IS 俺の前世は俺だったようだ (ナインキューブ)
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第一話 邂逅する一と零
IS《インフィニット・ストラトス》と呼ばれる存在がある。それを定義することは難しい。否、説明することは可能だ。
多くの人はこう答えるだろう、
「女性のみが使うことのできる、世界最強の兵器」と、
人は、国は、世界はそう認識していた。しかし、ISが創られた当初の理由である、宇宙空間での活動は製作者である篠ノ之 束(しののの たばね)が起こした【白騎士事件】により、驚愕とともに、捻じ曲がった認識で受け入れられた。
そのように受け入れられた原因である【白騎士事件】とは、日本を射程範囲内とするミサイル基地のコンピューターが何者から一斉にハッキングされ、2341発以上のミサイルが発射されるが、その約半数を「白騎士」と呼ばれるISが迎撃する、という冗談のような話であった。しかも、開発途中であった荷電粒子砲の完成というオマケを引っさげてである。
それを見て「白騎士」の捕獲もしくは撃破を目論んだ各国が大量の戦闘機や戦艦などを送り込んだが、軍事兵器の大半を撃破されたが、死者は皆無という結果の圧倒的な敗北であった。
これにより多くの人々のISに対する認識は固定されたといってもいい。
この存在の出現によって世界は急激な変化を余儀なくされた。そう、望むと望まざるとに関わらず、嵐に翻弄される木の葉には飛ばされるという、選択肢以外がないのと同じように。
ISという強すぎた機械は、すぐさま軍事転用された、ということもなくスポーツの延長のような扱いに落ち着いた。
早い話、各国はその力を持て余したのである。そのため、表向きはそのような扱いを、実質は抑止力としてかざすことを選んだ。
そして、世界を嵐へと放り込んだ張本人である、天才はその天才にのみ造ることのできるISのコア、その467番目を造り終えるとともに、行方をくらました。
各国はこれに焦り、全力をあげて捜したが、全く手掛かりを得られずに終わった。
そのため、各国はますますISの開発に力を入れた、量ができないのなら質を追求せざるを得なかったともいえる。
そうなれば、競わずにはいられないのが人というものである、そうして生まれたのが、21の国と地域が参加して行われるIS同士での対戦の世界大会。格闘部門など様々な競技に分かれ、各国の代表が競うことになる。各部門の優勝者は「ヴァルキリー」と呼ばれ、総合優勝者には最強の称号「ブリュンヒルデ」が与えられる。それが【モンド・グロッソ】である。
そして、物語は第2回モンド・グロッソ決勝戦当日へと時を進める。
◇
薄暗い無機質な部屋が広がっていた。
そこに一人の軍服らしきものを纏った男がいた。
その男は50代後半の様に見えるが、老いによる衰えは身体には見られず、むしろ鷲のような凄みがあった。
相対している女を見て問う、例の件は順調か?―――と。
そう問われ、バイザーで顔を隠した女が答える。
「ああ、ブリュンヒルデの弟はさらってきた。今はまだ夢の中だろうな」
その声からは愉快で仕方ないという雰囲気がにじんでいた。
それを聞き男は鼻を鳴らし、
「フン、あんな島国の野蛮人が世界最強などであってたまるものか」
なぜなら―――と、つづけ
「頂点に立つのはわが祖国こそがふさわしい」
よくみると軍服にはドイツの国旗が縫い付けられていた。
女は男から視線を逸らし、横に鎮座している剣と盾が装備された鎧―――待機状態のISであった。
それを見て
「それで、こんな簡単なことの報酬でIS一機ねぇ…。そこまで邪魔をしたかったのか?」
「所詮は失敗作だ。お前らを雇うために使えるならいくらでもくれてやる」
と、忌々しそうに顔を歪める。
失敗作―――このISは欧州全体で行われていたとある極秘プロジェクトの核として設計されたものであったが、稼働実験の段階で事件が起きた。
搭乗者の一次移行《ファーストシフト》の完了と同時にISが搭乗者の意識を奪い、エネルギーが尽きるまで暴れまわり、プロジェクトに携わっていた人員は全て亡くなり、搭乗者も死に追いやられた。
もちろん、そんな事件があったのだから軍はすぐさまコアの初期化を試みたが、ISのコアに強固なプロテクトが掛けられており、プロテクトをこじ開けようとしたところISがカウンターアタックを仕掛けてきた。などいわくありのISなのだ。
「失敗作、ね」
「ああ、そうだ。そいつさえなければ…」
男は、ハッすると、
「ともかく、ソイツは煮るなり焼くなりしてくれてかまわない」
女は嘲るように
「なんだ?死んだ搭乗者ってのはお前の身内だったのか。さぞかし弱っちい奴だったんだろうなぁ…!」
「貴様ッ!!」
男は思わずといった風に激昂する。
その怒りをものともせずに女は告げる。
「まぁ、どうでもいいや。こっちの件も済んだし、娘のところに送ってやるよ」
ご苦労さん、と部分展開されたISの武器が男の腹部を貫く。
「っ!?」
