モンハン世界にINしたアルトリアさん (エドレア)
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アルトリア編 第一部
act-0


プロローグ


 最初に視界に入ったのは神秘が溢れる世界だった。召喚されたのだから自身の内に用意していたお決まりの言葉を言うために目を開いてみれば、いるはずのマスターはおらず代わりに広がるは圧倒的大自然。

 

 これには歴戦の騎士王と言えど、戸惑いを隠さずにはいられない。感覚だけでここが尋常の内に入らない場所だと理解し確認のために聖杯から与えられるはずの情報を頭の中で探すが目の前の光景を納得させてくれるだけの情報は何一つ思い浮かばない。というか聖杯からの情報が何も無い。どうやら聖杯による召喚では無いようである。情報のバックアップが無い、聖杯戦争とは無関係なイレギュラーな召喚であるようだった。

 

 アルトリアが今いる場所は高所にある遺跡と思われるような建物だ。高台である故、外の景色が良く見える。どうやら森の中にいるようだが一つ一つの木の高さが普通では無い。30mや40mではきかないような高さの大木ばかりである。アルトリアが見下ろせる位置にあるこの遺跡は100m近くはあろうかという巨大さを誇っていた。

 

 アルトリアからすれば堪った物ではない。植物に侵食され風化した祭壇から辺りを見回すがやはりこの奇異な召喚に答えを出させてくれるような物は何も無かった。

 

「呼ぶ、というよりは誘うような気配に寄って行ったのが悪手だったのでしょうが…まさか前情報も無いばかりか異界と思われるような場所に放逐される羽目になるとは」

 

 一人、ぽつりとそう漏らす。これが単なる森であるならば森の出口を探し人の集まる街か何かへ出れば情報収集の余地もあったものを、見渡す限りどこまでも樹海が広がっていくばかりである。とてもでは無いが出口など探せた物では無い。更に良く森を見てみれば見たことも無いような生物が時折彷徨いていてアルトリアが異界認定するのも仕方の無い環境が目に見えていた。召喚早々、愚痴の一つもこぼしたくなる。

 

「とりあえず、まずはここから降りて現状を把握しなければいけませんね」

 

 案ずるより産むが易し。英霊たるその能力を遺憾無く発揮しアルトリアは高所から地上へその身を踊らせた。

 

 

 

 

 

 

 地上に降りたアルトリアを最初に出迎えてくれたのは暢気に草を食んでいた草食竜アプトノスの群れだった。突然上空から勢いを付けて降ってきたアルトリアに恐慌の声を挙げ群れはパニックになる。おおよそ30頭程の群れは、遺跡の手前にいるアルトリアから逃げるように森へ駆け込んだ。悪い事をしたな、と思いつつもアルトリアは周囲の環境を観察する。遺跡の高所から見た通り随分と草木が生い茂っていたが意外にも陽の光を遮るような事は無かった。アルトリアがいた遺跡のおかげだろうか、かなり開けていて燦々と太陽の光がアルトリアと遺跡に射し込んでいた。

 

指標になる物も無いためアルトリアはとりあえずアプトノスの群れが逃げて行った方向に足を進めようとした時だった。

 

(見られている)

 

 殺気とも違うが友好的な気配など一切感じない視線が森の奥からアルトリアを取り囲んでいた。睨め付くような視線の数は大体15~20程度だろうか。先程、アプトノス達を怖がらせてしまった騒ぎがこの者達を呼び寄せてしまったようである。自身が招かれざる客だという事もあるのか、その視線は殊の外きつくアルトリアには感じられた。

 

 確かに部外者ではあるがだからと言って黙ってやられる案山子では無い。襲撃者達に対抗するために今は風の鞘に納められた相棒たるその聖剣を静かに構える。ここでようやくアルトリアは自身がどのような現界を果たしているか自覚するに至った。まず、受肉している。これはアルトリアの末路が他のどの英霊とも違う特殊な経緯による物であることは明白だったが本来ならそれでもマスターの魔力による補助が必要なはずである。しかし、どこからもパスは通っていなかった。かつて、征服王が宴の問答の際に語った一個の命としてアルトリアは存在していた。他者の補助を必要としない完全な受肉である。この世界に来て二度目の大きな驚愕だった。因みに一度目は召喚直後の世界の様子である。次に魔力と宝具であるが魔力保有量に関してマスターの差で比べるのなら士郎以上凛以下といったところだろうか。宝具の真名解放は2回くらいなら問題無く戦場で振る舞えるところ、その後の消耗を考えないのであれば3回、消滅覚悟で放って4回が限界という具合だった。宝具そのものの欠損も無い。英霊そのものであるアルトリアに自身のステータスを知る権利は無いため正確には測れないが少なくとも士郎がマスター時のポテンシャルは超えていると思われた。

 

 逡巡している内に向こうの攻撃体制が整ったようである。甲高い鳴き声と共に、青色の影が森の中からアルトリア目掛けて3匹が大きく跳躍してきた。ランポスと呼ばれるこの小型の肉食竜の攻撃は、先程のアプトノスの群れであれば1頭程度仕留めるのに何の支障も無い攻撃だろう。しかし、相対するは常勝の王アルトリア・ペンドラゴンその人である。事も無げに不可視の聖剣を振るってみせれば跳んできた3匹はすぐさまただの肉塊に変わった。そこから断続的にランポス達がアルトリアに襲いかかるが策も何も無いただの飛び掛かりがアルトリアに傷を付けるなど有り得る事象ではなく、程無くしてアルトリアの周りにはランポス達の死体が散らばった。

(先程の草食動物やこの青蜥蜴といい…ここが地球であるかさえ怪しくなってきましたね)

 

 全てが未知である。偶発的な事故のような何かでこの地に放り出されたが不思議と嫌な感じはしなかった。未知への探求心とでも言おうか、征服王はきっとこの思いを持て余していたに違い無い。己がこの地に呼ばれた意味を確かめるべく、アルトリアは森の中へとその歩を進めるのであった。




察している方は多いと思いますがアルトリアがいるのは未知の樹海です


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act-1 VS角竜ディアブロス

いきなりのディアブロス


 砂煙が舞う。重厚な音が響く。

 それは、一人と一頭の衝突による物だった。一人はその小柄な体躯からは想像もできない膂力を秘めた我らが騎士王アルトリアその人である。対する一頭は(アルトリアがその種族名を知る事は無いが)二つ名に砂漠の暴君と呼ばれ狩人達に恐れられる角竜ディアブロスだ。彼らは今、得物である聖剣と自慢のその角を突き合わせて取っ組み合っている。

 

 何故こんな事になったのか。アルトリアは森へ入った際、まず食料を目的として探索を開始した。完全な受肉を果たしている以上、魔力のみでの現界はできない。何かしら食べられる物を探しだす必要があるのは普通の人間と同じと言えた。彼女には自然に生える野草やキノコなどを可食できるかどうかの知識は無い。度々ある様々な生物の襲撃を防ぎながら、分かりやすい木の実や果物などを中心に採集を繰り返している内に砂地に岩肌が剥き出しになった場所に辿り着いたのだ。近場には綺麗な水が流れており、飲んで一息つこうかと近寄ってみれば突如、地中からの急襲に遭った。直感で後方に飛び退いたまではいいが地中からアルトリアを狙ったそれは間を置かず彼女目掛けて突進し、回避が難しいと悟った彼女は突進を受け止めそのまま冒頭に至る。

 

 数秒、長く取っ組み合っていたが角竜が一瞬後退し直後にまた前進、今度はアルトリアを掬い上げようと角を大きく上へ振り上げる。上へ投げ飛ばし落ちてきたところを突進で串刺しにする心算なのだろう。彼女は敢えてその思惑に乗ってやる事にした。角を聖剣で受け止め上へ投げ飛ばされる瞬間、足に魔力放出をかけ角竜の想定を遥かに越えたジャンプする。そして空中で姿勢制御し落下速度に自身の魔力放出も合わせた聖剣の一撃を氷と雷の火花を散らしながら(・・・・・・・・・・・・・)角竜の右角に叩きつけた。

 

「はあああっ!」

 

 視線が交錯する。最早、何かが爆発したのではという爆音が轟き角竜の体を一段深く地中へめり込ませた。角竜もそれに抵抗しアルトリアの一撃に耐えようとするが───。

 ピシッ

 角竜の顔が驚愕に染まる。もし彼の脳に人語を解する余地があったのなら脳裏にこの三文字が踊った事だろう。まさか、と。

 

 角竜の思惑をも利用したアルトリアの一撃はその角を彼の誇りと共に根元から割ってしまった。その衝撃を受けて角竜は大きく後退する。彼にとっては有り得ざる事だった。この森の生存競争を勝ち抜くのは簡単な事ではない。この角で数多の外敵を屠ってきたのだ。その彼の強さの証がよもや華奢な人間風情にへし折られようとは。その相手は砂地に突き刺さった折れた右角を横に健在でいる。

 最初こそ己の縄張りに侵入してきた不埒者を軽く撃退する腹積もりでいたが今の彼に撃退の二文字なぞ無かった。殺す。残ったもう片方の角で串刺しにするまで飽きたらず、尻尾でその体を叩き割り完膚無きまでに潰してやらねば気が済まない。そう宣言するかの如く口から黒い怒気を撒き散らし猛々しく頭を振り回しながら角竜は雄々しく咆哮した。

 怒りのままに角竜が体を低く構える。先程、にべもなく突進を対処されたのを忘れ角で全てを穿つつもりなのだ。そうして今にも走り出しそうな角竜を突如として閃光が襲った。突然視界が白く染まり見えなくなり、怒りとパニックで我を忘れて手当たり次第に角や尻尾を振り回す。

 角竜以前に様々な生物達を相手にしてきたアルトリアだったがここまでに無駄な戦闘は一切してこなかった。風王結界を解放し刀身を顕にしたところでそこから目一杯閃光だけを放出したのだ。この方法で大半の相手をやり過ごせる。光だけを放つのなら消費する魔力も微々たる物で済む。下手な消費は許されない現状において閃光による目眩ましは非常に理に叶った物だった。

 未だ荒れ狂う角竜を尻目に戦利品である折れた角を携えアルトリアはその場を後にした。彼女からすれば無駄な戦闘は極力避けたい物。討伐出来るかどうかで言えば出来ると答えるのが彼女だが戦闘の血臭で他の獰猛な生物達を引き寄せる結果となってしまう。息つく暇も無く連戦する羽目になったらさしもの騎士王とて限界が来る。故にここは引くのが正解だった。

 

 

 

 

 

 後にこの片角の角竜はアルトリアと幾度も戦闘を重ね並みのモンスターとは比べ物にならない対人(と呼んで良いのか怪しいが)戦闘の経験を持つ事になり未知の樹海を探索しに来た他のハンター達にその勇名を轟かせる事となる。

 森のマオウ、と。




アルトリアはほぼ無限に閃光放てます
エクスカリバーの属性に関してはまた次回に。無双させるつもりは無いですが割りと便利な設定です。
感想欄とかTwitterでこのモンスターと戦わせてみたいっていうのがあればある程度要望に応えるつもりですが話の都合上現段階では未知の樹海にいるやつしか応えられないのでそれ以外のモンスターに関してはご了承下さいm(__)m
アルトリアあんま喋って無くね?って思う方いると思いますがそもそも喋る相手がいないので仕方無いですし構想ではアルトリアが人里に行くようになるのも随分先になるので暫くはアルトリアがあまり喋らないサバイバル生活中心の描写になるかと思います。


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act-2 観察:影蜘蛛ネルスキュラVS黒狼鳥イャンガルルガ

前回のディアブロス戦、ufo版UBWのセイバーVSバーサーカーを意識してたんですけどわかりますかね?


 日は既に西の彼方へ去った頃、アルトリアは最初の遺跡に帰還した。あの後も探索を続行したのだが他に拠点となりそうな場所を見付けられなかったからである。元々食料確保を念頭に考えた探索だったためアルトリアはそれほど重要には考えず、また開けた場所にあり視界の悪いこの森において遠くからでもはっきりと視認できるこの巨大な遺跡は身を寄せるのに適していた。ずっといるのか、それとも一時的な居留になるのかは未定である。それよりも今の彼女には気掛かりな事があった。

 

「むぅ…。いくら振るってみても、先程の現象は発生しませんね…」

 

 角竜と戦った時。聖剣を角竜の角にぶつけた際に氷と雷が不可視の聖剣から飛び散った。それはブリテンで王を務めていた時も冬木でサーヴァントとして振る舞っていた時も全く見掛けなかった現象だ。何故か三つの異なる第五次聖杯戦争の記憶を持つ事にも疑問符が浮かぶが、多少魔術に理解はあるとは言え魔術師ではない彼女がいくら考えても詮の無い事。そっちは一旦保留とする。

 

 アルトリアは帰還の道中にこの不可解な現象を確かめていたが芳しい結果は得られていない。今もそこいらの木々に聖剣を振るってみせたが氷と雷が舞うような事は無かった。湖の乙女から授かり幾多の苦境を共に乗り越えてきた唯一無二の相棒がここに来て初めて見せた変化である。当然、アルトリアとしてはこの変化を確認せずにはいられない。もし不調が認められれば彼女にとって最大の死活問題となる。それだけはどうしても確認せねぱならなかった。

 

「雑魚避けとしてこの角はここに突き刺しておきますが…。それにしてもここまで効果があるのは驚きですね」

 

 帰還中、アルトリアは他の生物と接触する事は無かった。遭遇するにはするのだがどの生物も出会った途端に血相を変えて逃げてしまうのである。角竜と戦う前、ランポスやそのご親戚など他様々な肉食動物に狙われその度に閃光を放って対処してきた彼女だが、角竜の立派に捻れた角を所持してからはそんな事は無くなった。折れてなお残る角の威厳に震えたか、それとも猛る暴君の証を所持しているアルトリアそのものに畏怖の念を感じたか。どちらなのか今の彼女には判別する事は出来ないが角のおかげで厄介事を回避出来たのは事実である。ただそれもあってアルトリアは角竜戦以降、他の生物に聖剣を振るう機会が無かった。最初に彼女を狙ったランポス達の時も風王結界から滲み出る風の刃で直接触れずに斬ったためその時も氷と雷を確認することは出来ずにいた。

 

(やはり、生き物を相手に振るうのとそうでないとで違うようですが…。迂闊に戦闘へ踏み込むのは危険ですしかといってアサシンの真似事をするのも私では難しい)

 

 如何にしてこの問題を解決するか。目下のところ、それが最優先事項である。しかし既に日が落ちた今、不用意に森を出歩くのは極めて危険な行為である。文明の利器も何も無い世界では日が落ちればあっという間に夜闇に包まれる。昼間こそその巨大さを外に示していたこの遺跡も流石に暗闇で見付けるのは難しい。アルトリアは一先ず、ここで夜を明かす事にした。遺跡の外壁に腰掛け手には聖剣。常在戦場、寝るとは言ってもすぐに対応出来る警戒体制である。

 

(とりあえず今はなるべく消耗しないように心掛けましょう。多少を腹も満たしましたしこれで明日一杯は何とかなるはずです。…味に関しても今考える事では無いでしょう)

 

 食べられるかどうかの判断は完全に素人のアルトリアである。多少毒に当たったところで常識の埒外にある彼女の身体なら幾らか耐えられるだろう。それでも不味くて食えた物ではない物に当たる事の方が多かった。寝る前に一つ思う。

 シロウの料理が食べたい、と。

 

 

 

 

 幸いにも夜襲は無くそのまま寝入ったアルトリアが起きたのは東の空が青く霞みはじめた頃だった。自発的に起きたのではない。外部の異常を関知したためだ。常人の感覚を遥かに越えたアルトリアの嗅覚がそれを捉える。ブリテンにいた頃戦場で何度も嗅いだ臭い。これは───。

 

(火…?焦げた臭いが風に乗って…?)

 

 風に乗って流れてきたのは物が燃焼する臭いだった。角竜と出会った方とは逆、遺跡を中心にしてみれば北の方角から物々しい気配が漂っている。何らかの脅威がこの近辺にいるのか。じっと待つより動くのがアルトリアである。彼女は慎重を期して件の臭いを調べるため北へその足を進めた。

 

 邪魔な木々を伐採しながら進んで行く。徐々に火の気が強くなる。所々、焦げた木や地面が見えていくうちに周囲の環境の変化に気が付いた。網目状の糸が木々を繋ぎ高所に一つの領域を形成している。蜘蛛の巣に見えるがそれにしては余りにも巨大だ。その蔦と共に作られた平坦な場所に二頭の大型モンスターがいた。

 

 一人はこの巣の主影蜘蛛ネルスキュラである。機敏な動作と糸で獲物を翻弄し捕食したゲリョスから溜め込んだ毒で獲物を仕留める狡猾なハンターだ。それと相対するのは黒狼鳥イャンガルルガ。目に付く者全てに戦いを挑む自然界屈指の戦闘狂。鋭い嘴から繰り出される一撃、放たれる火のブレス、尻尾に備わる猛毒を孕んだ刺。どれをとっても危険な、鳥竜種では割りと珍しい獰猛なモンスターである。

 

 どうやら影蜘蛛の巣に黒狼鳥が侵入してしまった事による戦闘のようだった。焦げた臭いは黒狼鳥が辺り構わず滅茶苦茶にブレスを乱発したのが原因。影蜘蛛は一部喰らってしまったのか纏ったゲリョスの皮が焼け落ちていて元々の白い甲殻が露出しており、本来ならあるはずの毒を溜め込んだ背中の結晶も無残に砕けてしまっている。対する黒狼鳥は目立った外傷も無くその特徴的な甲高い鳴き声を辺りに響かせながら影蜘蛛に猛攻を仕掛けていた。

 

 影蜘蛛からすれば極めて相性の悪い相手である。自身が嫌う雷から守るための鎧として纏っていたゲリョスの皮も黒狼鳥のブレスの前には無力である。反対にこちらから得意の毒で攻撃を仕掛けても黒狼鳥自身の特性として毒を一切受け付け無いので単純な物理攻撃に成り下がってしまう。そして黒狼鳥の硬く発達したその甲殻を影蜘蛛が貫くには攻撃力不足と言えた。自慢の糸で拘束しようにも簡単に引きちぎってしまう。侵入してきた時点で逃げていればまだ影蜘蛛に立て直しが利いただろうに、この影蜘蛛は対応を誤った。まぁ自分で組み上げた家をみすみす手放してなるものかと思うのは仕方の無い事ではあるが。

 

(竜が火を吹くのはまだしも鳥が火を吹く世界なのですか…。鳥かどうかも怪しいですが出来ればあの火を入手したいところですね。そのためにもあの大蜘蛛にはもう少し粘って貰いたいものですが、さてどうなる…?)

 

 アルトリアは戦っている二頭と程近い、下の地面の茂みに身を隠しながら二頭の戦いを観察することにした。サバイバル生活における火の重要性は彼女とて理解している。あわよくば、漁夫の利とまではいかないもののこの場に居合わせた事の収穫を得たいものである。

 高所の戦闘エリアでは未だに燃えている黒狼鳥の攻撃痕が残っている。これを穏便に入手するには影蜘蛛が倒された後に黒狼鳥が速やかに立ち去ってくれればそれが可能となる。ほぼ圧勝といえる黒狼鳥だが全く消耗していないわけではあるまい。疲れを癒やすためにさっさといなくなってくれれば御の字である。アルトリアはそう思いつつ二頭の様子を見守る事にした。

 

 

 

 

 この日は豊かなこの森に珍しく、強風が吹き大気もかなり乾燥していた。そのような森林に勢いのある火種があればどうなるか…。この時のアルトリアに知る由は無かった。




先に設定をぶっちゃけると聖剣はモンハン世界の生き物に攻撃した時点でモンハン世界の法則が適用される仕組みです。風を纏っている状態なら氷と雷の複属性である「風」属性になり解放した状態なら火と雷の複属性の「光」になります。使いこなせば三属性扱えるようになる便利システムですが今のアルトリアはまだ分かりません
あと森林火災についてはこの森では滅多に起こらない現象としています


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act-3 煌々と燃え盛る(1)

今回から書き方ちょっと変えてみました
余裕があれば他のも同じ感じに改稿してみます


 木々の焼ける音がする。命の燃える臭いがする。

 森は、今までに無い大火災に襲われていた。

 

 朝方から続いていた二頭の戦闘はどこにそんな体力があるのかという影蜘蛛の驚異的な粘りによって太陽が中天を登る時間まで続いた。案外あっさりいけると思っていた黒狼鳥にも若干の疲れが見える。だがその戦闘時間の長さが図らずも災いを招くことに誰も気付いてはいなかった。

 

 影蜘蛛の頭部を掴みその鋭利な嘴で突き砕く。ようやく決着だが周囲はそれどころではなかった。森に炎が広がっている。原因は言わずもがな、黒狼鳥が更にブレスを乱発したためだ。北風から煽られた炎が森を埋め尽くしていく。だが犯人である黒狼鳥はどこ吹く風。戦いの疲れを癒やすためにどこかへ飛び去ってしまった。

 

 アルトリアはというと炎が燃え広がった時点で既にその場から撤退していた。いくら常人離れした身体能力を持つとはいえ長時間火に晒されてしまえば流石に無事では済まない。急ぎ安全な場所を探しだし、やり過ごす必要があった。

 

 アルトリアだけでなく森のモンスター達も逼迫していた。ここで大打撃を受けたのは火を弱点するモンスター達だ。フルフルや寄猿孤ケチャワチャを始め、多くの火弱点モンスター達が大移動を余儀なくされていた。アプトノスなどの草食モンスターは勿論の事、ランポス系鳥竜種もイーオスを除いた全員が安全を確保するために逃走している。そしてそれらを狙った強い耐火性を持つ大型モンスターが蹂躙を始めていた。

 

「くっ…!」

 

 風の流れから被害が広がる方向を察知していたアルトリアは南東へ向かって疾駆していた。だが───。

 

「邪魔だぁっ!」

 

 地上より高所の方がまだ被害は少ないため大木の枝から枝へ跳び移るように進むアルトリアだが同じく高所を棲み家とするモンスターと鉢合わせになりその都度対処していた。今も飛んできた奇猿孤を吹き飛ばしている。この混乱した事態では閃光を使ったところで更にモンスター達の恐慌が増すため今回の使用は控えていた。

 

「いつになったら収まるのですか…!」

 

 今度はフルフルがその重苦しい飛び方で降ってきた。洞窟などの暗いところを好むモンスターだがその棲み家にも火の手が回ってきたのだろう。嗅覚を主な感覚手段として使用しているが、火の臭いが充満しているせいで火の気が無いところを探すので精一杯の様子だった。

 なりふり構わず進むアルトリアだが更なる障害と遭遇し彼女を手こずらせる。

 

 アプトノスの群れの大移動だった。いくつかの小規模なグループが集まり大規模な群れを形成したのだろう。地上を走っているためアルトリアに直接的な被害は無い。だがそれに付随して現れるモンスターの方が遥かに厄介だった。

 アプトノスの群れを狙って赤い影が走り回る。イーオスの大群だ。アルトリアが初日に出会ったランポスのような規模ではなく、群れの後方には親玉であるドスイーオスの姿が確認できる。時に火山などの灼熱地帯を棲み家とするモンスター。彼らにとってこの程度の火災、平時とさほど変わらぬ光景と言えた。だが彼らにとって悩ましいのは自分達と同じようにアプトノスの群れを狙うより上位の捕食者もこの場に来ていた事だった。

 記録が付けられるのならば最大金冠を約束されるであろう大きさのドスイーオスが攻撃を仕掛ける。その相手はアプトノスではなく横を並走する雌火竜リオレイアだ。大地の女王の二つ名の如く、地上戦を主体とする雌のリオスは火をものともせずに走っていた。本来なら力の上下関係が明確な二頭だが混乱したこの状況がそうさせたのだろう。何とか追い出そうと毒液や噛みつきで嫌がらせをする。だが雌火竜は嫌々しそうに尻尾を払うだけで効果はみられない。しかしこの二頭がお互いを牽制しあっているおかげで走る速度に若干の減速が生じ、アプトノスの群れは二頭の脅威から逃れられていた。それでも後方にぴったりくっついて来るので一瞬足りとも気は抜けないが。

 そしてアルトリアに対して直接の脅威となるのは───。

 

「ギシャアアアアアッ!!!」

「ワイバーン…!」

 

 火竜リオレウス。

 数多くいる飛竜種の中で最も有名なモンスター。天空の王者の二つ名の通り、飛竜種最高クラスの飛行能力を持つ。雌火竜との番であるこの火竜は、その飛行能力を存分に活かし雌と連携して上空からアプトノスの群れを追いたてていた。だが視界内を跳び回るアルトリアに苛立ちを覚えたのだろう。被害が更に広がる事など関知せず、彼女に向かってブレスを乱射し始めた。木々より高所を飛んでいるため迎撃できず、また先程の理由から閃光も使えない彼女は必死になって逃げる他無かった。

 横に外れてアプトノスの群れから離れられれば良いのだが火竜の追撃がそれを許してはくれない。ここまでで大分混沌とした文字通りの火事場だがそれに拍車をかける事態が発生する。

 

「グォオオオオオオオオ…!」

「ビームだと!?」

 

 前方に見える白い巨躯。鎧竜グラビモスが何を思ったのかアルトリア達が進む先から現れ逆走してきたのだ。マグマの熱にも耐えうるその発達した外殻の強度は伊達ではなく、この大火災においても平常を保っていた。肉食ではなく鉱物食のモンスターだが自身に向かってくる大群を煩わしく思ったのだろう。群れに向かって熱線を吐いてきた。後方で争っていた雌火竜とドスイーオスも飛んできた熱線に驚いてその場を飛び退く。火竜のブレスから逃走を続けていたアルトリアもその様子には驚くばかり。群れの大半には当たらなかったもののそれでも少なくない数が被弾しアプトノスやイーオスの焼死体が多数転がった。

 

 鎧竜の脅威を何とか躱していき、群れは安息を求めて走り続ける。

 火災に混迷した緊急事態はまだ終わりそうに無かった。




…遅れた投稿になって申し訳ございませんm(__)m
かなり力を入れて書いていた内容だったのですが一度データが吹き飛び最初から書き直していました。
今回の話のコンセプトとしては森林火災を起点とした未知の樹海版3(トライ)のOPムービー、そこに巻き込まれるアルトリア。みたいなのを目指して書きました。
場所が場所なのでミスマッチかもしれませんがテーマBGMは「海と陸の共振」ですね。
次回また混沌とした内容になる…つもりです。


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act-3 煌々と燃え盛る(2)

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 火竜のブレスと鎧竜の熱線も合わさって更に広がる大火災。

 アルトリアを含め、火の脅威から逃れられた者はまだいない。

 

 

 

 とにかく逃走を続けるアルトリアだが状況は芳しくない。偶然か、はたまた頭の良い固体が群れの先頭にいるのか最悪な事に群れは彼女と同じく南東へ向かって直進していた。このまま火災から脱け出せたとしても、アプトノスの群れとそれに付随する動乱を相手にしなくてはならない。火竜さえどうにか出来れば離脱できるのだが、ままならないのが世の常である。仮に攻撃するために火竜のところまで跳び上がったとしてもそれこそ彼の者の領域。アルトリアの一撃が火竜の頭蓋を呆気なく割る物でも、飛べる者とそうでない者では空中の動きに差がありすぎた。

 

「……っ!」

 

 アルトリアが息を飲む。火竜のブレスとはまた違う何かが横を掠めたからだ。過ぎ去った方を見ると、アルトリアの知識の中にある基準で言えば馬程の大きさもある巨大な虫が超高速で彼方へと飛び去っていた。カマキリのような前足に発達した鋭角的な角。徹甲虫アルセルタスも他のモンスター同様火の脅威から逃げていた。そして徹甲虫は一匹だけではない。数こそは多くないが後ろから次々と飛来してきた。彼女を狙った者ではないため、先に聞こえてくる羽音に注意していればぶつかる事は無いが火竜のブレスに加えてこれにも気を付けなければならない。彼女を取り巻く状況はますます悪くなっていった。

 

 地上でも若干の変化が生じていた。アプトノスの群れとそれ狙う捕食者の図は変わらないがそこに桃毛獣ババコンガとコンガの群れも合流したのだ。捕食者達にとっては厄介な相手である。彼らの悪臭ガスと糞攻撃は平時ならいざ知らず、こういう動乱の最中に発揮されると場を更に狂わせかねない。彼らからすればただ逃げているだけなので捕食者達は彼らを刺激しない事に決めた。最も、ボスである桃毛獣は火災とは別に逃げている理由があったりするのだが。

 

 日は既に西へと傾きかけている頃合いだが風が広範囲に吹いたのか未だ火災の領域からは脱け出せない。ここにきてようやく、足の早い一匹のイーオスが群れの先頭に辿り着いた。先頭にいる体格の大きいアプトノスを仕留めに動こうとしたその瞬間、黄金の斬撃がけたたましい鳴き声と共に空から降ってくる。松かさを思わせる鋭利な鱗。猛禽類に良く似た鳴き声。

 千刃竜セルレギオス。

 数少ない、火竜と空中戦において同格に張り合える獰猛なモンスター。縄張り意識が特に強いモンスターで滅多に縄張りから出てくる事は無いがこの騒ぎをどこからか聞き付けたのだろう。群れの前方から現れそのまま先頭を急襲したのだ。イーオスは間一髪助かったが狙っていた獲物は千刃竜に取られてしまった。

 獲物を捕らえた千刃竜は悠々とその場から去ろうとして、突如千刃竜に火球が直撃する。驚いた千刃竜は獲物を落としてしまった。千刃竜が火球が来た方向を確認すると、怒りの吐息を口から漏らした火竜がそこにいた。火竜からすれば自身が追いたてていた獲物を横取りされた形である。二頭は揃って咆哮し目が回るような空中戦を展開した。

 地上では全く別の脅威が群れを襲っていた。先程までお互いを牽制しあっていた雌火竜とドスイーオスだが後ろから鳴り響く爆発音を恐れて必死の形相で逃げている。飛んで逃げられるはずの雌火竜だが間抜けなのかそこまで焦ってしまっているのか。二頭の後ろには桃毛獣も焦った表情で逃走している。イーオス達も散り散りに撤退しだした。獲物の事すら忘れさせるような脅威が桃毛獣の更に後方にいる。黒曜石のような甲殻を粘菌で染め上げ、その殴りつけるために特化した前足で爆発を起こしながら迫ってくる影。

 砕竜ブラキディオス。

 体に付着した粘菌と共生しその力を借りて爆発攻撃を行うモンスター。獣竜種の中でもとりわけ独特な進化を遂げておりその性質は他に類を見ない。例え敵が倒れたとしても執念深く攻撃し続ける凶悪さを誇る。砕竜もまた肉食性であるがこの日群れに迫ったのは捕食するためではなかった。砕竜の頭部をよく見ると茶色い何かが付着し悪臭を放っている。言わずもがな、桃毛獣の仕業だ。火災が起きる前、桃毛獣はその好奇心旺盛な性質から砕竜にちょっかいを出してしまったのだ。よりにもよってこの桃毛獣、自身が撒いた不幸の種を引き連れる形で合流してきていたのである。他のモンスター達からすれば完全にとばっちり。巻き込まれる形になった雌火竜とドスイーオスは、自分達が捕食者の立場であった疾走を災厄からの逃走に変えて走り続ける。傍らに元凶である桃毛獣もいるのがまた何とも皮肉が効いている。更に荒れ狂う逃走現場だがアプトノスの群れが一番被害を被っている事に気付く者はいなかった。

 

 やっと火竜から逃れられたアルトリアは災厄の大移動から外れて身を休めていた。元いた拠点である遺跡から大分東に行ったところだが、ここまで来れば火災の脅威はもう無い。直に日が落ちるが暗くなるような事は無かった。いや確かに夜闇が徐々に世界を包み始めているが、西を見渡せば紅く煌々と燃え盛る森の姿がある。ここからでも確認できる拠点の遺跡だがそこで火災の光は燃え尽きていた。遺跡がその巨大さで以て風を阻みそれより南へは火が届かないでいるようだ。

(何とかして、早く遺跡に帰還しなければなりませんね)

 夜はまた違う世界になりどのような危険があるか分からない。急ぎ拠点へ戻る必要がある。彼女はちゃっかり入手していた燃える枝を松明代わりに暗くなりかけた森を進むのであった。

 

 

 

 群れの大移動を一時的に阻んだ鎧竜は森のずっと北、山脈が連なる麓にいた。ここは良質な鉱石が産出する場所であり鎧竜はこれを求めて北上していたのだ。手頃な鉱脈を見付けた鎧竜は食事のため近寄ろうとしたが突如感じた不穏な気配に危険を察知し本能的に逃走する。

 山脈が連なる中で最も高い峰にいたそれは頂上から下界を睥睨していた。火の出所こそ知らぬが森の火災は自身が原因だと理解している。それも特段に気にする事ではない。自分はただいるだけなのだ。それだけによって起きる事象など興味の欠片も無い。それよりも気になる事が彼にはあった。人間のようではあるがまた違う存在がこの森に紛れている。時折この森に人間が入ってくる事はあるが深奥にまで侵入してくる人間はまずいない。長く悠久の時を生きてきた身だがこんな事は初めてだった。

 やがて彼はその場から飛び立ち雲の中に消えていった。心に残る蟠り。それが後に彼の命運を決める事になるのを知る事は無かった。




実は火災の原因は他にいましたっていうオチ。じゃなかったら他にも火属性扱うモンスターいるのにガルルガ一人で火災になるのはおかしいからね。
この場でぶっちゃけると今回の火災の真の原因が未知の樹海におけるアルトリアのラスボスです。でももうちょっと先の話になります。
次回はちょっと時間飛ぶ事になると思います
あとtwitter垢これね→@MHFedorea
よろしくお願いしますm(__)m


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act-4 不思議な邂逅

与太話
レイア「ようやく逃げ切ったわ…。もうホントなんなのよあいつ…(;´д`)」
ドスイーオス「あの頭に付いてたやつ!あれてめぇのせいじゃねぇかピンクいの!!!(# ゜Д゜)」
ババコンガ「いやぁ…なんか面白そうな頭してるからつい(*´∀`)」
二人「………(無言の圧力)」
ババコンガ「わ、分かったよ、今度は」
二人「今度は?」
ババコンガ「バレないようにやるからさ☆」
二人「やっぱ殺るか」
ババコンガ「あっ、火と毒はちょっ、ま」
二人「問答無用」
ババコンガ「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

…本編どうぞ(自分でも何がしたかったのか分からない)


 アルトリアは森の東端から三日程かけて拠点に帰還した。火が想定より広範囲に広がっていたので南から迂回するルートを選んだのだ。風は既に収まっているが火は未だに燻り続けている。場合によっては数週間以上も燃え続けるのが森林火災の特徴である。三日経った今も収まる様子は無い。人為的な物が何も無い以上、消火には恵みの雨に期待する他無かった。

 

「ふぅ…随分と手間のかかる道程でした」

 

 アルトリアが辿り着いたのは日が朝方から大きく目立ち始める頃、時間にしておおよそ午前十時あたりの事だった。思ったより他の敵性モンスターに遭遇する事も無く、順調に進んでいたので本来ならもう少し早い時間帯に帰ってこられたはずなのだが───。

 

(豪胆というか、しつこいというか。何にしても面倒な者と不思議な縁を結んでしまったものです)

 

 アルトリアは嘆息する。

 南側から行くということは初日に出会ったあの角竜の縄張り付近も通るということになる。当然、彼女からしたら態々戦いに行く必要が無いので避けて行ったはずなのだがどこをどう嗅ぎ付けたのか角竜は縄張りから外れたところに現れ邂逅一番、彼女に突進をかましてきたのだ。砂に覆われた地面ではなく、潜る事が難しい普通の森の中での出来事である。しかも初見で学習したのか閃光を放っても怯まない。いや視界を閉ざす事には成功したのだが自身が持つその鋭敏な聴覚で以て的確に彼女を捕捉してきたのだ。そのまま馬鹿正直に突進ばかり繰り返すと満足したのか縄張りへ戻っていった。この突進だけの攻防で数時間以上時間を浪費している。

 

(私を好敵手として見ていてくれているのは嫌いでは無いのですが、あのしつこさには呆れますね。何というか、変に人間に近い考えを持っているように見受けられます)

 

 角竜からしたら体のいい突進の練習相手だろう。今まで彼が出会った者達の中で唯一粉砕する事が叶わなかったのがアルトリアである。この森最強といっても過言ではない彼にとってようやく不足の無い相手が現れたのだ。角竜からしたら歓喜の念しか浮かばない。勿論、片角を持っていかれた屈辱も忘れてはいない。名誉挽回とばかりにあの角竜は彼女に挑み続けるのだろう。

 

(それはそれとしてこの者達はどうするべきなのだろうか…?)

 

 アルトリアの目の前には二足歩行する猫達がいた。総勢十五人。獣人種のアイルーとメラルーである。この者達も森の火災で棲み家を追われ命からがらここに逃げ込んで来たのだ。角竜の片角のおかげで一定の安全地帯であり、火災からも逃れられるこの場所は彼らが身を休めるのに適していた。

 

(立って歩く猫とはまた奇妙な…。手に道具らしき物を持っていたり仲間内で相談するような仕草を見せるあたり可愛らしい外見に似合わず相当高い知能を持っているようですね)

 

 帰ってきたアルトリアを警戒して身を寄せ合い固まっている。この森で暮らす彼らの中には残念な事に人語を話せる者がいなかった。人間の事は一応知っている。ただ伝聞による知識しかないのでどう対応していいのか分からないのだ。

 アルトリアからしても対応の分からない相手である。敵意が無いのは分かるためそのあたりは安心できるがどうすればいいのか。必死にここまで逃げてきた彼らを無下に扱うという選択肢は騎士王である己の矜持が許さない。弱き者達の理想であれ。最後には破綻した末路ではあったが間違ってはいなかった。それを教えてくれた大切な彼ならば何も考えず、意志疎通が出来ないのなら出来ないなりに彼らの事を助けただろう。

 

 ほんの少し、思考と記憶の海に沈んでいたアルトリアだが方針は決まった。まずは火をここに設置する。この三日間の帰途と角竜の攻防の中にあって奇跡的に維持できたこの火で焚き火を作る。怯える彼らを横に燃料になりそうな枝葉を集め簡易的に焚き火を作った。次に近くの木を伐採しながら食糧を集める。果物などの分かりやすい食糧を集めるのはいつもの事だが今回はキノコ類も採取した。もしかすると彼らならばどれが可食できるのか知っているかもしれないからだ。彼らの分も集め彼らが食べている様子見れば言葉が通じなくても彼らから食糧に関する情報を得られる。伐採した木に関しては彼らの反応を見るためだ。簡単に伐採した木材を見て何かしら行動を起こせばどの程度に知能があるかより詳しく把握できる。彼女は彼らを助けるために行動した。

 一方───。

 

『あの青い人間は何なのかニャ…。ここに元々いた人かニャ?』

『そんニャわけあるか。人間なんて西の大河の向こう岸の領域にしか踏みいって来ないって話だニャ。ここの遺跡はちょくちょく来てたけど人間がいるのを見たのは初めてだニャ』

『焚き火作ったあとまた森の中へ入っていったニャ。ニャにをしてるのかニャー?』

『人間のやる事なんて今気にしても仕方ニャい。戻ってくるまで待って奴の動きを見よう。それからここを出ていくかどうか決めるニャ』

『せっかく良いところを見付けたのに出ていくところニャんて他にニャいニャ!北はご覧の有り様だし東と西も果てまで行かニャいとまだ火の脅威が残ってるニャ!南ニャんて…』

『南にはあの恐ろしい角竜の縄張りがあるニャー。百歩譲って出ていく選択肢があったとしても南へ行くのだけはごめんだニャー』

『角竜だけはどうにもニャらん…。この森で長く生きてきて幾つもの命の営みを見てきたが、あの角竜が負けた姿ニャどついぞ見た事がニャい…』

『ニャらどうすればいいニャ!?いっそ、あの人間を襲って…』

『その角竜とあの人間の事ニャんだけど、みんな、これを見るニャ』

『ニャんかでっかいのが突き刺さってるニャ…ってこれもしかして!?』

『ニャんでここにモンスターがいなくて安全地帯にニャってるのかよくわからないままだけどボクが前ここに来た時はこんニャ物はニャかったしモンスターだってちらほらいたニャ。でも今は違う』

『もしかしてあの人間が角竜を倒したとかそんニャわけ…でも角がここにあるしニャァ…』

『もし本当にあの人間が角竜よりも強いニャら心強いニャ。追い出す素振りも見せニャかったし案外そんニャ悲観的に考えニャくてもニャんとかなるかも』

『とりあえずあの人間を待ってみるニャ』

 

 彼らは彼らで生き延びるための道を模索していた。そこにアルトリアという外部要素が加わった事でそこに若干の変化が起こる。

 

「どうでしょう。ある程度木材と食糧になりそうな物を取ってきましたが…」

『戻ってきたらニャんか色々持って来たのニャ…』

『えーと、適当に切った木と…これは木の実やキノコニャね。毒テングダケやニトロダケと一緒に特産キノコを持って来るあたりキノコに対する知識は全然ニャいニャ』

『こんニャんでよく生きてこれたニャー。あ、ニャんかくれるっぽい』

「私にはどれが食べられるか分からないので貴方達にあげます。それを見て私も判断します」

『おお!ニャに言ってるのか全然分からニャいけど太っ腹ニャ人間だニャ!特産キノコが沢山あるしこれでトウガラシがあれば保存食糧に出来るニャ!』

『木材に関しては身振り手振りで量を増やす事を頼めばこっちで家を作れるニャ。いけるかニャ?』

「相変わらずの猫の鳴き声ばかりで何を言ってるのか全く分かりませんが…なるほど、木材が重要なのですね?そのように木材の周りを駆けていれば嫌でも分かります」

『通じたみたいだニャ。トウガラシも必要になるからボクも採取に同行するニャ』

「おや…貴方はついて来るのですか?綺麗な青い毛並みですね。一緒に来るのなら食糧の確保を頼みたいです」

『お前だけずるいニャ!おいらも人間と一緒にいたいニャ!』

『オレもオレも!』

『数が多すぎてもこっちが困るだけニャ。採取班と建設班に簡単に分けてそれでテキパキ仕事をするニャ。とりあえず、そんなにアピールしてるのニャらお前達は一緒に来るニャ。………で貴方は…』

『うーむ。別に長老をしてたわけでもなく単に長生きなだけニャんだがニャぁ…。まぁ七・七で班を分けてしまえば一人余るし一応纏め役でもやってみるニャね』

「ふむ…。あの白い髭を立派に結わえた彼が一番偉いのでしょうか。ついてくる七匹は私が受け持ちますので貴方はここの七匹をお願いします」

『おぅおぅ…。生まれてこのかた人間にニャでられたのなんて初めての経験だニャ。せめて何を言ってるいるのか分かれば良いのだがのう。とりあえず、あの七人をお願いしますニャ』

 

 互いに手を振りそれぞれの務めを果たすため持ち場に付く彼ら。異世界生活三日目にしてようやくアルトリアは協力者を得る事が出来たのだった。




与太話(さっきの続き)
ババコンガ「ふぅ…ひどい目に遭ったもんだ。もう少し手加減してくれたって良いのによう(´・ω・`)」
ドスイーオス「まだ懲りねぇみてぇだな…(-_-#)」
ババコンガ「あぁ待った待った!そ、そういえばさぁ」
ドスイーオス「なんだよ?」
ババコンガ「さっき逃げてた時上をピョンピョン跳ねてた人間がいたろ?」
レイア「夫が仕留められなかったって愚痴溢してやつね。それが?」
ババコンガ「子分から聞いた話なんだけどよ、あいつ南の角野郎と戦って角一本へし折ったって話なんだぜ」
レイア「何それ。私初耳よ」
ドスイーオス「俺も部下からちと聞いた事あるなあ。えらくバカ強い人間が現れたって。話し半分に聞いてたがありゃ本当だったのか」
ババコンガ「あいつは見付けてもちょっかい出さないのが吉だな。そんぐらいはオイラでも分かる」
ドスイーオス「だな。俺も部下に厳命しとくわ」
レイア「私も夫に話しておくわ。うちの夫でもあの角野郎は相手にしたくないって言ってたしそれと戦って一本取るなんて相当な奴よね」

…次回また時間が飛びます。それもかなり大幅に、です。


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act-5 森での生活

ちょっとした設定ですが前回話に出してた西の大河っていうのは未知の樹海を探索したときにゴールに出てくるあのでっかい川の事です。ゴールから向こう岸の事が舞台になってます。分かってたらすみません。

与太話(井戸端会議みたいな)
ババコンガ「うぃーっす。あんたら調子はどう?」
ドスイーオス「俺んとこはまぁ可も無く不可も無くってとこだ。緑んとこはどう?」
レイア「こっちは子供が大きくなって最近じゃ元気に走り回るもんだからどこに行くか見張ってないといけないのが悩みの種かしら。元気が無いよりはマシなんだけどね」
ババコンガ「そういやまた小耳に挟んだ話なんだけどよ」
ドスイーオス「またなんかあったのか?」
ババコンガ「なんか前に森荒らしてた余所者の紫野郎いたじゃん?」
レイア「あの鬱陶しいやつね。最近じゃ姿見ないけど」
ババコンガ「あいつ、南の角野郎のとこ行って絡んだってさ」
レイア「あっ…(察し)」
ドスイーオス「…原型、留めてるといいな」

