたドラム缶。そのたき火台から新聞の燃えカスが風に舞わされ、地に落ちる。

 

 

 

『第二次リンクス戦争勃発!?

 被害増大!汚染拡大か!!?』

 

 

 

 着いた先は病院。午後十二時過ぎの陽気な風が玄関前に彩られた芝生の遊歩道を揺らす。どこかで付いたであろう灰を払い、スーツのしわを伸ばす。

 

 両開き扉には『COLLARED』と印刷文字が記されている。金色で装飾された文字は汚れや劣化などで書体が荒んでいる。文字に触れるとEDが人指し指に張り付きそのまま剥がれてしまう。親指と人差し指で擦るとボロボロと崩れ、『COLLAR』と残された文字だけが表記される。

 リンクス管理機構カラード(COLLARED)によって建てられた隣接病棟…だったここはただの病院、『ただの首輪』。いっそのこと、名前を全部かき消してしまった方がいいかもしれない。カラードである必要もないし、ここはカラードの病院だと名乗る必要もない。カラードはもうなくなってしまったのだから。

 

 ドアノブを握り手前に引く。

 

 

 

「い、いってぇぇ!痛ってえよぉぉ!!」

「ママぁ…ママあああぁぁ!!」

「血圧低下ッ!すぐにオペの準備を!!」

「チクショウ…チクショウ…」

「なぁお医者さんよぉ。メシもってねえか」

「次は俺だ!俺が治療を受けるんだッッ」

「退きやがれクソがッッ!!」

「い、医療器具が足りてないんです」

「次回の物資補給が未定だと!?」

「冗談じゃないわよまったく!」

「ここで野垂れ死ねってか!!?」

「脈拍停止!カウンターショック急いでッ!」

 

 ここは病院かと疑ってしまうほどの別世界が広がっていた。タイル床は血と脱脂綿と包帯の切れ端でその清潔さを失い、世話だたしく動き回る看護婦と医師の白衣は鮮血で染まりきっている。エントランスの椅子に腰掛ける病人、待合広場の冷たい床でもがく重軽傷者。苦痛で嘆き叫び、死に悲しむ人間で溢れかえっている。

 総合受付前に設置された巨大モニターには生放送中の午後のニュース。よく病院にあるような、椅子が何個も繋がったような横長ソファーに座る家族連れや怪我人たち。モニターに釘付けで微動だにせず凝視しているそれらは丸で魂が抜けたかのように底知れない虚空を感じる。

 

 黙ったまま、じっと…。

 

《――一週間前から始まったローゼンタール社抗議デモについての続報です》

 

 ある単語を耳にした女は足を止め、モニターを見やる。黒のライン柄が入った白のバックステージという無個性なスタジオにたたずむ男性ニュースキャスター。感情のない機械的な声調で今日起きた出来事をモニターの前にいるであろう視聴者に伝えている。

 モニターの映像は変わり、ある都市上空からの映像に切り変わった。ヘリコプターからの映像には黒煙があがり、炎々と燃え広がる高層ビル群。いくつもの車や住宅が爆発・倒壊し、弾けるような銃声がくぐもった爆発音に包まれながら聞こえている。この状況を女性アナウンサーが説明する。

 

《はい!こちらはローゼンタール本社上空です。デモの参加者は現在確認されているだけでも一千万人以上と――》

 

 カメラは人ごみの一部をズームアップし『戦争反対イマスグヤメロ』、『給料あげろ!!』、『私達は実験材料(オモチャ)じゃない』といったプラカードやデモ参加者を映し出す。

 

「ここだけじゃないのね」

「どこも一緒さ」

「もう戦争は避けられない、イヤな時代に生まれちまったな」

 

 ギャラリーの反応は人それぞれ。その光景を高みの見物…とまでは言わないが、今自分たちと同じような境遇にいることに安堵し共感している者。どこへ行っても同じなのだと、世界のどこへ行っても戦争が起きているのだと改めて悲嘆に暮れる者。これを俗に世紀末の到来と吐き捨てて未来永劫幸せだった世界はやってこないのだと呆然とする者と様々。

 

 

 ローゼンタールももうお終いか。財閥グループでありながら軍事企業としての顔があったにしては、まぁ十分頑張った方かもしれない。

 第二次リンクス戦争(・・・・・・・・・)の影響は確かに大きかった。

 