「安心しろ、娘の仇はこっちで有効活用してやる」
そして、女がISを起動した。
「あとは残りを始末をするだけだな」
そこから始まったのは殺戮だった―――
悲鳴、絶叫、怨嗟さまざまな顔を浮かばせ、次々と人間が物言わぬ骸に変えられる。
その時警報が鳴り響いた。
『ISと思われる熱源が接近』
「なっ、いくらなんでも早すぎる!?」
結果として現れたものは、女が危惧したモノ《ブリュンヒルデ》ではなかった。
―――轟音
ISから凄まじいエネルギー反応の感知が伝えられる。
惨劇の舞台と化していた無人研究所に破壊音が響き渡る。
「なんだこりゃ!?こんな出力のIS聞いたことねぇぞ!」
遠くからでも突然来襲してきたISの破壊活動の音が聞こえてくる。
「チッ、さっさと織斑 一夏《本命》を済ましときゃよかったぜ!」
はき捨てるように怒鳴ると、ISを織斑 一夏が囚われている部屋の前まで移動させると、頑丈そうな鉄扉を強引にこじ開ける。
びくり、と身体をこわばらせて部屋の隅にうずくまってこちらをみてくる、まだ顔に幼さを残す黒髪の少年がいた。
「ッ…!?」
「いよう、はじめましてというべきかな?織斑 一夏クン」
そして―――
「さよならだ」
武器を向けられ、反射的に目をつぶる少年。
手にしたカタールを振り下ろそうとした瞬間―――ISから警告アラートが鳴る。
女は咄嗟に後ろへ飛び退く。横合いの壁が破壊され、視界を覆いつくさんばかりの暗い紫色の光芒が、さっきまで女がいた場所を通って行った。
戦慄を禁じえないほどの破壊力であった。我に返った女はさきほどまでそこにいたターゲットを煙のなかから探すが、見つからなかった。
「どこいきやがったぁ!?餓鬼ぃ!!」
仮にあの攻撃を放ったISと戦闘となれば、女の駆るISでは勝てる見込みはほとんどない、戦うにしても装備を整えるひつようがあった。
そのため女は速やかにターゲットを仕留めなければならなくなってしまった。焦るのは当然といえる。
ISのセンサーで確認すると、さきほどの光芒によって破壊された横穴をくぐり外へ逃げたとわかった。
そうそう咄嗟の判断でできることではない、まだ幼さを残す少年ならばなおさらだ。
しかし、少年は生身、対して女はIS、逃げ切れるはずもなく―――
◇
織斑 千冬は今、恐らく今までの生涯で最も焦っていた。
事の発端は世界最強のISの搭乗者を決める戦い―――モンド・グロッソの第2回目の決勝戦当日に起きた。
第1回モンド・グロッソ優勝者であり、最強の称号である【ブリュンヒルデ】を冠する日本の国家代表、今大会でも優勝候補と目されている女性―――【織斑 千冬】、その弟である【織斑 一夏】が何者かによって、誘拐された。
このことで、ドイツ軍は独自の情報網により真っ先に居場所を特定し、情報提供をした。
ここに世界最強に貸しを作る、という思惑があったのは想像に難くない。
(無事でいてくれ、一夏ッ!)
自分の大切な家族の無事を祈り、彼女は急いだ。
(しかし妙だ、一夏の誘拐が目当てならわざわざ護衛を生かしておく必要は無いはず)
ISというのは国家の技術の粋を集めてできていると言っていい、国家代表の機体となればなおさらだ。
故に、国は全力を挙げてその機体の搭乗者とその弱み足りえる存在である家族を守ろうとするのである。
世界最強ともなればそのことには、いやでも近くなる。
いつもであれば千冬という文字通り最強の護衛がいるが、大会出場時であったために国からの申し出を受け、護衛を任せたのだが、決勝戦当日に護衛の人間が全て気絶させられているのが、護衛の交代をするための別の要員が訪れたときに見つかった。
(ということは、目的は私が優勝することを阻止するためか)
事実、日本という国は篠ノ之 束によるISの発表という事件によって世界各国からすれば面倒極まりない存在となりつつあった、ここのきて日本の国家代表による、世界最強の二連覇目前という現状。こんなことになれば誰かが馬鹿なことを考えてもおかしくはない。しかし、結果としてその“馬鹿なこと”は成功してしまった。そのため千冬は決勝戦出場を棄権し、ここにいる。
(誰であろうと私の家族に手を出したんだ、それ相応の報いは受けてもらうぞ)
そのためには、あの自他共に認める天才を頼ることさえ選択肢に入れていた。
奴も私の頼みならば了承するだろう、などと黒い思考をしていると、
『そのまま前方50キロにある廃棄された研究施設に誘拐犯と弟さんがいるとのことです』
と、ドイツ軍の女性オペレーターからの通信がISへ入ってくる。
「了解、協力に感謝する」
◇
「フン、悪足掻きもここまでだな」
女は逃げ出した少年、一夏を追い詰められていた。火の手の上がる研究所の中は逃げ出すことが難しく、瞬く間に追いつかれてしまったのだ。
全力疾走したせいで乱れている呼吸を整える暇もなく、彼は女の駆るISによって殺されるだろう。
「ま、がんばったほうだよ、お前は。恨むんなら強すぎた姉を恨むんだな」
女はそう言うと手にしたカタールが振り下ろされる。