…では本編どうぞ


 明朝、日が昇ると共にアルトリアは起床する。ベッドから身を起こし身支度を済ませ大きさこそ小さいが木で作られた「家」を後にする。身支度といっても剥ぎ取るためのナイフや採取した物を入れておく革袋を装備するだけなので一瞬で終わる事だが。

 外に出てみればアイルー達のサイズに合わせて作られた家々が建ち並んでいる。とても小さいが立派な集落と言える風景だ。

 アルトリアがアイルー達と邂逅して既に三ヶ月程の月日が経とうしている。

 

 

 

 

 アルトリアが最初にやることは皆一人ずつに朝の挨拶をすることだ。流石に彼女がアイルー達の言葉を理解するのは難しいが彼らは少しずつ彼女から人間の言葉を学んでいる。大半はまだ単語レベルしか話せないがそれでもコミュニケーションを取るのに大きな問題は無かった。

 

「おはようございます、セレット。また朝早くから起きていたようですね。勤勉なのはいいですが体を休めるのも重要ですよ?」

「おはようニャアルトリアさん。それ言ったらアルトリアさんニャんか寝てる時でもモンスターの夜襲がニャいかいっつも警戒してるニャ。どっちもどっちだニャ」

「それもそうでしたね」

「もうこの近辺にモンスターが出てくる事はまずニャいと思うんだけどニャー」

「万が一、と言うこともあります。絶対は無いのですし警戒するに越した事は無いのです」

「アルトリアさんの方がずっと勤勉だニャ」

 

 彼、セレットはアルトリアと最初に行動した青いアメショーのアイルーである。彼女のオトモのような働きをしている内に人語を学んで日常会話程度なら問題無く話せるように上達した。現在では他のアイルーとアルトリアの間の通訳を行う他、様々な局面における彼女の補佐を担う立場にいる。

 

「それにしても、この場所もすっかり見違えましたね」

「普通はこういう風に家は建てないのニャ。アルトリアさんあってのこの集落だニャ」

「いえ、私だけではここまで開拓する事はできませんでした。正直ここまで大きくできるとは思ってもみなかったです」

 

 互いに意志疎通が難しいながらも協力を決めた三ヶ月前。あれから建材や食糧を集めながら時にモンスターからの襲撃をアルトリアが往なし、そうして出来たのがこの遺跡前の集落だ。本来、アイルー達が棲み家とするのはモンスターに見つかりにくい洞窟の奥などのあまり目立たない場所である。自然の中に人工物があると当然モンスターに対して目立つので今までこういう隠密性と引き換えにした快適な家を建てた事が無かったのだがアルトリアの実力がそれを全て解消してくれた。

 

「今日は…行くのかニャ?」

「ええ。でないと拗ねてこっちにまた突貫しかねないので」

「今日はボクも着いて行くニャ。あの辺りで採れるサボテンの花とかは他の集落との良い交換品になるニャ」

「了解しました。なるべく引き付けますのでその隙に手早くお願いします」

 

 簡単に朝食を済ませ集落を後にする。この集落ではそれぞれが役割分担をして生活していた。アルトリアが主に外敵の撃退や食糧などの採集を担当し知識の足りない彼女をセレットが補佐する。持ち帰った食糧を調理や加工が得意なアイルーが担当して、拾ったり採掘した鉱石で様々な金属製品を作る。驚く事にアイルー達の中に鋳造の技術を持つ者がいたのだ。アルトリアも猫の姿をした者が鍋などの金属製品を作る様子を見て驚愕を隠せなかった。

 

 アルトリアはセレットを引き連れて南へ向かう。以前は急ぐ事態だったので効率良く採集するために大勢で外へ出向いていたのだがここ最近は安定するようになり外回りはアルトリアとセレットの二人だけが出向くようになっていた。他の者は集落での開拓作業に集中している。

 

「戦女神がいるって触れ込みで続々と人が増えるもんだから嬉しい悲鳴だニャ。力って偉大だニャ」

「私が女神扱いですか。なんというか、複雑な気分です」

「アルトリアさんは崇められたりするのが苦手な感じかニャ?」

「崇められるというかなんというか…女神と謳われるのに少々、思うところがあるだけです」

 

 聖剣ではなく聖槍を持ち続けた末を考えた事はある。直感とはまた違うが良い結果にはならないだろうと根拠も無しにアルトリアはそう思った。王は人の心が分からない。そう言ったのは誰だったか。聖槍を持ち続けたまま彷徨えばその言葉に諦めを覚え、最後には人である意義すらも失うだろう。

 もし、と思う。そうなった自分を彼が目にする事があったのなら。三つあるどの道筋でも彼と自分は固い絆で結ばれていた。彼がとる行動はきっと───。

 

「……トリアさん、アルトリアさん。どうかしたのかニャ?」

「いえ。ほんの少し、考え事をしていただけです」

「ふーむ。もう少しでやつの縄張りに着くから準備お願いニャ」

「はい。では先行します。貴方はいつもの通りに」

「はいニャー。任せろニャー」

 

 こういう時、彼の余分に詮索しない姿勢はアルトリアにとって助かる。空気を読むのが上手い。こうして話せるようになって幾ばくか経つがどこから来たのかと訊ねられた事さえ無いのだ。孕む物を察しているのか、単純に興味が無いのか。ともかく、彼の在り方はアルトリアとってありがたかった。

 

 単身、アルトリアが乗り込む。草すら生えない砂地と岩が剥き出しになった地形。そう、ここはあの角竜の縄張りだ。アルトリアが来たのを察したのか片角の角竜が地面から飛び出してくる。そのまま彼女の方に向かって突進し本日のゴングが鳴った。

 

『いや~。いつ見ても凄い戦いだニャー。ニャんか余波で毎回地形が変わっちゃうけどあれを無傷で凌ぐんだからアルトリアさんはやっぱ凄いニャー』

 

 セレットが採集しながら一人ごちる。角竜は三日か四日に一回はアルトリアに挑まないと気が済まないらしい。一度すっぽかしたら黒い怒気を口に漏らし集落にまで乗り込んで来たのだ。この森で唯一自分の相手をしてくれるのがアルトリアである。他のモンスター達は自身を恐れて近寄ってこない。実質この角竜とアルトリアだけで森南部の平穏は保たれていた。寄って来るとしたら何も知らない余所者くらい。因みに余所者第一号である火災の直接の犯人黒狼鳥は少し前に角竜へ挑みボコボコにされて森を追い出されていた。影蜘蛛は殺れても流石に角竜の相手は厳しいだろう。命があるだけまだマシである。

 

 そこから昼過ぎまで目一杯お互いの得物をぶつける彼ら。何度も衝突している内に聖剣の事を把握したのだろう。角竜は風の鞘に納められた不可視の聖剣を完全に見切っている。

 そうしている内に角竜の動きが止まりサボテンの方へ向いた。これが終わりの合図。屈強を誇る角竜と言えど食事は重要である。食べている間にアルトリアとセレットは速やかに撤退した。

 

 集落へ戻ると途端にアルトリアは仕事を無くす。力仕事なら呼ばれる事もあるがそれ以外の事は専門のアイルー達に任せていた方が早いのだ。こういう時、アルトリアは決まって北側の様子を見に行く。集落に何かあるとまずいので奥へ踏み込む事はしない。

 火災から三ヶ月経った今でもその爪痕は生々しく残っている。あの後恵みの雨が降ったわけでもなく風も吹かなかったので燃える物が無くなるまで待つしか無かった。全ての火が収まるまで一ヶ月程の時間がかかった。

 

(アイルー達から聞く通り、北側は縄張り争いで荒れている模様ですね)

 

 火災で森のモンスター達の縄張りが一部初期化されたような状況になったのであちこちでモンスター同士の縄張り争いが絶えないのだ。他の集落からこっちに移り住むアイルーがいるのもこれが原因。北を中心とした争乱が南を除いて広がっている。モンスター同士の戦いに巻き込まれてはたまらないとアイルー達がアルトリア達の集落へ逃げ込んでいるのだ。言ってしまえば南はモンスター達の間で不可侵地域という暗黙の了解があるような節がある。これからも避難してくるアイルーは増えるだろう。

 

(それにしてもやはり不思議ですね。セレットも腑に落ちないようですが)

 

 水はアイルー達が独自のルートで汲んでくるため困ってはいない。ただそれでもおかしいだろう。

 アルトリアはまだ、この森で雨を見た事が無い。




与太話(続き)
ドスイーオス「そういやあの角野郎って言ったらよぉ、前話してたあの人間、頻繁に角野郎と戦ってるって言うじゃねえか」
レイア「もう人間かどうか怪しいわね」
ババコンガ「それな。見てくれは人間なんだがなんか気配違う感じするんだよな」
レイア「夫がね、最初にあいつを見たとき人間じゃなくて別の竜を見たような感じしたんですって。そんな事有り得る?」
ドスイーオス「得体の知れないやつだよなぁ、全く。最近じゃ猫どもを集めて棲み家作ってるって話だから始末に負えない」
ババコンガ「何にしても不気味なやつだよな」

オリキャラ第一号は青のアメショー、セレットさん。人間じゃないのは話の都合上仕方ないのです。


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act-6 青天の霹靂

与太話
ドスイーオス「…畜生。ここまで群れに被害が出るとは」
ババコンガ「全くだ。おいらのとこも大分やられた」
レイア「どうかしたの?二人して深刻な顔してるけど」
ドスイーオス「あんたは知らないだろうけどよ、また余所者が現れて森を荒らしてるのさ」
ババコンガ「そいつが前の紫野郎よりずっと強くてな。見境無しにみんな襲っちまうのさ。おかげで子分の数がすっかり減っちまってよぉ」
ドスイーオス「うちのところも同じような被害が出てて辟易してる。俺らだけじゃなくて他のやつらもかなり参ってるて話だ」
レイア「あ、それなら知ってる。食い荒らすとかじゃなくてただひたすら戦う大猿でしょ?だったら朗報あるわよ」
二人「なにィ!?」
レイア「なんか夫から聞いたんだけどバチバチ光る白い獣追っかけて南へ向かったって」
ババコンガ「あっ…(察し)」
ドスイーオス「…骨、残ってるといいな」

本編始まるよ~


 青天の霹靂、という諺がある。

 意味としては突拍子も無いさま、偶発的な事象を表す際に使われる。青天とは文字通り青く晴れた空を指し霹靂は古語で雷を意味する。雲一つ無い青空から雷が降るのは突発的でなんの脈絡も無い出来事だろう。

 アルトリアは文字通りに青天の霹靂を目撃した。

 

 

 

 

 ある日の昼下がり。

 この日は角竜を相手にする日でもなく午前中に採集も終わらせたアルトリアはアイルー達が作った櫓で森を見渡していた。セレットはいない。増え続ける避難アイルー達のために相談役の老アイルーと打ち合わせをしているのだ。当初の予定よりもずっと数が増えたここはまだまだ開拓の余地がある。仕事が無いアルトリアはこうして村の警戒に当たる他無かった。いつ襲撃があっても対応できるように凛々しく佇むその様子は避難してくるアイルー達にとって希望そのものだが要はただ警備員である。自宅ではなく集落全体を警備しているので何も問題は無い。

 

「アルトリアさん終わったニャ。やっぱりどこもかしこも資材が足りないニャ」

「やはり、と言ったところでしょうか。せめて良質な鉱石が手に入ればいいのですがね。聞くに、北の山脈には良質な鉱脈があるのでしょう?」

「でも集落から遠すぎるのが頭の痛いところだニャ。鉱石そのものも重いし何か手軽に運べる手段があればニャァ…」

「私なら重量を意識する事はあまり無いですが距離の問題はどうしようも無いですね。皆さんより早く行動できますがそれでも行きと帰り、採掘する時間も考えると六日ばかりかかってしまいます」

 

 会議が終わったセレットが報告に来る。

 六日も集落を空けるのはあまりにも危険だ。この集落で戦える力を持つのはアルトリアしかいない。もしアルトリアが集落を離れている間にモンスターが襲えばその時点で詰みだ。長期間アルトリアが集落を離れる事はできない。

 と───。

 

 突如として青天に光が迸る。遅れて轟音も聞こえてきた。一回二回ではなく何度もその現象は起きている。轟く不自然な雷鳴に集落は一時パニックになった。アルトリアの表情も強張っていく。

 

「セレット、皆に落ち着くよう指示を出して下さい。私が出向くので心配はいらないと」

「わ、分かったニャ。アルトリアさんはどうするのニャ?」

「現場に急行し調査します。マタタビを持って行くのでセレットは指示が終わり次第匂いを追って私の方まで来て下さい」

「了解だニャ。くれぐれも無理はしないで下さいニャ」

 

 アルトリアは現場に疾駆する。北側から聞こえてきたそれは集落からさほど離れてはいない。仮にモンスターの仕業なら集落に危険が及ばないよう排除する必要がある。アルトリアは自身の警戒レベルを引き上げて調査に赴いた。

 

「確かこの辺りだったと思うのですが…」

 

 火災の影響で高木が倒れ草原になった場所。周囲は火災を免れた木々で囲まれており時折モンスター達が一時的に身を休める場所として活用している。その地面にいくつかの不自然な焦げ跡があった。この場所で間違いは無いようである。

 アルトリアが聖剣を構える。茂みに何者かの気配を感じたからだ。やがてそれは茂みの奥からゆっくりと姿を現した。

 

(ユニコーン…!?)

 

 刺激しないために大声を張り上げる事は無かったが内心は驚愕で一杯だった。異世界に降り立ち全てが未知に溢れたこの世界で初めて出会えた既知の存在がまさかの幻想種である。何が起こってもおかしくはない。アルトリアは最大限の警戒をし───直後に様子がおかしい事に気付いた。

 幻獣キリン。個体数が少なく広範囲を移動するが故に幻の異名が付いている。古龍種に属し雷を操るその力は一般的なモンスターと比べて天災と恐れられるに相応しい物だが今アルトリアの目の前にいるキリンからはそのような重圧を感じない。生半可な武器では傷すら付けられない強固な皮膚には何者かに殴打されたのか鬱血し血を流している。アルトリアに向けて威嚇の意を示しているのだろう。角に雷光を溜めそれを彼女に向けているがあまりにも弱々しい光で危険を感じさせるような状態ではなかった。むしろキリンの方が危篤にある状態である。

 威嚇のために使った力で最後だったようだ。ふらふらと体を揺らしたかと思うとそのまま地面に倒れこんでしまった。まだ息はあるようだがこのままだと遠からず、黄泉の国にその魂を渡す事になるだろう。

 

「アルトリアさ~ん、指示終わらせてきたニャ…ってそいつは!?」

「説明は後です。このユニコーンをなんとか連れて早く撤退してください。可能な限り治療もお願いします」

「え、えええ!?」

「早く!大きいのが来ます!」

「な、なんとかしてみるニャー!」

 

 アルトリアは察知していた。茂みの奥より気配を隠す事無く近付いてくるそれ。あまりに強力なその気配にアルトリアは閃光を使う目的ではなく純粋に攻撃する手段として風の鞘を解放した。気配が向かってくるのに合わせて全力の魔力放出も込めた、黄金の一撃を前方に向かって繰り出す。気配の主はアルトリアの事を把握していなかったのだろう。完全な不意討ちとなったそれは彼の者の左角を一撃で粉砕してみせた。その姿が明確になる。左の目がアルトリアの斬撃で使い物にならなくなっていた。キリンとの戦闘で既に興奮状態へと達していたのか勇壮たる黄金の毛がその身を染め上げている。特に目に付くのは筋骨隆々としたその剛腕。

 金獅子ラージャン。

 キリンと同様、目撃数が少ないモンスター。ただしその所以は金獅子自身の超攻撃的性質による。姿を見て無事生き延びる事自体が極めて稀でその戦闘能力は一般的なモンスターを大きく上回り古龍種とも肩を並べるとされる。古の文献にもその名を残すなどあらゆる意味で規格外な存在。この金獅子はキリンを捕食するために追いかけまわしていたようだが戦えれば何でもいいのだろう。自身の角を砕いたアルトリアを標的にしたようだ。そのまま馬鹿正直にアルトリアへ殴りかかる。

 

(なんという膂力…!)

 

 金獅子の殴打を聖剣の腹で受け止めたのだが尋常ではない力をみせる。あの狂える大英雄にも迫りかねない。今まで散々角竜の突進を受け止めてきたアルトリアだったがこれ受け止め続けるのは正直酷だった。たまらずアルトリアは受け流し横に回避する。すると今度は近くの木を引っこ抜いてそれを得物にぶん回し始めた。リーチが伸び攻撃範囲が更に広くなる。アルトリアからしたら厄介極まりない。膂力もそうなのだが攻撃速度が速すぎて反撃する活路が見出だせないのだ。最初の一撃こそ上手くいったがその後の主導権は金獅子に握られていた。

 

「くっ…!」

 

 このまま防戦一方では埒が開かない。小柄な体格を活かし腹に潜り込む。潜り込んだ勢いで腹を切りつけるが───。

 

「なんだというのだ、これは…!」

 

 聖剣の一撃があまり効いていない。先程の会心の一撃は弱点に当たったためあまり気にしてはいなかったが今の黄金の刀身からは火と雷が吹き上がっている。それが金獅子の肌を焼く事無く散っていた。

 

(もしや、風王結界を纏っている時とそうでない時で差があるのか…?)

 

 一か八か、試してみる価値はある。風を刀身に戻し再び殴打を受け流し、その隙に切りつけてみる。今度は聖剣がより深く金獅子に食い込んだ。氷が傷口を侵食している。その感触を嫌った金獅子がアルトリアから距離を取る。ここにきてようやくアルトリアは今の聖剣の特性を把握する事となった。

 

(ならば…これはどうか…!)

 

 金獅子がアルトリアの様子が違う事を察知したのか先程のように突っ込んできたりはせずに光弾を吐いてきた。それに合わせて撃ち出す。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)ッ!!!」

 

 刀身を隠すために存在していた風の鞘が一挙に集約し撃ち出される。風の砲弾は光弾を突き抜けそのまま金獅子に直撃した。アルトリアに遠距離攻撃があるとは思っていなかったのだろう。金獅子はまともに喰らい、風が生み出す氷の刃に襲われた。

 

(雷が効果を成さないところを見ると氷が有効なようですね。何らかの属性が聖剣に宿った…?)

 

 この一撃で勝負の主導権はアルトリアに移された。二度も弱点に攻撃を入れられた金獅子はその憤怒を隠す事はしなかったが勇壮さは衰えている。まだ勝負の行方は決まっていないが誰が見てもアルトリアが優勢なのは明らかだった。

 金獅子の進退如何に、という具合である。ここで逃げるのなら追いはしない。また襲ってくるかもしれないが深追いしたところでもし集落を別の脅威が襲っていたら対応できないからだ。

 

 え、と声をあげるアルトリア。知った気配がこっちに近付いてきている。何故、という疑問は湧くものの、直感で意図を察し金獅子の注意をこちらに引き付ける事にした。満身創痍である金獅子は別の存在が近付いている事など知らないのでアルトリアの動きに対応する他無い。金獅子がアルトリアに向かって飛び出そうとした瞬間、角竜が横から突然現れ突進で金獅子を空の彼方へ突き飛ばしていった。分かっていた事だったがとんでもない絵面である。角竜はアルトリアに一つ貸しを作れたのが嬉しいのか所謂ドヤ顔を彼女に晒している。ハンターやギルドの職員が見れば卒倒物の図だろう。本来ならいくら強いといっても通常の枠に収まる角竜が古龍級モンスターの筆頭である金獅子を不意討ちとはいえ突き飛ばす様子は驚きを通り越して滑稽ともいえた。

 

「アルトリアさん無事かニャー?」

「え、ええ。とりあえず危難は脱しましたが角竜は一体どうしたのですか?」

「集落まであの白いモンスターを運んでる時にすれ違っていきなり角を突き付けられたニャ。角竜も雷の出所を探してたみたいで身振り手振り頑張ってアルトリアさんのいる方示したらそっちに突っ走っていったニャ」

「なるほど…」

「耳が良いっていうのが角竜だし集落まで聞こえてきた雷鳴をこいつが聞いてないはず無いニャ」

「ふむ…。ところで、あのユニコーンの容態はどうですか?無理を言った私が言うのもなんですがよく運べた物ですね」

「(ユニコーン…?)運ぶというか地面を引きずっていく形になっちゃったニャ。あれくらいなら何とかできるニャ。なんかジジ様が古龍ニャー!とか言って大騒ぎしてたけど集落のアイルー達に看てもらってるニャ」

「は、はぁ。それはまぁありがたいというか…」

 

 時に大タル爆弾Gを抱えてモンスターに特攻するのが彼らだ。可愛らしい外見とは裏腹にその小さな体には秘めたる力が隠されている。

 

「ところで角竜は…あ、向こう行っちゃったニャ」

「私と戦うのが目的ではなく雷が煩いだけのようでしたからね。雷鳴の犯人は大猿ではないのですが…そこはまぁ良しとしましょう」

「もうあの大猿は来ないのかニャ?」

「私との戦闘で大分疲弊してましたしそこに角竜の突進も加わったのですから早々に復帰するのは難しいでしょう。しばらくは問題無いかと」

 

 集落に戻りキリンの様子を確認する。キリンはアルトリアの家の前で全身に塗りたくられたネムリ草のエキスで暴れださないよう眠らされており薬師の技術を持つアイルー達に看病されていた。回復薬も使われたのか独特の薬品臭が辺りに漂っている。そんなアルトリアに切迫した様子で詰め寄る者がいた。集落を纏める老アイルーのジジ様だ。他に名前があるはずなのだが最高齢なのもあって集落ではこれで通っている。

 

「かなり慌てている様子ですが…何を言っているのでしょうか?」

「えーと、こいつは古龍のキリンっていうモンスターで雷を呼んだりしてとても危険なやつらしいニャ」

「古龍?これが竜種なのですか?」

「アルトリアさんの言うリュウシュってのが何を指してるのか分からニャいけど古龍ってのは総じて危険でいるだけでその地域の環境も変えてしまう天災そのものみたいニャ奴らの事を言うニャ。あと生物的によく分からニャいのも共通した奴らの特徴だニャ」

「えっと…。危険…なのですか?」

「う~ん。様子を見る限りだとそんな感じじゃないのニャ…。アルトリアさんは何か考えでもあるのかニャ?」

「ええ。飼い慣らしてみます」

「ニャ!?」

「上手くいけば高速で移動する手段になりますし集落の事を認識してくれるのなら私がいない間の自衛手段にもなります。出たとこ勝負になりそうですがやる価値はありそうです」

「えぇ…。古龍を飼い慣らすって…」

 

 とんでもない構想を平然と言うアルトリアに呆れるセレット。見た目はほとんど馬なので馬具を付けて躾が出来れば有用性はあるだろうがドゥン・スタリオンやラムレイのような躾が果たして出来るだろうか。アルトリアの構想をセレットがジジ様に通訳しているが今一つ反応は良くない。古龍はそもそも自然そのもので飼い慣らすという発想は異世界人であるアルトリアだからこそ思い付く物だ。暴れだしたらそれはそれで力で抑えつければいいし最悪切り捨てれば集落に被害が及ぶ事は無いだろう。

 

「まずは特製の馬具を用意しないといけませんね。全身に電気が流れているようですし絶縁性質を持つ素材が欲しいです」

「それなら森にゲリョスがいるからそいつを狩って皮を集めればいいニャ。光る物に目が無い習性だから鉱石だったりピカピカ光る物を使えば上手く誘き寄せられると思うニャ」

「了解しました。日が暮れる前には戻ってきます」

(アルトリアさん、ニャんかウキウキしてる…?)

 

 毒怪鳥ゲリョス。全身がゴム質の皮で包まれた鳥竜種のモンスター。体格の割に臆病で毒を吐いて外敵を撃退する特徴を持つ。ハンターからアイテムを盗んだり死に真似をしたり閃光を放ったりと、強くは無いが厄介というような動きをするのでハンターからは嫌われている。スタミナがほぼ無尽蔵というのも特徴の一つでその身から採取できる特殊な体液は薬の材料になる。

 アルトリアは実際、キリンを飼い慣らす事を楽しみに思っていた。馬に乗り地を駆ける。特別な目的が無くても爽快感を味わえる物だろう。ましてやアルトリアは経験者。並の者より乗馬の楽しさを知っている。

 言葉通り、アルトリアは日暮れ前に帰ってきたがその両手には過剰とも思える程ゴム質の皮があった。気合いを入れすぎたようである。

 

 

 

 夜。

 篝火を焚いてアルトリアが付きっきりで看病する。怪我が余程酷かったのか薬がよく効いているのかキリンはまだ目を覚まさない。いつ起きるとも知れないのでこうしてアルトリアが寝ずの番をしているのだ。

 

(貴方にとっては勝手な話でしょうが貴方を見て郷愁の念を覚えたのです。嬉しくて、でも、ほんのちょっと悲しくなるような何かを。だから貴方の名前は───)

 

 今日はこの世界に来て一番精神を使った日だとアルトリアは思う。根拠は無いはずなのに今の内から共に地を駆け回れるものだと楽しみで仕方がないのだ。

 

(貴方の名前は、ウェールズ)




与太話
レイア「なんか森の上をぶっ飛んでった奴がいるわね~」
ドスイーオス「ハッ!ざまぁ見ろってんだ!この森で調子に乗るようなアホはみんな南のあの二人にシメられる事になるんだぜ!」
ババコンガ「なんにせよ、森が平和になってくれて良かったよ…。これでオイラもゆっくりできる」
レイア「そういやさっきあの青い人間が毒鳥野郎を狩りまくってたけど何かするのかしら?」
ババコンガ「さぁねぇ。人間のやることなんて考えても分かるもんじゃないしなぁ。噂じゃあの大猿が追っかけてた白い獣を捕まえたみたいだしまたなんか企んでるんだろうねぇ」

私がこの小説を始めてやってみたかった事の一つが達成…されようとしてます。
あとラージャン弱くね?って思うかもしれませんがそりゃ弱いです。激昂も極限化もしてなければ赤いオーラ出してるわけでもないノーマルなラージャンなのでディアの助太刀が無くてもいけました。
次回は…予告するまでも無いですかね


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act-7 雷光石火、地を駆ける

与太話
ババコンガ「………………」
ドスイーオス「なんだよ、ボーッとして。アホ面なのが更にアホっぽく見えるぞ」
ババコンガ「いや~のんびりまったり平和を満喫してたのさ」
レイア「やることが無いだけでしょ。こっちは子育てに忙しいっていうのに」
ドスイーオス「その割りによくここで駄弁ってるよなアンタ」
レイア「単なる息抜きよ。夫が帰ってきてる間は子供の面倒を任せてるの」
ドスイーオス「ま、話題になるような事もねぇしなぁ。強いて言うなら山の方ばっか雨降って森には降らねぇってとこぐらいか」
ババコンガ「最後に雨降ったのいつだっけ…。あの人間が来る前からもうずっと降ってない気がするなぁ」
レイア「川が流れてるし水に困る事は無いでしょ…ってあら?何かしらあの光」
ドスイーオス「なんか向こうから近付いて来て…うおおおお!?なんだありゃ!?」
ババコンガ「人間が何かに乗って…と、とりあえず逃げるぞー!」

さぁ三匹に何があったのか。本編どうぞ~


『だ、大丈夫なのかニャ…。いくら強いといっても古龍を手懐けるだニャんて無理があるんじゃ…』

『みんな、心配する事は無いニャ。アルトリアさんはやれると言っていたしもし無理だとしても責任取ってちゃんと処理してくれるニャ』

『頼むから集落に被害は出さないでくれると助かるのニャ…』

 

 キリン───ウェールズを保護したその翌朝。アルトリアは集落から少し離れたところでウェールズを手懐けようと奮闘していた。

 

 

 

 

「さて、どうしましょうか…」

 

 ウェールズは居心地が悪いようだった。安全に取り付けるため起きる前に馬具を装着させたのだが先程から体を振ったりして離そうと試みている。ただ従順というわけではないものの、アルトリアに対しては大人しい態度を見せていた。日の出と共に目を覚ましたのだが渋々といった様子を見せながらもアルトリアの引く手綱に合わせてついて行ったのだ。アルトリアを嫌っているわけではないらしい。単に馬具が気に入らないだけなのだろう。特に轡が苦手なのか口を何度も開け閉めしている。

 

「まぁ野生の馬を人に慣れさせるのは根気がいるでしょうしね」

 

 やはりというか落ち着きを見せる事は無い。ウェールズからすれば納得のいかない状況なのだろう。助かったのはいいがそれと引き換えに起きてみればおかしな物が体に付けられている。弱肉強食の世界に生きる中で自分が喰われている方がまだ説明のつく事象だ。一体目の前の人間は自分に何をさせるつもりなのか。意識が回復したとはいえ本調子ではないウェールズにとってアルトリアは昨日の金獅子よりも遥かに不気味な存在と言えた。さっさと野に帰りたいのは山々だが傷が完治しておらず、また逃げ出した際この人間が如何なる行動をとるか予測がつかないのでこうして右往左往する他無いのだ。

 

「仕方ありませんね…」

 

 このままいきなり騎乗しても驚いて振り落とされる可能性が高い。それだけならまだ良いがそれが刺激になって雷を振り撒くようになれば集落にも危険が及ぶ。まずは落ち着かせどう足掻いてもアルトリアに服従せざるを得ないようにしなくてはならない。騎手が馬に舐められては乗ることすら始まらないのだ。そのためにアルトリアは───。

 

「…ッ!!!」

 

 全力の殺気を叩き付けた。

 

「!!!!!?????」

 

 赤き竜。

 それが、自分に牙を向いている。

 ああ、自分は喰われるのだろうか。それとも徒に嬲られるのか。

 人の姿はきっと仮の姿だ。眼前にいるのなら死を待つしかない───。

 

 どうやら上手くいったらしい。恐慌して暴れだす可能性も考えていたが蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事だろう。今までの落ち着きの無さが嘘のように収まり体を震わせながらアルトリアをじっと見ている。ようやく立場を理解したようだ。殺気を止めてもまだ恐怖に震えている。

 このまま恐れさせたままだと動かなくなってしまうので今度はゆっくりと背中や首、顎下などを撫でていく。ゲリョスの皮で作ったゴム手袋も用意していたが杞憂だったようだ。下手に逆らってはいけないのを理解しているのかアルトリアが触れようとすると体の雷を止めてくれる。そうしている内に体の震えは収まってきた。それでも硬直しアルトリアから目を外さないあたり服従させるのは成功したと言って良いだろう。

 

 ここでやっと騎乗してみる。脅しが効いたのか暴走する事は無い。だがどうすれば良いのか戸惑っているようだ。アルトリアが腹を軽く蹴りつけ前に体重をかける。何となく、意図を察したのか歩き始めた。そこからは早かった。元々、古龍は総じて知能が高い。右に左に、手綱を引けばその通りに動くし後ろに引けばちゃんと止まってくれる。何度も繰り返していく内にウェールズも要領を得たのか最初はぎこちない動作だったそれも段々と洗練されてきた。ウェールズを飼い慣らすアルトリアの思惑は概ね、上手くいったと言える。後は傷が癒えるのを待つだけだ。

 

『す、凄いニャ…。古龍が人の言う事を聞いてるニャ…。有り得ない出来事だニャ…』

『こら、身を乗り出すんじゃニャい。アルトリアさんは良くてもボクらが大丈夫か分かったもんじゃニャいだろう』

『セレットー。頼まれてた品出来たニャ。これはアルトリアさんが使うのかニャ?』

『そうニャ。ニャんか馬上だと剣より槍の方が取り回し良いって話だニャ。乗れニャいボクらには分からニャい話だけど』

『硬すぎて加工出来なかったから柄の先端にそのまま固定するだけにニャったけどこれで大丈夫かニャ…?』

 

 木で出来た柵から野次馬アイルーを制止しつつ鍛冶を担当するアイルーから報告を受け取るセレット。実は昨日の金獅子との戦いで獲得した金獅子の角を槍に加工するように頼まれていたのだ。ただどんなに技術があっても鉄鉱石やよくてマカライト鉱までしか加工出来ない設備のこの集落ではハンターの武器のように金獅子の角を加工する事は出来なかった。そのためマカライト鉱を少しと鉄鉱石で精製したこの集落で出来うる限りの特注の金属製の柄に金獅子の角をそっくりそのまま固定しただけの槍が出来上がった。

 槍、と一口に言っても色々と種類がある。アルトリアが所望したのは自身がかつて持っていた最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)と同じ馬上槍───ランスだ。クー・フーリンやカルナなどが扱うような手に持って使用するタイプをスピアと呼ぶ。ランスは基本的に馬に騎乗して使うのが前提となる。

 

 ある程度訓練を終わらせたアルトリアがウェールズを伴って集落に戻ってくる。まだ完治していない怪我の具合を見て今日はもう休ませる事にしたようだ。ウェールズはアルトリアの前では下手をやるつもりが無いのかアイルー達を見ても平然と彼女の横にいた。

 

「何とか慣れさせる事は出来ました。思ったより聞き分けの良い子ですよ」

「あ、アルトリアさん。そいつボクらも大丈夫なのかニャ…?」

「どうでしょう。傍から見ている分には平気だと思いますが不用意に触ろうとすると嫌がるかもしれませんね。この集落にもまだ慣れてはいないようですし」

「分かったニャ。みんなには遠目から見ているよう伝えておくニャ。それと、これ、ご注文の品だニャ。鍛冶屋の話じゃあんま出来映えは良くないって話だけど」

「いえ、これでも十分実用に耐えますね。この軽さなら普通に手に持って使っても良さそうです」

「(どー考えても片手で軽々振り回すような重さじゃニャいんだけどニャ…)他にニャにか要望はあるかニャ?」

「轡を付けた際に気付いたのですが歯の形が普通の馬と変わらなかったので草食性だと思われます。餌として、草や穀物を与える必要がありますね」

「んー…。草はともかく穀物…。みんなに相談してみるニャ」

 

 ウェールズの問題は一先ず片付いた。逐一様子を見つつ世話をしていけば次第にアイルー達にも慣れていく事だろう。

 

 

 

 

 三日後。

 ウェールズの世話もしながら集落で過ごしていたアルトリアはウェールズに騎乗しながら森の中を進んでいた。背にはセレットも伴っている。

 

「本気なのかニャ…。こいつをあの角竜に会わせるって…」

「当然ですとも。今日はちょうど奴と戦う日ですしこの機会に挨拶させておけばこの森におけるウェールズの立場が明確になるでしょう。どの道この森は余所者を許しませんしいつかは必ず通る道なのです。この森の頂点が如何なる存在か。それをウェールズは知っておく必要があります」

「き、緊張するニャ…」

 

 本来なら古龍であるウェールズの方が種族としての立場でいえば角竜より上だったりするはずなのだがあの角竜に限っては当てはまらないらしい。というかあの角竜、アルトリアと関わってから余計にその暴君っぷりに拍車がかかっている。具体的にいえばギルドが定めるG級程度ではもう範疇に収まらないくらいに。

 因みにウェールズの傷は既に全快している。動けるようになった途端、古龍としての生命力の賜物なのかあっと言う間に怪我が治っていったのだ。

 

 そうして歩いている内に角竜の縄張りに辿り着いた。アルトリアと角竜が付けた破砕痕が残る乾いた砂と岩のエリアである。やはりアルトリアの事を察知したのか砂から勢いを付けて飛び出してくる。いつもならそのまま突進してきて戦闘が始まるのだがアルトリアの様子が違うのが分かるのかじっとアルトリア達の事を見ている。視線の先はアルトリアではなくウェールズがいた。これでもし角竜が敵意を示せば槍を手に、ウェールズに騎乗しつつ戦うつもりだったのだがその心配は無さそうだ。ウェールズは角竜からの重圧に耐え目線を外さないでいる。アルトリアに睨みを効かされたのと同様にここでは立場が違うのだと痛感している。仮にウェールズがここで角竜に翻意を示し攻撃したとしても角竜は怯まないだろう。アルトリアのように強烈な重さを持った攻撃でないとたかが雷、余裕で耐えて突進してくる。これでも雷は角竜の氷に次ぐ弱点属性はずなのだがアルトリアと関わったこの角竜は耐久性でも並みのモンスターを凌駕していた。

 

「だ、大丈夫ニャ感じ…?」

「まだ分かりませんよ。少し距離があるのでもう少し近付いてみましょう。ほら、ウェールズ」

「いや、ウェールズ君十分頑張ってるから!これ以上はウェールズ君にも苦行だニャ!怖いニャ!」

「静かに。というかそこまで怖がるのなら何故ついて来たのですか?」

「今まで一緒に行動するのが当たり前だったからついいつものノリでついて来ちゃったのニャ…。少し前の自分を殴りたいニャ…」

「これからは行く内容もよく考えておくべきですね」

 

 アルトリアの命を受けて角竜の目の前まで前身するウェールズ。しかしその足取りは若干重い。角竜は微動だにせず近付いてくるウェールズにじっと目をやるだけだ。

 

「……………」

「……………」

「ふむ……」

(重い…この沈黙が重い…!)

 

 やがて角竜は鼻を鳴らし足でウェールズに砂を払って目線を外した。もういいというような仕草だ。それからアルトリアに目を向ける。いつもの好戦的な視線だ。こいつはもういいからいつもの始めようや、という事だろう。敵意も見せないあたりとりあえずウェールズは角竜に認められたらしい。

 アルトリアは一旦角竜から離れウェールズから降り手綱を近くに生えたサボテンにくくりつけておく。そうして向き合い剣を構える事でいつもの激闘が始まった。ウェールズはそれを静かに見ている。上には上がいる。その格上達の戦闘を見る。ウェールズの目には熱い向上心という名の光が灯っていた。

 

 因みにセレットはアルトリアがウェールズから降りた時点で集落に逃げ帰っていた。あの重い空気の中、平静でいろというのは流石に酷だろう。

 

 

 

 森を疾駆する。

 あの後角竜との戦闘を終わらせたアルトリアはウェールズの全速を試すために森を走らせていた。集落に関しては何か異変があれば煙を焚く事でアルトリアに知らせるという手筈になっている。

 雷光を纏いながら走るその様は一種の芸術とも言って良い代物だった。白き雷光の幻獣に跨がるは見目麗しき少女騎士。如何なモンスターとて彼女達の前に立てばそれを引き立たせるだけの端役にしかならない。

 全速力で走るウェールズは素晴らしいものだった。単純な速度でいえば魔力放出を使用したアルトリアの全速すら上回る。その速さを維持したまま、軽い障害なら悠々と跳び越え寄ってくる知性の無い羽虫は雷を放出して近寄らせない。大型モンスターも寄ってくる気配は無い。あの角竜が異常なだけで古龍であるウェールズが放つ威風は並みのモンスターなら気配を察知しただけで逃げの一択となる物だ。今も気付いた雌火竜と桃毛獣とドスイーオスがアルトリア達から離れたところで慌ててその場から撤退した。森のモンスター達からすればいい迷惑である。

 

 この日、また新たなアルトリアの武勇がこの森に刻まれた。




与太話
ドスイーオス「なんだったんだあれ…。やべぇってレベルじゃねぇぞ…」
ババコンガ「青い人間もそうなんだけどあの白い奴めっちゃ怖かった…」
レイア「なんか混ぜちゃいけない奴らを混ぜたような感じだわ…」
ドスイーオス「あの人間、白い獣を捕まえたって話だったけどこういう事かよ…。あれ勝てる奴いないんじゃねぇの…?」
ババコンガ「あの角野郎とかは?」
レイア「あれ、殿堂入りしているから除外ね。それ以外で…いる?」
二人「たぶんいない」

拙作においてキリンが草食性なのはオリ設定です。大事は事なのでもう一度、オ リ 設 定 です
アルトリアがウェールズを脅した時にウェールズは赤い竜を見ましたがアルトリアは赤い竜である事を示したつもりはありません。アルトリアはあくまで脅しただけのつもりです。
それとディアがなんかチートし始めてるけど仕様です。アルトリアと関わるとそうなります。ウェールズもその内極限ラーくらいなら返り討ちにできるくらいチートします。
次回はこの二人のコンビが活躍する内容になりますかね


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act-8 霹靂の槍、穿つは恐王

与太話
ドスイーオス「おい、おまえんとこどうだ…」
ババコンガ「こっちは前の大猿の件があったからなるべく子分みんなを外に出回らないようにさせてるよ…。おかげでろくに飯も食えやしない」
レイア「やんなっちゃうわねー。夫も獲物がとられてて内でも困ってるのよ」
ドスイーオス「なんだってんだ、あの余所者め…。食えるだけ食い荒らしやがって」
ババコンガ「とにかく食いまくるからねぇ、あいつ。西の奴らどれだけ生き残ってるんだろう」
レイア「南から大分離れてるし今回はあの二人が出てくるまで時間かかるわよね…」
二人「待つしかないか…」

さぁゴーヤ狩りの回だ


「アルトリアさん、ホントに行くのかニャ…?」

「勿論です。既に被害が出ている以上見過ごせる物ではありません。いずれは集落にも迫る脅威でしょうし早い内から危険な芽は摘み取っておく物です」

「ボクらはこれで大丈夫なのかニャ…?」

「ええ。貴方達にとっては怖いでしょうが私にとっては信用のおける相手です。大丈夫、彼は下手な事はしません。何かあれば手筈通りに煙を焚いてくれればすぐ集落に戻ります」

「アルトリアさんが負けるのは想像できニャいから良いけどこっちは別の意味で不安だニャ…」

 

 西から避難してきたアイルーからもたらされた凶報。ある一体の大型モンスターが暴虐の限りを尽くし、西の森は壊滅状態にあるという事だった。まだ西には幾人か取り残されたアイルー達がいて彼らの安否が心配なのだという。アルトリアにどうしても救出してもらいたいという要請だった。

 

「このところ前の大猿以来大きな事件はありませんでしたからね。ウェールズを伴った実戦もまだですしちょうど良い機会になるかと」

「それは分かるニャ。うん、分かる。ボクが言いたいのはニャんで角竜が集落にいるのかという事だニャ…」

「彼は武人然とした考えを持っているでしょうしおそらく私と貴方達の関係も把握しているでしょう。単に私が後腐れ無いよう振る舞えるようにしてるだけでこう言ってはなんですが貴方達の事は二の次だと思われます」

「それはそれでかなり怖いニャ…」

 

 報せを聞いたアルトリアが出陣を決めいざ出向こうとウェールズの手綱を取った時に角竜が何故か集落に現れた。当然集落は大パニックになったが角竜からは戦意を感じられない。アルトリアは直感で意図を読み取り集落を彼に任せる事にしたのだ。根拠も何も無い考えではあるが角竜がアルトリアのいない間に集落を襲うなど今まで角竜と真っ向からぶつかってきたアルトリアからすればそちらの方が考えられない事だった。

 セレットが集落のアイルー達にアルトリアから角竜に危険は無い事を説いている。当事者であるはずの角竜は我関せずとばかりに集落のど真ん中で寝ていた。傍らには集落のシンボルとなったかつての片角がある。本当に集落を襲う気は無いらしい。それにしてもどこから情報を仕入れてくるのか。アルトリアにとって角竜の気になるところといえばそれだった。角竜には角竜にしか分からない情報網でもあるのだろうか。

 

 槍を手に、騎乗する。

 ウェールズもアルトリアのただらぬ雰囲気を察したのか臨戦態勢に入っているようだ。自分もやるぞとばかりに角を大きく光らせている。

 

「では、行ってきます。集落の事は任せましたよ」

「………」

「アルトリアさん、角竜と会話してるのかニャ?」

「いいえ。ただ、何となく、です。通じてくれていると嬉しいのですが」

「い、行ってらっしゃいニャ、ニャるべく早く帰ってくれると嬉しいニャー!」

 

 セレット達から見送られ集落を後にするアルトリア。任務は森西部を荒らしている大型モンスターの討伐、ないしそれに伴うアイルー達の救出。一刻を争う事態にウェールズは疾風の如く森を駆けた。

 

 

 

 

 

 昼過ぎに西部に着き索敵を行いながら森を進むアルトリアとウェールズ。アルトリアがまず始めに気付いたのは森のあちこちに破砕痕がある事だった。自分と角竜が戦った後もこんな感じだがここまで広範囲に痕は残らない。どうやら件の大型モンスターはかなり広範囲を行動しているらしい。遭遇戦になるとも限らないので常に周囲を警戒しなくてはならない。不意を突かれるのはどうしても避けたい物である。

 森を進んでいる内に果てへ辿り着いたようだ。大きな川に出くわした。向こう岸にテントのような人工物が見えるが今は後回しである。上流に沿って至るところに血痕が染み付いていて、辺りには血臭が漂っていた。

 

(まだ新しいですね。辿れば見つけられそうですが…)

 

 上流の先からモンスターの咆哮が響き渡る。禍々しさを感じさせる重低音。ここから少し離れたところに彼の者はいる。慎重を期して咆哮の元へと急いだ。

 

 川から少し離れ、高台になった崖から下を覗く。鎧竜の幼体岩竜バサルモスが生息するエリアだ。そこに血臭を蔓延らせ岩竜の死体を貪り喰らう姿がある。濃緑色の全身に大きく開いた口。ヒルのような尻尾に牙は顎先まで生えたその姿。

