インフィニット・オンライン ~孤高の剣士~ (黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス)
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キャラクター設定集

 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 色々な事を書いていると膨大になってきて、見返す際に読み込みやスクロールが面倒だなと思って来たので、各種で分けようと思い立って元の『設定集』から分割する事にしました。

 一先ず書いたのは『SAO編のキャラ集』。元の設定集の前半を占めていたキャラの情報と装備、本作での概要がこれにあたります。

 次に『スキル設定集』。ここは後半を占めていた、既出あるいは未出のソードスキルやスキルを書きます。

 あとは後々膨大になると思うから、『物語概要』と『装備概要設定集』くらいですかね……何か『ストーリーで分かり辛いからor見づらいから纏めて欲しい』とご意見あるなら、メッセージを送って下されば対応するかもです。

 今回はサブタイトル通り、キャラクター設定集。内容は本編に合わせますので、わざと開けている部分もあります。

 ではどうぞ。

 更新日
 1)5月15日(月) 午前03:00 第五十章投稿&休載中




 キャラクター設定

 

 主人公

 

・桐ヶ谷和人/キリト

 

 容姿:長い黒髪に黒水晶の瞳、美少女然とした小柄な体躯

 誕生日:2013年9月27日(織斑一夏) → 11月7日(桐ヶ谷和人)

 SAO開始当時 (9歳) 身長123センチ

 使い魔:《フェザーリドラ》種《ナン》/メス

 

 第七十五層到達時装備

 右手装備:《片手剣》エリュシデータ+(ウェイトゥザドーン融合)

 左手装備:《片手剣》ダークリパルサー(リズベット作)

 体防具下着:ダークインナー

 体防具衣服:コート・オブ・ミッドナイトΩ

 体防具鎧系:Empty

 腰防具:ベルト・オブ・ミッドナイトΩ

 足防具:ブーツ・オブ・ミッドナイトΩ

 腕防具:Empty

 頭防具/首飾り:Empty

 お守り:スタンドアロン

 指輪(右):孤独の指輪

 指輪(左):ハイパーリング

 

・特徴

 ソロ活動をする事でステータスや取得経験値に補正が掛かるお守りと指輪を装備している。

 鎧の類は一切装備しておらず、弾き防御や回避を中心として直撃を避ける短期決戦型のダメージディーラー。

 ユニークスキル《二刀流》を習得している。

 

 

 第三十五章突入時

 《ⅩⅢ》登録装備

 :《片手剣》エリュシデータ+(ウェイトゥザドーン融合)

 :《片手剣》ダークリパルサー(リズベット作)

 :《片手剣》ブラックメタル

 :《片手剣》ホワイトゴールド

 :《片手剣》クロスブレイド

 :《両手剣》ムーンブレイド

 :《細剣》アクアリウム

 :《曲刀》エンゼルイーター

 :《刀》プラズマ

 :《片手棍》ルナティック

 :《両手棍》ガイアブレイド

 :《両手斧》ダリア

 :《長槍》ドラゴニックスピナー

 :《投擲武器・チャクラム》エターナルブレイズ

 :《弓》シャープシューター

 :《盾》フリーズプライド

 :リズベット謹製継承武器シリーズ

 :各階層店売り武器全種×999個

 体防具下着:ダークインナー

 体防具衣服:コート・オブ・ミッドナイトΩ or ホロウレギオンコート

 体防具鎧系:Empty

 腰防具:ベルト・オブ・ミッドナイトΩ

 足防具:ブーツ・オブ・ミッドナイトΩ

 腕防具:狂戦士の腕輪

 頭防具/首飾り:ユイの愛雫

 お守り:心無い天使

 指輪(右):孤独の指輪

 指輪(左):ハイパーリング

 

・所持ユニークスキル

 片手武器系《二刀流》

 種類問わず《薄明剣》

 両手剣系《狂月剣》

 曲刀系《暗黒剣》

 刀系《抜刀術》

 棍系《地顎刃》

 両手斧系《死閃鎌》

 槍系《無限槍》

 弓系《射撃術》

 投擲武器系《手裏剣術》

 

 

・特徴

 ソロ活動をする事でステータスや取得経験値に補正が掛かる指輪を装備している。

 腕防具により、ソロパーティーである限り『仰け反り無効』、『全ステータス増大』、『攻撃力大幅上昇』、『防御力無視攻撃付与』のバフが掛かり、常時『防御力三割低下』のデバフが掛かっている。

 お守りにより、『全状態異常無効化』、『大リジェネ付与』のバフが掛かっている。ただし状態異常無効は大ダメージによるスタン、および必中効果の状態異常が除外されており、あくまで無効化するのは確率系状態異常攻撃である。

 両手装備《ⅩⅢ》はカテゴリ内に登録した武器を、キリトの強固なイメージによって自由に召喚する事が出来る無形の武器。例として、《片手剣》カテゴリとしてエリュシデータを登録すれば背中に装備していなくとも即座に手に呼び出せる。基本として十三種類の武器があり、イメージする事で自由に宙を飛ばす事が出来る。

 

・《片手剣》ブラックメタル

 反りの無い片刃の黒い片手剣であり、ナックルガードが付いている。攻撃属性は斬撃属性と刺突属性。

 片手武器系ユニークスキル《二刀流》に対応している。

 

・《片手剣》ホワイトゴールド

 反りの無い片刃の白い片手剣であり、ナックルガードが付いている。攻撃属性は斬撃属性と刺突属性。

 片手武器系ユニークスキル《二刀流》に対応している。

 

・《片手剣》クロスブレイド

 ブラックメタルとホワイトゴールドを一本の長剣として合体させた両刃剣。攻撃属性は斬撃属性と刺突属性。

 第二十四章に登場した第三戦ボス《The Hollow Seized with Nightmare of past》がこれを持った際、HPを削って防御無視攻撃を放つ《薄明剣》を使用した。

 ユニークスキル《薄明剣》に対応しているが、別にこの武器で無くとも使用は出来る。

 また《二刀流》に対応している。

 

・《両手剣》ムーンブレイド

 出刃包丁を思わせる刀身、黒い柄と柄先から幾ばくか伸びる黒い鎖が特徴的な大刀。柄の長さは35センチ、刃渡り120センチと、和人の背丈よりも巨大で重厚。

 攻撃属性は斬撃属性と刺突属性。文中では《大刀》と表記されている。

 両手剣ユニークスキル《狂月剣》に対応している。分類上《両手剣》だが《片手剣》としても運用可能。

 

・《細剣》アクアリウム

 蒼色の柄、丸鍔、刀身を持つ片刃の細剣。アスナが所有するリズベット謹製の継承剣ランベントライトと酷似している。攻撃属性は斬撃属性と刺突属性。

 水を操る力を有し、水の障壁による防御や波濤による攻撃など、圧倒的物量に物を言わせた攻撃が可能。水場であれば真価を発揮する。後述の氷を操るフリーズプライドと組み合わせる事で、更なる攻撃が可能となる。

 

・《曲刀》エンゼルイーター

 悪魔の羽を思わせる黒い刀身、黄色の目玉を象った鍔、黒色の柄と緑のナックルガードが特徴的な曲刀。攻撃属性は斬撃属性と刺突属性。

 文中では基本的に《曲剣》と表記される。

 特にこれと言って特徴的な力は持たないが、曲刀ユニークスキル《暗黒剣》に対応している。

 参考武器はリメイク版《テイルズ・オブ・デスティニー:ディレクターズカット》のソーディアン《ベルセリオス》。

 

・《刀》プラズマ

 白い鮫革が巻かれた柄、菱形の鍔、白銀の刀身を持つ刀。長さは一般的な刀と脇差の中間である小太刀程度で、小回りが利く。キリトからすれば平均的な男性が振るう刀とそこまで変わらない。

 雷を操る力を有し、水棲モンスターに真価を発揮する反面、感電ダメージで味方にも被害が及ぶ可能性がある為、時と場所を考えなければならない扱いの難しい武器。

 文中では基本的に《雷刀》と表記される。

 また、刀ユニークスキル《抜刀術》に対応している。

 

・《片手棍》ルナティック

 星を象った鍔を持つ、全体的に蒼い片手棍武器。ただし見た目はまるっきり両手剣で、扱い方は片手剣と同様。攻撃属性は斬撃属性と打撃属性。

 特にこれと言って特別な属性を有してはいないが、《片手棍》でありながら《片手剣》と同様の攻撃方法を取れるため小回りが利く。

 文中では基本的に《クレイモア》と表記される。

 一応棍系ユニークスキル《地顎刃》に対応しているが、片手武器である事と大地の力を有していないため下記の武器に比べて威力や効果は控え目になる。

 

・《両手棍》ガイアブレイド

 十手を分厚くしたような形状で、赤黒く分厚い刀身が特徴的なアックスブレード。見た目はまるっきり両手斧だがシステムの分類上は両手棍。攻撃属性は斬撃属性と打撃属性。

 文中では《斧剣》や《アックスブレード》と表記される。斧と書かれるが、両手棍なので注意。

 大地を操る力を持っており、地面を隆起させたり、局地的な地震を起こしたり、地割れを発生させたり出来る。

 棍系ユニークスキル《地顎刃》に対応している。こちらは上記と異なり真価を発揮する。

 

・《両手斧》ダリア

 湾曲した黒い持ち手と金色に輝く刃が特徴的な大鎌。大鎌はSAOのシステムでは《両手斧》に分類されている。攻撃属性は斬撃属性。

 特にこれと言って特別な属性を有してはいないが、《両手斧》にしては軽量なのでかなり素早い攻撃を可能とする。一振りの攻撃範囲はかなり広い。

 両手斧ユニークスキル《死閃鎌》に対応している。ちなみに読み方は《しせんがま》。

 

・《長槍》ドラゴニックスピナー

 竜の咢を思わせる刃を持つ六本で一対の藍色の長槍。攻撃属性は斬撃、刺突、貫通の三属性。

 風を操る力を有しており、攻撃した後には風の刃で追撃したり爆風で吹き飛ばしたりなど、臨機応変な運用が可能。

 キリトが手にしていない場合は風を纏って宙に浮いており、特にイメージしていない場合はキリトの背面百八十度を六分割するように展開されている。キリトが追撃に多用するお気に入りの武器。よくエターナルブレイズとセットで使われる。

 

・《投擲武器チャクラム》エターナルブレイズ

 四方に大きく飛び出た刃、それらの中間に小さく飛び出た刃を持つ十文字手裏剣のような二枚一対の戦輪。中心の持ち手は黒い革で覆われており、刃は紅く縁取られている。炎を操る力を持ち、火焔を噴き出しながら敵を斬り裂く事で切り傷と火傷を同時に負わせる事が出来る。

 キリトが手にしていない間は炎を纏って宙に浮いており、特にイメージしていない場合はキリトの左右を護るように展開されている。投擲後の軌道はイメージに沿う。キリトが追撃に多用するお気に入りの武器。よくドラゴニックスピナーとセットで使われる。

 投擲武器系ユニークスキル《手裏剣術》に対応している。鍛えると他の武器も投擲出来る。

 

・《弓》シャープシューター

 紫色のエネルギー矢を無限に放てる紫紺色でカラーリングされた二丁一対のボウガン。エネルギー矢は一丁につき百発分装填されており、構え直すと自動で再装填されるため、実質弾切れが無い。一丁の狙撃銃に連結させる事が出来、その場合は強力な矢を二十発分放てる。

 攻撃属性は少々特殊で、二丁一対では刺突属性のみ、連結時は刺突と貫通属性を有する。

 キリトが手にしていない場合は左右に分かれて浮いており、固定砲台のようになる。この状態では構えを挟まなくとも自動で矢は補填されていく。

 弓系ユニークスキル《射撃術》に対応している。

 

・《盾》フリーズプライド

 氷の結晶を思わせる青色で縁取られた蒼の大盾。

 あくまで盾なのでこの装備そのものに攻撃判定は無いものの、氷を操る力を使う事で相手にダメージを与えられる。盾の先端に氷柱を生やす事で攻撃判定は発生する。この場合、攻撃属性は斬撃、刺突属性になる。

 キリトが手にしていない場合は前面からの攻撃から守るように正面に浮き、イメージによって自由に動かす事が出来る。当然ながら通常の様に腕で持つ事も可能だが、キリトの身長が足りなくて下端が地面に刺さるので、基本的に浮いている。

 水を操る細剣アクアリウムとセットで使用すると、水で濡れた相手を氷漬けにして動けなくし、凍傷ダメージでじわじわ追い詰めるといった行為が可能になる。

 

 

 

 登場キャラクター

 

・桐ヶ谷直葉/リーファ

 

 容姿:肩口で切り揃えた黒髪、黒い瞳、平均的な女子の体躯

 容姿(アバター):ポニーテールの金髪、翡翠の瞳、華奢ながら豊満な肢体

 誕生日:2009年 10月25日

 SAO開始当時リアル (13歳) 身長155センチ

 SAO乱入当時アバター (14歳) 身長160センチ

 

 右手装備:《片手剣》種長刀型ジョワイユーズ

 左手装備:Empty

 体防具下着:ウィンディクロス

 体防具衣服:シルフィードクロス

 体防具鎧系:シルフィードクロスアーマー

 腕防具:エレメンタルレザーアーム

 腰防具:エレメンタルレザーベルト

 足防具:エレメンタルレザーブーツ

 頭防具:シルフィードチョーカー

 お守り:リカバリーチェッカー

 指輪右:シルフィスティアの誓い(中指)

 指輪左:シルフィーロードリング(中指)

 

・キャラ解説

 行き倒れていた織斑一夏を拾った桐ヶ谷家の長女。感情と心をすり減らした和人の面倒をよく見た人物でもあり、血の繋がりこそ無いが心の繋がりで和人の姉を務めようと奮起し、心から愛情と慈しみの心を注いだ。それにより、およそ一ヵ月で劇的に精神を回復させるまでに至らせた。

 最も和人が心を許している存在で、和人の事をとても大切に想っている。

 本作では桐ヶ谷家に拾われた元一夏こと和人の義理の姉を務め、また剣道や柔道などの相手を務めるだけの実力を有する。和人の事を大切に想っているため、血の繋がりが無いからこそスキンシップとコミュニケーションを大切にする。

 ゲームが苦手で、機械音痴な部分があったため、母の翠が応募はがきで当てたSAOロットを和人に譲った、翠も軽い感じで勧めている。そのためSAOへログインはしていなかった。

 しかし《SAO事件》から一年半が経過した五月のある日、《アルヴヘイム・オンライン》をプレイしていたにも関わらず何故かSAOサーバーへと入ってしまい、その容姿から《妖精》と第二十二層で噂されてしまう。

 後にその噂の真相を知りに休暇で訪れた義弟キリトと再会を果たし、キリトが有するホームへ居候する事になる。この時リアルの情報をキリトへ齎した。シノンと共にキリトから戦いの指南を受けている。

 後に行き倒れていた謎の少女ユイを義妹として引き取る事を決意。たった一日しか触れ合えずに別れてしまったものの、その死を間近で見る事になったキリトを慮り、弱音を見せずに慟哭を受け止めた。第三十四章終了時点でキリトを除いて唯一ユイの正体を知る人物。

 現実に居る間に織斑一夏/桐ヶ谷和人の血が繋がった実姉《織斑千冬》と邂逅しており、その時からずっと和人を《桐ヶ谷和人という人形》として縛り付けてしまわないかと恐れている。和人の事を大切な義弟として護ると決めて家族愛を向ける反面、決して離したくない独占欲や所有欲、異性としての恋情などが入り混じった感情を抱いており、内心凄まじく複雑。

 第三十四章終了時点では苦悩を打ち明け、それを肯定された事で、かなり吹っ切れている。

 

 

 

・壺井遼太郎/クライン

 

 容姿:赤みがかったツンツンの茶髪、バンダナ、無精髭の生えた野武士面

 誕生日:2000年 8月16日

 SAO開始当時 (22歳) 身長180センチ

 

 両手装備:《刀》陰雷

 体防具下着:白の衣

 体防具衣服:緋の袴

 体防具鎧系:山の鎧

 腕防具:火の籠手

 腰防具:林の腰帯

 足防具:風の脛当て

 頭防具/首飾り:紅のバンダナ

 お守り:侍魂

 指輪右:《風林火山》の証

 指輪左:速力の指輪

 

・キャラ解説

 良識者筆頭。SAOにて和人/キリトが最も最初に出会った人物。総勢六人という少数ながらも一人として死者を出していない指揮力を有しており、第一層の頃からキリトを追い掛けて攻略隊に参戦したビギナーリーダー。後に《風林火山》を立ち上げ、攻略組中小ギルドの中核を為す存在となる。

 数少ない速力を重視した刀使いの一人で、実力も相当高い。元織斑一夏であるキリトの事を何かと気に掛けているSAO内でも数少ない良識者。そのためキリトもとても懐いており、クラインも構っている。

 キリトの男友達の中で最も親しく、またキリトの事を恐らく同性の中で最も理解している稀有な人物。第三十四章終了時点で好意を抱いている異性は存在しない。

 社会人として生活費を稼ぐ苦しみを知っているので、織斑千冬の所業に言いたい事はあるものの忙しかった部分に一定の理解を示しており、一概にも全面的に悪いとは言い切れないと考えている。キリトの実兄に関しては嫌悪している。

 原作と異なり、女尊男卑を警戒して過剰なスキンシップや彼女欲しい宣言はしていない。

 

 

 

・結城明日奈/アスナ

 

 容姿:栗色の長髪、榛色の瞳、平均的に華奢な体躯

 誕生日:2007年 10月14日

 SAO開始当時 (15歳) 身長160センチ

 

 右手装備:《細剣》ランベントライト

 左手装備:Empty

 体防具下着:ホワイトクロス

 体防具衣服:ホワイトナイトクローク

 体防具鎧系:ホワイトナイトプレストプレート

 腕防具:ホワイトクロスハンド

 腰防具:レッドクロスベルト

 足防具:ホワイトナイトプレートブーツ

 頭防具/首飾り:ダイアモンドピアス

 お守り:月の石

 指輪右:《血盟騎士団》の証

 指輪左:騎士の指輪

 

・キャラ解説

 良識者その二。年が離れた兄からSAOを貸してもらい巻き込まれた人物で、ビギナーながら優れた細剣の使い手でもある。

 失意から瀕死に陥っていたキリトの命を助けて以来、九歳と言う幼さながら何かに追い詰められて戦っているキリトの事を気に掛ける。

 第三十四章時点で、キリトの事になると色々と潜在能力が吹っ切れる現象が度々発動している。基本的にキリトには全幅の信頼を寄せている。

 《血盟騎士団》副団長を務め上げているが、割と自由に行動してキリトや友人のユウキ達との交友を深めている。《料理》スキルを取得しており、味はキリトに劣るが年齢からレパートリーそのものは勝っている。様々な調味料を再現しようと四苦八苦しており、キリトが米を再現した時には燃え尽きていたりと中々に愉快な状態になっている。

 レベルはキリト、ヒースクリフに次ぐストレアとタイのレベル90で第三位。攻略組の中でも相当高い方で、更に細剣使いである事も含めると非常に高い技量を誇っている事が分かる。

 

 

 

・????/アルゴ

 

 容姿:跳ねた短い金髪、茶色の瞳、左右三本のおヒゲ、小柄且つ華奢な体躯

 SAO開始当時 身長150センチ

 

・キャラ解説

 良識者その三。【鼠】の仇名で呼ばれる《アインクラッド》随一の情報屋。元ベータテスターでもあり、その責任を感じて様々な情報収集と拡散を行い、人命救助に勤しむ。ベータ時代からキリトとは顔見知りで、何かと気に掛けている。

 敏捷値にボーナスポイントを極振りしている稀有なプレイヤーで、先頭は極力避けるが戦闘能力そのものはあり、優れた短剣使いでもある。階層が低い頃はナックル系装備をしていたが、種類が少ない事から短剣へと変えた。サブ武器としてピックを多量に装備している。

 第一層の頃から始まった《ビーター》への誹謗中傷を助長し、ストレスをキリト自身へ向けさせるキリトの案に嫌々ながら従っているが、心の底からその心身状態を案じている一人。

 

 

 

・????/キバオウ

 

 容姿:茶色のとげとげ頭、小柄ながら筋肉はある体躯

 SAO開始当時 身長155センチ

 

・キャラ解説

 キリトアンチ筆頭。キリトが《ビーター》を名乗る羽目になった原因の人物で、織斑一夏であると暴露した。何かとキリトを排斥しようと目論んでいるが攻略そのものには真摯で、人を率いて戦うリーダーの素質はあり、そこはキリトとディアベルからも評価されている。

 所属は《アインクラッド解放軍》、攻略部隊のサブリーダーを務める。片手剣と盾を装備したバランスタイプ。時に下す豪胆な決断は作戦こそ良いもののタイミングが悪いなど、どこか間の悪い事ばかり目立つ。

 第七十四層へ独断でコーバッツを送ったり、謹慎中なのに闘技場へ勝手に参加したり、失敗後は《アインクラッド解放軍》のギルドサブリーダー《シンカー》を地下迷宮の最奥へ閉じ込めたり、キリトを殺そうと動き回ったりなど好き勝手にしている。

 第三十四章終了時点で除隊されており、行方不明。

 

 

 

・????/ディアベル

 

 容姿:青く染めたウェーブが掛かった短めの髪、整った容姿

 SAO開始当時 身長170センチ

 

・キャラ解説

 良識者その四。第一層にて呼びかけを行ってボス攻略隊を結成した人物で、とても高いコミュニケーション力とリーダーとしてのカリスマ性、統率力を有する。

 本作では第一層ボス戦にて生き残っており、後に《アインクラッド解放軍》を設立し、下層・中層域プレイヤーの援助及び最前線の攻略を行う部隊のリーダーを担っている。

 何かと無理をするキリトを気に掛けており、《ビーター》という悪役を演じる事で元ベータテスター達とビギナー達の間に遭った軋轢を取り除いた事に責任を感じている。本文では語られていないが一応元ベータテスターの一人で、キリトはその事に気付いていない。

 

 

 

・紺野藍子/ラン

 

 容姿:紫がかった一つ括りの黒の長髪、同色の瞳、華奢な体躯

 誕生日:2009年 5月23日

 SAO開始当時 (13歳) 身長150センチ

 

 右手装備:《細剣》エルトゥリーネン

 左手装備:Empty

 体防具下着:シャドウレオタード

 体防具衣服:アクアリィクローク

 体防具鎧系:Empty

 腕防具:アクアマリンハンド

 腰防具:アクアマリンベルト

 足防具:アクアホワイトブーツ

 頭防具/首飾り:黒のヘアゴム

 お守り:未来への祈り

 指輪右:《スリーピング・ナイツ》の証

 指輪左:速力の指輪

 

・キャラ紹介

 良識者その五。木綿季とは二卵性双生児で姉にあたる。アスナと同様細剣の名手であり、また《スリーピング・ナイツ》のリーダーを務めている。リーダーではあるが、ユウキに僅かに実力が劣っており、それを補うように高い指揮力と戦略眼を持ち合わせている。

 キリトの事を気に掛けている一人で、《ビーター》宣言の意図を即座に悟り、周囲の心無い者達の悪罵に本物の殺意を覚えた経験があり、それが原因であまり人を受け付けなくなっている。キリトや友人のアスナ達に対してだけは穏やかで物腰が柔らかい。

 性格と口調がアスナに似ているが、基本的に丁寧口調を崩さない喋り方なのが特徴。

 アスナやユウキに感化されて《料理》スキルを鍛えている稀有な一人。

 

 

 

・紺野木綿季/ユウキ

 

 容姿:紫がかった黒の長髪、真紅の瞳、紅いバンダナ、華奢な体躯

 誕生日:2009年 5月23日

 SAO開始当時 (13歳) 身長150センチ

 

 右手装備:《片手剣》ルナティーク

 左手装備:Empty

 体防具下着:パープルレオタード

 体防具衣服:ナイトリィクローク

 体防具鎧系:オブシディアンプレート

 腕防具:ヴァイオレットハンド

 腰防具:クリムゾンベルト

 足防具:ヴァイオレットロングブーツ

 頭防具/首飾り:紅夜のバンダナ

 お守り:レインボーコーリッジ

 指輪右:《スリーピング・ナイツ》の証

 指輪左:速攻の指輪

 

・キャラ紹介

 良識者その六。藍子とは二卵性双生児で妹にあたる。女性剣士ながら凄まじい剣腕を誇っており、構成人数僅か二、三人の《スリーピング・ナイツ》が攻略組に参列出来ている最たる要因の人物。片手剣使いとして名を馳せており、二つ名は【絶剣】。

 第一層の頃から姉と共にタッグで動き続け、後に加入したサチの面倒を最も見た人物でもある。

 キリトの事をよく気に掛けており、明るい様子を見る事、笑顔を見る事を何よりも楽しみにしている。また美味しいものに目が無い。《料理》スキルを鍛えている稀有な一人。

 第一層攻略中に後のカリスマお針子《アシュレイ》が出していた露店にでバンダナを購入し、お客様第一号となった縁で、アスナ達にも秘密の茶飲み友達としてアシュレイと交流を持っている。

 第三十四章終了時点で若干キリトの事を異性として意識しているものの、男女としての好意なのか親愛の情なのか分からず、少々混乱している。

 余談だが、《HF》にてパートナーになるユウキのステータスは、他のパートナーに出来る全てのヒロインキャラと較べて全て上回っている。更に彼女の代名詞でもあるOSS《マザーズ・ロザリオ》も条件を満たせば使用してくれるという優遇ぶり。同じ片手剣使いリーファより圧倒的な強さを誇っているその様は、正に【絶剣】の名に相応しいと言える。

 ボスとして登場した際、《片手剣》でありながら《剣技連携》を繰り出してトドメに十一連撃を放つという原作キリト以上の化け物振りを発揮し、プレイヤーを圧倒する。百層ボスヒースクリフよりレベルが十も上なのでで、真の意味でストーリーのラスボスと言える存在になっている。

 流石原作で最強を誇っているだけあるキャラクター。実際は姉の方が強いらしいが。

 

 

 

・????/サチ

 

 容姿:肩まで伸びた黒髪、黒い瞳、華奢で線が細い体躯

 SAO開始当時 (17) 身長155センチ

 

 両手装備:《長槍》ムーンライト・クリスタル

 予備武器:《片手剣》ムーンライトソード

 体防具下着:ホワイトインナー

 体防具衣服:ブルームーンクロース

 体防具鎧系:ホワイトプレストプレート

 腕防具:ムーンクロスハンド

 腰防具:ムーンベルト

 足防具:ブルーブーツ

 頭防具/首飾り:Empty

 お守り:ムーンキャッツ

 指輪右:《スリーピング・ナイツ》の証

 指輪左:《月夜の黒猫団》の証

 

・キャラ紹介

 良識者その七、尚且つキリトのキーパーソンにしてある意味トラウマに近い人物。

 かつて高校時代にパソコン部に所属していたメンバーで立ち上げた《月夜の黒猫団》の紅一点で、そして唯一の生き残り。ダッカー、ササマル、テツオを護れず、またケイタの自殺の原因となってしまった事を悔やみ続けているキリトに赦しを与え、心の支えとなった。

 当初は攻防の際に目を瞑ってしまう悪癖を持つ程に気弱だったが、キリトとケイタの件があってから決別し、ユウキに扱かれて一流の槍使いとして攻略組の一員になる。

 効率重視のゲーマーでは無いことから基本平和的な思考をしているため、攻略組の芳香剤的な存在になっており、分け隔てなく心配するその姿勢からキバオウやリンドですら悪罵を向けられない稀有な人物として見られている。当然だが本人に自覚は全くない。

 刺突&貫通属性のみだと対応出来ない場合が出て来るため、それに備えてキリトとユウキから指南された《片手剣》を予備武器として鍛えている。

 

 

 

・綾野珪子/シリカ

 

 容姿:茶髪のツインテール、紅い瞳、小柄で華奢な体躯

 誕生日:2009年 8月14日

 SAO開始当時 (13歳) 身長145センチ

 

 右手装備:《短剣》イーボン・ダガー

 左手装備:Empty

 体防具下着:グリーンクロス

 体防具衣服:レッドリーフ

 体防具鎧系:シルバースレッド・アーマー

 腕防具:レザーパングル

 腰防具:シルバースレッド・ベルト

 足防具:フェアリーブーツ

 頭防具/首飾り:ドラゴンチョーカー

 お守り:テイマーハート

 指輪右:ドラゴンリング

 指輪左:Empty

 

・キャラ解説

 良識者その八。超希少種ドラゴン《フェザーリドラ》を偶然テイムし、ピナと名付けたビーストテイマーの少女。キリトとはピナ蘇生の際に知り合い、壮絶な過去を知って以降、友達として関係を築いている。

 テイマー仲間として親近感を抱いており、また自身より幼いながら果てしない重責を背負い続けているキリトの事を案じている。割と頻繁にナンを預かり、面倒を見る。

 優秀な短剣使いだが、本人は上層にギリギリ届く程度の中層域で活動している。他の武器として《片手剣》と《片手棍》を鍛え、斬突打の三属性を揃えてどんな敵とも戦えるよう備えている。

 ちなみに、テイムした使い魔ピナはオス。

 

 

 

・篠崎里香/リズベット

 

 容姿:ベビーピンクの跳ねた髪、同色の瞳、そばかす、線は細めの体躯

 誕生日:2007年 11月10日

 SAO開始当時 (15歳) 身長155センチ

 

 右手装備:《片手棍》アタックメイス

 左手装備:スミスラウンドシールダー

 体防具下着:ピーチピンカークロス

 体防具衣服:レッドクロース

 体防具鎧系:シルバリックプレストアーマー

 腕防具:ガーディアングローブ

 腰防具:ガーディアンベルト

 足防具:ハードレザーブーツ

 頭防具:レッドチョーカー

 お守り:ヘファイトスのお守り

 指輪右:豪傑の指輪

 指輪左:プロテクトリング

 

・キャラ解説

 良識者その九。キリトの友人兼SAOでの姉的立場の人物。

《アインクラッド》にて唯一何処にも属さないフリーのマスタースミスとして、個人で武具店を経営している凄腕鍛冶師。キリトの《ダークリパルサー》、アスナの《ランベントライト》を鍛えたのもリズベットである。また、アスナの細剣をインゴットに戻し、再度鍛え直す【継承】を行い続けて来た。

 鍛冶に関しては一家言あり、攻略組の武具の面倒を殆ど見ているので《アインクラッド》で影響力がある生産職系プレイヤー筆頭。

 マスタースミスでもあるため戦闘能力は準攻略組といったところだが、本人は基本的に《鍛冶》によって経験値を得ているため戦闘技能そのものはあまり高くは無い。

 唯一キリトの過去の一部を夢で覗いた人物であり、元々の性格もあってキリトの事は常に気に掛けている。その強い想いが宿り、レアリティ含めても最前線層で手に入るインゴットよりワンランク下の【クリスタライト・インゴット】から強力な片手剣を鍛え上げた実績を持つ。

 

 

 

・茅場晶彦/ヒースクリフ

 

 容姿:短い茶髪、茶色の瞳、骨張った中背中肉の体躯

 容姿(アバター):銀褐色の長髪、真鍮色の瞳、がっしりとした体躯

 誕生日:1995年11月7日

 SAO開始当時リアル (27歳) 身長180センチ

 SAO開始当時アバター (27歳) 身長180センチ

 

 両手装備:《片手剣》&《盾》剣盾一対リベレイター

 体防具下着:ホワイトインナー

 体防具衣服:クリムゾンローブ

 体防具鎧系:クリムゾン・セイクリッドナイトアーマー

 腕防具:クリムゾン・セイクリッドナイトグローブ

 腰防具:クリムゾン・セイクリッドナイトベルト

 足防具:クリムゾン・セイクリッドナイトブーツ

 頭防具:Empty

 お守り:クロスエンブレム

 指輪右:《血盟騎士団》の証

 指輪左:聖騎士の誓い

 

・キャラ解説

 良識者その十。リアルはSAO製作に最も関わった茅場晶彦その人であり、誰よりも《アインクラッド》の事を良く知っている人物。創造神と言っても過言では無い。

 正式サービスには《ヒースクリフ》という多少特別なアカウントでログインしているが、マスターアカウントほどの権限は無い。また、デスゲーム化に関しては一切関与しておらず、自身を貶める為に何者かが実行に移したと考えている。リーファの話により、《ALO》に関わった者が怪しいのではと推測している。

 第一層ボス攻略から優秀なタンクとして知られており、後に《神聖剣》という強固な防御が売りなユニークスキルを習得し、《血盟騎士団》の団長として攻略組に属す強者となる。

 リアルではIS開発者の篠ノ之束と交友があったため、キリトが初対面時から織斑一夏であった者と見抜き、何かと気に掛けている。

 ディレクターだったのでシステム面に関しては恐ろしく博識である。

 SAO発売日と誕生日が被っているのはわざとで、本作キリトとも実は被っている。ちなみにこれは本作オリジナル設定。

 

 

 

・朝田詩乃/シノン

 

 容姿:黒髪、ビンを白いリボンで結んでいる、黒い瞳、華奢な体躯

 誕生日:2009年5月28日

 SAO登場時 (15歳) 身長150センチ

 

 右手装備:《短剣》ガルム

 左手装備:Empty

 体防具下着:臙脂の下着

 体防具衣服:若草のコート

 体防具鎧系:射手の胸当て

 腕防具:射手の籠手

 腰防具:射手の革ベルト

 足防具:草風の革靴

 頭防具:漆黒のチョーカー

 お守り:クリティカルパンプアップ

 指輪右:フォースリング

 指輪左:スナイプリング

 

・キャラ紹介

 良識者その十一。第二十二層の空に、本来あり得ないエフェクトを伴って落下した経緯を持つ少女。原因不明の記憶喪失に陥っていたものの、翌日の闘技場での激闘の最中に記憶を取り戻している。やはり原因は不明だが、SAO開始から約一年半が経過してから巻き込まれてしまった事が判明しているものの、第三十四章終了時点では誰にも記憶が戻った事を含め明かしていない。

 キリトによって保護され、以降はキリト所有のホームに居候しつつ、戦いの指南を受けて生活。

 基本的に冷静だが、過去にとある出来事でトラウマを抱えている。数多の中傷や悪罵を投げられた過去を持つため、現在進行形で同じ状態のキリトの事を純粋に案じており、敵対する者や理不尽には怒りを見せる。

 

 

 

・????/ストレア

 

 容姿:肩口まで伸びたウェーブが駆った淡い紫の髪、深紅の瞳、女性的な肢体

 誕生日:????

 初登場時 (??歳) 身長165センチ

 

 両手装備:《両手剣》インヴァリア

 体防具下着:ライトパープルクロス

 体防具衣服:ヴァイオレットドレス

 体防具鎧系:Empty

 腕防具:ヴァイオレットグラブ

 腰防具:ヴァイオレットベルト

 足防具:ヴァイオレットロングブーツ

 頭防具:Empty

 お守り:パープルタリスマン

 指輪右:豪傑の指輪

 指輪左:大剣士の誓い

 

・キャラ解説

 良識者その十二。女性として整った容姿を持ち、グラマラスな肢体を惜しげも無く晒す魅惑的な格好をした両手剣使いの女性。見ようによっては痴女に見えかねない程に露出の多い恰好をしているが、本人の性格が無邪気であるのでそうは見えないという類稀な魅力を持っている。基本的にやる事なす事大抵突拍子が無い。

 キリトの前に現れた際、気絶している少女ユイを背負った状態でハイディングしており、即座に看破されて警戒されていた。後に事情を理解した事で警戒は解かれ、少女と共にキリトのホームに居候する事になる。

 感情表現は率直、人格は素直で無邪気なので人付き合いは基本良好。キリトの事も気に入っており、何かと気に掛けているものの、リーファやユウキといった他のプレイヤーが心配している事から過度な接触は避けている。

 情報通であるキリトやアルゴですら一切聞いた事が無いプレイヤーで、その素性及び経歴は全て謎に包まれており、分かる事は攻略組トップランクに食い込む程の強さを持つという事。その実力はユウキやアスナと並んでおり、両手剣使いの中では一、二を争う。両手剣使いでありながら攻撃と回避に特化しており、防御系タンクには向かない装備で身を固めている。

 《IM》に登場したオリジナルキャラクターで、続作にも登場している貴重な両手剣使いのキャラクター。実は《IM》では特定ダンジョンの特定階層内でしかパートナーに出来ない特殊なヒロインで、続作では改善されて特定時期を除いて何時でもパートナーに出来るよう改善された経歴があるキャラクター。強力なバフ効果を持つソードスキルで相手を圧倒してくれる心強い女性剣士である。

 実は若干頭痛持ち。

 

 

 

・藤原琴音/フィリア

 

 容姿:跳ねっ毛のある金髪、蒼い瞳、女性的な肢体

 誕生日:2005年10月5日

 SAO開始当時 (17歳) 身長160センチ

 

 右手装備:《短剣》ソードサクリファイス・リノベイト

 左手装備:Empty

 体防具下着:ブルークロス

 体防具衣服:ホロウコート

 体防具鎧系:ホロウプレストプレート

 腕防具:ラメラレザーグローブ

 腰防具:ホロウキャニオンベルト

 足防具:ラメラレザーブーツ

 頭防具:サファイアピアス

 お守り:トレジャーハート

 指輪右:快癒の指輪

 指輪左:ハンティングリング

 

・キャラ解説

 良識者その十三。トレジャーハンターを自称する短剣使いであり、その実力は単独で迷宮区を走破している事からも攻略組と同等かそれ以上を誇る。罠発見及び解除のエキスパート。

 元々はレインとタッグを組んでいたが、後にソロで活動を始めた。

 主な活動は宝探し。これは本人の趣味が多分に混じっているが、実際は第一層《始まりの街》東七区の教会で暮らす多くの幼い子供達を教会に住まわせ十分に食べさせる資金を得る為の方法の一つ。

 少し素っ気無い部分はあるが、根は心優しく、子供達の面倒を見たり知り合いの手助けを申し出るなど世話焼きでもある。リアルでは高校二年生だったので他の女性陣より年上で、サチやレインとタメ。

 キリトとは2023年12月25日にて、第四十九層迷宮区内で初めて出会った。その時のキリトは目が死ぬほどの病み具合だったので一度声を掛けてからは距離を掴めず、そのまま別れた経緯を持つ。目が死んでいた事から気に掛けている。再会したのは第七十五層闘技場。

 

 

 

・枳殻虹架/レイン

 

 容姿:肩甲骨辺りまで伸びた紅い髪、紅い瞳、華奢な体躯

 誕生日:2007年7月7日

 SAO開始当時 (17歳) 身長155センチ

 

 右手装備:《片手剣》ソード・オブ・ホグニ

 左手装備:《片手剣》ソード・オブ・ホグニ

 体防具下着:シルククロス

 体防具衣服:ダークバトルドレス

 体防具鎧系:Empty

 腕防具:ダークバトルドレスグラブ

 腰防具:バトルドレス・レッドベルト

 足防具:ダークバトルドレスブーツ

 頭防具:ドレスヘッドレスト

 お守り:ガーネットジュエル

 指輪右:スピードリング

 指輪左:巧緻の指輪

 

・キャラ解説

 良識者その十四。2024年を迎えた頃にオレンジ狩りを行っていたキリトに助けられた縁で、ウェイトゥザドーンを第五十層LAの《片手剣》エリュシデータに融合強化させ、成功させた腕前を有する隠れたマスタースミス。この事からリズベットより幾分か早い時期に完全習得していた事が判明している。

 《鍛冶》の他に《裁縫》スキルも極めており、露店に出す事で得た資金は第一層教会に暮らす子供達の生活費に充てている。基本的に面倒見が良く、子供達からはレイン先生と慕われながらも振り回される。

 キリトに影響されてか二刀を装備しているが、レイン曰く二刀流では無い。システム的に認められているものではないから、という訳では無い。

 何気に長い付き合いだが、キリトと顔を合わせた回数そのものは割と少なかったりする。

 

 

 

・ユイ/MHCP001-Yui

 

 容姿:小柄で華奢、腰まで伸びたストレートの黒髪、黒い瞳

 誕生日:2022年11月7日

 登場時点 (1~2歳) 外見年齢10歳前後 身長138センチ

 

・キャラ解説

 良識者その十五。リーファの義妹にしてキリトの義姉。ストレアによって行き倒れた所を拾われ、キリトが所有するホームに寝かされ、目覚めた後に二人が家族として引き取った。

 その正体はプレイヤーの精神性に由来するトラブルをシステムで対応、解決する事を目的に試作された《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》の第一号NPC。

 本来ならデスゲーム開始から即座にプレイヤーの下へ赴く事が義務であったが、【カーディナル・システム】から接触を禁じられ、義務と無権利の板挟みで苦しみながら一年半もの間ずっとプレイヤーの精神状態をモニタリングを続け、矛盾によるエラーを溜め込んでいた。その最中に最年少ながら一人で戦い続け、絶望の中に希望を見て一人で悪を背負う姿に惹かれ、【カーディナル・システム】のエラー修正機能が低下した隙に第二十二層に現界、接触した。

 その際に言語機能と精神データが破損して幼子のような応答、口調、精神になっていたが、地下迷宮に存在したGM用コンソールに接触した事で修復し、回復した。

 直後永遠に復活するボスに追い詰められたキリトを助ける為に、《オブジェクト・イレイサー》権限を消滅覚悟で行使。その後、キリトに自身の全てを伝え、消滅の最期を迎えた。

 キリトはユイ消滅直後にコンソールが閉じる前にデータに干渉し、ナーブギアへデータの一部を移し、首飾り【ユイの愛雫】としてオブジェクト化している。このデータだけでは完全な復旧は不可能。

 ちなみに、キリトの事は歳が近いせいか義弟としてだけでなく意識の大部分で異性として見ているので、本作ではヒロインの可能性が存在していたりする。当然だがキリトには義姉に惚れられた自覚が無い。

 

 

 

【物語概要】

 

 主人公は織斑一夏&桐ヶ谷和人ミックスver。第二回モンド・グロッソで助けられなかった織斑一夏が命からがら日本に帰ってきて、途中で倒れるも桐ヶ谷家に拾われて桐ヶ谷和人に改名したパターン。

 

 本作では織斑一夏その人であるが、第二回モンド・グロッソの日に何者かに誘拐されるも、二連覇を果たした千冬は兄の秋十しか救出しなかったため、人体実験をする研究所へと連れ去られた。後にそこを脱出して自力で外国から日本へと戻るも、途中で力尽き、そこを桐ヶ谷家に拾われる。

 原作ではISを動かした時の年齢は高校一年生十五、六歳であるが、その立場は秋十になっている。和人は秋十の四つ年下の弟として生まれている。

 

 鈴音は中国から来た年の四~八月と翌年の二~十一月の少しの間だけ交流がある。約一年の間に一夏と和人の両方で名乗りを受けているため、当初こそ混乱はしていたが、すぐに受け容れている。

 一夏が和人になってからは、精神的に落ち着いてから五反田蘭、弾兄弟と鈴、御手洗数馬の四人にのみ会っている。

 

 SAOは九歳の春に桐ヶ谷翠(母)が見事ベータ版に当選し、姉になる桐ヶ谷直葉がゲームや機械系に弱かった為、和人がするようになったのがきっかけ。本来なら十三歳以上と年齢制限に引っ掛かるのだが、翠はその辺は気にしない性格だった。

 たった数ヶ月ながらも、桐ヶ谷家の暖かみに触れる事ですぐに馴染んでいたため、姉の直葉との仲は良好。剣道姉弟として通う小・中学校では有名で、その実力は姉の直葉に比肩するほど。

 ちなみに剣道や剣術を元姉である織斑千冬や、道場を開いていた篠ノ之道場で受けていたのだが、基本的に秋十の苛烈なまでのいじめの場であった上に千冬や箒の指導が厳しすぎたり擬音ばかりだったりしたので、篠ノ之流を織斑一夏の名と共に既に捨てている。元々二日しか通っていない。

 

 SAOログイン直後、クラインに乞われてレクチャー。後に《デスゲーム宣言》と言われる騒動から別れ、以降ソロを貫いている。

 元ベータテスターとしての責任をかなり感じており、ベータ時代と本製品の情報の誤差による死亡を予期し、たった一人でボスの情報を集めるといった無茶な事も率先して行った。

 その根底として、身体が成熟し切っていない為に他の誰よりも早く訪れるだろう衰弱死を見据え、出来るだけ攻略を推し進めてから後に繋げるという決意がある。また、他の誰よりも強いという証拠を作らなければ、自身を受け容れてくれた人達を失望させてしまい、また要らない子として捨てられると恐れたからでもある。

 

 2023年7月17日に《月夜の黒猫団》のメンバーを護れず、リーダーに恨まれて自殺されたため、絶大なトラウマを負っている。サチだけ生き残り、付いて行くと主張して折れなかったため《スリーピング・ナイツ》に所属させ、外的要因を利用して自身から距離を置かせた。

 同年クリスマスにて自殺の如く蘇生アイテムを求めて《背教者ニコラス》へ挑み、勝利してアイテムを得るが臨んだ物では無かった事から自失、第四十九層フロアボス単独撃破の凶行に打って出た。後に、サチによって赦しを得られ、ある程度精神的な落ち着きを得る。

 

 使い魔を得ており、シリカと同じく《フェザーリドラ》種に懐かれた。名前をナンと言い、《アインクラッド》で超希少種を使い魔に出来た片割れとして、蘇生アイテムの在り処をシリカに尋ねられる。その蘇生に助力して以降、シリカとは友達になった。

 

 アスナから紹介され、《アインクラッド》唯一の何処にも所属していない中立のマスター鍛冶師として身を立てているリズベットが営む武具店へ、様々な武器の【継承】、また第五十層ボスLAのエリュシデータと同等の剣を求めに訪れる。第五十五層のインゴットを入手し、剣を鍛えてもらった後、織斑一夏としての自身を受け容れられた事に涙しながら友人関係となる。

 

 第七十四層攻略にて、《アインクラッド解放軍》中佐のコーバッツ率いる一団の救援の為にひた隠しにし続けた《二刀流》を解禁。コーバッツの独断専行による死亡をきっかけにトラウマが発動して暴走し、青紅の《ザ・グリームアイズ》二体を一人で撃破する。後に休息を提案され、コーバッツを護れなかった事に失望されたから捨てられると早とちりした事で恐慌を来し、精神崩壊間際まで自身を追い詰めてしまった。

 

 その後、初の完全休日を取ったキリトは《スリーピング・ナイツ》の三人と共に《妖精》の噂を確かめに杉林を散策し、その正体が桐ヶ谷直葉こと《リーファ》であると判明。キリトのホームへ移って昼食を取り、一年半ぶりに家族で過ごす。

 

 同日の午後、釣りをしていたキリトと、リーファについて話す為に呼び出されたヒースクリフ、アスナの目の前に、突然空に生まれた亀裂から少女が落下という奇妙な登場の仕方でシノンと知り合う。ホームへ移動する道すがら、行き倒れの少女を背負っていたストレアとも知り合い、全員でホームに移り、夜を明かした。

 

 休暇の翌日、キリトは昨晩に届いていたアルゴからのメールにより、第七十五層攻略のために最前線に赴き、闘技場へ向かう事に。朝食前に眠っていた少女ユイが目を覚まし、精神後退と姉と呼ばれた事からリーファが義妹として受け入れ、キリトの義姉が一人増えた。

 

 誅殺隊やリンドを筆頭とした者達にデュエルを吹っ掛けられるも圧倒的勝利を掴み、その足で闘技場《個人戦》に挑む。《片翼の堕天使》、《殺戮の狂戦士》、《過去の悪夢に囚われし虚構》の三体のボスと連続で戦い、死なない死闘の果てにギリギリで全員を下す。ただし最後のボスにトドメを刺したのは、普段のキリトでは無い別の精神のキリト。このクリアがきっかけで、キリトは三体目のボスが所持していた武器と防具、他二体のボスを象徴する腕防具とお守りを手に入れ、更に合計で十のユニークスキルを得た。ただしキリトは極限まで疲弊する。

 

 闘技場クリア後の午後はリーファとシノンの要請により二人を鍛え、夕方に第五十七層のNPCレストランで祝勝会を開く。しかしすぐに圏内でプレイヤーが消滅する《圏内事件》が勃発、祝勝会は流れ、疲労を押してそのまま調査に移る。

 

 第一層教会へ向かったキリトはキバオウの急先鋒《徴税部隊》に出くわしてこれを叩きのめす。その際の疲労で倒れ、エリュシデータをベースにウェイトゥザドーンを融合強化した鍛冶師レインに背負われ、教会に寝かされる。翌日まで眠っている間に見た夢で、自身が封じた記憶と感情の集合体である色を反転した自身と邂逅し、刃を交え、これまでの自身の矛盾を突き付けられて戦う理由を見失った。

 

 目覚めた後、《アインクラッド解放軍》のサブリーダー《シンカー》を救出しに、アスナ、ユウキ、ストレア、フィリア、クラディール、ユリエール、ユイと共に向かう。奥地で離脱不可能状態の中で死神型ボスと対峙し、一度は退けるものの即座に強化されて復活した死神によって瀕死にされ、全てを思い出したユイによって救われる。それからユイの正体を全て明かされた後、ボスを消滅させた事が原因で【カーディナル・システム】によって削除される。この時、キリトはユイのデータの一部を切り取り、自らの《ナーヴギア》に移し、更に首飾りとしてオブジェクト化した。

 

 同日の夜中、《圏内事件》の被害者カインズと連れのヨルコ、かつて《黄金林檎》という同じギルドに所属していた経歴がある《血盟騎士団》所属のランス隊部隊長シュミットと対話。その後、リズベットとシリカがオレンジに囚われた事を知り、第十九層へ向かってオレンジを一掃する。

 

 捕らわれの五人を救出した後、《黄金林檎》に因縁のある事件《指輪事件》の犯人であるグリムロックを問い詰め、自白させる。その後、リーファと共に残り、互いに苦悩を言い合って義姉弟の絆と家族愛を強固にする。この時リーファは殺されていた《黄金林檎》のリーダーグリセルダの残留思念からエールを贈られた。

 

 

・【物語時系列】

 

 第零章:2021年11月7日

【第一層攻略編】

 第一章:2022年11月7日

 第二章:2022年11月7日

 第三章:2022年12月5日

 第四章:2022年12月7日

【《赤鼻のトナカイ》編】

 第五章:2023年12月24日/25日

【《竜の少女》編】

 第六章:2024年 1月28日

 第七章:2024年 1月29日

【《心の温度》編】

 第八章:2024年 2月20日/21日

 第九章:2024年 2月21日/22日

【第七十四層攻略編】

 第十章:2024年 5月24日/25日

 第十一章:2024年 5月25日

 第十二章:2024年 5月25日

【幕間:休息と再会と邂逅と】

 第十三章:2024年 5月26日

 第十四章:2024年 5月26日

 第十五章:2024年 5月26日

 第十六章:2024年 5月26日

 第十七章:2024年 5月26日

【第七十五層闘技場《個人戦》編】

 第十八章:2024年 5月27日

 第十九章:2024年 5月27日

 第二十章:2024年 5月27日

 第二十一章:2024年 5月27日

 第二十二章:2024年 5月27日

 第二十三章:2024年 5月27日

 第二十四章:2024年 5月27日

 第二十五章:2024年 5月27日

【《朝露の少女》&《圏内事件》編】

 第二十六章:2024年 5月27日

 第二十七章:2024年 5月28日

 第二十八章:2024年 5月28日

 第二十九章:2024年 5月28日

 第三十章:2024年 5月28日

 第三十一章:2024年 5月28日

 第三十二章:2024年 5月28日

 第三十三章:2024年 5月28日

 第三十四章:2024年 5月28日

【《黒の休息》編】

 第三十五章:2024年 6月3日

 

 




 はい、如何だったでしょうか。

 分けたばかりの現在は以前と変わりありませんので、面白味は無いでしょう。けど今後はソードスキルと分けたから見やすくなると思います。

 日にち、また数えないとですね……...( = =) トオイメ

 では。


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登場予定スキル集

 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 設定集の後半を占めていたスキル設定集がこちら。以前と変わっているのは、《神聖剣》のスキルを加えた事と、ちょこちょこプラスしているものがある事くらいですね。

 こちらも本編で出たら追記していくつもりです。

 ではどうぞ。

 更新日
 1)5月15日(月) 午前03:00 第五十章投稿&休載中
 2)6月 7日(水) 午前02:30 《神聖剣》追記




【登場予定ソードスキル】

 原作=文庫版orWeb版(大抵文庫版)

 アニメ=TV放映

 漫画=プログレッシブなど

 《IM》=PSP《インフィニティ・モーメント》

 《HF》=PSVita&PS4《ホロウ・フラグメント》

 《LS》=PSVita&PS3&PS4《ロスト・ソング》

 《HR》=PSVita&PS4《ホロウ・リアリゼーション》

 《AWvsSAO》=PSP&PS4《アクセルソード》

 

 

・《片手剣》

 SAOに於いてポピュラーな武器スキルの一つ。西洋ファンタジーの中で真っ先に浮かぶであろう武器である事からスキルは膨大で、状況に応じて臨機応変に使い分ける必要がある。

 最もソードスキル数が豊富である事から構え一つに細かな違いが生じており、それらを網羅してこそ強力な片手剣使いとして名を挙げられる。

 取得者にはキリト、ユウキ、ディアベル、キバオウ、ヒースクリフ、リーファ、レインの他、サブスキルとしてサチやシリカなどが該当する。

 

(発動時突進系)

《ソニックリープ》:最初期習得の一撃突進系斬撃スキル。薄緑の光と共に突進、敵を袈裟、逆袈裟、右斬り上げ、左斬り上げのいずれかで斬り裂く。

 原作にてクラディールの武器を破壊したり、コボルドロードを空中で斬り撃墜したスキルでもある。

 

《レイジスパイク》:早い段階で習得可能な一撃突進系刺突スキル。薄蒼い光と共に突進し、突き出した剣で敵を貫く。低級スキル故に低威力だが、隙も小さいとされる。

 原作小説やアニメキリトが第七十五層でヒースクリフの正体を確かめる際に使用したスキル。

 

《スラント》:最初期習得の単発斬撃スキル。橙色の光と共に眼前の敵をその場で袈裟掛け、あるいは前進しての右斬り上げで斬り付ける。

 アニメにて、キリトが軍に対してブレスを吐こうとした《ザ・グリームアイズ》を邪魔した時のスキル。また原作九巻で、とある亜麻色の髪をした少年が自己習得した剣技でもある。

 新作《ホロウ・リアリゼーション》では右斬り上げに放つ突進系スキル。出が恐ろしく速い。

 

《ヴォーパル・ストライク》:熟練度八〇〇に到達すると習得出来る一撃重突進系刺突スキル。空気を切り裂くジェットエンジンめいた爆音と共に、数メートルを一瞬で突進移動し、強烈な刺突を叩き込む高威力の上級ソードスキル。

 原作アニメ《紅の殺意》にて、キリトがヒースクリフの十字盾に流された際に使用していた。アニメでは黄色の光だったが、本来は血の色を思わせる深紅色の光を帯びる。本作では深紅色が基本。

 また《キャリバー》編にて炎を纏った強烈な刺突をキリトが《スキルコネクト》の最後に選択、使用している。ちなみに携帯アプリ《メモリー・デフラグ》のALOキリトの技《スキルコネクト》では省かれている。

 

 

(発動時場所固定系)

《スラント》:最初期習得の単発斬撃スキル。橙色の光と共に眼前の敵をその場で袈裟掛け、あるいは前進しての右斬り上げで斬り付ける。

 アニメにて、キリトが軍に対してブレスを吐こうとした《ザ・グリームアイズ》を邪魔した時のスキル。また原作九巻で、とある亜麻色の髪をした少年が自己習得した剣技でもある。

 新作《ホロウ・リアリゼーション》では右斬り上げに放つ突進系スキル。出が恐ろしく速い。

 

《バーチカル》:最初期習得の一撃固定系斬撃スキル。蒼の光と共に上段から唐竹割りを眼前の敵に浴びせる。

 原作八巻で、キリトをMPKしようとしたコペルが実付きリトルネペントに対して放ったスキル。アニメではその部分がカットされているため出ていない。

 

《バーチカル・アーク》:初期段階で習得可能な二連撃斬撃スキル。蒼の光と共に上段唐竹割り、下段逆風で斬り上げる強烈な技で、原作でコボルドロードにトドメを刺したスキル。

 漫画では刺突で突き抜け、背面から抉りつつ斬り上げる連続動作になっている。

 

《バーチカル・スクエア》:アニメ・原作小説の時期、キャラによって動きが全く違う技その一。習得可能なスキル値は不明だが、恐らく《ホリゾンタル・スクエア》とほぼ同時期だと思われる四連撃斬撃スキル。また、使用者や時期によって色まで異なる不思議技でもある。よく《ホリゾンタル・スクエア》と混同される。

 横薙ぎ斬り抜け、振り返りながら飛び斬り上げ、振り返って斬り落とし、振り返って右薙ぎを放つアニメキリト&《ロスト・ソング》CGアニメ版タイプ、袈裟掛け、右斬り上げ、左薙ぎ、右薙ぎのアニメユウキが使用したタイプがある。

 本作では前者のタイプを採用している。

 ちなみに、最近登場した《メモリー・デフラグ》にも登場しており、そちらは後者のタイプが採用されている。ほぼ移動しないのでよく動いたり素速い敵には全然当たらないが威力は中々で、背面の敵をターゲットしていると振り向いて攻撃する。そのゲームではストレアやユウキが使用する。

 

《ホリゾンタル》:初期段階で習得可能な単発斬撃スキル。蒼の光と共に一息に正面右薙ぎを放ち、敵を上下に両断する。また、勢いを利用して時計回りに回転斬りを放つ事も出来る。

 アニメユウキがアスナ&キリトに対し、放っていたスキルでもあると思われるが、その時は回転の向きが逆時計回りだった。

 ちなみに原作では居合抜きのように横一閃を放つイメージのスキルで、その攻撃範囲は前方だけとされているが、ゲームでは回転しながら放つ全方位攻撃スキルとなっている。

 

《ホリゾンタル・アーク》:二連撃斬撃スキル。蒼の光と共に左薙ぎ、右薙ぎを放ち、眼前の敵を斬り伏せる。攻撃範囲は単発の《ホリゾンタル》より若干狭いものの、剣速は中々で威力も優れている事から、バランスは取れている。

 新作《ホロウ・リアリゼーション》にて登場したスキルで、敵に防御力低下のデバフ効果を付与する技。初期から使用可能で使い勝手も良く、出も早い事から序盤から終盤全てに於いて重宝される。

 

《ホリゾンタル・スクエア》:アニメ・原作小説の時期、キャラによって動きが全く違う技その二。スキル値一〇〇に到達すると習得すると思われる四連撃斬撃スキル。また、使用者や時期によって色まで異なるという不思議技でもある。よく《バーチカル・スクエア》と混同される。

 敵の眼前に留まって袈裟、右斬り上げ、左斬り上げ、逆袈裟に斬り付ける《ロスト・ソング》VSスメラギ戦&《キャリバー》編キリトタイプ、敵の周囲を逆時計回りに回りながら斬り付ける《ロスト・ソング》片手剣使い&アニメSAOキリトタイプ、下段右薙ぎ、右の斬り上げ、上段右薙ぎ、左の斬り落としをする《インフィニティ・モーメント》&《ホロウ・フラグメント》タイプがある。

 本作では構えによって全てのタイプを放てる設定で書いている。

 《ファイティング・クライマックス》や《メモリー・デフラグ》に於いてはキリトが使用する。一撃ごとに一歩ずつ大股に前進し、斬り付けるソードスキル。威力は中々だが、怯まない高レベルの敵相手に使用すると一気にHPを削られ、死亡するリスクを孕む。

 

《ライトニング・フォール》:刺突単発スキルで、更に下突き技。対地上技で空中に居る時にしか使えない。

原作第八巻《キャリバー》にて、《雷鎚ミョルニル》を見つけ出す際に雷スキルを使用する為にこれが選択された。ALOでのみ使用されており、SAO時代にあったかは不明。属性割合は雷八割、物理二割。

 本作では闘技場《個人戦》にて、斧使いの狂戦士に使用、一撃でスタンさせた。衝撃波を放つ事、また名称で雷を彷彿とさせる事から、本作の設定としては一定確率でスタンの状態異常を付与する特殊なソードスキルとしている。

 

《スネークバイト》:二連撃斬撃スキルで、習得時期は不明。二連撃で使い勝手が良さそうなので、恐らくスキル値二〇〇以下ではあると思われる。取り敢えず本作ではその設定。

 右半身を前にし、左腰に擬すように構えた後、淡い紫色の光と共に右薙ぎと左薙ぎの二連撃を一瞬で放つ。往復しているので二連撃だが、速すぎる上に正確に往復するため斬閃が一本にしか見えない。

 原作十巻で初めて登場。キリトが持っているものよりランクが上である対戦相手の剣を、罅が入っている状態にも関わらず問答無用で武器破壊する程の攻撃力を有する速さを見せる。

 ゲーム《ファイティング・クライマックス》等に登場するキリトも使用するが、そちらは対空技として扱われている為か斜め上に放たれ、リーチそのものは余り無い。

 また、2016年10月末に発売予定の《ホロウ・リアリゼーション》でも使用可能らしいが、そちらは速度よりも攻撃範囲や使い勝手の良さを重視していると思われる。

 

《シャープネイル》:三連撃斬撃スキルで、習得時期不明。紅い光を迸らせて、中心で交差するように斜め十文字と横一文字を刻み込む。

 左斬り上げ、右薙ぎ、袈裟掛けに斬り付けるパターンと、袈裟掛け、右薙ぎ、時計回りに回って逆袈裟に斬り下ろす《ロスト・ソング》版のパターンが存在する。本作では両方とも出せる設定。

 原作では第九巻終盤にて初登場。ゴブリン達のリーダー的存在に対し、キリトが偶発的に発動し、勝利を手にしたスキルだが、斬り付け方がよく分かっていないため挿絵から斬撃の順番を予測している。ちなみに上記の内、前者のパターンがこれ。

 

《ハウリング・オクターブ》:刺突と斬撃が入り混じった高速八連重攻撃を放つ大技。

 高速で五連続の刺突を放った後、袈裟掛け、逆風に斬り上げながら軽く飛び上がり、体を捻りながら全力で唐竹割りに斬り落とす。相手を怯ませやすい重攻撃技ながら威力・速度共に優秀。

 第八巻《キャリバー》にて初登場。キリトが《スキルコネクト》を発動する際に最初に放ったソードスキルで、ALOでは炎属性と物理属性を有する。

 

《ファントム・レイブ》:《片手剣》スキル最上位に設定されている六連撃からなる斬撃と刺突が混じった大技。ヒットした相手の全ステータスを確実に大幅ダウンさせるデバフを付与する。

 蒼黒い光と共に左斬り上げ、右斬り上げ、袈裟掛け、刺突、袈裟掛け、勢いそのままに回転しながら上段唐竹割りを放つ、中々速い剣速を有するソードスキル。

 PSPゲーム《インフィニティ・モーメント》/PS3&Vitaゲーム《ホロウ・フラグメント》/PS4ゲーム《Re:HF》の《片手剣》最上位スキルとして登場。上述したように全ステータスを、たとえボスであろうとも確実に付与するので、中々使える。しかし《HF》&《Re:HF》でのソードスキル連携で使用すると、それ以降に繋げられないので使用回数が減ってしまう上に、二刀の方がボス戦に向いているため一刀自体余り使わないのが悩みどころ。

 

《ノヴァ・アセンション》:《片手剣》スキル最上位に設定されている大技で、斬撃と刺突を高速で叩き込んでいく十連撃。《ロスト・ソング》で初めて登場した。

 蒼白い輝きと共に袈裟、右薙ぎ、左斬り上げ、逆袈裟、刺突、右薙ぎ、袈裟、右薙ぎ、回転右薙ぎ、全力の刺突からなる高速技。最上位というだけあって高威力だが、同じ最上位剣技である《ファントム・レイブ》と異なってデバフ付与などは無く、威力と剣速、《片手剣》スキル最多の連撃数という純粋な強さを売りにしているソードスキル。

 本作でも登場するが、相当後にならないと出て来ない予定。

 

 

・《二刀流》

 片手武器の組み合わせで使用可能なユニークスキル。

 原作の片手剣同士だけで無く、細剣同士、曲刀同士の他、片手剣と細剣といった組み合わせも本作の設定上は可能。

 

【片手剣×片手剣】

《デュアル・ストライク》:本作オリジナル。刺突突進系二連撃ソードスキル。

 新作《ホロウ・リアリゼーション》の《ダブル・サーキュラー》を参考にしており、高速突進しながら二刀を同時に突き出す攻撃モーションを取る。単純で直進しかしないものの、突進速度はかなりのものなのでダメージが案外出る。

 本作では第七十五層闘技場《個人戦》にて初登場。

 

《ダブル・サーキュラー》:原作第一巻のヒースクリフとの初回デュエル開始直後、第六巻の《死銃》にトドメを刺す際に使用されている突進系二連撃スキル。

 独楽の様に時計回りに回転しながら突進し、左の剣を右斬り上げに振り上げ、半回転してから勢いを付けて右の剣で逆袈裟に斬り付ける。原作GGOでは、左の剣の代わりを拳銃FNファイブセブンが務め上げている。

 ちなみに、アニメで登場したのはGGO編だけで、ヒースクリフとのデュエルの際は《ヴォーパル・ストライク》に変わっている。

 

《エンド・リボルバー》:緑色の光と共に反時計回りに回転してから左の剣で左に周囲を薙ぎ払い、続いて右の剣で右に薙ぎ払う全方位攻撃型の二連撃斬撃スキル。同時に二刀を薙ぎ払うパターンもあり、その場合は黒と白、あるいは黒と翠の斬閃が全方位に放たれる。

 《IM》&《HF》&《LS》&《HR》全てのゲームに於ける《二刀流》スキルとして登場するスキルで、特に前二つの作品では《二刀流》唯一の全方位攻撃スキルなので重宝される。何気に根強く生き残っている使い勝手のいいスキル。

 連撃数が少ない分、身体の捻転や勢い込みで一撃の威力が高い。

 

《デプス・インパクト》:五連撃からなる技。エフェクト光は蒼、防御力低下のデバフ効果あり。

 右の剣で袈裟、左の剣で逆袈裟、左薙ぎを放った後、右の刺突、左の刺突を連続で放つ。斬撃属性と刺突属性を有しており、更に相手の防御力を低下させる事からそこそこ有用。ただし剣速はそこまででは無く、デバフ効果から攻撃力も高くは無い。

 《IM》&《HF》に登場したスキルで、後者の作品に登場したシステム《スキルコネクト》(作品内ではOSSと呼称された連携)の最初に放てば後続のスキルダメージが跳ね上がる事から割と使い勝手が良い。更に発動中はスタンを受けない限り中断されないので、単体技ながら一対一と一対多どちらでも有用。ボス戦ではデバフの効果から結構重宝した。

 本作では第七十五層闘技場《個人戦》で初登場。

 

《シャイン・サーキュラー》:十五連撃からなる技。エフェクト光は蒼黒色。

 右に並べた二剣を、反時計回りに回転しながら四回分斬り付け、時計回りに回転して戻りながら四回分斬り付け、袈裟、逆袈裟で一回ずつ連続で斬り付けた後、左右に斬り払って最後に二刀を突き出して一点を突く。

 《IM》&《HF》のゲームで非常にお世話になったスキルで、速い段階で習得可能ながら驚異の連撃数を誇る。敵に暗闇の状態異常を与えて命中率を下げる効果があるが、このスキルを使用した時にキリトの命中率も多少低下しているため、相手の方が高レベルだとミスが多いという欠点がある。

 

《ナイトメア・レイン》:《HF》で登場した十六連撃からなる高命中率を誇る大技。流れるように刺突と斬撃を繰り出し、最後に六花を思わせる斬閃を一瞬で描く。赤黒色のエフェクト光が特徴的。

 《スターバースト・ストリーム》とほぼ同時期に習得出来る上に高命中率なので強敵との勝負に適しているが、攻撃を受けると中断されるという欠点があるので、完全一対一の勝負に向いていると言える。

 《HR》では仰け反り無効の八連撃ソードスキルになっている。《絶界の双星剣》唯一の仰け反り無効技であり、更にガードブレイク技。非常に使えるが威力は微妙に低い。

 本作で十六連撃を中心として何度か出る予定。八連撃は未定。

 

《スターバースト・ストリーム》:原作でもゲームでもお馴染み、正にキリトの代名詞とも言える《二刀流》上位に位置する奥義ソードスキル。本作でも多用される。

 アニメでは二刀の叩き付けや回転斬りなど重攻撃が目立ち、蒼白い輝きを二刀に宿した後、高速で敵を滅多切りにし、最後に左の剣で刺突を叩き込んでトドメとなる高速十六連撃技。

 ゲームでは完全にモーションが異なっている技でもある。また、オート攻撃の速度が速くなったり、攻撃に十分の一ダメージを与える追撃効果が付与されたりと、バフ効果もある。ちなみに本作ではバフは無い。こちらは《ナイトメア・レイン》と異なって攻撃中、特定の攻撃以外には怯まず、更にある条件下なら全ての攻撃に怯まなくなる特性を持つ。消費SPと威力のコストパフォーマンスが釣り合っていて中々使いやすい技である。

 唯一《ロスト・ソング》はアニメの動きを忠実に再現しており、ソードスキルの速さも加味して凄まじい速度を誇る。ただし威力は少々微妙な所で、習得した時期によっては消費MP量からコストパフォーマンスの悪さから二軍扱いされる事も。

 速過ぎて本当に十六回入っているのかも分からないが、総ダメージ量そのものはOSS最多の《マザーズ・ロザリオ》や《片手剣》スキル最多の《ノヴァ・アセンション》を凌ぎ、一撃のダメージもほぼ同等で、それらの消費MP量に較べればそれなりに使い勝手が良いとは言える。

※ちなみに私はキリトの種族熟練度がマックスの九割に届いた辺りで、HPを大幅に犠牲にしてMP最大値を上げて漸くまともに使い始めました。お蔭で二刀スキルの中で最も熟練度が低い。

 

《ジ・イクリプス》:ご存知、アニメではヒースクリフとのラストバトルでしか使用されていない不遇の《二刀流》最上位ソードスキル。

 原作では第四巻、世界樹攻略時に太陽のコロナの如きという記述があるため、恐らく使用されていたという設定だと推測されるが、アニメでは謎のスプリガン&シルフの文様後に流星を思わせる特攻をかましたため、変更されている事は火を見るよりも明らかになっている。つまりアニメでは一度しか登場していない。

 《スターバースト・ストリーム》を超える二十七連撃を超高速で叩き込んでいく大技だが、その分、発動中は先の技以上に完全無防備になる。

 トドメの一撃は左の刺突と共通しており、キレたキリトがヒースクリフ相手に使用してしまい、十字盾に突き立てたと同時にダークリパルサーが儚く折れてしまった過去を持つ技。機会が少ない不遇にして終わり方まで不遇な最上位剣技。

 キリトが出演するゲーム全てでかなりモーションが異なっており、こちらは上記の技と異なり原作、アニメ、CGアニメ、ゲームの全てで一つも同じ動きをするものが無い。《コード・レジスタ》の戦神キリトと《ファイティング・クライマックス》のキリトは似た動きはで放つが、やはり明らかに原作とアニメ両方からかけ離れている。

 恐らく連撃が長く複雑すぎて、モーション設定が面倒になったのだと思われる。私も《スターバースト・ストリーム》は再現出来るが、《ジ・イクリプス》のあの複雑怪奇な軌道は再現以前に覚えるのも無理である。

 一番あり得ない動きをするのは《インフィニティ・モーメント》版。ミスが出てもヒット数とダメージはしっかり二十七ヒット分出て、どう見ても威力が出ない上に隙だらけのフィニッシュをする攻撃方法を取る。興味がある人は動画で見れば分かるかと。

 本作では第七十四層の青眼及び紅眼ボス《ザ・グリームアイズ》、また闘技場《個人戦》編に登場する《片翼の堕天使》のトドメに使用された。更にその他の場面でもかなりの頻度で放たれており、登場回数は他のソードスキルとタメを張る。

 

 

【細剣×細剣】

《ネージュ・ド・リザレクション》:連撃数は三十六連撃、使用時間は三秒足らずと、短時間で他の追随を許さない速度で刺突の嵐を放つ細剣同士で発動可能な本作オリジナルのスキル。エフェクト光は黄金。

 刺突なので点攻撃なのだが、秒間十二発を乱発するため面での攻撃と言ってもいい。瞬間的な面制圧力に優れており、大抵の敵は防ぐ事は愚か避ける事すら出来ずに貫かれる。

 本作では第七十五層闘技場《個人戦》編で初登場したが、キリトは片手剣同士の《二刀流》を最も得意としているため、登場頻度はそう高くない。

 設定上、細剣同士ではこれが最上位剣技、つまり《ジ・イクリプス》と同等の扱いになる。

 

 

・《薄明剣》

 武器の種類を問わない特殊なユニークスキル。名称の元ネタは四字熟語《佳人薄命》から。

 使用する際は、スキル使用登録をした武器を手に持って強く使用を念じる、あるいは『《薄明剣》使用』と口にする必要がある。

 スキルを行使すると相手の防御力を無視して通常ダメージを数倍にして叩き出すバフが掛かる反面、使用者のHPをかなりの速度で削っていくという代償が発生する。この代償はポーションや《戦闘時自動回復》スキルなどのHPリジェネである程度緩和、相殺が可能。また他のユニークスキル、エクストラスキル、コモンスキルと併用出来るので、連撃数が多ければ多いほど効果は絶大。

 参考は《インフィニット・ストラトス》の代名詞、織斑千冬が駆った第一世代IS【暮桜】の単一仕様能力《零落白夜》。ぶっちゃけるとまんまである。

 

《ダメージペネトレイター》:限定発動型のパッシブスキル。ソードスキルでは無い。

 上記にある二つの方法によって発動し、使用者のHPを削るデバフと相手の防御力を無視した攻撃能力バフが付与される。

 が、ぶっちゃけ腕輪の効果の下位互換なので、HP減少を覚えるだけでよし。

 

《トワイライトゾーン》:クロスブレイド装備時限定発動のスキル。

 ブラックメタルとホワイトゴールドを除く十一種の武器全てをイメージによって展開し、合体した長剣へ光となって収束させる事で、攻撃力とリーチを強化する限定発動型のパッシブスキル。発動するとHPが減少していく。

 発動するには『十種の武器を円形に展開』、『クロスブレイドを頭上に掲げる』の二つの条件を満たす必要がある。《個人戦》終盤でホロウが使っていたのはこれ。

 二本が合体した長剣を除く武器計十六個は光の柱となってキリトを護るように展開されるので妨害される恐れが無いものの、使用中は他の《ⅩⅢ》デフォルト装備が使用不可になる。

 

 

 

・《狂月剣》

 両手剣を装備した時に発動出来るユニークスキル。

 

《ソニックスラッシュ》:単発ソードスキル。ただし遠距離攻撃が可能。

 両手持ちで構えると溜めが開始し、蒼いオーラが刀身を包み、その後の一撃に三日月形の斬撃を飛ばす効果が付与されるというもの。当然だが刀身と斬撃を重ね当てする事が可能で、近距離なら二撃、遠距離なら一撃のスキルになる。

 飛ぶ斬撃は唐竹や袈裟、横薙ぎなどどの方向にも放てる。射程及び威力は溜め時間が長くなるのに比例して強化される。

 ぶっちゃけると【BLEACH】の《月牙天衝》。

 

 

 

・《暗黒剣》

 曲刀を装備した時に発動出来るユニークスキル。スキルの殆どが闇を思わせるオーラを放つ。全体的にスキルの参考はリメイク版《テイルズ・オブ・デスティニー:ディレクターズカット》の《ヒューゴ・ジルクリスト》の術技。

 

《タービュランス》:敵の頭上に瞬間移動し、斬り落としを放つ兜割りの技。斬撃一発、地面から闇のオーラが噴き上げて六回ダメージを与える、七連撃ソードスキル。

 相手の攻撃を回避し、カウンターとして放てるため有用。ただ本作キリトは相手の攻撃を大抵弾き防御、あるいは半歩ズレて余裕で躱す上に曲刀を装備する事が少ないので、使用する場面は少なめ。闘技場《個人戦》最後のボスは別の武器ですら使用していた。

 原典ではヒットした相手に術技封印の状態異常を与えていたが、本作ではデバフ効果無し。

 攻撃属性は剣が斬撃、オーラが打撃。

 

《オーラポイント》:刀身に闇のオーラを纏わせ、強烈な刺突と共に刀身以上のリーチで攻撃する単発ソードスキル。《ヴォーパル・ストライク》が突進でリーチを稼ぐなら、こちらはオーラでその場から動かずリーチを稼ぐ。

 攻撃属性は刺突。

 

《オニキスフレア》:一文字を思わせる横薙ぎに、闇の炎が追撃で放たれて五ヒット、計六連撃のソードスキル。リーチは刀身がもう一本分伸びた程度なのでそれほどでは無い。

 攻撃属性は斬撃と打撃。

 

《リグレットローズ》:袈裟、逆袈裟に剣を振るった後、紅く細いオーラが数本的に伸びてダメージを与える、合計で十連撃のソードスキル。

リーチはそこそこだが前面にしか攻撃範囲は無く、更に小型の敵には追撃が当たらない。

 攻撃属性は剣が斬撃、オーラが打撃と刺突属性という特殊な三属性構成。オーラ部分は当たると共に打撃音がする。

 

《ダークネスロンド》:闇のオーラを纏って高速突進と瞬間移動を八回繰り返し、トドメに兜割りと二ヒットする衝撃波を放つ、計十三連撃のソードスキル。

攻撃属性は突進が刺突、兜割りが斬撃と打撃属性。

 まだ設定上なので未出だが、一応最上位スキル。

 

 

 

・《抜刀術》

 刀と装備する事で発動可能なユニークスキル。ただし抜刀なので、鞘も当然必要。

 原作の設定では一応存在していたらしいが、終ぞ登場していない公式設定のユニークスキル。本作ではまだ未出で、どれだけのソードスキルが出るかは思案中。

 一応《刀》スキルが和名なので、こちらも和名。《るろうに剣心》や《ワンピース》から幾つか流用する可能性大。

 

《双龍閃》:抜刀した刀による斬撃と、追撃で逆手に持った鞘による打撃からなる二連撃ソードスキル。抜刀後の隙を無くし、打撃属性で大きく仰け反らすので、一対一で当たれば技後硬直を課されても反撃されにくい特性がある。

 ただし外せば被害甚大。

 

《雷斬》:名刀の名前に準えた超神速抜刀術。ソードスキルと衝突した際、速度が並みのスキルを遥かに超えている事から絶大な威力が乗ってため、必ず勝利するという副次的特性を持つ。

 相手より先に攻撃する先の先、相手の攻撃に反応して攻撃する後の先の双方で有用。

 

《剣朧境》:踏み込みと刀身の長さを足した範囲内に踏み込んだ存在に自動で迎撃するカウンターソードスキル。高低にも対応しており、中段では横薙ぎ、下段と上段にはそれぞれ振り上げるように抜刀する。

 ただし踏み込んだ存在には敵味方関係無く反応するので、一対一や一対多など、使い手が一人でないと味方の命を刈り取ってしまうという恐ろしいデメリットが存在する。

 

《瞬神刹》:視認出来ない速度《超神速》の突進と抜刀術が組み合わさり、防御、回避、相殺といった行動の全てを封じた上で両断する《抜刀術》最高位ソードスキル。

発動時間は一秒、移動距離は敵に当たるまで、外した場合は最長五十メートル移動する。

 先の先は当然、後の先だろうと放って当たれば絶対に相手に勝つ最終奥義。ただし外れた際は止まれない事から壁に激突して自爆ダメージを受ける可能性が高く、ウサギといった小さな敵など低い位置には当たらないなどの欠点があるため、ほぼ対人専用と言える。

 しかしそのデメリットを含めても尚、絶対的優位は覆らない。

 

 

 

・棍系《地顎刃》

 棍系を装備した時に発動出来るソードスキル。地面を叩く事で相手の足元から大地を隆起させたりなど、地形に応じた攻撃が可能となる。

 ただし、砂や泥といった固形とは言い難い地形では使用不可能。

 

《ロックブレイク》:武器を地面に叩き付け、視線をフォーカスした対象の足元から岩石を隆起させてダメージを与える、距離に左右されない単発ソードスキル。

 高威力だが飛行型モンスターには落とさない限り当たらないと言う欠点がある。

 

 

 

・《死閃鎌》

両手斧を装備した時に発動可能なソードスキル。見返りが大きい反面、失敗すると自分を追い込むという高リスクを孕んだ効果を持つソードスキルが存在する。

 

《デス・カウント》:このスキルそのもので相手にダメージは与えられない。

茨を思わせる黒と白のオーラを纏った刃で敵を斬り付ける事で、HPの総量を使用者と被ダメージ側とで対比し、頭上に数字として表す特殊なソードスキル。

 数字は使用者と対象者とで《9999》の数字の組み合わせになるよう分配され、同レベル帯=HP数値が近ければ両者共に《99》が表示されてイーヴンになり、圧倒的に高い側に《999》が出て低い側に《9》が出て有利不利がハッキリ現れる。あくまでレベルでは無くHP量で数字は決まるので、低レベル筋力値振りと高レベル敏捷値振りでは前者が勝る場合もあり得る。

(例:LV70リズベットとLV85アルゴでは、アルゴが敏捷極振りでHPとVITが低いのでリズベットに軍配が上がり、同等あるいは三桁数字になる可能性がある)

 数字は《本来相手に与えられるダメージ量》では無く《攻撃が当たった回数》分だけ減少して行き、《0》になると同時にHPが全損、敗北する。

 よって圧倒的に高レベルのボスと対峙した時に使用しても逆転するのは難しいが、本来ならダメージを与えられないボスを倒すチャンスが僅かにでも出て来るので、利用価値は十分存在する。どんな小さな攻撃でも当たれば数字を減らせるので、極論ピックやチャクラムを投げながら逃げれば勝てる。更に数字を減らしてもHP一定値以下の行動変化が起こらない事からルーチン化する事も可能。

 SAOはレベルが一つでも違うとアドバンテージが出て来るので、その有利不利を無くす救済手段でもある。所謂特殊ルールを設け、強制的に参加させるスキル。

 ただし自分が絶対死なない相手に使用した場合は、数字が減らされれば死ぬ可能性が出るので注意しなければならない。

 ちなみにデュエルでは《全損決着》でのみ使用可能。《初撃決着》は当たったと同時に終了するので意味が無い。《半減決着》も同様で、そもそも当たっても効果が発動しない設定になっている。

 

 

 

・《無限槍》

 槍系を装備した時に発動可能なソードスキル。

 ソードスキルを使用した際、ストレージ内にある槍カテゴリの武器がスキルに応じた本数出現し、キリト本人の攻撃に合わせて自動攻撃をするというスキル。

 最上位スキルになると所持している槍全てを用いた乱舞を行う……が、《ⅩⅢ》の特性でほぼ応答の事が出来るのはご愛敬。ただしこちらはシステムで規定されたスキルなので、相手を怯ませられる上にソードスキルで大ダメージも与えられる事からボス戦で有用となる。

 

《バレットスピア・――連》:『――』の部分に数字を当て嵌めて口にする事で発動する、式句型の特殊な限定発動アクティブスキル。

 スピアの場合はストレージ内の短槍から攻撃力の高い順で出現し、使用者がフォーカスを合わせた個体目掛けて左右から真っ直ぐ射出される。所持本数より多い数字を口にした場合は発動しない。スキルが終了したと同時にストレージ内に戻るのでわざわざ回収する必要が無い。

 バレットなので弾のように射出する。攻撃属性は刺突と貫通。

 

《バレットランス・――連》:『――』の部分に数字を当て嵌めて口にする事で発動する、式句型の特殊な限定発動アクティブスキル。

 ランスの場合はストレージ内の長槍から攻撃力の高い順で出現し、使用者がフォーカスを合わせた個体目掛けて左右から真っ直ぐ射出される。所持本数より多い数字を口にした場合は発動しない。スキルが終了したと同時にストレージ内に戻るのでわざわざ回収する必要が無い。

 バレットなので弾のように射出する。攻撃属性は刺突と貫通。

 

《オールバレット・――連》:『――』の部分に数字を当て嵌めて口にする事で発動する、式句型の特殊な限定発動アクティブスキル。

 ストレージ内の長槍と短槍から攻撃力の高い順で出現し、使用者がフォーカスを合わせた個体目掛けて左右から真っ直ぐ射出される。所持本数より多い数字を口にした場合は発動しない。スキルが終了したと同時にストレージ内に戻るのでわざわざ回収する必要が無い。

 バレットなので弾のように射出する。攻撃属性は刺突と貫通。

 

《オールバレット・フルオープン》:口にする事で発動する、式句型の特殊な限定発動アクティブスキル。

 ストレージ内の長槍と短槍から攻撃力の高い順で全て出現し、使用者がフォーカスを合わせた個体目掛けて左右から真っ直ぐ射出される。所持本数限界まで放たれ、スキルが終了したと同時にストレージ内に戻るのでわざわざ回収する必要が無い。

 バレットなので弾のように射出する。攻撃属性は刺突と貫通。

 

 

 

・《射撃術》

 弓系を装備した時に発動可能な遠距離主体の特殊なユニークスキル。《エナジーシューター》を会得した者にのみ与えられる。

 《IM》や《HF》を初めとしたゲームではシノンが《射撃》というユニークスキルを習得するが、アレとは別物として存在する。このスキル一つでボウガンと弓両方に対応しているので、弓限定《射撃》スキルの上位互換と言える。

 基本的に二丁一対のエネルギーボウガンと弓のソードスキルは共有。最上位は別枠で存在する。

 

《フレキシブル》:別名《偏向射撃》。エネルギーボウガンの時にのみ発動するパッシブスキルで、スキル保持者のイメージに沿って矢の軌道を曲げるという特殊なもの。

 IS第三世代のコンセプトである、脳波を読み取って装備や武装に干渉する機能【イメージ・インターフェース】が参考になっている。IS原作のBT二号機の操縦士イギリスヒロインが目指すべき通過点の一つ。

 かなり集中しなければ曲げる事は出来ず、キリトも基本的に軌道を曲げる事は出来ない。

 

《スプレッド》:別名《拡散射撃》。エネルギーボウガンの時にのみ使用可能なパッシブスキルで、スキル保持者のイメージによって矢が小さく分裂するという特殊なもの。

 IS第三世代のコンセプトである、脳波を読み取って装備や武装に干渉する機能【イメージ・インターフェース】が参考になっている。IS原作のBT二号機の操縦士イギリスヒロインが目指すべき通過点の一つ。

 かなり集中しなければ曲げる事は出来ず、キリトも基本的に分裂させる事は出来ない。

 

《ウィークネスショット》:共通単発ソードスキル。強く矢を引き絞ると発動する。エフェクト光は真紅色。連結状態のボウガンの場合、パッシブスキルとして働くのでエフェクト光は無い。

 強烈な貫通力を有する矢を一発放ち、敵の弱点に刺さった際にダメージ倍率が跳ね上がり、更に相手の防御力を無視する特攻が働く特殊なスキル。弱点に当たらなくても強烈な矢を放つ事から大きく仰け反らせる事が可能。

 ただし甲冑型モンスターには矢が刺さらない上に弾かれる事が多いので、効果が薄い。

エネルギーボウガンの時は連結状態でなければ発動不可。

 

《ヘイルバレット》:共通六連撃ソードスキル。弓を立てたまま深く腰を落として矢を番える、あるいはボウガンを構える事で発動、エフェクト光は緑色。

 矢を六連続で射出し敵にダメージを与えるソードスキルで、毒の状態異常を付与する効果が最大の利点。状態異常は矢が当たれば必中なので、無効化バフがあるキリトや蜂に蠍などに対しても有効打となり得る。

 エネルギーボウガンが二丁の状態だと、威力は若干下がるものの連射速度が上がる。

 

《ブレイジングトリガー》:共通単発ソードスキル。深く腰を落とし弓を横に寝かせて矢を番える事で発動する。エフェクト光は金色。攻撃属性は打撃。

 当たると爆発して大ダメージを与える矢を一発放つ。打撃属性の攻撃なので、矢の効果が薄いゴーレムや甲冑型モンスターに対して致命的な一撃を与えられる。

 ただし、放つまでに若干の溜めが必要なので隙が大きく、一対一や一対多では使いにくい。

 エネルギーボウガンの時は連結状態でなければ発動不可。

 

《ミリオンハウリング》:弓限定の最上位ソードスキル。放った後に分裂する光の矢を高速で連射する百連撃ソードスキル。エフェクト光は蒼色。攻撃属性は刺突と貫通。

 使用者が射る本数は五発だが、一本につき二十本の矢に分裂するのでかなり反則的。五本の矢を同時に番える事でスキルが立ち上がり、発動する。

 小型のモンスターには効果が薄い反面、大型のボスモンスターになれば効果覿面。

 

《シューティングレイン》:ボウガン連結時限定の最上位ソードスキル。二十発のエネルギー矢を一本の極大な矢として敵の頭上に放ち、雨の如く無数の小さな矢に分裂させて攻撃する百連撃ソードスキル。

 撃つまでに溜めがいるものの、距離が離れていれば無問題なので、かなり反則的。ただし撃った後に移動されると《フレキシブル》を発動しない限り全弾外れるので、使い所が若干難しい。また、当然ながら小型のモンスターには効果が薄い。

 

 

 

・《手裏剣術》

 特殊なユニークスキル。《投擲》スキルを所有して完全習得、かつチャクラムを使用した事がある者に習得適正がある。本作ではキリトのみが該当。

 設定上では一応条件を満たせばキリト以外も習得は可能だったが、第二層フィールドボスLAであるチャクラムを使用したのはキリトだけで、更に《投擲》スキルを完全習得した者が他に居ないという状態で会得したという事になっている。

 基本はチャクラム《エターナルブレイズ》を装備している時のみ、鍛える事で他の装備武器を投擲する際にソードスキルを発動出来るようになる。

 

《バーンスプレッドゾーン》:その場で両手を左右に伸ばし、戦輪を回転、噴き出した焱が地面に落ちると同時に使い手以外全てに《燃焼ダメージ》を発生させるゾーンを作り出し、更に端を炎の壁で覆って逃げ場を無くす。見た目は溶岩地帯だが実際は焼け野原程度。

 ダメージは《数秒に一定割合》といった毒などに多いタイプでは無く、《地面に足を着いていると常時1%のダメージが発生》というえげつないタイプ。どんな強敵でもリジェネや炎系モンスター(サラマンダーやマグマゴーレム)、空を飛ぶモンスターでない限りボスですら百秒しか保たない。

 ただし効果範囲が部屋やボスフロアでは全体、フィールドは半径五十メートルとかなり広いので、実質ボスとの戦いではソロを強いられるので、使い勝手はイマイチ。その代わり使用すれば逃げ続けていれば必ず勝てるので、ソロであれば最強と言っても良い。

 

《バーニングダッシュ》:一度後ろへ跳んだ後、敵目掛けて炎を纏った戦輪を前方に放りながら突進する。敵に当たっても戦輪は使用者の前方に位置したまま回転し続けるので、ヒットしたら回転斬撃と炎でダメージを喰らう。

 連撃数は不定だが、斬撃と炎で最低二連撃。回転が掛かるのでもう少し多い。

 《バーンスプレッドゾーン》使用時に炎の壁に消えるよう跳ぶと、直線距離で敵に最も近い場所から突進するので、互いの距離が離れている時にはとても有用。

 ただし読まれやすいので乱発は禁物。

 

《エクスプロード》:二枚の戦輪を両手に持って敵の頭上から襲い掛かり、叩き付けると同時に爆炎と衝撃波を発生させ、吹っ飛ばす三連撃ソードスキル。攻撃属性は戦輪が斬撃、爆炎と衝撃波が打撃属性。

 《バーンスプレッドゾーン》使用時に高く跳び上がって炎の壁に入った場合、直線距離で敵に最も近い場所から襲い掛かるので、互いの距離が離れている時にはとても有用。

 ただし高く跳んだ時点で読まれるので乱発は禁物。

 

《ブレイズロンド》:炎を噴き出した戦輪を複数回放って手元に戻って来た後、地面に叩き付け、最初の投擲で攻撃がヒットした敵の足元から業炎の柱を立ち上らせて攻撃するソードスキル。

 連撃数は不定。斬撃、炎、火柱で最低三連撃は出る。

 

《デュアルレイド》:《二刀流》時、両手の武器を同時に正面へ放ると発動する十連撃ソードスキル。高速回転しながら敵に襲い掛かり、手元に戻って来る。エフェクト光は右手武器が闇の黒、左手武器が光の白。

 技の出が早く、また技後硬直も極端に短い事から連発しやすい。ただし敵を怯ませる効果は少々低めで、短時間でダメージを稼ぐ事が主となる。

 本作では地下迷宮のボス《The Fatal scythe》に対して初めて使用された。

 