――――――しかしそれが彼に届くことは無かった。
壁をブチ抜いて現れた、影を凝縮させたような黒をした突撃槍がカタールを受け止めていた。
「チッ!何だコイツはぁ!?」
カタールを引いて突撃槍から距離を置いた女が叫ぶ。
破砕された壁から出てきたのは【黒いIS】だった。それも珍しい全身装甲タイプの物だ。
だがその黒はあまりにも異様だった。漆黒ですらまだ白い、暗黒がISの姿を借りて顕現していると言われたほうが納得できる。
光を全て飲み込むかのような【黒】は右手に持つ突撃槍を女に向ける。その際に槍の柄から黒いISの手首に伸びる鎖がジャラリ、と鳴る。
幾つもの角錐を繋ぎ合わせてできたようなシルエットの突撃槍は、どの国のISにも搭載されていないものだ。
二体の距離は一瞬で詰められ、その突撃槍が女のISを貫かんとするが
「っああぁぁぁ!!!」
女は大きく上体を捻ることで左肩装甲を犠牲に紙一重でかわした。
そしてそのまま体の前にある突撃槍に組み付く。
「どこのどいつだか知らんが、そのISは頂いていく!!」
と叫ぶや否や、女のISの背部から黄色と黒の禍々しい配色をした、蜘蛛の脚を模したかのようなパーツが出現する。
意図的に展開させていなかったパーツを用いた奇襲。相手の虚を突くことができれば勝機はある。
その攻撃を必中させるために相手の武装、IS本体と繋がっているものを無力化させた。
そして先端が研ぎ澄まされた八本の装甲脚は黒へと殺到する。
―――しかし、その凶爪が黒へと届くことは無かった。
黒いISの胴体、正確には人で鎖骨と脇腹にあたる部分を通るようにそれぞれ二本ずつ、背中から伸びるやや細長い真っ黒な鉤爪が現れていたのだ。
逆に虚を突かれる形になった女の動きが一瞬硬直するのを逃さず、黄色と黒の禍々しい配色をした装甲脚は黒い鉤爪たちに引き千切られていた。
「か、はっ…!!」
黒いISの左腕、右腕に比べてやや大型化しているのは砲撃機構でも搭載しているのだろう。
それに鷲づかみされた女は苦悶の吐息を洩らす。
そんなことはお構いなしに、黒いISはギリギリと女をISごと握りつぶそうと力をかけ続けている。今はまだシールドバリアが干渉してその圧殺を阻止しているが、それも時間の問題だろう。
ISのエネルギーが切れたときが彼女の命が尽きるときだ。
「駄目だッ!」
その声に反応するように黒いISは圧搾を緩めた。
「ッ!!!」
その瞬間、女はISを部分的に解除することで隙間を作り、左腕から脱出すると一目散に逃げていった。
黒いISは一瞬だけそちらに意識を向るが、すぐに興味をなくしたのかのように声の主へと視線を向ける
ほんの一瞬だけその異様に少年は息を呑んだが、すぐに睨み返す。
その姿を見極めるように注視していた黒いISは、右手に持つ突撃槍を手放すとゆっくりと一夏へと近づいてくる。
生身の人間などISにとって武器を使う必要も無く殺せるだろう。もしくは嬲るためか。
―――真っ黒な右手が一夏へと伸びる。
しかし伸ばされた手が届くことは無かった
「一夏ッ!!!!!!!!!」
艶やかな黒髪をたなびかせ戦女神が黒へと刀を振り下ろしながら降りてくる。
黒は即座に後方へと飛び退ると、右腕下部から伸びる鎖を引き戻して突撃槍を手繰り寄せ戦闘態勢を取る。
「無事か、一夏?」
相手から視線を逸らさず最大の警戒心を持って【織斑 千冬】は口を開く
「千冬姉!!」
その声を背中で聞きながら彼女は内心で安堵の吐息を洩らす。
「そこのIS。所属を言え!」
無言のまま変わらずに黒はあった。
「だんまりか…。ならば―――」
彼女が刀を構えて切りかかる寸前、黒いISが“崩れた”
―――水が掛けられた砂のように四肢の末端からザラザラと崩れていく
「なん、だ…これは…!?」
千冬の後ろにいる一夏もその光景に目を奪われている。
―――崩れていく暗黒は虚空に散ることなくどんどん拡大していく
もとのISが完全に原型を失ってもその動きはユラユラと揺らめいていたが、急にピタリと胎動をやめると、それらは戦女神へと殺到する。
しかし彼女は仮にもブリュンヒルデ。隙を作るようなことはなく構える。
「ハアアァァァァァァ!!!」
裂帛の気迫とともに迫りくる黒き奔流を切り裂こうとする。
だが迫りくる【黒】にとって彼女はただの障害物でしかなかった。
黒い奔流は二手に分かれるように彼女をすり抜け
――― 一夏を飲み込んだ
「あ…?」
彼の驚愕する顔もすぐに黒く塗りつぶされた
一夏を中心として繭を作るように黒が渦巻き始める
「一夏!!?」
千冬が叫ぶが動けない。伸ばした腕は弾かれ、中心に生身の人間である一夏がいる以上刀で切り開くこともできない。
時間にすれば二十秒にも満たなかっただろうが、彼女にとっては永遠にも思えてしまった。
黒が薄れていき、その中心には倒れ付した一夏がいた。
「一夏ッ!」
彼女の叫びが無人の廃墟にこだまする
時系列は少々いじっております
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第二話 姉弟?兄妹?