 恐暴竜イビルジョー。

 獣竜種のモンスターであらゆる全ての生物を捕食する特級の危険生物。特筆すべきはその食欲で高い体温を維持するために常に飢餓感に苛まれており目に映る生物は恐暴竜にとって全て餌にしか見えない。特定の縄張りを持たず獲物を求めて広範囲を徘徊し砂漠や火山、雪山や凍土などほぼ全ての環境に適応する性質も持つ。遊泳能力もあるのか孤島など隔絶された地域にも姿を現し目撃情報は世界中に渡る。前述した通りその食欲は凄まじく、ある地域では恐暴竜の出現により地域一帯の生態系が絶滅したという被害も確認されている。他のモンスターの縄張りに堂々と侵入しその主をあっさり捕食するなど、戦闘能力や引き起こす被害から金獅子と同じく古龍級モンスターの一角にその名を連ねている。

 

 森を荒らしている犯人はこの恐暴竜で間違いないようだ。先にアイルー達の居場所を確認したかったのだがこうして遭遇しては対処する他無い。恐暴竜はアルトリア達に気付かず食事に夢中になっている。上から先手を打てる絶好の機会だ。

 

(ウェールズ…)

 

 手綱を握る左手に力が入る。槍に風を纏わせ静かに構える。ウェールズもアルトリアの意思を汲み取り足に力を込めた。

 

「ッ!」

 

 腹を蹴りつけ合図し飛び込む。迅雷一閃、人馬一体となった突きは恐暴竜の頭を的確に捉えた。

 

(浅かったか!いや…)

 

 アルトリアはこの一突きで決めるつもりだった。先手必勝、弱点を捉えた突きは確かに恐暴竜の頭を突いたが致死させる事は出来ず並外れたその耐久力で恐暴竜はアルトリアの突きを耐えきったのだ。勿論無傷ではなく大きくのけぞり苦痛の声を漏らす恐暴竜だがアルトリアの突きを喰らって健在でいる。食事の邪魔をされた恐暴竜は怒りの咆哮を上げ全身の筋肉を赤く大きく隆起させた。

 食事の邪魔をした不埒者も喰らってやろうと大きく口を開け迫る恐暴竜。だが───。

 

「遅いッ!」

 

 跳んで躱し、雷を纏った踏みつけを恐暴竜の頭にぶつけるウェールズ。だが先程の突きと違いあまり効いている様子は無い。恐暴竜は岩も投げ飛ばすその膂力でウェールズを弾き飛ばした。

 一旦距離をとる彼ら。それを皮切りに、力で押す恐暴竜とそれを速度で翻弄するアルトリアとウェールズの戦いが始まった。

 恐暴竜は巨体で強かった。繰り出す一撃は大地を容易に割り並の者であれば対抗出来ぬまま、喰われていくだけだろう。対してアルトリアとウェールズは小柄で身軽だった。幾度も恐暴竜の牙が迫るがそれをギリギリで避けている。その度にアルトリアが確かな傷を恐暴竜に付けていく。

 最初の一突きで仕留められなかったため長期戦になるのを覚悟していたアルトリアだったが戦況は明らかだった。徐々に恐暴竜の全身に傷が増えていく。

 

 それを近くの小さな遺跡郡から見ている影があった。

 

『おお…。あれが例の戦女神かニャ…』

『素晴らしいニャ…。キレイだニャ…』

『凄いニャ、優勢だニャ!これでワタシらは安泰だニャ!』

 

 取り残されたアイルー達は身を潜めながらきっと来てくれると祈っていたアルトリアの姿に感涙していた。あの火災からただでさえ森が荒れていたというのにそこに川の向こう岸(・・・・・・)からやってきた災厄。絶望しかない状況の中でアルトリアの救援は彼らにとって唯一の光となる希望だった。

 彼ら以外にも戦いを見守る者がいる。現場の遥か上空、火災の際にアルトリアを狙ったあの火竜が戦いの様子を見ている。感嘆の溜め息のような息吹を漏らすと北東の巣に帰っていった。

 

 昼過ぎから続く戦いは場所を移し、日が落ちかける頃には西の川縁に出ていた。全身に傷を負い満身創痍に見える恐暴竜だが未だ倒れる気配は見せない。アルトリア達は傷を負う事もなく悠然と恐暴竜の前にいたが精神的には大分参っていた。この勝負、体の強さ云々よりも先に心が折れた方の負けだ。

 

(随分としぶといですね…手負い(・・・)であったというのによくやるものです)

 

 手負いというのはアルトリアが負わせた傷の事ではない。高台から確認した時に見えたのだが恐暴竜の背には幾つか矢が刺さっていた。この恐暴竜は手負いのまま、どこからか迷いこんできたのだろう。

 

「人が近くにいるのなら話を聞きたいものですが…!」

 

 矢を使うような存在は人間しかいない。或いはアルトリアの知らない人間に匹敵する知的生命体か。だがそれよりもまずは恐暴竜である。この戦いに終止符を打たなくてはならない。

 恐暴竜が二人を仕留めるべく龍属性エネルギーを込めたブレスを吐いてくる。今まで通りそれを跳んで回避するウェールズだがここでアルトリアは跳び上がった瞬間わざとウェールズから離れ槍を手に恐暴竜の眼前に立ち塞がった。食う事しか考えてない恐暴竜はアルトリアを喰らおうと大きく口を開けアルトリアに迫ってくる。それをアルトリアは避け槍で顔を幾度も突き始めた。この時点で場は整っていた。

 横から胸へ雷撃の一突き。アルトリアに気を取られた恐暴竜はウェールズ渾身の一撃に成す術無く倒れた。

 

「素晴らしい一突きでしたよ、ウェールズ。今日の大金星は貴方です」

 

 ウェールズに労いの言葉をかけるアルトリア。ウェールズも自分が止めを刺せてご満悦の様子である。

 

「おや…?」

 

 森の奥からこちらに近付いてくる鳴き声。あのアイルー達がアルトリアに寄ってきた。どうやら生き残ったのはこの三人だけのようだ。

 

(たった三人、されど三人。他にもう少しいたと聞いていましたが…)

 

 もう少し早く着いていれば。もっと早くに恐暴竜を察知出来ていたのなら。全てはたらればの事である。確かに救えたのだ。今はそれで良い。

 普段はアルトリア以外の者を乗せるどころか体を触らせないウェールズだったが事情を察したのだろう。アルトリアの前に三人が騎乗する。そうして集落に戻ろうと駆け出そうとしたその時───。

 

 アルトリアはほぼ直感、反射的に自身に向かってくる矢を槍で叩き落とした。

 アイルー達は何が起こったのか掴めないようだ。ウェールズは不意討ちされたのが気に入らないのか角に怒りの雷光を溜めている。

 矢の飛んできた方向を見ればそれは彼岸だった。だが放ったと思われる人物の姿は見えない。どうやら相当な射手であるようだ。

 

「…何者かは知りませんがこの借りは必ず返します」

 

 恐暴竜に刺さっていた矢の主かは分からない。だがこの恐暴竜と関係無いようには思えないアルトリアは静かにそう口にし集落への帰途に着いた。

 

 

 

 

 

「イビルジョーを取り逃がしたっていうからさ、わざわざ失敗したハンターに代わって出向いたらとんでもないのを見つけちゃったね」

 

 西の向こう岸。森の奥から弓の嵐の型、しゃがんだ状態から身を起こし女は嘆息する。恐暴竜は生態系に甚大な被害をもたらす危険なモンスターだ。取り逃がしたからじゃあ放っておこうで済むようなモンスターではない。だからこそこの女が二度目の恐暴竜討伐に出向いたのだ。

 

「これは…ギルドに報告物…だと思うけどどれだけ信じてくれるかな。人がキリンに乗ってイビルジョーと戦ってただなんて」

 

 龍弓[天崩し]を背負うその姿は一般のハンターが身に付けるような防具ではなく特別な役職を持つ者にのみ許された物だ。赤を基調としたその礼服には特徴的な印がある。本来なら帽子も被る物だが女は視界が狭くなるのを嫌ってか被らないようでいた。射し込む陽光が銀髪を明るく彩っている。

 

「さっきのは失敗したかなぁ。いきなり矢を放つとかどう考えても良くは見られないよね。でも全く後ろを見ずに叩き落とすとか只者じゃないかも。ちょっと面白くなってきちゃった」

 

 女───ギルドナイト、イリヤ・ムウロメツはそう一人ごち、未知の樹海をアプトノスの引く竜車で後にしていった。




与太話
レイア「ねぇ聞いて!夫からの話なんだけどあの青い人間が白い獣と一緒に余所者を倒してくれたって!」
ババコンガ「へぇ~。棲み家から距離あっただろうに。よくまぁ駆けつけてくれたもんだねぇ」
ドスイーオス「おっしゃあ!これで堂々と獲物を狩りにいけるぞ!部下に知らせてくるから俺はここで失礼するわ!またな!」
レイア「行ってらっしゃ~い。こっちもまたそろそろ夫が出かける時間だし私も巣に戻ろうかしら」
ババコンガ「いってら~。オイラはここでのんびりしてるよ。やっぱあの人間は凄いんだねぇ」

…序盤は、伏線を、撒いておくものだと思うのです。


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act-9 嵐の前の静けさ

与太話
ババコンガ「うーん…」
ドスイーオス「珍しいな、アンタが考え込んでるなんて。なんかあったのか?」
ババコンガ「大したことじゃないよ。ただキノコが見付かんなくてねぇ。あれ雨降った後じゃないとあんまり見付からないからさ、最近見付けられなくて困ってるんだよ。前は探すつもり無くてもその辺歩いてるだけで手に入ったんだけど今じゃ根気よく探さないと見付からなくてね。その割りにあんま採れないから労力と報酬が釣り合わないんだよ…」
レイア「あらちょうど良かったわね。これ持ってきて正解みたい」
ババコンガ「これは…!あのピリッとくる黄色いやつ…!え、なんで君が持ってるの!?」
レイア「うちの巣にたまたま生えてたのよ。おっきくて邪魔だしこういうの貴方が好んで食べてたの思い出したから持ってきたの」
ババコンガ「ありがたい!これだけ量があれば子分にもお裾分けできるよ!いや、ホント助かった!」
ドスイーオス「良かったじゃねぇか。しっかし雨が降らねぇのはどうにもなんねぇなぁ。これぱっかりはお天道様のお恵みに期待するしかねぇか」

平和な三人だけど今回は伏線回…というよりは準備回かな。いろいろな。なのでちょっと短いです。


「アルトリアさん、顔色が優れないのニャ。やっぱり気にしてるのかニャ?」

「…確かに気にならないと言えば嘘になります。ただ私が気にしてるのはもう少し別の事です」

「救えなかった事とは別の事…?」

「貴方達が気にする事ではありませんよ。極めて個人的な物です」

 

 恐暴竜を討伐し生き残りのアイルー達を集落に連れ帰った後。アルトリアはあの謎の矢について考えていた。

 

(英霊が放つような神秘の篭った矢ではなかった…。だとすると、この世界の人間が放った物…?)

 

 あの弓撃は『アーチャー』と呼ぶに相応しい一撃だった。自分で無ければ、いや自分のように高い戦士としての技量を持つ者で無ければあれを防ぐ事は叶わない。少なくともただの人間ではあれに射ぬかれるだけだろう。だがアルトリアの疑念が一つ、神秘の気配が何も感じられなかった事だ。とするならば考えられるのはあれを放った人間はただの技量だけであれほどの弓技を放った事になる。正しい形ではないものの英霊である自身を危険と判断させる矢を放てる人間がいるという事にアルトリアは戦慄した。

 

(よく考えてみれば私はこの世界に降りたってまだ他の人間に会った事がありませんね…。仮に敵対するのなら一筋縄ではいかないかもしれません)

 

 弓兵が矢を弾かれて黙っているはずが無い。アルトリアは近いうちに、矢の主が姿を現す事を予感していた。

 

「アルトリアさん。角竜はボクらの味方になってくれるのかニャ?」

「それは無いでしょう。あくまで、彼の行動原理の根底にあるのは私と戦う事です。事実、私が帰ってきた後すぐ集落から出ていきましたがその際私に目を向ける事を忘れていませんでした。明日にまた死合おう、という視線でしたよ、あれは」

「相変わらずの脳筋っぷりだニャ…」

「私は分かりやすくて好ましいのですがね」

 

 既に日は落ちている。

 まだ起こってもいない未来に思いを馳せるのはいいがそれまでだ。未来の事など、その時になってみないと分からない。

 アルトリアはその予感が悪くないものである事を祈り眠りについた。

 

 

 

 

 

「ふむ…。俄には信じられんが確かに見たのだな?ムウロメツよ」

「ええ。私も見た時は目疑いましたがね。弓使いが自分の目を疑うなんてあっちゃならない事ですし?これぞっていう証拠があるわけでもありませんが確かにいたんですよ」

「長く街を取り仕切り、幾多のモンスターと死線を交わしてきた身だが流石の儂でも初耳じゃ」

「ですよねー。大長老様でも初耳な事態かぁ。で、動かそうとするハンターって他にいたりします?極めて個人的な話、私一人で調査したいんですが」

 

 ドンドルマ。

 険しい山あいを切り開き発展してきた大陸屈指の城塞都市。ハンターが活動する拠点としても最大規模を誇る。

 そのドンドルマの中で最も大きい建物。大老殿にてドンドルマの全てを統括する大長老と部下であるギルドナイトのイリヤ・ムウロメツは未知の樹海で起きた恐暴竜の顛末を大長老に報告していた。

 

「先日の鋼龍襲撃で多くの人員が出払っておる。『我らの団』の専属ハンターがいれば話は違うが…」

「あの人ですかー。凄いですよねー。ゴア・マガラから続く狂竜症に関連した事件を全部解決してみせてバルバレで超巨大古龍ダラ・アマデュラを征して筆頭ハンター達と共にクシャルダオラから街守ってくれてあまつさえ街を襲うゴクマジオスを討伐してくれたんですからね。今何やってるんでしたっけ?」

「原生林で極限化した鎧竜の討伐だ。早く見積もってもこちらに帰参するのに六日ばかりはかかるぞ」

「あの人、前は極限化したディアブロス狩ってたのに次から次へとまぁよくやりますわ。そういや今回襲撃してきたクシャルダオラって前のクシャルダオラとは違う動きをしてきたって聞きますけど」

「うむ。本来なら真っ直ぐ狩人達と戦うはずなのだがな。聞けばまともにやりあわず、じっと狩人達を観察するような行動が多かったという。すぐに街から離れていったらしいしな。襲撃してきたのではなく単にこちらの様子を見に来ただけのようだと出向いた狩人は首を傾げていた。で、お主は単騎でそのキリンを駆る者の調査をしたいと」

「ちょうど人手が足りてないのなら私が行くしかないでしょう?」

 

 悪戯を思い付いた子供のような笑みを大長老に向けるイリヤ。大長老は嘆息するしかない。ギルドナイトととして密猟や違法な行為を行うハンターを取り締まり、時に新種のモンスターが出現した際真っ先に調査するのがギルドナイトであるイリヤの仕事だが───。

 

「………」

「こう言っては失礼かもしれませんが何か、こう、とても残念な者を見るような目で見られるのは大長老と言えど流石に不愉快なんですけど」

「その、だな。お主は確かに仕事をこなしているし儂に対して軽口でいられる程の立場にある者だ。そこは信頼できるのだがな。お主のその享楽家な性格が今回の調査の動機だろう。遊びに走るとは思わんがそれが懸念事項でな」

「別にモンスターを狩りに行くわけじゃないんだからある意味いつもの任務よりずっと安全ですよ?」

 

 そういう事ではないという目を向ける大長老。癖のある部下を持った宿命かイリヤの扱いに辟易してるようだ。

 

「まぁ会議などで議題に出さず儂一人に話を持ってきた事は評価できる。まさか人が古龍を手懐けるなどどれだけの人間が信じるか分かったものじゃないがお主は嘘を吐く事はせんからな」

「どうやってキリンを手懐けたとか聞き出そうとするお馬鹿さんはいそうですからねー。その先にあるものが分かりやすくて」

 

 普通イリヤが見た事をそのまま余人に語ったところでどこの妄想だと笑われるのが落ちだがイリヤはギルドナイトだ。それも大長老とこうして世間話でもするような気安さで会話できる程の立場にいる。聡い者はそのイリヤが語る事を妄想だと一蹴しないだろう。腹に一物抱えた者もいる。ハンターズギルドは巨大な組織だ。一枚岩で済む組織ではない。

 キリンを駆る騎士の調査について話していた二人だったがそこに割り込む影がある。古龍観測所の学者だ。

 

「失礼します、大長老。先日街に飛来してきた鋼龍ですが飛び去った先が分かりました」

「氷海か?旧砂漠か?」

「いえ。それが未知の樹海の未調査区域、ハンターが探索する際そこで探索を終了するように決めた大河の向こう岸です。その北にある山脈へ飛び去ったと気球からの連絡がありました」

「むぅ…」

 

 大長老がイリヤに目を向ける。そこいらの男を一瞬で虜にしてしまうような笑顔をイリヤは顔に浮かべていた。口に出さずとも分かる。面白くなってきたという表情だ。

 鋼龍がまた飛来する事も考えられる。だが未調査区域に一般のハンターが出入りする事はまだ許可を出していないため必然的に特殊な立場にいるハンターが鋼龍討伐に出向く事になるだろう。

 

「…よかろう。ギルドナイト、イリヤ・ムウロメツにこの儂から勅を下す。樹海の未調査区域に出向きその区域に住んでいると思われる謎の人物の調査、加えて北の山脈に去った鋼龍を討伐せよ」

「御意」

 

 厳かに命を受けすぐに出発するイリヤ。これから起こるであろう争乱をイリヤは楽しみに思いながら未知の樹海へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 遥か上空を飛ぶ影がある。鋼の光沢に身を包み風を纏うその姿。

 鋼龍クシャルダオラは人間の街から得た情報を不可思議な気配のするあの青い人間と比較していた。

 あの森の天候は全て鋼龍の制御下にある。あの日より前に山に雨を降らし続け湿気が抜けたあとの乾いた風が森を覆った。そこに黒狼鳥が火を起こした事であの火災が起きたのだが湿気の抜けた空気を山から送り込んだ他ならぬ元凶がこの鋼龍なのである。鋼龍とっては何の思惑の無いただやってみただけの事だがそれが意図せず特異な気配を察した。

 あの青い人間が発する気配。いや、最早人間と呼ぶのは正しくない。街の人間と比較して分かった。あれはもっと身近な物。自身そのものであること。あれは人の形をした龍だ。人の姿で誤魔化されていたが人間が放つ気配ではない。

 怒りを覚える鋼龍。何故人の姿に身を窶すのかは知らないが自身の領域で欺こうとするなど不届き者にも程がある。元より龍というのは馴れ合わず単独で生きる者だ。であれば自身の領域を侵し新たな領域を広げているやつは鋼龍にとって敵でしかない。

 すぐに天誅を下すつもりはない。もっと分かりやすい形であちらから挑ませてやる。支配者が自ら出向くなど格を下げるだけだ。

 鋼龍は山脈を目指し豪雨を降らしながら空を翔る。まだ顔も見た事がない気配だけしか知り得ない存在に怒りの念を募らせながら。

 

 

 

 

 

 恐暴竜襲来より七日ばかり経った頃。

 アルトリアはこの世界に来てようやく雨の訪れを肌で実感していた。

 

「雲行きが怪しいニャ。久しぶりの雨だニャ」

「そのようですね」

 

 北の山から伸びる暗雲。それにアルトリアは警戒を隠せない。セレット達は久しぶりの雨に喜んでいる様子だがあれは恵みの雨ではない事をアルトリアは直感していた。

 

「アルトリアさんなんか険しい顔だニャ。どうかしたのかニャ?」

「いえ、根拠はありませんがその…」

 

───嵐が来る。

 

 そう言ったアルトリアに首を傾げるしかないセレットだった。




与太話
ドスイーオス「最近アンタここにいること多いよな。子供さんは大丈夫なのかい?」
レイア「夫に任せてるから大丈夫。最近うちの夫巣にいる事が多いのよ。どうも空の調子が悪いみたいで迂闊に飛べないんですって」
ババコンガ「目に見えて分かる雨雲!そっちは嫌みたいだけどこっちはキノコが増えるからねぇ。なんだったら前のお返しって事でお肉集めてきてもいいよ」
レイア「心配には及ばないわ。空がダメなら普通に地上で狩ればいいのよ。今じゃ夫と役割が反転してるよのね」
ドスイーオス「育児に頑張る夫さんねぇ。夫婦円満で大変よろしい事じゃないか。なぁ?」
ババコンガ「オイラも良い嫁さん欲しいんだけど群れのみんなオイラを避けるんだよ…親分なのに何故か。そっちみたいな良い家族築きたいなぁ~」
レイア「もうやぁねぇ。そんなあからさまに誉められたら恥ずかしくなっちゃうわよぉ」

いつもより少し早い投稿。展開が走りだしてきましたね。


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act-10 雨中行軍、弓兵は進む

今話からいつもの与太話は少しお休みします。なんでかって?いろいろと物語の進行上合わさなきゃいけないところがあるのです。ちゃんと復活しますので楽しみにしてた方、ご了承願いますm(__)m
それと、活動報告の方でも申しあげましたがお気に入り登録が百件越えました。読んで下さってる方、誠にありがとうございます(*´∀`)感想も貰えると中の人が更にスイッチ入って狂喜乱舞します(´・ω・`)

それではイリヤメイン回です


「あーらら。こりゃ見事過ぎる異常気象だね。天災としての古龍の本領発揮ってとこかな?」

 

 イリヤ・ムウロメツは未知の樹海の探索終了地点、その先にある大河の向こう岸の様子を見てそう呟いた。

 ちょうどこの大河で一つの区切りとなっているのだが大河の中央から向こう側全てに豪雨が降っているのだ。イリヤのいる此方側には雨は降っていない。それどころか気持ちの良い快晴である。恐らくだが向こう側全ての天候が鋼龍の影響下に侵されているのだろう。

 

「雨に細心の注意を払って小さく気球を飛ばせば向こう側にいけるよね。とりあえず、あの目立つでっかい遺跡を目指せば大丈夫かな。あっちに住んでるなら当然知ってるような大きさの遺跡だし何かしらの痕跡が見つかるでしょ」

 

 この時のために用意していた簡易的な気球を竜車の荷台から取りだし組み立てるイリヤ。その様子は、例えるなら遠足の前日に荷物を準備しながら明日にわくわくする子供のようだった。

 

 向こう岸に着いたイリヤは強走薬Gを使って遺跡まで一直線に駆け抜ける。地上を走るのではなく樹上の枝から枝へ飛び移るように移動するイリヤだが恐ろしい事に脚力だけで火災の際同じ方法で逃げていたアルトリアの速度を上回っていた。尋常ではない速度である。ウェールズの健脚にも迫りかねない。その勢いのままイリヤは森を観察する。

 

(やっぱモンスターの気配がほぼ無いね。古龍を恐れて通常モンスターがいなくなるのは必ずと言っていいほど起きる現象だけどここまで広範囲なのは流石に類を見ないかな。なんにせよ、件のクシャルダオラがかなりの力を持っているのは推測できる)

 

 一級の英霊にも並ぶ速度を維持しながら森の様子を考察できる程度に余裕があるイリヤ。強走薬Gのおかげというのもあるが強走薬Gはスタミナを一時的に無限にするだけでそれ以外に使用者自身に及ぼす影響は無い。素でこの速度を出しているのである。豪雨が降る最中、これだけのポテンシャルを維持できるのは流石ギルドナイトと言ったところか。

 

「お…?そろそろ着くかな」

 

 森を走り続けて数十分。アルトリアがウェールズを必要とした距離を難なく走り抜けたイリヤが目にしたのは遺跡の周囲にある小さな集落と───その真ん中で自身に対し臨戦体勢でいる角竜ディアブロスの姿だった。

 

「やっば!」

 

 角竜が外敵と認識し威嚇の咆哮を上げ、すかさずイリヤ目掛けて突進しようとする。木の上から飛び出したままの勢いで集落に突っ込む形になったイリヤに避ける術は無い。あわや大惨事かと思われたその時───。

 

「待つニャ待つニャ!!お願いだからここで暴れないで!集落が踏み潰されちゃうニャァァァ!!!」

 

 必死に制止する声を角竜に投げ掛ける者がいた。セレットだ。角竜が集落で戦おうとすれば当然集落にも被害は行く。セレットは巻き込まれる可能性も考えずに角竜の前に立って大声を張り上げたがどうやら止まってくれたようだ。角竜も集落に被害を出してはいけない事を理解しているのか不満げな黒い怒気を漏らしながらも渋々といった様子で後退した。

 

「いや~助かったよ。まさかディアブロスがアイルーの言う事を聞くとはね。もしかしなくてもここはそういうところなのかな?青のアメショー君」

「そういうところってよく分かんニャいけどこの角竜はアルトリアさんのライバルみたいニャやつでアルトリアさんの代わりにここに居てくれてるやつだニャ。そういう貴方こそ何者なのかニャ?アルトリアさん以外の人間なんて初めて見たニャ」

「ちょっと野暮用でね。ここに住んでるっていう人の事の調査とこの雨の原因を退治しに来たのさ。で、そのアルトリアさんっていう人は何者なのかな?」

 

 にっこりと、雨の中でも分かりやすい友好的に見える笑顔を浮かべセレットに質問するイリヤ。お互いの自己紹介も程々に済ませセレットから情報を貰うイリヤだがその内容はやはり驚くべき事だった。

 

「へぇ~、ホントにキリンを手懐けてるんだ…」

「そうニャ。ボクも慣らしてるところを見た時は目を疑ったニャ」

「で、そのアルトリアさんってのはキリンに乗って山に向かっていったと」

「…昼過ぎに雨が降りだしたんだけどその時にたぶん古龍なんじゃニャいかと思うモンスターが空から降ってきたのニャ。何もせずに山の方へ飛んで行ったけどアルトリアさんはなんか喧嘩を売られたとか言ってたニャ」

「山、ねぇ…」

「アルトリアさんが負けるとは思えないけどやっぱり心配なのニャ…」

 

 北の山へ目を向ける思案顔のイリヤ。

 角竜は以前の恐暴竜襲来と同様、アルトリアがいない時の代わりとして集落に滞在していた。シンボルである片角の周りにはアルトリアからの命でご機嫌を取るようにとサボテンが栽培してある。それもあってか角竜はこの集落を自分に利があるものと認識してくれているようだ。

 

「心配なら私が様子を見に行ってあげるよ。私も私でその古龍に用があるしね」

「久しぶりの雨で嬉しかったけどアルトリアさんはそんニャ感じじゃニャいって言ってたニャ。嵐が来るって凄く険しい顔で山を見つめてたのニャ。ニャんだか怖いのニャ…」

「森のモンスター達の気配が一切感じられないからね。この雨を引き起こしたやつは相当な力の持ち主だよ。ここまで広範囲なのは私も見た事が無いし」

「ここから山まで随分あるけどどうやって行くつもりかニャ?走って行けるようニャ距離じゃないニャ」

「いや、走って行くよ。私なら余裕の距離だもの」

「人間って凄いやつばっかニャのかニャ…?」

 

 おかしな者を見るような目でイリヤを見るセレット。再び強走薬Gを飲みイリヤは準備する。

 

「じゃ、行ってくるよ。何か伝言とかあるかな?」

「特に無いけど無事に帰ってきてくれって言ってほしいニャ。ボクの願いはそれだけニャ…」

「大丈夫。帰ってくる頃にはきっと空が晴れているだろうからね。何も心配しなくて良いよ」

 

 ギルドナイトとしての仕事、セレットの不安。そして何より自身の好奇心の対象であるアルトリア。それら全てを解消すべくイリヤは駆け出した。

 

「…は、早いのニャ…」

 

 

 

 

 

 アルトリア一人なら片道だけで三日はかかるであろう距離を走破する。アルトリアは普通に地上を走った場合を前提とした距離で行き帰りの時間を考えていたが実は木の上を飛び移った方が早いのだ。平時なら寄猿孤などの樹上性のモンスターに気を付ければ良いだけで地上よりずっと障害物が少ない。火竜のような飛行モンスターに見つかりやすいというデメリットは勿論あるがそれを往なせるだけの実力があればこの上無い移動方法であったりする。アルトリアはその有用性に気付いていないだけだ。イリヤはアルトリア同様、往なせるだけの実力を持つ稀有なハンターの一人だった。

 鋼龍の影響下にある緊急事態のおかげで樹上性モンスターも皆姿を消している。道中、全く障害が無いため移動は楽だった。

 

「さて…。ここが麓かな」

 

 麓に着いたイリヤが頂上を見上げる。雲に覆われていてはっきりと確認できないが自然現象としては有り得ない程鳴り響く雷鳴と風の轟音が麓にまで聞こえていた。

 

「私を置いて先に始めちゃってるんだ…。なんだか嫉妬するな。お願いだから負けたりしないでよね?だって君は───」

 

───私のなんだから。

 

 アルトリアはきっと面白い存在だ。自身の勘がそう告げている。ここまで来て会えないお預けは喰らいたくない。接触する前に死なれたりしたらショックでギルドナイトを辞めそうだと思う程、今のイリヤはアルトリアに入れ込んでいた。

 

 

 

 

 

「ハァァァッ!!!」

 

 頂上にて。

 槍の先から魔力放出の風とウェールズが纏わせた雷が一体となって迸る。並のモンスターなら一撃で沈む攻撃だ。

 それを空を舞う鋼龍は軽々と避けお返しとばかりに風の弾丸をお見舞いする。ウェールズは跳んで躱すが足場が悪すぎて着地に若干もたついた。そこを見逃す鋼龍ではない。今度は鋼の鉤爪でウェールズ諸ともアルトリアを切り裂こうと二人に迫る。アルトリアはなんとか槍で防ぎその人間では有り得ない膂力で以て突き返した。だが傷は浅い。

 

「間違いありませんね。私がこの世界に来て一番の強敵です…!」

 

 この場は完全に鋼龍の独壇場。

 風を司る古龍を前に、アルトリアとウェールズは劣勢に立たされていた。




力を入れて書いたつもりでも文字数が増えるわけでもないf(^_^;


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act-11 助太刀、ようやくの邂逅

やっとイリヤがアルトリアに出会えます
前半はクシャルの専用BGMとか聞きながら書きました


 荒天の中、必死に槍を振るうアルトリア。ウェールズも雷を呼び鋼龍の動きを阻害しようと試みる。だがそれでも鋼龍を止めるには至らない。山の頂上、少し盆地になった場所を陣取っているアルトリアとウェールズだが鋼龍はそこに一切降りず自身が生み出す暴風雨を武器に二人の動きを抑えていた。殴り付けるような横風に思うように動けない。

 

「まるでキャスターのような戦い方ですね…!」

 

 龍としての勇壮さを示す鋼龍だがその実、聖杯戦争におけるキャスターを思わせる戦術を取っていた。自ら出向くのではなく自身に有利な陣地を作り上げその中に敵を誘い込む。時折ハズレ扱いされるキャスタークラスだがサーヴァント個々の能力差はあるものの、陣地作成スキルで作り上げられたキャスターの領域は最優のサーヴァントであるセイバークラスのサーヴァントでも無傷の踏破は難しいとされる程の物だ。武勇に頼るのではなく姦計で以て聖杯戦争に臨むのがキャスターの常道。

 そう、全てが鋼龍の策だった。

 雨を降らせてまず自身の威を知らしめる。集落まで飛びこちらにけしかけるようにしたのも全て鋼龍が意図してやった事だ。アルトリアにあれを断るという選択肢は無かった。鋼龍の誘いに乗らず集落に籠れば鋼龍は集落で戦おうとしたはずだ。そうなれば間違いなく集落は壊滅する。鋼龍はアルトリアと集落の関係を把握した上でアルトリアを誘ったのだ。アルトリアからすれば集落全体を人質に盗られたのと同じである。アルトリアは誘われているのを前提に鋼龍の策に乗ったのだ。その策ごと粉砕するつもりで山に出向いたのだが現実はそう甘くない。

 

「せめて一瞬でも動きを止められれば…!」

 

 常に滞空してるためまともに武器を当てる事ができない。ウェールズの雷やアルトリアの魔力放出による遠距離攻撃手段は勿論あるが鋼龍はそれを簡単に避けてしまう。

 対して鋼龍は有利な位置から思うままに風のブレスを吐いてくる。こちらが動きを止めればすかさず鉤爪による急襲が待っているため息つく暇も無い。

 鋼龍は油断も慢心も一切無くアルトリアを殺しにかかっている。自身の領域を作り上げそれで動きを抑制し単純なブレスと爪のみでアルトリアの相手をする。派手さの欠片も無い戦術、ただ堅実にアルトリアを仕留めるためだけに鋼龍は動いている。自分からアルトリアの土俵である地上に降りるような事はしない。それほどこの鋼龍は人間という存在を熟知していた。

 

「っ、しまっ───」

 

 気付かぬ内に後退させられていたのだろう。後ろを見ればすぐ崖になっている。横に動いたり前進して落ちる事を避けたいのだが遅かった。

 鋼龍は今までのような単発のブレスではなく場を縦横無尽に走るような竜巻を生み出してきた。それが二つ、アルトリアとウェールズを挟み込むように左右から迫ってくる。そして前を塞ぐように鋼龍が滑空しながら突進してきた。

 

「ウェールズ!」

 

 ウェールズがほぼ捨て身で突進を敢行する。ぶつかり合うウェールズと鋼龍だがこういう場合、体格の差が物を言う。衝突した瞬間弾き飛ばされるウェールズ。だが僅かな隙、衝突の際に発生した一瞬の硬直をアルトリアは見逃さない。衝突直後にウェールズから飛び降りありったけの魔力放出を込めた刺突を鋼龍の頭に見舞う。ここにきてやっとまともになった反撃は鋼龍の右目を貫いた。

 たまらず後退する鋼龍。だがこちらも無傷では済まなかった。アルトリアはともかく、ウェールズは弾き飛ばされた衝撃で後ろ足が曲がってはいけない方向に曲がっていた。騎馬として致命的である。

 

「このままでは…!」

 

 一撃と引き換えに状況は更に悪化した。ウェールズを庇いながら戦うなど苦行を通り越して無謀である。それでもアルトリアにウェールズを見捨てるなどという事は出来なかった。ウェールズは懸命に立ち上がり騎馬としての役目を果たそうと足に力を込めている。そんな健気なウェールズに近付こうとする影。アルトリアではなく鋼龍だ。まずは邪魔な下僕を殺そうと口にブレスを溜めている。

 

「させるかっ!」

 

 鋼龍の前に立ち持ち替えた聖剣でブレスを防ぐアルトリア。しかしどちらにしても詰みだった。このままでは遠からず自分達は敗北する。聖剣の真名解放が出来れば確実に勝てるという自信はあるのだがあれは少なからず溜め時間を要する。そんな時間を鋼龍が与えてくれるはずも無い。

 最早これまでか。そう思いせめて一時的な撤退をと考えるアルトリアの後ろから一筋に伸びる矢があった。矢は鋼龍の風の鎧に阻まれず胴体を貫通する。

 

「あぁ…やっと、会えたよ。どうやらベストなタイミングで着いたみたいだね。その様子じゃ、ピンチもピンチって具合かな?」

 

 イリヤだった。

 ようやく頂上まで辿り着き戦いの惨状を見た瞬間すぐさま鋼龍に矢を放ったのだ。鋼龍は突然現れた部外者に怒りのブレスを放つがその英霊とも並ぶ敏捷性で以てイリヤは楽々回避する。

 

「…何者かは知りませんが助太刀、感謝します」

「何者かって貴方に今一番簡単に説明するなら前に君へ矢を放った者だよ?アルトリアちゃん」

「私の名前を…!いえ、それよりも…!」

「色々と話したい事一杯あるんだけどさ、まずはこのクシャルダオラをぶっ倒さなきゃね。見たところそのキリン、瀕死みたいだけどその子抱えたまま戦うつもり?」

 

 アルトリアに降って湧いた助力だがアルトリアからしてみれば信用ならない。だが鋼龍を倒さなければならないのは事実だ。

 

「私が足止めしといてあげるからさ、その子どっか安全なとこに避難させてあげなよ。大事な子なんでしょ?山登ってきたなら分かると思うけど中腹に良い感じの洞穴あったしそこに置いてくるといいよ」

「それはありがたいのですが貴方の真意が読めません。何故…?」

「何故も何も無いさ。こいつを倒したら出来る話だよ。あ、それと集落のセレット君から伝言。無事に帰ってきてくれだってさ。凄い心配してたよ?」

「セレットが…?そうですか…」

 

 どういう経緯で集落を知ったのかは一旦隅に置いておくとしてセレットに心配をかけているのは心が痛む事だった。背に腹は代えられない。アルトリアは決心する。こうして話してる間も鋼龍の猛攻は続いているのだ。

 

「貴方は───」

「イリヤ。イリヤ・ムウロメツって名前だからちゃんと呼んでね?アルトリアちゃん」

「…!イリヤ、一旦この場を預けます。ですので───」

「そうみなまで言わなくていいって。さっさと行ってきなさいな。ちゃんと受け持つからね」

 

 ウェールズを抱え場を脱出しようと元来た道を引き返そうとするアルトリア。それを逃したくない鋼龍だが絶え間無く自身に飛来してくる矢が邪魔で鬱陶しい。

 

「あ、そうだ。ちょっと聞いておきたい事が一つあるんだけども」

「何でしょうか?」

「いや、ね───」

 

───足止めするのは構わないけど別に倒しちゃっても問題無いでしょ?

 

「…!」

 

 そう、あっけらかんと軽口を叩くイリヤ。イリヤという名前と銀髪に赤の外套。あの時を思い出させる状況である。

 

「…すぐに戻ってきます」

 

 そう言い残し、アルトリアはウェールズと共に撤退した。残ったのは邪魔をされた憤怒を風に表し豪風を巻き上げる鋼龍とイリヤだけである。

 

「あー、失敗したかなこりゃ。普通の狩りなんて久しぶりだよ。こういうの、私本来の戦い方じゃ無いんだけどな」

 

 龍弓[天崩し]を構えイリヤは嘆息する。確かに大長老から指摘された通り、楽しそうな事を追い求めた先が死地になる状況だった。

 

「まぁ、やってやるさ、存分に!」

 

 

 

 

 

「…ウェールズ、ここで待機していて下さい。良いですね?」

 

 すぐに戻る必要がある。イリヤを一人にしてはいけない。何となく、そんな予感がアルトリアにはあった。この中腹の洞穴にまで若干の距離がある。長居は無用だ。しかし───。

 

「駄目です!ウェールズ、じっとしていて下さい!」

 

 ウェールズは曲がった足を引き摺りながらアルトリアと共に戦おうと歩こうとする。とても痛々しい姿だ。戦えないのは誰がどう見ても分かる。

 

「何故こんな時に限って言う事を聞いてくれないのですか…!」

 

 ウェールズは角に雷光を溜め自分はまだやれると主張する。虚勢なのは明らかだというのにそれでもアルトリアに付き添いたいのである。

 アルトリアはそんなウェールズの意思が痛い程分かった。主一人を置いて自分だけ安全な場所にいるなど騎馬の名折れだ。堪らず、アルトリアはウェールズの首筋を抱き締め顔を埋める。

 

「ウェールズ…」

 

 互いに身を寄せ合い温もりを確かめ合う二人。それでもアルトリアはウェールズを連れて行く事はしなかった。

 

「ウェールズ、貴方はまだ弱い。少なくともあの龍に僅か一矢報いる程度の力しか貴方には無いのです。貴方の命と引き換えにしてもあの龍にはまだ届かない。私は貴方を無駄死にさせるつもりはありません。失いたくないのです。貴方は大切な私の愛馬。今までも多くのものを失ってきた身ですがもうこれ以上大切な誰かを死なせたくは無い」

 

 アルトリアが独白する。普段、感情を大きく人前で見せる事はしない彼女の声には多少の嗚咽が混じっていた。

 

「貴方と初めて出会った時、驚きもしましたが純粋に嬉しく思えたのです。だって貴方の姿は私にとってようやく出会えた既知のものだったから。事実としては貴方はこの世界の生き物でしたけどそれでも私にとっては故郷を思い起こさせる存在でした。いつかもし連れて帰る事が出来たのなら、騎士達に、ラムレイやドゥン・スタリオンに、シロウ達に紹介したい。未知のものばかりであるこの世界でユニコーンに出会えたのだと自慢したい。手前勝手な話ですが貴方は私にとってこの世界と故郷を結ぶ大切な架け橋なのです」

 

 もしかしたら。いつか帰れる日が来るのなら。連れて帰れるのなら。いくら王として振る舞っていても結局アルトリアは人だった。そんな日を夢想しなかった事は無い。

 

「だから…お願いです。どうかここで待っていて下さい。必ず、必ず───」

 

───必ず戻るから。

 

 アルトリアはこの世界に来て一番の笑顔をウェールズに向け洞穴から頂上へ向かう。ウェールズはアルトリアの独白を理解したのか縋るようなか細い一声で鳴きアルトリアを見送った。




文字数が増えない…大丈夫なのかこんなのでと思いつつ投稿


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act-12 騎士王は天晴の夢を成す

GRAND BATTLE


 アルトリアがウェールズを避難させるまで場を受け持つ事になったイリヤ。足止めなどと言わず、討ち取るつもりで戦うイリヤであるが───。

 

「こいつ…!」

 

 空を舞う鋼龍に対し弓という遠距離武器で攻撃するイリヤだが傷は与えられていない。風の鎧にも阻まれない剛弓を放っているのだが鋼龍はそれらをほとんど躱してみせた。普通のモンスターでは有り得ない動きである。モンスターはハンターの攻撃を気にせずハンターへ向かい、ハンターはその隙を突いて着実に傷を負わせるものだ。モンスターは普通、ハンターの攻撃を回避するという思考は持たない。攻撃の一つ一つはモンスターにとってみれば大した事ないからだ。だがこの鋼龍は違った。それが自分にとって害になる事を理解している。また、閃光玉を投げて動きを封じようにも墜落せず矢の届かない高度まで飛び効果が切れるまで降りてこないのである。閃光玉について知っていなければできない動きができるあたり、この鋼龍は人間の事を深く理解している。アルトリアが与えた右目の傷以外に鋼龍は傷を負っていなかった。

 しかし鋼龍もまた苛立っていた。地上に降りずに上空からブレスを連発、隙を見せれば爪で急襲という戦法は変わらないがイリヤの敏捷性に追い付けずブレスは全て空振りする。この暴風の中、平時と変わらぬ速度で回避するイリヤは鋼龍にとって想定外の敵だった。元々はアルトリアを仕留めるための布陣である。イリヤ相手に同じ戦法は通用しないのだ。

 

「矢が(あた)らないなんてね。貫通矢しか放てないからそりゃ軌道は読みやすいだろうけどこれじゃあ矢が尽きちゃうよ」

 

 ここで鋼龍がブレスの形態を変える。黒い竜巻をいくつか作りだし場に走らせる。イリヤの動きを制限する方向に変えたようだ。

 

「はいはい、当たんないよ~」

 

 勿論余裕で避けるイリヤ。しかしここで鋼龍が新たな動きに出る。地上に降りたかと思うと後ろ足で立ちながら翼を羽ばたかせ、前方全てに突風を巻き起こしたのだ。面制圧を狙った攻撃である。物理的な被害は無いものの、今までとは段違いの強風に流石のイリヤも足を止めてしまう。

 

「しまっ…!」

 

 そうして動きが止まったところを鋼龍は狙い撃ちにした。イリヤに風のブレスが着弾する。大きく吹っ飛ばされたイリヤの後ろにあるのは崖だった。

 

「ゲホッ…!あ、ちょ、まずいかなこれ…」

 

 血反吐を吐きながら蹲るイリヤの視界には二撃目のブレスがある。直撃すればまた吹き飛ばされ今度は崖の底へ真っ逆さま、イリヤの人生はそこで終了する。回復薬を飲む暇も無い痛みに呻くイリヤの体では先程のような回避は望めなかった。

 

(あ、死んだ)

 

 死が迫るとはこういう事なのだろうとイリヤは実感する。走馬灯がイリヤの脳内を駆け巡る。アルトリアと語り合えなかった事が一番の心残り───。

 

「ハァァァッ!」

 

 その致死となるブレスを切り裂く光があった。光の方を見れば美しい少女騎士が眩い聖剣を構えている。

 アルトリアが復帰した。

 

 

 

 

 

 

「何を惚けているのですか!立ちなさい!」

 

 アルトリアは復帰直後の開幕一番、聖剣から魔力放出による光を放った。何とか間に合ったアルトリアの攻撃はイリヤを助けられたのだ。

 

「ギリギリでしたね…。大口を叩いた割りには窮地に立たされていたように見えましたよ?イリヤ」

「あははは…。返す言葉が無いね。面目無い。助けてくれてありがとう、アルトリアちゃん」

 

 立ち上がり回復薬Gを二本、一気飲みしながらアルトリアに礼を送るイリヤ。その美しさに一瞬見惚れてしまっていた。

 

「で、二人になったのは良いんだけど何かアテはある?あいつこっちの矢が全く中らなくてさ。閃光が特異個体みたいに浮き上がって意味を成さないし角も折れないから風の封じようが無いんだよね」

「…一つだけ、全てを覆すような一撃ならありますよ」

「へぇ、隠し玉があるんだぁ。それって確実にあいつを殺れるの?」

「ええ。当たれば絶対に勝利できる、そう断言できる一撃です」

 

 鋼龍は作戦を思案している二人にブレスを乱発して阻害する。しかし持ち直したイリヤは難なく避け、アルトリアは聖剣を振るう事でブレスをかき消していた。

 

「しかし溜める時間が必要になります。やつの動きを止めなければ使えません」

「動きを止める…か。乗る事が出来ればやれるんだけどな」

「乗る、とは?」

「あいつの背に乗っかって背中からザクザクナイフで突き刺すの。そうすりゃ叩き落とせる。だけどここ高い段差がどこにも無いから乗りを狙えないんだよね」

 

 どうしたものかと苦い顔になるイリヤ。イリヤはエリアルスタイルを習得していないため乗りは基本段差頼りとなる。今この場では狙う事ができない。

 

「要は乗る事が出来れば良いのですね?」

「そうだけど、何?そっちでも秘策があるの?」

 

 コクりと頷くアルトリア。そうしてかつて第四次聖杯戦争の折にランサーの直感を信じて言ったその言葉。

 

───風を踏んで走れるか?