《ロンドレイド》:《二刀流》時、両手の武器を同時に斜めへ放ると発動する二十連撃ソードスキル。高速回転しながらキリトの眼前を斜め十字に飛び回り、手元へ戻って来た後に闇と光色のオーラを放って追撃する。エフェクト光は右手武器が闇の黒、左手武器が光の白、最期のオーラが二色同時。

 《デュアルレイド》と同様、技の出が早くて技後硬直が短く、連撃数の割に使用時間も短いので非常に使い勝手が良い。

 本作では地下迷宮のボス《The Fatal scythe》に対して初めて使用された。

 

 

 

・《神聖剣》

 片手剣と盾を装備する事でソードスキルを放てる、特殊なユニークスキル。

 アカウント《Heathcliff》に必ず付与されるよう設定されていたスキルで、プレイヤーにとって絶対の盾にして絶対なる壁。本来であれば第百層ボスとして戦う定めにあったが紆余曲折あって現在はプレイヤーを導く高潔な騎士の力として振るわれている。

 最終的にはラストボスとして一対多の戦いになる事を見越した構成になっており、全体的にコモンスキルやエクストラスキル、他のユニークスキルより防御面で反則染みた性能を有する。更に装備している盾にも攻撃判定が付与されるので、疑似的な二刀流状態。

 設計者本人としては、これを破れるのは勇者の役割を担う《二刀流》スキル所持者のみと考えている。

 《二刀流》が絶対の剣とすれば、こちらは絶対の盾。

 本来であれば決して同じ側で振るわれる筈では無いが、《二刀流》キリトと共に、ヒースクリフによって振るわれている。

 

《セントラル・ブロッキング》:本作オリジナル。パッシブスキル。

 《神聖剣》と《武器防御》スキルによって発生する防御支援のパッシブスキル。十字盾の中央で攻撃を防いだ時にのみ、ノーダメージ且つノックバック無しで攻撃をやり過ごせる効果がある。

 《神聖剣》のチート並みの防御性能を出すならこれくらいは必要だろうと思って作った。

 

《セイバー・イレイザー》:本作オリジナル。単発斬撃ソードスキル。

 袈裟掛けに斬り付ける。エフェクト光は赤、属性は斬撃属性。

 《神聖剣》版の《スラント》とも言うべき軌道を描く技で、原作でキリトを庇いに出たアスナを一撃で死亡させた攻撃が元ネタ。その元ネタの通り、相手を一撃で死に至らしめる威力を秘めているという設定。

 ただし放つためには剣を掲げ、一瞬静止しなければならないため、対人戦ではまず当てられない。

 

《ユニコーン・ホーン》:突進刺突系単発ソードスキル。

 赤色の光芒を引きながら剣を突き出し、敵を貫く。エフェクト光は赤、属性は刺突属性。

 《IM》、《HF》の百層ボス《Heathcliff》が参考。イメージとしては名前違いの《ヴォーパル・ストライク》だが速度と突進距離共に劣化しており、数合わせの技に感じられた。

 本作では、《神聖剣》の中での《ヴォーパル・ストライク》という位置付けとして強化しているので、ゲームと違って超強力な単発刺突技になる。

 この事からヒースクリフは《ヴォーパル・ストライク》を使えない。

 

《ユニコーン・チャージ》:本作オリジナル。突進系単発ソードスキル。

 十字盾の先端を相手に叩き込んでダメージを与えると共に大きく怯ませる技。エフェクト光は白、属性は打撃属性。

 原作でのデュエルでキリトに盾を叩き込んだ様子を参考に、ソードスキルとして作った。エフェクト光と盾の色からスキルが発動しているように見えないので非常に見極めが難しく、発動前後の隙も極端に短い事から相当使い勝手がいい設定。

 一応ソードスキルなので剣戟の合間を縫う形で使用するのは、ヒースクリフが敏捷特化で硬直時間を短くしていない限りほぼ不可能。

 ちなみに突き込むと言っても《ユニコーン・ホーン》と異なって突進距離はほぼ無く、かなり接近しないと使えないため、敏捷性に欠けるタンクとしては狙い過ぎると自滅しかねない技でもある。

 

《ディバイン・クロス》:二連撃ソードスキル。《IM》、《HF》の百層ボス《Heathcliff》及び《HR》の《聖印の十字剣》が参考。

 盾で右薙ぎに殴り付けてから剣で唐竹に斬り落として十字を描くように攻撃するパワータイプ、剣による左薙ぎと右薙ぎからなる《バーチカル・アーク》と同じ軌道のスピードタイプの二種類が存在。

 前者のパワータイプがゲーム版ボス仕様。後者のスピードタイプが《HR》仕様。

 パワータイプは盾が打撃、剣が斬撃属性。スピードタイプは斬撃属性となる。

 本作では構え次第でどちらも放てるようになっている。パワータイプは右に薙ぎ払うために盾を引いて構える事で発動し、スピードタイプは《バーチカル・アーク》と同じく手首を返した左薙ぎの構えを取ると発動する。

 この事からヒースクリフは《バーチカル・アーク》を使えない。

 

《ガーディアン・オブ・オナー》:三連重攻撃ソードスキル。《HR》の《聖印の十字剣》が参考。

 左薙ぎ、右薙ぎ、袈裟斬りからなる一撃が強力な三連撃技。出が速く、攻撃後の硬直時間も少ないため非常に安定しているのが特徴。

 エフェクト光は橙色、攻撃属性は斬撃。

 一応ボス《Heathcliff》も使うのだが、そもそもソードスキルの使用頻度が少ない上に優先度も低く使い勝手も悪そうだったので、《ディバイン・クロス》と違ってボス仕様は無い。

 

《ゴスペル・スクエア》:四連撃ソードスキル。《IM》、《HF》の百層ボス《Heathcliff》及び《HR》の《聖印の十字剣》が参考。

 高速で袈裟掛け、右斬り上げ、左斬り上げ、逆袈裟に斬り付ける四連撃技。ぶっちゃけ強化版《ホリゾンタル・スクエア》。

 エフェクト光は青、攻撃属性は斬撃。

 前二つのゲーム版は威力に乏しい動きに加え使いにくそうだったため除外。正直どんな構えでアレを発動出来るのか分からないので、《HR》版の《ホリゾンタル・スクエア》の軌道を描く技を採用。

 ただしゲーム版と違い、四撃目は左回転してからの袈裟掛けでは無く、アニメ版キリトがスキルコネクト時に放つ逆袈裟のものである。

 構えと技の軌道が同じである事から、ヒースクリフは《ホリゾンタル・スクエア》を使えない。

 

《アカシック・アーマゲドン》:十連撃からなる《神聖剣》の奥義ソードスキル。《IM》、《HF》の百層ボス《Heathcliff》及び《HR》の《聖印の十字剣》が参考。

 剣袈裟掛け、剣右薙ぎ、盾刺突、剣回転右薙ぎ、剣袈裟掛け、盾殴り上げ、剣刺突、剣右斬り上げ、盾刺突、剣唐竹割りからなる高速にして重攻撃の十連撃技。

 エフェクト光は赤色。攻撃属性は斬撃、打撃、刺突属性。

 前二つの作品では八連撃技で隙も大きいので不採用、《HR》版のは《ノヴァ・アセンション》と同じで盾を使ってないため不採用とし、オリジナルの軌道を作った。

 一撃毎に前進し、重攻撃ながら素早い連撃を叩き込んで敵を圧倒する、正に鉄壁の名を冠する《神聖剣》の奥義らしい技。発動中はスーパーアーマーなので、HP全損か麻痺にでもならなければ中断されない。

 

 

 

【システム外スキル】

 システムに定められた範囲内で、スキルとしては確立していないものの技術として確立されたものの総称。誰でも可能、あるいは無意識に行えるちょっとしたものから狙っても出来ない難関なものまで多岐に渡る。

 原作及び本作でも、これを編み出している中心人物はキリト。

 

 

・《武器破壊》:アームブラスト。アームとは『武器』、ブラストは『破壊』を意味している。

 ソードスキルを発動する為にエフェクトが剣を覆ってから振り始める寸前、振るっている途中の武器の最も脆い部分、あるいはスキル終了から技後硬直が解除されるまでの三つのタイミングを狙って意図的に起こしたものの事を指す。

 原作やアニメ《世界の終焉》にて《ジ・イクリプス》の最期の一撃でダークリパルサーが折れた場合を初め、偶発的に起こった場合はシステム外スキルでは無く、ただの事象として分類される。狙ってやれたかどうかで判定する。

 最も難しいのは発動中に脆い部分を狙う場合。基本的にソードスキルをぶつけた場合にしか起こらず、剣の側面を強打する事で起こりやすくなる。また武器ランク=攻撃力に差があり過ぎると通常攻撃で叩いただけでも起こり得る。

 原作にて最も最初に登場したものだが、実は狙って破壊出来た=《武器破壊》が行えたのはクラディールとのデュエル戦一度のみ。偶発的なら上記の他に、リズベット編冒頭の耐久値試験のやり取りもある。

 

 

・《魔法破壊》:スペルブラスト。アームブラストの上位版。

 ダメージ判定が中心一ドットしか無い魔法攻撃に対し、ソードスキルをその一点へ衝突させる事で相殺、無効化するというもの。狙いが分かりやすく大きい武器に対し、一ドットしか判定が出ない魔法を斬り裂くのは神業どころでは無いものの、原作キリトは的確にこなした。

 本作キリトは闘技場ボスに対して即興で行っており、《殺戮の狂戦士》が放った無数の火焔弾を放つ《ヘルヒート》を防御スキル《スピニング・シールド》によって疾風の盾を形成し、高速回転する刃で中心点を破壊すると共に火焔を吹き散らす事で相殺している。

 

 

・《吐息遮断》:ブレスシールド。

 《片手剣》と《武器防御》の複合ソードスキル《スピニング・シールド》による疾風の盾で、竜などのブレス攻撃を無効化する技術。そこまで難しくは無いが、回避するか盾で防いだ方が確実なので、使う者はキリトが中心となっている。

 原作では二巻及びリズベット編となる《心の温度》、またアリシゼーション編にて炎の鳥を防ぐ際に使用された。前者は氷ブレス、後者は炎を防いでいる事から相当の防御力を有している。

 

 

・《剣技増幅》:スキルブースト。

 システムによって動かされる体の動きを、意図的にシステムに逆らわない範囲内で沿うように動かし、速度を上げて威力を増加させる技術。しているのとしていないとでは、スキル発動までのラグから威力まで段違いの差が出る。

 これを極めた末に《剣技連携》を習得出来る。

 原作及び本作のキリトやユウキなど実力者達は無自覚に習得しているが、やり過ぎるとスキルが中断して隙だらけになってしまうので実は結構難しい部類に入る。

 

 

・《剣技連携》:スキルコネクト。二種類存在している。

 一つ目はスキルを放った後の構えが、別のスキルの始動モーションに酷似していた際に、技後硬直が課されるコンマ数秒以下の間で僅かに体を動かす事で構えを完成させ、別のスキルを立ち上げる場合。右手から右手、左手から左手、あるいは二刀スキルの連携がこれに当たる。

 二つ目は右手で技を終えた後の構えが、左手でスキルを放つスキル始動モーションに酷似していた際に、技後硬直が課されるコンマ数秒以下の間で僅かに体を動かす事で構えを完成させ、左右交互にスキルを間断なく繋げる場合。右手から左手、左手から右手への連携がこれに当たる。

 原作七巻に登場した《スキルコネクト》は二つ目。理論としては最後の一撃が放たれる寸前で意識と神経を遮断、非スキル発動側の手に集中させて意図的に動かし、スキル終了と反対側の手によるスキル立ち上げを同時に行うというもの。ぶっちゃけると無茶理論。

 

 

・《空中剣技》:エアリアルスキル。

 名前は本作オリジナルではあるが、小説版及び漫画版プログレッシブにて登場する技術。身動きが取れない空中でスキルを起こす事で、システムによる推進力で動いて敵を攻撃するというシステムで動かされる仮想世界ならではの離れ業。

ALOは基本空中戦なので当然だが、SAOにて空中で構えを取れる者はそう居ないので使用出来る者は少ない。

 空中でしか発動出来ない《ライトニング・フォール》などでは、この技術は必須となる。またワイバーンを初めとする飛行タイプのモンスターを迎撃する際にも有用。

 原作では《心の温度》で出て来たドラゴンに対し、キリトがスキルで斬り掛かっている事から使用可能である事が見て取れる。

 




 はい、如何だったでしょうか。

 ちょっと細かい気もしますが、一応です。奇抜なのはあんまり採用していませんし。

 ただ《片手剣》と《二刀流》ばかり出ていて、《刀》や《片手棍》とか、メインキャラのスキルを出していないのが微妙なんですよね。出した方が良いんでしょうかね……キリトも使うし、何れ出そうかな。設定的に全ての武器に精通しているし。

 予定のものはここに書いているもの全ては出ないかもしれません。出るとすれば高確率という感じで捉えておいてください。

 では。



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第零章 ~ありがとう~


 どうも、おはこんばんにちは。初めましての方は初めまして、そして《ソードアート・オンライン》を原作としている《闇と光の交叉》を既に読んで下さっている方は改めまして、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 実は上記の作品の加筆修正で、ネタはあるけど書く気が来ないというスランプ来たんで、書き溜めを投稿しようと思いました。

 あらすじで書いていないのは、読む際の参考にする際として見る時、こういう文があると雰囲気台無しだなと私自身で思っているからです。なので前書きを利用しています。


 ちなみに、私の小説に共通する事をここで書いておきます。

 時間経過や場面替え、回想ではアスタリスクマーク《*》が一つ。キャラの視点は変わりません。

 キャラ視点替えは《***》三つになります。キャラの視点替えによる時間経過はあり得ます。

 また、キャラの一人称、口調はそれぞれ変えているつもりです。「」セリフカッコが続く場合、別のキャラが交互に会話しているという事で、同じキャラの連続した台詞ではありません。


 さて……では私の二作目となる本作、短いですがお楽しみ下されば幸いです。

 ではどうぞ。




 少年は歩いていた。どことも知れない街中を、十にならないくらいの少年が襤褸切れを纏って歩く様は、異様に映った。

 時刻は夕陽が落ち、既に闇へと景色が沈む時間。少年が歩き過ぎる家からは暖かい光と食べ物の芳しい香り、そして狂おしいほどに羨ましいとさえ思える団欒の声があった。

 少年の姿はみすぼらしかった。白い柔肌は擦り切れ土で汚れ、服は最低限のものしかない。冬も本番へと変わりつつある季節だ、当然夜は冷える。これでは簡単に風邪を引いてしまうだろう。

 けれど、この少年に居場所など無かった。

 インフィニット・ストラトス。

 略称、IS。宇宙進出を目的に少年の知り合いの女性、篠ノ之束博士が発明した世紀の発明。宇宙空間でも活動できるよう考えられて作成されたマルチフォームスーツは、しかし重大な欠陥があった。

 ISは女性にしか扱えなかったのだ。この欠陥はISを動かす原動力であるISコアを作れる唯一の人物である束博士でも、その謎を解明できず、勿論改善なども出来ていない。故に世は女尊男卑の風潮となっていた。少しでも女性に逆らえば即座に刑務所へと入れられ、裁判では必ず女性が勝つようになる世へと。

 そのISは最初こそ世界に認められず、日本政府からは鼻で笑われた。それにキレた束博士は自分の天才的なハッキング技術をフル活用して、全世界の軍事的なCPへとハッキングを仕掛け、二千を超えるミサイルを日本へと向けて放った。それを織斑千冬が搭乗した《白騎士》によって全て撃墜され、その軍事力を得ようとあらゆる兵器が差し向けられるも死者ゼロで逃げられた。ちなみにハッキングと白騎士搭乗者の名前は知られていない。

 これによって世界はISを受け容れたのだ、軍事的な力として。そもそも宇宙進出の技術も殆ど進んでいないのだから、あまりに進みすぎた技術は軍事転用にもってこいだったのだ。

 とはいえ、アラスカ条約というものでISの軍事的活用および転用は堅く禁じられており、IS委員会という組織に加盟している各国家は現在世界に現存している467個のコアを分けて、スポーツという建前で競い合っている。モンド・グロッソという、ISの武道大会のようなもので。

 ISは女性にしか扱えない、これは不変の絶対原則だ。故に男性は虐げられる立場にある。

 しかし、少年はそれでは済まなかった。第一回モンド・グロッソで優勝し、第二回モンド・グロッソ優勝に王手を掛けた女性――織斑千冬。いや、王手を掛けた所か見事二連覇を果たした織斑千冬には、二人の弟がいた。

 一人は織斑秋十。周囲から『織斑千冬の弟らしい天才児、神童』と囃し立てられている十二歳の少年。

 一人は織斑一夏。周囲から『織斑千冬の弟らしくない落ち零れ』と悪罵を投げられている八歳の少年。

 日本代表で出場していた織斑千冬は、世界から良い意味でも悪い意味でも注目の的だった。日本からは優勝を期待され、IS委員会加盟の他国からは優勝しない事を願われていた。その後者にあたる存在が、二人の弟を誘拐した。

 そして脅迫した、『弟達の命が惜しくば棄権しろ』と。しかし日本政府は男性を軽んじる風潮を最も強く受けていた。当然だ、IS発祥の国なうえにIS発明者と世界最強のどちらもが日本人女性なのだから。

 織斑千冬にはその脅迫メッセージが伝えられなかった、家族想いな千冬に伝えると棄権されるから堪らないと。よって千冬は何も知らずに出場し、見事優勝した。

 この時、秋十は何とか自力で逃げ出した。一夏に誘拐犯の注意が向いている間に逃げ出したのだ、一夏を見捨てる事で。

 何時も何かと虐めてきた秋十といえど、兄には変わりない。たかが八つの子供に何が出来ると言うのだ。精神的にも肉体的にも秋十よりも未発達な一夏は、泣き叫んで助けを求めた。秋十はそれを、笑いながら見捨てた。

 誘拐犯達は追いかけようとしたが、しかし神童の秋十は身体能力の面でもそれなりだった。悪知恵も働く為、簡素なトラップで時間を食った誘拐犯は捕まえるのを諦め、標的を一夏に絞った。

 一夏は姉と兄、最低限家族として愛されていると思っていたのに見捨てられた事に心が耐えられず、既に意識を手放し自失していた。

 誘拐犯は腐っても織斑千冬の弟なのだから、人体実験で良い結果を残せそうだと思って研究所に連れて行き、そこでありとあらゆる人体実験が行われた。

 体中に電極を貼り付けての訓練、肉体訓練、断食、耐久力上昇の長時間の超高電圧流し、人間兵器にする為の暗殺や戦闘術、生身でもISを制圧するための改造。

 ありとあらゆる非道な人体実験をされていた。そして究極の改造と言って、体内にISコアを埋め込まれた。

 ISコアはブラックボックスな部分が多くあり、生体に埋め込むと拒絶反応を起こして死亡する判例が多くあった。機械になら良いのだが、生体だとISコアから流れるエネルギーに耐えられないのだ。

 しかし一夏は適合し、普段こそリミッターが掛かって常人とほぼ変わりないが、常人を遥かに超える身体能力を手に入れた。わざわざ待機状態にしなくとも男性であるにも関わらずISを動かす事も出来た。それを研究者達は喜んだが、即座に一夏の叛逆によって命を刈り取られた。

 一夏はその足を以て研究所から逃げ出した。無論、研究所そのものを破壊して追っ手は皆殺しだ。荒野を駆けて砂漠を駆けて海を越えて、とうとう一夏は日本へと帰ってきたのだ。

 そう、闇夜に包まれた街中を、襤褸切れを纏って歩いている少年こそが、家族に捨てられた織斑一夏なのだ。既に判然とした意識は無く、ただただ本能に従って家族を求め歩いている。ずるずると長い外套にも見える襤褸切れを引き摺って、亡霊にも見える姿で。

 

「ふ、ゆね……あき、に…………」

 

 ぽつりぽつりと呟き、限界が来た。どさっと倒れ、それでも進もうと足掻く。けれどもう這いずってでも動くほどの力すら、一夏の体には残されていなかった。

 何も考えられない思考で、死ねると漫然と思いながら一夏は眼を閉じた。街灯が遠くにあって薄暗い夜道の端に、襤褸切れになって一夏は横たわった。二度と瞼が開かないとでも言うように、蒼白い顔色ながらも安らかな表情で。

 

 *

 

「ねぇお母さん、今日のごはんって何?」

 

 利発としているおかっぱ頭の黒髪の少女が、手を繋いでいる女性を見上げながら声を上げた。

 

「んー、そうねー…………今日は寒いしねぇ……時間が遅いからアレだけど、今日はお鍋にしましょうか」

「お鍋?」

「そうよぉー。とっても暖かくて具沢山のね」

「わー! なら早く帰ろ!」

「あ、ちょっとこら、待ちなさいって」

 

 暖かいお鍋を食べられると知った少女が手を引いて走る。それを母親らしい女性が苦笑しながら追った。

 家までもう百メートルも無い夜道に差し掛かったあたりで、母親の視界に何かを映した。少女も同じなのか、道の端を首を傾げて見ている。

 

「お母さん、アレって何?」

「さぁ…………これは、布、かしら……ボロボロねぇ……」

 

 訝しく思いながらも少し近寄る母親。娘は母親が自分の体を間に挟む事で、急に飛びついたりしないようにしている。

 何なのかしらと思って見ていると、ふと茶色に煤けた襤褸切れの端から小さな何かが見えた。それは母親にとっては見覚えがありすぎるもの――――汚れ切って茶色になり、擦り切れて血が流れているが、少し前の我が子と殆ど同じの、子供の足だった。

 

「?!」

 

 顔を強張らせてばっと襤褸切れを剥ぐと、そこには最低限の茶色に汚れ切った袖なしのシャツと短パンに身を包み、顔色を蒼白くしている長い黒髪を持った子供がいた。かなり前なのか、所々出血の痕がある。

 母親は怯える娘をあやしながら即座に救急車を呼んだ。

 

 *

 

 倒れていた黒髪の子供を救急車で病院へと搬送してもらい、親元がわからないから一緒に来て下さいと言われた母子は子供と一緒に病院へと赴いていた。現在は治療処置が行われている最中で、娘はあの子は大丈夫かなと涙を浮かべながらしきりに言っていた。

 

「――――桐ヶ谷さん」

 

 埼玉県埼玉市の病院でも名医と名高い男性が、桐ヶ谷という母子を呼んだ。二人はすぐに立ち上がり、治療室から出てきた男性にどうですかと聞く。

 男性は顔を少し緩めながら口を開いた。

 

「幸いでしょうか……ギリギリで命は繋げられました」

「そう、ですか……」

「しかし……あの子、男の子なんですが、彼は酷く衰弱しています。肉体面だけでなく精神面でも」

 

 治療に精神面でも弱っていると言ってきたことに、少し首を傾げる。男性は更に言葉を重ねた。

 

「医療や医術というのは万能ではなく、本人の怪我の治癒の手助けに過ぎないんです。病は気からという言葉があるように、怪我の治癒も本人の気次第なんです。ですが…………あの少年はそれが酷く弱い。ともすれば、すぐに命を散らしてしまってもおかしくありません」

「そんな……あの子、助からないの……?」

「いや、それはまだ大丈夫だよ…………桐ヶ谷さん。織斑、という名に憶えはありますよね」

「え、ええ……」

 

 いきなりの会話の転換に、母親は少しどもりながらも頷いた。

 

「ならば、一夏という名前は?」

「あ、その名前知ってるよ! あれでしょ? えぇっと……織斑家の恥晒しって言われてる子!」

「…………まさか」

 

 そんな、と目を見開く母親に、男性は残念ながらと言いながら答えた。

 

「あの子の名前は織斑一夏……今年の夏にロシアで開催された、第二回モンド・グロッソの頃から行方不明になっていた、織斑家の次男です」

「そんな……どうしてその子が、襤褸切れを纏って倒れて……」

「恐らく、ですが…………少しだけネットで検索を掛ければ、彼に対する誹謗中傷なんて山のように出てきます。今の世は女尊男卑、しかも彼は織斑家の次男だ。最も較べられやすく見下されやすい立ち位置にあった。どういう経緯でかは流石に分かりませんが、彼は家族に…………捨てられたと、見るべきでしょう」

「そんな……?!」

「彼が行方不明になっていた事もネットに上がっていますし、それを喜ぶ声まで上がっています。こちらも最善は尽くしますが……家族に捨てられたと気付いてしまった彼の心は、恐らく崩壊寸前です…………ISはともかく、織斑の名に関わった途端に崩れる危険性が高過ぎます。このまま家に帰すのは、彼の死に直結するでしょう…………」

 

 陰鬱と告げる男性医師。桐ヶ谷母ともども、女尊男卑や織斑の恥晒しだとか言う事を良く思っていない二人だからこそ、二人は暗鬱とした気分になった。

 

「……………………あの子は、どうなるんですか……?」

「…………このままいけば、恐らく施設に入れられるでしょうが…………彼の名前は、世界に広く知られすぎている。どこに行っても彼を阻み傷つけるだけでしかないと思います…………ですが、一つだけ、私が考えた事があります……桐ヶ谷さん。あなたは彼を引き取る気がありますか」

「引き取る、ですか?」

「今の彼には癒しが、家族が必要なんです。彼は友人にも環境にも、そして家族にも恵まれなかった。悪罵を投げられても彼が彼足りえたのは、それは彼が家族を最後まで信じていたからです。心が崩壊寸前というのは、家族を欲している事の裏返しなのです。彼が新たに名を得て愛を注いでくれる家族が出来れば、彼はきっと強く生きるでしょう…………彼は幼すぎただけ、これからはきっと強くなります。苦しみを知った子というのは、得てして逞しく育ちますから…………」

 

 哀しそうに微笑む医師の言葉に、桐ヶ谷母は数瞬目を瞑り――すぐに開いて、頷いた。

 

「引き取ります……彼を見つけたのは私なのですから。それに……直葉にも弟が出来ますし」

「弟?」

「家族が出来るって事よ……直葉、新しい弟を、受け入れてくれる……?」

 

 直葉という少女の両肩に手を置いて言う母親に、直葉は満面の笑みで頷いた。それを見て母親も男性も顔を少しだけ明るくする。

 

「先生……彼が目を覚ましました」

 

 そこで看護士が病室から出て、男性を呼んだ。丁度良いと言って母と子を病室へと誘う。ネームプレートに、名前は無かった。

 母と子、そして男性医師が病室へと入って仕切りのカーテンを開けると、病人用ベッドで横になって判然としない虚ろな目をしている少年が視界に入った。

 母親はそれを見て、惨い……と思った。たった八つの子供がする目ではないと。

 母は少年の傍に寄り、放り出されている右手をぎゅっ……とゆっくりと優しく両手で包んだ。それを見てか、それとも肌で感じたからか、虚ろな目は母親へと向いた。

 

「ふ、ゆねぇ……?」

 

 虚ろでか細いながらも、未だに裏切った家族を求める純真さに胸が詰まるような思いをしながら、母親は口を開いた。

 

「私はね……あなたの、新しい家族よ……」

「かぞ、く……?」

「そう…………翠……桐ヶ谷、翠よ……こっちが私の娘で、あなたのお姉さんになる……」

「直葉だよ! よろしく!」

「みどり……すぐ、は……? かぞく……?」

 

 遥かに幼子のようなたどたどしい呟きで繰り返す少年に、とうとう翠が涙を流した。直葉も涙を流しながらも笑みを浮かべて、少年の左手を握っている。

 

「おれに……かぞく…………? きりがや……?」

 

 肯定的な声音で呟く声は、翠に対して投げられた問いだった。自身の名前は何なのかと、たどたどしいながらも聞いているのだ。

 翠は考えていた名前を出した。

 

「和人……平和な人生を生きられますように……その願いが込められた名前……桐ヶ谷和人…………これからの、あなたの名前よ……」

 

 平和である人生を生きられますように、という願いが込められた名前。

 平和な人生を。称して、和人。

 

「かず、と…………きりがや、かずと…………」

 

 虚ろな瞳に、光が戻ってきた。両手で包む手に、力が篭ってきた。焦点の合っていなかった目に、涙が、揺れる光が…………

 

「きりがや、かずと……おれの、なまえ…………おれの、かぞく……!」

 

 少しずつ涙が溜まり、その少年を直葉と翠は抱いた。強く、優しく、包み込むように。

 織斑一夏……いや、桐ヶ谷和人は静かに涙を流し、慟哭を上げた。ただただ静かに、小さな慟哭を上げた。

 

 

 

 ありがとう、と。

 

 

 

 

 





 はい、如何だったでしょうか。

 割とIS二次創作にて、一夏が虐げられて捨てられた末に拾われて改名する事はあるんですが、そういうパターンは大体能力魔改造だったり、成長後即無双パターンが多かったりします。別に嫌いじゃないんですが、成長過程を見てみたいと常々思っておりました。

 なら、私は読んだ覚えが無い《SAOの桐ヶ谷家に引き取られたら》というネタが出てきて、書き上げています。

 つまり原作SAOの主人公《桐ヶ谷和人》に、IS主人公が改名してなるという事です。当然ながら本来の原作和人は存在しておりません、翠の姉夫婦が最初から居なかったという設定です。

 今後、《織斑一夏》と《桐ヶ谷和人》の名称を混同して呼ぶことがありますが、どちらも本作主人公の事です。基本、原作キャラで昔に拘っている人は一夏呼び、それ以外は和人呼びです。私も和人と呼ぶことにします。


 今話は第零章、すなわちプロローグのようなものです。次の第一章ではSAO入りします。

 ……が、本作の和人、原作SAOと異なって直葉の弟です。そしてタグにあるように、最年少とあります。

 私が手掛けているもう一つの作品の主人公よりも年下になっているので、ある意味、他の方の作品より突っ込みどころは出て来ると思いますが、長い目でお付き合い頂ければ幸いです。


 では次話にてお会いしましょう。



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Sword Art Online ~孤独のデスゲーム編~
第一章 ~Welcome to Sword Art Online~




 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 第一章のサブタイトルから分かる通り、今話からSAO入り致します。

 ただタグに原作準拠やHF版SAOとあるように、基本は原作小説&ゲーム沿いになる予定なので、流れそのものは同じになります。そこを心情描写などで変えていければなと思っています。

 文字数は約一万。

 ではどうぞ。オール和人&キリト視点です。


 ※2017年12月17日加筆修正




 

 

 2022年11月7日。

 俺が《桐ヶ谷和人》と名を改めて生き始めてから、早一年が経った。

 同時に、世界を震撼させる二大要素の片割れ、ISと同じ日本発祥のゲームジャンルVRMMOのサービス開始日でもある。

 タイトルは《ソードアート・オンライン》。名前の通り剣で戦う事を主軸とされているゲームで、魔法的なものは戦闘からほぼ一切を抜いた中世的な世界観のだ。

 ちなみに俺はこれのベータテストを経験している。

 何故なら俺を養子として引き取ってくれた《桐ヶ谷翠》こと義母さんが、偶然抽選に当たっていたからだ。俺はベータテスト抽選開始時刻と同時にPCのボタン押したし抽選はがきも一枚出したのに、どっちも抽選から外れていたから、後からその抽選はがきを一日遅れで適当に気が向いたからと出した人が当てた事実には目を剥いた。

 そうして俺は《ナーヴギア》とSAOのβテストロットを手にした。

 《ナーヴギア》の年齢レーティングは13歳となっているが、それでも俺がプレイしていた。直姉はゲーム苦手だからと俺に譲ってくれた。今の家に引き取られて初めてと言えるくらい『やりたい』とせがんだ事が決め手だったのかもしれない。

 そんな訳で俺はベータテストをプレイしたのだが、ゲームそのものを初めてまともにする事も相俟ってとても楽しかった。

 《ソードアート・オンライン》はレベル&スキル制のゲームシステムを取っている。単純に戦えば強くなるレベル制で、セットしたスキルに対応した行動をするとスキル熟練度が上がって新しく強力なスキルを習得できるというシステムだ。レベルが一つ違うだけでも結構な差が出るので、レベリングはとても大事である。

 そう考えていた俺は、興奮も手伝って来る日も来る日ものめり込んだものである。あまりにプレイし過ぎているため一度直姉からお説教されたくらいには嵌っていた。

 これまで生きて来てそこまで一つの事に集中した事が無かった。そんな俺がそうなるくらいだったのだから、SAOの魅力というものがそれほど多かったのだと思う。とにかくもう夢のようで、俺の心に蟠っていたストレスがすかっと解消されていく気がしていた。

 あくまで気がするだけなのが悲しい所だけれども。

 そのSAOも、二ヶ月に渡るベータテストが終了して暫く経ち、サービス開始が今日の午後一時。

 俺が桐ヶ谷家に引き取られたのは去年の同日午後五時半。あの日は相当暗かったらしいのだけど、冬の入り始めの中でも曇り空だったからか相当暗くなるのが早かったという。

 

「和人? どうしたの?」

 

 リビングのソファでぱらぱらとSAOの雑誌を眺めていると、集中していない事に疑問を憶えたのか、右隣に座る直姉が話しかけてきた。

 直姉は今年中学一年生。

 俺は去年の十一月に引き取られ、三学期が始まる一月上旬に、当時直姉も通っていた小学校へ編入した。学年は三年だ。その年に直姉は卒業し、中学へと通い始めたので、少し寂しくも感じる。

 まぁ、毎日顔を合わせるし、直姉も剣道部の練習が終わってからは構ってくれるので、そういう意味ではとても満たされている。少なくともこれまでの生活と較べれば圧倒的に幸せだ。

 人並みに遊べて、人並みに勉強出来て、人並みに構ってもらえて、人並みに見てもらえる。

 全部『普通』の事なのだろうけど、それは今までの俺には無いものだった。だからこそ幸せを感じる。

 でも、それを言うのは気恥ずかしかった。

 

「んー……早く始まらないかなって」

 

 だから丁度手に取っていた雑誌のメインを言って誤魔化した。気もそぞろなのは、早くプレイしたいとそわそわしているからと、そう勘違いしてくれる事を願って。

 その願いが届いたか、直姉は柔らかく笑んだ。仕方ないなぁ、と言いそうなくらい穏やかな笑みだ。

 

「なるほどね。和人って凄く楽しみにしてたもんね、SAO」

「そりゃもう! あのときの感動と言ったら、もう言葉にしたくとも出来ない感じだよ! ゲーム世界で体を自由に動かせるのって、現実ではあり得ない動きも出来るから夢みたいなんだ!」

「ふふ。はしゃいじゃって、もう」

 

 こつん、と額に指を当ててくる直姉。

 直姉の身長が一五〇センチほど。俺と三十センチくらい差があるから、見上げなければならない。けど、これくらいの方が姉という感じはする。

 まぁ、男子でもかなり小柄な俺からすれば、大体の人は皆年上に見えるのだけど。今のクラスでも結構女子に背を抜かれてるから。男子用の青いラインのシューズを履いていないと素で女子に間違われるのは勘弁してほしいと思う今日この頃である。

 

「確かSAO開始って一時からだっけ?」

「あ、うん。だからあと二十分くらいかな……」

『次のニュースです。国際IS委員会の指示で、日本政府の管轄によって建造・新設されたISについて学ぶIS学園は――――』

 

 若干遠い目をしつつ受け答えしていると、イヤでも意識せざるを得ない内容が耳に入ってきた。

 なんとなくで点けていたテレビ画面にISが映っていた。流れている内容はIS学園のコマーシャル。

 ISはアラスカ条約で規制されてはいるものの、乗り手自身が色々と理解しておかなければいけない事が沢山ある。それを学ぶための高校がIS学園だ。何年か前に東京からモノレールを繋いだ沖合に人工島を造って、今年漸くそこに建てられたらしい。

 

「IS、か……」

「……和人」

 

 不安げに眉を顰める直姉。

 テレビを見ながら、大丈夫、と俺は返した。

 今家に引き取られてから二週間が経つまで、俺はISの話を聞くだけで頭痛がして、酷ければ気絶までしていた。

 医者の話によると、それは俺の元家族である織斑家に対する悪感情と、『家族愛に対する深い欲求』と『欲求に対する返し』によって、特に後者によって引き起こされていたものらしい。

 実際俺は実の家族に見捨てられているし、それからISに纏わる研究の被験体にさせられていた。それ以前に女尊男卑風潮や家の事もあって酷い事もされていた。それがトラウマとして残っているからああなっていたという。錯乱しなかっただけまだ凄い、とは掛かり付け医の弁だ。

 現在は長期的な投薬と事情を知っている掛かり付け医のカウンセリングによって落ち着いているから、こうしてコマーシャルを直に見てもなんとか平静は保てるようになっている。

 それでもやはり人が大勢いる場所は苦手なままだ。学校も、デパートも、駅や病院も、どこだろうと人が居る限り苦手意識は変わらない。誰かも知らないのに一方的に罵倒され、時には殺されかけた事もある。その経験から俺は《広場恐怖症》という症状が見られているらしい。

 対人恐怖や人間不信になっていないだけ凄いとは義母さんや義父さんの弁である。直姉は掛かり付け医からその話を聞いてから、とにかく色々と良くしてくれていた。

 普段義母さんは情報誌関連の仕事で帰りは遅く、納期が近付くと仕事場で寝泊まりする事も多い。義父さんはアメリカの証券会社に勤めているので普段居ない。

 だから俺の面倒は直姉が一番見てくれている。

 自然、俺の状態に関しても、直姉が一番知っている。

 

「大丈夫……今の俺は、織斑一夏じゃない。桐ヶ谷和人……直姉の、弟だから」

 

 ――――正直な話、この言葉も、ここに来て一月経つあたりまでは自信を持って言えなかった。

 これまで俺は――――《織斑一夏》は誰にも認められず、また誰にも必要とされなかった。認められる前に弾かれて、必要とされる前に無用と断じられ、結果を見せる前に不出来と言われていたから。

 家事は出来る。生きる為に必要だったから。

 でも勉強は出来ない。誰も教えてくれなかったから。

 努力はした。それでも俺の努力は、周囲の期待に応えられなかった。だから不出来と言われた。だから不要と言われた。俺よりも優れた人が兄と姉に居たから。

 だから俺は俺自身に価値を見出せていなかった。

 ただただ家族を求めて、それだけのために頑張っていただけだった。

 家事を始めたのは、生きる為。でも腕を上げたのは、実の姉が忙しそうにしていてマトモに食事を摂っていないように見えて、美味しいご飯を食べて欲しかったから。実の姉にそれを褒めてもらった事は無いけれど、同時に罵倒された事も無い。実の兄は頻りに『マズい』と言って残していたが、見捨てられる前辺りは完食していたので、腕は上がっていたのだと思う。

 けれど、家事は一緒に暮らす人にしか分からないものだ。

 社会を生きていくには能力が必要になる。家事だけでなく、勉強や運動だ。それら全て、俺は世界的に有名な実の姉や地域的に有名だった実の兄に劣っていた。

 けど、そんな俺を、母さんや父さん、直姉はは受け入れてくれた。俺そのものを見て、ちゃんと評価してくれた。

 心のどこかでは、何時の日かかつて経験したように手の平を返され、悪罵と暴力をぶつけてくるんじゃないかと怖く思っている。

 けど家族は、三人だけは俺を、絶対に息子や弟と見てくれると言ってくれたし、織斑一夏としての俺も肯定してくれた。

 それが堪らなく嬉しかった。

 どうして俺は、桐ヶ谷家の本当の子供じゃないんだろうと、一度言った事があった。夢に見たのだ、かつての生活の夢を。今の生活が周囲によって壊される夢を。

 怖かった。恐くて怖くて、けど夢の中の俺は、何も出来ずに蹲るだけだった。助けてと、泣き叫ぶだけだった。けど、誰も手を差し伸べてはくれなかった。母さん達は、俺を攫った黒い奴らに連れ去られていったのが見えた。織斑一夏という存在のせいで。

 それを話した時、父さんと母さんからは左右別々に頬を叩かれ、直姉からは額にでこピンを喰らった。最後に三人揃って、俺を抱きしめてくれた。家族は血の繋がりだけを言うんじゃない、心で繋がっても家族なんだと、そう言われた。

 それから俺は、自信を持って、桐ヶ谷和人だと言えるようになったのだ。

 

「……うん」

 

 俺の頭を撫でてくれる柔らかい感触がした。

 かつてから今も交友がある友達に綺麗だと褒めてもらって伸ばしている長い黒髪が、さらさらと俺の首筋を揺れて掠める。

 この髪は、正直なところあまり好きではない。男子なのに女子みたいに髪を伸ばしていると言ってきて、虐められるから。それを直姉には明かしていないが。

 でも、直姉はこの髪を好いてくれている。綺麗だと言って、よく櫛で梳かしてくれる。

 それが堪らなく心地よくて、一度もされた事なかったから嬉しくて、最初は切ろうとしていたこの髪も未だ伸ばしたままだ。髪を梳いてもらうのはお気に入りなのだ、それを喪いたくない。

 それから数分、俺は直姉に体を寄せ、頭を預けていた。直姉はそんな俺の頭を撫で、手櫛で優しく髪を梳いてくれていた。

 リビングにはテレビの音しか立っていないけど、この沈黙がとても心地よかった。

 でもそれも、そろそろ終わりだった。もうそろそろ午後一時になるから。俺はSAO正式サービスの為に、直姉は午後の部活の為に動かなければならないから。

 

「……じゃあ直姉、俺はもうそろそろ行くよ」

「ん……わかった。確か、ナーヴギアを無理矢理外しちゃダメ、なんだよね?」

「うん。脳の電気信号を読み取って仮想世界で動くらしいから、いきなり取ると酷い後遺症を残す恐れがあるって言ってた」

「わかった。あ、でも午後六時半までにろぐ……あうと? しないと、剥がしちゃうからね?」

「ん、りょーかい!」

 

 冗談だと分かっていながらも脅迫めいたことを言ってくる直姉に、俺は苦笑を浮かべながら返す。それからリビングを出て、すぐの階段をとんとんと軽やかに上る。

 二階に上がった俺は自分に宛がわれた個室に入り、涙滴型のフォルムを持つ仮想世界へとダイブするのに必要なハード《ナーヴギア》を被ってベッドに横になる。ケーブルなどの準備は既にオーケーだ。抜かりはない。

 電源が入った《ナーヴギア》のバイザーの右上には、現在の時刻がデジタルチックなフォントで表示されていた。

 その数字が《13:00》になる。

 

「――――リンク・スタート!」

 

 その瞬間、仮想世界へダイブする為に必要な文言を口にする。

 直後、色とりどりの長方形が奥から手前に流れてきて、五感のセットアップ完了のシークエンス、パスワードとアカウントIDコードを入れるシークエンス、ベータテストのデータ引継ぎのシークエンスを終了させる。

 ベータテストから引き継げるのは残念ながらアバターの容姿だけなので正直引き継ぐメリットは皆無に等しいが、慣れ親しんだ手足や体なので俺は引き継ぐ選択をした。

 それらの設定を終えた後、俺は剣の世界へと魂を飛翔させたのだった。

 

 *

 

 蒼い光に包まれながら転移した俺が目を開けば、見慣れた肌色のレンガ通りに黒い四角柱のオブジェ、そして黒い天蓋に背後には黒いドーム、中世の町並みが視界一杯に広がっていた。

 視界左上には【Kirito】の六文字と、緑色のバーが。視界右上には現在時刻が表示されている。

 手をぐっと握ると、現実と遜色無く違和感も無いながらも、茶色の革の指貫手袋に包まれた手の感触がした。

 服装は灰色のインナーに焦げ茶のズボン。簡素な革鎧をベストのように着ている。

 何よりも、背中に一本の片手剣が吊られている。

 肩掛けベルトによって感じる重みを懐かしく感じつつ、漸くSAOに戻って来たのだと実感する。現実で武道の鍛練をある程度している身とは言え、金属製の直剣を振るなんて現実では中々体験出来るものではない。

 

「よし……まずは、アイテム補充に行こう」

 

 ログインしたてでも一応最低限の武具は揃っているが、与えられているのは《片手剣》の初期武器スモールソードに体防具、脚防具程度。インナーはほぼ防御力皆無なので、本当に必要最低限しか配布されていない。

 代わりに所持金は1000コルもある。《コル》はSAOでのお金の単位、一円=一コルと考えられるものである。初期配布のこの額で回復アイテム類を揃えろという事だ。

 ちなみにだが、最初に配布されている初期武器や防具類は、この街の店限定で別の売り物と交換してもらえる。この街の武具店では初期配布の武具と同ランクのものしか無いが、それを逆手にとって選んだ武器やスタイルによって装備を変える必要がある為の措置にしているらしい。

 なので初期配布武器は《片手剣》だが、《細剣》や《短剣》、《曲刀》など他の武器のスキルを取るのであれば、スモールソードと引き換えにスキルに見合った武器を交換出来るという訳である。

 尚、現状のSAOで課金システムは備わっていないとされているので、この世界で強くなるなら地道にモンスターを倒すしか無い。つまり最初でけつまずくと後がない。

 出来るだけコストパフォーマンスの良い買い方をするらめに、あまり知られていない表通りよりも定価が安い店へ向かう。

 ちなみに、現在地点は全部で百層からなる浮遊城の第一層、その中でログイン直後に降り立つ街である。名称は《始まりの街》。武器屋に防具屋、アイテム屋、素材屋、料理店、宿屋などあらゆる基本的な施設がこの街には揃っているので、βテストの時には余程の事が無い限りこの街は最前線の街や階層に負けず劣らず活気に溢れていた。この正式版でもきっとそうなるだろう。

 

「おーい!」

 

 それを思い出しながら進んでいると、明らかに俺の方に向けられた男の呼び声が耳朶を打った。

 走るのを止めて後ろを見ると、どたどたと慣れてない足取りで走ってくる赤いバンダナにさらさらの赤い髪の男がいた。爽やかな顔立ち武将をした男性で、身長は多分一八〇はある。俺より六十センチも大きい。

 必然的に俺は男性を見上げた。

 

「えっと……俺?」

「そうそう、あんた……いや、君か?」

「……まぁ9歳だし、君で合ってるかな……」

「……ナーヴギアのレーティングって、確か13だろ? 親御さんは?」

「やりたいってせがんだら許してくれた」

 

 多分本当はダメなんだろうけど、俺の境遇を思って許してくれたんだと思う。義母さん達には本当に頭が上がらない。

 

「……ま、まぁいっか。えっと、それよりお前さん、その迷いの無い走りをするんだ、ベータテスターじゃないか? てかその年齢ならそうだよな?」

「そうだよ」

「なら話は早い! 頼む! VRそのものが初めてなんだ、レクチャーしてくれ!」

「分かった」

 

 ぱんっ! と両手を合わせて拝んでくる男性に、俺は軽く頷いた。

 その反応の速さにか、それとも軽さにか、男は恐る恐る頭を上げてこちらを見て来る。

 

「……頼み込んどいてなんだけどよ、マジで良いのか?」

「構わないけど……あ、でも訳あってパーティーは組めないけど、それでも良い?」

「ああ、全然構わないぜ! ……けど、パーティー組めないって、何か不具合か? もしバグだったら運営コールすりゃ直してくれるかもだぜ?」

「いや、バグじゃない。ただ……俺の、問題なんだ」

 

 人が怖いだなんて、言える筈が無い。

 心を読んだわけではないだろうけど、彼は人の心の領域への入り方と身の引き方を知ってる人だった。そっか、とだけ言って、納得してくれた。

 彼はクラインと言うらしい。良い名前だと思う。

 彼と武器屋に行って適当に武器を選んでいく。クラインは曲刀カテゴリのカトラスを、俺はもう二本片手剣を買って、あとは二人揃って六個ずつポーションを買った。即効性のある結晶系アイテムがあれば安定性が増すのだが、結晶アイテムはかなり上層にならないとドロップも買えもしないのだ。

 ちなみに緊急脱出用であり主な街へと瞬時に移動できる転移結晶なんてアイテムもある。もっと上層じゃないと手に入らないし滅茶苦茶高価だけど。

 一通り準備を終えた後、街の外へと早速出た。クラインは曲刀を右手で引っ提げ、俺は片手剣のスモールソードを二本、両手で持っている。

 

「キリト、確かソードスキルってなぁ、決められた装備じゃないといけないんだろ? それだと出来ねぇんじゃねぇのか?」

「確かに出来ないよ。でも俺は一層から三層までならソードスキルを使うより、むしろこっちの方がスタイル的に良いんだ。これでベータでも荒らしたから。デュエル大会で全戦全勝したら出禁喰らったし……」

「うおぉ……まだ小っちゃいのにやるなぁ……」

「一応リアルでも武道習ってるから。といっても剣道と柔道と空手と合気道と剣術だけだけど」

「いや……いやいやいや、そんだけやってりゃ十分だろ。てかお前の家鬼だな?!」

 

 ただ強くなりたいからしていただけだし、それに家にあった本を参考に我流で学んだだけだ。

 直姉に多少相手になってもらって、強いと褒めてもらった時は嬉しかった。

 

「んー、俺が望んだ事だからそれは違うような……まぁ、そんな事は今は良いよ。丁度良い事にそこにアインクラッド第一層名物の青イノシシ《フレンジー・ボア》が居る訳だし、さぁ、早速さっきのレクチャー通りにやってみよう!」

「おう!」

 

 ――――と、意気込んだは良いものの、クラインはソードスキル発動モーションの検出で引っ掛かってもたもたしてしまい、青イノシシの攻撃を諸に受けてしまう。一撃で三割ほどが削られていた。

 その後も繰り返ししていたけど、全然成功しない。俺が近くの青イノシシを纏めて散らしてる間にも、彼はスキル発動だけは手間取っていた。

 

「うーん……クライン、剣を振る時に何を考えてる?」

 

 どうにも違和感があったから訊いてみた。

 クラインの体捌きは直姉に較べればやはり拙いし、βテストで見て来たハイレベルプレイヤー達と較べても無駄が大きい。SAOを手に入れられたから《ナーヴギア》も購入したらしいので、本当に今日初めてVRを経験する事になる。だから馴れていない。

 しかしそれだけでは無いように思えた。ソードスキルを発動するには、慣れも必要ではあるが何よりも忠実さを求められる。システムが規定している構えを取らなければ発動しないからだ。

 ここでスキルを使おうとしている人が何を思考しているかが重要になって来る。分かりやすく言えば、ソードスキルのシステムをどう捉えているかが鍵となる訳だ。

 ソードスキルはあくまでシステムアシストが無ければ成り立たないもの。プレイヤー主体では無く、これはシステム主体。だからプレイヤーがシステムに合わせなければならないのだ。

 

「何って……スキルを出す! みたいな感じじゃないのか?!」

 

 その意図を持って質問すると、彼は青イノシシの突進をひぇえ?! と頓狂な声を上げて避けつつ、答えた。

 それを聞いて、やっぱりか、と納得を抱く。

 

「クライン、腕だけ合っててもダメなんだ。腰と足の捻りも合わせないと」

「え?」

「うーん……見た方が早い、かな。今から曲刀スキルのリーパーの構えを真似するから、見てやってみて」

 

 そう言って俺は右肩に剣を担ぎ、両足の膝を曲げて腰を据え、左半身を前にして左手を胸に当てるようにする。

 それをクラインが真似すると、曲刀の曲がった刀身が黄色の光を帯びた。

 

「今だ!」

「う、おりゃああああああああ!!!」

 

 ずぱぁんっと初めてにしてはかなり上手い一撃が入り、残り四割へとHPを減らしていた青イノシシは、ぷぎぃ?! と涙っぽいのを流しつつ消えた。

 青イノシシって怖い時は怖いのに、どこか可愛いげがあるように思える。名物扱いされてるだけはある。

 

「や、やったぜ! 倒したぞキリト!」

「うんうん、おめでとうクライン。でもまぁ、今のってほぼSAO最弱なんだけど」

「うえぇ?! マジかよ?! おりゃあてっきり中ボスクラスかと……」

「レベル1の初心者の出発地まん前に中ボスは無いんじゃないかな……?」

「そこは、ほら、チュートリアルみてぇによ……」

「じゃあクラインは激弱設定のチュートリアルモンスターにすら倒されかけるほどの強さってこと?」

「……もう俺の心のHPはゼロです、勘弁してくれ……」

「あはは、冗談だよ」

 

 情けなくイケメン武将の顔を泣き顔にする彼に、俺は軽く笑った。

 そう笑っていると、俺より遥かに大きい大人の彼は悪戯めいた笑みを浮かべて脇の下をくすぐってきた。

 

「ん、くぅっ、ははは! ちょっ、やめ……!」

「大人をからかいやがったな、この!」

「こ、の……クライン、お返しだ!」

「おっと」

 

 やり返そうにもあちらは手足が俺より長く視線も高いから、俺の動きは簡単に読まれてひょいと避けられてしまった。ムキになってこしょばそうとするも、クラインはひょいひょいと軽やかに避ける。

 そんな事を数分も続けていると、いつの間にか夕陽が地平線へと降りようとしていた。茜色に周囲が染まっている。気付けば何時間もクラインと一緒に狩りをしていたらしい。

 

「おっ、見ろよキリト、綺麗だぞ」

「ふーっ、ふーっ……うー、そうだね……」

「ははは。そう不貞腐れんなって」

「誰のせいだよ、誰の」

「キリトが大人をからかうからだぜ?」

「……言い返せないのが余計ムカつく」

「くくっ」

 

 イケメン顔を笑みで緩めるクラインの横に立ち、俺は一緒に夕陽を見た。

 クラインはどさっと地面の草の感触を味わうように座り、茜色の夕陽を見る。遠くの空には数羽の黒い鳥が飛んでいた。遠目に見ても結構な大きさという事は、アレは恐らく大人よりも遥かに大きい怪鳥という事になるのだろう。

 アレがモンスターなのか、それとも《クリッター》という背景的な動的オブジェクトの扱いなのかは分からないが。

 

「ほんとスゲェよなぁ……この世界を作ったヤツは。ISを作った篠ノ之束もスゲェけどよ、こっちも相当スゲェぜ」

「……そうだね」

 

 本当にそう思う。

 天才はどうしようもなく凄い事をやってのけて見せる。それが堪らなく羨ましくて、妬ましくて、でも素直に称賛出来る。

 

 ――――どうして、こんなにも差が出来ているのかな……?

 

 思い浮かべるのは血の繋がりがある元家族の二人。同じ親から生まれた筈なのに、年の差があると言えど大きな差があるくらいの出来を考えて、不平等だと思えてしまった。

 天才の才能も最強の才能も、どちらも等しく妬ましい。

 努力しているとは分かるけど、それが実を結び、それを評価されている事が羨ましい。

 仮想世界は敵を倒せば経験値を得てレベルが上がり、装備を強くすれば強くなる。極論時間を掛ければ掛けた分だけ強くなる。

 でも現実世界はそうではない。

 ままならない。

 

「キリト、お前ぇ、大丈夫か? いきなり暗くなったぞ?」

「……ん」

 

 現実世界と仮想世界の違い、才能の不平等さについて考えていると、こちらの雰囲気の変化を察したのかクラインが声を掛けて来た。人が好い性格だとは思っていたが、碌に知らない人に心配を向けられるくらい良い人なのだなと分かる言動だ。

 どうか、《織斑一夏》を嫌悪する人でなければいいのだけど……

 

「……茅場晶彦は、何でこの世界を創ったのかな……」

「ん? どういう意味だそりゃ?」

「……どういう意味、なのかな…………自分でも分からないや……」

 

 茅場晶彦。

 《ナーヴギア》の基礎設計者にして《ソードアート・オンライン》で初めて表立った脚光を浴び始めた、天才ゲームデザイナーにしてアーガスという企業の社長。電子工学では随一とさえ言われていて、ISの生みの親の束博士と良い勝負が出来るほどらしい。

 噂では、茅場晶彦と篠ノ之束の二人は個人的な友人関係があるとか。根も葉もない噂だが。

 そんな茅場晶彦には天才ゲームデザイナー、企業の社長といった肩書きがあるが、俺が彼の唯一の記者会見の映像を見て聞いて思ったのは、孤独な天才というものだった。

 どこか彼の目は此処ではない何処かを見ていて、魂は此処ではない何処かに囚われている気がした。誰にも理解されない苦しみというのだろうか、虚無感というのが当て嵌まるそれが、感じられた。

 だから俺は疑問に思っていた。あんな人がゲームという一つの括りで終わらせる筈が無い、と。確かに俺はVRMMOの虜になって興奮しながら意気揚々とこの世界に来たけど、それ以外にも彼の真意が気になったのだ、何故孤独な天才の茅場晶彦は、この世界を創ったのか。

 《ソードアート・オンライン》のキャッチコピーに、『この世界はゲームだが、遊びでない』というものがある。これが俺の中で非常に引っ掛かっている。

 何か、何か重大な事が起きようとしているような、そんな嫌な予感がしている。背中を這い上がり、体中を這い回り、足元の大地が崩れ去って俺達を奈落の底へ突き落とそうとする、そんな何かが……

 

 






 はい、如何だったでしょうか?

 和人がSAO入りを果たしたのは、拾われてから丁度一年後、つまり九歳になった日です。《ナーヴギア》を被れるのかとかはこの際考えないようにしてください、顎下のハーネスで固定したと納得しておいてください。

 さて、今話では原作キリトの良き理解者であり、超ホワイトギルド《風林火山》の未来のリーダーであるクラインが登場しました。

 私、結構彼の事が気に入っており、おちゃらけた二枚目な所も含めて好きなキャラです。割と埋もれがちですが、ここぞという時は頼れる兄貴分です。

 そんな訳で、人を警戒しているキリトも若干心を許しています。

 キリトの口調は男らしいものと子供らしいものの二つあり、これが混在している状態になっています。違和感があるかも知れませんが、どうかご了承下さい。


 では次話にてお会いしましょう。



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第二章 ~Start to Deathgame of Swrod Art Online~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 サブタイトルに付けている英文がこれで合っているのかとても不安です、何せ英語をあまり使わない生活を一年以上続けているし、元々苦手だったので……

 今話はデスゲーム宣言くらいです。


 ではどうぞ。今話もオールキリト視点です。




 

 

 そろそろログアウトしようかと考えたその時、リンゴーン、リンゴーン……と、何処からか鐘の音が響いてきた。

 この鐘の音は、《始まりの街》の転移門広場にある鐘楼塔のもの。

 けれど今鳴る理由が分からない。アレが鳴ったのはベータテストでもシステムアナウンスが流れた時、すなわちベータテスト終了時の時一回きりだったのだ。

 

「お、おいキリト、こりゃ一体……?」

「《始まりの街》の鐘楼の音……でも、何で今……?」

 

 その会話が終わった直後、俺達は蒼い転移光に包まれた。

 気付けばこの世界で最初に来る、始まりの街の転移門広場だった。周囲には次々に人が転移してきており、俺のすぐ隣にはクラインがいた。うん、大の大人がいてくれると非常に助かる。

 黒い天蓋に今は赤い六角形のパネルで詰められていた。【Warning】と【System Announcement】が交互に並んでいて、茜色の夕陽が完全に落ちる直前特有の真紅と相俟って、血の色のように広場が赤く見える。

 いや、血の色のようにどころじゃない。実際に紅の天蓋から粘着質な、それこそ血のような液体がどぽぉと落ちてきていた。それは空中の一点で寄り固まり、巨大な赤ローブを形成した。

中身も顔も手足も無い、全くのがらんどうな赤ローブ。GMアバターだ。

 

「ありゃあ……確か、GMアバター、とか言うんじゃなかったっけか?」

「そうだけど……何か不具合でもあったのかな……」

「はぁ? 初日から不具合って……おいおい」

 

 確かに、待ちに待ったVRMMOサービス開始日でいきなりの不具合は、今までクローズドアルファ、オープンベータとテストを繰り返してきているのだから信用が下がるだろうが、しかし俺は全く別の何かが起こっていると感じていた。

 これはまさか、今までしてきたテストは、今日この日のためだけに重ねられてきたのではないかとさえ思うほど。

 巨大な真紅のローブは、そのがらんどうの両袖を大きく広げた。

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

「私の、世界、だぁ……?」

『私の名前は茅場晶彦、いまやこの世界をコントロール出来る唯一の人間だ』

「「なっ……」」

 

 目の前で不吉な真紅の巨大ローブを操っている男こそ、先ほどクラインがスゲェと言っていて俺が孤独の天才と称した茅場晶彦その人だった。

 確かに聞き覚えがある深くソフトな声をしている。テレビで聞いた時もだったが、今は恐ろしいほどに怖気と冷気を感じる声だった。

 

『プレイヤー諸君は、既にメインメニューからログアウトボタンが消滅している事に気付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す、これはゲームの不具合ではなく《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

「ン、だと……?!」

 

 クラインが呻き声を発している中、俺は急いでメインメニューを右手の人差し指と中指を軽く立ててさっと振り、ちりん、と軽やかな鈴の音とともに出現した白いメインメニューウィンドウをさっと見ていった。

 そして、その最も下に存在していた、現実世界へと戻るために絶対必要不可欠なボタンが、ログアウトボタンという表示が消えて、白い空白が出来ているのを見つけた。

 

「本当だ、無くなってる……」

「おい、おいおい……おりゃあ五時半にピザを頼んでんだ……こんなくだらねぇのに付き合ってる時間は無ぇんだよ…………とっとと終わらせろ、何かの冗談なんだろ……?」

 

 呆然としたまま言葉を続けるクラインだったが、しかし茅場晶彦は非情にも絶望の言葉を重ねた。

 

『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトする事は出来ない……また、外部の人間の手によるナーヴギアの停止、あるいは解除も有り得ない。もしもそれが試みられた場合――――ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

 これだ、と確信した。あの記者会見の時に感じた予感は、これだったのだ。

 孤独な天才がただのエンターテインメントに従事する筈が無いと思っていたけど、やっぱりそうだったのだ。

 天才にしか、狂人にしか理解出来ない事。茅場晶彦は例に漏れずそれを持っていたのだ、そして実行に移した。《ソードアート・オンライン》を一万人もの虜囚を閉じ込める檻とする事を。

 

「はは……何言ってんだアイツ……そんな、脳を破壊だなんて、出来る筈無ぇだろ……」

「……いや、原理的には可能だよ。脳を破壊って事は、多分マイクロウェーブっていうのが俺達の脳をシェイク、沸騰させて壊すんだ……電子レンジと同じ原理だよ。物の熱量は分子・原子の振動で決まる。マイクロウェーブが微弱な電磁波を放って振動させられるなら、ナーヴギアでも…………」

「……けど、そんな出力出るか? レンジはコンセントに繋げてるだろ……すぐにひっぺがしゃあ……」

「いや、ナーヴギアの重量は三キロほど、その中でも三割はバッテリセルって雑誌で書いてた。記者会見でも断言してたから……可能だよ。頭からギアを取り外した瞬間、コンセントを外してる状態でもバッテリで終わる。多分……コンセントを抜いてる状態にもネットワーク切断にも、制限時間がある筈だよ……」

 

 嘘だろ……とクラインが呟く。愕然としているのはクラインだけではない、周囲にいるプレイヤー達だって同じだ。恐らく落ち着いている俺がおかしいのだろうと思う。

 次に続く茅場晶彦の言葉が、俺の推測を事実とした。

 

『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除・分解・破壊の試み――いずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は既に、外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに、現時点でプレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果……残念ながら、既に二百十三名のプレイヤーがアインクラッド、および現実世界からも永久退場している』

 

 殷々と響くその言葉に、どこからか女の人の悲鳴が一つ上がった。他の人は呆然と、愕然として巨大な赤ローブアバターを仰ぎ見ている。

 

『諸君が向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ている事も含めて繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険性は既に低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体はナーヴギアを装着したまま、二時間の回線切断猶予時間のうちに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護体制の下に置かれる筈だ。諸君には安心して……ゲーム攻略に励んで欲しい』

 

 なっ?! と驚愕する周囲のプレイヤー達。

 俺も驚いたが、しかしどこかで冷静に状況を見ている自分もいた。現実とそうでない感覚との違和感が自分の五感を蝕んでいく。

 

『しかし十分に留意してもらいたい。諸君にとって《ソードアート・オンライン》は、既にただのゲームではない。もう一つの現実というべき存在だ…………今後、ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に諸君等の脳は、ナーヴギアによって脳を破壊される』

「――――馬鹿馬鹿しい」

 

 小さく、ぽつりと毒づく。そのまま茅場晶彦は、無慈悲な宣告を続けていく。

 

『諸君がこのゲームから脱出する方法はたった一つ。先に述べたとおりアインクラッド最上部、第百層まで辿り着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすればよい。その瞬間、生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』

 

 第百層。最終ボス。今、茅場晶彦は間違いなくこう言った。

 つまり俺達プレイヤーは、死の危険を冒しつつ犠牲を出しながら最上階へと上り詰め、圧倒的な力を持つラスボスを倒さないと現実へ、家族に会えないという事だ。

 ベータテストで上れたのは十四層。そのうち十層付近でうろうろするプレイヤーが殆どで、俺だけが突出して進んでいた。事実十一層からは俺しかフィールドを駆けておらず、他のプレイヤーはレベルや装備の質でモンスターに敵わず撤退する羽目になっていた。つまりこの世界の情報は俺が最も多く有しているという事になる。

 しかし、やはりそれでも十四層、百層には遠く及ばない。誰かがそれについて怒鳴って指摘した。

 けれどそれは低いどよめきに呑まれただけだった。そしてそのどよめきに、恐慌や悲鳴は混じっていない。これがまだ現実に起こっていることだと認識出来ていないのだ。俺の隣で困惑しているクラインも。

 その時、俺達の思考を弄び続ける赤ローブの右の白手袋が軽く下ろされ、同時に一切の感情が感じられない――けれど、どこか冷徹さと興奮を交えた――声音が響いた。

 

『それでは最後に、この世界が諸君にとっての現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントがある、確認してくれ給え』

 

 ストレージ、と言われた時点で俺は開いたままのメインメニューを操作し、ストレージタブをクリックした。

 俺が買ったスモールソードの残り一本と一個も使ってない初期配布も含めたポーション十個。ここまでは最初と同じだ。流石に滅茶苦茶な装備に関してはよく分かってないので出してないが、その更に下に、新たに手に入ったという事を示すNewマークが付いたアイテムが。手鏡、とあった。

 それを出して試す眇めつ見るも、ちょっと大きめの手鏡には作った俺のアバター――髪の長さと女の子のような小ぶりな顔を男の子っぽく短くして少し目つきを鋭くした感じのそれが映っているだけだった。柔和な顔つきは中性的に見える。

 

「……何こ――――」

 

 俺が声を発せたのはここまでだった。途端に俺の体が蒼白い光に包まれたと思ったら、周囲のプレイヤーも包まれた。光が解けてから何だと思って手鏡を再度見ると、え……と固まる。

 白い肌は同じだから良いとして、少しぱさぱさにしていた髪は艶やかな長い黒髪に、鋭めな目つきの顔は美少女然とした小ぶりな顔に。唇も何故かピンク色、ちょっと骨太っぽくしていた肩や腰回りも元のそれに戻って細くなっていた。背丈に関しては剣の振りと視点の高さによる違和感を抑えるために変えてないため、特に変更点は無い。

 しかし、容姿は完全に現実のソレとなっていた。思わず後ろ腰まで伸ばした黒髪の束を手にとって呆然としていると、クラインがいた方から声を掛けられた。

 

「お、おい……嬢ちゃん、誰だ……?」

 

 赤いバンダナは同じだし赤を基調とした服装も同じだが、イケメン武将の顔は野武士面、サラサラの赤髪もツンツンに逆立った赤っぽい茶髪。目は渋めの三白眼。

 誰この人……と思っていると、待て、今の声とバンダナに服装、そして立ち位置……と考えて、ボイスエフェクタが停止したのか少年の声から少女っぽい声へと戻っている声音で質問した。

 

「まさか、クライン……?」

「……キリトか?」

「う、うん……」

「キリトよ……お前ぇ、女の子だったのか?」

「いや……こんな容姿だけど、ちゃんと男だから……」

「そ、そうか…………それにしてもこりゃあどういう事だ……?」

 

 やっぱり踏み入る間合いを計れる良い人だと思いつつ、クラインの疑問に答えを出す。

 

「多分、ほら……顔はナーヴギアそのもので映してるんだと思う。あれ、首筋まですっぽり覆うメットタイプだし、顔はバイザーみたいなのがあったから…………微弱な電磁波っていうやつを当てて読み込んだんじゃないかな。そもそも脳の破壊だけのために付けてるわけないだろうし……」

 

 そもそもこんな事を仕出かす前提の機能なんて、製作時点で止められる。巧妙に隠されていたとしても。

 

「なるほど…………けど、体格は……あ、そうか、写真と、あとキャリブレーションってやつか。体ペタペタするヤツ」

「あ、ああ……そういえばあったっけ、そんなの……」

 

 思えばアバター製作時に写真を取って基にした筈の自分のアバターが女性の象徴を持っていないのは、股間までキャリブレーションで触れなければならなかったからなんだろうなぁ……と思いつつ、周囲でネカマやネナベをしていたプレイヤーを半眼で眺める。凄まじく男女比が崩れていた。

 ネナベ、つまり女性が男性アバターでプレイしようとするならまだ良いほうだ、なにせ男装は結構似合うのが定石だから。けど逆はアウトだ、特に肥満体型のヤツ。ピンクの服にスカートは地獄だろう。あとはキャラクター名か。

 ――――などと現実逃避気味に思考を巡らしていると、嫌でも現実を直視させられた。

 

『諸君は今、何故、と思っているだろう。なぜ私は――SAO及びナーヴギア開発者の茅場晶彦はこんな事をしたのか、と。これは大規模なテロか、あるいは身代金目的の誘拐事件なのか、と』

 

 そこでふと、それまで基本一本拍子に無機質的だった声音に、何かしらの色合いを帯びたのを鋭敏に察した。何故かは知らないが、俺は深い《共感》と《憧憬》を憶えた。

 

『私の目的は、そのどちらでもない。それどころか、今の私は、既に一切の目的も理由も持たない。なぜなら……』

 

 この時点で、俺はその先の言葉を察せた。密やかに言葉を発するのと同時、茅場晶彦の超然的な言葉も発せられ、重なる。

 

『「この状況こそが、私にとっての最終目的だからだ」』

 

 やはりか、と思った。密やかであってもクラインに何かを言った事は聞こえたらしく、訝しむような目線が向いた気配がしたが、今の俺にそんな事を意識するほどの余裕は無い。

 

『この世界を創り出し、鑑賞するためにのみ、私はナーヴギアを、SAOを造った。そして今、全ては達成せしめられた…………以上で、《ソードアート・オンライン》制式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の――――健闘を祈る』

 

 その言葉とともに、赤ローブは徐々に粘着質な液体へと崩れていき、そして逆再生するかのように真紅の天蓋へと吸い込まれていった。

 そして全てが飲み込まれ、消えると同時、真紅の天蓋は、元の漆黒の天蓋へと戻った。目が痛いと思うほどに血の色をしていた風景が元の茜色に戻り、無音となっていた広場にはNPC楽団の演奏が聴覚野を響かせるように戻ってくる。

 やばい、と思った。この静けさは、大パニックの前兆だ。嵐の前の静けさだ。

 俺は急いでクラインの手を取り、少し声を上げる彼を無視して路地裏へと駆け込んだ。

 直後、広場から大音量の阿鼻叫喚が響いてくる。暴動も起こっていた。壁を、地面のレンガを突き崩そうと剣を、槍を、短剣を立てては弾かれる。

 俺はそれが見えない様になる所まで進んで角を曲がり、こちらに来ないと見えない路地に入った。クラインが俺に抗議するような目線を向けている。

 

「ごめん……でもゆっくり話をするには、混乱されてるとどうにも出来ないから……」

「い、いや、俺もパニックになり掛けてたからな……それで、どうした?」

「……クラインはこの後、どうするつもり?」

「ん? んー……俺は友人たちと一緒にSAOを買ったんだ。ナーヴギアはSAOが買えて慌てて用意したって感じでよ。だから、あいつらと一緒にいるかな」

「……攻略、する?」

「…………さぁな。あいつら次第だ。嫌って言うなら生活できるくらいにだけに留めるし、するって言うなら俺がリーダーになって引っ張るさ」

 

 凄いね、と呟く俺。

 本当に、本当に凄い、クラインは。

 

「そっか……俺さ、進もうって思ってたんだ。出来れば、クラインもって……けど、クラインには仲間がいる」

「ああ……悪ぃな、キリト…………ん、待てキリト。お前ぇ、仲間はいんのか……? 友人は……」

「俺に友人なんて一人もいないよ。男伊達らにこんな容姿だから、女尊男卑の世界じゃ誹りが凄いんだ」

 

 途端に顔を歪めるクライン。ぶるぶると無精ひげが生えた顎が震える。

 

「キリトよ……お前ぇさえ良ければ、その……俺らと……」

「ありがたいけど、遠慮するよ……俺は、一人が好きだから。ありがと、誘ってくれて」

「キリト……」

「フレンド登録、しとこっか……情報送れるし…………クライン、優しいし」

「っ! ああ!」

 

 泣き笑いを見せるクラインに微笑みながら、俺はフレンド登録を済ませた。フレンドリストの最上部に、【Klein】の五文字が刻まれ、彼の頭上のHPバーの上にも白いフォントで刻まれる。同じように俺の頭上にも【Kirito】と刻まれているだろう。

 

「もう一度言うけどよ……キリト、お前ぇはまだ九歳のガキなんだ。無理しなくとも……」

 

 やっぱり優しいなと思いながら、けれど俺は首を横に振った。差し出される右手をやんわりと両手で下ろさせる。

 

「その言葉は、俺以外の人に掛けてあげて欲しい。一人で進んでリソースを独占しようとする、卑怯者のベータテスターには、勿体無い言葉だから……友達を置いていく人間には、勿体無いから……――――ありがとう、またどこかで」

 

 何時も気を強く持つために男らしくしている口調も、今は普段の女の子寄りの喋りになっているのを自覚していた。彼には俺の素を見せて良いと思ったから。

 少しずつ、少しずつ俺はクラインを見ながら後ろに数歩下がり、そして彼に背を向ける。早歩きで立ち去ろうとすると、名前を呼ばれた。

 

「キリト!」

「…………?」

 

 俺が肩越しに振り返ると、彼は左手を腰に、右手は親指を立てて四つの指を握った状態で突き出すジェスチャーをしていた。

 

「お前ぇ、本当はその姿なんだな。さっきまでの少年っぽいのよりも、断然好みだぜ。自信を持てよ」

「――クラインも、その野武士顔の方が、さっきのよりも万倍似合ってるよ! ――――ありがと……」

 

 もう振り返る事無く、彼の前から走り去る。全速を以て、次の拠点ホルンカの村へと。第三層後期まで使える片手剣を手に入れるためのクエストを受けに、俺は全速で走った。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 原作キリトに近い思考を入れていましたが、最後の会話だけ微妙に違います。本作のキリトは大体こんな感じの性格です。

 また、九歳児がこんな思考出来るかという話ですが、一応理由は存在しています。今後チラッと明かされるので、気長にお待ち下さい。

 では次話にてお会いしましょう。


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第三章 ~光との邂逅~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話もサブタイトルから分かる通り、あの人と邂逅します。そして屑だとか何とか言われていたキリトの潜在能力が幾らか発揮される回でもあります。

 初っ端からいきなり暗いですが、まぁ、本作のキリトは根本的にこんな感じです。ご了承下さい。

 ではどうぞ。最初だけキリト視点、そして初のキャラ視点替えがあります。




 

 

 クラインを見捨て、ソロで活動し始めてから、一体どれほどの時が経っただろうか。

 どれくらいの時間戦い続けているのか、時間間隔も最近は曖昧だ。

 食事、睡眠、休憩の全てを極限まで削っての戦闘。冴え渡る集中の端に、冷たくにじり寄る冷気を憶える、この感覚。これはきっと、自分の体を蝕む毒なのだろうなと、何時からか思うようになった。

 思えばあの日、デスゲーム開始の日から一夜たりとも熟睡出来ていない。家族がいないとここまで自分は弱いのかと、今更ながらに自分の愚かさ加減に反吐が出そうになる。本当に自分はダメなヤツだと思う。誰かが一緒にいないと何も出来ない、屑で出来損ないなんだと。

 思えば今までもそうだった。ISに関するトラウマだって家族に迷惑を掛け続けていたし、そもそも自分を拾ってくれた時点で迷惑しか掛けていないではないか。

 それなのにどうして、俺は強くなったとか、そんな勘違いをしていたのだろう。

 目の前でレベル6の《ルインコボルド・ナイト》という剣を持った狼が鎧を着たような魔物相手に、そんな事を考えながら戦っていた。

 現実逃避だ。ソロというのは多大なリソースを独り占めできるという魅惑がある反面、危機に陥っても助力を得られないという巨大なリスクが存在するのだ。

 そして今、俺はそのリスクを思いっ切り踏み抜いて自身を死の淵へと立たせていた。

 ナイトのHPはまだ四割はあるが、俺のHPは既に一割も無い。そりゃそうだ、モンスターポッピングトラップという、かつてのMMO定番のモンスターハウス並みの量をポップさせる罠を、俺はソロなのにも関わらず踏み抜いたからだ。残り一体、つまりコイツだけだから五十体以上も一気に押し寄せてきた大群を捌いているので、頑張った方ではあると思う。

 

「……もういい加減、楽になって良いかな……」

 

 ぽつりと、呟いた。途端に体の緊張も解けて構えも落ち、どさっと膝を突いてしまう。頬を何かが伝った。

 鉄鎧を着た狼剣士はじゅるりと舌なめずりをして、こちらに少しずつ歩み寄ってきた。そして俺の数十センチ前まで歩いて、その両の手に持っている無骨な大剣を大上段に掲げ――――

 

「――――何言ってるのよ、あなた」

 

 ズパァンッ! と閃光一閃、凄まじい薄翠色の一条の閃光が狼剣士を貫き、蒼い結晶片へと変えた。すたん、と俺の前に降り立つ誰か。

 今の速さと突き技、そして色から察するに細剣スキルの《リニアー》だ。

 声音と口調から女性か…………一体、誰……と思いながら顔を上げると、逆光で暗いが栗色の長髪と、赤いフーデッドローブ姿が見えた。持っているのはアイアンレイピアではなく、フィールドモンスター《ウィンド・ワスプ》からの低確率ドロップのウィンドフルーレ。輝きから恐らく何回か強化されている。

 

「何で、助けたの……」

「……どういう意味?」

「リソースの奪い合いは、プレイヤーの絶対数が多いほどに過激になる。ここで俺を助けても、良いことは……」

「じゃああなた、この世界で死にたいの?」

「…………どう、なんだろう……お、れ……は……――――」

 

 ふと、ぐらりと視界が揺れた。途端に五感が遠くなり、どさっという音と女性らしい声が聞こえるも、次第にそれも小さくなっていった。

 

 ***

 

「……どうしよう、この子」

 

 とりあえずポーションを飲ませてHPを危険域から安全域まで回復させたけれど、正直私ではどうにも出来なさそうなのが実状だった。一応パーティーメンバーはいるのだけれど、実は私はトラップに引っ掛かって回転扉で別フロアに来てしまい、安易にここを動けないのだ。

 回転扉で来てしまったフロアで凄まじい戦闘音が聞こえたためにそちらへ足を向けてみると、目の前で倒れた黒衣黒髪の少年がギリギリで戦っていたという訳だ。

 それにしても、と思う。

 

「この子……クラインさんが言ってた子に、似てる……?」

 

 クラインさんはデスゲーム開始から一日が経つ前に、情報屋の鼠のアルゴさんと一緒になってベータと新たな正式サービス版のデータを広めて回っていた、無精ひげの男の人だ。私のパーティーメンバーでありリーダーでもある。

 私はアルゴさんに細剣の腕を見込まれ、新進気鋭のビギナーということで一緒にクラインさんと行動を共にしているのだ。

 その時に彼は、悔しそうに涙を流しながら話してくれた。アルゴさんと共にベータ版と正式サービス版のデータを集めて送ってくれている、ベータテスターの事を。

 

『あいつはよぉ……たった一人で何もかも背負い込んで、先に進んじまったんだ。俺を誘おうともしてくれてたんだぜ……まだたったの九歳のガキが、大人の俺よりもよっぽど冷静だったんだ。早く追いついてやらねぇと、あいつは背負ったモンの重さに耐えかねて潰れちまうよ……』

 

『キー坊はね、ベータの時もだったんダ。ただの一度も誰ともパーティーを組まず、けれど情報だけは平等に広めていタ。どんな理不尽な要求を言われようと二つ返事で承諾してたし、殿は必ず受けて出ていたんダ。本当にあの子は恐ろしいよ、いろいろな意味デ……けどね、だからこそ、オネーサン達がしっかりして支えないとダメなんダ。キー坊には絶対に支えが必要なんだ、けどあの子はそれを自覚してないんだヨ。早くしないと死にたがっちゃウ』

 

 二人は悔しそうに語っていた。美少女のような容姿に黒を基調とした服装、背中に吊った片手剣、長い黒髪に幼すぎる容姿。

 どれをとっても話に聞いた【キリト】というプレイヤーと一致する。

 

 

 

『もういい加減、楽になって良いかな……』

 

 

 

 ふと、脳裏でそんな言葉が蘇った。疲れ切って生きる気力すらも失っていた声音は、ともすれば絶望の声を張り上げていたあの広場の誰よりも、宿屋ですすり泣いていた自分よりも酷い状態なのではないかと思う。たった一人で最前線を進む彼は、自分が無自覚に背負った重みに耐えかねて悲鳴を上げているのだ。それに気付いていない。

 危うい、危う過ぎる。十五歳の私でさえも危うかったのに、更に六つ下の九歳の子供が、こんな異常な状況に耐えられる筈が無い。

 

「おーい、アスナ!」

 

 ふと、この一ヶ月近くで聞き鳴れた胴間声が響き、徐々にこちらに走り寄ってくる複数人の影。クラインさんとその友人さん、そして偶然一緒になった禿頭褐色の斧使いエギルさんだ。丁度私を入れて八人パーティーである。

 エギルさんが走り寄りながら安心したように安堵の溜息を吐いた。

 

「無事だったか……良かったぜ。いきなり回転扉で離れちまうんだもんな」

「いえ、私は無事なんですけど……この子が」

「ん? って、キリトじゃねぇか?! 何でここに倒れて……」

「さぁ……けど、私が助けに入った時点でHPは一割切ってましたし、直後に倒れたので詳しくは…………」

「…………とにかく、キリトを連れて今日は引き上げよう。丁度今日の午後四時にはボス攻略会議だしな」

 

 そう、この一ヶ月で漸くだが、やっと第一層のボス部屋が発見されたのだ。アルゴさん伝手で、発見したのは目の前でエギルさんに担がれる小柄な彼らしい。結構進んでる私達ですら二十階ある内の八階までしか進んでないのに、彼はソロで全部昇りきったのだ。アルゴさんに渡されているマッピングデータを見るに、どうやら全ての部屋を見て回ったのも彼らしい。

 何故これほどまでに精力的に、でも生きるためでなく死にたがって戦っているのだろうと思った。

 三十分近く掛けて迷宮区を抜けた私達は、最も近い主街区トールバーナへと赴いた。時間はまだ一時なので、三時間も猶予があるという事になる。

 

「さて……キリトをどうするかだよな…………下手にその辺に寝かせると妙な連中がちょっかい出すかもしれねぇし……」

「っ、つ……ぁ……?」

 

 その時、微かな呻き声が上がった。ぴくりとエギルさんの肩に担がれている彼の体が動く。

 

「あ、気が付いた? 大丈夫?」

 

 エギルさんに下ろしてもらい、噴水近くでふらふらとよろけてベンチへと腰掛ける少年キリト。頭を押さえながらふらふらと周囲を見渡して、私に視線を定めた。

 私は中腰になって彼の顔を覗き見るようにした。

 

「……ここ、どこ……?」

「トールバーナ、迷宮区から最寄りの街よ」

「…………ありがと、助けてくれて…………俺、キリト……」

「私はアスナよ。よろしくね、キリト君」

 

 右手を出すと、彼も右手を出して、ふと触れる直前に止めてしまった。首を傾げて待っていると、そのままそろそろと戻ってしまう。

 人見知りの子なのかなと思いつつ、初対面だし仕方ないかなと納得して私も右手を戻した。

 

「よぉキリト、久しぶりだな」

 

 クラインさんのその声に、キリト君はさっきまでの緩慢とした動きが嘘のようにばっと素早くクラインさんへと顔を向けた。途端に顔を驚愕に染める。

 

「ク……ライ、ン……?」

「おう、お前ぇを追いかけて来たぜ」

「……何、で……予想より、早い……」

「お前ぇが回した情報のお陰で、俺らだけじゃなくて多くのプレイヤーが生きてるんだ。そりゃ成長も速いに決まってんだろ」

「……そっか……アスナを、加えたんだ……そっちの大きい人も……」

「エギルだ、よろしくな」

 

 さっと同じように手を出したが、やっぱり触れる前で引っ込めてしまう。顔を見るに、握手はしたいけど、何かを恐れているという感じだろうか。

 エギルさんも首を傾げつつ深く追及しようとはしなかった。

 

「それでキリト、お前ぇ、まだソロでやってんのか。何時か本当に死んじまうぞ。聞いた話じゃあ一割切ってたらしいじゃねぇか」

「……うん」

「何でそんな無茶した?」

「ポッピングトラップを踏んじゃって……」

「? えっと、それ何ですか?」

「そうだなぁ……アスナにも分かるよう簡単に言えば、部屋中モンスターだらけで脱出不可能になるトラップだな。所謂モンスターハウスってヤツだ」

「ええ?! そ、そんなトラップがあるんですか?!」

「MMOでは昔からの定番だけどな……けどキリト、あそこは通路があったろ? せめてポーション使って逃げて、時間稼ぎしながら戦えばよかったじゃねぇか」

 

 キリト君の前に同じように中腰になり、彼の肩をぽんぽんと叩くクラインさん。キリト君は俯いたまま口を開いた。

 

「……ポーション、切らした」

「おいおい……このデスゲームの危険性はお前ぇが一番分かってんだろ? ベータテスターでもあるんだ、何で切らしたんだ」

「何日も入ってたし……ボスと、戦ったから」

 

 その瞬間、私達八人は一斉に固まり、そしてはぁ?! と大きな声を上げてしまった。

 

「ぼ、ボスとって、お前ぇ……何でそんな無茶を……!」

「ベータテストと正式版との変更点は、本当に些細なもの。それが、ベータテスターを殺す要因になるし、ベータのデータがある十四層まではそのデータで慢心を生むから……だから、早く確認しなきゃって……今日は、その帰りで……」

「おいおい……幾らなんでもソロじゃ危険すぎる。いやそもそも、ボスってなぁ取り巻きがいんのが定石だろ。そいつらごと相手したのか」

「俺のレベル、24だから」

「なんっ……」

 

 クラインさんががちんと固まり、エギルさんも眉をぴくぴくさせて固まっていた。

 暫くその状態が続いたけど、そこでクラインさんも追及をやめたらしい。質問を変えた。

 

「はぁ…………それで、何か変更点はあったのか」

「ん……ボスのHPは四段、ベータでは残り一段になるとタルワールっていう湾刀になるけど、それが細長いカタナになってた」

 

 キリト君の言葉に、少し興奮気味にクラインさんが食いついた。

 

「カタナがあんのかっ?」

「え、あ、ああ。多分曲刀を鍛えていったら、エクストラスキルとして出るんじゃないかな……ベータでは十層の迷宮区に……あそこを突破出来たの、ソロの俺を除けばワンパーティーだけだけど…………人数が少ないほどリポップが激しかったから、死ぬほどカタナスキルは見た……だから見切れる」

「そうか……じゃあ今回の攻略本にも――――」

「うん、載せるよう頼むよ。お願い、アルゴ」

 

「――――任せなキー坊」

 

「「「「「わぁッ?!」」」」」

 

 キリト君が言った後、すー……っと幽霊が現れるようにしてアルゴさんが出てきた。キリト君のすぐ隣に腰を下ろして現れて、いると思っていなかった私達はびくぅっと驚く。

 にししと笑いながらアルゴさんはキリト君を見る。

 

「流石はキー坊、オネーサンのハイディングをよく見破ったネ?」

「違和感があった」

「……ちなみに、Modの看破ハ?」

 

 Modとは、スキル熟練度が五十上がっていくごとに自由に選べる、プレイヤー好みにスキル強化が出来る強化オプションの俗称らしい。

 

「まだ取ってない。取ってる強化オプションは索敵範囲増大とマッピング範囲増大。まだ隠蔽スキル使うモンスターいないから看破強化は取ってない」

「本当に違和感だけで見破ったのカ……オネーサン、自信無くすヨ」

「これくらい出来ないと、俺、この世界に来れてないから」

 

 淡々と言い切ってデータをアルゴさんに渡し、それを複雑な表情で受け取る。

 

「それで、今日の午後四時に、攻略会議があるんだったかな。何人くらい集まるかな……」

「俺が見たとこ、大体四十人ちょいじゃねぇかな」

「オレっち調べでは、恐らく四十一人。フルパーティーが五つにソロプレイヤー一人だナ」

「……そのソロプレイヤーって、キリト君の事ですか?」

「他にいると思うかイ? オレっちはソロとはまた違うし、知る限りではキー坊以外にソロなんていやしないヨ」

 

 ジト~……とアルゴさんが小柄なキリト君を見るも、彼はぽやぽやした表情で街の風景を見回していた。それに違和感を覚えて質問する。

 

「ねぇキリト君。あなた、もしかしてトールバーナは……初めて見るの?」

「初めてじゃないけど、武具屋とか道具屋に寄ったらすぐに迷宮区か、アルゴとの会談だったから……ゆとりを持って見てはないかな。途中のフィールドボスもすぐに倒したから印象薄いし」

「アレ倒したの、やっぱりキー坊だったのカ……道理で速いわけだヨ。二日目にはもうトールバーナ前の最後のフィールドボスまで倒されてたから、まさかって思ってたんだけどサ…………無理し過ぎだよ、キー坊」

「これくらい出来ないと……俺、は…………」

 

 途端に表情を暗く歪めた彼は、また唐突に元のぽやぽやしたそれに戻した。さっきから感情の浮き沈みが矢鱈と激しい少年だと思う。

 

「……そういえば聞いてなかったんだけど、攻略会議開く人って誰?」

「青い髪にナイトを自称してる爽やかお兄さんだヨ。名前はディアベルだネ」

「……多分それ、悪魔っていうディアブロと掛けてるんだろうけど、それでナイトって…………何か不安」

「まぁネ……ああ、そうそうキー坊。まーた例の商談だヨ。今度は四万九千八百コルだってサ」

「絶対に売らない。俺の大切な相棒なんだ、この剣は」

 

 唐突に始まった商売の話に、私達は首を傾げた。アルゴさんがこっちを見て困ったような苦笑を浮かべる。

 

「キー坊のアニールブレード+6を買い取りたいってヤツがいるのサ。キー坊はそれを断り続けてるんだけど、なんとしてでも買い取る気なんだろうネ…………既に払おうとしてる金額がアニールブレード本体と強化素材の合計金額を超えてるのにネェ……」

 

 ぎゅっと背中に吊っていた剣を抱えるキリト君。その姿は、まるで剣に自分自身を預けているかのようだった。

 はぁ……と溜息を吐いて、アルゴさんが「じゃあ、先方に拒否の意を伝えるヨ」とメールを送った。

 するとすぐに返信があったらしい、アルゴさんはうぇという顔になった。

 

「直接会って商談させろってサ…………どうするキー坊?」

 

 正直、九歳という子供の上に、男の子とはいえ美少女顔負けの容姿に小柄さも相俟って相手に舐められやすいだろうから、その申し出は危険だと思っている。クラインさんやエギルさん、クラインさんの友達にアルゴさんも難色を示している。

 

「……その人が払ってる口止め料、幾ら?」

「千コル」

「二千払うから、教えてもらえるか聞いてくれない?」

「ン……――――良いってサ。名前はキバオウ、粗野で暴力的、高圧的な男だヨ。正直、あの手この手でどうにかしてでもキー坊からその剣を買い取ろウ……ううん、奪い取ろうという魂胆透けて見えるから行かせたくないんだケド…………面倒な事に、コイツ、攻略会議出席予定のプレイヤーなんだナ……必然的に顔をあわせる事になル……どうすル?」

「会議で大揉めになるのは絶対に避けたい……そんなの、命を不意にするのと同じだ…………会うよ。場所の指定希望聞いて」

 

 ハア~……と大きく溜息を吐いて、アルゴさんがメールを送った。すぐにまた返信があり――――集合場所は、なんと四時に街の演劇場だった。ボス攻略会議の時に商談をしようと言うのだ。

 

「莫迦かコイツ……?! 何でよりにもよって、攻略会議の時ニ……!」

「――――……べー…………ギ……の……が……」

「え?」

 

 眉を顰めたキリト君が、ぼそぼそと何かを呟いた。けれど何を言っているかまでは聞き取れなかったため、結局聞けず終いになるのだった。

 

 *

 

「じゃあ皆! そろそろ第一層ボス攻略会議を始めようか! 俺はディアベル! 職業は気持ち的に、ナイトやってます!」

 

 午後四時、指定された通りの時間に会議が始まった。演劇台に立っているのは白銀色の軽甲冑に身を包み、背中にカイトシールドを背負って左腰に幅広な片手剣を佩いている青髪の男性ディアベル。今回の攻略会議の司会役でもある人だ。

 好意的な野次が飛んでそれに多少の反応を返し、少し収まってから彼は口を開いた。彼を含めた総勢四十一人のプレイヤーが一同に会する様は、多少圧巻の光景だ。ちなみに、私の左隣にはアルゴさんが、右隣には黒いフーデッドコートを買って身に纏ったキリト君が座っている。

 アルゴさんは人数から除いていたので、正確には四十二人いることになる。

 

「実は昨日、ボス部屋が発見されたという報告があった……更にもう一つ、良いニュースと悪いニュースがさっき更に上がった。皆はどっちから聞きたい?」

 

 そこで一気に声が上がり、結果的に悪いニュースからとなった。景気の良い話は後にするほうが士気も上がるからだろう。

 

「じゃあ要望通りに悪いニュースからだ。どっちもボス戦に関することだから、しっかり聞いてくれよ。まず悪いニュースだが、ボスの武器と取り巻きリポップにベータとの違いがあった。続けて良いニュースを言うと、その変更点と対処法が分かっている事だ。武器はタルワールからカタナへ、取り巻きはベータだと残り一本になった時の武器換装から出現しなくなったのに、今回は無限リポップだそうだ」

 

 嘘だろ……という感じの内容のどよめきが起こるも、ディアベルは手を叩いてそれを鎮めた。努めて明るいニュースを続ける。

 

「こらこら、まだ話は続くんだぞ? 良いニュースなんだからな、景気良く行こうか。それで対処法なんだが、カタナスキルに関してはこの、鼠のアルゴ完全監修の下に作られた攻略本に、実際にベータテスターの一人が戦って全てのスキルを叩き出してきたらしい対処法とスキルの見極め方が全て網羅されている」

 

 え?! と両隣をちらりと見ると、茶色のフードの奥でアルゴさんがじと~とキリト君を見ていた。キリト君は茫洋とディアベルさんを見ている。

 

「つまりだ、この攻略本を読んでスキルの見極めや軌道を知れたら、少しは苦労や犠牲も軽減できるって事だ。どうだ、良いニュースだろ?」

 

 爽やかに笑みながらの言葉に、周囲のプレイヤー達が沸いた。それにくすっとキリト君が笑う。どうやら満足しているようだけど、金輪際こんな無茶はしないで欲しいと思う。

 

「さて! そろそろパーティーの役割を決める前に、それぞれ好きな人と組んで――」

「ちょお待ってんか!」

 

 ディアベルの言葉を遮るようにして響いた男の声。聞こえたほうを見れば、スケイルメイルをじゃらじゃら鳴らして茶髪をツンツンにした男性が椅子式階段をだんっ、だんっと飛び降りて舞台に上がった所だった。

 ディアベルの誰何に答えた彼は、キバオウと言うらしい。

 キバオウ。それはキリト君の大切な相棒を買い取ろうとしている男の名だ。隣にアルゴさんを見れば小さく頷き、キリト君は剣を抱えて震えている。ぽんぽんと背中を撫でつつ叩いても、その震えは一向に収まらない。歯の根があっていないのかカチカチと音まで聞こえる。

 

「……大丈夫?」

「……っ……ぁ……」

「……?」

「――――こん中にワビィ入れなあかん奴らがおるはずやで。いままでに死んでいった三百人に詫びを入れなあかん奴ら――βテスターが。ベータ上がりっちゅうことを隠して、ボス攻略に入れてもらお考えてる小狡い奴らが! そいつらに土下座させて、こん作戦のために金やアイテムを軒並み吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預かれんと、ワイはそう言うとんや!」

 

 そう言い切った後、キバオウはこちらを――キリト君を指差した。

 

「ほなキリトはん! さっさと商談成立しろや!」

「ちょっと待ったキバオウさん。商談、とは何の話だい?」

「ワイはなぁ、キリトはんが持つ、アニールブレードを買い取ろうと思てんねや。しかもただのアニブレちゃうで、+6モンや!」

「だから待つんだ。確かにアニールブレード+6は凄まじい性能を誇るだろうが、それを買い取って何になると言うんだい? 悪戯にキリトというプレイヤーの戦力を、引いては全体の戦力を下げることになりかねないんだ。悪いけど、その商談は攻略隊リーダーを務める俺が容認できない」

 

 おお、毅然と言い切った……と思って見ていると、歯軋りをして呻いていたキバオウが唐突にキリト君に向けて剣を突きつけた。

 

「キリトはん! 決闘や! ワイが買ったらそのアニブレ貰うで! 勿論タダでなぁ! ワイが負けたら二度と買い取ろうなんぞせんわ!」

「なっ?! ちょっとあなた、いい加減に――――」

「……わかった」

「キリト君?!」

 

 短く了承の声を返したキリト君に呆然としていると、彼はフーデッドローブをたなびかせながら跳躍を繰り返し、軽やかに舞台へと上がった。

 

「デュエルによる一本勝負、半減決着や。それで文句無いな?」

「……ディアベルさん、すいません。離れて下さい」

「……分かった」

 

 厳しい顔つきで舞台から一旦ディアベルは降りた。そして演説台となっていた舞台が、一瞬にして闘技台へと変わる。デュエルの待ち時間の60の数字が刻一刻と減っていく。

 

「行くで……覚悟しぃや!」

 

 その瞬間、デュエル開始の合図と共に、キバオウがキリト君へソニックリープを放った。薄翠の光芒を引きながらの突進斬りは、しかし彼には当たらなかった。一瞬で彼は背後を取り、技後硬直で短いながらも決して動けないキバオウは、諸にキリト君のホリゾンタルを喰らって吹っ飛び、台から落ちた。

 その一撃で呆気なくデュエルは終了した。キバオウのHPは真っ赤に染まり、二割あるか無いかまで減っていた。

 

「俺の勝ち」

 

 幼く高いながらも威厳に満ちた声音で、キリト君は勝利宣言をした。左右に剣を振り払い、背中の鞘に音高く収める。そしてまた跳躍で私の右隣へと帰ってきた。

 キバオウは負けたことに顔を真っ赤にしていたけれど、しかしそれ以上何かを言い募ろうとはしなかった。

 その後、パーティーを組むにあたってやはりキリト君はソロのままとなった。他は八人フルパーティーの連携で完結していたから、今更変えられなかったのだ。

 この会議の二日後、私達はボス戦に望む事になったのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 キバオウ、本当は好きなキャラなんですが、ここで一度暴走。彼がどうしてあそこまで辛く当たるのかは今後分かります。

 そしてクラインの再登場、アスナ、アルゴとエギルの登場となりました。先に言っておくと、原作通りこの四人はキリトの良き理解者となります。決して敵対はしません。

 では次回にてお会いしましょう。



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第四章 ~孤独の剣士~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話はオールアスナ視点です。

 文字数は約一万一千。

 ではどうぞ。




 

 

 ざっざっと土を踏む音を立てながら、私達は迷宮区塔へと歩いていた。およそ徒歩で二時間は掛かるだろうと言われている距離だ。

 

「ねぇねぇ!」

「ん?」

 

 紫色がかった黒髪に紅水晶の瞳を持つ、《>>》の刺繍が特徴的な赤いバンダナを頭に巻く片手剣使いの少女が話しかけてきた。表情は天真爛漫そのものだ。

 

「ボクはユウキ、同じ女子同士よろしくね」

「あ、うん、よろしく。私はアスナ、呼び捨てで良いよ」

「じゃあボクもユウキで良いよ」

「あら、ユウキ、もう友達が?」

 

 そう話し掛けてきたのは目の前のユウキを大人しめにした感じの女の子だった。背は私より少し低いくらいだ。姉妹……なのかな。

 

「申し遅れました。わたしはユウキの姉の、ランと言います」

「初めまして、アスナです。それで、二人は……」

「あ、ボク達は双子の姉妹だよ、二卵性双生児の。んでね、タッグで進んでたんだけど、ボス攻略があるって聞いたから、丁度二人空いてるところに入れてもらったの」

 

 あの人達、と指し示した先には、三白眼に長髪の剣士、もじゃもじゃ毛の斧使いの戦士、真鍮色に銀髪を人房肩に垂らした重甲冑に身を包んだタンク、少し地味めな曲刀を持った少年剣士、片手盾剣士キバオウ、片手盾剣士ディアベルの六人がいた。

 キバオウと眼が合ってフンッと顔を背けられ、うへぇ……となるのと同時、あれ、とも思った。

 あの会議でディアベルはキバオウを誰何していたが、実はその必要は無かったのではないか? 何故わざわざ誰何など…………彼がキバオウか、とか名前呼びをすれば速かったのに、何故…………?