私、【織斑 冬霞(おりむら とうか)】は今年IS学園に入学する十五歳だ。
これでも日本の国家代表候補生の一人だ。
この苗字のせいで候補生を目指していたときには様々な色眼鏡で見られたが、今ではもう良い思い出だ。
だが正直なところ姉と同性である私よりも、双子の兄の方が色々と理不尽な経験もしたはずだ。
いや、そうでもないか。友人の姉曰く
―――いっくんのことはこの束さんにもよくわかんないね!
と心底嬉しそうな声をしながら抱きついていたのを心底困った顔をした兄の顔と一緒に覚えている。
そのあと姉にアイアンクローされているのまでが流れだ。
そして友人の姉が言うようによくわからないが兄がそういった関係で大きなトラブルに巻き込まれることはほとんど無かった。
そんな兄は私の目の前の席にいる。
本来女性しか動かすことのできないIS、それに関する様々なことを学ぶこの学園の一年一組にである。
というのも兄が言うのには、「偶然ISに触れたら起動しちまった」らしい。
そのことで一時期大変なことになったが、今は割愛する。
世間では注目の的となっている兄だが、今は私を含む四十人近い女子生徒からの視線が突き刺さっているのが堪えるのか、居心地が悪そうに体が揺れている。
「皆さん入学おめでとう。私は副担任の【山田 真耶(やまだ まや)】です」
教室のドアが開き、一人の女性が入ってくる。顔つきが童顔なためか、制服でも着せれば同学年でも通用しそうだ。
だが同年代では済まされない部分があった。
―――でかい
思わず自分の戦闘力を見る
―――丘…
相手の戦闘力を見る
―――アルプスッ!!
冬霞はこんなことを考えていて山田先生の言葉に気付かずスルーしていたが、他の女生徒は彼の兄にして世界で始めてISを動かした男性である【織斑 一夏】に注目していたため、結果誰一人として反応する者はいなかった。
「それでは皆さん、今日から一年間、よろしくお願いしますね」
めげずに山田先生は言葉を続けるが、誰一人として彼女に目を向けていない。
そんな中一人だけ反応するものがいた。件の彼だ。
「ゴッ!?!?」
盛大に額を机にぶつけていた。
―――寝てた?
―――寝てたね
―――寝てたんだ
顔を上げて一瞬キョロキョロと辺りを見回していたが、前を向いたかと思うとまたユラユラ揺れ始めた。
居心地が悪かったんじゃなく、船漕いでた。
「そ、それじゃあ自己紹介から始めましょうか。名前の順でお願いしますね」
このままではSHRが終わってしまうと危惧してか、強引にでも流れを作ったのは正解だっただろう。
自己紹介をしてもらえば、一夏の情報を得られると踏んだのか少女たちは目配せすると即座に行動に移していた。
寝ていたのは今日の夜明けごろにドイツから帰ってきたばかりで時差ボケをしているのだろうか。
兄は一時期、姉に連れられて共にドイツに行っていたが、姉が日本に帰ってからもドイツ留学と言う形で向こうにいた。
それからしばらくして、兄が世界で初めてISを動かした男性ということがニュースになった。
今考えると姉はこのことを知っていて、ドイツでの教官役を引き受けたのではないだろうか。
と言うのも、兄がISを動かしたというニュースが世間を賑わすその数ヶ月前は、日独間でのIS共同開発が話題になっていたのだ。
▽
表向きは欧州連合の統合防衛計画である【イグニッション・プラン】の第3次期主力機の選定のためにドイツが日本に第三世代機ISに関する技術交流を持ちかけた、というものだ。
このことに欧州各国は表立って非難することはなかったが、後の選定に大きな影響が出たことは想像に難くない。
自分たちの主力機の技術を他国が知っているなどありえないからだ。
故にドイツの第三世代である【レーゲン型】はイギリスの【ティアーズ型】、イタリアの【テンペスタⅡ型】の二つに水をあけられたものと見られていた。
しかし後にドイツで日本人のISを動かせる初めての男性―――私の兄、織斑 一夏の存在が発表された。
日独で共同開発された最新鋭機のテストパイロットとして開発計画に参加しているという情報と同時に、だ。
世界で唯一ISを動かせる男性が既に日独に所属しているという事実に世界中で議論が紛糾した。
ただ各国の言い分は「日独だけで貴重なデータを独占するのはアラスカ条約を違反しているのではないか」という難癖つけるようなものだったが。
アラスカ条約ではISの情報開示と共有が記されているのであって搭乗者を公表しなければならないというものは無い。(まぁ国家代表やその候補生ともなるとアイドル紛いのこともしたりするのだが…)
しかし二国と世界の国々では圧力に抗しきれず、開発において主導であったドイツがペナルティを自らに課して強引に各国の干渉を撥ね退けることで解決した。