 

 カメラがズームアウトしアングルが少し遠ざかった群衆を移し出した刹那、場面が閃光。

 病院にいる三十以上もの視聴者が一驚し声をあげる。

 

 

 やはりか。

 

 

《ごご、ご覧ください!ノーマルACです!武装したノーマル型ACがデモ隊に向けて発砲していますッ!このようなことがあってよろしいのでしょうか!これはもはやむ…無差別攻撃ですぅ!》

 

 女性アナウンサーが必死になって状況を説明する。まさかの事態に対処しきれず、落ち着かない口調が目立ち始める。カメラマンも動揺しているのか、ノーマルACがキャノン砲を撃っているらしいのだが映像のブレが酷くなる一方。

 

「ちょっと…なんで撃ってるのよッ」

「こりゃあ……ひでえなぁ…」

「市民に向けて発砲だなんて」

「パパ…ぼくたちもああなるの?」

「ひどい…こんなの酷すぎるわよ」

 

 だが報道を極める者にとってこれは絶好のネタ。女性アナは咳払いをひとつし深呼吸。淡々とした口調で状況説明に戻る。カメラの手ブレが収まり落ち着いた手つきでのズームアップ、惨劇を撮り続ける。

 

「局の連中もこんなん撮るのかね」

「こーゆー輩は人の不幸をカネにするもんさ」

「所詮カネ、カネ、カネだまったく」

「う、うぅぅ…」

 

 長い砲塔から発射された質量砲はオレンジ色の弾道を描き、着弾爆発。硝煙と血しぶきが舞う爆心地が続々と形成され、デモ隊は散り散りになって逃げ惑う。四方八方から放たれる速射弾が二十、三十人もの体をバラバラに引き裂く。

 子供に見せないよう目を隠す母親。青ざめた顔つきで見つめる父親。カッと見開いた目に惨劇を焼き付ける老夫婦。口元を手で覆い吐かないよう努力している看護婦。しかめた顔でモニターを見つめる頭に包帯を巻きつけた男性兵士。

 

 

 カネも地位も…ローゼンタールの象徴たるものすべてを無くしたが故に、躍起になったか。つくづく諦めの悪いカネ持ちだったな。

 

《たった今避難命令が出されました!私たちもこれから避難いたします》

 

 ズームアップされたカメラ映像には、ノーマルACが局のヘリコプターを視認している。その時四角い長方形型ミサイルランチャーがこちらに向けられる。

 

《おい!まずいんじゃねえか!!?》

 

 ミサイル発射を確認。カメラマンはズームを戻し、女性アナウンサーを映す。

 

《おいヤベぇって!ヤバいって!!》

 

 カメラマンの声が聞こえていないのか、女性アナはイヤーマフを耳に押し付ける。

 

《何?何が?よく聞こえないっ!》

 

 ミサイルは一直線にヘリコプターへ。

 

《アレだよ!アレ!ミサイルだよッ!!》

 

 カメラマンはやってくるミサイルを指さす。

 

《みさいる…!!?ミサ――》

 

 着弾、ノイズ――。

 

 視聴者は再び一驚し声をあげる。

 

 

 

 しばらくノイズが走った直後。

《えー…只今…再び回線が繋がり次第続報をいたします――》

 

「やられたかのか…」

「そんな…」

「おいアレ…リンクスじゃねえのか」

「報道も直に縛られるな」

「こりゃあ物価も高くなる一方だな」

 

 デモ隊鎮圧のニュースの話題とは裏腹、『リンクス』という単語を耳にする。

 

「ほらぁアレだよアレ…リンクスだッ」

「しかもただのリンクスじゃねぇ…一億人殺しを倒したっていう!」

「おいおいおいマジかよ本物かよ!」

 

 

 気づかれないだろうと思っていたのだが。

 用を済ませて早々に切り上げよう。

 

 

 受付にいる看護婦に許可証を見せ「予約していた私だ、リンクスの――」と投げた途端「わかりました、少々お待ちを」とだけ。誰も通らない暗がりの通路へ消えていった。

 

 

「人類種の天敵とやらを倒してさぞご満悦だろうな。えぇ?リンクスちゃんよ…?」

 

 

 

 女はその声に後ろを振り向く。

 