 

「アスナ?」

「っ……ごめん、ちょっとぼーっとしてたみたい」

「そっか、まあ気にしてないけど…………あの黒い子、大丈夫?」

 

 心配げに前を進むキリト君を指し示した。曰く、ソロはボス戦では役に立たないから露払いをしてレイドの消耗を減らせ、とキバオウが暴れに暴れて主張したのだ。

 それに反対する者多数だったが、キリト君は理路整然とした口調でそれらを説き伏せ、了承してしまった。まぁ、道中のドロップアイテムやコル、経験値を独り占めするという確約と許しを貰っているのだから、ちゃっかりしてはいるだろう。

 今もまた、茂みから飛び出してきた《ルインコボルド・トルーパー》という棍棒を持ったレベル4のモンスターや、《リーフェン・ウォルフ》というレベル7の若草色の狼――この狼はこの層で最強のMobらしい――に瞬時に反応し、ソードスキル無しで一刀の下に斬り捨てていた。その背中は、確かに無理しているとしか思えない何かが感じられた。

 まるで、戦う事で気を紛らわしている、戦う事に意味が有るとばかりに……

 

「どうだろうね……私が初めて会ったとき、HPが一割切っても戦い続けてたし……」

「ええっ?! それはもう危ないとかの範疇じゃないよ!」

「うん…………でも彼、戦い続けるの。何でだろ……」

 

 

 

『これくらい出来ないと……俺、は…………』

 

 

 

 ふと蘇る、彼の言葉。まるでそれくらい出来ないと、存在すら否定されるとでも言うように。自分の無力さを呪うかのように、ただただ力を求めて彷徨う剣士。

 彼が求める力は、この世界から脱出するためのそれとは質が違う気がする。

 何だろうか……彼のこの、ちぐはぐ感は、一体…………

 答えなど出るはずも無く、ユウキ、ランの二人と話しながら――勿論警戒もしながら――進む。この攻略隊の中でも最も索敵スキルを鍛えているのもキリト君らしく、彼の忠告で彼以外のメンバーには一切の消耗は無かった。出発から一時間半でボス部屋へと辿り着いた。自動記録のマッピングデータ万歳である。

 各々が装備やスキルの最終チェックを済ますのを見たディアベルが、蛇のレリーフがある重苦しい重圧を放つボス部屋の前にこちらを向いて経ち、剣を杖にして最終確認を始めた。

 

「皆、作戦や手筈は言った通りだ。一応俺達には実際集めた情報が有るが、それでも絶対は無い。過信せず、気を抜かずにボス戦にあたって欲しい。何か質問は?」

 

 ひょいと、黒い指貫手袋を嵌めた小さな手が挙がった。キリト君だった。彼はフードの中からなるべく低くした声で、彼へと問いかけた。

 

「仮に集めた情報にも間違いか、何か見落としがあって集め切れていなかった事が発覚した時はどうする? 撤退? 戦闘継続?」

「ガキが出しゃばるなや!」

 

 キバオウがすぐに怒鳴り、びくぅっと体を震わせてキバオウから距離を取るキリト君。それでもキバオウは気が済まないのか尚も言い募ろうとしたが、それを重甲冑の男性が肩に手を置いて止め、ディアベルも手を叩く事で仲裁した。

 

「キバオウさん、キリト君はこの中でも最年少の子供だ。それに良い質問でもある、そう一々怒鳴らないであげてくれ。見ていて可哀想だ」

「ふん…………」

「はぁ……まぁ、今は置いておこう。キリト君の質問に対してだが、戦況によるとしか言えない。ただ指揮系統は一本化。まず俺が最も上、次に各パーティーリーダーだ。キリト君はソロだから、基本的に俺か近くのリーダーの指示に従うようにして欲しい。荒いとは思うが何分俺にも経験が無い、了承してくれ」

「わ、わかった…………」

 

 びくびくと震えるキリト君は、限界まで人垣から距離を離していた。彼は攻略隊の中でもぶっちぎりの最年少だから、余計に小柄な体が目立つ。自然、キバオウに怒鳴られて怖がっているだろう。

 当然だと思う、誰でも九歳なら大人に怒鳴られただけで泣く。むしろ泣き喚かずに耐えている彼の方が凄いのだ。命を懸けた戦いに率先して参加しているのだから。

 

「さぁ……もう無いかな」

「俺から一つ、エギルだが良いか」

「構わないよ。何かなエギルさん」

「仮に撤退になったとしてだ、誰が殿をするんだ? 流石に大将のあんたはダメだろう。かといって各パーティーリーダーも避けた方が良い」

「それは私が受け持とう。タンクのヒースクリフだ」

 

 悠然と歩み出たタンク、ヒースクリフさんが毅然と言い切った。彼よりもエギルさんの方が身長が高いけど、威圧的にはヒースクリフさんの方が上だった。戦いになった時のキリト君と良い勝負じゃないのだろうか。

 

「しかし、防御だけでは殿は務まらない。よって……私はもう一人選出したいと思うのだが、私の意志で選んでもかまわないかね」

「仮に選ぶとして、誰を選ぶのかな、ヒースクリフさん」

 

 ディアベルの問いに、ヒースクリフさんは右手の平をすっと出した――――隅でキバオウに睨まれて怯えるキリト君へと。

 

「なっ?! 彼はまだ子供ですよ?!」

「しかしこの中でも最大戦力だ。現に我々のレベルは大体が12前後なのに対し、彼は既に24と二倍近くの数値を出している。ちょっとやそっとでやられはしないし、戦闘に私情を持ち込むことはしないだろう?」

「……………………一応は」

「おいおいキリト! 流石にそりゃ看過出来ねぇよ!」

 

 クラインさんが怒鳴るも、けれどヒースクリフさんは引かなかった。ディアベルさんも流石に難色を示しているけど、キリト君は既にその気だったため説得を諦めた。もしも、の時だから、そのもしもにしなければ良いと考えたのだ。

 クラインは舌打ちし、エギルはしまったな……と苦い顔で呟いていた。最も幼いキリト君に重荷を背負わせる形になったのだ、これ以上はあの子も保たないだろう。

 これまで以上に気を張らなければ…………

 

「…………さぁ、もう無いね? ……行くぞ」

 

 ギ、ギイイイイィィィィィ…………と重い軋みを上げながら黒っぽい扉が開いた。そして薄暗い部屋に満ちる、白い霧のような冷気が部屋の外へと出てくる。

 直線二十メートル、横幅八メートルほどの部屋の最奥の玉座に鎮座する、白い骨斧と骨盾に手を掛けた、赤い表皮を持つ大きな毛が無い狼。後ろ腰には、確かにタルワールには有り得ない細身の湾曲した武器があった。確かにあれはカタナだろう。あれが本物のカタナか調べるために、キリト君は無茶をしたのだ。

 第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》が斧て盾を持ち上げ、玉座の前で長棍棒を立てて敬礼していた《ルインコボルド・センチネル》も立ち上がる。

 

『グオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

「「「「「っ……!」」」」」

 

 恐れた。体の芯、魂の髄から轟かせる咆哮に、私達は一様に恐れた。恐れで動けないでいる私達に、センチネルとロードが猛速で初撃を仕掛けようと――――

 その時、一陣の黒が奔った。三体いたセンチネルのうちの二体に襲い掛かった黒は瞬時に二体を蒼の結晶片へと変え、続いてもう一体のセンチネルへと襲い掛かる。一秒も経たずに三体目も消えた。

 攻略隊の中でも最も幼く、小柄で、寂しがりで怖がりなキリト君は、真正面からロードの斧を剣の腹で受け、そして力勝負で押し返した。

 キリト君が防がなければ、私達が纏めて斬られていた。

 その事実に気付いた私達は、ディアベルの突撃命令の下、キリト君を護りボスを倒して進むために剣を取って戦い始めた。

 

 *

 

 ぷはぁっ、と苦味が混じったレモンジュース味がするポーションを飲み干し、空になった小瓶を投げ捨てる。

 戦況は一先ず良いと言えるだろうと思える。センチネルリポップタイミングも一通り攻略本で頭の中に叩き込んでいる私達に、現時点で予想外の事態にはなっていないだろう。

 センチネルはリポップする毎に微妙に強化されるらしいが、どれもキリト君の剣技によってほぼ一瞬で制圧されていった。今も戦場となっている明るくなった大部屋で、漆黒のフーデッドローブに身を包みながら片手剣を振るう小柄なプレイヤーが縦横無尽に駆け回っていた。戦闘開始前までの気弱に震えていた面影はどこにも無い。

 その時、絶叫に近いロードの咆哮を耳にした。戦闘中で咆哮するのは、基本的に戦闘開始と残りHPゲージが一本になった時の二回とされているので、これはその時なのだろうと予測できた。案の定、視線を向けると斧と盾を投げ捨てて後ろ腰の得物に手を掛けるロードの姿が。

 

「ディアベルさん!」

 

 ディアベルは指揮をする立場として全体を俯瞰する必要が有るので、第一線から一旦身を引いている距離にあった。キリト君はコボルドロードのカタナによる猛攻を潜り抜けて、彼へと走り寄る。

 

「なんだいキリト君?!」

「カタナスキルの中に、一斉に囲むと全範囲スタン攻撃をするパターンもある! 一旦距離を!」

「! 分かった! 全員! 一旦距離を取って仕切り直せ! 囲むなよ、全範囲スタンスキルが来るぞ!」

 

 ディアベルの指示に従って大体が下がるも、しかしキバオウだけ下がらなかった。

 いや、彼だけでなく、少し地味そうな少年剣士――曲刀使いで意匠の所々がディアベルに似ているプレイヤー――も残っていた。彼らに追随するかのように、再び何人かも戻っていく。恐らく囲まなければ良いと思ったのだろう。

 

「何をしてるんだ! 一回仕切り直しだ、距離を取れ!」

「ディアベルはん、ワイはそいつの言う事だけは信用できん! どうせ全員下がったところでLA取りに行くに決まっとるんや!」

 

 エルエー? と首を傾げていると、キリト君があっ……?! と声を上げた。見ればロードのカタナが血の色が鮮烈に輝いていた。

 ディアベルやキリト君、他の人が止める間も警告する間も無く、一撃目の大上段からの振り下ろしが曲刀使いに、二撃目の振り上げがキバオウに、そして三撃目の突きが空中に吹っ飛ばされたキバオウともども、曲刀使いを貫こうと猛然と突き出され――――

 

「く、ぁ…………ッ」

 

 刃が二人を貫かんとした寸前、再び黒が血の光を遮った。ガギャァンッ! と金属質なものを引っ掻くような嫌な音が発生し、そのまま後ろに吹っ飛ばされて二人と一緒にこちらへ転がってくる。ばきり、と嫌な音がキリト君の手にあるアニールブレードからした。

 見れば刀身の根元、鍔元あたりからボロボロに砕け、柄も鍔も刀身も全て青い結晶へと還っていく光景があった。ここに来るまでの全ての敵を相手した上に、剣の腹で受け止めるという剣の耐久値を最も削る防ぎ方をしたから、限界まで強化していても保たなかったのだ。

 キリト君はそれを呆然と見つめていた。曲刀使いとキバオウは罵り合ってキリト君を責めようと立ち上がり、そして目の前まで猛前と迫っていたコボルドロードの威容にびたりと動きが止まった。再び血の色にカタナが染まり、その三人が纏めて斬られる光景を幻視した。

 私もクラインさんもエギルさんも、ユウキもランもディアベルさんも、誰もが止めようと動き出したが、遅すぎた。第一撃目の唐竹がキリト君へと迫る――――

 寸前、ギャインッ、と剣劇が逸れた。規定されたモーション以上の余計な動きをしたことによってコボルドロードのスキルは中断、長いディレイが課された。

 キリト君が立ち上がっていた。彼の左手には一本のアニールブレード。キバオウのものではない。彼はまだ手に持っている。

 答えは、彼が広げたメインメニューにあった。あまりの速さのためストレージから出したのではなく、片手剣スキルの強化オプションで《クイックチェンジ》という装備を取り出す手順を大幅に省くModで、予備として入れておいたアニールブレードを取り出して装備し、神速を以て剣劇を弾いたのだろうと予想できた。左手なのは、右手と別々にセットしておいたからだろう。

 キリト君は二人を連れて下がり、ポーションを飲んで回復に入った。さっきの吹き飛びだけでもHPが四割になっていたのだ。きっちり剣の腹で防御していたのにその威力なのだ、剣を代償に生き延びたと考えるべきだろう。あれだけ大切そうに抱き抱えるくらい大事にしていた剣を犠牲にして。

 ポーションを飲み干して小瓶を投げ捨てたのとほぼ同時、コボルドロードも技後硬直が終了して動き出した。カタナを片手で持って乱舞の構えを取り、キリト君は同じように右手の剣を構えた。

 キリト君のHPは微々たるものながら自然回復で六割~七割、ボスもほぼ同程度。恐らくステータスレベルもほぼ同じ。大きな違いとすればその背丈くらいだろうけど、今は相手の攻撃を避けやすいがこっちも当てにくいと収支ゼロに落ち着いていた。

 誰も動けなくなってしまった中、両者の間に攻防で発生した砂塵が立ち込める。ちりちりと空気が震えた。

 

『「ッ!」』

 

 初動は同時だった。

 一人と一体は剣を交錯させた。長大な刀、それの半分ほどの片手剣。激しく打ち合って火花を散らし、高速で移動して砂塵を吹き散らしながらお互いの命を削る。ゆっくりと緩やかに、けれど着実に互いの命を削っていた。

 最も幼い子供が、命を削っていた。

 なのに、何も出来ない自分が歯痒い。辛いものを一人で背負っているキリト君に頼りきりの自分が恨めしい。

 けれど、思うだけでは変えられない。圧倒的な剣劇の応酬に、誰も立ち入る事は許されなかった。ディアベルでさえもが、指揮を忘れて唖然と戦いの行く末を見守っている。

 ギャインッ! と両者が距離を取った。どちらももうHPが数ドットしかない。

 ロードが左腰に溜めるようにしてカタナを構え、キリト君が剣に青い光を宿しながら突進した。

 

 

 

 瞬間、薄翠の一閃がギリギリまで後退していた私達の眼前まで、迫っていた。

 

 

 

 あと一歩前に出ていれば即死していたであろう攻撃は、幸いにして誰も当たっていなかった。それは勿論、黒の彼も。

 彼はギリギリで見切ってソードスキルモーションを発動する前に解き、ダッシュの速度はそのままに限界まで地面を滑るように這って駆け、居合一閃を皮一枚で避け切っていた。ズパァンッと空打ちとなった威力が音高く空気を打ち、同時に皮一枚しか避けられていなかったキリト君は纏っていた漆黒のフーデッドローブを引き裂かれ、その幼いながらの美貌を光に晒した。

 

「……あ……」

 

 思わず、私はその驚きと感嘆を声に出していた。

 少年は幼さを残していたが、目つきだけは年齢に反して鋭さがあって、それが尚更彼の美貌を引き立てる。美しいだけでなく、毅然とした姿が私の胸中を貫いた。

 

「天使、さま……?」

「……きれい」

 

 横で一緒に戦っていたユウキ、ランの姉妹もまた、同じように見惚れていた。ユウキなどは彼を天使なのかと呟いていたが、それを笑うような気持ちは一切湧かなかった。むしろ納得してしまうくらいだ。

 誰もが、たった一人で獣の王へ挑む幼い少年の毅然とした姿に、目を奪われていた。

 誰もの視線を集めている彼は、蒼い光を再び剣に宿し、止まっているロードに袈裟の一撃が入れた。蒼だからバーチカルだろうけど、床を這うようにして駆けていた時の角度が斜めだったからだろう、斜め斬りに私からは見えた。

 しかし、ロードのHPはあと一画素分残った。ニヤリ……と残虐な笑みが浮かぶ。

 

「そんな……!」

「逃げろ、キリト――――ッ!!!」

 

 私の声が上がり、クラインの叫びが響き渡った。ロードの背後に抜けた彼を斬り裂こうと、カタナが薄黄緑色に光り、振り上げられ――――

 

「う……おあああああああああああああああ!!!」

 

 ズバンッ! と、カタナが振り上げられるよりも早く、ロードの体が縦一文字に斬り裂かれた。カタナはキリト君の眼前で停止していて、膨大な青い結晶片を吹き上げる中でロードのシルエットが浮かび上がる。

 きらきら、きらきらと煌く蒼光の雨の中、艶やかな黒髪の少年が剣を下ろした。光を背に背負っているように見えた彼は、左右に剣を払って音高く、戦いの終焉を告げるようにチン、と鞘に収めた。

 途端に部屋の眩しいほどの七色の光が消え、迷宮区特有の暗さが戻る。それでも二つ、圧倒的な光源があった。

 一つは私達の眼前に一人一つ表示された、取得経験値やコルなどのリザルトのパネル。

 もう一つが、【Congratulation!!】と黄金の文字で表示された、ボス討伐を告げる宣告だった。

 

「…………終わった……」

 

 キリト君の声が、朗々と響いた。

 

「……ああ、そうだな……皆、喜ぼう! 俺達は、ついに第一歩を踏み出したんだ!!!」

「「「「「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」」」」

 

 次々に歓声を上げ、一番の立役者であるキリト君へと駆け出す攻略隊。

 

「ふざけんなや!!!」

 

 その空気を、一人の男の怒鳴り声が壊した。途端に嫌な静謐さを取り戻す大部屋。

 キバオウは表情を憎悪に歪め、キリト君へと剣を向けた。

 

「何でや……何でお前みたいなヤツが、そないに讃えられるんや!」

 

 流石に過ぎた言いがかりに黒人の大人エギルさんが前に出た。両腕を組んで、キリト君の前、キバオウの前と間に立ってキバオウの視線を塞ぐ。

 

「おいおい……勝手な行動を取って死に掛けたとこを、キリトは助けたんだ。LA……つまりはボスが一回しか落とさない超級レアアイテムについて怒ってるんだとしても、キリトじゃなかったら勝ててなかった。誰か一人でも死んでたらその時点で崩壊してたんだぞ」

 

 もっともな事を言っているエギルさんだったが、しかしキバオウには通じなかった。無理矢理にエギルさんを抜き、こちらへ詰め寄って来た。たちまち私達で遮り、キバオウは私達の前で止まる。

 

「お前ら、何で不思議に思わんのや。あいつはカタナスキルを、ベータテスターしか知り得ん情報を知っとったんやぞ! 攻略本にも載ってへんかった情報を、そのガキは知っとったんや!」

 

 確かに、あの攻略本には囲まれたときのことは書かれていなかった。だが、それが何だと言うのだ。

 

「だから何なのよ!」

「そのガキはワイら含めて、ビギナーの全てを捨てて利個的に動いた薄汚いベータテスターやっつう事や! 今までそれを押し隠して、しかもフードで顔隠してな!」

 

 それだけやないで、とキバオウは続けた。今のアインクラッドで最も言ってはならない禁忌を。

 

「そいつはなぁ……織斑の出来損ない、屑の織斑一夏なんや!」

 

 バキンッ、と何かが壊れた音がした。物質的でもオブジェクト的でもない、決定的な何かが壊れた音がした。

 それに気付いていないのか、それとも私の空耳だったのか、キバオウは顔を真っ赤にして続ける。

 

「織斑の出来損ないはベータテストで知識を持ったから言うて調子に乗って、ワイらビギナーを見捨てて一人で走ったんや! 今までソロで活動してボロいクエや狩場で良い思いして、アニブレも二本持って装備も上等、レベルも24と異常やないか! そないなヤツを、お前らは何でそんな嬉しげに讃えるんや!」

 

 何て事を! あなたに何が分かる!

 私は憤慨してそう言おうと思った。

 しかし、周囲の人間の反応に愕然とした。

 さっきまで彼の獅子奮迅の健闘を讃えていた攻略隊の大勢が、キリト君に侮蔑の目を向けていた。冷たく、今までの暖かい目なんて露も無かった。ユウキ、ラン、クラインさん、クラインさんの友人五人、エギルさん、ヒースクリフさん、ディアベルは違っていたけど、それ以外の全員がキバオウと同じ目を向けていた。

 

「チッ……何で屑がいるんだよ」

 

 誰かの呟きから、次々と悪罵が立ち込めていった。どんどんエスカレートしていく誹謗中傷、向けられる悪意は次第に濃く、深いものになっていっていた。

 

「お前、死んだかと思ってたのに……何で死んでねぇんだよ」

 

 誰かの呟きに、とうとう私の堪忍袋の尾が切れかけた。見ればヒースクリフさんを含めた、キリト君に悪罵を投げていない全員が武器を握り締めていた。

 

「ここで死ねよ、価値が無いんだからよ」

 

 かちり、と収めていたウィンドフルーレの鍔を鳴らした。鯉口を切って、抜刀する――――

 

「あっは……!」

 

 寸前、響き渡った狂った笑い声に、一瞬で怒りに燃え上がっていた体の熱が引いた。たった一言、たった一つの笑いに、体の芯から凍りついた。

 声の主は、やはりキリト君だった。誰よりも幼く、誰よりも小さく、誰よりも淋しがり屋で、怖がりで、そして誰よりも強い剣士は、狂った笑い声を上げていた。目は狂ったように虚ろで光が無かった。

 

「く、ふ、あはっ、あははっははっははははっははは!」

 

 ケタケタと笑い、大部屋で彼の狂笑が反響する。それに苛立ちの声を上げる大多数。

 

「はははっはっはあっははぁ…………今更気付いたんだ……」

 

 ニヤッと壊れた笑みを片頬に刻み付ける。こちらを見据えて腕を組んだ。

 

「いやァ、何時気付くかなと思ってたんだけど、まさかここまで気付かないとは思わなかった……まァ? こっちとしてもあんたらなんかと仲間だと思われるのも業腹だね。体良く利用させてもらったけどね。お陰様で、狙い通りにLAが取れました、どうもありがとう。これだから世間知らずのユートーセーさま達は、自分達が利用されてるなんてこれっぽっちも思いやしないから、専門から外れると扱いやすくてたまらない。端から見れば滑稽だ!」

 

 ずるずると何かが剥がれ、乖離していく音がした。

 違う、これじゃない。何なの、これは…………

 

「それと、何だっけ……ああそうそう、元ベータテスターだっけ? あのねェ、俺をあんな雑魚と一緒にしないでくれないかな?」

「ざ、こやと……?」

「そうだよ? たった千人のベータテスターの中に、本物のMMOゲーマーが何人いたと思う? 殆どはレベリングのやり方も知らない初心者、ド素人だったんだ。今のあんたらの方がまだしもマシさ――――けどさァ、俺は本物だ。上の層の、誰も知らないことを知っている。鼠なんか話にならないくらいになァ! アッハッハッハッハッハ!」

 

 腹を抱えて哄笑するキリト君。何かがやはり、違う。何かが音を立てて崩れてて、崩れていく端から直されて行っているかのように整合性が取れていない。

 誰かがチッ……と舌打ちした。

 

「なんだよ、それ……チートじゃねぇか……」

 

 その言葉を皮切りに、プレイヤー達が罵詈雑言を浴びせる。

 

 

 

 ――――最低のチート野郎だ

 

 

 

 ――――ベータテストどころの話じゃねぇ

 

 

 

 ――――ベータ上がりのチーターなんて、最悪最低じゃねぇか……!

 

 

 

 ――――完璧にチートだろ!

 

 

 

 ――――ベータテスターにチーターだから……かけてビーターだ!

 

 

 

 ――――そうだ、最悪のビーター!

 

 

 

 その叫びが放たれた直後、そのまま歩いていた彼がフッと笑った。メニューを操作して、今までの簡素な防具ではなく、黒衣の革コートを纏って振り向いた。

 

「【ビーター】! いいねそれ、気に入ったよ! LAボーナスと一緒に俺が貰う! 俺の名、その記憶に、魂に刻め! 俺の名は――――」

 

 装備変更で現れる蒼いエフェクトに包まれ、振り返る彼。

 長い黒髪、色白の肌に少女と見紛うばかりの美貌。小柄な体にしかし大人さえも萎縮させる覇気を宿した少年。新たに手に入れたらしい漆黒のコートを纏い、漆黒の瞳に得体の知れない深い闇を宿す、彼は――――

 

「――――【ビーター】のキリトだ!」

 

 剣を肩に担いで私たちに宣言する彼、キリト。嘲弄を隠しもしない表情に酷薄な笑みを浮かべ、私達を一瞥する。

 そのまま振り返って上へ繋がる階段を目指す。

 

「二層の転移門は俺がアクティベートしとくよ、あんたらは街に戻って大人しくしてろ。ベータ時代にもよくいたんだ――――折角ボスを倒したのに、上の初見のMob(モンスター)に殺られる馬鹿がなァ! あはははっ……あはははははっ……!」

「なん、や、と……こン屑が、調子に乗るなァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 キバオウがソニックリープを放つも、振り返り様の一撃でキバオウの片手剣だけを正確に折られた。

 

「システム外スキル《武器破壊》……俺の得意技だ。メインアーム壊されたいヤツはどんどん来い! こいつみたいに、無様に地面を這い蹲らせてあげるからさァ! 織斑家の屑と呼ばれてる、この俺が、あんたらを這い蹲らせてやるよ!」

 

 彼の哄笑と共に放たれた挑発に、しかし誰も反応しなかった。ただ憎々しげに睨んでいるだけだ。

 それを見て鼻で笑い、悠然と厭味ったらしく階段を一段一段ゆっくりと上がり、扉を開けてこちらを見た。

 

「じゃあね、ま・け・い・ぬ・ど・も♪」

 

 嘲笑という笑顔に見える、淋しさと哀しさを湛えた笑みと共に、彼は去った。ガコォン……という音と共に扉が閉められる。

 後に残った者達は流石にここまで来て殺されるのは嫌だと思ったらしい、来た道を帰り始めた。キバオウ筆頭にイライラして悪罵の数々を怒鳴り散らしながら迷宮区塔を降りるべく戻っていく。

 

「…………莫迦野郎が…………一人で、背負い込んでんじゃねぇよ……!!!」

 

 ガンッ!!!

 クラインさんが床を力の限り殴った音が、虚しく響き渡った。顔を顰めてすすり泣く音が幾つも上がり、ヒースクリフさんも陰鬱と表情を歪めて俯いていた。

 たった九歳の子供の尽力によって第一層のボスは倒されてゲームクリアの第一歩を歩みだし、そして犠牲によってビギナーとベータテスターの確執は問題になることは無かった。

 誰よりも幼い少年は、誰も選ばない孤独の道を進む事で、私達を護ってくれたのだ。自分の全てを犠牲にして……

 私は自分の無力が許せなくて、涙を浮かべながら、両手を力の限り強く握り締めていた。

 胸中と脳裏で呟かれる言葉は、ただ一つ。

 ごめんなさい、という、幼くも偉大な剣士への謝罪だけだった。

 

 





 はい、如何だったでしょうか。

 何と本作では、ユウキだけでなく姉のランまでもが参戦致します。ユウキは原作通り片手剣使いで、ランは細剣使いという設定です。割とSAO入りした二人の設定はあるので詰まらないかもと思ったのですが、どうしても出したくて二人を参戦させました。

 ユウキに関してですが、私の別作《闇と光の交叉》のような壊れ強化キャラにはならない予定です。過去が異なる為、あそこまでの強さになるきっかけが無いからです。

 なので、本作はSAO原作に近い強さで収まると思って下さい。最も異なるのは和人です。

 さて……ビーターとして孤独の道を進む事になったキリトですが、原作よりも酷い状況になるので、お覚悟下さい。

 では、次話にてお会いしましょう。


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第五章 ~聖夜の赦し~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は聖夜、つまりクリスマスに関するお話です……原作知ってる方はもうお分かりでしょうが、前話の第一層からおよそ一年が経過しております。

 でも原作とはちょっと違う点が存在します。それがプチ原作崩壊のタグの一つです。


 ではどうぞ。一番最初の数行はアスナ視点ですが、以降はほぼキリト視点になります。



 

 

 第一層にて、最も幼い彼が自分にだけ憎悪を向けるようにしてから、第二層、第三層と疎まれながらもキリト君は攻略隊に参戦した。

 自らを犠牲にした助力で被害を最小限に抑え、他のプレイヤーを圧倒するほどの獅子奮迅の戦績と共にLAボーナスをきっちり取って哄笑と共に去り、全プレイヤーの行き場の無いストレスを一心に引き受けていった。

 そんな日々が続いて一年が経とうとした頃、キリト君は最前線に来なくなった。

寒くなりだした、木枯しが吹き荒ぶ寒空の日のことだった。

 

 ***

 

 夢のような、という言葉には、絶望が内包されている。

 今アインクラッド中を震撼させて語り草になっている噂があった。

『クリスマスの夜、モミの木の下に現れる背教者ニコラスの持つ袋の中に、過去の人を蘇らせる神器があるという』。

 眉唾物……誰もがそう思う反面、どうしても希望を掛けてしまうのは人間の業深い性なのだろうと思う。ある筈の無い希望に縋る愚かしい姿を、神という存在がいるのだとすればきっと哂っているのだろうとも。ああ、なんと救いようの無い存在なのだ。

 

 

 

 ある筈の無い希望に一縷の望みと絶望を懸けて動いている、この俺は。

 

 

 

 ズバシャァッ! と血の色をした深紅の突きが、漆黒の外骨格を持つ蟻を八匹纏めて貫き、蒼い結晶片へと爆散させた。一時的に光が暗闇の渓谷を照らし、群れで襲い来る漆黒の蟻共を浮かび上がらせた。その数、およそ五十は下るまい。

 ここ四十九層東の端の渓谷で、俺は異常で大莫迦な猛レベリングを行っていた。蟻のリポップの百以下は無限無制限待ち無しとある意味で地獄な場所なのだが、凄まじく来難いマップの端とはいえ最前線層だからだろう、経験値が凄まじい勢いで入っていく。最前線層は他の層に較べて数倍も経験値量が違うためだ。

 最前線層だから無論危険も途轍もなく大きい。しかし来難いとあって俺以外の誰も来ないという、蘇生アイテムを全力で狙っている俺としてはこれほど幸運な事は無いレベリングスポットだった。

 最早流れ作業となっており、加えてレベルも最前線が四十九、マージン入れて59~65が最適な現在で既にレベルは120に達していた。間違いなく俺が最高峰だろう。少し前によく分からないスキルも出ていたが、それらも駆使して蟻の軍勢相手に熟練度上げとレベリングも合わせてしている。

 ジュッ、と左腕に蟻酸が掛かった。もうそろそろ流石に集中力が切れてきたようだった。ここらで引き上げておこうと考えて、全方位を薙ぎ払って全てを結晶片へと爆散させてから、猛速で渓谷から脱出、安全地帯へと入る。

 そこに入って一息吐いて、二週間も飲まず食わずで流石に限界になってきたので何か料理しようと思い、けれど食材アイテムは全て拠点に放り込んでいたから持っていなかった。凄まじい量のドロップアイテム――全て蟻の部位だが、現時点で最高峰の装備を鍛える素材になる――の処理をどうするか考え、エギルの所に行こうと決めた。

 愛剣ウェイトゥザドーンという漆黒の剣身に刃の部分だけが純白の片手剣を背に吊る。そして、これまた最前線ではドロップ率が高く設定されて大量にドロップしていた転移結晶を出して、エギルが仮の拠点としている四十八層リンダースへと転移した。

 渓谷は光を遮る構造で時間感覚が狂いやすく、まだ昼間だったようで明るい日差しが俺を照らした。少し目を眇めて目的の場所へと行く。

 時折プレイヤーの目に触れては投げられる悪罵を完璧にスルーし、故買屋エギルの店の扉を開けた。中では何か仕分けをしていたらしい、ウィンドウを忙しなく動かしていたエギルが手狭なカウンターにいて、こちらを見て驚愕した。

 

「キリト…………?! お前ぇ、生きてたなら連絡くれぇ入れろ! どんだけ心配したと思ってやがるんだ!」

 

 唐突の怒鳴り声を、耳を塞いでスルーし、トレードウィンドウで転移結晶と最前線の蟻からドロップした希少価値の素材を大量に示す。

 

「生きてるかどうかの確認ならフレンドリスト、最悪黒鉄宮の生命の碑で確認できるからいらない筈。それと、ドロップアイテムを換金して欲しい」

「ったく、お前は…………って、おい。これ、最前線の…………しかもなんだこの転移結晶の数?! 二百三十三個だぁ?!」

「格安でも構わない、ストレージを空けたいんだ。定価じゃなくても良いから買い取って」

「あ、ああ、まぁ、それでも良いなら遠慮なく買い叩くけどよ…………これでどうだ?」

 

 ぴっと示されたトレード欄のコルの額を見て、一発で承諾した。二束三文で買い叩かれたが、今はコルに困っている訳では無いのだ。コルは猛レベリングのお陰で凄まじい量貯まっている。

エギルが慌てたように俺を見てくる。

 

「お、おい……冗談のつもりだったんだぞ、本当にその額で良かったのか……?」

「構わない。今必要なのはコルじゃなくて、ストレージの空きだから」

「いや、それにしても…………そうか…………お前……まだ、忘れられないのか……あのギルドを……」

 

 エギルの心配げな言葉に、俺の何かが切れた。

 

「まだ、忘れられない……? 忘れられるか……! あのギルドは、俺のせいで全滅したんだ! 月夜の黒猫団は! みんなは! ケイタは! 俺が関わったばかりに死んだんだ! サチを孤独に追いやったのはこの俺だ! 忘れられる筈が無い!!! 俺のせいなのに!!!!!!」

 

 はぁ、はぁ……と息を荒くし、面食らって固まっているエギルにごめん、と謝って店を出た。その時に赤を基調としたプリーツスカートに白いエプロンをつけたピンク髪の少女と擦れ違い、訝しい顔で見られるも無視して進んだ。

 向かう先は十九層。そして今日――――二十四日の深夜には、三十五層迷いの森だ。

 

「待ってて、皆……俺が、きっと……皆を…………!」

 

 ぎりっと歯軋りをして、俺は十九層ミーシェンへと転移した。

 

 ***

 

 あたしがエギルの店の前に来た時、幼い子供の怒鳴り声が聞こえた。

 

『まだ、忘れられない……? 忘れられるか……! あのギルドは、俺のせいで全滅したんだ! 月夜の黒猫団は! みんなは! ケイタは! 俺が関わったばかりに死んだんだ! サチを孤独に追いやったのはこの俺だ! 忘れられる筈が無い!!! 俺のせいなのに!!!!!!』

 

 切羽詰り、泣き叫んでいるとも取れる怒鳴り声に何事と思って固まっていると、程無く小柄で黒を基調とした十歳くらいの美少女が出てきた。

 けれど、顔つきは蒼白くなって顔色が明らかに悪く、何かに憑かれているんじゃないかと思うくらい酷い有様だった。気付いていないのか涙を拭こうともせず、あたしを無視して早足で転移門へと歩き去った。

 

「エギル、今の子何? ちょっと失礼過ぎるんじゃないの?」

「…………あ、ああ……リズベットか…………いや、あの子は仕方が無いんだ」

「そうやって甘やかしてると、どんどん付け上がるよ? 子供はそういうのに鋭いんだから」

「叱れるものなら叱りたいさ……けどな、あの子だけは出来ない。あの子を叱れば、あの子の心は壊れちまう…………もう崖っぷちなんだ、あの子の心は」

 

 はぁ……と心底憂鬱と言いたげに深く溜息を吐き、がたんとカウンターの椅子に座り込むエギル。こんな彼を見たことが無い。

 

「あの子って何て言うの? エギルと知り合いなら、結構名が売れてるんでしょ?」

「…………それは、リズベット自身で知ってくれ、俺からは何も言えん。偏見で接して欲しくないんだ、あの子には…………」

 

 扉の方を……いや、その先を見つめているように見えるエギルの目は、とても悲しそうで到底聞ける雰囲気で無かった。

 結局、あたしは何も聞けずに商談を済ませて帰途に着いたのだった。

 

 *** 

 

 十九層ミーシェンの町並みを見つつ懐かしの宿屋に泊まり、かつて取った部屋で夜に向けて寝ることにした。流石にこれで死んだら目も当てられないし、その原因が疲労というのも最悪だからだ。

 数週間ぶりのベッドに横になって剣を抱き、俺は目を瞑って思考を止めたのだった。

 

 *

 

 アインクラッドが夏の入りの六月に入った時、俺は武器の強化素材集めに下層へと一時的に下りていた。十九層だ。

 森で狩りをして十分集まったと判断すると、その時に丁度、苦戦している集団を見かけた。普段ならそのまま帰ったが、彼らは索敵斥候を上手く出来ていないのか、HPを黄色――半減の注意域以下――にして逃げまくっては別の敵の行動範囲に入って、追いかけられる敵を悪戯に増やしていた。

 このままではいずれ死ぬと判断した俺は、彼らを助けた。一刀の下に、全てを斬り捨てた。

 そのあと《月夜の黒猫団》というギルドを作った、リアルでも高校でパソコン部に所属していた高校生五人のレベリングに協力することになった。俺は必要以上にマージンを取っていたから、多少最前線から離れても差し支えはあまり無かった。

 リーダーのケイタは盾に片手棍、ダッカーはスピード重視の短剣、ササマルが長槍、テツオは長棍、そして紅一点のサチという女性も長槍だった。

 彼らに力添えしてから、彼らはめきめき実力とレベルを高くし、メインの狩場を一週間で三層上げるほどになった。

ただ一つ、前衛がケイタだけで不安定だからサチを片手盾剣士へと転向するという計画を除いて、上手くいっていた。

 サチは怖がりで、敵を前にするとどうしても目を瞑ってしまう臆病な面があった。それが仇となって、けれど彼らはそれに気付かなかった。俺が指摘しても然して重要視してる風でもなかった。幼い俺が出来るなら年上なのだからサチも出来るとでも思ったのかもしれない。

 一度、俺がギルドに入ってから一月経った七月二日、サチが拠点としていた宿屋から忽然と姿を消した事があった。

 勿論ケイタ達は慌てて探し始め、俺も探した。索敵スキルのModの追跡を取っていたから、俺は彼女の足跡を頼りに探した。足跡は、圏内の街中の下水道へと繋がっていた。その通路の途中で、サチは最近ドロップしたハイディング効果に補正が掛かるマントを纏って、膝を抱えていた。

 

「サチ……?」

「キリト……?! どうして、ここが……?!」

「俺は、ほら、ビーターだから……索敵スキルを上げると、追跡っていう足跡を辿るModが取れるんだ。それで…………ケイタ達には、まだ知らせてないんだけどね」

 

 隣、良い? と聞いて、小さく頷くのを見てから、寄り添うように隣に腰を下ろした。俺より体が大きいサチが、こちらを見た。

 

「ねぇキリト……キリトはまだ、九歳、なんだよね……」

「うん……そうだけど」

「キリトは、怖くないの? 私は、怖い…………何でこんな世界に来たんだろうって、今でも思うんだ…………この世界に閉じ込められて、皆死んでいって…………この世界に、何の意味が有るのかな……?」

 

 涙を浮かべながらのサチの独白に、俺はぽつりと言葉を返した。

 

「…………人それぞれだよ」

「え…………?」

「人によって思うことは違うし、価値観も違うから…………多分、サチの言う意味っていうものの答えも、沢山あると思うんだ。まだこの世界に囚われている間に出す人もいれば、解放されて、あるいは死ぬ間際に出す人も、ずっと出さずに考え続ける人も…………納得できる答えが出せたなら、それはサチ自身の答えで良いと思うよ」

「…………キリトは、出してる?」

「俺は……………………この世界で生きて、そして満足して死ぬこと、かなぁ…………あ、でも……あっちには、俺の新しい家族が待ってるんだ」

「あっち? 新しい、家族?」

 

 首を傾げるサチに笑い掛けながら話を続けた。思いのほか、滑らかに出てきていた。

 

「うん。織斑のじゃなくて、新しい家族…………俺は、織斑家に捨てられたんだ。要らない子だったから」

「……っ」

「俺さ……このデスゲームが始まった日から丁度一年前の11月7日に、別の家族に拾われたんだ。最初はISって聞いただけで失神するくらいでね…………でも、家族が受け入れてくれたんだ。俺は俺だって…………名前を変えて生きることになってさ、驚いたよ。誰も俺に悪罵を言ってこないんだ。名前が違うだけなのにね…………でも俺は、俺として生きる機会をくれた家族に、迷惑しか掛けてないんだ…………だから、絶対に生きて帰る。そして言うんだ、ありがとうって…………大切な存在って、離れて気付くものなんだって、初めて知ったから」

「そっか…………でも、戦うのは、怖くないの?」

「…………怖くないって言えば、嘘になる。俺だって怖いものは沢山あるよ。けどね、俺が一番怖いのは、人なんだ…………人の心が、怖い…………人を信じることが出来なくなっちゃってるんだ……だから俺は、誰とも組まないし、一緒にもいない……人の悪意は、際限なく人を巻き込むから…………でも、俺が次に怖いのは、何も出来ない事なんだ。何も出来ず、ただ泣き叫ぶのは、昔の俺のままだから。また繰り返して、大切な存在を失うのは嫌だから」

 

 そう言うと、サチはそっか……と言い、俺を抱きしめてくれた。小さな嗚咽を漏らすサチは暖かくて、俺は大泣きした。声は漏らさず、嗚咽と無音の慟哭を上げるだけ。

 その日から俺は、サチと一緒に寝るようになった。夜の狩りに出られなくなったけど、それでもかなり余裕を持っていたから良いかと思って、一緒に夜を明かす事が続いた。サチに、仲間は護ると言いながら、彼女をあやし、そして俺もあやされていた。

 

 

 

 けれど、それはやはり淡い幻想だった。

 

 

 

 俺が幼い小学生というのもあったせいか、俺がビーターと明かしても彼らは注意をあまり聞かなかった。ただ目に見える強さを求め進んだのだ。

 だから彼らは、サチの件から二週間が経った7月16日、ケイタがギルドホームを買いに、俺がボス攻略に向かった時に、二十七層――トラップ迷宮と名高い場所へ行った。サチからメールがあったのに気付いたのは、俺が三十六層のボスLAを取って哄笑を上げながら三十七層へと上った時だった。その時にサチのメールを読んで、俺は焦りを抱いてサチの足跡を追跡した。

 かつてない焦りと共に猛速でサチの足跡を辿り、消える端から追いかけた。右に左に真っ直ぐにと迷宮区を進んで追いついたとき、ちょうど彼らが隠し部屋を見つけて中の宝箱を開けようとしていた時だった。

 俺は全力で滑り込んでぎりぎりトラップで扉が閉まる直前に間に合い、モンスターポッピングトラップと転移結晶無効化空間化トラップが同時に発動した中、四人を助けるために徹底抗戦した。

 けれど初めての結晶無効化空間、そしてポッピングトラップに恐慌に陥った彼らはまともな対処が出来ず、防御力が低いダッカー、ササマル、テツオの順に死んでいった。ギリギリで全ての敵を倒し終えて宝箱を斬り壊す事でなんとかトラップを解き、俺の近くで戦っていたサチだけは助かったものの、彼女も若干の恐慌状態に陥っていた。

 大切な仲間を目の前で三人も一気に失い、そして俺がいてもギリギリで生死の瀬戸際に立っていたのだから無理も無いと思い、彼女を労りながら、俺はケイタが待つと言っていたギルドホームへとサチと共に足を向けた。

 ケイタは俺とサチを見て、三人は? と問い掛けてきた。サチの状態が酷かったので先に休ませるために椅子に座らせ、俺が知る限りの事情説明を行った。

 サチも時折補足しつつ説明を終えると、ケイタは一切の表情を消した。

 

「け、ケイタ……?」

「織斑家の恥晒しのビーターが、僕達と関わる資格なんて無かったんだ」

「ッ?!」

 

平坦な声で言って、転移結晶で第一層に転移。その足を外周部テラスへ向け、そこから身を投げ出した。

 

「お前なんか、死んでいれば良かったのに…………」

 

 その呪詛を残して、彼は茜色に染まる雲海の彼方へと姿を消した。

 サチはケイタの自殺の事実を聞いて暫く寝込んだが、回復すると俺に付いて行くと言い始めた。俺のレベルは当時61、サチは34だった。最前線は三十七層、ギリギリだしサチは攻防の際に目を瞑る癖があるから、戦闘職ではダメだと言った。

 それでも付いてこようとしたから、二つ条件を出した。一つは、アスナが副団長をしている《血盟騎士団》、ユウキが団長でランが副団長の《スリーピング・ナイツ》、クラインが頭をしている《風林火山》のどれかに所属する事。

 それが出来なければ戦闘職では諦め、ポーション作成や鍛冶・服飾といった生産職で俺を支えてくれと頼んだ。

 どういう訳か彼女は前者を取り、現在はユウキとランによってビシビシと扱かれ(とはいえ遊ばれているだけだが)凄腕の槍使いとして名を馳せている。彼女は見事夢を果たしたのだ。

 しかし、彼女は失念していた。攻略組での俺の嫌われ具合を。彼女が選んだギルドは俺に理解あるところだからまだマシだが、それ以外は途方も無く忌み嫌われている。そこを失念していたのだ、それによって俺がそもそも攻略組でも神出鬼没となっていて一緒には行けないという事を。

 恐らく彼女は、俺を怨んでいる事だろう。大切な仲間の命を暴風の如く吹き散らし、姿を晦ませているのだから。屑だと思って、次に会った時は俺に悪罵を言ってくるだろう。

 仮に怨んでいないとしても、俺に彼女と一緒にいる資格など無い。親しい者達の命を奪った者なのだから。

 そして、その命を取り戻すためなら、俺は死神にも悪魔にも背教者にも命を差し出そう。たとえ年一のフラグボスにソロで挑む事が無謀な行いだとしても、愚行だとしても、俺はケイタを、ダッカー、ササマル、テツオの四人を、蘇らせる義務がある。彼らを蘇らせるために、全てを投げ打つ責務があるのだ。

 だから、俺は全てを投げ打とう。たとえ死ぬ事になったとしても。

 俺は三十五層の迷いの森を走りながら、結論付けた。

 

「ごめんなさい、父さん、母さん、直姉…………あなた達を裏切る俺を、どうか、許さないで下さい……!」

 

 走りながら呟く。ぽたぽたと、涙が溢れて視界が滲む。

 あれほど俺自身の面倒を見てくれた、血の繋がりの無い出来損ないの俺を少しとはいえ育ててくれた家族を、俺は自分から裏切る。

 

「はは…………本当……家族の恥晒し、出来損ないの屑だ…………」

 

 乾いた笑いが漏れた。俺を受け入れてくれた最愛の家族を、俺は自分自身で裏切るのだ。これほど愚かな人間がいるだろうか……

 ……いや、いる筈が無い。いれば、そいつが俺以上の悪罵に晒されているだろうから。

 

 

 

「そいつは、ちっと違うんじゃねぇか?」

 

 

 

 ……有り得ない。唐突に耳朶を打った、胸を突いてくる男の声に、思考が空白を生んだ。

 莫迦な、何で、ここにいる…………どうして、ここが分かったんだ……?!

 

「クライン……?! なんで……どうして、ここが…………?!」

 

 声の主は、俺が第一層の街で置いて来た、心優しい初のフレンドだった。和甲冑を身に纏って左腰にレア武器のカタナを指している、バンダナを額に巻いた背の高い男だった。

 今となっては一流の少数精鋭が売りの攻略ギルド《風林火山》のギルドマスターとなって慕われている……クラインが、後ろに居た。

 

「おう……まぁ、お前はゲーム勘含めてよ、色々とスゲェって俺は思ってるからな、お前が今発見されてるモミの木の座標情報を買った……ていう情報を俺も買ったから、お前を追跡したんだよ。ウチにゃそれが得意な奴もいるからな」

 

 俺が走っていた場所の後ろの転移場所から、緋色の和装束と甲冑に身と包み、二股矛やカタナなど《風林火山》というギルド名に恥じない和装で固めたクラインとその友人五名が、こちらを見て立っていた。

 その後ろには《スリーピング・ナイツ》や《血盟騎士団》のユウキ、ラン、アスナ、ヒースクリフがいた。アルゴまでいる。

 そして…………一歩、二歩、三歩と出てきて止まった、蒼を基調とした服装に、蒼い長槍を背負った女性は…………

 

「サ……チ…………?」

「うん。久しぶり、キリト」

 

 屈託の無い笑みで言葉を返してきたサチ。

 きっと、この笑顔のまま俺に悪罵を言うのだろう。もしくは表情を憎悪と嫌悪に歪めて。きっとそうだ、そうに違いな――――

 

「キリト、一人じゃ危ないよ」

 

 ぎしっと、何かが軋んだ。予想と違い、サチは明るい笑みを消して不安げに瞳を揺らした――――まるで、《月夜の黒猫団》が存在した、あの時と同じように。下水道で互いに泣いた、あの時と同じであるかのように。

 かたかたと手が震えた。

 

「は、はは…………危な、い……? フロアボスをソロでも討伐できる実力を、俺は持ってるんだ……危ないなんて事が――――」

「力じゃないの、心の方なの」

 

 ミシィ……ッ、と、頭の中の何かが撓み、軋む音。俺の力ではなく、信じていないんじゃなくて、彼女は、目の前の、俺を怨んでも仕方が無い、むしろ普通とさえ言える女性は、俺の心を心配して……いると…………?

 

「キリト、お前、もう無理して一人でいようとすんな。見てらんねぇんだ。たった十のガキが悪ぶって大勢の人間を護ろうなんざ、何十年も早ぇっての」

「そうだよ。キリトはもう、十分過ぎるほどに頑張ったんだよ? これ以上は……」

「それに、幾ら贖罪の為とはいえ、自分の命まで散らそうとしてはダメです」

「キリト君、あなたはもう…………誰よりも、頑張ってるのよ」

「キー坊、オネーサンからもお願いダ。これ以上自分を犠牲にするのはやめてくレ」

 

 次々と言ってくる心配している言葉。俺の予想と何もかもが違う、悪罵とは正反対の言葉。ぎしぎしと頭の髄が軋みを上げ、頭蓋が砕けそうな痛みに襲われる。

 それを無視して、俺は眼前に並ぶ人を見る。誰もが俺に、悪意を向けていなかった。

 

「キリト君……君の事情は、サチ君から粗方聞いている。第一層の頃からも君と行動を共にして、君の事を多少なりとも理解しているつもりだ。だからこそ、我々の言葉に耳を傾けてくれ……一人で逝こうなどとするな。我々全員で挑み、蘇生アイテムはドロップした者の物でよかろう」

 

 ヒースクリフの、珍しく感情が完全に表に出た、純粋に不憫に思い心配する声音の台詞。

 ぎりっと、無意識の内に歯を喰いしばった。右手がゆっくりと背中の剣の柄を掴む。

 

「だからって…………これは、俺の、罪なんだ……俺一人でやらなきゃ、意味が無いんだ…………!!!」

 

 最早哀れと思っているのか、哀しげな色合いを帯びた視線を投げてくる。

 全員斬るか、と思った。斬ろうと思えば、出来なくも無いだろう。ユニークスキル《神聖剣》を習得しているヒースクリフだけは、斬るのに手間取るだろうが、しかしあの男以外なら斬るのは容易い。

 絆という情を取るか、贖罪という利己を取るか。ある種究極の葛藤を抱いて右手をぶるぶると震わせ、サチ達を睨んでいると、ふと次々と近くに転移してくるプレイヤーの気配がした。サチ達の後方を見れば、HPバーの横に純白の竜の紋章が見えた。リンドを団長とする《聖竜連合》だ。

 リンドがこちらに出てきて、俺を見て舌打ちを漏らす。

 

「チッ……何で屑が……まさか、お前も見つけたのか?」

「……………………そっちも、蘇生アイテムを狙ってるの……?」

「当然だな。という事はお前もか。まぁ、邪魔するなら殺すだけだがな、お前を殺しても罪悪感など全く無いからな」

 

 ジャキッと片手で持てる打刀を構えるリンドを見て、俺もウェイトゥザドーンを抜く――――寸前で、サチの声がそれを押し留めた。

 

「キリト、君は先に行って戦ってて」

「サチ……?」

「私ね……生まれて初めてだよ……――――ここまで頭に来てるのは……!!!」

 

 背中の蒼い槍を引っ掴み、クルクルと高速回転させてジャキンッ! と構えるサチには、以前に見た時には無い覇気があった。向けられたリンドがじりっと後退する。

 

「ふむ…………ここは我々が食い止めよう。本来ならギルドリーダーが争いごとをするのは御法度なのだが……ここには四人もいるし、なにより……リンド君。私もね、君に今、かなり頭に来ているのだよ…………キリト君の事を理解しようともしていない君に、彼の事を語る資格など、ましてや殺す資格など誰にもある筈が無い……調子に乗るのも大概にしてもらおうか!!!」

 

 ズンッ! と真紅の甲冑に白銀の十字盾と十字剣を構えるヒースクリフ。ユウキやアスナ、クライン達も、あの戦闘は避けるべく敏捷極振りのアルゴも、続けて構えた。こちらを見て、先に行けと言う。

 俺は何も言わず、彼らに背を向け、目的地であるモミの木がある場所へと転移移動した。

 

 *

 

 サチ達に追っ手を任せた俺は、一人雪が降り積もるモミの木の下に立っていた。シャンシャンシャンシャン……と鈴の音が軽やかに響き、空から巨大なサンタの服を来た醜悪にカリチュアライズされた化け物が降ってきた。

 

『グ』

「うるさい」

 

 システムに規定されていたのだろう台詞を言おうとした背教者ニコラスへと、俺はウェイトゥザドーンで斬り掛かった。お返しとばかりに、猛烈な速度で唸りを上げながら、巨大な片手斧を振りかぶられる。

 フロアボス以上の強さを持つ年一フラグボスと、フロアボス以上の強さを持つソロプレイヤーが、ぶつかった。

 死闘は、始まったばかりだった。

 

 *

 

 その戦いは、超レベル、そして装備とスキル、パラメータに振ったボーナスポイントが多大なダメージディーラーである俺をしても、一時間も時間が掛かった。しかも、自分用として用意していた全ての回復アイテムを使い切り、超性能リジェネを駆使して、危険域。HPは一割も残っていなかった。

 被弾による死を恐れずに攻撃一辺倒である俺でも、それだけ掛かった。他の普通のプレイヤーでは死者が出るのは免れなかったであろう激戦を越え、俺は生き残った。

 そして生き残り――――勝者に与えられるのは、ニコラスが持っていたズタ袋に入っている、膨大な量のアイテム。モンスターグラフィックかと思いきや、この袋の中に全アイテムが入っていたのだ。それらはボロボロと零れ出てくる。とはいえ、自力で拾うのでは無く、勝手にストレージに収まっていくのだが。

 

「ダッカー……ササマル、テツオ……ケイタ…………!」

 

 勝利時に表示されるリザルトに一瞥すら向けず、すぐさま新規入手アイテム一覧を見る。そこに、望みのアイテムがある事を信じて。

 数十、事によると百を越えるアイテム群を血眼になって繰って探していき、とうとうそれを見つけた。

 アイテム名は【還魂の聖晶石】。そのアイテムを取り出し、手に取る。

 真っ白な石に虹色を煌かせるそれを震える指でタップし、表示されたウィンドウを食い入るように見る。

 

 

 

『このアイテムのポップメニューから使用を選ぶか、あるいは保持して(蘇生:プレイヤー名)と発声する事で、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(およそ十秒間)ならば、対象プレイヤーを蘇生させる事が出来ます』

 

 

 

 その説明文がウィンドウに表示されていた。それを何度も読み返す。

 間違いはないか。本当なのか。信じたくなくて。

 およそ十秒間。

 それが、HPが全損してアバターが四散してから、ナーヴギアによって脳を焼き切るまでの、シークエンス起動にかかるラグ。猶予時間。

 だが、ケイタ達が死亡した日は今から約五ヶ月も前。条件を満たさない以上、蘇生は出来ない。過去の罪業を浄化する事は、出来ない。

 

「う、あああ……あああああぁぁぁ…………」

 

 聖晶石が手から零れ落ちた。雪に半ば埋もれたそれを、踏み砕くようにブーツで踏む。何度も何度も。何度も何度も踏みつけ、手で殴り、剣で斬りつける。

 しかし砕けない。傷すら付かない。まるで、自身の罪を思い出させるかのように。お前とは違うと言うかのように、眩しく輝くだけ。

 

「あああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 俺は限界を迎えた。心が絶望に耐え切れなかった。

 涙を流し、力の限り慟哭を上げ、地面の雪を鷲掴みにして、しまいには髪を掻き毟りながら地面を転げまわった。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

 

 力の限り、慟哭を上げた。視界が滲んで、闇が滲んで……俺の視界には、ただただ無意味に輝く白銀の宝玉だけが映っていた。

 

 *

 

 どれほどの時が経ったか分からないくらい叫び続けて、漸く一心地付く。なんとなくだが、叫びまくった事ですっきりした。身体がふわふわして気持ちいい。

 未だ雪の中で煌く蘇生アイテムを鷲掴みにして拾い、俺は剣を背中の鞘に吊り直した。ふらふらと何故か覚束無い足取りで、もと来た道を帰る。

 サチ達の所へ転移移動で戻ると聖竜連合はいなくなっていた。彼女らは、いや、サチはHPを注意域ギリギリまで減らしていた。もしかしたら半減決着デュエルで決めて、勝った事で彼らを追い返したのかもしれない。俺と違って、彼女は成長しているのだ。ユウキ達も大半が注意域ギリギリの安全域になっていた。

 はっとこちらに気付いて、すぐに顔色を変えたサチ。

 

「キリト……アイテム、は……?」

 

 返答の変わりに聖晶石と彼女の前に放った。それを拾って、説明文を読んでいる横を過ぎる。息を呑む気配を感じた。

 

「そのアイテムは、過去に死んだ人は蘇らせられない……次、サチの目の前で死んだ人に、使ってあげて…………」

 

 歩き去ろうとすると、ふと、コートの裾をサチが掴んだ。彼女は泣きながら、コートを掴んでいた。

 

「キリト……キリトは、死なないで……お願いだから、死なないで…………」

「……………………さよなら」

「っ……い、やだぁ……!」

 

 更に掴もうとしてくる手をすり抜けるようにして、俺はその場から立ち去った。

 

 *

 

 そこからはもう、どうやって帰ったのか俺自身も分からなかった。気付けば四十九層のボス部屋でボスを倒して、五十層のアルゲードという街の転移門をアクティベートしていた。

 深夜だからか、アクティベートをして数分経過しても、転移門からは誰も出て来なかった。クリスマスイベントを取り逃したから、そして今の時間が午前三時、もう遅い時間だから、きっと夜の街に出ていたプレイヤー達も宿に戻ったのだろう。

 第二クォーターポイント。第一ポイントではアインクラッド解放軍に多大な犠牲が出た…………なら、次も俺一人で……それでも生き残れば、また…………それこそが、俺の死に場所に、相応しいだろう…………

 そう思って、俺は五十層迷宮区へ行こうとした。

 

「待って、キリト」

 

 しかし、行けなかった。後ろから、誰かに抱きとめられていた。俺の首に回された、蒼い袖の服は…………

 

「莫迦キリト…………何で、ボスを倒しちゃってるの……」

「サチ…………さよならって、言ったよ……」

 

 どうしてと聞くと、彼女は俺に乗せている頭を左右に振った。

 

「私は、言ってない…………それに私、まだキリトとしたい事があるの…………聞いてくれるよね……?」

「……………………何?」

「ちょっと来て……」

 

 彼女は強引に手を取り、転移門で手を繋いで第十九層ミーシェン……未だサチ名義で《月夜の黒猫団》のホームが残っている階層へ飛んだ。予想違わず、彼女は俺をそのホームへと誘った。

 ホームの中は、ケイタが自殺した日のあの殺風景な様子を一変させ、クリスマスデコレーションされていた。キラキラと輝くクリスマスツリーに、あらかじめ作っていたらしい、サチが持ってきた大きなイチゴホールケーキ。更にはシャンパンまで、各種クリスマスの定番と言えると直姉から教えられた代物が揃っていた。

 

「本当はさ、零時にキリトとお祝いしたかったの」

「…………」

「でもキリト、全然会ってくれないから……こうして、無理矢理連れて来ました。文句は受け付けません」

「……何で……」

 

 少しだけ悲しげに、けれどどこか嬉しげに微笑みを浮かべながら話すサチが、俺には分からなかった。どうして俺に対して笑っていられるのか、分からなかった。

 

「ん?」

「何で……サチは、俺を怨んでないの……? さっきもそう…………あの時だって…………何で…………」

 

 ホールケーキやシャンパンの準備を、雪によって乱反射された少し暗い明るさの中、楽しそうに用意しているサチに問いかけた。何で、俺を怨まないのか、と。

 俺は、サチの仲間を、高校の友達を死なせるきっかけになったのに……俺を怨んで殺そうとしても、悪罵を投げても当然のはずなのに、どうして…………

 そう言外に問えば、準備を進めていたサチは手を止めて、こちらを見た。そして少しずつ近寄って来て……膝を折って、目線の高さを合わせて来た。深く昏い蒼を帯びた瞳が、ただまっすぐに俺を見て来る。

 その瞳に、怒りや憎しみは見えなかった。ただ優しい光だけが映っていた。

 

「…………ね、キリト。君は、『赤鼻のトナカイ』っていう唄、知ってる?」

「…………? 何、それ?」

 

 幼い頃から虐げられてきたから、俺はそんな歌を聴いたことが無い。サチは淡い笑みを浮かべた。

 

「本当はクリスマスだから、もっとちゃんとした曲を歌いたいんだ。ほら、ジングルベルとか…………でも歌詞覚えてるのって、これくらいしか無いんだよ」

「……それと、俺を怨まない事に、どう関係が……?」

「知らないなら分からないのも無理ないね…………今から歌うから、聞いてて…………」

 

 サチは月明かりと雪による反射の光が窓から入ってくる中、目を閉じ、手を胸の前で組んで歌い始めた。

 その歌はとても軽いテンポで、けれど悲しい歌詞だった。たった鼻の色が違うだけで笑われてしまって、仲間外れな印象がとても嫌で……けれどサンタのおじさんが誉めただけ救われる歌詞が、俺の心を揺さぶった。

 見てくれた人がいた。その事実は、過去の織斑一夏だった俺には無かった。いや、今の家族は見てくれたけど……でもやっぱり、前の家族にも見られて、そして誉められたかったという想いが、今更ながらに心を揺さぶった。

 その歌を聞いて、この世界の俺を見てくれた人達の顔が浮かんで……塗りつぶすように、ケイタの顔が浮かんで、俺の胸を締め付けた。俺には誉められるだけの事があるとはどうしても思えなかった。自然、許されもしないだろうと。

 サチの歌は、悲しげで、俺を恨まないことと関係しているとは考えられないものだった。俺は憎悪の対象で、ビーターなのだから、恨まれこそすれ恨まれないなどという事なんて、ある筈がないのだ。それが、俺が原因で死なせてしまった人達の仲間であるサチなら、尚更に。

 サチはそんな俺の思考を知る由もなく、軽やかに歌い終え、それから俺を優しい光を讃えた瞳で見てきた。

 

「…………私にとってはね、君は、暗い道の向こうでいつも私を照らしてくれた、星みたいな存在なの。一緒にいられて、本当に楽しい……今の私がいるのも、あなたのお陰なの…………だからね、私があなたを怨むなんて事は、絶対に無い……キリト…………もう、自分を、許してあげて……」

「え……?」

「今の君は……何もかもを、一人で背負いすぎだよ……お願いだから、皆で背負わせて…………」

 

 サチは、美しく煌く笑みを浮かべながら、俺を抱き締めて来た。

 

「サチ……?! や、やめて……離して……!」

 

 俺はすぐに離れるよう言ってもがいたが、まるで離さないとでも言うように強く、けれど母のように優しく、サチは抱擁をやめなかった。

 ステータスでは俺の方が勝っている筈なのに……どうして離せないのか、分からなかった。

 

「キリト……君がそこまで自分を責めているのが、もしも私達のギルドが原因なら…………生き残りである私から、言う事が二つ、あるんだ……」

「…………何?」

「一つはね……ここまで導いてくれて、ありがとう…………もう一つがね…………怨んでないから……だから…………もう、自分を許してあげて」

「…………!」

 

 言われた言葉に、目を見開いて彼女の黒い瞳を見た。涙を湛えているその瞳は、ただ優しく見つめて来ていた。

 俺を拾ってくれた母さんや直姉と同じ、暖かな光が見えた。

 

「もう、十分だから……あなたの気持ちは、もう、十分、だから…………! だから…………もうキリトは、自分を、許して良いんだよ……!」

 

 更に体を抱き締めてくる力が、少し強くなった。ぎゅぅ……っと、更に強く、俺の罪を受け止めてくれるかのように。

 

「…………良い、の……? おれ……おれは…………自分を…………?」

「うん……うん……良いんだよ、もう……キリトはもう、十分頑張ったから…………」

 

 さらりと頭を撫でられた。

 それが母のようで、懐かしくなって、だんだんと偽ってきた仮面が取れていく。ぼろぼろと崩れ落ちていって、次々と溢れる俺の本心。

 

「サチ……サチ……! ごめんなさい……! ごめんなさい……ごめん、なさ、い…………!」

 

 一年以上貼り付けてきた虚飾の仮面を剥いで、全てを曝け出した。サチはそれを、暖かい満月のような笑みで、受け止めてくれた。

 

 

 

 今年のクリスマスは蒼い満月の下に、一つの赦しを贈られた。

 

 

 

 たった一つの小さな、けれど、とても大きな赦し、何にも代えがたい贈り物だった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 実はこの話、書いていた頃も今も書いた本人が涙を浮かべてしまうものです。SAOを手に取った頃も、原作二巻の最後に収録されているこの話に、涙を浮かべてしまったものです……

 思えば、《赤鼻のトナカイ》を読んだ時に、SAOの虜になったのかも知れません。悲しいお話を好む私にドストライクでした。

 原作を読んだ事がある方で同じ感想を抱いた方が、私の今話を読んで同じ事を思って下さっていれば、それは私なりに再現出来ている事なので、嬉しい限りです。

 原作でほぼ出番が無かったサチとの絡みは、何も考えずに書いていた中でも出てきました。彼女しか救われていませんが……

 今回のこれを機に、キリトは少しずつ変わっていく予定です。当初からの成長を頑張って伝わるよう描写していこうと思いますので、どうかこれからも本作をよろしくお願い致します。

 では、次話にてお会いしましょう。

追記:えー、《赤鼻のトナカイ》の歌詞はまずかったので、申し訳ありませんがキリトの心情に差し替えさせていただきました。誠に申し訳ありません。


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第六章 ~蒼竜の少女~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 サブタイトルから分かる通りあのキャラの登場……ですが、原作と内容を変えております。

 また今回で幼い筈のキリトが大人顔負けに冷静なのかの理由が、若干明かされます。

 ではどうぞ。オールキリト視点です。




 

 

 クリスマスをサチと共に過ごした後、俺は多大な迷惑を掛けてきたエギル、クラインと五人、ユウキとラン、アスナ、ヒースクリフ、ディアベル、アルゴ、そしてサチの合計十四人に謝罪をしに行った。何も見ていなかった、迷惑を掛けてきてごめんなさい、と。

 最初、あわや自殺のためかと心配された。流石にそれはサチも一緒に否定してくれたが。

 何故サチもいたかと言うと、俺一人ではヒースクリフとディアベルの二人に会う前に門前払いされてしまうため、彼女に二人へ謝罪する場をわざわざセッティングしてもらったのだ。彼女は快く引き受けてくれたが、やはり迷惑を掛けてしまったと思うと申し訳ないと思う。

 ヒースクリフとディアベルも、俺が謝罪した時は口をポカンと開けて唖然として固まった。直後に同じように誤解もされたが。流石に死ぬ気は無いと言って、謝罪をした十四人とサチだけには俺のリアルも多少話した。そうでなければデスゲームより一年と少しの俺の行動を理解してもらえないだろうと思ったから。

 第二回モンド・グロッソで兄が俺を嗤いながら見捨てて逃げ、そして姉は兄しか救わなかった点について十四人全員が憤慨していた。更に俺が研究所へ連れ去られて筆舌に尽くしがたい実験をされた事も話した。体内にISコアを埋め込まれている事も極秘と言って話している。精神や思考の成熟はコアネットワークが関係しているからだ。

 そして八月中旬に行われたモンド・グロッソより三ヶ月経った2021年11月7日に別の家族に拾われ、今に至ると。新たな名を得た自分の誕生日はその日、つまりデスゲーム開始と同日になっている。あまりにも出来すぎた偶然だと見解が一致したが、とにかく俺の話はそこで終わった。

 全てを話し終えてから、これからどうするのかと聞かれた。

 今の《キリト》は織斑一夏の噂や悪評を利用しているため、織斑一夏としての動きが主体となっている。新たな名として生きている今、それは変えなくて良いのかと。

 俺は結局は変えずに行くと決めた。この世界をクリアした後、俺は《キリト》という剣士が築いた全てを捨てる、と。この世界は仮想世界、現実ではあるが本物じゃないから、この世界を生きる俺の全てを虚飾にする、と。そうすれば現実に戻ったとしても意識が引き摺られる事は無いと。

 

「でもキリト君、この世界は現実と同じ顔なんだよ? もしも都心に行ったりしたら…………」

「今のアバターは九歳の俺を元にしてるから、流石に大人になった時は多少は変わると思うよ」

 

 逆に変わってなかったら俺悲しい。

 

「……しかしキリト君。君は体内にISのコアがあって、IS適正があるのだろう? 発覚すれば無理矢理にでもIS学園とやらに入学となるか、また人体実験させられるのではないのではないかね?」

「…………まぁ、束博士には見つかっちゃってるけど、あの人も俺の意志は尊重してくれるらしいから、下手に見つからないか、誰か男性が動かしちゃった時に男性一斉に適性検査さえしなければ大丈夫じゃないかな」

 

 まぁ、俺がコアを埋め込んで適正があったんだから兄も適正はあるだろうし、無駄な願いだろうが。

 それに最悪、束博士と一緒に雲隠れという選択肢もあるにはある。今の家族や友人に迷惑を掛ける事になるし、今の母さんや父さん、直姉と離れ離れに何てなりたくないけど。

 

「そっか…………うん、まぁ、キリト。これからは一人で無理に背負ったりしないでね」

「本当ですよ? 私達もかなり心配してたんですから。というか、四十九層をフラグボス討伐の足でそのまま倒すって、どんだけですか」

「本当だね。キリト君、これからはそんな無茶はやめてくれ。俺達も相当冷や冷やしてたから…………良いかい?」

「うん…………皆、本当にごめんなさい」

 

 かなり省いているが、概ねこんな感じだった。

 それからどこかギルドに入らないかとか、サチと一緒に行動しないかと聞かれたが、それは全てソロで行くと返答した。

 確かに俺はまだ十歳の子供だけど、それでも今までソロを貫いてきた攻略組きっての片手剣使いと自負している。攻略組でないプレイヤーからすれば、いくら俺が憎悪の対象だとしても多少の希望になり得る。だからそのためにソロで行くと言ったのだ。

 それに俺は攻略組の中でもリンドとキバオウを筆頭に、それなりの大人数に憎悪と嫌悪を向けられている。俺が所属した、あるいはパーティーを組んだプレイヤーは必ず悪意の対象にされるだろうから、俺は一緒に行こうという全ての申し出を拒否した。

 血盟騎士団、スリーピング・ナイツ、風林火山は攻略組きってのギルドだし、ディアベル率いるアインクラッド解放軍も現在こそ最前線から身を引いているが、キバオウ筆頭の反キリト派の巣窟だ。下層・中層プレイヤーの支えとなっている組織に俺が属すると、十中八九内部崩壊を起こしてしまうだろうから、入れない。

 他のギルドもそうだから、俺はソロでいくと決めたのだ。元々ビーターという憎悪の対象として振舞う必要がある以上、誰かと一緒にいるだけで行動が制限される。最悪人質に取られて自殺を迫られるかもしれない。

 俺は確かに人に頼らなければ自分を保てないだろうが、それのせいで誰かを犠牲にするのは御免被りたいのだ。だから表面上は、俺は今までと変わらない態度を取って生きるつもりだ。無論、アルゴに情報は渡し続けるし、ソロでいくのも変わらない。

 そう伝えた時の皆の表情が、複雑な感情を持っているのを察せられるくらいに微妙なものになっていた。しかし俺の言う可能性が残念ながらゼロでない以上、そうしなければならなかった。

 だから俺はソロで基本的に動くようにするのは何時も通りなのだが、フレンドメールは時折するよう約束された。驚いた事にヒースクリフも、俺とフレンド登録をしたがっていた。

 俺はその場にいた十五人全員のフレンドリストに名を連ねて解散した。

 それから一ヵ月と少し。未だ木枯しが吹く季節の末に、俺は一人のビーストテイマーと邂逅する事になった。

 

 *

 

 とある日、俺はアルゴから三十五層に来てくれというメールを受け取った。頼み事が有るらしく、指定された宿【風見鶏亭】の一室に入って、アルゴと依頼人から話を聞いていた。

 

「なるほど…………つまり、アルゴの隣にいる……えっと、シリカさん? の使い魔の蘇生方法を知らないか、と……」

「うン。オレっちには心当たりがさっぱりなんダ。だからキー坊になら分かるんじゃないかと思って、こうして訊きに来たってわけなんだヨ。何か無いかイ?」

 

 そう言って隣に座る、俺よりは体が大きい茶髪ツインテールの少女シリカをアルゴは慰める。

 シリカは昨日の夕方五時過ぎに、ある野良パーティーで三十五層迷いの森(よくよく縁があるな……)で狩りをしていた。

 シリカと赤髪十文字槍使いのロザリアという女性と、男性四人のグループだったらしい。それで報酬を山分けしようとした時、ロザリアがシリカを挑発したらしい。「あんたにはトカゲのヒールがあるから、別に要らないでしょ」と。

 ロザリアの指した『トカゲ』とは、第七層のみで超々低確率でテイムできる小型モンスター《フェザーリドラ》のことだ。蒼い和毛に包まれた小さな体を蒼い羽毛で飛ばせる小型ドラゴンで、使用スキルにヒールブレスや支援のバブルブレスなどがある。小範囲ながらも索敵能力もあるため、相棒にはもってこいな種族だ。

 しかし、そもそも会える確率が超々低確率な上に、テイムイベント発生確率は更に低い。加えて同種――この場合はフェザーリドラ――を殺しすぎているとテイムイベント自体が発生しないのは確実と言われているため、事実上アインクラッドでフェザーリドラをテイム出来たのは二人だけ。

 一人は目の前で泣く短剣使いのシリカ。そしてもう一人が――――

 

「キー坊もフェザーリドラをテイムしてるから、何か関連した事を知らないかなと思ったんだケド……」

 

 そう、もう一人は俺なのだ。

 というのも先日、サチにメールで『革防具作成に必要な素材が無いんだけど、どこに有るか分からない?』と訊かれて、それが七層で稀に手に入るものだと知っていた俺は、ギルドの方で攻略に行くらしいサチの代わりに取りに行った。俺はその日は休もうと(皆に謝罪してから精神的な余裕が出来たから)考えていたし、下層ならまだ楽だ。気分転換も兼ねて行った。

 そして素材を丁度集め終わってさあ帰ろうという時に、偶々蒼い和毛の体毛を持つドラゴン《フェザーリドラ》と対面した。誰かがテイムしたとは知っていたが初めて見るので可愛いと思い、ついつい近寄った。すると攻撃的なカーソルなのにも関わらず、フェザーリドラは俺に擦り寄ってきたのだ。

 可愛いなと思いながら適当に練習も兼ねて息抜き用で作っていたクッキーを与えると、図らずもテイムが成功したという訳だ。流石にボス攻略には連れていっても後方で待機するアルゴに預け、HPがヤバいプレイヤーにヒールブレスを頼んでいるが。それでも偶に従わずにヒールを使わないこともある。大体俺に敵愾心を向けるプレイヤーに多いようだった。

 アルゴリズムから離れているがとても可愛らしいと思った俺は、結構そのフェザーリドラを可愛がって抱いている事が多い。その柔らかく小さい体から得られる癒しは、俺のささくれ立った心を癒すには十分だ。

 そして、それが喪われた――――使い魔を死なせてしまった時の事を考えると、確かに恐ろしい。それが分かるからこそ、アルゴは俺に蘇生手段は無いかと聞いてきたのだろう。一時期蘇生アイテムを取得するためにあらゆるクエストを受け、街へ赴き、情報収集を続けながらレベリングをしていたから、もしかしたらアルゴが知らなくても俺が知ってるかもと思ったのだろう。

 俺は俺のフェザーリドラ――名前は《ナン》だ――を抱いて泣いているシリカを見ながら、何かあったかと記憶を探っていた。

 

「…………どうでしょうか……?」

「……蘇生、蘇生……使い魔……………………シリカさん。そのピナが亡くなった時、シリカさんに何かを遺した?」

「ピナの心、という羽が一つ……」

 

 そう言ってストレージから、一本の蒼く煌く羽を出してもらった。彼女に断りながら、その羽の説明文を出す。

 説明文をざっと要約すると、これは使い魔が死亡してから三日が経つと形見になってしまうらしい。

 つまり、蘇生猶予は今日入れてあと二日。情報の洗い出しや収集をするには足らなさ過ぎる。

 

「それで、何か分かったかナ」

「…………アルゴ、最前線って何層だっけ」

「ン? 五十三層だナ」

「推測するに、多分蘇生アイテムは四十層以上にしか無い筈。使い魔は場合によっては凄まじいアドバンテージになり得る、下層には無いと思う」

 

 事実、フェザーリドラだけでもHPを一割だけだが回復するヒールブレスなんて代物があるのだ、下層域には無いだろう。

 中層も怪しいところだ。使い魔は主人となるプレイヤーのステータスを持つが、HPは主人の半分しかない。最前線でも五十層以降から難易度が上がっているので、使い魔を持つプレイヤーは五十層で打ち止めとなる可能性が高い。つまり、その辺で死にやすいのだ。

 茅場晶彦がSAOを最初からデスゲームにする気で作ったのなら、必ず五十層手前に蘇生アイテムがあるだろうと思っている。

 

「という事は、キー坊は五十層前後あたりにあると考えるわけだネ?」

「うん…………しかも恐らく、攻略組が行っていないだろう場所。そして迷宮区側ではなく別の道で、かつそこまで見返りが無い場所。そしてそれにも拘らず妙にリポップ速度が速かったり敵が妙な技を使ったり、搦め手で厄介な場所だと思う。あと、SAOは最低限のMMOの定石は外さないから、多分そういったダンジョンの名前にも符牒があると思う。心ってあるから、それに類する何かじゃないかな」

「なるほどネ……わかっタ。そっち方面でマップを洗いざらい見ていってみるヨ」

 

 アインクラッドの中でも迷宮区塔は危険な為、攻略組が必ず率先して通る激戦区には無いだろうと思われる。もしも激戦区にあったら、下層域のプレイヤーにはどうする事も出来ない。だからわざわざ搦め手や、一体一体は弱いのにリポップ速度で補うようにする。そして蘇生アイテムがあると印象付けるようなマップ名を付ける筈なのだ。SAOは異常なデスゲームだが、MMOとしてもRPGとしても、ゲームとして定石は外さない。

 アルゴが明日の朝来ると言い残して部屋を去り、部屋には俺とシリカ、そして俺の使い魔のナンがいるだけとなった。ナンは涙を浮かべるシリカに撫でられながら抱かれ、時折滴る涙を舐め取っている。嫌がっているわけではないらしいので、俺も特に止めはしない。

 

「……あの……」

「ん?」

 

 最近頭の痛い記事が多いな……と思いながら情報屋発行の羊皮紙数枚分の新聞を読んでいると、向かいから恐る恐る声を掛けられた。ストレージから出して振舞った飲み物が入っていたコップをテーブルに置いて、羊皮紙から顔を上げる。

 シリカはこちらに訝しげな顔を向けていた。俺何か妙なことしたっけと思っていると、シリカは恐る恐る口を開いた。

 

「キリト君が……十歳の子供って、本当……?」

「うん、そうだけど」

「どうして、最前線で戦うの……? 中層でも良いんじゃ……?」

 

 幼いなら怖がって当然、無理に戦わなくても良いのではと言外に言ってくるシリカの問いに、俺は新聞を置いて腕を組んで悩んだ。

 正直この手の質問は多く受けているが、返すのには結構困るのだ。

 

「色々と理由があるけど…………強いて言うなら、俺が戦いたいから」

「戦いたいから? どうして?」

「シリカさんは、俺が織斑一夏っていうのは知ってる?」

「新聞で読んだ」

「なら、俺がどういう扱いを現実で受け、そしてこの世界で受けてるかを知ってるって思って良い?」

 

 顔をくしゃっと歪めながら、こくりと頷いた。

 

「そうだね、何から話そうかな…………織斑千冬はブリュンヒルデとして讃えられて、織斑秋十は神童と讃えられた。でも俺は、どれだけ努力しても褒められなかったんだ。姉ならもっとできる、お兄さんならもっと良いのに、織斑の子供なのにこんな事もできないの…………いつも、いつも家族と、家族からも他人からも、同い年の人から教師、小さな子供にも較べられてた。何をしても下に見られ、仮に上になってもマグレで済まされる。どれだけ努力しても、現実では敵わないんだ、あの二人に」

「……………………」

「けど……ゲームは、この世界は違う。皆多少スタイルや武器が違えど、必ずレベル1からスタートするし、スキルも同じ。プレイヤー自身の要素を除けば、皆平等なんだ。戦えば戦う分だけ強くなるし、人と接すれば得られるものも有る。ここは現実世界とは違う、もう一つの現実世界なんだ。努力すればした分だけ報われるし、評価もされる。だってこの世界は、0と1の二進法で作られたデータ世界。あらゆる結果は全てデータで出されて、そこにマグレだとかが入り込む余地なんて無い。ドロップ確率とかクリティカル率とか、そういうのも全て行動の結果であって、努力の偶然にはなり得ない。この世界に偶然は無いし、マグレも無い」

 

 シリカは俺の言葉を真剣に聞いてくれていた。ナンを撫でる手も止まっていた。

 俺は、不謹慎な話だけど、と続ける。

 

「俺はさ、こんな異常なデスゲームで沢山人が死んでても、それでもこの世界が好きなんだ…………この世界なら、俺は俺でいられる。現実世界で否定され続けた織斑一夏であれて、そして織斑一夏として死ねる。だって皆、この世界では現実とは違う面を自分で持って、過ごしてるんだから。この世界に、俺を虐げるISは無いから、俺は俺らしくあれるんだ。だから俺は、この世界で自分らしく生きたい。剣を持って戦いたいから、俺は最前線に居続けるんだ。この剣で、この世界を生き抜いて、この世界を終わらせて、織斑一夏としての生に終止符を打って、現実世界へと帰りたいんだ」

 

 今腕に抱えている五十層LAボーナスである漆黒の片手剣エリュシデータ……解明者、という意味を持つそれを、ぎゅっと強く抱きしめる。俺の身長とほぼ同じ長さがある黒の剣は、俺に温かみを与えてくれる相棒だ。

 この剣は、第一層のボス戦途中から使い出したアニールブレード+8をインゴットに戻し、それを剣に鍛え直すという【継承】と名付けた事をしてきて作成された剣ウェイトゥザドーンを、エリュシデータの融合強化に使用して強化された剣だ。自分の魂を映した半身である剣を捨てられなかった俺は、数パーセントしか成功確率が無い融合強化を、失敗すればどちらも喪う危険性を理解しながらとある鍛冶屋に頼み込んだ。

 エリュシデータは外見上でこそウェイトゥザドーンの面影は無いが、しかし剣身から伝えてくれる温かみは引き継いでくれていた。俺を励まし、吹雪吹き荒ぶ雪原で凍える俺を温めてくれるかのような熱を伝えてくれる。ずっとずっと長い間、俺の相棒として支えてくれたのだ、とても心強かった。

 だから融合強化が成功したのも、ある意味で運命的に定められた必然か、そうでなければウェイトゥザドーンとエリュシデータが俺を認めてくれたのではないかと思っている。

 その剣を抱いて、シリカに伝える言葉を締める。

 