―――ISのコアの権利、その一つを放棄したのだ。
世界で467個しかないISのコア、各国に分配された有限かつ貴重なその一つを放棄するのだ。これ以上のペナルティはそうそう無い。
アラスカ条約では【各国家、企業、組織・機関の間でのコアの取引はすべての状況下において禁止される】という条項があるのだが、この死角を突くようにドイツはさらに世界の度肝を抜いた。
―――ISのコアを【織斑 一夏】“個人”へ譲渡したのだ。
ドイツの言い分は「世界で唯一ISを動かせる男性である彼の自衛手段としてISを与えるのは何らおかしいことではない」
加えて「各国がデータを得ることができるように織斑 一夏をIS学園へ入学させる」とも。
この提案にISの開発に後れを取っている国々は諸手を挙げて賛成した。
アメリカ、ロシアなどの大国は難色を示したが、「彼への危険を少しでも減らすため」という建前では強くは出ることができなかった。
もしここで強く反対姿勢を取れば、彼に危害を加えるつもりがあると声高に叫ぶようなものだ。
そうなれば各国に自国を非難する大義名分を与えてしまい、面倒なことになる。
そして世界の思惑は混ざることなく渦巻きながら、世界で唯一ISを動かせる男性のIS学園入学は決定された。
▽
と色々愚考していたが、きっともっと複雑怪奇な事象が絡んでいるのだろう。私は政治屋ではない以上そんなことはわからないし、わかったとしても深入りするのは遠慮したい。渦中の人物が身内で何を今更とも思うが。
私が考え事をしているうちに、どうやら自己紹介は進み、兄の番が回ってきたようだ。
「じゃあ次は織斑 一夏くん」
「…了解ッス」
まだ寝ぼけ声だが、起きたようだ。
兄が立ち上がり、口を開く。女子たちはすごく集中しているのが気配でわかる。
「織斑 一夏です。これから一年間よろしくお願いします」
口を閉じる。
…沈黙が痛いってこういうことなの。
「――以上です」
教室中からずっこける音が聞こえてくる。
どうやらドイツでの生活も兄を根本的に変えることはできなかったようだ。
「あ、あのー」
真耶が兄の後ろでやや涙声が割り増しになっていた
兄はすごく微妙そうな顔をしてる。その後ろに近づく者がいる。
「…あ」
私が一夏に注意を促す前に彼に鉄槌が下されてしまった。済まぬ
スパァン!!
快音が響くと同時に一夏の頭が沈み、立ち上がる前へ巻き戻すかのように崩れ落ちた。
響いた快音は後ろに一夏の後ろ立つ女性が出席簿で叩いた音だ。
そして女性――織斑千冬は何事も無かったかのように教卓へ向かう。
「山田先生、クラスへの挨拶を任せてしまってすまなかったな」」
「いえ、副担任なんですからこれくらい…」
山田先生と入れ替わりに教壇の前に立つ姉を見て、教室の空気が静まる。
「諸君、私が織斑 千冬だ。お前たち未熟者を一年から三年の間に使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言う事はよく聞き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。だが、座して待つだけの馬鹿者に教えてやれるものは無い。お前たち自身のことだ。流されるのではなく自らの意思で選べ」
姉は平然と口を開いたけど、ダウンしてる兄を見てあげて。
私は後ろの席という地理的特性を活かし、兄を回復させようと手を伸ばしたが――――
「ぐぅ…」
寝てる……ッ!?
後ろの私が気付くくらいだから、当然真ん前の姉が気付かないはずが無い。
姉の攻撃の三倍ダメージは兄が危ない!
しかし審判が下されることは無かった。
「キャ――――――! 千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!!」
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
世界的なIS操縦者である元ブリュンヒルデを前にして、十代女子たちは己のパトスを抑え切れなかったのか。
黄色い声に叩き起こされた兄は目を白黒させていることだろう。しかも位置的には収束点に最も近い。
黄色い声の元である姉は呆れたように
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者を集中させてるのか?」
「それと織斑兄(おりむらあに)、自己紹介も満足にできんのか、貴様は?」
織斑兄――――なら私は織斑妹(おりむらいもうと)?
弟と呼ばないあたり、姉としての威厳を保ちたいのか。
「…すみません。あと千冬姉さん俺は兄ではなく弟じゃ――」
スコン★
ああ!一夏が出席簿の角でやられた!