 気に障ったわけではない。『リンクス』に続き『人類種の天敵』というワードに行動が止まっただけ。

 

 

 

「お姉さん……」

 

 誰かが裾を掴み、女の足を制する。見下ろすと潤んだ子供の目と交差する。決して物乞いや救いの目はしていない。まだ生きている、命がある目に何かを賞賛してあげたいという気持ちがふつふつと湧き上がる。

 女はスーツのポケットから手のひらサイズのパンと五百ミリリットルの水を取り出し、女児に与える。

 

「今日は寒くなる。食べておきな」

 

「ありがとー。お姉さ――」

「ソイツに近寄るなッッ!!!」

 

 突然の叱責に女児はビクッと肩をすくめる。男児が止めに入り大の字で庇う様に、兄と妹なのだろうと考察する。兄は妹を後ろへと促し対峙する。

 

「お前らのせいで世界はどうなったか知ってるのか!!」

 

「わ…私はただ…」女が説明しようとするも。

 

「リッチランド。聞き覚えあるよな」

 

 リッチランド。GA社が襲撃したアルゼブラ領の農場プラント。過去にそこでコジマ兵器を用いての戦闘があった円形耕作地群。

 

「お前らのせいで…食べ物が汚染された。それどころか、統合企業連盟はこれを隠蔽していたんだぞ!?」

 

 薄い上着を脱ぎ出した兄は、その体を院内にいる大勢に晒す。

 

「コジマ!?コジマ汚染だァァ!!!」

 

 院内のすべての人間が兄妹から遠ざかる。右の上半身が黒く壊死しており、淡い緑色を帯びた皮膚が如何に危険であるかを物語る。

 

「僕たちの家族はめちゃくちゃだ。食べ物を汚染させたリンクスも…汚染したことを隠蔽した企業連も!みんな大ッ嫌いだ!!」

 

 シン、と静まり返る院内。

 

「・・・・・」

 

「セレン様、こちらです」

 

 看護婦の小さな声で我に返り、通路を歩こうとしたが…。

 

「ここにパンと水を置いておく」

 

 受付机にパンと水を乗せ、足早に立ち去る。

 

 

 

 歩を進めていると、後頭部に柔らかな衝撃を感じ取る。下を向くと先ほど置いていったパンが地にあり、来た道を振り返ると涙ぐんだ男児がいた。彼が投げたのか、はたまた野次馬が投げたのかは実際見ていなかったし知る由もない。お見舞い用の花に汚れなかったのが幸いだ。

 

 

 リンクスであることを恥じたことはない。寧ろ誇りである。だが私たちがこれまでカネのために戦ってきたことに変わりはない。その舞台の後で苦しむ人間だっていることは理解していた。

 そう、所詮この世はカネ。生きるためのカネを手に入れるならば、生きるためなら誰だって必死になる。これを違うと断言して異論を唱える者もいるはずである。しかし、そうでもしなければ生きていけないリンクスのような強大で非力な人間がいたのだ。リンクスだけではない。レイヴンだってそうだった。

 

 誰もが生きるために戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソールの音だけが不気味に響く通路を通り抜けるとVIP専用病室にたどり着く。足を止めノックを……。

 

 私にはそんな資格はない。()いた種は刈り取り、除去した。だが火種は導火線を点火させ戦争の火蓋を切らせてしまった。「貴方のせいではない」、「これは憎き殺戮者と虐殺者が自ら招いたこと」、「自業自得」。リンクスや企業からは励ましの言葉を贈られ、アイツ(・・・)は見事に『人類種の天敵』と名づけられた。

 

 企業連はこの責任をカラードに負わせ、リンクス管理機構カラードは強制解体。首輪の外れたリンクスたちは企業の所有物・切り札となるべく、リンクスの争奪戦が企業間で始まった。その後均衡が崩れた企業連は企業同士で争い、戦火を広げていく。リンクスはそれぞれの企業で集結され戦わせた。

 第二次リンクス戦争。欲望しかない戦争、醜い戦争と報じられ戦争は終結。インテリオル・ユニオンとトーラスが未だ健在。オーメル・サイエンス・テクノロジーが半壊し、グローバル・アーマメンツ社とローゼンタールはほぼ壊滅。BFF、アルゼブラは一跡形もなく消滅した。結果…残っているリンクスは私とこの病室の中にいる人たちだけ。