 

「…詳しく聞かせてほしいな」

「簡単です。私がやつに向かって風の砲弾を放ちます。貴方はそれに乗ってやつに飛んでいけばいい」

「あーもう、つくづく君は面白い事言ってくれるねぇ。良いよ。それ乗った。ただ闇雲に放ってもダメだと思うからさ、合図は私に任せてくれない?私があいつに閃光を投げて一瞬だけ目眩ましするからその隙に」

「了解です。任せましたよ、イリヤ」

 

 アルトリアの策に楽しそうな表情で快諾するイリヤ。事実楽しいのだろう。瞬時に散開し閃光玉の準備をする。アルトリアは聖剣に風を纏わせいつでも放てるように構えていた。

 アルトリア達の様子が違う事を察したのか鋼龍は竜巻を走らせる事で対処する。だが余裕のある今の二人なら避けられない事は無かった。

 

 竜巻を躱し前にイリヤ、後ろにアルトリアという布陣を組む。準備は整った。

 

「そらっ!」

 

 鋼龍はまたそれかと呆れた顔でイリヤを見ていた。閃光玉を見る必要は無い。見たところで害にしかならないし何より喰らい過ぎてもう目が慣れているのだ。何番煎じだという話、一瞬しか効果を示さない。

 はずだった。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)ッ!」

 

 閃光がやんでみればイリヤが自身に向かって飛んできている。長く生きてきた経験を活かしそれで対処してきた鋼龍だがこれは初めて見るものだった。アルトリアがウェールズに騎乗して戦ってくるのも今までに無い経験だったがそちらはごり押しで制圧してみせた。けれどこれは違う。人が飛んでくるなどどう対処するのが正解か。鋼龍は二人の突飛な行動に驚き動きが大きく鈍る。

 

「せいやっ!」

 

 イリヤは鋼龍に飛び乗り剥ぎ取りナイフで突き刺していく。この暴風の中でただ一つの無風地帯が鋼龍の背だ。自身を中心にして円を描くように風を起こす関係上自身の背には風を展開できない。慌てて鋼龍はイリヤを振り落とそうと身をよじり体を大きく揺らす。

 イリヤと鋼龍の攻防は鋼龍の方に軍配が上がった。並の鋼龍とはまた違う暴れっぷりにイリヤは大きく放り出されてしまう。

 

「ごめん!落とせなかっ───」

「いえ、今ので十分です。既に準備は整った。急いで退避して下さい」

「え…?」

 

 鋼龍は予期せぬ攻撃に心を乱したが相手の目論見は退けたのだと、そう思いアルトリアに向き直る。何をしていたのか知らないがまずは貴様を粉砕してみせよう。そのつもりで見れば───。

 鋼龍の眼前には眩い光を上段に振りかぶるアルトリアがいた。

 

 

 

 

 

 

『あれは何かニャ…?山のてっぺんが光ってるニャ』

 

 豪雨の最中に感じた異変。ふと北を見れば雲に覆われて見えなくなった太陽とは全く違う光が山頂より森を照らしていた。森全てに届くような極光に集落のアイルー達は雨に濡れるのも構わず家から出てくる。

 一体あれは何だと議論するアイルー達だがただ一人、セレットだけは知っていた。あの山にいるからという根拠しかない。それでもこの綺麗で、暖かで、そして勇気付けてくれるような光は紛れもなく彼女そのものだと頭ではなく心で理解している。

 

『あ、アルトリアさんの光だニャ…』

 

 角竜も気配を察知したのかじっと山の方を見詰めている。自分の宿敵が今まさに一つの極みを体現せんと示している瞬間なのだ。現場に居合わせなかった事が残念だがそれでもこの一瞬を脳裏に焼き付けようと食い入るように見詰めている。

 

 森のモンスター達も異変に気が付いた。最初はこの雨に混じる古龍の気配に怯えて各々の巣に引き込もっていた彼らだがその気配を吹き飛ばしかねない巨大な何かを北から感じて巣から出てくる。火竜、雌火竜、桃毛獣、ドスイーオス、砕竜など他様々なモンスター達が北から伸びる光を見ていた。

 

 洞穴で身を休めていたウェールズにもその光は届いた。それが主によるものだと気配で分かる。叶うならばこの光を間近で見たかった。けれど自身の力が足りないばかりに離れたところで見なければならないでいる。ウェールズにとってこれは自身への戒めにもなる光だった。もし次があるのなら、その時にこそお役に立てるようにと。

 

 

 

 

 

 

 それは希望だった。この雨を晴らしてくれというこの森に生きる全ての者達の。けれど相手は自然そのもの。やむまでただ耐えるしかないとそう思っていた。

 それは理想だった。夢ばかりでしかないそれを。ただ耐えるだけしかないのだと。そう思う者達に示される掛け値無しの理想を背負う者がいる。

 見るがいい、風を司る龍よ。

 (これ)こそは星の息吹きを束ねるもの、輝ける命の奔流を示すもの。この光こそ理想の証。弱き者達の彼方にあって彼の者こそありと讃えられた《最強の幻想(ラスト・ファンタズム)》。

 過去において騎士達の、今において森に生ける者達の意思を乗せた一撃を常勝の王は高らかに謳う。

 其の名は───。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)ァァァァァッ!!!!!」

 

 鋼龍はその輝きに茫然とするしか無かった。ただ成す術も無く受け入れるだけ。

 曇天貫くは黄金の極光。

 黄金の光は鋼龍ごと雲を飲み込み天晴の光を呼び込む。

 

「綺麗…」

 

 唯一の観客となったイリヤが思わずそう呟いた。

 

 

 

 

 

 鋼龍は跡形も無く消し飛んだ。

 一仕事終え息つくアルトリアと惚けるばかりのイリヤ。その二人を祝福するかの如く空は青く陽の光が二人を包んでいる。

 ハッと我に返るイリヤ。そうしてアルトリアに向かって突貫し抱き付く。

 

「ねぇねぇ、今の何なの!?凄い綺麗だよ素晴らしいよ!私、頑張ったからご褒美欲しいなチューして良い?チューして良いよね!?」

「いきなり何をするのですか!というか女同士で接吻など貴方まさか…!」

「ムサい男と一緒になるくらいなら綺麗な女の子の方が良いなって思う程度にそっちの気はあるよ!ということでほっぺたくらいなら問題無いよね!」

「ちょ…!とにかく離れなさい!こら!」

「やだもーん、アルトリアちゃんとイチャイチャしたいもーん!」

「子供ですか貴方は…!ああ、もう!」

 

 じゃれあう二人は背の高さも相まって姉妹のようにも見えた。




(久しぶりの)与太話
三人「…(゜ロ゜)」
ババコンガ「ね、ねぇ。あのさ…」
ドスイーオス「今とんでも無いの見たぞ…」
レイア「貴方、今散ってる光の気配があの人間の物に感じるんだけど…」
レウス「この森にいる全員がそう感じてるだろうな。前に手出ししちまった事はあったがあの時の私は運が良かっただけか」
ドスイーオス「やっぱ人間じゃねぇんじゃ…」
レウス「竜、いや龍の気配はしたがこれはそういうのじゃないだろう。もっと別の何か…私には息吹きのように思えた」
ババコンガ「へぇ~息吹きかぁ…って夫さん!?」
ドスイーオス「!?」
レウス「なんだ。今気付いたのか。妻が世話になってるっていうから私も一度顔を合わせたかったんだ。妻共々よろしくな」

 背についてはイリヤはアチ〇子だからイリヤの方がおっきいよ!そして地味に与太話初登場のレウス。
 これで一つの区切りになりますね


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act-13 雨過天晴、そして…

与太話
レイア「あ、山からあの青い人間が帰ってきてる…けど白い獣以外に別のやつがいるわね」
レウス「赤いな。気配がおかしくないから普通の人間だろう。まさか青いやつと共闘してたのか?」
二人(会話に混ざりたいがにじみ出るリア充感に疎外感を抱いてる)
レイア「白い獣を担いでる…怪我でもしたのかしら。というか木の上あんなに跳び回って大丈夫なの?」
レウス「あの赤い人間…青いやつより遥かに早い動きをしてやがる…。敵に回したら厄介になりそうだ」
ドスイーオス「(小声)俺部下から怖がられて雌とも親しく話せた事無いんだけど…」
ババコンガ「(小声)オイラも群れのみんなから避けられてるからなぁ…」

ちょっと間が空いた投稿


『あ、二人が帰ってきたのニャ!』

 

 激闘より数時間あまり。日が西に落ちる頃アルトリアとイリヤは集落に帰還した───。

 

 

 

 

 

「なんかあれだね。助けるつもりで来たのに私も助けられてよく分かんなくなっちゃった」

「お互い様ですよ、イリヤ。ウェールズが戦闘不能になった時、イリヤの救援が無ければ敗北していました。改めて御礼申し上げます」

「頭下げなくて良いってば。とりあえず、今日はもうゆっくり休もう。どっかに寝られる場所ある?」

「人の大きさに合わせて作られた家は私の物しかありませんのでそこでよろしければ」

 

 辺りは既に暗闇に包まれている。アルトリアとイリヤは戦闘の疲労を回復せねばと食べてすぐに寝る事を選択した。ウェールズは薬師アイルー達に看て貰っている。アルトリアがよく言い聞かせているのでアイルー達に反抗する事は無いようだ。

 

「狭い自宅ですみません。何分、私一人のスペースしか作っていないので」

「うーん、それじゃあ一緒に寝るっていうのはどう?」

「………」

「構えないでよー。別に襲うってわけじゃないよ。ただ温もりが欲しいなー、と」

「貴方の先程の言動を聞いて安心できると思いますか?」

「えー。だってまだご褒美貰って無いしなぁ。一緒に寝るくらいなら問題ないでしょ。私はさ、襲うとかじゃなくて相手をその気にさせて一緒にイチャイチャしたい方なの。襲うとかは私の好みじゃないなぁ。やっぱ愛あるイチャイチャだよ」

 

 イリヤの問題発言をスルーして寝る準備をするアルトリア。集落全体がそうだが鍵など無い自宅なので外に放りだしても戻ってきてしまう。ここは彼女の言葉を信じて普通に寝る事にした。どうせ彼女は潜り込んでくるが今は体力の回復を優先しよう。

 

「えへへ。あったかいねー」

「…やはり潜り込んできますか。私はさっさと寝ますのでそちらも早めに寝た方が良いかと」

「そうだね。おやすみ、アルトリアちゃん」

「おやすみなさい、イリヤスフィール。どうか、良い夢を」

 

 疲れで頭が鈍っていたのか思わずここにはいない人物の名で呼んでしまうアルトリア。だが彼女が聞いている様子は無い。本当に疲れているようで既に寝入ってしまったようである。

 彼女が大きく成長していたのならきっとこんな姿なのだろう。同性でも性的に危険な様子を匂わせるのはこのイリヤ個人の個性だろうが無邪気に振る舞うその様は彼女を彷彿とさせた。

 

 冬木の地を思いつつアルトリアも眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───おやおや。そちらの世界でも活躍しているようだね、アルトリア。

 

───うまく飛ばした甲斐があったよ。カルデアのマスターさんは運が悪いのか君を引き当てられていないからね。このままじゃ君が人理を救うお話に参戦できないからさ。

 

───どうせ呼べないのなら違うところで活躍してもらおうと思ったんだ。別に君がいなくてもお話は進むみたいだしねぇ。悪役になっちゃったけど並行世界の聖槍を持ったままの君が大筋に絡んでくる事もあったしそれで良いかなと。

 

───ベティヴィエールはよく生きた。うん、それだけは言っておこう。

 

───ところで記憶の方は無事かな。ついでだと思って色々と足しておいたんだ。あの少年との思い出は君にとって無くてはならないものだしね。

 

───それと、忠告しておくけど今回ので君はその世界の龍達から目を付けられた。当たり前だけど約束された勝利の剣(エクスカリバー)はとても目立つしね。解き放たれた龍の因子はとてもじゃないがその世界の龍が無視できるようなものじゃない。

 

───そこにいても無用な被害を出すだけだよ。龍の感覚だから時間は長いかもだけど彼らはきっと君を狙ってくる。彼らは余所者を受け入れない。

 

───その世界を知るといい。そこは君にとって未知なるものが数多もある世界だ。気分転換に王というのを休業してみるのは如何かな。君は常に王であるつもりだけどそうだね。《狩人》、というのをやってみても良いと思うよ。

 

───熾し凍てつかせる者。天を翔る者。このあたりを目指すと面白いだろうね。近くには豪なる山もあるから次はそれが相手かな。一度倒された王も近くにいるんだけど実はまだ死んでいなくてね。帝へと姿を変えているみたいなんだ。それも相手になると思うよ。

 

───あと《空》だったっけ。あれはボクの手にも負えなくてね。彼女は別人ではあるはずなんだけど『彼女』そのものは同じでね。様子を見て貰いたいんだ。もしかすると『彼女』もまた同じような事を考えているのかもしれないからね。

 

───長くなったけど…え?ボクが誰かって?やだなぁ。少し離れてる間に忘れられるなんて。

 

───お、思い出したようだね。そう、みんなの頼れる相談役、…おっと。どうやら誰か来たみたいだ。こんなところを訪れるだなんて一体どんな物好きかな。時間も無いから今回はここで失礼するよ。それじゃあ、行けるところまで頑張ってね、アルトリア。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かとても腹の立つ夢を見た気がする。

 アルトリアは起床一番、そう思った。詳しくは覚えていないが背中を押されたような気もする。おかげでスッキリ目が覚めたというのに全く気分が晴れない。

 隣ではイリヤが幸せそうな表情で寝ていた。余人には見せられない顔である。

 東にはまだ日が登っていない。霞み始めてはいるが集落の者達はまだ起きていないだろう。

 ちょうど良い。今は一人で散歩がしたい。そんな気分である。アルトリアは一人、家を出て集落を散策し始めた。

 

(ここも大きくなったものだ…)

 

 アルトリアは道すがら、そう思う。もう四ヶ月も前になるか。森で彼らに出会った日。彼らを助けようと奮起したのがこの集落の起源であった。

 

(彼とも思えば良い付き合いをしている。集落を置いて出ていけたのも彼のおかげだ)

 

 アルトリアの視線の先には栽培されたサボテンに囲まれながらすやすやと眠る角竜がいた。丸まって眠る懐にはあの片角がある。あの角をへし折ったその時から角竜との縁は続いている。

 

(ウェールズの様子は…大丈夫そうですね)

 

 ふと愛馬の様子が気になり薬師アイルー達の診療所に寄ってみればアイルー達に囲まれながら共に眠るウェールズがいた。ウェールズもまたここで得た大切な仲間だ。

 

 この森に落ちて未知なるものに遭遇してきたがこの世界は広い。この森だけでなくまだ様々な未知がアルトリアの先に転がっているのだ。それを知らずして帰ったあと故郷の者達にこの世界を語るというのは筋の通らない話だろう。

 

(どうしようか…)

 

 何だか変な気分だとアルトリアは思った。心が定まらない。まるで夢でも見ているかのように実感が無い。大きな事を成し遂げたからだろうか。しかしブリテンを平定した時もこのような気持ちにはならなかった。一体何なのだろうかと。分かるような分からないようなそんな曖昧な気持ち。

 

「アルトリアさん、こんな時間に起きてどうかしたのかニャ?」

 

 いないだろうと思っていたが他に起きていた者がいたらしい。振り返ってみればそこには口調に違わず予想通りセレットがいた。

 

 

 

 

 

「おはようございます、セレット。貴方もどうしてこんな時間に?」

「ボクは何となく起きちゃったのニャ。アルトリアさんは?」

「私も何となくです。ちょっと散歩でもしてみようかと」

「考える事は同じなのニャ」

 

 二人揃って集落のあちこち作られている椅子の一つに座る。東の彼方を二人で見ていた。

 

「…セレット。少し相談があるのですが」

「改まってどうしたのニャ」

「その、帰ってくる道中にイリヤから色々聞いたのです。この森の外には様々なものがあると。砂上を走る船や移動する街、砦の如き大きさ誇る蟹や溶岩の海を泳ぐ竜がいるとの事です」

「ふーん、世界は広いのニャ。きっと誰も知らないような事がまだ一杯眠ってるだろうニャ。アルトリアさんはここから旅立って冒険したいという事かニャ?」

「セレット…。私は、その…」

「行ってきてもいいと思うニャ。集落の事が心配で仕方ニャいみたいだけど大丈夫ニャ。角竜を味方につけられた時点でこの森の生活は安泰だと言っていいニャ。アルトリアさんは味方になってくれニャいとか言ってたけどご覧の通り、サボテンさえあれば何とかなるニャ」

「それは私がいるからで…」

「一度アルトリアさんがいない時に暴走しかける事があったんだけどその時暴れないでって懇願したら大丈夫だったのニャ」

「それは楽観的な考えです!物事に絶対はありません!というか何故そんな大事な事を報告してくれなかったのですか!」

「だってそれ、私のせいだし」

「イリヤ…?」

 

 気が付けば二人の後ろにはイリヤがいる。寝ていた時とはうって変わって真面目な表情をしていた。

 

「おはよう、アルトリアちゃんにセレット君。素敵な隣の温もりが消えてたら誰だって気付くものだと思うよ。探してみたらここで話し声が聞こえてきたからさ、ちょっと盗み聞きしてたってわけ」

「おはようございます、イリヤ。貴方のせいとはどういう意味ですか?」

「言葉の通りだニャ。イリヤさんが昨日ここに森から突っ込んできてそれを見た角竜がイリヤさんに突進しようとしてたニャ」

「正直事故のようなものだと弁明したいんだけどね。あれさ、完全に集落を守るための行動だったと思うよ。私に敵意が無いのを察したら大人しくなったんだもの。セレット君の言う事も聞いてたからそこらへん問題無いんじゃないかな」

 

 寝そべる角竜を見るアルトリア。耳が良いのが角竜の売りだが深く眠っているのかアルトリア達が話していても起きる気配は無い。ただ戦うだけの者だと思っていたアルトリアは角竜のその行動を聞いて驚きつつも嬉しく思う。

 

「そもそもさ、モンスターが自分の縄張りから離れて寝るって事自体がおかしいんだよね。なのにここで寝るって事はここがそういう寝ても大丈夫な場所って認識してるからじゃないかな」

「それは…そうですが…。しかし、ウェールズの事も心配です。聞けばウェールズは連れて行けないのでしょう?」

「そうだねー。古龍モンスターのウェールズ君を連れて行くのは流石に無理があるかな。でもそれだったらウェールズ君も集落の防衛に回せば良いんじゃない?ウェールズ君ならアルトリアちゃんだって信頼できるでしょ」

 

 二人に集落から出て行く事を肯定されるアルトリア。それでも自分勝手な真似はできないと自分を戒める。

 

「集落の者達をどう説得するのですか。私の威光を信じてこの集落に定住した者も多くいるはずです」

「そこは…まぁ、何とか説得してみるニャ」

「何とかって…」

「本音を言うとだニャ、アルトリアさんにはもっと自分に生きてほしいニャ。アルトリアさんはずっとここでボク達に奉仕するつもりなのかニャ?そういうのはボクは違うと思うのニャ」

「そーだよ、アルトリアちゃん。なんていうかさ、人生の使い方が勿体ないと思うんだ。アルトリアちゃんが何を抱えて生きてきたのかは知らないけどもう少し世界の色んな事を見てそれからここに戻ってくるとかでも良いと思うよ?」

「っ…」

 

 気が付けば東の空に日が登っている。集落の者達が活動し始めてもおかしくない時間帯だ。

 

(気の赴くままに冒険せよ、か…。まるで征服王のようなものですね)

 

 何だか自棄になったような気分だとアルトリアは思う。外の世界に出向き冒険する。確かに楽しみだと思う自分を否定する事は出来なかった。

 

「…良いのでしょうか」

「私からも本音を述べさせていただくとアルトリアちゃんが来てくれた方が私も楽になるという」

「…その心は?」

「いや、あの鋼龍討伐は私の任務なんだよ。上司に報告する義務が当然あるし誤魔化したとしても調査隊が後で鋼龍の死体を確認しようとするからそこはどうにも出来ないの。アルトリアちゃんが来てくれたら一緒に事情説明出来るし何よりウェールズ君の事について色々と融通利くと思うよ?」

「ハァ…」

「なにさー、その溜め息は。幸せ逃げちゃうよー?」

「いえ、ここで断ってもまた後で貴方に関した面倒事が増えるだけだと思いましてね。どうせならと腹を括った次第です」

「お?そう来なくっちゃ!」

「セレット。集落の事は頼みましたよ」

「勿論だニャ。アルトリアさんは気にせず世界へどーんと羽ばたいて良いのニャ。ボクらはずっとここで待ってるから帰ってきた時に色々聞かせてくれれば嬉しいのニャ」

 

 二人から激励を受けて腹の決まるアルトリア。これからのやる事、目的が定まった。であればそこに一点見据え邁進するのみ。それが騎士王アルトリア・ペンドラゴンの在り方だ。

 

「さて、と。色々準備しなくてはなりませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 セレットが集落の者達を説得しアルトリアが出て行く事を納得させた後。アルトリアは最初の砂地の場所、角竜の縄張りにいた。目の前には当然角竜の姿がある。

 角竜もまたアルトリアがしばらくいなくなる事を察したのかアルトリアに戦いの誘いをかけていた。アルトリアに受けないという選択肢は無い。最初から全力で相手をするまでだ。それこそがこの角竜に対する最上級の礼儀となる。

 

「へぇ、今からそのいつもの戦いってのが始まるのか。観客なのに場の重圧とんでも無いんだけど」

「ここはいつきても空気が重いのニャ…」

 

 セレット以外にイリヤも戦いを見守りに来ていた。ウェールズも連れてきている。ウェールズはまだ足の傷が癒えておらずアルトリアに担がれる形で来ていた。ウェールズは見守る二人の隣に座り込んでじっとアルトリアと角竜の姿をいつも以上に食い入るような視線で見ている。

 

「今日こそは!という強い意思が感じられる。いいだろう。やれるものならやってみるがいい、角竜よ。この身はブリテンの赤き龍、アルトリア・ペンドラゴン。いざ尋常に、」

 

 アルトリアと角竜が構える。吠える角竜の咆哮はいつも以上に覇気が籠っていた。

 

「勝負!」

 

 轟音が鳴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんかあっさりしたお別れ会だったね」

「まぁ私と深く関わりがあった者というのを意外に少ないものでしたからね。セレットと他は鍛冶屋や薬師くらいでしょうか」

 

 角竜と戦い、そして今度は完全に勝利した後。アルトリアはイリヤが運転する竜車の中にいた。

 

「…あれだね、アルトリアちゃんは守ろうと思うものに距離を置く感じがするな。守る事そのものは得意だろうけど肝心のその守るものとの接し方がよく分かってない感じ」

「…否定できませんね。身に覚えのある事ですから」

「まぁ、それはともかくとしてだ。アルトリアちゃんはこれから行く先の事分かる?ドンドルマとか聞いた事無い?」

「いえ、全く。繰り返しになりますが、私はこの森の外を何も知らないのです」

「そっかぁ。じゃあまずは《モンスターハンター》っていうのはね…」

 

 

 

 

 

 こうしてアルトリアは森の外へ足を進める事となった。




与太話
ドスイーオス「なぁ、おい。風の噂なんだけどよ…」
ババコンガ「知ってる。あの青い人間いなくなるんでしょ」
レイア「色々あったけどこうしていなくなると何だか寂しいわよね…」
レウス「そうだなぁ。かと言っても結局は人間、人のいるべきところに行ってしまったんだろう。むしろ当たり前の事なのだろうな」
ドスイーオス「俺達もなんか始めてみる?あの青い人間が作った猫どもの棲み家になんか差し入れするとかさ」
レウス「それは良いがその前にあの角竜に認めて貰えなければ入ろうとした時点で殺されるぞ」
レイア「あそこ今ややつの縄張りの一つなのよね…」
ババコンガ「難しいね…」

実は前回よりも難産だった今話。アルトリアがようやく街に行くのでこの与太話も今回でまたお休みする事になります。楽しみにしてた方々、申し訳ありませんm(__)mでも別の与太話は考えてあるので話が進んだらそっちを出すようにします。
次回から人間メインのお話になりますよ。


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act-14 バルバレへ

ここらへんで第一章とかわけるべきだと思う方いるかもしれませんが私の予定ではまだわけるつもりはありません
わけるのはまだ先でございますm(__)m


「ムォッホン!よく来た、勇壮なる騎士よ。ムウロメツより此度の鋼龍討伐の顛末、しかと聞いておる。主のその、大きな力の話もな。改めて儂からも御礼申し上げよう」

 

 ドンドルマ。

 アルトリアはイリヤに連れられた先、大老殿にて大長老との面会に臨んでいた。

 

「大長老殿。私からも御礼を。イリヤを派遣してくださった次第が無ければ私がこの場にいる事は叶いませんでした。改めてありがとうございます」

「はいはい。お二方、挨拶代わりの御礼はそのへんで。もっと話し合う事、ありますからねー」

「うむ。その通りだな、ムウロメツ。ではペンドラゴン殿。貴殿の処遇についてだが、確かハンターになりたいと?」

「ええ。モンスターとの生に触れつつ世界を回ってみたいと考えております」

「ふむ…。ムウロメツ、ハンターの事についてどれだけ教えた?」

「えっと、自然との調和を目指しつつ害になるモンスターを狩るってとこですかねー。基本は依頼を受けてそれをクリアするとかその依頼にも等級があってランクに合った依頼じゃないと受けられないとか」

「うむ。聞いての通り、ハンターには階級制度がある。HR(ハンターランク)と呼ばれるものでな。察しはしているだろうが早とちりするハンターが身の丈に合わない依頼を受けて無用な犠牲を出さないようにするための措置だ。ランク1から3までを下位、4から6までを上位、そこから更に上位のものをG級と位置付けG1、G2、G3と特別な形でわけている。依頼をこなす事で貯まるHRP(ハンターランクポイント)を一定の値まで引き上げ尚且つギルドから明示される昇級試験・緊急クエストをクリアする事でHRが一つ上がる仕組みだ。どのハンターも必ず1から始まる事になるのだが…」

「何か不都合でも?」

「貴殿がHR1で収まるような器では無いというところだ。自前の武器防具を所有し鋼龍を討伐してみせるその実力。普通ならHR1からコツコツ修練を積みモンスターを狩り、その素材で武器防具を新しく作り…と一通りハンターをやる中で流れが決まっているのだが貴殿にはその必要が無い。貴殿をそのままHR1に入れてもあっと言う間にG級に辿り着いてしまう。それでは力の釣り合いが取れんし周囲の者達も貴殿を怪しむ事になるだろう。例外を認めた事も無いしな」

「ではどうしろと?」

「…時に、貴殿は人を教導した経験はあるか?」

「一応、経験が無いわけでもありませんが…?」

「良し。であるならば貴殿の処遇は決まった。貴殿には───」

 

 大長老から告げられるアルトリアの試練。それはアルトリア一人の実力では到底成せるものではなくアルトリアがハンターとしての道を歩むのに適した試練だった。

 

「あれ…?もしかしてここで私とアルトリアちゃんってお別れ?」

「当たり前じゃ!ムウロメツ、さっさと次の仕事場へ行かんか!」

「そんなー!後生ですよー、大長老様ー!」

「イリヤ。別に一生会えないというわけでも無いのです。大人しく仕事へ行ってきてください」

「うわーん!アルトリアちゃんもひどいー!」

 

 駄々をこねるイリヤを後にアルトリアは示された目的地へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七日後。

 アルトリアは砂上を走る船───砂上船の上で風を浴びていた。

 

「お客さん、ハンターかい?物珍しく船を見るあたり、随分と遠くから来たみたいだな」

「ええ。見るもの全てが新鮮です。砂の上を走る船とはこういうものなのですか」

「ああ。このあたりの砂はあまりにもきめ細かいんで普通に進もうとすると底無し沼ならぬ底無し砂の中へ引き摺りこまれちまう。それでこういう移動方法になったわけさ」

「なるほど…」

 

 風を浴びるアルトリアにこの商船の船長が声をかける。防具を着込んでいるからか、ただの少女とは見ずにハンターとして声をかけた。

 

「実質海みたいなもんだからな。砂の中を泳ぎ回るモンスターもいるのさ。今の時期には見かけないがバカでけぇ超大型古龍もいるんだぜ」

「ほう…。それは是非とも相手にしてみたいものです」

 

 船長と楽しく談話するアルトリア。しかし───。

 

「船長!前方右手にデルクスの群れです!この群れって…!」

「んだとぉ!?左に舵を傾けろ!やつに気付かれたら終わりだ!」

 

 船員の一人から普段では有り得ない一報が舞い込んでくる。やつがこの時期にこのあたりで活動するなど聞いた事が無い。

 

「船長…?一体どうしたので?」

「ああ、ハンターさんよ、さっき話してたデカブツが何故か近くにいるんだよ。迎撃設備の一つもねぇこの船が見付かったら終わりだ…!」

「なんと…!」

 

 逼迫する船内。必死にそれ(・・)から離れようと奮闘する船員達だったが現実は無情だった。

 デルクスの群れが姿を消す。その次には地鳴りまで聞こえてきた。デルクスの群れがいた下から砂をその巨大な質量で持ち上げ姿を現す巨躯がある。赤く山のようなその姿。ドリルのようなその角。

 豪山龍ダレン・モーラン。

 悠々と砂の海を泳ぐ豪なる山はアルトリアのいる商船目掛けて突進する。

 

「うわぁぁぁ!もうダメだぁ!」

「いえ、諦めないでください。私が何とかします…!」

「いくらハンターさんでも無茶があるんじゃ…」

「私の合図に合わせて船体を左に向けてください。それでどうにかしてみせます!」

「えっ、ちょ、おい!?」

 

 船の先端に立ち聖剣を構えるアルトリア。最初から全力のため風の鞘は解放している。そして───。

 

「今です!」

「お、おう!」

 

 アルトリアと豪山龍が激突する。豪山龍はその巨大な掘削機と化した角で全てを穿たんとするが───。

 

「オオオッ!!!」

 

 全力の魔力放出。その龍の因子からなる人外の膂力で以て角を受け止めるアルトリア。船体が左へ大きく進路を変えていたのも手伝ってアルトリアは豪山龍の突進を受け流した(・・・・・)

 船の後方へ流れるように消えていく豪山龍。アルトリアの反撃のおかげかその後の追撃は難しいと悟り豪山龍は砂の中へ消えていった。

 

「すげぇぞハンターさん!いやぁハンターってのは力持ちなんだなぁ!本当に助かった、ありがとう!」

「あ、いえ、その、こう見えても腕っぷしには自信があるので…」

 

 船長からの礼に苦い顔で応対するアルトリア。実は大長老から魔力放出などの異能を思わせる力の使用を控えるように言われているのだ。理由は目立つからである。良い意味でも、悪い意味でも。

 船員達はアルトリアがハンターだという事で納得しているようだ。下手な説明がいらないのでこういう意味では楽である。

 

 不意のアクシデントがあったがむしろこれくらいの困難が無ければつまらない。アルトリアはそう思いこの先の進む道に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが…私の新天地…」

 

 大砂漠と遺跡平原の境にある市場、バルバレ。

 ギルドの集会所を中心とした市場でその最大の特徴は移動するという事。集会所を含む市場全体がキャラバンでありその性質から地図に載らない市場だという事で有名。世界中から情報が集まるために名を上げようと集まるハンターも少なくない、情報の中心地である。

 

「確か五番宿の4号室でしたっけ…」

 

 バルバレへ着き商船から降りた後。アルトリアは案内の紙を手にバルバレを歩いていた。もう片方の手には多く荷物がある。渡された資料以外に身一つで来たつもりなのだが商船の船長からお礼として様々な食べ物や物品をいただいたのだ。押し付けられるように貰ったアルトリアは断る事も出来ずにこうして荷物を持ちながらバルバレ市場を練り歩いている。

 

「…と、ここでしょうか…?」

 

 宿に着き受け付けで店員に確認するアルトリア。どうやらここが大長老より示された場所で間違いないようだ。そのまま店員に部屋へ案内される。

 部屋の前に立ち深呼吸するアルトリア。いざドアを開けようとノックしようとしたその時───。

「てめぇのそのスカした面が気に入らねぇんだよ!」

 

 中から怒号が響いてきた。ノックも忘れ慌ててアルトリアがドアを開けるとそこには怯える一人の少女と一触即発といった様子の二人の男性がいた。

 

 

 

 

 

 部屋はそこまで広くない。部屋の両脇にそれぞれ二段ベッドが設置されており申し訳程度にスペースが中央にあるだけである。定員四人がただ寝るためだけの部屋。そんな部屋の中心で今にも暴力沙汰を起こしそうな雰囲気が漂っている。

 一人はハンターシリーズにボーンブレイドを背負った男性だ。身長はおおよそ170cm台、年の頃十代後半だろうか。平時の今では邪魔になるのか頭装備を外している。浅黒い肌に短い黒髪、現実世界で言えばインド系を思わせる顔をしている。その金色の瞳は隣の大男を睨み付けていた。

 もう一人も同年代に見える。身長は190cm程の長身。アロイシリーズを着込んでいて同じように邪魔なのか頭装備を外し脇に抱えていて背にはウォーハンマーが確認できる。金髪碧眼とアルトリアと似たような、現実世界では欧米人を思わせるその顔には感情の無い冷たい笑みが貼り付けられていた。

 そしてその奥。一つだけ取り付けられた窓の下にウルクシリーズに荒縄鼓砲を抱えた少女が蹲っている。背はアルトリアとほぼ同じ、その幼い外見から十代前半に見える。黄色人といった肌にショートの黒髪は現実世界において日本人を思わせる。その表情は場の雰囲気に飲まれたのか怯えていて目には涙が溜まっていた。

 

「あ?…なんだよ、部屋間違えてんじゃねぇぞ。こっちは取り込み中なんだ」

「いいえ。間違えてはいませんよ、ヴォルグ・ティーガー。もう片方がプレテオ・ロッツェル、奥にいるのが御陵香奈(みささぎこうな)、でよろしいですね?」

「これはこれは。レディに自己紹介する前から名を知られるとは。レディ、こうして会ったのも何かの縁、どこか別の場所で共にお茶をしませんか?」

「その必要はありません。そのような些事をするために来たわけではありませんので」

「えっと、じゃあ、貴方があたし達の待ち人の…?」

「ええ、そうです。私が貴方達三人の教導をする者。ギルドより派遣されました、アルトリア・ペンドラゴンです」

 

 粗雑な印象を漂わせ常に不機嫌な様子のボーンブレイドの男───ヴォルグ・ティーガー。

 どこか胡散臭い似非紳士を思わせるウォーハンマーの男───プレテオ・ロッツェル。

 とてもじゃないが狩場に出向く事など叶わない、そんな手弱女(たおやめ)にしか見えない少女───御陵香奈。

 

 アルトリアが大長老より受けたハンターとしての特別試練。それはこの三人の訳あり(・・・)新人ハンター達を問題の無いように育てる事だった。彼らのランクが上がる事でアルトリアのランクもまた上がる、そんな極めて変則的な形でアルトリアはハンターの道を進む事になったのだ。

 

 

 

 

「ちっ…アンタが俺らの面倒を見るために来たハンターかよ。女じゃねえか。ギルドも人材不足かよ」

「これだから平民は能の無い事を平気で垂れ流す。レディに対して失礼じゃないか。何か事情があると思うがね。貴族であるこの僕を見習いたまえよ平民君。いや、君のような頭の出来が悪い者に僕の高貴さを真似出来るとは思えないね、ハハッ」

「てめぇ…さっきから口開きゃ人の神経逆撫でするような事しか言わねぇなぁ…!」

「事実を言ったまでだよ平民君。そのように僕を睨んだところで事実は変わらない。まぁ男として、殴り合いなら受けて立つがね」

「ひいぃ。二人が怖いです…」

 

 今にも喧嘩を起こしそうな二人に溜め息を吐くアルトリア。割って入ってきたかと思うと───。

 

「あ?なにすん…おわぁ!?」

「レディ、なに…ぐほぁ!?」

「わぁ、ペンドラゴンさん強いです…」

 

 二人の手首を握りそのまま床へと叩きつけた。思わぬ衝撃に二人は痛みに呻く事になる。

 

「てんめぇ…何しやがる」

「レディ、一体何を…」

「ヴォルグ・ティーガー、18歳。周囲との協調性が無く事ある度に悪態を吐く事から暴力沙汰に発展する事多数あり。プレテオ・ロッツェル、19歳。新興貴族の三男で同じく協調性が無く特に女性問題でギルドに多数の苦情あり。両方ともギルドの観察処分者。そして17歳、御陵香奈は…」

 

 チラリと香奈に目をやるアルトリア。改めて資料を確認するとそこにはさる御方の侍女だったという情報がある。ある意味こちらの方が根っ子の深い問題のようだとアルトリアは嘆息した。

 

「…東方の国より来たのですか。貴方もまた孕むものがあるようですね。私は貴方達を問題の無いように育て上げるために来ました。喧嘩を諌めたり下らない口上を聞きに来たのではありません。そのあたり、よく耳に刻んでおきなさい」

「くっ…」

「………」

「わぁ…」

 

 悔しげな顔のヴォルグ。苦い表情のプレテオ。そして羨望の眼差しでアルトリアを見る香奈。

 アルトリアの前途多難な道筋はまず喧嘩を止めるところから始まった。




(超おまけの与太話。ホントにこれで一旦打ち止め)
ウェールズ「角竜殿。主が行ってしまわれたが貴方はそれで良かったのか」
角竜「良かねぇに決まってるだろ。だが俺は負けたんだ。敗者に出来る事なんざ一つもねぇ」
ウェールズ「貴方としてはそれで納得しているのか…」
角竜「そう言うてめぇはどうなんだよ。あいつ一人を出向かせててめぇはそれで満足なのか」
ウェールズ「本音を言えば我も主に付き添いたい。だが主は我がこの場に残る事を所望した。であれば我はそれに従うのみ」
角竜「ハッ…。脅されたって聞く割りには随分とあいつに信奉してるじゃねえか。古龍がそれで良いのかよ」
ウェールズ「確かに初めはそうだったが…今では主を背に駆ける事が何よりの至福の時だ。あの威光、角竜殿も知らんわけではあるまい。あれが次に放たれる時、その時こそ我の出番だ。我はここで力を付ける」
角竜「ふん…。そりゃあ生きにくい事この上無いぜ」

今回の与太話は執筆途中で思い付いたからこういう突発的な形で載せました。ホントにこれで一旦打ち止めです。
アルトリアがこの世界で普通に字を読んでる描写でしたが基本英語、東方関連で日本語が使われるような世界だと思ってください。なんかここだけご都合主義…。
御陵香奈ちゃんだけ何故か装備が他の二人より良いですがちゃんと理由はありますよ。
次回からはこの三人を相手にアルトリアが奮闘します。


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act-15 三者三様

…間の空いた投稿ですみません。ただ言い訳させて貰えるなら

PSO2始めてしまいました(゜゜;)

それでは本編どうぞっ!