「まぁいい、自己紹介を続けろ」
いいの?この学園唯一の男子生徒の意識がベイルアウトしてるけど?
そんな私の耳にクラスの女生徒の声が入ってくる。
「え……?織斑君ってやっぱり、千冬様の弟……?」
「まさか世界で唯一男でISを使えるっていうのも、それが関係してるの……?」
「羨ましいなあ、代わってほしいなぁっ」
少しだけ自分の眉が上がるのがわかる。それでも姉から次は自分の番だと促されているので立ち上がる。
「織斑 冬霞です。織斑 一夏は私の双子の兄になります。あと日本の国家代表候補生です」
一夏が兄という部分に大多数が反応し、後の代表候補生という言葉に幾人が視線に力を込めたのを感じたが無視して席に座る。
あ、兄も頭をさすりながらだが復活した。
休み時間になったら色々聞こう、こうして長くいられるようになったのは久しぶりだから。
兄がドイツに行って数年、家事が苦手な織斑家の女には辛かった。それを見かねた私や姉の友人が色々手助けしてくれたのは本当にありがたかった。
もしそうじゃなければ、年に数度だった兄の帰省は、全て家の片付けに費やされていたことだろう。
ぼんやりとこれからのことを考えているうちに、自己紹介は滞りなく終わった。ただそのうちの一人にやたら睨まれた。何故?
オリキャラの妹を出したら、頭の中がほとんど兄についてのことになっていたでござる。
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第三話 篠ノ之 箒の在り方
後ろの席からいつの間にか机に突っ伏して寝ている兄の背中を凝視しているが起きていたら、さぞ居心地が悪かっただろう。
その理由は簡単。世界で唯一ISを動かした男を一目見ようと大量の女子が包囲網を敷き、視線で集中砲火を繰り出しているから。
というか三年と二年の生徒も混じってない、アレ?
耳を澄ますと会話が断片的に聞こえてきた。
「あの子が世界で始めてISを動かした男の子だって」
「あなた話しかけてみなさいよ!」
「落ち着きなさい。功を焦ると…死ぬわよ」
「そうね!敵情視察は基本よね!!」
好き放題言ってるけど、寝ている相手に行動を移さないのは冷静な判断だと見ておこう。
「一夏、少しいいか?」
冷静になれてない者が一人―――何だ、箒か。
【篠ノ之 箒(しののの ほうき)】私と一夏の幼馴染にして、ISの生みの親である【篠ノ之 束(しののの たばね)】の妹。
世間的に見れば間違いなく後者で有名だろう。
小学4年生の時から政府の重要人物保護プログラムにより日本各地を転々とさせられていたらしい。
お互いぶっ飛んだ肉親を持つと苦労するね。
色々郷愁とでもいうべき感情があったが、それよりも―――
なんだあの胸部装甲。
私の視線は小ぶりなメロンでも詰めてんじゃなかろーか、と思うほどの円周率πに釘付けだった。
「…何か用か?」
寝起き特有の声で一夏が箒に応答している。
「着いて来てくれ。ここでは話しにくい」
「…わかった」
緩慢な動作で立ち上がった兄は、先を歩く箒の後ろに着いて行ってしまった。
兄の前でモーゼのように人の波が左右に割れていくのが、傍目から見ても凄まじい。
「間に合うのかなぁ」
IS学園は入学初日だろうとガッツリと授業が入っている。SHRから一時間目までの時間はそんなに長くない。
そして遅れれば―――言うまでもない
▽
校舎の屋上で一組の男女が向かい合っているが、そのどちらもしばらくは無言で春先の青空を見上げていたが、片方が口を開いた。
「挨拶が遅れたけど、久しぶりだな。箒」
少し歩いたことで目が覚めたようで、先ほどよりもしっかりとした言葉を紡ぎだす。
「気付いていたのか…?」
どこか嬉しげな感情を必死でかみ殺したかのような声で応える。
「おう。髪型も変わってなかったし、緊張してるとしかめっ面になるのも相変わらずだったしな」
その言葉に眉根を寄せ、箒は口を開いた。
「「顔つきは生まれつきだ」」
悪戯が成功したような顔で彼は笑みを浮かべる。どこか眩しいものを見るかのような笑みを。
しかしその笑みに隠された感情に気付くことなく、少女は再会した幼馴染の片割れへと突っかかる。
「何だその顔は!大体お前は昔からそうだ―――」
どこか愚痴じみたそれを少年は穏やかな笑みを浮かべて聞いていたが、話の切れ目で割り込んだ。
「そういや箒、剣道の大会で優勝したらしいじゃないか。ちょっと遅いかもしれんがおめでとう」
「…どうして知っている?」
「いや冬霞がキープしてくれてた新聞を帰ってきた時に見た」
それを聞いたっきり少女は黙り込んでしまった。
「………」
▽
私の前にいる【織斑 一夏】という人間は私が好意を寄せている相手であり、もう二度と会うことは無いと諦めていた人間でもある。
ISという兵器を姉が開発した時から私の世界は一変してしまった。