 

 

 私にはそんな資格はない。会う資格など……。

 

 だが会わなければならない。彼らには夢や目的を持ってリンクスになった。そのためだけに戦ってきたのに、彼らの夢を私は奪ってしまった。私には夢を奪った責任がある。

 

 恐る恐る手の甲を近づけノックする。緊張からか力んだノックが二回。自身が思っていたよりも鈍く叩いたことに驚き、スライドドアにノックした痕を確認してしまう。

 

「あ、は、は~い。どうぞ入ってくださいっ」

 

 と若さ一杯の女性の声。

 

「おおおオレが隠すから…大丈夫大丈夫ッ、バッチリだぜ」

 

 続けて男性の声。たどたどしい、それでいてハキハキとしない相変わらずな口調に苦笑する女。

 

 

 ドアはガラガラと音を立ててスライドする。

 先ほどの受付と一変して実に暖かい、一般的な病室という病室に息を飲む。開放した窓からは暖かい風と太陽光。薄いカーテンを通しゆらゆらと揺れる中、ゆったりとしたピアノの音楽が穏やかな眠気を誘う。ベッドのサイドテーブルに直立しているラジオからそれが聞こえる。辛気臭い病室を明るく変えていく工夫がそこかしこに施されていた。

 その病床に横たわる三人。テンポの良いリズミカルな心電針が生命の維持を分かりやすく捉える。

 

「ごめんなさい…操縦のしすぎだって。でも体はまだまだ動くってのにね」

 

 緑の髪、翠の目をした女。メイ・グリンフィールドは微笑を交え話す。

 

「バカだよなぁ。ヒーローになりたくて頑張ってきたのに、結局このザマだぜ」

 

 ヒーローに憧れる男。ダン・モロ

 

 そして、未だ意識不明の男性。彼は友以上の存在を無くした一匹狼。

 

「すまない…私がもっと早く気づいていればこんなことには…。まさかBFFが早々に壊滅するとは思わなくて…」

 

「気にしないでくださいセレンさん。そんなに、落ち込まないで?同じ、リンクス、じゃ…ないですか」

 

 俯き加減で語る女に優しく励ますメイ。しきりにしゃべったことによって呼吸が荒げ、額からは薄く汗がにじんでいる。目の奥に光る命は弱弱しく、頬は痩せこけ目にはうっすらとクマが出来ている。必死に隠そうとしていたらしく、顔やベットのあちこちに肌色のフェイスパウダーがまぶされている。

 

 腕を後ろに組みながら寝そべるダンは気の進まない様子で口を開いた。

 

「にしても人類種の天敵…か。まぁある意味カッコイイ名前だよな」

「ちょっと!」

「そのせいでオレらリンクスは戦場で引っ張りだこなんだぜ?それでどうよこのザマは?まったく…ヤになっちまうぜ」

 

「……すまなかった

 

 小さな謝罪の言葉の先は静寂、何もない。そこで緑の女性は何か思いついたように話し出す。

 

「ラジオで聞きました。有沢重工がやられた…とか」

 

 女は頷く。

 

「アリサワさんは…」

 

 女は小さく首を振る。

 

「GAも…全滅、ですね。」

 

 あまりに落胆するメイを見てダンは元気づけようと試行しながら話す。

 

「な、なぁ…そんなに落ち込むことじゃ――」

 

 こんな時、もし自分がこの立場であったなら…。そんな気弱な自分が見えてしまった男性は次の言葉が出なくなってしまう。

 

「リンクスもアタシ達だけ。アタシ…何のために戦ってきたんだろ。ホント…なんで…なんで、こんな……」

 

 そんな言葉に男も口を閉ざし、ラジオからのリクエストミュージックが流れ続ける。優しいゆったりとしたピアノ演奏に合わせ女性ボーカルがビブラートを奏でる。

 

「お花か、そりゃ?」

 

 花束を目にしたダンはメイに興味を持たせようと話題を変える。

 

「あ?…あぁ。大したものではないが」

 

 と、セレンは花束をメイに託す。

 

 大したものではない(・・・・・・・・・)というものがどれほどのものか。入院お見舞いの花にふさわしいかと訊かれれば、正直微妙である。二種類の花を顔いっぱいに近づき花の香りをくすぐらせる。若々しい幻想的でコロンのような香りが豊かな笑顔を作らせる。