「俺は、この世界にまで負けたくない。現実世界の織斑一夏は、死んだから。だから、この世界の織斑一夏は、絶対に負けたくない。だからこそ、負けないために戦うんだ。誰に何と言われようと、屑だとか出来損ないだとか悪罵を投げられ殺されかかっても、俺は絶対に負けたくないから戦うんだ」

 

 きっぱりと言い切ると、シリカは暫く目を見開いたまま固まり、くしゃっと表情を歪めて涙を流し始めた。そして唐突に、俺へ頭を下げる。

 

「ごめんなさい…………あたし、今まで織斑一夏っていう人の事を、見下してたんです…………ごめんなさい……」

「…………謝られても困るかな……それで赦すって言っても、どの道この世界から抜けたら『織斑一夏としての《キリト》』は消えるし…………現実の方では既に織斑一夏なんて人間はいないし、謝られても、はいそうですか、って赦せる訳じゃないんだ。それはシリカさんだけじゃなくて、今まで俺の事を知っても何をするわけでもなかった傍観者も、勿論それを覆せなかった俺も同罪だ……………………だから代わりに、シリカさん、一つお願いがあるんだ」

「…………何?」

「俺の、友達の一人になってくれないかな。織斑一夏としてのキリトの、そして……織斑一夏じゃなくなった未来のキリトの、友達に」

 

 言外に、リアルでも友達になろうと言った。

 シリカはまた目を見開いていたが、即座に頷いてくれた。それに俺も頷き、シリカが飲み干していたコップを引き寄せ、新しくストレージから飲み物を出す。ぶどう酒のような芳醇な香りがする飲み物だ。

 シリカが普通の飲み物ではないと分かって首を傾げたので、俺はこれの説明をする。

 

「【ファンタズゴマリア】…………背教者ニコラスから手に入った数百のアイテムの内の一品だよ」

「…………確か、幻想世界、ていう意味だっけ」

「うん。これを飲むと、筋力値と敏捷値のポイントが十加算されて、セットしてるスキルも十上がるんだ。ステータスも十上がるしね」

「ええ?! そんなレアすぎるの、あたしに……」

「良いんだ。友達になろうって思った人と飲んでるからさ…………それにこれ、実は一人じゃ飲めない設定のアイテムなんだ。ストレージもかなり圧迫するから、どうせなら楽しもうと思って遠慮なく飲むようにしてるんだよね…………」

 

 ほんと、これの容量マジで大きいんだ……だってエリュシデータ二本分だ。ステータスが高い装備は得てして容量も大きくなるし、魔剣ともなると一線を画す。それが二本分だから、相当ストレージが圧迫されていて正直困る。まずレベル120超えをしている俺でなければ、まず最前線に居続けられないであろうくらいだ。これに更にまだまだ沢山のアイテムを持っているのだから、本当ギリギリだったりする。レベルアップボーナスポイントは専らストレージ拡張目的で筋力値に回している。最近は余裕が出てきたので敏捷値にも振っているが。

 まぁ、一週間のインターバルを置かないとステータス等の上昇効果は無いんだけど…………それにこれ、実は飲める限界量が決まってない、つまり無限回飲めるというわけだ。宴会には持ってこいな代物で、ニコラスは中々アジな物を残したものだと思う。超レアだけどストレージを凄まじく圧迫するから、手が引っ込んじゃう代物なのだ。茅場晶彦は効果対代償を凄まじい天秤に掛けたな。

 ちなみにシリカに言った『一人じゃ飲めない』というのは、誰かと一緒じゃないと効果が無い代物だからである。まぁ一人でこんなモン使って強くなって犯罪に走られたら目も当てられないからなぁ…………一昔前の俺なら迷い無く捨てるか売るかしていたが、今は割と夜になると頻繁に知り合いに会っているので、俺が持っている。他の皆では持てるほどストレージに余裕が無いからだ。ちなみに一人でも飲めはする、効果が無いだけで。

 ファンタズゴマリアが並々注がれたガラスコップを持って、お互いにカーテン、と音を鳴らす。声は上げず、笑い合いながらそれを飲み――――

 

「ッ?! ~~~~~~ッ?!」

 

 飲んだ瞬間にシリカがくわっと目を見開き、一気に飲み干した。これ、初めて飲む人が必ずといって良いほどにする行為。

 なぜならこれ、メチャクチャ味が最高だから。

 とりあえずステータス上昇効果が出るのは最初の一杯だけだが、それでも何度も飲めはするのでシリカは自棄酒を呷るかのように何杯も御代わりしてコップを空け、いつの間にか眠りこけた。シリカを部屋のベッドに寝かせ、ナンも一緒に抱かれたまま眠ってもらう。というかナン、シリカが飲み続けている間も膝の上で寝てたんかい。

 

「…………それで、情報は集まった?」

 

 俺は静かに開け放った窓から入ってきて、俺とシリカのやり取りをずっと見ていたアルゴに声を投げた。窓の近くの壁にもたれていたアルゴが、すーっとハイドを消して姿を現す。表情は苦笑。

 

「……あのさキー坊。一年前から思ってたんだけどサ。キー坊って実は超人並にポテンシャル高いんじゃないのカ? 何で《隠蔽》スキル使ってるのにすぐわかるんダ?」

「違和感」

 

 だって窓から入ってくるときの月光が歪んでたし。

 

「……………………まぁいいカ。とりあえず報告すると、四十七層フローリアの南に、【思い出の丘】っていうとこがある、そこが怪しいと思うヨ。あそこは観光地で有名で、攻略組もたった三日で攻略して進んじゃったからネ。まだまだ未探索地域の所が多いシ…………そのフィールド型ダンジョン、キー坊が言ってた怪しいポイントを完全に網羅してるんダ。ほぼ当たりと見て良いだろうネ。そこで手に入るアイテムも競売に掛けられてるヨ」

「プネウマの花、か…………」

 

 話には聞いていた。使い魔が死んでから三日以内に思い出の丘の最奥に行けば、花が咲いて心に雫を垂らすことで蘇生が出来る、と。事実聖晶石についてやモミの木の情報を洗い出している途中で、蘇生関連で知った。先ほど聞かれたときにも真っ先に思い浮かんでいた。

 

「知っててオレっちを働かせたのかイ?」

「正直、眉唾物だと思った。使い魔とはいえ、この世界で死んだ存在が生き返るのは有り得ないって思った。【還魂の聖晶石】の時のように…………自信が無かった。それを取りに行ってもしも間違っていれば、シリカさんの心は壊れてた筈だ…………俺には立ち直れる過去と、そして支えてくれる人がまだいた。けど、シリカさんはいなくなった《ピナ》が支えなんだ…………俺も、サチまでも死なせていたら、どうなっていたことか…………」

 

 今こうしてアルゴやシリカと一緒にいるような、織斑一夏としてのキリトを保てているかは定かではない。

 サチは言っていた。もしも私が死んだ時のために、まだキリトと共有してるストレージにメッセージ録音クリスタルを入れていたと。赤鼻のトナカイの唄や、俺と一緒にいてどう思ったかのクリスタルは、今でも共通ストレージの中にある。時折、それを俺は聞いていた。

 サチが今でなく過去の人になっていたら、俺はどう思ってそれを聞いたか。聞いて、それからどう行動したのか…………剣を捨てる、自殺する、戦い続ける……この選択肢の中では、伝えられていた内容からやはり戦い続けていただろう。それでも、今ほど落ち着いてはいないだろうけれど。

 シリカが眠るベッドに腰掛け、シリカの頭を撫でる。寝ぼけているのか、「うにゅ……」と安らかな寝顔だ。ピナではないが同じ種族のナンを抱いているから、変わらない寝心地に落ち着いているのだろう。

 シリカの頭を撫でていると、いつの間にか近くに来ていたアルゴが頭を撫でてきた。ぎしっとベッドを軋ませながら隣に座り、俺を見てくる。

 

「キー坊……大丈夫かイ?」

「…………正直、まだ引き摺ってるかな……サチの仲間の命を、俺は奪ってしまったんだから…………けど、俺は生きるよ。この世界で俺を案じてくれる人もいるし、向こうの世界には家族がいるんだ……死んでなんてやれないよ。この世界に、負けてなんか……」

「…………大丈夫かイ?」

 

 再びの同じ問い。俺は小さく頷くに留めた。

 

「…………そっカ。なら、オネーサンはこれ以上聞かないヨ……――――話は変わるケド。それで、どうするんだイ?」

「シリカの依頼も引き受けた上に丁度良いタイミングでぶつかったからね……受けるよ。ただ嫌な予感がするから…………アルゴ、また頼まれてくれないかな」

「オネーサンは高いよ?」

「人の命のためなら、何だって幾らでも払うよ」

 

 にやっと鼠の顔で微笑んだ商売人兼依頼人に、俺も受領者兼依頼人として不敵な笑みを浮かべた。彼女は俺の頼みを快く引き受けてくれた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 過去に人体実験を受け、生体兵器化されかけた和人は体内にISコアを埋め込まれています。ISコアネットワークを利用して、あらゆる情報の収集や知識の取得を行っていたので、ある程度の冷静さを持っていた訳です。

 でも所詮知識なので、経験には劣ってしまい、《赤鼻のトナカイ》の歌を知りませんでした。こういう所で子供らしさを出せていけたらなと思います。

 そしてSAO内でのキリトの決意の表明、戦う理由が明かされました……今後も温かく見守って頂ければ幸いです。

 では、次話にてお会いしましょう。


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第七章 ~ともだち~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話でシリカ編終了です。戦闘シーンなんてほぼ無く、会話ばかりが目立ちます。私の力量不足です。

 ちなみに、オールシリカ視点で回想が入っております。


 ではどうぞ。



 

 

 いつの間にか眠ってしまった翌日、ベッドで起きると、すぐ近くでキリト君が寝ていた。彼は寝台にもたれて床に座って、真っ黒な剣を抱いたまま寝ていた。この部屋は元からあたし名義でお金を払って借りていたけど、多分あたしが寝ているベッドで寝るのを遠慮して床で寝たのだと思う。他の部屋はあたしがここを取ったのを最後に埋まっていたようだし、拠点としている宿に帰るのが面倒だったのかもしれない。

 起き上がろうとすると、ふと、腕の中に柔らかい感触が有るのに気が付いた。

 顔を下に向けると、フェザーリドラが赤い瞳でこちらを見ていた。

 

「ピナ……っ?!」

「きゅ?! きゅるる!」

 

 びっくりしたように体を身じろぎした後、否定するように首を振った。

 それで思い出した。ピナはあたしをモンスターの一撃から庇って死んじゃったんだったと…………もう諦めた方が、良いのかな…………

 そんな風に思いながらごめんねとナンに謝って、あたしはベッドから降りた。すぐそこで寝ているキリト君の前に中腰で顔を覗き込む。

 九歳の身長を再現しているから、彼はかなり小柄なあたしよりも小さい。黒いコートと上下黒のシャツとズボン、鋲付きブーツに指貫手袋…………何で寝ている間もずっとこの装備なのか気になる。

 すぅすぅと穏やかな寝息を立てている彼は年相応の寝顔で、長い黒髪がとても男の子には見えない。容姿だけ見たらきっと女の子…………

 

(そういえばキリト君、起きてる間は割と目つき悪かったっけ……)

 

 昨日話している間の彼は、無意識だろうけどかなり怖い目つきだった。表情も苦しげで、けれど彼がそれに気付いた様子は無かったように思える。それほど無自覚になるまでに酷い扱いを受けてきたのだと分かって、昨日彼に謝罪した。

 彼に関する悪い噂や評判は、実は下層・中層でもかなり回っている。いや、それを流す為の情報屋があるのだから、むしろ上層より遥かに彼に対する悪感情はあるだろう。『織斑の恥キリト、誅すべし』などと大々的に銘打たれた新聞が、アインクラッドの中でもかなりの発行部数を誇っていると、一昨日のパーティーでも聞いた。かなり詳しく書かれているらしく、それを発行しているのはアルゴさんだった。

 情報屋、鼠のアルゴ。アインクラッドの中でも随一の情報屋で、手がけている新聞はアインクラッド情報誌から攻略本、果てには各層の特徴など様々だ。そして攻略組の殆どに繋がりがあり、それは【黒の剣士】ビーター・キリトも例外ではないとまでされている。

 あたしはピナを死なせた日、偶々素材を集めに降りていたらしいアルゴさんによって助けてもらった。彼女は最前線を親しくて信頼できる攻略組プレイヤーと一緒に進む事も多々有るらしいから、戦闘職専門ではないけどかなり強いらしい。

 泣いているあたしの事情を聞いて、『君の自意識過剰も悪いけど、その女も悪いネ』と言って、蘇生アイテムの話が無いか聞いて回ろうかと言ってくれた。今日は遅いから明日にと言って、あたしが泊まっている風見鶏亭に彼女を案内し、取っている部屋で誰を呼ぶのか訊いた。それが正しく悪評が凄まじくある【黒の剣士】だと聞いて、少しだけ顔を顰めてしまった。大丈夫なのか、と。

 それをアルゴさんに見咎められた。それまでニャハハと朗らかに笑っていたアルゴさんは、唐突に冷たい表情になったのだ。

 

「キー坊の事を知らないなら仕方ないけど、あの子を罵ったラ……オネーサン、本気で、怒るからネ……?」

 

 ぞっとする声音で言われ、あたしはこくこくと頷いた。けれど、疑問もあった。彼を悪く言っている最たる人物なのに、どういう事か分からなかった。

 そう聞くと、彼女は哀しげな表情をして、外に浮かぶ仮想の蒼い月を見た。

 

「あの新聞、知ってたノ」

「下層・中層ではコアな読者が多いですから。買ったことは無いですけど」

「そっか、そりゃ良かったヨ…………アレはね、オネーサンが……鼠のアルゴが書いてるわけじゃないんだヨ。キー坊本人から受け取った下書きを、オネーサン名義で売り出してるだけなんダ」

「え? じゃあアレって、本人がわざと悪く書いてるんですか?!」

「そうなんダ……売りに出すこと自体、オネーサンも当然反対したサ。そもそもキー坊がビーターと名乗っている事も、ビギナーとベータテスターの確執によってクリアが遠のくのを防ぐ為に、織斑の出来損ないという悪印象を利用して名乗ったんダ。キー坊は人を守るために全てを犠牲にした、けれど、還ってきたのは憎悪と悪罵の数々だっタ…………それでもキー坊は、自分を犠牲にし続けるんダ」

 

 今もそうなんダ、と哀しげに俯き、フードで顔を隠す。

 

「今も、アインクラッドにいる全てのプレイヤーは、例外なくキー坊によって救われてル。有形では攻略。キー坊は攻略組最強のソロプレイヤーとして、攻略組最強ギルド《血盟騎士団》以上の速度でマッピングをして、オネーサンに情報を渡して被害を食い止めようとしてル。無形では、自身をストレスの捌け口にすることで、茅場晶彦やSAOに対する悪感情の爆発を防いでル。さっき話した情報誌も、それを煽って爆発を防ぐ為の一つの手段に過ぎないんダ。キー坊をPKしようとして団結した集団の話は聞いたことあル?」

「は、はい…………」

「それも、キー坊が煽ってやった事なんダ。PK対象を自分に絞る事で、他のプレイヤーへの被害も少なくし、加えて自暴自棄になって自殺しようとするプレイヤーを食い止めル…………実際、あの子は何度も殺されかかったらしいヨ。麻痺毒を喰らったり、毒を喰らったりネ。全部圧倒的なステータスと勝負勘で切り抜けたらしいけど、でも、それもそろそろ限界らしいんダ」

 

 それはそうだろうと思った。そもそもそんなに自分を犠牲に出来ることも、それらに耐えて戦い続ける事も普通は出来ない。必ず途中で壊れてしまう。

 アルゴさんはあたしの言葉を聞いて、うン、と頷いた。

 

「キー坊は言ってたヨ……『レッドプレイヤーがギルドを立ててしまった以上、もうこれ以上自分の悪感情で食い止めるのは無理かもしれない。下手すれば、自分が煽っていた感情を利用されて、レッドギルドに入るプレイヤーが多くなるかもしれない』ってサ」

 

 レッドプレイヤーとは、殺人を率先してやろうとするプレイヤー。ギルドはその集まりで、大晦日に大々的な情報屋に結成が告知されたらしい。レッドギルドの名前は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》、首領はPoHという、中華包丁のようなダガーを持つ黒いポンチョの男らしい。何故か惹き付けられるような喋り方の男だと、告知する際に狙われたギルド唯一の生き残りが証言したのだとか。

 

「あの告知を知ったキー坊は、怨まれるのを覚悟でオレンジプレイヤーとギルドを次々に潰していっタ。勿論殺してない、回廊結晶っていうアイテムで監獄送りにしていったんダ。攻略の合間を縫って、少しでもレッドギルドに入りそうな連中を合法的に潰していったんだヨ」

「そ、それを、何でその子が……」

「『俺なら、もしもの時に全ての責を負えるから』……………………言外に、処刑されても困らないって言っタ」

「そ、んな…………?! たった、十歳の子供が……?!」

「そウ…………そして、多くのプレイヤーは、顔も知らない人々のために自分を犠牲にし続ける子供を、自分達よりも圧倒的に幼い子供を平気で貶め、悪罵を投げ、殺そうとするんダ!」

 

 ダンッ! とテーブルをアルゴさんは叩いた。机上のコップが倒れて床に落ち、割れてポリゴンとなって消える。

 

「ふざけるナ! 何であの子ばかりが辛い目に遭ウ?! 何であの子ばかり背負わなくちゃならなイ! 何でレッドギルドの存在が、あの子よりも小さいことと取られるんダ! それだけの事を、あの子はした訳じゃないのニ! あの子は何も悪くないのに、何で人殺しを愉しむ奴らよりも悪く言われるんダ!」

 

 ズダンッ! と二度目の轟音。破壊不能オブジェクトである机は、しかし確かに震えて罅が入っていた。

 

「…………キー坊はね、一時期狂ったように剣を振った事があるんダ。つい一ヶ月前にネ…………自分を責めてたんダ」

「…………? 何でですか? 今の話を聞く限り、その子が悪いとは思えませんけど…………」

 

 悄然と俯き、アルゴさんははぁ……と深い溜息を吐いた。

 

「キー坊は、確か去年の六月から七月中頃に掛けて、とある中層ギルドに協力してたことがあったんダ。協力を依頼されて力添えしていたそのギルドが、ある時一人の女の子を除いて全滅しタ。リーダーはギルドホームを買いに、キー坊はボス攻略に行っている間に、その女の子以外の三人の男性プレイヤーが家具を買うための資金集めに出たんだヨ。二十七層だっタ」

「二十七って…………あそこはアインクラッド一のトラップ地帯でしたっけ」

 

 特に結晶無効化空間化トラップと、モンスターポッピングトラップが多くて、時には同時に引っ掛かるから気をつけろと攻略本にあった。

 

「うン。あそこで攻略組が大きな被害を出すのを予見したキー坊は、率先してあらゆるトラップを解除し、攻略組が無事に通れるようにしたんダ。勿論攻略本にも載せたけど、でもあまりにキー坊が手早くやり過ぎたせいで、他のプレイヤーの意識には残らなかっタ…………キー坊は確かに、彼らに忠告をし続けタ。でも、彼はまだ九歳の子供だったし、無意識無自覚で織斑の出来損ないって見下されやすい立場だったせいか、その男子達は忠告をあまり気にしていなかったんダ。女の子がどれだけ注意を喚起しても、トラップらしい隠し部屋と宝箱を見ても、特に気にしなかっタ…………キー坊は女の子からメールを貰っていた事にボス戦直後に気付いて、その足ですぐに二十七層迷宮区へと向かっタ」

 

 そこでアルゴさんは言葉を止めた。ごくり、と唾を飲む音が部屋に立った。

 机を静かに見つめながら、アルゴさんは口を開いた。

 

「キー坊が辿り着いた時は、丁度宝箱を開けようとした時だっタ。開けるなという言葉は届かず、男は開けタ。キー坊はギリギリで閉じる扉よりも早く部屋に入って、四人を助ける為にボス戦で武器も体力も回復アイテムも消耗したまま戦っテ…………男三人は不測の事態にパニックになってキー坊から離れてしまった事で死んダ。女の子はキー坊の傍で戦ってたから助かっタ。キー坊はその女の子と共にギルドホームで待つリーダーの所へ行って事情を説明したらしイ…………リーダーは、こう言っタ」

 

 

 

『織斑の出来損ないのビーターが、僕達と関わる資格なんて無かったんだ』

 

 

 

 その言葉を聞いて、なんて勝手な事を! と思った。そのギルドに協力を依頼されたから力を貸した、つまりギルドリーダー側が関わったのに、そんな勝手な言葉を言うなんておかしいと。

 そして、その言葉を受けたキリトという子の心は、今の自分よりもどれだけ荒れたのか想像が付かなかった。

 

「リーダーはそれからキー坊の目の前で、第一層の外周部テラスから身投げ、自殺…………その後、付いて行くと言って聞かなかった女の子を攻略ギルドに所属させて、外的要因を利用して自分との距離を置かせて、攻略を続けていっタ…………あの子を理解しているプレイヤーは、それを聞いた少女の話を更に聞いて、危ういと思っタ。何かきっかけが一つあったら、この子は簡単に壊れてしまう、ってネ…………見事にその予想は当たっタ。十二月に入ってから、キー坊は攻略に出なくなっタ。オネーサンも酷く慌てたよ、一切連絡が取れなくなったんだからネ」

「十二月って言えば、クリスマスイベントで大騒ぎでしたね……蘇生アイテムの……」

「そウ。キー坊は正に、そのクリスマスイベントの為だけに、命すらも捨てる勢いでレベリングをしてたんダ。たった一つの、あるかもわからない蘇生アイテムの為だけニ。一人でボスを倒す為ニ…………結果、キー坊は手に入れタ。でも望んだものじゃなかっタ……過去に死んだ人は、生き返らせられなかったんダ。あの時のキー坊の目は……何も映してなかっタ。ただただ虚無が広がっているだけだっタ…………四十九層はその日、キー坊一人によってボスが倒され、五十層へ続く転移門が開放されタ…………」

 

 恐らく、そのまま向かったのだろう……そうか、クリスマスの日、いきなり転移門が開通したファンファーレと光が転移門広場に出たのは、それが…………

 それなら、その子は今、どうしているのだ。自棄なままになって死んだ、いや、でもさっき呼ぶって言ってたし…………

 あたしがそれを尋ねると、アルゴさんは幾分か痛々しいけど、確かに微笑した。

 

「キー坊は全滅したギルドの唯一の生き残りの女の子と、そのクリスマスを過ごして元に戻っタ……いや、今までの中でも結構落ち着いたかナ……死に急ごうとはしなくなったしネ…………彼らを死なせたことは決して忘れず、罪を背負って生きていくって言ってたヨ」

 

 それは……たった十歳の子にしては、重すぎる決断だと思う。とても子供に背負えるものではない…………

 アルゴさんはそこで、何故か微笑した。

 

「キー坊はもう、病的なまでの自己犠牲心の塊だヨ……だったら、オネーサン達は限界まで支え抜くって決めたんダ。だって、大人が、年上が子供を支え、護るのは当然の事だからネ」

「支える、ですか?」

「キー坊は、知っての通り敵が多いからネ。味方がいるって言っていれば、あの子の心が折れることはきっと無いかラ…………痛みを知ってる子は、得てして強いものだからネ」

 

 ニカッと笑ったアルゴさんは、キリトというプレイヤーにメールを送った。送ってから数分も経たない内に了承が返ってきた。

 そして昨日、目の前で寝ている彼と話して、アルゴさんの叫びの声を理解した。

 

 

 

『俺はさ、こんな異常なデスゲームで沢山人が死んでても、それでもこの世界が好きなんだ…………この世界なら、俺は俺でいられる。現実世界で否定され続けた織斑一夏であれて、そして織斑一夏として死ねる。だって皆、この世界では現実とは違う面を自分で持って、過ごしてるんだから』

 

 

 

『この剣で、この世界を生き抜いて、この世界を終わらせて、織斑一夏としての生に終止符を打って、現実世界へと帰りたいんだ』

 

 

 

『俺の、友達の一人になってくれないかな。織斑一夏としてのキリトの、そして……織斑一夏じゃなくなった未来のキリトの、友達に』

 

 

 

 どの言葉も重かった。そして、話している間、気付いていなかったようだけど彼は泣いていた。一度も拭う事が無かった涙は、ずっと頬を伝っていて、でも彼は拭わなかった。気付いていなかったのだ、自分が泣いている事に。鈍いにも程があるのではないかなと思った。

 なるほど、これは支えようと思えるくらいに、健気で純粋な子だ。本心では苦しいと叫んでいるのに、それを押し隠して自分でも気付かなくなってしまっている。支えがなければ、いずれは潰れてしまうなと思った。

 目の前ですやすやと穏やかに眠るキリト君の寝顔は、何時まで見ても飽きず、不思議な感慨と、暖かい気持ちが湧いてくる可愛い寝顔だった。

 ナンがあたしから離れて彼が組んでいる腕の間に挟まり、きゅう、と可愛い声を漏らした。すりすりと胸に体を擦り付けていると、キリト君が少し身じろぎして、うにゅぅ…………と声を上げる。

 

(か、可愛いぃぃぃぃぃ!!!)

 

 彼が寝てさえいなければ、きっと抱きついていただろうなと思う。

 

「おーいキー坊、そろそろ起きなヨー」

 

 ばたん、と扉を開けたアルゴさんと、あたしの目が合った。ぱちくりと瞬きして、次にキリト君に向いて、またあたしを見た。

 ふ、とアルゴさんは微苦笑する。

 

「シーちゃんもキー坊の寝顔にヤラれた口だナ。凄くだらしなく顔が緩んでるゾ」

「え゛」

 

 嘘でしょとぺたぺたと顔を触っていると、アルゴさんがキリト君の肩を揺すり始めた。

 

「おーいキー坊。もうそろそろ出ないと時間的にヤバいんじゃないのカ?」

 

 ゆさゆさと肩を揺すっていると、穏やかだったキリト君の顔が歪んだ。茫洋として焦点が合っていない黒目は、次第にはっきりとしてあたしとアルゴさんを捉えた。はっきりと意識が覚醒したようだ。

 

「…………にゅぁ?」

 

 訂正。まだはっきりしてなかった。

 くすっとアルゴさんが笑った。

 

「キー坊、いい加減に起きテ。じゃないとピナちゃんの蘇生に間に合わないヨ」

「…………あ」

 

 はっきりと声を出したキリト君。急いで起き上がった。

 

「ふ、二人ともごめん。寝こけてた」

「あ、ううん、それは良いんだけど…………アルゴさん、間に合わないって事は、蘇生できるんですか?」

「うン。四十七層の思い出の丘っていうとこに、プネウマの花っていうアイテムが手に入るんダ。それが使い魔専用の蘇生アイテムで、キー坊は知ってたけど確認のためにオネーサンを情報収集させたんダ」

「四十七、ですか…………」

「ちなみに、マスターも行かないと咲かないヨ」

「あたしじゃ、厳しいですね…………」

 

 今のあたしのレベルは42。四十七層ならマージンの十を足して57前後は欲しいところだけど、明日の夕刻が刻限だから時間が無い。

 そこで、キリト君がウィンドウを操作して、あたしの目の前にトレードウィンドウを出した。【イーボン・ダガー】、【シルバースレッド・アーマー】、【シルバースレッド・ベルト】、【フェアリーブーツ】…………他にも幾つかあり、全て非売品アイテムらしかった。

 

「これでシリカさんのレベルを五~十くらいは底上げできる。俺も一緒に行くし、多分なんとかなるよ」

「今回はオネーサンも行かせてもらうヨ。プネウマの花に関する情報はまだ確定的じゃないからね、シーちゃんとナンちゃんも護る必要があるから渡りに船なんダ」

「…………えっと、純粋に疑問なんですけど、確か使い魔ってマスターとなるプレイヤーと同等のパラメータで、HPが半分でしたよね? なら、キリト君の使い魔のナンちゃんは相当強いんじゃ?」

 

 昨日からそうなのだけど、ナンちゃんは寝る時以外は鉤爪を装備していた。

 キリト君はソロで行動することが多くて街にあまり帰らないので、自力で装備の耐久値を回復させるために《鍛冶》スキルも取っているらしいのだけど、ビーストテイマーがそれを取ると使い魔用の武器も作成できるようになるらしい。それで作ったから、使い魔になれる小型モンスターに往々にしてある総合的な弱さを補っているのだ。

 

「まぁ、ナンも幾つかオリジナルの技使えるし……」

「強いっちゃ強いよネ。確か前、フロアボスのLA取ってたよネ」

「どんだけ強いんですか?!」

「いや、だってステータスは俺と同等だし…………」

 

 ああ、なんだかその言葉で納得したかも。年一のフラグボスをソロで倒すんだもんね…………

 

「まぁとにかく、オネーサンも行くって事デ。情報収集も兼ねてというのも本当だしサ」

 

 ニカッと笑うアルゴさんの言葉を断り切れず、三人で行く事が決まった。

 キリト君から非売品アイテムを貰って(返すと言ったけど、女子専用だからと断られた)暫く二人監修の下で短剣の扱いの練習をした。なんとか五連撃は難無く出せるようになったのだけど…………キリト君、強すぎるよ……何で片手剣使いなのに短剣も強いの……

 思い出の丘の道を歩きながら、内心でキリト君の異常性について頭を埋めていた。短剣の扱いには一角のものだという自負があったけど、まさか彼に負けるとは思わなかった。いや、正確には一瞬で負けるとは、か。もうちょっと粘れると思ってたのに…………

 

「キリト君って、本当反則的な強さだよね。ビーターの異名のチーターの部分、すっごく否定しがたい……」

「まぁ、武器スキルは取ってるのは全部コンプリートしたしなぁ…………先月のレベリングの時に」

 

 とはいえ、アレは異常だと思った。短剣の特訓でクルクル短剣回して攻撃、逆手と順手、持ち手を左右で変えながら変幻自在のスタイルをとるのだから。どんな技術だどんな。

 

「キー坊って、そういえばどれくらいの武器スキルをコンプリートしたんダ?」

「片手剣、短剣、細剣、片手斧、両手斧、曲刀、刀、片手棍、両手棍、長槍かな」

「ほぼ全部じゃないカ?!」

「武器限定じゃなかったらもっとある」

「……というか、何でそんなに取ってるの? そんなに使わないよね普通」

「黙秘権を行使する」

 

 ふふん、といった様子で黙秘権を行使され、アルゴさん共々ぐっと押し黙る。そもそもこの世界でスキル構成や熟練度を他人に聞くのはタブーなのだ、パーティーの安全の為に《索敵》スキルを取っているかどうか程度ならともかく、基本は聞く方がマナー違反である。

 途中で足を植物モンスターの蔓で巻かれ、吊るされたりもしたけどキリト君とアルゴさんの連携で、数瞬で倒してしまっていた。

 ちなみにこの時スカートの中を見たかと聞いたのだけど、キリト君に「シリカさんは上に吊るされてたんだから、下を狙った俺が見る事が出来る訳が無い」と真顔で返された。あたしを吊るしていた蔓を斬ったのはアルゴさんだったらしい。キリト君は陽動と本体を叩く役割のどっちも引きうけ、アルゴさんが先にあたしを助ければ陽動として、キリト君の方が速ければ彼が倒す連携だったようだ。

 最奥の祭壇に辿り着いてプネウマの花を手に入れ、周囲の敵は本来あたしよりも格上だからピナは死んでしまうと指摘されて街で蘇生する事になった。三人で街へと戻っていると、街のほぼ直前の橋の上でキリト君が止まった。そのまま歩こうとしたあたしの肩に、アルゴさんが強く手を置く。

 

「えっと、どうしたんですか?」

「…………キー坊」

「うん……」

 

 チャキ、と黒い剣――――エリュシデータという剣の柄に手を掛け、左手の指の間四つにそれぞれ五本ずつ黒いピックを挟んだ(どこに持って、そして何処から出したのだろう……)キリト君は、左腕を大きく横に振ってピックを放射状に飛ばした。

 直後、複数のダメージエフェクトと共にオレンジカラーカーソルの男が九人現れた。

 

「「「「「なッ……?!」」」」」

「何でバレたって顔してるけどさ、俺はビーターだ。スキル無しでも違和感で気付くんだ」

「ちなみにこの話、本当だからネ。オネーサンも何回もハイドで近づいてるのに絶対に気付かれるんだ。しかもハイディングしてる対象が知り合いかどうかまで気付くっていうオマケ付きなんだよネ…………」

 

 アハハ……と力なく乾いた笑みを浮かべるアルゴさんに、驚愕していた男達がキリト君に呆れと驚愕の目を向けた。

 

「…………ねぇ二人とも。俺、何か呆れられてる?」

「う、うん……」

「まぁ、普通そうなるよネェ…………キー坊、化け物並みに強いし鋭いし博識だしネ」

「……………………泣いて良い?」

 

 グスッ、と可愛く涙目になっているキリト君にちょっとどきっとしていると、唐突に彼がエリュシデータを抜き払った。キン、という金属質な音共に何かが弾かれ、地面に落ちた。既に目つきは元に戻っている。

 地面に落ちたそれは、十センチも無いくらいのナイフだった。

 

「これハ……」

「毒ナイフ…………最悪な予想ビンゴか」

 

 再び左手に残っているピックを振るって投げ、それらは途中で何も無い空間で阻まれた。オレンジの男達はこの展開に付いていけていない。

 

「OH……マジで気付いてんのか。こりゃ確かにスーパーマンみてぇだなオイ」

 

 韻律に富んだ弾性の声と共に、黒いポンチョ姿の男が虚空から現れた。右手には中華包丁のようなダガー、革ベルトを数本足に巻きつけ、ボロボロの黒いポンチョを纏う長身の男。

 

「まさか…………レッドギルドのPoH……?!」

「YESと返すぜ、お嬢ちゃん…………んで、そっちのガキが……………………」

「………………………………………き、さま……」

 

 掠れた声が響いた。

 

「その声……貴様は…………あの時の……!!!」

「WowーWowーWow…………二年ぶりだなァ、織斑一夏……元気そうじゃねぇか」

「何でここにいる……ヴァサゴ・カザルス!!!」

 

 ぎりっと歯軋りし、憎しみの篭った瞳と憎悪の表情でPoHと名乗った、ヴァサゴ・カザルスという男を睨んでいた。

 

「キリト君、誰……? 知り合いなの?」

「…………こいつは、第二回モンド・グロッソの日……俺を誘拐した張本人だ!!!」

「「「「「ッ?!」」」」」

 

 キリト君の言葉に、流石のオレンジプレイヤーも驚愕の声を漏らして距離を取った。道の真ん中が空き、キリト君とPoHが対面する。

 面白い、というようにポンチョから除く目をギラリと光らせ、口を歪ませた。

 

「こりゃ嬉しいねぇ……まさかあの少しの出来事を憶えててくれるとは……しかも名前まで。名乗った憶えは無ぇが?」

「忘れるものか…………俺に戦闘術の基本を叩き込んだのはあんただ……それに、聞こえていたからな。あんたの名前が呼ばれる、たった一回のあの時の事を……」

「Wow…………予想外にも程が有るぜ。まさかたった一回で憶えられてるたぁな……」

「忘れるか……忘れるものか…………」

 

 ギシッと黒剣の革の柄が軋みを上げた。それにPoHもダガーを構える。

 

「結構物騒になったなぁお前ぇ。どうだ、俺のとこに来ねぇか」

「…………一昔、何かが違っていたら……もしかしたら殺戮者になってたかもな。けど、今の俺には、こんな俺でも支えて仲間といってくれる人がいる。家族と言ってくれた人がいる。裏切るわけにはいかないよ。それに、俺は俺自身の復讐で殺すっていう誓いは、もう捨てたんだ」

「Why?」

「今の俺が在るのは、歪んで見ればアンタみたいな人がいたお陰だからだ。織斑一夏の存在から脱せたのは、曲がりなりにもアンタみたいな存在がいてくれたからだ」

「それで感謝ってか? …………歪んでんぞお前ぇ」

 

 ククッと笑うPoHだったが、キリト君もまた同じように笑った。

 

「そうだな…………とっくに俺は、歪んでるんだろうな。けどなPoH……いや、ヴァサゴ・カザルス…………ここにいる俺に、それでも味方してくれている人がいる。ならどれだけ歪んでいようが、俺は俺で在り続ける。それを全ての存在から否定されない限り、ずっと」

「……………………逞しくなりやがって」

「お陰様でね…………それで? 俺の予想ドンピシャだった訳だけど……――――まさか、《笑う棺桶》首領一人で攻略組八十人を纏めて相手するつもり?」

 

 その問いにPoHは動きを止めた。

 

「…………冗談きついぜ?」

「俺の予想ドンピシャだったっていう言葉、聞いてただろ?」

「…………Suck」

 

 小さくそれだけ呟き、PoHは転移結晶でさっさと逃げてしまった。圏内にオレンジは入れないのだけど……恐らく、転移できる圏内じゃない所に転移したのだろう。

 

「キリト君、捕まえなくて良かったの?」

「PoHを相手して無事に済むはずが無いし……それに、オレンジギルド《タイタンズハント》を逃したくなかったんだ。幸いにもリーダーは動いてないみたいだし…………――――そろそろ出てきたらどうなのかな、ロザリアさん」

「えっ……?!」

 

 その言葉で、すー……っと茂みから青い顔で姿を現した、革鎧に十文字槍、赤い髪に化粧っぽいのをしたロザリアさんを見て驚いた。

 

「な、なんでPoHなんかが来てるのさ……!」

「さぁね。それで、何でアンタは此処に来てるのかな」

「…………まぁ、ガキなりにしてはやるじゃない。攻略組、そしてアインクラッドきってのビーターを騙るなんて、そうそう出来はしないわよ」

 

 この子は本人です! と言おうとしたけど、それはアルゴさんの手と、キリト君の返す言葉で遮られた。

 

「俺のことなんてどうでも良いよ。それで、俺はアンタに質問したんだけど?」

「……シリカちゃん、どうやら無事にプネウマの花を手に入れられたようね、おめでとう」

「は、はぁ…………?」

「――――それじゃ、その花を渡してもらいましょうか」

 

 にこやかに告げた後、目を眇めながら毒々しい笑みを浮かべて言ってきた。あたしはそれに絶句し、ナンはきゅるぅ……! とアルゴさんのフードの中(被っている状態のフードの中)から顔を出して威嚇する。

 

「…………何? もう蘇生しちゃってるの?」

「ナン、俺の使い魔のフェザーリドラで……アインクラッドで二人目のリドラテイマーだ」

「はぁ? 何言ってんのよ。二人目はビーターでしょう」

「俺の事だな。【黒の剣士】ビーター・キリト、リアルは織斑一夏…………それで、覚悟は良いのかな?」

「な、何のかしら……たかが子供のアンタに、何が出来るっていうの……?」

 

 顔を青くして震えながら気丈にも強気な言葉を発するロザリアに、キリト君は満面の笑みを向けた。

 

「確かに俺はたかが子供だよ……けどさ、さっきの八十人っていうのは嘘だけど――――」

 

 その時、ちゃき……という音が複数した。

 

「攻略組が潜んでるのは本当なんだ」

 

 紫色の髪にカチューシャをした片手剣の少女、似た容姿で細剣を持った少女、白と赤を基調にした服装で栗色の髪の細剣使いの女の人、蒼い服に蒼い槍を持った黒髪の女の人、茶髪をツンツンに逆立ててバンダナを巻いて刀を持った和の甲冑をした男の人と似た意匠の五人が、街の入り口側の道に立っていた。茂みから出てきたのだ。

 

「キリト君……PoHを逃がしても良かったの?」

「犠牲者が増えるから、本当は嫌だけど…………今はこっちの方が先決だから。さぁてオレンジギルド……今日が年貢の納め時だ」

 

 暴れるグリーンのロザリア含めた合計十一人(もう一人グリーンの男が隠れていて、アルゴさんが捕まえていた)を回廊結晶で監獄へと送った後、あたしはキリト君とアルゴさんから他の皆で事情を説明されていた。勿論ピナも既に蘇生している。

 

「――――つまり、ロザリアさんが率いたオレンジギルドを監獄に送って欲しいっていう依頼をアルゴさんが受けて、ロザリアさんを探していた途中であたしと遭遇。話を聞いてロザリアさん本人と分かって、キリト君と合流した、と」

「うン。付け加えて言えば、PoHの乱入はキー坊が予測したんだヨ。アーちゃんやユーちゃん達攻略組も、キー坊の頼みで呼んだんダ」

「さっき話を聞いてただろうけど…………アイツは、俺の体を弄繰り回した研究所に連れてって、更に俺に戦闘術を教え込んだ張本人なんだ。だからアイツが考えてる事は、俺にも大体わかる。技には必ず、その人物の癖が、つまり性格が出るから」

「じゃあ、PoHの行動も…………」

「理解しちゃえるんだよ…………ついでに言うと、大体の手口も」

 

 がくっと頭を埋めるキリト君。ちなみに現在の場所は風見鶏亭だ。

 《血盟騎士団》副団長のアスナさんが、キリト君の頭を撫でながら首を傾げた。

 

「それで、キリト君はどうするの……? PoHを……」

「…………アイツは俺と同じだ。アイツは…………俺が、命を賭けてでも……殺す……アイツを殺せるのは、俺だけだろうから」

「…………一人で背負うんじゃねぇぞ。必ず俺らにも声を掛けやがれ。良いな?」

「うん。ありがと、クライン」

 

 ふっと微笑んで彼は言い、そしてそれで解散となった。キリト君も転移門で最前線へと戻る事になる。

 あたしは、キリト君に言いたい事があって、少しの間二人になれるよう呼び止めた。彼はそれに応じてくれて、キリト君とあたしだけになった。ピナとナンは揃って戯れて離れていた。

 

「それで、話って?」

「キリト君に、お願いがあるの。名前、さん付けをやめて欲しいんだ」

 

 実は結構気になっていたりする。あたしはさん付けされる事になれていないのだ。

 

「…………? それだけ?」

「あとは…………有耶無耶になってたけど……友達、なって良いかな……?」

 

 その途端に目を見開き――――キリト君は、明るく華やいだ笑顔を浮かべて、頷いたのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 本作のキリトも一般プレイヤーと比較すればかなりチート臭くなっております、何せ殆どの武器スキルコンプリート状態ですからね。原作SAOで武器スキルって一体どれくらいあるのか分かりませんが、一応思い付く限り挙げています。

 何故そこまでしたのかは何れ分かります。既にヒントは出ていますがね。

 では、次話にてお会いしましょう。



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第八章 ~求めしモノ~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は原作《心の温度》編、つまりはリズベットとのお話です。シリカの時と違って割と原作に近い流れになります。

 ちなみに今回はオールリズベット視点です、何故か彼女のお話になるとリズ視点オンリーになってしまうんですよね(笑)

 ではどうぞ。




 

 

 アインクラッド第四十八層主街区《リンダース》。

 そこがあたし、リズベットの拠点としている街の名前だ。転移門があるから人通りもあり、比較的和やかな街としてアインクラッドの中でも人気ランキングでトップを飾っている。

 そんな街に、あたしはデスゲーム開始から一年と少し経った冬の一月に、一つの店舗を構えた。

 【リズベット武具店】。今や中層から攻略組プレイヤーまで幅広く親しまれている店で、アインクラッド唯一のフリー(ギルドに所属していない)マスタースミスとして有名になっている。実は第一層の頃から攻略組メンバーの、ある意味での専属鍛冶屋だったりするのは誇らしいことだ。そのため顔馴染みとして贔屓にしてくれている顧客もかなりいる。

 

「ありがと、リズ」

 

 白と紅を基調にした騎士服に、純白のブレストプレート、栗色の長髪と瞳を持ったアインクラッド美人ランキングトップ5にランクインしている目の前で笑う少女、《血盟騎士団》副団長アスナも、その顧客の一人だ。彼女が第一層で声を掛けてくれたお陰で今があると言っても良い。

 回転砥石での砥ぎを終えた銀鏡仕上げの細剣ランベントライトを鮮烈な真紅の鞘に収めながらアスナは言い、あたしに百コル金貨を一枚指で弾いてきた。それを指先でぱしっと取る。

 

「どういたしまして、アスナ。それにしてもあんたの細剣、【継承】だっけ? 魂を受け継いでいくとか、結構面倒な事してきた訳だけど、それに見合うだけの名剣になったわよね」

 

 取得したインゴットそのままの状態から剣を鍛えるのと、わざわざ剣をインゴットに戻してから鍛えるのでは、やはり前者の方が手間は掛からないし能力も比較的高い傾向にあるため、アスナのように第一層のウィンドワスプから低確率ドロップする細剣ウィンドフルーレをインゴットに戻し、それから改めて《鍛冶》スキルの値に見合った性能の剣に戻すなんてするプレイヤーは殆どいない。

 あたしが知る限りではアスナ、ユウキ、ラン、サチ、シリカ、アルゴ、クライン、エギル、ディアベルだけだ。少し前まではヒースクリフもしていた。何でも全員共通の知り合いで、わざわざそんな事をするプレイヤーがいるらしい。そして今や唯一無二の相棒にまで昇華されており、そのプレイヤーをずっと支えている相棒なのだとか。

 しかし第一層ボス戦で人を護る時に、そのプレイヤーがデスゲーム初日から使っていた相棒は砕け散ってしまったのだとか。予備として同じ性能の剣を使いだしたらしいが、それまでの勢いは暫く見せなかったと話を聞いた。単純に愛着の問題ではないのかと思ったのだけど、その気持ちが皆には分かるらしかった。

 アスナが腰に収めたランベントライトを見つつ、明るく微笑んだ。

 

「まぁね。この子には、私がこの世界で戦い始めて、初めて見惚れた愛剣の魂が宿ってるから…………それに、いつも最前線で私を支えてくれたから。もう私の半身、魂そのものって言っても良いくらいよ」

「言われてみれば本当ねぇ……――――ねぇ、何時も思ってたんだけど、その【継承】を教えたのって誰なのよ?」

「うーん…………私の口からは言えないかな……下手に口に出来ないの」

 

 困った顔でごめんね、と言ってくるアスナ。いつもは親友だからと他のプレイヤーには話さない事も話してくれるけど、この話だけには他の顧客と同様に口を固く噤む。

 

「確かエギルも似たような事言ってたわねぇ」

「似たような事?」

 

 そうよ、とクリスマスイヴに見た、あの顔色の悪い黒尽くめの子を思い出しながら話す。

 

「クリスマスイブの日にね、エギルに怒鳴って店から出て行った黒尽くめの子がいたのよ。注意しなさいよって言ったんだけど、エギルは叱ったら壊れちまうって言ってたの。そういえば結局あの子、あれから一度も見てないわね……」

「知り合い、なの?」

「全然、見たことも無いわよ。ていうか、あんな黒尽くめで顔色が悪くて、しかも明らかに十歳くらいの小さい子を見て忘れるもんですか」

 

 そう言うと、アスナはあ~……と苦笑した。

 

「え、何その反応。知り合いなの?」

「そうだねぇ…………まぁ、フレンド登録してるし……」

「何よ、歯切れが悪いわね?」

「うーん……まぁ、色々と事情がある子でね。アルゴさんもかなり気に掛けてる子なの」

 

 困り顔で苦笑しながら溜息を吐くアスナ。

 

「あの鼠のアルゴが気に掛ける? お気に入りとかじゃなくて? どんだけ凄い子なのよ」

「あの子は凄いっていうより…………まぁ、リズ自身が知った方がいいね。ここ、紹介しとくよ。丁度マスタースミス探してたみたいだったし」

 

 それは正直助かる話だ。あたしは店舗を構えるのに三百万コルもする水車小屋を買ったのだけど、その時にアスナを介して借金をしたのだ。その返済がまだあるから、顧客が増えるのは万々歳ではある。

 

「それは助かるわね。正直返済額が巨額だから、ちょっと悩んでたのよ」

「まぁ、彼からは別に良いって言われてたんだけどね……お金の事にはしっかりした関係を持たないとってお説教したの」

「……待った。え? 彼? 数百万コルという大金を、一人が払ったの?」

「うん」

「……ど、どうしよう。あたし、土下座しに行った方がいいのかしら、これ」

 

 今までお礼の一言も伝えずに暮らしてきたから、一応返済はしてるけど土下座で謝罪をしたほうが良いのかと本気で思案する。アスナはそれを見て、苦笑していた。

 

「リズ、彼は謝罪よりも、もっと欲しがってる言葉があると思う」

「……もっと欲しい言葉? それって……」

「それは、リズ自身が見つけないとね」

 

 苦笑のまま店から出て行ったアスナ。あたしはその日、その言葉について、そしてアスナ達が知るプレイヤーについて考えて一日を終えた。

 

 *

 

 アスナが話していたプレイヤーが来たのは、アスナが来た次の日の昼だった。最も客が少ない時間帯に、あたしは工房に引っ込んでインゴットを槌で打っていた。丁度一つの武器を精錬し終えた時に、来店の鈴が鳴ったのが聞こえた。

 あたしは作成した武器をホームストレージに納めてから店舗に併設されている(というより、ほぼ地下にある)工房から出て、お客を歓迎した。

 

「ようこそ! リズベット武具店へ!」

 

 店はがらんとしていたけど、数多の種類の武器を並べたショーケースや立て掛けている長物の武器を試す眇めつ見ている、黒尽くめの小さな子供がいた。あたしの胸ほども身長が無く、ここまで幼い子供もいるんだなと思った。

 その子供があたしに気づき、こちらを見て小さく微笑む。綺麗な笑顔だな、と思えた。肩にはシリカと同じ使い魔がいた。

 

「えっと、あなたがリズベットさん?」

「はい、そうですよ。当店にどのようなものをお求めで?」

「えっと……二つ有るんだけど、一つは後で。ちょっと時間が掛かるから。それで、もう一つはオーダーメイドを頼みたいんだ」

「オーダーメイド、ですか」

 

 失礼ながらも、子供なのだからお金は大丈夫かなと思って子供の全身を見た。子供は古ぼけた黒コートにシャツとズボン、指貫手袋と鋲付きブーツ、武器は背中に吊った身の丈に迫っている黒の剣一本。最低限の金属防具すら一つも無かった。

 この子はアスナの知り合いじゃないなと思って、念のためと忠告する事にした。

 

「あの、最近金属の相場が上がっておりまして、オーダーメイドだと高価になるんですけど……」

「予算ならかなり余裕があるから、最高品質のが欲しい」

「と、言われても……具体的な目標値を示してもらわないと……」

「ああ、そうか。えっと……この剣と同等か以上くらいのが欲しい」

 

 そう言ってゴト、と黒い剣を鞘ごとカウンターに載せる子供。あたしはそれを持ち上げようとして――――出来なかった。

 

「重……?!」

 

 驚いて剣をタップして詳細なプロパティを見ると、愕然とした。

 固有名は【エリュシデータ】、製作者の名前は無し。つまりこれはモンスタードロップ、魔剣と巷では呼ばれるものだ。しかも重量が半端ではない。あたしはマスターメイサーとして片手棍を振るうのに筋力値を優先的に上げている。生産職だからレベルも最前線攻略組に劣ってレベルは60手前だ。それでもかなりの筋力値を上げているのだ、筋力値だけならそれなりのものだと自負していた。

 けれど、目の前の子供はそんなあたしでも全く動かせない魔剣を、軽々と持って背負って動いていた。あたしが背負えば地面に這い蹲る形で全く動けないだろう事は容易く想像できる。

 

「あんた、何者なの……?」

「ん……? あれ、アスナから聞いてるんじゃ……?」

 

 この子がアスナやエギル達が話していた……と思い至った時、そういえばイブの日にエギルの店から涙目且つ悪い顔色で出てきた子だと思い出した。明るくて血色も良くなっているから、全く分からなかった。あの後何があったのだろうか。というか、フェザーリドラをテイム出来たの……とも思った。

 目の前の子供は明るい無邪気な笑みから――――不敵で挑発するかのような笑みへと表情を変えた。

 

「俺の名前はキリト。ビーター・【黒の剣士】と呼ばれてる織斑家の出来損ない、織斑一夏だよ」

 

 ビーター・【黒の剣士】キリト。

 名前くらいは聞いたことがある。というより、逆に知らないプレイヤーの方がいないだろう。なにせその悪名と悪評判はアインクラッド随一なのだから。先日に崩壊したらしい《笑う棺桶》の首領PoH以上に悪名高く、そして《笑う棺桶》三十二名中、PoHや幹部含めた二十一名を殺害したと大々的に新聞に載っていた最強最悪のプレイヤーとされている。

 同時に、アインクラッド攻略の最たる要、ともアスナ達攻略組でも相当な実力者は語っている。彼がいなくなれば、きっと攻略組は成り立たないだろうと。あのヒースクリフでさえ同じことを言っていた。

 本当にそれだけの実力者なのか、この子供が? と訝しげに思った。それを読み取ったのか、キリトという少年は先ほどまでの爛漫な笑みを消し、変わりに挑発的なそれを浮かべながら口を開いた。

 

「んー……ちょっと意外だ。こう、出て行けっていう展開が来るかと予想してたんだけど」

「いやいやいやいや?! そんな対応する店は閉店した方が良いでしょ?! お店としてどうなのよ!」

「俺の生まれ故郷では普通にされたけど」

「……」

 

 平然と返されて返答に困った。いや本当、そんな店は潰れてしまえと思う。お客舐めてんのか。

 リドラが慰めるようにキリトの頬をぺろぺろ舐める。

 

(あ、なるほど…………この子、確かに先入観あったらダメだわ)

 

 目を見て、ふと気付いた。確かに全体的な表情を見れば挑発っぽいが…………これは、子供がするのと同じ、相手を見る行為だ。ここで一度失敗すると、恐らくこの子はずっとこの態度を取り続けるのだろう。つまりアスナ達は無意識か意識してか、この確認を突破したのだ。

 それならあたしは普通にしてやろうじゃない、と決めてにやっと笑う。

 

「残念だけど、あたしのお店にこれほどの剣は作れてないわ」

「……そっか」

 

 しゅん……と見るだけで落ち込むキリトとリドラ。見ていて癒されるのはきっとあたしだけではない、それ以上の罪悪感があるが。

 

「一応片手剣の最高傑作は、これなんだけどね」

 

 そう言ってカウンターから仄かに火焔を纏っているかのような、薄赤い刀身を持つ細身の片手剣を渡した。それをキリトは左手に持ち、リドラを肩から離して何度かひゅんひゅんと振るう。時にはクルクルと指で回したりして、具合を確かめている。回すのはどうなんだ回すのは。

 それにしても…………

 

(ふぅん……本当に様になってるわね)

 

 軽やかに風を切る音を奏でながら剣を振るうキリトは、容姿も相俟ってか妖精のようにも見えた。

 暫く剣を振るっていた彼だったけど、どうやらお気に召さなかったようだ。綺麗で小ぶりな顔に少しだけ不満げな表情を浮かべた、唇を尖らせていた。

 

「良い剣なのは確かだけど、俺にはちょっと軽いかな?」

「むしろエリュシデータが重過ぎるのよ」

「それには同感」

 

 くすっと苦笑した顔は、彼の素の表情らしかった。一切の険が無く、柔らかい、子供のあどけなさと女性にも見える妖艶さが混同しているものだったのだ。一瞬後には元に戻ってしまったが。

 それにしても、ある程度予想していたことだけれど、あたしの片手剣最高品質のものがお気に召さないとなると、あたしが仕入れているインゴットではこれ以上は作れないという事だから、この子の要望にも応えられないという事になる。けれどそれは、曲がりなりにも攻略組きっての有名人アスナの剣をずっと面倒見てきて、攻略組御用達になってるリズベット武具店を経営する者として少々プライドが許さない。

 だからあたしは、一応の提案をしてみた。

 

「五十五層南のドラゴン?」

「そ。そこの山に出現するドラゴンがインゴットを落とすっていう話なの。未だに見つかってないし、五十五層ってことは第二クォーター以上だから見込みは有るんじゃないかと思うの。でもまだ発見例が無くて、もしかしたらマスタースミスが必要なんじゃないかっていう話なのよ」

 

 そう言いながらカウンターに乗って毛繕いしているリドラを見る。ナンと言うらしいこの子は、テイム例がシリカとキリトの二人しかいない。

 最初は規定年齢以下の女の子だけかと思われたが、ビーター・キリトもテイムしたので更にテイム可能な説が嵐を呼んでいるとされている。

 

「あー、成る程。確かに戦闘できるマスタースミスなんて希少だから、未だに未検証なのも頷けるな……リズベットさんはどんな武器を?」

「片手棍。これでもマスターメイサーよ!」

「片手棍……――――テツオ……」

 

 ふと、キリトが泣きかけの子供のような表情で俯き、けれど一瞬で元に戻った。

 

「レベルって60以上ある?」

「ちょっと超えたくらいね」

 

 生産職も生産スキルを使って物を完成させると多少の経験値が入り、あたしの場合はどちらかと言えばそれでレベルが高くなったタイプだ。

 

「ドラゴンってレイドボスタイプ? それともノーマルエネミー?」

「うーん……パーティー狩りではあるらしいけど、レイドまでは必要ないらしいわ、確か」

「だったら俺一人でも戦力は大丈夫、か。オレンジプレイヤーも暫くは沈静化するだろうし…………俺に突っかかってくる人も減ったし……」

 

 ふっと淋しそうに苦笑した。そして店内を振り仰ぐ。

 

「それじゃあ二つ目の用事を済ませよう。リズベットさん、片手剣以外の武器、俺のを全部インゴットに鋳直して、鍛えてくれないかな」

「……は? するのは構わないけど、なんでそんな事を……?」

「あー…………えっと……これは、口で言うよりも見せた方が早い、かな? ただ見せるにしてもあまり人目に触れたくないんだけど……」

「工房が空いてるわよ」

「じゃあそこで見せるよ」

 

 そう言うと、キリトはそこにしようと決めた。二人で階段を下りて工房に入ると、キリトは少し下がってと言ってきた。あたしは言われたとおりに壁際まで下がる。

 キリトはストレージから黒で統一カラーリングされた武器の数々を取り出した。片手剣だけでなく、短剣、細剣、両手剣や片手棍など、種類がとても豊富だ。それらを床に突き立てると、右手にエリュシデータを持ってから、スキルを発動した。

 正方形を描くように四連撃の蒼い軌跡のスキルが終了した直後、左手に持っていた細剣が黄色の光を帯びた。続けて三回の突き、下段の左右払い、斬り上げに上段の二連突きが高速で叩き込まれる。更に新たに右手に持っていた曲刀が光り――――

 そんな感じであらゆる武器を左右の手にとっかえひっかえで持ち替えては交互に打ち出していた。見て分かったのは、恐ろしい事にスキルによる技後硬直が一切無いことと、スキル発動の為のポストモーションが見た感じ規定のものでないということだ。必ず課される硬直と踏まなければならない行程を省いていることに、あたしは目を見開いて驚いた。

 最後に両手で片手剣を持った状態で左右同時に剣を光らせてから二刀を振るうソードスキルを放ち、黒コートをはためかせて動きを止めたキリトが武器を全て仕舞ってからこちらを困ったように見た。

 

「と、まぁ……見て分かったと思うけど、特殊すぎるスキルを持っててね…………それに俺って色んな人から命を狙われてるから、武器を選ばないように全てを最高品質で固めてるんだ。ちょっと物足りなくなってきたから、丁度良いし【継承】をしようかなと思ったんだよ」

「時間は掛かるし、料金もインゴットに鋳直す分も相俟って高くなるわよ?」

「大丈夫だよ。これまでの攻略で稼いできた分があるから」

 

 疲れた笑みを浮かべながら、キリトはナンを抱き上げた。

 あたしの用意も出来たので行こうという話になって、二人揃って転移門へと向かう。

 途中の屋台でキリトが何回か買い食いしていて、少し分けてもらうと美味しかった。アインクラッドの料理は全体的に不味いので、屋台でも美味しいのを見つけるのはかなり難しいのだけど…………

 

「ねぇキリト」

「んきゅ?」

 

 あたしの少し前を歩く小柄な少年を呼ぶと、頬袋を一杯にしてむぐむぐ食べる顔で振り向かれ、思わず笑ってしまった。ナンも一緒になって頬張っている姿が、人と使い魔なのに兄弟に見えてしまう。もしくは姉弟か。

 

「あははっ、あんた、そんなに急いで食べなくても良いじゃない」

「ん…………んぐっ……はぁ。良いじゃないか、俺の勝手だよ…………それで、何?」

「ああ……今更気付いたんだけど、あんたなんで似たような剣を欲しがるの?」

「さっき見せたようなのと同じ事情だけど、単純に俺が二刀流使いだからだよ」

「二刀流使い?」

 

 それだとイレギュラー装備状態と見做されてしまってソードスキルの発動が出来ないではないか、と思った。同時に、そういえば両手に片手剣を持った状態でスキルを使ってた事を思い出す。けれど今言ったことはそのどちらとも違う事情らしかった。

 どういうこと? と聞くと、キリトは歩きながら話してくれた。

 

「んー……例えばの話だけど。ソードスキル三連撃と通常技三連撃って、どっちが強いと思う?」

「ソードスキルに決まってるじゃない」

「確かにソードスキルは速くて鋭いから、通常技よりもダメージが出る。けど、外せば隙は大きいし技後硬直もあるからリスクは高い。実は武器の耐久値も減りやすいんだ、無理矢理強打してるようなものだから」

「あー……それは、確かに……」

 

 言われてみれば、ダメージという観点からではソードスキルに軍配が上がるけど、技御硬直の事も含めて考えると一概にもそうとは言えない事に気付く。オーバーキルだと無駄や隙を生じるから通常攻撃が優先される事も多々あるのだ。

 

「通常技はどうなのかと言うと、割と臨機応変だ。ソードスキルにはソードスキルでしか返せない――――と言われてるけど、通常技でも流れに逆らわなければいなせるからそうとは限らない。加えて、速く鋭く重ければ通常技もソードスキル以上のダメージを叩き出せるし、技後硬直も無いから隙も少ない上に読まれにくい。つまり、レベルが高くなって筋力値と敏捷値が両方とも高数値になったプレイヤーは、ソードスキルだけじゃなくて通常技による連撃も視野に入れておくべきなんだ。折角のステータスをソードスキルだけのために使うのは勿体無い」

 

 理路整然とソードスキルと通常技について説かれたあたしは、とても頓狂な顔をしていると思う。だって十歳の子供がそこまで考えてステータスを見て、装備を決めるなんてこと、彼以上の大人であるアスナ達でさえしていないことだろうから。

 

「それで、今通常技のほうが有用って言ったけど、勿論デメリットもある。例を挙げるとノックバックが無いとか」

「ああ……重い技になると、敵が動けなくなるアレね」

「そう。でもノックバックって、実はどんなソードスキルでも発生するものなんだ、そうじゃないと技後硬直で動けない敵に即座に反撃出来てしまうからねその技後硬直はやっぱりレベルが上がるごとに、もっと言えば敏捷値が高くなるにつれて短くなる。つまりソードスキルの隙が短く、そして剣速は速くなるから、どちらがいいとは一概にも言えない……けど、それはアインクラッドの常識に当て嵌めればの話だ」

「常識?」

「さっきリズベットさんが言った、イレギュラー装備状態だよ。つまり片手剣は片手一本で持ちなさいっていう常識で、今は話したんだ。確かに、ソードスキルの発動に関しては一本限定だ。でも、通常技は限定されてない。スキルを取ってないとしても低いながらもダメージはちゃんと入るから、別に二本持っても通常技をするにあたってのデメリットはソードスキルが使えないこと以外は殆ど無い。つまり、一刀の通常技でどうしても腕の返しとか呼吸で出来てしまう隙を、もう一本の剣で埋める――――隙が無い一刀以上の連撃を叩き出せる。そしてそれは、実はモンスターだけじゃなくて対人戦にも有効なんだ。何せアインクラッドの常識では原則的に二刀流は出来ないから経験の積みようが無い。つまり二刀流を可能状態にして習得することは、俺自身の命を護る事に等しいんだ」

 

 長い説明を、一度も詰まる事無くキリトは言い切った。ここまで理論的なプレイヤーって他にいるのだろうか。というか、十歳にしてこの思考はどうなのだろう。元々ゲーマーなのだろうかとも思った。

 子供の脳って侮れないからなぁ……と思いながら、二人揃って転移門に立ち、五十五層グランザム――――《血盟騎士団》こと、KoBのギルド本部がある階層へと転移した。転移先は鋼鉄の街が並んでいた。

 

「……行こう。ここ、嫌いなんだ」

 

 明らかに口数が少なくなったキリトは、声を低くしながらそう言った。あたしもこの街は温かみに欠けると思っているので、アスナには悪いが好きではない。一も二も無く頷いて転移門広場から移動する――――

 

「あ、リズ――――ッ!」

「え? ――――ぐはっ?!」

 

 横合いからどーんと女の子に体当たりされた。いたたた……と顔を見ると、そこにはユウキ、ラン、サチの《スリーピング・ナイツ》がいた。そういえばこのギルド、構成員ってこの三人なのよね。ギルドとしてどうなのよ、その人数。

 あたしに笑顔で乗っかってるユウキをどかしつつ立ち上がり、ユウキはぴょんぴょん跳ねながら言葉を続ける。

 

「リズが珍しいね! この街に来るなんて!」

「あ、あたしはあっちの子と用事があって来たのよ」

「あっちの子? ……!」

 

 キリト、と言おうとしたらしいユウキの口を、キリトが力ずくで手を当てて押さえ込んだ。かなり目は真剣で、ちょっと怖いくらいだ。

 

「事情は後で話すから、さっさと移動させて」

「……! …………!」

 

 こくこくと慌てて頷くのを見るや否や、キリトはあたしを置いて、何故か北へと駆け出し――――

 

「見つけたぞ! ビーターだ!」

 

 そんな怒鳴り声が広場に響いた。何だ何だと思って顔を向けると、明らかに剣呑な気配を出した中層プレイヤーや聖竜連合の連中がいた。

 

「今日こそあの出来損ないを殺すぞ! 逃がすな!」

「「「「「おお!」」」」」

 

 どたどたどたどたっ、とあたし達の横を通り過ぎてキリトを追った。

 

「…………何、あれ」

「毎度毎度ご苦労様ですよね。ダメージを与えた傍からバトルヒーリングで高速回復するから、キリト君に勝てるはず無いのに」

「いや、そーじゃなくて! あれは何なのよ!」

「あれは《キリト誅殺隊》。要はキリトをPKするためだけに作られた組織の、中層で活動してる人達だよ」

 

 サチが哀しげに溜息を吐きながら言った。

 

「麻痺毒で動けなくした後、ダメージ毒と出血、四肢の欠損を課して第一層の外周部テラスから落として殺そうとしてる人達。何回も死に掛けた、って言ってた。何回かは実際にテラスから落とされて、麻痺が回復して転移結晶を出すのが遅れてたら死んでたって言ってたよ」

「そんな…………キリトって、接してみれば分かるけど、全然悪い子じゃないわよ」

「リズ、それはボク達みたいに先入観無く接する人だけにしか分からないんだ。他の皆はキリトを、織斑家の出来損ないって見てるんだよ。キリトをキリトそのもので見てないんだ…………残念ながら、攻略組にもそういう人は沢山いるよ。それでも第一層の頃に較べればまだマシだけど」

「そのキリト君からメールです。『奴らを撒いてから南の山へ行くって、リズベットさんに伝言よろしく』だそうですよ」

 

 ランが教えてくれた。それにしてもキリト……あんた、この事があるなら、先に言いなさいよ…………!

 あたしは落ち込んだ気分のまま南へと行き、後ろをユウキ達三人も付いてきた。

 

「……何で来るの?」

「二人だけだともしもの時にリズが人質にされかねないし、そうなったらキリト、躊躇い無く自殺するだろうしね。護衛の意味もかねてかな」

「攻略は?」

「あ、それなら大丈夫だよ。今日は最初からお休みだったの。さっきはアスナと会ってたの」

 

 それならとお言葉に甘える事にした。さっきのを見てしまった以上、あたし一人だと確かにキリトに対する人質にされかねないから。あの連中は本当にやろうとすればなんでもやるだろうから。

 あたし達四人が街から出て南の街道に出たとき、またランにメールが入った。

 

「えっと…………え?」

「? どしたの姉ちゃん」

「『今、四人のほぼすぐ後ろでハイディングしてる』……」

「「「「…………え?」」」」

 

 嘘でしょ? と後ろを見ても、やはり誰もいない。来た道があるだけだ。

 と、そこで、すー……っと何者かが姿を表した。というか、黒尽くめの少年キリトなのだけど。

 

「……よく無事だったわね。軽く二十人はいたと思うけど」

「隠蔽スキル、コンプリート」

 

 どやぁ、と誇らしげに言うキリト。ナンのきゅるっ! という同意のような声もまた誇らしげだ。

 

「まぁ単純な話、屋根を走ったんだよ。あとはハイディングさえ完璧ならまず見つからないよ。俺のハイド、アルゴも見つけられないから」

「…………システム的にどうなのよそれ?」

「さあ…………まぁ、そんな事よりも早く行こう。あまり悠長にしてられなくなった」

 

 少し焦りを持ってあたし達四人を急かす。確かにあの様子を見るに、見つかったらイベントどころではない。

 あたし達四人はさっさと雪山を行くのだけど…………

 

「「「「くしゅん!」」」」

 

 まさか五十五層が風雪地帯だったなんて、予想外。風邪は引かないだろうけど、体の震えはばっちりあるから戦闘に支障が出かねない。あたしは薄手のエプロンドレス、ユウキとランは似た衣装の紫紺のクロークスカート、サチなんかミニスカシャツだもんね…………そりゃ寒いわ。

 前を歩いていたキリトが仲良くくしゃみをするあたし達を呆れ顔で振り返った。

 

「…………四人とも、予備の服とか無いの?」

「「「「ホームになら」」」」

「つまり、今は無いんだ…………ン、はいこれ」

 

 そう言って黒いファーコートを四つ分あたし達に投げ渡してきた。けれどキリトは黒いシャツにズボン、黒コートだけだ。寒くないのだろうか。

 

「私達は暖かくなるけど……キリトは大丈夫なの?」

「年がら年中この黒尽くめだし、慣れた。前は氷結洞窟で野宿したし」

 

 うわっ、考えただけで寒っ! とばかりに四人で震える。キリトはそれからまた前へ歩き始め、あたし達もそれを追う。

 漸く見つけた村で南の山のドラゴンポップのイベントを発生させる為、村長の家で話を延々と聞く羽目になった。大体二時間半くらいで、キリトだけが全てを聞いていたらしい。三十分であたし、一時間くらいでユウキ、一時間半でランとサチが撃沈し、キリトだけ起き続けたのだとか。

 村長の少年期から始まり、青年期、壮年期と来てそういえば南の山に~というとんでもない苦労話だったから退屈だったのだが、キリトにとっては物珍しくて楽しかったのだとか。大体のクエストは全部楽しんでるって言っていた。

 

「クエストを楽しむ?」

「楽しんだほうが、報酬は嬉しい過程は楽しいで一石二鳥」

 

 雪山に現れる《アイス・スケルトン》をあたしのメイスでがっしゃんがっしゃんと気持ちよく砕きながら、キリトと話していた。今はあたしのレベル上げも一応やっているのだ。そこまで大量には入らないけど、コルが手に入るのは正直嬉しい。

 アインクラッドの構造上、必ず山の高さは百メートル無いので、三十分も歩けばすぐに山頂に辿り着いた。そこら中に蒼く澄んだ煌きを持つ水晶が並んでいて、降り注ぐ雪の光を乱反射して幻想的な光景だった。

 

「綺麗……!」

 

 そう言って駆け出そうとしたあたしを、

 

「あ、ちょっと待って」

「ぐぇっ……!?」

「「「うわぁ……」」」

 

 キリトは服の背中の部分を引っ張って止めてきた。唐突な事に妙な声を出してしまった。

 何よと振り返ってキリトを見下ろして――――さーっと血の気が引いた。さっきまでのキリトが纏っていたぽやぽやした雰囲気でなくなり、凍てつくような鋭い眼光とであたしを見ていた。金縛りにあったように動けなくなる。

 

「リズベットさん。ドラゴンが出たら、そこら辺の水晶に身を隠して、絶対に身を出さないでほしい。出来ればユウキ達も」

「え? どうしてよ?」

「俺とリズベットさんはマスタースミスがいればドロップするんじゃないかと推測してるけど、もしかしたら何か踏まないといけないフラグを踏んでないのかもしれない。それを確かめるとなると時間が掛かるし、一人でやった方がフラグを試しやすい。だからソロでやらせて欲しい」

「そ、それは了解したけど……身を隠すって、そんな大袈裟な――――」

「大袈裟じゃない!」

 

 いきなり声を張り上げられた事に、あたしは続けようとした言葉を止めた。キリトは一言謝ってから、また喋り始める。

 

「大袈裟じゃないんだ……何か不測の事態が起こるとも限らないし、常に想定して警戒するべきなんだ。人が想像するものは全て現実となり得る。最悪な想定をしておかないと…………もう、仲間が死ぬのは嫌だ……」

「キリト……」

 

 サチが労るような声を出し、近づこうとした――――直後にキリトが俯けていた顔を別の方向、上空へと向けた。あたし達も見れば、蒼い結晶片が収束し、形になろうとしているところだった。ドラゴンのポップ現象だ。

 

「そこの水晶の影に! 早く! あとリズベットさんは転移結晶を!」

 

 そう言ってあたしに青い直方体の結晶――高価な転移結晶――を投げてきた。それを慌ててキャッチしながら、四人で結晶の影に隠れる。

 

「ねぇあんた達、キリトは大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。キリトはアインクラッド最強の剣士なんだから。戦闘で並び立つ人はこの世界に誰もいないよ」

 

 ユウキが自信満々の笑みを浮かべながら言う。ランも、ちょっと不安そうだけどサチも頷いた。彼女達が言うなら、きっと大丈夫なんだと思って、キリトとポップした巨大な白銀のドラゴンを見る。ナンがとても小さく見えてしまっていた。

 

「ナン! 高度上昇、続けて飛来!」

「きゅる!」

『グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 ナンがキリトから離れて高度を取った直後、白銀のドラゴン《クリスタライト・エルダードラゴン》がとても小柄なキリトにブレスを吐いた。真っ白なブレスはキリトへと襲い掛かり――――

 キリトは黒い剣を縦に構え、続けて五指で目にも止まらない速度で回転させ始めた。薄蒼い光を纏った即席の円盾は、純白の冷気の奔流を遮る。それでも微々たるダメージは入っているようでも、それはすぐに回復してしまっていた。受けるダメージの少なさと言い自然回復の速さと量と言い、キリトは本当に戦闘に関しては最強、比肩し得る人はいないようだ。

 続けてドラゴンが前足の鉤爪を構えてキリトへ突進を仕掛け、キリトはあわせるようにエリュシデータで応戦し――――

 

「うっそぉ……」

 

 普通のプレイヤーよりも更に小柄なキリトが、真正面からドラゴンに力で勝って突進攻撃を跳ね返した。慌てて体勢を立て直すドラゴンを見ながら、あたしは呆然と声を発した。

 ナンは攻撃の構えを取ろうとしているドラゴンへと高速で飛来し、目に鉤爪武器をぶっ刺していた。それに悲鳴を上げるドラゴンへと、跳躍で同じ高度まで達したキリトの斬撃が襲う。翼や尻尾で吹っ飛ばそうと試みているも、全てキリトのエリュシデータに踏ん張る大地が無いのに力負けしてドラゴンは手も足も出ない。

 あまりに一方的過ぎる光景に、あたしは口をあんぐりと開けていた。あまりにも次元が違いすぎる戦闘に、あたしはもっと見たいという欲求に駆られ――――

 ふと、唐突にあたしの目がドラゴンと合った気がした。ドラゴンは空中で弱めの攻撃を続けるキリトを無視し、あたしへと体を向ける。

 

「リズ! 早く戻って!」

 

 えっ、と顔を横に向けると、明らかに水晶の影から体を出してしまっていた。大体二メートルくらい。あまりに次元が違った初めて見る戦闘に興奮して、勝手に体が前に出ていたようだった。

 

「リズベットさん?! 早く戻って! 早く!!!」

 

 空中で身動きが取れないでいるキリトがこちらを向いて、焦った顔で言ってきた。けれどあたしは、あまりの偉容を持つ白銀のドラゴンに体が竦んでしまい、動けなかった。

 ドラゴンは両翼をはためかせ、凄まじい暴風を放ってきた。ユウキ達があたしを連れ戻そうと体を動かして手を伸ばしてきて、あたしも伸ばしたが間一髪で届かなかった。そのまま暴風に晒されたあたしは宙を舞い――――大穴の上に出た。

 

「う、そ……」

 

 そのまま自由落下を始め掛け、ファーコートのフードをナンが加えてギリギリで自由落下を遅めていた。けれど持ち上げるには至らない。ナンの体が小さいのもあるけど、あたしのストレージはメイサーとしての重装備が結構あるから、プレイヤーとしての重量で考えても結構重いのだ。

 

「ナイス、ナン!」

 

 大穴の端から瞬速で飛んできたキリトがあたしの腰を抱き、そのまま反対の穴の端へと向かう。ギリギリでキリトは着地できた。

 

 慌ててあたしが足を下ろすと、がこっと崩れてバランスを崩す。

 

「えっ……?!」

 

 今度は背中から穴へと落ちていき、キリトとナンの顔が遠くなり始めた。

 

「リズベットさん!!!」

 

 キリトが絶叫し、右手の剣はそのままに瞬速で穴へと落ちてきた。あたしに軽々と追いついて腰を再び抱き、すぐそこの壁へと逆手に持ち直したエリュシデータをガシュンッと突き立てる。

 ギャガガガガガガガガガガッ! と火花と共に岩を引き裂きながら進む嫌な音が立て続けに響き、がくん、と落下に制動が掛かるも止まるには至らない。

 

「頼む、止まって……ッ! ――――止まってくれッ!!!」

 

 キリトの必死の声が耳に届いた。それが更に絶望的な状況なんだと理解を加速させる。

ふと違和感を覚えて首を回せば、穴底がすぐそこまで迫っていた。

 

「くっ……こうなったらせめて……ッ!」

 

 そこで、ぐるん、とキリトと上下が逆になり、続けてキリトがあたしを上へと投げ飛ばした。多少落下速度が落ちただけだったけど、そのあたしのファーコートのフードを再びナンが咥えた事で、落下は着地できるくらいにまで遅くなる。

 キリトは、落下速度をそのままに底へと激突、降り積もった積雪を巻き上げて盛大な粉塵を作った。

 

「き、キリト?!」

 

 ナンに下ろしてもらって急いでキリトが落下した所へ走り寄ると、彼はHPバーに二、三画素分くらいだけ残してぐったりと倒れていた。エリュシデータは壁面に突き立ったまま。上下の位置を変えたときに手を離したようだ。

 キリトはゆっくりと目を開け、最初にきょろきょろと顔を動かしてあたしを捉えた。次に自分のHPバーを確認するためだろう、目だけを左上へと動かす。

 そして再び頭を地面へと落とした。

 

「……はは…………生きてたよ」

 

 ぐったりと言うキリト。声音には喜びが余り感じられない気がしたけど、安易に触れられない何かを感じた。

 

「あー、とりあえずポーションでも飲んどこうか……ホント、悪運が強いのか地獄に嫌われてるのか……」

 

 緑色の苦いレモンジュース味のそれを飲み干し、疲れた口調で言うキリト。あたしは十分にHPが回復したのを確認してから口を開いた。

 

「その……さっきは、ありがと……」

「ん? ああ……別に良いよ。リズベットさんが無事だったんだから」

「いや、でもあんた、今死に掛けたのよ?!」

 

 そんな簡単に流されても良い問題じゃないでしょ! と言おうとすると、キリトの続く言葉で硬直する事になった。

 

 

 

「――――だから?」

 

 

 

「…………は?」

「俺は確かに死に掛けたけど、それはリズベットさんも一緒に激突したら助からないって判断したから。俺が生き残れるかは正直、無理だなって思ってたけど……もしの話を俺はしない。リズベットさんは無傷、俺は瀕死だけど生きてた。それで十分…………十分だよ……」

 

 透明感のある淡い笑みを浮かべて言うキリトに、あたしは絶句していた。ここまでシビアに命の勘定と状況判断をして人を生かそうとするなんて、もう尋常じゃないとかを超えて異常の範疇だ。どういう人生を送れば、こんな考え方になると言うのだ。

 

「きゅるぅ…………?」

「ん……ごめん、ナン……ナンと過ごし始めてから、少しは変わったと思ったんだけど……やっぱダメみたいだ」

「きゅぅ……」

「くすぐったいよ…………」

 

 ぺろぺろと頬を舐めるナンに、力無く笑みを浮かべるキリト。その姿は、あたしが見てきた誰よりも儚く、弱い子供に映って見えた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 実は今話の文字数、初期の約二倍である一万五千文字に到達しようとしている程の量になっております。区切りのいいところで切ろうとしたらこうなった。

 そして今話でシリカとアルゴの対話で出て来た存在、キリト誅殺隊が出てきました。単純に言えばアンチキリト隊ですね、ガチで殺そうとしているグリーンなのでオレンジやレッドよりも質が悪い設定です。

 さて、予定調和で穴底に落ちてしまった二人ですが……原作通りの流れとは言え、ちょっと違う部分もありますので、楽しみにしていて下さい。既にリズが色々と心を開いておりますが。

 では、次話にてお会いしましょう。



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第九章 ~闇と光~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話でリズベット編終了です。まぁ、彼女は今後もちょくちょく出てきますが、キリトとの馴れ初めにあたるお話は今話で終わります。

 今話もオールリズベット視点でお送り致します。

 ではどうぞ。




 

 

 あたし達が穴底に落下した後、ユウキ達に救助を頼んだ。結晶無効化空間だったから転移結晶で脱出出来なかったのだ。キリトは自分だけなら壁を走って登れることを実践して、彼が上のユウキ達と細かい打ち合わせをして、また戻ってきた。ちなみに、その時は必要ない片手剣を壁面に刺し、ロッククライミングで下りるとき同様に少しずつ壁面を蹴っていた。

 今はキリトがストレージから出したランタンと小鍋、簡易調理キットと幾つかの紙袋が目の前にある。ダンジョンでの野宿用らしい。

 

「キリト、いつもこんなのを持ち歩いてるの?」

「何時襲われるか分からないし、俺は主街区を基本的に使えないから。あと、攻略組だと野宿とかダンジョンで夜を明かすのは割と日常茶飯事だよ」

「…………アスナやユウキ達からは、全然そんな話聞かないけど」

 

 朝早くに出て夕方には戻れるようにしていると聞いた気が……

 

「皆はほら、ギルドの定例会議とか、アルゴが出してる情報誌チェックとかしてるから。俺はその提供者だから、野宿しないと追いつかれて被害が出るんだよ」

 

 ざーっと雪を両手で子鍋にいれ、キットのかまどに乗せて溶かしてお湯にし、続けて小袋の中身をざらーと入れる。ドリンクは何か矢鱈と豪華な瓶から出した、しゅわしゅわなレモンイエローのワインっぽいものだ。

 

「これは?」

「【ファンタズゴマリア】。クリスマスイベントボス背教者ニコラスから手に入った数ある品の中でも、超級レアなアイテム。非売品かつ使用無制限の耐久値無限アイテム。一週間空けて誰かと一緒に飲むことでステータス・スキル熟練度が全て十上昇するんだ、一杯目だけだけど」

「ええ?! そんなアイテム……あたしに良いの?!」

「俺と友達になってくれたらね」

「…………友達?」

 

 何を今更と思ってキリトを見ると、彼は小鍋の上にある調理終了待機時間表示を、何をするでも無くじっと見ていた。

 

「俺が織斑一夏だと知っても、リズベットさんはただの一度も悪罵を投げてこなかった。俺自身を見てくれてるって、目を見て分かったから…………織斑一夏として振舞う俺を、それでも受け入れてくれたから。だから、リアルでは別名になってる俺だけど……リアルに帰ってからも、リズベットさんとは友達でいたいんだ。この飲み物は、俺がそう思った人と飲むって決めてるものなんだ」

「キリト…………あんた……」

「……嫌、かな」

 

 びくびくと怯えながらキリトは言って、こちらを上目遣いに見てきた。不安げに瞳が揺れているのは、恐らく今までの経験から来るものだろうなと思う。

 あたしは一も二も無く頷いた。

 

「良いわよ。友達になりましょ? 織斑一夏としてのあんたと、そして違うあんたとも」

「…………ありがとう」

 

 少し涙を滲ませながら、キリトはお礼を言ってきた。お互いにフレンド登録しあって、また笑みを浮かべあう。

 そこでぽーんと調理終了の音が軽やかになった。キリトがストレージから取り出した二個のスープカップにそれを注ぎ、湯気が立ち上るスープをいただきますと言ってずっと啜った。途端に口の中に肉と野菜の出汁が染み込んだ味が広がり、仮想の体が芯からぽかぽかしてくる。

 

「美味しいよ、これ」

「よかった……そう言ってもらえると嬉しい…………現実世界からずっと続けてきた、俺の唯一、ブリュンヒルデにも神童の兄にも負けないって誇れることだから…………《料理》スキル、頑張ってコンプリートした甲斐があったよ」

「ええ?! アスナ達でもまだ七百前後って聞いたわよ?!」

 

 攻略一辺倒なキリトが、何故定期的に休暇で時間を作っているアスナ達よりも早くコンプリートできると思って聞くと、彼はデスゲーム開始から三日後には《料理》スキルを取って、基本的に三食自炊していたらしい。余程の事が無い限りは欠かす事無くしてきて、去年の八月頃には既にコンプリートに至っていたのだとか。確かアスナ達はその辺から取ったから、それを考えてもキリトはかなり速いという事になる。

 まぁ、それも三食必ず作っていればそうなるわよねぇ、と思いつつ、しゃくしゃくとクッキーを食べ小さなカップに注がれた熱々のスープを飲んでいるナンを見て和む。途轍もなくスープが美味しいので、三杯食べてしまった。彼には凄く喜ばれたけど。一度も褒められた事が無いらしい。

 

「それって、新しい家族にも?」

「いや、前の家族だけかな。新しい名前を得てからはよく褒められてたけど、この世界に来てからは誰にも食べてもらってないから、一度も褒められた事が無いんだ。そもそも誰かと食事するのも初めてだし……」

「……そっか」

 

 そりゃ誰にも食べられてなかったら褒められはしないだろう。まぁ、今のこの世界のキリトに対する感情を考えると、それも仕方ないのだろうけど。

 

「前にサチのギルドにいたってサチから聞いたけど、その時にも振舞わなかったの?」

「出来るだけ距離を取るようにして、戦闘の指南しかしなかったんだ。だから日常的な付き合いは薄かった…………まぁ、サチだけちょっと事情があって違ったんだけどね」

 

 早速食べ終わったナンは、またもキリトがストレージから出した小さなベッドで、既にすやすやと布団にくるまって寝ている。和毛がとてももふもふしていそうで、途轍もなくもふりたい衝動に駆られた。流石に眠っていて嫌われたくないのでしないが。

 さて寝ようかという段階で、一つ問題が起こった。

 さっき知ったのだが、【ファンタズゴマリア】はあの超重いエリュシデータ二本分の重量、つまりあの魔剣の二倍もストレージを圧迫するらしい。結構なストレージ容量を持つのだけど、そのキリトでも寝袋は一つしか持っていなかったようだった。

 つまり片方は凍えるかのような積雪の穴底で寝なければならないのだが、そんな事をしてしまえば絶対にガチガチに体が凍る。仮想世界だから風邪は引かないとはいえ、やはり不快感は凄まじいだろう。

 

「……どうするの?」

「ん? リズベットさんが寝袋使えば良いんじゃないの? 俺は野宿に慣れてるから耐えられるけど、リズベットさんは無理でしょ? この寒い中で雪をベッドにするの」

「いや、キリトも無理でしょ」

「俺は氷の上で直に寝たことあるし」

「…………マジで?」

「大マジ。あれは何時だったかな…………ああそうそう。クライン達と一緒に氷の洞窟行ってさ、するとトラップで来た道を帰れなくなっちゃって、一日中道を探しても出られなかったんだ。だから野宿になったんだけど、クラインだけ寝袋がモンスターの襲撃で壊れちゃって。だから俺の貸した」

「クライン、子供に氷の上で寝かせたの?!」

「というより、俺が強制させた。俺くらいの背丈の人間が入れるくらいの隙間の穴が壁にあってね、そこは結構暖かかったから。でもクラインは入れないし、しきりに『寒ぃ、寒ぃ』って言ってたから。その疲労のせいで翌日の戦闘で使い物にならなかったら意味無いし」

 

 あくまで実利を最優先に考えるキリト。そうなると、今回はそれで返せるか。

 

「だったらキリト、あんたが尚更これ使いなさいよ。明日も帰りがあるのよ?」

「それを言うならリズベットさんもでしょ。インゴットに直して俺の武器群を鍛え直してもらわないといけないし、ここで手に入れる予定のインゴットから剣を作る依頼もしてるし。あとお店の方もあるし、俺のエリュシデータも流石に砥いでもらおっかなって思ってるし」

 

 うぐっと呻く。一瞬で論破されてしまった。このままでは本当にキリトに流されて、この子が雪の上で寝てしまいかねない。ここには小さな穴も無いのだから。

 

 

 

『その子ってね、暖かいんだよ。私、一緒に寝てもらったから分かるの。小さな体に、とっても暖かくて力強い光があるってこと』

 

 

 

 ふと、脳裏にサチの声が浮かんだ。何時だったか、彼女がギルドに力添えしてくれていた剣士の事で、顔を赤らめながら話してくれたことを。

 一緒に寝る。

 そうだ、それがあるじゃないの!

