《完結》【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― (雷電p)
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序章
記録者“S”


 

カメラとは、真実を映し出す鏡である――――――――

 

 

 

 

 

そんなことを言い放ったのは、どこぞの戦場カメラマンらしい。

 

 

 元々、カメラと言う道具は、人の瞳に映る思い出を姿かたち変わり無く1つの“ 絵 ”として残すために作られた超便利道具だ。 シャッターを切るだけで、一瞬にして1つの写真(思い出)を創り上げてしまうのです。

 

その写真を見つめて、ある人は嬉しそうに微笑みながらそれを見つめ………… 

 

ある人は、とても懐かしい気持ちになりながら涙を浮かべてそれを見つめるのだろう…………

 

 

 

 世界で初めて、固定された写真を撮影したヴィンセント・シュバリエはこの時、どんな気持ちになったのだろうか? 1つの偉業を成し遂げたと言う高揚感に浸ったのだろうか? それとも、自分はなんとも恐ろしいものを作り出してしまったのだろうと、後悔してしまっていたのだろうか?

 

 だが、誰もそれのことを知る者はいない。 ただ、歴史の1ページのどこかの行文に、ひっそりと名前が載る程度のとってもとっても小さな偉人なのです。

 

 

 

 ですが、これこそ19世紀最大の発明だと私はそう断言してもいいと思うのであります。 かの人がこの偉業を成し遂げてくれたおかげで、私はこうして自分のカメラを片手に様々なものを撮影することが出来ているのですから…………

 

 

シュバリエさん、マジで感謝です………!!

 

 

 

 

 

 

 しかし、かの人が生きた時代からおよそ200年もの月日が経った現在では、カメラは、『思い出を映すもの』から『真実を映し出すもの』と変わってしまいました。

 

 

 20世紀に立て続けに起こった、2度の世界大戦をきっかけに世界中のあらゆる場所――― 命と命がぶつかり合う死地だろうが、日常の小さないざこざが起こる所 ―――には必ず、小洒落た帽子をかぶり、どこぞのビジネスマンのようにスーツを着こなし、左手にはメモ帳、右手には鉛筆、右耳には予備の鉛筆を引っ掛けている。 そして、首からお腹にかけてぶら下げているのがカメラだ。 自分の命よりもこれに写し取ったものの方が価値があるということを堂々と言う輩こそ、マスコミであります。

 

 

 それは世界中のどこにでもいる輩で、人種や言語の区別もない誠に不思議な方々で、写真と共に十数行程度の1つの記事を大々的に報じて世界を大いにかき回してしまう一大勢力です。 彼らはネタと言うネタに餓えており、どんな些細な事でも大事に変えてしまう力を持ってしまうため、芸能人やら政治家なんていうのは、彼らの絶好の餌にしかなりません。 人前によく出る方々なんですから、一般市民からの注目を浴びてしまうことは確かでしょう。 その中でも、特に多くの注目を浴びる方々は大変ですよ? 何てったって、不祥事を1つ起こせば彼らの餌となり、彼らが写し取った写真によって頂点から地獄に落とすことが出来ると言うのですから恐れちゃうに決まってるでしょう。 どんな不正も、我々マスコミによればすぐに明らかにして見せましょう! そう言ってのけちゃうのですから、一介の国の最高指導者すら身震いすることでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カメラは『真実を映し出すもの』である。

 

 

 

 

 

 そういうふうに言われるのは、やはりこうしたマスコミたちの一連の行動がこのようにさせてしまったんでしょうね……………

 

 

 

 

 

 けど、私はそんなことで彼らを卑下したり蔑むようなことはしません。 私自身もこの道に入ってからはそうしたものを映し撮って、世間様をアッ! と言わせてみたいなぁ~……なんて思っても見たりもします。 ですから、私も彼らと同じ社会構造の中の末端として組み込まれていますので、同じ穴のムジナってことになりますね(笑)

 

 

 

そんな私でも、人が決して触れてはいけないもの ―― パンドラの箱 ―― の認識はちゃんとあり、これに出来るだけ手出ししないことをしています。 特に、人間関係だったりする特集(スクープ)は、かなりデリケートな一面が多すぎるため、そうしたものをカメラに収めて、それを基に記事を起こしても決して誰にも公表することはしないのです。

 

 

 

 公表してやりたい!という誘惑には何度も駆られます。

 

 

 飢え渇いた者たちが心を騒がせながら食物と水を求めようとするように、絶望の淵にある者たちが、吸えば気持ち良くなる、とうたっている麻薬を求めようとするかのような気持ちが、毎日、じわじわと私の心に忍び込んでこようとするのです。 確かに、この記事を世間様に公表すればアッ! と驚くことは間違い無し、と言えるでしょう……

 

 

 ですが、それを公表した後の当事者たちの反応やその人たちの関係が崩れて、その火の粉がこっちに降りかかってくることがあったらどうしようか? と考えてしまう私がいるわけなので、そうした記事は、今でも私の部屋の奥の方に厳重に仕舞っております。

 

 

 これは私のモットーと言いましょうか、プライドと言うものなんでしょうか……… いずれにしても、面倒なことにならないようにしていきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな私は高校2年生―――

 

 

 伝統ある国立音ノ木坂学院の新2年生で、さらに広報部部長としてひっそりと活動をしていました。 新2年生なのにどうして部長に就任しているのかって? そんなの簡単な事です、私以外の誰もがこの役職に就きたがらなかったからですよ。 一応、上級生は何人か所属はしているのですが、ほぼ幽霊部員状態。 他の部員も低確率でやってくる程度の方々しかいないのですから、必然的にやる気(だけは)ある私が就任したってわけです。

 

 

 部長になったからと言っても、やりたい放題が出来るわけではなく、少ない予算でいかにクオリティのあるものを制作していくことが出来るのかが私に求められていること。 月に何回か発行している校内新聞もいいネタが存在しないと、大きな文字で書いただけの広告みたいな訳の分からないものになったり、ネタが無くて新聞の余白が空きすぎてしまう、何ともこざっぱりしたものになってしまう……… しかも、制作者は私のみ! 猫の手も借りたいほどです…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな私に、悪い話と良い話が新学期早々に入り込んで来たのです!

 

 

 

 

 

 

 

悪い話は、音ノ木坂学院が廃校になってしまうこと―――――

 

 

噂では聞いていましたが、とうとうそんな時が来てしまったのかぁー………

 

 そんなことを思いながらもあまり関心は湧きませんでした。 何と言うか、来るべくして来てしまったような感じで、どう反応すればよいのかが分からなかったのです。 悲しめば良いのだろうか? 私の友達の穂乃果は、廃校の話を聞いて深く落ち込んでいたようだし、多分、それが正しい反応なんだろうと思う。 けど、私にとって音ノ木坂は将来に向けての踏み台にしか考えていないので、悲しいという気持ちは抱きませんでした。

 

 

 けれども、そんな私でも寂しいという気持ちはわずかながら抱いていました。 1年も過ごしたのです、ちょっとくらいの愛着は生まれたのでしょうね。 そう思いながらも私は淡々と残りの学校生活を送るつもりでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………が、そんな私に良い話が舞い込んできたのです!

 

 

 

 

 それは………私の学校に男子講師が2人もやってくると言う話と我が校始まって以来のスクールアイドルの結成という2つの朗報が来たのです!!

 

 

 この2つの出来事がほぼ同時に起こったのですから良い記事になるに違いないと思い、早速、取材に向かっていったわけです。

 

 

 

 

 

そこで出会ったのが、宗方 蒼一さんと滝 明弘さんでした。

 

 

 運動神経抜群! 異常なまでの歌唱力! 頭脳明晰! そして、何よりもイケメンであるという才色兼備な御二方(滝さんは頭脳の方が怪しいです……)の存在は、この女子高においては、白馬の騎士! いや、王子様に匹敵するような感じですよ!! 最高です! 最高ですよ!!! こんなところに、こんなネタの宝物庫が現れてくれるなんて、思ってもみませんでした。

 

 

 

 

 

これで、1年間はネタに困らずに済みそうです!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう………本当にネタが尽きることがありませんでした――――――――――

 

 

 

 

 

 

彼らがやって来てからずっとその姿を撮り続けました。

 

 

 

その周りに集まってくる沢山の人々の姿も撮り続けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、μ’sも―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの1年で今までに経験したこともないものを見つけました。

 

 

 

 

嘘と真実、陰謀に絶望、嫉妬、醜態、悲壮……………

 

 

 

 

 

 

 

愛、喜び、希望、友情、信頼……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、奇跡を―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これからお見せするのは、部屋の奥の方に保管していた、私が見た1年の記録とその物語―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【記録日】

〔20■■年 ■月■■日 〕

 

【記録者】

〔島田 洋子〕

 




みなさん、はじめましての御方、お久しぶりと言う御方。


どうも、雷電pです。



とある御方の言葉で新たな展開を繰り広げるため、このような形で新たな小説を書き始めることになりました。
目次の方でも書きましたが、こちらは私が連載中(10/3時点では更新停止中)の小説、『蒼明記~廻り巡る運命の輪~』の外伝作品として書いています。 本来ならば、本編(蒼明記)の方ですべてを書くつもりでしたが、何分、話の数やら総文章量が多いため、やりにくかったというのが本音でした………


私の作品を知っている御方ならば、ここでどういう内容を書き連ねるかはお分かりのはずです。 しかし、今現在(10/3時点)では、そこまでの展開をお見せすることは難しそうです……… こっちの更新は、今しばらくお待ちください。







P.S.

この1話だけを見ていて、本当にラブライブ!なのかが分からなくなってきた(笑)



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取材ファイルNo.1~これまでの流れ~

 

 自己紹介をしましょう――――!

 

 私の名前は、島田洋子! 由緒正しき名門校である国立女子校・音ノ木坂学院の高校2年生でありますっ!!

 広報部の部長として、日々、様々なことに関して取材を行っているごく普通の女の子ですっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

……………以上ッ!!!

 

 

 

 

………って、おいおい早すぎだろ?!って、突っ込まれそうな感じがしますねぇ~。

 

 

 そんなことを言わないでくださいよぉ~、これでも必要な事は言ったつもりなんですから~。

 そもそも、私のような存在はあまり人には知られてはいけないモノなんですからね! ありとあらゆる情報を入手するためには様々な場所に行ったり来たりしなくてはいけません。 その中でも危ない場所に行くことがあれば、多くの情報を排出しているモノはすぐに足が付いてしまいます。

 あまり知られていない影のような存在こそが、情報収集には有利な訳です。

 

 

 言うなれば、忍びのような存在ですね。

 

 

 こうした世界ではごく一般的なことですよ?

 

 

 

 自分の情報は少なく、ただし、見つけた特集(スクープ)は大きく! と言うのが、私の魂の掟となっているわけです。

 

 

 

 ほらほら、私のことなんてどうでもいいですから、今回は特別に取材させていただいた人のことをお話ししますよ♪

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 宗方 蒼一―――――

 

 東京都在住の大学1年生。

 東京生まれで東京育ちの完璧な都会っ子ってやつですね。

 家族は、父母共に健在で、兄が1人いるが別居中だと………

 

誕生日は12月16日 身長184cm 体重71kg。

 長身な体格でありながらも身体はかなり引き締まっている様子。

 髪型は、眉と耳を若干隠す程度のナチュラルストレートヘア。 これは一般的ですね。

 鋭い目つきをしているものの、その奥には温か味のあるやさしさが垣間見える。

 それに合わせるように、一見真面目そうな正確に見えますがこれがかなり気さくな方で、よく微笑みながら話すことが多く、年上とは思えないような雰囲気を普段から醸し出しています。 そのためなのか、割と話しやすいです。

 

 そして、こう見えても文武両道ができたそうで、勉学の方も高校時代には常に上位ランクとして君臨しており、全国レベルの学力を持ち合わせていたそうです。 運動の方もかなりできるようで、小学校時代からその才能は開花しており、野球のリトルリーグに所属していたとか。 現在は辞めているが、その高い運動技術を生かしてダンスを行っている。

 

 文化面では、歌がすごいですねぇ~!

 歌唱力が段違いで高すぎて呆気にとられてしまいますよ。 流石はμ’sの音楽指導、伊達ではないですね! そんな彼の持ち歌はかなりあるとか………

 

 

 

 

 

 滝 明弘――――――

 

 東京都在住の大学1年生。

 こちらも東京生まれで東京育ちなんですよね。

 家族は、父母と暮らす3人家族です。

 

誕生日は3月14日 身長179cm 体重64kg

 ひょろっとした長身で蒼一さんと比べて筋肉量は少ないと見える。

 髪型は、眉と耳を完全に隠したウルフカットのようで、癖っ毛のようにも見えなくもない。

 終始笑っている表情しているためか人当たりがとてもいい。 そのため、明弘さんの周りには女の子がいるのですが……あれは音ノ木坂の生徒なんですよね…………

 蒼一さんから女好きであると聞いてはいましたが、まさかここまでとは………

 

 ですが、なかなかのイケメンなのでしょうか許されちゃうのですね………

 

 

 そんな明弘さんはダンスがとても上手なのです。

 勉学についてはからっきしなんですけどね……ですがその分、その実力は天下逸品と言っても過言ではありませんね。 蒼一さんも習っているというくらいですから、本当にすごいのだと感じています。

 それでμ’sのダンス指導をやっているのですね。

 

 と言いますか、この2人がいてようやく釣り合うといいますか、1つとなるといいますか……μ’sには絶対欠かせない存在ですね。

 

 

 

 

 さてさて、早速取材してみますか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは根掘り葉掘り聞いて行きますのでお願いしますよ~♪」

 

「こちらこそよろしく

 

 

 

 

 

……じゃなぁい!いきなり家に入って来てからすぐに取材って、ちょいと横暴すぎないか?!」

 

「まあまあ、いいじゃないですか~。 突撃取材も記者として当たり前の行動なんですよ?」

「四六時中、突撃ばかり喰らわれてはこっちがたまんないわ!!障壁でも作って来れないようにしてやろうか?」

「ああ、その時は武器を使って粉砕させていただきますね。 ハンマーがよろしいですか?それとも、ドリルがよろしいでしょうか?」

「さらりと、粉砕するって言い放ったよ、この子。 何? 俺にはプライベートの“プ”ですら存在しないのか? 嫌だよ、俺にも安息の一時が欲しいものだよ。………もう心の壁を全開にさせてもらうわ」

「あっ! ロンギネスの槍が御所望でしたかぁ~! わっかりました、今度から携帯させていただきますね♪」

「さらば、俺の安息の一時よ………」

「はっはっは! コイツァしてやられちまったようだなぁ兄弟! ちなみに、俺はドリルでいくぜ! なんせ男のロマンだからな!!!」

「……明弘、お前には聞いていない」

 

 

 

 頭を抱えながら少し悩んでいるご様子。たはは……ちょっとやりすぎちゃいましたかな?

 

 

 

「さて、気を取り直して聞かせていただきますよ~。 手始めに、今日までの振り返りをさせていただきますね♪」

 

 

 私は今日までに貯めておいた質問を書いたメモを手にして、レコーダーの準備も万全としました。 さあ、取材開始ですよ!

 

 

 

 

(ピッ――――――――)

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

4月の始め――――

 

 私たちが始業式を終えたその数日後に御二方が現れました。

 臨時講師として招かれたと理事長が説明していましたが、その頃はまだ、『μ’s』は存在しないどころか、何を行うのかすら明確に決まってはいませんでした。

 

 その頃の私たちの間に取り巻いていたのは、学院廃校の危機でした。

 誰もが下向きがちになりかけていたその時、彼女が立ちあがりました――――

 

 

 そう、私の友達の高坂 穂乃果です。

 

 穂乃果はその危機に対する手段として、スクールアイドルを始めようとしたのです。

 

 明らかに無謀な挑戦でした。 ですが、そんな彼女に友達の園田 海未と南 ことりがメンバーとなり、さらに、そこで蒼一さんたち御二方が参加したことで、軌道に乗り始めたのです。

 

 

 楽曲も完成し、ダンスも仕上がり、“μ’s”という名前も生まれ、ライブの日程も決まりました。

 

 

 すべては順調に進んでいくかのように思えました。

 

 

 

 

 

 

 

 ですが、肝心のライブの方は上手くいきませんでした………

 

 最初に行った学院内の行動でのライブでは、当初、誰も来てくれませんでした。

誰も座っていない席がたくさんあったことに、穂乃果たちは絶望したことでしょう……あの日、あの場所にいた私にですら同じような気持ちを抱いたのです。

 

 もうダメかと思ったその時、彼が穂乃果たちの前に現れました―――――

 

 

 

 

 

 

 

『諦めるか、穂乃果?』

 

 

 

 蒼一さんは、一番前に座席に座りながら彼女たちにそう言い放ちました。

 

 

 不思議な感じでした。 普通ならば、「がんばれ!」とか応援の声を上げるのかと思いましたが、蒼一さんはただ問いかけるようにそう言ったのです。

 

 するとどうでしょう。 それまで下を向いていた穂乃果たちの顔が、真っ直ぐと正面を向き始めたではないですか。

 

 

 それが何とも自信にあふれた顔だったことか―――まるで、蒼一さんが乗り移ったかのような表情をしていました。

 

 

 そして――――

 

 彼女たちは歌いました――――ありったけの想いを込めて

 

 彼女たちは踊りました――――余すことのない全力をつくして

 

 彼女たちは笑いました――――精一杯のうれしさを表すために

 

 

 

 そんな0から始まった彼女たちの第一歩でした。

 

 

 

 今思えば、蒼一さんのあの言葉は隠れた応援ではなかったのでは?と思いましたが、蒼一さん自身は、『さあて、どうだろうね………?』と言ってはぐらかされてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 あのライブが行われて以降、μ’sに変化が起こりました。

 

 相次ぐメンバーの加入。

 

 1年生の小泉 花陽、西木野 真姫、星空 凛

 3年生の矢澤 にこ、絢瀬 絵里、東條 希――――

 

 

――――と、合計9人となったメンバーは更なる一歩を踏み出したのでした。

 

 

 

 

 オープンキャンパスでのライブ――――

 

 9人となったμ’sにとっての最初となったライブでした。

 この成功が大きく関わり、学院の存続の見込みが立ったということです。

 

 

 次に、街で行われた野外ライブ――――

 

 ファンに対して行った最初のライブ。

 全3曲もの歌を聞けたとあって、ファンは大満足そうな表情をしておりました。

 おかげでファンの数が急上昇したわけです。

 

 

 そして、最近行われたアキバでのゲリラライブ―――――

 

 A-RISEの御膝元であるアキバでのライブは若干の心配はあったものの、なかなかスリリングなものでしたね。

 あの時は、確かことりちゃんと蒼一さんが作った曲を披露したんでしたっけね?

 最初はできないと言っていましたが、案外やればできるものだということを再確認したんじゃないでしょうかね?

 

 

 

 これまでの皆さまの活躍によって、今やμ’sは全国的にも知名度が高まるグループとして注目されているわけです。 いやぁ~傍から支える者にとっては嬉しいことですねぇ~。

 

 これからの活躍に期待大ですね!!

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「――――と、まあこんなかんじですかねぇ?」

 

 

 書き連ねたメモ帳を閉じて、一呼吸を開けさせてもらいますぅ~……

 いやぁ~、なかなか面白い話が聞けましたねぇ~。 このおよそ3カ月もの間に、こんなにたくさんのことが積まれていただなんて、振り返ってみてようやく実感するものなのですねぇ。

 

 

「まあ、今洋子に話したのがこれまでの大まかな振り返りってヤツかな?」

「これで俺たちがどれだけ頑張ってきたのかが簡単にわかるってことよ!」

 

 

 御二方の言っていることはもっともなことだ。

 彼らの存在があったおかげで、現在、μ’sの知名度は全国的にも有名なものとなりつつある。 それと同時に、この音ノ木坂学院の注目度も上がっていることは確かなのだ。

 

 しかも、今回のお話しの中では語られませんでしたが、学校を使った大々的なPVであったり、オープンキャンパスでの生徒会長の演説など、間接的ではあるものの音ノ木坂のために働きを続けていたことが、今日までの結果に繋がったのだと感じております。

 

 

 それに――――今日までに起こったメンバーの心境の変化など、そうしたところにまで介入していることを聞きますと、何ともすごいお人なんだとあらためて実感させられます。

 

 まあ、こうした質問は、おいおいメンバーに聞くことといたしますか~♪

 

 

 

 

「それでは最後に、今後の意気込みをお願い致します!」

 

「そうだな……まあ、まだ俺たちが目指そうとしている場所までの距離は長いものだが、これから迎える夏頃にはその場所に到達していることだろう………そして、必ず音ノ木坂学院の廃校を阻止してみせるさ……俺と明弘と、そして、μ’sがな!」

 

「くっくっく……そうだな、兄弟の言う通りだぜ。 俺たちはようやく歩き始めた……この行進はもう誰にも止められないぜ! 目指すは、ラブライブの頂点よ!!」

 

 

 

 なんとも力強い言葉を最後に、この取材を終わらせた――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、最後に一枚だけお願いしますねぇ~♪」

 

 

(カシャッ!)

 

 

 

 

〖宗方家、リビングにて撮影:宗方 蒼一と滝 明弘〗

 

 

 

 

 

 また1つ、フィルムの中に思い出が納まった―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(余談)

 

 

【再生▶】

 

(―――ピッ――――――ジジ―――ジジジ――――――)

 

 

 

 

――

――― 

 

 

 

 

「すみません、蒼一さん。 ちょいと、気になるものがあるのですが………」

「ん? どうした?」

「いやぁ~、さっきからチラチラと目に入ってしまうのですが………あの和室にある、アレは本物ですか?」

「和室の方………? ああ、あれか。 見てみるか?」

「えっ?! いいんですか!!?」

「ああ、構わないさ。 ちょっと待ってくれ………」

 

 

 

「さあ、じっくり見てくれ。 宗方家に代々伝わる脇差だ」

「ほえぇ………私、本物を初めて見ましたよ…………」

「そりゃあそうだろうな、普通の家ではこんなものを置いているなんてありえないからな。 俺の先祖が武家の出だったから何とか今日まで残すことができたんだ」

「……失礼ですが、一般的なあの長い方の刀は………?」

「ああ、それなんだけど……戦時中に消失しちまったらしいんだよ。 幸いにも、この脇差だけは爺さんがずっと持っていたから奇跡的に無事だったわけさ」

「戦時中ですかぁ……なるほど、ある意味でお守りみたいですね」

「そうだろ? だからずっと大事にしているんだよ。 爺さんは、『何かあった時は、この刀を抜き、邪を払い、己が信念を貫き通せ』って言ってたんだよねぇ……いや、懐かしい………」

「兄弟んとこの爺様には、昔いろいろと叱られてたっけな………今でも、あの怒号が耳ん中で響くぜ………」

「あのぉ……もしかして、そのおじい様って………もうお亡くなりに………」

「あぁ、数年前にな………『宗方 政三』って言って、すごい人だったよ………」

「特に、眉間に生やしたあのシワと遠くまで聞こえたあの怒号は、名物みたいなもんだったなぁ~」

「す、すみません………なんか、暗いお話しをしてしまって………」

「いいんだよ、別に。 むしろ、昔のことを思い出して和んでいるくらいだ」

 

 

「んじゃ、退散する前に線香でもあげておきますか」

「あ! ではでは、私もさせていただきます!」

「おお、そうしてくれ。 爺さんも喜ぶだろう――――――」

 

 

 

 

 

(―――ジジ―――ジッ――――――――ピッ)

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、御久し振りの更新になります。

本編の方もようやく一段落が付きまして、こちらの話を進めていくことが出来るようになりました。


今回の話は、本編のおおよそとなる総集編のようなものです。

これで大まかなことをですね把握していただければと思います。


ここから数話は、このような話が続くことになりますので、よろしくお願いします。


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取材ファイルNo.2~2年生について~

 

 

“μ’s”

 

 

 それは、我が音ノ木坂学院に突如現れたスクールアイドルである――――

 

 

 メンバーは合わせて9人所属しており、その内訳は、各学年ごとに3人ずつというキッチリと均等されたメンバー構成であります。

 

 今年の4月から活動を始めた彼女たちは、現在全国のスクールアイドルランキングの上位グループの中に入り込み、注目の的となっているのです。

 

 

 そんな彼女たちの魅力は、グループ内独自に制作された楽曲とダンスではないでしょうか。

 歌詞に込められた思いであったり、それを乗せていくメロディが私たちの耳から離れないのが良いところじゃないでしょうか?

 

 一度聴いたら忘れられない―――少し飛躍し過ぎのようにも思えますが、実際に、あの曲を聴いてしまうと誰しもがそう感じてしまうことでしょう。 それが功を奏して、多くのファンに受け入れられているわけであります。

 

 

 

 ちなみに、これらの楽曲を手掛けているのは事実上3名によるものです。

 

 1人は、作曲を手掛ける1年生・西木野 真姫ちゃんです。

 今年、15歳でありながらも作曲の能力を備えているために起用されたとか。

 ちなみに、彼女が作り上げた楽曲はおよそ5曲以上だとしている。 私は音楽の知識とかは持ち備えてはいませんが、3ヶ月の間でここまで出来るのはすごいことだと考えております。

 

 

 もう1人は、その作曲されたモノを編曲する指導者・宗方 蒼一さんです。

 真姫ちゃんと同じく、音楽の知識があったことと以前からその技術を持ち合わせていたということで、この作業に当たっているということだそうです。

 蒼一さんの作業を通すことで、初めて1つの曲ができ上がるとか。 それと、その作業を行うのに専用の部屋が自宅に用意されているということだそうです。

 この前の取材では行けなかったので、今度見せてもらうことにいたしましょ~♪

 

 

 そして、最後の1人は、この作り上げられたメロディの中に入れる歌詞を作る2年生・園田 海未。

 初めは断っていたそうなのですが、穂乃果ちゃんたちによる説得によってやらされることとなったとか………言ったい何があったんでしょうねぇ………

 とは言っても、現在は結構やる気を見せている様子で、その歌詞の内容もなかなかに良いモノですよ。 元気の出るような言葉が並べられていて、聴く側からすると、勇気付けられるような感じがしますね。

そんな、意欲はどこから生まれるのだろうか………是非とも聞きたいものですね!!

 

 

 

―――てな訳で、今回取材いたしますのは、μ’sの発起メンバー(@お友達)であります、高坂 穂乃果、園田 海未、南 ことりの3人に聴いてみたいと思います!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「……というわけでぇぇぇぇぇ!!! 海未ちゃんのその創作意欲はどこから来るのかを徹底的に調査したいのでありまぁぁぁぁぁす!!!」

 

 

 学校のとある空き教室を使いまして、3人の取材を開始し始めたところです。

 

 

「ななな、 何なのですか、洋子!? 何故、差し迫って来るのです!?」

「まあ、取材ですからこういうことは当たり前みたいなものじゃないですか?」

「当たり前なはずがありません! それに、どうして私のことを探ろうとするのですか!? もっと他のことがあるはずでしょうに!!」

「そんなこと言わないでくださいよ~。 私個人的には、どうしたらあのような歌詞が思い付くのか気になるところでして……そこのところをちょっとだけ知りたいのですよ~」

「だ、ダメです!! それだけはいけないのです!!」

 

 

 興味が湧いてしまったモノは、徹底して調べていきたいという衝動に駆られてしまうのは、いわゆるサガというヤツでしょうね。 であるからして、私はこのことを全力取材したいわけですぅぅぅ!!!

 

 

「まあまあ海未ちゃん、いいじゃない、そのくらい。 見られたっていいと思うよ」

「何を言うのです、穂乃果! あなたはいいかもしれませんが、私は嫌なのです! 恥ずかしいのです!!」

「あ! そうだ洋子ちゃん、私ね、海未ちゃんがこんなに歌詞を作ることができる理由って知っているよ~」

「ほう! では、ことりちゃん、その理由とは一体何なのでしょうか?」

「え~っとね、昔、海未ちゃんがノートにたくさんの詩を書いてt「こ、ことり!! い、いけません!!!」」

 

 

 おやおやぁ~? どうしたことでしょうかねぇ~? 急に海未ちゃんの様子が慌ただしくなってきたようですよぉ~? これは何かありそうな感じが………これは聞かなくてはいけない使命感を感じます!!

 

 

「あれれぇ~? どうしたのですかぁ~? そんなに慌てちゃって~?」

「い、いえ……何でもありませんよ…………」

「本当ですかぁ~? かなり、取り乱しているようにも感じられたのですがぁ~………んで、ことりちゃん。 さっきの話をkwsk」

「それはねぇ~、海未ちゃんが中学の時にすっごい妄想をたくさんしてて……それがノートの中n「わわ、わ―――――――っ!!! わ――――――っ!!!」」

「この取り乱し様………本当のようなのですね………では、その話をじっくり聞かせてもらいましょうかねぇ~……もちろん、そのノートを見ながらで………」

「いいね! それおもしろそうだよ、洋子ちゃん!!」

「私も海未ちゃんの妄想しながらの作詞しているところ見てみたいなぁ~♪」

 

 

 私たち3人の意見がここで合致したのを確認すると、こぞって海未ちゃんの方に向かって迫っていくのでした。 ジワジワと……ジワジワと………です………。

 

 

「あ、あなたたち……っ!! や、やめてください………っ!!!!」

「ふふふ……そんなことを言われて止めるような私ではありませんよ~?」

「う~みちゃん♪ 今までの恨みをここで晴らしちゃうよ~……」

「海未ちゃぁ~ん♪ 覚悟してね♪」

 

「あ、あわわ………い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!!!」

 

 

 

 可憐な乙女、園田 海未に迫る3つの影ッ!!

 果たして、彼女の運命はいかにッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「まったく……!! ふざけるのも体外にしてください!!!!」

 

『は、はぁ~い………』

 

 

 私と穂乃果ちゃんとことりちゃんとの3人で、作詞作業の様子を探ろうと海未ちゃんに迫っていったのですが……何故か、急に立場が逆転しまして………現在、説教を喰らっているところなのです…………

 

 それに私たち3人の頭の上には、海未ちゃんからの鉄槌・断罪チョップによって出来てしまった大きなタンコブが………ううぅ……触るだけで痛い…………

 

 

「まったく、どうしてあなたたちはそんな下らないことばかり考えるのでしょう……本当に、悩みどころです……!」

「下らないと言われたら何とも言えないのですが…………」

 

 

 実際、私が調査しているモノというのは、対外が下らないモノという認識下に置かれている事柄なので、否定することができません!! ですが、私にとってはそちらの方が面白いと思っているので、止められないのですよ!!

 

 

 

「ですが………これ以外に、どんなことを聞けばよろしいのでしょうかねぇ………? 悩みどころです………」

 

 

 海未ちゃんが断固として作詞について語ろうとしてくれないために、他に何かを聞き出さなくてはいけないのですが…………う~ん………考えモノです……………

 

 

 

 

 

「それじゃあさ、蒼君のことについて話そうかな?」

 

『!!!』

 

 

 穂乃果ちゃんの言葉に、私の脳裏に電流が走る……ッ!!!

 

 なんと……!! その手がありましたかぁ………!!

 数多くの謎を持っているようにも思える男・蒼一さんのことについて、第三者の視点から語ってくれることは、こちらとしては嬉しい限りです!! 先日、取材に伺った時もあまり奥深く迫ったような話ができませんでしたからね、蒼一さんをずっと見ていたこの3人ならば、何かよい情報が得られるやもしれませんね……!

 

 

「ほほぉ~、その話は是非とも聞いておきたいところですねぇ~。 私自身も蒼一さんのことはよく分からないところがございまして、幼馴染の3人であれば何かしらの見解が明らかになると考えているのですが……どうでしょう、kwskお願いします!!」

「うん、いいよ! 蒼君のことなら私に任せてよ! いろいろなことを知っているから教えてあげるよ!!」

「私も蒼くんのことなら穂乃果ちゃんよりもたくさん知ってるよ! うふふ……それに、あんなことやこんなことまで教えちゃうよ……♪」

「私の知っている範囲だけですが、お話しすることができますよ。 それでも構わないのであれば、お話しいたします」

 

 

―――と、言った感じで、何故かすんなりとこちらの取材がOKされたわけなのですが……何故に、蒼一さんの話は通ったのでしょうか………不思議です………。

 

 

 兎も角、お話しを聞けるだけでもありがたいことです。

 早速、取材用のメモ帳とレコーダーを取り出して、取材を始めます。

 

 

 さてさて、今日もどんなおもしろいお話しが聴けるのかが楽しみです♪

 

 

 

 

(ピッ――――――――)

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 まずは、蒼一さんと初めて出会った時のことについて聞きたいと思います――――

 

 

「蒼君と初めて会った時のことかぁ~……私は幼稚園にいた頃に初めて会ったから3歳くらいかなぁ? 確かその時、ことりちゃんと一緒に遊ぼうとした時に蒼君がいたんだよね。 うわぁ~思い返したら懐かしいよねぇ~」

「私も穂乃果と同じ頃に会っていますね。 人前に出るのが得意ではなかった私に手を伸ばしてくれたのが、穂乃果と蒼一でしたね。 本当に懐かしい思い出ですね」

「私は、物心付いた時の1歳頃に、お母さんに連れられて蒼くんの家に行ったんだよね。 小さかったから記憶が曖昧なんだけどね」

 

 

 なるほど。 と言うことは、μ’sの中ではことりちゃんが一番早く蒼一さんと出会っていたというわけなのですね―――――

 

 

「そうだね。 前に蒼君が話していたけど、弘君よりも早くことりちゃんに出会っていたって言ってたよ。 いいなぁ、私ももうちょっと早く出会いたかったよぉ~」

「無茶を言うモノではありませんよ、穂乃果。 時の流れや運命というモノは決まっているのです。 人の意志で変えられることはできませんよ」

「わかってるよぉ……でも、もしもの事があったら早く会いたいって思うじゃん!」

「そ、それは………否定はできませんが…………」

「とにかく、私はことりちゃんが羨ましいのぉ~!」

「あはは………でも、蒼くんのことを全部知っているわけじゃないし、穂乃果たちとそんなに変わらないよ」

「またまたぁ~、ことりちゃんそんなこと言って、本当は蒼君のあんなことやこんなこととか知っているんじゃないの?」

「それを言ったら、穂乃果ちゃんだって蒼くんの家にあるモノとか大分知っているようだったけどね~」

 

 

 

 まあまあ、その話はその辺にして………というより、どうしてそんなにも蒼一さんのことを気に掛けるのですか?―――――

 

 

「だって蒼君はカッコいいし、頼りになるし、私のお願いをいろいろ聞いてくれるし………」

「私は、蒼くんが私のために行動してくれるし、約束だって守ってくれるんだよ♪」

「何やかんや言っても、蒼一には助けられてますからね。 頼ってしまいたくなってしまうのですよ」

 

 

 へぇ~、やはりそこには幼馴染という関係が強く影響しているのでしょうね。 つまり、そういうところから蒼一さんに活動を手伝ってもらいたいとお願いしたのですね?――――――

 

 

「そうだよ! 蒼君なら何とかしてくれそうな気がしてね、それでお願いしてみたの。 そしたら引き受けてくれたんだ~♪ その時、とっても嬉しかったなぁ~♪」

「うんうん、蒼くんとまた一緒にいられるって考えただけで嬉しくなっちゃったんだよね♪」

「明弘も入れての5人での活動は、幼いころから長くやっていましたからね。 それがこの歳になっても出来るだなんて感慨深い気持ちになりました」

 

 

 ふむふむ、明弘さんも入れて5人でよく遊んでいたと………ふむふむ………。

 流石は幼馴染と言ったところでしょうかね。 しかし、それと蒼一さんに気を掛けるとの因果関係が見えませんねぇ~、もしかして………違った思いでもあるんじゃないですか?―――――

 

 

『(ビクッ…!!)』

 

 

 おやおや、これは思いもよらない反応が出てきましたねぇ~。

 もしやと思って、鎌を掛けてみたのですが、これは意外にも大当たりであったりして………

 

 

「そ、そそそそのようなことがあるはずがないではないですか!! そそそ蒼一とは、良い友人関係であり、頼れる年上の男性であって、それ以上のことなど考えたことはありません!!」

「わ、私も蒼君のことをどう思っているか何て……ねぇ………親友で、いつも頼りにしているから……まだ、そんなことは考えたことがないよ………ねぇ、ことりちゃん?」

「うん、そうだね。 私は蒼くんのことが好きだよ♪」

 

『!!?』

 

「私は、蒼くんのことが好き……だぁ~いすきなの♪ 蒼くんのカッコいい姿が好き、蒼くんの口から出る言葉が好き、蒼くんの力強い動きが好き、私のことを思ってくれる蒼くんが好き………もう全部好きなの♪」

 

 

 うおぉ……まさかの大胆な告白………まさかそこまで蒼一さんのことを思っていたとは……御見それいたしました。 ということは、ことりちゃんはそれ故に蒼一さんをここに呼ぼうと考えたわけなのですか?―――――

 

 

「うん♪ だって、大好きな人と一緒にいられるって嬉しいことだと思うの。 この学校は女子校だから蒼くんと一緒に学校生活を送ることができないのは分かっているよ。 でも、こうしたかたちで一緒にいられるって考えただけでとっても嬉しいの♪ だから、蒼くんが来ることを喜んでいたの♪」

 

 

 そうでしたかぁ……ということは、単衣にことりちゃんの蒼一さんに対する愛がこのような結果を生んだわけなのですね?―――――

 

 

「うん♪ これは私の蒼くんに対する愛の結晶なんだよ~♪」

「ちょっと待ってよ、ことりちゃん! 蒼君が好きなのは私も同じだよ!」

「へぇ~……そうなの……? でも、さっきはそんなことを一言も話していなかったし、考えてもいなかったって言ってたよね?」

「そ、それは………こ、言葉のあやだよ! ただ洋子ちゃんの前で言うんが恥ずかしかっただけなんだよ!」

「ふふふ……ダメだなぁ、穂乃果ちゃん。 本当に好きなら誰の前でもハッキリ言えるモノなんだよ? ハッキリ言えないのはね、蒼くんのことを本当に好きではないってことなんだよ?」

「ううっ……ことりちゃんのイジワル………」

「うふふ、大胆になれない穂乃果ちゃんが悪いんだよ?」

 

 

 あー……なんだか雲行きが怪しくなってきたようなので、その話題はもうお終いにしましょうか。 今度またいろいろなことをお聞きしますので、その際にまたお願いしますね―――――

 

 

「えー?! もっと、蒼くんの話がしたかったよぉ~!」

 

 

 それはことりちゃんしか得しない話ではないでしょうか? 私にとっては、ただの惚気にしか聞こえませんでしたし、それに今回の取材内容は公表できませんよ………ですから、何か今後の活動について一言お願いします―――――

 

 

「そっかぁ……残念。 それじゃあ、今後も頑張っていくので応援をよろしくお願いします♪」

「私も蒼君たちと一緒に音ノ木坂学院のために頑張っていくので、よろしくー!!」

「……………………。」

 

 

 あれ? 海未ちゃんはどうしたのでしょうか? さっきから何も話していないのですが――――――

 

 

 

「こ…ことりが………そ…蒼一のことを…………す、すすすすす………そ……そのような………は…破廉恥な………………」

 

 

 あっちゃぁ…………小刻みに震えながら気絶してますよ……さっきの話がよっぽど応えたんでしょうね――――――

 

 

「仕方ないよ、後は私たちに任せて」

 

 

 わかりました、ことりちゃん。 ではでは、お頼みしましたよぉ~!

 

 

 

 

 

 そう締めくくり、今回の取材(?)を終わらせることとなりました―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日―――――

 

 今回の取材に添えるための写真を一枚撮らせていただきました。

 

 

 

 

(カシャッ!)

 

 

 

【音ノ木坂学院、空き教室にて撮影:高坂 穂乃果、南 ことり、園田 海未】

 

 

 

 

 

 また1つ、フィルムの中に思い出が納まった―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

(余談)

 

 

【再生▶】

 

(―――ピッ――――――ジジ―――ジジジ――――――)

 

 

 

 

 

 

――

――― 

 

 

 

 

「おぉ~! ちょうどよかったですね。 ちゃんと用意して持って来ましたよ」

 

「上手だなんて……そんなことはありませんよ。 まだまだ、修行不足ですよ」

 

「ありがとうございます~♪ あぁ、どれも1つ50ですから気に入った分だけ持って行って構いませんよ?」

 

「あはは、当然金欠になりましょう……少しは買うのを控えましょうよ………」

 

「まったく御二方も少しは控えましょうよ………でも、毎度ありがとうございますぅ~♪」

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、ようやく来ましたか……待っていたのですよ」

 

「はい、新作のいいものなんですよ、ハイ。 コレなんかはどうでしょうか?」

 

「あっはっは、それはよかったです。 では、早速準備いたしますね」

 

「はいどうぞです。 では次回もご利用くださいね♪」

 

 

 

 

 

 

 

(―――ジジ―――ジッ――――――――ピッ)

 

 

【停止▪】

 

 

 




どうも、うp主です。

今回は、2年生の会談話となりました。

次回は、1年生の話になります。


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取材ファイルNo.3~1年生について~

 

 

 

 我が音ノ木坂学院の現状はとてもよろしくないですねぇ。

 

 

 というのも、今年の入学者数は去年度のおよそ半分であるということ。

 詳しく言えば、1クラス分しか来なかったということであるのです。

 

 とは言いつつも、この状態が始まりだしたのは今年からというわけではありません。

 去年……いえ、ここ数年前から生徒の入学希望者数は減少の一途を辿っていました。

 

 その要因には、この近くに新しい学校が創設されたこと―――しかも、その学校はアキバに最も近い場所に設立されたために、交通の便から通いやすく、尚且つ人が集まりやすいという利点を兼ね揃えていたからです。

 

 おまけに、あちらの学校では、全国切ってのNo.1スクールアイドルを抱えていますので、自動的に人気はうなぎ上りになっていくのでしょうね。

 

 

 その一方で、我が校は最寄駅から少し離れており、交通の便もまあまあで、人の行き交いが左程な場所にあるために人がいなくなってしまっているんじゃないでしょうかね?

 

 また、この学校の特徴は、古くからある伝統的な学校である、ということしかないために、減少に歯止めがかからないのは必然的だと思えます。

 

 

 そんな世の流れに逆らうように、今年も入学してくださった新入生たちがいるわけで、それなりに明るい学校生活を送っているわけです。

 

 

 

 そんな時に、“廃校”になるというお知らせが発表されたわけです。

 

 

 

 

 

 

 

――――と同時に、この学校からスクールアイドルが生まれたわけであります。

 

 

 その名は、『μ’s』―――――

 

 

 1年生から3年生までの各学年から3人ずつの合計9人が集まったスクールアイドルで、その人気ぶりは、結成からおよそ2カ月が経とうとする現在、全国レベルに匹敵するようになりました。

 

 

 いやぁ~、もしこれで全国No.1になったら廃校にならずに済むんじゃないでしょうかね?

 

 

 そんなことを思いつつ、私は今日もとある3人に取材しに行きます―――――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 屋上 ]

 

 

 

「どもども~、恐縮ですぅ♪ みなさん、今大丈夫でしょうか~?」

 

「あら、洋子じゃないの」

「ヤッホー、洋子ちゃぁ~ん!」

「はわわっ!? よ、洋子ちゃん!? ど、どうしてここにいるのぉ……?」

 

 

 3人揃って仲よくお昼ごはんを食べているのは、西木野 真姫、星空 凛、小泉 花陽の3人です。 いずれも1年生同士で、よくお昼ごはんを食べる時はここに来ると聞いていたので、突撃させてもらったわけです。

 

 

「いやぁ~、お食事中すみませんねぇ~。 少しだけ取材させてもらってもよろしいでしょうか?」

「ホント、いきなりね。 けど、いいわよ。 洋子が知りたいことを何でも答えてあげるわ♪」

「凛もいいよ! 洋子ちゃんのお願いだもん、聞いてあげなくっちゃ!」

「わ、私もいいですよ………ただ、食べながらでもいいでしょうか……?」

「ええ、構いませんよ。 一応簡単なことしか聞きませんし、大丈夫だと思いますよ」

 

 

 みなさん、快く引き受けてくれて、私は感服しておりますよ~。 前回なんて、海未ちゃんにあーだこーだと言われてしまいましたからねぇ。 やっぱり、年下の子は素直に先輩である私の言葉を聞いてくれることが嬉しいですよねぇ。

 

 ちなみに、みなさんが私のことをちゃん付けで呼んでくださっているのは、μ’sメンバー内で先輩禁止と銘打って、全員を名前で呼ぶようにしたのです。 その一環として、私も影ながらに支える裏メンバーとして参加しているため、その様に呼ばれているわけであります。

 

 

 メモ帳とレコーダーを手にして、今日も情報収集をさせていただきますね♪

 

 

 

「それでは、取材の方をお願いしまーす♪」

 

 

 

 

(ピッ――――――――)

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 以前、見させていただいたのですが、加入以前から御三方は面識がお有りだったのですか?――――

 

 

「いいえ、そんなことはないわよ。 私はあの時に初めて花陽と凛に話をしたわ」

「凛とかよちんは昔からの親友だったから、ずっと一緒だったんにゃ!」

「真姫ちゃんとは同じクラスだったけど、話す機会が全然なかったんだよね。 それに、なんだか近寄り難かったし………あっ! わ、悪い意味じゃないんだよ、真姫ちゃん!」

「わかっているわよ、花陽。 そうね、あの時の私は結構苛立っていたというか、悩んでいたというか……そんなオーラが知らないうちに体から出ていたようね」

「凛も初めて会った時は、少し怖いなぁ~なんて思っていたけど、今はそうでもないよ。 ねぇ~、真姫ちゃぁ~ん♪」

「うふふ♪ もう、凛ったら。 くすぐったいじゃないの~♪」

 

 

 真姫ちゃんに抱きつく凛ちゃん! そして、何の抵抗もせず受け入れる真姫ちゃんの様子……!!

 これは夏にウ=スイ・フォンが出そうな予感が………ッ!!

 

 

 あ、いえ何でもありません………

 

 

 では、気を取り直しまして……そう言えば、真姫ちゃんは以前と比べて随分と変わりましたねぇ。 何かあったのですか?―――――

 

 

 

「あぁ、それね。 周りからよく言われることよね」

「凛も驚いちゃったよ~。 だって、ついこの間までツンツンしていた真姫ちゃんが、急にやさしくしてくるんだもん。 病気でもしたのかなぁって思っちゃったよ」

「私も、今の真姫ちゃんになった時は驚いたよぉ。 だって、あんなに楽しそうに話す姿を見たのは初めてだったし……ちょっとだけ羨ましかったりしたもん」

「そういうものなのかしら? けど、私でも変わったって実感はしているわ。 それまで、ちょっと他人に気を遣いすぎちゃっていたの。 だから、できるだけ絡まないようにしてきたのだけど、もうそう言うのを止めにしたの」

 

 

 と言いますと?―――――――――

 

 

「前向きに生きていこうって思ったのよ。 ずっと、マイナス思考で過ごしてきたからあまりいい思い出が無いの。 だから、いっその事、プラス思考で過ごしてみてもいいんじゃないかって思ったのよ。 そのおかげで今がとっても楽しいわ♪」

 

 

 なるほどぉ、そんなことがあったのですか………

 自分を変えるというのはさぞかし苦労したことでしょうね~。

 

 では一方で、蒼一さんのことを“お兄ちゃん”のように接している花陽ちゃんに聞いてみましょうかぁ~♪

 

 どうです、蒼一さんのお兄ちゃんっぷりは?―――――

 

 

「はいっ!! もう、ほんっっっっっっっとうに最高ですっ!!! 私に足りなかったお兄ちゃん成分が満たされているんですよ!!! 蒼一にぃは、初めはちょっと嫌がってそうでしたけど、今は私のことを本当の妹のように接してくれるので、私も蒼一にぃのことを本当のお兄ちゃんのように思っているんですよ!!!」

 

 

 おぉぉ………す、すごい迫力が………!

 まさか、これほどまでに蒼一さんのことを思っていたとは……すごいですねぇ………

 

 そんな蒼一さんに何かしてもらいたいこととかあったりしますか?―――――

 

 

「そうですね! やはり、ここは一緒に暮らしたいですっ!!!

朝の同じ時間に起きて、一緒に練習をして、帰ってきたら一緒にごはんをつくって食べて、蒼一にぃの作ったお弁当を持って一緒に出かけて、学校で練習し終えたら一緒に手を繋いで帰って、帰ったらまた一緒にごはんをつくっては食べて、一緒に勉強して、一緒にお風呂に入って、一緒に寝る。 そんな夢のような生活が送りたいですっ!!!」

 

 

 あはは………後半に行くにつれて段々と頭が痛くなってきましたよ………蒼一さんが本当にこれだけのことをするとは思えませんが………まあ、聞いてみないと分かりませんねぇ…………

 

 ちなみに、花陽ちゃんは蒼一さんのことが好きなんですか?―――――――

 

 

「ふえぇぇぇぇ!?! ど、どうしてそんなことを聞いてくるんですか?!!」

 

 

 いやだって、そこまで一緒に過ごしたいって言いますから、もしやと思いましてね。

 それで、実際のところはどうなんでしょうか?――――――

 

 

「そ、そんないきなり言われても………わ、私は蒼一にぃをお兄ちゃんとして好きとは思っていますが………そ、それ以上のことは……まだ………」

 

 

 おや、これは意外でしたね。 てっきり、蒼一さんのことが好きだから、いつもくっ付いているものだと思っていましたよ。 なるほどなるほど………ちなみに、他のお二方は蒼一さんのことをどう思います?――――――

 

 

「大好きに決まってるじゃない♪」「好きだにゃ♪」

 

 

 あらま、あっさりと答えましたね。 しかも2人同時に―――――

 

 

「今の私がいるのは、すべて蒼一のおかげ。 そんな蒼一のことを私は大好きだって言えるわ」

「凛も蒼くんのことが好きだにゃ♪ 蒼くんのおかげでかよちんと一緒にμ’sに入ることができたし、毎日がとっても楽しいんだにゃ!」

 

 

 真姫ちゃんが大胆にもそう言うとは思いもしませんでしたが、凛ちゃんは普通に言いましたね。 そう言えば、凛ちゃんは明弘さんとよくいるのを見かけますが、そこんところはどうでしょうか?―――――

 

 

「弘くんも好きだよ! だってだって、朝に蒼くんとも一緒に走るんだけど、3人で並んでいる時がまるで私にお兄ちゃんが出来たみたいな気持ちになるんだぁ」

 

 

 なるほどぉ、凛ちゃんも蒼一さんのことをお兄ちゃんのように見ていたと。 お二方揃ってそう言うとは、実に面白いですねぇ~。

 

 

 それでは、大体こんな感じでいいでしょう。

 おかげでいいお話しも聞けましたし、ここいらで退散させていただきますね―――――

 

 

「あら、まだここに居てもいいのよ?」

「そうだにゃ、一緒にごはんを食べよ?」

「そうですよ、まだまだ蒼一にぃのことを話したい気分なんですよ!」

 

 

 いえいえ、ごはんの方はもう既に済ませておりますし、蒼一さんのことはもう大丈夫ですよ~。

 

 ことりちゃんから散々聞かされましたからね…………

 

 

「どうしたの? 具合でも悪いの?」

 

 

 い、いえ……何でもありませんよ……そんなことより、最後に今後の活動に向けての一言と、ちょいと1枚だけ撮らせていただきますよ――――

 

 

「わかったわ。 これからもμ’sのみんなのために頑張って曲を創っていくわ」

「凛も頑張って、すっごい踊りを見せてあげるにゃぁー!!」

「わ、私も……みんなに負けないくらいに頑張っていくので、よろしくお願いします!!」

 

 

 

 

 食事中に対談して、すみませんでした。

 そんな時に撮らせていただきました、1枚です。

 

 

 

 

(カシャッ!)

 

 

 

【音ノ木坂学院、屋上にて撮影:西木野 真姫、星空 凛、小泉 花陽】

 

 

 

 

 また1つ、フィルムの中に思い出が納まった―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(余談)

 

 

【再生▶】

 

(―――ピッ――――――ジジ―――ジジジ――――――)

 

 

 

 

 

 

――

――― 

 

 

 

「これはこれは、ようこそです。 いつもの新作は、ちゃんと取り置きさせておきましたよ」

 

「しかし、今回もすごい数をお買い上げですねぇ……大丈夫なんですか?」

 

「いえいえ、私が困るというわけではなく、そちらの金銭面がどうなのかってことですよ」

 

「あぁ、そうなのですか。 問題ないと……さすがですねぇ、コレのために貯めておくとは良い心がけですよ」

 

「はい、またのご来店をお待ちしておりますよ」

 

 

 

 

 

(―――ジジ―――ジッ――――――――ピッ)

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 

 

 




どうも、うp主です。

今回は、1年生の会談となりました。

次回は、3年生の会談となります。


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取材ファイルNo.4~3年生について~

 

 

 

 ふと、こんなことを思う時があります。

 

 

 “3年生のみなさんって、異常に美しすぎませんか?”って――――

 

 

 だって、そうは思いませんか?

 我々と同じような2年生を送っていたはずなのに、急激に、女子力と女性の魅力が増しているって、どういうことなのでしょうか?

 

 具体例を挙げますと、ここに去年の3年生方の写真がございます。 なんとも、ヤンチャそうで可愛らしい一面が垣間見える、そんな姿がここにあります。

 

 しかし、もう一方の写真をご覧ください。 これは現在の3年生の姿です。

………なんと言いましょうか……去年の面影をまったく感じさせない艶姿に唖然させられてしまいます。 何この美人? 突然変異でも起きちゃったのかな? それとも進化しちゃったのかな? と思ってしまうほどの変わりように頭を悩ませてしまいます。

 

 

 大人の階段を登るって……こういうことなんでしょうね…………

 

 

 いずれ、私たちもこのような姿に…………

 

 

 

 いや、穂乃果ちゃんはありえないような気がします。 あのような天然ドジっ子の烙印が押された私の親友が、大人の魅力を醸し出すだなんて………想像できません。

海未ちゃんは当然ですが、ことりちゃんはどうなんでしょうね……?

 理事長がかなり魅力的ですから、同じようになるのは必然なのでしょうね。

 

 

 そして今回、その3年生の中でも1,2位を争うほどの美貌の持ち主に突撃取材の程をさせていただくことになりました。 しかも、我らが生徒会に所属するお方ですし、校内での人気もかなりあるというのですから、かなりの期待がありますよ!

 

 

 それでは、早速、行ってきまーす♪

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 生徒会室 ]

 

 

 

「ど~もど~も~、広報部で~す♪」

 

「あらあら、噂をすれば来たようね」

「せやろ? ウチのカードは嘘は言わへんって」

「けど……取材って、洋子のことだったのね………はぁ……期待して損した気分だわ………」

 

「そんな、にこちゃ~ん。 ヒドイですねぇ~、これも列記とした公式の取材なんですからね」

 

 

 生徒会室の中に入ると、すぐに目を合わせたのがこの御三方です。

 生徒会長の絢瀬 絵里、その副会長の東條 希、そして、アイドル研究部部長の矢澤 にこの3人です。 いずれも3年生でありまして、今日は取材のためにわざわざこちらに来ていただいたというわけです。

 

 

「しかし、今日もお美しいですなぁ~、見てて惚れ惚れしてしまいますよ。 さすが、校内随一の美少女であり、人気No.1生徒会長ですねぇ~!」

「そ、そうかしら……? 別に、そんなことを言われるようなことはしていないのに……?」

 

 

 そう言いつつも少し照れた表情を見せてくださる絵里ちゃんは、実にかわいらしく見えます。 このお方こそ、我が音ノ木坂学院の生徒会長でありながらも、μ’sのメンバーとして活動して下さっている、絢瀬 絵里ちゃんです。

 その容姿は、見る者を魅了してしまうほどの美貌とその黄金に輝くなめらかな髪が、彼女のよさを引き立てています。 母方がロシア系のハーフであるため、実質、ロシア系のクォーターということでこのような素質を手にしているのでしょうね。

 

 現在の乙女たちから見ても理想の女性像と言っても過言ではないでしょうね。

 

 

「ふふっ、えりちもなかなか人気やもんなぁ。 その内、男性よりも女性の方のファンが増えるんとちゃうか?」

「そ、そんなことは!……ないはずよ………」

「おやおや~、自信が無くなってしもうたんか? 少しばかりと心当たりがあるようやんなぁ~」

 

 

 そう言って、クスクスと笑いながら絵里ちゃんを困らせているのは、副会長の東條 希ちゃんです。

 こちらも絵里ちゃんに劣らないほどの容姿の持ち主でして、さらに言えば、類稀なナイスバディが特徴と言えましょう。 なんせ、その胸の大きさは校内随一でありながら、ウエストやヒップの大きさは絵里ちゃんよりも小さいという驚きの事実があるのだとか。

 つまり、Dカップは余裕に越えているということになりますね………胸の大きさが寂しい自分にとっては羨ましい限りです………ッ!!

 

 

 

「いや~、御二方がこう立ちますと絵が映えますなぁ~。 これで最高の写真が撮れそうですよ♪」

「ちょっとぉ!! にこのことを忘れちゃ困るわよ!!!」

「あっ………そういえば、いらっしゃいましたね。 すみません、見落としていました」

「それはどういう意味よ! 私が小さいってことかしら?!」

 

 

 部屋の中で、ただ一人ぴょんぴょこと騒いでいるのが、矢澤 にこちゃんです。

アイドル研究部の部長である彼女は、常に誰かのために気を遣うやさしい先輩です。 容姿は、私よりも背が小さく、童顔なために小学生と間違われそうになることもあるとか……?

 そうしたコンプレックスを抱えながらも、そこを自虐ネタとして扱ってくれるし、扱っても良しとしているその姿勢は、勇ましくも思えます。

 

 ウチのマスコットじゃないでしょうかね……コレ……?

 

 

 

「はぁ……まあいいいわ、さっさと取材の方を進めちゃってよ。 にこには、やることがあるんだから」

「とは言っても、この後すぐに練習なんだけど……にこはこの後に何かやることでもあったのかしら?」

「えりち、にこっちは今芸人気取りの真っ最中なんやで? 気にしたらあかんて」

「だぁれが芸人ですってぇー!!?」

 

「まあ、落ち着いて下さい! 分かりましたから、早めに終わらせますからそのままで、そのままで………」

 

 

 最高学年の漫才を見つつ、それの収集を付けようとする後輩の絵図って………なんか笑えますね。

 あっ、これ記事になりそうな…………そうでもないな…………

 

 

 

 

 無駄な考察を含ませながらも、愛用のメモ帳とレコーダーを取り出しては、今日も情報収集に勤しむ私です。

 

 

「では、取材の方を行わせていただきますね♪」

 

 

 

 

(ピッ――――――――)

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 まずですね、私はとっても気になっていたのですが、絵里ちゃんは、どうしてあれほど嫌っていたμ’sに参加したのですか?―――――

 

 

「うぅ……いきなりその話題なのね………。 確かに、以前はμ’sの活動を否定していたわ。 廃校になるんじゃないかって言っている時に、部活動を行ったところで何も変わらないと感じていたの。 でも、やってみてすぐにそれが違うって感じたの。 穂乃果たちが頑張って何とかしようって言う気持ちが、私にもようやく分かるようになってきて、もしかしたら出来るんじゃないかって思い始めたら参加しちゃってたのよ」

「―――とは言っとるけど、ホンマは前からずっとやりたがっていたんやけどな」

「まさか、あんなにキレイな踊りができるだなんて思ってもみなかったわね~、エリーチカちゃん?」

「んもぉー! 希もにこもからかわないでよー!!」

 

 

 あはは、ここ最近になってかなり弄られるようになりましたねぇ~。 これもμ’sに入って垢が抜けたのではないでしょうかね?―――――

 

 

「えぇ、多分そうかもしれないわ。 でも、そうしてくれたのは蒼一のおかげなのかもしれないわ」

 

 

 ほぉ、蒼一さんのおかげですか。 そう言えば、絵里ちゃんは以前から蒼一さんと面識があったと聞いておりますが、そこら辺はどうでしょうか?―――――

 

 

「そうね、確かに私と蒼一は小学校の時から面識があったわ。 その時から蒼一は、私の前を行く存在で私はその後を追いかけるような感じだったわ。 それにちょっとだけ、憧れていたりしていたわね」

「へぇ~、えりちもそう思っとったんかぁ~。 ウチも蒼一に憧れていたりするんよ」

「あら奇遇ね、にこも蒼一のことをそう思っているわ。 けど、にこの場合はどちらかと言えば、一緒に居たいって気持ちの方が大きいわ。 蒼一ならウチの妹たちのことを頼めることができるし」

 

 

 おやおやまあまあ、蒼一さんはμ’sの中では大人気の御様子ですねぇ~。 確かこの中では、希ちゃんが一番早く会っているのですねぇ~。 もうその時からなんですか?―――――

 

 

「そうやね、転校続きで友達がおらんかったウチにとって、蒼一は初めての友達やったね。 せやから、特別な想いを感じとるんよ」

「いいわねぇ~、アンタたちは。 私なんて、結構後に一度しか会っていなかったし、顔だってちゃんとおぼえられていなかったのよ」

 

 

 でも、気に入っているのですよね。 蒼一さんのことを――――――

 

 

「そりゃあそうよ、今のにこがあるのは蒼一のおかげなんだから! 蒼一がいなかったらこんな生活なんて出来なかったんだからね!」

「それは私も同じだわ。 蒼一がいなかったら私はずっと塞ぎこんでいたのかもしれない。 そんな私を解放してくれた蒼一には感謝しかないわね」

「うふふ♪ なんや、みんな揃って蒼一に助けられておったんやな」

 

 

 蒼一さんは、やさしいですからね。 困っている人を見過ごせないタイプなんでしょうね。 まったく、罪なお人ですね――――――

 

 

「そうよねぇ、そう言う意味では何だか危なっかしいわよね………仕方ないわね、私が蒼一を支えてあげなくっちゃね」

「あら絵里、その必要はないわよ。 なんってったって、この宇宙ナンバーワン・アイドルのにこが蒼一のことを完璧に支えてあげるんだから、問題いらないわよ」

「へぇ~……にこがねぇ………私の方がにこよりも蒼一のことを良く知っているから、より完璧に支えられると思うのだけど?」

「あらぁ~? 何を言うのかしら? にこの方が家事だって出来るし、食事だってちゃんとした栄養のあるモノを作ってあげられるし、癒してあげられるのよ……?」

「私だってそのくらいのことは全部こなせるわよ。 それに、私の方がもっと蒼一を癒してあげられるし………」

「絵里、アンタもしかして私にケンカでも売っているのかしら……?」

「事実を言っただけだけど……何か問題でもあるかしら……?」

「へぇ~……言ってくれるじゃないの……だったら私h「もう、ええ加減にせな2人とも!!」」

 

「「の、のぞみ………」」

 

「まったく、そんな下らんことでケンカするんやないんよ。 蒼一がかわいそうやないか。 せやったら、ウチらで支えていけばええやん? お互いに足りないところは補ってく、そないなことをしていけばええやん」

「た、確かにそうね……希の言う通りね………ごめんなさい、にこ………」

「わ、私も少し頭に血が上ってたわ……こっちこそごめん………」

「うんうん、それでええんやで♪」

 

 

 はわわわ……危うくケンカに巻き込まれるところでしたよ………こうも女を惑わせてしまう蒼一さんは、やはり罪なお方のようですね。

 

 それでは、今後の活動に向けて一言をお願いしますね――――――

 

 

「そうね、まだやり始めたばかりだから今後どうなるか分からないけど、必ず音ノ木坂が廃校になることがないように頑張っていくわ」

「ウチはこう言っているえりちを支えながらもμ’sのために、学校のために頑張っていくで」

「ふっふっふ、にこがいれば人気なんて宇宙だって越えてみせるわ! みんな、にこのことを応援してよね♪」

 

 

 にこちゃん……近いです………こんなに前に出なくてもちゃんと聞こえてますから………

 

 

 それでは、最後に1枚撮らせていただきますね―――――――

 

 

 

 

 

(カシャッ!)

 

 

 

【音ノ木坂学院、生徒会室にて撮影:絢瀬 絵里、東條 希、矢澤 にこ】

 

 

 

 

 また1つ、フィルムの中に思い出が納まったようですね―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(余談)

 

 

【再生▶】

 

(―――ピッ――――――ジジ―――ジジジ――――――)

 

 

 

 

 

 

――

――― 

 

 

 

「おやおやまあまあ、いらっしゃいませ~♪ 何に致しましょうか?」

 

「ああ、こちらですね~。 毎度ありがとうございます~♪」

 

「いやぁ~、あなたのおかげでいい写真ばかりが撮れますよ。 そのおかげで種類は増えましたし、収入は上がっているんですよ。 あっ……! いらっしゃいませ~♪」

 

「おや、こちらですかぁ~。 いえ、まさかあなたも同じモノを要求するとは思いませんでしたからね」

 

「ふふっ、何やかんや言いながらも同じモノが好きで、同じ種類が好きなんですね~♪」

 

「はい、お買い上げありがとうございますです~♪ これからもよろしくお願いしますね~♪」

 

 

 

 

 

 

 

(―――ジジ―――ジッ――――――――ピッ)

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 

 

 

 





どうも、うp主です。

今回は、3年生の会談となりました。



さて……残すところあと数話です…………


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取材ファイルNo.5~“裏”広報部について~

 

 

 

 音ノ木坂学院・広報部―――――

 

 

 それは、学院内で起こった出来事を事細かに書き出し、それを大々的に発表することなど、情報発信を行う部活動であります。

 

 

 部員は、部長である私!!

 

 

…………と、愉快な幽霊部員さんたちです……………人数は把握してないけど…………

 

 

 

 兎も角、そんなすぐにでも廃部宣告を喰らいそうな弱小部活動でございますが、しぶとく今日まで生き残っているのでございます。 と言うのも、私にはたくさんのジョーカーカードを持ち合わせているものでして………それを一枚切るごとに、私の願いが1つ叶うという魔法のカードでして………

 

 

 

………まあ、いわゆるゴシップですね。

 

 一日中、教室の中に居て、机の上でぐでぇ~と寝そべっているだけで、そらそらそら!と様々な噂話が飛び交うわけですよ。 私はそうした情報を1つも聞き逃すことなく吸収するため、どうでもいい話から人を揺さぶらせることができる話までを持ち合わせることができたわけです。

 

 そうした中で入手した情報を基に、様々な危機を乗り越えているわけでございます、ハイ。

 

 

 

 

…………ん? さすがに学院中から情報収集するのって難しいのでは?ですって?

 

 あぁ、その辺は御心配なく。 この島田、抜かりはございませんよ!!

 

 

 なぜなら、この学校には、私が仕掛けました小型カメラと集音マイクがあらゆる場所に設置されているため、生徒から教師までの情報はすべて筒抜けな訳ですよ。

 いやぁ~、誰にも気づかれずに設置するのはとても大変でしたが、おかげで私の懐にカードが増えましたよ☆

 

 ふっふっふ………これで私の邪魔をする者はいないことでしょう…………

 

 

 

――――と言った感じに、我が部の表向きの活動をお見せしましたが………ん? これが裏じゃないのかって? う~ん………内容的には裏っぽいですよね。 何かの秘密結社じゃないのって言われてもおかしくはないかもしれませんね。

 

 

 

 

 で・す・が、本当の裏の活動と言うものは、こちらでございます。

 

 

 

 我が広報部・部室内には写真を印刷するための部屋がございまして、この部屋からこれまたたくさんの裏収入が手に入るわけです。 たとえば、どういうものかと言いますと………こちらです♪

 

 

 

 

 

 

“ブロマイド”でございます。

 

 

 

 さて、このブロマイドをどのように使うのかといいますと………おや、お客さんが来たようですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうもどうもです~、今日もお買い上げですかい?」

「うん! 洋子ちゃん、今日は新作が来たんだって?! それを聞いてもう真っ先に来ちゃったよ!!!」

「さすがですねぇ~、まるでウサギのような耳を持っているようですね。 さて、こちらが新作ですよ」

「うわぁ~~~!!! 何これぇ~~~~!!! いいよ……いいよ、洋子ちゃん!!! これ今までの中で一番いいよ!!!」

「いや~そう言ってもらえると、頑張った甲斐がありましたよ~。 どうです? 蒼一さんの生着替え写真の感想は?」

「最っ高だよっ!! 私はこういう蒼君の姿が見たかったの!!! シャワーを浴びた後の体中に水滴がまだ残っているこの状態! はぁぁぁ……かっこいいよぉ………」

「ちなみにですね……こちらの写真、撮りたてでございますよ………」

「―――っ!!? 場所は―――?」

「体育館の方のシャワーr「ありがとねっ!!!!」……あれんま、何処かへ行っちゃいましたか………仕方がありませんねぇ………」

 

 

 

 

 

 ああ、そうです。

 

 

 広報部の裏の活動と言うものはですね、こうしたカメラから入手いたしましたデータの売買でございますよ。

 

 

 

 

 

 

――

―――

―――― 

 

 

 

 こうしたことをやり始めるきっかけとなりましたのは、6月の初めくらいでしょうか。

 μ’sの撮影会を企画した際に、胸ポケットに忍ばせておりました蒼一さんのブロマイドをですね、メンバーの方々にお与えしたのが最初でした。

 

 いや~、その時の反応は思った以上に上々なモノでしたよ。 何せ、撮影していない合間に、ほとんどがその写真に夢中になっていましてね、「もっと他のは無いの!?」とまで迫られたくらいですからね。

 

 

 

 しかしこの時、ティキィンと何かが駆け抜けるかのような閃きが脳裏をよぎると、あの言葉が出てきたわけです。

 

 

それは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『なに? 女子たちがキミの撮った写真が欲しくて堪らないだって? それは、彼女たちが彼に夢中になっているからだよ。 だったら、逆に考えるんだ………いい値で、売っちゃえばいいさと………』

 

 

 

 

 

 

――――という天からのお声が掛かりまして、私は持っている写真を売ってしまおうと決意したわけなんですよ。

 

 

 

 

 

 そしたらどうでしょう、極秘裏に流した情報を基に学院中の女子からですね依頼が来ちゃいまして、とんでもなく売れてしまったわけなんですよ。 しかも、蒼一さんだけでなく、明弘さんのも入れたらまたハネ上がるようにバカ売れしてしまいまして………今では、日当約3000の目安で稼ぐことができたわけです。

 

 

 いやぁ~、嬉しいですねぇ~♪

 まさか、このようなかたちで収入を得るとは思ってもみませんでしたよ♪

 

 

 

 これも、すべて蒼一さんと明弘さんのおかげですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ん、またお客のようですね。

 

 

 

 

 

 

「はいはい、どうもです♪ おや、あなたでしたか……!」

「えぇ、ちょっといいかしら?」

「はい、わかっておりますよ。 あなた好みのものは、ちゃんと用意しておりますよ。 これもまた貴重でしてね、この学校では滅多に見られないものですよ」

「―――っ!!! こ、これは……っ!!」

「はい、これは中庭でついつい疲れてお昼寝をしちゃっている、蒼一さんの寝顔ですよ~……どうですぅ? いいものでしょ~?」

「え、えぇ……これはいいものね………さ、早速、買わせてもらうわ………」

「はい、喜んで。 それと、この営業についてはくれぐれも内密に」

「わかっているわ。 私の目が輝いているうちは保障するわ」

「その言葉を聞いて安心しました。 ではでは、これからもご贔屓にお願いしますよ♪」

 

 

 

………と言ったように、次から次へとお客が来るわけですよ。

 

 まったく、すごいですよね~♪

 

 

 

 ちなみに、先程のお客は、生徒会のお人でして………私が行っていることに目を瞑ってもらっているわけなんですよ。

 

 まあ、その対価として、とっておきをご用意するのですがね。

 

 

 

 

 

 このように、私の営業は生徒会からの庇護を受けながらもガッツリ稼がせていただいているわけですよ~♪

 この収入で、また新しい機材とかを購入するのですが………ふむふむ、これはいいものが買えそうな予感がしますよ~♪

 

 

 

 さてさて……お次はどのようなお客が来るのでしょうかね~?

 

 

 

 

 

 

 

 ご来店の程、お待ちしておりますよ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(余談)

 

 

【再生▶】

 

(―――ピッ――――――ジジ―――ジジジ――――――)

 

 

 

 

――

――― 

 

 

「そう言えば、以前の取材でメンバー数名に商品をお渡ししたことがありましたねぇ」

 

「最近の収入のほとんどがメンバーからでして、出費とか大変だと思うのですが………一体、どこからあのような資金を調達しているのやら…………」

 

「いや、私としては嬉しい限りなのですが………1友人として言わせてもらえば、止めるようにと言いたいのですが………言えるタイミングを逃してしまったような気がします」

 

「というより、最近の友人たちが何か変な感じがするのですよ………」

 

「なんと言いましょう……近寄り難い何かを感じ取るのですよ………」

 

「これが悪いことにつながらなければよろしいのですが…………」

 

 

 

 

 

 

 

(―――ジジ―――ジッ――――――――ピッ)

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 

 

 





ども、うp主です。



それでは…………参りましょうか…………


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Folder No.1『疑心』
フォルダー1-1


 

【序文】

 

 

 新緑が萌え広がる春の季節が風に吹かれるように過ぎ去り、薄暗い雲が湿気を携えてきました。

 どうやら本格的な梅雨のシーズンが訪れそうです。

 

 

 こういう季節と言うのは、あまり好きではありません。

 このジメっとした感触が、何とも肌にまとわり付くようで、振り払おうとしてもビクともしない。 やるだけ無駄であるということを実感させられる、恒例のイヤ~な感じですぅ………

 

 そんな私は、レンズの中に湿気が入らないように工夫しなくてはならないことに必死です。 カメラを持つ者にとっては、これほどイヤな季節は無いでしょう………あとは、海沿いとかもですね………

 

 

 

 これでは、陰湿な気持ちになってしまうのは時間の問題ではないでしょうか………?

 

 

 

 

 

 

 

 陰湿と言えば――――そう、最近変な感じを直感的に知るようになっています。

 

 

 なんと言いましょうか………学校に居る時に“それ”を強く感じるようで、落ち着くことができません。 今現在、部室に居る私ですが、ここに居ても“それ”を感じてしまうのです。

 

 うぅ……早く家に帰りたいですぅ………

 

 

 

 

(コンコン)

 

 

 

「―――っ!!(ビクッ!!)」

 

 

 考え事で意識を集中していたので、扉と叩く高く振動した音に思わず体を強張ってしまった。

 

 

「な、なんでしょうか………?」

 

 

 咄嗟に対応するために発した声は、焦っていたことから少し上ずってしまう。

 内心の乱れが治まらない中、扉の向こう側から1人の少女の影が見える。 すると、少々雑に扉が開くと、私のよく知る人の姿がありました。

 

 

 

「よ~こちゃ~ん♪」

 

 

 満面の笑みを浮かばせて中に入ってきたのは、私の友人であります、穂乃果ちゃんです。

 

 な、なぁ~んだ………穂乃果ちゃんでしたかぁ………焦って損した気分ですぅ…………

 

 内心、そう思いながら息を吐き、肩の力を抜こうとしました。

 

 

………が、しかし…………

 

 

 

「洋子ちゃん………聞いてるの………?」

 

「―――っ!!?」

 

 

 

 

 

 今まで見たことのない不気味な笑みを浮かべる友人の姿に恐怖せざるおえなかったのです………

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「うふふ♪ ありがとね、洋子ちゃん♪」

 

 そう言って、穂乃果ちゃんは私の目の前からいなくなりました。

 

「な……なんだったんですかぁ………今のは…………」

 

 

 張り詰めていた風船に穴が空き空気が抜けるように、体中を張っていた筋肉が一気に緩みました。

 

 嵐のような一時――――さっきの状況はまさにそうしたもの言えましょう。

 穂乃果ちゃんが、この部屋にやってきた瞬間、すぐさま私に詰め寄り、私の手元にある写真をすべて買い取ると、言い張ったのです。 それも、蒼一さんのをです…………

 

 そんなバカな、ありえないでしょ?!

 

 思わずそんな声を発してしまいました。 何せ、在庫所持していた写真の数は少なくとも5、60ありました。 それをすべて買うとなると、一般学生にとってはかなりの額です。 ましてや、バイトもせず、おこずかいも少ないと言っていた彼女が払えるとは思ってもみなかったのです。

 

 

 

――――ですが、そんなのはただの空想に過ぎませんでした。

 

 

 私の目の前に置かれてある数枚のお札が……そして、5、60あった写真が手元から無くなったことが鮮明たる現実として存在するのです。

 

 

 その現実を前に放心してしまいました。

 そして、思いました―――あの数多くの写真をどうするつもりなのだろうかと……?

 

 つのる心配と衝動が私を不安にさせるのです………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おや、もうこのような時間に…………」

 

 

 部屋に掛けられた時計を見て、定時になったことを確認する。

 

 

 

「さぁ~て、確認しますか………」

 

 

 部室内にある1台のパソコンに電源を入れる。

 モニターが白く光り出すと、そこに映し出されているモノに色が付き始めます――――

 

 

 そこに映し出されたのは、校内にある廊下の様子――――

 

 とある部屋の様子――――

 

 校庭の様子――――

 

 体育館内の様子――――など、校内に設置したカメラからの映像がこのモニターに映しだされています。

 

 

 そうです、これは一種の監視です。

 以前に、お話ししました校内中に設置した小型カメラとマイクからの情報がこちらにすべて来まして、見たり聞いたりすることができるのです。 これによってこれまでに様々な情報を手に入れることができたわけです。

 

 

 

「それでは早速………はい、見つけましたよ~♪」

 

 

 映像として流れてきたのは、蒼一さんが校内にやって来る姿です。

 明弘さんも一緒にいるようですが、途中で別れたようですね。 さて、このまま部室に行くのでしょうか……………おや?

 

 

 蒼一さんが廊下を歩いている様子を見ていると、蒼一さんの後ろから何かが近づいているような………違った角度から見てみましょう。

 

 

 少し離れたところから見ると、その正体がわかりました。

 

 

「あっ!!」

 

 

 私がそれに気が付いた瞬間に、2つの影が素早く動き始めました―――ものすごい速さです!! ぶつかってしまいますよ!!

 

 

 危ない――っ!!!

 

 

 そう判断した矢先―――蒼一さんが映像から消えました。

 

 

 

「そ、蒼一さん!!?」

 

 

 一体、何が起こったのか見当もつかないまま、私はあらゆるカメラを通して蒼一さんの姿を確認しようとしました。 ですが、どれにも映ることはありませんでした…………。

 

 

「致し方ありませんっ!!」

 

 

 私はモニターを付けたまま、この部屋から飛び出して行きました。

 先程まで、蒼一さんがいた廊下の場所を脳内上に作成された地図で確認すると、その目的地に向かって直行して行きました!

 

 

 何事も起こらないでくださいよ―――!!

 

 

 そう祈りながら走っていくと目的の場所が!

 

 ですが、そこには蒼一さんの姿がどこにもありませんでした…………一体どこに………?

 

 

 

 

 

「…………っと!! ……………めろっ!!!」

 

「!!」

 

 

 近くの教室から蒼一さんの声が……!

 私はその声が聞こえる方向に向かって走り出しますと、勢いよく扉を開きました。

 

 

 するとそこには――――――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おまえらっ!! ………ちょっ!! ちょっとやめろっ!!!!」

「イヤよ! 蒼一と一緒にいるのは私なんだからね! 誰が何を言おうと退く気は無いわ!」

「それは、穂乃果も同じだよ!! 蒼君と一緒にいたいと思っているのは、穂乃果もなんだよ!! 真姫ちゃんは大人しくしててよね!!!」

「何を言ってるの、穂乃果ちゃん、真姫ちゃん。 蒼くんは~ことりのおやつになるんだよ♪ だ・か・ら、2人には渡せないんだよ♪」

 

「な、何なんですか………これは…………!!?」

 

 

 それは想像を超えた光景が目の前にありました。

 

 蒼一さん1人に対して、穂乃果ちゃん、ことりちゃん、真姫ちゃんが引っ張りあっている……いえ、奪い合おうとしている光景が……!!

 

 

 初めに、真姫ちゃんが蒼一さんの背中に飛び乗ったようで、まるでおんぶをしているかのようにガッシリと蒼一さんの体に腕と足を絡ませて逃れないようにしています!

 

 穂乃果ちゃんは、そんな真姫ちゃんを蒼一さんから離れさせようと、必死に真姫ちゃんの体を引っ張っています!

 

 ことりちゃんは、正面で蒼一さんの両腕を引っ張り、穂乃果と一緒になって引き離そうとしているのです!

 

 

  そして、双方から引っ張られて痛そうな表情を浮かべている蒼一さんが…………!!!

 

 

 

「な、何をやっているのですかぁ―――――――――!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「はぁ……はぁ………何をやっているのですか、あなた方は!!!」

 

「「「だ、だって………」」」

 

「だってじゃありませんよ!! もう少しで、蒼一さんがダウンするところだったじゃないですか!!」

 

「「「あっ…………」」」

 

 

 3人は視線を少し落として見ると、そこには疲れ果てて倒れている蒼一さんの姿がありました。

 白目むいちゃってますよコレ……大丈夫なんでしょうか…………

 

 

「ごめんね、蒼君………痛くなかった……?」

「蒼くん、ごめんなさい。 私が強く引っ張ったせいでこんなことに………」

「ごめんなさい蒼一……悪気があったわけじゃないのよ………」

 

 

 みなさん、そのまま蒼一さんの方に駆け寄ると、心配そうな表情を浮かべては声掛けをしています。

 どうやら、少しは反省したようですね。 まったく、少しは加減と言うものを学んでもらいたいものですよ!

 

 

 

 

 

 

 

「でも安心して……蒼君にどんなことがあっても穂乃果が何とかしてあげるからね………」

「蒼くん………ことりが蒼くんのことを大事に大事にしてあげるから……安心してもいいんだよ………」

「この私がいるから蒼一がケガしても病気になっても治してあげるんだからね………」

 

 

「だーかーらー!! まったく反省してないじゃないですかぁ――――――!!!!」

 

 

 

 それから3人は、蒼一さんが気絶から回復するまでその場を動こうとはせず、その無防備に晒された身体に手を伸ばしては、その一部を我先にと掴み放さないのです。 口で言っても聞こうとしない彼女たちにこちらも実力行使といかせていただきましたが、さすがに3人同時に相手するには分が悪く、いとも容易く振り払われてしまうのです…………

 

 

 みなさん……意外と力があったのですね…………

 

 

 穂乃果ちゃんに何故か投げ飛ばされた際に、ふとそのようなことを思ったのでした――――――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ アイドル研究部 ]

 

 

「――――と言ったようなことがありまして、危うくケガするところでしたよ!!」

 

「「「ご、ごめんなさい………」」」

 

「ごめんで済めば警察いりません!!

 

 

………ですが、私の友人でありますから事を荒立てるようなことはいたしません………」

 

「洋子ちゃん……! うわーん! 洋子ちゃーん!!」

「ありがとね、洋子ちゃん!!」

「さすが洋子ね、感謝するわ」

 

 

 3人とも私の言葉を聞いて安心したのか、緊迫させていたモノを吐き出すかのように、私に迫ってきました。 特に、穂乃果ちゃんなんかは、私に抱き付こうとする始末………ただでさえ蒸し暑い季節なのに、抱きつかれると余計熱くなってしまいます!!

 

 毎日、その相手をしている蒼一さんの苦労が何となくわかったような気がします…………

 

 

 

「ほんと……おめぇらいい加減にしてくれないか………さすがに、今日は疲れたぞ………ああ、気力をすべて失ったかのような倦怠感が…………」

 

「それじゃあさ、穂乃果が蒼君のその疲れた身体を揉み解してあげるよ♪ あっ、それとも~私の身体を揉んじゃう……?」

「力加減を知らないお前に解してもらったら骨まで砕かれそうで怖いから拒否するぞ……それと、お前を揉む気なんてさらさらないわ!!」

 

「それじゃぁ~、ことりが癒してあげますよ~。 私の膝はいつでも蒼くんのために空いているんですよ~♪」

「変な顔をして、指をワキワキとしているその姿が異常過ぎて安心なんて出来るわけないじゃんか………」

 

「もう、2人とも蒼一が困っているでしょ? 大丈夫、蒼一? この私に掛かれば、蒼一がして欲しいと望むモノを何でも叶えてあげちゃうわよ……?」

「お、おう……最後のがなんかめっちゃ怖いんだけど……気持ちだけもらっておくわ………」

 

 

 頬を引きづらせて青ざめた表情を浮かべる蒼一さんは、その全身から力を失ってしまったかのようにグッタリと肩を落としています。 先程、あのようなことがあったのですから、肉体的にも精神的にも参っているに違いありません。 この後の練習で倒れることがなければいいのですが…………

 

 

 

「まったく、穂乃果たちは何をしているのです! この後、練習がありますのに、このようなふざけたことをしないでください!」

「そうだよ! これじゃあ、蒼くんがかわいそうだよ!」

「3人ともちょっとやり過ぎやで。 少し反省せんとアカンなぁ」

 

「「「うぅ……ごめんなさい………」」」

 

 

 蒼一さんの様子を見たからなのでしょうか、海未ちゃん、凛ちゃん、希ちゃんのリリホワメンバーがこぞって、穂乃果ちゃんたちになんとも厳しいお言葉をかけています。

私と同じような考えを持っていてくれたことに、ほっと胸をなでおろします。

 

 

「大丈夫、蒼一? よかったら、保健室のベッドで休む? それなら鍵を取って来るけど?」

「それなら、にこも一緒に付いて行ってあげるわ。 1人だけじゃ心許ないでしょ?」

「で、でしたら、私も一緒に行きます! 蒼一にぃが心配ですぅ!」

 

「いや……そこまでしなくても大丈夫さ………ありがとよ、その気持ちだけで十分だわ」

 

 

 絵里ちゃんもにこちゃんも花陽ちゃんも蒼一さんのことを気遣ってくれているようで、そうした気持ちを汲み取ったのでしょう、蒼一さんはちょっぴりだけ綻んだ表情を浮かべていました。

 

 

「まあいい、穂乃果たちだって悪気があってやったわけじゃないんだ、さっきのことは無かったことにしよう」

 

「「蒼くん……!」」「蒼一……!」

 

「お前たちもそれでいいな?」

 

『う、うん……』

 

「それじゃあ、気持ちを切り替えるぞ。 今日はあいにくの雨だ、屋上での練習はできない。 そこで今日は、ユニットの新曲作りを行おうと思う。 いいかな?」

 

 

「はい!」と蒼一さんからの応答に元気よく返答するメンバーのみなさん。

 あの一瞬で、気持ちを変えさせたというのでしょう。 こうやって上手にまとめさせるだなんて、まったく頭が下がりますねぇ~。

 

 そう言えば、明弘さんの姿が見えないような………?

 どこに居るのでしょうか?

 

 

 

「あぁ、明弘なら違う部活動の練習を見に行くって言ってたな。 何やら、指導をお願いしたいとかだとよ」

「へぇ~、明弘さんもそんなオファーが来ていたのですか……ふむふむ」

 

 

 そう言えば以前、蒼一さんたちに自分たちの部活の練習を見てほしいと騒いでいた人たちがいましたねぇ。 ついこの間には、蒼一さんがそうした部活動に顔を出していたんでしたっけ?

 

 こんなお忙しい時に、そこまでしてくれるだなんて、実に頼もしいお方たちですね。

 

 

「蒼一さんもまた、そうした部活動に顔を出したりするんですか?」

「多分な、あるとしたらソフトボール部からかもしれないな。 あともう少しで大会があるって言ってたし、先輩思いの後輩たちに華を持たせてやらんとね」

「お優しいですね」

「何、俺だって嫌々やっているわけじゃねえさ。 元々、野球をやっていた身だし、ああいうの見ていると目の保養になるんだよ。 もしかしたら、練習見たさに入り浸りになるやもしれないな」

 

 

 頬をポリポリとひっかきながら、冗談交じりな言葉にやや苦笑気味のようです。

 私もついつい「そんなまさかぁ~w」なんて笑い飛ばして、その冗談に乗っかっていました。 こうして笑っている時が、一番心が落ち着きますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ですが、この穏やかな空気に包まれていたこの部室に、良からぬ空気が立ちこめようとしていました―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……くん……………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(余談)

 

 

 

 

【再生▶】

 

 

(―――ピッ――――――ジジ―――ジジジ――――――)

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

「ねえ……蒼君………さっきの話はホントなの……………?」

「ん? 他の部活動での指導のことか?」

「そうだよ………蒼くんはそっちに行っちゃうの……………?」

「行っちゃうって言ってもな……ただ、指導しに行くだけだぜ? ほら、明弘を同じようにさ」

「ふぅ~ん……そうなの……蒼一は、ただそれだけのために行くの………………?」

「そう頼まれちまったからな、行って見てもいいかと思っているさ」

 

「「「「「「そんなのだめ(だよ)!!!!!!」」」」」」

 

「はぇ!!?」

 

「蒼君がいなくなったら困っちゃうよ!! そしたら穂乃果たちはどうしたらいいの!!?」

「蒼くん……もしかして、ことりたちを見捨てちゃうの?? ねえ、どうなの???」

「今は、次のライブに向けて忙しくなっているのに、そっちに構っている余裕があるの!!?」

「私たちにはやることが山積しているのよ! 蒼一がいないままじゃ、廃校を阻止することができなくなっちゃうじゃないの!!!」

「蒼一は、にこたちと一緒に居るのがいいのよ!! 私たちを見守っていて欲しいのよ!!」

「蒼一にぃ……もしかして……花陽のことがキライになっちゃったの??? 花陽、頑張るから……がんばるからここにいてよ!!!」

 

「お、お前たち……………………」

 

 

 

「……ったく、そんなことねぇよ。 俺はお前たちのことを見捨てたりするもんかよ」

 

「俺の第一優先は常にお前たちなんだからよ、そんなバカな話があるもんかよ」

「で、でも……!」

「俺を信じろ。 俺はお前たちを見捨てない、いいな?」

「蒼君………うん! 穂乃果は信じるよ!!」

「そうか、ありがとよ」

「あっ……えへへ♪ 久しぶりに蒼君に撫でてもらっちゃったよ♪♪♪」

「あああ!! ずるーい!! ことりも! ことりにもやってよぉ!!!」

「ちょっと、ことり!! 先にやってもらおうだなんてダメじゃないの!! 私が先よ!!」

「だったら、にこにもやってよ!! 穂乃果たちばかりずるいのよ!!!」

「うぅ~……花陽もしてもらいたいですぅ………!」

「……って! 5人がかりで来るんじゃない!! 倒れる倒れるっ!!? 絵里、何とかしてくれ!!!」

 

「蒼一……私にも……してほしいな…………私……最後でいいから……待ってるわ………」

 

「んなっ?! お、おい!! 絵里!? ちょっ!! 見放さないでくれぇぇぇぇ……ああああああ!!!?!?」

 

 

 

「これはヒドイ地獄絵図ですね…………」

 

「希、凛……私たちは先に参りましょう」

「せやね……ウチらが居っても何にもならんしな………」

「じゃ、じゃあ、先に行ってるね………」

 

 

「はい、それで行ってらっしゃいませ~♪」

 

 

 

 

 

 

「……しかし、先程の不穏な感じは一体………イヤな予感がしそうです…………」

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 





どうも、うp主です。

この話から本題に入ることになりそうです。
序文と言った感じでしょうか?

次回からドンドン突き進んでいくようにします。


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フォルダー1-2

「蒼君、蒼君!! 昨日、穂乃果が作ったあの歌詞はどうだった? よかったでしょ? すごかったでしょ?」

「もぉ~、穂乃果ちゃんばかりじゃなくて私にも構ってよぉ~」

「蒼一にぃ! お腹がすきませんか? 私、おにぎり作ったんだけど、一緒に食べる?」

「ねぇ、蒼一。 この後、私の手伝いをしてくれない? ちゃ~んとお礼もするわよ♪」

「あら、ごめんなさいね絵里。 この後、蒼一と約束しているのがあるからまた今度にしてもらえないかしら?」

「それじゃあ、にこは、そんな真姫ちゃんと蒼一と一緒に何かしようかしらね~?」

 

 

「おまえら………俺には拒否権と言うモノがないのかよ…………」

 

 

 昨日の練習が行われて以降、蒼一さんの周りに群がる彼女たち―――いや、体をわざと押し当てている彼女たちの数が増えたような気がします。

 

 以前の私ならば、蒼一さんは人気者ですからね、と言って質問者に返答したでしょう。

 

 

 ですが、こればかりは答えられません。 と言いますより、私の方がその答えを求めているくらいなのです。 口元を『へ』の字にギュッと引き締めまして、彼とその周りを取り囲む彼女たちの姿を疑問を含ませた眼差しを向けざるをえないのです。

 

 

 昨日に聞いてしまったあの会話のせいで…………

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 あれは、新曲のために割かれた時間の中での出来事―――――

 

 

 彼女たちメンバーは、それぞれのユニットを組み、それぞれ空き教室に入っては、そこで歌詞作りに励んでいました。 1つの机の周りを囲むように3つのイスを配置させると、そこに座っては机の上に置かれた1枚の紙に向かいながら、あれやこれやと自分たちの高まる想像をそこに集約させようとして話に熱を帯びさせていました。

 

 

 そんな彼女たちの作業風景を記録するために、各教室に赴いたわけです。

 

 

 初めに訪れましたのは、lily whiteの面々です。

 

 一番初めに作業に取り掛かっていたことや、これまでのμ’sの楽曲の作詞をしていたこともあり、思うように作業は進んでいる様子でした。

 

 

「どうです? かなり作業が進んでいるように思えるのですが……あともう少しなのでしょうか?」

「そうですね。 作業的には、大まかなモノは出来上がることができました。 あとは、それをまとめていくだけです」

「洋子ちゃん! 今回凛たちはね、夏をイメージした曲を作っているんだぁ!」

「ほぉ! 夏の曲ですか! いいですねぇ~、これからの季節に向けて先取りしたようなモノになりそうですね!」

「ふふっ、せやろ? それに夏と言えば、情熱的な季節やろ? そんなあつ~い夏でちょっとしたあま~い一時を過ごしたくなるようなモンにしとるから、楽しみにしとってな♪」

「ほほぉ……それは気になりますねぇ~! ちなみに、曲名とかは決まっているのですか?」

「それはもちろん決まっとるで、『微熱からMystery』って言うんやで♪」

「それにすごいんだよ、洋子ちゃん! これね、希ちゃんが考えたんだよ!」

「それは何と! 希ちゃんがすべて作ったのですか?!」

「それは少し大げさやな……ウチのを基本にしただけで、あとは海未ちゃんが何とかしてくれたんやで」

「いえいえ、これは希が作ったのですよ。 私なんてそのまとめをしただけですし……それに、こうした歌詞を私では作れませんしね」

「海未ちゃんには出来ないことが書かれてあると……! それは期待させていただきますね♪」

「うん! 出来たらすぐに聞いてね!!」

 

 

 と言った感じに、とても賑やかな作業場でして、こちらとしても取材がしやすい環境であったことで充実した取材を行えることができました。 しかし、希ちゃんが書いた歌詞ですか……大人の魅力が感じられそうな曲になりそうですね♪

 

 

 

 では、お次は…………と、ここですね。

 先程の教室から2つ、3つ離れた空き教室で作業しておりましたのは、printempsのみなさんです。

 

 蒼一さんから最後まで離れようとしなかった、穂乃果ちゃんとことりちゃんの2人がいるこのユニットなんですが……はてさて、どのような感じになっているのでしょうか?

 

 

「どーもデース!」と勢いよく扉を開けまして、突撃取材のように中に入りますと、案の定、怖がりな花陽ちゃんが少しおびえた表情をしながらこちらに顔を向けていまして……あはは、すみません………

 

 

「もう! 洋子ちゃんたら~、入る時はもうちょっと静かに入ってよ~!」

「いやぁ~、すみません。 つい調子に乗っちゃいまして………」

「うぅ……こ、怖かったですぅ………」

「洋子ちゃん! 花陽ちゃんがこんなに怯えちゃってるよ、少し反省です!」

「は、はい…………」

 

 

 あはは………当然のことながら、怒られてしましましたか…………

 しかも、ことりちゃんに怒られてしまうだなんて思ってもみませんでしたよ………。

 

 ですが、ところどころに擬音のような言葉が連発するので、本当に怒っているのか、はた又は、おふざけしているのか区別がつかないため、終始、顔を引きつらせながら気の抜けたような生ぬるい説教を受けることになりました………

 

 

 そろそろ本題に入らなければ、と説教中に考えると、一度咳払いをしてことりちゃんの話に区切りを付けさせました。

 

 

「そう言えば、歌詞の方はどうなったのでしょうか?」

「うん! それがね、洋子ちゃん! とっても元気いっぱいな歌詞が作れそうなんだよ!!」

「元気いっぱいと言いますと……もしかして、穂乃果ちゃんが!!」

「そうだよ! 穂乃果が頑張ったんだよ!!」

 

 

 満面の笑みを浮かべると、それを私のすぐ近くにまで寄せてきました。 どうやらとてもご機嫌な様子ですね。

 

「それを見せても構いませんか?」と、机の上に置かれてある紙に指をさしながら聞いてみると、2つ返事で了承してくれました。 そして、その中身を拝見させていただきますと、これはびっくりな内容でした!

 

 とてもポジティブで元気いっぱいな歌詞で、まさに穂乃果ちゃんらしい内容でした。 しかし、私はてっきり穂乃果ちゃんには、作詞のセンスは無いものだと考えていたのですが、ここまできちんと仕上がった歌詞を見ると、印象を変えらざるおえませんね。 すごいですね、人ってやればできるものなんですね! ふむふむ……。

 

 

「どう、洋子ちゃん?」

「いいですねぇ~! これはいいですよ、穂乃果ちゃん! これは上々なモノですよ!」

「やったぁー! 洋子ちゃんに褒められたー! 嬉しいよ!!」

「よかったね、穂乃果ちゃん!!」

「やりましたね、穂乃果ちゃん!!」

 

 

 両手を高く上げるように、その喜びを体現していました。 その笑顔を見ていると、よっぽど頑張ったんだということが良く伝わって来るのです。

 

 

 

 

 

 

 しかし、この後が変でした―――――

 

 

 

「いやぁ~、この調子ならば、リリホワの後に蒼一さんのところに持って行けそうですね」

 

「「「(ビクッ!!!)」」」

 

 

 私がそう発した瞬間、それまでこの教室を包んでいた和やかな空気ががらりと変わったのです。

 3人とも、緩んでいた表情を引き締めるかのように固くすると、ギロリと視線がこちらに向かってきたのです。 視線がこちらに集中しているのだと勘付くと、「はぇ?」と言う何とも情けない声を発してしまったわけです。

 ですが、この際、そのような些細な羞恥のことで頭を悩むようなことを考えているところではなかったのです。

 

 その向けられた視線を合わせるように見てしまいますと、いつもならばその瞳の中に光が入り込んで、その反射でモノは見えるのですが、どういうわけなのでしょう……濁っていて何も見えなかったのです。

 しかも、その瞳をずっと見つめていると、身の毛がよだつような寒さに襲われてしまいました。

 

 それに、その瞳から目が放せないのです………!!!

 

 

「洋子ちゃん…………」

 

 

 ことりちゃんの言葉が耳を通ると体をビクつかせ、「は、はいっ!?」と上づった声を上げてしまいました。 な、何故なのでしょうか………こんなにも、鼓動を激しくさせて………何とも落ち着かない感じです…………

 

 無性に胸が締め付けられるような感覚に陥ると、私は胸元に握り拳を据えまして、ギュッと力を込めてしまっていました。 無意識なのでしょうか? 体が勝手にそうさせているようにも思えます。

 

 口の中に溜まってくる唾を一度、喉を通らせると、ことりちゃんは言葉を続けるように話し始めます。

 

 

 

「さっきの話って………ホントなの………?」

「さっきの話って………り、リリホワのことでしょうか………?」

「うんそうだよ、それしかないよ、それ以外に何があると思ったの洋子ちゃん?」

「………い、いえ何も思いません………」

 

 

 淡々と言葉を早く並べ立てて来ることりちゃんに、私は戸惑いを感じながらも、言った言葉にそれ相応のぎこちない返答をすると、「そう……」と言って、一息吐こうとしていました。

 

 ですが、こちらには落ち着くような暇が与えられないようです。

 ことりちゃんが口を閉じると、次は穂乃果ちゃんが口を開き、早口に近い速さで言葉を並び立ててきました。

 

 

「ねえ、洋子ちゃん。 海未ちゃんたちは今どのくらいまで終わったって言ってたの? あと、どのくらいで終わるって言ってたの? それを言った時は、いつだったの? 今から何時何分何秒前の出来事だったの? ねえ、教えてよ? ねえ………」

「ほ、穂乃果ちゃん……?! そ、そんなことをいっぺんに言われても……どれから話せばいいのやら…………」

「いいの! いいから、何でもいいから話してよ! 穂乃果たちには時間が無いんだよ!!!」

 

 

 何とも威圧的な言葉だったことか………今思い返せば、恐ろしいものでした。

 先程まで、嬉しそうな表情で喜んでいた穂乃果ちゃんが、まるで別人になったかのような表情と口調に変わって、私に迫ってきたのです………!!

 当然のことながら、穂乃果ちゃんの言ったことにすぐに応えることができませんでした………

 

 ですが!! 私は応えなくてはいけませんでした……!!

 私にそうするようにと、直感が働いたのです。 この場は危険であると、そう判断したからなのです。

 それ故、私は言われたこと1つ1つに対して応えたのです…………

 

 

 私がそのすべてを話し終えると、「ふぅ~ん……そう………」と言って、私から体を背けて机の前にその視線を落としていました。 穂乃果ちゃんのそうした行動に反応するように、ことりちゃんも花陽ちゃんも同じように机の前に立ち、視線を落としていました。

 

 

 彼女たちの心は一体どこに向かっているのでしょうか…………?

 

 

 考えようとしましたが、つい恐ろしくなってしまい、彼女たちに悟られる前にこの場から立ち去りました。

 

 

「フフフ………待っててね―――今、行くからね―――――」

 

 

 

 この教室を離れる際に、微かに聞こえたのですが………それは蒼一さんのことを話していたようにも聞こえました………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ………はぁ………な、なんだったんでしょう………さっきのは………」

 

 

 息を切らしてあの場から離れてきましたが、今でもあの恐ろしさが体から離れません………

 

 あれは……本当に私の知る親友の姿だったのでしょうか………?

 いつも見ているあの3人から溢れ出る温かくやさしさに包まれるような雰囲気が私にとって心地よく感じていました。 ですが……先程の彼女たちには、そのようなモノが何一つ残っているようには思えませんでした。

 

 しかも、その逆です………冷たく殺伐とした雰囲気で、冷酷なモノでしかありませんでした………

 

 

 

「い、いけません……!!! 自分の親友をそのようなモノとして見てしまうだなんて……!!! 落ち着くのです………ここは冷静になるしかないのです………」

 

 

 頬を2度叩いて、自らに失われてしまった冷静さを取り戻させました。

叩いた衝撃が脳にも届いたためか、前頭葉に貯まってしまっていただろう血液が、ばぁーっと体中に広がっていくように感じられました。 そのおかげなのでしょうか、重くなりつつあった頭が急に軽くなり、物事を明るく見ることができるようになってきました。

 

 

「よし……! これなら大丈夫そうですね……!」

 

 

 そう自分に言い聞かせると、次の教室に向かいました。

 

 

 

 確か、BiBiの教室は…………ああ、ここのようですね。

 

 先程の2組は同じ階にいてくれていたのですが、こちらはその上の階にいるようなのです。

 何故、同じ階じゃないのでしょうか? ふむ、気になりますが……この際は、流しておきましょう。

 

 さっきとは打って変わり、教室の扉を静かに開けて中に入りますと、そこには真剣な眼差しで机の上のモノに集中している彼女たちの姿が見れました。 どうやら、こちらは問題ないように思えますね。

 

 

 すると、私の気配に気が付いたのか絵里ちゃんたちが一斉に私の方に顔を向けてきました。

 

 

「あら洋子、これから取材かしら?」

 

 

 驚いた様子もなく、冷静に淡々と話をする絵里ちゃんに私は「そうです」という返答をしました。 「そう…」とこれもまた冷静に返すと、それが合図なのでしょうか、3人とも顔を先程と同じように机の上に向けられました。

 

 おやおや、私はお邪魔虫なのでしょうかね?そう思いながら、何か聞き出せないかと傍に寄ってみます。

 

 

「とりあえず、こちらでは歌詞の方が完成したのでしょうか?」

 

 

 そんなごくごく当たり前のようなことを話しますと、今度はニヤついた表情を浮かべては、嬉しそうに声を弾ませて言ってきます。

 

 

「ええ、ちょうどさっき出来上がったところなのよ。 私としてはいい出来だと思うわ」

「おや、今回の歌詞は絵里ちゃんが作ったものなのですか?」

「そうなのよ、絵里ってば張り切ってくれちゃって……おかげで、にこたちの出番はそんなになかったわね」

「そう言うにこちゃんは、かなりノリノリで絵里のことを手伝っていたじゃないの」

「真姫だって、かなり積極的に話にきていたじゃないの」

「つまりは、みなさんで作り上げました歌詞であるということなのですね……なるほどなるほど」

 

 

 今聞いたことをメモにして書きとどめながら、彼女たちの話を聞いておりました。

 

 

「では、それを見せていただくことはできますか?」と、ちょっと無茶のように思えたことを言ってみますと、「構わないわよ」と私に机に置かれた紙を手渡してきてくれました。

あらま、割とあっさり渡して下さるのですね、と呆気にとられながらもその紙に書かれています言葉を凝視し始めるのです。

 

 

 

「え~っと………『どこにいるの?どこにいても無理よ。あなたを必ず捕まえちゃうわ―――あなたは私のモノ、もうどこにも逃がさないわよ―――私はあなたのことが好き―――もうハナサナイ』…………えっ………?」

 

 

 それをすべて読みますと、ビクッと体が震えました。 これは一体何なのでしょうか………?! 相手のことを思い続けたことで、自分たちの中に、何が何でも自分のモノにしてしまおうという気持ちが全面的に出て来ているようではないですか!!

 

 ただの恋する乙女の話しかと思いきや、その思いを募りに募りすぎてしまって、執拗に相手を付け狙うストーカーのような感じに………! そして、見つけたら束縛して逃げることが無いようにするだなんて………恐ろしすぎます……!!

 

 

 

 こ、この歌詞に出てくる相手と言うのは………ま、まさか…………!!

 

 

 

 直感的に、この歌詞の意味を理解してしまった私は、全身から溢れ出て来る汗を衣服でぬぐい取っていることでしょう。 それは暑さから出てくるものではなく、見ず知らぬモノに直面した時に感じる恐怖から来るモノです。 その恐怖は、私を覆うように体を冷やし、痙攣でも起こしているのではないかと錯覚するくらいに体が震えるわけです。

 

 先程の穂乃果ちゃんたちのところでも感じたような黒さを絵里ちゃんたちからも感じてしまうとは………これはとてもイヤな予感を感じます………!

 

 

 

 口に溜まった唾液を喉の奥へと通らせたと同時に、右肩を何かが触れているのを感じ取ります。 横に振りむくと、目元も口元もニンマリとした表情で私のことを見ている絵里ちゃんの姿が……!

 それを見た時に、一瞬だけ体を硬直させましたが、「他のみんなの進行はどのくらいかしら?」と、裂けたような口で話してきますので、「あ…あと、もう少しだと言っています……」と、口元だけを柔らかくして望んでいたであろう言葉を口にしました。

 

「へぇ~……あともう少しなのね………」と、何かを含ませたような口調で返答すると、喉を小刻みに震わせたような笑い声を響かせました。

 

 絵里ちゃんの笑い声に合わせたかのように、にこちゃんは口を開きます。

 

 

「あらあら~、みんなそんなに張り切っちゃってぇ~……感心だわ~♪」

「でもにこちゃん、私たちなんてとっくに出来上がっているんだから私たちも同じでしょ?」

「確かに、そうかもしれないけどね。 でも、にこたちは違うわよ……ねえ、絵里?」

「そうよ、にこ。 あなたの言う通り………私たちはちゃんと考えて早く終わらせただけ♪ 今は、お楽しみまでの準備時間にしか過ぎないのよ♪」

 

 

 不敵な笑顔を見せつけて来る絵里ちゃんを見て、にこちゃんたちも言葉の中に隠されているであろう意味を読み取ると、何ともニヤついた表情をし始めました。

 

 

「や~ん♪ 絵里ってば、ちゃんとわかっているじゃないの~♪ お楽しみは最後まで残しておくのがいいものよね♪」

「うふふ……ことりたちってば、焦り過ぎちゃって………あなたたちが楽しむ時間なんてそんなにないと言うのに………まだまだ、甘いわね♪」

「大目に見てあげなさいよ、真姫。 ことりたちは、まだ、楽しむってことを知らないのだから………」

「ふふふ……この焦らされる時間が、にこたちの気持ちを高まらせてくれるわ……! もぉ~早く来ないかしら~?」

「焦っちゃダメよ、にこちゃん。 私たちは私たちなりのペースがあるのだからね?」

「そうよ。 私たちはあの子たちとは違うのよ………」

 

 

 それから絵里ちゃんたちは、いかにも良からぬことを企むような不気味な笑いをし始めました。 それは、私がいることすらも忘れているような感じで、さらなる恐怖を感じずにはいられませんでした。

 

 

 

 

 

 私はすぐさま、この教室から出ていくと、一目散に蒼一さんがいる部室に戻ろうとしました。

 

 

 何かがおかしい………いや……もう既におかしくなっている………!

 

 

 私が今抱いているこのモヤモヤとした感じは、明らかに蒼一さんにとってもよくないものであると感じることができます。 何とかして、蒼一さんを助けなくては………!!

 

 

 廊下を蹴飛ばすように駆け走ると、ようやく部室に辿り着くことができ、その勢いのまま中に入って行きました。

 

 

 

「蒼一さん!! 大変ですよ!!!」

 

 

 開口一番に警告を促し、その対処を考えてもらおうとしました――――――が。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ~蒼く~ん♪ 穂乃果のことをちゃんと見てよぉ~?」

「えへへ♪ 蒼くんの背中はことりがもらっちゃいますよ~♪」

「はわぁぁぁ……蒼一にぃの膝の上は、とっても気持ちいですぅ~♪」

 

「…………お前ら……いいかげんに………しろよ…………!」

 

 

 

 私が来る前には、もう……蒼一さんは……………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 と言うようなことがあり、私は彼女たちに対して、疑問を抱かずにはいられませんでした。

 

 

 彼女たちは、蒼一さんに一体何をしようとしているのか?

 そして、蒼一さんに危害が加わってしまうことなのだろうか?

 

 

 といったことが一番の問題であると感じているため、不本意ながらも彼女たちを監視せざるをえませんでした。 ですから、私は学校内で起こっていることをカメラに収め、『監視データ』として保存しておくことにしました。

 

 

 

 出来ることならば、これ以上、問題が発生しないことを祈ります――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【実録】

 

―――広報部部室内に置かれてある、1台のパソコンのモニターが白い光を晒していた。

 

―――そこに1つのデータが入っていた。

 

―――『監視番号:8』と書いてあった音声データファイルだ。

 

―――それを開くと、再生プレーヤーとこんなメモ帳が開かれた。

 

―――そこには、こんな言葉が書き記されていた。

 

 

 

 

『6月■■日、夕刻―――

 

 私がいつものように、学校中のカメラから様々なモノを見ていた時に、偶然発見してしまった奇妙な音声。 ノイズが酷く、あまり良く聞き取れなかったのだが、その実態は、不気味としか言いようがなかった………。 私は、この音声データをここに残すが、いずれ消すつもりだ。

 

 

 

 何故ならば、これは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が校の“パンドラボックス”なのだから―――――』

 

 

 

 

 

―――プレーヤーの再生ボタンを押す。

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

 

 

「ジジジ―――――――ギギギ――――――――――ギギガガガ―――――――」

 

 

 

 

 

 

―――確かに、酷いノイズだった。 聞くに堪えないほどの音に耳がイカレてしまいそうだ。

 

 

 

―――しかし、そのノイズに交じりながら、何かが聞こえてくる。

 

 

―――女の声だ……それも若い………この学校に通っている生徒なのだろうか?

 

 

―――ただ、その聞こえてくる音が不気味に感じる。

 

 

―――“その音”を聞き出すために、音量を上げる。

 

 

―――そして、やっとその音を聞くことができた……………

 

 

 

―――ノイズよりも耳をつんざくような透き通った女の高笑いが……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふはっはっ―――ジジジ――――ははははは―――ギギギ――ははははははははは!!!!!!あはははははははははは―――ギガガガガ―――ははははははは!!!!!!くぁあはははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!―――――――ギギジジジジ―――――――(プツン)』

 

 

 

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。


この時点で狂気を見せているキャラがチラホラと………


次回もよろしくお願いします。


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フォルダー1-3

 

「今日も嫌な天気ですねぇ………」

 

 

 太陽からの光が一筋も見えないほどに覆われた曇天の朝―――

 今日も何事もないような気持ちで学校に登校しますが、心の中は穏やかとは言い難いモノが感じ取られます。

 

 昨日の帰り際に見てしまったあの音声………

 校舎の玄関口にて録音されたあの音声………

 

 

 高らかに叫ばれたあの笑い声が今でも耳の奥で響いてくる。 心の奥底から叫んだであろうあの声は、とてつもない憎悪を抱かせる。 それが何故なのかは私にもわかりません……わかりませんが、とてもよくないモノなのだと言うことしか言うことができません…………

 

 

 確実に何かが動き始めている私の日常に、影が落ちて来そうな………そんな気がいたしました………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、あれは………」

 

 校舎の玄関口で目に飛び込んできたのは、靴を下駄箱の中に入れている真姫ちゃんの姿でした。

 何人もの生徒がいる中でも、真姫ちゃんの存在感と言うものは他の生徒と比べても高い方でありまして、見た目と言うよりか、直感的な意味で彼女を発見することができたのです。

 

 早速、声を掛けさせていただきますか――――――

 

 

「おっはようございま~す! 真姫ちゃ~ん♪」

 

「――ッ!!!?」

 

 私が声を掛けますと、何故でしょうか、言葉にならないような叫び声を発しました。

 それに私の顔を見るなり、ポケットに手を突っ込ませ、2,3歩後ろに下がりますと、私から遠ざかろうとしたのです。 どうかしたのでしょうか? 疑問に思いますとすぐに行動に移してしまう私、ですから、尽かさず彼女に尋ねてみることに…………

 

「何かありましたか? 何か問題でもありましたら、私に相談してもいいのですよ?」

 

「い……いいのよ………洋子には関係ないの…………」

 

 そう言って、真姫ちゃんはこの場から逃げるように去って行きました。

 

「おっかしいですねぇ~……悪い意味で言ったつもりはないのですが………」

 

 私が発した言葉を振り返りながら現状を詳しく確認していこうとする私。 しかし、どう考えても私が悪いと言う点は、先程から現在に至るまで見当たりませんでした。

 

 では、一体何だったのでしょうか………?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……? なんなのでしょう……この紙切れは?」

 

 それは真姫ちゃんが先程まで開けていた下駄箱に挟まっていました。 ノートの切れ端のような荒々しい破り方で構成された紙には、何やら文字が見えます………

 

 私は箱のふたを開きますと、紙はひらひらと宙を舞って下に落ちていきました。 中身を見ますと、確かに真姫ちゃんの名前が書いてあります靴が見られました。 これが真姫ちゃんの下駄箱に間違いないと踏みますと、その落ちていった紙を拾いまして中身を見ることにいたしました。

 

 

 手の平サイズに破かれていましたその紙には、大々と赤く太い文字でこう書かれていました………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死んでしまえ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!!?」

 

 目を疑ってしまうような内容に私は、胸を突かれるような衝撃を受けたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

[ 広報部・部室内 ]

 

 

 

「はぁ………はぁ…………はぁ………………」

 

 私はその紙切れを強く握りしめながら全力で走りだしまして、気が付きますと、いつも私が息を潜ませている安息の場所へと駆けこんでしまっていました。 ここに来れば落ち着くのだと無意識に感じちゃっていたようですね……

 

 しかし、その選択肢を選んだ私の無意識はグッジョブです!

 おかげで、先程、何があったのかを詳しく知ることができそうです。

 

 私はパソコンの電源を入れまして、監視カメラの映像を確認し始めました。 特に私が注目したのは今朝の玄関が開き始めてからの様子です。 もし、この紙切れが入るのだとしたらその時でしかないと察したからです。 それに嬉しことに、玄関口に設置したカメラは、ちょうど真姫ちゃんの下駄箱近くであったと言うことです。 これならば、犯人がわりますね!

 

 そう自信のこもった気持ちで映像を見始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

………が、何も映りませんでした。

 

 

 玄関が開いてから現在に至るまで、あの下駄箱を開いたのは、真姫ちゃんと私しかいなかったということです。 一瞬、真姫ちゃんによる自作自演なのでは? と思ってみましたが、真姫ちゃんが開いて紙を中から取り出しそれに酷く驚いている様子が見られました。 さらに言いますと、現在、授業中の1年生の教室での映像を見ますと、真姫ちゃんの落ち着かない様子が見られるわけです。

 

 

 これは彼女に寄るものではなく、第3者によるものである違いありません………!

 

 そう踏んでみますが、確固たる証拠は見つかりません。

 

 

 念のために、昨日の記録を開いてみることにしましたが、特に変わった様子は見受けられませんでした―――

 

 

 

 

――――――あの笑い声以外は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ブツン)

 

 

「あれ……?」

 

 映像を見ていましたら、急に映像が消えてしまいました。

 よく記録データを確認しますと、夜の10時ちょうど前に記録が止まっていることに気が付きました。

 

「おっかしいですねぇ………映像は、24時間体制で録られているはずなのに、どうして止まってしまったのでしょうか?」

 

 また、全データを見てみますと、どうやら昨日の夜11時頃からの映像は録られているようなので、1時間だけの記録が無くなってしまったというわけなのです。 一体誰がそんなことを…………

 

 

 しかし、この紙切れを入れた時間帯と言うのはハッキリしてきました。

 データには何も異常が見られなかったということは、この空白の1時間の間で行われたのだと踏むことができます。 そして、この空白の1時間を作りだした者が今回の犯人であると言うことがわかりますね。

 

「ですが……肝心の犯人像が割れないのは何とも言えませんがね………」

 

 カメラを設置しているにもかかわらず、その機能を果たせないことに呆れるしかありませんでした。

 

 

 

 

 

「………ん? そういえば、プリンターが光っているような………?」

 

 私のいる近くにあります写真印刷用のプリンターが、チカチカと点灯していました。

 広報部では、写真を印刷しなくてはなりませんし、裏営業のためには欠かせないですからね。 そのプリンターが点灯しているとなると、これは誰かが起動させたと言うことです。 はて、一体誰が………?

 

「おや? 前回までのデータが残っているようですね。 印刷してみましょう」

 

 プリンターを起動させまして、残っているデータを写真として出力させ始めました。

 ガチャガチャと独特の機械音を立てながら、印刷し出したのは複数の写真です。 それを一枚一枚拾ってみますと、先程とは異なる、電流が走り抜けたかのような衝撃を受けてしまいました!!

 

 

 

「こ……これは………!!!?」

 

 

 

 そこに映し出されていましたのは、蒼一さんと真姫ちゃんのモノです―――――

 

 

 

――――ですが、それが2人とも蒼一さんの家にいまして、一緒に過ごしている様子が見受けられるのです。 それに、真姫ちゃんが蒼一さんにベッタリとくっ付いている様子も………!!

 

 

 まさか……一つ屋根の下で、同棲しているのですか――――!!?

 

 この時点で、もう頭がクラクラしてしまいそうでした………

 

 

 

 ですが、極め付けだったのが――――――――――

 

 

 

「―――ッ!!? こ…こんなことが………あったのですか……!!!」

 

 

 

 

――――中庭にて……蒼一さんと………真姫ちゃんが……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キスしている様子でした―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「いやいやいやいや!!! そ、そんなことがあったと言うのですか!!? そんなことが私の知らぬ間に起こっていたと言うのですか!!!? 特集(スクープ)じゃないですか!! 衝撃的なモノじゃないですか!!!!!」

 

 

 私は酷く動揺していました。

 

 何故ならば、蒼一さんと真姫ちゃんがそのような関係にあっただなんて思いもよらないことじゃないですか! μ’sの講師がそのメンバーと熱愛関係に!?…だなんてこと誰が予想したでしょうか?! これは早速、記事にしなくては………!!

 

 久しぶりに執筆に力が入りそうな予感を抱き始めますと、パソコンの前に座りこのことを書き綴ろうと考えました―――――

 

 

 

 

 

―――――ですが、そう考えている場合でないことに気が付くと、手が止まってしまいました。

 

 そう、現状が解決できていない状態で、このようなことを報じてしまったらどうなることでしょう? 真姫ちゃんに対する非難が、この紙切れどころじゃ済まないことになるでしょう………

 

 特に、蒼一さんと幼馴染関係にあります3人や、それを含んだμ’sメンバーに話をすれば、只事では無くなるでしょう………

 

 

 と言うのも、最近の写真の売上で蒼一さんの写真だけを買い漁るメンバーたちを見ていますと、少し狂気じみたものを感じてしまうのです。 この前の穂乃果ちゃんのように……………

 

 ですから、今のところこの話は秘匿させていただくことにしましょう。

 これ以上、問題が生じてはいけませんからね……………

 

 

 

 

 

 

 

(ドンッ!ドンッ!!)

 

 

「―――ッ!!!?」

 

 部室の扉が激しい衝撃音を立て来ました。

 そのあまりにも強い音だったために、私は恐怖を感じてしまいました。

 

 一体誰なのでしょう………?

 

 息を殺すように、気配を消していますと、扉の向こうから声が聞こえてきました。

 

 

 

 

 

「洋子、そこにいるのでしょう……? わかっているわよ……隠れてないで出て来なさい」

 

 すぅーっと澄んだ声で話をしてきたのは、絵里ちゃんのようでした。

 

 ですが、それはそれで困ってしまうのです……それは、絵里ちゃんは生徒会長でありますし……それに、今の時間は授業を行っているわけでして、結果的に私がサボっていることがバレてしまうではないですか! 絵里ちゃんに捕まれば説教だけでは済まされないような気がしてなりません!

 私はそれでも息を潜ませるようにしました………………

 

 

 

 

「洋子……出てこないのであれば、あなたのことを理事長に報告しますし、この部も廃部にさせてもらうわよ? それでもいいかしら?」

 

「そ、それだけは困ります……!!」

 

 私は、すぐさま扉を開きまして顔を出しますと、確かにそこには澄んだ笑みを浮かべる絵里ちゃんの姿がありました。

 そんな無慈悲な通達を出されては、出てこざるをえないじゃないですか………やり方がエグイですよ………

 

「あら、洋子。 本当にいたのね」

「本当にって……嘘ついていたんですか………?」

「一度言ってみたかっただけよ。 それに、あながち嘘ではなかったし………」

「最後の言葉は聞かなかったことにします………それで、何かご用でしょうか?」

「用も何も、あなた、今は授業の時間のよ? 早く教室に戻りなさい」

「は、はい………」

 

 そう言いながらも内心はホッとしております。 また何か言われそうでしたからね。  さあ、早く支度を済ませましょう………

 

 

 

 

 

「ああ、そうだったわ。 洋子、あなたに伝えないといけないことがあったわ」

「はい? なんでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの行っている取引を即中止しなさい」

「えっ………?」

 

 一瞬、何を言っているのかがわかりませんでした。 しかし、絵里ちゃんの言っていることが、私が行っているあの取引のことなのだと言うことを理解することができました。

 

「な、何か問題でもあったのですか?」

「それが……あまりにも写真が学校中に広まり過ぎちゃってね、理事長に目を付けられそうになっているのよ………だから、彼女たちとの取引を中止してもらいたいのよ」

 

 うぐぐ………理事長のところにまで話が言ってしまうのはさすがにマズイですねぇ………こちらの首が怪しくなってしまうのだけは避けたいところです…………

 

「そうでしたか……わかりました、すぐ止めるようにしますね………」

「そうね、それが一番いいわね」

 

 絵里ちゃんも納得した様子で頷くと、私はその通りに行っていこうかと考え始めていました。

 

 

「それじゃあ、洋子――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――あなたの新作はまだかしら?」

 

「はい………?」

 

 またしても、何を言っているのかわからないことを口走るのですが………

 

「何を言っているのですか? 先程、取引を止めろと言ったのは絵里ちゃんじゃないですか?」

「ええ、確かに言ったわよ………彼女たちとの……はね?」

「ま、まさか…………」

「そうよ、あなたの写真はすべて私が買うことにしたわ。 これは生徒会長命令よ? 逆らえばどうなるかわかるわよね?」

 

 そう言って、ニンマリと笑顔を見せて来る絵里ちゃんですが、その言っていること、やっていることは決して穏やかではありません!! 絵里ちゃんは私に脅迫を掛けているのです! それに従わないのであれば、私はこの学校からいなくなることになる……!! そんな権限を振りかざしてしまっては、こちらは手も足も出ないじゃないですか!!

 

 

「し、仕方がありません………そう言うことにしておきましょう………」

「ふふっ、素直で結構よ♪」

 

 

 さらに、いい笑顔を作って見せてきますが、私にとっては企みを抱く悪魔のように見えてきました………

 

「それとね………もし、他の子に渡すようなことがあった場合には………ね?」

 

 その言葉の奥に含まれている意味に悪寒を感じますと、私は戸惑うことなく「はい……!」と答えてしまいました。 何をされるかわかりませんから………

 

 

 

「そ、それでは……こちらになります………」

「……うふふ……ありがとね。 この調子で頼むわ♪」

 

 そう言って、例のモノを手渡すとそれに見合った金額を受け取り、絵里ちゃんは去って行きました。

 

 終始、冷汗をかかずにはいられない状況に、息苦しくてたまりませんでした。 それがようやく解放されて、落ち着いた感じがします………

 

 

「い……一体………どういうことが起ころうとしているのでしょう…………」

 

 

 ここ数日間に立て続けに起こっている異変―――――それは確実に、負へとつながるものとなりつつありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:11】

 

 

【再生▶】

 

 

(ピッ)

 

 

 

『…………うふふふふh……………』

 

『かなり、動揺していr……………』

 

『でも、それは受けて当然なn………………』

 

『真k………g、そんなことをしなければ、そうはならなかっt……………』

 

『………うふふふふふふh………………』

 

『真k………が、どんなふうに苦しm……………楽しみd……………』

 

『そして…………蒼…………しのモノになる………………』

 

『待ち遠しi……………あはははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!』

 

 

 

『あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

(―――――プツン――――――)

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


最後のところがとても気になってしまうところです。



次回もよろしくお願いします。


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フォルダー1-4

 

(キーンコーンカーンコーン♪)

 

 

 1時限目の終了をお知らせするチャイムが気持ち良く響きますと、とても暇でしかなかった退屈な時間からようやく解放されたのだとハメを外してしまいます。

 

 

 

………ですが、そんな素晴らしい時間は、朝方にあった絵里ちゃんとの会話を思い出してしまったことで、気分はガタ落ち状態です…………

 

 

 

 

『私以外の子に渡しちゃダメよ』

 

 

 

 

 

 さっきの話を要約しますとこんな感じでしょうか、同時に、薄気味悪いあの笑顔も一緒になって思い出してしまいました………

 

 

 ううぅ………少し考えただけで体が震えてしまいます…………

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ!! 洋子ちゃん洋子ちゃん!!!」

 

 

 体をぐっと前に突き出してきて、私の前に現れた穂乃果ちゃんは、キラキラと目を輝かせてきます。 それと一緒にですね、ことりちゃんも同じように現れましては目を輝かせるのです。

 彼女たちが2人そろって私のところに来ると言うことは………まあ、あのことなのでしょうね………

 

 

「え~っと………なんでしょうか………?」

「洋子ちゃん! 今日も買いに来たよ! 何があるの? ねえ、教えてよ~!!」

「うんうん♪ 今のことりなら何でも買っちゃうよ! だ・か・ら、見せてくれますか?」

 

 

 御二方が口をそろえて言ってきたのは、案の定なことです。 わかりきってはいました。

 こんなにも明るく嬉しそうに声を弾ませ、さも、恋する乙女のように生き生きしている姿を見せられては、嫌でもそんなことなのだろうと感じてしまうのが、ここ数日間で理解したことです。

 

 しかし、悲しいことながらこうした表情をしているのは、彼女たちの中に“蒼一さん”と言う存在がいるから生じているものであって、それが無くなってしまうと、生き甲斐を失ったただの女の子となってしまうのです。 女の子として……女性として生きる者にとっては、当然のことながら前者を選びたいものですが、友人として……彼女たちの親友としては後者であることが何とも嬉しいことなのでしょうか…………

 

 

 

 ですが、今の彼女たちの目には、一筋の道しか映っていないのでしょう…………

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、そう言っていただけると本当に助かりますねぇ~………ですが、残念なことに在庫の方がもう無くなってしまいまして……それに、新しいのも出てこないわけでして………すみませんが、ここしばらくは出せそうもないのです、ハイ」

「えぇ~?! そうなの??」

「そうなんだぁ……残念………」

 

 

 快晴の空に急に雲が立ち込めて空を薄暗く覆うように、彼女たちの表情も同じく暗く沈んでいきました。 肩もガックシと落としては、気が抜けたかのように全身から力が失われてしまっていたかのようでした。

 

 

 

 すみません………これも御二方のためなのです……………

 

 

 

 

 親友に対して嘘をついているはずなのですが、何故か不思議と心に痛みを感じ無いのです。 むしろ、あたかもそれが正しいかのように納得しているのです。

 

 

 

 

 

「ああ! そうでした、すみません……これから少し用がありまして……失礼させていただきますね………」

「あれ? どうしたの? あともう少しでチャイムが鳴っちゃうよ?」

 

 私がこの微妙なタイミングで教室から離れようとしていることに疑問を抱きました穂乃果ちゃんが話してきますが、私には………その………やることがございまして…………

 

「あー………え~っとですね…………少し、花を摘ませていただきたいのですよ…………」

「お花を? 今から花壇の方に行ってどうするの?」

 

 あー……穂乃果ちゃん………これは、まったく理解していないようですね………女の子なのに……………

 

 

 

「穂乃果、ことり。 洋子を解放してあげて下さい。 洋子は御手洗いに行きたいと言っているのですよ!」

 

 うっひょ~! こんな素晴らしいタイミングで海未ちゃんが登場して下さるとは、実にありがたいのですが、そんなに大きな声で言わないでくださいよ! ただでさえ、あなたの声は通るのですから、クラス中に響き渡っちゃうじゃないですか、やだぁ~!!!

 

「で、では……そう言うことですので、失礼いたしますね!!」

 

 この場から逃げるように走りだしますと、そのまま廊下を奥に向かって突き進んでいきました。

 あの場に恥ずかしい気持ちが増し加わるばかりです! もう、ちょっとだけ怨んじゃいますよぉ~!!!

 

 涙目になる自分の衝動を抑えながらも私は走り続けるのでした………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くすっ」

 

 教室から出ようとした際に、小さな笑い声が聞こえていたような気がしました―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 私は廊下を走り抜けまして、ようやく女子トイレの中にはいることができました。

 

 

(キーンコーンカーンコーン♪)

 

 

 と、同時に、次の授業の時間のチャイムが鳴り響きました。

 

「ちょうどいいタイミングですね…………」

 

 私は、予想通り!と言った感じのニヤついた表情を浮かべながら奥へ入ります。

 そして、どこの個室が空いているのかを確認し始めます。 手前から1、2、3、4とある中で、一番奥の4つ目の個室だけが扉を閉めていました。 どうやら、先客がいるようです。

 

 

 私は早速、用を済ませるために中に入ろうとします―――――――

 

 

 

 

 

(コンコン)

 

 

 

 

 

―――――しかし、私が向かいましたのは、扉が閉まっている方です。

 

 

 

 

「耳」

 

 

 

 私がボソッと小さな声で話しますと、それに応えるように中から声が聞こえました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目」

 

 

 

 

 

 落ち着きを持った声が中から聞こえると、扉の鍵が外れる音がしました。 どうやら、中に入れるようですね。 そっと、扉を開けますと、洋式トイレの閉じた蓋の上に腕と脚を組んで待ち構えている少女がそこにいました。

 

 

 

「予定通りに来ていただきありがとうございます―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――西木野 真姫ちゃん♪」

 

 

 

 

 私は先程の授業の時間に、真姫ちゃん宛てにメールを一通送らせていただきまして、とある事情によりここに来ていただいたというわけなのですよ。

 

 

 

「はぁ………それで、こんな時間にこんな場所に呼び出して何の用なの?」

 

 眉間に小さなしわを寄せながら警戒心を抱かせるような雰囲気を感じさせますが、それなりに聞いてくれそうな態度を見せると、私は尽かさず話を進めていこうとします。

 

「いやですねぇ~……ちょっとだけ、興味深いものがございましてお聞きしようかと思ったわけでございますよ」

「何よそれ? 取材の延長か何かしら? そういうのは、また今度にしてくれない?」

「いえ~、そうにもいかないのですよねぇ~。 これは真姫ちゃんにとっても重要なことですし……」

「重要なこと? 私にとって?」

「はい、そうですよ~。 ということで、いくつか聞かせていただきますよ?」

 

 そう言って、私は内ポケットから数枚の写真を真姫ちゃんの前に提示しました。 それは、先程印刷しました蒼一さんと真姫ちゃんが一緒にいる時の様子を写した写真です。

すると、それを見て何かを思ったのでしょうか、眉を少しだけ動かす素振りを見せてくれました。

 

 

「そ、それがどうしたと言うの?」

「いえ~、ただどうして蒼一さんと毎日と言っていいほど一緒にいたりしているのかなぁと思いましてね。 それに蒼一さんの家にいる写真も多いのですが、これはどういうことなのでしょうか………?」

 

 

 真姫ちゃんは、体を少しビクつかせると「知らないわ」と言ってそれ以上のことを話してはくれませんでした。

 むう………これでは埒が明きませんね……………

 私はすぐに頭を切り替えて次のモノを見せ始めました。

 

 

「それでは…………こちらはどうなのですか?」

 

「―――っ!!???」

 

 

 すると、真姫ちゃんは血相を欠いたような表情を浮かべると、言葉にならない声を発して驚いていました。

 

 見せたモノ―――――――

 

 

 

 

 それは――――蒼一さんと真姫ちゃんがキスしている写真です―――――

 

 

 

「よ……洋子……あ、あなたは………!」

「いえ、何も言わなくても結構ですよ。 ただ私の質問に答えてくれるだけでいいのですよ………これは事実なんですか………?」

「……………………」

 

 

 真姫ちゃんはうんともすんともせず、ただ無言を通していた。

 その様子からして、何かあると踏むことは簡単なのですが、これもまた話が平行線上になってしまいそうでした。

 

 

「致し方ありませんか…………では、こちらはどうですか?」

 

 

 私は最後の持ち札を切り、提示させることにしました。

 

 

 それは――――あの下駄箱に挟んでありました“紙切れ”です。

 

 

「―――っ!!!!???」

 

 

 その紙切れを見た瞬間、真姫ちゃんは平静を保っていた表情を壊して、焦りと恐怖を含ませたモノとなっていました。 額から滂沱に流れ始める汗をぬぐい取ることも忘れ、体を震え上がらせるその様子を見ると、どうやら彼女にとって一番触れられたくもないところを突いてしまったようですね。

 

 

「ど……どうしてそれを…!!!「静かにしてください………!」…むぐっ!!?」

 

 

 私の手の内にありますこの紙切れを奪い取ろうと立ち上がり、手を伸ばそうとしていましたが、そうなる前に、声を張ろうとしていた口元を手で押さえ、その場で座らせました。 これには理由があるからです―――――

 

 

「いいですか……ここでの話は誰にも聞かれたくない内容なのです。 それに、この問題はあなただけのことだけで済まされるようなものではないと思うのです。 ですから……私が言ったことに正直に話をしてください……よろしいですか?」

 

 

 そう聞きますと、彼女は縦に首を振りました。 どうやら、私の話を聞いてくれるようです。

 

 早速、口元を押さえていました手を放しました。

 

 

「ぷはっ……! もぉ……息苦しかったじゃないの…………」

「致し方ないことなのです、我慢して下さいよ」

「そうね……で、洋子の言う話って言うのは?」

「はい。 先程、提示しました3つのことをおさらいしますね。 『はい』か『いいえ』で答えて下さいね?」

「………わかったわ…………」

 

 

 あまり納得が言っていない様子でしたが、しばらくは平静を保ってくれるだろうと願いつつ、先程のことを話し始めました。

 

 

「まず、1つ目。 蒼一さんと同棲をしているのですか?」

 

「………はい………」

 

 

 目を逸らしながらも小さな声でそう答えました。

 なるほど……やはりそうだったのですか…………

 

 

「では次に。 この写真に写っていることは事実なのですか?」

 

「……………はい……………」

 

 

……………これもですか…………………

 

 

 

 

 

「では最後に。 あの下駄箱に入っていたのは、この紙だけでしたか?」

 

「―――っ!!………い、いいえ………………」

 

 

 

 苦虫でも噛み締めるかのような表情を浮かべて、これを否定しました。

 

 私が朝方や映像で確認した際に見えた行動――――真姫ちゃんはあの時、何かをポケット中に仕舞いこんでいました。 それで、もしかしたら……?と勘が働いたわけなのです。

 

「ちなみに、今、ポケットの中に“それ”が入っていたりするのでしょうか?」

 

 この質問に、「はい」と答えた彼女は、手を震わせながらポケットに突っ込み、そこから何枚もの紙を掴んで渡してくれました。 無雑作に入れていたからでしょうか、ほとんどの紙はシワによる痛みがひどく、破れている個所がいくつも見受けられました。 しかし、そこに書かれている字は、先程提示したモノと同じく、大々と赤く太い文字でありましたのですぐに読むことができました。

 

 それらには、こう書かれておりました――――――

 

 

 

 

 

 

『卑怯者!!!』

 

 

『学校からいなくなれ!!!』

 

 

『消えてしまえ!!!』

 

 

 

 

――――などなどありまして、極め付けだったのが――――

 

 

 

 

 私が持っていた、蒼一さんと真姫ちゃんがキスをしている写真と同じ写真が出てきたことです―――――それも、真姫ちゃんの顔のところだけをボールペンのようなもので黒く塗り潰されていましたが…………

 

 

 

 私がそれらを確認していると、真姫ちゃんは体を震わせて話し始めました。

 

 

「そ、それが入っていた時………私……怖かったの………誰がこんなことをしたんだろう……誰が私のことをこう思っているんだろうって………これを書いたのはクラスメイトなのか……? それとも、上級生なのか………? それとも、μ’sの誰かなのか…………? もしかしたら……花陽か凛のどちらかが書いたんじゃないかって思っちゃったの………!! そう考えたら、周囲からの視線や話し声が気になって……みんな私のことを話しているんじゃないかって………!!」

 

「真姫ちゃん…………」

 

「誰にも相談できなかったわ…………誰が私の味方で誰が私の敵なのかの区別が全然できなかった………誰かから助けてほしかった………苦しいのは、もうイヤ! たくさんなのよ………!!」

 

 抑え込んでいた負の感情が、バケツをひっくり返すように飛び出すと、彼女は悲痛な声を上げて泣き始めました。 私たちの前では、決して弱気な面を見せない彼女がこうして涙を見せ、うつむく姿を見せていることだけでも、胸が苦しく張り裂けそうな感覚をひしひしと感じさせるのです。

 

 

 

 私は手をギュッと力を込めまして、私自身に強くあれと念じました。

 そして、その手で真姫ちゃんの手をとって、握りしめました。

 

「安心して下さい、真姫ちゃん! 私はあなたの味方です……!」

 

 この力を込めた言葉を彼女に聞かせますと、ぴたっと泣き止み、私の方に目を向けました。

 

 

「本当………なの………?」

「本当ですとも! この私、島田 洋子は、取材では嘘はつきますが、私の仲間に対しては正直者です!」

「そ、それじゃあ……あの写真は………? あれは、洋子がやったものじゃないの………?」

「いいえ、違います。 あれらの写真は、私のプリンターにデータで残っていたものを印刷しただけです。 真姫ちゃんにそれを送り付けたのは、違う人ですよ……!」

「そ……そうなの………………」

 

 

 まるで抜けたような声を出すと、全身を強張らせていた緊張が途切れたみたいに、体をぐったりさせました。

 

 

「私……あの写真を洋子から見せられた時、てっきり、あなたがやったのかと思ったわ………でも、違ったのね。 よかった………私には……まだ仲間がいたのね…………」

「そうですよ、あなたは1人ではありません。 私が付いておりますので、安心して下さいね」

 

 

「うん」と鼻をすすりながら話すその姿を見ながら、私は涙で汚れてしまった彼女の顔をハンカチなどを使ってキレイに整え始めたのでした。 顔は女の子の命みたいなものですからね、ちゃんとしなくちゃいけませんからね。

 

 

 

「それで、今後のことなのですが、私もいろいろな手段を使いまして犯人を調べることといたします」

「誰だかわかっているの………?」

「んー………大体なのですが……ね………」

「それじゃあ、すぐに捕まえちゃってよ!」

「それは難しいですよ………何せ、1人とは限らないかもしれませんし、何をするかわからないのですから………」

「どういうことなの?」

 

 

 疑問そうな表情を浮かべる真姫ちゃんに話を続けました。

 

 

「まず、私が目星を付けているのが複数人おりまして、どれにも、決定的な証拠が見つかっていません。 さらに言えば、今回の一件は何かが関係しているようにも思えます」

「その何かって、一体………?」

「真姫ちゃんが持っていた写真からの推測なのですが、“蒼一さん”が関わっているのではないかと思います」

「――――っ!!?」

 

 

 “蒼一さん”の一言を話した瞬間、彼女の表情が険しくなって反応しました。 それに、雰囲気も………

 

 

「まあ、確信的ではないのですが、それも視野に入れておくことも重要かと思います。 ですから、真姫ちゃんには、これから数日間は蒼一さんとの過剰な接触は控えてもらいたいのです」

「んなっ!!? ど、どうしてよ!!!?」

 

 

 今にも私に襲いかかりそうな勢いで立ち上がりますと、まるで敵視するかのような目で睨めつけてきました。

 

 

「いいですか? 今回の一件は、その犯人がその写真を見てあなたに恨みを抱いたものだと言うことが明確なのです。 そう考えますと、犯人は蒼一さんのことをあなたと同じくらい想っていると考えてもおかしくないでしょう」

「どういうこと?」

「では、このような例えを出しましょうか? もし、私が蒼一さんとキスをしましたらどうしm「ふざけないで、蒼一は私のモノよ! 誰にも渡さないわ!! あなたにもよ!!!」」

 

 

 私のたとえ話に対して、彼女はそれを真に受けたように敵意を抱き、何の躊躇もなく私の首元に手を伸ばそうとしていました。 幸いにも、直前にその腕を掴んだことで難を逃れることができましたが、私が懸念しているのはまさにこのことでした。

 

 

「……だから、こういうことなのですよ…………真姫ちゃんが“蒼一さん”のことをそう想って行動するのと同じように、犯人も同じもしくはそれ以上の行動をとるだろうと簡単に推測できるのですよ」

「………!! ご、ごめんなさい……………」

 

 

 正気を取り戻した彼女は、すぐに手を引っ込めては謝りました。

 

 

「そう謝らないでください。 今のは、私に非があるのですから」

「で、でも……私は洋子に手を…………」

「ですから、いいと言っているではありませんか。 第一優先は、まずあなたの身の安全なのですよ」

「ありがとう………そう言ってくれるだけでも心が休まるわ…………」

「当然ですよ。 お仲間のピンチには、駆けつけるのが道理と言ったモノですよ」

 

 

 そう言ってから、私は真姫ちゃんをここから帰しました。

 

 

 ここでの会話は聞かれてはいなさそうですね………途中から感情が高ぶって抑えきれていなかった部分もありましたが、何とか上手くいったって感じですね。

 

 颯爽と教室に戻ってからは、何事もなかったかのような素振りで今日一日の授業を受けて、また放課後がやってきた。

 

 

 今日もμ’sの練習は行われ、蒼一さんが来てくれたのですが、真姫ちゃんは約束通りに蒼一さんとの過剰な接触を避けてくれまして、この日には、不穏な動きを感じることもありませんでした。

 

 

 

 

 蒼一さんを想うほどに傷つけられてしまう…………なんとも、苦しい話ですね…………

 

 

 

 そして私は、今日も監視を始める―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:13】

 

 

【再生▶】

 

 

(ピッ)

 

 

 

『へぇ~………そうなn………………』

 

『まさか、洋子…………にも早く真姫……接触するなんて……………』

 

『でも、いい…………どちらにせよ、片付けなくちゃいけなかったnだから……………』

 

『それに、洋子………機材はどうしても欲しい…………………』

 

『……………に獲られる前にこっちに置きたい………………』

 

『そうしたら、もう私のモノに…………………!』

 

『ウフフフフフフフ…………楽しみに待ってて……………そu……………………』

 

 

 

 

 

 

(―――――プツン――――――)

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

疲れがたまり過ぎてきて、執筆しにくくなってきている今日この頃。

次回も頑張らせていただきます。


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フォルダー1-5

 

 

 真姫ちゃんとの会話が行われた翌日―――――

 

 私は、学校に通う生徒の誰よりも早く校舎内に入っていました。

 

 その目的は………………

 

 

 

 

 

 

「よっと……ありましたありました………今日も入っていましたよ……………」

 

 

 真姫ちゃんの下駄箱の中を調べますと、昨日と同じように誹謗中傷のメッセージが書かれた紙が出てきました。 書かれている内容は違う文面である一方で、その根本となるところは変わらないと言うのです。 まったく、一体誰がこのようなことをするのでしょうか?

 

 

―――っと。 考える前に、早くこれらを片づけなくてはなりませんね。

 

 

 回収しました紙をポケットの中に突っ込みますと、ささっと私の部室に向かって走りました。

 

 

 頑張らねばなりませんね……真姫ちゃんのためにも、μ’sのみなさんのためにも………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………ふふっ……………』

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

[ 広報部部室内 ]

 

 

「う~ん………またですか………………」

 

 

 部室に戻りました私は、すぐにこれを入れました犯人を特定すべく監視カメラの映像を見ていました。 ですが、またもや肝心の部分だけが切られていまして、真相を掴めないままになっていました。

 

 しかし、今回は不思議なことがありました。 前回は夜の10時頃からの1時間程度の空白でしたのに、今回は夕方の6時近くからの30分程度の空白が生じていたことです。 何故、犯人は人目に付くかもしれない時間帯にずらし、かつ、空白時間を狭めたのでしょう? 前回成功したから自信を持っていたのでしょうか? それとも、他に何か問題でも起こったからなのでしょうか?

 

 これもまた、神のみぞ知る……と言うことなのでしょうか………?

 

 

 頭の中では、様々なことを彷彿させていました。

 

 

 

 

 

 

「ん………? これは一体…………?」

 

 

 モニターを見ていましたら、気になる映像がチラホラと見えてきました。

 

 

 現在は空き教室となり、さらにはあまり人が出入りすることがないような場所にあるところに、人が出入りしている様子が見受けられるのです………

 

 

「ここら辺に設置したマイクはありましたっけ………?」

 

 

 PCの中に大量にありましたデータを荒探しを行うかのように見ていましたら、お目当てのデータが発見されました。

 

 

 

 

 

「【ファイルNo.14】ですか…………」

 

 

 私自身もあまり手を付けていなかったファイルで、確認しようとしていたけど、途中で諦めましたと言わんがばかりに放置されてあったのです。

 その忘れ去られていたファイルの中から最近のデータだけを引っ張って来ました。 昨日からの1週間分のデータ………これらから何が見つかるのでしょうか………?

 

 

 ぶるっと震えるような寒気を感じながらそれを聞き始めました。

 

 

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

(ピッ)

 

 

 

 

 

 

『――――――してる―――――――――しの――――じゃない――』

 

 

 

 ふぅ~む……小さくて聴きとり辛いですねぇ………音量を少しあげてみますか…………

 

 

 

 

『――――昨日から何か様子がおかしいのよ―――――何か知らない―――――?』

 

 

「この声は…………にこちゃん………?」

 

 

 ツンツンと尖ったような独特の口調で話をしているのは、μ’sのにこちゃんのようですね。

 

 しかし、少しだけドスの利いたような声と言いましょうか………いつものトーンよりも低く話をしているので、一瞬、誰なのかと耳を疑ってしまうところでした。 映像の方でもその時間帯の様子を見てみますと、確かに、夏場でもあるのに特徴的なピンクのカーディガンを着ている生徒が教室に入っていくのが見られました。

 

 

 

『ふ――――――気のせいじゃないの―――――――――?』

 

『気のせい? ふん、とぼけちゃってねぇ………期間は短いけど、これでもアンタと一緒に作業して来たんだから何となくわかっちゃうのよ……アンタが何かを隠しているってことをね………』

 

『―――――――なんだぁ~――――――さすがだね――――――』

 

 

 むむむ……このスピーカーでは、もう一方の声が聞こえ辛いです………残念なことにこれ以上は大きくすることは出来そうもないですねぇ………にこちゃんは誰と話をしているのでしょうか?

 

 モニターにイヤホンプラグを差し込み、それを耳に入れて何が聞こえるのかを澄ませて聴いてみると、私もよく聞くあの通った声でした…………

 

 

 

『この際、ハッキリと言わせてもらうわ。 アンタでしょ、真姫ちゃんに変な仕打ちを掛けているのは………真姫ちゃんをあんなふうにして、何が楽しいっていうのよ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ことり!!』

 

 

 

 

 

 

『ウフフフフ………あはははははははは!!!!』

 

 

 

 

 

 そこから聞こえてきたのは、ケタケタと笑い始める私の親友の―――――なんともおぞましい声でした。

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 廊下 ]

 

 

 放課後――――

 

 

 私は困惑していました。

 まさか、真姫ちゃんにあのようなことを行っていたのがことりちゃんだっただなんて…………時間が経った今でも、にわかに信じ難いことであると思っています。

 

 ですが、あの後に聞いた話を思い返してみると、計画的に実行していたのだと言うことがわかり、彼女が行ったのだと確信せざるをえませんでした。

 

 

「わかってはいます………わかってはいますけど………!!」

 

 

 私の中では、未だに葛藤が続いているのです――――ことりちゃんでないと言うことに―――――

 

 

 しかし、一度疑いを抱いてしまうと、それが真実なのだろうかと探ってしまうのが私の悪い性格。

 

 ですから、今現在、ことりちゃんの様子を見に行こうとしているのです。 出来ることならば、現実でないでほしいです…………

 

 

 

 

 

 アイドル研究部の部室に向かって歩いていますと、空き教室から声が聞こえてきました。

 壁越しに耳を傾けてみますと、渦中の人がそこにいるのでした。

 

 

 

 

「――――私ね、すごいことを聞いちゃったんだ~。 ねえ、何だか知りたい?」

 

 

 魅力的な甘い声で話をしますのは、ことりちゃんでした。

 

 一体、誰と話しているのでしょうか?

 息をひそめるようにして聞いてみますと、これまた聞いたことのある声でした―――!

 

 

 

「ねえねえ、ことりちゃん。 穂乃果たちにも教えてよ~」

「どうしたのことりちゃん? 一体何を聞いちゃったの?」

 

 

 穂乃果ちゃんに花陽ちゃん? プランタンメンバーが集結して、何をしているのでしょうか? それに、ことりちゃんは何を話そうとしているのでしょうか?

 

 今までの流れからすると、とても嫌な予感しか抱くことができない私には、この後に出てくる言葉がとても恐ろしく感じました。 それがどのような結果を招くものなのか………息を呑んでしまいます………!

 

 

「あのね…」と、ことりちゃんの口が開き、少し悲しそうな声を出てきますと、思ってもみなかった言葉が出てきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒼くんがね……μ’sの誰かに狙われているの………」

 

「「ッ―――――!!? ど、どういうこと(なんですか)!!!?」」

 

 

 蒼一さんがμ’sの誰かに狙われているだなんて………!!

 そ、そのような話は聞いた覚えもありませんよ………!!?

 

 その情報は誰からのモノなのでしょうか? 私が知らない間にその話は、浮上していたのでしょうか? いや、そうだとしたら、蒼一さんの周囲に何かしらの大きな変化が生じているはずでは……………ま、まさか………!!

 

 

 目が飛び出て来るほどに見開くと、とある内容が脳裏を駆け巡りました―――!!

 

 これまでのμ’sの動き………

 私の裏活動から見出される収入の変化とその源…………

 そして……今日までの監視データ…………!!

 

 

 すべてが一致した瞬間、1つの答えが導き出されました―――――!!

 この一連の流れを生み出した者が誰なのかということが―――――!!

 

 しかし、それが事実なのだとしたら、μ’sは今までどおりに活動出来るはずがありません!! 間違っています………そんなの間違っていますよ………!!!

 

 

 稲光が雷鳴よりも早く認知される程の速さで確信を抱いていますと、ことりちゃんが続けて何かを話していました。

 

 

 

「まだね、うわさ話でしかないから確信は無いんだけど、蒼くんを個人のモノにしようって考えている人がいるらしくってね、それで蒼くんを捕まえようと考えている人がいるんだって………」

 

「そ、そうなのことりちゃん?! 蒼君が………! 蒼君が……誰かのモノになっちゃうの!!?」

 

「そ、そんなぁ………!! 蒼一にぃがそんな……酷過ぎです………!!」

 

「ことりもそう思うよ………でも、まだ誰がそうしようとしているのかがわからないの………だからね、穂乃果ちゃん! 花陽ちゃん! ことりと一緒になって、蒼くんを守ってほしいの!!」

 

「「蒼君(蒼一にぃ)を守る……?」」

 

「そう! 私たちだからこそできることなんだよ! だって、ことりたちは………蒼くんのことが好きなんだから!!!」

 

「「――――!!」」

 

「それに、ことりたちのこの熱い気持ちで蒼くんを守ったら、きっと蒼くんから褒められるに違いないよ! 蒼くんが私たちのためだけに褒めてくれるんだよ! これはことりたちにしかできないんだよ!!」

 

「そう………だよね……穂乃果たちしかいないもんね………蒼君を助けてあげられるのは、穂乃果たちしかしないもんね……………」

 

「蒼一にぃが………花陽を褒めてくれる………? 蒼一にぃが花陽のためだけに褒めてくれるの………? 蒼一にぃ………蒼一にぃ……………」

 

「そうだよ………これは私たち3人にしかできないことなんだよ…………だからね、みんなには秘密だよ。 もちろん、蒼くんにも秘密にするんだよ。 すべてが終わった時に打ち明けるの、『私たちが蒼くんを守っていたんだよ』ってね………♪」

 

 

 

「ことりちゃん………私やるよ。 だって、蒼君のためなんだもん………穂乃果たちがやらないといけないんだもんね………!」

 

「私も頑張るよ………蒼一にぃは私の大切なお兄ちゃんなんだもん………絶対に助けるんだ………花陽たちでやるしかないんだよね…………」

 

「ありがとね、穂乃果ちゃん、花陽ちゃん。 蒼くんもきっと喜ぶに違いないよ♪ 一緒に頑張っていこうね! 蒼くんのことを苦しめる邪魔者は排除しないとね♪ そして、すべてが終わったら……蒼くんは、私たちだけの蒼くんになるの………!」

 

「私たち…………!」

 

「だけの……蒼一にぃ…………!」

 

「うん♪ そしたら、ずっと、ずぅ~っと蒼くんと一緒にいられるんだよ♪ だからね、それまで一緒にガンバロウネ、2人トモ―――――――」

 

 

 

 

 

「ッ――――!!!」

 

 

 脚に力を込めますと、私は全力で床を蹴りあげてこの場を立ち去りました。

 

 ことりちゃんの話を聞いて、疑惑が確信へとつながりました。

 すべての元凶は彼女にあった………!! ことりちゃんが、一連のことを起こした犯人なんだと、私は確信したのです!

 

 

 

 

 このことを早く話さなければ―――――!!!!

 

 

 私はあの教室からかなり離れたところで、携帯電話を手に取り、電話を掛け始めました。

 

 その相手は――――――――

 

 

 

「もしもし!! 聞こえてますか――――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――蒼一さん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ウフフ、逃さないよ♪」

 

 

 

 

 

 恐怖から逃げ去ろうと駆け抜ける私に這い寄ってくる影――――――

 

 

 私から日常を奪っていく者が私を捕まえようとしていた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:14】

 

 

 

【再生▶】

 

 

(ピッ)

 

 

『…………何がおかしいっていうのよ?!』

 

『―――ウフフ、そっかぁ……にこちゃんにはわかっちゃっていたんだね~。 ことりもうっかりしていたよ~』

 

『答えになっていないわね……アンタ、私の真姫ちゃんに何をする気なの?』

 

『ウフフフフ……“私の”……ねぇ………ウフフ……逆に、どうしてもらいたいのかな? 私だったらにこちゃんが望んでいることができるんだよ?』

 

『っ―――――!? んなっ、何を言っているのかしら………まったくわからないんですけど………』

 

『とぼけちゃって☆ 本当は、真姫ちゃんなんてどうでもいいと思っているくせに………』

 

『はぁっ!!? アンタいい加減にしn『ウソなの? 本当にウソなの?? ねえ、にこちゃん答えてみてよ。 本当にウソならちゃんと答えられるはずだよね? さあ、どうなのかな?』…っ~~~~~!!!』

 

『ウフフフフ………あははははははは!!!!! そうだよ……そうだよ、にこちゃん! にこちゃんの目には真姫ちゃんなんて映ってないんだから。 映っているのは違うんだもんね???』

 

『う、うるさい………!!!』

 

『知ってるよ……ことりは全部知っているんだよ? にこちゃんがずっと、“蒼くん”のことを見ていることをね………』

 

『っ―――――!!!』

 

『図星だよね♪ にこちゃんって、隠すのが下手だもんね~。 すぐにわかっちゃうんだよ?』

 

『だ、だからどうしたって言うのよ………アンタだって同じでしょうに………』

 

『違うよ~、私はずっと蒼くんのことしか考えていないよ? みんなよりもこの気持ちがちょっと強いだけだよ?』

 

『くっ―――――! 何を言っても無駄なようね………いいわ……アンタの好き勝手にはさせないわ……!!』

 

『だぁ~め♪ そうはいかないよ、にこちゃん。 そ・れ・に、にこちゃんももうちょっと素直になればいいのにね~』

 

『んなっ!? なに触ってんのよ!! 私に触れないでよ!!!』

 

『ウフフフフ…………今からにこちゃんを素直な子にしてあげるからね♪』

 

『やっ……! やめなさっ………!! うぐっ………!!!!!』

 

 

 

 

 

『に~こちゃん♪ 終わらないパーティ………はじめよ?』

 

 

 

『いや…………真姫…………ちゃ……ん…………………そ……う…………い…………………ち……………………』

 

 

 

 

 

 

(―――――プツン――――――)

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)





ドウモ、うp主です。

次回でFolder No.1が終わりそうです。

次なるステップアップが始まるようです。


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フォルダー1-6

 ハァ――――――――ハァ―――――――――ハァ―――――――――――!!!

 

 

 

 迫りくる恐怖に怯えながら廊下を一目散で駆け走っていく私は、留まることを知らずに進んでいました。

 

 

 

 目的地はどこかですか?

 

 

 

 さぁて、一体どこに向かっていると言うのでしょうかね? 私が知りたいくらいですよ。

 私は、ただひたすらに終わりなき終点に向かって走り続けるのでしょう………その先に何が待っているのかすら知らずに…………

 

 

 ですが、ここで足を止めてしまえば取り返しのつかないことが待っている――――そんな気がするのです。

 

 

 私の平穏な日常が壊れつつある――――――それをどうにかして阻止したいと願う私とそれを壊しに来る“魔物”が――――――

 

 

 

 

 

「っ―――――!!?」

 

 

 

 その“魔物”を目の前にした時、動き続けていた足が止まった。

 

 その瞬間に私自身へと手向けられた挨拶(プレゼント)を受け取ってしまったのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私からは逃げられないよ―――――洋子ちゃん♪」

 

 

「ことり………ちゃんっ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

――――時は少し巻き戻ります――――

 

 

 

 

「もしもし!! 聞こえてますか蒼一さん!!!!」

 

 

 走りながら携帯を取り出して、真っ先に電話した相手は蒼一さんです。

 なぜならば、この状況下では一番重要な立場にあるわけでして、彼がうまくこの状況に立ち回ってくれれば万事解決に向かっていくはずなのです!

 

 

 

『あ~……どうした洋子? 急ぎの用なのか?』

 

 

 気だるさを少々含ませたような声が携帯を通じて聞こえてきますと、私は尽かさず語らなければならないことを話し始めました!

 

 

「大変なんですよ、蒼一さん!! この状況はとってもマズイです………周りを火で囲まれるくらいに………前門の虎、後門の狼みたいな………MS(モビルスーツ)が紫色の服を着たお爺さんに素手で敗れるくらいにマズイ状況なんですよ!!!」

 

『すまん……最後の例えはいらない気がするのだが………とりあえず、何か問題が起こったって言う認識をすればいいんだよな?』

 

「つまりそう言うことです」

 

『だったらそう言えばいいのに…………』

 

 

 力の抜けた声でやれやれといったような声で返答が来ましたが、そんなの今は気にすることは無いです! いえ、必要のないことなのですよ!! 本題はこれからなのですから!!!

 

 

 

 

「いいですか、蒼一さん! これからいくつかの質問をしますので答えて下さい!!」

 

『お、おう………構わないが………?』

 

「わかりました。 では、最初に――――あなたの近くに居るのは、海未ちゃん、希ちゃん、凛ちゃんのリリホワメンバーでよろしいでしょうか?」

 

 

 

『ん。 そうだが……よくわかったなぁ、俺の隣に3人いるってことがよ』

 

 

 いえいえ、そうでもありませんよ。 電話に出た時、一瞬でしたが御三方の声が微かに聞こえたように思えたのです。 さらに言いますと、この御三方は今回の一件に重要な立ち位置にあるかもしれないと踏んでいたからです。

 

 

 

「さらに聞きます。 その御三方に変わった様子はありましたか? 答えにくい場合は、“はい”か“いいえ”で答えて下さい!」

 

 

『そうだな………“いいえ”だな。 特に、変わったことなんかないぞ?』

 

「そうですか………それはよかったです………」

 

 

 

 よかったです………これは予想通りというべきなのでしょうね。

 何故そのようなことが言えるのかといいますと、これまでの流れの中で1つの傾向が見られていたわけなのです。

 

 

 それが、私が帳簿に付けてます“裏取引収支報告帳”にありました。

 

 私の裏取引で販売させていただいてます、宗方さんのブロマイドの売れ行きをすべてこの中に記載させておりまして、その中に、宗方さんのモノを購入した方に特徴があったからです。

 

 

 その特徴というのが、“総購入額=蒼一さんへの執着心”であるということです。

 

 

 この傾向が確かであるという証拠を総購入額の上位3人を見てみましたらわかると思います。

 

 

 

 

 

 まず、購入した方の中でも急激な高額を注ぎ込みによって3番目に躍り出たのは、穂乃果ちゃんでした。

 あの時に見せられました大量購入が大きな決め手と言ってもいいでしょう。

 故に、あの蒼一さんに対する執着を見せつけています。 そしてここ最近では、何かあれば『蒼君、蒼君』と口を開けばそればかりを連呼するようになっている始末なのです―――――

 

 

 

 次に、絵里ちゃん―――――

 少々値引きしたかたちで販売していましたが、それでも、たくさん購入して下さいました。 それに、現在はそのすべての商品を直販させているため、急激に増えたわけなのです。

 彼女に関しては、表立った行動は見せてはいませんが………その裏では、計画的に蒼一さんといる時間を増やさんと計っているのです。 それも、排他的で自己中心的な考えを持って、です―――――――

 

 

 

 

 そして、この御二人をしのぎ、最上位にいましたのが―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ことりちゃんです――――――

 

 

 

 

 彼女は事あるごとに買いに来ていまして、新作が出ると誰よりも先に手に入れるのです。 以前なんて、新作を印刷している最中に覗き込んで待っていたくらいなのですから、熱中度合いはかなり高いものです。

 しかし、彼女だけはそれだけに留まってはいなかったのです………

 彼女は………ことりちゃんは、蒼一さんと共に暮らしている真姫ちゃんに対して嫌がらせを掛け始めたのです。 その真意というのは定かではありませんが、彼女にとって疎ましい存在となってしまったのではないかと推測されます。

 それに、にこちゃんに対してのあの一件も……………

 

 

 そんな彼女に私は恐怖しているのです―――――――

 

 

 

 

 このような御三方から順々に行きますと………

 

 花陽ちゃん―――――

 

 にこちゃん―――――

 

 海未ちゃん―――――

 

 

 と言った購入額順ができ上がっていったわけなのです。

 とは言っても、海未ちゃんの場合は、学年取材後のあの時だけでしか購入していませんので、皆無に等しいと言えたわけです。

 さらに、真姫ちゃん、希ちゃん、凛ちゃんは、撮影会で配布したあの1枚のみしか手元に置いていないそうなのです。 ただ真姫ちゃんの場合は、蒼一さんと同棲しているから手に持つ必要性がなかったのだと言うことを考慮させるとしたら―――――結果的に、リリホワメンバーは今回の一件には関わりがないものだと考えているため、変化が表れるようなことは無いと踏んでいたのです。

 

 その逆では、真姫ちゃん、にこちゃんの様子がわからない状態でのビビよりも、ことりちゃん、穂乃果ちゃんを含んだプランタンが危険な匂いを漂わせているわけなのです―――――

 

 

 

 

「次にですね、最近、真姫ちゃんの様子で変わったことはありませんか?」

 

『っ――――!! それはどういう意味なんだ………?』

 

 

 言葉に詰まったような声が聞こえてきたところを考えますと、蒼一さんは私が同棲の一件を知っているのではないかという懸念を抱いたのでしょうね。

 そうですよ、蒼一さん。 私はすでに聞いているのですよ………だから、こうして話しができるわけなのです。

 しかし、この場で言うのは控えた方がよさそうですね。 誰が聞いているのかわからないことですし…………

 

 

「特に深い意味はありません。 ただ、蒼一さんの視点からして、真姫ちゃんがどういうふうに見えているのかを知りたいのです」

 

『そうか…………それじゃあ、結論から言うとしたら昨日からおかしいと感じている』

 

「そうでしたかぁ………やはりあの一件が影響しているからなのでしょうね…………」

 

『何か知っているのか?』

 

「そのことについては、“はい”と答えておきましょう………いずれ、お話しを致しましょう」

 

『…………わかった。 それについては、洋子に任せる』

 

「話しがわかってもらえてうれしいですよ」

 

 

 蒼一さんの方も理解してくれた様子です。 これはいずれというよりも、今すぐにでも話し合いたいことなんですけどね。

 

 

「次に、これは私からの警告です。 しっかりと聞いてもらいたいのです………いいですか?」

 

『警告………? それは一体何なんだ?』

 

「とりあえず聞いて下さい。 いいですか、蒼一さんは穂乃果ちゃんたちのぼうs『そおぉぉぉぉいちぃぃぃぃぃ!!!!!』――――――!!?」

 

 

 突如、電話越しから聞こえてくる割れるような大きな声に話そうとしていた言葉が途切れてしまいました。 この声はまさか……………!!

 

 

 

 

 

『に、にこ!!? な、なにをするんだぁ!!!?』

 

『はぁぁぁん、そういちぃ~~♪ どうして、にこのところに来てくれなかったのよぉ~~~? にこねぇ~、ずぅ~~~っと待っていたのよぉ~~~? 蒼一が来るんじゃないかって、もう来るんじゃないかって、体をウズウズさせながら待っていたのよぉ~? おかげで、もう体が……この衝動が止まらないでいるのよぉ~~~!!!』

 

『ちょっ……何を言っているんだ、にこ!? いいから離れろ!!』

 

『いやよぉ~、にこと蒼一はもう運命の赤い糸で全身をぐるぐる巻きになるまで結ばれているのよ? もう離れるわけないじゃない?』

 

 

 

 電話越しから聞こえてくる、幼くも甘ったるい大人の魅力が出ている声に我を忘れそうになってしまいそうでした。 これは本当ににこちゃんなのでしょうか? これまで聞いていたあのにこちゃんの声は、こんな骨を抜かれたような声を発する人だったでしょうか? こんなにも、人を誘惑させるようなことをするような人だったでしょうか?

 

 いいえ、これは違います―――――何かが変わったのでしょう。 それも、ことりちゃんと接してから何かが――――――

 

 

 

『にこ! 何をしているのですか!!? 蒼一が嫌がっているではないですか!!』

 

『にこっち、それ以上はアカンって! そないなことをしたらアカンよ!!』

 

『にこちゃん! 止まってよ~~!!』

 

 

リリホワメンバーによる必死の行動が音声として伝わってきていますが、3人がかりでも動じていないと言うことも伝わってくるのです。 そして…………

 

 

 

『もぉお!!!! アンタたち邪魔よ!!!! 私と蒼一との仲を邪魔しないでくれる!!!!!』

 

 

 

(ブンッ!!!)

 

 

 

 

 苛立ちから発したような耳を痛ませる金切り声が響きますと、空を切るような何かを振り回す音が唸りあげました!

 

 それと一緒に聞こえてくるのは、女性の悲鳴――――リリホワメンバーによるものなのでしょう、声の大きさからして緊迫した状況が展開していることを物語っているようでした。

 

 

 

 

 

『―――――ガッ―――――ガギッ――――!!!!!!!!』

 

「っ~~~~~!!」

 

 

 

 何かが当たった音が聞こえますと、同時に強い衝撃音が耳の中に入り込んできます! そのあまりにも大きな音に、一瞬だけ、耳がキーンと音を立てたのです。 その痛いこと………

 

 

 耳鳴りが治まり、携帯の画面を見たら通話が終了されていました。

 こちらから切ったわけではありません。 どうやらあちら側によるものです。 蒼一さんが切ったのでしょうか? いえ、あの人は無言で切るような人ではありません。 となると、先程の衝撃音で蒼一さんの携帯に異変が起きたのでしょうか?

 

 

 

 くっ………! こんな時に限ってですか…………!! この重要な時に問題が生じてしまうだなんて………!!

 

 

 

 歯ぎしりをしてしまいたいような状況にありますが、ここで終わるわけにはいきませんでした。 まだです……まだ終わったわけではないんです!

 私が蒼一さんのところに行き、事の真相をすべて打ち明け、その対処に持ち込ませることができれば、まだ希望はあるのです!

 

 

 ですが、蒼一さんがどこにいるだなんて聞いていなかったですね………仕方ありません、しらみつぶしに行くしかないです………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして私は、目的地を見定めぬまま走りまわりました。

 

 

 しかし、蒼一さんに出会う前に――――――出会ってしまったのです。

 

 

 

 

 

 

 

「私からは逃げられないよ―――――洋子ちゃん♪」

 

 

「ことり………ちゃんっ………!!」

 

 

 

 そして現在、私の前に立ちはだかる存在が薄気味悪い笑みを浮かべてきたわけです。

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「んもぉ~、洋子ちゃん探しちゃったよぉ~。 ことりは会いたかったんだよぉ~?」

 

 

 緩んだ口元を人差し指で抑えながら話しをする彼女を見て、私は体を震わせました。 彼女は私に何をする気なのでしょうか? 会いたいだなんてそんな単純な言葉を発するだけなのに、この身の毛がよだつような感じは一体何なのでしょうか? 何かを含ませているに違いないと、直感がそう告げていました。

 

 

「そうですか……いやぁ~、すみませんが急用がありまして話しをしている暇は無いのですよ~♪」

 

 

 こちらはいつもの表情に切り替えて、道化の如くおちゃらけた感じを出してこの場をやり過ごして見ようと試みました。 今の彼女は、まともであるとは考えられないのです…………

 

 

 

 ですが――――――

 

 

「ウフフフフ………だぁ~め♪ 洋子ちゃんは~私とお話しをしなくっちゃだめなんだよぉ~?」

 

「っ―――――――!!」

 

 

 彼女の横を通り過ぎようとしたら、一瞬で私の前に立ち、逃げられないようにするためなのでしょうか、私の肩に手をおいてきたのです。

 

 

「あはは………また今度というわけにh「ダメだよ」……今はちょっと難s「ダメだよ」………行かなきゃn「ダメだよ」…………」

 

 

 私が話すことをことごとく打ち払うその言葉に、さすがに口をつぐんでしまいます。 それに彼女を傍から見れば、実に爽やかな表情ですね、と言ってもらえるようなのですが、私の視点からだと、微笑んでいるような目から薄らと開いた隙間から、冷淡な瞳を覗かせているのです。 その様子は、まるでお面でも付けたのかといったようで、本心が顔に出ないように隠している―――――そんな気がしてならないのです。

 

 

 

 

 

 

「もぉ~、洋子ちゃんたら逃げようとしちゃって~。 そんなに急いでも、蒼くんには会えないよ~」

 

「っ―――――!?」

 

 

 バレたッ―――――!! 脳裏をその言葉が稲光の如く駆け抜けました。

 

 まさか、私の行動をすでに把握していたと言うのでしょうか?! い、いえ……そのような事はありません………いくらなんでもそのようなことがあるはずが…………

 

 

 

「洋子ちゃん、さっき私たちが話をしていた時に聞いていたよね? ウフフ………盗み聞きはいけないんだよぉ~?」

 

「っ――――――――!!」

 

 

 やはりバレていましたッ――――――!!!

 

 

「それだけじゃないよ。 私がにこちゃんと話をしていた時のことを録音したデータから聞いて知っているんでしょ? ことりには、すべてお見通しなんだよ♪」

 

「っ―――――――――!?」

 

 

 ば、バカなッ―――――!!? そ、そんなことがあるはずがありません!! にこちゃんとのあの会話内容を私が知っているだなんて、何で知っているのですか?! しかも、録音したものからだと言うことも―――――!!

 

 

 ハッ――――!! ま、まさか――――――

 

 

 またしても、脳裏に稲光が駆け巡りだし始めました。

 

 彼女がそこまで知っている――――だとしたら、私の持つこれまでのデータをすべて把握していると言うこと―――――いえ、それだけじゃないはずです。 私がこの学校を監視するために設置したあらゆるモノをも認知していると言うことなのでしょう!!

 

 

 

 だ、だとしたら――――――彼女は――――――――――!!!

 

 

 

 

 

「ことりちゃんは…………にこちゃんに何をしたのですか…………?」

 

「にこちゃん? あぁ………アレね………ウフフ、どうだった? あの素直なにこちゃん♪ 最高だと思わない?」

 

 

 何とも思わないような弾みが掛かった声で話し始めました。 鼻歌でも歌っているのではないかと錯覚するほどに、陽気な感じでした。

 

 

 

 

 

 

―――――しかし、その瞳は笑っていませんでした。

 

 

 

 

「にこちゃんはねぇ、素直じゃないんだよねぇ~。 蒼くんのことが好きなのに、それを隠そうとしているだなんて………勿体ないとは思わない? だからね、蒼くんのことだけを考えられるように、おまじないをしてあげたんだよ♪」

 

「お、おまじない………ですか…………?」

 

「うん、そうだよ♪ こうやってね、耳元に近づいてね――――――」

 

 

 

 

 そう言うと、彼女は私の耳元に口を近づかせて息を吸いました。 そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

「蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き蒼くん大好き…………」

 

 

 お経のように間髪入れることなく何度も何度も繰り返し、蒼一さんのことを語り続ける彼女。

 その永遠と続く同じ言葉が私の頭の中に、ずいずいと入り込んできます! それは、聞くのが嫌になるというレベルではなく、脳が壊れそうになるくらいに言葉がうねりをあげてくるのです!!

 

 

 洗脳――――にこちゃんはこの手段によって、あのようなことになってしまったのでしょうか………いえ、それと同時に、にこちゃんの中にありました既存の感情と組み合わさったことで、あのようなにこちゃんが生まれたのでしょう……………

 

 

 

 ですが、私は――――――――――!!!

 

 

 

 

 

「ぐぁああああ!!! はぁ…………はぁ……………はぁ………………」

 

 

 理性を何とか保ちながら、彼女による洗脳術から脱出したのでした。

 

 

 

「うわぁ~! すごいねぇ~、洋子ちゃんは掛からなかったんだぁ~♪」

 

 

 讃えているのか、そうでないのか………何ともハッキリとしないような表情と声とのミスマッチ差が私を苦しめ始めています。 痛む頭を抱えながら待ち続けますと、また声が聞こえて―――――

 

 

 

 

 

「ねえ、洋子ちゃん。 私たちと一緒にしない?」

 

「な……何をです……………?」

 

「もぉ、とぼけちゃって………一緒に蒼くんのことを護ってほしいなぁ…………洋子ちゃんのその情報があれば、蒼くんの周りに付いている害虫を排除しやすくなるんだよねぇ~…………」

 

「ッ――――――――!!!」

 

 

 何を言い出すと思いきや、私に排斥の片棒を担げと言うのですか? 冗談ではありません!! 私はそのようなことのために、この情報を持っているわけではないのですよ!!

 

 

「お断りしますよ…………私は……ことりちゃんのやろうとしていることに反対なのですよ………それに、あなたのやろうとしていること…………止めさせていただきますよ…………!」

 

「止める…………? ことりを……………? アハハハハハハ!!! おもしろいよ、おもしろいよ洋子ちゃん!! けど、それは無理だよ。 無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!! 洋子ちゃんみたいな骨と皮しかないような貧弱な体じゃあ、私を止めることなんてできないよ!!!! まあ、精々叫ぶくらいはできるかもしれないね、負け犬の遠吠えみたいにね♪ アハハハハハハ!!!!!!!」

 

 

 口元が裂け、口の中が奥まで見えるくらいに大きく口を開き、高笑いをし始める親友。 もはや、それはいつも見ている華麗な天使のような姿ではなく、醜い悪魔のような姿をした親友だったものがそこに立っていたのでした。

 

 

「それじゃあ、仕方ないよね? 洋子ちゃんは私たちに協力しないんだもんね? 蒼くんが傷つくところをみたいって言うんだよね? 蒼くんと私を離れ離れにさせようっていう魂胆なんだよね??? …………ウフフフフ………そっかぁ………それじゃあ…………オシオキシナイトイケナイヨネ…………?」

 

 

 壊れかけのラジオのように独りでに語り始めては、口から聞こえてくるのは、耳が壊れるような不協和音。 ケタケタと笑いながらありえもしないことをスラスラと語り続けていく、その姿に恐怖を覚えない者はいないだろう…………そして、冷酷なるその魔の手が私に近づこうとしていました………!!

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ―――――!!!」

 

「きゃぁ!!!?」

 

 

 体を出来るだけ激しく揺らし、肩に掴まれていたその手を振り払いますと、全力をもってこの場から立ち去ろうと駆け始めました。

 彼女はこうなることを予想していなかったのでしょうか、振り払ってからはその場所を動くことなくこちらを見続けていました。

 

 どうやら追ってくる様子はなさそうですね。 そう認識をして、この長い廊下を走り続けたのでした。

 

 

 廊下の角に差し掛かったところで、彼女の方を振り返ってみると大分距離を取ることができ、これで完全に突き放したと確信することができたわけです。

 

 

 しかし――――――

 

 

 

 

 

 

―――――何故、ニヤけた表情をしていたのかわかりませんでした。

 

 

 

 私はそんなことを気にも留めず角を曲がりまs――――――――――(ガッ!)

 

 

 

 

 

 

 

「へ…………………?」

 

 

 

 

 

 強い衝撃が頭部を直撃させ、私の視界は目を回すように落ちていくのでした。

 

 

 

「なん…………です……………か……………?」

 

 

 

 一瞬の出来事に、私の脳は反応することができませんでした。

 視界に入る前に何かが私の頭部に直撃して――――激痛が走って―――――倒れていったのでした。

 

 

 

 一体、何が私の身に降りかかったと言うのでしょうか…………?

 

 かすみ行く視界の中に映り込んできたのは、思いもしなかった人物の姿でした―――――――

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:17】

 

 

【再生▶】

 

 

 

(ピッ)

 

 

 

「うわ~~~! すごいねぇ~~~!! 本当に一発で倒れちゃったよ~~~♪」

 

「伊達な鍛え方はしていませんからね。 この身はすべて、蒼一を護るためにあるのです」

 

「さすがだね! これで邪魔な者が1人いなくなったよ!」

 

「あとどのくらいいるのですか?」

 

「う~ん………それはまだ言えないかなぁ………どこで監視されているかわからないし」

 

「それもそうですね。 では、早く洋子を片付けましょうか」

 

「そうだね、そっちの方は任せるよ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――()()()()()♪」

 

 

 

 

 

「はい、わかっていますよ、ことり。 そちらもよろしくお願いしますよ」

 

「うん♪ 一緒に蒼くんを護ろうね♪」

 

「そうですね、私たちの手で蒼一を助ける…………ふふっ、腕が鳴ります」

 

「そうこなくっちゃね♪ それじゃあ、行こうか」

 

「ええ、参りましょうか――――――――」

 

 

 

 

(―――――プツン――――――)

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

ここでFolder No.1はおしまいで、次に、Folder No.2へと移行します。

また、視点も洋子から移りますので、そこのところも注意してみてください。


次回もよろしくお願いします。


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Folder No.2『実行』
フォルダー2-1


 

 

 あの日――――頭に激痛が走ったあの日に、俺の世界が急変したかのように思えた。

 

 

 

 

 

 始まりは、真姫の様子が変わったことだ。

 面白半分な気持ちで俺のことを弄んできていたあの真姫が、あの数日前のは何かが違っているように思えた。

 

 光をすべて飲み込んでしまうような淀んだ瞳と、体を縄で縛りつけてしまうかのような言葉、そして、そのすべてを取り込もうとしていたあの雰囲気―――――あれは、今まで見ていた真姫とはまったく違っていた。

 

 

 

 だが、それだけじゃなかった。

 真姫だけが変わっていたんじゃなかったんだ。 μ’sも………いや、正確に言えば、プランタンとビビのみんなの様子がおかしいように感じつつあったのだ。

 特に、プランタンなんて俺が穂乃果から歌詞が書かれてあろう用紙を受け取った瞬間に、一斉に襲いかかってきたのだ! 穂乃果とことりの両方から羽交い絞めにされ、花陽が正面から抱きついてくると言う息苦しい体制に持ち込まれそうになった。

 

 洋子のおかげで何とか難を乗り切ることが出来たものの、自力での脱出は難しいものだと感じている。

 

 

 

 しかし何故、俺なんかに執着しようとしているのだろうか…………?

 

 

 

 おかげで、昨日は作業に集中することができずに家に帰ってくることになった。

 だが、帰ってきても真姫から執拗なアプローチによって飯を作っている時でさえも落ち着かなかったのだ。 それに、注意とかしなかったら下着姿で這い寄ってくるのだから頭がクラクラして堪ったものじゃない。

 

 

 

 

 ドタバタといろいろとありながらも、ようやく静寂が取り戻すことが出来たのは、日付が変わる頃だった。

 

 よし、これでようやく作業ができるぞ! そう意気込みを入れてから、いつもの作業場で歌詞と向き合いをし始める――――――――

 

 

 

 

――――が、

 

 

 

 

 

 

「ねぇ………蒼一………いなくならないでよぉ……………」

 

 

 

 まるで、子猫のような微かな声で部屋に入ってきた真姫は、寝巻の状態で俺のいるところにやって来ては、そのまま俺の首に腕を回すように抱きついて来て、しばらく気持ち良さそうに眠りについてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 もはや、俺の気を休ませる場所は存在しないのだろうか………な…………?