 

「適当にお任せを頼んでおいた。とはいっても二つしかなかった。農場プラントで栽培していたあまりものだ。悪いが花に関しては疎いのでな、有難く思え」

 

「これは…ミムラスね。ミムラス……?」

 

 疑問符を浮かべた翠の瞳をセレンに向ける。

 

「な、なんだ?本当に知らんぞっ」

 

 メイがほほ笑む。きっと自分たちのことを思って買ってきてくれたに違いないと。ミムラスの花言葉は……。

 

あの人(・・・)にしてきたように、アタシ達にもこのような手厚い歓迎してくれるんですね。何から何まで…ありがとうございます」

 

「私は――…」

 

 

 

 

「――ユニオンの広報に知り合いがいて…空いた病室を貸してやっただけだ。それ以外は何もしていない。さっさと治せ、いろいろとカネがかかる。」

 

 

 

 

 死にぞこないのリンクスを助けて…何になる。彼らは、私たち傭兵はこんなところで死んでいいはずがない。

 

 蒔いた種の影響は完全に刈り取ることはできなかった。私のせいでこの戦争が始まってしまった。彼らリンクスは自ら望んで戦場へ赴き散っていった。この病室にいる三人のリンクスは負傷・即死するどころかあの激戦を掻い潜って生き延びてきた。

 そんな三人に待ち受けていた未来が…人体壊死化、感覚麻痺、血中コジマ濃度の上昇。これが、こんなのが彼らの結末なのか?きっと私のせいだ。そう…私のせいに決まってる。

 

 メイとダンはお見舞いの花束を嗅ぎ合っている。

 

「こっちの花はえっとぉ…ハイビスカスだっ!そうだ、それは知ってるぞっ!」

「そりゃあモチロンだぜ!なんていったって俺はヒーローなんだからッ!」

「ヒーローと花は関係ないでしょう??」

「う、いやぁ…それは、そのぉ…な?」

「まったく…ハイビスカスの花言葉わね――」

 

 

 

 悲しくないのだろうか…。

 いずれ…『死が最後にやってくる』。

 

 

 

「そうそうッその花言葉も知ってたぜ?」

「本当ぉ??じゃ、ミムラスは?」

「み、みィ!?み、ミムラスはぁ……」

 

 

 

 それは認め難くもある。だが受け入れなければならない。彼らに待ち受ける最期を見届けなければ。私は耐えられるだろうか、

 

 

 

「――さん?…セレンさんっ?」

 

 自失の念からふと戻ったセレンはメイの顔を見やる。心配そうな顔つきでセレンの表情をうかがっている。「大丈夫だ」と軽くあしらうとメイは安心そうに豊かな笑顔に戻った。

 

「お花ありがとうございますねっ」

 

「けどよぉ、ウチの病院って花の入院お見舞いはダメだったよな?」

「えっ」

 

 突拍子もない発言が飛び交った。

 

「生花でのお見舞い品は細菌を持ち込んでしまう可能性があるんですって。衛生面を考慮しての対応だそうですよ」

 

 

 

 

「知らな…かったぁ」

 

 

 

 

 硬直しポロッと本音が出てしまう。そんな情景が面白可笑しく見えた二人は思わず吹き出して笑う。

 

「せ、セレンさんん!そその反応は、はは、卑怯で」

 

「アンタってミッションじゃ声しか聞いたことなかったけど、実際会ってみればおもしれ~なハハハはッ――!!?」

 

 セレンの鋭い眼光をダンに浴びせる。これでも現役のリンクスであることにかわりはない。幾戦もの修羅場を生き抜いてきたその知識・技術のひとつをダンは体験している。冷徹で冷酷、殺意むき出しの目は陽気でマイペースなダン・モロを再起不能にさせた。

 

「でもセレンさんは、間違っていませんよ?病室から見、る変化のない景色…なんか見たって…面白くないもの。おか、げで元気が……出ましたよ?」

 

 リンクスには似つかわしくない行動だったと改めて実感し顔を赤らめるセレン。

 努力はしてきた。ああ、してきたさ。同じリンクスとして見舞いの一つや二つどうってことない。そのために花の知識の一つや二つ勉強したさ………軽くな。

 