あらゆる全てが私という個を透明にし、【篠ノ之 束(しののの たばね)】の付属パーツとしか見てくれなかった。
そのことに対してどうすることもできない自分が嫌で、小さい頃から――冬霞や一夏と共に励んでいた頃から続けていた剣道へと逃げていた。
そう、逃げていたのだ。立ち向かうのではなく。
私は去年、剣道の大会で優勝した。
―――武ではなく暴力によって
どうやって勝ったのかよく覚えていない。私の記憶にあるのは、目の前で私が踏みにじってしまった者が流している涙だけだ。
メダルと賞状を受け取り、私はそこから逃げるように去った。
聞こえてくる嗚咽が自分を攻め立てているようで―――
自分の唯一の逃げ場もなくなってしまうようで―――
それからただただ忌まわしいという感情に支配されて、その元凶であるメダルを八つ当たり気味に捨てようとして手に取ったときにふと、一夏の顔が浮かんだ。
その頃はちょうど一夏がISを動かせるということが世界的なニュースになっていて、その事が私のなかで複雑な感情として渦巻いていた。
私という個を奪った兵器が、私の大切なものまで奪っていったような、そんな感情だ。
くすんだ金色のメダルの表面にボンヤリと映る自分の輪郭が、かつての懐かしい感情を想起させたのかはわからないが、無性に一夏が恋しくなった。
そんなときだ。少しでも気を紛らわせようとしてつけていたテレビから、一夏がドイツで第三世代機のテストパイロットとしてイタリア、イギリス、アメリカの三国の第三世代機同士のエキシビジョンマッチに参加するというニュースが流れたのには運命のようなものを感じた。
週に一度一試合ずつ行い、三週間掛けて行うそれを全世界生中継で放送するという、いやでも一夏に世界が注目しているかがわかる力の入れようだった。
ニュースから数日後、テレビの画面越しとはいえ久々に見た幼馴染は背丈が伸び男らしくなっていたが、紛れも無くかつて自分たちと共に切磋琢磨していた一夏だった。
その身に黒いIS―――【シュバルツェア・レーゲン】だったか?を纏い、アリーナに姿を現したときに本当に一夏はISを動かせるのだと認識した。
第一戦目はイタリアの【テンペスタⅡ型】だったが、姉の件から毛嫌いしていてISについて素人だった私にもわかるほど一夏の腕は卓越していた。
あらゆる攻撃を紙一重で回避し、的確に油断している相手を削ることで敵を焦らせ生まれた隙を突いて一気呵成に勝利をもぎ取って行った。
幼馴染の雄姿を見て興奮冷めやらぬ気持ちで私は一週間を過ごし、またテレビの画面に噛り付いていた。
その間に必死に一夏を理解しようと、毛嫌いしていたISの知識を深めていたのは今思うと滑稽にも程がある。
そして第二戦目のイギリス製第三世代機【ブルー・ティアーズ】との試合。
ビット兵器による単機での十字砲火を可能とした機体を相手に一夏は、背後に目でもついているかのようにその全てを叩き落し、後は一試合目の焼き直しだった。
自分ならどうやって距離を詰める?前後左右だけでなく上下からも襲い来るレーザーをどうやって捌くか、それが勝利の鍵だろう。
今度はそんな事を考えながら、一週間を過ごした。
最後の試合はアメリカの第三世代型実験機【ファング・クエイク】。《安定性と稼働効率》を重視した機体らしいが、一夏の駆る【シュバルツェア・レーゲン】は近接から遠距離射撃までこなす万能型、相性は悪くないはず。
しかし私の予想は裏切られ、一夏は苦戦を強いられていた。
その理由は相手の戦法が明らかに一夏への対策を練った上でたてられていたのだ。
遠距離から中距離は武装で撹乱し、その隙に一気に相手の懐にもぐりこみ絶対に喰らい付いて離れず、そこからの近距離格闘による連撃で押し勝つ。
それに対してファング・クエイクが取った戦法は、ショットガンとマシンガンを両手に構え弾幕を張りつつ後退し続けることで徹底的に接近されることを拒んだのだ。
この二週間で調べてわかったことで、まだ第三世代機は特殊兵装の搭載を目的とした実験機の域を出ずにいるというものがある。そしてそれ故にどの機体も燃費効率の低さが問題ということも知っていた。
そのことから私は一つの結論を出すことができた。
同じ実験機でも、稼働効率を重視したファング・クエイクと万能機を目指したシュバルツェア・レーゲン、長期戦が後者にとって不利なのは明らかだ。
私の拙い知識でさえ出せた結論だ。今戦っている両者も理解しているだろう。
少しずつ一夏の機体に損傷が見え始め、六基あるワイヤーブレードのうち二基が破壊され、ついには大型レールカノンの接続部が破壊されてしまう。この射撃戦で唯一決定打となりうるのはシュバルツェア・レーゲンに搭載された遠距離武装であるレールカノンだったのだ。
「一夏ッ…!!」
もうダメだと私が声を洩らした時、試合が動いた。