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 日付が変わっての朝―――――

 

 

 俺の寝床には真姫の姿が………って、もういつものことのようになっているような気がする…………

 

 昨日は、真姫のために設けた部屋のベッドに寝させたはずなのだが、朝、目を覚ますと何故か隣でぐっすりと綺麗な寝顔と甘い吐息をこちらに向けてくれる。

 

 ただなんと言うか……こうした寝顔を見ていると、どうも心の奥底に眠らせているカワイイもの好きの精神が呼び起こされてしまうことが多々ある。 穏やかな眠りについたその顔は子猫のような小動物を彷彿させるかの如くと言ったところだろう。 だから、ついついその頭や頬を寝ながら撫でてしまいたくなってしまうのだ。

 

 だが、それは一歩間違うと致命傷なことが起こってしまうのだ――――――

 

 

 

「ふふっ、寝込みを襲うなんて……蒼一もやるようになったじゃないの♪」

 

 

 そう……子猫(真姫)の眠りを覚まさせてしまうことをしてしまうと、そこから約数十分にも及ぶ攻防戦が始まるのだ。 特に、最近は激しいモノで……こちらが力負けして押し倒されてしまうこともあったりすることもしばしば…………

 

 

 それもすべてあの日から変わってしまったのかもしれない―――――――

 

 

 

 

 そんな真姫の行動は学校でも変わらない―――――

 

 

 俺が学校に来るやいなや、俺の腕にしがみ付いてはそのまま部室の方まで案内させられてしまう。 その途中では、穂乃果たちが俺が来るのを待ち構えているように立っていて、俺の姿を見るとすぐさま俺の周りに集まってくるのだ。 身動きが取れないったらありゃしない。 おまけに、6人の女の子たちがこれでもかというくらいに体を押し付けて来るので、込み上がってくる理性と血を何とか留めさせようと努めていた。

 

 

 そんな俺の姿を洋子やリリホワのメンバーは呆れたような眼差しを送っては、溜め息を漏らすばかりだった。 すまんけど、溜め息を漏らしたいのはこっち何だけどな……………

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 その翌日―――――

 

 

 今日もいつもと変わらない日常………いや、ここは題打って“非”日常とでも言っておくべきだな。 俺にとっては、こんな生活は長年経験した中でも異常なモノとして考えた方がいいのかもしれない。 ただし、そんな“非”日常に満足している俺もいるというのが不思議だ。

 

 

 

 

 

「ねえ、ちょっと体貸して♪」

 

 

 真姫が登校するために玄関から出ようとした時、両手を広げては不敵な笑みを浮かばせてこちらが来るのを伺っているようだ。 俺は一瞬どうしようかと戸惑ったのだが、「してくれないと学校を休むわ!!」というものだから渋々体を貸すことに…………

 

 

 

「あぁ………いいわ…………いいわよ…………………」

 

 

 深みにはまってしまいそうな甘い吐息に全身を震わせる。

 真姫のされるがままの状態を続けさせていくことに、いつしか俺は諦めを感じていた。

 

 

 

 

「スンスン…………スンスン……………(ああ、たまらない……たまらない匂いだわ………)」

 

 

 

 

 

――――だが俺は、そうしたことを諦めさせなくてはいけなかったのだ。 俺にとっても……真姫にとっても………だった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、何かがおかしい気を感じた―――――

 

 というのも、昨日に引き続くのであるならば、真姫を先頭に6人が俺に襲いかかってくるのだが、何故か、真姫が朝とは打って変わって大人しかったのだ。 また、変なことと言えば、今日はやけに誰かに見られているような気がしてならなかった。

 

 気のせいなのだろうか……………?

 

 

 

 

 だが、練習が終わり、その帰路に辿り着き家の中に入ると、真姫は持っていたカバンを玄関に投げ捨ててぶつかるように俺に抱きついてきたのだった。 それはとても荒々しく呼吸をしては、俺のありとあらゆるところを舐めまわすように触れてきた。

 

 そして、終始俺の名前を口にしていたのだった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――曇りきったその瞳を向けて―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 そのまた翌日、定時の登校―――――

 

 

 いつものように職員用の玄関からひっそりと入っていくのだが………アイツらは…………?

 

 

 

「…………………」

 

 

 

…………ん? やけに静かだな………?

 

 いつもならば、校舎内に入った瞬間に襲いかかってくるのだが………誰もいないのか………?

 

 

 これはしめた! と思い、そそくさと中に入り部室へと直行する。

 誰からも襲われることが無いこの当たり前な時間を大事にしていきたいものだと、ただただ深く思うのだった。

 

 

 

 

 

「あっ! 蒼一ぃ~!」

 

 

 しばらく廊下を歩いていると、後ろの方からやけに元気な声が飛び込んできた。

 振り返ってみると、希を先頭に海未と凛が歩いてくるのが見えた。 このメンツなら大丈夫だろうと、一瞬だけ焦りだしていた心を落ち着けて、3人の方に体を向けた。

 

 

「あぁ、お前たちか。 今から部室に行くのか?」

 

「そうやで、ほんなら蒼一も一緒に行こか?」

 

「そうだな、少し落ち着きながら行きたいもんだな」

 

「何かあったのですか、蒼一?」

 

「いや……ただ気分的にゆっくり行きたいだけさ………」

 

 

「そうですか…?」と首をかしげながらも海未たちは了承してくれた。

 すると、凛が「それじゃあ、いっくよぉ~♪」と元気いっぱいに声を上げて歩きだしたので、俺たちはその後をついて行くように歩きだした。

 

 この歩いている間、凛と希の面白い話題を提供され、その内容に対して海未がツッコミを入れるというほのぼのとした時間を過ごすことを俺に与えられたのだ。

 

 そうだよ………俺はこういう時間を大切にしたいって思っているんだよ…………誰にも邪魔されることのない至福を含んだこの空間を………

 

 

 

 

 

 

(bbbbbbbbb―――――)

 

 

 

 ポケットの中に仕舞いこんでいた携帯が震えだしたので、それを手にした。

 

 相手は………洋子か……?

 あっちから連絡を入れて来るのは、めずらしいなと感じながらも電話に出た。

 

 

 

「もs『もしもし!! 聞こえてますか蒼一さん!!!!』…………」

 

 

 こちらが話すよりも先にあちらからの声が俺の声をさえぎった。

 

 

 

「あ~……どうした洋子? 急ぎの用なのか?」

 

 

 先程の大声を耳元で聞いてしまったためか、耳鳴りがし始めており、頭にガンガンと響くモノがあった。 そのためか、自然と力の抜けた声になってしまうのだ。

 

 

『大変なんですよ、蒼一さん!! この状況はとってもマズイです………周りを火で囲まれるくらいに………前門の虎、後門の狼みたいな………MS(モビルスーツ)が紫色の服を着たお爺さんに素手で敗れるくらいにマズイ状況なんですよ!!!』

 

 

 ペラペラと早口に話し始める洋子の言葉に、脳が活性化し始める。

 というか、最後の例えはなんだよ? 東方不敗か? まあいい……洋子が焦っているのはよくわかった気がする………

 

 

「すまん……最後の例えはいらない気がするのだが………とりあえず、何か問題が起こったって言う認識をすればいいんだよな?」

 

『つまりそう言うことです』

 

「だったらそう言えばいいのに…………」

 

 

 心に思ってしまっていたことがそのまま口に出てきてしまう………少しだけ呆れてしまいそうになっていた。 だが、洋子は俺のことなど気にも留めることなく話を続けたのだ。

 

 

『いいですか、蒼一さん! これからいくつかの質問をしますので答えて下さい!!」

 

「お、おう………構わないが………?」

 

 

 いきなり何を言い出すのやらと思おうとするよりも早く、洋子が話をし始める。

 

 

『わかりました。 では、最初に――――あなたの近くに居るのは、海未ちゃん、希ちゃん、凛ちゃんのリリホワメンバーでよろしいでしょうか?』

 

 

 ん? と疑問に思いながらも俺は周りを見渡す。

 確かに、海未、希、凛は俺の近くに居るのだが、よくそれがわかったなぁ、と驚きを抱いた。

 

 

「ん。 そうだが……よくわかったなぁ、俺の隣に3人いるってことがよ」

 

 

 洋子にも希のようなズピリチュアルなモンでも備わっているんじゃないかって思ったよ。

 

 

『さらに聞きます。 その御三方に変わった様子はありましたか? 答えにくい場合は、“はい”か“いいえ”で答えて下さい!』

 

「そうだな………“いいえ”だな。 特に、変わったことなんかないぞ?」

 

『そうですか………それはよかったです………』

 

 

 それはどういう意味を含んでいるのだろうか? 洋子が一体何を考えているのか、俺には理解することができなかった。 ただ、わかることと言えば、電話越しから伝わる激しい息切れ……何か焦っているようにも思えたのだ。

 

 

 

 

 

『次にですね、最近、真姫ちゃんの様子で変わったことはありませんか?」

 

「っ――――!! それはどういう意味なんだ………?」

 

『特に深い意味はありません。 ただ、蒼一さんの視点からして、真姫ちゃんがどういうふうに見えているのかを知りたいのです』

 

 

 洋子の言葉に思わず声を荒げてしまう。

 それは、洋子が俺と真姫が同棲していることを知っているのではないかという憶測が脳裏をよぎったからだ。 まさか……いや、洋子ならありえなくもない話かもしれない。 何せこの学校の様々な情報を手にしている人物なのだ。 俺たちの状況くらい把握出来ていてもおかしくは無い。 ただ、それが本当ならば俺の予定が狂ってしまう! 出来ることならば、もう少し時間をおいてから話をするつもりだったからだ。

 

 このことは少し追求したい……だが、この場で聞くのは忍び難いものがある。 海未たちがいるからな…………

 

 

「そうか…………それじゃあ、結論から言うとしたら昨日からおかしいと感じている」

 

 

 完結的な言葉を持ってその問に答えることで収めることにした。

 

 

『そうでしたかぁ………やはりあの一件が影響しているからなのでしょうね………』

 

 

“あの一件”………? それは一体何を指しているものなのだろうか…………?

 

 

「何か知っているのか?」

 

『そのことについては、“はい”と答えておきましょう………いずれ、お話しを致しましょう』

 

 

 深い意味を含ませたその言葉に阻まれ、その真意を確かめられなかった。

 だが、これは致し方ないことだと割り切るほかなかった。

 

 

「…………わかった。 それについては、洋子に任せる」

 

『話しがわかってもらえてうれしいですよ』

 

 

 俺的には、いずれとは言わずに今すぐにでも聞き出しておきたいことなんだが………そう言うわけにもいかなさそうだな。

 

 

『次に、これは私からの警告です。 しっかりと聞いてもらいたいのです………いいですか?』

 

「警告………? それは一体何なんだ?」

 

 

 洋子が改まって何かを聞き出そうと声を整えた。

 この感じからすると、これからが本題なのかもしれない………気持ちを整える。

 

 

『とりあえず聞いて下さい。 いいですか、蒼一さんは穂乃果ちゃんたちのぼうs「そおぉぉぉぉいちぃぃぃぃぃ!!!!!」』

 

「っ―――――!!?」

 

 

 通話を遮るかのような声が辺りに残響した。

 

 この声は………まさか……!!

 そう頭の中で理解し始めていたその時、正面から猛突進してくるモノがこちらに近づいていた! 正面を言っていた凛は、それを抑えることができず横に逸れ、それはそのまま俺の胸元に向かって飛び込んできたのだった!!

 

 

 その特徴的な黒髪のツインテールをふわりとなびかせながら、彼女は強く抱きついてきたのだ!!

 

 

「に、にこ!!? な、なにをするんだぁ!!!?」

 

 

 そう、それは紛れもない、にこだったのだ。

 

 

「はぁぁぁん、そういちぃ~~♪ どうして、にこのところに来てくれなかったのよぉ~~~? にこねぇ~、ずぅ~~~っと待っていたのよぉ~~~? 蒼一が来るんじゃないかって、もう来るんじゃないかって、もう来るんじゃないかって、体をウズウズさせながら待っていたのよぉ~? おかげで、もう体が……この衝動が止まらないでいるのよぉ~~~!!!」

 

「ちょっ……何を言っているんだ、にこ!? いいから離れろ」

 

「いやよぉ~、にこと蒼一はもう運命の赤い糸で全身をぐるぐる巻きになるまで結ばれているのよ? もう離れるわけないじゃない?」

 

 

 目尻をとろんと垂れ下がらせ、顔を赤く染めた彼女の口から次から次へと言葉が飛び出してくる。 酒にでも酔っているんじゃないだろうかと錯覚してしまいそうなその一方的な会話が俺を困らせていた。

 

 濁り淀んだ瞳がこちらを伺っていた。

 

 このにこはいつものにこではない―――――そう判断するのに時間など必要なかった。

 それに、この感じはどこかで触れたことがありそうなものだった。 いつだっただろうか………? まったく思い出せずにいたのだった。

 

 ただ、その前ににこを払い除けようと必死にもがき続けた!!

 

 

「にこ! 何をしているのですか!!? 蒼一が嫌がっているではないですか!!」

 

「にこっち、それ以上はアカンって! そないなことをしたらアカンよ!!」

 

「にこちゃん! 止まってよ~~!!」

 

 

 俺の様子を見ていた海未たちは一緒になってにこを俺の体から離れさせようとしてくれていた。 だが、海未たちの力をもってしてもにこはビクともしなかった! というか、逆にもっと強く抱きついてくるのだった!!

 

 

 

「もぉお!!!! アンタたち邪魔よ!!!! 私と蒼一との仲を邪魔しないでくれる!!!!!」

 

 

(ブンッ!!!)

 

 

 空を切るような音が唸りあがった。

 にこの何かがキレたのだろうか、にこの体を掴んでいた海未たちの手を彼女の腕から出た一振りによって振り払ったのだった。

 

 その一瞬の出来事に、海未たちは「きゃぁ!!!?」と叫び声をあげてはその場で倒れ込む始末だった。 またそこに、にこはそのまま腕を振りかざして海未たちの方に向かっていこうとしたので、俺はそれを何とか喰い止めようと抑え込もうとする。

 

 だが、あまりにも乱暴な動作をするため1人で抑え込むには心許なかった。 そのためか、いとも容易く振り払われてしまう。

 

 

 その時、所持していた携帯が飛ばされ、床に鈍い音をたてて落ちていったのだった。

 

 

 

 

「蒼一は私のモノよ…………誰にも渡さない………誰にも邪魔させない………」

 

 

 ブツブツとひとり言のように話をするにこに危険を感知すると、もう一度にこを抑え込もうとする………だが―――――

 

 

 

「あああもう!!! 邪魔しないでくれる!!!!!」

 

 

(ブンッ!!!)

 

 

 にこはもう一度腕を振り回して俺の手を払い除けようとした。 こちらは当たるものかよ、と掴んでいた手を放して逃げようとしたのだが――――――

 

 

 

 

 

(ガッ!!!)

 

 

「ぐはっ!!!?」

 

 

 そのあまりにも早い動きに反応することができずに、にこの腕が頭部側面に直撃してしまったのだ。 いくらにこの華奢な体といえど、力を込めれば相当な打撃となる。 それが頭部に当たってしまったため、その反動で倒れてしまう。

 

 

 

 

 

 

「ッ――――!!? そ、蒼一!!?」

 

 

 そんな俺の様子にいち早く気が付いたのは、皮肉なことに原因を作ったにこ本人だった。 にこはそのまま座り込んで俺の上半身を引き起こしては、頭をにこの膝に乗せ、にこが打ち当てた個所をやさしく撫で始め「ごめんなさい……ごめんなさい……」と瞳をうるわせながら謝ってくるので、怒る気が抜けていってしまった。

 

 

 仕方ないなと溜め息をついて、俺も仰向けの状態だったが腕を伸ばしてにこの頭に手をおいて「大丈夫だ……心配すんな」と撫でてあげた。

 

 

 その時見せたにこの顔は、あの日―――部室で見せてくれた時と同じような顔をしていたようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 その後、落ちてしまった携帯を手にしたのだが、電源が落ちていた。 どうやら、先程の衝撃によってバッテリーとの接触不良でも起こしたんだろうと思いつつ電源を入れ直す。

 

 幸いなことに、データはまだ死んではいなかったようだ。

 ただ、さっきの通話は終わったけどな……………

 

 

「洋子は俺に何を伝えようとしていたのだろうか………?」

 

 

 それが気になっていたので、電話を掛けてみることにしたのだが、何度やっても出てくる様子もなかった。 仕方ない、またあとで聞くとしようかと割り切り、この場に留まっていたにこと海未たちを連れて部室に行こうとした。

 

 しかし、よく見ていたら海未の姿だけが消えていることに気付いたが、この後の練習中に戻ってきたので、特に気にしてなかった。

 

 

 

 その他で練習中に変化があったとしたら、真姫に続いてにこも大人しくなっていた。

さっきのこともあるから仕方のないことだろうと思い、これも気にすることもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日―――――

 

 

 部室に来て、開口一番に海未から聞かされたのは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

――――という唐突な話だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:21】

 

 

(データが保存されてあったはずなのだが、削除されて聞くことが出来ない)

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 





どうも、うp主です。


今回は蒼一視点でこれまでの流れを見ていったわけです。

さて、次回は違う視点からこの物語を見ていきましょう……………


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 あの日、私は一度死んだ―――――

 

 

 それから、私は深くて…寒くて…怖い…あの場所へと落ちていった――――――

 

 すべてを受け入れようかと思った―――――――

 

 それが私の罪なのならば当然のことだと思った―――――――

 

 

 

 けど、そんな私をあなたは強引に引き上げてくれた―――――――

 

 そして、私に生きる意味を与えてくれた――――――――

 

 

 

 

 

 そう―――――

 

 

 

 

 私があなたを愛すること―――――

 

 私があなたのことを好きでいられる―――――

 

 

 それが私の生きる理由――――――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 私と蒼一が一緒に暮らすことになったということをパパから聞かされた時、天にまで昇るような気持ちになったわ。 だって、私の愛する人を肌と肌とを合わせることができるくらい近くにいられるのだもの、こんなに嬉しいことはなかったわ。

 

 

 けど、どうしてそういう話になったのかは聞かされなかった。

 でも、理由なんていらなかった。 ただ、蒼一と居られるだけでそれでよかったのだから。

 

 

 

 蒼一と暮らし始めるようになってから、私は出来るだけ長く蒼一と一緒にいようとした。 起きる時、食事をする時、行動する時、お風呂に入る時、寝る時など、蒼一がいるあらゆる場所に付いて行こうとした。 それは蒼一と一緒に生活しているのだということを実感したかったから…………

 

 

 

 そんな私の気持ちは、留まるところを知らなかった。

 私の内に、もう1人の私が入って行ったことで、以前よりも自分に素直になれていた私がいた。 だから、こうした一連の行動をとることができたの。 そうでなければ、出来っこなかったのだから。

 

 

 

 そして、私は持っているすべての勇気を振り絞って、この想いを蒼一に伝えた―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――でも、応えてくれなかった

 

 

 

 ()()()()を聞いた時、私は愕然としてしまった。

 想いを応えてくれなかったことよりも、そのことの方が強く私に圧し掛かってしまった。

 

 

 あぁ、私のこの想いは決して伝わらないのだろう…………

 

 

 この切なる願いは泡沫のように消えて無くなってしまうのだろう―――――そう思っていました。

 

 

 

 

 

 けれど――――――

 

 

 私の内にいた()()1()()()()が、『諦めないで!』と応援してくれたの………!

 

 だから私は、諦めなかった。 そして――――――

 

 

 

――――――必ずあなたを振り向かせる。 そう祈り、そう誓ったの――――――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――それがどんな手を用いてでも―――――ね―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 それから私は、蒼一のことしか考えられなくなっていった――――――

 

 

 学校の授業を受けている最中も、蒼一のことでいっぱいになっていた。 当然、授業内容なんて頭に入ることはなかったわ。 けど、そんなの些細なことよ。 そのくらいの内容なんて、すぐにやってのけてしまうのだから関係ないわ。

 

 そんなことよりも、蒼一のことが知りたかったの。

 どうすれば、あなたを振り向かせることができるのだろうかと、いろいろを考えてみては、それを家にいる時などで実行してみたりしたわ。

 成功までには至らなかったけど、一歩一歩と着実に進んでいるっていう実感を得られることができたわ。

 

 

 

 

 

 

 そんなある日のこと――――――

 

 

 私は、蒼一と一緒にお風呂に入ろうかと試みた。

 過去に何度か試してみたものの、一緒に入った直後には追い出されてしまってうまくいかなかった。

 

 

 

 けど、今回は違うわ。 初めて成功したのよ。

 それは蒼一が体を洗っている最中に入っていくというものだったわ。 蒼一は体、特に頭を洗っている時が油断しやすい瞬間だったわ。

 

 私はそれを見逃さなかった。

 私は大胆にも裸のままで蒼一の後ろに這い寄ってみることにしたの。 するとどうだろう、蒼一に気付かれることなく後ろに付くことが出来た。 それに、蒼一は私の体を見ることを恥じらい、躊躇っているようなので、追い出されるようなことはされなかったわ。

 

 

 

 

 その時、私は蒼一の背中にある傷を改めて見たの。

 私の不注意でこんなに痛々しい傷を負ってしまうだなんて、これのせいでずっと苦しんできていたんじゃないかと思い込んでしまった。 そしたら、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。 そして私は、蒼一が苦しんだ分だけ癒してあげたい………喜ばせてあげたいと、そう誓ったの。

 

 でも、そんな私を蒼一はやさしく包み込んでくれた。

 私はあなたにどれだけの苦しみを与えたことだろうか………あなたが抱いていた夢さえも打ち壊してしまったこんな私でさえも、あなたはこうしてやさしくしてくれる――――――そんなあなただから、私は惹かれていってしまったのかもしれないわね。

 

 

 

 

 

 

 蒼一のやさしさに触れた私は、感情を抑えられなかった。

 今すぐにでもあなたを抱きしめてあげたかった。 私のこの気持ちをあなたに示したかった――――――だから、あなたを抱きしめたの。 強く強く、私の胸の中にその顔を埋もらせて伝えようとしたの。

 

 

 

 

 そしたら、蒼一は辺りが真っ赤に染めてしまうほど吐血してから気絶してしまったの。

 大変だわ!と思いすぐに救急車を呼ぼうかと思ったのだけど、以前、蒼一の口から、異性の何かしらの行為によっては気絶するほど吐血してしまうことがあるかもしれないが、命が危険になることはないぞ、と言っていたことを思い出したの。

 一応、脈や心拍を調べたけど、本当に問題はなかったわ。 実に不思議だったわ。

 そして、お互いの体に付いた血を取り除くために、蒼一の体を抱き寄せて洗い流し始めた。 蒼一は気絶しているから私がやらなくちゃいけなかった。 でも、苦ではなかったわ。 曲がりなりにもこうして肌と肌を重ねあえ、触れ合える時が与えられたことに感謝したかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――どくん―――――――――――

 

 

 

 

 

 そんな時だったわ。

 私の中で何かが大きく揺れ動いたような気がしたの。

 

 そして、それはモヤモヤとした感覚となって私の心を覆ってきたようだった――――――

 

 

 な、何なのかしら―――――――?!

 

 

 今までに感じたことのないものを内側から察した時、ぐわんと振り回されたかのように視界が揺らいでしまう。

 一旦、目を塞いで気持ちを落ち着かせると、視界を元の場所へと戻す。

 

 すると、どういうことなのか――――これまでの光景が大きく変わっていくような感じがしたわ。

 

 

 

――――――――どくん――――――――どくん―――――――――

 

 

 

 胸が大きく高まっていく、こんな気持ち初めてかもしれない―――――――

 

 胸の鼓動が高まっていく中、私の視界の中に蒼一の姿が映り込む―――――――――

 

 

 

「っ――――――!!」

 

 

 私は蒼一の体を改めて見た時、言葉にならないような胸の高まりを感じ始めたの。

 

 止まらない………止まらない………この胸の高まりが止まらないの………! 熱い………体が熱くなっていくわ………!!

 

 じんじんと燃えるような熱さを内側から感じると、また視界がぼぉーっとぼやけ始めてきた。 目蓋を押さえる力が次第に弱まっていく中、何故か、蒼一が視界に入り込んだ時だけはハッキリと……いえ、それ以上なモノに見えるようになったわ……………

 

 

 

 美しい―――――それは息を呑むほどのものだった。 まるで、この世のモノでないような新しい芸術品のような美しさを見てとれた。

 

 

 私は蒼一の体に触れ始めた。

 

 足を――――

 

 太ももを――――

 

 お腹を――――

 

 胸を――――

 

 肩を――――

 

 腕を――――

 

 指先を――――

 

 首を――――

 

 

 そして、顔を―――――――

 

 

 指でなぞるようにして触れたすべての部位をこの手で感じ取った。 そうしたら不思議なことに、とてもいい気分になっていったの。 蒼一に触れている時、蒼一と肌を合わせている時の私はとても生き生きとしているようで気分が良かったの。

 

 

 

―――――――どくん―――――――どくん―――――――どくん――――――――

 

 

 

 

 それはどうしてなのか―――――答えは簡単だったわ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――私にとって蒼一は、愛しい人だからよ―――――――

 

 

 

 

 あなたは私を救ってくれた。 そんなあなたに私は惹かれ――――恋焦がれるようになっていったわ。

 いつかあなたの隣にずっといたい――――あなたの隣が私でないといけないようになってもらいたい。 けど、私は………もうあなたの隣じゃないとダメみたいだわ―――――だからね、私はね―――――――

 

 

 

 

 

 

―――――――――アナタガホシイノ

 

 

 

 

 蒼一が何かをする時は一緒にいたい―――――傍にいたい―――――触れていたい――――――感じていたい―――――私には蒼一がいつもいるんだってことを感じていたいの――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――ダッテアナタノコトガスキナノダカラ

 

 

 

 

 

 

 でも、あなたは私の気持ちに気付いてくれないのね――――――いえ、そうじゃないのよね。 ただ恥ずかしいだけなのよね?

 そう………そうなのね………私のようなコイビトが一緒にいると恥ずかしくって、素直になれないでいるのね? ふふふ………そう言うことだったのね………そういうことなら早く言ってもらいたいわ♪ ふふふ………だったらもう少しだけ待っててあげるわ。 あなたが私のことを素直に受け入れられるように、ずっと、すぅーっと一緒にいてあげるから安心してね♪

 

 

 だから、蒼一も―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――ワタシダケヲミテイテネ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 私は蒼一と一緒にいたかった――――――

 

 

 この気持ちに嘘偽りなんて存在しなかった。

 ずっと、あなたの傍にいて見続けていたかった。 触れていたかった。 感じていたかった。

 私があなたの一部になっているってことを実感したかったの。

 

 

 私とあなたは一心同体―――――離れることのない結ばれた関係―――――これは運命によって決められたことなのよ。 

 誰にも変えることのできないことなのよ。

 誰にも邪魔されない関係であると――――――私は思っていた。

 

 

 

 

 けど、そんな私たちの関係を割くように入ってくる者がいる―――――

 

 

 

 穂乃果とことり………私がいない時に、蒼一とあんなにベタベタとくっついちゃって………考えただけで苛立ってしまう。

 

 

 

 幼馴染だからそうすることは当たり前―――――?

 

 ふざけないでほしいわね、あなたたちと私とでは関係の差があるわよ。

 私は蒼一と結ばれている―――――あの桜の木の下で、唇を重ね合わせ、抱き合った仲――――――そして、一つ屋根の下で互いの肌の温もりを感じ合った者同士なのよ。

 

 これ以上の関係が存在するのかしら?

 

 

 

 ありえないわね――――――

 

 それに、私が同棲を始めることについて、お互いの親たちが了承し合っているのだから、もうこれは決まったも同然、私と蒼一はみんなに認められた関係だってのが証明されているのよ!

 

 

 だから、あなたたちはそこから離れてほしいのよ――――――

 

 安心して、私は決してあなたたちのことが嫌いなわけじゃないのよ?

 ただ、これ以上、私と蒼一との関係に入ってきてほしくないのよ。 私と蒼一との間にあなたたちはいらない、私たち2人だけで十分なのよ。

 

 

 

 

 だから――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ソンナニ、ベタベタトソウイチニフレナイデヨ

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 蒼一のことを見ていたのは、穂乃果たちだけじゃなかったわ。

 花陽もそうだけど……にこちゃんや絵里もそうだったわ。

 

 

 花陽は………そうね。 蒼一のことをおにいちゃんだなんて思っているらしいから問題はないはずよ。 それに、花陽は私の親友なんだし、少しくらい甘えさせたって罰が当たるわけじゃないものね。

 

 

 にこちゃんも…………そうね、花陽と同じくらい大丈夫だと思っているけど………油断はできないわね。 だって、にこちゃんも蒼一のことを狙っているみたいだし。

 

 けど………もしもって言うことがあれば、にこちゃんと一緒になって蒼一を独り占めにしちゃおうかしら♪

 うふふ♪ そうね、2人だとそれはそれで面白いかもしれないわね♪

 

 

考えておこうかしら♪

 

 

 

 あとは、絵里だけど…………さすがとしか言いようがないわね。

 

 私があの2人のことで悩んでいた時に、絵里が言ってくれたの。

 穂乃果たちが蒼一と長く居ようとするなら、こちらはそれよりも長く濃密な時間を過ごしましょう、って誘ってくれたの。 もちろん、その誘いに乗ったわ。 その方が私にとって好都合だったからよ。

 私1人であの2人をどうにかしようと思ったら力不足であるのは目に見えていたわ。 だけど、絵里とにこちゃんが一緒になってくれるのであるなら、こっちにうまく運んでいくことが出来そうね。

 

 

 

 けどね、絵里…………

 

 

 

 あなたと私は決して相容れないわね。

 

 そもそもあなたと私との()()()()()()()。 ありえないわね。

 

 

 

 

 

 でも、あなたのその計画を利用させてもらうわ。

 穂乃果たちを蒼一から切り離させるその時まで、あなたの考えに乗ってあげるわ。

 

 

 でも、その後はないわ。

 使えるところまで使い切らせるまで利用して、あなたを取り除かせてもらうわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もちろん、誰にも気付かれないように…………ね…………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうよ………あともう少しで………あともう少しで………蒼一は私の…………!!

 

 

 

 

 

 うふふ―――――♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:6】

 

 

 

――――音声データファイルと共に、またメモ帳があった。

 

 

 

 

『このデータは、あの真実を知ってしまった後に、ノイズが酷かったデータの中で洗浄処理を完了させたものの1つ。 これらデータを持って、確信へとつながる手掛かりとなったわけですが………まだ、信じられないです………。 やはり、本人の口から聞く必要がありますね。

 

私としては、そうでないことを祈りたいものです――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

(ピッ)

 

 

 

 

 

『ウフフ………真姫ちゃんは私たちのことをちょっと甘く見過ぎているんじゃないかなぁ?』

 

『でも、いいや。 これを使えば真姫ちゃんはいつも通りには出来ないもんね―――――』

 

『まさか、自分がやった行為で自分を追い込んじゃうだなんてことが起こっちゃったりするのかなぁ?』

 

『ウフフ♪ だとしたら、本当におもしろそう♪』

 

『ことりから真姫ちゃんへの………愛情がたぁ~っぷりこもったこのプレゼントをあげちゃいます♪』

 

 

 

 

『しっかりと受けとってチョウダイネ―――――カワイイカワイイ、メスネコチャン―――――♪』

 

 

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 

 




どうも、うpです。


話の内容は本編でもあるようにあの話からです

次回もよろしくです。


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フォルダー2-3

 

 

 

 私のこの想いが高まる中――――私の計画が着実に進行し続けていることを確認した。

 

 

 この数日間は、特に蒼一へのアプローチを強めていくことに専念させたので、完全ではないものの私のことが気になり始めている様子が見られるわ。

 

 うふふ、また蒼一が私のことを見つめているわ♪

 ようやく、私の魅力に気付きだした頃かしらね? いいのよ、もっと見つめちゃっても? 触れたっていいのよ?全部あなたに差し出しても構わないわ。 それで、あなたの中を私色だけに染めることができるのならなんだってしてあげるわ。 もちろん、あなたが望んでいることすべてを………ね?

 

 

 

 蒼一と一緒に暮らすことが私たちの関係を大きく発展させてくれたのだわ。 いずれあなたは私以外の女を見ることは無くなるわ。 だって、目の前にこんなにかわいくって、美しくって、あなたに従順な私がいるんですもの。 周りの女が劣って見えるに違いないわ。

 

 だからほら、私をだけを見て――――――

 

 

 触って――――――――

 

 

 

 

 そして、感じて――――――あなたを愛しているこの私の気持ちを――――――

 

 

 

 胸の高まりは日々増して行き、結果が出るまでの時間はすぐそこにあるのだと信じていた―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――けれども

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()が私の計画を脆くも打ち壊して行ったのだった―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 その日はめずらしいくらいに真っ暗な曇天だった―――――

 

 

 けれど、そんなことは気にも留める必要もなく、朝の出かける前に蒼一の体から出る成分(匂い)を私の体の中に蓄えていた。 抱きついた時に嗅覚を強く刺激するこの匂い―――――塩気を多く含んだ男性の独特の匂いと甘いシャンプーの匂い、それに朝食の香ばしい匂いが組み合わさった蒼一の匂い――――――

 

 私はこの匂いが好き―――――なんと言っても、この家庭的なやさしさがにじみ出てくるような安心感をこうして抱けることが私にとっての幸福だった。

 もっと感じていたい―――――けれども、時間が許してはくれなかった。 結果的に家に帰った時にまた感じるようにすればいいのだと考えたわ。

 

 

 そしたら、私だけの蒼一として感じられるものね――――――――

 

 

 

 

 

 

 私は制服に染み付いた彼の匂いを身にまといながら登校した。

 その一時は、まるで彼が私のことを包みこんでくれているような気分になる至福とも言えるような時間だったわ。

 

 

 

 学校に着くと、すぐに靴を履き替えるために下駄箱を開けた。

 

 

 

 

 

 すると、中から荒々しく破かれた数枚もの紙切れが入っていたの。 何かしら、と不思議に思いつつその中の一つを手にして見ました。

 

 

 

「えっ………?」

 

 

 それを見た瞬間、体から温度がすぅーっと消え失せていくような寒気を感じた。 目を疑ってしまうそのモノに、体が震え始めた。

 

 

 その紙には、大々と赤く太い文字でこう書かれていました………

 

 

 

 

 

 

『死んでしまえ!!!!』

 

 

 

 

「な……なによ………これ………………?」

 

 

 一目見た刹那に私の心を貫き通したその文字に恐怖を覚え、声が震えてしまう。

 これだけじゃない、他にもこのような罵詈雑言が書かれた紙切れを見つけてしまった。 そして、最も戦慄を覚えたのが、私が蒼一にキスをしたあの思い出の一場面の写真――――私の顔を黒いボールペンで破れてしまうくらいにぐちゃぐちゃに塗り潰されていた。

 それらすべてが私に突き付けられたもの――――こんな……こんな仕打ちを受けたのは生まれて初めてだった…………

 

 

 視界もぼやけ始め、めまいでもしているかのように焦点が合わなくなっていた。 そして、耳が遠くなってきていき、周囲の音が聞こえなくなっていた。 あまりにも唐突な出来事に恐怖感情がリミッタ―を振り切ってしまったかのように暴走し始めていた。

 

 

 

 

 無音の世界――――――

 

 

 以前、体験した死の世界に似たような状況にまた陥っていたようだった。

 雑音がまったくと言うほどに聞こえなくなったこの世界―――――全身の震えも、包み込むような寒気も、ますます強くなっていく一方だった。

 

 

「うっ……………!!」

 

 

 ま……また、胸が苦しくなってきた…………息が……し辛くなってきた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっはようございま~す! 真姫ちゃ~ん♪」

 

「――ッ!!!?」

 

 

 胸の苦しみで倒れそうになっていた私に、無音の世界を破壊するかの如く、実に陽気な声が耳元に届いてきた。

 聞こえてきた方に顔を向けると、そこにはニヤついた表情を見せていた洋子の姿が目の前にあった。

 

 

 

 

 

 どうして洋子がここにいるのかしら………?

 

 

 洋子を見た時に感じたことがそれだった。

 朝の通学だからという理由なのだろうか………? けど、いつも洋子の姿は見てはいたけど、私の方に向かって来て話を掛けたことは一度もなかったわ。 なのに、どうして今日はそうしてきたのだろう………?

 

 

 

 

 はっ―――――!!

 

 ま、まさか………私が下駄箱に入っていたこの紙切れを見てどんな反応をするのかを見ていたのかしら?! と言うことは………洋子が私の下駄箱に…………?! 写真も一緒に入っていたし、あの時、洋子が撮影して送りつけて来たとでも言うのかしら―――――!?

 

 

 次から次へと、様々な考えが交差していくうちに、洋子が見せているあのニヤついた表情が、今の私のことを嘲笑しているようにも見えてしまう…………

 

 

 早くここからいなくならないと…………!

 

 

 戦慄する気持ちを抑えながら、私は下駄箱に入っていた紙切れをすべて手に握りしめて、それを自分のポケットに仕舞いこませた。 そして、洋子から数歩少し離れた。 何をするのかわからなかったから…………

 

 すると、私の撮った行動に疑問を抱いたのか、首をかしげるような仕草を見せながら尋ねてきました。

 

 

「何かありましたか? 何か問題でもありましたら、私に相談してもいいのですよ?」

 

 

 洋子はああ言ってはいたが、その本心がまったく読み取れない。 それが怖かった。 この時ほど、人の気持ちがわからない時ほど怖いと感じたことは無かったわ。

 

 

「い……いいのよ………洋子には関係ないの…………」

 

 

 そう投げ捨てるかのような言葉だけを残して、この場所から立ち去った。

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 教室にある自分の席に座っても内心、穏やかになることはなかった。

 あんなものを私に送り付けられたのよ、落ち着けるはずがないじゃない!!

 

 この不安な気持ちを抑えるかのように頭を抱える。

 

 

 

(――――――――――)

 

 

「っ―――――!!」

 

 

 クラス内で聞こえてくる雑音に思わず体がビクついてしまう。

 

 あの話声は、私のことを話しあっているのかしら…………

 あっちから聞こえてくる笑い声は、私のことを笑っているのかしら……………

 私の方を見てニヤついているあの表情は、私のことを嘲笑しているのかしら……………

 

 

 犯人は一体誰なの……? 誰がこんなことをしてくるの………? 分からないわ………誰がやっただなんて………

 

 同じクラスの人………?

 他の学年の人………?

 それとも………μ’sの誰かが…………?!

 

 

 いえ、そんなことないはずよ………そんなことはない……………

 

 

 

 

 

 

「おっはよー!!! ま~きちゃん♪」

 

「おはよう、真姫ちゃん♪」

 

 

 独りでに何かを必死で否定するような自問自答を繰り返していると、気付かな合間に凛と花陽が来ていた。 どうやら、挨拶をしに来てくれたようだったので、「お……おはよう………」とぎこちない感じに受け答えた。

 

 

「どうしたのかにゃ? 今日は何だか、いつもの真姫ちゃんじゃないみたいだにゃ……?」

 

「そうだね………どこか具合でも悪いのかな? 今から一緒に保健室に行く?」

 

 

 私の様子に気が付いたのだろうか、2人揃って心配そうな表情を浮かべて気遣ってくれているようだった。

 

 

 けど、私はこの2人のことを信用してもいいのだろうかと不安になる。

 2人は、今こうして私にこうした表情を浮かべて入るけど、その内ではどんなことを考えているのだろうか…………? 自分たちが用意したあの紙切れ出、こんな状態になった私を見て嘲笑っているんじゃないのだろうか………?

 

 

 分からない………分からない…………そう考えると、もう誰もが私の敵のように思えて仕方がなかった。

 

 

 この2人にも気を許してはいけないわ………

 

 

 

「い……いいわよ、別に………ちょっと寝不足なだけよ。 問題はないし、もし必要なら私だけでもいけるから………」

 

「そうなの? けど、無理しちゃだめだからね!」

 

「もし辛くなったら声を掛けてね」

 

 

 そう言って、2人は自分たちの席の方に帰っていった。

 

 

 気をまったく許すことができなくなった私は、そのままどんどん負のスパイラルの深みへと沈んでいった………

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 授業中も考え続けていた………

 私に対してこうしてくるのは誰なのかと………

 

 

 前の席に座っている人………隣………後ろ…………?

 

 

 だめだわ、考えれば考えるほどわけがわからなくなってくる。

 まわりを見回しても見方はいない………敵が誰なのかも分からない…………

 

 

 だめ……!! クラスの全員が敵にしか見えなくなってきたわ……!!

 

 孤独の渦の中に陥ってしまったかのように、疑心暗鬼になりつつあった…………

 

 

 

 

 

 

(bbbbbbbbb………)

 

 

 そんな時、携帯が震えだした。

 取り出して中を見てみると、洋子からメールが一件来ているのを見つけた。

 

 

 どうしよう………。 一瞬、開くことを躊躇った。 洋子はあの紙切れを下駄箱の中に入れた張本人かもしれないのよ? 簡単に信用することができない。 けど、それならばどうしてメールなんかを送ってくるのかしら? 放っておけばいいのに…………

 

 そうした疑問がそのメールに興味を持たせ始める。

 そして私は、躊躇いながらもそのメールを開いて読んだ。

 

 

 

 

『少しお話しがあります。 次の時間のベルが鳴る前に2年生の女子トイレに来てください。 私は後から来ますので、先に一番奥の個室で待っていてください』

 

 

 なんなのよ、これは………?

 その内容に少し疑問を感じていたが、それに添えるように合言葉と次のような文も書かれてあった。

 

 

『真実をお話し下さい。 あなたに協力したいのです』

 

 

 その文に私は心が揺れ動いた。

 協力……今、私の中で求めていた言葉の一つ―――――私の味方になってくれる人が誰なのかを探していたところに、この言葉は私に勇気を与えてくれる。

 

 もしかしたら、洋子は私のために…………

 

 そうした1つの希望が見えてきたような気がした。 そして、決心することが出来たわ。

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

(キーンコーンカーンコーン♪)

 

 

 次の時間のチャイムが鳴り終わった。

 

 今、私は洋子に言われたとおりに2年生のトイレの中で待っていた。

 花陽たちには、体調がすぐれないから保健室に行くと言って教室を後にしてきた。 そのまま、私は2年生の教室がある階に来て例のトイレに向かった。

 

 

 一番奥の個室の中で待っていると、扉を叩く音が聞こえてくる。 と同時に、「目」というあらかじめ決めていた合言葉が聞こえてきた。 その声を聞いて、洋子だと確信すると「耳」と言って返事をする。

 

 そして扉を開くと、確かにあのニヤついた顔をした洋子がそこに立っていた。

 

 

「予定通りに来ていただきありがとうございます、西木野 真姫ちゃん♪」

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 しばらくの間、私と洋子はそこで話をした。

 

 洋子が求めていた答えと、私の求めていた答えを照らし合わせるために―――――

 

 

 

 そして、分かったことがあった―――――

 

 

――――洋子は私の味方なんだということが―――――

 

 

 

 それを確認することが出来た。 それが私にとって一番求めていた答えだった。

 

 そして、もう一つ分かったことは、私にこんなことをした犯人は複数人で、さらに蒼一に何か関係のある人物なのだと洋子は言う。 その情報は正しいのか、洋子自身も定かではないとは言うものの、私の場合は大方そうじゃないかって言っていた。 だから、洋子は私に蒼一との過剰な接触を控えるようにと言ってきた。

 

 初めは出来ないことだと反論したけど、洋子の試みに無意識に反応してしまった私のことを省みて、やらざるをえないと感じてしまった。 だって……この手で洋子のことを襲おうとしていたのだから………それが私に向かってきたとなると恐ろしかったからよ。

 

 それに、洋子を傷つけようとしたことに負い目を感じていたのだから…………

 

 

 

 だから、今日から洋子が言った通りの行動に出てみた。

 

 蒼一に触れたい………感じたいという気持ちが湧き上がるように出てきたけど、幸いにも練習中に洋子が来てくれたため、洋子を見て自分の高まる感情を抑えられた。

 

 

 やれば出来るじゃない………我ながら感心してしまったわ。

 

 

 

 練習後に洋子のところに行き、今日の私の様子について聞いてみたら、よかったと返事をしてくれたわ。 そう言われてようやくホッとした気持ちになったわ。 それから、洋子に家での接触は大丈夫なのかを聞いてみると、誰も見られない場所ならいいのではないか?と言ってくれた。

 

 

 

 

―――――ドクン――――――

 

 

 

 

 

 それを聞いて、抑えられていた感情が高まり始めだした―――――

 

 

 

 

 

 

 

 この日は蒼一と一緒に並んで帰った。

 いつもは少し間隔を開けたり、私が先に帰ったりと一緒に並んで帰るということが無かった。

 

 どうしてなのかしら………どうしてこの時にだけ、そうしてくれるのかしら………?

 おかげで私は………わたしは…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………蒼一のことをこんなにも強く感じていられるじゃない!!!

 

 

 

 

 感じる………感じるわ………蒼一から出てくるいろいろなモノが私に伝わってくるわ!!

 言葉、視線、体温、匂い、感情………あぁ、私がいつも感じているモノを今こんなにも強く感じているわ!! ああっ!! だめだわ!! 隣で一緒に歩いているだけで、私の頭がくらくらしちゃうわ! 胸の高まりも蒼一に聞こえちゃうくらいに大きく鳴り響いちゃっているんだわ!! だったら聞いて欲しいわ、私のこの鼓動を―――この気持ちを――――!!!

 私のあなたに対するこの熱い気持ちを十分に感じちゃって!! 私もあなたのことをもっともっと感じちゃいたいから早くあなたの気持ちを私に伝えさせて!!!

 

 

 

 鎖で繋がれていた感情が音を鳴らすように砕け落ちていくような気がした。

 自分でも歯止めが利かないほどに暴走し始めているんだってことがわかる。 けど、それを抑える術も知らないし、それを抑えたいという気持ちも働かない…………

 

 あるがままに――――ただ流れに身を任せるほかなかった―――――――

 

 

 

 帰路に着いてからの私は狂っていた―――――

 

 玄関の戸を開けて中に入った瞬間に、私は蒼一の体に抱きついた。

 

 

 感じる感じる感じる感じる感じる感じる感じる感じる感じる……………

 

 私の中に蒼一が入り込んでいくようなそんな気分を味わっていた。 溜まっていた情欲を留まることなく垂れ流すかのように、私は感じた―――――

 

 あぁ!!! 堪らない!! 堪らないわ、この感じ!!

 くるわ!! 私の中にじんじん入っていくわ!! やっぱり抑えることなんてできないわ! こんなにも、嬉しくって、楽しくって、気持ちいいことを止めろだなんて出来やしないわ!!

 頂戴! もっと頂戴!! あなたをもっと感じさせて!! 私をあなた色に染めあげて頂戴!!!!

 

 

 

 

 無我夢中になってしまった私はもう制御しきれなかった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 翌日――――

 

 下駄箱の中には、何も入ってはいなかった。

 洋子がそうしてくれたのか、それとも、洋子の言った通りのことをしたからなのか、その理由は分からなかったけど、入って無かったことに安堵をおぼえる。

 

 

 洋子に感謝しないといけないわね。

 

 

 

 

 その日の放課後―――――

 

 私は洋子にお礼を言うために連絡を入れることにしてみたの――――けど、いくら連絡しようとしてもまったく繋がらない。 変ね、と思いながらも私はその足で洋子がいる教室へと向かった。

 

 でも、そこにもいなかった。

 だったら、広報部の部室にいるんじゃないかしらと思い立って行く。

 

 

 けれども、そこにもいなかった。

 

 

 変な胸騒ぎがする―――――洋子に何かあったんじゃないかって考え込んでしまう。 私のせいで何か変なことに巻き込まれているんじゃないかって思ったりもした。

 

 いえ、そんなことがあるはずがない………あるはずが……ない……………

 

 完全に否定しようとする私の中に、否定しきれない何かが居座っていることに気が付くと、急に自信を失ってしまう。 これで洋子に何かあったら全部私のせいだ………やっぱり私は悪い子なのかしら…………

 

 

 揺れ始める視界の中、壁に寄り添って安定を保たせようとする。

 けれど、体が保てても心が持たなかった。 誰かに支えてもらいたかった…………

 

 

 

 

 

 

 

「あっ! 真姫ちゃん♪」

 

 

 廊下の向こう側から特徴的なやわらかい声が聞こえてくる。

 その方向に顔を向けると、彼女の姿がそこにあった。

 

 

 

 

「どうしたの、真姫ちゃん? もう練習が始まっちゃうよ?」

 

「ことり…………?」

 

 

 実に陽気な表情を浮かべて立っていたのは、あのことりだった。

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:18】

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

 

(ピッ)

 

 

 

『あ、そうだ! ごめ~ん海未ちゃ~ん、ことり、ちょっと用事思い出しちゃったから先に行くね?』

 

『そういうことでしたら仕方ないですね。 先に行っててください』

 

『ありがとね♪ ああ、それと………』

 

『洋子のことは任せて下さい。 あとは、私の方で処理させていただきますから………』

 

『さっすが、海未ちゃん! よくわかってるんだね♪ それじゃあ、くれぐれも誰にも知られないように―――――――ヤっちゃってね♪』

 

『ふふっ、任せて下さい』

 

 

 

 

 

『――――さて、ことりは行きましたか………』

 

『……うっ…………うぐぐ……………』

 

『おや、まだ反応がありましたか。 意外と丈夫なのですね』

 

『………あ………う……………』

 

『ですが、虫の息と言ったところでしょうか………いいでしょう。 苦しみが続くのは耐え難いものがあるでしょう―――――今、楽にしてあげますよ――――――』

 

『おやすみなさい―――――洋子』

 

 

 

(ガシュ!!)

 

 

 

 

(―――――プツン――――――)

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 





ドウモ、うp主です。

ヤンデレってこんな感じなんですかね?

みなさんのイメージ通りのものだったりするでしょうか?


次回もなかなかな内容になっています。


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フォルダー2-4

 

「あっ! 真姫ちゃん♪」

 

 

 廊下の向こう側から特徴的なやわらかい声が聞こえてくる。

 その方向に顔を向けると、彼女の姿がそこにあった。

 

 

 

 

「どうしたの、真姫ちゃん? もう練習が始まっちゃうよ?」

 

「ことり…………?」

 

 

 実に陽気な表情を浮かべて立っていたのは、あのことりだった。

 

 

 

 ことりの前に立つと、少しだけ身を引いてしまう。 ことりのことを信用していなかったからよ。

 まだ私の中では、この学校内で信用に置けるのは洋子ぐらいしかいないため、気軽に他の人と話をすることができなかったわ。 それに、ことりと言えば蒼一の幼馴染―――蒼一のことをかなり想っている人の1人なのだから余計に怪しく感じてしまうの。

 

 警戒心をあらわにしないように平静を装とする。

 

 

「な、なにって………ちょっと用事があったからこっちに来ただけよ………」

 

「ふ~ん、用事かぁ………ことりもね、真姫ちゃんに用事があってきたんだよ」

 

「えっ……?」

 

 

 ことりが私に用事がある………? 一体何かしら?

 少し考えてみても、あまり良いようには思えないのは何故かしら?

 

 手に汗を握らせて、ことりの話を聞いてみることにしたわ。

 

 

 

 

「私ね、洋子ちゃんから頼まれてきたんだぁ~。 真姫ちゃんのことを助けてあげてねって♪」

 

「っ―――!!?」

 

 

 ことりの口から洋子のことが出てきて動揺してしまう。

 どうしてことりがそんなことを………嘘をついているのだろうか? けど、本当のことかもしれない………。 酷く慎重になり過ぎている私には、何が正しいのかを判断することが出来欠けていた。

 

 

 

「安心してよ、真姫ちゃん。 ことりはね、真姫ちゃんの()()()だよ? さっき、洋子ちゃんから事情を聞かせてもらったよ。 昨日から嫌がらせを受けていたんだよね? 大変だったよね………」

 

「ことり………」

 

「でも、もう大丈夫だよ………ことりが真姫ちゃんのことをまもってあげるからね?」

 

 

 そう言うと、ことりは手を差し伸べてきた。

 正直、まだ半信半疑なところが残っていて信じきれていないところがあった。 けど、まわりが敵に見えて心細くなっていた私にとって、この手は救いの手のように思えてしまう。

 

 

 だから、私はその手を握ってしまった――――――

 

 

 

 

「ウフフ、何かあったらことりにも相談して来てね♪」

 

 

 にこっと無垢な笑顔を見せると、その手を引いて歩き始めた。 「今から練習だよ~早く部室に行かないと」と陽気な声で言ってくるので、「う、うん…」と歯切れの悪い言葉で切り返した。

 

 

 まだ分からないところがいくつも見受けられるところがあるものの、私はことりのことを一旦は信用してみようと思った。 そう思うと少しは心境が変われるものだと考えたから――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウフフ――――」

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 その後の練習中も昨日と同じように、蒼一とはあまり接触しないようにしていた。

 

 ただ、今日は洋子がいなかったため自分を抑制するのが苦しかった。

 理性を圧し留める何かが必要だった。 ことりを見てどうにかしようかと思ったけど、そのことりはいつものように穂乃果と一緒になって蒼一にベタついていたわ。

 

 その時のことりの嬉しそうな顔――――それを見たら抑えようにも抑えられないじゃない! ああ、さぞかし気持ちがいいことなんだろう………触れるだけでじんじんと感じちゃうんだから、もう耐えられないわ………!!

 

 けど、その溜まりつつある欲望を何とか留めようと全身を力ませた。 ここでまたやってしまえば、どんなことが起きてしまうのかがわからなかったから………必死になって圧し留めようとした。

 

 

 けど、欲望と恐怖を天秤に掛けたままでいると、自然とどちらかに大きく振れてしまうのが今の心情………私自身を完全に制御しきれていない………恐怖よりも欲望の方へと強く振られてしまう………!

 あの快楽を知ってしまった私にとって今のこの状態は苦汁――――けど、恐怖が身に降りかかった時にも苦汁を感じていた。 落ち着いて……落ち着くのよ………今を乗り越えればいいのよ………家に帰れば……この練習が終われば、蒼一を一晩中感じ続けていられるのだから、それまで我慢しないと…………

 

 

 

 息を激しく乱しながらもこの時間帯を何とか乗り越えることが出来た―――――

 

 

 

 

 

 ()()()―――――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『どうもです。 今日も大丈夫だったみたいで何よりです。 やはり、学校での蒼一さんと距離を図るということは効果がありそうです。 しばらくはそのようにしてみましょう。

 今日は私も見ていればよかったのですが、生憎、用がありまして先に帰らせていただいた次第です。 その代わりになのですが、ことりちゃんにもお願いすることにしておきました。 私がいない時は、彼女に相談してみてください』

 

 

 

 そうだったのね……洋子もちゃんと認識していたというわけだったのね。

 そのことを改めて私の中で認識させると、肩に溜まった力が抜けて少し穏やかな気持ちになった。 私を支えてくれる人がまた一人増えてくれたことに感謝したかった。

 それに、洋子が提案したやり方を行い続ければ確実に進展があるのだろうという希望を持つことが出来た。 そして、私の中にももう一つの希望を見出すようになった。

 

 

 蒼一との付き合い―――――私はまだ、蒼一との関係を終わらせたいとは思っていなかった。 諦めない……必ず蒼一を振り返らせるという決意をあの時に示した。 あの時、振り返らせることが出来なかったのは、私に自信が無かっただけ。 けど、この一件を乗り越えることが出来れば、私はもっと強くなれる………そうしたら、蒼一が求めていた――――いえ、失ってしまったものを与えられるかもしれない! そう思っているの………

 

 だから、何が何でもこの一件で挫けるわけにはいかなかったの。 私自身のために、そして、蒼一のために私は闘わなくちゃいけないのだということを私に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 その翌日――――――

 

 

 ことりから思いもよらない言葉を耳にする――――――

 

 

 

 

 

「洋子ちゃんが()()()()()()()()()()()()()()―――――」

 

 

 それを聞いて私は耳を疑った。

 そんなはずはないわ。 だって、洋子は昨日の夜に私の携帯にメールをくれたのよ。 そんな洋子に連絡がとれないのは一体どういうことなのかサッパリだった。

 

 

 何か嫌な予感がする――――――

 

 

 直感的な悪寒が体中に駆けまわると、体をぶるっと震わせた。 体の芯からジワジワと凍っていくような冷たさを感じていくと、胸が苦しくなりはじめる。

 

 

「どうしたの、真姫ちゃん?」

 

「い、いいえ……何でもないわ………」

 

 

 悪寒が走ったことで顔色が悪くなったのかしら、ことりは私の顔を覗き込むように見て来ては心配そうな表情をしてくる。 けど、それほどまでに深刻なものではないので、私は心配かけまいとする。

 

 

 すると、ことりは渋い表情を見せて来て辺りをキョロキョロと見回した。

 そして、私の耳元に口を近付けると囁くような声で話をしてきた。

 

 

 

「昨日ね……洋子ちゃんから最後の連絡を受けた時にね、すごいことを聞かされちゃったの………話しても大丈夫?」

 

 

 洋子からの連絡と聴いて思わず体が反応した。 ことりに一体何を話したというのかしら? その内容が気になって仕方がなかった。

 だから、躊躇することなく「ええ」と2言返事をした。

 

「それじゃあ言うね…」と前置くと、もう一度辺りを見回してから話し始めた。

 

 

 

「洋子ちゃんが言うにはね、今回の一件はね――――――

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()μ()()s()()()()()()()()()()()()()()()()ってことを聞かされたの――――」

 

「っ――――!?!」

 

 

 ことりのその言葉を聞いて体が硬直し始めた。

 まさか……みんなが私に対してこんな嫌がらせをしてきたというの………?

 とても信じ難い事実だった………。 けど、この情報が洋子からのモノだとしたら信じざるを得なかった。 彼女の情報は大方正しいものであるということは、承知の上だった。 それに、洋子自身が私に対して、嘘はつかないことを明言してくれたのだから否定することは出来なかった。

 

 けど………それでも、みんなが私のことをそう思っているということに震えが止まらなかった。 全身から力がドッと抜けるように床に膝をつき、座り込んでしまった。

 

 

 みんなからそんな目で見られている――――そんなことを思うと、勇気も自信も何もかもが泡のように消え失せてしまう………怖い………そんな事実を知った上で練習に出ることがとても怖かった………。 練習中に何かをされるのではないか? 私に対して何か言われるんじゃないか? 数カ月しか経ってはいなかったけど、それでも、仲間意識の中で私はみんなと一緒に過ごしてきたつもりだった。

 けど、そんなみんなからそのように見られるということがとても辛い………逃げ出したくなってしまう………

 

 

 

「真姫ちゃん――――!」

 

 

 酷い落ち込みようだった私をことりは包み込むようにして抱きしめてくれた。

 ことりから出てくる甘い香りが私の乱れた心を癒し――――やわらかく包み込んでくれる抱擁が体を溶かしてしまうかのように私にやさしくしてくれた。

 

 今にも叫びだしそうだった気持ちが一瞬にして穏やかになったのだった。

 

 

 

「真姫ちゃん………辛いよね……みんなが真姫ちゃんのことをイジメようとしているんだもんね………怖いよね…………怖かった時は、私に甘えてもいいんだよ? だって、私は真姫ちゃんの()()()なんだもん」

 

「こと……り…………」

 

 

 ことりがそう言って私に勇気を与えてくれる――――そう言ってくれるだけで、私は心強くなれた。 私は1人なんかじゃないんだってことに、私は自信を保てそうな気がしたから。

 

 

「それにね………あと、花陽ちゃんも真姫ちゃんの()()()なんだよ?」

 

「花陽も……?」

 

「そうだよ。 洋子ちゃんはちゃんと言ってはいなかったけど、ことりから花陽ちゃんに聞いてみたら、真姫ちゃんのことを助けるって言ってくれていたんだ。 だからね、今真姫ちゃんを助けてくれるのは、2人だけなんだよ?」

 

「ッ―――――!!」

 

 

 私は、その言葉を聞いて感極まりそうになる。

 私は1人じゃない……1人ぼっちなんかじゃない、ことりと花陽の2人が私のために味方してくれるのだから、これだけ嬉しいことはなかった。

 

 

「それでね、真姫ちゃん。 今日は練習の方をお休みした方がいいと思うの。 少し様子見ということで、ことりたちがみんなの様子を観察するから、それで何かマズイことがあったらその都度連絡するからね?」

 

「そう……ね………ことりが言うのだから、従ってみるわね」

 

「うん、その方が絶対いいよ!」

 

 

 何の屈託もないその笑顔に私は心を惹かれ、その言葉を信じた。

 ことりなら大丈夫………私のことを思ってくれているのだから安心できるわ………

 

 

 私はその言葉に従って、1人帰路に向かった。

 

 

 多大な失望とわずかばかりの不安を抱いて――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 帰り道――――

 

 

 薄暗い雲に覆われた空を見上げながら私は家に帰る。

 もう蒼一の家が私の家のように思えるようになったのはいつ頃何だろうか? もう数週間もあそこで暮らしていると、実家での感覚が失われていくような気がした。

 けど、今の生活に満足している私がいる。 不満は何一つない――――ただ、こうして私の問題が起こってから蒼一に迷惑を掛けてしまうのではないかって心配になってしまう。 話す必要があるのかもしれないけど、なんて言えばいいのだろう………散々、私のことで迷惑をかけちゃったのに、これ以上迷惑を掛けてもいいのだろうか………?

 

 それが今の私の中で渦巻く問題だった。

 

 

「はぁ……どうすればいいのかしら………」

 

 

 無意識に口から幾度と溜息が吐き出されている。 言うか言うまいかのジレンマに陥る私にはどうしようもなかった。

 

 

 

 

 

「おーい! 真姫!!」

 

「えっ………?」

 

 

 背中の方から聞き慣れた声が聞こえるような気がした。

 何かの間違いじゃないかと思い振り返ってみると、走ってこっちに向かってくる彼の姿が………!

 

 

 

「ふぅ………やっと追いついたかぁ」

 

「蒼一!? どうしてここにいるのよ!? 練習の方はどうなったのよ!?」

 

「なんだよ、来ちゃ悪いかよ? 真姫の体調がすぐれないからって、練習はアイツらに任せて急いでこっちに来たってわけだよ」

 

「そ、そうなの………」

 

「それで、どこが悪いんだ? 頭か? それとも胸の辺りか?」

 

「うぅ……む、胸の辺り……かしら………? ちょっと息苦ことがあったけど………」

 

「なにっ?! 大丈夫か? 痛くはないか? まだ苦しいところは無いか??」

 

 

 な、何かしら?! 蒼一がすごく焦った様子で私の具合について詳しく聞こうと迫ってくるの。 どうしてそんなに詰め寄ってくるのかしら? そんなに焦る必要があるのかしら? 私は蒼一がとっている行動に疑問しか抱けなかったわ。

 

 

「このまま歩いて帰れそうか? なんなら俺がおぶって行こうか?」

 

「そ、そんなことしなくても………」

 

「いいや、無理して体調が悪くなったら大変だ。 ここは真姫の体調の方が優先なんだよ!」

 

「う、うん………じゃあ、おぶってもらってもいいかしら………?」

 

「あぁ、もちろんいいとも!」

 

 

 そう言うと、蒼一は私の方に背中を向けた。 私はその言葉に甘んじて、蒼一の背中に乗った。

 

 

 

「んしょっと! そんじゃ、一っ走り行くからちゃんと掴まってろよ?」

 

「う、うん………」

 

 

 私を背中に背負うと、立ち上がってはすぐに走りだした。

 最初は思った以上に速く走るので怖く感じたけど、段々慣れて来ると少しだけ楽しい気持ちになってきたの。 走ることで顔に受ける風が心地よく感じてくると、さっきまで感じていた不安などが嘘みたいに消えていったの。 どうしてなんでしょうね………こうしているだけで心が落ち着くだなんてね。

 

 私は蒼一の大きな背中に顔をうずめた。 蒼一の上着越しから感じる熱が私に伝わると、体の芯まで温まってくる。

 

 

 それに、蒼一から感じられたのはそれだけじゃなかった。

 背中を通して伝わってきたのは、蒼一のやさしさだった――――この数週間、ずっと一緒に暮らしてきて初めて感じたこの気持ち――――いえ、そうじゃないわ。 私は前にこの気持ちを受け取っていたんだわ。 そう………あの時、蒼一が私を助けてくれたあの日のこと………蒼一が死の淵にまで追いやられていたところを連れ戻してくれた時に感じたものと同じような感覚――――気持ちがまさにこれだった。

 

 そして、改めて感じたの。

 私が本当に欲していたのは、蒼一に触れることや感じることじゃなかった………このやさしい気持ちにずっと触れていたかったのよ………。 私を救ってくれたこのやさしさが今の私を生かしてくれている。 それがどんなに尊いことだったのか………

 

 

 けど、いつしか私はそれを穿き違えるようになって蒼一自身を求めるようになっていたのよ。 ただ私の中の欲望を満たすためだけのモノとしか見ていなかった………。

 

 でも、今ようやく思い出したわ………私が欲しかったものが何だったのかを――――――

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい…」私は背中に顔をうずめながら小さく囁く声で、彼に謝った―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 翌日、放課後―――――

 

 

 昨晩は今までにないほどにゆっくりと休むことが出来たわ。

 家に帰ってからの蒼一は、私に気を遣うような行為をしてくれていた。 また、寝る時もまた一緒に寝てくれたので、心を覆っていた不安などがどこかに消えて行ってしまったようだったわ。

 

 そのおかげか、今日はすこぶる調子がよかったの。

 

 

 

(bbbbbbbbb…)

 

 

「あら、ことりから……?」

 

 

 今から部室に向かおうとしていた私は、急に届いたことりのメールを確認し始めたわ。 その文面には、『今日も先に帰った方がよさそうかもしれないよ』という内容だった。 それが一体何を意味するものなのかハッキリとしないけど、ことりが言ったことなのだから何かしらの考えがあるんだろうと思ったわ。

 

 私はその言葉に従って帰ることにしたわ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真姫ちゃん………」

 

 

 

 

 

 廊下を1人で歩いていると、うつむいたままでこちらを見ている花陽が私の前に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:23】

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

 

(ピッ)

 

 

 

 

 

『――――ウフフフ、うまく事が運んでくれてことりは嬉しいよ~♪』

 

『さっき、蒼くんに真姫ちゃんの方に行くようにって言っておいてよかったぁ~』

 

『おかげで、ことりの計画が順調に進みそうです♪』

 

 

 

 

 

 

『ことり……ちゃん………?』

 

『あ! 花陽ちゃん! 来てくれたんだね!』

 

『う、うん……それで、話って何なのかなぁ?』

 

『うん、それはね………蒼くんのことなんだ』

 

『蒼一にぃの?』

 

『うん、実はね―――――――』

 

 

 

 

 

 

 

(―――――プツン――――――)

 

 

【停止▪】

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


明日明後日には投稿することが出来ますので、少々お待ちになってくださいね。


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フォルダー2-5

 

 

 

 

「真姫ちゃん………」

 

 

 

 

 

 廊下を1人で歩いていると、うつむいたままでこちらを見ている花陽が私の前に立っていた。

 

 

「どうしたの花陽?」

 

 

 今まで見たこともない様子の花陽を見て少し疑問に思って声を掛けてみた―――――けど、向こうからの返事がまったく無かった。 それを見て、また疑問に思っていると、花陽が近付いてきた。 ゆらりゆらりと左右に揺れながらこっちに来ようとしていた花陽を不気味に感じていた。 そして、私の目の前に立つまで歩き続けると、まだうつむいたままこっちを見ないで話しかけてきた。

 

 

 

「ねぇ、真姫ちゃん………真姫ちゃんは………私の親友だよね………?」

 

「えっ……? あ、当たり前じゃない……花陽は私の親友よ?」

 

「そう………だよね………親友………なんだもんね……………」

 

 

 

 どうしちゃったのかしら………いつもの花陽じゃないみたい…………

 

 いつもよりも、たどたどしい口調で話しかけてくる花陽の様子に疑問を生じる。 第一、どうしてそんなことを聞いてくるのかがわからなかった。 真姫と花陽との関係は、あの時―――μ’sに入ると決めた時から出来上がっていた。 今では、凛と同じくらいに仲の良い親友と思っていた。 それはいつまでも変わることが無いものだとしているのだ。

 

 それをどうして今ここで確認してくるのかがわからなかった。

 

 

 そんな花陽はまだ奇妙な話をする。

 

 

 

「ねぇ、真姫ちゃん………親友なら………隠しごとはしないよね………? 花陽に……何か隠していることはないかなぁ………?」

 

「えっ………す、するわけないでしょ…………」

 

「ほんと………?」

 

「ほ、ほんとよ…………」

 

「ふ~ん………そうなんだ………そうなんだ………………」

 

 

 ぞくっとするような悪寒が体中に行き渡る。 花陽の言葉のひとつひとつが鋭い針のようになって真姫の体に突き刺さってくる。 それに答えようとするが、その突き刺さったモノが喉元にひっかかっているようでうまく言葉を話せなかった。

 

 そして、沈むように声が小さくなっていく花陽に身震いし始める。

 

 

 

 すると、それまでうつむいていた顔がやっと真姫の方に向くと、ギロリと見開いた瞳をこちらに向けてきた。 その威圧的にも思えるその視線を前に、1歩後退してしまう。

 

 恐ろしい――――その一言に尽きる花陽の表情に、体が硬直する。 まるで金縛りにでも掛けられたみたいだった。

 

 

 

「嘘だよ………真姫ちゃん………嘘ついてるよね…………?」

 

 

 ぼそぼそと聞きとりにくいほどに小さく話すその声は異様にハッキリと聞こえた。

 それは真姫が花陽の言う通り嘘をついていたからである。 花陽にも言えない嘘をついていたため、やましいと感じているのでハッキリと聞こえたのだろう。

 

 これは言い逃れできないと察した真姫は素直に自白しようとする――――――が、体が硬直したままで口が思うように動かなかった。 嘘でしょ………そう思った矢先だった―――――

 

 

 

「真姫ちゃん………花陽ね、いっぱい知っているんだよ? 真姫ちゃんが私にいっぱい嘘をついていることもね? 親友だと思ってたのに………どうして嘘ついちゃうのかなぁ……? 私、とっても悲しい気持ちだよ………」

 

「ち、ちがっ――――!!」

 

 

 ようやく口が動いたと思ったら言葉足らずに口籠り、それもタイミングが悪い時に発してしまう。 それが花陽の気持ちに油を注ぐことに―――――

 

 

「違う………?どうしてそう言うの?違わないでしょ違わないよね?真姫ちゃんは私に嘘をついているんだよ?私が知らないとでも思っていたのかなぁ?昨日見ていたんだよ?真姫ちゃんの体調が悪いからって早退した時その後ろを追いかけていたんだよ?そしたらおにいちゃんと一緒になってるし、()()()()()()の背中にのっちゃってるし…………それに――――――」

 

 

 さっきまでのたどたどしかった口調が、一変して激しい口調へと変わり次第に声量も大きくなりつつあった。 花陽の奥底に溜まっている何かが膨れ上がり暴発しようとしていた。

 表情も険しくなっていき、いつも見ているあのぬいぐるみのように愛らしくやさしい笑顔を見せる花陽はそこにはいなかった。

 

 

 いたのは―――――――

 

 

 

 

 

 

「――――どうして()()()()()()と一緒に住んでいるのかなぁぁぁぁ!!!!??? どうしておにいちゃんとキスしちゃっているのかなぁぁぁぁ!!!!???」

 

 

 

 

 満ち溢れた憎悪に吞まれた花陽だったモノだった――――――

 

 

 

「ねえ?どうしてかな?どうして真姫ちゃんは花陽のおにいちゃんと一緒に住んでいるのかなぁ?キスしちゃっているのかなぁ?おにいちゃんは花陽のだよ?わかるよねわからないはずないよねだって真姫ちゃんは頭がいいもんねすぐにわかっちゃうんだもんね?なのにどうして花陽のおにいちゃんを私から奪っちゃうの?ねえ答えてよ真姫ちゃん?私からおにいちゃんのすべてを奪ってどうする気だったの?親友の私を悲しませるつもりだったの?酷いね真姫ちゃん酷いよ真姫ちゃん私は真姫ちゃんのことをずっと親友だと思ってたのにどうしてそんなことをしちゃうのかなぁ?!」

 

「あ………い、いや…………」

 

 

 耳鳴りのように突いてくる花陽の集中的な言葉の数々に、真姫は自身の心臓が急速に委縮してしまいそうなほどの恐怖にさいなまれる。 さらに、瞬きを一切せずに真姫を凝視する魚のように大きく見開いた眼差しが彼女に与える恐怖を増大させる。 真姫は灰色よりも深く黒ずむほど濁りきった瞳の中に吸い込まれ、まったく動けなくなってしまう。

 

 いいわけすらも言えない状況だった。

 

 

 

「真姫ちゃんは私の親友……凛ちゃんと同じくらい大事で大事で大切な親友だよ………でも、そう思っていたのは私の勝手な思い違いだったんだね………真姫ちゃんは私を裏切った………親友だと思わせて私を油断させてその隙に私のおにいちゃんを奪っちゃったんだよね真姫ちゃんは本当に頭がいいからこのくらいのことも簡単に考えちゃうもんねすごいねすごいねそんな真姫ちゃんは本当にすごいと思うよ――――――――殺したくなっちゃうほどにね」

 

「ひっ―――――!?」

 

 

 花陽の体から発していたドス黒い憎悪が一変して赤黒い殺意へと変貌し始める。

 その変化に気付いた真姫だが、逃げようにも体がまったく言うことを聞かずその場を動こうとしなかった。 いや、動けないのだ。 威圧する強い眼光が彼女を縛りつけていたのだ。 彼女が花陽の眼光に晒されている間、彼女は動くことも話すことすらもままならなかったのだ。

 

 

「安心してね真姫ちゃん、真姫ちゃんは私の親友だから痛みが続かないようにすぐに終わらせてあげるね。 痛いのが長く続くのはイヤだもんね、だから花陽の最後のやさしさをあげるね―――――」

 

 

 そう言うと、花陽は両手を伸ばして真姫の喉元を掴もうとする。

 その片方の手が喉元のとある部分に向かっているのを真姫は瞬時に理解した。

 

 喉骨だ。

 その部分に強烈な圧迫をかけて折ってしまうことで呼吸を止め、死を遂げさせることを可能とする部位だ。 医学の道に進もうとする彼女にはそうしたことを瞬時に理解した。

 だが、それは花陽が言うように楽に死ぬというものではない。 呼吸が出来なくなった瞬間、苦しみもがき、なんとかして呼吸をしようとのたうち回ってから力尽きていく恐ろしいものなのだ。 そう、よく動物を―――鶏を殺傷する際に用いられる遣り方………なんとも恐ろしく、残酷な遣り方だろうか…………

 

 それをも理解していた真姫は、花陽がどれだけ自分のことを怨んでいるのかを知り、また絶望する。 味方だと、親友だと思っていた彼女から怨みと非難を被り、そして、その彼女に命を奪われるなどということに絶望せずにはいられなかった。

 

 

 何の抵抗もされることなく喉元に辿りついた彼女の両手は、真姫の喉骨を捉える。 それは同時に、真姫の本当の死へのカウントダウンが始まったと言っても過言ではなかった。

 

 徐々に両手に力が入っていき首を締め始める。

 

 

 

「うっ――――あっ―――――――――!!」

 

 

 

 次第に、息苦しくなっていくのを感じていくと視界もぼやけてくる。

 いつか夢に出てきたのと同じような光景が目の前に広がっていた。 抵抗しなくては、そう自分に言い聞かせるが恐怖が全身を覆っているため体がまったく動じなかったのだ。

 

 

 

「うふふ………これで………()()()()()()は花陽のモノになるんだね………。 さよなら……真姫ちゃん――――――」

 

 

 彼女の手が真姫の喉骨に触れ、力を入れ始める。

 

 不気味にせせら笑う彼女の表情が、真姫の最後の光景となろうとしていた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(パンッ!!!)

 

 

 

 

「「!!?」」

 

 

 廊下の奥から何かが炸裂するような音が鳴り響いた。

 そのあまりにも大きな音であったため、花陽は驚いて真姫にかけていた両手をパッと放してしまう。 また、それまで見続けていた視線も彼女から逸らした。

 

 幸運なことに、視線を逸らしたことで真姫は弱々しくなるものの体を自由に動かすことが出来た。 花陽からの呪縛から解き放たれた真姫は、その瞬間を見逃さずあわててこの場を立ち去った。

 

 

「ま、まてっ!!!」

 

 

 不意を突かれてしまった花陽は、普段は絶対に言わないであろう口調で真姫を追いかけようとするも見逃してしまう。 「くっ…!」と苦虫でも噛むような表情を見せると、あと一歩のところで仕留め損ねたと言わんがばかりに地団太を踏み、怒りを床にぶつけていた。

 

 

 

 

 だが、彼女はここで終わろうとしなかった。

 しばらくすると、彼女は歩き出してこの場を立ち去る。 明確な目的地に向かって歩み出したのであった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「ハァ――――――ハァ―――――――ハァ――――――!!」

 

 

 息を激しく乱しながら学校を後にし、なんとか蒼一の家へと戻ることが出来た真姫は満身創痍だった。 それは肉体的にというよりも精神的にきているモノが大きく、先程の花陽のあの行為が彼女を深刻なまでに追い込ませたのだった。

 

 

「どうして…………一体、どうして花陽があんなことを……………!?」

 

 

 花陽が真姫を殺そうとした――――それが彼女を大きく動揺させる要因となり、パニックに陥らせることとなる。 彼女にとっては思いがけないことだった。 何故ならば、まさか自分の親友にそのようなことをされるだなんてありえもしなかったからだ。 ましてや、あの温厚で綿毛のようにふわっとした雰囲気を出し、頭から足のつま先にかけるまで、天使のようなやさしさにあふれていたあの花陽が、憎悪の塊となり果てて殺そうとしたのだ。

 

 

 彼女にとって、とても信じ難い事実だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

(rrrrrrrrr…)

 

 

「ッ―――――!!?」

 

 

 ポケットの中に入れていた携帯が音を鳴らした。

 その音に反応して体をビクつかせてしまう。 彼女は手を震わせながら着信相手の名前を確認する。 それを見ると、すぐに着信ボタンを押して電話に出る。

 

 

 

「もしもし……!」

 

 

『あっ! 真姫ちゃん、やっと出てくれたんだね♪』

 

 

 電話越しから聞こえてきたやわらかい声――――ことりだ。 彼女はその声を聞いて心の中で安堵の声をあげる。 花陽と言う拠り所を失った今、最後の拠り所であることりにすがるのは当然のように思えた。

 

 

「聞いてことり!! 花陽が………! 花陽が……!!」

 

 

 花陽が私を殺そうとした――――彼女はそう言いたかった。

 

 だが、言えなかった。 それは、未だに信じられなかったからだ。 目の前で、実際に首を絞められたにもかかわらず、それはただの悪い夢なのだろうと感じているのは、彼女はまだ花陽のことを親友と思い続けているからだ。 そんなはずはない――――そう自分に言い聞かせて、現実逃避しようとしていたのだ。

 

 

 

『落ち着いて、真姫ちゃん。 一体何があったのかちゃんと話してよ?』

 

 

 冷静に受け答えをしようとすることりの声を聞き、我に帰るような気持ちで落ち着く。

 乱れていた息も整え、ゆっくりとさっきあった出来事について話し始めた。

 

 真姫は落ち着いた声で話をするが、それでも内心乱れ続けたままだ。 途切れ途切れな短文をいくつも口にこぼしては、それを汲み取る聞き手が1つの文章として再構築してからやっとその内容を理解することが出来る。

 書く言うことりは、それを理解したうえで彼女の話を聞いていたのだ。

 

 

 

「――――ということがあったの……。 私、どうすればいいのか………わからないわ…………」

 

 

 先程起こったことすべてを話し終えた。 話し尽くすと、全身から軽くなるような脱力感を感じ始める。 話したことにより、現実に向き合いつつあった彼女は、改めて襲いかかってくる恐怖に打ちひしがれそうになるのだった。

 

 

『そんなことがあったんだ………大変だったね、真姫ちゃん………』

 

 

 心配そうな声で話しかけてくることりの声が、まるで心を撫でるように落ち着きを与えてくれる。 ことりが私の支えとなってくれると信じ切っていた。

 

 

『まったく、花陽ちゃんも酷いことするよね! あんまりだよ―――――』

 

 

 

 

 

 

 

――――そう、信じ切っていた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――――♪』

 

 

 

「えっ―――――――?」

 

 

 

 

全身から血の気が引いていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

【監視番号:24】

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

 

(ピッ)

 

 

『なに………これ…………?』

 

『花陽ちゃん、これはね蒼くんと真姫ちゃんの写真だよ。 すごいでしょ、よく綺麗にとれていると思わない?』

 

『い…いや………それよりも、これはどういうことなのかなぁ………どうして真姫ちゃんが蒼一にぃの家にいるの………?』

 

『それは簡単なことだよ、真姫ちゃんが蒼くんの家に住んでいるからだよ』

 

『えぇっ?! そ、そんなの初めて聞いたよ!!!』

 

『うん、ことりもね初めて聞いたんだ。 でも、これを見てすべてを納得しちゃったんだ。 私の蒼くんを真姫ちゃんが奪ったんだって…………』

 

『真姫ちゃんが………蒼一にぃを………花陽の蒼一にぃを………どうして…………』

 

『花陽ちゃん、その気持ち分かるよ。 大好きな蒼くんを親友と呼んでいた女に取られちゃったんだもんね? 知らないうちに、自分の手から奪われていたんだよね? そんなの悲しすぎるよね………』

 

『真姫ちゃんは何も言ってなかった………花陽には、何も………隠し事とかしないでほしかった………私は真姫ちゃんにとって何だったんだろう…………』

 

『花陽ちゃん………追い打ちをかけるようだけど、これも見て…………』

 

『っ―――――!!!? そ、そんな………うそ……………』

 

『これをみて酷いと思わない? 真姫ちゃんはね、私たちには内緒でこんなことをしていたんだよ? 蒼くんからハジメテを奪っちゃったんだよ? これは許されないことなんだよ?』

 

『許されないこと…………真姫ちゃんが……私の蒼一にぃを……………』

 

『そうだよ、花陽ちゃん。 真姫ちゃんは花陽ちゃんのおにいちゃんを奪い取っちゃったんだよ? 花陽ちゃんのてから一方的に奪い取っちゃったんだよ?』

 

『おにいちゃんを………()()()()()()()()()()………真姫ちゃんが…………!』

 

『でもね、まだ取り戻すことが出来るんだよ?』

 

『!? ど、どうすればいいの!!?』

 

『そんなの簡単だよ―――――真姫ちゃんを消しちゃえばいいんだよ♪ 蒼くんの隣にいる真姫ちゃんを消しちゃって、そこに花陽ちゃんが座ればいいんだよ。 そうしたら、おにいちゃんを独り占め出来るんだよ♪』

 

()()()()()()を独り占め………! 真姫ちゃんがいなくなれば、花陽だけのモノに………!!』

 

『そうだよそうだよ、その意気だよ花陽ちゃん! 花陽ちゃんのその手で、花陽ちゃんの手から奪い取ったあの忌々しい女の喉骨をポキッて折っちゃってよ。 そしたら、花陽ちゃんの手には蒼くんだけが残るんだよ…………ね、簡単でしょ?』

 

『カン……タン………? 真姫ちゃんの………アノ女の息を止めたら、おにいちゃんハ花陽のモノになるんだネ…………?』

 

『うん、そうだよ花陽ちゃん。 花陽ちゃんなら出来るよ! 花陽ちゃんのその手で大好きなおにいちゃんを取り戻してきてね!!』

 

『ウン………ワカッタヨ、ことりチャン…………花陽ハイイ子ダカラ、チャンとヤッちゃうヨ…………』

 

『うん♪ 本当に良い子だね、花陽ちゃんは――――――♪』

 

 

 

 

 

 

 

(―――――プツン――――――)

 

 

【停止▪】

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 





ドウモ、うp主です。

最近、若干鬱気味になりかけています。
疲れているのかな?早く寝て状態を元に戻さないといけないね。


次回もよろしくお願いします。


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フォルダー2-6

 

 

 

 

『まったく、花陽ちゃんも酷いことするよね! あんまりだよ。 一気にやらなかっただなんて、まだまだ苦しめちゃうことになっちゃうのにね―――――♪』

 

 

 

「えっ―――――――?」

 

 

 

 全身から血の気が引いていくのを感じた。

 一瞬だった。 その一瞬で、体に蓄えられていた熱がすべて体の外へと逃げ出して行ったのだ。

 まるで、我先に助かろうと必死になっていく様子にも思えるような勢いだったのだ。

 

 

 だが、今はそのようなことが重要ではない。

 真姫に降りかかった、ことりの言葉―――――まるで、すべてを知っていたかのようなあの言葉に真姫は耳を疑った。 まさかそんな、内心はそう思っていた。 だが、彼女の内から湧き起こってくる焦燥感がすべてを物語るかのように、神経を尖らせたのだ。

 

 

「こ、ことり………な、何を言っているのかしら…………?」

 

『あれ? まだ分からないのかなぁ? ウフフ、だとしたら真姫ちゃんはよっぽど脳ミソがお花畑なことになっているんだね~♪ カワイソカワイソ…………』

 

 

 やわらかい声で発せられるには似合わない言葉を発すると、わずかにせせら笑う声が電話越しから聞こえてくる。 状況を把握することが出来ない彼女にとって、それは不安をかき立てさせるのには十分な材料となっていた。

 

 

「あ………あっ……………」

 

 

 空いた口を塞ぐことせず、ただぽっかりと開いてしまった口から言葉にならない声が漏れ出る。 不安、焦り、混乱………それらすべての感情が今の彼女の心境として、その言葉から汲み取ることが出来る。

 

 ことりはさらに言葉を加えた。

 

 

『ウフフ……アハハハハ!!! どうしちゃったのかなぁ、真姫ちゃん? もう怖くなっちゃって声も出ない感じかなぁ?? だらしないよね、そんな気持ちで蒼くんと一緒に暮らしていたのかなぁ? そんな生半可な気持ちで蒼くんの彼女になろうとでも思っていたのかなぁ??? 可笑しい話………ちゃんちゃらおかしい話だよね~♪』

 

「こ、ことり………どうして………どうしてこんなことを………?」

 

『どうして? アハハハ、また可笑しいことを言うね、真姫ちゃん。 簡単なことだよ―――――真姫ちゃんは、私の蒼くんを奪ったの。 これ以上の理由なんて無いよ………』

 

 

 声のトーンが急激に下がった。 そこからことりが抱いている感情――――花陽と同じ憎悪を感じ始めるようになる。 次第に、体中から汗が湧きでてくる。 落ち着かせていた心脈が荒ぶれ始める。

 

 彼女の感情は大きく揺れ始めていたのだ。

 

 

『真姫ちゃん………私ね、蒼くんに好きって気持ちを伝えたんだ…………けどね、断られちゃったの……答えることが出来ないってね。 蒼くんはああ言っていたけど、本当は違ったんだね……もう、真姫ちゃんが奪っちゃってたんだよね………酷いよ………酷いよ酷いよひどいよひどいよヒドイよヒドイよ…………どうしてまた私から蒼くんを奪っちゃうのかなぁ、真姫ちゃん!!!!!』

 

「っ―――――?!! そ、そんな……! う、奪ってなんかいn…」

 

『嘘だッ――――――!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 鼓膜を打ち破ってしまいそうな張り裂けるような声がキーンと響いた。 ことりらしからぬ―――本当にことりなのかすら怪しくなってしまうような、今までに聞いたことのない声だったのだ。

 

 そんな奇声に、真姫は胸が詰まりそうになる。

 

 

『嘘だよ!!! 真姫ちゃんは私より先に蒼くんに言ったんだよね? 知ってるんだよ、真姫ちゃんが学校の中庭で蒼くんにキスしちゃっていることを私は知っているんだからね!!! 女の子と触れ合うことすらも躊躇してしまうような蒼くんがあんなに易々と自分の唇をあげないもん!!

 私と一緒にいたこの数十年もの間、一度たりともそうしたことをしてくれなかったし、やらせてもらえなかった………なのに!! どうして、後からやってきた真姫ちゃんなんかに蒼くんのハジメテを奪われちゃうの?! 蒼くんを死なせようとしたのに? 蒼くんから夢も希望もすべて奪い取ったのに?? 蒼くんをあの絶望の底にへと叩き落とした真姫ちゃんがどうして蒼くんと一緒にいるのかなぁ!!!!!???

 

 憎いよ……憎い憎い憎いにくいにくいにくいニクイニクイニクイ………憎い!!! 殺しちゃいたいくらいに憎い!!! だから、私は花陽ちゃんに任せたのに失敗しちゃって………まったく、ドジなんだから…………!!!!』

 

 

 頭に強い衝撃で殴りつけられるほどの悪寒と憎しみを受け、彼女は全身から力が抜け落ち、その場に座り込んでしまう。 もう正常なる思考は機能を停止し、聞いた言葉をそのまま受け取るだけの枡口となってしまった彼女に、膨大な苦汁が注がれる。

 それはまるで蓖麻子油のような苦く口に含ませると吐き出してしまうようなモノだ。 人が飲めたようなものではない。 だが、彼女はそれを吐き出すことなく飲み込み体内に含ませようとする。 それが体にどんな害を及ぼすものかすら理解せずに取り入れてしまうのだ。

 

 

 

 それが、ことりから発せられた毒素であったとしても―――――――

 

 

 

「うぅ……うああぁぁぁぁ…………あぁぁぁぁ……………」

 

 

 憎悪の渦の中に落とされた彼女は瀬戸際に立たされる。

 彼女の親友である花陽に真姫を殺すように指示をしたのがことりであった事実に動揺を隠せない。 それに彼女の味方であった2人が自分に嘘をつき続けていたことも影響していた。

 

 

 そして、ことりの口からとどめを刺されるような言葉を聞かされる。

 

 

『蒼くんも大変だよね………自分の夢を奪い取った張本人と一緒に暮さなくちゃいけないって、苦痛すぎると思うよ。 むしろ、邪魔にしか思っていなかったんじゃないかなぁ? 蒼くんのことだし、何度も突き返していたんじゃないかなぁ?』

 

「ッ――――!?! そ、そんな……………」

 

 

 ことりは彼女の頼みの綱である蒼一について話をする。 先程までの言葉とは比べものにならないほどの安価な言葉だったが、それでも彼女にとっては十分すぎるものだった。

 

 彼女はそこから、蒼一は本当のところ自分のことを嫌っているのではないかと想像してしまう。

 それこそがことりの狙いだった。 負の感情をたくさん体に沁み込ませた彼女は、どんな些細な行為すらもマイナスなイメージとしてしまう。 だから、過去に蒼一が真姫からちょっと離れようとした行為すらも、彼女にとって苦痛のようにしか思えなかったのだ。

 

 そうしたモノをいくつも掛けあわせると、自動的に蒼一が自分のことを嫌っているという結論を生み出してしまうのだ。

 

 

 

 

 これもことりの策略だということすらも気付かぬまま――――――

 

 

 

 

 こうして彼女の拠り所がすべて失われてしまった。 もはや、彼女を支える者はいなくなってしまったのだ。 ここに来て、彼女は生きる希望を失う。 虚ろになり始めた瞳をコロコロと移動させては、空虚な景色だけを臨んでいた。

 

 

 そんな心にぽっかりと穴が開いた彼女にことりは問いかけた。

 

 

『ねえ、真姫ちゃん――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苦しかったら、()()()()()()()()()()()()()――――――?』

 

 

「えっ―――――――?」

 

 

『辛いんだよね? みんなから裏切られて絶望しちゃっているんだよね? だったら、もうこんな世界にいても仕方ないと思うんだ。 だったら、さっさと自分を殺しちゃって楽になった方がいいんじゃないかなぁ?』

 

 

 ことりの口から出てきた冷淡な言葉に息を呑む。

 そのような言葉を聞けば、誰だって拒絶してしまうようなことだった。 だが、今の彼女はそれをも真に受けしまう。 彼女にとっては、まるでそれが自分の本心なんだと信じ込んでしまう。

 

 

「どうすればいいのかしら…………」

 

 

 彼女は何の疑問も抱くことなく聞いてしまう。 それを聞くと、鼻から息が漏れ出たような音が聞こえると坦々と答え始める。

 

 

 

『そんなの簡単だよ――――――包丁みたいな刃物で首の血管を切り裂けばいいんだよ。 お医者さんの卵の真姫ちゃんなら簡単な事でしょ?』

 

 

 

 あぁ、なんだ。そんな簡単なことなのか、と彼女は手にしていた電話を落として台所に向かう。

 

 そして、そこから包丁を1つ取り出した。

 それは真姫がこの家に来て、初めて使った包丁――――蒼一からもらった包丁だった。

 

 これでどれだけの料理を作り上げたことだろうか。 初心者ながらもたどたどしい手付きでいくつも作った。 まだまだと思いながらも作り続けていたその傍らには、常に蒼一の姿があった。

 

 彼が支え、そうして作ったモノを満足そうに食べていたあの姿を彼女は振り返っていた。

 それを美しい記憶とし、彼と過ごした日々を思い返したのだった。

 

 

 

 

 そう思いながら、彼女は刃先を自分の首元に据える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――生まれ変われるのであれば、また彼の隣にいたい――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思いつつ、彼女は力を込め始める―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ドンッ!!!)

 

 

 

 

「待つんだ、真姫っ!!!!」

 

 

 

 

 扉が激しい音を立てて開かれると、そこには、蒼一の姿があった。

 

 

 

 

 

【監視番号:25】

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

(ピッ)

 

 

 

 

(パンッ!!!)

 

 

 

 

『『!!?』』

 

 

 

『ま、まてっ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

『ふぅ、どうやら真姫ちゃんは無事に逃げたようやな………』

 

『花陽ちゃんの様子が変やなぁ……なんて思っとったらこないなことになっとるとはな………』

 

『ちょうど、にこっちを驚かせるために持っとった風船が役に立ってよかったわぁ』

 

『ごめんなぁ、真姫ちゃん。 ウチにこれしかできへんのや』

 

 

 

 

『迷える子羊さんを助けるのは、羊飼いさんの役目やからな』

 

 

 

『ほな、もう行かんと―――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――――プツン――――――)

 

 

【停止▪】

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)





ドウモ、うp主です。

連続で投稿していますが、明日も同じとは限らないでしょう………多分………


次回もよろしくお願いします。


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フォルダー2-7

 

 

 

 

 

(ドンッ!!!)

 

 

「待つんだ、真姫っ!!!!」

 

 

 扉が激しい音を立てて開かれると、そこには、蒼一の姿があった。

 

 

 その意外にも思える事に、真姫は目を見開いて彼を見つめた。

 

 

 

「そう…………いち……………?」

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 洋子が失踪した翌日―――――

 

 

 俺は海未からそのことを聞かされ、あらゆるところに洋子はどこにいるのかを探し回ったが、誰1人としてその行方を知らなかった。 親友である穂乃果たちにさえも何も話さずにいたそうで、お手上げ状態だった。

 

 

 さらに、そのことが影響しているのか、μ’s内でも何やら不穏な感じがし始める。

 感情や言葉には出さないモノの、何か落ち着かないような感じがしてならなかったのだ。

 

 それに、この日は真姫が早退したのだ。

 そのことをことりに聞かされるまで知らなかった俺は、すぐに真姫のところに駆け付けては、その様子をずっと見守っていたのだった。

 幸いにも、何も異常が無かったのだが、胸のあたりが痛むと言っていたので、また()()()が発病しないかと内心冷や冷やさせていた。 だから、何が起こるか分からないと就寝の時も一緒にいていたのだった。

 

 

 

 その翌日の今日―――――

 

 

 この日も洋子の足取りは見つからない。 どうしたらよいだろうかと悩んでいる中、学校に来て早々、穂乃果に絡まれてそれどころではなくなってしまう。 異常なほどに高いテンションに終始翻弄されがちだったのだが、そこに意外な人物の到来により、何とか収まりを付けることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:26】

 

 

 

【再生▶】

 

 

(ピッ!)

 

 

 

 

『こ~ら、穂乃果ちゃん。 蒼一が困っとるやろ? もういい加減にせな』

 

『えぇ~、そんなのイヤだよ、希ちゃん! 穂乃果はまだまだ、蒼君と一緒にいたいんだもん!!』

 

『そういうわけにもいかんやろ? 蒼一には、まだまだ頑張らなアカンのやで。 こないなところで萎まれたら後で後悔するのは穂乃果ちゃんやで?』

 

『え? 穂乃果が?? なんで?』

 

『んっふっふ~、それはやなぁ…………蒼一は練習後の方が激しいんやで♪』

 

『おい待て、何を言っているんだ?』

 

『蒼一はな、体を動かした後はかなり気分がええんやで。 せやから、そんな時に声かければ、蒼一の方から迫ってくるんやで♪』

 

『言われの無いことを話すんじゃない! 穂乃果が本気になっちゃうだろ!!』

 

『わかったよ、蒼君!! だったら、練習後に行くから待っててね!!!』

 

『って、待てェェェ!!! 本気で信じるんじゃないィィィ!!!』

 

『うふふ、ほんと、穂乃果ちゃんはおもしろいなぁ~。 ホンマに信じちゃうんやし♪』

 

『希……怨むぞ………?』

 

『や~ん♪ さては、ウチを襲う気やな~エッチ!』

 

『しないわ、アホ!! そんなことするわけないだろ!!』

 

 

 

『あはは、言ってみただけやて………そんなことよりも、蒼一。 はよ、真姫ちゃんトコに行くべきやで』

 

『真姫が? どうして??』

 

『真姫ちゃんにイヤなお告げが出されたんや………コレよ』

 

『【死神】のタロット………これは一体………?』

 

『コレの正位置なんは、死と言った不幸が迫っていることを指しとるんや。 今の真姫ちゃんにそれが間近にあるということや』

 

『んなっ?! どうしてそんなことが!!?』

 

『そのことはまた話すから、まずは真姫ちゃんトコに行って!! 多分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?』

 

『なっ!!? どうしてそのことも知って……!!!』

 

『そないなことより、はよ行かな!!! 真姫ちゃんを頼んだで!!!』

 

『あ、ああ!! 分かった!! ありがとな、希!!!』

 

『ええんよ、困った時はお互い様なんやし――――――』

 

 

 

 

 

 

(プツン)

 

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

――――

 

 

 

 急いで家に戻ってきた俺の目に映っていたのは、真姫が首元に包丁の刃を向けていた様子だった。

 

 

 まったく理解することの出来ない情景に狼狽せずにはいられなかった。

 だが、それよりも何よりも真姫をどうにかしなくてはいけないという感情の方が強く働き、駆け寄ってその行為を止めようとする。

 

 

 

 

 

「来ないで!!!!」

 

 

 あと、もう十数歩弱のところで静止をかけられてしまう。

 気を動転させたような声を吐きつつ、目で威嚇してくるので止まらざるをえなかった。

 

 俺は咄嗟に言葉を発した。

 

 

「何やっているんだ、真姫!! バカな真似はやめろ!!!」

 

 

 力一杯に振り絞った声をかけるものの、それに動揺する気配もなくこちらをジッと睨みつけていた。 それを見て、真姫は俺に警戒しているのではないかと感じてしまう。

 

 わずかに一歩、前に踏み出してみた―――――

 

 

「来ないでって言ってるでしょ!!!」

 

 

 俺のちょっとした動作すらも目に入ってしまうようで、すぐさま反応してしまうようだ。

 この状況下では、行動に出ることは難しいと判断し、説得を試みた。

 

 

「なあ、真姫。 どうしてそんなことをするんだ?」

 

「どうして? どうしてって………生きるのが嫌になったからよ!!」

 

「なっ?! 何を言い出すんだ!」

 

「ねえ、蒼一…………あなたに大切な人たちから裏切られる気持ちって分かるかしら………?」

 

「なに………?」

 

 

 そう言うと、真姫は一旦腕を降ろす。

 今なら止められるかもしれない、そう考えるものの詰め寄るには少し距離があった。 こちらが行くまでに真姫が先に行動してしまう恐れがあった。

 あと一歩のところで失敗してしまうということにならないために、ここは静かに真姫の話を聞くほかなかった。

 

 

 

「私ね、この数カ月もの間にたくさんの友達が出来たの。 親友も出来たわ、花陽に凛。 そして、μ’sにも入ることが出来たわ。 みんなのおかげで毎日が楽しかったわ。 このまま続いていけばいいなって思ってた。

 けど、この間嫌がらせを受けたのよ。 蒼一と一緒に暮らしていたことがバレたみたい………それが原因だった。 そして、それをやったのは誰かを調べたら、μ’sのみんなが関わっていたって言うのよ。 しかも、親友だった花陽と凛にも裏切られ、花陽には首を絞められて殺されかけたのよ!! 可笑しいでしょ? 仲間だと思っていたのに、本当はあなたのことを怨んでいましたって…………もう………イヤ………こんな苦しみに耐えられない…………」

 

「ま、真姫……………」

 

 

 話をするうちに、真姫の目から涙が流れ始めた。

 信じていた者たちから裏切られ、さらには命を奪われそうになるという深い絶望から流れ出たものだろう。

 

 真姫の話を聞くと、まるで自分のように胸を痛める。

 ギュっと締め付けられるような突然の苦しみが不安と共に心身を脆くさせていく。 前に()()()()()()()()()()()()()()()()のように思えた。 まるで、昔の自分を見ているようにも感じられたのだ。

 

 

 

 だからこそだ………真姫には、俺と同じようになってほしくは無いのだ。

 なんとしてでも、今の真姫を助けなくてはいけない―――――絶対にだ!

 

 

 

 

 

 

 だが、その真姫から唐突な言葉を投げかけられる。

 

 

 

 

 

「蒼一………あなたも私のことを裏切るのでしょ………?」

 

「ッ―――――!!? 何をバカなことを!!! 俺がそんなことをするわけないだろ!!?」

 

「嘘よ――――!! ことりから聞いたわよ、あなたは私のことを邪魔に思っているのでしょ!? 一緒に暮らして、私のことを煙たく思っているのでしょ!?」

 

「そんなはずはない!! 俺はそんなこと微塵たりとも思ったこともない!! なぜ、そんなことをお前に対して抱かなくちゃいけないんだ?!」

 

「じゃあどうして私の気持ちに応えてくれないのよ!! 私がこんなにもあなたのことを愛しているのに、どうしてそれに応えようとしてくれないのよ!?」

 

「うっ……!! そ、それは…………」

 

 

 真姫から出た言葉に思わず口をつぐむ。

 今の俺にとっての一番の痛点である案件―――――彼女たちの愛をどう受け止めれば良いかと言うこと。 それは真姫だけじゃない。 ことりだってそうだ、アイツも俺に愛を示してきた。 それに、他にも…………

 

 

 だが、今の俺にはそれの答えを見いだすことができなかった。

 

 悲しいかな……それが今の俺だ。

 

 

 

 

「応えられないでしょ………? そうよ、あなたは私からの愛に逃げている。 自分には応えられないからと言って………だから、一緒にいる私のことが目障りに思うのでしょ!?」

 

「違う!! そうじゃないんだ、そうじゃないんだよ!!!」

 

「もういい!! もうたくさんだわ!!!!」

 

 

 張り裂けるような叫び声をあげると、再び首元に包丁を添える。

 彼女はやる気だ。 自らの手で首元を切り裂き、その短い生涯を閉じようとしていた。

 

 それを止めに懸かろうとグッと足に力を込め始めるが、遅いのだ。

 こちらが先に出る前にあっちの方が確実に早く切り裂くのが目に見えていたからだ。 もはや、人の手では難しい状況となりつつあったのだ。

 

 

 首元に包丁を添えた真姫は、滂沱の涙を流しながらこちらを見つめる。

 もう俺に嫌悪を抱くような敵意は向けられていなかった。

 

 ただ、これから起ころうとすること―――――その後のことを見据えたような顔をしていた。

 

 

 

 だが、それは希望を抱いてなどいなかった。

 

 

 

「もし………生まれ変わることが出来るのなら、あなたと愛し合えるような世界に行きたいわ…………」

 

「ッ――――!!!!」

 

 

 なんて力のこもらない言葉なのだろう――――それは、まるで遺言状のようにも思えるその言葉に絶句する。 待てよ、ふざけるなよと言いたくなる。 だが、そんな安っぽい言葉では彼女を止められないことは重々承知だった。 もっと、強い言葉で彼女を戻さなくてはいけなかった!

 

 

 もう躊躇することは無かった。

 俺は力のこめていた足で精一杯床を蹴り飛ばした。 ギアを最大限にまで引き上がらせる。 体に大きな負担が掛かっても構わない。 ただ俺は彼女を助けたかった――――救いたかった!! ただそれだけの衝動で全力を振り絞っていた。

 

 

 

 

 

「さよなら―――――蒼一―――――――」

 

 

 俺の目の前で澄んだ声が通り過ぎると、彼女の手が動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「まきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ザシュ――――!!)

 

 

 

 

 

 

 

(ボタッ―――――ボタッ――――――)

 

 

 

 

 

 切り裂かれた皮膚から鮮血が零れ落ちた―――――――――

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

ここの話も佳境に差し掛かりました。
おそらく、1、2話で終わるだろうと思います。


次回以降もよろしくお願いします、


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フォルダー2-8

 

 

 

(ザシュ――――!!)

 

 

 

 

(ボタッ―――――ボタッ――――――)

 

 

 

 

 

 切り裂かれた皮膚から鮮血が零れ落ちた。

 

 

 流れる鮮血は、切り付けた刃をつたって握った腕に向かって流れてゆく。 そのまま曲げた肘からボタボタと床に向かって落ちていく。

 

 

 次第に、床に小さな血の溜りが出来上がる。

 そんな様子に気を留めようとすることを当事者である2人はしようとしなかった。

 

 

 その表情を見ると――――

 

 

 1人は驚愕する表情を――――――

 

 

 もう1人は哀れむ表情を――――――

 

 

 

 互いに、相反するような表情を浮かべているのは何故なのか?

 

 

 それは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女を護ろうと、彼はその刃を自分の腕に斬り付けさせたからだった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 ボタボタと斬れたところから血が水滴のように流れ落ちる。

 かなり血が出てきたのだろうと思うが、決して痛覚を失ったわけではない。

 実際、真姫が自分の首を斬る前に俺が首と刃の間に右腕を捻じ込ませ、身代わりとなって傷を受けた時は、強い電流が走り抜けるような激痛に襲われた。 今は奥歯を噛み締めて痛みをグッと堪えてはいる……!

 

 だが、この程度の痛みなんかあの時の痛みと比べれば軽いものだ。 まだ体は自由に動かせるのだから深刻なものではない。

 

 

 

 今、考えなくちゃいけないのは――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 俺は左手を動かし、真姫の頬に触れる。

 驚いているからだろう。 強張った顔をしているので、肌がやけに固く感じてしまうのだ。

 

 

「あ………あぁ……………!」

 

 

 当の本人は、想像していなかっただろうことに戸惑いを隠せないでいる。 なんせ、次の瞬間、自分は生きてはいないだろうと確信していたのだから…………

 

 

 だが、真姫は生きている―――――今こうして熱い血を通わせて立っているのだ。

 

 それに……まさか、俺の腕を斬ることになるだろうとも思っていなかっただろうし…………

 

 

 

「どうして………」

 

 

 小さく動いた口から呟くような言葉が出る。

 

 

「どうして死なせてくれないのよ!? もう苦しみたくないのに……()()()()()()()()()()()()()()()………!!」

 

 

 潤いを失った喉から擦れた声で真姫は叫んだ。

 

 始めは敵意を含ませたものだと思われたのだが、その目を見ても憎むような感じではなかった。 さっきとは、打って変わったような感情が芽生え始めている―――――ここからが正念場のようだな

 

 

 改めて意識を集中させていく。

 

 

 

「真姫………死ぬな……死んではいけないんだ…………」

 

「ふざけないでよ!! 死ぬなだなんて、そんなに容易いことじゃないのよ!! こんなに生きることが辛いのに、どうして生きなくてはいけないのよ!!!」

 

「ふざけてなどあるものか!! お前こそ、ふざけるのも大概にしろ!!!」

 

 

 目に力を込め、卑屈をこねる真姫を睨みつける。 そんな俺の顔と叫びに驚きをあらわにし、体を震わせた。

 

 俺は言葉を続ける。

 

 

「仲間から裏切られた、大切な存在から裏切られた………確かに辛いことだ………そうした人から憎まれ、蔑まされ、殺されそうになるだなんて、お前は経験したことが無いから辛いのはわかる…………だが、それでもお前が死ぬことを選ぶのだけはゆるさねぇ………!」

 

 

 言葉を口にする度に、全身に力が入りこんでいく。 俺の中で“必ず成し遂げろ”と語りかけてくるのだ………! それは自分に対してでもあり…………真姫に対しても言われていることなのだ………!

 

 

 

「死ぬことをゆるさない………? あなたにそんな権限は無いはずよ?! これは私の命よ! 私がどうしようと私の勝手よ!!」

 

 

 一瞬、俺の言葉に動揺していた真姫だが、口元に力をこめ始め持論を口にする。

 だが、そんなものは俺にとって無意味なものであり、我がままにしか聞こえなかった。

 

 

 だから、つい頭に血が上り、力が入りこんでしまうのだ。

 

 

「真姫ッ!! お前、その命がお前のモノだけのものだと言ったな? 違うぞ、それはまったくの誤りだ! お前の中には、お前だけじゃない………俺の命だって入っているんだ!!!」

 

 

 俺は刃で斬りつけられていないもう一方の手で、真姫の心臓部に指差した。

 俺の言葉を聞いた真姫は、「なっ……!? なに意味わかんないことを言っているのよ……!」と反論する。 ただ、一瞬だけ彼女は動揺していた。 彼女は口ではああ言っているが、何かを感じ取っていたのだ。

 

 

「気付かないのか……? いや、お前は気が付いているはずだ。 あの時――――お前が息を止め、息を吹き返した時に、俺はお前の中に新たな命吹(いぶき)を入れた。 お前の中で眠る()()()()()()()と一緒に、真姫が生きるために俺の運命(いのち)を入れた。 今でも感じているはずさ、俺の燃えるような闘志を――――!!」

 

 

 真姫は目を見開いて俺の言葉に耳を傾けた。 その様子からすると、俺の言っていた通りのようだ。 真姫の中には、まだ()()()が残っているんだ―――――

 

 

「違う………違うわよ、こんなの私じゃない………私は………わたしは………!!」

 

 

 真姫はまた動揺し始める。 先程と比べ、目の焦点が合わせられなくなっている様子からその激しさが増していると察した。 真姫の中で何かが渦巻き始めているようにも感じた。

 

 

「いない………私の中にあなたはいない………あなたは、私を置いて何処かに行くのよ………私を1人置いてきぼりにして………!」

 

「そんなことはない。 俺はお前を置いてどこにも行きはしないさ。 それに、俺は真姫のことを大切に思っているんだ。 それは今も昔も変わらないし、これからも変わることの無い事実なんだよ!」

 

「嘘よ!! そう言って、あなたは私を安心させようと騙すのでしょ? 本当は私と一緒に居ることが嫌になったのでしょ?!」

 

「違うんだ、真姫。 そうじゃないんだよ………」

 

「嘘よ………うそうそうそうそうそうそうそうそ………全部嘘よ!!! 口で言うのは誰だって出来ることだわ! 言葉にすれば何度だって出来るわ!! でも!!! そうやって、みんなで私を騙すつもりなんでしょ!!! 信じられないわ!! もう誰の言葉も信じられないわ!!!!」

 

 

 真姫は気持ちを抑えられなくなったのか、大きな声で奇声を上げ始める。

 彼女の精神が持たなくなってきているのだ!! 真姫の中で何かの葛藤が生じて、それを抑え込むことが出来なくなってきているのだ! 感情の暴走――――これまで溜め続けてしまったものが、ここで弾け出してしまったようだ。

 

 悲痛だ――――悲しみの声がガンガン体を打ち付けるように当たってくる! その勢いに圧倒されつつあった!

 

 

 

 

 

 

 

(ズ……ズズ…………)

 

 

「うっ―――――!!!」

 

 

 真姫の手に握られた包丁に力がこもり始めると、腕の傷口をさらに深く斬り進んで行こうとした。 さすがに、痛みを抑えることは難しくなってくる、余裕な表情を示すことが出来なくなってきたようだ。

 

 

 このままではいけない――――直感がそう告げると、俺は最後の手段に出る。

 

 

 俺の言葉がお前に届かないのなら………俺は、この気持ちを直接お前にぶつけてやるッ――――!!

 

 

 

 自由に動かせる左腕を稼働させ、真姫の後頭部を押さえ動きを止め、引き寄せた。

乱れていた真姫の顔が俺の方を向いた。

 

 まさに、今だった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――んっ!」

 

 

 

―――――唇を重ね合った

 

 

 

 その一瞬の出来事に彼女の動きはピタリと止まった。

 何が起こったのか理解できないようで、目を真ん丸にして俺のことを見つめた。 全身から力が抜け落ちたのだろうか、頭を押さえた時に感じた固さを今では微塵も感じられない。 それどころか、彼女が握っていた包丁が手から離れ、床に向かって真っ逆さまに落ちていき血溜まり中に沈んだのだった。

 

 こうして、真姫が自らに死を与えようとする脅威がなくなったことを感じたので、傷付いた右腕は緊張が途切れたように、ぶらんと床に向かって垂れたのだった。

 

 

 

 

 

 

「っ――――――!!」

 

 

 ようやく自分の状況を判断することが出来たのだろう、真姫は俺の体を突っぱねて重ね合った唇を無理矢理切り放した。 そんな彼女の呼吸は乱れていた―――――まともに息が出来なかっただけではない、彼女の中に駆け回り始めた動揺が心拍を向上させたのだ。

 

 彼女に変化の兆しが見え始めた―――――――

 

 

 

「どうだ………? 俺の気持ちが伝わったか…………?」

 

「そ……そんなの………わかるわけ……ないじゃない……………」

 

 

 呼吸が乱れた中での言葉は、途切れ途切れで1つの文として捉えるには難しい。

 だが、明らかな態度の変化に兆しを見出せるようになると、まだ押し続けていく必要があった。 彼女の気持ちを解放してやらねばならなかった――――――

 

 

 

 

「真姫―――――俺のことをどう思っている?」

 

「えっ――――――?」

 

 

 唐突なその問いかけに抜けた声を発する。

 様々な想いを募らせたこの言葉にどう応えるのか、そこが重要だった。

 

 

 

 

 

「し……信じられない………あなたもみんなと同じ…………だから嫌い……よ…………」

 

 

 

 

 

 

 案の定な答えだ―――――

 

 

 けれども、それでよいのだ。

 彼女はこちらを向いて話してはいたが、ところどころで目を逸らしてまともに俺と向き合おうとはしなかった。 彼女の中で何かが強まってきていたのだ。

 

 

 俺はもう一度、彼女を引き寄せた―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――んっ!!」

 

 

 

―――――再び唇を重ね合った

 

 

 二度目の接吻は苦い味だ―――――人間関係上に起こるギクシャクとした、噛み合わない感じや、真姫を通して出る辛い経験が唇を通して苦汁となり俺の口の中へと入りこむ。 俺は彼女のそうした気持ちを吸い取ろうとするように、唇に力を込め吸い上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ぷはっ――――――!」

 

 

 彼女はまた俺の体を突っぱねる―――――が、さっきよりも格段と力が失われており、勢いがまったく感じられなかった。

 

 

 

 

「真姫―――――俺のことをどう思っている?」

 

 

 同じ問いかけをもう一度行う―――――気持ちに変化の兆しを感じていた俺は、その答えが変わるのではないかと内心期待を抱く。

 

 

 だが――――――

 

 

 

「いや………きらいに………きまって…………いる……じゃない…………」

 

 

 その応えは先程と同じ―――――――

 

 

 

―――――いや、そうではなかった。 明らかに変化があったのだ。

 

 体を震わせて、こちらを向かないでいる。 先程は、目を逸らしながらこちらを見ていたのだが、今回はまったく見向きもしなかった。 傍から見れば、完全に嫌われているように思えるかもしれない。 だが、たどたどしくハッキリとした言葉を話せないでいるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 感じるのだ、彼女の中にいるもう1人の彼女の存在を―――――――

 

 

 俺はそっぽを向く真姫の顔を両手で触れ、互いの目と目が見つめあえるように顔を合わせた。

 

 

「真姫、確かにお前の言う通り、言葉は偽りを語ってしまう。 どんなに飾り立てようとも、心に響かなくては偽りにしか聞こえないはずだ。 だから俺は、俺自身の気持ちを唇に乗せて直接お前の心の中に入れているんだ。 そして知ってほしい、俺が真姫のことを大切に思っていることを―――――たとえ、誰もが真姫を見捨てようとも、俺は真姫の隣に立ち、お前を助けることを――――――!」

 

 

 

 

 そして俺は―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――んっ」

 

 

 

 

 

―――――3度目のキスを交わした

 

 

 

 

 2度のキスで潤った唇が、水滴をも弾いてしまうほどに弾力が付き、隙間が無くなるくらいにぴたっと俺の唇に合わさる。 ふんわりとした柔らかい感触が唇を伝って感じ取れる。

 それに彼女から綿菓子のようなほんのりと甘い味がした。 先程までの苦渋のこもった苦みがまったく感じられなかった。 そこから感じ取れるのは―――――喜び、嬉しさ、安心、そして、もう一つの感情―――――

 

 名は知らないが、何とも懐かしい感じが心の中で灯となり、あたためてくれる。

 

 そして、この感情こそ、いま俺の求めていたモノだ。

 

 

 

 

 

 

 ようやく見つかった――――――

 

 

 

 

 

 今度は俺のほうから唇を放した。

 もう、彼女と交わす必要が無いからだ。 彼女の中に、俺の気持ちが入り込んでいったようなのだ。

 互いに視線を交わすように顔が向き合うと、彼女の顔がわずかに赤みかかりぼぉーっとして俺のことを見つめていた。 視線を逸らすようなことも逃げ出すように抵抗する様子も見受けられなかった。

 

 

 

 

 

 最後に俺は、彼女に問いかける―――――――

 

 

 

「真姫―――――俺のことをどう思っている?」

 

 

 こちらも3度目となる問い。 同じことを繰り返して言うのは、彼女自身を深く知ろうとする1つの手段とも言える。 古の偉人が3度の質問に同じ答えを持って自分の意志を固めたように、こちらも3度の問いに彼女の意志を見出そうとした。

 

 残念なことに、すでに2度も跳ね退けられてしまった。 だが、その意思が固まっているものなのかと言えば、そうでもない。 内心が揺れ動き続けているのを感じとれていた。

 

 

 では、3度目はどうなのだろうか――――?

 

 

 俺は今までの質問に付け加えるようにとある言葉を添える―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「真姫は――――――俺のことが嫌いか―――――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すると、縛りつけていたモノが断ち切られたかのように、目から涙が零れ始めた。

 ぽろぽろと流れていくその涙は留まることを知らなかった。

 

 そのあまりにもたくさん流す涙で顔を濡らすと、閉ざしていた口を開きはじめる。

 

 

 

 

 彼女の――――真姫の()()()()()が流れ始めた

 

 

 

 

 

「ちがう………違うわ………嫌いなわけがないじゃない………わたしは………私は………! 蒼一のことが大好きなんだから………ずっとずっと、蒼一のことがすきなんだからぁ―――――!!!!」

 

 

 

 滂沱に流れ落ちる涙をよそにして、真姫は自分の気持ちにあらためて素直になる。

 偽ることの無い、純粋な気持ちを取り戻し、この気持ちを伝えたのだった。

 

 

 そんな真姫の気持ちを改めて知るようになった俺は、やさしく抱きしめる。

 

 そしてこう言うのだ――――――

 

 

 

 

 

 

「おかえり――――――真姫――――――」

 

 

 

 

 

 俺の知る彼女が俺の下に戻ってきてくれたことを感謝しながらやさしく語りかけるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな俺の言葉に―――――

 

 

 

 

「ただいま――――――蒼一 ――――――!」

 

 

 

 

――――――真姫は精一杯に応えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。


次回、真姫の話が完結します。


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フォルダー2-9『西木野 真姫』

 私はずっと1人で泣いていた―――――――

 

 誰も助けてくれないことに―――――――

 

 助けてくれると言っていた仲間は私の前から過ぎ去った――――――――

 

 

 そして、敵として私の前に立ちはだかった――――――――

 

 

 その時思ったわ―――――

 

 私って、何のために生きているのだろうって――――――――

 

 

 私の声を誰も聞いてもらいない―――――――

 

 私のことを誰も信用してはくれない―――――――

 

 

 そんな私に価値があるのか――――――?

 

 

 

 

 はっきり言って、皆無に等しかった―――――――

 

 

 所詮、みんなにとって私はいらない存在だったのよ―――――――

 

 だから、みんなで私を否定しようとした――――――――

 

 それなら、みんなの手で消されるよりは自分の手で終わりたかった―――――――

 

 誰にも悲しまれずにただ1人で――――――――

 

 

 

 

 

 

 でも、あなたはそれを赦してはくれなかった―――――――――

 

 

 あなたは私に生きることを選ばさせた――――――――

 

 それにあなたは否定する私自身の存在意義を見いだしてくれた――――――――

 

 

 あなたが私に伝えたこと――――――――

 

 あなたと唇を交わして初めて知ったあなたの気持ち――――――――

 

 あなたは忘れてしまったと言っていたけれど、ちゃんと感じたわ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()』と――――――――

 

 

 

 

 それだけで、私は生きることを決意することが出来たわ―――――――――

 

 あなたのために―――――――

 

 私を愛してくれるあなたのために――――――――

 

 

 

 私はあなたの隣で生きていたいと、そう思えるようになったの――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 疑心暗鬼に陥り、自らの命を絶とうとしていた真姫を、その直前で止めることが出来た。

 正直、今までにないくらいに自我を崩壊させていた真姫を止めることは難しいと感じていた。 だが、やらねば必ず後悔するという何所からともなく聞こえてくる言葉に背中を押され、俺は大きく前に進んだ。 真姫を救うこと、それが俺の役目となった。

 

 

 そして、真姫を救うことが出来た―――――――

 

 

 3度のキスを持って真姫を目覚めさせることは何とも強引なモノのように感じた。 だが、あの時の真姫は言葉で示そうとしても信じてはくれなさそうだった。 言葉を信じた真姫はその言葉によって裏切られたのだろう、だから疑心暗鬼に陥った。 故に俺は、言葉よりも強い………俺の気持ちを直接伝えたのだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を――――――――

 

 

 また、その時に不思議な感情も抱き、それが真姫の中へと入り込んで行ったような気もした。 けれど、それが何であるかは分からない。 多分、自分が失ってしまった感情なのかもしれない。 そして、それが真姫を思い留まらせたのだろう。

 

 

 だとしたら、それは――――――――

 

 

 いや、だとしてもだ。 俺はそれを自覚していないのだ。 そんな気持ちのままで受け入れわけにはいかない。 ならば、その気持ちを俺の中でまた抱かせるんだ。 そして、受け入れるんだ――――――この幸せを手にするために―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「蒼一、痛む………?」

 

「あぁ、かなり痛く感じてしまうな…………」

 

「そうでしょ? 私、無意識にかなり激しくやったから蒼一の体を壊しちゃうのかと思ったわ」

 

「そんな大げさな………俺はそう簡単には壊れやしないさ………」

 

「そうね、あなたは私を1人置いて何処かに行かないものね」

 

「今はそのつもりさ。 けど、何があるかはわからないものだ」

 

「大丈夫、その時は言ってくれればいいから♪」

 

「ありがとな。 それじゃあ、頼む」

 

「わかったわ、それじゃあ、力を抜いてね――――――」

 

「うぐっ!! こ、これは少しキツイかな………?」

 

「これは………深くまではいってないわね………これなら大丈夫よ」

 

「だとしてもだ、それでも痛いモノは痛いのだ―――――うぐぐっ!!!」

 

「男でしょ、少しは我慢してよ?」

 

「お、おまえなぁ…………」

 

 

 

 さっきの出来事から少し時間が経ち、落ち着きが取り戻った頃。

 俺は真姫にしてやられているところだった。

 

 さっきまでは、俺が主導権を握っていたようなものだったのに、今は逆転されたって感じだな。 何か手綱を引かれたような感じとも見られそうな構図だが………致し方ないだろうな。

 

 

 なにしろ、今やってもらっているのは―――――――――

 

 

 

 

 

「ほぉら、まだ血が出ているわ。 ちょっと、拭くわね」

 

 

 さっき、包丁で傷付いた右腕の治療中なのだ――――――

 

 真姫曰く、この傷はあまり深く入ってはいなかったので、消毒程度で済まされるとは言っている。 しかし、痛いモノは痛いのだ。 仕方ないじゃないか、さっきまではアドレナリンが有り余るほど分泌していたんだから痛みは感じなったさ。 けど、今はそれが無いのさ。 だから、さっきまで感じていなかった痛みも同時に感じているから余計に顔を引きつらせて声を上げるしかなかったのだ。

 

 

「っ~~~!! くっ、このくらいだったら唾付けておけば治るんじゃないか?」

 

「だめよ! ちゃんとした薬品で処置しておかないと後で大変なことになるわよ!」

 

「け、けどさ……よくあるだろ? 人の唾液で傷口を早めに治療するってやつがさ。 あながち、バカにすることはできないかもよ?」

 

「そ、そうかしら………?」

 

 

 俺の言ったことに嘘偽りはない。

 だが、消毒のアルコールが沁み過ぎて痛いのだ! だから、もうこれ以上やらないでほしいという意味合いでそう言ったに過ぎないのだ。

 

 

 

「それじゃあ、ちょっと待っててね…………」

 

「えっ…………?」

 

 

 

 そう言うと、手にしていた消毒液を置いて、俺の腕を水に濡らしてから拭き始めた。 何をしているのだろうと見守っていると、真姫は俺の腕を顔に近づけ―――――――

 

 

 

「はむっ」

 

「!!!?」

 

 

 傷口を口で覆ったのだった!

 唇と口から吐かれてくる息が温もりとなってじんわりと俺の傷口に触れてくる。 それに、舌も使い始めて傷口の端と端を行き来するように執拗に舐め始める。 舌のざらついた感じと、指でなぞるようにゆっくりと動くので、くすぐったくも感じてしまうのだ。

さすがの俺もここまでは想定してはいなかったので、戸惑いは隠せなかった。

 

 

「お、おい! そんなことをしなくていいって! 俺が舐めればいい話なんだから!」

 

「あら、それじゃあ、一緒に舐める? そうしたら、効果も2倍になってすぐに治るかもしれないわよ♪」

 

 

 ニッコリとした嬉しそうな表情を見せながら、こちらを見てくる真姫は、どことなくだが、生き生きしているような気がしてならない。 それに、俺のことを試しているのだろうか? 一緒に舐めようだなんて、俺にはそんな趣味は無いのですが、それは…………

 

 

「いや、結構………真姫がそのままやってくれ…………」

 

「うふふ♪ それじゃあ、遠慮なくさせてもらうわ♪」

 

 

 仕方なく、真姫にそのままやらせることとなったのだが………なんとまあ、頬を赤く染めながら俺の腕を舐め始める。 ペロペロとまるで犬のように必死に舐めている様子を傍から見ていると、逆にこっちが恥ずかしくなる。 また、かぶり付くように唇を使うので、口から音が漏れ出て変な気分になる。 まるで、キスをしまくっているようだな…………

 

 そんなことをしながら、真姫は数十分もの間俺の腕を舐め続けたのだった。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 真姫の執拗な治療(?)の甲斐もあって、傷口から血が流れることは無くなり、今は止血用のバンドエイドを貼って抑えているところだ。

 

 そして真姫は今、ぐったりとソファーでくつろいでいる。

 先程までの出来事による疲れがようやくここで出てきたのだろう、まだ夕方の時刻なのだが、眠たそうな顔をしていた。

 

 

「眠たいのか?」

 

「ん……うん、そうね………ちょっと疲れちゃったかも…………」

 

 

 目を擦りながらも、あまり大きく開こうとしない口で話す言葉があどけなかった。 ふにゃふにゃとしたような甘い声で話すので、そろそろマズイだろうなと真姫を早速、寝室の方に向かわせようと抱きあげた。

 

「きゃっ」というかわいらしい声を出すと、驚いたことで目を開かせていた。 だが、すぐに俺の腕に収まるように顔をうずめて心地良さそうな顔を見せる。

 そんな姿を見ながら俺は2階の部屋に向かった。

 

 

 

 真姫に設けられた寝室のベッドに寝かせ、そのまま布団をかぶせてやると、また眠たそうな顔をする。

 

 すると、何かしてほしそうな目でこちらを見てくる。

 俺は何かを話そうとする真姫に顔を近づけさせた。

 

 

「ねぇ……ちょっとだけ休みたいから寝るまで手を握っててくれない………?」

 

 

 目を子供のようにきらきらと輝かせながら話してくるのを見ながら、俺は有無を言わずにその通りに真姫の手をやさしく握り始める。 そうしてあげると、頬がかなり緩み始めて「ふふふっ♪」微笑みながら俺を見つめた。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい………私が蒼一のことを信じていたらこんな傷をつけることはなかったのに…………」

 

 

 上がっていた眉を少し引き下げてそう言ってくる真姫。

 まだ、罪悪感を抱いているのだろうと思うと、俺は自然と行動してしまう。

 

 

「それを言うのならこっちだってそうだ。 真姫が苦しんでいるところをすぐに助けてやることが出来なかったんだから。 こんなにすぐ近くにいるのにそれを感じてやることが出来なかったのは俺の落ち度だ。 ごめんな」

 

 

 真姫の握った腕をやさしく擦りながら俺は話す。

 今日や今日までのことを振り返ると、俺がしてやらなくちゃいけなかったことはたくさんあったはず、けれど、何一つとして気遣ってやることが出来なかったのだ。 それがわかっていたのなら、真姫も傷付くことはなかったのだろうと思う。

 

 

「ううん、違うわ。 これは私の問題よ。 私はあなたのことが好き―――――なのに、あなたを否定しようとした。 それはあるまじき行為なのよ。 あなたのことを好きでいることは、あなたのことをすべて信じてあげるということ―――――それが出来なかったのだから私の方がいけないのよ」

 

 

 好きが故に………か…………

 

 今の俺には難しいことなんだろうな。

 俺の感情にそういった人を好きになること―――――()()()()()()()()()()がよくわからなくなっている。 あの感情を落としてしまって以来、人を愛するということがわからなくなってしまった俺には、他人からの愛情を受けられても理解することが出来ない。

 

 

 

 だが、もしかしたら………誰かからの愛情が俺に注がれ続けたとしたら、取り戻すことが出来るのだろうか?

 もう一度、俺に人を愛するということをさせてくれるんだろうか?

 

 

 

 それならば俺は…………真姫に託してみようか………?

 

 真姫が俺に注いでくれているその愛情をもっと受けることが出来るのなら俺は元通りになれるのではないだろうか?

 

 

 

 

 信じてみよう…………真姫のその力に………………!

 

 

 

「いいや、真姫。 人は追い込まれたらそうなっちまう生き物なんだから仕方ないのさ。 けど、そんなに自分に罪悪感を抱いているのなら、俺の願いを聞いちゃあくれないか?」

 

「蒼一のお願い……? いいわ、私でいいのなら聞いてあげるわ」

 

「そうか、それじゃあ真姫にお願いしたい――――――俺を愛し続けてくれ」

 

「蒼一……! もしかして、あの時の………!」

 

「あぁ、真姫からの返事に応えられなかった理由―――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()からそう言わざるを得なかった。 そんな中途半端な気持ちで真剣な真姫の気持ちに応えることなんて出来やしなかった。 けど、今は違う。 俺は自分と向き合わなくちゃいけないんだ。 失ったモノを取り戻すために……()()()()()()に応えるために………!」

 

「蒼一…………」

 

「だから真姫、俺に教えてほしい。 人を愛することはどういうことなのかを見せてほしいんだ。 そして、俺に人を愛させてほしいんだ………頼む」

 

「っ――――!! ええ! こんな私でいいのなら蒼一に教えてあげるわ!」

 

「ありがとな………真姫………」

 

 

人を愛すること―――――そんな曖昧なものを教えてほしいなど、難題すぎるじゃないか。 そんなことが出来るものなのだろうか? けれど、そうもしなくては失った感情は取り戻すことが出来ない。 俺自身がどう頑張っても手にすることは難しいことなのだ。

 

1人でやるよりも2人で………そうすれば、俺に戻ってくるものだと信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、早速、蒼一に人を愛することがなんであるかを教えてあげるわ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 そう言うと、真姫は近づけていた顔をぐっと引き寄せて唇を重ね合わせた。「んっ」と言葉にならない声をお互いに出しながら、深く沈みこんでしまいそうなキスを続けた。

 

 

 長く長く、息が出来なくなるくらい長く―――――

 

 

 そして、狂おしいほどに深く深く気持ちを沈ませていくのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 綿菓子のようにほんのり甘くやさしい気持ち()が舌に絡まり、体内へと溶け落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

「すぅ―――――すぅ―――――――」

 

 

 穏やかな寝顔を見せながら真姫は眠りについた。

 先程まで、異常なほどに元気だったのに、一変してこのような姿になるとは思ってもみなかった。

 

 よっぽど疲れていたのだろうな、頭をやさしく撫でてみても反応を示さずにいるのはそのせいなのだろう。 俺は、握られていた手を放す。 そして、もう一度その寝顔を見てからこの場を静かに去った。

 

 

 

 

 2階から1階のリビングに戻ると、先程までの惨状に戻るような気持ちになってしまう。

 床を見ると、それなりの大きさの血溜りが出来ていた。 その上には、真姫の包丁も浮かんでいる。 俺はそれを拾い上げて全体についた血糊を落とすために台所に立つ。

 水とお湯を上手く使い分けながら、刃と持ち手の部分の血を洗剤で落とす。 刃先のところは何とか落とすことが出来たが、持ち手のところは木製であったために、色が少し滲みこんでいる。 わずかに見られるその赤黒い色がこの場で何があったのかを告げているようだった。

 

 また、床の血も拭き取り始める。

 よくもまあ、こんなに血を出していたのに気絶もしなかったものだ。 頭の中でそんなことを思い巡らせながら、染みにならないように丁寧によく拭きとる。

 

 

 

 拭いている最中に、窓に無数の水滴が付いているのをようやく確認することが出来た。

 風も強く吹いているらしい。 どうやら、夏恒例の強い雨風がここ一帯に吹いているのだろうと、結論付けた。

 

 

 

 

 

 すべてを終わらせようやく一息吐こうとした時、更なる焦燥感が走る――――――――

 

 

 

 

 

 

(ピンポーン)

 

 

 

 

 玄関のチャイムが鳴った。

 

 

「はーい、ちょっと待ってて下さーい!」

 

 

 俺は何の疑いも抱くことなく玄関の方に掛ける。

 

 

 そして、扉を開くとそこに立っていたのは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――花陽!?」

 

 

 

 

 

 

 傘もささずに、全身をずぶ濡れにしていた花陽が、ただ1人立っていたのだった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おにい………ちゃん……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:28】

 

 

 

【再生▶】

 

 

(ピッ!)

 

 

 

 

『もぉ~! 本当だったらこの時間には真姫ちゃんはいなくなってたはずなのに………とんだ計算違いだよ………!!』

 

 

『けど、もう一度だけチャンスをあげるよ………花陽ちゃん…………』

 

 

『今度しくじっちゃった時には……………』

 

 

 

 

『ちょっとだけ、お仕置きさせようかなぁ~♪』

 

 

 

 

『うふふ………それじゃあ、早く行こうかな…………』

 

 

 

 

 

『それと、もう隠れなくてもいいんだよ――――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――――――絵里ちゃん―――――――――――』

 

 

 

 

 

 

 

(プツン)

 

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うぷ主です。

早速、1人目を助けることができました。

次はどうなるのだろうか………………?


次回に続くよ。


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フォルダー2-10

 

 

 

「――――――花陽!?」

 

 

 

 玄関のチャイムが鳴ったので、扉を開けてみるとそこに立っていたのは、全身ずぶ濡れ状態の花陽が、だた一人鞄を下げて家の前に立っていたのだ。

 

 

 

「………()()()………()()()……………」

 

 

「何をやっているんだ! そんなところにいちゃ、風邪を引くじゃないか!!!」

 

 

 雨の中でじっとたたずむ花陽を見て居ても立ってもいられなくなった俺は、玄関を飛び出て花陽の手を握った。 そして、そのまま家の中へと入り、これ以上雨粒に晒されることが無いようにした。

 

 しかし、もう十分に雨粒は花陽の体にびっしりと付いてしまっていた。

 ふわっとした柔らかさを保っていた髪は、水を含ませたことで重さを増し、頭の形に合わさるようにペタンとしていた。 また、髪との間に入りこんでしまった水滴が髪の先からポタポタと一定のテンポを保ちながら下へと落下していた。

 上半身を覆っていた白の半袖のYシャツは、こちらも雨で濡れたために体のラインに合わせてピタッとくっ付いてしまっている。 おかげで、花陽の特徴的なふくよかなボディラインが普段見ている時よりも俄然ハッキリと目につくようになる。 また、水を含ませると布が透けてしまうようで、花陽が胸元に付けている下着の色がシャツの色と合わさりながらも確認できる。 少し大人の感じを醸し出されそうな濃い色の下着に思わず心を揺るがす。 また、下着で覆われた花陽の胸の肌の色も透けて見えてしまっていたので、いつも以上に強調されたその魅力的な姿に目を逸らしてしまう。

 

 

 俺は視線を他のものへと向けるが如く、体を拭くことが出来るタオルを探しにいくと、2、3枚くらいのバスタオルを取り出してきては、花陽の体を頭から拭き始めた。

 

 

「大丈夫か? 体は冷えていないか?」

 

 

 俺がそう尋ねると、花陽はこくりと頭を縦に揺らして大丈夫であると示した。

 とは言うものの、実際に体を拭いてみると、そんなに時間が経たないでタオルが1枚、また1枚とびしょ濡れになって使い物に無くなってしまう。 それに肌に触れても、俺の体温よりもかなり低く感じるので、花陽は俺に気遣って我慢しているのではなかろうかと思い込んでしまう。

 

 

「今すぐに、風呂の準備をしてやるからちょっとだけ待っててくれな!」

 

 

 俺はそう言い残して、1人風呂場に行った。

 

 

 

 

 幸いなことに、風呂の中は掃除がされてあり、お湯を入れるだけで済む話だった。

 俺は風呂自動のスイッチを押して、お湯を入れ始める。 沸かし終えるのは……そうだな、10分程度ってとこだろうな。 それまでは、ちょっとだけ我慢してもらおうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ひたっ――――――ひたっ―――――――ひたっ―――――――――)

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 一瞬、背筋が凍りだすような悪寒にさいなまれる。 心臓の鼓動が急に激しく打ち鳴らし始めた。 同時に、額から一筋の汗が流れ出る。

 これまでに経験した中でも稀なことであったため、身を強張らせてしまう。

 

 

 な、なんだ………?! そう感じながら後ろを振り向く。

 

 

 

 

 するとそこには、タオルで顔を覆っていた花陽の姿が目の前に…………

 

 

「な、なんだ………花陽だったのかぁ………脅かさないでくれよ…………」

 

 

 その正体が何であるのかを知ると、安堵をおぼえはじめようとしていた。 まさか、花陽からこんな感覚を感じてしまうとは。 普段ならば、もっとあたたかくて穏やかな雰囲気を出して周囲を癒してくれるような存在であったために、こうした鋭く凍りつくような感じを身におぼえてしまうのは初めてのことだったからだ。

 

 

 

 

「………ねぇ、()()()()()()……………」

 

 

 その弱々しい声を聞くと、耳を傾けてしまう。 細々と何を言っているのかが聞こえ辛かったからだ。 「なんだい?」と応えると、タオルで顔を覆い被さったままこっちに向かって話し始める。

 

 

 

「…………()()()()()()は…………花陽の味方だよね…………?」

 

 

 ん?と一瞬、何を言っているのかが分からず疑問の声を出してしまう。 何でそんなことを言うのだろうかと思いながらも、「俺は花陽の味方だぞ?」と言ってあげた。 「そう………」と二言返事をすると、またその口を開く。

 

 

()()()()()()は………花陽に何か隠し事をしている…………?」

 

 

「………!!」

 

 

 その言葉を耳にした時、わずかにイヤな予感が過り始めた。 花陽がどんな意図をもってその質問を投げかけているのか、まだ少しだけ脳内整理が出来ていない俺には、まともな判断が出来てはいなかった。 ただ今日は、何だか不気味な気持ちに陥ってしまっているような気がしてならなかった。

 花陽に対して、何らかの違和感を抱いていたからだ。

 

 

 だが、それがどんな意味を果たしているのかを突きとめることなく、「何も隠し事はしていない」と後ろを向きながら応えてしまった。

 

 

 

 

 

 

―――――それが悲惨な結果を及ぼすことになるとは思わずに――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

(バヂッ!!)

 

 

 

 

「あがっ?!!」

 

 

 その刹那、強力な痛みと痺れが背中を通じて全身に行き渡る!

 痛みは一瞬だったが、その後に続くこの強い痺れは俺の全神経、全筋肉に強い衝撃を与え、機能を停止し始める。 足にまったく力が入らなくなってくる………。 俺は勢いよく床に倒れそうになるものの、ほんの僅かに残った気力を駆使して、何とか倒れることなく壁に寄り掛かるような感じで座り込む。

 

 

 一体何があったのか………?

 

 その原因を見定めるべく、後ろだった方に目を向けると…………花陽が立っていた。

いや、そうじゃない。 見た目は花陽なのだ、さっきまで居た花陽なのだが………この感じは一体何だ? やわらかくふんわりとしたやさしさにあふれた雰囲気を出していたはずの花陽は、今、背筋を凍らし尽してしまいそうな憎しみを抱いた瘴気を放っているのだ!

 

 その光景に、思わず息を詰まらせてしまう。

 

 

 

「………酷いよ、()()()()()()…………()()()()()()も花陽に嘘を吐くの………?」

 

 

 ゆらりゆらりと体を左右に揺らしながら彼女はそう言った。 首も同じように大きく揺らしており、顔を覆っているタオルもゆらゆらと揺れて落ちそうになる。

 実に弱々しい声………いや、力がこもっていないようにも捉えられるか。 いつぞやの自分に自信が無かった頃の喋りとは似て異なるものだった。

 

 いずれにせよ、いつもの花陽ではないということは確かだった。

 

 

「………うそ………って……なん……だ…………?」

 

 

 花陽の言葉に返すようにこちらも応える。 が、どうやら先程の痺れは神経や筋肉のみならず、俺の舌までも痺れさせていたようだ。 おかげでまともに話すことすら出来やしない。 思っていたことの30%くらいしか口にすることが出来ないのは、現状では厄介なことだ。

 

 

()()()()()()……分からない振りしたって無駄だよ……? 花陽はすべて知っているんだよ……? ねえ、()()()()()()………どうして、真姫ちゃんと一緒に住んでいるのかなぁ………?」

 

 

「ッ――――!?」

 

 

 花陽の口からまさかの言葉に全身が硬直する。

 どうしてそのことを知っているんだ……?! あれは俺と真姫しか知らないことだったはず………

 

 

 いや、ちょっと待て………よくよく考えたらおかしいところがあったじゃないか。

 学校からこっちに来ようとした時に、希が意味ありげな言葉を発していた――――つまり、希はこのことを認知していた――――? ということは、他のメンバーにも知れ渡っている可能性があるということ………だとしたら―――――――

 

 

 

 ハッ―――――! そういえば、さっき真姫はなんて言ってた!? 何か重要なことを言っていたはずだ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――花陽には首を絞められて殺されかけた――――――』

 

 

 

「ッ――――――!!!!」

 

 

 その言葉を思い出した時、全身に強烈な衝撃が走りまわる!

 

 ま、まさか………そんなばかな…………! は、花陽がそんなことを………?! あの自分の血を吸いに来た蚊ですら殺さないようなやさしい花陽が、どうしてそんなことをしていたんだ?!

 ありえない………そんなの絶対にあり得ない…………!!

 

 

 俺の抱く常識や認識をはるかに超えた何かが俺を震え上がらせる。

 

 

 しかし、そうしたあらゆるモノが一瞬で吹き飛んでしまいそうな言葉を耳にする。

 

 

 

「ねえ、()()()()()()………花陽はね、ずっと()()()()()()と一緒にいたいなぁ~って思っているんだ。 だからね、花陽は()()()()()()の邪魔をするいろいろなモノを取り除こうと思っているんだぁ~。 だから、まず最初に真姫ちゃんを消そうと思ったんだ~♪ 兄妹でもないのに、一緒に住んでいるのっておかしいよね? 一緒に住むことを許されるのは、兄と妹の関係以外にあり無いでしょ? だから、真姫ちゃんにはいなくなってもらって、()()()()()()の隣にいるのを花陽にしたいの♪ 嬉しいよね? 嬉しいことだよね、()()()()()()?」

 

「ぐっ……! は、はな……よ…………!!」

 

「だから、私は決めたの――――――こうやって、真姫ちゃんを消すことをね―――――♪」

 

 

 顔を覆い隠していたタオルが床に落ち、その表情が露わになる。

 

 濁り淀んだ瞳を見開かせて、こちらに焦点を向ける。 光をまったく受け付けないような瞳に俺自身が吸い込まれてしまいそうになる。

 そして、せせら笑うかのように口元が薄らと開き、白い歯を見せる。 そんな口から、狂気の言葉が軽々しく漏れ出すのだ。

 

 憎しみと言うよりも、愉しみを抱いた子供のような表情だった――――――だが、そこに無邪気さなど、一寸たりとも感じられることは無かった。

 

 それこそまさに、憎悪の満ち満ちたものだった。

 

 

 そして、今まで気が付かなかったが―――――その手には、黒光りしたスタンガンの姿も―――――俺はアレによってこの状態にさせられたというわけか―――――!!

 

 そんな花陽から、意とも簡単に真姫を排除しようという意思の詰まった言葉を口にしたのだ。 ありえないことだ………だが、今の花陽に俺の常識は伝わらない。 間違いを正そうにも体が言うことを聞いてくれやしない。

 

 俺は黒々と染まっていく花陽を見ていることしかできずにいた――――――

 

 

 

「ねえ、()()()()()()………私を見て…………」

 

 

 そう言うと、手に持っていたスタンガンを仕舞い、着ていた服のボタンに手を掛ける。 首元から1つ1つ外していき、ヘソのところまで到達させた。 当然のことながら、胸元を覆い隠している下着は露わになるわけだった。

 

 

「な、なにを………しているんだ…………?!」

 

 

 予測不可能な行動に、またしても不安が募る。

 花陽は俺の目の前にしゃがみ込み、自分の胸元に手を置いて俺に見せ付けるように強調させた。

 

 

「ねえ、()()()()()()………この下着、いいでしょ………? これね、()()()()()()が私に大人の下着を着たら見てくれるって言ってくれたよね? あの後ね、花陽、頑張ってこの下着を買ってみたんだ。 そしたら、思っていた以上に良くってね、最近はこの下着を付けているんだ♪ 似合うでしょ?」

 

 

 そう言うと、胸元を強調するようにさらに前のめりになって俺に近づく。

 

 花陽の胸元を覆っているその下着は、あまりにも性欲を掻き立てる魅惑な気配を感じさせる。 ワインレッドの胸当てにその周りを飾り立てる黒の花柄レース、男心をくすぶらせるその2色が俺の感覚を酔わせる。 しかし、その下着は豊満な胸を備え持った花陽にはあまりにも小さすぎた。 胸の大きさに対して、その布の比率はわずか5分の1以下。 胸の先端に付いている固い突起物だけを優先的に覆い隠すことだけを目的としたとしか言いようのないほどの布の少なさ、まるで、手で覆ったかのように思えてしまう。 また、この下着では抑えきれないほどに胸が布からはみ出て、弾けようとする肉々しいその胸が俺の感性を異常なまでに高まらせた。

 

 この時点ですでに理性などがオーバーヒートしそうになるところに、叩きこまれるようなことが起こる。

 

 

 なんと、スカートをたくし上げて下半身を覆う下着までも見せつけてきたのだ!

 

 胸を覆っていた下着と同色同柄でありながらも、こちらも積極的に攻めてくるような仕様。 女性の陰部をただ隠すだけのような布であるということを、腰に回っている細い紐が強調させているようだ。 それ故なのだろうか、そのあまりにも少なすぎる布の部分に思わず注視してしまう。

 

 思わず目を背けてしまうような光景。 だが、男性の本能がそうしろと言ってくるかのようだ。 俺の視線は、その2つの下着と、顔の真ん中を真っ赤に染め上げた花陽に集中していたのだ。

 顔を赤く染めているのは、恥ずかしさからだろうか? それとも、興奮しているからだろうか……?

 いずれにしても、今の花陽はとても常軌であるとは言い難い。

 

 

 通常ならば、誰もがその情景に立たされれば、興奮し、自らの欲求を押さえられずに飛び出してしまうだろう。 致し方ないことだ、それが人間であり、男性なのだから。

 

 

 だが俺は、現状においてそうした欲求よりも彼女のいやらしさの奥深くに居座っている狂気が、悔しくも俺の理性を保たせてくれていた。 欲求よりも何よりも目の前にある現実に立ち向かわなくてはいけなかったのだ。

 

 

 自分の中で決意を固める。 全身にありったけの力を込めて、痺れを薙ぎ払う。 体に自由が取り戻ってきたようだ。

 

 

 

「花陽………その格好はいいと思うぜ………さすが、俺の見込んだ義妹だ………何を着せてもよく似合うな…………」

 

「そうでしょ!! ()()()()()()ならそう言ってくれると信じていたよ!! やっぱり、()()()()()()()私のことをよく分かってくれているよ!!!」

 

 

「だがな………今はそんなことはどうでもいい…………」

 

「えっ………?」

 

「花陽………何故、お前は真姫を殺そうとする? 真姫はお前の親友だろうに、何故そんな酷いことが出来るんだ………?」

 

「………………」

 

 

 花陽の動きが急に止まった。 先程まで、積極的に押してきた彼女の動きと一変した様子を見ると、何かが交錯し始めていると思われる。 葛藤だろうか? それならば良いのだが…………

 

 

 

 すると、花陽の目付きが急に鋭くなった。 隠れていた憎悪が表に出てきたのだ! 邪気が彼女を呑みこもうとしていたのだ! これはまずいと、察したのだが、それよりも早く彼女はそれをぶちまけた!

 

 

 

「酷いこと? 花陽のやったことのどこが酷いことだというの、()()()()()()?! あの女は、()()()()()()をたぶらかして、自分のモノのようにしていたんだよ!? 信じられないよ! 誰にも言わず、親友だった私にも言わないで、1人でコソコソとあんなことをして………許されるわけないよ!!!!」

 

「花陽ッ――――!!」

 

「私たちには良い顔を見せていたようだけど、その裏はあんなに酷いとは思わなかったよ………私たちを騙して、()()()()()()()()を………()()()()()()()()()()()()を私の手から奪い取って………!! 許さない………許さない許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさないユルサナイユルサナイ……………絶対に許さないんだから!!!! ()()()()()()()()()()()()!! ()()()()()()()()()()()()()!! 誰にも渡さない! 誰にもあげないもん!! 私と()()()()()()は一心同体なの!! 離れられない関係なの!!!」

 

「やめるんだ、花陽ッ―――!! 邪気に自分の呑みこませるんじゃない!!」

 

 

 邪気が彼女の中に入りこんで行く。 今までに見たことも聞いたこともないような姿と声を発して、彼女は狂乱した。

 そこには、やさしさなど、穏やかさなどあるはずもなかった。 性格そのものが逆転したかのように、その醜態を俺の前で見せていた。

 

 

 そんな中で、引っかかる言葉を耳にしていた。

 花陽の口から俺に向けられた言葉が『おにいちゃん』であったことだ。 『蒼一にぃ』と呼んでいたはずの花陽が何故その言葉を―――――? 狂乱する彼女の口からその手掛かりとなる言葉が出てくるもハッキリとはしない。

 ただ、もしやと思うところがあった―――――

 

 

「花陽!! そんな姿を見せては、()()()()()()()()()()()()は喜ばないぞ!!」

 

 

 

 その言葉にようやく反応を示すように、体を震わせる。 すると、ギロリとこっち見て言ってくる。

 

 

 

 

 

 

「なにを言っているの、()()()()()()………? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………?」

 

「ッ―――――!?」

 

 

 

 その言葉を聞いて合点がいく。 だが、同時に悪寒を感ぜざるを得なかった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………!

 

 

 思ってもみなかったことだ………まさか、花陽の最愛の人の姿かたちを消してしまうなんて考えられなかったからだ。 となると、俺はその兄貴の代わりとなっているというのか………? そんなバカな!!

 

 だが、そうとしか考えられないし、そうだとすれば、すべてのことにようやく合点がいくのだ。

 

 

 なんとしてでも止めなくちゃいけなかった。

 

 

 

「花陽!! おにいちゃんからの頼みだ! 真姫を殺そうとするんじゃない!! 真姫には少し事情があるんだ、分かってくれ! 真姫に悪気があったわけじゃないんだ!!」

 

()()()……()()()…………?」

 

 

 おにいちゃんとしての言葉として花陽に投げかけると、たちまちその動きは止まり耳を傾ける。 花陽の第一優先は変わってはいなさそうだった。 このままの状態で説得していけば、うまく行くかもしれない!そう信じていた――――――――

 

 

 

 

 

 

()()()()()()、何を言っているの? あの女は()()()()()()にとって害悪でしかならないんだよ? だから、今やらないといけないんだよ? そうしないと、また()()()()()()を苦しめることになるんだから………妹である私が、今()()()()()()を助けてあげるからね♪」

 

 

 逆だった――――花陽は、さらに決意を固めてしまった。

 その奥底に眠っているモノは、よっぽど強いものなのだということを改めて知ることとなった。

 

 

「それじゃあ、()()()()()()…………今から行ってくるね………♪」

 

 

 そう言うと、仕舞ってあったスタンガンを取り出して、この場を去ろうとした。

 

 

「花陽、待て―――!!」

 

 

 手を伸ばして留めようと努めたが、生憎、まだ体がちゃんと動こうとしなかった。 そのため、花陽には追い付くことが出来ないのだ。

 

 

 

 

「こっちからあの女の匂いがする……………」

 

 

 階段の方に目を向けると、そのまま上がっていこうとする。

「待て!」と言うものの、その歩みは止まることはなかった。 一歩一歩、踏みしめるかのように昇って行こうとするその様子は、死へのカウントダウンが迫っていることを意味していた。

 

 

「くっ………くっそぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

 動かない足を引きずりながら前に進んで行く。

 だが、到底追いつくことのできない距離だった。

 

 このまま、花陽の手によって真姫が殺されてしまうのか――――――? いや、そんなこと断じてあってはならない! 死ぬこともそうだが、親友の花陽の手で殺めてしまうこと自体あってはならないことなのだ!

 

 止めたい………なんとしてでも止めたい………!!

 だが、そんな状況下にあっても俺の体は自由に動くことが出来ないのは、何とも悲しいことなのだろうか………! 1分……いや、10秒だけでもいいんだ! 花陽を止められるだけの時間がほしいんだ……!

 

 だから…………だから…………だから、動いてくれよぉぉぉ!!!!!

 

 

 

 

 

 そう、体に念じても一向に動こうとはしなかった――――――――

 

 

 

 花陽は、もう既に上段部にまで進んでいた。 あと数歩前に出れば、真姫のいる階に到達してしまう!

 

 

 ダメなのか………もうダメなのか……………!!!

 

 

 

 諦めまいとしていた決意の中に、曇りが生じ始めようとしていた――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(バンッ!!!)

 

 

 

 

 玄関の扉が勢いよく開いた―――――!!

 

 

 

 

 その扉を開けた人物を見て、俺は目を見開いた―――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょぉぉぉっと待つにゃあ、かよちん!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:27】

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

 

 

(ピッ!)

 

 

 

『か~よちん! どこなの~?』

 

 

『う~ん………こんなに探しているのに見つからないなんて、なんかおかしいにゃぁ………』

 

 

『どこに行っちゃったんだろう………?』

 

 

 

 

 

 

『どうしたん、凛ちゃん?』

 

『わっ!! の、希ちゃん?!………もう、脅かさないでよぉ…………』

 

『あはは……ごめんなぁ………なんかキョロキョロしとる凛ちゃんがおったから気になったんやで?』

 

『そうなんだよぉ………今日ね、かよちんと一緒に帰ろうって言ってたのに、急にどこかに行っちゃって…………それで学校中を探していたんだ。 希ちゃんは知らない?』

 

『う~ん………そうやなぁ………せや! こんな時こそ、カードのお告げの出番や!』

 

『おお! 希ちゃんのスピリチュアルパワーが発揮されるんだね!』

 

『まあ、見ててな…………うむむむむ………………むっ! こ、これは………!』

 

『ど、どうしたの!? 希ちゃん!』

 

『これは大変なことになっとるなぁ………凛ちゃん、心してよく聞くんよ』

 

『う、うん………!』

 

『花陽ちゃん、今、とっても苦しんどるんよ。 心の中ではしたくないのに、今やっとるんよ』

 

『ええっ?! か、かよちんがそんなことを……!? ど、どうすればいいの?!』

 

『落ち着いて、凛ちゃん。 今、花陽ちゃんを助けることが出来るんは、凛ちゃんしかおらへん。 だから、今の花陽ちゃんを見ても絶対に負けちゃあかんよ………ええな?』

 

『う、うん……! わ、わかったよ!』

 

『それでええんや。 それで行き先はな――――――――――』

 

 

 

 

(プツン)

 

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

新たな訪問者に展開はどう変わるのだろうか………?


次回をお楽しみに。



P.S.
投稿時間が少し遅れてすみません。


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フォルダー2-11

 

 花陽が苦しんでいる――――

 

 

 希からそのことを耳にした瞬間から居ても立ってもいられなくなっていたのだ。 凛にとって大切な親友のピンチに掛け付けないはずもなかった。

 彼女は学校を飛びだし、雨風が吹き荒れる天候の中、傘もささず、雨合羽も着けずにただひたすらと走り続けた。 体中に冷たい雨粒が叩きつけられる―――――それでもなお彼女は走り続け、この場所までたどり着いたのだ。

 それ故か、凛の髪の先から靴下の先までびしょ濡れとなっていたのだ。

 

 

 それはまるで、花陽と同じような姿であった――――――

 

 

 

 

 

 

 けれども、彼女の体は冷え切っていても、その芯は情熱に帯びていた――――――

 

 

 

 

 

「ちょぉぉぉっと待つにゃあ、かよちん!!!!!」

 

 

「「!!?」」

 

 

 蒼一の家の扉を勢いよく開け放たれると、そこから息を切らして入ってくる凛の姿が、その場にいた者たちの視線を注目させた。 中でも、花陽の動揺は著しかった。 なぜなら花陽は、このタイミングで邪魔に入られるとは思ってもみなかったからだ。 ましてや、その相手が凛であったということが彼女を大きく揺るがせたのだ。

 

 

 

「………何しに来たのかな………凛ちゃん………?」

 

「そんなの決まってるにゃ! かよちんを助けに来たんだにゃ!!」

 

「私を助けに………? ふふふっ、と言うことは、凛ちゃんも私と一緒に真姫ちゃんを消しに来てくれたんだね………?」

 

「………? 何を言ってるにゃ? 凛は、かよちんがしたくないことをしようとしていて苦しんでいるって聞いたにゃ! だから、凛はかよちんを助けに来たんだにゃ!」

 

「ッ―――――――?!」

 

 

 花陽は、凛から予想にもしなかった言葉を耳にして、目を見開きうつむいた。 まるで、自分の心中を察せられたかのように思えたのかもしれない。 彼女は無意識に歯に力を入れると、ギリッという鈍い音を出して険しい表情をむき出しにする。

 

 

 一方、凛はこの時に初めて自らの視線を床に向けた。

 

 

 

「―――――蒼くん?!」

 

 

 

 すると、すぐに目に飛び込んできたのは、床を這いつくばる蒼一の姿だった。

 それを見ると、凛は身を構え始めた。 この異様な状況をようやく肌で感じ取ったらしく、その体に力を入れ始めたのだ。

 

 

「凛………! 花陽を………花陽を止めてくれ………!!」

 

 

 未だに足に力が入らず、立つこともままならない蒼一は、今ある力を込めて凛に呼びかけた。 凛はそれに応えるかのように、花陽に向かって、その階段を一歩一歩昇り始めた。

 

 

 

「来ないで! 凛ちゃん!!!」

 

「かよ………ちん……………」

 

 

 腹に力のこもった声が家中に響き渡る―――――その声を耳にすると、凛はその足を止めた。

 

 そして見上げて、彼女が知っているあのやさしい親友とは程遠い―――――憎悪と言う瘴気に包まれ、今にも人を殺しそうな顔をした花陽を目にした。

 

 彼女は震えあがった。

 多分、初めてと言える親友に対する恐怖を抱き――――――震えた。

 

 

 

 

 これが………凛の知っているかよちんなの……………?

 

 違うよ!

 

 凛の知っているかよちんは、こんなに怖い顔なんかしないよ!

 凛にそんな顔を向けたりなんか絶対しないもん!!

 

 だって………だって、かよちんは…………!

 凛の………凛の大切な…………!!

 

 

 

 

 凛の中で花陽に対する思いが募り始める。

 

 凛が初めて花陽に逢った日から今日に至るまでの長い長い年月を遡り、今まで2人で過ごしてきたあの楽しかった日々を振り返る。 そこには、いつも笑顔で隣にいてくれた彼女の姿が今でも鮮明に映し出される。 楽しいことだけじゃない、辛い時、悲しい時、お互いがケンカしていた時でさえも、その後には、やさしい笑顔が待っていた。

 

 彼女のそのやさしさにどれほど助けられたことだろう………凛は……だからこそ凛は、より一層、彼女のことが心配でいられなかったのだ。

 

 

 

「かよちん、やめてよ! かよちんはそんな顔をしちゃダメだよ! 怖い顔をするかよちんはかよちんじゃないよ!」

 

「うっ…………!!」

 

「かよちんはいつも凛にやさしくって、凛がドジばっかりしていた時もいつも隣にいて支えてくれて………そんなかよちんのことを凛は好きなんだにゃ!!」

 

「り……ん………ちゃん…………!」

 

「だからもうやめよう? こんなことをしても何の意味もないよ………ただ悲しくなるだけだよ…………さあ、凛と一緒に戻ろう?」

 

 

 

 そう言って、凛は花陽に向けて手を差し伸べる。

 花陽は凛のその思いもしなかった行動に戸惑い始める。

 

 凛から向けられたあらゆる感情が花陽へと臨み始めた。 凛が花陽のことを思う気持ち――――好きとか、助けたいとか……そうした純粋無垢な感情を差し向けられたのだ。 当然、対面し合っている2人―――――親友同士の対話の中では、そうしたものが言葉よりも強い意志によって伝わってくるのだ。 それは、今の花陽にとっては鋭く突き刺さるようで、心の奥深くにまで入り込んで行ったのだ。

 

 

 

「うっ………ううっ…………!!」

 

「かよちん!!」

 

 

 花陽は戸惑う―――――激しい頭痛に苛まれたかのような痛みをこれまでにない程に感じたのだ。

 始めは目眩が起こるような小さなものだったのが、次第と強まっていき、頭部全体にまで広がっていたのだ。 当然、花陽はそれを抑えるべく頭を抱え込む。

 

 唸りをあげてしまいそうになるほどの痛みだ。 花陽にとって初めてのことなのかもしれない―――――花陽の心の中で湧き起こっている感情同士のぶつかり合い、葛藤が起こっていることなど知るよしもなかった。

 

 

 

 これはどちらも譲ることもしない拮抗したものとなると思われた―――――

 

 

 

 

 

 

 だが――――――

 

 

 

 

 

(パンッ!)

 

 

 

 

「えっ………?」

 

 

 

 花陽は差し伸べられた凛の手を打ち払った。 彼女は凛からの救いの手を必要無しとして切り捨てたのだ。

 

 

 

「いらないよ……凛ちゃん………私はね、おにいちゃんと一緒にいられる方が一番いいの………おにいちゃんと一緒にいれば、花陽のこの辛い気持ちもどこかに行っちゃうと思うんだ。」

 

「そ、そんな………嘘だよね、かよちん………?」

 

「嘘じゃないよ、凛ちゃん。花陽にはおにいちゃんが必要なの。おにいちゃん以外で私の気持ちが落ち着くことなんかできないんだよ。おにいちゃんがいいの………おにいちゃんが欲しいの…………だから………だから、邪魔しないでくれるかな、凛ちゃん………?」

 

「ッ―――――?!」

 

 

 ギロリと目を黒光りさせて見つめる花陽―――――灰色のように濁っていたその瞳に、さらに淀みが生じ始め、真っ黒な濁りと変わって凛を見下ろしていた。

 

 

 

 この時、彼女の感情が決まってしまったようだ――――――――――

 

 

 

「凛ちゃん、花陽はね、今から真姫ちゃんを消さないといけないの。 花陽の大好きなおにいちゃんをたぶらかして、傷つけた酷い女に私が引導を渡してあげるの。 そうしたら、おにいちゃんを苦しめる者はいなくなるの。 私とおにいちゃんとの間を邪魔するヤツなんていなくなるんだから、おにいちゃんとずっと、ずぅ~っと暮らしていくことが出来るんだ。 もう、夢のようだよ~♪」

 

「そ、そんな………違うよ! かよちんはそんなことを言わないよ!!」

 

「ごめんね、凛ちゃん。 これが私なの……今の私が本当の私なの。 だから見ててね、花陽の………晴れ姿を♪」

 

 

 

 そう言って、花陽はうつむきながらも一歩、もう一歩と階段を上っていく。 もう2階までの距離はそんなになかった。 すぐに、到達してしまうものだと誰もが思い込んでしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中―――――――

 

 

 

 

 

「かよちん………やっぱり、嘘をついているにゃ…………」

 

 

「ッ――――――!!」

 

 

 

 凛は小さな声で言った。 そして、その声を花陽は聞きとり身を震わせたのだ。

 凛が何故、あのようなことを言ったのかは分からない。 だが、今の花陽に余裕の表情は見受けられないところを見ると、間違ったことを言っているようでもないのかもしれにのだ。

 

 

 凛は言葉を続けた。

 

 

 

「かよちんは、嘘を吐く時は顔を下に向けちゃう癖があるよね? 凛、分かるもん。 かよちんと小さい時からずっと見ていたから分かるもん…………かよちん、本当は真姫ちゃんのことをそんなふうにしたいとは思っていないんだよね?」

 

「………………」

 

「でも、何でなのかは分からないけどそうしないといけないって、勝手に思い込んでいるんだけなんよ!」

 

「………………!!」

 

「さあ、かよちん。 凛と一緒に戻ろう? 今なら大丈夫だよ、きっとやり直せるよ!」

 

 

 

 そう言うと、凛はまた手を差し伸べた。 凛の真剣な眼差しが花陽に向けられ、その答えを待ち望んでいた。

 

 

 

 

「うっ………!!」

 

 

 また、頭痛が走る――――花陽は頭を抱え始め、唸り始める。

 先ほどよりも強い痛みだ。 ズキズキと頭に響いてくるその痛みに、苦しみ始めてしまう。

 

 何が彼女を困らせているのか? 何が彼女をここまで思い留まらせているのか? それはわかるはずもない。 ただ、彼女の中で何かが強く抵抗しているということだけしか分からないでいる。

 

 

 

「かよちん! さあ、凛の手を掴んで………!!」

 

 

 凛は止めていた足を動かし始めて、階段を一歩一歩と上り始める。 離れてしまった花陽との距離を短くさせている。 そして、もう手の届くところにまで近づいたのだ。

 

 

 救いまであとわずかとなったのだ―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ………うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 突然、花陽が声を張り上げ出した。 それを見ていた凛は、何が起こったのか理解できずに立たずんでいた。

 

 

「かよちん!」

 

 

 花陽に声を掛けてみる。 すると――――――

 

 

 

 

「うるさい!!!!!!」

 

 

 聞いたこともない金切り声をあげて、凛の言葉を薙ぎ払ったのだ。

 さすがの凛もその様子に何も言えずにいた。 そして、恐怖に満たされ始めた。

 

 

 花陽の強い言葉が羅列する。

 

 

 

「うるさいうるさいうるさい………うるさあああああああああい!!!!なに、なんなの?さっきから頭の中をズキズキと叩いてくるこの痛みは一体何なの?!私はおにいちゃんと一緒にいたいだけなのにどうしてみんなで私のことを止めようとするの!?私とおにいちゃんを離れ離れにさせるつもりなの?やめてよ!!私にはおにいちゃんが必要なの!おにいちゃん以外あり得ないの!!それを私の前から取り去らないでよ!!!」

 

 

 両手で頭を抱え、左右に大きく揺らす。 こんなに激しく乱れた花陽を見るのは、凛も含め初めてのことだろう。 これは本当に花陽なのか? 疑い深くなってしまうのは当然のことなのかもしれないが、これは花陽なのである。

 

 

「大好き……私はおにいちゃんのことが大大大大好きなんだから!!離れ離れになるなんてありえないよ!!一緒にいたいよ!!ずっと、花陽と暮らしてほしいよ!!!

 

 なのに………なのに、どうして花陽じゃなくてあの女なの………?花陽はいらない子になったの?花陽はおにいちゃんから見捨てられちゃったの………?いや、違うよ………花陽は見捨てられたわけじゃないんだよ、あの女が私からおにいちゃんを遠ざけているんだよ………!!赦せない………私のおにいちゃんを取り戻すために、花陽は頑張るから………」

 

 

 

 虚ろになった目で、何処かを見ている―――――が、黒く淀みきったその目ではハッキリと見ることはできないだろう。 それか、もう何も見えていないのだろう――――――

 

 

 

 

 

 ただ、彼女の身はぽろぽろと綻びが生じ始めていた――――――

 

 

 

 

 

「かよちん! それは間違っているにゃ! かよちんは真姫ちゃんをそんなふうに思っていないはずだよ! だって、真姫ちゃんは、凛とかよちんの親友なんだから! 親友に対してそんなことするわけがないもん!!」

 

「ああもううるさいよりんちゃん!!!あの女は私に嘘をついておにいちゃんを奪ったんだから!!私の敵だよ!!!!!」

 

「違うにゃ!! 真姫ちゃんはそんな人じゃないよ!!! かよちんだってわかっているでしょ?」

 

「わからない………わからないよ凛ちゃん!!そんなの分かるはずがないよ凛ちゃん!!!あの女を消さないと………消さないと………!!!」

 

 

「もう、嘘を吐くのは止めようよ、かよちん!!!!!!!!!」

 

 

 

 凛はもう一歩だけ上り、花陽の目の前に立った。

 そして、そのまま抱きつこうと進み出たのだった。

 

 

 

 

 

「うるさあああああああああああああああい!!!!!!!!!!!」

 

 

 体中に詰まった力を吐き出すように声を張り上げた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ドンッ!)

 

 

 

 

 

 そして、無意識に凛のことを押し出してしまったのだ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「にゃっ………?」

 

 

 

 押し出された凛は一瞬、何が自分の身に起こっているのか理解できなかった。

 押されたことで階段を踏み外し、その場で宙を浮いていたのだ。

 

 

 

 

 

「えっ…………」

 

 

 

 感情を取り乱し続けていた花陽も、その光景を目の当たりにして、動きも感情も停止した。

 そして、宙を浮かびそのまま落下して行く親友の姿を、ただ見ているだけでしかなかったのだ―――――――

 

 

 

 

 自らがしてしまった過ちを思いながら――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「な……に……こ………れ……………?」

 

 

 凛は宙を浮かび落下して行く最中で、初めて触れる感覚に向き合っていた。

 

 

 

 背筋から全身に伝わる痺れ――――――

 

 

 頭にかかる痛み――――――

 

 

 全身の毛が逆立つような悪寒――――――

 

 

 

 そのすべてが凛にとって初めてのことで、最後に思える感覚だった―――――

 

 

 

 その時、凛は無意識に悟った―――――助からないのだということに――――――

 

 

 

 走馬燈のようなモノが脳裏を過る。 これまでに見てきたもの、感じてきたものすべてが、まるで今初めて経験したもののように鮮やかに蘇る。 どれも凛にとって美しい思い出だった。 どれもかけがえのないものだった。

 

 

 

 その中でも―――――

 

 

 いつも隣でやさしく微笑んでくれていた親友の姿は、今も変わらず輝き続けていた

 

 

 

 そして、最後に見たモノ――――――

 

 

 

 後悔を露わにした悲しそうな花陽の姿――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 それさえも、彼女の目には――――美しく、やさしく微笑んでいるように見えたのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛の体に風が吹く―――――落下速度が上がったのだろう、背中に強く当たってくるのだ。 それが彼女にとっては悪寒のようで、身を震わせるものとなっていた。

 

 覚悟など到底できるはずもなかった。 そのためにここに来たわけでもないからだ。

 

 けれど、今こうなってしまっては、自分でどうしようとすることも出来ない。 ただ、それを受け入れるしか選択肢は残されていなかった。

 

 

 凛は静かに目を閉じる―――――出来ることなら、怖い気持ちを持たないでいきたい―――――そんな願いを込めてのことだろう。

 

 

 そして、最後に――――――

 

 

 

 

 

 

 どうか、かよちんが元に戻りますように―――――――――

 

 

 

 

 そう祈りを込めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ガッ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 凛の体に何かが触れている感覚を受ける。

 

 肩に………そして、膝に何かが触れているのを感じ取った。

 

 

 

 あたたかい………触れられたその先から温もりを感じ取る。

 

 それはなんと心地よいモノだろう………今まで感じていた恐怖が打ち消されるかのようだった。

 

 

 

 彼女は眼を少しずつ開いていく―――――

 

 

 目に差し込んでくる光が彼女に刺激を与えていた。

 

 そして、その全容を知った時、とてつもない衝撃を受けたのだった―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよぉ、待たせたな………凛ちゃん………助けに来たぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、弘……くん…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不肖、滝 明弘。 遅ればせながら、只今参上ってな!!」

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

やっと、明弘を登場させることが出来ました。


次回、花陽編が完結予定かな?


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フォルダー2-12

 

「ひ、弘……くん…………!」

 

 

 凛は大きく見開いて彼の姿を目の中に映し出した。

 

 見た目、ひょろっとした長身に耳と眉が隠れるほどの長い癖毛が特徴の好青年だが、人にはやんちゃそうな笑顔を見せるので、どちらかと言えば少年のような人物だ。 また、そうした笑顔と共に兼ね備えられた人当たりの良さが人望を高め、今では音ノ木坂学院の女生徒全員から好かれるような存在となっている。

 

 

 そんな彼は今、1人の少女を助け出すためにここに現れた。

 彼とは比較的に小さく華奢な体をした彼女を腕の中に収める。

 

 そして、いつものニヤッとした笑顔を浮かべて彼女を覆っていた恐怖を打ち払ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 その男の名は―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「不肖、滝 明弘。 遅ればせながら、只今参上ってな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

「弘くん……! ど、どうしてここに………!?」

 

 

 彼の腕の中に収まっていた凛は、突如と現れた明弘の存在に驚きを隠せずに、つい問いかけてしまう。 そんな彼女の問いに対して彼は不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

「なぁ~に、ここにかわいい美少女がピンチだって聞いてよ、ササッと駆けつけたってわけよ。 しかしまぁ、ちょうどいいタイミングでやって来れたもんだぜ♪」

 

 

 それを聞いた凛は、胸の奥から何かが込み上がってくるような気持ちになり、目をうるわせ始めた。 そして、その表情を見せまいとして彼の服に顔をうずめ始める。 彼はそんな彼女に何も言わず、やさしく頭を撫でてあげたのだった。

 

 

 

 

 

「しっかし、なんなんだ? この有様はよぉ? 俺が不在だったこの数日間に一体何が起こったって言うんだよぉ???」

 

 

 彼は首をかしげながら今自分が置かれている状況を改めて考えようとしていた。

 

 

 そもそも彼は、この数日間に練習に参加することが出来なかった。 というのも、大学であまりよろしくない成績を修めてしまっていたので、その補講を受けざるを得なかったためであった。

 

 だが、そんな彼を呪縛していた学業も本日をもって解き放たれたというわけである。

おかげで彼は自由の身となったわけであった。

 

 

 

 

 そんな彼に、()()が入ったのはちょうど夕刻―――――それは凛が蒼一の家に上がってきた時と同時のことだった。

 

 

 それを聞きつけた彼は、全力でこの場所まで駆け抜けてきたとういうことだ。 ただ当然のことながら、彼はここ一週間近くに渡る出来事を何一つ知らない状態にある。

 

 

 だが、彼の研ぎ澄まされた感覚が敏感に反応し出し、彼女たちに降りかかっているモノを大方ながらも把握し出したのだ。 彼の腕の中にいる凛、上を仰ぎ見ると階段上で尻込みする花陽、そして、動けずに床を這う蒼一の姿―――――これらの状況がすべて蒼一の家で起こっていることから原因の中心に蒼一がいるということを把握したのだ。

 

 

 

「なあ、兄弟………こいつぁ、へヴィな案件のようだなぁ………?」

 

「まったく、申し訳なんだ………今の状態じゃあ、とても対処することが出来ねぇんだ………」

 

「わかったぜ………そう言うことなら、また後で聞いてやらぁ。 けど、今は…………」

 

 

 

 心ここに非ずの花陽をどうにかしなければならなかった――――――

 

 

 

 

 

 

 力が抜け落ちた体は床へと崩れ落ち、その目は虚ろとなっていた。

 先程のことが彼女を大きく揺れ動かしたのだろう、あれ以降、何の行動も示さないでいるのは、つまりそう言うことなのだろう。

 

 その様子を下方から見上げる明弘は、ひとつの思いを示す。

 

 そして、その思いは彼の腕に抱かれている小さな体に託そうとした。

 

 

「なあ、凛ちゃん。 1つだけ聞きたいんだが、いいかい?」

 

「うん、いいけど………どうしたの、弘くん?」

 

「凛は――――――花陽のことが好きかい?」

 

「うん……! 大好きだよ! 凛にとって、かよちんは大切な親友だもん!」

 

「そうか………それなら話が早いな…………」

 

 

そう言うと、彼は抱えていた彼女を降ろすと向き合い、話し始めた。

 

 

「いいか、凛。 花陽は今、深刻な精神的ダメージを被っているはずだ。 それを治すことが出来るのは、凛しかいねぇんだ」

 

「えっ? り、凛が……??」

 

「そうだ、花陽の親友だからこそ成し遂げられることなんだぜ。 凛の今の気持ちをそのままぶつけてくるんだ! そうしたら、花陽も応えてくれるはずさ!」

 

「で、でも………さっきも同じようなことをしたけどダメだったんだよ………どうしたらいいか分からないよ…………」

 

 

 いつも明るさを前面に押し出していた凛の表情に曇りが生じる。

 確かに、凛はつい先ほど同じことを行っていた。 だが、それは花陽に届くことはなく、跳ね返されてしまっていた。 そのことが凛の中で引っかかっており、踏み出すことができずにいた。

 

 

 

 すると、明弘は不安そうな顔をする凛の肩に手を置き、話し始めた。

 

 

「いいか、凛。 さっきはどういう感じでやったのかは知らねぇが、大事なことだけは言っておくぜ――――――凛は……凛の思ったことをそのまま行動に移せばいいんだ! 考えるな、ただその純粋な気持ちを花陽にぶつけに行くんだ!! 凛なら出来る! 必ずできるさ!!」

 

「!!」

 

 

 その言葉を耳にすると、まるで電流が走り抜けたかのような衝撃を受け、目を見開く。 そして、彼の言ったことをそのまま心に留めると、段々と力がみなぎってくるような感覚を受けた。

 

 こうしたものは、自分にしかできないという重圧を感じてしまうものなのだが、彼女は親友のことが好きなのだから絶対にやってみせる、という彼女自身が抱く純粋な気持ちが前へと出てくるのだ。

 

 そして、それが今の彼女の原動力へと変化していったのだ。

 

 

 

「うん………! 凛、もう一度頑張ってみるにゃ!!」

 

「よし! その意気だ!! 行ってこい!!」

 

 

 凛は、明弘に背中を押されながら前に進み出す。

 握りしめた手をギュッと力を込めて、一歩、また一歩と前に進み出していった。

 

 

 

 

「かよちん!!!」

 

 

 凛は急に大きな声をあげて、花陽に一気に近づく!

 花陽はその声にビクッと身を震わせると、虚ろだった焦点を凛に合わせようと、顔をあげる。 

 

 だが、彼女が顔をあげるよりも早く凛は抱きついて来て、腕を回してぎゅっと彼女を包み込んだのだった。

 

 

 

 

「あ………だ、だめ………りんちゃん…………わ、わたし…………」

 

 

 その唐突だった出来事に、彼女は眼を真ん丸にして驚きの表情を見せた。

 また、たどたどしい言葉を口に出すと、まるで怯えているような声色で話をしたのだ。

 

 彼女の中で、何かが大きく機能し始めているのだ。

 

 

 

「りんちゃん………わ、わたしは………りんちゃんのことを………りんちゃんのことを…………!!」

 

 

 涙を浮かべながら彼女は悲壮な声を出す。

 自らがしてしまった行為と言うのは、決して赦されるものではないと心の底から感じ始めているのだ。 長年親しんでくれていた親友を危険な目に合わせてしまったことに後悔の念を受け始めていたのだ。

 

 

 だが、なんと言うことなのだろうか。 この彼女に与えた衝撃が、彼女自身に根付いていた憎悪を抜き取ってしまっていたのだ。 そして、ようやく彼女は純粋な気持ちとなって対話を行うことが出来るようになったのだ。

 

 

 そんな彼女の状態に凛はやさしく応えようとしていた。

 

 

 

「大丈夫だよ、かよちん。 凛は怒ってなんかいないよ………凛はね、かよちんが無事なら大丈夫なんだにゃ。 かよちんが凛のすべてなんだもん! 凛にはかよちんが必要なんだもん! 嫌ったりなんか絶対にしないもん!」

 

「り、凛ちゃん………!!」

 

 

 凛の強い気持ちを悟った花陽は、心を大きく揺れ動かした。

 

 

 

 ああ、なんて純粋な気持ちなのだろう………こんなに太陽のような笑顔にそんなことを言われたら、私は何にも言えなくなっちゃうよ…………私はこんなにも酷くて、ずるくて、卑怯な悪い子なのに、どうして凛ちゃんはこんな私にそこまでしてくれるの………?

 

 

 

 彼女の心の中で、ぐるぐると黒々に渦巻いていくモノがあった。

 けれど、それさえも打ち払うかのような気持ちが彼女の中に入りこみ、浄化して行くのだ。

 

 

 

「凛は……! かよちんのことが………大好きなんだにゃ!!! かよちんじゃないとダメなの! かよちんがいなかったら、凛はダメダメになっちゃうの! 凛にとって、かよちんは太陽なんだよ!! だから………だから………! 戻って来てよ、かよちん!! 凛に、かよちんの良いところをもっと見せてよ!!!」

 

 

「ッ~~~~!!!!」

 

 

 

 涙で溢れそうになっていた声であるがままの純粋な気持ちを花陽に示した!

 言葉と共に、言葉よりも強い言葉で凛は語りかけたのだ!

 

 その声は、家の中を反響するように全体に響き渡り、その言葉が、彼女の中で残響となっていた。

 

 

 

 その残響が、彼女の中で鳴り響き続けたことで、彼女は完全に泣き崩れてしまう。

 

 

 

 自分を包み込んでくれるこのやさしさに耐えきれなかったこと、自分がやってしまったことの重大さに気付いたこと―――――そして、大好きな親友がいてくれるということに、彼女は泣かずにはいられなかったのだ。

 

 

 

 彼女は降ろした腕をあげて、大好きな親友の体を包むように抱きしめ返した。

 

 

「ごめんね……凛ちゃん………ごめんね……………」

 

「ううん、凛はかよちんが戻ってきてくれただけで嬉しいにゃ……♪」

 

 

 

 そうして2人は、熱い抱擁を交わしてお互いの気持ちを感じあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 凛と花陽が抱擁を交わしている最中、2階の部屋の扉から小さく顔を覗かせている人物がいた。

 

 

 

 

 

 真姫だ――――――

 

 

 彼女は、先程からこの場所で起こっていた出来事が耳に入り、眠りから覚めてしまったのである。 彼女は扉の隙間から部屋の外を見てみると、そこには花陽と凛の姿を見た。 すると、彼女は動揺を示すようになる。 と言うのも、彼女の中ではこの2人は真姫を見放したものだと思い込んでおり、特に花陽に関しては、実際に酷い目にあわされていたのだ。 当然のことながら、怯えずにはいられなかった。

 

 だが、花陽が床に座り込んだ時から何か変化が生じたように思えたようだ。 それから凛が花陽を抱きしめ、花陽が泣きだすまでの一部始終をその目に焼き付けたのだった。

 

 

 

 すると、今度は彼女の中で変化が起こり始める。

 

 自分が先程見ていた花陽とは雰囲気が異なり、いつも見ていた穏やかな表情を見せる彼女たちの姿が目に飛び込んでくると、もしかしたらと言う感情が芽生えてくる。 2人とも、いつも見ている2人に戻っているのではないかと言う憶測が飛び交い始める。 確信はしていないものの、何か惹かれていくものを感じたのだ。

 

 

 

 

 

 彼女は静かに扉を開き始める。

 

 

 その様子に気が付いた2人は、一斉に真姫の方に目を向ける。

 

 

「真姫ちゃん!」

 

「ま、真姫………ちゃん…………!」

 

 

 凛は彼女の姿を見ると、とても嬉しそうに無垢な表情を浮かべてくる。 一方で花陽は、引きつったように青ざめた表情を浮かべていた。

 

 それもそうなのだ。 凛は今回のことに一切関わっていなかったし、花陽は感情に呑まれてしまっていたとはいえ、真姫に手を掛けようとしたのだ。 当然の反応と捉えてもおかしくは無かった。

 それは真姫も同様で、花陽と眼があった瞬間、背筋が凍るような悪寒と震えがよみがえって来ていた。 声を出そうとしても、怖くて何も言いだせないでいる。

 

 

 

 一見、もどかしそうにも思える光景なのだが、彼女たち2人の間には塞ぎきれないほどの深い溝が生じてしまっており、それが存在しているために誰も前に踏み出すことが出来なかったのだ。

 

 

 彼女たちの気持ちが擦れ違う―――――

 

 

 

 こうした何もしないでいる時間が、彼女たちを苦しませる――――――――

 

 

 

 大切な一言を言い出せずにいた――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かよちん!!」

 

 

 深い静寂を打ち破るかのように、凛が花陽の名前を呼んだ!