 

 

《――抗議内容は…オイッ!!…『TYPEシリーズの製造中止と過剰動員の具体的な説明要求』となっており…いいから早く読めッッ!!……あ、えっと…え?》

 

《き、きき…緊急報道!緊急報道ですッ!!》

 

《統治企業連盟から公式導入されたアサルト・セルがたった今ッ…えー…反体制組織連合によって奪取されたとのことです》

 

「アサルト・セルがァ!!?」

「そんな!?」

 

 アナウンサーの顔は見えなくてもその焦りはひしひしと伝わってくる。そして遂にローゼンタールだけでなく、ヤツラも動き出したか。

 

「テルミドール無き今、ORCA旅団ももはや壊滅状態。リリアナの生き残りと手を組んだ話はどうやら本当だったらしいな」

 

《現在確認された情報によりますと、市街への無差別攻撃が行われているとのことです!予想到達範囲は旧GAエリアとコロニー・オーメルとのこと、範囲内にいる市民はなるべく早く…できるだけ遠い場所へ避難してください!繰り返し――》

 

 セレンは存外な対処に鼻で笑う。

 

「ハッ、今更どう逃げろと。まぁ私達がいるコロニー・ユニオンは範囲外らしい。心配することはないさ」

 

「ですけど…あたしならまだできますっ」

「そうだッ!オレたちならまだやれる!」

「お願いですセレンさんっ!」

「なぁ頼むって!この通~り――」

 

「さっさと治せと言っただろうッッ!!!」

 

 

 

「これ以上の面倒事は嫌いだ。それに……」

 

「それに?」

 

「もうリンクスを死なせたくない。夢や希望を持って戦ったリンクスを…殺したくない。ここにいれば助かる、夢も希望もある。なのにお前らときたら自ら死に急ごうとする。なんで、何故なんだ。何のために戦ってきたのか、それを忘れた私には!…分からない」

 

「…はい」

「わーったよ、ったく」

 

 リンクスとしての使命は全うしたいという思いは確かだ。今の二人に言えることはこれぐらいしかない。今の体調を良くして、それから考えればいい。二人にはそれぐらいの時間はあるのと思わせたい。

 

 

 ピーッピーッピーッ。セレンの持つ端末から連絡。

 

「私だ……分かった……すぐ行く」そう言って、セレンは交信を切る。

 

「依頼か?」

 

「エサになって欲しい、だそうだ。明日また来る。ゆっくり療治してろ」

 

 セレンは吐き捨てるかのように早々退室していった。メイはセレンの無事を祈るしかなかった。一方、ダンはセレンが出て行ったスライドドアを凝視していた。

 

「オレは夢を忘れたわけじゃ、ないぜ…セレン・ヘイズ」

 

「どうしたの?」

 

「いや、オレさ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 インテリオル・ユニオン広報部門前――。

 

「あっセレンさん!ミッションお疲れ様です」

「その名で呼ぶな」

「では日系の――」

「それも同様だ」

「ではなんと呼べばよろしいのです?」

「好きにしろ」

「何が不満なんです?それに相応しい報酬は差し上げたはずですが?」

「部屋はどこだ。私は疲れてる」

 

 はいはいと誘導を再開する。ユニオン広報部門を抜けるとこじんまりとした一人部屋。モニター、ベッド、低いテーブル、カーテンで閉めきった窓が一つ。

 

「明日になったら呼び起こせ。用がある」

 

「ユニオンは貴方を高く評価しています、私個人としても。だから一人で悩まないでください」

 

 マリー=セシール・キャンデロロ。ユニオン陣営を担当する仲介人だが、発言した内容は仲介人らしからぬものだった。

 

「勝手にしろ」

 

「…何か用件がございましたら連絡を。それでは」

 

「…マリー」

 

 あとにしかけたところの呼びかけで足を止め振り返るマリー。

 

「すまない……ありがとう」

 

 感謝と謝罪。その言葉の意味がどうしても分かってしまう。マリーはそれがどうしても仕方なく思い、手を差し伸べようとするもセレンは優しく拒否する。セレン・ヘイズがセレン・ヘイズでなくしたのは、あの人道外れたミッションであった。