試合を見ていたほとんどが一夏の敗北を確信していたが、一夏は勝負に出た。
破壊されたレールカノンの残骸を手に取り、即席の盾とすることで強引に距離を詰め始めたのだ。
ドイツ製の頑健な銃砲のフレームは負荷の高いジョイント部が壊れた程度で揺らぐものではなく、ショットガンやマシンガン程度では表面を削ることしかできず、見る見るうちに二機の距離が小さくなる。
予想外の突撃に焦ったファング・クエイクは両手の銃器を投げ捨てると、グレネードをその手に呼び出すと同時に間髪を入れずに為された射撃を狙い違わずレールカノンへと直撃させた。
―――腹這いになる勢いで体勢を低くしたシュバルツェア・レーゲンとギリギリですれ違いになるように
背部から伸びるワイヤーブレード、今は焼ききれているそれは残骸を押すことで突撃の速度をカモフラージュした上で、一夏に勝利の最大のチャンスをもたらしたのだ。
炸裂する榴弾の爆発すら利用した瞬時加速(イグニッション・ブースト)で最後の距離を詰めようとする一夏。
もはや機体はボロボロで脚部に至っては爆発に巻き込まれISでの脛から足首に相当する部分から砕け、ギザギザした断面から内装が露出している。
しかしそれでも自分の距離へと持ち込んだ一夏は、展開されたプラズマ手刀でファング・クエイクへと踊りかかる。
だが、ファング・クエイクの搭乗者もまた一流。
そのまま膾切りにされるのではなく、背部4基スラスターによる個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)を敢行する。
地面ギリギリから掬い上げるように延びるプラズマ手刀の斜め上前方に向かって飛ぶ。
――― 一回
僅かに初速が足りずに脚部とスラスター一基を切り飛ばされる
――― 二回
伸びてきたワイヤーブレードを強引に振り切ったがその際にスラスターをさらに一基潰される
スラスター二基を失くした事で空中でバランスを大きく崩したが、一夏の決死の突撃を振り切ることはできた。
成功率が四十パーセントを切るこの技能をこの局面で成功させてみせた彼女は本物の一流だろう。
だが、それでも――――――
『オ、オオオオォォォォォォッ!!!!』
バランスを崩しているファング・クエイクの眼前に巨大な鉄塊が現れると同時に叩き落した。
その鉄塊は榴弾の直撃を受け、ひしゃげ使い物とならなくなっていたはずの大口径レールカノンだったもの。
スラスターを潰すためだと思っていたワイヤーブレードは、この鉄塊へと伸ばすための布石。
二本のワイヤーブレードに絡めとられてる鉄塊こそが一夏の最後の札だったのだ。
一夏はファング・クエイクの位置を見ると同時に、両手を地面に叩きつけ強引なブレーキをかけた。
瞬時加速の勢いはそれだけでは殺しきれずに、機体は倒立前転のような軌道が描く。
そして破損した脚部の断面にワイヤーを引っ掛けて、自身を柄とした即席のフレイルを作って奇襲したのだ。
同時にワイヤーブレードを基部からパージ、ハンマー投げのように鉄塊が飛んでいくがそんなことには気にも留めずに倒立前転したことで、天地逆さまになったままファング・クエイクへと突撃すると同時に一撃を叩き込み。
そのまま砕けた脚部さえ鋸刃のように利用した連撃で相手を沈めた。
――――――勝利したのは一夏だ
「よしッ!!!!」
接戦の末の勝利に私は思わず立ち上がって歓声を上げていた。
だがそれは画面の向こうでも同じだ。アリーナを埋め尽くす観客が大歓声を上げている。
やはり一夏は強い、私なんかよりもずっと。
その強さはISに乗っていても変わらなかった。
彼と共に並び立ちたいと思った。
幸いIS学園への入学は【篠ノ之 束】の関係者として決まっていたので、再会できると知りとても嬉しかった。
―――強くなりたい
今の私にとっての願いが決まった瞬間だった
▽
「どうした箒?」
眼前を覗き込むようにしている幼馴染がいた。
「うひゃああ!?」
咄嗟に押しのけてしまった
「うぶ」
「い、い、いきなり婦女子の顔を覗きこむとは何事だ一夏!?」
顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。そっぽを向くことで誤魔化したが、一夏は気付いていないだろうな?
「いや時間がヤバイって件なんだが―――」
キーンコーンカーンコ-ン
「チャイムが鳴りましたね、箒さん」
ギギギと錆び付いた音が聞こえそうな動きでこっちを見てくる一夏
「ええい、諦めた顔をせずに走れ!!千冬さんの怒りが爆発しないうちに急ぐぞ!!」
「うん、たぶん火山の噴火に巻き込まれるか火口に飛び込むかの違いだと思うんだが」
戦闘描写が長引いているのは箒がどんどん知識を深めているからだと解釈してくだせぇ
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