 すると、凛は花陽の手を握って立ち上がり、真姫のところへと駆け出す。

 

 

 

「真姫ちゃん!!」

 

 

 次に、凛は真姫の名前を呼び、完全に開ききっていなかった扉を開いて、中にいた真姫を見つけては、その手をもう一方の手で握りだした。

 

 

 

 そして―――――――

 

 

 

 

 

 

「握手するにゃ!!」

 

 

 

 そう言って、無理矢理にも2人の手を繋がせたのである。

 2人はその一連の行動にただ翻弄されて、凛のペースに乗らされていた。

 

 2人にはこの意味が理解できずにいた。

 

 

 

 

 

 すると、凛が話し始める――――――

 

 

 

「かよちん……真姫ちゃん………凛はね、2人にどんなことがあったのか知らないけど………2人がケンカするのはよくないにゃ! 凛はかよちんのことも、真姫ちゃんのことも大好きだにゃ……凛の大切な親友だにゃ………だから、凛の大好きな人同士が傷つけあうところなんて見たくないんだにゃ……!!」

 

「「凛(ちゃん)…………」」

 

「だからね………ちゃんと2人でゴメンなさいをして、仲直りの握手をするにゃ……!」

 

 

 2人の顔を見ながら話していると、無意識に目からぽろぽろと涙が零れ出てきていた。 凛は関わっていないはずなのに、こうして自分たちのためにここまでしてくれる凛の姿を見て、2人は心を打たれる。 凛から伝わる切実な願い―――――3人と一緒にいたい――――――ただそれだけのために、彼女はここまでしてくれたのだった。

 

 

 互いに握った手に汗が流れ始める――――――

 

 

 

 

「「あ、あのっ……!!」」

 

 

 先程まで、視線すらも合わせることができずにいた2人は、同時に顔を見合わせ何かを話し始めようとした。 だが知っての通り、同時に話し始めたのでどちらが先に話すか迷うことになる。

 

 

 

 

「は、花陽……!」

 

 

 一呼吸置いた後、先に切り始めたのは真姫の方だった。

 体を小さく震わせながらも花陽の目をしっかりと見ていた。 もう逃げないという覚悟を抱いて―――――

 

 

 

「ご、ごめんなさい………! 私、花陽に嘘をついてたの! 隠し事をしていたの………! このことを花陽にもそうだけど、みんなにも言いだすことが出来なかったの………だからごめんなさい………! 最低よね、私………花陽の親友失格よね…………」

 

「!!!」

 

 

 目を逸らしたかった――――けど今、目を逸らせば、それこそ自分が嘘をついているように思われてしまうと彼女はじっと親友の目をまっすぐに見つめていたのだ。 溜まったモノによって目を麗せながら―――――

 

 

 その言葉を聞いて、花陽は驚きの表情を見せる。

 真姫の口から出た言葉に衝撃を受けると、まるでそれを否定するかのように首を大きく横に振った。

 

 

 

「ちがうよ………違うの真姫ちゃん………! 先に謝らないといけないのは、花陽の方だし、親友失格なのは花陽の方なんだよ………! 真姫ちゃんのことを親友だと思っていたのに、私のその場の感情に流されて真姫ちゃんにあんな酷いことをしちゃったの………私の方が全然酷いんだよ………私なんか人として酷いんだよ…………」

 

 

 そう言うと、花陽はその場で泣き崩れてしまう。 自分が犯した過ちを反復させるかのように思い出しては後悔をしていた。 例えそれが、一時の気持ちに身を任せてしまったとしても、自分がやったのには変わりがないものだと分かっていたからだ。

 

 

 そんな花陽を真姫は強く抱きしめ始めた。

 ありったけの思いを乗せて、強く強く花陽の小さな体を包み込んだのだった。

 

 

 

「花陽は悪くないの………! 私が花陽をそこまで追い詰めてしまったんだから私の責任なのよ! それに、私は花陽のことを憎んでいたり、酷い子だなんて思ってないわ。 だって………花陽は私の数少ない親友なんだから………!!」

 

「ッ………!! ま、真姫ちゃん………は、花陽のことを赦してくれるの…………?」

 

「当たり前じゃない!! 花陽は………私の親友だもの!!」

 

「ッ!!! う、うぅ………うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」

 

 

 真姫のその言葉を耳にした時、花陽は大きな声で泣き始める。

 心に引っかかっていた重荷が取り除かれたかのように感じたからだ。

 

 真姫は、自分のことを憎んでいるのではないか?と先程からずっと思い続けていたのだが、本人の口から出てくる言葉はその真逆。 そんな言葉を耳にしては、感情を大きく揺さぶらざるを得ないのだった。

 

 

 流れ落ちる大粒の涙が彼女たちを浄化させていく。

 

 

 

 

 そんな2人の様子を見て、凛は大きく頷くと2人を抱きしめた。 「えへへ♪」と言って、2人の顔をくっ付け合いながら嬉しそうな表情を見せていた。 ただよく見ると、目に涙を浮かばせていた。 どうやらこの様子を見て貰い泣きをしてしまったのだろう。 人一倍、やさしさを抱く彼女はまるで自分のことのように感涙していたのだろう。

 

 

「これで仲直りだね――――♪」

 

 

 凛がそう言うと、2人の表情が明るくなり思わず笑みがこぼれ出た――――――

 

 

 

 うすらと輝く滴を流しながら――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 3人が微笑みながら抱き合っていると、ぎこちない足取りで階段を上ってくる蒼一たちがいた。 まだ、脚にしびれが残っているのか、明弘に支えられながらも何とか凛たちのところにまで行くことが出来た。

 

 

「蒼一……!」

「蒼くん……!」

 

 

 彼の姿を見つけると、真姫と凛は反応を示した。 だが、花陽だけ反応を示すことなく、怯えながら彼のことを見つめていた。

 

 すると、そんな彼女を見た蒼一は声を掛ける。

 

 

「花陽―――――」

 

 

 彼に声を掛けられると、彼女は体をビクつかせた。 彼女の脳裏に過ったのは、先程の彼に対する行為―――――彼を傷つけ、真姫を傷つけようとした一連の行動を思い起こしたのだ。 それに対する怒りがぶつけられるのだと、そう感じてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「花陽――――すまなかったな」

 

 

 けれど、彼の口から出てきたのは彼女に対する謝罪の言葉だった。 その意外な言葉に花陽は目を丸くしていた。 彼は言葉を続ける―――――

 

 

 

「俺が不甲斐無いが故に、花陽をここまで追い詰めてしまって申し訳なかった。 俺は花陽の本当のおにいちゃんじゃない………だから、俺は花陽のことをちゃんと知ることが出来なかったんだ………俺だって花陽が本当の妹であってほしいと思う。 だが、それは到底不可能なこと………血が繋がってないことや花陽の本当のおにいちゃんの存在が大きな隔たりとなっているんだ…………

 それでも………! もし許されるのならば、俺は花陽を妹として見続けていきたい………そして、小泉 花陽という1人の女の子としても見続けたいんだ………!」

 

()()()()………!」

 

 

 蒼一の胸中の思いが花陽に伝わると、グッと胸に来るモノが彼女の中に現れ始めた。

 それに、彼女の蒼一に対する見方に変化が生じ始めたのだった。

 

 

 

「俺のことをまだそう言うふうに、言ってくれるのだな…………」

 

 

 蒼一は穏やかな表情を浮かばせると、彼女の頭をやさしく撫で始める。

 その大きな手を通して伝わってくる温もりとやさしい気持ちが彼女の心に触れた。 それは彼女自身が張り詰めた線を解くようで、不安に駆られていた心が癒されていくようだった。

 

 

 

「あっ………あぁ……………」

 

 

 彼女の口から言葉にならない声が漏れ始める。 そんな彼女に彼はまた語りかける――――――

 

 

 

「花陽。 俺はキミのやったことすべてを赦すよ。 だって、花陽は―――――俺の大切な女の子だから―――――」

 

「っ~~~~!!!」

 

 

 

 実に、穏やかな表情で語りかけるのだろうか。

 彼のその言葉に、彼女の募り続けた感情が崩壊した。 全身から溢れ出す気持ちが涙となり、声となって出てきたのだ。 それを止まらせる術など存在しなかった。 彼女は思いのままに、感情を出し続けたのだった。

 

 

 

 

 そんな彼女を蒼一は静かに抱き寄せて、包み込むように抱擁する。

 

 

 

 そして彼もまた、彼女に知られないように涙を流すのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり――――――花陽」

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

次回で花陽編と共にFolder No.2も完結となります。


次回はこれまで比べてシリアスをかなり削ることにしようかと思います。

代わりに入れるのが……………


次回も頑張ります。


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フォルダー2-13『小泉 花陽』

 私には大切なモノが2つあります。

 

 1つ目は、おにいちゃんです――――――!

 

 花陽のおにいちゃんは、とってもやさしくって、カッコよくって、花陽がピンチの時にはすぐに駆けつけてくれる私の自慢のおにいちゃん! でも、ここ最近は会っていません………どこかで元気にやっていると思いますが、やっぱりいないと少しさびしいです。

 

 そんな私にもう1人のおにいちゃんができました! 蒼一にぃです!

 元々、μ’sの指導者として学校に来てくれていましたが、その姿かたちがおにいちゃんにそっくりで………それで、私のおにいちゃんになってほしいって頼んだのです。 そしたら許してくれまして、今では本当のおにいちゃんと同じように接しています♪

 

 

 

 そして、2つ目は、親友です――――――!

 

 私には2人の親友がいます。

 1人は、幼馴染の凛ちゃん! 小さい頃からお母さんの御近所付き合いでよく会っていたのが始まりでした。 それから今日までずっと花陽と一緒にいてくれたし、私がいじめられそうになって時も、体を張ってかばってくれたりもしました。

 花陽とはまったく逆の性格だけど、私はそんな凛ちゃんが好きです♪

 

 もう1人は、真姫ちゃん! 音ノ木坂に入ってから出来た友達で、始めはクラスの人たちとは違った感じがして近寄りがたい存在だったけど、真姫ちゃんのピアノの演奏を聞いて心を動かされました。 そして、私にアイドルになる大きな一歩を踏み出させてくれた大切な親友です――――――

 

 

 

 

 

 

 

 けど―――――――

 

 

 私はこの手で、これら大切なモノたちを打ち壊してしまいそうになりました――――――

 

 

 私のおにいちゃんが誰かに盗られそうになる、そう聞かされた時、私の心の中でモヤモヤと濁った感情が湧き起こって来ました。

 

 

 どうして、私から奪おうとしちゃうの―――――?

 

 花陽のおにいちゃんは花陽だけのおにいちゃんなんだよ―――――?

 

 ねぇ、どうしてなの―――――?

 

 

 私の心の中でこうした感情がうごめき、次第に花陽のすべてを呑みこんでしましました。

 

 そしたら、目の前が急に真っ暗になったかのように見えなくなって、感情のままに、私の欲望のままに行動し始めるようになったのです。

 

 

 そして、気付いた時には――――――

 

 

 花陽の大切なモノすべてを傷つけてしまっていました――――――

 

 蒼一にぃも、真姫ちゃんも、凛ちゃんも――――――みんなみんな、私の手によって傷つけてしまった――――――

 

 花陽は―――――悪い子なんです―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 けど―――――

 

 そんな私をみんなはやさしく抱きしめてくれました。 赦してくれました。 もう一度やり直す機会を与えてくれました―――――――

 

 

 そんなみんなからのやさしさが胸に突き刺さるようかのように痛くって、とっても嬉しかったのです――――――

 

 

 

 

 やり直したい――――――

 

 みんなと一緒にいられるようにやり直したい――――――――

 

 

 

 そして、私は―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 一時的に湧き起こった感情に呑みこまれて、自分を見失いそうになった花陽。 そんな彼女を元に戻すことが出来たのは、凛と言う幼馴染の存在だろう。

 あの時、凛が駆けつけてきて来なかったら最悪の事態になりかねなかっただろう。 俺も何とかしようとしてみたが、体を自由に動かすことができずにいた。 であるから、今回ばかりは真姫のようにすべてを俺が引き受けることが出来なかったのだ。

 

 結果的には凛が説得してくれたおかげで、花陽と真姫との関係にも修復が施されるようになったのだと考えられる。 やはり、幼馴染の親友を止めることが出来るのは、そうした同じ関係を築いている者にしか出来ないことなのだろうと、実感するばかりだ。

 

 

 

 

 

 そして、俺は今、偶然にも――――いや、必然的にこっちに来るよう呼び寄せた明弘に、今回までのことを話していた。 明弘は俺の話を真剣に聞いており、時には、目を見開かせたり声を出したりするなどのリアクションをとった。 そして、すべてを話し終えた時、明弘の口からこんなことが呟かれた。

 

 

 

 

「あー………やっぱそうなっちまったのかぁー…………」

 

「やっぱって………なんだ、お前はこうなるだろうと見越していたのか?」

 

「ん~………まあ、兄弟の行動とかを聞いていたらそう思っちまうさ。 それに、穂乃果たちは前から兄弟のことを慕っていたんだぜ? いつかこうしたこじれた話が出てくるんじゃねぇかってよ、思っていたところよ」

 

「穂乃果たちかぁ………確かに、今回の一件は、ことりが主に関わっているということを花陽から聞いてはいる。 真姫にも話をしていたとなると、アイツは本気で…………」

 

「かもな………じゃなくて、本気の本気だろうよ。 あの3人の中でもとりわけ胸中の思いを話さないヤツなんだ、そう言う自分のことを隠そうとするヤツほど、思い切った行動に入るんだからよ」

 

「う、うむぅ…………」

 

「それに、今回は絵里やにこもおまけのように付いてくときた! かぁー!! そんなヤツらに囲まれるだなんて俺だったら嬉しくってたまったもんじゃねぇな! 全員を俺の虜にしてやりてぇもんだぜ!!」

 

「おいおい! そんなふざけた話じゃないだろう?」

 

「何を言うか! コイツは俺なりの意見だよ。 いいか? 今のアイツらは兄弟のことを自分のモノにしようと必死になってきているんだぜ? そんなヤツらが一堂に会してみろ、バトルロワイヤル並の地獄絵図が完成されるやもしれないのだぞ?」

 

「ぐっ……! それだけは何とか阻止しなくては………!」

 

「そんで、それを止めるのも実行させるのも兄弟次第ってわけ。 兄弟の選択でこの修羅場を天国にするか地獄にするか………どちらにせよ、その器量が試されるってわけよ」

 

「………ちなみに、解決できる策はあるのか………?」

 

「………ある………あるが、今の兄弟に出来るかどうかが問題だ…………」

 

「それは一体…………?」

 

 

 すると、明弘は俺の耳元でとある策を囁く。 それはとっても完結的で、至って単純な答えだった。 だが、確かにそのやり方と言うのは、今の俺が出来るものではないということを実感させられるものだった。

 

 

「兄弟。 俺の中ではそれが一番の解決策だと思うし、アイツらにとってもいい結果をもたらすものだと思う。 だが、それは俺には出来ることであって、今の兄弟に出来ることじゃない。 もし、やるのだとしたら相当な覚悟とこれまでの過去を乗り越えることになるが―――――それでもやるか?」

 

 

 明弘の真剣な眼差しが俺に突き刺さる。 コイツがこんな目で俺を見てくるのは久しぶりだな。 コイツのこの真剣さにどれだけ助けられたことだろうか。 そして、今回もコイツに助けられるのだと心の中で感じている。

 だが、明弘が示してくれたその道が正しいものなのか? それだけは未だに分からずにいた。

 

 

 

 

「そういやぁ、希はどうした? 兄弟の話を聞く限りじゃ、希は凛と同じように大丈夫な感じなんだろ? そんならさ、連絡を取りつけてみて確認してみた方がいいぞ?」

 

 

 そうだった! そう言えば、希のことを頭の中からすっかりと忘れてしまっていたようだ。 アイツは俺に真姫を助けるようにと助言してくれた。 アイツなら俺のことを手助けしてくるに違いないと思い始める。

 

 

「そうだな、あとで連絡をしてみる」

 

「おうよ。 そいつがいい。 あとは、洋子が見つかればの話だが………連絡はとれずってとこか」

 

「何度連絡しても返事が無い。 まさかと思うが、ことりたちに何かされたんじゃないかって思うのだが?」

 

「大方、その路線で合っていると思うぜ。 もし俺がことりの立場だとしたら、数多くの情報を持ち歩いている洋子と必ず接触しようとするはずだ。 誰よりも優位に立つには情報が大事だからな」

 

 

 だとしたら、洋子はすでに誰かの手の中にいるのか?と聞くと、そう言うことだと明弘が大きく頷いた。 ただ、今どこにいるのかは分からない。 それこそ、ことりたちを問い詰めなくてはいけないことなのだということだった。

 

 

 

 

 

「―――――そんで、話は変わるんだが………凛たちは今どこに………?」

 

「あぁ、雨で体が濡れているということで風呂に入っているところだ」

 

「ダニィ?!」

 

 

 明弘は急に立ち上がると、目をギラリと輝かせ始める。 あっ………コイツまさか…………

 

 

「覗き禁止だぞ」

 

「チッ………」

 

 

 チッ…って、コイツ本気で覗こうとしたのかよ………まったく、油断も隙もないヤツだ。

 

 

「ん……そう言えば、凛と花陽が今日は泊まるみたいなことを電話していたようなんだが………兄弟、何のことだ?」

 

「え゛っ…………?!」

 

 

 そのことを耳にすると一瞬だけ凍りつくように動きが止まってしまう。 頭が真っ白になってしまったかのようだ。 えっ、泊まるの? ウチに?? マジで???

 

 真姫だけでも大変だというのに、そこに2人もやってくるとなると、精神的負担みたいなものが上がってしまうのだが…………うむむむ………目が真っ白になってきたぁ…………

 

 

 

「そうか……凛たちが泊まるということになれば、ある意味、安全というものか。 ことりたちが真姫たちのところに襲いかかってくるだろう心配を考えたら一か所にまとめておいた方が、護りやすいというものだな。 ふむふむ、なるほどなぁ………」

 

 

 明弘は何かを納得したかのように1人で頷き始める。 すると、こんなことを切りだす。

 

 

「よっし! そんじゃ、俺もここに泊まるからよろしくぅ~♪」

 

「はぁ?!」

 

「その方がいいだろ? もし襲ってくるようなことがあった時は、2人いた方が安心だろ?」

 

「た、確かにそうだが………」

 

「おっしゃ、それで決まりだな! そんじゃあ、今から準備してくるなぁー♪」

 

 

 そう言うと、すぐに明弘は家を出て行き、自分の家に向かって行った。 なんとも行動が早いことだ…………下心とかありそうで悩むな…………

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 一方、風呂場では1年生3人が湯船に浸かっていたところだ。

 

 

「あ~気持ち良いにゃぁ~♪」

 

「温かくって、ポカポカしてきますぅ~♪」

 

「ホントね、いい感じだわ♪」

 

 

 そう言葉をこぼしながら、3人は気持ち良く体を温める。

 本来ならば、人1人が足を伸ばして入れるほどの大きさしかないのだが、そこに肩を寄せ合い、膝を抱えながら入ることでやっと3人で浸かることが出来るのだ。

 

 しかし、よくよく考えてもらいたい。 ここは蒼一の家であるということを。 1人の女の子が男性1人の家で風呂に入ることもそうだが、3人の女の子が一斉に入っているこの状況こそ異様に感じなくてはならない。 それこそ、まさに彼にとっての非日常なのである。

 

 

 だがしかし、今のところは目を瞑ろう。 少しばかりの癒しの時間に文句は言わないでほしいからだ。

 

 

 

「えへへ♪ こうやって、かよちんと真姫ちゃんと一緒に入るのは初めてにゃぁ~♪」

 

 

 屈託の無い表情を浮かべながら、お湯の熱さでトロンとした声で話す凛。 その声に2人は同調するかのように頷く。 凛を真ん中に、花陽と真姫はその両隣りで浸かり、この穏やかな一時を過ごしていた。

 

 

 もう先程のような殺伐とした空気など一切感じられなかった。 まるで、このお湯がそうしたものをすべて洗い流してしまったかのようだった。

 

 

「やっぱり、こうして3人でいるのが一番だにゃ~♪」

 

「ふふっ、凛ったら、さっきからそう言うことばっかり言っちゃって」

 

「だってだって! 嬉しいんだもん! 大好きな2人とこうやって一緒にお風呂に入れるなんて夢みたいだにゃ~♪」

 

「「り、凛(ちゃん)………」」

 

 

 傍から見ると、とても恥ずかしい台詞のようにも聞こえる凛の言葉に、2人は少し頬を赤く染める。 それに、何だか照れくさそうに嬉しそうな表情を浮かばせてしまう。

 

 

 

「かよちんも真姫ちゃんも大好きだよね!」

 

「「!!」」

 

 

 凛からのその一言に内心ドキッとさせてしまう。 そして、何故かお互いに顔を見合わせてしまうのだ。 凛がどうしてそんなことを話したのか、2人にはその真意はわからない。 けれど、お互いの顔を見合せた時に、何となくその理由がわかったような気がした。 そしたら、お互いの胸の奥にジーンと来るものを感じた。 なんだろう?と思いつつ、この少しもどかしくも感じるこの気持ちに応えようと凛と同じ方向に目を向ける。

 

 

「そんなの言わなくても分かってるよ―――――」

「そんなの当たり前じゃない―――――」

 

 

 

 

「「大好き(だ)よ――――!!」」

 

 

 

 

 

『うふふふ―――――♪♪♪』

 

 

 

 すると、何だか気持ちが1つになったみたいで自然と笑いが込み上がってくるのだ。 とても不思議な一時のようだった。

 

 

 

 

「あっ! そう言えば、頭を洗うの忘れちゃった! ちょっと洗ってくるね!」

 

 

 そう言って、1人だけ湯船から飛び出して行き、手にシャンプーをたくさん出して頭を洗い始める。 付け過ぎのようにも感じるのだが、彼女にとってはそれが普通なのだろう。 気持ち良さそうに指を動かして洗い始めていたのだ。

 

 

 湯船に2人しかいなくなると、わずかな静寂が包みこむ。

 少し、気まずい空気が立ちこめようとした時、真姫が花陽の手を握り始める。 花陽は少し驚いてしまうが、真姫から伝わってくる気持ちを感じてやさしい気持ちを抱き始める。

 

 

すると、真姫が耳元で何かを囁き始めた――――――

 

 

 

「花陽、あなたに話したいことがあるのだけど――――――」

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 夜――――

 

 

 良い子は寝静まる夜の11時近くの蒼一の家の中。

 誰もが寝てしまっているのだろうと思ってしまうこの時間帯に、行動を起こす人物がいた。

 

 

 

 

 

「ふっふっふ………さぁ~て、かわいい寝顔でも拝ませていただきますかぁ~♪」

 

 

 

 明弘である―――――

 

 

 彼は家に帰った後で、寝具を持ってきては蒼一の兄貴の部屋で寝静まるはずだった。

 

 だが、この明弘、すぐに寝静まるような男ではなかった。 彼はみんなが寝静まるこのタイミングを見計らって、1人行動を起こすのだった。 その目的はただ一つ―――――

 

 

 

「かわいい後輩ちゃんたちのすんばぁ~~らしき寝顔とちょっとエッチな寝巻姿を見ちゃいましょう♪」

 

 

 と言った、下心丸出しのくだらない目的なのだ。

 

 とは言うものの、彼のように行動を起こす男性と言うのは大半だと言っても過言ではないだろう。 学校の修学旅行でよくある好奇心旺盛・欲望ダラダラな男子諸君が、そうした好色目的で女子部屋や女湯に侵入しようと試みることはよくあることだ。 ある意味でハメを外すという目的で行動しているのだ。

 

 そんでもって、この男・明弘もその類に準ずるもので、とりわけ女好きである彼にとってこの状況はまさに、待ってました!と言わんがばかりの状況。 美少女3人が半径10m以内に居ながらもその警戒態勢は微々たるもの。 その頼みの綱とされている蒼一は、未だに思うような行動も起こせない上に感覚も鈍っている。 これをチャンスと言わずして何と言えようか! ギラリと目を光らせる彼の表情には、いつもよりも4割増しの笑顔が浮かんで見える。

 

 

 

「さぁ……作戦開始だ………!」

 

 

 まるで、どこぞの伝説の傭兵の如く、行動を起こし始める明弘。 部屋を出て真っ先に、蒼一の部屋に行きつくのだが、そこは安定のスルーである。 触らぬ神に祟りなし、そっちに一歩でも近づけば警報が鳴ってしまいそうで怖いくらいなのだ。 ここでそんな無能兵士のような失態は犯すわけにはいかない。 彼は急ぎ彼女たちが寝静まる部屋に向かう。

 

 

 ゆっくりと扉を開けると、真っ暗な部屋の中に一際目立つベッドが見える。

 

 

「おぉ~♪ あれこそまさにアガルタへと続くゲート♪ まさに、俺のことを待ってくれていたかのように居座ってくれているじゃないかぁ~♪」

 

 

 その光景に興奮を隠すことのできない彼は、少しばかり息が上がっている。 もうすぐで、彼の欲望が満たされようとしていると考えれば、当然のように思えるのだが、それはそれで如何なものかと思ってしまうこの状況。

 

 彼はここでも気を赦すことなく、忍び足でじわじわと近付き始める。 へっへっへ……とまるで悪党のような声を発する彼は、さっきのような凛を助けた時のようなカッコよさが微塵にも感じられなかった。

 

 

 そして、いよいよベッドの横に付くとゆっくりとしゃがみこんで寝顔を見ようとする。

 

 

 

 

 

 

「…………あり………?」

 

 

 だがこの時、明弘は疑問を感じてしまう。

 

 

 

 

「…………1人分の体しか見えない……だと………?!」

 

 

 そう、彼はここに来るまでまったく気が付かなかったのだ。

 ベッドの上にいるのは、3人ではなく、1人しかいないということに………! しかも、顔のところが布団に覆われていて、誰なのかが分からないでいる………!

 

 欲望に夢中になってしまったからだろうか、彼はその現状に気付くことなくここまでやってきてしまった。 まさかの失態、彼がここに来ることをすでに知られていたのだろうか? いや、そんなはずはない。 それなら3人ともいなくなっているはず………! けれども、そうでないとすれば一体…………?!

 

 

 

「いや待て、逆に考えるんだ…………1人でも十分じゃないか………!」

 

 

 なんだろう……まるで、悟りでも開いてしまったかのようなこの余裕。 ただただ、この男は女の子がいればそれでいいという感じになってしまっているのだろうか? だとしたら、これこそまさに変態であると言えるだろうな。

 

 いや、彼はすでに変態であった…………

 

 

 

「ではでは、御開帳ぉ~♪」

 

 

 息を呑んで静かに顔に掛かった布団を取り除き始めると、その素顔が明らかに………!

 

 

 

「こ、これは――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――凛ちゃん―――――!!」

 

 

 

 意外! それは、凛ッ!!

 

 目元をトロンとさせて、すやすやと眠りについているその寝顔は、まるで子猫のように愛くるしく、思わずガッツポーズを決めてしまいたいほどの素顔だった。 この男・明弘は、生まれてこの方、女の子の寝顔と言うものを生で見たことは無かった。 実際には、その機会は何度かあったモノの、すべて見逃してしまう失態を犯しっぱなしであった。

 だが! この時、この瞬間! 彼は生まれて初めて女の子の寝顔を見ることが出来たのだ。

 しかも、明弘自身が太鼓判を押す美少女揃いのμ’sの中から凛の寝顔を見れたのは何とも嬉しいことだろうか! やはりここで、ガッツポーズを取らざるを得なかった。

 

 

「はぁ~♪ マジかぁ~~~♪♪ これが寝顔と言うヤツかぁ~………萌える! これは萌えざるを得ないというヤツ!! た、た、たまらん…………!!」

 

 

 息を乱しているこの変態、これでも声は通常の10分の1以下に抑えている模様。 ついでに、理性も抑えている模様。 ただ、欲望は垂れ流しの模様である………

 

 

「うへへ………このほっぺた、めっちゃやわらかそうだなぁ~♪ どれどれ………」

 

 

 そう言いながら、彼は人差し指で凛の頬をチョンチョンと押してみる。

 

 

「ッ~~~~!!! な、ななな……何ぃ~~?!! このやわらかさ、マシュマロの如し!! プニプニとしたこの感触がマジで堪らないのですが、こ・れ・は!!! こ、これが凛の肌………! ぐっ………! 俺としたことが………凛には外見上の素晴らしさは、あのスラっとしたスレンダーボディとボーイッシュな髪だけだと思っていたが、この感じは………! い、いかん……! これは凛を再評価しなくてはいけないようだな………!」

 

 

 何を思い立ったのかサッパリわからないが、ろくでもないことだというのは明確だ。 ただ、凛に直接の影響は無いものだ問うことを期待するしかなかった。

 

 

 

「そ、それじゃぁ………も、もうちょっとだけ…………!」

 

 

 そう言うと、さらに凛の頬をつんつんし始める。 どうやら気に入ってしまったようだ。 というか、これで我慢してくれるのであれば、それはそれで安心なのである。

 

 

 そんな時だった――――――

 

 

 

 

 

 

(パクッ)

 

 

 

「ほへっ………?」

 

 

 無意識の中に入っていたはずの凛が、急に動き出して、明弘の指を咥え始めたのだ! これには、さすがの明弘も素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

 

「な、ななななな??? 何が起こっているんじゃぁー!?」

 

 

 何が起こっているのか。 それは見たとおりだ。

 明弘がこうやって取り乱している中で、凛はその咥えた指をちゅぱちゅぱと吸い始める。 まるで、赤ん坊がおしゃぶりに吸い付くように、母親の乳を吸い上げるかのようにやさしく吸い始める。 彼は、自分の指を咥えて吸い付くその姿に体を震わせ、喜びを感じていたのだ。 しかも、その吸い付きが何ともやさしくテクニシャンな感じで、吸い上げた瞬間の指全体を凛に預けてしまうかのような感覚と言うものは刺激的で、彼の理性を激しく刺激させた。

 

 

「は……は、はうっ………!! り、りんちゃ………! あうっ………!!」

 

 

 そのあまりにも気持ち良すぎるその行為に、彼は喘ぎ声を出してしまう。

 凛を愛でるはずだったのに、逆にやられてしまう明弘。 だが、その表情には喜びに満ちたいい笑顔が見えたそうだ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 では、他の2人は一体どこに行ったのだろうか―――――?

 

 

 明弘が行動し始める数分前に、彼女たちは揃って行動に出ていた。

 そして、同じように誰にも気づかれずに、とある部屋に向かって歩き出していた。 静かに扉を開けて中に入ると、真っ暗な部屋の中をゆっくりゆっくりと進んでゆき、ベッドの上で寝ている彼の前に立った。

 

 

 

「ん―――――? んんっ――――――??」

 

 

 何かの気配を感じ取ったのか、彼は寝返りを打ちながら、自分の近くに這い寄ってきた者たちの方に顔を向ける。 眠気もあり、その顔をハッキリと認識することが出来ない彼は、次第に目覚めていく感覚を研ぎ澄ませながらその影を見始める。 そして、脳に血液を循環させようと体を起こし始めると、彼女たちは同時にベッドの上に上がってきた。

 

 

「んんっ――――――????」

 

 

 ちょっと、何だかおかしいと感じた彼は目を見開く。 すると、ようやく彼に這い寄ってきたのは誰なのかを知ることが出来たのだ。

 

 

 

 

「真姫――――!! 花陽―――――!?」

 

 

「よく眠れているかしら、蒼一♪」

 

「こ、こんばんは、蒼一にぃ………♪」

 

 

 窓から差し込んでくる月光が部屋の中を静かに照らし始める。

 そして見えてきたのが、いつしか見せた少し陽気でお茶目な表情をする真姫と、困ったような顔を見せながらも内心楽しんでいるかのように見える表情をする花陽が、彼のベッドの上で四つん這いになりながら這い寄ってきていたのだ!

 

 

 さすがの蒼一もこの状況は想定してなどいなかった。 あっても真姫だけがやってくるものだと感じていたのだが、まさか花陽がくるだなんて…………

 

 

 じわりじわりと這い寄ってくる彼女たちを見ながら、彼は冷汗をかきつつどうしようかと悩む――――――

 

 

 けれど、寝起きでいい考えなど浮かぶはずもない。 であるから、よくある定番の質問を投げかけるのだ。

 

 

 

「お、お前たち………何をしに来たんだ………?!」

 

「何をしにって………うふふ♪ それを私たちの口から聞いちゃうわけ? もう、分かっているくせに……♪」

 

「わからない………分からないから聞いているのだろうが………!」

 

 

 とは言うものの、何となく察しがついてしまっている彼の脳裏には、ちょっとした危険な匂いが立ちこめていた。 それをそのままやるのだとしたら、ちょいとばかし危ない気がしてならなかったのだ。

 

 

「蒼一にぃ…………もしかして、来ちゃダメ……だったですか…………?」

 

「あ、いや………ダメと言うか、なんと言うか………だな…………」

 

 

 目をうるわせながら上目遣いで話してくる花陽に対して、あまり強気に言いだせないのは、男の性というものが邪魔をしてしまう。 純粋な心で彼に問いかけてくる上に、弱々しい小動物の如きその性格が悩ませるのだ。

 

 

 そんな狼狽し続けている蒼一に対して、真姫が襲いかかる――――!

 

 

「えいっ♪」とかわいらしい声を発するその裏腹、彼女は獲物を狩りたてる猛獣の如き性格で彼を押し倒す。 そして、彼の胴の上に跨り、起き上がれないようにガッチリと固定されてしまう。

 

 

「ぐっ……! またこの構図かよ…………」

 

「うふふ♪ 蒼一はこういうのが好みじゃないのかしら?」

 

「残念だが、そういう趣味は持ち合わせちゃいないのさ」

 

 

 さすがの蒼一もそうした変態思考は持ち合わせてなどいない、明弘と比べても十分にまともな人間の部類には値するだろう。

 

 

 

 

 

「ねえ、蒼一――――」

 

 

 少しだけ気分を落とした感じの声で真姫は話しかける。

 こうなった時の真姫はやけに真剣な表情となり、まともな話をしはじめようとするのだ。 それは彼も重々承知であり、彼女が何を語るのかを静かに聞き始めた。

 

 

 

「私ね、決めたの―――――いえ、正確に言えば花陽と決めたことなのだけど…………私たち、蒼一のことを助けてあげたいと思うの」

 

「助けたい………?」

 

「そうよ、蒼一が人を愛することが出来るようになるために、私だけじゃなくって花陽にもお願いしてみたのよ。 そしたら、快く引き受けてくれたわ」

 

「真姫…………花陽はいいのか、それで?」

 

「うん………私、蒼一にぃのためにしたいの。 真姫ちゃんにも、蒼一にぃにも迷惑をかけちゃったから………出来ることなら何でもしたいの!」

 

「花陽…………真姫、そうなるとお前は………」

 

「いいのよ。 そう、これでいいのよ。 私は、ただみんなと花陽とも一緒に居たいと思っている。 こんなことで関係を絶ちたくないし、絶たせたくないの。 これは私の我がままでもあるのよ………」

 

 

 そう言うと、真姫は体を蒼一の上から退いて、彼の横に座り込む。 代わりに、花陽が彼の目の前にやって来ようとした。 蒼一はまた体を起こして、今度はその場で正座して待った。

 

 

 花陽はその場で自分の胸に手を重ね、大きく深呼吸を行って気持ちを整える。 ドキドキと大きく鼓動する心臓の音が自分でも分かるくらい大きく聞こえる。 分かっている、彼女は自分が今からしようとしていることの意味を十分に理解していた。 真姫から話を聞かされたその時から、彼女はもう決めていたのだ。

 

 そして、勇気を振り絞るように彼女は彼に語りだす――――――

 

 

 

「蒼一にぃ………! 私、真姫ちゃんと比べてもあまり前向きじゃないし、弱虫だし、ちょっと嫉妬深かったりするけど………でも、蒼一にぃのことを誰にも負けないくらい大好きなの………! それに、花陽は………蒼一にぃを本当のおにいちゃんとしても………そして、1人の男の人として、()()()()のことが好きなんです………!」

 

「花陽………!」

 

 

 今にも泣き出しそうな雰囲気の中、一滴の涙も流すこともなく彼女は最後まで言い切った。 これは彼女にとって一世一代とも言える大きな出来事とも言えるものだった。 そうした意味で、人生2度目となる彼女自身の願望が飛び出てきたのである。

 

 そして、彼もまた彼女のこの心のこもったこの問いかけに、全力で応えようとする。

 

 

以前、彼女と約束したことに応えるために―――――――

 

 

 

「花陽…………俺には、人を愛するという気持ちが分からないでいる………だが、花陽を大切に思い気持ちだけはハッキリとしている………! そんな俺でも構わないというのであれば、俺は………花陽を受けとめるよ…………!」

 

「!! うん………!! これからもよろしくね、蒼一にぃ……あっ、蒼一さんって呼んだ方がいいのかなぁ………?」

 

「ふふっ、花陽は今までどおりでいいんだよ。 そのままの花陽でいいんだよ」

 

「蒼一にぃ………! うん! それじゃあ、改めまして………よろしくね、蒼一にぃ……!」

 

「ああ、こっちこそよろしくな、花陽――――!」

 

 

 

 そう言うと、蒼一はその腕を大きく広げた。 そして、花陽はその腕の中に勢いよく飛びこんでゆき、彼の体をギュッと抱きした。 彼はやってきた花陽の体を包み込むようにやさしく抱きしめた。

 

 そのまましばらく抱き合うと、花陽は顔をあげて彼の顔を見る。

 ドクンドクンと心臓がはちきれんばかりに大きな鼓動を立てて、彼女の緊張をピークに到達させたのだった。 顔全体が赤くなり、息も乱れ始め、体も震え始めた。 そんな中で、彼女は最後にやっておきたいことがあった。

 

 

 それを今、ここで行おうとしたのだった―――――

 

 

 

「そ、蒼一にぃ…………」

 

 

 思いのほか震えが止まらず、彼女は彼の名を呼ぶ。 彼はそんな花陽にやさしく語りかけるのだ。

 

 

「花陽………思ったことをそのまま、行動に移すんだ…………」

 

 

 彼のその言葉が励みとなると、彼女は最後の最後に残った勇気を振り絞る―――――!

 

 

 

 

 

 そして―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ――――――!」

 

 

 

 彼と唇を交わしたのだった――――――

 

 

 そのやさしすぎる一瞬の口付けに、彼女はすべての想いをこめたのだった――――――

 

 

 

 

 彼との唇が離れると、彼女は全身から力が抜け落ちてしまい倒れそうになった。

 そんな彼女を支えたのは、真姫だった。

 

 真姫は、彼女の横から支え始め、抱き寄せたのだった。

 

 

「やったわね、花陽――――」

 

 

 真姫はやさしく微笑むと、花陽もまたそれに返すように微笑み出す。

 

 

「えへへ………これで私も真姫ちゃんと同じになったのかな………?」

 

「そうよ、花陽も私と同じ―――――蒼一の大切な人になったのよ――――――」

 

「蒼一にぃの大切な人―――――! えへへ、嬉しいなぁ……………」

 

 

 花陽はそう言い残して、静かに眠り始めた。 今日あった出来事すべてが負担となって体に襲いかかってきたのだろう。 グッタリとして、すやすやと良い寝顔を見せていた。

 

 

「それじゃあ、私たちもそろそろ寝ましょうか―――――」

 

 

 真姫はそう言うと、今度は彼女が蒼一と唇を重ね合わせる。 とてもシンプルな一瞬だけの接吻――――彼女にとってはそれで十分な気持ちだったのだ。

 

 

「おやすみ、真姫――――――」

 

「おやすみなさい、蒼一――――――」

 

 

 2人はそのまま、体を仰向けになって静かに眠りに付いた。

 

 3人が寝るには、彼のベッドは少し小さく感じられたのだが、それでも3人とってはそれで十分だった。

 

 

 彼の両隣りで寝る彼女たちは、彼がちゃんと支えてくれるということを信じ切っていたので、安心して寝ることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、また試練の日がやって来ようとしていた――――――――

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

今回の話で、花陽編。及びFolder No.2はこれにて終了です。

続きまして、Folder No.3へと移行されます。


物語は急速に変わっていく……………彼女たちの運命はどう変わっていくのか…………?




そして、眠りについていた彼女が目覚める――――――


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Folder No.3『転落』
フォルダー3-1


 

 

 ぴちゃ―――――――――――ぴちゃ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の石畳の床にひたひたと垂れ流れる水滴―――――――

 

 

 静寂に包まれた夜のこの場所は、こうした小さな音すらも大きく聞こえてしまいます。

 と言いますか、この場所は何も無さ過ぎなので、暇を持て余してしまう時間の方が多く、常にと言っていいほど私は顔を床と接触させて一体化しているところであります。

 

 そこから聞こえてくるのは、

 

 

 地中の音―――――

 

 

 風の音――――――

 

 

 水の音――――――

 

 

 

 そして、何かが擦れ合う音―――――――

 

 

 

 いずれも、いつも聞きもらしていたようなそんな音を耳にしているとても不思議な時間です。

 

 

 

 私は仰向けになって、何も見えない天井をただ、ぼぉーっと眺めていることしかできません。

 

 電灯などと言った明りと言うものが存在しないこの場所は、夜になるとクレヨンの黒色で白のキャンバスを真っ黒に染めた時と同じくらいに何も見えません。 唯一と言える明りは、私よりも倍の高さに設置された小さな鉄格子から零れ出る外からの明かり……………しかし、その明りと言うのは、最近のこの不安定な天候の前ではあまり機能を果たしてくれることなく、昼間でも薄暗く感じてしまうのです。

 

 

 

 と言うより、いつからが日の出でいつからが日の入りなのかすら、この場所では把握できません。

 

 

 

 正確な時間で換算しますと、今日でどれくらいの日にちが過ぎ去ったことでしょうか――――――?

 

 

 

 

 

 

 

 あの日―――――

 

 

 私が海未ちゃんの手によって気絶させられた後、誰かの手で運ばれたのだというところまでは薄らと覚えてはいます。 けれど、肝心なところはさっぱりです―――――

 

 

 そして、気が付いたら―――――この場所に閉じ込められていた―――――と言うわけです。

 

 

 

 

 この部屋全体は、およそ8畳程度の石畳の床と壁によって構成されていまして、天井までは私の倍くらいはありまして、どんなに頑張っても届くことはありませんね。 ついでに言えば、それくらいの高さに設置されてある鉄格子にも届きません。 そのため、外の様子など見ることができません。

 

 出入り口とされる扉は木製―――――しかも、よく映画で見るような監獄専用の扉のようでして、内側には取っ手のようなモノはありませんし、鍵も外側からのモノらしいですね。 さらに下の方には、配膳台が置いておけるほどのスペースが施されていました。

ここに、1日3回分の食事と飲み物が置かれるわけです。

 

 

 他に、この部屋にありましたのが…………私が寝るために用意されただろう枕も付きました布団一式と、正座すれば高さがちょうどとなる木製の机とノート数冊と鉛筆数本、それに削り機も用意されているという良心的な配慮。

 

 いやぁー、心に沁みますねぇー(棒)

 

 

 というか、こんな冷えっ冷えでカッチカチな床の上で正座しろと言うのは酷すぎやしません――――?! 正座すら慣れていない私にそうしろと言うのは、ちょっとした拷問ですよ? もう少しはまともな待遇は願ってもいいですよね? 座布団くらいは付けてくれませんかねぇ? あ、ダメなのですか……………

 

 

 あっ、それと個室トイレも何故か付いておりました。 これは猛烈にありがたかったです。

 

 

 

 

 体調の方は今のところ問題はありません。 体はちゃんと動きますし、けがや病気などの心配はございません。 ただ、限られた範囲に留まっているので決して自由とは言えませんね。 それに、まったくと言っていいほどに何もすることが無く暇をもてあまし過ぎているので、フラストレーションのようなモノが湧き起こってしまいそうになるわけなので―――――――――

 

 

 

 

 

 よく…………壁ドンをしています…………

 

 

 

 

 

 

 もちろん、1人でですよ………………寂しい…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、今――――――

 

 

 私は一体どこに監禁されているのか―――――――?

 

 

 多分、そこが重要なポイントだと言えるでしょうね。

 

 

 

 

 私自身もこの場所を特定するのに、少しばかり時間を取ってしまいました。

 しかし、外から漏れ出てくる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を聞いてますと、なるほど、()()()()なのですかと納得を示してしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きしっ――――――――――きしっ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おや、言っている矢先から()()が来てくれたようですね――――――――

 

 

 静かに近づいてくる床が軋む音―――――一糸乱れぬテンポと足に入れる力加減が上手な滑らかな歩き方です。 それに、あまり大きな音を立てずに出来るとなるのは、相当な訓練を行ってきた証拠でもあります。

 

 この音を聞いただけで、彼女がどのような立ち振る舞いでここまで歩いてきているのかが目に見えてきそうです。

 

 

 

 

 ガチャ――――――

 

 

 

 やや鈍い金属音が部屋中に響きまして、扉が開いたことを教えてくれます。

 そして、扉が開かれますと彼女の姿が現れたわけです。

 

 

 

 

「どうも、お久しぶりですね―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――海未ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

「どこか、拭いてほしいところがありましたら言ってくださいね」

 

「では、背中の腰に近いところをお願いします。 そこがどうも痒くて…………」

 

「それはいけませんね。 では、早速拭くようにしますね」

 

 

 そう言いますと、持っていた手ぬぐいをお湯に付け、少し湿らせてから私の体を拭き始めてくれました。

 

 

 

 片手に小さな明かりを持ち、もう片方にお湯の入った桶を持ってやってきた海未ちゃんは、一日溜まって汚れてしまった私の体を丁寧に拭き始めてくれます。 ここに来てからは、ちょうどこの夜が更けてきた時間に海未ちゃんはやって来るのです。

「どうして、私の体を拭いてくれるのですか?」と始めの時は聞いていました。 その返答に「女性が一日、汚い体でいるのはよくはありません。 ですから、私が綺麗にしてあげているのです」と言って意地でもそうしようとするわけです。 それに、持ってきてくれます食事も、海未ちゃんの手によって作られたもので、1つ1つが丁寧に作られているわけです。

 

 しかし、疑問なことが―――――どうして、私を気絶させたにもかかわらず、私にこうも気遣ってくれるのでしょうか?

 

 

 その答えも意外なモノでした―――――

 

 

 

 

「確かに、私はことりからあなたを取り除くようにと言われました。 ですが、私は洋子が蒼一を傷つけるような人ではないということを十分に承知していましたから、これ以上、手に掛けることはしませんでした。 しかし、ことりにとって今のあなたは()()()()となってしまっているのでしょう………私に処すようにと言っていましたから………それを危険に思った私は、家の敷地内にある『()()』の中で一時的に隠すことに決めたわけです」

 

 

 

 さらに、海未ちゃんの話によると、ほぼ毎日と言っていい程、ことりちゃんが海未ちゃんの家に出入りするようになったため、私を家の中に居させるのはさすがにマズイと思ってこの場所に住まわせたとか。

 

 まあ、海未ちゃんの庇護がなければ私はどうなっていたのか分からないというわけですか…………

 

 

 

 

「それでは、穂乃果ちゃんはどうなのですか?」

 

「穂乃果もことりとあまり変わりません。 邪魔者は排除しようと躊躇うことなくやってくる気構えです。 今は牙を隠してはいますが、一旦その牙が抜き見出てしまえば、取り返しはつかないでしょう………」

 

 

 少し訝しげな表情を見せますと、彼女が今どう感じているのかが一目で分かります。 海未ちゃんの中でも、こうした幼馴染の変化と言うのは見過ごすことのできないものなのだと感じているはず。

 

 

「では、海未ちゃんは穂乃果ちゃんたちがあのままでも構わないというのですか? 元に戻したいとは思わないのですか?」

 

「確かに、今のままと言うのはよいものではありません………しかし、今はそんなことよりも蒼一に迫る危機をどう対処すればよいのかを考えなければなりません。 そうなると、私がどう思おうとも今の穂乃果たちの手を借りなければならないのです! それに、例え、私1人だけになったとしても護り抜かなければなりません! どんなことがあっても、蒼一は私が護らないといけないのです!!」

 

 

 海未ちゃんの話が急に蒼一さんのことに切り替わると、表情に変化が現れ始めました。 先程まで澄ましたように見えていましたが、急に目を見開かせると険しい表情を見せ、厳とした口調で話し始めるのです。 それに、殺気すらも漂わせている始末。 この様子では、海未ちゃんもまともとは言えそうにないですね………

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、そろそろ戻らないといけない時間ですね。 それでは、失礼しますね」

 

 

 海未ちゃんは持っていた時計を目にすると、手を止めて持ってきたものを片付け始めました。 そして、すぐさま戸口に立ちここから出て行こうとしました。

 

 

 

「ありがとうございますね、海未ちゃん」

 

「いえ、今の私にはこれくらいしかできませんので…………時が来れば、出ることが出来るようにしますね」

 

 

 

 そう言い残して、海未はこの部屋から出て行きました。

 

 

 

 

「さて……………」

 

 

 私は脱いだ服をまた着直し、布団の上に横になります。

 今日はもうやることが無いため、こうして夢の中へと沈ませていくのです。

 

 

 

 ですが、ここ最近はいい夢は見ないのですがねぇ……………

 

 

 あー………自宅のベッドが恋しいですぅ………………

 

 

 

 

 そう心の中で愚痴をこぼしながら、私はただ1人ここで新しい朝を迎える準備をしていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:29】

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

(ピッ!)

 

 

 

 

『あら、思っていた以上に勘だけは鋭いようなのね、ことり』

 

『絵里ちゃん………そこで何をしているのかな………?』

 

『何って? さあ、何のことかしらね?』

 

『とぼけないでよ、絵里ちゃん。 私がやろうとしていることに何か手を加えたでしょ?』

 

『あらあら、何のことか分からないわねぇ……?』

 

『洋子ちゃんのデータのことだよ………パソコンにあったデータが無くなっていたんだよ? それって、絵里ちゃんが持って行ったってことだよね………?』

 

『私が持っていたからと言って、何の得があるのかしらね?』

 

『そんなの分からないよ…………でも、ことりにとってもよくないことを企んでいることは明確だよね?』

 

『よくないこと………ねぇ…………ウフフフフ………それって、あなたの()()()()()()()()()()()()()()………?』

 

 

『!!?』

 

 

『あら、動揺しちゃうの? フフン、この程度で動揺しちゃうのなら、あなたは私の敵ではないわね。 さっさと消えて鳥籠の中で、静かにさえずっていればいいのよ』

 

『ッ―――!! ふ、ふざけないで!!蒼くんを自分だけのモノにしようだなんてそうはいかないよ! 絵里ちゃんの思い通りになんかさせないんだから!! 蒼くんを渡さないんだから!!!』

 

『ウフッ、また、何か思い違いをしているようね………』

 

『なに…………?!』

 

『蒼一を自分だけのモノにしようとしているのは、ことりだって同じじゃないのかしら? あんなにベッタリとくっついちゃって………何かしら? 蒼一に自分の匂いでも付けているのかしら? 鳥類なのに犬みたいなことをするだなんて、ちょっとかわいそうに見えるわねぇ』

 

『ッ―――――!!!』

 

『あら、その顔は何かしら? フフフ………でも、残念よねぇ………あなたがやったその行為は蒼一にはまったく届かなかったようね………今の蒼一は、真姫のことで頭がいっぱいになっているはずよ? あなたが嫌う真姫に先を越されちゃったのよ? さぞかし、自分の苦労が無意味だったということが理解出来たじゃないかしら?』

 

『う、うるさい!!! あの女がいなければ………蒼くんは………今頃蒼くんは………!!』

 

『あなたに振り向くとでも思ったのかしら? アハハハハハ!! なんて頭がお花畑なのかしら? 滑稽だわ、そんなことあるわけないでしょ?? あなたみたいな赤みが抜け切れていない小娘ごときに蒼一がなびくはずがないじゃないの』

 

『だまってよ……………』

 

『大体、蒼一はあなたのことを友人としか思っていないわよ? 幼馴染なんだから、その関係がずっと変わることなく保たれ続いてきたんだから、普通に考えてその一線を越えるようなことがあるけないのよ』

 

『うるさい…………だまれ…………………』

 

『それとも何かしら? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を未だに引きずっていたりするのかしら??? でも、あれで分かったはずじゃない。 あなたと蒼一は決して結ばれることは絶対にありえn………』

 

 

 

 

『だまれっ!!!!!!!!!』

 

 

 

 

『………あらあら、どうやら逆鱗に触れちゃったようね』

 

『あんたなんかに………アンタなんかに何が分かるっていうの!!! 蒼くんを否定し続けてきたアンタに一体何が分かるっていうのよ!!!!!!!』

 

『っ―――! ふっ、痛いところを付いてくるじゃない。 けど、あなたには決して分からないはずだわ………私の気持ちなんて……………』

 

『なにぃ…………?』

 

『いいわ…………何だか冷めちゃったわ。 今日はこの辺で引いてあげるわ。 でも、もし次あった時に私に立て付くようなことがあったら………容赦はしないわよ―――――――――』

 

 

 

 

(プツン)

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。


現状について見ることにします。


《正気》
真姫、花陽、凛

《狂気》
ことり、穂乃果、絵里、にこ

《???》
希、海未

メンバーはこんな感じですね。
後は、明弘が協力関係で、洋子は囚われの身であるということです。

そして、このファイルで大方の話を完結させていく予定です。


次回もよろしくお願いします。


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フォルダー3-2

 休日の朝方――――――

 

 真姫たち音ノ木坂に通う生徒たちは、基本的にはこの日は休日となっている。 昨日も休日だったのだが、μ’sの練習を行うことになっていたらしく、全員居ることを確認したわけではないが学校に登校していたようだ。

 

 だが、今日は打って変わっての休日を設けた。

 

 

 理由は言うまでもない―――――真姫と花陽のことだ――――――

 

 

 午後に立て続けに起こった2人の暴走、それを止めるために俺は奔走したと言ってもいい。 また、花陽に関しては、明弘と凛にも協力してもらってやっと解決したという件があったからだ。

 当然、他にも影響が出ているメンバーがいるだろうと明弘と相談してから推測したわけで、今日は止めるべきなのだということを決めたわけだ。

 

 

 グループトークでしようするあの掲示板アプリにそれを書きこむと、瞬時に全員の既読の反応が現れる。

 

 それだけならばまだよかった…………

 

 

 

 その次の瞬間に俺宛の個人メッセージが大量に流れ込むという異例の事態に陥る。

 

 

 

 

 送信元は……………

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果――――――

 

 

 ことり―――――――

 

 

 にこ―――――――

 

 

 

―――――この3人からだった。

 

 

 

 短文のような言葉を大量に羅列させ、通知バイブが終始鳴り止むことが無い状態に頭が痛くなる。

 その内容を見ると、全員が揃って同じようなことを書き綴っている――――――『明日、一緒にあそぼ――――』―――――そんな言葉が、数十もの通知として羅列された時は背筋が凍る。 そして、俺が既読するとすぐに反応を示してまた言葉を羅列させてくる。 それも3人ともだ……………

 

 俺は全員に対して、『遊ぶことはできない、また今度な――――』と打ち返す。 今日は予定が入っているから仕方が無かったのだ。 だが、彼女たちはその理由を知ろうと、これも何度も通知してくる。

 

 さすがに、我慢も限界でこの通知を切ることにしてしまう。

 

 

 こんな某携帯電話の着信を基にしたホラー映画のワンシーンのようなことが何度も続いてしまうようでは、こちらの身がまったく持たない。 それに、下手に返事をしてしまえば彼女たちを強く刺激させてしまうのだ。 ここは慎重にしていかなくてはいけないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それじゃあ、俺は今どこに居るのかって―――――?

 

 

 そんな俺は、事前に連絡を取っておいたアイツの家に行こうとしていた。 渦中の人間………ではない、今のところどういう立場に居るのか怪しいアイツを見抜かなくちゃいけなかった。

 

 

 

 

(ピンポーン♪)

 

 

 

「ハーイ♪」

 

 

 アイツの家の戸口に立ちインターホンを鳴らすとすぐに反応を示してくれた。

 そして、すぐに扉の鍵を開けて顔を出す。

 

 

 

 

 

「やあ―――――――――希」

 

 

「おはよう、蒼一♪ なんや、ずいぶん早いなぁ~♪」

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 東條家・リビング ]

 

 

「蒼一がウチに来るんは久しぶりやなぁ~」

 

「ホントだな………俺が大学に入った時以来かな?」

 

「そうやなぁ………あん時はホンマに大変やったなぁ………♪」

 

 

 

 そう、何気ない言葉を交わしながら家の中に入り、リビングのイスに座る。 テーブルの上には、すでにお茶の入ったカップと僅かながらの菓子が置いてあった。 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――――また、いつもの勘ってヤツが的中したのだろうと1人納得する。

 

 

 希も俺と対称のイスに座ると、俺の顔をまじまじと見ながら微笑んでいた。

 

 

 

「早速だが、希には聞きたいことがたくさんあるんだ。 聞いても構わないか?」

 

「ええよ。 ウチは蒼一に合わせるから、何でも言ってな?」

 

 

 と、お茶をすすりながら返答してくる。

 

 

「それじゃあ、尽かさず聞かせてもらうぞ―――――?」

 

 

 

 そうして、俺は希にいくつもの質問をするのだった―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

― 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 宗方家・リビング ]

 

 

「それじゃあ、弘くん! 行ってくるにゃぁ!!」

 

「おいおい、本当にお前たちで大丈夫かよ?」

 

「平気だにゃ! 凛たちの家はここら結構近いところにあるんだし、すぐに済ませるよ!」

 

「私も……昨日は急に泊まることになっちゃったからお母さんたちが心配していると思うんだ。 だから、少し顔を見せないといけない気がするの…………」

 

「そうか………兄弟には、あまり外出するなと言われているんだがなぁ…………よし、分かった。 そんじゃあ、早く済ませておけよ?」

 

「うん! 分かったよ! それじゃあ、行ってくるね♪」

 

 

 

 そう俺に言い残すと、凛と花陽は自分の家に帰って行くのだった。 一時的な帰省は許されるもんじゃないかな? まあ、兄弟と話し合った中では、今のところ目立ったような行動をしているヤツってのは、花陽以外いなかったって言うしよ、どうにかなるんじゃあないかぁ?

 

 

 そんで、俺は事の成り行きってことで、真姫と一緒に居ることになったわけだ。

 

 

 しっかし、昨日の話を聞いて、俺はびっくらこいたねぇ! まさか、真姫が兄弟と一つ屋根の下での同棲生活とは………ハッハッハッハ!!! 兄弟もやるじゃねぇかぁ!! しかも、もう2週間くらいになるだってぇ~? 何そのうらやまけしからん生活、血涙がダラダラ流れ出てしまうほどに羨ましすぎるぞコンチクショォォォォ!!!!

 

 俺だって、美少女とそんな生活をしたいと思っているさ………

 

 けど!! 現実って2次元の妄想とはそんなに甘くないのよ!! そこまで行く付くのにどこまでの時間と労力が必要だと思うのさ! かの落とし神だって、そんなところまで行ったというケース何かないんだぞ!!

 まあ、それでもとりあえず俺の目の付けた美少女達には片っ端からアピールはしているんだけどね! 千里の道も一歩からだもんね! 俺、頑張るぞぉぉぉ!!!

 

 

 

「なに廊下で唸っているのよ……意味分かんないわよ…………」

 

 

 冷静沈着かつ的確な指摘をしてくる真姫。

 ちょっとそんな変な人を見る目でこっちを見るだなんて…………真姫よ………それは御褒美か何かなのでしょうか………?

 

 

 

 ふふっ………どうやら俺はすでに、変な人だったようだな…………

 

 

 そんなことを思う、18の夏であった―――――――――

 

 

 

 

「もう、そんなところでぼぉーっとしないで、早く蒼一から頼まれたことをやってよ!」

 

「へいへーい………」

 

 

 俺をあしらうことが上手になってきたものだ。

 

 

 ちなみに、兄弟から頼まれていることと言っても、ただの家事をやることだ。

 掃除、洗濯、料理………と主婦が一般的にやるよな作業を俺たち二人でこなすというわけだ。 仕方ないことさ、何やかんやで昨日は俺もここで寝泊まりしちまったからその分の仕事もしなくちゃいけないのはわかる。 働かざる者食うべからずだからな、ちゃんと貢献しなくちゃならないもんだ。

 

 

 洗濯物…………ハッ………! もしや、それって………合法的に真姫たちの下着を見ることが出来るということですね? ヒャッハ―!!

 

 何だか、俺のテンション上がってきたぁぁぁぁ!!!!!

 

 

 

 

 

 

「ああ、私と花陽たちの洗濯物は私がやっておくから、明弘は自分たちのをやって」

 

「あ………うん……………」

 

 

 知ってた。

 

 あぁ、分かっていたさ……分かっていたとも………けど、それでも夢は抱いても構わないだろう………?

 

 ちょっとだけ、哀愁が漂って来ちまったようだな…………

 

 

 

 

 

 

 やる気がダウンした俺はソファーに座りこみ、せっせと働く真姫を横目に何かを閃く。

 

 

「しっかし、真姫も何やかんやで型にハマってきたんじゃないのか?」

 

「なんのことかしら?」

 

「んにゃ……一介のお嬢様が、こんな庶民的な暮らしをし始めて、尚且つ、どっかの旦那様のために働く妻みたいなことをしているからさ、何となく思っちまったわけよ」

 

「つ……つつつ妻って…………!!!? あ、あああ明弘、そ、そそそそそんなこと………!!!」

 

 

 何かがボンっと爆発するかのような音が鳴ったかのように思えると、真姫は急に顔をトマトみたいに真っ赤にさせやがったわ。 開いた口が塞がらない――――というのは変か? だが、実際そんな感じに口を開いているから言葉としては間違ってはいないはずだ。

 

 ちょっとからかうだけだったのに、まさかここまで過剰に反応するとはな…………

 

 

「まあ、俺が今の真姫の姿を見ても前とは似ても似つかないって感じだな。 なんと言うか……そう、何か女としての魅力が上がったってヤツか? 兄弟と一緒に過ごしたことで、女として目覚めてきたんじゃねぇの?」

 

「そ、そんなことは//////// ………………あるかも……………」

 

「…………あるんかい…………」

 

「だ、だって! 蒼一って、とっても素敵じゃない………! 頭がよくって、スタイルもよくって、やさしいし…………それに、私を助けてくれた恩人だし…………もうそれだけで嬉しいし、蒼一のために何かしたいって思っているわ!」

 

「あー………何だか、惚気話を聞いているみたいだわー………畜生、兄弟が羨ましいぜ…………!」

 

「………でも、私には分からないことがあるわ。 どうして、蒼一が人を愛せないのか………私にはさっぱりよ………明弘は何か知ってるの?」

 

「むっ……! 兄弟がそんなことを言い始めたのか…………そうか…………」

 

 

 真姫の口からそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったが………真姫が蒼一とそういう関係になっているのであれば話すのも当然のことか……………

 

 

 

「そうだな………俺は、蒼一に何があったのか、すべてを知っている。 すべてを知っているが………俺からは話せないな」

 

「ど、どうして……?!」

 

「ソイツは、お前次第ってことさ。 真姫が蒼一とどんな関係になりたいのか何て、俺には関係の無いことだ。 そう言う意味では、俺は蒼一が今抱えている問題について干渉するようなことはしないつもり………いや、俺じゃあ治せないと思っているのさ」

 

「どういうことよ………?」

 

「蒼一が求めているのは、『愛』だ! そんじゃそこらの友情とかで固められたような愛なんかじゃ、蒼一を助けることなんか出来っこないのさ。 だから、真姫が………いや、真姫たちが蒼一にたっぷり『愛』を注いでやって助けてやってもらいたいのさ。 まあ、そこまで行きつくのに時間と労力が伴うんだけどな」

 

「……………………」

 

 

 黙っちまったか……まあ、当然だろうよ。 このことに関してだけは、生半可な考えと行動でやってもらいたくはないからな。 本当に出来るヤツだけに、覚悟のあるヤツだけがブチ当たって蒼一を助けてやってほしいんだ。 俺なんかじゃなくってさ……………

 

 

 

 

 というか、出来ることならば………()()()()に任せたかったのだが…………こんな状況だし、今は真姫に頼むほかないかな?

 

 

 

「………わかったわ、明弘。 私には、もうその覚悟も出来てるし、私1人だけで立ち向かおうとは思わないわ。 私と花陽………今は2人だけど、今度は私たちで蒼一を助けてあげるの!」

 

「ほぉ、それは良い覚悟じゃんか! しかし、花陽もかぁ…………ますます、俺が考えている解決策に向かっているじゃんかよ、兄弟…………」

 

「………? 何か言ったかしら?」

 

「いいや、別に…………そんじゃあ、真姫にだけ蒼一を助けるためのヒントを教えてやんよ」

 

「いいの!?」

 

「ヒントだけならな………核心は、お前達次第さ」

 

 

 何でだろうな、真姫のこの意識の高さに圧倒されちまったのか、心が動かされちまったようだ。 俺も蒼一がいつまでもあのままでいてもらいたくないし、アイツが追い求めていたあの果てしない夢をもう一度実現させてやるためには、この通過点は必要なのだ。 だから、不器用ながらもアイツのために助けてやるんだよ。

 

 

 

「いいか、まずはだな……………」

 

 

 そう切り出して真姫に話をし始めようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ピンポーン♪)

 

 

 

 

 すると、誰かがこの家に来たみたいだ。 仕方ない、俺が出てやるか…………

 

 

「話はまた後な」と言って、俺は玄関の方に向かって行ったのだった。

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「かーよちん! 早く行こうよ!」

 

「ま、待ってよ、凛ちゃぁ~ん………」

 

 

 

 先を歩く凛を追いかける花陽。 μ’sの練習を行い続けているからと言っても、凛の体力との差は未だに生じており、その後を追いかけるのに必死になる。

 

 

 

「ほら、凛の手を掴んで♪」

 

「………うん♪」

 

 

 花陽の様子を見て何か思ったのだろう。 凛は、花陽のところに来て手を差し伸べたのだ。 花陽はそれを見ては掴んで、凛に応える。 そして、2人は嬉しそうな表情で歩くのだった。

 

 

 すでに2人はそれぞれの自宅に戻って家族に事情を話していた。 ただし、今回の件について話したわけではない。 1泊することになった経緯を事実から異なるかたちで伝えたのだ。

 

 そう、彼女たちは自分たちが『蒼一の家に泊まった』ということを一言も話さなかったのだ。 代わりに話したのは、『真姫の家に泊めてもらった』ということだ。 さすがに、そう言った話をするとなると返って問題となるため、そういうことにしたのだった。

 

 ちなみに、そう提案させたのは明弘である。

 

 だが、そのおかげでそれぞれの親は納得して彼女たちを送り出したのである。 ただこの嘘がいつまで通用するかは定かではないようだ…………

 

 

 

 

「ねえ、凛ちゃん」

 

「なあに、かよちん?」

 

「凛ちゃんは、蒼一にぃのこと………好き………?」

 

「うん、大好きだよ! 凛もね、かよちんと同じで蒼くんのことをおにいちゃんみたいに思ってるんだ♪」

 

「えっ………? あ、うん………そうだよね、本当のおにいちゃんみたいに思っちゃうよね………?」

 

「だよねだよね! 凛も蒼くんみたいなおにいちゃんが欲しいなぁ~」

 

 

 花陽は、凛に対して感じていた疑問を確かめるためにこの質問を投げかけてみた。 そしたら、こうした返しが来たので、内心驚きながらもホッとしていた。 それは凛が蒼一に対してそれ以上の感情を抱いているのではないかと言う微かな憶測が過っていたからだった。 だが、凛のその反応を見る限りではそうでもないようなのだ。

 

 逆に言ってしまえば、花陽はすでにそのような感情を抱き、蒼一とあのような行為に至ったのである。 彼女の中では、蒼一は自分の兄以上の存在となりつつあったのである。

 

 だから彼女はホッとしてしまったのだ。 もし同じようであるとすれば、凛も自分と同じようになってしまうのではないかと感じてしまったからだ。

 

 

 

「かよちんも蒼くんのことが好きなの?」

 

「………うん! 私も蒼一にぃのことが大好きだよ♪」

 

 

 頬を赤く染めて語ったその言葉に秘められた想いは、凛には決して伝わらないだろう。 これは、彼女と彼にしか伝わらないヒミツのやり取りだからだ。

 

 

 そして、2人は手を繋いで彼の家へと戻って行くのだった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザッ――――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 東條家・リビング ]

 

 

 

 

「―――――といった感じで終わりやね♪」

 

「いろいろとツッコミたいところはあったが………まあ、何となく抱いていた疑問も解消された感じがするわ」

 

 

 

 希と話を始めてから四半刻が過ぎた頃―――――そのすべての話をし終えたところだった。

 

 

 まず、話し始めたことは――――――俺と真姫との同棲は知っているのかと言うこと。

 

 その答えは、Yesだ。

 なんと、俺たちがそうしているということは、アキバでのライブ以前からすでに気が付いていたそうで、おもしろそうだったから誰にも言わないでいたそうだという。 知っていたからこそ、あの時、俺に真姫が俺の家に行っているということを言えたのである。

 

 

 次に―――――花陽がどうしてああなってしまったのかと言う原因を知っているかと言うこと。

 

 その答えもYesだった。

 希の口から第一声に飛び出てきたのが、ことりの名前だった。 どうやら、ことりの誘導によって花陽をあのように変えてしまったのだという。 また、さらに恐ろしいことに、にこもまたその影響を受けてしまっているとのこと。 あの時、にこが執拗に絡んできたのは、ことりによる何かがあったからなのだという。

 

 

 次に―――――希から見て他に怪しいのは誰かと言うこと。

 

 その答えはこうだ。

 

 

 まず、穂乃果だ。

 アイツはことりと一緒に行動していたために一番影響を強く受けているほか、元々、俺に執着しているところがあるため確定だという。

 

 次は、絵里。

 希の親友だからというわけなのだろうか、その変化が色濃く出てきているというのだ。 出来ることならば、今会うことを控えた方がいいと言われてしまう。

 

 そして、海未。

 一見、まともそうに見えがちだが、海未もまたことりに影響されており、共に行動をとっているのだという。 ただ、他のメンバーよりも意識が低いため、説得で何とかなるのではないかと言う。

 

 

 

 そして、最後に聞いた質問――――――希は、俺の味方か?

 

 

 その問いに対して、希は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたりまえやん! ウチは蒼一の味方やで!」と言ってくれたのだった。

 

 

 そう言った感じで、この時間を無駄にすることなく自分でも納得のいくような回答を得られることが出来たのだ。 しかし、洋子が今どこに居るのかは分からないのだという。

 

 ただ、少し時間をくれれば希が持つスピリチュアルパワーで発見してみせると言うのだが…………信憑性は定かとも言えない…………ある程度の期待だけはしておくことにする。

 

 

 

「そんで、蒼一はこれからどうするん?」

 

「そうだな………1人1人を説得して行くしかないだろ? こう言うことは、渦中の人間が出ていかないと解決できない気がしてならんのだ」

 

「そうなんか? ………せや! そんなら、最初はにこっちのところに行った方がええと思おうんよ」

 

「にこか? そりゃまたどうしてだ?」

 

「ことりちゃんの影響を受けとるっちゅうことやったから、花陽ちゃんと同じで効き目がしっかりとしとらんところがあるんやないかって思うんよ」

 

「なるほど………それじゃあ、早速にこのところに行ってみるか」

 

 

 

 椅子から立ち上がると、俺はそのまま玄関の方に向かう。

 その途中に明らかに希の部屋らしき扉があったので、ちょっぴりだけ覗こうと手を伸ばしてみた。 だが、そのては希によってしっかりと押さえられてしまい、見ることが出来なかった。 「女の子の部屋を見ようとするなんて、アカンよ♪」と言ってくるのだが、お前さんは俺の部屋を見ただろうにと言いたくなるのを抑えて玄関に向かい、外に出ようとした。

 

 

 その直前に、希からこんなことを聞かされる――――――

 

 

 

「にこっちのところに行くんやったら、早めに行った方がええで。 早せんと間に合わなくなっちゃうで?」

 

 

 とても意味深に聞こえたその言葉に疑問を抱かせると、希は続けて言う―――――

 

 

「にこっちは影響をあまり強くは受け取らんけど、行動力だけは高い方やで。 せやから、もしかしたら家におらんかもしれへんよ?」

 

 

 

 

 

 その一言を聞いた瞬間、何だか肩が震えだすような寒気を感じてしまうのだった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 宗方家・玄関 ]

 

 

 玄関に誰かが来たみたいだから、その確認のために俺はその戸口を開けようとしていた。

 

 

「はいは~い、ちょっち待ってくださいよ~」

 

 

 陽気な声で、まあ適当に返事をする。 相手が誰だとうとこんな感じで応えるのが俺のやり方なので、悪くは言わんでくれよ?

 

 そして、扉を開けてみると―――――――

 

 

 

 

「あら、明弘じゃないの?」

 

「おう! にこじゃねぇか!」

 

 

 黒髪ツインテールが特徴的なにこが玄関に立っていたのだった。

 

 はて? どうしてここに居るのだろうか? という疑問が自然とわき出てくる。

「何か用事か?」と聞いてみると、「ええ、ちょっとした用事でこっちに来ただけよ………」と言って家に上がろうとしていた。 少し様子でも見るかと、考えてにこを観察しようかと思ってそのまま上げさせようとする。 とりあえず俺は、このことを真姫に伝えるために、リビングの方に振り向く――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぞっ―――――――!!

 

 

 

 

 

 すると、背中に突き刺さるかのような冷たい空気を感じてしまう。

 一体何が!? と振り向きざまに感じていると、そこには―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

「は~な~よ~ちゃぁ~ん~?」

 

 

 一方こちらでも、凛と花陽に迫る者があった。

 自分が呼ばれた言葉を耳にすると、彼女は体を強張らせてしまう。 凛も急に恐ろしくなると、顔を青くし始める。

 

 

 2人は恐る恐る後ろを振り返ってみると、彼女たちがよく知る人物がそこに立っていた―――――

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、ほのか………ちゃん…………?」

 

「うん、そうだよ………は・な・よ・ちゃ・ん♪」

 

 

 ギロリとした目で彼女たちを睨みつけると、口を大きく裂いた不気味な笑顔をする穂乃果の姿がそこにあったのだ―――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり、同時に2人の人物が行動を始めてしまったのである―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:32】

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

(ピッ!)

 

 

 

 

『――――そうだよ、穂乃果ちゃん。 うまくやってね♪』

 

 

(ピッ!)

 

 

『うふふふ…………にこちゃんにも、穂乃果ちゃんにも連絡入れたことだし………これまでは、ことりの思い描いている通りになっているみたいだね』

 

『花陽ちゃんには約束通りにオシオキをしなくっちゃね♪』

 

『だって、最後の最後までしくじっちゃったんだから…………しょうがないよね?』

 

『うふふふふ…………どうなるか楽しみだなぁ~♪』

 

 

 

 

『あっ! そろそろ来る頃かな…………あっ、来た来たぁ~♪』

 

 

『待っていたよぉ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――え~り~ちゃぁ~ん♪』

 

 

 

 

 

 

(プツン)

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。

同時に行動を起こし始める2人。

次回はどのような展開になるのでしょうか?ご期待ください。


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フォルダー3-3

[ 宗方家・玄関 ]

 

 

「な………に…………?!」

 

 

 俺の視界の中に入ってきたその光景に体を強張らせる。

 さっきまで何も持っていなかったその手に、ギラリと怪しげな妖気を放つ銀色の刃物が備わっていた。 それが包丁なのだということに気付くのに時間は必要なかった。

 

 

 すると、次の瞬間―――――にこは俺目掛けて距離を詰め始めたのだった!

 

 は、早い……! その一瞬の出来事に俺の両眼は反応しきれなかった! 距離を急速に縮めたにこは、その包丁を下から上へと大きく腕を振るわせて斬り上げる!

 

 

 

 ジッ――――――――!

 

 

 

「くっ―――――?!」

 

 

 空を切り裂くようなその漸撃を咄嗟に反応した体が避ける――――――だが、その際に僅かだが服に傷が付いた。 肌には達してなかったため、体に問題は無かったがあそこで迷ってしまっていたら大怪我をしていたに違いなかったぜ………!

 

 腕が上にまで振り切ったところを見計らい、床を一蹴り入れて、にこから離れるために若干な距離を取る。 その直後に、にこは振り上げた包丁を下に振り降ろしていたので、内心冷っとさせられる……!

 

 

「うっひょぉ………マジかよ…………」

 

 

 致命傷を加えさせるには十分なその見事な二段斬りを目の前で見せられたので、焦りが言葉となって口から漏れ出てきた。

 

 

 コイツァやべぇな………あの勢いと躊躇いの無さは、確実に俺を殺そうとしていやがった………! 喧嘩で培った経験と勘が無かったら、即、御陀仏様だったろうよ…………

 

 

 ゆらりゆらりと体を左右に揺らしながらこちらを凝視するにこを見ながら少しぼやく。 実際、マジでヤバかったし、余裕なんてこれっぽっちも存在しなかったんだ。

 

 これは、いつぞやに相手したクソJK狩り野郎どもとはまったくの別もんだぜ………!

 

 

 

 額からにじみ出てくる汗を拭く―――――――

 

 

 

 俺は、若干な希望を抱いてにこに声を掛けてみる――――――

 

 

 

「おい、にこ! 何しやがるんだ!! 危うく怪我するところだったじゃねぇか!!!」

 

 

 少し嫌味を含ませた口調で投げかけてみると、真顔だったその表情に変化が表れ始めた。 口元をニィ…と頬まで薄らと伸ばして笑っているかのように見せる―――――いや、アイツはマジで笑っているんだろう………目元も嬉しそうにしているんだからそうだと言えるのだが………何分、それはアイドルが……それ以前に、女の子が見せちゃいけない表情をしちゃっているから、初見さんは迷っちまうだろうな………

 

 そりゃあ、そうだ。 あんな不気味な表情を見せるヤツなんてヤバイヤツ以外に誰がいるって言うんだよ!って話なんだからよ………

 

 

 すると、にこは話をしてくる――――――

 

 

「あ~ら、残念だわぁ~………あともう少しで、キレイな赤い血が見れると思ったのに、残念だわぁ~♪ 蒼一を苦しめるヤツらには、こうしてやらなくっちゃぁいけないものねぇ~♪」

 

 

………ダメだ………コイツ、目が逝っていやがるッ…………!!

 

 

 キラキラと星のように輝かせていたにこの瞳には、黒く淀んだ何かがひそんでいるみたいで、以前のような輝きなど一つも見えるはずもなかった。 まったく信じられないかもしれないが………ああいう目をするヤツは、何をしたって動揺なんかしないんだぜ………例え、人を殺してもな…………!

 

 

 

「仕方ねぇ………全力で止めさせてもらうぜ、にこ!!」

 

 

 腕を前に構えて、戦闘態勢に入る俺。

 異性と戦うということに引け目とかを感じてしまうが、止むをえまい!

 

 こちらがやらなけりゃぁ………こっちがやられるだけだ…………!

 

 

 

 

 

 ダンッ――――――――!!

 

 

 

 にこがまたしても先制して突撃してくる―――――!

 包丁を後ろから振りかざし、勢いをつけさせて殺傷威力を増させる魂胆だ。 問題は振り降ろしてくるタイミングなのだが――――――

 

 

 

 

 ブンッ―――――――――――!

 

 

 

―――――割と速く来たものだ!

 

 

 俺と2、3歩程度離れた地点で、振りかぶった腕を急速回転させて振り降ろし始める――――まるで、モーターでも取りつけたみたいに早ぇんだわこれが――――――けどな―――――――

 

 

 

 

 ガッ――――――――!

 

 

 

 そんな速さには慣れている俺にとっては、赤子の手を捻るようなもんなんだよ!!

 

 

 俺は振り降ろされたその腕を手首のところから押さえ、もう片方の手で、にこの体を突き飛ばした。

 

 

 

「ぐあっ…………!」

 

 

 突き飛ばされたにこは、背中から床に当たり、1度後転してから倒れる。

 

 やったか―――――?と思ってしまったが、そうでもなく、にこはすぐに立ち上がってしまう。 その様子を見ても、あまり影響はなさそうだなと判断してしまう。

 

 

 何しろ、まずやんなきゃいけねぇのが、あの包丁をどう落とすかだよなぁ………ぬるい手でやっても効果はなさそうだし、かえって本気でやればにこを傷つけてしまうし…………はぁ、こりゃあ面倒だわ…………

 

 

 もう一度、腕を前に構えてにこの突撃に備えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの、明弘?!」

 

 

 殺気で貼り詰められていたその空間に、真姫が顔を出してきた………!

 

 ちょいとばかし、激しくやり過ぎちまったから反応しちまったんだろうな………だが、タイミングが悪すぎなんだよ………! こんな時に、お前が出てきちゃぁよぉ――――!!

 

 

 真姫の声に反応しちまった俺は、視線を一瞬だけ真姫の方にずらしてしまう―――――それが不味かったんだ―――――!

 

 

 

 またもや、ゾッとするような感じが背中に感じると、瞬時に目線をにこに向ける――――そしたら、なんと目の前ににこが―――――――!!!

 

 

 

 ブンッ―――――――!!

 

 

 

 横一文字を描くような漸痕が空を切り裂いた―――!!

 先程までに見た漸撃の中でもとびっきりと言っていいほどのその速さに、出遅れてしまった!

 

 

 

 

 

 シュッ――――――!!!

 

 

 

「あぐっ―――――――――!!!」

 

 

 

 体の反応よりも先に刃先が俺の左の二の腕に到達していたようで、着ていた服もろとも切り裂かれた!

 瞬間的に激痛が走ったが、幸いにも傷は浅かった。 表面の肌が切れた程度だったが、それでも血は流れ出てくるものだ。 現に、腕を伝って指の先にまで血が流れ落ちていやがるんだからよ………!

 

 

 その俺を斬り付けたにこはと言うと、俺の横からすり抜けてそのまま真姫目掛けて走りだしていたのだ!

 

 

「そうはさせるかよッ――――!!!」

 

 

 腕の痛みを噛み締めながらもこの体をにこに近づけようと踏ん張る。 まだ残っている力を合わせてもアイツとの距離を縮ませることに何の問題もなかった。 すぐに、追い付くことが出来たわけだ。

 

 

 

 ガシッ――――――――!

 

 

 

 もう一度、包丁を持つその手首を掴む。 そして、そのままにこの体を引き寄せて、頭部のどこかしらを狙って気絶させるのが目的だった。

 

 

 

 これで終わりだ―――――!!

 

 

 

 確信を抱きつつもう片方の腕がにこの頭部目掛けて突き進むのだった―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――――――?!」

 

 

 

 

 ぴたっ―――――――

 

 

 

 

 

 しかし、その腕はにこの頭部に到達するその手前で止めてしまう――――――

 

 

 

 

 

…………やっちまったなぁ……………

 

 

 

 心の中で自分がしてしまった重大な過ちに一言ぼやいてしまった……………

 

 

 

 

 俺は、腕を到達させる瞬間に見ちまったんだよ―――――

 

 

 

 

 

 にこの―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()をよぉ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 反則じゃねぇか―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 それで俺は、抱いていた戦闘意識を解かしてしまい我に返ってしまったわけさ………

 

 

 

 ばかだなぁ………俺は…………こんな時でも、女を傷つけんのを躊躇うだなんてよ………………

 

 

 

 俺の腕は最後まで、にこの顔に当たることは無かった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 代わりに―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴスッ――――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「がはっ―――――――!!」

 

 

 

 にこの重く圧し掛かるような拳が俺の頭部に直撃してしまったわけだ…………

 

 

 

 

…………情けねぇな……俺…………

 

 

 

 

 

 意識が………とおの…………く…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「明弘ぉ!!!」

 

 

 にこちゃんの攻撃を受けた明弘は、壁に叩きつけられてそのまま動かなくなってしまったわ!

 

 死んでしまった………?! い、いえ……刺された様子もないし、さっきのじゃあ外傷は見られない………気絶した………のかしら………?

 

 と、とにかく、何とかしなくちゃ………でも、どうしたらいいの――――――?!

 

 

 明弘を助けに行こうとしても、目の前にはにこちゃんがいるの………! 到底、近付くことすらできないわ。 今、私に出来ることとしたら、とにかく逃げることしかなかったわ。

 

 

 私はリビングに入って、そこの窓から外に出ようとしたわ。 ちょうど、外に靴を置いていたから逃げ出すことはできそうだった。

 

 

 

 

 

 

 バンッ―――――!!

 

 

 

 

「ッ―――――――?!」

 

 

 背後の扉が勢いよく開かれると、そこからにこちゃんが飛び跳ねるように出てきたの! 一瞬だけ振り向き、その様子を目にした時には、にこちゃんは空中を高らかに跳び、ニヤけた表情を見せながら私に向かって落ちてきたの!

 

 

 

 

 ドッ―――――――!!

 

 

 

「あぁ!!? …………がはっ?!!!」

 

 

 

 落ちてきたにこちゃんの体がそのまま私に当たり、体制を崩してそのまま床にへと倒れてしまったわ。 そこに畳み掛けるように、にこちゃんの体が私の体の上にあったため、私が倒れた衝撃と共にその体重が衝撃となって私の体を痛めつけてきた。

 

 胸と腹の間の鳩尾近くにちょこんと座ると、そこから持っていた包丁を振りかざして私の顔目掛けて降ろしてきたわ!

 

 

 

 

 ドンッ―――――――――――!!

 

 

 

 

「ッ――――――!!!」

 

 

 

 痛ましい音が鳴り響くとともに、その刃先は私の顔に当たらず、その横を僅かに逸れて床に突き刺さった。 間一髪で刺さることは無かったわ。

 

 

 けど、それまでのにこちゃんの一連の動作に私の心臓は強い鼓動を打ち立て、まるでその膜を突き破ってしまうと思ってしまうほどだった。 迫りくる恐怖と目の前にある恐怖がともに私を震え上がらせようとしていたわ。 現に、私の体は怯え、動かしたいのに動けないような状態でいる。 もう既に、私は恐怖に屈服してしまいそうになっていたのよ。

 

 

 

 

 

 だけど………いつまでも、このままではいられなかったわ…………

 

 蒼一に助けられ、明弘にも助けられているのに………私は何をやっているのかしら………? こんなところで燻っているようじゃ、誰も助けることなんかできないじゃないの………!

 

 

 今、私に出来ることを精一杯やらなくちゃ…………!

 

 

 自分の胸を強く叩くように私は気合を入れ直す―――――――

 

 

 もう、逃げたりなんかしない―――――――

 

 

 迷ったり、目を逸らすことはしたくない―――――――!

 

 

 わたしは……私の手でそれを成し遂げたいのよ――――――!!

 

 

 

 

 

 

 気持ちが全身にいきわたった時、体が自由になる。 気持ちが乗った私の体がにこちゃん目掛けていく!

 

 私は、その両手をにこちゃんの包丁を持つ手首に目掛けて掴み出す。 幸い、床に突き刺さった包丁が思ったよりも奥に突き刺さったみたいで、引っこ抜けずにいたらしいの。 それを好機と踏んで私は抑えに出たの。

 

 

 

「放しなさいッ!!!」

 

 

 顔と顔との距離が顔1つ分しかないほど接近した中で、鬼よりも恐ろしい形相で私を睨んでくるにこちゃんが叫ぶ――――――けど、放さなかった。 絶対に放したくなんかなかったから――――――!!

 

 

 だって、にこちゃんは―――――――!

 

 

 

 

 だから、意地でも放すわけにはいかなかったのよ―――――!!!

 

 

 

 今ある力をすべて出し尽くすほどに、腕に全神経を集中させる。 唸るように声をあげて私を威嚇してくるにこちゃんを見つつも、その集中を解くわけにはいかなかった。

 

 解けば、私が死ぬ―――――!

 

 これは私の命を掛けた戦いでもあり、これからは逃れられないものだったよ――――――!

 

 

 奥歯を噛み締めて、その勢いを止めようとした。

 

 

 

 

「いい加減諦めて、にこに()られなさいよ!!!」

 

 

 憎しみを含ませた言葉を私に浴びせてくるにこちゃん…………その言葉が、私をさらに力付けさせる。

 

 

 違う………私の知っている…………私のにこちゃんはそんなことは言わないんだから…………!!

 

 

 絶対ににこちゃんを元通りにしてあげたい……! 私は、その一心でにこちゃんの腕を握り締めたの。 まだ、こんなところで終わりたくなかったもの………!

 

 

 

「にこちゃん!! お願い! 元に戻ってよ!!!」

 

「はぁ?! 何を言っているのかしら?? これが私よ? これが本来の私であり、いつもの私なのよ???」

 

「違うわ………私の知っているにこちゃんはこんなことはしないわ!!」

 

「うるさいわね!! アンタには関係ないでしょ!! 蒼一を独り占めしようだなんてそうはいかないわ! 今からアンタを殺って蒼一をその呪縛から解放してあげるのよ! そして、私が蒼一をたっぷりと癒してあげるの。 私の愛情がたぁ~~~っぷり詰まったこの体で、蒼一を包み込んであげるのよ♪ その邪魔をするのなら……どんなことだってしてあげるわ!」

 

 

 

 不気味な笑みを浮かばせながら邪気に満ちた言葉を羅列させていくにこちゃん。 違う……違うんだから…………! 私はそんなにこちゃんを否定して、立ち向かおうとする。

 

 

 

「違うわ………やっぱり、にこちゃんはいつものにこちゃんじゃないわ。 にこちゃんはそんなことは言わない。 私の知っているにこちゃんはそんな怖い顔なんかしない。 私のにこちゃんはそんなやさしさが一切ないような表情なんてしないんだから!!」

 

「うるさい!! アンタに、私の何が分かるっていうのよ!!」

 

「わかるわよ、それくらい!! 今、にこちゃんが何を思っていることくらい、何を思って行動しているくらい、痛いくらいに分かるんだから!!! だって、私はにこちゃんのことが―――――大好きなんだから!!!」

 

「んなっ??!!!」

 

 

 

 その一言を言い放つと、にこちゃんはその動きを一瞬だけ止めてしまったわ。 動揺したのかしら……? だとしたら、好機なのかもしれなかった。

 

 

 けど――――――

 

 

 

「ふ………ふざけないでよ…………こ、こんな時に………アンタは一体何を言っているのよ…………? わ、私が好きなのは…………そ、蒼一……なんだから…………そ、それ以外の……みゅ、μ’sなんて…………μ’sなんて………………」

 

 

 

 明らかににこちゃんの中で何かが変わろうとしているその瞬間に目を離すことが出来なかったの。

 

 

「そうよ、にこちゃん。 にこちゃんは私と同じ、蒼一が好きなのよ。 そして、μ’sのことも好きなはずよ」

 

「そ、そんなはずは………そんなはずじゃ…………!!」

 

「目を覚ましてよ、にこちゃん! にこちゃんは人を傷つけるような人じゃないでしょ! そんなに自分を苦しませないで!!!」

 

 

 私の呼びかけに、にこちゃんは自分の頭を押さえ付けて唸り始める。 自分との葛藤がにこちゃんの中で繰り広げられているんだわ。 本当の気持ちと偽りの気持ちとのぶつかり合いが繰り広げられている! お願い………負けないで………!

 

 

 私は祈るようににこちゃんが元に戻るようにと願ったの――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 けど――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 にこちゃんはいきなり気が狂ったような叫び声を口にしだしたの!

 

 

「に、にこちゃん………?!」

 

「うるさい!! うるさいうるさいうるさいうるさい………さっきから私の中に入り込んでくるこの忌々しい感じ………邪魔よ!! 消えてしまえ!!!」

 

「ッ―――――!!」

 

 

 常軌を逸していると言っていいほどに、にこちゃんは叫び出した。 私の体の上に乗りながら叫ぶので、その衝撃がじんじんと体に伝わってくる。

 

 

 痛い―――――肉体が痛むとともに、にこちゃんの変わっていく姿を目の当たりにしていくのが私の心に突き刺さっているみたいで痛く感じたわ。 そして、その叫びが狂気に満ちているのにもかかわらず、悲壮な想いを感じてしまうの。

 

 

 

 

 にこちゃん………あなた…………!

 

 

 

 

 

「にこちゃん、目を覚まして!!」

 

 

「うるさい!!!!」

 

 

 私は残る力を振り絞って、にこちゃんの体を揺さぶってみたのだけど………ダメだわ。 私の手を振り払い、持っていた包丁を強く握り締め直したの!

 

 

 そして、その手を高らかに上がる――――――

 

 

 もうダメだと感じた私はその場で目を瞑ってしまった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして私に何も言わないのよ―――――()()()()()――――――」

 

 

 

 

 

 

「えっ……………」

 

 

 

 

 

 

 

 微かに聞こえたにこちゃんの声に反応した私は、薄らと目を開くと――――――――

 

 

 

 

 瞳をにじませて悲しそうな表情をしていたにこちゃんが――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 私目掛けて包丁を降ろした――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――させるかよ」

 

 

 

 

 

「「っ―――――!!!?」」

 

 

 

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 

 もうダメなんだと諦めかけていたその瞬間、私に向かってきた刃先が私に届くことなく動きを止めてしまう。 それだけじゃない、にこちゃんの体もその動きを静止せざるを得なくなったの。

 

 

 

 彼が―――――――

 

 

 

 

 

 明弘が――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 にこちゃんの腕を掴み止めたの―――――――――

 

 

 

 

 

「ッ―――――!! は、放しなさいよ…………!!」

 

 

 力を振り絞るような声でにこちゃんは話すけど、明弘は顔色一つ変えずにその腕を握ったままだった。 よほどの力が掛かっているのだろうか、にこちゃんは暴れるように腕を振るうのに明弘の腕は微動だにしなかったわ。

 

 

 

「だが、断る。 俺はな、にこ………お前がどんな気持ちを抱こうが、蒼一のことが好きになったからって、俺には関係ないことだ………だが、今お前がやろうとしていることとお前の気持ちが相まっていないことに口を挿まずにはいられないんだ………!!」

 

「っ―――――!?」

 

「自分でもわかっているはずだ。 己の中に迷いが生じていることに…………だがっ! 止められないのだろう………その気持ちが………!! なら、今楽にしてやるさ……………」

 

「ふ………ふざけないで………!! 私は………わたしは迷ってなんか………!!」

 

 

 

 

 

 

 

「今は、静かに眠れ――――――――」

 

 

 

 

 

 

 バチッ――――――――――!

 

 

 

 

 

 

 

「うぐっ―――――?!」

 

 

 

 一瞬、何かが炸裂するような音が鳴りだすと、にこちゃんは声をあげ体をのけ反らせたの。 すると、力が抜け落ちたみたいにその体が傾き始め、ぐだっと明弘の体に寄り掛かるように倒れ込んでしまったわ。

 

 

 

 

「真姫………大丈夫か………?」

 

 

 明弘の声で我に返った私はようやく体に掛かっていた緊張を解き、落ち着きを取り戻した。 それから明弘は私の体からにこちゃんをどかして、ソファーの上に横たわらせた。 その様子を見ると、眠るように気絶していたわ。

 

 

「明弘、何をしたの……?!」

 

「見ての通り、気絶させてやったのさ………昨日、花陽が持ってきたスタンガンが置いてあったから使わせてもらったってわけさ…………うっ! いててて………」

 

「だ、大丈夫なの!?」

 

「なぁ~に、こんなもん大したこたぁねぇわ。 そんなことより、真姫の方はどうなのさ? お前さんはどこも怪我なんかしてないのか?」

 

「へ、平気よ………幸いにも、刃が刺さらなかったから怪我をすることは無かったわ………」

 

「そうかぁ………ソイツァよかったわ………」

 

 

 そう言うと、明弘は安堵の表情を見せると少しはにかんでいるようにも見えた。 どうしてそんな表情をするの?と聞いてみようかと思ったのだけど、顔が少し青くなっているように見えたので聞くことを躊躇った。 ぶつけたところがまだ痛むのではないかと心配になったので、これ以上困らせるようなことはしたくないと思ったからよ。

 

 

 それにしても、あの時のにこちゃん…………なんだか―――――――

 

 

 

 

「―――――悲しそうな顔をしていたな」

 

「えっ―――――?」

 

「真姫も感じていたんだろう?」

 

 

 私が言おうとしていたことを、明弘がすっと言葉にし出したの。 私の考えていることがわかったのかしら? 私は言葉にすることなく、そのことを内に秘めた。

 

 

 

「ブッ飛ばされる直前に、アイツ、悲しい顔をしやがっていたんだよ………しかもよ、あの一瞬だけ正気に戻っていたようにも見えたわけよ。 なんと言うかさ………アイツもアイツなりに戦っていたんじゃないかって思っていたのさ…………」

 

「にこちゃんが………?」

 

 

 そう言われると、思い当たるような節があるようにも思えた。

 

 私に包丁を振り降ろそうとした時、一瞬だけにこちゃんが私の名前を呼んだような気がするのよ…………

 

 

 

「にこちゃん、本当はこんなことをしたくなかったんじゃ…………」

 

「だといいかもな………その答えは、元に戻った時にでも聞いてみれば分かるんじゃねぇか?」

 

「元に戻るって…………まだ戻ってないの………?」

 

「さあな。 けど、そういうことはお前さんがよく知ってんじゃないのか? どうすれば元に戻るのかなんてよ?」

 

「あっ…………」

 

 

 明弘のその言葉を耳にした時、ふと、あの人のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 そして、にこちゃんにもやはり必要なのだということに気付かされる―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼一、にこちゃんを助けてあげて――――――――――!

 

 

 

 

【監視番号:34】

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

(ピッ!)

 

 

 

 

『くふふふ…………絵里ちゃんはまだ私の存在に気が付いていないようだね♪』

 

『さすがに、休日のこの時間に私がいるだなんて思ってないだろうね』

 

『蒼くんの連絡を一応全員見たって感じだったし、警戒すること無くこっちにきちゃったのかなぁ?』

 

『うふふふ………残念でした。 私がここにいるんですよ~♪』

 

『絵里ちゃんは~ことりにとっても~蒼くんにとっても危険だと思うの。 だからね………………』

 

 

 

 

 

 

 

『おとなしく消えちゃってくださいね♪』

 

 

 

 

 

(プツン)

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)




ドウモ、うp主です。

今回は主に明弘たちの視点でこの話を進めてみました。


次回は、りんぱなのところになりますね。


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フォルダー3-4

 

 

 全身の毛が逆立つ――――――

 

 

 それは言葉通りのことだ。 色濃い髪の毛から肌に薄らと生えているやわらかな産毛までが、一斉にピンと立ち上がったのだ。 まるで、縫い針のように先が鋭く、金属のように固く立ち上がるのだ。

 

 

 こんなことは初めてだった――――――

 

 

 少し冷っとさせられる程度で生じた時とはまるで別物だった。 その時は、心の奥底では『大丈夫だ』という安心しきっていた部分があったからその程度だった。 自分たちが暴漢に襲われそうになった時にもそのようなことを思っていた。 それまで使っていたこの言葉―――毛が逆立つというのはこれくらいのモノだと彼女は認識していた―――――――

 

 

 

 そう、この時までは――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「は~な~よ~ちゃぁ~ん~?」

 

 

 

 

 その時、彼女はようやくこの言葉の真の意味を知った―――――――

 

 

 

 

 

 

 決して助かることは無いのだという恐怖に向き合うということを――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 ギロリとした目付きと大きく引き裂かれたようなその口は、彼女が彼女であるということを否定しているかのようだった。 ゆらりゆらりと体を左右に揺さぶりながら接近してくる彼女――――――μ’sの発起人にしてリーダーである高坂 穂乃果は、禍々しい姿をして花陽と凛に近づいていた。

 

 

 太陽のような笑顔と、分厚い雲さえも突き破って晴れにしてしまいそうな陽気な声、少しドジでおっちょこちょいであるがやさしい姿を見せてくれるのが彼女の善いところであり、チャームポイントとなっていた。

 

 

 しかし、今の彼女を見てどう思うだろうか?

 

 太陽のような笑顔は、見る者誰しもが震え上がってしまうほどの不気味な形相となり………陽気な声は、燃え盛る炎を一瞬にして凍らせ、氷のオブジェクトとしてしまうような冷酷な声色となり…………やさしさなど一切無くし、代わりに死を司る魔界からの使者のように殺気に満ちていた。

 

 

 これを高坂 穂乃果であると断言できる人はいないだろう………例え、共に学校を守ろうと一緒に活動し続けたメンバーであってもだ――――――――――――

 

 

 

 

「あ………あっ…………あぁ………………」

 

 

 その姿を目の当たりにした花陽は、まさに全身の毛が逆立っていた。 花陽はあまりの恐怖に立ち尽くしてしまう。 逃げ出したいほどに恐ろしい――――だが、体がまったく言うことを聞かなかった。 蛇に睨みつけられた蛙のように体を固めてしまった彼女の表情がさらに青くなりはじめていた。

 

 花陽の手を握りしめていた親友の凛も同じように、立ち尽くしてこの場から動けなくなっていた。

 

 

 2人揃ってどうすることもできない状況に立たされていたのだ。

 

 

 

 そんな無防備な2人に向かって、穂乃果は話し出す。

 

 

 

「あははっ、2人とも面白い顔をしちゃっているよぉ~? どうしちゃったのかなぁ~?? 穂乃果の顔に何か付いちゃっているのかなぁ~?? だとしたら教えてくれないかなぁ~~???」

 

 

 首が取れかかった人形のように頭部を揺らしながら彼女はケタケタと笑いだす。 まるでホラーやスプラッター映画に出てきそうな奇行生物のようだ。 恐ろしいの一言に尽きてしまう。 だが、これはまだ昼すら過ぎていない黒い雲がかかる昼間の出来事だ。 この状況を夜の暗い時にやったとしたら、この何千倍もの恐怖が攻めかかってくることだろう。 世界一のお化け屋敷も諸手を挙げてしまうほどの恐怖体験をしてしまうことだろう。

 

 

 そんな彼女はまだ話す。

 

 

 

「穂乃果ねぇ………ことりちゃんから裏切り者を排除してくれって言われてきたんだけど………あれれ~? 何でだろう………?? 2人の体から蒼君の家の匂いがするよぉ~………??? 特に………花陽ちゃんの体からは、とぉ~~~~っても濃い蒼君の匂いがするんだけど……………どうしてかな???」

 

「ひっ………!!」

 

 

 花陽は言葉を失う。

 穂乃果との距離は数十メートルも離れているのにもかかわらず、彼女から放たれているのかすら怪しい蒼一の匂いをかぎ分けたことに彼女は驚く――――――だが、それが原因ではない。 彼女が昨晩蒼一と一緒に寝ていたことを知られることが恐ろしかったのだ。

 

 ここ数日の穂乃果の様子を見ていた彼女は、蒼一に対するその異常なまでの執着っぷりを目の当たりにしている。 であるからして、彼女は穂乃果よりも何歩も前進した関係を蒼一との間で築いてしまったことを知られてしまえば、ただじゃ済まされないことは百も承知だった。 知られればどうなってしまうかなど、言わずとも知れたことだった。

 

 

 

 

「ふ~ん………なるほどね…………そういうことだったんだぁ……………ことりちゃんが言っていたことは本当だったんだねぇ………………」

 

 

 

 しかし、その目付きをさらに鋭くした穂乃果は何かを悟った――――――

 

 

 それに気が付いた花陽は息が止まりそうになる―――――――

 

 

 

 

 

「花陽ちゃんがぁ…………私たちを裏切ったんだぁ…………へぇ………穂乃果たちをそっち除けにして、自分だけいい思いをしていたんだぁ…………へぇ……………ねぇ、花陽ちゃん…………

 

 

 

 

 

 

 

………蒼君の唇って、どんな感じだった……………???」

 

 

「ッ――――――――――?!!」

 

 

 穂乃果のその言葉に、花陽は心臓が口から飛び出そうになるほど驚愕する―――――!!

 

 なぜ、そのことを知っているのか――――?! 誰にも知られることが無いはずなのに、どうしてそのことを穂乃果が知っているのか、疑問に思いたかった。

 

 

 けれども、それよりも何よりも一番恐ろしかったのが――――――――

 

 

 

 

 

「もう―――――わかってるよね――――――――?」

 

 

 

 穂乃果の全身から解き放たれる殺気がこの閑静な住宅街の道を包み込んでしまうほど強まっていたということだ―――――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かよちん、逃げるにゃ!!!!!」

 

 

 硬直していた彼女を強引に引っ張ったのは、凛だ。

 凛は穂乃果の変化に気が付くと、条件反射の如く逸早く体を動かしたのだった。 動けずにいた花陽を何としてでも穂乃果から遠ざけたかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃さないよ―――――2人とも―――――――♪」

 

 

 

 

 

 彼女との距離を数百メートルも離したところで、彼女は始動する――――――

 

 

 

 

 悪夢のようなリアル鬼ごっこの始まりだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 穂乃果から逃げる2人は全力で走り回った。

 凛に手を引かれていた花陽も自らの力で走りだして路地を駆け回る。

 

 

 走りだしてから、もうすでに数分が経とうとしていた。

 毎朝の練習で鍛えられた彼女たちにかかれば、数分間全力で走り回ると明神からアキバ駅まで行くことが出来るだろう。 2人はそのくらいの距離を走りきったことになる。

 

 

 

 

 しかし、これで終わってなどいなかったのだ。

 

 彼女たちは未だに走り続けているからだ。 特に花陽は息切れが激しくなり、表情にまったく余裕が無くなって今にも倒れてしまいそうな状態だ。

 

 だが、休息などは与えられなかった。 今ここで足を止めてしまえば、永遠の休息を得ることになってしまうのだと知っている彼女は、何が何でも走りだすしかなかったのだ。

 

 

 

 2人の後ろを追いかける彼女が待ち構えているから―――――――

 

 

 

 

 

 

「あはははははは!!!! いつまで追いかけっこが続くのかなぁ!!!??????」

 

 

 狂気に満ちた甲高い声が辺りに鳴り響く。 それが2人に届くと、なお一層足に力を込めて走りだしてしまう。 捕まったら最後なのだという恐怖が彼女たちを焦らせる。

 

 その不用意な力の放出が彼女たちの体力をじわじわと減らしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ―――――!!」

 

「かよちん―――――!!!」

 

 

 力が落ち始めていたその直後、花陽は足を絡ませて転倒してしまう。

 凛はそれに気が付きすぐに花陽のもとに駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 ブンッ――――――――――!!!!!

 

 

 

 

「「ッ――――――――――?!!!」」

 

 

 風を力づくで寸断してしまうような轟音と共に、穂乃果が2人に目掛けて何かを振り降ろした。 だが、間一髪で凛が花陽を抱えて移動したことでそれに当たらずに済んだのだった。

 

 

 

「あ~失敗、失敗……♪ 後もうちょっとで、おいしそうなハムになったのにざぁ~んねん♪」

 

 

 実に愉快な声をあげる穂乃果の手に持っていたのは、包丁―――――あのにこが持っていたのに近い鋭利な包丁を片手にしていたのだった!

 

 そんな物騒なモノをこの数分間の逃走の中でずっと持ち続けていたのだろうか? だとしたら――――いや、そうでなくとも常軌を逸している穂乃果に我々の一般常識など通用することなどありえない。 少なくとも、今の穂乃果ならその包丁を持って細切れにしてしまいそうな勢いである。

 

 

 包丁を目にした2人は腰を抜かしそうになる。 本当に穂乃果が殺そうとしていることに、戦慄するのだ。

 

 

 

「か、かよちん………いくよ!!」

 

 

 凛は立ち上がり、倒れ込んだ花陽を起こして支えながらまた走りだす。 それでも、2人は走らなければならなかった。 そうしなければならなかったからだ。

 

 

 

 再び、鬼ごっこが始まる――――――

 

 

 

 

 

 

 しかし、花陽はもう限界に近付いていた。 先程の転倒で保たれていた力のバランスが崩れたことで、全身から力がドッと流れ落ちた。 息切れもさながらよろよろと走るその姿に、もはや気力があるようには思えなかった。

 

 当然、彼女を支えている凛はすぐにその変化に気が付いた。

 凛は疲れ果てている花陽を何とか支えつつ、穂乃果の魔の手から逃れていた。 けれども、μ’s1の運動神経を持つ凛でさえも花陽を支えながら穂乃果から逃れることなど出来なかった。 広く保っていた距離もジワジワと縮まっていた。

 

 

 

「…………こうなったら………!」

 

 

 2人は1つの路地を曲がった。 その先には、2メートル程はあるだろう壁によって立ち塞がれた行き止まりだった。

 

 この状況に置いて、その自殺行為にも捉えられるような行動に移した凛には1つの考えがあった。

 

 

「かよちん、この壁を登るにゃ!」

 

 

 壁の近くにまで来た凛は、花陽を壁の向こうへ行かせようと図ったのだ。 花陽は、凛の言葉通りに行動し始め、凛に支えられながらその壁をよじ登った。

 

 

「凛ちゃん! 早く!!」

 

 

 花陽は壁の上にまで登ると、その手を凛にさし伸ばした。

 

 

 けれど、凛はその首を横に振った。

 

 

 

「ダメだよ………そうなると、穂乃果ちゃんがすぐに追いついてきちゃうよ。 かよちんだけでも逃げて………」

 

「凛ちゃん………!!」

 

 

 凛が口にした言葉の意味を理解した花陽は叫ぶ。 すると凛は、不器用な笑顔を見せる。

 

 

「かよちんは凛が護るんだよ…………だって、凛はかよちんのことが大好きなんだもん………」

 

「だ、ダメ……!! 凛ちゃんも一緒じゃなきゃイヤだよ!!!」

 

 

 花陽は凛を説得しようとするも、凛は一向に首を縦に振ろうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「友情ごっこはもうその辺でいいんじゃないのかなぁ~?」

 

 

「「!!!」」

 

 

 

 時間は来てしまったようだ。

 

 

 

「かよちん!! 早く行って!!!」

 

 

 凛はそこから数歩前に出て穂乃果に近付こうとする。 出来るだけ時間を稼げるようにとそうしたのだろう。

 

 

 だが、その凛の姿を見てほしい。

 ただでさえ小さいその体が穂乃果を目の前にしてさらに小さく委縮してしまう。 全身が震えており、足なんて立っているのがやっとのようで、簡単に崩れてしまいそうだ。 表情に自信など一切見受けられない。

 

 けれど、何かを覚悟したかのような顔つきで彼女は立っていた。

 大切な人を護りたい――――その一心でこの無謀のようなことをしているのだ。 絶対に逃げたり、負けたりしたくなかった。 大切な親友を自分の力だけで助けることが出来なかったあの日の出来事が今でも歯痒い気持ちでいる。

 

 だからこそ、今ここで大切な親友を護りたかったのだ!

 

 

 

「勇敢だねぇ~凛ちゃんは。 でも、いつまで持つのかなぁ~♪」

 

 

 黒く淀んだ瞳を彼女に向けながら不気味な笑みをこぼす。 手に持つその刃物が禍々しい得物として凛に向けられようとしていた。

 

 花陽はその様子をただ無力に思いながら見つめていたのだった。

 

 

 

「大丈夫だよ、花陽ちゃん。 凛ちゃんが終わったらすぐに同じところに連れて行ってあげるからね♪」

 

 

 殺人鬼さながらな言葉をサラッと言い放つ穂乃果。 この一帯に包まれたおぞましい空気が一気に深まっていく。 凛もその深みへと沈みかけていたのだった。

 

 

 それを感じた穂乃果は勝ち誇ったような表情を見せ、じわりじわりと近付く。

 

 

 

「それじゃあ、サヨナラ―――――凛ちゃん♪」

 

 

 最後の会話をするような言葉を投げ掛け、穂乃果は地面を力強く蹴り飛ばす。

 

 凛もまた迫りくる穂乃果を止めるために全身に力を込める。

 

 

 

 2人の距離は急激に狭まった。

 

 

 一方は、殺気にあふれ刃物を振りかざす穂乃果―――――

 

 もう一方は、決意を持って無防備に構える凛―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運命の一瞬が訪れようとしていた――――――――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バギッ――――――――――――!!!

 

 

 

 

 

 

「「「!!!?」」」

 

 

 

 

 鈍い金属音がこの一帯に響く――――――――

 

 

 

 

 穂乃果の振り降ろした包丁が刃の付け根から折れたのだ!

 刃はそのまま空中を何度も回転してから道端に落ちていった。

 

 

 この場にいる誰もが目を見開き硬直する。 ありえもしないことが現実に起こってしまったのだ、驚愕するのは当然だった。

 

 

 しかし、何よりも驚いたのは――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるのも大概にしろ、穂乃果。 お前は一体、何をやっていやがるんだ………?」

 

 

 

 

 

 凛と穂乃果の間にいつの間にか現れていた蒼一に対してだったのだ―――――!!

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「どうやら、間一髪間に合ったみたいだな…………」

 

 

 凛と穂乃果の間に入りこんだ俺は、双方を見渡した。

 この場に居る3人全員が俺を見て驚きの表情を示しているようだった。 そりゃあそうさ、花陽がよじ登った壁に登ってから飛び出して、突然のように2人の間に入ったのだから驚くに決まっているさ。

 

 

 

「蒼くん!!」「蒼一にぃ!!」

 

 

 凛と花陽の視線が俺に集中されているように感じた。

 さっきまで、怯えていた2人から安堵と希望の表情がうかがえる。

 

 一方で、穂乃果は驚愕したような表情を俺に見せており、未だにこの状況を把握できていないようにも見えたのだ。 まったく、一体何をやっているのやら…………

 

 

 

 そうそう、そう言えばさっき穂乃果の持っていた包丁の刃が折れて飛んでいったみたいだな。 アレはだな、こっちに来る前に希から何か固いものを持って行くようにと言われ、その場で、小さなフライパンを手渡されたのだ。 希曰く、今日の俺のラッキーアイテムなんだとか………半信半疑な気持ちで仕方なく持って行ってみたものの、まさか初っ端から活躍してくれるだなんて思ってもみなかった。

 

 勢いよく振り降ろされた包丁が盾のように構えたフライパン目掛けて吸い込まれていったのだ。 するとどうだろう、フライパンの強度で負けた包丁は根元から折れてしまったのだ。 これにより、穂乃果は唯一の武器を無くしてしまったことになるのだろう。

 

 さすが、ウチのスピリチュアルガールは一味違うようだな。

 

 

 

 

「そう………く………ん……………?」

 

 

 覇気を失った穂乃果は呆然と俺を見続けていた。

 

 しかし、なんて酷いなりだろうか………その顔を見た時、一瞬誰だ?って思っちまうほど酷い表情をしていたから戸惑っちまった。 けど、微かに感じた穂乃果独特の雰囲気が伝わってから、ようやく穂乃果なのだと認識することが出来たのだった。

 

 

 

「お前………一体何をしていやがるんだよ……………」

 

 

 複雑な気持ちを抱えたまま、俺は穂乃果に問いただす。

 今の俺は、穂乃果に対してどんな気持ちで接したらよいかが分からなかった。 変わってしまったことを哀れめば良いのだろうか? 凛たちに対して振りかざした殺意に対して怒ればよいのだろうか? それとも――――――やさしくすればよいのだろうか?

 

 

 沸々と湧き上がるこの気持ちがハッキリとしないまま穂乃果に向けた。

 

 穂乃果はどんな俺の気持ちを汲み取るのだろうか?それが心配で仕方なかった…………

 

 

 

 すると、穂乃果は1歩……また1歩と後退し始めた。 体が震えだしているその様子を見る限りでは怯えてしまっているようにも見えたのだった。

 

 

 

「や……やだよ………そんな怖い顔をしないでよ…………穂乃果は……蒼君のためにやってたんだよ………? だから………穂乃果を褒めてよ………? 穂乃果はいい子だよね…………?」

 

「…………………」

 

 

 

 どうやら………穂乃果には、俺が怒っているように見えてしまっているらしいな。 けど、逆に言えばそれは穂乃果自身にも何か後ろめたいようなモノがあるのだということに気付くことになる。

 

 

「穂乃果………ハッキリ言おう。 今のお前は全然いい子なんかじゃない。 とっても悪い子だ」

 

「ッ―――――!!? そ、そんな…………!!」

 

「お前がやろうとしていたことはなんだ? お前の仲間を消そうとしていたんだぞ? それが本当に正しいことだと思っているのか? 俺が喜ぶと思ったのか?」

 

「だ……だって、そうしないと………蒼君が苦しんじゃうって、ことりちゃんが…………」

 

「誰が苦しむもんか。 もしお前がことりの言葉通りに事を行っていたら、俺は………お前のことを一生軽蔑することになってたぞ………!」

 

「!!!?」

 

 

 穂乃果の表情が段々と余裕が無くなっていくのが見えた。 俺を見ていた瞳は虚ろい始め、赤かった顔色も段々と青白く変化したのだった。 明らかな動揺が見てとれたのだ。

 

 

「………や………イヤ………穂乃果は………穂乃果は蒼君を喜ばせたかっただけなのに………蒼君を助けたかったのに………嫌われちゃったよ…………蒼君に嫌われちゃったよぉ…………う、うわああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 俺の一言が身に沁みたのか、穂乃果は狂い出すように泣き喚く。 穂乃果は穂乃果なりの正しいことをやろうとしていた。 そうやって、俺の気を引こうとしていたこともその言葉から感じ取れた。

 

 だが、俺はそんなことは決して赦さなかった。 例え俺のためだからという名目で、他人を傷つけること―――ましてや、自分の仲間を傷つけることを平気でやってしまうようなことを俺は良しとはしなかった。

 

 だから俺は、穂乃果に対して厳しく接してしまう。 それは、親友であり幼馴染であるが故になお一層厳しくしてしまうのだった。

 

 

 

「蒼君の隣にいていいのは、穂乃果だけだよ……! 蒼君と一緒いることが出来るのは穂乃果だけなんだよ………!! なのに………なのに…………!!」

 

 

 穂乃果は涙でぐちゃぐちゃになった顔で最後に俺を見た。 なんて、悲しい目をするのだをうか………絶望の一途を辿っていくようなその表情に俺は、一瞬だけ釘付けになる。

 

 

 すると、穂乃果は何かを悟ったような表情をしてから俺の前から姿を消した。

 

 

 待て!と言って引き留めたかったのに、追い付くことが出来なかった…………

 

 

 

 

 

 そうして俺は禍根を残すことになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぎゅぅ―――――――――

 

 

 

 俺の背中から抱きしめられるような感触を抱く。 後ろを振り向くと、凛が俺にくっ付いていたのだった。 震えていた足は半ば崩壊しかけており、俺を支えにしてやっとの思いで立っている様子だった。

 

 

 

「………怖かった………怖かったよぉ……………」

 

「よくやったな、凛。 怖かったろ? もう大丈夫だ」

 

 

 凛は大粒の涙を大量に流して泣きだした。 あの穂乃果に対して、勇敢にもたった1人で立ち向かっていったのだ。 そんな無謀にも捉えられるような行為をこの小さな体でやってのけようとして見せたのだ。

 けれど、凛は女の子だ。 恐ろしい光景を前にして身をすくめてしまうこともあったはずだ。 それでも、凛はやってみせようとしたのだ。 俺はそんな凛を誇りに思い、讃えるようにその怯える小さな体を抱きしめてあげたのだった。

 

 

 

 

 

 

「蒼一にぃぃぃぃぃ!!!!」

 

 

 花陽もまた壁から下りてきて俺の体に抱きついてきた。 一番怖い思いをしたのは、やはり花陽だ。 穂乃果からの殺気が花陽に集中していたのだ、怖くないはずもなかった。

 

 俺は花陽の体を抱き寄せ、凛と一緒にその全身を包み込むように抱き締めてあげた。 それで安堵してしたのか、2人の気持ちを押し留めていた感情が一気に崩壊してしまう。 2人はまた大きな声で泣き叫んだ。

 

 俺は2人の顔が見えないかたちで抱きしめていたので、どんな表情をしているのか分からなかった。 けれど、体の芯から伝わってくる気持ちと言うのは、とても穏やかなものだったのだ。

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 2人が泣き止んだその時、1人の訪問者がやってくる。

 

 

 

 

「およ? どうやらうまく言った見たいやな♪」

 

「希………!」

 

 

 ウチのスピリチュアルガール希が俺たちの前に颯爽と現れては、ニッコリと微笑んでみせる。 一体、どこからやってきたのかまったく見当もつかないところなのだが、その不思議な感じによって俺は助けられているのかも知れなかった。

 

 

 

「ふふふ、ウチの言った通り、ラッキーアイテムはよう役に立ったとちゃう?」

 

「おかげさまでな。 ホント、お前には助けられたぜ」

 

「そう言ってもらえると、ウチも嬉しいわ~♪ もっとウチを頼ってもかまわへんのやで? 蒼一をちゃぁ~んと助けてあげるで♪」

 

「そん時はそん時で頼むわ」

 

 

 そう言ってやると、言葉には出さなかったがとってもいい表情で俺を見つめてきたのだった。 そんなに嬉しいのだろうか?と少し疑問にしたくなるのだが、それはそれで置いておくことにしておこう。

 

 

 

「そんなら、ほな行こか?」

 

「ん? どこにだ?」

 

「そんなの決まっとるやん! 蒼一の家やで♪」

 

 

 

 そう不敵な笑顔を見せつけると、希はそのまま歩き始めたのだった。

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

どうにか、花陽と凛を助けることが出来た蒼一はようやく彼女のもとに行きます。


次回もよろしくお願いします


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フォルダー3-5

 

 

[ 音ノ木坂学院内 ]

 

 

 にこが明弘と真姫がいる蒼一の家に行き襲いかかった時と同じ頃、穂乃果は道端で花陽と凛に襲いかかった。 この2つの同時に行われた行動は、すべて彼女の手によって仕組まれ、実行に移されたものだった。

 

 彼女は自身の障害となる者を着実にこの壇上から消し去ろうとしていた。 彼女にとって、彼にまとわりつく者誰しもが邪魔で仕方が無かった。 しかし、彼女の我慢も限界だった。 それ故に、彼女は行動に移してしまったのだ。

 

 

 もはや、後戻りなど出来ない―――――やるからには、徹底的にやるつもりだったのだ。

 

 

 その首謀者である彼女は今、音ノ木坂にいる。

 彼女は自らの手で直接手を下さなければならない人物を目の前にしていた。

 

 確実に消し去らなければならない――――彼女はそう感じていた。

 

 

 

 

「ウフフ………そのままその部屋に入って行ってね………♪」

 

 

 彼女は目標人物(ターゲット)をその瞳に収めると、強い思念を送りだす。 彼女が部屋に仕掛けた罠に目標人物がかかってくれることに期待を置いていたのだ。

 

 

 

ガチャ――――――――

 

 

 

「(キタッ―――――!!)」

 

 

 目標人物(ターゲット)が彼女の思う通りに部屋の中に入っていく。 その様子を見て、彼女の頬がニヤけ落ちる。 それが余程嬉しかったようなのだが、女性がやるには何とも不気味な表情であろうか。 見た者は震えあがって、すぐにその場を立ち去りたくなってしまうたくなるような狂気に満ちた笑み。 ドス黒い思いを含ませたその不気味な表情は目標人物(ターゲット)に向けられ、この次に起こるであろう出来事を心待ちにしていたのだ。

 

 

 

 

 

 ドッ―――――!!ガラガラガラガラガラ!!!!!!!!!

 

 

 

 

「ッ~~~~~♪♪♪」

 

 

 目標人物(ターゲット)が部屋の中に入ってから十秒も経たないうちに、何かが大きく崩れ落ちてしまったかのような大きな音がその部屋の中から聞こえたのだ。 それが彼女の耳に届くと、これ以上に無いというくらいの笑みを見せたのだ。

 

 

 彼女はその状況をこの目で確かめるべく、部屋の中に入る。

 

 

 

 中に入ると、見るも無残に散在された工具や用具の数々が目の前に広がっていた。 その一点だけが少し盛り上がっているようで、まるで、人1人がその中に埋まっているのではないかと思ってしまうものだった。

 

 

 

「………やった…………やった……………やった…………!! あはっ……アハハ………アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!! やったわ!!!!!」

 

 

 彼女は全身をぞくぞくと震えあがらせ叫び出した。 彼女の思い通りに事が進んだことに興奮を隠せないでいるようなのだ。

 

 

「!!」

 

 

 彼女は下の方に目を向けると、赤黒い液体が彼女近くにまで迫っているのが見えた。 彼女は一瞬だけ表情を固めると、すぐに嘲笑うかのような冷淡な叫びを響かせた。

 

 

 

「あ……は………アハハハハハ!!! これで………これで私の計画を邪魔する者はいなくなった!! 真姫ちゃんも花陽ちゃんも、ついでに凛ちゃんも!! みんなみんな私の前からいなくなる!! そして、私のためにいなくなってくれた絵里ちゃん♪ 今、どんな気持ちかな??? いろいろなモノでそのイヤらしい体を弄ばれてどんな気持ちなのかなぁ???? とっても気持ちいいことになっているんだろうね?? 気持ち良すぎちゃって嬉しくなっちゃっているんじゃないかな??? まるで、天にまで昇るような気持ちになっているんだろうね??? あっ、そうだった………もう、昇っている最中なんだっけ?? アハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

 

 ドス黒さを前面に出して、歓喜に沸いている彼女――――――南 ことりはその状況に満足し、愉悦な一時を腹いっぱいにため込むかのように浸り続けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひたっ―――――――ひたっ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 時同じくして、1人の男と3人の女子がこの男の家に向かっていた。

 

 

 男の名は、宗方 蒼一。 今回の一件の渦中の人間である。

 そして、他の3人の女子は、東條 希、小泉 花陽、星空 凛のμ’sメンバーだ。

 

 つい先ほど、希を除いた3人は狂気となった穂乃果と相対していた。 が、蒼一の辛辣な言葉を前に穂乃果は身を引いてしまたのだ。 そして、残った蒼一たちはそのまま彼の家に向かうこととなったのである。

 

 

 

 

「凛ちゃん、ぐっすり寝むっとるなぁ~」

 

「そのようだな、かなり疲れちゃっていたんだろうよ」

 

 

 3人の女子の内の1人、凛は来る途中に疲労で倒れそうになっていた。 それに気が付いた蒼一は彼女を負んぶしてあげると、心地良かったのか良い表情をしてすぐに眠りについたのであった。

 

 

 

 蒼一の家に辿り着くと、そこには明弘が待ち構えていた。

 腕には包帯がしてあり、何かが起こっていたのだということを蒼一たちに知らしめていた。

 

 

「よお、兄弟……そっちは大丈夫そうだったようだな………」

 

「明弘……お前………!」

 

「へへっ、ちょいとばかしヘマしちまっただけさ。 なぁ~に、こんなもんすぐに治るさ。 そんなことより、後ろの凛はどうしたって言うんだ!?」

 

「ん、あぁ……ちょっと、張り切りすぎただけだ。 大丈夫、ケガなんか何一つ付いちゃいないさ」

 

「そうか……ソイツァよかったぜぇ…………」

 

 

 明弘は、ホッと胸をなでおろすと安心した表情を浮かばせた。 明弘の方も真姫が襲われそうになっていたため、凛たちの方にも何かがあったのではないかと心配していたのである。

 

 すると、明弘は蒼一の背中に負んぶされた凛を抱えて始める。 「何をするんだ?」と蒼一が尋ねると、「なぁに、こんなところで寝ていちゃマズイだろ? ちゃんとしたベッドの上で寝かせてやんないといけないだろ?」と言って、そのまま家の中に入り真姫たちが使っている寝室に凛を連れていったのだった。

 

 

 

 

 

 凛をベッドの上に寝かせた際に、「がんばったな、凛」と言ってその頭を撫でてあげ、讃えていたことは、これはまた別の話である――――――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 宗方家・リビング ]

 

 

 明弘がリビングに戻ると、真姫と共に先程まで起こっていたにこの襲来について蒼一たちに話し始めた。 蒼一たちもまた、穂乃果のことを明弘たちに話をした。

 

 どちらも、決して良い話ではない。 逆に、最悪な状況だとも言えるのだ。 彼女たちが本格的に打って出てきたのだ。 特に、穂乃果の場合はその危険性を顕著に現わしていたのだった。 昼間のこの時間帯に、人目を気にすることなく目標に向かって襲いかかっていく様子は尋常ではない。

 

 元々、周りからブッ飛んだ性格であると認知されていた彼女だからだろうか。 そうした行動に移すことが出来るのは、穂乃果の他に誰もいないだろう。 それ故に、ここに集まった者たちは彼女を警戒してしまうのだ。

 

 

 

「なるほど……大方の内容は把握することが出来た。 明弘と真姫は問題なかったのか?」

 

「俺は見ての通り大丈夫さ。 この程度のことでへばってなんかいられねぇからよ!」

 

「私も心配いらないわ。 もう後ろ向きでいるのは嫌なのよ」

 

「そうか……強くなってきたな、真姫」

 

「ふふっ、私なんて蒼一たちと比べたらまだまだよ。 それよりも、にこちゃんを…………」

 

「ああ、そうだったな………」

 

 

 

 真姫のその言葉で、蒼一たちの視線はソファーで眠るにこに集中した。 明弘によって気絶させられて以降、目を覚ます様子は無く、今もこうして穏やかに寝ているわけである。

 

 だが、一旦目を覚ませばどうなることやら………まったく見当もつかないのだ。

 

 

 

「正直に言えば、にこが目を覚ましてしまうことに、ちょいとばかし抵抗があるわ。 にこがまともな状態であるはずがねぇ。 今の状況を見せると、にこは間違いなくここにいる誰かを襲いかかるだろうよ」

 

「そうね、さっきだってにこちゃんは私の姿を見た瞬間、目付きを変えて襲いかかって来たしね。 今じゃ、花陽や希だっているわけだし、そのまま寝かせておいた方がいいと思うわ」

 

「け、けど……それじゃあ、にこちゃんを元に戻してあげることができないと思うよ…………」

 

「そうなんだよな………寝かせたまま元に戻すだなんて、にこの夢枕にでも立って諭すしかないじゃないか…………」

 

 

 話し合いをしていてもまったく埒が明かない。 現状においての最善策は、やはり蒼一の近による説得しかないだろう………ただ、そうなると明弘たちがにこの目に入り、またしても暴走してしまう恐れがあった。

 

 これは行き詰ってしまうかのように思えた。

 

 

 

 

「せや! なんなら、こんなんはどうやろ?」

 

 

 手をポンと叩いて何かを閃いたらしく、希は口を開く。 希が見いだしたその考えに一同は耳を貸したのであった。

 

 

 

 

 そして、希の考えが一同に知れ渡るとすぐに同意し、その考えに従って行動をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 昼から夕刻にまで時間が過ぎた頃―――――――

 

 

 

「う……う~ん………………」

 

 

 それまで、長い眠りについていたにこが目覚めようとしていた。

 

 

「う~ん………ここは……………?」

 

 

 眠たげな目蓋を擦りながら体を起こし、今、何が起こっているのかを把握しようと眠っている脳に働きかけていた。 そして、ぼんやりと視界が明るくなっていくと、にこは一点に焦点を合わせた。

 

 

 

 

 

「おはよう、にこ」

 

「ッ――――!!! そういちぃぃぃ!!!!!」

 

 

 蒼一をその視界の中に取り込むと、すぐさま体をバネのように跳ねさせると彼に向かって飛び込んで行ったのだ。 そのあまりにも急な出来事だったのにもかかわらず、蒼一は飛び込んでくるにこをしっかりと受け止めることをしたのだった。

 

 にこは彼の体を力一杯ぎゅっと抱きしめると、顔を彼の服に埋めて彼自身を感じ始めた。 服から感じる彼の匂いや肌の温もり、それらすべてを感じ取ろうと彼女は出来る限りの手段で彼を知ろうとし始めたのだ。

 

 

「あはっ♪ いいわいいわよ、蒼一! もぉ~、どこに行ってたのよぉ~? にこは蒼一に会いに来たって言うのに、肝心の蒼一がいなかったから、寂しかったのよぉ~?? おかげで、にこの頭の中は蒼一のことでいっぱいになりそうなのよぉ~~~? 体だって蒼一のことを欲しがってて、もう抑えられなくなっちゃっているのよぉ~~~~♪♪♪」

 

 

 顔を真っ赤に染めた彼女の口から、イヤらしい口調で彼のことを誘惑する言葉を掛け始める。 それに、自らの腕でその体を弄くり始めて、溜まった鬱憤を晴らすかのように熱く発情する。 解き放たれた華奢な指先が、衣服越しからその小さな乳房に手を掛け撫でまわし始める。 一撫でするごとに甘い吐息を発し、その先端に付いた固い突起物に手を掛け刺激を与えると電流が走ったように一瞬だけ体を震え上がらせる。 にこはそれを我慢することなく、その場で感じた快楽をそのまま口にして発散させた。

 

 にこの体がカイロのように熱く火照り出すと、熱がこもる乱れた吐息と共に言葉にならない淫らな言葉が口から漏れ始める。 とろんと溶け出したような目元から放たれる視線は彼の真剣な眼差しを捉える。 「もう逃さない」と言わんがばかりに見続ける彼女のアプローチは数秒ごとに激しさを増していこうとしていた。

 

 

 

「そうか、にこは俺に会いに来てくれたのか。 そうだったか、少し留守にさせちまって悪かったな」

 

「そうよぉ~! おかげで、にこは我慢に我慢し続けちゃって、こんな体になっちゃたのよぉ~? もうぉ~責任取ってよねぇ~~???」

 

「そんなこと言わないでくれよ、こっちだって忙しいんだからさ。 先に連絡してくれれば、こっちからにこに会いに行ったんだぜ?」

 

「そうなの!! やぁ~ん♪ 蒼一がそこまでにこのことを思っていてくれていたなんて、にこ感激ぃ~♪ もうにこと蒼一はそれくらい思い合える仲だったってことよね♪♪」

 

「そうなのか? だとしたら、もう連絡を入れる必要はなさそうだな。 お互い、そう感じ合えるのであれば…………な?」

 

「もぉ~~~!!! 蒼一ったらぁ~~~~~♪♪♪」

 

 

 一方的にも思えるにこの言葉に蒼一は冷静に受け答えていた。 いや、それにしても冷静すぎるように思えてしまうだろう。 いくらこの数日の間、様々ないざこざに巻き込まれたからと言ってこんなにも冷静でいられるのは考えられないかもしれない。

 

 

 けれども、それはすべて計画の内であるのだ――――――

 

 

 

 

「そう言えば、蒼一がいない時に邪魔ものがいたんだけどぉ~。 ちょっと、仕留め損ねちゃったのよぉ~。 先に何とかしないといけないわねぇ…………」

 

 

 にこは気絶する前に考えていたことをふと思い出す。 真姫と明弘を排除しようとしていたことをもう一度、彼女の計画の中に打ち込もうとした。

 

 すると、そんなにこを見て何か思ったのか、蒼一は彼女を抱きしめたのだった。 蒼一の温もりがにこに近に伝わり始める。 ただでさえ、にこは体を火照らせているのにも関わらず、蒼一のその行為を嬉しく思ったのか、さらに強く彼の体に抱きつき、湯気が出そうになるくらいに熱くなるのだった。

 

 

「なあ、にこ。 邪魔者って一体誰のことを指しているんだ?」

 

「それは、邪魔者は邪魔者よ! 蒼一をたぶらかそうとする悪女たちをにこが排除しようと……」

 

「何を言っているんだ、にこ。 この家にはそんな人はいないぞ?」

 

「んなっ!? そんなはずはないわよ!! 確かここに、あの女が………」

 

 

 にこの中に留まっていた疑念が再沸しようとすると、蒼一は彼女の唇を指で押さえて話を途切れさせると、こう付け足した。

 

 

 

「今は、俺とにこしかいないだろ? 他のことなんか気にしちゃいけないじゃないか………さあ、俺だけを見な………今の俺には、誰が映っているかな……?」

 

「えっ……? に……こ………よね…………?」

 

「ふふっ、正解♪ よくできました、にこ♪」

 

「ッ~~~~~~~//////////////」

 

 

 彼女の小さな頭の上に手を置いて、やさしく撫でながら明るさまに何かの思惑を感じさせるような台詞を並べる蒼一。

 だが、今のにこにはどうでもいいことだった。

 

 

 蒼一がにこのことだけを見ている―――――

 

 蒼一が誰よりもにこのことを思っている―――――

 

 蒼一の目には、にこしか映っていない―――――

 

 蒼一が私のために―――――――――

 

 

 

 ただそれだけが、にこの脳裏に張り巡らされた思いなのである。 そんな一方的な解釈で固められたその考えは、にこの好感度を極限にまで引き上がらせたのだ。 彼女の気持ちがすべて彼に集中するようになる。 もう彼女の頭の中には彼のこと以外考える余地が無くなってしまったかのようだった。

 

だが、蒼一がここまで跳ねあげたのにはちゃんとした理由があり、この次の行動に移せるように仕向けていたのであった。

 

 

 

 そして、彼は計画を前進させようとする――――――

 

 

 

「なぁ、にこ。 1つお願いがあるのだが…………」

 

「なぁに、蒼一♪ 蒼一のためだったら、にこは何だってしてあげるわ♪ 蒼一が望むのなら、この体だって蒼一の思うようにしちゃってもいいのよ♪ なんなら、私のすべてをアナタに捧げちゃっても構わないわ♪♪♪」

 

 

 にこの従順なるその姿に普通なら言葉を失い掛けそうになるものなのだが、それでも蒼一は冷静にそれを見守っていた。

 

 すると、蒼一はこう言いう。

 

 

 

「今からにこの家に行ってもいいか? こころちゃんたちにも会いに行きたいし………それに、にこのことももう少し知りたいんだ…………」

 

「ッ~~~~~!!!!!!!!!」

 

 

 蒼一のその耳元で囁くような言葉を聞くと、にこはこれまでにないほどの絶頂に達していた。 まさか、蒼一の方から誘ってくるとは思ってもみなかったようだ。 そのためか、彼女はその悦びを隠すことなく天にまで昇るような気持ちにまで駆け上がったのだ。

 

 

「えぇ!! いいわよ、すぐに来る?今すぐなのね!わかったわ、だったらすぐに行きましょう!!この興奮が冷めないうちに早く行きましょう!!!」

 

 

 そう言うと、にこは蒼一の腕を強く引っ張り外へと連れ出す。 どうやら、言葉通りにすぐ彼女の家に向かうつもりのようだ。 嬉しさのあまり我を忘れてしまっているにこは、先程まで脳裏に置いていた疑念の一切を投げ捨ててしまう。 そんな些細な事は、この状況下ではお荷物にしかならないと感じたためなのだろう。 何のためらいもなく、無垢な子供が一心不乱に遊ぼうとするような気持ちで彼と共に行ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このすべては、まさに計画通りだったということも感じることもなく――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 蒼一とにこが家から出ていく様子を見送ると、2階で息を潜めていた4人が顔を出す。

 

 どうやら事が順調に運んで行っている様子に、安堵の吐息が漏れ出す。

 

 

 

「ここまでは順調のようね………」

 

「せやなぁ。 ええ感じに、にこっちをこの家から出すことが出来たんやし、問題は無いと思うで」

 

「しっかし、ここで聞いててもめっちゃクサイ台詞を吐くよなぁ、兄弟のヤツ。 聞いてて背筋がゾッとしちまったぜ………」

 

「えっ? そうかしら? 私は結構いいと思ったわよ♪」

 

「わ、私も……蒼一にぃにあんなこと言われたら嬉しいです♪」

 

 

 明弘が感じていることとは、真逆の反応を見せる真姫と花陽。 こちらは、違った意味で蒼一に毒されているわけで、頬を染めながらも嬉しそうな表情をしていたのであった。 そんな2人に呆れてしまいそうだった。

 

 

「マジか………さすが、ラヴァーズだな、おい。 兄弟のことなら何でもいいって感じじゃんかよ………希はどうなのよさ?」

 

「せやなぁ………ええんとちゃうの? そのおかげでここまで行けたんやし、結果オーライや!」

 

 

 ぐっと親指を立てて、良しとしている希を見て、明弘は少しばかり溜息をこぼしてしまう。 これが価値観の違いってヤツなんだとろうかと、自らの状況と照らし合わせて肩を落としてしまう。

 

 

「まあまあ、明弘もそんな気を落とさんといてもええやん。 いつか、ええ人が見つかるとカードも言っとるよ?」

 

「う、うるさい……! そこ気にしているんだから、突かないでくれよ!!」

 

 

 希からの思いもしない精神攻撃を受けた明弘は、体を大きく傾けてしまいそうになってしまった。 女性に好かれても本気で愛してくれる女性がいない現実にある意味で不満を抱いているので、蒼一が羨ましくて堪らなかったのである。

 そんなジェラシーに感じている部分を突かれると、嫌な顔をしたくなるのは必定であった。

 

 

 

「バカな話は置いておいて……今のところ、希が考えた通りに物事は進んでいるようだけど………本当に大丈夫なのかしら?」

 

「まあまあ、ウチのことを信じてくれてなぁ。 必ずうまく行くって♪」

 

 

 にこやかに希はそう話すが、真姫は少し不安そうな表情を見せてしまう。

 

 今回のこの計画を提案したのは、言うまでもなく希である。

 にこのことをよく知っているからだというところもあったが、希の言うことは当たるという不思議なモノを感じていたので、蒼一は迷うことなく提案に乗ったのだ。 そして、希からにこがどのような行動をしてくるのかをすべて聞き出し、それに受け答えるためのパターンも熟知させたのだった。 それ故に、蒼一はあのように冷静であり、かつ、あのような台詞を吐くことが出来たのである。

 

 

 ただ、その心境はどうなっていたのかは秘密である―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ~………よく寝たにゃぁ~…………」

 

 

 頭をポリポリと掻いて気の抜けた欠伸をしながら凛は彼らの前に姿を現した。 まだ、眠たそうな様子で話しかけてくるので、彼らは張り詰めていた気を緩ませてしまう。

 

 

「おはようさん、凛。 よく寝たようだな」

 

「うん……何だかとってもいい気持ちだったからたくさん寝っちゃったみたい………う~ん………今何時くらいなのぉ………?」

 

「もう、夕方やで凛ちゃん。 昼間からよく寝てもうたから夜になったら元気になってまうんやないかなぁ?」

 

「ええっ?! もう夕方なのぉ!!? 凛、まだまだみんなと一緒にいたかったのにぃ~……!」

 

「………えっとぉ………凛ちゃん……? 私たち、遊ぶために来たわけじゃないんだけど………」

 

「それでも! ちょっとくらい遊んだっていいよね! いいと思うにゃぁ!!」

 

「はぁ~………凛、お前と言うヤツは…………」

 

 

 凛とのこうしたやり取りで頬を緩ませてしまう。 天然なのか、それとも策士か………ここに集まる者たちは満場一意で前者の方を取っていることだろう。

 

 しかし、そうしたところも凛のいいところであると皆知っているのだ。

 

 

「ねぇねぇ! さっきから何の話をしていたの? 教えてよぉ~??」

 

「うぉ?! きゅ、急に抱きつかないでくれよ!! 驚くじゃないか!!」

 

「え~? いいじゃない、別に~。 弘くんだってこういうの嫌いじゃないんでしょ?」

 

「た・し・か・に! 嫌いではないが……嫌いではないが…………!!」

 

「えへへ~♪ だったらこうしてやるにゃぁ~♪♪♪」

 

 

 凛は明弘に抱きついていくと、そのまま自分の頬っぺたを明弘の顔に押し付け始める。 さすがの明弘もいきなりのスキンシップに戸惑いを隠せないでいた。

 

 

「だぁー!! や、やめてくれぇ凛!! そ、それ以上はぁ~~……あぁ、頬っぺたがフニフニしててこれはこれで………」

 

 

 凛と明弘のこうしたやりとりに収集が付かないことを察した3人は、少し呆れた表情を見せつつも、それを和やかな気持ちで眺めていたのだった。

 

 

 

 もしかしたら、この2人はいい感じになりそうじゃない―――――?

 

 

 

 

 ふと、3人の脳裏に過るその思いは果たして現実になるのか?

 

 転がり始める2つのサイコロはどこに向かおうとしているのだろうか?

 

 

 

 まさに、神のみぞ知ることとなりそうだ。

 

 

 

 

(次回へ続く)

 

 




ドウモ、うp主です。

次回もにこの話です。

そして、ことりの…………


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フォルダー3-6

 

「せんせー、一緒に遊びましょうよ~!」

 

「あそぶ~」

 

「たはは………」

 

 

 少し顔を引きつらせながらも俺はこの状況下で2人の子供とじゃれあいをしている。

 

 事の発端は俺がにこに家に行かせてくれと言ったところから始まる。 と言うのも、何故このような台詞を吐いたのには理由がある。

 

 まず、真姫たちから離れさせたかったためだ。 今のにこは必ずと言っていいほど、誰かに襲いかかろうとするに違いなかった。 さっき明弘たちが話していた通りならば、再び襲って来るのは必然のようだったのだ。 そこで、希からの提案として俺がにこの家に行き、何とかするということになった。 そこであれば、さすがのにこも自分の妹たちを攻撃するほどの非道ではないはずだとしてそうしたのである。

 

 次に、にこの心情を探りたかったからだ。 むしろ、こっちが本命であると題打ってもいい。 明弘たちから聞いた話によると、にこに襲われそうになった際に、にこに不可解な様子が見られたのだそうだ。 どうもそれはこれまでのにこの行動事態が本心によるものではないということを意味しているようなのだ。 だとしたら、にこを元に戻す糸口を見つけられるのだと推測している。

 

 それに、にこの心情を探るには一番身近でその様子を見ている者の話も聞いてみたかったからなのだ。

 

 

 

「宗方先生、本日もウチに来て下さりありがとうございます!」

 

「いやいや、いいんだよ。 俺は好きで来ているんだからさ」

 

「そう言ってもらえると嬉しいです! 私もここあたちも大喜びです♪」

 

 

 両手をポンと叩いて嬉しそうな表情を見せてくれるこの少女は、にこの妹のこころちゃんだ。 矢澤家の次女で小学校の高学年になったばかりなのに、その落ち着き様や丁寧な言葉使いを見せるその姿は、大人顔負けにも捉えてしまいそうだ。 多分、にこよりもまともな受け答えが出来るのだろうと、俺の中ではそう確信している。

 

 

「そうだ、こころちゃん。 少し聞きたいことがあるんだけど………」

 

「はい、何でしょうか!」

 

 

 燦々と輝く太陽のような笑顔で聞いてくると、その眩しさに少し目がくらみそうになる。 と言うより、ここ最近、作意のある表情で俺に迫ってくる輩が多かったために、人に警戒心を払い過ぎていたところがあった。 そのため、こうした純粋無垢な表情を見せつけられてしまうと、何だか申し訳ない気持ちにすらなってしまうのだ。

 

 俺は圧倒されまいとして、体制を整えると改めてこころちゃんに聞いてみる。

 

 

「その、実はだな――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾッ―――――――――――!!

 

 

 

 こうした前置きから話を切り出そうとしたのだが、背後から体を震わせるような悪寒を感じ取ってしまう。 後ろを振り向いてみると、包丁を片手に持ったにこの姿が…………!

 

 

「蒼一………何をしているのかしら…………?」

 

 

 瞳のハイライトが消失した様子で、少々ドスの利いた声で話しかけてくるので、内心オドオドし始める。

 

 マズイ……にこから殺気を感じるぞ……! このままにしておけば間違いなく大惨事決定だ! 何とかしてなだめなくては………!

 

 

 俺はこころちゃんに向けていたにこやかな表情を1ミリも崩すことなく、そのままにこの方を見つめる。 もし、こちらが動揺しているのを悟られるとにこのペースに乗せられてしまう、そう希が言っていたこと思い出しながら気持ちを整える。

 

 

 そして、にこに話しかけるのだ。

 

 

 

 

「あぁ、にこ。 今な、こころちゃんからにこのことを聞こうとしていたところなんだよ」

 

「にこのこと? 何なら、にこのことをずっと目を離さないでいたら分かるでしょ……? もしかして、蒼一は私じゃなくってこころのことが気になっていたわけじゃないでしょうね………?」

 

「何を言うんだ、にこ。 俺はにこの事が知りたいって言っただろ? にこのことをたくさん知っているこころちゃんから見て、にこはどんなお姉ちゃんをしているのか聞いてみたかっただけなんだよ」

 

「ふ~ん…………そうなのかしら………? もし違っていたら…………わかるわよね…………?」

 

 

 そう黒みを含ませた言葉を吐くと、持っていた包丁を自分の顔近くにまで持って行き、それを俺に見せ付けるかのように晒した。 感じていた殺気も段々と大きく膨らんでいる様子であったので、この後の言葉に一層気を付けなければならなかった。

 

 

 仕方ない………ここは明弘の言っていたやり方で通して見るか…………

 

 

 

 一旦、一呼吸置くように冷静になると、にこの目の前に立つ。 そして、にこの頬をやさしく撫でるように手を掛けると微笑んで話しかける。

 

 

「そんなことがあるはずないだろ? 今の俺はにこのことしか考えられないんだよ。 にこと一緒に居たい、にこのことをもっと知りたい………にこのすべてを俺は知りたいんだ………だから俺は、こころちゃんから話を聞くんだ。 こころちゃんたちよりもにこの事をもっと知りたいから………いいだろ?」

 

「そ、そういち………!」

 

「それに………今、俺のために料理をつくってくれているんだろ? 嬉しいな、にこの手造りをまた食べられるだなんて、俺は幸せ者だよ。 楽しみにしているよ♪」

 

「ッ~~~~♪ ええ、そうよ! 蒼一のために私の愛情がたぁ~~~っぷりと詰まった料理を作っているところなのよ♪ 待っててね、すぐ作ってあげるわね♪♪♪」

 

 

 頬の辺りを真っ赤に染めながら、にこは嬉しそうに笑った。 俺の切り返しがよほど嬉しかったのか、キッチンに戻っていくと陽気にμ’sの曲を口づさんでいたのだ。 まさか、本当に明弘が言っていたとおりに事が運ぶとは、正直想像もしていなかった。

 

 

 

 ちなみに、俺は明弘からこんなアドバイスをもらっていたのだ――――――

 

 

『いいか兄弟。 不利な状況になった時はな、相手に思いっきり甘えるんだ。 相手を喜ばせられるくらいに、たっぷりと甘えちゃってみろ。 そうすりゃあ、家庭的なにこの母性本能とかがくすぐられて、嬉しくなること間違いなしだぜ!』

 

 

―――――と言った感じの言葉を受けてはいたのだが、実際にやってみると、少々窮屈な面があったりもする。 だが、こちらの心情を気取られないように動揺するなとも言われているから何とも………

 

 

 慣れないことはするもんじゃないよねぇ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぇ~…………」

 

 

 呆けたような声が聞こえたと思ったら、こころちゃんが口をポカンと開けたまま俺の方をじぃっと見つめていた。 あぁ! そうだった、今こころちゃんに聞きたいことがあったんだっけ。 にこのことですっかり忘れそうになるところだったな。

 

 すぐに、こころちゃんの方に顔を向けると、話の続きを始めようとした。

 

 

「すまんすまん、話の途中だったね?」

 

「え? あっ、はい! すみません! 少し驚いてしまったので…………」

 

「いやぁ、話を始め出したのに先に腰を折ってしまったのはこっちなんだから、気にしなくていいんだ」

 

 

 実際のところは、にこが折ったんだけどな………今は言わないでおくか………

 

 

 

「あの………つかぬ事をお聞きしますが………」

 

「ん、何だい?」

 

 

 少し気難しそうな表情を浮かべながらこころちゃんは何か疑問に感じていたことを口にし出した。

 

 

 

 

「宗方先生とお姉様は付き合っていらっしゃるのでしょうか?」

 

「ッ―――――――?!」

 

 

…………まさか、そんなことをド直球で聞いてくるのかぁ……………

 

 

 今のにことのやり取りを見ていて不思議に思っちまったんだろうな………実際、変に思わない方が変だと思ってしまうもんだよな。 こころちゃんの目がとても興味津津な輝きを見せてくるのだけど……少しやり難さと心苦しさも感じてしまう。

 

 それに、気のせいだろうか? キッチンの方で作業をしていたにこの鼻歌がまったく聞こえなくなっているのが………多分、そうなんだろう………にこはこの会話をじっくりと聴き耳立てているのだろう。 今のにこならありえなくもない話だ。

 

 しかし、これはある意味マズイ状況だ。 俺の返しによっては一波乱が巻き起こる可能性も無きにしも非ず、解答に迷いが出てしまいそうだ。

 

 

 だが、これは単純明快なモノを提示するべきだな。 こちらが不利になることも、にこが不快に思わない解答をするのが、ここでの鉄則みたいなものなのだと、明弘も言っている。

 

 

 俺は1つの結論を提示し始める。

 

 

 

「こころちゃんは、俺とにこがそういう関係に見えるのかい?」

 

「はい! 私から見てもお似合いですよ! それに、もしそうなのだとしたら、宗方さんのことをお兄様とお呼びすることが出来るので、嬉しいのです!」

 

「へぇ~、お兄様か………悪くないかもな、そんなら呼ばれるように励まないといけないな」

 

「はい! 頑張ってくださいね♪」

 

 

 YesともNoとも捉えることが出来そうな俺の返答に、こころちゃんは気分が向上しているようだ。

 その純粋無垢な笑顔を向けて言ってくるこころちゃんを見てると、これは本気にしているようだな。 こころちゃんにとっては、家族が増えることは嬉しい事なのかもしれない。 しかし、頑張って下さいとはどういう意味なのだろうかなぁ~? 様々な捉え方を含ませているようで、こちらからはハッキリとした答えは見いだせない。

 

 ただ、にこの鼻歌がまた聞こえ出した様子を見ると、つまりそう言うことなのだろうと考え込んでしまう。 悪意は無いのかもしれないが、頭を痛ませるには十分な材料となるのだ。

 

 

 

 けれど、このことを完全否定すれば何が起こってしまっていたのか…………肝を冷やすようなことになっていたに違いなかったのだ。

 

 

 

 

 

「それで、こころちゃん………さっきの続きなんだが―――――――」

 

 

 焦りを感じてはいたものの、俺は当初の目的を思い出し、こころちゃんからにこのことを聞き出した――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

「はぁ~い、ごはんできたわよ~♪」

 

 

 食卓を取り囲んだ俺を含む矢澤家の前に出されたのは、黒い焦げ目を薄らと敷いたようなハンバーグだ。 実際、こころちゃんら3人はそれを見て目をキラキラと輝かせているのである。 肉独特のいい匂いが部屋中に充満され、深い緊迫感の中に埋めていた俺ですら、空腹であることを思い起こさせ口の中に唾液を溜め込んでしまうほどだ。 お子様向けの定番メニューであり、嫌いである子供はまずいないと言っても過言ではない。

 

 

 

「蒼一は、こっちだからね~♪ ちゃ~んとよく味わってね♪」

 

 

 こころちゃんたちに向けられた言葉よりも、さらに9割増しされたかのような嬉しそうな声で俺にも()()を出された。 こころちゃんたちと比べて少し大きめな感じだ。 どうやら……というよりも、俺も一緒に食べることを強制させられていたようだ。 自分でこの家に行きたいと言ったのだから最後まで付き合わなければならない。 にこの現状を含まないモノであれば、こんなにも悩まずにいられたのにと誰にも分からない程度の溜息をついてしまう。

 

 

「それじゃあ、いただきます♪」

 

『いただきます!!!』

 

 

 全員の掛け声を合図に目の前に料理に箸をつけ始める。 やわらかい――――箸を入れただけですぐに固まった肉がほろほろと割けて口に入れやすい大きさに小分けすることが出来る。 箸に摘まれた肉一切れを口の中に放る。

 

 

 うん、うまい――――――

 

 

 肉々しいくらいの肉だ。 しっかりとした肉の旨味と味調整のための塩加減が出来ていて、子供でも気軽に食べられるやさしい味だ。 さすが、にこだな以前来た時と変わらない味なのだなと感心してしまう。 思わず、2度3度と箸が動いてしまうのだ。

 初めは何かが含まれていたりするのではないかと、一瞬だけ考え込んでしまいそうになった。 だが、それだとこころちゃんたちにも害を及ぼしてしまう恐れがあるから、それは無いだろうと踏んでいた。 だから、こうして安心して口にすることが出来るのだ。

 

 

 

「どう、蒼一。 おいしくできているかしら?」

 

「ああ、いい味に仕上がっているぞ、にこ。 さすがとしか言いようがない」

 

「そう! よかったわ、蒼一のために愛情をたっぷり込めて作ったのよ! たぁ~んと召し上がれ♪」

 

 

 満面の笑みで食べることを勧めるにこ。 しかし、その笑顔は俺の知っているような顔ではない。 もっと、心のこもったような笑顔を見せてくれるのがにこのいいところだった。 だが、今のにこは何かが覆いかぶさって本来のにこがどこかへ消えてしまったかのように見えるのだ。

 

 傍から見れば、紛れもなくスクールアイドルらしい屈託の無い表情を前面に見せる可愛い女の子であると思って嬉しくなるだろう。 けれど、俺からだと性格が一変し、真姫や明弘を襲った人物としてでしか見ることが出来ないでいる。 そして、どうやって元に戻したらよいのだろうかと模索し続けているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ん? にこ、その指…………」

 

 

 ふと、にこの姿を見ながら食べていると、左人差し指の先に、白くテープのようなもので巻かれたようなのが付いていた。 あれは一体どうしたのだろうかと疑問に思う。

 

 

 

 

 

 

「これ? あぁ、これは蒼一に満足してもらえるように私の愛情を入れたのよ♪ これはそのあとよ♪」

 

「愛情って………まさか…………!!」

 

 

 

 ゾクッとさせられるような緊張が走ると、動かしていた箸が止まってしまった。 一瞬、脳裏に過ったのは想像もしたくもないドロッとした生臭いあの液体だ。

 

 

 

 

 

 

 

 すると、にこはゆっくりと体を近づかせ、俺の耳元に息を吹きかけるように囁く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは……にこのとびっきりの血を入れてあげたわ…………どう? これでにこの一部が蒼一の中に入っていったのよ。 ふふふ……これで私と蒼一は一体となったのよ………もう想像しただけで、ゾクゾクしちゃうわ……♪」

 

 

「ッ――――――!!!」

 

 

 その言葉を聞いた刹那、全身が凍りつくような悪寒を感じずにはいられなかった。 今、口にしていたモノの中に、にこの血が含まれているのだと想像してしまうと吐き気を催してくる。 そのため、胃の中に収まりかけたモノたちが外へ外へと押し戻し始めようとしていた。

 

 というか、こころちゃんたちにも同じようなモノが………!!

 

 

 

「うふふ、安心して。 こころたちには普通のハンバーグをあげているわ。 そ・の・か・わ・り・に♪ 蒼一のには、じっくりと作ったにこの愛情たっぷりのスペシャルにしたのよ♪ しっかりと、にこの愛を味わってね♪」

 

 

 先ほどと同じように、にこは耳元で囁いて俺にしか聞こえないボリュームで話しかける。

 

 安心だと……? 安心など出来るはずがない。 人の血を口に含んで味わうなど快く思うはずもないだろう。 むしろ、今すぐにここから立ち去りたいくらいだ……!

 

 しかし、状況が状況だ。 今ここで立ち去るような行動をとってしまえば、にこの機嫌は悪くなることだろう。 そうなれば、同じテーブルの上にいるこころちゃんたちにも影響が出てしまうかもしれない……! どの道、俺はここに来た瞬間から多大なリスクを背負ってしまっているのだ、こればかりは苦汁を舐める気持ちで挑まなければならないのだ………!

 

 

 

「あら、蒼一………箸が止まっているわよ………? にこの作った料理……おいしくなかったの………?」

 

「い、いや……別に何でもないさ………ちょっと、深く味わっているだけなのさ…………」

 

「いやぁ~ん♪ 蒼一ったら、そんなににこのことを味わってくれるだなんて感激ぃ~♪」

 

 

 どこからともなく流れ出てくる汗を垂らしつつ、俺はこの料理を凝視する。 どうしたらよいのだろうか……食欲が一気に失われたこの一時、まだ半分以上も残っているこの晩餐(にこの料理)をどう平らげようかと息を呑む。

 

 一向に収まらない吐き気を抑えることで一杯だった俺に、この重くなった箸を手にして食そうなど出来そうもなかった。

 

 

 

 

「あ――っ! そうだったわね、これじゃあ、蒼一も食べにくいわよね? 仕方ないわ、私が食べさせてあげるわ♪」

 

 

 いかにも、待ってました!みたいなわざとらしい表情を浮かべると、自分の箸で俺の皿に置かれた()()を嬉しそうに摘み、「あ~ん♪」と言いながら俺の口元に近付けてきた……!

 

 ぐっ……?! な、何を言い出すかと思えば、にこが直接、俺の口の中にコレを入れ込ませるというのか?! じょ、冗談ではない……!! そんなことをすれば、すぐに吐き出してしまう……!!

 

 体をギリギリと締め付けられるようなこの緊迫した状況の中で、さらに俺を追い込ませるようなことを立て続けにしてくる……!! だめだ、体が拒絶反応を起こし始めているッ………!!

 

 

 

「まさか………にこが直接、蒼一のために御奉仕してあげているのに、それに応えないつもりなのかしら………?」

 

 

 そんな俺の様子に何かを感じたのか、にこは俺に脅迫を掛けるような勢いで聞いてくる。 徐々に、威圧的な態度が表に出てくるのを感じた俺は、腹をくくってこのおぞましい料理を口にする。

 

 

 

「うふふ………♪ どうかしら、にこの味は………?」

 

「………あ、あぁ………と、とってもおいしいぞ……………」

 

「いやぁ~ん!! ()()()()()()()()()()()()()♪ 嬉しいわ~~~!!!!」

 

 

 さっきから、この料理のことをまるでにこ自身のように段々と言い変えていく様子を見ると、もはや狂気にしか見えない。 にこがそんな恐ろしいことを言うので、俺の口の中に入っている肉が、にこの肉なのではないかと錯覚すら起こしてしまうほど、俺の精神も蝕まれてくる。

 

 

 

「さぁ、まだまだたくさんあるからちゃんと味わってね♡」

 

 

 

 

 

 それからというモノ、にこは皿に置かれたすべての食材、掛けられていたソース一滴ですらも残さないようにすくい上げて俺の口の中に無理矢理入れ込む。 食物が口の中に入る度に、俺に感想を聞いてきては、それを聞いて発狂するように嬉しそうな声をあげるのだ。

 正直、このやり取りは体と共に精神をグチャグチャに壊してしまうかのような拷問のように思えた。 口に入ってくるモノは、それまでおいしいと感じられていたのに、まったく味のしないナニかを口にしているようで嫌だった。

 

 

 ただ、唯一感じた味は――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 血生臭い、腐った鉄のような味だった――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それだのに、その様子をずっと見ていたにこの3人の姉妹たちは、目を輝かせてまるで何か美しいものでも見ているかのような視線をこちらに向けていたのだ…………

 

 

 

 この子たちには、俺とにこが本当に付き合っているかのように見えたのかもしれない………

 

 

 この子たちには、真実を伝えるわけにはいかないのだ…………

 

 

 

 ただ、そう願うほかなかった……………

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

今回は、にこのことだけしか書くことができませんでした。

ことりは……次回以降に持ち越しです………


次回もよろしくお願いします。


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フォルダー3-7

 

[ 矢澤家 ]

 

 

 

 

 こころちゃんたち3人が眠りに落ちてしまうほど、夜が更け始める頃―――――

 

 

 俺は未だに、ここ矢澤家に居座っていたままだった。

 

 

 

 自分の身が危うくなりつつあるのに、何故にそこに留まっているのか―――――?

 

 

 正直な話を言えば、この時間帯に至る途中途中でここから立ち去ることが出来る隙間は存在していた。 その僅かに生じた瞬間を活用すればよかったものの、そのことに俺はまったく見向きもしないで、ただ時を待っていたのだ。

 

 

 そう、俺はここで……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 にこと決着を付けるのだ……………!

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「そ~いち~………♪」

 

 

 しっとりと体にまとわりつくような声で俺の名を呼ぶにこ。

 その声の性質と同じように、にこは俺の背後に差し迫っては、細く小さな体を持って俺の背中に覆い被さった。

 

 

 

「ようやく、2人っきりの時間になれたわね………♪」

 

 

 ふふっ、と小悪魔のような笑みをこぼすと、背後から俺の顔を触れる。 白く透き通るような肌の色、その手と腕が俺の顔に触れると、肌の滑らかな質感がよく伝わってくる。 真姫や花陽の肌に触れた時とは違ったその感触は、また新たな魅力を肌で感じさせようとしているかのようだ。

 

 

 だが、そんな魅力ですら今の俺には動じることが無かった。

 

 代わりに伝わってくるのは、俺しか見えていないその盲目な心と、我がモノにしようと画策しようとする感情などが混ぜ合わさって俺に伝わってくるのだ。 そのため、俺に絡みつくように触れるにこの細い腕が人類最初の誘惑を起こした悪魔の蛇のように思えて仕方が無かったのだ。

 

 そして、耳元で囁く熱のこもった吐息――――その1つ1つの吐息が俺の神経を敏感に反応させるのだ………!

 

 

 

「はぁ――――はぁ――――こんなに……蒼一を近くでっ………感じていられるだなんて………! はぁ――――はぁ―――――! 幸せよ………幸せの最骨頂にいるようだわっ……!!!」

 

 

 にこの呼吸が荒々しくなりはじめると、その体の動きも激しさを増させる。

 

 俺の髪の中に顔を突っ込ませているのだろうか? 鼻で吸う音が聞こえてくると言うことは嗅いでいるのか……?

 

 思わず汗が噴き出してくる。

 

 すぅーっと顔から首筋に垂れてくるその汗が、胴体に辿り着く前に温かく湿った何かによって拭きとられる………

 

 

 

………舌か……?!

 

 

 

 拭きとったんじゃなく舌で舐めとったと言うのか……!! それも一回だけじゃない、流れてきたところを何度も何度も舐め始める。

 

 

 まるで犬のようだ………匂いを嗅ぐと言い、舌で舐めると言い……その動作そのものが犬のように思えるのだ。

 

 

「あなたの匂いをもっと私に嗅がせて………あぁっ!!いい……いいわ………いいわよ……!堪らないわ、この感じ。力強い刺激的なこの匂いが私をキュンキュンさせるわ……!それに………この味……ん~、少ししょっぱい……けど、それがいいのよ。なんていい味なのかしら……男なんだからこれくらいの味でないと私を満足なんかな出来やしないんだから♪ そ・し・て………♡」

 

 

 にこの腕が動き出す。 それまで、俺の顔を散々舐めるように弄くり回していたその腕を、今度は服と肌とに僅かに空いたの隙間に入れ込み、俺の肉体を胸部から撫で回し、弄くり始める……!!

 

 

「あぁ………ああぁ………はあぁぁぁん!!なんて……なんていい体なの!!この手が肌に触れた瞬間、私の中に熱くほとばしるモノがあふれ出てきたわ!!蒼一の引き締まるような筋肉を手にしただけで、もうにこはメロメロよ♪やっぱり、いい体だわ!にこ好みの素晴らしい体よ!もっと、もっと私に感じさせて頂戴ッ!!!」

 

 

 恐ろしいほどに激しくなるにこの興奮状態は、その声さえも抑えきれないほどに沸騰した。 それを囚われながら見ている俺ですらこれをどうしたらよいのかと、肝を冷やしてしまう。 ここまで我を忘れ、欲望を垂れ流しているにこを見たのは初めてだ。

 

 

 顔はここからでは見ることはできない、だが、彼女から感じ取れるモノはμ’sでいる時とは、まったくの別人であり、面影など微塵の無いものなのだと言うことがよく分かるのだ。

 

 

 

 

 

 そして、にこにそうさせてしまっているのが俺なのだと言うことに、自分の胸を苦しく責め立ててしまうのだ………!!

 

 

 

 

 

 

 

 もう、我慢が限界に来ていた―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はにこの伸ばすその腕を掴み、その行動を静止させる。

 このような状態になっても、にこ自身が持つ力は左程と言っていいくらいに弱かった。 その体相応の体力であったことで、俺はすぐに止めることが出来たのだ。

 

 

「にこ………もう止めるんだ……………こんなことをするのは、お前らしくないぞ………」

 

「私らしくないですって……?アハハ、何を言っているのかしら蒼一。私がにこよ?アナタのすぐ隣に居るこの私こそにこであって、本当の姿なのよ?これが本来の私なのよ!」

 

 

 まったく臆することなく俺の言葉を絶ち切ったにこの言葉には、かなりの自信を感じ取った。 腹から出る言葉で俺の聴覚を刺激するのだが、それのどこまでが本心なのかまではハッキリとすることはできなかった。

 

 

 

「違うな……俺の知っているにこはこんなヤツじゃない………」

 

「だから、何を言っているの?………私のことを感じてみて?ほら、分かるでしょ?蒼一が触れているのは、私。アナタのことを誰よりも愛して止まないアナタが愛しているにこなのよ!」

 

 

 飛び付くような速さで、もう片方の手で俺の手を掴むにこ。

 そうしたことにより、ようやくにこの表情を見てとることが出来た…………

 

 

 

 だが、その表情を見るやいなや、俺は顔をしかめてしまう。 俺の思った通りの表情だ、今のにこは俺の知っているにこではなかった………光を失い薄暗く濁りきったその目で辺りを見渡し、笑っているのかすら怪しい薄気味悪い表情を浮かべているのだ。 こんな酷い醜態を人前で見せるようなことをにこは絶対にしない………

 

 その変わり果ててしまった姿に思わず、心がギュッと締め付けられるような苦しみが走ったのだった。

 

 

 

「やっぱり違うな。 お前の顔を見て確信したよ、お前は俺の知っているにこじゃないし、俺の好きなにこでもない………まったくの別もんだ………」

 

「なっ………?!」

 

「俺の知っているにこは、μ’sの誰よりも他人思いでやさしく気配りが出来、好きなモノに対する強い信念を持っているみんなに愛されるようなすごいヤツだ………だが、俺の目の前に居るのは何だ? 自己中心的になり周りのことがまったく見えなくなっちまって、自分の気に入らないヤツに対して刃を向けようとする。 挙句の果てには、自分の信念である『みんなを笑顔にする』ということすらも曲げてしまうようなヤツを俺はにことは呼ばない…………」

 

「!!!」

 

 

 俺の言葉が突き刺さったのだろうか、にこは目を見開いたまま体を硬直させた。

 そして、掴んでいるその手を放すとゆらゆらと体を揺らしながら後ろへ後退し台所の近くにまで下がった。 先程まで見せていた覇気は空前の灯のように思えた。

 

 

 

 

「にこ、お前は何のためにμ’sに入ったんだ? お前の信念であるみんなを笑顔にすること、そして、アイドルになることを夢見て入ってきたことを忘れたか? お前はそんなんでいいのかよ? お前の信念って言うのはそれっぽっちのモノだったのかよ!!!」

 

 

 

「う、うるさいっ!!!」

 

 

 

 投げつけられた癪にさわる言葉に怒りを感じたのか、にこは怒鳴り散らす! 思わず体をぶるっと震わせてしまうほどの声に目を細める。

 

 すると、にこは頭に手を押しつけるようにして俺の方に目を向け始める。 曇っていた瞳に新たな感情が芽生え始めたようだ。 それは穂乃果と対峙した時と同じような感じが………

 

 

 

「さっきからゴチャゴチャとうるさいことを散々並べ立てて………鬱陶しいのよ!!信念?アイドル?そんなの関係ないわ………μ’s?あぁ………あんなのどうでもいいわ…………今の私には蒼一がいればいいの、蒼一だけがいてくれたら私はそれでいいの。蒼一が私のすべてなの……誰にも渡さないわ……もし私の邪魔をするなら………この手で消してあげるわ…………」

 

 

 

 にこは台所の方に手を伸ばすと、おもむろに包丁を取り出す。 鋭く研がれた切れ味が良さそうな包丁を手にしたにこは、その先を俺に向け始める。

 

 強烈な殺気を感じ始める―――――

 

 

「にこ…………」

 

「誰にも邪魔はさせない………誰にも………誰にも…………!」

 

 

 包丁を手にしながら、にこは自分に暗示を掛けるかのように何度も同じような言葉を発する。

 

 だが、それはあまりにもおかしな光景にもとれるのだ。 殺気を発していながらも何故かそれを俺に向け無いのだ。 では、何故包丁など手にしたのだ? それを持って俺を脅迫するのか刺しに来るのではなかったのだろうか? それとも、また真姫たちのところに行こうとしていたのだろうか?

 

 

 いや、そうでもないのかもしれないようだ――――――

 

 

 俺はにこの姿を凝視する。 すると、よく見れば、手にしていた包丁が小刻みに揺れているのだ。 それに、俺に向けられていた視線も、まるでピントがずれたかのようにおぼろげになっている。 明らかに何かに動揺しているように捉えることが出来るのだ。 これは何かの兆しなのだろうかと、眉間にしわを寄せた。

 

 

 

 いや、待てよ………確か、真姫が―――――――――!

 

 

 

 戸棚に仕舞われていた書籍を取り出すかのように、真姫がにこに襲われた際に何かに動揺していたと言う記憶を思い起こした。 同時に明弘も同じようなことを話していたことを考えると、にこの中で何かが生じているのではないかと推測した。だとしたら、真姫たちが言っていたことと、こころちゃんがさっき言っていたこととの辻褄が合う。

 

 

 少しばかり、揺らして見るか?

 

 

 

「………もう止めるんだ。そんなのは、お前には似合わない………人から笑顔を奪うような行動なんて、お前には似合わないさ…………」

 

「う、うるさいうるさい………! 蒼一に何が分かるっていうのよ!」

 

「わからねぇな……確かに、そこはお前の言う通りかもしれない。 けど、ただ分からないからってそのままにしておくのは俺の性に合わないのさ。 ましてや、お前みたいなヤツはな」

 

「ッ―――――!?」

 

 

 俺は一歩前に近づく。

 

 その一歩を踏み出しただけで、にこはまた動揺を示し始める。

 

 

 

「来ないで………来ないでよ…………来たらこれを投げるわよ………!!」

 

 

 また一歩前に踏み出すと、にこは悪あがきでもするかのように握る包丁を投げようと振りかぶる。 脅しか、それとも本気なのか………いずれになるのか、今のにこからは見てとることはできない。 けれど、例えどちらであろうと俺の気持ちは変わることはないだろう。

 

 俺はまた大きく前に踏み出す。

 

 

 

「投げられるなら投げてみやがれ………! 俺は………それを全力で受け止めてやる………!!」

 

「ッ―――――!!」

 

 

 諸手を広げて豪語すると、にこの動揺はピークに到達しそうになる。

 にこの体全体から殺気が抜け落ち、どこに向ければ良いのか分からない気持ちを中空に浮遊させているような迷いが生じているように思えた。

 

 

 

 あともうちょっとで、にこに辿り着く―――――!

 

 

 

 この必然が生み出した情景を無駄にさせないために、俺は最後の踏み込みをしようとする…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラっ―――――――――

 

 

 

 

 すると、どういうことだろうか…………俺の背後で閉じていたはずの襖が開いた。 それは同時に俺の集中をそちらに向けざるをえなくなったのだ………!

 

 

 

 

 

「う~ん………おねぇ………さま……………?」

 

 

 

 襖から顔を出したのは、目元を擦りながら眠たそうなしぐさを見せるこころちゃんだ。 俺たちの声がよほど響いたのか、眠っていた彼女を起こさせてしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ッ――――――――――!!!?

 

 

 

 その刹那、その僅かな間に先程と同じくらいの強烈な殺気が一閃を駆け抜けた。

 

 まさかっ!!と血相を欠いてにこの方を見ると…………

 

 

 

 

 

 

 あろうことに、振りかざしていた腕がこちらに向けて伸びているではないか………!

 

 

 

 それに…………握られていた包丁は……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………中空で勢いよくまわり続けてこちらに向かって来ているのだ……………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………それも、こころちゃんに向かっていたのだった…………………!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ―――――――?!!」

 

 

 あのバカッ!!! あまりにも唐突なことに驚いてその衝動で腕を振りかぶったと言うのか………! なんて愚かなことをしやがるッ―――――――――!!!!

 

 

 

 中空を勢いよく回りだす包丁はそのまま真っ直ぐに目標に向かって行こうとしていた。 目標となる当の本人は気付いていないし、投げた張本人は今になってその過ちに気が付いているかのようだった………!!

 

 

 

 

 くっ…………! このバカがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は全身に力を込め始めると、そのすべてを足の俊敏性に集中させる。 あの刃が到達する前に何とかしてやらねばならないのだから………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ならば、この運命―――――――変えさせてもらう!!!!!

 

 

 

 

 

 

 俺は願いを込めながらこの無茶な行動に出るのだった―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グサッ――――――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深紅の鮮血が服を染めていく―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)




ドウモ、うp主です。


今週中にこの話に決着が付きそうな気がします(曖昧)



次回もよろしくお願いします。


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フォルダー3-8

 

 

 

 

 

 

 

 グサッ――――――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 にこの手から放たれた包丁は、そのまま左肩近くに突き刺さる。

 

 肉体を深くえぐるように入っていったその傷からは深紅の鮮血が流れ出し、着ていた服を染めていく。

 

 

 ここ最近では、1番とも言えるような激痛―――――電流が走るような痺れる痛みではない。 ガツンと来るような激しい痛みは、一瞬、全身の毛を逆立たせるほどの衝撃だった。

 

 

 痛い――――!!

 

 

 この程度の感覚ではない、悶え苦しんでしまうほどの痛みでそんな軟な言葉では表現しきれないほどだったのだ。 顔をしかめる。 流れ出てくる血を抑えるように傷口を手で押さえるが、流れは留まることを知らなかった。

 

 

 

 踏ん張れ………この状況だけは何とかやり過ごしたいのだ…………!

 

 

 強い意志を持って体にそう念じ始める。 心なしか、出血量が減っているのを感じる。 俺の能力が機能しているのだろう、刺さった時ほどの痛みが引き始めているようにも感じられた。

 

 

 

 よし、これならば…………!

 

 

 

 そう確信を得ると、俺は……………

 

 

 

 

 前後に立ち尽くす、2人の姉妹のために動き始める―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 包丁が俺に突き刺さった瞬間、にこはそれを見て立ちすくんでしまう。 自らが犯してしまった過ちに気が付いたのだろう、薄ら赤かった顔から血の気が失せ、目を見開かせながらまるで死人のような青白い顔を見せる。 その口からは、言葉にならない声が次々と漏れ出てくるのだが、決して会話として、にこ自身の気持ちとして表現されるものではなかった。

 

 

 実質、呆然状態のにこと対極方向でこの場を見ている少女、こころちゃんは両手で口を抑えながら驚きの表情を見せていた。 ただ、この場の全体像を掴みきれていなかったことや、まだ押さなかったということもあり、にこほどの恐怖は感じてなどいなかった。

 

 

 

 

「ど、ど、どうしたんですか宗方先生!! そ、その刺さっているモノは…………!!」

 

 

 声を震わせて、わずかに怯えたような声で聞いてくるこころちゃん。 俺は痛みを堪えながら語りだす。

 

 

「あ……あぁ………こころちゃん…………だ、大丈夫だよこれくらい。 平気平気なんだよ………」

 

「だ、大丈夫な訳ないです!! そ、その流れているのは………もしかしなくても、血ですよね……!! は、は、早く治さないと………」

 

 

 じわじわと慌てふためき始めるこころちゃん。 この一瞬で、何かを感じ始めたのだろう、その顔に曇りが生じ始めようとしていた。

 

 そんな彼女を心配させまいと、俺は緩んだ表情で応える。

 

 

「大丈夫なんだよ、こころちゃん………これはね、ただの演出なんだよ」

 

「えん………しゅつ…………?」

 

「そうなんだよ。 これはね、俺たちμ’sで行おうとしている手品で見せる演出なんだよ」

 

「そう………なんですか………?」

 

「そうだよ。 それに、この血は本物じゃなくって、ケチャップを使ってそう見せているだけなんだ。 だから、心配しなくたっていいんだよ」

 

「そうだったのですか………それなら安心しました…………」

 

 

 ホッと、胸をなでおろすように安堵の声を出すと、こころちゃんの緊張は解けたように感じた。 そして、俺は血が付いていない肩腕で、こころちゃんの頭を撫でて言う。

 

 

「ほら、こころちゃんはもう寝なさい。 明日は学校があるんだろ? そのためにも、早く寝て体力を付けないといけないよ」

 

「あっ……! そうでした、忘れるところでした………!」

 

「ふふっ、そうか。 それじゃあ、夜更かしする前に寝ないとね。 俺とにこはまだまだ練習しなくちゃいけないからまだ起きているからね」

 

「はい、分かりました! 宗方さんもお姉さまもあまりご無理をしないでくださいね」

 

 

 

 そう言うと、こころちゃんは襖を閉じて寝入ったのだった。

 

 

 

 

 

 ふぅ………なんとかやり過ごしたか……………

 

 

 

 こちらも一旦、胸を撫でおろし安堵の声を漏らす。 明らかな嘘の言葉に対してこころちゃんは何の疑いもなく信じてくれたことに嬉しく感じていた。 最も、こころちゃんの純粋な心を信じたが故に発した言葉だったので、計画通りと言っても過言ではないのだ。

 

 

 

 さて………次は…………

 

 

 立ち上がり、俺はそのままにこの方に向かって行く。 未だに、何の反応も示さない彼女を救わなければならなかったからだ。

 

 

 

「にこ………ちょっと、ここ以外の場所に行こう…………」

 

 

 にこは、その言葉に反応して首を縦に振った。

 それから、俺とにこは1つの部屋に入りこむ。

 

 

 

 

 

 

 偶然にも、そこはにこの部屋だった―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 これ以上、こころちゃんたちが起きだすことが無いように、寝室から離れた部屋に入ったわけなのだが、幸いなことにそこはにこの部屋だった。

 

 初めてこの部屋に入ったが、実に、女の子らしい飾り付けであることに感心がいってしまう。 数々のぬいぐるみや装飾品、これサムのPVで使用したような華やかな模様が部屋全体を覆い尽くしていた。 にこらしいアレンジが加えられたこの場所は、まるでおとぎの国の一幕のようにも思えた。

 

 

 

 そんな部屋の中で、1人俺は残された。

 

 まあ、実のところは、この傷を治すために医療品などをにこが取りに行ったわけで、俺はそれをじっくりと待っていると言った具合だ。

 

 

 包丁は、まだ刺さったままだ。 今ここで抜いてしまえば、傷口が広がってしまう恐れもあったし、何より、抜いたことによって血飛沫が部屋中に飛び散ってしまうことを恐れていたからだ。 さすがにこの状況下にあっても、女の子の部屋を汚すようなことはしたくはなかった。

 

 

 

「ん、あれは…………」

 

 

 部屋の中を見渡していると、小物などが入りそうな小さなタンスが目に入る。 その何段もある引き出しの内の1つがわずかに開いており、そこから何やら紙のようなモノがはみ出ているのを目にした。

 

 俺は立ち上がると、はみ出していたその紙らしきモノを手にした。

 

 

 

 

「ッ―――――?! 何だ、これは――――!?」

 

 

 驚いたことに、手にしたそれは俺が映っている写真だった。 それに、その引き出しの中を確認してみると、同じような写真が10枚近くも見つかったのだ。

 

 

 どうしてこんなモノが置いてあるんだ――――?