 アルトリアに渇を入れられた三人。

 あまりにもちぐはぐな三人の実力を見るためにアルトリアはほぼ強制的に集会所へと連れて行く。

 

「ペンドラゴンさんってHRいくつなんですか?」

「アルトリアで構いませんよ、コウナ。私もとある事情がありましてHRは1なのです。だから貴方よりもまだランクは低いですね」

「おい、ちょっと待て。指導する立場の人間がランク1ってどういう事だ。つーかなんでこの弱そうな女が俺らよりランク高いんだよ」

「口を慎みたまえと言ったはずだろう、平民君。女性に対して失礼な物言いではないか。君はコンガより知能が低いのかね?」

「んだとこらぁ…!」

「そうやってすぐいきり立つから程度の低さを露呈する事になるのだよ、平民君」

「二人共、先程のような醜態を人の多いこの往来で晒したくなければ黙っていてくれませんか?」

「………」

「………」

「ほわぁ…。二人を一睨みで大人しくさせちゃいました…」

 

 相変わらず犬猿の仲を見せるヴォルグとプレテオ。睨み合うその度にアルトリアが大人しくさせるという図が道中に繰り広げられる。

 

「さっきも言った通り私がランク1なのは事情があるからです。貴方達三人の実力を上げる事が私の実績にも繋がります。上位に上がるまではやむを得ない場合を除いてこのパーティでクエストをこなす事になりますね」

「…そこのミササギってやつは?」

「つい二週間程前にハンターになった二人と違って彼女は二ヶ月前からハンターとして活動しています。装備を見れば分かる通りウルクススやテツカブラを狩ったりしています」

「なるほど…。ミス・ミササギは僕達よりも二ヶ月先輩になるわけですか…」

「え、えっと、先輩と言っても大した事無いですよ?」

「まぁそのあたりはクエストを受けて確認してみましょう。コウナはともかく、貴方達二人の方が気になるところですので」

 

 言外に香奈の方が実力はあると言うアルトリアに不満げな様子のヴォルグと神妙な顔のプレテオ。しかしここで反抗心を見せてもまた先程の二の舞になるだけなので渋々と黙って後を追う。

 ギルドに入ればそこは独特な雰囲気が漂う場所だった。酒場と一体化したここは常に人で溢れ活気付いている。

 

「…ギルドマスターは貴方でよろしいですか?」

「ほっほほ。よく来たね。君が例の特殊な派遣人員だろう。話は聞いているとも。後ろの三人の面倒を見てくれるのはありがたい。その二人は何度注意しても面倒事を起こすので辟易してたんだよ。どうやら早速、尻に敷いてるようだね」

「…コウナの事についてなのですが」

「彼女自身は問題無いんだよね。駆け出しとしてはかなりの実力を持ってる。君の思う通り彼女一人なら別に誰かのお目付けが必要なわけでもない」

「しかし早急に高い実力を付ける必要があると」

「彼女の取り巻く環境というかなんというかねぇ…。要は彼女に何か危ない事があってはならないんだよ。もし何かあったらある御方の機嫌を激しく損ねる事になる。だから万が一という事もあって君という実力者の庇護下で確実に強くなって貰いたいんだ。実力があるとは言え駆け出しの中でという注釈が付くからね」

「あー、おっさんとアルトリア…さん。俺ら話についていけないんだけど」

「まずは僕達の実力を見るという話ではありませんでした?」

「うん。丁度、遺跡平原にイャンクックのクエストがあるからそれを受けてくると良い。アルトリアさんは三人をよろしく頼むよ」

「お任せを。後顧の憂い無く、育て上げてみせます」

「はわぁ…緊張してきた…。人と一緒に狩りに行くのできるかな…」

「ミス・ミササギ、それはどういう意味かな?HR2になるまでずっとソロで?」

「あ、はい。仲間と連携とか難しいですしそういうの考えるよりも一人でやった方が早いので」

「ほら、惚けてないで行きますよ。早く支度して下さい」

 

 香奈の衝撃発言に驚く二人をアルトリアが急かす。見た目に反してこのパーティの女性陣はかなり強かなようだった。

 

 

 

 

 

 遺跡平原。

 北に山が連なり南は平原が広がる温暖なフィールド。所々に過去の遺跡群が残っており現在ではモンスターの棲み家の一つとしてその面影を残している。飛竜種や鳥竜種、牙獣種など多彩なモンスターの生息地であり新人や玄人まで幅広い層のハンターが通う場所としても知られる。

 

「では、貴方達がどれだけできるのか。まず私は一切手出ししないのでモンスターを見付けるところから狩猟するところまで全てやってみせて下さい」

「はいはい、やりますよ。手分けして探しゃ見付かるだろ。ペイント当てりゃそれでいいわけだし」

「うむ。僕はエリア2の方へ進むとするよ。ミス・ミササギは僕と来るといい」

「は、はい!頑張ります!」

「…俺は3の方へ進むけどアルトリア、さんはどうすんですか」

「敬語が苦手ならわざわざ使わなくても構いません。敬称も不要です。私は途中までヴォルグについて行きますが見付かり次第そちらに急行します。その上で遠くから貴方達の様子を見守る事にします」

「敬語不要は助かるぜ。そこの優男の言葉を借りるわけじゃねぇがあんま良い育ちじゃねぇんだ。それじゃパパッと終わらせるか」

 

 アルトリアの命を受けて動く三人。アルトリアの脅しが効いているのかここまでで大きな問題行動は起こしていない。だがこのまま何事も無く終わるわけが無いと気を引き締めるアルトリア。取り合えずヴォルグの方へとついて行く。

 

「…あのさ、ちょっと質問あるんだけど良いか?」

「なんでしょう?」

「普通に話してたから盗み聞きとは違うけどよ、さっきギルドマスターのおっさんと話してたあれ、あの女何かヤバいのか?」

「…確かに孕むのはありますが貴方には関係ありません。勿論プレテオにも。貴方とプレテオは他者との付き合い方が問題なだけで狩猟そのものに問題があるとは聞かされていないのでそこについては深く考える事はありません。コウナはもっと違う、それだけです」

「…関わるなって事か?」

「より正確に言うなら踏み込むな、というところでしょうか。少なくとも現時点で貴方に話せる事は何もありませんよ」

「俺はよ、ギルドのそういうとこが嫌なんだ。何かに付けて秘密にしてきやがる」

「私も多くの事は知りません。ただ、貴方は貴方でギルドの秘密主義に思うところがあるようですが」

 

 ヴォルグがアルトリアに質問しつつ索敵を続ける。

 もう一方は───。

 

「すみません、色々と採取手伝っていただいちゃって…」

「いやいや、ガンナーはカラの実などの弾調合素材が必須というだろう。これくらいレディのためなら幾らでも構わないさ」

「ありがとうございます~」

「ほら、いつまでも採取ばかりじゃなくてモンスターも見付けないとね。君はもう既にイャンクックを狩っているのだろう?」

「耳の大きい鳥さんですね。動きが変わってて可愛かったです」

「僕はまだモンスターリストくらいでしか把握していなくてね。狩りの際はよろしく頼むよ」

 

 香奈の採取をプレテオが手伝う。その中でプレテオは香奈の身辺について考えていた。貴族である身、そういうお忍びの誰かという情報は少し耳を澄ませば聞こえてくるものだ。しかし香奈のような情報は聞いた事が無い。女性に対しては紳士である事を心掛けるプレテオは香奈に直接問いただす事をしなかった。

 

「あ~、えっと、その、ロッツェルさん」

「プレテオで構わないよ、ミス・ミササギ。何かな?」

「あたしの事も香奈って呼んでくれても良いですよ。あまり堅苦しいのは苦手なので。えっとですね、さっきギルドマスターが話してた内容なんですけど」

「ふむ?」

「ちょっと、過保護な方がいるというか私の事を大切に思ってくれてる人がいるんです。私は普通にハンターやってたいんですけどその人は私がハンターになるのをあんまり良く思ってなくて」

「まぁ確かにこう言ってはなんだが女性にはきつい職業ではあるね。その人がギルドにとっては無視できない相手だと?」

「あたし、元々はその人のお目付け役というか付き人として一緒にいたんですけどその人がちょっと前に問題を起こしちゃいまして。色々あって話せないんですけどその人と離れなくちゃいけない事になっちゃったんです。あたしは仕事が無くなっちゃったのでそれでハンターにというか…」

「他に選択肢は無かったのかい?」

「そこは個人的な趣味です。元々故郷でも狩猟を嗜んでいた事があってこっちの狩人ってどんなのかな~って」

「人は見かけに由らないと言うが君は中々に波乱万丈な道を歩んできたんだね…」

 

 香奈が核心をぼかしつつ自らの経歴を明かす。不快に思われたくはないからだろう。

 採取を終わらせつつ次のエリアに向かう。するとペイントボールの臭いが別の場所から漂ってきた。どうやらヴォルグ達が見付けたようである。二人は急ぎ臭いの場所へと向かった。

 

(攻撃の精度は悪くない…。二人が来るまで倒すのではなく気を惹き付ける…。実力としては悪くないようですね)

 

 段差上の形になったエリア8の最下層でヴォルグは怪鳥イャンクックを見付け二人が来るまでの間時間稼ぎをしていた。アルトリアは離れたエリア7に繋がる高台の上で見守っている。怪鳥は目の前を彷徨くヴォルグに苛立って火炎液を辺りに飛び散らすが回避に専念するヴォルグに当たる事は無かった。攻撃を躱し懐に一閃、そしてすぐに納刀して離脱。大剣における基本行動をマスターしている。動きだけで見るなら一朝一夕では身に付かないベテランの動きだ。ヴォルグもまた新人にしては大きな実力を秘めているらしい。

 エリア4方面から遅れて二人も到着する。香奈はすぐに荒縄鼓砲を構えプレテオは抜刀しながらジャンプ攻撃。ヴォルグに気を取られていた怪鳥に横合いから痛烈な一撃を与える。怒る怪鳥は二人を凪ぎ払おうと体をその場で回転させながら尻尾で凪ぎ払う。二人は即座に離脱し怪鳥は攻撃を叩き込もうとヴォルグの方を追いかけるが遠方から聞こえてくる独特の発射音がそれを邪魔する。香奈はLv.2通常弾で正確に怪鳥の耳を狙撃していた。

 

(仲が悪い割りにあの二人は連携が上手いですね。邪魔にならないようお互いに攻撃する場所を譲り合っている。コウナも二人に当たらないように気を付けて撃っていて誤射の一つも起こらない)

 

 正直言って駆け出しのハンターでできる動きではなかった。かといって完璧なわけでもない。ヴォルグとプレテオはお互いの動きを確認するためか時折止まる事があるし香奈は二人に誤射しないよう気を付けている関係かたまに攻撃を止める。射線上に重ならないよう動いているからだろう。またプレテオは香奈に怪鳥の注意が向くとそれを止めるためか無理矢理な攻撃を怪鳥の頭にぶつけ自分に向けさせるような動きをする。一瞬ひやりとさせられる動きもあり少し危なっかしいようにも見受けられた。

 程無くして怪鳥が巣で回復しようと逃走を図る。怪鳥の方は満身創痍だが三人に攻撃を喰らった者はいなかった。怪鳥の動きが比較的読みやすいというのもあるがそれでも新人が無傷であるというのはそれぞれの才能の豊かさを感じさせられる事である。プレテオに至っては初見であったはずだ。大長老から聞かされていた通り問題児ではあるが実力はあるらしい。どうやらアルトリアが指導すべきは主に対人関係のようだ。逃げようとする怪鳥を香奈が閃光玉を投げて阻止している。視界が塞がれパニックになった怪鳥の頭にプレテオが溜め攻撃。呆気なく怪鳥は地に沈んだ。

 

「お疲れ様です。正直言って予想以上、という感想なのですが…貴方達はどうですか?」

「別に。まぁ誰もいないよりはマシだろ。それくらいだ」

「なんだね、その評価は。スタンが取れなかった僕への嫌味かな?」

「イャンクックは頭小さくて狙いにくいのでスタン取れなくても仕方無いと思いますよ」

「そうやってフォローしてるそいつが一番頭に攻撃叩きこんでるあたり皮肉だよな」

「そ、そういう意味じゃないですよ!」

「ともかく、今ので貴方達の実力は把握しました。次は私の番ですね」

「あんたの番って言ったってイャンクックしかここいねぇだろ」

「…貴方達は高台の方へ待機していて下さい。直にここへ来ると思いますので」

「アルトリアさん、それはどういう意味ですかね?」

「ほら、来ましたよ」

 

 そう言いつつアルトリアが見上げると黄色と青のストライプが印象的な飛竜が降ってきた。慌てて三人は高台に避難する。リオス種のように二足歩行をするのではなく翼である前足を使った四足歩行。獰猛なアギトがトレードマークのモンスター。

 轟竜ティガレックス。

 今の三人では厳しい相手だ。特殊な能力こそ持たないが叫べば声に圧を伴うようになり、その策も何もない荒々しい狩り方から絶対強者の異名で知られる。特定の縄張りを持たず餌を求めて常に徘徊しており今回のような乱入も度々起こすモンスターである。

 実はアルトリア、既にこのクエストを受けた時点で轟竜が怪鳥の縄張り付近を彷徨いているという情報を聞いていた。三人に教えなかったのはわざとである。下手に轟竜の事を教えるより怪鳥に集中させて憂う事無く存分に動いて貰った方が三人の実力を把握出来ると思ったからだ。

 

「おいアルトリア!あんたもさっさと動けよ!いくらなんでもティガレックスは不味いだろ!」

「私の実力を見せる番だと言ったはずですが…まぁ、言うより行うが易し、ですか」

「お、おい!」

 

 ヴォルグが焦った声で呼び掛ける。他二人も緊迫した表情だ。アルトリアは降りてきた轟竜に散歩するかのような足取りで近付いていく。轟竜は遠くにいる三人よりも近付いて来るアルトリアに注意を向けた。そして絶対強者の異名の通りに猛進する。ただの突進はそれだけで並のハンターを容易に轢死させてしまうだろう。或いはそのアギトに喰われるか。アルトリアにその猛威が襲いかかる───。

 

「え…?」

 

 声を上げたのは誰だったか。

 血飛沫が上がったかと思えば轟竜がアルトリアの前で静止していた。否、頭から血を撒き散らしながら沈んでいる。アルトリアの手には見えない武器と思しき何かに血が滴りついていた。

 

「瞬殺…!?」

「嘘だろ…!?」

「何なんですかあの武器…」

 

 所詮はお目付け役だと思っていた三人に驚愕が走る。単に実力を見るためだと称していたため武器を持っていない事に深く疑問を感じなかった三人だったがそうではなく常に見えない武器を携えていたのだと思い知らされた。仮に三人が危険に襲われる事があればすぐに対処出来るようにと。守られていたという事実にヴォルグは歯噛みしプレテオは武器が如何なる物なのか考察する。暗器として不可視の武器が無いわけではないからだ。ある古龍の素材で作られた武器は見えなくなる効果を併せ持つとプレテオは小耳に挟んでいた。香奈は香奈で憧れの眼差しをアルトリアに向けている。

 

「アルトリア…あんたは一体…?」

 

 ヴォルグが二人の声を代弁する。ヴォルグ自身の質問を兼ねたそれにアルトリアは笑顔で答えた。

 

「別に。ただの名も無き下位ハンターですよ」

 

 後はもう帰るだけ。クエストを無傷で達成したというのに気の晴れないヴォルグとプレテオ。香奈は明確な目標を見付け奮起する。

 先は長いのだと実感させられるクエストだった。




…冒頭にもありました通りちょっと手を出したら存外にハマってしまったのです。まだ序盤の序盤ですけども。

次回もまた空く事になりそうですがエタるつもりはございません。書きたい事一杯あるのです。伏線もばらまきましたしね。
プレテオと香奈のアルトリアに対する口調が若干同じで区別しにくいかもしれません。書いてて思ってた…。

次回あたりで新たな与太話が出せそうです。


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act-16 夜の逢瀬

与太話
狩人「…団長、ドンドルマに長居し過ぎたのは私のせいですがバルバレに何か用でも?」
団長「ああ。なんか風の噂で大長老に認められた騎士ってのがバルバレにいるらしい。ギルドのお偉方直々に教導を受けたとかなんとか。面白そうだし寄ってみようと思ってな」
狩人「他の皆は…」
団長「あいつらもあいつらでやりたい事はあるさ。みんなで旅をするのは勿論大好きだがな。ま、またみんな集まって旅をするさ。それまでのインターバルみたいなもんだ」
狩人「…そうですね。私も久しぶりにバルバレへ顔を出してみます。久しく見ていませんでしたし高みを目指して高難度の狩猟を続けてきましたがたまにはのんびり採取でもしていようかと」
団長「それが良い。ここんとこのお前さんは生き急いでいるようにも見えたからな。急くのは若者の特権みたいなもんだがそれでポカやらかしちゃあしょうもない。天廻龍を討伐した時みたいにゆっくりしていけ」

…遅れに遅れた投稿。弁明は後書きにて


 クエストから帰還ししばらくして、ヴォルグは一人でバルバレ市場を彷徨いていた。

 あの後四人は一時解散となった。アルトリアは別に宿があるのでそちらに行き香奈は話を聞きたいのかアルトリアに付いて行く。プレテオは調べ物があるといって何処に去っていた。

 今のヴォルグにやることは何も無い。明日の朝にまた集合して狩りに赴く事とくれぐれも問題を起こさないようにとそれだけの旨をアルトリアから伝えられている。ヴォルグとしてはアルトリアの麾下にいる以上下手を打つような真似はしたくなかった。集会所にいると前に喧嘩を起こした他のハンターとも鉢合わせる事になるため集会所から離れた場所を散策する事にしたのだ。宛も無く、フラフラと彷徨よってみる。

 

「酒場…単なる食事処か。腹も減ったし寄ってみるか」

 

 既に夕暮れを迎えているがバルバレは未だ活気付いている。早いうちに仕事を終えたのか仕事終わりの商人やらなんやらが目立たない場所にある小さな食堂で腹を満たしていた。商談混じりの喧騒が聞こえてくる。集会所から離れた位置にあるここはその不便さもあってハンターには利用されていないようだ。見れば他にハンターと思われる姿は一人もいない。窮屈だからと頭装備は脱いでいるがそれでも一般人ばかりの食堂にハンターが一人いるのは衆目の目を集めるのに十分な要素だった。

 

 眼光で威圧し適当な席を確保する。顔は整っている方だが常に憮然とした表情なので初対面から良く思われる事はあまりない。加えてハンター自体、人によっては敬遠されるならず者の職業だ。そそくさと、ヴォルグの周りから人が離れる。屋根も壁も無い、敷居が無いこの店でヴォルグの周囲のみぽっかりと人が空いていた。そのまま店の奥、厨房に一番近いカウンター席に座る。

 

「親父、酒。それと適当に摘まめるやつ」

 

 店主は竜人族の男性だった。人間で言えば壮年ともいえる外見だが竜人族は人間より遥かに長い時を生きる。一概に見た目で年齢を判断できない。

 店主は無言でヴォルグを一瞥し調理に入った。口数の多い店主ではないらしい。

 

 料理ができるまで物思いに耽る。

 正直言って酒を飲み尽くしたい気分だった。気に入らない貴族野郎と弱そうな見た目して仕事はできる女。そしてあの秘めた実力を持つ騎士。どうも調子が良くない。明日にまた狩りに行くと分かっていても酒で全て吹き飛ばしたいような、いやしかしそんなのはただの現実逃避だ。派遣されてくるギルドの職員がいけ好かないやつなら頭に一発入れてやろうとでも思っていたが中々に曲者だったりする。少なくとも今の自分では無理に挑みかかったところですぐさま制圧されるだけだろう。

 

「はぁ…。俺らしくもねぇ」

 

 程無くして酒とつまみが運ばれてくる。こんな時に気の合う仲間か友人がいれば肴を楽しめるものだが生憎とヴォルグにそんな者はいない。そもそも人と騒ぐのはヴォルグの趣味ではないのだ。一人寂しく、酒を嗜む。

 と───。

 

「ここ、隣良い?」

 

 女の声。

 声のする方を見れば燃えるような赤毛を腰までストレートに伸ばした女がその髪に反する冷たさを伴った顔でヴォルグの左にいた。相当な美人。しかもよく見れば只者ではない事も分かる。操虫棍に防具、どこからどう見てもハンターだ。それもヴォルグのような駆け出しハンターが身に付ける類いのものではなくモンスターの素材が使われた一級装備。頭防具は邪魔なのか腰に紐でくくりつけている。残念ながらヴォルグにはそれが如何なる装備なのかを推察する事は出来なかった。元より駆け出しの身、装備を見て相手の良し悪しを判断出来る程経験があるわけでも無い。

 

「…別に、構わねぇよ」

 

 一瞬、驚きに動きを止めたヴォルグだが灰色の眼光に射ぬかれすぐに返事を返す。本当なら誰が来ようと追い払うつもりでいたが彼女の出現に思考を奪われ空返事になってしまった。しまったと、心の中で舌打ちするヴォルグだが一度認めた以上撤回するような余地は無い。男に二言は無いのだと、変なところで硬派なヴォルグであった。

 女は隣に座り、いつものやつ、と簡素に店主へオーダーする。いつものと言うあたり常連なのだろうか。そんな事を思っているとすぐに料理が運ばれてきた。肉たっぷりというか肉しかない料理に大きなジョッキ、摘まむというより宴会か何かに出すような量。見目に合わず随分な健啖家である模様。それを言ったらほとんどのハンターがまずそうだがそれでも線の細い体をした女の前に肉ばかりあるのは些かシュールだった。

 女は豪快に食べるのではなく一つ一つ丁寧食べている。がっつり食うのかと思えば拍子抜けする程静かな食べ方。そうしながらチラチラとヴォルグの方を見ている。

 

「…なんか気に障ったか?」

「いや、そうじゃない。君みたいな駆け出しハンターが一人でここにいるのをおかしく思っただけ。ここはあまり知られていないところだから」

「適当にフラフラしてたらここを見付けただけだ。誰かに連れて来て貰ったとかじゃねえ。ここは穴場かなんかか?」

「うん。集会所の酒場とこっちは似たり寄ったりだけどあっちは絡んでくるやつもいるから。ここは一人で飲みたい時とかに最適」

 

 ポツリと、表情の変化に乏しい顔で受け答える。無口なように見えて存外話せる質ではあるらしい。

 

「君は…どうしてここに?」

「さっきも言ったろ。適当にフラフラしてたんだ。ただそれだけだよ。アンタは?」

「久しぶりにバルバレに戻ってきたの。だから懐かしいところとか回ってみたくて」

「ふーん…」

「…あの、もし良かったらさ、」

「ん?」

「このあと一緒に何か採取クエストにでも行かない?」

 

 またも驚き。見ず知らずの男を夜に誘うなど見方を間違えればとんだ誤解をされかねない。一体この女はどういう神経でそんな言葉を言ったのか。驚愕が収まったヴォルグの中に呆れの念が浮かんでくる。そりゃ確かに装備を見ればどちらの実力が高いなど一目瞭然だが腕っぷしに自信があるのかこちらがひ弱に思われてるのか。

 

「アンタ、自分で何言ってんのか分かってんのか?」

「採取クエストなのはその…今あまりモンスターを狩る気になれないの。のんびりしたいんだ。何て言うか、最近走りすぎたように思えて」

 

 そういうことじゃない、と言いたかったがその言葉を酒と共に飲み込む。訳あり…というよりかは休憩がしたいのだろう。肉体的な疲労ではなく人生という長い旅路における休憩。一点見据えて邁進するのは良いが時には立ち止まって後ろを振り返ってみたり他に道が無いか模索してみたり。そんな、人生の休憩に彼女はある。

 

「採取なら一人で出来るだろ。なんだって俺なんか連れ出したいんだ」

「少し前までとても騒がしい場所にいた。仲間達の喧騒がなんだか嬉しい場所。だからなのかな。こうして一人でいるのはちょっと寂しい。人肌恋しいとかそんな感じ。そこに君がいたから。暇なんでしょ?」

「そりゃそうだが…」

「嫌なら無理にとは言わないけど」

 

 無表情にダメ?と首を傾げてこちらを見る彼女。自分とそんな大差無い背丈なのに小動物のように見えてくる。なぜだか目眩がするのは酒のせいだと思いたい。が、そうなるほど酒に呑まれた覚えも無いのだ。

 

「…明日にまた狩りに行く用事があるんだ。あんまり長くは付き合えない。それで良いなら付き合ってやる」

「そう、───」

 

───ありがとう

 

 そう言う風に口の形が動いたが耳に入らなかった。出会ってたった数十分程度、今まで表情を変える事の無かった彼女の顔がほんの僅かに形を変える。笑顔と言うにはあまりにも小さくて、儚いそれは隣にいるヴォルグがじっと顔を見詰めてようやく把握できるものだった。

 

「…ほら、先に食いもん全部食べちまえよ」

 

 そうね、と返す彼女。目を奪われた、までは肯定するつもりだが心を奪われたなどと断じて認めてなるものか。そんな安っぽい男としてのプライドが込み上がってくる。紅潮した顔は酒のせいだと聞かれてもいないのに誤魔化したいヴォルグだった。

 

 

 

 

 

 夜の遺跡平原。

 時刻はとうに日が沈んで久しい。暗闇が辺りを包んでいるが目の見えない事は無かった。夜空を彩る星々がその恩恵を与えてくれる。そんな自然が生み出す芸術の空の下、エリア9にて二人はキノコ採集に勤しんでいた。

 

「特産キノコ20個とか…割りとだるいぞ、これ…」

「この手の依頼は時期問わずある。新人の間、目ぼしい依頼が無い時とかはこういうのを日々の糧にしなきゃいけない。ハンターやるなら覚えておいて」

 

 彼女は先輩らしい事を口にする。長い経験があるようだが年齢は幾つなのだろうと柄にも無い事をヴォルグは邪推した。

 ここまででお互い名乗り合っていない。どうせ一夜限りの逢瀬なのだと分かっているからだ。下手に名を知ったところで面倒なだけ。そう、ヴォルグは決めこんでいる。

 

「ねぇ…」

「…なんだよ」

「どうして、一人だったの?」

「一人って…別に、一人で酒飲むくらい珍しい事じゃねえだろ。五月蝿いの嫌いなんだ」

「そうじゃない。一人で集会所の酒場にいるのは普通だけどあそこは本当にハンターが来ないところだから。あの辺り、ハンターには関係の無い物ばかりの市場だし。正直、私以外にハンターがいるのを見たのは初めてだった」

「…偶然だよ。ホントにただ散歩してただけなんだ。そしたらあの食堂見付けて立ち寄ったまでだ」

「仲間はいないの?」

「そんな事気にしてどうする。同じ事を言わせるなよ。騒がしいのは好きじゃねえんだ。第一なんでアンタ、そんなに踏み込んでくる。初対面の人間の内情を詮索するのが趣味なのか?」

「だって、何か抱えてるように見えたから。根拠は無いけどそう思えた」

「っ…何もねぇよ」

「───本当に?」

 

 またじっと見詰めてくる。暗がりでもよく分かるそれはヴォルグを正確に捉えている。先程からヴォルグはこの瞳に弱かった。この瞳の前では如何なる不徳も許されない。そんな一種の聖人染みた瞳にヴォルグは観念した。洗いざらい、昨日あった事、その前の経緯についてを話していく。

 

「どうして、人を殴ってしまったの?」

「最初はただのやっかみ、売り言葉に買い言葉だ。俺が同期の連中とはまた一段違う実力を持ってるんでそれを妬んだ奴等が気に食わなくてな。俺と組んだ他の奴等の動きの悪いところとか指摘してやったら何様のつもりだとかそういうアホみてぇな事言ってくる。ついカッとなって先に手が出るんだ。おかげで観察処分、よく分からねぇ騎士様の目が付いた」

「…騎士?それって青い防具に金髪の女の子の事?」

「あ?なんだ、アルトリアの事を知ってんのか?」

「驚いた。縁というのはこういう風に結ばれるものなのね…」

 

 一人で彼女が感嘆している。何の事だかヴォルグにはさっぱり分からない。

 

「アルトリアの知り合いか?」

「いや、彼女にはまだ会った事が無いけど人伝に聞いてる。なるほどね…」

 

 二人でそれぞれ10個、キノコを手に道中、無言でBCへ帰還する。これでクエスト達成、彼女との縁はこれで切れる。ヴォルグはそう思っていた。

 

「君、名前は?」

「おい、何のつもりでそれ聞いてるんだ」

「………」

「チッ…ヴォルグ・ティーガーだ」

「ヴォルグ・ティーガー…ヴォルグね、覚えたわ」

「俺の名前なんか覚えてどうすんだ」

「私の、名前は、」

「そういうのいいって言ってるだろ───」

「リリーティ・ノーレッジ。ヴォルグ、アルトリアっていう騎士もそうだけど君にも興味が湧いたから。また君に会い行く。だから、私が君の名前を覚えたように君も私の名前を覚えておいて」

 

 強引に約束のようなものを彼女───リリーティは取り付ける。そして有無を言わさず去っていった。

 

「何だってんだ一体…。ん?リリーティ・ノーレッジ…?」

 

 どこかで聞いた事あるような名だと気付く。いやこの界隈で最も有名なハンターの名を流石のヴォルグとて耳に入っている。その伝説はハンターですら無かった頃、防具も無しに豪山龍と相対した事から始まる。黒蝕竜から起因する狂竜症の一連の事件を解決し世界を脅かす程の規模を誇る超巨大古龍の討伐、加えてドンドルマに迫りくる鋼龍と巨戟龍ゴグマジオスにも見事勝利してみせ他にも様々な逸話が語られる生ける伝説。

 我らの団専属ハンターにしてバルバレとドンドルマの大英雄リリーティ・ノーレッジその人だった。




与太話の無い後書き…キャラ増やさないと与太話きつい…
という事で今回はアルトリアは出ない、ヴォルグメイン、夜のキノコ狩りデートの三要素でお送りしました。誰得なんだこれ(自分で言う)
で、遅れた理由なんですが投稿後回しにしてEXTELLAやPSO2、MHF遊んでました。PSO2は最近始めたしEXTELLAやMHFも新しいものなので色々とフル稼働で執筆には手が届きませんでした。これからもどんどんゲームやってくつもりなので小説の更新は前よりスピード下がって週一回更新になると思われます。逆に前の更新速度が異常過ぎたんや…
次回アルトリアをちゃんと出しますのでご容赦を


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act-17 修羅場

与太話
プレテオ(色々と探りを入れてみたが功無し、か…。ここは一つ、何か美味しい物でも食べて…おや?あの女性達は…)
貴族女性A「見付けましたわ、プレテオ様!さぁ正妻となられるこの私とどうか契りを!」
貴族女性B「何を偉そうに!妻に選ばれるのはこの私よ!」
貴族女性C「いいえ、プレテオ様のお側に相応しいのは貴方達のような野蛮人ではなくこの私…!」
プレテオ「待ってくれたまえ、可憐な花達よ。そう騒ぎ立てられてはせっかくの淑やかさも台無しだ。紳士である僕には様々な花を愛でる義務がある。勿論君達を含めた綺麗な女性をだよ。故にどれを一番と決める事はできない。君達はただ一つの花だからだ。そんな大切な君達が争う姿を見るなど僕には惨すぎる」
貴族女性A「まぁ、なんてお優しい…!」
貴族女性B「私達はプレテオ様の前でなんて事を…」
貴族女性C「選んで貰えないのは残念だけれど愛してくれるのなら何の問題も無いわ。ところでその後ろの方もプレテオ様のお花なのかしら?」
アルトリア「……………ほう、花として数えられているのですか」
プレテオ「………い、いつからいたのでしょうか、アルトリアさ、いやアルトリア女史」
アルトリア「集会所の中にいましたよ。姦しい声が聞こえてきたそのあたりから外に出てきたので」
プレテオ「………どうか御慈悲を」
アルトリア「情状酌量の余地があると思うその思考。まず叩き直すのはそこからか」

前回書いておけば良かったと思うのですがリリーティが付けてる装備はスターナイト一式に金銀夫妻の星振りの煌竜戟、猟虫はサルヴァースタッグです
あと修羅場(色んな意味で)


 翌朝。

 眠い体を引きずってヴォルグは宿を後にする。

 

 リリーティと別れ宿に戻ったヴォルグだったがほぼ一睡も出来ずに朝を迎えていた。原因は言わずもがな、リリーティの事である。たまさか食を共にした相手がこの地に名を轟かす英雄だと誰が思うか。そればかりか、採集内容ではあるにしろクエストに誘われまた会いに来ると宣言されてしまう。夢か何かではないかと思いたいヴォルグだが彼女と受けた依頼の報酬は確かに受け取っている。正直、これからの先行きが不安なヴォルグだった。

 

 道中、何度もあくびをしながら集会所に向かう。あまりにも怠すぎて狩りに支障が出ないか心配だ。そんなヴォルグの元に同じハンター装備の狩人が駆け付けてくる。ヴォルグが以前に殴った相手だった。

 

「おいこら、この陰険野郎!」

「あ、なんだ?やる気か?」

「そうじゃねえ、昨日てめえと一緒いたやつらが他のやつと集会所で揉めてんだよ!なんかヤベぇ雰囲気だしよくわかんねぇ女がおまえの名前出してそいつが騎士女と揉めてるんだ!」

「あぁ…?」

「とっとと騒ぎ納めてこいよ。どうせてめえがなんかやらしたんだろ?」

「またなんでめんどくせぇ事が立て続けに起きるんだ…?まぁ良い、さっさと行ってくる」

 

 途中何度も罵倒しながら集会所でヴォルグに関連した騒ぎを伝えた彼は足早に去っていった。悔恨がありながらヴォルグに知らせるあたり根は親切なのだろうか。とりあえず、集会所に軽く走り急いでみる。急ぎ辿り着いた集会所の前には貴族の子女と思われる女三人とそれに介抱される倒れたプレテオがいた。プレテオの額には大きなたんこぶがあり何らかの武力行使が行われたと見えるが…。

 

「おい、そこの。ちょっと訳ありでそいつと組んでる者なんだが何かあったのか?」

「なんなんですの、貴方は!私達はプレテオ様の介護に忙しいのです!平民風情に語る言葉などありません!」

 

 邪険に扱われ話にならない。どっちにしろ中に入らないとアルトリアから話が聞けないので入る事にした。

 集会所に入って右へ行けば酒場がある。そのテーブルには山のように積み上げられた皿がありスタッフと共に何故か香奈もそれの処理に走り回っていた。そしてその皿が積み上げられた奥。

 アルトリアとリリーティが剣呑な雰囲気を漂わせて睨み合っていた。

 

 

 

 

 

 

「あ、ヴォルグ」

 

 ヴォルグが入ってきた事に気付いたリリーティがヴォルグに駆け寄る。相変わらず無表情なままだが声音には歓喜の色が混じっている。対称的に後ろでは厳しい表情でヴォルグを睨むアルトリアがいた。

 

「ヴォルグ。貴方と彼女の関係を説明して下さい。初対面であるにも関わらず、貴方を引き合いに出し詰め寄ってきたのです。それ相応の関係と見ますが」

「あ、アルトリア。俺も何がなんだかわかんねぇ。アンタも昨日の今日でなんでいるんだよ」

「…名前、教えたのに。ちゃんと名前で呼んでほしい」

「リリーティ、で良いのか?ホントにアンタ何なんだよ」

「リリーで良い。親しい人はみんなそう呼ぶ」

「…貴方達は出会って間もないのですか?それにしては不自然な程、彼女は貴方を気にしているように見えますが」

 

 ヴォルグ、危うし。

 まさかこんなすぐに彼女と再会する羽目になるとは思わなかった。しかも自分が発端でこのような事態になっている。影でこっそりフォローしてくれた香奈によると集会所の酒場で朝食と言う名の暴食を尽くしていたアルトリアに突然彼女が現れヴォルグの面倒は自分が見ると告げたらしい。そこから仕事だからと譲らないアルトリアと面倒見るの一点張りのリリーの応酬でどんどん険悪な雰囲気になっていったのだとか。

 彼女の行動力を考えていなかったヴォルグだがリリーが更に爆弾を投下する。

 

「彼とは昨日知り合ったの。私の誘いに乗ってくれて夜を共に過ごしたわ」

「………どうやらそちら方面で指導が必要なのはプレテオだけでは無いようですね」

 

 言い方、というものがあるだろう。実際は夜の採取クエストに付き合っただけなのに何故そんな孕むものがありそうな事になるのか。ヴォルグは声を大にして否定したかったがリリーと共にクエストへ出掛けたのは事実だし、この状況で否定しようにも今のアルトリアがそれを聞き入れてくれるとは思えない。一番困るのがリリーのヴォルグに対する執着具合だ。昨日知り合ったばかりの男の何が気になるのだろうか。

 何とかしてこの状況を打開したいヴォルグだが何一つ良い案が思い浮かばない。大人しくアルトリアの折檻を受けるのは良いがそれだと確実にリリーが面倒な方向に"拗ねる"。知り合って間もないがリリーがここまで面倒な女である事はこの行動力でヴォルグもはっきり分かる事だ。どう転んでも丸くは収まらないだろう。そう思っていると外からまたも客。赤いテンガロンハットに立派な髭、それに反するように顔は少年のような若々しい生気に満ち溢れている。この男は───。

 

「おお、いたいた。おまえさんが例のアルトリアって言う騎士か。なるほど、確かに見た目だけじゃなく中身まで騎士みたいなやつだな」

「申し訳ない、今は取り込み中なのです。用があるのなら後にして貰えませんか」

「いや、俺も無関係じゃないんだ。おまえさんが揉めてる相手はうちの専属ハンターだからな。聞いたぞ。一体どうしたと言うんだ、リリー」

「…団長。私は、その人と…」

 

 新たな珍客はリリーが所属するキャラバンの長だった。聞けば面白そうだからとアルトリアに会いに来たらしい。事の次第を二人から聞いている。ヴォルグにとってはこれ以上事態が悪化することの無いよう祈るばかりだった。せめて団長と呼ばれたこの男が二人を諌めてくれれば良いのだが。

 二人より話を聞いた団長はそれを聞いているうちに最初は驚きつつもどんどんと笑顔を見せ遂には───。

 

「ぶわっはっはっはっはっはっはっ!!!!!!!」

 

 集会所の外にまで響く程の大きな笑い声を上げてしまった。アルトリアやリリーも含め、周りにいた人々がぽかーんと静止している。笑い声一つで重かった空気をこの男は消し飛ばしてしまった。

 

「いや、悪い。おまえさん達をバカにしたわけじゃないんだ。まさかリリーが絡まれる事があっても自分から絡みに行くだなんて他のやつらが聞いたら信じられんぞ。そういう事をするやつじゃないからなぁ。しかも個人に興味を持つだなんて、おまえさんどういう風の吹き回しだ?」

「いや、その…、放っておけないって思うのはいつもの通りで…」

「リリー。おまえさんはな、今まで人助けに尽力してきたがそれはもっと総体的なものだろう。必ず助けを乞われてから請け負っていたじゃないか。ヴォルグと言ったか、おまえさんはリリーになんか求めたのか?」

「いや…特に何も…。昨日、集会所から離れた食堂で飯食ってただけでこいつは俺の隣に座ってきただけだ。それで俺をチラチラ見てくるから声をかけた。俺からしたのはそんくらいだ」

「アルトリア。今回はちょいと大目に見ちゃくれんか?リリーがこんな事し出かすだなんてまず無い事なんだ。ヴォルグ。おまえさんも可能な限り、リリーに付いてやってくれ。それが今のリリーにとって一番良い」

「大目に見ろと言われましても…」

「狩りに出ない時だけリリーと一緒に居て貰えればそれで良いんだ。リリー、アルトリアだってギルドに請われて仕事してるんだから何も取り上げるこたぁ無いだろう。全部ものにしなきゃ気が済まんのか?」

「そういうわけではありませんが…しかしずっとというわけにもいきません。メゼポルタにはいつ行けば…」

「もう少し…いや、もっと先か。腕自慢祭が終わる頃になれば全員揃うだろう。それまでならバルバレに居て良いと思うがな」

 

 元々団長率いる『我らの団』一行はメゼポルタギルドが管轄する区域に黒蝕竜出現の予兆ありという報せを聞いて動いたらしい。メゼポルタはバルバレから遥か遠くにあり、その準備のためキャラバンのメンバーは各々で準備を整えバルバレにまた再集結する予定だったそうだ。それまでは各自好きな事をしていて良い。人の奔放さを尊重する団長らしい考えである。

 腕自慢祭。バルバレギルドが管轄する大砂漠で豪山龍が現れる頃になると開催される催し物だ。遺跡平原を舞台に一人用の高難度なクエストをクリアし幾つもの試練を乗り越えた者にのみ豪山龍への挑戦権が得られる。バルバレはいつも人で賑わっているがこの頃になると富と名声を求めて更に多くのハンターが集いそれを相手にした商人なども集まる。まさに一大イベントだ。残念ながらまだ開催時期ではなく自然に任せた開催となるためはっきりした時期は不明だがそれでも数ヵ月は先の話である。

 

「お、お姉様…。ここで争っても不毛だと思うのです。英雄様はあちらの団長が引き取ってくれますしヴォルグ君だって故意にやらかしたわけじゃないんですから…」

「むぅ…。確かにコウナの言う事も一理ありますが…、しかし見ず知らずの女性の誘いに乗るなど風紀を乱す愚行です。それを捨て置くというのは…」

「リリーがややこしい言い方で言ったから勘違いしてるみてぇだが別にやましい事があったわけじゃねえ。一緒にキノコ取りに行っただけだ。疑うんならそこの受付嬢にでも聞いてみりゃいい」

 

 空気が軽くなったところでヴォルグが身の潔白を訴える。今なら大丈夫だろう。ヴォルグの言葉を聞いたアルトリアが受付で確認している。騒ぎが始まってようやくヴォルグは一息つく事が出来た。何故か香奈がアルトリアを妙な呼び方で呼んでいるがこちらも何か進展があったのだろうか。

 

「ミサ…あー、コウナ、で良いのか?フォローありがとよ」

「どうも致しまして。せっかく曲がりなりにも仲間になれているんですからこれくらいの助けは当然ですよ」

「悪りぃな。こう言うのもアレだがアンタ見た目よりずっと頼りになる。これからも何かあったらよろしく頼むわ。アンタも何かあったら気軽に相談してくれ。出来るだけ力になるからよ」

「勿論です!…ところでずっとあたしと話してて大丈夫なんですかね。ほら、向こうの英雄様が…」

 

 香奈とヴォルグが歓談しているのをリリーはじっと見ていた。隣では団長がニヤニヤしながら三人の様子を眺めている。ヴォルグとて馬鹿ではない。リリーの見る目がまるで、浮気した恋人を責めるようなものである事を察知していた。自惚れたくはないがそう感じるしかないのだ。無表情なのにとても豊かに感情を表す彼女は下手に顔を取り繕う余人より遥かに分かりやすい女だった。

 

「えっとですね、ノーレッジさん少しよろしいですか…?」

「リリーティ。名字で呼ばれるのは好きじゃない。何の用?」

「こう、がっつり聞いちゃうのは良くないのかもなんですけど、リリーティさんはヴォルグ君の事が好きなんですか?」

 

 この場でそれを聞くのかと唖然とするヴォルグ。ようやく落ち着いたと思ったのにまた新たな火種となるような事を何故起こしてしまうのか。いつのまにか戻ってきていたアルトリアも驚いた様子で香奈とリリーを見ている。団長は団長でニヤついた笑みのままだ。そしてリリーは───。

 

「好き…。好き。好き?私が?ヴォルグを?」

 

 戸惑っていた。質問そのものではなく好きという言葉の意味をよく理解出来ていないような様子である。何度も好きという言葉を復唱している。

 

「リリー。どうしてヴォルグの事が気になるか分からんのか?」

「分かりません、団長。どうして…どうしてなのかしら。団長は分かるのですか?」

「ああ、分かるとも。でもな、そいつはおまえさん自身が自分で見付けなきゃいけんものなのさ。誰かが教えてどうこうなるもんじゃないんだよ」

「自分で、見付ける…」

「いいか。いつもやってるみたいに困った事があってそれを解決するとかじゃないんだ。今までのおまえさんにはない、未知の探究ってのになる。いつも言ってるだろう、挑み、学び、拓くのは人間の特権なんだと。世界は広いだけじゃない。そこらの雑草だって紐解いてみれば多くの発見が詰まっていたりもする。色んな場所に行って旅をするのも勿論大事な事だがたった一つに頓着したっていいのさ」

「たった一つ…ですか。でもそれだと他のものは…」

 

 団長が子をあやすように優しく諭す。リリーにもっと色んな事を知って貰いたい。狩りだけでなく様々な事を。人を救うばかりでは勿体無い。

 

「リリーティ。私からも良いでしょうか」

「…?」

「遠い昔の事です。私はあるものを求めて苛烈な戦いに参加した事がありました。その末にこそ、自らの意義があるのだと。けれど、違った。いや、私一人で勝ち進んでいたのならそうなっていたかも知れませんが優しくそれを止めてくれる者がいたのです。その方は私では気付く事の出来なかった過ちをその生き様で以て諭してくれた。だからこそ、私は今、過去に禍根を思う事無くこの場にいる」

 

 遠き日の、聖杯戦争。ブリテンにいた頃と合わせても失ってしまったものの方が多かったがそれでも得るものは確かにあった。例えいつか年月に曝されて風化したとしても、彼の事だけは絶対に───。

 

「今にこそ貴方は実感しているでしょう?自分の事なんて、案外自分より他人の方がよく見えていたりもするのです。貴方が分からないそれが私達には何なのか分かるように」

「私の事は…嫌じゃないの…?」

「嫌というか、初対面で面食らっただけです。少なくとも貴方は人付き合いを第一に学んでいくべきではないのでしょうか」

「まぁ、そういう事だな。今までうちの仲間達がそこらへんフォローしてたが丁度良い機会だ。ヴォルグと一緒にものを考えるといい。なぁ?」

「俺に振るなよ。…ったく、英雄だなんだというからしっかりしてるのかと思ったらそうじゃないんだな、アンタ」

「…ヴォルグも分かるの?」

「済まん、それちょっと答えられんねえ。俺から言うのはお門違いってもんだ。まぁ分かるようになるまで付き合ってやるよ」

「あ、あたしも微力ながらサポートしますよ!」

 

 やっぱりよく分からない、というのがリリーの思いだった。どうしてヴォルグはそんなにも気恥ずかしそうなのか。どうしていがみ合っていたはずのアルトリアも含め、皆が暖かな目でリリーを見ているのか。乞われる事を本懐としているリリーにはまだ遠い話である。

 

「ヴォルグの面倒云々だったはずがいつの間にかリリーの面倒を見るとかそんな話になっちまってるなぁ。ま、それで良いんだが。ところで外で女に囲まれて転がってるアレはどうした?アレもおまえさん達のお仲間か?」

 

 団長が言及するまで完全に忘れ去られていたプレテオだった。

 

 

 

 

 

 

「ケチャワチャは音に弱いの。あと耳の動きとかで頭の狙い目とか変わるからそれも注意。木の上と地上で大分動きが変わるからそれも気を付けて」

 

 クエストに向け準備する。今度は遺跡平原にて奇猿孤ケチャワチャの狩猟だ。リリーがヴォルグ達に特徴を教えている。

 あの後救護されたプレテオは完全に復帰し昨日と同じパーティで出向く事が出来るようになった。体の弱いイメージのある貴族だがやはりハンター、そこら辺は違うのだろうか。ちなみにプレテオはリリーから起きた騒動を何も知らない。説明する手間が面倒だしそもそも知ったところでプレテオでは更にややこしい事になる。そのためプレテオは何やら美人の先輩が気紛れにレクチャーしてくれているのだと勘違いしていた。

 

「いや実に良い日だ。かような女性から教導を受けるだなんてこれはもう勝ったも同然だろう。そうだと思わないかね?へいみ…」

「懲りない、か。ではプレテオにはもう少し強くものを考える必要がありますね」

 

 更正が必要そうなのはプレテオ一人だけであった。




ちょっとした裏設定みたいなものですがリリーちゃんはぶっちゃけると性格的にカルナをモデルにしてるところがあります。そこにヴォルグの要素が加わる事でちょっとずつ人間味が増していく感じです。

団長など重要なNPCの名前は設定しない事にしました。理由としてはあまり良いのが思い付かなかった事と名前を付ける事自体がイメージにそぐわなかったためです。期待されていた方いましたらごめんなさいm(__)mちなみに私がモンハンのキャラで一番好きなのはアイシャでもソフィアでもなくこの団長です。次はどこに行こうかなとかデモで見れる表情とか旅や冒険を生き甲斐とするその様は一人の人間として憧れるものがあります。

次回は時間が飛んでちょっと早めに話が進む感じです。


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act-18 遠射ちのイリヤ

与太話
イリヤ「バルバレ周辺の大砂漠にて傷だらけのダレン・モーランの目撃報告あり…それも一個体だけじゃなくて複数か…」
大長老「イリヤ、これは仕事だぞ。重ねて言う、これは仕事だ」
イリヤ「分かってますよ~(アルトリアちゃんに会える~♪)。…それはともかくアルトリアちゃんがいたあの未調査地域、密猟者が入ったんですって?」
大長老「うむ。勿論ギルドナイトを差し向けようとしたがな…」
イリヤ「あの片角のディアブロスに瞬殺されたんですってね。まぁ自業自得ですがそれで気が立ってるとか」
大長老「その事もあって一度ペンドラゴン殿をこちらに呼び戻したい。ペンドラゴン殿は信用しているというがやはり確認すべき事案ではあるからな。ムウロメツよ、貴殿にはその間のペンドラゴン殿の代役を頼みたい」
イリヤ「お任せ下さい!アルトリアちゃんに貸し作れるのはまたと無い機会ですしね~。何をお礼に貰おうかな…?」
大長老(厄介な者に好かれたものだな…。強く生きるのだぞ、ペンドラゴン殿…)

久しぶりのイリヤ回


「遺跡平原ティガレックス討伐、確認しました。これで皆さん、HR3になりましたね」

 

 受付嬢から昇格したことを告げられる。

 早いもので既に2ヶ月、アルトリアが率いるパーティはHR3へと順調に進んでいた。

 

 

 

 

 

「流石にアルトリア女史のようにはいかなかったがそれでも手を借りずにクエストを成功させたのは我ながら中々だと思うよ」

「そうですねー。プレテオさんがティガレックスの注意を惹き付けてくれててあたしもやりやすかったですしヴォルグ君も尻尾斬り、見事でした」

「与えられた役割をこなしただけだ。アルトリアと比べるまでもねぇだろ」

「私と比べるのはともかくとして三人とも素晴らしい動きでした。私が補助に回る事も無いですし、少なくともルーキーは卒業してきた頃合いでしょう」

 