 

「キリト、あんた、あたしと一緒に寝なさい!」

「…………え?」

「あたしはそこまで体は大きくないし、キリトに至っては子供だから小柄でしょ。だから二人でもこの寝袋には十分余裕で入るわよ」

「い、いや、俺は、その」

「何よ。あたしが良いって言ってんのよ、知らない仲じゃないんだから構わないでしょ」

「そ、そういう問題じゃない気がするんだけどなぁ…………」

「明日インゴットが手に入らなかったらまたキリトが戦うんだし、手に入ったらあたしが頑張る必要があるの。どっちも可能性が有る以上、どっちも万全な体調にしておくべきでしょ」

「……………………」

 

 キリトが完全に黙り込んだ。がくっと頭を落とした所を見るに、あたしの力押しで折れたらしい。よっしゃ。

 そんな訳で無理矢理頷かせて、あたしはキリトとベッドロールの中に入った。とはいえ、キリトはあたしが寝ている方とは逆向きに寝ている。彼の艶やかな黒髪があたしの方にあって、さらさらでこそばゆい。というか、女として色々と羨ましい。

 

「キリト、髪凄くさらさらしてるわね」

「俺はあんまり好きじゃないんだけどね……」

「何で?」

「女尊男卑」

「あ、ああ……そういうこと」

 

 アインクラッドは男女平等のステータスになるから忘れがちだが、確かにISが発明されてから女尊男卑風潮が強くなっている。この世界でもそこそこの女尊男卑に染まった女性プレイヤーはいるが、圧倒的に男性が多い上に攻略の基盤は男性が握っているのが殆ど。

 そう言う意味ではアスナは女尊男卑の神輿に担がれそうなものなのだが、彼女は自力で全てを跳ね除けて攻略第一義、男女平等を掲げて活動している。これに賛同した男女のプレイヤーが多いのは既に想像できるだろう。女尊男卑主義だろうがそうでなかろうが、こんなデスゲームの世界からは誰だって生きて出たい筈なのだから。

 しかし、やはり性別や容姿は変えられない。つまりキリトは、尊い女子の容姿を持った男という事になるので、それで女尊男卑風潮で苦労してきたんだろう。女尊男卑を下らないと思ってそれなりに成長したあたしからしても、キリトの容姿は美少女のそれと全く変わらず、ある意味でアスナ以上の美しさがあるから、更に酷い仕打ちを受ける事は想像に難くない。それが織斑家の落ち零れだとかで元から差別されていたのなら尚更に。

 

「それなら髪を切ろうとは思わないの?」

「…………昔切ろうとしたら、新しい家族に涙ながらに懇願されて切れなかった…………」

「そ、それは……ご愁傷様ね……」

 

 もう本当にご愁傷様としか言えない。そして女尊男卑風潮で酷い仕打ちを受けていたのに、その姉とやらの願いを聞き入れることが凄いと思う。普通無理でしょ。

 

「…………ねぇキリト。攻略の話、してくれない?」

「? 何で? アスナ達から聞いてるんじゃないの?」

「人それぞれで面白いのよ」

「ふぅん…………とはいえ、俺は今までずっとソロだし、人と一緒にいないしなぁ……話せるほどの事が無いよ」

 

 そっか、と返すとキリトは小さく頷き…………少し経ってから寝息を立て始めた。少しでも多く睡眠時間を取る為に、彼はどうやら寝つきが凄く良いらしい。くぅくぅと可愛い寝息に合わせて、肩も軽く上下している。相変わらずエリュシデータは抱えたままのようだが。

 あたしは彼の方を向いたまま、彼の肩を抱いた。胸に抱えられるくらいに小さな肩はぴくんと反応したが、また規則的な上下を始める。

 穏やかな寝息を子守唄にして、あたしも意識を眠りの波へと委ねた。

 

 *

 

 

 

 ――――誰か……助け、て…………

 

 

 

 子供の声がして、はっと目を開いた。

 けれど、視界に広がるのは黒いもやしかない空間で、凍えるほどの寒さと雪景色は一つも無かった。そこにあたしは一人ポツンと立っていた。

 

「ここ……どこよ」

 

 視点を下げると、キリトと寝る時となんら変わらない服装、いや装備だった。夢なのかとも思ったが、それにしてはいやに意識がハッキリしすぎている。そもそも夢なら夢で、これは何の夢なのだ。

 腕を組んで考え込んでいると、途端に黒いもやが晴れた。見慣れないが、明らかに現代都市といった風情の町並みが現れ、同時に現代風の服装をした懐かしい人通りが出る。けれど人は誰一人としてあたしを見ず、また、あたしの体への干渉が無かった。透けたのだ。

 何なのだと思って歩いていると、やはりそれにあわせて町並みも変わっていった。歩いていくと、商店街らしいスーパーやデパート、野菜店や肉屋などが並ぶ風景が現れた。商店街の店名には、一様に『神奈川県横浜市』とあった。横浜にしては少々田舎のような気がしないでもなかったが。

 やはり誰もあたしに気付いてないなぁ……と思いながら歩いていると、ふと、人だかりが裏道に出来ているのを見つけた。大人と子供、どちらかというと大人の方の数が多い、全員あわせて二十人くらいだろう。その目つきは剣呑そのものだった。

 

「……? 何かしら」

 

 何か妙な予感を感じつつ近づくと、その会話内容も聞こえてきた。

 

『――の屑が! とっとと失せろ!』

『何で――の出来損ないがここを歩いてるんだぁ?!』

 

 その言葉と共に足で何かを蹴っている大人と子供達。いや、子供達は石を投げている。大人の中には一部が赤黒く滲んでいる木の棒を持っている者もいた。

 その人だかりの中心には、ボコボコに袋叩きにされている黒髪の子供が一人。上下黒の半袖長ズボン、後ろ腰に届かないくらいの長さの黒髪を持つ子供は、間違えようも無い、キリト本人だった。けれどあたしが知るキリトよりも更に小さい。

 

「キリト?! あんた、大丈夫?!」

 

 大慌てで駆け寄って助け起こすために腕を掴もう――――として、あたしの手が彼の腕をすり抜けた。続けてあたしの体を大人の男の足がすり抜け、キリトを蹴り飛ばす。キリトは近くのコンクリートの角に後頭部をぶつけた。

 彼の頭から、血が流れた。それを嗤う声が響く。

 

『おいおい、天才の姉や兄なら、これくらいで血を流したりしないぜ?』

『無理無理。こいつは――の落ち零れ、較べたら可哀想だろ?』

『それもそうか、こんな屑に較べられる家族が可哀想だな』

 

 そう言いながらも較べ続けて見下し、暴行を繰り返す少年と男性達。あたしが幾らやめろと叫んでも、全く届いていない。

 あたしは理解した。これはキリトの過去の記憶、彼が見ている夢なんだと。あたしには絶対にこんな光景を見た覚えが無いし、見たら多分助けていたと思う。だからこれは、何故あたしが見ているか分からないがキリトの記憶なのだ。

 この後数十分にも渡って暴行を加えられたキリトは、近くに落としていた袋の食べ物を確認してふらふらと覚束無い足取りで歩き出した。血はシャツの端を破って頭に巻くことで応急処置として止めていた。あたしは勿論、その後ろを付いて行く。

 暫く歩いていると、唐突にキリトの即頭部に石が投げられた。慌てて横を見れば、にやにやと笑っているキリトよりは年上らしき男子が数人いて、続けて石を投げる。それをキリトは、一切の抵抗を見せずに受けていた。更に血を流すも、そのまま住宅街を歩いていく。それでも食材が入っているらしい袋には、一滴の血も付いていなかった。

 また暫くして、キリトはある一軒の玄関へと入った。あたしは閉じる扉に合わせて入り、靴はとりあえず脱がなかった。床はちゃんと透けずに踏めていて、なんとなく安堵した。

 

『ただい――――』

『どけよ屑!』

 

 食卓らしい所に入ったところで、ちょうど出るところだったらしい年上の(それでも今のあたしよりは小さい)男子が罵りながらキリトを蹴り飛ばした。

 テレビで織斑千冬を見たことあるが、なんとなく面影が有るから、こいつが神童と呼んでいた兄なのだろうというのは察せた。

 

『お前帰るのが遅いんだよ! 何してたんだ、アア?!』

 

 ガンガンッ、と腹を連続で蹴っては暴言を吐き散らす兄。暫くして気が済んだのか、足をどけて歩き出した。廊下をこちらに歩いてくるので、あたしはなんとなく触りたくなくて壁に背中をつけてやり過ごす。

 

『とっとと飯作れよ。千冬姉がもう少しで帰ってくるから。あと、風呂もな』

『うん……』

『ふん……何でこんなヤツが弟なんだよ』

 

 足音荒く階段を上がって行った兄。

 キリトは更に勢いを増した出血を先に風呂場の水で流して処理して血を止め、包帯を巻いた。ついでにと風呂のお湯を抜いて出て、食材の袋を食卓のシンクに入れて水で汚れを取る。その間にまだ乾いていない廊下の血を拭っていた。

 テキパキと流れるような作業。手が届かない所は椅子を使って取り、コンロで火を使う際も同じ。冷蔵庫から食材を取り出して料理していき、たった二十分で一通りの食事が出来てしまっていた。その後据え置き電話で内線を鳴らしてから風呂掃除へと向かう。

 兄はキリトが念入りに風呂掃除をしている間、テレビを見ながらご飯を食べていた。美味しそうではあるが、まだ小学生になっているかどうか分からないくらいに小さい子が作る料理にしては、手が込んでいる。込みすぎると言えるほどだ。流れるような作業も、いつもの如くと言えるほど慣れていた。

 兄は二十分ほどで食べ終えると、食器はそのままにしてまた二階に上がって行った。それを見計らったかのようにキリトが風呂掃除と、そして洗濯を終えて食卓へ戻ってきて、兄が完食した後片付けを始める。

 

『今帰ったぞ』

 

 その言葉と共に、女性――――織斑千冬が帰ってきた。ダークスーツに身を包んだ怜悧な女性で、よく記憶に鮮明に残っているなと思えるほどだった。

 姉がキリトの傷を見て、顔を顰めた。

 

『――、その頭の傷は?』

『階段で転んだ』

 

 いや、その痣と傷は階段で転んでもどうやっても付かないでしょう、と子供特有の嘘の稚拙さに呆れ苦笑をしていると、姉の反応に愕然とすることになった。

 

『そうか。お前は秋十と違って鈍いのだから、気をつけろよ』

 

 …………全く疑っていなかった。嘘でしょっ? と何度も顔を見るも、やはりそこに疑念を持っている様子は見られない。

 キリトは姉のために再度作っておいた食事を並べ、それを姉は無言で食べ、キリトはその間に洗濯物の取り込みを始める。

 

『――、お前は食べたのか?』

『うん』

『そうか』

 

 またも嘘を吐いたが、しかしまたも姉は疑わなかった。シンクを見れば、一人分の食器しか水に浸けられていないというのにも関わらず。

 丁寧にいただきますとごちそうさまを言った姉は、書類やら何やらを持って再び外出した。どうやら仕事があるらしく、それでも食事のために帰宅したようだった。

 暫くすると、兄が着替えを持って降りて、風呂場に入った。キリトはその間に残り物のご飯でお握りなど、日持ちがする食べ物を作って冷蔵庫にパックして入れていき、更に残ったものを姉と兄以上のスピードで食べる。明らかに味わうのではなく、栄養を取る為の作業だった。

 兄が風呂から出て二階に上がってから、キリトもお風呂へ向かった。服を脱いで裸となった時、あたしは目を剥いた。体中に、子供の柔肌に隙間無く裂傷や痣が無数にあったのだ。服で隠れて見えない部分が殆どで、見える部分は頭くらいだった。

 

「何、なのよ…………どんな子供時代よ……?!」

 

 お風呂、睡眠、翌日起きての行動。登校、学校、下校、買い物、帰宅してからの行動。何日も何日も同じ事の繰り返し。悪罵を投げられ暴力を振るわれ家族も冷たいと散々だった。キリトの目は虚ろな闇を持って、光を喪っていた。

 そして時は過ぎ、第二回モンド・グロッソの日、キリトは兄とは別々で誘拐された。ロシアまで連れて行かれ、一緒のところに捕まるも、兄はキリトに犯人達の気が向いている間に逃げ出した。

 

『秋兄! 助けて!』

 

 あれほどまでに暴行を振るう男をまだ兄と呼ぶなんて……とどこか憧憬にも似た感情を抱いた。兄は肩越しに振り返り、キリトに、最高の笑みを見せ――――

 

『僕のために死ねよ、落ち零れ』

 

 そして、最悪の言葉を言い放って絶望の底へと叩き落とした。誘拐犯達は慌てて追いかけるも、しかし矢鱈と狡賢いのか即席の罠を仕掛け、外のバイクを盗んで逃走した。一夏を見捨てて。

 キリトは柱に縛り付けられたまま、動かなくなっていた。茫洋と焦点の合っていない状態で、瞳はもう何も映していなかった。

 

『…………織斑千冬を棄権させようとする作戦がフェイルした以上、俺らの指令も終わっちまってるしなぁ…………このガキ、どーすっか……』

 

 ぽりぽりとヒスパニック系の黒髪の男が顎を掻き、しゃーねぇかと言ってキリトの縄を解き、担いでどこかへと向かった。

 

 

 

『い、やだ、来るな来るな来るな!!! いや、だ……あ、ぎ、ぅあ……ぁぁぁぁぁぁあああああああああああああッ!!!!!!』

 

 

 

 研究所らしき所にキリトが連れて行かれ、酷く心に響く絶叫が響き渡り――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はっ?!」

 

 あたしは、目を覚ました。荒い息で周囲を見ると、雪が降り積もった穴底だった。既に朝なのか、穴の中が明るい。

 腕の中に、キリトはいなかった。どこに行ったのかと顔を巡らせると、少し離れた所で昨夜の夕食と同じような作業をしている姿があった。

 それが、夢で見た更に幼い彼と、被って見えた。

 

「っ……!」

 

 ずきん、と胸の奥が疼いた。鋭い針が刺さった時のように、酷く鋭く深い痛みだった。思わず涙が出てきてしまう。

 

「……リズベットさん?」

 

 キリトの声が聞こえた。彼はこちらを不思議そうに見ていて、あたしは慌てて首を振った。わざとらしく欠伸をして涙を誤魔化すようにして、ベッドロールから体を起こす。

 

「お、おはよう」

「おはよう。凄かったよ、リズベットさん」

「…………何が?」

「俺が動いても全く起きなかった。身じろぎもしないから、昨日凄く疲れてたみたいだね」

「そ、そりゃそうでしょう。キリトが死に掛けたのもそうだけど、こんな経験無いんだから」

 

 多分それは、あんたの過去の夢を見ていたから…………そんな事、口が裂けても決して言えない。この世界を織斑一夏として生きて、脱出したら織斑一夏の全てと決別しようとしている彼には、絶対に。

 幸い、キリトはあたしが浮かべていた涙にさして疑問を持たず、また美味しいスープを振舞ってくれた。昨日よりもハーブが効いている気がして、風味も変わっていたけど美味しかった。

 食べ終わってベッドロールやランタンも片付けて、さあどうしようかとなった。正直暇なのである。

 

「ここって本当、一体何なのかしら」

「さあ…………プレイヤーを落とす為だけの穴……とは、正直考えづらいんだよなぁ……それなら穴底に氷柱を逆さに敷き詰めれば即死するんだし」

「じゃあ、この穴には何かヒントがあるってこと?」

「じゃないかな。そもそもそのためだけの穴なら壁も破壊不能オブジェクトにすると思うよ。俺の剣が刺さったから、多分何かしらの意味があると思う」

 

 確かに、プレイヤー殺しの穴なら全てを破壊不能にすれば、決して出られず死ぬだけだ。つまり逆に言えば、それが為されていないこの穴には、何か隠されているとも言える。

 

「…………一応言うけど…………掘ってみる?」

「…………一応訊くけど…………どうやって?」

「ちょっと壁際に下がって」

 

 そう言われたので下がると、キリトはエリュシデータを抜いた。漆黒の刃が、絶望で自失していた幼いキリトの瞳の闇を思わせた。

 キッと目つきを鋭くしたキリトは、その場で跳躍し――――

 

「せ……らあああああああああああ!!!」

 

 空中で地面に向かって神速で剣を振り、暴風を撒き散らした。ドッパァァァァァァァンッ!!! と雪が破裂したように吹き上がる。

 積もっていた雪が全て払われた底には、キラキラと光る結晶がチラホラと見えた。見覚えの有る直方体のそれは、インゴットのそれだ。澄んだ蒼に煌くそれを掘り返してタップすると、【クリスタライト・インゴット】と表示された。あたし達が求めたもので間違いないだろう。

 イベントでは『ドラゴンは水晶を齧り、腹の中で鉱石を精製する』と言われていたのだから。

……この時点で出自を朧気ながらに悟ったが、この子は気付いていないようだったので黙っておく事にした。

 

「あった……これね、きっと」

「だね。あとは脱出だけだけど…………あの黒い影、何かな……穴の入り口に影があるけど……」

 

 言われて天を仰げば、徐々に大きくなる影があった。ドラゴンだ。

 

「「き、来たぁぁぁぁあああああああッ?!」」

『グオアアアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 自分の棲み処にいる侵入者に怒っているのか、ドラゴンは凄まじい咆哮を上げながら降りてきた。どうしようとメイスに手を掛けていると、ふと、キリトがあたしの腰を抱えた。

 

「え? キリト?」

「口を閉じてて、舌を噛むよ」

 

 言われて閉じた直後、ズバンッ、と音を立てて走り始めた。壁を横に回っているらしく、速度が速いのかドラゴンが首を回す速度が追いついていない。

 そして少しの浮遊感、続けてずがんっ、という音とドラゴンの悲鳴が続き、全てを置いて行かれそうな速度の上昇感が襲ってきた。暫くしてから再び浮遊感が襲う。目を開けると、朝陽が山の境界線に掛かって輝いていた。あたしとキリトは手を繋いだ状態で落下していっていた。ナンはキリトのコートに爪を立ててどうにか付いてきていた。

 雪をショベルカーの様に掻き分けながら着地した。村に戻ると、丁度ユウキ達が来た所だった。

 

「二人とも?! どうやって脱出したの?!」

「あの穴はドラゴンの巣で、朝になったら帰って来た。リズベットさんを担いで背中に剣ぶっ刺して、巣から出たところでスカイダイビング」

「あ、ああ、なるほどです…………よく無事でしたね?」

「ま、まぁね…………驚いたわよ、本当に」

 

 ランに心配そうな目を向けられ、あたしは苦笑しながらそう返した。三人はとても長いロープを見つけ、それをどうにかこうにか短いロープと合わせて長くして、ストレージに入れてこっちに来ていたらしい。三人の努力を不意にしてしまってあたし達は謝ったが、三人は無事だったから良いよと言って許してくれた。

 このまま街に帰るとキリトがヤバイので、転移結晶を使ってリンダースへとあたしとキリトは帰った。三人は攻略に行くらしい。昨日休んだから、今日は行くと言っていた。

 

「ただいま――――ッ!」

「お帰りなさいませ」

「うん、店番ありがと」

 

 一日も経ってないのに店に帰ると、なんだか郷愁めいたものを感じた。NPC店員に挨拶してから後ろを振り返ると、相変わらずショーケースを見るキリトとナンの姿。

 

「さて……それじゃ、早速やるわ。キリト、あんたの武器をインゴットに鋳直すから、全部貸して。あのインゴットと、エリュシデータもよ」

「わかった。でも急ぐわけじゃないから焦らなくても……」

「良いのよ。どの道注文無いし」

 

 事実、昨日の昼にキリトが来た時で丁度注文の品は鍛え終えているし、取りに来る人も今日は誰も無い。事実上キリトの貸し切り状態なのだ。自分で言うのもなんだがあたしは引っ張りだこな有名鍛冶屋なので、時間がある時にしておかないと後回しになってしまう。それにキリトはアインクラッドきっての攻略組だ、あたしが手早く仕事をする事で、それだけ早くクリアが成ると言っても良いのだ。

 そう説き伏せて工房に移動する。気合を入れ直すために、まずキリトから受け取ったエリュシデータを研磨し、次に漆黒の武器群をインゴット――――ルーナティア・インゴットやダークネス・インゴットなどに鋳直し、続けてそれらを一個一個丁寧に鍛錬していく。キリトとナンはそれをじっと見ていた。

 次々に鋳直したインゴットを武器――やはり色は漆黒――へと変えてこなしていき、とうとうクリスタライト・インゴットを鍛える段階までこぎつけた。ここまでで昼を回って既に夕方に差し掛かっている。店と隣り合わせになっている薄暗い工房に、茜色が差し込んでいた。

 

「リズベットさん……流石に休んだ方が……」

「ううん、今が一番気合入ってるから、このままやらせて」

「…………じゃあ、お願いします……リズ」

 

 初めて、キリトに愛称で呼ばれた。彼はそれを自覚しているようで、かなり顔を赤くして俯いて、そして小刻みに震えていた。

 恐れているのだ、あたしの事を愛称で呼んだ、その反応に。人を信じきれなくなってしまって、けれども手探りでどうにか信じようと、接しようと頑張っているのだ。なんといじらしい子なのか。

 

(本当…………何で、こんな子が、虐げられるのよ……)

 

 あたしは反応を待っているキリトに近づいて、ぽんと頭に手を置いてゆっくり撫でる。キリトは少しずつ、少しずつ顔をそろそろと上げた。あたしと目がばっちり合い、途端に強張る。

 あたしは出来るだけ自然なように、膝を折って視線の高さを合わせてから、安心させるために笑みを浮かべた。

 

「やっと、愛称で呼んでくれたわね」

「……え?」

「友達になったんだから、何時になったら呼んでくれるかなってちょっと期待してたのよ? もしかしたらずっと呼ばれないのかなって思いもしてたんだから」

 

 これは本当の事だ。強制するつもりはサラサラ無かったが、それでも呼んでもらえないのは淋しいものがある。以前のあたしなら、きっとこの依頼を終えた後に頼んでいただろうけど、キリトの過去を意図的でないにせよ垣間見たあたしには、それは出来なかった。

 だから呼んでもらえないかもと思っていたのだけど、キリトから呼んでくれたから内心凄く嬉しかった。

 受け入れられて、信頼されたと思えたのだ。あたしはキリトに恐れられる人間じゃないって、そう思えた。だから嬉しかった。

 

「これからは遠慮せずに、愛称で呼びなさい。良い?」

「う、うん……」

「よし! なら、キリトの剣、とびっきりの最高傑作にして渡してあげるわ!」

 

 すぐ目の前で立ち上がったあたしの言葉に目を見開いて固まるキリトを置いて、あたしは金床(アンビル)に赤々と熱された本命のクリスタライト・インゴットをヤットコで挟んで置いた。そして両手でスミスハンマーを持ち上げ――――力いっぱい、心を込めて振り下ろす。

 カァンッと音が高々と鳴り響き、黄色ではなく蒼い火花が散った。続けて振り下ろし、今度は黄色、次は紫と火花の色が変わっていった。

 それはまるで、虹の輝きのようだった。次々と色が変わっていき、途中で二色、三色と複数色同時に出てくるようになり、終いには七色どころではない光がインゴットから放たれていた。今までに無い魔法のような現象に、あたしは感無量ながらも冷静に鎚を振るい続けた。

 今まで見たことが無い現象を見て、今までのあたしならぴたりと動きを止めるか、込める想いがグラついたりしていただろう。

 けれど、今のこの魔法はキリトに対する想いの光だと信じていた。むしろ嬉しかった。キリトのような純粋な子に、特別ともいえるインゴットから剣を鍛え上げて渡せるのだから。

 あたしは正直、キリトという子の過去を舐めていた。虐げられているのは知っていたし、それもいじめなのだろうと思っていたがとんでもない、あれはもう迫害だ、差別どころではない。家族からも理解されず、周囲の人間は全て敵の環境に身を置いて、誘拐されて助けられずに研究所に連れてかれて、何をされたかは知らないけどここにいる。

 キリトは、あたしが知る限りでは重い何かを背負っている。それはクリスマスイブの日のキリトを見れば一目瞭然だし、雪山の山頂でのあの様子、穴に落下している時の自己犠牲的な対応から考えても、人の死を経験している事しか考えられない。

 

 

 

『…………もう、仲間が死ぬのは嫌だ……』

 

 

 

 泣きそうな顔で搾り出すように発した言葉に、彼の全てが集約されていた。あんな辛い過去を経験して、どうして自分の命よりもまず人の事を考えるような純粋な子に成長したか分からない。

 いや、むしろあんな経験をしたからこそ、なのかもしれない。酷い仕打ちを受けてきたからこそ、他の人がそれを受けるのに耐えられない。だから自分を犠牲にしてでも阻止しようとして護る。それに対して、悪意が返されることを理解していて尚し続ける。

 なら、誰がこの子を支えるというのだ。ほんの一握りしかいない味方は、彼の過去の軌跡だ。理解してくれる人は一握りしかいない事に、何時か絶望してしまうのではないか。後ろを見て、竦んでしまうのではないか。握る剣で奪ってきた命に、怯えてしまうのではないか。

 そしていつか潰れてしまうのではないかと思うと、想像するのも恐ろしい結末になってしまうとしか思えなかった。

 なら、あたしも彼を支えよう。彼を理解し、背中を押そう。キリトという少年が振るう剣を鍛え、彼を支えよう。彼が背負う重みを、少しでも背負おう。

 それが、今まで無形の支えと助けを差し伸べてくれた少年に対する、あたしなりの想いだ。

 かぁんっ、と鎚が煌々と光輝を発する輝石を叩き、一際その光輝が強まった。思わずあたしは腕で目を庇う。

 暫く光が眩く煌き続け、そして収束した。金床の上には、一本の華奢な翡翠の剣が生まれていた。

 柄から峰に至るまでが澄んだ翡翠色で、刀身は峰に行くにしたがって淡い燐光を持っているようにも見えた。若干の白みも帯びていて、そして僅かに峰の直前で膨らみがあった。鍔は左右へ氷柱のように鋭く尖っており、そして翡翠色ながらも七色の光りを帯びている宝石が嵌められていた。

 あたしがそれを持とうと両手で柄を握り……しかし、エリュシデータと同じように持ち上がらなかった。見た目の華奢さに反して異常な重さだ、必要な筋力値も余程なものだろう。つまり、それほどの名剣。魔剣エリュシデータにも劣らない、謂わば聖剣だ。

 持ち上げるのは仕方なく諦め、あたしは剣身を右手でぽちっとタップしてウィンドウを出した。

 

「銘は【ダークリパルサー】、闇を祓う者っていう意味ね。キリトにお似合いじゃない」

「何で?」

「エリュシデータには解明者っていう意味があるでしょ? 解明者っていうのは、つまり理解者。暗闇を祓うんだから、それを解してる人じゃないと相応しくないじゃない。一方的に祓われるのは不愉快だし」

「そう、なのかなぁ……………………その剣、持って良い?」

「良いわよ。元々キリトの剣だしね」

 

 重いわよと付け加えてあたしは壁際まで下がった。キリトは左手でダークリパルサーの柄を握り、片手で持ち上げてしまった。けれどもあたしの最高傑作のときとは違い、少し力を込めてゆっくり持ち上げている。

 あたしが下がっている事を確認した後、工房の空間目掛けて剣を振るい始めた。剣閃が僅かに虹色を帯びているように見えるのは、あたしの目の錯覚だろうか。

 

「ふッ!」

 

 キリトは翡翠の剣を鋭い呼気と共に振り抜いた。ソードスキルを使っていないのに、空間を神速で斬り裂いて破裂音を響かせる。キリトは振り抜いた姿勢から戻って、あたしを笑顔で見た。少し興奮気味に明るい笑顔だ。

 

「リズ、これ凄いよ! すっごく手に馴染む!」

「そう? ……あたしの心、込もってるかな」

「込もってるよ、絶対! だって暖かいから! ありがとうリズ!」

「そ、そう……どういたしまして」

 

 興奮気味に華やいだ満面の笑みを向けてお礼を言われ、あたしは少し顔を赤くしながらそれを受け取った。

 キリトも大満足の出来にあたしも満足し、ダークリパルサーの鞘を拵える事にする。馴染みの細工師から一括で入荷している鞘の一覧を睨み、リズベット武具店のカッパー色のハンマーが箔押しされた漆黒の鞘を出し、キリトに渡す。

 キリトはパチン、と音高く鞘に収めてから大事そうに抱えていた。

 

「…………ねぇキリト。ちょっと聞いて良いかしら、二本も同じような剣を持つことについて。どうしても二本使う事のメリットとデメリットが釣り合わない気がするのよ」

 

 やっぱりただ二刀流による通常技にメリットがあるからと言って、わざわざマスタースミスを探すほどでは無いとしか思えない。ボスに通常技だけで抗しきれるのなら苦労しないだろうと思ったのだ。

 

「…………まぁ、リズだし良いかな。他言無用だからね?」

 

 ちょっと下がってとまた言われ、再び壁際まで後退する。するとキリトは背中に交叉するようにダークリパルサーを背負い、右手にエリュシデータ、左手にダークリパルサーを持った。

 やっぱイレギュラー装備状態になるわよねぇ……と思って見ていると、ちらりとこちらをキリトは見て、すぐに眼前の空間へと視線を戻す。途端、二刀が蒼白い光を帯び、キリトによる超神速連撃が開始された。残像すら見切るのが難しいくらいに迅く、無数の蒼白い剣閃は前方の空間へ叩き込まれていった。

 

「せらァッ!!!」

 

 最後、キリト渾身の左直突きが入り、ズッパァァァァンッ! と空打ちにも関わらず空気が破裂した。そこで二刀を包む光が消える。

 二刀を収めたキリトはこちらを、ダークリパルサーをストレージに格納しながら見てきた。

 

「……こういうわけです」

「なーるほど、そういうわけ。そりゃ他言無用なのも頷けるわね…………それはそうと、ダークリパルサー、使わないんだ?」

「まだ時じゃないからね、必要になったら出すよ。エリュシデータほど馴染んでるわけじゃないから、もう少し俺が慣れないと力を引き出せないし」

 

 そっか、とあたしは短く返した。

 馴染み。それはあたしの中で、武器を鍛える時でもかなり重要視している要素の一つだ。正確には想いとも言える。

 あたしはダークリパルサーに、キリトに対するありったけの想いを込めた。それがシステム的な精錬過程に何か作用するというのはオカルト的な話だけど、でもあたしはその説を信奉している。あたしが武器に、そしてそれを振るう人に対する想いを込めるほど、武器は強くなると。事実キリトに鍛えたダークリパルサーは、正真正銘あたしの最高傑作の品だ。

 キリトが試し振りをした火焔を纏っているかのような剣は、スピード系の鉱石を使っているから一概にも言えないが、少なくとも手に入る階層は六十二層だ。クリスタライト・インゴットのレアリティを考えると中々批評は難しい所だが、十階層ごとにアイテムのレアリティと性能がガラリと変わる特徴が有るアインクラッドだから、レアリティ抜きに考えるとあの剣とダークリパルサーのインゴットに差はあまり無いと考えられる。

 となると、やはりここであたしが込める想いが差を作るのではないかと想う。現にあの剣は特定の誰かではなく、売り物として鍛えたものだ。対してダークリパルサーはキリトという愛らしい子限定に鍛え上げた。

 やはり想いが篭っている鎚ほど差を作らないものは無いと思う。それは恐らく、他の事にも言えるだろうなとも。

 あたしの想いがキリトの支えになったら良いなと思いつつ、さて! と声を上げて気持ちを切り替えた。

 

「金額の交渉といきましょうか!」

「とても良い剣を鍛えてもらえたし、多少高くても良いよ? …………何なら、これで借金もチャラにする?」

 

 ……………………あら?

 

「ちょっと待ってキリト。あんた何で借金のこと知ってんの?」

「いや、だってアスナに頼まれてお金用意したのって俺だし……」

「…………三百万コルを? 一人で?」

「だって俺、攻略組きっての最強ソロプレイヤーだよ? リソース独り占めしてるから……」

 

 なるほど、と納得した。アスナが言っていた事はそういうことか。

 確かに最前線のレアドロップも含めて独り占めのソロをしているキリトなら、余裕で無くとも節制すれば普通に溜まるだろう金額だ。

 

「つまり、キリトのお陰でここにリズベット武具店を開業できたってわけね」

「……そうなる、のかな? 実際はアスナを介してだから、アスナがいないと同じだったような……」

「…………まぁ、両方いなかったら出来なかったってわけね。とりあえず、そうねぇ…………うん、やっぱどっちもタダで良いわ」

 

 それを言うと、キリトはぽかんとした。ナンのきゅるん? という声が可愛い。

 タダで良いとは言ったが、それも一応理由がある。とはいえ、あたしの勝手なのだけれど。

 

「あたしね、今回の事でわかったんだ。込める想いが、武器を……そして、人を強くするって」

 

 キリトは真剣な話だとわかってくれたようで、ナン共々真剣に聞く体勢を取ってくれた。

 

「今までね、あたしは漠然と剣を鍛える事が多かったの。例えば、キリトに一旦試し振りをしてもらった、あの剣。あれも漠然とした想いで鍛えた剣なのよ…………性能としても、一応最前線で通用するくらいには強いわ。でも、人を護るにはまだ足りない。そして、あたしが込める想いも、まだ足りないの」

 

 だけど、と続けてキリトを見た。

 

「キリトのために剣を鍛えている間に、確信したの。やっぱり想いが強くするんだって。このデータの仮想世界でも心だけは本物で、そしてデータだとしても宿るんだって。だからあたしはね、これからその想いを込めて武器を鍛えて、そしてそれでキリトから借りたお金を返していきたいの。借りたお金のお陰で今があって、そしてキリトから大切な事を学んだから。今度はあたしがそれをして、胸を張ってキリトに返していきたい。だから、キリトに鍛えた分の代金はタダ」

「…………そこまで言われたら引き下がるしか無いね」

 

 苦笑したキリトは、けれど納得してくれたようだった。

 ありがとう、と言うと、キリトはおもむろにダークリパルサーの鞘を左手で持って、右手で抜き払う。

 それを騎士の礼みたいに眼前に掲げて、眼を閉じた。

 

「……?」

「……俺、リズと、リズが想いを込めてくれた剣に誓うよ。絶対にこの世界を生き抜いて、そしてこの世界を終わらせる。皆を、この世界から助け出す」

 

 だから、とキリトは目を開けた。剣を左手で佩く様に持っている鞘に収めて、胸を張ってこちらを見上げてきた。瞳には、あの絶望の闇ではなく、煌きを持った光が輝いていた。希望の光だ。

 淡い笑みを浮かべながら、幼い少年は口を開いた。

 

「俺は昔、途方も無い絶望を持った事がある。今も、実はちょっとあるんだ……でも、今の俺には、昔の俺には無かった皆が、皆の温かい心がある。皆がいてくれる限り、俺は決して絶望しないし、諦めもしない…………リズも、皆と一緒に……俺を、これからも支えてくれる……?」

 

 光を揺らしながらも気丈に宣言してきた少年に、なんて強い子だと思った。幾度も思ってきたけど、どんどん強くなってきている。

 目の前の黒衣の少年の問いは、既に答えは出たようなものだった。あたしは笑顔でそれに答える。

 

「もちろんよ……これからも来なさい。あたしは、絶対にあんたを拒まない。あんたの為に鍛えた剣と共に、キリトを支えるわ。この世界だけじゃない、向こうの世界に戻っても、あんたの心に残って支え続けるわ。心っていうのは、繋げ、届かせるものなんだから」

「っ…………あり、がとう……リズ……」

 

 くしゃっ、と揺れる光に雫が浮かび、泣き笑いになってキリトは崩れた。あたしは無性に衝動に駆られ、目の前の重みを背負って生き続ける幼い子供を抱きとめ、艶やかな黒髪ごと頭をゆっくりと撫でた。黒の子は、小さな嗚咽を漏らし続けた。

 外からは茜色の夕陽が、眩く差し込んできていた。心を映し、暗い闇夜を照らす光のように、きらきらと。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 サブタイトルの闇はキリトの過去、光はリズベットの想いだった訳です。今までのキャラの中で直葉、サチと張り合えるくらいお姉さんしてました。

 元々原作でも面倒見が良いキャラだったので、必然的にこうなりました。

 そして最初ら辺で出て来た、リズが見たキリトの一夏時代の過去。何故夢で他人である彼女が見れたのかは、後々明かすつもりです。

 では、次回にてお会いしましょう。


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第十章 ~第七十四層攻略~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 サブタイトルから分かる通り、今話は第七十四層でのお話です。攻略と書いていますがそれは最後ら辺だけですね。

 基本的に今回は平穏ですが、シリアスもあります。

 ではどうぞ。初のオールラン視点となります。



 

 デスゲーム開始から早一年半が経った。キリト君筆頭に破竹の勢いで攻略が進み、現最前線は七十四層となっている。思えば時が過ぎるのは速いものだな、と感慨深い。

 デスゲーム開始宣言があったあの日、私は双子の妹にあたるユウキと共に、天高く私達を見下ろしていた茅場晶彦操る赤ローブを呆然と見上げ、そしてそれが去ったと同時に恐慌に達した。ユウキはすぐに我に返って私を宿屋に連れ込み、これからの事について話し始めた。

 幸いと言って良いのか、私達が出発しようとした翌日の朝に、ベータテスターから情報を得て広めようとしていたクラインさんに出会い、彼と暫く行動を共にしてレクチャーを受けた。そしてそれから二人組で行動を開始した。

 そして、キリト君に出会った。彼と会ったのはボス攻略対策会議の時で、話してはいないし顔も見ていなかったけど、妹や私以上の小柄な体躯に女の子かなとも思っていたりもした。

 それが、なんと九歳の男の子で、しかもクラインさんにベータと正式版の情報を与え、ソロで先へ進んだ子だとは思わなかった。ベータでも最強の剣士だというのも。

 私とユウキは十三歳だったから、彼よりも四つ上という事になる。

 けれど、その幼い彼の戦いたるや、正に鬼神の如し。

 圧倒的に年下にも拘らず大人と遜色ない覇気を持ち、最終的にはボスとの一騎打ち紛いの戦いを繰り広げ、薄氷の上を渡って勝負を制した。彼はアインクラッドにいるプレイヤーに、希望を齎す剣士だった。

 その彼が、ベータテスターという事を隠していたと、そして織斑一夏だったと知られたときの周囲の反応は、酷すぎた。彼が決死の覚悟で情報を集めて拡散し、ボスの取り巻きも殆ど相手してくれたお陰で私達は勝利を掴んだも同然なのに、恩を仇で返すような事をするなんて信じられなかった。

 そして、齢九歳の子供がベータテスターとビギナーの確執を抑えるために、織斑一夏にまつわる悪評・悪感情を利用して全ての憎悪を引きつけ、ストレスの捌け口となるなんて信じられなかった。それを許す悪罵を投げる者達に、殺意にも似た感情――――いや、殺意そのものすら浮かんだ。彼らは幼い彼が全てを背負う事に何ら罪悪感を覚えていなかったのだ。それがどれほど大人でも辛い事かを考えず、まだ親が恋しい年の子に全てを背負わせ、平然と悪罵を投げた。

 それからというもの、キリト君はソロを貫いた。ただの一度もパーティーを組まず、タッグや野良パーティーすらも組もうとせずにソロで戦い続けた。攻略組に顔を出して悪罵を投げられても、平然と挑発で神経を逆撫でしたりしていた。全ては、周囲の人間へ悪意が向かないようにする為に。

 サチさんが私とユウキ二人だけのギルド《スリーピング・ナイツ》に入団してから暫く、彼は病んだ様に顔色を悪くしていった。それは、ともすれば何かの拍子に自殺に走るのではないか……そんな、縁起でもない事を考えてしまうほどに。

 実際にそれはクリスマスイベントの蘇生アイテムの話が出た時点で現実となりかかった。彼はサチさんが元々入っていた、高校生の幼馴染で作っていたギルド《月夜の黒猫団》の全滅に間接的な関わりを持っていて、それをずっと悔やんでいたのだ。自分さえしっかりしていれば、いっそ関わらなければ、と。

 サチさんの話を聞く限り、彼らが全滅したのはむしろ自業自得としか言えなかった。キリト君の忠告をあまり重視せず、二十七層の情報収集も怠って進んだ。キリト君が駆けつけなかったらサチさんまで死んでいただろうし、ケイタというリーダーに至っては全てキリト君のせいにして自殺したのだ。キリト君はやる事はキチンとやって、忠告もちゃんとしていた。従わなかった彼らが悪いのだ。

 サチさんには悪いが、私やユウキ、勿論他にも事情を聞いたアスナさんやクラインさん、ヒースクリフさん達も同じ結論を出した。サチさんは少し悲しげだったけど、攻略組としての思考が備わってきていたのか肯定した。

 そしてイブの日。目的の蘇生アイテムが過去の人を――――ケイタさん達を生き返らせられる品ではないと知ったあの子は、絶望した。あの時、サチさんに蘇生アイテムを渡す時の彼の顔と瞳は、今でも私達の間で脳裏にこびりついて離れない事の一つだ。人間とはこんな顔をしてしまうのかと思わせるほど、何も無い虚無の表情だった。絶望すら生温い、最早虚無だった。

 三々五々に散った私達は、突如転移門がファンファーレと光に包まれたと知るや否や、急いで五十層へ転移しようとした。それをサチさんが懇願して押し留め、私がキリトを抑えると言って転移していった。私達は、それを見送るに留めた。

 翌日、キリト君は私達を集め、そして憑き物が落ちたかのような穏やかな表情で今まで心配と迷惑を掛けてきたことに土下座で謝罪した。最初は、あわや心残りが無いようにかと焦ったけれど、彼はどこか吹っ切れた様子で違う、と否定した。サチさんが、彼の事を怨んでおらず、自分を赦しても良いと伝えてくれたからだと、泣き笑いの顔で言っていたのは鮮明に残っている。

 

 

 

『俺は、黒猫団の皆を死なせてしまった事を、決して忘れない。一生この罪と向き合って生きていく』

 

 

 

 キリト君は、その覚悟を宣言した。たった十歳になったばかりに子がするには、とても重過ぎる覚悟だと思った。

 けれど彼は既にそれを固く決意してしまっていたから、私達は特に何も言わなかった。

 キリト君は、眩しかった。ただただ、尊い輝きを持って存在していた。アインクラッドのプレイヤーの悪意を一身に集めて、なお折れずに前へと進み、皆の希望の架け橋となっていた。そんな事、子供一人に背負わせて良いものではないのに、キリト君以外には誰も出来ないからと許してしまっていた。

 だから私達は、彼を支えようと決意した。誰がどう彼を拒絶し、否定しようとも、その彼を私達は支えるのだと、高らかに宣言できないけれど、密やかに決意した。

 怒涛の勢いで攻略をソロで進める彼の後を、私達が地ならしして、皆を通れるようにしていく。彼が立ち止まれば、背中を押せるように。

 

 

 

 デスゲーム開始から一年六ヶ月。生存者七千人。

 それが、アインクラッドの現状だ。

 

 

 

 *

 

 七十四層迷宮区。暗く奥が闇に包まれた回廊は、しかし白の床によって鮮明に道を映す矛盾を持っていた。現実世界には有り得ないことも、ここ仮想世界なら普通にやってしまう。

 それを平然と『普通』と言えるようになったのは、果たして私達の感覚が麻痺したのかどうかはわからない。

 けれど、これだけは絶対に言える。戦いに於いて、命を粗末にすることは決してしてはならないと。

 

「はぁッ!」

 

 すぱぱぱんっ、と私の細剣エルトゥリーネンの峰が三連撃の突きを描き、レベル78《エルダー・リザードマン》の緑の鱗に突き立った。トカゲの命を示すHPバーがぐぐっと減りを見せる。

 

『グルァッ!』

 

 お返しとばかりに曲刀が振られるも、それは横合いから飛び出た細身の黒い片手剣ルナティークを振るうユウキによって軌道を逸らされ、私のすぐ横を過ぎて空振るに終わる。

 

「ふっ……――――てりゃあああああ!」

 

 軽い一呼吸を置いた後、スピード先行タイプの筈の私以上の突きが十一回放たれた。右上から左下に五発、左上から右下五発、そして交差を描く一点に強烈な溜めを伴った一発が入る。

 ソードスキル――――では勿論ない。圧倒的ステータスと敏捷値によってソードスキルと遜色が無くなっている、彼女自身のオリジナル技、ただの通常技の連撃だ。

 しかしこの世界のダメージ算出には『武器攻撃力×筋力値×被ダメージ防御力×攻撃ヒット部位×攻撃スピード』と、割と簡単な算出方式が取られているらしい。つまりソードスキルの威力が高いのは、一時的に攻撃スピードが強化されているからであって、スピードさえ遜色無くなればソードスキルと同様の運用が可能なのだ。

 ――――と、キリト君が言っていたのを思い出しながら、ユウキ渾身のオリジナル技《マザーズ・ロザリオ》が決まるのを冷静に見ていた。

 しかしどれだけ威力が高かろうとやはり通常技、ノックバックは基本的に発生しないのは今回も例に漏れずで、ユウキはその軽い肢体をトカゲの剣によって斬り裂かれる――――寸前で、流石の反応速度でその剣をパリィし、軌道を再び逸らした。この超反応には毎度毎度舌を巻く思いだ。

 

「ラストッ、行くよ!」

 

 その声に私とユウキも同時に下がり、トカゲの背後に回って機を窺っていた蒼の槍使い――――サチさんが攻撃し易いようにする。

 

「貫けぇッ!」

 

 サチさんにしては珍しい――戦闘中は割と普通にしているが――裂帛の気合を発しながら、蒼い槍ムーンライト・クリスタルを両手持ちで抱えてトカゲに突進を仕掛けた。目指すはがら空きの背中。

 ドガシュッと中々にバイオレンスな音が鳴り響くと同時、これまたバイオレンスな感じでトカゲに穴を開けつつサチさんがこちらへ突き抜けた。度重なる追撃に、トカゲは蒼い結晶片へと爆散した。

 リザルトパネルが私達の前に出現し、三人でいえーいとハイタッチをする。これはユウキが新たに入ってきて間もなかった頃の固いサチさん用に、親睦を深めるのを目的に提案した事だ。前のギルドでは普通にしていたらしいし、私達も良いかなと思って採用し、今もしている。

 

「サチも凄く上手くなったよね、チャージグライド」

 

 ユウキがサチさんの先ほどの突進攻撃を褒めた。チャージグライドというのは、キリト君がサチさん用に新たに名付けた技で、本来はキリト君の持ち技の一つだ。元の名前はパンカーグライドと言うらしい。槍の重みを利用した加速をつけて一瞬で突進攻撃を放つものだと聞いている。

 サチさんはそれが出来ないが、しかし十分に助走さえあればかなりの威力を叩き出すことから、チャージと名付けられたのだとか。また、チャージには『突進』の意味もあるらしく、キリト君のそれが貫通ならサチさんのそれは突進っぽいかららしい。

 なるほど、と思ったのも記憶に新しい。何せ彼女、この技を習得してからまだ四日目なのだ。本当にサチさんは成長が早いと思う。

 

「うん、二人がサポートしてくれるからね。私一人じゃ無理だよ」

「あのねサチ、一人で出来ちゃうのはキリトだけだから。むしろコレが普通だから」

「そうですね。キリト君を引き合いにしちゃダメですよ。あとユウキ、それ聞いたら彼、涙目になるわよ?」

「キリトの場合、むしろ誇らしげにしそうだけどね」

 

 言われて考えて、確かに誇らしげにしそうな光景が簡単に浮かんだ。それでも涙目上目遣いで睨んでくる光景も浮かぶ。どっちもありそうな話なため、結論は出なかった。

 良い時間だし帰ろうと話し、私達は帰り道をマップで見つつ歩いた。途中、一体もモンスターに遭遇しなかった。

 ぴちゅぴちゅと仮想の鳥が鳴き声を上げる緑の森のどこかで、ぴぎぃっ?! という小動物の鳴き声がした。思わず細剣に手を掛けて三人で臨戦態勢に入っていると――――茂みでがさっと誰かが立った。

 その誰かは、黒い剣を背中に吊って黒い髪を腰ほどまで伸ばした、黒尽くめの子供だった。肩には和毛に包まれた蒼い小竜が止まっている。こんな危険な最前線に蒼い小竜を従えた黒尽くめの子供など、アインクラッド広しと言えど一人しかいない。

 アインクラッド最年少であり最強のソロプレイヤー、【黒の剣士】キリト君だ。従えている蒼い小竜はナンちゃん。とても賢く御主人想いな可愛い子である。

 キリト君はメインメニューを繰って何かをしていると、やおらよしっとガッツポーズを取った。何か良いことでもあったのだろうか。

 

「キリト、何か良いことでもあったの?」

「ン? あ、ユウキ、ラン、サチ。何時からそこに?」

「つい今しがたです。それで、キリト君は何を?」

 

 首を傾げると、途端にキリト君は誇らしげで嬉しげな顔をした。

 

「ふっふっふ……聞いてお驚け! ラグー・ラビットの肉を手に入れたんだ!」

「きゅるー!」

「「「…………ラグー・ラビットの肉って、あのS級食材の?!」」」

「うん! 今さっきピックで倒したんだ! というわけで、今日は俺のフレンドで呼べる人を呼んで宴会だ!」

 

 キリト君が何時に無くハイテンションで宣言し、それにユウキはおー! と乗っている。

 私とサチさんは、そのキリト君の様子を見て顔を見合わせ、そして微笑んだ。つい数ヶ月前の彼は、何時死んでもおかしくない程に精神的に追い詰められていたというのに、今はその影も無い。年相応の無邪気さも出てきている。

 キリト君はフレンドメールで何人かにメールを送った。一斉送信だから私達にもメールが来て、どんな文面か気になって開いてみた。

 

『From Kirito

 今しがたS級食材を手に入れたので、今日は俺のフレンドの人を集めて宴会を開きたいと思います。ちなみに食材はラグー・ラビットの肉です。メニューはシチューとあり合わせ。そしてドリンクは【ファンタズゴマリア】です。

 参加不参加は午後五時までにメールを送ってください。メールが無ければ不参加と考えます。また、各々好きな食材を持ってきていただいても構いません。ただし大人陣、お酒は遠慮してください』

 

 …………私思うんですけど、これって十歳の子が打つ文面じゃないでしょう。

 そう思いつつ読み終えてメールを閉じ、四人でキリト君のホームへと向かう。なんとキリト君、今までは五十層アルゲードをねぐらにしていたのに、ここ最近で大金を払って二十二層の南にホームを買ったらしい。

 最近は数ヶ月前に比べ、キリト君を殺そうという集団は鳴りを潜めている。というのもキリト君にちょっかい出すと殺されるという噂が流れたのだ。恐らく《笑う棺桶》の半分以上を全損させたから、そんな噂が流れたのだと思う。

 そのせいで一時期攻略組から事実上の追放を喰らっていたのだけど、それでも彼はボス攻略には必ずと言って良いほど乱入し――情報はフレンド、そしてアルゴさんからリークしてもらって――大暴れしてはボスのLAをキッチリ取って去っていくの繰り返しだった。

 それにキバオウやリンドは憤慨するものの、大抵は指揮系統の混乱か実力不足が原因で戦線崩壊しかかり、その時に限ってキリト君が乱入して助けていく。彼らは良いとこ取りと言って、助けてもらっている事に気付いていないのだ。まぁ、神経を逆撫でする挑発をする彼にも問題はあるのだけど。

 そして午後五時。参加者は私、ユウキ、サチさん、アスナさん、エギルさん、クラインさん、リズベットさん、シリカさん、アルゴさん、ヒースクリフさん、ディアベルさんの十一人だった。

 クラインさんの仲間は今回遠慮したらしい。凄く行きたがっていたらしいけど、キリト君が宴会を開くなんて今までに無かったから、クラインさんだけ行かせた方が良いと判断したようだった。

 

「それにしても、昔に較べてキリトも丸くなったよなぁ…………イブの時のが嘘みてぇだ」

 

 クラインさんがキリト君のホームの台所を見ながら言う。今はキリト君がそこで調理している所だ。

 S級食材は《料理》スキルコンプリートでないと失敗してしまうもので、アスナさんや私達はまだ九百に入ったばかりだから今回は手伝えなかった。あり合わせを手伝うと進言したのだけど、突然言ったのだし自分がすると言って聞かなかったため、私達が折れたのだ。

 クラインさんの言葉に、あの時のキリト君を知っているメンバーが頷くと、シリカさんが首を傾げた。彼女は私とユウキと同い年らしい。

 

「それって、アルゴさんが話してくださった……?」

「うん、そうだよシーちゃン。あの時のキー坊は自殺しかねない雰囲気でネェ……本気で冷や冷やしたもんダ」

「それで言えば第一層の時からだよ、彼の無茶は……まぁ、彼の行動を止められなかった俺にも責任はあるんだけどね」

「ディアベル君、そこは我々の責任、だろう? あんな幼い子供に我々は護られたのだ、重すぎる重圧を背負わせてな」

「そうよね……団長の言うとおりです。私達は、キリト君に重過ぎるものを背負わせて、今も過ごしている……事実攻略会議も荒れてるし」

 

 アスナさんの言葉で、確かにと私達は頷いた。

 ここ最近のキバオウは、キリト君を本気で排斥しようとしていた。リンドはまだそこまででは無いが、キバオウはキリト君の存在……というよりも、織斑一夏の存在そのものを憎悪しているようだった。

 もしかしたら彼は、織斑千冬によって齎されたと言っても良い女尊男卑で酷い仕打ちを受けた被害者なのかもしれない。

 かといって、逆恨みであの子を苦しめて良いわけではないけれど。

 何度かキバオウはキリト君とデュエルを、第一層攻略会議の時のように繰り返している。その度に負けては怒鳴り散らし、ヒースクリフさんによって抑えられているのだけれど、その傲慢さは止まる所を知らない。それでも彼が攻略組にいられるのは、ひとえにキリト君の裏の弁護のお陰だ。

 キリト君は、確かにキバオウの事を苦手としている。けれど嫌いではないと言った。それはたとえ感情的で直情的であったとしても、キバオウは人を率いて戦う気概があるからだ、と。

 確かにキバオウは軍の一部をディアベルさんと共に率いている、ある意味でのサブリーダーだ。軍は攻略と情報支援の二分化の体制を取っていて、ディアベルさんとキバオウは前者、シンカーさんとユリエールさんという男女を後者のリーダー、サブリーダーに据えているらしい。ちなみにギルドリーダーはディアベルさん、サブリーダーがシンカーさんだ。

 現在の攻略組は《血盟騎士団》、《聖竜連合》、《風林火山》、《アインクラッド解放軍》、そして私が入っている《スリーピング・ナイツ》と、数少ないソロプレイヤーとで成り立っている。ソロプレイヤーは一応キリト君以外にも少ないながらいるのだ。その殆どは他のギルドと親しい関係を結んでおり、キリト君とは冷戦状態と言っても良いが。

 それでもキリト君はソロプレイヤーの代表剣士として、攻略組で意見する立場を取っている。それは大手ギルドに意見できるほどの実績が、他のソロプレイヤーには無いからだ。自然、意見も軽く取られてしまうことが多いし、何より威圧感で何も言えないことが多い。だからキリト君は自身をスケープゴートにして、意見を言っているのだ。

 それでよく実感しているのだろう。キバオウは確かに傲慢だが、しかし攻略自体には真摯ではあると。キリト君を排斥する事による影響を全く考えられていないが、しかしそれ以外には割と真面目な方ではあるのだ。ディアベルさんもその点については肯定していた。

 

 

 

『責任ある立場で人を率いる心がある人は、その責任から逃げているソロプレイヤーの俺よりも強い。仲間を見捨てて先へと進んだ俺よりも、立派なんだ』

 

 

 

 自嘲の笑みを浮かべながら、キリト君はこの言葉を口にしたことがあった。見捨てた仲間とは、紛れも無くクラインさんだった。

 私達はそれを一様に否定したが、しかしキリト君は納得しなかった。そもそも戦えるほどの覚悟があるなら、希望となる覚悟があるなら、初めから人を率いるかギルドを作ればよかったのだと。それは周囲の人間によって出来なかったけど、とも付け加えていた。

 彼は更に言っていた。俺がソロプレイヤーの意見を言う立場を取っているのは、その出来なかった事を少しでもしたいからしているのだ。だからキバオウの事を完全に嫌いになりきれない、と疲れた笑みを浮かべていた。

 その話を皆ですると、それを初めて聞く攻略組でないシリカちゃんとリズベットさんが目を見開いて驚き、次いで呆れ笑いで溜息を吐いた。

 

「はぁ……キリト君、本当に子供っぽくないですよ。あたしじゃ、そこまで考えが行きませんし、絶対に途中で投げ出してます」

「本当よねぇ……キリトに剣を鍛えてから三ヶ月経つけど、やっぱキリトは無茶してるんだねぇ…………」

 

 ほんの少ししか関わっていないはずの二人でさえ、その言葉を出した。どうやらキリト君は、二人にもそう思わせるだけの何かをしたらしい。

 

「まぁ、あいつは昔からあんな感じだしなぁ。俺とアスナが初めて見た時なんか、トラップ踏んで死に掛けてたぜ」

「そういえばありましたね、そんな事……そういえば、あの時から既にキリト君って死にたがってたのよね……」

「ええ?! それって、本当なんですかアスナさん?!」

 

 驚いて聞いてしまった。確かにそれが普通なのだけど、それでも少し信じがたかったのだ。

 アスナさんはこくりと頷いて、虚空を見た。

 

「私がクラインさん達と回転扉で離れちゃって、隣のエリアに行っちゃった時に偶然会った時なんだけどね…………彼、『もういい加減、楽になって良いかな…………』って力無く呟いて、敵の目の前で座り込んだのよ。HPバーを一割切った状態で…………その二日後にボス攻略でのビーター宣言。それからもソロで突っ走り続けたの」

「そ、そうだったんですか…………いや、ちょっと信じがたいですね、それ……」

「うむ……実際、その話を聞いた時は私も耳を疑ったよ。しかし考えてみれば当然ではある。特に彼の年の頃ならば尚更に……我々が支えなければな……」

 

 コクリと頷くと同時、キリト君の声が響いてきた。たちまちアスナさん、私、ユウキ、サチさんで料理を次々運んでいく。

 キリト君が腕によりを掛けて作った料理の数々は、美味という言葉では済ませられないほど舌を唸らせてきた。というかS級食材を使っていない料理でさえラグー・ラビットの肉入りシチューと同じくらい美味しいのだから、もう彼にとって高ランク食材は意味を成さないんじゃないだろうか。

 最初は宴会だからと騒ぐつもりだったらしいクラインさんも、食べ始めてから目を剥いて無言でガツガツ食べている。ヒースクリフさんはクラインさんほどがっついてはないけど、それでも結構な速度で食べていた。

 

「はー……キリトの料理って、やっぱりちゃんと料理した方も美味しいんだねぇ……」

 

 リズベットさんがその言葉を口にしたことで、皆が視線を集中させた。私達は彼の料理を今日初めて食べるのだ。

 

「リズさん、もしかしてキリト君の料理を食べた事があるんですか?」

「え? 逆に聞くけど、あんた達は無いの?」

「そもそも私達とキリト君、殆ど別行動だし……今日みたいなお誘いは初めてなのよ、リズ。だから正直、メールが来た時は本気で何があったのって思ったわ」

「だね。まさかキリト君から食事のお誘い、しかも手料理ともなるとね…………ギルドリーダーの部屋でメールを読んだときは、誰もいないのを良いことに絶叫してしまったよ」

「ディアベルさん…………まぁ、私も正直、キリト君が宴会を開く事にはかなり驚いてますけどね。特に、クリスマス時期のキリト君を見ていますし」

「そ、その話は、もう勘弁してください……」

 

 キリト君が苦笑して俯き、私達も苦笑して会話を止める事にして食事を再開した。

 そして完食。正直途轍もない量があったけど、キリト君の料理の腕ですんなり入ってしまった。誰もが幸せそうに頬を緩めている。

 

「ご、ご馳走様でした」

「はい、お粗末様です。ていうか皆、すごい食べっぷりだったね……」

「いやいや、お前ぇの料理の腕が良すぎるんだって。何でラグー・ラビッドシチューとあり合わせの料理が同じくれぇ旨ぇんだ?」

「さ、さぁ…………正直、昔からやってたからとだけ……」

 

 がちゃがちゃと食器を片付けていくキリト君。

 そういえば今思ったのだけど、キリト君が買った家は物凄く大きいのではないだろうか。一人で淋しくないのかな…………

 

「あの、キリト君。この家、キリト君が一人で住むには、少し大きすぎないですか?」

「ん? んー…………そういえばそうだなぁ……でも、何でだろ……家を買おうかと思った時、ふとここが思い浮かんだんだ。何で来た事も無いとこを思い浮かべたのかわからないけど、此処しかないって…………あと、凄く懐かしい、っていう気分になるんだよ、ここ」

「懐かしい……ですか?」

「うん。何でだろ…………?」

 

 首をカクン、と傾げながら食器を片付け終えたキリト君は、人数分の紅茶を淹れて帰って来た。紅茶も手が込んでいるのかとても美味しい。

 

「ふぅ…………それにしても、何だか不思議……」

「? アスナ、何が不思議なの?」

「生まれた時からこの世界で生きてきたみたいな、そんな感じみたいに…………それに最近、向こうの世界の事を思い出せない事があるの」

 

 アスナさんの言葉に、私達は頷いた。ただキリト君とヒースクリフさんは頷かなかった。

 

「俺はそんな事は無いかな……やっぱりさ、異質だから、この世界は。やっぱり帰りたいって思うよ……俺の新しい家族も心配してるだろうから。新しい俺の誕生日にデスゲームに囚われて死ぬなんて、とんでもない家族不孝者だし。それに……」

 

 ふと、キリト君は窓の外を見た。窓からは煌々と輝く蒼い満月が見えた。

 

「多分だけど、タイムリミットが迫ってる」

「タイム、リミット…………?」

「俺達の、現実の肉体の限界」

「「「「「…………!」」」」」

 

 今まで無意識に目をそらしていた事だった。向こうの事を考えるとこちらでの死が軽くなるという暗黙の了解が出来てから、現実側の事を殆ど考えなかった。

 だからキリト君にその事を指摘されて、心臓を鷲掴みにされたような感じがした。

 

「多分だけど、この中で最も時間が残されてないのは、俺だと思う。俺は体の成長期がまだ始まりかけていたばかりだし、運動しないと肉体が成長しない。なにより、俺の体は誘拐された先で弄られてるから、その分耐えられる年数が短い筈なんだ…………多分、保ってあと半年が限度だろうね」

「そんな…………それじゃあ、もしかして……キリト君が無茶してまで攻略速度を保とうとしてたのは……」

「…………俺は、何時死んでもおかしくない……もしかしたらそれは俺の肉体の限界かもしれないし、織斑を怨んだ人間の作為的要因かもしれない…………だったら、この世界を最も誰よりも走って、生き抜く。そして他の人へと繋ぐ……そう決めたんだ……あの日、クラインと別れた後に…………」

 

 儚い。

 窓際に立って満月を仰ぎ見る彼の姿を見た印象は、その一言に尽きた。何時とも知れぬ死を受け入れて尚、人の為に生きることを覚悟する……たった九歳になったばかりの子供がする覚悟ではなかった。

 もしかしたら、アスナさんと初めて会った時に漏らしていたらしい言葉は、彼の無力感から来る呪いの言葉だったのかもしれない。

 誰もが息を飲んで見ていると、彼はこちらを見てふっと苦笑した。

 

「まぁ……本当に何時死ぬか分からないけど、少なくともHP全損で死ぬつもりは毛頭無いから」

「…………当たり前ぇだ。それで死にやがったら承知しねぇぞ。俺はなぁ、まだお前ぇに返すモン返せてねぇんだよ」

「クラインは本当に優しいなぁ…………初めて会った頃と全然変わらない」

「おうよ! 当たり前ぇだ!」

「ははっ」

 

 男同士の友情と言えるのだろうか。兄弟、もしくは親子とも取れる二人の関係に、私達は揃って穏やかな笑みを向けて見守っていた。

 

 *

 

 翌日、私、ユウキ、サチさんの何時もの面子で七十四層迷宮区を攻略していると、安全地帯に差し掛かった。

 

「あーっ、疲れたーっ!」

 

 伸びをしながらユウキが入る。確かに、もう四時間近くも戦闘含めて歩き通しだから気疲れが酷い。さっさと小休止を取りたい……

 と、思っていると、少し離れた所に先客がいた。クラインさん達《風林火山》と、キリト君、アスナさん、ナンちゃんだった。キリト君がクラインさんに捕まって遊ばれ、その反応を見て皆が笑っている光景だ。心無しナンちゃんも見て遊んでいる気がする。

 

「こんにちは、皆さん」

「あれ? ランちゃん! 偶然ね、まさかここで会うなんて」

「そうだねアスナ。ところであの二人、何やってんの?」

「親睦を深めてるんですって。要はキリト君弄り」

「いい加減に、しろぉぉぉおおおおおおおッ!」

「ぐほぉ……?!」

 

 ドゴォンッ! と説明しているアスナの後ろをクラインさんが吹っ飛んでいった。キリト君が殴り飛ばしたのだ。圧倒的ステータスここに極まれり。

 

「全く。あの日も俺の脇をくすぐって、今日も……」

「つってもお前ぇ、いつも暗ぇ顔してるからだよ。少しは俺様の気遣いに感謝しやがれ」

「それが俺で遊ぶ事じゃなかったら感謝してるよ。現にしてることは沢山ある、さっきのを除いてね」

「へっ、そうかよ」

「ああ、そうだよ」

 

 仲が良いのか悪いのか分からないけど、これは恐らく良い方なのだろうと思う。憎まれ口を叩き合って笑っているから。

 男子ってこういう感じにあっけらかんとしてるから良いわよね…………

 

「っ!」

 

 その時、唐突にばっ! とキリト君は私達が来た方向を睨んだ。私達も目を向けると、そこには鉄色の甲冑を纏った盾剣士とハルバードをそれぞれ六人ずつ装備した二列縦隊のプレイヤー十二名がこちらに歩いてきていた。鉄色の甲冑、つまりはアインクラッド解放軍の象徴だ。

 アインクラッド解放軍は最近きな臭い話があり、何でもキバオウが暴走を始めたとかなんとかディアベルさんが昨日言っていた。キリト君とアルゴさんはああ……という風に知っていた。何でもボス攻略を軍だけでしようとか、キリト君を本気で排斥しようとか主張して、それに賛同しているプレイヤーが多いらしい。一人だけでLAボーナスを取って美味しい思いをしていると言って。

 そんな話もあるため、私達は軍に、主にキバオウに良い印象は持っていない。キリト君は単純に誰かが索敵スキルに引っ掛かったことで警戒しただけのようだけど。

 リーダーらしい赤い勲章みたいなのをつけた、他の人よりも少し豪華な人が「休め!」と行ってメンバーを休ませた。肩で荒く息をして疲れている様子を見るに、最前線は慣れていないメンバーらしい。

 男がこちらにやって来た。私達は揃って並び、中央をキリト君が立った。

 

「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ。このメンバーのリーダーは?」

 

 じっとキリト君を見てしまい、はぁ……と彼は溜息を吐いた。

 

「ソロ、キリト」

「うむ。君はこの先もマッピングをしているのか?」

「ボス部屋前までの迷宮区全部は一通り。帰ってから情報屋に流すつもりだけど」

「そうか。済まないが、一足先に我々に譲ってもらえないかな」

 

 その問いに、キリト君の目がすぅ……と眇められた。微かに彼から覇気を感じ始める。それが怒鳴ろうとしていた(マッピングの苦労は並大抵ではないため)クラインさんとアスナさんを押し留めていた。

 

「…………何故、と聞いても?」

「アインクラッド解放軍はその名の通り、プレイヤー全員の生還を目的に掲げている。なればこそ、一刻も早く進まねばならんのだ」

「ボス攻略会議が明日に開かれる予定だけど、それを待てないの?」

「明日に開かれると言っても、実際の討伐はその二日後が通例だ。しかし早くクリアするのに越した事は無い。故に急がねばならんのだ。巧遅は拙速に如かずと言うだろう」

「急がば回れという諺もあるけど」

「我々は諸君等一般プレイヤーのために戦っているのだ、その協力のためにマッピングデータを提供するのは当然の義務である」

 

 何ですかその暴論、と思った。一般プレイヤーって、攻略組の中でも最強と名高いキリト君はそうは言えないでしょう。というか攻略組は一般じゃないですし。

 そう言いたかったのだけど、クラインさんとアスナさんも何か言おうとしてキリト君が手を上げて止め、それで私も言えなかった。彼は溜息を一つ吐いて、遥かに自身よりも背が高い男性を見上げる。

 

「まぁ、さっき言ったように帰ったら情報屋に渡すつもりだったから構わない…………でも、一つだけ約束して欲しい」

「何だ?」

「……絶対に、死なないで」

 

 短く集約されたキリト君の願いに、しかしコーバッツは無感情に「わかった」とだけ言って頷いた。そしてキリト君からマップデータを貰って、感謝の篭ってない声音で礼を言ってくる。そのまま疲れている様子の仲間を率いて去ってしまった。

 

「おいキリト、渡して良かったのかよ?」

「……………………早まったかも」

 

 がくっ、と全員がずっこけた。

 

「いやいやいやいや……お前ぇ、何でそう思うんなら渡したんだよっ?」

「う、うーん……何でだろう。何か、しなきゃいけない、って思っちゃって……」

 

 首を捻りながら追い駆けるべく歩を進めるキリト君に、私達もしょうがないなぁといった心境で追いかけた。

 

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 ランはアスナと口調が似ているのですが、偶に口調を砕けさせるのがアスナなのに対し、ランは常に丁寧口調なのが見分けるポイントです。アスナは語尾を『だよね』、ランは『ですよね』という風になっています。あとは『だけど』と『ですが』だったり。

 これで見分けるようにしてください、何かしら分かる要素は入れるので。

 冒頭の戦闘シーンは原作一巻冒頭を少しオマージュしています。OSSならぬ独自技として、《マザーズ・ロザリオ》が登場しました。

 また、サチの《チャージグライド》やキリトの《パンカーグライド》と呼ばれる技は、《ゴッドイーター2》に登場するブラッドアーツとよばれる技を拝借しております。

 こんな風にちょいちょい他作品の技が入って来るので、ご了承下さい。元ネタは何だろうかと考えるのも面白いと思います。

 さて、原作知っている方なら次話も予想が付くでしょうが……そこも原作と差を付けるつもりなので、楽しみにしていて下さい。

 では、次話にてお会いしましょう。


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第十一章 ~青紅の悪魔~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は、原作では《青眼の悪魔》というボスとの戦闘にあたりますが……原作とは違う敵とも戦います。大体の流れは同じなのですがね。

 最早バレているかも知れません。

 あと、活動報告にて少し重要な話があるので、必ず目を通すようお願い致します。概要を話しますと、原作名を《インフィニット・ストラトス》のままにするか《ソードアート・オンライン》へ変えてIS学園編は別作品として投稿するか、です。

 詳細については活動報告をご覧下さい。

 ではそろそろ本編をどうぞ。最初は物凄く久し振りなキリト視点です。




 

 

 軍にマッピングデータを渡してしまってから急いで追いかけたが、途中でリザードマンの群れと二度接触して追い付くことは無かった。恐らく俺とアスナが倒した群れが、軍が通り抜けた後にリポップ時間が来て遭遇となったのだろうと思う。はっきり言ってタイミングが悪過ぎた。

 だから俺は、この時の事を心底後悔することになった。

 

 ――――ああぁぁぁ…………!

 

「「「「「……!!!」」」」」

 

 遠くから男性の悲鳴が重なって聞こえてきたのを聴覚野が捉えてすぐに走り出した。最もレベルが高い俺、続いてアスナ、ユウキ、ラン、サチと続いてクライン達となった。正直俺が思いっきり置いて行っている感じだ。

 最初に俺がボス部屋に辿り着いたとき、思わず絶句してしまった。地獄絵図だったのだ。

 部屋の中央で青い表皮に山羊の頭の大剣使いの悪魔ボスが大暴れし、周囲には軍がHPを黄色以下にして倒れていた。

 

「早く転移結晶で脱出を!」

「む、無理なんだ! 結晶が使えない!」

「な……結晶、無効化空間……?!」

 

 結晶無効化空間。それは《アインクラッド》に存在が確認されている数多いトラップの中でも最悪の部類に入るもので、その名の通り即効性があり、そして唯一即時離脱を図れる転移結晶を初めとした結晶アイテムが一切使えなくなる空間を指す。

 その空間の範囲は部屋一つ、つまり敷居や扉を跨げば効果は一切無く、更に大抵狭い部屋に配置されてきた。

 だが今までボス部屋にそれが配置された事は無かった。しかもこのトラップが最悪に分類される理由として、それの確認が結晶アイテムを頼ろうとした時にのみ発覚する事だった。つまりピンチになった時に発覚するのだ。

 叫び、ボスの大剣に吹っ飛ばされる軍のプレイヤー達を見て、大量のモンスターに囲まれて俺を見ながら消える、ダッカーやササマル、テツオが脳裏に移った。俺を見て、助けを乞うように視線を向けてきて、手を伸ばして、俺もまた手を伸ばし返して……届かず、転移結晶での離脱も図れず目の前で死んでしまった、死なせてしまった仲間達の顔が。

 そして、俺を憎悪の顔で見るケイタの顔を幻視した。

 頭を振って追いやり、ぎりっと歯軋りをして口を開く。

 

「くそっ、俺が時間を稼ぐから、その間に部屋から出て!」

 

 まさかここで出す事になるとは思っていなかった。出来ればもっと習熟してから、あるいは士気の底上げの為に次の層で明かしたかった。けれど、背に腹は代えられない。俺が尻込みして躊躇った事で誰かが死んでしまうくらいなら、そんな考えは全部捨てて全力で当たるべきなのだから。

 もう二度と失わない為に、俺の剣が届く範囲内の全てを、大切なもの全てを守り抜いてみせる。

 その決意でリズ会心の作ダークリパルサーを背中に背負い、エリュシデータと同時に抜き払う。

 部屋の入り口からボスまでは直線状で空いていたから、俺は攻撃の邪魔をするついでに挨拶代わりとして、何時の間にか出現していたスキル《二刀流》突進二連撃《ダブル・サーキュラー》を放った。

 助走しながら放ったので、その分スピードと突進距離にブーストが働いた。時計回りにダークリパルサーで右上に斬り上げ、体を一回転させてからエリュシデータで逆袈裟に斬り下ろす。かなりのブーストと威力を誇るため、この二撃だけでボスからタゲを俺に移せた。

 直後、ターゲットを俺に変えて振り向いた悪魔が大剣を大上段から振り下ろしてきて、俺はそれを交差した二刀で押さえ込む。二刀は蒼い光に包まれていた。

 

「早く逃げて!」

「キリト君?! これどういう状況?!」

「結晶無効化空間! 軍を助ける! 俺がタゲをソロで取るから、アスナ達は早く軍を!」

「な……わ、分かったわ!」

 

 ギシギシギシギシ……と青眼の悪魔グリームアイズ……《the Gleam eyes》との鍔迫り合いに持ち込んで耐える。俺は防御技《クロス・ブロック》を用いており、二刀を振るっている俺の総合筋力値が上回ったようで、大剣を弾けた。

 大剣をスキルで弾かれて硬直を課されたグリームアイズの隙を逃さず、俺は二刀を振るってダメージを与える。すぐに硬直から復帰したボスも剣を振るって来て、それを紙一重で躱し、あるいは剣を交えて防ぐ。

 ギャイン、ギャリィッ、と剣でぎりぎり大剣を弾いて攻撃を避け続けるけど、それでも体の端に掠る事があり、HPが少しずつぐぐっと減る。しかもコーバッツが撤退しようとしていないので、俺も退くに退けず戦い続けるしかない状況に陥っている。

 

「く、そっ……ナン! ヤツの目に、バブルブレス!」

「きゅるっ! ――――きゅるぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 

 ポパパパパパパパパパンッ、と虹色のシャボンのような泡が吹き出され、それらがグリームアイズの目に直撃し、目を瞑って怯んだ。

 このSAOを作り出したディレクターである茅場晶彦が相当執着したからか、この世界のモンスターの五感器官は現実の生物と遜色無いので、目を潰せば視覚に頼った行動を制限できる事を俺はベータ時代から把握していた。リトルネペントに《隠蔽》が効かないのは、《隠蔽》が視覚から逃れるスキルであるのに対し、リトルネペントは聴覚を頼りに動くモンスターだからだ。

 だからこういう視覚に頼った生物系であれば、たとえボスでも一瞬のスキを生む事は可能であると踏んでいた。実際、それは成功する。

 その間に俺は一旦離脱する。コーバッツは未だ周囲の仲間を叱咤して、アスナ達の言う事を聞こうとしていなかった。

 

「早く逃げてください! キリト君が押さえるのにも限界があるんです!」

「ならん! 我等に撤退の二文字は有り得ない! なればこそ、我等は――――」

 

 尚も何か言おうとしているコーバッツに襟首を俺は掴み、自分の身長まで目線を同じにするよう引っ張った。自然と前屈みとなるコーバッツ。

 

「な、何だ貴様?!」

「あんた達にマップデータ渡した俺が言うのもなんだけど、とっとと逃げろ! 死ぬぞ! 命あっての物種でしょ!!!」

「ッ……貴様! 私に意見すると言うのか?!」

「ああ、するさ、してやるさ! かつて俺は仲間を死なせたんだ、だからこそ、もう誰一人として死んで欲しくない!!! 俺の目の前で誰かが死ぬのなんて、もう見たくないんだよッ!!!」

「き、キリト君! ボスが!」

 

 アスナの忠告で見ると、こちらに剣を振り下ろそうとしているのが視界に入った。

 

『ゴアァッ!!!』

「ぐっ……!」

 

 慌ててコーバッツから手を離して二刀で押さえ込む。ぎしぎしと嫌な音を立て、俺のHPはちりちりと僅かながらも継続的に削れていっていた。

 

「俺はもう、俺のせいで誰かが死ぬのは嫌だ……! お願いだから、早く逃げて……!」

 

 その危険な拮抗状態でも、俺は言葉を発するのをやめなかった。青眼の悪魔の偉容を睨み上げつつ、俺はコーバッツに声を張り上げた。

 

「おおおおおおおッ!!!」

 

 俺の懇願は、しかしコーバッツには届いていなかった。コーバッツは俺の横を通り過ぎてあくまでボス討伐で攻撃をしていた。

 

 

 

 ―――――このボスが本当のフロアボスではないにも関わらず。

 

 

 

「コーバッツ……! ――――ァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 ズッガァンッ! と二刀を弾いた時に音が鳴った。続けて体を斬り裂かれる感触がした。

 俺は……グリームアイズの大剣によって、斬られていたのだ。俺の二刀での鍔迫り合いは、コーバッツへ意識を逸らしてしまった事が原因で競り負けたのだ。

 

「「「「「キリトッ?!」」」」」

 

 皆の絶叫が聞こえた。凄まじい衝撃と共に俺は木っ端のように呆気無く吹っ飛び、視界の左上にあるHPバーは七割からぐんぐん下がっていく。五割を切って注意域の黄色へ、三割を切って危険域の赤色へと変色し、視界が赤色に染まっていき――――

 数画素分を残して、ゲージの減少が止まった。

 部屋の外まで吹っ飛ばされていて、つまり結晶無効化空間から抜け出した事なのでこれ幸いとばかりに回復結晶で最大値まで回復する。再び二刀を持って、コーバッツへと大剣を振り下ろさんとしているグリームアイズへと突貫した。

 大剣の一撃はエリュシデータとダークリパルサーの二刀を重ねた横薙ぎによって、なんとか大きく軌道をずらし、中断させることが出来た。

 

『グルル……グルアアアアアアアアッ!!!』

 

 それで、まずは邪魔をする俺を始末しようと考えたようで、ぐあっと振り向いて剣を振り下ろしてくる。

 俺は集中し、エリュシデータで大剣の腹を振り下ろしに合わせて剣身を滑らせながら横に逸らした。そして空振ったのと同時に、ダークリパルサーで少し低くなっている悪魔の顎をかち上げる。

 

『ゴアアアアアアアアアアアアア?!』

 

 どうやらクリティカルが入ったようで、初めて上げた絶叫に近い咆哮と共にグリームアイズのHPゲージが目に見えて減少する。

 俺が部屋から出た事でリセットされていたヘイトがまた堪り、タゲが漸くコーバッツから確実に俺へと向いた。

 

「今だアスナ! 全力でコーバッツを退去させて!」

「わ、分かったわ!」

「こっちは任せて!」

「キリト君も隙を見て逃げて!」

 

 慌てるアスナと、彼女に従うユウキとランの声が続き、その後にコーバッツの怒鳴り声が響いた。どうやらずるずると引き摺って退去させたようだった。

 

(はは……ランには悪いけど、撤退は難しいかな……ッ!)

 

 正直、レベル140超えの俺でも逃げ切れる自信が無い。多分だが俺とコイツのステータスはどっこいどっこいだ、鍔迫り合いでほぼ互角である事からもそれが分かる。

 だから俺一人では撤退はまず不可能。背中を見せた時点で斬られ、金属はおろか革鎧すら装備していない俺は背面クリティカルダメージによって、今度こそ死ぬだろう。

 

 

 

 死。

 

 

 

 それはあのデスゲーム開始の日から覚悟してきた、俺の世界の生き方の終着地点の一つ。俺の力がアインクラッドの力に競り負けた時に起こる、一つの結果。ある意味で俺はそれを受け入れて、そしてある意味で拒絶している結末だ。

 ぐるるるる……と唸り声を上げるボスを見て、俺はふっと苦笑した。正直逃げられる気もしないし、勝てる見込みもかなり低かった。

 《アインクラッド》に出現するモンスターのアルゴリズムは第七十層を超えた辺りから複雑になっていて、今までのパターンから外れたイレギュラーな一面が稀に見られるようになった。

 当然ながらそれはボスにも適用されていて、第七十層手前からボスの行動が複雑になったように感じる、事実第六十七層のボス戦では一度戦線が瓦解しかかっていて、もし俺が間に合っていなければ立て直しも難しい程の被害が出てもおかしくない程だった。

 そのボスよりも上の階層ボスを、たった一人で相手するなんて、流石に幾らレベルが高めで装備も充実していて、他の人には無いと思われるスキルがあったとしても、無茶としか言えなかった。

 それがあったので、俺は今日、半ば無理矢理アスナと一緒に攻略する事になった、アスナがソロでは危険だからと偶然を装って同行を申し出て来たからだ。

 当初は渋っていたが、アスナなら心から安心して背中を預けられるくらい信用しているし、正直ソロ攻略にも多少の限界を感じていた。俺はその限界をかなり綿密且つアルゴに呆れられるくらい異常だと言われたレベリングで補っているだけだ。だから申し出は有難かった。お蔭で今日の攻略は今までに比べて格段に楽だったと思う。

 そんな、ソロでの限界を迷宮区を徘徊している雑魚に対して抱いている俺が、ソロでボスを倒すなど無茶としか言えないのは当然の事だった。

 当然ながら倒せなければ、俺は死ぬだけである。そして現状、生き残れる可能性は恐ろしく低いと言って良い。

 

(……直姉……)

 

 そんな俺の脳裏に浮かんだ、走馬燈にも近い映像で出て来た最初の人は、俺を弟だと初めてしっかり目を見て言ってくれた義理の姉、直姉だった。次に俺を受け容れてくれた母さんと父さんの顔が浮かんだ。

 

(俺が死んだら……哀しむ、かな……)

 

 直姉は優しいから、母さんや父さんも優しいから、きっと哀しませてしまうだろうと簡単に想像がついて、思わず涙が頬を伝ったのが分かった。

 その涙は優しい家族に受け入れられた事への今更ながらの喜び、受け入れてくれた事への感謝、そして哀しませてしまうだろう選択肢を取った事への謝罪と悔恨の涙だった。

 それは徐々に顎へと伝い、つ……と落ち、

 

 

 

 ぴちょん、と蒼い炎が吹き上がる石畳を濡らした。

 

 

 

 ***

 

 キリトが泣いている。

 ボクはキリトの背中姿でも、何故か分かってしまった。黒と翠の二刀が微かに震えていて、顔は僅かに俯けられていた。それでも分かった。

 静寂に包まれた部屋に、ぴちょん、と小さな水の音がしたからだった。

 

『グオアアアアアアアアアアアアアア!!!』

「はあああああああああああああああ!!!」

 

 その微かな音を契機に、互いを見据え合っていた黒の子供と青の悪魔は同時に駆け出し、巨大な青い悪魔と小さな黒い剣士が、真っ向から衝突した。

 巨大に過ぎる大剣がキリトを真っ二つにしようと振り下ろされ、彼はそれを三度交差した二刀で押さえ込み、そして弾いた。

 直後、二刀が光を帯びた。蒼白い星屑のような煌きを迸らせるそれを、ボクは初めて見た。今まで彼が二本の剣を同時に振るう所など見た事が無い、クラインから軽く聞いた事がある程度だ。

 途端に始まった神速の連撃。はっきり言ってボクでも見切ることが出来ないほど、途轍もない速度の連撃だった。留まる事を知らない連撃は悪魔に諸に入り、脇腹をダメージエフェクトの赤が染めていく。HPバーは今までに見たことないくらいに面白いほどガリガリと削れていっていた。

 

「スターバースト……ストリームッ!!!」

 

 キリトの搾り出すような声に合わせるように、ダークリパルサーの強烈な直突きがグリームアイズの腹の中央を抉る。途端に動きを止める悪魔。

 けれど、悪魔のHPは全部で五段、まだ二段も残っていた。そしてキリトは技後硬直によって動けず、そのままキリトの左斜め上から迫る大剣によって再び斬られる――――

 

「まだ、だぁ!!!」

 

 ギャインッ! と大剣が再び逸れた。それをしたのは、動けない筈のキリト、突き出したダークリパルサーを振り上げる事で頭上を通るように軌道を逸らしたのだ。

 キリトは持ち前の小柄と瞬速を用いて立体的な攻撃を繰り返して、ダメージを与えていった。多分悪魔の移動や攻撃速度が異常に速いから、退こうにも退けないんだ。だけどボク達が加勢に入るのはむしろ邪魔になってしまう、彼はあくまでソロプレイヤーであり、戦闘に於ける役割は彼一人で完結してしまっているから下手に入ってしまったら邪魔になってしまうのだ。

 残像を追うのもやっとな程の速度で攻撃を重ねていって、グリームアイズはキリトのあまりの翻弄に攻撃しようにも小さすぎるのと速すぎるので出来なくなっていた。

 あまりに一方的で、これが本当にボスなのかと疑ってしまうほどだ。

 

「うおおおおおおお!」

 

 そこに駆け寄る馬鹿――――コーバッツがいた。いつの間にかアスナ達の拘束を解いて、キリトが死に掛けるのを見ても尚倒しに行こうとしていた。

 

「コーバッツ?! 何で?!」

「落ちこぼれの貴様ばかりにLAを取られていては、軍の名折れなのだぁ!!!」

「何で……――――ッ! コーバッツ、避けて!!!」

「む……?!」

 

 キリトの猛攻が会話によって一時的に途切れた事で、グリームアイズの振り向き様の一撃がコーバッツを斬り裂いた。

 彼自身の突進も相俟ってキリト側へと倒れこむコーバッツは、HPを呆気なく全損させ――――

 

 

 

「貴様さえ、いなければ……」

 

 

 

 そう遺し、カシャン、と散った。

 

 

 

「…………ぁ……?」

 

 キリトは、目の前で何が起こったのか、よく分からないという表情で小さな喘ぎ声を上げた。何が起こったのか意識的に理解出来ていない、けれど無意識的に分かっているという矛盾が、今の無自覚な喘ぎ声なのだと思う。

 

『グルル……』

「……ぁ…………あ、あ、あぁ……?」

 

 カタカタと、小刻みにキリトの体は震え出した。それまでどうにかして生き延びようと、戦おうと気概が籠められた黒い瞳は、その光を喪い、焦点が合っていないかのように揺れ動くのが、ボス部屋手前の通路から見ているボクでもはっきりと見て取れた。

 悪魔は、唯一部屋の中に残っている小さな少年の命も奪おうと、敵意と愉悦が感じられる唸り声を喉の奥で発しながら、一歩一歩ゆっくりと近付く。

 

 

 

「あ、ぁあ……ァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

 その最中で、キリトの絶叫が響き渡り、直後さっきまでの比ではない剣劇の嵐が巻き起こった。キリトは絶叫し続けながら二刀を荒々しく振り続け、圧倒的なステータスによる力技はグリームアイズに反撃を許さなかった。

 トリガーを引いてしまったのだ。仲間が死ぬ事を何よりも拒むキリトの前で死に、あまつさえ、ケイタが言ったという言葉とほぼ同じ言葉を残して死ぬという、彼にとって最悪のトラウマの一つであるトリガーを。

 心が崩れかけて、壊れかけて、それをどうにかして回避しようとして今の暴走が起こっているのだと、ボクや一緒に見ている仲間達、生き残った軍のメンバーも悟った。

 

「き……キリト、君…………」

 

 アスナが口元に手を当てて呆然と呟く。ボクも、姉ちゃんもサチもクラインも、ただ唖然とキリトの暴走を見ていた。軍のメンバーもコーバッツの死を悼むより先にキリトの変貌に呆然としていた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 二刀が黄金の光を纏った。グリームアイズを数回斬ると、今度は別の所に現れて数回、また別の所で数回と三次元的な攻撃を繰り返していく。

 ズガガガガガガガガガッとソードスキルの音が半端ではなく、キリトの絶叫にも悪魔の悲鳴にも劣らないほどの音だった。相当なダメージを叩き出しているのは音だけでも分かるほどで、事実残り三本はあったHPゲージが一気に削られていき、危険域にすら到達して真っ赤に染まった。

 

「ジ……イクリプスッ!!!!!!」

 

 最後、空中からの回転唐竹落としが決まり、グリームアイズを左右真っ二つに割った。直後膨大な蒼い結晶片を撒き散らす。

 キリトはふらふらと光の中でよろけ、どさっと膝から崩折れた。女の子座りになっている彼に慌てて駆け寄って顔を見ると……あの日、サチに蘇生アイテムを渡した時と同じ顔つきになってしまっていた。

 今キリトは、ケイタを幻視して、自分を責めているのだ。コーバッツを死なせてしまった原因を作ったのは自分だと。

 あの男が、キリトのせいだと呪詛を残して死ぬという、全く同じ事をしたから……

 けれど、それは明らかにおかしい。確かに彼らにマップデータを渡したのはキリトだけど、彼はちゃんと幾度も忠告していたし、コーバッツを何度も助けたり退去させたりもしていた。それで尚突撃したのだから、キリトのせいじゃない。

 そう言おうとしたのだけど……キリトは、やおら立ち上がると虚ろな表情のまま、二刀を持ち上げて左右に構えた。目線は未だ虚空を向いている。

 

「……? どうしたの……?」

「く、る…………本当の、悪魔が…………」

 

 え……と思ったのも束の間、すぐに何かが落ちてきて凄まじい衝撃が伝わってきた。

 キリトやボク達の前に降り立ったのは、見た目こそ一見してさっきのグリームアイズと似てるけど……両手足首や首飾りに転移結晶と酷似した色合いのクリスタルが無数にあった。そして眼は、さっきまで猛威を振るっていた悪魔に酷似した威容ながら、違うと主張するかのように、血を想起させる毒々しいまでの深紅。

 HPバーは六段、名前は《Evil The Gleam Eyes》…………《The》の定冠詞が付いている、正真正銘、本物の輝く目の悪魔の名を冠するボスだった。

 さっきのボスは小文字の《the》だったから、それに気付いたキリトは偽物だと分かっていたのだ。だから倒した後、すぐに立ち上がって二刀を構えた。

 彼にとって護るべき、ボク達がボス部屋に入ってしまったから。

 

『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 

 紅色の刀身を持つ大剣が振り上げられ、

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 対抗するように二刀が交差され、振り下ろされた紅の大剣の一撃を防いだ。

 覚めた悪夢はまた始まった。いや、終わってすらいなかったのだ。

 

 *

 

 目の前でキリトと、紅眼の悪魔の刃がぶつかった。

 幾度目かも分からない衝突は、どちらも剣が弾かれるという結末を描き続けている。悪魔はそれによって体勢が崩れても転移でキリトの背後を取り、キリトは弾かれた反動を利用し高速で体勢を整えて反応し続ける。

 明らかに青眼の時より強い悪魔を相手に、たった一人で戦い続けていた。

 ボク達は残る軍を急いで部屋の外に出して、そしてボク達自身も部屋から脱出していた。

 残るはキリト一人。ボスは原則的にボス部屋から出ないので、転移で一瞬にして部屋の全てに移動できるボス相手にならキリト一人の方が戦いやすいと判断したから、誰も他に入っていない。

 当然最初に挙がったキリトを撤退させるという案は、早々に断念せざるを得なかった。彼の今の暴走状態もあるが、何よりボスの転移移動が一番厄介だったのだ。撤退させようにも転移で追随してくる為、彼を逃す事が出来ない。正に初見殺しとも言えるボスであった。

 キリトのHPは既に四割弱で黄色く染まっていて、紅眼のグリームアイズは残り一本までHP本数を減らしていた。こちらはあと七割弱といった所だ。

 正直、ソロでHPを六割しか減らさずに圧倒的な能力のボスを二体続けて相手してここまで善戦するなんて、かなり凄いと思う。文字通りキリトは単独で攻略組全軍に匹敵するほどの能力があるのかもしれない。相性の問題かもしれないけれど。

 今キリトが相手している転移ボスで一番被害が少ないのは、恐らくソロだ。味方が多ければ多いほど、きっと被害は途轍も無くなっているだろうと思う。

 それでもボスとして極悪のステータスを持つのだけど、何故か二刀流でもスキルが発動出来ているキリトは生と死のギリギリの境界線を渡りながら戦っている。ソードスキルに勝るとも劣らない速さで二刀が舞い、悪魔の青い表皮を赤く染めていく。

 本来、スキルエフェクトが伴っていない通常攻撃と分類される攻撃は、ボスに対してあまり有効では無い。ノックバックやスキルでシステムに設定されているダメージ倍率が無いためだ。

 だからと言ってスキルは安易に使えない、スキル使用後は技後硬直と呼ばれる動けない時間が僅かなりとも存在する為だ。だからここぞという時にしか使えず、そしてその隙を生み出すのはソロでは難しいため、キリトもじわじわと追い詰められていた。

 

「うう……助けに入りたいのに……!」

「抑えてユウキ、ここにいる全員が同じよ……!」

 

 ぎりっと姉ちゃんが歯軋りして、ボクの言葉に声を返した。アスナもサチもクライン達も、それぞれの得物を持ちながらも部屋の入り口でキリトを待っている。もう少しで一歩踏み出しそうな勢いだ。

 

「っ……らぁ!!!」

『グオァ?!』

 

 転移したグリームアイズだったが、剣を振りかぶる一瞬の隙に、キリトの突進による二連撃で両足を斬り落とされ、転倒した。じたばたともがいて動けなくなっている。

 人型が多くなる状態異常の一つ、転倒だ。一度なると十秒くらいは起き上がれず、フルアタックを仕掛ける絶好のチャンスでもある。

 

「っ……!」

 

 キリトはそれを見た瞬間に後ろへ下がりながら右手でメニューウィンドウを出した。からからとウィンドウを操作し、高速で何かの設定をしていっている。

 

「皆! どうにか転倒回復後も五秒稼いで!」

「「「「「わ、わかった!!!」」」」」

 

 メニューウィンドウを操作しながらのキリトの声に一瞬呆然となるもすぐに声を返し、剣を構えてじたばたともがいている紅眼の悪魔へと突貫した。起き上がったらすぐに転移してしまうだろうから、それまでにキリトからタゲを外すか、そうでなくとも少しでもこちらに注意を逸らすようにしなければならない。

 これでもしもタゲの取る優先順位が与えたダメージ量ならタゲを取れなかったこと必至だが、幸いにも絶対ダメージ量優先というわけでは無いのは確認済みだ。モンスターのアルゴリズムは基本的に、最も近いプレイヤーを優先する傾向が多々見受けられる、だからキリトがコーバッツを斬ろうとした青眼の悪魔の大剣を弾いた時にタゲが移ったのである。