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、そんな疑問を思い浮かべていると、引き出しの奥の方からもう一枚の写真を見つけた。

 

 

「これは――――――!」

 

 

 その写真を見た時、ハッと驚きを感じた。 その写真は俺もよく知っているあの時に撮られた貴重な写真だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――蒼一?」

 

 

「ッ――――――――!」

 

 

 にこが部屋に戻って来ているのを目にした俺は、思わず手にしていたその写真を落としてしまう。 ひらひらと空中を舞った写真は、にこの足元に落ちた。 にこはそれを手にすると驚いた表情を見せた。

 

 

 その写真とは―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 μ'sが9人になって初めて行われたあのライブ後の写真だった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「痛かったらゴメンね………」

 

 

 にこの手によって、刺し傷の治療が行われ始める。

 

 刺された包丁を抜き取ると、俺は上半身の衣服をすべて脱いで治療しやすいようにする。 にこは流れ出てくる血をタオルで拭きながら、傷口に薬を塗り包帯で巻き付けて塞ごうとする。 若干、白い包帯が赤くにじむ程度の血が出てくるも、それ以上に多く出ることは無かった。

 

 

 

 その工程中、2人とも無言のままだった――――――――

 

 

 

 

 

「にこ、あのな―――――」

 

 

 先に口火を切りだした俺は、にこに話しかける。 すると――――――

 

 

 

 

「ごめんなさい!!!」

 

 

 にこは俺の言葉を聞くやいなや、伏して謝りだしたのだ。

 

 

 

「にこがこんなバカなことをしなければ、蒼一をこんな目に合わせなかったのに………私……わたし………とても酷いことをしたって分かってるわ。 ただ謝るだけで赦してもらえるだなんて思ってはいない………それでも、こうして謝ることしかできないの………だから…………だから………………!!」

 

 

 

 床に顔を擦り付けるように謝るその姿――――――声を震わせて話すその言葉は弱々しく哀愁さえも感じさせるものがあった。 溢れんばかりの涙を流しながら話しているのだろう、顔を見ることはできないものの、すすり泣くような声が聞こえてくるのでそう思ってしまう。

 

 

 俺はにこに近寄ると、その体を起こさせて顔を向かい合わせる。

 思っていた通り、充血した眼から涙が溢れ出し顔を汚していた。 また、俺と向き合うことを拒むかのように、にこは顔を背ける。 自分の内にある罪悪感を抱いての行為なのだろう、けれど、そうした思いを抱いていたとしても、俺はにこと向き合わなければならなかったのだ。

 

 

 背けられた顔を正面に向き直させる――――――

 

 

 すると、また涙が溢れ出てきそうになったようで、指でそれを拭ってあげた。

 

 

 

「にこ、あのな…………お前に言いたいことが山ほどある。 だが、まず初めにこれだけはちゃんと伝えなくちゃならないと思う」

 

 

 俺は一呼吸間を置くと、頬を緩ませながら話しだす。

 

 

 

 

「俺はな、にこのことをこれっぽっちも怨んじゃいないんだぜ?」

 

「えっ―――――――?」

 

 

 俺のその言葉を聞くと、驚いた表情を俺に見せる。 それはにこ自身も考えても見なかったことなのだ。 必ず咎められる、どのようなかたちであっても自分が行った行為を赦してもらえるはずがないモノだと感じていたのだろう、そんな表情をしていたのだ。

 

 

 けれど、俺はだからこそ赦してあげたかったのだ――――――

 

 

 

「にこ、俺はこれまでのやってきたことについては、明弘と真姫からよく聞いている。 まったく信じ難いようなことだと思いながら今のこの時まで過ごしていたさ。 けどな、それと一緒ににこがどんな気持ちでいたのかをわかっているつもりだ」

 

 

 えっ?と驚くような目でどういうことなのかを訴えかけてくるにこに、俺はほんのりと紅く染まったその頬を手でやさしく触れながら話し始める。

 

 

「にこ、お前は確かに真姫たちに襲いかかったそうだが、本心ではそうしたくないのだと思っていたんだろ?」

 

「そ、それは…………」

 

「言わなくてもいいさ。 わかっている。 にこはやさしいヤツなんだってことを、俺は誰よりもわかっているつもりだ。 μ’sのことも、こころちゃんたちのことも含めてすべて大切に思っているんだろ? そして、にこが俺のことを思っているくらい、俺もにこのことを大切に思っているんだ。 その気持ちはここでにこと再会したあの日からずっと変わらないでいる」

 

「!!」

 

「こころちゃんから聞いたぞ。 にこの態度が変わったあの日からずっと、こころちゃんたちのことをちゃんと面倒を見ていたんだって? それも、いつもと変わらない笑顔でこころちゃんたちのことを見ていた。 投げ捨てることもできたはずだ。 けど、にこはそれをしなかった。 何があっても、どんなことがあっても、家族のことを大切に思うその気持ちは、十分にすごいことだと思う。 そんな気持ちを持つにこが本気で人を殺めるようなことはしないだろ?」

 

「うぅ………で、でも………にこのせいで真姫ちゃんを傷つけちゃった………きっと赦してくれないわ………」

 

「安心しろ………真姫は必ずにこのことを赦してくれる。 真姫だってわかっているはずだ、にこが真姫のことを嫌ってなんかないんだってことを………それに、にこはμ’sのことを大切に思っている。 さっき見た写真がその証拠だ。 にこのその気持ちは必ず伝わっているんだよ」

 

 

「あっ…………あぁ…………………」

 

 

 触れるその頬が震え始める。 こちらに向けている瞳が潤いを増し始めたようだ。 今、にこの心の芯にある繊細な感情が揺れ動き始めている。 俺はその感情にそっと触れるような感覚でやわらかな言葉で包み込む。

 

 

 

「大丈夫だよ、にこ…………辛かったのは、にこの方だったんだろ? そうしなくちゃいけないと無理に感じちゃっていただけなんだろ? けど、もうそんなことを考えなくてもいいんだ………にこはいつものようにみんなに笑顔を振りまいていていいんだ。 みんなを楽しませてくれていいんだ。

 

 そして………俺を笑顔にさせてくれ………その魔法のような笑顔で………」

 

 

「ッ~~~~~~~~!!!」

 

 

 

 塞ぎ止めていた感情が一気に溢れかえる。 留まることを忘れた大粒の涙が無数に流れ落ちると、感情がそのまま声となって吐き出された。

 

 泣き崩れるにこの体をそっと支えるように抱きかかえると、心に突き刺さるような熱い涙が肌に直接当たる。 痛すぎるほど伝わるこの気持ちに俺の心は大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤ん坊のように泣き叫ぶ彼女に何も語らず、ただ寄り添い続けるのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 そして、泣き止んだ彼女にこう言うのだ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――おかえり、にこ―――――――」

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

次回でにこのお話はおしまいです。


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フォルダー3-9『矢澤 にこ』

 

 

 彼と初めて出会った時、私の心は高鳴った―――――――

 

 

 今までに感じたことの無かったその気持ちは後になってようやく分かった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『恋』なのだと―――――――――

 

 

 

 

 

 それからの私は時々、彼のことを思い出すの。あの時に見せたやさしい笑顔がどしても頭から離れられなかった――――――

 

 

 日ごとに増した悶々とするこの気持ち――――――

 

 

 また逢えるという希望を抱いて――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 それから、数年が経ったあの日、私は彼と再会した――――――――

 

 

 あの日と変わらないやさしい笑顔をして私の前に現れてくれた―――――――

 

 

 

 

―――――――とくん―――――――――

 

 

 

 

 彼を見たら、また胸が高鳴り始めたの―――――――

 

 

 以前と変わらないあの気持ちが膨れ上がろうとしていた―――――――

 

 

 

 

 彼に抱きしめられた時のことを思い出すと、天にまで昇って行きそうだった感覚を思い出す―――――――

 

 

 そして、彼に私の心を許したあの瞬間のことも―――――――――

 

 

 

 

 私は彼と一緒に居られたことに満足していた―――――――

 

 

 私がやりたいこと、好きなことを一緒になってやることが出来るこの瞬間が心地良かった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 けど―――――――――

 

 

 この気持ちに変化が生じてしまった――――――――――

 

 

 

 

 ことりに諭されたあの時から私の中に築かれていた価値観がガラリと変わってしまったようだった―――――――

 

 

 彼を思う気持ちがより一層高まったと思ったら、彼を独占しようと体が勝手に動いていた―――――――

 

 

 そして、それを阻もうとするモノを次々と薙ぎ払おうと躍起になっていたのだ―――――――

 

 

 

 

 違う――――――

 

 

 これは私のしたいことじゃないのに、体が……言うことを聞かない―――――――――

 

 

 一向に止まらない私の体は、私が大切に思っているモノに襲いかかった――――――――

 

 

 μ’sのメンバー、特に真姫ちゃんに対して強い気持ちで当たってしまう―――――――

 

 

 それに、蒼一までにも手を掛けてしまう――――――――――

 

 

 あぁ、どうしてこんなことになってしまったのだろう?

 

 どうしてこんな結末を見なければいけないのだろう?

 

 

 私の中に後悔の念が募る――――――――

 

 

 

 

 

 

 なのに………なのに、彼は………蒼一は私を赦してくれた………こんな私を赦してくれたのよ―――――――

 

 

 嬉しかった……ただ嬉しかった…………あなたのそのやさしさに心から感謝したかった――――――

 

 

 

 蒼一………私は―――――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 自らが犯してしまった過ちに気が付き後悔し続けたにこは、抱えていた多くの思いを吐きだした。

 

 体内から黒となる不純物を取り除き終えた後のにこは、まるで生まれたての赤ん坊のように無垢な表情となって俺の前に戻ってきたのだ。

 

 溢れ出てきた涙跡をなぞるように手で拭きとり、その顔を綺麗に整える。 そして、ようやく強張った表情を綻ばせる姿を見せてくれると、ようやく俺が知っているにことなってくれたことに心が揺れた。 それが当たり前だと思っていたことが、しばらくかけ離れてしまったことで、その尊さを改めて感じることとなったのだ。

 

 そんな些細なこと―――――にこの屈託の無い笑顔が見れたことに感動を覚えた俺は、思わずその姿を見入ってしまった。

 

 

 目と目が合わさると、その瞳の奥に吸い込まれそうになるほどに、まじまじと見つめたのだ。

 

 

 

 

 

 

 しばらく見つめ合った俺たちは、ハッとなって我に帰る。

 そして、俺が上半身裸であるということを思い返して焦りを感じ始めると、にこもみるみると赤くさせていく顔を両手で覆い隠す。 けれど、わずかに開いた隙間からこちらをじぃっと覗かせているのだということは明白だったのだが、そうした中でも、俺は服を着直し平静を装うとした。

 

 

 だが、にこが着替え終えた俺を一目見ると、また顔を赤くして逸らしてしまうので、話は一向に始める気配が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いが向かい合って座り始めて30分が経過した頃――――――――

 

 

 小さく咳払いをしたにこがようやく顔をこちらに向けてくれたので、口火を切り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の一件――――――

 

 どうやら今回もことりが一枚噛んでいたということをにこの口から聞いてしまう。 これまでの一連の件すべてにことりが絡んでいることを改めて考えされると、主犯はアイツなのだろうと必然的にそう捉えてしまう。

 

 未だに信じ難いことではある―――――だが、それを受け入れなければ、また誰かが傷付き、傷付け合うこととなってしまうということに気が付かなければならなかったのだ。

 

 彼女たちを――――μ’sを護ることは俺の使命であり、為すべき業なのだというこということに俺は受け入れなければならなかった。

 

 

 そして、俺が相対さなくちゃいけない相手が誰なのか…………それに気が付くことが出来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 靴を履き玄関に立つと、俺はここ―――にこの家を出ようと支度した。

 

 にこから聞きたかったことすべてを把握したこともあるが、これ以上俺がここに居るのも良いこととは思わなかった。 今、ウチに居る明弘たちのことを考えれば、早めに戻る必要がある。

 

 ことりが主犯である以上、必然的に、穂乃果と海未がまた俺が知らないところでアイツらに襲いかかって来るかも知れなかったからだ。 それがことりだけなのか、それとも3人全員なのかはわからない………だが、どちらにしても男手が2人もいればしのげることはできるだろうと踏んではいる。

 

 ただそうなると、にこの方が危うくなる危険性も含まれていた。 出来ることならにこもウチに来てもらいたいところだ。 だが、寝かしつけたこころちゃんたちをそのままにしておくのにはリスクが大きすぎた。

 

 

 結局、にこの強い願いでここに残ることとなる。

 にこの心境の変化がまだことりに伝わっていないことを信じてのものなのだが…………

 

 

 

 

 

「にこ、本当に1人で大丈夫なのか?」

 

「平気よ。 それに、あの子たちを護ってやらないとお姉ちゃん失格だもの。 ちゃんとその役割は果たさないと」

 

 

 胸をトンと叩いて自信有り気に振舞うにこ。

 その堂々とした姿は、普段見せる見栄を張るようなモノとはかけ離れていた。

 

 誰かのために護ろうとするその決意の表れが俺に強く伝わってくる。 石のように硬いその決意を汲み取った俺は不思議と安堵する。 にこなら大丈夫なのだと、心がそう働きかけてくれるのだ。

 

 

 

「強いな、にこは」

 

 

 思わず声に出てしまう。

 

 にこは顔をわずかに引き締めると、自信が溢れ出てきそうな顔を見せつけるのだ。

 

 

「当然! 何てったって、にこは宇宙ナンバーワンアイドルのにこにーよ! これくらいのことでめそめそしてなんかいられないんだから!」

 

 

 いつもの口調に、いつもの言葉―――――それを耳にして、ようやくにこが戻ってきたことを実感するのだ。

 

 

 

 

「それじゃあ、俺は行くぞ?」

 

 

 扉のノブに手を掛けると、そのまま外に出ようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待って、蒼一!」

 

 

 すると、にこが声を掛けて俺の行動を静止させた。 何事かと、ふと顔を向けると、焦った様子は全く見られない。 それどころか、足に力を込めて堂々と立つ姿が目に入ったのだ。

 

 

「どうしたんだ?」と声を掛けると、にこは一歩前に出てきては、「少し屈んで」と言ってくる。 はて、何をするつもりなのだろうか?と思いつつもその通りに行動をする。 「これくらいか?」と膝に手を据えて、半ば中腰にも思える体制を取ると、「そうそう、そのまま目を瞑って」と言う。 「あぁ……」と二言返事をすると、その通りに目を瞑った。

 

 

 何が起こるのだろうか?と疑問を浮かばせ始めようとしていた直後だった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――んっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 唇に柔らかい感触が触れる―――――――

 

 その触れられたところから、ほんのりとした甘い味が舌に巻き付いて喉に流れる。 桃のようなみずみずしい味だ。 薄くもしつこくもない丁度良い甘い感じが口の中に広がりをみせていた。 落ち着きすらも抱いてしまいそうにもなる。

 

 

 

 

 

 だが、そのあまりにも急な出来事に目を開かせる。 すると、目の前にはにこの閉じた瞼が最接近したかたちで現れた。 それに目線を落とすと、俺の唇とにこの唇とが綺麗に重なり合っているではないか。

 

 目を見開かせて驚くほかなかった。

 

 

 にこはこの行為を止める様子は無かった。 いやむしろ、その小さな唇で俺の唇を覆い被さろうとするほどに、強く押し付ける。 その必死な姿が逆にかわいく見えてしまいそうなのだが、こちらとすると、内心は破裂寸前の風船のような緊張感を抱いていた。

 

 

 焦燥感を抱き始めると、にこの行為を止めようと腕で跳ね避けようとする。 けれど、その唇を通して溢れ出る、包み込むようなやさしさを感じ取った時、体の動きが止まってしまう。 流れ出てきたそのやさしさが喉を通り抜けると、そのまま心の中に入りこんで行く。 すると、俺の心をふわっと包み込むようで、それが心地良く感じてしまう。

 

 殺伐とした日々が続く中で荒み傷付いた心を癒すように沁み込むので、跳ね退けるようなことをする気になれなかった。 むしろ、嬉しく感じこのままでいたいと思ってしまうほどだったのだ。

 

 

 

 

 時を測る事さえ忘れるくらい時間が過ぎ去る―――――――

 

 

 ようやく、にこは俺の唇を解放させると、目を開かせてこちらもジッと見つめてくる。 余裕が垣間見えるような表情がすべて物語っているようにも捉えられた。

 

 

 

「これは、にこから蒼一に送る、私の気持ちがたっぷりと詰まった贈り物よ♪」

 

 

 頬を赤く染めて、少し恥ずかしそうに話してくるにこ。 その言動が先程の我を忘れていた時と変わらないモノだと感じてしまう。

 

 

 

 

 だが俺は知っている。 唇を通して直接感じたにこの本心を――――――

 

 

 そして感じるのだ、この心からも同じモノがあるのだということを――――――――

 

 

 甘くて、酸っぱくて、少しだけほろ苦いような口の中に残る印象的な味と、それと一緒に伝わってくる熱い想いが―――――――

 

 

 

 

 じっと見つめていると、にこっと笑みをこぼす。 そのぎこちなさを含んだ笑みを見たのは初めてだった。 にこ自身も慣れてはいないのであろうその表情は、多分、今初めて現わしたものなのだろう。

 

 

 揺れ動く心境を隠すように一生懸命となって笑ってみせようとするその姿が、俺の心をどきっと揺れ動かし、とても愛おしくも感じてしまった。 

 

 

 

 それでついついその小さい華奢な体を無理に引き寄せては抱きしめてしまう。 あまりにも咄嗟に出た行動ににこは驚きを示すが、すぐに落ち着きを取り戻すと小さな体を俺に委ねた。 従順すぎるほどに俺の腕の中に身を埋めるので、そうした一連の行動すべてが可愛らしく見えてしまうのだ。

 

 

 すると、にこは口を俺の耳の近くにまで寄せると、小鳥のように囁く声で話す。

 

 

 

「私は――――蒼一のことが好き―――――たとえあなたが他の子のことを好きになっても、私はずっとあなたのことを好きであり続けるわ――――――」

 

 

 対照的に交差させる顔をお互いに見ることは無かった。

 今の俺の表情を出来ることなら誰にも見せたくは無かった。 綻び過ぎてしまったその顔を見られるのが少し恥ずかしかったからだ。 それはにこも同じなのだろうか、首に力を入れて頭が微塵たりとも動こうとはしなかった。

 

 

 そして、にこの成長っぷりに感嘆すると、「やっぱり、強くなったな」とこちらも囁いてしまう。 「うふふ♪」と無邪気そうな声が聞こえると、どんな気持ちになっているのかを知ることとなる。

 

 

 

 互いに顔を合わせずとも、言葉を交わさずとも、俺たちは感じ合うことでお互いをようやく分かりあえるようになる。 

 

 

 

 

 

 俺の大切な人となったにこを時間が許す限り、その身を感じ合えた。

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


にこの話はこれで終わりです。


次回は、数話ぶりのあの子――――――


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 にこの一件があった日の朝方の事である―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

[ 音ノ木坂学院内・一室 ]

 

 

 

「………やった…………やった……………やった…………!! あはっ……アハハ………アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!! やったわ!!!!!」

 

 

 腹の底から吐き出される歓喜の叫び――――いや、冷酷な咆哮とも捉えられるその声は、部屋一体に響き渡る。 ドス黒い本性を曝け出す彼女は、この優越感にどっぷりと浸り続ける。

 

 

 南 ことりは自らが計画し、張り巡らされた仕掛けにより脱落した絢瀬 絵里の成れの果てをその眼に焼き付けると、すべて計画通りと言わんがばかりの表情を見せてこの気持ちを高ぶらせていた。

 

 

 最早、彼女を阻もうとする最大の障壁はいなくなった。 残るは微塵のようなモノばかりと、心の内に余裕が現れ出てくる。

 

 

 

「それじゃあ、絵里ちゃん。 あとは、ことりがうまくやってあげるからね♪」

 

 

 蔑むような微笑を浮かばせ、この場を立ち去ろうと出口へと足を運ばせ始める――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひたっ―――――――ひたっ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~……何をうまくやるって言うのかしら………ことり………?」

 

 

 

 

 

「ッ―――――!!?」

 

 

 

 

 ゾッと背筋が凍りつくような悪寒が走り抜ける。

 

 

「ありえない………ありえない…………」と心の中で何度も唱えることり。 彼女が耳にしたその声を脳内で再生させても、予想外の出来事に変わりが無かった。

 

 

 なのに、何故――――――!

 

 

 

 

 絢瀬 絵里の声が背後から聞こえてくるのだ―――――!?

 

 

 

 

 ことりは後ろを振り向こうと瞬時に反応する――――――しかし――――――

 

 

 

 

「きゃっ――――――?!」

 

 

 旋回させる足に何かが引っ掛かり、ことりは体制を崩して尻もちをついてしまう。 体を床に強く打ち付けたことで一瞬怯んでしまう。 そこに、ことりの胸部目掛けて衝撃が走る――――――!

 

 

 

「あがっ―――――!!!」

 

 

 

 口から体液が弾け飛ぶほどの衝撃――――――

 

 

 

 胸部に打ち付けられたのは、彼女の手よりも大きく、その威力もはるかに高い足だった。 強い衝撃を喰らったことりは、完全に仰向けになった状態となり天井を仰ぎ見た。 受けた衝撃がまだ癒えないでいると、今度は彼女の腹部にギシギシと圧力が掛かり始める。

 

 

 

「あっ――――――あぁ――――――――ああっ――――――――!!!」

 

 

 自分の体重と同等の重みが腹部に圧し掛かるので、そのあまりの苦しみに悶え始める。 足をジタバタと動かしてもがいてみるものの、苦しみは増すばかりだった。

 

 

 ことりは顔を真っ赤にしながら腹部に掛かるモノを見ようと顎を引く。 そして、ようやく彼女の存在を認識することが出来たのだ。

 

 

 

 

「………え……えり……………ちゃ…………ん…………!!!」

 

 

「あら、ことり。 やっと気が付いたのね♪」

 

 

 

 冷静かつ冷淡な口調で言葉を走らせる彼女、絢瀬 絵里はギロリと目を見開かせてことりを見下していた。 絵里はことりの腹部に跨るようにして座っており、ことりがどのような反応を示すのかをいかにも楽しげに見ていたのだ。

 

 それで、ことりが苦しむ様子を見ると頬を上げ、ことりが悶えるような声を発すると口元を開けて白い歯をむき出させていた。

 

 

 楽しんでいる―――――いや、愉しんでいるのだ。

 

 

 絵里の中に潜むドス黒い感情―――――ことりたちとは遥かに比べものにならないほどの冷酷な感情が剥き出ようとする。 ことりをいたぶり、見下しているこの状況を彼女は大いに愉しんでいた。 今にも口を大きく開いて高笑いを決めようとしているようにも思われるのだが、それを押し殺しつつ、わずかに見せる微笑だけが彼女が見せる今の感情(すがた)なのだ。

 

 だが、そのすべてを曝け出す時は今ではなかった…………もっと後のことになりつつあったのだ…………

 

 

 

 

「うふふふふふ………ねえ、ことり。 どうして私がここに居るのか不思議に思わなかったかしら? ことりったら、本当に面白い仕掛けをしちゃって、気が付かなかったら私もこの真っ赤なペンキみたいな血を一面に流していたかもしれないわねぇ………でも、私は気が付いちゃった………アナタはこの仕掛けを完全に隠すことを最後の最後になっても怠ってしまっていた。 それがアナタの敗因よ」

 

「ッ―――――!」

 

「もっとしっかりと計画しておけばよかったのにねぇ~………と言うより、そもそもことりには無理だったのよ、私を排除しようだなんて…………ちょっとうぬぼれすぎじゃないかしらね?」

 

「うっ―――――!! ううっ―――――――!!!」

 

「あらあら、なんて叛骨的な眼つきなのかしら…………うふふふふ………いいわね、その眼………ことり、アナタのその顔はとてもいいわよ…………♪」

 

 

 ことりは霞み始めるその眼で絵里を憎むように睨みつけた。 ことりにとって、絵里と言う存在ほど邪魔なモノは無かった。 彼女の計画完遂目標である蒼一を自分だけのモノにするためには、絵里は最大の障壁となっていた。

 

 絵里にはことりとは違った計画が存在していた。 それは結果的にことりと相反するものとなることは明白であった。 ただ、そのことをことりはまだ知らなかった。 けれど、ことりは絵里から侮辱を受けたことに心底腹が立っていたのだ。 そこでことりは絵里だけは確実に排除しようと思うようになる。 ただの逆恨みであるかもしれないが、それでもことりに殺意が芽生え始めたことに間違いは無かった。

 

 

 けれど、今絵里に向けられた殺意は跳ね返りことり自身に降ってくるとは思いもよらなかったようだ。 ことりは必死に抵抗し続けた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ことり………前に言ったわよね………もし、私に立て付くような真似をした時は………容赦はしないって……………」

 

「ッ――――――!!」

 

 

 ビクッと体を震わせると、ことりの顔から血が引き始める。 真っ赤だった顔も見る見る青白くなりつつあったのだ。 ことりの内心は穏やかではなくなってきていた。 正確に言えば、自身の体制が不利になったその瞬間からそうだった―――――けれど、絵里の口から改めてその言葉を耳にしたことで、激しい焦燥感に見舞われたのだ。

 

 

 逃げなくちゃ―――――――――逃げなくちゃ―――――――――――

 

 

 

 

 攻め手から受け手へと形勢逆転された瞬間だった―――――――

 

 

 

 ことりの抵抗はより一層激しさを増していくが、それ以上に絵里が力付くで押さえつけてしまうので、為す術が無くなってしまう。

 

 

 手も足も、それに頭も………ことりは体全体に傷とあざをつくり、体力を一気に削らされてしまったのだ。

 

 

 

 

 

「さあ………どんな声を出してくれるのかしら?」

 

 

「ッ――――――――!!?」

 

 

 

 絵里は勢いよく腕を出すと、その手でことりの胸を両手で鷲掴みする。 急に掴まれて焦ることりは、絵里が何をし始めようとしているのか分からずにいた。 次第に、不安が表情へと現れてくる―――――――

 

 

 それを見て、絵里はここぞとばかりにニヤリと笑いだして、掴む胸を激しく弄くり始める。

 

 

 

「あぁっ――――――あうぅぅ――――――!! あっ――――――――あああぁぁぁ!!!!!」

 

 

 絵里に胸を弄り回されて悶絶し始めることり。

 

 さらに、絵里は指に力を込めて握りつぶしてしまいそうな勢いで鷲掴みした。 激しい痛みが伝わりだすと、その苦痛に耐えきれずに叫び出すことり―――――それを見て愉悦する絵里。 彼女もまた狂気に身を浸らせた1人である。 ただ彼女の抱く狂気はことりたちとは全くの別物で、その方向性すらも異質なモノだ。

 

 

「うふふふふ♪♪♪ いいわぁ~……いいわよ、ことり………いい声よ………」

 

「はぁ………はぁ…………ふざけ……ないで…………アンタなんかの思い通りになんか………ならないから…………!」

 

 

 絵里からの責めを一身に受け続けられて息絶え絶えになることり。 それでもなお、強気の姿勢を崩そうとはしなかった。

 

 全身が焼けるくらい発熱すると、頭がぼぉーっとしかけてしまう。 未だ、絵里の支配下にある体は動かそうにも動くことが出来ない。 ただ拘束されているだけでなく、苦しみもがいたことで体力が大幅に削らされて抵抗することすらままならなかったのだ。

 

 

 このまま同じようなことを立て続けにされては、ことり自身が持たなくなるのは目に見えていた。

 

 

「あらあら、意外と強気ね? けど、これはまだまだ序盤にすぎないわよ? 本番はこれからなのよ………♪」

 

 

 不気味な笑みを浮かべると、今度はことりの顔に目掛けて手を伸ばし始める。 それを見たことりは「ひっ……!!」と悲鳴のような声を上げて怯え始めた。 強気の姿勢を見せていたのだが、内心はその真逆であった。 ことりが受けた苦しみがかなり堪えていたのだろう、天敵に襲われかける雛の如く弱々しい姿を見せていた。

 

 

「うふふふふ………さあ、ことり。 鳴きなさい……哀れな雛の口から奏でる乱れた音色を……! そして、私を大いに楽しませなさいね………♪」

 

 

 漆黒よりも深い色の瞳を覗かせると、まるで悪魔のような姿でことりを見下ろす。 ことりは抵抗すら出来ないこの状態に絶望し、目に涙を浮かばせ始める。 「やだ……やだ………」と擦れた声を迫りくる魔の手に向かって零す。 慈悲を求めようとしているかにも思えるその姿を見ても、絵里は一向に留める気配は無かった。 その心境は異常なモノで、この瞬間こそ待ちに待っていたと言わんがばかりに興奮していた。 彼女はより一層手に力を込めるのだった。

 

 

 ことりはもう逃げられることが無く、絵里の玩具(モノ)となってしまうのだろうかと諦めかけた――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン―――――――

 

 

 

 

「!!」

 

 

 急に扉がノックされたのに気が付いた絵里は一瞬だけ我に帰る。 「まったく、これからだというのに…」と舌打ちしながら仕方ない気持ちでことりの体から離れる。

 

 

 

 

 そして、扉の方に向かい開いて応対し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、絢瀬さん。 あなたがここに居たのですか?」

 

 

 扉の向こう側に立っていたのは音ノ木坂の教師であった。 だが、予定外の来訪者にも関わらず、絵里は平静を保っていた。

 

 

「はい、物が倒れる音が聞こえまして先程駆けつけたのです」

 

「そうでしたか。 私も同じような音を聞きまして急いできたわけですが………どうやら、中はかなりひどいことになっているようですね………」

 

「私だけではどうにもならない感じです。 誰かを応援に来させましょうか?」

 

「いいえ、結構です。 後は、私たち教師で何とかしますから大丈夫ですよ。 えっと………中には、()()()()()()()()()()()………?」

 

 

「!!」

 

 

 その教師からの一言を受けて、ハッとなって後ろを振り返る。

 

 

 

 

 

 ことりの姿が無いのだ。

 

 

 つい先ほどまで、ここら辺で仰向けになって倒れていたことりが絵里の視界の中から消え去ったのだ。 辺りを見回すと、部屋の窓が1つ、全開に解放されてあるのを見た。 どうやら、そこから出ていったらしい。 彼女に残されたわずかな力でここを脱出してしまったのだろう、絵里は悔しそうに舌唇をかみしめる。

 

 

 しかし、すぐに顔つきを変えて対応し始める。

 

 

 

「………はい、先生。 中には私だけしかいませんでした」

 

「そうでしたか。 それじゃあ、あとは私が何とかしますので絢瀬さんは早目にお帰りなさい」

 

 

 

「はい」と二つ返事を送ると、絵里はこの部屋から出ていく。

あともう少しだったのに………とまた悔しそうな表情を浮かべるが、「今度は絶対に逃がさないわ………」と言って、また不気味な笑みをこぼし始める。

 

 

 

 

 

 

「それに、アナタの手駒はまた1つ減ってしまうけど………うふふふふ、アナタの悔しがる姿が目に浮かぶわね…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………にしても、いい声でさえずっていたわねぇ…………うふふふふ、()が楽しみだわ……………」

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


ことりと絵里との溝が深くなる一方のようです。。。。。


次回もよろしくお願いします。


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――

――― 

―――― 

 

 

[ 園田家・離れ ]

 

 

 しっとりとした石畳の肌触りが、肌を通してその心地良さを知る今日この頃―――――私、島田 洋子は未だにこの場所から出ることができずに、また新しい朝を迎えました。

 

 

「ん、う~~~んんんん…………!!」

 

 

 小さな鉄格子から太陽の日差しが差し込みますと、私の目の中に入って来ますので否応なしに起こされるわけです。 眠たい瞼を擦りながら大きく体を伸ばして上体を起こします。

 

 

「捕まってから………もう2日、3日と言ったところでしょうかね………?」

 

 

 曖昧さ加減はあるものの、大体そんな感じであるというのは何となく察します。 日差しが出てくる回数、食事が運ばれる回数、海未ちゃんが来てくださる回数など、様々な事例をとって回数を数えているわけです。 まあ、その正確さには欠けるものの大体こんな感じでしょうと甘んじております。

 

 しかし、今日でそんなに時間が経ったとなりますと、様々なことが起こったに違いありませんね………

 

 

「真姫ちゃん、大丈夫なのでしょうかねぇ………」

 

 

 あの時、真姫ちゃんを助けると面前で話しましたのに、私がこのような状態ではどうしようもありません。 願わくば、何も起こってほしくは無いのですが………ね………?

 

 

 

 

「ん? 外が騒がしいような気がしますね………?」

 

 

 耳を澄ませてみますと、何かを激しく叩いているような音がこちらまで響いてくるのです。 木材でしょうか? それを叩く時に生じるような音が聞こえるような………にしては、かなり大きいようにも聞こえるのですが………

 

 

 

「少し、じっくりと聞いてみますか………」

 

 

 私は外から聞こえてくるその音に意識を集中させ、耳を傾け始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 ドンドンドン――――――――!!!

 

 

 

 

 

 扉を激しく叩く音が鳴り響く―――――

 

 園田家の正門とも呼ばれる木製の扉を激しく叩く者がいた。 このような近所迷惑な行動を起こしているのは一体誰なのだろうか? 園田の家の者はきっとそう思うに違いない。 けれど、生憎家の者はほとんどが留守にしており、この音に気が付くのに少し時間が掛かってしまった。

 

 

 玄関から慌てた様子で1人の少女が出てきては、扉の前に立つ。

 

 

「どなたでしょうか?」と、凛とした延々と透き通っていくような声を発すると、「海未ちゃん……海未ちゃん………」という小さな声が聞こえてくる。 彼女はすぐさま扉の錠を外して中に入らせる。

 

 

 すると、扉を開けた瞬間、1人の少女が彼女目掛けて飛び込んできたのである。 突然のことで彼女は狼狽するものの、しっかりと少女を受け止める。 すると、少女はいきなり大きな声で泣き始めたのだった

 

 

「どうしたというのですか、穂乃果!!?」

 

「うぅぅ………きらわれちゃった…………ほのか……そうくんにきらわれちゃったよぉぉぉぉぉ!!!!!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

 

 

 声を荒げて泣きじゃくる穂乃果。 海未はそれがどういうことなのかと言う疑問を抱きつつ、穂乃果を連れて海未の部屋に連れていく。

 

 

 

 

 自分の部屋に穂乃果を座らせると、彼女は事情を詳しく聞こうと尋ね始める。

 

 

「穂乃果ね………ことりちゃんに言われて蒼君のことを苦しめようとするヤツらを排除しようとしたの………けど、そうしたら蒼君が穂乃果のことを睨みつけてきて………それで………それで…………!!う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

 

 

 穂乃果の言葉を聞いた海未は眉をしかめた。 穂乃果の口から予想だにしなかった『排除』という言葉に焦りを感じたのである。 それに、穂乃果が語る『ヤツら』とは一体誰のことを指しているのかが分からなかった。 だが、それは彼女にとっても良くないことのように捉えたのである。

 

 

 泣き続ける穂乃果―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 すると、そこにまた扉を激しく叩く音が響き渡る。

 

 

 海未は放たれた矢のように駆け出すと、さっきと同じく声を掛ける。 それに反応するかのような微かな声が聞こえてくると、海未はすかさず扉を開ける。

 

 

 

 

 

 すると、彼女の目の前に立ったのは、全身をボロボロにされた状態の親友だった。

 

 

 

「ことり! 一体どうしたというのですか?!」

 

「うみ………ちゃ…………」

 

「ことり!!!」

 

 

 彼女の親友である南 ことりは、海未を見るなり全身を張り詰めてさせていた一筋の線のようなモノが途切れ、脱力し彼女に向かって倒れ込む。 海未はあわててことりを支えると、家の中へと連れて行く。

 

 

 海未はことりを自分の部屋に連れて来させると、すぐに彼女の体を検分に掛ける。 泣いていた穂乃果は、ことりの姿を見るやいなや先程とは違った表情でことりの様子を伺っていた。

 

 その時、彼女たちの目にすぐついたのは腕の赤く腫れで、それが両腕にいくつも見られた。 足は腕と比べては左程というものの、ことりの色白な肌の上に付いているため、どうしても目立ってしまう。

 

 

 中でも、彼女たちを一番驚かせたのは彼女の服の下である。

 

 着ていた半袖シャツのボタンを1つ1つ外していくと、首元から胸元に掛けて肌が赤く染まっていた。 それを見て、まさかと思った海未はブラのホックを取り外して乳房を曝け出した。 するとどうだろ、胸全体が見たことが無いほどに真っ赤に染まっているではないか。 それに、指で掴まれた後なのだろうか、その跡が胸にくっきりと付いていた。

 

 

 

「「ッ――――――?!!」」

 

 

 それを見た2人は絶句してしまう。

 初めて見る光景である以前に、自分の親友がこのような目に遭っていただなんて思いもよらなかったからである。

 

 

「こ、ことり………ちゃん………?!」

 

「一体何があったというのですか?!」

 

 

 怯えた声を上げる穂乃果を余所に、海未は声を荒げてことりに迫る。 沸々と湧き上がる怒りが海未に入りこみ始める。 一体誰がこんな酷いことをしたのだろうかと、彼女は無意識に拳をギュッと目一杯握り絞る。

 

 

 ことりが口を開くと、小さな声で話す。

 

 

 

 

「………えり……ちゃん………が………ことりを……………」

 

 

 

 細々としたその声で語られた言葉が彼女たちに届くと、2人の目付きが鋭く変貌する。

 

 

「絵里ちゃんが………ことりちゃんをこんな目に合わせたんだ…………!」

 

「絵里………あなたという人は……………!!」

 

 

 あからさまな殺意が彼女たちから出てくると、それを今ここにいない絵里に向かって発した。 自分たちの親友をこのような目に合わせたことによる怒りが彼女たちの逆鱗に触れたのだ。

 

 

 

「ちょっと、今から絵里ちゃんのところに行ってくるよ………すぐに排除してあげるから………!!」

 

「私も少し絵里にお話ししなければならないことがあります………じっくりとですがね………!!」

 

 

 2人の怒りが頂点にへと達しようとした時、立ち上がり、ことりをこんな目に合わせた張本人のところに向かって行こうとする。

 

 

 

 だが、その行動をことりが阻んだのだ――――――

 

 2人は何故ことりが自分たちを阻もうとしているのかが分からなかった。 自分たちはことりのためにと思い行動しているのだと、目と言葉で訴えるがことりは2人を思い留まらせる。

 

 

 

「待って、穂乃果ちゃん、海未ちゃん………2人だけで行っても勝ち目はないよ………ここは私たち3人で協力しないと難しいの………だから、今は堪えて………」

 

 

 

 ことりは弱々しく訴えかけると、2人は歯痒い気持ちにはなるものの思い留まる。 やるせない気持ちが2人の中に湧き上がってくる中、ことりはそれに付け足すように話しだす。

 

 

 

「今はダメだよ………でも、明日ならいけるかもしれないよ………」

 

「ことり、それはどういう意味です?」

 

「それはね、絵里ちゃんを確実にヤるには逃げ道を無くさないといけないの。 今の時間帯じゃあ絵里ちゃんはもう何処かに行っていると思うの。 それでね、明日の登校日を利用して、絵里ちゃんを誰もいない教室に連れ込んでから、そこでヤるんだよ………」

 

「「!!」」

 

 

 ことりは2人に新たに考えだした計画を伝える。 ことりは確実に絵里を排除するために、出来るだけ多くの要素を取り入れることにしたのだ。 そして、それを聞いた穂乃果と海未は薄気味悪そうな顔で彼女の提案に賛同した。

 

 

「いい! いいよ、ことりちゃん!! それじゃあ、それでいこうよ!!」

 

「悪くありませんね。 では、その準備の方をやらせていただきますね…………」

 

 

 

 穂乃果はともかく、海未までもが常軌を失いつつあった。 3人の中でもとりわけ常軌を保たせて中立的な立場にあった彼女は、今回の一件を機に穂乃果たちと同様となる。 いよいよ、彼女たちを止める者がいなくなってきたのだ。

 

 

 

 

 

「あぁ、そうそう………もし、その場でヤる事が出来なくても、気絶させて他の場所で処分しようか。 例えば………海未ちゃんの『離れ』とか……ね?」

 

 

「ッ――――――――!!?」

 

 

 

 一瞬、肝を冷やすような言葉が飛び出てくる。 ことりの口から『離れ』のことが話されるとは思いもよらなかったようだ。

 

 海未は息を呑んだ。

 

 

 すると、ことりが海未に近づくと、耳元で囁いた。

 

 

 

「ことりの言ったとおりにしてくれないと………ヤダよ………?」

 

 

「ッ――――――――――――!!!」

 

 

 ことりの言葉に海未は全身を震え上がらせた。 そして悟ったのだ、ことりは私のしていることをすべてお見通しだったのだと……………

 

 

 そして、ことりは立ち上がって帰宅しようとする。 まだ足元がおぼつかない様子だったが、彼女は力ある限りこうして立ちあがろうとしたのだ。 彼女にはまだやらなければならないことがあったのだ。

 

 

 

「それじゃあ、穂乃果ちゃん、海未ちゃん………ことりはやらなくちゃいけないことがあるから先に帰るね………」

 

 

 ふらふらっと痛む体を引きづらせながら前進して行くことり。 それを不安げにして見ていた2人はそれを見守るほかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

「穂乃果ちゃんに……ことりちゃん………そして、海未ちゃんですか………このメンツが揃うのは初めてかもしれませんね…………」

 

 

 

 この3人の様子は遠くながらも洋子の耳にも届いていた。 聞こえた内容はわずかであるものの、彼女たちが本格的に行動しようとしていたのは、この場に居ても実感することが出来たのだ。

 

 

 

「みなさんの目標(ターゲット)は………さしずめ、絵里ちゃんと言ったところでしょうかね………しかし、彼女は――――――――」

 

 

 そして、彼女はもどかしながらも、この先に何が起ころうとしているのかを見守ろうとしていたのだった。

 

 

 

 

 

【監視番号:34】

 

 

 

【再生▶】

 

 

(ピッ!)

 

 

 

『フフフ………今頃ことりはやさしいやさしいナカマと一緒になって私のことを話していることろでしょうね………』

 

『まあ、私の予想の範囲内だから問題はないのだけど………』

 

 

 

『けど、アナタはここから先のことをどこまで分かっているつもりかしらね……?』

 

 

 

『フフフ♪ アナタの戸惑うその顔を想像するだけで嬉しくなってくるわ♪』

 

 

 

 

 

 

『今度は、もっと私を楽しませて頂戴ね♪』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ワタシノカワイイカワイイ、コトリチャン………♪』

 

 

 

(プツン)

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。


次回もまたことりちゃんの話です。


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フォルダー3-12

 

 

 

 

 海未の家から帰宅する途中のことり。

 

 彼女は怪我した足を引きづらせながらその帰路を歩く。

 

 

 

「はぁ――――はぁ――――――あと、もう少し―――――あともう少しだからね、蒼くん―――――♪」

 

 

 一歩一歩を噛み締めるかのように歩くことりには、彼女が想う彼のことしか頭になかった。 すべては彼のために―――――そして、私のために―――――その一心で彼女は行動し続けていた。

 

 だが、そんな彼女の想いとは裏腹に彼女のことを邪魔する者が現れ、窮地に追い込まれそうになっていた。 そして、彼女はその者との決着を着けようと準備をし始めたのだ。

 

 絶対に敗れるわけにはいかなかった。 もし、ここで敗れてしまえば、自分と言う存在が危ぶまれてしまうとまで考えていたのだ。 それほどまでに、彼女は躍起になっていたのだ。

 

 

 

 その曇りきった瞳の先には、一体何が見えているのだろうか―――――――――――?

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

[ 宗方家・自室 ]

 

 

 にこの一件が終わった後の夜――――――

 

 

 にこは無事に元の状態に戻ることが出来たのだ。 アイツ自身が抱いていた本当の感情を引き戻させたことで、アイツは本来の姿を見せることが出来たのだ。 その分の代償として少々痛手を受けることになったが、にこのことを思えば安いモノだ。

 

 

 このことはすぐにみんなに話すこととなる。

 それを聞くとみんなホッと胸を撫で下ろすように安心した様子だった。 特に、真姫は少し目をうるわせた感じで俺の話を聞いていた。 今回のことで一番気にしていたのは真姫だ。 にこの被害者でありながらも、にこのことをずっと仲間だと思い続けていたこともあり、誰よりも喜びを表していたのだ。

 

 

 そんなにことみんなが対面するのは明日となる。 俺の立会いの下で行うため、大事にはならないだろうとは思っている。 まあ、何かが起ころうとも俺が万事うまくやるつもりでいるから問題はないはずだ。

 

 

 そうした準備を整えてから俺は寝床に入る。

 

 

 

 ふと俺は、自分の唇に触れる。 潤いなど一切感じないカサカサした肌である。

 

 

 だが、この肌には、つい先程まで潤いを感じていた。

 そう、数時間も前に俺はにこと口付けを交わしたのだ。 マシュマロみたいにふわっと柔らかく、桃のようにみずみずしい唇。 そして、交わし合う中で感じたほんのりとした甘い味が未だに口の中に留まっている。 その時のことを思い出すと、少しばかり恥ずかしい気持ちになってしまうのだが、それが何とも言えぬやさしさを抱いてしまうので、嬉しくもありホッとしてしまう。

 

 

「最近の俺は………一体どうしてしまったんだろうか…………」

 

 

 つい口にしてしまったこの言葉―――――自分でも不思議に思っているのが、こうした異性――――真姫や花陽、そして、にこと立て続けに唇を交わすなど今までの経験上、最もありえない出来事に入っている。

 

 俺は異性が苦手だったはずだ………それだのに、どうして体がアイツらへの行為を受け入れてしまうのだろうか? それに、最近は心が大分揺れ動くようになってきた。 これは何かが変化してきている兆候なのだろうか………?

 

 腕組みしながら思考する―――――けれど、結論など出やしなかった。

 

 

 

 

 変な感じだ――――――

 

 

 

 今のこんな心で何が見えるというのだろうか? いや、決して見ることはできないだろう………ただ、その日が来るのを待つしかないのだろう………

 

 

 自問自答を繰り返しながら俺は結論を延ばした。 すべては万事うまく行く日が来ることを信じて、俺は体を横にして深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 深夜――――――――

 

 

 

「…………ん………うぅん…………………」

 

 

 めずらしく黒雲が過ぎ去り、白く輝く満月が顔を出していた。 夜も深く、時刻も丁度日付を過ぎたところだ。 誰もが寝床に入り安眠を得ているところだろう。

 

 

 

 

 ちなみに、今日もまたウチに彼女たちが泊まっている。

 

 

 真姫と花陽と凛、そして、明弘の4人だ。 ちなみに、希は1人だけ家に帰っていったのだった。

 

 

 

 みんな昨晩と同じところで寝させているが、今回は真姫たちが来ることはなかった。 というか、2人を抱えながら寝るのって結構辛いのよね。 寝ている最中に腕に血液が通わなくなったからピリピリして痺れてしまったんだ。

 

 まぁ……決して心地悪かったという事はなかった………というか、気持ち良かったと言うべきなのだろうか…………何があったのかについては割愛させてほしい。 思い返せば、また理性が明後日の方向にブッ飛んで行きそうな気がしてならないのだ。 気を緩ませることはまだまだ出来そうもないようだ………

 

 

 

 

 

 しかし………何故この時間帯に目を覚ましてしまったのだろうか?

 全身が寒くなったわけでもなく、トイレに行きたくなったわけでもない。 だとしたら、一体何が俺をこうさせているのだろうか………?

 

 

 少し考え込んでいると、何かを感じさせるような痺れが背筋を走る―――――ピリッとくるこの感じは一体………? そうした疑問を抱いていると………………

 

 

 

 

 

 

 ピシャッ――――――――――――!!!

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 急にベッドの真横に位置する窓が全開したのだ! そんなバカな! 鍵を掛けていたはずなのに何故?! そんないきなりすぎる出来事に一瞬うろたえてしまう。

 

 

 

 

 

 すると、その窓から1つの黒い影が現れる。

 

 ふわりと鳥が羽ばたくと様に窓際から飛び跳ねると、横になった俺の体目掛けて落ちてきたのだ!

 

 

 

「うぐっ―――――!!」

 

 

 ドンと言う音を立てて腹に落ちてきたその黒い影は、月夜の明かりによってその姿が露わとなる。

 

 

 そして、全体像を見た時、俺は驚きの表情を持って彼女の名前を呼んだ―――――!

 

 

 

 

 

 

 

「こ、ことりッ―――――?!」

 

 

「やっほ~、私のそ~くん♪」

 

 

 

 俺の目の前に現れたのは、ニッコリと見惚れてしまうような笑みを浮かべるあのことりだった。

 

 

「ことり………どうしてここに………?!」

 

「うふふ、どうしてって………当然、蒼くんに会いに来たからに決まっているよ♪」

 

 

 顔を赤く染めて俺に言い寄ってくることり。 その顔を俺の鼻先にまで近付けさせると、そのまま口付けしてしまうのではないかと思うくらいまで接近した。 ことりが顔を近づけさせたことで、その長い髪の毛が俺の顔に掛かり始める。 そこからやんわりとした甘さが漂い始めると、全身を貼り詰めさせていた緊張と力が段々と衰い始める。

 

 

 

 

 この匂い………どこかで嗅いだ事があるような………!

 

 

 匂いが鼻奥にまで到達すると思考が安定しなくなってくるとともに、動悸が早まりだす。 そうすると、自然と体が火照り始めてきた。 そんな様子を目の前にいる彼女がまるで待っていましたと言わんがばかりの嬉しそうな表情をし始める。

 

 

 ことりのヤツ……何かしたのか………!

 

 

「うふふふふ………蒼くんの体が熱くなってきているねぇ~♪ やっぱり、効果はあるようなんだね~♪」

 

「お前………一体、何を体に付着させたんだ…………?」

 

「何って……蒼くんが喜んでくれるあま~いお薬だよ♪ この匂いを嗅いだら蒼くんはもうことりしか目に入らなくなっちゃうんだよ♪」

 

 

 ことりはそう言うと、鼻の上から頬にかけてまでを赤く染め上げ、トロンと垂れた目で俺のことを見た。 ことりのその言葉を聞いて何をしたのかが大体分かったような気がする。

 

 

 

 

 

 

 媚薬だ―――――

 

 

 俺の体が急に火照り出したことや全身の力が抜けていくようになってきているのは、そのせいなのだろう。 そして、このどこかで嗅いだ事のある匂いは大方ジャスミンなどの類だろう。 よく焼き菓子と共に重宝されるお茶の1つで、お菓子作りを行ったりしていることりにとっては当たり前な品物なのだろう。 自分の家にあった茶葉をうまく配合して香水のようにしたのだろうな………

 

 

 その匂いを嗅ぐまいと顔を背けようとするも、ことりの長い髪の毛はどの体制になっても顔に付いてしまう。 そのため、その髪から匂い出すあの花の香りが俺を包み込んでしまう。

 

 

「あれ~? あれあれ~? 蒼くんのパジャマが汗で濡れちゃっているよぉ~? たいへ~ん! これじゃあ、風邪をひいちゃいますよ~♪」

 

 

 そう言うと、ことりは近付けていた顔を離れさせその身体を起こした。 すると、俺が着ている服の襟の部分を掴むと、そこを勢いよく左右に引き延ばし、首から腹まであったボタンをすべて引き千切ったのだった!

 

 

「おい!!! ふ、ふざけるんじゃない!!!」

 

「きゃぁ~!!! 蒼くんのキレイな体が丸見え~♪ いつ見てもとっても素敵な体だよ~♪♪♪」

 

 

 俺の言葉にまったく耳を貸さないことりは、曝け出された俺の上半身に向かって顔を埋め始める。 頬ずりしたり、手で全体を撫で回したりとありとあらゆる場所を触れたのだった。 それを焦らすようにゆっくりとした手付きで触れるので、くすぐったくも感じてしまう。 だが、力が抜けた状態の身体では、ことりが今やっていることに手出しすることもできずにあった。 俺はそれをただ必死に堪えながら見る他なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはっ♪ こまったなぁ~ことりも体が熱くなってきちゃったぁ~♪」

 

 

 すると突然、ことりは上半身を脱ぎ始めたのだ!

 

 

「な、何をしているんだ!?」

 

「だってぇ~熱くなってきたんだも~ん♪ それに、こうした方が蒼くんも喜んでくれるかなぁ~って思って♪」

 

 

 おいおい、冗談ではないぞ! こんな状態で見せられても喜ぶはずはないだろ! 俺は心の中でそう叫びながらことりが服を脱ぎ、下着にまで手を掛けている様子を見つめるほかなかった。

 

 

 そして、ことりの体を覆っていた最後のベールが脱ぎ棄てられると、上半身だけ生まれたての状態を突き合わせることとなる。 月夜に抱かれたその身体は顔からへそのところまで白く透き通っているようにも見えた。 それにたわわに成長し曝け出された乳房がことりの顔を見ようとするとどうしても視界の中に入ってしまう。 それに不覚にも、月夜に魅せられたことでそれを美しいとも感じてしまう。 普段は感じたことの無い幼馴染に対する印象が1人の女性へと変貌しようとしていた。

 

 

 

「ほぉ~ら、蒼くん見てみてよぉ~私の胸♪ こんなに大きくなったんだよ? 触ってみて確かめてみて♡」

 

 

 ことりは腑抜けた俺の腕を手にすると、そのまま自分の胸に向かわせ始める。 さすがの俺もそれだけはマズイと感知すると、眠りについていた神経を呼び醒まして無理にその手から逃れる。

 

 

「もぉ~、蒼くんの意気地なし♪ けど、そんな恥ずかしがり屋なところもことりは大好きだよ♡」

 

 

 さらに顔を赤く染めて訳の分からない嬉しさを露わにしてみせる。 すべては俺のためだというのだが、そこに俺のことなど微塵たりとも考えてなどいないようにも思える。

 

 俺の目に映ることりの瞳。 絵具で塗り潰されたかのように思える濁った瞳。 俺がいつも見ていたことりの瞳の色とはまったくの別物だ。 その瞳は一体何を見ているのか………ハッキリと言えるところはあるが、そうでもないところもある。

 

 つまり、俺が思っているモノとことりが思っているモノは合致してはいるが、それがどういう実態であるかは対義的なのだろうと感じている。

 

 

 

 

 月夜が傾き始め、部屋全体に白い光が差し込む――――――

 

 

 

 

 ことりが来始めた時よりも部屋が明るくなり始めると、ことりの姿を改めて確認してしまう。

 

 

 

 

 

 

 すると、どうしたことだろうか。 それまで目に入ることの無かった傷痕のようなモノが無数に見つかったではないか! それも小さいモノだけではなく、大きいモノも見受けられたのだから余計に驚いてしまう。 特に胸元が酷すぎた。 強く何かに圧迫されていたのだろうか、紫色に近い痕が痛ましさを強調させていた。

 

 

 

「ことり! その痕は一体どうしたって言うんだ?!」

 

「…………ふふっ、気が付いちゃったね…………これはね、絵里ちゃんに付けられた傷………朝に付けられてまだ元に戻らないでいるの…………」

 

「ちょっと、よく見せろ!!」

 

 

 その痕を見た時から体中から湧き上がる何かが生じ始めていた。 それが全身に行き渡ると衰えていた力が戻りおう始める。 腕に力を込めると、横になった敷布団に手を置いて上半身を起こし始める。 俺の身体に跨っていたことりは「キャッ?!」と小さな声で驚きながら後ろに下がり出し、俺と同じ布団の上へと座り込むようになる。

 

 そして、俺はことりの身体についた無数の傷跡を近くで見始める。 それを間近で見ると、あまりにも痛ましく思えて心苦しくなる。 こんなに傷付いたことりを見たのは初めてだ。 俺が見ていたことりはいつだって綺麗な姿だった。 シルクのように透き通るような乳白色の肌は、男女問わず誰をも魅了する美しさを持っていた。 それは友達である穂乃果たちやμ’sからも称賛されるくらいのモノだった。

 

 かく言う俺もまた、ことりのこの美しさを認めていたし、雑誌とかで見られるモデルよりも上をいくモノだと感じてしまうほどで、影ながらにも称賛していた。

 

 

 

 それだのに、どうしてこんな姿になってしまったのだろうか…………

 

 ことりの傷痕すべてに手を触れながらその痛みと深さを感じとる。 なぞるようにその痕に触れると、甘い吐息を発して俺の集中を削ぐような仕草を見せる。 けれど、時折見せるしかめる表情がその痛みを伝えてくる。

 

 

 

「大丈夫だよ、蒼くん。 ことりをこんな目にさせた絵里ちゃんは必ず排除しちゃうからね♪」

 

 

 ことりに触れる手を握り締めながら、表面的に笑っている顔をこちらに見せる。 坦々と言い放つその言葉に感情があるとは思えなかった。

 

 

「やめろ、ことり………これ以上、傷付けるんじゃない………」

 

「ダメだよ。 あんなのがいると蒼くんを酷い目に合わせるに決まっているんだから、今の内に片付けておかないといけないんだよ!」

 

「いや、そうじゃない………俺が心配しているのは絵里のことじゃない………ことり、お前のことだ」

 

「えっ、ことりのこと………?」

 

 

 俺からの思いもよらなかったであろう言葉を耳にすると、ことりは抜けたような表情を見せた。

 

 

「お前は絵里のことを甘く見過ぎている。 絵里はことりが想像している以上の存在だ。 いずれ、足元をすくわれてしまうぞ!」

 

「ううん、大丈夫だよ。 前は失敗しちゃったけど、今回は穂乃果ちゃんと海未ちゃんもいるんだから問題ないよ」

 

「だとしても絶対にやるんじゃない!! 絵里が本気になれば、お前達3人が掛かって行っても勝ち目がないヤツなんだぞ! それに、下手すりゃことりだって…………!!」

 

 

 感極まり出す心が強く叫ぶと、いつの間にか俺は滑らかな髪をまとった頭を抱え込むようにことりを抱きしめていた。 髪についた香りが鼻を通り身体の自由を奪おうとするが、体内から分泌される何かがそれを打ち消して主導権を渡さなかった。

 

 何かが大きく変わってしまったことり。 だが、この小さくて華奢な体を抱きしめていると、ただの1人の女の子であることを実感する。 そんなことりがこれ以上傷付くような姿を俺は見たくなかったのだ。

 

 

 ましてや、もうμ’s同士で争うところを見たくもないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………蒼くんはやさしいね…………」

 

 

 今にも消えて無くなってしまいそうな声が耳を通り抜ける。 すると、ことりは俺の体を突き放し、その勢いで俺の体はベッドの上に倒れ込む。 また起き上がろうと力を込めるのだが、どうも言うことを聞かない。 どうやら耐性の許容範囲を超えてしまいようやく全身に痺れが回ってきたようだ。 視界すらもハッキリしないときた。

 

 

 ことりは倒れ込む俺をただ見つめると、脱ぎ捨てた服を手にしてそれを着直し始める。 整い終えると、また顔を俺の鼻先にまで近付けさせては、やんわりとした笑顔を見せた。

 

 

「ことり、もう行くね………」

 

 

 全身をやさしく包み込むような言葉が俺にかかる。 ことりが今日見せた中でもとびっきりと言っても過言ではないやさしいその顔は、まるで何かを悟っているかのようにも捉えることが出来るのだが、それを言葉にすることはなかった。

 

 

 

「ま、待て………! ことり、行くんじゃない………!!」

 

 

 今ある力を振り絞って出した言葉はことりに届いた。 しかし、ことりはそれに応えようとはしなかった。

 

 

 

 

「戻ってこい……! 俺と……ことりがいるべきあの場所に………!!」

 

 

 震えながらも俺はことりに手を伸ばした。 すると、ようやくことりは反応を示すと、俺の手を自分の頬に当て始める。

 

 

 柔らかく、温かみのある頬――――――

 

 

 手を伝って感じたその感触が、まるでもう触れることが出来ないような焦燥感を俺に与えた。 全身に渡って感じ始める悪寒が何かを暗示させているかのように思えた。

 

 

 

 

 すると、ことりは―――――――

 

 

 

 

「もう………戻れないよ…………ことりは………もう戻れないところまで来ちゃったから…………」

 

 

 

 一言だけ言うと、触れていた手をそっと置いてこの場を立ち去り始める。 そして、窓際に差し掛かったところで振り返り――――――

 

 

 

 

 

「迎えに来るからね―――――――」

 

 

 

 と言い残してこの部屋から去った。

 

 

 

 

「待て……!」と言って彼女の行動を止めに出たモノの、少し体を動かしたほんのわずか後に、視界が真っ暗になった。 意識が遠くなり始めていく最中、俺は必死にことりのことだけを口にして、深みへと沈んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 朝――――――

 

 

 

 陽が昇る始める頃に目が覚めた俺は、瞬時に体を起こして辺りを見回し、そして、窓から外を覗きこむ。

 

 

 けれど、そこにことりの姿は見当たらなかった。

 

 

 当然のことだ、あれから何時間も過ぎたのだから……………

 

 

 

 そして、居ても立ってもいられなくなった俺は、着替え出してはすぐに家を飛び出した。 向かうは、アイツの家―――――行動を起こす前に止めなくてはいけなかった―――――!

 

 

 

 ことりの家を通ると、この時間帯では不自然な明かりが灯っているのを目にした。 チャイムを鳴らして中に誰がいるのかを確認するのだが、出てきたのはことりの母親であるいずみさんだった。

 

 

 ホッと落ち着きを感じさせる滑らかな声が、一時的な焦りを緩和させてくれた。

 

 

 けれど、それも束の間、いずみさんの口から「ことりは大分前に出かけていった」との言葉を受けたのだ。

 

 

 

 焦りが高まりだす―――――――

 

 

 俺は駆け出すと、ことりが行きそうな場所を1つ1つ見て回った。

 

 思い出の公園やことりがバイトしているあの店、その他にも所縁あるところを回って行ったのだが、影も形もないのだ。

 

 

 俺は駆けた―――――

 止まることなくただひたすらに走り続けたのだ。 イヤな予感しかしなかった。 ことりの身に何かあったのではないかと感じる何かが俺の中で渦巻き始めていた。 間に合わなくなる前に早く見つけたいのだ!

 

 

 

 

 

 そして、最後に向かったのは――――――――――

 

 

 

 

 

 

 音ノ木坂学院――――――

 

 

 正門が閉まったままで簡単には中に入ることが出来なかったが、ここまで来て躊躇することなどなかった俺は脚部に力を込めて、俺よりもはるかに高い塀を強化された跳躍で飛び越える。

 

 

 学院内に入った俺は、空いている扉が無いかを探す。

 

 

 

 そしたら、まるで俺が来るのを待っていたかのように、1つだけ扉が開いているが見えた。

 

 

 やはり来ていたのか、と思いつつ校舎内に入っては、そこから教室を1つ1つ見て回る。 どこもかしこも机とイスが整った状態で置かれてあり、異常など見受けられなかった。

 

 

 

 

 

 だが、少し離れた空き教室に来ると、異様な感じを実感した。

 

 ドロッとしたおぞましい感じ―――――胃を締め付けてしまうほどの何かをこの中から感じ取ったのだ。

 

 

 

 意を決して中に入ると、そこには誰もいない―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 だが―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 そのあまりにも、めちゃくちゃに荒らされた教室内を見て言葉を失う。

 机やイスは四方八方に飛ばされ、その一部は部分破損しているようにも見えた。 上から吊り下がっていただろう蛍光灯はすべて落下して、ガラスが散在していた。

 

 人が居座れるような空間ではなかったのだ―――――――

 

 

 

 辺りを見回していると、教室の真ん中が異様なものを見つける。

 恐る恐る近付いてみると、そこには無雑作に散らばった髪の毛が………!

 

 それを目にして焦りが頂点に達しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「こと………り…………?」

 

 

 滑らかで透き通るようなその長い髪の毛を俺は一瞬にして、ことりのモノだと確信するのだった。 それがどうしてなのか分からなかった。 だが、その髪が俺にそう訴えかけてきているみたいで胸を締め付けてくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 何本もの……何十本もの髪の毛を手にすると、俺は震えながらに立ち上がり悲痛な声で、ことりの名前を叫んだのだった―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


最後の方でことりの身に一体何があったのか?


それは次回の話で…………


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フォルダー3-13

 

 蒼一が音ノ木坂学院を訪れる数時間も前のことである――――――

 

 

 

 

 音ノ木坂学院内に1つの影が揺れ動く。

 

 

 腰まで伸ばし、頭の右上のところで束ねた髪と独特のチャームポイントと言えるトサカのような髪型をすることりがただ1人校舎前に立っていたのだ。

 

 

 

 そんな彼女が何故このような場所に立っているのか。 それには理由がある。

 

 

 彼女から一通のメッセージが届いたからだ。

 

 

 

 

『明朝、私が指定する教室にまで来て。 あなたに引導を渡すわ』

 

 

 

 明らかな挑発的メッセージを見たことりは、しめたと顔をニヤけると練り合わせていた計画を予定よりも早めに実行させようと行動した。 「その言葉をそっくりそのまま返してあげるね♪」と奥歯を見せつけるような笑いを見せて意気込むと、彼女は準備を整えて音ノ木坂にへと向かって行ったのだった。

 

 

 

 

 

 日が少し昇り始めた頃に、彼女は校舎前に立った。 そして、中に入るための入り口はどこにあるのかを探しまわる。 そしたら、1つだけ運よく鍵が空いてある扉を見つけると、躊躇うことなく校舎内に入って行った。

 

 

 そこから彼女は、律儀にも自分の下駄箱に靴を入れ上履きを履いて廊下に立った。 そして、彼女が示した教室に向かって1歩、また1歩と進んで行く。 懐に忍ばせたモノを抱えながら、ことりは気持ちを高ぶらせつつも澄ました表情で前に進んだ。

 

 

「負けない………負けたくない………穂乃果ちゃんと海未ちゃんと……そして、蒼くんとの未来のために………!」

 

 

 彼女の強い決意が言葉となって表わされる。

 

 

 しかし、そんな彼女の傍らには誰もいなかった。 本来ならば、彼女の両隣りには親友の姿があるはずだった。 だが、2人に連絡を入れても返事が無かった。 彼女は計画の頼みの綱であった2人はさすがにこの時間帯には起きていないだろうと踏み諦めざるをえなかった。 ただ、念のためにメッセージは入れておいた。 それに気が付くか否かは不明だが、ほんのわずかな希望を抱き送ったのである。

 

 

 

「ここが…………」

 

 

 ことりは定められた教室の前に立つ。

 そして、迷うことなく扉を開けると、閉ざされた部屋の中に揺らめく1つの影を発見する。 見覚えのあるシュルエット。 昨日、その彼女から屈辱を受けたばかりのことりの中に早くもその時の怒りが込み上がってくる。

 

 

 

「あら………あなた()朝が早いのね…………よかったわ」

 

 

 鼻で笑うかのような何とも癪に障る声をことりにかけると、ゆっくりと姿が見える場所へと移動した。 後ろで束ねた髪を左右になびかせながらことりの前に現れる彼女―――――

 

 

 

 絢瀬 絵里は冷ややかな、意地の悪い微笑を口元に浮かばせながらことりを見ていた。

 

 

 絵里の姿を視界に捉えると、明るさまな殺意を放出させ今すぐにでも飛びかかろうとしているかのようだった。

 

 

 

 

 ここで決着を付ける――――――!!!

 

 

 彼女の気持ちは固く立つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼女は気が付かなかった―――――――――

 

 

 

 

 

 

 彼女の送ったメッセージに2件の『既読』の文字が存在していたことを――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 憎しみの殺意を抱いたことり―――――――

 

 

 

 冷酷な殺意を纏う絵里―――――――

 

 

 

 両者は互いに向かい合いながら出方を待っている。

 

 

 2人の距離は5,6歩程度と離れてなどいなかった。 机とイスがすべて窓側に重ねられて置かれてあったため、教室の真ん中が一種の舞台上のようにも思えてしまう。 決着をつけるには、ここはまさに絶好の場所であると言えるのだ。

 

 

 ジリジリと間合いを見出そうとすることり。 現状では、ことりが圧倒的に不利だと言えるのは間違いなことだ。 昨日の傷が未だ完治出来ていないことや身体的な面においても劣っていた。 であるならば、一瞬の隙すらも見逃さずにいなくては勝機など無かった。

 

 

 目を細めながら絵里を睨みつけた。

 

 

 

 

「うふふふふ………そんなに気を早まらせなくてもいいじゃない? 別に、アナタをそうするために来たわけじゃないし」

 

「………どういうことかな……絵里ちゃん………?」

 

 

 ふふっと鼻で笑うかのような声を発すると、絵里は自らの手で頬を触れる。 そして、口元を引き伸ばして嫌な笑みを浮かべる。 何かを企んでいるようにも受け止められる表情にことりは焦る。

 

 だが、それだけではないのだ。 今にも襲い掛かろうかと身構えていることりに対して、絵里はそんな素振りなど一切見せないでいるのだ。 無防備なのだ。 その何も無いのにも関わらず、余裕な表情を見せつけている絵里が恐ろしく思えていたのだ。

 

 

 すると、そんな彼女の口から言葉が囁かれた――――――

 

 

 

 

「ねぇ………未明の蒼一はどうだったかしら…………?」

 

「ッ――――――――――!!!!!」

 

 

 ゾクッと体を震わせる言葉に目を見開く。

 

 ありえない………何故、そのことがバレているのか、ことりにはさっぱり理解することが出来ないでいた。

 

 あの時は、誰にも見られないで侵入したはず………あのことを知っているのは彼と彼女のみしかいなかったはずだ…………なのに、何故、目の前にいるこの女が知っているのだとことりは戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

 

「あら、答えないのかしら………? そう……少しだけ聞いてみたかったのよね、蒼一はどういう姿で、どんな匂いがして、どんな味がして、どんな感じがしたのか………そのすべてを聞いてみたかったのに……残念ね」

 

「な………なんでそのことを知っているの……………?!」

 

「何で? 何でって………アナタがそういった行動に出るのだろうって思って先回りしていただけよ。 蒼一の部屋から出てきた時はとても嬉しそうだったじゃない………ねぇ?」

 

「ッ~~~~~~!!!」

 

 

 絵里の言葉を耳にして、焦らずにはいられなかった。 まさか、あの時のことを最初から最後まで見られていただなんて思いもよらなかったからだ。

 

 

 絵里はさらに言葉を続ける――――――

 

 

「あらそうそう、アナタが駒にしていた花陽とにこは残念だったわねぇ~。 あんなに簡単に使えなくなっちゃうだなんてかわいそうね? どんな気持ちだったかしら、奪われていくその気持ちは?」

 

「ッ――――!! だ、黙れっ!!!」

 

 

 

 ことりはさっきよりも激しく体を震わせ、叫び付ける。 ことりに動揺が走る。 これまで、ことりは自分の意とはそぐわない結果が出てきて焦っていた。 真姫を消すことに花陽とにこを遣わせたが、結局、失敗に終わるどころか、自分の手元に戻ることは無かったのだ。

 

 ことりの中では、すでに当初の計画は泡沫の如く消え去ろうとしていたのだ。 それが悔しくて悔しくて堪らなかったのだ。

 

 

 

「あらあら、でもよかったわねぇ~。 アナタにはまだ2つも駒が残っているのだから………」

 

「なにを言っているのかなぁ……………?」

 

「ん? 何か変な事でも言ってたかしら? 私はただ、穂乃果と海未も自分の手駒として私を潰そうとしていたのでしょう?と言っているだけよ?」

 

「ッ~~~~~~~!! ち、違う――――――!!」

 

 

 

 絵里の言葉が突き刺さると、嫌悪な表情を浮かべつつ、ただ唸っていた。 それはまるで、はい、その通りですと言っているような顔つきとなり、ことり自身もそれをすぐには否定しようとはしていなかった。

 

 

 冷静でいようと必死に感情を抑え付けようとしているのに、絵里の言葉が一々癪に障って気が立ってしまう。 今すぐにでも跳びかかって、そのうるさい口を黙らせてやりたいと頭に血が上る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが絵里の挑発であるとも知らずに――――――――

 

 

 

 

 

 

 顔を真っ赤にさせて怒りを露わにすることりを見て、ニヤリと笑い出すと、絵里は立て続けにことりに話を仕掛けていく。

 

 

 

「あら、さっきのことが違うとなると…………アナタは蒼一をどうしたいわけなの?」

 

「決まってる! 蒼くんは私のモノ! ことりのモノなんだから、誰にも渡さないよ!!!」

 

「困るわねぇ……私も蒼一は欲しいと思っているのよ…………もちろん、私のモノとしてね………♪」

 

「それだけは赦さない!! アンタみたいな女なんかにことりの蒼くんを渡すなんてとんでもないよ!! 私はアンタを殺して、蒼くんをアンタの魔の手から救ってあげるんだから!!!」

 

「魔の手………ふぅ~ん、酷いのねことり。 私のことをそんなふうに言うだなんて………私は純粋に蒼一のことが好きなのよ?大好きでダイスキで堪らないのよ。ずっと、傍に居てほしい………ただそれだけの気持ちなのよ?」

 

「嘘だ!! アンタはそうやって人を騙そうとするんだ!! そんな見え透いた嘘なんかで私を納得させようだなんて無理な話なんだから!!」

 

 

 

 ことりの心底を探るような言葉で語りかけてくる絵里に、過敏かつ激しくぶつかることり。 そこに冷静さなど微塵たりとも感じられることはなかった。 ただ、怒りに身を任せて感情が高鳴るだけ言葉を発しているようにしか思えなかったのだ。

 

 

 

 

 

 絵里は更なる言葉を突き出す。

 

 

「なら、私を殺してみなさい?」

 

「ッ――――!? あはっ……アハハハハハハ!!! 気でも狂ったのかなぁ!!!??? そんなにことりに殺されたかっただなんて思いもしなかったよ!!! いいよ………今すぐに楽にしてあげるよ…………」

 

 

 

 今日一番の狂気を身に纏うことりのその手には、ナイフが取り出されていた。 刃渡りはそんなにないが、心臓を突き刺し、命を奪うのには申し分の無い長さだった。 それが今、絵里に向けられてる。 じわりじわりとその距離を縮め始める。

 

 

 

 すると、急に絵里が手を突き出してことりの行進を静止させた。

 

 

「ただし、条件があるわ」

 

「条件?」

 

「私を殺した後にアナタが何をするのかだけは聞かせてもらうわ」

 

「………アハッ!! 条件と言って難しいことでも言うのかと思ったけど、なんだそんな簡単でどうでもいいことが聞きたかったんだぁ~? へぇ~…………いいよ、教えてあげる………」

 

 

 ことりは狂気染みた表情から笑って見せると、嬉しそうに話しだす。

 

 

 

 

「そうだね………まず、絵里ちゃんをここで八つ裂きにして殺しちゃってから………他の邪魔なヤツらを殺しに行っちゃうよ。真姫ちゃんに花陽ちゃん、それににこちゃんも………あぁ、ことりの邪魔をしてくれた凛ちゃんと希ちゃんも一緒にヤっちゃいましょう♪そして、誰もいなくなってから蒼くんをことりだけのモノにするの………うふふ、蒼くん……あともう少しだよ……あともう少しで、迎えに行くよ………♡」

 

「へぇ~……なるほどねぇ………ことりもちゃんとみんなを消してから手に入れようとするのね………下らないわねぇ」

 

「ハァ………?」

 

「まったく下らないわね。 ことりのことだから、もっと芸のある話かと思ったら、とんだ子供染みたお話しね。 安っぽ過ぎて欠伸が出てしまいそうだわ」

 

「!!! ………ふふふ………ふふふふふ…………何が下らないって言うのかなぁ………絵里ちゃん?」

 

「全部よ、全部。 全員1人1人殺していくだなんて気の遠くなるような話ねぇ………そうする必要もないのに………バカみたい」

 

「………うふふふふふふふ………あはははははははは!!!!! やっぱりそうなんだ!! アンタみたいなヤツはそうやって私を見下して、蔑むんだ!!! もういいや、今すぐにでも殺してあげるよ!!!!!」

 

 

 絵里の言葉がことりの逆鱗に触れた。 さっきよりも強い殺意を抱き、ナイフに力を込め始める。 息を荒々しくさせ、目を血走らせながら彼女のことを凝視していた。

 

 

 しかし、絵里は至って冷静であり続けていた――――――

 

 

 

「あはははははははは!!!! さあ、絵里ちゃん。何か言い残すことがあったりするのかなぁ?遺言でもあったりするのかなぁ?ことりが聞いてあげるよ?聞いてすぐに忘れてあげるけどね!!!」

 

「そうね………それじゃあ、最後に…………穂乃果たちも殺しちゃうのかしら?」

 

「殺しちゃう殺しちゃうよ♪ことりの邪魔をするのなら誰だって排除するよ、殺してあげるよ!!誰にも渡さない、渡すつもりなんかこれっぽっちも無いんだからね♪あはははははははははは!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 我を失ったみたいにケタケタと壊れるくらいに笑いながら平然と、親友の殺害を予告することり。 共に蒼一のために行動しようと約束を交わしたのにも関わらず、彼女は感情に流され易々と口にしてしまったのだ。 なりふり構わず排除しようとする彼女を誰も止められないモノだと思われていた―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――が、

 

 

 

 

 

 

 

「うふっ……うふふふふ………だと言っているわよ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――穂乃果、海未―――――――」

 

 

 

 

 

 

「――――――えっ――――――?」

 

 

 

 

 

 ことりの口から狂気の言葉が途切れる。

 

 一瞬、頭が真っ白な状態になったように彼女はすべての行動を停止した。

 

 

 

 そして、彼女はゆっくりと後ろに顔を向け始める…………するとそこに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ―――――――――――?!!!」

 

 

 

 

 

 彼女がいるはずもないと思っていた、親友が2人。 彼女を凝視して立っていたのだった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:37】

 

 

【再生▶】

 

 

 

 

(ピッ!)

 

 

 

 

『あら、意外にも早起きなのね、あなたたち』

 

『絵里ちゃん…………』

 

『絵里…………』

 

 

『あらあら、2人とも怖い顔をしちゃって。 どうかしたのかしら?』

 

『とぼけないで!! ことりちゃんにあんな傷をつけたのは絵里ちゃんなんでしょ?!』

 

『あぁ……なんだ、そのことね。 うふっ、いい声で鳴いていたわよ………うふふふふ………』

 

『ッ―――――――!!!!!』

 

『ふっ、強そうなパンチね。 けど、そんな鈍足じゃ私には届かないわよ?』

 

『うるさい!!! よくも……よくもことりちゃんを………!!!!』

 

『穂乃果、落ち着きなさい。 今、私たちが挑んでも絵里には勝てません』

 

『ふ~ん、あなたは冷静なのね、海未』

 

『堪えているだけです………どうしたらアナタのその汚らわしい口を一生開かせないようにすることだけを考えているのです……………』

 

『さすがね、3人の中でも………いえ、あのμ’sの中でも手強いかもしれないわね………』

 

『それで、お話しと言うのは何でしょう………そのために、私たち2人だけを呼んだのでしょう?』

 

『そうね、それじゃあ、率直に言わせてもらうわ。 アナタたちはどうしてことりなんかと一緒にいるのかしら? どうして、自分たちだけで行動しようとしないのかしら………?』

 

 

『『!!!!』』

 

 

『………あら? もしかして答えられないのかしら?』

 

『そんなわけないよ!! ことりちゃんは私たちの友達だから! 親友だから一緒になっているんだよ!!』

 

『そうです! そのために私たちは一緒に………』

 

『だからどうしたのよ? 一緒に行動したからと言ってその先は、どうなるか知らないんじゃないの?』

 

『そ、それは………すべてが終わったら、蒼君を穂乃果たちのモノに………』

 

『バカね、蒼一は1人しかいないのよ? 3人に行き渡るだなんてそんな都合のいい話なんて無いわよ?』

 

『ぐっ……?!』

 

『それに、アナタたちのその儚い夢が叶ったとしてもアナタたちは満足できるの? ずっと、傍に居られるわけじゃなくて“共有”というかたちでアナタたちのモノとなるのよ? そんなの我慢できるのかしら?』

 

『『……………!』』

 

『私は嫌よ。 蒼一が誰かと一緒に共有するだなんて、バカげてる。 蒼一を自分だけのモノにすることが本当の幸せを見つけられるのよ? そうは思わないかしら…………?』

 

『『!!!!!』』

 

『それに………アナタたちの言う親友は本当に“共有”するって約束してくれているのかしら?』

 

『『えっ…………??』』

 

『私だったらアナタたちのようないい捨て駒は、ボロボロになるまで使い切ってから切り捨ててしまうのだけど………どうなのかしらね?』

 

『そ、そんなことないよ………! ことりちゃんはそんなことをしないよ………!』

 

『そ、そうです! そんなのありえることではありませんよ………!』

 

『あら、そんな強気に言っているようだけど、内心かなり動揺しているようね。 何か引っかかるようなことがあったりするんじゃないかしら?』

 

『『………………』』

 

『………ふふっ、まあいいわ。 その答えはこの後に分かることなんだから』

 

『ど、どういうことですか…………?!』

 

『ここに呼んだのはアナタたちだけじゃないわ。 あの子も呼んだのよ。 まあ、今頃、私を排除できるのだろうと喜んでいるのでしょうけどね』

 

『どうするつもりなんですか………私たちをここに呼び寄せてまで、あなたは一体何をするつもりなのですか?!』

 

『アナタたちは、私とあの子のやり取りでも聞いていればいいわ。 でも、もし居ても立ってもいられなくなったら、あの子と一緒になって私に襲いかかって来ても構わないわ。 けど、どうするかは全部アナタたち次第よ――――――』

 

 

 

 

(プツン)

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


連続投稿は辛いです…………眠い。。。。。。。。。。



次回もよろしくです。


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フォルダー3-14

 

 

 

 

 

『アナタたちは、私とあの子のやり取りでも聞いていればいいわ――――――』

 

 

 絵里がそんなことを穂乃果と海未に言い放った。

 

 

 彼女たちの心境は、『ことりを傷つけたこの女を今すぐにでも襲ってしまいたい』という思いが強かった。 だが、彼女たちは動こうとはしなかった―――――いや、動けなかったのだ。

 

 彼女たちは憎しみを抱いている相手からの言葉を耳にしたことで、疑念が生じ始めていた。 それは、ほんのわずかなモノだった―――――しかし、それで十分だった。 そのシミのように小さな疑念が彼女たちの行動を制限させたのだ。

 

 

 

 彼女たちは疑ってしまった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 大切な親友のことを――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その親友の口から出てきた言葉を耳にした時、彼女たちの心境が確信へと変貌していく―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『親友“だった”者が自分たちを騙し、裏切った』のだと―――――――

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

[ 音ノ木坂学院・空き教室 ]

 

 

 

 激怒して真っ赤にさせていた顔が、一瞬にして真っ青になる。

 

 

 いるはずがないと確信していたことりは、まさかここに2人の親友がここにいるだなんて思ってもみなかった。 しかも、このタイミングでの登場するという最悪なシナリオに直面することとなるとは………

 

 

 

「ぁ………………ぁぁ……………………」

 

 

 蚊が羽ばたきするよりも小さな声が漏れ出すが、それを耳にする者など誰もいない。

 それほどまでに、彼女は気力も活力も失ってしまった。 ただ呆然と立ち尽くし、自分を凝視する2人の辛辣な視線を浴びせられた。

 

 

 それはまるで、大蛇に睨まれ身を竦ませた蛙のように、彼女は戦慄した。

 

 

 

 

 沈黙の時が彼女たちを覆う。

 

 

 

 

 

 その沈黙を破ったのは、彼女の1番の親友からだった。

 

 

 

「ねぇ……ことりちゃん………さっきの話はホント…………?」

 

「ほ、穂乃果ちゃん………ち、違うよ………! 私が穂乃果ちゃんを排除しようだなんて思ってないよ!!」

 

「だったら、なんであんな言葉が出てくるのかなぁ………? 本当は………ことりちゃんは穂乃果のことを邪魔だと思っていたのかなぁ………?」

 

「ち、違うよ!! そんなこと思ってないよ!!!」

 

 

 

「じゃあ、どうして穂乃果たちに内緒で蒼君に会いに行ったの?! あの後、やらなくちゃいけないことがあるから帰るって言ってたのは、そういうことだったの!?」

 

「そ、それは……………」

 

 

「………やっぱりそうなんだ………ことりちゃんは穂乃果たちに都合のいい約束とかして、油断させていたんだ………穂乃果たちのためだって言っておきながら、全部、ことりちゃんのためだったんだ…………」

 

「ほ、ほのかちゃん………………」

 

 

 

 歯を強く噛み締めるように話す穂乃果の言葉には、親友に裏切られたことに対する強い怒りと悲しみが含まれていた。 その言葉を受けることりは、自らの失言を覆すかのように言葉を選び出そうとするが、予想もしなかった現状に狼狽し口籠ってしまう。

 

 

 

 

「どうして、答えてくれないの? 穂乃果はことりちゃんのことを信頼していたのに、どうして答えてくれないの………………?

 

 そっか、最初から穂乃果のことを信じてなんかいなかったんだ…………だから、そんなことが言えたんだ……………」

 

 

 穂乃果の言葉に答えられすにいることり。

 ことりが穂乃果に与える不明確な言葉と沈黙は、ますます彼女の気持ちをさらに不安がらせる材料となる。 それが彼女の中に築かれていた1つの概念を打ち壊すきっかけとなり始めた。

 

 

 そして、その概念は砂で形作られた造形の如く脆く、打ち寄せる波によって崩れ落ちていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「………ま、待って………違うの穂乃果ちゃん………ことりはそんなこと思ってなんか………」

 

 

 

 ことりは自分の気持ちを伝えるべく弁解を図ろうと穂乃果に近づこうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ないで――――――――」

 

 

 

「えっ―――――?」

 

 

 

「来ないでって言ってるんだよ――――――――」

 

 

 

「ほの………か………ちゃ…………ん………………」

 

 

 

 

 

 穂乃果はことりを拒絶した。

 

 

 ことりが1歩近づこうとすると、穂乃果は1歩後退して遠ざかった。 それを目の当たりしたことりの動揺は決して測れるようなものではなかった。 彼女の感情は断崖絶壁の淵へと追い込まれた。

 

 

 

「ま、待って………穂乃果ちゃん、待って…………! わたしは………ことりは何もしないよ………? ことりは穂乃果ちゃんには何もしないよ…………?」

 

「じゃあ、その手に持っているナイフは何………? 穂乃果をここで殺そうと思っていたの………? 都合が悪くなったから、穂乃果を殺そうとしているんだね………?」

 

「ぃや………ちがっ…………こ、これは…………………」

 

 

 

 涙を顔ににじませながら必死に語りかけることりの言葉は、儚くも穂乃果に届く前に中空で砕け落ちる。 穂乃果はもうことりの言葉に耳を傾けようとはしなかった。 彼女の目に映って見える者は、自分を裏切り、殺めようとしている者――――――――彼女の敵である。

 

 

 

 

 

 

「だから、もう関わらないで…………お願いだから…………」

 

 

「ッ~~~~~~~~!!!!!」

 

 

 

 親友の口から初めて聞く、拒絶の言葉。 それは彼女にとっての終焉の言葉となり、何とも悲しく、痛ましく、そして、儚きことなのだろうか。 今にも崩れ落ちそうになる身体は辛うじて保たれているが、五体で構成されたこの肢体は限界に近付いていた。 軽く突かれれば、五体は一瞬にしてバラバラとなり、再構築など不可能となるほどに散在されてしまうことだろう。

 

 

 

 

 光を徐々に失う瞳からは、暗闇をも漆黒へと塗り潰してしまう心の闇が姿を覗かせていた。 崖の底から聞こえる絶望の声が彼女を誘おうと声を掛けてくるのだ。

 

 

 その声に、彼女は足を運ばせられる。

 

 

 

 

 

 

「………う、うみちゃ…………海未ちゃんは………信じてくれるよね…………? ことりのことを信じてくれるよね……………?」

 

 

 

 枯渇した喉を潤わそうと願うかの如く、彼女は最後の希望を海未に向けた。 彼女なら分かってくれるはず………!そんな根拠の無い願いを込めながら彼女はすり寄る――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、海未はあろうことかことりからの視線を避けた。

 

 現状に驚きを抱きながらも澄ました表情を見せていた彼女の顔は、ことりの切なる気持ちを薙ぎ払うかのように拒絶した。

 

 

 

 言葉で語らない彼女の想い――――――

 

 それは、今のことりにとっては罵声を浴びせられるよりも苦痛な行為である。 声を掛けることすらも嫌がられ、無視され、拒絶されたという気持ちがことりの心に深い傷をつけ、えぐるように傷口を広げていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 それを感じた彼女は諸手を下げ、全身を覆い被さるような脱力感を抱く。 まるで、この世の終わりのような絶望感が彼女の頭上に落とされた。

 

 

 

「そ……そんな…………穂乃果ちゃん………!! 海未ちゃん………!! ねぇ!! ことりを信じてよ!! ことりのことを信じてよ!!!!」

 

 

 感情が崩壊しようとする中、彼女は最後の救済を求めようと2人の親友に呼びかける。

 

 

 

 

 だが、2人は彼女の言葉に耳を傾けようとは一切せず、冷ややかな眼差しで彼女を見ていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「もう信じられないよ…………何が本当で、何が嘘なのか………もう分からないよ…………!」

 

 

 

 穂乃果はそう言うと、この場から逃げ出すかのように走り去って行った。

 その後を追いかけるかのように、海未も駆け出そうとする。 その去り際に、海未はここに来て初めてことりに口を開いた。 しかし、それはことりに背を向けの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

「あなたには………失望しました…………」

 

 

 

 海未はただそう言い残して、この教室を後にする。

 

 顔を向き合わせることなかった会話。 それは2人の間に大きな溝が出来たことを暗示するかのようだった。 ことりは海未を引き留めようと手を伸ばそうとするが、空を掴むように彼女の前からいなくなる。

 

 

 

「待ってよ、穂乃果ちゃん………!! 海未ちゃん…………!!! ことりを…………ひとりにしないでよ……………」

 

 

 

 届かない声

 

 

 ことりはその場に泣き崩れ、孤独となった。 もう、彼女を支える者はいなくなった。 彼女と共にする者は過ぎ去って行った。 彼女は一瞬にしてすべてのモノをこの手から失ってしまったのだ。

 

 

 

 すすり泣く彼女の声が残響する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を部屋の隅で嘲笑うかのように彼女は愉しんでいた。

 

 

 

 

 

 

「くふふふ………くははははは…………あははははははははは!!!滑稽!!愉快!!なんて愉しい一幕なんでしょう、思わず身震いしてしまったわ」

 

 

 嘲笑することを抑えることが出来なかった絵里は、窓際に追いやられた机の上に腰掛け、手足を組みながらこれまでのやり取りを見物していた。 ことりの前から穂乃果と海未が離れ去り、ことりが絶望していく様を見て、彼女は身震いするほどに愉悦した。 自分を陥れようと画策していたことりが、逆に自分が仕掛けた罠に陥ってしまったことが痛快だった。

 

 

 

「アハハハハ………まさか、こんなにもうまくいくだなんて思ってもみなかったわ。 所詮、アナタたちの関係はその程度のモノ。 いくら何十年もの付き合いがあっても、親友であったとしても、いとも簡単に砕け散ってしまうものなのね………哀れねぇ……ことり…………」

 

 

 口元を緩ませながら慰めの言葉を吹っ掛けるが、それはただの罵倒にすぎなかった。

その言葉を浴びせられたことりは、膨れ上がる悲しみが怒りへと急変しようとする。 泣き震える体にグッと力を込めて震えを止める。 涙を流す瞳は憎しみのあまり真っ赤に充血する。

 

 手に持っていたナイフに力を込めると、一瞬にして立ちあがり、絵里に襲いかかろうと迫る。

 

 

 

 

「うああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 彼女の口から今までに聞いたことの無い、ドスの効いた叫びが残響する。 怒りと憎しみに包まれた身体からは、ただ絵里を殺そうとする殺意だけがむき出しになっていたのだ。

 

 

 絵里に最接近したことりはナイフを振りかざす――――――

 

 

 

 だが、絵里は至って冷静でまだ腕組みしながら見ていたのだ。

 

 

 

 

「死んじゃえええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 強烈な殺意と共に、振り下ろされる凶器――――――――

 

 

 

 

 

 

「?!」

 

 

 しかし、その刃は決して絵里に届くことはなかった――――――

 

 

 絵里は振り下ろされた腕を掴み、持っていたナイフを払い落した。 空の手となったことりの腕は、絵里の手によって強く締め付けられた後、その腕一本を主柱として、ことりの体を投げ飛ばした。 体力の決定的な差がここで生じてしまったのだ。

 

 

 背中から叩きつけられたことりは、しばらく体を動くことが出来ずに天井を仰ぎ見ることとなる。

 

 

 すると、そこにまた絵里が体に圧し掛かり彼女を見下した。 害虫でも見ているかのような蔑んだ視線が彼女に降りかかる。 ことりはそれを悔しそうに歯ぎしりしながら見ることしかできずにいたのだ。

 

 

 

「ねえ、今どんな気持ち? アナタのオトモダチに見放された気持ちってどんな気分かしら? 苦しい?悔しい?悲しい?憎い?腹立たしい? アハハハ、もしかしたらこのすべてかもしれないわね?」

 

 

 彼女を見下す絵里の言葉が憤怒させる。 今すぐにでも殺したい………!その見下す顔を八つ裂きにしてやりたい………!!と心からそう願ったのだ。 だが、彼女は身体を動かすことが出来ない。 忌まわしきこの女に嫌悪の眼差しを送り付けることしかできなかった。

 

 

 

 すると、絵里はことりの体に触れ始める。 いやらしい手付きが服越しの体を舐め回すように触れるのだ。 彼女は上唇を一舐めすると、ニヤリと笑い出す。

 

 

 

「うふふふふ…………それじゃあ、この前の続きでもしましょうか………?」

 

 

 そう言い放つと、その手がことりの下半身へと伸びていく。 肉付きの良い太ももに触れると、その感触をじっくりと堪能する。 そして、その手は徐々に上半身へと向かって伸びていこうとする。

 

 

 絵里がとある部位を触れ始めると、ことりは身体をビクつかせた。「いい反応ね♪」と冷淡な笑みを零すと、続けざまにそれを弄くり始める。 ことりの口から乱れた吐息が漏れ出すと、それにつられるかのように絵里も甘い吐息を漏らす。 それが愉しいと思い始めたのか、絵里はその行為をエスカレートさせる。

 

 

 

 

「さあ、いい声で鳴いて見せて頂戴♪」

 

 

 ことりの耳元でそう囁くと、それが合図となり乱れ始める。

 

 

 

「ッッッ~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」

 

 

 

 絵里に弄ばされる身体から天を突き刺すほどの甲高い声が残響した―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

「ハァ―――――ハァ―――――ハァ―――――――」

 

 

 熱のこもった吐息が彼女の口から吐き出てくる。 絵里に弄ばされた身体からは湯気が上り立つほどの熱と大量の汗が流れ出し、彼女の服が透けてしまうほど濡れてしまう。 絵里によって終始叫ばされた彼女は、残されたすべての力を出し絞られ、虚ろとなった瞳でただ呆然と虚空を眺めていた。

 

 そんな無防備な彼女に近付く絵里。 溢れんばかりの欲望を満たし切ったその表情は実に豊かであった。 ただ、その表情は闇よりも黒く穢れきったものだった。

 

 

 

「いい鳴き声だったわよ………ことり。 私が見込んだことはあるわ………」

 

 

 一言そう言うと、立ちあがってこの場所から立ち去ろうとする。

 

 

 

「じゃあね、ことり。 今度は、アナタの本当の大切なモノを奪わせてもらうわね………♪ そして、もっと絶望しなさい………無力で非力なアナタ自身をね…………」

 

 

 

 ケタケタと笑いながら、絵里は暗闇の中へと姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、いくつもの時が過ぎた――――――

 

 

 倒れ込んでいたことりは、揺らぎながら立ち上がり動き始めた。

 

 先日よりももっと酷く穢れた身体―――――それをもう手当てしてくれる人も、慰めてくれる人も誰もいなかった。

 

 ことりは本当の意味での孤独を味わう。

 断崖絶壁へと追い込まれた彼女は、絵里によって底が見えることの無い深い谷間へと真っ逆さまに落ちていったのだ。 助けを求めようと親友に差し伸べた手は、打ち払われるどころか2人揃って彼女を突き落とした。 暗闇よりも深い闇に叩き落とされたことりには、もはや絶望しかなかった。

 

 

 

 

「うぅ…………うぅぅぅ…………うわあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 すべての光を呑みこんでしまう絶望の叫びが残響する。 そして、ことりはその部屋に置かれてあった机やイスなどありとあらゆるものを手にして、それを四方八方へと投げ飛ばした。 あるモノは床に叩きつけられ、あるモノは壁に打ち付けられ、あるモノは天井にぶつかり蛍光灯を打ち壊した。

 

 力が尽きる限り暴れまわった。 だが、それで彼女の憎しみの感情は収まることなど無かった。 ことりを覆う憎悪が膨れ上がるほど、それを怒りとして吐きだした。

 

 

 

 

「嫌い………きらい…………キライ…………みんなキライ!大ッキライ!!!!こんなことになったのもみんなみんなアイツらのせいだ………!!!こんなはずじゃなかった………こんなことになるはずはなかったのに……!!!…………消えちゃえ…………みんな、消えてしまえぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 残響する悲鳴が誰にも届くはずもなかった。

 

 そんな彼女の気持ちの表れは、この傷付いた教室が物語っていた。 強烈な殺意とが彼女の中で育って行く。

 

 

 

 ゆらりと身体を揺らしながら、ことりは日の当たらぬ影をゆっくりと歩み始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

【監視番号:38】

 

 

【再生▶】

 

 

 

 

(ピッ!)

 

 

 

 

 

 

『待ってください、穂乃果!』

 

 

『先に行こうとしないでくださいよ…………』

 

 

 

 

 

『しかし、驚きました…………まさか、ことりがあのようなことを考えていただなんて…………』

 

 

 

 

『これからどうなるのでしょう…………蒼一を襲おうとしているのが、誰なのかがハッキリした中で私たちはどのように動けばよいのでしょうか…………』

 

 

 

『―――――――――――――――――――』

 

 

 

『………はい? 今、何か言いましたか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――――――――――裏切るんだよね――――――?』

 

 

『えっ―――――――――――――?』

 

 

 

 

 

(シュッ―――――――!!!)

 

 

 

『!!? ほ、穂乃果――――?!!』

 

『裏切った………穂乃果のことを裏切った………裏切られた…………穂乃果は裏切られたんだ………………』

 

『ま、待ちなさい………!! 何故、あなたがそのような刃物を手にしているのですか?! それに、どうしてそれを私に向けてくるのですか?!』

 

『ことりちゃんは穂乃果のことを裏切った…………親友だと思ってたのに…………最初のお友達だったのに………………海未ちゃんも穂乃果のことを裏切るんでしょ………???』

 

『そ、そのようなことがあるはずがありません!! 私はいつだって、穂乃果の見方だったではありませんか!!?』

 

 

 

『嘘だ…………そう言って穂乃果のことを油断させる気なんだ…………穂乃果のことを油断サセテ…………穂乃果を閉じ込める気だね………?洋子ちゃんみたいに………?』

 

『よ、洋子のことは関係ないことです………! そ、それに、ああもしなければ洋子は今頃どうなっていたのか見当もつきませんよ!!』

 

『ふ~ん………そうなんだ………やっぱり、穂乃果も同じように閉じ込められるんだ………穂乃果ガ危ない子だから?穂乃果がいると、不都合なことがあるから??穂乃果の知らないトコロデ一体何ヲスル気ナノカナ???』

 

『な、何もしませんよ!! 私はただ、蒼一のことを護ることが出来ればそれで………』

 

 

『蒼君………?

 

 そうくん…………

 

 

 

 そうくんそうくんそうくんそうくんそうくんそうくんそうくんそうくんそうくんソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクンソウクン………………………』

 

 

 

 

『ほ、ほの……か……………?』

 

 

 

 

 

『…………アハ………………アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

『ッ――――――――――――!?』

 

 

 

 

『ソウナンダ………ウミチャンもホノカノコトをケシテソウクンをヒトリジメシヨウトシテイルンダ…………!!!……………ユルサナイ…………ソウクンはホノカノモノ………ダレニモワタサナイ…………ダレニモユズラナイヨ……………………ダッテ、ホノカとソウクンはアイシアッテイルカンケイダカラ、ダレニモジャマサレルコトはナインダヨ????』

 

 

『ほ、穂乃果…………し、しっかりしてください、穂乃果………! 一体何をする気なのですか!?』

 

 

 

 

 

『ジャマダヨ………ウミチャン………………』

 

 

 

『や、やめてください……………刃をこちらに向けないでください………! 穂乃果……? 穂乃果………!? い、いけません!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――――サヨナラ――――――ウミチャン――――――――』

 

 

 

 

 

 

(シュッ――――――――!!!!)

 

 

 

 

 

 

(プツン)

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

(次回へ続く)

 

 




ドウモ、うp主です。


今回で、Folder No.3はお終いとなり、次の段階へと格上げされます。

この章で、大まかな話を終わらせたかったのですが、予定通りに行かなくてすみません。


それと、こちらの都合上により、投稿ペースが落ちます。


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Folder No.4『穿つ』
フォルダー4-1


 

 

 

「けほっ―――――――――――けほっ――――――――――――」

 

 

 

 ううぅ………のどの調子がなんだかおかしいような気がします…………

 

 風邪でしょうか………? 昨晩は異常なほどに寒くなりましたからね………それに付け加えるかの如く、今日もどんよりとした天候のようで、いつでも雨がたくさん降ってきそうな雰囲気でなんだか困っちゃいますね………。

 

 

 しかし、ここに来てからもう何日も過ぎてしまっているのですか………割と速いモノなのですね。 初めは、どうしたらよいのだろうかと悩みっぱなしで、部屋中をうろうろ彷徨い続けて時間を浪費していたことを思い出すと、あの時よりも1日が短く感じてしまうのです。

 慣れ……ですかねぇ………? いくらやることが乏しいからと言って、このような感覚を身体に沁み込ませては、ここから出た後の作業がうまくいかないのではないかと言う疑念が生じちゃいます。

 

 それは困りますぅ~~~~!!!!……………けど、それ以前にここから出ることをしなくちゃいけないです………

 

 

 しかし、そのためには海未ちゃんを説得する必要があるのですが………それに応じてくれるようには思えないですねぇ…………

 

 

 前途多難ですねぇ………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガタンッ―――――――――――!!!

 

 

 

 

「ッ――――――――?!」

 

 

 

 今、この部屋の扉に何か強い衝撃が加えられたようです!!! な、な、なんですかねぇ………?? こんな朝早くに煩くしてくるのは一体……………?!

 

 

 そう感じていますと、扉の鍵が開く音がしまして、ゆっくりと少し重量感のある扉が開かれるわけです。

 

 

 すると、そこから顔を出したのは――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身にすり切ったような傷と汚れでいっぱいの海未ちゃんの姿でした――――――

 

 

 

 

 

「ッ――――――――――?!! う、海未ちゃん!!?!」

 

 

 私はすぐに彼女に駆け寄りますと、彼女はこの部屋に入ってくると同時に倒れかかってきたのです! 私は何とかその身体を受け止めることが出来たのですが、海未ちゃんを抱きしめて近くに居るからこそ分かるいくつもの傷と荒れた息遣い………一体何があったというのでしょうか…………?!

 

 

 

 

「…………うぁぁ…………よ………よう…………こ…………………」

 

「う、海未ちゃん!! しっかりして下さい!!!」

 

 

 

 

 

 明朝から理解に苦しむこの状況に、私の頭は追い付くのに必死になっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

「――――――――っと、これでいいでしょうかね」

 

 

 私は傷付いた海未ちゃんを自分が寝ている布団の上に寝かせ、そこで身体を拭いたり、傷口を押さえたりするなどの行為を行っていました。 ここに水道が通っていて本当に良かったです。 これが無ければ、海未ちゃんの身体の汚れなどを落とすことができませんでしたかね。

 

 

 しかし、これは一体どういうことなのでしょうか…………?

 私が見るに、これは只事ではないように思えるのですが、何者かに襲われたのでしょうか? ですが、これでも海未ちゃんは武芸に秀でているのですよ? もし何者かに襲われたのだとしたらかなりの手練れではないでしょうか? 考えが交錯し始めてきました…………

 

 

 

 

「――――――うぅ―――――――うっ―――――――!!!」

 

「!! 海未ちゃん!! 分かりますか!!?」

 

「――――うっ―――――――よ、ようこ―――――――――?」

 

「はい、そうですよ! 意識が戻ってきて良かったです!! しかし、一体何があったというのですか? あなたのような人を襲うような輩と言うのは一体…………」

 

 

 私が今疑問に思っていることを率直に言ってみますと、それは衝撃的な事実を知ることとなりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――穂乃果です」

 

 

 

「穂乃果ちゃん?!! 穂乃果ちゃんが何故?!」

 

 

 私がそのことを聞きますと、海未ちゃんは下唇を噛み締めて、悔しそうな表情を見せてくるのです。 目元からはじんわりと涙が溢れ出てきたようで、彼女の瞳を潤わせて輝かせます。 しかし、それは悲嘆に暮れる表情でありました。

 

 

 

「穂乃果が急に………私のことを襲いかかってきたのです………! 私は何度も説得を試みました……ですが、穂乃果には私の声など届いていませんでした…………それで………それで……………!!」

 

 

 瞳から涙が零れ出てくるほどに、その悔しさが次第に声を殺していきます。 海未ちゃんの悲しそうなその表情には、普段から見せないからこそ伝わる重みと言うモノを感じさせられました。 これほどまでに、海未ちゃんが悲しむだなんて……………

 

 

 

「そう言えば………ことりちゃんは? ことりちゃんはどうしたのですか……? ことりちゃんと一緒じゃないのですか………?」

 

 

 

 

 

「ことりはいません…………ことりは…………私たちを欺いたのです…………」

 

「欺いた?! まさかそんな!!? あのことりちゃんがそんなことをするだなんて………」

 

「私も信じたくはありませんでした!!! しかし……話を聞いているうちに、それが本当のように思えて………それで私はッ…………!」

 

 

 グッと噛み締めるかのように、その後の言葉を途切れさせました。

 これは私の予想なのですが………多分、海未ちゃんはことりちゃんのことを拒絶したのかもしれません………真っ直ぐな性格故なのでしょう、曲がったことや忌み嫌うことをしてしまう相手に対して、潔く手切れにすることもありえなくもない話です。

 

 それに………今の表情を見る限りでは、悔しいという気持ちと共に後悔の念すらも垣間見えている様子………自分ではそうしたくなかったのに、そうせざるを得なかったというわけですか………なんとも不器用な人なのでしょうか…………

 

 

 

 私は手にしていた布で、顔を濡らしている涙を一筋一筋拭きとるようにしました。 今の私には、彼女にかけてあげられるような言葉は見つかりません………ですが、せめてこのくらいはと思い、このようにさせてもらっているわけです。

 

 

 

 

 

 

「となりますと、蒼一さんの件は一体どうなることなのでしょう…………? この感じでいきますと、海未ちゃんも含めた4人が蒼一さんに這い寄ろうとしているわけなのでしょう? それに………その内の誰かが危害を加えようと…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はい…………???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が蒼一さんのことについて話しだすと、海未ちゃんは身体を一瞬だけ震わせますと、こちらの方に向かって顔を近づけてきました。

 

 

 

 私はその顔を見て息が止まりそうになりました。

 

 

 何せ、つい先ほどまで哀愁漂う哀れな表情だったのが、ふとした瞬間、狂人的な険しい表情を見せつけてくるのです! それに、瞳の色がおぞましいほどに濁りだしており、闇すら感じてしまいました。 それが何とも恐ろしかったことか………無意識ながらに見入ってしまった私は、それに飲み込まれそうになっていたのです。

 

 

 心臓を鷲掴みされたかのような息苦しさと、恐怖が私に襲いかかってきたのです………!

 

 

 これもすべて、海未ちゃんの身体から発せられているモノだというのでしょうか………?!

 

 

 

 ギロリと鷹が獲物に対して睨めつけるかのように見続ける海未ちゃんは、私に向かって話しかけきました。

 

 

 

「………そうですね………確かに、蒼一の周りには汚らわしい蛆虫どもが湧いて出てきそうですね………早めに処理しておかなければならなくなってしまいますね………しかし、そんなことをしていては、蒼一と共に居られる時間が減ってしまうではないですか!

いけませんッ!!!私にとって蒼一との時間は1秒たりとも削ってはならないのです!!私が蒼一を護ってあげなくては……!!私でなければ蒼一を護ることなど出来ないのですから!!

 

……………ふふっ…………ふふふふふふふふふ…………」

 

 

 

 

「う、海未ちゃん………?!」

 

 

 目を見開かせて語りかけてくるその様子は、正気とは思えません。 まるで、何かに取り憑かれたかのように淡々と話しだすのです。

 

 そして、その視線を私から離し、天井を仰ぎ見て叫び出すのです!!

 

 

「待っていてくださいね、蒼一……私が……私があなたのすべてを護ってあげますからね!ですから何も心配などせずに、この私にすべてを捧げてください!!大丈夫です!!私ならあなたのすべてを護ることが出来ます、そうです!!!私でなければあなたを護ることなど出来ないのです!!たとえ、私の身体の一部が無くなろうとも、私はあなたを支えます!!構いません、あなたの命を護ることが出来るのであれば、本望です!!私は何だっていたします!!あなたがあの蛆虫どもを排除せよと命じるのでしたら私は喜んでこの刃で斬り伏せて見せましょう!!!

 

 

あはっ………!!

 

 

 

あはははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」

 

 

 

「ッ―――――――――!!!」

 

 

 

 

 狂っていますッ――――――!!!

 

 頭のネジが1本取れてしまったとかそういうレベルではなく、精神そのモノが滅茶苦茶に壊れちゃっているかのようです!! 先程の哀愁も、後悔の念すら感じられません………ただ彼女の目に映るのは、彼のことだけ………それ以外のモノなんて、目にもとまらないのでしょうね…………

 

 ですから、あのような言葉を口にすることが出来るのでしょうね………親友に対してあのようなことを強く言えてしまうのでしょう………………

 

 

 

 

「そうです………何を難しいことを考えるのですか………私が蒼一に逢いに行くよりも、蒼一が私のところに来させるようにすれば、すべてことがうまく運ぶではないですか………!!

ウフフフ………簡単な話ではないですか……………」

 

 

 

 海未ちゃんの不気味な笑い声が部屋に響きますと、背筋がゾクゾクと震えあがって悪寒すら感じてしまいます。

 

 

 それに何だか、雲行きが怪しくなってきたような気がしてなりません………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………洋子、よかったですね………あと、もう少しすればここを出られるかもしれませんよ………」

 

「へっ?」

 

 

 海未ちゃんは、目を細めニンマリとしたつくり笑いで私にそう言ってきました。

 

 どういうことなのでしょうか? 急に、私をここから出すだなんて………一体何を考えて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まあ、()()()()()()()()()()()()()()()()の話ですけどね…………?」

 

 

 

「ッ…………!!!」

 

 

 

 

 彼女のその一言が、私の脳裏に1つの考えが思い浮かんできたのです!

 

 

 まさか……海未ちゃん、あなたは……………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………私を………餌にするつもりですか…………!」

 

 

 

 

 

 

 私のその応答に、彼女はただ不気味に私に笑いかけてくるだけでした――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:■■】

 

 

 

《監視カメラに強い衝撃、もしくは破壊されたために、データそのものがショートしてしまいました》

 

 

 

 

《復元、困難》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。


New Folder No.4の始動です。

実質、このフォルダーが最後に向かうことになりそうです。


そして、更新が都合上滞ることになりそうなので、完結までには少し時間を下さい………


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フォルダー4-2

[ 音ノ木坂学院 ]

 

 

 放課後のことである――――――

 

 

 

「ま、真姫ちゃん………」

 

「にこちゃん………」

 

 

 蒼一に付き添われて対面を果たす2人。

 先日の騒動以降、初めてとなるこの顔合わせに、にこは大分怯え気味であった。

 

 それもそのはず、にこは真姫に襲いかかったのみならず、殺そうとまでしようとした張本人である。 ただ、その時のにこは正常ではなく、狂気が彼女のことを包み隠していた。 だが、それでも自分がやってしまったという事実を抹消することなど出来やしなかったし、その時の記憶もハッキリとしているのだ。

 

 それ故に、にこは真姫に対しての罪悪感を深く感じていたのだ。

 

 

 

 

 モジモジと手をこまねきながらもどかしい時間が過ぎていく。

 

 

 

 そして、声を掛け始めたのは―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「真姫ちゃん、ゴメン!!!」

 

 

 

――――言うまでもなく、にこだった。

 

 

 

 

 

「私、真姫ちゃんにとんでもないくらい酷いことをしまったと思ってる! こうして謝っても謝り切れないし、私も悔いても悔い切れないの………! 謝っても赦してくれないのはわかるけど………でも、謝りたかった!! 真姫ちゃんにだけは、こうやって謝りたかったの………!! だから………だから…………ごめんなさい!!!」

 

 

 

 にこは真姫に向かって、深々と頭を下げて謝った。

 真っ直ぐに謝ろうとする誠意と真剣さとともに、身体を震わせる怯えた小さな姿が見られた。 それは、にこが真姫に刃を突き立てたことが今でも心に残っており、自分の本心が決めたことではないのだが、それをにこ自身が食い止めることが出来なかったことへの後悔の表れだ。

 

 そんな自分の感情に、にこは怒りを覚える一方で、真姫に嫌われてしまったのだと感じる恐怖を抱いていた。

 にこと真姫との関係というのは、先輩後輩といった学校でのしがらみとは違ったものが存在していた。 親友と言うべきなのだろうか? ただ、それほどまでに近しい関係であることは信じられていた。

 

 その関係すらも断ち斬ってしまったのだと、にこは涙ながらに感じ、謝り続けたのだ。

 

 

 

 すると―――――――

 

 

 

「にこちゃん……顔を上げて…………」

 

 

 真姫が声を掛けてくるので、にこはその通りに下げた頭を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぎゅっ………)

 

 

 

「!!!?」

 

 

 その一瞬の出来事に、にこは目を疑った。

 

 

 

 なんと、真姫がにこを抱きしめたのだ! にこの顔が上がったところを見計らった真姫は、瞬時ににこの身体を抱きしめに行ったのだ。 その行為に驚きを隠せずにいたにこは、湧き上がってくる感情を言葉にできずにいた。

 

 

 

 

「………もう………心配かけないでよ………」

 

 

 少し、抱きしめる力を強めた真姫は囁いた。

 

 

 

 

「にこちゃんが私に襲いかかって来た時、正直、怖かったわ………にこちゃんが私のことを怨んでいるんだって思ったから余計に恐ろしく感じちゃった…………でも、私はにこちゃんのことが大好きだから……諦めたくなかった………絶対に、にこちゃんは元に戻るって信じていたから…………!!」

 

 

「ッ~~~~~~!!!!」

 

 

 

 真姫の囁いた言葉に鼻をすすり、涙で潤った声が含まれていた。

 その言葉と共に彼女の感情を知ったにこは感極まる。

 

 赦されないと思った………絶対に、拒絶されるとまで感じていたのに、こうして自分を赦してくれるだなんて思ってもみなかったからだ。 それがとても嬉しくて、ただ嬉しくて思わず泣き出してしまう。 真姫もつられるようにすすり泣き始めた。

 

 

 お互いの肩が涙で濡れる。

 

 2人はお互いの顔を見合わせてこう言い合った。

 

 

 

 

 

 

「「ありがとう………そして、これからもよろしくね……にこ(真姫)ちゃん……!!」」

 

 

 

 硬く険しかった互いの表情が解れ出し、自然と笑みが零れ出ていた。 そして、額と額をコツンと重ね合わせてこの嬉しい一時を全身で感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ♪ どうやら、ハッピーエンドのようやね♪」

 

「真姫ちゃん……! にこちゃん……! よかったぁ………」

 

「やっぱり、2人は仲良しなんだにゃぁ~♪」

 

「あぁ~百合ぃ~♪ 美しき百合ぃ~♪」

 

「………お前ら………ちゃんと隠れて見ていろよ…………」

 

 

 

 2人だけのものだと思われていたこのやりとりは、外野たちにじっくりと見られていたと言うことを数分後に発覚し、2人はこれほどまでにないほどに赤面するのだが、それはまた別の話―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ アイドル研究部・部室内 ]

 

 

 

「そんじゃあ、ここまでの状況について大方だがまとめさせてもらうぜ、兄弟!」

 

「あぁ、頼んだ」

 

 

 明弘を中心にここまでの経緯を確認するため、俺と希、真姫、花陽、凛、にこの合わせて7人が情報の照らし合わせを行い始めた。

 

 

 事の発端は、真姫の下駄箱にメッセージと写真が送りつけられていたこと。

  ↓

 その次に、洋子の失踪。

  ↓

 その後から立て続けに真姫、花陽、にこと襲いかかってくるというのが、大事に関しての大まかなかたちである。

 

 

 そして、この経緯の中で必ず存在していたのが――――――ことり

 

 

 どうやら、今回の発端である真姫への嫌がらせを始めたのはことりのようで、それを真姫とにこが確認している。 また、ことりの近くには穂乃果、海未が付いているということ。穂乃果に襲われた花陽と凛はその様子を確認しているし、俺も穂乃果の口からことりの影を認識している。 そして、海未がこれに関わっているのだろうと希がそう言っている。

 

 ただ、海未がことりと共に行動しているということは、正直分からないでいる。

 確かに、あの3人は俺も認知する幼馴染だ。 常に3人でいるのが当たり前な光景なのだからそうであってもおかしくはない。 だが、だからと言って海未がこんなことをするのだろうか、と疑ってしまう俺がいる。 また、できればそうでないことを祈りたいと思っていた…………

 

 

 

 

 

 

 そして最後が――――――

 

 

 

 

「えりちやね………」

 

 

 深刻そうに話しだす希の口調に何か暗い影を落とすようなモノを感じとれたような気がした。

 それもそうだろう、今回の一件に、ことりとは別に関わっているエリチカがいるということは、親友である希にとっては辛いものだろう。 多分、ここ数日の間ずっと見てきて何かしらの変化に悩まされていたに違いない。

 

 

 

「私は……ことりよりも絵里の方がよっぽど怖いと思うわ…………」

 

「にこもそう思うわ。 絵里ったら、見た目はあんなに澄ましたような顔をして見せているけど、その中身はドロッドロよ………そうでなかったら、あんな過激な歌詞なんて書けるはずないんだから…………」

 

 

 そう真姫とにこは口々にエリチカについて語る。

 2人はエリチカと同じ、BiBiのメンバーだ。 それもあって、お互いの気持ちと言うのは何となくだが分かっているようなのだ。 そんな2人から聞かされるエリチカの素顔と言うのは、俺が想像していたよりも深刻なのだろう…………そんなエリチカが、もし、ことりと接触していたとしたらどうなることだろうか………? 言わずもがな、悲惨なことが起こることは目に見えていた…………

 

 

 

「足取りを調べたいところなんだけどなぁ………だが、何故か絵里どころかことりたち4人全員が学校を欠席しているのって言うのが、何とも腑に落ちねぇ………」

 

 

 頭をかきむしりながら話す明弘は困り果てた渋い表情を見せる。

 明弘の話は俺も気になっていたところだ。 今日は何故か、この4人揃って欠席しているだなんて思いもよらなかったからだ。 担任の先生に聞いても深く事情を探ることができず、あやふやな解答しか見つけることができずにいた。 いずみさんにも話を聞きたかったが、生憎、今日は出張でこの学校にはいないそうだ。

 

 

 こうした情報が制限された中では、俺たちは憶測を持ってこの先のことを語らなければならないので、そうした意味を含めながらも頭を悩ませることになる。

 

 

 

 

 

 

 

(bbbbbbbbb…………)

 

 

 

「ん、メールか?」

 

 

 久しぶりに携帯が震えだすと、その中身を早速確認してみることに………

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――――!! 海未ッ――――!!!」

 

 

 

 まさに丁度考えていた内の1人からメールが届いたのだ!

 

 それに思わず声を上げてしまい、この場に居た全員に衝撃が走り抜けた。 その内容がどのようなモノなのかを全員が息を呑んだ。

 

 

 

 

 

「ッ――――――――――?! んな!! なんだとっ?!!」

 

「どうした、兄弟!! 何が書いてあったって言うんだ!!?」

 

 

 

「………これを見てくれ…………」

 

 

 海未からのメールを見た俺は、その内容により顔をしかめざるを得なかった。 そして、その内容をみんなに見せると、言葉にならないほどの驚嘆が口から漏れ出たのだ。

 

 

 

 そこにはこう書いてあったのだ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この後、ウチに来てください。共に、食事でもどうですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 本文はこの一文だけ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、メールはこれだけで終わっていなかった――――――――

 

 

 

 

 

 添付ファイルに―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎖で繋がれた洋子の姿が映し出されていたのだ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)




ドウモ、うp主です。


今回も長いスパンを設けて話を書いていくつもりです。

最初のお相手は………海未ちゃんです。


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フォルダー4-3

 

 

 

 辺りが薄暗くなり始める夕暮れ刻―――――――

 

 

 

 割と動きやすい私服で見慣れた道を1人歩く

 

 

 

 待ち合わせの時間までは、少しばかり余裕はある。

 しかしその反面で、沸々と湧き上がってくる焦燥感だけは抑えられずにある。

 

 心の余裕なんてあるわけがなかった。

 ここ数日間に立て続けに起こる出来事が、俺の身体にトゲのように鋭く突き刺さってくるのだ。 痛いという物理的なモノではなく、精神的に掛かってくる痛みが俺を(むしば)み始めてきている。

 

 やめたい………今すぐにでも放り投げてしまいたいと思うくらいだ。

 

 

 だが、ここで諦めてしまえば、俺は一生後悔することになる―――――そう感じているのだ。

 

 

 だから、俺は圧し掛かって来るあらゆるモノを背負い、時には振りほどきながら、このいばらの道を進んで行くのだ…………この先に見えるはずであろう、安息の地を目指して……………

 

 

 

 

「ここか…………」

 

 

 深く考え込んでいるうちに、目的の場所に辿りついていた。

 

 しっかりとした漆喰が施された塀に囲まれたその家――――と言うより、お屋敷はここ近辺では良く知られている名家であり、数々の武芸や文化に秀でた当主とその家族が暮らしているということは百も承知のこと。 そして、その当主の血を受け継いだ1人娘は師範である両親と並ぶほどの器量の持ち主であるということも以下の如く。

 

 

 

 そして、俺はその娘である彼女に逢いに来たのだ―――――――

 

 

 

(ピンポーン♪)

 

 

 ごく一般的なチャイムが鳴り響く。

 

 

 すると、数秒も経たないうちに扉が開くと、そこにシュッと背筋を整えて、澄ました姿で登場する彼女が目の前に現れたのだ。

 

 

 

 

「お待ちしておりましたよ、蒼一」

 

 

 少し首をかしげるような仕草で、にこやかな表情をする彼女――――海未は、無駄なモノで着飾ることなくシンプル且つ、美を意識させた身なりで俺の前に現れたのだ。

 

 俺は息を呑むと、そのまま中へと入って行く。

 そこは俺にとっての安息となるのか、傍また、辛苦となりえるのか………それが決まることとなるのだ………………

 

 

 

 

 

 生温く湿った空気の中を抜けていくように、ポツポツと弱い雨が降りだし始める―――――――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 数十分前――――――

 

 

[ 自宅 ]

 

 

「まさか、本当に海未のところに行くんじゃないでしょうね?!」

 

「行かなきゃどうするんだ、真姫? あっちには洋子が人質となっているんだ、じっとしていられるわけがないじゃないか!」

 

「けど、相手はあの海未よ! ことりや絵里とは違った意味で厄介な相手なのよ!」

 

「そうよ! 何か仕掛けてくるに違いないわ! そしたら蒼一が…………!!」

 

 

 海未からのメールを受け取った直後、俺は海未のところに出向こうと決心を付けたところ、真姫とにこに阻まれていた。 真姫たちの懸念している通り、俺が対峙しようとしているのはあの海未だ。 幼馴染にして親友でありながら武芸共に秀でた才色兼備とも謳(うた)われるほどの相手だ。 それ故に、逆に追い込まれてしまうのではないかと危惧してしまうのだろう。

 

 

 

「わかっているさ………そこについては、お前たちよりも良く知っているつもりだ。 けど、さっきも言ったように、洋子を見捨てるわけにもいかないんだ………」

 

「だからって、それじゃあ………!!」

 

「まあ、待て。 俺だって無為無策に出ようとは思っちゃいない。 ここは、俺と明弘で洋子を助けに行くことにする」

 

「ま、そうなるわな。 その方が気楽に行動することができそうだな」

 

「俺が正面から海未をなるべく引きつける。 お前は裏口から行くようにするんだ。 多分、扉が閉まっているだろうから塀をよじ登って行くしかないだろうな」

 

「オーケー、そんなのお安い御用だ。 肝心なのは洋子がどこに居るか何だが…………」

 

「そんなら、ちょっと占ってみよか?」

 

 

 そう言うと、希は懐からおもむろに1枚のタロットカードを取り出す。 それを希が一目見ると、「なるほどなぁ」と頷き、俺たちの方に顔を向けた。

 

 

「スペードの10のカード*………それは、大地と風を意味するカード。 つまり、上の方を見るんやなくって、下の大地の方を見ろちゅうことや」

(*中世ヨーロッパのゲーム用タロットを使用)

 

「なんじゃそりゃ? 参考になり難いなぁ………」

 

「ふっふっふ……ウチの占いは結構当たるでぇ~? 信じておかんと大変よ?」

 

 

 ちょっと不気味な感じで話してくる希に、明弘は渋い顔をしながらも了承していた。

 

 明弘の他に、真姫とにこに疲弊しているであろう洋子を助けた時の介護を頼むことにし、希と凛もそのサポートとして自宅にて待機させることにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在――――――

 

 

[ 園田家 ]

 

 

「蒼一、こちらに来てください」

 

 

 澄ました表情を微塵たりとも崩すことなく、淡々と行動する海未を俺は神経を張り詰めながら見ていた。 見た感じでは普段と変わらない様子である。

 

 だが、そんな海未が洋子を監禁しているという事実だけは拭うことが出来ない。 何故、海未がそんなことをしようとしたのだろうか? まったく、理解し難いことだった。

 

 

 海未に連れてこられたのは居間だ。

 幼かった頃によく上がらせてもらっていたこともあり、どういう場所であるかはハッキリとしていた。 畳で敷き詰められた床の上に大きめの卓袱台(ちゃぶだい)が1つ中心にどっしりと構えている。

 

 そして、その台の上には、いくつもの料理が芳しい匂いと湯気を出しながら俺のことを待ち構えていたかのように揃えられていたのだ。

 

 

 

「さあ、座ってください。 私と一緒に食事をしましょう」

 

 

 にこっと頬をわずかに上げた笑みを零しだすと、俺を座らせようと勧めてくる。 仕方なく俺はそこに座ることにしたが、その横にベッタリとくっ付くように海未が座ったのだ。 しかも、利き腕のある右側に座ったのだ。

 

 

「う、海未………これじゃあ、食べられないじゃないか?」

 

「安心して下さい。 私が1つ1つとって差し上げますよ♪」

 

 

 喜びを表すような跳ね上がる声で聞き返してくると、そのままご飯が盛られたお茶碗と箸を手にして食べさせようとする。

 

 

「ちょっ?! 1人で出来るから……!」

 

「いいえ、私の手から蒼一に食べてもらいたいのです! さあ、口を開けて下さい♪」

 

 

 無理矢理に食べさせようと迫ってくる海未に対して俺は抵抗しようとするも、瞳の奥に見える黒い影に嫌な予感を察したため、止むを得ず従うことにした。

 

 海未は箸でご飯を摘むとそれを俺の口に運ばせた。 俺がそれを食べると、次はおかずの料理を1つ……また1つと摘んでは俺の口の中へと入れてくる。 1つ1つの料理にしっかりとした味付けがなされているので、味としては満足のいくものではある。 だが、俺がそれを噛み砕いて胃の中にへと送り出すよりも先に海未が勧めてくるので、ゆっくり味わう事が出来なかった。

 

 

「どうです、お口にあいましたでしょうか?」

 

「………あ、あぁ……おいしいな………」

 

「ありがとうございます!! そう言っていただけると、作った甲斐がありました!!!」

 

 

 膨れた頬の中を空にしてから受け答えると、今日一番とも捉えられる喜びを露わにする。 だが、そんな喜びの表情にどこか違和感を覚え始めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「では、少し手間を掛けさせていただきます………」

 

 

 そう言うと、海未はいきなり俺が食べるであろう料理を1つ口の中に入れ始めたではないか。 ある程度、口に収めるとそれらを噛みだしているのがこちらからでも分かる。 一体、何をやっているんだ?と疑問符を浮かばせて見ていると、海未の表情に少しずつ綻びが生じ始める。

 それに加えて、何故だか分からないが、俺を見る目付きが変わってきているようにも感じた。 熱い視線……と言うべきか、こちらをジッと俺のことを見つめているのだ。 それもぶれることなく、ただ真っ直ぐに見つめて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間だった――――――――

 

 

 

 

 

 海未の顔が俺の目の前に―――――いや、正確に言えばそうではない

 

 

 

 

 

 海未の顔が俺の顔と重なりあったのだ―――――――!!

 

 

 

 

 わからなかった――――――目を瞑ったその一瞬に目の前で起こったこと――――起こってしまったことにまったく気が付くことも反応することも出来なかったのだ。

 

 

 だから、俺は――――――――

 

 

 

 

「むぐっ………?!んぐぐっ………!!むごぉっ…………!!!!んっごくっ…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 海未の口から出された料理(りょうり)を俺の中に無理矢理注ぎ込まれたことを知るよしもなかったのだ――――――

 

 

 

 

 

 

 

「「ぷはぁ……………」」

 

 

 

 互いの口から透明の糸のような唾液が繋がるかたちで出てきた。

 口移しと言うかたちで俺の体内に入りこんだドロッとした物体がするりと胃の中へと落ちていくのがすぐに感じられる。 その物体を舌で感じた時は、ドロッとした感触が気味悪く、むせかえして吐き出そうかとも思ってしまった。 だが、海未が吐き続ける息と巧みに動かす舌が、俺の口の中で暴れまわり確実に奥へ奥へと押し込んで行ったのだ。

 

 この一連の過程がこれほどまでに息苦しいモノとは思わなかった。 唇を交わす時とはまったく別物と言える感覚だ。 ただ無意味に入りこんでくるそれが恐ろしく感じたのだ。 そこに愛なんて存在しなかった………あったのはまったく逆のモノと言えるヤツだ…………

 

 

 

 

 

 

「………どうでしたか………私の味は…………?」

 

 

 

 目元を燃える火のように真っ赤に染め上げた表情をする海未。 その口から乱れた吐息と淀んだ声が漏れ出し、俺に問いかけてくる。

 

 決してまともではない………こんなの間違っている…………俺の中で渦巻くのはそんな言葉ばかりだ

 

 実際、海未はまともではない。 さっきまでの澄ましていた表情が嘘みたいに崩れ落ちていったのだ。 そこから表れたのは、狂気の面。 真姫や花陽、にこが見せたあの表情が今、それら以上のモノとして目の前にあるのだ。

 

 

 

 

 

 

「………………狂っている……………」

 

 

 

 

 

 ただ、その一言が溜息交じりに吐き出てくるのだ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「んぐっ…………!ぷはぁっ……………」

 

 

 卓袱台(ちゃぶだい)に置かれてあったぬるいお茶を一気に飲み干す。 口にしたモノすべてを洗い落とすように流し込んだことで、渋みのある味が口いっぱいに広がる。

 

 むせかえすような息苦しさを抱きながら、俺は空になった器を見つめ直していた。

 

 

 

 

 

 

 

『………どうでしたか………私の味は…………?』

 

 

 背筋を震え上がらせた言葉がまた脳内にて再生される。

 

 

 あれが海未なのか………?

 

 あれを目の当たりにした時、俺が抱いていた常識が一気に瓦解した。

 大和撫子と言う言葉が歩いているような、おしとやかな少女で、曲がったことが嫌いで恥ずかしいことをこの上なく苦手としているのが、俺の知る海未であった。

 

 だが、先程の海未はその性格を180°ひっくり返したかのように思えるモノだった。

 狂気に包まれた禍々しい表情がそのすべてを物語っていた。 彼女は大きく変わってしまっていたのだと………

 

 

 その後の俺は、がむしゃらに台に置かれた料理を口の中に突っ込ませていた。

 腹が減っていたからか……? そこにあった料理がおいしかったからか……?

 

 いや、違う………

 同じようなことをさせないために必死に口に入れ込んだのだ。 一時、喉に引っかかって吐き出しそうになるものの、うんと堪えて流し込んだ。 ここにあるモノすべてをだ…………

 

 

 そして、気が付いた時には見事に空の状態になっていた。

 

 

 腹も……身体も……もう限界だった……………

 

 

 

 

「うふふ、あんなに必死になって食べて下さるなんてありがたいことです♪」

 

 

 くたびれてしまっている俺とは裏腹に、海未は嬉しそうに器を下げていた。 鼻歌を交じらせながらの様子は傍から見れば本当に嬉しそうに見えてもおかしくはなかった。 けれど、俺からすれば、次は一体どんなことをしてくるのだろうかと肝を冷やす一時に過ぎなかった。

 

 

 

「海未………どうしてこんなことをするんだ…………?」

 

 

 俺の問いに海未の手は止まった。 すると近くに寄って来て、さっきと同じ位置に座ると、ネコみたいに甘える声で聶いてくる。

 

 

 

「何故って………ふふっ、すべてはあなたを護るためです………」

 

「まもる………だと…………?」

 

「そうです。 蒼一の周りには、害悪にしかなりえないモノばかりがはびこっています。そして、あなたを傷つけ不幸にさせようとするモノが近くに居るのです………それを見過ごせるはずはありません…………私は、どんな手を遣ってでもあなたを助けるのです。そして、その先には幸せの未来が待っています………!そう、私と蒼一だけの未来です!!」

 

「俺たちだけの未来だと………?ふざけるな……そんな一方的な未来を押し付けるんじゃねぇ………!」

 

「ふざけてなどいません!あなたは私と一緒に居ることで幸せになれるのです!!私があなたを幸せにしてあげます!あなたを不幸にさせるモノは私が排除します!そのために、この身体を磨き上げたのですから……!例え、あなたが不自由なことになっても私が一生支えて上げましょう………私が蒼一の手となり足となり目となりましょう………!

 そうです!私といれば、あなたはずっと幸せでいられます……!これがあなたと私のために敷かれた道なのです!!

 

 そうなのです!!私はあなたのことを愛しているからこのように愛情を直接注ぐのです!!!!」

 

 

 

 一方的な言葉が俺に向かって突き飛んでくる。

 自分だけの世界を創り始めているからか、今の海未には何を言っても徒労に終わってしまうことだろう。 しかし、それでは海未を元に戻すことが出来なくなってしまう。 それだけは何としてでも避けたかった。

 

 

 

 

 

 

「ところで……穂乃果とことりはどうした……? 海未と一緒に居たんじゃないのか?」

 

 

 現状、俺が知りたいと思っている情報を聞き出そうと話題を変える。 穂乃果とことりもああなっているのであれば、共に行動してもおかしくはなかった。 それなのに、海未がこうして単独で行動しているのは、何か不自然な気がしてならなかった。

 

 

「……………」

 

 

 すると、先程まで激しく語り続けていた口が動かなくなる。 突然黙り込んでしまった海未に何か違和感を覚えた。 その表情に黒い影がさしこんできていた。 そして、募り始めた違和感が現実のものとなった。

 

 

 

 

「蒼一!!!!!!」

 

「なっ?!?!」

 

 

 

 海未は飛び掛かるように両手を伸ばすと、そのまま俺の首元を締め付け始めた。 海未の全身がこちらにすべて掛かってくるため、俺の体制は崩れ落ちる。 そして、そのまま畳の上に仰向けとなり、その上を跨るように海未が圧し掛かってきたのだ。

 

 

 

「何故です………何故いまあの2人のことを口にしたのですか!!!!今は私があなたのそばにいるではないですか!!!それなのに………私と言う()()がいながら、どうしてあのような者たちの名を口にするのです!!!!」

 

 

「うぐっ………あ……あぁ…………!」

 

 

 ぎゅぅっと首を締め付ける力が強くなる。 そのため、呼吸はおろか声すらまともに出せない状態に追い込まれる。 何とも息苦しい状態が続いてしまう。視界が霞んで見え始めてしまっていた。

 

 

「さあ、言いなさい!!!何故ですか!!何故その名を口にしたのです!!!!」

 

 

 未だかつてないほどの怒りのこもった言葉が俺に降りかかる。 俺を締め付ける海未の背後からは燃え盛る炎のような殺意を感じられた。 これほどまでに怒りに満ちあふれた海未を見たのは初めてだった。

 

 俺は遅れながらも彼女の腕を掴み抵抗し始める。 全身に残る力を振り絞って俺は引き離し始める。 海未が駆けてくる力は確かに強かった………だが、それでも俺と比べればそうでもない。 男女の差も存在するが、鍛えられ方の違いが決定的だった。 その一瞬だけだが、全力を発揮させた。 そうすると、いとも容易く海未の束縛から解放されることになった。

 

 乱れた息を整いながらも身体の上に跨る海未を見上げると、まだ怒りに沸く姿が見られる。 ただ殺意に関してだけは顔を隠したようで、これ以上の猛攻は無いだろうと感じた。

 

 

 

「答えないのですか………?」

 

「…………お前………俺に答えさせる余裕を与えてくれないじゃないか…………」

 

「何を言うのですか?そんなこと私を思う気持ちがあれば難儀なことではなかったでしょう……?」

 

 

 

 簡単でしょ?などとさらっと言い放つその様子に、程ほど呆れてしまう。 コイツ………正常とはまったく言い難いなと心の中でそう納得してしまうのだが、すでに、狂気に全身を覆ってしまっていた海未にとっては当然のことなのだと言える。

 

 

 

 

 

「………お前、アイツらと何かあったというのか…………?」

 

「何か?…………ふふっ、何かですか…………そうですね、強いて言うのであれば、あの2人は私を裏切りました…………私に対して牙を向けてきたのです!!!!!」

 

「!!!?」

 

 

 そこで初めて聞かされた3人の間に起こった真実。 穂乃果とことりが海未を裏切ったというのだ! 何とも信じ難く感じてしまうのだが、今の海未が嘘をついているようには思えなかった。

 

 

「初めはことりです………穂乃果と共に協力すると言いながら、私たちを騙し陥れようとしたのです!!そしたら今度は穂乃果です!!!急に私に刃を向けてきて襲いかかったのです!!無防備な私にです!!!危うく殺されかけたのですよ!!!!」

 

「!!!」

 

「まったくひどいではないですか!!私がこんなにも気を遣ってあげたというのに、このような仕打ちを受けるとは、理不尽です!!!だから、私はあの2人とは手切れをし、私1人で成し遂げようとしているのです!!!」

 

「成し遂げる………? 一体、何をする気だ………?」

 

「ふふっ………決まっているではないですか…………蒼一………今日からあなたは私のモノとなるのです………」

 

「な゛っ!?」

 

「ふふふ、嬉しそうですね♪そんなに私と共に居られることを嬉しく思ってもらえると感激です♪私はあなたのことをお護りします………ご安心ください、あなたの周りに群がる蛆虫どもは誰であろうと駆逐してごらんにいれましょう………ふふっ、他愛もないことです。それに、あなたの身の回りのお世話も私が一手に引き受けましょう。食事もお風呂も排便も………それに、下処理もお任せください。これも愛する者のためならば喜んで行いましょう♪」

 

 

 

 

…………………狂っている…………………

 

 

 

 海未の口からそんな言葉が飛び出てくることに唖然してしまうどころか、恐怖すら感じてしまう。 最早、俺の知る海未は目の前にはいなかった。 狂気に身を包んだ彼女は周囲を拒絶し、違った俺のことだけを見つめていた。 そこに感情なんてものは無いし、愛情などと言う美しいものも存在するはずもなかった。

 

 

 ただあるのは、身も心も凍らせ砕かせてしまうような偏愛―――――無情の如き愛情が溢れんばかりに溜まっていたのだ。

 

 

 

 そんな彼女に俺は怒りすら感じる。

 そんな気持ちを植え付けてしまった俺にも怒りを覚えた。

 

 だからこそ、彼女を元に戻してあげたかった。

 何としてでも、元に戻してあげるのだと心に強く誓ったのだ。

 

 

 

 

「海未………おまえは…………」

 

 

 彼女に諭すような言葉を掛けようとしたその時だった――――――

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……………!?」

 

 

 ピリッと電流のような痺れが全身を駆け抜けた。

 痛みは感じられなかったが、その代わりに全身にじわりじわりと痺れが広がって行ったのだった。 身体が段々動かなくなってきた………感覚すらも鈍く衰え始める…………! 一体、何が起こってきたのかが分からずにいた。

 

 

 

 

「うふふふふ………ようやく効き目が出てきたようですね♪」

 

 

 海未は口元に人差し指を添えながら、実に嬉しそうな表情を浮かべて始める。 海未が何かをしたのだと察した。

 

 

「うっ………ああっ…………!」

 

 

 舌にも痺れが回り始め、口周りが怪しくなっていた。 まともに喋れなくなったのだ。

 

 すると、海未は口元に添えていた指を俺の口の中に突っ込ませ舌に触れた。 ふふふと不気味な笑みを浮かべながら痺れた舌を弄くり回しだすと、嬉しそうに話し始める。

 

 

「いけませんよ、蒼一。 いくら食台の上に置かれたモノだからと言って、怪しまずにすべてを飲み干すなどするものではないですよ?」

 

「ふぁ…………ひ…………(な………に………)?!」

 

 

 海未の言葉に引っかかりを感じた俺は、先程の行動を振り返り始めた。 そして、最後の工程の中で渋みのあるお茶を飲み干したことを思い返した。

 

 あれか……! あの中に何かが含まれていたのか………!!

 

 今になって気付かされる無意識に手に取っていたモノが、俺の体に害なすものだったなんて思いもしなかったのだ。

 

 

 海未は十分に俺の口の中を弄ぶと、入れていた指を今度は自分の口の中に入れたのだ。 そして、顔を赤らめては甘く乱れた吐息を発して熱を増していた。 口から漏れ出すいやらしい音が部屋全体に響き渡る。

 

 舐め、すすり、吸い付き、取り出す………そうした指と口から成す行為から漏れ出す音が官能をくすぐらせようとしていた。 それに、彼女から感じる蛇のような魅惑の視線がこちらに向かうと、心を鷲掴みされたような気分となり委縮する。

 

 

 

「はぁ………はぁ…………おいしいです……蒼一………あなたの味はとてもすばらしいです………♪」

 

 

 乱れた口調で言い放つ言葉が反応を困らせる。 もう、わけがわからない………目の前にあるこの状況が現実なのかすらも疑ってしまうほどに混乱し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(カランカランカランカラン…………!)

 

 

 

「っ……………!!!」

 

 

 竹同士が当たり響く音が屋敷中に知れ渡った。 それが何を意味するのか知らない俺はそれを不安に思いながら聞き続けるのだが、それを知っている海未は、しめたと言わんがばかりの笑みを浮かばせた。

 

 

 

 

「うふっ………あははは………蒼一、どうやら獲物がこの敷地内に入ってきたようですよ………? さあ、どう調理してあげましょうかね………うふふふふふ……………」

 

 

 不気味な笑い声を上げ始める海未。 彼女が言い放った獲物とは一体…………ま、まさか………!!

 

 

 

「蒼一、私があなただけを見ていると思っていたのですか?それは違いますよ、私は、私とあなたとの関係を崩そうとする輩が来ないかとずっと待っていたのですよ?そのための餌を用意したのですから………」

 

 

 餌………彼女が言い放ったそれとは―――――――――洋子のことだ。

 

 

 間違いない、海未は端から洋子を助けに来ようとしたモノを仕留めようとしていたのだ! そして今、洋子を助けに来ているのは……………

 

 

 

 明弘――――――!!

 

 

 

 くっ………! なんてことだ……………!!

 

 歯ぎしりしたくなるような状況に立たされる。 そんな俺を嘲笑うかのように、海未は俺から離れて行動を起こす。 この居間の隅に立て掛けられていた弓と矢を手にすると、外に出ようと戸を開けた。 ここから出ようとする振り向きざまに、にたりと淀んだ笑顔で「行って参ります」と一言だけ囁いて外に出た。

 

 

 待て!という言葉を出そうにも、身体が言うことを受け付けなかった………己の不甲斐無さに、ただただ悔やむばかりだった。

 

 

 せめて、うまく逃げ切ってもらいたいと心から願うばかりだった………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ウフフフフ………予定通り、と言ったところかしらね………」

 

 

「!!!」

 

 

 

 突如、聞こえてきた透き通った声に身体が強張った。

 そして、辛うじて動かすことが出来た首を回してみると、そこには、鮮やかなブロンドヘアの彼女が微笑みながら立っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「………え……………り……………」

 

 

「ハ~ァイ、蒼一。 元気にしていたかしら?」

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


今回、海未の話を書きましたが、書き終わってからようやく「……ヤバイ」と思ってしまいました………

はい、ただヤバイ…………です……………



次回もよろしくお願いします。


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「………え……………り……………」

 

 

 海未の策略によって身体の自由を奪われた俺の前に現れたのは、エリチカだった。

 

 彼女は俺の姿を見るなり、口角をギュッと上げて笑みをこぼしていた。

 

 

「ハ~ァイ、蒼一。 元気にしていたかしら?」

 

 

 腕組みしながら俺のことを呼ぶのだが、俺を心配している素振りなど一切見受けられなかった。 むしろ、こうなることを期待してまっていたかのようにも思えたのだ。

 

 

 そんなエリチカは俺の顔のすぐ前にまで近づき、見下ろしていた。 彼女の目付きが一層鋭く光り始める。 その眼光の先にある俺に彼女は一体何を思っているのだろうか? そう考えてしまうと、ただ不安でしかなかったのだ。

 

 

「ウフフフ、どうやら薬はかなり効いているようなのね。 こうしてもらえると助かるわねぇ。 あとで、海未にお礼でも言っておこうかしら?」

 

 

 少し鼻に掛かるような声で話しするエリチカは、その言葉に何かしらの意味を含めているようだった。 一見、頬を上げて温かな表情を浮かべているようなのだが、薄く細めた目から突き刺さる冷血な視線が俺の心拍数を跳ね上げた。

 

 どうも、今見せているこの表情―――いつか見た感情を持たない冷酷な姿そのものだった。

 

 

「………な………ぜ…………ここ………に…………」

 

 

 痺れる口を最大限に使って話をするも、これが限界だった。 俺の考えをすべて言葉に乗せることが出来ないのだ。

 

 だが、この会話文にすら成り立たない言葉をエリチカは、判り切ったような笑いを飛ばしてこう呟いた。

 

 

「あら、そんなの簡単なことよ。 あなたたちの行動をすべて監視させてもらった、とでも言っておきましょうか? 特に、海未の行動は終始見させてもらったわ。 私が見ても分かりやすい行動をとるだなんて、ホント純粋な子ね。 故に、愚かなのよね」

 

 

 白い肌で強調された紅い唇がニヤリと不気味な笑いを浮かばせる。

 エリチカのヤツは、最初から俺たちのことを見て、先回りしたというわけなのか。 そして、海未がいなくなったところを見計らってやってきたということなのか……

 

 

 

「ねえ、蒼一……知っているかしら、海未たちのこと……?」

 

 

 クスクスと冷笑をこぼすと、意味ありげな言葉をほのめかす。 俺は眉をピクッと動かして反応してみせる。 すると、何かを口に含ませるようにしながら話しだすのだ。

 

 

 

「今朝は最高だったわぁ……何せ、堅いキズナで結ばれたユウジョウが簡単に崩れ落ちていったのだから、もう見てて気分が良かったわ……! クフフフ……今思い返しても滑稽だったわ……私の誘導に引っかかって哀れな表情を見せてくれるんですもの。 あの子たちが今の活動を申請してきて追い返した時の表情よりも幾何倍もいいものだったわ………ゾクゾクしちゃった……♪」

 

 

 

 エリチカの言葉を耳にした途端、全身から湧き上がるような怒りが込み上がってくる。 海未が先ほど言っていたこととがようやく繋がり、脳内で1つの話が出来上がる。 それを見返すだけで、すでに頭に血が上りそうだったのだ。

 

 

「そ・れ・に……私を殺そうと躍起になっていたことりは哀れねぇ……信じていた2人から裏切られ、私に襲い掛かろうとしたけれど返り討ちにされちゃって……ホント、つくづく運の無い子だったわ………あっ、でも、弄くり回したらとてもいい声で鳴いていたわねぇ……クフフフフ……アハハハハハハ!!」

 

「ッ―――――!?!?」

 

 

 エリチカの口から出てきた言葉が俺の沸点を容易く吹き飛ばした。 ことりの身に何が起こったのか……今朝見つけた幾つもの髪の毛のことを思い返すと、居た堪れない気持ちになる。 エリチカの言葉を聞くだけで憤激してしまうのだ。

 

 

 あそこで止めることが出来ていれば………!! 悔やんでも悔やみきれない張り裂けるような気持ちを抱かずにはいられなかった。

 

 

 

「ことりは堕ちて、穂乃果は絶望、そして、海未がああなった……すべて計画通り。 そして、ようやく待ちに待った蒼一をこの手で掴むことが出来る……! そして、あなたを屈服させることが出来れば、私にはもう怖いモノなって何も無い……ウフッ……アハハハハハハハハハ!!!」

 

 

 細めた眼を見開かせ、裂けそうになるほど全開した口元から天井をつんざくような声が鶏の鳴き声のように響き渡る。 俺が初めて目にする壊れた彼女の表情に、ただただ恐怖せざるを得なかった。

 

 

 そして、じわじわとその魔の手が俺の方に向かってくるのだった。

 

 

 

 

「さあ、蒼一…………ワタシノモノニナリナサイ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 少し時間が遡る―――――

 

 

[ 園田家・裏手口 ]

 

 

 生ぬるい空気が漂う中に、わずかながらも雨がポツリポツリと降ってきやがった……ちくしょう、雨具でも持ってくりゃあよかったぜ……!

 

 兄弟に言われて海未の家のこっちに来てみたんだが、案の定、戸口の鍵が掛かってて中に入れやしねぇや。 まあ、兄弟が言うようにこの塀を昇って行かなくちゃならねぇってことなんだろうけどよ……軽く3メートルはあんだろこれ? 俺が手を伸ばしてやっと塀の瓦に届くくらいの高さ何だが、普通にジャンプして飛び越える……ってのは無しにしておこうかな?

 

…………よし、昇ろうか。

 

 

 塀の瓦に手を掛けて懸垂をやるみたく、力技で身体を塀の上に立たせた。

 そうやると、海未の家の敷地内が広々と見えるわけなんだが…………

 

 

「……っかぁ~~……あいっ変わらずでっけぇ庭だなぁおい!」

 

 

 海未たち家族が住んでいるであろう屋敷の他にも、蔵や小屋みたいなのがチラホラとあって、鯉が泳ぐくらいの池まで付いていやがるんだ。 まったく、どっから手をつければいいのやら………

 

 

「希が言ってた、地面の方を見ながらって言ってたな………しゃあなしだ、それでいくか!」

 

 

 両手で頬をパンッと叩いて気合を入れてから敷地内に入りこむ。 どこぞのスニーキングをする蛇みたく、暗くなり始めたこの空の下で目標人物(ターゲット)を探しに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「……参ったなぁ……一向に見つからん……」

 

 

 道場や小屋、蔵のいくつかを探し回ってみたのだが、洋子がいそうな気配がまったくしない。 わかんねぇなぁ……一体どこにいるって言うんだぁ……? 心当たりのありそうな場所はいくつか探したんだがなぁ……どっかで見落としたんだろうか?

 

 

 俺はしばらく、立ち止まって考え込んでみることに――――――

 

 

 

「屋敷の方はありえねぇ。 小屋はあまりにも小さすぎて人が住むには心許なすぎる。 蔵も違うな、数日も寝泊まりできるような場所じゃねぇ………だとしたら………」

 

 

 

 俺の視線がとある場所に集中する。 それは、かつての俺たちがふざけて遊んでいたところだった『離れ』と呼べる場所だ。 あそこならば、納得することが出来る条件が揃っている!

 

 

 そう判断して、早速、『離れ』に足を向かわせる。 

 

 その場所に着いて、少し綻んだ家の姿に少しだけ顔を引きずらせる。 あまり使っていなかったからなのだろうか、自然の力による汚れがよく目立つ。 泥や砂で汚れた壁や窓、家の周りに茫々と生える草木がそれを物語っていた。

 

 こんなところで住めるのだろうか……? と正直心配になる。

 

 

 

『離れ』の外装を検分していた時だった。 希の言うように地面の方ばかりをジッと目を凝らしていたら、明らかに異様な鉄格子を見つけたのだ。 地面とピッタリとそれがくっ付いているわけではなく、石の段差の上に備えられたような造りで、どうしても目に留まっちまうんだ。

 

 

 ゆっくりと身体をそこに向かわせて、中を覗いてみると…………

 

 

 

 

 

 

「ッ―――――!! おい! 洋子か!!?」

 

 

 鉄格子から視線をかなり落としたところに、うずくまるようにして座っている人影を確認した。 鉄格子からわずかに入ってくる光が中を薄っすらと照らしてくれるから、洋子の着ている音ノ木坂の制服と、特徴的な短めのポニテが目に入ってそう確信することが出来たんだ!

 

 

 すぐさま、俺はこの建物の中に入り洋子がいる部屋に向かって行く。 洋子がいる場所は地下にある少し広い部屋だ。 1階から階段を下り、木製の扉が目に入るとそこが目的地だ。 ドアノブを捻って中に入ろうとするが、鍵が掛かっていて入れそうもない。 この感じじゃあ、海未が持っているんだろうな。

 

 そうなると……抉じ開けるしかなさそうだな…………

 

 

 蹴り飛ばして破れるような軟な構造はしていないため、手間は掛かるが細い金属の棒を2本用意して鍵穴に入れる。 鍵を開ける技術ってのは持ち合わせていねぇけど、漫画とかで見たヤツを思い出しながらやってみるしかない。 そんで、この棒で中をいろいろと弄くり回しますと…………

 

 

 

 

(カチャ)

 

 

 

 

「ほれ、ビンゴじゃよ」

 

 

 少し時間を掛けたが、無事に中に入ることが出来るようになったわけよ。

 

 

 

 

「洋子! 大丈夫か!?」

 

 

 中に入った俺は洋子に駆け寄って、グッタリした身体に手を掛ける。

 

 

「――――あきひろさん―――――どうして――――――」

 

「どうしてもこうしてもあるかよ! お前を助けに来たんだよ!!」

 

「ぅあ―――――あ、ありがとう――――ございます―――――」

 

 

 言葉よりも息が抜けていくような声で反応を示す洋子だが、肌にはまだ熱はある。 意識もあることだし大事には至ってなさそうだな。

 

 

 

「み、みずを―――――」

 

「水か? わかった。 確か、ここには…………っと、あったあった」

 

 

 洋子が水を求めたので、俺はここに来た時の記憶を辿りながら辺りを探索すると、水道が通っているであろう蛇口を確認。 それを捻ってみたところ、どばどばと勢いよく冷たい水が流れ出てきた。 ちょいと確認のために飲ませてもらったが、別段、腹を壊すようなことはなさそうだ。 口に入れても大丈夫な感じだな。

 

 

 俺は早速、それを飲ませようと洋子に勧める。 だが、残念なことに器が無かったからよ、俺が両手で掬ったヤツを飲ませることにしたわけよ。

 

 すると、洋子は掬った水をごくごくと喉を鳴らしながら勢いよく飲みだした。 そんでもって、すぐに水が無くなるわけだから、蛇口との往復をしなくちゃならなかったわけで………まあ、意外と身体に応える訳でな………少ししんどい………

 

 

 

 あっ―――――

 

 

 

 洋子が水を飲んでいた時に、舌で俺の手を舐めていたから、ちょっとだけ、くすぐったかったのは内緒だぞ?

 

 

 

 

 

「ふぅ~………生き返りましたぁ………明弘さん、ありがとうございますぅ~………」

 

 

 さっきまで、グッタリと倒れ込んでいた洋子は、水を十分にあげた途端にピンッと背筋を伸ばして復活したわけだ。 やつれていた顔に潤いが戻ったみたいで、今ではハリすら感じられるわ。

 

 つまり、ただの水分不足だったという…………

 

 

「ま、お前が無事でよかったわ。 数日間もいなくなったって聞いた時は、何があったんだ?!って、内心パニクってたわ」

 

「いやぁ~、お騒がせしました……まあ、ここまで生き延びることが出来たのは、海未ちゃんのおかげなんですけどね………」

 

「は? 海未が???」

 

 

 洋子の口からまさか海未を褒める言葉が出てくるとは、一体どういうことなんだ? 海未は洋子を監禁した張本人じゃねぇのか? う~む、俺の中に幾つもの疑問符が飛び出てくるぅ…………

 

 洋子の話からすると、海未は始末するようにことりから言われたことに反してここで監禁していたそうな。 しかも、毎日の世話もしていたらしく、特に不憫になるようなことは無かったそうだ。

 

 

 

 だが、状況は今日の朝から変わっちまったそうだ―――――

 

 海未自身とその周りの関係、つまり、穂乃果とことりとの間に軋轢が生じて、狂いだしたのだと言う。 海未が兄弟にメールを送り呼び寄せたのも何かの考えあったらしいのだ。 それについては言わずも分かることだが………

 

 

 ただ、その影響が洋子にも及ぶことになり、今朝からこの時まで口に何も含むことが出来なかったそうだ。 手には鎖が付いてしまったことで、水すらも飲めない状況になったと言うのだ。

 

 

「そんで、衰弱した姿の写真を送ったってことか………なるほどな、そんならわかる気がするな」

 

「私自身も夕刻近くから意識がもうろうとしてましたから、そうした衰弱しているように見せかけた写真を送りつけて焦らせたのだと思います。 そうすることで、絶対に来させる算段を付けたわけです」

 

 

 洋子の話を聞いて合点はいった。 けど、こっからが本番になるかもな………

 

 

「まずは、洋子をここから出さなくちゃならねぇな。 立てるか?」

 

「あ、はい、何とか立てそうです」

 

 

 

 ちょっと呼吸をおいた後、俺たちは腰をあげてここから出始めた。

 まだ体調が万全ではない洋子に合わせての行動なため、足取りは行きよりもかなり遅くなってはいる。 だが、着実に前に進んでいることは確かだ。 このまま、順調に進んでいけば、俺の仕事はお終いになるってわけだ。

 

 

 

『離れ』から少し歩いたところまで辿りついた時だった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぞわっ―――――――――!)

 

 

 

 

「ッ――――――!?」

 

 

 刹那に過ぎ去る背筋を凍らせるような殺気が身体を貫きやがった!

 それを敏感に反応し、身体を強張らせた。 誰かが俺たちのことを見ていやがる………!

 

 夕陽も沈み、暗がりが広がりつつあるこの時に、遠くから俺たちを狙っている輩がいた―――――!

 

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!)

 

 

 空を切り裂くほどの勢いと唸りを上げる何かがこちらに向かって放たれた!

 

 

「ッ―――――――!!? 洋子、避けろっ!!!!」

 

「きゃっ――――――?!!」

 

 

 咄嗟に俺は近くにいた洋子の身体を押し、地面に伏せさせた。 洋子は小さく叫びつつも俺と共に地面に伏してそれが過ぎ去るのを待ったのだ。

 

 

 

 

(ドスッ―――――――――!!)

 

 

 

 近くの木に鈍く撃ち立てる音が反響する。 何が飛んできたのかを確認するために顔を上げると、その物体に固唾を呑んだ。

 

 

 

 

 

「な、ななっ!? な、なんで矢がっ!!?」

 

 

 木に撃ち当たっていたのは、何と矢だった! 細い木の棒の尻尾に当たる部分には、羽が付いてあり、気にメリ込んでしまっている先端部分には、鋭く尖った金属の矛先が付いていることだろう。 そんなモノが俺たちに襲いかかってきたのだ!

 

 

 この状況下において、弓矢を扱えるような人物なんてただ1人しかしらねぇし、ソイツしかありえねぇだろとしか言いようがなかった。 だとしても、それが真実であってもそうであって欲しくなかったと心の中で強く叫んだ。

 

 

 

(ビュン――――――――!!!)

 

 

 また、一矢放たれる唸りが響き渡りやがった! クソったれぇぇぇ!! と叫びながら俺は洋子を抱えてここから離れ出した。

 

 

「な、何をするんです!!?」

 

「わりぃが少しだけ黙っててくんねぇか?!」

 

 

 急に持ち抱えたから驚いたのかもしれねぇが、そうも言っていられねえ状況が出来上がっちまったんだよ!

 

 ドスッとまたしても鈍い音が出たところを振り返って見てみると、そこは俺が伏せていた場所だった! しかも、ピッタリと1ミリもぶれることがない精密な射撃だ。

 

 

「くっ……! アイツ、確実に俺たちを殺す気だ!!!」

 

 

 暗闇の暗殺者ってのは、今のアイツにピッタリの名前かもしれねぇな………ただし、褒めちゃいねぇよ。 まったく、ふざけんなよって言いたくなるような状況だぜ、クソが!!

 

 

 冷汗をかきつつ、俺は洋子を抱えながら一目散に走りまわる。 何とか隠れられるような場所を見つけて隠れるが、すぐ近くに矢が放たれるのだ!

 

 

 逃げられねぇ………

 

 

 俺の焦る気持ちが募り始めていく中、俺は道場の中に潜り込んだ。 アイツが放っただろう地点からは死角となるこの場所ならば、一先ず息を付けることができそうだった。

 

 

 

「明弘さん………アレって、まさか………」

 

「ああ、まさかもウソもあったもんじゃねぇ……アレは正真正銘、海未に間違いねぇよ」

 

 

 洋子の表情に青みが覆い始めた。 殺意と言うより、ストレートに殺しにかかってくる海未を見て、恐れないヤツなんているわけねぇよ。

 

 正直、俺だってビビっているのさ。 アイツが一矢放ってきた時は、何かの間違いじゃねぇのかって余裕を持っていたけどよ、もう一矢を撃ち放った時には、確信せざるを得なかった………アイツの殺意が俺たちに向かっているんだってことをよ…………

 

 この際、何で俺たちにそれが向けられるのかは考える必要はない。 ただ、ここから脱出することしか考えなくちゃいけねぇってことさ………!

 

 

 足に力を込め始めて立ち上がると、座り込んでいた洋子に手を伸ばした―――――――

 

 

 

 

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!)

 

 

 

「「ッ――――――――!?!?」」

 

 

 そこに思いもしなかった、更なる一矢が撃ち放たれてきたのだ!

 完全に油断していた俺は、さっきよりも明らかに反応するのが遅くなってしまい、洋子を抱える余裕すらなかった。

 

 

 

「くっ――――――――!!」

 

 

 力任せに何とか洋子を押し出すことが出来た―――――――が

 

 

 

 

 

 

 

 

(ザシュッ―――――――――!!)

 

 

 

「あがっ!?」

 

「明弘さん!!!」

 

 

 肝心の俺は避けることをわずかに怠っていたために、矢が腕をかすめたのだ。 かすり傷程度かと思いきや、割と深くまで傷付いていて、そこから血が流れ出てきたのだ。

 

 

「だ、大丈夫ですか?!」

 

 

 洋子の悲愴な声を漏らすが、「問題ない」と苦笑いで答えて見せた。

 とは言いつつも、正直に言えば痛すぎるのだ。 えぐれるような痛みってのは、こう言うモノなのかねぇ……? 痛くて堪らんわな…………

 

 

 だが………蒼一が受けた傷と比べりゃあ、屁の屁の河童さ………蒼一が背負っているモンは、この程度じゃ収まりきらんのだからな…………

 

 

 鼻を一擦りして気合を入れ直す。 ここが踏ん張り所なんだと自分に言い聞かせるんだ。

 

 

 

「さあ、行くか!」

 

「はい! いっ――――!?」

 

「どうした?!」

 

「す、すみません………足が急に………!」

 

 

 何とか立ち直ってこの場から離れ始めようとした最中に、洋子が足を押さえる素振りを見せた。 まさか、と思いつつ押さえた手をどかしてそれを見た。 そしたら、案の定のことだ。 片方の足首が赤く腫れ上がっているではないか。 その部分に触れてみると、痛がる素振りを見せるので、捻挫してしまったのだろうと結論付けた。

 

 

 だが、これで状況は悪化してしまった。

 ただでさえ足に負担を抱えていた洋子が、これで完全に動けなくなってしまったのだ。 これでは、どこにも行くことも海未が放つ矢から逃れることはできないのだ。

 

 

 万策尽きてしまったかのように思えた

 

 

 

 

「いや……まだだ、まだ終わっちゃいねぇな…………」

 

 

 そう気合を込め直すと、道場の中に立て掛けられていた竹刀を片手で持ち洋子の前に立った。

 

 

「ななっ!? 何をやっているんですか?! 明弘さんだけでも逃げて下さいよ!!」

 

 

 俺の姿を見て洋子は驚嘆の声を掛けてくる。 けどな、ここを離れるわけにはいかねぇんだよ。

 

 

 

「逃げたいのは山々なんだけどよ、怪我した女をただ1人残しておくなんてことを俺の境地が赦しちゃくれねぇんだよ」

 

「何をバカなことを………明弘さんに何かあったらどうするんですか?!」

 

「そん時はそん時だ。 だが、これだけは言わせてもらうぜ………俺は死なんよ」

 

「!!」

 

 

 片手で握りしめた竹刀に力が入りだす。 普段よりもはるかに強く力を込めて竹刀の先を前に構え出す。

 

 焦りはしているさ。 何せ、久しぶりに頭ん中で危険(ヤバい)って言うアラームが鳴り響いていやがるんだからよ、焦んない方がおかしいもんさ。 あぁ……腕が震えてきやがる………武者ぶるいってヤツかねぇ……へへっ、たまんねぇなぁ………

 

 

 だがな、男に生まれてきたからには、こうして誰かの役に立ちたいって言うカッコいい気分を味わいたくなるのは当然のことだろ? しかも、カワイイ女を庇いながらって言うドラマチックな情景にテンションが上がんないはずがねぇよな!? ははっ! いいねぇ……楽しくなってきやがった………!!

 

 

 こんな状況下に置かれても、俺は笑うことを止めねぇ。 俺の中で何かが吹っ切れちまったような気がした。 まあ、その方がいいわ……苦しんで、悲しんでいながら立ち向かうってのは、俺の性にはまったくあわねぇからよ。 そんなら、思いっきりこの状況を楽しみながら振り切って見せるしかなかっただけなんだ。

 

 

 ホント、自分でも呆れちまうよ。

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!)

 

 

 強い殺気と共に空を切り裂く音が聞こえ出す――――俺に向かって真っすぐ向かってくるのがよくわかるぜ。 その殺意は俺に向けてのモノなんだろう? わかってるさ、そんくらいはよぉ。 俺が何度、海未から鉄槌を喰らったことだろうか。 数えるのも億劫になってくるんだぜ? まあ、そんくらい喰らったってわけなんだけどよ、その鉄槌1つ1つにはハッキリとした気持ちが詰まっていたってのもわかるんだぜ?

 

 

 あー……つまり、何が言いたいのかってのはな…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 感情を押し殺したようなモンを撃ち放ってるんじゃねぇよ………!!

 

 

 

 矢の先が視界に入る。 だが、次の瞬間には数メートルもあった距離がすぐ目の前にまで近づくのだ。 一瞬ですべてが決まっちまう運命の変わり目でもあるのだ!

 

 

 もし俺が不幸になる運命に向かって行こうとしているのなら………全力で足を止めさせてもらうぜ……! そして、穿ついて不幸のどん底から這いあがってやるんだよ!!!

 

 

 

 

 

 

「チェストォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

(バチィィィィィン!!!)

 

 

 

 

 迫り来る矢に対し、瞬時に振りかざした竹刀を稲妻が鳴り落ちるかの如く振り落とす! 一寸の狂いなく真っ直ぐ落ちていく竹刀の先に、飛んでくる矢があった。 その矢を俺に届く前に叩き落として見せたのだ。

 

 

 俺に突き刺さるはずだった矢は、今、俺の真下で寝そべった。 最早、コイツに俺を()るだけの威力も気力も存在しない、ただの棒きれと化っした。

 

 

 

 

「どうしたぁ!! この程度で俺を()れるとでも思ったか海未!!」

 

 

 

 挑発的な言葉で海未を惑わし始めると、漆黒に染まった暗がりから先程とは比べものにならないほどの殺気を感じとった。 なるほど、どうやら俺の誘いに乗ってくれたようだな。 この調子で、矢をたくさん放ってもらいたい。 そうして弾切れになれば、こちらが一転して攻勢に移すことができる。 接近戦となりゃあ、こちらに分がある。 それまで持ちこたえてみせるさ。

 

 

 

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!!)

 

 

 

 先ほどよりも明らかに威力の高い矢が放たれる。

 俺は先程と同じく構えだし、撃ち落とそうと心掛けた。

 

 

 

 

「さぁ……掛かってきやがれ!! お前のすべてを薙ぎ払ってくれるわ!!!!」

 

 

 

 迫りくる矢にまた唸り声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い攻防戦が始まりだした―――――――

 




ドウモ、うp主です。

2話分の内容を諸事情で1話にまとめたらこんな感じになりました。


次回もよろしくです。


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[ 園田家・道場内 ]

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!!)

 

 

(バチィィィィィン!!!)

 

 

 

 殺気立たせながら放たれる矢をしなやかでありながらも硬く力の籠った竹刀が撃ち払い続けています。

 

 日が完全に身を潜めてしまったこの漆黒の闇の中、明弘さんはどこからやってくるのかもわからない攻撃に対し、数十分もこうして撃ち払い続けているのです! 初めの数発くらいは私の目でも捉えることが出来たのですが、今では影も形も視認することが出来ずにいるのです。

 

 それなのに……明弘さんは、ただひたすらと立ち向かっているのです。

 

 身体から流れ落ちる大粒の汗と血が混ざり合い、水溜りのように彼の周りに広がっているのを見てますと、痛ましく感じてしまうのです。

 

 

 

「ハァ―――――――ハァ――――――――ハァ――――――――――」

 

 

 つい先ほどまで、威勢を高らかに咆哮していた明弘さんの口からは、息切れる声が漏れ出ています。 竹刀片手に孤軍奮闘しているのですから体力が心配されるのは当然のことでしょう。 けれど、限界に近付いているのにもかかわらず、それでも立ち向かうのですか……?

 

 

 

「もういいのです………これ以上、無理を掛けないでください…………!! お願いです、明弘さんだけでも逃げて下さい……!!」

 

 

 私の悲痛な思いが篭った声が道場内に響きます。 当然、明弘さんの耳にも聞こえているはずです。

 

 

 

 けれど………

 

 

 

 

 

「………言ったはずだ……洋子を1人残すようなことは絶対にしねぇよ………俺が道を切り開いて見せる……だから、そこで待っとけ…………」

 

 

 息の上がった声でありながらも、やさしげな言葉で私に言い返してくれました。

 

 

 どうして、そこまでして私のことを…………

 

 

 私の胸に抱いた疑問が口に出ようとした瞬間―――――――

 

 

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!!)

 

 

(バチィィィィィン!!!)

 

 

 

 

 

 

 

(ドスッ!!)

 

 

「うぐぅっ………!!!」

 

「明弘さんっ?!」

 

 

 矢が放たれ撃ち払われるだけの音が響くモノだと思っていました。 けれど、それは間違っていたのです。

 

 

 明らかに、ここまで聞いてきた音とは別の音が聞こえてきたのです。

 その異質な感じに、私は声を荒げて彼の名前を呼びました!

 そして、目を凝らして明弘さんの姿を捉えますと…………

 

 

 

 

 なんと、左足に矢が突き刺さっているではないですか!!

 

 

 

「っ~~~~~~~~!!!」

 

 

 あまりの激痛からでしょうか、明弘さんは足を崩し、その場でうずくまってしまいました。

 

 

「明弘さんっ!! 明弘さんっ!!!」

 

 

 私は必死に彼の名前を呼び続けました。

 

 何故でしょう………私の内にモヤモヤとした煙のようなモノが募り始めてくるのです。 手を伸ばしたら消えてしまいそうな………そんな蜃気楼のような存在のようにも感じてしまうのです。

 

 

 

「………だい……じょうぶだ………おれは………まだ……………!!」

 

 

 彼は刺さった矢を抜き取りますと、無事な肩腕だけで身体を支え、立ち上がりだしました。 けれど、もう先程のような気迫も威圧も抜けきっていたのです。 最早、立っているのがやっと…………

 

 

 それに、彼を助けていた竹刀が………先程の衝撃で何処かへ飛んでいったようです。

 

 彼は今、丸腰なのです―――――――

 

 

 

 

 

「もういいのです!! やめてください!!! これ以上……明弘さんが立つ理由なんて無いのですよ………」

 

 

 内から募りだしていたモノが口から吐露し始め、それが声となって……嗚咽のような言葉として彼に向かって行きました。 彼の身体はもう傷付き、千切れ落ちてしまいそうなくらいボロボロとなっていたのです。

 

 それなのにも尚、彼は立ち続けようとするのです………

 

 

 すると、彼は振り返って私の方を見つめだしたのです…………

 

 

 それは、今までに見たことの無いほどに、やさしい笑顔でした―――――――

 

 

 

 

「………目の前に傷付いている女がいる………それを護るのに……理由なんていらねぇよな……?」

 

 

 

 最後に、にこっと笑みをこぼすと、また正面に向け直しました。

 

 

 

 

 

 

(ビュッ――――――――!!!!)

 

 

 悲愴漂う空気を引き裂いてしまうような轟音が向かってきます。

 その音が向かう先には、彼が捉えられている―――――言わなくても、感じることが出来るのでした。

 

 

 

「――――――――――――!!!!」

 

 

 その時、私は何かを強く叫んだと思います。 ですが、考えなくとも、それは紛れもなく明弘さんに向けてのモノです。 しかし、それでも何を言ったのか未だに思い出せずにいるのです―――――――

 

 

 その時、私の目に映ったのは――――――――

 

 

 

 両手を広げて仁王立ちする彼の姿が――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(バチィィィィィン!!!)

 

 

 

 

 

「「!?!?」」

 

 

 

 思いもよらない音が鳴り響く――――――

 

 

 明弘さんの方に向かっていたはずの矢が、軽い音を打ち鳴らしながら床を転がっていたのです。

 

 

 

 そして、私たちの前にあの人が立っているではないですか………!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、少しばかり時間を浪費してしまった。 タイミングはバッチリか?」

 

 

 暗闇から颯爽と現れ出しましたのは、紛れもない蒼一さんだったのです!!

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 少し時間をさかのぼる――――――――

 

 

[ 園田家・居間 ]

 

 

 

「さあ、蒼一…………ワタシノモノニナリナサイ………」

 

 

 身体の自由を奪われている中、エリチカがその手を俺の方に伸ばして来ようとしてくる。 俺は必死になりながら身体を動かそうと試みるのだが、薬が完全に行き渡ってしまったのか、指一本すらもまともに動けないでいるのだ。

 

 くっ…………! このままでは…………!!

 

 迫りくるエリチカの魔の手が俺を飲み込もうとしていた。 一体何をする気なのだろうか、と疑念を抱かせてみるものの、不気味にニヤついたその表情がこれから起ころうとすることをすべて物語っているようにも思えたのだ。

 

 

 逃げられない………!

 

 

 

 そう諦めかけていた時だった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「「蒼一っ!!!!」」

 

 

「「!?!?」」

 

 

 この部屋の襖が音を立てて開かれると、そこから現れ出たのは、真姫とにこだった! 息を切らし慌てた様子で立つ2人は強い眼差しでエリチカを見つめていた。

 

 何故、ここに2人がいるんだ!? 俺の家で待っていたはずじゃ………!

 

 

 状況理解が得られないまま、様子を伺っていた。

 

 

 

 

「………意外ね、まさか……こんなにも早く来てしまうだなんてね…………」

 

 

 そう言うエリチカの顔を見てみると、額から汗が一筋、頬を伝って流れ落ちた。 明らかに動揺している様子が見受けられる。 どうやら、エリチカ自身もこうなるとは思いもしなかったのだろう。

 

 

「ええ、私たちも当初はこんなに蒼一からの連絡も受けないまま来てもいいのか迷っていたわ。 けど、希が今すぐ行くようにって言ったから来ただけのことよ」

 

「希が………!!」

 

 

 真姫が言った言葉に対し、エリチカは意外だと言わんがばかりに目を大きく開かせていた。

 

 なんだ……? エリチカがこんな表情を見せるだなんて………いや、まさか…………

 

 

 

「それにしても、絵里。 ちょっとやり過ぎじゃないかしら?」

 

「やり過ぎ………?」

 

「そうよ、そこまでして蒼一を自分のモノにしようだなんて……考えられないわ」

 

「あら、そうかしら? 別に、あなたたちと比べてもやさしいモノだと思うのだけど?」

 

「「!!?」」

 

「それに、一緒にいるからって彼に発情してしまったり、彼の身体を弄り回していたあなたたちに言われる筋合いなんてこれっぽちもないのだけどね」

 

「「「ッ―――――――――!?!?」」」

 

 

 

 エリチカが口にした言葉に衝撃が走る。

 それは俺だけじゃない、真姫とにこにも同じような衝撃が駆け巡ったのだ。

 

 どうして、エリチカが俺と2人それぞれの間でしか知りえないことを何故知っているのかが驚きだったのだ。 それだけじゃない、俺たちの行動すべてを知っているかのようなその口ぶりがとても気になって仕方がなかったのだ。

 

 

 

 

「けど、参ったわね。 私もあなたたちが来るなんてことを考えてもみなかったし………いいわ、今日のところは引いてあげるわ」

 

「「なっ?! ま、待ちなさい!!」」

 

 

 真姫とにこの静止を受けても足を止めることをしなかったエリチカは、さっき海未が出ていったところから去ろうとしていたのだ。

 

 

「それじゃあ、蒼一。 また、逢いましょうね♪」

 

 

 そう言い残すと、1人外の暗闇の中にへと身を沈めてゆき、そのまま消え去ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

「「蒼一っ!!!」」

 

 

 エリチカがいなくなったのを見計らうように、2人が俺に駆け寄ってくる。 2人はそのまま倒れていた俺の身体を起こし、背中を壁に寄り掛からせて体制を整えさせた。

 

 

「大丈夫、蒼一? 身体が動けなさそうだけど、どうなの?」

 

「………うぅ………まだ……うごかしにくい………ようだな…………」

 

「わかったわ、私に任せて。 にこちゃん! ここの台所から水と塩をたくさん持ってきて!!」

 

「水と塩!? わかったわ、出来るだけ大きな器に入れて持ってくるわ」

 

 

 真姫の注文を受けたにこは台所の方に向かってゆき、水と塩を出来るだけ大きな器の中に入れる準備をし始めた。 その間、真姫は俺の身体のあちこちに触診し始めた。 痺れがどのくらい行き渡っているのかを知るための行為だということだ。

 

 

 

 そこに、にこがプラスチックのボウル容器に水をたくさん入れて、塩をそれなりの大きさの器に少し多めに入れてくると、「ありがとね、にこちゃん」と一言だけお礼をして両方を受け取った。

 

 すると、真姫は水の入ったボウルに塩をすべて入れてかき混ぜ始める。 そして、溶かしきったであろう水の容器を俺の近くにまで持ってきてこう言ったのだ。

 

 

「少し辛いけど、全部飲んで……!」

 

 

 いきなりそう言われると、俺の有無を聞かないまま無理矢理飲ませ始めた。 ごくごくと喉を鳴らしながら身体の中に入って行く水がとてもしょっぱく、海水を飲んでいるようにも思えて辛かった。 それも、溺れてしまいそうなほどに多くの水が入って来るので、息苦しくも感じたのだった。

 

 

 ただ、さらに辛かったのはここからだった。

 

 

 真姫は水を飲んで膨れ上がった俺の身体をこの部屋を出た縁側の方に運び出したのだ。

 

 

「ちょっとだけ我慢してね…………」

 

 

 とだけ、合図を掛けるのだが、心の準備が出来ないまま真姫は異様な行動を起こした。

 

 

 

「うぉあがっ――――――?!」

 

 

 真姫は人差し指と中指を揃えて、それを俺の口の中にへと突っ込ませたのだ。 しかも、ただ口の中に入れるだけではなく、そのまま指を奥へと向かわせていくのだった。 当然のことながら、気分が悪くなり嗚咽を漏らすのだが、それと同時に身体の中に収まりかけていたさっきの水が勢いよく食道を通り過ぎて吐き出てきたのだ。

 

 幸いなことに、吐き出した先が外であったため、家を汚すことは無かった。

 

 

 

「ガハッ――――――ガハッ―――――――――!! うぐぐぐ、何をするんだよ―――いきなり―――――」

 

「古典的な解毒の処方よ。 蒼一の中に溜まってしまった薬の効力を打ち消すために行ったのよ。 痺れ薬も一種の毒、だとしたらこのやり方でならいけると思ったのよ」

 

「そうか………うん、さっきよりかは身体を動かしやすくなってきているな………」

 

「そう……ならよかったわ」

 

 

 緊張が解れ安堵の表情を見せ始める真姫。 少しだけ目元の辺りが部屋から射してくる明りによってキラリと輝いた。 今にも涙を流して泣き付いてきそうな雰囲気だった。

 

 そんな真姫の気持ちを察して、俺は彼女の頬を一撫でする。 すっと滑って行くような滑らかな感触はとても気持ちが良く、また、彼女から感じる微熱が冷え切った心を温めてくれるのだ。

 

 

「蒼一ぃ~~~! にこもいるのよぉ~~!!」

 

 

 そう頬を餅のように膨らませるにこは、無防備にしていた俺の腕に抱き付いてちょっぴり怒った表情を見せた。 けど、その表情とは裏腹にどうしても構ってほしいと言わんがばかりの寂しげな視線を送って来るのを見ると、あぁ、にこも甘えてほしいのだなと自分の頬をわずかに緩ませながら彼女のこともやさしく撫でてあげた。

 

 

 そんな彼女たちは嬉しそうな表情と声を漏らして、今の気持ちを表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、こうしちゃいられないぞ…………早く、明弘のところに行かなければな………!」

 

 

 彼女たち2人との時間を採った後、身体に力を込めて立ち上がるとこの目に映る敷地内を見回した。 辺りは完全に暗くなり、目を凝らしてやっと視認できる程度の様子だった。 それに、わずかに降り始めていた雨も少し強くなりつつあった。

 

 

 

「それで、どこをどう探せばいいのかしら?」

 

 

 腕を組みながらにこは話す。

 

 

「本当だったら、アイツの方から連絡が来てもおかしくは無いんだが………未だに来ない………多分、海未と接触してしまって身動きが取れないままじゃねぇかと思っている」

 

「だとしたら、厄介ね………海未って、ちょっとだけしつこくって面倒なところがあるから足止めされて身動きが取れないじゃないかしら?」

 

「それに、今は洋子も一緒にいるんでしょ? だったら、なおさら早く探しに行かないといけないじゃない!」

 

 

 真姫とにこは口々に意見を述べてみるが、実際にどこにいるのかというところに至ってはいない。 では、一体どこにいると言うのだろうか…………?