 アルトリアが三人を褒める。おおよそ2ヶ月ほどに渡って地道にクエストを完遂させていった結果HR1から2へ、そして3へと遂に至った。次の上位昇格クエストをクリアしてしまえばアルトリアとの強制パーティはそこで終わりとなる。完全に別れるわけでもないため感慨深いというほどでもないがそれでも一つの節目になるのは分かりきっていた事だった。

 

「アルトリアさん、ギルドマスターから話があるそうです。重要な話らしいので早めに伺って下さい」

 

 アルトリアに業務連絡。アルトリアは極めて真面目な性格だ。このような事を聞けばアルトリアはすぐに行動する。

 

「やぁアルトリアさん。大長老から手紙を預かっていてね。すぐにドンドルマへ戻ってほしいそうだよ。内容はここに」

 

 手紙を受け取ったアルトリアが中身を読む。次第に顔付きが険しくなっていった。

 

「なんて…書いてあったんだ?なんかやらかしたのか?」

「内容については話せませんが…ともかく一度ドンドルマに戻らなければならないようです。貴方達の教導を切り上げるわけでもなくあくまで一時的なものなので心配する事はありません」

「えっと…お姉様はこっちにまた来るんですよね?」

「ええ。ですからその間、代役の者がギルドから派遣されてきます。私の知り合いですよ」

「ふむ、アルトリア女史の知り合いですか…。そちらの方も中々の実力者なのでしょうね」

 

 どうやらあの角竜の様子を確認せねばならないらしい。雑魚を蹴散らしたところであの角竜は満足済まい。一戦、相手の憂さ晴らしを解消する羽目になるのは確実だがそれよりもアルトリアには懸念する事があった。イリヤに果たして代役が務まるかという極普通の疑問。普段が普段なので誤解されがちだがあれでも歴としたギルドナイト、仕事はやる女である。そう、ヘマをしないだろうと思考から除外し三人に向き直る。

 

「彼女は既にこちらへ向かっているそうで明日の朝には集会所で待機していると思われます。貴方達はいつもと同じ時間に向かうだけで他は特に指示する事はありません。合流後は彼女の指示に従って下さい」

「彼女…?なるほど、これはまた麗しきレディとの出会いが待っていると………じょ、冗談ですよアルトリア女史。そのような怖い顔で見つめられたらたまったものではありません」

「…まぁ、彼女が貴方のような者になびくとは思えませんが…。私は今日の夕方の便でドンドルマへ向かいます。こちらへ戻って来るのは…そうですね、早くて五日後か六日後、遅くとも十日後には戻ってきます。それまでは彼女の麾下にいて下さい」

「りょ、了解です!…お姉様の知り合いってどんな方なんだろう…?」

「夕方にもう出るのか。あと二時間くらいじゃねぇか?」

「そうですね。それでは各自、武器防具の手入れを怠らないように明日に備えていて下さい。特に最近装備を新調した二人は念入りにしておくように」

 

 ヴォルグとプレテオは初心者装備から既に脱していた。ヴォルグが纏うのは攻撃力を上昇させる効果があるというバトルシリーズで担いでいるのはアギトと名の付いた無骨な大剣だ。バトルシリーズが少々見劣りするが本人曰く、大剣を扱うのに他の余計な効果はいらないとの事。難しい事を考えずにただ真っ直ぐモンスターと向き合うヴォルグらしい言葉である。

 一方、プレテオはゲリョスシリーズにアイアンストライクを担いでいた。あまり格好いいとは言えない見た目だがハンマーに有用なスタミナの消費を軽減させる効果があるという。他にも、素材元のゲリョスらしく毒に対する耐性が付いていたりしていて下位のハンマー使いにはかなり人気の高い防具だ。若干、腹が減りやすくなる効果もあるが装飾品で十分抑えられる。いくら貴族だなんだを掲げるプレテオでも流石に狩り場では有用性を優先するようだ。

 香奈も若干ながら装備を新調している。相棒である荒縄鼓砲には調緒の銘が付き、お気に入りの防具であるウルクシリーズは鎧玉で強化を施していた。香奈はウルクシリーズを脱ぎたくないと言って憚らない。随分と気に入っているようである。

 そして各々が集会所の前で解散する。ここ2ヶ月で当たり前となった光景だった。

 

 

 

 

 

「よっ。待ったか?」

「…待ったか待ってないと言えば待った待った方だけどこの返しは野暮なのかしら」

「相変わらず、堅物なのな。まぁ適当に飲もうぜ」

 

 集会所から離れた食堂。

 ヴォルグとリリーが出会ったその場所はいつしか二人が逢瀬を重ねる憩いの場となっていた。

 

「HR3への昇格、おめでとう。ティガレックスが相手って聞いたけどどうだった?」

「個人的に言えばやりやすい相手だったな。その前のネルスキュラやガララアジャラみてぇな搦め手を使うやつの方が俺にとっては苦手な方だ。ティガレックスは何かと分かりやすい動きばっかしてたからな。リリーはどうしてた?」

「別にいつも通り。町をぶらついて、採集したりして、団長と世間話してた」

「前みたいに名指しで依頼がきた事はないのか」

 

 リリーはバルバレに戻ってきた頃と変わらずのんびりした日々を送っていた。ただそんなリリーも例外的にモンスターの狩猟に赴く事がある。リリー程の高名なハンターともなれば自分から受付で依頼を探さなくても名指しで指名される事があるのだ。依頼者が何かとギルドにとって無視出来ない相手ばかりなのでリリーも依頼を受諾する他無い。最近ではどこかの王女様のためにキリンとその亜種を狩猟してこいと古塔に出向いたばかりだ。勿論、難無くこなしている。

 

「HR3からはまた違ったモンスターが相手になるわ。アルトリアは何か言ってた?」

「それなんだけどよ、あいつ、しばらくバルバレから離れる事になったらしくてさ」

 

 ヴォルグが明日の事情を説明する。聞いたリリーは何故自分ではないのかとちょっぴり臍を曲げていた。どこまでいっても実力があるだけの一般ハンターであるリリーではギルドの裏事情よりお呼びがかかるなんて事はまず無いだろう。ただ何となく、ヴォルグと一緒にいたいからだというリリーの気持ちを察したヴォルグは堪らず苦笑した。これで自分に対しどういう気持ちでいるのか分からないと言うのだから面白い。

 

「この後どうする?またゆっくり採取にでも行くか?」

「…んー…。いい。今日はここでヴォルグと飲んでいたいな」

「そうか。男の前で酒に呑まれるなんてような事は止してくれよ。こないだなんか大変だったんだからな」

「それは…善処する。…けど君に介抱されるのは、なんだか良かった」

 

 夜は更けていく。

 明日からは更に強力なモンスターが相手となるだろう。それに向けて鋭気を養う。

 ヴォルグにとって、束の間に見せてくれる彼女の小さな笑顔こそが何よりの活力であった。

 

 

 

 

 

 翌朝の集会所。

 常に活気付くハンター達で賑わう集会所だがこの日はいつもとは違った喧騒に包まれていた。野次馬のハンター達がその根源を遠巻きにひそひそと眺めている。

 

「おい、あれって…」

「ギルドナイトだよな。バルバレにヤバいやつでもいるのか?」

「あの銀髪…知ってるぜ、弓で超遠距離からモンスターを撃ち抜く『遠射ち』だろ。あいつに殺られた密猟者は数知れずって話だ」

「超遠距離ってどのくらいだよ。ガンナーで一番射程が長いのはヘビィだろ」

「噂じゃあエリアを跨いだ攻撃らしいぜ。フィールドそのものを高い場所から俯瞰して放つんだとか」

「嘘だろ、信じられんねぇよ。弓でんな事できっか」

「けどそれくらい飛び抜けてないとギルドナイトってやってけないよな…」

 

 集会所の壁に寄りかかり腕と足を組む彼女は目を閉じていた。周囲のざわめきが無いかの如く眠っている。いや寝ているように見えるだけで実際はただ瞑目しているだけかもしれない。アルトリアが見ればこんな真面目な表情があったのかと驚くくらい静かだ。腰の脇に鎌蟹ショウグンギザミの弓、イヌキを抱え彼らが来るのを待つ。

 

「おや?いつもと集会所の様子が違うね。これはどうしたというのかな」

「ざわついてんな。あそこの壁にいる女か…?」

「え、ギルドナイト…。まさかまた御嬢様(・・・)がやらかしたとか…」

 

 三人が揃って集会所に入る。三人とも集会所の様子に驚くばかりだ。

 彼女が薄く目を開ける。時折こうして周囲の様子を確認するのだ。そうして自分の望む者がいるかどうかを確認し───アルトリアが擁する三人を視認する。

 完全に覚醒した彼女は三人に向かっていく。途中まで人がわんさかいたが、魚ののけ反るが如く人垣が割れ道が自然と出来上がった。

 

「えー!こっちに来ますよ!どうしようどうしよう…。御嬢様まさかとうとう、人を手にかけたんじゃ…!」

「落ち着けって。ほら、もう来るから話だけ聞いておこうぜ」

「………」

「どうした、プレテオ。やけに静かじゃねえか」

「いや、何でもない。強いて言えばギルドナイトに思う事があるだけだよ。君の珍しい建設的な意見の通り、まずは話を聞こうじゃないか」

「珍しいは余計だ。…で、ギルドナイトがHR3に上がったばっかの下位ハンターになんか用があんのか?」

 

 ヴォルグが強気に出る。周りでは命知らずな、とか粋がりやがって、などヴォルグの行動を責める野次が小さく飛んでいた。彼女は彼らの前に着くと一転して相好を崩し───。

 

「へぇ。君達がアルトリアちゃんのお弟子さんかぁ。うんうん。ギルドナイトに対してのその物言い、私は嫌いじゃないな」

「…おい、まさかアルトリアの代役って…」

「そーそー。お察しの通り、このギルドナイト、イリヤ・ムウロメツがアルトリアちゃんのいない間君達の面倒を見る事になったの。よろしくね?」

「え、ええっと、む、ムウロメツさんはお姉様とどんな関係なんですか?」

「お姉様…?へー、アルトリアちゃんそういう風に呼ばれてるんだー。私とアルトリアちゃんの関係?一言でざっくり言えば友達かな。堅苦しいの好きじゃないから普通にイリヤでいいよ」

「ハハハ。ギルドナイトと交友関係があるとはアルトリア女史は凄い人脈を持っているのですね」

「そーだよー、アルトリアちゃんは色々凄いよー。まぁほとんど話せる事じゃないんだけどね!」

 

 今この中でイリヤに対する態度が一番おかしいのはプレテオだ。いつもなら美女の一人でも見れば胡散臭い美辞麗句をこれでもかとばかりに垂れ流すくせにイリヤ相手には全く発動していない。長いとは言わないが今まで一緒にパーティを組んできた二人にとってこんな様子のプレテオは初めてだった。

 

「それじゃー、ちゃっちゃっと狩りに行こっか。下位クエ…お、火竜夫妻の狩猟クエあるじゃん。これにしよー」

「え、おい、ちょっと待ってくれ。リオレウス自体俺ら初めてなのに番のリオレイアまでいる二頭クエなんか難易度高過ぎるぞ」

「だいじょぶだいじょぶ。レウスの方は君達に経験積ませるためにそっちに任せるからレイアは気にしなくていいよ。レウスの一頭狩猟クエにしてあげるからさ」

「以前のお姉様みたいに瞬殺するのでしょうか…」

「アルトリアちゃんそんな事してたんだ。少しは注意しておくべきかな…?」

 

 イリヤが受付から依頼書を漁り強引に三人を引き連れる。野次馬はまるで市場に肉として売られていくアプトノスを見るかのような目で見送った。

 

 

 

 

 

 

「巣にいたのが雌じゃなくて雄とか珍しい事もあるんだねぇ。さて、レウス初狩猟の感想は?」

 

 遺跡平原エリア5。

 主に飛竜種が寝床とする場所で遺跡平原の中で最も高所にある。そのすり鉢状になった真ん中の巣で討伐した火竜を横にイリヤは三人の様子を確認していた。

 

「…あー、あれだ、最初「閃光玉ずっと投げてるだけにするね~」って言われた時は何かと思ったがものすげぇ助かった。あいつ飛ばれると面倒くせぇのな。閃光玉調合分必須だわあいつ」

「百発百中でしたよね、閃光玉。やっぱ実力のある方ってそういうとこも凄いんでしょうか」

「別に閃光玉くらい慣れてればこれくらいできるよ。さて、今度はレイアを探そうか」

「…何故、巣にいたのが雌ではなく雄だったのでしょうか。そこが少し気がかりなのですが」

「たぶん、まだ番じゃなかったんじゃない?」

「まだ…?」

「推測なんだけどここは元々今狩ったレウスの縄張りでそこにレイアが紛れ込んできたとかじゃないかな。お互いまだ見知らぬ者同士だったから遠くで雄が戦っても雌は知らない事だから反応してこなかった、って感じ?」

「おお~。あたしじゃそんなに分かりません」

「だな。こういうのは流石ギルドナイトって言ったところか」

「…まぁギルドナイトというのはモンスターを狩るだけに及ばず様々な事を生業とすると聞きますしね。こういう事も仕事の一環として必要な能力なのでしょう」

「確かによくやるね~。…さて君達はここで待ってて。今からさくっとレイアを殺ってみせるから」

 

 イリヤは今いる場所から更に上、突き出たてっぺんへと器用に登っていく。イリヤのこの行動には三人とも疑問符しか浮かばない。雌火竜を探すと言っているのに山を登る意味が分からないのだ。

 

「おーい!何やってんだ、イリヤ!登ってる意味がわかんねぇぞ!」

「いいから見ててよー!ここから討伐するからそっちは私の指した方向を双眼鏡で見てるといいよー!」

 

 イリヤが指した方向にはエリア4が見える。クエストに行く前、イリヤに持っておくよう指示された双眼鏡で覗いてみると流れる小川から水を飲んでいる雌火竜の姿が確認できた。こうして発見出来たは良いがここからどうするのだろうか。

 と、三人が双眼鏡で見る雌火竜に変化が起きた。突如として雌火竜の頭や背に矢が突き立てられていく。それもそこらのハンターが放つような一撃ではなく中れば地面すらも砕きかねない一条だ。それが一つ二つというレベルではなく超局所的な雨のように雌火竜へ降り注いでいる。雌火竜は全く認識出来ない攻撃に対処する術もなく反撃も出来ないまま一瞬で沈んでしまった。

 唖然とする三人。アルトリアもそうだがこんな常識はずれのハンターが上にまだいるのか。ようやくハンターとして少しずつ進んだばかりの三人にとってイリヤは別世界の住民にも思えた。

 イリヤが山の頂上から降りてくる。別段、特に変わったところも無く平時の様子だ。

 

「どうだったかな。割りと、ギルドナイトっぽい格、見せる事が出来たと思うけど」

「なぁ、あんた…双眼鏡持って無かった…よな?」

「裸眼だよ~。これが私の普段のスタイル。相手が認識出来ないところから一方的に狙撃するんだ。位置さえ分かればどこであろうと射ぬいてみせる。ついでに言うとあの矢の威力や連射速度も私独自のものだね」

 

 あっけらかんと笑うイリヤ。なんというか、まるで2ヶ月前、初めてアルトリアと会った時の既視感がある。

 アルトリアが帰ってくるまで、また違う一時を過ごす事となる三人だった。




与太話
アルトリア「これで懲りたでしょう。しばらくは大人しくしていて下さい」
角竜「………(気絶している)」
セレット「久しぶりのアルトリアさんだニャ!嬉しいニャ!」
アルトリア「お元気なようで何よりです、セレット。ウェールズも以前よりは力を付けたようですね」
ウェールズ「………」
セレット「アルトリアさん、今回は帰ってきたとかじゃないって言ってたけど…」
アルトリア「ええ。少し、お偉方に呼ばれまして森の様子を見てくるように言われたのです。申し訳ありませんがすぐにまたここを離れます」
セレット「そっか…それは仕方ないのニャ。いつでもここで待ってるからアルトリアさんはまた頑張ってくるといいニャ」
アルトリア「ありがとう、セレット。ではまた」

…一週間のうち月火に投稿するのがモットーです


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act-19 腕自慢祭

 ここからは与太話も無く駆け足で話を進めていきたいと思います。年内に「アルトリア編」の区切り付けたいのですよ。
 うん、twitterでも垂れ流したけど「アルトリア編」の区切りを付けたいんです(大事な事なので)。
 ホントはもっと色々アルトリアをバルバレでどうにかするつもりだったんですが別のものを書きたい欲求に負けてしまいましたw
 ちなみにその別のものっていうのは前々からある構想です。今までにも所々、伏線はばらまいてます。つまり、予定の前倒しですね


「ねー、プレテオ君。私の事、覚えてるでしょ?」

 

 唐突にプレテオへと投げ掛けられたイリヤの一言。その言葉にヴォルグと香奈は驚くばかりしかない。

 

「ええ、まぁ。あの時の貴方がこんな性格だとは思いませんでしたが。良い機会ですし、過去を精算するという意味合いでも昔話を始めますか」

 

 

 

 

 

 

 クエストを達成した一行はヴォルグの薦めであの集会所から離れたリリー行き付けの食堂に来ていた。ギルドナイトであるイリヤの存在のおかげでいらぬ視線が突き刺さるのを全員が嫌ったための提案だ。普通に食事をしようかと柄にも無くヴォルグが誘い席に着いたところ、いきなりイリヤがそんな言葉を放ったのである。

 

「えっと…お二人は知り合いなんですか?」

「ちょっと違うなぁ、香奈ちゃん。お互いがお互いを一方的に知ってるというかねぇ…」

「プレテオが苦い顔してたのはそのあたりか…」

「…まだ僕が子供の頃、4歳くらいの話なんだけどね───」

 

 プレテオの生家ロッツェル家は今より百年程前、プレテオの曾祖父が商人から成り上がった比較的新興の貴族だ。大商人としての才覚を認められた曾祖父は、領地と爵位を賜り経営者としての手腕を存分に振るった。祖父の代で男爵から子爵に成り上がる程、大きな功績を残したらしい。

 

「それが崩れたのは父の代でね。言ってしまえば、父には領地経営の才能が無かったんだ。幾つかの事業に失敗して多額の負債を抱えた。それらを解消するために先代が残した財産にも手を付けて空にした。そんな折に、僕は生まれた。僕は晩年の子でね。こう言ってはなんだけど、兄上二人を育てあげた時点でこれ以上家にお金を掛けるつもりは父に無かったんだ…」

「んー…、色々と詳しくは話せないんだけどギルドの職員と癒着して不正に儲けてたんだよね。とにかく貴族としての体裁を保ちたかったのかな。まぁ、豪遊してたよ。それを見付けて取り締まったのが私とその部下なんだ」

「家に踏み込んできた貴方達ギルドナイトを見て、最初は何が何だか分からなかった。後で父が不正を行っていたと聞いて頭では納得したけどね、汚職の証拠を探すために家のあちらこちらを荒らしていく貴方達は幼心に焼き付いている。トラウマ、というのが正しい表現かな。まさかその張本人と再会する事になるとは思ってもみなかった」

 

 自嘲気味にプレテオがグラスを揺らす。

 なるほど、確かに悪いのはプレテオの父でイリヤが咎められるところは何も無い。だが感情は別だ。プレテオにとってギルドナイトは自身の家を荒らす侵略者に見えたのだろう。

 不正が暴かれたプレテオの父は少なくない額の金銭を支払う事になり子爵から男爵へ降格、同時に長兄へと当主の座を渡した。今では己を省みて、農民と混じり農作物を育てているという。

 

「あの時の貴方は随分と"らしい"顔でした。まさかここまではっちゃけていたとは…」

「そりゃー、ああいう時はギルドナイトらしい厳格な態度示さないとだからねぇ。舐められて良い職務じゃ無いんだよ」

「なぁ、ちょっと良いか?」

「なんだい?」

 

 話を聞いていたヴォルグと香奈には極めて単純な疑問があった。以前はデリカシーの欠片も無いヴォルグだったが今ではリリーとの付き合いの中でそのあたりの事を考えられるようになっている。そのため質問の役目は香奈に譲る事にした。

 

「そのー…、男の人がいる場でこういう事聞くのって失礼かもしれないんですけど、イリヤさんって何歳なんですか?見た感じ、あたし達とそんなに変わらないように思えるんですが…」

「あ、そっかー。そういう風に思っちゃうのは仕方ないよね。よし、可愛い可愛い香奈ちゃんにだけ私の年齢を教えてしんぜよう」

 

 大仰に頷きイリヤが香奈に耳打ちする。聞いた香奈は驚きに目を見開く。

 

「えー!全然そんな年には見えないです!何か特殊な美容でも心掛けてたりするんですか?」

「そういうのは特に無いよ。ちょっとズルいかもしれないけどこれは私の生まれ持った特性なんだ」

「生まれ持った特性…?」

「私ねー、耳が尖ってないから分かりにくいけど竜人族と人間のハーフなんだよ。竜人族が人間よりずっと長く生きるのは知ってるでしょ?私はね、人間より長く生きて、竜人族よりは短い寿命を持ってるんだ」

「あー、なるほど。普通の人間より老化速度が遅いのか。にしても竜人族と人間のハーフだなんて初めて聞いたな」

「中々いないと思うよ。私だって自分以外に同じ人がいるなんて聞いた事無いし。私の親に話が聞ければまた別なんだろうけど、顔も知らなきゃどこにいるかも分かんないし」

 

 三人が顔を曇らせる。今の時代、どうしようもない理不尽によって家族を亡くすのはありふれている不幸の一つだ。そうでなくても、顔も覚えられないうちに親元から離されるなど真っ当な人生を歩んできたとは言い難い。ギルドナイトという職務に就いているのだ。孕むものなど、一つ二つで済むわけがない。

 

「やだなー。私はそんなに気にして無いんだよ。だからそんな顔しなくたっていいって」

「まぁ、気にして無いって言うんだったらそれで良いんだろうが…」

「なんかね、二人してハンターやってたみたい。で、ある時を境に行方不明だってさ。聞いたところで顔を知らないわけだから、ふーん、ってなるしか無いんだけど。私は父さんの知り合いだって言う人のとこで育てられたんだけどさ、そこの人曰く、父さんには全然似てない顔だって。母さんが竜人族だったみたいだけど耳以外は全部母さん似なんじゃないかって。だから、仮にどこかで父さんと会う事があっても気付くのは難しい感じかな」

「同じ姓を持ったやつを探すのはダメなのか?」

「それは無理。だってこのムウロメツって名字、村の名前だもん。父さんや母さんの名字を受け継いだわけじゃないんだ。本来なら違う名字があるはずなんだけど育ての恩人は教えてくれなかったから仕方無く村の名前を名乗る事にしたわけ」

「親の名前も分からないのですか?」

「母さんは知らない。恩人さんは母さんの事を知らなかったみたいだから。父さんは…確か『キリツグ』って名前らしいよ。何でも、香奈ちゃんと同じ東方の生まれなんだって」

 

 普通なら話す事も憚れるような内容だが、やはりイリヤは気にしていないらしい。世間話をするような気安さで自身の内情を話していく。無論、ギルドナイトとして口を慎むべきところはしっかりぼかしているが。

 

「まー、私の事はいいんだよ。それよか腕自慢祭の事だ。もうそろそろだと思うんだけどね」

「あ、それは聞きました。あたし達の上位昇格試験がそれになるかもしれないって」

「腕自慢祭のルールは知ってるよね。クエストこなして緊急クエストを貰うような形となんら変わり無いんだけどそれをソロでこなすのが腕自慢祭なんだ。香奈ちゃんは例外だから違うけど君達二人は今まで他のハンターと問題を起こすからアルトリアちゃんとの強制パーティを組んでた。それが、腕自慢祭に限っては外れると思うよ」

 

 神妙な面持ちで頷く三人。流石にソロで何らかの対人問題は出ないだろう。そうでなくても今の彼らなら特に揉め事を起こす事は無いはずだ。少なくとも今の彼らに懸念事項は無い。

 イリヤが懸念しているのは別の事だった。自身の本来の任務。このところ、大砂漠にて彼らが回遊するにはまだ早い時期だというのに豪山龍の姿が管轄地域で確認されている。前までは傷だらけの個体ばかりだったが、つい最近になって豪山龍の死体が近辺の岩場に打ち上げられた。全身が何者かに噛み砕かれたかのような傷を負っていたらしい。やもすれば、豪山龍を越える驚異がバルバレに迫ってきているのかもしれない。

 

「………ま、今のところは考えるだけ、無駄なのかね」

「?イリヤさん、何か言いました?」

「何でもないよ。さ、美味しい料理、食べちゃおうか。ヴォルグ君は背後に控えてる英雄さんを何とかしてね」

「なにっ!?」

「ずっと、はしっこの方にいたのに…。どうして気付いてくれないの…?」

 

 ヴォルグの後ろからにじり寄る影。ヌっと唐突に現れる様はまるで、神話に語られる怪物ラミアのようだ。そこからヴォルグの首根っこを掴んでいつもの席に連行するリリー。骨は拾ってあげるよ~と縁起でもない事をのたまうイリヤとハラハラした様子で見る香奈。そして驚いた顔でヴォルグとリリーを見るプレテオ。

 

「…待ってください、あのレディとティーガー君の関係は一体…?」

「説明しなくちゃならないんですか…。どうしてあたしはいつもこんな役回りなんだろ…」

 

 今更になってようやく、リリーの事を知るプレテオであった。

 

 

 

 

 

「さて、久方ぶりのバルバレですが…」

 

 七日後。

 この世界の故郷からバルバレに戻ってきたアルトリア。途中、報告するために寄ったドンドルマにて大長老よりイリヤの任務、腕自慢祭の概要を聞いている。アルトリアはパーティが外れている間、イリヤと共に行動し、同じ任務を全うせよとの命が下った。聞けば既に前哨戦となる豪山龍に挑む権利を獲得するためのクエスト群が発布されているらしい。

 まずは三人とイリヤに会う必要がある。自分がいない間、どのようなクエストをこなしたのか。三人に問題は無かったか。監督者として把握する義務がある。

 

「それにしても、この人の多さには参りますね…。祭りの影響なのでしょうが、これでは集会所など堪ったものではない…」

 

 例年より早く、この七日間の間に祭りの開催が宣言され、富と名声を求めたハンターやそれを相手に稼ぎたい商人達で往来は人でごった返している。元より人の出入りが激しいバルバレだが平時より増して、人の海が出来上がっていた。向かう道すがら、度々ハンターや大荷物の商人とぶつかりそうになる。それらを何とか掻き分けてアルトリアはバルバレの集会所に辿り着いた。

 

「おー、久し振りのアルトリアちゃんだー!そっちはどうだったー?」

「久し振りですね、イリヤ。代行、請け負ってくれて助かりました。こちらは特に変わり無いです。三人はどうしているのですか?」

 

 集会所は想定していたものよりそこまで人混みはひどくなかった。人自体はいつもの数倍多いのだがイリヤが陣取っている酒場のテーブル席周辺だけぽっかりと空間が空いている。大多数のハンターがギルドナイトであるイリヤを恐れた結果だろう。その席に座りイリヤから話を聞く。

 イリヤによると、三人は豪山龍に挑むためにそれぞれソロでクエストに出向いているらしい。アルトリアがいない間、特に問題を起こす事は無かったそうだ。イリヤから見ても将来性に期待出来る実力を持っていて最初に出向いた火竜の狩猟以外は手助けらしい手助けを一切していないという。遠からず、アルトリアの庇護から旅立つだろうというのがイリヤの見解だった。

 それを聞いて満足するアルトリア。士郎に剣を教えた時とはまた違った教導だったので内心、自分が責務を果たせているか不安だったのだ。

 

「まぁ、こういったあの三人に関する諸々の事は置いといて…次が本題。アルトリアちゃんは大長老から聞いてるよね?」

「ええ。…しかし、このような人の多い場所で任務の事を話して構わないのですか?」

「あ、それは大丈夫。だってこれ極秘事項でも何でも無いし。多分上位ハンターだったらみんな知ってるんじゃないかな。ダレン・モーランがおかしいって話。それを調べるのが私達の任務なんだけど正直、規模が規模だからね。ある程度話の分かる上位ハンター達に協力を取り付けてるよ。大砂漠を長い時間調べる事になると思うから撃龍船を自前で持ってるハンター達に協力して貰うんだ。私達もギルドが用意した撃龍船に乗って、大砂漠を広い範囲で調査する事になる。かなり大掛かりな任務になると思うよ」

 

 出発は明日未明、日がまだ登らない早朝の時間だ。三人に直接会う事は叶わなかったが話が聞けたので良しとする。

 

「彼らと次に会えるのは任務が終わってからになりそうですね。それまで、またよろしくお願いします、イリヤ」

「こっちこそ、アルトリアちゃんがいれば百人力だよ。どうなるのか分かんないけど場合によっては本気の色々、ぶちかましちゃって平気だからね。手前勝手な話だけどあの黄金の一撃、期待しちゃってるんだから」

「あれは最後の最後、本当に奥の手と言えるものです。あまり大っぴらに見せるつもりは無いのですが…必要な事態となれば躊躇わず、星の光を放ちましょう」

 

 かつて、聖剣が破れたのは彼の英雄王ギルガメッシュの持つ乖離剣ただ一つのみ。逆に言えばそのレベルの代物を持ってこないと聖剣に打ち勝つ事は出来ない。良くて聖剣よりランクの高い対城宝具を使ってなんとか競り勝つぐらいが関の山だろう。常勝の王はここに健在だ。例え如何なる敵が相手でも自身がこの剣を担う限り、負けは有り得ない。

 聖剣の誇りを胸に任務に臨むアルトリアであった。




与太話が無い代わりどっかのネとか実とかのそれっぽいうちのマオウ角竜の特殊行動講座(作者の思いつきです)

・超咆哮
 普通の咆哮ではなくCSには無い超高級耳栓じゃないと防げない咆哮。叫び終わった直後にディアを中心とした円状の砂の波が一瞬発生する。砂の波にはほとんどダメージは無いが当たると大きく吹っ飛ばされる。フレーム回避やガード、穿龍棍などのジャンプ回避で対処可能。これで吹っ飛ばされたハンターがいるとそのハンターを狙って下記いずれかの独自行動に派生する。

・突進→サマーソルト
 一人を狙っていつもの突進を繰り出し終わり際に勢いを利用してレイアやガルルガみたいなサマーソルトを繰り出す。怒り時には尻尾を払った前方に砂の波が発生。レイアやガルルガと違うところは翼を用いているのではなく純粋な脚力で行っているため羽ばたいてから着地という彼らにある隙がほとんど無い事。尻尾が一瞬大きく下がるため低打点武器は尻尾攻撃のチャンスになる。

・四股踏み四回→岩盤砕き→飛びかかり
 フロンティアではお馴染みの即死コンボその1。覇種黒レイアが最終形態時に移行する際の四股踏みを右足から始めて四回高速で行う。その後に一瞬間を置いて大きく飛び上がり地面を砕いて岩盤打ち上げ攻撃。打ち上がったハンター一人を捕捉し飛びかかる。打ち上げ飛びかかり共に即死威力。岩盤砕きの範囲はディアの体長程度でそこまで広くない。四股踏みに当たると強ダメージと共に大きく吹っ飛ばされるため回避が間に合わない場合はわざと四股踏みを喰らって範囲外に逃げるのがベスト。ちなみに打ち上がったハンターが一人もいないと通常の突進に派生する。

・潜行→岩石放出→飛びかかり
 即死コンボその2。たぶん一番凶悪。いつもの潜行で地面に潜りこんだあと、地響きと共にエリア内にいる全ハンターの足下から岩石が放出する。岩石放出を喰らうと大きく打ち上げられディアから地中からの飛びかかり急襲を受ける。例によって岩石放出飛びかかり共に即死威力。岩石放出は出る直前、足下から砂煙が噴出するので慣れればコロリンで回避可能。ガードでも対処可。岩石放出を喰らったハンターがいないといつもの地中からの急襲になるため攻撃を凌いだからといって油断しないように。

 なおこの二つの即死コンボは技の性質上、全員が一度に喰らうと再燃や根性札Gが無い限り一人の乙が確定する。また、飛びかかり自体には他のハンターに対しても判定があるため仮に全員が一塊になって初撃を喰らうと追撃の飛びかかりで悪夢の同時四乙を拝む羽目になる。

 私が勝手に思い付いたゲーム風うちの子マオウディアのオリジナル行動は如何でしょうか。フロンティアやってないと分からない言葉が多数あるでしょうがこれを期に調べてみてフロンティアに興味を持ってくれたらなとか思ってます。
 次回から…先に予告しておきますが二次創作だからこそ出来る内容になります。色々とまたやらかす…!


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act-20 古船艇、楼閣に座礁せり

 やること多すぎて困るエドレアです。
ざっとやりたい事挙げると、
FGO第7章
MHF-Z
PSO2
とうとうPS4版が登場したARK
年末のコミケ
…ニコ生情報量多くないですかねぇ。そして、ノッブ。おめでとう。
 そんな中頑張って小説更新進めたいと思います。年内に終わるのかこれ…
 あ、やつの登場シーンからは専用BGM:暴砂の巨城を聞きながら読んでくれると良いかな…?フロンティアなんぞ知らねぇ!って方も調べてみると良いです。本家もそうですがフロンティアもまた神BGMの宝庫ですよ(^^)


 夜の大砂漠というのは昼と比べて、どうしようもなく閑寂としている。目ぼしいものが無いからだろう。撃龍船が砂を突っ切る音と風がごうごうと吹き荒ぶ音。声をあげる事が無ければこれしか主張するものが無い。昼であればその壮大さに心を打たれる事はあるだろう。地平線にまで続く砂の海に遮る物が何もない青空は、人を開放的な気分にさせてくれる。それが、薄暗く星照らす夜空に変わっただけで密室の空間に閉じ込められた気分になった。夜行槌【常闇】というハンマーがある。その一撃はまるで、夜の重さがそのままのし掛かってきたかのような、と比喩されているがなるほど、夜を重さに例えるとこういう事なのだろう。空が夜という蓋に閉ざされているようなものだ。

 そんな感傷的な事を柄にも無く、イリヤは考えていた。目の良さを活かし船首に立って見張り番を務めている。後ろではアルトリアが船の真ん中で何も語らず黙していた。撃龍船の乗組員が船を動かすために奔走してくれている。遠くを見れば、自分達が乗る撃竜船とはまた違った装飾が施された撃龍船が複数航行していた。イリヤが声をかけたハンター達の総数はかなり多い。現在、撃龍船はイリヤ達が乗っている船も含め30隻が大砂漠に出航している。

 

「…夜が明けてきたねぇ」

 

 誰に聞かせるわけでもなく、小さく呟くイリヤ。東から、夜の蓋を開けるかのように日の光が地平線より顔を出している。

 ここまでで何も成果は無い。豪山龍に出会う事も無く、無為に時間を浪費していた。伝書鳩を使って他のハンター達と船と船の間で時折やり取りをしているのだが、何かを発見したという報告はまだ無い。調査はまだ始まったばかり、人海戦術で攻めていけば何かしらの発見はあるはずだろう。

 

 そうして、日が完全に登ってから幾数分過ぎたばかりだろうか。イリヤが持つ超人的な視力が異状を捉える。デルクスの群れが左手前方に見えていた。距離はかなりありイリヤ達が乗る船よりも別の船の方がそれと近い。その船のハンター達も気付いたのだろう。イリヤが声をあげるよりも先にその船から大銅鑼が鳴り響く。加えて空高くに緑色の信号弾。これで音の届かない範囲にいる他の船にも報せが届く。

 俄に騒がしくなる船内。アルトリアが乗組員に迎撃設備の用意を指示していた。本来なら一介のハンターでしかない彼女だが、イリヤから撃竜船の概要を教えて貰い指示をする立場を任されたのだ。アルトリアに気負いは無い。指示をすること、人の上に立つという事に慣れているように見受けられる。カリスマ、というのを獲得しているのだろうか。イリヤにはそう感じられた。あの森しか知らないというのなら身に付かない能力のはずだが一体どういう生き方をしてきたのか。イリヤのアルトリアに対する興味は尽きない。

 

「さて、あいつらがいるって事は下にダレン・モーランが控えてるって事なんだけど…アルトリアちゃんは一度見た事あるんだっけ?」

「ええ。バルバレに初めて行く際に一度、迎撃しました。あの時はすぐに退却してくれましたが…」

「今回はね、襲ってくるのなら勿論迎え撃つけどまず始めにどういう状態か確認するのが仕事の一つなんだ。最近見かけるようになったダレン・モーランのほとんどは傷だらけだからね。もう少し詳しく調べる必要があるんだ」

 

 徐々に豪山龍へと接近していく。既に一番近くにいた船は豪山龍と戦闘を開始していた。バリスタと大砲の音が散発的に鳴り響く。イリヤの目から見て豪山龍の様子は他の報告にある通り、戦闘を開始する前から傷を負っていた。目に見えて目立つのは彼らの象徴である角だ。その先端が大きく欠けてしまっている。

 とうとう到達し豪山龍を右側から挟み込むような位置に着いた。アルトリアがバリスタを準備しイリヤが弓を構える。豪山龍は先に敵対していた船に気を取られているようでイリヤ達の船には一才目もくれない。

 絶好のチャンス。さぁ今こそ攻撃を仕掛けようとしたその時───。

 

「ッオオオオオオオオオ!!!???」

 

 豪山龍が痛みに呻く声を上げた。先に攻撃していた船によるものでも、アルトリアやイリヤの攻撃によるものでもない。豪山龍の腹の下から血とはまた違う赤い何かが覗いている。それに噛みつかれ豪山龍は砂の中へと姿を消していった。

 

「え…?嘘でしょ!?そんなまさか…!」

「イリヤ、今の何かを貴方は知っているのですか?」

「知ってるけど、だってあいつ、この地方にいるだなんて聞いた事が無いよ!…まずい、いくら精鋭を揃えたつもりでもあいつの相手だけは絶対にやばい…!」

 

 イリヤはその姿を知っていた。過去メゼポルタにおいて仕事をした時に遠目からその姿を偵察した事がある。体長こそ豪山龍に劣るものの、体高は確実に上回っておりその圧迫感は並のモンスターの比では無い。

 豪山龍が再び姿を現したが後方へ逃げるようにまた消えていった。おそらくこの場へ再び姿を現す事は無いだろう。豪山龍を上回る驚異が確かにここにいるのだから。

 豪山龍が消えてしまったイリヤ達の船と先に戦っていた船の間。豪山龍がいなくなったその空間にそれが完全に姿を現す。赤い。豪山龍も全体が赤色で覆われていたがあれはどちらかというと金属が錆びた赤茶けた色だった。こちらは違う。まるで、祭りか何かで人を鼓舞する時に使われるような鮮烈さを持つ赤色だ。体の各所にある突起物は黄色がかった白。それが、言ってしまえば亀のような姿形をしている。知る人にとってはあまりにも場違いなその威容。

 弩岩竜オディバトラス。

 近年になってセクメーア砂漠で発見された新種のモンスター。翼は無いが、その骨格から覇竜や崩竜と同じく前足が翼に進化する前の、始源の姿を保ったまま独自の進化を遂げた飛竜種に分類される。最大の特徴は砂を扱う能力で、顎にある格子状の吸引器官から周囲の砂塵を吸い込みそれを体内で圧縮、岩にして背面の甲羅にある幾つもの砲口からそれを射出する。砂を攻撃手段とするモンスターは他にもいるが本種の持つそれは、それらと段違いの威力と攻撃範囲を誇り、特に甲羅の前面に見える一際大きい砲口の砲撃は如何な防具に身を包んでいようと喰らえば五体四散するのは免れないだろう。食性は雑食で鉱物だろうが生物だろうが口に入るものは何でも捕食しその巨体に見合った量を求めて出現した地域一帯を食い荒らす。あまりにも巨大なため一挙一動が砂を巻き上げそれが原因で砂嵐を起こしてしまう事も。一説によれば、セクメーア砂漠が現在のような更地になってしまったのは本種が暴虐の限りを尽くしたせいだとされるほど本種の危険度は高く、間違いなく古龍級に認定されるレベルのモンスターだが意外にも巨体と反比例するかのように目撃例は少ない。一生の大半を砂の中で過ごし活動期になると地表に出てくるいう生態を持つためだ。その生態から《砂上の楼閣》の異名を持つ超弩級モンスターである。

 

 イリヤが赤色の信号弾を空に三発撃ち上げた。最高レベルの緊急事態発生を意味している。

 正直言ってイリヤは引き返したかった。装備のインフレ化が進んだメゼポルタなら一人でもやつを討伐する事のできるハンターならいくらでもいる。しかし、ここはバルバレ管轄地域。今いるハンターではどう頑張ってもやつを相手にするのに力不足だ。圧倒的にこちらが不利。イリヤの剛弓でもやつに傷を付けるのは至難の技だ。根本的に攻撃力が足りていない。

 弩岩竜は背面の砲口から岩の雨を射出してきた。豪山龍が出す岩弾を嘲笑うかのような物量の岩雨である。精度を重視したものではなく量で押し切るような攻撃だ。アルトリアが指示を出し船体を回避させるよう命じる。もう一隻の船も同じ動きだ。弩岩竜から遠ざかる。幸いな事に範囲は豪山龍よりも広くはなく、岩弾に当たる事無く難を凌げた。

 

「ちょっと近付くのはまずい、遠くから砲撃する事に専念して!あいつの攻撃を直接喰らったら一撃で粉砕される!」

 

 今回の異変の原因はこの弩岩竜の仕業だろう。であれば討伐するのが責務だが現状では厳しすぎる。本来、弩岩竜の狩猟は通常のモンスターと同じく真っ向から相対して行うものだ。今回のような迎撃設備を使った狩猟ではない。頭や爪を普通に武器で攻撃していくのだ。それが今回では叶わない。この大砂漠という環境が弩岩竜にとって極めて有利な恩恵をもたらしている。弩岩竜も豪山龍と同じく砂の海を泳ぎながら移動しているのだが体格の関係上、本来の狩猟ならば狙い目である頭や爪といった部位が砂の中へ隠れてしまう。そうなると攻撃できる大半の部位が弩岩竜の体の中で最も硬い背面の甲羅だけになるのだ。どのモンスターでもそうだが硬い部位ばかり攻撃し続けるのは狩猟上あまりよろしくない。潜口竜ハプルボッカが今の弩岩竜と似た行動を取るがあちらと違ってこの大砂漠の環境上、砂の上に引きずり出すのは不可能だった。

 

「イリヤ。どうするつもりなのですか。話を聞くに、有効な手立ては無いように思われますが」

「…んー、アルトリアちゃん頼りの案になるんだけどさ、アルトリアちゃんは普通の地面の上でならあいつを相手取れる?」

「お任せを。このような場所ではいざ知らず、平地なら真っ向から相対して遅れを取る事はありません。何とかして決戦場に追い込めば、その後は私が仕留めます」

「言うねぇ。…よし、とにかく決戦場へ追い込む事に頑張ってみようか。あいつの速度自体はダレンと比べて結構遅いし捕捉し続けるのは簡単な方だね。ダメージを与えるというよりはちょっかいをかける感じであいつの注意を惹いて誘導してみよっか」

 

 イリヤとアルトリアが作戦を立てる。

 この場において最も実力のあるハンターはアルトリアだ。他の何も知らないハンターが聞けば歯噛みするだろうが、決戦場に追い込んだ後はアルトリアに全てを任せるつもりでいた。現状ではこれしか取れる手段が無い。

 イリヤから全船に弩岩竜の概要と作戦の内容が伝えられる。アルトリアが、というのは伏せられてはいるが決戦場で仕留めるのは自明の理だ。続々と多くの撃龍船が弩岩竜の周辺に集まってくる。弩岩竜の前方や後方や距離の遠近、様々な位置に多くの撃龍船が位置取り弩岩竜を射程圏内に捉えた。相対する船が増えたおかげで弩岩竜の出す岩雨にも引けを取らない物量のバリスタが弩岩竜に絶え間無く撃ちこまれる。大砲の音も散発的なものではなく一斉射撃で制圧することを重視してか一際大きい爆音が一定感覚で発生していた。兵器の全てを指示しているのはアルトリアだった。

 

 アルトリアにとっては初めて見る良く知った光景だった(・・・・・・・・・・・・・・・)。要は戦争だ。豪山龍が古船艇なら弩岩竜は戦艦。あれを一つの兵器と仮定し多対多の戦いだと想定すれば自ずと何がどう最適なのかを判断できる。

 

「一切途切れる事無く攻撃を続けなさい。奴に暇を与えるな」

 

 声を荒げる事は無く冷静に指示をするアルトリア。船同士の距離が近くなった関係か、自身の船だけでなく他の船にも指示を出していた。本来ならどこの誰とも知れぬ相手にハンターが従うような事は無いはずなのだがアルトリアの持つカリスマ性は、彼らに疑問すら感じさせる事も無く従わせるのに成功していた。怒号が飛び交う中で泰然自若に構える姿は一種の安心感を与えてくれる。

 大きな被害も無くこのままなら作戦通りにいけるとほとんどのハンターが順調さに心を踊らせる中アルトリアだけは違った。

 

(妙だ…。何故やつは仕掛けてこない…?)