 ボク達は少しでも早く近寄り、そして今更だけどキリトの負担を少しでも軽くしようとソードスキルを連発した。

 ボクは攻撃力と防御力を下げるデバフ効果を持つ、片手剣上位ソードスキル三連撃《サベージ・フルクラム》を。

 姉ちゃんは一瞬で九回突いて突き抜ける細剣最上位ソードスキル、《フラッシング・ペネトレイター》を。

 アスナは左から右、上から下に三発ずつ突きを放つ、細剣上位ソードスキル、《クルーシフィクション》を。

 クラインが舞うようで力強い斬撃を五回放つ、カタナ最上位ソードスキル、《羅刹》を。

 サチが五連続で突いて最後に真上から突き落とす、槍最上位ソードスキル、《ディメンション・スタンピード》を。

 片手剣、細剣、槍、カタナ、クラインの仲間達の片手棍や曲刀、軍の剣劇が紅眼の悪魔の体を強かに打って、けれどキリトほど大したダメージは入らなかった。ほんのわずか、七割から六割に減っただけだ。キリトはポーションを飲んだのか自然回復量が増え、四割弱から同じ六割ほどまで回復していた。

 

『グオオオオォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

「く、そがァッ!」

「きゃッ……?!」

 

 クラインとアスナが大剣を防ぐも吹っ飛ばされ、続けてサチと姉ちゃんも返す刃で飛ばされた。軍は殴り飛ばされて、ボクは最後まで残っていた。

 

「良いぞ!!!」

「ッ……セヤァッ!」

 

 振り下ろされる大剣の刃を、リズ渾身の継承作である黒剣ルナティークを全力で大剣の腹に叩きつけて軌道を逸らし、そして後ろへとバックステップで下がる。すぐさま部屋の外へと退避した。

 キリトへと振り返れば、再び振り下ろされた大剣を、二刀を交叉させて受け止めていた。ギシ……っと軋む音を立てて一瞬拮抗した後、キリトが大剣を弾き返した。

 悪魔に致命的な隙が生まれる。

 

「う……おあああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 ラグ無しでさっき見せた《スターバースト・ストリーム》、いや、さっき以上の速度と正確さを有した乱舞を始めた。星屑の輝きが悪魔を消し去ろうと煌くも、悪魔もただやられてばかりでなくキリトに大剣の剣劇を加えて確実にダメージを与えていた。

 その状態でもキリトはスキルを続け、最後の左直突きを悪魔に叩き込む。

 まだ、悪魔は命の数値を三割残していた。

 

「だめ……?!」

「あああああああああああああああああああああ!!!」

 

 アスナが突進の構えを取ったと同時、大剣で斬り捨てられようとしていた動けない筈のキリトが動き、大剣を弾きながら再び発動までのラグも無しに攻撃を開始した。

 一撃が入る度に黒い闇と星の光が剣から発生し、悪魔を飲み込む。ダメージ自体はスターバースト・ストリームより少ないようだけれど、流れるような連撃は捉え所が無い技だった。上下左右から変幻自在に叩き込まれていき、悪魔は確実にその命を散らしていく。

 

「ナイトメア……レインッ!!!」

 

 最後、キリトが二刀を前方に交差振り抜きを叩き付け、巨大な闇と光を形成してスキルが終了した。二刀を包んでいた赤紫色の光は消え去ったが、まだ悪魔は命を一割残していた。

 スキルは強いほど技後硬直も長い。スターバースト・ストリームよりも連撃数もダメージも多いのだから、先ほどは動けても今回は動けない。

 

「ま、だだぁぁぁぁぁああああああああああッ!!!」

 

 と思っていたのも束の間、流れるような二刀の乱舞が始まった。蒼い輝きだが、それが収束した事で太陽のコロナのような煌きが乱舞し、悪魔を飲み込まんとする。三次元高速移動による連撃を続け、最後は回転唐竹割りが入った。

 

『グル……オ、ォォ…………!!!』

 

 その最後の一撃がトドメになったようで、紅眼の悪魔は呻きの断末魔を上げてバシャアッ! と膨大な蒼い結晶片へと四散した。続いてリザルトと勝利を讃えるシステムメッセージ、そして七十五層への階段がある扉が重苦しい音を立てながら開く。

 

「キリト……!」

 

 けれど、そんな事はどうでも良かった。

 ボクはいち早くキリトへと走り寄った。後ろから同じようにキリトの名前を呼びながら走る仲間の声が聞こえた。

 ボク達が駆け寄っても、キリトはまだ勝利した事が実感出来ていないのか翡翠色の剣を床に叩き付けるように、そして漆黒色の剣は後ろ手に高く構える姿勢で固まっていた。

 近寄ったボクは、漆黒色の剣を握る彼の右手に優しく手を置いて、徐々に下げさせる。

 すると彼はこちらにゆっくりと顔を向けた。キリトの顔は、本当に終わったのかという疲れ切った表情で、どこか儚い印象を抱かせた。

 

「終わった、の……?」

「うん…………キリトは、生き残ったんだよ……」

「そっか…………コー、バッツ……は……?」

「っ…………」

 

 一時的なのだろうか、キリトは呆然とした表情のままコーバッツの生存を聞いてきた。目の前で死んだ事が、まだ現実として受け入れられてないのかも知れない…………

 ボクが答えあぐねているのを見てか、クラインがキリトの前にしゃがみ視点の高さを同じにして顔をあわせた。呆然とキリトは彼を見る。

 

「キリト……残念だが、アイツが唯一の死亡者だ…………」

「……ぁあ……そ、ぅ……うん…………そう、だった…………俺の、目の前で……俺の……せい、で…………ぅ、う……」

 

 がくっと再び膝から崩折れるキリト。二刀も床にかしゃんと音を立てて落とされ、キリトは悄然と俯き、涙を流し始める。

 さっきあれほど暴走したのだし、落ち着いているとは言え絶対に癒えたわけでは無い心の傷を最悪な形で抉られたのだから、その反動が来ているのだろうと思われた。コーバッツの最後の言葉を脳裏に思い浮かべて頭の中が混乱しているのかも知れない。

 

「…………キリト、こんな状態のお前ぇに言っても意味無いかもしれねぇけどよ……お前ぇは言うべき事はキチンと言ってたんだ。お前ぇが助けに入って後ろに下がらせても、コーバッツの野郎は勝手に行動した。お前ぇが命懸けで戦ってるのに割り込んで死んだんだ。お前ぇは悪くねぇんだ……あまり自分を責めるんじゃねぇ。お前のお蔭で残りの連中は助かったんだからよ……」

「…………うん……」

 

 表情を歪めながらのクラインの言葉に、キリトは悄然と俯いたまま小さく頷いた。それから二刀を拾って背中に吊り直したキリトは、泣きじゃくりながらクライン達と一緒に七十五層へと上がって行った。

 軍にはアスナとボク達が対応する事になった。

 この事はディアベルに報告し、彼から謝罪と後の事は任せても良いとメールを貰ったので、ボク達はその後それぞれのホームへと戻った。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 何気に本作初のユウキ視点となりました。ユウキは同じ片手剣使い且つかなりの剣腕を有するプレイヤーですから、キリトの戦闘を描写するにあたってとても書きやすいキャラです。私自身がSAOキャラの中で最も好きなキャラだからという事もあります。

 彼女がヒロイン? さて、それはどうでしょうか。本作のキリトは桐ヶ谷和人でもあり、また織斑一夏でもありますので、まだまだ分かりません。それに今のキリトが誰かと恋人関係になるのは難しい、異性を意識しきれてませんからね。

 というかキャラの絡みが難しくなるので分からせません(笑)

 まだまだ先はありますので、今後にご期待下さい。また感想、批判、質問、評価等、気が向けばよろしくお願いします。

 次話以降から申し訳ありませんが不定期更新となります、ご了承下さい。

 では、次話にてお会いしましょう。



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第十二章 ~恐慌~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 まず最初に少しだけ大切なお話があります。

 それは本作の原作名を、《インフィニット・ストラトス》から《ソードアート・オンライン》へ変更する事です。

 理由としては活動報告に書いていますが、ご存知の通り、未だにIS要素がほぼ無く、逆にSAO要素を多く盛り込んでいるストーリー……というか、ほぼまんまSAOです。このままでは原作名と矛盾していると思い、IS学園編を別の作品で何れ続作として投稿する事で分けようと決めました。

 つきましては、お気に入り登録されていない方々は原作検索が変わりますのでお気を付け下さい。こちらの都合で振り回してしまい申し訳ありません。


 さて、では今話についてです。

 今話は原作に一切無い完全オリジナルの話です。七十四層ボス討伐後、キリトはクライン達と共に七十五層の街へ向かいました、今話はその直後のお話です。

 サブタイトルからも分かる通り、最初から最後までドシリアスですので、お覚悟下さい。

 ではどうぞ。初のクライン視点、しかも最初から最後までです。




 

 

 デスゲーム《ソードアート・オンライン》という閉じられた世界に於いて、その虜囚となっているおよそ一万人の内の生き残り七千人のプレイヤー達は、あらゆる娯楽に飢えているという共通項が存在する。

 人間の三大欲求として《睡眠欲》、《食欲》、《性欲》の三つが挙げられる。

 この中で睡眠欲は脳の休息に絶対不可欠であるため自然と誰もが覚える事になる。アバターを動かしているのは俺達の脳なのだから、休息を必要とするのは自明の理だ。

 次に食欲だが、これはこの世界で満たすのはとても難しい話であった。

 そもそも仮想世界へのフルダイブ技術がこのような形でとは言え実を結んでいるが、まだまだ研究するべき事は沢山あるのが現状だ。VR世界に入ってすぐに偶に酔ったりする人も居たし、俺などはSAOを購入出来たから《ナーヴギア》を買い揃えたという感じなので、他の重度のゲーマーや元ベータテスター達とは違ってVR環境に慣れていなかった。

 キリト曰く、重力関係の研究はまだまだ試行段階にあり、急な環境の変化に脳が適応していなかったから違和感を感じていたという。

 それでもリアルに程近いレベルまで、それこそプレイ時間を積み重ねていけば気にならない程度だったから発売……もといデスゲーム化に踏み出したのだろう茅場晶彦は、どうやら剣の世界の完成とその世界に囚われた俺達の行動の鑑賞を目的としていたせいか、それ以外の要素が割と杜撰な部分があった。

 その一つとして、《アインクラッド》のNPC料理店や屋台の食い物は基本的に美味しくない事が挙げられる。

 無論不味い訳では無い、食べられないという事も無い。ただ数多くの調味料や隠し味などの組み合わせに執念を燃やす料理人が居る日本に生まれてずっと生きて来たせいか、舌が肥えているほぼすべてのプレイヤー達からすれば、SAOのNPC料理は果てしなく味気ないものだったのだ。第一層や第二層の料理店も殆どがそれで、稀に旨いものもあるが、それは大抵高値で手を出しづらいものばかりだった。

 最後に性欲。

 これに関しては微妙な所だ。何せ異性に対するボディタッチ、特に男性プレイヤーが女性プレイヤーに対するものは茅場以外のスタッフが尽力したのか相当厳しくされており、気を付けなければすぐに《アンチクリミナルコード》が働いてしまう。

 この場合は大抵《ハラスメント防止コード》と呼ばれており、接触されたプレイヤーの視界に現れたウィンドウのイエスボタンをタップするか発声するかで、接触した相手プレイヤーを問答無用で監獄送りにするという、かなり恐ろしいシステムである。

 俺は普段彼女が欲しいと思っているが、それでも言い寄ったり公言しないのは、リアルで広まった女尊男卑風潮による影響を考慮してである。俺の知り合いにいる女性プレイヤーは全員思慮深いから助かっているが、それでも露骨なボディタッチは避けるようにしている。

 まぁ、ハイタッチしたり励ます意味で肩や背中を叩いたりはするが、その辺の塩梅はかなり調整されているようで、俺がそういった事をして《ハラスメント防止コード》に抵触した事は一度も無い。そもそも絶対数からして少ないという事もあるが。

 何が言いたいかと言うと、俺が知る限りこの世界で性欲を解消する手段は無い……筈である、少なくとも《ハラスメント防止コード》がガッチリ禁止している。つまり性欲は溜まる一方という事だ。

 これらの事から、三大欲求の内、生命維持に必要不可欠な睡眠欲を除き、食欲と性欲に関してプレイヤー達は満足する事が無かった。

 食欲も、そもそも《料理》スキルを鍛えている酔狂なプレイヤーが多く居る筈も無く、絶対数が少ないので絶品料理にあり付けるという事はS級食材を入手する以上にある意味でレアであると俺は思う。

 食欲に関する事ですらこれなのだ。そしてこの世界はログアウトとログインが普通に出来るただのゲームとして本来販売されたので、小説や漫画、アニメなど息抜きするような娯楽など存在せず、当然ながらネット環境なども無い。ゲームの中でネットサーフィンやゲームをしたいと考えるなど、最早末期症状の表れであり、同時に俺が現実世界へ早く帰りたいという想いをかつてより減退させている証左であろう。

 こんな感じであらゆる意味で娯楽に飢えているプレイヤー達がごまんといるのだ、攻略組がボスを討伐して新たな階層へ行けるようにした、つまり攻略が進んだという事は全プレイヤーにとって喜ぶべき事であり、同時に新たな事物と対面する事が出来る未知の登場でもある。

 今まで殆どキリトがLAを取って、そしていち早くボス部屋から去って転移門を開いて来た。今までなら新たに開かれた転移門はその役目を果たし、新天地を見る為に待ち構えていた多くのプレイヤー達を次々と蒼い光と共に吐き出す。攻略組がボス攻略へ行くという情報は、それこそ変化を齎す刺激的な娯楽情報だからだ。

 だが今日ばかりは、それは無かった。何故なら今日のボス攻略……いや、ボス討伐は、全く想定していなかった形での敢行だったからである。

 《アインクラッド解放軍》の中佐という地位に居たプレイヤー《コーバッツ》の独断専行により、合計十二名という少ない人数で無謀にもボスへと挑み、彼らを助ける為にキリトが助けに向かった結果、《コーバッツ》の死が引き金となってキリトはトラウマを起こし、撤退も難しい相手だった事もあってボスを倒してしまったからだ。

 だから十中八九、唐突に全階層の転移門で新たな階層が開かれた事を知らせるファンファーレを響かせている事に、全てのプレイヤーが驚愕しているだろうなと考えていた。

 

「ぅ……ひぐっ……うっ……」

 

 そんな俺の手を、俺が知る限りでぶっちぎりの最年少で、最強で、最も心が脆い、十歳という幼さながらずっと一人で生きてきた《キリト》が泣きじゃくりながら、弱々しく握っていた。

 キリトがトラウマを引き起こし、ボスを倒すに至った原因は《コーバッツ》の死にある。

 正確にはキリトの過去、かつて力添えをしていた《月夜の黒猫団》というギルドの団員とリーダーの死が被った為だ。《コーバッツ》が口にした最期の言葉が、そのギルドのリーダーを務めていた《ケイタ》が最期にキリトへ口にした言葉とほぼ同じであったため、キリトはトラウマを引き起こし、そして暴走し、ボスを倒したのだ。

 ボスをソロで討伐した事は恐ろしい事である、それは実力的な意味でも凄まじく、またそれをしてしまうだけの精神状態に対してでもある。

 キリトは今までただの一回も誰かとパーティーを組んだ事が無い、デスゲーム開始時はおろか、ボス攻略時ですらキリトはソロだ。それでもボス攻略時にはレイドの一員として戦ってきたので、その時だけ事実はソロでも形式上はレイドである。

 だがキリトは過去に一度、ソロでフロアボスを倒してしまった事があった。それが《ケイタ》を初めとした《月夜の黒猫団》を蘇らせようと、クリスマスの日に現れるイベントボスから手に入る蘇生アイテムを実際に手にし、過去に死んだ者には使えないと知った後の事、《クリスマス攻略事件》だった。

 《クリスマス攻略事件》とは、年一回というレア度から高難易度であると予想されていた《クリスマスイベント》と、各階層の迷宮区最奥で次の階層へ続く階段を護るボスを倒す《ボス攻略》の二つを、たった数時間で行われたという前代未聞の事件の事であある。

 それを起こしたのはキリト単独である事が更に話題を呼んだ。何せ《クリスマスイベント》のボスを倒し、消耗したまま未だマッピングが終わっていなかった第四十九層迷宮区を一人で踏破し、あまつさえボスをソロで倒してしまったのだから、常識外にある事もあって騒がれるのも当然だった。

 そんな事が無茶であり無謀である事など、キリトも認めていた、ただ自覚はしていても止められないくらい荒れた精神状態だったのだ。

 今回の事も、恐らくキリトの精神には予想出来ない程の負荷が掛かっていた。軍の連中を助ける為とは言え、キリトは暴走の勢いに任せて自殺する勢いでソロ戦闘を続け、中ボスと真のボスを纏めて倒したのだ。そんな無茶はここ最近疎遠であったため、それだけキリトにとって耐えられない衝動に駆られたという事なのだ。

 ここで、更に負荷が掛かれば、もう取り返しがつかない道へとキリトは進んでしまう事が容易に予想出来た。

 元々《元ベータテスター》と何も知らない《ビギナー》達の間にあった確執を、《織斑一夏》に対するヘイトを利用する事で取り除くくらい自己犠牲心が過ぎる子供だ。このままコーバッツが死んだのは自分のせいだと責めている間に、更にそれで責められるという負荷が掛かれば、今でこそ涙を流して精神の崩壊を免れているキリトはもう壊れ切って、恐らく今後一切自分の全てを道具の様に扱うほどの無謀な攻略を始めるだろう。

 普通なら考えられないような事でも、既に年齢と実力、過去の経歴からして普通から外れているキリトならやってしまうと考えてしまうのだ。

 だがそんな事、俺を初めとしたキリトの事を大切に想っている面々が許す筈も無い。

 確かにコーバッツの件でキリトが完全無罪かと言えば、マップデータを提供した時点でそれは違うと言える、そもそも彼らを行かせない為に提供しないという選択肢もあったのだから。

 だが、キリトの忠告を無視してボスに挑む決断をしたのも、手助けに入ったキリトの援助を無下にしたのも、単独で特攻をかまして致死の攻撃を喰らったのも、全てはコーバッツ自身の意志であり、そこにキリトの意思は介在していない、むしろコーバッツが取った行動とは逆の意思を向けていた。

 だから俺としては、これについてキリトが非難されるような事はほぼ無いと思っているし、むしろ責める事は筋違いだと思ってもいる。というかマップデータを渡す場に居た俺達だってほぼ同罪だし、それ以前にコーバッツ達を助ける為にキリトは真っ先に救援に向かったのだ、その上でコーバッツは特攻したのだから責められる筈も無い。

 キリトとしては、コーバッツを目の前で死なせてしまった事、同時にかつて吐かれた呪詛と同じ内容を言われた事で精神的に相当参っているようで、今回の件は自分が悪いと思い込んでしまっているようだった。俺がさっき、それは違うという事を伝えておいたが、恐らく納得は出来ていないだろう。

 多分今は何を言っても意味は無いし、むしろどんどん追い詰めていって逆効果になってしまうと思えた。

 これでもキリトは頑固な所があり、俺達が幾ら誘ってもパーティーを組みやしない。どうやら今日は何故だか《血盟騎士団》副団長であるアスナと一緒に攻略をしていたようだが、その彼女に聞いたところ、パーティーは組んでいないという事だったので、相変わらずソロを貫く主義のようである。

 キリトがソロを貫く原因はビーターの事が関係しているのだろうが、コイツはデスゲーム宣言をされる前に会った俺とも、自分の事情と言ってパーティーを組めないと言っていた。ある程度は何となく予想付いているが、キリトとしては譲れない一線というものらしく、未だに絶対パーティーを組まないしボス攻略レイドでもソロを貫ている。

 存外、一度決めた事は梃子でも変えられないくらい頑固な一面があるのだ。

 だが、流石に今回ばかりは見過ごす訳にもいかないだろう。

 今回はあまり見ない顔だったが、一応攻略ギルドの中から死者が出たし、少なからずキリトも関係している上に予定外だったがボスも倒し、更には未知のスキルまで使いこなしていた。

 一応軍の連中には黙っているよう言っておいたが……あの中に一人でもキリトに対して悪感情を抱いている奴がいれば、それも無駄に終わる。慕われていたかどうか知らないが、コーバッツも一応あの面子の上司であり同じギルドに所属する仲間なのだから、マップデータを提供しなければ……と逆恨みする奴が居ないとも限らない。

 そういった奴が居た場合、必ず誰かに話し、そこから話が広まる。

 娯楽に飢えているSAOプレイヤーの事だ、絶対に二刀でスキルを放った話に食い付いてキリトを追い回して、コーバッツを死なせた事を責めるに違いない。

 だからキリトは、この辺で一旦身を隠す意味も込めて休むべきだと、人目を避けるように《風林火山》のギルドホームに退避した俺は考えていた。

 

「リーダー……」

「……ああ」

 

 嗚咽を漏らしながら泣きじゃくっているキリトにも痛ましげな視線を送りながら、《風林火山》というギルドの一員であるリアルからの友人も同様の考えであると、目で伝えてきた。俺も結構長いが、こいつらはエギルやアスナとほぼ同程度の付き合いがあるから、もうキリトの精神が限界を迎えようとしている事を悟っているのだ。

 今は五月、このデスゲームが始まってから実に一年と半年近くも経過している事になる。まだキリトが持ち直してから半年も経っていないのだ。

 いや、持ち直す前も後も、俺が知る限りでキリトは一度たりとも丸一日休暇にした事など無かった筈だ。少し前までは睡眠時間、休憩時間を割き、食事も殆ど味わわず空腹を満たすだけの作業になっていたと聞いたから、多少マシになっていると言っても俺達からすれば全然だ。

 ここは一つ、キリトの事を案じるメンバーの中でも最古参の俺が、休めと提案するべきだろう。

 そう胸中で結審した俺は手を握って来ているキリトの視線に高さを合わせるよう、中腰になった。それを感じて、キリトは泣きじゃくりながら顔を向けて来る。

 

「……なぁ、キリトよ。今、ちょっといいか?」

「ひぐっ……な、に……?」

「あのよ……こんな事、今言うのもアレなんだがよ…………お前ぇ、そろそろ休みを取ったらどうだ……? ちっと休まねぇとぶっ倒れるぞ……」

「……え……何で……?」

 

 出来るだけ責めるような口調にならないよう気を付けて言えば、キリトは顔を歪めながら俯いた。

 予想通り過ぎる反応に、俺は少しばかり溜息を零しそうになり、それをぐっと堪えて整理しておいた事を言うべく、口を開いた。

 

「何でじゃねぇ……お前ぇ、一日でも完全休暇にした事があるか……?」

「…………無い……」

「だろうな、そんな話は俺も耳にした事が無ぇ……攻略を急ぐ理由は昨日知ったけどよ、基本的にフロアボスはお前ぇ一人、ソロでどうにかなるようなモンでもねぇ……それが七十五層、クォーターポイントのボスともなれば尚更だ……今日の事でもう疲れただろ。一日やそこらキリト一人が攻略を休んだ所で、デケェ損失にはならねぇよ」

「でも……それだと、トラップ、とか……」

「馬鹿野郎。確かにお前ぇは元ベータテスターとして情報を拡散してきてるけどよ、ビギナーの俺達だって立派に攻略組やれるだけの実力はあるんだ、油断しなけりゃ死にゃしねぇ……俺達の力、信用出来ねぇか?」

「そんな事、無い……」

「だったら俺達を信じて、お前ぇは攻略せずに少しの間休んでろ」

 

 卑怯なやり口だと思う、俺もそれは自覚している。キリトが俺達を信用し、俺達の実力を高く評価している事など百も承知の上だ。

 だがこういう言い回しでないと、キリトは絶対に意固地になって、自分を追い詰める。

 そんな事は絶対させたくない。その為なら、少なくとも俺は卑怯な言い方になる程度なら幾らでもするつもりだ。それで何度も何度も、有形無形大小無数の手助けをしてくれたキリトの救いになるのなら、むしろ俺は喜んでしてやる。

 俺は大人だ、コイツはまだ十歳になった子供だ、実力で劣るんだったら心を護ってやるくらいしなきゃ面目丸潰れなのだ。

 そんな俺が発した言葉は効果覿面だったようで、最初から歪んでいたキリトの顔は更にくしゃりと歪められた。

 

 

 

「……俺、要らない子……?」

 

 

 

「……は?」

 

 そして、発せられた問いに、俺は完全に思考が停止した状態で素っ頓狂な声を上げる事になった。

 その間にもキリトは表情を悲壮に染め、ぼろぼろと大粒の涙を流し始める。

 

「コーバッツを助けられなかったから……正しい判断出来なかったから……一人でボスを相手したから、迷惑掛け続けたから……っ?」

「お、おいキリト、いきなりどうした……?」

 

 ぼろぼろと涙を流しながら、キリトはどこか虚ろな目で俺が普段着にしてる紅色の袴の裾を掴んで、縋りつくように言葉を並べ立てる。

 それはどこか恐怖している様で、俺を見ている様で見ていない様で、俺と話している様で話していない様な印象を受けた。

 

「直すから、悪い所直すから、要らないって言わないで……!」

「いや、ンな事一言も言って……」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

「て、おいキリト、落ち着け! キリト!」

 

 完全に恐怖に怯える表情で、虚ろな目つきで謝罪の言葉を壊れたテープレコーダーのように繰り返し始めて、これは明らかにまともな精神状態じゃないと俺でも分かったから落ち着けに掛かった。俺に縋り付いてくる華奢な体を左腕で抱き締めて、右手で頭を撫でるが、キリトの様子は変わらなかった。

 流石に俺だけの手に負えないと一部始終を見ていて判断したメンバーに、何時ものメンバーの中でも女性メンバーを集めるよう頼んだ。

 そこまで大した時間も経っていなかったからか、七十四層ボス部屋に居たアスナ、ユウキ、ラン、サチはすぐに駆け付けてくれた。

 

「クラインさん、何かキリト君が大変って聞いて……って、キリト君?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

「え、ちょ……キリト、ごめんなさいって……?」

「一体この短時間に何が……?」

「と言うか、明らかにまともな状態じゃないよ! 一体何があったの?!」

「俺にも分からねぇよ! 疲れただろうから少し休めって言ったら、いきなり謝り出したんだよ……!」

 

 サチが困惑しながら問うてきたが、俺としてもそれくらいしか原因が分からなかったからそう答えるしか無かった。

 

「きゅるっ、きゅるる!」

 

 キリトの使い魔であるナンも、流石に異常事態である事は理解しているようで必死に鳴き声を掛けるのだが、主人である当のキリトは全く気付かないで虚ろな表情で泣きながら謝罪を繰り返し続ける。

 

「クラインさん、キリトを私に!」

「お、おう……」

 

 混乱に陥る中、耐え兼ねたようにサチが両手を広げて申し出たので、俺はゆっくりキリトを彼女に渡した。

 虚ろな表情で誰にともなく謝罪を繰り返し、泣きじゃくるキリトを、サチは優しく抱き締め、ゆっくりと頭を撫で始めた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」

「……キリト、サチだよ、まずはわたしの話を聞いて……ね?」

「あ、ぅ…………さ、ち……?」

 

 ゆっくりと、慌てずあやすように撫でながらサチが言うと、ずっと謝罪を繰り返すばかりだったキリトがたどたどしく反応を見せた。

 

「キリト……何で、ごめんなさい、なの?」

「だって……休めって……攻略に出なくて良いって……」

「……少しは休めって言われたんでしょ? 何で泣いちゃったの?」

「強くないと…………戦わないと、必要と、されないから……皆より上じゃないと、護れない、離れちゃうから……!」

「……離れるって……」

 

 キリトの若干滅裂な答えに、サチを含めて全員が怪訝な顔になった。何故一日休むだけで俺達がキリトから離れる事になる?

 いや、まぁ、確かに最前線で戦っている俺達から離れはするが、キリトが迷宮区に潜っている間に休暇を取っている時も離れている事になるし……

 

「キリトが攻略を、戦う事をお休みしたら、どうして私達が離れる事になるの?」

 

 サチもそう思ったようで、分かりやすいように言葉を噛み砕いてキリトに問うた。

 

「俺が強くないと……皆、失望して離れて行っちゃうから…………」

「……失望? キリトが強くないと、どうして失望する事になるの?」

「だって、もう俺を頼らなくても、良くなって……要らないって……!」

「「「「「……!」」」」」

 

 たどたどしく、一時的に勢いが弱まった涙がまた勢いを増して大粒となりながらキリトが口にした事から、漸く謝罪と涙の意味を俺達は理解した。

 キリト……いや、《織斑一夏》はよく《出来損ない》だとか《屑》だとか悪い意味で比較対象にされてきていた、つまり周囲は期待に沿えず失望ばかりさせていた《織斑一夏》を迫害していた。年上の兄が神童と呼ばれ、姉は世界最強だった分、その迫害はより酷いものとなっていたというのは概要だけ本人から聞いている。

 つまりはそれが原因だ。キリトは常に最強である事を己に課していたのだ、神童と呼ばれた兄の様に人よりも上に居なければまた失望され、折角得た信頼出来る人々が離れて行ってしまうと恐怖したのだ。

 なまじ実体験があるからこそ拭い切れない不安感をずっと抱き続けてきて、《月夜の黒猫団》での事で相当な不安を抱き……そして今日の出来事でダメ押しとなった。

 そこに言われた《お休み宣言》。つまり人より上である事を示す最前線ソロ攻略を真っ向から否定された事で、キリトは自分が要らない奴であると判断された、と勘違いしたのだ。だからそれを取り消してもらえるよう、俺達が自分から離れて行かないよう欠点を直すと言って、謝罪を繰り返したのだ。

 全ては、過去と同じにならない為に。

 キリトは、リアルこそ今では名前を変えているが、この世界では元と言えど《織斑一夏》として生きている。だから昔の意識と記憶を強く想い起してしまい、それが更なる引き金となって別のトラウマを掘り起こしてしまったのだ。

 信用しているからこそ、信頼しているからこそ、漸く得られた数少ない仲間だからこそ、失望と共に離れられる事を心の底から恐怖し、怯えているのだ。

 

 

 

「ッ……莫迦ッ!!!!!!」

 

 

 

「ッ?!」

 

 それを理解した直後、サチは普段の大人しめな様子からは想像出来ないほど芯の籠った怒声を発した。サチは怒りの表情を浮かべ、同時に涙も浮かべていた。

 間近でその罵倒を受けたキリトは瞠目する、何故サチが泣くのだ、と。

 

「莫迦ッ! 私達が……私達がそれだけで、そんな事くらいでキリトを裏切ると思ったの?! 強くないと離れる?! そんなのおかしいよ!」

「さ、サチ……?」

「キリトはまだ子供で、私達よりもずっと幼いのに、それなのにずっと最前線で戦い続けてきて……たった一人で一年半も戦って来てるんだよ?! 一年半も! 私が中層で戦ってる間もキリトはずっと一人で戦って……ずっと人の為に動き続けてきて、ずっと自分を犠牲にして来て……そんな子から、強くないからっていう理由だけで離れる訳無いでしょ!!! キリトが要らない子なんて事は絶対無いよ、でも物凄く強いから必要って事でも無い!!!」

「……じゃ……じゃあ、何で…………離れないの……?」

「キリトだからに決まってるでしょ! 私達は、元織斑一夏で、新しい家族に新しい名前を付けてもらって、今此処でこうして泣いてるキリトだから、一緒に居るんだよ! ずっと一人で戦って、何でもかんでも背負い込んで、ずっと人助けをしてきたキリトだから私達は一緒に居るんだよ!!! たとえキリトが弱くても、弱くなっても、私達の方が強くなっても、私達はキリトから離れなんてしない!!! クラインさんもキリトの事が心配だからお休みを提案したのであって、絶対に離れる事は考えてないよ!!!」

「……ほんと……?」

「当たり前ぇだろうが! むしろそう解釈されてた事に驚きだっての! 大体、俺やアスナなんかはお前がビーターになる前から、お前が元織斑一夏だと知る前からの付き合いだろうが、サチはお前を赦した人だろうが、もっと俺達を信じやがれ!!!」

「あ……う……っ」

 

 半ば涙を浮かべながら叱ってやれば、キリトは信じられないという顔をして……途端に、驚きで止まっていた涙がまだ浮かび上がる。

 

「私達も同じ気持ちだよ、キリト君。私達は強さがどうとかで居るんじゃなくて、キリト君と一緒に居るのが楽しくて居るの」

「そうそう! だから離れるなんて事はあり得ないって! むしろ離れてあげないもんね!」

「無理もありませんが、もう少し私達を信じて下さい……ずっと多くのものをキリト君に背負わせ続けてしまって心苦しく思ってるんです、頼まれたって離れてあげませんから」

「ほら、ね? だからキリト、そんなに怯えなくて良いんだよ……?」

「あ、ぅ……ぁあ……っ」

 

 アスナ、ユウキ、ラン、そしてサチの言葉をまともに受けたキリトは、大粒の涙をボロボロとまた流し始める。

 それを見てサチが、泣き虫なんだからと微笑みと共に言って、優しくキリトを抱き締めた。

 

「あ、ぁあ……あああ……ッ!」

 

 抱き締められ、サチに縋り付いているキリトはか細く嗚咽を漏らし始めた。

 その嗚咽は、哀しげではあったが……虚ろさは一切感じられないものだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 子供らしさを得てきたのはかつては無かった理解者、友人のお蔭で、逆に今度はそれを喪う恐怖に怯えたという面を書いてみました。

 少々強引だったかなー……とも思っておりますが、トラウマの引き金を連続して引いてしまったという事で一つ。《ケイタ》の時に負ったトラウマ、《織斑一夏》の時に負ったトラウマを同時に発生させて、ここで休めって言われたら勘違い起こしてこうなるかなと思ったので。

 皆を信用している分、何もしなくて良いと言われたら必要ないと過去から勘違いする可能性もあると思いました。。ちなみにここはISのとあるキャラの話を参考にしております、知っている方は台詞回しが似てると思ったかも知れませんね。

 そしてまたサチがヒロインしました……一応やって来た女子メンバーの中で最年長だし、一度キリトを慰めてますから、適任かと思いまして。

 これで一つ、キリトはまた成長します、今後も本作を読んで下されば幸いです。

 では、次回にてお会いしましょう。



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第十三章 ~心の安息~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 一日空けてしまい申し訳ありません。今後、数日おきになったり連日投稿出来たりと不定期になりますが、ご容赦下されば幸いです。

 今話はオールユウキ視点です。ちょこっとシリアス要素がありますが、前話のようなドシリアスではありませんのでご安心を。

 今話はサブタイトルから分かる通り原作をオマージュしています……が、登場する少女は別です。

 誰かは分かる人にはすぐ分かります。

 ではどうぞ。




 

 

 クラインのギルドメンバーから要請を受け、キリトが大変なことになっていると分かって即座に姉ちゃん、サチ、道中で一緒になったアスナと共に《風林火山》のギルドホームへ向かったボクは、虚ろな表情で謝罪を繰り返すキリトを見て、驚愕した。同時に胸も痛んだ。

 あれから一夜が経過した現在、キリトはボク達《スリーピング・ナイツ》のギルドホームがある第二十二層南端に滞在している。

 キリトが購入したあのホームには大きさでも規模でも劣るが、木造のログキャビンという風情の建物はとても気を落ち着けてくれるのでお気に入りだ。彼のホームとは杉林を挟んでいるくらいなので、ぶっちゃけお隣さんにあたる。

 とは言え、勿論ボク達も彼がホームを購入したからここにした訳では無く、逆も然りで、キリトが同じ層にギルドホームを構えているとは知らなかった。

 最初はサチが、今現在も《月夜の黒猫団》として購入し、結局一度たりともギルドホームとして利用されていない第十九層に構えているホームを提供すると言ってくれたのだが、そこを使う気にはなれなかったので別の所で購入した。ボクと姉ちゃんの中で《月夜の黒猫団》、もっと言えばケイタという男に対する悪感情がある事もあるが、単純に先に良い物件を見つけていたからだ。

 その良い物件がここ、第二十二層なのである。

 第二十二層は《アインクラッド》の中でも珍しく、フィールドでは一切モンスターがポップしない平和な階層で知られており、ボク達が把握している中でも迷宮区などを除いて階層全域でポップしないのはここだけである。

 街や村、購入したホーム以外は全て圏外なので、プレイヤーに対する警戒は解けないのだが、この階層は全体的に平和だからこそ物々しい連中が嫌煙される雰囲気を醸し出しているため、恐らくキリトがホームをこの階層で購入したのも静けさを優先したからだろう。

 姉をリーダーとし、団員はボクとサチの三人構成である《スリーピング・ナイツ》のギルドホームは、ぶっちゃけて言えば小さな一軒家だ。一階建て、小さなバルコニーがあるベッドを置いた寝室、それなりの広さがあるリビングとキッチン、一応シャワーもあるため大きさそのものはそこそこだが、それでももう少し値が張るアスナが第六十六層に購入しているホームに較べれば小さいと言える。

 そのホームの寝室にて、ボクの目の前でキリトは寝息を立てていた。

 現在時刻は午前九時であるため、普段なら絶対起きている筈なのだが……昨日は迷宮区最奥までのマッピングを、アスナと一緒にとは言え最後まで行っていたらしいし、そこから軍を追ってボスと戦闘。果てには暴走して討伐し、トラウマを連続して発動させてしまって精神的疲労は半端では無かったからだろう。

 このホームのベッドで横になったキリトはすぐに寝息を立て始めた。

 そして今に至る。

 ボクは、一人は嫌だと言ったキリトに付き添い、一緒のベッドで横になっている。

 勘違いと分かったとは言え余程不安を感じたのが響いているのか、キリトはこちらに抱き付いて離れない。寝息を立ててはいるが、表情そのものはそこまで良いものでは無いため、ボクは離れようにも離れられないでいた。

 姉ちゃん達は既に起き、リビングの方で寛いでいる。昨日はアルゴやディアベル、ヒースクリフ達が訪れて事情を聞きに来ていたのだが、当のキリトの精神的疲労が限界を超えていたために姉ちゃんとサチの二人が対応に出ていたので、キリトに抱き付かれているボクとは違って普段通り眠れたからだ。だから既にリビングの方に移動している。にまにました笑みを浮かべていたので、後でちょっと懲らしめようかなと思ってたりする。

 キリトが抱いた恐怖と不安、それはボク達がキリトの前から居なくなる事だ。それは物理的距離であり、同時に精神的距離でもある。

 かつて織斑一夏として生き、この世界でもその名を故意で名乗っているキリトにとって、自身を受け入れてくれる仲間達は文字通りかけがえのない存在だ。かつては誰からも虐げられていたからこそ喪いたくないと思うキリトは、自分の手で助けられるようにと護る為の力を付けた……だが、それは何時しか、捨てられない為の力となった。

 これはただのボクの推測だが、恐らくキリトが恐れたのは自身に対する価値の失墜ではないだろうかと思う。

 出来損ないと言われる事は優秀な存在が居る事にもなる。織斑一夏にとって、それは世界最強の姉であり、同時に神童の兄でもあった。

 逆に言えば、出来損ないという下の存在が優秀な上の存在を抜く事は困難を極めると言っても良い。何故なら下が居るからこそ上があると言ってよく、上が居るからこそ下が存在するからだ。価値観の逆転というのは、余程の事が無い限り起こり得ないからである。

 彼は下の立場だったからこそ、それをよく理解している。上から下に落ちるのは容易いが、下から上に這い上がるのは、周囲の価値観を逆転させることなど不可能に近いのだと身を以て知っているからだ。

 腹立たしい事だが、世間一般的な見解で《織斑一夏》は誰よりも格下だとされている。そういう事に対してほぼ興味が無い、というかむしろ嫌悪すらしているボクでもそんな話はチラホラ聞いた事があるくらいだから、もうひっくり返しようが無いくらい浸透していると見ても良いだろう。

 それを、幼いながらも聡明なキリトが知らない筈も無く、だからこそ恐れた。攻略に出なくなり、自分が皆より弱くなってしまえば、もしかすると失望し、離れる……昔の様に捨てられるのではないか、と。

 ボク達は失念していたのだ。あれほど支えると決意していたのに、気付かなかった。

 キリトが幾ら強くて、精神的にも成長していると言ってもまだたった十歳になったばかり、それも家族の愛情、友達から受ける友情を知らないで育ってきたのだから、新たな家族に一切逢えない今はとても人との触れ合いに飢えている事を。

 《ビーター》として憎まれ役になっていても、好意的な態度を受けたら一緒に居てしまう部分があるからこそ、キリトは《月夜の黒猫団》に力添えをしていたのだ。彼にとって、サチ達のアットホームな雰囲気が好ましく、また狂おしい程に羨ましかったから。

 彼が本気で恐怖したからこそ、昨日のあの暴走と謝罪だったのだろうと、ボクは捉えている。

 その恐怖が今の状況を作り出している。

 

「キリト……」

「ん、ぅ……」

 

 小さな子の頭を撫でてやると、綺麗な黒髪がさらりと揺れ、ほんの少しくすぐったそうに身動ぎした。

 ここ最近はボク達に子供らしさを、つまりキリトにとっての素をよく見せてくれるが、恐らく今のこれが本当の意味での素なのだろうと思う。剣を持って戦う攻略組の一員の時、S級食材を用いた宴会の時に見せた儚げな印象とは違う、本当に子供らしい姿はこれなのだろうと。

 キリトが一時的に攻略から身を引く事は、既に姉ちゃんやクラインの口からヒースクリフとディアベルに伝わっている。

 二人も普段からキリトの事を気に掛けていて、特にここ最近ボス戦に乱入しては打ち合わせが無いのでほぼ単独で相手し、キッチリLAを取って死者ゼロに尽力していた姿から、いい加減休ませてやりたいと思っていたらしく、渡りに船だと賛同してくれた。元々、一時的に第七十五層に辿り着いたらキリトを休ませるつもりだったという。

 その原因は、攻略組全体の錬度にあった。キリトが居る時は壊滅状態になる事も、苦戦する事もほぼ無かったが、キバオウ辺りが本気で排斥しに掛かってボス攻略レイドに参加させないようにしてからは苦戦が基本、戦闘時間も倍に増えたし、何よりボスの攻撃にしっかり対応出来るプレイヤーが少ない事にあった。

 第一層での戦闘を思い出せば分かるように、キリトはボスとの一対一の戦いは勿論、遊撃から情報提供、安全策の提案など種々様々な事を一人でこなせ、それがあって彼が最初から居る時のボス戦で苦戦する事は少なかった。

 彼が居ない時に苦戦するという事は、逆に言えばそれが出来るだけのプレイヤーが居ないという事である。

 というか、正確には対応出来る者が少な過ぎるし、その後のリカバリーに入る者もギリギリで上手く回せないというのが現状だ。

 下手すればリカバリーが間に合わずに死者を出す事に直結する――実際に何回か出た――ため、一旦キリトを休ませて英気を養ってもらい、その間に攻略組全体の錬度を上げ、それから第七十五層のボスに挑もうと、ボク達がキリトを落ち着けに掛かっている間に決まったらしい。

 聞けば七十五層主街区《コリニア》という所には闘技場があり、そこでコルさえ払えば幾らでも死なずに経験値も得られるバトルを経験出来、更にこれまで倒してきたボスとも再戦可能らしい。LAは無いが、当時の能力を再現したボスと、HP全損死亡のリスク無しで戦えるのだという。

 それを利用し、レイド戦を慣らすつもりらしかった。迷宮区攻略も然りである。

 なのでキリトの休暇は、嫌が応にも取らなければならなかったという事だ。少しばかり複雑そうだったが、キリトもクラインやサチにも説得された手前、それに応じて休む事を決意した。何か不測の事態に陥ればすぐ前線に戻るとは言っていたが。

 そんなキリトの初休暇となる今日は、《スリーピング・ナイツ》のメンバーが同行する事になっていた。キリトを一人にしては、幾ら身を隠すと言っても絶対安全とは言えない為、護衛のような意味を兼ねている。まぁ、一人にすると厄介事に巻き込まれる事を見越して、半ば監視の意味も込めているのだが。

 だからこうして一緒に寝ている状況はどちらの意味でも非常にやりやすいのだが……一応年頃の女子なので、そろそろ離れて欲しいかなと思っていたりもする。

 

「キリト、もう朝だから起きよ?」

「んぅ……?」

 

 優しく肩を揺らしてやれば、ボクの腰に回されていた腕が緩み、ゆっくりと瞼が持ち上がった。

 寝ぼけ眼で焦点の合っていない目を擦り、眠たそうにくぁ、と小さく欠伸をする。

 それからぱっちりと、ボクと目が合った。

 

「おはよう、キリト」

「……おぁよ……」

「あはは、眠そうだねぇ。しっかり言えてないよ?」

「……うゅ……?」

 

 昨日よっぽど疲れていたのか、キリトは物凄く寝ぼけているようで、あどけない表情でこてんと小首を傾げて見上げてきた。まだ眠そうに目を擦る姿が、まるで顔を洗っている猫のようにも見えて、可愛いと胸中で呟いてしまう。

 頭を撫でてやれば、それこそ猫の如く気持ちよさそうに目を細め、撫でている手に頭を少し押し付けて来る。表情も柔らかい笑みで、本当に気持ちよさげだ。

 親しくなるにつれて大きくなっていた不安が解消された為か、今までに見た事無いくらいキリトは素直に、そしてあどけなくなっていた。これがキリトの本当の素なのかと思うと、ちょっと彼の家族になった人達を羨ましいなと思ってしまう。

 キリトの反抗期ならちょっと見てみたいかもと思う反面、でも辛く当たられたら結構ダメージ大きいかもと思ったり、頭を撫でながらボクは思考を結構真剣に高速回転させ続けた。

 

 *

 

 結局、キリトと共に寝室を出たのは十分後の事だった。

 寝ぼけている間ずっと頭を撫でられていた事に、漸く頭を覚醒させたキリトは物凄く恥ずかし気に顔を朱くし、しかしながらどこか嬉しそうな笑みも浮かべていて、それを見た姉ちゃんとサチが早い者勝ちとばかりに構ったりと、朝からそこそこ騒がしくなっていた。

 その間中、とても恥ずかしそうに顔を朱くするキリトが可愛かった事は言うまでも無い。

 

「……ところで、三人に聞きたいんだけど」

「ん? 何かな、キリト」

 

 そんな騒がしい朝食を終え、さあ何をしようか話し合おうとなってソファに対面で座った時、小首を傾げながらキリトが手を挙げつつ問いを発した。

 

「休暇って、何するものなの?」

「「「……え」」」

 

 その問いに、思わずボク達三人は全く予想外の質問だったから表情を笑みのまま凍らせてしまった。

 よもや休みの日に何をするのかという問いを投げかけられるとは……

 

「えっと……ウィンドウショッピングしたり、とか?」

「あとは美味しいスイーツがある喫茶店に行ったり……」

「その辺を散歩したりとか、街の観光とかかなぁ……」

 

 順にボク、姉ちゃん、サチの答えである。それぞれが普段している事を口にして答えた、多分こういう事は人それぞれで異なって来るだろうし、それはキリトも分かっていたのか答えが複数ある事には疑問を持たなかったようで、なるほどと頷いて見せた。

 ちなみに、キリトの服装はコートを脱いだだけの黒いシャツとズボン姿だった、それ以外持っていないらしい。ボクは紫のシャツにジーンズ似の長ズボン、姉ちゃんは水色のシャツに紺色のスカート、サチが青色のシャツにミニスカート姿である。

 防具はともかく、普段着や防具の下に着る服に関しては殆どパラメータに差が無いので、その辺は純粋に好みで選べるようになっている。

 

「ちなみに、キリト君は何がしたいですか?」

「え? うーん……正直、スイーツとかは自分で作った方が安上がりだし、別に買いたい物も無いし…………そもそも休めなくなるから嫌だし……」

「「「……あー……」」」

 

 キリトの言葉を聞いて、確かにと揃って納得の声を上げる。

 今現在、《アインクラッド》中でキリトは話題になっている、当然第七十四層ボスを単独撃破したから……では無く、その倒し方に話題沸騰中なのだ。要は二刀同時に発動したあのスキルに対して情報を求められているのである。

 一応アルゴを通して、アレが《二刀流》という特別なスキルである事は広まったが、それの習得条件を聞こうとあらゆる剣士や情報屋がキリトの居場所を探っているらしい。

 《二刀流》というスキルは、およそ半年前、大体年を越すか越さないかのある時にスキル欄を見ると出現していた謎のスキルらしい。

 当時は片手武器系スキルの何かを極めれば習得可能な《刀》や《両手剣》のような発展形エクストラスキルかと思っていたらしいが、およそ半年が経過する今も他に習得したという情報を聞かなかったため、キリトは《神聖剣》と同じユニークスキルでは無いかと予想しているという。

 実際、そのスキルのアドバンテージは聞いただけでも中々のものだった。

 両手に片手武器を装備した時にのみ発動可能な専用のソードスキルは多種多様で、速度から重攻撃重視、十連撃を軽く超える連撃数を誇る剣技などが豊富に取り揃えられていたのだ。

 特にキリトにとって魅力的であったのは、両手に片手剣を装備している状態でも《片手剣》スキルを発動出来る事で、これで普段から二刀状態にあってもソードスキルを発動して戦えると喜んだらしかった。

 デメリットとしては、連撃数が多いという事はそれだけ隙が長くなりがちという事なのでソードスキル中は無防備になりやすく、また剣を酷使するので耐久値を減らしやすいという事。前者は《片手剣》スキルでどうにかなるが、後者に関しては不可避な代償なので少しばかり痛いと言っていた。

 今まで使わなかったのは、実はまだ完全習得しておらず、あと一歩の所だったため、完全習得して使いこなせるようになった時、あるいは士気を底上げする時に明かすつもりだったらしい。第七十五層攻略時に早ければ明かすつもりだったようなので、若干早まったのだ。

 リズが言っていた、三ヵ月程前に鍛えた剣というのは、キリトがエリュシデータと同等の《片手剣》を求めていた末に鍛えてもらった翡翠色の剣ダークリパルサー、左手に持つ二刀目の事だった。そのためリズは既に知っていたらしい。

 ともかく、他のプレイヤーは持っていないスキルを持っているという事で多くのプレイヤーから狙われているキリトは、少なくとも街に行くような事で時間を潰す訳にもいかなかった。折角の休暇を自ら潰しに行くなんてする筈も無いし、キリトも休めるならとことん休もうと思っているようなので行くつもりは無いらしかった。

 そんな訳で、必然的に残るのはこの辺の散歩だけだった。

 実はちょっとだけデュエルを申し込んでみたいと思っていたりもするが、姉ちゃんからも止められているため、少なくとも今はするつもりが無い。片手剣使い最強として名高いキリトと競いたいという気持ちもあるが、今はとにかく休ませてあげたいという想いの方が強いので、彼が前線へ戻る時のスパークリングとしてやってもらおうかなと思っている。勘を取り戻すのなら同じ攻略組のプレイヤーが相手した方が良いだろう。

 キリトもこの階層全てを探索した訳では無いらしかったので、この周辺を散歩する事には賛同してくれた。

 

「そうと決まれば早速行こう!」

「行くとは言ったけど、でもどの辺に行くんだ?」

「実は打って付けの噂があるんだよね、最近アルゴに教えてもらったんだよ」

「噂?」

 

 こてん、と首を傾げるキリト。姉ちゃんとサチは、アレか……と苦笑いを浮かべた。

 アルゴに教えてもらった噂というのは、ここ最近になって第二十二層で流れているある存在の事だ。《妖精》がこの杉林のどこかに居る、と言われているのである。

 と言っても噂が流れたのはおよそ半月前からだから結構多くのプレイヤーが探してたけど、流れ始めた頃に比べて相当少なくなっているから、下火になっているのだろうと思う。

 だからこそキリトと共に散歩するには打って付けではないかとボクは判断した。

 

「妖精……?」

「一目見た人の話では、金髪に緑衣の人型なんだって。でも妖精と分かったのは耳が尖ってて、あと背中から小さく半透明な翡翠色の翅が生えてたのを見たかららしいよ。そんなアバター、というか容姿の人が現実に居る筈も無いから、NPCの妖精、つまりクエストに関する存在に違いないって血眼になって探してて……」

「結局、誰も見つけられてないんです。今でこそ静かになっていますが、半月前は本当に大変だったんですから……」

「あの人だかりには心底参ったよね……」

「へぇ……そんな事があったのか」

 

 初めて知ったという風に感想を漏らすキリトは、聞けばホームを購入したのは一ヵ月前で、それから偶にしか帰っていなかったらしい。丁度妖精の噂が経った頃は迷宮区に行き続けていて、大抵寝袋を使った野宿だったから知らなかったのだ。

 野宿で大抵済ませるって、ホームを買った意味はあるのかとちょっと思った。

 

「……でも妖精って、普通手の平サイズなんじゃ……?」

「そういう事は知ってるんだね、キリト……」

「あぅ……」

 

 《赤鼻のトナカイ》は知らなかったのにモミの木がどんなものか知っていたり、妖精について少し知っていたりする事にサチが呆れたように言うと、キリトは微妙にばつが悪そうな表情を浮かべた。自分でも若干知識に偏りがある事は自覚しているらしい。

 ISコアネットワークから得られる知識って、そんなに偏っているのだろうか……?

 それはともかく、そうと決まれば早速行こうと手早く支度を済ませたボク達は、噂の妖精が居るという場所へ向けて出立した。

 キリトが居るとバレてはならないので、彼には男女共用である衣服をボクからプレゼントし、それを着てもらっている。紫色のシャツに深い青色のジーンズと、今のボクとほぼ同じ出で立ちなのは仕方ない事だが。

 姉ちゃんからは髪ゴムが贈られ、それで今のキリトは後頭部で一括りに長い黒髪を結わえている。何時もの髪を下ろした姿も良いが、今みたくポニーテールの様に一つ括りにしている姿も新鮮でいいなと思う。キリトも気に入っているのか、とても機嫌が良さげで、それを表すかのように縛られた髪が左右にぴこぴこと揺れる。

 サチからは黒色のチョーカーが贈られた。どうやら彼女が《裁縫》スキルを駆使して作り出した立派な装備品らしく、レア素材を使った訳では無いので防御力自体は然程でも無いが、それでも装飾具にしては破格のステータス上昇効果と付与効果があり、更にキリトの好きな黒色であるからか、チョーカーも気に入ったようだった。

 三人からそれぞれアイテムを贈られた事で今まで見た事無いくらいお洒落したキリトを見て、【黒の剣士】だとかビーターだとか一目で見抜ける人は居ないんじゃないかと思う。悪意を向けられている間に見せる不敵だったり硬かったりする表情では無く、今はとても子供らしい明るい笑みになっているから、雰囲気が違い過ぎるのだ。

 そんなキリトと共に談笑しながら杉林を歩き続けることおよそ二十分が経った頃、噂の場所へと辿り着いた。

 

「確かこの辺の筈だけど……」

 

 周囲を見渡せば、背の高い杉が乱立する奥深い林ばかりが周囲に広がっていて、杉の葉っぱが天蓋の如く光を遮っているせいで周囲は若干薄暗い。

 まぁ、薄暗いと言っても今は昼手前だし、今日は天気が良いのでそこまでという感じなのだが……それでも林の中で薄暗いというのは中々来るものがある。

 ここにお化け嫌いなアスナを連れて来て脅かしたら面白い反応が見れそうである。

 

「ユウキ、確かにこの辺なのよね?」

「アルゴから聞いたし、マップでも教えてもらったからその筈だけど……」

「うーん……そもそもこの半月もの間、一番最初に見つけた人以外誰も見つけられてないからね……嘘だったんじゃない?」

「確かに、春先に多い愉快犯という事も考えられるわね」

「愉快犯かぁ…………キリト、ごめんね」

「……」

「……キリト?」

 

 姉ちゃんとサチと話し合って、これは愉快犯が吐いた嘘だったのだろうと結論付け、何気に楽しみにしていたらしいキリトへ無駄に期待させてしまった事を謝罪する。

 しかし当のキリトはあらぬところを向いて黙りこくっていて、珍しい事に反応を返さない。

 何時もなら話し掛ければ返してくれるのだが……予想外の事態になると彼は声を返さない事がある。

 という事は今は、何かヤバい事態なのかと思って、キリトが向いている方と同じ方向に目を向けた。

 

 

 

 そちらには、杉の大木からちょこんと顔を出して様子を窺う、金髪緑衣の妖精が居た。

 

 

 

「「「あ」」」

「あ……」

 

 思わず見つけた事に三人同時に声を出し、見つかった事に妖精が気の抜けた声を発した。

 

「居たよ、妖精……」

「翅は見えないけど尖ってる耳がその証拠……本当に居たわね」

「何か、物凄く驚かれてるね……」

 

 三人それぞれで感想を漏らすが……サチの言葉を聞いて、驚いている妖精の目線と意識がボク達全員では無く、キリト一人に絞られている事に気付いた。

 翡翠色の瞳が見えるくらい限界まで瞠目している妖精は、心の底から驚いているという風に口元に手を当て、くしゃりと眉を寄せ……大粒の涙を浮かべた。

 

「和人……!」

「…………え……?」

 

 そして、妖精が口にした単語に、キリトがさっと表情を固めた。

 

「す……すぐ、ねぇ……?」

「ッ……やっぱり……やっぱり、和人なのね?! そうだよ、直葉だよ!」

「な、何で……直姉は、SAOに居ない筈じゃ……?!」

 

 ボク達もだが、どうやら《すぐねぇ》と姉扱いしている所から察するに新たな家族の一人らしい彼女がSAOに居ない事を、同じ家族としてよく知っているキリトは、困惑の極みとばかりに動揺しながら何故と問うた。

 その問いに、《すぐは》と言うらしい金髪緑衣の妖精が、顔を顰める。

 

「それは、あたしにもよくわからないの……《アミュスフィア》っていう別のVRハードでプレイ出来るVRMMOをしてたんだけど、気付いたら此処に……もう何日も彷徨ってたの。プレイヤーから隠れるようにしてたんだけど、聞き覚えがある声が聞こえて、見てみたら和人が…………とにかく、無事でよかったわ……」

 

 ほっと、心の底から安堵した様子の彼女は、未だ困惑から抜け切っていないキリトの前で膝を折って視線を合わせると、優しく彼を抱き締めた。

 その姿は正に家族を愛する姿で、本当に彼女が今のキリトの姉なのだなと理解する。

 

「ごめんなさいね……あの時、あなたに《ナーヴギア》を譲らないで、レーティングに従ってあたしがプレイしてれば、もう和人が苦しむ事も無かったのに……母さんも心底後悔してたわ、辛い目に遭わせてしまうだなんて母親失格だって……ずっとずっと謝罪してて……」

「……直姉も、母さんも、悪くない…………俺はまだこうして生きてるから……だから、生きてる事を喜んで欲しいな……」

「そう……そうね。一年半も、よく頑張って生きて来たわね……偉いわよ、和人……本当に、凄いわ……」

「う……ぁふ……ぁあ……っ」

 

 柔らかく笑みを浮かべ、キリトを抱き締めながら頭を撫でる姉。キリトはそれが久し振りだからか、家族という特別な相手だからこそか、安心しきった笑みのまま涙を浮かべ、嗚咽を漏らし始めた。

 涙を流す小さな黒を抱き締める金を照らすかのように、丁度中天に差し掛かった陽光が、杉林の葉の天蓋の隙間を縫って落ちて来た。闇のように深い黒色と光り輝くように淡い金色が寄り添い、涙する姿は、とても感慨深いものに映る。

 今までずっと孤独の中で戦い続けて来た少年を労うように現れた彼女からは、血の繋がりこそ無いが、正に心で繋がった姉だと納得出来る温かみを感じられた。

 ボク達は驚き冷めやらぬまま、しかし暖かな気持ちで、世界を隔たれて離れ離れになっていた義理の姉弟の再会を涙ながらに見守り続けた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 サブタイトルの《心》とはキリトの心、それを最も支えているため《安息》は義姉の直葉という、引っ掛けにもならないものでした。

 《ザ・グリームアイズ》戦からも分かる通り、キリトは走馬燈の一番最初に直葉を思い浮かべているので、一番心の支えであり安息となるのは彼女です。

 両親に関してですが、一夏時代で既に親が失踪し、頼りが兄と姉であるため、新たな家族に対する価値観も姉が一番上……という設定です。物心ついた時から親を知らなければ、こうなるのではと思ってそういう風にしました。

 なので和人にとって義理の姉直葉がヒエラレルキーで最高になります。

 ユイを期待している方々、申し訳ありません、彼女はまだかなり先の登場になる予定です。ご容赦下さい。

 ところで、うちのキリトは設定的にユイより背が低いですし、私自身本作キリトがパパと呼ばれるのは違和感しか無いんですが……皆さんはどう思われているのでしょうか。ちなみにSAO編では結婚相手も居ない予定ですので、ママも居ませんね。保護者的存在(キリト擁護派)は山ほど居るんですが。

 出来れば感想でどんな呼び方が良いか見てみたいなと思っております、アンケートではありませんので、必ず返答する必要は御座いません。

 次は何時になるか分かりませんが早めに投稿をしようと思っております。では、次話にてお会いしましょう。


 設定集にキャラクター紹介、装備紹介、物語概要を追記しました。


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第十四章 ~想い合い~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 や、数日空いてしまい申し訳ありませんでした。構想は浮かんでたんですが、視点を誰にするかで悩みまくっていて遅くなりました。

 何時もは午後六時投稿なのに、午後九時投稿にしたのはお待たせした為です。あんまり一定のペースを乱したくないのですが、目安として三時間刻みとしていますし、浮かんだネタは速攻で書いておきたかったので。

 結局オールリーファ視点に収まったんですがね。実はラン、ヒースクリフ、クライン、ディアベル、シリカ、アスナ、ユウキの順で書いて行って、最終的に義理の姉に収まりました、一番違和感無かったので。お蔭で時間を食ってしまった……

 そんな訳で、今話は《SAO事件》リアル方面の回想と、姉弟の再会からのお話です。途中はほのぼのですが、それ以外マジでドシリアス直行ですのでお覚悟を。文字数も何と二万に到達。

 ではどうぞ。今話も作中の時間そのものはあまり進みません。




 

 

 桐ヶ谷和人。

 それは今からおよそ二年半前、新たにあたしが住む桐ヶ谷家に増えた家族の名前、血の繋がりは無いけれどとても大切な、唯一の義弟の名だ。

 《平和な人生を過ごせますように》というありふれていながら切実な願いを籠められた名を付けられた弟は、あたしにとっても父さんや母さんにとっても、とても大切な家族である。

 二年半前、彼は十一月という冬の入りの頃に家の近くで行き倒れていた。《織斑》という世界でその名を知らない者は居ない一家の次男、三番目の子供として生まれた彼は、その家族から見捨てられていたのだ。

 《織斑一夏》という名前は、今や世間では誰よりも格下の存在として、今でも刻まれている。

 その名前が和人の元の名前だった。

 擦り傷だらけで意識を失っている子供が弟として家族になると知り、それに対して抱いた思いは、護らなきゃ、だった。

 新たに名前を得て、あたし達が家族となった彼の心は疲弊し切っていて、まともに応答する事すら難しいくらい、ほんの少しでも反応を貰えれば良い方だった。

 そこまで自分を追い詰めているようになった原因は彼を見捨てた家族、そしてその周囲の人間であると知って、どうしてこんな事が出来るのかと心底疑問に思った。

 《織斑一夏》が落ちこぼれであるというのは、そういう話に興味を持たず剣道に打ち込んでいたあたしでも小耳に挟んだ事くらいはある……けれどそれは上辺だけで、もっと深い部分については知らなかった。

 和人が家族になってから、最初は病院暮らしだった彼の事についてネットという手段であたしはあらゆる事を調べた。

 とにかく彼にまつわる事を、家族になる彼の事を理解していなければ姉を名乗る資格は無いと思ったからだった……

 

 

 

 それが、今の姉として振る舞うあたしを築くきっかけになったのだと思う。

 

 

 

 検索ワードの所に《織斑一夏》と打てば、もう山ほど彼にまつわる事は出て来た。

 そしてその全てが彼に、あの小さくて幼い少年に対する罵詈雑言の嵐で埋め尽くされていて、思わずあたしは絶句したものである。

 あたしは土日を利用して、初めて剣道の練習を丸々休んで《織斑一夏》に関する事を不慣れなパソコンを駆使して調べ尽した。彼のプロフィールに始まり、家族構成、周囲の評価など、悪意あるものだろうが片っ端から検索していった。

 彼の悪評……いや、不当な評価が書かれたのは、2018年が最初だった。

 2018年は第一回《モンド・グロッソ》が開催され、同時に《織斑千冬》が世界の覇者として有名になり、《織斑》が注目され始めた年だ。

 誕生日は《桐ヶ谷和人》の名を付けてもらった日にち11月7日に変わったと言えど、基本的に同じ年内――元は9月27日――だし元の誕生日より後にずれているから、肉体年齢にほぼズレは無い。拾った当時は誕生日を迎えての八歳だったので、彼の生まれた日は逆算すれば2013年という事になる。

 つまりあの子が周囲の人間や家族と比べられ始めたのは、五歳になる年からとなる。

 五歳という事は、幼稚園年中か保育園児の頃だ。そんな子供が四つも年上の小学三年生にあたる兄や中学・高校生辺りだったらしい姉と較べられて劣るなど、むしろ当然の事だ。

 逆にどうして優秀でなければならないのか、あたしにはそれが今でも疑問だ。

 その第一回《モンド・グロッソ》の年から始まっていたネットのスレッドは、既に規定数のコメントが来た為に終了していたが、飽く事無く別のスレッドが立てられては次々に《織斑一夏》を扱き下ろしていく……そんな事が延々と繰り返されていた。終いには『屑に生きる価値など無い』や『千冬様の血族として相応しくない』、『千冬様が可哀想だ』などと書き込まれていた。流石に老若は分からなかったが、少なくとも女尊男卑の風潮が広まっていた当時から今に渡ってもこれに関しては男女の別が無いようだった。

 子は、自分が生まれる家や家族を選べない。当然ながらそれは親も同義だ。

 だが織斑家には親が無く……少なくともあたしが調べられた範囲内では一夏が生まれた頃に失踪したらしい。その失踪した理由すら、彼が出来損ないだからだという事になっていた、当然ながら真実は和人も知らないし伝えられていないので今現在も闇の中だ。

 不当過ぎで、同時に理不尽過ぎた。生まれた子供の才能などで親が失踪するものか、そもそも失踪したとしても子そのものに責任は無いとあたしは思った。

 だが周囲の人間にとっては真実なんてどうでも良くて、ただ幼い子供を虐げられればそれで良いようだった。

 調べていく内に地元の人間の書き込みらしきものも見つけて、その日はどう《オチコボレ》を痛めつけたか、どうだったかを詳細に語ったスレッドも読んだ。中には日記形式として丸一日の様子を書き留め、後を付けて回っては妨害したり、暴行を振るったりしたと思しきものも散見された。

 信じられなかった事は、それが学校でも平然と行われている事だった。

 いや、ある意味で当然なのかも知れない。世界の覇者となった姉、神童と呼ばれた兄に対して出来ない事が多い弟に対する迫害は、その兄が率先して行っていたらしいのだから。身内が行っているのだからと傘に取って好き放題していたのだろうと思う。

 彼の体の傷を見る限り、少なくともパッと見て分かるような場所を避けて暴行を加えているようだった。

 傷の種類は果てしなかった。カッターか何かで斬られたと思しき切り傷、ライターを押し付けられたと思しき火傷の痕なんて当たり前で、何かに縛られたか締め付けられた痕、裂傷、何かで貫かれた傷跡、打撲、内出血も普通にあった。彼が連れていかれ、そして脱走した研究所で受けた実験の痕もあったし、ISコアを身体に埋め込まれた時の手術痕も流石に多少処置されてはいたようだがしっかり痕として見られた。

 世間から向けられる無限の悪意、彼自身に付けられた傷跡……双方を知ったあたしは、何が何でも小さな弟を護り、そして元の家族以上に愛すると誓った。

 あの子を拾った日の翌日と翌々日の土日を調べ物で終え、決意を新たにしたあたしは、その日から毎日病院へお見舞いに行った。夕方の分だった剣道の練習は朝で全て済ませるか、お見舞いの後にするように配分し、学校の後だろうが大会の後だろうが疲れていようとも欠かさず顔を見せに行った。

 流石にお見舞いの品や花などを毎日持って行く事は出来なかったし、低栄養状態だった彼に下手な食べ物を持って行く事は許されなかったが、一番の薬は触れ合いであると朧気ながらに悟っていたのだと思う、必ず顔を見せに行って一日に一度は会話をした。

 弱っていたとは言えそれは栄養が足りなかった事、また不眠不休による過労だった事からなので、しっかり休息を取って食事も時間は掛かるものの完食していた彼は、およそ三週間で退院し、桐ヶ谷家に住まうようになった。

 その頃にはあたしの毎日欠かさなかったお見舞いが効いたようで、幾らかのコミュニケーションが図れるようになっていた。

 

『はい、和人、ごはんよ』

『……ごはん? 作ってくれたの……?』

『他に何があるの? 父さんはアメリカに出張だし、母さんはデザイナーの仕事で普段は家に居ないって言ってなかったっけ?』

『聞いてたけど……俺が作るつもりだった……』

『あのねぇ……今日家に来たばかりの子に料理させるほど鬼じゃないわよ。というか和人、あなた料理出来るんだ?』

『一応……一通りなら』

『へぇ……その歳で出来るなんて凄いわね……』

 

 父と母が家にほとんどいない事から必然的に多少の調理が出来るようになっていたあたしは、その苦労を知っているが故に、たった八歳の身でも一通り料理が出来るという和人を素直に凄いと思った。聞けばサラダは勿論、肉料理から鍋料理まで一通り可能だというのだから尚更だ。

 だから素直に褒めれば、和人はキョトンとした顔で見上げて来た。

 

『……俺が……凄い……?』

『ええ、凄いわよ? たった八歳なのに一通りの食事を作れるなんて、他に居るとは思えないわね。居たとしても少ないでしょうし。あたしも去年から始めて、ここ最近漸くまともに出来るようになったくらいだし……』

 

 しかも出来るのはかなり大雑把なものばかりで、手の込んだものは作れないし、更にはレパートリー自体もあんまり無いから自慢も出来ない。

 だからあたしは苦笑で気恥ずかしさを誤魔化しつつ、少し具材が不格好な熱々のポトフが入っている手鍋を鍋敷きの上に置いた。

 そこでお玉を使って底の深い皿にポトフをよそい、テーブルの席に座る和人に差し出した。

 

『…………食べて、良いの……?』

 

 それを見た和人は不安そうに、本当に良いのかと眉根を寄せて訊いて来た。

 

『もちろん。むしろ食べてもらわないと困るよ、これは和人の為に作ったんだから』

『……俺のため……』

『そうよ……初めて家に来た記念として、ね。夕食だからあたしも食べるけど、メインは和人だから……さ、召し上がれ』

 

 何故か困惑の表情で見て来る和人に右手を向けて食べるよう促すと、おずおずとゆっくりとした動きでスプーンを持った彼は、恐る恐るポトフに匙を入れた。

 そしてニンジンと汁をすくった後、口に運んで咀嚼し……

 ぽろ、と大粒の涙を零した。

 

『……和人……?』

『……おぃ、し……ぃ……っ』

 

 ぽろぽろと、一口咀嚼しただけで涙を浮かべては流す和人を見て、あたしは少しばかり面食らい……これほどなのかと胸中で哀しくなった。

 たった一口、たったこれだけで涙を流して喜んでしまう程に、料理を差し出されて困惑する程に、今までの彼は一人ぼっちで虐げられてきた事を理解してしまった。

 病院食ではならなかったから……彼は、誰かの手料理を食べた覚えが無いのだと分かった。誰かが自分の為に、自分の為だけに食事を作ってくれた事が無いから、彼は困惑したし、涙を流しているのだ。

 逆に言えば、織斑家の食卓は彼が取り仕切っていた事にもなる。たった八歳の子供が他人に食事を作ってもらった覚えが無く、また一通り料理が出来るともなれば、そうとしか考えられなかった。

 

「うぅ……ふぅぅ……!」

 

 大粒の涙を流し、溢し、嗚咽を堪えながら和人はあたしが作った雑なポトフを食べ切った。あたしも確かに食べたが……間違いなくあたしよりも食べていた。『あたたかい』、『おいしい』、そして『ありがとう』の言葉が、延々と繰り返された。

 これもまた、あたしがこの子を護ろうという決意を固くした要素の一つである。

 とかく和人は涙脆い……いや、今まで流せなかった分だけ涙を流す。求め続けた果てに得られなかった《家族》という幸福を、血の繋がりこそ無いが得られたから、和人はそれに感謝し続けた。

 だが桐ヶ谷家に移り住んでから約一ヵ月が過ぎたクリスマスの日、朝から和人の様子がおかしい事があった。最初こそ様子見に留めていたが、あたし達に対する態度がよそよそしい事に疑問を抱き、母とアメリカから帰省していた父と共に問えば、彼は涙ながらに語った。『どうして桐ヶ谷家の子供として生まれなかったのか』、そして『自分のせいで皆が傷付く夢を見た』と。

 幸せを得たからこその切実な望みと恐怖が襲って来ていたのだ。まだ彼の心には、『織斑一夏に対する悪意』が根深く棲み付いていて、あたし達をまだ完全な家族と認識出来ていなかった。いや、自分程度の人間が家族になって本当に良いのかと、答えの見つからない無限回廊の悩みに陥っていたのだ。

 それを聞いた両親はそれぞれ頬を叩き、あたしは彼の額にデコピンを喰らわせ、そして三人一緒に小さな体を抱き締めた。家族とは血の繋がりだけでなく心の繋がりも言うのだと、もう和人は家族なのだと、そう訴えた。

 それを聞いた和人は大泣きし……以降、その夢は見なくなったという。

 和人にとって《家族》とは全てであり、自分の価値を決める存在。だから《家族》の為に働く事だけが存在意義であったらしい、そういう風に教えられていたからだった。

 何も見返りを求めず、何もかもを与えてくれる事に不安を覚えていたのが、不安の原因だった。無償の愛を知らなかったのだ。

 それにあたしは憤慨し、両親以上に心の中で激怒した。

 だから絶対にこの子を護ると決めていた。

 

『皆さん、絶対に《ナーヴギア》を外してはなりません! 世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》は、史上最悪のデスゲームとなってしまいました!!!』

 

 決めていた……しかし、それはあたし自身が破る事になった。

 《ソードアート・オンライン》。今や世界中で知られる世界初のVRMMORPGにしてデスゲームになっている、《SAO事件》のタイトルだ。

 母が奇跡的に後出して送った応募はがきで当選したSAOロットは、あたしがゲームを苦手としていた事もあって、年齢レーティングに満たない和人がプレイする事になった。

 あの時、レーティングに従って和人を止めていれば、あるいはあたしがプレイすると言っていれば、また辛い目に遭わせずとも済んだ……あたしは《ナーヴギア》を被って眠る和人の横で、一晩中懺悔し続けた。一時期は剣道部の顧問からも参加を反対され、真っ先に家路に就かされたくらいだ。

 途中で和人の体内に埋め込まれているISコアの調整、身体への影響の調査を行っている篠ノ之束博士が家に訪れたが、幾ら大天災とまで称される彼女でもノーリスクで《ナーヴギア》の取り外しは不可能だった。万が一を考えれば、その手段は取れなかったのだ。

 それでも諦めずにどうにか助け出す糸口を探ると言っていた。

 それからの生活は、学校生活と日々の剣道、そして毎日の和人の見舞いに終始した。和人が囚われた最初の年度は特に酷く精彩を欠き、よくクラスメイト達に心配されたものである。体育でも何度か倒れたくらいで、酷い時は食事が喉を通らない程だった。

 そんなあたしに転機を齎したのは、和人の部屋を掃除している時に目に入った、とある情報雑誌だった。

 

『これは……全部、SAOの……』

 

 ありとあらゆる情報雑誌に掲載されている内容は、全て憎きVRMMO……《SAO》と《ナーヴギア》についてのもの、そして茅場晶彦へのインタビュー記事だった。

 特に茅場晶彦の写真が表紙に載っている雑誌は何度も読み返されているようで、雑誌がベラベラだった。

 

『……そういえば、和人はSAO、楽しみにしてたものね……』

 

 普段なら手にする事も無かっただろうし、仮に目に留まって手にしても中を見ようとはしなかった。

 しかしその時のあたしは気でも狂っていたか……あるいは和人の軌跡を辿りたかったからか、気付けば掃除機を置き、彼が使っていたベッドに腰掛け、遮光カーテンから漏れ入る陽光を明かりに情報雑誌の中を読み始めていた。

 十数冊にも上る雑誌を、最初から最後まで全ページを読んでいて、読み終わる頃には日が傾いて茜色に外が染まっていた。

 読み終わった後、あたしは複雑な気分に陥っていた。

 僅かな情報しか載っていない最初に比べ、雑誌の冊数が進むにつれて少しずつ明かされていく物足りなさと欲求感。雑誌を編集している人物の文章力によるものなのか克明に脳裏で描かれる、真剣を構えて戦う自分の姿。この世には存在しない異形の存在が雑誌には描かれていて、それだけでなく様々な武具も載っていて、まるで北欧神話を読んでいる時のようなわくわく感が胸中で沸き起こっていた。

 確かにSAOは、VRMMOは大切な弟をデスゲームに閉じ込めた憎き技術だ。

 しかしそれは、彼を否定し迫害するきっかけとなったISを憎む事と同義ではないかと思い至り、思考が止まった。

 和人が姉や兄と較べられる要因となった事にISは確実に関わるが、それは間接的であって直接的では無い。

 和人は言っていた、ISとは篠ノ之博士の妹が純粋に宇宙へ行きたいという願いから作り出された夢の結晶なのだと、だからISを憎みはしないと。だから彼も、ISと聞いて気絶する頃があったのに、割とすぐに持ち直していたのだ。悪いのは人の心だと、幼さに反する理解力で悟っていた。

 その和人の弁に倣うならば、あたしが本当に憎むべきなのはVRMMOという技術やジャンルでは無く、デスゲームを敢行した人物であった。

 SAOがデスゲーム化して以降、茅場晶彦はすぐに捜索され、そして呆気なく見つかった。何て事は無い、茅場晶彦もダイブしていたためだ、アーガス本社の社長室で発見されたらしい。

 だが主犯である当人が何故かログアウトしないため警察も碌に手出し出来ず、念のため警察病院にて厳重な警戒態勢の下でその身は維持されていると聞いた。

 デスゲームを敢行した人物が行方を晦まさないというのも妙な話ではあったが、ともかくあたしは和人の言を思い出して以降、VRMMOそのものを忌避するのはやめる事にした。あの技術は悪用されただけであり、あたしが軽く聞いただけでも医療方面で活躍する可能性があるという話が浮上していた為、技術も使い様であるというのは確かだった。IS技術だって医療に応用されているから尚更だ。

 そしてあたしの二つ目の転機。

 あたしが通っていた中学校はそこそこ成績は良く、かと言って進学校とまでは言えない中堅所だった。なのでがり勉で成績が良い人も居れば程良くゲームで遊ぶ人、遊び呆けて低成績を取る人など多種多様だった。

 そんな中、あたしのクラスメイトには一人、重度のゲーム好きの男子がいた。眼鏡を掛けており、女子のあたしよりも少し背が低い気弱そうな男子は、成績は上の中で余裕があったからかゲームに相当嵌っていたらしかった。

 しかも最近の流行りなのか、プレイしていたのはVRMMOでも最高の人気を誇るものだった。

 《SAO事件》以降、《ナーヴギア》は危険物指定を受けたためそれを持っている者達から国は回収した。

 しかしVRMMOは今も凄まじい人気を誇っている。

 本来ならVRMMOというジャンルの存在も危ぶまれたのだが、医療方面での活躍が期待される事は事実であるため一時保留となり、様子見をする事となった。

 それを好機と見たか、とある電気企業メーカーが《アミュスフィア》という後継機を開発し、売りに出した。これが現在でもVRMMOをプレイする者が居る理由である。

 《ナーヴギア》がコンセントを外しても殺人的な出力を出せる理由は、重量の三割を占めるバッテリーセルによるものだ。そのバッテリーセルは本来、解像度やレスポンス速度の向上を目指して取り付けられた代物だという。

 それを取り外し、かつ延髄部分での電気信号をインタラプトする割合を百パーセントから九十九パーセントへ落とす事で、外刺激に反応してログアウト出来るようにもされた。百パーセントだと脳が激痛を認知しないため危険だかららしい。

 そんな安全機構となって発売されたVRハードが《アミュスフィア》。

 それを購入し、あたしがプレイし始めたのが、件の男子から聞き出して薦めてもらった大人気VRMMO……《アルヴヘイム・オンライン》、通称ALOと呼ばれるゲームだった。

 名前に反し、それはおよそゲームに関する知識が浅いあたしでもハードだと思える内容だった。

 九つある種族ごとに《グランドクエスト》をどこが最も速くクリアする事が出来るかを競う内容で、別種族に対してならPKを推奨していて、更にはリアルの運動神経が直接反映されるという仕様だったからだ。薦めてくれた男子曰く、ゲーマーは基本インドアだから運動部の方が有利になりがちだという、つまりあたしは偶然ながらも有利な立ち位置にあった訳だ。

 あたしはそのゲームにのめり込んだ。

 理由は二つあり、まず一つ目はその妖精郷が美しかったからだ。現実には無い、仮想世界だからこそ見られる美しさは、たとえデータによって形作られた偽物であろうとも本物の感動を呼び寄せるものだった。

 もう一つは、その世界では妖精種族であるため飛べるという事だった。無論、高度制限や飛行時間制限は設けられているので無限に飛び続ける事は出来ないのだが、それでも風を肌で感じられる飛翔はとても快感だった。ISは水泳の水着のようなシルエットでかなり肌の露出が見られるため、飛行時に風の抵抗は感じるらしいが、恐らくそれ以上だと思えるものだ。

 自由に空を飛べるという快感はあたしをALO、もっと言えばVRMMOというジャンルの虜にした。

 和人がSAOに囚われた、彼の新たな誕生日だったあの日に言っていた言葉を、あたしはその時に初めて理解出来た。確かに言葉に言い表せられないくらいの感動だった。

 彼が見た世界をあたしも知れたと思うと、堪らなく嬉しく思えた。

 その当人は病院で眠り続け、しかしその魂は過酷なデスゲームの世界で生き続けていた。常に危険な最前線を一人で。

 あたしがそれを知っているのは、それを教えてくれた人がいたからだ。

 その人は、《SAO事件》が勃発してすぐに国が主導となって設立された、SAOに囚われた者達を各病院に搬送し、その後の維持を担っている機関《SAO事件対策本部》のリーダーを務めていると名乗ったメガネの役人である。

 あたしがその人と顔を合わせたのは、和人のお見舞いに行った時だった。待ち伏せされたかのようなタイミングで接触を図って来たので、恐らく定期的に赴いているのを事前に知っていたのだと思う。

 そして役人は、彼は最大の希望だと語った。

 SAOサーバーのハッキングは危険性が高いため控えられているが、それでもアカウントのログデータを閲覧する事は出来たらしく、SAO全プレイヤーの中でもぶっちぎりで幼い和人が最高レベルを叩き出している、同時に殆どの時間を他にプレイヤー反応が無い場所で過ごしていると伝えられた時、あたしは何とも言えない気持ちに囚われた。

 最高レベルを叩き出しているというのは素直に凄いと思ったし、誇らしいとも思った。これでもあの子には本人が望む限りで剣道や柔道などを教えていたから、それを駆使して必死に戦っているのだと分かった。

 けれど他にプレイヤー反応が無い場所で過ごす、つまりは一人で殆どを過ごしているという辺りで、何とも哀しくなってしまった。あの子を一人にしてしまったのは母さんとあたしではないかと思ったからだった。

 《SAO》に関する事を耳にする度に幾度も繰り返される、事件勃発のあの日の光景。屈託なく笑う和人の笑顔、そして眼前で忌々しいヘッドギアを被って眠っていた幼い義弟の顔を見て、胸が締め付けられる。

 そんな日々を過ごして一年半が経過したある日の事だった。ALOに存在する深い樹海にて一人で回復アイテムの素材を採取している時、唐突にあたしは自身の周囲の光景がグニャリと歪曲し、気付けば陽光が漏れ落ちる明るい杉林の中で立っている事に気付き、それが異常事態である事を朧気ながらに悟った。

 メニューウィンドウを呼び出す為に慣れた動作で左手の人差し指と中指を立てて下ろす動作をしても、聞き慣れた鈴の音と共に出て来る気配が一切無い事から、明らかにおかしいと判断した。

 

「え……妖精、か……?」

「ッ……?!」

 

 直後、背後から男の声が聞こえた。

 チラリと横目で振り返れば、何と耳の尖っていないリアルでありそうな顔の男性があたしを見て唖然としていて、これは拙いと直感で悟って走り出した。背後で驚いた後に呼び止める声も聞こえたが、何処かも分かっていない現状でまともな会話も出来る筈が無いと思い、あたしは一時身を隠す事にしたのだ。

 その日は周囲を警戒しながら夜を明かしたのだが、翌日からかなり参った。何と妖精を探しに大勢の人間が押し寄せて来たのだ。耳が尖っていないし空も飛んでいない事から人間アバターであると判断したあたしは、ここがALOでは無いと悟り、一先ず落ち着くまで身を隠す事にした。

 それから幾度も夜を明かし、朝を迎えを繰り返し続け……女子の談笑の中に覚えのある声を耳にして、《隠蔽》スキルで隠れていたあたしは杉林から顔を出した。

 

「あ……」

 

 そして、見つけた。見知らぬ私服姿の紫紺色の少女二人と青色の女性が居たが、その三人に同伴される形で共に歩いていた、小さな子供……和人と瓜二つの少年を。

 名前を呼べば、あたしを《すぐねぇ》と呼んでくれて、彼が和人なのだと確信した。

 そしてあたしは悟った。あたしが此処にいるのはSAO……愛する義弟が必死に生きる、命を懸けたデスゲームの中なのだと。

 予想していたよりもずっと明るく、そして人と一緒に居るという事実に感極まったあたしは、一年半ぶりに小さな体を抱き締めた。嗚咽を漏らしながらも笑ってくれたその子は、正しくあたしが護ると決めた義弟そのものだった。

 こうしてあたしは、予期せぬ形で再会を果たしたのだった。

 

 *

 

 予期しない形ではあったが再会を喜び合ったあたしは、和人を一旦離してから、優しく微笑みを浮かべている女子三人に向き直った。

 

「お恥ずかしい所を申し訳ありません……あたしは、プレイヤーネームではリーファと言います。この子の、義理の姉です」

 

 あたしは和人がこの世界で元織斑一夏と名乗っているか知らないし、彼女達に事情を話しているかも知らないので、一応当たり障りの無い程度で頭を下げながら自己紹介をした。

 すると三人は我に返って、会釈を返してくれる。

 

「えっと、初めまして……私はラン、ギルド《スリーピング・ナイツ》のリーダーを務めている者です。こちらの二人はメンバーで、紫色の方が私の双子の妹でユウキ、もう片方がサチさんです。キリト君には色々とお世話になっています」

「そうですか……《キリト》、というのがプレイヤーネームなのね?」

「うん」

「そう……良い名前ね」

「ん……」

 

 恐らく苗字と名前、それぞれから取って繋げたのだろう。和人にとって新たな名前は特別な意味を持つため、恐らく安直ながらも仮想現実世界で名乗る名前として使いたかったのだと思う。まぁ、単純に他に思い付かなかったという事もあり得るから、その辺は分からない。プレイヤーネームの付け方を深読みしても仕方が無いからだ。

 それでも良い名前であるというのは本心で、微笑みながらそう言って褒め、頭を撫でてあげれば、彼は少し誇らしそうに笑みを浮かべてくれた。

 一年半前と何ら変わらない笑みに少しばかり安堵を抱くと同時、何となく胸がざわついた。

 

「……えっと、リーファさん、立ち話というのも何なので私達のギルドホームに場所を移しませんか? それに二週間前後も彷徨い続けていたのなら空腹でしょうし……」

 

 ランさんがおずおずと提案してきたが、それはとても嬉しい申し出だった。仮想世界だから別に食事を必ず摂らなければならないという訳でも無いが、それでも空腹感は食事を摂らなければ延々と続き、中々に辛いのである。

 事実あたしはこの二週間、偶然ストレージに突っ込んでいたプレゼントされてそのままだったクッキーやら何やらしか口にしていなかったので、腹ペコであった。

 

「でも姉ちゃん、今丁度食材アイテム切らしてるんだけど……」

「え、それ、本当?」

「うん。今朝のご飯で丁度切れたから、後で買い出しに行こうと思ってたんだよね」

「あ、なら俺のホームはどうかな。この人数でも全然入るし、食材アイテムは豊富にあるから料理出せるよ。それにリー姉がこっちで過ごす場所も確保しなきゃだし……俺のホーム、広いから丁度良いんじゃないかな」

「え? キリト、あなたホームを持ってるの?」

「うん」

 

 ホームというのは中々値が張るからあまり手を出せない代物なのだが、それを得たプレイヤーはそこを拠点として活動出来るためALOでは重宝されていた。

 ストレージに入りきらないアイテムをホームストレージに入れられるし、ログアウト場所として宿屋を態々利用しなくても良くなる、何よりプライベート空間として好きに出来るというのが人気だったのだ。

 その分だけ値が張っていて、あたしは別にそこまで入れ込んでいなかったので、あたしは買っていなかったのだが。

 しかしキリトが購入していて、更には複数人が住む余裕すらあると知って驚いた。二、三人が暮らせるアパート程度かと思いきや、詳しく話を聞けば何と何人も暮らせる一軒家、しかもそれなりに大きい建物らしいため本当に幾らしたのだろうかと思った。何でも十数人はリビングに入るくらい大きいらしいので、リビングだけでもリアルの家の道場に近い広さである事は確実である。

 ちなみに掛かった額は、コルという単位で三千万コル。

 《スリーピング・ナイツ》の方は好条件な立地から三百万コルだったらしい、それでも少し高めなのだとか。その十倍の値を一人で出したのだからとんでもない。

 

「それ、どうやって稼いだの?」

「…………色々と、その……やってたから……」

「色々って……」

 

 具体的にその内容を知りたい所だったが、キリトは少しだけ表情を硬くして口を噤んだのでそれ以上は無理だなと判断し、素直に彼の後を付いて行った。

 暫く杉林を歩いた先にはかなり大きい木造建築があって、曰くそこがキリトの家だと知って唖然と驚愕を抱いて固まってしまった。簡単に言えば、その家はリアルの桐ヶ谷家に近い構造だったのである、大きさはこちらの方が上だったが。

 まず一階だが、西洋風なためか靴を脱ぐ場所は無くて、玄関からほぼすぐリビングに続いていた。そのリビングはやはり思った通りかなり広く、学校の教室より二回りは大きいと目測で思った。

 そのリビングの奥にはキッチンがあり、脇には二階に上がる為の階段があった。二階は六畳の間取りの部屋が合計で五つあって、うち一つをキリトが使っている状態だった。

 キリトから他の四つのうちの一つを好きにしていいと許可を貰ったので、彼が手早くご飯を作っている間に決めた。

 二階はリビングから階段を上って、左側に杉林が見渡せる窓が並んでおり、右側に部屋が三つ、突き当りに部屋が二つ並んでいる状態だった。

 キリトの部屋は階段を上ってすぐ右の部屋だったので、あたしはその隣、手前から二つ目の部屋を使う事にした。

 中に入り、必要な家具は後から購入しに向かうと言われていたのでガランとしている内装でどの辺に何を置くか検討を付けてから、あたしは一階に降りた。

 

「あ、リー姉、出来たよ」

「速ッ?!」

 

 そして、数分も要さない内に料理を完成させてしまったその手早さに驚愕してしまった。聞けば、少なくともSAOの料理はかなり手間が省かれているらしく、本来なら一、二時間は要するものも数分で完成してしまうのが殆どらしい。

 ただし食材には全てD~Sランクの階級が存在しており、ランクが上になっていくにつれて要求される《料理》スキルの熟練度が高くなり、比例して調理時間も長く複雑化するという。それでもリアルでの料理に較べれば短い上に簡略化されているらしいが。

 ちなみに久々の昼食は何かの肉がふんだんに使われ、しっかり野菜系も挟まれたサンドイッチだった、ただしその量は手頃どころでは無かったが。

 そのうちの一つを手に取って口に含めば、アッサリとした野菜のシャキシャキ感だけで無くジュワッと肉汁が溢れ出てきて、それらを挟み込んでいるパン生地に肉汁が浸透して柔らかくなるという途轍もないハーモニーが楽しめた。しかも味までしっかり隠し味、調味料の類で整えられているからそこらの店売りの物より断然美味しい。