 

 

 

 

 

 

 

「!! ちょっと静かにして!」

 

 

 急に大きな声で真姫が話しだすと、耳に手を置いて何かを聞きとろうとし始めた。 「何? どうしたのよ?」というにこの質問に「少し喋らないで」と強い言葉で言い返して、にこの口を閉ざさせた。

 

 俺も同じく耳に手を置いて耳を凝らして何かを聞きとろうとした――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………………バチィィン……………………)

 

 

 何かが打ち当たる音が耳に響いてくる。 何だろうか? この叩き付けるような軽く、打ち当たるような鈍い音は? どこかで聞いたことのある音なのだが………思い出せずにいた。

 

 

 

 

 

「………竹の音ね」

 

「「えっ………??」」

 

 

 真姫が言った言葉に思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまう俺とにこ。 音の正体を瞬時に捉えてしまったことに驚いてしまっていた。

 

 

「竹か………竹…………はっ、もしや………!」

 

 

 真姫から得たヒントに心当たりを感じた俺はすぐに行動に出た。 それにくっ付いていくかのように真姫もにこも俺の後に続いてきた。

 

 

「真姫、にこ! 今から明弘たちを助けに行く。 俺は明弘の方をどうにかするから、洋子の方を頼むぞ!」

 

「「えぇ、任せなさい!!」」

 

 

 力のこもった返答を耳にすると、俺たちは明弘たちがいるところに向かって直進していくのだった。

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 そして、現在――――――

 

 

[ 園田家・道場内 ]

 

 

 

「どうやら………間に合ったようだな………」

 

 

 落ちていた竹刀を片手に持ち、俺は明弘の前に立った。

 

 予想した通り、2人はこの道場にいた。 ただ、洋子は座り込んだままで動けないままで、明弘は全身に擦り傷やらでボロボロになった状態で立っていたのだった。 決して、無事とは済まされない状態である。 そんな2人に駆け寄る真姫とにこは、早速、触診を行い始めており、出来るだけの治療を行い始めたのだった。

 

 

 

「………ったく、遅いじゃねぇか……兄弟…………」

 

「すまないな、少し足止めを喰らっていたんだ。 だが、こっからは俺が引き継ぐ。 ゆっくり休むことだな」

 

「あぁ……そうさせてもらうわ………ちょいとばかし……疲れ……ちまった……わ…………」

 

 

 張り詰めていた糸が立ち斬れたように、明弘の身体がゆらりと床に沈みだす。 膝からがっくりと崩れ出した身体は、そのまま横に傾き、か細く深呼吸をしたまま倒れ込んでしまった。 どしゃっと果実が木から地に落ちて、その果肉をぶちまけるようなえぐい音が聞こえると、明弘の身体から生気が薄れていくようだった。

 

 

「明弘…………」

 

 

 満身創痍で屍同然とも言えるような姿になりつつあった親友(とも)の姿に、俺は哀れみの眼差しを向けた。 それと共に、「よくやった」と称賛の言葉を掛けたのだった。

 

 

 

 そんな俺の言葉に、「ふっ……」と鼻で笑ったかのような声が聞こえてきたのだった―――――

 

 

 

 

 

 

 

「おや、蒼一………もう、ここに来てしまったのですか…………」

 

 

 緩んだ緊張が一気に引き締まるような冷たい声が暗闇の向こうから聞こえてくる。 それと共に木造りの廊下を小刻みに音を立てながらこちらに向かってくる様子を伺うことが出来た。 あんな姿になっても尚、その身に付いた優雅な立ち振る舞いと言うものは、そう易々と取り去られるものではないようだ。 現に、彼女は冷酷なる笑みを浮かべ、身体から発する殺気を纏いながらも華のある動きを見せてくるのだ。

 

 もし、生きる時代を変えてしまえば、1人の将として重宝されることは間違いないだろう………

 

 

 だとしても、俺は彼女を取り戻さなくてはならなかった。 それは、己のためでもあり、彼女のため、ひいては、彼女たちのこれからのためにも彼女を絶対に取り戻さなければならなかったのだ。

 

 

 

「うふふふふふ………蒼一、やはり、あなたはすばらしい殿方です……私の期待以上のことを見せてくださるのは、あなたを置いてどこにもいないでしょうね………」

 

 

 緩んだ口元から語られる邪の塊とも言える言葉が俺に向かってくる。

 暗闇からようやく姿を表した海未は、視界が暗くなっている中において、異様な空気を放っていた。 また、目元を隠すくらいに伸びた前髪がその異様さをさらに強調させるのだった。

 

 彼女は今、どこを見て話しているのか………それが気になり始めていた。

 

 

「………そう言えば、絵里はどうしましたか? 私がいない間にあなたをさらおうと試みていたあの泥棒狐は一体どこへ消えてしまったのでしょうかね………?」

 

「!! 絵里なら帰ったぞ………」

 

「そうでしたか……なるほど、分が悪いとみて出て行きましたか……相変わらず、素晴らしい判断をしますね………しかし、惜しいですね……蒼一を抱えているところを見計らって後ろから一突きしようかと思っていたのですが………本当に残念です………」

 

 

 何と言うことだ、海未はエリチカがここに来ていたことを知っていたというのか……? いや、すでに来ると分かっていたと言うのだろうか……? どちらにせよ、海未はエリチカに対しても強い殺意を抱いているのだと言うことはわかった。

 

 

「しかし……絵里がいなくなったとは言えど、また厄介なモノたちが増えてしまったようですね。 私の計画の邪魔をする蛆虫どもはこの私が排除してみせましょう………」

 

 

 すると、それまで隠れて見えなかった右腕から一本の長い棒のようなモノが姿を表した。 海未自身の腰丈ほどの長さを要したその棒がこちらに向けられた。

 

 

 

 

「それでは………参りましょうか…………!!!」

 

 

「!!!?」

 

 

 ドンッと床を太鼓で叩いたような強く踏み込んだ音が響く。 それが耳に届いた頃には、海未が俺の目の前に飛び出てきては、その長い棒を振り降ろしてきたのだ!!

 

 

「くっ……………!!!」

 

 

(バヂィィィィィィン!!!!!)

(ゴッ!!!!)

 

 

 反射的に身体が動き、竹刀でその棒の横っ腹を打ち払うと、棒は俺に向かう軌道が逸れて床に鈍い音を立てて叩き落ちた。 とてつもない程の威力を含ませたその一撃を何とか避けたものの、それをまともに受けていれば、ただでは済まされなかっただろう………

 

 

 だが今、海未は俺のことを狙っていたのか…………!?

 

 

 また、ここで新たな疑念に背筋を硬直することとなった。

 

 

 それに海未が片手に持っていたあの棒………ただの棒じゃない…………

 

 

 

 

 

 

 

―――――――木刀だ

 

 

 

 そこら辺に落ちている野良のモノだったり、箒の柄の部分であれば大したことは無かった。 けれど、海未が取り出してきたのは、この道場で使われている木刀だ。 しかも、それはあまりにも大きく、尚且つ、太く強固な形のもので彼女自身の強さと言うものをしえしているかのようだ。 それを手にしている海未は、親父さんと肩を並べるほどの技量を携えている――――――――言わずもがな、一太刀喰らえばひとたまりもないのは目に見えていた。

 

 

 

 

「おいおい、海未………お前、俺を殺す気か………?」

 

 

 思わず苦笑いをし出してしまうほどに焦り始めていた俺は、率直に聞き出そうとする。 すると、海未は急にケタケタと笑い始めると、ギロッと見開いた目で俺を睨みつけた。 その不気味な姿に、身の危険を大に感じ取ったのだった。

 

 

「うふふふふ………安心して下さい……殺すことなどいたしませんよ? ですが、私の下から離れてしまわないように、少し余分な骨を砕いて差し上げようとしているだけですよ……? そうすれば、蒼一はこれから一生、私の力無しでは、立つことも動くこともできなくなるのですよ………? うふふふふ……なんて素晴らしいことだとは思いませんか………?」

 

 

「ッ―――――――――?!!」

 

 

 常軌を逸した言葉と言うのは、まさにこのことを指すモノなのだろう……狂っていやがる………!!

 

 

…………冗談は止してもらいたいものだな………俺の骨を砕く? 一生、海未の力無しでは何もできなくなる……? あはは………ふざけるんじゃねぇよ……そんなこと、俺が快く思うものかよ………!!

 

 

 海未の口から出る言葉に、歯が砕けてしまうほどに食いしばってしまう。

 とても腹立たしいのだ。 海未がこんな状態になってしまったことに、気付かなかったこと、その原因に俺が噛みしていると言うことに、無性に腹が立ってしまうのだ。

 

 

 

 だが、その怒りを今はグッと抑え込まなくちゃいけない。 一時の感情に踊らされては、目の前にあることを仕損じてしまいかねないからだ。

 

 

 

 深く呼吸をして冷静を保たたせる―――――――

 

 

 集中するんだ………今やるべきことは、海未を元に戻すことだ。 怨むことでも憎むことでもないんだ。 ただ、助けることだけを考えるんだ!!

 

 

 

 俺は再び手に持つ竹刀を握り直し構える。 木刀との相性は最悪――――まともに競り合えば圧し折られてしまう。 そんな絶望的な状況下におかれても、俺は諦める気は無かった。

 

 

 

 何としてでも、海未を取り戻す―――――!!

 

 

 この決意だけは、まったくぶれることは無かったのだ。

 

 

 

 

「おい、お前たち…………」

 

 

 俺は後ろから見ている真姫たちに向かって話しかける。 それに反応するように返事を受け取ると、尽かさず彼女たちがやるべきことを伝え始める。

 

 

 

「明弘、洋子、真姫、にこ。 今すぐにここから離れろ。 絶対に振り返るな、真っ直ぐ俺の家に帰るんだ」

 

「そ、そんな?!! 蒼一を置いて行くなんて出来ないわ!!」

 

「そうよ! いくら解毒したからと言っても、まだ身体の自由は効いていないはずよ? そんな身体で何が出来ると言うのよ!!」

 

 

 

「にこっ!!! 真姫っ!!!!」

 

 

「「!!?!?」」

 

 

「………頼む。 ()()()()()()()()()()()()()()()には、お前たちが頼りなんだ……だから、俺の願いを聞いてくれ………」

 

 

「~~~~~っ!!! わかったわよ!! にこちゃん! 2人を連れて行くわよ!!」

 

「ちょっ!? 何言ってるのよ、真姫! そんなこといいわけ…「いいから、行くのよ!!」…ッ!! わ、わかったわ…………」

 

 

 俺の頼みを聞き入れた真姫は、にこたちを連れてここを離れる準備に取り掛かった。 意識をもうろうとさせている明弘や足を悪くしている洋子をさせるには、2人の力が不可欠だった。 だからこそ、2人には頑張ってほしかったのだ。

 

 

 

 

「蒼一………必ず……帰って来てくれるよね………?」

 

 

 去り際に、真姫は振り返って俺に声を掛けてきた。 俺はその一言に思わず頬を緩ませ、その潤わせた瞳に向かって、

 

 

 

 

「大丈夫だ。 海未の()()()()()暁には、ちゃんと、真姫たちのところに戻るからな………」

 

 

 と言った。

 

 

 真姫は他に何か言いたげな素振りを見せたのだが、それを口にしようとはせず、ただ「待ってる……」とだけ言い残してここを静かに離れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふふふ………嬉しいですよ、蒼一。 私とそんなに一緒になりたかったと言うのですか♪」

 

「ああ、そうだな。 お前のその偽りの姿を取り去って、いつもの恥ずかし気を残した元の姿にしなくちゃいけないからな……この方がやりやすい」

 

「何をおっしゃっているのですか? 私は普通ですよ? あのような、自分の気持ちを圧し留めているようなのは、私ではありません。 蒼一、あなたをこれほどまでに愛しているこの姿こそ、本来の私なのですよ?」

 

 

 顔色一つ変えないまま、淡々と話し続ける海未は、これまでにないほどに嬉しそうな表情を見せていた。

 

 だが、俺が知っている海未は、こんな姿をしてなどいない。 もっと、控えめで恥ずかしがり屋な部分を持ちながらも真っ直ぐとした信念を胸に抱く強い乙女だった。

 

 それがどうだろうか? こんな邪念に縛られて己を見失っている姿をしているではないか。 俺からすれば、これほど醜い姿は無いと言えるのだ。

 

 

 だからこそ、そんな醜い姿を脱ぎ棄てて、本来持つべき美しきベールで着飾らせなくてはいけない。 それが、俺に課せられた使命なのだから……………

 

 

 

 

 俺はゆっくりと竹刀を構える―――――――

 

 

 絶対に取り戻して見せると言う信念を胸に、今、挑み始めるのだ――――!!

 

 

 

「さあ………いざ参るっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。


また長くなった()


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フォルダー4-6

 海未の家から出て数分が経った頃のことだった――――――

 

 

 

「う……うぅ…………こ、ここは…………?」

 

「明弘さん! ようやく目を覚まされましたか……!」

 

「よう……こ……? おれは………なにを………?」

 

「つい先ほど倒られたのですよ。 しかし、よかったです………」

 

 

 蒼一が明弘の前に現れてからすぐに、彼は沈むように意識を失った。 そこから、蒼一の判断により海未の家から連れ出されて、その帰路に向かう途中だったのだ。

 

 彼が気を失っていた間、彼の身体は真姫とにこの手によって支えられていたのだった。

 

 

「うぅ………真姫、にこ……もう大丈夫だ。 1人で行けるさ」

 

 

 明弘は3人の心配そうな顔を余所に、1人たちをし始める。 次に、身体を動かして見て身体がどれくらい動くことが出来そうなのかを確かめていた。 ある程度の動きはできるものの、矢が刺さってしまった足は痛みによって自由は効かなくなってはいた。

 

 

 それでも、彼の気力は底を尽いてなどいなかった――――――

 

 

 

「なぁ……兄弟はどうした………?」

 

「蒼一なら海未と……………」

 

「………まさか、闘っているのか?! 1人で!?…………()()()()()()()()()()()()………」

 

 

 何かを含ませたかのような言葉に、3人は顔を見合わせる。 それがどういう意味で言われたものなのか、彼女たちはまだ理解できなかった。

 

 

「けど、大丈夫でしょうか………木刀に対して竹刀で挑むと言うのは………何とも無謀な気がいたします………」

 

「なにぃ?!」

 

 

 洋子の言葉に驚嘆する明弘。

 

 けれど、彼はすぐに考え込み始めた。

 何故、蒼一がそんな無謀な闘いを挑んでいったのかということに………竹と木とでは、相性はかなり悪い。 それなのにも関わらず、何の勝算を持って挑んだのか……? それが気掛かりだったのだ。

 

 

「なあ……兄弟は何か言ってなかったか?」

 

「そう言えば、去り際に……『海未の()()()()()暁には、ちゃんと、私たちのところに戻るから』って言ってたわね」

 

「それに、明弘さんをどうしても蒼一さんの家に帰したがっている様子でしたね」

 

「邪を払う……俺を兄弟の家に………?」

 

 

 彼の頭の中で何かが結合し始めようとしていた。 彼の頭に過った2つの言葉(キーワード)が引っ掛かりを感じさせていた。

 

 彼はまた、記憶を紡ぎ始め出した。 過去にあった出来事にその言葉をはめ合わせて、何を意味させるものであるかを考えさせたのだった。

 

 

 

 

 

 そして、紡ぎ終えた一本の(記憶)が生成され出すと、1つの答えが導き出されたのだ――――――

 

 

 

 

 

 

 

「………!! ま、まさか………?!」

 

 

 彼はその意味を知るやいなや目を見開き、驚愕し始めた。 それを見ている3人は彼の顔つきが変わったことに驚き、何が始まるのだろうかと息を呑んだ。

 

 

 すると、彼はポケットからスマホを取り出すと、誰かに電話し始めた。

 

 

 

「あ、あのぉ~………誰に電話をしているのですか………?」

 

 

 洋子の質問に対して明弘は、

 

 

 

「蒼一の家にいる、凛にだ」

 

 

 そう言うと、すぐに電話越しから凛の声が聞こえると、彼も話し始める。

 

 

 

「凛、すまんが頼みがある―――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 園田家・道場内 ]

 

 

(バチィィィィィン!!!)

 

 

 竹刀の打ち立てる音が響く。

 

 海未と2人きりとなった蒼一は、自我を忘れて暴走し続ける彼女の猛攻に手を焼いていた。 彼は彼女が繰り出す木刀による漸撃をうまくかわし続けている。 時には、こうして竹刀を用いてはいるものの、これの耐久がいつまで保ってくれるのかが気がかりであった。

 

 当然、彼の表情は強く引きしまる。

 己の命が掛かるこの闘いに―――――そして、彼女を取り戻すためのこの闘いに負ける気はしなかったのだ。

 

 

 

「どうしましたか? 先程から、護ってばかりですよ?」

 

「気にするなよ、これが俺のやり方だ」

 

 

 くすくすと笑い立てながら話しかける海未に、蒼一は不敵な笑みで言い返す。 そんな様子に「へぇ~、そうでなのすか…」と何かを納得したかのような頷きを示した。

 

 すると、海未はそれまでの構えとは違った形で木刀を持つと、勢いを付けるかのようにリーチをとってから繰り出し始めた。

 

 

 

 

(グゥゥゥゥゥン!!!!!)

 

 

「!!!?」

 

 

 空を叩き割るかのような轟音が唸りを上げて彼の横っ腹目掛けて側面から撃ち立ててくる。

 先程までとは、全くの別物だと言っても過言ではないその漸撃は、そのスピードから威力、そして、彼女から出る威圧などあらゆるものがケタ違いなものとして繰り出されたのだ。

 

 その急な変化に出遅れてしまった彼は、半歩下がってやりすごそうとするもわずかに足りず、思わず手元にあった竹刀を手前で構えて防ぐ。

 

 

 

 

(バギッ!!!!)

 

 

 脆く撃ち折れる音が響く。 彼女の放った一撃が彼の持つ竹刀に直撃すると、直撃した部分の峰からその先が圧し折れて吹き飛んでしまった。 折れた先は宙で何度も回転を掛けながら飛んでゆき、床に落ちると軽い音を立てて転がった。

 

 

「うふふふ、これはいけませんね……このようにいとも容易く折れてしまうとは、どうやらそれではあなたを護り切れないようですね」

 

 

 本来あるべき長さの半分ほどにまで削らされた彼の武器を見て、笑みがこぼれ出したようだ。 その笑みが一体何を示すモノなのかはハッキリしない。 けれど、彼にとってマイナスなことであるのに変わりはなさそうだった。

 

 

 彼女は、彼を追い詰めるためにさらなる攻撃を繰り出す。 縦・横・斜め・上下左右とあらゆる方面からの攻撃で彼を翻弄し始めようとする。 彼もまたそれに対応しようとからがらに回避するも、長さが半減し、耐久力も著しく欠けてしまった武器ではうまく立ち回れないでした。

 

 そうしているうちに、彼は段々と追い詰められていった。

 

 

 

「うふふふ……あはははははっ!! どうですか蒼一! 私は強くなりました、あなたを困らせるあらゆる障害から護ることが出来るほどに、私はここまで強くなったのです!! さあ、あなたの身体を私に預けてください! もう決して、あなたを不幸にはさせません。 この私がいる限りあなたは不幸になることはありません!!!」

 

「不幸………だと………?」

 

 

 木刀を彼に向けて振り回しながら彼女は、実に荒々しい声で彼に訴えかける。 しかし、その言葉の内に何かが引っ掛かるようなモノを感じとる蒼一は、怪訝な顔で彼女の言った言葉を脳内で反芻し始めた。

 

 その引っかかりがこの状況を大きく変える要素であることを信じながら………

 

 

 

(グゥゥゥゥゥン!!!!!)

 

 

 縦に振りかぶった一撃が彼の頭上に目掛けて撃ち込まれそうになる。 彼は咄嗟に、手にする武器で木刀の横っ腹を叩き、軌道を横にずらすことに成功した。

 

 

 

 

 

 

 だが―――――――

 

 

 

(グゥゥゥゥゥン!!!!!)

 

 

「ッ――――――?!!」

 

 

 横に逸れたはずの一撃はまた軌道を変えて、今度は彼の横っ腹を目掛けて横断し始めたのだ。 彼女も何度も同じような手口を受け続けるような相手ではなかった。 この激しい打ち合いの中で少しずつ彼の動きを捉え、その対応策を練っていたようだ。 そして、ここに来て不意の一撃を喰らわせようとしたのだった!

 

 彼はまた咄嗟に竹刀を先程と同じような形で構え、彼女の攻撃を受け流そうとした。

 

 

 

 

(ベギッッッッ!!!!!!)

 

 

 

 またしても、砕け落ちていく音が残響した。

 だが、今度の一撃は竹刀の根元に直撃して残っていたすべての峰の部分が抉るように取り去られてしまったのだ。 手元に残った柄だけが竹刀の形を唯一残すものの、もはや武器としての機能を果たせてなどいなかったのだ。

 

 

 

「ふふっ、これでお終いですよ、蒼一? もう変な意地を張らずに私のもとにいてください」

 

 

 木刀の先を蒼一に突き付けてくると、彼女は降参するよう指示する。

 

 だが、蒼一は突き付けられた峰先を掴み、頑とした態度を示す。

 

 

「悪いな、その誘いは断らせてもらう」

 

「?! な、何故なのですか!!?」

 

「俺は海未、お前を元に戻すためにやってきた。 そして、お前を俺のもとに帰ってくるようにするために来たんだ!! そのためなら、この身体が壊れてもかまわねぇ……その代わりに、絶対にお前を連れ戻してみせるんだ!!」

 

「!!!」

 

 

 彼の全身から気迫を感じさせる空気が流れ出る。 意地とも言えるようなこの強い態度に、海未は身を震わせる。 彼女にも伝わっているはずだ、彼の強い気持ちが………!

 

 

 

 

「………なぜ………なぜ、わかってくれないのですか…………」

 

 

 小さな声で何かを口走った彼女は、手にした木刀を力一杯に絞りだす。 手だけじゃない、身体全体のあらゆるところに力が増し加わり始めていたのだ。

 

 その変化に気が付いた蒼一は、一旦、掴んだ手を離して数歩下がろうとした。

 

 

 

 

 

 その刹那―――――――

 

 

 

 

(シュッ―――――!!!!)

 

 

「ッ――――――?!?!」

 

 

 音も感じられないほどの漸撃が彼の服をかすめる。 とてつもないほどのその速度に彼は対応できていなかった! 彼は眼を見開き、彼女を凝視した。 次があるのではないかと身構えたのだ。

 

 

 

 

 だが、その予想も一瞬で現実のものとなる――――――

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

 海未が叫び声をあげながら彼に迫りだしたのだ! しかも、手にした木刀を先程と変わらない速さで振り回すのだ。

 

 さすがの蒼一もこれには堪らず全力で避け始めるのだが、少しでも気を緩ませれば致命傷は避けられなかった。

 

 

 

「何故なのです!何故わかってくれないのです!!私は強くなりました!あなたを護ることが出来るほどに強くなったのです!!だから、あなたはずっと私のそばにいて安心していてくださいよ!!それなのに!どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!私はあなたと共に居たいだけだと言うのに………!!!」

 

 

「くっ………!? う、海未っ………!!!」

 

 

 海未の叫び声がその性質を変えていく。 狂気に満ちていたはずのその声が徐々に悲痛なものへと変わっていこうとしていたのだ。 その理由はわからない………だが、彼女の口から出た言葉が彼に突き刺さる。

 

 

 海未………お前、まさか………!!

 

 

 彼の脳裏に一筋の光が差し込む―――――それはまさに、この暗闇の道を進むための灯火のような希望だった!

 

 

 蒼一の顔つきが変わる――――――

 

 この引き締まった顔を見せる時の蒼一は、覚悟を決め立ち向かう時に見せる姿だ。 そうして彼は必ず成し遂げようとする。

 

 

 すべては――――己と彼女たちのためなのだ――――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒼くんっ!!!」

 

 

 彼の耳に勇気に満ちあふれた声が通り抜けた―――――――!!

 

 

 彼はその声の主を見つける――――――!!

 

 彼が待ち望んでいた、この状況を打ち破る最後のピースがここで見つけることが出来たのだ――――――!!

 

 

 

 

「凛っ!!!!」

 

 

 彼は彼女の名を叫ぶ。 そこには、頭から肩にかけて少し雨にぬれた少女―――――凛がその戸口に立っていたのだ!!

 

 

「蒼くん!! 弘くんがこれを蒼くんにって!!!」

 

 

 すると、凛は手にしていた少し短い黒い筒のようなモノを彼に向けて投げた。 投げられた()()は勢いよく回転し続けながらも着実に彼に向かっていく。 彼はここぞとばかりに床を蹴り、海未の攻撃から距離をおいた。

 

 そして、凛の手から解き放たれたその棒を手にした――――――!

 

 

 手にした瞬間、ずしっとくる重みに一瞬だけ腕が震えた。 久しぶりに手にするこの感触がとても懐かしく思いつつ、これを手にしていた()()()()()()のことを思い起こしたのだ。

 

 

 

 

 

『よいか――――何かあった時はコレを抜き、邪を払い、己が信念を貫き通せ―――――!!』

 

 

 

 

 彼の中に廻りだした懐かしい記憶―――――

 

 それは、かの男が彼に託した最後の言葉だと言っても過言ではない。 彼はこの言葉を胸にこの辛苦の日々を過ごした。 何が起ころうとも己の信念を貫き通そうと覚悟を決めていた。

 

 

 そして今、その信念を示す時が来た――――――――!!

 

 

 彼は迫りくる海未の攻撃を前に立ち向かう。 彼女を止める障壁として、彼女の邪を薙ぎ払う一筋の鋼として彼は立ち向かった。

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

 悲痛な叫びをあげながら、海未は木刀を大きく振りかざして蒼一に向かってくる。

 

 蒼一もまた、彼女に対して身構える。

 彼はその筒を左腰のあたりに控えさせ、タイミングを計り始める。

 

 

 失敗は許されない――――――この一瞬に己のすべてを賭けるのだ―――――!!

 

 

 大きく振りかざされたその太刀が彼女の叫びと共に彼に下る。 雷神をも斬り落としかねないその漸撃が容赦なく彼に振り降ろされていく。

 

 

 

 

 

 

――――――――いまだ!!!!

 

 

 

 

 この瞬間を好機と捉えた彼は、腰に控えさせていた筒をありったけの力を込めて()()()()()。 筒から抜き見出た白銀色の鋼がキラリと月夜の明かりの如く輝く。 しゅるりとその全容を表したそれは、振り下ろされる太刀に目掛けて突き進んだ。

 

 

 

 

 そして――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(シュパッ―――――――!!!!!)

 

 

 

 

 誰もが彼の頭上にザクロのような真っ赤な果肉が飛び出てしまうものだと思い込んでいただろう。

 

 だが、それは誤りだった。

 三日月のような弧を描いた彼の()()は、振り下ろされる木刀に一太刀入れ込んだ。 その結果、彼を脅かしたその一太刀は彼に当たることなく、床に向かって真っ逆さまに転がり落ちていく―――――――

 

 

 いや、そうではない。

 

 

 彼女の木刀の峰の部分が――――先程、海未が彼の竹刀を峰の部分から抉るように叩き落としたように、きれいさっぱりと斬り落ちてしまっていたのだ。

 

 

 

 彼女に纏っていた邪もともに斬り落とされた――――――

 

 

 

 常軌を逸した彼女も、この状況に目を大きく見開く。 彼女自身も予想できていなかった。

 まさか、コレがいとも容易く斬り落とされてしまうこと。

 

 

 そして――――――――

 

 

 

 彼の手にしていたそれが、本物の脇差――――――真剣であったなど思いもしなかったのだから

 

 

 

 

 

「あっ…………あっ………………」

 

 

 彼女は思わず膝をついてしまう。 自らの強さを表していたその木刀が使い物にならなくなった今、彼女は戦意を失った。 操り糸を取り払われたマリオネットのように、全身から力が抜け落ちて無気力となったのだ。

 

 

 

 そんな彼女に向かって、彼は一歩前に踏み出す。

 

 それを見た彼女は身体を震わせた。 そして、やっと自らを取り戻すと今までやってきたことを思い返し、恐怖する。 それに、彼の手には真剣が――――――それが目に入ると、全身が金縛りに掛けられたかのように身動きが取れずにあったのだ。

 

 それほどまでに、彼女は自身に深い罪を感じていたのだった。

 

 

 罰が下される――――――彼女はそう感じ、息を呑んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(カチン)

 

 

 だが、彼は抜いた刀を鞘に納めると彼女の前で屈んで見つめだした。 彼女も目の前に来た彼の姿を捉えると視線を交じらせた。 すると、彼の目を見た彼女は驚きを示す。 なんと、彼はやさしげな表情を浮かべて彼女のことを見つめていたのだった。

 

 それは彼女にとってありえないことだった。 本来ならば、彼女に向けられるべきものは憎悪と憤怒であろうと思われていた。 それなのに、彼はその様子を一切見せることなく彼女の前に現れた。 それが彼女にとって不思議な事であったのだ。

 

 

 

「海未」

 

 

 彼はゆっくりとした口調で彼女に呼びかける。 彼女はそれに応えようとするも言葉が出ず、代わりに、視線が言葉の代わりとして彼に向かったのだ。

 

 

 

「海未。 お前は強くなった。 俺が知らない間に、こんなにも強くたくましくなっているとは思わなかった。 正直、さっきは本当に負けそうになるくらいに強くなったんだと俺は強く感じたぞ。 けどな、その力に溺れて自分を見失ってしまうのはいけないことだ」

 

 

 彼は彼女を見て薄らと目を細めだし、悲しそうなそぶりをする。 それを見た彼女はどきっとわずかに心が揺れ動くと胸を締め付けられるような圧迫を感じ始めた。 息苦しくなる……身体から何かが零れ出てきそうなるのだが、何かに押し止められてしまう。 そんなもどかしさを秘める中、代わりにまた別の感情が言葉として流れ出てくる。

 

 

「し、しかし……そうでもしなければ、あなたは独りでにどこかへと行ってしまうではないですか………! わたしは……わたしはそれがいやなのです………もう……二度とあなたを失うような苦しみを抱きたくないのです……!!」

 

 

 海未の口から悲痛な言葉が発せられる。

 その言葉には、彼女が過去に見た彼の痛ましい姿を彷彿させるモノが含まれていた。 彼女にとって、これまでの人生の中でも最も悲惨とも言える出来事―――――彼、蒼一が事故に巻き込まれて死にかけたあの日の出来事――――――を未だに悔やみきれずにいた。 何もできなかった自分がとても嫌だったのだ。

 

 

 無意識の内に、彼女の瞳から一筋の滴が零れ落ちる――――――― 

 

 

 

すっ―――――――――

 

 

 

 彼のあたたかな指先が彼女の頬を伝う。

 流れ落ちそうになった涙を拾うように、濡れた軌跡を拭った。

 

 

「あっ――――――」

 

 

 その温もりを感じた彼女は思わず声が出る。

 

 

 

「海未。 お前は確かに強くなった……けど、俺だって強くなったんだ。 あの時から……そう、俺はもう昔の俺なんかじゃない、本当に誰かを護ることが出来るほどに強くなったんだ。 だから、俺はお前に護ってもらいたいとか思っちゃいない、むしろ、お前を護りたい。 心から信頼できる友達であり、大切な存在である海未をこの手で護りたいんだ……!」

 

 

 蒼一の言葉が海未の心に強く打ち付けられる。 彼の言葉から伝わる感情が水のように溶けだすと、彼女の心がそれを吸い上げはじめる。 じわじわと浸透する彼の感情によって彼女の本心がよみがえってこようとしているのだ。

 

 

「海未……戻って来てくれないか……? そして、また俺たちと一緒にくだらないことばかりやってさ、一緒に笑い合えることが出来る日常に戻ろう………」

 

 

 蒼一は海未に向けておもむろに手を差し伸べる。

 海未は大きく広げられた手の平を見つめると、それが自分を救いだしてくれる蜘蛛の糸のように思い、思わず手を伸ばそうとしたのだ。

 

 

 だが――――――――

 

 

「い……いけません………わたしは……洋子も明弘も、そして、あなたにでさえも手を掛けようとしたのです………そんな私が楽しい世界を臨めるはずなどありえません…………」

 

 

 彼女は手を引っ込めてしまう。 自ら犯した過ちを思い返すと、どれほど自分が愚かなのかを実感したのだ。 こんな自分に救いがあるのだろうかと、自分を攻めたてた。

 

 そんな彼女に彼は穏やかな言葉を掛ける。

 

 

 

 

「いいや、あるさ………お前を待っているヤツはたくさんいる。 そいつらはきっと、お前のことだって赦してくれるさ。 それに……俺は海未のしたことをすべて赦すよ」

 

 

 

「えっ―――――――?」

 

 

 

「海未がどんなに悪事を働こうが、どんな取り返しのつかないことをしようが関係ない。 俺は………どんなことがあっても海未の味方でありたい……お前が俺の親友で、大切な存在であり続ける限り……ずっとだ………」

 

 

「ッ~~~~~~~~~!!!」

 

 

 彼の温もりあふれる言葉が彼女の身体を包みだす。

 絶対に赦されるはずはないだろうと諦め、投げ打っていた彼女にとって、その言葉は万金以上に代え難い言葉だった。 なぜなら、彼女の中には、もし赦されるのであれば……という儚い願いが込められていたからだ。 そんな掴みとることなど到底不可能とされていた願いを手にすることが出来たことに彼女は感情をあらわにせざるを得なかった。

 

 

 彼女の瞳から滂沱の涙が零れ出した――――――

 

 

 彼女の中で、押し止めていたモノが崩壊し、湧き上がってくる無数の感情がここに流れ出てきたのだった。 もう彼女自身では制御することが出来ない程にあふれ出るのだ。

 

 

 そんな彼女に向かって、蒼一はまた手を差し伸べる。

 

 

「海未………さあ、戻ってきてくれ…………」

 

 

 やさしい声とともに差し伸べられた手にゆっくりと手が伸びる。

 恐る恐る伸びる華奢な手が近付こうとすると、一瞬思い止まる。 本当に良いのだろうか……こんな私が赦されるなど……と思い悩み始めるが、ふと顔を上げると、何の不純も感じられない顔を見て彼女の心が動き出す。

 

 そして、彼の手に一本の指先が触れ出すと、彼はその指を包むようにして握りだした。 すると、彼はもう片方の手を彼女の腰辺りに据えると、ゆっくりと力を込めて手前に引き寄せ始めたのだ。 重心が前に出て倒れそうになると、今度はその身体を彼は全身で受け止めた。 彼女の顔が彼の胸の中に埋もれだす。

 

 腰に据えた手を背中をなぞるかのように上げると、ちょうど真ん中辺りで止めてやさしくさすりだす。 それはまるで、傷付いた彼女の心に直接触れて癒しているかのようで、ひとさすりする度にじーんと胸に込み上がって来るものがあった。 初めは息苦しく感じてしまうのだが、徐々に安らいでいき、終いには心があたたまり始めたのだ。

 

 この募る気持ちを伝えようと口を開こうとすると、彼の方が先に口を開き話し出した。

 

 

 

 

「俺は……もう、海未の前からいなくなるようなことはしない。 約束する。 だから、悲しまなくてもいいんだ……誰かを傷つけなくてもいいんだ………何も心配しなくてもいい、だから、俺と一緒に戻ろう……あの楽しい日々を………」

 

 

 

 

 その言葉が押し止まっていた感情を崩壊させた。

 滂沱に流れ出す涙とともに悲愴な叫びが口から漏れだした。 抑えても抑えきれない無数の感情勢いよく出ていこうとするのだ。 それを止める術など何もない。 ただすべてが吐き出されるまで、こうしているのだ。

 

 

 

 

 そして、すべてが吐き出され空っぽになった感情に向かって、彼はこう言うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――おかえり、海未――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)




ドウモ、うp主です。


次回、海未編はおしまいです。


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フォルダー4-7『園田 海未』

 

 

 

 私はいつもあなたの後姿ばかりを追っていました―――――――

 

 

 あなたと初めて出会ったあの日―――――――

 

 臆病だった私の手を引いてくれたのは、紛れもない蒼一でした―――――――

 

 あなたが差し伸べたその手は、私を閉鎖された世界から抜け出させ、あなたの見せる新しい世界への第一歩を踏み出させてくれました――――――――

 

 

 私にとって、これほど嬉しかったことはありませんでした――――――――

 

 

 あなたとの出会いが私の世界に彩りを与えてくれたのでした――――――――

 

 

 

 すべては、あなたのおかげ――――――――

 

 私はそんなあなたのことをずっとお慕いしていたのです――――――――

 

 

 

 

 

 ですが、あなたは私の前から消えようとしました―――――――

 

 

 あの日のことを思い出すと、今でも胸が張り裂けてしまいそうになるのです――――――――

 

 

 どうして、あなたは私の前からいなくなろうとするのですか―――――――?

 

 私が弱いからですか―――――――?

 

 私が強くなれば、あなたはずっと私の隣にいてくれますか―――――――?

 

 そうなのでしたら、私は――――――――――

 

 

 

 

 強くなりましょう――――――――――

 

 

 

 

 それからというもの、私はがむしゃらに強くなろうと鍛え始めました―――――――

 

 心も身体も、すべてあなたを護りたいがために強くなりました―――――――

 

 

 臆病だった私も――――――――

 

 内気だった私ももういません――――――――

 

 

 こうして私は強く生まれ変わったのです――――――――――

 

 

 

 それなのに――――――――

 

 私は、またあなたを護ることができませんでした――――――――

 

 あなたが危険な目に遭い、死にそうになったと言うのに、私は何も出来ずにただ見ているだけでしかありませんでした―――――――

 

 

 我が身を強くしたところで、これでは私のやってきたことは無意味ではないですか――――――

 

 

 そんな私に対して嫌悪感を抱き始めたのです――――――――

 

 

 

 そんな時、ことりの口から蒼一が何者かに狙われていること、それから蒼一をことりと穂乃果と共に護ろうと言う話を聞き付け了承したのでした―――――――

 

 1人で出来ないのなら、3人でなら出来ると確信を抱いたのでした―――――――

 

 

 

 けれども、ことりが蒼一を狙っていた人物であったこと―――――――

 

 すべてが終わった後に、私たちは用済みとなってしまうことを聞かされたこと――――――――

 

 そして、狂った穂乃果から命を狙われてしまうなど、幼馴染が次々と私のことを裏切っていったのです―――――――

 

 

 その時の私は奈落へと叩き落とされるかのような絶望を抱いたのでした――――――――

 

 

 そして、感じたのです―――――――

 

 

 信じられるのは私自身だけ、蒼一を護れることが出来るのは私だけなんだと確信したのです――――――――

 

 

 

 私が確信を抱いた時、私の内に何かが入り込んできました――――――――

 

 すぅっと内に入ったと思うと、私の心を鷲掴みにして膨張し始めたのです――――――――

 

 それが段々と広がってゆき、全身に行き渡ったと思ったら私の視界が急に真っ暗になりました――――――――

 

 

 そして、私の身体は私の意図しない行動を行い始めたのです――――――――

 

 その手に得物を手にしだしては、私の前に立ちはだかう者たちを排除しようと躍起になったのでした―――――――

 

 その中には、明弘と洋子の姿がありました――――――――

 

 

 そして、蒼一の姿も――――――――――

 

 

 

 必死になって私は身体を止めようとしたのですが、身体が言うことを聞かなかったのです―――――――――

 

 

 違います――――――――

 

 私はこのようなことを望んではいませんでした――――――――

 

 ましてや、蒼一を傷つけるなど、私がしたいと思っていたことの裏返しをするだなんて―――――――――

 

 

 あぁ、なんて愚かなのでしょう――――――――

 

 気が付いた時には手遅れでした――――――――

 

 

 あなたを護りたかっただけなのに、どうしてこのような結果となったのですか――――――――

 

 

 私はこれほどまでに後悔したことはありませんでした――――――――

 

 いっその事、あなたの持つその刃で私を一突きしてくれたもらいたい――――――――

 

 あなたの手で葬られるならば、本望です――――――――――

 

 

 

 

 

 

 ですが、あなたはこんな私をやさしく包み込んでくださいました――――――――

 

 あなたは私を突き放すものだと思っていましたのに、どうしてこんなにもやさしくしてくださるのですか――――――――?

 

 

 

 

 

 ごめんなさい―――――――――――

 

 

 言っても言いきれないほどに、私はあなたを謝りたい―――――――――――

 

 

 

 

 そしたら、私はあなたに伝えたいことが――――――――――――

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 海未が俺のもとに戻って来てくれた。

 

 狂気で偽られた姿を取り去り、俺の知っている穏やかで清楚な雰囲気を纏わせた彼女と向き合った時、ようやく心に貼り詰めた糸をほどくことが出来るのだ。 海未と対峙している最中は、一寸たりとも気を緩ませることが出来ず、常に気を揉んでいた。

 

 けれど、こうして無事に海未の中から狂気なる部分を取り除き切れたことに安堵している。 正直、海未の攻撃をあのまま受け続けていたら、体力面でさきにこちらがへばってしまい、嫌な結末が垣間見えることとなっていただろう。

 

 

 しかし、そうさせなかったのは、この刀のおかげなのだろう。

 

 我が家に伝わるこの脇差が海未の持つ邪念をあの木刀と共に斬り払った。 爺さんの言葉通りに、俺は俺の信念を貫くためにコイツを抜いた。 抜き出た刃はそのまま海未の狂気を体現させたあの木刀を斬り落として、その思いを断ち切った。 こうして俺は彼女を取り戻すことが出来たのだった。

 

 

 今はこうして俺の胸の中におさまっている。 胸に埋もれた泣きじゃくった顔を見ていると、昔のことを思い出し、何とも言えぬ懐かしさを抱き始めていた。 海未がこうした表情を示していたのは、まだ幼かった頃、小学校にいた頃の海未は今と違って泣き虫で臆病な性格だった。 よく、俺か穂乃果の横にいて、姿を隠してしまうほど自信に欠けていた。

 

 

 けれど、ある日を境に彼女の性格が大きく変化する。

 

 それは言うまでも無く、俺の事故だった。

 死の淵に立たされた俺は何とかこの世界に足を留めておくことが出来たのだが、その代償に、多くのモノを失い、多くの人を傷つけてしまった。 海未もその中の1人だ。 俺が昏睡から目覚めた日にやってきたあの時の海未の姿が未だに忘れられない―――――あれほどまでに、叫ぶように泣きじゃくり立てていたあの姿は一生忘れられないだろう。

 

 あの日以降、彼女の性格は徐々に変わっていった。 人前で泣くことが減り、弱気だった彼女は強く勇ましくなっていったのだった。 今では、もう昔の面影など残ってなどいないと思ってしまうほどだった。

 

 

 

 だが、それは間違いだった。

 

 彼女をこうして抱きしめていると、どこか懐かしい感じを呼び起こさせてくれるのだ。 それは、俺がよく泣いていた彼女を慰めていた時と何ら変わらない情景がそこにあったのだ。 彼女は変わってなどいない、何一つ変わらずに海未は海未でい続けてくれていたのだ。

 

 なんで、それに気が付かなかったんだろうな………悔やんでも過去は戻っては来ない。 けれど、俺たちには今があり、未来がある。 今からでも遅くは無いだろう………

 

 

 

 

 海未、俺は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 元に戻った海未のもとに、2人の影が差し込む。

 

 

 洋子と明弘だ。

 

 言うまでも無く、2人は海未に狙われた。 事の成り行きとは言え、海未が2人に襲いかかった事実は打ち消すことはできない。 けれど、別のことは出来るのだ。

 

 

 

 

「申し訳ございませんでした」

 

 

 

 

 2人の姿を見た彼女は開口一番に謝罪の言葉を発した。 深々と頭を垂らして謝罪するその姿に、2人は驚きの様子を示したが、すぐに穏やかな表情となり海未の手を握り始めた。 そして、2人は慰めるような気持ちを込めながら彼女の行いを赦してあげたのだ。

 

 すると、海未は涙をにじませながら感謝の意を込めた言葉を返した。

 

 

 こうして、彼女はやっと真の意味で救われることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、蒼一さん。 私は先にやらねばならないことがありますので、先に行かせていただきますね」

 

 

 身体を引きづらせながら洋子は海未の家を後にする。 また、その身体を支えるように明弘もこの場から去った。 真姫もにこも、そして、凛も次々に海未の家から出て行き俺の家に向かっているところなんだろう。

 

 

 一方の俺は、海未に呼び止められ未だにこの屋敷にいたままだ。

 

 何故呼び止められたのかは分からないが、多分、後処理とかを済ませるための人手なのだろうなと、勝手に解釈し始める。

 

 

 俺がぼぉっとして立っていると、海未がやって来ていた。 「何かやることでもあるのか?」と尋ねてみると、「はい……少し、お時間をいただけますか……?」と聞いてくるので、快く了承した。

 

 すると、海未は俺の手を掴んでは、どこかへと連れていこうとした。 どこに連れて行かれるのだろうと、思考していると、連れて行かれたのは海未の部屋だった。

 

 海未の生真面目さがにじみ出るようなその綺麗に整頓された部屋を見渡していると、少しむず痒くなってしまうものの、思わず落ち着いてしまう何かを感じてしまう。 日本式の和の造りを施された屋敷故なのだろうか、日本人としてくすぐられてしまう感覚と共に、ほっと心穏やかになれる感覚が無意識に入り込んでくる。

 

 

 それに、海未の身体から感じる匂いと同じモノがこの部屋を覆っており、それが鼻腔に付くので、より一層の落ち着きを抱き始めるのだ。

 

 

 

「なあ、海未。 俺は何をすればいいんだ?」

 

 

 手を握ったまま話そうという素振りを見せない海未に言葉を掛ける。 俺をここにまで連れてくる話であれば、ずっと手を繋ぐ必要はない。 離してもらえれば、こちらとしても動きやすいところがあるのだが………それがない。 俺は海未の意図が見抜けないまま、この状況を見守っていたのだった。

 

 

 

 

「――――――――――――」

 

 

「えっ? なんだ?」

 

 

 

 ぼそっと小さな声で何かを口にしたように聞こえたのだが、何分、あまりにも小さすぎて何を話していたのかがまったくわからず聞き返してしまう。

 

 

 

 

「っ――――――――!」

 

「?!?!」

 

 

 すると、海未は急に俺の手を強く引っ張り始めだす。 ぐいっと力の籠った引きに体制を崩しながらも身体を海未の方に向かわせる。 そして、さらに引きの力が加わると、俺の身体はとうとう体制を完全に崩して傾き始め出す。 幸いなことに、倒れた先にはベッドがあり、うまく受け身を取りつつ仰向けに倒れ込んだ。 弾き飛ばされるような弾力に呑まれつつも身体は無事だった。

 

 

 

「おいおい……いきなりなにするんだ…………」

 

 

 一瞬の行動に驚きはしたものの平静を取り戻した俺は海未に声をかける。

 

 だがしかし、海未は俺の思いもよらないような行動を取り始めていたのだった。

 

 

 

「蒼一…………」

 

「う、海未………?!」

 

 

 そう、ベッドの上に仰向けになった俺の上に、覆い被さるように腕を立たせて正面の身体をこちらに向けていたのだった。

 

 どういうことかと言えば、仰向けになって身動きの取れない俺の上に、海未が四つん這いとなって迫ってきたということだ! なるほど、意味が分からないと言われるかもしれないが安心してくれ、俺だってわからないのだから…………!!

 

 

 しかし、海未の今の様子を見ているのだが、顔全体を茹でダコのように真っ赤に染め上げ、涙をにじませる宝石のような輝きを放つ瞳が俺を捉えていた。 それに、慣れたことではないからなのか、眉はともかく口元もそうなのだが顔全体が強張っていたのだ。

 

 これでは恥ずかしすぎているのか、怒っているのかの区別が付きにくいではないかと、その第一印象をこの言葉で合わせた。

 

 

 

「海未! なにをする気なんだ?!」

 

 

 彼女の意図がまったく見えないのはこちらとしても都合が悪い。 まだ、海未の心の中に邪念が取り残っているのではないかという心配が募る。

 

 

 

 すると、海未は身体をぶるぶると小刻みに震わせながらたどたどしく話し始める。

 

 

「な、何といいますか………そのっ……わたしはっ……あなたに伝えたいことがあるのですっ……!」

 

 

 怯える小鹿のような姿を見せるもハッキリとした口調で話し始めると、思わず息を呑んでしまう。 海未だからなのか、彼女の口から出てくる言葉がどれも真剣そのもののようで、どうしても聞き洩らすことが出来ない緊張感を抱かせるのだ。

 

 俺は海未の言葉がちゃんと聞こえるように耳を傾け始める。

 

 

 そして、海未は一旦深呼吸をしたうえで、穏やかな口調で語り始める。

 

 

 

 

「蒼一………私はあなたにずっとお伝えしたいことがありました…………幾度もお伝えしたいと心に現れるのですが、いつもそれが出来ずにいました………ですが……今、この場であなたにお伝えさせていただきます――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――好きです――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたのことを……ずっと、お慕いしておりました…………どうか……この気持ちを………あなたに………」

 

 

 

 海未の言葉が流れてくると共に、俺の顔にポタポタとあたたかな滴が点々と流れ落ちてくる。

 

 

 

 

 

 涙だ――――――

 

 

 目元に溜めてにじませていた無数の涙が、海未の熱い言葉と共に流れ出てきたのだ。 感情と共に感覚とを通して海未の気持ちがひしひしと伝わって来ようとしている。 海未がここまで自分の感情を曝け出したのは初めてかもしれない。 いつも控えめに構えていた彼女は何かを隠し続けていることは知っていた。 だが、それが俺に対して募らせていたモノだったとは思いもよらないことだった。

 

 故に、俺は彼女の告白を聞いた時、一瞬だけ思考が停止してしまったのだ。

 

 それと共に、俺の中で新たな気持ちが芽生え始めようとしていた。

 

 

 

 一旦、瞳を閉じて気持ちを落ち着けると、海未のその顔をまた見つめだす。 勇気を振り絞って口にした言葉に自信を持てられないのか不安そうな顔をする。 俺はその顔に向かってそっと頬を撫でた。 滑らかで柔らかい頬をやさしく触れて強張った表情を緩ませ始める。 触れ始めた時は、びくっと顔を震わせて強張らせていたが、撫でていくうちにその表情も穏やかになりつつあった。

 

 

 まだ、涙は流れ続けてはいるが、不安な気持ちは顔に現れなくなった。

 

 

 

 そんな彼女に俺も応えなくてはいけなかった―――――――

 

 

 

「海未………お前の気持ちは十分に伝わった………けど、ごめんな……俺は人を愛する気持ち、好きになるってことが分からないんだ………こんな不甲斐無い男ですまないな………」

 

 

 自分でも目を背けてしまいたい事実を海未に示した。

 今、俺の中でも一番何とかしなければならない失陥なのだが、自分でもどうすることもできないのだ。 だが、決して治らないものではないようなのだ。

 

 そんな俺の言葉を聞いた海未は、目を見開いて驚きの表情を見せると、また泣き出しそうな顔を見せる。 わなわなと口元を震わせつつも彼女はしっかりとした口調で話しだす。

 

 

「それでも………構いません…………! 私があなたのことを好きであることになんら変わりは無いのです……! 私は……あなたのことを………愛し続けたいです………!」

 

 

 涙含ませながら語る言葉に胸の奥がグッと締め付けられる。 純粋な本心が俺に迫りくるのがとても怖く、苦々しい気持ちになる。 悪いのは海未じゃない、俺が悪いんだ。 こんな曖昧な言葉でしか表現することが出来ないのだから、嫌悪を抱かずにはいられない。

 

 

 だが、こんな俺にだって海未に言ってあげられることがある………やってあげられる行為があるのだということを思い出す………

 

 

 我儘な俺の願いを海未に預けたい―――――――

 

 

 

 

 

 

「海未………さっきはああ言ってしまったが、そうではないんだ………」

 

「えっ――――――?」

 

「確かに、今の俺は誰かを愛するという気持ちが分からない………だが、さっきも言ったように、俺は海未のことを本当に大切な存在なんだと思っているんだ。 その気持ちは何一つ変わらない………それに、いつか俺はこの気持ちを取り戻すことが出来ると信じている。 そしたら、お前のその気持ちにも応えられるかもしれない………」

 

「蒼一………………」

 

「そんな欠陥しかない俺でも構わないと言うのであれば、俺は海未のその気持ちを受け止めるよ………そして、お願いだ……俺に人を愛すると言う意味を教えてほしい………」

 

 

「蒼一っ…………! はいっ! 構いません!! あなたの望みと言うのであれば、私はあなたのために尽くさせていただきます!!」

 

 

 一瞬、目を丸くさせて驚嘆する様子を伺わせていたが、俺の言葉を聞くやいなや、弾むような声ですぐに返事したのだ。 先程の悲しそうな表情から一変して、笑顔あふれる姿を見せてくれるので、俺もつられて頬を緩ませてしまう。

 

 

 すると、そんな海未の喜びに満ちた表情からまた大粒の涙が零れ落ちてきたのだ。 それが顔に付いたので拭うと海未が声を上げる。

 

 

「あぁ! す、すみません! つい、嬉しく思ってしまい……涙が……零れ出てしまいました………あれ? おかしいですね………涙が……止まりません………」

 

 

 海未は次々と零れ落ちていく涙を拭い始めるも、何度拭っても目から零れ出る涙が止まらなかった。

 

そんな中で、彼女はまた語り出す。

 

 

「正直に言いますと……私は恐ろしかったのです………あなたにこの想いを告げてしまってもよろしいのかと………? 告げることは容易いことなのかもしれません。 ですが、あなたに想いを告げてしまったら私たちの関係が壊れてしまうのではないかと思い悩んでしまっていたのです。

 

 けれど、こうしてあなたに想いを告げることが出来、あなたがそれを受け止めてくれたことに……私は嬉しかったのです……! 私はもう、嬉しくて嬉しくて堪らなかったのです………! あなたにこの気持ちを伝えることが出来てよかったと………!」

 

 

 嬉しさが溢れ出たその瞳から滂沱に感涙が流れ落ちた。

 

 

 俺だって同じだ。 海未の想いをどう答えたらよいのかが分からなかった。 それに、海未と同じようにこれまでの関係が壊れてしまうんじゃないかって思っていたりもしたさ。 だって、俺と海未は長い間、一緒にいてくれた幼馴染の1人なのだから、そんな幼馴染の関係が一気に立ち斬れてしまうのではないかって言う不安があった。

 

 

 けど、それは違うんだってことがわかった。

 海未の想いを受け止めようが受け止めまいが、俺は絶対にこの関係を立ち斬りたくないと思った。 そして、この先に何が起ころうともこの関係を基にまた新たな関係を築いていくことが出来るんだと、確信したのだ。

 

 

 だから、俺は海未と約束するんだ――――――

 

 

 

「海未、これから先ずっと俺と共にいてくれるか………?」

 

 

 この俺の問いに対して、海未は―――――――

 

 

 

「はい、よろこんで………!」

 

 

 満面の笑みを持って応えてくれたのだ――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのですね……蒼一。 私からもあなたにお願いがあるのです…………」

 

「なんだい……?」

 

 

 海未は少しだけ目を逸らしてからもう一度、俺を見つめ直しこう告げたのだ。

 

 

 

 

 

「あなたが………もう、私の前から何も言わずにいなくならないと言う証しを……私にください………」

 

 

「!!!」

 

 

 その言葉を聞いて、俺は顔を少し熱くしてしまう。 それにつられてなのか海未もまた熱を帯びたように顔を赤く染めて恥ずかしそうな表情をする。

 

 

 これは何も言わないでも分かることだった。

 

 俺は口に溜まった唾を飲み込むと、覚悟を決め直す。

 寝転んだ身体を起こし始めると、四つん這いで俺を見下ろしていたその華奢な身体をやさしく抱擁する。 身体を密着し合えていると、彼女の身体から風が吹き抜けたかのような清涼感あふれる匂いが鼻腔を抜けると安心感を抱くようになる。 まるで、俺を包み込んでしまうかのような抱擁感にも似ているその香りが俺を落ち着かせてくれるのだ。

 

 しばらくこの匂いを十分に含めた後、今度は海未の身体を背中からゆっくり倒し始める。 俺の腕でしっかりと支えられながら倒れていく海未は、何とも落ち着いた様子で俺のことを見つめていた。 その何とも嬉しそうなことか。

 

 海未をベッドの上に仰向けにさせると、今度は俺が四つん這いとなって海未を見下ろす。 俺の影が彼女の身体を覆い被さると、顔の真ん中辺りを赤く染めだす。 見るからに恥ずかしそうな表情を見せ始めるので、躊躇し始めてしまうのだが、海未は両手を広げ出すと、「きて………ください………」と、か弱い声で言ってくるのだ。

 

 その声を皮切りに、躊躇していた俺の身体が徐々に海未の身体に覆い被さっていく。 お互いの間隔が無くなり始めると、さらに顔を赤くしだす。 恥ずかしさが頂点に達しそうだった。 そんな彼女の顔を見て、思わず「かわいいぞ……」と口をこぼしてしまう。 すると、耳まで赤くさせた海未が「もう……こんな時に……反則ですよ……」とぷいっと頬を膨らませた顔を背けてしまう。

 

 けれど、彼女の広げた両手はそのまま俺の身体を待っているかのようで、言葉と態度が合致していないことに頬を緩ませる。 そして、彼女の耳に口元を近づけて彼女の名前を囁くと、嬉しさと恥ずかしさを含ませた表情でまた俺のことを見つめ直してくれた。

 

 そして、気が付けば、俺の身体は海未の身体と重なり合っていて、彼女の腕がこの身体を逃さないようにと抱きしめていたのだ。 いまだに、感覚が空いていたのは、お互いの顔同士のみとなったのだ。

 

 

 お互いの視線が再び交じり合いだすと、しばらくその姿勢が続いた。

 そして、遂にこの均衡が崩れ落ちることとなる。

 

 

 

「蒼一……あの………私のはじめてを………もらっていただけますか……?」

 

 

 恥ずかしさが限界突破するような勢いの中で、彼女は言葉を交わす。

 

 

「はじめて………ではないよな………うん………」

 

「あっ………! そ、そうでした…………うぅ…………」

 

 

 彼女の勇気を振り絞った言葉は、ついさっき起こった出来事を掘り起こしたことで、その意義を相殺させてしまう。 また、顔を沸騰させてしまうので、今度は俺から語りかけた。

 

 

 

 

「海未。 例え、初めてでなくてもいいじゃないか………その分を覆い隠せるくらいのコトを行えばいいだけのことだ」

 

 

 純粋な人ならばこのような暴論は通らないモノなのだが、今の海未はこの言葉に納得した様子を見せる。 すると、改めた表情でまた俺に言葉を掛ける。

 

 

 

 

 

 

「蒼一………私に、忘れられないくらいのコトをしてください………」

 

 

 

 その一言が語られ出すと、間隔のあった空間が密着し合いだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゅっ――――――――んっ――――――――」

 

 

 

 

 やわらかな唇が俺の乾いた唇に当たりだす。 みずみずしいほどに弾力のあるその唇が俺の唇を覆い被さり始める。 初めから深く沈んでしまうほどの接吻が彼女主導で行われている。 俺の身体を包んでいた腕が知らぬ間に俺の顔に移動して手で押さえられていた。 そのため、俺はこの感覚を溺死させてしまう接吻から逃れられないでいた。

 

 

 

 

「ちゅっ――――――ちゅるっ―――――――んっ―――――――んんっ――――――――」

 

 

 

 海未のその行為はまだまだ続く。

 今日まで行ってきたどの行為よりも長く、深いこの接吻は次第に俺の理性とを麻痺させ始める。 まさか、これほどまでに強く迫られるとは俺も思ってなどいなかった。 海未のことだから一瞬にして終わるものだと踏んでいたのだが、とんでもなかった。 誰よりも欲望が強く、嫉妬深くも感じられるようなものであるため、思わず圧倒されそうになる。

 

 けれど、まだ回数が少ないために覚束ないところもあるので、それが少しかわいくも感じられるのだ。

 

 

 

 

 

 

「ぷはっ―――――――はぁっ―――――はぁっ――――――――」

 

 

 互いに荒れた息遣いになりながらもこの行為の充実性に浸り始めていた。 俺もこんなに圧倒されるようなコトをされるのは初めてであったので、ちょっとだけ新鮮な感じもした。

 

 一方、彼女はとろんと目を座らせたような表情となって、かなり嬉しそうな感じだった。 そして、もっと欲しがるような視線を送り始めてくるのだ。

 

 

 

「まったく……お前って、意外と欲張りなヤツなんだな…………」

 

 

 そんな愚痴をちょろっとこぼすと、今度は俺からの接吻を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ―――――――――」

 

 

 

 何の飾り付けも施されないただの接吻――――――シンプルで尚且つ、互いの気持ちを伝えあえることが出来るやさしい接吻だ。 海未も先程とは一変して、じっくりとこの行為をし続けていた。

 

 

 すると、ようやく彼女の気持ちが垣間見えるようになる。 この唇を通して、彼女から俺を包み込んでくれるようなやさしさを感じ始めるのだ。 それがどんどん俺の内に入り込んでくると、心が喜びだしているようで、とても心地良く感じてしまうのだ。

 

 今日と言う時間の中で、身体に打ち付けられた数々の傷が一瞬にして癒されていくようだった。

 

 

 

 

 互いの唇が離れ始めると、火照った身体を密着させながら熱を感じ合っていた。

 

 俺は今までにないくらい幼馴染の肌の温度とそのやさしさを感じた。 それは海未も同じはずだ。 この一瞬に行われた出来事が幼馴染との関係から大切な人同士による関係へと進展していったのだと感じたのだ。

 

 

 すると、無意識の内にお互いの手が触れ合っていた。

 今度は、この手を重ね合いながら、互いの熱と気持ちを伝え始めるのだ。

 

 

 

 

 

 

「そういち………わたしはいま、とってもしあわせです………!」

 

 

 つぅっと一筋の涙を流しながら陶酔しきった口調でこの喜びを表した。

 

 

 

 そして、俺も

 

 

「ああ……俺もしあわせだよ………」

 

 

 と全身から湧き上がるこの気持ちを言葉にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから、もうしばらくの間だけ、俺と海未は2人だけの時間を過ごしたのだった――――――――

 

 

 

 

(次回へ続く)

 





ドウモ、うp主です。


海未編はこれでおしまいです。


次回は、もう一人の幼馴染………


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フォルダー4-8

 

 

(bbbbbbbbbbbb……)

 

 

 

 携帯が激しく震えた。

 

 

 ベッドの上で彼女と寝転んでいた俺に矢のような催促の電話が入ってきたのだ。 俺はもの寂しそうな表情を見せる彼女を口惜しみながらも振り解き、携帯画面を確認する。 すると、そこにはめずらしいあの子の名前が表記されていたのだ。

 

 何かあったのだろうか?と普段からあまり連絡を取らないあの子の声を聞こうと、通話ボタンを押す。

 

 

「もしもし?」

 

 

 少し声高く応えると、俺を待っていたかのように素早い反応が見られたのだ。

 

 

『あっ! 蒼一さん!!』

 

 

 電話越しからアイツと同じく甲高い声が響いてくる。 こうしたところも姉とよく似ているものなんだな、としみじみ感じてしまう。 要件を聞き出そうとしてみると、意外な言葉が飛び出て来たのだ。

 

 

 

『あ、あのっ……! ウチのお姉ちゃんはそっちにいますか!?』

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ドキッと身体を震わせてしまう。 ただ焦る様子を見せることなく、俺は詳細を知ろうと詰め寄った。

 

 

 

 

「それは一体どういうことなんだ、()()?」

 

 

 穂乃果の妹である雪穂にそう聞くと、一旦、一呼吸置いた後に答え始めた。

 

 

「それが……お姉ちゃんがこの時間になっても帰って来ていないんです! それで、もしかしたらと何か知っているのでは思い連絡したんです!」

 

 

 雪穂のその言葉が俺の焦燥感を一気に高ぶらせたのだった―――――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 宗方家 ]

 

 

「やあ、やあ、皆様方、お久しぶりですね♪」

 

 

 にこやかな挨拶を決め出しながら私はこの場に集まってくださいました方々に復活の御挨拶の程をさせていただきました。

 

 

「まったく、何の連絡もよこさないでいきなりいなくなったから戸惑っていたんだぜ?」

 

「いやぁ~、申し訳ございません………これにも事情はあります故………」

 

「……まあ、大したことがなさそうで良かった」

 

 

 眉をひそませながらも安堵の表情を見せてくださいます蒼一さん。 その表情を見るだけでどれだけ心配をおかけしてしまったのかがよくわかります。 あとで、謝らないといけませんね。

 

 

「そんなことよりもよぉ、俺たちをここに一同させて何をしようって言うんだ?」

 

 

 そう明弘さんは首をひねらせながら疑問の声をあげました。

 今、この場に集まって下さっていますのは、蒼一さん、明弘さんをはじめ、μ’sの1年生組、海未ちゃん、にこちゃん、希ちゃんの8名がここに集まっているわけなのです。

 

 

「確かに、こうしてみなさんを集めさせたのにはちゃんとした理由があります。 とりあえずは、こちらを見てください」

 

 

 そう言いましてから、おもむろに自分のスマホを取り出しまして、とある映像ファイルを開きました。 この小さな画面にみなさんの視線が釘付けになった時に、映像をお見せし始めたのです。

 

 

 

 

 

 

【監視番号:41】

 

 

 

【再生▶】

 

 

 

 

(ピッ!)

 

 

 

『ザ――――――――――』

 

 

 再生し始めると、画面に映し出されたのは真っ暗な部屋の様子。 そのあまりにも暗過ぎて、一見、どこであるかが分からない場所なのです。

 

 ですが、私にはここがどこなのかと言うのはハッキリしているわけなのです。

 

 

「暗くて見えにくいわね……」

 

「洋子、これはいったいどこを映しているものなのですか?」

 

 

 真姫ちゃんと海未ちゃんが口々に言いますので、私もここがどこであるかを説明しました。

 

 

 

「実はですね………この映像は音ノ木坂学院内の映像なのですよ」

 

 

『え゛え゛え゛っ!!?!?!?』

 

 

 この説明をしましたら、みなさん目を真ん丸にして驚嘆の声を上げてしまいました。 まあ、仕方ないでしょうね。 どうしてこの映像を私が持っているのかとか……いろいろと言いたいことはあるかもしれませんね。 しかし、それを一々説明している暇などはありません。 重要なのはここからなのです。

 

 

 

「………はい、ここです! ここに注目して下さい!」

 

 

 私が声を張らせてまでお伝えしたかったのは、この部分なのです!

 

 

 

 

「……あっ! 見てください、画面の奥から人影がっ……!」

 

 

 花陽ちゃんが指を指しながら映像から見える影を捉えました。 それにつられてみなさんマジマジとそれを捉え始め、声を上げながらその様子を見守っていました。

 

 

 

『とん――――――――とん――――――――――とん―――――――――』

 

 

 一定のテンポを付けて足音が残響しまして、手前に向かってゆらりゆらりと影がうごめいています。

 

 

 

 

 

「!! 穂乃果っ――――――!??」

 

 

 すると、海未ちゃんが急に立ち上がりますと、彼女の名前を口にしたのです! それを聞いたみなさんは、一瞬、驚いた様子で海未ちゃんを見つめましたが、「間違いありません、これは穂乃果ですっ!!」と豪語してみせたのです。

 

 そんなまさか、というような空気がみなさんの中から湧き始めているのですが、残念ながらそうではないのです………

 

 

 

「はい、海未ちゃんの言う通りなんですよ………この影は穂乃果ちゃんなのです………」

 

 

『ッ―――――――!!!??』

 

 

 わたしの言葉を聞いてさらに驚く様子を見せましたが、映像をよく見始めていきますとみなさんの口から納得の声が聞こえてくるのです。

 

 そうなのです。 この特徴的なサイドテールとその根元に飾られたリボンを持つ人物と言うのは、穂乃果ちゃんを置いて他に誰もいないのです。 そして、決定的な瞬間が映像に残されているのでした。

 

 

 

 

 

『ッッッ―――――――!!???』

 

 

 

 一瞬だけ、明りのあるところに顔を出したところが映し出されますと、その時の穂乃果ちゃんの表情を見てここにいる全員が驚愕の表情を表したのです。

 

 

 その穂乃果ちゃんの表情は、あまりにも恐ろしく、これが私たちの知っている穂乃果ちゃんなのか?と疑ってしまうほどの憎悪と狂気に満ちあふれた表情を見せていたのです。

 

 

「ほの………か…………?!」

 

 

 冷汗を垂らしながら声を漏らしました蒼一さんは、彼女のその変わりように絶句しているかのようでした。 彼にとって、穂乃果ちゃんは幼馴染でありながらも親友である関係なのですから、余程ショックだったのだと思います。

 

 

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

 そして、この映像はここで止まったというわけなのでした。

 

 

 

 映像を見終わりますと、みなさんの中に沈黙が流れ始めました。 それもそのはずです、このような衝撃的な映像を見せられては、どういう反応を示せばよいのかが分からないモノですから…………

 

 

 しばらく、このままの状態が続きました。

 

 すると、この沈黙を破るかのように、彼の口から気になる言葉が飛び出て来たのでした。

 

 

 

「………そうか………穂乃果は今そこにいるのか………」

 

「どうかしましたか、蒼一さん?」

 

「いや、ついさっき、雪穂から穂乃果がどこにいるか知らないかって? 聞かれたのを思い出してさ……」

 

「雪穂ちゃんがですか?! それで何と?」

 

「俺の家にいて今日は泊まっていくって言う嘘を伝えたんだが、その時の反応がどうも気付いているらしくってな、深みある言葉で『お姉ちゃんをよろしくお願いいたします』って言ってきたわけさ」

 

「そうなのでしたか………雪穂ちゃんがそんなことを…………」

 

「だから、何としてでもアイツを今日中に取り戻さなくちゃいけないんだ………」

 

 

 その瞬間、蒼一さんが気持ちを厳とする覚悟が垣間見えたのでした。 彼をここまで動かすのは、やはり、穂乃果ちゃんが幼馴染であるから故のことなのでしょうかね? 海未ちゃんを取り戻そうとした時と同じような雰囲気を感じてしまいます。

 

 

 

「……ふむ、と言うことは、これから音ノ木坂に行くってことでいいんだよな、兄弟?」

 

「当たり前だ、穂乃果がここにいるってことを示しているって言うのに、いかないでどうするんだ?」

 

「いやぁ………しかしですね………この映像はですね、およそ1時間前のモノでして……リアルタイムのモノではないのですよ………」

 

「「そう……なのか………??」」

 

 

 わたしの一言が衝撃的だったのか御二方の動きが急に鈍くなりだしてしまいました。 これには深いわけがありまして………こうしてスマホで見る映像と言うのは、我が部室内にあるPCからデータを変換させて送られてくるモノでして、変換作業に1時間近く掛かってしまうのが難点なのです。

 

 しかし、別の方法であればリアルタイムで観れることも実はあったりするのですが、私はそれを実践する前に捕まってしまったので、このスマホにはそうした連動がとり行われていないのです。

 

 

「ですから、今お見せいたしましたデータと言うのは、1時間近く前の出来事を指しているわけで、実際に、穂乃果ちゃんがそこにいるって言う保障は無いと言うことなのです」

 

 

 私がそう断言してしまいますと、みなさんの表情がまたしても暗く沈み始めてしまいました。 決して、みなさんの気分を削ぐようなことを言おうとしたわけではないんです。 ただ、事実を述べたまで……なのです………

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、そうでもないで………穂乃果ちゃんは、ちゃんと学校におるよ」

 

 

『!!!』

 

 

 スッとタロットカードを持ちながらビシッとそう言い放ったのは、希ちゃんでした。 その何とも自信のある確信的な言葉に思わず心が揺さぶられました。

 

 

 

「ど、どういうことなのですか? なぜ、そんなことが断言できるのです?」

 

「ふふっ、それは……カードがウチにそう告げとるんや」

 

 

 くすっと微笑を浮かばせながら希ちゃんはそう言い切ったのでした。

 しかし、当てずっぽうのように聞こえるはずの言葉が、本当のことであるかのように聞こえてしまうのは、何とも不思議なことでした。

 

 

 

「………そうだな、希の占いは確実性がある。 今回もそうなんだろうよ」

 

「そういうこっちゃ。 そんじゃまあ、出発準備でもするとしますかぁ」

 

 

 御二方がそう言いますと、すぐに誰が学校に行くのかを決め始めたのでした。

 

 

 

 とりあえず、決まりましたのは、蒼一さんと希ちゃん、凛ちゃんに花陽ちゃん、そして、私です。 蒼一さんは1人で穂乃果ちゃんの方に向かうのに対しまして、私は希ちゃんたちと共に我が広報部の部室に行き、確認しなくてはならないこと見に行くのです。

 

 あそこで得られるものは、今日までの情報です。 学院内に仕掛けておきました数多くのカメラなどからの情報をすべて入手して、蒼一さんたちの役に立てられる情報を提供していくことが目的となっています。

 

 ちなみに、明弘さんはケガの治療ということで今回は真姫ちゃんとにこちゃんと共に控えられることになりました。

 

 

 

 

 

「あ、あのっ……!」

 

「どうした、海未?」

 

「蒼一……私も連れて行って下さい!」

 

「!!!」

 

 

 すると、急に海未ちゃんが名乗り出たのです。 その姿を見た蒼一さんは、少し渋い顔を見せながら海未ちゃんに尋ねました。

 

 

 

「……本当にいいのか……?」

 

「はい……と言いますか、私がいかなければならないのだと思うのです。 穂乃果があのような姿になってしまったのには、私にも責任があると感じるのです。 それに、私は穂乃果の親友ですし、これからもそうでありたいと思うのです。 蒼一が私のことを受け入れてくださいましたように、私も穂乃果のことを受け入れてあげたいのです………」

 

 

 眉をひそませ寂しげな素顔を見せるのですが、その言葉には、親友を助けたいと言う強い想いが込められているように見えました。 私が海未ちゃんから穂乃果ちゃんたちに裏切られてしまったと言う話を聞かされた時も、ひどく落ち込んでいた様子を見せていました。 それほどまでに、海未ちゃんにとって穂乃果ちゃんは大切な人なんだと言う印象を改めて感じさせられました。

 

 

 

「わかった……けど、俺がいいと言うまで洋子と一緒に行動していてくれ。 今の穂乃果を下手に刺激させれば、逆に悪化させてしまう恐れがある。 アイツほど、何を仕出かそうとするのかわからんからな………」

 

 

 未だに、渋い表情を崩さない蒼一さんの言葉に、海未ちゃんは「はいっ!」と決意に満ちた言葉で返していました。

 

 

 

 

「そんじゃあ、兄弟。 俺たちゃここで報告が来るのを待ってるぜ!」

 

「ああ、その間留守を頼むぞ。 真姫もにこも頼むぞ」

 

 

「「任せなさい!!」」

 

 

 力の籠った2つの声色が重なり合う。

 それが彼に贈られる声援のようにも感じられました。

 

 

 私の知らない間に、何かが大きく変わってしまったかのように思えました。

 

 

 

 

「準備はいいか―――――?」

 

 

 

 蒼一さんの掛け声に、私を含めた6人は立ち上がって蒼一さんのもとに行くのでした。

 

 

 

 

 そして、私たちは歩き出したのです――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは夜の8時を迎えるアラームが鳴り響いたところでした―――――

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


今回は筆休めみたいな話でした。


次回もよろしくお願いします。


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フォルダー4-9

 

 

[ 音ノ木坂学院内 ]

 

 

 蛍光灯の明かりがすべて消えた真っ暗な廊下が、昔、テレビで目にしていた学校の怪談の情景を彷彿させるような恐怖感を抱かせにきます。

 

目の前に薄らと光って見えるのは、非常口の緑の光と防災警報の赤いランプだけ。 そのわずかな光が逆にこの空間の禍々しさを演出させているようです。

 

 私は手持ちのライトを光らせて視界を明るくさせようとつめました。 しかし当然、明るくなるのは手前のみで奥の方に行けばいくほど暗く沈んでいくのです。

 

 

 あうぅぅ………なぜでしょう、鳥肌が立って来ました………

 

 普段はこの程度では、震え上がらないはずでしたのに、先日まで身に降りかかった出来事やこの現状を考えましたらもう怖じ気づいてしまいそうです………

 

 

 

 

 

(ぽんっ)

 

 

「っ――――!!?」

 

 

 気配も感じることも無いまま、不意に私の肩に生温かいモノが触れたように感じますと、ゾクッと震えるような戦慄が走りました!

 

 

 内心驚きを隠せないまま、瞬時に、触れられた方に首を回しましたら………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そこには蒼一さんがいました。

 

 

 

 

「どうした、洋子? 何かあったか?」

 

「いっ! いえいえ……特に何もありませんよ……!」

 

 

 どうやら触れていたのは蒼一さんでした。

 

 このような情けない姿をお見せしてしまったためなのでしょうか、蒼一さんが心配そうな顔で私に声を掛けてくれたのです。 しかし、声を掛けられた瞬間にちょっとだけ震え上がってしまったことは、内密にお願いします………

 

 

 

「それじゃあ、俺は穂乃果がどこにいるか探しに行くから、洋子たちは自分たちのやるべきことをやっていてくれな」

 

「は、はいっ……! 蒼一さんもお気を付けてください」

 

 

 本当は気を付けないといけないのは私なのですがね………

 

 

「後のことは頼んだぞ、希。 今ここで頼れるのは、お前だけだからな」

 

「ふふっ、蒼一からそないなことを言われると、ちょっと嬉しいなぁ。 わかったで、ウチにまかしとき!」

 

 

 蒼一さんから掛けられた言葉に、希ちゃんは自信を持って応えています。 蒼一さんを除いたこの中では、最年長者でありますし、何より、生徒会に属しているという面においても頼れる存在として見ることが出来るのです。

 

 

 

「それじゃあな」と言い残して、蒼一さんは別の道を進んで行くのでした。

 

 

 そして、私たちもこの暗闇の中を進み始めるのでした。

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 音ノ木坂学院内・廊下 ]

 

 

 

「さて………どうしたものか…………」

 

 

 

 洋子たちと別れてから廊下を歩き続けているのだが、どこに行くべきなのかと言った目的意識などまったくなかった。 ただ無作為に、この漆黒に包まれた石廊を一歩ずつ歩いていくのだった。

 

 

 針のような鋭い風が、スッと身体を吹き抜ける。

 

 

 夏場だと言うのに、その季節はずれな寒気を含ませた風が、ジメっとまとわりつくように肌の熱を下がらせる。 露出された腕に触れてみると、氷水の中にしばらく浸けたような冷たさを感じさせるのだ。

 

 

「半袖では心許なくなってきたな………」

 

 

 空気に晒されている腕を摩擦であたためながら進んで行く。

 

 

 

 

 廊下の角を曲がっていくと、見慣れたような場所に出てきたようだ。

 

 

「………部室か………」

 

 

 少し真っ直ぐに歩いてゆけば、そこにはアイドル研究部の部室が見えてくるのだ。 ほぼ毎日、この廊下を通ってから部室に行くので、身体が感覚として染み付いていた。

 

 いつもの歩調でここも歩きだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ぞわっ―――――――――!!)

 

 

「!!?」

 

 

 その刹那―――――

 測り知れないほどの憎悪が重く圧し掛かるように、身体をきしませた! 上から落ちてきたかのようなその重圧は、俺の歩行を鈍くさせただけでなく、やがて、その場から動けなくさせてしまう。 次第に、身体中からイヤな汗が流れ出す。

 

 

 何なんだ、俺の中に入ってくるこのドロッとした感じは……!? 全身を通して、何かに対して『キケン』だという警告を打ち鳴らしているかのようだ。 俺が進むこの先に一体何があるって言うんだ……!!

 

 

 口の中に溜まった唾を喉の奥へと押し込める。

 

 

 視線を少しばかりか下にずらして見ると、一枚の紙のようなモノが目に入る。 重い身体を力任せに動かして、屈んでそれを手にする。一見、俺が見ている面は白で統一され、触れてみると薄っぺらい紙とは違った厚みを感じた。 それに、この紙の裏側を指で触れると、何かが粘着するように指にくっ付く。

 

 一体何なのだ、と疑問を浮かばせながら裏面にひっくり返すと、それの正体を知ることとなる。

 

 

 

 

 

「なっ―――――?!! これはっ―――――――俺の顔?!」

 

 

 

 ひっくり返された面を見ると、そこには俺の顔が映し出されていた!

 

つまり、俺が触っていたコレは写真だったと言うことだ。 これが、いつどこで撮られたものなのか、まったく見当もつかない。 ただ、これがどうしてここに落ちていたのかが、さらなる疑問を呼び寄せた。

 

 

「…………あれは…………?」

 

 

 うつむいた顔を正面に向き直すと、コレと同じようなモノが数枚落ちているのが確認することが出来た。 また身体に力を掛けて、それらを拾い始めるのだが、どれもいつぞやの俺の姿を撮ったものだったのだ。

 

 

 しかし、どうしてこんなものがここら辺にあったんだ………?

 

 

 現状、解明不可能なこの疑問が真相に辿り着くことは、まず困難だと言える。 だが、この真相が解き明かされた時、計り知れない何かを目の当たりにするだろうと、身体が反応するのだ。

 

 

 すると、この目にまた入り込んできたのは、薄らと開いて見える扉だった。 だが、普通なら鍵が閉まっているはずだ、果して本当に開いているのだろうか、と確証を十分に得られないために一歩一歩と慎重に前に踏み出し、その扉の前に立ち尽くした。

 

 

 

 驚いたことに、足を止めたそこがアイドル研究部の部室だったとは思いもよらなかった………

 

 

 そして、あらためてその扉を見ると、確かに扉は開いているようだ。 少し触れただけで、ギィ…という擦れるような独特の鈍い音を立てて開き始める。

 俺の身体が何とか入ることが出来るくらい開くと、そのまま中に入って辺りを見回した。

 

 

 ヒュルリと、小さな音を立てる冷たい雨風が開いた窓から吹き込んでくる。 そこから聞こえてくるシトシトと地面に当たる音が、未だに、雨が降り続いているのだと外の様子が伺える。 それに、気休め程度でしかない外の明かりが部屋の中に差し込んでくるので、薄暗い中でもこの部屋の様子を知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ…………これは…………………」

 

 

 

 

 それは、俺が想像していた以上におぞましい光景が広がっていた…………

 

 

 床や机の上に散乱されている無数の紙――――――

 

 

 

 

 

 

 

 いや、写真だ―――――

 

 

 

 それもただの写真じゃない―――――――

 

 

 

 

 全部、俺の姿が映し出されているモノだけだったのだ――――――!

 

 

 

 

 

 

 

(ぞわっ――――――――――!!)

 

 

 身体の奥底から湧き上ってくる不気味な悪寒が全身を震撼させた。 不快感……いや、嫌悪感に近いこの虫唾が走るような気分に現在襲われていることが俺を震撼させたのだ。

 

 だってそうだろ? 俺の姿が映し出されている写真が絨毯のように辺り一面に敷き詰められていたら誰だって身をすくませてしまうだろ? ドラマとかアニメとかでしかないと思っていたその光景が、今ここにあると目の当たりにされていることに、狂気を感じざるを得ないんだ。

 

 

 ふと、部屋の奥の方に向かって視線を向けてみると、無雑作にばら撒かれた写真の向こうに、誰かのバッグを見つける。 俺は写真をどかしながら前進し、そのバッグを拾い上げる。 中には、まだ俺の写真が数枚入っていて、多分ここから出されたものなんだろうと推察した。

 

 では、これは誰のバッグなのか? 所持者の名前がどこに書かれているのか探し回して見ると、横側に赤いマスコットキャラのキーホルダーを見つけ、まじまじと見つめた。 俺はそれに見覚えがあったからだ。

 ふと、記憶の中に眠る1つの事柄を見つけると、だんだん、これが誰のモノなのかを思い起こさせてくれたのだ。

 

 

 やっと見つけた……と安堵を籠めて小さくつぶやくものの、現状の出来事がすべてアイツによるものであると言うことに、戸惑いを隠せないでいる。

 

 そんなアイツに、俺はどんな顔をして向き合えばよいのか、悩みが尽きなかった。

 

 

 

 しかしだ。 その彼女が今どこにいるのか………?

 もうここは、すべて見まわしたので、隠れるような場所などもう無かった。

 

 すでに帰ってしまったか? と考えてみるが、このバッグを置いたまま帰るだなんて正直考えられない。 この学校のどこかに必ずいるはずだと、啖呵を切った。

 

 

 そして立ち上がり、アイツを探しに行こうとした時だった―――――――

 

 

 

「っ――――――――――!!?」

 

 

 偶然、窓の外から眺められる中庭の方から、何かうごめくモノを見つけてしまったのだ! その大きさからすると、人と同類であることは間違いない。 だが、外はまだ雨が降ってきているんだぞ? それに、さっきよりも強くなっているのは明らかだった。 傘もささずに外に出ているだなんて………誰も想像することなんて出来なかった………!

 

 

 俺は、窓からそのまま身体を投げ出し、アレに向かって走り出した。

 

 雨に濡られたって構わない………そんな微塵にもならないようなことで左右されたくなかった。 俺はただ、アイツのもとに逸早く辿り着きたかっただけだった………!

 

 

 

 足元を濡らし、息を切らしながらも、俺はアイツの前に立った―――――――

 

 

 

 どれくらい雨に晒されていたのだろうか?

 

 アイツの身体は、髪の毛から靴に至るまでびっしょりと濡れていて、白のYシャツなんか濡れ続けたことで下着が見えるほどに透けていた。

 

 

 だが、そんなことはお構いなしのようだ―――――

 

 

 アイツは俺の姿を確認すると、薄らと笑みを浮かべてこちらを向いた。

 

 

 

 懐かしい誰かとの再開に喜んでいるかのような穏やかな笑みを浮かべている―――――――

 

 

 

 

 だが、それは表面に映し出されている、ホンの一部にしか過ぎない。

 アイツの目はまったく笑ってなどいなかった―――――むしろ、虚空を見つめるような瞳が俺に突き刺さってくるのだ。 それなのにアイツは目を細めて、さも、心の底から笑っているように見せようとした――――――

 

 

 いつも、みんなに見せていたあの()()()()()()()()―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――()()()()()()を付けて―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「アハッ……♪ そ~くぅ~ん……♪ あいたかったよぉ~♪♪♪」

 

 

 

 頬を赤らめ、見るからに嬉しそうな表情を浮かばせる穂乃果――――――

 

 

 

 

 

 

 そんな心を失った声で語りかけてくるアイツを、俺は穂乃果だと認めたくなかった――――――

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


訳あって、今週はこれだけです。


次話は来週になります。


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フォルダー4-10

[ 音ノ木坂広報部・部室前 ]

 

 

(ガチャガチャ………カチャリ)

 

 

 

「ほな、開いたで♪」

 

「おぉ! さっすが、希ちゃんだにゃぁ~!」

 

 

 鍵が掛かっていた我が部室の扉を、希ちゃんがいとも容易く開けてくださいました。

 

 いやぁ、ホントに助かりましたわ~。 いつもだと、私だけが知るとある仕掛けで鍵を開けられることになっていたのですが………どうも、その仕掛けが不具合を起こしているらしく、万策尽きた! と諦めかけていたところだったのですよ。

 

 

「しかし希は、よくここの鍵を持っていましたね? 正門を開けた時も鍵を持っていましたが、どうしてです?」

 

 

 首を少しかしげながら、海未ちゃんは希ちゃんの行動に疑問を抱いたようです。

 

 実のところ、私も気になっていたところなのですよ。 どうして、こうも都合よく、私たちが進むところにある扉の鍵をキープさせているのかが………

 

 

 すると希ちゃんは、にやりとした表情を浮かばせてこう言いました。

 

 

 

「知っとる? ウチ、これでも生徒会副会長なんよ? この学校の教室やら施設やらの鍵は常備してるんよ」

 

「そう……ですか………生徒会ならば仕方ないですね」

 

 

 少し腑に落ちないところもあるのですが、私も海未ちゃんも一旦、納得することにしました。 しかし、生徒会というのは、そこまでの権限を持ち合わせていたのでしょうか? 第一、そうした鍵を持っているのは、ここの校長か警備員の方ぐらいしかいなかったはずでは…………?

 

 

 

 

「ほな、洋子ちゃん。 やることがあるんやろ? さっさと済ませて蒼一のところに行かんと!」

 

「!! ああ、そうでしたね。 では、早速とり掛からせてもらいます」

 

 

 希ちゃんの声に一喝打たれまして、私はそのままやらねばならないことに着手し始めることにします。 とりあえず、PCを起動させまして、内部に詰められていますあらゆるデータの方を確認させていただきますよ~っと……!!

 

 

 

 

「おや……?」

 

 

 PCデータ内を少々漁っていましたら、例の撮影された映像をスマホに変換移動してくれますツールを見つけました。 なんだ、そのことですか……と軽く受け流されがちなことのように思えそうですが、そうではないのです。 気になるものを見つけてしまったのです。

 

 

 それはと言いますと、ここにある動画の返信先である私のスマホの機体番号の他に、何故か、()()()()()()()()()()()()のです!

 

 どういうことなのでしょうか?

 ここのツールを知っているのは、私しかいなかったはずなのに、何故、私の知らない機体番号が登録されているのでしょうか?

 

 私は目を疑うように、目蓋を擦ってからもう一度画面をよく見てみることにしました。

 

 

 すると、

 

 

 

 

 

「…………………えっ? 消えてます………………」

 

 

 おかしなことに、つい先ほどまでこの画面に表示されてました機体番号が無くなっているではないですか!

 

 んんん??? まったくわけがわからんことです。 私の目の錯覚だったと言うことなのでしょうか? 確かにそこにあったものが消えて無くなると言うのは、何とも不気味な話ですねぇ……………

 

 

 

「あっ、あのぉ、洋子ちゃん………蒼一にぃと穂乃果ちゃんはどこにいるかわかりました?」

 

「あっ………」

 

 

 花陽ちゃんの声に我に返ったような思いになりました。

 

 そうでした……先にそっちのことを優先しておけばよかったですね………

 

 

 なんだか調子が狂いますね………病みあがり……いえ、解放されたばかりと言いましょうか、様々な方面に気をとられてしまったために、目の前のこともすっかり忘れてしまうだなんて、参っちゃいますね………

 

 

「ではでは………と」

 

 

 監視を行っているモニターページを開きまして、現在、盗s……もとい、監視を行い続けているいくつものカメラからの様子をじっくりと見始めます。

 

 

 全体的に、校舎内は電灯も点けないために、真っ暗で手前にある物を捉えるだけでも精一杯な光景で、これはどうしたらよろしいのでしょうかねぇ……と愚痴をこぼしたくなってしまいがちです。

 

 

「………おやっ! ありました、ありました! 蒼一さんは今ここにいるようですよ」

 

 

 いくつも表示されているモニターの中から1つだけを切り取り拡大させます。 それを見ますと、ちょうど中庭にあたる場所が映し出されまして、その奥の方に目を向けますと2人の影が…………

 

 

 

「蒼一!! 穂乃果!!!」

 

 

 私の背後から2人の姿を喰いつくように見ていた海未ちゃんは、とても不安げな表情を浮かばせていました。 ただ見ていることでしか出来ない自分に対して、唇を噛み締めながら悔しい気持ちを募らせているようでした。

 

 

 

 あとはお任せしましたよ………蒼一さん…………!

 

 

 

 私たちの想いを画面越しの彼に向けながら、その一部始終を見続けたのでした―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 音ノ木坂学院・中庭 ]

 

 

 ボタボタと容赦なく地面に叩きつけられる雨音が、俺の高まる感情に緊張を与える。 降り付けられる冷たい雨が、体温を急速に冷やし始めるのだ。

 

 そのせいなのだろうか、身体が小刻みに震え始め出したのだ。 悪寒とも呼べる冷気が身体にまとわり付き始めた。

 

 しかし、ただ寒いというわけでもない。

 むしろ、この雨で俺の体温が持って行かれることなんて無かったのだ。

 

 

 本当に、俺から体温を奪っていたのは、一時の自然現象によるものではないのだ………!

 

 

 

 

「アハハ♪ そぉ~くぅ~~ん♪♪♪ アハハハハハ♪♪♪」

 

 

 ちょうど、目前に迫る俺の幼馴染――――穂乃果の存在こそが、俺を極寒の地にへと誘おうとしていたのだ。

 

 

 

 暗がりながらも、穂乃果は俺の存在に気が付くと名前を呼んでこちらに向かってきた。

 フラフラと左右に身体を揺らしながら前進してくる様子に、異様さしか感じられないでいた。 全身がだらしなく脱力して、とても生者の行進とは言い難いモノだったのだ。

 

 

 穂乃果が俺の前に立ち、四の五も言わずに抱きついてくると、びしょ濡れの顔を胸の中に埋め始めたのだ。

 

 

「アハハ……♪ あったかぁ~い………蒼君の身体があったかいよぉ~♪ この熱が穂乃果の身体をジンジン熱くしてくれるみたいだよ♪」

 

 

 まるで、犬のように顔を擦り付ける穂乃果は、何かを感じようと必死になっていた。 熱の籠った甘ったるい吐息を口から漏らしながら、穂乃果は口走る。

 

 

「穂乃果ね、蒼君が来るのをすぅ~~~~~っと待っていたんだよ! 蒼君はここに来てくれるんだって信じていたんだよ!! だってねだってね、蒼君はこれから穂乃果とデートするんでしょ? こんなキレイなところで待ち合わせって、とってもロマンチックだよ!! さすが、穂乃果の旦那様だよ♡ そんな旦那様のために穂乃果は、普段よりももっとキレイにしてきたんだよ!! どう……かな…………?」

 

 

 

 恥ずかしながら頬を真っ赤に染め、情熱的な言葉を持って、俺を見つめているようだった。 さも、これから恋人たちによる触れ合い、慣れ合いが始まろうとする一面を感じさせていた。

 

 

 そうであれば、なんて良かったことだろうか…………

 

 

 

 

 しかし、現実にあるのはそんな甘いものではなかった―――――

 

 虚空を見つめ、濁りきったその瞳からは生気をまったく感じ取れない。 確かに、顔立ちはいつも以上に美しく綺麗に感じられた。 誰の目から見てもそう言えるのは間違いないだろうと豪語しても構わなかった。

 

 だが、それは病的な美しさだ。 かの第六天魔王が敵のガイコツを見て、美しいと称したのと変わらない狂人的な美しさを穂乃果から感じ取れたのだ。

 

 今の穂乃果は、そのガイコツに匹敵されるだろう。

 

 そして、冷たい雨に濡れられて白くなりつつあったその肌と対称的な瞳の漆黒が、穂乃果の心の闇の深さを物語っているかのようだった。

 

 

 そんな穂乃果の口から出た数々の言葉を理解できるはずもない。 当たり前だ、俺が穂乃果にこのようなことを語った覚えなど無いからだ。

 

 穂乃果は妄言を口にしているのだ。

 穂乃果の脳内では、すでに完成されているであろう『理想』のビジョンが、今、『現実』のものとなって見えているのだろう。 その様子はまるで、書き綴られた物語のヒロインであると言うことを信じて疑わないかのような喜び様だった。

 

 

 しかし、それは間違いだ。 穂乃果の妄想にすぎないんだ。

 

 

 

 俺が穂乃果の身体を隅々まで見まわし、思いを巡らせている間でも、穂乃果は俺の顔をジッと見つめては、一ミリも動かずに妄言を口にし続けたのだ。

 

 絶えることなく続くその言葉に、ようやく俺は行動に出る。

 

 

 穂乃果の両肩を掴むと、その身体を前後に揺らす。

 

 

「穂乃果っ………もう……やめろっ………!」

 

 

 眉間にシワを寄せた渋い表情で擦り切れるような声で呼び掛ける。

 その募り積もり、はち切れ飛び出さんとする感情を抑えながら出てくる言葉は、なんて、か細く息苦しいモノなのだろうか………自身へ対する憤怒と、彼女に対する悲愴が詰み重なり、俺の心を踏みにじろうとするのだ………

 

 この辛い気持ちを乗せた言葉が穂乃果に向かう―――――

 

 

 

 だが―――――

 

 

 

 

「何を言っているの? 大好きな旦那様に愛に愛がたぁ~~~っぷり詰まった愛の言葉で、穂乃果の気持ちを全力で伝えているんだよ♡ それを蒼君は喜ばないはずがないでしょ? だって、蒼君は穂乃果のことが大・大・だぁ~~~~いすき何だから、何度だって言ってあげちゃうんだからね♪」

 

 

 穂乃果の言葉は留まることを知らずに流れ出てくる。

 

 

 それを聞くと、何ともやるせない気持ちとなり、ギリッと歯を食いしばって抑えていた感情が飛び出た。

 

 

 

「穂乃果!!! 俺は、お前の旦那なんかじゃない!!!!」

 

 

 力の籠った怒号が飛び出すと、穂乃果はようやくその口をぽっかり開いたまま固まった。 すると、大きな瞳を見せていた目をさらに見開かせて、瞳の深層部に潜む何かを見せつけた。 間近で見せるその闇に、俺は無意識の内に引き込まれ、身体をどっぷり浸かってしまいそうになる。

 

 それでも、理性を何とか取り戻して再び向き合うと、一呼吸吐いてから言葉を続けた。

 

 

「俺は、お前にここで待っていろとも、これからデートしに行こうとも言っていない………お前は勝手にここに来て、勝手にここで待っていただけだ……それをお前の都合のいい解釈で変換させるんじゃない……! すべては……お前の妄想だ…………」

 

 

 現実を直視させるような言葉を投げつけた。

 それを聞いた穂乃果は、一瞬、首を締め上げたような声をあげると、顔をうつむかせて狼狽し始めた。

 

「そんなはずないよ…」と小さな声で連呼させながら、身体を激しく震わせ始めた。 穂乃果の心は大きく揺れ動き始める。 彼女の中の『理想』が音を立てて崩れ始め出したのだ。

 

 穂乃果は、俺の両腕にしがみ付くと、歪み崩れ落ちそうな表情で仰ぎ見て尋ねてきた。

 

 

 

「ね、ねぇ………蒼君は……穂乃果のこと……好きだよ……ね………?」

 

 

 擦れ震える声が俺に届く。 蜘蛛の糸を掴むようなその言葉と表情は、『今の』穂乃果にとって最後の希望のとも呼べるものに相違ないだろう。 今にも、泣き崩れてしまいそうな表情に心を痛ませてしまう。

 

 

 

 だが、俺はそれでも心を鬼にして、彼女と向き合わなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 故に、

 

 

 

「俺は……穂乃果のことは好きだ………だが、お前じゃない。 『今の』穂乃果は、俺の知っている穂乃果じゃない………だから、好きにはなれない…………」

 

 

 と、答えた。

 

 

 

「ッ――――――――――――!!!!!????」

 

 

 それを聞いた穂乃果は、言葉にならない小さな悲鳴をあげた。

 ドッと肩から力が抜け落ちてしまったかのような絶望が穂乃果に向かって投げ落とされた。 穂乃果にとっては、意図しなかった『現実』を直視させることになる。 こうでもしなければ、穂乃果は永遠とこのままでいることとなる……それだけは、どうしても許せないのだ。

 

 

 

 

 

 

 たとえ、この後に起こるリスクに直面することとなっても…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パキンッ―――――――――

 

 

 

 

 

 ガラスが砕け散るように、穂乃果の『理想』は灰塵と化っした瞬間だった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、新たな『幻想』が彼女の心を覆い尽くしたのだ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うそだ…………ウソだ…………ウソダ……………」

 

 

 

 うつむいたままの穂乃果は小さな声で何かを連呼し続けた…………

 

 

 

 

 すると、次の瞬間――――――

 

 

 

 

 

 

「ッ~~~~~~~~~!!!!!!!」

 

 

 全身に激痛に駆け回る!!

 

 言葉にならない程の痛みのもとを見てみると、穂乃果が俺の両腕をありえない力で握り始っていたのだ! そのあまりの激痛に、俺は顔を歪ませる他なかった!

 

 それに、力付くで握られたことで、俺の腕がみるみる赤く膨れ上がってくるのだ! それが、赤から紫へと変色し始めてからは、さらなる痛みに苦悶した。

 

 

 すると……彼女は、うつむかせていた顔をあげると、先程とは比べものにならないくらいの歪んだ表情を晒したのだ! そして、ケタケタと薄気味悪い声をあげ始め、次第にその声が大きくなりつつあると、終いには、大きく高笑いをあげたのだ……!!

 

 

 

「ふっ………あはっ………あはははははははははははは!!!!! そうだよ! そうだったんだよ!! 私の蒼君はこんなこと言うはずないもん!! 私の蒼君は穂乃果にやさしいんだもん!! いつもやさしいことを言ってくれる、穂乃果のとってもとっても大好きな蒼君なんだよ!!!

 

 

 

 でも…………アナタは………だれ………?

 

 

 

 どうして、蒼君みたいな顔をしているの………?

 

 

 

 どうして、蒼君みたいな声をするの………?

 

 

 

 

 わかったぁ! そうやって、穂乃果のことを惑わすんだね………?

 

 

 

 

 それに……このニオイは何かなぁ………? ホカのメスのニオイ………あれれ……おかしいなぁ……???

 

 

 蒼君のカラダからは穂乃果のニオイしかしないハズなのに………ドウシテ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果のコトを裏切ったヤツらのニオイがこんなにもスルのかなぁ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 星が叩き落とされたかのような声が轟く。

 同時に、穂乃果の身体から禍々しいほどの妖気がにじみ出始めたのだ!!

 

 ドス黒いオーラが穂乃果を覆い隠し始めると、俺の身体にも付着し始め、背筋を凍らせた。 まるで、ありとあらゆるものを覆い尽くし、食い千切らんとするその妖気は、次第にその勢力を増大させていったのだった!

 

 

 

 

 

 

「……………ニセモノめ……………」

 

 

 

 暗闇の中からポツリと呟くような声が聞こえたようなのだが、襲い掛かってくるコレが俺を苦しめるため耳にすることが出来なかった。

 

 

 

 だが次の瞬間に、すべてを圧倒されつくしてしまうような状況に、怖じ気付きそうになった―――――

 

 

 穂乃果は、右手を離すと、瞬時に後ろに手を回して、ギラリと妖しげに光るモノを手にすると、風が吹き荒れるかのような速さで振りかざし、俺に目掛けて振り落としてきたのだ!!!

 

 

 

 

 

 

「蒼君のマネをするニセモノめ!!!! 殺してやるっ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 瞬間に見えた穂乃果の表情が――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人ならざるモノとなって、俺に向かってきたのだ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

次回、穂乃果と蒼一との決着が……?


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フォルダー4-11

[ 音ノ木坂学院・中庭 ]

 

 

 

「蒼君のマネをするニセモノめ!!!! 殺してやるっ!!!!!!!」

 

 

 強烈な殺気を抱いた穂乃果の腕から、ギラリと妖しげな光を放つナイフが振り落とされる!

 

 それを見た俺は、瞬時に振りかざされた腕を掴み、動きを静止させた。 同時に、掴まれていたもう一方の腕を力の限りの思いで振り払い、穂乃果の身体を突き放した。

 

 急に押しはねられたため、よろめきながら後退する穂乃果。 俺もそれに合わせるように距離をとり始めようと地面を2、3度蹴り飛ばす。

 

 だが、穂乃果はそんなことすら気にも留めず、強く地面を蹴り出すと、一瞬にして俺との距離を縮めた! 脅威的な俊敏性を持って、穂乃果は俺を仕留めに掛かったのだ!

 

 

 

 ブンッ―――――――――!!

 

 

 

 空を引き裂くような衝撃が唸りを上げる―――――振り落とされる漸撃を辛くも退ける。

 

 

 

「逃げちゃダメだよ!!! 早く、穂乃果に殺されちゃってよ!!!」

 

 

 憎悪で振りしぼられたおぞましい声が俺を威圧する。

 

 

 

「その化けの皮を剥ぎとって、喉も取り出しちゃうよ!! あとは、その眼も!! 鼻も!! 口も!! 耳も!! 蒼君のものは全部全部抉り取って、本当の蒼君に渡すんだもん!! それで、褒めてもらうの! 蒼君のニセモノをやっつけた御褒美をたっくさんもらうの!!

 

 だから…もういい加減死んで!!!」

 

 

 

 金属同士を擦らせたかのような耳障りな声が俺を殺しにかかってくる。 それまで、口にすることは無いだろうと思ってきたその口から、考えられない言葉が続出しだすと、冷汗が止まらなかった。 これが穂乃果に眠るおぞましいだけの感情――――憎しみに満ち満ちた言葉だけで、殺されてしまいそうだ。

 

 

 それでも、ギリギリな気持ちでこの状況を保っていた。

 

 

 

――――が、そんな彼に不運が襲いこむ。

 

 

 

 

 

 ずるっ―――――――――

 

 

 

「ッ―――――――???!!」

 

 

 青々とした草地に踏み入れたことで、雨に晒された芝に足をとられ滑り出してしまった!

 

 

「しまっ――――――!」

 

 

 彼が異常に気が付いた時には、すでに体制は大きく傾いており、後方に向かって背中から倒れ込んでしてしまう。 それは同時に、自らが最大の危機に遭遇してしまったということで、思考するよりも早く命の危険にさらされることとなるのだった。

 

 

「アハハハハハ!!!」と高笑いを上げながら、穂乃果は俺の土手っ腹目掛けて馬乗りしてきた。 ちょうど、鳩尾近くに圧し掛かったため、稲妻が駆け抜けるような痛みにさいなわれる。

 息苦しさと気持ち悪さが相まって、意識が不安定になり掛かり始めると、そんな俺に対して穂乃果は刃物を振りかざしてきたのだ!!

 

 

 

ドスッ――――――――――――!!

 

 

 振り落とされた刃は、幸いなことに顔の横をギリギリかすめただけに止まり、からがら免れることが出来た。

 

 

 

「チッ………あともう少しだったのに………」

 

 

 舌打ちして悔しそうな声を漏らすと、地面に突き刺さった刃物を引っこ抜き、もう一度振りかざし落とした!

 

 

 俺は、決死の覚悟でその刃物を受け止めようとするが――――――

 

 

 

 ズシュ――――――――――!!

 

 

 

「うぐぁっ――――――――――!!!」

 

 

 

 ヘタをこいた。

 

 

 引き裂かれるという言葉通りの激痛がガツンと全身を打ち立てる! そのあまりの苦痛に噛み締める奥歯にヒビが入りそうになるほどだ!!

 

 穂乃果の腕を掴み静止させようと伸ばした腕に、振り落とされた刃物が突き刺さった。 左手首近くに勢いよく刺さった刃物は、肌と肉を貫通し、刃先を傷口の反対側からむき出したのだ! 当然のこと、そこからはたくさんの血が流れ出し、仰向けに倒れ込んでいる俺に注がれる。 雨にぬれていた服が、今度は自分の血のりによって赤く濡れた。

 

 だがしかし、その大きな代償を払ったおかげか、穂乃果の動きを一時的に止めることには成功していた。 このわずかな猶予を遣い穂乃果を説得してみるのだ。

 

 

「目を覚ませ、穂乃果!! お前はとうとう目の前にいるヤツの名前も忘れたか?! この十数年もの間、共に過ごしてきたヤツの名前を!!」

 

 

 逼迫(ひっぱく)した中で叫んだ声が響く。 穂乃果に向けてのメッセージとしては申し分ないものだともいえるのだが、当の本人は、それを薙ぎ払うかのような反応を示す。

 

 

「うるさい!! 私の蒼君を語るな!! お前なんか………蒼君じゃない!!!」

 

 

 吐き捨てられるような言葉で威圧する穂乃果は、俺と言う存在をまだ否定し続ける。

俺の言葉は届いている………だが、アイツの心には全然届かないし、響きもしないんだ………それでアイツを取り戻そうだなんて不可能な話なのだ。

 

 

 しかめた表情を崩さないままでいると、動きを止めていた穂乃果に変化が訪れた。 腕に付き刺した刃物がじわりじわりと動き始めたじゃないか! ゆっくり引き抜こうとしているようなのだが、開いた傷口とその周辺に更なる傷を与えながら動かしてしまうので、激痛に襲われる。 悶絶しながらも神経を研ぎ澄ませ、穂乃果と対峙し続ける。 傷口から流れ出る血が赤い糸のように途切れることなく身体に注がれる。 終いには、雨よりも血で濡れることが多くなるほどだった。

 

 

 この失血症状が続く中、次第に意識が朦朧とし始める。 また、酸素も全身に行き渡らなくなってくるため、当然ながら呼吸も荒くなってしまう。 誰から見ても満身創痍な状態でありながらも、俺は最後まで力を出し尽くしてみせる覚悟でいた。

 

 

「穂乃果………お前は、昔からそうやって自分の思ったことを真っ直ぐに突き進んでいこうとしたよな。 周りから何と言われようとも、必死に進んで行こうとするその姿は、見てて嫌いじゃなかったんだぜ………?」

 

「何をゴチャゴチャ言っているのかなぁ? もしかして、それは遺言なのかなぁ?」

 

 

 自らの身体の状態がヤバくなる一方で、神経の影響で思考が段々と動きを止め始める。 そうした中で、俺の奥に眠っていた穂乃果との思い出が開かれると、それらを追憶し始める。 そこで見た光景など、心に残るものばかりが脳裏を通り過ぎて口に出る。

 

 穂乃果には、届かない………ただの独り言のようだな…………

 

 

 

「遺言か…………ふっ、そうか……………」

 

 

 その言葉を耳にすると、頭の中で何かを悟りだしたような、そんな解放的無意識により身体から脱力感を抱く。 何故、そうしたモノを感じとり始めたのか、俺にもさっぱりだ。 けど、もういいのだろうと言う割り切った何かが心に浮上していたのは確かだった。

 

 

 俺は、穂乃果を抑えようとしていた腕の力を抜くと、刺されていない片方の腕を地に垂らした。 その行動に一瞬、戸惑った様子をうかがわせるが、すぐに、俺に向ける殺意を整え直し始めた。

 

 差し込んだ腕から刃物を抜き取り、再び振りかざし始める。

 

 

「サヨナラ………ニセモノサン…………」

 

 

 くすんだ色の瞳をこちらに見せながら、穂乃果は静かに囁いてから刃を振り落とした。

 

 

 

 その時、俺は目蓋をゆっくりと閉じた―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………楽しかったよな……遊園地…………」

 

 

 

「っ………………!!」

 

 

 ボソッと俺の口から無意識の内に呟かれた言葉に、穂乃果の動きが止まったようだ。 何故、止まってしまったのかは分からない。 当然だ、その時の俺は目を瞑り暗闇の世界の中で終わりの一幕を待ち焦がれていたのだから………

 

 

 目の前で起こった状況を知らないまま、俺は目を瞑り続け、ふっと湧き上がるように頭の中に入りこんでくる走馬燈が、数ある記憶の中から、とりわけ印象深く思い返される最も大切な記憶を語り始める。

 

 

「絶叫系が苦手だった俺の手を無理矢理引いて、いろいろな乗り物に乗り回されたよな………あの時は、違う意味で命が縮まりそうになったな……けど、楽しかった……何てったって、穂乃果と一緒に楽しく過ごせたんだ………これほど嬉しいことは無いじゃないか………」

 

 

 黙々と語り続ける言葉に彩りが増す。

 俺の中に大切に眠っていた記憶が、いま鮮明に蘇り始めた。

 

 ほんの数週間前の出来事だ。 穂乃果とあの場所に出掛けたのは―――――

 

 目の裏からでも見える、あの時の穂乃果の無邪気な笑顔―――――あんな笑顔をしてくれた穂乃果を見ることができて、とても嬉しかったんだ。 ずっと、そんな笑顔を見せてほしかったのだ。 ただそんな我儘な願いのために提案した特別な1日(時間)――――――

 

 

 そんな美しい記憶に、穂乃果――――お前はさらに彩りを増させてくれたんだ―――――

 

 

 

「それに……穂乃果は俺にもう一度、夢を見せてくれた……輝かしい夢の続きを………ほんの一瞬だけ、俺に見せてくれた…………」

 

 

 

 俺をあの夢の舞台(あこがれの場所)へと穂乃果たちと一緒に連れて行ってくれる―――――そんな希望に満ちあふれた新たな夢を俺に用意してくれた。 これほどまでに、お前に感謝したことは無かった。 

 

 

 お前と一緒にいられて本当に良かったと、心からそう感じたんだ――――――

 

 

 

 そんな穂乃果(おまえ)に俺の命が奪われるのなら………本望かも知れない…………

 

 

 

 おもむろに目を開いて、彼女を仰ぎ見た―――――

 

 

「俺がいなくなっても………穂乃果(おまえ)は、穂乃果(おまえ)の夢に向かって行け…………」

 

 

 覚悟を込めた言葉を俺の遺言とした―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 

 だが、彼女はその振りかざしたその刃を彼の身体に当てることは無かった。

 そればかりか、彼女は這いつくばるように彼から離れようと引き下がったのだ。

 

 

「ッ――――――――――――!!!」

 

 

 言葉にならないような奇声が彼女の口から飛び出る。

 異常とも呼べるその行動に彼は目を見開かせる。 けれど、それがどういうことを意味したのかなど理解できるはずもない。 その答えは、彼女の中にあるのだ。

 

 

 そう、彼女は気が付いた――――いや、ようやく取り戻したのだ。

 

 彼女の眼に映る彼が誰なのかを―――――――

 

 

「あ………あぁぁ……………あああぁぁぁぁぁ……………」

 

 

 彼女の口から嗚咽の如き、声が漏れ出る。 それに、息切れのように呼吸が乱れ、まるで痙攣でも起こしたみたいに彼女の体が激しく震えだしたのだ。 彼女の焦点も覚束ない様子だった。 明らかな狼狽である。

 

 

 気付いた――――

 

 

 気付いてしまった―――――

 

 

 

 その不幸なめぐり合わせが、彼女に苦痛よりも深く痛ましい言葉として襲い掛かる。

 

 

 

 彼女は殺そうとした―――――――

 

 

 彼女の最愛の彼を―――――――

 

 

 

 

 

 

 この手で―――――――――――――――

 

 

 

 

「殺そうとした…………わ、わた………わたし…………蒼君を…………こ、この手で………………あ………あぁ…………いや…………イヤ…………………イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

 

 

 首を絞められるような金切り声が、雨降る夜に残響する――――――

 

 自ら起こした行動を思い返した彼女は、その深い罪悪感に駆られて泣き喚いた。 その声に被さるように、吹き荒れ始める雨風が唸りを増した。

 

 彼女の顔から無数の滴が滝のように流れ落ちる―――――――

 

 

 

 

 

「わたし………だめ………こんなわたし…………もう……………」

 

 

 何を思い立ったのだろうか、彼女は手にしていた刃を自らの喉元に突き付けようとし始めたではないか! 彼女の中から押し寄せ始める、測り知れぬ罪の重さに耐えきれなくなったのだ。

 

 

 彼女は腕に勢いを付けて、喉にひと突き入れようとした―――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガッ―――――――!!

 

 

 

「!?」

 

 

 

 だが、その行為は認められなかった――――――

 

 彼が彼女の手を掴み、その行動を制止させたのだ。 そしてそのまま、彼女の手から刃物を奪い取り地に落とす。

 

 

 

 さらに――――――

 

 

 

 

 

 パァァァァァァァン――――――――――――!!

 

 

 彼女の頬に強烈な平手打ちが襲った!

 

 雷鳴の如く轟いたその一打を受けた彼女は、その瞬間、自分の身に一体何が起こったのか理解することが出来なかった。 だが、頬から伝わる熱い痛みが、じわじわと感じ始めると、自分は叩かれたのだと言うことにようやく気が付いたのだ。

 

 

 呆気にとられていた彼女に、彼は言った。

 

 

「ばかやろう!!! どうして、自分の命を絶とうと考えようとするんだ!! 何を考えていやがる!!!」

 

 

 彼の怒号がこの場の空気を震撼させる。 それにビクつかせながらも、彼女は涙ぐみながら言う。

 

 

「うっ………だ、だって………わたしは……ヒドイことしたんだよ……みんなにも………蒼君にも………! わたし、本気でみんなを殺そうとした………殺そうとしちゃったんだよ……!!! そんなわたしを………誰も赦してくれるはずなんかないんだよ………………」

 

 

 涙をボロボロと流し、鼻を何度もすすりながら彼女は嗚咽にも聞こえる声で語りだす。

 事実、彼女の行ってきた行為を思い返すと、どれをとっても決して軽いモノではなかった………それを彼女はようやく理解した……いや、すでに理解できていたのだ。

 

 

 それ故に、彼女は罪の清算を自らの命を絶つことで清算しようとしたのだ。

 

 

 

 しかし、彼はそんな彼女の行為を止め、その誤った考えに平手打ちしたのだ。

 

 そんな彼女に向けて彼は語った。

 

 

「穂乃果。 確かに、お前はいくつもの悪い行いをしていきた。 赦されることではないかもしれない。 だからと言って、自分の命を絶つだなんてことをするんじゃない!! 人間誰だって失敗をするんだ。 時には、取り返しのつかないことだってする。 けどな、どんなに失敗を重ねようが、その度に、立ち直れるチャンスをいくらでも与えられるんだ。 お前は、そのチャンスすらも諦めてしまうのか?!」

 

 

 彼の言葉に彼女は身体をビクつかせながらも、その眼を―――――耳を―――――顔を―――――彼に向けたのだった。

 

 

 彼はさらに続けて、

 

 

「もし、お前に生きる術がないと言うのなら………俺がお前に与えてやる!!」

 

 

 彼は、彼女の顔を両手でしっかりと掴むと、その眼で彼女の身体を射抜くかのように、じっと見続けた。

 

 

 そして――――――

 

 

 

「俺は穂乃果(おまえ)のしてきた、ありとあらゆることすべての罪を赦してやる!! そして、穂乃果(おまえ)を赦す代わりに、穂乃果(おまえ)は俺に夢の続きを見せろ!! 穂乃果(おまえ)たちが見せる輝かしい夢の世界を俺に見せやがれ!!!」

 

 

 

 地鳴りの如き絶叫の言葉が、彼女に重く圧し掛かる。

 

 

 しかし不思議なことに、その言葉は彼女の心を軽くしてくれた。 何故だかは彼女にもわからない。 だが、彼のこの言葉が彼女に生きる希望を与えてくれたのだ。

 

 

 すると彼女の瞳から、ほんの小さな光輝く滴がこぼれ落ち始めた―――――

 

 

 無数にこぼれ落ちる小さな光が、流れる流星のように鮮やかに輝いて見えたのだ。

 

 

 

「本当に……いいの? 穂乃果は、本当に………ここにいていいの………?」

 

 

 喉を震わせながら恐る恐る尋ね聞いてくる小さな声がさす。

 そんな怯える穂乃果を、今度はその大きな手でやさしく頭を撫でると、安らぎを感じさせる言葉で彼女に語りかけるのだ。

 

 

 

「構わないさ。 穂乃果(おまえ)が望むのなら……俺は、お前のことを受け止めてやる。 だから何も心配せず、安心してきな………ここは、穂乃果(おまえ)の帰る場所(ところ)だ………」

 

 

 

「っ~~~~~!! うっ………うぅぅ…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

 

 

 その言葉を耳にした穂乃果は、彼にしがみ付いて泣き崩れた。

 彼女の中で圧し殺されていたありとあらゆる感情が解き放たれるように、嗚咽となって雨水のように強く流れ出ていくのだ。

 

 

 

 泣いた

 

 

 たくさん泣いた

 

 

 

 ありったけの思いを込めて泣いた

 

 

 

 

 声も涙も枯れるくらい泣いた―――――――――

 

 

 

 

 蒼一は、悲愴の渦の中で埋もれる穂乃果の身体をそっと触れる。 彼女の抱えるすべての罪をかわりに背負うように抱きしめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり――――――穂乃果―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 降り続いていた雨は、すでに止んでいた――――――――

 

 

 

 

 深い雲の隙間から、光り輝く2つの星がお互いを抱きしめるかのように見えたのだ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。


次回、穂乃果編は終わります。


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フォルダー4-12『高坂 穂乃果(前編)』

 

 

 わたし、蒼君と一緒にいることが普通だと思っていた―――――――

 

 

 まだ小さかった時からずっと、私は蒼君の隣にいて、ずっと笑っていられるものだと思ってた―――――――

 

 だって――――――

 

 幼稚園の時だって、小学校の時だって、中学校の時だって、ずっと一緒だったからそれが私の日常(あたりまえ)だって信じていたから―――――――

 

 

 でもね、わかっちゃったの――――――――

 

 わかりたくなかったのに、わかっちゃったの―――――――――

 

 

 

 いつか蒼君は、私の前からいなくなっちゃうんだって――――――――

 

 

 

 気付いてた―――――――

 

 本当は、ずっと前から気が付いていたんだ――――――――

 

 でも、気が付かないフリをし続けていたんだよ――――――――

 

 

 

 だって――――――――

 

 怖かったから――――――――

 

 

 蒼君が動かなくなって、病院のベッドに横たわっているのを見たら―――――――――

 

 

 わたし、おかしくなっちゃいそうだった―――――――

 

 

 

 

 いやだ――――――

 

 いやだいやだいやだいやだいやだ――――――――

 

 

 蒼君のあんな姿はもう見たくないの――――――――!

 

 蒼君は、ずっとわたしのそばで笑って、頭を撫でてくれるんだもん―――――――!

 

 

 わたしの蒼君を奪わないで――――――――!!!

 

 

 

 

 それからのわたしは、できるだけ蒼君と一緒にいようと思ったの――――――

 

 μ’sを始めようって思い立った理由も、蒼君と一緒にいたかっただけだったのかもしれない―――――――

 

 それが間違っていることもよくわかっているよ―――――――

 

 それでも、私は蒼君といられる理由が欲しかった―――――――!

 

 

 蒼君がいないと、わたし弱いから―――――――――

 

 

 

 

 1人じゃ、何もできないから―――――――――――

 

 

 

 

 

 そんな時だったの、ことりちゃんから蒼君を護ろうって言われたのは―――――――

 

 

 私の蒼君が誰かに傷付けられる―――――――?

 

 わたしから奪われちゃう――――――――?

 

 

 そんなのイヤだよ―――――――――

 

 

 

 だから、ことりちゃんと海未ちゃんと一緒に決めたんだ―――――――――

 

 蒼君を護ってあげようって――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 なのに―――――――

 

 どうして、みんなわたしのことを裏切っちゃうの―――――――?

 

 約束したじゃん、みんなで護ろうって―――――――

 

 

 なのに、どうしてわたしから蒼君を奪い取ろうとするの―――――――――?

 

 

 

 わたしはそれが悔しくって……悔しくって…………悔しくって…………赦せなかった――――――――

 

 みんな私のことを裏切っちゃうんだったら、みんないなくなっちゃえばいいんだって―――――――

 

 私と蒼君以外は、みんないなくなっちゃえばいいんだって―――――――――

 

 

 

 私のココロがそう叫んでいたように聞こえちゃったんだ―――――――――

 

 

 

 けど、違ってた―――――――

 

 耳を貸しちゃいけなかったんだ――――――――

 

 

 

 でも、気が付いた時には――――――――

 

 

 

 

 

 

 わたしの手は、蒼君の血で真っ赤になっていた―――――――――

 

 

 ウソだって思いたかった―――――――

 

 わたしは蒼君を護ろうとしていただけなのに―――――――

 

 蒼君を傷つけるヤツらを葬り去ろうとしていただけなのに―――――――

 

 

 どうして―――――――

 

 

 

 ワタシハソウクンヲ殺ソウトシチャッテイルノ―――――――?

 

 

 

 違う違う違う違う違う違う違う違う違う―――――――!!

 

 そうじゃないそうじゃないんだよ――――――!!

 

 穂乃果はこんなことをするためにやってるんじゃないんだよ――――――!!

 

 

 

 後悔しても後悔しきれない、やっちゃいけないことをしちゃった――――――――

 

 絶対に赦してはくれない………蒼君を殺そうとしたことは決して赦されることじゃないかった―――――――

 

 

 それがとっても苦しくって……辛くって………息だってすることが出来なくなっちゃうほど痛かったんだ―――――――――

 

 

 とても耐えきれなかった―――――――

 

 だから、いっそのこと、私が死のうと思って自分に刃先を向けたの―――――――

 

 

 これで苦しまずに済むんだ………って―――――――――

 

 

 

 

 でも―――――――――

 

 

 蒼君が私を強く叩いたの―――――――

 

 

 

 とっても、とっても悲しい顔をして―――――――

 

 

 ねえ――――――

 

 どうして、そんな顔で穂乃果を見るの――――――?

 

 穂乃果はこんなに悪いことをしちゃったんだよ―――――――――?

 

 それなのに、どうしてこんなに強くって、温かく穂乃果を包み込んでくれるの――――――――?

 

 どうして、こんな私を赦してくれるの―――――――?

 

 

 どうして、こんなわたしのことを愛してくれるの――――――――?

 

 

 

 わからない―――――――

 

 けど、ちょっとだけわかりたいって思った―――――――

 

 もっと、蒼君のことを知りたいって―――――――

 

 それで、蒼君にちゃんと伝えたいの―――――――

 

 

 穂乃果のこの気持ちを――――――――

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 俺の目の前に、泣きじゃくる穂乃果の姿がそこにあった。

 

 生ぬるい雨にずぶ濡れ、それに泥も跳ね返り掛かってきていたから、余計に穂乃果の姿が汚くなって見えた。

 

 

 けど、それは俺にも掛かってくる言葉だ。

 俺だってそうだ。 こんな雨の中を傘もささずに飛び出ては、ただがむしゃらになって穂乃果と対峙していたのだ。 当然、身体全体がいろいろなもので汚れている。

 多分、穂乃果よりも酷いだろうと思う。

 

 

 だが、そのおかげで俺は、こうして無邪気さに満ちあふれた笑顔を取り戻すことが出来たんだ。 それに比べちゃあ、汚れなんて比較対象にならないくらいにちっぽけなことだった。 ましてや、穂乃果を取り 戻すためならこの命を賭けたってよかったんだ。

 

 穂乃果が俺を刺し殺すことが出来た、あの瞬間だって覚悟はできていた。 今の俺じゃあ、穂乃果を取り戻すことが出来ないのだと、半ば諦めかけていた。 そして、せめてもの俺の命を賭けて穂乃果を元に戻して欲しいと願いを込めたのだ。

 

 全身から力を抜きだし、流れ行くままにこの身を運命に預けた――――――

 

 

 

 けれど、俺が目を瞑った時に、何かが俺の中に入り込んできたような感覚を抱いた。 何だ?と思う間もなく、それ全身には広がってゆき、深く眠る記憶の中に潜っていったのだ。 そしたら、とある光景が映し出されたんだ。

 

 

 そう、それが穂乃果と一緒に出かけた、あの遊園地での出来事だったんだ――――――

 

 

 どうして、あの時のことが映し出されたのだろうか?

 穂乃果との思い出なんて他にもたくさんあったじゃないか。

 

 なのに、どうして………あの時のことが想い出されるんだ………?

 

 

 

 

 

 

 

『私たちは………全力で蒼君の夢をかなえることが出来るように頑張るから!!!』

 

 

 

 

 

 そっか………答えなんて、こんなにも単純なことだったじゃないか…………

 

 

 

 

 

 穂乃果、俺は…………

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 俺たちの身体に降り注がれていいた雨も止み、雲の隙間から小さな星々が顔を出していた。

 その豆電球にも似たような小さなスポットライトが、俺たちを照らし始める。 そのわずかな光の中で、穂乃果のことを見つめ直す。 まだ、薄汚れた顔を晒しながらも、とても穏やかな表情となっていたので心の底から安心した。

 

 ちょっとだけ、安心しきったからなのだろうか、俺はいつものように穂乃果の頭を撫で始める。 髪の線に合わせるようにやさしく撫で始めると、穂乃果は顔を少しだけ赤らめ、うつむきがちになった。

 

 

 

 すると、俺たちの方に向かって駆け走ってくる足音が聞こえ始める。 地面に溜まった水を勢いよく弾き飛ばしながら近づいてくる人影が見えるようになる。

 

 

 

 と、その時――――――

 

 穂乃果の身体目掛けて飛び込んでくる1人の姿をようやく捉えることが出来た。 透き通ってしまうほどに細くやわらかい長髪をなびかせながら、穂乃果のことを抱きしめるこの姿は、言わずもがな俺たちの良く知っている親友だ。

 

 

 

「穂乃果っ―――――!! 穂乃果っ―――――!!!」

 

 

 荒れた息遣いで穂乃果を抱きしめる親友―――――海未は、自分の服が汚れるのを気にも留めず、ただひたすらと大切な親友を思いっきり抱きしめてあげることに集中しきっていた。

 

 一方、穂乃果はと言うと、突然、海未に抱きしめられたことの動揺を隠せず、海未のことを面と向かい合わせることが出来ずにあった。 難しい顔をしながら、何と言って話せばよいのだろうかと思い巡らせていたりするのだろう。

 それもそのはずだ。 海未によると、穂乃果は海未のことをないがしろにしたのだから………

 

 

 それなのにも関わらず、海未が真っ先に穂乃果の胸の中に飛び込んで来ては、心配そうな声で穂乃果のことを叫ぶのだ。 それが更なる戸惑いを生み出させたのだ。

 

 

 すると、今度は海未が涙を含ませた声で語りかけてくる。

 

 

「よかったですっ……! 穂乃果が無事で、よかったですっ………!!」

 

 

 その声を聞いて、穂乃果は一瞬だけ身体を震わせた。 穂乃果は、てっきり自分は叱られるものだと感じていたのだから。 あんなことまでしたのだから、当然の報いを受けても仕方が無いとまで感じていたんだろう。

 

 だが、そんなことなど無かったのだ。 海未は穂乃果のことを怨むどころか、穂乃果のために泣いていたからだ。

 ここに来る前も海未は、穂乃果がこうなってしまったのには自分にも責任があるのだということを話していた。 そして、穂乃果がどんな状態にあろうと、必ず受け入れてあげるとまで断言したのだ。

 それほどまでに、海未は穂乃果のことを想っていたのだ。

 

 

 そんな海未に、穂乃果は声を震わせ、たどたどしくも海未に語りかける。

 

 

「どう……して………? ほのかは……うみちゃんに………とってもひどいことをしたんだよ………? なのに……どうして……………?」

 

 

 涙がぽろぽろと零れ落ちるなかで語られた弱々しい言葉を耳にした海未は、さらに強く穂乃果のことを抱きしめ出す。

 

 

 

「決まっているじゃないですか!! 穂乃果は私の親友じゃないですか!!! それ以外に、何の理由がいるのです!!!」

 

「っ~~~~~~~~!!!」

 

 

 迷いの無い力の籠った言葉が穂乃果の胸に突き刺さったかのようだ。 海未のその言葉を耳にした穂乃果は、海未の身体に腕を回して抱きしめ、大きな声で泣きだす。 その声に釣られてか、海未も声を上げて泣き出し始める。

 

 

 とても、悲しくも喜ばしい声だった――――――――

 

 

 2人は互いに向かい合い、言葉を一切交わすことなく見続けていると、にこっと頬を上げ微笑する。 ただそれだけで、互いの気持ちを通わせ合えることが出来る。 それは、親友だからこそ成し得る行為。 互いの想いが同じだからこそ成し得ることが出来るのだ。

 

 

 しばらく、2人は笑い合う―――――――

 

 

 

 崩れたピースが元の場所に収まるように、2人のカタチも元に戻っていくようだった―――――――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 海未がこっちに来てからしばらく経つと、洋子たちの姿も見えた。 どうやら、別件の方は方が付いた様子だ。

 だが、洋子が少し眉をひそませていたのが気になっていた。 何かあったのだろうか? このことには、あまり詮索を加えることはせず、時間が経つ頃には、気にも留めなくなっていた。

 

 

 洋子の姿と共に、その後ろを歩いてきたのは、凛と花陽だ。

 2人は洋子たちの後ろに隠れ、少しおびえた様子を伺わせてこちらに近付いてきていた。

 

 一方、穂乃果も同じように身体をビクつかせていた。

 それもそのはずだ。 双方との間には溝が敷かれていたのだ。

 

 ちょうど昨日のことだ。 穂乃果が凛たちに危害を加えようとしていたのは………そのことがあったために、双方は互いに歩み寄ろうという姿勢が見られなかった。

 

 

 

 

 しかし―――――――

 

 

 

「ほ、穂乃果……ちゃん…………!」

 

 

 意外なことに、先に行動に出たのは花陽だった。 洋子たちの影から姿を現し、穂乃果の前に出てくるとは誰も予想できなかった。 かく言う、俺自身も目を疑うような光景に驚く。

 しかしまだ、花陽は震えたままだ。 膝をガクガクと震わせながらも前に出るその姿は、見るものを不安がらせる。 居ても立ってもいられなく思いつつ、花陽の方に向かおうと一歩踏み出す―――――すると、花陽と目があったのだ!

 偶然か――――? いや、必然的に目があったんだ!

 花陽は俺の目に向かって訴えかけているようだった―――――私だけで、やってみる―――――と。

 

 それを感じてしまっては、俺は引かざるを得ない。 何てったって、花陽のわがまま(お願い)だ。 応えてやるのが、義兄として……そして、花陽の大切な存在として…………

 

 

 花陽は、1歩。 また1歩と前に踏み出る――――――

 

 穂乃果は、怯えて1歩前に下がった――――――

 

 

 縮まることが無いこの距離―――――無言の進退―――――

 

 

 そんな沈黙の中のことだった――――――

 

 

 

「穂乃果ちゃん………! 待って………!!」

 

 

 力一杯振り絞った声が響く。 穂乃果の耳にもちゃんと届いており、その足が止まったのだ。

 花陽は、まだ怯え続けながらも勇気を振り絞って声をかけた。

 

 

「花陽はね………ついこの間までね、みんなを傷つけていたの。 みんなにたくさん迷惑をかけちゃったの。 その時のことを思い出すと、今でも心が張り裂けそうになっちゃうの。 だから、穂乃果ちゃんが、今どんな気持ちなのかってのも分かる気がするの………とっても、苦しいことなんだって分かっているの………

 

 でも、こんな花陽でもね、みんな受け入れてくれたの………傷つけちゃった真姫ちゃんも、凛ちゃんも、蒼一にぃも……みんなこんな私を受け入れてくれたの………!

 

 だからね……花陽も、穂乃果ちゃんのことを受け入れるよ………だって、穂乃果ちゃんは私の友達で、憧れの先輩なんだもん……! 穂乃果ちゃんたちに出会わなければ、花陽はずっと弱虫のままだった……スクールアイドルにも成れなかった………でも、そのきっかけを与えてくれたのは、穂乃果ちゃんなんだよ!

 

 だから………だからね…………」

 

 

 花陽は、1歩1歩前に進みながら穂乃果にやさしく語りかけていた。 自分が犯した過ちと向き合ったからこそ語れる重圧のある言葉だ。 だが、それはとってもやさしく聞こえるのだ。 花陽の元々の気質だからそうなのだと思うが、花陽から出る『助けたい…!』という必死さが溢れ出てくるのだ。

 

 その言葉に、誰もが動きを止め聞き入ってしまう。

 

 それは、穂乃果も同じだった。

 

 

 

 そして―――――――

 

 

 

「また、一緒に練習しよう………花陽も足を引っ張らないようにがんばるから………」

 

 

 

 花陽は穂乃果のすぐ目の前に立って、冷たいその手を握り締めた。

 

 するとまた穂乃果は、ぼろぼろと大粒の涙を零しながら花陽の前で泣き崩れた。 穂乃果が花陽に支えられると言う普段ならば考えられないような光景がそこにあった。 そんな穂乃果を花陽も涙を流しながら共に分かち合っていた。

 

 

 そして、そこに凛もやってきて―――――――

 

 

「穂乃果ちゃん! 凛も穂乃果ちゃんのことを怒ってないよ。 凛は、穂乃果ちゃんが大好きだから! 絶対に嫌ったりなんかしないよ!!」

 

 

 大きな声で叫びながら穂乃果の身体に泣きながら抱きついた。

 

 

 

 

 俺たちは、その様子をただじっと見守ってあげるのだった―――――――

 

 

 

 彼女たちが笑い合えるその時まで―――――――――

 

 

 

 

 

(後編に続く)

 




どうも、うp主です。

あまりにも長過ぎてしまったので分割しました。

翌日に更新するかも………?


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フォルダー4-13『高坂 穂乃果(後編)』

 

 穂乃果を無事に取り戻すことが出来た俺たちは、誰にも気付かれないまま自宅に戻る。 そしたら、家で待っていた2人に「また無茶しちゃって!!」と、こっぴどく叱られることに………

 

 その様子を明弘は、苦笑いしながら傍観していたようなのだが、後から話を聞いたところ明弘自身も同じように叱られたのだと言う。

 

 共に苦労させられるものだな………

 

 

 

 ちなみに、穂乃果は音ノ木坂を出る直前に気を失い、俺の背中に背負われながらこっちに戻り、今は無事に意識を取り戻して真姫の診断を受けているようだ。

 

 その際、俺と明弘は席を外され、それと自主的に席を外した希と凛を除いた女子だけがその場に残り、何かを話し合われたようなのだが、詳細などはわからなかった。

 ただ、その後に穂乃果と顔を合わせたら真っ赤な表情を見せて逃げられるわ、真姫たち4人はニヤニヤと笑みを浮かばせてくるわ、終いには洋子に、「蒼一さん……ファイト……です………!」と親指を立てながら意味深な言葉を吐くわと何とも言えない状況に陥ってしまっていたようだった…………

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 自宅に戻ってから数十分が経とうとしていた。

 これはちょっとした体調問題に発展するのには、ちょうどいい時間である。

 

 よく思い返してもらいたい。

 俺たちは、つい小1時間前にあの雨の中で、ずぶ濡れのままでいたのだということを………

 

 そう、問題とは言わずもがな、身体を冷やし過ぎて風邪をひいてしまわないかと言う恐れだ。 あと残された、ことりとエリチカを何とかしなければならないのだと言う時に、体調不良を訴えるだなんてことはあってはならないことだ。 一事が万事、早く解決せねばならないことなのだ。

 そのためには、早めにこのずぶ汚れた身体を温め、清潔を維持しなければならないのが健康の秘訣と言うものだ。 であるから、俺は今から風呂に入らなければならない――――――――

 

 

 

 

 

 はずだったんだけどなぁ――――――――

 

 

 

 

 

 さらに、ここで思いもよらない問題に直面してしまったのだ。 記憶を少し巻き戻してしまえば簡単なことだ。 俺が()()と一緒になってずぶ濡れになっていたのかと言うことを―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ♪ 蒼君と一緒にお風呂に入れるなんて久しぶりだね♪」

 

 

 

 すみません。 いま絶賛、理性がブッ飛んでしまいそうなんですが、一体どうしたらいいのだ!?

 

 

 ここに至ったのには、ちゃんとした経緯が多分存在する―――――

 

 まず、俺たちの姿を見た真姫とにこが口々に、「風呂に入りなさいっ!!」と言ってきたのだ。 まあ、それは当たり前なことなのかもしれない。 医者を目指す真姫と家庭的な面倒見の良いにこが、そう言うのも致し方ないと言うものだ。 だから俺は、風呂場に行っては汚い服をすべて脱ぎ棄て身体を清潔にしようとしたのだ。

 

 

 ここまでは、いいのだ。 問題はここからだ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おじゃましま~す………♪」

 

 

「っ―――――?!!」

 

 

 なんと、俺が入って1分も経たないうちに、穂乃果がこっちに入ってきたではないか!!?

 

 Why?! 何故?! そんなバカな!! 俺が先に入っているんだぞ!! 俺、男だぞ!! そんなこと赦されるはずがないだろう!! と頭の中では、何度もこれらの言葉が回り回っていくのだが、到底結論など出るはずもないのだ。

 

 

 

「な、なななななっ――――――!!!?」

 

 

 驚きと言う言葉では、決して済まされないぞ――――――!

 何せ今の穂乃果は、布一枚すら身にまとわない、まさに、生まれたての赤子のような姿で俺の目の前に立っているのだ! 赤子だったら、なんて良かったことだろうか……なにせ、俺の目に映っているのは、女性として備えられた美しくしなやかなラインとちょうど良いくらいに肉付けされたやわらかなラインの相互が入り混じった見事なプロポーションを見せつける、幼馴染(穂乃果)なのだから!

 

 湯気があまり立ち籠っていないこの浴室において、穂乃果のすべてが俺の前に晒されたというわけなのだ!!

 

 

 

「ちょっ………ちょっとぉ~………そんなにジロジロ見られると、恥ずかしいよぉ~……/////////」

 

 

 今更になって、腕で胸元と女性の秘所を隠す仕草をしては、顔をほんのりと紅く染めだす。 そして、ちょっと恥ずかしげな表情でこちらを見つめてくるのだが、いや、恥ずかしいのはこっちの方なんですが……とこちらがそう言っても、苦し紛れな言葉にでしかならないのだ。

 

 

 

 コンコンッ――――――――

 

 

 

 

「ッ――――――――――!!」

 

 

 風呂場の扉を叩く音が聞こえてきたため、背筋が凍ってしまいそうな緊張感が先走る! 待てぇ! 今、穂乃果と一緒に入っていると言うことが、他のヤツにバレるだなんてことは絶対に避けたい! ここは、慎重な行動と冷静な判断が物を言うんだ。 焦らず、ただ落ち着いて行動を――――――――

 

 

 

 

 ガラッ――――――――

 

 

「ん? なぁに~?」

 

 

 このおバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 

 俺の考えを一瞬にして吹き飛ばしてしまう穂乃果の行動に、ただただ頭を痛ませる。 そうだった、穂乃果がいると言うことを忘れていた! 俺の中での不確定要素で、考えよりも先に行動してしまうヤツなんだってことを度忘れしていたぁぁぁぁぁ!!! 先に、抑えておくべきだったぁぁぁぁぁ!!!!

 

 

 後悔先に立たず―――――もう、終わったと人生半ば諦めかけてしまいそうなそんな一時であった―――――――

 

 

 

 

 だが―――――――

 

 

「ほら、穂乃果。 身体洗うためにはタオルが必要でしょ? ちゃんと、()()()持って来ておいたから、しっかり身体を洗い合いなさいよ♪」

 

「うん、ありがとね、にこちゃん♪」

 

 

 

 えっ――――――――――?

 

 

 ちょっと待って。

 

 今、2枚分って言ってなかった―――――?

 身体を洗い合いなさいって言ってなかった―――――――?

 

 

 えっ――――――もしかして―――――――えっ――――――――??

 

 

 

 しかも、それだけじゃなかったんだ―――――――

 

 

 

「穂乃果、()()は私のを使いなさいよ。 あなたの服はかなり汚れていたし、着替えも持って来れそうもないから、ちょっと我慢してね」

 

「ありがとう、真姫ちゃん♪」

 

 

 

 俺の脳裏に浮かんだたった一つの結論。

 

…………うん…………イミワカンナイ……………

 

 

 つまり、あれか。 これって、もしかして周知の事実だったりするわけ? それって、すでに俺の人生終了のお知らせが来ちゃっているってことなのかなぁ??? 何それ、めっちゃ恥ずかしいのですが………

 

 

 

「それじゃあ、気を取り直して………よろしくね、蒼君♪」

 

 

「…………はぁ…………」

 

 

 呆れて何も言えなくなってしまうと、深い溜息しか口からもれなくなってしまった。

 

 

 

 今日も夜は長くなりそうだと、自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「それじゃあ………ね。 背中とか……お願いね………♪」

 

「お、おう………」

 

 

 俺の前に、ちょこんと座ると、白い素肌をこちらに向けてくる。 見た目、とても滑らかそうな背中で、触り心地は極めて良質と評することが出来そうな美しさに、またしても心を騒がせてしまう。

 落ち着け、こうした背中の美しさと言うのは、過去にだって見たことはあるじゃないか。 ただ、それはすべてプールや海水浴などの水着を着ていた時の話であって、こうしたすべてを曝け出されたような姿を見たと言うカウントには入る…………ことはなさそうだな………

 

 

 少しばかり顔を熱くさせながら、渡されたタオルに石鹸を加えて泡だて始める。 そして、そのまま穂乃果の背中を洗おうと近付ける。

 

 心臓の鼓動が異常なまでに早くなってきている――――――こうしたことにまったく慣れていないためか、嫌な緊張感が湧きあがってくる。 今から穂乃果の背中を本当に洗うのか、という葛藤に駆られつつも固唾を呑んでタオルを肌に触れさせた。

 

 

 

「ひゃっ――――――――――!」

 

「っ―――――――!!? な、なんだっ―――――――!?」

 

 

 ちょんとタオルが触れただけだと思うのだが、穂乃果は驚きを混ぜたかわいい悲鳴を上げたので、思わず腕を引っ込めてしまう。 すると、穂乃果が―――――

 

 

「う、ううん………ちょっとだけ、驚いちゃっただけだよ………うん、大丈夫だよ。 あはは………」

 

 

―――――と苦笑いをしながら応えた。

 

 うん、と心に思いながら、跳ね上がりそうな心臓を抑えると、もう一度、穂乃果の背中を洗い始める。

 

 

「んっ……………」

 

 

 背骨の辺りを上下に動かし始めると、口から甘い吐息のような声が漏れ出てきていた。 最初は、特に気にしないようにしていたものの、あまりにも長くそうした声を漏らし続けるので、だんだんと変な気持ちになってくるのだ。

 いかんいかんと気持ちを切り替えようと心掛けるものの、穂乃果がとんでもない追加注文を言い放ってくるのだ。

 

 

 

 

 

「蒼君……背中だけじゃなくって………前も……やってちょうだい………/////////」

 

 

………冗談だろ?

 

 頭を抱えて悩んでしまいたくなるような事案に困惑してしまう。

 前をやるってことは、つまりアレだろ? この状態のまま、穂乃果と対面しながら洗うってさ、ちょっとした度胸試しだよね? 穂乃果は俺のことを試しているのかな………?

 

 状況をまったく理解することが出来ないまま、俺は沈黙をおいた。

 

 

 しかし、困惑する穂乃果は積極的な行動をとり始める!

 俺が動きを止めたことを察したのか、穂乃果は立ち上がって俺と向かい合うように座りなおしたのだ! いや、それだけじゃない……石鹸が付いた俺の手を掴んでは、それを穂乃果の左胸に押し当てたのだ!! おかげで俺の手には、手ごろな大きさと弾力のあるやわらかい感触とコリコリとした固い突起物の感触とが、近に伝わってくるのだ!!

 

 まさか、穂乃果がここまで積極的な行動に出ようとするだなんて思ってもみなかった。 いつもなら、恥ずかしいから出来ないと言って立ち去ろうとするものだと思っていたのだが、今回はそうでもないようだ。

 

 恥ずかしすぎて顔を真っ赤にしてまでも、穂乃果は俺と向き合おうとしてくる――――――その姿勢を少し考えてみると、何かが穂乃果のことを押し上げているのではないかと感じてしまう。

 

 

 すると、穂乃果は緊張と恥ずかしさが入り混じったような表情を見せながら、俺に聞いてきた。

 

 

「ねぇ……蒼君は、穂乃果のことをどう思っているの………?」

 

「えっ―――――? それは一体どういう意味だ―――――?」

 

 

 そう応えると、少し難しい表情をしてからゆっくりと話し始めた。

 

 

「あのね………さっき、真姫ちゃんたちから聞いちゃったの………蒼君がみんなにやったこととか、言ったこととか………全部、教えてもらっちゃったんだ………」

 

「ま、まさか………俺が真姫と同棲していることとかも含めて………?」

 

 

 聞いてみると、おもむろに首を縦に振って返事をしたので、頭を悩まされた。 それを気にすることなく、穂乃果は話を続けた。

 

 

「穂乃果ね、蒼君がみんなのことを大切な存在だって言ったのを聞いた時ね、ちょっと不安に感じちゃったの。 穂乃果は蒼君と長く一緒に過ごしてきたつもりだったけど、私は一度もそんなことを言われたことが無かったから…………だから、蒼君にとって穂乃果ってどんな存在なんだろうって……思っちゃったんだ………」

 

「穂乃果………」

 

「ごめんね、こんなことまでしちゃって………穂乃果はバカだから、こうやって直接、蒼君の口から聞いてみたかったの。 そうしないと、何だか落ち着いていられなくって…………」

 

 

 紅い表情に不安な気持ちを含ませた黒い影が忍び寄っていた。 それはとても悔しそうで、今にも泣き出してしまいそうで居た堪れなくなる。 この黒い影自体は今さっき現れ始めたものではない。 穂乃果が我を忘れて襲いかかって来た時にも、同様のモノが存在したはずだ。 その片鱗が小さいながらも穂乃果の心に突き刺さったままであったと言うことだ。

 

 

 俺の手から鼓動が強く感じる―――――――

 

 心臓をこれでもかと言わんがばかりに強く打ち立てているのは、単に目の前に俺がいると言うことの恥ずかしさからだろう。 しかし一方で、その大きく打ち立てる鼓動に隠れるように弱々しい音が脈打っていた。 この音こそ、穂乃果の根幹を揺るがそうとする患部だ。 取り除けなくてはならないモノなのだ。

 

 

 俺は自身に勇気を込め出す。

 逃げてはいけない―――――現実と向き合わなければならない。 俺自身が感じていることすべてを伝えてあげなければいけないのだと言うことを。

 

 この強い意志を抱くと、俺はうつむいて座り込む彼女の身体を抱き寄せ、俺の膝の上に乗せた。 ひゃっと驚きの声をあげながらお互いの身体を重ね合わせると、さらに顔を赤らめる。 熱も帯び始めてきそうになると、俺は穂乃果の頭を少し微笑みながら撫でた。

 

 

 

「穂乃果。 確かに、お前の言う通り、お前に対して何も言わなかった。 いや、お前に対してだけじゃない、みんなに対してもそうだ。 俺は………結論を言うのを恐れて、逃げていたんだ………何かが壊れてしまうだけじゃない、俺自身がそうしたことから距離を置いていたんだ」

 

 

 俺のわがままが今の彼女たちを生み出した――――――――

 

 

「けど、俺はもう逃げたくない。 俺は俺自身と向き合うため、お前達との気持ちに向き合わなくちゃいけないんだと、あらためて感じたんだ」

 

 

 元に戻ると言うなら、どんな犠牲をもいとわない――――――――

 

 

「それと、勘違いしないでもらいたい………俺は彼女たちにそう言い始めたのは、つい数日前からだ。 海未に関してなんて、今日言ったばかりなんだから………」

 

 

 幸せのカタチなんて分からない。 だがそれでも――――――――

 

 

「だから、心配しないでくれ………俺にとって穂乃果は、お前が考えている以上に、大切でかけがえの無い存在なんだということを………」

 

 

 目の前にある幸せを掴みとって見せるんだ―――――――――

 

 

「不甲斐無いかもしれないが、それが俺だ。 それでも構わないか………?」

 

 

 

 そう語り終えると、気が付いたらその眼から無数の涙が零れ出ているのを見てしまう。 穂乃果は必死にそれを拭い取ろうと懸命になるが、何度拭っても止まることなど無かった。

 俺は無意識に、涙で濡れるその身体をやさしく抱きしめていた。 また、俺の心が勝手に反応していたのだが、それは決して間違ったことではなかった。 俺もそれが正しいものだと感じていたからだ。

 

 

 徐々に、深く沈んでしまった俺の感性が顔を出し始めてきたようだった――――――

 

 

 

 すると―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゅっ――――――――――」

 

 

 穂乃果が接吻したのだ―――――――

 

 

 不意を突かれたその一瞬の出来事に、頭が真っ白になりそうだった。 ただ、唇に感じたやわらかくも優しい気持ちを汲み取ることが出来たのだ。

 

 仕掛けられた後の穂乃果と顔を合わせると、さっき以上に喜びを含ませた紅顔を見せていた。

 

 

 

「あっ――――! さきに、蒼君に『好き!』って言うの忘れてた―――――!」

 

 

 目を見開いて何を言うかと思えば、そんなことを……と、この甘ったるくなった雰囲気をブチ壊してしまう彼女のドジっ子ぷりに少々呆れてしまうものの、そんなところも魅力的なんだということに、あらためて実感させられてしまう。

 

 俺は今、戸惑い続けている彼女の顔に触れてこちらを向かせると、ジッと見つめながらその顔を見ていた。 「ふぇっ?! な、なに??」と鳩が豆鉄砲でも食らったような顔をしているので、ちょっとだけ笑いを含ませつつ眺めた。

 

 

 

 そして、今の俺の気持ちを伝えるのだ―――――――――

 

 

 

 

 

 

「穂乃果――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺も穂乃果のことが好きだ――――――」

 

 

「ッ~~~~~~~~!!!!」

 

 

 追い風が吹き抜けたかのような鮮やかな空気が浴室を満たした。

 俺が穂乃果に伝える初めての告白――――――たった二言だけの単純な言葉が、いつもに増して重みを感じさせられることとなった。 この言葉を聞いた穂乃果は、口元を両手で押さえた。 目元も熱くうるわせこの一時を永遠と感じ続けていようとしているかのようだ。

 

 それは、俺も同じ気持ちだった。

 初めて抱いたこの気持ちとは、こういうものなのかと言う初々しさと甘酸っぱさを口に含ませつつ、この感じを抱き続けていた。

 

 

「蒼君……! うれしい……穂乃果、とっても嬉しいよ……!! 蒼君からやっとその言葉が聞けて……穂乃果……穂乃果は………もう、しあわせだよ!!」

 

 

 ふと、涙を浮かばせながら見せるその笑顔が、いつも以上に美しく見えた。 あまり気に求めていなかったその仕草が、今の俺に強く印象付けさせ、喜ばせる。 今、この時だけずっと眺めていたいと、そう思えるようになったのだ。

 

 

 

「ねえ……もう一度、キスしてもいい………?」

 

 

 そう言われると、一瞬ドキッとしてしまう。 さっき、俺を包み込んだその唇から言われると、動悸が激しくなる。 やはり、何だか自分でも変な感じになっているんだと言うことをわかり始めるも、それがまたうれしく感じてしまうのだ。

 

 

 だから、俺は躊躇することなく――――――――

 

 

 

「もう一度だけじゃなく………何度でも…………」

 

 

 その言葉を皮きりに、また互いの唇が触れ合う――――――

 

 

 

「んっ――――――ちゅっ―――――――――」

 

 

 

 小さな唇が俺の唇を吸いつける。

 大胆な穂乃果もこうした行為を行う時には、小心な構えとなって俺に受け止められる。 小動物のように実際よりも一回り小さく感じてしまいがちになるのはそのためなのだろう。 いつものように、好物をかぶり付くようではなく、大事に大事に味わうそんな仕草が俺の心を高まらせた。

 

 

「今度は俺からな」

 

 

 攻守を交代させ、今度は俺が穂乃果の唇を覆い被せた。

 

 

「んんっ―――――ちゅる――――――ちゅる――――――」

 

 

 顔を少し歪ませ始める穂乃果の口からいやらしい音が漏れ出る。 やわらかく瑞々しい感触と、ほんのりとした甘い味が高まる鼓動を抑えてくれる。 それでも、俺の鼓動はいつも以上に激しく打ち鳴らし、穂乃果もまた浴室に反響するほどの大音量で打ち鳴らすのだ。

 

 互いの恥ずかしさが頂点に達しようとしていた。

 唇を離した後の穂乃果は全身が火照って、とろんと脱力させていた。 甘く乱れた吐息を漏らしつつも、それでもまだ物足りなさをアピールするような上唇を舐める仕草を見せ、俺を誘う。

 

 

「ねぇ、蒼君………続きは………ね……?」

 

 

 俺を抑えていた理性も(たが)が外れたようで、その誘いに容易に乗ってしまう。

 

 まず、互いの身体を弄繰り回し合いながら洗い流した後、共に湯に浸かりながらもまた唇と身体を交じり合わせる。 湯の熱さで加減が分からなくなっていた俺たちは、これまでにないほどの激しい行為に及んだ。 お互いの間隔などまったく存在しない。 身体と身体が交じり合う中で及んだ行為は、しばらく続く。

 

 

 それは、互いの息が絶え絶えになるまで、気持ちを寄せ合い続けたのだ――――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 風呂から出た後も、俺たちの行為は止まらなかった――――――

 

 

 というより、穂乃果の抑えられていた何かが本当に外れてしまったようで、俺が止めると言いだしてもそれを止めることなどしなかったのだ。 さらに追い打ちをかけるように、風呂から出ると、家には誰の姿もなかったのだ。 どこに行ってしまったのか見渡していると、穂乃果がとろけた口調で言う。

 

 

「みんなねぇ~家に帰っちゃったんだぁ~♪ 穂乃果たちのことを気遣ってくれたんだよぉ~♪ だ・か・ら♡ 今日は、穂乃果と一緒にあつぅ~い夜をすごそ♡」

 

 

 まじかよ………と、この状況を諫めてくれるヤツが1人もいないということに脱力する。 そして、ようやく穂乃果たちだけでどんなことを話していたのかが理解できたようだ。 すべては仕組まれていたことなのだろう……言いだしたのは、多分真姫辺りだろうと言える。 そうでなければ、穂乃果にこうやって寝巻とかを貸してやることもしないのだから………

 

 

 

 

 

 床に就いた俺たちは、互いに見つめ合いだすと肌を触れ合わせた。 ゆっくりと穂乃果の華奢な身体を引き寄せると、両腕で包み込む。 ようやく、冷静を取り戻したらしく、すぐに暴れ出すようなことはしなくなった。

 

 すると、穂乃果は紅く染まった頬を見せながら、俺のことを見つめていた。 何も言わずに、ただ微笑みながら見てくるので、何かあるのか?と言いかけてしまう。 けど、その微笑んだ素顔に引き込まれ、何を言おうとしていたのか忘れてしまった。

 だが、そんな心配すらも吹き飛ばしてしまうこの表情に、俺は心を奪われてしまったのだ。

 

 

 

「ねぇ、蒼君………」

 

 

 猫のように小さな声で俺を呼ぶ。

 

 

「なんだい………?」

 

「穂乃果、絶対に叶えてあげるからね………蒼君の夢を必ず、実現させてあげるからね………!」

 

 

 

 

 

………反則的だ。

 

 

 この状況で、そんな嬉しいことを言われてしまうと、どうしても気持ちが一杯になってしまうじゃないか。 まったく、天然なのか、それとも策士なのか………

 

 どちらにせよ、穂乃果でよかったと心からそう思えるのだ。

 

 

「ありがとうな、穂乃果。 俺もお前たちを頂点に行かせるために全身全霊を持って闘っていくさ」

 

 

 これまでにないほどの穏やかな表情で、そう応えてやると、にこっと目を細めて喜び出す。

 

 そして思うのだ。

 穂乃果はこうでなくちゃダメなんだ。 他人を傷つけて不幸にさせるような女の子じゃなく、笑顔で幸せにさせてくれる女の子でなくちゃいけないんだと。 そのために、もう悲しませるようなことはしたくないと、誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

「蒼君」

 

 

 耳元でささやかれるほどの小さな声で呼ばれた。

 そして、今日一番の喜びに満ちあふれた表情を持って言ってくるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「だいすきだよ♡」

 

 

 

 

 計り知れることなど出来るはずも無い、愛の籠ったその言葉に心が満ち満ちた。

 

 

 

 

 

「俺もだ、穂乃果」

 

 

 

 そう応え、今日最後の口付けをするのだった――――――――

 

 

 

 あまく、ちょっぴり酸っぱいその味が、穂乃果の深い愛情を教えてくれた―――――――

 

 

 

 

 もう、手放したくない―――――――

 

 

 

 だから、取り戻すんだ―――――――

 

 

 

 俺が望む、未来を―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、今日だけは―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 穂乃果(俺の愛しの人)の愛におぼれさせてほしい――――――――

 

 

 

 

 

 脆く儚い俺からの願いだ―――――――

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

今回は、有り得ないほどに内容が膨らんでしまいまして………こうして分割せざるを得ませんでした………


さて、次回は初っ端から急展開………


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フォルダー4-14

[ ??? ]

 

 

 

「………………………」

 

 

「………………………………………」

 

 

 

 

 

「……………うっ……あぁ………こ、ここは…………?」

 

 

 

 視界が微かにぼやけて見えてくる………身体の感覚も半ば眠ったままらしく鈍くなっているようだ。 それに、頭もガンガンと打ち付けられるような痛みに見舞われてたまったもんじゃない………

 意識も未だに宙空を浮遊しているようで気分が悪い。 吐き気すら催してしまいそうだ。 そんな盤石とは言い難い状態の中で、別の感覚で自らの置かれている状況を把握しようと働き始める。

 

 

 背中から足に掛けて身体の裏とも呼べる個所全体に、何かやわらかいモノに触れているみたいだ――――――

 

 それに、血行も水平のままで廻っている―――――――

 

 

 仰向けにされているのだろうか?

 十中八九それであると、研ぎ澄まされた俺の触覚がそう断言しているのだから間違いない。

 

 さらに、別の感覚を研ぎ澄ませていくと、様々な情報が取り入れられてくるのだ。

 ぼやけた視界から入ってくる情報―――――四方が壁に囲まれ天井も存在しているのだということを読みとる。どうやら、俺は室内にいるらしい。 ただ、ここがどこだか分からない。 分かることと言えば……そう、俺の身体の下にあるやわらかい物体は布団のようで、俺はずっとその上で寝転がっていたようだ。 それに、スッと鼻に抜けるミントに近いような少し辛味あるスッキリとした匂いが部屋全体を覆っている。

 女性用の香水だろうか? 特にしつこいような匂いではないため、肌に付けて女性の魅力を引き立たせるにはちょうど良い匂いとも言えるだろう。

 

 ただ、この匂いは初めて嗅いだと言うわけでもなさそうだ。 つい最近、感じていたではないだろうかと思うのだが、歯痒いことに思い出せずにあったのだ………

 

 

 では他には――――――――

 

 

 

 

 ジャラ――――――――

 

 

 

 ジャラ? なんだ、このずっしりと来る金属音は?

 

 ふと、耳についたその音が気になりだしたので、眠っている身体を少し動かしてみる。 やはり、ジャラジャラと重みのある音が聞こえてくる………

 

 

 しかし、何故かそれは一方向からではないのだ………頭の上と下の両方向から聞こえてくるだと……?

 

 

 さらに深まる疑問が脳裏に渦巻く。

 これでは埒が明かないと考えると、早速身体を起こして見ようとしてみる ―――――――

 

 

 

 

 そんな時だった―――――――

 

 

 

 

 

 

 ガチッ――――――――――!

 

 

「ッ―――――――――?!!」

 

 

 突如、頭上近くにあった両腕が後ろに引っ張られるような感触を抱くと、起き上がろうとした身体はピタッと静止してしまった! 一体何が起こっているんだ?! と、瞬間的パニック状態に陥ると、その反動で眠っていた全神経が目を覚ました。 意識がハッキリとした俺は、もう一度、自分が置かれた状況を確認し出すと、とんでもないことが起きていたことにようやく気付いてしまったのだ!

 

 

 

「腕が………鎖で…………?!」

 

 

 そう、今まで気が付かなかったのだが、両手首には手錠とそれを繋ぐ鎖の二種が混ざった拘束器具が掛けられていたのだ! それに、壁辺りに繋がっているだろう鎖は短く、腕を顔に近づけても視界にギリギリ入る程度に制限されている。

 しかも、これだけで終わることは無かった。

 頭の下の方でも音がしたのを思い出し、恐る恐る視線を下げると………

 

 

「おいおい……冗談だろ………」

 

 

………思ったとおりだった。 股開いた両足にそれぞれ、腕に付けられたのと同じものに拘束されていたのだ。

 

 どおりで身動きが取れないと思ったわ。 両手両足の四肢がこんな感じで押さえられてしまっては、こちらからではどうすることもできないだろう。 まったくの最悪の状況だ。

 

 

 それよりも、どうして俺はこんなところに来ているんだ? 確か、今日は…………朝起きて、穂乃果を見送った後にちょっと散歩がてらに外出していたんだっけな……そしたら、後ろから声を掛けられて、それで……………

 

 

 うっ………!! あ、頭が……………!!!

 

 ズキッと頭が割れるような痛みが走ったために頭を抱えてしまう。 だが、決して激しいものではなかったため、すぐに痛みを治まったモノの意識が途切れる前後の記憶が何とも言えないほどにあやふやだ。

 

 その時、一体誰に呼び止められたんだ………? 血流がしっかりと回ってきていない頭の中を、手探りするかのように分け行ってみる。

 

 

『―――――――――――』

 

 

 ダメだ……声がぼやけて性別すらも特定できない。 意識がブッ飛んだ際に、当時の状況をしっかりと記憶できずにあったことが何とも口惜しいことだ。 他にどんなことを覚えているだろうか……?

 

………確か…………そう、匂いが………鼻をスッて抜けていくようなミントのような香りが……………

 

 

 

 

 

 

 

「ッ―――――――――!!」

 

 そうだ、あの時の匂いとこの部屋の匂いは同じじゃないか! 少し刺激的なこの匂いを忘れるはずがない、間違いなくあの時、俺に何かしたのはこの部屋に住む誰かなんだ!

 

 

 身体を出来るだけ強引に動かし、この部屋の見取りを行えるように首を回す。

 部屋の中は割とシンプルな感じだ。 タンスがあり、引き出しもある。 あとは、勉強机だろうか? その上に、幾つもの書類のようなモノが散らかってあった。 もっと他には!と辺りを見回すと、机の上に白のシュシュを見つける。 髪の毛を束ねるために使うその道具がここにあると言うと、持ち主は女性…………

 

 

 

 いや待て! 確か、あのシュシュは…………

 

 

 「ッ―――――――!! ま、まさか―――――――!!!」

 

 

 急に呼び起こされる記憶―――――その中に含まれていた日常の一光景の中にそれが映し出されてあった。 それは、いつもシルクのようにやわらかく美しい髪を束ねて、常に俺好みの髪型に変化させてくれていた。 その持ち主も、通りかかる人を振り返させることが出来るくらいに見とれるほどの美貌を持ち、風になびかせる髪と絶妙に合わさるので、その魅力も数段跳ね上がってしまうのだ。

 

 

 そんな彼女がこの俺を―――――?

 ありえない話だが、もしやるとしたらアイツしかいないということは明白だ。

 

 ここに来て、冷汗がダラダラと流れ出てくる。 今日までのアイツらとは違って、今回ばかりは一筋縄では解決できないことが俺の不安をかき立てていたのだ。 もうすでに、アイツと対面することに動悸が激しくなり焦りもピークを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 トン――――――――――トン――――――――――――

 

 

 

 足音がゆっくりとこちらに向かってくる。

 律儀にも一定のリズムとテンポを一寸狂わずに刻むところは、アイツの実に生真面目な性格を物語っているかのようだ。 あんな状態になってまでも……いや、アイツのその性格が、今のアイツをつくりだしているのだろう。

 

 

 

 ガチャ―――――――――

 

 

 

 扉が軋んだ音を立てながら開いていく―――――――

 

 

 

 そこから姿を現したのは、普段では見ることがないだろう髪を降ろしたアイツ――――――

 

 腰にまで垂れ流したその髪は、薄暗い中でもわずかに光るので良く目立つ――――だが、常に目にする髪の色とは異なる妖しげな色の光を放っていたのだ。 見るにおぞましきその姿を一目見て、それがアイツなんだと理解することが容易なことではなかった。

 

 薄く細めた瞳から相手を凍り尽くすような冷酷な視線と、ニタァ…と唇の端と端とが頬にまで到達し、そのまま裂けてしまいそうな口が、アイツの異様な姿をさらに助長させているかのようだった。

 だが、最も恐ろしいのはそのような姿と化っしても尚、その美貌は保たれたままだと言うことだ。 美しい華にはトゲがある。 アイツの場合は、誰をも虜にさせる魅惑の美貌と、生命を一瞬にして刺し通し奪う鋭い刃が備わっているのだろう。

 

 

 それが何よりも恐ろしく目に映ったのだ――――――――

 

 

 

「ハァ~イ、蒼一。 約束通り、あなたに逢いに来たわよ♪」

 

 

 獰猛な熊さえも籠絡させてしまう蜜のような甘い言葉を発する彼女―――――エリチカは、俺を見るなり愉しそうに笑ったのだ。

 

 

「エリチカ……おまえ…………!」

 

 

 そんな笑うエリチカを見て、反射的に強張った表情をしてしまう。 あの表情を見てしまうと、ことりに対して何かしらの行為をしたことを愉しく語っていた時を思い出してしまうのだ。 あの後、ことりはどうなったのだろうか……それが心配でならない一方で、そうなるように仕向けたエリチカに怒りを感じていたのだ。

 

 

「ウフフ……イイ目付き………アナタのその目、まるでことりと一緒ね。 私に対する憎しみを感じさせるその視線は、アノ子とまったく変わらないわ………さすが、幼馴染って言ったところね……♪」

 

「ッ―――――!! それ以上言うなッ――――――!!」

 

 

 エリチカの軽々しく零れた言葉が、俺の逆鱗に触れ始めてきやがった。 この視線がッ! この視線をことりに向けながら行ったと言うのかッ―――――!!

 怒りと悲しみとが入り混じった感情が急速に湧き上がりだすと、この気持ちをどうしてくれようかと思い悩むも歯ぎしりすることでしか発散させることしかできないことに、苛立ちを感じせざるを得なかった。

 

 奥歯を目一杯かみしめると、パキッと欠けるような音も口から漏れ出た――――――

 

 

 

「ウフフ……憎しみに満ちた目………イイわねぇ、ずっと見ていたいわ~♪ でもね………」

 

 

 俺の姿を愉しく見物していたエリチカは、急に目の色を変え始め、鋭い表情をし始めて近づいてくる―――――と―――――

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴッ――――――――――!!!

 

 

 

「うごっ――――――――!!!?」

 

 

 強烈な一撃が俺の腹に向かって飛び出したのだ!!

 守り構えることが出来なかった状態で、無防備な腹に入っていった拳は、そのまま抉るようにミチミチとエグイ音を立てて、奥に奥にへと沈んでいく。 その度に、俺の口から腹に残っている空気を1ccをも残さず絞り出すような苦しい声が出てきてしまう。

 

 

 

「アハハハハ!!! イイ………イイわよ、その声!! 頂戴! もっと、アナタのその声を聞かせて頂戴!!!」

 

 

 ノイズのような狂った声で吐き散らすエリチカは、正気の沙汰ではない。 いたぶり付けることを好みとする拷問官か、それとも、狂人か!? どちらにせよ、俺の知るエリチカはいない。 いるのは………他者の苦しみを糧にして悦ぶ者なのだ………

 

 

 すると、急に拳の力を緩ませると、腕を引いてまた傍観し出す。

 俺は過呼吸気味になりながら苦しみから解放されたことの解放感を味わいつつも、また次があるのではないだろうかと身構え出してしまうのだ。 安息など存在しない、あるのは苦痛と、それを与えられるまでの猶予だけなのだ。

 

 一方のエリチカは、依然と愉悦な笑みを浮かばせながら俺のことを舐めるように見ているようだ。

 

 

「イイ感じよ、蒼一。 でもね、私はアナタを傷つけ、いたぶり、殺すためにここに連れて来たのではないのよ………すべては、私のため………そして、アナタのためでもあるのよ………?」

 

「おれの…………だと…………?!」

 

「ええそうよ。 今日からアナタは私だけの“モノ”となるのよ♪ そして、そんなアナタのことをかしこくかわいいこのエリチカがアナタのためだけに何でもご奉仕してあげちゃうのよ? ウフフッ、想像してみなさいよ、私たちだけの生活を……アナタは何も心配しなくてもいいのよ………すっとそのままでいるだけで、毎日が天国のような時間を楽しめられるのよ♪」

 

「なんだよ………そりゃぁ…………」

 

 

 手足を拘束された挙句、行動すらも制限を掛けられてしまうような状態を送らされるなんて一体誰が喜ぶんだよ? そんな変態でマニアックなヤツしか好まないようなことを俺は断固拒否したい。 それに……さっきの態度と行動を振りかえると、どうもアイツが言ってたことだけじゃ収まりきらない気がする。 さっき、アイツは俺のことを“モノ”呼ばわりしたんだ。 決して穏やかに済むようなことではないだろうよ。

 

 ギリッと噛み締め、さらにアイツを睨みつけ始めた。 エリチカの思い通りになんかなるものかと、決意を固めた。

 

 

 それを見たエリチカは、一瞬眉をひそめると、怪訝な表情となって俺を睨み始めた。 腕を組みながらでかい態度で俺の前に姿を見せると、またドス黒い何かを全身から発し出したのである。

 

 

「へぇ~………私がこうもやさしくしてあげているのに、その厚意を無下にする気なのね……? ふぅ~ん……そう………なら仕方ないわね………」

 

 

 すると、ポケットから何やら小さな小ビンを取り出すと、その蓋を捻ってその口を開けた。 開いた瞬間に漂い始める薬品独特の匂いが鼻につく。 それに加えて、脳に直接伝わるってくる刺激が不安をかき立てさせた。

 

 

「おまえ………なにをするきだ…………!」

 

「なに? ですって……? ウフフフフ……決まっているじゃないの…………」

 

 

 そう言い放つと、開いた小ビンを口元に近付けさせてくる。 明らかに、それが危険であるということを頭の中で騒がしく警鐘を鳴らしてくるのだ。

 そのため、顔を左右に逸らしながら飲まないよう抵抗し始めた。

 

 

 だが、どうあがいても現状において圧倒的に不利であった。

 エリチカによって拘束された身体では、完全に逃れることなど出来なかった。 それに―――――

 

 

 

 

 

 

 ドゴッ―――――――――!!!

 

 

 

「ぐあっ―――――――――!!!!」

 

 

 必要以上の力を込めた拳が俺の鳩尾に入り、その反動で苦しみもがいてしまう。 急所に直接喰らったためか、全身が痺れるように動きが鈍る。 抵抗など出来るような状態ではなかったのだ………

 

 

 

「さあ、蒼一。 たんと、飲みなさい………」

 

 

 口元を手で抑え付けながら小ビンの中に含まれる液体を口の中に流し込まれる。 コップ一杯にも満たない液体は、喉を通り抜けるとそのまま腹の中にへと収まりだした。

 

 

 

 すると―――――――――

 

 

 

 

「ッ―――――――――!!!!」

 

 

 

 すぐに身体に異変が生じ始めたのだ………!

 胸を焼き付けるような痛みと、頭を抑え付けられるような圧迫感が襲いかかる! 刃に刺されるような一瞬の痛みであったらどれだけよかっただろうか……これは時間が経つにつれて痛みが段々激しくなり、頭の方から身体を真っ二つに引き裂かれそうになるまで拡大したのだ。 身体を出来るだけ激しく動かし、のたうち回ってもこの痛みは消えることが無い。 事が治まりきるまで続くことになるのだった。

 

 

 

「抵抗なんてしない方が身のためよ。 さあ、身体を自由にさせて受け入れなさい。 今日からアナタは私だけの“モノ”となるのだから、余計なことなんて考えなくてもいいのよ………」

 

 

 耳元でささやかれる誘惑の言葉が臨む―――――

 

 必死に抵抗を行い続けるものの、限界は近い。 身体よりも精神の蝕みの方が深刻となり、いつ意識がブッ飛んでもおかしく無かったのだ…………

 

 

 

「ハァ――――――――ハァ―――――――ハァ―――――――」

 

 

 視界がぼやけ始め、頭もぼーっとしてきて意識が遠のいていこうとしていた。

 

 

「もう…………だ……………め……………」

 

 

 霞んでいく視界の中、エリチカのしたり顔が目に焼き付けられると、意識が遠退いていこうとするのであった―――――――――――

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


今回からエリチカ編となります。


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[ 音ノ木坂学院・屋上 ]

 

 

 

 それは、ちょうど我々全員が昼食をとっていた時のことでした―――――――――

 

 

 

 

 

 

「兄弟が………いなくなった……………」

 

 

『はい???』

 

 

 とても慌てた様子でやってきた明弘さんが開口一番で口にしたのが、まさかの話に………

 

 それを聞いた私を含めた全員が驚愕の声を上げたのだろうと思われました。

 

 

 

「弘君!! それどういうことなの?! 蒼君に一体何があったの?!」

 

「ちょっと落ち着きなさいよ、穂乃果! 明弘は知らないからこっちに来たに決まってるでしょ?」

 

「あっ! そっか………で、でも、にこちゃん! 蒼君は今日の朝はちゃんと穂乃果と一緒に起きて、ご飯も食べて、見送りもしてくれたんだよ! そんな蒼君が急にいなくなるなんて考えられないよ!」

 

「なんか、さり気なくとても羨ましいことをしていたんだって聞かされると、複雑な心境だけど……要は、穂乃果を見送った後に、何かがあったってことでいいのよね?」

 

 

 にこちゃんの推察に明弘さんは「そうだ」と小さく頷き応えました。

 

 

「さらに正確に言えば、つい3時間くらい前までには、兄弟から反応はあったわけなんだが……急にポッキリなんだ。 そんでよ、もしかしたらって思ってこっちに来て確かめに来たってわけよ」

 

 

 そう言うと、キョロキョロと視線を動かし、何かを探すように見ていたのですが、それについては何も答えてはくれませんでした。 ですが、彼の考えていることは、何となくなのですが分かるような気がしました。

 

 

「んで……またあの2人は来ていないってことか?」

 

 

 その言葉が発せられますと、みなさんの表情が一段と暗く沈みだし始めました。 みなさんも何となくだったと思いますが、理解できていたのでしょうね。 明弘さんがここに来た理由が……

 

 

「残念やけど、今日もえりちは来とらんのよ………連絡しても繋がらんし………」

 

「こちらも朝からことりの姿を拝見していません………それに、私の場合は連絡したいにもあのようなことをした後では………」

 

 

 明弘さんの視線が2人に向けられたのでしょうか、それを察しました希ちゃんと海未ちゃんは、気持ち沈んだまま、それぞれ現状を伝えていました。 「そうか…ありがとな」と明弘さんはわずかに微笑んで礼を言いますと、一変して訝しげな表情となって親指の爪を噛み締めていました。

 

 

「どこに掛けても連絡もこねぇ……足取りもたどれねぇ………手がかりすらもねぇとなると……手の打ちようがねぇじゃねぇか………」

 

 

 動揺と焦りが明弘さんの表情を険しくさせていました。 ただ手をこまねくことしかできない私たちも同じく動揺が煙のように立ち込めてしまうのです。

 

 

 私たちに何かできることは無いのでしょうか………?

 

 

 白い雲が覆う空を見上げながら、途方に暮れるだけでした。

 

 

 

「あーあぁ……こんな時に、追跡機能の付いたもんでも兄弟に取りつけときゃぁさ、すぐに特定することが出来るんだけどよぉ………」

 

 

 溜め息交じりに覇気の無い言葉が零れ出す。

 

 

 

 

「あっ………」

 

 

 ですが、その言葉を聞いた瞬間、そう言えば…と脳内にとあることが過りまして、思わず声が出てしまいました! そうですよ! あの方法ならば、捜索できるかもしれませんね!

 

 善き方向にへと導くことが出来そうな閃きが過る中、「どうした、洋子?」と、明弘さんが尋ねてきましたので、「ちょっと、一緒に来てもらえませんか!」と手にしていた昼食をその場に残して、彼の手を握り締めながら駆けました。

 

 

 そして、そのまま連れてきましたのが、ここ我が部室です。

 

 

「どうしたんだよ、洋子? 俺をここに連れだしてさ?」

 

「ちょっと待っててくださいね! 少し、良い方法を思いつきまして………」

 

 

 明弘さんを入口のところで立たせたまま、私はいつものパソコンの前に座りまして、とあるファイルを探し始めます。 そうしている間に、屋上で留まっていた穂乃果ちゃんたちが、何事!? と言わんがばかりの表情をしてやってきていました。

 

 そうこうしている内に、目的のファイルを見つけ出し、その中にありますアプリケーションを立ちあげました。

 

 

「洋子ちゃん、一体何をしているの?」

 

 

 黙々とパソコンとにらめっこし続けている私のことが不思議に思ったのでしょう、穂乃果ちゃんが疑問を抱きながら聞いてくるのでした。

 

 ちょうど良いかもしれませんね……明弘さんだけではなく、みなさんにも手伝っていただくことにしましょうか………

 

 

「ふっふっふ……いやですねぇ、実はですね、ちょうど良いモノが手元にありまして……」

 

「洋子ちゃん……ちょっと不気味だにゃぁ………」

 

 

 そんなに不気味でしょうかねぇ? 私としては、これが普通のように感じられるのですがねぇ? と思いつつ、私は変なモノでも見ているような顔をします凛ちゃんを横目にセットアップの方を完了させました。

 

 

 

「よし、できましたできましたぁ~♪」

 

 

 久しぶりに起動させますこちらのアプリが無事に起動できたことに、思わず喜びの声を上げてしまいました。 そんな私のことが気になったのでしょう、背後にはみなさんの姿がありまして画面を覗き見していました。

 

 これを一目見たみなさんは、思わず目を見開いてしまいました。 まあ、当たり前なんですけどね。

 

 

「洋子、これってまさか…………!」

 

 

 明弘さんが声を震わせながら聞いてきますと、私は自信ありげに応えるのでした。

 

 

「ふっふっふ………分かります? コレ、追跡マップなんですよ~♪」

 

 

『えぇぇぇぇぇぇぇ!!???』

 

 

 ふふふ、当然の反応で上々な気持ちです♪

 普通の人から見ましたら常識はずれな光景かもしれませんね。 ですが、そこは私欲と言うヤツでしょうか? 思わず、手に入れてしまったのですよ♪

 

 

 

「な、な、なんで、洋子がこんな警察とかが使ってそうなのを持っているのよ?!」

 

「いやぁ~それはアレですよ、にこちゃん。 わたし、広報部員。 取材のため、使ってる。 OK?」

 

「OKじゃないです!! それでは、ただ私欲のためだけに手に入れたみたいじゃないですか!!」

 

「まあ、そっちの方が強いかもしれませんねぇ~。 元々は、特定の人物を探し出して取材するために使っていたのですがねぇ、あまり使う機会が無くってですね……って、海未ちゃん?! ちょっと怖いです!! どうして怒ろうとするのですかぁ?!」

 

 

 気が付けば、海未ちゃんが鬼の形相になって私の方を見ていましたので、ついつい恐ろしくなってしまいました。 い、いやぁ……いつ見ても怖いです………

 

 

「そんで、コイツで兄弟の居場所を割り当てようってことか?」

 

「まあ、その通りですね。 しかし、ちょっと問題がありまして………」

 

「と言うと?」

 

「はい、この追跡機能は携帯電話などに使われてますGPS検索のものでありまして、もし蒼一さんの携帯が電源を切られていたりしますと、反応しないわけなのですよ」

 

「ちょっと、限定的なものかもしれないが……それ以外は何も問題なさそうだな」

 

「てことは……すぐに、蒼君を見つけられるってことだよね!」

 

「多分ですよ、多分」

 

 

 さて、どうなるかは分かりませんが、早速探索させてみますか~♪

 

 

 検索欄のところに、蒼一さんの携帯番号を入力しまして……と。 それでは、検索開始です!

 

 

 

 ジジジ―――――――――――

 

 

 

 ジジジジ―――――――――――

 

 

 

 ジジジジジ――――――――――――

 

 

 

「大丈夫ですか? 何か、変な音ばかりが聞こえてくるのですが………」

 

「大丈夫ですよ、少しパソコンの機動が遅くなるだけですので、ご心配なく………おや! 結果が出たようですね」

 

 

 しばらくのノイズが続いた後に、ピコンと言うお茶目な音を鳴らしまして結果報告を出してきました。 その様子を後ろにいますみなさんも目をくいるように画面を眺め始めましたのでした…………

 

 

 

 

「結果は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………『特定不可』………ですか………」

 

 

 それを見て、全身から力が抜け落ちるような溜め息が部屋に響きました。

 

 

 期待はずれ………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………と言いたいところですが、ここで終わりませんよ~♪」

 

 

「えっ?」というみなさんの声を聞き流しながら、私は更なる検索をし始めます。 ここからは、私の本領発揮といったところでしょうかね? このアプリの真の使い方とその反則技と言うモノを………!

 

 

 ここで私はこのアプリファイルに含まれてます、予備機能と呼ばれる項目をクリックし、真っ白なメモ帳を開きました。

 

 

 そして………

 

 

 

 

 

 

 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ――――――!!