 

 アルトリアの直感が警鐘を鳴らす。弩岩竜は背面の砲口から砲撃を続けるだけで他に攻撃らしい攻撃をしていなかった。その気なれば船体に衝突して被害を与える事も可能なはず。そうでなくても砲口から岩雨を射出する以外に遠距離攻撃があるはずだろう。それすらも無いとは一体どういう事なのか。

 イリヤもアルトリアの直感程では無いにしろ上手くいきすぎている事に若干の不安を感じていた。注意を惹く事には確かに成功している。バリスタや大砲のほとんどは弩岩竜の甲殻に汚れを付けるだけで傷らしい傷を負わせる事は出来なかったがそれで良かった。役目は確かに果たせているのだ。しかし何かがおかしい。見落としている事は無いのか。ふと、そんな事を思い攻撃を中断して周りを見渡す。船が集まっている事、遠くに砂塵の山が見える事………いやあんな位置に空高くにまで砂塵は舞い上がっていたか?

 イリヤが異変に気付く。そもそも自分達は決戦場に誘導しているつもりだが肝心の位置をいつの間にか見失っていた。方位磁石で進んでいる方角を確認し───戦慄する。あの砂塵へ突き進んでいるのだとばかり思っていた。事実その方向へ船は進んでいる。だがあれは本来、大砂漠の中で起きる気流に乗って発生するものだ。そこを目指すというのなら大砂漠の中心部にいなくてはならない。

 だが方位磁石が示した方向は本来と真逆、バルバレを示していた。つまり弩岩竜は───。

 

「アルトリアちゃん、これまずいよ…!あいつバルバレに向かって進軍してる…!このまま砲撃し続けてもバルバレにぶつかるだけだ!」

 

 砂塵のおかげかはたまた天の采配か。砂塵に塞がれた視界の向こうにあるのは我らの市場。いつの間にか狂わされていた方向感覚によって事態は最悪な方向へと転がり出していた。




出したいやつ出せて良かったんだけど何となく出来が今一…でもこれ以上どう書けばいいのか分かんない…。ネタはあるはずなのにスランプ気味のエドレアです(つд;*)いつもより早いのは気にしないでください。そういうときもある。
オディ、武器防具高性能(強いて文句言うなら武器全部無属性なとこ)で曲も素晴らしく個人的には文句の付けようがないモンスターです。MHFがGに移行する前のフォワード時代のトリを務めたとあって演出なども中々に優遇されたモンスター。ある意味フロンティアが根性ゲーと化した理由の一つです。攻撃力がおかしすぎて防御力より根性付けろなモンスターだったらしいので(今ではそこまででもない)
次回でもう決着を付けたいな(願望)


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act-21 弩岩斬り裂くは───

ARK楽しすぎますわ…クラフトや恐竜テイム全部楽しい
おかげで執筆が進まないエドレアです\(^o^)/
だって楽しいんだもん…
さて今回から次章への明確な伏線でも貼っておきますかね


 アルトリア達が弩岩竜と会敵する少し前の事。

 

「…へぇ、こんなとこなんだな、バルバレって」

 

 一人の人間がギルドを見上げる。観光客か何かだろうか。しかし単なる観光客としては祭りで賑わうこの最中とても目立っていた。この辺りではまず見かけない浅葱色の服装───東方における着物───に腰にはギルドの規定には無い普通の武器である刀。見る人が見れば東方からの武者修行に来た流浪人にも見える。だが彼か彼女か、その中性的な雰囲気から漂う気配はいっそ退廃的でその存在を余計に分からなくさせていた。

 

「とりあえず、香奈のやつを探すか」

 

 彼の者は、ギルドの中へふらりと入っていった。

 

 

 

 

 

 

「え、船を丸ごとあいつにぶつける!?」

 

 イリヤが驚きに目を見開く。提案したのはアルトリアだ。このまま通常の砲撃を続けたところで弩岩竜の進攻を防げない。ならもっと物理的に質量のある何かをぶつけるしか方法は無いだろう。無論、船の大破は避けられない。乗っている人員は危険にその身を晒す事になる。だがそれでも、弩岩竜の進攻を食い止めねばならなかった。

 

「イリヤ、このギルドの船は使用に耐えますか?」

「そりゃ一番の基本モデルなんだからそうやって使う分にはあれだけど…アルトリアちゃんが突っ込むつもりなの?」

「やつとぶつかるくらいなら問題はありません。上手く飛び乗って頭をかち割ってやれば最短勝利、ですが、やつを止めるためにはこの船だけでは足りません。後ろから文字通り後押ししてくれるような船も必要になります」

「…それはちょっと難しいかな。撃龍船ってそんな簡単に作れないからみんな失うのを恐れるんだよ。こんな博打みたいな事に乗っかるような人は…」

「なに、単に後詰めしてくれればいいだけです。私が討ち取れなかったら手柄は丸々後詰めした者に渡すと言えば少なからず集まるでしょう」

 

 既に見える位置にまでバルバレは近付いている。最早一刻の猶予も許されない。手段を選んでいる場合では無いのだ。あちらでも進攻する弩岩竜の姿を確認したのか物見の台から警鐘が鳴っている。

 

「いーい!?私のとこの船が前からあの亀野郎に突っ込むからそれ後ろで支えててね!上手くいけば素材とかゼニーとか、いらないってくらいあげるから!」

 

 オオッ!とハンター達から野太い声が飛ぶ。報酬については完全にイリヤの独断だ。とりあえず何とかハンター達を動かせねばなるまい。ここにいるのが脳筋ばかりで助かった。目の前の虚実定まらない餌に食い付いてくれる。

 

「しっかし何でこう、あいつに惑わされる事態になったのかな。砂塵の舞い上がり方とか結構気にしてたはずなんだけど」

 

 イリヤ達が知る事は無かったが今回追い込んでいると惑わされた原因は他ならぬ弩岩竜そのものにある。吹き起こす砂嵐が航行する全船を取り囲むように展開されていたのだ。あまりにも広範囲なためにその異常に気付ける者は一人もいなかった。バルバレ付近になってようやく砂塵が晴れたのである。

 相変わらず弩岩竜はアルトリア達に目もくれず進んでいる。弩岩竜がバルバレを目指している理由は不明だがどちらにしろ被害が出るのは避けられないだろう。その前に動く。

 

 一旦、弩岩竜から距離を離すアルトリア達の船。大きく前進し回り込むよう弩岩竜の前方に位置取る。完全に対峙する形だ。後ろには五隻程の船が付いてくれている。舞台はここに整った。弩岩竜の視界には障害物となりえるアルトリア達の船があるはずだが勿論速度を落とす事は無い。

 

「撃龍槍、準備!」

 

 船に搭載される対モンスター用設備の中で最も高威力の兵器が唸りをあげる。このまま突進しつつ撃龍槍をぶち当てる算段だ。今までのバリスタや大砲などとは訳が違う。流石にこれで傷を与えられないという事は無いだろう。

 アルトリアは船首に立ち眼前から迫り来る赤き巨山をその目でしっかりと見据える。既にバルバレの港の真ん前だ。ここで被害を出すわけにはいかない。

 

「衝突に備えてー!衝突まであと十、九、八、七、六、五、四、三、二、一…!」

 

 船体に衝撃。撃龍槍が弩岩竜目掛けて発射され同時に弩岩竜が船に食いついてきた。揺れる船の上、船外に放り出され他の船に救出される人員も出ている。船は軋み食いつかれた船首はぼろぼろ、このまま沈んでもおかしくはない。アルトリアは───。

 

「ハァァァァァッ!」

 

 弩岩竜が食い付いたその先で魔力放出を全開にし聖剣で必死に進撃を押し留めていた。上段に振りかぶり思い切り弩岩竜の頭を斬り付ける。

 

「オオオオオオッ!?」

 

 この地に来てから初めて人間から受けた痛みに弩岩竜は驚愕と混乱に襲われる。撃龍槍は甲羅を貫く事は無かったがそれでも意味のある一撃を叩き込めた。アルトリアの斬撃は弩岩竜の額に傷を与える事に成功している。

 弩岩竜はここで初めてアルトリア達が脅威になると認識した。であれば迎撃するのみ。アルトリア丸とも喰らおうと船に再度食らい付く弩岩竜だったが───。

 

「揺れていようが小さかろうが、見えているのなら何であろうと射ぬいてみせる」

 

 突如として弩岩竜の右の視界が激痛と共に永遠に閉ざされる。イリヤが揺れる船の後方から弩岩竜の右目目掛けて矢を放ったのだ。超精度を誇る『遠射ち』の二つ名は伊達じゃない。いくら体が頑丈だろうと目だけは例外だ。弩岩竜はパニックに陥り慌てて体を右往左往と暴れ始める。錯乱したおかげか弩岩竜の岩雨もいつの間にか止んでいた。

 

「援護、感謝します。ですがっ…!」

「分かってる!全員船を一旦引いてこいつを至近距離で取り囲んで!ここから一歩も先へ進ませるな!」

 

 船の動きが更に変わる。全員が弩岩竜とほぼ直に触れ合うような位置にまで船を寄せる。入りきれなかった船は遠くから援護だ。弩岩竜は取り囲む船を煩わしく思い薙ぎ払おうとするもののそれをアルトリアが阻む。アルトリアが弩岩竜に与える直接攻撃は例え甲羅に当たっていたとしても無視できない威力を弩岩竜に伝えていた。攻撃を受け続ければこの弩岩竜の中で最硬を誇る背の甲羅であろうとアルトリアは割ってしまう。

 弩岩竜が全てを覆すための賭けに出る。アルトリアの攻撃を受けてなおも耐え今まで以上に砂を吸引する。それを見たイリヤが叫んだ。

 

「待ってアルトリアちゃん!このままこいつの前にいると攻撃がこっちに当たるよ!」

「くっ…!宝具の解放さえできれば…!」

 

 鋼龍と対峙した時とは場合が違う。あのときは鋼龍が宝具の開帳を許してくれなかったがこの場合は味方の存在だ。下手に聖剣を放ってしまえば味方が巻き込まれてしまう。

 弩岩竜が砂に体を埋め甲羅だけを外に出す。これが、弩岩竜の放つ最大技の前兆───。

 

「逃げて!これ以上はホントにまずい!」

 

 弩岩竜最大の砲撃が今放たれる。その一撃、万象を塵芥へと帰さん───。

 

「星光の剣よ───」

 

 アルトリアもまた弩岩竜の砲撃に備えていた。聖剣の光を放つのではなく一点に込める。これはかつての同胞たる湖の騎士の技巧を真似たもの。真似事であるが故に宝具の名も何もないがその一撃、人の理想たるや如し。

 アルトリアの一撃と弩岩竜の砲撃が激突した。

 

 

 

 

 

 

「まさか君が来るとはね。残念だけど香奈君はクエストに出掛けていてここにはいないんだ」

「…なら待つよ。特に急いでる訳じゃないしな」

 

 あの流浪人はギルドマスターと話していた。どうやらギルドマスターは流浪人について知っているようである。

 

「君、急いでいる訳じゃないとは言ったけど次の派遣先が決まっているそうじゃないか。確か温泉が有名なとこだったよね。ここはその中継地だろう。気長に待ってたりしていて良いのかい?」

「別に。ギルドに入っていたりはするけど一員って訳じゃないんだ。後生大事にそっちのルールを守るつもりは無いよ。オレにはそういうの、面倒なだけだし」

 

 ギルドマスターと謎の流浪人が話してる最中、突如として警鐘が鳴る。バルバレに迫る危機。この時既に物見櫓で弩岩竜の姿を職員が確認していたのだ。

 

「騒がしい。なんだこれ、五月蝿いぞ」

「バルバレに何か危ないモンスターが迫っているという合図だねぇ。もしかしたら彼女達が奮闘してくれているのかな」

「…ふーん」

「ちょっと君、どこへ行くつもりだい?砂漠の方は危ないよ」

「その砂漠の方へ観光しに行くんだ。アンタといるよりは暇が潰せるだろ」

 

 そう言って流浪人はギルドから出て行く。観光気分でバルバレに迫る危機を見に行くとはどういう感性の持ち主なのだろうか。外では避難指示とそれに伴う一般人の慌てふためく怒号が飛び交っている。そんな荒れるバルバレ市場をまるで水面で波に揺れる葉の如くすいすいと歩いていく。砂漠方面から逃げる烏合の衆とぶつかるような事は無い。逃げる方向とは逆流しているはずなのだが流浪人はそんなものなど無いかのような振る舞いで歩いていった。

 

 

 

 

 

「ハァァァァァァァァッ!!!!!!!!!」

 

 弩岩竜最大の砲撃と激突したアルトリア。その一瞬は長く永劫にも感じられ、しかし僅かに拮抗したあとすぐに結果は出た。

 

「逸れた…!?」

 

 見ていたイリヤが驚愕に戦く。あれだけの一撃を真正面から打ち勝ってしまったアルトリアに対する驚きも勿論あるが───。

 

「砲弾が上に逸れてって…砲弾がバルバレに当たる…!」

 

 アルトリアが繰り出した一撃は船を守る事には成功したが砲撃を掻き消すには至らなかった。拮抗した砲弾が上に弾かれそのままバルバレにまで飛んでいってしまったのだ。最悪の結末が二人の脳裏に浮かぶ。まだ避難は終わっていないのだ。あのまま市場の方に飛べば大惨事は免れない───。

 

「え…?」

 

 イリヤは見た。その超人的な視力で。

 

「これは…」

 

 アルトリアは直感で感じとった。その濃い死の威容を。

 バルバレ港の真正面にあわや直撃かと思われた弩岩竜の砲弾は着弾する前に砂煙と姿を変えた。何が起こったか分からない。余人はそう思うだろう。

 だが───。

 

「そんな…はず…。いや、まさか、あの目は…!」

 

 イリヤだけは見ていた。何者かの手によって斬り裂かれる砲弾を。そして砂煙に浮かぶ螺鈿の瞳───。

 

「イリヤ…?何が起こったのか分かるのですか?私は強く死の気配を感じとったのですが」

「い、いや…確かに知ってるけどアルトリアちゃんは知らなくて良いって。良い?あれに踏み込もうなんて思わないでね。絶対だよ!?」

 

 どちらにしろバルバレへの被害は免れた。弩岩竜は大きく仰け反った体を起こしゆっくりと地上へと姿を現す。自身の最大攻撃を放ったのだ。これで船など粉微塵だろう。そう、高を括っていた弩岩竜だったが地上を見てみれば自身の砲弾が起こした結果は何も無く。

 姿を現したその隙を狙って飛んできたアルトリアの斬撃が弩岩竜が最後に見たものだった。

 

 

 

 

 

 

「アルトリアちゃん、最後のあれは無いよ。たった二撃を頭にぶち当てるだけで勝てるのは凄いけど下手したら砂にのまれて死んでたんだからね。結果的に命綱がちゃんと機能してくれて助かったけどさぁ」

「すみません、イリヤ。ですが、あの奇跡がそう何度も起こるはずもありませんし次の砲撃を防がねばと思ったのです」

 

 その日の夕暮れ。

 結果としてアルトリア達は弩岩竜に勝利した。アルトリアが弩岩竜に魔力放出を全開にした一撃を叩きこんだおかげだった。ただその行動があまりにも無謀に過ぎたのでこうしてイリヤから集会所でお叱りの言葉を受けていたのだ。

 

「まぁ、そりゃそうだけどさぁ…。モンスターの攻撃とかで振り落とされるのはともかく自分から大砂漠に突っ込んでいく人なんて初めて見たよ。今後ああいう事は禁止。私を始めとして、アルトリアちゃんの事が好きな人いっぱいいるんだから。アルトリアちゃんは良くても見てるこっちの気が持たないよ」

「う…。そう言われると弱いですね…。大切に思ってくれるのはありがたいですがそれに報いようと思ってしまって」

「アルトリアちゃんは真面目だからねー。なんかさぁ、苦労性だよね。割りとそれで下手引いた事あるんじゃない?」

「身に覚えが…。と、ともかくなるべく善処するようにします。難しいかもしれませんが…。ところで、他のハンター達に対する報酬はどうするのですか?イリヤは随分と思い切った事を口にしていたように思いますが」

「ああ、あれ。あれはね、私が今まで狩った分の素材を渡す事で何とかなったよ。私は基本武器しか作らないしそれも弓数張りだけだしさ。素材があまりがちなんだよ。どうせ使わないしここらで大量放出してもいいかな~って」

「長く活動していると聞きました。その分の素材を開放したのですね」

 

 お互い、あの砲弾が無力化された事には触れない。アルトリアはイリヤの鬼気迫る忠告に従っているしイリヤはその正体を知っているからだ。そう、あればかりはどうにもできないのだと。

 

「それとね、アルトリアちゃん。あの三人なんだけど三人ともクエスト終わってダレンへの挑戦権を得たって。ただアルトリアちゃんがその結末を見る事は難しいかも」

「どういう事ですか?」

「あの大亀───オディバトラスなんだけどね、あれ本来こっちにはいないはずのモンスターなんだよ。棲息環境が似ているとはいえ元の棲息地からは離れすぎているしね。バルバレに迫った理由も解明しなきゃいけない。当然調べる事になるんだけどさ、その調査にメゼポルタギルドの手が入る事になったんだ。こことは違う本来オディバトラスのクエストを扱ってるギルドだよ」

「それが、私とどんな関係が?」

「早い話、お呼びだしを受けるかもしれないって事。バルバレを離れて遠くメゼポルタまで出向かなきゃいけないかもなんだ。まだ"かもしれない"の段階であって確定ではないけどあの三人を監督する仕事も直に終わるし可能性は大だよ」

「わざわざ出向く羽目になるとは…。それはやはり私があの大亀を二撃で討伐してしまった事も含まれているのでしょうね」

「あったり前じゃん。そもそも君、ここだとオーバーな実力持ってるんだからね。それこそメゼポルタあたりでようやくいい勝負が出来るくらいにさ」

「…あの、私はメゼポルタについて何一つ知らないのですがどういった場所なのですか?」

「え?うーん…、一言で表すと、人外魔境って感じ?」

 

 軽い調子で物騒な事をのたまうイリヤ。イリヤが言うには冗談などではなく本当に危険度の高いクエストが取り扱われているそうだ。あの鋼龍すらも霞む化物がいるのだと聞いたアルトリアは流石に無いだろうと思いたかった。




これ書いてる途中にFGOクリアしました…。
なんだあれ、きのこすんばらしいいいいいいいいいい
さてここまで書いておきながらですが年内に短くあともう一個だけ投稿します。それを以て一つの区切りとします
さぁ、コミケにFGOにそのアニメにと目白押し!さぁ年内投稿できるかなこれ!(涙目)


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act-22 旅立ちの風、そして───

これでまた一つの節目を迎えます。ある程度いじってはいるものの、当初に予定していた形て次に繋げる事ができました
これで今年分は納めです。次の更新は年明けになります。皆様、良いお年をm(__)m


 あの激戦から六日ばかり経った頃。

 

「それじゃ、三人の昇級とアルトリアちゃんの旅立ちを祝ってかんぱーい!」

 

 集会所から離れたいつもの食事処。

 そこで、ささやかながらも記念となる宴をイリヤ主催で開いていた。

 

 

 

 

 

「豪山龍を相手にした狩り、みんなどうだった?」

「そうだな。とりあえず言われた通りのセオリー守ってやってたよ。あいつハンターの事を狙うときもあるけど基本船狙いなんだな」

「あたし、なんだか大活躍できました!ガンナーとしての位置取りを再確認する良い機会になれたと思います!」

「この三人の中だと僕が一番苦戦した方ですかね。迎撃設備が上手く扱えなくて、最後は普通に腹を殴ってました」

「ふむふむ、三者三様、各々が達成できたのは良かったね。ちょっとずつヴォルグ君達は貴方のところに進んでるよ?英雄さん」

「そうね。私から見ても貴方達は将来、最前線で戦っていける実力を持つと思う。慢心とか、そういうのが無ければね」

 

 ヴォルグがいるから、という理由で招かれたリリーの三人に対する評価は良いものだ。いくらヴォルグに執着しているとはいえ彼女はこと公平性においてそれらを蔑ろにする事は無い。色眼鏡無しで三人を見てこの評価なのである。大長老がアルトリアにお目付け役を頼むのも頷ける事だろう。

 

「アルトリアは…まだギルドマスターと?」

「らしいね。ただメゼポルタに行くだけじゃなくてアルトリアちゃんの色々経験したいっていう要望も兼ねてるから道中様々なところを巡りながらメゼポルタに行くみたいなんだ。そこで話の付くところと日程とか諸々、最終調整の真っ最中だよ」

「お姉様、あれで若輩者のつもりなんですか?凄い向上心ですね…」

「間に合うのか?主賓の一人がいないんじゃ締まるものも締まらねぇだろ」

「アルトリア女史は約束事をきっちり履行されるお方ですしこちらに来るのは確実でしょう。素朴ながらも舌を打つ食事も待っていますしね」

「んー、それだとアルトリアちゃんが食べ物に釣られる馬鹿って意味合いに聞こえてくるんだけど…」

「ま、まぁ、お姉様は実際食べるのが大好きですよね!」

「花より団子って言葉があるもんな。少し意味ずれてるけど」

 

 皆が思い思いに話をする。やはり話題となるのはアルトリアの事だろう。本来なら主賓として同席しているはずのアルトリアだがイリヤの読み通り、メゼポルタギルドから出向くようにとの通達が来たのだ。そこに大長老やアルトリア自身の要望も加わり結果としてそれらの道筋や旅の日程などを大掛かりに調整している。

 

「お…。噂をすればだねえ。アルトリアちゃーん!こっちこっち!」

「遅くなってすみません。せっかくの祝いの席だというのに…」

「そーいうのはいいからいいから。そーら、今日は無礼講、みんなどんどん食べちゃって!」

「おお、選り取り見取りとはまさにこの事…!ではいただきます」

 

 ようやくの主役の登場である。既に日が落ちた時間帯、昼間から今まで打合せに終始していたらしい。

 

「めんどくさかったでしょー。大長老の御墨付きってだけで色んなところからお呼びがかかるだろうからね」

「ええ。各地から派遣された人員達より是非うちにとそれはそれは熱い勧誘を受けました。最終的には大長老からの文にあったロックラックに行く事で合意を得ましたが」

「ロックラックかぁ~。あっちにはダレンの親戚のジエン・モーランっていうやつがいたりするよ。他にもあっちにしかいないモンスターもいっぱいいるし色々と良い経験になるんじゃないかな。あ、そうすると英雄さん達とは別行動になるんだね。同じメゼポルタに行くんだったらてっきり、英雄さんのキャラバンに同乗するものだと思ってたけど」

「リリーとは確かに別行動になりますがメゼポルタに着いた際は合流しろとも言われています。随分と先の話になりますが」

「…あなたは強い。それこそ、いつもオトモやワンマンでやってた私が明確に協力してもらいたいと思うくらいに。あなたの働きは常人の千や万に匹敵する。是非組んで仕事がしたい」

「へぇ、リリーが直々に指名するレベルなのか。ホント凄いんだな。…欲を言えばリリーの隣に俺が立つべきなんだろうが」

「…ヴォルグ?」

「あ、いや、何でもねぇよ。さっさと食っちまうか」

 

 夜は更けていく。各々がまだ見ぬ先にそれぞれの思いを乗せ夢想する。

 アルトリアにまた、新たなる旅路が開かれようとしていた。

 

 

 

 

 

「いよーっし。快晴!」

 

 翌日の朝。

 すぐに出発する事が決まっていたアルトリアは砂上船ではなく気球船の乗り場にいた。

 

「最初はまぁあれな態度とっちまったけど世話になった。ありがとうな」

「アルトリア女史。どうか新天地でも壮健であられるように。食べ過ぎには気をつけてください」

「お姉様の活躍、どこかで聞くのを楽しみにしてます!どとーんとやっちゃってください!」

 

 三人の教え子から激励を受ける。最初はどうなる事かと思ったが今ではこの世界で得たかけがえのない大切な仲間となった。香奈はアルトリアの活躍を噂か何かで聞く事を楽しみにしているようだがそれはアルトリアとて同じだ。彼らの実力なら上位に入ってすぐ頭角を現すだろう。

 

「アルトリアちゃん、またお別れだね」

「イリヤ。また会えますよ。今度は私から会いに行きます。どうかそれまで、お元気で」

 

 アルトリアの旅立ちを祝福するかのように空は晴れ、向かう先と同じ方向に追い風が吹いてくれている。

 新たな新天地へと向かってアルトリアはまた一歩世界への旅路に歩を進めたのであった。

 

 

 

 

 アルトリア編第一部 了 第二部へと続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様ー!」

「よう。久しぶりだな」

「久しぶりも何もありませんよ!お嬢様が勝手に私の目から離れてたと思ったらなんか色々と物騒な事を仕事にしちゃってますし」

「だってそのくらいしないとこの"目"の使い道、無いだろ?」

「…ハァ。もう少し御身を大切になさってください。私とか幹也さんとか、貴方を大切に思う方はちゃんといるんですからね。無茶や無理は禁物ですよ、()お嬢様?」




今回後書きにおいては多くを語りません。既に行くとこまである程度行ったような感じだからです
ただあえて言っておくと次からは私の大本命な話になります
それでは今年はこれで見納め、皆様良いお年をお過ごしくださいませ~


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両儀式編
プロローグ


両儀式編、始動
別名我が情熱を注ぎ込んだ大本命編


 霧の山道を歩いている。空は薄暗くて、時間がいつなのか知れなかった。こういう雰囲気は嫌いじゃない。古郷の家にあった竹林に似ているから。ああいう人気の無い道を夜に散歩するのが私の昔の趣味だった。

 …我ながら阿呆らしく思ってくる。自分の事だというのに今じゃどうしてそんな事を嗜好していたのか分からない。おかしな話だけど本当にそうなのだから仕方ない。きっと、二年に渡る生からの別離が今の私と昔の私を切り離してしまったんだろう。

 柄にも無く昔を想ってしまった。今は昔の事なんてどうでもいい。同じように散歩しているわけではないのだ。一人、霧に混じるように朧気な足取りで歩いていく。すると後ろからガタガタと何かの音が聞こえてきた。

 音の正体は地元の御者だった。アイルー、なんていう獣人らしいがどうにも私はこいつらが好きになれない。古郷にはこんなやついなかったし猫が立って歩き喋る様はどう見たって妖怪だ。最初、私は猫又かと思って斬り付けようとしてしまった。こんなのが人間社会に溶け込んでるのがこっちだと当たり前だという。家に戻って伝えたところで彼らは(うち)に採用されないだろう。

 御者のアイルーは村までまだかかる、人も荷物も運ぶのは同じだから乗っていくと良い、そう言った。単なるありきたりの親切だ。だが便利なのは確かなのでその好意に甘えてやる事にした。従者である飛べない丸い鳥が忙しなく走ってくれている。

 

 そうして幾ばくか走った頃だろうか。空がゴロゴロとその気分を悪くしてきた。まるで下界に対する私達へのやつあたりのようなそれは篠の突くが如く、あっという間に激しさを増していった。笠を被っていてよかった。暑さにも寒さにも強いという自信はあるけれど、流石にこんな雨をまともに浴びるつもりは無い。

 …雨は嫌いだ。ところどころ欠けていて思い出せないあの日を思い出してしまうから。あんな人畜無害みたいな顔をしておいて人の心にずかずかと入ってくる、そんな漠迦を思い出してしまうから。私には手に入らないって分かってるのに、いらない夢を見せてくるあいつ。だから、離れたんだ。あいつといると、弱くなるから。

 どうしてだか、あいつの事を考えると心に余裕が無くなる。だからなのだろう。前方に稲妻の獣がいた事に一瞬、気付くのが遅れてしまった。

 雷に驚いた丸鳥がそれを避けようと無理に曲がってしまう。結果、私はそいつの足元に投げ出される羽目になった。

 こういうのを雷獣というのだろう。稲妻の獣は凄く、凄く───綺麗だった。どこか爬虫類染みた風貌ではあるけれど狼のような勇壮さを持ったそれは私の事なんて気にかけていなかった。いや、一瞬私に目を配ったけれど思考を割く程に重要じゃなかったんだろう。それよりも相手にするべき脅威が空に浮かんでいる。降りしきる雨と雲のせいでよく見えないけれどそれは確かに空から私達を睥睨していた。

 

───駄目だ、お前はあれに勝てない。力の差が歴然だ

 

───吼えるだけタダだろう。住処を追われたのだ。こうでもしていないとやっていられない。人間が指図するな

 

 不思議と、声も出していないのにそんな会話が稲妻の獣と交わされたような気がした。

 

 遠くから私を呼ぶ声がする。さっきの御者だ。下段にある道から凄い勢いで走ってくる。私はそれに合わせ飛び降りた。

 後は過ぎ去るだけだった。離れていく彼らを荷台からそっと見る。空にいたあいつはもうほとんど見えないけど、稲妻の獣はまだ吼え叫んでいた。内にあるこらえきれない何かを吐露するように。慟哭か憤怒か。どちらの咆哮なのかは分からなかった。

 

 雨が止んだ頃、私は目的の村に辿り着いた。御者が災難だったとぼやく。この辺の生き物達は自分達の住むべき場所を理解している。だから、人の道に出没するような事はまず無いのだと。最近になってあいつがうろちょろするようになったおかげでこの辺も物騒になってしまった。愚痴混じりにそう漏らす。

 それが私に今回与えられた仕事だった。昨今におけるこの地域の急激な生態変化を調査し報告、危険があれば排除せよと。

 要はギルドの体の良い何でも屋みたいなものだ、今の私は。私は仕事なんて柄じゃないけどこっちに来る時にちょっとしたヘマをやらかしたせいでそれを精算しなくちゃならない。面倒だけどやらなきゃ更に面倒になるだけだから大人しく従っておく事にした。どちらにしろ獲物を用意してくれるのなら大歓迎なのだ。

 

「ふーん…。湯煙が曇る村、ね…」

 

 ユクモ村。それが私の一時滞留することになる村の名前だった。

 

 

 

 

 

 自称・鬼門番だとかいう変なやつが入口で絡んできたけど無視をした。ああいうのは無視をするに限る。それよりもまずは村長だ。話は通っているはずだから最低限顔は合わせておかないと。

 なだらかな階段を上がっていく。村長は分かりやすい女だった。村の中腹に拵えた椅子に豪奢な反物を着た竜人族の女性がいる。そいつが長だろう。

 

「あんたがこの村の村長?ギルドから派遣されてきたけど」

「まぁ、貴方様がそうなのですね。遠路遥々ようこそお出でくださいました。話には聞いております。私は───」

 

 村長という女の長ったらしい話を聞いていく。要約するとここには常駐してくれる狩人がいない。今までは湯治も兼ねた流れの狩人に依頼していたがそれもそうもいかなくなったのでギルドに要請したのだと。たぶん、こいつは私がどういうやつかなんて知らずに呼び寄せたのだろう。本当はもっとまともな奴がこの仕事に就くべきだとは思うけどギルドは万年人手不足だ。仕方無しに私という外れ者を向かわせた。私が刀を抜けばどういう結果になるのか分かっているだろうに、それを承知でギルドは私をユクモ村に向かわせたのだ。

 

「そういえば名前をお聞きしておりませんね。名は何とおっしゃられるのですか?」

 

 …名前か。こんな一時の稀人に聞くようなものじゃないだろうに。面倒な事この上無い。

 

「───式。両儀式だ。名字で呼ばれるのは好きじゃないから、よろしく」

 

 村長という女は私の不躾な態度も気にせず、式様、と小さく呟いた後、よろしくお願いしますとだけ言って淡く微笑んだ。

 …様付けなんて家にいた時を除けば香奈と一緒にいた時以来だな。

 

 

 

 

 

 夜。

 私は早速、近場にある渓流を彷徨いていた。別に依頼を受けたとかじゃない。単なる散歩だ。私はこうして昔の私を追うような事に頓着している。

 あの後紹介された私の休息所はとても贅沢な家だった。集会浴場と直接繋がる上にルームスタッフまでいる。長旅で疲れただろう、依頼は明日からで良いから、ともてなされた茶や飯は味に五月蝿い私が文句を出さない程度に満足できた。随分な厚遇だけどそうさせる程にこの村の状況は切迫しているのだろう。危険な仕事を任せるのだからせめて村にいる間は満足してもらおうと。分からない話でも無いけど私には無意味だ。例え野晒しにされたような僻地でも私は同じように振る舞っている。

 夜の渓流は美しかった。月下が夜の川瀬を彩り、光蟲や雷光虫が大地に飾りを付けてくれている。余人のいない自然の中で地図も見ずにフラフラと彷徨う。途中、紫色の蜥蜴共や猪達が寄ってきたけど刀で二、三、仲間の死体を晒してやればすぐに大人しくなった。

 そうして、どれほど歩いただろうか。自然の木を組み上げて作った大木の橋を渡ると祠があった。ここだけは何となく、この渓流の中で切り離された印象を受ける。途中に朽ち果てた家屋があったりもしたけどこの祠は自然に負けていない。木の根が侵食してたり、蜂の巣が作られていようとまだここには人の神秘が残っている。

 飽きる事も無くただひたすら祠を見続ける。人が作り上げた偶像ではなく元々そこにいた何かが奉られている感じだ。普通、人の手が入らなくなった祠の主というのは段々と劣化していって最後には荒神だとか人に害を成す何かへと変貌してしまう。そういう、『魔』を退けるのが両儀の家の役目だけどここは違うようだ。単に力があってしぶといのか、特殊な何かを持っているおかげなのか。理由は知れないけどこの祠の主は訴える事など何も無いらしい。黙して語らずただそこに在り続けている。

 

───その祠の主は底が知れぬ。人間共がここに巣を構え滅び去るよりも先にいた。おおらかな御仁なのか俺がここを仮初めの(ねぐら)にしても気にならんようだ

 

 振り返ると、あの稲妻の獣がいた。

 

 

 

 

 

「よう」

 

 一声あげて軽い挨拶をする。まぁこいつにそんなものは不要だろうけど。

 

───あの後どうしてた?お前は随分とあいつに(うな)されていたようだけど

 

───魘される?まるで俺が悪夢でも見ているような言い草だな

 

───悪夢だなんて大袈裟だ。あれは一時の淡い夢だよ

 

───ならばどう醒める。あれを夢だと言うのなら現実に俺はここにいまい。かつていたあの頂きに俺はいるはずだ

 

───うん、直に醒める。だってあいつは───

 

 

 

 

 オレが殺すから。

 

 

 

 

 少し"目"を見開いてそう伝えればはっと息を呑む気配がした。ようやく私がたかが人間と侮れる存在じゃない事を思い知ったらしい。話が通じている時点でそうだと理解してもらいたいものだが。

 

───そうか。あいつはお前の獲物か。なら手を出すのは野暮だな

 

───そういう事。だからお前はしばらく大人しくしていてくれ。表向きにはここ、お前が来たせいでおかしくなってるって触れ込みだから。

 

───ふむ。やはり人間共は今一歩踏み込みが浅いか。俺などその異変の一部でしか無いというのに

 

───この辺で一番強いのがお前だからだろ。お前がこっちに何もしなきゃオレもお前に何もしないよ

 

───は、俺が一番強いときたか。あの龍に俺は住処から追い出されたというのにな

 

 月夜の中、語り合う。傍から見れば私とこいつはただ並んでいるだけで何も喋ってはいないけど確かに私とこいつは語り合っていた。どうして話が通じるのかは知らない。興味も無いし、そういうものだと分かりきっているからだ。気にせず話しかけてくる辺り、こいつも同じ見解のようだ。

 

───この祠の主って、強いの?

 

───強い、か…。どうだろうな。俺は姿なぞ見た事無いし、どのような形で現界するのかも知らん。たぶん、その質問は無意味だろう

 

───なんだ、つまんない。歪んでいたのなら斬ってやろうと思ってたのに

 

───超越者を前にして言う事がそれか。血気盛んなのは構わんが寿命が縮むぞ?ただでさえお前達人間は命の時間が(はや)に過ぎ去る事で仕方無いだろうに

 

───大事なのは命の長さじゃないよ、質だ。どれほど短い命であっても望む通りに在れたのなら自ずと意味はちゃんと出てくる。知ってる?人間はね、一生に一度しか人を殺せないんだ。殺してしまえばもう自分の死を背負えない。一人ぼっちで死んでいくんだ。だからそうならないよう、人っていうのはそう生きてる。普通はね

 

───ほう

 

 言外にお前はどうだと値踏みするような視線をこちらにやる稲妻の獣。私はどうだなんて分かりきってる。私は───。

 

───いや、やめておこう。どうやらそれを聞くのは俺の役目ではないらしい

 

───え?

 

───何となしにだがな、お前はたぶんどこかを勘違いしている。そう思った、それだけだ

 

───オレが、勘違い…?

 

───元より何を求めているか。もう少しだけ、それについて考えてみるといい

 

 私が何を求めているのかなんてそれこそ語るまでもない。殺しがしたくて、人を殺してしまいそうで、だから、まだ話の済む竜とかを相手にしようとして、

 

 

 

 

 

 

『人を、殺してはいけないんだよ』

 

 

 

 

 

 

「っ…!」

 

 どうして。

 どうしてあいつの顔が浮かぶの。

 あんな漠迦なんて知らない。

 あいつにまた乱されるのが嫌なのに。なんで、なんで。

 嫌い(好き)嫌い(好き)嫌い(好き)嫌い(好き)嫌い(好き)嫌い(好き)嫌い(好き)嫌い(好き)大っ嫌い(大好き)

 

───やはり俺が気にかける事では無かったか。不躾に心を乱したのなら謝ろう。夜も直に明ける。お前と話すのは心地好い。また今度話してくれないか?

 

───え、あ、うん。分かった。オレもお前の事は嫌いじゃないよ

 

 思考の渦に没頭していた私を稲妻の獣は引き戻してくれた。うん、今はまだいい。あいつの事なんて帰ってから考える事なんだ。こんなところに来てまであいつに乱される道理は無い。

 明日、いやもう今日の昼か。本格的に依頼が来るという話だからそれまで違和感の無いよう家に戻ってなくちゃならない。最後に混乱させられたけど、稲妻の獣との会話を名残惜しみながら私は村に戻った。




書けた。やっと書けたああああああああああ!!!!!
式さん書きたくて書きたくてしょうがなかったんだ。私の一番好きなキャラだから(正確には少し違うけど)
地味に一人称視点初です。なるべくらっきょ本編見直しながら書いていこうと思います
ちょっとした補足ですが式の実力はらっきょ本編とそこまで変わりありませんがあっちと違ってナイフではなく刀を常時携帯しているので相対的にらっきょ本編よりも強く見える印象で書いていきます。昏睡の経緯については後々
中身はまだまだ未定ですがオチについては決まってます


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泡蕩妖狐

タイトルで出てくるモンスターは察しがつくはず
実はらっきょ感を出すためにあることに挑戦しながら書いてます。色々と考えた結果それが一番らっきょ感出るかなと。何に挑戦してるかは明かしませんがまだ序盤のこのうちで分かった方いたら凄いです


「ふぅ…」

 

 およそ、常人とは異なる嗜好を持った私だけど温泉は素直に気持ちが良いと思える。

 あれから村に戻った私は、朝風呂という事でユクモ名物の温泉を集会浴場で堪能していた。どうせ疲れを癒すのなら寝るよりも名物の一つくらい味わっておくのも良い。渓流の雄大の景色と共に心身癒されながらお湯に浸かる。

 

「ひょ~っひょっひょ。チミが、昨日うちに来たっていう派遣ハンターさんかい?」

 

 気が緩み過ぎたのか。気付かぬ内に酒臭い竜人族の爺がそばまで寄ってきていた。煩わしい事この上ない。

 

「絡みにきたのなら他を当たれ。あんたみたいな酔っぱらい、相手にするほど酔狂じゃないんでね」

「おうおう、これは手厳しい。これでもここのギルドマネージャーを務めていてね、一応顔合わせぐらいしとこうかと思って」

「あんたがギルドマネージャー?ふ、冗談はよしてくれ。あんたがギルドマネージャーだったら半日もせずに潰れるだろ、ここ。それとも見目に似合わず真面目に仕事してるっていうのか?」

「えっと…一応お仕事はしてらっしゃいますね。それよりもお酒を飲んだり温泉に浸かってる頻度の方が多いですがれっきとしたここのギルドマネージャーさんですよ」

 

 ふりかえれば、二人の女が立っていた。顔が同じなあたり、姉妹なのか。

 

「初めまして、おはようございます!この集会浴場で下位の方の受付を担当してます!コノハです!」

「同じく受付嬢、上位の方を担当しております。姉のササユです。ギルドマネージャー共々、挨拶に伺った次第です」

 

 村長といい、昨日の厚遇といい、どうやらこの村の連中は律儀であるのが当たり前らしい。本の僅かしかいるつもりのない相手にここまでするんだから。名前なんて言われてもこっちが困る。そんなもの、知ったところで面倒なだけだ。

 

「…ただの挨拶じゃないんだろ。持ってるその紙束。早速依頼が数件あるみたいじゃないか」

 

 そりゃそうだろう。ギルドの職員が狩人相手に挨拶してはいおわりなんて事があるはずもない。聞けば特産タケノコの採取と蜥蜴の群れの退治、熊の退治が依頼としてあげられているようだった。

 

「どうされますか?本来ですと一つずつ受けるのが定則ですが他にハンターがいない今なら三つの依頼を重複して受けられます。一度に複数の依頼をこなすという比較的難度の高いものになりますがその分こちらでの手続きの手間を大幅に緩和できます」

「ならそれでいい。タケノコも蜥蜴も熊も、渓流に出掛ければ全部同じだ。事はさっさと済ませるに限る」

 

 キノコじゃなくてタケノコね。この地域ならではの特産品なんだろう。土地柄というのがよく出ている。まぁどっちみち渓流に行けるのなら依頼は何でも構わない。あんまり人の多いところに長居したくないんだ。

 ただどうしても気になる事があった。今まではそれが原因で下らないやつに突っかかられたりもしたけどこの村に来てからはそれが無い。

 

「おまえら、オレが気にならないのか?普通の狩人ってのは防具とか身に付けるものなんだろ。オレ、そういうのは無いけど」

「ひょっひょっひょ。チミの事はねぇ、知る人にとってはそういうものだとちゃんと認識されているよ。なにせその筋の人間にとってチミは無視できない存在だからねぇ。彼女達にも、表面上は教えてあるよ」

「…ふーん」

 

 面倒が無いのならそれでいい。ギルドにどう扱われようが知ったところではないし。ただ、酒飲み爺が何かを含んだような顔してたのは気に食わなかった。

 

 

 

 

 

 昼の渓流。

 夜とはまた違う活気がここにある。昨日は月下の楽しんでいたけど今は晴天だ。昨日とは違って仕事で来ているからあんまりブラブラしていられない。あわよくば、また稲妻の獣と会いたいとこだけど今はいないようだ。気配が感じられない。

 

「タケノコ…か。普通に美味そうだな。気が向いたら料理でもしてみるか」

 

 蜥蜴共を程々に斬り捨ててさっさとタケノコ採集に勤しむ。十個あればそれでいいって話だからそんなに時間はかからない。あの大木の橋の近く、野生の猫達が巣を作ってるあたりの小さな竹林ですぐに集まった。あとは熊だ。探してみれば渓流のほぼ中央、大きな切り株がある場所で蜂蜜を貪っていた。随分とお気に入りなのか悦に入った表情で腕に付いた蜂蜜を舐め回している。

 今なら首に一太刀入れられる好機だ。まぁそんな好機が無くても一つ線に沿って斬撃を放てば生き物なんて簡単に死ぬが。気配をなるべく殺して後ろからそっと近付き首を一閃───。

 

「………っ!」

 

───おおっと、危ないじゃないか!狙っていたのは私じゃなくてそこの蜂蜜野郎だろう!?というか直前でよく私に気付いたね!?

 

 直前で察知し体を反転させて抜刀。けれどそれは相手を斬るのに少しばかり距離が足りなかったようだ。後ろに跳んで躱されてしまう。

 私の後ろには泡を滴らせながらこちらを見る一体の狐がいた。

 

 

 

 

 

───人の後ろに立つとかさ、なに?喧嘩でも売ってるの?

 

 

───いや、そんなんじゃないさ。ただ君、昨日あの雷野郎と一緒にいたろう?人間と一緒にいるだなんてまず無い事だからなぁ。気になってしまったんだ

 

───おまえはいい。気に食わない。さっさと去ね、散ざれ、消えろ

 

───なんだかあたりがきつくないかな。後ろをとられたのがそこまで嫌だったのかい?

 

 ああ、面倒だ。

 何が悲しくてこんな胡散臭そうな狐を相手にしなくちゃいけないんだ。ギルドの連中はちゃんと仕事してるのか。いたらいたでこういうの、ちゃんと報告して貰いたい。そうすりゃ邂逅一番からちゃんと殺せたのに。

 

───ああ、待った待った。そう刀の柄に手をかけないの。こっちはただお話がしたいだけなんだから

 

───…?

 

 こいつの言い回しに違和感を覚えた。こいつらにとって、人の扱う武器というのは爪や牙に表現されるはずだ。それなのにこいつは刀をそうだと知っていた。知能があるとかそんなのじゃなくて人間というのをよく知ってるような。

 

───おまえのせいで熊を逃したじゃないか。やっぱおまえをたたっ斬る

 

───蜂蜜野郎なら私が後で仕留めておくよ。君の邪魔をしてしまったんだ。そのくらいの埋め合わせはする。で、君はいったいなんなんだい?人間にしては少々気配が違いすぎるよ?