 ALOでもデザートならともかく、主食系はここまで美味しくないので、目を見開いてしまった。

 

「凄い……キリト、あなた本当に料理上手ね。ALOですらここまで美味しいものは無いのに……」

「そうなの?」

「うん。スイーツ系なら物凄く美味しいんだけど、主食系でここまでのものにあたしは出会った事無いかな」

 

 まぁ、そもそもあんまり美味しくないものを頼むというのもアレなので、店で注文した絶対数そのものが少ないという事もあるが……いや、キリトが作ったサンドイッチは本当に美味しかった。ランさん達も頬が蕩けてしまいそうとでも言いたげに満足げな顔で食べているし、それを見てキリトも満足しているようだった。

 昔からキリトは家事を担当していたから出来るようになったと聞いたが、まさか必要性に駆られたそれがここでも活きるとは……《料理》スキルを取っているかららしいが、その家事に対する執念と言うか、熱意にはあたしでは敵いそうも無い。

 一応姉として、女子として頑張ってはいるのだが、如何せん《料理》の才能というものはこの子の方が上らしくて中々超えられない。

 それでも一年半前に較べてそれなりに上がったつもりだけど……そこまで美味しくない仮想世界で絶品料理を出せる程に腕を鍛えているとなると、これはまだまだ壁が高いという風に捉えておいた方が良いかなと思いつつ、あたしは大量のサンドイッチを食べ尽した。

 

「ご馳走様でした……」

「はい、お粗末様でした……よもやあの量を完食するとは予想外だった。二、三割は残すかなって思ってたんだけど……」

「あ、あははー……二週間くらい殆ど何も口にしてないと、ね……」

 

 満面の笑みで相の手を入れてくれたキリトは、その表情を微苦笑に変えて感想を口にして来た。

 あたしも完食出来るとは思っていなかったからその気持ちはよく分かるし、女子にあるまじき大食いを見せてしまった事もあって、顔が赤くなるのを自覚しながら目線を逸らして言い訳紛いの事を口にした。

 

「……ん? あ、メールだ」

「私にもですね」

「私もだ」

「え? 俺には来てないぞ」

 

 食後に淹れてくれたレモンティー風味の紅茶――色は黄色だった――を飲みながら談笑していれば、違う椅子に座っていた《スリーピング・ナイツ》の三人が揃ってメールが来た事を告げた。

 しかしキリトには来ていないらしく、首を傾げている。

 

「ああ、キリト君に来ていないのはメールの差出人がヒースクリフさんのようだからかと。恐らく攻略関連の事でしょう……というか、今内容を確認しましたが攻略に関わってました」

「ふぅん……どういった内容なんだ?」

「えっと、第七十五層の迷宮区に挑むには、どうやら闘技場で誰かが優勝しないといけないらしいって……だから攻略組でレイドを組んで、闘技場制覇を目指すので、《スリーピング・ナイツ》のメンバーは至急集結されたし、と。午後二時に会議を始めるって来たよ」

 

 キリトの問いにユウキさんが丁寧に答えた。どうやら第七十五層という所には闘技場があるらしい。

 それだけでは分からなかったので更にキリトが詳細を尋ねると、どうやらその闘技場には三つ挑戦する項目があり、それらを全て誰かしらが優勝し、制覇する必要があるらしかった。

 その三つとは《個人戦》、《パーティー戦》、《レイド戦》の事。レイド戦は今まで戦ってきたボスが五体出て来る仕様らしい。ちなみに自由に闘技場を利用する――コルというお金を払って何度でも挑戦出来る――ようにする為には、その項目を制覇しなければならないようだった。

 現在、パーティー戦は既に制覇してその迷宮区とやらに挑む為の物は手に入ったようで、残るは《個人戦》と《レイド戦》だけだという。

 それでまずは《レイド戦》から片付ける事が決まったので、負けても死者が出ないから実地で情報収集をするという事で、彼女達に招集が掛かったという。

 キリトが省かれているのは、今の彼が休暇中だかららしい。

 何でもこの一年半の間、ずっと戦い続けてきて、今日が初めて丸一日休む事にした日なのだという……

 

「…………キリト……あなた、無理し過ぎよ……」

「……ごめんなさい……」

 

 少し眉根を寄せて言えば、彼はしゅん、と肩を落として素直に謝罪してきた。どうやら彼自身、無理をし過ぎて来た自覚はあるらしく、それを反省しているらしい。

 それなら、今までの彼を殆ど知らないあたしがとやかく言うべきでは無いだろうと思い、それ以上その事で責めはしなかった。

 《スリーピング・ナイツ》の三人を見送った後、キリトのホームの中にはあたしと家主のキリトだけが残された。

 

「…………リー姉……」

 

 リビングに備え付けられているソファに座っていると、食器類を片付けて来た――手伝いは申し出たのだが場所はキリトしか知らないのでやんわり断られた――キリトが、おずおずと近寄って来た。

 

「……今は二人だけだから、出来れば名前で呼んで欲しいかな、和人」

「……うん……分かった、直姉」

「ふふ……はい、何かしら?」

「……隣、座って良い……?」

 

 お願いすれば、一瞬淀んだもののすぐに笑みを浮かべて受け入れ、名前で呼んでくれた。

 それにまた嬉しくなって返事を返せば、また態々訊くまでも無い事を律儀に尋ねてきた。別にあたしに対しては訊かなくてもいいのになぁと思いながら、あたしは笑みを浮かべ、横の空いているスペースを手でポンポン叩く。

 和人は喜色を現して、すぐに近寄って来て、ぽすんと座った。

 あたしはこの一年半でリアルも成長したし、アバターの方も作成当時に較べて少し大人に近かったからアバターの身長は160センチほど、つまり今の和人より40センチも高い事になるので、彼を見る時は見下ろさなければならない。逆に彼はあたしを見るには見上げなければならない。

 SAOのアバターは現実の容姿そのものを再現していると、ここまでの道中で教えてもらった、つまり今のこの子の容姿は一年半前……九歳になったばかりの時と同一であるという事になる。

 止まった時、止められている体の時……たとえ仮想世界だとしても、出られない世界で生きている以上は現実と相違ないのだから、ずっと成長しない事に対してこの子は多少なりとも複雑な思いを抱いていると思う。だって周りに同い年の子が居る訳も無いのだから、一番幼い彼のは物凄く目立ってしまう。

 成長を如実に感じられる時にそれが分からないというのも残酷な話だった。

 

「直姉?」

 

 あたしがじっと見ていた事に疑問を覚えたのか、こてん、と首を傾げて名前を口にしてきた。そのあどけない仕草は、正に一年半前そのもの……

 多分精神や経験的に成長はしているのだろうけれど、あたしはまだ触れ合っている時間が短いせいか、その成長している部分をまだ見ていない。もしかすると成長していないのではないかと不安に思ってしまって……気付かない内にあたしは、隣に座る小さな子供を抱き締めていた。

 

「……すぐ、ねぇ……?」

 

 肩に顎を乗せてきた和人が、たどたどしく訊いてくる、いきなり抱き締めてきてどうしたのかと……けれどあたしはそれに答えなかった。というか、明確な感情や答えを持っての行動では無いから答えられなかった、と言うべきだろう。

 それでも分かる感情はある……こうしないと、目の前から居なくなってしまいそうな程に、この子の存在感が希薄だったからだ。

 一体どれだけの苦痛を覚え、そしてそれに耐えて来たのだろうかと思う。

 そこについてあたしはまだ触れていないし、ランさん達からも聞いていないが、あたしとこの子が再会の抱擁を交わしている時の様子から和人があまり良くない環境に身を置いている事は朧気ながらに察している。

 それに役人の話では、殆どを一人で過ごしているとも聞いている。レベルが突出して高いという事は、逆に言えばある意味で最も死に易い場所に居るという事でもある。

 怖かった。目の前に居る筈なのに、アッサリと居なくなってしまいそうなくらい存在感が希薄だなんて、そんな矛盾を抱えている和人を放っておきたくなかった。

 

「和人……っ」

 

 気付けばあたしは涙を浮かべ、嗚咽交じりに名前を繰り返し呟き始めていた。ずっとずっと現実側で我慢していた反動なのか、思わぬ形ではあったがしっかり再会出来た為に気が緩んでしまったようだった。

 特に、誰も入って来られなくて、あたしと和人以外には誰も居ないこの状況が、あたしの想いを溢れ返らせる。

 何時死ぬかも分からなかったこの子に対する、暖かな愛情と慕情……それらが一気に決壊し、奔流となって胸中で荒れ狂う。

 

「元気そうで……無事で、良かった…………本当に……っ!」

「……心配、してくれてんだ……」

「当たり前じゃない、あなたはあたしの……義理でも、血が繋がってなくても、掛け替えのない家族なんだから……!」

「……」

 

 涙を浮かべ、和人の顔を見ながらそう言えば、彼はくしゃりと表情を歪めて押し黙った……それがどこか寂しそうな顔にも見えてしまう。

 そんな印象を抱いた事に内心で、そんな訳無いと否定していると、ふと彼は身じろぎしてあたしから身を離した。

 何故だか、今にも嬉しさからでは無く哀しさで泣きそうな顔で。

 

「和人……どうしたの……?」

「…………直姉……逢えて、嬉しい……でも……だけど…………俺は……本当に、直姉の家族でいて……《桐ヶ谷和人》で、良いのかな……?」

「……」

 

 泣きそうな顔で投げ掛けられた問いに、あたしは黙り込んだ。その疑問の意図をハッキリ理解出来ていない以上、安易に返す訳にもいかなかったからだ。

 あたしが質問の内容を勘違いした状態のまままるで見当違いな答えを出してしまって、それがもしも取り返しの付かない事に繋がってしまったら、あたしは死んでも死にきれない後悔に苛まれるし、何よりこの子が一番苦しい思いをするからだった。

 

「……どうして、そう思ったの?」

 

 だからあたしは、そう思った経緯を知る為に、質問を質問で返す事は良くないと知りつつ問い返した。

 彼もそれは予想していたようで、恐らく元々話す気でいたのかそれで気分を害したようでは無かった。

 

「……俺、この世界で……バレちゃって…………SAOプレイヤーはリアルと顔が一緒だから……このまま生きて帰っても、名前が変わってても見られたらすぐに分かるから……直姉や母さん達の迷惑になりそうで……いっぱい恩があるのに、仇で返しそうで……」

「ッ……」

 

 そして、彼が返してきた内容を聞いて、理解してしまった。

 あたしはどうやらALOのシルフアバターがそのまま使われているようだが、彼の話を聞く限りではSAOプレイヤーはリアルと同じ姿らしい。

 多分ずっとログアウト出来ないイコール生死を賭した仮想世界が現実となる事だから、より死を身近なものとして認識させられるよう配慮されているのだろう。それに命を掛けているのだから、リアルが分かっていればPKなどもし辛いと、あたしでもすぐに思い付いたから、そういう事も考えられているのだと思う。あとは性別詐称でプレイしている人達の事もあるだろう。

 彼が《織斑一夏》であった頃に彼の顔を見知った者が居れば、たとえ名前を変えていようとも無駄である事は分かり切った事だった。一家全員、そして彼を治療してくれた主治医もそこを懸念していたが、それがSAOというデスゲームで現実のものとなってしまったのである。

 まだ現実だったなら、彼が生まれ育った地に近付かないとか、人がよく集まる都会はなるべく避けるだとか対策出来ただろうし、実際にそうしていた。

 だがこのSAOは閉鎖的な空間で、更にはたった一万本のロットとは言えゲーマーであれば喉が手が出る程に欲しがったものだから、長蛇の列に並ぶ羽目になったとしても購入しようとするのは不思議でも何でもない。

 だからこそ、《キリト》という子供が《織斑一夏》であるとバレてしまうのも、無理からぬ話ではあった。

 この世界でバレてしまったという事は、日本のどこかで死んだとされていた《織斑一夏》が生きているという事を明かしてしまった事にもなる。

 故にこの子は危惧し、迷っているのだ。このまま生き残った後、リアルに帰ってから《織斑一夏》を拾って育てた一家としてあたし達が何かしらされるのではないかと。そして自分こそそんな事になる原因でもあるのだから、《桐ヶ谷和人》という人間としてそのまま過ごして良いのかと、そう考えたのだ。

 そこまで理解して、息を詰まらせてしまった。

 それは、もしもそうなったら彼を追い出すつもりだったからでは勿論無く、逆にそんな事を考えてしまう程までに今のこの世界での彼の立場が非常に悪い事を理解したから。現実に生還した後にも尾を引く可能性を秘めている事に対する驚愕、《織斑一夏》だから見下し、侮辱し、虐げる者が居る事への怒りを覚えたから。

 まだ幼い彼がそんな事を不安がらなければならない事に対する、絶対的な哀しみを覚えたから。

 

「俺、取り返しの付かない事をしちゃった……ッ!」

「取り返しの付かない事……?」

 

 そう言った彼に詳しく話を聞けば、取り返しの付かない事とは、《織斑一夏》の悪評を利用及び増長して全プレイヤーのストレスとヘイトを自身へ向けさせた事……つまりは現実に居た頃には無かった悪評を追加した事。

 ここまで生きられると思っておらず、ただ他の人を生かしたいが為に、同じベータテスターと分かっていた情報屋の為に生還した後の事を考慮せずに行動してしまったのだ。

 あたし自身、まさか全プレイヤー中最高のレベルに至るとは思っていなかったから、早期に死亡してしまうだろうと最初期に予想した事は責められなかったので追及はしなかった。彼が取ったヘイトを集める言動も、嗚咽交じりに彼が語る事を詳しく、聞き漏らしの無いように聞いて行けば、彼が悪いとは言えなかった。

 むしろ悪いのは、彼にそんな事をさせた《キバオウ》という男と、その男に同調した多くのプレイヤー達だ。

 そもそもそんな悩みを抱く要因はこの子には無い、《織斑一夏》を虐げる事を良しとしている者達が悪いのである。

 

「ごめん、なさ……い……っ!」

「……謝らないで」

「でも……」

「謝らなくていいッ!!!」

「ッ……?!」

 

 先行きが不安で、自分が過去にしでかした事を晒して謝罪してくる和人を見て、酷く腹立たしくなって怒鳴ってしまった。

 それにびくっ、と震え、眉根を寄せて見上げて来る和人を、あたしは力強く抱き締めた。絶対に逃がさない、そして絶対に拒絶しないと、言外に伝えるように。

 

「当時の事をあなたからしか聞いてないからあまり言及はしない……でも和人がした事は、した決断は、多分必要不可欠な事だったんだと思う……和人は、悪くないのよ……むしろ凄く幼いのに、まだ全然子供なのに、大人でも恐ろしくて出来ない役目をずっとこなしてきた…………それのどこに謝らなければならない要素があるの? あたしは、そんな和人を、むしろ誇りに思う」

「誇りに……?」

「元ベータテスター、そしてビギナーの間にあった確執を取り除く為に、和人はわざと《ビーター》という悪名を背負って生きて来た……そんな茨の道、あたしには恐ろしくて選べない道よ……ずっと一人で戦ってきたあなたは、本当に凄いのよ。心の底から尊敬出来る」

 

 本当に、あたしは彼の話を聞いて尊敬の念を抱いた、憧憬すらした。本当にどうしてあんな過去があるのに、辛い目に遭って来たのに、人のためと言って自分を犠牲に出来るのか分からない。

 自己犠牲の一点に関しては怒りも覚えるが……裏を返せば、彼は心優しい子でもあるという証左だから、怒るに怒れない。

 もしも神がいるのであれば、その存在をあたしがするのは筋違いと知りつつも心底恨む、どうしてこんな子が虐げられるのだと。

 人の為に動き続けているのにほぼ報われないだなんて、そんなのおかしいではないか。そしてそれを諦めと共に受け入れなければならないだなんておかしいではないか。

 

「和人、その不安は確かに抱いてもおかしくは無いと思う……でも、少なくともあたしはあなたを拒絶しないし、あなたはあたしの家族には変わりないわ。たとえ血の繋がりが無くても、義理でも家族には変わりない……ずっとよ。他の誰が何と言おうと、あなたがあたし達を拒絶しない限り、それは不変の事実よ」

 

 だからこそ、あたしはあなたに問いたい。

 

「和人……あなたは、あたしと、お母さんと、お父さんの……桐ヶ谷家の家族であるのは、嫌……?」

「ッ……!!!」

 

 率直に投げた問いは、最初に投げ掛けて来た和人の問いの答えでもあった。

 あたしは言外に認めているのだ、和人はそのままあたし達《桐ヶ谷》の家族で良いのだと、あたしの弟のままで良いのだと認めたのだ。

 そして言外に、離れても良いという風に言っている……和人が望むのであれば。

 そんな事、本当は絶対に認めたくない、容認出来ない。

 でも和人が心の底から離れなければと、離れたいと思ってしまったら、あたしは彼を縛り付ける事など出来はしない……それをしてしまえば、あたしは《桐ヶ谷和人》でもあり《織斑一夏》でもある彼を、人形としてしまうから。

 そんな事、絶対にしたくなかった。

 だから言外に認めていると伝えた。

 その問いに、果たして、彼は……

 

 

 

「いや、だ……離れたく……なんて、ない、《桐ヶ谷和人》として……生きていたい……ッ!!!」

 

 

 

 下唇を噛んで、ぼろぼろと大粒の涙を零しながら彼が出した答えは、《和人でありたい》だった。その答えにどれだけの感情を、想いを込めているのか、それはあたし程度では到底測り知れない。

 答えた和人は、あたしとの間にある僅かな隙間を埋めるように、離れたくないと言うように抱き付いて来た。あたしも彼を受け容れ、優しく、しかし力強く両腕を背中に回してまた抱き締める。

 さっきに較べて、和人の体は小刻みに震えていた。それはすなわち、拒絶される事を恐れていた事に他ならない……彼も離れたくなかったのだ、だからこそあの不安を抱いた。

 その答えを出してくれた事に、悲しみの他に喜びと安堵を覚えながら、あたしは嗚咽を漏らす和人の頭をゆっくりと撫でた。

 

「すぐねぇ…………すぐねぇ……ッ!」

「あたしはあなたが望む限り傍に居る、居なくなんてならない……ありがとう、和人。あたし達の事を案じてくれて……心配してくれて…………不安にさせて、ごめんね……」

「う、ぁう……ぁあ…………ッ」

 

 一年半ぶりの再会……《スリーピング・ナイツ》の三人のように恐らく他にも多少の理解者は居るのだろうけれど、この生死を賭した別世界をずっと一人で生きて来ていた和人は、もう限界をとうに迎えていた。ずっと《桐ヶ谷和人》としての自分を抑え込んで《織斑一夏》として生きていたから、辛い道を一人で歩み続けて来たから。

 先を見て不安になって、現状を鑑みても辛くて……現実の事も絡むから滅多に話す事も出来なくて、ずっと溜め込んできたものがここで爆発したのだろう。まるで当たり散らすかのように、抱えてた不安を掻き消そうとするように和人はあたしを呼び続け、キツく抱き締めて来た。

 涙を流す原因は全然子供らしくないが、けれど泣き散らすその姿は、本当に年相応で、可愛らしかった。

 この世界で彼が誰かを頼りに涙を流した事があるか、それは分からない。もしかしたらこれが初めてなのかと不安を抱きつつ、それを悟られないように彼を強く抱き締め返し、大丈夫と耳元で囁いて、あたしは愛する義弟をあやし続けた。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 何だか第七十四層ボス戦辺りからキリトを泣かせ過ぎな気がしていますが、抜かせない話を続けてしまってこうなってますので、ご容赦頂きたい。

 今話ではキリトが《ビーター》を名乗った際、自身が《織斑一夏》であると認めてしまっている事の影響を示唆しました。送られてきた感想で予想されていますが、実は滅茶苦茶尾を引くんですね、これ。生き残るのなら当然か。

 で、最初はアルゴやクラインが言っていた通り、元ベータテスターとビギナーの確執を取り除く為の行動だったんですが、その後の事を完璧に度外視した結果、こうなってます。更には《桐ヶ谷和人》としての自分を一度捨て、《織斑一夏》として振る舞い続けているので反動が来たという感じです。

 多分こうなるんじゃないかなぁと思って書いているドシリアスは、大抵キリトが報われない道か大泣きする場面になるんですよね……許せ、キリト。

 ちなみに、キリトが今話で明かした不安は家族であるリーファにしか解決出来ないものです、リーファ視点になった理由はこれです。

 何時になるか分かりませんが、次話にてお会いしましょう。

 では!



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第十五章 ~揺らめく波紋~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話は初のオールアルゴ視点でお送り致します。そこそこ作中の時間も経ってますし、何気にSAO最初期メンバーの中で最長の付き合いをキリトと持っていますし、何だかんだで関係がありますからね。

 そして《ビーター宣言》での事情が明かされます。実は読み返せば分かるんですが……キリト、一部不自然な行動をしてるんですよね。気付いていた方はいるでしょうか?

 ではどうぞ。今回、最初の辺りの対談の階層は意味ないので省いてます。




 

 

「だから、オレッちは知らないって言ってるダロ。これ以上無駄な問答をするようなら帰らせてもらうゾ」

 

 自分でも分かるくらいに明らかな不機嫌さが籠った声音で言えば、たった今話していた相手がぐっと歯噛みして僅かに半歩分だけ後ろに下がる。そこまで怒気を込めたつもりは無かったし、自分自身そこまで威圧感というものを持っているとは思えないが、ほんの少しでも相手をたじろがせてしまえるくらい絶大な怒りを覚えているという事ならそれも納得がいく。

 今現在、【鼠】の仇名で知られる情報屋の自分は、何時も何時も燻らせている苛立ちに劫火を付けている真っ最中……とどのつまり、ド怒り状態だった。怒鳴っていないのは怒り故に、逆に気を落ち着けようとしている裏返しである。

 それが相手の癇に障ったのか、半歩分だけ下がった体を一歩前に出して、こちらを僅かに見下ろしてくる。相手の方が身長が高いためだ。

 

「ンな訳あるか、鼠があのクソガキの場所を知らない筈が無いんや」

「だから何度言わせれバ……」

 

 対話相手は《キバオウ》、SAOでその名を知らぬ者は居ない程に有名なアンチビーター及びアンチ一夏筆頭だ。同時に《キリト誅殺隊》の概念的リーダーを務めている男でもある。

 あまり知られていない事だが《キリト誅殺隊》はギルドでは無い、現実では愛好会だとか呼ばれる同志の集まりというだけであってギルドのような明確な組織として成立しているのではないのだ。だからコイツは《アインクラッド解放軍》の攻略部隊サブリーダーを務めていながら、同時に《キリト誅殺隊》のリーダーをも兼任出来ている。

 コイツが自分の命を狙っている集団の頭目である事は、あの子には知らせていない。

 知っているかどうかは知らないが、多分知らないとは思っている、普段のキー坊とコイツのやり取りからそう判断している。もしも知っている状態でコイツを人を率いる者として凄いと褒めていたのなら、それはもうあの子は役者か、あるいはただ人の本質を見れていないだけの子だ。自分としては恐らく前者だと思うが。

 現在、あの子は攻略組を一時的にだが抜けている、原因は第七十四層でのボス攻略とその後の経過からだ。

 昨日に聞いたが、あの子は既に心の不安が限界を迎えていてギリギリだった、それ以前に自分やヒースクリフですら休暇を取った事があるのに無いと言うのだからいい加減に休ませなければならなかった。現に《コーバッツ》というプレイヤーが最期に言い残したという言葉でトラウマを引き起こし、続けて別のトラウマを引き起こしたあの子の心は崩壊しかかったらしいので、攻略組の錬度を底上げする目的も兼ねて休むよう提言したらしい。

 実は休めとクラインが言った後にも一悶着あったらしいので、少しばかり悩んだ部分もあったのだが、サーちゃん達の説得もあってどうにか首を縦に振ってくれて良かったと言っていたのは記憶に新しい。

 そしてもう一つの原因、第七十四層ボス攻略……いや、人死にが出たために討伐と言うべきだろうその戦いで、あの子は十中八九ユニークスキルであろう《二刀流》と呼ばれるスキルを解禁し、《コーバッツ》が率いた軍のメンバー十一人を守り抜き、生き残らせた。中ボスと真のボスという二連戦をほぼ一人で倒してしまったと聞いて、肝が冷えたのは別の話だ。

 問題はキー坊の《二刀流》だった、同時に今現在自分に怒りを覚えさせているキバオウとの対談の中心にもなっている。

 ヒースクリフの《神聖剣》という例もある為、あの子が会得した《二刀流》も恐らくは彼にしか持ち得ないたった一つ、ユニークのスキルなのだろう。前例、そして今回の例から鑑みてもユニークスキルは凄まじい力を発揮する事は周知の事実だ。

 だから攻略でも、今まで以上の目覚ましい活躍をするだろうなと誰もが予想している。

 だが自分の目の前にいるキバオウという男は、とんでもない事を宣った。

 

 

 

『あの屑に、ユニークスキルなんざ満足に扱える訳があらへん。他の奴が持つべきなんや』

『他の奴ッテ……だがアレは暫定とは言えまず間違いなくユニークスキル、《神聖剣》もそうだけど他のプレイヤーが持った試しは無いダロ。理屈的に無理な話じゃないカ』

『簡単な事や、あの屑が死ねば他のプレイヤーに《二刀流》とかいうスキルが移るやろ』

『……ア゛?』

 

 

 

 一瞬何を言われたのか分からなかったが、意味を介した瞬間、矢鱈ガラの悪い反応を返してしまった。多分表情が相当キツイものになっているだろう事も容易に想定出来た。

 ぶすぶすと、何時まで経っても消える事の無い苛立ちの燻りに、一気に劫火が灯る瞬間でもあった。

 確かに、ユニークスキルなんててゲームバランス崩壊もいいところなスキルを採用した茅場の意図は見えないが、語源から考えれば所有者が死ねば他のプレイヤーに発現するのは順当な事だろう。

 もしも茅場がこれの案を出し、採用したのだとすれば、恐らく攻略を進めるプレイヤー達の希望となるよう用意した救済手段というのも考えられる。恐らくだが他のプレイヤーに発現するというのは確実だとは思う。

 しかし、それとこれとは話が別だ……あの子を殺すだなんて、そんなの許せる筈が無かった。

 だが、それを口にするわけにはいかない。キー坊の事になると自分は相当分かりやすい反応を示すらしく、特にキバオウやリンド、《キリト誅殺隊》の事になるとそれは顕著になるらしいが、大抵そういう時はこちらの反応に気を払わないように相手もなっているのでまだ助かっている。

 自分は攻略本などを発刊する傍ら、嫌々ながら《ビーター》にヘイトを向けるように仕向ける為の新聞のようなものも手掛けている。下書きなどは彼が書いていて、自分がしているのはそれを新聞として量産したり売りに出す名義くらいなものだ。

 哀しい話だが、心はあの子の味方でいるのに【鼠】の立場は反キリト、それが《Argo》なのだ。

 本心ではあんなものを売りに出すなどもうやめたいと思っているし、それはもう何度もあの子に言った、キー坊を傷付ける事なんてもうしたくないと、わざとキャラ作りの為にしていたイントネーションも戻して涙ながらに言った。

 しかしあの子は、これは必要な事なのだと言った。

 元ベータテスターに対する確執というか嫌悪感は、キー坊の頑張り……もとい自己犠牲によって大体払拭されているが、それでも全く無いとは言えない。実被害を被った者は確かに居るからだ。彼が取り除いたのは大部分の誤解や偏見であり、流石に実被害の所までは如何ともし難かった。

 だからこそ、彼はかつて日本で蔓延っていた因習を再現した。

 江戸時代から近代に至るまで、差別という悪習があった。簡単に説明すれば、劣悪な環境や苦しい状況にあっても更に下の者達を地域指定で作り出す事で、幕府や政府に対する不満を和らげようというものである。

 自分はその差別を道徳の授業で習っていた、実際近代でも生まれた地域がそれだったら学校入試や入社面接で選考から落とされたりしていたからだ。更には誰かと恋仲になっていた場合、相手がその地域出身だった場合は社会的ハンデを負う事を厭って別れたり、付き合っている相手の親が無理矢理に別れさせたりしたらしい。祭りに参加している者の中に紛れている事が分かれば殴殺なども普通だったという。

 あの子は、それを自身に当て嵌めたのだ。元ベータテスターの中には確かに酷い人も居る、だがそれ以上に情報の独占を行って頂点を狙っているもっと悪い奴が居るのだと、たった一人の悪役を演じる事でほぼ全てのヘイトを自身へ向けた。

 少しばかり応用を利かせたらしいので変則的ではあるものの、苦しい状況にあるのは大部分の元ベータテスターとても同じなのだからとビギナー達の意識を変えたのだ。

 それは同時に、【鼠】とベータ時代から呼ばれた自分を助ける為でもあった。

 元々この仇名はベータ時代の名残なので、公言はしなくとも自分が元ベータテスターであるなどというのは自ずと分かる。つまり情報の独占を行っているのは【鼠】なのだという考えも何れ出て来る可能性はあった。

 ボス戦での情報に誤りがあった場合はそうなっただろう。

 

 

 

 第一層で、キー坊はそれをわざと引き起こした。

 

 

 

 無論、その矛先は自身に向けていた。キー坊はベータ時代、既にこの正式版では命を落としているとある一パーティーのメンバーを除いて、唯一《刀》スキルを見て来たプレイヤーだ。ソロだった彼が囲むなどというのは出来る筈も無かったが、キー坊が相手の背後に速攻で回った時に発動した事からその存在は知っていたのだ。

 全方位に対する攻撃であったため範囲系なのだ、そして発動条件が背後……普通に戦っていれば取り囲んだ時なのだと。

 つまり、第一層の攻略本にも書けた情報だった。

 しかし実際にはそれは抜けていた……いや、キー坊がわざと抜かしたのだ、自分にわざと伝えなかった。

 それは第一層で、放っておいては後々に危険な事態に発展しかねないプレイヤー間の確執を解決する為だった……キー坊はあの時、キバオウによって身バレをされたから流れで《ビーター》を名乗ったのでは無い、初めから身バレをしなくともするつもりだったのだ。だからキー坊が情報を、【鼠】ですら書き漏らし、誰かは不明なベータテスターよりも多くの情報を、誰にも共有せず独占しているのだと、そう印象付ける為にわざと伝えなかった。

 結果的に自分は護られ、多くのプレイヤー達は手を取り合えるようになった……たった一人、彼の恐ろしいまでの先見の明による犠牲によって。

 第二層にて、とあるしつこい敏捷特化型プレイヤーに纏わり付かれ、キー坊によって振り払えた後、何故その情報を知っていたのに教えなかったと問い質した時の答えが、それだった。

 思わず唖然とし、そしてすぐに頬を張り飛ばした。SAOにある《アンチクリミナルコード》などはダメージ判定が出そうなラインは止めるが、それ以下ならば普通に身体的接触が可能であるため、そうなるよう調整していた自分の張り手は見事に幼子の左頬を張り飛ばした。

 頬を張られても、どこか痛々しい光を瞳に宿すキー坊の新しくなった黒いコートの襟元を掴み、引き寄せ、そして口を開いた。

 

『ふざけるナ……』

 

 ポツリと、自分でも驚くくらいに低く、おどろおどろしい声音で言えば、キー坊は少しだけびくっと肩を震わせた。

 彼の顔には、僅かな恐怖が浮かんでいた。

 

『そんナ…………そんな事をさせる為に、オレッちハ……【鼠】を、情報屋をやってる訳じゃ無いんだヨ……!』

 

 やろうと思えばその矛先を自分に、あるいは実際に酷い元ベータテスター共に向ける事だって出来た、何もこんな幼い子供にやらせる事は無かったのだ。

 タイミング的に難しかったと言えども……それが故意であったならば、それは別の話だ。

 

『今度…………次、同じ事をやったら、永遠に絶交ダ……いいナ』

『……』

『返事ハ』

『……はい』

 

 キツい言い方になったのは自覚しているし、何より人との繋がりの喪失を恐れている事は気付いていたからそれを利用した事にもなる、それらに対して罪悪感が無いと言えば嘘になる。

 だが自分は、情報屋として『知らない』、『知らなかった』などと済ませる訳にはいかないのだ。情報屋としてのプライドやポリシー……そして何より、デスゲームになったあの時から、元ベータテスターとして少しでも多くの人に正しい情報を拡散しようと努めて来た自分を裏切るのが嫌だったから。

 それもあって、自分が流したというデマに釣られ、嘘の《ログアウトスポット》を探しに出たアーちゃん……後に【閃光】と呼ばれる《細剣》使いに成長したアスナを助けられたのだ。

 キー坊は気付いていて、アーちゃんは知らないが、あの二人の初対面は攻略会議の日では無い。デスゲーム開始からおよそ二週間後のある日、嘘の《ログアウトスポット》に潜んでいた《コボルド》に殺されかかったアーちゃんを助けたのが、キー坊だからだ。だからキー坊はクラインの旦那に対し、仲間に加えたのだなと言い、それに対しアーちゃんは初対面のように名を名乗った。

 実際に名乗り合わずに、すぐにキー坊は迷宮区に戻ったので名乗り合いは当然だったが。あの時は偶然ながらキー坊と情報交換をしていたから良かった。

 無知とは、すなわち死に直結する最大要素となる。キー坊もそれを理解しているから誰よりも先駆けて情報を集め、トラップの情報を託してきて、それを自分が広めて来た。『知らない』、『知らなかった』という言い訳が通用する仕事では無いからだ。

 情報屋は比喩抜きで人々の命を預かっているのである。

 だからこそ自分はあらゆる情報を集めている……しかし人間が全知などあり得る筈も無く、当然ながら知らない情報だって存在する。また同時に信用される情報屋として活動する為に不確定な情報は全て裏付けを取るようにもしている。なのでわざと喋らないことだってある。

 だが今回はそのどちらにも反している事だった。キバオウの問いは『屑の織斑一夏がどこに隠れているのか教えろ』というものだったからだ。

 キー坊は確かに《織斑一夏》だ、しかしそれは元であり今では別の名前を名乗っているという。つまり彼は《織斑一夏》では無い。それにこの世界ではあの子は《Kirito》というプレイヤーなのだから、《織斑一夏》というプレイヤーはこの世界に居ないのだ。居ないのだから知る筈も無い。キー坊の居場所は知っているが教えたくないし、立場上教えないという訳にもいかない。

 よって自分はそういう屁理屈を頭の中で展開して、知らないと言った。それが冒頭での自分の第一声である。

 大体あの子の居場所を話すという事はあの子が滞在している場所やホームを明かすという事、つまりコイツの殺人幇助をする事と同義だ。あの子を大切に想っているのは自分だって同じ、そんな裏切りを働く訳にはいかないし、するつもりも無い。

 

「大体、いい加減にキー坊の事を認めてやれヨ。何時も思っているが何でそんなにキー坊を目の敵にするんダ?」

「決まってるやろ、アイツが屑やからや!」

「……」

 

 ダメだコイツ、と偉そうにふんぞり返って、忌々しいとばかりな表情になっているイガイガ茶髪を見上げながら内心で舌打ちする。

 誅殺隊に居る連中はまだビーターだからだとか、その辺の理由があるからまだ理解出来ない事も無いのだが、このキバオウだけは徹頭徹尾この理由しか口にしない。どうもコイツにとって《ビーター》という理由よりも《織斑一夏》だからという理由の方が大きいらしい。第一層ボス部屋でキー坊が挑発した時の激昂も《屑》だったらしいし。

 もしかするとコイツ、あの子とリアルで顔を合わせた事があるのかと思った。

 よくよく思い出せばコイツが第一層でのボス攻略会議の日に初めて顔を出した時、名指しされる前からキー坊は既にカタカタと震え、怯えるような様子が見られていた。それ以降もキバオウにだけは何故だか強く出ず、芝居を打っている時だけしかまともな会話が成り立っていない……というか、怒鳴られる度にキー坊は怯えるのだ。

 自分からすればエギルの旦那やクラインから怒られる方が怖いと思うのだが、以前聞いた話ではエギルの旦那が怒鳴っても全く狼狽えていなかったようだし……

 

「ハァ……ともかく、幾らオレッちでも《織斑一夏》の居場所は知らないヨ。他を当たるんダナ」

「チッ、使えん奴やな……しゃーない。オイお前ら、撤収や!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 忌々しげな舌打ちと共に言い捨てたキバオウは、少し離れた位置に待機させていた誅殺隊に声を掛けて帰って行った。

 

「……ハァ……まったく、アイツの相手は毎度毎度疲れるヨ……」

 

 ここ最近……と言っても、キー坊が第七十四層ボスを倒して《二刀流》が広まって以降、キバオウ、リンド、誅殺隊を筆頭にキー坊に悪感情を抱いている者達は日夜キー坊を殺そうと探し回り続けている。不幸中の幸いなのは、キー坊が購入したホームの位置が主街区では無い所だろう。

 主街区を初めとした街中は、一応土地権というものの再現をしているためかホームを購入する為に不動産屋を通さなければならないので、不動産にあたるとどのプレイヤーがホームを購入しているかが分かるようになっている。

 実は《笑う棺桶》アジトのあぶり出しを行う際、これを活用して数多のオレンジプレイヤーやギルドの根城を見つけ、襲撃した事がある。

 対して圏外などでは、購入していない家に触れるとメニューと購入金額が表示され、また内部の詳細な見取り図が示されるようになっている。そこで金額を振り込んでオーケーすれば、不動産屋を通さないで晴れてプレイヤーの所有物となる。

 キー坊の場合は後者なので、ガチで人海戦術で当たらなければ場所が分からない。

 更にホームを購入しているなど誰も予想していないに違いなく、どこかで適当に宿を取るか野宿するかしているだろうとキバオウ達は思っているので、大体四十層前後を探している。モンスターが一切ポップしない平和な第二十二層など眼中にないという感じで、今この時でもレベリングや素材収集をしているだろうと予想している事から多分見つけられる事は無い。

 と言うか、よく勘違いされるがキー坊は恐ろしい戦闘能力を誇っていたり、戦闘に関してはやはり過去が関与しているからか相当なものだが、基本的には子供に変わりない。ここ最近は特にそう思うようになってきたが、感性そのものは子供そのものだ。

 だから休んだり落ち着ける場所くらいは静かな所を選ぶと思うのだが……キー坊の休暇をディアベル達から伝えられても、多くのプレイヤーがそれを信じず、また何か企んでいるとか言っている辺りもうどうしようもないだろう。

 休める時に休む、それが時間を有効活用していると言える手段。

 キー坊の余命は予想だろうが、しかし間違っていないと思う。実際自分もそこはかなり気にしていたし、大体同じ時期を予想していた……だからこそ、あの子はずっと必死に前を見て戦い続けて来た。

 誰よりも強く、脆い心を押し隠し、悲鳴を誤魔化し続けてここまで来た。

 ……辛い経験をした子は得てして強くなる、とは言うが……

 

「……強くなる方向性がもう少し違っても良かったと思うのは、私やお父さんだけじゃないだろうなぁ……」

 

 脳裏で繰り返される言葉……それを昔に掛けられたあの子に対する感想を、自然な口調で口にした。

 

 *

 

「……へぇ、古代ローマをモチーフにしてるのカ」

 

 キバオウとの時間の浪費でしか無い無駄な対談を終え、気を落ち着かせようとキー坊に食事会の際に貰ったクッキーを食べた後、会議に呼ばれている為に第七十五層の主街区《コリニア》へと転移した。

 青い転移光が晴れた後に見えた街の風景は、今言ったように古代ローマをオマージュされているものだった。明るい肌色を思わせる煉瓦で作られた家やらそれが敷き詰められた道やら、果てには転移門のすぐ近くでその威容を見せている巨大なコロシアム施設やら……まるっきり古代ローマである。

 そんな自分が行く先は、正に視界の大半を占めているコロシアム施設《闘技場》だ。迷宮区へ入る為には《闘技場》にてそれぞれソロ、パーティー、レイドの三つの種目で優勝しなければならず、現在はレイド戦の情報を集めている段階らしい。

 パーティー戦はぶっつけでヒースクリフ、アーちゃん、クライン率いる《風林火山》メンバーで突破したらしい。情報無しに突破するとは伊達にキー坊の味方をしていない連中である。

 しかし流石にレイド戦では対策を練っているようであった。というのも、問題が一つ発覚したからだ。

 その問題とは、一度敗退すると今後二度と同じプレイヤーは再戦出来ないというものである。

 ソロ戦で、キー坊が休んだ為にその穴を埋めて地位失墜を狙ったらしいキバオウがいきなり挑み……開幕一秒でやられ、以降同じプレイヤーが挑戦出来ないと発覚したのだ。攻略組は流石にレイド戦で纏めてやられたらクリアの道のりが閉ざされるため、慎重に攻略しようという事になり、情報屋である自分を呼んだのだ。

 この会議にキー坊は呼んでいないらしいが、最悪休暇直後に召喚する事も視野に入れる方向性でヒースクリフとディアベルは考慮している。それは妥当だと思う。むしろキー坊が話を聞き付ければ絶対駆け付けて来るに違いない。

 闘技場の大扉から中に入れば、体育館くらいはありそうな大きさのロビーに出た。正面には女性NPCが立つ受付があり、あそこで手続きを済ませ、その更に奥に見える扉からコロシアムへ向かう為の控室、そしてアリーナへと移動するのであろう。

 

「だから、もっと時間を掛けて情報を集めるべきだろうが! 一回失敗したらもう挑戦出来ねぇんだぞ!」

「少しずつ小出しで情報を集める手もある、中堅プレイヤー達にも挑戦してもらえばいいと言ってるんだよ! 出現するボスが分かれば対策など立ったも同然で、そもそも最後の五戦目のボスが判明する確約も無い、さっさとここを突破しないと時間が無為に過ぎるだけだぞ!」

「情報も大事だけどもっと連携も大切にしないと……もう少し時間を掛けてからでも良いんじゃないか? レベリングもするべきだと思うし」

「もっと武具を鍛えなければ確実性にも欠けるしな……」

 

 少し別の場所を見やれば、そこにはかなり物々しい武装した集団が集まって喧々諤々言い合っていた。まぁ、その大半はもう少し情報を集めたり準備をするべきだという感じだったが。

 その中に、呆れた様子で腕を組んで言い合っている男達を見るユーちゃん達を見つけ、その中でも【絶剣】という二つ名で呼ばれる剣豪少女の左隣に歩き寄った。

 

「ユーちゃん。今はどの辺まで話が進んでるんダ?」

「あ、アルゴ……中層プレイヤーを犠牲にして挑もうっていう少数派と、準備を整える為に時間を掛けるべきっていう意見に分かれててね…………前者の意見には賛成はしないけど反対もしない人が多いから、それで意見が決まらなくて」

「ふぅン……」

 

 馬鹿だな、と胸中でだけで断じる。

 ユーちゃんも口にこそしていないが恐らくほぼ同意見だろう、さっきから言い合っている男達に呆れた視線を投げ続けていた。

 いや、男達、と括るのは少しばかり大雑把過ぎるだろう。一回失敗したらと言っていたのはクライン、連携やレベリングについてはディアベル、武具に関しては商人の斧戦士エギルの旦那、そして中層プレイヤーを犠牲にするような意見を口にしているのはリンドだ。聞いているだけでも性格が凄まじく見える一幕である。

 リンドは、かつてはディアベルの事を尊敬していたようなのだが、《織斑一夏》あるいは《ビーター》に対して悪感情を溜め込んでいたらしく、キバオウに同調して行動を共にする事が多い《聖竜連合》のギルドリーダーだ。装備は曲刀と盾、それとディアベルのような軽い甲冑で、オールラウンダーを意識した軽装である。

 髪色は地味な茶色だった彼は、少なくとも攻略に対する熱意だけは本物であり、ディアベルを尊敬する部分があるためか彼に真似て蒼髪になっている。

 正直【穹の騎士】と呼ばれているディアベルの足元にも及ばないと思うし、キー坊に対する言動は一切許していないが、攻略にだけは真面目という辺りで何とも言えない男である。多分コイツは純粋に情報を独占する元ベータテスターという《ビーター》にのみ悪感情を抱いている奴なのだろう。

 まぁ、あの男の事情なんて知った事では無い、知れればネタが増えるので儲けものという程度である。

 …………一時抱いた殺意を忘れた訳では無いが。

 

「アルゴ、どうかした?」

「……何でも無いヨ」

 

 ちら、とリンドに対して少々感情を燃やしていたこちらに視線を向けて問いを投げて来たユーちゃん。これでも違和感を抱くかと内心で驚きつつ、それを表にはおくびにも出さないで何でも無いというように返す。

 それから二時間ほど会議は続き、結局は情報収集を続けながら第七十四層以下でレベリング、素材を集めて武具の強化に勤しみ、今までの攻略本と纏めたデータからどんなボスが出てきても良いようシミュレーションをする事になったのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 今回は前話の半分ほどで短かったですし、そこまで作中の時間も進んでいませんが、割と色々ぶっ込んでいます。

 実はアスナ視点のトールバーナでの会話もクラインとの会話も、微妙に妙な部分があるんです、指摘されるかなと思ってたんですけど自然に出来てたようで良かったです。そんな訳で今話は色々と回収しています。

 感想でのキバさんの叩かれ様……うむ、彼にはまだまだ活躍して頂きますのでご期待下さればと思います。その度にキリトの保護者メンバーがヘイトを溜めますけど。

 ここ最近、読者の皆様が納得するような末路なのかと頻りに思っております……うん。出来てる設定部分だけ読み返すと、末路になってるかも怪しい……本作は極限まで苦しめられたキリトが成長するものですしね……

 どうしてくれよう、このイガイガ野郎★(嗤)

 ちなみにディアベルの二つ名【穹の騎士】という読みは、《そらのきし》です。

 ちなみに今現在、漸く届いた《ホロウ・リアリゼーション》こと《HR》の設定を終えた所です……早速プレイしてみます。なので今後普通に更新遅くなります事を此処に宣言しておきます。

 構想自体はあるので、定期的に出来るとは思います……もう一作とは違って(;´・ω・)

 では、次話にてお会いしましょう。


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第十六章 ~異変の前兆~



 どうも、おはこんばんにちは、そしてお久しぶりです、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 前話からおよそ一週間が空いてしまい申し訳ありませんでした。結構書く視点に悩んでおりまして……もう一作を読んでいる方にならシリカ編を読むと分かると思いますが、書く視点を変えないとどうしても似通ってしまい、更には原作パクリっぽくなってしまって面白くないんです。

 結果的な展開はほぼ同じでも過程を変えたい、それが私の本作に掛けている信条のようなものです。なので原作やゲームを知っている方でも、もしこのキャラが居ればという想像を膨らませて頂けるように頑張っています。

 例えば本作、ヒースクリフが味方キャラっぽく振る舞ってますからね……という訳で、今話ではそのヒースクリフ視点でお送り致します。

 何故彼が原作に較べてかなり人間味溢れるのか、以前にちらっと出ている束との関係性、そしてデスゲーム化の真相の一部が語られます。あと、他の人からは少し違う視点を持つ彼から見たキリトの評価とかも。まぁ、あんまり変わりないとは思いますが、他の方の作品でもヒースクリフ視点は少ないので、そこで楽しんで頂ければと思います。

 今話もちょっとしか進みません、時系列的にアルゴ視点での攻略会議が終わった後、リーファにキリトが泣き付いてから二時間と少し後くらいです。

 ではどうぞ。オールヒースクリフ視点です。




 

 

「キリト君からの呼び出し……重要な話があるってメールにありましたけど、一体何なんでしょうか、団長」

「さぁ、それは私にも分からんよ……ここ最近のキリト君は本当に予想の斜め上を行くからな」

 

 私が率いる《血盟騎士団》副団長を務めるアスナ君……【閃光】の二つ名で知られる《細剣》の名手の少女の問いに、私は苦笑を浮かべながら分からないと返す。

 私とアスナ君は第七十五層の迷宮区へ向かうまでの道のマッピングを今日の分を終えて本部に帰還している途中だったのだが、キリト君から火急の件があるとの事で、メールで報告だけは済ませて彼のホームへと向かっていた。

 ここ最近、キリト君を中心に良からぬ事が起きているし、何より昨日は彼にとっても負担の大きい騒動があったため、一体何の件で呼ばれたか分からない。

 だから逐次把握しておく事が必要だろうと考えての行動である。

 《血盟騎士団》団長を務めている《ヒースクリフ》というプレイヤーネームの私は、リアルは茅場晶彦であるが、それは知られていない。

 というか、正確にはネットゲームでリアルの情報を漏らすなど愚の骨頂であるため、キリト君以外は誰も知られていないとも言える。その点に関しては、毎度毎度攻略会議を引っ掻き回してはキリト君を排斥しようとしているキバオウ君の神経を疑ってしまう。

 茅場晶彦である私は、現在この《ソードアート・オンライン》を脱出不可能のデスゲームへと変えた犯人とされている……が、真実はそうでは無い。

 いや、この言い方は正確ではあるまい。茅場晶彦であり、現在《血盟騎士団》を率いている《ヒースクリフ》である私は、そんな事はしていない。私では無い《茅場晶彦》を名乗る者が、何らかの目的を持って私を貶める為にしたのだ……と、私は予想している。

 予想である事にも理由がある。私はSAO正式サービスが開始された直後にログインを果たし、プレイヤー達の様子や満足度を観察していたから、つまり状況的には他のプレイヤー達と変わらない事になる。私も虜囚の一人になっている、という事だ。

 私が《ソードアート・オンライン》……もっと言えば、この浮遊城《アインクラッド》を作り上げた事も、私の夢を追い求めたが故だった。

 何時からかはもう覚えていないが、物心ついた時には既にこの城の原型とも言うべきイメージが存在し、普通なら年を経るごとに現実へ目を向ける為に薄れていく幻想感は、しかし反比例的に私の中でより具体的に、より詳細に描かれていったのだ。

 私は夢想し、そして追い求めた。現実世界のどこかには浮遊する鋼鉄の城があるのではないか……と。

 私が量子力学者も兼任している理由としては、物理学系を学ぶことで鋼鉄の浮遊城が存在するのではないかという可能性を追い求めたが故だ。

 だが、それは儚くも散った。

 物質とは、分子や原子、素粒子、光子、量子の集合体であり、これは不変の事実だ。熱とはそれらの振動率の話であり、電磁波とは電子、素粒子の振動と流れによって発生されている。

 故にこれらを研究する事で浮遊城の存在を確定的にしたかった私が、早期の段階で存在しないという答えを知れて、むしろ僥倖だったのかもしれない。

 だからこそ私はゲームデザイナーとして、この仮想世界を築き上げた。全く方向性が異なる電機工学系の道に進んでも挫折しなかった事は最早執念の為せる業であろう。

 私はただ、この城を作り上げ、そして多くの者達の声を聞きたかった。この城を冒険してどうだったか、どこが良く、またどこが足りなかったかを、そして共感出来た者が居たか聞きたかったのだ。

 大体足りない部分は時間と技術、研究が追い付いていない浴槽レベルの水質、料理の味であったため、凡そ満足されているとは判断している。それらの足りない部分も、SAOを動かしている【カーディナル・システム】の自己学習と自己進化によってある程度改善されてきている。

 それを促している最たる要因……ファクターは、恐らく最年少であろうキリト君だ。

 彼を見つけた時、私は幾つもの驚愕を覚えた。年齢レーティングで十三歳としているのにたった九歳の子供がログインしているなど、脳に与える影響の全貌が明らかになっていない為に避けて欲しかった現状としてはあまり好ましくなかったが、ベータテストを最も楽しみ、そして最強に至っていたのを見た時は少々感慨深かったものである。

 デスゲームになった現在、幼い彼が居る事は心苦しいのだが。

 私が直接関与しているデスゲーム化とは言えないが、それでもこの世界を作り出した者としての責任がある以上、少しでも多くのプレイヤーを現実世界へと帰還させなければならない。その決意を秘めてボス攻略に挑み続けてきた。

 そんな私の決意を嘲笑うかの如く、キリト君は次々と目覚ましい行動力を見せて来た。元ベータテスター達とビギナー達の間にある確執は勿論、それ以降の行き場の無いストレスを自身へ向けさせるだけの決断力、そしてそれらを見越し、敢えてそうなるよう仕向けているという思慮の深さだ。

 第一層ボス攻略にて、彼は直にボスと相対して情報を得たようだった。それをアルゴ君に伝えて攻略本にし、攻略隊に情報を流した。

 しかし彼は戦闘中、新たに範囲系スキルの存在を示唆し、わざと自身がベータテスターであると同時、攻略本に載せていない情報が存在する事を示した。

 キバオウ君はそれを指摘し、彼を罵った訳だが、それすらもキリト君の策略の内だった訳だ。つまり彼は、恐らく最初から《ビーター》という立場、あるいはそれに類する存在になる事で確執を取り除き、悪意を向けさせようとしていたのである。

 無論、これは私の勝手な推論だ。しかしこれでなければ範囲系スキルを攻略本に載せず、わざわざ周囲の人間に疑問を覚えさせる方法で示唆した事に説明が付かない。あれほど真剣に立ち回っている彼がまさか忘れていたからとは考え辛いため、これが最も可能性として高いのではないかと思っている。

 キリト君は、およそ大多数の人間には及びつかない思考を以て動き続けている訳だが、その根幹はほぼほぼ人のためと決まっている。

 昨日の状態を聞いた限りでは親しい者に捨てられたくないという、少々行き過ぎた――しかし恐らく誰もが抱くだろう――恐怖心を抱いて恐慌を来したらしいので、彼の行動はほんの僅かなりとも自身のためでもあるらしい事は分かった。

 だが彼は多くのものを背負い過ぎだった。

 彼が習得した《二刀流》というスキルは、彼が推察している通り《神聖剣》と同じユニークスキルである。片手武器を両手に装備した時専用のソードスキルの習得と、装備した武器単体のソードスキルを放てるようにするというアドバンテージ、ソードスキル中の無防備な時間が多い事と武器耐久値減少の加速がデメリットとして存在するスキルは、しかし使いこなせばメリットの方が圧倒的に勝る有用なスキルになる。使い方によっては幅広いパターンを構築できる万能なスキルなのだ、《二刀流》は。

 しかしこのメリットによるその有用性はむしろ当然だ。当初はラスボスを務めるつもりだった私に立ち向かう者として、つまり魔王に立ち向かう勇者としての役割を担うのが、その《二刀流》なのだから。

 そして《二刀流》を得るには、全プレイヤー中最速の反応速度を誇る事。

 私の見立てではユウキ君やラン君辺りかと思っていたが、瞬間的な爆発力と極限の集中力が合わさって彼は常に相当な反応速度を見せるユウキ君達を超えたのだろうと推測している。

 私は思う。本当に彼は落ちこぼれと言われるに値する人間なのか、と。

 今現在、たったの十歳……このデスゲームが始まった日に九歳だった彼は既に幼い頃から虐げられていた訳だが、本当にそれは正当な判断だったのかと思うのだ。私としては、落ちこぼれかどうかを決するには性急すぎる年齢だと考えている。

 つまりキリト君が虐げられた原因は、彼の姉ないし兄にある筈なのだ。

 人間には個性というものがある、それは得意な事や苦手な人間、人格、思考、能力など種々様々だ。キリト君……いや、《織斑一夏》という幼い少年は、《織斑》というブランドと二人の家族が築き上げた《優秀》という固定観念により縛られ、上手く才能を発揮出来ていなかったのだと思う。しかし《織斑》の名を捨て、その名による重圧と鎖から解き放たれたが故に、今の彼は途轍もない能力を遺憾なく発揮出来ているのだろう。

 それは恐らく、彼自身で決めた事に邁進しているからだ。人のためなら自身の全てを犠牲にするその精神は決して褒められたものでは無いが、しかし目的を自分で見つければ、それを成し遂げようと全力を傾ける。それによって彼は他の追随を許さない能力を発揮出来るのだ。

 その一点を見れば、名を捨てたとは言え彼もまた確かに《織斑》の血族なのだろう。

 

「皮肉なものだな……」

 

 ぽつりと、やるせない気分で心境を的確に表す一言を漏らす。

 本当に皮肉なものだ、日常で見えない才能がデスゲームという非日常で露わになり、しかしそれすらもまともに見てもらえていないなど。

 ふと、私の事を《アキ君》と勝手に付けた渾名で勝手に呼ぶ、私と同じく狂った孤独の天災を思い出す。

 あの天災は言っていた、あの子は才能の塊なのだ、と。

 

 

 

 ――――皮肉だよね、平和な世の中では才能を見せられなくて、物騒な世界では才能が有り過ぎて、どっちからも弾かれる子なんて……私がこんな世の中にしちゃったけど、しなくてもあの子は虐げられてた、それを助長してしまった…………あんな事をさせたかったわけじゃないのに……ホント、世の中ってままならないよね……

 

 

 

 かつて、《ソードアート・オンライン》の制作に熱中していた私が、ふと気分転換に訪れたアーガス本社ビルの屋上にて、唐突に姿を現した私の友人の言葉が脳裏に蘇る。

 それから暫くして、彼を見つけたと涙ながらに報告してきた時は、何だかんだでその子の自慢話やその子にまつわる愚痴を聞かされてきた身として喜ばしく思ったものである。

 まさか、件の子が同じデスゲームで、更に過去によって苦しめられる事になるとは思わなかったが。

 

「……む?」

 

 脳裏でこれまでとリアルの事、キリト君や今後の攻略の事を考えながらアスナ君と共に第二十二層の南に広がるフィールドを歩いていると、ふと道から外れた場所に目に付く黒を見つけ、思わず足を止めてしまった。

 第二十二層は私が作成した《アインクラッド》全フィールドの中でも幾つかしか存在しない特殊な階層で、ノンアクティブタイプのモンスターしかポップしない特徴を有する。更にそのモンスター達も階層に比例しない弱さなため、レベル一の者が迷い込んだり余程の事が無い限りやられはしないし、そもそも攻撃さえしなければ基本襲ってこない設定なので、全体的に和やかな雰囲気に包まれている。

 コンセプトは《田舎》。平穏で和やかさを重視しており、フィールドは一体が緑の草原なので第一層のフィールドに似通った部分がある。また、ダンジョンの類も迷宮区を除けば一切存在しておらず、正に今のキリト君の様に世間から身を隠す目的には持って来いと言えるだろう。

 攻略組はキリト君の後追いのように新たな階層に辿り着き、そして迷宮区を進み、ボス攻略に乗り出す事を繰り返しているため、一部の物好きなプレイヤーやアスナ君のように友人達と買い物へ定期的に向かうような事でも無い限り、基本的には攻略情報に関連する事以外にあまり興味を持っていない。

 むしろキリト君をどうやって出し抜こうかと日夜頭を付き合せて考えているので、そういう事を無駄と断じている節がある。それは《聖竜連合》や《アインクラッド解放軍》のアンチ一夏にしてアンチキリト派のメンバーの殆どに見受けられる。

 故に彼らは気付かない、彼が身を隠している場所は迷宮区という危険な最前線では無く、長閑な片田舎の一角である事に。

 この階層にて主街区内外問わず家を買おうとすると基本的に他の階層で買うよりも高値になるし、大きいホームも数は少ない。キリト君は偶然ながら――半ば何かに誘われるようにして――あの大きなホームを購入したようだが、アレは極めて高値に設定していた事もあってまさか一人の時に購入するとは思わなかった。

 ついでに言えば、あのキリト君がホームを購入していた事も寝耳に水であったため、驚いたものである。

 そんな彼についてよく知らない誰もが知れば驚くであろうこの階層には黒色のモンスターやオブジェクトなど設定していないので、アレはプレイヤーかと見当が付き、目を凝らして注視した。

 アスナ君も気付いたようでそちらに目を向け、首を傾げる。

 この階層にあるフィールドオブジェクトに類するものは草原という草だけでなく、杉林の他にも幾つも存在する湖畔などもある。

 そしてこのゲームでの水場は基本的にどこでも釣りが可能だ。

 釣りをするために必要なものは三つ。一つ目は釣り竿、二つ目はルアーや釣り針に引っ掛ける餌、最後にそれらを駆使する《釣り》スキルである。

 《ソードアート・オンライン》はVRMMORPGの先駆けとして発売され、今後のVR技術の研究及び発展に強く影響するものであったため、それはもうこの世界で生活出来てしまう程の完成度を目指した。味覚パラメータに関してはどうしてもデータ不足が否めなかったので【カーディナル・システム】の自己成長及び調整頼りになってしまったが、それでもキリト君のように《料理》スキルを駆使すれば自前のオリジナル料理や味付けだって可能である。

 この世界でのスキルは《アクティブスキル》と《パッシブスキル》の二つの種類に分けられ、前者は能動的に使いたいと思った時に使用するもの、後者はそれをスキルセット欄にセットしている間は効果を発揮するというものである。簡単に言えば《料理》スキルやソードスキルのように場面を選ぶものは《アクティブスキル》、《所持容量拡張》スキルなどセットしていればストレージ容量が常に増量するものが《パッシブスキル》にあたる。

 余談だが、《アクティブスキル》は更に《アクティブアビリティ》と《パッシブアビリティ》に区別が可能だ。前者が各武器系スキルのソードスキル、後者がModによるソードスキル威力の増強や該当装備による与ダメージ量増大などである。

 そして他にも《戦闘系》、《生産系》、《趣味系》、《副次系》の四つに分ける分類がある。

 《戦闘系》は文字通り、ソードスキルなどを扱う《片手剣》や《細剣》が入り、ここにはユニークスキルである《神聖剣》と《二刀流》も分類されるようになっている。

 これらはこのゲームのコンセプトに沿うと最も多用されると考えられていたので、スキル熟練度は基本的に最も上がりにい。勿論《二刀流》のように手数が多ければ相対的に上がりやすいし、《両手斧》のように手数が元々少ないものはシステム的に上がりやすく補正が掛けられているので、結果的には平等になるようになっている。

 《生産系》は《鍛冶》、《裁縫》スキルのように武具の製作などに関するスキルである。

 ただし武具製作だからと言ってアクセサリーの類などはここには入らないようになっている、アレはどちらかと言うと装備そのものでは無く外観的価値を重視している為だ。勿論付与効果によって中には第一線級の代物だって存在する。熟練度の上り幅はそこそこといったところである。

 ここに分類されるスキルではアイテム作成の成否問わず、作成しようとしたアイテムのランクに応じて経験値が入るようになっており、成功した時はレベル経験値が、失敗した時はスキル熟練度へ経験値が多く入るようにされている。

 《趣味系》はキリト君が有する《料理》スキルを始め、《釣り》や《木工》、《音楽》など、ゲーム攻略にあまり関わらないとされていた趣味や余暇的なスキルを中心にされている。

 人によっては熱中するだろうが、ゲーム攻略に関わらない以上は使用する機会も少ないと考えられたので――《料理》などは満腹感もあって連続実行も辛いため――最も熟練度が上がりやすくされた。それもあって攻略一辺倒だったキリト君でも三食作り続ける事で、デスゲーム開始から一年に満たない期間で完全習得出来たのである。

 まぁ、彼の場合は武器スキル系統も殆ど完全習得していたが、アレは恐らくポップ系トラップを自ら踏んで、他のプレイヤーの数十倍のエンカウント率を誇っていたからだろう。

 この分だと彼には他のユニークスキルが発現していてもおかしく無いのだが、第七十四層ボス戦時に出したのは《二刀流》だけだったらしいから、私の思い違いかと考えた事があったりする。

 《副次系》は少々特殊なもので、《索敵》や《隠蔽》、《投擲》といった扱いが微妙なスキルが分類対象となる。使い方によっては戦闘にも使えるし、フィールド探索にも有用なスキルだからだ。

 また《索敵》は敵感知範囲増大の他、アストラル系を中心とした実態の薄い存在の視認、遠方対象の視認を可能としたりと多くの副次的効果をModとは別枠で最初から有するので、それもあってここに分けられる。《投擲》はピックなどの他にも武器を投げる際にも発動する。

 ユニークスキルは全て《戦闘系》スキルとしている。製作段階では《生産系》、《副次系》のユニークスキルも考案されていたのだが、あまりにあまりなものとなったためデータを封印したので、この正式版では発現しないだろう。

 さて、ではこの階層に於いて最も使われそうなスキルは《生産系》、あるいは《趣味系》のどちらかだろう。そして私とアスナ君が見ている黒は湖畔の近くで何かを垂らしているので、恐らくは《釣り》スキルなのだと思われた。

 見覚えがあると思いながら近付いてみれば……やはりキリト君だった。黒色は彼の長い黒髪だった。

 彼の恰好は何時もと違っていた。黒髪は何時ものストレートとは違って一つに結わえられており、衣服は暑いこの季節に誂えたかのようなユウキ君を連想させる紫紺色のシャツと紺色のジーンズ。

 その恰好を見て、アスナ君はわぁ、と口元に手を当てて僅かに驚きを見せる。

 

「えーっと……キリト君、だよね?」

「んぁ…………アスナとヒースクリフ、もう来たのか。もう少し後かと思ってたんだけど……」

「いや、君が火急の件ってメールを送って来たから急いで仕事を終えたのだよ…………しかし、普段の黒尽くめから恰好を変えただけなのに、随分とまた印象が変わるね」

「服はユウキに、髪紐はランに、チョーカーはサチからそれぞれ貰ったんだ。普段のコート姿だとすぐ遠目でバレるしな」

「そうかね……」

 

 明らかに知っている筈なのに、恰好を変えただけで遠目で確信を持てなくなってしまう程に印象がガラリと変わるとは、少々予想外だった。

 どうやら釣り竿を垂らしたのはいいものの中々引っ掛からない為に舟を漕いでいた彼は、アスナ君の呼び掛けでこちらに振り返ったが、その顔を見て漸く彼がキリト君なのだと分かったくらいである。本当に遠目では分からなかった。

 よくよく考えればここまで小柄な子は彼以外に居ない筈なのだが……彼の他にも子供がログインしていると耳にした事があるので、こういうカモフラージュはむしろ効果的なのかも知れない。

 

「二人が来たから家に……と言いたい所なんだけど、悪いけど《コラル》の村に一度寄って良いかな。夕飯の魚を出すつもりだったんだけど坊主で……」

「それくらい別に良いよ? でも火急の要件って割には急いでないんだね?」

「緊急事態……とは判断し辛い事だし、急いで伝えないといけないけど対応が出来ない事なんだ」

「「……?」」

 

 アスナ君の問いに対する彼の答えは曖昧で、イマイチ要領を得ていない内容だった事に私達は首を傾げた。ここまで要領を得ない答えを返すなんて彼にしては珍しい……よっぽど判断に困るから私達を頼る事にしたのかと思った。現状、それが一番しっくり来る答えである。

 ちなみに、これから私達が向かう《コラル》は第二十二層南南東に位置する小さな村で、南東にはキリト君のホームがある。閑散としているのであまり人が寄り付かず、また目玉も無いのでプレイヤーが訪れる機会も殆ど無いのが現状だ。

 正反対の南南西には《ペルカ》という村があり、そちらはこの層での主街区となる。そして南西に位置するラン君達《スリーピング・ナイツ》のギルドホームが最も近い街であり、彼女達のファンのプレイヤーはそちらを中心に活動していると聞く。一度騒がしい事に堪忍袋の緒が切れたユウキ君が大暴れし、ラン君が説教して以来、その活動は鳴りを潜めているらしいので、今となっては長閑な村に戻っている。

 私達がこの層に来る際には基本的に《ペルカ》方面に転移するので、《コラル》に一度向かうのは道なりという事もあって別に苦では無い。そもそも既に少し遠くに見える位置にあったからだ。

 《コラル》に向かう道中に攻略会議がどうなったのか、キバオウ君がどのようにしてやられたのかを出来るだけ詳細に語っておいた。彼には万が一の場合、休暇中でも闘技場攻略に召喚する可能性がある事を伝えておくためだ。

 

「キバオウが、たった一秒で……どれだけ強いんだよ。攻略は真面目にやってるし曲がりなりにも軍のサブリーダーなんだから、そんなアッサリやられる事なんてほぼ無いのに……」

「でも本当に一瞬、戦闘開始直後にやられちゃったんだよ。多分アレはゼロコンマ単位だと思う」

「見たところ斬り抜けだったようだ。およそ十メートルの距離を一瞬で斬り抜ける突進速度と攻撃威力を有する事から、恐らく脱落者は多いだろうな……」

 

 《個人戦》で負けたキバオウ君は今後制覇されてからで無ければ闘技場に挑めないし、今現在攻略対象となっている《レイド戦》にも参加出来ないため、今は攻略から離れて第一層に居るらしい。

 先日のコーバッツの件もあってディアベル君からも相当言われたらしいが、反省した様子が見られないのでどうしたものかと彼も頭を抱えていた。

 そんな彼も攻略に対してはかなり真面目に取り組むところがあり、それに応じてレベルも最前線で戦える程度には保たれている。アスナ君やラン君達のようにほぼ毎日潜っている訳では無いので、レベル的ステータスでは劣るが、それでも強い事には変わりない。彼の傲慢さは見方を変えれば剛毅豪胆とも言えるから、その度胸で一気に攻める戦法を取り、それが優位に働いた事も何度かある。

 ディアベル君を始め、キリト君もそこは評価しているし、攻略に対しては何だかんだで協力的だったからどれだけ横暴だろうと排斥されなかったのだが……コーバッツを死なせた独断専行により、彼の立場も危うくなっている。

 この事に関してはキリト君を関わらせるつもりは無いとディアベル君は言っていたが、果たして本当に上手くいくかと私は考えている。何かと敏いキリト君の事だから、キバオウ君の事も推測という名の確信から裏で動いている事もあり得る。昨日に聞き知った様子を思い出すと少々無理かとも思うが。

 話を戻して、闘技場のルールは通常戦闘と異なって幾つかの特別な制約が存在した。

 アイテムの仕様は参加にあたって配布されたもののみ、装備の制限は無く、ストレージに仕舞った装備も換装が可能。レベル制限なども無い。

 《個人戦》は全三戦、《パーティー戦》は全五戦、《レイド戦》は全三回のボス戦となっている。

 ちなみに支給されるアイテムはそれぞれの項目で異なっている。HPは一までしか減らず、その値を超えるオーバーキルダメージが算出された時点でアリーナへ転送される。

 《個人戦》での一戦目の相手の名称は《The One Wing Forginengel》……直訳すれば片翼の堕天使。

 HPゲージは五本、使用武器は三メートルはあるだろう長刀を左手に持ち、蒼みを帯びた長い銀髪に黒いコート姿、背中の右肩甲骨辺りから漆黒の翼を生やしている長身の青年の姿をした人型ボス。

 ボスだった。そう、ボスだったのだ。

 たった一人で戦わなければならないのに相手がボスだったという事に攻略組は度肝を抜かれ、驚いている間にキバオウ君は碌に対応出来ず一瞬で斬られ、負けてしまったのである。

 

「……何それ。誰も勝てないんじゃないか……?」

 

 それを教えると、彼は何とも言えない顔になった。

 ちなみに現在は村の食材屋にて売られている魚でどれを買おうか、表示されたパネルで吟味している所である。

 

「だから君を召喚する可能性があるのだよ。アスナ君やラン君でも見えず、ユウキ君でも長刀が二回以上振られた事しか見えなかったと言うから、あの初撃をどうにかしなければ最悪君が出る必要もあるのだ」

「まぁ、召喚の件については了解。ただ勝てるかどうかは正直微妙な所かな。一戦目でそれなら二戦目と最終戦で何が出て来るのやら……何時もの特攻と撤退が出来ない以上は俺のペースにならないし……あ、これ買い」

「その情報についてはアルゴさんやクラインさん達が主体で集めてくれる事になってるから。それにシリカちゃんやリズを筆頭とした中層プレイヤーや準攻略組プレイヤーの中でも腕が立つ人にも声を掛けて、《個人戦》や《レイド戦》の情報収集に協力してもらうつもりだよ。何だかんだでリズも何気に準攻略組相当のステータスだしね」

「ああ……一緒にダークリパルサーの素材インゴットを取りに行った時に聞いたレベル、案外高かったから内心で驚いたな……《鍛冶》とかのスキルって経験値入るから、それだけリズが頑張って来たっていう証なんだろうなぁ、あのレベルは」

 

 当時はまだ第六十層に入った辺りだったらしいので、それを考えれば確かにその頃の彼女のレベルは鍛冶職人を主とするにしては高いと言える。それでも準攻略組レベルなのは戦闘スキルの熟練度と本人の技量が余り高くないからだ。

 

「とにかく情報が集まったら俺にも伝えて欲しいかな。休暇って言っても別に呼ぶのは構わないから」

「あー……うん、必要になったらお願いするよ」

 

 現状、恐らく《二刀流》スキルについてのさらに詳細な情報を求められている事は知っていても、彼をPKする事で他のプレイヤーに移るだろう事を想定して――実際にそうなるが――自分が手に入れようとしている者達が居る事までは知らないのだろう。

 あっけらかんと言ってきた彼に、それを知っているアスナ君は微妙な笑みを浮かべながら返答した。食材が表示されたパネルを操作していたキリト君はそれを見ていなかったが。

 それから更に数分、他の食材と調味料の配合に使用する材料らしい素材アイテムを一通り購入してから、私達はキリト君の先導の下に彼のホームへと向かう事になった。

 

「さて……俺が呼んだのに待たせて御免。お詫びに色々とご馳走するから」

「あはは、別に気にしてないよ。いい気分転換になるし、今日はもうお仕事も無かったからどっちにしろキリト君のとこに行こうと思ってたしね」

「私も別に気にしていない、むしろこれくらいで君の料理にあり付けるというのは中々の好条件だろう。クライン君達に話したら羨ましがられそうだ」

「そうか。じゃあ、そろそろ……?」

 

 私の言外の褒め言葉に照れくさそうな表情をしていたキリト君は、ホームの方面を指差しながら言っていたが、その途中で言葉を止めて怪訝そうな顔になった。

 

「……どうしたのかね?」

「……気のせい、か? 何か変な音が聞こえたような……こう、生活音とか環境音とかじゃなくて、異音というか、雑音って言えるような音……」

「え? 団長、そんな音、聞こえました?」

「いや、私の耳には何も……」

「…………まさかキリト君、体が限界に……?」

 

 彼は成長し切っていない子供なので、《ナーヴギア》が読み取る脳波形はあまり定まっていないし、延髄部分からキャッチする電気信号でも何らかの障害が存在すると考えられていたので、彼にだけ異音が聞こえるという可能性もあるにはある。

 だが今までその訴えは無く、いきなり起こった……その事から、アスナ君はどうやら彼の体が予想以上に限界を迎えているのではと、そう予想したようだった。

 キリト君もまさかとは思っているようだが、しかしその可能性を示唆したのも自身である為に否定出来ないようで、僅かに眉根を寄せる。

 

 

 

 ――――バジッ、ガガッ

 

 

 

 三人で黙っているその時、確かに異音というか、雑音と言うのが相応しい奇妙な音が私の耳朶を打った。

 それはキリト君は勿論アスナ君にも聞こえたようで、二人ともハッとした表情となる。

 

「今の! 今の聞こえたか?!」

「え、ええ……けど、これは……」

「……上から聞こえた気がするが」

 

 キョロキョロと二人が辺りを見回す中、私は何となく前後左右では無く上から聞こえた気がして目線を上げた。

 すると、百メートル上空の天蓋に映し出された夏の空を引き裂くようにして、空間に裂け目が出現しているのを見た。

 濁った茶色や橙色、黒っぽい緑色が乱舞するその裂け目からは一人の人間……少女が背中から徐々に姿を現し、四肢が裂け目から抜ける。

 それと同時に裂け目はまるで存在しなかったかのようにアッサリと消えてしまった。

 そして、物理法則を再現しているこの世界も例外では無い重力に従って、少女は浮遊から一気に落下へと移る。

 

「なっ、お、落ちるよ?!」

「くっ……間に合うか……ッ?!」

 

 余りの出来事に目を瞠って見上げていた私達は大慌てし、その中でも比較的早くに復帰したキリト君が神速で駆け出した。アスナ君の方が敏捷寄りだろうが、彼は彼女を遥かに上回るレベルらしいので、それで彼女よりも速く動ける事からも適任と言えた。

 《コラル》は長閑な農村で、その圏内の中には飲み水として使用出来る噴水が存在している。飲むととても爽やかなのど越しを感じられるが、耐久性が無いため、瓶に詰めても持ち帰った頃には無くなってしまっている。

 少女はその噴水へ真っ逆さまに落ちる所だった。

 既に門に向かっていた私達から噴水まではおよそ三百メートルあり、少女は上空百メートル未満から落下を開始したので、正直間に合うかは現実以上の身体能力を発揮出来るステータスを有する彼でも微妙な所だった。

 別に圏内なので落下した所でダメージは発生しない。しかし保護されていると言っても衝撃はしっかり受けるし、そもそも攻撃的アクションでは無くアレはプレイヤーが起こした自分に対するアクションとして処理されるのでそのまま通る。故に精神的ショックも計り知れない。

 

「こ、のっ……間に合え……ッ!!!」

 

 それを理解しているらしいキリト君は、それはもう全力で一つ括りの黒髪を振り乱しながら駆け抜け、途中で低く跳んで少女を空中で抱き留める。

 そして噴水の縁に危なげなく着地した。

 

「き、キリト君、よく間に合ったね……」

「ギリギリだったけどな……それよりもこの人、何で空から……」

 

 後から追い付いた私とアスナ君は、噴水の縁に寝かせた少女と縁に座るキリト君に追い付き、少女を見た。

 日本人らしい黒髪は短めに切り揃えられており、両方のびんは白のリボンで結わえられている。左胸にだけ胸当てが付けられ、全体的に草葉を思わせる翠の上着と黒のインナー、同色のホットパンツ、ブーツが特徴的な服装の少女だった。

 どうやら今は気を失っているらしく、目を瞑って眠っていた。

 気になる事はある。この少女が空から落ちて来た事もそうだが、あの出現の仕方は私が監修した転移エフェクトのパターンには一切無いし、案として作成した中にも存在していなかったものだ。

 つまりアレはシステムに規定されていない現象、所謂バグという事になる。

 そもそも転移結晶による転移は、《アンチクリミナルコード有効圏内》が三次元的な横と縦全体に広がっているとしても、必ず街を指定すれば転移門エリアの地面に送られるようになっている。軽く跳躍しながら飛び込んだ場合もあるので決して地面に足を付けた状態とは言えないが、転移門エリアは十メートル四方の底辺に縦五メートルからなる三次元的な空間として規定されているため、それより外には原則的に転移されないのである。

 勿論これは製作スタッフ側である者だったからこそ知り得ている事で、一般には知られていないのだが。

 ともかく、転移エリア外からのあり得ないエフェクトを伴っての出現は、明らかに異常事態だ。

 とは言え……流石に眠っている少女をそのままに考察などしようとは思えないし、彼が私達を呼んだ件もあるから、一先ず彼のホームへ少女を連れて引き上げるべきだろうと思った。少女が目覚めない限りは情報が無さ過ぎて碌に考察も儘ならない事なのだから。

 

「キリト君、原因を考察するのは一旦君のホームに引き上げてからにしないかね? ここでは何時人が来るとも知れない」

「……そうだな、話す事もあるし……じゃあヒースクリフかアスナのどっちか、この人をおぶって……」

 

 

 

「……う、ん……」

 

 

 

 私の意見に賛同し、指示を出そうとした所で、横に寝ていた少女の呻きが上がった。

 それと共に石造りの噴水の縁の上に置かれていた右手が持ち上がり、額を軽く触れ、そして少女の瞼がゆっくりと持ち上がる。黒い瞳が徐々に見えるようになっていった。

 

「あ、起きた。大丈夫?」

 

 それに気付いたキリト君が微笑みながら少女の顔を覗き込んだ。

 少女は暫くぼうっと彼の顔を見ていたが、次第に頭がはっきりしてきたのか、目を開いて……

 

「……なっ、い、いやぁっ?!」

「え、ちょふぎゃッ?!」

 

 痛烈な一撃を、彼の右頬に叩き込んだ。

 更に悪い事に、キリト君が張り手で軽くのけぞらされた方向には水が溜まった噴水があり、彼はいきなりの事だった為にそこへ為す術も無く頭から突っ込んでしまった。

 噴水に落ちたのだから、当然の如くばしゃあああああんっ! とそこそこ大きな音と共に盛大な水飛沫が上がった。

 

「「……」」

「え…………え……?」

 

 突然の事に私とアスナ君は表情を凍り付かせて固まり、少女は何が何だかと状況を理解出来ていない事が分かる反応を繰り返し続けていた。

 

 *

 

「うー……」

「えっと……その、ごめんなさい。いきなりの事で取り乱したとは言え、頬を叩いた上に、噴水に落とすなんて……」

 

 噴水に落とされたキリト君は、顔面から突っ込んだ為に底へ顔をぶつけたらしく、鼻頭を押さえながら涙目で噴水から出て来た。完全にびしょぬれになった彼は一旦人目の無い場所に移動し、濡れた衣服を脱ぎ、体を拭いてから普段の黒尽くめ姿で戻って来た。とは言え、今はオフだからかコートは着ていなかったが。

 彼が帰って来るまでに一応自己紹介を兼ねて彼女にキリト君がした事を説明すると、流石に空から落ちて来た辺りは信じていなかったが、それでも眠っていた所を介抱しようとしていた事は理解してもらったようで、彼の見た目から明らかに年下である事も相俟って非常に申し訳なさそうに頭を下げて謝罪する。

 それに対し、キリト君は僅かに警戒したような唸り声を上げながら、私の後ろに身を隠し、横から顔を出して威嚇していた。

 ……少しばかり、子供らしくなっている辺りでアスナ君と顔を見合わせて苦笑しつつ安堵した事は、彼には内緒である。

 

「ほらキリト君、彼女にも悪気があった訳じゃ無いんだから許してあげて?」

「うー……分かった……まぁ、いきなり顔を覗き込んだ俺にも非はあったし、気を抜いてた部分もあったから噴水に落ちた辺りは責められないからな……」

「……キリト君、それでは君だけが悪いという事になると気付いているかね?」

「……あれ?」

 

 少女が頬を張った事は当然の防衛反応だったため、それを引き起こした自身の行動と、気を抜かなければ噴水の方へ飛ばされても対応出来たので落ちたのは自分の責任だと言うキリト君は、どうやら自分だけが悪くなる事に気付いていなかったようで、首を傾げた。

 それにアスナ君と共に相変わらずだなと苦笑し、少女は呆気に取られる。

 

「……何と言うか、あなた、見た目にそぐわず結構難しい言葉を使うのね……」

「……俺、これでも今年で十一歳になるんだけど」

「いや、それでも十分難しい言葉を使ってるわよ。あなたみたいに理知的な子ばかりだったら苦労しないと思う」

「んー……それ、褒めてる?」

「むしろそれ以外に何があるのよ」

 

 微苦笑を浮かべながら褒めていると伝えると、そっかとキリト君は頷いて笑った。

 

「……ところで、ちょっと気になる事があるのだけど、聞いていいかしら。ここはどこ? あと、あなた達の頭の上にあるそれは何?」

「……頭の上? カーソルの事? あと、ここは《アインクラッド》第二十二層南南東の村《コラル》だけど」

「かーそる? あいんくらっど? だいにじゅうにそう? それ何の事?」

「ん?」

「え?」

 

 割と当たり前のことを答えたキリト君に、何を言っているのかと更に問い掛ける少女。

 どうも話が噛み合っていないように感じる。

 と言うか、《アインクラッド》の事すら分からない上にカーソルにも疑問を呈する辺り、これは……

 

「ふむ……少しいいかね? さっき君にはさっき空を落ちて来たって話をしたが……その前、つまり私達と会う前に何をしていたかは憶えているかい?」

「私が此処に来る前…………起きる前……」

 

 こちらの言葉を復唱し、思い出そうと僅かに視線を提げて眉根を寄せる少女。

 それからぶつぶつと言葉を復唱して思い出そうと努力しているようだったが、しかし十秒ほどが経過した時に顔を上げて見て来て、ふるふると首を力なく横に振る。

 

「だめ、思い出せない……何をしていたのか、どこに居たのかも……」

「え、思い出せないって……え、じゃああなた、記憶を……?」

「やはり、記憶喪失だったか……」

「やはりって……もしかして原因を知ってるの?」

「いや、直接的原因については何も知らないさ、それ以前に私は君と今日此処で初めて知り合ったからね……私が予想出来た事は君が空から落ちて来る時に見た現象、それと君の質問が関係している」

「どういう事よ」

 

 手掛かりを得ようと僅かなりとも語気が強くなっている少女だったが、私はそれに不愉快に思う事無く、予想出来た理由を話した。本来あり得ない筈の――説明時には今まで見られなかったと言った――転移光、そして問われる内容の明らかな違和感についてだ。

 

「君は私達の頭上、そして私からは君の頭上にも見えているカーソルと呼ばれる角錐型マークの事、そして《アインクラッド》という単語に疑問を呈した。つまり君はこの世界にまつわる情報の一切を憶えていないという事になる」

「私が知らなかった、という可能性は無いの?」

 

 ある意味で当然とも思える疑問だが、私はそれに断固として否定するべく首を横に振った。

 

「いや、それはあり得ないだろう。もしも君が現時点に於いて記憶喪失が無かったとすれば、決してそれらを知らないなどという事はあり得ないのだ。君がした質問はそういう類のものなのだよ」

「……一応、常識的な事は覚えていると思っていたのだけどね……それはそうと、さっきあなた、この世界とか言ってたけど……どういう事よ? 《アインクラッド》っていう名前も聞いた事無いし」

「ふむ……そこからか。少しばかり長くなるから移動しながらで構わないかな? 向かう先はキリト君が持つ家だ」

「それは良いわよ、教えてもらうんだから我儘言えないし……それより、キリトだっけ? あなた、家を持ってるのね」

「皆から言われるなぁ……」

 

 攻略組からも迷宮区がホームだと言われてしまうくらいに籠り続けていた彼が、よもや下層域でホームを購入しているなどと誰が予想するだろうか。それに驚いたからこそ誰もがそれを言うのだ。

 その後、私達は少女と共にキリト君の家に向かった。途中で名前を尋ねた際にリアルの名前を言われてアスナ君が焦り、視界左上と右手を振った際のメニュー画面から名前を確認した事で、彼女のプレイヤーネームが判明した。

 少女の名前は《シノン》と言うらしかった。

 シノン君がどのような経緯で、あのようなバグを引き起こしながら現れたのかは知らないが、もしかするとこの世界に異変が起こる前触れの一つなのではないかと私は考えていた。

 何故なら、私は既に、それに類するだろう事柄を一つ知っているからだ。

 この世界をデスゲームにしたのは《茅場晶彦》本人では無いという、他者には知り得ない事柄を。

 この《ソードアート・オンライン》の世界で、私の愛する世界で良からぬ事が起こっている事は、遥か以前から明らかな事であった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか?