 

 

 

 

 その真っ白なページを黒く染め上げるくらいの文字を叩きこみ始めるのです!!

 まるで、川を流れて行くかのように、流暢に数秒単位で一行が埋め尽くされるほどの速さでタイプし続け、とあるプログラミングを即席で作っているところです。 このアプリには本来機能されていなかったモノ、それを反則的に書き換えることで新たな機能を付け加えるのです! タイプミスは許されない、とても繊細な作業工程なのであります!!

 

 

 この私の様子を見ているみなさんは、ポカンと口を空けて何も言わずにただ見守ってくれていました。 そうしていただき、本当にありがたいことです。

 

 

 

 

―――――――カタカタカタカタカタ、タァ―――ン!!

 

 

 

「ふぅ~……これでいけるでしょうね………」

 

 

 ひと作業を終わらせますと、その出来上がったプログラミングをそのままアプリに詰め込みまして再起動を掛けました。

 

すると――――――

 

 

 

 

 はい! 追加機能が使えるようになりましたぁ~♪と、見事に反則技が使えるようになったわけです。

 

 

「ヒュー! やるじゃねぇか、洋子! 即席で、プログラミングを書き換えるだなんて大したもんじゃないねぇか!」

 

「いやぁ~それほどでもぉ~♪」

 

 

 もぉ~明弘さんったら、そんなに褒めても何もあげませんよ♪

 というより、これを教えてくださった、ちょっと体格のいい自称・スーパーハカーさんに感謝しないとですね♪

 

 

 

「ではでは、調べて行きましょうかねぇ~」

 

 

 そして、更なる検索結果を出していくのでした――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、見つけちゃいましたねぇ~」

 

「ホントか?!」

 

「……とは言っても、数時間前のデータですけどね」

 

「って、なんだよ……そんなことか………」

 

「まあまあ、これからが面白いことになりますよ……」

 

 

 

 私は結果データをマップ上に映し出せるようにしまして、蒼一さんが動いていた場所を確認し始めるのでした。

 

 

「この赤く点滅しているのが蒼君?」

 

「はいそうです。 これは……まだ朝方の様子ですね………これはまだ家にいると言うことなのでしょうね」

 

 

 朝の8時くらいの様子を映し出していますと、まだまだ家にいる様子です。 ちなみに、追加検索機能で私の携帯と連動させることで、私の電話帳に登録されてあります人が、光となって点滅し、位置情報を教えてくれるのです。 その中で、穂乃果ちゃんの情報も取り入れさせてもらいましたところ、蒼一さんの横に違う色で点滅している光を見つけまして、どうやら穂乃果ちゃんを送っている様子が伺えますね。

 

 

 穂乃果ちゃんが出て行った後に、しばらくは家にいたようで、それから数十分後に家を出て行ったようです。

 

 

 すると、近くの公園辺りに来ましたところ、また違った色の光が蒼一さんに向かって近づいてくるではないですか! そして、接触したと思いましたら、共に行動してそのまま何処かへと行ってしまったのでした………

 

 

「洋子! あの違う光を出しているのは、誰なの?!」

 

 

 荒げた声を大にして叫んだ真姫ちゃんは、その光を指さしまていました。 他のみなさんもその光が誰のことを指し示しているのかが気になっている様子でした。

 

 

「登録された携帯番号に該当するのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………絵里ちゃん………!!」

 

 

『ッ―――――!!!?』

 

 

 絵里ちゃんの名前を口にした途端、この場の空気が一気に重く圧し掛かってくるようでした。 何となく、心の片隅に置く程度に分かってはいました。 しかし、いざその名前を目にすると、どうも複雑な気分になってしまうのです。

 

 出来ることならば、違う人であって欲しかった……と思うところが何処かにあったようなのです………

 

振り返ってみますと、みなさんも複雑な表情で画面を見つめていたのでした。

 

 

 

 

 

 ですが……それでも今は、蒼一さんのことを第一優先しなくてはいけないのです。 元を辿ってしまえば、私の不注意でこのようなことになってしまったのです。 ですから、どんなことをしてでも変えて見せますよ! たとえ相手が、絵里ちゃんだったとしても……やらなければならないのです………!!

 

 

 

 

 

 蒼一さん……待っていてくださいね………!!

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

ここからどんな展開を見せてくれるのでしょうかね?



次回を待っててください


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フォルダー4-16

[ ??? ]

 

 

 天をも突き破る壮絶な叫声が残響する―――――

 

 

 エリチカから何かの薬物を服用させられたことで、全身にこれまでに無いほどの痛みと苦しみが襲いかかった。 心が烈火で焼き爛れ無残に落ちるような激痛、頭の頂点から股の底部までを真っ二つに劈いてしまうような激痛とが、苦悩の渦の中に呑まれていた俺に一気に突き付けられたのだ。

 

 身体中が叫んでいる―――――血液や人肉の奥深くで息を潜めている零細な微生物たちでさえもが、苦しみ悶え叫ばずにはいられなかったのだ。

 

 この耐えがたいほどの辛苦に対して、誰1人として助けてくれる者などいない………当然だ。 ここには、俺とエリチカの2人しかいないのだ。 そして、この密閉された空間に誰が立ち入ることが出来るだろうか?

 

 

 否――――否。 否。 否だっ――――――!

 

 

 ここにいるエリチカが、そのような甘いミスなど犯すはずもない。 コイツは常に完璧を求めているのだ。 この現状だって、誰にも知られずに行動していたに違いないのだから、俺の居場所どころか、エリチカの居場所ですら知られていないはずだ。

 

 

 よって、俺がここから助け出されるようなことは0に等しかったのだ――――――

 

 

 

 あぁ……視界が霧掛かったかのように薄っすらとぼやけ始めてきた………

 耳に入ってくる音も、キーンと言う耳鳴りのみとなり、自然な音や人工的な音など最早、耳を通ることなど無かったのだ………

 

 

 意識も沈んでいく――――――

 

 

 白い布が染色液に浸け込まれ出来上がる染物のように、俺の身体も得体の知れない何かによって浸食されていくのだった。 俺が俺でなくなる……そんな瀬戸際に立たされているみたいだ。 だが、この浸食を喰い止められる程、余力は残ってなどいなかった。 (つんざ)く叫声も今や空前の灯火のように霞んでいる。

 

 

 このまま、消えていくのか………

 

 

 薄れていく意識の狭間で、最後にそう思いながら俺は光を遮断していくのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――くん――――――』

 

 

 

『――――そ―――にぃ―――――――』

 

 

 

 

 

 こえが…………きこえ……………………

 

 

 

 

 

『――――――いち――――――――』

 

 

 

 

 

 あぁ………なんて…………あたたかい……………

 

 

 

 

『――――――そ―――――――ち――――――――』

 

 

 

 みんなの…………こえが………………

 

 

 

 

 

『―――――そういち―――――――!!』

 

 

 

 

 

 きこえてくる…………みんなの…………こえが……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『負けないで!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………くっ………うがああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

「なっ――――――?!!」

 

 

 どこからか聞こえてきた彼女たちの声が俺の心を響かせた。

 勇気と活力と愛情が詰まった言葉を胸の内に広げると、水滴が落ちて周りに水飛沫が飛び散るかの如く、全身に行き渡っていくのだ。

 

 勇気が血液の中に行き渡り、活力が気持ちを躍動させ、愛情が眠る身体を呼び覚ましてくれているかのようだ。 彼女たちが呼んでいる………行かなくちゃ………彼女たちが待ってくれているあの場所へ………!!

 

 

 

 

 ドクンッ――――――――!!!

 

 

 

 全身から打ち鳴る鼓動が合図する―――――まだ、ここで終わりではないのだと、今度は心が叫び出した!

 

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉあ゛あ゛あ゛っ!!!!」

 

 

 蘇ってくる気力を振り絞り、埋もれていた力が俺の精神力を大いに高めさせた。 身体の情報を能力により新たに書き変わらせたことで、全身を覆い尽くそうとしていた闇に打ち勝ち薙ぎ払う。

 

 最早、俺を乗っ取ろうとするモノなど存在しなかったのだ。

 

 

 

「そんなっ………ありえないわ………!?」

 

 

 そんな俺の様子に、エリチカは予想外ともとれる表情で俺のことを凝視していた。 当然のことだ、ここまで完璧にエリチカのペースが構築されていたにもかかわらず、このようなことで足踏みせねばならないことに焦りを感じ始めていたはずだ。 ちょっとした障害すらもエリチカにとっては十分な障壁なのだ。

 

 

「………エリチカ、お前はわかっていないようだな………」

 

「な、なにがよ………」

 

「お前は、俺がたった1人でお前に挑んでいるものだと思っているんだろ? だが、それは違うな。 俺には……俺の中には、みんながいる………みんなが俺と一緒になって闘ってくれているんだ………」

 

「なっ――――!? なにをバカなこと言ってるのよ!!? あんなヤツらは蒼一にとって害悪でしかない! そんなヤツらが蒼一のためだけに行動するモノですか!!」

 

「確かに、少し前までのアイツらだったらエリチカの言う通りになっていたかもしれない……だが、アイツらは変わった。 未だに、自分勝手な部分は残っているが、それでも俺のために、みんなのために一緒になって闘ってくれているんだよ!」

 

「見かけはそうかもしれないわ! けど、いつその牙を剥き出すかわかったモノじゃないわ!!」

 

「お前だって俺をこうして自由を奪い、我がモノのようにしているじゃないか! それをやっているお前にアイツらを否定する資格なんかない!!」

 

「っ―――――――――!!!」

 

 

 俺の言葉に動揺し始めたのか、エリチカは苦虫を噛んだ表情で一歩後ずさりしていたのだ。 今の彼女では分かるはずもない、自己中心的な感情では、他人のためを思う感情なんて分かるはずもないのだから。 故に、それを理解できないエリチカは動揺を隠しきれないままなのだ。

 

 

「もうやめろ、エリチカ……これ以上、続けても何の益もない。 あるのは、苦痛でしかないぞ……!」

 

 

 苦悩し続けるエリチカに問いかける声。

 彼女を取り戻すとしたら、今このタイミングでしかないと考えた俺は、問いかける。

 

 これ以上、自分自身を傷つけるようなことをしてほしくなかったからだ………

 

 

 

 

 

 

 だが―――――

 

 

 

 

 

「何の益もない………ですって………? ふざけないで!!!」

 

 

 

 ドゴッ――――――――!!!

 

 

 

「がはっ――――――――!!?」

 

 

 俺の意に反するように、エリチカは俺の腹部に向かって拳を振り落とす! その突然の衝撃により、身体を反らしながら口から体液を吐き出してしまう。

 

 すると、エリチカはそのまま俺の腹の上に圧し掛かり、拘束され身動きが取れない俺の首を力一杯握り締めだし、顔に容赦なく握り拳を打ちつけ始めた。 ガツッ――――ガツッ――――と骨同士を響かせる鈍い音が頭部を反響させ、部屋中にまで拡大していた。

 

 

「知ったように言わないで! 私がやってきたことは決して無駄なんかじゃない!! あなたを私のモノとすることで私は完璧になれる! すべてを超越することができる!!」

 

 

 1人叫声を上げつつ容赦なく殴り続けてくる彼女に、俺はなす術もなく痛みを身体に撃ち込まれる。 何度も同じ箇所に撃ち込まれていくことで、熱く膨れ上がり、次第に痛覚を麻痺させてしまうほどに悪化していた。 それに首を締め付けられていることで、次第に息苦しくもがいてしまう。 これは違ったかたちで意識が朦朧となり、口から白い泡を吹き始めだす。

 

 

 堪らないくらいに痛みが身体に蓄積されていく――――――

 

 

「どうして………どうして、いつも思い通りに行こうとしないのよ………」

 

 

 思わず口を溢すかのように小さく呟かれた言葉を俺は聞き逃さなかった。 つい先ほどの高圧的な態度とは真逆とも捉えることができるか弱き言葉は、俺の心に刻まれるのだった。

 

 

「このままじゃ……アナタを私のモノにできない………私の計画通りにいかない………なら………」

 

 

 容赦なく殴り続けていた拳と締め付けていた首から手をほどき、俺から離れだす。

 ようやくまともに呼吸することができるようになったことで、淀みかかる空気から酸素を求めた。 一気に吸い上げたことで、むせ返すもののすぐに収まりいつもの呼吸を行い始める。

 

 意識をしっかり整えてから顔を持ちあげると、エリチカが身支度をしている様子が見えてきた。

 

 

「何をしている………?」

 

 

 何かよからぬことを考えているのではないかと、背中から感じられる異様な雰囲気に顔をしかめる。

 

 すると、ギロリと鋭い眼差しをこちらに向け始めると、ニタリと口角を持ちあげて不気味な様相を示す。 口からはケタケタと背筋を凍らせる不協和音が漏れ出し、俺を焦燥させた。

 

 

「何をしているのか……ですって………? ウフフフ……アハハハ………思い通りに行かないのなら……思い通りに行かせるだけよ………私の邪魔をする卑しい害悪共をこの手で………クハハハハハハハハ!!!」

 

 

 狂い回るように笑うエリチカは、その場で身体を回転し、喜びに浸っているようだった。 しかし、その“喜び”は俺が知るようなモノとは大きくかけ離れた“悦び”だった。 狂気を身にまとった彼女の思考は常軌を逸しているモノだ。 それを物語るかのように、あのサファイアのような透き通った蒼い瞳が、深海の溝のように幽々たる闇黒となって俺の心を握りしめる。

 

 

「いい加減にしろ!! そんなことをしても、お前の抱えている傷を深くするだけだぞ!!」

 

「大丈夫よ、蒼一。 みんなみんないなくなったら、私たちだけのトクベツな時間を過ごしましょう…? 誰にも邪魔されない……とっておきの時間を………クククク……くぁあはははははははははは!!!!」

 

 

 エリチカはそんなことも気にも留めずに、ただ狂いながら幻想を夢見て語り回る。

 もはや、彼女の耳には俺の声など聞こえやしない………そのやるせない気持ちに、非常に腹が立ち唇を強くかみしめた。

 

 

 そして、彼女は俺に近寄り始め、仰向けになる俺の顔をじっと見つめ出す。

 ブロンドの長い髪をかき上げながら、その顔を接近させ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『んっ――――――――――――!』

 

 

 

 

 熟れた果実に触れるような接吻をしたのだ―――――!

 

 

『ちゅる―――――――ハァ―――――――ちゅる――――――ちゅる――――――ハァ―――――――』

 

 

 一瞬で終わると思いかけたその接吻は、何度も行われた。 口からは蛇のような舌が波を打つように俺の口の中に押し寄せ、舌に絡みつくことはもちろんのこと、歯や歯茎にまでも舌を回して弄ぶ。 呼吸することすらも止めてしまうほどに集中する彼女の唇は、そこから俺のすべてを吸い尽くすかのように絡み獲る。

 

 その瞬間の彼女の表情は、恐ろしいほどにやさしい表情になる。

 それが彼女の素顔なのだろうか? それとも、偽りの素顔なのだろうか?

 答えなど見つけることもできないまま、俺の身体は彼女に支配された続け奪われていくのだった。

 

 

 

「ちゅ―――――――ハァ――――――ハァ―――――ハァ―――――――」

 

 

 ようやく、その唇を離した時には、お互いの身体が燃えるように火照りだしていた。

 

 

 彼女の甘い吐息が部屋中に残響する――――――

 

 だが、それは決して甘くなどない。 ほろ苦くも酔いに溺れてしまうそうなその口当たりは、まるで酒のようだ。 それが、彼女の魔性の姿と重ねることで俺を籠絡させようとしているかのようだった。

 

 

 だがしかし、そのような誘いを受けようとも、今の俺は今の彼女を拒み続ける。 そのような無慈悲な感情を押し付けるようなヤツのモノなど、受け取ることなど出来るはずもなかったからだ。

 

 

 

「フフッ、いい気持だったでしょう? 本番はこれからだと言うのに、寸止めするような感じで終わらせてごめんなさいね。 でも、すべてが終わったら、すぐに続きをシてあげるから………愉しみにしててね……♡」

 

 

 そう言うと、エリチカは髪を両手で整い始め、机の上に置いてある白のシュシュを髪止めとして、いつものポニテを作り上げる。 そして、陽気に鼻を鳴らしてこの部屋から出ていったのだ。

 

 

 

「………早く、これをどうにかしなければ……………!」

 

 

 四肢の自由を奪われたこの状況をどうにかしなければと、必死となって力を込め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 エリチカが部屋を出て外に出てから、しばらく時間が経った時――――――

 

 

 彼女は、まるで何もなかったかのような表情と夏場にふさわしい涼しい服装で街を闊歩していた。 もちろん、その姿は誰の目にも止まってしまう。 日本人とはかけ離れた素質を持ち合わせていることで、その場で立ち止まり振り返ってまでも見てしまいたくなる。

 

 

 多くの視線が彼女に向かっていく―――――

 

 

 その特別な視線を向けられていることに、彼女は一種の高揚感を抱く。 自分は他の誰とも違っていること、誰よりも優れた素質があることに、彼女は内心で他者を蔑み、高笑していた。

 

 そして、彼女は最後の仕上げを行おうと、とある場所に足を運ぼうとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真姫ちゃん。 凛。 いい? 絵里から絶対に目を離しちゃだめよ?」

 

「わかってるわ、にこちゃん」

 

「当然だにゃ!」

 

 

 そしてここには、そんな彼女を見つめ続ける。 3人の姿があったのだ――――――

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。

投稿が少し遅れてしまいました。


次回もよろしくデス。


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フォルダー4-17

 

[ ??? ]

 

 

 

 ガチャン―――――――ガチャン―――――――――

 

 

 

「………くっ………!! コイツ、ビクともしねェ………!!」

 

 

 両手足に架せられた手錠が俺の行動を妨げ続け、離れようともしない。 あらゆる方向に向かって何度も振り回したり、千切ろうともして試みるのだが、金属の軽い音が響くだけでそれ以上の進展は見受けることが出来なかった。

 

 

「これ以上、能力の上書きが出来ないのが痛手だったな………」

 

 

 本来ならば、この程度のモノなら肉体強化を最大限に活用させることで振りぬけられるのだが、この能力は身体の一部のみしか、強化することが出来ないとしている。 そのため、つい先ほど精神強化を施したことで他の部位、器官の強化はまったく持って望むことが出来ないのである。

 

 便利である一方での限定条件は、この時の俺に強い負荷として圧し掛かる。

 

 

「さて………これをどう切り抜けようか…………」

 

 

 やや途方に暮れながら仰向けになり、薄暗い天井を臨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 すると―――――――――――

 

 

 

 カチャ――――――――――

 

 

 

 

「ッ――――――!!」

 

 

 どこかの扉の鍵が開いたような音が聞こえてきたのだ。 この部屋ではない、一歩前に出たところから聞こえてくるようで、一瞬、身体を強張らせた。

 

 トン―――――トン―――――と軽く小刻みに足音を立ててこちらにやって来ようとしていた。 一体誰が? 脳裏に過るのは、エリチカの姿――――――しかし、アイツがすぐに帰ってくるとは思えなかった。

 

 

 では、一体…………?

 

 

 その小さな足音がこの部屋の扉の前で止まったかのように感じると、ドアノブを回し始める。 ゴクッ――――と音を立てながら固唾を呑み込み、その様子をじっくりと見つめていた。

 

 

 

 カチャ―――――――――

 

 

 

 ゆっくりと開いていく扉――――――――すると、そこに現れたのは――――――――――!!

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 神田町内・公園 ]

 

 

 

「やっぱり、ここに来て正解だったようね………」

 

 

 わずかな茂みの中から息を潜めて、目標人物に焦点を当てる真姫が確信を抱いたような言葉を放つ。 その言葉に賛同するように、共に眺めるにこと凛もそれに大きく頷き反応した。

 この3人は、絵里を見つけ出すために編成された組で、彼女が進む道の先には、必ず蒼一がいるものだと考え、その行動を見つめていたのだった。

 

 

 しかし、誰も彼女が蒼一が居たところから出てきたということを知らない。

 

 

 

『真姫ちゃん。 こちらも絵里ちゃんのマークを確認しました。 そのまま街路地の方を進んでいくようなので、気付かれないように行動してみてください』

 

「わかったわ。 それじゃあ、そっちでも見張っててね」

 

 

 真姫は、耳元に取り付けられたインカムに向かって洋子と語りあっていた。

 彼女たちが行動を起こす直前に、もしものためにと安易な連絡手段を備えさせていた。 そのため、モニターで監視している洋子と連携しつつ、絵里の行動を把握するのであった。

 

 

「真姫ちゃん……! 絵里ちゃんが見えなくなってきたにゃ……!」

 

 

 指をさしながら小声で話す凛の言う通り、彼女たちの視界から絵里の姿が見えなくなってきていた。 「それはまずいわね…」と眉をしかめた表情で言うにこは、すぐに彼女を追いかけるようにと2人に諭した。 それに同意する2人は、すぐさま行動に出て身を隠しつつ尾行し始めた。

 

 

 

「絵里は一体どこまで行くつもりなのかしら?」

 

 

 絵里が街路地を進んでいくと、人目につかない場所にまで入り込んでいた。 当然、周囲には一般人はおらず、また物音さえも聞こえなかった。 3人は余計に慎重になりながら息を潜め、彼女が進んでいくところを監視し続けていた。

 

 

「あっ……! にこちゃん、真姫ちゃん……! 絵里ちゃんが……!」

 

 

 凛がハッとなった声を上げると、絵里がとある建物の敷地中に入っていくのが見えた。 施錠されてあった門を開き、敷地内を真っ直ぐ進んでいくと建物の中にへと消えてしまったのだ。

 

 

 

「ここって………」

 

 

 3人が目を丸くさせながら見ていたこの建物とは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旧……音ノ木坂小学校………!」

 

 

 

 ここ数年前に、廃校になったばかりの彼女たちの母校だったのだ。

 

 

 

「どうして、絵里ちゃんがこの中に入っていったのかにゃ……?」

 

「知らないわよ、そんなの。 けど、これで居場所がハッキリとしたんじゃないかしら?」

 

「そうね、早くそのことを洋子に伝えなさいよ」

 

 

「わかったわ」と相槌を打つと、早速、真姫はインカムに話しかける。 だが――――――

 

 

 

「……おかしいわねぇ?」

 

「どうしたの、真姫ちゃん?」

 

「それが、全然連絡が取れないのよ………」

 

「はぁ?! ちょっと貸してみなさいよ!」

 

 

 ありえないと言わんがばかりの表情で、にこは真姫からインカムを乱暴に取ると、自分でも試し始めてみた。 しかし、何度応答をかけても反応は無く、聞こえてくるのは砂嵐のようなノイズのみだった。

 

 

「だめだにゃぁ……にこちゃん、携帯も繋がらないにゃぁ………」

 

「ッ―――――!? そんなはずないでしょ?!」

 

 

 凛のその言葉に疑いを抱いたにこは、スマホを取り出し画面を確認してみせた。 だが、そこに書かれてあったのは『圏外』の2文字が………

同じく真姫も自分のも確認してみるのだが、右に同じくであった。

 

 

「どういうことよ……? どうして、繋がらないのよ……?」

 

「まさか……ここら辺とかが、呪われてあったりとかするのかにゃぁ……?」

 

「ばっ、バカなことを言わないでよ、凛!!」

 

「でも、そうでなかったらどうやって説明するの? 幽霊とかじゃないと説明できないにゃぁ~!!」

 

「落ち着きなさいよ、凛! いいかしら? 電波が使えなくなるのには、他にも理由があるのよ。 例えば………そうね、妨害電波とかかしら? そうしたものを使えば、この現象にも説明がつくわよ」

 

「なるほどね……蒼一がいる場所を特定されるわけにはいかないから、わざわざそんな手の込んだことをしたってわけね」

 

「逆に言えば、そうせざるを得ない理由があるとしたら……?」

 

 

 

 3人は顔を見合わせると、小さく頷く。 互いに目を鋭くさせて、その真剣さを露わにしていた。

 

 

「それじゃあ、早速、中に入って蒼くんを助けに行くにゃぁー!!」

 

 

 意気込んだ凛は、目を炎のように燃えたぎらせて、すぐさま中に入っていこうと突っ走っていこうと門をくぐっていこうとした。

 

 

 

「「待ちなさい、凛!」」

 

 

 しかし、その行動は2人の声により静止せざるを得なかった。

 門の近くにまで来て立ち止った凛は、不服な表情を浮かばせて真姫たちに話す。

 

 

「どうして止めるの?! 早くいかないと、蒼くんが大変なことになっちゃうんでしょ!? 猛ダッシュしていかないと………!!」

 

「だから、少し落ち着きなさいよ、凛。 あなた1人だけで先走っても上手くいくとは限らないんだから」

 

「それに、相手は絵里な訳なんだし、にこたちが行ってどうなるかってのも分からないじゃないの」

 

「じゃあ、どうすればいいの? 時間も限られているはずだし……もう、凛は我慢できないよぉ~……!」

 

 

 凛は、ムスッとしながらも真姫たちの正論を聞き耳に入れてはいたが、かなり待ちきれない様子で、その場で足踏みし続けていた。 凛にだって分かっている。 この状況はとてもではないが、有利とは言えないことを穂乃果と対峙したことで身体に沁みついていた。 穂乃果よりもはるかに凌ぐ絵里と対峙すればひとたまりもないことは十分理解していた。 けれど、それでもどうにかしたいと言う気持ちが前に押し出ているため、歯止めが効かなくなりつつあったのだ。

 

 

 だが、その気持ちを理解できない真姫たちではなかった。

 

 

「だからこそ、落ち着きなさいって言っているのよ、凛」

 

「無暗やたらに突っ込んで行っても、絵里の思うつぼよ。 こっちもちゃんと考えて行動しないといけないわ」

 

 

 2人の真剣な眼差しと口調が落ち着かない凛の心を抑え始める。 それを感じた凛は、動かしていた足を止めて2人に近付いていく。 凛が近くに来たあのを確認すると、にこが口を開く。

 

 

 

「2人とも、分かっていると思うけど、相手はあの絵里よ。 ちゃんとした考えを持って行動しないといけないわ。 そこでね、私に考えがあるわ」

 

 

 にこから提案が出されると、他2人の顔が一気に彼女に近付く。 2人とも真剣な表情で聞き耳を立てる。

 

 

 

 

 しかしそれは、意外とも捉えられる考えだった。

 

 

 

 

 

「凛、あなたはすぐにここから離れて洋子に連絡を入れなさい」

 

「えぇっ?!! どうして凛がそうしなくちゃいけないの!!?」

 

「いいから聞きなさい。 まずはね、数を揃えた方がいいと思ったのが1つの意見よ。 さすがに、この3人でいくのも大変だと思うからね。 次に、絵里と対等にやりあえる人がいた方がいいと思っているの。 明弘か希、この2人だったらどれぐらいかは分からないけども、時間を作ってくれると思うの。 そして、数が多くあれば、蒼一を探すことが出来ると思うからよ」

 

 

 にこが提示した3つの考えに凛は理解をした様子で、うんうんと頷いていた。

 

 

「そうかぁ! 確かに、そうすれば上手くいくかもしれないね!」

 

「でっしょ~! 私としても、いい考えだと思ってるわ♪」

 

「にこちゃんにしては、だけどね」

 

「ちょっとぉ! その一言は余計よ!!」

 

 

 真姫からの余計な一言に、それを瞬時に跳ね返すにこのやり取り―――――この緊迫しかかった空気の中でのこうしたコント染みた会話は、彼女たちの緊張を解すのにはちょうど良いモノだった。 お互いの口から笑い声が漏れだし、余裕のある表情となったのだ。

 

 

「それじゃあ、にこちゃん、真姫ちゃん! 凛、先に行ってみんなに伝えてくるね!」

 

「だったら、これを持って行きなさい。 私が持っていてもここじゃあ使えないし」

 

 

 そう言って、真姫は耳に付けていたインカムを凛に渡す。 凛は早速それを耳に付けると、よし!と意気込んでちょっぴり嬉しそうに笑って見せた。

 

 

 

「じゃあ、行ってくるね!!」

 

 

 残った2人に対して、元気に片手を大きく振りながら走っていく凛。 その様子を2人はその姿が見えなくなるまで、ずっと眺めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行きましょう……にこちゃん」

 

 

 突然発せられた真姫からの一言。 それに驚くと思われたにこは、平静を保ちながらその言葉を軽く受け流した。

 

 

 まるで、そう言われることを分かっていたみたいに。

 

 

「あら、もしかして気付いてたのかしら?」

 

「当然でしょ? にこちゃんがあんな回りくどいような考えを言うだなんて考えられなかったからよ………それに………」

 

「それに………?」

 

 

「私たちは、絵里もあわせての『BiBi』なんですもの………仲間が大変な時には、ちゃんと駆けつけてあげないといけないじゃない?」

 

「ふふっ、さすが私の真姫ちゃんね♪ にこの考えていることをちゃんと分かっているんですもの」

 

「だから言ったじゃないの、『にこちゃんにしては』ってね♪」

 

「言ってくれるじゃないの♪」

 

「でも、私の身体はもう蒼一に預けているから、にこちゃんのモノにはならないわよ」

 

「あら、奇遇ね。 にこも蒼一に預けちゃっているのよ」

 

 

 冗談交じりに言い合う2人から笑いが零れ出す。 とても穏やかで、清々しい気分になれるようなそんな感じであった。

 

 

「お互い、好きな人が同じって大変ね」

 

「あら、そんなの心配ないじゃないの。 同じなら一緒に愛してあげなくっちゃね?」

 

 

「そうね」と真姫が言い返すと、またしても笑いが漏れ出す。

 お互い、同じ人を愛したことで関係が崩れかかったのにも関わらず、こうして繋がっていることにどうしても呆れたような笑みがこぼれてしまうのだ。 そして、今や2人は彼にとっての大切な存在としてここにいる。 それに、お互いの気持ちも分かりあっている。 こうしたかたちでも構わないとまで思い合う仲となっていたのだ。

 

 それ故に、にこと真姫は、あのような状態にある絵里を何とかしてあげたいと感じていたのだった。 ユニット仲間として、友達として彼女を助けたいと言う気持ちが強くなっていたのだった。

 

 

 

「凛には悪いけど、これでいいのよね?」

 

「いいのよ。 これは私たちのやらなければいけないことなの。 にこたちでしっかりとけじめを付けてあげなくっちゃ」

 

 

 

 そう言うと、にこは門に手をかけて敷地内に入っていく。 真姫もそれに続いて建物に向かって歩いていくのだった。

 

 

 

「「待っていなさい、絵里――――――!!」」

 

 

 

 堅い決意に包まれた2人は、大切な人を助けるために歩んでいくのだった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ ??? ]

 

 

 

ガチャン――――――――

 

 

「ふぅ、やっととれて楽になったぜ」

 

 

 手足に架せられていた手錠の鍵が解けて、晴れて自由の身となることが出来た俺は、準備運動がてらに手首足首をグルグルと回してちゃんと動くかどうかを確かめていた。

 

 特に、手首に掛かっていた負担はかなり多く、現に手首には手錠の痕がくっきりと残って見えるのだ。 それでも、深刻なケガとかには発展することは無く、思うように動くので今のところは問題なかった。

 

 

 

「しかし、ちょうどいい時に来てくれて助かったな。 礼を言うぞ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――亜里沙ちゃん」

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。


1年ぶりに登場しました亜里沙ちゃんです()


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フォルダー4-18

 

[ エリチカの部屋 ]

 

 

 

「しかし、ちょうどいい時に来てくれて助かったな。 礼を言うぞ、亜里沙ちゃん」

 

 

 無常なる手錠による拘束から解放された俺は、手首をぐるぐる回しながら助けてくれた亜里沙ちゃんにお礼を言った。

 

 

「い、いえ……私は別に大したことをしたわけじゃないので………」

 

 

 そんな亜里沙ちゃんは、オドオドしながらもハッキリと受け答えている。

 けれど、まだこの状況の情報処理などが追い付かないのだろう。 不安そうに強張った表情を見せながら、その場から足を動かすことが出来ずにたたずんでいた。

 

 

 そんな亜里沙ちゃんの頭に手をおいた。

 

 

「大丈夫だ。 そんなに怖がる心配なんて無いさ」

 

 

 頭に触れた瞬間、亜里沙ちゃんはビクッと肩を震わせていたのだが、俺の言葉を聞いてからなのだろうか全身を覆っていた緊張が解れていくようだった。

 

 ただ、それでもその不安そうな表情を拭い去らせることはできずにいた。

 

 

 直感的に、何かを抱えているのだと感じた俺は、亜里沙ちゃんに何を心配しているのか? 最近のエリチカの様子はどうだった? などの質問を投げかける。

 

 

 

 そしたら見事に的中していた。

 

 亜里沙ちゃんの話の冒頭にまず飛び出て来たのは、彼女の姉であるエリチカのことだった。 ここ数日に掛けてのエリチカの行動や仕草と言ったものに、かなりの違和感とを抱いた。

 

 まず第一に、俺の名前が日常会話内でもかなりの頻度で飛び交っていたと言う事。 姉妹との会話の中でもそうした話題が頻繁に出てくることに、違和感を抱いてはいるようだ。 ただ、当初はとても嬉しそうにエリチカの話を聞いていたそうだ。 何せ、あの時のエリチカを助けた俺のことなのだから現在でもその株は高いままのようだった。

 なれど、さすがに限度と言うものは必要である。 事あるごとに同じことを話してくるのだから、さすがの俺だって参ってしまう。 それが亜里沙ちゃんなのだから、よっぽどだろうよ。

 

 第二に、彼女の行動がいささか不自然であると言う事。 亜里沙ちゃんから見て、最近のエリチカの姿はまるで以前の硬派な生徒会長のままだったそうだ。 一心不乱になにかに没頭し続けている姿が、類似して見えたそうだ。 ただ、以前とは感じられない余裕と笑いが常にあった、と言うことが疑問である。

 

 

 どれを取ってしても決してまともじゃない。 今では、ことりを傷つけた張本人として俺の中に刻まれている。 何とも不名誉な称号だろうか………それ故に、俺はエリチカに対して怒りを覚えてしまっている。 一度、この怒りをぶつけてやりたいと思うほどだ。

 

 

 だがそんなことよりも、どうしてこうなってしまったのだろうかと思い悩んでしまう。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんは大丈夫なのでしょうか………?」

 

 

 悩みしかめる俺の顔を見て心配そうに声をかけてくる亜里沙ちゃん。 今回の件に関して、亜里沙ちゃんはエリチカの妹でありながらも立派な被害者だ。 自分の意図しないことが、現状にまで発展してしまったのだから彼女に非など無い。

 

 だから、安心させてあげるために彼女にやさしく撫でてあげるのだった。

 

 

「大丈夫だ。 今度もエリチカは俺が何とかしてやるさ」

 

 

 その言葉を聞いた彼女の表情に、わずかばかりの希望が見いだせたようだ。 この希望を絶やしてはいけない―――――ここに来て、また決意を固めるのだった。

 

 

 

 

 

 エリチカを探しに行くために、部屋から出て行こうと歩きだした瞬間だった。

 

 

「ん? これは………?」

 

 

 机の上に書類が散らかされてあった中に、一枚の紙を見つけ出す。

 それを手にした瞬間、違和感を覚える。

 

 何故、パソコンで作成され印刷されている書類の中で、この書類だけが手書きなのかと言う事。 それに何度も書き直した痕がいくつも見られると言う事。 そして、それを手にした時に感じた、このゴワゴワとした手触りが疑問を抱かせる。

 

 

 その紙に何度も触れ続けていたと言うことが良く分かる、そんな一枚だった。

 そんな一枚の紙の中に書かれてあるモノに目を通した。

 

 

 

 

 

「…………ッ!!? こ、これはッ…………?!!」

 

 

 その紙に書かれていたモノ―――――文章が俺の頭の中を駆け巡ると、雷が落ちてくるような衝撃が走った!

 

 つい数秒前までエリチカに抱いていた怒りが一瞬にして消え去ってしまう。 いやそうじゃない。 変わってしまったんだ―――――――エリチカを助けなくちゃいけなくてはいけないのだと言うことに。

 

 

 それほどまでに、コレに書かれてあったことは衝撃的すぎたのだ。

 

 

 

 もし、これがエリチカ本人の手で書かれたものだとしたら――――――まだ、間に合うかもしれない!!

 

 完全に閉ざされてしまっていたはずの希望へと繋がる道標がようやく見つかったような喜びを抱いてしまう。

 

 

「なあ、亜里沙ちゃん。 ちょっと確認したいことがあるんだが―――――――」

 

 

 この道標が正しいモノなのか、それを確かめるべくとあることを尋ね出す。

 

 

 

「――――――――と言う事なんだが、あってるか?」

 

「は、はい……! お姉ちゃんは絶対にそんなことを口にしていませんでした! それに、これを見てください!」

 

 

 そう言われて、亜里沙ちゃんから手渡された1枚の写真――――――これはリビングに大事に飾られてあったモノなのだと言う。 きちんと手入れがなされ、今朝もホコリをふき取ったような跡が見受けられるのだった。

 

 

「見つけたぞ―――――――最終目標地点(エンディング)がッ―――――!」

 

 

 唐突に思い浮かぶあの主人公の言葉が脳裏を駆け抜け、思わず口に出てしまう。 そんな俺を亜里沙は、ポカンと口を開けて見つめていた。

 

 

「ありがとう……これで、エリチカを助けられる…………」

 

 

 そう言い残して、俺はこの部屋から出て行く。

 先程、手にした紙をポケットの中に突っ込ませて、この家のドアを開けて外に出た。

 

 

「―――――――――!!」

 

 

 部屋の中から亜里沙ちゃんがこちらに向かって何かを叫んでいた――――――

 何のことを言っているのか分からなかったが、俺は今思っていることをそのまま返答として叫ぶ――――――

 

 

「安心してくれ! そして、キミのお姉ちゃんが戻ってくることを信じて待っててくれ―――――!!」

 

 

 この声がと届いたのだろうか。 亜里沙ちゃんは、穏やかな表情となって深々とお辞儀したのだった。

 

 

 それが彼女からのメッセージなのだと心にとめて、駆け出したのだった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 旧音ノ木坂小学校・校舎内 ]

 

 

 すでに、校舎としての機能を果たさなくなったこの廃墟に2つの影が射す。

 

 

 絵里が入って行った扉から忍ぶように入る2人は、懐かしの母校に足を踏み入れていく。

 ただそこで見たモノは、自分たちがかつて目にしていた美しく煌めいた景色ではなく、錆び付き廃れてしまった過去の思い出しかなかった。

 

 

 

「まさか……ここまで酷いとはね………」

 

 

 顔をしかめながら埃や塵まみれになった廊下を歩き始めるにこ。 至る所に散在する扉や壁の破片を踏みつけながら進んでいく。 真姫もにこを追いかけるように後ろを歩き、共に進んでいくのだった。

 

 

「ここに通っていた時は特別な思いとかなかったけど、いざこうした姿を見せられると、どうも心が痛むわね」

 

 

 亀裂が入った壁に手をなぞるようににこは語る。 その語る姿から哀愁のようなしんみりしてしまう雰囲気を感じてしまう。

 

 

「私もあまり愛着なんて感じてなんかいなかったわ。 むしろ、あまりいい思い出なんかなかったわ………」

 

 

 髪を指でいじりながら語る真姫からも同じような雰囲気を感じさせる。 ただ、その言葉自身に強く圧し掛かるモノを感じとれた。 当然、それは彼女の過去とリンクすることとなる。

 それを察したにこは「ごめんね、なんか嫌なことを思い出させちゃって」と謝る。 「別にいいわよ…」と真姫は少し申し訳なさそうに言い返した。

 

 

「以前はね、過去のことを振り返ることはあまり好きじゃなかったの。 私のせいで傷つけてしまった人のことを他の記憶と共に思い出してしまうから………ついこの間までは、過去が嫌で仕方無かったわ………」

 

 

 当時のことを振り返る真姫の表情が一段と暗くなる。 彼女にとっての過去とは、自らが犯してしまった過ちを振り返ることでしかなかった。 その過ちを長く背負い込んだために、心に突き刺さるトラウマでしかなかった。 それも、自らの命すら危ぶませるほどに酷いものだった。

 

 

「でも―――」とその一言を口にすると、彼女の表情が一新する。

 

 

「でも、蒼一と出会ったことですべてが変わっていった。 蒼一が私に希望を与えてくれた。 蒼一が過去に束縛されていた私を解放して救ってくれた。 そして今、こうして過去と向き合えるようになったわ……悪い記憶も、いい記憶も含めてね…………」

 

「そう………ならよかったわ」

 

 

 わずかに微笑みながら語る真姫の表情を見て安堵したのか、にこは綻んだ表情で応えた。 にこは真姫の過去のことを聞いていたので、すべてとは言わないが、大まかなことまでは理解できていた。 それ故に、真姫に同情したりやさしく接してあげようと気遣っていたのだった。

 

 

 

「それにしても、真姫ちゃんは本当に蒼一のことが好きなのね♪」

 

「ふふっ……それはもう、言葉では言い表せられないくらいに………ね♪」

 

「へ~、言うじゃないの? にこだって、真姫ちゃんに負けないくらい蒼一のことが好きなんだから!」

 

「うふふ、わかっているわよ、にこちゃん。 にこちゃんも蒼一のことが大好きで、特別な人なんだから」

 

「わかってるじゃな~い♪ だったら、早く何とかしなくちゃいけないわね」

 

「そうね。 絵里をどうにかしないと………絵里だって、蒼一のことが………」

 

「ええ、そうよ。 あのお硬くなってしまった生徒会長さんをかしこいかわいいエリーチカちゃんに戻してあげないといけないわね。 蒼一のためにも………」

 

 

 綻んだ表情を見せ合う2人から決意を新たに誓う緊迫した空気がにじみ出る。 彼女たちのこの強い想いの根底には、仲間のためという純粋な気持ちと自分たちが慕う人との絆とが、その強さを表していた。

 

 この気持ちが届くことが出来るためにも、2人は歩みだすのだった。

 

 

 

 

 階段を上っていくと、広い部屋のある階に止まる。

 そこはかつて、図書室と呼ばれていた部屋だった。

 

 

 そこに何かがあると直感が働き、2人して中に入る。

 外の光が差し込んできて、やや明るくなった印象だが、それでも雰囲気的な暗さは払しょくすることはできなさそうだ。 空になったいくつもの本棚が廃校になる前の状態で、ずらりと並んだままそこに置かれてあった。

 

 2人は一段一段調べていくために、2手に分かれて探すこととなる。

 それにあまり乗る気にはなれなかった真姫は反対しようとしたが、にこの強い意志に負け、あえなくその通りに行動することとなる。

 

 

 

 1人で本棚との間の道を調べる真姫。 まだ部屋の中は明るいモノの1人になってからの不安と言うものは、自然とわき出てくるモノであった。 わずかに震え始める肩に力を入れながら恐る恐る調べることに――――――

 

 空になった本棚でも反対側を確認できる吹き抜けた状態ではないため、実質1人という気持ちになってしまう。 こうした不安と言うものは、過度に恐怖を抱いてしまいがちとなるのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドサッ―――――――――――

 

 

 

 

「ッ―――――――――――?!!」

 

 

 何かが倒れ込むような音がする―――――――

 

 

 真姫はその音にビクッと肩を大きく震わせた。

 

 

 

「にこちゃん………今の音はなに…………?」

 

 

 見えない本棚の向こう側にいるにこに尋ねてみる―――――――

 

 

 

 

 

「にこちゃん…………?」

 

 

 しかし、一向に返事が無い。

 

 

 

 

 

「ッ――――――!!」

 

 

 嫌な予感がする、と直感が働きだすと同時に身体が動いていた。 ゆっくり歩いていた足を急に早く動かして走りだす。 返事の無い親友のもとに一秒でも早く駆け付けたいという一心だった。

 

 数段抜けたところの床に、黒い何かが倒れ込んでいるのを目視した真姫は、息を切らせながら駆け付けた。

 

 

 

「にこちゃん!! にこちゃん!!」

 

 

 倒れ込む親友に対して、真姫はその名前を強く呼ぶ――――――だが、返事がなかった。 嫌な予感がさらに脳裏に過る。 今度は身体を揺さぶらせながら返答を待つが、それでもなお返答が無かった。

 

 焦りがじわじわと高まっていく中、今度は大胆にもにこの胸に耳を当てる。 ドクン―――――ドクン―――――という鼓動を聞いてからようやく肩の力が一旦抜けたような感じになる。 真姫の見たてではただの気絶。

 

 

 しかし、不自然すぎる。

 なぜ、倒れ込んでしまったのかがまったく分からなかった。 にこ自身に何か持病があったのならわかるが、当の本人はしたって健康体なのである。

 

 

 

「それじゃあ、一体誰が――――――――――」

 

 

 

―――――と顎に指を据えておいていると――――――

 

 

 

 

 

「ふぐぅっ――――――――?!!!」

 

 

 口元を何かに抑え付けられて呼吸がしにくくなったのだ!

 

 真姫はその場でジタバタと抵抗するも、次第にすべての感覚がマヒしていくことに気がつく。 意識も飛び掛かってしまいそうになる。

 

 全身から力が無くなっていくのを感じると、真姫はその場に倒れ込んでしまう。

 

 

 

 

 ドサッ―――――――――――

 

 

 その音は、にこのとまったく同じであることを理解すると、これを行った人物の顔がすぐに思い浮かぶ。

 

 それもありがたいことに、その人物は彼女の目の前にいたのだ―――――!!

 

 

 

 

「ゆっくりおやすみなさい―――――真姫―――――♪」

 

 

 

 ブロンドの髪をなびかせながら、絵里は意識が落ちていく真姫を見下していたのだった―――――――

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


生誕話を書いてて、少し間があいてしまいました。

次回もよろしくです。


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 息を上げながら走り続けている少女がいた――――――

 

 

 

 

「もぉ~!! どこまで走ったら聞こえるようになるにゃぁ――!!」

 

 

 街中をぐるぐると走り回っていた凛。

 彼女は仲間である洋子たちと連絡を取るために、電波の届くところに向かっているのだが、一向に通信を行うことが出来ないでいた。 真姫から手渡されたインカムに何度も語りかけても反応は無く、何かが聞こえてくるまでただひたすらに走り続けていたのだ。

 

 

「もう、かなり走ったと思うんだけどなぁ………」

 

 

 彼女の顔から大量の汗が流れ落ちる。 汗でぐっしょりと濡れた服が、どれだけの距離を走っていたのかを示しているようだった。

 

 

 

 

 そんな時だった――――――――

 

 

 

 

 

「あれ……? 凛か……?」

 

 

 彼女の背後から、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。 猫が耳をピンッと立てて反応するように、凛もまた同じような反応を示して、その声が聞こえる方へ目を向けた。

 

 

 

「あっ、えっ………?!! 蒼くん!!?」

 

 

 凛は眼を見開いて思わず驚きの声を上げた。 それもそのはずだ、彼女の中では彼は絵里によってあの校舎の中に閉じ込められているものだと思っていたからだ。

 

 そんな驚きを隠せないでいる凛に、蒼一が近付き尋ねる。

 

 

「なあ、凛! エリチカを見なかったか?!」

 

「えっ?! え、絵里ちゃん? 絵里ちゃんなら小学校の方にいるけど………」

 

「小学校? この近くに小学校なんてあったか………?」

 

「あ、あるよ。 でも、もう廃校になっちゃったけど………」

 

 

 ハッと思い起こすように「旧音ノ木坂か…」と判断した蒼一は、顔をしかめて思い悩む様子だった。 それは何かを考えている様子にも見られたが、凛は首をかしげながらただ見ていることしかできなかった。

 

 

「ねぇ、蒼くん。 蒼くんは絵里ちゃんと一緒にいて捕まっていたんじゃ……」

 

「あぁ、確かにエリチカに手首やら足首やらを繋がれて身動きが取れないではいたが、今は何とか解放されたってとこかな?」

 

「そうだったの……?! 凛たち、てっきり蒼くんは小学校に捕えられていると思っちゃったよ! それで今、真姫ちゃんたちが絵里ちゃんを追いかけているところにゃ……」

 

「なっ、なんだって?! 今、真姫たちが絵里を追いかけているって言ったか!?」

 

「う、うん……で、でも、中には入らないで待っているって言ってたにゃ……」

 

 

 急に叫び出す蒼一に凛はおどおどしながら、自分が見たこと聞いたことを彼に話した。 彼女にとって、今の言葉に何の違和感も抱かずに話をしていたが、彼は違った。 凛の言葉を聞いた瞬間、血の気が失せたように顔を青ざめる。

「まずい…」という口の動きをしたように見せると、彼は凛に迫りだす。

 

 

「真姫“たち”と言ったな! 他に、誰がいるんだ?!」

 

「えっ……!? えぇっと……にこちゃんだけど………」

 

「にこだと……! くっ……寄りによってあの2人かよ………」

 

 

 蒼一はその事実を知ると苦虫を噛み潰したような表情を示す。

 彼は理解していた、この2人なら絵里のために立ち止まっていられないのだと言うことを………

 

 

 

「凛! 俺は今からそこに行ってエリチカたちを何とかしてくる! そして、明弘たちに俺は無事だと言うことを伝えてくれよ!」

 

「えっ……あっ、うん! 分かった、伝えておくよ!!」

 

 

 凛の返事をすべて聴き終えないまま、彼は走りだす。

 

 

 3人の大切な者のために――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 旧音ノ木坂小学校・図書室跡 ]

 

 

 

 眠っていたのだろうか………

 

 やや重たくなった目蓋を少しずつ開かせながら、眼に光を取り入れ始める。 「うっ」と一瞬だけ、眩しすぎてしかめてしまったけど、よく見てみるとそんなに明るいモノではなかったことに気が付く。

日が陰りだした部屋の中で、私は壁に寄りかかりながら辺りを見渡してみる。

 

 

 

「………うっ………けほっ、けほっ………!!」

 

 

 宙に待っていたホコリが口の中に入り込んできてむせかえす。 長い間使っていなかったからだと思う、床一面に白いホコリが苔のように生えているようだった。

 

 むせたことでようやく頭にスイッチが入りだす。 私がどうしてここにいるのか? 何のためにこうしているのか? ついさっきまで、忘れかけていた目的(こと)を思い返した。

 

 

 

「はっ………! にこちゃんは……!!」

 

 

 私が意識を失う前に、にこちゃんが倒れていたことを思い出した。 あの時は、急に倒れだしたのよね……今思えばとても不自然すぎるわ………

 

 もう一度、辺りを見回して見たら、すぐ横で私と同じく壁に寄りかかりながら眠っていたわ。 見た感じどこにもケガしたような痕が見れなかったから、ちょっと安心。 早く、にこちゃんを起こさないと………

 

 

 

 

「………って、あれ……?」

 

 

 にこちゃんの方に身体を寄せようとしたのだけど、まったく動けない……? どうして? そんなはずは………と思考を巡らせていると、腕や足に違和感を抱き始めたわ。 そういえば、そうして私とにこちゃんの手が後ろにあるのかしら……? それに、腕に感じるこの感触って………

 

 冷汗がたらりと落ち出す。

 なんてことかしら、嫌な予感って結構当たるモノなのね……

 

 まさか、縛られているだなんて………

 

 

 腕に感じた布のような感触と手首に感じる、締め付けられるような感触が、私に事実を突き付けてくる。 さらに付け加えれば、足の方だって………これじゃあ、まったく動けないじゃないの………!

 

 

「にこちゃん………! にこちゃん………!!」

 

 

 身体を動かせない私は、にこちゃんに届く声で叫んでみる。 すると、少し唸りながらも意識をハッキリとさせ始めていて、数十秒経ってから「まき………ちゃん……?」と私の顔を見ながら呼んでくれたわ。 そして、私と同じように縛られていることに驚いた様子だったわ。

 

 

 

 

「あら、もうお目覚めかしら……?」

 

 

 どこからともなく聞こえてくる声――――――

 

 その聴き覚えある声に身体を震わせてしまうの。

 

 

「ふん、最悪の目覚めよ。 やってくれるじゃないの、絵里……!」

 

 

 嫌味を十分に含ませた口調で、にこちゃんは絵里に対して応える。 すると、木がさざめくような笑い声が響くと、物陰から絵里がいかにも愉しそうな姿で現れてきたの。

 

 

「こう見ていると、気分がいいわね………アナタたちが見上げ、私が見下ろす……何だか興奮してきちゃうわ………!」

 

 

 私たちを見下しながら言い放った最初の言葉がコレよ。 ホント、頭がどうにかしちゃっているんじゃないの? って思いたくなるような感性だわ。

 

 

「はっ! なにいきなり女王様みたいに気取っちゃってるのかしら? 今のアンタがアタシたちの上に君臨されるとハッキリ言って邪魔なだけなのよね」

 

「にこちゃん…?!」

 

 

 絵里の言葉に対して、ずけずけと入り込んでいくにこちゃんの言葉に、私の緊張は段々と高まっていくばかりだった。 だって、今の絵里は何をするのか分からないのに、あえて感情をさかなでるようなことをして何の意味があるのか全然わからなかったからよ!

 

 

「女王様ねぇ………ウフフフ……いいわねぇ、今の私たちの状況を考えたら確かにそうかもしれないわね」

 

 

 ニタリと口角を引き上げだすと、不気味な笑顔を作ってにこちゃんの前に立った。 今から何が始まってしまうのか、じっとしてなんていられなかった。

 

 

「絵里! もうやめなさいよ、こんなこと!! アナタが私たちをこんな目にして何の得があるのよ!?」

 

「得……? そうね………そんなこと、アナタたちのその頭ですぐに思いつくことじゃないの? 私はアナタたちと変わらないことをやっているだけ………ただそれだけよ」

 

「ッ――――――!!」

 

 

 絵里の言っていることに、思わず息を呑んでしまう。 絵里のことを否定しようにも、しにくくなってしまうじゃないの………握った拳を力一杯振り絞って、やるせない気持ちになってしまう。

 

 かつての私も絵里と同じように、誰もいなくなればいいと思っていた。 そしたら、蒼一は私だけのモノになるのだと、ずっと信じていたから。 そうした過去が私の(かせ)となって息苦しくなってしまう。 私じゃ、絵里を説得することが出来ない………苦渋な気持ちで顔をうつむかせてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん―――――だからどうしたのよ?」

 

 

「「ッ――――――――!!!??」」

 

 

 無理だと諦めかけていたその壁に、大きな穴をあける一蹴りが加わる―――――

 

 

 そこには、堂々と絵里の顔を見て話をするにこちゃんの姿があった―――――

 

 

 

「それって要は、ただ単に蒼一を独り占めしようってことじゃないの。 そんなことのためにこんなことをしてても、意味なんかないじゃないの。 というか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「えっ――――――――??!!!」」

 

 

 にこちゃんの口から出てきた言葉に、思わず声が出てしまう!

 絵里も心を見透かされたような表情を見せられ、目を見開いていたわ。 絵里でも想像付かなかったことなのかしら?

 

 

 それに今、蒼一がここにいないって言ったの!? じゃあ、なんでここに………!

 

 

 

「まさか………()()()()()()()()()()()()()()()()………?」

 

 

 冷汗を垂らしながら絵里は、にこちゃんに尋ね出た。 氷結の如き不動であると思われた絵里に焦りが生じ始めている証拠だった。 その焦りはどこから来るモノなのか分からない。 けど、氷が熱で溶けて出てくる水滴のような汗が絵里から噴き出しているようだった。

 

 

「もちろん、()()()()()()()()()()()()。 嫌だったかしら?」

 

 

 耳を舐め回すような、いやらしい口調で話しかけるにこちゃんに、絵里はたじろぎ始める。 それを見たにこちゃんは、したり顔でニヤリと笑って見せたのだ。

 

 

「いつから……分かっていたの…………?」

 

「そうね……アンタが海未の家に現れた時からかしら? あの時のアンタ、確実に蒼一を我がモノのようにしようとしていたから、またそうするだろうと思っていたのよ。 そして、今回のことが起こったから十中八九、アンタの手で監禁されてしまったかと思っただけのこと。

 それと付け加えるとしたら、アンタのこの行動の甘さが変だったわ。 もしあんたが蒼一のところに向かうのだとしたらこんな分かりやす過ぎる尾行に気が付かないわけが無いし、振り払うこともできた。 なのにしなかった。 それは、当初から私たちをおびき出すための罠だったから、と言ったところかしらね?」

 

「ッ…………………!!」

 

「アンタが、何でそんなに焦っているのか知らないけど、アンタのそのやり方は間違っているわ」

 

 

 

 にこちゃんの言葉を耳にした絵里は、奥歯を噛み締めるかのように酷く渋み掛かった表情を見せた。 まるで、にこちゃんの言っていることが本当のことみたいで、それがなんだか不思議に思えてしまう。

 

 

 

 

 

 その思いにふけっていた瞬間、思わぬことが起こった――――――

 

 

 

 

 

「ぐあぁ……………!!」

 

「にこちゃんっ!!!」

 

 

 絵里が鬼のような形相でにこちゃんに飛び掛かり、細い首に手をかけたのだ! 締まり始める喉からか細い声が漏れ始める。 苦しく、もがくように辛い声が小さな口から漏れ出すのだ!

 

 

「絵里!! やめて!!!!」

 

 

 私は悲痛な声で叫ぶけど、聞く耳など持たなかった。 絵里はそのまま摂り付かれたみたいに、その手に力を入れていった。 手足を縛られた私たちは、何の抵抗も出来ずに、ただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

「……こんなことなら、最初から私の手で始末するべきだったわ………ことりなんかに任せたままにしたのが間違いだったわ………!」

 

「えっ……………?!」

 

 

 意外な言葉が耳を通り抜けた――――――

 

 

 いま、ことりって………どうして、ことりの名前がここで出てくるのかが分からなかった………

 

 そして、脳裏に過った嫌な感じ………まさかと思ったけど………いや、そんなはずは………

 

 

 疑心が心を支配してくるようだった。

 

 

 

「絵里……どういうこと………ことりって、一体………?」

 

 

 この声だけは聞こえたらしい――――絵里は手に加えていた力を緩めると、こちらに首を曲げて緩み見開いた瞳孔が睨みつけた。 もう、その目を見ただけで、何を言わんとしているのがわかってしまうので、余計に戦慄してしまう。

 

 

 

「あら……そうね、被害者であるあなたが分かるはずもないでしょうね………このすべての流れを………どうして、ことりがアナタのことを殺そうと思ったのか………それは至って単純明快よ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

………私があの子に焚き付けたのよ、アナタを排除するようにってね………」

 

 

 

「ッ………………!!!!!」

 

 

 

 息が詰まりそうになる―――――――

 

 絵里の口から―――――同じグループの仲間からそんなことを聞かされて、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 

 けど、それだけでは終わらなかった――――――

 

 

「本当に、運がよかったわ。 まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから………それで思いついちゃったのよ………どうしたら、蒼一の周りにいる害悪を取り除くことが出来るのか………

 

 それで見つけたのが、ことり。

 あの子は本当にちょうどいい器だったわ。 蒼一のことばかりを考えて、実らない恋心を抱いていたから手助けしてあげたのよ。 そしたら、期待通りにμ’s全員を巻き込んだ話になって、私が手を出さなくてもお互い潰し合ってくれたわ。 ホント、見てて愉快だったわ……人ってこんなにも脆いものなんだって、実感しちゃったわ」

 

「っ~~~~~~!!」

 

 

 絵里の言葉が次々に私の心をえぐっていくようだった。 ナイフで腹部を突き刺され、(はらわた)が手の平の上で晒され踊らされるような、そんな怒りと憎しみと、悲しみと悔しさが一気に押し寄せてくる。 急に、入り込んでくるのだから吐き気を催してくるほどに邪悪な感じだった。

 

 

 

「私はね、ずっと蒼一のことが好きだった……でもね、それに気が付くのにとっても時間がかかってしまった……いえ、気付かないふりをし続けていたというべきね。 ずっと、蒼一のことを越えようと思ってた。 何をやっても蒼一だけには手も足も届かなかった……だから、否定した!! 蒼一を越えるために!!!

 

 けど、こうしたやり方は間違っていたわ。 このままじゃ、私はどうやっても蒼一に追い付くことさえもできないんだってね。 そこでようやく諦めが付いて自分に正直になったのよ。

 

 そして、好きになった。

 

 そして、新しいやり方で蒼一を越えようとした。 蒼一を完全支配すると言うかたちで越えようと決めたのよ!! だから、周りにつくコバエが邪魔で仕方なかった!! ただそれだけよ!!!」

 

 

 

 流れ落ちていく涙を拭うことも、嗚咽する口元を押さえることすらもできない悲愴が、私を覆う。

 

 

 そして思う―――――――

 

 

 

 

 私はこの人を助けることも、赦すこともできないと――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――それが()()()()()()()()()()()()()の話だけどね」

 

 

「「っ……………!!?」」

 

 

 重く圧し掛かるような雰囲気の中、その重荷を一瞬にして跳ね退けてしまいそうな声が、頭上から舞い下りてくるような幻聴となって耳を通り抜けた。

 

 さっきまで、息苦しくしていたにこちゃんが、咳でむせかえしながらも呆れたような口調で話しだしていたの。

 

 

 

「絵里、アンタ、私たちのことが邪魔だから殺そうと思ったって言ってたわよね? アレって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? それにアンタは、にこたちが眠っている間に、いつでも殺すことだってできたはずよ?」

 

「そ、それは………ちゃんと確信していたし! それに、アナタたちが寝ていた状態で殺してもおもしろくないからよ! 恐怖や絶望しきったその姿を見てk「はいはい、その悪役ぶるのはもうお終いにしなさいよ」ッ!!?」

 

 

 威圧をかけ続ける絵里の言葉に溜め息を吐くような感覚で振り払った。 さすがの絵里もまさか2度も同じようにあしらわれるとは思っていなかったようで、焦燥していた。

 

 その絵里に対して、にこちゃんは鋭い視線で睨みつけた。 それに堪らず絵里は身体をビクつかせていた。

 

 

 

「そんな見え透いたような演技で、この私を騙せるとでも思ったのかしら? そういうことは私の専売特許みたいなものだから、雰囲気だけで分かっちゃうわよ。 まあ、演技としては悪くないじゃないかしら? 真姫ちゃんたちを怖がらせたみたいだし」

 

「ふ、ふざけないで……!! 私は本気でアナタたちのことを………!!」

 

「無理に言おうとしても自分が傷付くだけだからやめなさい。 それに、アンタじゃ私を殺せない」

 

「んなっ?!! な、何を証拠にそんなことを………」

 

「試してみる? なら、()()()()()()()()()()()()()()()よ?」

 

「「ッ――――――!!?」」

 

 

 

 自信満々に言いきったにこちゃんの言葉に、息が止まりそうになる。

 にこちゃんと絵里とのやり取りは心臓を悪くさせる。 2人の一言一言が刃物のようで、互いを繋ぎ合わせていた糸を立ち斬るみたいで、決して落ち着いてみることなんて出来なかった。

 

 それにどう見ても立場があまりにも違うにこちゃんが、あんなに堂々としていると言うことが私の不安を煽りたててくるのだ。 バカじゃないの! って言いたくなっちゃう! でも、不思議とにこちゃんから必死さが良く伝わってくる。 誰かのために抗おうとしているあの姿は、まるで…………

 

 

 

「ッ~~~~~~!!!」

 

 

 絵里は、にこの言葉通りにその首元に手を添えようとしていた。 けど、その手はあまりにも大きく震えており、苦渋に満ちた表情を表していた。 さっきとはまるで別人、後ろめたさを感じてしまうその姿に私は見入ってしまった。

 

 

「ほら、あともう少しよ? そのまま指に力を入れなさい………」

 

「ッ~~~~~~~~!!!!!」

 

 

 もう限界に来ていた―――――――

 

 

 砂で造られた造形が崩れ落ちるように、その手がにこちゃんの身体から放れていったの。 そしてそのまま絵里は、2歩3歩と後ろに下がってグッタリと体制を崩してしまった。 そのまま、うつむいて誰の顔も見ようともしなかった。

 

 

 

「ふん、あんなに偉そうなことを言ってて、アンタは何もできなかった。 それがアンタの本心よ、絵里。 アンタには、この役がまったく向いていなかったってことよ」

 

「ちがっ―――――――!! 私は―――――――――!!!」

 

 

 

 

 最後の核心部を抑えられたように、絵里は慌てふためき始めていた。 私たちを直視できないほどに虚ろいでいたからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういい―――――――もう、そこまでにしておけ――――――エリチカ」

 

 

 

「「「!!!」」」

 

 

 

 

 私たちの視線が一点に集中した。

 

 

 

 それは、待ちに待った私たちの救世主だったから――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒼一!!!」

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

次回で解決できたらいいです。


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フォルダー4-20

 

 

 

[ 旧音ノ木坂小学校 ]

 

 

「蒼一!!!」

 

 

 真姫の甲高い声が俺の耳に響いてくる。 まるで、俺が来るのを待ち望んでいたみたいなその表情を見て、ようやく安堵する。 真姫もにこも健在。 それに、エリチカも………

 

 

 

「そう………い……ち…………?」

 

 

 エリチカは、見開いた目でこちらをずっと凝視している。 まるで、幽霊でも見ているんじゃないかと疑ってしまうような、そんな表情だ。

 

 

 俺は部屋の中に入っていくと、まず目に入った拘束されている2人の紐を解いてあげないといけないなと思い、2人に近付いた。 その際、エリチカの横に来るのだが、ただ無言のまま通り過ぎた。

 

 

 先に、拘束を解いたのは真姫からだ。

 足首から解き始め、その後に手首の方のも解き放つ。 晴れて自由の身になった真姫は、躊躇することなく、俺に抱き付いてくる。 首回りをギュッと抱きしめながら耳元に、「怖かった……怖かったよ……」と今にも事切れてしまいそうなか細い声で聶いた。 俺は怖がる真姫の頭をやさしく撫でながら、瞳から流れる熱い滴を一粒一粒受け止めては、ぬぐい去った。

 

 

 

 また、同じくして、にこの拘束も解く。

 手首が見えやすい位置になったためにそれから先に解くのだが、解いた瞬間に胸元に向かって抱き付いてきた。 その小さな頭を胸に埋めたのをわずかな間様子を見つつ、そのまま足の拘束も解き終える。 それでも、ただ無言のままに抱きついた状態を解くことはしなかった。 俺もそれを無理に解こうとは思わなかった。

 

 なぜなら、にこは泣いていたからだ。

 誰にも悟られることが無いくらいに、小さな声で泣いていた。 それを無暗に追い払うことなんて出来やしない。 逆に俺は、その気持ちが納まるまで抱きしめ続けてあげたのだ。

 

 

「よく耐えたな……にこ…………」

 

 

 小さな小さな勇者に敬意を評しながら…………

 

 

 

 

 

 2人の気持ちに納まりが付くと、振り返ってエリチカの方を見る。

 俺と顔を合わせたエリチカは、見るやいなや青ざめた表情をして怯えていた。 その顔を見れば、彼女が今何を感じて思っているのかがハッキリと分かる。 もはや、自らの感情を隠すような芸当など出来るはずもない。

 

 

 俺は抱き付く2人を放すと、エリチカの方に数歩近付く。 俺が一歩一歩近づくにごとに、身体を震わせて引き下がろうとするが、それを見逃す俺ではない。 彼女が下がるよりも早く目の前に出て、もう逃げることが出来ないよう威圧をかけた。 すると、彼女は蛇に睨まれたように怯え出し、そこから動くことが出来ないようになる。

 

 

 なんと言うか、立場が逆になったような感じがして気分が悪い。

 

 

 

 

「ど、どうして………ここに…………?」

 

 固めていた口からようやく出てくる言葉は、俺の存在に対する疑問から始まる。

 

「お前がいなくなった後に、亜里沙ちゃんがやってきて解いてくれたんだよ」

 

「あ、亜里沙が………!!」

 

 

 その言葉を聞くやいなや、あっ! と忘れていたことを思い出すかのように目を見開いた。 この様子からして、エリチカは見誤った解釈と見解で計画を立てていたことがうかがえた。 だが、実にエリチカらしくない。 彼女の頭であれば、こんな単純なことをミスするだなんてありえないことだ。

 

 そこに、彼女の動揺が存在した。

 

 

「亜里沙ちゃんは、お前のことが心配で俺の拘束を解いてくれた。 それは、また俺にお前を助けてほしいという願いを込めたものなんだろうと思う」

 

 

 未だに痛みを感じる手首を解すように回しながら、彼女の変わりつつある表情に目を向ける。

 

 

「それで―――――お前から見て、俺はどう映っていると思う?」

 

「え―――――――?」

 

 

 俺の言葉に対して、思わず気の抜けた声が通る。 どうしてそんなことを、と言わんがばかりの疑問に思う表情を見せながらも、怯える眼で俺のことをじっくりと見始めた。 ただ、俺と目が合おうとすると瞬時に顔を逸らしてしまう。 そして、そのままで俺に語る。

 

 

「………怒ってる………怒ってるのよね………? こんな……こんな私のことを惨めに思いながらも、心の奥底では、殺したいくらいに憤激しているのよね…………?」

 

 

 目を合わせることなくただ地べたを見続け、うつむきながらすすり泣く声を上げる。

 

 

「確かに、お前の言う通りだな。 今の俺は、お前のことで自分でも抑えが効かないくらいに怒っているんだ。 こんなことをして、ただで済むとは思っていないだろうな?」

 

「ひっ…………!! あっ………ひゃぁ…………!」

 

 

 言葉で見せる怒りに、エリチカの恐怖は頂点に立とうとしていた。 自身に受けられるであろう怒りに、言葉では言い表せられない声で反応してしまう。 顔をこちらに向けることなど出来るはずもなかった。

 

 

 

「エリチカッ!!!!!」

 

 

「ッ~~~~~~!!!!!」

 

 

 腹の底から出るありったけの声量でエリチカに怒鳴り散らす。 それがあまりにも強烈過ぎたのか、うつむく顔を地べたにくっ付け、ひれ伏すような姿を見せたのだ。 そして、すでにすすり泣くような声が床を通して聴こえてくる有様だった。

 

 

 だが、これで終わらせるつもりなど毛頭なかった。

 また腹に空気をたくさん吸い込み、自身の感情も取り込ませて一気に排出させた。

 

 

 

「エリチカッ―――――!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――何故、そこまで自分を追い詰めようとしたんだ!!!?」

 

 

 

「……………えっ…………???」

 

 

 突飛よしもなく吐き出される言葉に対して、エリチカは戸惑いの声を上げる。 もっとも、違った言葉が出てくるモノなのだと想像していたことだろう。 しかし、俺が彼女に対して感じている想いと言うのはそう言うことではないのだ。

 

「お前が今、どんな気持ちでいるのかなんて知りもしない。 だが、お前のことをよくよく思い返して見れば、どういうヤツであったのかってのを思い出させてくれたのさ」

 

 俺の目に映る彼女のその姿が、まるであの時の姿と類似して見えた。

 

「正直、お前が今回の一連のことを起こしたヤツだったってことを聞かされた時は、酷く怒ったものさ。 こんな無駄なことをどうしてしようと思ったのか、まったく理解できないし、大切な仲間を傷付けるなんてもってのほかだって思っていたさ」

 

 だがそれは、俺がエリチカのことを真に知ろうとしなかったことから生じた言葉だ。

 

「けど、そう思うのは間違いだったって思っている。 そこには、お前の気持ちが入っていなかったからだ。 お前がどんな気持ちで事を運ぼうとしたのかを考えると、どうしてもお前だけを非難することなんざ出来ないって思ったさ。 俺自身にも、汚点があったんだって申し訳ない気持ちになるんだ」

 

 彼女を狂わせてしまった要因と言うのは、紛れもない俺だと言うことに………

 

「そして、ようやくお前の本心を知ることが出来たと思っている…………」

 

 そういって、ポケットからおもむろに一枚の折りたたまれた紙を抜き出す。 ゴワゴワとした手触りのするこの紙を手元に取りだすと、彼女はピクリと反応を示す。 その紙に何が書かれてあるモノなのかを瞬時に捉えたのだろう。

 

 何せ、これは彼女にとって重要な“言葉”が綴られたものだったからだ。

 

 

 

「よ、読んでしまった………の………?」

 

「すまんな、あそこでつい目に入ってしまったんだ。 一旦、目に入ってしまったらずっと離れなれなくってさ………」

 

「………そう………」

 

 

 ポツンと小さくつぶやくと、エリチカは手を伸ばしてその紙を手にしようとした。

 

 

 

 

 

 

 ぎゅっ――――――――

 

 

「えっ……そ、蒼一………?!」

 

 

 俺は、紙を手にしたその手を両手で包み込むように触れる。 そのあまりにも突然のことで、エリチカは戸惑い始めていた。 俺の視線が彼女と交わりだすと、俺は彼女に語りかけ始める。

 

 

 

「ごめんな………もっと早く、エリチカの気持ちを知っておけばよかった………いや、多分気が付いていたのかもしれない。 けど、俺はそれを避け続けていた。 何かが壊れてしまうものだと勘違いして、触れないでいようと思っていた。 けど、それこそ間違いだったと思っている。 エリチカが綴ったこの言葉を目にしてようやく分かった…………」

 

 

 目元がじんわりと紅くなりつつある顔を望みながら、一呼吸吐いて言葉を交わす――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから俺は、今度こそお前のことを離さないでいたい―――――もう、エリチカのことを跳ね退けるようなことはしない―――――――!!」

 

 

 

 決意の言葉を口にする―――――――

 

 

 紅くなった顔から滴が数滴と流れ落ちていく――――――

 

 

 そんな彼女の口からは何度も「ごめんなさい……ごめんなさい………」と謝罪の言葉が零れ出る。 その言葉、その滴、熱く流れ出るそれらを拭うように、俺は彼女を抱きしめる。 本当ならば、こっちが謝らなくちゃいけないのに、言葉にすることが出来ないでいた。 今言葉を口にしてしまえば、何だか俺の気持ちが濁ってしまいそうな気がして、俺はこの身体から彼女の体へと直接気持ちを伝えるべく抱き合った。

 

 彼女は、顔をうずめながら留まることを忘れた熱いモノを流し続ける。

 壊れてしまったその心を、俺は何とかして治してあげたかった。 無理をして、自分を追い詰め続けた結果、粉々になるまで砕いてしまったその心を1つ1つ取り上げるようにして、直していく。 簡単なことではない、けど、それが俺にできる唯一の贖罪だと思う。

 

 

 だから、こうして彼女に気持ちを注いでいくのだ。

 

 

 

 エリチカの抱いた悲しみを―――――――

 

 

 エリチカが受けた痛みを―――――――

 

 

 その飛び散ったカケラを1つひとつやさしく包み込むように抱き寄せる。

 

 

 

 暗闇の底でうずくまる彼女を――――――エリチカを明るく照らすことが出来る光となって、彼女を包み込みたかった。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――おかえり、エリチカ―――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 止まない雨など、この世には存在しない。

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

次回で絵里の話はおしまいです。


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フォルダー4-21『絢瀬 絵里』

 妬ましいと思った―――――――

 

 

 

 私は昔からそう言う性格だった―――――――

 

 すぐに他人と比較しちゃって、自分に足りないモノを得ようと躍起になってしまう、そんな性格だったわ。 けど、私がいくら努力しようが、いくら重い負荷を自らに掛けようが関係なかった。 何故なら、私はそれを得ることが出来ないからだ――――――――

 

 

 努力し続ければ報われると思った。 けど、それは他人の上辺事で私がどう足掻いたって手に入れられるものばかりではなかった――――――

 

 私が手にしていたのは、“オマケ”だけ―――――――

 

 本当に欲しいと思うモノは、いつも私の手に触れることなく過ぎ去って行ってしまう。 それが、嫌で仕方なかったの――――――――

 

 

 

 

 そんな時、私の前に現れた彼が私に新しい世界を見せてくれた。 私から見て彼は、とてもいい加減で楽天的で、私とは正反対の性格の持ち主なんだと思っていた―――――――

 

 

 だけど、決定的に違っていた。 彼は私が欲しいと思うモノをすべてその手に収めていた。 それが何だか悔しくて、彼に対して対抗意識が芽生え始めていた。 あの人を越えたい、その一心で彼の後ろに侍り付くように、彼からあらゆるモノを得ようとしていた――――――

 

 

 そんな中、私にとって大きな転機となった出来事が起こった―――――――

 

 中学でのあの出来事だ――――――――

 

 私では、到底成し得ないことだろうと諦めかけていたあの時に、彼が颯爽と現れ、いとも簡単に成し遂げてしまった。 その様子を傍から見ていた私は、内心穏やかではなかった。 どうしてあなたには出来て、私には出来ないのだろうと、自分の不甲斐無さにただただ泣きたくなってくるのだ―――――――

 

 

 そんな酷く落ち込んでいた私に、あなたは励ましの声をかけてくれた。 それを聞いた瞬間、私の心が大きく揺れ動いたような気がしたの。 今まで感じたことの無い特別な気持ちが、私の中で生まれ始めたような気がしたの―――――――

 

 それは、あなたを見ているだけで胸が高まってしまう熱い気持ち――――――――

 

 

 

 そう、それこそ私が本当に欲しいと熱望したモノ――――あなたよ、蒼一――――――

 

 

 これほどまでに、何かを欲したのは初めてのことだった。 こんな気持ちをあなたに抱いたのも初めてのこと。 それが次第に、対抗することから寄り添うことへと変わったようだった。 あなたと残されたわずかな時間の中で、私はあなたと一緒にいたいと思った――――――

 

 そして、これからも――――――

 

 

 

 

 けれども、現実というのは、そんな生易しいものではなかった――――――

 

 あなたと離れてからの私は、自分には何も無いことを思い出してしまう――――――

 

 

 誰も支えてくれない――――――

 

 誰も私の前にいてくれない――――――

 

 私はどうしたらいいのよ――――――

 

 

 自問自答を繰り返していくなかで、私は何もなかった独りぼっちの自分に戻っていた。 そしていつしか、あなたのことを遠ざけていた――――――

 

 

 

 そんな時に、あなたは私の前に現れた。 以前と変わらないあの姿で――――――

 

 

 あなたの名前を聞いた時、あの日抱いた胸の高鳴りがよみがえってきた―――――――

 

 今すぐあなたに逢いたい――――――

 

 今すぐあなたと話したい――――――

 

 今すぐあなたの隣にいたいと切望した―――――――

 

 

 

 だけれども、私の置かれた状況がそれを許してはくれなかった。 状況が、立場が私を頑なな人格を生み出し、あなたをはね除けていた。 あなたをはね除けていく度に、私は何度も悔やみ続けた。 こんなはずじゃない、どうしてもっと素直になれないのだろうかと激しく嘆いていた―――――――

 

 そんな私のことをあなたは嫌っているものかと思ってた―――――――

 

 なのに……あなたは私が危険に陥った時に手を差し伸べ、私を引き揚げてくれた。 そんなあなたの心に触れて、私は素直になれた。 こんなに嬉しい気持ちになったのは久し振りだった。 親友といて、仲間といて、そしてあなたといて、私は変わっていったわ――――――

 

 こんな日々が続いたらいいのに………と思っていた―――――――

 

 

 

 

 

 しかし、そんな日々は長くは続かなかった―――――――

 

 

 μ'sに入って以降、仲間たちがあなたの周りに集まっているのを見ていて、胸がモヤモヤとし始めていた。 初めは、なんだろう? と首を傾げる程度のモノだったが、毎日その様子を見ていて次第に痛みが生じ始めてきたのだ。 その日々が積み重ねていくごとに、痛みは段々強くなっていき、終いには苦しくなるほどだった――――――

 

 そして、気付いてしまったの――――――――

 

 

 

 アナタが欲しい、と――――――――――

 

 

 

 そう思ったら、何が何でもアナタのことを手に入れたかった。 アナタが私のすべてになるものだと、そう切望したの。 そしたら、周りが急に暗くなり始めたように、視界が狭まっていき、アナタしか見えなくなっていた――――――

 

 周りは邪魔だ、私には必要ないとさえ感じるようになっていた。 それが間違っていることは分かっているつもりだった、でも、抑えられなかった―――――――

 

 アナタが誰かのモノになるのを見たくなかったから―――――――

 

 

 

 そんな時だった――――――――

 

 あの写真を見つけたのは――――――――

 

 

 

 それを見た瞬間、吐き気を催すような薄気味悪いモノが身体中を駆け回った―――――――

 

 

 ナニコレナニコレナニコレナニコレ?????

 

 

 私の目に映るその真実が受け止めきれずにいた―――――――

 

 私の――――私の蒼一が―――――――

 

 

 

 トラレチャッタ―――――――

 

 

 

 

 ガソリンに着火し一瞬にして燃え広がるような勢いで、私の中に憎悪が黒い煙を高らかに上げるように膨張していった――――――――

 

 

 邪魔だ―――――

 

 

 みんな邪魔だ!! 蒼一はアナタたちのモノじゃない、私のモノよ!!! どうして私の許可なく蒼一を奪おうとするの? どうして、私のいないところで泥棒のように盗んで行っちゃうの!? 汚いヤツらだわ、そんなヤツらなんか赦せないんだから!!!

 

 

 

 そうして思いついたのが、今回の一件――――――

 

 

 ことりに行動させて、私は何もしないまま周りが消えていく様子をただ見つめるはずだった。 実際、ことりはいい働きをしてくれたおかげで無駄なことをせずに済んでいた。 この手を汚すことなく、綺麗な手でアナタに触れることが出来るものだと信じていた―――――――

 

 

 でも、胸の痛みは晴れなかった―――――――

 

 

 

 

 けど、ことりが私の存在に気付き、その反動でことりに手を出した瞬間、私は穢れてしまった―――――――

 

 白磁のように美しかったこの手が、黒く塗り潰されるような色に変色し出し、そのまま、私の中に入り込んでいったのだった。 憎悪とは違った、強烈な欲望の数々が私の身体を隅々にまで支配していき、この意志までも完全に支配されてしまったのだった―――――――

 

 

 

 そして、気が付いた時には――――――――――

 

 

 萎れた花のような姿をしたことりが仰向けになって倒れていた―――――――

 

 

 

 これは……私がやったの? 信じられない光景だった。 さっきまで、私に盾突いていたことりが、見るも哀れな姿となって目の前に転がっていたのだから―――――――

 

 そしたら、私の口が勝手に動き、ことりに罵声を浴びさせていたのだ―――――――

 

 

 違う………これは、私の意思じゃない―――――――

 

 

 これは紛れもなく私がやったことだ。 けど、私がやったわけじゃないの。 でも、それを信じてもらえるはずもないと思った私は、逃げるようにあの場から立ち去ってしまった―――――――

 

 

 自分の部屋に戻った私は、ただ後悔するしかなかった。 私はこんなことをしたいとは思ってなかった。 最初だって、誰かを傷つけてまでも手に入れたいとは思っていなかった。 なのに、どうして傷つけてしまったのだろうと、何度も後悔した。 けれども、こんな私など赦してもらえるとは、到底思えなかったのだ―――――――

 

 

 

 

 

 そんな時、私の机の上にあった一枚の紙を目にした―――――――

 

 今のこの気持ちをどうしても何かに残しておきたかった。 私は無我夢中になって、その紙に書き綴った。 決して、わかってもらえないかもしれない………でも、これが本当の私の気持ちなのだと言うことを書き残したのだった―――――――

 

 

 

 しかし、そんな私の意思とは裏腹に、もう一つの意思が私の身体を支配して動き始める―――――――

 

 

 そして、私はとうとうアナタに手を出してしまった――――――

 

 アナタを捕まえ、私だけのモノにしようとクスリまでも服用させようとした。 私の身体は止まらなかった。 それがダメだと感じたら、すぐさま、アナタを惑わす害悪たちを消し去ろうと動いた――――――

 

 そして、簡単に私の思惑通りに捕まってくれた―――――――

 

 同時に、どうして捕まってしまったのよ、と心の奥底で叫んでいた――――――――

 

 

 私の身体が、2人を傷つけようとしている中、必死に止まるようにと叫んでいた。 私の身体がにこに手をかけようとしていた時は、泣き叫ぶような気持ちで止めようとしていた。 それでもなお、身体の自由は奪われたままで、2人が傷付いていく様子を見ているほかなかった―――――――

 

 

 

 そんな私を止めてくれたのは、にこだった―――――――

 

 にこは、苦しみ悶えながらも、もう1人の私に立ち向かっていた。 にこの確信を突いた言葉が、もう1人の私を押し殺し、本当の私をむき出しにさせてくれた。 でもそれは、もう1人の私が積み上げた重荷を背負うことに他ならなかった―――――――

 

 

 いいわけなど出来なかった。 いくら自分の意思じゃないからだと言っても、私自身がやってしまったことに変わりなかったからだ。 私は、あなたからの罰を何でも受ける覚悟でいた―――――――――

 

 

 

 

 

 なのに―――――――

 

 

 なのに、あなたは私にこんなにもやさしくしてくれるの………? どうして、こんな私のことを簡単に赦しちゃうのよ………? 私は………あなたに酷いことをしたのよ――――――?

 

 

 

 

 ごめんなさい………ごめんなさい―――――――

 

 

 擦り切れるような声で、溢れ出て止まらないこの気持ちをたくさん出していくのだった―――――――

 

 

 

 そしてまた、あなたの前で素直になりたい―――――――

 

 

 

 私の本当の気持ちを……今度はちゃんと―――――――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 ホントは、気付いていた。

 

 エリチカが俺のことをどう思っていたのかということを。

 

 

 μ’sが全員揃った時に行ったあのライブの直後、エリチカがたった1人で俺のところにやってきたあの時に、わかっていたんだ。 アイツは、あそこで俺に伝えたかったのかもしれない。 けど、俺はそれを濁すように避けてしまった。 今思えば、そんな曖昧なことばかり言っていた俺自身が間違っていたのだ。この一連の出来事は、俺のわがままがそうさせてしまったものだと、彼女たちと向き合っていく中で気付かされていくのだった。

 

 

 ごめんよ………俺がこんなんだから……みんながみんなを傷つけてしまう………

 

 いっそ、自分で自分を壊したいくらいだ………

 

 

 こんな絶望を与えるようなことをさせてしまう自分が憎い。 もし、自分で自分を貫くことが出来るのであれば、今すぐにでも刺し貫いて投げ捨ててしまいたいものだ。 みんなの毒となるのならこの身を滅ぼしたい。

 

 

 けど、この起きてしまったことに終止符を打たなければならない。 それをしなければならないのは、俺だ。 俺がやらなければ………いけないんだ…………

 

 

 そして、必ず………お前達に取り返してやる………

 

 

 

 

 

 

 

 何気ない、みんなが笑いあっていられる……そんな日常ってヤツを…………

 

 

 

 

 

 

 

 

――

―――

――――

 

 

 

 その場で泣き崩れてしまったエリチカを立たせると、涙などで薄汚れてしまった顔を指で拭いとってみる。その様子を見て何か思ったのか、にこと真姫がやってきては、両方向からエリチカの顔を手にしていたハンカチで拭いてあげていた。

 すると、それが嬉しかったのか、エリチカはまたしても大きな声で泣き始めてしまう始末。 その様子を2人は口元を緩ませながら微笑んでその手を動かして、自分たちの仲間の顔を拭っていたのだった。

 

 

 その時の2人の目がやや潤んでいたように見えた――――――

 

 

 

 それからしばらく経った後、凛の連絡を受けてやってきた明弘と他のメンバーたちと合流を果たす。 当然、エリチカはみんなの前に姿を現し、深々と頭を下げて謝罪をした。 その様子を目にした彼女たちは、何か言いたそうな難しい表情を一旦は見せたものの、みんなは苦味の含んではいたが微笑んだ表情でエリチカを受け止めていた。

 

 そして、戻ってきてくれた仲間をあたたかく迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 その後、洋子とも連絡をとりつけ、現状における問題は何とか方が付いたことを報告。 電話越しから安堵の声を漏らしながらも、身体の方には十分気を付けてくださいね、との指摘を受けられる。

 

 それを聴いた時、まさか気が付いていたのか、と思い身体を震わせた。

 

 現状、俺の身体には、これまでにないほどの負担が強いられている。 それは、彼女たちを助けるために数々の負荷をかけ、自身のことを顧みることないままでいた。 そして、今回は“精神強化”という力も使ったために、心身ともに疲労が溜まっていた。

 

 だが、そんな様子を彼女たちに見せるわけにはいかない。 ただでさえ、今回の一件で精神的な苦痛を受けているはずなのに、そこに新たな負担をかけさせるにはいかなかったからだ。 俺は彼女たちの様子を見守ってからその場を立ち去り、自宅に戻ってリビングのソファーに意識を沈ませた。

 

 

「あと、もう少し……あと、もう少しなんだ………」と呟きながら、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

[ 宗方家・室内 ]

 

 

 

「――――――――――――――」

 

 

 

「――――――――――――――」

 

 

 

 

 

 ん………誰かの声がする………………

 

 

 

「―――――――いち―――――」

 

 

 

「――――そ――――ち――――」

 

 

 

 俺の名前………………? 一体誰が………………?

 

 

 薄らぼけた意識の中で、俺の名前が呼ばれたような気がすると、重い瞼をこじ開けるように開かせる。 すると、俺の目に映りだしたのは2種類の光る瞳。 宝石のように煌めいたその瞳に魅せられながら、俺は深い意識の淵から目覚めた。

 

 

 

 

「あら、ようやく御目覚めのようね、王子様♪」

 

 

 アメジストのような紫色の瞳をキリッとした目つきにして微笑む真姫は、俺と目が交わると開口一番に甘い言葉を口にする。 高校一年生でありながらも大人顔負けの魅惑的な美貌とこのセリフが、眠っていた俺の神経を研ぎ澄ませてくる。

 

 

「おはよう、真姫」と相槌を打つように反応すると、真姫は顔を近づけて俺の右頬を触れるように甘い口づけをする。 一瞬、何が起こったのか分からずに呆けた声をあげてしまうのだが、真姫はそんな様子を割と楽しんで見ていた。

 

 

 

「あー! 真姫ちゃんずるいわよ!! 1人だけ抜け駆けなんて、そんなの赦さないにこ!!」

 

 

 視線を真姫からやや左に向かわせてみると、今度はルビーのように燃える紅色の瞳で羨ましそうに見ていたにこが顔をのぞかせる。 真姫と比べても年上にもかかわらず、その類稀な気質であるその表情が、彼女の外見的、及び精神的年齢を幼くしている。

 

 やや嫉妬気味に頬を膨らませながらも、俺の目と交らせると、一瞬にして嫉妬する表情から甘えん坊な子供の表情へと一変させてしまう。

 

 

「もう、真姫ちゃんだけじゃなくって、あなたのにこにーにも挨拶してよね?」と、困った顔をして見せるのだが、そのわざとらしさが逆に愛らしく思えてしまう。 だからと言うわけではないが、ちゃんと「おはよう、にこ」とさっきと同じ感じで応えて見せた。

 

 すると、それが嬉しかったのだろうか、表情を緩ませて鼻で短く歌う。 そして今度は、にこが俺の左頬に目掛けて口づけをする。 指で突かれたような刺激が頬から伝わり、自然と顔を熱くさせてしまう。 やはりまだ、こうしたことには慣れておらず、恥ずかしい気持ちも相変わらず健在のようだった。

 

 

 2人からの熱い目覚ましの功もあり、沈んでいた意識もはっきりとしだすと、身体を起こして辺りを見渡す。 窓から見える風景は、すでに黒く包まれており、時計を見ても納得してしまう時間帯である。

 

 しかし、なぜ真姫たちがここにいるのだろうと言う疑問が起こる。 真姫の場合は、ここに荷物があるから仕方ないとして、にこの場合はここあちゃんたち妹たちが待っているはずなのに、ここにいてもいいのだろうかと心配になる。

 

 

「なあ、にこはここにいても平気なのか?」

 

「大丈夫よ、ちゃんとママには伝えてあるから心配いらないわよ♪」

 

「ママって………というか、どうしてにこがここにいるんだよ………」

 

「だってぇ~、真姫ちゃんが蒼一と一緒に暮らしているだなんて聞かされたら、何が何でも蒼一と一緒にいたくなっちゃうのが女の本能ってヤツよ!」

 

「女って……それじゃまるで、この世の女性たちが俺のことをそう思っているって聞こえてしまうのだが………」

 

「そこは安心して、蒼一のことを本当に好きなっているのは、私たちだけなんだから♡」

 

 

 それはそれで安心できない事案なのだが……と突っ込みを入れたくなるのだが、これでは水掛け論にしかならないために仕方なく口籠る。 また、その隣を見ると、にこの意見に感心しているのか、真姫が大きく頷きながらこちらを恍惚と見つめていた。

 

 

 

「ほ~ら、そんなところでいじけてないで、さっさと出なさいよ!」

 

 

 にこが俺の死角となっている場所に向かって声を掛けているのが見えた。 身体を少し斜めにして様子を伺うと、部屋の隅っこで膝を抱えて座り込んでいるのが1人そこにいた。

 

 ブロンドの髪が輝くその後ろ姿に、それが誰なのかを一瞬で見極める。

 

 いつまでも進展しようとしない様子に腹を立てたのか、にこと真姫は両脇を抱えて無理やり立たせ、嫌がる様子を振り払いながら俺の前に立たせた。 「あっ……」と俺と目を合わせると、頬をチークで塗ったように紅く染めだす。 モジモジと手を揉み合わせながら慌てふためいた様子を見せるので、少しクスッと笑いが口からこぼれてしまう。

 

 

「あっ! 今笑ったわね!」

 

「すまんすまん。 まさか、エリチカからそんな慌てた姿を見せられるとは思わなかったからさ、ついつい可愛く思ってしまったのさ」

 

「か、可愛………!?」

 

 

 すると、エリチカは顔全体を真っ赤に染め上げて熱くさせた。 あまりにも火照っているようで、頭から湯気が出てショートするのではないかと心配してしまうほどだった。

 

 

「あらあら、エリチカちゃんは可愛いと言われただけで、こんなに顔を赤くしちゃうのね~♪ うふふ、かわいいわね~♪」

 

「ふふ、絵里ったらこっちに関しては、まだまだお子様のようなのね♪」

 

「も、もう!! 2人ともからかわないでよ!!!」

 

 

 そんなエリチカの様子を見ていた2人はからかい始める。 エリチカはそれに怒りはするものの、決して本気ではなさそうだ。 アイツは分かっている、分かっているからこそ、あのように表情を緩ませながら2人と接しているのだ。

 

 もう傷つけるようなことはしたくない、そんな気持ちがアイツらの中で生まれているのだろうと思いつつ、3人の様子を頬笑みながら眺めていた。

 

 

 

 

「それじゃあ、絵里には罰を受けてもらわないとね♪」

 

「「えっ??」」

 

 

 真姫のその言葉を聞いて、何のことやらと疑問の声を漏らす俺とエリチカ。 すると、にこと真姫が2人してニヤリと悪い笑みを浮かばせると、エリチカの両隣に近付いた。

 

 

 

 ガシッ――――――

 

 

 

「えっ???」

 

 

 そして、エリチカの腕に自分達の腕を通して組んでみせたのだ。 一体何をしているのだ? と思いつつ唖然としながら俺たちは、事の成り行きを見つめていたのだが、エリチカは自分が動けなくなってしまったことにようやく気がついたらしく身体を動かし始めた。

 

 

「ちょっと?! 何をするのよ!??」

 

「見ての通り、絵里を捕まえているのよ?」

 

「いや、そう言うことじゃなくって、どうしてこうなっているのかって聞いているのよ!!」

 

「それは……今から蒼一にエリチカちゃんを弄ってもらうためにこ♪」

 

「はぁ!?」

 

 

 そんなこと聞いちゃいないぞ、にこ! どうして俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ!?

 心の中では焦燥感にかられるままに咆哮して見せるのだが、そんなことより目の前にいるエリチカが俺に向かってうるんだ瞳で今にも泣き出しそうな顔を見せるので、それどころじゃないのだ!

 

 

「にこ………やめてやれ。 これじゃあ、エリチカがかわいそうじゃないか………」

 

「何言ってんのよ、これは絵里のためにやっているのよ」

 

「なに?」

 

 

 にこのその言葉に思わず首をかしげてしまう。 この状態が果してエリチカのためだとでも言うのだろうか? にこと真姫、そして、エリチカのその真意が分からなかった。

 

 

 

「蒼一。 絵里はね、このままあなたの前から消えようとしたのよ。 仮にもさっきまで私に手をかけようとしていたのに、たった1人の男に立ち向かう勇気さえ見せようとしなかった。 私にはそれが情けなく感じてしまったのよ。 自分の気持ちを素直に伝えようとしないことにイライラするのよ。 だから、こうしてあげているのよ」

 

 

 眉間にしわを寄せて、怪訝そうにエリチカのことを話すにこ。 それを聞くエリチカ本人は、首を垂れるように下にうつむいて顔を上げようとはしない――――――いや、上げられるはずなんかないのだ。

 

 エリチカの心の奥底を抉り出し、隠していたその痴態を晒されるようなことを誰が喜ぶだろうか? まず、俺は喜ばないさ。 自分の汚い部分を包み隠すこと無く、他人によって見せびらかせられるほどの屈辱を受けるなど、考えられんものだ。 例え、それがエリチカの本心でなかったとしてもだ、俺はそういうやり方で強要させることは好きじゃない。

 

 

 一旦、気持ちを落ち着けるよう一呼吸を吐く。

 

 

「にこ……真姫………放してやれ」

 

「何言ってるのよ! こうしないと、また逃げ出しちゃうかもしれないのよ!?」

 

「いいから放してやれ。 それに、エリチカは逃げたりなんかしないさ……」

 

 

 そう言い放つと、2人は何も言わずにエリチカから手を離す。 自由となったその身体は、今にも倒れかかりそうで覚束ない様子だったが、辛うじて立ってはいる。 それでもまだうつむいた状態にあった彼女の肩に手を置いた。

 

 

「エリチカ。 俺にはお前が今どんな気持ちでこの場に立っているかなんて分からない。 だが、それなりの気持ちを持って臨んでいるんだってことはよく分かる。

 俺なんか逃げてばっかさ。 みんなの気持ちに気が付いてはいたが、それを見て見ぬふりをして避け続けていた。 お前に対してだってそうだ。 あの時の俺は応えることが出来なかった………俺自身、覚悟が出来ていなかったからかもしれない。

 

 けど、今は違う。 ようやく俺は覚悟を決めることが出来た………お前たちを必ず幸せにして見せると誓ったんだ。 そのためなら、俺がどんなことになろうともお前たちを助けようと思っている。

 

 だから、エリチカのその想いを俺は受けとめる。 周りから何と言われようが関係ない。 これは俺とお前とに与えられた権利なのだから、それに口出すことはできないんだよ……」

 

 

 そう言ってから、にこたちの方をちらりと見ると、申し訳なさそうな表情で俺と顔を合わせようとはしなかった。

 

 

 

 

「……………い……わよ…………」

 

「えっ?」

 

「………そんな権利………私になんか………あるわけないじゃない………」

 

 

 すると、うつむいていたその顔を上げると、ぐずった表情を見せる彼女が語りだしたのだ。

 

 

「私はあなたを傷つけた………あなたが止めろと言ってからもずっとあなたのことを傷つけた………そんな私にあなたのことを愛する権利なんてあるはず無いのよ!!!」

 

 

 悲嘆の叫びを上げながらエリチカはその場にしゃがみ込む。 うずくまるって声を上げて泣きだす姿は、とても見ていられない。 悲しい気持ちがこっちにまで伝わってくるからだ。

 

 

 

 そんな彼女を慰めようとするのだが――――――

 

 

 

 

 

 

「はぁ……絵里ってホントバカなのね」

 

「………えっ?」

 

「ホンット、こう言う時に限って頭が働かないにこね。 ウチのポンコツさんは」

 

「ぽ、ポンコツ……?!」

 

 

 そこに、真姫とにこが一緒にしゃがみ込み、うずくまるエリチカの背中に触れながら話しだす。 この唐突なことに目を丸くして驚くエリチカ。 すると、にこがさっきとは打って変わって優しげな声で話しかけていた。

 

 

「いい、絵里? あなたが蒼一のことを愛する権利がないだなんて、どこの本にも書いてないのよ。 大体、蒼一を愛してあげることにも良いも悪いもないのよ。 それを決めるか何て私たち次第なんだからね。 それが“愛する”ってことなのよ!」

 

「それに、私たちだって蒼一に対してもみんなに対しても酷いことをしたわ。 そして、今の絵里のように後悔してしまう気持ちでいっぱいになっていた時もあったわ。 けど、そんな私たちを受け入れてくれたのが、蒼一よ。 私たちのしたことを赦してくれるだけじゃなくって、愛してくれるのよ。 こんな最高の彼氏は世界中どこを探したって存在しないんだから♪」

 

 

 にこの言葉に付け加えるように、真姫が話し始めると、エリチカの様子が段々変化しているように見えた。 にこたちから俺自身のことを語ってもらうと、少しムズ痒い部分もあるが、2人の声が俺に対する信頼の籠った落ち着いた声で話をするので、悪い気分ではなかった。 むしろ、そう言ってもらえて嬉しい気持ちになってくるのだ。

 

 

「「それで絵里。 あなたはどうしたいわけ??」」

 

 

 2人の揃った声がエリチカに向けられる。 当の本人は、2人の穏やかな表情を見てから俺の方に顔を向き直した。 じっと見つめていく中、希望などを見出せずにあったその瞳に段々と輝きが取り戻っていくと、彼女の中で何かが決まり始めているのだと言うことに気が付く。

 

 胸の高鳴りが強くなっているからなのか、エリチカは胸元に手を置いて自分を落ち着かせようとした。 それを見ていて、逆にこちらも胸が高鳴り始めてくる。 この鼓動が聞こえてしまうのではないだろうかと心配さえしてくるのだ。

 

 

 

 彼女の熱い視線が俺と交差する。

 

 

 決意の籠った瞳が向けられると、そろそろかと身構えてしまう。 こっちだって心の準備と言うモノは必要だ。 何せ、彼女たちの真剣な言葉が出てくるのだから緊張しないはずが無いのだ。

 

 

 そして――――――

 

 

 

 

「私は――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼一のことが好き―――――――!

 

 

 好きで好きでたまらないし、他の誰よりもあなたのことを愛しているのよ――――――!!」

 

 

 彼女の熱意が籠る真剣な言葉が、真っ直ぐに伸びる針のように俺の心に突き刺さった。

 

 それは決して強い声で語られたものではない。 けれど、俺の耳には強くハッキリとした声となって通り抜けていったのだ。 それほどにまで彼女のその真剣さであったり、心に直接伝わってくる感情などが俺の心に入ってくるのだ。

 

 彼女の気持ちは当の前から知っていた。 それでも、こうして互いに向かい合い、鼓動を感じ合いながら受けるその気持ちは何ものにも変えられない熱い思いだった。

 

 俺は彼女のその気持ちを胸に収めると、彼女のやわらかい頬に手を伸ばす。

 今度は俺が伝えなければならないのだ、という気持ちを持って彼女と向かい合う。 アクアマリンのような透明な瞳から、俺を思う気持ちが水のように溢れ出てきているようだ。 そして俺は、その水を汲み取り、最後の一滴までも飲み干すような気持ちで彼女を受け止めるのだ。

 

 それが、俺がエリチカにしてあげられることなのだから――――――

 

 

 

 

 

 

「エリチカ、俺もお前のことが好きだ。 そういう決めたことは絶対にやり通そうとする、その真っ直ぐに突き進んで行こうとするその純粋なお前が好きだ。 こんな俺だが、愛し続けてくれるかい?」

 

 

 清々しくとても美しい空気が俺たちの間で生まれる。

 その空気に触れているだけで、エリチカが今どんな気持ちでいるのか、何を思っているのかが良く分かるような気がした。 それは逆も同じかもしれない。 エリチカも今の俺のこの気持ちを感じているのだろう。 故に、彼女は熱い涙をポロポロと流しているのだ。

 

 

「えぇ――――! 私は、あなたのことを――――蒼一のことを愛し続けるわ――――!!」

 

 

 俺の気持ちを知ったことがとても嬉しかったのだろう、エリチカは涙で顔を汚しながらも実に晴れやかな気持ちで俺に応えるのだ。 俺もまた、愛してくれると言ってくれたエリチカのことが、より一層愛おしく思い始め、その姿をジッと見つめ続けたいとさえ思ってしまうのだった。

 

 

 

「ねぇ……蒼一………」

 

 

 切ない瞳を見せながら、俺に何かを求めようしているその声に心が揺れ動く。 顔を前にと突き出そうとするその様子から、絵里が今何を求めているのかが良く分かる。

 

 言葉で交わしたこの気持ちを、今度は直接エリチカの中にへと届けたい、そう思えるようになった。

 

 

「エリチカ………」

 

 

 頬に触れる手をそのまま後頭部の方にまで伸ばし、彼女を抱き寄せようとする。 顔と顔との間が無くなってしまうほどに近付くと、お互いに顔を真っ赤に染めて、鼓動を強く打ち鳴らす。 彼女を引き寄せる手とは別の手が彼女の手に触れると、磁石がお互いに強くくっ付きあうように、互いの手が交じり合い握り合った。

 

 

 そして―――――――――

 

 

 

 

 

 

『んっ―――――――――』

 

 

 

 互いの唇が重なり合う。

 ミントのような透き通る味が口いっぱいに広がりだす。

 

 重なり合ったその瞬間だけ、お互いの目蓋が閉じて幻想の世界にへと誘われる。 現世に残るこの唇の感覚だけが、生々しく感じられる。 だが、そっちの方が魅力的に感じてしまう俺は、すぐに目を開き現実を直視する。

 そこに見えるのは、魅力的な表情を見せるエリチカの姿が。 瞳を瞑っても尚、美しく見えるのは、こうした行為を起こしたからなのだろう。 まるで、世界が変わっているように思えるのだ。

 

 

 

『んむっ――――んんっ――――ちゅっ――――んちゅっ―――――』

 

 

 エリチカのもう片方の手が俺の背後に触れ、そのまま強く抱き寄せようとする。 すでに、互いの身体は密着し合っているのに、それでは物足りないのだろうか、もっともっと互いの身体を触れ合わせたのだ。

 そしていつの間にか、俺の口の中には、エリチカの舌が侵入してまとわり付こうとしていた。

 

 

『んっ、ちゅぅ―――――ちゅるっ――――――あぁ、ちゅ――――――――』

 

 

 甘い吐息を呼吸するごとに吐き出しながら、俺の唇に向かって何度も何度も舌を捻じ込ませる。 歯ぐきをなぞり、それを舌と絡ませ舐め回す。 時には先端部に、時には舌裏に、時には奥に向かって、蛇のような舌が俺の舌全体を弄ぶのだ。 それが癖になりそうなほどに俺の感性をくすぐらせるのだった。

 

 

『んんっ、はぁ―――――ハァ――――ハァ―――――』

 

 

 ようやく唇が離れると、お互いに熱の籠る吐息を垂れ流し続ける。 エリチカなんか、目元を中心に顔全体がだらしなくとろけた感じとなっていた。 それは多分、俺も同じことが言えるかもしれない。 手で触れなくとも頬の緩みが尋常ではないのだと言うことに気付かされるのだった。

 

 

「もっと……もっと、ちょうだい………もっと、あなたを感じていたいの………」

 

 

 とろけた口調で再度のおねだりをし始めるのを見ると、彼女のリミッタ―が外れて抑えきれなくなってしまっているのではないかという思いを抱く。

 しかし、それを知りつつも俺の身体がエリチカのことを求めていた。 抑えられなくなっていたのは、こちらの方だったのかもしれない。

 

 

『んっ――――ちゅる――――ちゅる―――――あっ、はぁん―――――』

 

 

 再び彼女を抱き寄せると、今度は俺の方から仕掛ける。 彼女の舌が入り込んでくる前に、俺の舌が彼女の口の中に侵入し、あらゆる個所を舐め回し始める。 エリチカが舐め回したところはもちろんのこと、唇裏や口の上骨、舌の付け根となるところにまでをも舐め回した。

 そうした部分に快感を覚えるのか、舐める度に嬌声を漏らすのだ。 仕返しをするみたいに、そうしたところに狙いを定めて何度も弄ると、さらにとろけた表情をしてみせるため男心をくすぐらせた。

 

 

 

「蒼一……! 好き………んっ、んんっ………大好き………! ちゅ……ん……愛しているわ………♡」

 

 

 唇を何度も引き離しながら俺に愛の籠った言葉を連呼する。 言葉と共に彼女の強い想いが俺の心に入ってくる。 それがとてもやさしく、傷付いた心身を抱きしめるように包み込んでくれるので、思わず感涙をひと筋流す。 その気持ちに応えるべく、こちらもエリチカを包みだす。

 

 

「ありがとう……エリチカ。 俺も………お前のことを……愛しているよ………」

 

 

 言葉と共に添えるやさしい口付け。 激しく交じらせるものなど必要ない。 彼女に必要なのは俺の純粋なる気持ちだけ。 それ以外のモノは、不純物として取り去らせるのだ。

 

 この言葉と……この想いとを……目の前にいる、愛おしい大切な人のために贈るのだ。

 

 

 それを受け取ったエリチカは、溢れんばかりの涙を流し、俺を強く抱きしめた。 俺も彼女の気持ちに寄り添うように、その身体を抱きしめてあげるのであった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ♪ 絵里も結構わがままなのね♪」

 

「それに、かなりの甘えん坊さんにこ♪」

 

 

 俺がエリチカを抱きしめている横で、真姫とにこがニヤニヤしながらこちらを見つめていた。

 

 そう言えばそうだった。 ここには、この2人もいたんだってことをすっかり忘れてしまっていた。 それほどまでに、俺の心はエリチカに惹き込まれてしまっていたのかと、若干ながらも恥ずかしい気持ちとなる。

 

 

 だがその一方で、彼女たちの身体に変化が生じていることに気が付いてしまう。

 それを見て、ああ、なるほどとこちらもニヤつきながら納得してみせる。

 

 

 

 

「ほら、お前たちもこっちに来てもいいんだぞ?」

 

 

「「っ―――――!!」」

 

 

 2人に言葉をかけると、身体をビクンと跳ね上がらせて、共に焦るような表情を見せ始めていた。 そりゃあそうだ。 2人とも俺たちのやり取りを横で見ていたのだから、身体がウズウズして仕方なかったのだろうよ。

 

 そして、そんな2人に向けて手を差し伸べて見せる。

 

 

 すると、2人は瞬時に俺の手を握るために走りだし、そのまま俺の身体へと引き込まれていったのだ。

 

 

「蒼一………わたし………」

 

 

 初めに俺の許に来た真姫は、物欲しそうな顔で俺にねだり始める。 真姫が何を求めているのかなど、すぐに分かることだった。 舌で舐めながら潤いを持たせたその唇がすべてを物語っているのだから。

 

 

 

『んっ――――――――』

 

 

 尖がった唇を指で触れるような感じの口付けをすると、すぐに甘い吐息が真姫の口から漏れ出す。 とてもシンプルであるが、とても慣れた口運びをするその口付けは、なんとも真姫らしい素直なモノで、その愛が十分に伝わってくるのだ。

 

 

『ちゅっ――――んちゅ、んっ――――』

 

 

 苺よりも甘いその口付けを息が続く限り何度も行う。 息が口の中に吐き出される度に、その想いを吸い込みまた感じるのだ。 他の誰よりも多くの数を行ったのにも関わらず、毎度のこと違った想いを感じとるのは、なんと不思議なことだろう。 それを感じるだけで、俺は癒されるのだった。

 

 

 

 

「あ~ん♪ もう、真姫ちゃんだけずるぅ~い! にこにも早く頂戴よぉ~」

 

 

 俺と真姫とのやりとりを見て、恨めしそうな視線を送り続けるにこは、居ても立っても居られないそんな状態にあった。 真姫はそれを悟ると、唇を離して俺の背後に着いて、そのまま抱きついた。 真姫から出る温もりが俺に安心感を持たせてくれるのだった。

 

 

「もう、待ちくたびれちゃったわ~。 にこはまだ、一度しかしていなかったから、今回はたっくさん蒼一のことを教えてもらうにこ♡」

 

 

 すぐ近くにまで来たにこは、俺の両頬を掴んでそのまま俺の唇を奪いに来る。

 

 

 

『んんっ―――――――』

 

 

 蕾のように小さな唇が、強気になりながら口付けし始める。 数が少ないからだろう、にこの口運びには、まだぎこちなさがあり、思うような口付けができなさそうで必死になっていた。

 しかし、その様子も可愛く見えてしまうので、このまま見続けていたいとも感じてしまうのだ。

 

 

 仕方ないか―――――――

 

 

 そう思いながら、口付けの主導権を俺が手にした。 今度は俺がその唇に向かって襲いに掛かった。

 

 

『んんっ!! んちゅるる―――――はぁっ―――――んっ、んちゅっ、はぁっ―――――』

 

 

 にこの後頭部に触れて、こちらに引き寄せると、そこからどんどん強気に唇を押し付けていく。 それは、さっきエリチカに対して行ったことと同じような感じで、それを息苦しそうに受けるにこは、終始嬉しそうな表情で俺のことを見つめ続けていたのだった。

 

 

「はぁ……はぁ………もう、蒼一ったら……強引、なんだから………♡」

 

 

 きちんと整われていた表情が、これでもかと言うほどにとろけだし、息を荒々しく乱していた。 さすがに、やり過ぎなところまでやってしまったように思えたのだが………これでよかったのだろうか………?

 

 

「ふふっ、にこちゃん嬉しそう♪ 絵里ももう蒼一にメロメロな感じね♪」

 

 

 背後で囁いてくる小悪魔のような真姫が、2人の姿を見てそんなことを話す。 しかし、その声が何やら更なる誘惑を行おうとしているみたいで、一瞬背筋が震えてしまう。

 

 だが、そんな詮索はする間もなかったようだった――――――

 

 

 

 

「蒼一。 まだ、夜はこれからよ? こんなところでへばってちゃもたないわよ………」

 

 

 囁くような声を耳元に吹きかけられると、感情が異常なほどに高ぶり始め出した。 全身がかなり熱く火照り始める。 直感的に感じ始める誘惑がすぐそこにまで来ていたのだった。

 

 

 

「そうね………まだ、蒼一の愛が物足りないわ……もっと……もっと、私に注いで頂戴……♡」

 

「今度は、にこが蒼一に愛情を注いであげる番よ。 簡単に寝られるとは思わないことね……♡」

 

 

 反応が薄らいでいた2人もまた、真姫に合わせるみたく立ち直ると、俺のことを獲物を捕えようとする猛獣のような瞳で俺を追い詰め始め出していた。

 

 

 すると、3人が一斉に自分たちが来ている服を、はらりはらりと風になびかれて散る花弁のように1枚ずつ脱ぎ始め出す。 そしていつしか、彼女たちの身体を覆うベールが1枚となった状態で俺の前に立った。 3人の異なるスタイルに合わさった濃厚色の大人な下着と、そこからはみ出る豊満な肉体が、嫌でも俺の目に入り込んでしまうため、情欲が燃え盛る炎のように高まる。 それに、3人とも恥じらうこともなく、大胆にその身体を見せつけてくるので逃げようにも逃げられないと言った感じだった。

 

 

 

 

『さあ………蒼一(アナタ)の心を捕まえちゃうわ♡♡♡』

 

 

 

「あ…あはっ………あはははは……………」

 

 

 

 深まる夜の暗闇の中、暁が昇りだすまで、俺は3人の女豹の餌食となり果てていくのだった…………

 

 

 

(次回へ続く)

 




どうも、うp主です。

今回で絵里編は終了です。


そして……次が………s………


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フォルダー4-22

 

【監視番号:45】

 

 

【再生▶】

 

 

(ピッ!)

 

 

 

『――――――――――――』

 

 

 真夜の校舎の中から聞こえる声――――――

 

 

 誰もいないはずのその中で、少女の声が残響する――――――

 

 

 

『――――――――――――♪』

 

 

 うた――――――?

 

 

 聞こえてくるそれは、一度はどこかで耳にしたことのある歌だ―――――――

 

 

 それを甘く、しっとりとした声に乗せられたその歌は、どこか闇を落とすような恐ろしさを含ませていた――――――

 

 

 

『Lon - don Bridge is fall - ing down, Fall - ing down, Fall - ing down♪ Lon - don Bridge is falling down, My fair la - dy?』

 

 

 

 

『ククク……クキキキキ………キャハハハハハハハハハハハ!!!!!』

 

 

 

 先程まで歌っていた少女は、一変して狂気の叫びをしてみせる―――――――

 

 

 全身を震え上がらせるようなその声に、誰もが戦慄してしまうことだろう――――――――

 

 

 闇夜の中から現れたその少女は、全身を覆い隠せるほどの長い髪をなびかせ―――――――――

 

 

 そして、闇の中にへと消えていった―――――――――

 

 

 

 だが、少女のあの狂気は残響し続けていた―――――――――

 

 

 

 

 

(プツン)

 

 

【停止▪】

 

 

 

 

 

[ 音ノ木坂学院・広報部部室内 ]

 

 

 絵里ちゃんが元に戻った後の最初の日がやってきました。

 私は、部室内でこれまでに貯め込んでしまったデータを昨日に引き続いて処理している最中です。 それにしても、いろいろと貯め込み過ぎですねぇ……やはり、数日間の穴と言うのは大きいモノですね。 通常の数十倍もの労力を持って取り掛からなければならないのですから、まったく勘弁してもらいたいです!

 

 あっ、別に海未ちゃんのことを責めているわけではないので、あしからず。

 

 

 それと同時にですね、私はとある人物とお話しをしておりまして。 少し気になっていたところの確認と言った方がよろしいのでしょうか? そうしたことをですね、いろいろと根掘り葉掘りと聞いていたわけでして――――――

 

 

 

 

「―――――と言うわけでしたか。 なるほど、それなら納得できそうです」

 

「そうかしら? ごめんなさいね、私がこんなことをしなければ、あなたにも迷惑はかからなかったでしょうに………」

 

「あなたのせいではありませんよ。 それに誰のせいでもありません。 私が自ら踏み入れてはいけない領域にへと侵入してしまった故の罰なのですから仕方ないことなのです」

 

「で、でも………!」

 

「いいのですよ、もうそんなことは水に流しちゃってください。 今はただ、元の生活が戻ってくることを願うだけですよ、絵里ちゃん」

 

 

 そう、私が話をしていたのは、昨日の出来事の中心人物である絵里ちゃんです。

 今回の一件の首謀者であるとか囁かれてそうですが、別に絵里ちゃんただ1人が悪いというわけではないのです。 複数の人物とその思惑が複雑に絡み合った結果だと考える私は、そうした意味で彼女を非難することなどできはずもないのです。

 

 そんな絵里ちゃんに今回の一件について知っていることをすべて話してもらうことにしていたわけです。 それを快く引き受けてくれたおかげで、いろいろなことを聞くことができましたよ。

 

 主に、私のこの機材の使用の有無。

 それについては、Yesの解答を得ました。 私がいない間に、生徒会権限でここにある機材の使用を行っていたらしく、過去のデータや追跡マップの使用などの足取りを掴むことができました。 PC上にチラッと映った機体番号は、彼女のモノであったと何となく理解したわけです。

 ただ、私自身、あの時の記憶が定かではないため、本当に絵里ちゃんのモノだったのか判断しにくかったわけで、それに消されたデータなどについても覚えが無いとか……気が付かない間に行ってしまったのでしょうかね?

 

 他にも、絵里ちゃんから見た今回の一連の流れについても教えてもらいました。 ですが、それでもまだ埋め合わすことが出来ない部分が残っており、話を聞いた後には、その虫食いされたような個所がより明確なモノとなっていったような気がします。

 

 さて、これは一体…………

 

 

 

 

「ねえ、洋子」

 

「はい、何でしょう?」

 

「やっぱり……今回のことは全部私のせいだと思うの………私がこんな欲を持たなければ、こんなことにはならなかったはず………」

 

 

 影を落とすような声で語りだす絵里ちゃんの表情は、見るからに優れたものではありませんでした。 蒼一さんに更生されてから、自身と向き合ったのでしょうね。 そして、見つけてしまった自らの欠点の数々……これらを清算することが出来ずにいたのです。

 

 

 

「絵里ちゃん。 先程も言いましたように、あなたの責任ではないのですよ。 みんながみんなでその要素を含ませていただけで、あなたが行動を起こさなくとも、いずれ訪れるはずだった事なのかもしれません」

 

「だったら、尚更私は……!」

 

「だからと言って、今あなたのことを責めても何にもなりませんし、私にはあなたのことを責める権利などあったもんじゃないですよ。 元を辿れば、私の起こした活動もあなたがたに大きな影響を及ぼしてしまったと思っているのです。 ですから、私もあなたのことを責めたりなどしませんよ」

 

「洋子………」

 

「そうですね………もし、絵里ちゃんにそうした罪悪感があるのでしたら、蒼一さんを支えてあげてください。 あの人は、相当身体に負荷をかけているのですから、絵里ちゃんも蒼一さんのために頑張ってください」

 

「ッ――――――!! ええ、わかったわ。 ありがとね、あなたに話すことが出来て少し楽になった気がする」

 

「それは何よりです。 確か、これからみなさんと久しぶりに顔合わせをするのでしたね。 あまり気を張らずにお願いしますね?」

 

「心配かけてごめんなさいね。 でも大丈夫よ。 私はもう独り善がりになったりしないから」

 

「頼もしいですね。 あ、もし時間がありましたら、蒼一さんとの営みについても根掘り葉掘りと聞かせてもらいますよ~♪」

 

「えぇ?! そ、それだけはダメよ!! ぜ、絶対に教えないんだからね!!!」

 

 

 そう言い残して、赤面する絵里ちゃんはこの場を去って行きました。

 

 やはり、人と言うモノは、異性と交わることで変化するモノなのですかね? 以前は、岩よりも硬いとも言われていたあの絵里ちゃんが、骨抜きにされたみたいにあんな素顔を見せるだなんて………

 この場を立ち去る時に見せた、あの緩んだ表情が忘れられませんねぇ………

 

 

 他のメンバーにも聞いてみたいものです………あ、でも惚気になりそうなので、ほどほどにしておきますか……

 

 

 

 

 コンコン――――――

 

 

「お~い、洋子。 いるかぁ~?」

 

「いますよ………って、どうしてノックして返事を待たずに入ってくるんです?」

 

「すまんな、これが明弘だから仕方ない」

 

「そう………ですね……これは仕方ないこと………」

 

「なんか、俺の扱いが雑になりつつあることに異論を唱えたい!」

 

 

 部屋の扉をノックしてから中に入ってきましたのは、蒼一さんと明弘さんのお2方。 つい先ほど、こちらの方に来てほしいとお願いをしていたので来てくださったのでしょう。

 

 

「コイツのことはさて置いて、俺たちに用ってのは一体何だ?」

 

「それはですね………ちょっと、見ていただきたいものがありまして………」

 

 

 私はPCをいじりまして、とある映像ファイルを開きます。 再生プレーヤーが起動してローディングに入っているその間に、これから見せるモノの説明をしなくてはいけませんね。

 

 

「これからお見せするモノは、絶対に口外しないようにしてくださいね? これを知ってしまえば、またμ’sに亀裂が生じてしまうかもしれないので……」

 

「そんなにマズイものなのか?」

 

「はい、ハッキリ言って、マズイです」

 

「蒼一、屋根の下でのBibiとドッキドキかりごっこ(完全版)とどっちがマズイ?」

 

「そ……………こちらの方です………」

 

「おい、何故ぶれた? そして明弘、お前どこまで知っていやがる………?」

 

「さぁ~てね?」

 

 

 こほん、いけません……一瞬だけ、そっちの方に興味が注がれるところでした………

 

 

 あっ、でも、その映像やら写真やら音声やらと何かしらのデータが残っていれば頂戴したいのですが、よろしいでしょうかねぇ………?

 

 

 

(―――――ノンプロブレムだ。 その代わり、イイものを頂戴な☆)

 

 

 直接脳に―――――!? 分かりました、ご用意しましょう―――――

 

 

「なに、脳波で語りあっていやがるんだよ? そしてやめろ、これ以上深く掘り下げなくていいから!!」

 

「冗談ですってば………まあ、そんなことは置いといてですね。 今回お見せするモノは、本当に誰にも教えてはいけませんよ?」

 

 

 私の言葉に察して下さったようで、お2方は小さく頷いて下さいました。

 私は、冗談めいた口調から一変させての真剣な口調で釘を刺させていただきました。 笑い事で済まされる内容でしたらよかったのですが、口角を上げることすら慎んでしまうようなモノなのです。

 

 

 

「こちらを見つけたのは、ちょうど蒼一さんが絵里ちゃんを更生して下さった時のことです。 昨日の分のファイル整理を完了寸前まで仕上げた際に、偶然に見つけてしまったモノでした。 まあ……なんと言いますか……これを見た第一印象は、凄惨なモノとしか言いようがありませんでしたよ………それと、蒼一さんには必ず見せなくてはいけないものだと感じたのです」

 

 

 できることならば、もう二度と見たくは無いモノでした……ですが、この後、蒼一さんの行動に影響を与えてくれる材料として、必要不可欠になるに違いないと直感したのです!

 

 

 蒼一さんならば………成し遂げてくださると信じて…………

 

 

 

(ピッ)

 

 

 

 そして、私は再生ボタンを押しました―――――――――

 

 

 

 2日前の朝に撮られたあの出来事の一部始終を―――――――――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 音ノ木坂学院・アイドル研究部部室内 ]

 

 

 放課後――――――

 

 

 授業をし終えた穂乃果たち8人は、この部室内に集まっていた。

 

 それは実に何日ぶりのことだろうか。

 あの出来事が始まってから、この部屋でお互いの顔を合わせたことなど一度もなかった。 他の場所ではあったかもしれない。 だがその時は、互いを憎しみ合っていたか、恐れ合っていたか、傍又は殺し合っていたかのいずれかでしかなかった。

 

 どちらにせよ、彼女たちの関係は悪化の一途を辿っていた。 μ’sという存在など灰塵と喫していただろう―――――

 

 

 だが、あの日から数日が経ち、こうしていられるのは奇跡に近かった。

 それを行ってくれたのは、紛れもない彼女たちの想い人であった。 当然、その過程には、彼女たち個々人の中に抱いていた感情もあったかもしれない。 しかし、そうは言っても彼の働きによって彼女たちをここに集わせたことに間違いは無かった。

 

 

 そして、最後のピースがここに納まることを誰もが切望したことだろう―――――――

 

 

 

 

 

 

「あ、あの………こんなことも言うのもなんだけど………」

 

 

 この深く淀んだ空気の中で、1つの声が通り抜ける。

 

 

「私、もう一度みんなで歌いたい……踊りたい……ステージに立ちたいって思ってる。 諦めたくないって思ってるの! 今言うことじゃないと思うんだけど、でも、これが穂乃果の思っていることなの……!」

 

 

 胸に手を添えて語り始めるのは、このμ’sのリーダーである穂乃果だった。

 

 彼女自身も深く沈んだ気持ちに駆られていた。

 けれど、今ここで立ち止まっていても何も始まらないと感じた穂乃果は立ち上がる。 絶対にやってやる、という強い意志が籠った言葉で他のみんなに声をかけたのだ。

 

 その声にみんなの顔が穂乃果に集中する。 穂乃果のその顔、その声、その想いを自らが持つ感覚で十分に感じさせたのだった。

 

 

 彼女の想いが伝播する――――――

 

 

 

「はい、穂乃果の言う通りですね。 私もそう思っていますよ」

 

「そうね、それが私たちのやらなくちゃいけないことだものね」

 

「当然でしょ、そのためのμ’sじゃないの」

 

「凛も早くステージに立ちたいにゃぁ~!」

 

「私も諦めたくない……中途半端な終わりはしたくないもん」

 

「そうやね、もう一頑張りせなアカンもんなぁ~」

 

「ふん、にこも早くファンのみんなに笑顔を届けたいにこ♪」

 

 

 7人の頼もしい声の1つひとつが穂乃果の心に響いていく。 穂乃果だけじゃない、ここにいる8人全員が共感し合っているのだ。

 

 

 道を踏み外したことで始めて知ったこの気持ち。 仲間と一緒に何かを成し遂げようとするその想いを決して忘れるわけにはいかなかった。

 

 

 

「ありがとう………みんな………」

 

 

 みんなの気持ちを受け取った穂乃果は、やわらかい表情でみんなに笑って見せた。

 穂乃果が笑うと、みんなも自然と笑顔が零れ出してしまう。 これこそ穂乃果の魅力と言ったものなのかもしれない。

 

 

 その中には、彼女たちの中にあるもう一つの感情がこうさせているのかもしれない――――――

 

 

 

 

 

 しかし、ここでμ’s最後のメンバーである、ことりのことについて一言も触れないでいた。 確かに、彼女たちは語ることはしなかった。 だが、ことりを忘れたわけでも蔑ろにするつもりなど微塵もない。 必ず、戻ってきてくれることを信じ、信頼している証拠なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「はいはい、辛気臭い話はこの辺にして、みんなでお菓子を食べるにこ♪」

 

 

 そう言って、にこが取り出したのは、小さく袋詰めされたマカロンだった。

 

 

「うわ~すごい数だね、にこちゃん! これどうしたの?」

 

「さっき、こっちに来る途中で職員室にいた先生から手渡されたにこ♪ 何でも、μ’sのファンからの贈り物だって言ってたわよ♪」

 

 

 ファンからの贈り物という言葉を聞くと、みんな声を出して驚き、そして喜んだ。 まさか、自分たちのために用意してくれたとは思ってもみなかったからだ。

 

 

「ねえねえ、早く食べようよ!! 穂乃果、もうお腹ペコペコだよぉ~!」

 

「穂乃果は先程、おやつのパンを食べたばかりではないですか?」

 

「し、仕方ないもん! だってこんなにおいしそうな匂いがするんだもん!」

 

「確かにそうね。 とっても上品な匂いがして私も食べたくなっちゃったわ」

 

「そうだね~、花陽も見ているだけでよだれが垂れそうですぅ~♪」

 

 

 みんなの視線はそのお菓子に集中していた。

 見た目が、ごく一般的なものに等しい姿かたちをしており、果実のようなとても甘い香りが部室内を漂い始めていたのだ。 それに、マカロンと言えば女の子が好む代表的なお菓子でもあるため、この匂いを嗅ぐとともに食欲が湧かない者などいなかった。

 

 

 

「へぇ~、これ人数分の袋に小分けされてあるのね。 これならケンカは起きそうもないわね」

 

「1、2、3、4………9、10、11……11袋もあるのですか!」

 

「2袋多いような気がするかにゃ?」

 

「もしかしたら、その2袋は蒼一と明弘の分とちゃう?」

 

「そうだね、そうかもしれないよ!! それじゃあ、この2袋を蒼君たちに届けようよ!」

 

「そ、それじゃあ、花陽が渡してきますよ!」

 

「はいはーい! 凛も行くにゃぁ!」

 

 

 穂乃果の提案にすぐに反応してくれた花陽と凛は、その袋を持って早速蒼一たちがいるところに向かっていったのだった。

 

 

 

「それじゃあ、いっただっきまーす♪」

 

 

 

 穂乃果たちは、そのファンから貰ったと言うそのお菓子を1つひとつ取っては口に入れていた。 その食べている様子からして、とてもおいしそうな感じがしたのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 音ノ木坂学院・広報部部室内 ]

 

 

 

「くっそ――――――!!」

 

 

 この映像を観てしまった蒼一さんは、壁に向かって強く叩きました。 太鼓のような強い響きが部屋全体や私の身体にも感じることとなりました。

 明弘さんは頭を抱えながら、この部屋を行ったり来たりと落ち着かない様子でいました。

 

 

 それもそのはずです。 私がお2方にお見せしたのは、絵里ちゃんの手によっていたぶられていくことりちゃんの姿―――――そして、その後に気が狂わんばかりに教室を壊し続けていった時の内容でした。

 

 その時に、チラチラと映ることりちゃんの表情がとても痛ましいものでしかなかったのです。

 

 

 

「くそっ――――! くそっ―――――!! くっそぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 蒼一さんの壁を叩く音が次第に大きくなっていました。 それに、背後から感じる強い感情も露わになっていたのでした。

 

 

 

「だめだ……こんなの見せられた後じゃ、絵里とどう向き合ったらいいのか分から無くなって来ちまったじゃねぇか………!」

 

 

 明弘さんは身体を震わせながらこの映像のことを話しました。

 

 

 お2人の反応こそ正しいモノに間違いないでしょう。 むしろ、これで何とも思わない人がいるのなら見てみたいものですよ。

 

 

「明弘………だからと言って、絵里を責めんなよ………」

 

「なっ!? おいおい、そいつはねぇだろ? ことりがあんな目にあったんだぞ? 幼馴染なんだぞ?? それで何の御咎めなしにしちゃいかんだろ??」

 

「いいから!! 絵里の方にこれ以上言っても何も変わらないし、溝をつくるだけだ。 今は、ことりのことだけを考えるんだ………」

 

 

 明弘さんは、渋い顔をして見せながらこのやるせない気持ちをどうしたらよいのか考えていました。 多分、私も明弘さんと同じような考えなのでしょう。 私は今でもこの胸のざわめきを取ることができませんでした。

 

 

 そして、蒼一さんも…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼するにゃぁー!!」

 

 

 扉を勢いよく開かれると、そこに現れたのは凛ちゃんと花陽ちゃんでした。

 ノックもせずに、勢いよく入ってきて……もう扉が壊れたらどうするんですか! これ壊れたら絵里ちゃんに叱られちゃうんですから!

 

 

「どうした、凛? そんなに慌ててさ」

 

「ねえ、見てみて! さっきね、これを貰ったんだよ!」

 

「ん? マカロンか、これ?」

 

「うん、そうだよ! 蒼くんたちの分を持ってきたんだよ!」

 

 

 そう言って、凛ちゃんの手から蒼一さんに渡された小さな袋には、確かに数個のマカロンが入っていました。 見た目がとても綺麗なので、なんだかとても美味しそうですねぇ。

 

 

「うっひょぉー!! 俺の分まであるなんてさいっこうじゃねぇーかぁ!! どらどら、早速いただくとするか!!」

 

 

 小袋を手にした明弘さんは、乱暴に開けますと、そこから1個指で摘んで口に入れてしまいました。

 その袋が開いた瞬間に広がるどっぷりと沈んでいくような甘い香りが部屋中に広がりだしていました。 いやぁ~いい匂いですねぇ~♪ これは口にしたら天国に行くような幸せな気分になれr「ぶほぉっ!!!!」って、ええっ?!!

 

 

「どうした明弘?!!!」

 

「明弘さん!!!」

 

「ひ、弘くん!!!」

 

「ど、どうしちゃったんですか!!?」

 

 

 何故かよく分かりませんが、明弘さんが急に吹き出したのです! それも、あのマカロンを口にした瞬間にそれが起こったのです!

 

 

「げほっ………げほっ………み、みずを………水を…………!!」

 

「は、はい! ここに水がありますので!!」

 

 

 ちょうど、手元においてました水筒を明弘さんに渡しますと、それを一気に飲み干してしまいましたが、先程よりも息は整っている様子でした。

 

 

「おいおい、もしかしてむせたのか?」

 

「はぁ………はぁ………むせたのならまだいいもんかもしれねぇなぁ………」

 

「どういうことだ?」

 

「なんと言うかさ……コイツを噛み砕こうとした瞬間、中からドロッとした変な感じがしてよぉ、それが舌に触れた途端、ビリビリって電気が走ったみたいな痺れが襲いかかってきたんだよ! ソイツに驚いちまってさ、思わず吐き出しちまったんだよ!!」

 

 

 痺れ? それは一体どういうことなんでしょうか?

 このお菓子を口にしただけで、そんなことが起きるなんて変ではないでしょうかね?

 

 すると、明弘さんの言葉を確かめようと、今度は蒼一さんがそれを1つかじりました。

 

 

「ふぐっ…………!!!? 」

 

 

 そしたら、すぐに顔色を変え、明弘さん同様吐き出そうとしていました。 一体、どういうことなのでしょうか?!

 

 

「凛! 花陽!! この菓子はどれくらいあったんだ?!」

 

「ふえっ!? え、えぇっと……みんなの分あったよ……μ’sと蒼一にぃたちの分の11袋が………」

 

「なんだって……………!!」

 

 

 

 その刹那、緊張が走り抜けました――――――――

 

 

 背筋が凍る、あの嫌な感じが再び身体に襲いかかってきたのでした!!

 

 

 

「明弘ォ!!!」

 

「おうよッ!!!」

 

 

 蒼一さんたちは、互いに呼応し合いますと、すぐさまこの場を走りだしていきました。

 私たちも遅ればせながらですが、それに続いていくのでした。

 

 

 

 そして、わずかな時間の間隔を置いて追いついた時には、私たちはアイドル研究部の部室前に立っていました。

 

 

 

 そこで目にしたのは――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぁぁ………うぐぅぁ…………ぁぁぅぁ…………ぁがぅはぁ…………』

 

 

 

 

 

 見るも無残に悶え苦しみ、倒れ込むμ’sの面々でした――――――

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

ペースをあげながら話を進めていきます。


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フォルダー4-23

 胸騒ぎしか起こらなかった…………

 

 

 アレを少し口に含んだだけで感じた、舌に絡み付くような頑固な甘味。 それが舌全体に広がった瞬間に襲い掛かってくる強烈な痺れ。 そのまま口に留めてしまえば、舌を持って行かれそうな気がしたため、思わずそれを吐き出してしまった。

 

 どうして()()が異常なまでに凝縮されているんだ?!

常識では考えられないことだ。 それを扱う者たちにならその使用用途を熟知しているはず。 俺も未熟ながらもその中の一人であるが、そんな俺ですらも危険だと感じてしまうほどのモノだったんだ。

 

 

 それをアイツらが………!!

 

 

 早く、アイツらの元に駆け付けて行きたかった。

 

 だが、現実はそう上手く運んでなど、してはくれなかったんだ。

 

 

 

 

 アイツらが苦しみ悶えて、倒れていたのだ――――――――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

[ 音ノ木坂学院・アイドル研究部部室内 ]

 

 

 

『うぅ………ぅああぁぁぁ………ぐぅぅ………がはっ………』

 

 

「穂乃果!! 海未!! エリチカ!! 真姫!! にこ!!」

 

 

 俺が部室に戻った瞬間、目にしたその光景は無残なものとしか言いようが無かった。 5人全員が全身を丸く縮込ませながら痙攣し、目を見開いて苦しそうに息を吐く様子が見られたのだ。 それに、口から白い泡を吹き出す者も………!

 

 

「兄弟!! こ、コイツァ……一体?!!」

 

 

 同じく共に付いてきた明弘もこのおぞましい光景に血相を変えていた。 そして、遅れながら洋子たちもそれを目にして青ざめていた。

 

 

 

「そ、蒼一!」

 

「希!」

 

 

 その声を聞いて視野を広げると、ただ1人だけ被害を免れた希がそこで立ちすくんでいたのだ。

 

 

「希! 一体何があったんだ!?」

 

「そ、それが………ウチらのファンからもろうたお菓子をみんなで食べようとしたんやけど……そしたら、急にみんなの様子が変になって……それで……こんなんなって………」

 

「希は平気なんだな!?」

 

「う、うん……ウチは後で食べようと思っとって、食べんかったんよ………」

 

 

 今にも泣き崩れてしまいそうな声で状況を教えてくれたのだが、いくら希と言えど、この予想外の出来事に委縮してしまっていた。

 

 だがしかし、ここでじっとしているわけにもいかなかった。 時間が……生命の掛かった危機的状況に直面する今、俺たちは行動せねばならなかった。

 まず、何をする。 コイツの正体が()()であるならば、すぐに対処することが出来る。 だが、最悪のケースが予想された場合では、現時点で俺たちにできることは無く、ただ指をくわえて待っていることしかできない。

 

 考えろ……いや、考える前に行動するんだ……! このケースを前者のモノと位置付けた時の対処法は………

 

 

 

 その瞬間、俺の目に真姫の姿が入ってきた。 表情が青くなる中で苦しみもがき、首を絞められたようなか細い声で何かを求めようとしていた姿が目に焼き付いた。

 

 

 そして、俺の脳裏にあの処方を思い起こさせたのだ………!

 

 

 

 

「今からみんなを助ける!! 凛と花陽はありったけの水を用意してくれ! 希と明弘は家庭科室でもいいから塩と水がたくさん入る器をありったけ準備してくれ!!」

 

 

 この場にいる動ける者たち全員に指示を繰り出す―――――!

 いきなりのその指示に全員が戸惑いを隠せないでいた。

 

 

「そ、蒼一にぃ……水ってどうしたらいいの………?」

 

「それは明弘たちからバケツやらなんやを使って持って来てくれればいい! 邪口の水でもいい。 なんなら、自販機の水だって構わない、使った分の金なら後で渡しておくから頼む!!」

 

「は、はいぃ!!!」

 

「蒼一! 塩ってどういうことなん?! そんなん、持って来れるわけないやん!」

 

「生徒会の権限でも先生に土下座してでもいいから早く持って来い!! さもないと、みんな死んじまうぞ!!!」

 

 

『ッ―――――――!!!!?』

 

 

 この最後の言葉が強く突き刺さったのだろう。 4人は慌てふためきながらも手分けして俺が言ったモノを持って来ようと駆け出していったのだった。

 

 

 

「そ、蒼一さん………わたしは……?」

 

 

 ここに1人だけ残った洋子は、身をすくませながら俺に尋ねてきた。 できることなら、4人の手伝いをしてほしいところだが、こっちでのやることも残っていたのだ。

 

 

 

「ここにいるみんなをそっと起こして、壁に寄り掛からせるようにするんだ………」

 

「わ、わかりました………」

 

 

 そう応えると、早速、洋子は海未の身体を起こして壁に寄り掛からせた。 怯えているのにもかかわらず、手際良く行ってくれたために全員を起こすことは出来た。 だが、これで善くなったわけではなく、進行を一時的に止めているに過ぎなかった。 あとは、アイツらが来るのを待つのみだった。

 

 

 

「蒼一さん。 穂乃果ちゃんたちはどうしてこうなったのでしょうか………?」

 

 

 素朴な疑問を尋ねてくると、洋子ならば大丈夫だろうと感じて話しだす。

 

 

「これは俺の推論なのだが、穂乃果たちが口にしたマカロンの中に、ナツメグが入っていたと思う」

 

「ナツメグですか? あの香辛料の一種の?」

 

「ああ、そうだ。 よくカレーやハンバーグなどの料理にアクセントを付けるために使われるものなんだが、コイツには中毒症状を起こす成分が含まれているんだ」

 

「中毒性ですか!? そんなものが含まれていたのですか!!」

 

「とは言っても、俺たちが店とかで食べているのは少量だから別段害は無い。 だが、これをある一定以上の量を口にしてしまうと、痙攣、幻覚、肝臓障害などといった毒に変わってしまうんだ。 量によっては麻薬と同様なことが起こることもあれば、最悪死ぬこともありうる……!」

 

「死っ――――!? まさか、本当に死んでしまうと言うのです?!」

 

「それは分からん! そうでないことを祈りたいものだ……!」

 

 

 洋子に応えた言葉の中で、いくつか感情的になって声を荒げてしまっていた。

 俺だって焦っているのさ。 まさか、こんなことが起こるだなんて思いもよらなかったからだ。 漫画で同じような状況があり、漫画だからありえないと感じてはいたのだが、それが現実に起こってしまっているんだ!

 

 漫画の主人公は、助けることが出来た。 それじゃあ、俺は助けられるだろうか……? 俺の大切な5人の仲間を俺はこの手で救うことが出来るのだろうか? その重責と不安と恐怖が一気に圧し掛かり、俺を押し殺そうとする。

 

 

 それでも俺は……俺にできる全力を持って、みんなを助けたいと願う。 そう、()()()()()()()()()()―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、目を瞑った後に見えた世界で―――――――

 

 

 

 5つの光を胸に抱き―――――――

 

 

 

 そして、願ったのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 その後、必要品を持ってくるように促した4人が戻ってくると、早速それらを使った応急処置を行う。

 

 凛が持ってきたバケツ一杯の水の中に、希が持ってきた塩を適量に流し込んで、海水に近い塩水を精製させた。 そして、出来上がった塩水を人数分の器に注ぎ込ませる。

 

 

「いいか、これを全員に全部飲ませろ。 嫌でも苦しんでも飲ませるんだ。 飲み終わらせることが出来たらそれを全部吐かせる。 いいか? 躊躇するな、みんなのためを思ってやってくれよ?」

 

 

 その説明を耳にすると、さらにまた震えだしていた。 この過程をクリアしなければここにいる5人は助からない、そのプレッシャーが圧し掛かるのだから無理もない。

 そして、この俺だって震えているんだ。 このやり方が間違っていたらどうしたらよいのか、もっと別の道があるのではないかと一々考えてしまう。 だが、ここで地団太踏んでも何も変わらないのであるなら、リスクを覚悟してでも踏み出さなくちゃいけないと思うのだった。

 

 

 

「それじゃあ、いくぞ………」

 

 

 穂乃果には洋子が。 海未には明弘が。 エリチカには希が。 にこには花陽が。 そして、真姫には俺が一斉に飲ませたのだ。

 

 

 器に入った塩水を少しずつだが口を通して入っていく。 水が喉を通り抜けていく度にむせては咳き込む者もいたが、それでも止めることなく何度も器が空になるまで飲まし続けさせた。

 

 そして、最後の行為が――――――

 

 

「真姫、苦しいかもしれないが我慢していてくれよな……」

 

 

 囁くような声で合図を送ると、人差し指と中指を揃えて、それを真姫の口の中に突っ込ませる。 真姫が俺にしてくれた時と同じようにだ。 そしてそのまま、グッと奥の方にまで向かわせたので、嗚咽を漏らして先程飲み干した塩水を逆流させて器に吐瀉させたのだ。

 

 その様子を見ていた4人は、それから同じように行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 保健室 ]

 

 

 穂乃果たちの体内から食べたマカロンを取り出せたことで、何とか一命を取り留めることが出来た5人は、現在保健室のベッドで休ませている。 ただ、ベッドが2つしかなかったために、穂乃果と海未、にこと真姫とで一緒に使ってもらい、エリチカはソファーで休ませることにした。

 

 

 それでも、つい先ほどの危機的状況のことを考えてみれば善いものだ。 5人の身体から発していた痙攣は納まり、顔色も順調に戻ってきていた。

 ただ、未だに全員の意識は戻らず、時々唸り声を上げては苦しそうにしているのだった。

 

 

 

「ご苦労だったな、お前ら…………」

 

 

 この部屋に集まっていた明弘、洋子、希、花陽、凛は、床に伏せているのメンバーたちの様子を見守っていた。

 

 

「蒼一さん……あの、穂乃果ちゃんたちは大丈夫なんですよね………?」

 

 

 穂乃果の近くで見守る洋子が聞いてくる。

 

 

「呼吸も顔色も正常に戻ってきているし、脈にも異常は見られない。 この状態で更なる悪化と言うのは考えにくいだろうよ………」

 

「そうですか、それは善かったです………!」

 

 

 穂乃果たちは助かったことを聞いた洋子は、ホッと胸を撫で下ろして身体中を張り詰めさせていた緊張を解いたのだった。 それは、他4人も同様の反応を示していた。

 

 

「なあ、兄弟………言いたくなんだが、コレを仕組んだのは………」

 

「言うな! 言わないでくれ………」

 

 

 明弘の言葉を遮り、最後まで言わせないようにした。

 分かっているさ……誰がこんなことをするのかなんて、誰だって予想できているはずさ。

 

 だが、それがいとも容易く想像できてしまう自分を殴りたかった。 だってそうだろう? アイツのことを一番心配に思っている俺が、こんな感情を抱くだなんて考えたくもないことだ。 それはアイツのことを拒絶することに等しい。 ただでさえ壊れかけているだろうその心をさらに抉るようなことをするのは、忍び難い気持ちになるのだ。

 

 

 何をどうしたらいいのか……俺には……分からなくなってきた…………

 

 

 

 

 

 

「―――――――――」

 

 

「ッ――――! えりち!!」

 

「ッ―――――――!!」

 

 

 希の声に反応した俺は、意識が戻ったのかと思い、すぐにエリチカの許に駆け寄った。

 

 

「エリチカ!! 聞こえるか?!」

 

「ぅ――――――うぅ―――――――――」

 

「だめや、まだ意識がちゃんと戻っとらんよ………」

 

「くっ……そうか………」

 

 

 床について以降始めて反応を示したエリチカだったが、残念ながら意識が正常に戻ったわけではなかったようだ。 俺が声をかけても反応することはせず、ただ唸るのみだった―――――

 

 

 

 

 

「――――――さい――――――」

 

「えっ―――――?」

 

「―――ごめん―――なさい――――――ことり――――――」

 

 

「ッ―――――――!!」

 

 

 意外な言葉がその口から漏れ出したことに、全身が震えた。 まさか、エリチカの口からその言葉が出てくるとは思いもよらなかったからだ。 その証拠に、その口から何度も何度もことりに対する懺悔の言葉が繰り返される。

 

 エリチカは気が付いているのだろう………自分に毒を盛ったのが、ことりからのモノだと言うことに………

 

 それをどう感じているかは分からない。

 だが、その心に突き刺さるような苦しい表情から流れ落ちる滴を目にして、決して嫌悪するようなモノではないことを感じたのだった。

 

 

 

 

 

「――――――ぅ――――く――――ん」

 

「ッ―――――――! 穂乃果!?」

 

 

 微かに、虫が囁くようなほんの小さな声が俺のことを呼んでいることに気が付いた。 そしてその声が、穂乃果であるということに迷いもなく確信したのだった。

 

 穂乃果の傍に寄ると、薄っすらと目蓋を開かせ、青く透明に煌めく瞳をのぞかせて俺のことを見つめた。

 

 

「あぁ……穂乃果………よかった…………」

 

 

 その瞳を見たことで胸がいっぱいになり、思わず力無いその手を両手で握っていた。 その手はまだ冷たく、俺の手の熱で今にも溶けてしまいそうに思えて怖くなる。 そうならないようにと願いを込めて、しっかりとその手を握ったのだった。

 

 

 

「そう……くん………ごめんね……心配……かけちゃったね………」

 

「何言ってんだ。 心配かけるのはいつものことじゃないか………まったくよぉ………」

 

「えへへ……ごめんね……ごめんね………」

 

 

 口を開く度に何度も謝る言葉しか出てこなかった。 なのに、その顔からは微塵たりとも怯えた様子もなかった。 俺に不安を抱かせまいと残っている力で微笑んで見せるから、余計に胸を締め付けられるのだ。

 

 

 馬鹿やろう………ホントに、馬鹿だよ………お前は…………

 

 

 今すぐにでも叱りつけてやりたい………だが、それを言葉にすることもできず、ただ歯ぎしりすることしかできないでいた。

 

 

 

 

「ねぇ………蒼君……おねがいが………あるの………」

 

「なんだ………?」

 

「ことりちゃんを………たすけて……あげて………」

 

「えっ……………!?」

 

 

 

 胸を抑え付けていた感情から一瞬で解放されたような気持ちになった。

 

 まさか……穂乃果の口からもそうした言葉が出たことに驚きを隠せなかった。

 穂乃果……お前はそれでもことりのことを……!

 

 そうした思いが芽生え始め出す時、穂乃果が語り始めた。

 

 

 

 

「わたしね……ことりちゃんのことを裏切っちゃったの……ことりちゃんのことを何も聞かないまま………最低だよね、わたし………ことりちゃんのことを親友だと思っていた……ことりちゃんも穂乃果のことを親友だって思ってた……なのに、裏切っちゃった………だからね……これはその罰なんだよ………ツケが回ったって言うのかな? あはは………」

 

 

 穂乃果は語り続ける。

 それでも尚、微笑むことを止めずにずっとそのままで俺に語り続けていたのだ。

 

 

 

「だからね……穂乃果は謝りたいの………どうにかして、ことりちゃんに謝りたいと思ってるの………でも、この姿じゃできないの………だからね……

 

 だからね、蒼君。 穂乃果の一生のお願い、ことりちゃんをたすけて。 そして、穂乃果の代わりに謝ってきてくれないかなぁ………?」

 

「ッ………………!!」

 

 

 その言葉が……いや、その行動が……! いや、それでもない………穂乃果自身が直接俺の心に触れて語りかけてきたのだ……!

 

 それに目を見開かずにいられなかった。

 力を失っていたはずのその手が俺の手を強く握り返したのだ! その手を通して、穂乃果からあふれ出る、ありったけのやさしい気持ちが近に心の中で共鳴し始めるのだ! それを強く感じずにはいられなかったのだ。

 

 そして、教えてくれるのだ……俺が今なすべきことが何であるのかを………!!

 

 

 ありがとう、穂乃果…………

 

 

 

 それを受け取った俺は、穂乃果の手を強く握り返して言った。

 

 

 

「安心しろ。 俺は、必ずことりを助けて見せるさ。 絶対に、だ!」

 

「うん………!」

 

 

 

「でもな、穂乃果。 俺はお前の代わりに謝らないからな」

 

「えっ………? それはどういう…………」

 

「穂乃果がことりに直接伝えるんだ。 お前のその気持ちを声にしてな………?」

 

「そ、そう………くん………!」

 

「いいか? 俺は必ずことりを助けるから、その時に穂乃果が直接ことりに伝えてあげてくれないか? 大丈夫だ、俺は穂乃果を信じている。 そして穂乃果は、お前を信じる俺を信じろ。 いいな?」

 

「ッ~~~~~!! う……うん……! 穂乃果は……蒼君のことを……信じるから………だから………だから………!」

 

「あぁ、心配しないでくれ。 俺が何とかするさ………!」

 

 

「………うん………!」

 

 

 

 強い気持ちが互いに交差する―――――

 

 

 穂乃果の新たな気持ちを受け取った俺は、穂乃果の顔をなぞるように触れた。

 それは、穂乃果の瞳から一筋の涙が零れ出ていたので、それを拭うために触れたのだ。 多分、穂乃果は気が付いていないのだろう。 自分が泣いていることを………

 

 

 

 そして、誰にも悟られない中で、さり気ない感じの口付けを交わす。

 

 

 必ず、ココに戻ってくると言う気持ちを込めて―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 保健室前・廊下 ]

 

 

「明弘、洋子。 みんなを頼む」

 

 

 ことりのところへ行くことを決意した俺は、この2人にみんなのことを任せることを伝えた。 すると、2人は揃って「任せた!」と言うような返事をしてくれたので、俺は安心して行くことができそうだった。

 

 

 そして、一歩前に踏み出そうとした時だった――――――

 

 

 

 

 

 ずるっ―――――――

 

 

「あっ――――――――」

 

 

 足を滑らせてしまったのか、俺はめずらしくその場に転げてしまったのだ。

 

 だが、不思議なことに痛みは感じなかったのだ。

 

 

「兄弟!?」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 

 2人は心配そうに駆け寄ってくるのだが、俺は平気な素振りを見せて安心させようとする。 だが、倒れた身体が思うように動かず、立ち上がるのに時間がかかってしまったのだった。

 

 変だな? と違和感を抱いた瞬間、身体が急に重くなり始め、同時に痛みも感じ始めた! 特に、頭に掛かる痛みは相当なモノで、時間が経つほどに痛みが増長していく!!

身体が動くとか、そういうことを言っている場合ではない。 視界もボヤ始め、立っていることもままならなくなってきていたのだ!

 

 

 

 その様子を明弘は見逃さなかった―――――

 

 

「おい、兄弟! 体調が優れねぇんじゃねぇのか?! こんなに汗をかきやがって………」

 

「だ……だいじょうぶだ………平気さ………」

 

「平気な訳あるかよ! こんなにさ、身体に無茶させるようなことをしやがって……何かあったらどうするつもりなんだよ!!」

 

「だから……そのために、お前たちに任せたと言っているんだろ!!!!」

 

「!!!」

 

 

「わかってるさ……俺の身体なんだからよ………この身体だけじゃない、精神的にも参ってきているんだ……いつ倒れてもおかしくない、そんな状態なんだからよ………」

 

「だったら、少しは休んだらどうなんだよ?! 兄弟が倒れちまったら元も子もないだろうよ!!」

 

「じゃあ聞くが、俺の代わりに誰がことりを助ける?! 明弘、お前か?! お前にできるか!? お前に託せるのならすぐにでも託したい、だが! ことりは………俺を待っているんだ……俺でないといけないんだ………」

 

 

 視界がぼやけて足が覚束なくとも、俺は前に進まなくちゃいけなかった………

 立ち止まるわけにはいかなかったからだ………

 ことりのためにも、みんなのためにも………

 

 

 おれは……いかなくちゃいけないんだ…………

 

 

 

 

「蒼一さん!」

 

 

 俺の前に洋子が立っていた。 俺の進む方向を止めようとしているのか? やめてくれ、止めないでくれ………

 

 俺はその横を通っていこうとした。

 

 

 

 だが、それでも洋子は俺の前に立つとこう言ったのだ。

 

 

 

「蒼一さん。 私ではあなたのお役に立てないでしょう………ですが、そんな私でもあなたのことを信じて待つことだけはできます! だから、必ず戻ってきてください。 そして、辛くなった時は、私たちのことを思い出してください。 あなたはひとりではありませんから………」

 

 

 それを聞いた時、俺の中にスッと入ってくるモノがあった。

 すると、それまで辛く感じていたモノが身体から抜けて行く気がしたのだ。

 

 

 一瞬だけの憩いが訪れた、そんな気がしたのだ―――――

 

 

 

「ありがとう、洋子。 お前のその言葉、忘れないでおくよ」

 

 

 洋子の肩にポンと手を置いて、俺は歩いて行く。

 

 

 

 辛い………とても辛い………身体中の至るところから痛みを感じてしまう。 さながら、刑場に引かれていく受刑者さながらな気持ちになる。

 

 

 あぁ、今すぐにでも逃げ出したい…………

 

 

 

 でも、誓ったんだ……必ず、助けるってさ…………

 

 

 そんなら、最後までやり通そうじゃないか………

 

 

 この身に何が起ころうが、その先に見える希望のために闘ってやるさ………

 

 

 

 だからさ、行こうか………

 

 

 

 アイツのところへ……………

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

次回、ようやくことりが帰ってきます


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フォルダー4-24

 

 

 

「ハァ………ハァ………ハァ…………」

 

 

 身体が軋む。

 一歩前に踏み出すごとに、痛みが襲いかかってくる。

 

 

「………もう少し………あと、もう少しでことりのとこに着くんだ………」

 

 

 これまでのことでかなりの負担を身体に与え続けてきたことへの報いだろう。 こんな時に限って……絶対にやらなくちゃいけないと言う時に限ってコレだ。 ホント、都合のいい身体だよ、まったく………

 

 

「うぐっ………あぁ……ハァ………ハァ………くそっ………」

 

 

 どっかの家の塀に寄りかかり、一先ず休ませる。 できることならば、床についてそこでグッスリと眠りに付きたいものだな………

 

 くっ……今度は頭も痛くなってきやがった………

 

 

 満身創痍ってのは、ホント、こういうことを言うのかねぇ……もう、このままぶっ倒れてしまいたいくらいだ。

 

 

 

「………だめだ……そんなのダメに決まってるじゃないか………! こんな……こんなところで諦めたら一生後悔することになる……!!」

 

 

 歯に力を込めて塀を叩く。 この手に痛みがしっかりと感じられる………

 

 そうだ、痛みだ。 今ある痛みはこんなもんかもしれない。 けど、諦めた後に受ける痛みはこんなもんじゃ済まされないだろうよ。

 

 そして、それを受けるのが俺だけじゃない………明弘、洋子、穂乃果……そして、ことりたちみんなが同じ痛みを感じることになる………

 

 それだけは、絶対にやらせねぇよ………こんな痛みを感じるのは、たった1人で十分だ………

 

 

 

 

 全身に力を込め直すと、また歩き出す。

 そんな俺を嘲笑うかのように、光一筋も見えない曇天が見下ろしていた。 まるで、希望などどこにもないと言わんがばかりの空だ。

 

 

「ふん……てめぇがそんな姿で見下ろそうが……その希望は、俺自身が突き通して手に入れて見せるさ……!」

 

 

 天高く手を掲げると、また自分に能力(負荷)を与えるのだった。

 

 

 

「これで最後なんだ………保ってくれよ………俺…………」

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

[ 南家 ]

 

 

 ようやくことりの家に付いた俺は、早速玄関の扉の前に立つ。

 通常ならば、呼び鈴を鳴らして入るのだが、今回ばかしは何も言わずに中に入らなくちゃいけない。 なんせ、相手はことりだ。 それに、今この家の中にいずみさんはいないはず………

 

 だとしたら、なおさら警戒を持たなくちゃいけいのだ。

 

 

 玄関の扉に手をかける―――――

 

 

 すると、意外なことに玄関の鍵は外れていて、簡単に中に入ることが出来たのだった。

 

 

「変だな」と一瞬感じたのだが「もしかしたら、ことりは俺が来ることを予見しているのかもしれない」と結論付けると、より意識して中に入っていった。

 

 

 

「うっ………! こ、この匂いは………!!」

 

 

 中に入った瞬間に鼻に付く甘みの強い匂い―――――感じは違えど、これは以前嗅いだあのジャスミンの花の匂い! それも、かなり強力なモノが漂っていたのだ。 思わず鼻を布で覆わせて何とか凌いでみせるが、それでもわずかに匂いが鼻の中に入ってくる。

 

 

「マズイ。 こんなところに長居していたら身体がまったく言うことを聞かなくなっちまうじゃないか……!」

 

 

 前回コレを嗅いだ時と言うのは、ことりの髪に付いていた程度の匂いに過ぎなかった。

 けれど、今回のはケタ違いだ。 花の匂いの源となる成分をギュッと圧縮したモノを直接、鼻に流し込むようなモノに等しい。 そんなモノを吸い取っちまったら、この匂いに含まれる媚薬の成分で頭が逝っちまうしれねぇんだ……!

 

 それに警戒しながら俺は、中を進んで行くのだった。

 

 

 

 1階の部屋全体を調べてみると、至る所に香を焚く機材が至る所に配置されており、順次そこから排出されているようだった。 そこで俺はこの機材の機能をすべて停止させて、一階のみを空気循環させた。

 

 しかしその際に、一瞬だけ布を外して作業を行ったために、わずかに匂いを吸ってしまったようだ。 それを吸っただけで、すぐに目眩がして倒れそうになってしまう。 まさか、ここまで強力なモノとは思わなかった………

 

 

 わずかに、力が緩んできているように感じてくるのだ。

 

 

 

 1階を検分し終えると、ようやくことりがいるだろう2階に上がっていく。

 階段を一歩一歩上がっていくごとに、あの匂いが鼻に付いてくる。 だがこれは、1階よりもさらに強力な匂いとなって襲いかかってきている! どんだけのモンを垂れ流すつもりなんだよ……アイツは………

 

 

 文句を思いつつも根源となる場所に足を運び出す。

 

 

 ことりの部屋―――――

 

 もしいるのだとしたらこの部屋に違いないだろうと踏んだ俺は、ドアノブを回して入っていく。

 

 しかし、そこにことりの姿は見当たらなかった。

 あるのは、机とベッドとそれから……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ―――――?!!! なっ?!! なんだ、これは!!!?」

 

 

 

 部屋の明かりを付けて辺りを見回したその時、目に入ってきたその光景に度肝を抜かされる!

 

 

 

 

 

 なんと、部屋の壁一面に……俺の写真がずらりと貼っているではないか…………!!

 

 それによく見たら床にも俺の写真がバラまかれているじゃないか………!!

 

 

 何だ! このおぞましい部屋の有様は?!! こんなところにいたら気が狂っちまいそうになる!!! 360°を俺に囲まれ、尚且つ、見られているんだと言う状況に、ただ震えるほかなかった。 こんな部屋にいて何が愉しい?! その神経を疑ってしまいそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒタッ――――――――――――――

 

 

 

「ッ………………!!」

 

 

 その刹那、背後から俺に忍び寄る影を感じとる――――!

 

 ゾッとしてしまうような威圧感――――

 

 一瞬で凍らせる氷霧のような身体―――――

 

 そして―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逢いたかったよ――――そ・う・く・ん♡」

 

 

 

 

 

 人を魅了し、その生気を吸い上げるサキュバスのような艶気の含んだ声が、俺を捉えた!!!

 

 

 

「うぐっ――――!! こ、ことり―――――!!!」

 

 

 どこから現れたのか分からないその一瞬の出来事に焦りを感じてしまった俺は、不覚ながらに隙を見せてしまう。 その隙を見逃さなかったことりは、白く透き通ったか細い腕を伸ばして、俺の身体にまとわりついたのだ!

 

 生温かい感触を全身から感じられる―――――

 

 ことりは腕だけでなく、その全身体をも使って俺の動きを封じ込めたのだ!

 片足が俺の脚に………その胴が俺の背中に………そして、その手が俺の顔に差し迫っていたのだ!! 動けない……まったく、動けないのだ………!! ことりに対しての恐怖からか? いや違う、それだけじゃないんだ。 この部屋の空気、ことりから出る妖気と狂気とが入り混じって襲いかかってきているのだ! それに、背中にピッタリと胴を押し付けてくるので、羽交い絞めのようにされているのも原因の一つと言える。

 

 

 そして、その腕、その足を見て気が付いたことがあったのだ………

 

 

 

 まさか………コイツ、何も身に付けていないのではなかろうか?! と。

 

 その思考は更なる焦りと隙を生み出させてしまう。

 

 

「ウフフフ……口にこんなモノをつけちゃって………コレ、いらないよね?」

 

「しまっ………!!」

 

 

 腕の力が緩んでしまっていたのか、口を覆っていた布をいとも容易く取られてしまい、口元が露わになってしまったのだ!

 これに危機感を感じずにはいられなかった。 この部屋に漂っているこの異様な匂いを直接感じることになってしまっては、身体の自由が聞かなくなってしまうことにも繋がるのだ! 「何とかしなくては!」と行動してみるモノの時すでに遅し―――――――

 

 

 

「うっ…………!!!」

 

 

 身体の中に、匂いが侵入し始めていたのだ。

 鼻や口から入ってくるそれが、俺を蝕み始めていく! だめだ………次第に身体の言うことが聞かなくなってくる……!! 息苦しい………気分が悪くなって………ぐうぅぅっ…………!!

 

 

 自身を制御する神経がバチバチと音を立てて切り落ちて行くような感覚を、嫌でも抱いてしまう。 俺の身体が、俺のモノじゃなくなっていくような感覚だった。

 

 

 全身から力が抜けて行くと、膝からガックリと床に付いてしまう。

 それを皮切りに、幾つもの器官と神経がことごとく俺の意識から離れて行く。

 

 

 そして、俺の身体から力が無くなった―――――

 

 

 意識だけがまだ生き続けているが、俺の意識から離れたこの身体は、もはや人形と言ってもおかしくは無いだろう。 その身体(人形)をことりは陽気な声で弄り始めるのだった。

 

 

 

「ウフフフフ……これで蒼くんをことりだけのモノにすることが出来ちゃった……♪ この大きな身体全部がことりのモノに………♡ ウフフフ……アハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

 

 歓喜に近いその声を高らかに上げている最中、とうとう俺の意識までもが浸食され始めてきたようだ。

 

 

 眠るな………留まってくれ………!

 

 そんな俺の願いも儚く、意識は段々漆黒の淵にへと沈んでいくのだった。

 

 

 

 ちくしょう………! こんなところで………終わるわけには…………!!!

 

 

 どう叫ぼうが、どう足掻こうが関係なかった。

 

 なぜなら、この身体はもう………俺のモノじゃなくなったからだ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞳から光が消え失せると同時に、彼の意識もまた、消え失せてしまった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、蒼くん? わたしのことをどう思ってるかな――――?」

 

 

 

 そして――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいすきだよ、ことり―――――」

 

 

 

 

 

 木偶のココロが入り込んでしまったのだった―――――――

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


さて、盛り上がってまいりました()


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フォルダー4-25

 う……ん………ここは…………?

 

 

 意識が少しずつ回復していくと、目の前にある光景を見つめ直す。

 

 

 暗い……現実のモノとは考えられないほどに、暗く凍えるような暗さがここにあった。

 

 深い……まるで、水の底に沈んでしまったかのような、そんな窮屈さをこの身に感じるが、不思議と息苦しいと言うことは無かった。 ただ、その代わりにと言うことなのか、身体に抱く感覚と言うモノを一切受け付けなかった。

 

 

 そっか……俺の身体は、俺から離れて行っちまったのか………

 

 

 意識が途絶える直前、俺の意識の代わりに入っていく無意識の感情を見た。 それが見せる素顔と言うのは、なんとも薄っぺらいモノだっただろうか。 人間と言うのは、あんな感情の無い笑みをするモノなのか? と目を疑ってしまうような怖さを抱いた。

 

 だが、そんなつくりモノのような素顔でも、ことりは満足そうな表情で見つめていたのだ。

 

 

 では、今はどんなことになっているのだろうか?

 身体から幽体離脱したみたいに浮遊するみたく、現実世界を目にする。

 

 

 

 

 なんだ………これは…………!!

 

 

 俺はそれ一目すると、異様ともとれる光景に戦慄する。

 

 

 

「ウフフフフ………もう……大好き………離れたくないよ………」

 

「おれもだ、ことり。 はなれたくなんかない」

 

 

 

 うっ………………!!

 

 

 それを見た瞬間、俺は思わず吐き気のようなモノを抱き始めた。 見てて気分が悪い。 妖気のようなモノを伴ったことりが、木偶の身体にまとわり付き離れないでいる。 それもだ、いつかの夜のように上半身には何も身に着けておらず、羽織っていたモノは床に投げつけられていた。

 

 ことりも同じだ。

 そもそも、ことりの場合は服を身にまとっていたような形跡は無く、色気が溢れ出るような黒のジュエリーを上下に付けているのみだ。 そして、その白く透明な身体をすべて使って、木偶を魅了しようと努めていたのだ。

 

 

 自分の身体でありながらも第3者という視点からそれを見ていて、気分がとても悪い。 まるで、ことりが他の誰かと結ばれようとしているようにも見えてしまうからなのだろう。 モヤモヤとする気持ちは膨らんでいくばかりだった。

 

 

 そんな俺の意識とは裏腹に、2人はさらに密接につながろうとしている。 腹立たしいにもほどがある。 今すぐにでもあの身体を取り戻してしまいたい、そう思ってしまうのだ。

 

 

 あれ………? 俺はどうして、こんな気持ちになってしまっているのだろうか? 俺はただ、ことりがあんなふうになってしまっていることに腹だっているわけで………いや、待ってくれ………それじゃあ、俺は………ことりのことを……………

 

 

 

『今まで気が付かないふりをし続けていたのだろう―――――?』

 

 

 いや、そんなことはない…………!

 

 

『なら、ずっと気が付かないままでもよかったじゃないか―――――?』

 

 

 違う、そうじゃないんだ……………

 

 

『都合のいい生き方なんて、誰かを傷つけるってことを知っているくせに』

 

 

 わかってるさ………ただ、怖かっただけだ………自分が弱かっただけなんだ………

 

 

『それですべてが赦されるとでも思っているのか?』

 

 

 思っちゃいないさ………他者に対して文句は言うのに、自分に対しては甘いなんて考えは持ち合わせちゃいないさ………これは、そのツケが回ってきたんだ…………

 

 

 けどな………それでも俺は………護ってみせる………救ってみせる………そして、俺のこの気持ちを打ち明かしてみせる………!!

 

 

 

 今度は逃げない………立ち向かって見せるさ………それが、俺が見せる覚悟だ!!

 

 

『そう…………』

 

 

 

 

 バキッ――――――――――

 

 

 

 深い無意識の世界に歪みが生じる。 暗闇に覆われていた視界に光が灯り始めたのだ。

 

 歪みは次第に大きく増長し、全体に亀裂を生じさせたのだ。 解放までの時間はもうすぐだ………

 

 

『もう、行っちゃうの?』

 

 

 あぁ、そうだ。 俺は行かなくちゃいけない………アイツを……ことりを救うために、まだ立ち続けなくちゃいけないんだ。

 

 

 さっきから俺に語りかけてくる声が段々と遠くへ離れて行くような気がした。 だが、それよりも何より、目の前のことに専念しくちゃいけなかった。

 

 

 こじ開けてやる………こんな壁なんか………!!

 

 亀裂に指を差し込み、それを無理矢理にこじ開け始める。 ずっしりとくる重さだが、決して不可能なものなんかじゃない。 すぐに開いて見せる……!

 

 ミシミシと音を立てながらこの世界が壊れ始める。 もうすぐそこにまで現実が見えている。 あと、もう少しだ………!

 

 

『あなたならできるよ』

 

 

 ふと、その声がスッと心の中に入ってくる。 なんだ、この感じは? 知っているんじゃないのか、俺は? それが気になって振り向いてみると…………

 

 

 

 

 

 それは、俺がよく知るあの笑顔だった―――――――――

 

 

 

 

 ことっ…………!!

 

 

 

『わたしを見つけてね………蒼くん………♪』

 

 

 

 くぅぅぅっ……………!!!

 

 

 俺は胸込み上がってくるモノを抑えつけながら正面を向き直す。 ありったけの力を込めて、亀裂を広げこの世界を壊した。 そして、帰るんだ………俺の元の場所に………!!

 

 振り返ることなどしない……ただひたすら真っ直ぐに突き進んでいくほか何も無い。 その先に、誰もが求める世界が待っているからだ。

 

 絶対に取り戻す……取り戻してみせるからな、ことり!! だから……だから…………!!

 

 

 

「とっととてめぇは俺から……出ていけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! そこは、俺がいる場所だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 俺の身体に摂り付いた木偶に強烈な一打を加えて追い出す。 そしてようやく、俺の意識が身体に戻ろうとしていた。

 

 

 今度こそ………今度こそ…………!!

 

 

 

 未だに軋む体に言い聞かせながら、俺は目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「えへへ♪ そうくん………そうくん♡」

 

 

 蒼一の身体に夢中になっていたことりは、彼のことを弄り回し続けていた。 身体の至る所に触れてみては、自らの欲求を満たすための感部を探し当てていた。 それと同時に、自らの身体にも指を当て、その快楽を実感していたところだった。 この部屋に漂うこの匂いが、彼女の官能的な感情をさらに高ぶらせていたのも要因の一つとして挙げられるだろう。

 

 誰にも邪魔されない、そんな中で愛しの彼を自分の虜にさせたことは、彼女にとって非常に有意義なことだった。 長年募らせていた想いがようやく叶った瞬間だと、感じているのだった。

 

 

 それが本心からなるモノであるかなんてわからなかった―――――

 

 

 ただ、1つだけ言えることは、そこに愛など無いと言うことだ――――――

 

 

 

 しかし、そんな彼女の計画にほころびが生じ始めようとしていた―――――

 

 

 

 ビクンッ―――――――!!

 

 

 

 彼の身体が異常な震えをしだしたことに驚きが生じる。 ただの震えかと思うことが普通だと思うのだが、彼女の中では違った捉え方を見せていたのだ。

 

 彼女の額から汗が零れ落ちる――――――

 

 これは明らかに動揺している様子であった。

 その心境をこちらでは知ることはできない、だが、彼女の中で何かが崩れかけているのだと言うことを察することが出来るようだった。

 

 

「うっ………うぅ………うぐぐぐっ…………」

 

 

 表情にまったく変化を見せなかった彼に、しかめるような表情が加わると、彼女の動揺が一層大きくなる。

 

 

 曇っていた彼の目に光が戻ってくる。

 

 

 

「くうぅぅぅ………あぁ……!! ッ~~~~まだ、身体は思うように動かねぇなぁ………」

 

 

 目覚める蒼一。

 一旦は、彼女が仕掛けた術にハマってしまうものの、彼の秘めたる強い意志がそれを打ち破り、自らの肉体を取り戻した。

 

 

「そんなっ………!」

 

 

 驚愕する彼女から動揺とも捉えられる言葉が口から漏れ出す。 彼女は彼を完全に支配することが出来たと思いこんでいた。 それ故に、この状況を受け入れ難く感じていたのだ。

 

 だが、この状況に不確定要素が紛れ込んでいたことに彼女は知るよしもない。

 

 まず、彼には薬物に対する耐性が出来ていたと言う事。

 彼女が以前、彼に嗅がせた匂いと同類のモノを今回も使用したことや絵里から服用された薬物とが、彼に耐性を生み出していたのだ。 さらに彼は、ここに来る途中で自らの肉体、精神をも含めた強化を行ったことで打ち破ることが可能となれた。

 

 しかし、最も決定的な不確定要素が彼の中に生じていたことが、この状況を生み出したと言っても過言ではなかった。

 

 

 それは―――――――――

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「ことり!」

 

 

 軋む身体を力任せに動かし、上体を起こし始める。

 意識が眠っていた間に、たくさんの匂いを体に取り込んでしまったらしい……あちこちに痺れや感覚が鋭くなっているのはそのせいなのだろう。

 

 だが、意識だけはすこぶるハッキリとしていた。 これは、俺自身が抱く意志が強く現れているからだと思われるが、そんなこと分かるわけが無い。

 

 ただ、分かることは………目の前にいることりを何とかしなくちゃいけねぇんだなってことかな?

 

 

 ことりに目を向けると、至って平静な様子を伺わせる。 動揺していたような素振りを見せていたようだったが、今はこんな感じだ。

 

 しかしあれだ、こう見ていると目のやり場に困ってしまうのは俺だけなのだろうか? ことりが生まれたての姿でなかったことには、ちょっと安心感は覚える。 だが、その代わりに刺激的な色気を演出させる黒のジュエリーが曝け出されているので、全体的に見てもコレは安心できるものではないようだ。

 目を逸らすことは容易いことなんだろうが、それじゃあ、ことりを説得することなんて何年かかっても出来やしない。 それに俺はもう、ことりから目を逸らすことは止めた。 ちゃんと、向き合わなくちゃいけないんだ………だから、どんな格好だろうが、その前に立って堂々としていなくちゃいけないんだよ。

 

 

 ジッと、ことりの姿を見続けていると、その黒く濁った瞳をこちらに覗かせて笑って見せた。

 

 

「へぇ~失敗しちゃったかぁ~……ちょっと残念だなぁ、折角簡単に蒼くんをことりのモノにできると思ったのにぃ~」

 

 

 人差し指を口元に近付かせてニタリと含み笑うことり。 その内に秘めている黒い部分を未だに晒そうとはせずに様子を伺わせているのを見ていると、やはり、先程の動揺らしきものは関係なさそうだ。

 

 それとも、まだ何か策でもあるのだろうか?

 

 

「でも、まあいいや。 もうアレだね。 ここまで来たら力付くでも蒼くんをことりのモノに――――ことりのおやつにしちゃいます♪」

 

 

 その言葉を合図に、ことりは大きく飛び跳ねて襲い掛かってくる! 避けようと身体を動かそうにも、まだ痺れは効いているままのようだ。 この場から一歩も動かないまま、ことりの受けとめることとなる。

 

 

「よっと! ウフフフ、つかま~えた♪ さあ、ことりのおやつになってくれる準備はできたかな?」

 

 

 そんなの準備できているわけが無い、そう言いたいところだが、絶対に墓穴を掘ってしまいそうになるために一度口の中に閉じ込めておく。 そもそも、こちらがことりに反応したり、甘い言葉をかけたりすることは火に油を注ぐような危険なことである。 ことりの本心を知る以前に、こちらがくたばってしまうだろう。

 

 ならば、これまでと同じように、あえて痛点を突くような言葉で揺らすしかないようだ。

 

 

「そんな訳あるかよ。 俺はお前のモノにもおやつにもなるつもりはねぇ、こっちから願い下げだ」

 

 

 甘いことりの言葉とは、真逆の少し辛目の言葉を用いて応える。 すると、一瞬だけキョトンした顔を見せると、また薄気味悪い笑みを浮かばせる。

 

 

「ふ~ん……そう言っちゃうんだぁ………へぇ~………」

 

 

 なんだ……何が起きようとしているんだ?

 ここまでは俺の思い通りの展開、次はさしずめ言葉で更なる威圧をかけてくるに違いないだろうと踏んだ。 けれど、この時だけ、今までとは違った感覚を抱いたのは多分初めてかもしれなかった。 故に、この先の展開が分からなかった。

 

 

 そしたら――――――

 

 

 

 

 

 バヂッ―――――――――

 

 

「う゛がはっ――――――!!!!?」

 

 

 ことりが再接近して俺の身体に何かを突き付けた!

 全身に駆け走る電流。 身体中に廻ってた痺れとは異なる痛烈な痺れが、突如として襲い掛かってきたのだ! そのあまりの出来事に、思わず苦悶してしまうのだが、痛みが全然納まることが無かったのだ!

 

 これは一体………!?

 

 

 痛みに耐えることが出来なかった身体は、そのまま力尽きるかのように、また布団の上に仰向けになって倒れ込んでしまう。

 

 そこに畳み掛けるように、ことりが俺の身体の上に圧し掛かり、俺のことを見下す。 その興奮に包まれた紅い表情を見せると裏腹に、その瞳から感じられる冷淡な感情が、俺の神経を震え立たせる。 これはことりに喜ばれようが嫌われようが、どちらに転んでも危険であることを脳裏で警鐘させていた。

 

 

「酷いなぁ~蒼くん。 折角、ことりが蒼くんのためにいろいろやってきたのになぁ~………そっかぁ、まだことりのこの愛が伝わっていなかったんだね! そうなんだぁ~………ウフフフフ、それならたぁ~ぷりと教えてア・ゲ・ル♡」

 

 

 艶めかしいほどに甘ったるい女の声で俺の脳に直接囁くと、不気味な笑みを含んだ淫らな表情をこちらに向けてくる。 甘く乱れた吐息が俺の顔に降りかかるくらいに近付くと、身体全体を使って俺を誘惑し始める。

 

 

――――が、それには俺の意志関係なく、半ば強制的に事実を形成させようとしているモノに過ぎなかった。 ことりのその手には、バチバチと割れるような音を響かすスタンガンが用意されていた。 先程の痺れはまさにそれだ。 それを俺に見せ付けることで脅しに掛かってきているのだろう。

 

 

 だが、それでも俺は屈することはしなかった。

 

 

「ふ、ふん……折角だが、その誘いを断らせてもらうぜ………お前のそんな偽りの愛情なんかこれっぽっちも欲しくないぜ……」

 

「へぇ~……まだそんなことを言っちゃうんだぁ~………御仕置きだね♪」

 

 

 バヂッ―――――――――――

 

 

「ぐあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 誘いを断った俺に対して、躊躇することなく突き付けられる電流に身体が強く反応する。 全身に伝わる痺れ……と言うよりか、痛みが激しく襲い掛かる。 殴り蹴られると言った外傷モノとは違って、内臓などに直接痛みが伝わるこのやり方は、耐えがたいモノがあった。

 

 

「ほらほらぁ~、早くことりのモノになってくれないと……蒼くんの身体が壊れちゃいますよぉ~?」

 

 

 クスクスと笑い声さえ聞こえてきそうな様子を伺わせることりは、まだ脅しに掛かってくる。 それでも尚、俺は耐えに耐えその誘いを断り続けた。

 

 すると、どうだろうか? 俺のこの態度に対する返答とは何だっただろうか?