 

「………はぁ…」

 

 もう、ため息しか出ない。

 本当にお話がしたいだけらしい。邪魔をされたこっちは堪ったものじゃないが。

 目をきらきらさせて話しかけてくるものだから余計にタチが悪い。これがただの敵なら遠慮無く斬り捨てられるのに。

 

───初対面の人間の内情とか調べたがるんだ、おまえ

 

───なんかこう、きな臭い感が半端無くてね。私達と話が通じてるだけでも凄いだろう?おそらくは、人間に興味があるかないかで通じているかどうか変わってくるのだと思うけどね。さっきの蜂蜜野郎とは話せたかい?

 

───いや。その前におまえが来たし、来なかったら来なかったで首、はねてたし

 

───ふぅむ。私の推測は当たっているものだとは思うが…肝心の本人がその手の話題に興味が無いとはね。もっとこう、自分を知ろうとは思わないのかい?

 

───そんなのはいいよ。結局、分かりきっている事だし

 

───分かりきっている?興味が無いのに…いや知っているからこそ興味が無いのか。

 

 知ったところで何かが変わるわけでもない。だというのに私の事を一心不乱に思考するこいつは昨日の稲妻の獣とまた変わって人間のように厄介なやつだ。

 私がどうして話せているかだなんてそれこそ"両儀式"であるからに他ならない。理由なんてそれで片がつく。

 こいつに(わたし)と織と"私"を教えたところで理解できるはずもない。

 私は両儀の人間が万能を求めた道の彼方にある具現のようなもの。それは人の業だ。故に、自然に生きる貴方達とは相容れる事は無く。

 

───もういいだろ。元々おまえに用は無いんだ。熊もオレが殺る。分かったらとっとと失せろ

 

───むむむ…。もうすこし長く話していたかったのだけど、あまり機嫌を損ねるのはよろしくないだろうしなぁ。仕方無い。私はこれで退散するよ。次はもうすこし良い出会いをしたいものだね

 

───おまえと出会わない事を祈っているよ

 

───それは無理な相談だ。どうしたって私は君の事を嗅ぎ当てるからね

 

 すごすごと私の前から去っていく泡狐(あわぎつね)

 また面倒なやつと縁を結んでしまった。どうせ私がユクモ村にいる間の縁だとは思うけどこれから先出かけるなら夜が良いだろう。

 逃げて行った熊を探しに、また渓流を歩き回る羽目になった。

 

 

 

 

 

───って事があったんだよ

 

───左様か。狐め、いらぬ事をしよる。分かっているだろうが極力関わるなよ。やつの放蕩っぷりには俺も手を焼かされたからな

 

 夜。

 

 あの後熊を仕留め、問題無く依頼を完遂した後また私は一人で村を抜け出し祠へと来ていた。傍らには昨日と同じく稲妻の獣の姿がある。

 

───あいつ、前からここにいたの?

 

───気付けばいたようなものだ。一応、俺がここの古参だと分かっているようではある。頂きを住み処としていた頃は見かけなかったな

 

───なんかさ、オレと話せる事に興味があるんだって。そんなこと、気にしたところでしょうがないのにな

 

───そのような事に気をやるのがあやつの常だ。知的好奇心に溢れていると言えば聞こえはいいが、縄張りをチョロチョロと彷徨かれるのは煩い事この上ない

 

───人間の言葉にさ、好奇心は猫を殺すっていうのがあるんだ。どうして狐も殺してくれないのかね

 

───人の表現は愉快だな。あんなのでも俺と同等に死合ってくる実力を持つ。下手に相手をしていられん

 

───へぇ…

 

 胡散臭さ満載の狐だけどこいつが言うにはこの渓流でも屈指の猛者らしい。あれと同等に死合えるのは自身以外だと蠢く山に暗殺者くらいなものだと。

 

───まだ他にも強いのがいるんだ

 

───ああ、いる。と言っても会う事はまずない。お互いの縄張りに入らないよう気をつけているからな。たまに境界ですれ違うくらいだ。あの狐だけは例外だが

 

───あいつ、他のやつの縄張りも侵してるの?

 

───単に縄張りを荒らすだけであれば殺し合いで済むのだがあやつの場合、縄張りを侵しつつも荒らす事はせんのだ。何やら人の遺跡とやらに興味があるらしくてな。ここにも朽ちた人の巣があるだろう。そういったものなどを調べ回っているらしい。

 

───邪魔をしにきたわけじゃないから下手に邪険にできないのか。ホント、面倒なやつだな

 

───もう少し、大人しくしてくれればありがたいものだが

 

 人間について調べ回る狐とはまた酔狂だな。本来なら持ち得ないはずの衝動だろうに、どこの世界にも外れ者というのはいるらしい。あの様子だと、調べ回っている理由が気になるからで済みそうだ。原因を取り除いてやれば簡単だがそれが無さそうなあたり、タチの悪さに拍車をかけてる。

 

───ああ、そうだ。暗殺者には気をつけろよ。あやつは特に人嫌いが激しい。知らずに縄張りに入れば問答無用に暗がりから首を一閃されるぞ

 

───へぇ、そりゃ面白い。オレの首も狙うっていうのなら上等だ。逆にオレが殺してやるよ

 

───………………

 

───なんだよ?

 

───ここまで"やってしまった"と思う事は今までに無くてな。己の愚かさを嘆いていたところだ

 

───悪い悪い。でも面白そうなのは確かだからな。ああ、でも無暗やたらと殺しには行かないぜ?こっちじゃ勝手におまえらを殺すのはご法度なんだ。殺るとしたら依頼が出てからだな

 

───全く。程々にしておけよ。その依頼とやらが出ない事を祈っている

 

 まさか稲妻の獣に諌められるとは。しかし暗がりから首を狙うとかこちらとしては是非斬ってみたい相手ではある。殺すのは私も得意だし。競い合ってみたい。

 

───蠢く山ってのは?

 

───あれは…まぁ、手を出さなければ基本無害だ。いつももしゃもしゃと木を食べている。かなりの巨躯なせいかあまり動き回ったりすることはない。ただ尻尾の槌の一撃は喰らっていいものではないな

 

───んー…なんかつまんない感じ?

 

───おまえにしてみれば、そうだな。あまり満足する相手ではないだろう

 

 

 

 

 

 こうして、また夜は更けていく。稲妻の獣と話すのは何かと癒される。

 どうやらここには、私にとって多少の暇潰しにはなってくれそうな輩がいてくれているようで、私としては良い事だ。まずは暗殺者ってのと会えるよう己に祈ろう。

 狐の事なんてとうに忘れた私は暗殺者と出会える事を楽しみにしていた。




ちくせう。また投稿時間が伸びた…
言い訳すると風邪でダウンしてました。これじゃあ期日とか守れませんね。今回は閑話みたいな話です。なるべく式を戦わせたくないのですが戦闘描写はちゃんと入れます。まだ序盤なのですよ()
ぶっちゃけ式がその気になったらみんな直死!敵は死ぬ!で終了しちゃいますのでw
なるべく戦闘よりの描写は避けたいのが本音です
あと式が"両儀式"について分かってるような描写入れましたがメルブラでもそれっぽい描写あったのでそれを基準にしてみました。知覚できないだけで分かってはいる感じなんですよね、式って
次回も投稿伸びます(白目)


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不動如山

徒然に式のユクモな日常を書いていきます
遅れるも何もないなこれ。ゲームもそうだけど普通にリアルが忙しくて書く時間がとれない…
あ、久しぶりに三人称視点が途中から出ます


───おい、そこの。起きろよ

 

───………………

 

(完全に寝てるなこりゃ…。また面倒なのと遭遇したもんだ)

 

 今、私の目の前には山の如き大きな威容を持った二つのコブが横になって鎮座している。これが滝の裏側にある洞窟への入口を塞いでしまっているせいで通れないのだ。

 私が何故こんなのを相手にする羽目になったかというと───。

 

 

 

 

 

「おい、頼むぜ、嬢ちゃん。うちに寄ってくれなきゃ加工屋としての面子が丸潰れだよ」

「そう言ってもな…。オレは防具なんて着ないし呼ばれればどこにでも行くからあんまり多く武器は持っていても嵩張るだけなんだ。オレの相棒は、この兼定だけだよ」

「せっかく村付きのハンターが来てくれたっつうのに仕事がねぇとはよう。ホントに武具を作るつもりはねぇのかい?」

「無い。悪いけど、こればかりは譲れないな」

 

 この村に来てもう二週間余り。蜥蜴狩りや熊退治、採集などをこなしちょっとずつ村に馴染んできた頃。私は村の加工屋に軽いいちゃもんを付けられていた。

 当然だろう。せっかく仕事の種になるような客が常駐してくれるという話だったのに蓋を開けてみればその客が全く利用しないときた。加工屋からすれば堪ったものじゃない。

 

「ならよう。後で話がギルドの方に行くとは思うがうちの依頼、受けてくれねぇか?」

「別にいいけど…それでなんかあるのか?」

「一先ずはそれでチャラにしてやるってことよう。優先的に受けてくれりゃこっちは何も言わねぇさ」

「ふぅん…。どんな依頼なの?」

「渓流の大きな滝の裏側に洞窟あるの分かるだろ?あそこは飛竜が住処にしてたりで危ねぇ場所ではあるんだが良質な鉱脈もあるんだよ。こっそり中に入って採掘してくるのをたまにやるんだけどよ、こないだあそこ行ったらなんか小山が入口塞いでて入れねぇんだ。うちからすりゃあ軽く死活問題なんで何とかしてくれって話さ」

「祠の方からはいけ…ああ、そうか。あいつ(・・・)の塒だもんな」

 

 そういう訳で、私はこのデカブツと遭遇する事となった。

 特徴で誰なのか分かった。こいつは以前、稲妻の獣が話してくれた"蠢く山"というやつだろう。あまり動き回らないという話だったけど何故こんなところにいるのか。そんな事気にしても仕方が無いのでさっさと実力行使に移る。

 

───起きないんだな。分かった。おまえのその背中のコブ、斬り刻んでやるよ

 

 抜刀してゆっくりコブに近付く。斬り刻むといってもコブをちょんとつついてやるだけだ。

 

プスッ

 

───な、なんじゃあ!?

 

 驚いた巨体が滝から受ける水を撒き散らしながら跳ね起きる。苔むしたその体はこの渓流に生きる大自然を最も良く表しているような気がした。

 

───あぁ…?儂の眠りを妨げるとはのぉ。何もんじゃあ、お主

 

───何者か、ね…

 

 …同じ事を前にも聞かれたよ。それ。

 いつだったか。霧煙る夜の沼地で───

 

 

 

 

『───だぁれ?』

 

 

 

 

 ああ、そう返したんだっけ。

 あの時(・・・)聞いてきたやつらが知らないやつらだったから。問いに問いで返してしまったんだ。

 物凄く、高揚してた。

 きっと人が近くにいたら、殺人を犯しかねない程に。

 

───お主、その"目"は…

 

───ん?ああ、ごめん、驚かせたな

 

 知らずのうちに"目"を使っていたみたいだ。死を視ようしたんじゃないんだけど、あの夜の沼地を思い出すとどうにも昂ってしまう。

 

───なるほどな、お主が最近ここに来た"斬り人"か

 

───"斬り人"?

 

───他の狩人共と違ってただ斬るだけの人間だから皆、お主の事をそう呼んどる。最も、お主が相手にしとるのは雑魚ばかりじゃがのぉ

 

───請け負うものがそれくらいしかなくて。お前達はあまりこっちとは関わろうとしないだろ

 

───人間と関わっても碌の事はありゃあせん。面倒なだけじゃ

 

───違い無い。オレだって面倒に思ってるんだ

 

───そのくせあの暗殺者め、気に入らんとばかりに人を斬り付ける。今は鳴りを潜めておるが近いうちにまたやらかすぞ

 

 へぇ。

 こいつが言うには、暗殺者には周期があるんだと。人間を殺したくなる時とそうでない時。その時になると積極的に街道など人のいるところに降りてこれ見よがしにと人の首を持っていくらしい。

 

───普通ならそんなやつ、もう他の狩人に狩られてそうだけど

 

───やつは隠遁に長けておる。一度事を成せば徹底して人前に姿を晒す事はせんのだ。全く、いらん事をしよって。その度に狩人が森を探しに来るのだから面倒な事この上無い。どうせ人では見付からんというのにな

 

───ふぅん。暗殺者っていうのは伊達じゃないのな。それじゃあそいつがやらかしそうな場所とかって分かる?

 

───心当たりが無い事も無いが…それを知ってどうするつもりじゃ。行くなら行くで、止めはせんが

 

───オレにとってちょうどいい相手になりそうだからな。退屈はしないだろ

 

 ああ、楽しみだ。

 思うに、そいつが人を殺しているのは縄張りがどうのとかじゃない。人を殺したいから殺してるんだ。

 殺したいから殺す。殺人鬼は人を殺したから殺人鬼なんじゃなくて、殺人鬼だから人を殺すんだ。殺戮に意義はいらないから、そんなのはただの災害と一緒だ。

 それを体現してる相手が近くにいる。そんな相手に心惹かれないと言えば───嘘になる。

 

───ああ、それとそこ、退いておけよ。お前大きすぎて邪魔なんだからな

 

───おっと、それはすまん事をした。ここの水を浴びるのが好きでの

 

 上手い具合に話は聞き出せた。あとは奴が動くまで待てば良い。

 無理に探す必要はない。会えば───気配で分かる。

 退くと言っておきながら未だ滝の水を浴びる爺を尻目に私はその時を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木々をすり抜ける影がある。紅い残光を残すそれは渓流に流れる人の噂に苛立ちを募らせていた。

 彼が人を殺すのにこれといった理由は無い。が、今まで人の噂が無かった渓流に突如として流れ始めた人の情報は彼の不興を買うのに十分なものだった。

 

───よもや我らの領域で悠々と己を誇示するか。その愚行、この身に対する挑発と受け取ろう

 

 木から木へ、飛び移るごとに紅い輝きを増したその目の視界に異常が現れる。自身の視界を遮るこの泡は───。

 

───何用だ、狐の。邪魔をするのならば貴様とて容赦はせんぞ

 

───邪魔と言うより忠告だねぇ、忍び君。彼女とは、関わらない方が賢明だと建前として言いに来たんだ

 

───相も変わらず腹に隠し持つか。何が狙いだ?

 

───そりゃ勿論彼女のことさ。君を相手にして機嫌を損ねられると困るからね。彼女は私の興味対象なんだ。ここからいなくなってしまうのは困るよ

 

───…止めに来たのではないと言ったな。方便か?

 

───だから、こう言ったの。君じゃ彼女を楽しませる事は出来ても満足はさせられないだろうから消化不良になって気落ちしてしまうのは困るって事

 

 言外に、おまえが式に挑むのは不相応だと言われた暗殺者の次の行動は早かった。一撃で首を落とそうと最適な位置に飛び移り刃翼を構えて飛びかかる。だが───。

 

───むぅ…!仕留め損ねたか。いつにも増して厄介な…!

 

───戦いに来たのなら今のでこちらから仕掛けてるところだけどね。足元くらいよく見なよ。もうここら一帯は空中のみならず大地だって私の空間だ。どこもかしこも泡でいっぱいだよ

 

 最適な位置に飛んだはずの暗殺者だったがそこは既に狐の出す滑液でまともに跳躍出来る場ではなくなっていた。首を狙った斬撃は不恰好な形になり簡単によけられてしまう。雰囲気こそ軽い狐だが暗殺者に対して何の考えも無しに来たのではないようだ。

 

───貴様…

 

───もう一度だけ忠告しよう。死ぬよ。そのまま挑みに行けば君は彼女に殺されて死ぬ。今まで通りに過ごしたいのなら彼女が去るまで大人しくしておくべきだよ

 

 暗殺者は狐を一瞥し、その場から飛び退いて離脱する。向かう先はやはり渓流だ。狐の忠告は意味を成していない。

 

───荒れるような事は無いとは思うけどね。さっさと仕留めておくれよ

 

 一人、狐は祈るようにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 今夜はあまり気が乗らないから祠に行く気にもなれない私はごく普通に与えられた家の寝台で横になっていた。

 気が乗らない理由は簡単だ。今行ったところで例のあいつの話題になるだけだしそうなると稲妻の獣に止められかねない。あいつの小言は一々響く。香奈や秋隆と一緒にいた時も随分五月蝿く言われたものだけど、正直言ってまだ二人の方が気楽に聞き流せるものだった。

 それに、殺り合うんなら万全の状態であるはずが良い。睡眠は誰だって分かるように生物には必要不可欠な休息だ。今は奴に備えておくのが良い。

 そうやって、血生臭い事を考えつつ私は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆき、と、くろ

 はじめてあった、ふゆのよる

 

 こんばんは

 

 久しぶりね、■■君

 

 ひさしぶり…ひさしぶり?

 いつの、はなし、だったっけ?

 かれ、は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…?」

 

 朝起きたら、何だか違和感があった。何故か私は泣いている。

 懐かしいような、悲しい何かを見たような。

 深く思考するところだったけどその私を呼ぶ者がいる。

 

「おはようございますニャ、式様。寝起きのところ、急な話ですがギルドの方より緊急の連絡が。急ぎ集会浴場へ向かわれて下さいニャ」

 

 ルームサービスの猫…いや、それよりも仕事か。急ぎの連絡という事は随分と物騒な内容らしい。ま、どういう内容か、だなんて察するまでもないけど。

 ようやくか、と私は期待に胸を踊らせて手早く身支度を整えて集会浴場へと向かった。

 

 

 

 

 

「お?来るのが早いね。既に聞いているとは思うけど緊急クエストだよ。相手は───」

「いい。そういうのいらない。依頼の説明とかも面倒。誰が相手かなんて分かってるから」

 

 酒呑み爺が呆気にとられている。こいつだけじゃなくて受付嬢の二人もだけど。

 

「えっと、式様…?一応、依頼という形式ですので契約金など手続きを…」

「そっちで適当にやっといてくれ。オレは早く出向きたいんだ。面倒事はそっちに任せるよ」

「は、はぁ…。かしこまりました…」

 

 

 

 

 

 

 ああ、やっとだ。

 随分と待たされた。久方ぶりに楽しめそうじゃないか。

 さぁ、殺し合おうか、暗殺者。




次回、式編でようやくの戦闘となります。次回更新もやはり亀更新です(今さら)
あと最近になってからですがRWBYっていうアニメも見始めました。ルビーちゃん妹にほしい
今回短めなのは次回への前準備っていう事で納得して下さい
途中にある夢のシーンは完全に自己満足です。だって「彼女」が一番好きなんですもの
ではいつになるか分からない次回までまた~ノシ


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暗迅蠢動

エタッテ無いデスヨ(白目)


 昔の話だ。

 覚えの無い場所で、既視感を感じたというだけの。

 何故か私は、そこで雪と黒を幻視した。

 形なんて覚えていない。

 だってその場所に行って連想したのがその二つだけという話。

 そんな曖昧な話を、彼は笑って聞いてくれた。

 …笑っていたはずだと思う。

 まだ、織がいた頃。

 家に繋がる林道で、血飛沫を上げる死体を見た彼はそれでも普通でいてくれた。

 でも。

 織を失ってから起きるようになった疑問が頭の中で蠢く。

 

 

 

 

 

 …あの時、本当に笑っていたのは果たしてどちらだったんだろう…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ、かな」

 

 朝に依頼を受けた私は、けれども相手を探す事も無く夜になるまで適当に彷徨いていた。

 相手の話を聞くに昼に動く事は無いだろう。だったら探したところで無駄だ。夜になるのを待ってあちらから仕掛けてくるのを待つ。

 既に日は落ち宵闇が世界を包む時刻。私は地図からも離れた月明かりも届かない山林で相手が来るのを待っていた。

 木々が月明かりを遮るそこは本当に暗闇だ。そこそこ夜目が利く私でも草一つ見るのにすら目を凝らさなきゃいけない。

 どう考えても不利にしかならないような要素しかないけど、私は一切気負う事は無かった。

 と───。

 

「…っ!」

 

 殺気。

 それと同時に何かが飛んできた。その場から飛び退いてそれを躱す。

 

「へぇ、良い苦無じゃないか。暗器も仕込んでるんだ。いよいよもって忍だな、こりゃ」

 

 飛んできたのは人一人なら余裕で貫通するであろう大きさの苦無…に見える何かだった。挨拶代わりなのだろうか、これで仕留めるつもりは無いらしい。殺気は私から離れていった。

 誘われている。ここではないどこかに私を連れ出してそこで仕留めるつもりのようだ。

 

「随分と殺したくて仕方がないみたいじゃないか」

 

 ただの殺気じゃない。人が人を殺したい時にある殺気。野に生きるはずの存在がどうしてそんな人に近いそれを持ってしまっているのか分からないけど。

 ああ、心地良い。思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「良いよ、おまえは最高だ───」

 

 私は木々を駆け抜け、踊るようにその誘いに乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やぁ、式。おはよう。今日も気怠げだね』

 

 そいつとは四年前に知り合った。

 家が近所で、私と前に会った事があるからそれを覚えていたらしい。当の本人である私はそんなこと知らないから見知らぬ他人に話しかけられただけに過ぎなかった。

 

『今日は枯れ葉色の着物なんだね。どの色も良く似合っているけれど、今日のは織が好みそうな色だ』

 

 私の家は古い退魔の家系だ。魔を退けるもの。人に仇なす化け物を狩るのが両儀一族の生業。彼らは世の表には出てこない存在であり、それらと同様、退魔である事も社会に隠された闇だ。だからこそ社会から隔絶された家だというのにそいつは容易に私の居場所を当ててきた。曰く、一目惚れだと。

 

『式、君はずっと同じような着物を着ているけれど冬でもそうなのかい?…へぇ、厚着するんだ。ジャケットでも着るのかな』

 

 …普通、関わりの無い人間を相手にする事はない。さっさとお帰り願うかしつこいなら消してしまうのが妥当だろうに、父はあろうことか彼の存在を認めた。何の力も無い、ただの堅気の少年を、だ。そこにどんな意図があったのか知る由は無いけど、正直あいつが家を出入りするのは堪らなく鬱陶しかった。

 

「今日も、ついてくるのね」

「うん。女の子の夜の一人歩きなんて危ないし、言って聞かないならついて行くしかないじゃないか」

「黒桐君、あなた毎回ついてくるけど親御さんには何て言っているのかしら」

「意外だね。式が僕の事を心配してくれるなんて」

「…どこをどう勘違いしたらそうなるのか聞きたくもないけど、あなたはいつも私と親の関係に口出ししているでしょう。私にいつもついていって何も言われないの?」

「そりゃ最初こそこっぴどく叱られたさ。朝帰りだなんて僕のすることじゃないって。ただ秋隆さんが挨拶しに来てくれたり、式のお母さんがうちの母さんと仲良くなったりで今じゃそんなに言われないんだ。むしろ式のお母さんに式の事をよろしくって頼まれる始末だよ」

「…父は?」

「式のお父さんは…何だろう。今でも上手く話せた事は無いしどう思われてるのか分からないけど、嫌われてはいないと思うんだ。じゃなかったら家に出入りするのを許してはくれないだろうし」

「…ふーん」

 

 こんな他愛の無い日常。

 フラフラと、彼と意味の無い会話をしながら適当なところを散歩する。

 両儀の家は、表向きにはこの一帯の大地主ということになっている。当主を継ぐためにさせられた勉強の一つにはここの地理を把握するものがあった。おかげで地元の人間でも知り得ないような脇道や抜け道、裏道を使って夜の散歩を謳歌している…はずだった。

 彼と一緒に散歩をするようになってからはなるべく人目に付きやすい大通りなんかを道に選ぶことが多くなった。彼を守るためだ。ただ、私の意思じゃない。父から下された数少ない取り決めの一つに彼を蔑ろにするな、というものがあるからだ。人目につかないようなところで彼と一緒に『魔』と遭遇してしまえば彼は巻き込まれてしまう。四年前の私に人を守りながら戦えるだけの実力は当時無かった。

 

「式、見てこれ。また、みたい。これで四件目だよ」

「そうみたいね。興味なんて無いけれど」

 

 ふと視界に入った瓦版。そこには最近になって巷を騒がせる事件の内容が書かれていた。私は散歩していて特に周りへの興味を持たないからこういうのは素通りするものだけど彼はそうじゃない。私が俗世の話に疎い分積極的にこうした話題を振ってくる。

 

「うわ…今度は手足切り落として達磨状態だってさ。なんていうか、手慣れてきた感じだよね。殺人鬼だなんて、凄い見出しだ」

「そう。殺人鬼、ね…」

「どうかしたのかい、式?」

「ねぇ、黒桐君───」

 

 

 

 

 

 ───人が人を殺す理由って知ってる?

 

 

 

 

 

 …彼の答えは聞いてない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着いた場所は森の中にあって木々が無く開けているところだった。ここなら月明かりもちゃんと届く。けど、それは、暗がりにいるやつにとって私を捕捉しやすいという危険要素を示す事案でもあった。

 殺気はここを包んでいる。だというのに、私はその気配を察する事さえ出来なかった。両儀の家で育てられているのならそこそこ腕の良い暗殺者相手でも対応できるはずなのにそれが出来ない。流石と言うべきか、気配を隠す事にあってはあちらの方が数段上の実力を持っているようだった。

 

 私はわざと、奴が狙い易いように中央に立つ。

 左手は鞘に。右手は柄に。

 居合の構え。自己流のそれに柳生のような型なんて無いけれど。

 目を閉じ、静謐に身を委ねる。

 …それは永遠か、一瞬か───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那に、

 ───蒼の目と紅の目が交錯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───な、ぜ

 

 血を撒き散らし倒れこんだのは暗殺者の方だった。月下に初めてその姿が晒される。黒に紅の目。ちょうど、今の私と相克するような姿をしていた。右の刃翼から胸にかけて、私が入れた斬撃が走っている。

 

───なぜって、何がさ?

 

───姿を隠していただろうに、おまえは私の動きを関知できた。気配を察したわけでも、匂いを嗅ぎ付けたわけでもなく。どのような手段で私を見たのだ、人間

 

───別に。何となく、識っていただけだよ。それより、もう帰っていい?おまえ一瞬で終わったし。期待外れとはまた少し違うんだけど流石に萎えた。今の一撃くらい、躱してくれれば良かったのに

 

───識っていたとは。ああ、人間とはまた違う者なのだな。貴様の期待など知った事ではないが、結果が事実だ。せめてこの身を看取っていけ

 

 そうして暗殺者は沈黙した。私は何もせずただ月を眺めるだけ。

 こんな終わりだなんて。

 なんて───無様なの。

 せっかく出会えた良い相手だったのに。

 

「ホント、嫌になる。何が嫌かってそりゃ───」

 

 私は虚空に向けて刀を一閃した。嫌な視線を感じたからだ。なら断ってしまえばいい。

 

「覗き見とか、悪趣味。誰だか知らないけど、舐めた真似するのならその目を潰しに行くぞ」

 

 聞こえているであろう警告に恐れをなしたのか視線を飛ばすような気配は無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、ばれるようなヘマはやらかしてないんだけどなぁ。何の前提も無しに勘で僕の事を察知していたのかな」

 

 花が咲き乱れる妖精郷。その中央にある荘厳な塔。

 覗き見の犯人である花の魔術師───マーリンは式に対して考察を重ねていた。

 

「それっぽい気配があるからなぁ。一応、見ておくべきだと思ったんだけどまさかたった一回でご破算になるなんて。こりゃ一刻も早く、アルトリアには彼女に会ってもらわないとね」

「再三申したはずだ。不要だと。花の魔術師よ、そこまで急く事では無いだろう」

「まぁキング君の言う通りではあるんだろうけどね」

「同じ境界(くに)の目を持つ者である。単なる理屈は通用せぬ。あの者はいずれ収まるべきところに収まるものだ」

「あー、失敗しちゃったなぁ。ブログを更新しても一番の相手がいないからなぁ。最近は何だか退屈だよ」

 

 …暗殺者と魔術師の一幕である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ったぞ」

「式様!?モンスターは討伐になられたのですね…」

「疲れた。飯、風呂、寝る」

「え、ちょ、式様ー!?」

 

 普段は大人しいくせになんでこういう時だけ五月蝿いんだ。疲れてるんだからせめてもう少し静かな受付を相手にしたい。

 

「ひょっひょっひょっ。ホントは酒でも飲みながらクエストの報告とか聞きたいんだけどね、チミの今の様子じゃ無理そうだね」

「おまえはさっさとくたばれ、酒飲みじじい」

 

 余人どもの五月蝿い声を無視して部屋に帰りベッドに突っ伏す。さっきから苛々が止まらなくてうんざりしている。

 覗き見された件も嫌だがあの暗殺者の殺気が私の心の琴線に触れてくる。あんな殺気を浴びてしまったらモンスターじゃなくて人を───。

 ああ、ダメだ。この思考はかなりいけない。いずれ手にかけるかもしれないけどそれはきっと今じゃない。

 まだ、きっとまだだ。せめてもう一度、彼に会って話せるまで。




えっとですね。遊んでたっていうのがまぁ皆さんお察しだろうと。今後もこんな感じで遊んでいる間にやる感じなので本当私のやる気次第です。次話は勿論書くけどいつ上がるのか全くの不明です


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零零脈々

また久しぶりになりました
あと今回登場するモンスターは以前のキリンと同じくモンスターの生態捏造が入ります
途中(に入れたい)BGM ~絶望を撒き散らす凶牙~


 ピチャ、と水の跳ねる音がする。

 いや、水というのは正しくない。確かにここは(・・・)水源豊かな沼地だけど今は確かに地獄だった。なぜなら体に伝う滴が私の着物を真っ赤に染め上げているから。

 

(えっと…どうしていたかしら…)

 

 私を狙う複数の気配を感じる。けど、どうでもいいことだった。───だって斬ってしまえばそれで済むもの。

 白い鎧武者が口から熱線を吐こうとする。

───頭を斬り跳ねた。

 群青色の蟹が私を切り裂こうとする。

───鎌ごと胴体を真っ二つにした。

 番の狼が圧を伴った咆哮と共に迫ってくる。

───すれ違い様に雄の脳天を唐竹割りに、雌は眉間を串刺しにしてやった。

 白い血吸い魔がそのよく伸びる舌を私に向けてきた。

───舌を細切れに、開いた口から頭のある上顎を全てを斬り捨てた。

 

(次は…次は…ああ…)

 

 もう何度斬ったか分からない。

 数えるのすら馬鹿らしい。とにかく色んなやつを斬った。斬った。斬った。斬った。斬った。斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬った斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ちっ…あれから本当、寝覚めが悪い)

 

 あの暗殺者を仕留めてから早数ヵ月、特に大事も無いまま毛怠い日々が続いていた。

 変わったことと言えば稲妻の獣の、私に対する振る舞いが少し変わったぐらい。遠慮が無くなった代わりに物騒な話題をしなくなった。ネタが無いというのもあるだろうけど露骨にそういった話題を避けるようになったのだ。別に好き好んでしたいわけじゃないから気にしないけど。

 人手が足りないという割りに、村での生活は穏やかなものだった。評判が上がって他の村に駆り出されるとかそれすらも無い。元々、村近辺に住んでいる奴らは人間との距離のを分かっているから依頼に上がらないのが普通だからだ。唯一暗殺者が例外だったし稲妻の獣は新たな住処を探して彷徨していただけであいつ自身は人に何もしちゃいない。穏やかな日々が続くのは自明の理だった。

 

(いつまで続くんだろうな、この生活)

 

 いずれは故郷へと帰るつもりだからここに居着くつもりはない。平穏ではあるけれど、どこか空虚なこの生活を享受するつもりは無かった。

 

 

 

 

 

 義務的に集会浴場へ行くと珍しい事に先客がいた。男三人に女が一人、受付の前で相談している。───狩人だ。どうやら今日の私に出番は無いらしい。

 

「式様、おはようございます。この方々は…」

「流れだろ。湯治に来たんだったら好きにさせとけばいいと思うけど」

「あーいや、実を言うと流れではないんだ。歴としたギルドの仕事で来ていてね」

 

 男の一人が言った。密猟者の調査に来たのだと。どうやら砂の街からこいつらの捜査網を掻い潜ったやつがいるらしい。御付きの制服こそ着ていないが立派な騎士なんだと。

 それとは別にこの渓流近辺に本来生息していないやつの痕跡が見つかったからそれの調査も兼ねてるらしい。密猟者も一攫千金を求めて素材を独占しようと企んでいるだろうから場合によっては三つ巴になるだろうとも言った。

 

「…ふーん。痕跡って何の?」

「比較的、暖かいはずのこの地域で所々凍ってる場所が見つかったんだ。雪が降ったとか霜が降りたとかそういう次元じゃない、完全な『氷結』だ。おそらくはメゼポルタギルド管轄地域で確認される飛竜の仕業なんじゃないかな。君は村の戦力だし、有事の際いなければ困るから君は村に残っていてほしい」

「ひょひょ。モンスターを討伐するだけならチミで十分なんだけどねぇ、適材適所ってやつさ。まぁ、もし怪しいやつが来たら引っ捕らえる事ぐらいは頼まぁね」

 

 だけ、の部分を強調して酒飲みじじいは酒気と共に言葉を吐いた。仲間の女が露骨に顔を顰める。誰が相手であろうとこいつの酒飲みは変わらない。こいつの死因は間違い無く酒によるものだろう。そんなものわざわざ視なくたって分かる。

 

「では本部への連絡をよろしくお願いします。予定では七日間ほどの調査日程となりますのでそれを過ぎても戻ってこなければそういう結果だったと本部へ連絡して構いません」

「そうならないよう、皆様の無事をお祈りしております」

 

 では行ってきます、と狩人達は渓流へ旅立った。

 

「………………余所者なんて来たらあいつらが真っ先に殺るだろうにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっはぁっはぁっ…。畜生、何なんだあいつは!?聞いてたやつと違うどころの話じゃねえぞ!?」

 

 地図に載らない渓流近辺の森の中を必死に逃げる男がいた。密猟者の一味の一人だ。共にいたはずの仲間はいない。もうこの男が最後だ。他の仲間は喰われているか氷の彫像と化しているだろう。

 この世界において密猟者というのはあまり旨味の無い立場である。まず密猟という時点で本来受けられるギルドの支援を受けられない。支給品から始まり様々な支援があるが一番大きいのはネコタクの存在だろう。完全ではないといえ狩り場で力尽きた狩人の生存率の向上に一役買っている。例え狩人が丸呑みにされようが溶岩に落ちようが地中に引きずり込まれようが氷付けにされようが五体満足で生還できるのは彼らの力によるものが大きいのだ(それだけの事態があって尚四散しない狩人の体の方がおかしいが)。

 では密猟者に何も旨味が無いのかというとそうではない。ギルドの規約に縛られずにモンスターが狩れるため素材は好きなだけ剥ぎ取れる。またそういった密猟者は単独で動いているのではなく、大抵バックに何らかの権力を持った有力者がいてギルドを通さない特殊な依頼を請け負うために通常の依頼では有り得ないような多額の報酬が支払われる事もあるのだ。

 一度非合法な報酬に味を覚えてしまうと中々抜け出せない。男は仲間と共にまたそれを味わおうと欲の赴くまま渓流へ踏み行った。

 

「何だよ…!飛竜って聞いてたらどう見たって獣竜種だしあんなやつ見た事も聞いた事もねぇ!もう嫌だぁ…!」

 

 たった一点、彼らにとって不運だったのは狙う相手が想定外のモンスターだった事だ。

 男達が聞いていた相手は氷狐竜デュラガウア。レックス型の飛竜種で、全体的に青い体色に爪などの一部が橙色の姿をしている。耳が特徴的な形をしておりその形から狐の異名をギルドでは名付けている。名の通りに氷属性を扱うモンスターだが、他の氷属性モンスターと違うのは雪山や極海などの寒冷地域などではなく峡谷や塔、高地などといった比較的温暖な地域に姿を現すところだ。どの地域も氷孤竜以外に氷属性を操るモンスターがいないために出現した際の痕跡から特定する事は容易である。

 氷属性のモンスターなのに棲息地域が寒冷地域ではない、というのは現在のところギルドで確認される限り氷孤竜しか持ち得ない生態である。今回の『氷結』も何らかの理由で氷孤竜が渓流地域に流れ着いたのが原因だと密猟者も、ギルドの調査隊もそう考えていた。

 

「ひぃぃぃ、来たぁぁぁ!!!」

 

 逃げる男の後ろから大型の獣竜が姿を現す。大きさは彼の悪魔、恐暴竜イビルジョーと勝るとも劣らない。氷の世界から抜け出たような水色の体に所々黄色の配色が為されている。何よりも特徴的なのはその尻尾だった。───あまりにも巨大過ぎる氷に覆われていたのである。その氷塊の尾が振るわれる度に周囲に冷気が飛び散る。あの尻尾の攻撃を喰らった者の末路を男は知っている。何が何でもあの、錨のような形をした(・・・・・・・・・)尾の一撃は避けねばならなかった。

 

(なんで…なんでこんなに寒いんだっ…)

 

 男は知らない。目に見える脅威とは別に見えない脅威も迫っているのだと。

 温暖であったはずのこの地域がいつの間にかホットドリンクが必要なほどの寒さになっている。氷孤竜への対策にホットドリンクを持ってきてはいたがそれも気休めにしかならない。

 寒さで徐々に体の動きが鈍るのが分かる。それでも走る事だけは出来ていた。狩る気などとっくの昔に捨て去っている。俗人染みた欲など欠片も沸き上がってこない。今はただ、生への渇望を胸に走り続ける事しかできなかった。

 

「うそだろっ、あの動きは…」

 

 走って追いかける事に飽いた獣竜が全く違う動きを始める。体を縦に回転させ突進を行ったのだ。本来は爆鎚竜ウラガンキンが行う技である。爆鎚竜のような平たい背ならともかくスパイクのような隆起した骨盤が生えた背で行うようなものではない。だというのに、どこか驚異的な体幹を誇っているのか全くぶれずに男へ突進してきた。

 それでも尚避ける男。爆鎚竜のように的確に敵を捕捉して曲がっては来ず、ただ速度だけが早い真っ直ぐな突進であれば体力を消耗していても避けるのは容易だ。しかしこれで、男の横を通り抜けた獣竜が退路に立ち塞がる形となってしまった。

 

「クソッ、やっぱりやるしかねぇのかっ…!」

 

 得物である飛竜刀【銀】を引き抜き対峙する男。装備は得物と同じ素材で作られた銀色の貴重なシルバーソルシリーズ。全て密猟で手に入れた素材を使って得た物だ。希少種は強さも原種のそれを大きく上回っているが「希少」と付く通りにその発見も原種より困難を極める。発見した場合でも、周囲の環境に影響無しと判断すれば狩らずにむしろ保護が推奨される程だ。ハンターズギルドはモンスターの殲滅組織ではない。自然との調和を目指す組織である。男が希少種素材を集めるには、密猟でもしないと不可能だった。

 

「…フー……」

(狩らねぇとどうせ死ぬんだ。なら最後まで存分にやってやる)

 

 深呼吸。

 得物を引き抜いた事で僅かに男の心に火が灯る。密猟という非合法な形で手に入れた物だが自分が今までに成してきた事が、他ならぬ男の体を包んでいる。会敵からずっと恐怖にそのまま震えていた男だが、己は狩人なのだと再認識する事で泣き叫びそうになる心を奮い起たせた。恐怖は欠片も消えていない。ただ逃げる選択から戦う選択に変えただけだ。

 

(まずは一撃…!)

 

 一発で良い。どこでも良いから攻撃してまずは手応えを感じたい。だが現実は非情だった。

 獣竜の様子がおかしい事に男が気付く。上体を大きくあげ口に何か溜めている。ブレスの予備動作かと思ったがそれにしては溜め時間が長すぎる。

 無知故に、男の末路は確定的だった。少なくとも、もっと離れていれば良かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 獣竜がブレスを地面に向かって放つ。たったその一瞬。

 男のいる範囲も含む、獣竜の周囲全てが凍結した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうか、余所者の仕業か。

 少し離れた崖上から俯瞰している稲妻の獣は、簡素にそう思った。

 なにやら暴れる気配がしたものでその気配が覚えの無いものだったが故に、一応、見回りとして来ては見たがなんてことのない極普通の命の営みが交わされていただけだ。

 とみに気にする事でもない。

 と、いうのにどうやら眼下の余所者───氷獰竜ギアオルグは稲妻の獣を次の相手に定めたようだ。濃厚な殺気を孕んだ視線を稲妻の獣に向けている。

 

 氷獰竜ギアオルグ。本来はメゼポルタギルドが管轄する地域・極海にのみ生息するモンスター。獰竜アビオルグの亜種とされているが実際はこちらが祖先に当たる関係だ。『獰』の異名が付く通り非常に獰猛な性質で、目に移るほとんどの生物が捕食対象である。様々な特徴を持っているが特に顕著なのはやはりその尻尾だろう。先が刃のような形状になっており、それを振り回すだけでも十分脅威だがそこに氷を纏って尻尾を強化するのだ。これは近縁種の獰竜にすら無い特異な生態である。

 だがしかし。この場にいる氷獰竜はその尻尾を刃の形ではなく錨のような形状へと姿を大きく変えていた。他の部位もより鋭利な形に変化している。

 辿異種。

 原種とも亜種とも違う、より特異な進化の系譜を辿った種類の事である。辿異種に共通する特徴はそのモンスターにおいて特徴とされる部位がまた別個の形に進化している事だ。またモンスターによっては本来その種が持っていた特徴を別の部位と引き換えに退化させてしまっている例もある。近年のメゼポルタにて初めて確認された種類だけに情報が少なくメゼポルタでもG級のハンター、それも一定の実力を持つ者でしか依頼を受ける事ができない極めて危険性の高い存在である。

 

 この辿異化した氷獰竜はどうやら氷獰竜としての性質を保ったまま極海地域から抜け出てしまったらしい。尻尾に纏った氷が常温であるはずの渓流地域で溶けていないのは一重に氷獰竜自身の能力と、単純に氷を砕くだけの猛者に出会っていないからだ。

 この氷獰竜は既に雷狼竜ジンオウガを知っている。彼であれば更に強いはずである金雷公ですら属性の相性も相まって余裕で圧殺できるだろう。メゼポルタでG級に認定されるモンスターは他の地域でのG級とは訳が違う。常識的に考えてこの氷獰竜が渓流地域に出現してしまったのは紛れもない災害と呼べる事案だった。

 

 全く、面倒な事になったものだ。

 稲妻の獣はそう思いつつ崖から飛び降り氷獰竜と相対した。氷獰竜は既に溜めの姿勢を取っておりいつでも攻撃が行える状態である。少なくともこれまで屠ってきた雷狼竜と同じように殺すつもりだろう。

 

 だがこの氷獰竜も無知だった。上には上がいるという事を。

 

 氷獰竜も雷狼竜も溜めてから行う攻撃を持つが、溜めたあとの行動はまるで違う。氷獰竜は氷で強化した尻尾に頼った範囲攻撃を主体とする。もしくはブレスで周囲を凍結だ。遠くから見ていれば避ける事そのものは余裕でできる。そこまで早い攻撃ではないからだ。そして雷狼竜は───。

 

 稲妻の獣も雷電を溜める。近くで見ていれば気付いただろう。溜め始めた瞬間、徐々に身体が白くなっていく(・・・・・・・)様子を。

 

 

 

 

 お互いの溜めが弾け飛ぶ。

 その瞬間、極み吠える一撃が閃光と共に氷獰竜を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なーんにも起きない、か…)

 

 特にやることも無く、ただひたすら部屋の寝台で横になっている。

 本当にやることが無い。退屈ではあるんだけど、村にいるように言われているから、稲妻の獣に話をしに出掛ける事もできない。

 いっそ強引にでも、隠れて出掛けようかと思った時だった。───誰かが廊下の奥からこっそりやってくる気配がする。受付嬢でもルームサービスでもない、知らない気配だ。

 自分に関わるこんな事ですら、絵本を読んでいるような他人事のような気持ちでいられるからやっぱり私は異常者なんだろう。退屈を紛らわせてくれるのならむしろ来いと心の中で催促する。

 やがて現れたのは一人の銀色の武具を纏った狩人らしき男だった。なぜか表面が所々凍りついている。朝見かけた連中にはいなかった奴だ。

 

「なぁ、おまえ!ダメ元で聞いてるのは分かってるんだけど、俺を匿っちゃくれねぇか!頼む!」

「いいよ」

「やっぱダメだよな…えっ?」

「いいって言ったんだ。で、匿うって何すればいいの」

「え、と…。俺をこの家に置くとか、素性とか黙っていて貰えると助かるなって…」

「そういう簡単な事か。分かった」

「…え?あんた、冗談じゃないよな?まさか本気で言ってる?この、見ず知らずの怪しい男を本当に匿うって?」

「うん。退屈してたし。今ならちょうどいいかなって。素性も何も、オレは興味無いしな」

「…えっと、よろしくお願いします?なのかこれ…」

「オレの邪魔さえしなけりゃそれでいいよ。部屋は好きに使え。オレは寝る事ぐらいにしか部屋を使わないし、その物入れや本棚なんか使わないからな。ちょうどいいだろ」

 

 

 

 

 一時の稀人だったつもりなんだけど───まさかこれが長い付き合いの始まりになるだなんて、この時は夢にも思わなかった。




冒頭でもお伝えした通り久しぶりなりましたね
いや、酒飲みながら辿異ギアのハンマー赤まで最終強化するためにマゾい連戦繰り返してたらなんか頭に降りてきたんですよ。酔っぱらいのテンションで書いたものなので誤字脱字あれば指摘よろです。お願いしますm(__)m


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