 『アルテリア・カーパルス占拠』。「いつも通りで、優しく、何気ない口調で説明し、報酬金額を提示しろ」。そう命令された時のあのセレンの顔を忘れることない。歯を食いしばりながら握り拳を作り、悔しさと後悔と悲哀の感情を注ぎ込んだ偽りの依頼。

 

「私にはこれぐらいしかできません。所詮私は企業と傭兵の間に立つ仲介人に過ぎませんよーだ。あといい加減、仕事以外で敬語はナシでいいですよ。それでは」

 

 セレンはいつしかセレン自身を殺してしまう。そんな絶望がマリーの頭を過ぎったが一振に首を振り仕事へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた」

 

 心身ともに脱力しきった体をベッドに預け横たわる。ニュースを見ようとベッドの片隅に置いてあったモニターリモコンを手にしONにする。薄暗い部屋で唯一の明かり、モニターの映像が仄かに部屋を照らす。

 政治、金銭問題、新兵器開発についてといった話題が流れている。チャンネルを変えると、討論番組が報道されれる。

 

《では今日起きた事件の詳細についてですが…如何でしょうか?》

 

《このネク…機体はどう見ても市街地を、その…ルト・セルの砲撃から市街地を庇っているように見えますね》

 

 集中できない。

 

《しかしですよッ!?なんの武器も持たずにアサル………に突っ込んでいく馬鹿がどこに…ます!?》

 

《新たな…マ汚染…害拡大を防…め現在…四散した装甲片の…収を急いで…とのことで…》

 

 飲み込まれゆく眠気に耐えられない。頭にニュースの内容が入らず、ぼうっと意識が薄れていく。ついにはモニターを付けっぱなしに落ちていった。

 

 

 

 

 

《回収された装甲片とエンブレムから、今事件に確認されたネクスト機体は青と橙そして白を主としたカラーリングで構成されているのではないかと推測され―――》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、一報が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セレブリティ・アッシュが消えた。

 

 

 カラードが管理していたネクスト機体のひとつ。セレブリティ・アッシュがネクスト格納庫から消えたとのことだった。続報でセレブリティ・アッシュが大破したとのことだった。

 

 続けてダン・モロが死んだ、のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダンさんが…亡くなりました」

 

「聞いている」

 

「・・・・・」

 

 雨。どしゃ降りの雨がざあざあと音を為して降り続けている。メイの隣の病床がガランと何もなかったかのように片付けられている。誰もしゃべらない病室でメイが口を開く。

 

「セレンさん言ってましたよね?何のために戦っているのかって」

 

 セレンはそれを黙って聞く。

 

「彼はヒーローになりたいって言っていました。ヒーローになりたくて戦っているんだって」

 

「・・・・・」

 

「いつもだったら敵前逃亡だったり、引き腰で戦ったり。リンクスなのにカッコ悪くって。でもこんな時に限って…ズルイんだから」

 

「・・・・・」

 

「止めようとは思ってたんですよ?けれど、ダンさんの思いに負けてしまいました。だから…」

 

「行かせてあげたと。なるほどな」

 

「怒らないであげてっ」

 

 セレンに詰め寄る涙目のメイ。機器からの心拍音が早くなる。音の間隔が早くなるにつれメイの目がしらに涙が。

 分かってはいた、自覚はしていたらしい。自分にはあとどれほどの時間が残されているのか。ダン・モロも、メイ・グリンフィールドも。

 

「ねえっ、ダンは…ダン・モロはヒーローになれましたよね?」

 

「知っているだろう。あの後市街地がどうなったか――」

 

 

ヒーローになれたって!!!」

 

 

「お願いです…言ってくださいセレンさん。お願い……あの人は最()の最()まで…ヒーローだったって…」

 

 翠は涙で充血し、溢れんばかりに涙を落とす。

 

「お願い…お願い…おねが――」

 

 

 

 

 ――血涙。鼻血。

 

 

「――メイ、血が…」

 

 

「い?……ガ、ぐッ!!?」

「メイッッ!!?」

 

 迸る吐血。口から、鼻から。手で押さえても抑えきれない赤の濁流が真っ白の患者着とベッドが血で染める。苦痛でさえも声に出ないほどの量が体外へ流れていく。赤黒い血流がメイの命そのもののような。心拍数音が早く早く変貌、危機迫ることだとはすぐに理解できる。