 

 それは言うまでもなく―――――――

 

 

 

 

「ぐああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 無慈悲に突き付けられる電流の痛みがその答えだった。

 

 

 だめだ……このままじゃ、埒が明かない。 その前に、俺の身体が先に参っちまうかもしれないな………

 

 全身に痛みが走り続ける中においても考え続けるが、思考が低下している中においてまともな判断など出来やしなかった。

 

 

「………はぁ……はぁ………ことり……このままじゃ、俺は死ぬかもしれないぞ……? それでも、構わないとでも言うのか……?」

 

 

 すると、それを聞いたことりは一瞬だけピクッと身体を震わせてこちらを見た。

 

 

「大丈夫だよ、ちゃんと死なない程度に抑えているからね♪ それに……蒼くんはことりのモノ……ことりだけのモノ………蒼くんなしじゃ、私は生きていけないの……蒼くん無しの人生なんて、何の意味もないんだからね………♪」

 

 

 微笑みながらそんなことを言うことりだったが、少しばかり余裕が無いと言うか、さっきとはまた違った表情を見せるようになったような気がした。 もしや、と思うと俺はそれを切り口としてことりの心を揺さぶりにかける。

 

 

「ことり! お前は、いつだってμ’sのために頑張ってきたじゃないか! みんなのためにと言って働いていたこともあったじゃないか! そのお前はどこに行ったんだ?!」

 

 

 その言葉を口にすると、またしても反応を示そうとする。 そして、変化の無かった表情に曇りが掛かり始め、眉間にしわが寄って見えたのだ。

 

 

「あんなの偽りに決まっているじゃん! みんなのため……? みんなって誰のコト? μ’sって何のコト? それって、私から蒼くんを奪い取ろうとするヤツらのことだよね………!」

 

 

 露骨に見せる嫌悪な姿勢。 これが始めて見せる拒絶反応。 こうした反応を示してくれたおかげで、ことりの心の内が段々と露見して行く様子が見てとれる。

 

 

「忘れたか、ことり! お前には、μ’sという仲間がいたことを! そして、お前はそれを穂乃果と海未と一緒になって立ちあげたことを忘れたか?!」

 

「ッ…………!!」

 

「初めは3人しかいなかったが、行動で行ったあのファーストライブを機にメンバーが増えていったじゃないか! 凛に真姫に花陽、にこに絵里に希……そしてお前を合わせた9人で一緒に活動していきたじゃないか?!」

 

「……………さい………」

 

「お前の作ってくれた衣装はどれも素晴らしかった。 お前の作ってくれた衣装が、これまでのライブを成功に導いてくれた要因だと感じている。 そして、それを作っていた時のお前の姿は、誰よりも生き生きとしていた! そんなお前に俺は惹かれていたんだ!」

 

「………る……さい………」

 

「ことり、お前は前に言ったよな、自分には何もないってさ……確かに、()のお前には何も無いな。 きれいさっぱりとした真っ白なモンじゃなくて、真っ黒だ! 何も見えなくなっちまって、あるのかないのかハッキリとしないようになっていやがる! 俺はそんなお前が嫌いだ!!!」

 

 

「うるさいっ――――――!!!!」

 

 

 ビリビリと空気を震撼させるような威圧がにじみ出ている。 どうやら、裏で見え隠れしていた感情が露見し出してきたということか。

 

 

「さっきからどうしてそんなことばかり言うの?! しつこいよ! それにどうしてことりのことを嫌っちゃうの……? ことりに魅力が無いから? それとも、私のことがそんなに嫌いだった………? そんなことないよ、だって蒼くんのことを誰よりも知っていて、誰よりも愛しているんだから、そんなことないはずだよ………」

 

 

 ことりは頭を抱え出し始め、自問自答の苦悩を抱え込むことになる。 虚ろになり掛かることりには、何が正しく何が正しくないのかすらの判断もできないでいるようだった。

 

 しかし、予想もできない状況に見舞われてしまう。

 

 

「あっ、そっか………蒼くんは騙されているんだ……蒼くんの周りにやってくる汚い女たちが蒼くんのことをたぶらかして、私から離れさせようとしているんだ………それとも、あれかな? ことりがいながらも他の女に手を出しちゃっているのかなぁ………?

 

 あぁ、そうなんだ……だから、蒼くんの身体中から嫌な女たちの匂いがしたんだ………唇からもそんな匂いがしたよ? だって分かるもん、ことりは蒼くんのことを何でも知っているんだから、当然だもん。 あっ、でも、もういないんだもんね……みんなみんな、ことりの仕掛けた最後の罠に引っ掛かったもんね。

 

 アハハハハハハ!!! もう、私から蒼くんを奪う人なんかいないだもんね! ことりは蒼くんの隣にずっといられるもんね!! アハハハ………アハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 トチ狂ったような叫びを上げだすと、不気味な笑いで俺を見つめ直した。 そこには、もうことりはいなかった………あるのは、ことりの姿を借りた狂気そのモノだった。

 

 

「うぐっ―――――――!!?」

 

 

 すると、一瞬の不意を突かれて、俺の首を締めあげ始めた! ミチミチと締めつけ付ける音が生々しくにじみ出す中、俺は抵抗することもままならずそのまま息が出来なくなるのをずっと堪えるほかなかった。

 

 

「アハハハハハ、ねえ蒼くん。 ことりはとても怒っています。 蒼くんがことりのことをキライって言ったからですよ? そんな悪い子には御仕置きしないといけないのですよ♪」

 

 

 不気味なニタリ顔で言ってくるのだが、どう見ても正気ではない。 子どものような無邪気なことを言っているようにも聞こえるが、そんなことは無い。 これこそまさに、狂気そのモノだと言えるだろうよ……

 

 

「でも、もし蒼くんが、ことりのことを『愛している。 ことりのことしか見ていられない』っていってくれたら赦しちゃうよ?」

 

 

 息苦しい最中にあってのその誘い………通常ならば『はい、そうです』と言いたくなってしまう状況にあるのだが、この状況下にある中で、その通りに応えてしまえばそれこそ思うつぼだ。 どうあがいても、その先にあるのが絶望ならば、受難の道を進むしかないじゃないか………!

 

 

「………残念だが………今のお前の言う通りになんか………しないからな………!」

 

 

 俺はことりの誘いを断った。

 そしたら、思っていた通りに、ことりは首を絞める力を強くし始める。 息苦しさもさっきと比べてさらに強まっていた。

 

 

「しかたないなぁ……こうやってもわからないなら、わかるまでこうしちゃうからね………? あぁ、大丈夫だよ……もしも息が止まりそうになったら、私が人工呼吸で息を吹き返させますからね? あっ、そしたらキスもできるから一石二鳥だね♪」

 

 

 いや、そうじゃないだろ………発想が狂っていやがる……! 息を止めると言うことは殺すと言う事、それを平然とやってしまうことに何の躊躇もないのかよ……! この手の狂気と言うのは、まさにこういうことを指すモノなのか? ホント、御免被りたいね。

 

 

 しかし、ことりにそんなことをさせるわけにはいかなかった。 一度でもそんな経験を身に付けてしまえば、元には戻らなくなるだろう。 ことりのような性格の持ち主ならなおさらだ。 二度と立ち直れやしない……!

 

 そうならないためにも、俺は…………!!

 

 

 痺れる腕に力を込め始める。

 一度、肉体強化で身体機能を向上させていたが、それでももの足りない部分が生じている。 では、どうするべきか?

 

 答えは簡単だ。 さらに、能力を書き加えて身体を元の状態に戻す。 そうしなければ、どうにもならないのが現状と言ったところだろうよ。

 

 

 息苦しみながらも俺は身体に念じ始める。 自らに更なる力を書き足すことを………!

 

 

 

 ドクン―――――――――

 

 

 

 この念じに身体は応えてくれた。

 身体に痺れが無くなり、元の状態に戻ったような感覚を抱いた。

 

 よし、これならばと確信を抱いて、首を絞めるこの腕に手をかける。 なんとしてでも引きはがしてやる! そんな意気込みを持っていた―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブツン―――――――――

 

 

 

「ッ――――――?!」

 

 

 体内から今まで感じたことのない異変を察した。 なんだ? この感覚は……? ドロッとした……いや、何かが壊れたような……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲボッ――――――――!!!」

 

 

「ッ~~~~~~~?!!」

 

 

 あ………れ…………? どういう………ことだ…………? か、からだが………いうことを…………

 

 

 その刹那、異変が俺の身体を稲妻のように走り抜けていた。 まるで、俺の身体の何かが弾け飛んだみたいな……そんな感覚を抱いていた。 口元に触れてみると、手にはドロッとした真っ赤な血がこびり付いていたのだ。 どうしてこんなことが………考えてみてもわからないことだった。

 

 そして、目の前をよく見ると、身体を真っ赤に染めたことりの姿がそこにあった。 ことりも何が起こったのかわからないような、石のように固まったみたいに思考が停止したようだ。 思考が戻った時には、ことりは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ………ああぁぁ…………い、いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 絶望に満ちた声がすべての音を打ち消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 

 

 

 

 




ドウモ、うp主です。


久しぶりの吐血ですが、シリアス時の吐血と言うのは………


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フォルダー4-26

 

 

「あぁ………ああぁぁ…………い、いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 絶望を抱いた残響が部屋を包み込む。

 

 

 何がどうしてこうなってしまったのか、俺にすら分からない。

 だが、ことりが何かに怯えだしていることに変わることは無い。

 

 

 俺は、吐血した身体に力を入れ直しに入る。

 しかし、やはり吐血したことで身体に大きな負担をかけてしまったらしく、思うように動くことが出来ないでいる。 視界もかすんで見えてくるし、耳も遠くなってきやがった………またしても、意識がどんどん遠ざかっていく気がして何とも言えない気持ちになる………

 

 

 あぁ……だめか……身体にかなりの負担をかけちまったからな………ここでようやくツケが回ってきちまったと言うわけか………

 

 情けない話だ……あともう少しだって言うのに……この手のすぐ届く距離に……俺の求めているのがあるっていうのによ………それを拝まずに事切れるってのは………嫌な気分だ……

 

 あぁ……視界が黒くなってきた………色が付いた世界からモノクロに変わるって、何だか変な感じ………これが、終焉の時ってやつか………? あぁ………そう言えば、前にも同じようなことがあったっけなぁ………

 

 でも、2度も助かるわきゃないか………いくらアイツでも赦してくれねぇだろうよ………

 

 

 

 ごめんな………約束………守れそうもなかったわ…………

 

 

 

 沈んでいく意識の中で、アイツとの約束を思い返していたところだ。 あんなに自信もって言ったのになぁ……それに柄にもなく口付けもしちゃって……ホント、俺ってバカなんだなぁ………

 

 1人の大切な人を助けることが出来なくって…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――――――――――――』

 

 

 

 ぁあ……なんだ………? 何だか、懐かしい感じがするなぁ………

 

 

 

『―――――――――――――――』

 

 

 

 これは………あぁ、覚えていますよ………これはあなたの手だ………あんなに細くって力が籠っていないように思えたあの腕で……この手を握り締めてくれた………

 

 

 

『―――――――――――――――』

 

 

 

 あの時疑っちゃいましたよ………ホントに病人だったのかって………でも、その後にあなたが亡くなって………ホントに病人だったんだって………

 

 

 俺も………今からそっちに行ってもいいですか…………?

 

 

 

『―――――――――――――――』

 

 

 

 だめ……ですか…………手厳しいですね………もう、俺はクタクタです………生きる気力だって………

 

 

 

『――――それでも、私はキミに託したい。 蒼一くん、私のかわいい1人娘を――――頼む』

 

 

 

 ふっ……まったく、強情な人ですね………そっちに行っても親バカは直らないようですね………和幸さん

 

 

 

 

 すみませんが……少しだけ、力を分けてくださいね……

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「ゲホッ――――ゲホッ――――――!!」

 

 

 うぅ……まだ、意識が朦朧とする………身体の痛みも健在だ……悪い意味でな。

 

 

 吐血し、気絶し、死の淵にまで行ったはいいモノのそこから追い返されて、ここにいる。 何だか、このわずかな時間の間で、すごい体験をしてしまったような気がしてならなかった。

 

 だが、そんなことすら考えている余裕なんかなさそうだな………

 

 

 

「あぁっ………ああぁぁ………いやっ………うそだよ………そうくんが……あぁ……そうくんが………」

 

 

 

 まずは、ことりを何とかしないといけないな………

 

 

 

 身体を無理矢理動かしだすと、ギチギチと色んなところが軋んで痛すぎる。 腕を少しあげるだけでも苦痛だ。

 

 

 それでも、こんな痛みを押し退けてだって目の前にあることに尽力しなくちゃならない。 今持っている力を全部使い果たしたっていい。 その代わりに、ことりを救う事だけは約束して欲しい………

 

 俺の大切な人なんだ………誰にも渡さねぇ……誰にも壊させねぇ………

 

 

 俺のことりを……この手で救うまで、諦めきれなくなっちまったんだからよぉ!!

 

 

 

 この腕を差し伸べる―――――泣きじゃくることりに向かって、この手がどんどん近付いて行く。 あともう少し……あともう少し、と痛みを耐え忍び、授けられた希望とを活力にしていく。

 

 

 そして、ようやく――――――

 

 

 

 その肩に手を置くことが出来た――――――

 

 

 

 

 

 

「ひっ……!! い、いやぁぁぁぁ!!! こないでぇ!! こないでぇ!!」

 

「ッ―――――!!」

 

 

 しかし、どういうことだろうか―――――ことりは急に暴れ出して、置いた手を振り払ってしまった。 その顔を見てみると、紅く染まっていた頬が雪のように白くなるほどの恐怖がことりを襲っていたのだ。 それに、その瞳からは光を失い、白く濁っていて、俺の姿など映ってなどいなかったのだ………

 

 狂ったように泣き喚き、暴れ回るあの威圧的にも思える拒絶反応。

 

 あの様子は、まるでいつか見た光景とまったく同じように思えた。

 あの時は、何も出来ずに手を止めてしまった。 自分でもどうすればいいのか分からず、立ち止まってしまったんだ…………

 

 

 けど、今は違う。

 あの時を乗り越え、これまでのすべてのことに抗い抜いてきた!

 

 今度は、立ち止まらない。 目指すべき場所、護るべきモノがあるのだから、諦めちゃいけないんだ!

 

 

 跳ね退けられたその手をもう一度、ことりのほうに向ける。 真っ直ぐに、傾くことなくただひたすら真っ直ぐに、突き進んでいくんだ。 そして、語るんだ。 俺の声でお前の名前を叫ぶんだ――――――

 

 

 

 

「ことり――――――!!!」

 

 

 俺は心の奥底から叫んだ!

 すると、暴れていたことりの様子に変化が生じた。

 

 

「そう………くん…………?」

 

 

 動きを止め、こちらの方に顔を向けて俺の名前を呼んだ。

 

 けれど、視線がこちらにあっていない。 まさか、俺の姿が見えていないのか? あの白く濁った瞳がことりの視力までもを奪ったというのか?!

 

 

「どこ………そうくん…………? どこにいるの………?」

 

 

 辺りを探るように腕を伸ばして俺を探そうとしていた。 その様子がとても痛ましく、見てもいられない姿で息を呑む。 堪えろ……まだその時じゃない……早く、手を差し伸べなくちゃ…………

 

 

「ぅぐぐぐっ…………!」

 

 

 身体中の痛みを跳ねのけて、脆いこの腕を伸ばす。 あと、もう少しだ……あともう少しで届くんだ………!!

 

 指と指とが触れ合いそうになる感覚が、とてももどかしい。 早く、その手に触れたい……! 感じたい……! そんな気持ちでいっぱいなんだ! それは、ことりも同じなんだろう? あの必死に探し求めようとするあの姿に俺と共通の意識を感じるのだった。

 

 

 

 ミチミチ――――――――――

 

 

 

 頼む………限界を越えても構わないからさぁ………なあ、いいだろう………?

 

 

 

 そして――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「「あっ――――――」」

 

 

 

 指と指が触れ合った―――――――――

 

 

 

 

「見つけた―――――」

 

 

 その指に触れると、そのままの勢いでその手を握り締めた。

 ふわっとしたやわらかな感触が手の平いっぱいに感じとれた。 この手の温もり、このしなやかな細い指……間違いない、ことりだ……!

 

 

 俺は残る力をすべて出し切る気持ちで、ことりの手を引いて抱き寄せようとする。 もう、いろんな神経やら骨髄やらが限界を訴えてきやがる……いいじゃねぇか、別にどうってことないじゃんかよ………

 

 この一瞬の喜びのためなら………投げ打ってやるさ、この身体()をよ………

 

 

 

「蒼くん―――――!!!!」

 

「ことり―――――!!!!」

 

 

 片方の手でその手を引き、もう片方の手でその腰に添えて、その身を抱き寄せる。

 短くも、長い刻をかけての生まれた本当の廻り合い。 互いの気持ち(本音)が聞きあうことが出来るこの距離を、今手にすることが出来た。

 

 だってほら、俺のこの手の中にちゃんと納まっているじゃないか……

 

 

 

 

 俺の大切な……大切なことりが……………

 

 

 

 

「う、うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!! そうくぅぅぅぅぅぅん!!!!!」

 

 

 圧し止めていた感情が雪崩れ落ちるかのように強く泣き叫んだ。 ボロボロと流れ落ちる熱い涙が俺の肩を濡らしていく。 そんな今にも壊れてしまいそうな華奢な身体にそっと触れ、互いに露出した肌と肌を重ね合わせる。 胸同士が重なり合うことで、互いの鼓動が耳を通さずともよく聞こえる。

 

 どくん、どくん、と一定の速さで打ち立てるその音は、何とも穏やかで心地いいモノだろうか。 傷付いた身体に沁み込む癒しの音楽(メロディ)のようだ………

 

 

 

「ごめん………な……さい………ごめん………なさい…………!」

 

 

 未だに抑えられない感情を抱いたままの言葉が俺に届く。 ちゃんと喋ろうとしているが、声を詰まらせながら泣き続けるからハッキリとしたモノとなっていないが、その気持ちはよく伝わっているぞ………

 

 その気持ちに応えるように、その頭に手を添え、髪に沿ってやさしく撫でた。

 

 

「わたし……蒼くんを奪われるのがイヤだった………蒼くんの隣はわたしだって言いたかった………なのに、それを取られちゃったみたいで……わたし………わたし………!」

 

 

 言葉を紡ぐごとに、息苦しくなっていく――――――

 

 

「わたし……どうにかしてでも欲しかった………! その隣が………! だから………みんなを……ことりは……みんなに………手をかけちゃった………こうするしかなかったの……! こうするしか、蒼くんの隣にいられないと思ったの………! もう……戻ることが出来なかったの………」

 

 

 強く、つよく語りかける言葉の1つひとつが重かった―――――

 

 

「でも……気が付いたらわたしはひとりぼっちだった………こわかったよぉ………誰もいないところでたった1人になるのが………とってもこわかったよぉ…………」

 

 

 身体にしがみ付く腕の強さが、ことりの内なる痛みだ―――――

 

 

「なのに……そうくんを………そうくんを…………わたし………死んじゃったのかと思った……口から血がいっぱい出て………倒れちゃって……目の前が真っ白になっちゃって………もう……何が何だか分からなくなっちゃって………!」

 

 

 この痛みは、治さないといけないもんな―――――――

 

 

 

 俺はことりの頭を撫でながら「もういいよ……言わなくてもわかるから」と囁く。 言葉で受ける以上に、この身体から伝わってくる感情が多くのことを語ってくれる。

 

 それは、とても辛いこと………言葉では言い表せられないことばかりだ。

 

 そんなことりに俺は囁く――――――

 

 

「ことり――――――ごめんな。 こんな辛い目に合わせちゃって、本当にごめんな。 俺がもっと、ことりのことを見てあげることが出来たら、こんな辛い経験をしなくても済んだはずなのに………俺はまた、ことりをこんなに悲しませてしまった………本当に、ごめん………」

 

「そ、そんな……蒼くんは悪くないよ……全部、ことりが悪いの……! ことりがこんなことをしなければ、みんなが……蒼くんが傷付かなくて済んだんだよ……!」

 

「違う! 違うんだ、ことり……俺は気付いちまったんだよ……! お前の気持ちと……俺自身の気持ちがよ………だが、俺はそれに気付かないふりばかりしていた……これは、俺の落ち度なんだ……!」

 

「えっ………」

 

 

 

 抱きしめることりの身体から手を離すと、ことりもまた俺の身体から腕を離した。 そして、ようやくお互いが向き合わさった。 あらためて見るその顔は、涙で薄汚れて赤子のように紅い表情を見せていた。

 ただ、涙で零れ落ちたのだろうか。 瞳を覆っていた白く濁ったモノがとれて、ハッキリとした視線でこの俺を見つめていたのだ。

 

 あぁ、この目だ………この純粋な目を見せてくれるのが、ことりなんだよ………

 

 

 お互いの視線が混ざり合わさった―――――――

 

 

「最初に言っておかないとな………」

 

 

 そう言って、俺は一呼吸おくと、もう一度見つめ直す。

 心臓がこれまでにないほどの大きく高鳴っていた。 もう自分で抑えきれないほどだ。 けど、もう迷う必要なんかない、逃げる必要もないんだ。 ただ、俺の想いをそのまま伝えるんだ……!

 

 

 

 

 

 真剣な眼差しが重なり合う―――――――

 

 

 心臓の鼓動が耳でも聞こえるほどに高鳴った――――――

 

 

 

 

 

 

 

「ことり―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――大好きだよ」

 

 

「ッ~~~~~~~~~!!!!」

 

 

 

 これが俺の答えだよ。

 

 

 俺が本当に伝えたかった言葉を直接伝えたのだ。 迷うことのないこのシンプルで美しいこの言葉で、俺のすべてをことりに伝えたのだ。

 

 

 それを受け取ったことりは、口元を手で覆い、瞳を煌めかせて滂沱の感涙を流したのだった。

 

 

「ほんと……? うそ……だよね………? そんなわけ……ないよね………?」

 

 

 未だに信じられないような感じだった。 これは夢じゃないのかって思っているのだろう。 けど、それは違うんだ。 俺は……偽ったこと言えるほど、器用な人間じゃないから………

 

 だから、もう一度伝えるんだ――――――

 

 

「俺は………ことりのことを、本当に好きだって感じているんだ………この気持ちを受け取ってもらえるか?」

 

「ッ~~~~!!! いいの………? 本当に、ことりなんかでいいの………?」

 

「あぁ、ことりでいいんだよ………それで、返事を聞いてもいいかな………?」

 

「っ~~~~!!! う、うん………蒼くん、わたしもね……蒼くんのことが大好きなの………こんな……こんな何も無いわたしですが………蒼くんへの愛だけは負けないよ……!」

 

「ふっ、ことりにはちゃんと持っているじゃないか………」

 

「えっ…………? ことりには何も………」

 

「いや、ことりには、俺のことを愛してくれるっていうその気持ちがちゃんとあるじゃないか。 その気持ちがあるだけで十分さ」

 

 

 その言葉を聞くと、ことりの瞳からボロボロと大粒の涙が零れ落ちて行った。 溢れんばかりのその涙は、またことりの綺麗な顔をくしゃくしゃに汚すだった。

 

 

「まったく、顔がすごいことになっているぞ? ほら、これで拭かないと」

 

「だ、だって………ひっぐ………わたし……嬉しくって………ひっぐ………蒼くんから、好きって言葉を聞けるなんて……思ってもみなかったんだもん……!」

 

 

 瞳から流れ落ちる涙をひと筋ずつ拭い、その素顔を少しずつ見つけ出そうとする。 この涙を拭うことで、ことりが抱く悲しみを取り除けられるのなら、何度だって拭ってやる。 そしてもう、誰も傷付かない、悲しむことのない日々を送れるようにしたいんだ!

 

 

 

 嗚咽が鳴り止むと、涙も次第に引いていく。

 紅くなった目頭と頬がその後を残すのだが、時期に無くなってしまうのだろう。

 

 ただ、俺はここで起きたこと、見たこと聞いたことすべてを決して忘れることは無い。 善いことだけがすべてじゃない、悪いことも含めてすべてと言えるんだ。 だから俺は、ことりのすべてを知るために、この出来事をすべて心に留めるのだ。

 忘れず、そして、いつも思いだすようにするんだ。 これからの道のりで、俺が成すべきことを知る上での大事なヒントとなってくれるはずだから………

 

 

 

「ことり………」

 

 

 熱を帯びたこの手でその顔に触れる。

 

 

「蒼くん………」

 

 

 ことりもまた、その手で俺の顔に触れる。

 俺がその手に触れて、温もりを感じようとすると、ことりもまた同じように俺の手に触れて何かを感じとろうとしていた。

 

 多分、考えていることは同じなのだろう。

 肌同士で感じ合うお互いの鼓動が同じ音を出しているのだから。 重なり合うこの胸の高鳴りが2人の様子を表しているかのようだった。

 

 

 

 互いの顔が近付き合う―――――――

 

 

 

 すれ違いばかりを起こしていた2人の間に、もはや、阻むモノなどどこにもなかった。

 

 これで、直に互いを知ることが出来るのだ。

 

 

 

 気付いたら瞳を閉じて、胸の音だけを感じていた―――――――

 

 

 

 

 ドクン――――――ドクン――――――――

 

 

 

 切迫する鼓動がすべての音を打ち消してしまう。 雑音の無い真っ暗な世界が何だかむず痒く、今すぐにでも目を開いて目の前にいる彼女の姿を瞳に収めたかった。

 

 けど、今この場で目を開いたら、やわらかい素顔を見せる愛しい彼女に魅了されて、それどころじゃなくなるのが目に見えている。

 

 もどかしい………だが、これでいいんだ。 俺とことりの間なのだから、ここから始めればいいのだから………まずは、素顔のことりを感じさ()せてほしい…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「んっ―――――――――」」

 

 

 

 

 自分の唇が彼女の唇にやさしく触れ合った――――――

 

 

 ことりとの初めての口付け。

 いつも俺に見せる執拗に絡むようなモノとはまったく別、やさしく穏やかなでありながらも、暖かく包み込んでくれるような気持ちが口の中に注ぎ込まれていくのだった。

 

 花火のように一瞬にして咲き散るような出来事だった――――けど、彼女が俺に色鮮やかなる愛のかたまりを与えてくれた。 それは、この先もずっと忘れることが出来ない、想い出(記憶)となって心に刻まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――おかえり、ことり――――――遅くなって、ごめんな」

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


次回でことりの話が終わります。


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フォルダー4-27『南 ことり』

 

 

 

 わたしはとてもイヤな女なんです――――――

 

 

 わたしには何も無いから、いつも持っているみんなに嫉妬しちゃっているんです―――――――

 

 なのに、欲しいモノが与えられようとしても遠慮してしまいがち――――――

 

 それがわたしの悪い癖―――――――

 

 いざ直そうと努力しても、遠慮してしまうし、またすぐに誰かに嫉妬しちゃうんです―――――――

 

 

 わたしはこんなわたしが嫌いでした―――――――

 

 

 

 そんなわたしに、生まれて初めて絶対に欲しいと思ったモノがありました―――――――

 

 

 それは、蒼くんなの―――――――

 

 蒼くんはわたしの初めてのお友達で、親友で、大好きな人なんです――――――

 

 だから、いつも蒼くんの隣にいて、ずっとずぅーっと一緒に居ようって心に決めていたんです――――――

 

 でも、月日が流れていく内に、蒼くんの周りにはたくさんの人たちがいて、気が付いたら蒼くんの隣にわたしじゃなくなっていたんです――――――

 

 

 何で、なんで、蒼くんの隣がわたしじゃないの――――――?

 

 もしかして、わたしに何も無いからダメなの――――――?

 

 蒼くん、わたしだけを見て――――――

 

 

 それからのわたしは、たくさんのことに挑戦しました――――――

 

 蒼くんの服を直せるように、お裁縫も始めました――――――

 

 蒼くんに喜んでもらえるために、お菓子作りも始めました――――――

 

 蒼くんと一緒にいたいから、スクールアイドルも始めました――――――

 

 自分をもっと変えるために、バイトも初めて挑戦してみました――――――

 

 

 すべて、蒼くんと一緒にいられるため――――――

 

 そのためなら、どんなことでもやるって決めていたの――――――

 

 

 

 なのに――――――

 

 なのに、蒼くんの隣にいたのは、わたしじゃありませんでした――――――

 

 

 なんで、ナンデ――――――!

 

 ナンデ、わたしが隣じゃないの――――――?!

 

 もっと努力しないとダメなの――――――?

 

 もっと自分を変えないといけないの――――――?

 

 

 こんなにも、蒼くんのことが好きなのに――――――

 

 誰よりも、蒼くんのことを愛しているのに――――――

 

 

 全然、報われなかった――――――

 

 

 

 

 だから、わたしはこの手を黒く染めてしまった――――――――

 

 

 叶うことが出来ないなら、呼び込めるようにしちゃえばいいんだって――――――

 

 

 最初はやるつもりはなかった――――――

 

 でも、やってしまった時の事がうまく運んでいくことの快感を覚えてしまったの――――――

 

 いけないことだとわかっていたけど、それでも止めることができなかった――――――

 

 

 そして、気が付いた時には――――――

 

 

 もう、止めることが出来ないところまで来ちゃってた――――――

 

 

 残された道はたった一つ――――――

 

 

 ミンナ、イナクナレバイイ―――――――

 

 蒼クンガイレバ、ソレデイイノ――――――

 

 

 もう、わたしはわたしを止めることが出来なかった――――――

 

 誰かに止めてもらうほかなかったの――――――

 

 でも、誰が止めてくれるの――――――?

 

 わたしはこの手でみんなをめちゃくちゃにしたのに誰がわたしを止めてくれるって言うの――――――?

 

 誰もいないよ………わたしはひとりぼっちになっちゃったんだもん――――――

 

 何も見えない暗いところで、ずっとひとりのままなんだよ――――――

 

 

 

 

 

 

 けど――――――――

 

 それは違っていたんだって気付かされたの――――――

 

 

 蒼くんがわたしの手を引いてくれて――――――

 

 抱きしめてくれて、ようやくわかったの――――――

 

 あぁ、わたしはひとりぼっちじゃなかったんだって――――――

 

 わたしは、ずっと蒼くんの隣にいたんだって、今になってやっと気付いちゃったの――――――

 

 

 ごめんね、蒼くん――――――

 

 わたしが弱かったからこんなことをしちゃった――――――

 

 どんなに謝っても謝りきれないよ――――――

 

 それくらい、わたしは大変な罪を犯してしまったから――――――

 

 

 

 もし、赦してくれるなら――――――

 

 ことりは、蒼くんに――――――

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 よかった………本当に、よかった…………

 

 ようやくだ。 ようやく、ことりが俺の許に帰ってきてくれた。

 痛みや憎しみ、悲しみなど負の感情によって、酷く汚れた姿を俺に見せてきたが関係ない。 ことりが俺のことを真に求めていたのだから、それを断る理由なんかあるわけない、できるはずもないんだ!

 

 ことりが胸に飛び込んできて大きく泣いた時、俺も一緒に泣いていた。 声に出すことなく、静かに悟られることなく涙を流して、その気持ちに寄り添った。 それに嬉しかったんだ。 絶対に取り戻すんだって、決意を固めていたから余計に、気持ちが入って嬉しかったんだ。

 

 

 そして、この時初めて、ことりにこの感情を覚えたんだ――――――

 

 

 いや、多分以前から気が付いてはいたんだろうとは思う。 けど、気付こうとしなかったこと……この感情を忘れてしまっていたことが原因なのだろう………

 

 

 でも、ようやく思い出すことが出来たのかもしれない………俺にずっと足りなかった感情がなんであったのか。 この感情の名前が何なのかと言うこともようやくわかったような気がするんだ。

 

 

 それを……ことりに伝えたい………

 

 

 あの日できなかった返事を、もう一度、ここで――――――――

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 しばしの抱擁が互いの気持ちを感じ合わせる――――――

 

 ことりの強い想いを肌で感じると、俺もそれに負けないくらいの想いでこの気持ちを肌に乗せて伝えた。 言葉よりも何よりも、こうして肌で実感することの方が自分の気持ちを強く伝わると思っている。 素肌の擦れ合い、熱の伝導、心臓の鼓動、宝石のように輝く瞳……数えたらきりがないほどの触れ合いが、気持ちのやり取りを膨張させていったと言っても過言ではなかった。

 

 

 

 しかし、これですべてが終わったわけではない。 最後の過程が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 ピンポーン―――――――――

 

 

 

 呼び鈴が鳴った。

 

 その音に敏感に反応したことりは身体を震わせていた。 それは、何かを悟って怯えているような、そんな様子だった。

 

 

「ことり、行かないのか?」

 

「……いや……だめだよぉ………」

 

 

 ことりは、俺の腕の中で震えたまままったく動こうとはしなかった。

 俺もその何かを何となく程度に察していたため、勧めたのだが、案の定である。

 

 確かに、辛いものかもしれないが、これを乗り越えてほしいと強く願っていた。 ことりのためにも、これからのためにも…………

 

 

 

「大丈夫だ。 俺が一緒にいてやるからさ…………」

 

 

 震えることりを慰めるように、その小さな身体を包み込む。 震えが止まらなかったことりも次第に納まりの傾向が見て取れるようになる。 そして、俺の言葉に対して「うん……」と小さく返事をしてくれたのだった。

 

 

「それじゃあ、準備しないとな」

 

 

 お互いの格好をみ合いながら、今必要なモノは何なのかを改めて認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いの身なりを整え終えると、2人並んで玄関の前に立つ。 この前に立つとことりの緊張は、ライブを行う直前よりも酷く膨れ上がっていた。 風が吹いてしまえば、一瞬にして飛んで行ってしまうような、そんな不安定な状態にあったのだ。

 

 そんなことりの手を握り締める。

 極度に冷えて震え上がったその手をじっくりと温めるように包み込むと、覆っていた緊張も次第に和らいでいくのを感じさせた。

 

 

「もう大丈夫かい?」と囁くと、「うん……」と小さく頷いてくれた。

 

 

 そして、2人で一緒にこの扉を開けたのだった――――――――

 

 

 

 カチャ―――――――――

 

 キイィィィ―――――――――

 

 

 

 扉がゆっくり開かれ、外の眩しい日差しが目に入り込んできた。

 

 

 

 

 

 

――――――と、その時だった

 

 

 

 

 

 

 

 ガシッ―――――――――

 

 

 

 ことりの身体目掛けて抱きしめてきた1つの影がそこにあった。

 そのあまりにも突然なことに、目を見開き、何が起こったのだろうかと戸惑う様子を見せていた。 俺も同じようなモノだった。

 けれど、俺が抱いた戸惑いはすぐに安心感へと変換された。 それは彼女だったからこそ許されるものであったと言えるのだ。

 

 

 

「ほの……か………ちゃん………」

 

 

 ことりをしっかりと抱きしめていたそれは、紛れもない穂乃果だった。 穂乃果はことりに抱きついたまま離れずにいたのだった。

 

 

「ごめんね………ごめんね、ことりちゃん………」

 

 

 穂乃果の口から囁かれた言葉に、ことりは強い衝撃を受けた。 まさか、穂乃果の方からその言葉を聞くとは、夢にまで思ってもみなかったことだろう。 しかし、それはことりだけが知らなかったことだ。 もう既に、穂乃果の心は決まっていたのだから。

 

 

「穂乃果がことりちゃんのことを信じていたら、ことりちゃんがこんなに傷付くことが無かったと思う。 ことりちゃんがこんなに苦しまなくても済んだと思うの………だからごめん。 謝ってすむことじゃないことだってわかっているけど、どうしても謝りたかったの………本当にこめんね………!」

 

「ッ~~~~~~~!!!」

 

 

 ことりは何も言葉にすることが出来なかった。 感極まって泣き出しそうになっていたからだ。

 

 

 

 しかし、ことりの感情を大きく揺れ動かすのはこれだけじゃなかったのだ。

 

 

 

 

 

「ことり」

 

 

 青く透明に澄んだ声が、そよ風のように耳に触れるとことりは顔を上げる。 すると、その光景を目にした途端、驚きのあまり言葉がまったく出てこなかった。

 

 

 

 それもそのはずだ。 俺たちの前には、海未をはじめ、μ’s全員がそこに立っていたんだから……

 

 ことりはそれを目にすると、半歩後ろに下がるような素振りを見せた。 怖いと感じているのだろう。 それもそのはずだ。 ここにいる全員は、ことりによって何かしらの被害を被った者たちなのだから、加害者であることりがたじろがないはずもなかった。

 

 

「待ってください、ことり!」

 

 

 近付いてくる海未の一言が、強引にもことりの行動を制止させた。 その場に留まり、自分の顔を見せたくないのか、穂乃果の陰に隠れようとしていたのだ。

 

 ただ海未は、そんなことに気に留めることなく、落ち着いた口調で語りかけてくる。

 

 

「私もあなたに謝らなければなりません。 あの時、私はあなたのことを疑ってしまいました。 真偽を(ただ)すこともせず、あなたを咎めてしまいました。 私は最低です。 あなたと言う親友を見捨ててしまったことを私は今でも悔やんでいます……」

 

「海未ちゃん………」

 

 

 言葉を1つひとつ重く語る海未。 一呼吸ずつ置かれたその言葉から、海未が感じている想いが深く伝わってくる。 俺ですら、こんなにも手に汗握るほどに感じているのだ、当然、ことりはそれ以上の想いを感じとっているに違いなかった。

 

 

 

 

 

「ことり、私もよ……! 私もあなたに謝りたいの……! あなたを傷つけてしまって………本当に、ごめんなさい………!! 私が余計なことをしなければ、こんなことにはならなかったの…………」

 

「絵里……ちゃん………」

 

 

 海未に続いてエリチカもことりの前に出て謝り始める。 特に、ことりに対して酷い仕打ちをしてしまったと自覚いていたため、今すぐにでも、その場に土下座しかねないような状態だった。

 

 

 呼吸することが出来ず、窒息してしまいそうな表情が3人を覆う。 その息苦しさをこちらでもひしひしと感じてしまう。 とても、この場にいられないような雰囲気が漂う中、俺はその様子を見守っていた。 決して、目を逸らしちゃいけない瞬間なんだ。 彼女たちが思い悩みながらもどうあるべきかを見出そうとしているのだから、それを最後まで見届けなくてはいけないのだ。

 

 

 

「穂乃果ちゃん………海未ちゃん………絵里ちゃん………」

 

 

 ことりの口から3人の名前が呼ばれると、3人とも顔を見上げた。 するとどうだろう、ことりは涙をボロボロと流して泣いているではないか。 俺を含むここにいるみんなが、それに驚いていたのだった。

 

 

「どうして………どうしてみんなことり謝るの………? 本当は、ことりがみんなに謝らなくちゃいけないんだよ……? ことりがみんなのことを傷つけたんだよ……? なのに………どうして………どうしてみんなことりにやさしくしてくれるの…………?」

 

 

 泣きむせびながら、ことりの口から言葉が紡がれていく。

 膝の方から泣き崩れて、今すぐにでも倒れてしまいそうだ。 風が吹いてしまえば、身体ごとどこかへ誘われてしまいそうな、そんな弱々しい姿をしていたのだ。

 

 

 周りが見えなくなるような沈黙の時間が流れだし、まるで時が止まったような感覚を抱いた。

 

 

 

 

 

 

「はぁ………面倒な人なのね、ことりって」

 

「えっ……」

 

 

 時計の針が動きだす音が聞こえた――――――

 

 

 沈黙を打ち破ってしまうそんな一言が、この場に振り落とされた。 その一言を言い放った人物に視線を送ると、その子は、髪を指で弄って絡ませていた。

 

 ことりもその子に驚きの表情で見つめていた。

 

 なぜなら、ことりが一番初めに傷付けた―――あの真姫だったからだ。

 

 

 

「ことりは勘違いしているんじゃないの?」

 

「かん……ちがい…………?」

 

「あなた、私たちがことりのことを本気で怨んでいたりしているって思っているのでしょ? でもそれは、とんだ錯覚よ。 この中に、あなたを怨んでいる人なんていやしないわよ? もちろん、私も含めてよ」

 

 

 キッと引き締まった表情で話す真姫から、多分、この中にいる誰よりも強い想いを感じていた。

 

 

「確かに、ことりは色々なことを私や他の子たちにもやってきたのかもしれないわ。 けどね、私たちもまた同じくらい色々なことをしてきたの。 嫌われること、傷付けること、何でもやったかもしれない。 でもね、そんな私たちはみんな赦されたのよ。 自分たちが犯してしまった罪を咎められることなく赦されたのよ。 だからね、私たちもことりのことを怨んではいないのよ」

 

「まき……ちゃん………!」

 

 

 真姫からの思いがけない言葉に、潤んだ瞳から滂沱の涙が流れ落ち出した。 まさか、こんなことがあるのだろうか? 自分が恨みを置いていた相手から自分を赦してくれると言われるなんて、誰も想像しちゃいなかった。 あくまでもそれは理想としか考えておらず、現実的にありえないだろうとされていた。

 

 それゆえ、それが現実に起こったことに嬉しくなって仕方なかったのだろう、こうして自分の素顔を見せてしまうのだ。

 

 

 

「「「ことり(ちゃん)」」」

 

 

 ことりの前に出た3人が手を差し伸べて、声を合わせて語りかける。

 彼女の名前を呼ぶ、ただその何気ない行為が彼女の心に大きく響いていく。

 

 

「っ…………!」

 

 

 ことりの手が彼女たちの手に向かって伸びていく。 少しずつ、時間をかけているが確実にその手が伸びていくのには変わりは無かった。 ことりは変わろうとしている。 足がすくみ、震える指先を突き出して、彼女たちが見せるやさしい世界へと進んでいこうとしていた。

 

 

 

 

 そして―――――

 

 

 

 

 キュッ―――――――

 

 

 

 その手が穂乃果の手の中に納まったのだ。

 

 それを見て、ニッコリと微笑んで見せる穂乃果たち。 すると、海未とエリチカは差し伸べた手をことりの背中に触れて引き寄せると、耳元で小さく囁いていた。

 

 

 

 

「私たちはみんな同じ気持ちを持っているんです」

 

「ことりも私たちもみんな同じ痛みを感じたのよ」

 

「そして、穂乃果たちと同じ幸せを手に入れたんだよ」

 

 

 

 俺に聞こえないほどの小さな声だったので、何を話しているのか分からなかったが、ことりのあの嬉しそうに泣いている姿を見ただけで安心してしまう。

 

 

 これで、ようやく終わったのだという脱力感も抱くこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 あの出来事から数時間が経ったのだと思う。

 

 

 俺はあの直後に、急に眠くなってしまったので、リビングのソファーに横にならせてもらった、ってとこまでは覚えているのだが、それ以降の記憶はまったくない。

 

 あー……多分アレだ。 最近、いろいろあったから、その疲れが一気に出て来ちまって意識しないうちに眠ってしまったってことかな? さっきまで陽が昇っていたはずなのに、気が付いたら月が出ているんだからそうなのだろう。

 

 けど、眠ったおかげで身体の疲れが一気にとれたような気がする。 ちょっとだけ、気分に楽になったような気がする。

 

 

 

「あっ、蒼くん起きたの?」

 

 

 おっとりとしたやさしい声と共に、少し赤み掛かった顔をのぞかせることりは、少し嬉しそうな表情を見せていた。 ついさっきまで泣いていたのがまるで嘘みたいだ。

 

 身体をゆっくり持ち上げて正常な座り方でソファーに腰掛けると、思わずあくびが出してしまう。

 

 

「うふふ、あくびが出ているってことは、ちゃんと寝た証拠だね―――――」

 

 

――――と両方の手にガラスのコップを持ちながら俺の隣に座ると、「はいどうぞ♪」と俺に1つだけ手渡してくれたので、すかさず飲みだす。

 

 あぁ……氷の入ったキンキンに冷えた麦茶が身体に沁みてうまい! 眠っていた感覚が一気に目覚めたぜ! と、どこぞのオッサンみたいな言い回しを脳内で再生させながらそれを飲み干してしまう。

 

 

「ごちそうさま」とコップをテーブルに置くと、「御粗末さまです♪」と隣で陽気な声で応えてくれる。

 

 そう言えば、ことりのこうした声を聞くのは久しぶりかもしれないな……と、しみじみに感じながら ことりの方を見てみると、コップを両手で抱えながらチビチビ飲んでいる途中だった。 それがまるで、小動物が餌を頬張る可愛い姿によく似ていたため、微笑ましく思いながらその横顔をジッと眺めていた。

 

 

「……ふぇっ?! そ、蒼くん!? ど、どうしたの……?」

 

 

 俺の視線にやっと気が付いたのか、俺と顔を向き合わせると、慌てふためきだしてしまったため、持っていたコップを落としそうになった。 俺はただ、そうしたあどけない姿を見せてくれることりをずっと眺めていたいからこうして見ているんだ、と堂々と言えたらいいのだが……と喉まで出掛けた言葉を腹に押し戻して「見ていただけだよ」と短縮させた言葉で返した。

 

「そ、そうなんだ……」と、耳まで真っ赤にさせながら返答することりだが、そのちょっと恥ずかしく思いながら顔を合わせないようにしている姿にも見入ってしまっていた。

 

 

 なんでだろうな……ことりのことをずっと、見ていたいって思ってしまうのは………と数週間前とは、まったく違う心境に変わっていた自分に驚きながらも、それでも止めることなく見続けている自分がいた。

 俺の中で何かが変わってしまったんだろうな……海未や穂乃果の時もそうだったが、ことりに対する気持ちと言うモノが変わってしまったような気がする。

 

 

 そのまま、ジッと見つめていると、ことりのコップがようやく空となってそれを俺と同じくテーブルの上に置いたのだが、それからずっと何も言わずにうつむいて、ジッと座り込んだのだ。

 そのあまりにも無言でいたために、何か悪いことでもしてしまっただろうか? と自分の行いを思い返すために胸に手を当てて考えてみた。 しかし、案の定、何も思い付くことなど無かったのだ。 では、一体何を考えているのだろうか?

 

 

 すると、様々な詮索を働かせている中で、ことりは顔を上げたのだ。

 

 

「蒼くん………! あ、あのっ………!」

 

 

 何かを思い立ったような感じで声を上げると、俺との開いていた間隔を縮めようと少しずつ移動してくる。 そして、お互いの肩がピッタリと合わさるくらいに近付くと、今度は身を乗り出して顔を近づけてくる。

 一体、なにをするつもりなんだ?! と思いながら恥ずかしそうに紅く染める顔をジッと見ていた。

 

 

 すると、思いもしなかった言葉を口にしたのだった――――――

 

 

 

 

「私、蒼くんとね――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もっと、イチャイチャがしたいんですぅ――――――!!!」

 

 

「ぶほっ!!?! は、はあぁぁぁ――――――!!!?」

 

 

 一瞬、何を言っているのかが全然わからず、思わず吹き出し、その場で唖然としてしまったのだ。 突然の衝撃に圧倒されそうになるが、心の状態を取り戻すと、その真意を知ろうと言葉を選んだ。

 

 

 

「お、おい……それは……一体、どういうことなんだよ……?!」

 

「だ、だから! ことりは蒼くんともっとイチャイチャしたいの………」

 

 

 お、おう……ダメだ、まったく理解できない………何をどうやったらそういう結論に至ったのかが知りたいんだよ、こっちは!!

……と、こちらが色々と考えている最中に、ことりはずいずいと顔を迫らせてくるので、自然と身体がソファーの上で足を投げ出すような体制へと変わってしまうのだ。 だが、まさにそれを狙っていたのかと言わんがばかりに、ことりの身体が俺の身体の上に這い寄ってきたのだ!

 

 力任せにやればすぐにでも退かすことは可能なのだが、今はまだ体力に自信が無い状態であるため、持ち上げている最中に誤って落としてしまうかもしれなかったので、已む無く諦めてしまう。

 

 

 

 

 

 しかし、それは表向きの理由であり、本当の理由(本音)はそうではないのだ…………

 

 

 夜空に瞬く星のように煌めく瞳に引き寄せられ、甘く香る芳醇な匂いに酔わされ、羽毛のような髪をかき上げるちょっとした仕草にすら魅了されてしまっていたのだ。

 

 

 

 

 

 つまり俺は……ことりに見惚れてしまったのだ――――――

 

 

 頭の中ではようやく理解出来たことなのだが、それよりも早く、俺の身体がことりに反応していたことに自分でも驚いていた。 いや、違うんだ。 反応していたんじゃない、俺自身がことりのことを求めていたのだと言うことに気が付いてしまったんだ。

 

 数週間前の俺だったらありえないことだと高笑いしていただろう。 しかし、今の俺はまったく逆の想いを心に秘めてしまった――――俺は、ことりのことが好きなんだと言うことを―――――この気持ちを否定することなんかできないんだ。 もう、抑えられないんだ………!

 

 

「蒼くん………ことり、もう我慢できないの………お願い……私を解放して………!」

 

 

 身体が溶けてしまいそうな熱い吐息を漏らしながら、ネコのように媚びるような撫で声で俺に迫ってくる。

 心臓が破裂してしまいそうなほどに打ち立てる鼓動が、今の俺の高鳴る気持ちを代弁しているみたいだ。 もはや、自分を偽る理由など無かった。

 

 

 俺は、近付くことりの顔に向けて手を伸ばすと、紅と白の2色で彩られた頬に触れる。 マシュマロのようにモチモチとしたやわらかい感触と、クリームみたいに触れるとすぐに型崩れしてしまいそうになるデリケートな肌に息が上がってしまう。 それに、触れた瞬間「あっ…♡」と甘い声を漏らすので、それだけで充分すぎてしまうのだ……!

 

 

……いかんいかん、俺が1人溺れてしまうわけにはいかないんだ。 ちゃんと、応えなくちゃいけないんだ。

 

 

 

 頬に手を当てたまま、上気する顔を見つめながら―――――――

 

 

 

 

 

「俺も……ことりとしたい………だって、俺はことりのことが好きなんだからな」

 

 

 

―――――と、熱くなる顔を抑えて受け入れたのだ。

 

 

 それを聞くと、ことりは一瞬目を見開いて、本当なの? と言わんがばかりの表情で尋ねてくるので「ほんとさ」と応えてみせた。 そしたら、目を潤わせ始めて、今にも涙を流しそうになっていた。

 

 

「うれしい………うれしいよ………蒼くん…………」

 

 

 さらさらと風吹くような小さな声が聞こえると、ゆっくりと顔が近付いてくる。 同時に、俺を見つめていた瞳もゆっくりと閉じていた。 俺もまた、それに応えるように瞳を閉じてゆっくりと顔を近づけた。

 

 

 

 

 

『んっ―――――♡ ちゅっ――――んんっ――――ちゅっ――――♡』

 

 

 互いの唇が重なり合い、気持ちの絡み合いが始まりだす。

 やわらかな唇の感触を肌で感じると、口の中に甘い愛情が注ぎ込まれて一気に広がりをみせていた。 その味は乱れる心を安心させて、堅くとがらせた緊張を和らげてくれる。 その味をもっと堪能したいと欲するようになると、唇をもう少しだけ強く押し付けて吸い付く。

 

 

『んっ――――ちゅ―――――ちゅる――――レロッ――――――んんっ―――――♡』

 

 

 ことりの方も熱くなってきたのだろうか、繋がる口と口との間にゆっくりと舌を入れてきて俺の舌に絡み付こうと懸命になる。 目を開いて確認すると、その必死に口付けしようとする姿がとてもかわいらしく、ついつい強気に出てしまう。

 

 

『ちゅる―――――んちゅっ―――――んっ――――――んんんっ――――――♡』

 

 

 今度は俺の方から舌を捻じ込ませて、先程まで俺の中で動いていたその舌に襲いかかり絡みだす。 舌同士を絡ませて舐めますと、先端部同士を突っつき合わせたり、時折、舌裏に滑り込ませてそのまま奥の方に向かって舐め回すのだった。

 

 

 

『んはっ―――――はぁ―――――はぁ――――――』

 

 

 息苦しくなり始める瞬間に唇を引きはがして、そのまま様子を伺わせた。 この時すでに、ことりの顔は茹でダコのように真っ赤に染め上がり、顔からは蒸気のようなものすら出ているように見えたのだ。 口からは甘い吐息を出しながら、息切れ寸前だった身体に酸素を送り込んでいる様子だった。

 

 

「やん………♡ もう……しょう()くんっひゃ()ら、ひゃげ()しすぎっ………♡ ことりのじぇんびゅ(全部)を持っ()行かれそうだったよ……♡」

 

 

 とろけ落ちそうな顔で甘々な言葉を口にするのだが、あまりにも軟弱になってしまった舌では呂律が回らなくなっていた。 それほどまでに、ことりの身体は出来上がってしまっていたのだった。

 

 

 

 もう、このくらいでいいだろうと身を引こうとするが、ことりがそれを制止させた。

 

 

「ダメだよ、蒼くん………ことりともっと、もぉ~っとイチャイチャするの……♪」

 

 

 どうやら、先程の行為でことりの中にあるリミッタ―が解除されてしまったらしい。 ことりは仰向けになっていた俺の身体の上に乗っかり、熱くなった身体を無理やり押し付け始めていた。

 

 

「お、おい………! これ以上は、止めた方が………」

 

 

 けれど、俺の制止を聞かずに、ことりはそのまま来ていた服を脱ぎ始めて、また下着を露出させたのだ。 それも、先程と同じ黒のジュエリーで…………

 

 

「蒼くん。 ことりは知っているんですよ? これまで蒼くんは、穂乃果ちゃんたち6人とイチャイチャしていたことをね………」

 

 

 げっ……! バレてるし…………なんでそんなことを知っているのだろうと、疑問に感じてしまうな………

 

 

 

「………もちろん、蒼くんが寝ている間に、穂乃果ちゃんたちから聞いたんだけどね♪」

 

 

……って、またアイツらが情報源かよ!!! どんだけ、俺とのやり取りを公開したいんだよ! 俺はどちらかと言えば、非公開にしてひっそりとしたいのに………!!

 

 アイツらの情報秘守の脆さに呆れていると、ことりが切ない表情で俺に語りかけてきた。

 

 

 

 

 

「蒼くん………ことりはね、蒼くんともっと色々なことをしたいの……ことりの身体を見てほしい……性格も見てほしい………ありのままのことりを見てほしいの………! でも、みんながやったのとは違うやり方のを蒼くんにしてあげたいの………それが、蒼くんにしてあげられることりの全部(すべて)を………だからね………蒼くん、見て………」

 

 

 

 

 ことりは、来ていたスカートを下ろし、胸元を覆っていたブラのホックを取り外したのだ―――――――

 

 

 

 

 

 

 

「………ことりの………全部(すべて)を………蒼くんに………♡」

 

 

「ッ―――――――?!!!」

 

 

 目の前に晒されることりの全部(すべて)―――――生まれたての姿―――――を俺に見せたのだ!

 

 隠れることが出来ない明かりに照らされたその身体を、下になって見上げる俺にこれでもかと言う感じに見せつけてくる。 日頃の練習で鍛え上げられた引き締まった身体は、無駄な肉を見せることなく美しいラインを形成させていた。

 

 また、真珠のように白く滑らかに透き通ったその肌が、この部屋の明かりを吸収して自ら輝いて見せているようだ。

 

 そして、もはや隠すこともしなくなった、たわわに実った2つのやわらかな果実が綺麗な丸を生み出して俺の気を引かせようと揺れ動く。

 

 それらの身体と今ある感情すべてをかけあわせて、ようやくことりが生まれることが出来るのだ。

 

 

 その完成されたことりを観た俺は、そのあまりの大胆さに驚嘆してしまう――――――

 

 

 だが、その反面。 その姿を見て、美しいと感じていた。 それは、もう俺と共に育ってきた幼馴染としてではなく、大人の魅力を引き立たせた1人の女性という印象を俺の頭に植え付けたのだった。

 

 

 同時に、俺の女性へ対する男の欲望を増長させることとなった。

 

 

 

 ことりの甘い誘いに感覚はマヒ寸前だった。 そんな格好をされて言われたら、いやでもやってしまいそうになる。

 

 

 堪えろ………堪えるんだ………まだ早いのだ………俺も……ことりも………

 

 

 

 

 自分との葛藤の中で、なんとか自らの欲求を抑え込む。 それだけはまだしてはいけないと、自分に強く言い聞かせた。

 

 

 俺はことりの下になっていたこの身体を起こし、ことりと同じように座って向き合った。

 

 

「ことり………無暗やたらに、身体をあげるだなんて言うもんじゃない。 ましてや、ココまでをあげるだなんて………」

 

「いいの………蒼くんにだったら、ことりのハジメテをあげてもいいと思ってるの………」

 

「それでも、ダメだ………俺はそれまでを奪うつもりはない、とって置くんだ。 いつか訪れる日のために………」

 

 

 そう言って俺が断りを入れると、頬を少し膨らませて不満そうな顔をして見せるものの、「蒼くんがそう言うなら……」と諦めてくれたようだった。

 

 正直、まったく興味が無いというわけではない。 ただ、それを行うに匹敵する人間に俺はなれていないのだと感じていたために断ったのだ。 それに、簡単に自らの身体の一部を明け渡すようなことをしてほしくなかったのだ。

 

 

 

「それじゃあ……代わりになんだけど………」と言って、俺の手を握り締めた。

 

 

 そしたらなんと、それを自分の膨らんだ乳房に押し当て始めたではないか! その実り豊かに膨らんだ果実の感触が俺の手から感じ始めると、圧し溜めていたあらゆる感情・欲望が最骨頂へと増長していくのだった!

 

 

「ことりっ―――――?!」

 

 

 俺は思わず声を荒げてしまう。 だが、ことりはそれに気にもせずに、自らの果実をどんどん俺の手に強く押し付け、指が餅のようにやわらかく弾力のある肉に埋もれてしまいそうになる。 しかし、埋もれたことによって得られる感触は、今までに手にした何よりも魅力的であり、犯罪的な快感である。

 否定することなど出来ないこの感触は、この俺ですら虜にさせようとしている!!

 

 

「ひゃっ―――――んんっ――――――♡」

 

 

 ぶるっと身体を震わせて、甘く厭らしい声が漏れ出る。

 顔のいくつもの筋肉が解れてとてもだらしない表情となってしまっていたが、触れられることで俺が感じている以上の快感を味わっているのかも知れなかった。

 

 

「蒼くんのっ……おっきくって……あったかいのが………ことりの……ことりの胸に当たって………んんっ……!! き…気持ちいいの………♡」

 

 

 閉じることすら忘れてしまっただらしない口から淫らな言葉が溢れ出て来る。

 ここまで限りなく理性を失わないように努めていたのだが、そろそろ限界に近付いてきているようだ。 俺の理性と呼ばれるワイングラスのような器には、さっきから性欲と呼ばれる果実汁がボトボトと音を立てて注がれていたのだ。

 

 そして現在、汁が器に並々に浸りながらも表面張力で辛うじて保っているような危険な状態にさらされていたのだ。 もはや、汁一滴さえも入らない状態だ。 こんな状態からコインを入れるギャンブルをするようなことはしてほしくないし、もしそんなヤツらがいたら即刻エジプトに行って、そこで魂でも賭けてしまえと言ってやりたい!

 

 

 なんとか保っていてほしい……と懇願するように、息を荒げながら自らを制していたのだった。

 

 

 

 そんな余裕がまったくない俺に対して、ことりがジッとこちらを見つめだしたのだ。 何かをねだるような小動物や子どもがよくやるような、キラキラと輝かせる瞳でこっちを見てくる。 それが何とも魅力的かつ愛くるしい姿を見せるのか……! 俺の理性に訴えかけるような強烈な刺激だった。

 

 

 

 だが、この時俺は忘れていたことがあった。 これ以上に、ことりが魅力的な行為をすることに………!

 

 

 

 

 左手でギュッと胸元を掴み………瞳を涙で潤わせて………これまで以上に、とんでもないくらいの甘い声で………

 

 

 

 

 

「蒼くん……お・ね・が・い♪ ことりを……めちゃくちゃにして……♡」

 

 

 

 

 

 ドボン―――――――

 

 

 

 自分の理性がブッ飛んだ瞬間である。

 理性という名の器の中に、一滴の果実汁ではなく果実そのモノが沈んでいき、器の中を満たしていた性欲という液体が大洪水を起こして感情を曝け出させてしまう。

 

 

 

「ことりっ―――――!!」

 

 

 自らの性欲を抑えきれなくなった俺は、そのままことりを押し倒し、触れる手に力を込めてその果実に頬張り付く。 「やぁん♡」と淫らな声が漏れ出す中でも、俺はそれに執着するように何度も揉みしだく。 まさに、言葉通りにめちゃくちゃにしようとしていた。

 

 そして片手だけでは飽き足らず、もう片方の手でもう一方の果実を掴みだすと、こちらもあらゆる方向に揉みしだく。 ことりの嬌声を聞きながら、その身体を弄ぶこの行為が、俺の中の情欲を満たそうとしていた。

 

 

 

「そう……くぅん……! も…もう……ことりはっ………やんっ………♡」

 

 

 

 快楽に溺れ熱く火照り切った表情、吐息、汗ばむ身体がことりの性欲の限界値を指し示しているようだった。 そして、ことりが期待している通りにするために、果実の中でも敏感な突起物をグイッと摘んだ。

 

 

 

「ひやああぁぁぁぁぁぁぁぁん♡」

 

 

 

 この時のことりは、俺が今までに見てきた中で、最も淫らで、活き活きとした表情と声を喘ぎ出したのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

――

―――

――――

 

 

 

 

 行為に一段落付けた俺たちは、未だに肌を重ね合わせるように抱き合っていた。 ことりの身体から滴る甘く香る汗が、俺の官能部にまた刺激を与えてきていた。

 

 もうこれ以上はしたくない……と俺の身体はバテてきているが、ことりは何ラウンドきても大丈夫みたいで、すぐにでも続きをしようと待ち構えているようだ。

 

 

 本当に勘弁してほしい………身体もそうだが、今回は精神的にもかなりキているから辛いんだよ…………

 

 

 

 気が付けば夜も深まっていた。

 

 そろそろ帰らなければいけないなと思いつつ、抱きつくことりを離そうと努める。

 

 

「だぁ~め、今日は帰っちゃヤダもん♪」

 

 

 しかしことりは、さらに強く抱きしめてくるので、見動きなど一切できるはずもなかった。 すると、ことりの顔が俺の耳に近づくと、小さく吐息を吐くような声で――――――

 

 

 

 

「今日、お母さんは帰って来ないんだぁ~………だから………ね………♡」

 

 

 

――――――第二の誘惑を仄めかすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、俺はことりの家で一晩過ごすことになり、その途中途中では、身体をくっつき合せながら食事をしたり、風呂に入ろうとしたり、ベッドで一緒に寝ようとしたり………などと悩ましすぎる夜を過ごすこととなってしまった…………

 

 

 

 

 

 

 

 けど、就寝前に語って聞かせてくれた俺に対する気持ちは、ずっと忘れることが出来ない想い出となったのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

「ことりは………蒼くんのことを愛しています………ずっと……ずっと一緒だよ………♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、終わりの刻が――――――――

 

 

(次回へ続く)




ドウモ、うp主です。

………………………………………………………


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フォルダー4-28

[ ??? ]

 

 

 あの日からちょうど10日の時が流れようとしていました――――――

 

 

 すべての始まりは、あの写真を大量に購入した穂乃果ちゃんからでした。

 今考えてみれば、あの時すでに感染は広がっていたのかもしれません………彼と彼を取り巻く環境に綻びが生じていたのです。

 

 ずっと保たれていた均衡が破られたその時、物語が始まり――――終わりに向かって走っていくのでした。

 

 

 しかし、そのような中において、渦中の人でありながらもそれに抗い続けてきた彼は、ようやくその手に希望を手にすることが出来たのです。 傷付き、泥まみれとなり、壊れかけた身体を引き摺らせながらも彼は未来への道に進むことが出来たのです……!

 

 彼のその諦めない心が、私たちをここまで連れて来させたのかもしれませんね。 というより、彼のその姿勢に感化されてしまったと言ってもおかしくないでしょうね。 さすが、彼女たちが惚れ込むお人ですね、少しだけその気持ちが分かるような気がしました。

 

 

 

 そして、10日目のこの出来事が、すべての終わりを告げることとなるのです――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 音ノ木坂学院 ]

 

 

 

 本日の授業が終わったことをお知らせするチャイムが鳴り響きますと、私は穂乃果ちゃんたちの机の方に向かっていきました。

 相変わらず、ぐでぇ~と顔を机と密着させて、授業に興味がまったくなかったことをアピールしているみたいでした。まあ、それでもこの1日の間に寝ることはしなかったことは褒めるべきなんだと思いますね。 今までは、グッスリ寝ているところを見ているわけですから………

 

 

「穂乃果! そんな格好をして、だらしないですよ!」

 

「だってぇ~……穂乃果には、この授業が全然楽しくなかったんだもん! いくら聞いてもちんぷんかんぷんなんだも~ん!」

 

「それは日頃の勉強を怠っているからこうなるのです。 そもそも、穂乃果は――――――」

 

 

 ありゃりゃ……これは海未ちゃんのお説教タイムの始まりですかねぇ……? 永遠にクドクドと口から呪文なのやら暗号なのやら、こちらでも途中から何を話しているのかがわからなくなってしまうことを穂乃果ちゃんにするなんて、無駄なことだとは思わないのでしょうかねぇ……?

 ほらぁ……穂乃果ちゃんなんて、もうあんなにイヤそうな顔をしちゃって、話し半分以上は心ここに非ずな感じですよ? 

 

 まあ、改善しようとしない穂乃果ちゃんに非はあるのですがね………

 

 

 

 

 

 

「う~みちゃん♪ えいっ」

 

 

 もぎゅ――――――――

 

 

「ひゃぁ?!! な、何をするのですか、ことり!!?」

 

「えへへ♪ もう、穂乃果ちゃんが困っちゃってるよ? もうそのくらいしないとダメだよ?」

 

 

 なんといつの間に!! 穂乃果ちゃんたちに気を取られてしまっててわからなかったのですが、ことりちゃんが気取られずに海未ちゃんの背後から胸をもぎゅっとワシ掴み出したではないですかぁ!? 慌てふためく海未ちゃんがこんな状態では、説教など出来ませんね。

 それに、掴んだ瞬間に聞こえました海未ちゃんのあどけない声がなんともいやらしかったですねぇ~♪ 同性ですが、ちょっとドキッとしてしまいました♪

 あ、いえ、決してそのような趣味はございませんがね………

 

 

 

「ことりちゃぁ~ん! 助かったよぉ~!」

 

「もぉ~穂乃果ちゃんたらぁ~♪」

 

「はぁ………ことりは穂乃果に甘すぎなんですよ………」

 

 

 と言うような、親友3人によるいつもと変わらないやり取り――――それを見ているだけで、心がスッと落ち着つくような感じがしてくるのです。 多分、これが私の望んでいた日常風景なんだと思いますね。

 

 

 

「あ! そうだ、もう蒼くんが来る時間だった!」

 

「えっ! もうそんな時間なの!? 早くいかなくっちゃ!」

 

「ま、待ってください! 抜け駆けは許しませんよ!」

 

 

………とまあ、いつもとはちょっと違ったことになってそうなのですがね………

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「わーい! 蒼君みぃ~つけた♪」

 

「うおっ?! 薮から棒に………って、穂乃果かよ………」

 

「えへへ♪ 蒼君のことを迎えに来ちゃいました♪ ねえねえ、穂乃果と一緒に行こ?」

 

「……と言うより、もう既に俺の腕に抱き付いている時点で拒否権とか与えてくれないくせに……まったく………」

 

 

 おや、これは………

 

 教室を勢いよく飛び出ていった穂乃果ちゃんを追い駆けていくと、ちょうど蒼一さんが廊下にいるところに出くわしました。 穂乃果ちゃんったら、早速、蒼一さんの隣を陣取ってしまうとは中々……

 それにしても、あの一件以降、穂乃果ちゃんの女性としての魅力が増し加わったような気がしますね。 なんと言いましょうか……色気……でしょうか? やはり、蒼一さんとナニかをしたからなのでしょうねぇ~うふふ……♪

 

 できることなら、そこのところを聞いてみたいものです………

 

 

 

「あー! 穂乃果ちゃんだけずる~い! ことりも蒼くんにぎゅぅ~ってするの!」

 

 

 おやおや……ことりちゃん、頬っぺたを風船のように膨らませて嫉妬しているご様子。 穂乃果ちゃんには負けないと言わんがばかりに、蒼一さんのもう片方の腕に抱き付いて行っちゃいましたねぇ~

 ことりちゃんも可愛さが一段と跳ね上がったような気がします。 何でしょう、全身から可愛いオーラのようなモノまで感じられるところがあるのです。 それに、今日はやたらと肌に艶があるように見えるのですが……気のせいですよね?

 

 

「何をやっているのですか……蒼一が困っているではないですか?」

 

「まったくだ。 海未、コイツらをどうにかしてくれよ………?」

 

 

 ほぉ、海未ちゃんは至って冷静な対応ですね。 と言うより、そうしていただかないと、この状況に収拾が付かないと言うのが現実ですからね。

 

 

 

「へぇ~海未ちゃんそんなこと言っちゃうんだぁ~」

 

「ウフフ、我慢している海未ちゃんたらかわいい~♪」

 

「んなっ?! な、な、何を言うのですか?!! 私は決して我慢など………」

 

「あれれぇ~? 蒼君の腕が塞がってて、前の方がガラ空きになってるね~ことりちゃん?」

 

「そうだねぇ~♪ 今だったら、簡単に抱き付くことが出来るのになぁ~? そしたら、蒼くんも大喜びするって言っているんだけどなぁ~?」

 

「っ――――?!!!」

 

 

「おい、そんなこと思っちゃいないぞ」と蒼一さんが言うものの、はぐらかすように蒼一さんをいじり始めて……えっ……なんです、今の空気? というか、海未ちゃん? 海未ちゃーん? あれ? これもしかして………

 

 

 

「………致し方ない……ですね………蒼一がそう言うのであれば………」

 

 

 とか申しておりまして、恥ずかしそうに顔の真ん中あたりを紅くさせていますが、その瞳が尋常でないほどに輝いてまして………あらま、これ乙女の顔ですよ。

 

 

 すると、蒼一さんの許に近付いていきますと、大胆にも正面から抱き付きだしたではないですか!

 しかも、腕を胴に回した抱き付き方ではなく、両手を蒼一さんの胸元に添えるように置いて、とんっと顔を埋める奥ゆかしい仕草を見せるとは! むむむ、さすが海未ちゃん……華やかに見えます……!

 

 

 

 

 

「おい、コレどうするんだよ…………」

 

「私に聞かれても困ります…………」

 

 

 

 3人の女の子に抱きつかれていい感じだと思うのですが……これで文句を言ってたら、全国の健全な男性諸君が憤慨してしまうので、何も言わずに受け入れちゃってくださいよ、と私は言いたいです。

 

 

 

 

「あら、蒼一じゃない。 もう来ていたなら教えてくれてもいいのに」

 

 

 背後から気品あふれるやさしい声が聞こえたので、振り返って見ますと真姫ちゃんが髪をいじりながら立っていました。

 

 

「真姫か……よく俺がどこにいるのかわかったな」

 

「うふっ、聞かなくてもわかるモノよ。 これだけ、あなたと繋がったのですもの、もう私の勘で探り当てることだってできるわよ♪」

 

「おいおいおい!! 今若干不健全な発言をしなかったか?! それにまだ、そんなことしてはいないだろ!!」

 

「うふふっ……蒼一ったら、昨日は私と一緒じゃなかったから寂しいのね? いいわ、後で慰めてあげるから♪」

 

「誰もそんなこと考えていないし、頼んでないから!! いい加減にしろォォォ!!」

 

 

 あはは………白熱していますね、この会話………

 コレ、本当に昼間で話してもいい内容なのでしょうかね? ちょっとだけ、心配になってきたのですが………

 

 

 そうこうしていると、真姫ちゃんに続いて他のメンバーが来たようです。

 

 

「蒼一の声が聞こえたと思ったら………まさか、アナタたちが原因だったとはね………」

 

「あーっ! ずる~い! にこがいない間に抜け駆けするなんてずるいわよ!!」

 

「あわわ……穂乃果ちゃんたちが蒼一にぃに抱き付いて…………いいなぁ………」

 

「うわぁー みんなで蒼くんに抱き付くって、何だか楽しそうだにゃぁ♪」

 

「ふふっ、修羅場やなぁ~」

 

 

 頭を抱えて悩む絵里ちゃんに、ことりちゃんと同じく嫉妬しているにこちゃんと花陽ちゃん、そして、楽しそうに眺める凛ちゃんと希。

 あはは……もう何でしょうか、止めようとする人がいないですねぇ………

 

 明弘さんがいてくれたら心強いのですがねぇ………

 

 

 

 

 

「ほらほらぁ~! お前ら、兄弟が困っていやがるじゃねぇかぁ! これでも一応病み上がりなんだからよぉ、もうちょい気遣ってやれよ?」

 

 

 なんとまあ、噂をすれば何とやらで、明弘さんが腕を組んで呆れながらやってきてくれました。

 ちょうどいいタイミングで現れるなんて、特撮モノのヒーローみたいじゃないですか! 本当に助かります。

 

 

 その明弘さんの一声で、蒼一さんに抱き付いていました穂乃果ちゃんたちは、わずかに顔色を悪くしながら離れて行きました。

 

 

「サンキュな、明弘……」

 

「いいってことよ。 そんなことより、まだ体調が悪そうじゃんか。 平気かよ?」

 

「あぁ……平気とは言い難いな。 しゃぁねぇから、この後は、保健室のベッドでちょいとばかし休んでくるわ」

 

「そうか。 そんじゃ、その間は俺たちで何とかしとくから、兄弟はゆっくり休んどきな」

 

 

 そう言って、蒼一さんは保健室の方に向かって行こうとしていました。 確かに、まだ体調がすぐれなさそうな感じですね。 このまま倒れてしまっては大変ですからね、良い判断だと思いますよ。

 

 

 

「蒼くん……ごめんね………」

 

 

 少しうつむきがちになっていたことりちゃんが、小さくそのようなことを言っていたようにも聞こえました。 すると、蒼一さんはことりちゃんの方に向きました。

 

 

「何言ってんだよ、ことりが謝ること何かないさ。 気にすんなよ」

 

「で、でも……ことりのせいで体調が悪くなったら………」

 

「大丈夫だって、心配すんなよ。 それに……昨日はお前と一緒に寝たから気分はいいんだぜ?

 

「ふぇっ!!?」

 

「ふっ、時間がきたら起こしに来てくれよな……」

 

「っ!! うん! 約束するよ!!」

 

 

 蒼一さんがことりちゃんとお話しをしていたようなのですが、途中から声が小さくなってて、ちゃんと聞き取り辛かったですねぇ………一体何をお話ししていたのでしょうか?

 蒼一さんのあの穏やかな表情からしますと、なかなかに興味深そうな話を……ふふっ、割とお元気そうでなによりです。

 

 

 蒼一さんがここから立ち去りますと、明弘さんの合図でみんな部室の方に行くことになったようです。 ただ、みなさんはまだ自分たちの荷物などを持って来ていなかったようでして、自分のモノを持って来てから活動を始めることになるようです。

 久しぶりに、活動が再開されるのですか。 感慨深いところがありますね。

 

 

 その際、ことりちゃんがとてもご機嫌な様子でしたので、蒼一さんから何を聞かされたのかを聞きましたが「ひ・み・つ♡」と艶やかな笑顔をするだけで、何も教えてはくれませんでした。

 

 私はそれが知りたいのですよぉ………!!

 

 

 

 まあ、そうしたことは、みなさんにもう一度取材をする際に聞くとしましょう。

 

 

 今は、この心落ち着く平穏な時をじっくりと味わっていきたいモノです。

 

 

 

 

 

 

 

(次回へツヅク………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジジジ……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【監視番号:47】

 

 

【再生▶】

 

 

(ピッ!)

 

 

 

 とんっ―――――

 

 

 とんっ―――――――

 

 

 

『くっ……身体がっ……思うように動いてくれねぇ………!』

 

 

 

 ことりたちと別れた蒼一は、身体を引き摺るように1人廊下を進んでいた―――――――

 

 

 しかし、見たところとても大丈夫とは言えない状態だ――――――

 

 

 誰かに手を貸してもらわなくちゃならないほどのモノに見える――――――

 

 

 

『……ふっ……さっきは、あんなことを言ってたのにな………これじゃあ、余計に心配かけちまう……っいてて……』

 

 

 

 未だに、身体からは軋む音が出ており、少しでも激しい運動や衝撃を与えればバラバラに砕けてしまいそうな感じだった――――――

 

 

 何とかして、身体を休まなくてはならなかったのだ――――――

 

 

 

 

『よし……あとは、この階段を下りるだけだ…………』

 

 

 壁に取り付けられた手すりを用いながら一歩一歩下っていく――――――

 

 

 ぎこちない動きをしていて、危なっかしく見えてしまうのだ――――――

 

 

 

 

 

 

 

『っ――――――!! 誰だ――――?!』

 

 

 何かを気取ったのか、後ろを振り返り辺りを見回した――――――

 

 

 しかし、影も形も見えないために何でもないと片付けてしまう――――――

 

 

 

 

 

 そして、また一歩踏み出そうとしていた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドンッ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はっ………………………?』

 

 

 

 何かの衝撃を感じた蒼一は、思わず反応を示してしまったのだが――――――

 

 

 

 これが間違いだった――――――

 

 

 

 

 

 

『っ………………………!!!』

 

 

 

 

 

 次の瞬間――――――

 

 

 

 

 

 彼は空中を飛んでいた――――――

 

 

 

 

 だがしかし、それはほんのわずかな時間に過ぎなかった――――――

 

 

 

 

 そして、気が付いた頃には―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドッ―――――――!!

 

 

 

 

 

 ガッ―――――――!!!

 

 

 

 

 

 

 ゴッ―――――――!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グシャ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生肉が叩きつけられたような、血生臭い音が――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえ………………―――――――――――

 

 

 

 

 

 

(プツン)

 

 

 

 

【停止▪】

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く




ドウモ、うp主です。


これにて、Folder No.4は終わり、Folder No.5に入ります。


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Folder No.5『絶望』
フォルダー5-1


 

 蒼一さんが階段から落ちた――――――

 

 

 

 その情報を耳にしたのは、あの人と別れてから十数分も経たない時でした――――――

 

 

 

 

 その時、明弘さんと共に行動していた私たちに、息を切らし、血相を欠いた様子でやってきた凛ちゃんからそれを聞きつけたのでした。 まさかそんな!? という思いで私たちはすぐさま、あの人が運ばれた保健室に駆け走るように向かいました。

 

 

 私たちが到着した頃には、すでに他のメンバーが揃っていまして、あの人が眠るベッドを囲っていました。 しかし、それを眺める今の彼女たちの目に活力と呼べるようなモノなど持ち合わせてなどいない様子。 ある者は返答しない彼にずっと呼び掛け、ある者は彼の手を握り締めて泣き崩れ、ある者は目の前が真っ白になったみたく放心状態に陥っている……など、とても目も当てられない悲惨な状況にあったのでした。

 

 

 そうした絶望的状況の中で、たった1人で必死に彼を介抱している人がいました―――――――

 

 

 

 

―――――そう、真姫ちゃんです。

 

 

 真姫ちゃんは、悲しむことを必死に堪えながら、彼のケガしたところを消毒や包帯で止血するなどの作業を立った1人でこなしていたのです。 彼女が一番悲しいと思っているはずなのに………彼女の下唇にできた深い歯痕がその悲痛を私たちに訴えかけてきていたのでした。

 

 

 

「…………よし……これで大丈夫よ………傷口は何とか塞いだから、後は様子を見るだけでいいわ………」

 

 

 最後の包帯を巻き終えますと、真姫ちゃんはゆらりと立ち上がって治療の終了を知らせました。 さすが医者の卵というべきでしょうか、その見事な治療で彼が受けたあらゆる傷痕が綺麗に塞がれているのです。 この時ほど、彼女が居てくれて本当によかったと感じるのでした。

 

 

 

「ちょっと、外の風に当たってくるわ………」

 

 

 そう言って、真姫ちゃんは保健室の外に出て廊下を1人歩いて行きました。

 

 その時、彼女の姿に何かを悟った私は、彼女を追いかけるように廊下を走って行きました。

 

 

 しかし、彼女の姿をすぐに見つけることができませんでした。 いや、てっきり保健室のある1階フロアにいるモノだと思っていましたが………どこにもいませんね………

 

 

 

 

………もしかしたら…………!

 

 

 

 

 

 瞬間、以前彼女のことについて蒼一さんと話をしていた際に、彼の口から真姫ちゃんが1人になる時に行く場所を教えてくれましたことをふと思い出しました。

 すぐさま、その場所に足を運びますと………

 

 

 

 

 

 

…………ほら、ここにいました。

 

 

 

 

 音楽室の後ろの方にあった机の横に立っていたのでした。

 

 

 

 

「真姫ちゃん…………」

 

 

 私は中に入って彼女の近くに歩み寄りました。 彼女は私の事に気が付いていたらしく、背中を向けたまま私に相槌を送ってきました。

 

 彼女は、ある机に触れていました。 それは、まるで何かを懐かしむような……そんな悲しく切ない様子を伺わせていました。

 

 そんな彼女が唐突に口を開きました。

 

 

「………蒼一とね、再会したのはちょうどここだったの………私がいつものようにピアノを弾いていた時に、蒼一はこの机の下に隠れていたのよ………初めは、何かしらこの人? って思って警戒していたわ………けど、彼と話をしていて自然と心が穏やかになっていたの………ホント、あの時は不思議な人としか思っていなかったのに………今はそうじゃないの………蒼一は私の命の恩人で………私の愛している人………かけがえのない……たった1人のわたしの………わたしの…………!!」

 

 

 言葉を紡いでいくうちに、声が震えだし、息苦しく詰まり始めていました。 彼女の感情が大きく震え始めているのです。 その心境が私の方にも伝わり始め、身体がぶるっと震えるほどの恐怖と詰まるほどの息苦しさを感じ始めていたのでした。

 

 

 鼻を啜り、嗚咽さえも聞こえてくる彼女に、私は居ても立っても居られませんでした。 そのまま、真姫ちゃんの前に立ちまして、顔を合せました。 するとどうでしょう、つい先程まで平静を保ち、表情までも堅くしていた彼女のその顔は今、崩壊寸前のダムのように感情が溢れかえりそうな表情をしていたのです。

 

 真姫ちゃんはやさしい子なんです。みんなに心配かけまいと、必死に自分の感情を押し殺してしまう不器用な子なんです。 だから、こうした誰もいない場所に行って1人で悲しもうとしちゃうのですね………

 

 

 それ故にですかね……蒼一さんがここまで真姫ちゃんのことを気にかけていましたのは………

 

 純粋故に脆い感情の持ち主なんだと、彼女のことを見ていて、そう感じたのです。

 

 

 

「真姫ちゃん、もういいのですよ………そんなに自分を抑え込まなくともよいのです。 悲しい時には、思いっきり嘆けばよいのです。 自分を偽らないで本心を……曝け出すのです」

 

「っ……………!」

 

「今でしたら、私しかしません。 もし、私の胸でも構わないのでしたらお貸ししたしますよ? これでも、あなたの先輩なのですから、少しは先輩らしいふるまいを……と思いましてね」

 

 

―――――と、真姫ちゃんに伝えたところ、彼女は私に抱き付いてきて顔を埋めるのでした。

 私はそんな真姫ちゃんをよしよしと頭と背中をさすり、慰めるのでした。 そして、感情が高ぶりだそうとしていることを感じた私は、「もう……我慢しないで………」囁きましたところ、真姫ちゃんは私の胸の中に大声で泣き始めたのです。

 今まで抑え込んでいたモノが一気に溢れ返ったような感情の波が押し寄せてきたのです。 私はその波に呑み込まれそうになりながらも堪え続けて、彼女を慰め続けるのでした。

 

 

 

………まあ、なんとも柄でもないことを口にするのでしょうか、私は………こうして誰かのために行動するなど、以前では、ありえない話です。 それが今、こうして変わりつつあるのは彼のおかげなのかもしれませんね。 彼のその姿に感化されたからこうしたことが出来るようになった、そう考えてもよろしいと思います。

 

 今はただ、早く意識が戻ることを祈るのみです………

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 泣き崩れた真姫ちゃんを立ち直らせた私は、もう一度、彼が眠る保健室の方に向かいました。 すると、そこには絵里ちゃんとことりちゃんの姿しかなく、他のメンバーの姿が見えなかったのです。

 

 

「明弘たちなら、先に部室の方に戻ると言っているわよ。 ここに全員が長居してもいけないからって、私たちだけ残ったというわけよ」

 

 

 と絵里ちゃんは説明してくれました。

 

 確かに、この狭い部屋に何人も溜まってしまっては、いざという時に身動きが取れませんからね。 それに、生徒会長である絵里ちゃんと保健委員のことりちゃんをここにいさせたという判断は、まさに適材と言えましょう。 そこに真姫ちゃんも加えれば、なお良しなのですがね………

 

 

 私は床に伏せる蒼一さんの顔を見ることに――――顔全体が疲れ切っており、いくつもの小じわが見てとれるのです。 出血も要因の一つかも知れませんが、顔色が悪すぎます……つい先ほどまで明るい表情をしていたと思いきや、黒く沈んだ表情となっているのを見ますと、なんとも居た堪れない気持ちになります………!

 

 私の隣に立っています真姫ちゃんも同様に悲嘆に暮れる視線を眠り続ける彼に向け続けたのでした。 涙を流すことも、泣き叫ぼうとすることもまた耐え忍んでいるのです。 彼の前では、そうすることをしないとしているのでしょう、両手につくられた拳がギュッと絞られるような音だけが彼女の悲鳴となって、部屋に響かせたのでした。

 

 

 

 すると突然、「ちょっといいかしら?」と絵里ちゃんが私たちに声をかけてきたのです。

 

「洋子、真姫、よく聞きなさい。 今から大事なことを伝えるわね」

 

 

 絵里ちゃんの表情から真剣な空気を感じ取り、自然とこちらも気持ちを引き締めてその声に耳を傾けました。 絵里ちゃんは、周りの様子や扉の外などにも注意を払いながら、私たちに顔を近づけて言ったのです。

 

 

 

「この蒼一が階段から落ちたことなんだけど………どうやら、誰かに突き落とされたようなのよ………」

 

「「えっ―――――?!!」」

 

 

 絵里ちゃんの口から出たその意外な言葉に思わず驚嘆の声を2人であげてしまいました! だって、そうでしょ? 私たちからしてみれば、ただの事故でこうなってしまったのだと思っていましたし、大体、一体誰が蒼一さんを突き落としたのかなど検討つかないからでした。

 

 

 

 

「ッ――――――!!」

 

 

 その刹那、感情が激化してしまったのでしょうか。 真姫ちゃんが勢い余って絵里ちゃんの絵里を掴みだしたのでした!

 

 

「絵里!! 一体誰よ!! 一体誰がそんなことをしたって言うのよ!!!」

 

「落ち着きなさい真姫………!! 落ち着いて!!!」

 

「いけません! 真姫ちゃん、それ以上はいけません!!!」

 

「真姫ちゃん! 絵里ちゃんに飛び付いても何も始まらないんだよ!!!」

 

 

 荒れ狂う真姫ちゃんに私と絵里ちゃん、それにことりちゃんも加わって止めに入りました。 幸いなことに、大事には至ることはなく、真姫ちゃんを沈めることが出来たのでした。

 

 

 

「………ごめんなさい………ついカッとしてしまって………」

 

「いいのよ、真姫がそうなるのも無理も無いわ。 ことりだって、同じような反応をしていたから」

 

 

 ことりちゃんも? そう言えば、ことりちゃんがここにいるのに絵里ちゃんがこんな大事な話を進めることが気になってはいましたが………なるほど、そう言うことでしたか………

 

 ことりちゃんの方に顔を向けますと、かなり暗い表情でうつむいたままです。 ショックが大きすぎて未だに抜け出せないでいるのでしょう。 それもそのはずです、何せ、蒼一さんの手を握って泣き叫んでいたのは、ことりちゃんだったのですから………

 

 

「それじゃあ、続けるわよ……」と緩んだ襟を整え直して、話を続け出しました。

 

 

「蒼一が落ちた直後の姿を見たのだけれど、どうも自然に足を滑らせたと言うようなモノじゃなかったのよ」

 

「………といいますと?」

 

「蒼一は落ちる寸前、手摺りに掴まって降りていたらしいの。 普通、手摺りに掴まっていたら滑ってもその場で止まるか、仮に滑って放してしまってもここまでの重傷を負うことは無いのよ」

 

「なるほど……それで突き落とされたという結論に出たのですね」

 

「ええ。 あと、他にも蒼一の身体が踏み場に接触した場所が下段からだったと言うこと………つまり………」

 

「……つまり、階段を降りはじめたところから落ちた……と………?」

 

「…………ええ…………」

 

 

 喉に何かがつっかえたように語る絵里ちゃんは、しかめた表情でその鋭い視線を落としました。 その顔からは、元に戻る以前に見せていたあの背筋が凍るナイフのような眼つきをしていました。 絵里ちゃんもこの怒りをどこにぶつけたらよいのかがわからないようです………

 

 

 

 

「ことりのせいだ………」

 

「っ…………!」

 

「ことりが………こんなことを起こさなければ………蒼くんは……蒼くんはこんな目に合わなかったのにっ………!!」

 

 

 ことりちゃんは、ボロボロと涙を流し、胸が張り裂けそうになる悲嘆の声をあげました。 そのあまりの悲しみに膝から崩れ落ちてしまいそうでしたので、その身体を支えようと駆け寄りました。 肩に手をかけてなんとかという感じですが、ことりちゃん自身の気力が少なく、いずれ私の支えがあっても倒れてしまいそうな状態でした。

 

 

 すると、そんな私たちの姿を見てなのか、絵里ちゃんが近付いてことりちゃんの前から支え出したのです。

 

 

「ことり、あなたのせいではないわ………元々は、私があなたにけし掛けなければこんなことにならなかったのよ………だから……怨むなら私を怨んで………」

 

 

 涙声になりながら、絵里ちゃんは涙を流すことも泣きだすこともせずに、支えていました。 けれど、その少しでも触れてしまえば泣き崩れてしまいそうなその顔が、見ているこちらの胸をも締め付けるのです。

 

 

「違うわよ、絵里、ことり………そもそもの話は、私から時始まったこと………私が蒼一のことを好きになったからことからすべてが始まったのよ………」

 

 

 悲嘆に暮れていた2人に真姫ちゃんが語りかけました。

 真姫も何だか悲しそうな声を出すので、絶望的な空気を生み出すものと考えていました………

 

 

 

 

 

「……でもね、それとこれとは全く違うと思うのよ。 これまでのことと、今のこれとの因果関係が見いだせないわ」

 

 

 その一言が、この場の空気をがらりと変えた瞬間でした。

 

 

「確かに、今回の一件の延長線上で起こったことだって言ってしまえば片付いてしまうかもしれないわ。 けど、私たちが何かしたからこうなってしまったなんて、関係が曖昧すぎるわよ」

 

「真姫………」

 

「真姫ちゃん………」

 

 

「それに、蒼一がこうなってしまったのはあなたたちのせいではないのよ。 まあ、誰がやったのかわからないけど……けど、蒼一のことが好きなのなら早く彼が目覚めることを祈るのが、私たちにできることだと思うのよ。 そうでしょ?」

 

「「!!!」」

 

 

 真姫ちゃんの口から出てきたその言葉が深みのある言葉として自然と心に入ってきました。 それは、これまでのあらゆる艱難を乗り越えた真姫ちゃんだからこそ言えるモノでした。

 

 

 

「そう………ね……確かに、真姫の言う通りね。 悔やんでいても蒼一は戻ってきてはくれないわ。 私にできることはできるだけ、蒼一の傍にいることよ………そして、いつでも声をかけられるようにしておくのよ」

 

 

 絵里ちゃんの表情に明るさが取り戻ってきたようです。 鋭い眼つきが緩みだし、頬笑みを含んだ声色でおっとりと語りだしたのです。

 

 

 

「ことりだって、蒼くんのこと大好きだもん………絵里ちゃんにも真姫ちゃんにも負けないくらい大好きだもん……! だから、ことりも蒼くんが目覚めるのを祈って待っているもん………!」

 

 

 ことりちゃんも泣きくしゃりながらも暗い表情が抜けて、穏やかな表情を垣間見ました。

 

 

 なんとか、3人とも立ち直ることが出来たようで何よりです。 しかし、こうして見ますと、異様な光景ですよね。 思考を巡らせて、互いに憎しみ合っていた者同士がこうして1人のために心を一つにする………このような結束を生み出させたのは、紛れもない当人なのですがね………

 

 

 

 憎しみ変わって愛となる、ですかねぇ?

 

 

 こんな素晴らしい彼女さんたちに囲まれて………ホント、罪なお人なんですね………

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

 蒼一さんの容態を伺った後、私と真姫ちゃんはこの場から去ることになりました。

 

 真姫ちゃん自ら離れると言ったのは意外なことで、てっきりこのままずっといるモノと思っていましたが「絵里とことりだけで十分よ。 あの2人ならもし何があったとしても何とかしてくれるはずよ」と堂々とした様子で答えてみせたのです。

 

 普通、残りたいと言うものかと思いましたが、いやはや、かなり大人びているのですねと、彼女の評価をまた改めないといけないようですね。

 

 

 その足で私たちは部室の方に向かいました。 中では他のメンバーが揃って待っていまして、こちらも酷い落ち込みようでした…………

 

 

 

「おう、洋子か。 どうだ、兄弟の様子は?」

 

「特に変わった様子はありません。 今は絵里ちゃんとことりちゃんの2人に任せていますのでご安心を」

 

 

 腕を組みながら立っていました明弘さんの顔からは、余裕があるわけもなく、とても落ちつかない様子でした。 無理もないでしょう、共に歩んできた明弘さんにとって、蒼一さんはもう1人の自分―――――最も信頼できる存在――――――として見ていたのですから………

 

 その彼が現在、ああなってしまっては、どうしようもない気持ちになるのは当然のことのように思えました。

 

 

 

 

 

「ねぇ……洋子ちゃん…………」

 

 

 突然、穂乃果ちゃんから私に向けて話してきたので、私は「はい、何でしょう」と当然のように応えました。 すると、思いもよらない言葉が…………

 

 

 

「あのね……どこからか聞いたんだけど………蒼君は、事故でああなったんじゃなくって、誰かにやられてああなったんだって聞いたんだけど………それって……ホント?」

 

「っ…………?!!」

 

 

 その言葉を耳にした瞬間、身体中に電流のような動揺が走り抜け、ビクッと反応してしまいました。 何故、そのことを穂乃果ちゃんが知っているのか、そして、それがタイミング悪くこの場にいる全員に浸透させてしまったことに頭を悩ませました。

 

 事実、それを初めて耳にしたメンバーたちの顔つきが一変し、私が抱く疑念が現実のモノとなりつつありました。

 

 

「残念だけど、それが本当かどうかなんてわからないわ。 仮に誰かの手によるものだとしても、私たちでその子をどうこうしようだなんてことはしないことよ」

 

「ど、どうしてですか、真姫!? 蒼一をあのような目に合わせたのですよ! ましてや、それをそのまま見逃せと言うのですか!!?」

 

「落ち着きなさい、海未。 言ったでしょ? ()()()では、手を下すようなことはしないの」

 

「っ………! それはつまり………」

 

「そうね、あの温もりを知っているあなたならその意味が分かるでしょ?」

 

 

 真姫が言い放ったその一言が部屋中に浸透していき、その意味を理解した方々は、こぞってその鋭い顔つきを緩ませたのです。 私には理解できないことですが、はてさて、その言葉にはどのような意味が隠されているのか………少々気になるところですね………

 

 

 

「………ねえ、洋子………」

 

 

 すると、真姫ちゃんが囁くように語りかけてきまして、何やら真剣な表情をしていましたので、自然とこちらも気を引き締めて聞くことに。

 

 

 

「あなたの部室に戻って調べてきてちょうだいの。 私も今回のことでちょっと腑に落ちないところがあるからわかるだけの情報を教えてほしいの………」

 

「なるほど、そのことですか………わかりました。 すぐに調べに行きますね」

 

「もし、こっちに何があっても私が何とかするから安心しなさい。 私はもう迷わないから……」

 

 

 平然とした口調で語りかける真姫ちゃんは、髪をかきあげる仕草をして見せましてから私に余裕をにじませるような頬笑みを見せました。

 

 何と心強い言葉なのでしょうか。 言葉がその態度と相まって、私の心に響いてくるのです。 何と言いましょうか……聞いているこちらも余裕を感じてしまうのです。

 

 

 その雰囲気が誰かに似ているような気が…………

 

 

 

………いえ、考えている暇などありませんね。

 

 

 

 

 

 私はその場を後にしまして、そのまま我が部室へ駆け込みました。

 もし、私の勘が正しければ、あの時あの場所で撮影されたモノが残っているはずです……! それを解析することが出来れば、この一件もすぐに片が付くはずです………!

 

 そう意気込んでパソコンの前に座りました………

 

 

 

 しかし、またしても違和感を抱いてしまったのです。

 何と言いましょう……イスの座り心地や手にするキーボードの馴染み具合がイマイチであったりするのです。 おかしいですね……私しか使っていないはずなのに、まるで、ほかの誰かが使ったような形跡があるのが、違和感の根幹とも呼べるものでしょうね。

 

 

「おや………?」

 

 

 ふと、いくつかのフォルダーを探っていましたら、気になるメッセージが出ていましたので、自然と視線がそちらの方に向いてしまいました。

 

 

「なになに………『あなたのアカウントが別の機種で使用されました』……って、ん?」

 

 

 これは……アカウントの乗っ取りなのでしょうか? いやしかし……そのようなことがあるのでしょうか…? こちらのセキュリティーは万全な状態にありましたし、第一、乗っ取られるようなことなどしていないはずですが……これは少々気になってしまう内容です。 何せ、このメッセージに寄りますと、つい数分前の出来事だったらしいのです。

 

 

 

 気になるところは十二分にありましたが、一旦隅におきまして、やらねばならないことを引き続き行うようにしたのです。

 

 

 

 

 

 

 

(bbbbbbbb―――――)

 

 

 

 

「ん、何でしょうか?」

 

 

 スマホのバイブが激しく揺れまして、誰かからの電話かと思い手にしますと、すぐに電話に出ました。

 

 

 

 

 

「はい、もしもし」

 

『もしもし、洋子……?』

 

「ああ、真姫ちゃんでしたか。 どうしたのですか、電話などしてきまして?」

 

 

 

 

『………いないのよ………』

 

 

「はい? 何がいないのです?」

 

『だから……保健室に誰もいないのよ……絵里もことりも……それに、蒼一も…………』

 

 

「はい………?」

 

 

 

 次から次へと、思いもよらない出来事が………私たちに降りかかってくるのでした………

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


最後の闘いが始まります。


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フォルダー5-2

 

 

 蒼一さんたちが………いなくなった………?

 

 

 真姫ちゃんからの連絡を受けた私は、そのあまりにも衝撃的な内容に、身体が石のように固まってしまいました。

 

 ありえません……どうしてこのようなことが起きるのです……? つい先ほどまでいたはずですのに、どうしていなくなったりしたのですか? これは蒼一さんに寄るモノとは考えられませんね……あの場にいた2人の判断か……もしくは、第三者の介入か………

 いずれにしても、よろしくないことです。 一刻も早く見つけ出さなければ……!

 

 

 

『………洋子! 聞いているかしら?!』

 

「……あっ、はい! すみません、考え事をしてまして………」

 

『そう……兎も角、洋子はすぐに蒼一たちがどうやっていなくなったのかを調べて! もしかしたら手掛かりが見つかるかもしれないから!』

 

「わかりました。 先程の件と共にすぐに調べますので、しばしお待ちください!」

 

『そうしてくれると助かるわ。 早くしないと、この子たちがまた………』

 

「えっ? それはどういうことなのですか?」

 

『いいから、早くしなさいってことよ!!』

 

「は、はいぃぃぃ!!」

 

 

 

 真姫ちゃんが大声で叫んだ後、ブチッと引っこ抜かれるような勢いで回線が途切れてしまいました。 一体、何が起きたと言うのでしょうか……真姫ちゃんがあんなにも焦っているなんて………

 

 まさか………!

 

 

 私の脳裏に駆け走る焦燥感にも似たこの感覚――――全身に危険だと言う電気信号を幾度となく送信されてくるこの感覚――――間違いなく、あの場で何かが起ころうとしていることを暗示しているみたいでした。

 

 

「くっ………!」

 

 

 早くせねばという一心に駆られ、そのまま何か手掛かりになるモノは無いかと、パソコン上のあらゆる情報を手当たり次第漁りだしているのです。

 

 

 

 

 そして、見つけました――――――

 

 

 

 

 

 絵里ちゃんたちが蒼一さんを担いで学校の外に行く様子が――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ ??? ]

 

 

「よし、と。 ことり、ここでいいわよ」

 

「本当に、ここでいいの?」

 

「ええ……というより、ここ以外に安全な場所は無いでしょ?」

 

「確かにそうだけど………なんだか気が進まないなぁ………」

 

 

 蒼一を担いできた絵里とことりは、誰にも気づかれないだろうこの場所に隠れた。 まだ太陽が昇っているモノの、どうしても影となる個所が多くなってしまう場所なのである。

 

 そんな場所に置かれてあった壊れかけのソファーに、彼女たちは意識が戻らないでいる蒼一をそこに寝かせた。 ここに至るまでの動作で、傷口に響いてしまったのだろうか、痛みを堪えるように顔を引き摺らせていた。

 

 

「ごめんね蒼くん………蒼くんを護るためには、こうしないといけなかったの………」

 

 

 痛ましい姿を見せる蒼一に、ことりは瞳を滲ませて彼の手を握ったのだった。 必ず、意識は戻る……また、あのやさしい顔で私のこと呼んでくれるはず、という希望を乗せていた。

 

 

「けど、意外だったわね。 まさか、私の方にメールで連絡が来るなんて………」

 

「うん、てっきり私の方に来るものかと思ったけど、やっぱり、ここを知っている絵里ちゃんだったから来たんじゃないかなぁ?」

 

「う~ん……そうだといいのだけどね………」

 

 

 絵里は自分宛てに来たメールの内容をもう一度確認しながら、ここに来させた理由を知ろうとした。 彼女の中では、ただ彼を護るだけならば、ここでなくてもよかったのではないかと疑問に感じていた。

 

 それに、伝えるのならば直接話をしてくれればいいのに、とも考えていた。 それはメールの文面に『事情はここで話す』と書いてあったからだと推察しても間違いないだろう。

 

 

 ただ問題なのは、誰からのメールだったのかであった………

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ことり……今この状況で聞くようなことじゃないのだけど………」

 

「どうしたの絵里ちゃん?」

 

 

 気難しそうに話しかけてくる絵里に対して、ことりは少し心配そうな顔で聞き返していた。 その絵里は、視線をあちこちにやったり、手をあやすなど落ち着きの無い様子だった。

 

 

 

「あの……ね………ことりは……その………私のことを怨んでないかしら………?」

 

「えっ………どうしてそれを………?」

 

「だ、だって……! 私がことりにあんな挑発的な態度を示したのよ? それに……ことりにけし掛けて、すべての責任を負わせようと企んだのは私だったから………それに、あなたの身体も…………」

 

「絵里ちゃん………」

 

 

 

 絵里が話し出したのは事の発端について。 すべての始まりはこの2人によるモノだった。 その中でも、この2人の間で起きた出来事が、今回の一件の進展を加速させたものだとも言えるからだ。

 

 ことりは改めてそうしたことを思い返し、難しい表情を見せた。 ことりにとって、あそこで経験したことすべてが忌々しいモノだと言ってもおかしくなかった。 あの時受けた憎しみ、悲しみ、痛み、喪失を今でも忘れることが無かったのだ。

 

 それを承知の上で、絵里はことりに問いかけていた。 それに対する覚悟もあることも――――――

 

 

 

「………絵里ちゃん」

 

 

 

 ことりはいつ度となく真剣な表情で臨んだ。

 

 

 

 

「ことりはね………確かに、絵里ちゃんからたくさん酷いことをされました。 今でも、胸のあたりやお腹のところ、そして、あそこも……ちょっと触れるだけでもあの時の痛みを思い返しちゃうの………

 

 

でもね……でもね、絵里ちゃん。 ことりね、絵里ちゃんのこと、怨んでないんだよ」

 

 

「えっ………うそ……でしょ………?」

 

 

「ううん、嘘じゃないの。 本当に思っていないんだよ?」

 

「だ、だって、ことり……! 私はあなたにあんなにしたと言うのに、どうして………」

 

「うん。 確かにね、絵里ちゃんのことをすっごく怨んでいたこともあったよ。 でもね、教えられちゃったの。 そうすることが無駄なんだってことを………」

 

 

 後ろに腕を組みながら、どこか遠くを見つめるように、静かに語りだす。

 

 

「実際にね、怨みを晴らすためにいろいろなことを考えてやってみたけど、私が得たのは虚しい気持ちだけ……その虚しい気持ちを晴らすために怨んでは、やるってことの繰り返し………そして、残ったのは虚しい気持ち………こんなに悲しいことを繰り返していたの………」

 

 

 もの寂しそうな雰囲気に包まれながら、虚空を仰ぎ見ながら自らの過ちに向き合うことり。 しかし、その表情は決して悲しい様子など見えなかった。

 

 

「それでね、やっと気が付いたの。 誰かを怨むことじゃ、自分を変えられないんだって………それに気付かせてくれたのは、蒼くんなの。 蒼くんがね、私を包んでくれた時、私のことを全部赦してくれたの。 そしたらね、今までずっと抱えていた虚しい気持ちとかがね、無くなったの。 何かの間違いじゃないのって思ったけど、やっぱり、蒼くんが私を赦してくれたことが一番大きかったんだって感じたの。 だからね、同じように怨むんじゃなくって、赦してあげようって思うようになったの」

 

「ことり………!」

 

「絵里ちゃんも蒼くんにやさしくしてもらった1人なんでしょ? だったら、ことりも絵里ちゃんのことを全部赦すよ。 だって、絵里ちゃんは私の友達で、同じ蒼くんのことが大好きな大切な仲間なんだもん」

 

「ッ~~~~!! こ、ことりぃぃぃ!!!」

 

「ぴゃっ?!! え、絵里ちゃん!?!」

 

 

 ことりの想いに触れた絵里は、感極まってことりに強く抱きついた。 そのあまりのことに、ことりは驚き現わしてよろけそうになったが、なんとか抑えて絵里のことを抱きしめ返した。

 決して赦されることが無いだろうと覚悟していた絵里にとって、ことりからのこの言葉は、何ものにも代えがたい感喜であった。 それが堪らなく心に響くので、絵里の瞳からは滂沱の涙が流れ出てしまうのだ。

 

 しかし、それはことりにも言えることだった。 ことりも絵里が感じていることよりも同等、それ以上かもしれない罪悪感を抱いていた。 むしろ、ことり自身が赦されるはずもないと考えていたのに、絵里たちはそんな彼女のことを赦し、手を差し伸べてくれたのだ。 その時受けた感謝をことりは一生忘れることが無い。

 そんな思いもあって、ことりは絵里のことを赦したのだ。 自分が赦されたように………

 

 

「もう、泣かないでよぉ……私まで泣きたくなってきたよぉ………」

 

「うぅ……ごめんなさい………私、こう言う時歯止めが利かなくって………」

 

「うんうん、わかるよ……絵里ちゃんも辛かったもんね。 蒼くんと真姫ちゃんのあの様子を直接見ちゃったんだもんね。 とっても、辛かったよね………」

 

 

 絵里の涙を見て、瞳を滲ませて貰い泣きしそうになることり。 それでも、絵里のことを慰めようと努めたのだった。

 

 

 

 だが―――――

 

 

 

 

「………えっ? 私は見ていないわよ?」

 

「えっ、だって、絵里ちゃんが私の靴箱に写真を入れたんじゃないの?」

 

「確かに入れたのは私よ。 でもね、あの写真は私が撮ったモノでもないわ。 いつの間にか、靴箱の中に入っていたのをそのまま入れただけよ」

 

「それって………!」

 

 

 ことりの表情に余裕が消える。 絵里の話した内容がどうしても引っかかり、腑に落ちない気持ちになってしまうのだった。

 

 

 

 

「………うっ……うぁ……あぁ…………」

 

「蒼くん!!」

 

「蒼一!!」

 

 

 痛みに苛まれる苦しい声を上げつつ、深い眠りについていた蒼一の意識が徐々に取り戻されていく。 薄っすらと目蓋が開き始めると、おぼろげな視線を中空に漂わせた。

 

 

「蒼くん、しっかり!!」

 

「蒼一、私たちの声が聞こえる?!」

 

 

 目覚め始めた彼の身体に触れながら、彼の意識がハッキリするのを待ち続けた。 彼が目覚めてくれたことは、彼女たちにとって多大な喜びと安堵を与えたのだった。 それ故、彼女たちの表情に掛かっていた陰鬱なモヤが段々と晴れ出てくるのだった。

 

 

 

「……うぅ………こと……り………えり……ちか…………」

 

「うん、ことりはここにいるよ、蒼くん!」

 

「大丈夫よ、蒼一。 あなたのエリチカもここにいるからね!!」

 

 

 彼女たちに震えながらも差し伸べられたその手を彼女たちはしっかりと掴んで、彼の声に応えたのだ。 嬉しさのあまり泣き出しそうになるのを抑えながら、笑った顔を見せようと努める彼女たち。 もうすぐだ、もうすぐで彼が起き上がれる状態になれると、期待を持って見守っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、

 

 

 

 

 

「………にげ………ろ…………」

 

 

「「えっ――――?」」

 

 

「おれをおいて………はやく………にげるんだ…………!」

 

 

 

 彼の眼が急に鋭くなると、同時に彼の手に力が入ったのだ。 握りしめられるほどの強い力ではなかったのだが、それなりの力で2人の手を握り返して警告したのだ……!

 

 

 

 まるで、何かが来ることを予兆するかのように……………

 

 

 

 

「蒼くん、どういうことなの?! どうして逃げないといけないの!」

 

 

 ことりが抱いている焦燥感が、危険な方向へと一気に加速しようとしていた。 先程から感じていた違和感が彼女に重苦しげに掛かり始めていたのだ。

 しかし、未だに意識がはっきりしない彼から聞き出すことは困難であり、例え彼の言う通りに逃げようとしても、彼を置いていかなければならないと言うジレンマに彼女は膠着してしまう。

 

 

 薄暗くなり始めたこの環境が彼女たちの心に影を落とし始めていた――――――

 

 

 

 

 

 

 その時だった―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(バヂッ!!)

 

 

 

「あ゛あ゛っ―――――?!!!」

 

「絵里ちゃん!!?」

 

 

 何かが炸裂したと思った瞬間、絵里の甲高い声が叫びと変わり残響させた。 何事か!? と絵里に目を向けたことりは、身体をピンッとのけ反らしたのを見たと思いきや、そのまま腑抜けたように蒼一の身体に向かって倒れ込むのを目撃したのだ。

 

 そのあまりにも唐突な出来事に、ことりは冷静さを欠き、近寄って絵里の状態を確かめようとしたのだった。

 

 

「絵里ちゃん! 絵里ちゃん!! どうしたの? 何があったの!??」

 

 

 絵里の身体を揺らしても返事は聞こえず、ただ寂しげに響く自分の声を耳にしていた。

 

 

 

 

 

 

 自分に迫ってきていた危険に気付かぬまま―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(バヂッ!!!)

 

 

 

「きゃあああ!!!?」

 

 

 彼女の身体にも炸裂した音と共に、電流のように鋭い痛みが彼女の身体を駆け巡った。 そして、彼女も反射的に背筋に伸びる自律神経が刺激されて、身体をのけ反らせる。 そしてそのまま、全身に脱力感を伴い始め、絵里と同じく彼の身体目掛けて倒れてしまったのだった………

 

 

 

 

 

「………うぅ……えりちか………ことり…………!」

 

 

 何も出来ずに、ただ意識が無くなっていく彼女たちを眺めながら、歯痒い気持ちを段々と膨れ上がらせていくのだった。

 

 

 

 

 

 そんな彼の前に、薄暗い闇の中から1つの影を見た――――――

 

 

 

 

 

「まさか……おまえだったとはな……………」

 

 

 彼はその影に対して言い放った後、また意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 影はその様子を見て、ニタリと口が裂けてしまうほどの笑みを浮かばせていた。 それはまさに、計画通りだと言わんがばかりの顔をしていた。

 

 

 そして、ポケットから取り出したスマホに流れる音声を聞くと、さっきよりも闇深い笑みを浮かばせて気持ちを高ぶらせていた。

 

 

 

 

 

 

「これで全部そろった………わたしの望みがようやく………ふふふっ…………♪」

 

 

 

 

 電源を切ったスマホをポケットに仕舞いこむ。

 

 その際に、誤ってそこから一枚のカードを落としてしまう。

 

 

 そのカードは、我々がよく目にするカードよりも細長く、あまり馴染みのない不思議なモノ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そこに描かれていたのは――――――

 

 

 

 

 

『DEATH』

 

 

 

 

 

 その意味は、『死神』だった――――――

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


物語が急速に走り出す。


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フォルダー5-3

[ 音ノ木坂学院・広報部部室内 ]

 

 

 

「絵里ちゃんたちは、いったい蒼一さんをどこに連れていくのでしょうか……?」

 

 

 ちょうど、絵里ちゃんたちが蒼一さんを担いで、裏口から出ていく様子を映像で捉える事が出来たのですが、それ以降のは何とも………

 これ以上は困難となりそうです………

 

 

 しかし、一体何の意図があってそのようなことをしたのでしょうか? 少々、慌てている様子が見られたのですが、何かがあったからなのでしょうか? それとも、何に追われていたのでしょうか……?

 

 むぅ……考えても考えても、答えというのは見つからないモノですね………

 

 

 思い悩む身体を椅子に深くもたれ掛けて、一旦は気持ちを落ち着けましょう。 思考の深入りは、身体の毒。 時間の無駄ですからね。

 

 こう言う時は、あぐらをかいて両人差し指を頭に付けて考える……一休さんみたいなポーズをすれば妙案が………ハッ! 出ましたぁ……! 意外と効き目があるようなのですね、このポーズって。

 

 

 早速私は、以前使いましたあの追跡マップを開きまして、絵里ちゃんとことりちゃんの位置を特定しようとしました。 前回のデータがちゃんと保存されていましたので、絵里ちゃんの番号が控えられているわけで………ではでは、早速使ってみることにしましょうか!

 

 

 

 ジジジ―――――――――――  

 

 

 ジジジジ―――――――――――  

 

 

 

 ジジジジジ――――――――――――

 

 

 

 ピコン――――――!

 

 

 

 相変わらず嫌な音をするのですが、これは我慢我慢です………それで、結果は…………

 

 

 ほうほう、現在地はまだそんなに遠くは行っていないようですね。 こっちが頑張れば追い付けるはず………って、おやおやぁ?!

 

 

「……また、通信が途絶えてしまいましたぁぁぁぁ!!!」

 

 

 折角、絵里ちゃんの位置を特定したのに、どうしてこんな大事な時にこんなことが起きるのでしょうかねぇ?! まったく、私の整備が悪いのでしょうか? それともソフト自体が情弱過ぎるからなのでしょうか!?

 

 あああぁぁ!! まったく、仕事になりませんよ!!!

 

 

 パソコンに対して、かなりキレ気味になっていますよ! しかしこうも不幸が続きますと…………いけませんね、ここは落ち着かなければ………

 

 そうですね、こう言う時は…………

 

 

「チャドー……フウリンカザン……そして、チャドー………」

 

 

 腹に一杯空気を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。 これこそ太古の暗殺術チャドーの真髄……って、私はニンジャではないのですがね。 しかし、こうした呼吸のおかげで平常心が取り戻せたような気がします。

 

 ありがとうございます、ニンジャスレイヤー=サン。

 

 

 さて、冷静さを取り戻しましたことですし、もう一度見直しておきますか。

 

 

「えぇっと、消失した場所は……っと、おや? 確かこの場所は………」

 

 

 絵里ちゃんの反応が消失したと個所に注目しますと、見たことのある場所であったことに気付いたのです。

 

 

「まさか……いやしかし、絵里ちゃんですからありえなくもないですね………」

 

 

 その消失個所、そして、その周辺にある目立った建物にも目印を置きまして、もしこの後探しに行くのでしたらここを優先的に調べられるようにしました。 あとは、我々次第というわけです。

 

 

 

「ではお次は………っと」

 

 

 この作業が終わってもまた次の作業、蒼一さんを突き落とした犯人とは誰なのか? それを突き止める必要が………

 

 

 

 

(bbbbbbbbb――――)

 

 

 

「………っと、おやおや、どなたでしょうかね?」

 

 

 ちょうど良いタイミングで掛かってくるスマホのバイブに気を取られ、そのまま通話を行い始めるのですが…………

 

 

 

「はい、もs『洋子! 洋子!!』っは、はいぃ?! 何ですかぁ?!!」

 

 

 通話開始直後、電話越しから真姫ちゃんの大きな声にビビってしまう私ですが、何やら様子がおかしいような気がしまして………

 

 

『洋子! 調べ物は済んだかしら!?』

 

「え、えぇっと……絵里ちゃんたちの居場所なら大方……」

 

『ならそれでいいわ。 それよりも早く部室に戻ってきてちょうだい! 今大変なことに………』

 

「えっ? なんですって? よく聞こえなかったのですが……?」

 

『………から、早く戻っ………なさい!! 私だけじゃもう………きゃぁ?!』

 

「真姫ちゃん?!!」

 

『――――――ブッ―――――――』

 

 

……くっ、途切れてしまいました。 しかし、真姫ちゃんのところでは一体何があったと言うのでしょうか? あの焦り具合……尋常ではなさそうです………兎も角、先を急がねばなりません!

 

 

 私は今持てる情報を頭に叩き込みましてから、手にしたモノを投げ出してこの部屋を出て行き、真姫ちゃんのところへ駆け付けに行くのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 ジジジ―――――――――――  

 

 

 ジジジジ―――――――――――  

 

 

 

 ジジジジジ――――――――――――

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ ??? ]

 

 

 また、眠りについてしまった…………

 

 

 今、俺がどこにいるのかということ考えながら、瞳に光を差し込ませて脳に刺激を送りこませる。 そして、この眼に映りだす景色は、知っているようで知らないような……だが、どういう場所なのかだけはハッキリさせてくれる。

 

 

 あぁ……またしても、この状況なのか…………

 

 

 と言うよりも、こうした床に就かないまま寝てしまった後の状況には、大分慣れてしまっている。 日頃の行いの結果なのか、それとも経験豊富になりつつあるからなのか。 いずれにせよ、最悪な状況に変わりは無かったのだ。

 

 

「………いっ……あ…あぁ………!」

 

 

 電流が走り抜けるような痛みが全身に襲い掛かると、思わず背筋を逸らしてしまう。 と同時に、意識を手放す直前に俺の身に起きたことを思い返し、苦い気分になる。 ただでさえ満身創痍な状態であったところに、畳み掛けるように階段から突き落とされるとは、思ってもみなかったのだ。

 

 腕、脇腹、背中、頭、骨髄など身体の表裏関係なく全身からの痛みを時計の針が進むごとに、逐一感じながら意識を無理矢理覚醒させられる。

 

 

 目を細めて辺りを見回して、ようやくここがどこなのかを理解した。 どこか知っているような場所だと思ったら、ちょうど一昨日に絵里たちを見つけ出したあの小学校址なのだ。 日が陰ってきているものの、この部屋の構造に見覚えがあったからそうなんだと断定できる。

 それにこの部屋は、現役当時は音楽室として使われていた場所なんだと言うことも、脳裏に過ったのだった。

 

 

 

 

「………そうだ! エリチカはっ?! ことりはっ!?」

 

 

 ついさっき意識が途切れる瞬間、俺の身体に倒れ込んできた2人のことを思い出したので、今どこにいるのかと首を激しく動かして辺りを見回す。 すると、ちょっと薄暗い中に2人の姿がぼやけて見えてくる。

 

 

「エリチカ!! ことり!!」

 

 

 2人の姿を捉えると叫んで反応をとろうとしてみるが、残念ながらそうも上手くいくこともなく、まだ眠ったままだった。

 

 

 それならまだいい。 けど、違和感を抱き始めた。

 

 それは、2人の配置されている場所だ。

 エリチカは俺から横を向いて比較的に俺寄りの距離にあり、手足を縛られ壁に寄り掛かり足をついて座っていた。

 

 

 しかし、ことりの場合は――――

 俺の正面を向いたところで、俺との間隔は俺とエリチカとの間よりも倍に近いモノがあった。 さらに、ことりの手には手錠が……しかも、ただ付けられているのではなく、少し高い壁に突き刺さった鉄の棒に手錠の鎖が引っ掛かり、そこから垂れ下がる身体が膝を浮かせた高さで宙づり状態になっているのだ。

 

 まるで、俺に見せつけるみたいに…………

 

 

「くっ…………!」

 

 

 今すぐにでも、この身体を動かして2人の許に行って解放してやりたい! だが、こっちも手足を手錠のようなモノで繋がれて動けやしないっ!

 

 

 

 そんな時だった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ヒタッ―――――――――――

 

 

 

 ヒタッ―――――――――――

 

 

 

 ヒタッ―――――――――――

 

 

 

 

 

 何かがこちらに近付いてくるような気配を背筋を震わせながら感じだした。 ぞぞっと忍び寄ってくる悪寒がその不気味さをさらに掻き立てているかのようだ。

 

 

 そう、いま俺の後ろに…………………

 

 

 

 

 

 

 ガバッ――――――

 

 

 

「っ―――――!!!?」

 

 

 その刹那、俺の背中に何かが抱きつきだしたのだ! その突然のことで身体をジタバタと動かそうとするが、腕をも包み込むようにしっかりと抱きつかれてしまっているので、身動きが出来ないでいる。

 

 背中で感じるとても柔らかい感触と、肌を通して感じる微熱が俺の神経に反応し、鋭く研ぎ澄ましだす。 その神経が、俺のよく知る人物との雰囲気が合致しているとの信号を発信し、同時に、危険を察知させた。

 

 動悸の乱れが激しくなり、冷汗すらも出ようとしないこの状況に、静寂を打ち破る声が直接俺に届く―――――

 

 

 

 

 

「おはよう――――蒼一♪ いい夢を見れたかな?」

 

 

 ドロッと耳に絡みつくような甘い吐息と共に、身体をやんわりと湿らせるような言葉が俺を包みだす。

 

 一呼吸吐く度に鋭くなった神経を直接触ってくるかのようで、身体をビクつかせてしまう。 神経共にこの身体が休ますことが無い。

 

 

 まるで、俺のことをすべて知り尽くしているかのようなこのあしらい方―――――そう、彼女なら容易くできるだろうよ。 互いにいた時間は少ないが、それでも本音を言い合えるような関係となっていた俺たちならば――――――それを熟知していてもおかしくは無い。

 

 

 それに、この一連の出来事の足りなかった1ピ-スが、ようやく板に納まり1つの絵(事件)が完成されたというわけだ。 その全貌を知った上で俺は、コイツと向き合わなくてはならないのだ―――――

 

 

 

 

 そう――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「希」

 

 

 

 

「ん~、そう返事してくれると嬉しいなぁ~♪」

 

 

 温厚そうな笑みを浮かばせた、俺のもう1人の幼馴染を―――――

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

「あはははっ! やっぱり、蒼一の背中はあったかいなぁ~♪ いつまでもこうしていたいよぉ~♪」

 

 

 陽気な声をあげながら俺の背中にしっかりと抱きつく希――――ただ、その様子はいつもとはかなり異なった存在()――――は、いつものような関西交じりの口調ではなく、幼い頃に俺と東京で過ごしていた時と同じ標準語で話をしてきたのだ。 その垢抜けしたような態度で迫る希からは、安心感漂う空気を感じることが出来ない。 あるのは、偏った感情のみ―――――

 

 

 希………お前は、本当に希なのか…………!

 

 

 

 

「「………うっ……う~ん………」」

 

 

「おっ、2人とも気が付いたようだね」

 

 

 気絶していた2人に意識が戻りだす。 ゆっくりと身体を動かし、大事ないことにホッとする自分。 だが、できることならこの状況で起きないでほしかったと願っていた自分もいた………悪い夢のようにしか思えない状況だからだ…………

 

 

 

「………うぅ………そう……くん…………? のぞみ……ちゃん………?」

 

「………そういち………? それに………えっ、のぞみ………?」

 

 

「やっほ~、えりち、ことりちゃん♪お目覚めはどんな感じかなぁ~?」

 

 

 ことりたちが希の存在に気が付くと、こぞって意外だと言わんがばかりに目を見開かせ、驚きを隠せずにいた。 そんな2人の姿を見ながら、希は何事もないかのように2人に向けて手を振っていた。 まるで、何かを楽しんでいるみたいに………

 

 

「希! どうしてあなたがココにいるのよ?!」

 

「どうしてって言われてもねぇ………えりちたちがちゃぁんとここに来てくれたからかな?」

 

「えっ……!? そ、それってどういうことなの………?」

 

 

 エリチカの表情に陰りが生じ始める。 ことりも同様の表情を示し、その顔からみるみる明るさも余裕も消えていくのだった。 一体、2人に何があったと言うのだろうか? 何も知らない俺から見ていても2人の反応にこちらも焦りが生じ始める。

 

 

「ふふっ、かしこいえりちならすぐにわかるやろ?」

 

 

 エリチカの質問に対して、すべてを物語るかのを含ませたような口調で語られる言葉に、エリチカは驚愕の目を希に差し向けた。

 

 

「まさか………あのメールを送ったのは……希だとでも言うの……?」

 

「うん、そうだよ♪ ようやくわかってくれたんだぁ~」

 

「そ、そんなっ?! だ、だって、あのメールの宛名はちゃんと洋子ちゃんの名前が……!」

 

「そんなの簡単だよ。 私が洋子ちゃんのアカウントを乗っ取って、それからメールを送ったんだから。 あぁ、一応バレないようにちゃんとその時の送信メールは削除して、アカウントも元に戻したんだけどね♪」

 

 

「「ッ―――――?!!」」

 

 

 エリチカたちの表情がさらに怪しくなる。 希の口から出た意外すぎる行動が、2人の想像の範疇から逸脱していたことへの驚愕が著しく酷かった。 それをすぐ横で聞く俺も思わず震えあがってしまうほどだ。

 

 そしてこのことが、俺がこれまでに疑問に思っていたことの答えを導き出すきっかけとなるのだった。

 

 

 

「なるほどな………つまり、わざわざ洋子のパソコン内に侵入してアカウントを入手したと言うわけか………けど、それだけじゃないんだろ? 他にももっといろいろなことを手にしたんだろ?」

 

「うふふ、さっすが蒼一。 私のことをちゃんとわかってくれているんだね♪」

 

 

 何に反応したか分からんが、希は陽気に俺の身体をさらに自分の身体に押しつけるように抱きしめてきて、その嬉しさを表そうとしていた。 一方、2人は俺の言ったことがあまり理解できていなさそうだったので、それを説明し始める。

 

 

「以前、洋子からあの部室に備わっているいくつかの機器について教えてもらった時に、とても気になることを言ってたな。 誰かがパソコンを使っていた形跡があったと言っていたんだが………あれを本当に使っていたのは、希だったというわけだ」

 

「うそ………! アレを使っていたのは私だけなはず……! なのに、どうして希がそれを使って……!」

 

 

 俺の言葉に一番激しく反応したのはエリチカだ。 無理もないことだ。 何せ、洋子のパソコン上にあった様々な機器を使ったり、データを閲覧していたのは、エリチカだったんだからな。

 

 だが、釈然としない部分もいくつかあり、何とも言えない気持ちになっていたことも確かだった。

 

 

「希が使っていた内容は、お前とさほど変わらんだろうよ、エリチカ。 希も俺やみんなのことを監視するために、追跡マップや録音、録画映像を手にしていたんだと思う。 だから、あの時()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うこともわかることできたんだ。 考えたもんだよな、お前だったらこれくらいのことを知っていてもおかしくないやと全体に錯覚させることが出来るからな。 俺ですらもまったく気が付かなかった………」

 

「ふふふっ♪ せぇ~かぁ~い! さっすが私の蒼一! 私のことをちゃぁ~んとわかってくれててとっても嬉しいよ♪」

 

「生徒会の権限とか最大限に行使して今回のこともしていたんだろ? 学校の鍵だって、そのために用意していたんだろうし………」

 

 

 周りが不思議に思えるようなことでも、生徒会によるものだと言ってしまえば、大方の人は納得できてしまう。 それに希の場合は、自分の行動や周りの情報とかを占いやら不思議な力によるものと言ってしまえば人目につくことはしない。 そこまで考え込まれたことなのだろう………

 

 

「だが、それまでしてどうしてここまで一緒になってくれていたんだ? 場合によっては、いつだってこう言うことをできたはず………」

 

 

 俺の中での一番の疑問、希がここまで一緒になって行動してきた理由。 それがまったく持って理解できていなかった。 それはなぜ…………

 

 

 当の本人は、クスクスと笑いつつ俺の言葉を受け止めているようなのだが、その笑いの奥に潜む暗い存在が俺の心を震わせ始める。

 

 

「蒼一は知ってるかな? 人はね、不安や苦しみから解放された後の安心感ほど、危険な状態になりやすいってことを…………」

 

「っ………! ま、まさか………!!」

 

「うふふふふ………今頃、みんな蒼一たちがいなくなったことで大騒ぎしていると思うね。 というより、蒼一が階段から落ちたことで、すでにみんな動揺していたからかなり大事になっているだろうけど」

 

「おい………ちょっと待て………まさか……まさかお前………!!」

 

「なぁ~に? まるで、私が蒼一のことを突き落としたみたいな顔をしているけど………残念ながら、私が突き落としたよ。 階段を下りる蒼一の背中をドンッとね♪」

 

『ッ――――――!!!?』

 

 

 希のその言葉が俺たちに臨んだ時、これまでにないほどの悪寒と絶望感をぶつけられたような気分だった。 いや、それよりも何も、それをいとも容易く実に楽しそうに語る様子が、腹立たしいほどに心に突き刺さるのだ。

 

 

 信じていた………俺は希のことを誰よりも信頼していた………

 

 最初に、助けを加えてくれたのが希なんだと知った時は、どれほど心強かったことか。 希に相談を持ちかけた時に抱いた安心感は今でも忘れてなどいない。 あれほどの安心感とを与えてくれた希が、一変して俺を裏切った。

 

 悔しい……苦しい………辛い………信頼していた相手から裏切られることの恐怖がまた蘇ってくる。 あんな苦い思いを二度とするはずがないと思っていたのに………どうして……どうしてこんなことを………!!

 

 

「うふふ……それは、蒼一がいけないんだよ? 私という存在がいながら他の女とイチャイチャしちゃって………なにかな? 私に嫉妬させるために、わざとそうやっていたのかなぁ? だとしたら、ホント、蒼一ってばかわいいなぁ~♪ もう、どこにも行けないように全身を縄で縛りつけてあげたいくらいに♪」

 

 

 おっとりとした口調とは裏腹に、言葉には強いトゲがある。 未だ俺の後ろで抱き付いているからその表情を見ることはできない。 だが、今まで得た経験則で言えば、その顔は希の内心―――おぞましいほどの欲望―――を映し出しているに違いなかった。

 

 すぐ後ろを振り向けば、その顔と対面することは可能だ。 だが、恐ろしすぎて見ることが出来ない。 人を包み込む菩薩のように穏やかな表情をする希が、悪魔のような憎しみなどを含んだ表情をしているのかと思うと、息が止まりそうになる。 信じたくもない姿がそこにあることに身体が委縮してしまうのだ。

 

 

 

「この口………」

 

「あがっ………?!」

 

 すると突然、希の指が俺の口の中に侵入してきて、その細く繊細な指先で弄くり始めたのだ!

 

 

 ペチャ―――――クチュ―――――クチュ―――――

 

 

「はぁぁぁ………熱くてドロッとした感触が、私の指に絡み付く……♡ この舌、この歯、この唇が私の口の中を弄んでくれると思うとゾクゾクしてきちゃう♡ もっと、蒼一の愛を私の指に絡ませて♡」

 

 

 海藻が波に揺られる滑らかな動きをする指が、いやらしい音を立てて口の中を蹂躙しだす。 絡みだす5本の指すべてが口の中に含まれ、その指すべてを使って、口の中にあるモノを抉り取りだされてしまうのではないかと思うほどに口と指とが吸い付くのだ。

 息苦しい………口内に要らぬ唾液が滝のように流れ出し、それを飲み込んだり、吐き出さなければ呼吸困難になる。 手足が縛られて動くこともままならない俺にとっては、拷問に近い所業だ。 故に、息遣いが荒くなり、顔も熱く燃えあがってしまうのだ。

 

 

 ようやく、口の中を解放されると、ちゃんとした呼吸が行えるとともに溜まってしまった唾液を口外へと放出する。 そんな俺を余所に、希は吸い付くような音を立てて何か飲み込んでいた。 ただ、吸い付くような音の後に、口からモノが離れていく音も共に聞こえ出してきた。 考えたくもないが……希が今吸い付いているのは………

 

 

「チュポッ………あぁぁぁ……いいわ、蒼一。 あなたの愛の味をたぁっぷり注入させてもらったよ♡ こんなおいしい飲み物があったなんて知らなかったぁ………もう、毎日毎時間の私の水分……ううん、愛情補給に呑み込みたいなぁ~♡」

 

 

………言わずもがな、俺の口の中に突っ込んだ指のようだ………!

 

 

 冗談ではない……! 俺はこんなことを一切望んじゃいない。 ましてや、こんな偏り過ぎた愛情など、押し売りされても絶対に受け取りたくもないモノだ!

 

 それに……俺の知っている希はこんなことはしない………!

 

 

 乱れた呼吸をなんとか整えて、自分の意志がしっかりした時に希に語りかけた。

 

 

 

「やめろ、希………そんなこと、誰も望んじゃいない………」

 

 

 俺は見たくなかった………俺の目の前で、誰かが変わっていく姿も……壊れていく姿も………

 

 

「へぇ~………誰も望んでいない、か………うふふふ……蒼一っておかしなことを言うね~……そのことを2人にも言えるかな? 2人は蒼一が望んでいるような答えをすると思うかな……?」

 

「なっ……なにを………?!」

 

「うふふふ、蒼一は知らないんだね……みんな蒼一に助けられたって思っていると思うけど、蒼一とこうしてイロイロなことをしたくないって思っている子はいないと思うよ………?」

 

「の、希!! そんなことあるはず……!!」

「私もそんなことは思って……!」

 

 

「嘘だっ!!!!!」

 

 

『ッ――――――!!!』

 

 

 希の言葉にエリチカとことりが反論しようとした時、張り上げた声で希がそれを全否定した。

 そのあまりの声にこの場にいる全員が身震いしてしまう。

 

 

 

「嘘だよ、2人とも嘘ついてるよ………私知っているんだよ? 今でも蒼一のことを独り占めしようとしていることを……どこかでチャンスを見つけたらすぐに蒼一の隣は自分だって宣言しようとしているんだよ、知らないと思った? 知っているよ、みんなのことを全部ぜんぶ………」

 

 

 槍で突き通すような鋭い声がエリチカとことりに臨んだ。 2人はそれを聞くと、何も言い返すことが出来なくなり視線を落とす。 それは、本当にその通りなんだと言うことを示しているように思えたのが、俺に強い衝撃を与えることになった。

 

 

「それに……蒼一は、これでお互いのことを傷つけないと思っているのでしょ? あははっ! ホント、おかしな話。 これを見てもそんなことが言えるのかな?」

 

 

 すると希は、俺の目の前に自らのスマホを取り出して、とある映像を見せつける。

 

 そこに映っていたのは―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が助けたはずの彼女たちの惨めな姿だった――――――

 

 

 

 

 

『やっぱり、蒼君を殺そうとしたのは絵里ちゃんなんだ!!! 赦せない……赦せないよ!!!』

 

『ことり……あなたと言う人は、そこまでして蒼一のことを………最低です……最低です!!!』

 

 

『落ち着きなさい、穂乃果! 海未!! まだ、2人がやったって言う証拠がないでしょ?!』

 

『だって、希ちゃんが言ってたもん! 絵里ちゃんたちが怪しいって!! 希ちゃんが言うんだもんそうに違いないよ!!!』

 

『蒼一にぃ……私の蒼一にぃ…………かえしてよ………私の蒼一にぃをかえしてよ!!!!』

 

『かよちんも落ち着くにゃあ!! そんなかよちん、凛は見たくないにゃあ!!』

 

『花陽まで!! いい加減にしなさいよアンタたち!!』

 

『くっ……! だめだ……抑えきれん………!! グハッ?!!』

 

『明弘?! 穂乃果、なんてことを!!』

 

『穂乃果のことを邪魔するからだよ……穂乃果のことを邪魔するってことは、真姫ちゃんたちも絵里ちゃんたちのナカマなんだね………?』

 

『ちょっ……!! な、何しようとしているのよ………や、やめなさいよ…………冗談でしょ……? だめよ……だめよ、穂乃果…………きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!』

 

 

 

 

(プツン)

 

 

 

 

 

「あぁ………ぁあああぁぁぁぁぁ…………ぅあぁぁぁぁぁ……………」

 

 

 言葉にすることが出来なかった………

 

 俺が救ったはずの穂乃果たちが、またあの時と同じような表情をして、真姫たちに襲いかかっていたのだ………信じていた………信じていたのに…………穂乃果……海未………お前たちならわかってくれると思っていたのに………どうして、そうも簡単に…………あぁぁぁ……どうしてこんな……………

 

 

 絶望しかない………こんなのまちがっている…………まるで、俺がいままでやってきたことがぜんぶ無駄だったってことを言っているようなものじゃないか………

 

 俺がやってきたことって………? こんなにも身体じゅうにきずを付けてまでも手にしたのは、おれの徒労にすぎなかったのか………?

 

 

 

 どうして………どうして、みんな……勝手なことばかり………酷いじゃないか………俺を裏切るだなんて…………

 

 

 

 底知れない絶望の闇が、俺の心に射す光を遮断させてしまう。 一瞬で目の前が真っ暗になる。 前を向いても絶望……後ろを向いても絶望………どこに目を向けようとも、この闇が俺の前に立ちはだかる。

 

 もう、やる気すらも起きやしなかった…………

 

 

 

 

 

「それじゃあ、最後の仕上げをしちゃおうかな………」

 

 

 すると、希は立ち上がってようやく俺の前に姿を現す。 まだ、後姿しか見せないが、異様な雰囲気を感じることは可能だった。

 

 

 そして一瞬……そう、一瞬だった………

 

 俺の方に振り返り素顔を見せたのだ。

 

 

 そして、その素顔は………俺が想像していたよりもはるかに非情な光を放つ瞳で、身の毛もよだつほどに醜く薄汚れた笑みをしていたのだった………

 

 

 

 希が歩むその先には、ことりがいた………

 

 

 1歩1歩近付くにつれて、心を縛り上げられるような恐怖に襲われる。 俺はそれが何か嫌なことの前触れなのだと察し、もがき始める。

 

 

「やめろ………のぞみ……ことりに近付くな…………!」

 

「へぇ~……まだ、ことりちゃんのことをそう思っているんだぁ~? でもね、私にとってことりちゃんはいらないの。 私が欲しいのは、蒼一とえりちだけ。 あとは、み~んないなくなっちゃえばいいの♪」

 

「やめろ………やめろぉ!!!」

 

 

 希のあの目は死んでいた。 もはや、感情論で圧し止めることができないところにまでアイツは踏み入れてしまっていた。 どうすることもできない状態だったのだ………

 

 

 

「……い、いやぁ………のぞみちゃん………や、やめてよ…………」

 

「うふふっ、こんなに怯えちゃって………こう見ると、本当の小鳥みたいだね、ことりちゃん♪」

 

「ひっ………!!」

 

 

 蚊がその羽根を羽ばたかせるようなか細い声を発することり。 目の前にある恐怖と、身動きが取れない状態にあることに怯えるその姿は、目も当てられないほどに悲惨だ。 希がことりの肌に触れる度に発し続ける怯える声に、心臓が止まりそうになる……!

 

 

 そんな時、希の手にあるモノが摘まれる。

 

 

「これ、なぁ~んだ?」

 

「ッ―――――!!! そ、それはっ――――――!!」

 

「ことりちゃんの作ったマカロンだよねぇ~? おいしそうだよねぇ~見た目もかわいいし、あまぁ~い匂いもしてて口にしたくなっちゃうよねぇ~? でも、まさかこれを食べて死にそうになるなんて思わないよね~?」

 

「ッ―――――!!! 希!! 止めろ!!!!」

 

「ふふふ………あははははっ!! 止めるわけにはいかないよ、蒼一。 だって、この女は! 私を殺そうとした!! 私の大切なえりちを苦しめた!!! このお菓子で!!! 赦さない………こんな女の子の欲に付け込んだやり方で私たちを排除しようだなんて………赦されることじゃないよ!!!」

 

「ひっ――――!! ご、ごめんなさい!! ごめんなさい!!!」

 

「ごめんなさいで済まされると思った………? 済まされるわけないよ!!!」

 

「希!! ことりからすぐに離れなさい!! 私はことりのことを怨んでなんかいないわ!! だから、ことりに酷いことをしないで!!!」

 

「えりちもやさしいなぁ~………でも………私は赦さない。 この女には、えりちと同じ苦しみを受けてあげないと気が済まないよ…………」

 

 

 

 ドスの効いた黒い言葉を語り並べると、希の指先から1つのマカロンがことりに向かっていこうとしていた。 ことりは必死に避けようと首をあらゆる方向に振り回す……だが、

 

 

 

 

「ちょこまかと五月蠅いなぁ………止まれ」

 

「きゃぁ!!!」

 

 

 希はことりの顔を掴み、その動きを封じ込ませた。

 さらに、そのまま無理矢理口を開かせてそれを捻じ込ませた。

 

 ことりは抵抗することなく、それを1個、口にしてしまったのだ。 それを噛み砕き、喉を通らせてしまうと強く咳き込み、むせかえしてしまう。

 

 

「ほぉ~ら、よく食べるんだよ~? まだ、何個も残っているんだからね~?」

 

「やめろ………もうやめてくれぇ………たのむ………」

 

 

 もう見ていられなかった………泣き咽びたくなるようなこの情景に息がつまりそうだ……! どうして……どうして、こんなことに…………!!

 

 

「う~ん、そうだなぁ………もし、蒼一が私のことを『好き、愛してる、結婚して下さい』って言ってくれたらことりちゃんを解放してあげるね♪」

 

「ああ、いいとも!! それでことりが助かるのなら……それで………」

 

「それじゃあ、言ってみようかなぁ………?」

 

 

「…………希……好きだ……愛してる………俺と結婚してくれ………!!!」

 

 

「あはははは!! 本当にやってくれたぁ~嬉しいなぁ~これで、私と蒼一は夫婦になれるんだねぇ~♪」

 

「さあ、言ったんだ……ことりを解放してくれ………!」

 

「うん、約束通りに解放してあげるね………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………この世から………♪」

 

 

「「「ッ――――――!!!!???」」」

 

 

 

「さぁ~ことりちゃん! もう私と蒼一はそういう関係になったから、邪魔者はさっさといなくなってくれないかなぁ~!??」

 

「いやぁぁぁぁ!! やめて!! 助けて!! 助けて蒼くん!!!!」

 

「ことりぃぃぃ!!! 希!! 嘘をついたなぁ!!?」

 

「酷いなぁ~私は嘘なんか付いてないよ? 私はちゃ~んと解放するって言ったよ? でも、それがどういうものかを聞かなかった蒼一がいけないんだよ~」

 

「希! いい加減にしなさい!! これ以上、ことりに酷いことをしないで!!!」

 

「だめだよ、えりち。 この女をそのままにしたら、きっとえりちのことを殺しに来ちゃうよ? だったら、その前にやらないと……」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

「あははは!! ことりちゃんは、あと何個食べたらかわいい反応を見せてくれるのかなぁ……?」

 

 

 

 血も涙もない言葉が、ただ永遠とかたられる…………

 

 

 

 

 ひどいこうけいだ…………

 

 

 なんで、のぞみがあんなぶきみなかおをしているのだろう………?

 

 なんで、えりちかがあんなにひっしになってさけんでいるんだろう………?

 

 なんで、ことりがあんなになきさけんでいるんだろう………?

 

 

 わからない………わからない…………

 

 

 あぁ………そうだ………

 

 

 

 

 これはゆめなんだ……………

 

 わるいゆめをながくみすぎたんだ……………

 

 

 みんながきずつけあうなんてありえない……………

 

 そんなのただのゆめなんだ……………

 

 

 

 おれをウラギッタ………?

 

 

 そんな………そんなこと………あいつらがするわけ…………するわけ……………わけ………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイ…………ダ…………ロ………………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクン――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 バキィ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 その刹那――――――――

 

 

 

 

 

 彼のココロは砕け落ちた―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぅぅぅ………ぁぁぁぁぁ……………」

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

平日に投稿しなくってホントよかったような気がする……


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「あははは!! ことりちゃんは、あと何個食べたらかわいい反応をみせてくれるのかなぁ……?」

 

 

 不気味な高笑いをあげながら、彼女は悪魔の菓子をもう1つ囚われの彼女の口の中に押し入れる。 それを口に入れた彼女は、気分が悪そうに顔を真っ青して、今にも吐き出してしまいそうに頬を膨らませた。

 

 しかし、そんなことを彼女は赦すはずもなく、口を押さえて顔を上に向かせ、口の中のモノを強制的に胃の中にへと流し込ませたのだった。

 

 

「げほっ……げぼっ………!」と喉を通り抜ける物体に息を詰まらせようとすると、強い咳をしてむせかえす。 涙と唾液が入り混じる体液が顔から滴り落ち、床に小さな水たまりを生み出す。 苦悶する彼女の様子をそのまま反映させているようにも思えた。

 

 次第に、彼女の意識がぽつぽつと途切れがちになりつつあった。 あの菓子に含まれたモノの毒素が身体中に回り始めてきているようだ。 つまり、あともう1つ口にしてしまえば、身体中から拒絶反応に似たショック症状が引き起こるのだろうと言うことを彼女は理解した。

「あぁ、だめ……これは私のやってきたことの罰なんだ」と彼女が堕罪してから今日に至るまでのあらゆる出来事を振り返り、その過ちを1つ1つ走馬燈のように思い起こしていた。 どれに付けても決して赦されることは無いものばかりだ、これは当然の報いなのだと彼女の心の中はそう悟ったのだった。

 

 それなのに……あの時、彼女のことをやさしく包み込んでくれた彼の温もりが今でも忘れなかった。 そればかりか、叶わぬ夢とばかり思っていた彼との密接な関係を築くことが出来たのだ。 あの夜、彼と繋がった時のことを美しい想い出として心の中に秘めた。

 

 

「さあ、これでお終いかなぁ……?」

 

 

 彼女の手から最後に口にする贖罪の菓子を目の前に出される。

 もはや、それを拒むことが出来るほどの力は残ってなどいなかった。 彼女は為す術もなく、それを口にしてしまうのだろうと、誰もがそう感じた。

 

 

 

 

 

 その時だった―――――――

 

 

 

 

 

 

 バキィ―――――――――

 

 

 

『ッ―――――!!!』

 

 

 金属が引き千切れる鋭い音が耳鳴りのように響き渡った。

 そのあまりの衝撃にここにいる全員の視線が1点に集中する―――――

 

 

 その視線の先に、彼がゆらりと立ち上がっているのが見えた………

 

 

「そんなばかな……!」と、希はそんな言葉を発するかのような驚愕の表情で彼を凝視する。 無理もないことだ、なぜなら、彼の手足には鉄の鎖を施した手錠がはめられていた。

 なのに、その手錠に繋がれていた鎖が千切れ落ち、手首足首に本体を残すだけとなっていたのだ。 誰がどう見ても、彼が力任せに引き千切ったとしか思えない様子だった。

 

 

 心をぞわぞわとざわめかせる圧迫させられる空気が、彼女たちに襲いかかった―――――

 

 そんな彼は、うつむきながら希の方にゆっくりと近づいて来ようとしていた。 迫られる彼女は、そのあまりの出来事に脳の処理が追い付かず、手にしていた菓子を無意識に落としてしまうほどに狼狽し出していた。

 

 

 

『………ぅぅぅ………ぁぁぁぁ…………』

 

 

 彼の口から発せられる地を這いつくばるような声が彼女たちの耳に入りだす。 奇妙すぎるその姿と相まって、恐怖心をさらに駆り立たせるのだった。

 

 

「………そう………いち…………?」

 

 

 先程から身体を震撼させていた希の口からようやく彼への言葉が述べられる。 つい先ほどまで、余裕と愉悦の表情を見せつけていた彼女の表情が、氷水に浸けられた後の白く冷え切った顔色に変色し出していた。 身体の臓を抉られるような異常なまでの恐怖が彼女を殺しに来た。

 

 

 

 

 

「…………っ!! 希、逃げなさいっ!!!」

 

 

「ッ――――――!!」

 

 

 透明に透き通る絵里の声が希に臨んだ。

 この状況で、何故、絵里が彼女に向かって警告の言葉を発したのか、一瞬わからず戸惑ってしまった。

 

 

 

 しかし、その意味を次の一瞬で知ることとなった――――――――

 

 

「えっ……………」

 

 

 彼女が一瞬、彼から目を逸らした時、彼は希のすぐ目の前に接近していた。 まさに、0距離――――逃げ場などどこにもない――――避けることなど不可能な状況だった。

 

 

 そして、彼女は――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴッ――――――――――!!

 

 

 

「ごふっ――――――?!!!」

 

 

 彼の手から放たれる強烈な一撃を脇腹に入れられ、力任せに横に吹き飛ばされたのだった。

 

 強い衝撃と共に飛ばされる彼女の身体は、床を蹴飛ばすように何度も転がり、全身に傷を負いながら倒れ込む。

 

 

「あぁぁ…………うぁぁぁぁ……………!」

 

 

 腹部に抉られるような痛みと、全身に打ち付けられた痛みが同時に襲い掛かり、耐えきれない苦痛の呻き声を上げる。 予定に含まれていないかったあまりの苦痛が、彼女の身体のみならずその精神をも弱らせていく。

 

 

 その彼女に向かって、ゆらりゆらりと彼が近付いてくる―――――

 

 

「ひっ……!」

 

 

 つい先程まで、嬌声を上げながら彼のことを弄んでいたのが、一瞬にして恐怖に怯える叫びとなって彼に向けられた。

 彼女自身もこんなことは望んでなどいなかっただろう………しかし、こうなることにしてしまったのは、紛れもない彼女自身によるものだった。 彼女が彼の中にあった箍を外してしまい、彼の眠っていた狂気を呼び出してしまったのだ。

 

 

「ゥゥゥ………ウワアァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 

 狂気を含んだ叫びが彼の口から発せられた。

 それはまるで獣――――狩りを行う猛獣――――のような叫びが、彼女たちの内臓に直接響く。

 

 誰も彼を止めることが出来ない………

 誰も彼を止めようとすることが出来ない………

 

 動こうにも身体は言うことを聞かず、目を逸らそうとしてもその目は彼の狂気を凝視する………このまま凝視し続けてしまえば、心が破裂しそうになると言うのに、逸らすことが出来ない………まるで、催眠術にでもかかってしまったかのように、彼を捉え続けていたのだ………!

 

 

 その彼が、また彼女に近付こうとしていた………

 

 

「……そういち………私だよ………? 私を忘れたの……? ほら……私はそういちの………」

 

 

 怯えた声で細々と語りかけ始める希………だが、

 

 

 

 

 

 ギロッ―――――――――

 

 

「ひっ………ひ、ひやあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 彼が見せつけたその表情に、彼女は身体中の血液が逆流してしまうような戦慄に叫ばずにはいられなかった。 それは、いつか見せた威圧の籠った殺人的な怒りの表情よりも、遥かに凌ぐ凄まじいほどの怨恨の表情が彼女に臨んだのだった。

 

 その戦慄に泣き叫ばずにはいられない。 彼女はありったけの声量と涙をもって、この恐怖を体現する。

 

 しかし、それは彼にはまったく通じることもなく、彼女に迫ったのだった。

 

 

 

 

「希!! 早く逃げなさい!!! 希ぃぃぃ!!!」

 

 

 絵里の声が希に向けられるが、彼女の耳には到底及ぶことは無く、ただ流れていくのみだった。 恐怖が…戦慄が……彼女を覆い尽くして一切を遮断させてしまっていたのだ。

 

 

「ウアァァァ………ウ………ウガァァァ…………」

 

 

 禍々しいモノと変貌してしまった彼が、彼女の目の前に立とうとしていた。

 

 痛みと恐怖で倒れ込んだままの彼女は、もう1歩も動けないでいた。 そして、こんなことになってしまったのは、すべて自分のせいなんだと、今更ながら後悔することになる。

 

 

 やめればよかった………しなければよかった………

 

 ガタガタと身震いする彼女の心の内に、こうした思いが沸々と湧き上がり始める。 その中には、彼のことが好きだった、と言う純粋なる気持ちも含まれていた………

 

 

 だが、彼女はそれを跳ね退けてしまい、欲望が赴くままに邪の道に進んでしまった。 それが間違いであることにも気付きながらも、彼女はそれを実行してしまった。

 

 そして、その結果がこれだ。

 

 

 愛する者を狂気と化してしまうのみならず、その手を彼女によって穢してしまうことになるのだ。 それがあまりにも、悲しく、残酷なことだと心に思いつつも、それを止めることが出来ない自分の不甲斐無さに、ただただ嘆くばかりだ。

 

 

「………ごめんね……蒼一………わたし………ウチのせいで………」

 

 

 床に垂れ落ちる肢体に力が入らず、抜け落ちた殻のようなその身体で彼を見上げる。 彼の身体で作られた影が彼女に覆い被さると、彼女は呆然と身体を震撼させ、涙を流すばかりだった。

 

 

 

「……ゥゥゥウウアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 天をも突き抜ける絶叫が高らかにのぼるとともに、彼女に向かって轟音が唸りを上げて迫りだす。

 

 

「ッ……………!」

 

 

 避けることが出来ないと察した彼女は、息を呑み、目を瞑った――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パァァァァァァァァァァン!!!!!

 

 

 

「ッ……………?!!」

 

 

 どういうことだろうか。 彼女に向かうはずだったその轟音が、届く直前に、何かに阻まれるようにして止まったのだ。 その際、鼓膜が破れそうになるくらいの劈く音が鳴り響いたが、彼女にとって苦痛に感じることは無かった。

 

 一体何が起こったのか、恐る恐る目を開いていくと、そこには―――――――

 

 

 

 

 ミシッ――――――ミシッ――――――――

 

 

 

 

「ゥゥゥ……………?!!」

 

 

 

「~~~~~っつぅぅ………お~お~、痛ぇパンチをよくも喰らわせてくれるじゃなねぇ~の………」

 

 

 

 彼と同等の背丈とボサボサっとした癖っ毛のような髪、ヘナヘナと笑いを含ませたかのような軽い口ぶりと時折聞かせる鋭い声。 一見どうしようもなさそうな姿を晒すその男は、風をも叩き斬る蒼一の拳を片腕だけで受け止めた。 そんな芸当ができる人間など彼女が考える中でもたった1人しかいなかった………

 

 

 

「おう兄弟よ、ひでぇ面構えしやがって…………また、悪夢に悩まされていやがるのか………?」

 

 

 

 

 

 

 宗方 蒼一の親友にして悪友、そして、相棒である――――滝 明弘である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い夢なら………覚まさせなくちゃぁいけねぇなぁ………さあ……いくぞ!!」

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主デス。


ヤンデレ希を多く書けなかったのは、残り話数の問題でした


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フォルダー5-5

 

 

 ふぅ、やって来て早々何なんだよこの状況はよぉ………?

 

 俺の懐かしき母校の慣れの果てを見ることになったと思ったら、こんな薄暗い部屋にやって来させられるわ、ことりと絵里が何でか縛り上げられているわ、希は地べたで這い蹲っているわ………

 

 そして何より……………

 

 

『ゥゥゥ………ウガアアアァァァァァァァァ!!!!!』

 

 

 蒼一がこんな状態に()()なっちまったってことが悩ましいわ………

 

 

 はぁ………しかし、手の平が痛ぇなぁ………

 

 大体、兄弟の全力全開を片手で受け止めることが、どんだけ辛いことかまったくわかってねぇヤツとかいるんじゃねぇか? あれだぞ、高校球児が投げる120㌔オーバーのストレートを素手で受け止めるって感じなんだぜ?

 

 わかるか? あっ………わかんない………そら残念だわ………例えとしてはわかりやすいと思ったんだけどなぁ………

 

 

…………まあ、いいさ。

 

 誰も俺の痛みや蒼一の抱いている痛みを共有してくれだなんて願っちゃいねぇし、むしろ、してもらいたくもない。 痛みを知るのは俺だけで十分だ。

 

 

 さぁて………

 

 

「悪い夢なら………覚まさせなくちゃぁいけねぇなぁ………さあ……いくぞ!!」

 

 

 

 おっぱじめようじゃないの………第三次世界大戦?

 

 いや………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の大切なモンを取り戻しにだよ……!!

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 旧音ノ木坂小学校内 ]

 

 

「どぉぉぉりゃあああぁぁぁぁぁ!!! ブッ飛べええェェェェェェ!!!!」

 

 

 

 ドッ――――――!!

 

 

 

『ウグッ?!! グアアアァァァァァァ!!!!?』

 

 

 

 片手で蒼一の手を掴み止めたことで、その瞬間にちょうどいい距離とスキを作りだすことが出来たわけだ。 それを好機と言わないで何と言うか?

 俺はそのまま、蒼一の腹に目掛けて全力のキックをお見舞いさせてやったってわけよ。 そしたら、いい感じにブッ飛んで行きやがってさ、俺との間を7、8歩くらい空けたところまで飛んで、そこから背中から床に落ちてスッテンコロリンと2、3回くらい転がっていきやがったわ。

 

 いやぁ~、我ながらいい蹴りが出来たと褒めたくなっちまうモンだぜ♪

 

 

 

 ただ、悪いニュースも付いてくるもんだな………

 

 

『ウオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!!』

 

 

 アイツ、ピンピンしていやがる…………さっきのが全然効いてなかったって感じだなこりゃぁ………

 

 

 地面を揺るがす咆哮を高らかにあげ、血走る真っ赤な両眼でこっちをギロリと睨みつけてくる。 口からは牙をむき出し、荒れる息と体液を垂れ流しときた。 なんだ、どこぞの汎用人型決戦兵器の初号機か? あれの暴走した時と瓜二つな姿をしているんだけど? 写真を並べて見比べたら「兄弟かよ!!」って、ビックリするかもしれねぇな………兄弟だけに…………

 

 

 まあ、そんな冗談は置いといて、こっからは真剣にやんねぇといけねぇ感じがしてならねぇ………! 蒼一の身体から、ヤベェって思っちまうほどの異様な空気が漂い始めてきやがるんだ………!

 

 多分さ、これは前回のようにはいかないかもなぁ………場合によっちゃあ、片腕を犠牲にしなくちゃぁならねぇかもな…………

 

 

 

 

 

「あき………ひろ………? どうして………?」

 

「ん? あぁ、そういやぁ希が居たんだよなぁ………いけねぇ、すっかり忘れていたぜ。 いやぁねぇ、俺も確信は無かったんだけどよ、洋子が『すぐにここに行ってください!』ってせがまれてやってきたって感じよ。 まぁ、さっきまで、お前さんと蒼一がどんなやりとりをしていたのかなんて、大方予想はつくけどさ………今のところは黙ってやるから、ちょっと後ろに下がってくれねぇか? 俺も久しぶりに本気でやらにゃぁいかんかもしれんからよ………」

 

 

 そう言ったらよ、ちょいと驚き様になりながらも身体を引き摺って後ろの方に下がって行ってくれたわ。 お~お、ありがてぇ……! 素直な子は好きだぜ♪ あっ……だめか、希はとっくに……………

 

 

 

『ウガアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!』

 

 

 ガッ――――――――!!

 

 

「うぐっっっ!!! ……考え事をしている最中にやってくるんじゃぁねぇよ………!!」

 

 

 一瞬で、詰め寄ってきた蒼一から繰り出される一拳―――風音よりも素早いその拳―――が俺に突き付けられるが、俺も拳を突き出しぶつけ合い、からくも押し止める……!!

 

 ちょっとだけ、考え事で気を逸らしちまったそのスキを狙ってきやがった! さすが……と言いたいねぇ。 こんな状態になっても戦闘スキルは健在だとか、洒落に何ねぇなぁ……おまけに、身体能力も健在ときた………! あんなに距離が離れていたのに、一瞬で詰めやがって………やっぱ今回ばかしはマズイかもなぁ………

 

 

 拳と拳の鍔競り合いのような突き合い。

 ギシギシと互いの拳を軋ませて、力の比べ合いを行う。 どちらかが一歩後ろに下がれば、一瞬で有利不利が決まる大事な一時――――! 負けられるわけがねぇんだよ――――!

 

 

「はぁぁぁぁぁ………はあぁぁぁ!!!」

 

『ッ――――――?!!!』

 

 

 踏み込む足に力を込め、突き出した利き腕に衝撃を加える――――相手の踏み込む力を逆に利用して、蒼一の拳を一瞬だけ離させた。 俺の拳に向けられていた力は、その時だけ迷子になる。 それがバランスを崩すきっかけとなり、前へ倒れ込もうとする………そして、そこにィィィ………!!

 

 

「その土手っ腹にピッタリ収まる膝蹴りを喰らいやがれェェェェェェ!!!!」

 

 

 ドゴッ――――――――!!

 

 

『グブォワアアァァァァァ!!!?!?!?』

 

 

 う~ん、実にキレイに入った膝蹴りよ。 膝の皿から内臓のやわらけぇ感触がよく伝わってくるわ。 鳩尾に入ったって感じかな? だとしたら、これで終いかもしれ…………

 

 

 

 ニタリ……………

 

 

「ッ―――――!!!??」

 

 

 う、嘘だろ……?! コイツを喰らって笑っていやがるだとっ………!! ま、マズイ………!!

 

 

 一応説明しておこうか、俺が喰らわせた膝蹴りの事だ。

 わかっての通り、膝の皿を中心に力を込め、身体の軸をうまく利用して放たれるのが膝蹴りだ。 威力は拳の数倍――――膝の皿の面積が拳の倍であること、それを支える太ももの筋肉が腕の数倍の量を持っていることがその理由。 腹に入れれば即KOな一撃必殺だ。

 

 ただし、コイツには決定的な弱点がある。

 

 それは…………

 

 

『ゥアアアアアァァァァァァァァァ!!!!』

 

 

 ブンッ―――――――――!!

 

 

「うおああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!!!!」

 

 

 膝を入れたその瞬間、入れる側は片足だけで身体を支えなくちゃならない。 バランスを崩しやすい体制になるというリスクが生じてしまう。

 

 つまりだ。

 膝蹴りの一撃必殺が外れてしまった場合………その立場が逆転してしまい………

 

 

 

 入れた足を掴まれて、そのまま勢いよく投げ飛ばされてしまうってことさ…………

 

 

 

 

 ドシャッ―――――――――!!

 

 

「ぐふぉあぁぁ………!!!!」

 

 

 足を掴まれそのまま飛ばされ、背中から堅い床にアツいキッスだ。 そのあまりのしつこさに、背中の骨のいくつかにヒビが入ったような気がするぜ……!

 

 かあぁぁぁ………俺は女だけじゃなくって、石床にも愛されているのかよ、こんちくしょうめェェェ………!!! おかげで、身体のあちこちが悲鳴をあげてお祭り騒ぎだわ………!!

 

 

 くっ……だが、まったく動けなくなったわけじゃねぇ………全力を出す前にやられちまったらカッコつかねぇしよ………!

 

 

 

「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」

 

 

……とは言うが、息が上がっていやがるなぁ………最近、鍛錬を怠っていたのが祟ったのかなぁ………? こんなことなら、もうちょい鍛えておくべきだったわ………

 

 

 今、ここで後悔しても始まらないんだけどね…………

 

 

 

 

 

 

 

「――――――明弘さん!!!」

 

 

………おっ? ようやく来たようだな …………

 

 

 俺よりもかなり後ろを追いかけてきていた洋子たちがこっちに来てくれたようだ。 ちょっと遅いが、しょうがねぇか……

 

 

『ゥググググ……………』

 

 

「えっ………そう……くん…………?」

 

「蒼一……! ど、どうしたのです………?!」

 

「な、何よ……あれ……!?」

 

「あれが………蒼一………?!」

 

「そういち……にぃ………な、なんで……?」

 

「……うぅ……なんだか、こわいにゃぁ…………」

 

 

 他のメンバーたちが蒼一の姿を一見すると、揃って身震いさせていた。 そりゃそうだ、あんな姿になっちまった兄弟を初めて見て怯えねぇヤツなんざいねぇよ。 たとえ、それが幼馴染の穂乃果たちでもな………

 

 

 

『ウグッ―――――――』

 

 

「ッ――――――!!」

 

 

 おいおい……何アイツらの方を見ていやがるんだよ………まさかと思うがよぉ…………

 

 

 

『ウワアァァァァァァァァァ!!!!』

 

 

『ひっ―――――!!!!!!!』

 

 

 やっぱり、襲い掛かりやがったかぁ!!!

 

 

 兄弟は、さっきと同じように足をバネにして飛び出し、穂乃果たちに一気に近付こうとしやがった!! しかも、腕を振りかざして、今にも殴りかかりそうな体制をしていやがるんだ! もう見境なしにやるつもりかよ!!!

 

 

 そんな姿を見て、みんな揃って身をすくませてそこから動けないでいるじゃんか! 逃げてくれねぇかねぇ………そうしてくれればさ…………

 

 

 

 

 

 

「俺が無駄な体力を消費しなくて済むんだよなァァァァァ!!!!」

 

 

 ドゴッ―――――――――!!!

 

 

『グエアアアァァァァァァァァァ!!!!』

 

 

 身体のギアを三段階くらい跳ね上げて一気に近づく!

 蒼一が穂乃果たちの目の前に来る手前で、脇腹目掛けて体当たりを仕掛ける。 距離を詰めた時に掛かった勢いを乗せて当てたおかげで、いい感じにブッ飛んでくれたよ、まったく………

 

 また、身体を転がせて、しばらく倒れたままだ。 ようやく、ダメージ受けたらしい反応をしてくれたよ………やっとだが、ホンット疲れるわ…………

 

 

 

「……っとぉ……ケガしてねぇか、おめぇら?」

 

「う、うん大丈夫………」

 

「そ、それよりも明弘……アレはなんなのです? 蒼一はどうしてあんなことになっているのですか?」

 

 

 コイツらの戸惑いと驚きの眼差しが俺に掛かってくるんだが、どうしてこうなったかなんて知らねぇんだけどなぁ…………

 

 どういう状態かは、説明できるけどな………

 

 

 

 

「ウチのせいや………」

 

「希?」

 

 

 俺たちの近くに来ていた希が、ぽつんと口を零す。 何か事情を知っているようだな………

 

 

 

「ウチが………ウチが蒼一を追い詰めてしもうた………ウチがこんなことをせんとけば、こんな………こんなことに…………!」

 

 

 涙ながらに話しだす希を見て、俺と洋子、真姫以外のみんなは、まったくわからないといった表情を見せる。 かく言う俺は、洋子のさっきの話を照らしあわせたことで合点がいった。

 

 さっき洋子が話してくれた内容というのは次の通りだ―――――

 

『――――これまで収集しました情報を合わせた結果、どうやら今回の一件の真犯人は、希ちゃんのようなんですよ。 一番の理由が、絵里ちゃんが―――気が付いたら写真が下駄箱の中に入っていた―――と話してくれた時にピンッと来たのです。 そして、過去の映像を探ってましたら、()()()()()()()()()()()映像を発掘し、復元しましたら絵里ちゃんの下駄箱に何かを入れる希ちゃんの姿を捉えたのです。 それに、私の追跡マップの履歴や校内映像を接続させた履歴にも希ちゃんのモノが確認できましたので、間違いは無いでしょう―――――』

 

 

――――と言った話をしてくれたわけだ。 無論、穂乃果たちには内緒だが……

 

 

 真相どうであれ、今やんなきゃならねぇのは、蒼一をどうやって元に戻すかなんだよ。 手段としては、気絶させることが手っ取り早いが……あの耐久力といい、スキが無いといい……一筋縄では収まらん感じだよ。

 

 

 すると、穂乃果が俺の手を握りだし、何か言いたげな顔をしてこちらを見ていた。

 

 

「ねぇ、弘君……蒼君はどうしてあんなに悲しそうな声を上げてるの………?」

 

「なにっ……? お前、怖いとか思ってるんじゃねぇのか……?」

 

「ううん、怖いよ……怖いけど……なんだか悲しいそうなの………あの声を聞いてると、胸が痛くなってくるの………」

 

「穂乃果…………」

 

 

………まさか、それに気が付いたとはなぁ………

 

 それは穂乃果だけじゃなさそうだな。 他のみんなの顔を見ると、穂乃果と同じような表情を見せていやがる。 察したか、アイツの心情を………

 

 

 

「そうだな………コイツは、お前達に話すのは初めてかもしれねぇな………」

 

 

 一旦、一呼吸を置いてからゆっくりと話しだす。

 

 

 

 

「アイツ………蒼一はな…………裏切られたんだよ、蒼一を慕っていたヤツらから………」

 

 

『えっ………?!!』

 

 

 突然の告白で、そりゃあビビるだろうよ。 しかしだ、これでビビっていたらこの後の話なんざ、聞くに堪えんぞ?

 俺は続けざまに話しだす。

 

 

「約1年前のことだ。 俺と蒼一は長きに渡ってとある活動を行い、そこで大きな成果を上げた。 それに伴って、俺たちのことを慕ってくれる仲間が大勢集まってくれた。 俺たちはただ、趣味の延長としてやっていたことがこんなにも多くの人に認められたことに、とても誇りを持っていた。 そして、心の底から楽しいと感じていたんだ………

 

 

………だが、そんな俺たちのことをよく思わない連中が俺たちを陥れやがった。 ヤツらは、俺たちの悪評を偽情報として方々に垂れ流し、評判を下げようとした。 俺たちはそれを払拭しようと働きだし、あと一歩のところで終焉を迎えさせるつもりだった………

 

 

 そんな矢先だ

 

 

 蒼一が襲われたのは…………

 

 

 

 しかも、襲った相手というのが、俺たちのことをすっと慕ってくれていたヤツの1人だったんだ。 それが原因で、蒼一は左肩を壊し、俺たちの悪評がまた一気に広まっていったというわけだ。 それがアンチと呼ばれるヤツらによるものと思いきや、中身を空けてみたらそうじゃねぇ………俺たちのことをこうしたのは、何を隠そうその慕ってくれていたヤツらだったってわけだ。 ここまで来たら、もう手も付けようもないほどに酷くなった。 この状況を見て、俺たちは雲隠れした。 事が鎮静化するまで、すっと………な。

 

 それから数週間経って、俺たちを陥れようとしたヤツらは捕まり、襲ったヤツもそのまま務所送り。 事態も沈静化し終えて、すべてが終わったと思った………けど、それで終わらなかったんだ………

 

 俺は気付かなかった……蒼一の心に宿った深い闇の存在を…………

 

 

 その後が大変だった。 急に暴れ出したと思ったら、人間とは思えないほどの咆哮を上げた。 そう、今の状態みたいな……獣のような姿でな………アイツはありとあらゆるものを壊しまくった。 目の前にあるモノが何であろうと、粉々に砕き落とした。 それほどまでに、アイツは苦しみ、もがき、悲しかったんだろうよ………信じていたヤツらから裏切られたことのショックがさ…………

 

 

 それが、今回のことと類似しちまったんだろうよ………

 

 お前らには辛いことのように聞こえるかもしれねぇけどよ、蒼一があんな状態になっちまったのは、お前らの心の弱さがああさせちまったんだ。

 

 アイツは……お前らが暴走し始めた時から身を挺してまでも元に戻す気構えだった。 てめぇの身体の機能を失ってもお前らのことを大切にしていたんだろうよ……アイツの背中を見る度に、ボロ雑巾のようにしわくちゃに汚れていくのが辛かった………何もしてやれねェ自分がここまで不甲斐無いとは、思わなかった………

 

 

 

 それでもな、俺は蒼一の力になりたい………

 

 

 テメェの抱えている重荷の一つくらい背負えるくらいの度量を見せつけてやりてぇんだよ………

 

 

 だからさ………

 

 

 俺がここで、アイツを止めるんだよ…………」

 

 

 

 俺の話を最後まで黙り聞き、時に涙を流し、鼻を啜らせながら聞き続けたコイツらから距離を取り、アイツの前に立つ。

 

 作戦なんて、何一つ考えちゃいねぇ…………俺は、俺にしかできないことをここでやるのみよ………

 

 

 

「それは単純明快ィ!!! 蒼一ィィィ!! 俺はお前と止めるぞォォォ!!!!!」

 

 

 

『………ウゥゥゥ………ウガアアァァァァァ!!!』

 

 

 来いよ、兄弟…………そして、もう終わらせようぜ、悪夢なんてもう見飽きただろう? 現実戻って、アイツらの胸ん中に飛び込んで、誰もが羨むハーレムエンドを飾って見せやがれ、コノヤロォォォォォォ!!!!!

 

 

 ガツンッ――――――!!

 

 

 俺は両手に拳を作り、胸元で付け合わせて力を込め始める。 全身の力だけじゃねぇ、全身に流れる水分、酸素、血液それらを身体の中心……丹田に集中させ、1つの大きな気の塊を生み出す!!

 

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 李崩(リ・ホウ)の旦那ァ………アンタ、天界力ってのもあれば、もっとすげぇ力を発揮できると言ってたが……んなもん、知ったこっちゃねぇわ………けど、アンタが教えてくれた、この気を集中させて力に変えるこの技を教えてくれて感謝するぜ………!

 

 今回は、アンタの手助けなしで蒼一を止めることができそうだわ………!!

 

 

 

『ウオオオォォォォォォォ!!!!!!!』

 

 

 空気すら震撼させるような轟きを発しながら、蒼一が俺に向かって飛び出す!! 拳を握りしめて、覚悟を決める!!

 

 

「行くぞォォォォォォォ!!!!!!!」

 

 

 

ガキィィィィィィン――――――――――!!!

 

 

 お互いの全力全開の拳が火花を散らしぶつかり合う!!

 金属同士がぶつかり合うような鋭い音だが、痛みなど感じやしない!!

 

 痛覚がイカレちまっているのかもな。 けど、それでちょうどいい! ちょっとした痛みが俺の集中を欠けさせることになるのなら、必要のないことだ! あとで、フィードバックが来ることになるかもだが、この一瞬のためなら惜しまねぇさ!!

 

 

『ジャアアアアァァァァァァァァ!!!!!』

 

「……っ!! 来るかぁ!!!」

 

 

 蒼一の腕が小さく折りたたまれ、そこから無数の拳が放たれる!!

 俺もそれに合わせ、その拳に向けて正確に打ち付ける!!

 

 

『ジャアアアアァァァァァァァァ!!!!!』

 

 

ドガガガガガガガガガガガガガ―――――!!!!

 

 

「でりゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 掘削機で岩を削るような鈍い音が秒速単位で鋭く打ち鳴らす!

 少しでも気を緩ませれば、アイツの連打が俺の身体に無数の穴を空けてくれそうだわ。 だがしかし、そいつは勘弁願いたいがため、針の穴に糸を通すような神経で打ち返す!

 

 だが、全身に流れる神経のほぼすべてをここに集中しているために、自然に呼吸が疎かになりつつある。 いかに、この力を持ってしても息苦しいことに耐えることなんざできねぇ……酸欠になるのは、時間の問題かもしれない………!

 

 冷汗を垂らしながら、現在の深刻な状況に目を閉じざるをえなかった。

 

 

「てぇりゃああああぁぁぁぁ!!!」

 

 

 ダァァァン――――――!

 

 

『ウググッ―――――!!』

 

 

 連打する一発の拳に強力な一撃を混ぜ込ませて、拳を弾かせる。 うまく入ってくれたことで、蒼一の身体はよろけ出し、後ろに数歩の後退に成功させた。 ここで追い打ちをかければ……と考えるモノの、こちらはかなり息が上がってそれどころじゃなかった………

 

 折角のチャンスを水に流してしまったな………この次あるとは到底思えない…………

 

 

 息を整えて、もう一度向き直す。

 

 

 

 しかし、蒼一は俺の方に顔は向けるものの、違うところに目をやっていた。

 

 

『………………』

 

「……ん? どこを見ていやが………」

 

 

 チラッと蒼一が見た方向に目をやると、そこには希の姿が………!

 

 

「……まさか、またっ!!」

 

 

 そう思った瞬間、蒼一は希に向かって床を蹴り飛ばしていた!

 

 マズイ……! 一歩出遅れた!!

 

 反応しきれなかった俺は、出遅れながらもその後を追いかける。 だが、中途半端な距離が生じたことで追い付けない!

 

 

「逃げろ、希!!!」

 

 

 叫んだものの希はそこを動こうとしない……いや、怯えて動けないのか……! くそっ、これじゃあ!!

 

 

 ジワリジワリと近付く蒼一を止めることが出来ぬまま、最悪な光景に出くわしちまう!!

 

 

 そう思っていたその時だ――――――

 

 

 

 

 

 

「蒼一っ!!!!」

 

「ま、真姫?!!」

 

 

 希の前に真姫が立ったのだ!

 しかも、希を助けるが如く、両手を広げて仁王立ちしたのだ!!

 

 

「やめろ! 無茶はよせ!!」

 

 

 そう言ってもすでに遅かった…………蒼一は、もうすぐ目の前に来て腕を振り降ろそうとしていたのだったから…………

 

 

 

 マズイ、もうダメか………!!

 

 

 諦めかけて目を背けようとした………

 

 

 

 

 

 

 

 

………その時だった

 

 

 

 

 

 

『――――――――――――』

 

 

 

 

 ギュルンッ――――――――

 

 

 

 ドゴッ――――――――――!!

 

 

「ッ……………?!!」

 

 

 蒼一の拳は真姫に当たることなく、逆に身体を大きく捻らせて、真姫の横にすり抜けてそのまま壁に大きな音を立てて直撃したのだ!!

 

 

 

『………ゥ………アァァ…………』

 

 

 強い衝撃音だったからだろうか、蒼一は壁に直撃してからその場に倒れ込み、ふらふらと覚束ない様子でなんとか立ち上がろうとしていた。 自身にかなりのダメージが加わったのだろうが、あそこで避けたのは偶然か、それとも必然だろうか………? いずれにせよ、真姫に当たらなくってよかった。

 

 

 俺はそのまま真姫に駆け寄り、状態を確認する。

 

 

「おい、大丈夫か?!」

 

「え、えぇ……私は何ともないわ…………」

 

「……ったくよぉ、無茶しやがって……あれでケガしたらどうするつもりだったんだよ………」

 

「それは………その時はその時よ………」

 

「あのなぁ……そんな行き当たりばったりなことしないでくれよ。 こっちの寿命が縮むところだったじゃんか」

 

「だって!! こうでもしなくっちゃ、希がやられていたかもしれないのよ!!」

 

「真姫……! おまえ………」

 

 

 意外なことに、真姫の口からその言葉が出てくるとは思いもしなかった。 それに驚いたのは俺だけじゃなく、他のメンバーも、そして希本人もだ。

 

 

 

「私はね、何があっても、みんなでここから帰るって決めたんだから………蒼一が元に戻った時に、1人でも欠けていたら、きっと蒼一は自分のせいだと悲しんじゃうに違いないの! もう、これ以上苦しませたくないの………だから、何が何でもみんなで帰るの! 帰らなくちゃいけないのよ!!!」

 

 

 必死な叫びだ。

 震えながら、涙を流しながら、わめくように、必死に叫んだ。

 

 それが心に強く突き刺さる。 これが真姫の想いなんだと感じるとさらに、だ。 さっきの俺の話を聞いて尚、こうした想いを抱いてくれると考えたら、アイツはホント恵まれていやがるんだと心の底から羨ましく思うぜ。

 

 涙を流すその瞳から滴を指で拭い、着いた滴を振り払った。 女に涙なんてにあわねぇさ、笑った姿を見せてくれりゃあ……アイツだって喜んでくれるだろうよ…………

 

 

 俺はまた、アイツに向き合う。

 鍛え抜いたこの右の拳を握りしめる。

 

 これで決める………コイツで引導を渡してやる…………!

 

 この決意を胸に、俺はもう一度闘う。

 

 

「おい、お前ら。 そっちは、そこに囚われていることりと絵里を連れてココから離れるんだ。 俺は、蒼一を取り戻す………!」

 

 

 アイツらに背中向かせてるから、反応してくれているのかなんて見てわかりやしない。 だが、感じるのさ……アイツを助けたいって気持ちが、背中にジンジンと伝わって来るんだ。 アイツらにも、迷いはなさそうだ………

 

 

 

「そんじゃあ………行かせてもらうぞ!!!」

 

 

 利き足にありったけの力を込めて弾き飛ばす――――

 放たれた弾丸のような速度を付けて、一気にアイツの正面に立つ!

 

 

『……………!!』

 

「今度は、こっちから行かせてもらうぜ………!」

 

 

 懐の中に身体を沈ませて、一気に跳ね上がる――――!

 

 

 ガッ―――――――!!

 

 

『グアアァァァァァァァ!!!!』

 

 

 胸のど真ん中、直球の右のアッパーカットが、ボールがミットの中に吸い込まれるように見事に決まる――――!

 口を大きく開けて叫ぶ様は、深くえぐるように入っていくこの拳のダメージを十分に味わっているようだ!

 さっきのダメージ反動がでか過ぎたのだろうか、体制を整える暇もなく無様に当り飛びやがった。

 

 だが、あの程度の攻撃なら避けられたはずなのに、何故避けなかった……?

 

 いいや、考えている暇なんて無い。 そのまま、連続でいかせてもらう!

 

 

 左足を軸として、身体をコマのように左1回転―――!!

 遠心力と共に繰り出す右の蹴りを顔に喰らわせる…………

 

 

『………………!』

 

 

 だが、そこは反応するようだ。 左腕で頭部をカバーしようとしていやがった! ええい、かまわねぇ! そのまま、腕ごとふっ飛ばしてやるさ!!!

 

 躊躇することなく身体を半回転以上回して足に勢いを加え始める。 これくらいならば、いくらガードしてもひとたまりもねぇはず!

 

 そして、足先が頭部に向かおうとしていた時だった………

 

 

 

 

 スッ―――――――

 

 

 

「ッ―――――?!?!」

 

 

 一体どういうことだぁ?!

 コイツ! 俺の攻撃をガードするために構えていた腕を下げやがった!!

 

 つまりだ、アイツの頭部には護るものが………くっ! もう減速なんざ出来ねぇ!!!

 

 

 

 ガッ――――――――――――!!!

 

 

『ぐあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 止まることなく付き走っていった強烈な蹴りが左側頭に直撃し、悲痛の叫びを高らかにあげた! おいおい、今のはかなりマズイだろ………いくらアイツの正気が失っているからって、あそこまでのする必要はなかったような気がするな………

 

 

 

 

 

………って、なんか雰囲気が変わったような……………?

 

 

 先程まで、アイツの身体から放たれていた禍々しい妖気のようなもんが、一瞬だけ途切れたような感じがした……! それに、何だか懐かしいような……いつも感じているような風を受けたような気がするんだ………これは一体………

 

 

 

 

 

 

『………ってぇジャネェか……このやロォ…………』

 

 

「ッ――――!! 蒼一ッ!!」

 

 

 一瞬、何が起きやがったのかさっぱりわからなかった………急に、蒼一の普段の声が聞こえてきたから空耳じゃないかと考えた………

 けどよ、この感じは紛れもない蒼一本人だ!!

 

 

『うぐっ………グガアァァァ……ぐギギギぃ………!!』

 

「蒼一! どうしたって言うんだ?!」

 

 

 蒼一の声がやっと聞けたと思ったら、頭を抱え出して苦しみ悶えていた。 アイツの中で何が起こっているのか、わかるはずもなかった………

 

 

 

『………あき……ヒロ………おれを………うて………』

 

「な、なにを!!?」

 

『ちゅうちょ……するんじゃねぇ………はやく……しろ………おれの……いしきがあるうちに………!!』

 

「蒼一………わかった……ただし、後悔すんじゃねぇぞ………!」

 

 

 そう言ってやると、アイツは疲れた目をしながらも薄らと笑って見せやがった。

 

 アイツの想いを………無駄にしねぇさ………!!

 

 

 

 俺は拳にありったけの力を込め始める――――

 丹田に込めた気の塊をこの手に集中させるんだ。 この一撃で、アイツを解放してやるんだ……!!

 

 

 

『……ゥゥゥ…ウガアァァ………うぐぐっ……だすもんかよ………!』

 

 

 

 アイツもアイツで必死に闘っているんだ………覚悟を決めるんだ………アイツのために……みんなのために………!!

 

 

 

「ふっ………! よしっ………!」

 

 

 気が溜まった……! これで………いける…………!!

 

 

 今から解放してやる………

 

 

 

 

「いくぞォォォォ!! 蒼一ィィィィィ!!! 俺の全力全開最大出力の拳を喰らわせてやらぁぁぁ!!!」

 

 

 

 ジリッと体制を取り、再度、足に力を込め出し………

 

 

 

 ドッ――――――――――!!

 

 

 

 

………放つ!!!