 ……話を重ねるごとに段々クオリティ下がってるような気がしています。前話のアルゴ視点の時のお気に入り登録数とアクセス件数の伸びには驚きましたが。

 いや、投稿してから二日は毎時間百件くらいアクセスあったし、一日にお気に入り登録が三十人近くもありまして、かなり驚きました。そしてとても嬉しいです、ありがとうございます。あとちょっと三百人……目指せ! ですね。

 アルゴはキリトについて他のプレイヤーよりよく知っており、ヒースクリフはキリトのリアル含めて色々と知っている状態なので、他の人よりも一味違う視点を持っているキャラとしております。今後この二人が関わる時は何らかの意図があると思って下さい、文中に語られますが。

 そして感想欄でも出ているあの子……では無く、原作GGO編ヒロイン《シノン》の登場です。いやぁ、あのシーンにシステム関連で詳しいヒースクリフ視点による考察も交えて描きたかったので、悩みに悩んだ末にこうなりました。シノンはかなり好きなキャラなのですが、性格と口調を再現出来ているでしょうかね……ちなみに参考は《インフィニティ・モーメント》登場シーンです。

 最後に。スキルの分類についてですが、これはあらゆるRPGゲーム系小説を基に書き上げており、SAO原作にここまで明らかな分類分けはありません。戦闘、生産、趣味スキルの呼称はありますが、副次系は勝手に呼び名を付け、また分類と定義を自己解釈にしています。考察で色々と書くために前情報として書きましたが、本編で最重要という訳では無いので、覚えて頂かなくともほぼ支障は無いです。

 長くなりました、失礼しました。では、次話にてお会いしましょう。


 《ホロウ・リアリゼーション》のネームドモンスター……一部強過ぎて倒せない(笑)



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第十七章 ~平和な一時~


 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 数日空きました。さっさと物語の時間を進めたくもあったので、今話は結構雑な扱いになっております。具体的には心情描写が結構少ないのです。逆にある人物を同時に登場させております。

 まぁ、視点はシノンとキリトで、記憶喪失状態で過去を語れないシノンはともかく、キリトの方は情報を小出しにする為にわざと省いたので、少なくなっております。

 更に言えば、各視点人物ではキリトとの関わりと評価を書いてきましたが、片方は本人だし、片方は記憶喪失な上に初対面なので書けないという……更にキリトの事情説明も省いております、理由は半分今までと同じである事と、半分今後のお話に取っておく為です。

 それでも文字数二万、頑張りました……楽しんで頂ければ幸いです。

 ではどうぞ。最初はキリトのホームに向かう途中のシノン視点です。




 

 

 コトコトと、杉林の中に作られた木製の橋の上を歩きながら、どうして私は此処に居るのだろうかと答えの無い疑問を繰り返し思い浮かべていた。

 朝田詩乃、この世界では《シノン》という付けた覚えのないプレイヤーネームである私には、記憶が無い。自分の名前は覚えているし、お金とか国名、地方程度は覚えている事から全くの記憶喪失という訳では無く、ヒースクリフという紅い衣を纏った男性が言うには今まで見られなかった転移エフェクトによる一過性の記憶障害だろうとの事らしい。実際、私も言われて漸く自覚する程度なので、そこまで重症では無いと思っている。

 ただまぁ、記憶が無い、自分の過去を憶えていないという事はそれなりに不安にもなる訳で、どう振る舞ったら良いのか少しばかり戸惑う事があった。

 

「ね、シノンのこと、シノのんって呼んでも良いかな?」

「え、ええ……別に良いけど……」

「やった! これからよろしくね、シノのん!」

 

 その一つとしては、現在今まで呼ばれた覚えのない――記憶が無いからそう感じるのも当然だが――渾名で私を嬉しげに呼んで笑う、栗色の長髪と榛色の瞳を持つ同年代らしき少女が挙げられる。正直、いきなり空から降って来たらしい私に対してここまで親しげに話せるなんて凄いと思うのと同時、怖くないのかとも思っていた。

 人は異物を恐怖し、拒絶し、排除しようとするきらいがある。勿論全ての人間がそうとは私も思ってはいない……筈だが、どうにも警戒心が出てしまう。それが何故かは分からないが、そう簡単に親しくしてもいいと思うのだ。

 何か良くない事が起こった時、私に微笑み掛けて来る少女アスナがどのような反応をするか……それが何故だか気になって仕方が無い。もしかすると無意識的には記憶があるのかも知れず、この思考が記憶を失う前の私の思考回路だったのかとも思うと、それは少々寂しいものではないかと自分で思ったりもしていた。

 

「ふむ、シノン君、こう見えてアスナ君は案外と押しが強い。しっかりと自己主張をしなければ勢いに流されてしまうぞ?」

「ちょっと団長、そういう言い方は無いと思うんですが」

「はは、いやすまない、親しい者と話すアスナ君は普段からは見られないくらい押しが強いからね。まだよく知らないシノン君に教えておこうと思っただけなので他意は無い」

「それならいいですけど……」

 

 紅の衣を纏った賢者然として落ち着いた様子のヒースクリフの言葉に、憮然としながらも納得したアスナを見て、いいんだ、と苦笑しながら思った。他意は無いと言われてはいるが、苦笑を浮かべている辺り遠回しに遊ばれている自覚は無いのだろうかと思い……多分無いんだろうなと思った。何となくだが、アスナはどこか純粋な感じがする。

 同性から見ても凄く綺麗だし、知的にも思える事からどこかの令嬢なのかも知れないが、話に聞いた限りではこの世界には一万人のゲームプレイヤーが囚われているらしく、現実でたった一万本しか売られていないゲームを手に入れた猛者の中にアスナが入っている事を考えると、意外にゲーマーなのかとも思ってしまう。この少女が部屋の中で何かのゲームに熱中している場面は想像し難いし、アスナほどの外見を持つ人物が自堕落な生活を送っている場面はむしろ想像したくない気もする。

 まぁ、ほわほわと笑っている上に好奇心旺盛そうな辺り、彼女はどちらかと言うと興味が湧いたものに邁進して駆け回る印象があるが。

 

「アスナは世話を焼くのが好きだからなぁ……シノンも困る事があるだろうし、色々と助けてもらえるんじゃないかな」

 

 そして、私が最も戸惑っている要因としては、たった今口を開いた人物が挙げられる。

 私の胸にも届かない低い背丈と少女にしか見えない華奢さを持った少年キリトだ。

 さっき私が噴水に落としてしまった為に普段の服装に着替え、黒シャツと黒ズボン姿になっている。あの服は友人にプレゼントしてもらったばかりの服だったらしいので割と凄い罪悪感があるのだが、このゲームの世界では濡れた服も暫くストレージという見えない倉庫に入れるか干すかすればすぐ乾くらしいので、別に構わないと言ってもらえた。

 彼……と言うには、この子と言う方がしっくりくるキリトは、アスナとヒースクリフの話では《ソードアート・オンライン》というデスゲームの舞台である《アインクラッド》で最年少のプレイヤーらしい。本来なら十三歳以下は脳から送られる信号や脳波の計測で障害が発生する恐れがあったためにプレイを控えるようレーティングをしていたらしいが、彼の義母が薦め、またキリト自身も興味があったためにプレイを始め、囚われてしまったらしい。

 このデスゲームが続いておよそ一年半が経つ現在では、最年少ながらキリトが《SAO》最強のプレイヤーだと教えられ、私の中の戸惑いは更に大きなものになっていた。

まだ子供なのに危険な場所で戦い続けていて、しかもどんな事情があるのかは教えてもらえなかったが何か訳があって一人で生きていると聞いて、凄いという感心よりも先に大丈夫なのかという心配が浮かんだ。

 聞けばキリトはまだ十歳らしく、明らかに一人では生きられない年齢、それなのに一人で戦っている。周りの大人は何をしているのかとも思ったが、その辺が教えてもらえなかった事情に関わって来るのだろうと思い至り、今は特に疑問を呈さずに彼の後を付いて歩いている。

 今はキリトが有するホーム……二人曰く、かなりの大きさを誇る家に向かっている途中で、状況にもよるが恐らく私はそこで住む事になると言っていた。つまり複数人、一家くらいなら住める広さの家という事なので一軒家という事になる。賃貸アパートよりも大きいという事に驚いてそれが普通なのかとも思ったが、それは違うと二人が苦笑して言っていた事からキリトの家がおかしいと知った。

 

「……少し気になったのだけど、あとどれくらいでキリトの家に着くの?」

「え? うーん……あと五分くらい歩いたら着くよ」

「ふぅん……結構さっきの村から離れてるのね?」

「あー……ま、まぁ、元々システムで作られた家の位置は仕方ないよ、プレイヤーには如何ともし難い事だから」

「そっか」

 

 何やら言い淀んでいる様子を見ると、恐らく人里から離れないといけない事情があるのだろうと辺りが付いたものの、流石に新参の私がその辺を突く訳にもいかないし、それ以前にキリトに訊くならともかく他の人にはダメだろうと自制する事にした。

 

「……それにしても、ここって本当にゲームの中なの? 殆ど現実と同じ……というか全く仮想とは思えないのだけど」

 

 キリトが着替える為に人目の少ない場所を探している間に、この世界の事については二人から大まかには教えてもらったし、移動している今もちょくちょく話してもらっているが、それを知った今でもここがゲームによるデータで構成された世界だとは信じ切れなかった。

 別にアスナやヒースクリフの言葉を疑っている訳でも、ましてや信じていない訳でも無い、それでは頭上に見える緑色の角錐型マークの存在や視界左上にある《Sinon》という白いフォントとバーに囲まれた緑色のゲージ、そしてLVやHPという表示の横にある数字群の説明が付かないからだ。

 LVは《レベル》と言い、強さの指標となる数字らしく、私は《30》と表示されていた。アスナは90目前らしく、このデスゲームから脱出する為に存在する攻略組という集団の中でもトップランクに位置しているらしい。ヒースクリフは95と言い、数レベルも上であるという事にアスナが若干悔しげに、ヒースクリフが少しだけ微笑みを浮かべて勝ち誇っていて、何だかアスナが可愛く思えてしまったのは秘密だ。

 キリトのレベルは教えてもらえなかった。二人も知らないし、キリト自身が教えたがらなかったのだ。それでも自分より遥かに上というのはヒースクリフ自身が言っていた事からも確実らしい。何でも昔から相当に無茶なレベリングをし続けて来た影響でレベルが遥かに高くなっているようで、それもあって今もどうにか一人で戦い抜けているという。

 それを知って、何となく、キリトの強さの根源が気になった。まだ幼いし、怯えて他の人達がクリアするのを待っていても全くおかしくない、むしろそれが当然だと思える年齢なのに、誰よりも強くあるその姿には憧憬を覚える。そこまで自分を強くさせる覚悟や信念が彼にはあるのかと気になってしまっていた。

 恐らくアスナとヒースクリフ、他にも居るという攻略組の一団も何かしらの想いはあるだろうが、その想いの強さはキリトが桁違いに強いのではないかと思っている。そうでなければまだ幼い彼が最強に至れるなどあり得ないし、ある筈が無いからだ。

 だから、私はまだ会って一時間も経っていない少年の強さの理由を知りたいと、そう思った。

 

「……何?」

 

 じっと見ていると、その視線を感じ取ったのかキリトが左肩越しに顔だけこちらに振り返って見て来た。きょとん、とただ純粋に見上げて来られて、さっきまで難しく考えていた事が何となく馬鹿らしく思えてしまった。

 もしかすると、この子はただ家族に会いたい一心で戦っているのでは……そうも思った。純粋だからこそ、その混じりけの無い想いがキリトを強くさせているのでは、と。

 

「何でも無いわよ……綺麗な髪だなと思っただけ」

 

 ただそれを伝えても意味は無いし、下手に踏み込むのもアレだし、何より正直に言うのは気恥ずかしかったから誤魔化す事にした。

 しかし誤魔化しとは言ってもこれも本心ではある。男、と言ってもまだまだ子供に近い男子のキリトは、年齢から考えても中性的以上に女子に寄っている容姿を持っていて、その影響でか長く綺麗な黒髪を見せていた。私も同じ黒だが、ここまで艶やかな黒では無く、どこかくすみを持つ黒なので羨ましいなと思っている。

 私が誤魔化しながら本心を言うと、彼は小首を傾げ、そして苦笑を浮かべた。

 

「何だか、初めて会った人にはほぼ必ず言われるなぁ……」

「それくらい綺麗って事だよ。ユウキなんて、初めてキリト君がローブを外した時に天使様って言ってたくらいなんだよ?」

「え……天使って、そんな事を言っていたのか」

「うん。敬虔なキリスト教徒の家らしいのにそこまで言ったんだから、それだけ綺麗って事なんだよ。私も会う度に何時も思うし……ここが現実だったらもう少し変化が楽しめるのにねー、残念」

 

 本当に残念そうな笑みを浮かべながら言うアスナは、キリトの髪を持っては弄っていた。どうやら髪型を変えようとしているらしい。キリトも特に害意が無く、好意であると知っている為か特に抵抗を見せない……もしかすると私が来る以前から同じやり取りがあるのかも知れない。となると、その場合はこれは諦めになるのだろう。

 

「……何時も、あんな感じなの?」

 

 少しだけ離れてその様子を見ているヒースクリフに近付き、私も二人の微笑ましいやり取りを見ながら問うと、賢者然とした男はこくりと笑みを浮かべながら頷いた。

 

「うむ。見ての通りキリト君は幼いのでね……どうやらアスナ君にとっては可愛い弟という認識らしい、何かと世話を焼きたがってしまうようだ」

「ああ……何となく分かるかも……」

 

 確かに、幾ら強いと言ってもそれは戦いの事で、それ以外の事に無頓着そうなキリトの世話を焼きたくなる気持ちは分からないでも無い。あそこまで幼いならアスナくらい押しが強ければ大抵の事は押し通せるだろうし……まぁ、余程嫌なら本気で遠慮なく嫌がると思うので、その時の心に負うダメージは絶大そうだが。

 苦笑を浮かべて見ていると、ふと、アスナに髪を弄られている――と言うより、じゃれつかれている?――キリトの表情が、その柔らかさを消して一気に険しくなった。

 一気に空気がぴりっと張り詰めた。

 

「き、キリト君? どうしたの?」

「……そこか!!!」

 

 アスナの問いに、キリトは答えなかった。その代わりいきなり姿が煙り……一瞬だけ横を通り過ぎたと思えば、すぐにガンッ! と何かを殴ったような鈍い音が響いた。

 

「わあああっ?! ちょ、ちょっと待って?! 敵じゃないから! 全然敵意も持ってないから!」

 

 そして耳朶を打つ高めのトーンで焦ったような口調の女性の声に、慌てて三人揃ってそちらを見れば、少しずつ足元から頭に向かって半透明な波が波打ちながらハッキリと姿が見えるようになった女性が居た。キリトは近くの杉の木に右足を蹴り込んでおり、女性は焦ったようにその近くから飛び退いていた。

 少しずつ姿が見えるようになったという事は、何かステルス装備とかをしていたのかと頭に残っている知識から引っ張り出しつつ、私はその女性の姿を見た。

 その女性は、一言で言えばグラマラスだった。肩口や胸元などが大胆にも露出しており、ピッチリとしたストッキングと紫紺色のミニスカート、少しだけ余裕のある袖口などもどこか薄い印象がある。けれど痴女と思えないのは、恐らく彼女から感じられる雰囲気がそういったものでは無く、今は焦った様子ではあるもの、どこか毒気を抜かれるものだからだろう。

 髪は肩に掛かる程度の長さでウェーブが掛かっていて、色は薄い紫色、瞳は深い紅色だった。身長はアスナとほぼ同等だ。

 ただ妙なのが、その背中に白いワンピース姿に長い黒髪の少女を背負っている事だった。さっきのステルスは少女にも効果が及んでいたらしく、少しだけ半透明な波が見えた。どうやら少女は眠っている様で、目を瞑っていた。

 

「あなた、その背中の子は……?」

「まさかあなた、人攫いを……?!」

「違うから?! 一応事情があるから、まずはアタシの話を聞いて欲しいな?! 見ての通り両手も塞がってるし、別に傷付ける目的で隠れてた訳じゃ無いからね?!」

 

 私は疑問を、アスナが詰問めいた疑念を呈すれば、薄紫色の女性は大いに焦りながら大声で否定を返してきた。その音量でも目覚めない辺り、少女は眠っているのでは無く気絶しているのかも知れない。

 薄紫の女性は両手が塞がっているし、武器になるものも外見的に持っていない、それに敵意も無いから信用してもいいのではないかと思った。もし気絶していた少女を介抱していた人物なら根はいい人なのだろうし……

 

「……キリト、別に信じても良いんじゃない? 本当に事情があるのかも知れな……い……」

「…………」

 

 私が少しだけ女性を警戒しながらキリトを見やり……少しだけ、唖然としてしまった。

 キリトは何時の間に着替えたのか、さっきの黒シャツとズボンの上から黒いコートを羽織っていた。更に両手には漆黒の指貫手袋が嵌められ、背中には交差するように漆黒と翡翠の二剣が交差して吊られていた。あと少しで切っ先が地面を擦りそうなっているし、腕の長さからして抜けない筈なのだが、その辺はゲームだからこそなのだろうと考える。

 その恰好になったキリトは、右手で右肩から覗いている黒い柄を握っていた。何時でも抜けるようにしっかりと握り、既に僅かに刃が鞘から見えているのを見た女性は、更に大いに慌てた表情をする。

 

「だ、だからちょっと待ってって!」

「あの、キリト……?」

「……俺が此処に居ると知られた以上、下手に開放する訳にも信じる訳にもいかないからな……傷付ける事が目的じゃないとは言え変な行動を見せたら即刻斬るから、そのつもりで」

「う、うん……分かった……」

 

 低い声で――と言っても子供なので少し高めなのだが――脅すように言ったキリトが柄から手を離すと、女性を一瞥してから、彼のホームへ続くという道を一人歩き出した。剣やコートはそのままなので、どうやら女性を警戒し続けているらしい。

 

「……えっと、あの、あなたの名前は……?」

「あ……アタシは、ストレアって言うんだ。こっちの子は分からない……」

 

 ストレアと言うらしい女性曰く、ついさっきこの杉林の中で倒れていた少女を拾ったらしく、それから一回も起きていないから名前は知らないのだと言う。どうしようか途方に暮れていた所で私達を見つけたので、声を掛けよう……と思った時に、どうせなら少しだけ驚かしたいと悪戯心が頭を擡げ、ハイディングというさっきのステルスのような効果を発動させ、隠れて後を追って来ていたらしい。大体十分前くらいから後を追っていたという。

 そしてキリトとアスナがじゃれつき始めた辺りでそろそろ驚かせようその時、いきなり的確にストレアが隠れていた場所を蹴り抜いて来たから驚き、慌てて動いた。それによってハイディングの効果が切れ、姿が見えるようになったのだという。

 

「つまりあなた、それは自業自得じゃないの……」

「……サーチングされた様子は無かったのになぁ……」

 

 呆れながら言えば、ストレアは未だに見つかった事が不可解そうに首を傾げていた。

後からアスナから教えてもらったが、キリトにはストレアがしていたハイディングの類が一切通用せず、どれだけ巧妙に隠れていてもすぐに見つけてしまうくらい感覚が鋭いらしい。

 《隠蔽》というのはすなわち視覚を惑わして身を隠す事であり、この世界に蔓延っている嗅覚や聴覚を頼りにしているモンスター達には効果は無いし、身体的接触や移動をすると効果が切れてしまうらしい。キリトの場合は主に聴覚を用い、次に視覚的な違和感、最後に鍛え抜いて来た経験と勘から場所を割り出せるという。それがほぼ百発百中な為に、既にSAOでは彼相手に《隠蔽》は無意味であると知られているという。

 ……逆に言えば、この女性はそれを知らなかったのだから私と同じ記憶喪失か、あるいはSAOの外から来たのではと思ったが、見た感じ私より強そうな装備だから多分違うだろうし、SAOの外からは一年半もの間一切更新途絶にあるらしいから無いなと思い直して、私は何も言わないで皆と共にキリトの後を追った。

 

 *

 

 新たにストレアと謎の気絶した少女を加え、ついでにキリトが警戒から黒尽くめの二刀剣士姿になった私達が数分ほど歩くと、漸く杉林の開けた一角に立つ木造建築を見つけた。

 

「うわぁ……これ、キリトのお家だっけ? 大きいねぇ……」

「……お、大きいわね……ホント、予想以上に……」

 

 その家を初めて見たストレアと私の感想は、どちらも大きいという感想だった。まさかゲームの中でここまで本格的な二階構成の木造建築と対面する事になるとは思っていなかった……更に言えば、これをキリト一人で所有しているというのだからとんでもない。

 

「キリト、これ幾ら掛かったのよ」

「三千万コル」

「さんぜ……っ?!」

 

 コル、というのが日本で言う円と同じ単位である事は何となく分かったが、しかしその桁がおかしかった。日本円に直せば三千万円という大金という事になる、それをキリトが一人で集めていたのは、たとえゲームでモンスターを倒せばお金が手に入る仕様と言っても限度があるのではと思った。どう考えても個人で簡単に持てるような額では無い。

 その額を、一人で動いているキリトが二階建ての家を買うのに使ったというのにも実は驚いている。もっと他にもご飯とか、ゲームで戦うなら装備に費やせばいいのではと思った。まぁ、お金の使い道なんてよっぽどの事で無ければ人の勝手だと思うし、それにこの家にお世話になる可能性がある以上は勝手な事も言っていられない。キリトがこの家を買っていたから私の事も何とかなる可能性があるのだから。

 

「……そういえば、シノのんとストレアさんの登場ですっかり忘れてたんだけど、私と団長って大事な話があるから呼ばれたんだよね? 何か、火急の件なのに急いでないとか、でも凄く重要っぽいとか、微妙な事を言ってたけど……結局それって――――」

 

 

 

「あ! キリト、お帰り!」

 

 

 

 アスナの問いの声に覆い被さるようにして聞こえた、私の覚えに無い女性の声。それはキリトの家の方から聞こえた。

 キリトに向けていた視線をまた家の方に向ければ、ちょうど家の出入り口から顔を見せている金髪の少女が視界に入った。翡翠の瞳、胸元が大きく強調された白が入った緑衣を纏った少女は、快活そうな笑顔でキリトに手を振っていた。それを見たキリトも、少しだけ堅かった表情を柔らかくして小さく手を振り返す。

 

「……え? キリト君、あの人、誰?」

「え? アスナは彼女を知らないの?」

「キリト君の周りにあんな子は見た事無いよ……ていうか、耳が尖っているような……?」

「あの人はリーファ……この世界に居なかった筈の、俺の義理の姉だよ」

「……はぁ?!」

「……何……?」

 

 アスナの疑問に答えるようにキリトが口にした内容に、彼を以前から知っているアスナが驚きの声を、ヒースクリフも声音こそ物静かだが表情でしっかり驚愕を露わにしていた。さっき現実世界との交信は一切出来ない状況が続いていると教えてもらったので、恐らくそれが当然の事だったはずなのに、何故か彼の姉がこの世界に居るという事で驚いたのだと思う。

 この後、キリトに案内されるままに家の中に入り、一階に広がるキッチンがあるリビングに通された私達は、彼が淹れたレモンの香りが漂う紅茶を飲みながら情報を交換した。

 

「リーファ君が、キリト君が常々言っていた、義理の姉なのか……」

「はい。何でかこの世界に来ちゃって……気付いたらログアウト出来ないし、歩いても歩いても知らない場所だったからかなり不安だったんですけど、でもキリトと会えたからそこまで悪い事ばかりじゃないですね」

 

 柔らかく微笑みながら言った少女はリーファと言い、現実で待っている筈の義理の姉だった。

 

「ふぁ……」

「……キリト、物凄い脱力してるわね……」

「あ、あはは……」

 

 言葉だけでは信じがたいのだが……恰好はそのままだし、漆黒の剣は未だに出したままで抱き締めているキリトが隣に座り、頭をリーファの方に預けて物凄く和んでいる様子からもそれが真実であるとは理解出来た。この短時間でも初対面の人間にはそれなりの警戒心を抱くらしいキリトが、そこそこの時間を過ごしているらしいアスナ達よりも気を許している事からもそれは分かる。

 聞けばリーファも今日、つい数時間前にキリトと再会したばかりらしい。およそ一年半も離れ離れだった為にキリトも相当淋しい思いをしていたらしく、さっきは夕食の調達の為に出ていただけで、本当ならあまり離れたがらなかったらしい。キチンと用事は済ませに出る辺りはしっかりしていると言うべきか、強がりなのかと問うべきか。

 

「……あ、もしかしてキリト君、これを私たちに話そうと……?」

「そう。ユウキ達は一緒にリーファを見つけたから知ってるけど、一応《血盟騎士団》所属のアスナとヒースクリフにも話そうと思って。クラインとかリズ達にも少しずつ話そうと思ってる……んだけど……」

 

 そこで、キリトは僅かに顔を顰めて僅かに俯いた。それに話していたアスナが首を傾げる。

 

「ん? どうかした?」

「……二人を呼んだのは、リーファの紹介だけじゃなくて、何でこの世界に来てしまったのかを考えて欲しかったからなんだ。俺より色々と知ってそうだし……リズとシリカは今日は用事があって無理だった」

「なるほど……ふむ、必ずしも期待に沿えるとは思えないが…………そもそも他のゲームプレイヤーが紛れ込んでしまうなどという事態は、本来イレギュラー中のイレギュラーだろうな。そもそもデータのフォーマットが異なる為に混ざり込む事すらあり得ない筈なのだから」

「だよなぁ……レベルとスキル値が多少引き継がれている辺り、似たフォーマットだったのかな……」

「あるいはSAOのデータを基盤にして作られたVRMMOなのか……それなら似通った部分が引き継がれる事も納得なのだが」

「うーん……」

 

 ……何やらキリトとヒースクリフの二人で考察に盛り上がり始め、そういう知識が無いらしいアスナとリーファ、そもそも記憶喪失でこの世界の事すら把握出来ていない私は手持無沙汰になったので、二階のキリトの自室に寝かせている少女と看病をしているストレアの元へ行く事にして、リビングをそっと抜け出して階段を上がっていった。

 

「……ねぇリーファ、キリトって本当に十歳なの? 冷静過ぎるんじゃないかしら。何か原因があるの?」

 

 さっき自己紹介ついででリーファの事を話してもらう際に――その時はストレアも一緒に居た――キリトから、彼が付けられていた昔の名前や《落ちこぼれ》や《屑》という仇名の事を教えてもらったし、年齢の事もISや時系列含めて教えてもらった。年齢にしては冷静過ぎる事も、よく今まで耐え抜いて生きていられたと思う程に辛い過去を経たからこそのものだと思えば納得はいくのだが……それでも、そこはかとなく思ってしまうのだ、冷静過ぎるだろうと。

 リーファも二年半前から一年半前のおよそ一年間しか一緒に過ごしていないようだが、その間でも意志は強いし基本的に落ち着いていると何度も思ったようだった。年齢にしては本当に落ち着き過ぎていると思える……アレは正常では無いと思えたから、私は原因という表現を取った。

 

「うーん……確かに、そうなんですけど…………心当たりも、無くは無いかなぁ……」

 

 それの心当たりは無いのかと思って問えば、彼女は少しだけ悩んだ素振りを見せた。それに私とアスナが目を向ければ、彼女は少しだけ迷う様子を見せながらも口を開いた。

 

「あの子の、昔の姉は織斑千冬と言って……あの子を拾うまでよく知らなかったんですけど、テレビで見た時は凛々しい人という印象があったんです。凛々しく、冷静で、落ち着いて、泰然自若、威風堂々という四字熟語がしっくり来るくらいで……デスゲームっていう現状も関係しているんでしょうけど、恐らくあの子は、無意識に織斑千冬に似せてるんだと思います」

 

 あの子は較べられ続けたから。リーファは哀しげに目を伏せながら、そう言った。

 織斑一夏と名乗っていた彼は、本当に幼い頃から差別され、虐げられてきていたという。超有名になるくらいの姉と神童と呼ばれる兄とずっと較べられ続けて来た彼は、あまり口にこそしないが、誰かに認められたいという願望をずっと心の奥底に秘めているのだという。それは褒めた時に時折見られており、特に料理に関しては前の家族の中で最も優れていた事から一番と自負しているらしい。

 それは、穿って考えれば、ずっと自身の上に立ち続けていた姉と兄を超えたいと思っているのではと、リーファは思ったらしい。

 

「誰かに認められたい、誰かの力になりたい、誰かに拒絶されたくない……願望と恐怖が混在している中で見つけ出したのは、誰よりも上に立つ事なんだと思います。多分あの子の中で、

頂点というのは織斑千冬の事なんでしょうね……」

「……まさか、キリト君がSAO最高のレベルなのは……」

「恐らく……『織斑千冬なら出来るから』という強迫観念が無意識にあるからかと……」

 

 今まで、何をやっても『神童の兄なら普通に出来る』『天才の姉ならこれくらいは当然に出来る』『あの二人の弟なのに出来ないのがおかしい』などと言われていたらしいキリトは、既に家族では無い二人を目標に据えて生きているのではないかと、リーファは思っていた。ずっと虐げられてきたからこそ抱く恐怖、それが願望と一緒になって表れているのではと、そう考えたのだ。

 私はそれを聞いて、否定する事は出来なかった。よくキリトの事を知らないし、現実での織斑千冬やISの事も碌に覚えていない以上は下手に何かいう事は許されないと分かっていたからだし、あまりにもあまりなキリトの過去に絶句したからでもある。

 キリトがこの世界の最強になれた強さの理由は、ただ家族に会いたいからだとも思ったが……どうやら、私が考えていた以上に辛い心境も関わっているらしい。

 その覚悟の根源は、あまりにも哀しかった。翻せばそれは、強くなければ認められないという恐怖の表れだったからだ。今までが今までだっただけにそう考えてしまったのだと思う。特にこのデスゲームでは力が無ければ生きられないらしいので、彼も死に物狂いで力を付ける為に戦ってきたのだ……それが、アスナから聞いた無茶なレベリングらしい。

 新しい家族を得て、新たな名前を与えてもらったキリトがその状態にあるのは、この世界でも彼が《織斑一夏》という事で虐げられているから。それがかつての恐怖感を思い出させ、煽る事となって、デスゲーム化でのヘイトも元ベータテスターという前知識を持つ者という事も含めて迫害に近くなっているのだという。事実何回も命を狙われたらしい。

 そして、今日は休暇にしているが、昨日は休暇の提案をしただけで必要ないと断じられたと勘違いし、大泣きしたのだというのだから、本当に限界なのだろう……さっきの話を聞いたばかりでは、昔の姉と兄なら休まないだとか、そんな事を考えてしまったという可能性もあるのではと思ってしまった。

 

「……キリトは、そこまでのものを抱えているのね……」

 

 大泣きしたというのに、休暇というだけで引退はしないというその強さには、脱帽する思いだった。

 

「キリト君は……ずっと、《織斑》に、囚われてるんだね……」

「最早呪いですよ……」

 

 呪い……確かに、その表現が的確なのだろうと思う。織斑の名前と、その血に、彼は未だに囚われ続けているのだ。家族が変わり、名前が変わり、生きる世界が変わっても、彼はずっと《織斑》に囚われ続けている……それだけで虐げられるなど間違っている筈なのに。

 SAO最強というレベルの存在からも分かりやすい強さを得ている彼は、それでも認められない、出来損ないというだけで全てを否定される。そしてキリト本人は未だに虚構の背中を追い続けている……この世界に本人達が居ないからこそ、永遠に追い越す事の無い背中を求め続けているのだ。リーファはそう考えている。私も、今の話を聞いた後ではそう考える。

 下階でヒースクリフと考察をしているだろうキリトの事を思いながら二階の廊下を歩き、突き当りにあるキリトの部屋に入る。とても広い部屋の中には一つの白シーツに黒い掛け布団が被せられたベッド、ホーム版アイテムストレージであるタンスの他には何もない、味気ない部屋だった。そもそもこの家の利用回数は少ないし、ここ最近になって購入したという話なので家具が少ないのも当然なのだろうが。

 そのベッドには黒髪の少女が寝かせられており、その横には一階のリビングから持って上がった椅子に座るストレアが居た。

 

「あ、リーファにアスナにシノンだ。お話は終わった?」

 

 あっけらかんと明るく問い掛けて来たストレアに、アスナが苦笑を浮かべた。

 

「終わったと言うより、キリト君と団長が話し始めちゃったから手持ち無沙汰になってね……だから様子を見に来たの」

「そっかー……残念だけど、こっちは変化なしだよ。今日中に起きるかな?」

「んー……そこは何とも言えませんね。人って寝ようと思ったら丸一日寝ますし。あたしも剣道の試合があった日の翌日は丸々寝てて、夕方になってかず……キリトに起こされたからなぁ……その後もすぐに寝ちゃったし」

「えぇ……リーファ、それは流石に寝過ぎよ」

「あはは……」

 

 小声で会話し、リーファの話にくすくすと口元を押さえながら笑う。笑った後に、一度少女を見やった。

 くぅ、くぅと小さく穏やかな寝息を立てて眠っている黒髪の少女は、多分キリトと大体同い年くらいだろうと思えた。それでもキリトの方がどうやら発達が遅れている様で、背丈はこちらの子の方が少しばかり高めに思える。黒髪という事もあって、やはり日本人らしく外人よりも彫りが浅い顔つきで、あどけない寝顔は見ていてとても和む。

 それにしても、キリトと言いこの少女と言い、SAOはしっかりと十三歳以下の子供がしないようレーティングをもっとしっかりしておくべきだと思う。親が薦めたという話もアレだと思うが……件の《ナーヴギア》とやらの年齢制限をもっとしっかりしておくべきだっただろう。あるいは、もっと《ナーヴギア》によるプレイの危険性や、小さな子供では脳波がとかの話を流しておくべきだ。リーファが知る限りではその辺の情報があまり流れず、SAOの紹介やフルダイブに関する話ばかり流していたらしいから、尚更そう思った。

 まぁ、既にそれは話しても詮無い事なのだけど……

 

「……ねぇ、ふと思ったのだけど、SAOにはまだこれくらいの子が居るのかしら」

 

 ふと、キリトやこの少女とほぼ同年齢の子供が他に居るのなら、その子達はどこに居るのだろうかと思った。ストレアの話ではこの少女は行き倒れていたらしいので、迷子だったなら、キリトと違って恐らく独り立ちしていないだろう子を保護していた所が探しているのではと思ったのだ。そういう所なら大ギルド所属らしいアスナが知ってそうで、そう問うた。

 対するアスナは、少しだけ困った表情を浮かべた。

 

「うーん……私も小さな子供が居るというのは知ってるんだけど、その子達が何処に居るかまでは流石に……まぁ、十中八九下層域のどこかだとは思うけど」

「何でですか?」

「キリト君は元ベータテスターだったし、過去が過去だからよっぽどの目に遭わないと戦うのはやめないと思う。でも他の普通の子にとっては死ぬ可能性があるだけでも恐ろしいと思うんだよね、だって普通にゲームプレイをするためにログインしたんだから、私もそうだったし……だから、もしかすると第一層の街に居るのかも知れない」

 

 現在の最前線が昨日上がったばかりで第七十五層、私達が居る層は第二十二層なのでここは下層域に入るらしい。それよりも更に下の第一層という事は、つまり本当にゲーム開始地点という事になる。《始まりの街》というらしいそこはゲームにログインした時に初めて訪れる――と言うよりアバター設定を終えると移動する――場所のようで、一年半もの間ずっと街の中に閉じこもっている可能性もあるにはあるらしい。

 ちなみに、キリトはデスゲーム直後、アスナは二週間後に街を出発したという。アスナの場合は《ログアウトスポット》というデマに釣られ、早く脱出しなければという心境で訪れた先で一度死に目に遭ったらしいが、そこをある剣士に助けられた後、長い付き合いになる情報屋の女性と知り合い、最前線で戦う剣士として身を立てられたらしい。今でもその人が誰か分からないんだよねー、とアスナがほわんほわん笑いながら話してくれた。

 

「それでも、キリト君やこの子ほど幼い子は本当に少ないと思うけどねー……下手すると二人だけじゃないかな。精神状態が酷くなったら強制ログアウト……回線切断っていう状態になって……死んじゃうから……」

「……キリト、本当、よく無事だったわね……」

 

 昨日の話を教えてもらって、キリトが精神崩壊気味になるまで自信を追い詰めていた事を知ったリーファが硬い表情で呟いた。あまり知らない私ですらも、キリトが精神的にもゲームプレイ的な意味でも薄氷の上を歩き続けて来た事は分かる、リーファは義理とは言え姉だからこそキリトの無茶とギリギリの境界線がよく分かるのだろう。

 最悪、キリトは昨日の時点で……あるいは昨日よりもずっと前の時点で、命を落としていた可能性があるのだ。

 そして、この眠っている少女も、また……

 

「……あ、メールだ」

 

 何とも言えない沈黙が漂う部屋の中で、アスナの声が、唐突に上がった。誰かからのメッセージが届いたらしい彼女は右手を振り下ろす動作でウィンドウを呼び出し、操作をしていった。

 

 ***

 

 リー姉達が二階に上がっていくのを軽く視線を向けて把握してからも、俺はヒースクリフと幾つもの考察を立てては議論し、否定しを繰り返していた。

 一番有力な意見は、やはり《アルヴヘイム・オンライン》というVRMMOのプログラムフォーマットが《ソードアート・オンライン》とほぼ同一であり、更にゲームを動かすOSとアバターや装備などのグラフィックデータもほぼ同一であった場合だ。しかしこれは一番有力でありながら、一番可能性的にあり得ないと思っているものでもある。単純にほぼデータが同一である事が天文学的な確率よりも低いと、ヒースクリフが言ったからだ。

 しかしながら、当のヒースクリフが同時に可能性として最も高いという、矛盾した意見も出した。

 話していった感じ、どうもヒースクリフはVR技術だか何だかの仕事に携わっていたようにとても現実味のある話をしてくれた。

 《ソードアート・オンライン》がVRMMOという新たなゲームジャンルの走りである事は誰もが知る事実であり、故にこれがデスゲーム化した事による痛手は相当なもので、リー姉の話では一応存在こそするものの世間の目はかなり厳しい状態にあり、何か不手際があれば即刻消え去ってもおかしくない状況下にある。

 それにも関わらず新たに開発、発売された《アルヴヘイム・オンライン》というゲームは、《ソードアート・オンライン》のPVやら何やらと匹敵するくらいに完成度が高いと評価されているゲームらしい。世間の目が厳しいという事は、それだけ需要を得辛いのと同時、開発するための資金も得辛いという事になる、会社の株やら何やらが関係してくるかららしい。

 しかし現実にそれは発売され、発売から程なくしてリー姉はそれをプレイし始めた。

ヒースクリフは、そこに着目した視点を持った。

 《ソードアート・オンライン》を開発、発売しただけでなく数多の有力なゲームを売り出し、茅場晶彦という天才一人の手によってたった数年という短い時間で弱小企業から一気に大手へ成長を遂げた《アーガス》は、リー姉の話によればとっくに解散し、現在は別の企業にSAOサーバーの維持が委託されているらしい。

 であるならば、《アーガス》に務めていたディレクターやゲーム開発、VRの研究を行っていた者達もそちらに流れたのではないか、という事だった。もしもその者達が《アルヴヘイム・オンライン》の開発に協力していたとして、《アーガス》時代のデータを参考に作り上げたのだとすれば、この世界のデータと似通っている部分があったとしてもおかしくない。サーバーはおろかデータの基盤を作る事に膨大な時間を要し、《ソードアート・オンライン》の作成にも数年もの時間が掛かったのだから、たった一年でゼロから作り上げるならそれくらいしなければ恐らく出来ないと、ヒースクリフはそう言った。

 故に、《アルヴヘイム・オンライン》は恐らくSAOのデータの大部分をコピーし、そこに飛行するための《フライトエンジン》、味覚関係の《味覚再生エンジン》に手を加え、全く新たな世界観のゲームとして発売したのではないか、という推測が出た。

 その意見は、以降にも出て来た案よりも遥かに現実味を帯びていた。なのでデータの基盤が偶然似ている天文学的な確率という可能性と、研究者が流れた事やデータのコピーをしたからという可能性の二つが考えられ、それらを否定出来ないでいる。

 

「……む? メール……?」

「俺にも……アルゴから?」

「キリト君にもアルゴ君のメールが着たのか?」

「ああ……」

 

 そんな感じでほぼ答えが一つに定まっている状態で煮詰まっていた俺達の思考を切るかのように、ピロリンと軽やかな音と共にメール着信の音が俺の仮想の耳朶を打った。ただ俺だけでは無くヒースクリフにも同時に着た様で、更には差出人の欄に《To:Argo》とあって、首を傾げる事になる。

 ヒースクリフだけ、もといアスナ含めた攻略組にならまだ分かるが、今日は休暇になっている俺にもアルゴが送って来るというのは、今日ユウキ達にメールを送っていながら俺には送って来なかった事を考えると少し不自然だなと思ったのだ。

 俺とアルゴは本当に長い付き合いなので、個人的な話し合いを持ちたかったり、【黒の剣士】個人に誰かからの依頼が入ったのだとすれば俺にだけ着たとしてもおかしくない。しかしヒースクリフにも同時に着たのだとすれば、恐らく指定を掛けた一斉送信なのだろう。そうなると攻略組という共通点しか無い俺とヒースクリフにも送るとなると、それは攻略関連しか無くなる事を意味する。

 視界右上に表示されたメールアイコンをタップし、送られた内容を確かめる。

 

『From:Argo Tittle:《個人戦》を先にした方が良いみたいダ。

 闘技場の事で分かった事を報告すル。情報は割とすぐに結構な量が集まったんだが、面倒な事に《個人戦》の対戦相手が《レイド戦》で強化されて出て来る仕様があるらしイ。本当かどうかは確かめられてないけど、恐らく本当だと思ウ。

 《個人戦》の一戦目は《The One Wing Forginengel》、三メートル超の長刀を左手に持つ長身の男性人型ボス、HPゲージは五本ダ。体力が半分以下になると瞬間移動、体力が四分の一を切ると《リユニオン》という強化状態になって、攻撃パターンに幾つか変化があるらしイ。中でも強制的に体力を一にする回避不能攻撃があるみたいだから距離を取るとおしまいダ。防御はしないらしいから一気に決められるという利点はあるようダナ。ただし知っての通り、開幕直後に一瞬で斬り抜けて来る攻撃があるから、それをどうにかしないとまともに戦う事も出来ないゾ。

 二戦目は《The Genocide Bersercar》、巨大な戦斧を片手に暴れまわる男性人型ボス、HPゲージは十本ダ。NPCの話ではコイツ相手にアイテムを使う、背後を取る、防御に専念する、後退するの何れかをしちまうと即死攻撃(一撃退場攻撃)を放ってくるらしイ。攻撃範囲も広く、防御も無理矢理ぶち破るってNPCが言ってタ。ダメージはそこそこ入るみたいだから、正々堂々真っ向勝負が実は一番有効的らしい、NPC曰くだケド。更にHPが半減すると防御力が低下する代わりに攻撃力増加が付与されるってヨ……何でコイツ、《個人戦》にいるのか分からんゾ。

 最終戦は、済まないが殆ど情報が無い、どのNPCも『真の強者にしかその姿を見せない』って繰り返すだけでナ……

 集められた情報はこれくらいダ。各々、万が一もあるから《レイド戦》だけでなく《個人戦》にも備えておいてくレ』

 

 案外長文だったフレンドメッセージには、そう記されていた。これでも一応情報なので、闘技場攻略に呼ぶことになる可能性が高かった俺にとっては凄く有り難かった。あのキバオウを一瞬で倒すボスが一戦目の相手というのは、少々不安だが……

 最終戦の相手の情報が一切無いのは、これはある程度予測出来た事でもあったからそこまで落胆は無い、むしろ一戦目と二戦目の相手の情報がそれなりに出てくれている方が意外に思う程である。特に二戦目の方は禁止事項があるみたいだから尚更だった。

 

「ふむ……一戦目の相手も中々だったが、二戦目は既にフロアボス以上のHPを誇るのか……」

「ヒースクリフでも無理か?」

「恐らく無理だろうな。私のスタイルは防御した後の反撃を重視しているものだから、二戦目の《殺戮の狂戦士》相手に分が悪すぎる、一撃退場対象になるだろう……その点で言えばキリト君がある意味最も適任だろうな。アスナ君やユウキ君は結構後退するし、何より威力に欠けるから聊か分が悪い。それに対し、キリト君は紙一重で攻撃を回避し、その隙を狙うから後退自体が少ない。問題はアイテムが使えない事から、回復手段が制限されているという辺りだが……」

 

 確かに、二戦目で最も痛手と思える一つは回復手段の制限、つまりはアイテムの使用禁止だった。使えば一撃退場で、闘技場を誰かが制覇するまで参加出来ない事から俺は失敗する事が許されない、よってアイテムは絶対に使ってはならないので必然的に攻撃を回避するしかない。

 しかしここで、背後に回る事も対象になっているのが痛かった。背後からの方が攻撃がクリティカルになりやすいし、更にダメージ倍率にも補正が掛かるのでよくするのだが、その戦法が取れないとあっては別の手を考えざるを得ないだろう。幾らか装備スロットに空きがあるから、そこに何かしらの防具を当てて、少しでも防御力を上げようかと考えた。

 そこで、またピロリンと軽やかな音が鳴って、新着メールをすぐに開く。差出人はまたアルゴだった。

 

『From:Argo Tittle:無理はするなヨ

 内容からして明らかにヒースクリフも二戦目でアウトっぽいから多分キー坊を呼ぶ事になると思うけど、だからと言って無理に出場する必要は無いからナ。もっと他のメンバーで試してからでも良イ……そりゃ《レイド戦》でキツクなるだろうけど、キー坊が無理する必要は無いから、ゆっくり休みたかったら休んでくれても構わなイ。オネーサンがどうにかして皆を説得するかラ……本当に、無理だけはしないでくれヨ。

 追伸:ユーちゃん達から聞いたが、何でも現実世界に居る筈の義理の姉が来てるんだってナ。今度また紹介してくれヨ。キー坊のオネーサンには一度挨拶しておきたいからナ。取り敢えず今日の所は目一杯一年半ぶりの姉に甘えておいデ』

 

 どうやら新たに来た方は俺個人に対して送って来たメールのようだった、文面や呼び方からしてもそれがよく分かった。俺を心配してくれている事も……昔から色々と心配掛けているから、少しばかり心苦しく思う。

 だが俺は、闘技場に向かうつもりでいた。無理にという訳で無く、どちらにせよ明日には一度闘技場に赴いて俺自身でも情報を集めるつもりだったからだ。アルゴがここまで調べ上げている事には少し驚いたが、それはそれでむしろ助かる。というか一日の休暇なのだから、休暇じゃない日に最前線に出るのはむしろ当然の事である。

 リー姉の事はどうやら信用あると判断しているらしくユウキ達がアルゴに話しているらしかった。俺としても話そうと思っていたので、ある意味手間が省けて少しだけ楽だ。紹介する気もあったし、先にある程度知ってくれているというのは多少話がスムーズに進むから有難い。

 返信に、何故リーファが来たのか考えて欲しい旨と、ヒースクリフと一緒に考えた事を記しておいたので、恐らく明日に会う時にはある程度考察をしてくれているだろう。アルゴは色々と博識だし、独自の視点を持っているから俺達には無い視点から考えてくれる筈だ。

 

「……キリト君は、闘技場に出るのかね?」

「勿論。俺だって攻略組だからな……それに、リー姉が居るんだ、成長した所を見せたい」

「ふ……そうか」

 

 俺が返答すると、ヒースクリフは片頬に笑みを浮かべた。

 リー姉に闘技場で少しでも強くなった所を見せたい、そして少しでも安心させたいという思いもある。この家に案内した後に泣き付いてしまったから、まだ弱いと思われている気がして、それを払拭したかった。勿論リー姉……直姉から現実で教わった剣道を初めとした武道を基礎としているから、その成長を見せ付けたいという思いもある。曲がりなりにもリー姉だってゲームをしていた一人だから、多分ゲームの剣だからと否定はしないと思う……否定されたら、多分泣くけど。

 だから俺はある意味で歓喜してもいた。リー姉に、この世界での俺の強さを見せられる機会を得られた事に。敵が恐ろしく強いようなのであまり喜んでもいられないし、負ける可能性もあるが、応援してくれている人がいるだけでやる気も全く違ってくる。

 リー姉も剣道の試合で、俺が応援していたから何時もよりやる気が出たと笑いながら言ってくれていたから、多分それと同じ事だろう。この戦いでは別に死なないから、そこまで神経質になる必要は無い、むしろ他の事で警戒するべきだろう。

 明日が楽しみだなと思いながら、俺は夕食の支度に入った。リー姉、アスナとヒースクリフ、シノン、ストレア、そして名も知らない眠り続けている少女の分を合わせて七人分だから、大人数でも食べられるビーフシチューにする事にした。主食は大きなパンで、それを浸して食べられるからチョイスしたのだ、更に言えばこれは料理アイテムにしては非常に長く保つ特性もあるので少女が目覚めた時にすぐ出せるという利点もある。

 ちなみにだが、ナンはシリカの下に預けている。今日は俺もシリカも圏外に出る予定が無かったため、ピナと遊ばせてあげたいとの事で預けたのだ。恐らく今頃はシリカがお気に入りの場所にしている第四十七層《フローリア》か、第四十八層《リンダース》のリズベット武具店に居るだろう。

 ナンやピナが好物のクッキーもついでに作ろうかと思いつつ三角巾を被り、黒いエプロンを着けてから、俺は調理をするために包丁を片手に持ったのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか?

 これまでに比べて割と雑な感があったかと……いや、前書きにも書きましたが、進めたかったので。あと何人か居ますが、そちらはまだ今後ですね。

 そして漸くストレアとあの子の登場です。彼女達の情報がかなり欠如しているのは、ワザとです。あの子のキリトに対する呼称は一応考えました、納得しない方も居るでしょうがどうかご容赦頂きたい。ちなみにパパ呼びではありません。

 シノンに対するリーファの説明がほぼ無いのも、キリトの説明と同時にしたという感じです。何度も同じ文を書くのはアレだし、読み手もまたか……になると思ったので。

 その代わりと言っては何ですが、闘技場のボスの情報が明かされました。一戦目が誰かは皆さんすぐに分かったようで……二戦目も、恐らく分かるでしょう。

 アイテム、背後、後退、防御に対して一撃死判定の攻撃をする戦斧使いの狂戦士……恐らく皆さんご存知かと思います。あの方の参戦です。個人的に一戦目のキャラより強いと思っておりますので、二戦目にしました。《魔法》が無いこの世界ではアイテムで無ければ回復出来ないので、割と最強に入るのではと思っております、防御が堅いヒースクリフもガードブレイクされては形無しです。

 そして最終戦の相手は、まだ秘密です……戦闘描写、頑張ります。

 前書きも後書きも、長文失礼。

 では!



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第十八章 ~実姉と義姉~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話はタイトルから分かる通り、回想であの方が登場致します、これであの方が本作ではどのような人格者なのかある程度分かるかと。

 あと、義姉というのはもう一つ今話で意味を持ちます……お話的に、やっぱりあんまり進んでいなくて、まだ闘技場に辿り着いていません。次話以降に漸く入る予定ですのでご容赦頂きたい。

 ではどうぞ。オールリーファ視点です。




 

 

 チチチ、と杉林に棲む小鳥達の鳴き声に釣られ、微睡みに浸っていたあたしはぱっちりと目を覚ました。

 

「すぅ……すぅ……」

「和人……?」

 

 目を覚ましてすぐ視界に入って来たのは、柔らかな表情で気持ちよさそうに寝息を立てている義弟の顔だった。健康そうな色の肌はふっくらしていて、何となく左の人差し指で突けばぷにぷにと弾力を感じられて、これが夢では無いのだと認識した。

 

「……ああ、そうだった……SAOの中だったっけ、ここ……」

 

 和人の事を認識して、それで漸く頭が覚醒したようでここがどこだったかを思い出す。あたしはALOをプレイしていたのに、二週間前に何故か唐突にこのデスゲームの世界に移動してしまっていたのだ。二週間も放浪した末に義弟の和人……この世界ではキリトと名乗っているこの子に会えたのは、不幸中の幸いと言えた。

 それにしても、昨日はキリトにとって驚きの連続だったらしい。あたしは勿論、いきなり空からシノンさんが振ってきた上に記憶喪失になっているし、ホームに戻る途中でハイディングしていたストレアさんと名前が分からない女の子も拾うしで、たった一日で一気に同居する人が四人も増えたのだからそれも仕方がないだろう。更に全員対面の仕方が普通では無かったのだから。

 昨日はヒースクリフさんとアスナさんを交えて夕食を摂った。様々なこの世界の情報や和人のこれまでの話を数多くしてくれて、とても楽しい時間だったと言えよう。その最中にあたし、シノンさんの身の振り方も考えて、一先ずは和人の元に身を寄せる事になった。

 和人はこの世界でも命を狙われる程に迫害されていて、一緒に居ると巻き込まれる可能性がある事から最初は渋っていたが、それでも最終的には一時同居する事で決まった。この子自身、誰かと一緒に過ごしたいという欲はあったようなので、渋ってはいたものの言う程嫌がってはいなかったのが決め手となった。

 ストレアさんに関しても和人は最初渋っていた。それはハイディングしていた理由が悪戯心からのものでは無く、誅殺隊に居場所を教える為の斥候かと思っていたからだ。後に謝罪と隠れていた理由を説明されたので、ある程度は警戒を解き、一先ず気絶したまま目覚めない子が目を覚ますまでは一緒にこの家で過ごす事になった。

 そんな訳で一夜を過ごした訳だが、人数的には和人、あたし、シノンさん、ストレアさん、女の子の五人なので一部屋に一人ずつ宛がわれる計算となる。

 それなのにどうして和人があたしと一緒に寝ているかと言えば、アスナさんがお泊りしたいと言い出した事に端を発した。親しい人と一緒に過ごしたいという願望があったらしく、ちょくちょくユウキさん達の元にはお泊りしていたのだが、和人の家では無かったのでこの機会にと思ったらしい。それに翌日に闘技場へ行くつもりでいる事を知って、それならあたしやシノンさんも観戦したいと言って、それなら一緒に行った方が良いという事だったのだ。有体に言えば、いちいち自分のホームに戻ってここまで来るのが面倒だったらしい。

 流石にぶっちゃけた理由に苦笑していた和人は、それでも了承した。それで和人はあたしと一緒の部屋で一時的に寝る事にし、アスナさん、シノンさん、ストレアさん、女の子の四人が残る四部屋を使う事になったのだ。

 和人はほぼファッションと無縁な生活を送っていたので着替えをどうしようかと迷っていたが、アスナさんの協力もあってシノンさんとストレアさんの着替えは用意出来たので、その点でとても感謝していたのは記憶に新しい。あたしはALOの頃に使っていたオフ時の服があったので、それを寝巻に使っている。首回りと肩口が大きく露出しているゆったりとした翡翠色の服だ。

 そして和人の寝間着は……替えの黒いシャツとズボンだった。その上からコートを羽織り、指貫手袋と鋲付きブーツ、二刀を装備すれば戦闘服になる。つまり彼は戦闘装備と普段着を一緒にしていたのだ。聞けば理由は、ストレージを圧迫しないから、らしい。後は別に気にしていなかったからだった。

 その理由も最前線で戦い続けて来た経歴を考えるととやかく言えないのだが、姉としては内心で頭を抱えざるを得なかった。

 別に興味が無いというのはいい、あまり興味を持ってもお金の使い方が荒くなってしまうし物で溢れ返って収拾が付かなくなるから、その辺は別に構わない。しかし普段着と戦闘服を一緒くたにしてしまう辺りは直さなければと思った。この調子だと、極論現実に帰ってから外着も普段着もジャージ姿になりかねなかったからだ。実際あたしは休みの日だと割と赤いジャージ姿が多いので、変にそれで影響を受けてしまわないかと危惧しているのだ。もう既に手遅れだった場合、あたしの責任になる。

 こういうのは何だが、和人は余人が求めるだろう綺麗な容姿をしている。服の下は傷だらけなので何とも言えないが、それらが無かったならきっと陶磁器のようにさらさらとした肌触りをしていた事は間違いない。拾った頃よりも遥かに肌の色も健康的な色になっているし、髪もとても綺麗で、まるで女の子のようなプロポーションなのだ。正直男の子として生まれて来たのがおかしいと思うくらい、遺伝子レベルで美少女の姿だった。何気に男の子である事を残念に思う事は多い。

 流石に本人には傷付くので言わないが、それくらい綺麗なのだ。だから少しお洒落すれば一気に化けるに違いないと確信していた。ユウキさん達に贈られたらしい昨日着ていた衣服も、今の黒い服や昨日の黒尽くめ姿と比べるとガラリと印象が変わっていて、同じポニーテールにしただけでも明るく感じた。

 少し服装を変えただけでそうなるのだから、むしろ和人はもう少しお洒落をしても良いと思うのだ……強制はしないが、もう少しして騒動が落ち着けばお忍びで一緒にショッピングをしたいなと思っている。現実では和人自身が興味を持たなかったし、大人が大勢いる商店街には行きたがらなかったから、その機会が今まで無かった。この世界でなら多少は大丈夫かなと思っている。生活必需品を買いに来る者達で溢れ返っているという事は無さそうだし。

 まぁ、一先ず今日は闘技場で死なない死闘を繰り広げる予定らしいから、直近で出来るとしても午後になるだろうと思っている。

 それにしても……

 

「本当、何であたし、この世界に来ちゃったんだろう……?」

 

 和人に逢えたという一点は心の底から嬉しいし、この子もその点に関しては本当に喜んでくれているので、完全に悪い事でも無いとは思っている。

 だが如何せん、お気楽に喜ぶ訳にもいかない事であるのも事実。何せ別のゲームをプレイしていたプレイヤーが外部から巻き込まれたというのは一大事どころか最早異常事態で、ゲームシステムの方に異常がみられるという事でもあるのだ。つまり今後の攻略中、何らかの障害が起こる事も否めないのである。

 最悪、攻略の途中、誰かのHPがいきなり全損したり、回線切断したりという可能性もある訳で……

 

「……でも、妙な事はそれだけじゃない……」

 

 首謀者らしき茅場晶彦が何故かログアウトしていない状況にある中、更に不可解だった事は、デスゲームになった筈なのに現実に出た死者が少ないという事だった。《ナーヴギア》を外された方は本当にマイクロウェーブによって脳が振動され、原子や分子の振動によって熱され、電子レンジのような原理で破壊されたというのは知っている。

 それは実際、あたしがこの目で見たからだ。

 和人はデスゲーム開始から二日後の夕方、一度病院に搬送された。その搬送先では最初複数人が一度に寝泊まりする大部屋が選ばれた、その部屋の中はデスゲームに囚われた子供や大人が合計で三人先に入っていた。

 その中で、恐らく大して年が変わらない男の子の親が何か喚き散らしながら《ナーヴギア》に手を掛け、医師や看護師達が止めるのも無視して取り外そうとし……首下のハーネスが外れた瞬間、バジッ!!! と一際大きな電流が流れ、部屋の中が明るく照らされた。

 一瞬遅れて煙が上がり……肉が焦げる臭いが、消毒液の匂いに満ちていた病室に漂った。それとほぼ同時に心臓が止まった事を知らせる音が断続的に機械から知らされ……その子が死んだのだと、あたしは理解して震え、親も理解した瞬間に泣き崩れた。

 それがあたしの知る、人が死ぬ瞬間だった。

 しかし奇妙な事は、その現象が《ナーヴギア》を外された者にしか見られていない事だ。それ以外、和人を含めた今も昏睡状態に陥っているSAOプレイヤー達は、現実ではまだ一人も亡くなっていないのである。

 それにも関わらず内部では既に三千人は亡くなっている……この矛盾は何だろうかと、昨夜の夕食時に話してみた。

 

『……もしかすると、ゲームクリアと同時に死亡する設定なのかも知れない。それまでプレイヤーの意識はどこか別の区画に移されているんじゃないかな……茅場晶彦も囚われているかも知れないなら別の誰かがしたのかも……』

 

 あたしが相談した後、少し悩む素振りを見せながら和人はそう言った。何故茅場晶彦も囚われているのなら別の誰かもなのかと、あたしは更に問うた。最悪デスゲームだとしても、本当に死人が出るデスゲームに変えた狂人なら自分が死ぬ可能性すら厭わないでログインする事も考えられるのではないかと、そう考えたからだ。

 しかし和人はそれに、横へ首を振った。

 

『雑誌を読んで、この世界を生きて来て思ったけど、このSAOは基本的にフェアネスが貫かれてるんだ。勿論ユニークスキルといったフェアネス外のものも存在するけど……ここまで現実に即した設定がされていて、現実と思ってしまうくらいに再現された世界を作った茅場が、本当にデスゲームなんてするかとも今は思うんだ。最初は本当に茅場がしたものかと思ってたけど、リーファの話を聞くと、そんな風にも思える……もしかすると、茅場晶彦もまた被害者の一人なのかも知れない』

『……この世界を作った人と、デスゲームに変えた人物は別だって、キリト君はそう思うの? じゃああの宣言をしたのは……』

『あのがらんどうのGMアバターは、確かに自身が《茅場晶彦》であると名乗った……けれど今の俺達のような現実の顔でなかったアレを操っていた人間が、本当に《茅場晶彦》であったという確証を俺達は持たない、それこそアイツの名乗りだけが手掛かり……余りにも情報が不足していて、リーファの話を考慮に入れると、茅場晶彦による犯行と考えるのはむしろ早計だったのかも知れない』

『……君は、茅場晶彦による犯行ではない可能性を、信じるのかね?』

『……』

 

 ヒースクリフさんの問いに、和人は一瞬押し黙った。目を伏せ、静かに顔を俯け……しかしすぐに顔を上げた。真っ直ぐと、ヒースクリフさんを見上げた。

 

『正直分からないというのが本音……だけど、俺はこのデスゲームを作ったのが、茅場晶彦でない事を信じたい。デスゲームじゃないベータテストをしていても思った……この仮想世界はとても綺麗だって。俺が俺自身で居られて、《織斑一夏》でない自由な自分自身で居られるこの世界が好きだから……そして《アインクラッド》が好きだからこそ、俺は茅場晶彦を信じたい。あのキャッチコピーが、仮想世界もまたプレイヤーにとっての現実であるという意味だと、デスゲーム化するという宣言で無い事を信じたい』

『……そう、かね』

『ああ……もしプレイヤーとして茅場晶彦が居るなら、一度話してみたいとも思う。本当にこの世界をデスゲームに変えたのか、そうでないのかも。そしてこの城の事で色々と話したい。仮想世界の、VRMMOの先についても話したい……本当にデスゲームに変えた犯人でないなら、VRMMOの立て直しもお願いしたいくらい、俺はこの世界が好きなんだ。だからこそ、この仮想世界の、《アインクラッド》の生みの親である茅場晶彦を信じたいんだ』

『……そうか』

『ああ』

 

 明るい笑みを浮かべながら虚空を見詰め、自身の願いを語る和人を、ヒースクリフさんは何とも言えない表情で聞いていた。嬉しそうで、哀しそうで、笑みを浮かべているようで泣きそうな、そんな複雑な表情……それが和人の心優しい人格への憧憬なのか、純粋さに感情を揺らぶられたからなのかは分からない。

 しかしそんな表情になる気持ちも分からないでも無かった。あたしも、まさかここまで茅場晶彦の事を信じているとは思っていなかったからだ。シノンさんも、一緒にこの世界を生きていたアスナさんも信じられないような顔になっていたし、ストレアさんも呆気に取られていた……暫しの沈黙の後、キリトらしいなと、短時間しか一緒に居ないシノンさん達ですらもが言って笑った。

 和人は《キリト》というプレイヤーであっても、彼らしさを残したまま成長していたのだ。純粋で、心優しい人格者だった……酷い状況にあっても人の事を心配出来るからこその成長なのだと思う。

 その心があるから、きっと和人は強いのだろう。同世代、大人よりも遥かに強い剣士として、この世界に君臨しているのだろう。

 たとえ、かつての家族の背中を、この世界に居ない者達の幻影を追い求めていたとしても……

 

「……《織斑》、か……」

 

 ぽつりと、沈んだ気持ちで呟く。

 オリムラ。この子の姉になって、この子の過去を知ってからは耳にしたくも無い四文字からなる苗字は、今もこの子を縛り続ける見えない鎖に、傷付け続ける棘になっている。

 一応和人と束さんからある程度の事情は教えてもらっているので、織斑千冬個人に対する悪感情は少ないと言っていい。全くないとは言い切れないが、親に捨てられた一家を支える為に中学時代からバイトに走り回り、高校に進学して以降もその生活を続け、更には束さんのIS開発に協力し、日本代表としての訓練を続けていたから、家族を顧みられなかったのだ。それだけの忙しさがあって、織斑家はどうにか存続出来ていたという。

 その事情があったから、最初に較べてあたしが彼女に向ける悪感情は小さくなっている……それでも、少しは褒めてあげるとか、怪我しているのに気付いてあげるとかしなさいよと思っているので、無くなる事は恐らく永遠に来ないだろう。

 織斑千冬は一度だけ、デスゲームが始まってから一週間が経ったある日に和人の病室を訪れた事がある。その時は個室に移されていた。

 和人の病室の前で、入ろうか入るまいか悩む素振りを見せている黒いスーツ姿の女性を見て誰か悟ったあたしは、即座に病室の入り口を塞いだ。その時のあたしは、とにかく和人を護ろうとする想いで一杯だったのだ。

 この人を病室に入れたが最後、和人が織斑家に戻る事になってしまうのでは……そう考えてしまったのである。あの時のあたしはとにかく情緒不安定だったから、そんな事を考えてしまったのだ。

 

『お、お前は?』

『和人の……あなたの元弟の家族になった、義理の姉、桐ヶ谷直葉です……』

『そ、そう、か……』

 

 最初の挨拶は、年下のあたしが圧倒して始まった。世界最強を相手に無謀だとか、失礼だとか喚く人間が居たとしても、あたしはその時だけは絶対に引く訳にはいかないと胸中で繰り返し叫んでいた。もし実力行使で来られたらこちらも抵抗してやると息巻いていたくらいだ。

 

『それで、何の用ですか。ここはあなたが来る場所じゃない』

『……あいつの、一夏の、見舞いに……』

 

 口を軽く噛みながら絞り出された答えに、あたしはぎりっと歯を食い縛った。

 

『あの子は……織斑一夏じゃ、あなたの付属品なんかじゃない!!!』

『ッ?!』

『あの子はずっと見て欲しがっていた、ずっと家族を求めていた! ずっとずっと一人で頑張っていて……それなのに、どれだけ頑張っていても周囲には虐げられて、兄には見捨てられて、あなたはあの子の助けに来なかったのに、それなのにまだ姉面をするというの?! ふざけるなッ!!!』

 

 一夏。その名前が嫌いという訳じゃ無い……ただ、目の前の女性があの子の名前を口にする事、それが心の底から気に入らなかった。

 今のあの子の家族は桐ヶ谷家、あの子の姉はあたしだという自負と、あの子を護ろうと、愛そうと手を尽くしてきた過去があるだけに、デスゲームに巻き込ませてしまった罪悪感から目の前の女性と自分が同族であると思えてしまって、あたしはこの人とは違うと否定したかったから、その場が病院であるにも関わらずあたしは怒鳴ってしまった。幸いにも人が居なかったので、誰にも聞かれていなかったのだが。

 同族嫌悪だったのだ、この時怒鳴ったのは。護ると誓っていたのに護れなかった……自責の念に駆られていたあたしは、目の前に憎悪の対象が居るのを良い事に、怒鳴り散らしていた。

 

『わ、私は、知らされていなかったんだ……政府の連中が、黙っていて……』

 

 年下のあたしに怯えるように、叱られた子供のように顔を歪め、泣きそうな顔になりながら織斑千冬はそう答えた。

 勿論、その事は和人を拾ってから数ヵ月が経過した頃に家を訪れた束さんから教えられていたから知っていた、知らされなかったなら仕方が無いという気持ちもあるにはある。あたしだってデスゲーム化の事を知らなかったのだから。

 しかし、頭で理解していても、感情の方で納得出来ていなかった。

 

『だとしても、あなたはずっとあの子を見ていなかった事に変わりは無い! たとえどれだけ忙しかったとしても……テストで百点を取ったのなら頑張ったねって……取れてなくても、次は頑張れば取れるって励ますとか、褒めるとか、してあげればよかったじゃないの……してあげていれば、あの子はあそこまで追い詰められなかった!!! 怪我に対してももっと気に掛けてあげていれば、あの子はあれほどまで傷付かなかった!!! もっと家族を見ていれば、あなたも弟を喪う事は無かったのよ!!! 護衛を付けるとかの対応もしていれば少しは変わったかも知れないじゃない!!! あなたは自分の名前の大きさを、もっと理解しておくべきだった!!!』

『う……ぅ……っ!』

 

 責められて織斑千冬は涙を浮かべていた、下の弟が攫われてそのまま行方不明と知ってから漸く見れていなかったのだと自覚したのだろう。そして責めているあたしもまた、何時しか涙を流していた。それは温かいものではなく、氷の様に冷たい涙で、流していてとても辛い気持ちになっていた。

 織斑一夏。桐ヶ谷和人。別の名を持ちながら同一人物であるあの子を想う、織斑の血族としての実姉と桐ヶ谷の心で繋がった義姉であるあたし達は、病室の前で泣き続けていた。織斑の姉は自責の念に押し潰され掛けて、あたしはデスゲームに巻き込んでしまった事と織斑の姉を責める事で自身も責めているような錯覚に陥っている事で。

 

『もう、帰って……あの子が戻るって言わない限り、あなたの実弟《織斑一夏》じゃなくて、あたしの義弟《桐ヶ谷和人》なの……』

 

 顔を背け、振り返って病室の扉を開ける。そして中に入ると、織斑の姉は拒絶するかのように少しずつ、ゆっくりと閉めていく。

 

『……分かった。もう、二度と見舞いには来ない…………あいつが目覚めて、お前が良いと判断したら……私が見舞いに来ていた事を、伝えてくれ……あいつを、よろしく頼む……』

『言われなくても、そのつもりよ……!』

『そうか…………では、な』

 

 僅かに安堵したような声音の別れの言葉を最後に、ぴしゃりとスライド式の扉が閉まった。防音が施されている病室内に外からの音は入って来なくなる。

 暫く扉の前で立ち尽くしていたあたしは、それから和人の病床の横に移動し、来客用のパイプ椅子に座って、彼の小さな手を両手で軽く握り込んだ。たった一週間でも多少肉が落ちて来た彼の手は、あたしよりも二回りは小さくなっていた。

 

『……ごめんなさい……』

 

 ふと、あたしは謝罪の言葉を口にしていた。一旦収まっていた涙がまた溢れ、さっきよりも膨大な量が流れ落ちていっていた。

 謝罪は織斑千冬に対してだった。この子の姉になったからこそ分かる、あの人もまた、行動に移せていなかっただけで大切に想っていた事を。それで別の家族の弟と言われてショックを受けない筈が無かったのだ……ただの八つ当たりになってしまっていた事、勝手に姉を名乗った事に対する、この場には居ない人物への謝罪だった。

 同時に和人に対してでもあった。穿って考えれば、あたしは本来この子が一緒に過ごすべき家族の元へ帰る機会を勝手に失わせてしまった……あたしの弟として生きるよう強制してしまったという意味にもなるのだ。あたしは和人を、『桐ヶ谷直葉の義弟』という役割の人形にしてしまったのではないかと、そう考えてしまったのである。特にその時は和人が何も言えない状況にあったから、あたしの思考を否定してくれる人物が居なかった事もあって、その翌日は体調を崩して学校を休んでしまう程にずっと泣き続けていた。

 正直に言うと、今もあたしはこの子を人形にしてしまわないかと自分自身に恐く思う事がある。深い愛情が何時しか固執となってこの子を縛りはしないかと、それを恐れているのだ。

 護るという愛情と、縛り付けるという固執は違う。けれど境界線が曖昧だから、何時しかあたしの護りたいという愛情が変貌してしまわないか恐く思ってしまう……多分和人は、あたしがこんな事を考え、自分自身に恐怖しているなどと知らないだろうし、知ったとしても拒絶せず、むしろ嬉しいと言って受け入れるだろう。

 そしてあたしは、和人にだけはこの悩みを明かせない。もしも受け入れられてしまったら、一度でも許容されてしまえば、あたしの歯止めが利かなくなりそうだったから。あたしはあくまで義姉なのであり、和人の人生の伴侶では無いのだ……伴侶だとしても、この思考は相当危ないものだと思うが。

 だからこそ、あたしはこの子が過去に打ち克てるその時まで……この子を《護る》と、そのための愛情を注ぐと、誓ったのだ。

 打ち克てた後の事は、和人次第だ。織斑家に戻るのなら戻っても良い、桐ヶ谷家に居続けたいのならそれでもいい……何れ訪れるであろう二者択一の選択が迫るその時まで、あたしはこの子の姉として支え、護るのだ……

 

「だから……生きて、現実に帰ろう……絶対に……」

 

 未だ眠り続ける和人を優しく抱き締め、呟いた。胸中は晴れやかでは無く、どこか曇ったものが蟠っていた。

 

 *

 

「ん、ぅ……」

 

 あたしが目を覚ましてからおよそ十分後の午前六時になった時、ふと和人が身じろぎし、うっすらと瞼を持ち上げた。ぱちぱちと何度か瞬きをした彼は、その黒い瞳にあたしの《リーファ》としての顔を映し、焦点を合わせる。

 

「……りーねぇ……おはよ……」

「うん、おはよう……あと、今は名前で呼んで欲しいかな」

「ぁふ……ん……すぐねぇ、おはよ……」

 

 フラフラ、ゆらゆらと頭を軽く揺らす和人は、まだ眠そうでもキチンと名前を呼んでくれた。それに嬉しくなってにこりと笑みを浮かべ、頭を撫でると、気持ちよさそうに頭を軽く押し付けて来る。さらさらとした黒の長髪の触り心地も丁度良いし、これはやはりクセになる撫で心地だった。

 また数分そのままだったが、暫くしてから頭が起きて来た和人は恥ずかし気に顔を朱くしながら、朝食を作って来ると言って部屋を出て行った。他の皆にも一応朝食が午前六時過ぎである事は伝えられているので、恐らく声を掛けて行ってから下階で作るのだろうと思う。着替えようと思っていたので、先に出てくれたのは助かった。

 この世界での衣服着脱はウィンドウ操作一つで可能だが、装備中の服を外して別の服を装備するまでは下着姿だったり、ものによっては裸にもなるので、基本的に異性が同じ部屋に居る間の装備着脱は御法度になっている。もしもそういう事をしてしまったら誘っているのだと捉えられるから危険だと、あたしの知り合いから厳重注意を受けている。まぁ、和人が襲って来るとも思えないが、恥ずかしい事には変わりないので、助かる思いだった。恐らくあの子はその辺まで考えていないだろうが。

 手早くウィンドウを操作して装備を普段着の服から緑衣に変えた後、あたしは部屋を出て、一階に降りた。とん、とんと軽やかに階段を下りていくと、その途中でカレーの良い匂いが漂って来て、思わず鼻をひくつかせてしまう。

 リビングに下りれば、台の上であくせくと料理をしているキリトの姿が見えた。三角巾を被った黒いエプロン姿で、髪を一つ括りにしているその姿は、見る人が見れば幼妻と思うのではないだろうか。

 

「コック長、朝の料理は何?」

「昨日釣って来た魚でシーフードカレー!」

「朝からカレー……ああ、でもあっさりとしてるのね」

 

 自慢げに笑う和人の返答にあたしも微笑む。アスナさんから、実は昨日の釣果はゼロで坊主だったという事は聞いているが、今それを指摘する必要も無いので黙っておく事にした。見栄を張りたいからわざわざ村に立ち寄って魚を購入したのだと教えられては、どうにか頑張って見栄を張ろうとするその努力を無為には出来ない。

 心の中で可愛いなぁと呟きつつ、あたしは料理が出来るまでソファに座って待つ事にした。時間にしておよそ十五分で出来上がるらしく、その間にも彼は他に付け合わせにサラダやら何やらを用意していく。現実でなら手伝えるのだけど、生憎と《料理》スキルを上げていないあたしでは碌に手伝えないため、待つしかない。

 アスナさん曰く、戦闘では殆ど役に立たない趣味系スキルの《料理》スキルを上げているらしいが、少し前に漸く完全習得したアスナさんやユウキさん達ですら、和人の料理の腕には敵わないらしい。何でもこの世界で最高峰の味を誇るS級食材にすら、あり合わせの料理が味で匹敵する程なのだという……確かに昨日のお昼に食べたサンドイッチや夕食のビーフシチューも、VRMMO特有の淡白なものでは無く、しっかりと現実のように味付けがされたものだった。恐らく調味料を揃えているのだろう。

 少なくともALOでの主食で調味料の類が使用された事は殆ど無かった。何故なら、調味料という細かな味の調整は、味覚パラメータの解析が困難を極めていてあまり進んでいないらしかったからだ。なので見た目と実際の味が微妙に異なるというのは仮想世界の料理の特徴で、痛い目に遭う事など茶飯事だった。

 それなのにあの子はしっかりと現実に即した味を再現し、食材のランクなど無視した料理を完成させている……それはつまり、しっかりと調味料を作成しているという事である。醤油や塩などを彼は作っているのだろう。

 ……何となく、そう考えると、本当に作っているのかどうか知りたくなってしまった。本当ならこういう他者が持っていない物を訊くのはスキルの詮索と同様にマナー違反なのだが、もしかしたらという期待も込めている。

 

「ねぇ、和人、訊きたい事があるんだけど良い?」

「んー? 何、訊きたい事って?」

「あなた、もしかして調味料とか自作してたりするの? お醤油とか塩とか味醂とか、あとサンドイッチに使ってたソースとか」

「ああ、うん、自作してるよ」

 

 ソファに座って、背もたれに頭を預けながら行儀悪い姿勢で問うと、彼はあり合わせの料理を作っていたため振り向きはしなかったが肯定を返してきた。

 内心で、マジか、と義弟の料理に対する熱心さに驚きと称賛を贈る。

 

「最初は矢鱈味気無かったから、どうしても作りたくなって……大体デスゲーム開始から三ヵ月が経った頃だったかなー、色々と素材が集まってたからストレージを軽くするつもりで配合してたら偶然出来たんだよ」

「へ、へー……そうなんだ」

 

 偶然出来た……軽い口調で言われたが、実際考えるとこの仮想世界の料理に一石を投じる程の大発明であると、この子は理解しているのだろうかと頬を引き攣らせてしまった。

 今まで味気なかった料理が一変し、現実のそれと同等かそれ以上の味を作り上げるのだから、その調味料を売りに出すだけでもとんでもない儲けになるだろう……アスナさんの反応から、恐らく売りに出していない事は想像がついているので、尚更あたしはそう思った。

 無論、何かしら考えがあっての事だとは思うので、口には出さないが。

 

「案外ポーション系の素材を使ったなぁ。攻略がそれなりに進むとポーションを初めとした回復アイテムの素材は需要もあって市場で流通してたから、供給も十分にされてて、それで買い取ってもらうよりは配合に使った方が良いかなと思って適当にやったら出来て……いやぁ、それから《料理》スキルの仕様に拍車が掛かったよ。どの素材を使うかでどんな味になるかを全部メモに書き留めて、配合を繰り返して……一番スキル値が上がったのはあの時じゃないかな?」

 

 アスナさんが他の人から又聞きした話によると、今年に入った時には既に《料理》スキルが完全習得されていたらしいので、それだけ上がりが大きかったという事なのだと思う。アスナさんも色々と現実の調味料を再現しようと悪戦苦闘しているが、未だに醤油すらも出来ない事を嘆いていた……この事実を知ったら、あの人は凄く落ち込むんじゃないかなと思っていたりする。

 案外夕食の時に食べたサラダに掛けられていたドレッシングで、既にショックを受けているかも知れないが……

 

「おはよう、キリト、リーファ。二人とも早いわね……私はまだ眠いわよ……ぁふ……」

「あ、おはようございます、シノンさん」

 

 和人と話している間にどうやら目を覚ましたらしいシノンさんが、胸当てを外した格好で一階に下りて来た。眠そうに欠伸を噛み殺しながら挨拶され、それに挨拶を返す。

 

「朝食は……カレー、かしら? 朝からカレーなの?」

「シーフードカレーらしいですよ」

「ああ……なるほど、多少アッサリはしてるわね」

「あたしと同じ事を言ってますねー」

「そうなの?」

 

 丸っきりさっきのあたしと同じ事を言っていると笑いながら告げれば、彼女は不思議そうにあたしを見て来たので、こくりと頷いておいた。まぁ、朝からカレーかと思ってしまうのも仕方がないだろう。

 男子ならともかく、女子にカレーは少々胃にキツイ……まぁ、この世界では実際の胃では無いし、現実の肉体に栄養は一切入っていないのだが、やはり好みの問題だ。

 

「おっはよー! 三人とも早いねぇ!」

「キリト君、リーファちゃん、シノのん、おはよう。私達が一番遅かったかぁ……やっぱり六時起きっていうのは慣れてないからキツイねぇ」

 

 シノンさんが来てほぼすぐ後に、続くようにしてストレアさんとアスナさんが一緒にリビングに入って来た。どうやら二人ともあまり早起きでは無いらしい。確かに、剣道を初めとした武道を嗜んでいないと思われる三人には、慣れていないのなら六時起きはちょっと辛いだろうなとは思う。

 ちなみに午前六時起きなんて剣道をしているあたしからすればむしろ遅い方に入る、普段は午前五時起きなのだから。昨日までは色々あって疲れていたからここまでゆっくりしていたのである。和人も最初は辛そうだったが、半年が経つ頃にはそこそこ慣れた様子だった。今も午前五時起きを続けているかは知らない。

 

「さて、出来た!」

「おっ、キリトの朝ご飯が出来たの? 良いタイミングだったみたいだねぇ」

「そうだな。アスナとシノンとストレアは食器をテーブルに並べておいてくれないか? 俺はリーファと一緒に、あの女の子の所に行こうと思う」

「うん、分かった。用意は任されたよ」

 

 アスナさんが食器類の用意を任されたと返し、三人が台所の方に用意されている食器類に近付くのを見送ってから、和人はあたしの手を取って二階へ続く階段を昇り始めた。

 

「ねぇ、何であたしも一緒に行くの? 様子を見るだけなら和人だけでも大丈夫なんじゃない?」

 

 その途中で、あたしは疑問に思っていた事を投げ掛けた。実際起きているかどうかの様子を見るくらいならあたしは必要ないと思うのだ。

 その問いに、和人は少しだけ淡い笑みを浮かべた。

 

「直姉も知っての通り、このSAOの世界に俺くらいの年齢の子供は殆ど居ない……俺の場合はベータテストに当選したからイレギュラーとしても、たった一千人にしか当たらなかったアレにあの女の子も当たったとは思えないし、仮に当たっていたとしても、多分親も一緒にログインしたと思うんだ。仮想世界とは言え初めての世界なら、親が心配するのも仕方が無いし……その点、うちの母さんは情報雑誌の編集者だった分、他の人より色々知っていただけにあまり心配してなかったみたいだけど」

 

 桐ヶ谷翠の職業は情報雑誌の編集者で、勿論その情報の中にはSAOに関する事もある。実はあの母が年齢レーティングを無視してSAOを薦めたのも、SAOがとても楽しく、またハラスメント行為や暴力的な行為も現実ほど酷い事は出来ない――それでも多少は罷り通るのだが――と知っていた為だ。今回はそれが仇になってしまった訳だが。

 

「むしろ思いっきり薦めてたもんね……事件からずっと物凄く悔やんでたよ……」

「誰も分からないから仕方ない事だけど……俺としては、この世界に来られて良かったとも思うよ。アスナ達みたいに俺を……織斑一夏としても受け入れてくれた人が沢山居るから。辛い事も沢山あったけど……」

 

 そこで目を瞑り、何かを思い出すように表情を寂しげなものにした和人は、それを一瞬で改めてあたしをまた見上げて来た。

 

「まぁ、俺の話は一旦置くとして……それで、うちはそんな感じでSAOに対する知識があった訳だけど、多分他の家の親はそうでも無いと思う。だから親と一緒にログインしたと思うけど……第二十二層はアクティブなモンスターがポップしないとは言え、第一層からすれば明らかに上層、未知の領域になる。そんな場所で、しかも圏外の林の中で倒れていたとなると……」

「……もしかして、親は……」

 

 あたしはそこから先を口にしなかったが、和人はこくりと深刻めいた表情で頷いた。それはつまり、恐らく彼女と一緒にログインしたであろう親は、もうこの世界から退場しているという事を意味している。そもそも親が居るのなら、街中ではぐれるのならともかく、あんな圏外の林の中で行き倒れているなんて事態に発展しないのだから、それは容易に想像がつく話だ。

 しかし、その話をあたしがどう関わるのかが分からなかった。

 

「……でも、その話とあたしにどう関係があるの?」

「…………今のあの女の子と、昔の俺が、大体似通った状況にある気がしたから……」

「……!」

 

 キリトが口にした返答に、あたしは一瞬だけ唖然としてしまった。

 確かに、さっきの話を前提に考えれば、和人を拾った時の状況と今のあの女の子の状況は酷く似通っている。家族に捨てられて行き場を失った和人と、家族に先立たれ行き場を失っている女の子……それに気付いた和人は、だからこそあたしを選んだのだ。かつて自身を拾い、姉になったあたしを信じているからこそ、あの女の子も何とか立ち直らせられるのではないかと。恐らくそんな風に考えて、あたしを選んだのだろう。

 この世界で強者であるアスナさんでも、あの女の子を背負っていたストレアさんでも、落ち着いた物腰のシノンさんでも無く……かつて自身を拾った姉のあたしを頼ったのだ。それだけあたしは信頼されているという事だ。

 

「……という事は、妹が出来るという事なのかしら。そうなると和人は……弟かなー……」

 

 責任重大だなと胸中で呟きつつ、あたしは冗談めいた口調で肯定的な問題を提起した。

 実際あの女の子を受け容れた場合は妹になると思うので、和人はあの子の兄か弟のどちらかになる。見た目の身長では女の子の方が高そうだったから、多分和人は弟になるだろう……

 

「……えっと、勝手に頼ったのに、怒らないの……?」

「別に怒らないよ。怒る程の事じゃないし、こういう事で年上の人を頼るのはむしろ当然よ……分かった。あたしに出来る限りの範囲であの子を何とかするわ。和人も力を貸してね」

「勿論! ありがとう、直姉!」

「っ……どういたしまして、和人」

 

 真っ向から満面の笑みでお礼を言われ、思わず怯んでしまった。いきなり屈託なくて、あどけない笑みは反則だろうと胸中で呟く。

 そんな会話をしていて足を止めてしまっていたあたし達は、階下の三人をあまり待たせるのも悪いので、女の子が眠り続けている和人の自室へ急いで向かった。こんこんこんとノックし、扉を開けて中に入れば、昨日はずっとベッドで眠っていた黒髪の少女が横になったまま瞼を持ち上げ、綺麗な黒い瞳をこちらに向けて来た。ぱっちりと目が合う。

 

「あ、起きたのね。よかった……」

「……ぁ、ぅ……?」

 

 ほっと安堵の息を吐きながらゆっくりと近付けば、少女はベッドから上体を起こしてこちらを見て来た。こてんと、あどけなく小首を傾げた。

 それを可愛いと思うが、同時にどこか違和感を覚えた。

 

「……あれ? ちょっと待った。今気づいたけど、その子、カーソルが無い……?」

「え? ……あ、ホントだ」

 

 和人の指摘に、あたしも少女の頭の上を見れば、本来プレイヤーならグリーンやオレンジ、NPCならイエローの角錐型マークが表示される筈なのに空白のままである事に、今更ながらに気が付いた。どうやら昨日は色々とあり過ぎて全員見過ごしてしまっていたらしい。多分ストレアさんも色々と気が動転してしまって見逃していたのだろう。

 まさかあの冷静なヒースクリフさんも見逃すとは……それだけ小さな変化だったのだろう。

 

「……あ、ぅ……?」

 

 あたしが抱いた違和感はこれだろうかと内心で首を傾げていると、ふと、少女が何かを伝えたそうに手を伸ばしてくる。何となく、あたしは少女が座るベッドに腰掛け、頭を撫でながら微笑み掛けた。

 

「初めまして。ずっと寝てたから心配したよ……自分の名前、分かる?」

「なまえ……ゆ、い……ユイ…………それが、名前……」

「ユイちゃんかぁ……可愛くて、良い名前だね」

 

 恐らく感じに直せば優衣か結衣辺りだろう……女の子らしくて良い名前だと思って本心で褒めれば、ほんの少しだけユイちゃんの口元に小さな笑みが浮かんだ。どうやら警戒心はそこまで高くないらしい。

 接してみると分かるが、どこか拾ったばかりの頃の和人を想起させる反応だ……確かに和人よりはあたしの方が慣れているので、適任だったかも知れない。

 

「あたしの名前はリーファ、こっちの子は弟でキリトって言うんだよ」

「……いー、ふぁ……き、いと……」

「んー、惜しい。リーファ、キリトだよ」

「……いーふぁ、きーと……うぅ……」

 

 どうやらラ行を発音出来ないらしい……これは発語疾患というより、応答からして精神年齢の後退が起こっているような気がした。ひょっとすると昔の和人よりも悪いかも知れない。目の前で親が死んでしまったのだとすれば、こうなってしまうのも、年齢からして仕方の無い事かも知れないが……幼いこの子には環境含めて辛すぎる。自己防衛反応として記憶を封じて、精神後退が起こった可能性が大きいかも知れない。

 見た目は十歳前後だが、明らかにやり取りが幼児のそれだったから、あたしはそう頭で考えつつ表情には出さないで、苦笑を浮かべた。

 

「んー、難しかったかな。呼びやすいように呼んでくれていいよ」

「……」

 

 頭を撫でながら微笑みと共に言えば、ユイちゃんは少しだけ考え込むように俯き……

 

「……いーふぁは、いーねぇ……きーとは、きー」

「いーねぇ……リー姉って言うつもりなのかな」

「きー……キリトから取ったのか…………ていうか俺は年下に見られてるんだな。いや、別に良いけどさ……実際俺の方が年下っぽいし……うん」

「……だめ……?」

 

 あたしと和人が一緒に付けられた呼称について思う事を口にしていると、それを嫌に思ったと取ったのか、不安そうにユイちゃんが聞いて来た。慌てて笑みを浮かべ、首を横に振る。

 

「んーん、ダメなんかじゃないよ」

「……! いーねぇ!」

 

 安心させるように微笑みながら肯定すれば、ユイちゃんは嬉しそうにあたしに抱き付いて来た。その小さな体を抱き締め返しながら、あたしは少しばかりの嗚咽を抑え込む。

 この子は、あたしと和人が考えていた以上に心に傷を負っていたらしい……ある意味で和人よりも酷いかも知れない。まるっきり幼児と同じ反応を返していて、あたしの事を姉と見ている事から、もしかしたら親では無く兄弟姉妹と一緒にログインしていて、亡くなったという線もある。一年半が経つ今になってデスゲーム化のストレスでここまでになるとは少々考え辛い……最悪、この子は天涯孤独の身になっているかも知れない。

 その場合、あたしはこの子の姉として受け入れるつもりだ。現実でも引き取るかは母さんと父さんに相談しなければ何とも言えないが、多分受け入れてはくれると思う、父さんは何気に結構な額を稼いでいるから下手に贅沢しなければ大丈夫らしいし。

 

「俺が弟という事は、ユイはユイ姉という事か……新しい家族、かぁ」

「きー!」

「……ん、聞こえてるよ」

 

 和人にも手を伸ばしたユイちゃんに、彼は優しげに微笑みながら伸ばされた手をゆっくり取った。同じくらいの大きさの手が交わされるのを、あたしは小さな少女を抱き締めながら、温かく見守っていた。

 まだユイちゃんが天涯孤独と決まった訳では無いが、家族が見つかるまであたしはこの子の姉として受け入れようと、新たな義妹と義弟のやり取りを見守りながら新たに心に誓った。

 

 *

 

 少しばかり時間を掛け過ぎたあたしはユイちゃんを新たに加え、和人と共に一階へ下りた。少しばかり遅い事に業を煮やして呼びに来ようとしていたシノンさんと丁度鉢合わせし、遅れた理由を察した彼女は、なるほどと一つ頷いて苛立ちを収めてくれた。

 最初こそ初めて顔を合わす三人に怯えを見せたユイちゃんは、しかし優しく自己紹介をするとすぐに心を開き、朗らかな笑みを浮かべてくれた。シーフードカレーも旺盛に食べ、サラダも好き嫌いせずしっかり完食してしまい、意外にも見た目にそぐわず大食いであるらしい事を知った。見ていて気持ちいの良い食べっぷりで、それにはさしもの和人も驚きに瞠目していた。

 ちなみにシーフードカレーはあたし達全員を驚かせた。何せスープカレーになっているかと思いきや、何と彼は偶然の産物で米を作り出していて、それを更に盛って出してきたからだ。ユイちゃんはただ無邪気に食べていたが、あたし達は見て、匂いを嗅いで、味と食感に驚いてをずっと繰り返していた。

 特にアスナさんは完全に絶句していて、負けた……と沈んでいた。未だ調味料を完成させていないだけでなく、日本人なら食べたいと思う米すらも作ってしまっている事を知り、完全にプライドが粉砕されたらしい。

 米もまた調味料と同じく偶然の産物らしく、その精製法は意外なものだったらしい。植物系統の素材アイテムを五種類配合した時の完成品で出来たもので、まるっきり食感も味も米である事に彼自身驚いたという。ちなみに昨日の夕食を作る際に発見したらしかった。

 アスナさんがここぞとばかりにそのレシピ開示を懇願し、あっけらかんとそれに応じてレシピを教え、試しに作っては喜びに沸くといったやり取りをしている内に、時間は何時の間にか八時を回っていた。

 

「さて、と……午前九時に闘技場に行くって連絡してるし、そろそろ向かおうかな。一応実地である程度情報収集もしたいし」

 

 今日の午前中は信頼する情報屋から送られた情報から闘技場の《個人戦》という全三戦からなるボス戦を制覇する予定になっていた。ユイちゃんが目覚めるという思わぬ事があったとは言え、攻略に支障を来す程では無いし、既に主だった面々には連絡が行っているらしいから今から中止するというのも出来ない。故に和人は既に装備を整え、黒尽くめの二刀剣士姿になっていた。

 ちなみに実際の挑戦は午前十時を予定しているらしい。何でも色々とする事があるかららしいが、それが何なのかは具体的には教えてもらえなかった。すぐに分かる、教えたら面白くないから秘密と言われたのである……別に危険な事では無いらしいので、なら良いかと放っている。

 

「アスナは攻略組だから当然として、リーファとシノン、それとストレアも来るんだっけ? となると、ユイ姉はどうしようか……」

「ユイもきーと一緒に行く!」

「あー……うん…………気持ちは嬉しいんだけど、俺と一緒に行動は……せめてリーファと一緒にして欲しいかなぁ……」

「何で?」

「何でって……それは……」

 

 キョトンと純粋に問い掛けたユイちゃんに、和人はぐっと言い淀んでしまう。それも仕方が無い事だろう。どうも記憶が無いらしく、精神後退して幼児レベルの思考になっているユイちゃんに対し、世界や人の悪意を話す訳にもいかないし、仮に話した所で理解されるとも思えない。むしろ怒って抗議に行く可能性すらある。

 となると、ユイちゃんは和人とは離れておかなければならないのだが……そうする為の理由に困った。

 

「うー……」

「ぬ、ぐ……」

「わぁ……キリト君が会話で押されてるの、初めて見るよ……」

「義理とは言え姉だし、更に言えば純粋な子に一方的な言い分は言い辛いものね……」

 

 ユイちゃんが不満げな表情で僅かに背が低い和人を見下ろし続け、それに彼はぐっと押されていた。幾らユイちゃんの為を思っても本人が従わなければどうにも出来ない、かと言って本当の事を明かすのも心情的に難しいとなり、物凄く和人は悩んでいるようだった。ユイちゃんの可愛い睨み顔に勝てる人は果たしているのだろうか……もしも居るなら、きっと血も涙もない冷血漢に違いない。

 まぁ、あたしの場合はこの二人のどちらの睨み顔にも勝てそうにないのだが。

 取り敢えず時間もそこそこ迫ってきている事だし、今後を左右する大事な事だからここはユイちゃんを説得するべきだろう。

 

「ね、ユイちゃん。キリトはとても大切な用事の為に行くんだけど、あたし達と一緒に居るのは少し難しい事なの。だから我慢しよう?」

「むー……うー! やだ! 一緒に行く!」

「……困った事になったな……」

 

 あたしが優しく諭しても、ユイちゃんは不満そうに頬を膨らまし、そして拒絶の言葉を放って和人の手を取った。その言動が純粋なものから来ると理解しているだけに和人も振り解く事が出来ず、困惑と苦悩に表情を歪める。

 あたしも流石に梃子でも意見を変えなさそうな様子にどうしようも出来ず途方に暮れていると、表情を歪めていた和人が、ふとユイちゃんに真剣な面持ちを向けた。

 

「……ユイ姉、お願いだから、出掛けるならリーファと一緒にしてくれ。これはユイ姉の為でもあるんだ」

「……ユイの、ため?」

「ああ。もし俺と一緒に行ったら、これからは一緒に居られなくなるんだ……それでも良いのなら一緒に来ても良いけど」

「やだ! 一緒に居たい!」

「なら、リーファ達と一緒に行ってくれ……どっちにしろ顔を合わせるから」

「うー……」

 

 和人の言い分は半ば脅しであると分かってはいたが、こうでも言わなければ恐らくユイちゃんは頷かなかったと思うのでそれでいいと思った。少し悩む素振りを見せていたユイちゃんも、暫くしてからこくりと頷き、約束と言って彼から離れ、あたしの手を握る。それを見て和人は安堵の息を吐いていた。

 

「ふぅ……じゃあアスナ、皆の案内を頼むな。俺は別の転移門から最前線に行くから闘技場で落ち合おう」

「うん、分かった……道中気を付けてね」

「これでも一応《アインクラッド》最強を自負してるんだ、簡単にはやられないよ」

 

 アスナさんの心配の言葉に不敵な笑みでそう返した後、和人は先にホームから出発した。その後にあたし達も家を出て、南西方面にあるという第二十二層の主街区へと向かう。彼は南東方面にある過疎村から転移して向かう手筈らしい。わざと別々に行動しているのは、彼のホームがこの階層にあると知られない為の処置だという。

 道中でユイちゃんの初々しい底抜けに明るい反応で朗らかな雰囲気になりながら、あたし達は転移門へと一路向かったのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 千冬は人格的にはまともという設定でした、リズベットのお話の際にそれらしく書いてはいましたが、これで漸く具体的に性格が分かったかと思います。一夏に対して淡白だったのは恐ろしく忙しかったからという設定です……人間、忙しかったら他人を見てられる余裕が無くなりますしね。

 そして直葉が怒鳴ったのは、文中にあ