 

「おい誰か…誰か!誰か来てくれ!!」

 

 セレンの声に反応した医者と数名の看護婦がスライドドアを開け病室に入る。あっと度肝を抜かれたような表情を露わにし病室の出入り口から先へは進まないでいる。

 

「セレンさん近づかないで!!は、離れてください!」

 

 男性医師が緊迫した顔でセレンに忠告する。何故か?それは至極簡単、リンクスだから。コジマ粒子を纏った汚い人間だから。

 

「そうしたら貴方もコジマ汚染してしまいますよ!!?」

 

 関係ない。リンクス一人守れないでリンクスと名乗る者などいない。それなら…医者なら医者らしく医療器具を持ってくるなりオペの準備をするなり、さっさと動ってんだ。

 

「このようなところでスタッフを危険に晒したくはありませんッ」

 

 それが医者からの見解か?これがお前らの答えか?人一人救おうとしない医者などどこにいるか。

 

「キサマぁ…貴様らそれでも医者か――」

 

「セレンさ、セレンさ…ん」

 

 ぐちゃぐちゃになったメイは苦悶よりも願望に近い何かを訴える。涙なのか血涙なのか、カオスな状況下でもメイはセレンに訴え詰め寄る。泣きながら、吐血しながら。命を削りながら。

 

お願い(・・・)…」

 

「ああ…そうだ」

 

「アイツは…ダン・モロは(まさ)しく、ヒーローだ」

 

 

 

 

「――そう、ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダンさんは…ヒーローなんです…よ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カッコ悪く…て…無邪気…で……臆病で…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アタシだけ…の………ヒー……ロー…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい。メイ!メイ・グリンフィールド!グリンフィールドォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢だったヒーローになるために―-。

 笑顔を届けるために――。

 

 二人は…死んだ。

 

 

 冷たくなりつつある笑顔いっぱいな亡骸を強く抱き、静かに…静かに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼。

 

 

「そうか。二人とも死んじまったか」

 

「・・・・・」

 

「そんな泣くなよ、お前らしくもねぇ」

 

「黙れ」

 

「お前の後輩に見られたら何て言うだろうなぁ」

 

「黙れ」

 

「お見舞いありがとな。花は…俺がやっておくよ」

 

 ダンとメイがいた病床の間、サイドテーブルにはラジオと花瓶。ミムラスもハイビスカスも朽ち果てた。花々はすっかり萎れ、色を失った花弁だけが茶色く散らされている。

 

「いい、私がやる。責任もって(・・・・・)…」

 

 テーブルに散らばる花弁を集め手ですくい上げ、ゴミ箱へ落とす。

 

 自分で買っておいてなんだが…つくづく最低だな私は。二人の運命もこの花の運命も私が見届ける結末になるとは。いつかこうなるのではないかと思ってはいた。だが実際、予想していた現実を受け入れるのはそう容易いものではないのだな。

 

 セレンはふとベッドに目をやる。新しく変えられたシーツの上に二枚の花弁が寄り添っている。ミムラスとハイビスカス。鮮やかだった色彩は失われても私は覚えている。これだけはどうしてもゴミ箱へ行かせる運命にはしたくない。そんな思いが込み上げてくる。

 

 窓を開けると午後十二時過ぎの陽気な風が病室を巡る。あの二人を逝かせてしまった時を想起させるには十分なほどに。茶色に萎んで落ちた花弁をそっと手に拾い、ふっと優しく吹く。

 陽気な風に乗って外へ。自由になれたかのように舞い上がり、空高く消えていく。

 

 

 

 

「俺たち…何のために戦ってきたんだろうな…ウィンディー」

 

 

 

 ロイ・ザーランドが寂しく呟く。

 

 

 

 

 

 

 




どうもです、ティーラです。

今回は外伝でした。本編を楽しみにしていた方々、申し訳ございませんでした。

ACfAをご存じでない方には「ん?」となるかもしれません。
ACfAをご存じの方はきっと「何故殺した!言えッ!!」となるかも。
MADの世界へはそれ相応のカオスが必要となる(戒め)

えー、次回は本編を進めていきますので大丈夫大丈夫。
フロム脳とMADMAX脳を用意して待っていてくださいね?

それでは最高の一日をっ!


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