 

 

 

 

 

「1歩!!」

 

 

 この1歩目で加速を付け――――――

 

 

 

 

 ドッ―――――――――!!!

 

 

 

「2歩ぉ!!!」

 

 

 

 この2歩目で勢いを付け――――――

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 

 ドゴッ――――――――!!!

 

 

 

 

「3歩ぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 この3歩目ですべての力をアイツの顔に目掛けて叩きこむ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………よく……やった…………』

 

 

 

 

 

 バギッ――――――――――――――!!!!!

 

 

 

 えぐい音を残響させながら、蒼一の身体は軽々と吹き飛ばされ――――――

 

 

 

 

「ぐぼはっ………!! かはっ…………」

 

 

 

 

 壁に直撃して、そのまま倒れた

 

 

 

 

 

「はぁ………はぁ………どうやら……なんとかなったみたい………だな………」

 

 

 すべてが終わったのだと言うことを悟ると、全身から力が抜けてゆき、その場で膝をつく。 すべて使い果たしたと言うか……完全燃焼したっていうか………もう、体力の限界だったってわけさ………

 

 

 

 だからさ………もう………

 

 

 

 

 

 どさっ――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 そこから俺の意識は無くなり、そのまま熟睡してしまっていたそうだ。

 

 

 その代わりに、なんとか蒼一を元に戻すことが出来たため、なんとかホッとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、蒼一は原因不明の病により、入院していたということを俺が目覚めた後に知ることとなる――――――

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。

戦闘シーン……描きにくっ!!めんどっ!!


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フォルダー5-6

 

 

「蒼君――――!!」

 

「弘くん――――!!」

 

 

 明弘と蒼一との決着がようやくついたことを悟った彼女たちは、彼らがいる教室へと駆け走った。 そこで目にしたのは、両者ともに床に倒れ込んでいた姿であった。

 

 皆は彼らに駆け寄り、その無事を確認しようとした。

 

 

 

「蒼君! 蒼君!! 返事してっ――――!!」

 

「………ぅ……うぅ……ん………」

 

「………蒼一! あぁ……よかった………」

 

 

 全身傷だらけになっていた蒼一は、微かな意識の中で呻き声を上げる。 その声を聞くだけで彼の周りに集まっていた彼女たちの表情に喜びの光が輝きだす。 薄汚れてしまったその手をギュッと握りしめ、顔に頬ずりして喜びを感じた。

 

 一方、ここにも同じような喜びに浸っている人たちがいた。

 

 

「明弘さん………お疲れ様でした………」

 

「弘くん、すっごく嬉しそうな顔をしているにゃぁ………」

 

 

 全身に貯め込んだすべての気を使い果たして眠っている明弘に、2人の彼女たちが丁寧に身体を抱きあげ、スス汚れていた顔を指で拭いながら、その姿を眺めていた。 その素顔は、今まで何もできなかったと悔やんでいた彼が、今この時、ようやく役に立てたことを深い眠りの中で喜んでいるようであった。

 

 

 淀み掛かった空気は抜け切り、穏やかな風がそよそよと彼らを慰めるかのように頬を撫でた。 彼女たちもその風に当たり、すべての終焉が訪れたのだと胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「………あれ? 希ちゃんは………?」

 

 

 希がいないことに、ふと気が付いた穂乃果は声を上げた。 それに反応する彼女たちもそれに気付くと、辺りを見回し始めた。 だが、今居る部屋や接する廊下を見ても希の姿が、まるで見えなかった。

 

 

「どこに行っちゃったのかなぁ………?」

 

「先に帰った……ってことはないよね………?」

 

 

 お互いに考えを浮かばせるものの、決定的なモノを見出せずにいた。 それに、妙な胸騒ぎすらも抱き始めていた。

 

 

 

「………探しましょう。 みんなで手分けして」

 

 

 絵里のその一言が、彼女たちに次の行動へと移行させた。

 

 

「うん。 そうだね、絵里ちゃん。 みんなで手分けして探したらすぐに見つかるかもだよ!」

 

 

 いつになく真剣な表情となって話す穂乃果。

 彼女のそうした原動力には、先程、真姫が語った『蒼一のため』『みんなで帰る』という言葉があった。 明弘の心に突き刺さったように、穂乃果の心にも刺さっていたのだ。 そして、その言葉は、やがて彼女の想いを強くさせ、こうして行動へと変わっていったのだった。

 

 そして、その想いは全員に行き渡った。

 

 

 

「ごめん、穂乃果ちゃん。 私、まだ体調が善くないから蒼くんたちを見守りながら、ここで待ってるね」

 

「うん、わかった。 穂乃果たちに任せて!」

 

「1人で大丈夫ですか、ことり? もしよければ、私も残りましょうか?」

 

「平気だよ、海未ちゃん。 それに、蒼くんも隣にいるから安心だよ」

 

「そうですか。 では、蒼一たちのことを頼みますよ、ことり」

 

 

 ことりが1人ここに残り、他のみんなは一斉に様々な場所へと散らばって行った。 彼女たちの胸には、どのような想いが秘められていたのかは、定かではない。 ただ、必死に駆け回って行く様子に何か思うところがあるのだろうと見てとれた。

 

 

 

 

 

 そんな彼女たち忙しく走り回っている中、未だに目を閉じたままでいる蒼一の傍らに、ことりがそっと肩を寄せ合っていた。 彼とことりとは、背丈の差があるため、肩と肩とを重ね合わせることはできないが、その肩に頭を乗せて休んでいた。

 その行為が何とも嬉しいのか、自然と表情が緩みだして朗らかな笑みをこぼしていたのだ。 こんな状態にあっても、ことりは彼と共に居られることがとても尊く感じていたのだった。

 

 

 

「ねぇ、蒼くん―――――」

 

 

 眠れる男に語りかけることり――――

 その顔には、何かをお願いしたいという想いが見てとれた。 彼女は、身体を捻らせて彼の正面に向こうとする。 足がおぼろげなまま故、彼の身体の上に膝立ちをして、顔の位置を水平に合わせた。

 

 お互いに向き合った状態で、やさしく語りかけた―――――

 

 

「――――みんな、希ちゃんを探しにどっかに行っちゃったね。 みんな必死になっているのに、私たちだけこんなにのんびりしちゃって、なんだか変だよね?」

 

「私ね、希ちゃんにあんなことされたけどね、あまり怒ってないの………別に、全部が全部を怒ってないってわけじゃないんだけどね………ちょっと複雑なの………」

 

「ことりはね、希ちゃんのやったことが酷いことだってわかる………でもね、ことりも同じくらい酷いことをみんなにしちゃったんだって、あの時思ったの。 怨まれる怖さも知った。 そう思うとね、希ちゃんがみんな怨まれたら、どんなに苦しい気持ちになるのかって、考えたら心が苦しくなっちゃうの………」

 

「たぶんね、希ちゃんも今とっても苦しんでいると思うの。 みんなから何を言われるのかが怖いから隠れていると思うの。 ことりだったら、そうしちゃうから………」

 

 

「でもね、ことりがね、こうやってみんなの前にいられるのは、みんな蒼くんのおかげなんだよ。 蒼くんがことりのことを心配してくれたこと、慰めてくれたこと、赦してくれたこと、抱きしめてくれたこと………蒼くんがやってくれたこと全部が、ことりに勇気を与えてくれたの」

 

「だからね………今度は、希ちゃんにも同じことをして………だからお願い。 その目を覚まして――――――」

 

 

 

 ことりは彼の顔に触れながら、その唇を重ね合わせた――――

 

 

 眠り姫を起こす王子ではなく――――――

 

 

 眠れる男を起こす乙女のキスで――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ 屋上 ]

 

 

 外は強い風に見舞われていた。

 

『立ち入り禁止』『この先、危険』と貼られた扉の向こうに立つ少女――――――

いつも髪を束ねていた2つのシュシュを外し、長い髪を風に乱れさせていた。 それが顔に何度も掛かるが気も留めず、ただ薄暗くなりつつある虚空を眺めるばかりだった。

 

 

「なんで………こないなことになってしもうたのやろ…………」

 

 

 風音に負けてしまうくらいの小さな声でポツンと呟いた。

 

 

「わかっとったつもりやったんやけどなぁ………けど、ほんまは何もわかっとらんかったんや………」

 

 

 肩に力も入れず腕をだらんと垂らし、無気力と言われてもおかしくないくらいに身体に力が無く、この風に煽られてどこかへ飛んで行ってしまいそうなほどに儚く見えた。

 

 

「ウチが居れば、蒼一は安心してくれる………ウチが居れば、蒼一は頼ってくれる………ウチが蒼一のことをよ~く知っとるから支えてあげられると思っとったんやけどなぁ………はぁ…………ウチじゃ……アカンかったんやなぁ…………」

 

 

 俯きがちになるその顔には、希望も喜びも何も無く……ただ、深く沈んでいく絶望の闇が彼女を覆っていたのだった。

 

 

「ウチがよぉ知っとったはずやのに、蒼一の過去を知らんかった………ウチが近くに居ったはずやのに、蒼一の気持ちがわからんかった………こないにも、蒼一のことを想っとったのに……好きやったのに………なんや、ウチが一番わかっとらんかったんや…………」

 

 

 声が震え始めると、その瞳からぽろぽろと涙が無数に零れ出す。 泣くのを堪えようと押し留めようとするが、逆にそれが余計に悲しい気持ちになってしまう。 小雨のような涙が、今では土砂降りのようにボロボロと流れ落ちていくのだった。

 

 

 流れる涙が彼女の力を余計に弱らせ、膝をついてその場で泣き崩れてしまったのだった。

 

 悲痛の声が薄黒の雲を突き破ってしまいそうだ。 流れる風は彼女の悲しみを拭うことなどしない。 むしろ、彼女の頬を叩くような強い風が非情にも吹きつけるのだった。

 

 

 

「ウチは要らん存在だったんや………いつも、親の転勤で引っ越しばかりやって、学校に居っても長くは居られんかった……ウチのことを覚えてくれた子なんて居らんかった………ウチは……要らん子やったから………みんなから忘れ去られるんや………だから………もう……ええやろ………?」

 

 

 

 辛うじて残っていた力で立ち上がると、彼女はふらふらと覚束ない足取りで前に進む。 1歩1歩、着実に前に進んでいくその先には―――――――

 

 

 

 

 

 

―――柵を失い、そこから地面を見下ろすことが出来る場所だ。

 

 

 彼女は迷うことなくゆっくりと進んでゆき、少し高い塀に昇り辺りを見回した。

 

 

 強い風が吹きつけるが、そこから見える街の景色は美しく見える。 夜になりかけようとしているその瞬間から照らし始める街燈がポツポツと小さく輝き始めると、それがいくつも点き出すので、色とりどりの1つの大きな光となって輝き始める。

 

 それが彼女の瞳に映ると、さらに強く泣き始める。

 彼女はこの景色を知っていたからだ。 いつか見たこの景色を、あの時に…………

 

 

 

 そして、その時隣にいてくれたあの人のことを…………

 

 

 

 

「やっぱええなぁ………ここから見るアキバの街は………ホンマ………綺麗やわ…………」

 

 

 流れ続けていた涙が止まり、この眼に映る景色をしっかりと焼きつけていた。 思い出のこの場所から見たこの景色を彼女の()()()()()として、心の中にもしっかりと焼きつけたのだった。

 

 そして、無意識に髪に手を伸ばし、そこに付けていた髪飾りに触れたのだった。

 

 

 もう、悔いはない………

 

 

 

 決意を固めた彼女は、そこから1歩前に足を踏み出した………

 

 その先に踏み場など無い………

 

 

 あるのは…………

 

 

 

 真っ逆さまに落ちていく、無の空間だけだった…………

 

 

 

 彼女の身体が一瞬、ふわっと浮かぶ―――――

 

 

 そして、身体はそのまま――――――

 

 

 

 

 地面に向かって―――――――

 

 

 

 

 

 

 落ちて―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシッ――――――――!!

 

 

 

 

 

「っ――――――?!!」

 

 

 

 

―――――いかなかった

 

 

 

 彼女の身体は空中に浮かんだまま、落ちることなくその状態のまま維持されていたのだった。

 

 

 この時の彼女は、頭が真っ白になっていたために何が起こっているのかなど理解できていなかった。 しかし、我に返った時に、彼女は自分が何をやっていたのかを思い起こし、現状に身体を震撼させていた。

 

 

 腕1本で支えられている彼女の身体。

 彼女は、恐る恐るこの腕の向こうを見上げると、そこには、彼女がよく知るあの姿があった。

 

 

 

「そう………いち……………?」

 

 

 見開くその向こうには蒼一が……顔を真っ赤にして彼女の腕を力一杯握っていたのだった。

 

 

「………死なせねぇ………お前だけは、絶対に死なせねぇからな………!!」

 

 

 彼の力強い言葉と、その上の力とが合わさり、彼女の身体を少しずつ引き上げだし、やがて彼女を引き上げ終えることが出来たのだった。

 

 

 荒々しいほどの息を吐きながら、彼はその場に座り込み、一瞬にして溜まった疲れを汗と共に流していた。 その姿を見て、希は驚きと混乱を抑えられないまま、ただ地べたに座っていた。

 

 

 

「どう………して…………どうして、ウチなんかを助けたんや………」

 

 

 弱々しい、今にも砕け落ちてしまいそうな声が彼に臨む。 そんな彼女の悲嘆の声に彼は彼女を見ていった。

 

 

 

 

「俺はまだ、お前と話がしたい。 お前の声が聞きたい。 お前と一緒にいたい。 お前と一緒に笑っていたい………そして、何よりも………希のことを大切に想っているからだ…………」

 

 

「ッ―――――――!!」

 

 

「これ以上に、どんな理由がいるんだ?」

 

 

 彼女は驚きを隠せずにいた。 彼の口からそのような言葉を耳にするとは思ってもみなかったからだ。 本当ならば、もっと辛いことを言われると思っていた。 そうであったら、想いを立ち斬ることが出来ただろうにと考えていたのに、このような答えを貰っては、なんと応えたらよいのかわからないくらい嬉しくなってしまうのだ。

 

 溜まり始める涙を堪えながら、彼を見続けた。

 すると、彼は彼女と向き合い始めると、じっと見つめて――――

 

 

 

「希、お前を苦しめてすまなかった」

 

 

――――と、深々と頭を下げたのだ。

 

 

 この一連の行為にまったく理解が及ばないでいる希は、どういうことなのかわからぬままでいた。 それでも、彼の言葉は続いた―――――

 

 

「俺が不甲斐無かったばかりにお前を苦しめ、傷付けてしまった………たとえ無意識だったからと言っても、俺がやったことには変わりない。 これで赦されるとは思っていないが、すまなかった」

 

 

 彼の言葉が彼女に臨む度に、この戸惑いは深まっていくばかりだ。

 彼の語った言葉は、彼女がそのまま彼に語らなければならない言葉であったのにも関わらず、何故か彼がそれを言ってしまった。 これに戸惑わざるを得なかったのだ。

 

 

 

「ま、待って………! そ、それはウチが蒼一に言わんといけんことや! なんで……なんで、蒼一が謝るんや! ウチが謝らんといけんのに、どうしてウチよりも先に謝るんや…………」

 

 

 彼女にはわからなかった。 彼の行動、行為、それらいろいろが彼女には、まったくわからなかったのだ。

 

 すると、彼は彼女の手を撫でるようにやさしく握りだし、彼女を見つめた。 その時に見せる穏やかな表情は、彼女にとって太陽の光よりも明るく見えたようだった。

 

 

「希、すべては俺がちゃんとしていなかったからこんなことになったんだ。 自分の気持ちに正直になれず、ただ避け続けてきた。 それが仇となって、みんなを傷つけたから今のようなことになったんだと、俺は思っている。 だから、俺はおまえにも謝らなくちゃいけなかったんだよ」

 

 

 違う……そうじゃない………悪いのは蒼一じゃない…………

 

 心の中でそう語りかけるのに、言葉が出てこず唇を噛んでいた。 蒼一のと比べたら、ウチなんてもっと酷いことをしたんや、と彼女は心の内でそう思っていた。

 

 

 しかし、そうすることもできないでいた彼女は、握られていたその手を引いて自分の頬に触れさせた。 言葉にできないのであれば、せめて、気持ちを伝えようとこのようにしたのだった。

 

 彼の手の温もりを近に感じ始める。 そして、この気持ちを伝え始めていた。

 

 

 すると、彼は彼女の身体を引き寄せると、彼女の顔を胸に埋めさせたのだ。 そのあまりにも突然のことに驚きを隠せなかったが、彼がやさしく囁くように語りかけてくれた。

 

 

 

「もし、俺に言いたいことがあるのなら、無理しなくてもいい。 けど、もしそれが希の犯した過ちの事ならば、俺は赦すよ。 希が犯したその過ちをすべて赦す………だから、もう何も怖がることも恐れることもしなくていいんだ………お前はもう、ひとりぼっちじゃないんだから…………」

 

 

「ッ~~~~~~~~!!!」

 

 

 その言葉が彼女に臨むと、溜め込んでいたたくさんの悲しみが滝のように零れ落ちだす。 箍が外れたのか、涙とその嗚咽は留まることを知らなかった。

 

 普段の彼女からでは、到底見ることが無い悲しみ―――――孤独の中に生き続けてきた彼女だからこそ、気持ちや感情の操り方が不器用なのだ。 だから、人に自分の気持ちを悟られることが無いように気を遣い続け、押し殺していた。

 

 それが今、こうして初めて自分に素直になり感情を吐きだした。 不器用でちょっとぎこちないその叫びは、まるで生まれたての赤ん坊のような鳴き声だった。

 

 

 泣いて――――――

 

 

 泣いて――――――

 

 

 

 散々泣き続けたその後に、彼は彼女をやさしく包み込むように抱きしめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――おかえり、希――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 温もりの籠ったそよ風が、彼らの肩に触れるようにすり抜けていく。

 

 彼の胸の中でぐずつく彼女を泡の形を崩さずに掴むようなやさしさで、彼女の背中をさする。 まだ、ひくひくとむせび泣くので、背中を上下にさする度に身体が動き、胸の辺りに触れると心臓も声を出して泣いているみたいに鼓動を打ち立てていた。

 

 そんな彼女のことを見守りながら、彼は顔を上げる。 彼の眼に映るその景色が思わず心に留め、自然と朗らかな眼差しを向けていた。

 

 

「希、見てごらん」

 

 

 彼女にそう呟くと、顔を埋めていた彼女は彼の顔を見上げる。 そして、彼が何か合図を送っていることに気が付くと、彼が見ている先に顔を向けた。 すると、そこから見えたのは―――――――

 

 

 

 

「………きれい………」

 

 

 夜の黒い霧が掛かり始めていた街に、色とりどりの光が輝きを灯していたのだ。

 それはつい先程、彼女が目に収めようとしていたあの景色―――――しかし、さっきとは比べものにならないほどの無数の輝きが、新たな景色として彼女の眼に映ったのだった。

 

 黄色の光はまるで黄金のように、赤緑青と様々な光を放つのは宝石のように――――――この景色一帯が、1つの宝箱のように彼女の眼に留まったのだった。

 

 

 そんな美しい景色を眺める2人。

 

 すると、彼は彼女の肩に手を置くと、彼女にしか聞こえない囁きを述べ始めた。

 

 

 

「お前とこうして見るのは、久しぶりだな………」

 

 

 彼のその言葉に目を見開かせた彼女は、思わず彼を見てしまう。 まさか、あの時のことを覚えていてくれていたと言うことに気持ちが運んでしまう。

 

 彼は囁き続ける。

 

 

「お前が転校する直前だったかな、親や先生に内緒でここまで上がって来て、この景色を眺めたのは。 あの時は、今と比べたらそんなに輝いていなかったが、それでも綺麗に映っていたことを覚えているよ」

 

 

 彼が囁くその話に、彼女は昔のことを振り返り始める。

 転校続きで、あまり学校に馴染めなかった彼女に手を差し伸べてくれた彼――――偶然か、それとも奇跡だったのか定かではない。 けれど、あの時の彼女を救ってくれたのは、紛れもない彼だった。

 

 彼女は今でも決して忘れることなく、彼と初めて出会った時のことを思い返している。 そう、彼こそ、彼女が初めて“友達”と呼べる人であったこと。 何年経っても彼女のことを決して忘れなかった人。 そして、初めて恋をしたかけがえのない人であったということを―――――

 

 

 彼女は過去のことを振り返ると、彼に応えようと声を出そうとするが、感情が溢れ返りそうになっていたために口を閉ざしたままだった。 だが、せめてそれに応えようと、彼女は彼の肩に頭を乗せたのだった。

 

 

 彼女の中に、やさしい気持ちが流れ込み始める―――――

 

 

 

「あっ、それって――――」

 

 

 突然彼は、彼女の顔を覗き込む。 そのあまりにも急なことに、彼女は顔を赤らめてしまう。 今感情が脆くなっている時に、彼のことを見つめてしまうと、この気持ちが抑えられなくなってしまうと必死に堪えていたのだ。

 

 そんな彼女の心境を知らず、彼は彼女の顔に手を伸ばし始める。 そして、彼は彼女の髪に付いていたモノに触れ出していたのだ。

 

 

 

「これって……あの時の髪留め………」

 

「……うん、これは前に蒼一がウチにくれた大切なもんやで………」

 

 

 彼が触れていたのは、以前彼が彼女に贈った小さな花の髪留め。 彼女はずっとこれだけは肌身離さず、ずっと着け続けていた。 しかもそれは、彼女が自分を見失っていた時も身に着けていた。 彼女にとって、この贈り物は大切な思い出であり、たとえ我を忘れても絶対にこれだけは忘れたくないと心に思い続けていたのだ。

 

 そんな彼女の想いがこの髪飾りに込められているのだ。

 

 

「そうか……変わっても尚、ずっと想い続けてくれていたか………」

 

 

 彼は、実に穏やかな表情を彼女に向けた。 やさしく、とても心休まるその笑みに、少し瞳を滲ませているようにも見えた。

 すると、髪留めに触れていたその指を髪の線になぞるように滑らせる。 そして、その髪を伝い、彼女の白くやわらかな頬に触れ始める。 一瞬、彼女は心臓が飛び跳ねるような驚きを見せるのだが、彼の手の平の温もりがやさしく、彼女の心を落ち着かせるのだった。

 

 けれど、それはほんの一瞬の安らぎに過ぎなかった。 彼女は目の前にある現実に驚きを隠せずにあった。

 それは、彼の穏やかな顔がすぐそばにまで近付いていたためだ。 彼女は胸がはち切れんばかりの激しい動悸を示し、手がぐっしょりと濡れてしまうほどに動揺していた。 彼の視線、彼の匂い、彼の吐息が彼女の五感に直接触れるので、彼女はこれまでにないほどに彼を意識してしまう。

 

 言葉よりも行動が、行動よりも感情が、彼女を強く突き動かしだしていた。

 

 もう、この気持ちを抑えることが出来なかった―――――

 

 

 

「蒼一………ウチな……ウチな………!」

 

 

 いざ彼に伝えようとするものの、逸る気持ちと緊張とが、彼女の口調をおぼろげなものへと変えてしまう。 言いたいのにハッキリと言えない……そんな悶々とする気持ちを抱えながら、彼女は切ない表情で彼に語りかけるのだった。

 

 

 すると、彼はもう片方の手を彼女の肩に添え、その身体を抱き寄せる。 お互いの身体同士を重ね合わせるほどにまで接近するその様子は、まるで彼女と彼の間に取り巻いていた溝が取り払われたかのようなものだった。

 

 

 そして、彼は微笑んで――――――

 

 

 

 

「好きだよ、希―――――」

 

 

 やわらかく、包み込むような言葉で彼女に告げたのだ。

 

 その言葉を受け止める彼女の表情は茜色に染まりだし、嬉しさのあまり涙を流したのだった。 彼の言葉と流した涙が、彼女の気持ちを和らげ、より素直な想いを口にする―――――

 

 

 

 

「ウチも……ウチも、蒼一のことが好きや………大好きやで―――――」

 

 

 小さく呟かれたその言葉と共に、彼女は眼を閉じて彼に近付く。 彼は、彼女の頬に触れていた手を離し、ゆっくりと彼女の後頭部に移動させ引き寄せた―――――――

 

 

 

 

 

『んっ―――――――――』

 

 

 

 

 身を焦がすほどの熱い抱擁と、舌がとろけてしまいそうな口付けが、彼と彼女との間で行われる最初の愛情表現―――――ぎこちなく息苦しい………だが、それすらも覆い隠してしまうほどの愛情が、お互いの身体を循環し1つの結晶を生み出させる。

 彼女と彼との間でしか創られない唯一無二の結晶は、お互いの胸の中に納まる。 それが形創られたことを互いの感覚が察し合うと、互いの唇が離れ出し抱き締め合う。

 

 

 

 変わっても変わることが無いこの場所で、変わることのない景色を見ながら変わっていく2人。 そんな矛盾のように聞こえるようなこの言葉の意味は、2人にしかわかることが無いだろう。

 

 

 彼女はこの特別な喜びを強く噛み締めるのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 

「さあ……行こうか………」と彼の声に連れられて、希は「うん……」と言い返して歩き始める。 まだ、万全な状態になかった彼の身体は、希の肩を借りて支えられながら前に進んでいった。

 

 

 そして、ことりたちが待つあの教室に戻ってくると、そこにはみんなの姿が―――――

 

 

「あっ………」

 

 

 希はその光景にたじろぎ、少し後ろに下がってしまう。

 だが、そんな怯える彼女に「大丈夫……俺が付いているから安心しろ」と背中を押して彼女を送りだす。 少しよろけながらみんなの前に立った希は、しばらく動けないでいた。

 心の迷い、戸惑い、罪悪感が彼女の身を畏まらせてしまう。

 

 

 すると、彼女は胸に手を置き気持ちを整えた。

 もう自分に負けたくないと強く思い、手をギュッと握って決意を込める。

 

 

 そして、顔を上げてもう一度みんなの前に立つと、彼女は深々と頭を下げて謝りだした。

 彼女が行ってきたあらゆること。 これまでのことを洗い浚い自分の口で語り出し、そのすべてを語り尽くしたのだった。

 

 

 彼女の謝罪の言葉が語り終えると、しばらくの沈黙がこの場を治めた。 希は頭を下げたまま、心臓をバクバクと打ち鳴らしながら身を震わせていた。

 彼女たちの口からどんな言葉が出てくるのかわからず、息が止まりそうなほどに恐怖した。

 

 

 

「顔を上げて希……」

 

 

 そう言ったのは、彼女の親友―――絵里だった。

 その声を聞くと、希は恐る恐る顔を上げ始める。 すると――――――

 

 

 

 とんっ――――――

 

 

 

 希の身体に、とても暖かくやわらかな感触を抱いた。

 

 

 絵里が希を抱きしめていたのだ――――――

 一瞬、何だかわからなかった希は戸惑いを隠せなかったが、絵里が泣きながら「よく、がんばったね……辛かったね………」と慰めの言葉をかけてくれるので、目頭を熱くさせて泣き出してしまう。

それを皮切りに、みんなが一斉に希の周りに集まって、抱きしめたり、一緒に泣いたり、ちょっぴりからかったりと彼女のことを温かく迎えてくれたのだった。

 

 

 ライオンはお互いの傷を舐め合い強くなる――――

 

 その言葉通り、彼女たちは同じ傷を負った。 そして、互いにその傷を舐め合い、励まし合って強くなっていく。 その姿が重なり合い、成長していく様を彼はやさしく見守っていた。

 

 

 

 

 

「蒼一さん、身体の方は大丈夫なのですか?」

 

 

 いつの間に、彼に近付いていた洋子がその見て呉れが気になったのか、尋ね出してきた。 彼はまるで何事もなかったかのように「あぁ、問題ないさ……」と、ただ一言呟いた。

 

 だが、本心は身体中のあちこちが軋んで痛みを堪えている感じだった。 ただでさえ、連日の疲労とが彼の身体と心を蝕み、そのトドメとして、精神暴走と明弘による鉄拳制裁を受けたので立っているのもやっとなくらいだ。

 

 

 そんな彼にも限界が訪れてきていたようだ。

 

 

「悪いが洋子、俺は先に帰らせてもらう。 あとのことは頼んだ………」

 

 

 と、一言預けて、1人ここから立ち去ろうとしていた。

 

 

 

「………ん、なんだ……?」

 

 

 目元から何か熱いモノが垂れ流れだしていたので、それが気になってそれに触れてみる。 液体のような濡れる感触があったことから「俺は……涙を流していたのか………」とポツンと呟いてしまう―――――

 

 

 

 

 

 

――――が、しかし、その後味が奇妙だ。

 

 

 目元から流れ出たのは、確かに液体だった。

 だが、涙であればこんなにも指にベットリと絡み付くようなものだろうか?

 

 その感触がとても不気味で仕方がなかった………

 

 

 

「蒼一さぁ―――ん!! 待ってくださ――――い!」

 

 

 洋子が後ろから呼びかけてくるので、振り返ってみることに。 まあ、これについては、また後で考えようとそう思っていた時だった―――――

 

 

 

「もう、先に行かないでくださいよぉ………さすがに、お1人だけじゃ心配でし………て…………」

 

 

「………?」

 

 

 洋子と眼があった瞬間、彼女はその場で硬直した。

 そして、俺の顔を見て、目を真ん丸にして見開いていたのだ………

 

 

 何をそんなに驚いているのだろうか、と先程指に付いたモノを見てみようと手を上げると…………

 

 

 

 

「へ………血…………?」

 

 

 指が赤黒く染まりきっていたのだった………

 

 

 

「きゃあああぁぁぁぁぁ!!! 蒼一さん!! 眼が!! 眼から血がっ!!!!!」

 

 

 洋子の言葉が彼の耳を通り抜けた時、彼は意識を手放し、その場に倒れてしまったのだった――――――

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


時間が空いてすみません。
描き上がりませんでした!!


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フォルダー5-7

[ 西木野総合病院・病室 ]

 

 

 あれから、2日が経ちました――――――

 

 

 眼から大量の血が流れ出た後、そのまま力尽きるかのように気を失い、そのまま病院へと搬送されていきました。 そして、そのまま緊急入院――――――

 

 幸いなことに手術をするほどのものではなかったものの、全身打撲と精神的な異常が原因で今も尚、昏睡状態が続いているようなのです。

 

 当然のことながら、彼女たちの心境は穏やかではなく、また気が狂わんばかりに泣き叫び出すのではないかと心配されました――――――

 

 

 

――――ですが、当の本人方は以前よりも落ち着いていました。

 

 泣きはしていましたが、暴れ出したり発狂したりすることもなく、蒼一さんが眠るベッドを囲んで目覚めるのをじっと待ち続けていました。 まあ、さすがに入院してからの2日間は学校もありましたから寝泊まるわけにはいきませんでしたけどね………

 

 

 そして、今日―――――

 

 週末を迎えたこの日も蒼一さんのお見舞いに来たわけです。

 

 

 ガラガラとローラーを転がして扉を開けますと、早速、先客方がそこに居座っていたようですね。

 

 

 

『すぅ――――――すぅ―――――――』

 

 

「あらあら……こんな恰好をして寝てしまっているとは………」

 

 

 まだ昼間だと言うのに、蒼一さんの周りで寝静まっているμ’sの方々が目に入ってきました。 椅子に座っている方もいれば、蒼一さんの手を握りながら眠っている方もそこにいる訳です。

 ただ、1つ共通点があるとしましたら、みなさんの肩から身体を包むブランケットのような布がかけられてあったのです。 とすると、あともう1方がこちらに来ているようなのですね…………

 

 

 そう考え込んでいましたところ、後ろから肩を軽く叩かれまして振り返るのでした。

 

 

 

「よお、来ていたのか」

 

 

 元気な姿で私に挨拶をしてくださいましたのは、明弘さんでした。 明弘さんも一旦、病院に担ぎ込まれたのですが、入院するまでのモノではなかったらしく、治療を少しばかり行って終わり今に至るのです。 それでも顔や腕には、あの時に出来てしまった傷が色濃く残ってましたが、当の本人曰く、左程問題は無いとのこと。

 そんな明弘さんもお見舞いに来ていたようなのですね。

 

 

「お元気そうでなによりです。 みなさんに羽織らせたのは、明弘さんでしたか?」

 

「おうよ! アイツら、ここに着た途端すぐに寝ちまってよぉ、しょうがねぇから病院のを借りさせてもらったってわけよ」

 

「へぇ~、お優しいのですねぇ!」

 

「ったりめぇよ! こう見えても俺は紳士だからな!」

 

 

………最後の方は、嘘っぽいですね。

 

 

 でもまあ、彼の優しさというものは、十分に伝わってきましたのでよしとしましょうか。 明弘さんに向けて少し笑いを零しましてから、蒼一さんの方に身体を向かせまして、その寝顔を拝見させていただきました。

 

 先日と変わらない無表情――――喜怒哀楽すらないその顔――――を我々に見せるだけでした。 一向に目覚める様子もないまま、あなたはいつまでそのままでいるつもりなのですか?

 問いかけても答えることが出来ないと知っていても、ほんのわずかな希望を持って彼が戻ってくることを待ち続けるのです。 それは、ここにいる全員が望んでいることなのです………

 

 

 

「うぅぅ………そう………くん………」

 

 

 寝ぼけ様に、ことりちゃんの口から蒼一さんの名前が………夢の中ではちゃんと出会えているのでしょうか? 涙を一筋流してその名を口にしたのでした。

 

 

 

「みんなちゃんと寝ていねぇようなんだ。 今だけはちゃんと寝させてやろうや…………」

 

 

 そう言えば、学校にいる間中、みなさんとても眠たそうな顔をしていましたね。 穂乃果ちゃんやことりちゃんなんて、目に薄黒いクマをつくっていましたし、心配で仕方なかったのでしょうね………

 

 

 

 蒼一さん。 みなさん、あなたのことを心配しているのですよ? もういい加減戻って来てもいい頃合いなのですよ?

 

 

 眠れる彼に対し、願いを1つ零すのでした――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

[ ??? ]

 

 

 

…………………

 

……………………………

 

………………………………………

 

 

 

 

……………うっ…………うぅぅ………………

 

 

 身体中にピリピリと痺れるような痛みが走りだす。

 特に、脳に掛かる負担は大きく、眼をハッキリ開けようとすればするほど痛みは増し加わってしまう。 ただ、それが眠ってしまっていた身体にはいい薬となり、目覚めるきっかけを与えてくれたのだ。

 

 

 いっ………いつつっっっ………………

 

 

 痛みを堪え、頭を抑えながら目を開くと―――――

 

 

 

 そこはいつも見慣れているような場所ではなかった。

 

 

 目の前に見えるのは、雪のように白く、太陽のように強い光を帯びた白い空間が広がっていた。 辺りを見回しても何も見えず、色のあるモノなど何一つここにあるわけでもない。 この極端にまで虚しいこの空間に俺一人、ただ呆然と座り込んでいるほかなかった。

 

 

 

 だが、何故か始めてきたような感じがまったくしなかった。 何と言うか、久しぶりに訪れる、とても懐かしい感じが身体を疼かせる。 この感じはいつどこで………?

 

 

 

 

 

《お目覚めのようだね、少年》

 

 

「………………っ!!」

 

 

 脳に直接響く声―――男でも女でもない、幼くとも年老いてるとも言い難いこの声―――は、懐かしく感じる声に間違いなかった。

 

 

 もう一度、辺り一帯をくまなく探し当てる。 “アイツ”が……“アイツ”が今ここにいるのだと言うことを感じながら、首を振り回して探し出す。

 

 

 

《ここだ、少年》

 

 

 ハッとする気持ちで後ろを振り返ってみると、確かに“アイツ”が俺の前に立っていた。

 ローブのような白い布で全身を覆い隠し、肌となるところですら見られないように仕舞われている。 背丈は、俺とほぼ同格、ただ少しだけ高いような感じだろう。 そんな“アイツ”は、まるで喜んでいるかのような雰囲気を漂わせながら俺を見ているような気がした。

 相変わらず顔は見ることが出来ないがな…………

 

 

《こうして顔を合わせるのは、久しぶりだね。 少年》

 

「7年ぶりか……いや、最近もアンタの声を聞いているからそんなに懐かしいとは思わんがな」

 

《ふふっ、相変わらずの強気だね。 まあ、いいでしょう。 何がともあれ、キミが今日まで無事に生きてこれたことに敬意を払わなくては――――》

 

 

“無事に”だと……?

 これのどこが無事だと言えるんだ?! この7年間、どれだけ苦い想いをし続けてきたかわかるのか? 怨み、嫉妬、憎悪が俺の身体を弄び、心を抉ったのにか?! 俺の夢を2度も打ち砕かれ、挙句の果てには、親友にまで殺されかけられる思いもしたのに、何が無事だ!!

 

 

《少年。 そう自分の悪しき過去だけを思い返すものではない》

 

「好きで思い返すわけじゃないさ! アンタだって見ていたんだろう? 俺の大切に想っていた者たちが次々と変わっていく様を………」

 

 

 ありえない話だった。

 青天の霹靂とも呼べるこの地獄のような日々は、俺の心を確実に蝕んでいった。 寝ても疲れはとれず、1人を元に戻ってもまた1人のことを想うと心が休まることなど無かった。 たとえ、アイツらと肌を重ね合わせていてもだ………

 

 それは、最終的に俺自身の自我の崩壊を生じさせてしまうことに繋がってしまった………そして今度は、俺自身が変わってしまい傷付けた………

 

 

 それに目を背けることなど……出来やしない………

 

 

 

《ほぉ……では、少年。 キミは何を望むか?》

 

「望み……か………望みでも望まなくても、このまま果てても構いやしないさ………それに、俺がここにいるってことは、俺の身体が瀕死状態に陥っているからだろう? だったら、そのまま俺を誘ってしまってくれ………」

 

 

 俺に掛かる大きな負担が殺しにきた結果なのだろう。 ならば、一瞬にして消してもらいたいくらいだ………

 

 

 

《なるほど……それは実に愉快な解答だ………》

 

 

 そんな俺の答えに、【はじめ】は何かおかしそうに呟きを入れる。 おかしいことなのだろうか? 俺には到底思いもしないことなのに………

 

 

《キミがどのような詮索を行っても構わない。 だが、キミがその選択を行うことに私は困ってしまうのだ》

 

「困る? それはアンタの言う、観察が出来なくなってしまうからじゃないのか?」

 

《おやおや、確かにキミのこれまでの出来事は、キミの運命の書と私の範疇を越える“運命”を選択してくれた。 おかげで、私は飽くることなく見続けさせてもらった――――》

 

 

 やはりか………【はじめ】は最初からそうした目で俺を見続けてきた。 俺が真姫を救ったあの日から、今日に至るまでずっと………それを安全な場所で呑気に見下ろし続けていたのかと思うと、何だか無性に腹かが立ってしまって仕方なかった。

 

 

 

 

《――――だが、それは私個人としての理由に過ぎない。 あと、もう2つ、私の頭を悩ませてくれる問題があるのだよ》

 

「問題……?」

 

《そうだ。 これはキミ直接関係することでもある》

 

 

 

 そう言うと【はじめ】は、自らの手に白い光を輝かせる。 すると、その手には3つの封筒のようなモノが現れる。 宛名も何も書かれていない真っ白なモノだ。 それをまるで俺に見せつけるかのように前に出す。

 

 

《1つの問題。 それは、キミに宛てられたこの書類である。 何ともまた、友人の気まぐれでこのようなモノをわざわざ冥土から持ってきたのだよ。 やれやれ、私でもあの行動を抑えることはできないな》

 

 

 呆れたような声を出しながらも、【はじめ】はそれを俺に渡し始める。 それを手に取ると、確かにそれは封筒で、中にはそれぞれ1枚の紙が入っていた。

 

 

「読んでも構わないのか?」と、尋ねると《構わないとも。 それはキミのだからね》と快く了承してくれた。

 

 

 まず、1つ目の手紙を読み出す―――――

 

 

『久しぶりだね、蒼一くん。 和幸です。

 

 何やらキミが困っていると聞いて、この手紙を書いているところです。 私は至って変わりない。 こんな辺境の地でも、蒼一くんやことり、そして、我が愛する妻・いずみのことを片時も忘れたことは無いさ。 キミたちは変わっていないだろうか?

 聞くところによると、キミはことりを助けてくれたようだね。 ありがとう。 書面でしか書き表せないが、お礼を言わせていただきます。 それと、一瞬だけだったが、成長したキミと会話できたことを嬉しく思う。 実に善い青年に育ったものだ。 キミの父親の昔の姿と瓜二つだ。 ますます、キミにことりのことを任せたくなってしまったよ。 そして、孫の顔もみたくなってしまったよ。 まぁ、半分冗談なのだがね。

 

 最後に、私からの願いだ――――

 

―――ことりといずみを任せたよ、蒼一くん―――

 

 

 P.S.

 2人を悲しませないでくれたまえよ? 2人揃って泣き虫だからね――――

 

 

――――和幸より』

 

 

 

「っ~~~~~~~!!!」

 

 

 こ、これは一体………!!

 どうして……どうして、和幸さんの手紙が………! この書き方、この筆跡……間違いない、これは和幸さん本人の書いた手紙だ……!!

 

 

《言ったであろう? 私の友人が死の世界から持ってきたものだと………》

 

 

………ま、まさか………残りの2つも同じようなことが…………!

 

 そう思うと居ても立ってもいられなくなった俺は、尽かさずもう1つの手紙を読み出す―――――

 

 

『親愛なる、我が娘の友人 宗方 蒼一様へ

 

 はじめまして。

 私は蒼一くんの友人、矢澤 にこの父、輝明と言います。

 まったく面識のない中、突然の手紙をお許し下さい。

 私の友人が、蒼一くんが私の娘の友人であると聞き、こうして筆を執った次第です。

聞くところによりますと、私の娘と仲良くして下さっているようで、大変感激しています。 恥ずかしながら、我が娘は人付き合いが少々不器用なところがありまして、昔から友人と呼べる子がおりませんでした。 私はそれが心配でたまらなかったのですが、友人が出来る様子を見ることなく早世してしまった次第です。

 こちらの世界に来ても、それが心残りで………

 

 しかし、蒼一くんが娘の友人となってくれたと言うことを聞いた時は、ホッとしたものです。 これでようやく安心してこちらの世界に居座れるようです。

 

 どうか、今後とも我が娘のことをよろしくお願いいたします。

 

――――矢澤 輝明より』

 

 

「ッ―――――!?」

 

 

 にこの父親?! い、いや……確かに面識はないが、どうして俺のことを知っていたのだろうか? それに、にこの家に父親がいる気配が無いと思ったら………そう言うことだったのか………

 

 

 意外な人物からの手紙に少々戸惑うものの、その文面からにこのことをとても心配に想う気持ちが強く感じてきた。 そして、にこは善い父親を持っていたんだなと、心に響くモノがあった。

 

 

 

 では、最後は一体誰なのだろうか……?

 俺の知っている人からだろうか? それとも、さっきみたいに直接関わりの無い人からなのだろうか?

 

 考えることよりも行動が先んじ、最後の手紙を読み出す。

 

 その名を一目見た時、震えが止まらなかった。

 

 

 なぜなら―――――――

 

 

 

『蒼一よ、元気にしてるかの?

 

 ワシは、こっちに来てもピンピンしとるわい。

 お前さんがそっちでたくさんガンバっとるっちゅうことを聞いてな、ワシは鼻高々な気持ちになっとるわい! 流石、ワシの自慢の孫じゃ! これでまた皆に自慢できる話が増えたわい。

 しかし、無理は禁物じゃぞ。 心と身体が死んでしもうては、なんもできんからの。  じゃからの、少しは肩の力を抜いて過ごすのも1つの手じゃぞ?

 

 じゃが、もし蒼一の大切なモンを失いそうになった時は、その身を刃に己が信念を貫き通すのじゃ。 それがどんな結果を得ようとも決して後悔はするでないぞ。 後悔は己を殺す牙、己が正しいと信じた道には、必ず善き賜物が付いてくるはずじゃ。 生きておれば必ず報われる。 お前ならきっと出来ると信じておるぞ。

 

 何せ、ワシの孫じゃからな。

 

 

――――政三より』

 

 

「あっ………あぁぁ………爺さん…………っ!!」

 

 

 まさか……こんなかたちで爺さんの手紙を受け取ることになるなんて、思ってもみなかった。 もう絶対に言葉を受け取ることもできないと思っていたのに…………

 

 あぁ………爺さんの言葉が嬉しすぎて、目頭が熱くなってくるじゃないか…………ん、もう一枚入っているのか?

 

 

 そのもう一枚の方を開けてみると――――

 

 

 

『追伸

 

 蒼一はもう女はできたか? 女は良いぞ。 一緒におるだけで、生きがいになるからのぉ。 ワシの見立てじゃと、穂乃果ちゃん辺りの3人かのぉ? それとも、他の子か? まさかと思うが、幾人かを侍らせてはおらんじゃろうなぁ?

 もしそうだとしたら、覚悟するのじゃな。 まず、身体が持たんからの。

 

 まあ、それでもワシはたくさんおった方がエエんじゃけどな!』

 

 

 

 

………えぇぇ……爺さん…………

 

 もう、遅いです………

 

 8人ほど、関係を持ってしまいました……………

 

 

 

 折角、さっきの手紙で涙ぐんでいたのに、これじゃあ台無しじゃないですか…………

 

 

 けど、嬉しかった。

 この3人の言葉から勇気を貰ったような気がする。

 

 

 心が安まってきた―――――

 

 

 

 

 

《少年――――》

 

 

 その声で我に帰ると、【はじめ】がこちらを見ていた。

 それも、何か嬉しそうな声色で。

 

 

《キミに贈る、もう1つの問題だ》

 

 

【はじめ】は、そっと両手を広げると、その中から数々の色の光が飛び出て来た。 その光たちはバラバラに空中をあちこち駆け回ると、俺の胸元にやって来て止まったのだ。

 

 その光をよく見ると、9つの色の小さな光だった。

 

 

 

《これは、キミもよく知っているだろう。 “運命のかけら”それは、人の命さえも左右させてしまう、人の願望。 そして、それが9つもある。 この意味が分かるだろう?》

 

 

【はじめ】が語るその意味は、俺だって重々承知だ。

 なぜなら、俺自身がこれを扱った本人でもあるからだ。

 

 俺は、その光たちを両手でそっと包み込み、胸に当てる。

 すると、まばゆい光が俺の身体を包み込み始めた!

 

 

 聞こえる………

 

 

 みんなの声が…………

 

 

 

 

 

 その光の1つ1つが俺に語りかけてくる。

 とてもやさしくって……無邪気なその声たちが、俺の心に響いてくるのだ。

 

 

 あぁ………呼んでいる…………

 

 みんなが………アイツらが俺のことを………

 

 

 

 

 

 

 

『戻って来て――――私たちは、あなたのことを待ってい(るから)ます―――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――行かなくちゃ」

 

 

 

 俺の口が自然と動きだす。

 今、俺がしなくちゃいけないこと………それがわかったような気がするから………

 

 

 

 

《もう一度、問う。 少年、キミは何を望むか?》

 

 

 その問いに、俺は迷うことが無かった―――――

 

 

 

 

 

「俺はアイツらと共に生きる―――――そして、アイツらの支えとなってやるんだ――――――!」

 

 

 

 

 

《その願い――――叶えたり―――――!!!》

 

 

 

 

 

 

 そして、俺は白い光に包まれる――――――

 

 

 この、9つの光と共に―――――――

 

 

 

 

 みんなの待つ場所へ―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

[ 西木野総合病院・病室 ]

 

 

 病室は至って静かなままだった―――――

 

 

 何か急に変わったような出来事は何も起こらなかった。

 

 

 

 ただ、1つだけ不思議なことが起こった。

 

 

 

 風が吹いたのだ―――――

 

 

 

 それも、閉め切っていたはずのこの病室で。

 

 

 その風に、頬を撫でられたような感触を抱いた彼女たちは、ふと、目を覚ました。 目を擦り、今の時間はいつごろなのだろうか? ここはどこだろうか? そんな様々な想いを抱いて、夢から覚める。

 

 

 そんな彼女たちに、そよ風のような声が耳を通り抜ける―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、おまえたち。 いい朝は迎えたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声を聞くやいなや、彼女たちの顔が一瞬にして起き上がった。 そして、その眼差しが一点に集中したのだ。

 

 

 

 

 やさしく―――――

 

 

 朗らかに―――――

 

 

 ちょっぴりはにかんだ笑みをこぼすその顔に、彼女たちは―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『そういち!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 彼の名前を大きく泣き叫んで、その身体に抱きついたのだった――――――

 

 

 

 

 

 長い雨がようやく止んだようだ

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


あと、2話でこの話も終わりそうです。


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フォルダー5-8『μ's(前編)』

 

 

 それは多分、運命やったと思うんよ―――――

 

 

 ウチが初めて蒼一と出会ったのは小学生の時、一緒に授業があったあの日や―――――

 

 初めは、1つ上の学年の子とやるのはあんま気が乗らんかったけど、その時の蒼一がとってもやさしくってな、気付いたら一緒に笑っとってた―――――

 

 嬉しかったんよ―――――

 

 転校続きで人間関係なんてうまくできひんかったウチにとって、蒼一はホンマにヒーローやと思っとったわ―――――

 

 ほんで、そのヒーローさんはウチに手を刺し伸ばしてきて『友達にならないか?』と言ってくれたんよ―――――

 

 もちろん、断る理由なんてあらへんかった―――――

 

 ウチはもう、あの時、見せてくれた強い眼差しに引き込まれとったんや―――――

 

 

 それが、ウチにとって初めてのお友達―――――

 

 そして、初めて恋したお人やったんよ―――――

 

 

 

 ウチがまた転校せなアカンことになって、ここを去るっちゅうことになった時にウチは決めたんよ―――――

 

 いつか、蒼一の傍でずっと過ごしたい、ってな―――――

 

 それで高校に進学するときに、親に無理ゆうてな『1人暮らししてもエエから音ノ木坂に行きたい』って懇願したんよ―――――

 

 そしたら願いが叶って音ノ木坂に戻って来れた時に、また出会ってしもうたんよ―――――

 

 あの、ウチを引っ張ってくれたあの強い眼差しを輝かせる、ウチの想い人―――――

 

 

 それからは何かあった時には、一緒に同じ時間を過ごしとった―――――

 

 一緒に過ごせる時間が無かった分を取り戻すみたいに、めっちゃお話ししたり遊んだわ―――――

 

 それで、他の人は知らんやろう蒼一の秘密とかをたっくさん知ったんよ―――――

 

 それがめっちゃ嬉しくってな、ウチだけ特別なんやと思ってしもうとってたんわ―――――

 

 

 

 

 けど、それは違ったんやって気付かされた―――――

 

 蒼一が音ノ木坂に来てから、周りにめっちゃ集まって来て、ウチとの時間が減らされていくのが苦しく感じ始めとってた―――――

 

 わかっとるつもりや、蒼一はウチの思い出となる学校を残すために動いとるんやから、こうなることは必然なんやって思っとった―――――

 

 

 けど、しんどかったわ――――――

 

 μ’sに入った後もそんなに一緒になれへんし、なんや、穂乃果ちゃんたちとの時間の方が多くないん? って嫉妬しとってた―――――

 

 

 そんな時に、ウチは見てしもうた―――――

 

 中庭で、蒼一と真姫ちゃんがキスしとるところを―――――

 

 

 嘘や………蒼一が真姫ちゃんとそんな………うそや………ウチと蒼一は特別な関係なはずや………なのに、なんで?

 

 なんで、ウチやないの? ウチがずっと蒼一の隣に居るんやないの? ウチは蒼一にとって特別なんや、こんなん絶対間違っとる!!!

 

 そんでウチは、その時に写真を撮った――――――

 

 

 それが悲劇を起こすことになるとは知らず――――――

 

 

 あの時からウチの中に、みんないなくなってしまえばいいと思い始めておった―――――

 

 せやから、手っ取り早く済ませるためにえりちを利用して、お互いが消し合ってくれるように仕向けた―――――

 

 そしたら上手くいってなぁ、みんなお互いの事をそうやって憎しみ合っている間、ウチは蒼一と一緒に居れた―――――

 

 蒼一がウチの事を頼りにしてくれとる、それがめっちゃ嬉しかった、それが長く続いてほしいと思っとったから表向きは蒼一に協力しとった――――――

 

 けど、ウチの計画が次々と流れていくのを見てて焦っとったわ―――――

 

 これじゃあ、アカンなぁって思っとったけど同時に、さすがウチの蒼一やって内心喜んでおった―――――

 

 それで、最後はウチのこの手でみんなを消して、蒼一とえりちだけの生活を創りだそうとした、その時やった―――――

 

 

 蒼一がウチにあんな憎悪に包まれた眼差しを向けてくるなんて、思ってもみなかった―――――

 

 あれを見た時、心が握りつぶされそうになったわ―――――

 

 蒼一のあんな顔が見たくってやったんやない、こうなることになるためにやったんやない―――――

 

 けど、ウチのやったことは全部、蒼一を苦しめてしもうた―――――

 

 

 そんで思ったんよ、ウチは蒼一にとって特別でも何でもない、ただの邪魔者やったんやって―――――

 

 みんな、蒼一のためにあんなに尽くしとるのに、ウチは一体何をやっとったんやって引け目に感じてしもうた―――――

 

 せやからウチは、もう耐えられへんかったんや―――――

 

 いっそ、もうこっからいなくなりたかった―――――

 

 

 

 

 なのに―――――

 

 蒼一はウチの手をまた握ってくれた―――――

 

 あの……ウチを引っ張ってくれたあの強い眼差しで―――――

 

 

 それだけやない―――――

 

 こんなウチを抱きしめて、赦してくれて、そして……そして、ウチを――――――

 

 

 蒼一のほんまの特別な人にしてくれたんや――――――

 

 

 ウチはもう……幸せや―――――

 

 

 こんなウチを愛してくれるなんて、ウチは世界中で一番幸せなんやと思うん――――――

 

 

 せやからな、ウチのすべてを――――――

 

 

 

 蒼一に―――――

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 まるで、嵐のような日々だった――――――

 

 風が刃となり、雨が血と変わって俺に降り注がれていったあの苦痛の日々が、今その関係を断ち切られようとしている。

 

 

 今思えば、この2週間という短い期間の中で、多くのことを知り、多くのことを学び、多くのことを得たような気がする。 つい先日までは否定したいモノであったのに、いざこうして向き合ってみると、どうも肯定してしまう。 その所々を知ると、むず痒い気分になるのだが………いや、こういうのが良いのかもしれないな。

 

 

 その最後の試練に現れた希から得たモノは大きかった。

 

 希こそ、今回起こってしまった一連の出来事の火付け人であると同時に、俺という存在に巻き込まれてしまった被害者であるということ。

 

 彼女から感じた、これまでにないほどの虚偽、絶望、嫉妬、醜態、悲愴………人が数多持つ負の感情を総決算させたかのような、そんな想いが彼女に臨み苦しませていた。

 その結末には、死という闇が待ち構えていた………

 

 だが俺は、そんな結末など認めやしなかった。

 この世にあるすべてのマイナスへの道の先には、絶望しかないのだと言う偏った考えに、俺は真っ向から否定した。 それは希だけに言えることじゃない。 ここまで負の感情を抱き、自らを苦しませてしまった彼女たち7人に対しても言える。

 

 人は生きている限り過ちを犯し続ける。

 その過ちの先に、絶望はある――――だが、それ以外の道もちゃんと備えられている。

 

 懺悔というのは、まさに絶望への道とは真逆の関係に当たるモノ。 自らが犯した罪を認め、悔い改め、そして尚、生きようとするその姿こそが、人間のあるべき姿であると言えるだろう。

 

 ただ、そんな者たちには、必ず受け入れてあげる人がいなければならない。 人は弱い生き物だ。 1人で生きることなど出来やしない。 だから、たとえ自らの罪を認め懺悔しても、そこから生きようと考える者は少ないことだろう。

 彼女たちもそうだった。

 自らが犯した罪に耐えきれず、命を絶とうとする者が少なからずいた。 荒み果てた心が拠り所を求めようとしても、それを求めるに値しないと自ら救いを断ち切ろうとするからだ。 そんな彼女たちを俺は受け入れた。 彼女たちの人格と共にその罪をも背負い、彼女たちの拠り所となれるようにと関係を築いた。

 ただ、哀れみの延長として行動したのではない。

 

 

 彼女たちのことが好きだからだ―――――

 

 

 心の奥底から、その本心として彼女たちのことを愛しているのだ。 それまで、漠然としていたこの感情が今回の出来事の最中に目覚めた。 眠っていた―――いや、忘れていたはずの“人を愛する”と言う感情が、彼女たちのおかげで蘇ったのだ。

 

 そして、その感情はそのまま彼女たちにへと向けられ、そのすべてを愛した。

 

 

 結果、俺はアイツら8人と関係を結び築いた。

 一般的には受け入れ難いような話かもしれない。 けど、現実が真実を語ってくれる。 それがどんな結末を俺に与えることになるのかわからない。

 

 

 それでも、今あるこの一時を笑って過ごしたい――――

 

 

 そのくらいの我儘くらい、押し通させてくれ――――

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 俺が目覚めた時、そこにはみんなの姿があった。

 

 こぞって、涙や鼻水で薄汚れた酷い顔ばかりだったが、それでも、俺がここに戻ってきたことを心から喜んでくれていた。 それが何だか嬉しくって、自然と俺も泣いてしまっていたようだ。

 

 この9人のおかげで俺はここに帰ってくれた。

 この9人が俺を助けてくれたんだ。

 

 

 俺は、この9人のために頑張らないといけないな………俺を支えてくれるみんなのためにも………!

 

 

 

 

 その後、病室に結樹さんが訪れてきた。

 どうも、俺の治療や検査に当たってくれたようで、とても丁寧な対応とをしてくれてとても助かった。 俺の退院はいつ頃になりそうかと聞いてみると、結樹さん曰く、早くて明日だと言ってくれた。 それに付け加えるように、『キミの回復力は異常だよ。 以前、入院した時とは比べものにならないほどの自然治癒力に驚いているよ』と首をかしげながら診断カルテと睨み合っていた。

 

 さすがに、自分が持っている能力によるものだと話しても信じてはくれなさそうだし、たとえ信じたとしてもその後が面倒だったりするから苦笑いして誤魔化すほかなかった。

 

 

 

 だが、身体の傷は早く癒えても、そう簡単に癒えない傷もある―――――

 

 

 

 

 

 

 

 それから時間が少し経って、俺はベッドから起き上がり辺りを散歩し始めた。 全身打撲したと言う話だったのに、まだ少し身体が軋む程度で歩けないわけではなかったようだ。

 しばらく病院内をウロウロ探索し続けると、さすがに疲れてしまい、屋上庭園の小さなベンチに腰掛けることにした。 そこから空を見上げる。 未だに梅雨が終わりきっていないと言うのに、雲ひとつない快晴とは一体どうしたことだろうと呆然と眺めていると、隣に誰かが座る雰囲気を感じた。

 

 まあ、少し気になったから横を振り向いてみると、顔のあちこちに絆創膏を貼って、呑気にボトルのドクペを一気飲みしている輩がそこに………

 

 

 

「……ぷはぁ!! やっぱドクペはさいっこうだなぁ!!」

 

「おい、なんでここにいる。 ドクペ飲んでるのを自慢しに来たのか?」

 

「おいおい、そんな連れないことを言うなよ兄弟。 ちゃんと、持って来てあんだからよ」

 

 

 そう言って、缶タイプのモノを手渡す明弘。

 それを貰って、まあいいかと思いつつそれに口を付け始める。 あっ、やっぱウマいなこれ……

 

 

「そんで、それからどうなんよ?」

 

「ん、一体何のことだ?」

 

「もちろん、アイツらとどう付き合っていくかだよ」

 

「!!」

 

 

 急に話題を変え、やや真剣な口調となって話し始める明弘。 どうやら、ただ俺と飲みに来たのではなさそうだ。

 

 缶を一旦口から離して考え込み、頭をかきむしりながら話しだす。

 

 

「あー……逆に、お前から見てどうよ? 俺とアイツらは?」

 

「そうだな………いい加減その立場を逆転してもらいたいところだな、ハーレム野郎……!」

 

「そんな憎しみ掛かったような目で俺を睨むな………あと、絶対私怨混じってるだろ?」

 

「そうだよ、当たり前じゃんかよ!! 世界中の数多の男性たちが挙って追い求める性欲の頂点であるハーレムが現実に起きてしまっているだ、発狂しなくていつするって言うんだァァァ!!」

 

「うるせぇ!! お前の欲情の話なんざ聞きたくねぇわ!!」

 

 

 こんな時でもコイツの思考がまったくブレていないことに正直尊敬してしまう。 そんなに女の子たちに囲まれる生活を望むのならお前だってやればいいモノを……と、心の中で呟いてしまう。

 

 

「まあ、冗談は置いといてだな――――」

 

「冗談にしては私怨が濃厚すぎなんだがな……」

 

「蒼一の今の状況というのは、俺が当初に考えていた理想の形にスッポリとはまっているって感じだな。 まさに、ハーレムエンド。 誰もが喜び、幸せになれる究極の選択だと俺は評価している」

 

「そう……か………」

 

 

 めずらしいことだな、まさか明弘がこう言う評価をするモノとは思ってもみなかった。 むしろ、何か指摘されるものかと思っていたが、俺の見当違いだったか。

 

 しかし、俺個人としては、この内容にあまり良しとは思ってはいなかった。

 

 

「なんだ、兄弟? 浮かねぇ顔をして何か不都合でもあんのか?」

 

「あぁ、いやなんだ。 本当にこれでよかったのだろうかって、悩みだしてきているんだ………」

 

「悩む? 悩むことなんかどこにもないと思えるけどな?」

 

「いやぁ……お前はいいかもしれない。 ただ俺は、他に選択肢があったんじゃないかって思うんだよ」

 

「選択肢が他に?」

 

 

 明弘は少々気難しそうな声を上げて俺の方を見ている。 明弘が今の俺の立場にあるとするならば、アイツはこの選択肢を喜んで受け入れるだろうと思っている。

 だが、俺はそうは思っていない。 むしろ、後悔したく思うところもあったりするのだ。

 

 

「俺は確かに、みんなを元に戻すために男女の関係を築いた。 だがそれは、一般的には認められないことであり、倫理に反するものだ。 俺がもう少し知恵を働かせたら違う道があったのだろうと思うんだ」

 

 

 青く澄みきった空を仰ぎ見ながら話し続けているが、俺の目に映って見える空が霧が掛かったみたいに薄暗く見えていた。 心にはびこる思い悩みがこうして視界にも影響されているかのように思えた。

 

 

 しかし、そんな俺の考えに明弘は鼻で笑う。

 

 

「はっ! 違う道があったって? ないない、そんなもん最初っから存在しなかったんだよ」

 

「な、何を根拠に言うんだ?!」

 

「兄弟は何か思い違いをしているようだが、今回の一件はアイツらのお前に対する求愛感情が拗らせたもんなんだぜ? それを他のどんな方法で切り抜けようとしているのか、逆に聞いてみたいもんだぜ」

 

「うぅっ………」

 

 

 逆にそう言われてしまうと、俺も答えることが出来ない。 と言うのも、こうした考えを選び出したその理由というのは、ただ単にちょっとした不安があったからだ。 そんな漠然とした理由で事を言い出すのには、やはり無理というものだ。

 

 そんな俺の曖昧な態度が気に食わないのだろう。 明弘は、やれやれと言った感じに呆れた表情をして頭を抱えていた。

 

 

 

「やっぱ、お前は超絶ヘタレ野郎だな」

 

「うぐぐぐ…………」

 

 

 ぐうの音も出ないような発言に俺自身どうしようもなくなってきた。

 

 

「はぁ……しかしよぉ、なんでそんな頑固になるんかねぇ………って、まさかと思うけどよぉ……おめぇはまだアイツらの事を信頼してねぇんじゃねぇの?」

 

「!!!」

 

「はぁ…………だろうと思ったわ………」

 

 

 俺のそんな反応に対して、これまでにないほどの溜息を漏らす。 何で今さらそんな事を…とでも言わんがばかりの呆れようだった。

 俺自身、アイツらのことをまったく信頼していないわけではない。 むしろ、そういう意味では他の人よりかは高いつもりだ。

 ただ、俺の中で引っ掛かっているのは、今回の一件のことだ。

 アイツらは確かに俺のこと慕ってくれている。 明弘が言うように、誰もが羨むくらいにだ。

 

 しかし、それ故にアイツらからああいう裏切りに近いことをされたことが、どうしても脳裏から離れることなく漂っている。 それが、俺を取り巻く不安の理由だった。

 

 けれど、明弘はそんなことを些細なことのように思いながら話し出す。

 

 

「兄弟が感じている不安というやつは分からんでもないが、アイツらなら大丈夫だ。 アレはもう意地でも兄弟のことを信頼しようと思ってるぜ」

 

 

 その口振りはまるでアイツらのことを知り尽くしているかのようだった。

 

 

「アイツらは今回のことでかなり反省している。 そして、それでも尚、兄弟のことを慕おうとしているのは、兄弟のおかげなんだぜ?」

 

「俺の……?」

 

「兄弟は傷ついたアイツらのことを受け止めた、それがアイツらにとって新たな生きる希望を見出したきっかけみたいなもんだ。 アイツらには、蒼一、お前が必要なんだ。 お前が眠り続けていたあの時、お前が目覚めることを強く切望していたんだ。 そんな純粋なアイツらを無下に扱うことなんざしない方がいいと思うぞ?」

 

「明弘………」

 

 

 その言葉を聞くと思い当たる節がある。 俺が眠りから覚めたあの時の顔を思い返すと、アイツらが俺のことをどう思っていたのかがよく分かるような気がした。 アレを見た時の安心感というのは、比類無きものであった。

 もしそれが、俺の不安を打ち消してくれるというのであれば、俺はアイツらのことを………

 

 

 

 

「まあ、兄弟がアイツらのことを遠避けるというのなら、俺がその代わりになっても構わんのだがな♪ それか、どこぞの馬の骨かわからん男がアイツらの心のスキマを塞いでくれるかもしれねぇなぁ」

 

「冗談じゃない!! そんなのだめに決まってるじゃないか!! アイツらは俺の……ッ!!」

 

 

 明弘のその言葉に頭をブッ叩かれるような気分を味わうと、思わず声が出てしまっていた。 しかしそれは、明弘の巧妙な手口であることに気が付くと顔を熱くしてしまう。

 

 

「ふっ、なぁんだ、何やかんや言って、蒼一はアイツらのことを手放すつもりなんざこれっぽっちもねぇんじゃねぇか。 この欲張りめ」

 

「ッ~~~~!!」

 

 

 何とも癪に触るような言い方なのだが、実際その通りなのかもしれない。 突き放したいという気持ちと受け止めてやるという二重の感情が、俺のなかに存在している。 しかも、両者とも強い感情として俺に働きかけてくるから厄介なのだ。

 

 

「面倒な男なんだな、俺は………」

 

 

 こんな自分を不甲斐無いと感じながら、呆けた目付きでまた空を仰ぎ見てしまう。

 それに対し、明弘は躊躇なく――――

 

 

「あぁ、女とおんなじくらい面倒なヤツだ」

 

 

―――と平然と口走る。

 

 

 

 

 また―――

 

 

 

 

 

 

「それが、蒼一だ」

 

 

 

 

 

―――とニヤついた顔を浮かばせて言ってくれたのだった

 

 

 

 

 

(次回へ続く)




どうも、うp主です。

訳あっての分割。後半は夕方頃になりそうかも……?


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フォルダー5-9『μ's(後編)』

※めっちゃ長くなってしまった……


 

 翌日―――――

 

 結樹さんが言った通り、俺はその日の午後に退院することが出来た。 とは言っても、盤石な状態ではないのは変わらない。 また数日後には、経過を診るために訪れなくちゃならない。

 それでも、こうして自分の家に帰ることが出来ると言うのは、心が落ち着く。 結樹さん達には悪いが、あの病院にはあまりいい記憶と言うのは無い。 そして何よりも、飯がマズイ。 これは重要な案件故、さっさと家に帰り自炊してたくて溜まらなかったのだ。

 

 

 それは兎も角として、もう家の前に来てしまった。 家の戸締りをしてしまったが肝心の鍵が無い。 だが、幸いなことに明弘が俺の持ち物一式を持っていてくれたようで、この時間ならば、家の中で待っていてくれているはずだ。

 

 そして俺は、迷うことなく玄関の扉を開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おかえりなさい、蒼一(くん)!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

「……………は?」

 

 

 

 家の中に入って早々、目に飛び込んできやがったのは、制服の上に白のエプロンを着たμ'sのみんなが待ち構えていたのだ!

 そのあまりの光景に、目が見開いてしまったではないか。

 

 

 

「えーっと………これは一体どういうことなんだ………?」

 

「これはね! 蒼君が退院したら、この恰好でお出迎えしようってみんなで決めたんだ! どうかな、蒼君? 似合ってるかなぁ~?」

 

 

 太陽のような満面の笑みで話してくる穂乃果は、俺のすぐ近くにまでやってくると、俺を下から見上げて、見事なまでに精錬された上目遣いで俺のことを見つめてきやがった! しかもそれだけでなく、スカートの裾を引っ張りながらクルリクルリと左右に回ってみせ、その何とも可愛らしい姿に無邪気さを含ませて見せつけてくるのだ。

 くそっ……! 穂乃果の姿には見慣れていたはずなのに、どうしてこうも俺の心をくすぐってくれるのだろうか……!

 

 思わずこっちから抱きしめてやろうかと一瞬だけ思ってしまった感情を堪えた。

 

 

「ま、まあ……いいんじゃないか? 穂乃果らしくって、可愛いと思うぞ………?」

 

「ホント! えへへ、蒼君にカワイイって言ってもらえたよ♪」

 

 

 そんなに嬉しかったのだろうか、その場で小さく飛び跳ね始める。 その天真爛漫な姿に、また心がくすぐられるのだ!

 

 

 

「穂乃果! そうしては、蒼一が中に入れないじゃないですか!」

 

「はぁ~い……」

 

 

 そう声を大にして穂乃果のことを叱るのは、海未だ。

 さすがの穂乃果も海未には反論など出来なさそうだ。 もう、穂乃果の手綱を引っ張ってくれるのはお前しかいないようだ。 頼りにしていると心で伝えてみたり…………ん? そう言えば、海未の顔がいつも以上に紅くなっているような………んなわけないか。

 

 

 

「さあ蒼くん、中に入って! 残りの時間、ことりたちと一緒に過ごそうね♪」

 

「…………ん?」

 

 

 ことりが俺の手を引いて、中へと連れ込んでいこうとするのだが、一瞬、何か変な言葉が聴こえたような気がするのだが……幻聴だろうか?

 

 家の中に入った瞬間からどぎまぎさせられるようなことばかりが続いているのだが、何だか嫌な予感しないのは何故だろうか………

 

 

 汗が噴き出てきそうだ――――――

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 リビングに案内された俺を待ち受けていたのは、花陽と凛だった!

 

 

 ことりの引っ張られる手から、そのまま花陽の手にバトンタッチさせられて、そのままソファーに座らさせられた。

 おいおい……一体何が始まると言うんだ? と内心オドオドしながら待っていると、凛が俺の後ろに立ちソファーの背もたれに顔を乗せて、まるで猫みたいに俺のことをジッと見つめていた。 そして、花陽はと言うと―――――――

 

 

 

「蒼一にぃ♪」

 

 

 

 ギュッ―――――

 

 

 俺の右腕をしっかりとその身体でホールドしてくれるのだ! そのため、花陽のやわらかい身体(特に胸のあたり)の感触が直接腕から伝わってくるので、それだけで恥ずかしくて身体を熱くさせてしまうのだ!

 

 

「お、おい……これはどういうことなんだよ?」

 

「どういうことって言われても、凛は今日一日中は蒼くんと一緒にいるってことしか聞いてないにゃ」

 

「ちょっと待って、誰だ、そんなこと提案したの?」

 

「ん~……弘くん!」

 

「あの野郎………裏でこんなことしやがって…………」

 

 

この状況の背後には、やはりとしか言いようのない輩が潜んでいたとはな………何だ、アイツは俺に何させようとしていやがるんだ………?

この感じだと、ここにはアイツがいないということが明白。 知ろうにも、今知ることのできないこの状況に、ただ動悸を早まらせるしかなかった。

 

 

 

 

「ねぇ……蒼一にぃは……花陽と一緒にいるの……嫌だった?」

 

「うぐっ……………」

 

 

 すると、花陽は抱きしめている腕に少し力を入れ、今にも泣き出しそうな瞳を潤わせ、切なさを含ませた上目遣いを使ってくるのだ! う、うわあぁぁぁぁぁ………花陽にこう言われてしまうと、罪悪感しか沸いてこないのですが……!!

………って、瞳の潤い度が増している……本気で泣きそうじゃん! ま、まってぇ!! お義兄さんが悪かったから泣かないで!!!

 

 花陽を何とかして、もう片方の手でその小さな頭を撫でながら慰め始める。

 

 

「そ、そんなこと無いぞ。 花陽がこうして俺に抱きついてくれると、俺はとっても嬉しいんだぜ………!」

 

「ホントですか……!! えへへ♪ そう言ってもらえると、花陽は嬉しいです……!」

 

 

 少々苦し紛れの言葉なのだが、それでも花陽は嬉しそうに俺の横でニコニコ笑ってくれている。

 しかし、そんな素直な一面を見せてくれる花陽に、心が癒され始めていることに変わりはなかった。

 

 

 

「蒼一にぃ! もっと、ぎゅぅーってしたいです!!」

 

「……え、ちょ、ちょっと待っ……「え、えい………!」……って、うおおぉぉぉ!!!?」

 

「えへへ♪ 蒼一にぃの身体、あったかぁ~い♪」

 

「ちょっと……花陽……! 顔が……顔が胸で…………!!!」

 

 

 俺の制止を出す前に、唐突に俺に抱きついてくる花陽。 しかも、その腕は俺の頭を抱えてしまうので、身体の位置的に、ちょうど俺の顔に花陽の胸が当たるわけでして………今すんごく息苦しいですがァァァ!!!

 

 

「ひゃあ! そ、蒼一にぃ……い、息が……胸に当たって………く、くすぐったい………////////」

 

 

 うん、分かるよ。 そこに息を吹きかけられると、くすぐったいってことはよく分かる。 けどね、それぼどに俺の呼吸運動が深刻なのよ! お、おねがいだからぁ……お義兄ちゃんのおねがいを聞いてぇぇぇ………

 

 

 

「……で、でも……私、蒼一にぃのこと大好きだから………蒼一にぃのためなら、ずっとこのままでいいよ………♡」

 

 

 

 うん、ありがとう………花陽、俺も大好きだ……花陽のことを愛しているから………だから、早くこのホールドと緩めてぇぇぇ…………!!

 

 

 花陽の過剰なまでの愛情に、ガチで溺れそうになりそうだったのだが、意識がもうろうとする手前で離してくれたので大事には至らなかった。 胸の中で埋ずめられて死ぬって、こういう感じなのか………花陽、恐ろしい子………ッ!!

 

 

 

 ちなみに、

 

 

 

「凛も蒼くんのこと大好きだにゃ♪」

 

 

 ソファーの上で横になっていた俺に声をかけてくれた凛が、この時ほど、めっちゃ優しいと感じたのだった。

 

 凛の場合は、恋愛感情じゃなさそうだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「あー………死ぬかと思った………」

 

 

 花陽の胸の大海に呑まれそうになったが何とか抜け出し、そして今、俺の部屋に向かっているところだ。

 やはり、家に帰ってきたってのを近に感じられるのは、自分の部屋以外にどこにもない。 ちなみに、台所に行こうとしても、真姫とにこに占領されてて行けなかったからというのが理由なのだが……まあいいさ、飯が出来るまでの時間は、のんびりと過ごさせてもらおうか。

 

 そう思いながら、部屋の中に入って行っ――――――――

 

 

 

 

 

「なななななな!! 何ですか、この女性の人形の数は!! どうして蒼一はこんなにも多くのモノを持っているのですか!! 破廉恥です!!!」

 

「ハラショォ………前回、来て見た時よりも若干増えているような気がするわね………それにしても、すごい完成度ねぇ………」

 

 

 

 

――――――くことを辞めたいのですが、どうしたらいいのでしょうか………?

 

 

 

………どうして、俺の部屋に海未とエリチカがいるんだァァァ!!! しかも、しまっていたはずの俺のフィギュアをあんなにも並べちゃって………恥ずかしい……! 俺の趣味をほぼ暴露させられているようなもんじゃないかァァァ!!!

 

 一瞬、中に入ろうかと思ったが、海未のあの様子からするとあまり宜しく無い感じがして、身を竦ませてしまう。

 

 なので、ここは一先ず撤退させてもらうしかな…「どこへ行こうとするのですか……蒼一………?」

 

 

「うぉおおおおおあぁぁぁぁぁぁぁ!???」

 

 

 扉の若干の隙間からギロリと覗いて見てくる海未の眼力が、凄まじいものであったために、ついさっきよりも身体を竦ませてしまう……!!

 いや、怖ェェェよ!! どこぞのホラゲみたいなことになっているのだけど!!

 

 

 

………って、海未さん? なんで、俺の首根っこを掴んでいるのですか? ねえ、痛いのですが……ねえ!!! あぁぁぁぁぁぁぁ………………

 

 

 

 自分の部屋のことを、こんなにも忌み嫌いたくなったのは初めてだよ………

 

 

 

 

 

 

「まったく! 蒼一はどうして部屋のスペースを無駄にするような買い物ばかりするのですか!!」

 

「ちょいちょい! 俺のそのフィギュアたちは、お前が出したもんだろうが!! スペースを失くしたのは自己責任だろ!! それに、この部屋はちゃんと綺麗になってました!! 清潔でしたからァァァ!!!」

 

 

 海未に掴まれて部屋の中に引き込まれ、早速、口論になる俺たち。 海未の言い分を聞いても、どう考えてもおかしいはずなのに、頑として認めようとしない!

 

 

「いけません! そのような態度では、いずれ無駄の浪費ばかりして、家計を圧迫しかねません! これを機に、いる物といらない物を区別したらどうでしょうか?」

 

「お前は俺の母さんかァァァ!!!」

 

 

 というか、俺の母さんはこんなことは言いません。 むしろ、奨励してくれた方なのです、はい。

 

 

 

「まあまあ、2人とも落ち着きなさいよ」

 

 

 言葉を飛び交わせても収集が付かないと判断したエリチカは、間に入ってくれた。 そのおかげで、この口論に一旦は収まりが付いたのだ。

 

 

「……ったくよぉ……そもそも、なんでお前たちがここにいるんだよ?」

 

「あー……それは、蒼一が気持ちよく帰ってきてこれるようにって、海未が掃除し始めたのがきっかけでね。 家中を1人で掃除して、最後にここを掃除しに来たわけ。 私は途中から海未を手伝ってたのよ」

 

「そう……だったか………」

 

 

 2人が俺のことを思ってしてくれたのだと思うと、高まっていた怒りも和らいでしまう。 そう言うことなら早く言ってもらいたかったものだ、おかげで海未と喧嘩しちまったじゃねぇか………

 

 そんな海未は、こちらにそっぽを向いて未だにお怒りのご様子。 やれやれ、勝手に怒って、それを収めるのが俺とはねぇ………何とも面倒のかかるヤツだ………

 

 

「悪かったな、気を遣わせちゃってさ………」

 

「………いいんです。 私が勝手にやったことなんですから………」

 

 

 そう声をかけてみると、やや振り向き様に返答してくれる海未。 若干、拗ねた様子を見せてくるのだが、決して怒っている様子ではなさそうであることに安堵した。

 その様子をエリチカが、何故だかニヤけながら見つめているのだが………

 

 

「あらあら、海未ったら正直じゃないんだから。 もっと、素直になればいいのに」

 

「なっ?! な、何を言うのですか、絵里!! わ、私が素直じゃないって、どういうことなのですか!?」

 

 

 何かを含ませたような言葉をエリチカが話すと、海未はそれに過剰なまでに反応し始めたのだ。 まったく、俺には分からんぞ?!

 

 すると、エリチカはちょっと悪い笑みを浮かばせて、海未をいじり始めた。

 

 

「あらぁ~? だったら言っていいのかしらぁ~? 海未があんなことを考えていただなんてねぇ~♪」

 

「え、絵里!! そ、それだけは言ってはなりません!!」

 

「え~? いいじゃないの。 どうせ、バレちゃうんだし、早めに言った方がいいと思うわよ?」

 

「だ、ダメです!! ダメったらダメなのです!!!」

 

「なあ、エリチカ。 それってどういうことなんだ?」

 

「あぁ、それはねぇ~………」

 

「い、いけません!!!」

 

「……って、うぉおおぉ?!」

 

「えっ……きゃあああぁぁぁ??!」

 

 

 あまり刺激しすぎてしまったのか、海未は顔を耳まで真っ赤に染めだしてしまう。 その勢いで、ちょうど近くにいた俺にぶつかってしまい、共に倒れこんでしまった………いや、これは海未がまた押し倒したって感じなのか………

 

 

「いてて……大丈夫か、海未?」

 

「ひゃっ、ひゃい!!」

 

 

 大丈夫じゃないな、これ………

 共に倒れてしまったため、俺の上に身体を重ねてしまっている海未は、もう顔のみならず身体全体を茹でダコのように真っ赤に染め、熱く発熱させていた。 そんな様子をエリチカは、顔を引き摺らせながら見つめているのだった。

 

 

 

「……ったく、一体何がこうなったって言うんだよ」

 

「え~っとね……まあ、海未が嫉妬しちゃってたのよねぇ………」

 

「嫉妬?」

 

「え、絵里っ!!」

 

 

 エリチカは頬を掻きながら話出したその内容に、やや疑問に思うのだが、海未の方を見てみるとかなり戸惑っている様子だった。 そのまま、エリチカは続けた。

 

 

「海未はね、蒼一が持っていたたくさんのフィギュアに嫉妬しちゃっててね、蒼一の持っているモノが大体女の子じゃない? それを見て『蒼一は私よりもこっちの方がいいのですか!』って言ってね、対抗意識を燃やしちゃったのよ」

 

「………たかがフィギュアなのに、嫉妬するって………お前なぁ………」

 

「けどね、蒼一。 私だって嫉妬しちゃってるのよ?」

 

「はぁ!? お前もか?!」

 

「だって……私と言う彼女がいながら、こんなカワイイ女の子のフィギュアを持っていたら嫉妬しちゃうわよ。 そんなので、満足なんかして欲しくないって思うのが当然なのよ?」

 

「は、はぁ…………」

 

「だから、蒼一はもっと私たちのことを見て、意識して欲しいのよ! 分かったかしら?」

 

「あ、あぁ…………」

 

 

 エリチカの言っていることに納得できてしまうのは確かだ。 しかし、以前から集めているモノにとやかく言われるとなると、ちょっとなぁ………と感じてしまう。 女心と言うのは、分かりにくいものだ。

 

 すると、海未が囁くような小さな声で話してきた。

 

 

「わ、私だって……人形などに嫉妬などしたくはありません……ですが、もし私の方に目を向けてくれないと思うと心配になってしまうのです………」

 

「海未………」

 

 

 海未は俺の胸の辺りを指でなぞるような仕草をしてみせる。 その嫉妬する姿が可愛く見えてしまい、まるで小動物を抱えているかのような、そんな護ってあげたくなるオーラに心を撃たれそうになった。

 

 

「私も……あなたの彼女となったのですから………その……もし、寂しいとお思いになるのでしたら……いつでも私があなたの傍に行きますから………私を見捨てないでくださいね………?」

 

「ッ~~~~~~!!!!」

 

 

 その最後の一言が、俺の母性本能というヤツにドストレートにハマり込んでいく!! その涙目になりながらの、少々困ったような表情を見せながら「護ってください」と言わんがばかりの言葉は、卑怯過ぎだ!! 可愛い! 海未がこんなに可愛いと思ってしまったのは初めてだ!!!

 

 俺は勢い余って海未のことを抱きしめ出してしまう。 「きゃっ!」と驚く声をあげるのだが関係ない、今は海未のことを思いっきり抱きしめてやりたかったのだ!!

 

 

「安心しろ、海未! 俺はお前のことを見捨てたりなんかしない! 俺はお前の大切な存在なんだ! 愛しているお前のことを絶対に見捨てたりなんかしないさ!!」

 

「―――ッ!! はい! 嬉しいです!!」

 

 

 跳ね上がるような声で応える海未は、見るからにとても嬉しそうな顔をしていた。 そんな海未の事を俺は好きになった。 だからこそ、この嬉しく笑う姿を護るために俺は頑張っているのかも知れなかった――――――

 

 

 

 

 

 

 

「………私だけ……仲間外れ………」

 

 

 その後、エリチカも拗ね始めてしまう。

 だが、愛情をたっぷり注いで抱きしめてあげたら、すぐに機嫌を直してくれたのだ。

 

 

 

 

 ただ、瞬時に夜の女豹モードになりかけ、襲われそうになったのはまた別の話―――――

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

「みんなぁー! ご飯が出来たわよー!!」

 

 

 にこの掛け声で全員がリビングに集まると、みんなそれぞれテーブルについて食事の準備をする。 みんな既定の位置があるのだろうか、俺の両隣だけ空いており、その周りを取り囲むように7人が席についたのだった。

 

 

 

「それじゃあ、早く食べないとね♪」

 

「にこたちが腕によりをかけて作ったんだから、たぁ~んと召し上がれ♪」

 

 

 その声に合わせるように、俺の両隣から魅了する声がステレオとして響いてくる!

 

 

「それじゃあ、蒼一――――」

 

「―――一緒に食べましょ♪」

 

「あはは……お手柔らかに………」

 

 

 右には真姫が、左にはにこが座り、それぞれスプーンもしくは箸を手にしながら待ち構えている。 これってもしかして………

 

 

「ほら、蒼一。 あ~ん………」

 

 

 やっぱりかぁ――――!!!

 

 真姫が先に手を出したのは、オムライスかな? ルビーのような紅く輝くご飯を丁寧に一口分に掬ったスプーンをこちらに寄せてくる! というか、それと一緒に映る真姫の小さく開ける濡れた唇に目がいってしまうので、動悸が早まってしまう!

 くっ……飯を食うだけなのに、こんなにも緊張してしまうだなんて………逃げたい………

 だが、ここまでしてくれた真姫に失礼だと思い、腹を括る。

 

 

「あ、あ~……ん」

 

 

 スプーンを口の中に含めると、料理だけを取り出す。 それを噛みだそうとした瞬間に、タイミングよくスプーンを口からするりと取り除いてくれる。

 さすがだな、と真姫の気遣いに関心しながら口にしたモノを深く噛み締める。

 

 

「んっ!! これはウマいじゃないか!! もしかして、これを真姫が作ったのか?」

 

「うふふ、そうよ。 喜んでもらえて嬉しいわ♪」

 

 

 いや、驚いた………

 ご飯のちょうどいい硬さから染み出す旨味が、噛めば噛むほど肉汁のように流れ出る。 それに、ケチャップのちょうどいい酸味がいいアクセントとなって食欲を引き立たせる……!

 

 んんっ!! これはいいぞ……!

 

 

「ほら、もう一口どうぞ♪」

 

 

 俺の前に出してくるその料理を食べないわけにはいかなかった。 口にすればするほど、旨味と共に嬉しさが広がっていく。 料理がおいしいだけじゃなく、あの真姫がここまで上達したことの嬉しさと俺が口にするごとに喜ぶ表情が堪らなく愛おしかったからだ。

 俺もこんな顔をして料理を作っていたのだろうかと思うと、嬉しい気持ちになる一方で、ちょっぴり恥ずかしい気持ちになってしまう。

 

 

 

「ちょっとぉ~! 真姫ちゃんばっかじゃなくって、にこのも食べてほしいよぉ~」

 

 

 背中から俺のことを求めるにこが、甘く艶やかな声で誘ってくる。 身体を振り返らせてみると、にこが切ない顔をして俺のことを見つめていたのだ。 そのあざといとも捉えられるそんな表情だが、ここにいる誰よりも似合っているにこだからこそ許される仕草なのだと実感してしまう。

 

 

「食べ難いかもしれないけど、ちゃぁんと口を開けなさいよ?」

 

 

 そう言うと、皿に乗っていたハンバーグを小さくさせたモノを箸で摘んで口元に近付けた。 だが、それを見た瞬間、若干の引け目を感じてしまうのだ。

 

 すると、にこはちょっと苦い笑みを浮かばせる。

 

 

「大丈夫よ。 今回のには、入ってないわ。 あんなことをしなくても、にこの気持ちは十分、この中に詰め込んであるからね」

 

 

 少し申し訳なさそうな声で呟く、その姿が痛ましく感じると、俺はその箸に飛び付く。 餌を捉え奪う鷹のような勢いで食べたので、目を大きく見開かせて驚かせてしまったが、にこの寂しそうな姿を見るよりか、いくらかマシだ。

 そして、口にしたそれを噛み締めると思わず笑みがこぼれてしまう。

 

 

「にこ、おいしいぞ」

 

 

 とてもシンプルな感想だ。

 それでも、口にした瞬間に広がった強い旨味とにこの愛情が、微熱を含ませて身体の中に入ってくるのを感じるのがとてつもなく嬉しかったのだ。

 そんな俺の言葉に、瞳を潤わせ、実に嬉しそうな表情を見せてくれたのだ。 やはり、にこはその顔が魅力的なんだと、再認識させられるのだ。

 

 

 

「もう、蒼一ってば、次は私の料理を食べてほしいわ! メインの後には、必ずご飯は付きモノよ♪」

 

「何言ってるのよ、にこのを少ししか食べてないのだから、まだにこが食べさせるのよ!」

 

「いいえ、絶対わたしよ!」

 

「いいや、絶対にこよ!」

 

「「むぅ~~~…………」」

 

 

 突如、両隣で勃発してしまったどちらを食べさせるかの論争。 俺のすぐ目の前に、お互いの顔を突き出して睨み合っている。 こちらとしては、早く食べたいと言うのが本心なので、早めの決着を付けてもらいたかった。

 

 

 

「「蒼一はどっちなのっ!!?」」

 

 

 えぇ………どうしてこっちに飛び火しちゃうのかなぁ……? 多分、俺は関係ないと思うのだけど………でも、答えないと2人はずっとこのままなんだろうし………

 

 

「「さあ! 応えて頂戴!!!」」

 

 

 むぅ……仕方ない、こう答えるしかないか!

 俺はそれなりに考えた結果を述べようと口を開き話す。

 

 

 

「俺は両方とも食べたいんだけど………ダメなのか?」

 

 

 どっち付かずの典型的な答え方。 ただ、俺自身は本当に両方とも食べたいと言う願望があって、どちらを先にという考えなど無い。 むしろ、両方を一気に食べられるのであれば、一挙両得な感じがして良いと思っただけのことだ。

 

 

 しかし、俺の考えとは裏腹に、2人は頬を赤らめ始めて少々恥ずかしそうな表情をしてくる。 あれ? 俺は何かマズイことでも話したのか? 自分がまともな答えを話したと思ったのに、こうした反応が返ってくると、あたかも自分が間違ったような答えを言ってしまったのではないかという不安に駆られてしまう………

 

 だが、俺のこの心配は現実のモノとなった。

 

 

 

 

「も、もう……蒼一ったらぁ………欲張りなんだからぁ………/////////」

 

「にこと真姫ちゃんを両方とも一気に食べたいだなんて………みんなの居る前で大胆だわ………/////////」

 

「おい、ちょっと待て。 何故に、そんな意味深な言葉に変換されるのかなぁ?!」

 

 

 どうしてこうなった……? いや、いかがわしさ万点の発言にどう対処すればいいんだよ?! 俺はただ飯を食いたいだけなのにィィィ!!!

 

 

「うふふ♪ 冗談よ、まさかそんなわけないじゃない♪」

 

「蒼一も過剰に反応し過ぎよ? もしかして、にこの可愛さにドキドキしちゃったかしら?」

 

「し、してねぇよ! と、というかそう言うことだろうってわかってたし……!」

 

 

 いいや、わかってませんでした………いかがわしい方向性を考えていましたから………そう考えると、俺の方がイケないことを考えていた人にしか見えないな、これ。

 

 

「それじゃあ、早く食べましょ♪」

 

「両方食べたいって言ったから、一緒に入れるわよ♪」

 

 

 そう言うと、2人はそれぞれ先程と同じモノを俺の口元に近付けてくる。

 スプーンと箸……これは、両方とも口に入れることが出来るだろうか? 大きく開ければ可能ではないかと思うが………ちょっとキツイかもな………

 

 目の前に出されたモノをどうやって食せば良いか目算していると、2人が目を細め出して、怪しげな目付きをし出すと、甘ったるい吐息を混ぜ合わせた嬌声を俺の耳元に直接囁きだした!

 

 

 

「「ちゃぁ~んと、私たち(メインディッシュ)を味わってよね♡」」

 

 

 

 両耳から聞こえる色気たっぷりの艶めいた声が俺の官能を震撼させ、その吐息が耳だけじゃなく心までも弄ばれてしまう! この2人のダブルハニーサウンドが頭から離れることが出来ず、飯を食べ終わった後もしばらく魅了され続けてしまった……!

 卑怯だ……! あんな感じに言われてしまっては、動悸が収まらないじゃないか………!!

 

 結局、2人の食べさせ合いに最後まで付き合ったのだが、さっきのが気になり過ぎて、口に入ってくるモノの味がすべて甘ったるく感じてしまった……! 塩分……! 苦味を……!!

 

 

 

 ちなみに、そんな俺たちのやり取りを他6人の突き刺さるような視線を受けていたのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ふぅ……やっと、落ち着けそうだ…………」

 

 

 さっきから事あるごとに、アイツらに振り回され続けてしまって、動悸とかがまったく収まらない状態だ。

 

 そう言う時は、風呂の熱いお湯を全身に浴びせて、疲れを癒すのが俺のヒーリングタイムである。 全身裸になって、世の中の煩わしさや理不尽さなどから解放されるような気分になるこの一時は、何よりも大切にしたいモノだ。

 病院では、検査続きで身体を洗う機会すら与えられなかったから、こうしてゆっくりと風呂を堪能することが出来ると言う尊さを十分に噛み締めながら浸かるのは、とても気分の良いモノだと感じられるだろう。

 

 さて、まずは身体を洗わないと…………

 

 

 

 

 

 バンッ―――――――!!

 

 

「…………へっ?」

 

 

 身体を洗おうとしたその瞬間、いきなり浴室の扉が勢いよく全開になる! 不意打ちのように、開かれたその先に待ち構えていたのは、まさかのアイツらだった……ッ!!

 

 

 

「わーい! 蒼君とおっふろだぁー!!!」

 

「てへへ♪ 蒼くんと一緒に入れるなんて……ことりはもう……キャー♡」

 

 

 2人揃って入ってきたのは、寄りによって、穂乃果とことりだった!!

 しかも、タオルで身体の前のところだけを隠しているだけで、持っている手を退かしたら、すぐさま生まれたての姿に大変身してしまうと言うオマケつきと来た! そこは意地でも身体全体を隠してこいよ!! そうすりゃあ、まだマシなのに………あっ、あん時の真姫よりはマシなのか…………

 

 

「キャーって叫びたいのは、こっちだァァァ!!? どうして入って来ているんだよ?!」

 

「いいじゃぁ~ん。 穂乃果は蒼君と一緒に入りたかっただけなんだよ!」

 

「ことりは蒼くんが1人じゃ寂しそうに思ったから、こうしてきてあげたんだよ。 どう、嬉しいでしょ?」

 

「お前ら2人からは、個人的な思惑しか感じられんのだが………!」

 

 

 この2人のこれまでの経歴を遡ってみても、ロクなことがありゃしない。 それに加えてのここでの鉢合わせは、嫌な展開しか思い浮かばないのは何故だろうか……?

 

 

「それじゃあ、穂乃果は蒼君の前の方におじゃましまーす♪」

 

「じゃあ、ことりは蒼くんの後ろにおじゃましちゃいまーす♪」

 

 

 それだけはマズイ……ッ!!

 特に、穂乃果が前に来られたらマズイ!!

 俺は、お前らと違って何も身につけていないのだ! 辛うじてあるとするのなら、風呂用イスに座っていることくらい………だ、ダメだダメだ!! これでは、俺の前にあるアレが丸見えになってしまうじゃないか!!! こんなところで、セリヌンティウス並の羞恥は晒すわけにはいかん!!!

 

 

 瞬間的な洞察をここで発揮させ、辺りにあるモノの中で使えるモノは無いかと探ってみると、ちょうどいいところに身体を洗うための手拭いがあったため、それで難無くアレを覆い隠すことが出来たわけだ。

 ある意味、寿命が縮まったような気がした………

 

 

「あれ? もしかして、まだ蒼くんは身体を洗ってないの?」

 

「えっ……! あ、いや、というか、今さっき入ってきたばっかだからな………」

 

「それじゃあ、穂乃果たちが蒼君の身体を洗ってあげるよ!!」

 

「あ! それいいかも♪」

 

「じゃあ、穂乃果は前を洗うから、ことりちゃんは後ろをお願いね♪」

 

「はぁ~い♪」

 

 

 陽気な声をあげつつ、ちゃっかり、身体を洗うための準備をし始める穂乃果。 身体にお湯をかけ、身体に着けているタオルを濡らして、身体とちょうどいい感じに密着させていた。 ちょっと動けば、ポロリと取れてしまうのではないかという緊張感と、髪を降ろして色気が増したその姿に感情が高まっていたのだ。

 

 

「はーい、じゃないよ!! なんでそう言うことになるんだよ!!?」

 

「だって、今日の穂乃果たちは、蒼君のためにいっぱい御奉仕することを決めているんだもん♪」

 

「はい? え、今なんて言ったんだ……?」

 

「ほ、穂乃果ちゃん! だ、ダメだよ!」

 

「あっ、そうだった……!」

 

 

 瞬間、穂乃果が何か変なことを口走ったような気がしたのだが、ちゃんと捉える事が出来なかった。 ただ、もう一度聞いてみようとすると、後ろからその豊満な身体を押し付けてくるので、そちらの方に気を取られてしまった。

 

 

「こ、ことり?! お、お前、何かとってもやわらかい感触と硬い突起物のようなモノが当たっているようなのだが……?!」

 

「うふふ♪ もしかして、蒼くんは感じちゃったのかなぁ? ことりのこの胸の感触を♪」

 

「まさか……タオルを外して生で押し付けてきているのか………?!」

 

「正解だよ♪ 蒼くんはこういうのが好きなんでしょ? 今だって、こんなに胸をバクバク言わせちゃって……ことりに興奮しちゃってるのかな……♪」

 

 

 ぐぬぬぬ……何も言えねぇ……!!

 背中から感じることりの生の感触が直接伝わってくる。 そのやわらかな胸の感触とコリッと固くなっている乳首の2つの感触が同時に伝わってくるのに、興奮を止めることなど出来やしないじゃないか!!

 

 

「それじゃあ、蒼君の身体を洗っちゃうね♪」

 

 

 穂乃果の手の中で、しっかりと泡立った石鹸を俺に見せつけながら、ゆっくりと俺の身体に向けて手を伸ばしていく。 そして、胸の辺りに触れ始めると、そこを中心に円を描くように滑らかな手つきで俺の身体を洗い始め出した。

 

 

「どうかなぁ? 気持ちいい?」

 

「あ、ああ、いい感じだぞ………」

 

「えへへ♪ そう言ってもらえると、穂乃果、もっと頑張っちゃうからね」

 

 

 嬉しそうな表情を見せてくる穂乃果の洗い方は、お世辞ではないがかなり上手だ。 やさしく触れてはゆっくり丁寧に泡を表面上にしっかりと広げていくだけでなく、シワや影となって見えにくくなっている部分にまで手を伸ばしては、しっかりと洗ってくれている。

 ガサツな性格なのに、こうした丁寧な仕事をする穂乃果に驚きを感じていた。

 

 

 

「それじゃあ、ことりも洗いに入りまーす♪」

 

 

 背中の方からも甘い声が聞こえ出すと、石鹸を泡立てるような音をし始める。 穂乃果と同じように背中も満遍無く洗ってくれるのだろうと、信じて待っていた。

 

 しかし、驚いたことに背中に感じたのは、手や指の感触ではなく、さっき感じたばかりの胸の感触だったのだ!

 

 

「んななななっ?!!! 何をしてるんだことり!!!?」

 

「あはっ♪ もしかして、もう感じちゃったの? そうだよ、ことりは今、私の胸で蒼くんの背中を洗っているところなんです♪」

 

 

 マジかよ、お前――――ッ!!!

 さっきからむにむにと背中に伝わるこのやわらかな感触は、やっぱり胸だったのかよ!! しかも、その場で留まるんじゃなくて、いい感じに上下に動くから気持ち良すぎるんだよ!!

 

 というか、よく理性がブッ飛ばないな、俺!!!

 

 

 普通ならば、ここまでの事をされてしまったら、いい感じに吐血してしまうものなのだが、どうしてかその気配など微塵もない。 もしや、これまでの出来事の中でいろいろと経験し過ぎたから耐性が出来てしまったと言うのか……! 何だよ、嬉しいようで悲しいようなこの気持ちは………!!

 

 

 興奮と哀愁に浸っている中、目の前を見てみると、穂乃果がムスッとした顔で俺のことを見ていた。

 

 

「もぉ! ことりちゃんばっかでずるいよ! 穂乃果も一緒にやる!!」

 

「なにぃっ?!!」

 

 

 何を思ったのだろうか、穂乃果は躊躇なく身体に密着させていたタオルをはらってしまう! するとどうだろう、目の前に現れたのは、生まれたての姿をした穂乃果がそこにいるのだ! つい先日、その姿をバッチリ目の中に収めてしまったと言うのにも関わらず、またこうして見てしまうと顔を熱くさせてしまう。 にも関わらず、俺はまた穂乃果の女性らしくなったプロポーションに惹かれてしまい、息を呑んでしまうくらいにまじまじと見てしまうのだ。

 

 

「えへへ♪ どうかな……? 穂乃果の身体は……?」

 

 

 そう聞いてくる穂乃果の顔は、頬の辺りを紅く染めて恥じらって見せる。 しかし、前回と違うのは、穂乃果は腕で胸元や女性の秘所を隠すことなく大胆にも全身を見せてきたのだ。 その度胸に感心してしまうところだが、改めてその見事な全身像に見惚れてしまうのだった。

 

 

「あぁ………きれいだ……綺麗だぞ、穂乃果」

 

「うん……そう言ってもらえて、嬉しい/////////」

 

 

 お互い顔を紅くさせながらの感想の言い合いは、ちょっと恥ずかしい。 自分の羞恥を晒されるよりかは幾分もマシだが、心を揺すられるような、それなりの恥ずかしさはあった。

 

 

 

「それじゃあ……いくね……?」

 

「あ、あぁ……お手柔らかにな………」

 

 

 穂乃果は自分の胸で泡立たせると、そのまま俺に抱きつくように身体を密着させた。 穂乃果のやわらかな胸の感触が伝わり始める。 ことりほどの大きさではないものの、ちょうどいい大きさで整えられたその胸が、俺の胸から腹にかけてを上下に移動してくれるので、この上ない気持ち良さに理性が崩れ掛けそうになる。

 

 

「んっ……んんっ………どう……かな……? 穂乃果、上手に出来てるかなぁ……?」

 

「お、おう……とても……上手に出来ていると思うぞ……実際、気持ちいいんだし………」

 

「そう…! えへへ♪ それじゃあ、もっと気持ち良くさせてあげるからね♪」

 

 

 初めての行為なので、とてもぎこちない動きをしているからか、心配そうな顔で俺に聞いてくるのだが、そのちょっと困ったような表情を今見せつけられると、本当に理性がヤバいことになるので顔を逸らしてしまう。

 そして多分、そこからめちゃくちゃ明るい表情に切り替わったんだろうと思うのだが、そこまで見てしまったらお終いなんだと感じながら、どうにか堪えて逸らし続けていた。

 

 

 

 

「もぉ~! 蒼くんってばぁ~! 穂乃果ちゃんばかり見ないで、ことりのこともみてほしいよぉ~!」

 

 

 見ろと言われても後ろにいるのではわからないじゃないか、と言おうとしたが、いつの間にか穂乃果の隣にいるではないか! 顔を逸らして気が付かなかったのか、その隙にやってきたのだろう。

 しかし、この光景はかなりおかしい。

 何故なら、2人とも俺の太ももに座っており、左に穂乃果、右にことりという逃れることのできない布陣を置いてきたのだ! さらに、今度は俺の太ももに2人のちょうどいい感じに肉付けされたやわらかなお尻の感触も伝わり始めたのだ!! や、やわらかい……! 胸とは違ったやわらかさと気持ち良さをこの一瞬で十分なくらいに堪能してしまったのだ。

 

 

 

 

「「ねぇ、蒼君(くん)―――――」」

 

 

 

 すると、色付いた表情を浮かばせ、緩んで少し開いた唇から嬌声といいたいほどの艶かしい声で俺の名前を呼ぶ。 2人とも疼き出している感情を抑えるかのように身体をよじらせ、物欲しそうな目で俺を見つめだしたのだ。

 

 

 

 

「「穂乃果(ちゃん)とことり(ちゃん)とどっちがいい――――?」」

 

 

「――――ッ!!!」

 

 

 

 2人のその言葉が俺の留めていた理性に一撃を喰らわし、崩壊させていく。

 

 

 選択肢が2択しかない………? そんなはずはないだろう………ここにもう1つあるじゃないか………

 

 

 ゆらりと頭を揺らすと、咄嗟に出た俺の腕が2人の身体をとらえ出す。 そしてそのまま、身体を引き寄せて抱きしめる。 「きゃっ……!!」という子犬のような驚く声をあげながらも、俺にその身体を預けると素直な様子に変わる。

 

 そんな2人の耳元に小さなこえで――――

 

 

 

「穂乃果とことりのどっちもに決まっているじゃないか――――」

 

 

 

――――と囁く。

 

 

 すると、2人は身体をビクンとさせて火照り始める。 どうしようもなく(とろ)けた顔で見つめ直す2人は、今はもう普通の表情に戻ることはできないだろう。 この欲望に満ち溢れたそんな顔を誰にも見せたくは無い。

 

 

 そして俺は、2人に―――――

 

 

 

「なにがしたいのかな――――?」

 

 

 

――――と、悪戯な心を剥き出しに囁いた。

 

 

 そして2人は―――――

 

 

 

「「そ、蒼君(くん)の思うがままに………シテ………♡」」

 

 

 

 そして俺は、2人の欲望を満たす限りのコトを行ったのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 湯船に浸かるよりも熱い一時を過ごしてしまったために、若干、疲労が溜まってしまっている。 しかし、精神的には、満たされたと言うか、潤ったと言うべきか……病み上がりであるはずなのに、こう言うことをして大丈夫なのだろうか? と思うところもあるが、今のところ支障は無い。

 

 今のところ、俺は元気です。

 

 

 それはそうと、夜も段々と更けてきた。 もうそろそろ寝なければならない時間となるはずなのだが、アイツらは未だにここにいる。

 何故なら、アイツらは一晩だけ泊まっていくと言うことをちゃっかり決めちゃっていたのだ。 そこに俺の干渉は届くことが無く、半ば強制的にそうなってしまったのだ。

 ちなみに、各家庭には事情は伝わっているらしいのだが、何とも不安でしかないような気がして溜まらない………これで俺にとやかく言われたらどうするつもりなのか、是非ともそこん所を聞いておきたいものだ。

 

 

………あれ? そう言えば、さっきから希の姿を見掛けないぞ? というより、帰って来てから希と顔を合わせたのは、最初のお出迎えや食事時くらいだ。 あとは、何故かすれ違うこともなくこの時間にまでなってしまったのだが、本当にアイツはどこに行ったんだ?

 

 

 もしかして、避けられてたりするのだろうか? いや、まさか………

 

 

 そう考えてしまうと、気になって仕方なくなる。

 というわけで、ちょうどリビングに集まっていたみんなに希がどこにいるのかを聞いてみることにした。

 

 

 

「なあ、希を見かけなかったか?」

 

「え? 希ちゃんなら多分、上にいると思うよ♪」

 

「ええ、蒼一の部屋で待っていると思いますよ♪」

 

「まあ、いるかどうかなんて確かめないと分からないけどね♪」

 

「希ちゃん、どうしているんだろうねぇ~♪」

 

「絵里やことりも一緒にいるみたいだし、言ってみたらいいんじゃないかしら♪」

 

「希ちゃん、顔を真っ赤にさせてとっても可愛かったにゃぁ~♪」

 

 

 

………ん? それは一体どういうことなんだ? みんな口をそろえて意味深な言葉を発しているのだが、その意図が読み取れない。 というか、言われるまで、ここにエリチカとことりがいないと言うことにも気が付かなかった。

 つまりは、俺の部屋で3人が何かをやっている………? 少し気になるところだな、行ってみるか。

 

 

 そう思い立った俺は、そのまま自分の部屋に向かっていくことに――――その際、穂乃果たちが意味ありげな笑みを浮かばせながら俺を送っていったのが、不自然に気になっていた。

 

 

 

 階段を上がって俺の部屋の前にやってくると、ちょうどそこに、俺の部屋から出てくるエリチカとことりの姿があった。 2人のその手には、何やら大きな袋を下げているのだが、何が入っているのだろうか? 気になってしまう。

 

 

「あら、蒼一。 もう来てしまったのね」

 

「何のことだ、エリチカ。 というか、ことりも俺の部屋で何をしていたんだ? そして、希は?」

 

 

 すると、2人はお互いの顔を見合わせるとクスリと笑っていた。

 何か面白いことでも見つけたのだろうか? 俺にはすぐに話すことなく笑っていたのが印象的だった。

 

 

「希ちゃんならこの中で待っているよ♪」

 

「かなり、可愛く仕上がったからちゃんと隅々まで見てあげてね♪」

 

 

 2人はそれを捨て台詞のように言った後に、俺の前からいなくなる。 そして、残ったのは俺とこの扉――――さて、何が待ち構えているのだろうか……早速開けてみることに―――――!

 

 

 

 

「………おじゃましま~す………」

 

 

 自分の部屋なのにどうしてこんなことを言わねばならないのか、俺にもサッパリわからないのだが、多分、雰囲気でそう言ってしまったのだと思っている。

 

 しかし、中に入って見ても、肝心の希の姿が見えなかったのだ。

 

 

「あれ? どこにいるんだ?」

 

 

 アイツらは、ここにちゃんといるって言っていたから間違いないとは思うのだが、こうも見当たらないと考えモノだな。 俺の見える範囲にあるところはすべて探しては見たモノの、居ると言う気配すらないとは………さて、どうしたものだろうか………

 

 

 少々、落ち込んで下を向いてしまいそうになるのだが、ふと、顔をあげるとまだ探していない場所があるところを発見する。

 

 

「確か、まだクローゼットの中は探してはいなかったはず…………」

 

 

 思ったらすぐに行動に移すと、早速、クローゼットの扉を開いてみる。 ジャケットなど幾つもの俺の服が掛けられているその中に、とても不自然な衣服が………

 明らかに俺の服でもない。 となると、考えられるのはただ1つだけだった。

 

 

 

「………何やってんだ、希………」

 

 

 少々、呆れがちになって声をかけてみると、それに反応するように服を揺らす。 あー……これはやっぱり希なのか……と思いながら、服の中を探るように伸ばしていくと、やわらかい感触に当たる。 「ひゃっ!」という声が聞こえると、触れたそれをそのまま引っ張り出して俺の前に明らかにさせた―――――

 

 

 

「の、希………その格好………」

 

 

 あたふたと覚束ない足取りで俺の前に現れた希の姿に、目を見開いてしまう。

 何故なら、さっきまでの制服エプロン姿をしていたはずなのに、とても刺激的なメイド服姿となっていたからだ!

 

 

「い、いやぁ……見んといてやぁ………」

 

 

 少し涙目になりながら赤面する希。

 見るなと言われても、その姿を一目見た瞬間から離れようにも離れないのだ。 極限にまで短くされたスカートに、腰に回る大きなリボン、そして、何よりも一番目立つのは、首元から胸元にかけてまで大きく開いた素肌だ。 しかも、希の大きな胸を包むブラが思った以上に小さく、ブラが胸を包むのではなく、胸がブラを包むという大胆なモノとなっているのだ!

 

 そんな俺に見せつけるような大きな胸を出して、見るなと釘を刺すのは難しいことだ。 それだけじゃなく、全体的にも肌の露出が多いのに、どうしろというのだよ。

 

 逆に、こっちが戸惑ってしまう始末だ。

 

 

 

「な、なんでお前がそんな格好をしているんだよ………」

 

「そ、そないなこと言われても……えりちとことりちゃんに呼ばれてきたら、急にウチの服を脱がされて、この服に着替えさせられたんや………」

 

「あー……だからあんな袋を………」

 

 

 あの大きな袋の中身は、希の制服だったってわけか……なるほど、それはひどい。

 だが、いい仕事をしてくれてありがとう、エリチカ、ことり。 おかげでいいモノが見れました。

 

 この時ほど、お前らの事をありがたいと思ったことは無いぞ………!

 

 

 

「しかしだ、そんなに恥ずかしがる必要なんかないじゃないか? 結構、似合ってると思うんだけどな?」

 

「………ほんま………?」

 

「ああ、かわいい。 めっちゃかわいいぞ、希」

 

「ふぇっ……?!! そ、そないなこと言わんといてよぉ~! めっちゃ恥ずかしくなってきよったわ………」

 

 

 かわいいと言われたことがそんなに恥ずかしかったのか、希は俺に背を向けてうずくまってしまう。

………って、背中の方も背筋とか肩甲骨とかがハッキリと分かるくらいに肌を露出させてるのかよ! ………なんかエロいな………

 

 

「………今、ウチの事をやらしい目で見いひんかった?」

 

 

 あれ、バレた? こちらに顔だけを向かせて、ジト目で俺を見つめる視線が少々痛いのだが、事実なので仕方ない。 俺は腹をくくる気持ちで、暴露する。

 

 

 

「ああそうだよ! お前のことをとてもイヤらしい目で見ちゃってたよ!!」

 

「ええっ?!! そ、蒼一!!?」

 

「背中のスベスベの肌とかさ、見たらちょっと触りたくなっちゃう衝動に駆られたくなっちゃうじゃん! 肩甲骨のところとかめっちゃエロいじゃん! それに何なんだよ、その見せつけるような胸はさ! 誘ってるのか? もしかして、本当に誘っちゃってるのか?? そんなエロかわいい姿を見せつけているのに、どうして見るなって言うんだよ、無理だよ!! てか、めっちゃかわいいから!!」

 

「ふぇっっっっっ!!!! や、やめてえぇぇぇぇぇぇ!!!! 恥ずかしいから、それ以上言わんといてや!! 恥ずかしさのあまり、爆発してしまいそうやん/////////」

 

 

 希の言う通り、今の希は、頭のてっぺんから足のつま先までのすべてがリンゴのように真っ赤になっており、頭からは蒸気のようなモノまで立ち上っている始末。

 ただし、俺は悪くない。 俺はただ、自分の気持ちに素直になって語っただけなんだ……だから、悪くない!

 

…………多分。

 

 

 

「もおぉぉぉ……蒼一のあほぉぉぉぉ………もう、まともに見れへんやないの…………」

 

 

 さっきよりも悪化してしまったか、希の塞ぎ込みようは一層深くなっていた。

 さすがに、やりすぎたのだろうか……? とちょっとだけ反省する。

 

 

 その時、あることをハッとなって思い返した。 そうだった、これについて聞かなくちゃいけなかったな………

 

 俺は、希に近づくと、同じ視線の高さにまで屈んで希に尋ねてみる。

 

 

「なあ、希。 お前はどうして、俺を避けるようにしているんだ?」

 

 

 その声にビクッと肩を震わせると、ゆっくりとこちらの方に顔を向けてきた。

 

 

「そ、それはやなぁ………その……恥ずかしかったし……めっちゃ申し訳ないなって思っとったんよ………」

 

「申し訳ない……? なんだそら?」

 

「あ、あんな………ウチ、みんなに迷惑かけたやん? そん中でも蒼一にはめっちゃ迷惑をかけたと思っとる。 そう思うとな、ウチはどないな顔をしたらええんか分からんのや………」

 

 

 覇気のない声で延々と悔やむ言葉を探す希。 まだ、自分のやったことに後悔の念を抱く悲愴感を漂わせていた。

 

 希がここまで引き摺ってしまう訳は、多分その性格にあるのだろう。 希は幼い頃から転校ばかりを続けいたために、自分の感情を押し殺してしまうモノがあった。 たとえ自分が欲しいと思っているモノがあってもねだることもせずに我慢してしまうのだろう。

 

 そのため、持っているモノだけは大切にしようという考えを抱くようになったはずだ。 それは友人関係にも言えることだ。 以前、エリチカが希を突き放した時、希はその関係を何とか修復しようと努めていた。 それはエリチカの事をとても大切にしていたからだ。

 

 それも含めて、今回のことを考えると、今までの希では考えられない行動を行っている。 μ’sの内部崩壊を目論んだことこそ、ありえない話だった。 まして、アイツにとって初めてと言えるたくさんの仲間を得たのもμ’sのおかげでもある。 自分で命名するほどに大切にしていたμ’sをその手で壊すなど、自分の首を絞めるに等しい。

 

 そんなジレンマを抱えながら行動していたと考えると、心に来るものがあったのだろう。

 

 そうした心の重荷が今の希に強く圧し掛かっていたのだ―――――

 

 

 

 

 

―――けど、俺はそれを見て見ぬ振りなど出来るはずもなかった。

 

 

 

 

「希……」

 

「えっ……そう……いち………?」

 

 

 俺は希の背中からその身体を包むように抱きしめた。 そのことに、少々戸惑う様子を見せるのだが、さっきよりも悲しい気持ちが和らいでいる様子だった。

 

 俺はその耳に囁く―――――

 

 

 

「大丈夫だぞ、希。 俺は迷惑だなんてこれっぽっちも思っちゃいないさ。 というより、今こうして希と身体を寄せ合っていられることに喜びを感じているんだ」

 

「よろこび……? どうしてなん……?」

 

「そんなこと、決まっているじゃないか――――――俺は希の事が好きなんだから」

 

「~~~~~ッ!!!」

 

 

 俺の囁きを耳にすると、また耳をポッと紅くし始める。 正面から見ていないため、今どんな顔をしているのか分からないが、きっとリンゴのように全体を紅くしていることだろう。

 

 

 

 

「ほんま……? ほんまに、ウチの事好きなん………? ウチ、めっちゃめんどいよ?」

 

 

 その時見せた、希の最後の不安――――それを解かしてやる。

 

 

 

「奇遇だな、俺も明弘から認定されるほどのめんどくさい男だ。 それに、欲張りな男でもある。 だから案ずるな、俺はお前がどんなヤツだろうと、ちゃんと受け止めてやるからさ………」

 

 

 そう言った途端、腕に熱いモノが流れ落ちた。 それが何かを知ろうと、正面に身体を寄せると、その目からたくさんの涙を滂沱に流していたのだった。 その涙は止まることを知らずに、着ている服までも濡らしてしまうほどに流れ落とした。

 

 そんな赤ん坊のように泣き出す希を今度は正面から抱きしめてあげ、その涙を拭い始める。 そして、気が休まるまで泣かせると、顔と顔を向き合わせてニッコリと微笑んで見せた。

そしたら、ぐずっていた希も次第に頬が緩み出して、最終的に俺と同じように微笑んで見せてくれた。 笑いながら涙を流していたが、それが逆に美しくさせるのだった。

 

 

 

「………希………」

 

 

 そんな姿に魅了させられてしまったのか、俺は段々と顔を寄せていった。 希も頬を真っ赤にさせながらも俺の気持ちに応えるように顔を寄せてきて来る。

 

 

「………そういち………」

 

 

 お互いの名前を呼び合い、気持ちを確かめ合った俺たちは、唇を重ね合わせた―――――

 

 

 

 

『んっ――――――――』

 

 

 ラベンダーのような濃い匂いと涙のちょっぴりしょっぱい味が口の中でとろけ出す。

 

 押したり、引いたりしない、自然な口付けで今度は生に触れ合ってお互いの感情を確かめ始めた。 ドロッとした希の唾液が口の中に入り込むと、俺の唾液と混ざり合う。 すると、どうだろう。 混ざり合った唾液が溶け合い、さらさらとした水のようになって口の中を満たした。 俺はそれを迷うことなく喉を通らせると、ほのかなあたたかさを含んだまま、俺の一部となっていくような気がした。

 

 

『ちゅっ―――――んちゅっ―――――ちゅるっ――――ちゅ―――――』

 

 

 唇を様々な角度を付けて何度も吸い付け合わせると、互いの身体が火照り始める。 俺はそうでもないが、希は顔から流れるほど汗を垂らし、肌蹴た胸元に滴り落とす。 その様子が、希の色っぽさをさらに掻き立たせるので、この行為に勢いを加え始めてしまう。

 

 

『んんっ、ちゅぅ――――――ちゅるっ―――――あぁん、ひゃ―――――ちゅ―――――』

 

 

 溺れさせてしまうほどの濃厚な口付けと、気を失わせてしまうほどの甘い吐息が合わさり、俺の感情と理性とをこれでもかというほどに弄ばされる。 それに、物足りなく感じたのだろうか、希は熱い舌を口の中に捻じ込ませ、絡められるものなら何でも舐め回してくるのだ!

 控えめに見せていたのとは裏腹に、貪るほどの強欲さを表に出してきた。 これが希の本性なのだと悟ると、抑え込まれていた体制から一気に覆そうとする。

 

 

 

『んんんっ!!! んあぁ、あぅ、んちゅ―――――んちゅるる―――――はぁっ――――はぁっ―――――』

 

 

 希の入れてきた舌に吸い付くと、これまでにないくらいに苦しそうに暴れ出す。 ただ、それがとてもよかったのか、とろけた目でねだるように見つめてくる。 だが、して欲しいと言う欲求に応えることはせず、代わりにそこからどんどん強気な口付けで押し通し、悶絶させるほどにまで吸い付いたのだった。

 

 

「はぁ――――ひやぁ―――――ひゃ―――――はぁ―――――はぁ――――――」

 

 

 顔の形が変わってしまうほどにとろけてしまった希は、これまでに見たことが無いくらいに嬉しそうな笑みを浮かばせていた。 俺はその腑抜けた身体を抱き寄せた。 希もなんとか力を込めて腕を俺の身体に絡ませて抱きしめ出す。

 そんな希の口から耳元に向かって囁きだす。

 

 

 

「蒼一………ウチ……今、とっても幸せや………愛しとるで………♡」

 

 

 甘ったるい愛情を注ぎこまれ、すれに溺れ掛けそうになる俺も、たっぷりの愛情を持って囁いた。

 

 

 

「俺も、愛してるよ……希………」

 

 

 

 そうして俺たちは、身体と身体を触れ合わせて互いの気持ちを感じ合ったのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『うわあああぁぁぁぁぁぁぁ??!!!!!』

 

 

「「!??」」

 

 

 俺たちが互いに抱き合い続けていると、急に扉が開きだして、そこから他のみんなが流れ出てきたのだった!

 

 

 

「んなっ!? なにやってんだ、お前たち?!!」

 

 

 突然のことで驚きながら、俺は倒れ込むみんなに問いかけた。

 

 

 

「えっ……ええっとぉ………あははは………もう、そろそろいいかなぁって思って来てみたら……ちょっとお取り込み中だったみたいで……その……見ちゃってました♪」

 

「み、見ちゃってましたって………お前ら……どっから見ていたって言うんだ………?」

 

「そのぉ……希ちゃんがクローゼットから出てきた時から……かな?」

 

「それって………一部始終見ていたってことじゃんか…………」

 

「い、いやぁ………その……ごめんなさい」

 

 

 穂乃果を含んだ7人が揃って引き摺った表情を浮かばせているのを見ていると……みんなにさっきまでのすべて見られていたのかよ………何それ? 公開処刑なのか? 俺の羞恥を見られるとは思ってもみなかった………穴があったら入りたい………

 

 

「で、でもぉ~蒼くんがことりの作った衣装を気に入ってもらえて嬉しかったなぁ……なんて?」

 

「それは許す……おかげでいいモノが見れた………」

 

「蒼一と希が……あんな破廉恥な……!!」

 

「いやいや、お前とした時なんかそっちの方が幾分か酷かったぞ?」

 

「希にあんなに激しく………羨ましい………」

 

「おい、エリチカ。 何をほざいていやがる?」

 

「あんな全身を絡みとられるような濃厚なキッス……にこもしてみたいなぁ~♪」

 

「する以前に、気絶しそうになってたヤツが何を言う………」

 

「あんなに舌使いが上手になっちゃって、うふふ♪ 次やった時が楽しみだわ♪」

 

「お、お手柔らかに頼む………」

 

「そ、蒼一にぃの濃厚なキス………ど、どんな感じなのかなぁ………?」

 

「花陽、お前は知らなくていいんだ。 純粋のままでいてくれ……!」

 

 

……とまあ、口々に感想やら今後のことについて語るやら、ほんと、とんでもない感じになってしまったなぁ………

 

 数週間前では、到底考えられない光景だわ………

 

 

 

「しかし、お前たちは何を企んでいたんだよ………順々に、俺とこういうことをしようなんて何が目的なんだよ?」

 

「あれ? もしかして、バレちゃってた?」

 

「バレるもなにも、お前たちなら一気に襲い掛かって来るだろうと思ってたのにそうしようと言う気配すらない。 バレないと思っている時点でバレちまうのさ」

 

「あはは………まいったなぁ………」

 

 

 穂乃果たちは少々焦るような表情を見せる。 そして、腹をくくったような表情をし出すと、俺に語りかけた。

 

 

 

「あのね。 こういうことをするようにって言いだしたのは、弘君なんだ」

 

「明弘が――――!?」

 

 

 ここで意外な人物の名前が出てきたことに驚いた。 しかし、その気持ちに浸るよりも穂乃果の話が続いた。

 

 

 

「弘君からね、蒼君が私たちのことを信頼してないんじゃないかって話を聞いてね、穂乃果たちちょっとショックだったの………蒼君の大切な存在――――恋人になったのに、まだ私たちの事を信頼してくれてないことが、ちょっとイヤだったの―――――」

 

「穂乃果………」

 

「でも、ことりたちも仕方ないなって思ってたりするところがあったよ………だって、ことりたちは蒼くんのことを傷つけちゃったんだもんね―――――」

 

「ことり………」

 

「あなたに負わせてしまった傷というのは、数えることが出来ないほどでした。 それを行ってしまったのに、信頼して欲しいなど……あまりにも虫が良すぎです―――――」

 

「海未………」

 

「私たちはあなたを苦しめた………あなたの想いを踏みにじってしまうことを何度もしてしまった―――――」

 

「エリチカ………」

 

「そして、ウチらは蒼一の心の闇を蘇らせてしもうた……忘れたかったはずの記憶を呼び起こしてしもうたんや―――――」

 

「希………」

 

「でもね、だからと言って、私たちは蒼一の前から逃げたりなんかしないわ。 何があっても蒼一のために頑張るって決めたんだから―――――」

 

「にこ………」

 

「まだ、私たちの事をちゃんと信頼しなくてもいいよ……でも、花陽たちは蒼一にぃの事を信頼しているよ! 誰よりも強く思っているからね――――――」

 

「花陽………」

 

「だからね、蒼一。 これだけは覚えておいて。 私たちは、あなたの事を決して忘れない。 あなたの事をもう決して裏切ったりなんかしない。 あなたが傷付いた時は必ず私たちが助けに行くから―――――」

 

「真姫………」

 

 

『だって、私たちは…………そういち(くん)のことが大好きだから………愛しているから………!!』

 

 

 

「~~~~ッ!! おまえ…ら………!!!」

 

 

 

 穂乃果たちの生の感情を直接受け取ると、思わず涙が出てきてしまった。 これほどまでに、俺の事を思っていてくれていただなんて………俺は知らなかった………

 俺は、明弘に言ったように、コイツらの事を心から信頼することが出来ていなかった。 裏切られたことの怖さが脳裏から離れること無く、ただ苦しむばかりだった。

 

 だが、こうしてみんなの本心を感じると、悔しくって思わず泣き出してしまう。 こんなに俺のことに真剣になってくれているのに、どうして俺は避け続けていたのだろうか………それが堪らなく悔しくって、苦しくって、どうしようもなかった。

 どうしようもないくらいに、みんなの気持ちが嬉しかった………心を救われたような気がした………そして思うんだ、みんなと一緒ならきっと俺も変われるだろうって………

 

 

 だから、応えたい……みんなの気持ちに………!

 

 

 

 

「穂乃果」

 

「!」

 

「ことり」

 

「!」

 

「海未」

 

「!」

 

「エリチカ」

 

「!」

 

「希」

 

「!」

 

「にこ」

 

「!」

 

「花陽」

 

「!」

 

「真姫」

 

「!」

 

 

「お前たちの気持ち……受け取らせてもらった………とても熱くって、あたたかくって、とてもやさしい……そんな気持ちたちが俺の中で喜んで駆けまわってくれている………ありがとう………」

 

 

 静かにみんなの名前を呼ぶと、みんなの顔が俺に向けられた。 切なそうな顔をしているのに、その目は情熱的に燃えていた。 それがとてもあたたかく、頑なな心を溶かしてくれた。

 

 もっと触れたい……もっと感じていたい………そんな気持ちが俺の中で膨張し、そして、みんなに打ち明ける。

 

 

 

 

「そんなみんなに……伝えたいことがあるんだ………いいかい?」

 

 

 みんなゆっくりと頷いて、耳を傾けてくれた。

 俺は大きく深呼吸すると、心を落ち着かせた。

 

 そして、あの言葉を思い返した―――――

 

 

『どんな結果を得ようとも決して後悔するな―――』

 

 

――――爺さん……俺は自分を貫き通すよ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、お前たちの事を――――世界中の誰よりも愛しているんだ―――――!」

 

 

『!!!』

 

 

「そして、俺は欲の強いヤツで……何か一つだけを取るってことが出来ない………だから、俺の我儘かもしれないけど………みんな、俺の隣に居てほしいんだ………!」

 

 

『!!!』

 

 

「俺の我儘を……聞いてくれるか………?」

 

 

 

 ふざけているかもしれない……本当に我儘なヤツだと罵られるかもしれない………けど! それでも、これだけは譲りたくない………これが……俺の本心だからだ………!

 

 

 

 

「ふふっ♪ 蒼君らしい答えだね」

 

 

 穂乃果は少し微笑むと、やわらかな声をかけてきた。 それに合わせるように、みんなも同じように微笑んでいた。

 

 

 そして―――――

 

 

 

 

「蒼君。 私も蒼君のことを愛してるよ。 だから、穂乃果の彼氏になってね♪」

 

「穂乃果………!」

 

「ことりは最初っから蒼くんのことを愛しているんだよ! だから、ことりのことをもっと愛してね♪」

 

「ことり………!」

 

「あなたが我儘なのは昔から知っておりました。 不束者ですが、これからも私の事をお慕いして下さいね♪」

 

「海未………!」

 

「うふふ、私の愛に呑み込まれないようにね。 私のダーリン♪」

 

「エリチカ………!」

 

「ウチの愛情をこれからもたぁっぷり注入するからな♪ 覚悟しといてな?」

 

「希………!」

 

「今日から蒼一もこのにこにーの彼氏になるんだから、にこのことをもっと大事にしないと許さないにこ♪」

 

「にこ………!」

 

「私のお兄ちゃんとして……私の彼氏さんとして………私も我儘だけど、これからもずっと蒼一にぃの傍にいるからね♪」

 

「花陽………!」

 

「私はいつまでも、蒼一の傍を離れたりしないから………約束するわ。 あなたは私の恩人。 そして、私が愛した唯一の人なんだからね♪」

 

「真姫………!」

 

 

 みんなのそれぞれの気持ちが俺に集まった。

 俺の我儘に応えてくれたことがとても嬉しかった………嬉しすぎて……ちょっと、涙が出て来てしまったようだ………

 けど、まだ終わってない……最後に伝えなくちゃいけないもんな………

 

 

 

「ありがとう――――そして、これからもよろしくな―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 これから、どんなことが待ち受けているのかなんて分かりやしない。 けど、決して辛いものばかりじゃないと俺はそう思っている。 何故なら、俺には……みんなが付いているから………1人じゃ乗りきれないこともみんながいれば乗り越えられると信じている。

 だからこそ、俺は歩んでいくことが出来る。

 

 

 もう、後悔なんてしない………負けたりなんかしない………今ある、最後の壁もいつかは乗り越えられると信じている……!

 

 

 

 

 運命は………いつだって、抗って乗り越えるものなんだと、教えてくれたから………

 

 

 

 

 

 

 

 俺の―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――彼女(女神)たちから

 

 

 

 

 

 

 

(次回へ続く)

 




ドウモ、うp主です。


長過ぎてすみませんです。
今回で、蒼一視点の話はおしまいになります。


そして、次回で最終回です。


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 嵐が過ぎ去った後というのは、どうしてこうも清々しく心晴れやかな気持ちになるんでしょうか?

 

 それは多分、嵐が来る前よりも来た後の方が、雲ひとつない快晴が空を青く染め上げてくれるからだと私は思っております。 それに人という生き物は、燦々と輝くお天と様の光を浴びるとぐんぐんと成長していくモノで、より活発化してしまうモノなのですよ。

 

 特に、じめじめした梅雨の後ならなおさらです。

 

 

 

 気が付けば、もう梅雨が明けて、絶好の夏日和が解禁されまして、我々学生たちもあともうしばらく学校に登校すれば、晴れて夏休みという自由を手に入れられるわけで今からもう楽しみで仕方ありません。

 

 

 そんな私は、優雅に自分の部室内でエアコンをガンガン効かせて、ロックな氷たちを山盛りにさせたジュースを呑んでいるわけで、ちょっとした豪遊気分です♪

 

 

「……ぷはぁぁぁ! キンッキンッに冷えたリンゴジュースは、やはり何ものにも後れを取らない至高の一品ですぅ~!!」

 

 

 今日に限ってめちゃくちゃ熱い日になるとは思ってもみませんでしたが、こうした場所でくつろぐことが出来ると、何ともダメ人間になってしまいそうですぅ~………このままだらけたいですぅ~~~………

 

 

 

 

「洋子、さすがにだらしなくねぇか?」

 

「そうだにゃぁ! そんなところでゴロゴロしていると、牛さんになっちゃうにゃ!」

 

 

 

………そうでした、お2方が来ていることをすっかり忘れていました。

お2方の呆れたような視線を浴びながら、私は身体を起こして姿勢を整わせてもらいます。 こほん、と咳払いをしまして、当初行うことを予定していたことについて話し始めることにしました。

 

 

「それでは、改めまして。 お2方から見た今回の一件についてお教え願います♪」

 

 

 

 これが、このファイルの締めくくりとなる最後の記録(レポート)です。

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

「そもそも、今回のアレは何が原因だったのでしょうか?」

 

「まあ、一言で言えば、兄弟のヘタレっぷりのせいじゃねぇかなぁ? ああ見えて、自分のことになるとダメになるからなぁ」

 

「ヘタレですか……」

 

 

 蒼一さんの事を一斬りにヘタレという烙印を押してしまう明弘さんは、用意したお茶を口に含めながら軽く言い放ちました。 私から見ると、そうは見えなかったのですが……やはり、長く共にいるこの人だからこそ見えるモノや言えることもあるのでしょうね。

 

 

「あぁ、それと付け加えるとしたら、兄弟はいろんな女にちょっかい出し過ぎたってことかな? ただでさえ、穂乃果たちに振り回されているのに、μ’sのヤツらにもいろいろと関わったからな。 しかも、悪いことにみんな好意を抱いちまったわけだが……その後の処理を万全にしなかったのが悪いな」

 

「あー……何だか分かるような気がします。 人助けをしてしまうと言う癖が自然にそうさせているのでしょうけど、それが返って八方美人のような感じで、気を惹かせてしまったと言うヤツですか?」

 

「そゆこと」

 

 

 ビシッと、人差し指を突き出して、それだ! と言う仕草をして見せますと、ちょっと間を開けてから、顎に手を添えて考えてました。

 

 

「いや、待て。 とは言っても、一概に蒼一を悪く言うことはできねぇな………」

 

「と、言いますと?」

 

「あの廃墟の中でも言ったように、蒼一は以前、信頼できるヤツらに裏切られ心を閉ざしていた。 それをずっと引き摺って、他人をあまり信頼しようとしなかったのさ。 その中で、俺だったり蒼一の家族とかは別だったな。 あとは、謙治さんと……あの人くらいか………」

 

「なるほど………あのぉ……その蒼一さんに起こった悲劇というをもう少し詳しくお聞かせ願いませんか?」

 

「残念だが、こればかりは今の俺からは言えねぇ………時が来たらまた話すとしようか」

 

 

 そう言って、椅子に深々と座り直すと、肩に掛かっていた力を抜くように大きな溜め息をついてました。

 

 

 

「そう言えば、みんながこんな状況だったのに、凛ちゃんだけは大丈夫だったのですか?」

 

「んにゃ?」

 

 

 ふとした疑問を抱き、話題を凛ちゃんの方に切り替えますと、目をぱちくりさせて私の方を見て下さいました。 ほんと、こう見ますとネコみたいな子なのですね♪

 

 

「う~ん……凛にもよく分かんないかも……凛も蒼くんの事好きだけど、多分、かよちんや真姫ちゃんみたいな好きじゃないと思うんだ」

 

「それって、恋愛感情ではないと言うヤツですかね?」

 

「多分そうだと思う。 凛には、まだそう言うのが分からないからだと思うにゃ」

 

「なるほど、そう言うことにしておきましょうね。 あ、穂乃果ちゃんから御饅頭を貰ったのですが、お1つどうです?」

 

「いいの! わぁ~い!! 洋子ちゃんありがとー!」

 

 

 私からそれを受け取りますと、袋を乱暴に開けてすぐに口の中へと入れてしまいました。 その時に見せた、無邪気においしそうに食べる姿が何とも愛らしいですね。 こういう感じですから何ともなかったのでしょうね。

 

 

「そういやぁ、あん時に洋子が言い放った言葉が傑作だったなぁ~何だっけなぁ………?」

 

「あー! 確か、穂乃果ちゃんたちに言ったアレだにゃ!」

 

「え……? ちょっ………」

 

「確かこう……『あなたたちは一体何をやっているのですか!! あなたたちの大切な人が大変なことになっていると言うのに、何いざこざを起こしているのですか!! 馬鹿ですか!? それでもあなたたちは、蒼一さんとくんずほぐれつイチャコラして一線を越えた仲ですか?! いい加減にしなさい!!!』…だったけな?」

 

 

「わぁー! わぁ―――!! や、やめて下さい!! 恥ずかしいですぅ!!!」

 

「何言ってんだよ? あんな最高な言葉を並べ立てたのに自分で恥ずかしくなてるのかよ?!」

 

「だ、だって………あれはその場の雰囲気に押されてなので………」

 

「けどまあ、そのおかげで穂乃果たちは何とかなったんだけどな」

 

 

 いやぁ………忘れもしませんよ、あの蒼一さんが希ちゃんたちに連れ去られた時に言った言葉なんて……もう、忘れて、思い起こしたくないです…………

 

 

 

 

「あっ、最後に写真、よろしいですか?」

 

 

 

 

(カシャッ!)

 

 

〖広報部部室内にて撮影:滝 明弘、星空 凛〗

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……洋子ちゃん………」

 

「はい、どうしましたか?」

 

「えっとぉ……さっき撮った写真……もらえないかなぁ……?」

 

「あぁ、いいですとも。 あとで焼き増ししますよ」

 

「ほんと!! ありがとにゃー!」

 

「いいですよ、これくらい。 というより、明弘さんとはうまくいってるのですか?」

 

「にゃ?! な、何のことかにゃ……?」

 

「惚けたって無駄ですよぉ~凛ちゃんが明弘さんのこt…「にゃにゃにゃぁ~!!! そ、それ以上は言わないでぇ~~~!!」」

 

「あはは、冗談ですよ。 兎も角、あとは任せて下さいよ」

 

「むぅ~……洋子ちゃんのいじわるぅ~………」

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 さっきは、いい写真が撮れましたねぇ~♪

 この調子でドンドン取材をしていきたいものですね。 それでは、お次はどなたに致しましょうかねぇ?

 

 部室を出た私は、気ままに廊下を歩きまわり、いいネタ……取材可能な人を探しているところです♪

 

 おや? 賑やかな声が聞こえてきましたねぇ………行ってみましょうか

 

 

 

 

「おやおや! こんないいタイミングに集まってたのですか!」

 

 

 教室の端の席で、何やらお話に花を咲かせていましたのが目に入りましたので、早速取材をと聞いてみたわけです。

 

 そのお相手とは―――――――

 

 

 

 

 

「あ! 洋子ちゃん。 どうしたの?」

 

「いやですねぇ~、今回のことで取材の方をですね、してもらえないかと思いまして………あぁ、海未ちゃんもことりちゃんも一緒にお願いしたいのですよ」

 

「ことりも?」

 

「洋子、何か企んでたりしてませんか?」

 

「い、いえ、そんなことございませんよぉ~あはは………」

 

 

 穂乃果ちゃんとことりちゃんからは、心よく引き受けて下さりそうな雰囲気なのですが……海未ちゃんの疑い掛けるような視線を受けまして……とてもやり難いです………

 

 

「もぉ、海未ちゃんてば、心配し過ぎだよ」

 

「そうだよ、海未ちゃん。 私たちはありのままのことを話せばいいんだから♪」

 

「ですが……わかりました。 ただし、変なことは聞かないようにしてくださいね?」

 

「わ、わかってますって、あはは………」

 

 

 本当に、慎重なお方ですからね……私が考えているあれやこれやらとお話を聞きたいのですが、これはもうしばらくお預けのようですね………

 

 それでは、取材の方をさせていただきましょうか。

 

 

 

 

 

「失礼承知で聞きますが、やはり、3人とも蒼一さんの事が好きだったからあのような行動に出たのですか?」

 

「あはは……本当に失礼な内容だね………うん、穂乃果は最初からそのつもりでやってたところはあったよ。 それに、蒼君が傷付くところをもう見たくなかったってのもあるんだけどね」

 

「私も同じですかね。 何と言っても蒼一は私の心の支えでもありましたし、何かを失うと言うことがどれほど辛いものかを分かっていましたから」

 

「ことりは……やっぱり、蒼くんが好きだった。 ただそれだけだよ………」

 

 

 3人ともこの話題について触れますと、やや気分が落ち込んでいる様子です。 蒼一さんの幼馴染であるこの3人は、本来ならば蒼一さんの事を支える側にあるはずが、逆の立場を選んでしまったという苦い想いがあるからでしょう。

 その後悔の念が未だに残っているのでしょうね。

 

 

「でもね、穂乃果は結果的によかったと思ってる。 確かに、穂乃果は海未ちゃんやことりちゃん、みんなに迷惑をかけたけど、蒼君の気持ち、みんなの気持ちもわかった。 そして、穂乃果がずっと仕舞いこんでいた気持ちを打ち明けられた。 だから、すべてが悪かったって思ってないの」

 

「穂乃果の言う通りかもしれませんね。 みなお互いの気持ちを知らなさすぎた、故に互いを傷つけるほかなかったと言うこと。 ですが、今は違います。 お互いを知ることが出来たからこそ、今の私たちがあるわけなのですから」

 

「このまま、みんなの気持ちを知らなかったら、多分私は素直になれなかったと思うの。 みんな私よりもすごいんだって、ずっと決め込んで自分を追い込んじゃってた。 だから、こうして素直な気持ちになれてホッとしてるの」

 

 

 そう嬉しそうに話をするみなさんの表情には、一点の曇りもないモノを感じられました。 これが成長した証しなのでしょうね。

 

 

 

「ではでは、写真の方もお願いしますね♪」

 

 

 

 

(カシャッ!)

 

 

〖2年生教室内にて撮影:高坂 穂乃果、南 ことり、園田 海未〗

 

 

 

 

「ちなみに、先程はどんなお話を?」

 

「あのね! これから蒼君と一緒にいる日程を考えていたの!」

 

「に、日程…………」

 

「これからは堂々と蒼君と一緒にいられるからね! ちゃんと決めておかなくっちゃ♪」

 

「え~っと、ことりは夜がいいなぁ~また一緒にお風呂に入れそうだし♪」

 

「私は……今のところ下校時で大丈夫です……一緒に帰れる時ほど落ち着いていられますからね」

 

「えぇー! そ、それじゃあ……う~ん、どうしようかなぁ………」

 

「あはは………蒼一さんの気苦労がまた増えそうですね………」

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 さてさて、穂乃果ちゃんたちの話をずっと聞いていたら、太陽が沈んでしまいそうですね。 それでは、お次はどちらに行ってみましょうかな?

 

 ここだとそうですね…………おや、中庭にちょうどいらっしゃりますね!

 

 

 

「すみませーん! お話をお聞かせ願いたいのですが!」

 

 

 中庭のベンチに座っていましたお2人を見つけますと早速取材の準備を始めてしまいます。

 

 

 

 

 それでは始めましょうかね――――

 

 

 

 

 

「あ、洋子ちゃん。 花陽たちに何か用かな?」

 

「あら、洋子じゃないの。 その感じだと、また取材ね」

 

「その通りなんですよ、真姫ちゃん。 是非とも今回の話を聞かせていただきたいのですが………」

 

 

「ええ、構わないわよ。 ちょうど、作曲も終わったことだし、花陽は?」

 

「うん、私も大丈夫だよ。 私に出来ることなら何でも聞いてね」

 

「はい! それではじっくりとお話の方を聞かせていただきますね♪」

 

 

 真姫ちゃんは持っていた楽譜を一旦仕舞い、花陽ちゃんも準備を整えてくれました。

 

 ではでは、始めさせていただきますね――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が思うに、真姫ちゃんが蒼一さんと同棲していたと言うことは、とても興味深いモノですが、逆に嫉妬されやすいことだと思うのですが、その辺はどうでしょうか花陽ちゃん?」

 

「ふえぇ?! わ、私ですかぁ?!」

 

「はい、以前に蒼一さんと一緒に暮らしたいと言う願望があったようなので、どうかと思いまして?」

 

「そ、そうだなぁ……確かに、蒼一にぃと一緒に暮らせるって考えたら嬉しすぎちゃうなぁ。 実際、私は嫉妬しちゃったし………真姫ちゃんが羨ましかったよ………」

 

「まあ、それが普通の事だと思うわ。 それは花陽だけじゃなくって、みんなも同じことを考えていると思うわよ。 けど、それがここまで酷いモノになるとは思ってなかったけど」

 

「うぅ……ごめんね、真姫ちゃん………」

 

「は、花陽が謝ることじゃないでしょ?! というより、私迷惑かけちゃったんだからお互いさまよ。 でもね、おかげで私は前より強くなった気がするわ。 弱気だった私から結構変わったと自分でも思うわ」

 

「むぅ……確かに、以前の真姫ちゃんよりも何と言いましょう、輝きを増した気がしますよ?」

 

「あら、そう言ってくれると嬉しいわ♪」

 

 

 実際そうなのです。 以前の真姫ちゃんよりも、より積極的になったといいますか、気持ちが分かりやすくなったような気がするのです。 それが見た目にも大きく反映されてまして、彼女の魅力が高まったのです。

 

 

「花陽は……まだ、何も変わってないよ………自分に自信ないし、臆病になっちゃうし………」

 

「大丈夫よ、あなたも蒼一と一緒にいればきっと変われるわ」

 

「蒼一にぃと……?」

 

「えぇ、私は蒼一と一緒になれたから変わることが出来たのよ。 花陽も頑張りなさい。 出来るだけ蒼一と一緒にいられるようにね♪」

 

「う、うん! ありがとね、真姫ちゃん♪ 花陽、頑張ってみることにするよ!」

 

「その調子よ、花陽♪」

 

 

 あー……何でしょう……私が入っていける余裕がまったくないような感じがして………ダメですね、これは入れないです。 いよいよ、2人の世界が作られる時が近いのでしょうか? いやはや、これは楽しみです♪

 

 

 

「あのぉ……最後によろしいでしょうか……?」

 

 

 

 

 

 

(カシャッ!)

 

 

〖中庭にて撮影:西木野 真姫、小泉 花陽〗

 

 

 

「ちなみに、蒼一さんとどんなことをしたらそんな感じに?」

 

「そうね……まずは、食べ合いっこするでしょ。 一緒にお風呂に入って身体を洗い合うでしょ。 そして、一緒に寝ることかしら? あと、おやすみなさいのキスも必要よ♪」

 

「いやいやいやいや、普通の女子高生が応える内容じゃないですよ?!」

 

「でも、私はそうやってきたからしかたないでしょ?」

 

「仕方ないと言われましても………あれ、花陽ちゃん?」

 

「花陽………? ダメだわ、気絶してる………」

 

「いくらなんでも刺激が強すぎたのですよ………」

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 

 ふう、何でしょう………聞けば聞くほど、すごいことばかりを聞かされているような気がします………私の知らぬ間に、みなさんこんなにも成長をなさっていたとは…………いえ、成長し過ぎなのかもしれませんね。

 

 

 

 さて、お次は………ん、もしかしたら………

 

 

 ふと、とある直感が働きまして、アイドル研究部の部室の方に行けば、出会えるかもしれない何かを感じとったような気がします!

 もしかしたら、これが希ちゃんの言うスピリチュアルパワーなのでしょうか?

 

 まあ、行ってみないと分からないですね。

 

 

 

 

「――――失礼しまーす、っと。 おや、やはりこちらにいらっしゃいましたか!」

 

 

「あら、洋子。 どうしたのかしら?」

 

「ウチらに何か用でもあるん?」

 

「いや、ここはにこが言い当ててみるわ! そうね………ズバリ、私たちの事を取材しに来たのね!!」

 

「えっ! あ、はい、そうですけど……?」

 

 

 にこちゃんは言い当てられたことに喜んでいるのか、ガッツポーズを決めてました。

 あれ? 私が来ただけでそれだと判断しちゃうのですかね? 私も有名になりましたね~

 

 

「ちゃうで、洋子ちゃん。 にこっちはさっきから洋子ちゃんの事を見て、絶対に取材に来るに違いない! って言ってただけやからね?」

 

「ちょ、ちょっと希! バラさないでよ!!」

 

 

 あ、そうなのですか………期待して、損した気分です………

 

 それはそうとして、早く取材の準備をしなくては……!

 

 

「それでは、言葉通りに取材させていただきますよ♪」

 

 

 

 

 

 

 

「今回の件の黒幕って、本当に誰だったんだろうって感じていましたが、まさか希ちゃんだったとは………」

 

「そ、それを先に言うんかいな!?」

 

「そうね、そこは私も驚きだったわ。 まさか、希だったなんて知らなかった………」

 

「にこも失念していたわ………なんで希だけ大丈夫だったのか疑問に感じていた時に、真実が見えたんだからある意味手遅れだったわ」

 

「うぅ……思いだすと、めっちゃ胸が痛くなるわ………」

 

 

 希ちゃんのあれは私から見ても意外でしたからね。 しかも、タイミングもバッチリな時の登場でしたから混乱が起きるのも当然でしたね。

 

 

 

「でも、よかったわ。 希も同じだったんだって、ちょっと安心しちゃった」

 

「ふぇ? どういうことなん?」

 

「にこたちがああなったのに、希だけならなかったら、これからどう声をかけたらいいのか分からなかったんだからね」

 

「純粋故に触れにくい、ってことですかね?」

 

「そうね、多分それが大きいかも………」

 

「ええぇ?! そうなん! それじゃあ、ウチが何もせえへんかったら、えりちやにこっちは…………うぅ……」

 

「えぇっ?! の、希?!」

 

「あ、アンタ何泣いてんのよ!?」

 

 

「だ、だってぇ………それやったら、ウチがまたひとりぼっちになるんやないかって思って………」

 

「「希………」」

 

 

 すると、突然希ちゃんが泣き出しまして、一時騒然となってしまいました。

 でも、仕方ないですもんね。 希ちゃんはかなりの寂しがり屋ですから………

 

 

 

「大丈夫よ、希。 あなたは絶対ひとりぼっちにはさせないわよ」

 

「そうよ、あれはもしもの話であって、現実じゃないんだから。 今はこうして一緒になってあげるから………か、感謝しなさいよね……!」

 

「えりち………にこっち………! うん、あんがと……!」

 

 

 そう言うと、希ちゃんは2人の腕を掴んで引き寄せました。 そして、ギュッと抱きしめているのでした。

 最初、2人は驚いていましたが、次第に慣れてきたようで、すっかり希ちゃんの言う通りになっちゃってますね。

 

 

 

「まあ、このままでも写真に収めても大丈夫ですね………?」

 

 

 

 

(カシャッ!)

 

 

〖アイドル研究部部室内にて撮影:絢瀬 絵里、東條 希、矢澤 にこ〗

 

 

 

「そう言えば、昨日の夜はお盛んだったと聞きますが、どういった内容でしたか……?」

 

「「「え゛っ…………!!!」」」

 

「おや? どうしましたか? 蒼一さんとナニかをしたのでしょう? お聞かせ願いたいのですがぁ~……?」

 

「そそそ、それはねぇ………ななな、何も無かったわよ………ね、ねえ、2人とも?」

 

「せ、せやなぁ………う、ウチらはただケンゼンに蒼一の家で寝泊まりしとってただけやし………な、なあ、二こっち………?」

 

「そそそそそ、そうねぇぇぇ………!! なななな、何も変なことなんて起こってなんかないもんね……!!」

 

「おや、そうでしたか………」

 

 

「「「そうそう、何も無かった!!!」」」

 

 

「そうですかぁ………いやですね、こんなところに、みなさんの喘ぎ声が収録されたモノがございましてね………? これはどなたの声でしょうか………?」

 

 

「「「う゛っ………!!!」」」

 

 

「しかし、違うと言うのであれば仕方ないですね……持ち帰って、もう一度確認して見ますね♪」

 

 

「「「ちょっ、ちょっとまってぇぇぇぇぇぇ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――― 

―――― 

 

 

 うふふ♪ いやぁ~これで生徒会に大きな貸しが出来てしまいましたねぇ~♪

 おかげで、私から奪ったデータをすべていただきましたことだし、それにお願いごとも聞いてくれるようになってくれましたし、結果オーライですね♪

 

 

さてさて、最後はやはりあの人ですね…………

 

 

 

 長い階段を上って行きまして、扉を開きます。

 

 そこはみなさんがよく知っての屋上です。

すばらしいくらいの風が気持ち良く全身に当たって、リフレッシュ出来たようです♪

 

 

 

 

 

「――――どうやら、全員に聞けたようだな」

 

 

 すべてを見通されたような声が、背後から私に臨みますとその声の主に逢うために振り向きました。

 

 

 

「そうです、あなたが最後なのですよ――――蒼一さん」

 

 

 不敵な笑みを浮かばせて私に段々と近付いてきますと、何か今までとは違った気配を感じ取り、一瞬身震いをしてしまいました。

 

何かが変わったのでしょうか――――?

 

 そんな疑問さえも抱かせてしまうその姿に私は立ち向かうのです。

 

 

 

「それでは、お聞かせください。 あなたの本心を―――――」

 

 

 

 

 

 

「蒼一さんは、今回の一件をどう見てますか?」

 

「う~ん……そうだな。 正直に言えば、苦痛だったな。 何せ、アイツらが急に人格が変わるわ、仲間同士で争うわ、おまけに刺されるわ、薬で意識を朦朧とされるわ………あかん、考えてたら涙出てきた………」

 

「わー! わぁー!! どうしてそうなるんですかぁ?! というか、止めましょう! これ以上は、傷口をナイフで抉られそうだから止めましょう!!」

 

「………はっ………! いま、突き落とされるところを思い出した……」

 

 

 だから、もういいですから!! こっちが泣きたくなってしまいますからァァァ!!!

というか、一体どんなことをされてきたというのですか?! 私が聞いていた以上の事が出てきて、もういっぱいいっぱいなのですが!!?

 

 

「……まあ、気分を落ち着けよう………」

 

「そうですよ……普通にお願いしますよ………」

 

「そうだな………確かに、苦痛だったかもしれないが、おかげで自分の気持ちに正直になれたし、アイツらの気持ちもわかったから、まずまずと言ったところかな?」

 

「へぇ~……やっぱりみなさんは、言うことがほとんど同じなんですね」

 

「なに?」

 

「いやですね、私も同じような質問を投げかけてみたのですが、こぞって『よかった』って言うのですよ。 いや、不思議ですねぇ~」

 

「ふ~ん、アイツらが同じことを………」

 

 

 その時、蒼一さんが少し微笑んでいるようにも見えたのですが、すぐにその表情では無くなったので、気のせいなのかもしれないと思いました。

 

 

「蒼一さんはアレですか? 一気に彼女が8人出来て幸せだったりしますか?」

 

「なんて言えばいいのかなぁ……まだ、実感が湧かないんだよなぁ………確かに、俺はアイツらの彼氏になったってことになるのだが、俺自身はいつもと変わらない関係なんだと思ってる。 いつもそこにアイツらがいて、楽しく遊んで、馬鹿やっていられる、そんなごく普通な関係だと思っているんだ。 だから特別、大きく変わったんだってことは無いって思っているんだ」

 

 

 眉をひそめるような苦笑いをして語りだすのですが、それでも、屈託のないような笑みにも見えて何だか羨ましい感じがしました。

 

 

「そんなこと言って、今のあなたはとても幸せな表情をしていますよ」

 

 

 そう言ってあげますと、照れくさそうに頬を掻いていました。 そういう愛嬌を見せられるくらいに、いまのあなたは輝いていますよ。

 

 

 

「それじゃあ、最後に。 蒼一さんは、この先ずっと、彼女たちを愛し続けますか?」

 

 

 こうした質問に、蒼一さんは一瞬悩んでいる様子を見せますが、すぐに笑って応えてくれました。

 

 

 

「俺がいつまでアイツらを愛し続けていられるか何て分かりやしない。 突然、何かの拍子で出来なくなってしまうかもしれない。 人間は脆く儚い生き物だから――――――

 

 

 

――――それでもな、俺のこの生命が使い果たせる限り、俺はアイツらの事を愛し続けてやるんだよ。 何故なら俺は―――――

 

 

 

 

 

―――――アイツらの彼氏だからだ!」

 

 

 そう、自信満々に応えて下さったあの笑顔が今でも忘れられませんでした。

 

 

 

 

「では、これで最後です」

 

 

 

(カシャッ!)

 

 

〖屋上にて撮影:宗方 蒼一〗

 

 

 

 

 

 

 こうして、この話に幕が閉じられるのだった。

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

 

 いかがだったでしょうか?

 

 これが彼女たち、μ’sとその指導者、宗方 蒼一と滝 明弘に起こってしまった悲劇の物語―――――

 

 とても、見苦しいモノがあったかもしれませんね。

 しかし、これは彼女たちの1年の中で起こった、ほんの半月の出来事に過ぎないのです。 それから彼女たちはどのような学校生活を送り、人生を歩んでいくのか……そうしたことが大きく変わるのは、この1年間なのです。

 

 できれば、私の手でもう少しお話しさせていただきたかったのですが、お時間が来てしまったようです。

 またいつか、こうしたお話が出来ることを切に願いたいものです。

 

 

 はい。

 

 

 私が保管しているファイルはまだございますから、気が向き次第、開いて眺めて参りたいと思います。

 

 

 

 それでは最後に、このファイルのエピローグをご覧くださいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―― 

――― 

―――― 

 

 

 

『うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 

「な、何なんですかぁ?!?」

 

 

 蒼一さんの写真を撮り終えたその時、屋上の扉から雪崩れるように彼女たちがやってきたのでした!

 

 

 

「まったく、また盗み聞きかよ………んで、今度は何しに?」

 

「えへへ……ちょっと、蒼君の事が気になるって海未ちゃんが………」

 

「んなっ!? どうして人に押しつけようとするのですか穂乃果!! 元はと言えばあなたがいい出したではないですか!!」

 

「まあまあ落ち着いてよ2人とも、そういう海未ちゃんだって蒼くんのことが気になるって言ってたよね?」

 

「こ、ことり……! な、何を言って……!」

 

「往生際が悪いわよ、海未。 あ、でも否定するのなら、私が蒼一をいただいちゃうわよ?」

 

「え、絵里まで……!」

 

「ちょっと、絵里!! 蒼一と一緒にいるのは、このにこよ! にこが隣にいるのが当たり前なんだから!!」

 

「いやぁ……にこっちだと心許ないもんなぁ………」

 

「ちょっと、希? どこ見て言ってるのかしらぁ……?」

 

「しょうがないわねぇ~。 いいわ、蒼一は私が貰っていくから、以上」

 

「ええぇっ?!! 真姫ちゃんが貰って行っちゃうのぉ!!? だ、だめぇぇぇ! そ、蒼一にぃは花陽と一緒にいるんですぅぅぅ!!!」

 

 

「あっはっはっはぁー!!! カオスだなぁ~兄弟ィィィ!! そして、羨ましいぞコノヤロォォォォォォ!!!」

 

「あはは♪ 凛は、こういうかよちんや弘くんやみんなが大好きにゃぁ♪」

 

 

「何なんですかこれは? 入って来て早々、ドリフの大爆笑並のドンチャン騒ぎって、ちょっとしたカオスですよ!! どうするんですか! これ止められませんよ!!?」

 

「まあ、落ち着けって。 こう言う時は、アレがいい」

 

「あれ?」

 

 

 アレとは一体何なのでしょうか? しかし、蒼一さんは自信満々にそう言ってくださったので、まあ、何とかなるとは思いますが………

 

 

「おい、お前ら!! こっちに来て――――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、記念撮影ですか」

 

「それだと、みんな落ち着くだろうからな。 それがいいと思ってよ」

 

「しかし……蒼一さんの周りにみなさんが………まるで、花弁みたいにくっ付いてますね………」

 

 

「穂乃果、もう少し離れて下さい……!」

 

「だめだめ! これ以上はむりぃ~!!」

 

「わぁ~い、蒼くんのと・な・り♡」

 

「むぅ……もう少しだけ近付きたかったわ……」

 

「ウチは背中で十分やで♪」

 

「じゃあ、にこは肩にするにこ♪」

 

「それじゃあ、私は腕にしちゃおうかしら、うふふ♪」

 

「蒼一にぃにくっ付ければ十分ですぅ~♪」

 

「みんな楽しそうだにゃぁ~♪」

 

「楽しい一時が一番だからな!」

 

 

「おや、そろそろカウントダウンですよ!」

 

 

「それじゃあ、みんなでやるか――――!」

 

 

 

『9』

 

 

『8』

 

 

『7』

 

 

『6』

 

 

『5』

 

 

『4』

 

 

『3』

 

 

『2』

 

 

『1』

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハイ、チーズ!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

(カシャッ!)

 

 

〖屋上にて撮影:μ’s、宗方 蒼一、滝 明弘、そして、私〗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は、なんて素晴らしい夏景色なんでしょう―――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Go to the Next Storys~

 

 




ドウモ、みなさん。うp主です。


半年間、読み続けてくださいまして、ありがとうございました!!


これにより、『【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち――― 』の執筆は、これにて終了となります。

短い間でしたが、お付き合いしてくださりありがとうございました!


後書きの方は、また後日に、この話のすべてを書き綴ってから御出し致しますので、エンドロールまでが1つの作品なので、よろしくお願いいたします!!




そして、半年の休載を経て、ようやく再始動を迎えます本編にて、またお会いしましょう!


作者:雷電pより



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エンディング
エンドロール


 どうも、みなさん。 うp主こと雷電pです。

 

 

 ここまで、長く読んでくださりありがとうございました。

 

 今作品である『【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち―――』は、2017年09月11日(月) 21:00 を持ちまして、全77話という丁度良い話数で無事完結することが出来ました。

 

 みなさんの応援もあって、ここまでやって来れました。

 

 

 改めて、感謝したします。

 

 

 

 

 

 さて、思えばこの話を創ろうとしたきっかけは、ちょうど1年も前のことでした。

その時、本編である『蒼明記』の第1章が終わった頃に、ユーザーさんから『ヤンデレは書かないのですか?』と質問されたことがすべての始まりでした。

 当時の自分は、やろうと思えばできなくはないな、と思っており、すぐさま制作に取り掛かったものです。 大まかな各キャラのヤンデレ度、種類、特徴など、ありとあらゆる情報を仕入れては、構想し続けました。 その際に、ハーメルン内のみならず、数多くの“ヤンデレ”と銘打つ作品は片っ端から観て、読んでと勉強したものです。

 

 そして、ようやく物語の概要が出来あがったわけです。

 

 

 当初は今作のような内容ではなく、血で血を争うような、かなり殺伐とした濃厚シリアスのオリジナルラブライブ!作品としてありました。

 

 しかし、自分で読み返していくうちに、これではいけないと思って破棄してしまい、一からやり直したわけです。 と言うのも、当初の内容が、自分が読んでいた同じ二次創作モノと類似しすぎていました。 自分は前から言いました通り、かなり捻くれた作家なわけで、他のと類似するような作品だけは書きたくないとしてこの英断を下しました。

 

 結果、『蒼明記』の延長線上にある物語として描き綴るようになりました。

『蒼明記』の主人公・宗方 蒼一をμ'sが奪い合うと言う有り触れた展開で、そこから完全に自分のオリジナルな展開を用意していくこととなります。 そして、御存じのとおりの展開となりました。

 

 

 今この時に、当初のプロットを確認しますと、「今とは全く違うじゃないかッ!!!」と言ったことが多々あって………今回、この場を借りましたのは、こうしたボツとなってしまった展開、設定などを余すことなく書き綴り終えたいと思っているからです。

 

 

 では、続きを――――――

 

 

 

 

 

○【構成概要】

 

 当初から『蒼明記』の間話として設けた内容で、恋愛的感情を取り入れさせ、尚且つ人間の欲望を全面的に出そうとしていました。 そうした意味では、本編の夏合宿前に始められたのは間違っていないと思ってます。

 と言うのも、メンバーがお互いのことを知って然程時間がたっていないこと、親密とは言えない間柄であること、メンバー全員に恋愛事情が出来上がっていることなど、不和が生じやすい要素がちょうどよいことになっていたのが始めやすかったというもの。 故に、よい感じに始められやすかったです。

 

 序章では、彼に対する気持ちを知るうえでは十分なものでした。

 

 Folder1では、早速変貌し始めた彼女たちの様子を描きました。

これにより、物語が大きく始動していくわけです。 ただ、主人公である洋子がすぐにいなくなるという、どこぞのWのガン○ムの自爆みたいな感覚がありました(笑)

 

 Folder2では、いなくなってしまった洋子の代わりに、他のキャラの視点を借りることになります。 当初、メンバー全員の心情を書こうと思ってましたが、真姫だけになってしまったのは実に嘆かわしいこと。 もっと描きたかった……

 真姫を最初の攻略相手にしたのは、全員がこうなってしまったキッカケでもありますし、メインヒロインとしようか悩んでいたからです。 全体を通してみると、真姫の彼に対する思いというのは強く、もうお前が隣でイイよとうp主がなげやりになるほどだったとか………

 おかげで、真姫の強さを見せることができましたし、うp主が真姫のことをさらに好きになったので結果オーライです()

 

 花陽の登場は予定通りでした。 真姫と同じ1年で真姫が絶望するキッカケとなったということですぐに登場させました。 ここで、1年生を集結させたかったこと、蒼一の味方が現状ではどのくらいいるのかを知るのに重要なところでした。

 

 それと、ハーレム確定であることを示唆させるためでもありました。

 

 

 Folder3では、にこの更正の他に大きな転換点でもありました。

 絵里の登場とことりとの交錯が歯車を過剰なまでに回転させていきます。 事実上、この2人による抗争というかたちで物語は進み、最終的に決別というかたちで終わりました。

 

 これで、ヤンデレ側に共闘するモノはいなくなり、個々人たちの争いへと発展させていきます。

 

 

 Folder4は、物語の集結を目指したモノです。

 幼馴染たちと絵里が蒼一との間に生じていた過去を振り返りながらの感情のぶつけ合いが色濃く出ました。 この時ほど腕に力を込めたことはありませんでした。 私が持てる感性・語彙・精力などすべてを出し尽くしました。

 

 この話で今後の方針が定まってしまったと言っても過言ではありませんでした。

 

 

 そして、最後となりましたFolder5。

 これはいい意味でも悪い意味でも作り出した最後の話でした。

 

 真の首謀者である希の計略を示させました。 ここまで散らしていた要素がようやくここに出したというわけです。 このまま希の計略通りになると思いきや、蒼一の暴走で打ち破られました。

 蒼一がこうなってしまったのは、彼女たちの憎悪を一気に背負ったことと同時に、自身に降りかかった過去が大きな原因であったと言うことをここで出しました。 いつか書こうと思ってましたが、まさかここで書くとは思っていませんでした。 しかし、ここで書いたのは、彼女たちを真に更正させるには大きな要素となりました。 これを知ったうえで、彼女たちは彼のことを本当に知ることなるのです。

 

 

 そして、彼と彼女たちは晴れて想い人同士となったわけです。

 

 

 last Folderは、序章と同じような書き方で締め括られました。

最終的に、この物語は"洋子の視点"で語られたものであるということ。 それが淡々と綴られたモノだったということ。

 

 そして、意味深なモノを漂わせて締めさせていただきました。

 

 

 

○【当初との差異】

 

 

・当初のプロット内では、恋愛描写など一切ありませんでした。

 

 それは、別にヤンデレを更生するのに恋愛的な要素を入れる必要はある? という素朴の疑問から生じました。 ということは、つまり『蒼明記』においての真姫との関係もなかったという内容です。

 実際、『蒼明記』においても真姫との関係は平行線のままにさせるつもりでした。 しかし、大きく変更せざるを得なくなったのは、何を隠そう自分の捻くれによるもので、「真姫とイチャイチャさせたいでござる」という気持ちが強かったために、平行線を重ねてしまったわけです。 それが原因で、当初のプロットはボツとなり、設定のみが引き継がれていきました。

 

(まあ、エロいシーンも描きたかったのもあるんで……)

 

 

 

・次は、更生させる順番です。

 

 【完成版】

 真→花→に→海→穂→絵→こ→希

 

 という順番が結果で、

 

 【ボツ案】

 

 真→花→に→海→穂→

 

 といった感じでした。

 

 絵里とことりの順番が違うのは、ここはめっちゃ悩んでました。 どちらが最後になっても大丈夫だと思ってましたが、最終的には、どちらが蒼一に対する愛が強いかという面で考えたら、ことりの強烈な愛情には仕方ないと思い、現在に至ります。

 

 

【ボツ案】では、病まないのが、凛の他に希が加えられてました。

 凛が病まない理由は知っての通りでしょうが、希が病まない理由として、蒼一の全面的なサポートに就かせるというのが良いかと思ってました。 そして、サポートしているなかで、互いに気持ちが惹かれていくという感じでした。 ぶっちゃけ、個人的にはこっちのが好きだったりするのです。(希推し故に…)

 

 ボツにした理由は、希の奥底の一面が見れてないのはマズイということ。 もし、【ボツ案】通りに物語を進めてしまえば、更生後の恋愛の中で、赤裸々な自分を見せてしまった他7人と比べたら劣ってしまうようになってしまうと思ったからです。 そこから第二のヤンデレ物語が発生しても困りますし………

あと、裏ボスのように扱えたら物語的にもおもしろいと思ったからです(ゲーム脳)

 

 

 

・最後は、ラスト(締めくくり)です。

 

 ここの案だけいくつも考えてしまいました。

 まず、

 

 【完成版】

 これは知ってのとおりですね。

 

 【案1】

 蒼一が暴走した時に止めるメンバーがいない。

 

 これは、希に捕えられるのが、絵里と真姫となっていた時に生じる話でした。 蒼一の暴走を明弘が収めた後、次に暴走してしまうのが彼女たちとして、それを蒼一が命をかけて再度更生させようとする無茶なヤツです。

 

 これから、『蒼一dead√』or『障害を抱える√』の2種になっているのが………

 

 

 【案2】

 これは、μ'sが再度ヤンデレ化して、蒼一が命をかけた場合の話。

 

①再度暴走してしまった彼女たちを見て絶望した蒼一が、彼女たちの目の前で、腹を掻っ捌き内臓をむき出しにして首筋を掻き切るというdead end。 当然のことながら、彼女たちは壊れてしまいます。(絶対にやりたくないヤツです)

 

 

……ただし、これには続きがあって、すべてはトリックで蒼一は死んでいなかったというパターンがある。 そこで彼女たちを責めながらも受け入れようとする蒼一の姿が見られるというヤツ。

 

②蒼一の運命を変える能力を持って、彼女たちのその病みを無理やり直そうとするパターン。 ただし、身体に過度な負荷を負わせてしまい。 昏睡状態が続いてしまうor身体の一部機能がマヒしてしまうというヤツ。

 

 

【案3】

 

※自主規制――――――絶対にお見せできない内容である。

 

 

 

 と言った感じの終わり方があったみたいで、今作で選んだのは、中でもかなり良いものだったと思います。

 

 皆さんはどう感じたかは、お任せいたします。

 

 

 

 

 

○裏話

 

 

・第2話で、蒼一の爺さんの話が出てきたのですが、あれのモデルはウチの爺ちゃんで、既に故人ですが今でもその印象は強いためにそのままトレースさせました。 ちなみに、ウチの爺ちゃんは、ガチの軍人で当時陸軍の中尉としてアジア各地に回っていたそうで、しかも、硫黄島部隊の最後の生き残りで、人体実験にもされて、広島の原爆に直面したという色々あり過ぎな爺ちゃんでした。

 その形見として、先祖代々伝わる脇差があります。(こちらも、海未編にて登場)

 

 

 長刀は………戦時中の広島で…………

 

 

・蒼一たちの写真を売るということをしていた洋子ですが、あれのモデルは、『バカテス』のムッツリーニ商会です。 分かる人には分かる。

 

 

・ことりのマカロンの件ですが、あれは、『信長のシェフ』で実際に使われたヤツです。信長公がそれを食して卒倒しそうになったところを主人公が、塩水で解毒させて体調を元に戻させるということをそのまま使いました。

 実際、ナツメグは過度な摂取を行うと死んでしまうとか………

 

 

・明弘と蒼一との闘いで、明弘のあの闘い方はすでにクロスした作品内に登場するキャラの闘い方と同じなので、気になる方は……

 

 

・ぶっちゃけますと、Folder3が終了したときからエタリ始めてまして、やる気がまったく起きなくなっていました。 それ故、海未編では1ヶ月も構成に要してしまいました。 次の穂乃果編は、1話直前にプロットが完成して完成させました。 さらに悪いことに、絵里編のプロットが白紙のままで、執筆時は終始即興的に綴るという荒業をしてしまっていました。

 そんな血を吐くかもしれないことばかりやり続けたため今になって反動が………

 

 

 

 etc………

 

 

 

 

 

 

○この物語で伝えたかったこと

 

 彼女たちをヤンデレ化させたのは、ただヤンデレが見たかったという単純な考えではなく、今作では、人の持つ心の闇について深く触れるためにそうさせたわけです。 欲望のためなら手段を選ばないという黒い部分を晒すことで、人とはこういう生き物であるということを表現させたかった。

 

 弱く・醜く・卑劣・邪悪など、人間には数えきれないほどの悪しき心を持っているということを考えてもらいたかった。(それが文章としてうまく伝わっているかどうかですが………)

 

 そして弱い人には、常に誰かに支えてもらいたいと言う孤独を抱く。 さらには、悪行を行った人ほど強く感じる。

 だから、蒼一が彼女たちの支えとなるというわけなのだ。 言うなれば、蒼一の立ち位置と言うのは、贖罪・身代わりと言ったものでしょうか。 彼女たちが生み出し、背負うことになてしまった罪を肩代わりするということをしたのが彼である、と私は考えております。 しかし、背負うにはかなりの負荷が必要だった故に、彼は肉体的・精神的な苦痛を過剰なまでに受けることとなったわけですが…………

 

 それが彼の暴走に繋がったわけです。

 

 

 多分、自分がこう考えた内容と言うのは、世間的には受け入れ難いものでしょう。

皆さんが求めているヤンデレとは『自分を狂おしいほどの愛情で包み込んでくれる』『自分のために何があっても尽くしてくれる』と言ったような、一見涙ぐましく働く少女たちの姿を求めているのではないでしょうか? 自分自身をここまで愛してくれる、ってのは現在の世の中では難しいことですからね。 しかも、ハーレムときた。 これに男は黙っていられんでしょう。

 

 二次元でそれを求めても……いいよね?

 

 私自身もこのコンセプトは嫌いではありません。 むしろ、好きと公言しても構わないものですが、自分が執筆したいのはそういうのではなかったのです。 人間の弱さ、醜さを追求することこそ人間であって人間であるということを見つけたかった、ただそんな理由のためだけに描くことこそ自分に合っていると感じた次第です。

 そんな自分善がりですから、受け入れてと言っても受け入れることは難しいだろうと感じておりました。 私から見てもかなり高いハードルからのスタートを要求させていますから、付いていく人はどれだけ大変だっただろうかと、今でも感じています。 それに関しては、申し訳ございません、としか言いようがありません。

 

 同時に、これが私であるということも承知していただきたい。

 

 

 

 

○最後に……

 

 今回のμ'sがヤンデレ化したというお話はこれにておしまいになります。 そして、ようやく本編を再開させることが出来ます。

 というか、半年間もほっぽり投げてしまうとは遺憾の意である()

 さっさと第一期を終わらせてラブライブに出場させなくてはならない、そんな現状です。 私自身もこの半年もの間、描くことをずっと耐えてましたのでこうして描くことができると考えると、嬉しくてたまりません。

 未だに登場させていないキャラやオリジナルキャラ、そして、クロスすることが絶対にありえないだろうと思われていた()()()()()()()()との共演が待ち遠しい………

 

 そして、他の作家さんとクロスもしてみたかったり………(チラッ

 

 

 まあ、そこはおいおい考えるとして、現状をどうするかですね。

 現在、この連続投稿のしまくりで自身の執筆回路が逝ってしまいまして、現在修復作業に取り掛かっています。 来週あたりには、投稿を再開できるように身体と相談してみますが、どうなることやら………

 

 そんな私の作品ですが、よろしくお願いいたします!

 

 

 

 

 

○感謝ッ………圧倒的、感謝ッ………!!

 

 

 本当の最後に、これまで私の作品を読んでくださった方々に感謝します。

 

 

 

 

 お気に入り登録をしてくださった―――――

 

白雪姫さん 

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嘆きの妖精さん 

うぉいどさん 

かみら.さん

 

 

(2017/09/16 16:00時点)

 

 みなさん、ありがとうございました!!!!

 

 

 

 

 これにて、私のハーメルン内における第二の作品『【蒼明記・外伝】カメラ越しに映る彼女たち―――』は現時点においては完結させていただきます。

 

 

 

 では、また廻り逢える時まで―――――――

 

 

 

 

 

作者:雷電pより



















 あの日からどのくらいの日が経ったのだろう?


 いつもと変わらない日々が待っているものだと思っていた。

 何気ない日常の話題でアイツらとの会話に花を咲かせるものだと思っていた。

 アイツらと共に爽快な汗を流し、練習を積み重ねていることで成長していることを実感するものだと思っていた。

 何気ない平凡な日常が俺たちの事を待っているものだと錯覚していた。

 そう――――


 夜空のような漆黒の雲に覆われた空を見上げたあの日――――――すべてが始まった



 霧のように立ち込め出した狂気が彼女たちに摂り付く。 その狂気こそが彼女たちの関係を雷のように無残に引き裂いた。 それまで、互いに腹の底から笑い合うほどの仲が、一瞬にして、腸が煮え繰り返るような憎悪を示して互いを傷つけ合った――――――たったひとつの欲望のために



 彼女たちの想いが交差する。




『―――あなたは私からの愛に逃げている。 自分には応えられないからと言って………だから、一緒にいる私のことが目障りに思うのでしょ!?』



 大切なものに裏切られ、彼のことすら疑ってしまった彼女―――――




『――――私はおにいちゃんと一緒にいたいだけなのにどうしてみんなで私のことを止めようとするの!? ――――私にはおにいちゃんが必要なの!おにいちゃん以外あり得ないの!!それを私の前から取り去らないでよ!!!』


 愛しい人の姿を忘れ、欲望のために親友ですら傷つけようとしてしまった彼女―――――



『―――アイドル?―――μ’s? ―――あんなのどうでもいいわ……今の私には蒼一がいればいいの―――もし私の邪魔をするなら………この手で消してあげるわ――――』



 自らの信念を見失い、盲目に大切な者たちを薙ぎ払おうとした彼女―――――



『――――私は強くなりました!あなたを護ることが出来るほどに強くなったのです!!だから、あなたはずっと私のそばにいて安心していてくださいよ!!』


 忌まわしき過去に囚われ、狂気を身にまとった彼女―――――




『――――うるさい!! 私の蒼君を語るな!! お前なんか………蒼君じゃない!!!』


 親友の裏切りで心を閉ざし、愛しい人を殺めようとした彼女―――――




『――――私がやってきたことは決して無駄なんかじゃない!! あなたを私のモノとすることで私は完璧になれる! すべてを超越することができる!!』


 思い通りに行かないことに嫌気がさし、独り善がりに狂気へと落ちていった彼女―――――
 


『――――みんなのため……? みんなって誰のコト? μ’sって何のコト? それって、私から蒼くんを奪い取ろうとするヤツらのことだよね………!』


 すべてに絶望し、ありとあらゆるものを消し去ろうとした彼女―――――




『―――――私が欲しいのは、蒼一とえりちだけ。 あとは、み~んないなくなっちゃえばいいの♪』



 絶望が彼女を覆い隠し、独り善がりな世界を作りだそうとした彼女―――――






 いずれも8人の彼女たちの口から出た、心にまとわりつく憎悪に満ちた言葉だ。 俺を水底の闇へと突き落とし、内側から殺そうとした。


 閉ざされた扉をただ眺めながら、俺の身体は幾つもの黒い腕に抱かれ、絡まれて、ただ沈んでいくだけだった。

 息苦しい………身体の中に憎悪と言う水が呼吸すらできないほどに含まされる。 もがいても、抗っても、涙を流しても、それは悪魔のような笑みを浮かべて襲い掛かってくる。

 いずれ、この腕のように俺の身体も黒く汚れてしまうのだろうと……虚ろな瞳が曇天を見上げる



 希望の星などどこにもない………








 諦めかけていたその時、救いの手が差し伸べられた―――――





『――――凛はかよちんのことも、真姫ちゃんのことも大好きだにゃ……凛の大切な親友だにゃ………だから、凛の大好きな人同士が傷つけあうところなんて見たくないんだにゃ……!!』



 大切な友達、親友を助けるために立ち上がった彼女―――――





『あなたたちは一体何をやっているのですか!! あなたたちの大切な人が大変なことになっていると言うのに、何いざこざを起こしているのですか!!』



 責任を抱きながらも全力を尽くして立ち向かう彼女―――――




 そして、







『来いよ、兄弟…………そして、もう終わらせようぜ、悪夢なんてもう見飽きただろう? 現実戻って、アイツらの胸ん中に飛び込んで、誰もが羨むハーレムエンドを飾って見せやがれ、コノヤロォォォォォォ!!!!!』




 すべてを知りつつも尚、身を削って俺を取り戻そうとしたアイツ―――――


 あぁ…………


 みんなの勇気が俺を解放させてくれた………




 そして、俺は―――――――――――
















「――――ふう。 アイツらがいなくなったと思ったら、何だか急にウチが寂しくなっちまったな」


「ついこの間、ここにアイツらがいてくれていたんだよな――――」


「まったく、アイツらもモノ好きだな。 こんな面倒な男の事を好きになるだなんてさ――――」


「けど、それは俺も同じか―――――」


「アイツらなんて――――面倒で、おっちょこちょいで、堅物で、気が利かなくって、我儘で、言うことを聞かなくって、貪欲で――――」


「そして、溺れてしまうくらいに愛してくれるんだからさ―――――」


「――――っと、それじゃあ、行くとしますか」






 きぃぃぃ……………






 扉はもう、自分で開けることが出来る――――――






「――――っ!! 今日は目が眩むほどの快晴だな―――――!!」




 外に一歩出た瞬間、世界は元通りになる――――







「それじゃあ――――――」
















「―――――またな――――――」












Last songs

『空の境界』より

kalafina/『君が光に変えて行く』


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